倒花のワン・サイド・アフェクション
●desire
それは愛しい人だった。
それは、知らない人だった。
逃げられなかった。
囚われていたかった。
掴まえて、
放して、
許して、
赦さないで、
──ねえ、あなたを愛してあげるから。
わたしを見て。
わたしを愛して。
せめて、夢の中くらい。
●satisfaction
「愛情って、難しいのね」
遠峰・羽純は呟いた。
見えた光景が幸せなのかそうでないのか判別が付かないと、そう言った。
予知に見たのはサムライエンパイア。とある湖の滸。すぐ近くに海が広がる、二重の水際だった。
「海月がいるの。そしてそれは夢を見せる。あなたを愛した人と、あなたの夢」
自分を愛した人。
自分が愛した人。
それらは似ている様で全く異なる。
人だったかもしれない、ひとではない、何かだったかもしれない。今傍に居る誰か、或いはもう居ない誰か。よく知る者かもしれない。けれど、全く知らない人だっているかもしれない。
それだって何だって、愛情には変わりないのに。
「誰かにとっては幸せな夢よ。でも、誰かにとっては忘れたい夢かも知れない。もう二度と見たくないかもしれない。愛情はとても暖かいけれど、一方的なだけならそれは、きっと苦しいばかりだわ」
海月の夢はただ通り抜けるだけでいい。自分を愛した人と自分の後ろ姿が見えるから、追いかけていけばいい。
その先に、待つものがある。
「夢路を辿るとね、その向こう側に行けるの。あなたを愛したものと、向き合って逢う事ができる」
その夢に溺れたって構わない。
逃げ出しても、立ち向かってもいい。
思うままにと羽純は告げた。
「でも、もし溺れず戻ってきてくれるのなら、夢の中で夢を殺して。そうしたら、元の湖の滸に立っているから」
その夢を見せるのは漂う海月ともうひとり。
然程の強さは持たず、斃すのは易いこと。
夢の中の何かの正体は、海月の主の心なのだと。
「剥き出しの心よ。柔くて掌で転がせるような、細やかなもの。──きっと、彼女は願ったのね。愛されたいと」
だから見せるのは、『自分が愛したもの』ではないのだと。
海月の叶える夢は、彼女の夢だ。
「誰かが呑まれてしまう前に人魚姫の細やかな夢を消し去るのが、お仕事。……力はあまり使わないけれど、きっと心が疲れると思うから。よかったら、花火なんてどうかしら」
その夜、湖の向こうの水面、海岸沿いに花火が上がる。夏からすれば時期外れだが、この地ではそういう習わしなのだという。春と夏の間の季節に咲かせる夜空の花は、水面へ逆さに映って空へと還る。送り火のようなものなのだと。
「みんなでも、ひとりでも。眺める色は同じ。でも少し、温度は違うかもしれないね」
何方が心地よいかは人次第。心安く過ごせるように、と尾羽の娘は囁いた。
七宝
七宝です。
この度はサムライエンパイアにご案内いたします。
よろしくお願いします。
プレイング受付など連絡事項はMSページをご確認くださいませ。
1.vs 水晶宮の使者(集団戦)
2.vs No Data(ボス戦)
3.花火を楽しんで(日常)
▼第1章について
海月の作り出す夢路を辿り、歩いて行ってください。
目の前には『あなたを愛したもの』と、あなたが見えます。
それが人のかたちであるならば、その背を追い掛けるように歩く形になります。
戦闘の必要はありません。
▼第2章について
夢路の先で『あなたを愛したもの』と対峙します。
抗うも囚われるも、逃げ出すも。
どうぞ心のまま。
抗う場合の戦闘は、どのように留めを刺すかの一点に絞っていただいて問題ありません。
戦闘を行わない場合は苦戦或いは失敗判定となり、場合によってはシナリオそのものが失敗します。
▼第3章について
空の花と水面の倒花を見られます。
湖と海に挟まれた陸地にはささやかな屋台なども出る縁日の様相です。
お呼びがあれば羽純がご一緒します。
誰かに何かを話して整理を付けたい時などに。
第1章 集団戦
『水晶宮からの使者』
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POW : サヨナラ。
自身に【望みを吸い増殖した怪火】をまとい、高速移動と【檻を出た者のトラウマ投影と夢の欠片】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 夢占い
小さな【浮遊する幻影の怪火】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【鍵の無い檻。望みを何でも投影する幻影空間】で、いつでも外に出られる。
WIZ : 海火垂る
【細波の記憶を染めた青の怪火】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
👑11
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●
虹色海月の泳ぐ空。
それは空だったか、海だったか。
上だったか、下だったか。
右手に触れて左に掴んで、すり抜けすり抜け夢路の涯へ。
或いは桜の樹の下で。
藤浪に揺られて。
紫陽花を見下ろし、向日葵を仰ぎ、金木犀の香りに抱かれて。
山茶花の垣根を横目に。
ひととせ、或いはそれ以上。
死した後から産まれる前まで。
あなたを見てる。
あなたを愛してる。
此処には何もかもがある。
オズ・ケストナー
おとうさん、だ
黒い髪と後ろ姿が見える
透明なケースに飾られて
鍵はかかっていない
扉を開け
やさしく語りかけながら
時には埃を払い
髪を梳いて
シュネーや他のみんなにも同じように
その手はあたたかかった気がする
思い出せない
おとうさんがおだやかに見つめるわたし
変わらない表情
他のみんなと同じように
指の一本すら動かせない
ああ、そうか
わたしはただの人形だった
おとうさんと言葉も交わせず
ただただやさしくしてもらうばかりで
どうやっておとうさんと出会ったかもわからない
気付けばあの部屋で
あのケースの中で
そうして
動けるようになったのはおとうさんがこなくなってからだった
そっか
そこからの幻は、ないんだね
硬く冷たい手の記憶に拳が震えた
●
硝子ケースの並んだ部屋の中。
胡桃木に似た色の棚には手入れ道具。馴染んだそれを手に、部屋をゆっくりと歩く男の人の後ろ姿が見える。
──おとうさん。
俯くとその黒髪が頰を滑る。
鍵の掛かっていない硝子ケースの戸を、まるで脅かさないようにそっと開けて、人形を手に抱く。
『やあ、おはよう。機嫌はどうだい』
豚の毛のブラシで服を払い、髪に櫛を通す。優しい声が、今日は晴れだよ、なんて声を落として飾り窓の向こうの明るい朝日を見せる。
それから次はお隣のシュネーのケース。わたしは知っているよ。おとうさんがずっと作っていたお洋服が昨日出来上がったから、今日はお着替えの日。
ほら、嬉しそうに出来たばかりの服を持ってる。
よかったね、シュネー。
──目を開く。
此処は夢路。知っている。
オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)はゆっくりと、夢を追って歩いている。
夢の中のおとうさんが、あの頃のわたしの硝子ケースを開ける。
髪を撫でるその手は暖かかった気がする。ああでも、思い出せない。遠くて。
金の髪に仔猫色の瞳。今と何も変わらないのに何もかもが違う。
指ひとつ、視線ひとつ動かせない。おとうさんの声に返事もできない。
わたしは人形だった。
他のみんなと同じように、揺るぎないほどにひとではないものだった。
始まりも覚えていなくて、いつのまにかあの部屋のあの硝子の中に置かれていた。出会いも思い出せないまま、ただ優しくしてもらうばかりの日々だった。
安穏と過ぎる毎日。
だけれどその先はもう知っている。
──誰も訪れなくなった部屋。
内側からはじめて開けた硝子ケース。
はじめての言葉に、返るものが何一つなかったこと。
あなたが愛してくれた日々は巡るばかり。
終わらないまま繰り返すばかり。
その後を追いながら、オズは震える手を握り締めた。
俯くと、被った帽子が少しずれて顔を隠した。
これは夢だから。おとうさんの夢だから。
つづきなどないのだと、知っている。
大成功
🔵🔵🔵
ジェイクス・ライアー
▷決意
いつかの二の轍は踏まない
幻影に振り回され、理性的な判断を失うことが二度とあってはいけない
敵が何者であろうとも
▷ダンドへ
ただ何も聞かずに、ついて来て欲しい
▷心情
私を愛してくれた人は、母だけだ
炎に呑まれて消えた貴女だけだ
だというのに、あの背中は
先生
貴方が私を愛していたというのか
後悔など幾千と数えきれず
それでも何度あの場に立っても、私は貴方を救いには行かないでしょう
隣に立つ私のなんと未熟なことか
私の全ては貴方の模倣で
何もなかった私に生きる意味を与えてくれたのは貴方で
ああ、それでも
私は貴方を殺しに来たのです
貴方はきっといつものように笑って、応えてくださるのでしょうね
ダンド・スフィダンテ
▷ジェイクス
……貴殿が、そう言うのなら。期待はするなよ?
▷見るもの
今は無き、領の民。
老いも若きも男も女も、自分の周囲をわいわいと、笑いながら進む彼らと、それに笑いかけながら歩く自分の、ああ、なんと穏やかで、柔らかな。
「……愛されて、いたのか」
領が滅びたあの日、他の世界に飛ばされていたあの日。唯一の生き残りに、生きてくれと願われた、あの日。
「恨まれていると、思っていた。」
助けを呼んでもそこに居ない自分を、民は恨んだ事だろう。敵の侵略を許した甘さを、護りきれなかった愚かさを。怨み、怒り、罵っただろうと、思っていたのに。
目の前で楽しげに笑う、人々の姿が愛おしい。
なんて、苦しくて、幸福な、夢だろうか。
●
湖の滸で男が云った。
「ダンド。ただ何も聞かずに、ついて来て欲しい」
「……貴殿が、そう言うのなら。期待はするなよ?」
ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)が笑って答える。
礼を言うなら戻った後か。
ひとつふたつ、息を吸ったジェイクス・ライアー(驟雨・f00584)が足を踏み出す。
その先は夢。
いつかの二の轍は踏まない、そう心に秘めて。
幻影に振り回され、理性的な判断を失うことが二度とあってはいけない。
敵が何者であろうとも。
何を見せ付けられようとも、決して。
●
「──先生」
ジェイクスの口から溢れたのは、微かなる驚愕の音。
母だけだと、思っていた。
愛してくれていたのは、あの日炎に呑まれて消えた貴女だけだと。
だというのに、その背中は。
追い掛けてやまなかった人の、見続けた広い背中は。
あの頃より少し小さく見える師のものだ。夢の中で確かに其処にいる、あの人だ。
「……貴方が私を愛していたと、そう言うのか」
己の全ては貴方の模倣だった。
手先ひとつ、足先ひとつ。
何もなかった自分に詰め込むように、全てを呑んだ。
そうして貴方はそれを許した。
生きる意味を、与えてくれた。
──ああ、それでも。
私は貴方を殺しに来たのです。
『先生!』
隣に立つあの頃の自分。
なんと未熟な事か。
なんと輝いている事か。
この日の事も知らずに。
幾千と数え切れぬ後悔を未だ抱えぬ侭で笑う、己の幼さを見つめて。
──それでも。
何度あの場に立っても、私は貴方を救いには行かないでしょう。
まるで決まりきったことのように、そうするのだろう。
そして、貴方を殺しに来た今日の私を見てさえも。
きっといつものように笑って、応えてくださるのでしょうね。
●
笑い声が聞こえる。
賑やかに、楽しげに。
それに応える自分の声が、聞こえる。
「……愛されて、いたのか」
それこそは最早追うことすら叶わないと思っていた。
今は無き領の民。
老いも若きも男も女も隔てなく、時に騒ぎながら進む彼らの真ん中に、自分がいる。
彼らに笑いかけながら歩くことが、赦されている。
なんと穏やかで柔らかな、嘗て当たり前にあった日々。
もう得ることなど叶わない日々。
だってそれは、疾うに失われた。
「……恨まれているとばかり、思っていた」
領は滅びた。あまりにも呆気なく、全てを蹂躙された。
唯一の生き残りの民は、領主の生を願った。
生きてくれと願われた。
その希いを叶えるように、別の世界へと飛ばされて。
助けを呼んでもそこに居ない自分を、民は恨んだ事だろう。
敵の侵略を許した甘さを、護りきれなかった愚かさを。
今尚怨み、怒り、罵っただろうと、そう思っていたのに。
「……愚かだったな、確かに。民を信じる事が出来ない領主なんてものは」
目の前で楽しげに笑う人々の姿が愛おしい。
なんて苦しくて、幸福な、夢だろうか。
なんて眩くて、哀しげな、夢だろうか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
イシャーラ・ジャミール
幻想に導かれるまま宙を泳ぎ
ワタシは如何して生まれマシタ?
其れは愛の欠片を集めたから
願いを聞き届けたから
知識を、世界を求めたから
ワタシは人々を追いかけられなかったノ?
其れはオアシスの中にいたから
澄んだ泉の狭い世界の中で、旅人の話にうなづく事さえ出来ないただ一匹の鯉だったから
背中を見送ることしか出来ない唯の魚の姿
けれど今はね
本のページを捲る指先だって
宙を泳いでどこまでも行けるヒレだって
言葉を紡ぐ口だって
思考する頭だってある
ケレド…ワタシは…誰のことも追いかける事の出来なかった
共に歩むことの出来なかった
孤独なサカナなのデスね…
人々の信仰で手に入れた身体、其れを見せることは叶わずにいて
嗚呼、溺れ…テ…
●
オアシスに魚が一匹。
旅人たちは祈りを捧げ、信仰を捧げる。
魚は口を開けない。泡も何も出ないまま。
旅人たちは去っていく。
魚にはその背に振る腕も持たないまま。
見送る。
見送る。
見送る。
澄んだ泉のサカナであった。
イシャーラ・ジャミール(金戀・f12094)はゆらゆらと、宙を泳いだ。
夢路に地はなく、水もなく。
ただ前へと進むだけ。
昔、愛の欠片を集めて、願いを聞き届けたオアシスのサカナ。
世界を求め、知識を求め、脚を手に入れた作り物のサカナ。
本の頁を手繰る指を、宙を泳いでどこまでも行ける鰭を、言葉を紡ぐ口を、思考する頭を、今はきちんと持っている。
だけれど誰の後も追えなかった。
共に歩む事は出来なかった。
前を歩く信仰の民は、ゆめまぼろしだとわかっている。
ゆらりゆれる砂漠の金砂、蜃気楼、逃げ水。
また置いて行かれるように彼らの足は止まらない。
彼らの信仰で手に入れたこの身体を、見せることは叶わない。
溺れるように、夢を見て。
踠くように、泳いでいく。
たくさんの足跡を辿る。
辿る。
辿る。
希いを拾い集めて。
淀みなく澱へと沈む、沈む、夢の涯。
大成功
🔵🔵🔵
杜鬼・カイト
●
兄さまがいると思ったから後を追ってきたけど、見失ったな
まあでも、この路を進んでいけば、いずれ逢えるよね?
……それにしても『あなたを愛したもの』か
オレを愛してくれたものなんて、そんなの兄さま以外にいるはずない
ふと、視線の先に黒髪の美しい少女の姿を見つける
……誰だ?
初めてみる相手な気がするのに、ひどく懐かしい
少女の姿は、どことなく今のオレに似ている……ような気もする
それに、彼女が手に持っている鏡……
見覚えがある。あれは……オレだ
何か、忘れている気がする
気がつけば少女の背を追うために歩きはじめてた
杜鬼・クロウ
●捏造歓迎
見る→未来のカイト(20代。多少落ち着いた敬語
未来の俺(30代
場所お任せ
夢路の先に馨る花
篠笛の音
ひたひた
呪い(あい)が零れ
闇(あい)は深く孕み二人包む
男姿のアイツに、お嬢(カイトの主で我が主の娘。かつて俺が愛した人間の女)の面影や思想は見えずアイツ自身の感情が総てで
己の柵も無く
…(笑み作る
紫煙燻る
今と背格好や服も違って別人かよ(すぐ解る
中身は…随分と拗らせてンなタチ悪ィ怖…(溜息
二人の背をゆっくり追う
大量に抱えた一部黒い甘く苦い大きいハートと、後ろ手に隠せる位小さくて鎖が巻き付く見た目より重いハート
歪なパズルの最後の一欠片は互いの手に
待っていた
真正面からお前を殺してヤる機会(ゆめ)を
●
「……兄さま?」
共に飛び込んだ筈の兄の姿がどこにもない。
確かに後を追い掛けたと思ったのに。
少しの間辺りを見回した杜鬼・カイト(アイビー・f12063)は、けれど冷静に思い直した。この路を辿って歩けば、いずれ逢えもするだろう。
ここは夢路。海月の夢。
『自分を愛したもの』の姿が、見えるという。
「オレを愛してくれたものなんて、そんなの」
兄さま以外にいるはずがない。
ぼんやりと霞かかる路の向こう。
柔く光を放ったその先で、霞が晴れた。
──少女がいる。
緑の黒髪が背中で揺れる、後ろ姿。
初めて見るのに何故か懐かしく思えて、無意識に伸びた腕を引っ込める。
どこか自分に似ている気がするその娘が、一枚の鏡を大切そうに抱えている。
あれはオレだ。
人の姿を手にする前の、オレだ。
娘がなにかを喋り、楽しげに笑い、時折鏡を優しい手付きで撫でる。
それを知っている気がして。
何か、忘れている気がして。
足が勝手に動き出す。のろのろと、ゆらゆらと。
娘の後を、ついていく。
●
馨る花の路に、篠笛の音が浸る。
十年も先のことだろうかと、杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)はぼんやりと眺めていた。
目の前にいるのは少し老けたような自分。あんまり変わったようにも見えないが。
隣に今より少し大人びたような弟。あんまり変わらないけれど男の格好をしている。
弟はお嬢に似ていた。
我が主の娘、鏡である弟の持ち主。
けれど夢の中の今は。面影も、思想も、似てはいない。
自身の感情の侭、それが総てと。
己の柵も無い侭に。
紫煙燻らせ笑みを作る口元を、見る者はない。
弟なら疾うに逸れた。
愛した女に似ない弟の姿があることに、少し安堵が滲む口元を、見る者は。
「中身は……随分と拗らせてンな、タチ悪ィ。おお怖……」
見るだけでわかるものだ。
男姿の彼奴の中身。
だって後ろ手に抱えているのが透けて見える。
大きくて、斑らに黒くて、甘く苦いハートの形。
もうひとつは。隠れるくらいに小さくて、その割に重くて、絡んだ鎖が解けないハートの形。
不恰好に持った侭、互いに見せずにいる。見えないつもりでいる、歪なパズルの最後の一欠片。
呪い(あい)が零れる。
孕んだ闇(あい)は深く二人を包み込む。
どろどろに汚れて、塗れて、その先は。
──待っていた。
待っていた。
真正面からお前を殺してヤる機会(ゆめ)を。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アンバー・ホワイト
籠の中にいた頃のわたしは、愛することも、約束することも、大切に思うことも
何も知らなかった
わたしは人の夢だった
ただ美しく可憐に彩られて飾り付けられて
姿を見に来た者に一時の幸せを与えるような、幻想
黒く染まっていったわたしは、その幻想を壊してしまった
酷く寂しい幻想のわたし、孤独なわたし
わたしは彼らに何も求めていなかった
けれど、彼らに求められていた
ただ美しくあること、この世のものとは思えない美しさで、幸せを魅せること
あの館の人々は、白く美しいわたしの幻影を未だ追い求めているんだろうな
わたしはもう、籠の中の小鳥じゃないよ
生のために縋り付くなんてこと絶対にしない
前を、寂しい背中を見て歩いてやろうじゃないか
●
檻の中に白い竜。
美しくあれと彩られ、可憐であれと飾り付けられた籠の鳥。
持て囃したのは人間だ。
幼い彼女を檻に閉じ込め、夢とした。
彼女は人の夢となった。
檻の中から姿を見せては幸せを与える、幻想だった。
館の中の真白の夢。
何にも染まらぬさいわいの夢。
追い求め、追い縋った、砂上の城。
果てや瓦解はすぐそこで。
羽先、尾の先、角の先から。
白が黒へと侵食された途端に夢は、崩れ去った。
わたしが幻想を壊してしまった。
アンバー・ホワイト(星の竜・f08886)は夢路を往きながら眉を下げた。
酷く寂しい幻想のわたし、孤独なわたし。
わたしは彼らに何も求めていなかった。
愛することも、約束することも、大切に思うことも。
何も。何一つ知らなかった。
けれど彼らには求められていた。
こうして夢路の中、幻想を求め止まずに歩き続ける寂しい後ろ姿を見るまでもなく。
求められているとわかっていた。
ただ美しくあること。この世のものとは思えない美しさで、幸せを魅せること。
黒く染まっていくのを止める事など出来なくとも。
籠から出た黒の竜は、生のためにその背に縋り付くなどもう有り得ない。
だって知っているんだ。
誰かを愛し、大切にして、慈しんで。
そうして約束をした。
わたしの手にはこんなにもたくさんのものが溢れている。
サムリングが煌いたのを、今だけは見なかった。
ただ白く群れるような、顔も見えないたくさんの背中を、見つめて歩いた。
大成功
🔵🔵🔵
花剣・耀子
●
見えるのは人影。
上背のある男物の着物。
後ろ姿でもわかる、欠けた角。
別れてから10年以上は経つけれど、見間違えようもない、その手。
足を止めたのは、すこしの間だけ。
足取りが重いのは追い越そうと思わないから。
気が進まないわけではない、筈。
あたしを、愛したヒト。
愛したヒト?
オブリビオンの見せる夢よ。
それを頭から信じてやる必要なんて、ないのだけれど。
ねえ、師匠。
師匠はこの感情に、名前をつけていたのかな。
並ぶあたしは、いまの歳かしら。それとも昔のままかしら。
どんな顔をしているかなんて見たくはないから、
あれだけでも先に斬ってしまいたいわね……。
……だめかしら。だめよね。そう。
見失わないよう、追いかけるわ。
●
あたしを、愛したヒト。
愛したヒト、ですって?
花剣・耀子(Tempest・f12822)はふっと笑った。
だって笑うしかないじゃないか!
上背のある後ろ姿だった。
男物の着物、後ろからでもわかる欠けた角。
ああ、十年以上も経つのに全然変わらない、見間違えようもないその手。
それの後ろに続いて歩く足が少しの間止まった。
足取りが重いのは追い越そうと思わないから。
追い越してはいけないから。
そうよ、それがこの夢のルールなんでしょう。
だからそれに従っているの。
気が進まないわけじゃ、ないんだから。
オブリビオンの見せる夢を、頭から信じてやる必要なんてないんだから。
笑って、笑って。
ぎこちなく一歩踏み出して。
一歩ずつ重く、歩き出す。
見間違えるわけもないあの人の手に、するりと小さな手が絡む。
幼い自分の横顔が見える。
楽しげに何かを話している。
あの人の背が高いから、近くにいると首が痛くなる程見上げなくちゃならないのに、どうしたって傍に寄りたがったあの頃のあたし。
どんな顔をしているかなんて見たくもなくて、鯉口を切りかけた。
けれど思い直す。
だめよね、そうよね。そう。
あれだけでも先に斬ってしまいたかったけれど。
──ねえ、師匠。
師匠はこの感情に、名前をつけていたのかな。
どんな名前で、呼んでいたのかな。
目を伏せて、開ける。
その背中を追い掛ける。
見失わないように真っ直ぐ見つめて、まるで、あの頃のように。
大成功
🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
誰だっけ。誰だったっけ。
見覚えのある背中がどんどん遠退いて行く。
本当は誰だか覚えているケド。
おかしいなァ……。
朧に揺らぐ背中は小さいけれど大きくて
アァ……全然いとおしくないンだけどなァ…。
おかしいおかしい
笑いが出てしまうネェ…。
ちくちくと薬指が痛む
夢ならば早く覚めてくれませんかー
コレは夢は見ない主義なんだよなァ
だって賢い君もオーブに眠る青い鳥も白黒の竜もみんなみーんな待っている
ずっとずーっと待っている
そこの誰かサン早く消えてくれませんかネェ…
じゃないとまた――。
なんでもないサ
いとおしいネェ…
賢い君
●
誰だっけ。誰だったっけ。
見覚えのある背中がどんどん遠退いて行く。
本当は誰だか覚えているケド。
誰だっけ。誰だったっけ。
そんな事コレに訊かないで。
そんなもの消えてほしいだけ。
揺れて揺らぐ足跡はふたつ。
朧の背中は小さいけれど大きくて、厭になる。
「アァ……全然いとおしくないンだけどなァ……」
おかしくて、おかしい。
笑いが出てしまう。
泪は出ていかない。
罅割れるようだ。薬指の瑕がひとつ、ぴしりと傷む。ちくちくと痛む。
コレを愛していただって?
莫迦げてる。
夢なら夢らしく、早く覚めちゃくれませんか。
コレは夢は見ない主義。
だってみーんな待っている。賢い君も、オーブに眠る青い鳥も、白黒の竜も。
ぜんぶぜーんぶ待っている。
アレは待ってなんかいない。
コレを待ってなんか、いない。
朧の背中だけを見せて、ゆらり揺れる影だけを見せて。
待っているだなんて莫迦げてる。
「ネェネェ、そこの誰かサン? 早く消えてくれませんかネェ……」
じゃないとまた。
また。
── ちゃうよ。
「……なんてネ」
なんでもないサ。
呟きを聞く賢い君を、撫ぜて撫ぜては夢路を辿る。
いとおしいネェ。
賢い君。
莫迦らしいネェ。
誰かサン。
大成功
🔵🔵🔵
鵠石・藤子
前を歩くそれは母親の姿をしていた
だから、瞬きをする
ゆっくり、一回、二回…
淡い着物を着た彼女
その姿を追いながら思うのです
…あなたが想ったのは、わたしなのでしょうか
藤子さんでしょうか
何れにせよ
…愛してくださったのですね
藤子さんにも教えてあげよう
どうしたのかしら、珍しく、眠ってしまっているけれど
藤子さんならば、もしかしたら
わたしの姿なども見えるでしょうか
そうしたら、
自分の姿に愛されてもと眉を寄せるでしょうか
想像すると少し笑ってしまいそう
兎に角、想ってくれる人が居たのです
或いはあなたを、わたしたちを
心は凪いでいて
ただこの世界が、綺麗だなと瞬く
わたしも、あなたが好きでした
心に浮かんだ言葉を
景色に溶かして
●
鵠石・藤子(三千世界の花と鳥・f08440)は瞬きをした。
ひとつ、ふたつ、ゆっくりと。
夢路の中。花の香りがする。
靄かかる景色の中で静かな足音が聞こえる。
前を歩く背中は淡い色の着物を着て。
──母親の姿だと、すぐにわかった。
「愛してくださったのですね」
彼女が想ったのが藤子であっても、トーコであっても。
或いはふたり共へ向けられたそれを、嬉しいと思う。
どうしてか深く眠っている藤子にも後で教えてあげようと考えながら、母の背を追いながら。
此処にいるのが藤子だったならと考える。
そうしたら、母の隣で手を引かれる自分の他にもうひとつ、慈しむ眼差しを向けるトーコの姿が見えたかもしれない。
それを見て、自分の姿に愛されてもと眉を寄せるかもしれない。
想像して少し、笑ってしまいそうだった。
「……想ってくれる人が居たというのは、しあわせなことです」
或いはあなたを、わたしたちを。
愛してくれていたことを、その背中が教えてくれる。
凪いだ心に映るこの世界はただ、こんなにも綺麗で。
瞬く瞳。花の香りを吸い込んで、水面に描く水紋のように浮かんだ言葉を吐息に乗せる。
溶け消えてしまうのを、見送る。
──わたしも、あなたが好きでした。
大成功
🔵🔵🔵
セリオス・アリス
●
出てくる人:アレス◆f14882
出てくるなら…やっぱ母さんか?
…夢だとしても自分のせいで死んだような母親にどういう顔して会えばいいんだか
アレス?なんだ、夢が繋がることもあるんだな
遠くから呼び掛けようとして
アレスの近くにいる自分に気づく
なら…出てきたのがアレスってことか?
俺が、ならわかる
10年殺意とアイツが生きてる事だけに縋って鳥籠で生きてきた
アイツの為じゃなく生きてて欲しいと願う自分の為に
それくらいには、大事に思っている
傍にいたいと思っている
でも今回は…俺を、だろ
いや、大事にされてるのはわかる
わかるがそれでも…
この夢に出てきて欲しくない
無性にそう思った
この気持ちの出所に蓋をしたまま
歩いていく
●
薄明の銀鎧。
翻るマント。
少し淡い金の髪が歩く度にふわりと揺れる。
「アレス……?」
遠くに見えた幼馴染の背中。
目を瞬くセリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)が思わず駆け出す。
「なぁんだよ。この夢繋がるんだな、なぁアレ……」
伸ばしかけた手が止まる。
ああ、確かにおかしい。
だって隣には、長い黒髪が棚引いて。
並んで歩いているのは、俺とお前。
きっといつも他の誰かが見ているだろう自分達の後ろ姿。
笑い合って、ふざけ合って、時に窘められて。そんな当たり前の日常を、今目の前で見せつけられて。
「──なんで、」
十年。
お前が生きてる事だけに縋って鳥籠で生きてきた。お前の為じゃなく、生きてて欲しいと願う自分の為に。
それくらいには、大事に思っている。
傍にいたいと思っている。
だから、自分が愛しているものの姿を見せられるのならわからなくはないのだ。
けれど今は。
この夢は、そうではない。
「……なんで」
この夢には、出てきて欲しくなかった。
何故だかわからないけれど、そう思っていた。
胸の奥が気持ち悪い。
大事にされているのはわかっていても、並んで歩く後ろ姿に、違うと叫びたくなる。
その夢は夢で。俺じゃない。
心に蓋をしたくて足を早めた。
蓋をしたまま、歩いていく。
知らない振りをしたいだけの、子供のように目を背けて。
大成功
🔵🔵🔵
アレクシス・ミラ
●
現れる人:セリオス◆f09573
現れるなら…両親だろうか
僕と同じ色の瞳の父さんと
僕と同じ金髪の母さん
…2人はこの世にいない
幼い頃、騎士だった父さんは街を守る為に戦って
12年前、母さんはセリオスを攫った吸血鬼に返り討ちにされた僕を庇って
…出来ればまだ会いたくない
現れたのは予想とは違った人物だった
…セリオス?
どうして
だって、これは僕「を」…
…僕は君を救いたくて滅びゆく街で生き続けた
君にもう一度会いたくてあの世界を旅した
…我ながら親不孝者だな
君を諦めきれなかった
傍にいたいと思うし
必ず守ると誓った
…とても大事に思っている
…まだこれが君の本心だと知った訳ではないが
夢幻を追う
…君の本心を知りたくて
●
靄かかる夢の回廊は果てが見えない。
アレクシス・ミラ(夜明けの赤星・f14882)は少し周りを窺いながら歩を進めた。
夢へ足を踏み入れた途端、共に居たはずの黒鳥とは分かたれてしまった。恐らくそうなるだろうと思ってはいたものの。
静かな夢だった。
思い浮かべるのは両親の顔。自分と同じ色の瞳の父と、自分と同じ色の髪の母。
その面影だけを残すように、今二人は遠い空の上だ。
幼い頃、騎士だった父は街を守る為に戦った。
十二年前、母はセリオスを攫った吸血鬼に返り討ちにされた僕を庇って、──。
出来ればまだ会いたくはなかった。未熟な己を見せたくは、なかった。
夢の足音に顔を上げて、足らぬ覚悟に眉根を寄せる。
「……え?」
けれど揺れたのは長い黒髪。
漸く見慣れたその色と、隣を歩く己の姿。
あの滅びゆく街で生き続けて、絶望と常夜の世界を旅して歩いたその所以は唯一つ、君だった。
君を救いたくて、それが叶わなくとも諦め切れなくて、もう一度逢いたくて。
噫、そうだ、言われるまでもなく。示されるまでもなく。
君が大切だ。
傍にいたいと思うし、必ず守ると誓いを立てた君を。
今は未だ夢まぼろしの背中を追いかける。
「……我ながら親不孝者だな」
見えたのが両親ではなかったことに安堵していて。
見えたのが君だったことに、嬉しさを覚える。
まだ知らぬその本心を知りたいから。
──教えてくれるかい、セリオス。
大成功
🔵🔵🔵
桜屋敷・いろは
輝夜さん(f07903)と
ソロ可
ふわりふわりと、
覚束ない足取りで進む
ここはゆめ?げんじつ?
確かめようと共に来たあの勿忘草色の澄んだ眸を求めて手を握りなおす
——空を掴んだ気がした
振り向くと、誰もいない
ザァ、と桜の吹雪が視界を染める
吹雪の先には
嗚呼、その先には
お気に入りの真白いシャツに、蘇芳のベスト、同じ色の蝶ネクタイと、野暮ったくて大きな丸いレンズの眼鏡
見まごう事などない
声を掛けようと駆け寄ると、彼は曖昧に笑んで背中を向けて歩き出した
左膝を庇うひょこひょこした歩き方
染まりきらない白髪
貴方は貴方ってヒトは
お願い、振り向いて
一歩一歩、歩き出す
知りたい事聞きたいことが沢山あるの
お願い…
ねぇ——マスター
●
現実味のない、ふわふわとした足元。
ここは現か、夢なのか。
確かに握っていた手を握り直す。
けれど掌は空だった。星屑は、勿忘草色の瞳は、どこにもない。
「……輝夜さん」
迷子のような声だった。
振り向いても誰もいない、何処か前やら後ろやら。
目眩に振り回されるような感覚に桜屋敷・いろは(葬送唄・f17616)が瞬きをした。
桜吹雪。
陽光が眩しい程に花弁を差す。
隙間から蘇芳色が瞼を灼く。
手を翳して光を避けるその先は──噫、瑕が痛い。
いつも着ていたお気に入りの真白いシャツに、蘇芳のベスト、同じ色の蝶ネクタイ。野暮ったくて大きな丸いレンズの眼鏡。
手を伸ばす。
駆け出して。
けれど追いつけない。
曖昧な笑顔がゆっくりと背中を向けて、歩いて行ってしまう。
左膝を庇うひょこひょこした歩き方、染まりきらない白髪。
何もかもが届かない。
──貴方は。貴方ってヒトは。
お願いだから、振り向いて。
「ねぇ──お願いよ、マスター……」
知りたい事が沢山あるの。
聞きたい事が沢山あるの。
だからこの手に掴まえさせて。
あなたの声を、聴かせてよ。
大成功
🔵🔵🔵
輝夜・星灯
いろは/f17616 と
○ソロ可
私を、愛したもの。
……それは、少し気になるかも、しれない。
そんな淡い欲と、桜色の絹糸と共に、受けた依頼。
七彩の海月を観た後、気付けば夢路で、夢と分かった。
わたしを、あいした、もの?
見えた後姿は知らない人間のもの。
けれど、私はこれを。……しって、いる。
今、腰に携える黒曜。私が拐かした刀。魔を誘引する力。
ふたつに結わえ、纏められなかった残りを流した、月影薫る金髪。
本能が知っている。私の罅が知っている。
あの子だ。あの子だ。あの子だ。
私のせいで生まれられなかった黒だ。
私の為に死んだ月だ。
はなさなければ、ならない。
確信に近い何かを以て、ひとつ。贋物の地面を踏みしめた。
●
輝夜・星灯(迷子の星宙・f07903)に過ぎったのは淡い欲。
『私を愛したもの』と、会えるのだと。
共に居たのは桜色の絹糸。
けれど七彩海月の夢の続きは、ひとりだった。
贋物の地面と知って踏み締める。
ひとりの夢の果ては、ふたりだった。
「……わたしを、あいした、もの?」
知らぬ背中だった。
ふたつに結わえ、纏められなかった残りを流した金髪。
ゆらゆらゆれる、月の影。
知らず伸びた白い指先が、腰に携える黒曜をなぞる。
私が拐かした刀。魔を誘引する力。
知らぬ背中の筈だった。
けれど。
私はそれを、知って、いる。
私の奥底が、私の罅が、そう言っている。叫んでいる。
あの子だ。あの子だ。あの子だ。
私のせいで生まれられなかった黒だ。
私の為に死んだ月だ。
頭が痛い。
喉が渇く。
胸の裡の星見水晶が揺れて揺れて仕方ない。
「はなさなければ、ならない。そうだね?」
私はそれを、知らなければならない。
星は月の貌を見るために、揺れる月影の背を追った。
大成功
🔵🔵🔵
靄願・うぐいす
んふふ、佳い風の吹く湖ですこと
鼻唄混じりにのんびりお気楽牛歩
私を愛した人、となれば勿論うちの店の旦那でしょう
こんなに天晴れな看板息子を持てて幸せでしょうからねぇ
…さて、あれは私の後ろ姿。隣には…あらら
苦笑の先にはきっと私を置いて消えた放蕩者――弟の姿
旦那のいけずぅ、私もっと愛されたいんですけれどね
桜の咲きこぼれる世界を仲睦まじく辿る兄弟の背を見守る
落ちこぼれを謳歌し気儘に生きる私と反対に、
父や母の愛と期待を一手に受けた弟
けれど私なんかを慕っていつも三歩後ろを付いてきた
…あんな目で私の背を見ていたなんて、知らなかった
ああ、愛しくて寂しいものです
今度は独り置いていかれぬよう、少し歩みを速めて
●
●
鼻歌交じりに歩く湖畔。
いつのまにかそれが靄めいた夢に覆われて、ひらり、桜が舞い落ちる。
のんびりのんびり、ゆらゆらり。
桜の花弁に似た足取りで歩いていく靄願・うぐいす(春の秘めごと・f11218)には、夢の心当たりがあった。
勿論うちの旦那でしょう、なんて思っていたのだ。
和菓子屋を営む、気難しい壮年の男性。旦那と呼び慕う居候先の家主。
「こんなに天晴れな看板息子を持てて幸せでしょうからねぇ」
じわり、滲むように湧き出したふたつの背中に驚きもせず前を見つめる。
朝の早くから少し猫背で餡を煮る、厨房着に包まれる見慣れた背中があるものとばかり。
だのに。
「……あらら」
自分の背中、その少し後ろにあるのは、──放蕩者の弟の姿。
きっと私を置いて消えたそれに苦笑が溢れて止まない。
「旦那のいけずぅ、私もっと愛されたいんですけれどね 」
ああ、戻ったら何やかやと、彼には伝わらぬ心模様を抱いて懐いてみようか。
前を歩くは桜の咲きこぼれる世界を仲睦まじく辿る兄弟。
見守る眦が少し下がる。
私は、落ちこぼれだった。それすら謳歌し良しとして気儘に生きる私とは反対に、父や母の愛と期待を一手に受けた弟だった。
それなのに私なんかを慕っていつも三歩後ろを付いてきた。
いつも後ろにいたから知らなかった。
──あんな目で私の背を見ていたなんて、知らなかった。
優しい、あこがれを見るようなきらきらとした眼差し。
苦しいくらいに真っ直ぐで、こわいくらいに素直な笑顔。
ああ、愛しくて寂しいものだ。
知らず足を早める。
置いていかないで。
行かないで。
届かないとわかっているから伸びない指先を丸めて握る。
独りになるとわかっている夢路の果てへと、歩いていく。
大成功
🔵🔵🔵
真宮・響
【真宮家】で参加。
海月が辿る夢路を辿るといつの間にか藤浪が揺れていて。紫の花の向こうにあの人を見る。そしてかつてそうだったようにアタシ自身が傍に寄り添っていて。
忘れはしない、最愛の夫、律が目の前にいる。家を捨ててまであの人に着いてくと決めた、あの時の思いそのままに。失われた光景を追って辿る夢路に何があるだろうか。覚悟を決めて、進むよ。
真宮・奏
【真宮家】で参加。
夢路の向こうにあの人に似合う金木犀がいる。出会った頃から恋してた、愛しい人。
あの人は確かに「愛してる」と言ってくれた。恋人への愛ではなく兄妹愛だったけれど
。・・・・大事な義兄、瞬兄さん。
瞬兄さんにいつものように寄り添う私は妹としてか、恋人としてか。胸は騒ぐけど、確実に道を辿って行こう。
神城・瞬
【真宮家】で参加。
【真宮家】で参加。
目の前の前はあの子を表しているような向日葵。ああ、確かに僕を「愛してる」と言ってくれた。
今の所は義妹。でもいつかは迎えに行くと決めている。大事な義妹・・・奏。
僕自身と寄り添って歩く奏はいつもの光景だけど。その夢路の果てに何があるのか・・・覚悟して歩みを進めよう。
●
覚えのある匂いだった。
風に揺られて降りてくる、甘やかな花の香り。
薄紫色の藤浪。
紫の天蓋は視界を覆い、隠して、その先にひとつの光を見せた。
「……律」
波の向こうの背中に、真宮・響(赫灼の炎・f00434)の声が震えて落ちた。
旧家の令嬢だった響が、家を捨ててまでついていくと決めた最愛の夫。
駆け落ちだった。
失われたいつかの日、同じように隣に寄り添っていた自分の姿が見える。
その手が嬉しそうに、未だ膨らんではこない胎を撫でた。
『名前どうしようか。もう決めた?』
ああ、この頃は口を開けばそればかりだった。
まだ男か女かもわからないのに。
『どちらでも嬉しいけど、だって楽しみで』
夫の手が重なって、二人で胎を撫でる。
日に日に大きくなる赤児と、気遣う夫と。
やがて産まれた娘との日々も長くは続かなかったと、思い返しながら。
歩みは弛まず、覚悟を紫眼に宿して。
その先に何が待とうとも。
●
それはあの人に似ていた。
遠くからでもわかる強い香り。
金木犀。
風に花を散らしながら戦ぐ、橙色。
ひらり、はらり。不確かな足元に降り積もっていくそれが夢だと知っている。
烟る靄から淡い金糸の髪が覗いた。
それだけで胸が高鳴った。
──瞬兄さん。
一目会った時から恋をしていた。まだ幼く仄かな想いだった。
温め続けたそれがいつしか言葉に、形にできるほど棲みついて。
義兄が確かに、『愛してる』と言ってくれた事がある。
恋人に向けるものではなく、兄妹としてのそれだとわかっている。
それでも、この夢に見れる程には想ってくれているのだと。
「だから私、行くよ。この先まで」
今はまだ夢の私が寄り添う隣。それが妹としてか恋人としてかは、わからないけれど。
真宮・奏(絢爛の星・f03210)は口を引き結び、真っ直ぐに足を踏み出す。
ゆらり、揺れた花の香にも紛れない程。
●
向日葵が首を擡げた。
ゆらゆらと大きな頭を揺らして真っ直ぐに空を仰ぐ。
夏の日差しはここになくとも、蝉の声は聞こえずとも。
なんとはなしに昔遊んだ事まで思い出して、神城・瞬(清光の月・f06558)は微かに口元を緩める。
背の高い向日葵に埋もれてしまうような、小さな背中。
昔に比べても随分と大人びたものだと、感慨めいた想いを懐く。
──義理の妹、奏。
父亡き後、自分を拾い上げてくれた義理の母の娘。
今のところは未だ義妹。だけれどいつか、きっといつか、迎え入れると決めている。
妻として、隣に。
『愛してる』と告げてくれたその言葉のままに、こうして夢路に見れたこと。
さて、彼女に告げようか告げるまいか。
彼女の小さな背中に寄り添い歩く自分の後ろ姿はまるで、いつも通り。
その先に何があるのか、彼女も僕も今は知らない。
或いは、この夢それそのものすら、知らないのかもしれない。
未来など、行く末など。
この一歩一歩がやがて、その礎となるのだとしても。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸 アドリブ等歓迎
あたしを愛したもの
あたしの可愛い人魚以外にいるのかしら?
そんなの
ゆらり揺れたと思ったら
ああ、見えたのは
父上……母上……
そして、2人と手を繋ぐ小さな『私』
小さく鼻で嗤う
あたしに呪詛をかけて勘当し追い出したのに
あたしを否定してついぞ認めなかったのに
愛なんて
けれど2人は小さなあたしに笑いかける
―期待している
―可愛い息子、お前は誘七の誇りである
―生まれてきてくれてありがとう、愛しい子
2人の言葉に笑顔で応える幼い私
五月蝿い
その言葉の逆のことしか言ってくれなかったくせに
どうでもいい事のはずなのに
どこかで望んだ理想が遠ざかる
あたしには手の届かない愛
胸が痛い
悪趣味ね
こんなものを
見せるなんて
●
どこまでも続くと思った。
現実味のない捻れた地面に靄の空。
漂う香りはぐるぐると目紛しく四季を告げる。ぽとり、と足元に赤椿が落ちて、梅花が開く音がして、やがてこぼれる。
誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)は息を吐いて前を見た。
「あたしを愛したものなんて、あたしの可愛い人魚以外にいるのかしら?」
そんなの、いる訳がない。
それに折角あの子に会うのなら、夢ではなく本物がいい。
少し微笑んで、帰ったらどんな話をしようかなんて考えて──ぴたり、足が止まった。
ゆらり揺れた靄の中に人影みっつ。
忘れやしない。
「……父上……母上」
大人がふたりに子供がひとり。
両親と手を繋ぐ小さな『私』。
ふっと鼻で笑ってしまった。今更、今更だ。
あたしに呪詛をかけて勘当し追い出したのに。
あたしを否定して終ぞ認めなかったのに。
愛なんて。
「そんなの」
ああ、声が聞こえる。
一方的な物言いではなく、きちんとした会話。
親子の、会話。
『期待しているよ、櫻宵』
『はい、父上!』
『可愛い息子、お前は誘七の誇りである』
大きな手が子供の頭を撫でる。
『生まれてきてくれてありがとう、愛しい子。櫻宵』
『……えへへ。はい、母上』
見上げた母の優しい笑顔。
応えた私もまた笑みを浮かべて、嬉しくて、二人の腕を振りながら歩いた。
「五月蝿い」
──期待外れだったな、櫻宵。
──おまえなど誘七の恥だ。
──あなたなんて、産まなければよかった。
「……五月蝿い」
真逆の事しか言ってくれなかった癖に。
どうでもいい事の筈なのに。
その光景は見るに堪えなくて、耳障りで──どこかで望んだ理想だった。
足が重い。
三人の背中が遠去かる。
『あたし』にはもう手も届かないもの。
あたたかな、嘗ての愛。
「悪趣味ね……こんなものを、見せるなんて」
ああ、それとも。これを素直に喜べないあたしが、捻くれているのかしら。
ねえ。父上、母上。
大成功
🔵🔵🔵
ヴォルフガング・ディーツェ
海は魂の還る場所…そんな伝承は色々な世界、時代で聞いたものだけど
本当にそうなら良かったのにね…
愛した人…現れるのはきっと双子の妹、養い子達だ
皆と出会った時代は違う、結んだ縁の形もまた
けれど、これは夢のような泡沫であるならば、共に生きたかったと願う我が業。現実ではない光景が像を結ぶだろう
オレが左、妹が右、養い子達は真ん中
ありふれた家族の様に手を繋いで、楽しそうに肩を揺らしながら、歩いている
正面であるなら、この老いた記憶の罅が痛みを遠ざける。虚像であると断じる事が出来る
けれど、齟齬が見えないこの光景は優しくて…そして地獄だ
笛の様なか細い呼吸は誰だ
滲む視界は見えない雨か
きっと、そうだ
オレじゃあ、ない
●
海は魂の還る場所だと云う。
海は何もかもを呑むと云う。
叫換を、悲哀を、愉楽すらも。
ヴォルフガング・ディーツェ(咎狼・f09192)はいつものような飄々とした足取りで、夢路を歩いた。
色んな世界で、時代で、同じような話を聞いた。
本当にそうならどんなに良かったか。
だって今目の前で、呑まれなかった嘗ての日々が鎌首を擡げる。
声がする。
右に懐かしい半身、双子の妹。
左に、まだ見た目と中身が釣り合っていた頃の、昔のオレ。
そうして二人を取り囲むように、幼い幼い養い子たち。
子供の声がきらきらと陽光のように飛び散る。
纏わる幼子をひとりひとり腕にぶら下げ遊んでやると、一際歓声が跳ねる。
くすくすと笑う妹が、両手に養い子たちの小さな手を繋いで遊ぶ様子を見守っている。
本当ならばそれはあるべき姿ではない。
出会って別れた時代は皆ばらばらで、結んだ縁の形もまた異なる。本来ならば、そこに皆が一緒にいるなど有り得ない。
けれどそれが泡沫の夢なれば。
共に生きたかったと願う業なれば。
それを虚像と断じるにはあまりに遠く、あまりに柔らかな。
握り潰して引き裂いて、何も無かったと云うには無罪に過ぎる。
老いた記憶の罅を埋めるありふれた家族の姿を、虚妄と目を背けるには時が経ち過ぎた。
齟齬が見えないこの光景は優しく、そして地獄だった。
笛のようなか細い呼吸は逸れた幼子か。
滲む視界は見えない雨か。
残影は振り向かない。
振り向かない。
閑らかな日々の足音だけが、獣の耳を埋め尽くす。
連れて行ってなどくれない。
やがて彼らは立ち止まる。
ゆっくりと振り向いて──あの日と変わらぬ眼差しで、オレを見る。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『『蒼海の泡姫』水魚』
|
POW : 殺気瓶瓶
【強く握りしめたボトル】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
SPD : 回転打尾
【高速回転を行いながら尾びれ】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
WIZ : 酒泡発射
【コルクを抜いたボトル】から【滝のごとき勢いの放水】を放ち、【特殊な成分でほんわかした気分にさせる】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
●
ふわふわと覚束ぬ足元。
夢の背中を追ったその路は、幾人へも開かれた。
辿り辿った足跡は、いつかの誰かの声の色。
眠りに落ちて見るものを夢を云う。
目を開いて真っ直ぐに見つめた先を夢と云う。
路の涯、振り向いて目が合った其れを、あなたは何と呼ぶだろうか。
▽!Caution!▽
この先は『夢』との対峙になります。
追って歩いた背中が振り向き、向き合う事ができます。
会話、触れ合い、問答、或いは──。
どうぞ御心のまま、お好きなようにお過ごしください。
夢から覚める事を望むのであれば、最後にその『夢』を斃す旨をお書き添えいただければと思います。
囚われたままでいるのなら、夢と共に揺蕩う事もできます。
還る事が出来るかどうかはわかりませんが、それをあなたが望むのならば夢は叶えることでしょう。
それでは、よき夢を。
オズ・ケストナー
●
栗色と目が合った
「おとうさん」
わたしが見える?
おとうさんの夢なら
言えるだろうか
言ったら、とどく?
『まだ若いのに』
わたしがちゃんとわかっていたら
助けられていたら
きっとまだいきていた
「ごめんなさい」
音にはならない
おとうさんが微笑んでいる
目の奥が熱い
落ちるものはない
人形だから
おとうさんの手が
ケースのわたしじゃなくて
わたしに伸びる
あたたかい
いきている
ケースを出たわたしは一度もふれられなかった温度
だからこそ
終わりにしなきゃいけないとわかる
つめたいおとうさんを知っているから
これはほんとうじゃないってわかってしまう
おとうさん、だいすき
振り上げた斧
何度もまぼろしはたおしてきたけど
いちばん手がふるえて
ばいばい
●"Herzliche Grüße"
「おとうさん」
オズ・ケストナーの声はきっと震えていた。
人形に、恐怖というものがあるのなら。
そのさき(未来)を、想う心があるのなら。
本来あるはずのないそれを宿したオズだから、どうしたって考えてしまうのだ。
わたしが人間だったなら、きっとおとうさんはまだ生きていたのに、と。
『まだ若いのに』
『お子さんは今日はいらしてなかったの? 災難ねえ』
『人形や絵はどうするのかしら。このままこの家に置き去り?』
『そんなものにかまけているから……あ、あらやだ。ちゃんと自分の身も鑑みないとねえって、そういう話よ』
遠慮仮借のない他人事の野次馬。
おとうさんはしんだ。
それが事実だった。
『死』というものが、それに至るまでが理解できるほどには、オズが心を得てから時が経ってはいなかった。
本当に、すぐだったのだ。
鍵のかかっていない硝子ケースの扉を内側から開ける人形の腕に、見慣れた瞳は最初は驚いて見開かれて。けれどそれもすぐに喜びの色に変わった。朝のおはようを告げる時よりも余程下がった眦で、名前を呼んでくれたのだ。
『オズ。これは夢かな、それとも本当? 君が、歩いているとは』
「──ごめんなさい、おとうさん」
それから幾らもも立たない頃だった。
おとうさんが倒れて、もう二度と、目を覚まさなかったのは。
「わたしがちゃんとわかっていたら。助けられていたら」
電話を掛けて、助けを呼んで。
……ううん。もっと早くに気付いて、病院に行かせて。
たったそれだけ。そんな今なら出来るような事が、あの時にはできなかった。
ただそれだけが、胸の裡の傷を生んで膿んでいつまでも引っ掻く。
「おとうさん……!」
何度呼んだってもう届かない声を張り上げた。
きつく閉じた瞼を開いて顔を上げると、まるでいつもの朝と錯覚するような微笑みを浮かべるおとうさんがいる。
栗色の髪が揺れている。
眼の奥が熱い。だけれど泪など出やしない。
ひとのように泣く事すらできない、今も、あの時も。
こつん、と、胡桃色の木床を靴裏が叩く音。
おうちの音。朝の訪れ。
ケースの中の動かないオズではなく、今のオズへ。
『おとうさん』の大きな掌が伸ばされた。
「 ──」
優しい音が降ったから。
背中を押すようだったから。
きっとあの時より、その心を掬えている筈の自分が、そう思ったから。
「……うん。あのね、おとうさん」
震える手で握り締めたのは手に馴染むほど細い斧の柄。
ふわりと、柔らかな金色の髪を撫でる手は、それが見えているはずなのに暖かなままで。
自分からは一度も触れられなかったそれが本物でない事の証明だなんて、これが夢だと教えてくれるなんて。
幸せなのに、嬉しいのに。
何もわからぬまま命の失せた身体に触れた冷たい記憶よりも、艶やかなまでに寂しさを募らせる。
「ありがとう、大好きだよ」
斧を振り上げる。
あなたは笑っている。
その手が離れていく。
あなたは、笑っていた。
──ばいばい。
大成功
🔵🔵🔵
ジェイクス・ライアー
●
▷ダンドへ
何処かにお前がいると思うと、背筋が伸びる
▷斃す
懐かしい貴方の姿に胸が締め付けられないと言えば嘘になるけれど
ナイフを抜き構える
こんな場とはいえ懐かしく思えてしまう
まるでいつかの手合わせのよう
いざ。
貴方の目元の皺は優しく、指揮棒を振るような優雅なナイフ捌きは鮮やかで
命を摘み取ることばかり上手くなってしまったけれど、貴方に近づくようにと背伸びは続く
見切るのに容易く、その背は小さく
(そうか、貴方は猟兵ではなかったから)
「笑わないでください」
(貴方はすぐ私をからかう)
刃を交え、言葉を交え
命の取り合いとは思えないほど穏やかな時間
すぐ熱くなる私を
叱り、見守り、愛してくれた貴方を
私も愛していました
●
共に来た、今は見えないお前もこの夢のどこかを漂っているのだろう。
そう思えば自然に背筋が伸びる。情けない姿など見せられやしない。
一度閉ざした瞼をゆるゆるを開けば、ジェイクス・ライアーの前には一人の男が佇んでいる。
目元に皺刻むその顔は懐かしくも忘れ得ぬ。
その笑みは儚くも確かな。
「──先生」
二度目、呼び掛ける己の声すら穏やかに解けてしまう。
貴方の前では未だ子供の心地にすら戻れるから、不思議なもの。
子供姿の自分の姿が夢に溶け、代わりに師の手にあの頃のままの得物が握られる。
あれに勝てた事は終ぞなかった。貴方が生きている間には、一度も。
今ならば勝てると、そんな易い話もないだろうけれど。それでも己に課したのだ。貴方を此処で、斃すと。
揃いのようにこの手に握るもまた同じ、鋭い一振りのナイフ。
まるでいつかの、手合わせのようだ。
『──先生!』
呼びかけると貴方は少しの間を置いて振り向く。
いつもそうだった。きっとひとつの癖だったのだろう。
『今日こそは、一本取ってみせます』
『そうか。それは楽しみだな』
手に持つのは甘い菓子や玩具ではなく。
伸ばされる腕は抱き上げるためのものではなく。
子供らしさを削りながら生きたその刹那に感じたのは、苦いものではなかったように思う。
──それでもそれは、貴方にとっては『愛し方』のひとつであったのだろう。
切り結ぶ一閃が語る。
翻るように躍る足先が微笑む。
そのどれもが、あの低い声で名を呼んでいる。
タクトを振るうのに似た優雅な手つきが今でも変わらない。
噫、見切るには易い。いつの間にか追い越してしまったその背は小さい。
なのに未だ、追いつこうと背伸びをしてしまう。
上手くなったのは命の摘み取り方ばかりで。
『少しは大人になったじゃないか』
振り抜いた切っ先が笑う。
「貴方に追いつきたくて」
追い縋って揺れる肩。
「……揶揄わないでください、先生」
見守るような眼差しが変わらないのを、何処か淋しげに目を伏せて一度、首を振った。
命ばかりを摘んできたから、今この時に貴方の喉を搔き切る己の手が、見えてしまった。
予知でも予感でもなく、確証。
殺し合うには随分と穏やかに過ぎてしまった夢の終わりはもう目の前。
一度握り直したナイフが迷うことなど有り得ない。
他でもない、それを教えてくれた貴方へ向ける、ただ一筋の想いであるならば。
「……先生、」
すぐ熱くなる私を、叱り、見守り、愛してくれた貴方を──
「私も、愛していました 」
ひゅ、とひとつ漏れる呼吸音と散った赫。
静かに閉ざされゆく瞳。
噫。
こんな時でさえ貴方は、潔い。
大成功
🔵🔵🔵
ダンド・スフィダンテ
●
▷ジェイクス
……彼は……いや、心配しても仕方ないか。
▷夢(斃す)
ゆっくりと追いながら、槍を握る。彼らの敵に回るのは、些か辛い。
それは事実だが。
「今度こそ、最期を見届けられるなら」
この目に焼き付けよう。
愛されたのなら、愛そうか
愛を持って、殺そうか
ここならそれが、出来る訳だし。
向き直り、目が合うだろう領の民。
易々と近寄る愛しい者達。明るい話題で笑う顔、それに相槌を打つ懐かしさ。
そろそろ一掃出来るだろうか?
槍を振るう。
上手く出来たか?怖くはないか?
愛しているとも
対する彼らの反応は?
最後まで、愛されていたのなら、とても嬉しい。
そうでなくとも、そんなもんだと諦めも付く。
うん、悪い依頼じゃなかったな。
●
彼は、と思い過らせてから。
ダンド・スフィダンテはふるりと頭を振った。
詮無いことだ。この夢を抜けない限りは。
その為にすべきは──振り向いた皆の顔を、よくよく見回す事。
人々に囲まれ歩いていたいつかの己はゆらりと陽炎の如く消え失せ、皆がゆっくりとダンドの方へ顔を向けていた。
城下へ出ると真っ先に声をかけてくれた老齢のミューズ。
いつも瑞々しい果実を投げて寄越した元気な青年。
いつもへの字口で気難しい、けれど動物と子供には優しかった壮年の農夫。
みんなみんな覚えている。愛おしい懐かしき領民達。
彼らの敵に回る事になろうとは。それが些か辛くとも、苦しくとも。
「今度こそ、最期を見届けられるなら──」
その為に今一度。愛されたのなら愛そうか。
愛すように、殺そうか。
「此処ならそれが、できる事だし」
いつの間にか掌に収まった長槍の穂先を振った。厭になる程手に馴染む。
「領主様」
「領主様、こっちへ来て! 今年初めて生ったのよ」
「そんなことより領主様、これ見てくれよ。大漁だろう?」
「ああ──」
街に溢れた他愛もない、明るく穏やかな話の種を、丁寧に拾っては相槌を打った懐かしさに酔い痴れながら。
ひとつ、喉を突いた。
「領主さ、」
ひとつ、首が飛んだ。
「──うしゅさま、」
ひとつ、……ああ、しまった。眼窩を抉った。
「……さ、ま、」
心臓を一突きにしても、案外すぐには動き止むものではないな。
上手く出来たか? 怖くはないか?
ああ、愛しているとも。愛しい民達。
無為な苦しみや痛みの無いように、丁寧に大切に。
あの日より余程安らかな、夢の終わりへと往く為に。
「……──」
物言いたげに伸ばされた血濡れの娘の腕が緩やかに落ちていく。
嫋やかな人差し指が頰に生温く線を紅く描いた。
「ダンド、さま」
そうして娘は笑って死んだ。
最後に見た、滅びる国の片隅で死にゆく誰かと同じ顔をしていたろうか。
そうならいい。そうだといい。
呪いながら恨み言を吐いて逝く事ほど苦しいこともないだろう。
だからそう、これは。
──うん、悪い依頼じゃなかったな。
そんな風に思うのは、赦されたいからだったろうか。
大成功
🔵🔵🔵
杜鬼・カイト
●
少女が振り返る。胸がざわついた
「…主さま」
思わず声がでた。そして思い出す
目の前にいる人物のこと…
あの人は、人型をとる前のオレの持ち主だ
悪意がない、優しい笑顔
『迎えにきたの。いっしょにいきましょう?』
優しい声音。無垢な笑顔
「主さま…」
……ちがう
…ちがう違う違う違うっ!!!
「嘘をつくなっ!!」
主さまはもういない。オレを置いていった
オレを置いていったくせに……!!
「今さら現れて、オレの心を乱すなよっ!!」
目の前のニセモノを壊すために刀を構える
「…ごめんね、主さま」
刀を突きたてる
その人の笑顔は美しかった
「もう誰も、オレをおいていかないで……」
独り呟く。頬を何かが流れた気がした
……兄さまに逢いたい
杜鬼・クロウ
●捏造歓迎
設定は一章参照
ハートに巻き付く鎖に埋もれた金の錠前
鍵はカイトが持つ
よぉ、俺
ンでもってクソカイトの面した偽物サンよォ
逢ァいたかったぜ(玄夜叉を地面に突き刺し柄の先に腕乗せて凭れ
気分は最悪で最高の気分だ
望んでいた
本気で剣を交える日を
心の底では
(お嬢に重ねる己の甘さに下吐が出た)
愛だの恋だの
そんな温い言葉、要らねェよ
テメェが愛した俺はこんな腑抜け野郎だと?ハ、つくづくお似合いだぜ(皮肉
お前を殺すのは
この俺だ
これからも俺以外認めねェ(死なせない裏返しの意味も
殺されるのは御免だぜ
夢の中のガチバトル
鍵奪い鍵穴に差込む
本物のカイトより早く夢から覚醒し弟の夢へ乱入
丁度、お嬢を討つ所に遭遇し複雑な表情
●repel
振り返った黒髪の少女に、杜鬼・カイトは見惚れるような息を吐いた。
「……主さま」
囁く己の唇に思わず指を触れる。
零れた音は知らなかった筈のその少女を指す。
少女の抱えていた鏡が──いつかの己の姿が掻き消えて、代わりにその細い指は着物の背に流れる黒髪をくるくると弄る。
ざわつく胸の裡から引き摺り出した旧い記憶が云う。
あれは人の躰を得る前の、主。兄の持ち主の娘。
「あ、ああ……」
思い出した。
思い出した。
厭な事まで思い出した。
「迎えにきたの。いっしょにいきましょう?」
無垢な笑顔が、優しい声が、綺麗な瞳が、いつか自分を撫でた指先が。
全部が全部自分の方を向いてそんな台詞を諳んじる。
「……ちがう」
音が鳴る程拳を握った。
噛み締める奥歯がぎりりと不快な音を立てる。
「……ちがう違う違う違うっ!!!」
だっていなくなった。
だって置いて行った。
ぽつり置かれた鏡を手に取る者は潰えたきりだったのに。
「嘘を吐くなっ!! 勝手に置いて行って、勝手にそんな事言って、勝手に……愛している、だって?」
この夢は『己を愛したもの』を映す鏡。
それが相互であれ、一方的であれ、迷い込んだ者の心になど構う事なく映し出される虚妄の真実。
それに映るのなら、あなたは。
「今さら現れて、オレの心を乱すなよっ!!」
提げる刀を抜いた。
走り込み、腰を落とした体勢から一気に抜き放つ一閃を、只人の少女が避ける術など持ち合わせない。
刃紋が肉を裂くその前に一度、目が合った。
少女は笑った。
慈しむような、陽だまりに似たその笑顔をオレは。
「……ごめんね、主さま」
酷いのは彼女の方なのに。
少なくとも自分は、ずっとそう思っていた筈なのに。
口を突く謝罪を塞き止めるでもなく吐いたのはけれども、自分の方だった。
愛していた。きっときっと、自分だって、彼女を愛していた。
だから悲しくて寂しくて堪らなかった。
棄てられたとばかり、思って。
『ねえ、あなたに映る私が一番きれいなのよ。知っていて?』
忘れたあのひとの声が響いて膝を突いた。
血濡れの夢はひたひたと脚を汚す。
ああ、いやだ、いやだ、いやだ。
知らないままなら、忘れたままなら、どんなにか。
「兄さま──」
逢いたいよ。兄さま。
オレの兄さま。
「もうだれも。オレを、おいてかないでよ」
ねえ、兄さま。
ひとりにしないでと独り呟くその声が喉奥から酷く、苦い。
温い雫が滴った気がした。
そんなもの、幾らもこの緋を拭い去りやしないのに。
●leper
からん、からんと鎖が鳴った。
重くて小さなハートに絡みつくように縺れる燻の銀の奥の奥、埋もれた金の錠前が潜むのを見遣り、杜鬼・クロウは片眉を上げる。
その相方たる金色の鍵は、夢の弟の手の中だった。
「よぉ、俺」
吊り上げた口の端。
向き合う自分と弟の姿は十も先の未来だけれど、だからと言って払う敬意も持ち合わせない。
「……ンでもって、クソカイトの面した偽物サンよォ。逢ァいたかったぜ」
地に突き立てた黒の魔剣、その柄に腕掛けて凭れてゆらゆらと。
最低な気分だ。愚弟と顔を合わせるなんて。
最高の気分だ。これからお前を殺せるなんて。
「俺を愛してるだァ? 笑わせンじゃねェや」
この夢に出てくるのならそういうことだ。
此処はそういう場所だと言うから。
噫、反吐が出る。
「お前のそーいうトコ、大ッ嫌いなんだよなァ──」
大剣を引き抜き肩に担ぎ上げると同時、踏み出す軸足に体幹を預ける。
確かに見たのは弟だったが、黒風の剣が薙いだのは歳を重ねた己の夢影。
「あーあ、お前が愛した俺はこんな腑抜けだとよ。ハ、つくづくお似合いだぜ!」
千切れ飛んだ腕が抱えていた斑黒の歪なハートがクロウの方へ飛んできたのを、何とは無しに片手で受けた。
──未だ。嘗て愛した女の面影を、顔立ちの似る弟に重ね見る自分にうんざりとしながら。
それでも手放せない歪を、点々と染まった黒を、呆れた自嘲で覆い隠そうとして上手くいかない。
だから代わりに大剣を振り抜く。合わせるように刀の柄に手を掛ける弟が見える。
眼光だけは互い鋭く。
いつかそうなればいいと思っていた。
本気で剣を交える日を、待っていた。
本当は。心の底から。
「そーそ、イイ子じゃねェのカイトちゃん。それでいーんだ、よッ!」
跳躍。
自重を乗せて振り下ろした剣筋を身軽に避ける弟の、刀振り上げて空いた胴を蹴り飛ばす。
身を転がし地面への直撃をさけた細い身体を追い掛けながらクロウが笑う。笑う。
追い討ちを掛けるが如く斬り付けるのが、まるで名の通り杜の鬼だと。
「……愛だの恋だの。そんな温い言葉、要らねェんだよ」
手放さぬ片腕の歪を視界の端に入れながら。
弟が持つ鎖塗れと鍵を見ながら。
睨み付けてくる片異目を、見返しながら。
殺されるのなんざ御免だ。
だってそうでなけりゃ、お前を。
「お前を殺すのはこの俺だ。後にも先にも、俺以外は認めねェ」
だからそれまで誰に殺されるのも許さない。
だからそれまで惨めったらしく生きていればいい。
慣れた弟の間合いに潜り入る。
引き裂くように胴を薙げば、ついでのように切り離された腕が飛ぶ。そういうところは兄弟じみてそっくりだった。
奪い取った鍵で金の錠前を開ける。
いつかの己の亡骸も、弟の躰も夢の明けと共に朽ちていく。
現へ向かう夢の狭間、ふと見た光景の中に弟が見えた。
今まで見えていたのとは違う、今の──本物の弟の姿。
それから其れが斬りかかる、お嬢の姿。
(「……あァ、やっぱり」)
あのひとが愛したのは、憎ったらしい弟の方かと。
嘆息は誰にも届かず。
微かに眉を下げたような、感情の読み難い顔は誰にも見えず。
境の夜に、置き去りにされた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花剣・耀子
●
おまえたちは、どういう存在なのかしらね。
大きな後ろ姿も、並ぶ小さな姿も。
あの頃と違うところなどなくて、再演された銀幕のよう。
記憶を映しているのかしら。
過去の残滓がかたちになっているのかしら。
――目の前のこれを、あたしは本物だと思いたいの?
冗談じゃない。
やさしいゆめを見続けられるほど、あたしは大人しく育たなかったのよ。
握りしめるのは、いつもの剣ではなく。
黒耀石のちいさな刀。
斬るのは大きい方からにしましょう。
同じだなんて思ってはいないけれど。
きっと、小さいのが先に死ぬのは好かないでしょうから。
抵抗されると面倒だもの。
それだけよ。
交わしたい会話はないの。
告げたい言葉は、ひとつだけよ。
「待っていて」
●in solitude
大きな背中。少し癖のある足音。
並ぶ小さなあたし。
その何れもが記憶と何ら相違のない、再演の銀幕を観るようで、花剣・耀子は浮かぶ疑問を脳裏に描く。
(「おまえたちは、一体どういう存在なのかしらね」)
記憶のかけらを映しているのか、過去の残滓うぃかたちにしたものなのか。
或いはそのどれでもない、そう喩えば、願望の投影。
「……冗談じゃないわ」
目の前のこれを、本物だと思いたいとでも?
やさしいゆめを見続けられるほど、あたしは大人しく育たなかった。
そんな子供はもう何処にもいない。
だからそう、目の前のこれは。知らぬ誰かが壁に書いた落書きのような話に過ぎない。
「ここが夢の終着点。それでいいわね」
いつもの剣は抜かなかった。
代わりに手に取ったのは黒曜石の小刀。
折れた角の鋭い鋒が真っ直ぐ向かうは、ゆるりと振り向いた大きな鬼の方だ。
あの人じゃない。
同じじゃない。
そんなの分かってる。
それでも、小さな其れが先に息絶えるのは好かないだろう。
きっと見たくは、ないだろう。
その優しい双眸に、幼子の死を焼き付けたくなどないだろう。
そう思ったのはあたしじゃない、あなただ。
だって本当のあなたはこの掌の中にいるのだから。
「抵抗されると面倒だもの」
ただそれだけ。
夢といえども仕事は迅速に済まされるべきものだ。
子供の頃より大きくなったとはいえ、あの背丈にはまだまだ敵わない。
近付く程に大きなあなたの、何処を狙えば一息で済むか。
わかっている。見えている。斬ってしまえば凡てそれで済むことだと。
着物に包まれた広い胸の奥、夢だと言うのに目が醒めるほど跳ねる鼓動を見定めて飛び込む。
心の臓を、一突きに。
倒れ込む耳元へは手向けを囁く。
「──待っていて」
まさか、ひとりじゃ寂しいなんて言わないわよね。
小さな子供も後で送ってあげるから、一緒に居ればいいんだわ。
誰にも聞こえない。あなたにしか聞こえない。
じきにそれすら夢の泡と消える。
消えるふたつを見送る手に握るのは、折れた角のひとかけら。黒曜の小刀。
そう、それきりであたしには、充分。
大成功
🔵🔵🔵
セリオス・アリス
●
アレス◆f14882
名前を呼ぶ声
何でも無いそれに泣きそうになる
やっぱ逆だろと笑い
守りたいって気持ちが愛なら
お前は色んな人の夢にでてきちまうな何てふざけて
アレスの手を払う
…そうだ
この夢が苦しい理由なんてわかってる
兄弟の様な相手へ向けるには重過ぎる感情
愛してる
愛されたい
傍にいたい
いて欲しい
見ないふりをしているそれと同じモノをアイツが抱えていたら
…それは、許容できないんだ
全部俺のせいじゃない
けど隣人を殺す選択をしたのは俺自身だ
…そんなヤツと一緒にいても
幸せになれないだろ
幸せになって欲しい
だから俺は近くで見てるだけでいい
この気持ちは一生抱えて生きていく
けど…今くらいいいよな
アレス、愛してるぜ
幻を屠る
●exclude
「セリオス」
振り向いたソレが笑った。
いつもの彼奴の顔だった。
何でもないそれは先刻まで隣にいた幼馴染そのままで、セリオス・アリスは声を詰まらせる。
彼が──アレクシスが自分へと抱く「守りたい」という感情を知っている。それが愛と名のつくものなのだとしたら。
「誰でも何でも守りたいお前は、誰の夢にだって出てきちまうなぁ」
伸ばされたその手を払い除けて喉奥で笑う。
そうだ。彼奴が守りたいのは何も自分だけではない。
何だって、誰だって。
その背に隠して剣を振るう人々の盾、騎士なのだから。
ああ、そうだ。こんなにも苦しい所以を知ってる。
この夢から目を逸らしたくなる理由は疾うにわかっている。
わかりたくなくて、自覚して、隅へ追い遣って、見ない振りをした、この心に巣食う錘の名前を、本当はちゃんと知っているんだ。
それが、兄弟のような相手に向けるには重過ぎるものだってことも。
「……アレス」
声の向く先は夢向こうの彼奴。
今ここにいる蒼穹ではなく、今逢えない暁の空。
「アレス」
愛してる。
あいしてほしいよ。
「アレス──」
傍に居たい。
そばにいてよ。
「ほら、聴こえないだろ?」
だから言うんだ。
隣にいたら聞かれてしまうから、隣にいない夢の中に吐き出して棄てて。
たったそれっぽっちで消え失せるような感情なら最初から抱いてなどいないのに。
だから聞きたくないんだ。
同じ気持ちをお前がもし抱いていたとしたら、それを受け入れられそうにないから。
彼奴には幸せになってほしい。他の誰よりも、幸せに。
「……俺はお前を、幸せにしてやれないから」
この手を汚したのは他でもない自分自身。
その凡ては己の所為ではなかった。そうしなければ生きられなかった。隣人を殺してでも。
それを選んだのが自分だから、後悔も何もありはしない。
ただ近くにいられれば。幸せになっていくのを見ることが出来るのなら。
捜し続け手を伸ばしてくれた彼奴が、今度は幸せに手を伸ばし掴んだなら、笑って見送るつもりでいる。
だからそれまで。
だから、今は。
──今くらいは、いいよな?
凡て吐き出して棄て行く、夢なのだから。
「愛してるぜ、アレス」
屠る夢の温度はあの日飛び散った緋と何一つ変わらず。
厭になる程、お前そのものだった。
大成功
🔵🔵🔵
アレクシス・ミラ
●
現れる人:セリオス◆f09573
君がこの夢に現れた時…嬉しかったんだ
手を伸ばして彼の髪に、頰に触れる
でも、今は…君が遠い
僕達はこんなにも近くにいるのに
どうして、時折…とても遠く感じるのだろう
僕はまだ君を追いかけている
…そんな気がするんだ
ーーセリオス、僕は…
他の誰でもない、兄弟のようで半身のような君を
守りたい。…失いたくない
共にいたい。…君と未来を生きたい
…君の幸せを願っているし
君が望んでくれるなら…僕は僕の全部をあげられる
君が傍にいてくれる事が僕の喜びで…幸せだから
…今のままでは、君は最後まで教えてくれなさそうだね
…また貫かねばならないのか
何よりも大切な…君を
【天星の剣】で幻を貫く
…悪い夢だ
●include
「アレス」
夢の中の彼が名を呼んで、アレクシス・ミラは顔を綻ばせる。
少し切なげに眉を下げたまま、見慣れた幼馴染の黒髪に手を伸ばした。
夢の中でなくとも。
君はいつでもこんな風に近くにいて、手を伸ばせば容易に届いて。
なのに如何してか、時々君を遠くに感じる事がある。
触れるほど傍に居てさえ尚。
君があの日の壊れた街並に立ち尽くしているように思える事が、ある。
「 ……どうしてだろうね、セリオス」
近付く程に遠ざかる。
僕はまだ君を追いかけている。そんな気がするんだ。
きっとそれは君もわかっているんだろう。
そうしてそれを気付かれてるとも思わないんだろう。
ずっと堂々巡り。
「──セリオス、僕は……」
僕は君を守りたい。失いたくない。
共に居たい。君と未来を生きたい。
いつでも君の幸せを願っている。
「セリオス」
君が望むのなら、僕は僕の全てをあげられる。
君が傍に居てくれることこそが僕の喜びで──幸せだから。
「……セリオス」
君の頰に触れて撫でる。
君はただ微笑むばかり。
それもそうか。まだ遠いのだから。
きっと君には未だ、この手は届いていないんだろう。
この言葉を喩えば夢から醒めた君へ告げても、理解することはないのだろう。
それでも最近は少しくらい、わかってくれたような気もするんだけれどね。
「今のままでは、君は最後まで教えてくれなさそうだ」
ふ、と口を突く笑みは諦めのかたち。
ああまた、君を貫かねばならないのか。
夢を抜けて君に会うために、君を殺さなければならないのか。
何よりも大切な──いとおしい君を。
「……逢いに行くよ、セリオス」
生まれた光は剣を成す。
ひとつ、ふたつ、肉を貫く。
夢だというのに酷く生々しい、腥い、君の声がする。
「──ア、レ……ス、」
ごぼりと吐いた血に塗れた君の、ざらざらにくぐもった声が聞こえる。
噫、噫、なんて、悪い夢だ。
頽れる躰も、散らばる黒髪も、どくどくと溢れ出る緋も。
夢は何もかもを、覆い隠してはくれなかった。
大成功
🔵🔵🔵
靄願・うぐいす
背に向かって、椿、と名を呼ぶ
跡形も無く自ら消えた癖に
まるで探して貰えるのを待ち詫びたように笑うのね
兄やのこと、嫌いになった訳ではなかったんですねえ
からかえばまた少し困った顔をするのでしょう
何処へ行けば良いか分からぬと
あの頃は眉尻を下げては後を付いてきていましたが
その心がうつくしいまま在れる場所は見付かりましたか
ねえ。もしも寂しくなったら、いつでも――
兄として零しかけた言葉は、ふと飲み込む
きっと彼の寂寞は彼だけのもの
その先に求めるのは、ここではないどこか遠い街なのでしょう
手慰みにくるくるり回していたお串を
ぴたりその心臓に向け
束の間の夢とはお別れね
もしも寂しくなくなったら。
いつでも帰っておいで
●Good bye for now
靄願・うぐいすは前行く背中にふっと笑って名を呼んだ。
「椿」
振り向いた顔が記憶の中その侭に、人懐こく笑う。
やっと見つけた、というよりは──そう、かくれんぼで鬼に見つかった時のような。
何も残さず煙のように自ら消えた癖に、まるで探してもらうのを待ち侘びたような綻びを見せる弟に、うぐいすがくすくすと口に手を当てて笑う。
ああ、そう。君はなぁんにも変わっていないのだと。
「兄やのこと、嫌いになった訳ではないんですねぇ」
揶揄えば、困ったような顔で笑った彼が髪を掻く。
何にも、何にも、変わらない。
ただひとつ変わったとするならば──。
どうしてついてくるのだと、尋ねた事がある。
眉尻下げて後ろを歩く弟の姿は、幾つになってもそのままだった。
『何処に行けばいいのか、わからないんだ』
どこにも行かなくたっていいじゃないですか。
ここにいたら、いいじゃないですか。
そんな風に思ってそれを告げれば、彼はふるふると首を振ったものだった。
『そういうんじゃなくて。そうじゃ、なくて』
綺麗な瞳で真っ直ぐ己を見返す弟の口はけれども、それ以上には告げる言葉を持たぬ侭。
「その心がうつくしいまま在れる場所は、見付かりましたか。椿」
期待は。両親の愛情は。もしかしたらこの子には、重きに過ぎたのかもしれなかった。
尋ねるとその瞼が見開かれる。
「ねえ。もしも寂しくなったら、いつでも──」
兄として言いかけた言葉を、呑んで口を噤んだ。
それはきっと踏み入ってはならぬもの。
きっと彼の寂寞は彼だけのもの。
その先に求めるのは、ここではないどこか遠い街。或いは何処までも飛んでいけそうな青い空の奥の奥。
少なくとも「兄や」の傍ではなく、住んでいた家でもないのだろう。
だから何処までもおゆきなさい、とうぐいすは笑う。
手慰みにくるりくるりと回すお串をぴたり、弟の心臓へ向けて。
束の間の夢。それに弟が囚われているように思えてしまって。
放す術がひとつ、この手にある。
「もしも寂しくなくなったら、いつでも帰っておいで」
兄やは、待っていますから。
大成功
🔵🔵🔵
真宮・響
【真宮家】で参加。
藤浪を抜けてあの人に追いつけば、あの人の顔が見える。
会いたかった。愛しい夫の顔。相変わらずぶっきらぼうな表情で、言葉少なに久しぶりだ、会いたかった、と律はいうだろう。
今まで良く頑張って、これからは俺が傍にいる・・・その言葉は私が一番欲しかった言葉。・・・でも在り得ない言葉。
あの人は10年前に死んだ。だから、私の傍にいる事自体おかしいと知ってる。
だから、一思いに。その胸に槍を突き刺して夢を終わらせるよ。
・・・さようなら。最愛のあなた。せめて天でアタシたち家族を見守ってててくれ。
真宮・奏
【真宮家】で参加。
金木犀を辿って進めば愛しいあの人が振り向く。
間違いない、瞬兄さんだ。
瞬兄さんは相変わらず穏やかな微笑みだけど、違和感を感じる。
きっと、こう言うだろう。「迎えに来ました、愛しい人。これからは兄妹ではなく、生涯寄り添い続ける夫婦になりましょう。もう待つ必要はないんですよ」
でも、今の瞬兄さんならそんな事いわない。お互い一人前になって互いの人生を背負えるようになるまでは兄妹のままでいる事に決めたから。
言葉の通りになるのはまだ未来の事。決心を込めて、この幻を剣で薙ぎ払う
。・・・・だから、もう少し、待っていて。愛しい人。
神城・瞬
【真宮家】で参加。
向日葵を抜けて進めば、小さな背中が振り向く。
・・・・大事な義妹、奏。変わらず、紫の瞳を輝かせて嬉しそうに笑うでしょうね。
奏なら、僕の腕に飛び込んでくるでしょう。いつものように頭を撫でると発する言葉は、「瞬兄さん!!大好きです!!ずっと一緒にいたいからお嫁さんにしてください!!」
今の奏ならそんな事いわないはずです。お互いの人生を一生背負っていけるまでは、兄妹のままでいると約束したのですから。
その約束を守り抜く為に。まずこの夢を終わらせましょう。零距離から氷の槍で胸を貫きます。夢の先は、また未来で。待っててくださいね、愛しい子。
●steadfast
ざあ、と寄せては返す藤浪を避けて潜った。
真宮・響の前には揺るぎなく歩くあの人の背中があって、いつの間にか、寄り添う自分の姿は消えて。
変わらない背中だった。
このまま、追いつけないまま何処かへ行ってしまうんじゃないかとさえ思ったそれが、ゆっくりと振り向いた。
「……律」
「久しぶりだな。会いたかった、響」
相変わらず無愛想な、愛する夫が、取り繕いもしないぶっきらぼうな声色で言葉少なに言ったのを笑って頷く。
こんな夢の中だって変わりはしないのだと、それは嬉しく胸に響くのに。
「今まで一人でよく頑張ったな」
「うん」
「これからは俺が、傍にいる」
「……うん」
欲しい言葉が流れ込んでくる。
だけど、だけどそれは。
有り得ないこととわかっている。
夫は十年前に、亡くなっているのだから。
「律。愛してるよ」
「ああ」
「だから、……お終いにしよう」
今はもういないあなたの影を、仮初めの鼓動を一思いに。
槍で突き刺して。貫いて。
それで終わり。
夢のような時間は、終わり。
「……さようなら、あなた」
最愛の。
この夢を去るアタシを、子供達を、せめて見送って。
見守って。
●Humble
金木犀の香りを辿って歩く。
いつも柔らかく包み込んでくれる、あの人の優しさのようだと真宮・奏は瞼を閉じる。
それでも迷うことはない。
夢に置き去りにされることはない。
あの人がそこにいると、わかるから。
「……瞬兄さん」
振り向く愛しいあの人が笑う。
何も変わらぬ笑みのまま。
「迎えに来ました、愛しい人」
「……兄さん」
「これからは兄妹ではなく、生涯寄り添い続ける夫婦になりましょう。もう待つ必要はないんですよ」
なのにその言葉は。
「名前で呼んで。瞬、と」
その声は。
「……ねえ兄さん。わたし、待つよ。ちゃんと」
決意を揺るがすそれは、あの人のものではきっとない。
お互い一人前になって、互いの人生を背負えるようになるまでは兄妹のままでいると。
そう決めたんだ。
だからわたしは剣を抜く。
その切っ先をあなたに向ける。
きっと許してね。最初で最後だから。
「もう少し、待っていてね。愛しい人」
ああ、これが夢でよかった。
薙ぎ払う剣が、この手が震えた事、あなたに知られずに済んだから。
●adoration
立ち並ぶ向日葵の道を歩き往く。
元気なあの子によく似ていて。
けれどそれでも覆い隠せない気配が、陽の色をした花の向こうにぴょこぴょこと覗く茶色の髪が、まるで手招くようだと神城・瞬は目を細めた。
やがて途切れた向日葵の小道、その先で、追いかけ歩いた少女が振り向いた。
愛しい義妹、奏。
「瞬兄さん!」
紫水晶の双眸が嬉しげに煌めいて笑う。
そればかりはまるで本物のようだ。
踵を返したその足で、真っ直ぐに僕の腕に飛び込んでくる。
頭を撫でてやるとまた、それはそれは嬉しそうな顔をするのだ。
「瞬兄さん! 大好きです!」
「ああ」
「ずっと一緒に居たいです。だから、結婚してください」
「……奏、」
淀みなく紡がれる言葉。
きっといつかの未来の彼女ならばそれを告げてくれるだろう。
そう、それは今の彼女が口にするものではないと、知っている。
互いの人生を互いに背負っていけるようになるまでは、兄妹のままでいると。そう約束したのだから。
「──僕は約束を守り抜く。誓います。他でもない今のあなたに」
このまぼろしを抜けた先にいる、あなたに。
だから夢のあなたには頷かない。
「……奏」
仮初めの鼓動は囁きに掻き消された。
零距離の温い躰を氷の槍が突き貫いて、それが夢の終わり。
明けていく空に似た解け行く冀望を見送りながら、柔く息を吐いた。
「待っていてくださいね。愛しい子」
夢の続きを紡ぐ未来で、変わらぬ笑顔の侭。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸 アドリブ等歓迎
影が振り向く
父上、母上……お元気そうね
言葉が震える
在り来りな挨拶なのに
あたしには今がある
愛する愛してくれるひとがいる
こんな夢は不要
わかっているのに
尋ねずにいられない
私はどうしたら、あなた達に認められてたの?
私は努力した
必死に懸命に、術だって学問だって、剣術だって
愛されたかった
普通の家族でありたかった
父上も母上もだいすきだった
笑って欲しかった
家族の仲間にいれてほしかった
それだけだった
父上は小さな私を庇うように
母上は小さな私を抱き抱え
「あたし」を否定する
夢の中でもあたしを拒むの
棄てるのね
いいわ
ならあたしもあなた達(夢)なんていらない
一閃
屠桜でなぎ払い斬り裂く
夢なんて
散る時は一瞬
●ひとひら逸れ桜
誘七・櫻宵は冷たい夢の空気を吸い込んだ。
「お元気そうね……父上、母上」
在り来たりな挨拶。それさえ、口にする声は震えてしまう。
大小三つの影が振り向く。
父上。
母上。
それから小さな、『私』。
怖い訳はない。ただ憤っている。
何故、と。
「……どうしたらよかったのよ」
今の自分にはこの夢は不要とわかっているのに、ただそう尋ねずにはいられなかった。
愛する、愛してくれる可愛い人魚があたしの帰りを待っている。今があって、彼と紡ぐ未来があって、それでもどうしたって心が吼える。
「私はどうしたら、あなた達に認められてたの?」
私は努力した。
術だって学問だって、剣術だって。必死に懸命に物にした。
ただ愛されたかった。
普通の家族でありたかったし、父上も母上もだいすきだった。
笑って欲しくて、家族の仲間にいれてほしくて、何だってそれだけの為に直向きにやってきた。
それなのに。
『いい子ね、櫻宵』
『お前が跡を継ぐ日が楽しみだ、櫻宵』
そんな言葉は終ぞ降らなかったのに。
『まあ、ありがとう』
『こっちへいらっしゃい、櫻宵』
そんな家族の会話すらなかったのに。
『愛しい、櫻宵……』
抱き締めてくれたことなど、なかった癖に。
凡て夢の中で、夢の『私』にだけ降り注がれる、柔らかな愛情。
「……馬鹿みたいじゃない」
莫迦らしいじゃない。
「父上。母上。……なんでよ」
小さな『私』を庇うように前に立つ父上。
小さな『私』を抱きかかえて守る母上。
どうして。
どうしてこんな夢でさえ、あなたたちは。
「あたしを見て、くれないのね」
拒んで、棄てる。
『あたし』の事を否定する。
「……いいわ、それなら」
あたしだってこんな夢、棄ててやるから。
いらない。
あなたたちだってあたしが要らないのだから、丁度良いでしょう。
抜き放つ血桜の太刀、銘を屠桜。
刀身を染め上げる万の妖の血に、あなたたちをも添えましょう。
一閃は静かに影を摘む。
刎ね飛ぶのは大小六つの、夢の残骸。
もう二度と戻らぬいつかの何処かの記憶限り。
大成功
🔵🔵🔵
輝夜・星灯
●
いろは/f17616 と
ソロ可
ショートヘアに、結び束だけ長いハーフツイン
海月のような後姿の
金糸に誘われた夢路の果て
振り向く瞳に嵌っているはずの
朔闇漂う黒曜は、右眼だけが月白色で
しらない、知らない!!
彼女じゃない
この色は、会いたかったのはこの子じゃ、ない――
二藍色の鞘から月環を象る柄へ指滑らせ
黄泉比良坂から喚びし
己が貌した花影を贄に
本物の彼女を
黒曜の刀身を
薔薇色石へと彩って
贋の彼女を縦に割る
ひとつ、聞きたいことがあったけれど
きっとアレじゃあ意味がない
私だって愛していた
はなさなければならなかった
……まだ、離せそうにない
目覚めた湖畔に、涙一粒置いて往こう
――いろは。
ふと、桜色の名前を呼びたくなった
桜屋敷・いろは
輝夜さん(f07903)と
ソロ可
会いたかった
会いたかった!
駆け寄って、抱き着く
背中に回る手と、頭を撫でる手
なつかしい、におい
ただ使われていた頃にはわからなかった感情が
マスターが居なくなってからわかるようになったの
すきよ、愛してるの
そんなこと言ったら、また困ったように曖昧に笑うのかしら
その笑顔すら愛おしい
貴方の命令で色々なことをしたわ
お茶も、歌も、夜伽も
あの頃は感情というプログラムが走ってなかったから
何でもできた
でも今は、貴方の為にしたいの
このまま、貴方に抱かれて揺蕩いたい
アレ?
わたし
此処に
ダレトキタンダッケ?
聞こえる、きこえる
帰らなきゃ…
天へ送る歌と、焔を貴方に
――嗚呼、こんなとき涙があればな
●flurry of falling
薄桜色の夢路を擦り抜けるように走りながら、桜屋敷・いろはが息を吐く。
見失う訳などない蘇芳色のベスト。真白のシャツを飾る、蘇芳の蝶ネクタイを揺らしながら、前行く彼が振り向く気配がしたから、もっともっとと足を急がせる。
「……マスター!」
自分の声かと疑うくらい高揚した音で呼ばう。
そんなに大きな音が出たろうかと首を傾げるくらいのそれが彼にも届いたのだろう。野暮ったい丸眼鏡の向こうの眸がゆっくりと瞬いて、笑った。
会いたかった。
「会いたかった!」
駆け出した鼓動と速度そのまま、その広い腕に飛び込むと、彼の左脚がぐらりと揺れて体勢を崩しかける。
「きゃっ……ご、ごめんなさいマスター、嬉しくて」
だって貴方に会えたのだもの。
そうはにかんで言えば、マスターは笑みを深めて抱き締め、頭を撫でてくれる。
懐かしい匂いに包まれて眼を伏せる。世界が貴方の物になる。
今ならわかる。ただ使われているだけだったあの頃にはわからなかったものが。
心を持たなかった人形が、心を持ったのならば。
「貴方が居なくなってからよ。わかるようになったのは」
責任取ってくださいな。悪戯な声に返るのは、くつくつと喉奥で笑う声。
「……すきよ。愛してるの、マスター」
顔を埋めた広い肩から離れてその顔を覗き込む。染まり切らない白髪の隙間で、困ったように曖昧に笑うのが見える。
それすら愛おしいから、つい手が伸びる。
「貴方の命令で色々な事をしたわ」
お茶も。唄も。
毎夜毎夜見知らぬ誰かに、違う誰かに、囀り唄う私を褒めてくれた貴方。
閨の中で愛の唄を紡ぐ度、あの頃走っていなかった感情というプログラムが軋む音がした。
あの頃は何だってできた。
夜伽だって何ともなかった。
「でも今は、貴方の為にしたいの」
貴方に抱かれて、揺蕩っていたいの。
『── 』
貴方の温かな頰を両手で包む。
私の手は冷たいかしら。
唇は、柔らかくはないかしら。
『 』
唇重なるその隙間に、声が聴こえた。
ぴたり、躰が動かなくなる。
(「あれ、私──」)
『 』
わたし 此処に
だれときたんだっけ
ダレト?
『 い ろ は 』
ああ、そうだ。そうだった。
もう帰らなきゃ。
触れかけた唇を自ら遠去け、いろはが眼を伏せる。
「……マスター。すきよ。愛してるの、……本当よ」
だから貴方を天に送ろう。
愛紡ぎの唄と、焔で。
「涙が無くって、ごめんなさいね」
あればよかったのに。
そう囁いた声は、締め付けられる程の哀傷に、濡れたようだった。
●eclipse starry sky
月の海月に誘われ歩いた夢路の果て。
ハーフツインの、二つに結いた金糸が流れるのを眺めていた。
輝夜・星灯は彼女に逢いたくてここまで追ってきた。
彼女をはなしたくて、歩いてきた。
そうしなければならないと思ったから。
冬空の黒曜。
その色を、捜していた。
月の金色が靡き振り向いて、彼女が笑う。
霸色。朔闇の左眼が見え、右眼が──。
「……ちが、う」
声が落ちて転がる。
左の霸、右の月白。
嵌まっている筈のその色が、侵されている。
「しらない、知らない!! こんなの、しらな、い」
星の指先が携えた月輪を撫でる。黒曜の大太刀の柄に刻まれた、彼女のとしつきを。
「彼女じゃない、その色は、逢いたかったのはあの子じゃ、ない
……!!」
逢いたかったのは。私の知っている、共に在った、並び祀られた大太刀。
どうして。胸奥の罅は応えない。
どうして。何にも染まらぬ筈の霸が抜け落ちたような色をして。
どうして。それなのに、笑っているの。
「……私は、」
聞きたいことがあった。
知りたいことがあった。
刀のままの彼女では答えられない、このままでは知り得ないことを、知らなくてはならなかった。
束の間のような、長い時を流れたような、ひとつ足らずの白い日々を添っていながら、ただ私の為に生まれられなかった月に、尋ねてみたかった。
もしかしたらそれはただの理由のひとつでしかなく、もしかしたら私は。
話がしてみたかったのかもしれない。
はなさなければならないその時に、彼女の声を聴いていたかっただけなのかもしれない。
黒の殻の向こうにある、私のそのままの声を届けたとしても、ただ笑っていて欲しかったのかもしれない。
「あなたが、生まれてきてくれてたら、よかったのに」
喩えそれが泡沫と消える夢の中でも。
二藍の鞘から抜き放つ黒曜の刀身に、己の貌した花影を宿す。
眇めた瞼が一度揺れて、ただ一度彼女を──冬空の黒曜を振り下ろした。
月白が右に、霸が左に、縦二つに割られた月の金糸がそれに付いて流れ落ちていく。
私の為に死んだ月がまた、喪くなっていく。
鞘に納めた刀を抱き締める。冷たい其れが冷たい侭で、からん、と鳴いた。
遠く、海の香りが漂う。
宵闇の湖畔に雫がひとつ濡れ落ちる。
「……いろは」
星揺れの雫の様な音で桜色を呼んだ。
星の無い半分の朔がそれを見下ろした。
応えるのは春連れの足音、ひとつ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『花火を楽しんで』
|
POW : 花火を楽しむ。たーまやー
SPD : 出店や料理を楽しむ。
WIZ : 村人や友人との交流を楽しむ。
|
●
──眼を開ける前、花火の音がするだろう。
微か火薬の匂いが潮風に乗って、鼻孔を擽るだろう。
眼を開けた時。
あなたは誰かといるかもしれない。
ひとりかもしれない。
夢の残滓が漂っているかもしれない。
もう何も、残っていないかもしれない。
海月も人魚も疾うに消え、憶えているのはあなただけだ。
空は宵闇。
ぱっと咲く夜の花がそれを彩る。
満点の星も今夜ばかりは身を潜めて、光の花を見守っている。
「おかえりなさい」
尾羽の娘が迎える声が聞こえるだろう。
ありがとうと、告げる声がするだろう。
湖畔と海と、二重の水際。
細やかな夜店は海の際に、人々の多くは湖の際に。
砂浜へも湖畔へも、何処へでも。好きに過ごせる場所は限りもない。
倒花は飽くまで咲いて、散って、散り落ちて。
その夜は流れる様に過ぎ去っていく、日々の一つになる。
誘名・櫻宵
🌸リル/f10762
アドリブ歓迎
父上、母上
結局あたしは、殺すことしかできないの
『お前は狂っている。誘七の恥だ。二度と顔をみせるな』
それが真実
父上の言葉
虚しさだけが追いかけてくる
リィ
あたしの愛しい人魚
唯一、あたしを受け入れて愛してくれる
おかえり
その優しい声が心に染みる
帰って来て良いのだと涙が零れ
そのまま身を預け
掠れた声でただいまを
言える、しあわせ
いやね
あたし
家族なんて
とうに捨てた過去
割り切って振り切った過去だと思ってたのに
こんな未練がましいだなんて
女々しくて嫌になる
柔らかな優しい言葉
そう言って欲しかった
あなたが望んでくれるなら私は
花火が嗚咽を隠してくれる
ただ今はリィに
優しい愛に寄り添っていたい
リル・ルリ
■櫻宵/f02768
アドリブ歓迎
岸辺でひとり待っていた
他でもない僕の櫻――櫻宵のこと
肩を落とし俯いて
角の桜も咲いていない
今にも散ってしまいそうな君に游ぎよる
ポツリと零される言葉、櫻宵の手を優しく握る
僕には家族はいない
家族愛など知らない奴隷だ
でも君の心に刺さる棘は深く鋭くて呪縛はこんなにも強いのはわかる
黙って抱きしめ撫でるよ
――おかえり、櫻宵
よく頑張ったね
帰って来てくれてありがとう
ずっと一緒にいてね、櫻
僕には君が必要だから
誰がなんと言ってもだいすきだから
過去ではなく今を
隣の僕を見て欲しい
見て貰えるようにがんばらなきゃな
ほらみて
花火
咲いた炎の華が照らす涙色の櫻
それでも綺麗で愛しくて
そっと寄り添う
●夜落つ櫻の涙
波間に漂うように揺れる尾鰭で、リル・ルリは人を待っていた。
いつ醒めるとも知れぬ夢を。それに囚われた櫻を。
待って待って待ち続けて──やがて日は暮れ、夜になった。
──父上、母上。
結局あたしは、殺すことしかできないの。
『お前は狂っている。誘七の恥だ。二度と顔をみせるな』
醒める夢のその路で、父上の声がまだ聴こえる。
虚しさだけが追いかけてくる。
ええそうよ。それが真実。
あたしは、狂い咲きの櫻。
それ以外のものには、なれなかった。
「──櫻宵」
耳に馴染む声がして目を開けた誘名・櫻宵は、目の前に揺蕩う人魚を見つけた。
「リィ……」
唯一。愛し受け入れてくれる人魚。
その姿が目に入った瞬間、櫻宵の視界が滲む。
「おかえり、櫻宵。よく頑張ったね」
肩を落として、角の桜も落ちてしまって咲いていなくて、今にも散り消えてしまいそうな憔悴した彼の姿にリルは思わずその手を掴む。
引き寄せて、抱きしめて。
その耳にもう一度「おかえりなさい」と囁けば、掠れた声で「ただいま」と返ってくる。
彼の心に深く刺さって抜けない呪縛の名は、家族。家族なんていなくて、そんなものを露とも知らぬリルにさえ、縋るように肩に凭れる櫻宵の涙がその呪縛の強さを教える。
「帰って来てくれてありがとう。ずっと一緒にいてね、櫻」
──僕には君が必要だから。
その苦しさをどうにか和らげてあげたくて言葉を紡ぎ、髪を撫でる。
ただいまと言える。それをしあわせだと、櫻宵は分かっている。
家族なんてもの、もう疾うに捨て去った過去だと。割り切って振り切った旧い記憶と思っていたのに。
未だ疼く抜けない棘に、未練がましいと思う。女々しくて嫌になる。
それでもその傷に滲みる優しい声に、どこまでも癒されて、体を預ける。
「誰がなんと言っても、だいすきだから」
ずっと、そう言ってほしかった。その言葉が欲しかった。
(「あなたがそう言ってくれるなら、私は──」)
涙を零しながら少し、櫻宵が笑ってくれた。
抱く腕を一層強めながらほっとしたように息を吐くリルは、彼に見えないように少し眉尻を下げる。
過去ではなく今を、隣にいる僕を見てほしい。
嫉妬のような決意のような想いを密やかに抱いて。
見てもらえるように頑張らなきゃな、なんて、胸中に呟く。
「ほらみて、花火」
咲いた炎の華が涙色の櫻を淡く照らす。
鼓動に似たその音が、慟哭にもならない嗚咽を隠してくれる。
「……今は」
もう少し、このまま。
優しい愛に凭れる櫻がまた少し、濡れる。
それさえ綺麗で愛しくて。
人魚は離れることもせずに、傷付いた櫻と寄り添い合った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
オズ・ケストナー
●
このまま目を閉じていたら
夢がみられるかもしれないって
思わなかったわけじゃない
だけど目を開ける
夢は夢だもの
空に咲いた花が目に飛び込んでくるから
目を開けてよかったって思えたから
ほっとする
かけられた言葉がうれしくて
ただいまっ
ハスミに笑いかける
きれいだねえ
水面にうつる花火
これが送り火
まよわずにかえれるように
わたしがいつか、おとうさんのところにいくその日まで
そこでまっていてくれるように
黙って解ける花を見つめて
ねっ
ハスミは夜店もういった?
どんなのがあるのかな
よかったら、ハスミもいっしょにいこっ
むこうは海なんだよね
こんなにちかくでみるのはじめて
だれかと笑顔で話す「いつもどおり」があれば
わたしはだいじょうぶ
●“Auf wiedersehen.“
このまま目を閉じていたら。
夢の端っこが掴まえられるかも、夢の続きが見られるかも。
まだ、逢えるかも。
そんな風に思わなかったわけではない。
けれど夢は夢。現実に侵食するような夢は、あってはならない。
だからオズ・ケストナーは瞼を開けて、仔猫色の瞳で辺りを見回した。
その瞬間。
胸の底まで響くような音がして、空に花が咲いた。
「わぁ……!」
それに驚いて声を上げながら、 ああ、目を開けてよかったんだ、なんてほっとする。
見下ろす湖は空を映した夜闇の色。そこにもうひとつ、倒花が咲いて──空色に似た羽根が映り込んだ。
「おかえりなさい」
遠峰・羽純はゆるりと笑んで、彼を出迎える。
「……ただいまっ」
なんだかそれが嬉しくて。オズが元気いっぱいに応える。
きれいだねえ、と彼が笑いかければ、本当ね、と尾羽も笑う。
水面の花は止めどなく咲いては溢れる。
それは送り火だと言ったのは彼女だった。
(「まよわずにかえれるように」)
願いを星に掛けるように、じぃと見つめる揺花に想いを乗せる。
(「わたしがいつか、おとうさんのところにいくその日まで。そこでまっていてくれるように」)
その時には一緒に居られるだろうか。昔みたいに手入れをして、笑ってくれるだろうか。
ひとつふたつ瞬きをすれば、口元にはもういつもの笑み。
ぱっと顔を上げ、隣の尾羽に目を向けた。
「ねっ、ハスミは夜店もう行った? どんなのがあるのかなあ」
「まあ。気になる? 実はみんなを待っている間に少し下見をしていたの。だから」
「「よかったら」」
二人の声が重なって、どちらからともなく笑い出す。
「ハスミもいっしょにいこっ」
「ええ、喜んで。何か気になるものはあるかしら」
「んーと……りんごあめ、だったかな? まるくてあかい」
「それなら、向こうの方にあったわ。わたしもあれ、大好きよ」
並び歩くその足が海の際へ向く。
花火の音。光。少しの火薬の匂い。
「向こうに海が、あるんだよね」
「そうよ。はじめて?」
「こんなに近くでは、みたことないよ」
「じゃあ行きましょう。夜の海は暗いけれど、とても素敵よ。吸い込まれてしまいそうなの」
「ほんとう? すごいねっ」
手を引くようにひらひらと歩く尾羽の娘に、微笑みながらオズがついていく。
真っ赤なりんご飴。上手に開けられないラムネの瓶。半分この色したかき氷。
そんな他愛ない何もかもがこの夜を花火と共に彩っていく。
誰かと笑っているのが「いつもどおり」。
わたしの世界。
だからそれがあれば、わたしは、だいじょうぶだよ。
大成功
🔵🔵🔵
真宮・響
【真宮家】で参加。
夢から覚めたら、瞬の腕に飛び込む奏が見えてほっとする。恐らく、奏と瞬にはお互いが見えたんだろうね。・・・2人が両想いなのは母親から見て良く知ってるからね。
おや、瞬も涙ぐんでいるよ。まあ、夢の質から言って・・・無事を確認出来れば安堵しかないだろう。2人が落ち着いたら、アタシも大事な2人の子供を抱きしめるよ。そして砂浜に座って3人で花火を見ようか。おや、2人とも疲れて眠ってるよ。両肩で眠る子供達の頭を撫でながら、天にいる夫に話しかける。あなた、アタシは大丈夫だ。これから3人で宜しくやっていくから、見守っててくれ。
真宮・奏
【真宮家】で参加。
目が覚めると、正真正銘、生きている瞬兄さんが居て、堪らなくなって躊躇いなく瞬兄さんも腕に飛び込みます。ああ、瞬兄さんが頭を撫でてくれますっ!!ずっと傍にいて下さいっ(大泣き)
いつか結ばれる日まで、お互い頑張りましょうねっ。あ、瞬兄さんも泣いていますね・・うわ、母さん、ハグする力が強すぎます~(ジタバタ)落ち着いたら浜辺で花火を見ますが・・・もう疲れ切って眠っちゃうでしょうね。母さんの肩にもたれて安心しきって爆睡。すぴ~・・・幸せですぅ・・・
神城・瞬
【真宮家】で参加。
夢から覚めてみれば、生きている奏を見て心から安堵。奏が腕に飛び込んてくるのをしっかり受け止めて、頭を撫でてあげます。ああ、愛しい温もりがここにいる。もう二度と、失ってなるものか。ええ、ずっと一緒にいましょう。
そうですね、いつか来る約束の日の為に共に邁進しましょう。母さんの抱擁で完全に安心します。そして、家族3人で花火を見るのですが・・・何だか物凄く疲れたので、母さんの肩にもたれかかって眠ります。安心できる温もりに・・・幸せな寝顔をしてるかもしれませんね。
●花は遠く
眼が覚めると、あの人が見えた。
蜃気楼のように揺れていたのは、夢の中の。
今此処に確りと立っているのは、現の。
「っ、瞬兄さん……!」
真宮・奏は躊躇いなくその広い腕の中へ飛び込んだ。
「奏」
彼女を受け止めながら、神城・瞬が安堵の息を吐く。
ああ、生きている。紛れもなく此処にある、愛しい温もり。
「兄さん、兄さん……!」
「大丈夫ですから。泣かないで」
頭を撫でてやれば、泣く声がさらに大きくなった気がして、瞬の眉が少し下がる。けれどそれは困惑ではなく。
彼女はきっとこうするだろう──そう思ったことがそのまま本当になる、いつも通りのあなたがそこに居たから。
そうして『いつも』のあなたを理解出来ている、僕が此処に居たから。
「もう離れちゃ嫌です、兄さん」
「ええ」
「ずっと傍に、いてください……」
「……いますよ。ずっと、一緒に」
温もりを分け合うように。
二人の影を夜の花が照らすのを、真宮・響は少し距離を置いて見守っていた。
二人の想いが通じ合っているのは、母親の響がよくわかっている。
大泣きの奏も、思わず涙ぐむ瞬も。ここからは、彼女からはよく見えた。
随分とたちの悪い夢だったから、それも致し方ないことだろう。
「……瞬兄さん。約束の時まで、」
「ええ、いつかその日が来るまで」
がんばりましょうね、と、内緒話のように囁く。
いつか。
いつかはきっと、それが叶う。そんな日が来る。
あの夢はただ夢でしかなかったけれど、重ねる約束はその度に強さを増す。
だから歩いていける。
いつか結ばれる、その日まで。
そう囁き合う二人を、大きさの割に力の強い母の腕が包み込んだ。
「ああほんとう、よかった」
「わっ、母さん……!」
きっとこの二人には、互いの姿が見えていたのだろう。
その場に居合わせなくともわかる。
或いはそれが、互い想い合う故の不運だったとしても。
この子達ならきっと、乗り越えられる。
夢の中まで見ていなくとも、そう信じられる。
だってこの子達は、思う程弱くはないのだから。
「いたた、力、強いです……っ!」
「おや、すまないね。嬉しくてつい」
「母さん……。ほら、花火上がっていますよ。見ませんか」
先ほどより落ち着いた、宥めるような瞬の声に、倒花の咲く音が重なった。
そうして三人は浜辺に座り、夜に咲く花を見上げた。
子供の頃に見たそれによく似ていたように思う。
疲れたのだろう、幾らもしないうちに二人の子供は、真ん中に挟んだ響の両肩に頭を凭れて眠りに落ちた。
幸せそうなその寝顔に、そっと頭を撫でてやりながら。
(「こんなに大きくなったよ、この子達」)
微笑み見上げる花火が笑う。
まるであの人のように。
(「……あなた。アタシは大丈夫だよ」)
心配しないで。
これからも、家族三人を見守っていてくれ。
上る、上る、花の種。強い光。
語りかける声に応える様に咲いた夜花は、咲き揺れる藤浪の色をしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジェイクス・ライアー
●
▷ダンドと
いつも通りの声と抑揚で
振る舞い所作、自若と毅然と
何も語ることはない
それが私だ
「ああ。」
辛いことなどない
そう感じなければいけない
「お前も、いつもと変わらないな」
彼も愛した誰かを殺したのだろう
ここで笑っているのだから
「悪かったな。気分のいい仕事ではなかっただろう」
「前に幻覚に呑まれた事があってな」
証明は果たされた
彼でさえも、刃は止まらなかった
もう大丈夫だと言い聞かせる
「同じ轍を踏まずに済んだ。」
傷はどこにも負っていない。
遠くで火薬の弾ける音
適当な相槌 それが限界だ
目の前の男は聡い
聡い男だ
「はは、ナンパの予行練習か?」
お前のそういうところが
今はどうしようもなく憎たらしい
ダンド・スフィダンテ
●
▷ジェイクス同行。
SPDで買い出し。花火や屋台から離れた、人気の無い岬にて。
「待たせたな!」
そんなに早くは無い足で、待ち合わせの場所まで沢山の屋台の食べ物を持って合流する。
多分、待たせるぐらいで丁度良かった。
一人分、距離を開けて座る。その場所には買ってきた物なんかを置いて。
普段とは少しだけ違う様子に穏やかに笑って尋ねる。
「辛くはなかったか?」
「そうか」
「うん」
「……お?花火だ。始まったんだな」
「なぁ、遠く見える景色は、美しいよな。」
「なぁ、俺様が言える事じゃないけどさ。哀しい時は、泣いても良いんだからな?」
「まさか。ただの、友人への心配だ。」
困った様に笑って、まだ温かい食べ物を差し出した。
●as always(or not)
人から、光から、離れた場所にある岬に男はいた。
いつものように自若として毅然と。
研ぎ澄まされた一振りのナイフ、血濡れたとてそれさえ弾く冴えた鈍光。
それがジェイクス・ライアーという男だった。
海風が髪を揺らす。
遠く花が咲く前触れの、火薬の匂い。
その微かに彩られた閑寂に、割り込む者はたった一人。
「待たせたな!」
両手に荷物を抱えたダンド・スフィダンテがやはりいつものように朗らかに告げる。
ああ、いつも通りだ。少し待たせて、間を空けて、隣をひとつ分だけ空けて。
その隙間を夜店で買い込んだ様々で埋める。
けれども何も知らない振りなんてしないのも、いつも通り。
普段と少しばかり様子が違う、繕って見える彼に、穏やかに笑って見せて。
「辛くはなかったか?」
「ああ」
そうでなければならない。
私は。
「……そうか」
「お前も、いつもと変わらないな」
「……うん」
此処にこうして笑って居るのなら、あの夢を抜けてきたということだ。
自分を愛した者を殺して。
此奴のことだから、愛されたのだろう。そうして自分もそれを愛したのだろうに。
「悪かったな。気分のいい仕事ではなかっただろう」
そう言えば、頰を掻いたダンドが笑みを浮かべて、ややあって首を振った。
「そうでもなかった。久々に皆に会えたしな」
その顔にも声にも嘘はなく、そうかとだけ返した。
何も語ることはない。それが私だ。
だというのにひとつ、口から溢れた。
「前に幻覚に呑まれた事があってな」
仕事の話だ。他愛もない。
だが証明は果たされた。彼を前にしてさえも、この刃は止まらなかった。
「同じ轍を踏まずに済んだ」
もう大丈夫だと、呟かずにいられただろうか。
傷は何処にも負っていない、いつも通り、自若と毅然と。
「うん」
頷く隣の男が暗がりの中で顔を上げた。
ひゅる、と。空気を燃やす音がした。
弾ける夜の倒花ひとつが、先触れ。
「お、花火だ。始まったかな」
ふたつ、みっつ。
海に映る倒花は此処からでもよく見える。
「なぁ、遠く見える景色は、美しいよな」
ダンドの横顔を一瞬の光が照らす。
何処か遠くを見ているようだったその瞳が、ゆっくりと流れてジェイクスを見る。
「──なぁ。俺様が言える事じゃないけどさ。哀しい時は、泣いても良いんだからな?」
「はは、ナンパの予行練習か?」
「まさか。ただの、友人への心配だ」
困ったように笑って、夜店で買い込んだまだ暖かい食べ物を差し出す目の前の男は、聡い。知っていた事だ。
お前のそういうところが、今はどうしようもなく憎たらしい。
喩えジェイクスがそう告げたところで、この男は臆面もなく笑っているのだろう。
いつも通り。いつも通りに。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
【兄妹】
●
俺が望んでた夢と望まぬ夢
最高にして最悪な目覚め
最期までお嬢の側にいたのは
鏡のカイト
だから(唇噛み
…言い訳がましいにも程がある(苛々
近寄る弟へ無反応
先程夢とはいえ殺めた相手に多少の背徳感
この俺に脅しか?ァ?(胸倉掴み
…今回限りは忘れてヤってもイイけどよ(離れ
どうせ夢、だ
されど夢
拗れて捻れて
奥底に深く爪痕を遺す
綺麗な花火(はな)が余計に惨めにさせる
花火見つめる弟の目に映る景色眺め
…お前が本当に写したかったのは
見たかったのは、
俺が往き着く先には必ずお前がいる
お前は絶対に俺から離れない離れられない
優越感と安堵
唯一無二の番
永遠の平行線
傍に置くのは俺の意志
菫青色のピアスに触れ花火の音の余韻に浸る
杜鬼・カイト
【兄妹】
●
遠くで何かの音が聞こえる。ゆっくりと目を開ける
頭が痛い
……夢をみていたらしい
「………ッ!!」
近くに兄さまの気配を感じるっ!?
キョロキョロと周辺をみまわして、兄さまを発見したらぴょんと駆けつける
「兄さま~!!」
…あれ、兄さまいつもより反応薄くない?
……まさか
さっきの夢…兄さまも……
「兄さま、何かみたんですか。いえ、みてないですよね。ミテナイデスヨネ?」
貴方は何も見ていない、忘れろ、とばかりに【恫喝】
それはそうと、花火ですよ兄さま!
「綺麗ですよね~~」
……綺麗なものは消えていく
一瞬だけ煌めいて、夜の闇に消えていく
「兄さまはオレを置いていかないでね?」
兄さまに聞こえないように呟いて、わらう
●skew lines
その夢は望んだものであって、望まぬもの。
最高の目醒めだった。
そして、最悪だった。
お嬢の最期まで共に在ったのは自分ではなく、対の鏡の弟。
だから──。
遠くで何かの音が聞こえる。少し騒がしい。
ああ、頭が痛い。
──ゆめを、見ていた。
「……ッ!」
揺蕩う意識の中で杜鬼・カイトは、慣れた気配に弾かれたように目を開けた。
「兄さま!」
少し周りを見渡すも、導は必要ない。ただそこに居れば解る。
ややも走ればすぐ、同じ色の片異目と目が合うから。
「兄さま〜〜!」
ぴょんと駆け付ける兄の傍。けれどいつもと違って、杜鬼・クロウは一瞥をくれるだけ。
「……あれ? 兄さま?」
覗き込んだ兄の顔。僅かにだけ浮かぶ違和感、背徳感じみたそれ。
「まさか、……さっきの夢、兄さまも……」
同じものを見た?
そう問わずとも知れる、その顔を見たならば。
「兄さま、みてないですよね。ミテナイデスヨネ?」
「ンだてめェ、この俺に脅しか? ァ?」
忘れろとばかりにじりりと寄せた顔が、クロウに胸倉を掴まれて更に近く。
鼻がぶつかる程近くでひとつ舌打ちが響いた後に、その手がぱっと離される。唇を噛んでいたのだろうか、少し赤くなったそれが僅かにだけ見えて、すぐ、夜闇に溶けてわからなくなった。
「……今回限りは忘れてヤってもイイけどよ」
どうせ夢だ。吐き捨てる声がした。
然れど夢だ。捨てきれない声を呑んだ。
拗れて捻れて、奥底に深く爪痕を遺す、あれはそんな夢だった。
まぼろしみたいに消える程には、柔らかくはなかった。
「あっ、花火ですよ兄さま!」
弟の声と花の咲く音にはっとして瞬く。
宵闇を明かす光花が映り込む、そのふたつの色した瞳を。そこに映る景色を見るクロウの胸中に過るのは。
どうしたって拭い去れない捻れであって。
どうしたって残り続ける痼りであって。
──お前が本当に写したかったのは。見たかったのは。
(「俺じゃないんだろう、……なんて」)
けれど俺が往き着く先には必ずお前がいる。
絶対に俺から離れない、離れられない、それは安堵と優越感に他ならない。
だから今は夢ごと、忘れた事にしてやってもいい。
「綺麗ですよね」
囁く弟の瞳が映すものが何であろうとも、その唯一無二の対は自分で。
永遠の平行線。それを傍に置くのは、自分の意思だ。
「……ね、兄さま」
カイトの呼ばう声が、菫青色のピアスに触れるクロウの意識を少し現に呼び戻す。
綺麗なものは消えていくと知っている。
一瞬だけ煌めいて、夜の闇に消えていくのを見た。
「兄さまはオレを、置いていかないでね?」
上る光の種がその細やかな声を呑み込んで、夜に咲く花にした。
「……ンだよ」
「ううん、何でもない。……大好きだよって言っただけ」
片眉を上げるクロウが怪訝な声を出すのを、首を振って見ない振りした。
見上げる花火は綺麗で、綺麗過ぎて、厭になるくらいだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
セリオス・アリス
●
アレス◆f14882
目を開けばアレスがいた
さあ、いつものように笑え
それが全然知らないヤツがでてさ
惚れられて悪い気はしねえけど
愛してるしか言わねぇのは流石に怖くてな
スパッと斬った
けらけら笑い誤魔化して
…そういうアレスんとこは?
俺がでても可笑しくない
いや、きっと俺に違いない
もし本当にそうなら誤魔化さねぇと
ああ、やっぱり俺か
ははっなんだお前俺しかいねぇの?
モテそうなのに意外と寂しいやつだなぁ
もちろん愛してるぜ
お前の飯が一番好き♡
わざと甘えた声で
…それ以外に何があるんだよ
っと、花火上がってるぞ
大丈夫、きっと気づかれない
出たのが俺なら俺以上にコイツを好きなヤツも…きっといないんだろう
だからもう少しだけ
アレクシス・ミラ
●
セリオス◆f09573と
眼を開けるとセリオスがいた
…よかった、君も戻って来れたんだね
海へ向かう道中
夢では大丈夫だったかいと問えば
笑いながら語る彼に確信する
夢に現れたのは僕だなと
…君は嘘が下手だね
そう思いながら「そうか」と返事をする
彼に問われ一瞬考えてしまう
…君だ
君が現れたんだ、セリオス
(…君に逢う為に、君を斬った)
ーーセリオス
僕に言いたいことは、本当にそれだけなのかい?
花火ではなく、セリオスを見つめる
これでも君は気づいていないと思ってるんだろう
…僕も君の傍にいたいよ
この場では一度、想いは沈め
漸く一緒に打上花火を見上げる
…セリオス
近くて遠い君に
…絶対辿り着いてみせるから
僕は君に手を伸ばし続ける
●turn one's gaze
目を開ける。
踏みしめた地はあのふわふわした夢の中ではなかった。
そうして暁の青と夜闇の蒼が、かち合った。
「……よかった、君も戻って来れたんだね」
アレクシス・ミラが笑う。
セリオス・アリスは笑った、つもりだった。
(「さあ、笑え。笑え。いつも通りに」)
口の端歪めていつもの振りで、振り回す様に海辺へ誘えば、アレクシスは二つ返事で頷いた。
「大丈夫だったかい。夢では何も、」
「だぁいじょうぶだって。聞くか? それが全然知らないヤツでさ」
「うん」
「惚れられて悪い気はしねえけど、愛してるしか言わねぇのは流石に怖くてな。スパッと斬った。そんでおしまい」
けらけらと笑いながら喋るそんな話に、アレクシスは確信を持っていた。
夢に出てきたのは、自分だと。
(「──君は、嘘が下手だね」)
だけれど、答える口はただ素直に。そうか、とだけ呟いていた。
「そういうアレスんとこは?」
「僕、は……」
問われて、一瞬だけ息を呑んだ。
同じように嘘を吐くべきかと、思わないわけじゃなかった。
ああだけど、君に嘘は吐きたくないから。
「君だよ」
真っ直ぐに見つめて。
「君が現れたんだ」
「……は、」
やっぱり、と。何となくそんな気がしていて、それがその通りになって、矢のような視線から目を逸らした。
向かう瞳は空でもなく、地でもなく、水面でもなく。中途半端なまんまで、ゆらゆらと揺れて。
「ははっなんだお前、俺しかいねぇの? モテそうなのにな。意外と寂しいやつだなぁ」
夢に出たのが自分ならば、彼はその夢を斬って目を覚ました。自分と同じように。
その顔を真っ直ぐ見られる自信がなかった。
「もちろん、愛してるせ?」
すい、と近付ける唇は悪戯に、アレクシスの耳に息を吐いて。
「一番好き。……お前の作る飯が、な」
「──ッ!」
わざと囁く甘えた声を払うように耳を塞いで、アレクシスが勢い付いて離れていくのを、また笑って。
そうやって笑っていれば、いつも通りになれると思った。
「セリオス。僕に言いたいことは、本当にそれだけなのかい?」
上る花火の隙間。
どうしてかその声は真っ直ぐに届いた。
届いてしまった。
聞こえてしまったら、その顔を見るしかない。
変わらずに真っ直ぐ俺を見つめる、お前を。
「……な、に、いってんだよ。それ以外に何があるってんだ」
震えた声を隠すように花火を指す。ちょうどよく座れる場所を探しに浜辺へと降りていく。
アレクシスはその背中を追わなかった。
ほんの少し立ち止まって、湖面に映る倒花を振り返る。
君は未だに、これでも、僕が気づいていないと思ってるんだろう。
──僕も君の傍にいたいよ。
けれどその言葉は今は沈めて、止まっていた足を進める。
夜を掻き分けるように。
近くて遠い君まで、絶対辿り着いてみせるから。
僕はこの手を、伸ばし続ける。
少しの間立ち止まって、名残を惜しむように来た道を振り返るアレクシスを遠くに見ながら、セリオスは夜風に吹かれる。
潮の香りと花の咲く音、少し遠い喧騒。
どれも現実感がない。
大丈夫。大丈夫、きっと気付かれない。
アレクシスの夢に出てきたのが自分だと言うなら、自分以上に彼を好きな奴もきっとまだ、いないんだろう。
だからそれまで。
見ない振りをして、聞かない振りをして。
だからもう少しだけ。伸ばされたその手に、触れたくない。
大成功
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花剣・耀子
湖のふちを、ひとり歩く。
空に咲く花は、熱を感じるほど近くはなく。
目に入らないほど遠くはない。
あいまいな境目。ままならない距離。
追いつかない背中を思い出すのは、先刻出逢った夢のせい。
送り火のようなもの、と。
そう言っていたわね。
境界線を撫でるひかりは、彼岸へと届くのかしら。
視線を下ろしても、水面の影はずっと隣をついてくる。
彼岸の空にも大輪の花。
ゆらゆらとゆらめく影は、昔よりおおきくなったひとつきり。
……――そのとなりに、今もおおきな影を幻視する。
夢の名残へ、足元の小石を拾って投げ入れる。
ひろがる波紋が影を、花を、ゆらしてとかして、それでお終い。
あたしが居るべきは、まだこちらがわよ。
……、ただいま。
●君影揺れて
花剣・耀子は湖のふちをひとり歩いている。
水面に映る人影が、同じ速度でついてくる。
一定なようで不規則に、空へは花が咲いている。
ゆっくりと登り、咲いては光り、散り落ちる。
それは熱を感じるほど近くはなく。
かと言って目に入らないほど遠くはない。
あいまいな境目。ままならない距離。
夜だというのにまるで誰そ彼。
追いつかない背中を思い出すのは、先刻出逢った夢の所為だ。
メランコリックな気分にさせる、あのひとの所為だ。
「……送り火のようなもの、と。そう言っていたわね」
だとすれば境界線を撫でるひかりは、彼岸へと届くのかしら。
あのひとも此花を見るのかしら。
見下ろす水面には火の花が咲く、咲く、常世の境。
暗がりの夜星水に浮かぶ人影。
ゆらゆらと揺らめくそれは、昔より随分とおおきくなっただけ。
金色花火がみっつほど、空に上がっては寄ってたかって女の影を深くする。
浮き彫りになる輪郭が、女の影を独りにする。
なのに。
今も其処に、おおきな影を幻視する。
夢の名残か一夜のまぼろしか。
おおきな影のふたつの瞳と目が合って、それが笑ったような。
あの声が聴こえるような。
「……──」
ひとつ息を吸い込んだ。
足元に転がる小石一つを拾い上げて、湖面に放る。
ちゃぷん、と水音。波紋が影を、花を、ゆらしてとかしてかきまぜて。
顔を上げる。花が咲く。
もう、まぼろしはどこにもいない。
「……ただいま」
確かに現で聞こえた声に耀子が小さく答えた。
それが自分のいるべきこちらがわと、わかっているから。
●
空の上。響く花火に侵されない半分の霸が笑う。
倒花が散って、散り落ちて、コンフリクトを溶かして行く。
今宵の夢は、それでおしまい。
大成功
🔵🔵🔵