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現在カルト

#UDCアース

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#UDCアース


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●水浴槽

「なぁ、あんた。あんたさぁ、死のうとしてるだろう?」

 そう告げたのは、ハスキーな声の女性。
 低く、落ち着いた声ではあったが、浴室の中から発された声は厭に良く響いた。
 そう、浴室からだ。
 水を張った浴槽に、肌着のまま座り込んだ女性が彼女だった。
 問いかけを受けた彼が、返答を返すことはない。
 だから、女性が言葉を続ける。
「いや。……いや、もう死んでんのかもな。身体が、とかじゃなくてさ、心が」
 浴槽の中で、もぞもぞと動く女性。水面がゆらゆらと揺れる。
 ……それが、一体、何を掻き出しているのかは、浴室の外からは分からないけれど。
 核心をつくような言葉にも、男は口を開くことはない。
 そもそも、口などないのだから。
 彼の顔に、本来あるべきパーツはない。あるのは映像のエラーのような、不可思議な平面。
 それが、彼の顔を阻害している。故に、彼は一切の言葉を発することが出来ない。
 彼女もそれを理解していた。その上で話しかけるのが、たまらなく面白かったから。
「じゃあさ」
 と、動きを終えた彼女は言う。

「代わってやるよ。あんたの代わりに、あたしが死んでやる」

●グリモアベース
「ある女性が亡くなってね、その現場を調査してほしいんだ」
 軽い口調でグリモア猟兵――ベンジャミン・ドロシーは切り出す。
「まぁまぁ、そう気構えたりしなくてダイジョーブだよ!死因は自殺。ただ、UDCアースともなれば単なる自殺が邪神召喚の切っ掛けだったりするかもしれない。だから、一応ね?」
 調査をして、何もなければそれで結構。荒事嫌いで楽天家なグリモア猟兵の男は早速浮かれた様子だった。
「何かあったときはその時だけど、まぁ、自殺なんて数え切れないほど件数がある。当然、その全てがUDC絡みな訳もない。確率にして飛行機が墜落するのと同じぐらいなんじゃないかなぁ?知らないけど」

 それでも、事前情報は知っておきたいという猟兵の問いかけに簡単に答えるだけはするようで。
「事件はあるアパートの三階で、場所は浴室。被害者はさっき言った通り女性で、深く切った痕が手首にあった。玄関は中から鍵がかかっていたけど、もともと不用心だったのかな?人の入れるところ以外、ベランダとか小窓なんかの鍵はかかってなかったそう。でも、ベランダも三階だからねぇ。そう簡単には入れないと思うよ?隣の部屋のベランダとも、繋がってないみたいだし」
 だから、自殺。争った形跡も荒らされた形跡もないことから、他殺の線は薄いと言える。
 だが、今ここで推察できることは少ない。推理をするには、もっと情報が必要だ。

「というわけで、ヨロシク頼んだよ。猟兵の諸君!」

 調子のいいベンジャミンの声とともに、猟兵たちはUDCアースの世界へと送り出された。


空想蒸気鉄道
 この度は空想蒸気鉄道にご乗車いただき、ありがとうございます。

 推理モノに見立てた調査シナリオです。
 現場の状況はオープニングと、続く断章より猟兵が実際に見た光景を参考にしていただくことになりますので、ご確認ください。
 プレイング受付は各章、始めに断章を投稿した後になります。
 ※暴力的表現、軽度の性的描写が含まれます。

●行動について
 連携や一緒の行動をご希望であればお申し付け下さい。
 戦闘シーンでは連携可能であれば書きやすいです。
 (仲間の~とかそれっぽいことがあれば、連携させることがあります)
 ※探索などで得られた結果が同じの場合、ひとつのリプレイに纏める可能性があります。ご了承ください。

 それでは、良い旅を。
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第1章 冒険 『この死のワケ』

POW   :    足を使って地道に調査する

SPD   :    書類や遺品を纏め目ぼしい記録を見つける

WIZ   :    現場の状況から何があったか推理する

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 手始めに、猟兵たちは現場を視察する。
 遺品や友人関係を当たる者もいるが、現場に送り出されたのであれば先に状況を見るべきだろう。

 果たして、浴室の状況を全員が確認する。
 死体はまだそのままであった。念のため、UDC職員が警察より早く状況を纏めていたが、現場はまだ発見当初のまま、保存されていた。
 湯船は、死後暫くして冷えてしまったのだろうか。水を張った浴槽に、件の女性が沈んでいた。
 正確に言うならば、座り込んでいるようにも見える。
 肌着を着たままの女性が水面を揺らすことは、もうない。
 そして、浴槽から出た腕の手首には、報告にあった通りの深い切り傷。
 ただ、空いた片手には何も握られていなかった。
 ……だが、それらの疑念を差し置いて、猟兵たちの目を釘付けにするものがあった。
「不可解、だな」
 現場の処理をしていたUDC職員の一人がぼそりと、誰に向けるでもなく呟く。
 それは、血だった。
 床を埋め尽くす血は、手首から垂れたものであるならまだ納得がいくかもしれない。

 ――しかし、壁や天井を埋め尽くす血液までも楽観視することは、叶わないだろう。
 猟兵たちは確信する。この事件には何かが関わっていることに。
 唯一、透明な湯船がその異常性を際立たせながら、疑念と疑問を解決するため、猟兵たちは行動を開始する。
ドリー・ビスク
「事件、推理!気分は名探偵ね、とっても楽しそう!」
『事件現場ではしゃがないで頂戴、ドリー』
「それじゃあ何から始めよっか?犯人の当てっこから?」
『気が早すぎるわ。まずは現場の調査からでしょ』

『血液、湯船、それから死体。調べるものは多いわね』
「どうやったらこんな楽しそうな殺し方ができるんだろうね、ビスク?きっと殺された方も楽しかったに違いないよ!」
『さあね。けれどタネは退屈な殺し方でしょうよ。それこそ、死ぬほどに』

『ここはアパートらしいから、まずは聞き込みから始めましょう』
「突撃隣の晩ごはんだね!」
『住人から最近の様子だとか、変わった出来事を聞き出して』
「それから妙な物音だね!お邪魔しまーす!」


リンタロウ・ホネハミ
うっへぇ、UDCは戦場とはまた違ったおっかねぇ死に方があるっすねぇ
戦場で剣ぶん回して飛び散る血の方がどんだけマシか……
なんて言っても始まんねぇっすね
大抵のことは人よりちょっと上手いこと出来ると評判の"骨喰"リンタロウ
調査もそれなりなとこ見せるっすよ!

科学調査だのなんだのはわっかんねーんで、オレっちは死体のある家を調査して回るっす
床下から屋根裏までひっくり返して探し回って
女性が死んだ原因……あるいは、死に関連しそうな物を見つけるつもりっす(『情報収集』)

そういった物が出てこなくても、何かパーソナリティが分かるようなのが出てくりゃ儲けものっす
大事なのは、とにかく情報が揃うことっすからね


波狼・拓哉
まあ、取り敢えず…探すか。色々と。
浴槽の状態も不可解で気になるけど…大体わからん事が多いからなぁ。取り敢えずこの女性の情報が欲しいや。家を漁って、日記とか携帯電話とかあたりの自分の事について書いてるもんを探して纏めて情報収集。…この辺はあるならもう見つけてくれてそうではあるけど。自殺なら遺書とかありそうなんだけどなー。
後気になるのはー…凶器か。傷がついてるのなら何で傷つけたかってのは1つのポイントになりそうか…?傷口を良く見て何で傷つけたか見切ってみるか…分かれば部屋にそれっぽいのないか失せ物探しの応用で探し出してみますか。
(アドリブ絡み歓迎)


伊能・龍己
WIZ
現場の状況から、調べてみたいっす
アドリブ、連携歓迎っす

死んでいるとは分かっているんすけど。……お風呂場、お邪魔するっす。(お姉さんに対して)

壁や天井まで血まみれなのに、お風呂のお湯は真っ赤じゃないんすね
……これ、全部このお姉さんの血なんすかね。全部手首から出たんすかね……?
吹き出してびしゃびしゃになったのか、誰かが塗ったのか。観察、してみたいっす。


百鳥・円
ああ、これこれ!
現場検証ってヤツですね!
どこかで聴いたことがありますよう

まず初めに【獄魘夢】の出番ですん
あなたの夢、最期に見たもの
その一部を喰べさせてくださいねーっと
あなたの夢はどんなお味でしょーか
何か見ることが出来ればいーんですけど

夢を抜き取って氷砂糖に変えましょう
お口にぽいぽーい
はい、ご馳走さまでしたん
それでは推理といきましょーか

と、言っても
わたしの頭は良い方ではないので
野生の勘を頼りに周囲を散策してみましょ
聴覚、視覚……嗅覚には自信がありますん

ああ、なんて血なまぐさい
噎せ返るほどの香りは久方ぶりですよう
こんなにも赤い世界なのに何故湯船は透明なのでしょーね
わたしとーっても気になりますん


亀甲・桐葉
噎せ返るよな血の匂い、想起されるは鉄のあじ
澄んだ水は三途川の手向けみたいで気味が悪い
――ああ、おなかすいちゃったな

職員さんに詳しい話を聞きながら、現場をぜんぶ見て回る
メモを取りながら、見取り図があるならそれに洩れなく書き込んで
……やっぱり、人のちからではどうにもならなそうな事件だよね

現場での情報収集よりは、目撃者を探したほうがいいかもしれない
変なものを見た人だとかに聞き込みをして、
挙動不審な人が現場周辺でいるなら、少しこっそり着いて行ってみよう
話せる距離になったなら――〝石灰色の塗板〟
おやすみなさい、物知りなお人
さあ私に教えてよ、あなたが何を観たのかを
怖い夢なら吐き出して
私がその夢、見てあげる


御園・ゆず
へんなの
ドラマとか小説で見る手首を切っての自殺って
血が止まって死に損なわないように手首の方を浸すのに

現場へ赴きベランダを眺める
うん、普通のヒトなら無理、ですね
でも、普通ならざるモノなら?
例えば、わたし
左袖中に仕込んでいる鋼糸を手すりに巻き付けて、手繰る
ほら、登れた

そのまま浴室へ
夥しい血液に、そして死体に
目眩と吐気
中学生には刺激が強い…
ぐっと拳を握り、観察を
吐気を堪えて、見て、思考する
きっと、失血死
見るべきはその死体
他に外傷は?
凶器の行方も気になります
刃物でしょうが、刃渡り、形状を推測

……奇妙に澄んだ水に、浸る死体
…嗚呼、これはまるで
水槽に鎖された熱帯魚のようだ


日向・士道
異様な殺人事件とあらば、小生ら怪異に属する者の出番であろう。

さあ行け、紙人形達よ。
不自然を、不可思議を、不条理を暴き立てよ。
知り得た全てを小生に、居合わせた猟兵全員に知らせよ。

……肝心の小生の手が空いたな。
仕方ない、情報が集まったくるまでは検死でもするか。


パーム・アンテルシオ
一応調べたい、なんて言ってたけど…
どうみても、何かある…何かあったよね…?この部屋。

すでに、邪神が現れた後だとするなら…
この部屋にいないなら。どこかに行っちゃったのかな。
…あんまり、悠長にはしてられないのかも、ね。

…邪神絡みだとしたら。鍵がどうこうなんて話、全然当てにならないと思うし…
普通なら通れないような場所、とか。調べてみようかな。

例えば…換気扇とか。
例えば…排水溝とか。
例えば…鏡とか。

普通に見てわかる範囲なら、職員の人が見つけてると思うし…

ユーベルコード…一人静火。
今日は、ちょっと小さく作っちゃった。
手乗りサイズの狐だって、可愛いよね?ふふふ。
…それじゃあ。私の入れない場所は、お願いね。


冴木・蜜
…聞き込みの類は向いていませんし
『盲愛』を乗せて
現場から得られる情報を搔き集めましょう

このアパートの一室からも
彼女の遺体からも読み取れることが多々ある筈
医学知識を活用して
遺体を調べましょう

死後どれくらいたっているのか
凶器はどんなものなのか
ぶちまけられた血が彼女のものなのか
――本当に自殺なのか

…その他、拾える情報は全て拾います

そもそも自殺ならば
遺書の一つでもありそうですがね
凶器が握られていないというのもおかしな話です
手首が切れている以上
切ったモノがある筈ですが

それが無いとなれば
誰かが持ち去ったということになるでしょう
彼女以外の誰かがこの部屋にいた

ならばその痕跡が
この部屋の何処かに残っているのでは


矢来・夕立
オレの《暗殺》者としての経験からひとつ。
人一人の体に収まる血液の量は、さほど多くありません。
流せる限界は言わずもがな。

で、天井や壁のコレですけど。
この方“だけ”の血でしょうか?
他の人間や動物の血、人工血液、ないしよくわからないものが混じっていたりとかしません?
その辺りの調べはついてます?

あとは凶器か。現場に刃物っぽいものが無いのは…
…お腹の中とか。
小さく折った【渡硝子】で口の中から胃袋まで、中身を見られればイイんですけど。
流石に食道は通れないかもですね。

渡硝子には狭いところ、人間の手や目の届かないところを重点的に探させておきます。
何か見つけたら引っ張ってくるでしょう。

※アドリブ/連携可


因幡・有栖
まさに怪奇事件。帝都を出て異世界まできてこの様な事件を知る事になるとは、いやはや異世界なる場所も物騒極まりない。
この様な事件はまっとうな捜査は役に立たないと相場が決まっているが……(阿片入りパイプを吹かし)
それでも、基本忘れるべからず……か。
夢と現の狭間にて柔軟に真実を見極めねばね?
まずは現場を検証だ。血まみれの部屋とはいかにもそれらしいが、あえて言うなら演出過剰では?
これだけ血まみれなら血の下に何か隠せそうだね。あるいは、痕跡が隠れてしまっているのでは?
どーれ、調べてみよう。(無遠慮に血の中に入っていく)


桔川・庸介
【POW】
あ、う、すいません……ちょっと目まいが……ううう。
血まみれの浴室と、本物の死体。ただでさえ苦手なスプラッタだし
その……色んな意味でじっくり見ちゃダメな気がする!
俺は浴室やお部屋の調査はパスで、他を当たることにします……

って、全然当てもなく部屋の外まで出てきちゃったけど。
アパートなら、隣や上下にも人が住んでるってことだから
近所の人が出てくるまで待って、話を聞いてみよっかな。
何かを見たり、物音が聞こえたりしたかもしれないし。

あと、亡くなった人の印象なんかも聞けたらいいかも。
ほんとに自殺だったなら、動機へのヒントになるかもしんないし
人となりを知れたら、そっから見えてくるものもある、のかな。


唯式・稀美
「まったく不可解な状況だね」
血が水を嫌ったのか、水が血を嫌ったのか、透き通る浴槽の水面を見つめながら思考する
現場の情報収集を行うことにしよう
UCで黒猫を呼び出し、情報収集を手伝ってもらうよ。手首を傷つけた凶器はあるか、他に人が居た痕跡はあるか、それを重点にお願い
その間自分は浴槽と遺体と血を見る
血液量は一人分か、人のモノか。どうして、どうやって天井や壁に血がついて水には入らなかったのか。天井に血がついたなら、血の一滴くらい垂れて浴槽に入るはずだろう?
などを世界知識と医術、第六感から考えていこう
ある程度自分で得られる情報が出たら、猫と合流し、武器『論理的思考』を使って集まった情報を整理しようか


風見・ケイ
【SPD】

UDC、邪神に常識は通用しません。
まったくもって不可解な存在が多い。
1%でも可能性があるなら、調査した方が良いでしょう。

なるほど、これは確かに、尋常ではありませんね……。
動脈まで断ち切れば血が噴出するかもしれませんが、この量は……。
すべて彼女の血液なのでしょうか? その確認がしたいですね。
他に、遺品や、身辺情報、直近の行動記録等も。
自殺する場所へ邪神が前触れなく現れた、などという状況でなければ、怪奇世界への扉を開く鍵となった何かがあるはず。
警察はまだ当たれないようで……UDC職員からと、それを元に自ら情報収集するしかなさそうです。
ハッキングで監視カメラの映像なども探れれば。



●302号室・B
 ベランダから風が流れる。
 季節は秋。未だ乾いた空気ではないものの、ひんやり心地よい風が頬を撫でる。
 そうして、行きどまりの浴室から死臭を持ち逃げした風を捕まえるように、UDC職員の男が窓を閉じる。
「では、わたしどもはこれで。調査が終わりましたら、お声がけください」
 鍵までは敢えて閉めない。ベランダに佇む猟兵への配慮からだ。
 順繰りに浴室の様子を見た猟兵は、それぞれの調査に動き出していた。外に出ていった者もいるが、大半はこのアパートの一室にとどまっていた。大きな情報があるとすればここが一番、可能性も重要度も高いだろう。
 広いとも言えない部屋に大人数が残るのも悪いと判断し、一度部屋を出ていくUDC職員。

 その姿を見送って、浴槽へ視線を戻す男がいた。
「そっちの調子はどうっす……っと!」
 浴室をのぞき込んだ大男が大げさに驚いた風を見せる。
 果たして、血塗れの浴室を白い紙人形が歩き回る様は何かの儀式と見紛っても仕方ないと言えるだろう。
「踏まないでくれよ、小生の紙人形を。……もっとも、数が多いのは反省するが」
 大男を一瞥してから、青年――日向・士道(パープルシェイド・f23322)は紙人形の群れへと手を差し伸べる。
 手のひらに乗ったいくつかの紙人形を、くしゃりと纏める。手を開くと、まるで手品のように彼らは消えていた。
「人手があるならそれに越したことはない。ただ、邪魔だけはしないでくれよ」
「えぇ、勿論。決して邪魔など致しませんので、ご安心ください」
 と、頃合いを見計らっていたのだろうか。失礼、と大男の脇を通って細身の男が浴室へ足を踏み入れる。
 血の床に黒いタールを滲ませながら、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は日向へ一礼する。その後、しゃがみこんで彼と同じく被害者の女性の顔を覗く。
 綺麗だ、というのが第一印象だった。血が抜けたせいだろうか、色白の顔もそうだが苦痛の様子を見せない表情もまたそう印象付けさせる要因に思える。
「…………」
 その死に様にもまた何とも言えない違和感を感じるものの、具体的にそれが何かまでは気付けない。それは隣の日向も同様だった。
「……薄着姿の女性を拝見してしまうのは気が引けますが、失礼します」
 返事がないのは当然だから、そのまま手を取る。手首の傷を眺めながら、日向に問いかける。
「死亡推定時刻は?」
「おおよそ九時間ほど前。今が昼の十二時であるゆえ、午前の三時だろうか」
 時間帯としては深夜も深夜。外へ聞き込みに出た猟兵たちからの収穫はあまり期待できないかもしれない。
「午前三時に入浴ですか。生活リズムでも狂っていたのか、それとも」
「さて果たして、何をしていたのだろうな」
 現代人であればさして不思議でもあるまい。夜中まで仕事や用事が込み合っていたということも十分にあり得る。
 しかし、被害者が女性であるならば。今はまだ不明瞭にぼやけた、未知の危険が傍に転がっていたとしてもおかしくはない。
「……ところで、先ほど見た様子では浴室の状況を確認している猟兵は他にもいた気がしますが」
「あぁ」
 その問いに日向はシニカルに笑って見せてから、答える。
「少年少女にこの光景は毒だろう。各々どこへとなり行ってしまったよ」
 そこの、と浴室の外へ目配せする。いつの間にか大男はどこかへ行っており、代わりに一人の青年が顔をのぞかせている。見た目から、年齢は冴木と対して変わらないようにも見える。
 遺体を見るのは中々ない体験だろうが、それでも彼らも猟兵としてここにきている。見慣れておらずとも、立ち直れる神経は備えている筈だが……。
 よほど見たくないものでも見たか。
 或いは、何かに気付いたか。
「詮索は調査の後、ですね」
 冴木は意識を、彼女の手首の傷へ戻す。

「……?」
「気づいたか」
 小さく開いた瞳に目敏く反応した日向が言う。
「えぇ。これは……」
 よく目を凝らす。流血は既に赤黒く固まっているが、それでも分かる。

 ぱっくりと裂けた手首の傷は、切ったというより断ったと表現するのが相応しいだろう。
 だって、とてもカッターナイフや包丁のような薄い刃物で切られた傷には見えないのだから。

「大掛かりな、それこそ鉈か何かの刃物であろうな。鋸のような傷ではないが……」
「一人の、それも女性がつけた傷と言うにはとても……」
 二人は、同時に同じ言葉を呟いた。
「「不可解だ」」

 ……その様子を浴室の外から眺めていた青年――波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)もまた、数刻前に同じことを呟いていた。
 だが、
「でも、それでも……」
 そう、彼は言葉を繋げていた。
「あの傷はどこか……、うん」
 それはただの憶測。第六感が導き出した、”そうなんじゃないか”という漠然とした感覚。
 やさしく断たれたように見える、なんて言葉を、どうにも吐き出せずにいた。

●駅前公園・A
「…………」
 電車の煩わしい音に身を任せる。
 白いイヤホンを耳にかけているが、そこから音が発されることはない。ただどこか安心するだけだ。
 昼時ももうすぐ終わる頃、駅の近くにある小さな公園のベンチに腰掛ける、詰襟の学生服がいた。
 紅く染まりつつある木陰から零れる日差しに、うっすらと瞳を開ける。

「起きましたか」
「……寝てませんよ」
 ベンチの後ろの気配にそう返す。少年――矢来・夕立(影・f14904)は不機嫌そうな瞳を向ける。
 顔立ちの割に目つきが悪い。純水な意見として風見・ケイ(The Happy Prince・f14457)はそう感じたが、かといって口にするほど野暮でもない。
 そんな彼の瞳はある一点を捉えると、今度は眉を顰める。
「……何ですか、それ」
「猫」
「聞き方変えますね。何で猫持ってるんですか」
 風見の手の中には黒猫が抱えられていた。優しく抱きかかえられた猫はごろにゃあんと一鳴きすると、図太くも眠る姿勢に入る。
 よしよしと抱き直してから、風見が言う。
「私もあまり暇というわけではないのですよ。今回の仕事と並行して、猫探しの依頼がね」
 下手に断って次の仕事が来なくなっては困るということらしい。溜め息交じりに相槌を打つ矢来だが、納得した様子ではなかった。
「お隣、失礼しますよ」
「どうぞ」
 そういって、二人がベンチに腰掛ける。黒い服装も十月一日を過ぎればよく見る光景である。
「では、単刀直入に。情報共有としましょうか」
「…………」
「嫌な顔しないでくださいよ。ほら、触りますか猫」
「いーです」

 埒が明かないと思った矢来は大きなため息の後、従うように話し始める。
「浴室の、床に付着した血は彼女のものが多かったですが、壁面や天井の血は違った。DNA鑑定によると、男女問わず様々な人間の血だそうです」
「ほう……」
 すぅ、と。声を真面目なものへと切り替えて、今度は風見が相槌を打つ。
 猟兵の多くが、もっとも気になっていた異常性。人ひとりの身体に収まる血の量を考えても、あれが一人の、それも手首から出た血の量とは到底思えなかった。
 特に、”暗殺”を生業とする矢来にとっては。
 そんな内情を知る由もなく、しかし大きな疑問の一つが明かされ風見は頷く。
「では少なくともあの部屋を何人もの人間……の死体が出入りしている可能性は高い、と」
「さあ。浴室をキャンバスに見立てて、血潮の絵具で彩るような芸術家だったのかもしれませんよ。被害者の女性がね」
 死人に口なし。抗議される心配もないことをいいことに口軽に告げる矢来。

 しかし、
「いいえ。それは無いでしょう」
 風見が返す。
「彼女の知り合いを当たってきました。まず、彼女は風俗嬢をしていたようです」
「…………あぁ」
 厭な単語を聞いたような、納得の言ったような声だった。
 その真意を探るより前に、風見はひとまず続きを語り出す。
「聞いた限りの印象では少なくともサイコパスの兆候はない……いえ、これは憶測。私情が入ってしまいましたね……すみません」
「……怪しい組織との関連は?」
 敢えてそれに追及はせず、肝心な情報を矢来が訊ねる。
 質問に対して、風見は首を振る。彼女が何かを崇高することも、または彼女自身が崇高されているという情報もなかった。

「ただ……」
 ひとつだけ、気になることがあった。一拍おいて、言葉を続ける。
「……一度だけ、”子供を授かった”という話があるそうです。流産の記録は見つかりませんでしたが、戸籍を登録した記録もありません」
 そして、彼女が子供と一緒にいたという話もない。
 表立っては別の理由を立てられていたようだが、産休と思われる空白期間もある。
「……それは、不可解な話ですね」
 瞳を細め、思案の表情を浮かべようとした矢来の顔を、風見が覗き込む。
 それは暗にこちらの調べた情報は以上であると告げ、他にも何か知っていることはないかと訊ねる瞳だった。
「…………まさか、他の男の体液なんて見るとは思いませんでした」
 その一言に、ただただ不快そうな感情が篭っていた。

「では、死亡は行為の後と」
 未だ喉に絡んだそれが残っていたとするならば、あまり時間は経っていないだろう。
「つまり……」
「――その場に人が、最低一人はいた筈」
 自殺の線はとうに消えていたとはいえ、ここで漸く人影を掴めた。
 それでも、今はまだ断片的な情報しかないのも確か。散らかった情報を整理するにも、まだ知るべきことが多い。
「……そういえば」
 と、矢来が切り出す。
「そもそも”死に方が不自然だった”と。一緒に浴室を調べていた猟兵が言っていました」
 あの時はとても聞ける気分ではなかったのでそのまま外へと出てきてしまったが、今になって気になった。
 それを聞いた風見はと言うと……目を丸くしていた。
「……なんですか?」
「あぁ、いえ。思えば、自殺を見慣れていなければ分からないかもしれませんね」
「見慣れているんですか?」
「えぇ、ドラマとかで」
 微笑みを返す彼女はどこか自慢げだった。
「そもそも、自殺をするのなら――」

●302号室・C
「浴槽に浸かっているのはおかしいんです」
 時刻は進み、午後の三時を過ぎた頃。
 現場の部屋のベランダでも、そんなやり取りが行われていた。
「どういうこと……?」
 首を傾げるのは、桃色の毛を風に揺らすパーム・アンテルシオ(写し世・f06758)。
 それに向かい合って言葉を発していたのは、同い年ほどの少女。但しこちらはUDCアースの世界観に合った、茶色の三つ編み女子中学生。
 そうして御園・ゆず(群像劇・f19168)は、種を明かすように謎をひとつ紐解いていく。
「そもそも、何故浴室で自殺をすると思います?」
「え?えー、と……」
 問いかけられたパームの視線は一瞬で泳ぎ出す。そもそも、自殺しようとか思ったこともない。
 それでも彼女なりに頭を回して、暫く後に答えを出す。
「ち、血で汚れてもいいように?」
「……死のうとする人は、汚れとか気にしないと思いますよ」
 答えを捻り出したパームに対して、呆れた態度を取ることはない。なるべく優しい声色でそう告げる。
「正解は体温が上がるから、だとか。ほら、湯船に身体を浸らせていれば、血行が良くなりますよね?それで早く血が流れて、早く死ねるんだそうです」
「あぁ……なんとなく、分かるかも」
 血行がよくなると言われれば、案外すんなりと納得がいく。サムライエンパイアの温泉にも、それらしい立て看板を目にすることが多いのも理由にあたる。

「そして、ここからが重要なんですけど――自殺をするのに、わざわざ湯船に浸かる必要はないんです。だって、傷口さえ温めておけば、血が凝固しなければいいんですから」
「――あっ!」
 そう。
 被害者の遺体は湯船に浸かり、手首を放り出していた。
 自殺の手段として用いられる状態と、全くの真逆なのだ。
 あの死に方であれば血が渇いて固まって、死に損なってしまうのだ。
「……もっとも、妙に深い傷だったようなので彼女は失血死したようですが」
「それじゃあ……」
 パームは浴室の様子を思い出す。あそこに凶器がないことも把握している。
「やっぱり、誰かが彼女の手首を切って、自殺に見せかけたってこと……?」
「或いは、そう勘違いする状況になってしまったか、ですね」
 ……気づけば、風吹くベランダの筈なのに重い空気が立ち込めていた。
「…………」
 水浴槽に沈む女性の遺体を思い出す。
 はじめ見たとき、その死にざまを水槽に鎖された熱帯魚のようだと表現したが、今でもそれは正しいと思う。
「――不可解ですね」
 御園自身、最初に遺体を見た時からそれに気付いていたとはいえ、こうして口に出してみると不気味さの目立つ状況を実感する。
 何せ、今に至るまで明確な犯人像が見えてこないのだから。
 それはこのベランダの存在にも繋がってくる。
 一般人は試みもしないだろうが、間隔が空いているとはいえこのベランダ、UDCが事件の真相に関与しているならいくらでも抜け道はあるだろう。少なくとも御園自身、鋼糸を手繰って難なく下の階に降りられることを証明している。
「……202号室の方がこちらを見てなくてよかったです」
「?……どうかしたの?」
「いえ、なんでも」
 一般人の生活風景を見てしまったことに若干の罪悪感を抱えながらも、思考を切り替える。
 ……否、切り替えようとした、まさにその時。

 どたどたどたどた~~~~!っと。
 無視し続けてきた部屋の中の騒がしさがこちらに近寄ってきていた。
「ねぇねぇ聞いて!ホネハミったらブラジャーを……」
「わーーーっと!それ以上はいけないっすよぉ!?」
 ベランダを勢いよく開いた少女に、二人の視線が向く。
 果たしてその手に握られていたのは、女性用下着であった。
「……わぁ」
 パームが赤面する。御園も顔を覆う。見慣れてはいても、こう、サイズとか派手さが目に止まった。
 遅れて駆け寄った、素っ頓狂な声をあげていた大男がそれを奪い返そうとするも、少女は軽やかな足取りで懐を掻い潜っていく。
「あぁ、もうっ!すばしっこいネコみたいっすね、あの子たち!!」
 ホネハミと呼ばれた大男――リンタロウ・ホネハミ(骨喰の傭兵・f00854)はふと、寄せられた視線に気づいて振り向く。
「……?」
 それはパームと御園のもので、それぞれ疑問と懐疑の感情が込められている。
 切り抜かれた情報は時として残酷な現実を生み出す。

「…………あ」

 ”ブラジャーを求めて少女に飛びつく大男”はそれに気付くと、彼女たちの視線から逃げるように静かにベランダの窓をスライドさせ、部屋の奥へと消えていった――。


 時は遡り数十分ほど前のこと。
 浴室を軽く見回してから手持無沙汰であったリンタロウは、室内の調査に乗り出していた。
 本当はもっと見るべきだったのかもしれないが、生憎と血液に行うような科学調査には精通しておらず、狭い箇所をのぞき込むにはガタイの良さが邪魔をする。
 ……何より、死んだ彼女の姿を必要以上に見ることもないだろう、と。
「生活感はまぁ、あるっすね。当然っすけど」
 生活ごみが転がっているというわけではないが、彼女のものと思われるポーチがデスクの上に置いてあったり、雑誌がテーブルの上に置かれていたりもしている。
 そんな生活感が、今も本当は浴室の女が生きているのではと錯覚させてくる。
「…………」
 浴室を振り返る。当然、死体が起き上がったなんて声は聞こえてこない。
 空想を払拭するように、別の個所を探し出す。そうして手をかけたのは、箪笥だった。
「こういうの、下から順に開けていくのが空き巣の常套手段らしいっすよねぇ」

「あら、じゃああなたは下から開けていかないの?」
『下から開けるのは効率の問題ね、構わないんじゃない?』
 ふいに掛けられた声は、同じもの。
 ただし、声色の違うひとつの声に、リンタロウは二重に驚く。
「うおっ!?き、急に声かけないでほしいっすよ……いつからそこに?」
『ついさっき、よ』
「浴室の調査が終わって、今出てきたところなの!」
 ふたりでひとつと言わんばかりに言葉を継いで、ドリー・ビスク(デュエットソング・f18143)は返答する。パッと見では双子のような二人の様子を見て、呆気にとられるリンタロウ。
 それを見て、ドリーとビクスはそれぞれの笑みを浮かべる。
『あら』
「あらあらあら!」
 正確に言えば、彼の手元を見て。
「……い?」
 視線を追うように、リンタロウは箪笥を引いた手の、逆の手を見る。
 驚いた拍子に引き出しの中へついた手は、中の衣類に埋もれている。
 試しにひとつ、むんずと掴んで持ち上げてみる。
 ブラジャーだった。
 黒のレース付きだった。
 はい、回想おわり。


「リンタロウさん、お静かに。下の階の方がびっくりするっすよ」
「えっこれオレっちが悪いの??」
 ブラジャー片手に楽しそうに走り回るドリーと、その後ろをついて回るビクスを捕まえたのは、ちょうど件の箪笥の目の前だった。
 ようやくどたばた騒動が収まったところで、マイペースに調査を続けていた伊能・龍己(鳳雛・f21577)が忠告する。
 濡れ衣だと訴えるリンタロウだが、確かに少女二人の足音より自分の足音のほうが響くのも事実だったので、暫くの葛藤の後に渋々と納得する。
「あとで下の階に謝りに行くっすよ~~」
 どたばたとうるさくしてしまったことに罪悪感を感じるリンタロウをよそに、ドリーとビクスはブラジャーを眺めていた。
「ちょっとー?聞いてるっすか……」「ねぇ、ビクス」
 と、言葉を被せるようにドリーが言う。
 その声は少しだけ、今までよりも落ち着いた――というより、澄んだ様子を含んでいる。
『なぁに、ドリー』
 ビクスが向き合う。顔を見合わせて1秒弱。
「やっぱりね、やっぱり不可解だわ!」
『やっぱりね、やっぱり不可解だわ』
 主語を失った同意をよそに、置いて行かれた大男が恐る恐る訊ねる。
「何を……」
「ほら、見てリンタロウ」
 代表して、ドリーが告げる。

「この下着、あの人のものにしてはちょっと大きいの」

「…………?」
 本当に?
 疑念のよぎるリンタロウを置いて、ドリーとビクスは浴室へ向かう。
 つられてついていくと、一目で分かるように胸元へブラジャーをあてがう。
 果たして、本当にサイズが大きかった。
 一回りか、それ以上。男性ゆえにあまり詳しくないリンタロウから見ても一目瞭然だった。
「……おい、現場を荒らすな。あっちで待っていろといったであろう」
 検死を続ける日向の声だ。どこかギクシャクとした口調に聞こえたのは気のせいだろうか。
「うっ……」
 あとを追ってきた伊能が、不意に女性の遺体を見てしまう。少し遅れてリンタロウが視界を遮るとありがとうと小さく述べられる。
 伊能は先に一度浴室の調査にも加わっていたが、その時も遺体とは別を見て回っていた。
 当然だ。どれだけ背丈が高くても、いくら気丈な様子でも、まだ子供なのだから。
(……まぁ、こっちの子たちが逆に異常な気もするっすけど)
 ドリーもビクスも用が済んだ以上、言葉に従い素直にその場を後にする。
「うーーーん」
 閑話休題。
 そうしてリンタロウだけが、頭を悩ませていた。

「盛ってたんじゃないっすかねぇ」
『この世でもっともナンセンスな回答をありがとう、ホネハミ』
 妥協案の如く導き出した答えは、ビクスに一蹴された。ちなみに伊能はというと、下着の関連の話題からはずっと目を逸らし続けている。懸命であった。
 しかし、分からないものは仕方がない。今はそう結論づけて棚上げにするしかない。
 そうして再び部屋の探索に戻ると、青年がデスクの近くに佇んでいた。
「あれは……」
 リンタロウには見覚えがあった。最初に浴室を調査した一人で、その後も浴室の近くを見て回っていた青年。
「……波狼くん、でしたっけ」
「あぁ、リンタロウさん。お疲れさまです」
 顔をあげた波狼が答える。業務的な返答だったが、最初より顔色はよくなったように思う。
 彼の手元には、一冊のノート……日記が握られていた。
「これ、さっきデスクの中にあるの見つけて読んでたんですけど……」
「お、お手柄っすねぇ!何が書いてあったんすか?」
「あー、えっと……」
 興味津々に訊ねるリンタロウ。その後ろでドリーとビクスもわくわくと目を輝かせていた。
 少し言葉に詰まりつつも、波狼が言う。
「大したことは書いてませんでしたよ。今月は経理の仕事が忙しかったとか、壺の押し売りに遭った、とか……」
「壺」
『壺』
 同じ顔の二人が顔を見合わせる。
 そういえば部屋の角に壺が置かれている。きちんと座らされているものの、部屋の調度品に見合わないと思っていたが、そういう経緯があったらしい。
「見るからに安物且つスピリチュアルな感じなのはそういうことっすか……」
「あとはまぁ、帳簿ぐらいですかね。ここ一か月ほど記録はないっすけど、まぁ戸締りを忘れるくらいですし……継続力がない人だったみたいですね」
 リンタロウも日記をのぞき込んでみると、それまでの日付にも抜けがあることが分かる。
「この様子だと遺言とか、遺書の類も望み薄ですかねー」
「怪しいとすれば、壺っすかねぇ」
 壺に何かしらの曰くがついているのなら、可能性もあり得なくはない。UDC、特に邪神はそういった信仰や迷信から生み出されることもある。
 しかし、見たところは普通のオブジェクト。せめて売り手が分かれば辿ることも出来たかもしれないが、売りつけた人間の特徴も何も書かれておらず、ただ壺を買わされた旨だけ書かれているばかり。
 無言でお手上げのポーズのリンタロウ、並びに波狼。倣うようにドリーとビクスも両手を上げる。

「さて。一概にそう言い切れるものでもないかもしれないぞ」

 少しゴロゴロとした、猫のような声が向けられる。
「どこもかしこも”不可解”だらけ。煙に巻かれて五里霧中といった気分だ」
 言葉に合わせるように、その見た目からは到底不釣り合いなパイプを吹かす。
 彼女の周りだけ、匂いも雰囲気もまるで違う。こびりついた血の匂いは灰色の脳さえ溶かす甘い煙に上塗りされて、断片的な謎が包む空間の中で明瞭な足元が踵を鳴らす。
 そうして、玄関口で沈黙を続けていた探偵は遂に動き出す。
 危険を燻した煙に包まれた少女探偵――因幡・有栖(人間の猟奇探偵・f23093)は頬だけを歪ませる。
「だが、火元を紐解く手がかりは揃った」

 時を同じくして、彼女の離れた玄関の扉がぎいと開く。
「――戻りました。現場の調査は順調でしょうか?」
 黒いビジネススーツの傍らに猫を抱えて、ノブを捻ったのは人づての探索を終えた風見だった。その後ろに矢来も一緒だ。
 二人して甘いパイプの香りに顔をしかめていると、腕の猫も目を覚ます。
「わっ」
 それまで大人しくしていた猫が突然、腕からするりと飛び降りる。今までそんな様子のなかった猫に風見が目を丸くしていると、猫はすいすいと部屋の奥へ行ってしまう。
 確かな足取りで。
 それを部屋にいた皆が眺める。
「よしよし」
 そうして、猫は一人の女性の足になつく。
 その顔をみた風見はもっと大きく目を見開いて。

「情報収集ご苦労、”はやみ探偵事務所の”。……それと、猫探しもね」

 美しき沈黙を破り、唯式・稀美(美探偵・f23190)は柔和に微笑んだ。

●きさらぎアパート
 築四十年。ボロアパートにしては風呂トイレ別を全部屋において一貫する駅近物件。
 それがこのきさらぎアパートであり、今回の事件が起こった現場でもある。
「はーぁ」
 十月も傾けば夕暮れは近い。午後四時にも差し掛かれば日没はもうすぐそこだ。
 茜色に染まりつつある三階建てのアパートを仰ぎ見ながら、溜め息が零れる。
 溜め息の主――桔川・庸介(「普通の人間」・f20172)は部屋での出来事を思い出す。
 赤黒い血液でびっしりと埋め尽くされた浴室。その鉄臭い空間の中、浴槽に浸かったまま亡くなる女性の遺体。
「…………」
 午前の出来事とはいえ、鮮明に覚えている。鼓動が高まったのが今の今まで続いている気さえしている。
「……めっちゃエロかったし、なぁ」
 高校生らしい感想であった。
 呟いてから、頭をぶんぶんと振る。そう、今はそんな場合ではないのだ。
 桔川は部屋にいるのも忍びなく、こうして近隣の住民へと聞き込みを敢行していた。事件のことは隠しながら、302号室の女性の人となりについて隣人や下の階の住民へ話を聞いていた。インターホンを押すのも忍びないと出待ちを続けていると、気づけば夕方になっていた。
「あとは……一階の大家さん、かな」
 自分も将来一人暮らしをはじめたら大家さんに世話になったり、頻繁に話したりすることになるのかなとか、雑多なことを思いながら向かったのは101号室。

 そこへ、
「あら」
『あら』
「……ん?」
 軋む階段を降りる足音が、ふたつ。
 こちらに気づくと片方は笑顔を向けて、片方は会釈をする。
「ねぇ、ビスク!お仲間がいたわ!」
『ええ、ドリー。お仲間というより、先約かしら。先に彼が話を終えてからあたしたちも話を伺いましょう?』
「あぁ、えーっと……」
 双子のように瓜二つな少女たちの会話に割り込む形で、桔川が口を開く。
「別にアポ取ってるわけじゃないし、話す内容もこれと言って決まってないし。……キミたちも猟兵だろ?一緒に話、聞く?」
 そう訊ねると、ドリーとビスクは顔を合わせ直す。答えはすぐに帰ってきた。
『そうね。ならお言葉に甘えようかしら』
「お互いアポなしなら、遠慮も必要ないよねっ?わーい、一番乗りーぃ!」
 快活そうな方が桔川の脇をすり抜けて、101号室へと赴く。慌てて追いつく桔川と、その後ろをたたたと走る大人しい方。
 インターホンを鳴らすのは桔川の役目だ。ドリーとビスクの手が届かないというわけではないが、特にドリーにこの役目を与えた暁には連打しかねないビジョンが見えたので、役目を買って出た。
 はーいと答えておよそ三十秒ほどして、初老のおばあさんがドアを開ける。
 中からはとてもおいしそうな匂いがする。
「わぁ、とってもいい匂い!」
 いち早く反応したのはドリー。快活な笑みを浮かべると大家のおばあさんは柔和な笑みを返して言う。
「あらあら、出るのが遅くてごめんなさいね。カレーの火を止めていたの」
「カレーかぁ、いいな!」
 まだルーを入れる前だったのか、スパイシーな匂いこそしないものの野菜を煮詰めたときの香りが漂う。
「あぁ、そんな忙しい時間帯にすんません。ちょっと知りたいことがあって……」
 こほんと咳払いをひとつ。気を取り直して桔川が今までの通りに話し始める。
「302号室の女性、なんですけど……どんな人、なんですかね?」
『最近の様子だとか、何か変わったことはなかった?』
 付け加えるように、要点をビクスが話す。
 大家さんは少し悩むような仕草をしてから、口を開く。
 ……ただし、それは質問の答えではなかった。
「……困ったわぁ。どうして、それを知りたいのかしら?」
「え、」
「答えてあげたいのは山々なのだけど、ほら、私大家じゃない。そう無闇に住民の情報は渡せなくて……」
「あ、あーー……」
 確かに、と納得する。
 今までの、隣人に関しては「ここだけの話……」という感じで耳打ちをしてくれていたが、立場がしっかりした人が相手ではそうはいかないのだろう。
 言葉に詰まる桔川を見て、穏やかな大家さんの表情はだんだん怪しい人を見るものに変わっていくような気がして……、

『あぁ、それなら。この男、彼女に告白したいらしいの。だから彼女のことが知りたくて』

「え、えぇ!?」
 突然のビクスの不意打ちに肩が跳ねる。
「ちょちょちょ、ちょっとビクスちゃん!?……で、あってるっけ?ななな何言って……」
『いいから』
 何もよくはない。それこそ、綺麗な女性であったことに間違いはないが、死人に対して恋に落ちるほど性癖はねじ曲がってはいない。
 しかしそれを聞いて、くすくすと笑う大家がいるのも事実。
「あらあらあら……若いって素敵ね。うふふ、そう、そういうこと。いいわぁ、そういうことならおばちゃん、あの子のこと話しちゃう」
 ほらね、とドヤ顔のビクス。嬉しいものの納得のいかない桔川。ドリーはというと話なんてそっちのけで良い匂いに浸っていた。

「ふーむ」
 暫く話を聞いて、桔川が息を吐く。
 情報としては他の部屋で聞いたのと変わらず、忙しくしている会社員の女性であることに違いない。
「押しに弱いみたいだから、押せ押せよ。押せ押せ!」
「あ、ハイ……そうっすね」
 ノリノリな大家さんに苦い笑みを返す。
「この前もあの子、壺の押し売りに遭ったって言ってたもの。まぁ、押し売りの業者はわたしが追っ払ったからもう来ないでしょうけど、災難ねぇ」
「壺」
「そのくだりはもうやったわ!」
 ドリーは桔川の肩に乗っかろうとしたりしてせわしない。
 ビクスはというと、こちらは真面目に引っかかったワードにメスを入れている。
『それは災難ね。ところでその業者、顔や特徴は覚えている?』
「えぇ?うーん、ごめんなさいねぇ。わたしもこの通り年だから、あまり顔は覚えられなくて。どこどこの宗教とか言ってたけれど、それも曖昧なのよ……」
『いえ、そこまで聞くつもりはなかったから、いいのよ』
 聞き出し方とその後のケアが上手いなぁ、なんて桔川は思いながら乗っかる。
「ま、全くあの子にそんな悪さするヤツがいるなんてゆるせねぇよ、な~~?」
『ノリノリね』
「キミのせいだからね??」
 小声で小突きあいながら、粗方の情報を聞き終わると大家さんから話し出す。
「久しぶりに話し込んじゃったわねぇ。そろそろお料理に戻らないと……あぁ、そうだ!」
 ほくほく顔のまま、大家さんが続ける。
「もうすぐカレー出来上がるし、よかったら食べていかない?ふふ、新しい住民になるかもしれないんだから、遠慮しないで!」
「え、ぁ、いやっ!そんなそんな……」

「いらない」

「……え?」
 ばっさりと、ドリーが言った。表情は相変わらず笑顔のままで。
 大家さんと桔川が呆気にとられていると、ビクスが補足する。
『……お気遣いありがとう。けれどこれから友達とご飯を食べにいくから、遠慮しておくわ。ねぇ桔川』
「えっ?」
 大家さんとビクスの顔を交互に見ていると、袖を誰かに引っ張られる。
 それは、いつの間にか桔川の影に立つドリーだった。
「…………すんません。そういうことなんで」
「あら……そう、残念。またいらっしゃいね、歓迎するわよ」
 少し悲しそうに大家さんがドアを閉じる。良い匂いはすぐに玄関先から掻き消えていく。
 断ったのは、ドリーの表情を読んでの事だった。
「なんか、あったの?」
 恐る恐る訊ねると、答えたのはビクスの方だった。
『えぇ、大きな収穫がね』
「え……?」
 今の、なんでもない会話のどこにそんなものがあったのだろうか。
 それを問うより先に、ビクスが歩き出す。そのあとをドリーが続く。
 しかし、向かう先は件の302号室ではなく、駅に続く通りであった。
『さあ、早く行くわよ。みんなもう待ってるから』
「は、え?どこに……?」
『……今の話、聞いてなかったの?』
 呆れた様子でため息をついて、ビクスは言う。頬の横を空の茜色に染めて。

『ご飯。おなか、すいてるでしょう?』

●302号室・D
「さて、諸君。お待ちかねの推理と行く前に、まずは重要な問題を解決しよう」
 そう、因幡が切り出した。
 ベランダに出ていた者も含めて、部屋には此度の捜査に買って出た猟兵のほとんどが集まっていた。推理を披露するにはうってつけのシチュエーションと言えるだろう。
 しかし、問題があるらしい。
 皆が息を飲み、続く言葉を待つ。
 そうして出てきた言葉に、一同は同意する。

「思うんだが十四人がこの一室に集まるの、普通に窮屈じゃないかい?」

●居酒屋・A
「――そうして居酒屋に移動したわけだが」
「ねぇ、なんで居酒屋なの?なんで?」
 席につくなり早速出てきたキャベツを貪りくつろぐ因幡に、合流した桔川が訊ねる。
「子供もいますしねぇ」
「子供つれて開店すぐの居酒屋入るのどうなんでしょう……」
 落ち着いた様子で語るのは百鳥・円(華回帰・f10932)と、一仕事を終え肩と瞳を脱力する冴木。正確に言えば百鳥も未成年の区分ではあるが、マイペースにメニューへ目を向けていた。
 件の子供たちはといえば、
「おいしいわ!串焼きおいしいわ!」
『待ってドリー。まだ注文は来ていないわ、虚無を喰らわないで』
「あ、わたしはオレンジジュース!」
「俺って成年してるように見えないっすか?見えない?結構身長、伸びたんすけどね……」
 ドリーとビクス、御園に伊能もこの空間にさして疑問を覚えている様子はないどころか、普段来ることのない店の内装に当てられてか若干テンションが高いようにも見える。唯一どきまぎしているとすれば、内気そうなパーム一人ぐらいであろう。
「……子供の適応力っておっろそしいですね」
「こっちを見て言わないでくれます?」
 風見を睨む矢来だが、当の風見は涼しい顔をしている。

「理由はみっつだ」
 右手の指を三本ぴっと立てて、因幡は続ける。
「ひとつはいくら騒いでもまぁまぁ平気なこと。ふたつめは開店が午後5時だから、店がまだ空いてること」
「みっつめは?」
「今とても酒が飲みたかったんだ。いやぁ、こちらの酒は種類も豊富でいい」
 いの一番に注文したグラスを片手に、不健康そうな顔に笑みを浮かべる。
 溜め息をついたのは矢来だった。
「探偵ってのはおかしいやつしかいないんですか?」
「おっと。一括りにされるのは心外だね」
「オレはあなたも一緒になってチューハイ頼んでたの見逃してませんからね」
 追及の言葉を沈黙に笑みを重ねて躱す唯式。
 因幡と唯式。探偵の立場にあるものはこの場に数多く入れど、主導するのはこの二人といった空気であった。
 席で並び合った探偵二人は一足先にカラン、とグラスを揺らして、一口煽る。
「この会、乾杯も何もあったもんじゃないですね……」
 烏龍茶に口をつけながら、冴木がぼそりと呟いた。

「それにしても……」
 風見の前に置かれたのは烏龍茶。猟兵の仕事とはいえ勤務中、酒を飲む気にはなれなかった。
 代わりに口を潤すために頼んだ茶を一口飲むと、唯式のほうへ顔を向ける。
「まさか猟兵から、それも探偵から依頼が来るとは思いませんでした」
「人の世の巡りなんて、大層なものじゃないということだよ。……もっとも、今回は意図的に頼んだわけだが」
 唯式の膝の上に猫はいない。そもそもあの猫自体、現のまぼろしに過ぎなかったのだと言うのだから驚きだ。
「少し狡い手だが、情報共有の時間も惜しい。私はせっかちなんだ」
「猫の手も借りたいほどに?」
 優秀な助手の手を借りたことに変わりはない。過去は変わらないのだ。
 猫も、人も同じ。
「言ってくれるな」
 意地悪そうな風見に向けて、そう返した。

「話し合う前にひとつ聞きたいんだけどさ」
 粗方の注文が通り、宴会席のテーブルが7割がた埋まったところで、最初に切り出したのは合流したばかりの桔川だった。
 彼の手元にはこの店の代表メニューである串焼きと、小さなカレーが並んでいた。
『カレー、そんなに食べたかったの?』
「いやだって、あんないい匂いしてたら……って、違う違う!」
 ビクスの言葉に思わず素で返しそうになってから、咳ばらいをひとつ。
「俺、訳も分からず連れてこられたけどさ……この集まり、結局なんなの?食事の誘いを断ってまで急いでくる必要あるやつ?」
 未だ事態が飲み込めていないのは確かだった。場所だけ見れば、謎解決の打ち上げにしか見えない。
 だが、そうじゃないことは他の猟兵が持つ雰囲気で分かる。謎はきっと、まだ解けていない。
「――やれやれ。そんなに鈍いんじゃ探偵どころか猟兵も長く続かないぞ?」
 パイプを吹かせた因幡が言う。言い方に少しカチンと来たが、続けざまに今度はビクスが話し出す。
『ねぇ、桔川。今回の被害者の部屋、浴室のことは覚えてる?』
「え?……あぁ、もちろん」
 忘れられるはずもない、血塗れの浴室。
 瞳が、鼻孔が、思考が揺さぶられるような、非日常の光景。
『あんな血みどろの部屋が放置されていて、戸締りも甘い部屋で、異臭に住民が気づかないのは普通だと思う?』
「ぁ――」
 細い瞳を見開く。
 異臭、死臭は鼻につく。部屋から出て暫くもその匂いが離れない気がしていたが……実際に、匂いはどこまでもうっすらと、漂っていたのだ。
「じゃあ……」
「気付いてるんじゃないかしら、あの部屋で何が起きているのか!……”アパートのみんな”」
 その後の言葉を継いだのは、ドリーだった。彼女はひとつの真相へたどり着いた桔川に顔を向けると、にこやかな笑みを向ける。
「よかったね!カレー、食べなくて」
 冷や汗が垂れる。
「アパートのみんな、グルだったのか……」
「それについては後々に言及することになるが、大方は想像通りだ。少なくともアパートの住民はこの件に関わっている」
 優しそうな大家の笑顔を思い出す。あの笑顔の裏に、何かが隠されていたのだとしたら……。
「人間不信になりそう……あ、うまっ」
 項垂れながら、注文のミックスジュースを手に取る。カレーは……暫く食べられない気がする。

「美探偵 皆を集めて さてと言い」
 静粛に、という言葉の代わりに唯式が手を叩いて呟く。
 片目だけ開けて、口元に笑みを湛える。
「――もっとも、今回は自供する犯人はいないがね」
「薄々感づいてはいたんすけどこれ、食事……肉食いながら話す内容じゃないっすよね」
 その点に関しては問題なく、とエチケット袋が配られてはいたが、絶対にお世話にはなりたくないと思う伊能。
 そんな思いとは裏腹に、探偵たちの推理劇が幕をあける。
「……まず気になっているのは浴室の血だろう、みなまで言わずとも分かるさ」
「凶器に関しては棚上げしてしまっていいだろう。これが自殺ではなく他殺に他ならないのは自明の理だ」
 唯式の言葉に合わせて、因幡が続ける。
「さて、浴室の血だが……丁度いい。日向と冴木に語ってもらおう」
 突然に投げかけられた話題に冴木は目を丸め、日向は頭を抱える。
 まずはじめに口を開いたのは日向だった。
「……あの血が全て彼女のもの、ということはない。当然のことだが、どれだけ手首を深く切っても、あれ程の出血を伴うこともなければ、満遍なく浴室の壁や天井を彩ることもあり得ない」
 断言する。それには同意を示すように矢来も小さく頷く。
 続けて冴木が補足する。
「では、あの血は誰のものかという話になりますが……男女を問わず様々な人間のものであり、調べたところその全員が現在行方不明だそうです」
 どこへ消えてしまったのか。それは想像に難くない。
 何かの儀式があったのならば、その贄にされたのだろう。

「あぁ、そう。ついでに。部屋を出る前にさらっとシャワーで血を流しとったんだが……」
「おい、おい。何している探偵」
 日向の追及を無視して因幡が言う。
「あったよ、摩訶不思議な魔法陣。間違いなく何か召喚されているね、あれは」
「――!!」
 息を飲むものは息を飲み、酒を飲むものは酒を飲む。
 証拠写真とでもいうように、因幡が手元の端末を映し出す。そこに映っていたのはタイルに刻み込まれた幾何学模様。
 ……が、ぴーすして自撮りする因幡の後ろに存在している。
「遊びに来たのか?」
「心外な」
 文字を入れたり色彩加工に苦戦しながら反論する。傍らの御園がアドバイスを飛ばしている。

 閑話休題。
「浴槽に被害者が浸かっているのが自殺として不自然なことは、ご理解いただけていると思うが」
「えっ」
 実にその場の半分以上が声をあげる。御園と風見はなんともない風の表情で、パームは少し恥ずかしそうに。なんとなしに問いかけた唯式が一番驚いていた。
 気を取り直して、唯式は言葉を続ける。
「……問題は何故彼女が浴槽に浸かっているか、だが。そもそも、浴槽が透明なのも不自然だろう」
「そうなんすか?床の、彼女が流した血はともかく、天井の血は固まってたっすよ?垂れて来なくても別に……」
 疑問に対し、リンタロウが答える。天井の血が彼女のものではない、新鮮なものではないと判明した今、それは普通な気もするが……。
「だとしても、浴槽だけ綺麗にしてるのはおかしいだろ。仮に風呂を風呂として使っていたなら、今度は壁や天井を洗わないのは不自然だし」
 そう話したのは波狼だ。言われてみれば、と納得するリンタロウに、代弁ご苦労と頷く唯式。
「……そういえば」
 口を挟んだのは、パームだった。
「あのバスタブ、っていうんだよね。あれ、少しだけ間取りの中心から逸れている気がしたんだ」
 不審に思い、小さな狐火で探りを入れたところ……本当に少しずれた跡があったそう。
 その話を聞いて、周囲の猟兵はおろか唯式も唸る。
「ということは……ふむ……」
「へ、平気かな……?推理の攪乱とかしちゃってない、よね……?」
 皆が頭を悩ませ始める者だから、そのうちだんだんとパームも不安になってくる。
 ただ、因幡は違った。
「いや、大丈夫さ。もともと仮説なんてあってないようなものだ。きみの情報はとても貴重な鍵になる」
 パイプを吹かした因幡は、視線を横に流す。
「唯式」
 と、もう片方の探偵の名を呼ぶ。
「論理的に結論づけようとするなら泥沼だ。それに相手は人でも影朧ではなく、UDCだ。――なら、理屈を通す必要はない」
「……そうだな」
 ひとつ、背伸びをしてからチューハイを呷る。一気に飲めば、思考も冴える。
 そうして、麗しい頬をたんと叩く。
「ではこれより、美探偵の名において――この不可解を覆そう」

 ウミガメのスープ、という話がある。
 いわゆる水平思考を扱ったなぞときのひとつであり、エピソードの中に隠された秘密を探り「なぜそうなったか」を解き明かす遊戯である。
 情報は断片的。だが、深く掘り下げていけば必ず真実が見えてくる。
「我々は何かを勘違いしている」
 靄がかった真実。その靄はどこから来ているのか。
 残念ながら沈黙は生まれない。店内は時間がたつにつれ人が多くなり、雑音が増す。そうでなくとも同席する子供たちが騒いでいたりもする。
 だから、軽率な軽口が挟まることもある。
「あー、俗にいうアンジャッシュ状態ってやつでしょ。それ」
「?……なんだい、それ」
 何気なく呟いた桔川の言葉に、唯式が首を傾げる。
「え、知らない?アンジャッシュ。同じことについて話をしてるつもりが、実は全く別のものを思い浮かべてて大変なことになるっていうやつなんだけど」
 そんな芸人がいたんだ、友達とよく話すんだ、と口にする桔川。
「例えば?」
「例え……かぁ。そうだ、例えばこれ」
 手に取ったのは、未だ手つかずのままのカレーの器。
「カレーとシチューってルー以外材料同じじゃん?でもカレーを作ったはずがもしシチューだって勘違いされたまま話が進んだら、どうなると思う?シチューなのにインドまでスパイス選びにいったりしちゃうし、カレーなのに牛乳を入れてないことに驚かれたりするんだ」
 例え、あってる?分かる?と周囲の顔色を伺いながら話す。少なくともニュアンスは伝わったらしい。
「まさに勘違いが生み出した芸術だな」
「いや、芸人さんたちそこまで考えてな……いや、コントだって一個の芸術なのか……?深いな、コント」
 因幡の誇張した褒め方によって理解を深め始める前に、波狼が割って入る。
「まぁつまり、だ。探偵と言ってぱっと頭に浮かんだものが因幡さんか唯式さんか、みたいな話だよ。別人を思い浮かべたからこそ起こる勘違いで……」

「――ちょっとまった。ごめん、もう一回いってもらえるかな」
「え?」
 波狼が固まる。
 だが、待ったをかけた唯式は目を見開いて硬直している。
「復唱の必要もないだろう」
 沈黙を破ったのは因幡だった。
「あぁ、しかしそうか。探偵も二人集まれば勘違いも起きて当然と言ったところか」
 対照的に楽しそうに笑う因幡。
「……因幡、もしかして最初から分かっていたね?」
「ふふ、さあて。それを解き明かすのは困難だと思うよ?わたしもまた、探偵だからね」
 悪戯めかしてはぐらかす彼女にこれ以上何を言っても変わらないと早々に諦め、代わりに猟兵たちへと向き直る。
「……質問がある」
 ゆっくりと、呼吸を整えてから告げる。

「あの被害者の女性は、何者だ?」

 曰く、風見ケイは言う。
「彼女は風俗嬢をしていたそうです。性格はあまり明るくはありませんが、芯を持っていて情に厚い人間だと、写真を頼りに見つけた彼女の知り合いから聞きました」
 それは彼女が足で得た情報。風俗嬢である、という裏付けには途中同行していた矢来も同意している。
 曰く、百鳥円は言う。
「わたしは彼女の”夢”を見たわ!もう、見ているだけで恥ずかしかったけど。でも、そういう仕事に就いていたというのは本当みたい」
 百鳥が言うには夢には手首を切る直前、幼い手に遮られたところまでが映し出されていたそう。あまり深く追求するものはいなかったが、いたとしても氷砂糖を舌の上で転がすようにしている彼女が口を開いてくれるとは限らない。
 曰く、波狼拓哉は言う。
「え、俺が見たのとまったく違う……。あ、俺は部屋で彼女の日記を見つけました。それによると彼女は経理の仕事をしていたそうで、あとは、そう、壺を買ったとかなんとか……」
 妙な話が過ぎて尻すぼみな発言になってしまったが、現にそれらしい壺が部屋に転がっていたのを、他の猟兵も確認している。
 曰く、桔川傭平は言う。
「アパートの住民に聞き込んだ感じだと、波狼さんの話と全く一緒だな。そこの双子も聞いたと思うけど、大家さんの話じゃ壺を買わされたのは本当みたいだし、少なくとも押しに弱いって話は風見さんとこの印象とは食い違う……もっとも、アパートの住民がグルで口裏を合わせて嘘を吐いていた可能性も、あるけど」
 ところで、と視線をあの二人に向ける。
「ドリーとビクスは、どうして聞き込みに来たんだ?」
『あぁ、あたしたちはね』
「因幡に言われたの、調べておいでって!」

「やっぱり気づいてたんじゃないか」
「はて」
 唯式の横目の追及を、パイプを口先で揺らしながらいなす。
「はぁ、でもこれで、あぁ……やっと分かったよ。実に単純だった」
「ウミガメのスープ……はともかく、水平思考クイズに挑戦したやつは大抵その言葉を吐くよ。わたしもそうだった」
 懐かしむような因幡から視線を離すと、目の前の料理が一段とおいしそうにみえる。
「そういえば、まだあまり食べていなかったね」
 謎が解ければ食事も心地よく喉を通る。少し冷めたが串焼きの味はなかなかいい。これで一皿一律298円とは思えない。一方で因幡は未だにキャベツを貪っていた。
 テーブルに並ぶご飯を食べているのは子供が多く、特に伊能は食べ盛りなのかよく食べる。顔を見合わせると「あっ」とすぐに目を背けるところは年相応に思える。

「で、結局のところ何を勘違いしてたんすか?」
 子供たちに負けず劣らずと、軟骨の串を齧るリンタロウ。
 その答えが気になる猟兵は他にもいる。彼ら彼女らにとっては今はお預けの状態のようなものであった。
「あぁ、すまない。自分で納得してそのままだったね」
「探偵とは得てしてそういう存在なんだ。許してほしいな」
 唯式に便乗する形で因幡が笑う。もはやスルーした方がテンポがよい。
 こほん、と。咳ばらいをひとつした唯式は、単刀直入に話す。

「ずばり――あの部屋の主は浴室で死んでいた彼女ではない、ということだ」

 猟兵たちが勘違いしていたこと。それはあの部屋が”被害者のものである”ということ。
 動揺の声を敢えて抑えることはせず、そのまま言葉を続ける。
「考えて見ればすぐに分かる。彼女の顔や彼女自身に探りを入れたときと、あの部屋に関して調べたときで内容がさっぱり分かれているのだから。おそらくは大家が言っていたことも事実なのだろうさ」
 怪しいことには変わりないけれど。そう付け足すとやはり桔川は苦い表情をする。
「でも、それじゃあ、なんで彼女はあの部屋で亡くなっていたのかな……?」
 パームが不思議そうに問うが、その答えは他でもないパームが証明している。
「そもそも、あの部屋で死んだとも限らないのさ」
「……?」
 桃色の髪がゆらり傾く。ミックスジュースをストローで吸いながら、疑問の瞳を向けている。
 その疑問に答えるのは、因幡の方だった。
「相手はUDC。理屈は通じないのだから、”無理”はない。よって方法を問う必要はない」
「そう」
 今度は彼女の言葉を引き継いで、唯式が答えを口にする。

「”あの浴槽ごと、あの部屋に転移されたのなら”。浴槽に沈んだままの彼女に納得がいかないかい?」

「え……」
 運び込まれたのではなく、転移。猟兵がグリモアベースから送り込まれるように、何らかの権能が働き彼女があの浴室で呼び出されたと考えてもいいだろう。
 それなら、浴槽だけが綺麗なこと、浴槽が少しずれているのにも説明がつく。
「推理もへったくれもない、厄介極まりないものだよ」
 因幡が吐き捨てる。口に含んだキャベツの芯も同様に。
「……しかしそうなると。新たにふたつ疑問が残ります」
 冴木が言う。
「あの部屋の持ち主の女性がどこへ消えたのか。それと、被害者の女性の本来の住まいがどうなっているのか」
 キャベツに伸ばす手が、ぴたりと止まる。
「……前者については分からない。だがそこはすでにこの事件に深く関係しないだろう。せめて推測するなら、何者かの召喚に巻き込まれたか。後者については……」
 そこで、店員が顔を覗かせる。彼が言うにはお連れ様がいらしたとのこと。
「言うが早いか、だ。そら、来たぞ」
 得意げな表情を見せて因幡が笑う。表情の機微が薄いわりに、よく笑う印象だけがある。
 実はこの席を取る時に、一人多く人数を伝えていた。
 果たして、遅れてやってきた15人目の猟兵はそれまでの会話に合わせるように口を開いた。
「被害者の住所、見つけた。……あぁ。なにかおいしいもの、ある?」
 澄んだ碧眼を覗かせて、亀甲・桐葉(往瑠璃揚羽・f18587)はやってきた。

●駅前公園・B
 遡って昼時を過ぎた公園。
 ベンチには猟兵の姿はなく、代わりにカメラと手帳を携えた男が休憩をしている。
「はぁ、オカルトゴシップも楽じゃないな」
 男はもともと新聞記者であったが、政治的な特ダネに嫌われ続け今はゴシップ誌の記者の地位に落ち着いている。
 今探っているのは、この街で夜な夜な目撃情報のあがる”頭のない少女”についてだ。
 ……正確にいえば、頭がないというのは嘘になる。実際には頭の代わりに歪な彫刻が乗っているそうだが、はっきりと見たという話はなく、細かい形状についても不明のままだ。見間違えの線もある。
 だが、それではおもしろくない。見出しにならないのだ。
「これじゃ、『父母連続殺人事件』のインパクトに勝てないな」
 大きなため息をつく。
「んーー、さっきのお嬢ちゃんもろくな情報を持ってなかったし……いい加減手詰まりを感じるぜ」
 思い出すのは直近の、青い瞳が特徴的な女性。手ぶらで街を歩いているところが目に止まって、その不思議な雰囲気に吸い込まれるように声をかけてしまった。
 危うく事案になりかねない、と直後に思ったが、女性はよく話を聞いてくれた。オカルトが好きと言っていて波長はあったが、今回の件に関しては分からないということだった。

「…………」
 思考を巡らせてばかりいると、昼も過ぎていることと合わさってどうにも眠くなってしまう。
 目を擦って、そろそろ行くかと立ち上がる。立ち上がって血流を正常にすれば大抵は目が覚めるものだ。
「……?」
 しかし、立ち上がれなかった。
 思ったよりも眠かったのだろうか、足に力が入らない。そうこうしている間にまどろみが急激に襲い掛かる。
「なん……」
「おやすみなさい」
 最後に見たのは、足元に咲く大瑠璃草。
 それと意識が落ちる直前に聞こえたその声は――少し前に聞いた女性の声だった。

「ごめんね。本当はオカルトよりも夜と星空が好きなの」
 深い、深い眠りに男が落ちたのを確認すると、亀甲はベンチの裏から背もたれに腰を預ける。
 大瑠璃草の花弁は彼女の放ったものだ。用は済めば花は結晶のように砕け散り、彼は眠りから解放される。
「あなたはとても、物知りみたい」
 けれどその花が咲き続けている限り、彼はまどろみの中から真実を零れ落とす存在であり続ける。
 亀甲は微笑む。それを見る瞳は、開いていないけれど。
「ねぇ、さっきのお話の続きをして?」
 亀甲が追うのは、邪神らしき影。部屋で浴室の有様を見た時点から、他殺――それも邪神絡みであると確信していた彼女は、その存在を追うことにしていた。
 男が言うには、ここ一か月ほど前から例の少女は目撃され始めたという。なんでも、暗い夜道の真ん中で、灯りに照らされぽつんと立っているのだとか。ただ、そのシルエットからは頭が存在せず、代わりに歪な形の彫刻が乗せられているのだとか。
 だが、恐る恐る近づくと少女は一瞬のうちにどこかへ消えてしまうらしい。そんな、噂話。
 けれど、それがUDCであり、この街にあるとするのなら。今回の件と関わっていないとは言い切れない。
「……それと、さっき面白い話をしていたね。『父母連続殺人事件』、だっけ?」
「あぁ……」
 父母連続殺人事件。こちらも彼の関わるゴシップ誌が掲載している見出しらしく、一般には広く知られていない。
 これはこの街に限らず、広範囲にわたって成人男性、成人女性が遺体で発見されている、という不可解な事件だ。それらに目立った関係性はないものの、これを取り上げた記者は被害者が全員子供を持つ親であることに着目して、そう名付けたらしい。
「…………」
 亀甲は、UDC職員より聞いた情報を書き留めた手帳を開く。被害者女性に子供がいたという記録は存在しない。
(けれど、或いは……)
 女性の仕事を思うに、その区分に入る可能性は十分にあった。

「……あなたに聞ける情報はこのあたりかな。ありがとう」
 切り上げ時だろう。ベンチから離れ、花弁を散らすその直前、
「……あ」
 うたた寝のように肩を揺らす男の懐からスマートフォンが落ちる。何となしに拾い上げると、端末を持ったことで画面がつく。
 不用心なことにロックがされていないスマホに、昨晩のLINEのバナー通知が残っていた。
「……ねぇ」
 花弁を砕く前に、食い入るように声をかける。
 果たして、その名前の表記には見覚えがあった。

「教えて、彼女の住所。”彼氏”なんだから知っているでしょう?」

●居酒屋・B
「コークハイお持ちしました~」
「あ、どーもっす!」
 なみなみ注がれたコークハイをリンタロウが受け取る。好きそうだよね、とガヤが飛ぶ。
 テーブルの串焼きは大半が片付いた後で、皆腹八分目といった様子。
 遅れてやってきた亀甲も好きな物を食べていたが、見た目通りの食事量で満足したらしい。
「おいしかった……」
「それは良かったですぅ~~。遅くまで調査、ご苦労様でした!ささ、もう一杯如何ですか?」
「おい、誰だ百鳥に呑ませたのは。彼女未成年であろう」
「呑ませてませんよ。あれは場酔いです」
 亀甲になつく百鳥の頬はほんのりと赤く染まった様子に日向が苦言を呈すが、彼女の手元には「これはお酒です」の文字が入ったグラスがないことを風見が言及する。
「はぁ、ちょっと食べ過ぎたかも」
「伊能ってば、本当にたくさん食べるのね!」
『残った分も食べるのはえらいわ』
「食べ盛り、育ち盛りでしょうからね……」
 一方で、食べ疲れた様子の伊能の横で騒ぐドリーとビクス。遠巻きに冴木が賞賛する。彼に関しては食も細ければ酒もあまり呑まなかった。
「あ、波狼さんそっちにまだ塩モモ残ってる?」
「あぁ、一本あるよ」
 桔川も、騒がしい雰囲気に緊張が解けてすっかり馴染んでいた。
 波狼から皿ごと差し出された串焼きを取ろうとして、
「いただきます」
「あっ!?」
 皿を受け取った好きに、乗っていた串本体を矢来が掻っ攫う。
「ちょ、性格悪いとか言われないの、お前!?」
「よく言われますねもぐもぐ」
「食いながら答えるんじゃねー!!」
「ほらほら、静かにしないと起きちゃうぞ」
 騒ぐ桔川を波狼がいなす。そして、傍らに眠る女子ふたりに視線を向ける。
 パームと御園はふたりしてうたた寝をしていた。難しい話をしていたのもそうだが、死体の調査と精神的に負荷がかかっていたのだろう、仕方がない。ちなみに桔川の頼んでいたカレーはいつの間にかパームが食している。狙っていたのかもしれない。
 そして探偵はというと……、
「ははは、はは。見ろ唯式、ずうっとキャベツを食べていたぞわたしは。まるではらぺこあおむしだ、あぁ愉快愉快」
「キャベツ食べてるだけでそこまで笑えるのは人生楽しそうだな、君は。いいから外でてパイプを吸ってこい」
 嗤う様子とは裏腹に顔色真っ青の因幡。もともと身体が弱いくせに酒を呷ったせいで、少々飲んだだけでこのザマだ。合法阿片も切れたと見える。

「……そういえばこれ、もしかして全員で割り勘なのか?」
 ふと、終わりが近くなって波狼が言う。それは主催の潰れ方も気にしつつの恐る恐るとした発言だった。
「そうじゃないすかね?」
「いや、流石に子供にも払わせるのは……」
「では、子供以外で……」
「亀甲さんは遅れてきたしナシでいいんじゃない?」
 などと様々物議が醸される。そのうち寝ていたふたりも起きてくる。
 この議論に関しては、しばらくして顔色のよくなった因幡の鶴の一声で決着がつく。
「領収書をとっておいて、あとで必要経費としてUDC職員かグリモア猟兵にでも請求しよう」
 なんだとう。

●隣町
 電車で一駅過ぎると、件の被害者女性の住所はすぐそこだった。
 時刻は夜八時に差し掛かろうかと言うところ。しかし住宅街は異様なほど静寂に包まれていた。
 亀甲が先導する形で、たどり着いたのは現場のアパートと同じぐらい古そうなアパートだった。
 102号室の前で、立ち止まる。息を吸って、吐いて……ゆっくりとノブを捻る。
 ……鍵は、かかっていなかった。
 いや、よく見ると内側から強く破損した様子が見て取れる。
 扉を開くと、嗅ぎ覚えのある生臭さが鼻につく。あの部屋ほどきつくはないが、長く嗅いでいたくはない悪臭だ。
「――」
 ふいに、部屋の中の闇が蠢く。それは丁度、亀甲の視界端が歪むように……。

「……あぁ、よかった。そう来るなら――、オレっちの得意分野っす!!」

 割り込んだリンタロウが、骨剣を盾に不意打ちを防ぐ。
「っ!!」
 即座に百鳥が電気をつける。廊下とトイレ、浴室の電気がつく。

 そして、闇に潜んでいた”それ”の姿があらわになる。
「…………」
 それは人の姿をしているが、顔や身体の至る所に映像のエラーのような靄が走っている。
 明らかな異常性物体。敵であることは一目瞭然。
 無言を貫いたまま、それはそこに立つ。
 ……視界の端に、開いた浴室が目に入るだろう。
 そこには、ここにあるべきではない――赤い血のバスタブが静かに憶測の正しさを合湛えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『『エラー』』

POW   :    ■、1あ■アオ、蒼、青い■あァあ、%2■3屍%蒼
【■アl■%あ、蒼い跳ぶ、頭■%、■格闘技】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    %2あ、か■赤血赤赤、■ア垢か、ぁ■赤い、%1■
【紅、?■2閼伽■紅い紅い紅い紅い紅い紅い】【紅い、紅い■■あああ■、紅い%貴方、四肢】【屍%、4赤■■、■ぁ■死あァぁ7。%呪術】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    キき■%、4■黄イ生ぇ膿キ■徽き、君、君■■%4
【■%黄い脳m、キ嬉々、黄%■未来、予知で】対象の攻撃を予想し、回避する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 スーツを身に纏った男がいた。

 正確にいえば男ではないのかもしれない。男物のスーツを着用しているだけで、本当は女性なのかもしれない。
 分からない。
 顔や身体を遮るように蠢くエラーが、断定をさせてくれない。
 それは、ここにいる理由に関しても同様に。
 なぜ、”それ”がここにいるのか。漠然と手放しの情報きりで、推理は出来よう筈もない。
 ただ一点、分かることがあるとするなら――、

 それが敵であること。それだけだ。

「……ア」
 エラーの中から、口が露わになる。
 その口元はひどく歪んで見える。涎が垂れて、明らかにまともではない。
「手を洗ってください」

「手を洗ってください。友達はそこにいませんが仕事の都合でわたあめが大好き!学校にはお母さんがお土産を猫の提灯に触りました。タオルはありません。手を洗ってください。プールに浮かんだ明日の日直は温度を風邪に気を付けましょう。あなたですか?あなたですか?漢字の宿題は終わりません。命をくれてありがとう」

 それは様々な声を切り取って作られたような、耳障りな音の群れ。
 ぞっとする背筋をよそに、『エラー』は部屋の窓を開ける。
 吹き込む夜風に抗うように、外へ一歩、二歩と出る。
 ちょうど、向かいには広い空き地があった。秋色に色づき始めた雑草をかき分けるように、エラーはその中心に立つ。
 ……暗に、戦うのならばこちらがちょうどいいと言っているようにも思える。
「先生は水道に流されバスはお年玉に決めました。手を洗ってください。あの子はどこ?」

 風にそよぐ空き地から、”それ”は猟兵に敵意を向けた。
亀甲・桐葉
【糖蝶劇】
……痛い
ノイズ混じりの声が痛い
耳を劈く頭が割れる、けれどそれより
こころが、いたい

歪に組み合わせられただけの姿
虚数の海から掬ったままの聲
敵意があるのは解ってるの
それなのに
ツギハギの想いが軋むのは
痛ましいと思ってしまうのは
あなたを撃てる気がしないのは――わたしたちが似てるからなのかな

たったそれだけなのに、……私はあなたが愛しいよ
出来ることなら救ってあげたい
でも無理、だめなの
ばらばらのきみはきみじゃない
だからせめて、最期の刹那だけは
苦しまずに逝けますように――
〝変転原子〟
お願い、かみさま
このひとたちを、もう解放してあげて

正気の狭間、今際の言葉
教えて、零して。――『あなたはどうして戦うの』?


百鳥・円
【糖蝶劇】
おーおーなんか凄いの出てきました
語彙力がない?知りません!
声が耳障りで仕方ねーって感じなので
とりあえず黙ってもらいましょーかね
継ぎ接ぎだらけの負の感情たち
きっとクソマズなので、喰べるのは勘弁ですん

お手並み拝見といきましょーか
【獄双蝶】の炎蝶を使役
ほーらよおく燃えてくださいね!
なーんて、
真正面から殺り合うのは危ねーって
わたしの野生の勘が言ってます
炎蝶ちゃんには囮になってもらいましょーか
わたしはトリックスターなまどかちゃんですので
回避なんかしてもらっちゃあ困るんです!

続けて氷蝶たちを呼び出して
足元に呼び寄せ動きを封じましょ
氷杭で串刺しできたらバッチリ花丸
動けなければ皆さんも殴れるでしょ!


御園・ゆず
【糖蝶劇】
青、赤、黄色。まるで信号ですね
足止め感謝です
動けないなら立ち尽くす信号機
烏合の衆です

腰後ろのホルスターからFN Five-seveNを抜き取り連射
ヒトガタを取ると言う事は、脆弱な点もヒトと同じと言う事
頭部、胸部を狙って
マガジンチェンジも手早く台本通りに
おっと、マガジン無くなりましたか
ではこのまま参りましょう
弾倉の底で側頭部を殴り付け、そのままくるりと回る
勢いそのままに回し蹴りを
踵を叩き込んだらあとのトドメは任せました
…んん、やはり攻撃力が足りないですね…

継ぎ接ぎの誰かさん
貴方はだぁれ?
何になりたいなりぞこないなの?



●空地・B

「痛い」

 冷えすぎた秋風が一言を攫う。
 悴み始めた指先を頭にあてて、亀甲・桐葉(往瑠璃揚羽・f18587)は”それ”を睨む。
 それは『エラー』に過ぎない。
 この現実に現れるにはあまりに欠陥ばかりで、充足し過ぎている存在。
「アア、ァ――」
 流れる風を悲しむように声が響く。相変わらずその声は男とも女とも、幼くも老いてもいない声だけれども、それでも。
 そこに、ひとつ。たったひとつの感情があることは確かだ。
 だから、亀甲はその言葉を選んだ。
 耳に残る残響は冷えて固まって、消えてくれない。

 だって――、
「こころが痛いのは、こころが、悴まないから」
 そんな心が誰にだって、あるのだから。

 言葉にならない絶叫とともに、立ち塞がる亀甲に向かっていく『エラー』。
「――!!」
 抵抗の意思を見せるように、グリモアを変異させた拳銃とその身を合わせて戦う。
 しかし弾丸は初撃、続く二発目ともを躱される。直前に精神部分のエラーを削ぎ落されたものの、身のこなしに異常を来すことはなく戦局の傾きはない。
 その後も撃ち込んだ弾丸が命中することはなく、相手のペースを崩すことも出来ずにいると、今度はこちらの手番とばかりに『エラー』が攻勢に移る。
 スーツの黒いパンツが、長い脚が鎌のように亀甲の一秒前を刈り取る。直前に飛び退くも掠ったのか、頬に赤い筋が垂れる。
 当然、動きはそこで止まらない。蹴りを放ち終えた脚を軸に、今度はもう片脚を振りかざす。次の脚は一歩半遠くに着地し、踏み込んで胸元を掴みかからんと手を伸ばす。
「……ごめんね。もう少し、踊ってあげたいんだけど」
 腕で攻撃をいなしながら、亀甲が呟く。

 直後、発砲音が響き渡る――。

「ッ!?」
 それは亀甲から発されたものではない。もっと、もう少し遠くから。
 正確に言うならば、彼女の後方から。
 距離を詰めていた所為もあり、すっかり死角と化していた箇所からの攻撃は、『エラー』の腕を穿つ。
「流石」
「そちらこそ。”台本通り”の立ち回り、感謝します」
 手に握られているのはFN Five-seveNという、大まかにハンドガンと分類される拳銃の一種。
 それを『エラー』に向けたまま、亀甲の隣まで出てくる御園・ゆず(群像劇・f19168)。
 モザイク越しの『エラー』の視線が、御園へ向くのが分かる。気配が、殺気が傾いたからだ。
「……手当たり次第、目に付いた相手から襲うのはどうやら本当みたいですね」
 遠距離の狙撃であれば見つけるのが困難であるためその限りではないが、亀甲は御園の接近に阻害され、それも一時的になくなった。
 だが御園にとってそれが丁度いい。ロングレンジの唐突な横やりは、少なくとも今は台本に支障を来たす危険がある。
 で、あるならば。
「頼れる仲間を頼るのみ、ですね」
 一瞬だけ、視線を亀甲へ向ける。
 それに答えるように、一度だけ頷いて。
「……では、手筈通りに」
 口裏を合わせた通りに、彼女たちが動くのを信じて――御園はトリガーを引く。

 Bang!
 乾いた音は乾燥した秋風に合わさって、心地よいほど響き渡る。
 弾丸の音が三度重なり、グリップを握る手に衝撃が走る。
 今度は死角からの攻撃ではないこともあり、『エラー』は今まで猟兵を圧倒してきたように冴えた身のこなしで回避していく。その間にも、距離はどんどんと詰めていく。
 戦闘は徐々に中距離から近距離へ。近距離であっても銃撃の不利は起こらないものの、手の届く距離であれば反撃が来る。
 だが、
「それも台本通り、ですよ」
 服の裾を掴みバランスを崩そうと画策した『エラー』の腕を、御園が逆に掴む。
 その掴んだ腕の手のひらに、容赦なく弾丸を叩き込む。
「怯んでる場合じゃないです、よッ」
 手首を離し、よろけている合間に今度は銃口を明後日の方角――空へと向ける。
 直後に一度きりの発砲。
 空砲を打つような仕草であったが、果たして――銃弾は何を射抜いたのか。
 何を”潰した”のか。
 答えは一秒後に、降り注ぐ形で訪れる。

「さあ、舞台のライトアップです」

 火種が、乾いた秋草に飛来した。

 数分前に遡れば、彼女らの戦いの後ろに新たなる人影が揺らめいていた。
「しかしまぁ、声が耳障りで仕方ねーって感じですね」
 物見遊山のような飄々とした口調。金平糖を詰めた万華鏡のように軽い音。
 じっとその時を待っていた亀甲が一瞥する。
「……そうだね」
「納得してない顔ですねぇ」
 百鳥・円(華回帰・f10932)はその顔をのぞき込む。口元に笑みを湛えて。
 その表情はとても妖艶で、悪魔ではないにしろ、また別の魔を感じる。
「それ、撃つんですか?」
 それとなく、百鳥が訊ねる。視線は亀甲の手に収められた半透明の拳銃。
 今戦っている御園のそれとは形の違うそれを、無言でぎゅっと握りしめる。
 その様子を見て、百鳥がさらに言葉を続ける。
「質問がちょっと意地悪でしたね。”撃てるんですか?”」
 それこそ、意地が悪かった。

 堕落の夢魔。
 人のこころが揺れる様がだいすきな彼女は、首に腕を回すように甘く、決意を揺るがせる。
「わたしは」
 亀甲が言う。
「”あれ”を、撃てる気がしないよ」

「へぇ」
 百鳥が目を細める。
 心が揺らいだにしては、折れたにしてはどうも早く感じたからだ。
「きっと、わたしたちはどこか似ているんだ。継いで接いだ想いが軋んで、痛むさまとか」
 それは、自分に重なるところがあるのだろうか。
 少なくとも、百鳥に彼女の過去を知る術はない。
 ……彼女本人から引き出す以外には。
(けど、それは野暮ってもんです)

「でも、終わらせないといけないんだ」

「――――」
 その言葉にどれだけの想いが込められているのかもまた、百鳥の知る由もないことだった。
 それでも、想いの強さは分かる。
 その瞳を見れば、一目瞭然なのだから。
「……答えはもう、決まってるみたいですね」
「それがわたしなんだ」
 二人揃って、敵へ向き直る。
 一陣の風が髪を揺すって、頬を冷やす。
 しかし、心の熱を奪うことは決してない。
「じゃ、頼んだよ」
「了解ですん」
 可愛らしく敬礼のポーズを取って、くるりと回る。着物の裾に風を蓄えて、膨らむ。

「さあ――踊れ、踊れ。塵と化すまで」

 ぶわり。ざわり。
 赤と青に煌めく蝶が、幾重の波を裾から巻き起こす。
 数は、そう多くはない。せいぜいこの時期のトンボの数と同じか、それ以下だろう。
「激流のように苛烈な感情の演武は、灯りを点けてはいざ最終公演の幕が上がる――つってね」
 炎の蝶が、戦う二人の頭上へそよぐ。
 そうして、台本は最高潮へと向かっていく――。

 秋草を伝って、炎が『エラー』を炙りだす。
「――ッ!?!?」
 その様子に、彼は激しく狼狽する。
 顔を隠すように、覆うように。
 しかし、全方面から照らし出された彼は、火の粉と蝶を払わねばならない。そうすると、ふたつのことを同時にこなすには二本の腕では賄えない。
 だからこそ、見える。
「――――っ」
 後方に佇む亀甲も、間近に眺める御園であればなおのこと。

 それは、子供の顔であった。
 童顔というわけではない。スーツの、手足の長い彼の顔は、10歳にも満たないような子供の顔だった。
 殊更に歪さを強調するような真実にしかし、臆する暇はない。
 顔を見られたことが分かると、『エラー』は顔を庇うことをやめさらに熾烈に攻撃に転じる。
 素早く突き出した掌底を、引き寄せる際には頸椎を掴みかかろうと。
 しかし、同時に冷静さも欠いていく。今までなら当たることのなかった弾道の銃撃が躱せない。関節を使った単純な受け流しであっても対応できてしまう。
 言葉も、存在も、身体も。
 全てが未完成。継ぎ接ぎだらけの失敗作。
 思えば最初もそうだったのだろう。存在を隠匿し、言葉を交わさず、顔を隠す。
 到底人に見せられるものではないから、そうして存在していた。
「でも、それじゃあまりに悲しい」
 だから、亀甲は銃口を向ける。

「――ッ!!」
 二十発目の弾丸を寸でのところで回避した直後、『エラー』が体勢を崩す。
 気付けばいつの間にか、彼の踏み出す足元が綺麗に平たく凍結していた。草木は灼けて摩擦を起こすものが少なくなったせいもあって、半歩分の上体をのけぞらせる。
「そこですッ」
 しかして、弾丸は二十に収まらず。
 最後の最後のトリックスター。二十一発目の弾丸が、彼の足元を飛ぶ寒冷色の蝶を撃ち抜く。
 一匹を撃ち抜けば、周りの蝶も連動する。そうして、縫い付けるように足が氷柱の杭に穿たれる。穿たれ、穿たれ、やがてひとつの華のように咲き誇る。
「未だ、終わりませんよ」
 下へ意識を向けている隙を突くように、銃床が『エラー』の顔に叩き込まれる。そして極め付けは踵落とし。
 足元を固めているせいで物理的にも倒れられないとはいえ、それでもまだ意識はある。
「貴方はだぁれ?」
 去り際に、そんな言葉を残す。
「ァ――」
 彼が顔を上げる頃には、そこに彼女の姿はない。
 代わりに、亀甲が銃口を向けていた。
「お願い、かみさま」

「”このひとたち”を、解放してあげて」

 亀甲の放つ銃弾、その七発目の込められた願いは――『エラー』の心を撃ち抜く。
 ……正確にいえば、心の中の傷。苦しむきっかけを。
 『エラー』が膝をつく。それでもまだ、立ち上がることはなんとなく分かっていた。
 それでも、先ほどと同じように精神面に何かしらの変化があったせいか、苛烈な気配が一時的にナリを潜める。
「あなたはどうして戦うの?」
 ふと、亀甲が訊ねる。
 やさしい声色で、語りかけるように。
「わた、しは……」
 そうして暫く、ようやく『エラー』が口を開く。

「誰か、を、愛したかっ、た」

「――――」
 初めて、理路整然とした言葉が零れる。それはほんの僅かな出来事かもしれないけれど、そこで語られたそれは間違いなく本心であると確信できる。
「……っ」
 幼い表情が苦悶を露わにする。先に受けた毒が、ここにきて回ってきたのだろう。
 猟兵たちから逃げるように、『エラー』は飛び退く。
 向かう先は――事の発端である201号室。
「…………」
 追うか迷って、足を止める。
 彼の放った今の言葉と、今までの状況が頭の中で繋がりかかったからだ。
「もしかして……」

 そう、亀甲が思案をすると同時刻。
 ――探偵が口を開く頃が丁度に、重なる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

パーム・アンテルシオ
ふふふ。さすがに、戦いは素直に挑んでくるんだね。
良かった。私でも、役に立てそうな事があって。
やっぱり…頭を使い続けるのって、疲れるし…ね。

それにしても、狂った何かにしか見えないけど…
さっきの動きといい。意志はしっかりしてるのかな?
言動だけが狂ってる?それとも…私たちに、狂ってるように見えてるだけ?

…普通に見て、予測できる行動が来るとは、思わないほうがいいかな。
ユーベルコード…山茶禍。
「あなたたちの攻撃は、私たちに当たらない」。
盾で防ぐより、予測して回避するより…相手に外してもらう。

私が戦うより…皆が戦いに集中できるようにする。
そう。いつものこと。私の得意なこと。
いつもの私として…役に立とう。


千崎・環
アドリブ、連携歓迎です!

不審な自殺、住人による隠蔽…警察だってU.D.Cと縄張り争いしてる場合じゃないのに!

一足遅れで調査に合流すべく相棒のミニパトを飛ばして向かおう!
そのままアクセルフルスロットルで空き地に突っ込んだら構わずUDCに突撃!

千崎 環、現時刻を以て調査に同行します!
いきなりUDCって、ツイてるんだかそうじゃないんだか!

車から降りたなら盾を前面に押し出して突撃、そのままの勢いで押しまくりながらUC「警棒操法その1」でぶん殴ってやる!
制圧したならUDCの所持品等の調査とアパートの家宅捜索だ!
家主の所持品、個人情報なんかの情報が出たら警察に住居登録を照会してみよう!


桔川・庸介
やばい。超怖い。意味不明な挙動と、敵意。足が竦む。
皆が奴らを追ってく中、俺は後ずさって
(もし部屋に残る人が居たなら、ドア側から出て)
ひとり影でしゃがみこむ。逃れるように顔を手で覆って、



はー……死ぬかと思った。
俺<あいつ>、なんか仲良くメシ食ってたけど
周り探偵ばっかしで、殺人鬼<おれ>めっちゃアウェーじゃん!?
さっきのがよっぽど怖かったよ、今よりも。

後ろで震えて役立たずでしたゴメン、って建前で
こっそりと部屋の中とか、調べててもいーかな?
世界の敵を倒すより、ひとの業を覗いてる方が性に合うし。
なんて、臆病虫の言い訳だけど。

はぐれたのが襲ってきたら、まあ、ビビリながら戦うけどさ。
凶器は現地調達で。


ドリー・ビスク
「なんだか変な人!」
『話が通じない退屈な人だわ』
「気分がざわざわして、なんだか楽しいね!」
『気分がざわざわして、なんだか不愉快だわ』

「こうなったらもう」
『歌うしかないわね』

「私とビスクは二人で一人!」
『あたしとドリーでデュエットソング』

「あなたの言葉を絡め取り」
『継ぎ足し継ぎ接ぎ接ぎ木して』
「意味ある“歌”に変えたげる!」
『今だけトリオを組みましょう』

『風の向くまま気の向くままに』
「相手の言葉に合わせて即興!」
『意味と文脈を歌で与えて』
「みんなの気分を落ち着かせよう!」
『歌は力ってこと、見せつけてあげるわ』


冴木・蜜
貴方が彼女を殺したのでしょうか
その答えを聞くことは
恐らく叶わないのでしょうけれど
一体、貴方は彼女とどんな関係だったのでしょうね

このまま貴方を野放しにするわけにはいかない

私は他の猟兵のサポートをしましょう
己に『偽薬』を注射
体内毒を限界まで濃縮
その上で体を液状化

目立たなさを活かして
物陰に紛れ潜伏しておきます

他の猟兵に攻撃が向いた際
間に割り入って庇います
物理攻撃は液状化して衝撃を殺せますし

攻撃を受けた瞬間
融けた毒腕で触れ
その命を融かして差し上げます

エラーの蝕む体であろうと
肉体さえあれば総て私の毒の餌食

私は死に到る毒
故にただ触れるだけで良い

それにしても
見れば見るほど奇妙ですね
いや……それは私も同じ、か


因幡・有栖
さて、合法阿片でも嗜みつつ推理してみよう。
アレはそもそもそういうオカルトなのか。
それとも未完成でチグハグなのか。
あるいは複数の何かが混じり合った結果不安定なのか。
手元の手がかりではでは三つ目が怪しいんだが……推理というより妄想の範疇だね。
うーむ実に複雑奇怪……え、戦わないのかって?
冗談、私は貧弱だからね?まともに戦ったら死んでしまうよ。
そら、君もそんな所に居ると死ぬから3秒後右に避けなさい。そして直ぐに左だ。
大丈夫、大体見たし、そこそこ覚えているから致命的なものは伝えるよ。


リンタロウ・ホネハミ
ハッ、ありがたいっすねぇこの展開!
慣れねぇ推理ごとで頭を捻るよか、よっぽど分かりやすいっす!
しかも明らかに意思疎通出来ねぇ敵と来た!
生け捕り考えずにズンバラリと斬るだけなら、オレっちが一等賞ってとこ見せてやりまさぁ!

とは言え、狭い部屋ん中で剣をブン回せやしないと思うっしょ?
ブン回せるんだなぁこれが!
狭い城内で何度も攻めたり攻められたりしてりゃ、小さな振りで剣に体重を乗せるぐらい覚えるもんなんすよ!(『戦闘経験』)
そんでコウモリの骨を食って【〇〇六番之卑怯者】を発動しちまえば
超音波ソナーで死角からの攻撃も味方との同士討ちも防げるっつー寸法っす!

さぁて、一番敵を斬れるのは誰になるっすかね?


波狼・拓哉
一転して分かりやすくなりましたね。ま、事の推理は他の方に任せましょう。暴れる方が楽ですし…何より面倒だし。UDCの特異性含めて予測とか本当に、ええ。
じゃ、最初の一撃もらいまーす。おらぁ!(箱型状態のミミックをぶん投げる)敵に何かされる前に炎転化。さあ、化け焦がせ?いやー悠長に広い空き地の真ん中に立ってくれてて助かりますわ。まあ、死ぬとは思いませんが大ダメージは入るでしょう。あ、味方猟兵は気を付けてね!あの炎無差別だから!
自分は衝撃波込めた弾で敵の動きを挫くように撃ってサポートに。モザイク化してようとそこにあるのは分かってるんだ。早業で撃って部位破壊してやるとしましょう。
(アドリブ絡み歓迎)


風見・ケイ
連携アレンジお任せ

さて。
念の為、突入組とは別途、窓側を監視していたところ
意図とは違いましたが、結果的に正解だったようで。
人型相手なら荊に任せるところですが、あまりホラーばかり相手にさせるとまた泣かれてしまいますから。
狙撃手(螢)の出番です。

(瞑った目を開けば赤い瞳)

了解。
このまま、空地を見通せる場所から身を潜めて

【終末を共に】[スナイパー][援護射撃][闇に紛れる]

もっと赤く染めてやるよ。燃え上がれ。
都度未来を視て、猟兵達の援護となる狙撃をしていく。
銃弾は自由に飛ばすことができるんでね、誤射はしない。
強化のフラグとなる動作等を狙って阻止するのもいいかもな。

近づかれたら……合流するしかねえか。


日向・士道
呪詛により己を見失った者に手を伸ばす事こそが學徒兵の本分よ。
探偵たちの推理は極まった。なれば次の情報を君達から知ろう。

どの様に君たちが生まれどの様に後悔を積み重ねたか。
小生らはそれを理解するために戦おう

波之型【阿黒羅王】。
憎悪嫌悪敵意殺意悪意害意悔恨絶望慟哭怨念怨嗟怨恨。
“エラー”を“エラー”足らしめる“バグ”のみを、この刀で削ぎ落とす。
その後でならば……魂が天に還る前に。
僅かでも、話が聞けるのではないか?


伊能・龍己
*連携、アドリブとか大歓迎っす

(顔をしかめて)……う、わ。ヤバい感じの敵ってことは分かるっすけど、それ以外が全然わかんないっす。考えないほうがいいんすかね……。

刻印の逆さ龍さんにお願いして、《神立》を使うっす
予測……しているんすかね?どれだけ先を見ているのか……ううん、やっぱよく分かんないっす。でも、避けられても止みませんし、止ませやしませんよ。俺、根気だけは自慢なんで。(〈範囲攻撃〉、〈なぎ払い〉、〈生命力吸収〉)


矢来・夕立
意思疎通は不可。…できても殺しますが、虚言が通じないのは少し痛いかもしれませんね。ウソですけど。

実は《闇に紛れて》《忍び足》で皆さんの中から離脱していました。
部屋は分かってるワケですからね。裏から回り込もうと思いまして。
102号室でしょう。
中の状況が分からなければとっとと窓をブチ割って、そのまま《だまし討ち》。
【紙技・影止針】。『牙道』三本を白兵武器として、刺す。
中の様子を伺えるようなら、そうですね。
……猟兵の攻撃を“避けた”瞬間に踏み込むとします。
戦闘に於いて一番の隙は、リアクションの直後。
完璧に避けたと思ったその瞬間。「やったか!?」ってヤツです。やってないんだなコレが。

※アドリブ連携歓迎


唯式・稀美
まったく、生まれた世界も離れて、人でも影朧でも無いモノを相手にしているというのに、普通の事件のように推理してしまったとは
……いや、良い経験ができたと考えよう
戦闘だね?
しかし私は戦力として役に立つことはできず
愚かにも推理しか武器を持たないんだ
『誰が』『どうやって』やったのかはもはや無意味でも、だからこそ『何故』を考える意味があるはずさ
オーラ防御と共に自身の思考に深く潜る
この場の状況から情報収集し、世界知識と第六感を使い、さらに学習力で猟兵の皆から学習し推理する
深層に、真相に近づける何かを掴み、現状を打破するために思考を飛躍させる
何も掴めなかったとしても、私にとっての戦いとは、これしかないのだから



 ●102号室・A

「待て!」

 猟兵の一人が声を張ると同時、追いかけるように空地へと飛び出していく。
 続々と新たな戦場へと飛び出していく猟兵の中で、足を止めたままの者もいる。
「ぁ……」
 小さな嗚咽を漏らしながら、桔川・庸介(「普通の人間」・f10272)は室内に取り残される。
 脚が竦んでしまったのだ。
「…………」
 いかに猟兵といえど、それ以前に彼は普通の高校生である。
 それに、あの敵。あの姿……あの言葉。
 人は不明なものにこそ強い恐怖を抱くと言う。
 不運か、それが見事に刺さってしまったのだろう。
「大丈夫っすか?」
「……!!」
 顔をあげると、心配そうな表情でのぞき込むリンタロウ・ホネハミ(骨喰の傭兵・f00854)の姿があった。
 真っ青にした顔を隠すことも出来ず、言葉に詰まりながらも必死に口を開く。
「あ、あぁ……大丈夫だって。平気、平気……」
「そんなことはないだろう。寝覚めの悪いわたしより酷い顔をしているぞ」
 苦笑いを浮かべる桔川に言葉を連ねたのは因幡・有栖(人間の猟奇探偵・f23093)だ。部屋に残るつもりはないようだが、彼女もまたマイペースらしい。
 なおのこと心配を重なるリンタロウであったが、これ以上踏み込んでいる時間もない。
「……暫く部屋ん中で休んでてくださいっす。すぐに終わらせてくるっすから!」
 そう残すと、大柄な男は強い踏み込みで床板を軋ませ、空き地のほうへと飛び込んでいく。
「…………」
 その姿を静かに見送ってから、姿勢を楽にする。座り込むような形を取って、心を落ち着ける。
「おい、阿片探偵」
「なんだね、美探偵」
 ベランダの際からリンタロウと入れ替わる形で唯式・稀美(美探偵・f23190)が顔を覗かせる。
「呑気に紫煙を振りまいている場合か。猟兵とUDCが激突するなら周辺の安全確保が先決だろう、急ぐぞ」
「おいおい、随分と急じゃないか。わたしたち二人でか?」
「それじゃ間に合わないだろう、猟兵の半数は借り出す」
 その分攻撃が手薄になってしまうかもしれないが、背に腹は変えられないと唯式は言う。
 因幡は大きなため息を吐く。
「……安楽椅子が恋しいよ」
「ゆりかごから墓場が近そうな顔して何を言う。たまには外を見るべきだぞ。特に君は」
 そんな会話を続けながら、腰の重い因幡もやがて部屋を離れる。
 そうして部屋には、ぺたりと座り込んだ桔川だけが取り残された。
「…………」
 それぞれが、それぞれの役目の為に動き出す。その目まぐるしい変動を短時間で体感した。
 座り込む脚には未だ、力は篭らないけど。
 呼吸を一度、吸って、吐く。

 そして、
「はぁ、……危なかった」
 気持ちを落ち着かせるように――顔を黒地のマスクで覆うのだった。

 ●空地・A

「おい、おい……待てってば!夜の住宅街を走るなと学校の先生に教わらな」
「教わっていないよ。というか本当に体力がないな、君」
 早くもよれよれとした足取りになる因幡。
「ちょっとまて……こうなればいっそ一旦吐いてから……」
「住宅街で吐くなと社会で学ばなかったのか?」
「お生憎と、真っ当な社会進出には挫折したものでね」
 やれやれ美しくないな、とため息をつく唯式は半ば強引に因幡を引っ張る。
 今は漫才をしている場合ではない。住宅街ともなればUDCとの激突に不運にも巻き込まれる人間がいておかしくない。
 だが、
「……待て」
「それはわたしの台詞だがね」
「違う。……なんだか”静か”すぎやしないかい?」
「……?」
 唯式の言葉に、因幡が辺りを見回す。そうすると、不思議なことに気づく。
 まだ夜も0時を回らない頃なのに、どうにも、家の灯りがついていないのだ。
 しかも、全く。
「それに、ここまで騒いで走り回ったにしては誰も通りかかっていない……」
 静寂。電灯のじじじと言う音が厭に耳に障るほど。
 ……いや。それだけではない。
 遠くから、エンジンの音が聞こえてくる。
「なんだ、新手か!?」
「っ!!」
 ヘッドライトが彼女らのいる道を明るく照らすと同時、唯式が因幡を抱いて電柱の影に回る。
 フルスロットルで彼女たちが来た道を瞬く間に駆けていく車両。
 その頭には、赤いパトランプがついていた。
「……あれは」
 うわごとのように唯式が口を開く頃には、車両は角を曲がり見えなくなっていた。

「最初の一撃、おらぁ!!」
 腕を、肩を使って勢いよく投げ飛ばしたのは、淡い青を放つ箱型物体。
 所有者である波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)曰く、ミミックと呼称するそれは相方とも取れる存在だが、それを思いきり投げつける。
「アサガオの種は大きな猿のお道具箱が流れます。手を洗ったら流れましょう」
 対する『エラー』は、言動とは真逆に極めて落ち着いた様子で腕を構える。
 そうして、直撃のタイミングに合わせて手刀で攻撃を相殺する。敢えて回避の手段は取らず、確実に手数を潰すための一撃。
 しかし、それを選んだことはこの局面においては間違いであったと、数秒後に証明される。
「やれ――ッ!」
 波狼の合図とともに、ミミックが形状を変える。
 その形状は固形ではなく、炎の揺らめきに近しい。
 そう表現できる姿の通り、直後には青い炎が『エラー』を覆い尽くすように燃え盛っていた。
「――ッ!!」
 陽炎の揺らめく中から、『エラー』が苦しみ蹲るような仕草が見て取れる。
 それもその筈、この技は波狼の持つものの中でも特に高い威力、殲滅力を持つ。
「おっと、みんなは気を付けてね!あの炎は無差別だから!!」
 その言葉通り、炎はぢりぢりと猟兵の傍で揺らめいても、常に熱という牙を感じる。
 そしてそれは、ひとつの問題を抱えていることを意味していた。
「馬鹿者――っ!!」
「はぁ!?誰が馬鹿だ!!」
 叫んだのは、日向・士道(パープルシェイド・f23322)だった。それまでの丁寧な風の言葉遣いが吹き飛ぶほどに、大声を張った。
「周りをよく見ろ――”枯草に燃え移るぞ”!!」
「――あっ!?」
 そこで気付く。
 青色の炎は『エラー』のみならずその周囲にも点火していっていることに。
 想定外の余波。これでは他の猟兵が追撃を行えないどころか、不要な二次被害が起きてしまう。
「くっ――!!」
 ダメージは確かに入っていた。その手ごたえを自ずと失うように、ミミックを手元へ呼び戻す。
 未だちりちりと火種の燻る空地の中、蹲った状態から『エラー』が地を蹴る。
 向かう先は勿論、波狼。
「ッ!!」
 即座に武器を切り替える。衝撃波を弾丸として込めたモデルガンの銃口を向けて、引き金を引く。
 放たれた衝撃波は『エラー』の腕が弾く。まるで金属が弾けるような音が、弾丸の数だけ秋の夜空に響き渡る。
 牽制は、出来ている。しかし防戦一方に違いはない。状況を好転させる一手は――、

「――――っ!?!?」

 直後、視界がホワイトアウトする。ぞわりと背筋から嫌な汗が噴き出す。
 しかし、
(いや、あの光……あいつの後ろから……?)
 ほんの僅かな一瞬がフラッシュバックする。そうだ。あの光は『エラー』から発されたにしてはあまりに後方から……。
 そんな思考と同時、

 ガッシャーーーーーーーーーーン!!!!!

 と、
「な、なんだ……っ!?」
 一度真っ白に染まった視界が慣れてきた頃には、ピーーーという音が。
 要は、”事故った”ときの音がしていた。
「ううーん。ちょっと勢い良すぎたかな……。警察だってU.D.Cと縄張り争いしてる場合じゃないんだけど…………」
 けほけほ、と咳を零しながら運転席から人が降りて来る。少しよろけた様子だが、大きな怪我はないらしい。
 その人物は、今まさに乗ってきたミニパトで盛大に衝突した『エラー』に向き直る。
 ……その表情は悦としたものではないものの、快活さに溢れている。

「いきなりUDCって、ツイてるんだかそうじゃないんだか……ともあれ!千崎 環、現時刻を以て調査に同行します!!」

 腰に提げた警棒をくるりと回して、千崎・環(SAN値の危うい婦警さん・f20067)はにやりと笑ってみせた。

「「……あ」」
 時刻は102号室突入前に遡る。
 矢来・夕立(影・f14904)、風見・ケイ(The Happy Prince・f14457)は件の部屋の外にいた。
 正確には裏手――ちょうど空地と部屋の間の部分。
 特に示し合わせたわけではない。二人とも慎重派であっただけという話だ。
 それにしては偶然にも再び相見えるとなると、気まずい空気が流れるもので。
 特に緊迫した空気が流れていると、尚更。
「どうかしましたか?」
 と、そこへひょいとヘルメットが顔を出す。
 小柄なそれが身に纏うのが婦警の制服であるのを見ると風見はかしこまり、矢来はというとさらに行き場のない視線を泳がせる。
 先の探索に、少なくとも直接に関わりがない以上、ここまでの経緯に繋がりを見い出せないだろう。そうなると今の状況はこう、空き巣に近かった。
 だが、そのあたりはどうやら事情は通じているらしい。野暮な追及はなく、話はすんなり成立する。
「ならば、まだUDCは近くにいるかもですね!……それならご安心ください。予め周辺の住民には避難を促していますので」
「それは心強い、感謝します」
 風見が礼を言う。そういえば此処に来るまで、住宅街にしてはやけに閑散としているような気がしたが、どうやら千崎とその仲間、UDC職員などがカバーストーリーをかけて人避けをしていたらしい。
「とはいえ、戦闘が始まるかもしれないなら今一度見回りをしてきます。ふいに迷い込んでしまった方がいないとも限りませんし!」
 そう告げると、千崎は少し遠くに止めておいた軽自動車に乗り込み、パトランプを点ける。
 やっといなくなった婦警に、ようやく視線を直す矢来。すると今度は風見が動く。
「……コンビニに行くならあんぱんが欲しいです」
「いえ、ここはあなたに任せようかと」
 冗談には笑みだけ返して。
 裏を張るのに二人は必要ないだろうと。むしろ、彼の邪魔にならないほうがいいという判断だった。
 丁度その時、部屋の中から物音がした。何かと何かがぶつかる音。
 明らかにただ事ではない音だった。
「……こちらは援護に回ります」
 言いながら、向こうを指さす。
 空地をまたいで向こう、丁度急こう配の坂の上に公園らしき柵が見て取れる。
 それで何をするつもりかは伝わったようで、矢来は頷く。
「……確かに、あそこからなら室内も狙えそうですね。分かりました」
 任せろ、とは敢えて言わない。
 去り際の風見を角まで見送る。見送ると言っても、横目でちらりとだが。
 さて、と。ようやく一人になったところで窓を見る。
 空いていた。
「あ」
 余所見しているうちに空地に出ていた敵を見て、小さく声が零れるのであった。

 故意的な人身事故の衝突音がして暫くして、探偵たちが空地に戻る。
 数人の猟兵と前面がひしゃげたミニパトがUDCを囲う。幻覚でよく見るとたわ言を呟く因幡をよそに、唯式は辺りを見回す。
 そこには攻めあぐねている猟兵が残っていた。
「協力してくれるか」
 声をかけたのは先ほど叫んだ日向だった。
 日向は呼びかけに答えるように、顔を唯式へ向ける。
 その瞳をのぞき込んで……、
「何をするつもりだ」
「探偵にそれを聞くのは愚問といえよう」
 美しく嘲る。
「……いいのか?あれは理屈の罷り通らない処にあるものだぞ。支離滅裂を形にしたようなものだ」
「だからこそだ。……何、あてがないわけではないさ。奴の言動に少し思うところもある」
 ほう、と因幡は目を細める。
『誰が』『どうやって』やったのかはもはや無意味でも、だからこそ『何故』を考える意味があるはずである、と。
 それに、と唯式は告げる。
 芯の通った力強い言葉で――。

「何も掴めなかったとしても――私にとっての戦いとは、これしかないのだから」

「……分かった」
 その決意の表情を見て、日向が頷かない筈もない。
 提げた刀の柄を撫でる。
「小生の太刀筋ならば或いは、起こり得る”バグ”を削ぎ落せるだろう」
 単純明快とまではいかないだろうが、それでも”あれ”が何者か、何故あとこに居たのかの手がかりは手にはいるかもしれない。
「それなら……」
 と、さらに手をあげるものもいた。
 桃色の尾を揺らし、パーム・アンテルシオ(写し世・f06758)が前に出る。
「わたしも、手伝うよ。難しいことを考えるのは、苦手だけどね」
「それはいい。手数が多いに越したことはない」
 小さく頬を緩めるパームに、パイプを吹かした因幡が答える。
「あぁ、わたしには期待しないでくれよ。まともに戦った日には運動だけで死んでしまう」
 最初から期待はしていないという唯式の視線だけが浴びせられる。言語化されなかっただけマシだろう。
「……手数に関してはもっともであるな。気にするな、他にもアテはある」
 そのつもりはなかっただろうが、結果として日向がフォローを入れる。
 そうして、彼ら彼女らは謎の解明に赴く――。

 一方、前線では熾烈な戦いが続いていた。
「――ッ!!」
「手を洗いましょう。明日の予定をテレビに合わせて笑いましょう」
 千崎の警棒と『エラー』の手刀がせめぎ合う。二、三度にわたり激突を繰り返し、飛び退いて距離を置く。
 その隙を突くように、波狼の牽制の弾丸が放たれる。それも、素早いステップで躱されてしまう。
 だがそれは、あくまで牽制に過ぎない。
 本命の狙いは別にある。
「……はい、隙あり」
「手を――」
 絶えずうわ言を繰り返す『エラー』の肩に、羽根休めでもするかのようにふわりと折り紙が止まる。
 それだけだった。
 見えない斬撃が彼の頬を、スーツの肩を細く薄く切り刻む。
 顔のモザイク自体に、千切れた様な後がつく。
「意思疎通は不可。…できても殺しますが、虚言が通じないのは少し痛いかもしれませんね」
 払われた折り紙は秋風に乗って、元の所有者の元へと戻る。
 そうして、折り紙を指に止めながら矢来が嘯く。
「……まぁ、ウソですけど」
「手を洗ってください」
 呟き、『エラー』は矢来へ急接近する。一歩の踏み込みを強く、懐へ潜り込むように。
 そこから放たれる掌底を、矢来は黒い外套を翻して避ける。
「……やっぱり」
 その様子を見て、千崎が呟く。
「あの人、危害を加えた人から優先的に攻撃してる」
「……普通じゃない?」
 その推察に、波狼が口を挟む。
「……それなら、よりダメージを受けている人を狙ったほうが効率的でしょ?実際、私が乗り込んできたときふらついてて、明らかに狙うべき相手だったのに横やりが入ったらすぐに標的をずらした」
「えーっと……つまり?」
 結論が見えず、相槌もどこか泳いだ様子の波狼。
 それに対しては千崎も言葉が濁る。
「何も考えてないか、それとも……」
 ちらと、『エラー』を見る。
 動きは確かに冴えていて、猟兵数人とも渡り合えている。
 けれど、どうにも彼が……大人であるとは思えないのだ。

「なら!」
『それを明かすため、手助けをしましょうか』

「――!」
 その声は、ミニパトの方から響く。
「見て、ビクス!なんだかとっても変な人!」
『そうね、ドリー。話の通じない退屈な人だわ』
 二人分の声。
 果たして、声の主――ドリー・ビスク(デュエットソング・f18143)は横倒れの車両の上に乗っかっていた。
 月を背負うには少し夜が深くなってしまったけれど、代わりに上から照明として彼女たちを照らしてくれる。
 危ないよ、と千崎が言うより前に、被せるように二人は口を開く。
 しかし、そこから繰り出されるものは言葉ではない。
「――」
『――』
 うたが、こぼれる。

 デュエット。
 二人が重なり合うように奏でる歌声。
 それが、秋の寒空の下――枯草の揺れる空地に響き渡る。
 もしも人がこの周囲に残されていたのであれば、家の窓から顔をのぞかせていたことだろう。
 しかし、それはない。無粋なオーディエンスは存在しない。
 だからこそこのうたは、今だけ、猟兵のために奏でられる旋律である。
「あなたの言葉を絡め取り」
『継ぎ足し継ぎ接ぎ接ぎ木して』

「意味ある“歌”に変えたげる!」
『今だけトリオを組みましょう』

「――!!」
 矢来と『エラー』の間に割り込むように、ひとつの影が飛び込む。
 いの一番に目に止まるのは、月の光を弾いて光る刃渡りの広い太刀。
 青みがかった刀身が牙となり、伊能・龍己(鳳雛・f21577)は『エラー』へ襲い来る。
「ッッ!!」
 弾丸以外、近接戦闘において腕を使った受け流しを実行しなかったのはそれが初めてだった。
 大きく逸らした上体。
 誰が見ても分かる大きな隙だった。
「ふ――ッ」
 手裏剣の形に折った千代紙が、矢来から放たれる。
 併せて三枚。たったそれだけだったが、手数のそれを無駄なく命中させる。
「避けれたと思いましたか?甘いんだな、コレが」
 意地の悪い、影を含んだ笑み。
 千代紙と言えど暗殺者の武装。その折り紙は鉄製のそれと同様の高度を誇り、『エラー』の脚を縫い付ける。
 そして、条件は揃った。

「いい加減”お静かに”」

『エラー』の動きが一瞬、硬直する。
 其れは即ちひとつ手番を譲ることとなる。
 この瞬間を起点に、彼の行動は攻撃も回避も全てが後手に回る――。
「!!――逆さ龍さん、お願いします」
 すかさず、伊能が吠える。
 片腕をあげて、自身に呼応する龍を呼び覚ます。
「――?」
 ふいに、波狼の頬を雨粒が濡らす。
 雨雲は出ていないのに、と不思議に思っていると、雨はたちまち強くなってゆく。
「他でもない――、俺が降らせるんすよ」
 空へと掲げた腕を、『エラー』へ向ける。
 雨が、『エラー』に殺到する。もはや周りは通り雨のように病んでいるのに、彼の立つ場所だけが局所的な大雨に見舞われる。
 その雨は、槍のようなという比喩的表現を本当にしたような、突き刺す雨敵と化す。
 能力による回避を封じられた『エラー』はそれを、自身の身体能力だけで避けるほかない。そして勿論、全てを避けきれるわけではない。

「まるで檻だな、これは」
 そこへ、日向が現れる。その後ろには冴木・蜜(天賦の薬・f15222)が立っている。
「……本当に貴方が彼女を殺したのでしょうかね」
「さあ、な。それを暴くのが探偵の仕事で、補助するのが小生らの役目だ」
 日向は目を細め、静かに鯉口を斬る。
 真剣な瞳が、背中越しでも分かる。
「答えを聞くことが叶うことを願いますよ」
 だからこそ、冴木も彼らの作戦にその身を賭す。
 細い躰で走り出す。
 その先で、伊能と『エラー』が戦いを繰り広げている。
「ぐぅ……ッ!」
「手を洗い三時のチャイムでお風呂に落としたビー玉を食べなさい」
 伊能の太刀の腹を、『エラー』の脚が弾く。
 けれど、
「きらきらビー玉お菓子みたい!」
『でーも、食べちゃだめなの。泥だらけの手で触ったのだから』
「――ッ!」
 ドリーとビクスのうたが、『エラー』の言葉を呑み込む。
 即興で組み立てる、その場面だけのうた。この局面でしか紡げない故にこそ、この場面において猟兵を昂らせることのできる、おうたの薬。
 弾かれた太刀を敢えて構え直さず、崩れた重心に任せて身体を振るう。それで結果的に追撃のこぶしを避けることが叶う。
「三秒後に右、そして直ぐに左だ」
「え……!?」
 突如投げかけられた言葉に固まるも、すぐに太刀を構え直す。
 構え直して丁度三秒。右へ身体を傾けると、左から迫る上段蹴りを寸でで躱す。
 それだけではない。『エラー』の次の行動は身体を捻っての逆方向からの新たな蹴り。
 だが、それも言葉通りすぐに体を逸らした伊能には当たらない。
「全く、面倒な……。あぁ、くそ、舌が渇くしこれ以上は言わないぞ」
 すごく嫌そうな声だった。喉が酒か、何かよくないもので焼けたような声に伊能は聞き覚えがあった。
 当たればただでは済まない攻撃であったことは分かる。だからこそ、顔色の悪い方の探偵に心の中で感謝を述べながら、次の一撃に転じる。
 龍の刻印が仄かに熱を持つのが分かる。太刀に炎が宿りそうなほど、強く握りしめる。
 型に沿った、なだらかな剣技。技と呼べるまでに洗練こそされてはいないものの、強かさを備えた流れる様な連撃。
「まだ――っ!!」
 しかし、動きにどうしても隙がある。
 その隙をつく形で、ぬるりと腕が伊能の胸ぐらへと伸びる。

 しかし、
「そうはさせません、よ」
 白衣がはためく。『エラー』の手首が細い腕に掴まれる。
「!?さ、冴木さ……」
「私のことは気にせず、薙ぎ払ってください」
 目を見開き、驚愕する伊能。しかし、冴木の言葉に迷いは一切感じられない。
 伊能にも、迷う暇はない。
「う、おぉ……ぁあ!!」
 太刀筋に迷い込んだのは腕だけであったがため、心の準備はともかくとして力は必要以上に込める必要はなかった。
 そして冴木も、自身の身体をぶわりと液状化する。
 それが、彼の今の姿。
「――!?」
『エラー』はもちろん、その様子に伊能も驚く。
 かくして斬撃は確かに『エラー』を捉え、冴木にも大きな被害は起こらなかった。
「…………」
 身体を起こす、或いは元の形状に戻す中で一度、冴木は『エラー』を見る。
 自身ごと断ち切った太刀が、飛沫した自身が付着したのを確認すると、目を閉じる。
「さぁ……後は任せましたよ」

「うん、任されたよ」

 答えたのは、幼い声だった。
 斬撃によろける『エラー』であったが、それでもまだ立ち上がる。手の甲について黒を拭い、伊能へと再三の接近を試みる。
 が、
「陰の下、火の下、生命の運命を動かそう」
 揺蕩う灯篭のような穏やかな声。
 それに意識を奪われたつもりはないのに、地を蹴った筈の脚が空回る。
 結果として『エラー』は何もない、枯草の中で足でも取られたかのように転ぶ。
 しかし立ち上がっても、今度こそ血を蹴っても――伊能のそばへと迫る事自体がどうしても叶わない。
「……まさに狐に化かされたみたい、だね」
 再び聞こえた声は、どこか悪戯めいていた。

 冴木、そしてパームが行ったそれらは、あくまで時間稼ぎに過ぎない。
「して、探偵の推理は極まったか?」
「……あぁ、殆どな。後はひとつを導き出せば、おおよそ推理は完了だ」
 後方で顎に手を当てたままの唯式が答える。依然として目を細めたまま、集中していることが窺える。

「ならばやはり、小生の出番だな」

 とん、と。
 秋草の中で響くはずのない音が響いたような気がした。
「起きろ、”酒呑童子”」
 すらり、刀を抜く。サムライエンパイアのそれとはやや意匠に違いを感じる刀の名を呟く。
 風のそよぐ向きが変わったような気がした。
『エラー』の表情は今も窺い知れぬままではあるが、空気の変化その機微には気づいたらしく、強張った様子が見て取れる。
 言葉が通じない以上、日向もまた会話を試みることはしない。
 ……少なくとも、今は。
 だからこそ、柄を握る手に一層の力を籠める。
「――波之型【阿黒羅王】」
 呟くのは、己が技の型のみ。
 たん、と蹴った土草が舞い上がるとともに、同じくらい軽く飛んだ日向が距離を詰める。
 それに合わせるように、『エラー』は足を振り上げる。
 正面から戦う場面においての強さは、今までの戦いの中でも証明されてきていた。だからこそ、『エラー』はこの状況を絶好のカモと見たのだろう。
 だが、それは大きな間違いであった。

「――何か、忘れてると思わないか?」

「――!?」
 ばしゅ、と。
 振り上げた脚、そのスーツごと脚が炸裂する。
 その威力や丁度、”スナイパーライフル”に撃たれたものと同等と言えよう。
 突然の刺客。しかし、それを探す暇は少なくとも今にはない。
「いただいていくぞ」
 太刀筋はひとつ前の猟兵よりも洗練されていて、剣先はすらりと身動きを止めた『エラー』の肩へと滑り込んでいく。

「上々だろう。あぁ、最高のタイミングだ」
 刀がUDCを穿ったのを、レンズ越しに眺める者がいた。
 高台の公園に腰を下ろす。こちらはもう少し後ろにいけば人の気配を感じる位置。
 それがどうにも、浮世と現世の隔たりのように感じる。
「……なんて、”慧”なら言ったりしてな」
 そこにいるのは、風見・ケイ。
 ……否、正確に言えばそれは間違いであるかもしれないし、真の意味でいえば間違いではないのかもしれない。
 赤に染まった両目を細めて、”螢”はスコープを覗き直す。
 手にした狙撃銃の引き金にはスコープを覗く限りは必ず指をかけ、一呼吸を置く。
 撃ち抜くのは、未来を見通す瞳が拾った最適のタイミング。手あたり次第に撃つのは芸がないし、未来が見えていると言えど猟兵が割り込む場合はその限りともいかないからだ。
「……さて、まだ立ち上がるなら容赦はしねぇよ」
 昼間とは違った、冷徹な言葉を吐き出して。
 覗き直したスコープの中では、『エラー』が今まででもっとも長く蹲っているように見えた。

 日向・士道は學徒兵である。
 あちらの世界で言うUDC――影朧と日々戦う立場にある人間である。
 あちらとこちら。大きな違いがあるとするならば、影朧には転生という概念があることだろうか。
 そういった存在があるからこそ、日向は技のひとつとして心を暴くに近しいものを持ち合わせている。
 膝をつき蹲る『エラー』。その肩から血は――何故か、出ていなかった。
「小生の刃は心を断つ。痛んだ、不可思議な箇所を削ぎ落す――貴様にはお似合いだろう」
「アァ――?」
 言葉に、変化が訪れる。壊れたラジオのように繰り返し吐き出される不協和音のような言語はそこにはなく、残ったのはうめき声。
 言葉がなくなった以上、ドリーとビクスの歌もそこでひそかに終わりを告げる。伊能を始め、活力を得ていた猟兵の肩に元の負荷が帰ってくる。
「答えるがいい」
 日向が告げる。

「お前はなぜ、あそこにいた」

「ァ――」
 まるで、悪い事を言い咎められた子供のようだった。
 答えることはしない。そもそも、心の”バグ”たる部分を削いだとしてもしても、もともとが足りないのであれば喋ることは出来ない。
 だから、今回の照明は成り立った。
「もういいよ、日向」
 声をかけたのは唯式だ。
 一瞬、唯式のほうへ意識を向けると、『エラー』は飛び退き距離を置く。
 初めて、危害を加えてきた人間に対し追撃をしなかった。
「嫌われちゃった、かな?」
 茶化すようにパームが呟く。悪気は多分、そんなにない。当事者である日向はというと、特に気にしていない素振りを見せていた。
『エラー』の飛び退いた先にもまた、人影がある。
「痛い」
 冷たく突き刺すような声が、夜風に乗ってこちらまで届く。
「……分かるよ」
 頷く桃色は、そっと視線を『エラー』から遠のけた。

 ●102号室・B

「はぁ」

 廊下の灯りに、背中だけが照らされる。
 桔川・庸介は未だにそこに蹲ったままだった。
 変わったところがあると言えば、
「はーあ、……死ぬかと思ったぜ、全く」
 口調を含めた、性格すべてと言えよう。

 桔川という男の、残忍な部分。
 殺人鬼たる部分。
 端的に言うならば、それが彼のもうひとつの側面である。
「つーかさぁ」
 それまでとは真逆と言える荒っぽい口調で、誰に話しかけるでもなく愚痴を吐く。
 ……或いは、それまでの自分に対してか。
「俺<あいつ>、なんか仲良くメシ食ってたけど……周り探偵ばっかしで、殺人鬼<おれ>からしてみればめっちゃアウェーなんだけど!?危機感ねーヤツはこれだからよぉ」
 立ち上がって、部屋の装飾を壊さない程度に蹴り飛ばす。本当は破壊したいほどに鬱憤は溜まっていたが、そこは流石に理性が押しとどめた。
 何せ、殺人鬼。不用意に証拠になるようなものは残さない。
 そんな様子で、ふらふらと部屋を見て回る。明確な目的こそ特にないものの、座り込んでいるのももう、彼にとっては暇で仕方なかった。
「だいたい、あんなんでビビってたのも馬鹿らしいけどよ。おれにとってはさっきの方がよっぽど怖ぇーっての」
 顔は黒いマスクで覆っているが、目元は荒くうっすらと周囲を見て取れる。
 マスクの装着が、人格の切り替わるスイッチである。状況は様々だが、表の人格がどうしようもなく疲弊したりしたときは、こちらが出てくるのだろう。
 いわば、落ち着くまでの代用である。
「つって、何かないか見て回っては見たものの……こりゃ無駄足かな。金目のものはあるけど……いいや、それは」
 ひとつあるとすれば、件の血塗れの浴槽はやはりこちらに存在していた。机上の空論ならぬ席上の推論は、ひっそりと証明されていた。
 それに付け足して、カッターナイフも転がっていた。
「なーるほどねぇ。もともとやっぱり死ぬ気ではあったんだ……それをどっかの誰かさんに持ち逃げされた、と」
 しかし、
「となると、妙だな。死んだのは間違いなく例のアパート。”あれ”がここにいる意味が分かんねぇ」
 或いは彼がいたからこそ、この特異な現象が起きたのだろうか。
「……ま、そのへんはクソ探偵どもが賢い頭回して考えてくれるか」
 くだらねぇ、と吐き捨てて、ついでに思考も放棄する。やることもなくなったところで、帰るかと踵を返した時だった。
「……あ?」
 転がり込むように、開けっ放しの窓から『エラー』が戻ってくるではないか。
 だが、先ほど見た時よりも変化がある。何より、顔のモザイクが消滅していること。その下の幼い顔が露わになっていること。
「あーー……」
 そう。つまり――、

「見 た な ?」

 するりと手に取ったのは、立てられていたポールハンガー。
 それを玄関口から廊下にかけて、助走をつけて――そのまま勢いよく『エラー』の顔面へと叩き込んだ。

 ●空地・C

「美探偵、本日二度目のさてといい」

 ぽんと手を叩いて、唯式が切り出す。
「あれが何なのか。暴いたというには少々見出しが強すぎるが、整ったよ」
 この言葉に興味を引かれた猟兵は、その場に吸い寄せられる。逆に興味を持たず、撃破が先決であると考えたものは『エラー』の逃げた先へと追従する。
「ほう。では聞かせてもらおうか、美探偵」
 因幡が言う。今回に関しては推理に協力したとはいえ、下手に口を挟むことはしないだろう。
 あくまで決意を吐き出したのは唯式なのだから。そこに無粋はしないらしい。

「結論から言うなら――あれは”子供”だ」
「子供?」
「正確に言うなら子供たち、か」
 その推論に首を傾げる者は少なくない。何せ、見た目で言えばどう考えても成人男性ほどはある。
 だが、中にはそれで納得する者もいる。
「……確かに。あれはあんな姿してた割には、、こう……思考とか、端々に短慮が見え隠れしていた気がするな」
 波狼が言う。そう、彼の行動……特に、標的の移り変わりはまるで、子供が遊び道具に目移りするような感覚に似ていた。
「一番怪しかったのは、彼の放ってた言葉だ。……小学校ぐらいの子供がよく触れそうなワードばかりだったろう?」
『それに関しては同意見ね』
 相槌を打ったのはビクスだ。その隣でドリーもうんうんと頷いている。
『即興で歌詞に組み込んでいたんだもの。すぐに気づいたわ』
「だから歌も、子供らしさを目一杯表現したの!」
「あぁ、お手柄だ。それでようやくこちらも明確な答えが出せたのだからな」
 唯式が微笑みを向けると、ドリーもビクスも自慢げそうな顔をする。もっとも、表現の仕方こそ異なるが。
「言葉など精神の欠陥、身体面の充足。継ぎ接ぎだらけのそれを冷酷に評価するなら失敗作と言えよう」
 そしてそれはひどくも的を射た表現とも言える。
「おそらくあれは複数の、召喚に失敗したUDCどもの思念の混合物だ。大方、強引に呼び出されたことがバグの切っ掛けだろう」
 だから、余計なものが付着しやすいんだろうと続ける。
 例えば、手を差し伸べた一般人のやさしさを受け入れてしまったり。
 ……いなくなった相手をじっと待ち続けたり。
「悲しい事だよ、まったくね」
 子供の容姿、中身を獲得したUDCはごまんと居る。
 抱える因縁、意味こそまちまちではあるものの、愛に渇望した存在が多いのも理由のひとつかもしれない。
「……ともあれ、偏って強いのは確かだ。追撃は未だに危険が伴うだろう」
 逃げ込んだ102号室をじっと見つめる。
 しかし、
「その心配はないかもしれません」
 そこで言葉を挟んだのは、冴木であった。
 意図が見えずに首を傾げる唯式だったが、返答をする冴木は探偵ほど回りくどく結論を持っていかない。
 ゆえに、一言で自身の仕込んだモノを述べる。

「……そろそろ、”毒”も回り始めた頃合いでしょうし」

 ●102号室・C

 千崎が窓から室内に駆け込むと、そこには顔面に縦の跡をつけた『エラー』だけがいた。
 同時にばたん、と。玄関の扉が閉まる音がする。
 ……少なくとも、焦った『エラー』がドジをしたというわけではなさそうだった。
「誰だったのかは後で考えるとして……今は、目の前の敵に集中!」
 或いは近づいてくるのが他ならぬ千崎であったからこそ、その場を後にしたかもしれないが、それはさておき。
 ふらつく『エラー』は再びうわ言を呟く。ただ、今度のそれは幾分か理路整然としている様子で。
「どこ、ど、こ……。あなたで、すか?命を……」
「……そこにもう、あなたの望む人はいませんよ」
 奥歯を噛む。言葉の意味が通るからこそ、彼が何を思いそこにいるのかが分かるからだ。
 言葉が通じるようになったのだろう。千崎の言葉を聞くと、『エラー』は激高したように吠えたてる。
「っ!!」
 今までで最も威力の高い蹴りが、寸でのところで構えた警棒ごと千崎を部屋の隅まで追い込む。
 衝撃を殺しきれない間にも、渇望するような腕が千崎へと殺到し――、

「そうは、させねぇっす――!!」

 金属の音とは違う、くぐもった音が響く。
 リンタロウの骨剣が、盾になるように二人の合間に振り下ろされたのだ。
「怪我はないっすか!?」
「なんとか!でも気を付けて、さっきよりも――っ!?」
 強い、と言おうとしたそのときだった。
「あ、れ――」
『エラー』の口元から、血が垂れる。
 それだけではない。よく見れば、手の甲が紫色へと変色している。
「あれは……毒?」
 訝しむように、リンタロウが呟く。
 それは変色するさま、苦しむような仕草をする『エラー』を見て、確信に変わる。
「最期の足掻き、ってやつっすね……」
 それでも、『エラー』の瞳は猟兵へと向けられる。込められた感情は、果てしなく憎悪。
 或いは、危害を加える者に対してはそれ以外の感情を持てないのかもしれない。
 柔らかいカーペットが千切れるほど強く、床材を軋ませ飛びつく『エラー』。
 狙いは、攻撃を阻害したリンタロウに向けられる。
「…………」
 対するリンタロウは、無言で骨剣を構える。
「そんな……無茶ですよ!そんな大きい武器を狭い室内で振り回すのは……!!」
 千崎の忠告に、口元を緩ませる。噛んだコウモリの骨に合わせて、にやりと。
「ブン回せるんだなぁ、これが!」

 直後、激突。骨剣に強い衝撃が加わる。
 が、それでもリンタロウが押し負けることはなく、おおよそ100%の威力を正面から受け止めきる。
 そうすると、今度は己の番と言わんばかりに骨剣を振り回す。
 以前にも、狭い城内の攻防戦があった。そういった戦闘経験に裏付けられた武器の取り回しは、リンタロウの身体を軸に自在に軌道を変える。
 遠心力をつけたまま、叩きつけるように振るわれる凶器は、壁や天井を削ることなく『エラー』を追い込んでいく。
 対する『エラー』は攻めるほかない状況で、回避を迫られ続けている。攻撃に転じられても一瞬だけ。それも、まるで読まれていたかのように器用に躱されてしまうために、今際の馬鹿力を発揮しようにも、し切れない。
 そうしている間にも、毒はどんどん体内を冒していく。動きが鈍くなっていくのを、何より戦っているリンタロウが知覚していた。
「ぼ、”ぼく”だって……”あたし”だって、守ってあげたかった!」
 骨剣が掠った手のひらが、衝撃を乗せられ壁に激突する。骨が軋む中で、『エラー』が叫ぶ。
 子供のように。
「しんで、ほしくなかった!代わりに死なないで、ほしかった……!いかないで、もうおいてかれるのはいやなの!!」
「……!!」
 それでも、リンタロウは手を止めない。
 ここで手を止めてしまえば、それこそ誰もが納得できないからだ。
『エラー』の中でぐるぐる渦巻く感情に斬り込むように、リンタロウは言う。
「……それでも、死んじまった。だから終わりなんすよ。あの人も、……あんたも」
「いやだッ――!?」
 それでも駄々をこねる声が、跳ねる。
 いつの間にか窓際に追いやられていた『エラー』。その身体を背中から、心臓に至るよう遠くから弾丸が放たれた。

「……報われねぇだろうけど、ここで終わっとけ」

 誰にも届かないのは承知の上で、狙撃手は言葉を贈る。
「ぁ……」
 膝をつく『エラー』の塊は、ごぽりと口から赤黒い血を零す。
 その血でさえ、濁った電子モザイクがかかっていた。
 救えないのは分かっている。救い方が存在しないのも分かっている。
 だからこそ、猟兵としての手段を以てして、終わるしかない。
「う、おぉぉ――――!!!」

 骨剣が、叩き潰すように『エラー』へと振り下ろされる。
 悲しきUDCの中で渦巻き続けていた感情は、そこでようやくシャットダウンを迎えることとなる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『忘れられたリジー・ボーデン』

POW   :    親殺しの憎悪
単純で重い【血塗れの斧】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    41回のめった打ち
自身の【有刺鉄線の両翼】が輝く間、【血塗れの斧】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    思い出す
自身の装備武器に【血塗れの有刺鉄線】を搭載し、破壊力を増加する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は真馳・ちぎりです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●前月譚

 おかしなやつを拾った。

 まず顔がおかしいんだ。パソコンとかテレビの画面のエラーみたいなやつがひっついてる。横からのぞき込んでも顔が見えねーの。
 明らかにヤバ。あたしみたいな一般人が関わるべきもんじゃねーなってのは一発で分かった。
 ……そんなやつが帰り道、いっつも近道に使ってる路地裏に座ってるのを見て、自然と手を差し伸べてた。
 なんか猫みたいに思えたんだよな、そう、捨て猫。
 実際あいつはその手を取ったし、直後に痛みとかが走ったわけでもない。
 あいつはそれから部屋に来て、シャワーに入れて、ベッドに一緒に横たわって、その後を追えて。
 その間一言も発することはなかった。そういう客は今までいなかったから、新鮮だった。

 あいつが何かとんでもないもの抱えてんのは分かってた。
 口開かなくても項垂れ具合で分かるんだよな、職業柄か知んねーけど。
 シャワーに突っ込んだ後、何となしに漁ったスーツのポケットにあった紙の切れ端を見て、確信した。
 だから、言ってやったんだ。

「なぁ、あんた。あんたさぁ、死のうとしてるだろう?」
「いや。……いや、もう死んでんのかもな。身体が、とかじゃなくてさ、心が」
「じゃあさ」

「代わってやるよ。あんたの代わりに、あたしが死んでやる」

 あたしなんかで幸せになれるなら、いくらでも幸せにしてやる。
 人生通算何度目かの言葉を頭で反芻しながら、うっすらと笑って――――浴室を出た。

●現在カルト
 『エラー』は骸の海へと消えていった。
 彼の居たところには、一枚の紙切れが残っている。
 古い羊皮紙のような紙質から、古書の頁であることが分かる。
 そこには大まかに、こんなことが記されていた。

 親殺しを繰り返す憎悪――リジー・ボーデン
 リジー・ボーデンは子を為した女性、男性を糧とする。生贄はそれらの人間に限らなければならない。
 最後に召喚者自身の命を捧げることでその存在は完成する。
 存在の強固を求むならば、リジー・ボーデンとともに発生した”残滓”を捧げよ。

 ……ふと、紙片から顔をあげると、血塗れの人間がいた。
 部屋の奥、何かの像が仰々しく飾られた下に、ほぼほぼ原形をとどめない姿でそれはいた。
 例えば――夕刻に在った大家の女性。階下の主婦。ふたつ隣のサラリーマン。
 事件の発覚したきさらぎアパートの住民は、夜とともに永い眠りに落ちていたことを、そこへ戻ってきた猟兵たちは知ることになる。
 どろりと赤黒い血はそれぞれの部屋から引きずるように続いていて、部屋の鍵は皆一様に乱雑に破壊されていた。
 そしてそれら全ては、件の302号室へ続いていた。

 ぎぃ、と扉を押し開ける。こちらはもともと開けっ放しだったせいか、破損の跡は見て取れない。
 代わりに室内は大きく様変わりしている。昼間見たときと間取りは同じなのに、部屋自体のサイズが倍かそれ以上になっている。
 そしてそのリビングの中央にぽつん、と。置物のような少女が立っている。
 ……否、部屋のサイズのせいで一見そう見えるが、それは人形でもなんでもない。
 なぜならば、強い殺気や怨念といった――負のオーラをまき散らしているのだから。

「わたしね、失敗しちゃったの」
 ”それ”は言う。今度こそ真の意味で顔のない少女は、しかし『エラー』と違って明瞭に、どこからか言葉を紡ぐ。
「お母さんとお父さんをたっくさん愛して、愛して、殺してあげたのに。最後のひとりは”お母さん”じゃなかったの。お姉ちゃんに嘘つかれちゃった」
 少女――忘れられたリジー・ボーデンは子供っぽく言う。頬があったならば頬を膨らませて言っていることだろう。
 ……その先の言葉も。

「だからね、むかついたから殺したわ」

「ここのお姉ちゃんも、わたしを作ったみんな、みんな。せっかくわたしがここに来たのに、たくさん殺したのに」
 いじけた様子で話す様は、狂気と形容する他ない。
 儀式の途中で何かしらが失敗していたとするのなら。彼女は本来の力を取り戻してはいないのだろう。
「でもわたし、悪くないよね?だって言われたとおりにやったんだもの。それにわたしは子供だもん。むかついてモノを壊してしまうことだってよくあること。子供のかんしゃくはかわいいもの、なのでしょう?」
 しかし、だからといって油断もできない。
 この悪辣は、放っておけばさらに被害を産むに違いない。
 リジー・ボーデンの手には、大きな斧が握られている。
 それは被害者の女性の手首に傷をつけたとする刃物の想定と、おおよそ一致する。
「だから――」

「今からみんな壊すけど、ゆるしてね?」
 幼き邪悪はにこりと微笑む声とともに、大きな斧を振り上げた――。
朝霞・蓮(サポート)
●キャラ
人間の竜騎士 × 探索者 18歳 男
口調:(僕、呼び捨て、だ、だね、だろう、だよね?)

●戦い方
至近:アイテム『百膳』を使用して切り結んだり、竜言語で身体強化して格闘したり
近中:槍投げしたり銃で射撃。その時に機動力を求められるなら竜に騎乗
遠:攻撃手段がないので接近

●その他できること
錬金術でいろいろ

●長所
探索者として狂気に免疫があるので逆境に強く、恐怖と威圧に動じない

●短所
詰めが甘く、天然

ユーベルコードは指定した物をどれでも使用
多少の怪我は厭わず積極的に行動
他の猟兵に迷惑をかける行為はしません
例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
あとはおまかせ。よろしくおねがいします!



 先んじて飛びかかったのは、黒い影。
 否、漆色の刃を携えた黒髪の少年。
「――ッ!!」
 金属同士の衝突音が耳を劈く。それは初撃が防がれたことを意味している。
 彫像の頭部がニヤリと笑ったような気がした。

「趣味が悪いな、本当に――!!」

 朝霞・蓮(運命に敗れた竜・f18369)は怖気に悪態を吐き捨て、鍔競り合いの間合いを離脱する。
 一足には詰められない程度の距離を離し、着地する――、
「あなたとても悠長なのね」
 筈だった。
「なッ」
 ……気付けば、リジー・ボーデンは彼の懐に潜り込んでいる。小さな体躯からは想像もできない、まるで砲弾のような速度でそのオブジェクトはカウンターを仕掛ける。
「――、”龍よ応えよ”!!」
 咄嗟に紡ぐのは、竜言語の詠唱。吠えるように唱えられたそれは、朝霞の片手を瞬間的に強化する。
 掌底に力を込めて、フルスイングされた斧を寸でのところで弾く。
「あら、あらあら……?」
「随分と血気盛んみたいですね……!」
 仄い光が、強化が解除されると同時にふっと消える。
 リジー・ボーデンはその様子を見ても、軽く首を傾げてふざけたように笑う。
「血気盛んだなんて失礼だわ?刃先は向けないであげていたのに」
 その言葉に嘘偽りはない。叩きこまれる筈だった一撃は、斧の刃を向けて放たれたものではなかった。
 それがかえって、悪辣さを滲ませている。
「つまり、痛めつけるつもりだったですね……?」
「当然よ?わたし今とっても苛ついているの。八つ当たりがしたいの。なのにすぐ殺してしまうのなんて、そんなのつまらないわ!」
 声色はとても弾んでいて、喜怒哀楽で言えば喜を想像させる。
 しかし、この状況においてその感情を浮かべる相手が正気であるはずもない。

「……なら、これ以上話しても無駄でしょう」
「観念してくれた?」
 さらに声色を弾ませて来るが、朝霞は首を振る。
「いいや。覚悟を決めたんだ。……絶対に、きみの言う通りにはしないと」
 宣言すると同時、視界がぶわりと輝く。
 否、闇色の衣が眩しい純白へと姿を変えたのだ。
 それと同じくして、朝霞の瞳が淡く光る。
 色は黄昏の空を想わせる、澄んだ色。
「……とても綺麗ね、あなた。そんな色、わたしは知らないわ」
 ぽつりと呟く。その声はか細く、朝霞の耳には届かない。
「例え何も出来ず、何も為せず、何も得られない……」
 抜き身の刀身を構え、口元に優しい笑みを作る。
 今度はこちらの番だ。
「そうだとしても」

「――いやだよ」

「……っ」
 ”百膳”の剣先がぴたりと止まる。
 リジー・ボーデンに突き立てられる筈だった刃は、他でもない朝霞の意思で止められる。
「うわっ……」
 その隙を突くように、ぱっと少女の手が朝霞を突き飛ばす。
 ただの少女であれば可愛げのある変哲のない動作だが……あれは紛れもなくUDCオブジェクト。
 当然ながら……。
「わ、ちょ……!?」
 相当な力をかけられて、後方の壁に激突する。若干壁がへこむ程度には威力があった。
「い、いてて……」
 いててで済むことにちょっとした疑問を覚えながら、自身の詰めの甘さを恨む。
 既に彼の近くをリジー・ボーデンは離脱してしまったらしい。
 反省しながら、腰をあげて砂埃を払う。龍紋による覚醒を解いた今、衣装は黒に戻り、埃は目立ってしまうのだ。
 砂埃を払いながら、行動を振り返る。
 暫く悩んで、悩んで……
 ――後悔は、しないことにした。

「だって……」

 それも、積むべきひとつの善行であると。そう直感的に感じたからだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

リンタロウ・ホネハミ
許して欲しけりゃ、言うべきなのは「ごめんなさい」っすよ
まったく、さっきのヤツの方がまだ可愛げがあったっすわ
……細かい事情は分かんなくとも、やるべき事だけは分かるっす
浴室の姉ちゃんとモザイクのガキ、2人の命を喰らったその代価、お前の命で贖ってもらう

今回はゴリラの骨を食って【〇二〇番之剛力士】を発動するっす!
そんで得た『怪力』で、真正面からヤツの斧を打ち合ってやりまさぁ!!
地形を変えられて追い詰めたのを仕切り直されたり攻撃のチャンスを与えたりなんてごめんっすからね
同じ威力で相殺しまくって、真正面から纏わり付いて
そうして側面背面からお好きなようにご料理遊ばしてくださいっつー戦い方をしてくっすよ!



●暗闇にて

 冷えたフローリングの上を、ひたひたと裸足の張り付く音が連続する。
 微睡みの中にでもいるような、広い間隔の足音。スリッパでもあればいいのに、と思ってしまうが、当事者は特に気にした様子もないのだろう。
 ふいに、その足が止まる。
「っ」
 無音の中に、悲鳴に届かない痛みが響く。ひたりとしていた足音が、滑りけを帯びる。
 ぱきりと割れた硝子片が赤い血を流れさせる。
 ――はて。
 その血が本当に赤いのかは、定かではない。何せ周囲は暗闇で、足元に転がる硝子さえも見えないくらいなのだから。
 どこかに小指をぶつけても可笑しく笑えない。そんな中に流れた血の色を、果たして誰が赤いと証明できるだろう。

 けれど、あぁ。
 目の前に横たわる死体から溢れる血の色は、きっと赤色だ。
 彼らは人間なのだから。人間だったのだから。

 少女は待つ。孤独から解放される時を、ひたすらふらふら歩きまわりながら。
 全てが終わった今、迎えが来ることだけは分かっていた。
 何をしたのかは知らないまま。
「――――」
 その証拠に、暇をつぶすような鼻歌が静寂の中冷ややかに響き続ける。
 とても、とても楽しそうに――寂しい歌は流れ続ける。

●悪魔

「楽しみましょう」

 最小の動きと最大の威力を以てして、手斧は人体へと襲い掛かる。
 本来は薪を割る為のそれは、既に赤く染まっている。
 それは、何者かの命を奪った事実を暗黙のまま物語る。
「何人、殺めたんすか」
 空いた片手を指折り数えて、彼女は言う。
「29人。それと、この建物にいた全員だから……37人。"それが"?」
「――ッ!」
 激昂するリンタロウ・ホネハミ(骨喰の傭兵・f00854)を――彼の感情の昂りを刈り取るように、手斧のスイングが首元へと正確無比な弧を描き襲い掛かる。
「そうはいかねぇ、っすよ――!!」
 しかし、曲がりなりにも傭兵。そう簡単に隙をつかれるほど、甘い覚悟でそこにいない。
 ワンテンポ遅れるものの、その手の骨剣で攻撃を受け止める。

 鍔迫り合いが起きたのは僅か数瞬の出来事。後方へ解き飛ばされたのは……リンタロウのほうだった。
「な、――!?」
 一番驚いたのはリンタロウ本人だ。何せ、誰よりも体格的有利を持つ人間が弾き飛ばされたのだから。
 踵がフローリングの床を削る。ざりざりとした感触が足を伝って感じられる。
 一体あの小柄な身体のどこにそんな膂力が秘められているのか――。

「とっても大きなひと。まるで雪山に潜むイエティのよう」
「……そういうのは知ってるんすね」
 少女に顔はない。しかし、笑っていることだけはよく理解できる。
「?絵本で読んだだけのことよ。誰だって幼い時にマザーグースを読むでしょう?お菓子の家に夢を抱くでしょう?」
 声色が、彼女が心底楽しそうな様子を鏡のように映し出す。
 そういえば、前にもこんなことがあった。あの少女も、顔がなかった。そして抱く感情も、手に取るように分かりやすかった。
 今回違うことがあるとすれば、リジー・ボーデンの声色には不純物が混ざっていること。
 つまり、狂気だ。狂気の中で笑っている。だからこそ、背中にぞわりと嫌な感覚がまとわりつく。
 恐怖することは傭兵といえ不思議ではない。むしろ自然なことと言えよう。恐怖を忘れるということは決して強くなることではなく、死に近づくことなのだから。

 だからこそ、リンタロウは立ち塞がる。
「親殺しを繰り返すUDCがよりにもよってマザーグースだなんて、皮肉が効いてるっすね」
 そういえばリジー・ボーデン。彼女の呼称も縄跳び唄に由来するものだ。イエティのような偏った知識も含め、もしかしたら彼女のバックボーンには何かしらの組織があるのかもしれない。
(……なんて、予想通り越して考察にも満たないっすけど)
 頭を使うことは、あまり向いていない。そういうのはもっと向いている連中に任せるべきだ。
 リンタロウがすべきことは、ただひとつ。

「……食い止める!」
「甘い、甘いわ。それこそお菓子の家の床壁のよう。そんな覚悟は焼き菓子のように砕けて散ってしまうわ!」
「やってみなきゃわかんねぇ――!!」
 リンタロウの武器は大振りの骨剣。対するリジー・ボーデンの武器は小回りの効く手斧。
 攻撃は幼稚で単調なものでこそあるが、決して距離を離さずに放たれる強烈な連撃がリンタロウに一転攻勢の隙を与えない。常に相手の得意とする範囲を許さず、自分の得意な距離での攻撃を仕掛け続けている。
「ならその機会を奪うわ、永遠に――!!だって、わたしとても欲張りだもの!!」
「ちぃッ……!!」
 大きな武器が活きるもっとも単純な理由は、遠心力をつけやすいこと。強力な一撃に物理法則の確証を乗せて何倍にも威力を増幅させられるところにある。
 しかし、それを徹底して防ぐリジー・ボーデンの身のこなしは、悪戯しいな子供の度を超えてタチが悪い。

「っ!」
 ふいに、骨剣の柄が少女の腹を突く。軽いステップで直撃を避ける少女だが、足を遠のけたせいでリンタロウとの密着を解く形となる。
 剣の側だけで攻撃を続けない。今まで培ってきた経験が、リンタロウに柔軟な発想を与える。

「……やっぱ一筋縄じゃいかねぇっすよね」
 吐き捨てるように言う。そして、懐から何かを取り出す。
 犬歯に噛んだ白いそれは、遠目に見ると煙草のように見えるが……。
「……骨?」
「ご名答、っす」
 火はいらない。からんと歯に似た質感のそれがほどよく口に馴染む。
「今ならまだ許すっすよ。許して欲しけりゃ、言うべきなのは"ごめんなさい"っす」
「何を?あなたの力じゃわたしには勝てな……」
 言いかけて、少女は気付く。
 リンタロウの纏う空気が変質していくことに。
 獣のにおいだ。
「減らず口の多いガキが。まったく、さっきのヤツの方がまだ可愛げがあったっすわ」
 『〇二〇番之剛力士』。彼の力であり、呪いである。
 ゴリラの骨が、彼に怪力を与える。
 ……これでもまだ、力は互角程度に感じる。
 しかし、それで十分だ。

「正面から打ち砕くッ!!」
「あはは。鬼さんこちら!」
 ふざけるようにリジー・ボーデンが笑うが、リンタロウの覇気を前にかなりの警戒心を向けている。
 おそらく彼女も本気で当たってくるだろう。
 上等だ。

 フローリングの床を、今度はリンタロウが自発的に抉る。
 一歩の重みが目に見えて変わる。骨剣を振るう膂力が膨れ上がる。
 そうして、一撃と一撃が交わる。
 今度の鍔競り合いは一秒と持たない。当たった瞬間、爆発が起きるかのように両者の攻撃が弾けたのだ。
 だからこそ、そこから立て直し続く二撃目が重要になってくる。
「――ッ!!」
 リカバリの早さも互角。そうして、闘牛のぶつかり合いのような衝撃が繰り広げられる――。
 腕が痺れる。先ほどの衝突でも感じたが、何か衝撃のほかに腕に響くダメージに似た何かを感じる。
 だが、その答えを探っている暇はない。
 床にたたきつけ衝撃波を狙う骨剣の攻撃。それをリジー・ボーデンが手斧で弾く。
 今までの剣の軌道と違い、叩きつけはもっとも簡単に、且つ単純に威力が出る。リジー・ボーデンもそのことを本能的に理解しているのか、今まで片手でいなしてきた攻撃を両手で手斧をもって対処する。
「はぁぁァァ――ッッッ!!」
 渾身の、地形破壊の一撃は――舞い上がった埃の中に掻き消える。

 鼻をつく煙の中でリンタロウは思考を巡らせる。
 彼は熱血漢だが、戦場で必要な冷静さを欠くことなく持ち合わせている。
 だから、ひとつ少女に対する疑問を抱く。
 これがもし、何かの手がかりになるのなら――。
「その程度?息巻いていた割に、あなた弱いのね」
 煙の先に、小さなシルエットを見る。頭の彫像の形が他でもない彼女――リジー・ボーデンであることを教えてくれる。
 腕が痺れる。次、また同じ攻撃を喰らってしまえば受け止められるかは分からない。
「今度はわたしが、叩き潰してあげる――!!」
 リジー・ボーデンが、反撃と言わんばかりに実直に、愚直に飛びかかり――、

「それで構わない――今っすよ!!」

 対してリンタロウは冷静沈着に。
 にやりと笑い、叫ぶ。それに機敏に反応したリジー・ボーデンが周囲を警戒するが――。
 半歩、遅いようだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

桔川・庸介
皆連れ立って戻るなら、俺はもっぺん引っ込むかな。
よりによって"顔見知り"の警察官(f20067)まで現場に来ちゃったし。
はーあ、生きづらい。

一応暗示を脳に残しとく。
「アパートの奴らの事は忘れろ、絶対直視すんな」ってのと、あと――



あれが、邪神。……えと、さっきはすいません、もう大丈夫…です。
俺も、出来る限り協力します。すっげえ怖いけど。

足を引っ張らないように、狙われたら死に物狂いで自力回避。
なんかアイツの動き、すげー避け易い気がする?
(だってアレ全部ヒトを殺す動きだろ、分かるって)

だったら。見える動きを全部伝えて、アシストします。
いま、振りかぶって来たら引いて、そこが隙になるはず!


風見・ケイ
連携アレンジお任せ

【慧】に戻っている

宙に浮いた足を揺らす母
――おいてかないでよ

動けない私を突き飛ばした先輩
――なんでわたしなんかのかわりに

螢がスコープ越しに視た言葉のせいか、記憶が入り乱れる。
――切り替えよう。気持ちも、意識も。
ごめん荊、結局ホラー相手だ。でも近接相手には貴女が一番だから。

(青い瞳を開き)

……ええよ。今の慧ちゃんに任せると何するかわからへん。
怖いけど、怖いから、壊す。
ボクがアンタを壊す。みんなは壊させへん。
……子どもだとしても

荊棘荊棘

床破壊は嫌だから斧持った手ぇ掴んで止めて関節極めて角度つけて投げる。[グラップル][怪力]
有刺鉄線は……[覚悟]する
右手ならいけるか
手袋頑丈やもん


ドリー・ビスク
「素敵な女の子だね、とっても楽しそう!」
『アタシは見てるだけで退屈だけどね』
「みんなが言うことはむつかしくてわからないけど」
『みんなが言うことは正論ばかりで退屈だけど』
「私たちも、ほら!子供!」
『きっとあたしたちの方がお姉さんなんでしょうけどね』
「だったらお姉さんっぽく、子供らしい遊びを教えてあげようよ!」
『少しは退屈も紛れるかしら。何を教えてあげるの?』
「んーとね、お人形遊び!」
『それならルールを説明しないと』
「お人形は大切に!絶対壊しちゃ駄目なんだから!」
『今度はドリーがお人形?それともアタシ?』
「どっちだって良いじゃない。人間と人形、どっちもヒトガタなのは変わりないもの!」


千崎・環
アドリブ連携歓迎!

こいつが、元凶…。
街の平和はこの私が守らないと!

でも相対しただけで純粋な殺意を感じる…こいつ、強い!
桔川くん(f20172)は戦い向きじゃなかったはず…私が守る!

あいつが動き出したらこっちに注意を引きつけるために盾を構えながら一気に接近してそのままぶん殴ってやる!
あいつの斧は盾で防御、防御、防御…え?隙が無い!?
防戦一方でも大盾を活用して何とか踏み止る!
桔川くんからの指示が聞こえたら反射的に下がって回避、一瞬の隙を突いて警棒で一撃!そしてUC発動と共に盾と警棒を捨てて突喊、懐に入ったら組みついて背負い投げてから手錠を掛けて動きを封じてやる!

こ…んのぉッ!気合いだあ!!


因幡・有栖
さて、どうしようか?
凶器とトリックは分かった、目の前に居る。
犯人も確定した、凶器が皆殺しにしてしまったが。
そして残る謎は動機となるわけだ。
恐らくアパートの管理者辺りを調べればこのカルト集団の発生の起源あるいは思想が分るだろう。
しかし、これを調べたところで意味は無い。……無いが、探偵としては気になるので後で調べよう。
結果、邪神が微笑んだとかそんな理由かもしれないがね。HAHAHAHA。
……え、ブツブツ言ってないで戦え?
私は頭脳労働担当だから……ほら、ね?分るだろう?
肉体労働はまかせ……って危ない!弱っちそうだからって私を狙うんじゃあないよ!殺す気か!?死ぬぞ?私は簡単に死ぬからな!!


日向・士道
結論から述べよう。

君が悪い。
生じたことが害悪であり、償いきれぬ罪悪である。
故に一切の躊躇無く、君を刻もう。

君を許さない。
君が行うあらゆる動作を否定し。
君が発するあらゆる言葉を否定し。
君が存在するあらゆる全てを否定する。

仁之型【陰摩羅鬼】
既にこの刀は“エラー”を刻み、吸っている。
“貴様”の作り出した業だ。
その身体に還すのが筋であろうよ。

――――見切った? 避けられる?
ああ、そうだろうとも。
この場に居るのが、小生だけであるならばな――――!


………小生は今、怒りで動いている。
自らの生を諦めた者共よ!
それを誰より手にしたかった者達が、どれだけ居ると思っている!
嗚呼、この刃は斬ることしか出来ぬ!


伊能・龍己
*連携、アドリブとか大歓迎っす

……。私は悪くない、じゃないっすよ。
かんしゃく以上のこと起こしておいて、怒られないって。
それ、だいぶあんたのワガママっすよ。怒られたことがない、怒られるはずがないと思っている子の、ワガママ……っす。

……逆さ龍さん、もうちょっとだけ、お願いします
相手の動きに気をつけつつ、《神立》を使うっす。
お部屋の隙間や、窓なんかを伝って、雨雲を呼びます(〈天候操作〉)
〈目潰し〉のように〈範囲(攻撃)〉を広げた雲や雨で敵をかく乱しつつ、他の先輩方への連携に繋げられるようにするっす
〈生命力吸収〉。腐食や、損壊。有刺鉄線の威力を削ぎたいっす。


百鳥・円
【糖蝶劇】
おふたりともあの子についてご存知で?
解説どーもですおじょーさん
逸話とかそーいうのちんぷんかんぷんなので
わたしも真犯人に一票を投じましょーかね

全く可愛げのねー癇癪ですねえ
言い訳がましいのでマイナスですん

“子供だから”
で通用すりゃ困ることなんてないんですよ
壊すのは得意ですが逆は勘弁
殺られる前に殺る
わたしのポリシーです
どうぞお気をつけて

室内を空中移動
高さがなきゃ状況に合わせて左右へと
まどかちゃんの野生の勘は凄いんです
閉じ込めた宝石菓子を一気に煽って
全力魔法キメちゃいましょ
手向けるのは獄遊雀
足を止めたら終わりです
翼を止めたら、の間違いですかね
怯ませるのはお任せあれ
さあ、おねーさんの出番ですよ


冴木・蜜
…やれやれ
これが子どもの戯れだと?

あの子は死なないでほしかった
守ってあげたかったと
叫びをあげていたというのに

これ以上貴女の戯れを許容するわけにはいかない
私は引き続き他の猟兵の補助を致しましょう

濃縮した体内毒をそのまま維持
目立たなさを活かし
物陰に紛れ潜伏します

他の猟兵に襲い掛かる彼女との間に割り入り庇いましょう

斧の一撃も物理攻撃
ならば液状化で衝撃は殺せます

地形を破壊するほどの一撃ならば
私の飛沫が飛び散る筈
その血肉さえ利用して
攻撃力重視の捨て身の『毒血』

濃縮した死毒で触れるもの全てを
融かし落として差し上げましょう
まずはその斧を振るえぬように
腕からが良いですか?

私は死に到る毒
故にただ触れるだけで良い


亀甲・桐葉
【糖蝶劇】
マザーグース――旧きわらべ詩
きみも、『誰かのため』に紡がれたなら
そんな身勝手な癇癪を
傲慢なココロを持たなかったのかな
それは、子供のきみが言えることじゃない
きみに迷惑被った人じゃなきゃ、言えないんだよ

円ちゃんからバトンタッチ
光蝶を二丁拳銃へ変えたら、魔力で練った銀の弾丸を叩き込む
何でか傷はすぐに見えなくなるカラダ
それなら痛みを消しちゃえば、無いも同然だよね
己への跳弾も気にせず撃つ、うつ、討つ

情愛知らぬ哀しきコドモ
壊れた卵はもう戻らない
夕焼けは、とっくに沈んだ時間だよ
骸の海へ、お還りなさい

…円ちゃんと、ゆずちゃんは
あとできちんと手当しようね
私…それくらいしか出来ないけど――あとは、お願い


リンタロウ・ホネハミ
いやぁ、思った以上にヤバいガキっした
しかし、手に負えない程ヤバい訳じゃねぇ……どれ、もうひと踏ん張りするっすか!

さっきの【〇二〇番之剛力士】であのワルガキは「骨を喰ったらパワーがヤバくなる」と思ったことでしょう
だからそいつを利用して、今度はスピード特化……【〇八三番之韋駄天】で真正面から不意打ってやるっす
慌てて手数を増やそうと無駄っす、場数の違いを見せてやるっすよ
攻撃を[見切り]、骨剣で[武器受け]、そして斧を絡め取り[武器落と]させるっと!
何年こいつで食って来たと思ってんすか、この程度わけゃねぇっす

さぁて……良い子は寝る時間っすよ、リジー・ボーデン
良い子にさせるために、寝かせてやるっすよ!!


真馳・ちぎり
【アドリブ歓迎】

斯様な処に居たのですね。見つけましたよ、愛し仔。
さぁ――神の名の許、召されなさい。

私は此の化物と少々因縁が御座いまして。
因縁と云うか、まぁ発生源を識っているだけに御座いますが。
此の化物の産みの親で有る原初の教団は、神の名の許に私が制裁致しました。
とは云え、最早原型も留めていないので其れも不要な知識に御座います。
今は唯、神の裁きを

さぁ――貴方に、神の御慈悲が在りますよう

敬虔為る我が《祈り》にて神への愛を精神力へと高めましょう
【冤罪符】を使用し攻撃を
《2回攻撃》する暇が御座いましたら【三本の釘】を放ちます

嗚呼、嗚呼
神は此処に在り
私こそが神の愛
為ればこそ、貴方に神の祝福を


波狼・拓哉
ん…残滓が逃げ出したのか
死にたくないのか、はたまた…いや最後の一人…?
そういうや経理してた女性ってどこ行ったんだ
ん?そっちが嘘ついた方?そこでエラー起こした?まあ、どうでもいいか
身から出た錆ってやつだ、自分の失敗のつけは自分では払いな

フラッと脱力しつつ敵の前に身を投げ出し攻撃を受けよう
戦闘知識、視力、第六感で斧を見切り致命傷を避け衝撃波で受け流して無効化
さあ、化け穿とう
…ああ、そうだ言い忘れてた『いまから壊すけどゆるしてね?』

一発味方に撃たないといけないなら自分かミミックに
後に響かないとこ狙おう

後は適当に衝撃波込めた弾で斧や翼を狙って部位破壊や、武器落としを狙って撃つか
(アドリブ絡み歓迎)


パーム・アンテルシオ
…ここの人たちが、良い人だったのか、悪い人たちだったのか。
それは、私にはわからない…私が決めるべきじゃないと思うけど。
あなたは、人を殺したんだよね。ここの皆を。

それなら、私は…あなたと戦う理由は、十分、かな。
私は、人を守るために戦ってるから。

ユーベルコード…実火葛。
熱い方がいい?痛い方がいい?それとも…両方?

怒ってる?…そうかも。でも、違うかも。
たとえ、心の片隅にも残らないような人たちでも。
人が死んだ。守るべきものが、壊された事には、変わりはないから。
…もやもやする。不満。その方が、近いのかも。
でも。たとえ、それが八つ当たりみたいなものでも。
子供のかんしゃくは、かわいいもの…なんだよね?ふふ。


御園・ゆず
【糖蝶劇】
リジー・ボーデン
マザーグースの縄跳び唄ですね
両親を斧で打ち殺した、ってお話です
実際の事件で真犯人は未だ不明ですが…
案外この子かも、なんて

愛ってなんですか
わたしは識らない感情です
教えてくださいよ
殺す事が愛ですか?
なら沢山愛して差し上げます
わたしもまだまだ子供のようです
さぁさ、遊びましょ

左袖口から鋼糸を繰出し行動を阻害
腰後ろからハンドガンを抜いて
縛って、撃って、殴って蹴って
近接距離で攻撃します
傷付いても構いません
沢山遊ぼ?

流れる血を舐めとれば
わたしはあたしに成り代わる

貴女のは雀の羽?
じゃあ殺したのはほんとに貴女かもね

血を失うたびに体が軽くなる
もっと苛烈に遊ぼう

……ねぇ
愛って、なんですか?



●千錯万綜

 室内の闇から飛び出すように、ふたつの影がリジー・ボーデンに襲い掛かる。
 ユーベルコードによる分身や使い魔の類ではなく本物の、そして構える武器も二者とも違うシルエットをしている。
 片方は警棒。小柄ながらも軽い素材が振り回しやすく設計されており、素早く振り抜く。
 片方は太刀。見ての通りの日本刀だが、纏う妖気はけた違いの威圧を放つ。まだ鞘から引き抜いてはいないものの、持ち主はつよくに利偽閉めた妖刀の気を目の前の敵に向けて放出している。

「――捉えた!」
「合わせるぞ」

 千崎・環(突撃吶喊!婦警さん・f20067)が警棒を振り下ろす。それに合わせて日向も妖刀を鞘のまま殴りかかる。
 タイミングを合わせて、左右から挟み込むように振りかぶった攻撃。
 しかし、
「ふふ。楽しいわね、力を合わせて踊るダンスなんてとっても素敵!」
 鞘を撫でるように触れ、その片手を軸に倒立。その流れの足さばきで、警棒を踵で蹴り上げる。
「かかったぞ――行けッ!」
「あら!?」
 ふたつめの合図に合わせて、風見・ケイ(消えゆく星・f14457)が飛び出す。
 戦闘は向いていない。とはいえ、この好機を逃すわけにもいかない。
「見様見真似、のようなものですが――!」
 リジー・ボーデンの躰がくの字に歪む。
 鳩尾狙いの掌底。体勢を崩したリジー・ボーデンの鳩尾に打ち込めたのはビギナーズラックかもしれない。
 腰に力を込められていればもっと深手を負わせられたかもしれないが……そこまでを"ケイ"に求めるのは酷な話だ。
「ふ――」
 咄嗟の一撃を放ち、ひとつ息を吐く。やってみるものだと思いつつ、掌底を叩き込んだままの姿勢からもとに戻す。

「なんてことをするの?ひどいひと」

「――!?」
 声は、風見の耳元で聞こえた。
 気付けば、目の前に彫像のような頭があり――。

「まずい――逃げろ!!」

(駄目だ――あそこに割り込むわけにはいかないッ!)
 日向の警告が聞こえる。
 誰よりも近く、誰よりも早く反応できたのは冴木だった。……だが、あの近接で割り込んでしまえば、彼の"仕込み"を風見も被ってしまう。
 毒は、誰彼を問わず冒してしまうからこそ毒である。そこに例外があってはならない。
 そんな躊躇が、機会の芽を枯らしてしまう。
「かはッ――――」
 回し蹴りの要領で放たれたリジー・ボーデンの脚が仕返しとばかりに、風見の鳩尾へ吸い込まれるように叩きつけられる。迫った勢いをそのままに込められた一撃は、風見の細い身体を容易に吹き飛ばしてしまう。
 勢いを殺すこともままならず部屋の壁に叩きつけられると、肺の中にあった空気を吐き出し――沈黙する。
 壁にもたれかかったままの風見は、意識はなくとも息はあることが肩の動きからも見て取れる。故に、リジー・ボーデンは追撃を重ねる。
 確実に息の根を止めるために。

「させねぇっすよ――!!」

 立ち塞がるように、リンタロウが骨剣を構える。
 激突音が響き渡る。床に突き刺し盾とした骨剣が、衝撃で僅かに後方へ引き摺られる。
「うらぁぁあ!!」
 リンタロウの腕が伸びる。がむしゃらに掴んだのは、少女の腕。
 手斧を持つ側の腕を力強く引っ張り――そのまま投げ飛ばす。
「っ!!」
 骨剣ばかりが彼の強みではない。
 徒手の柔軟性に任せ、手斧の攻撃に一矢報いる形で相手の追撃を回避する。
「こっちだって長いコト戦ってんだ、舐めてもらっちゃ困るっすよ」
 フローリングの床からべりべりという音とともに、刺し込んだ骨剣を抜く。

「……まずい」
 その後方で、焦るような声が聞こえる。
 苦虫を噛み潰すように呟いたのは冴木・蜜(天賦の薬・f15222)。冷静に、毒々しく敵と負傷した風見を見回す。
 失敗作であったとしても、致命的なミスが生まれるまでは順調にひとつのUDCとして成長をしていたのだろう。最後のピースを間違えてしまっただけで、パズルは99%完成していたに違いない。
「それで”失敗”というのもまた、子供らしいですけど……」
 子供の悪辣な側面ばかり詰め合わせたような存在だ、と。
 ため息をつく暇もないじゃないか。
「しっかり!」
 風見の上半身を起こし、呼びかける。
 一瞬だけリンタロウが視線を向けると、未だ意識の戻らない風見の姿。
 ……だが、どこかうなされているような表情。そして、額の玉汗。
「これは……」
「一体何が……?」
 心配そうに声をかけたリンタロウに、重々しくも冴木が口を開く。
「……恐らく、彼女が自然発生的に獲得したバグを植え付けられたかと。精神に異常を来す類のものと仮定できます」
 彼女の、リジー・ボーデンの在り方から滲みだした怨嗟の毒。言い換えれば、"呪い"である。
「攻撃を受け止めるたびに言いしれない違和感があったんすけど、そういう……」
 脳が痺れるような違和感。打撃からくるものとは違う"何か"をリンタロウもうっすらと感じ取っていた。もし攻撃を防げていなければ、被害は甚大だったかもしれない。
「可能な限り回避……といきたいところっすけど!」
 再度、飛びかかってきたリジー・ボーデンをいなす。しかし、手斧の軌道は正確に、且つ連続的に振りかざされる。とても全てを回避はできない。
「これで終わりよ。つまらないお人形さん」
 不敵な笑みを感じると同時、リジー・ボーデンが大きく斧を振りかぶる。その隙をつければよかったのだが、リンタロウの戦闘経験が絶大なカウンターを危惧する。
 上半身と下半身を最大まで捩り、秘められた力と遠心力が解き放たれる。
「――まずっ!?」
 横薙ぎの計三回の攻撃。ぐるりぐるりと身体を回し、凶悪な三連撃がリンタロウを襲う。
 一撃目。床に突き刺した骨剣がいともたやすく弾かれる。
 二撃目。咄嗟に身体を翻し回避する。首の皮一枚、しかしその巨躯は体勢を崩してしまう。
 きたる三撃目は惨劇を意味し、災厄の一撃がリンタロウに翳される――。
「いやぁ、最高のタイミングだ」

「さあ、化け穿とうぜ――」

 そうして強力な一撃を喰らう直前――庇うように、間に割り込む人影を見た。

●探偵次第

「さて」
 因幡・有栖(人間の猟奇探偵・f23093)が息をつく。
 気付けば持ち歩く合法阿片の量も僅かである。奇しくも今、一息一息に生きている実感が感じられる。
「"やれることはやった"。ここから先は為るように成れとしか言えんが……」

 話は少し前に遡る。
 時系列として、リジー・ボーデンと猟兵たちが遭遇してすぐにあたる。
「阿片探偵さてと言い。……人の決めゼリフ取るのは恥ずかしいな」
 こほん、と咳払いをひとつ。したのは因幡ではなくその隣のドリー・ビスク(デュエットソング・f18143)のビクスのほう。
『で、私たちに何の用?』
「楽しいこと?ねぇ、楽しいこと?」
「まぁ、ある意味ではとても愉快だろう。ちょいと危ないがね」
 わくわくと瞳を輝かせるドリーにニヒルの効いた笑みを返す因幡。ビクスはそれに思うことがある様子だったが、口を開くことはなかった。
 因幡はそれに気付いていたが、こちらも敢えて言及はしない。余計な口を叩いて進行に影響するのはスマートではない。好みの手ではあるものの、求めるやり口と異なってしまう。
「だが、その前にひとつ聞きたいことがあるんだ」
 だから、無駄口は最小限に押し留める。
「なぁに?」
 純粋な興味を込めて、首を傾げたドリーに因幡はそっと微笑む。

「この部屋で見たっていう”壺”。あれはどれのことだい?」

●狂暴の宴

 リンタロウの手を引いて、代わりに身を乗り出したのは波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)だった。
「……なんのつもり?」
 はらり、と横髪が落ちる。
 不快そうな声をあげてリジー・ボーデンは追及する。振りかざされた手斧の一撃は、その起点たる手首に衝撃を与えたことで僅かに軌道が逸れる。
 せっかく、獲物を捕えることができたはずなのに。思わぬ乱入者に不機嫌そうな感情をあらわにする。
 散った横髪に一瞥くれた表情は、どこかほくそ笑んだようなものだった。
「あぁ、言い忘れてたよ。『いまから壊すけどゆるしてね』?」
 彼女が口火を切ったときと同じ口上を垂れ、波狼は口角を吊り上げた。

「な、――!?」
 ……標的は捕捉された。
 黒い液体状の何かが少女の前をふいに奔る。威力のない黒い染みのようなそれは――あろうことかリジー・ボーデンを首元を浅く溶かした。
 波狼の傍らに寄り添う、彼がミミックと呼ぶ箱型物体。仄青い光を帯びるそれは一箇所銃弾を受けたような痕がついており、そこから黒い染みのようなものが垂れている。
 それが、リジー・ボーデンの攻撃に呼応するようにカウンターを放ったのだ。
 首元――鎖骨に奔る痛みは本来、彼女の手斧が放つはずだった威力に酷似している。
「ちょいギリギリだったけど。まぁこのぐらいなら、どうとでも」
 鎖骨を掠った斧が付けた一筋の赤を親指で拭い、唇に擦り付ける。
「いけない、毒が――」
「いい。この程度なら”どうってことない”」
 呼び止めた冴木の声を遮るように、波狼が言う。彼にとって、この程度の狂気は些事に過ぎない。
 視界がぶれるのも、思考が淀むのも、慣れているから。

「なんてことを――」
 ふらつきながら、リジー・ボーデンは立ち上がる。当たり所を考えれば腕をあげることも難しい筈なのに、手斧を握った腕を無理矢理に持ち上げようとする。
(いや、あれは無理矢理というより――再生し始めている?治癒能力も高いのか……)
 様子を訝しんだ日向は、すぐさま周囲の猟兵に合図する。
「畳みかけるぞ!!」
「っ!!――先行します!」
 真っ先に乗りかかったのは千崎だった。警棒を構え、一足に飛びかかる。
 狙うは武器を持つ手。
「それさえ押収すれば、脅威度は減るはず――!!」
「遊ぶのにおもちゃは大切なの――邪魔をするなら近寄らないで」
 頭の彫像に絡む有刺鉄線が、再び脈動する。血管の如く波打つような動きで、リジー・ボーデンの周りを揺蕩う。
 そして、近づかんとする者に容赦なく牙を剥く。
「っ!?」
 咄嗟に警棒を差し出し、ジグザグの鞭を掻い潜る。
 しかし、獲物を捕えた有刺鉄線はそのままぐるぐると蛇のように蜷局を巻き、彼女の手から警棒を引き剥がす。
「悪い事を考えていたんだもの。当然よね?」
「くっ――!!」
 子供から危険なものを取り上げるように、天井に警棒が有刺鉄線で磔にされる。
 見上げるしかない千崎に、手斧が鈍い光を湛えて迫り来る。
「まず――!?」

「2歩下がって、右に半回転――!!」
「!?……ッ!」

 考える暇はない。聞こえた指示の通りに、身体を動かす。
「あら?あらあらッ!?」
 難しいことはない。ただそれだけの脚運び。
 しかし喉元を狙った手斧は射程が足りず、宙を泳ぐばかり。その隙に大きく歩幅を広げて後退する。
「――ごめん。助かった!」
 先ほどの声の発生源で、振り返らずに語りかける。
 咄嗟の判断でその声に従ったのには理由がある。
 その声に、聴き馴染みがあったからだ。
「な、なら良かった……!!」
 声の主――桔川・庸介(「普通の人間」・f20172)は小鹿のように足をがくがくさせながらも、その場に辛うじて立っている。

(相対しただけで分かる、純粋な殺意……こいつは、強い!)
 徒手の拳を強く握る。爪の食いこむ痛みが、千崎の頭を冷やす。
「……ありがとう。桔川くんがいなかったら、大変なことになってた」
 彼のファインプレーを讃えるように、素直な感情を言葉に乗せる。
 大事なのは笑顔だ。表情の弛緩が全身の不要な力みを抜いてくれる。
 守るべきものが、すぐそばにいる。
 守るべき平和が、隣り合わせに存在している。
 だから自然と、今度は桔川を守るように手を伸ばす。
「お、俺も……」
「何言ってんの!探偵の人もそうだけど、桔川くんだって戦い向きじゃない」
 優しく宥めるように、続ける。
「それに、怖いでしょ」
「……っ」
 少し俯く桔川の顔を横目に捉えて、敵に向き直る。
「なら、私が立ち向かわないといけない。市民を守るのが警官の務めだからね!」
 険しい表情で、しかし自信に満ち溢れた顔。
 己を鼓舞するように、言い聞かせるように――彼女は笑うのだ。
「……なら、これ」
 桔川が何かを差し出す。利き手で受け取ると、ひんやりとした金属の冷たさが伝う。
 どうやらそれは鉄パイプのようだった。
「さっき、護身用にそのへんで拾ったものだけど、ないよりマシだろ」
「――っ、……ありがとう!」
 一瞬唖然として、ちょっと頬が緩んだ。
 手渡された武器を、しっかりと握る。託された武器の重みが嬉しかった。
「桔川くん。……ひとつ、お願いがある」
 返答を待たずして、千崎は普段トランシーバーに接続されているイヤホンの端子をスマホに差し替える。
 そのすぐ後に、桔川のスマホに通話がかかる。
「私だけじゃ、あいつの攻撃を避けきれない。だから力を貸してほしい」
 桔川がリジー・ボーデンの魔の手から庇えた理由は、もうひとつあった。
 漠然とした答えだが、彼には彼女の攻撃が分かるのだ。

(だってアレ、全部的確にヒトを殺す動きだろ。だったら、分かる)

「……っ」
 頭の中にノイズが走る。それが何かは知らないけれど、感覚的に理解だけは出来る。
 そんなもの、信用ならない。そんなものに命を預けてほしいとは思わない。
「……分かりました」
 それでも、彼女は自分を頼った。力を貸してほしいと零した言葉に応えたいと思った。
 桔川はそうして、距離を取る。スマホのマイク部分を口元に寄せながら。
「命、預けよう」
 千崎もまた、鉄パイプと防弾仕様のライオットシールドを構え敵に再び突撃する。
「懲りないのね。大人のくせして、みっともない」
「勝算がある限り、困難に立ち向かうのも大人の特権だよ!!」
「ああもう、面倒くさい……ッ!」
 近場の椅子を蹴り飛ばす。部屋ごと膨張した空間の椅子は小柄な彼女より大きいけれど、それが難なく転げて、ひしゃげる。
 顔のない少女の怒りに、千崎は真向から立ち向かう。

●あの日

 まどろみから、目を覚ます。
「……?」
 ぐったりした身体を肘を立てて起こす。硬い床に寝ころんでいたせいか、節々が痛い。
 なまりのような虚脱感に抵抗して身体を起こすと、仄暗い部屋を見回す。
 扉の前だった。
 見たことのある景色だった。
「…………」
 何も言わない。言葉を紡げるほど頭が覚醒してない所為もあるが、それ以上に。
 呼吸が、少しだけ早くなる。
 この扉を開けてしまえば、あの光景が甦ってしまう。

 そんな、風見・ケイの意思とは裏腹に、勝手に扉がぎぃと開く。
 変な紋章の刻まれた扉の奥には、同じ印の描かれた幕。
 そして、
「ぁ、……」
 "人型のてるてるぼうずのようなもの"が吊るされてある。
 ひとつふたつではなく、たくさん。
 それを、人と思いたくはなかった。
 けれど視線は自然と、その顔を覗き込んでしまう。最期の表情を伺ってしまう。
 それぞれが、幸せそうな顔をしていた。まるで本望だと言わんばかりに。実際にその通りに。
 ……記憶が正しいなら、そこに"いる"。
 ずっとずっと心の奥底にしまいこんだ記憶が甦り、その場へ足を運ぶ。
 あの時は恐怖と受け止められない現実に腰を落としてしまったが、果たして。
「……ねぇ、どうして?」
 今回は、膝をついてしまった。
 温度はない。
 そこにぶらさがった肉親の表情は、娘のことなど見えていないようだった。
「おいてかないでよ」
 悪夢は、まだ醒めない――。

●急転直下
「……っ、何」
 リジー・ボーデンが苛立ちを露わにする。顔で分からずとも、感情が表に出やすいのはもともとが子供だからだろうか。
 無理もない。先ほどからリジー・ボーデンの攻撃は”全く”千崎に届いていないのだ。
「――ッ」
『焦らず、そこで一歩立ち止まる』
 鉄パイプを振りかぶった姿勢で、しかしそこに合わせて頸動脈を撫でるように放たれた手斧の斬撃は、千崎が停止したことで空を切る。
 そして一拍置いた金属の打撃が、彼女の彫像の脳を揺らす。
「~~~~っっ!!」
『有刺鉄線が来る!』
 鉄の茨の動きに機敏に反応し、冷静にライオットシールドを構える。
 動きを封じるという意味では強力な一手ではあるものの、リジー・ボーデン自体の膂力が乗らないせいか、衝撃自体は手斧の攻撃よりも軽い。
『今です!!』
「みなまで言わずとも!」
 ここが好機。
 鉄パイプを手放し、懐へと飛び込む。

「な――っ!!」
 焦りが大きな隙を生む。完璧なタイミングだったとはいえ、想定以上にリジー・ボーデンは驚愕していた。
 がしゃん、と金属の音が響く。見れば、リジー・ボーデンの片手に手錠がはめられている。
 そして手錠のもう片方は――なんと千崎の腕と繋がっている。
 逮捕術を会得している千崎にとっては体術における制圧も可能であった。しかし、それよりももっと確実且つ有効な手段。
 ハイリスクハイリターンなのは承知の上だ。
「こ…んのぉッ!気合いだあ!!」
 千崎が空いた腕を絡める。徒手となった千崎に対して、リジー・ボーデンは手斧を離さず持っている。
 それを振りかざせば大変な脅威ではあるが、リジー・ボーデンの意識自体がまず手錠の破壊に向いていた。
 そこをうまく突くように、手斧を持つ手に関節を仕掛ける。
 どれだけ力が強かろうと、力の抜けるタイミングは必ず存在する。そして、そこを狙えば……、
「あぁ!!」
 リジー・ボーデンの手元から斧が離れる。大事なおもちゃを失った子供のように、転がっていったそれを追うように必死で手を伸ばす。
 当然、千崎もそれにつられるように手錠を引かれるが……間一髪、鍵を外すのに間に合う。
 あわてた様子で無事な片手で斧を拾いあげようとするのを、思い切り手斧を蹴り飛ばすことで阻止する。
「っ、酷いわひどいわ、子供からおもちゃを取り上げて楽しい……?」
 きっ、と。咎める様な視線を感じる。恨めしそうな感情が伝わってくる。
 ……しかし、そんな感情は数秒後に忘れることになる。

「はぁ?」
 素っ頓狂な声は、千崎に向けたものではない。
 千崎の後方にへんなものがいる。
 身長や体格はリジー・ボーデンと似たぐらい。それでいて二人いる。
 そして二人とも、頭部がおかしいことになっている。
 ……というか変な壺を被っているのだ。
 声につられて、千崎も後方をちらと見る。
 一瞬だけ新手かと勘繰るも、その服装には見覚えがあった。

『さぁさ、ドリー』
「なぁに、ビクス」
 二人は立ち塞がる。
『これなら彼女と同じ。同じようなもの。だからきっと、一緒に楽しんでくれるわよね』
「えぇ、もちろん!ね……そうでしょう?」

 問いかけられたリジー・ボーデンは何も答えない。
 呆れているのではない。
「そ、れは……」
 ”焦っているのだ”。
 よろけながらも近寄ろうとするリジー・ボーデン。
 その反応を見てドリー・ビクスは――特にビクスは強い確信を持つ。
 仰々しく口を開いたのはドリーだ。

「さぁさ、遊びましょう!どちらか当たりでどちらか外れ。楽しい楽しい人形遊び!」
『掛け金があるのは子供らしくはないけれど、そこはご愛嬌』
「や、やめろ――ッ!!」

『壺が召喚の依代?』
「あぁ」
 ビクスが訝しむ。ドリーは大きく首を傾げる。
 話は彼女たちと因幡の会話に遡る。
「アパートを調べていた時、出てきただろう。変な壺。いや本当、この上なく怪しい話だが……考えて見れば、時系列的にもあのUDCが発生したのは家主がこれを購入した後だ」
 直近一か月の記入がない手帳。だが、壺を買った旨はそれよりも前。調べに上がっていた『父母連続殺人事件』の発生よりも前なのだ。
 ここに関連性があるのは、『エラー』が持っていた紙切れからも分かる。
「試す価値はあるだろう?」
 パイプを吹かして因幡が言う。紫煙に包まれた表情の中で、口元が笑っていることだけ窺える。
 これは博打だ。
 ちょいと危険ばかしの話ではない。壺を見て、彼女の反応がなければ不用意に身を危険にさらすだけの行為だ。
 しかし、
「『やるわ』」
 済ました様子に子供らしい悪戯心が混ぜ合わさって。
 それに乗っかるのが、"ドリー・ビクス"だった。

「これ以上、わたしから何も奪うな――!!」
 リジー・ボーデンは葛藤する。彫像の翼がギチギチと震え出す。
 今まで通り叩き斬るわけにはいかない。余勢で頭にかぶった壺が割れてしまえば、彼女の力は大きく減衰する。
 因幡の読みは正しかった。召喚の依代はいわば彼女の発生源。根を切られて木は生き永らえられないのだ。
「なら――!!」
 と、有刺鉄線を手繰る。これで両方を縛ってしまえばいい。そうすれば壺が割られる心配もないし、安全に壺を回収出来る。
 だけど、

「そら今だ――派手に決めてくれよ」

「だあ、ぁぁぁぁぁぁらぁ!!!!!!」
「――っ!?」
 誰かのフィンガースナップの音をかき消すように、雄叫びとともに高く飛び上がる巨体があった。

 今度はその少し後。
「気になることがあるっす」
 前線から引いて、リンタロウが因幡と向き合う。
 遠巻きに戦場を眺めていた因幡と目が合った。戦いの中で、胸のうちに渦巻いていた疑問を解消するために、相談できる相手が必要だった。その点で言えば、彼女のようなブレインたり得る存在は心強い。
 リジー・ボーデンが他の猟兵に気を取られている合間にこっそりと、気づかれないよう前線を抜け出した次第だ。
「……可能性はゼロじゃないな。それに、戦闘経験に長けたキミの勘がそう言うなら賭けてみようじゃないか」
 かくかくしかじか。話を聞いた因幡の回答はあっけらかんとしていた。
 けれど決して投げやりなものではなく、むしろ「面白いことを思いついたね」とでも言いたげな、悪戯めいたものを胸の奥底に感じる。
「ただ……言い出しっぺのオレっちが言うのもアレっすけど、本当にそんなことで状況が変わるんすかね」
 訝しむリンタロウだったが、得意げに笑う因幡が後押しするように続ける。
「さぁね。それこそ、やってみなきゃ分からないだろう。なぁに、気にするなよ。もうここに居住する人間もおらなんだ。”派手に”やってもいいんじゃないかい?」
「……UDC職員の方々にお小言が、今から聞こえてきそうっすよ」
「幻聴も慣れると愉快だぞ?」
「慣れちゃだめっすよ!」
 シニカルな笑みを浮かべた因幡に心労をかけるリンタロウ。
「思った以上にヤバいガキっすよ、アレ」
「そういう割には、怖気づいてはいないようだね?」
 そんなやり取りがどこか緊張をほぐすようで、意図的かは定かではないが気の休まる心地がした。
「合図は任せたっすよ」
「おや、号砲は他に委ねようかと思っていたが。そう言われては仕方がないね」
 パイプを持たない片手の指を鳴らす。これが合図でいいだろうと言外に告げる。
「イカしますね」
「男の子ってこういうのが好きなんだろう?」

『さようなら、かわいそうなひと』
 いつのまにかドリーとビクスは、波狼と日向によって安全地帯へ避難させられている。
 ビクスが憐れむようにそう言うと、ドリーと合わせて壺を手放す。
 床に触れた陶器はあっけなく割れて、散り散りに破片を家具の下へと滑り込ませていく。
「あ、あ……」
 崩れる。壊れる。
 天井が崩れる。
 壺が壊れる
 それがなんだと言うかもしれない。
 だが、
「――この部屋さえも含めて、彼女を形成する触媒のひとつというわけだ」
 触媒を含めて彼女の完全性は保たれる。
 種を明かすように、探偵のように。阿片探偵は淡々と推理を、事実を口にする。
「どうだい?風通しがよくて快適だろう」
 煽るような言葉に、リジー・ボーデンはぷるぷると力んだ腕を震わせる。
「どうして……」
 分かったの、と続ける言葉を遮るように、くつくつとわらった因幡が両手を広げてさらに煽る。

「何を驚くことがある。――脳を冴えさせ頭を醒ます雨は、既に降っているだろう!」
「は、――……」
 ……或いは、雨粒が鍍金の頭を撫でる。

●記憶

 風が強く吹き荒ぶ屋上にいた。
 どこの屋上だったかは忘れたけれど、ふと下を見れば自然公園や大きなスクランブル交差点が見えるところだった。
 世界の縮図みたいだ、と先輩は言っていた。
 けれど、今下を見ても交差点に人はいないし、自然公園から飛び立つ鳥の群れも存在しない。生き物がいなければ縮図は嘘だ。
 ただただ、喧しい風だけが髪を掻き上げる。
 人がいないのは寂しいんだ。
「…………ねぇ」
 そんな屋上に、横たわる人影がいた。
 何者かを守った人間が血だまりの中に倒れている。
 残念ながら、既に息はない。
「ねぇ、なんでわたしなんかのために」

 人が死んだ。風見・ケイの目の前で、命を落とした。
 そんな記憶がぐるぐる、渦巻く。渦中に押しとどめられた意識には錘がつけられたように、まだ、抜け出すことはできない。

●雨と怒り

 破られた302号室の屋根の上に、ひとりの少年が立っている。
「…………」
 無言のまま、豪快に開け放たれた穴の底をのぞき込む。
 睫毛に触れる雨粒に目を細めながら、伊能・龍己(鳳雛・f21577)は穴の底――リジー・ボーデンを見る。
「わたしの邪魔をしないでよ」
 掠れた声で、リジー・ボーデンが言う。泣きそうな声だった。
 彫像の頭をなぞる水滴は涙のようにも見えるし、裾を握った両の手は彼女を圧さなく見せる。
 けれど、と。伊能は小さく首を振るう。
「子供の癇癪はかわいいもの、っすか。俺には、そういうのよく分かんないっすけど」
 けど。歯切れの悪い言葉に続ける。
「……ワガママっすよ。怒られたことのない、ワガママ」

「叱ってくれる人なんていなかったじゃない」
「なら、何したっていいんすか」
 裾をより強く握るリジー・ボーデンを見下したまま、伊能が言う。
「殺したっていいんすか」
「やめて」
「殺して殺して、その上で悪びれなくっていいんすか」
「やめてってば!!」
 声を荒げる。
「今更そんな正論聞きたくない!!誰も何もしてくれなかったくせに、わたしに正しさを説くな!!」
 獣のような威嚇。とげとげしい殺気。
 それらが全て、伊能へと向けられる。
「……やっぱり、分かってたんすよね。自分が正しくないって。正しい行いなんてしていないって」
 ――けれど、伊能が臆する様子はない。
 誰だって怖い。どんな殺気であって、向けられれば辛いし苦しい。
 きっとどんな歴戦の戦士や猟兵であっても変わらないだろう。
 しかし伊能は理解している。恐怖に立ち向かえるたったひとつの方法を。
 向き合い方ひとつで、融解するものがあることを。やさしくあることを。

「誰かに、間違いを正してほしかったんだよね」
 癇癪というよりも、拗ねているといったほうが正しいのだろう。
 伊能の言葉を受け取る形で、ガラス細工のように響く声が続けた。
 声の主は桃色の尾をゆらりと揺らして現れる。
 それまで天を仰ぎ見るように顔をあげていたリジー・ボーデンが、ゆっくりと視線を下ろす。
 ……目の前に、パーム・アンテルシオ(写し世・f06758)がいる。
 穴あきの天井から雨の差し込まないところ。距離にして2,3mほどだろうか。数歩、歩み寄れば手の届くような距離。リジー・ボーデンがその気になれば、一瞬にして首を掴まれてしまいそうな至近。
「分かったような口を利かないで」
「ふふ、図星だった?」
 煽るような口ぶり。普段の彼女を知るなら、いつもとどこか違うような印象を感じるかもしれない。
 浮かべる笑みもどこか妖艶というか、被虐めいた様子。
 彼女の心中を探るものは何もないが、どこか、直感的に。
 彼女が怒っているような、それでいてどこか悲しんでいるような、そんな気がする。
「――ッ!!」
 そんな態度が、リジー・ボーデンからすれば気に食わなかった。
 片手を勢いよく向ける。動きにリンクするように、有刺鉄線がパームへ襲い来る。

 ……筈だった。
「え……?」
 ギシギシ、と軋む音。
 酸化した金属が擦れるような音が、厭に耳につく。
 音の元凶に心当たりなどひとつしかない。
 ゆっくりと、リジー・ボーデンが後ろを振り向く。
「……何よ、これ」
 錆びた有刺鉄線の塊が、地球儀の軸のようにその形を維持し続けている。
 裏を返せば、自由を奪われていると言えよう。
 それはリジー・ボーデンも例外ではない。先ほど彼女はゆっくり振り返ったが、ゆっくりとしか振り返ることが出来なかったとも言い換えられる。
「……!!」
 首が。頭の彫刻もまた、腐食を帯びているのだ。
 一体いつの間に?疑念はすぐさま真相を導き出す。
「雨、か――っ!!」

「逆さ龍さん、もうちょっとだけお願いします」
 祈りを向けるように、瞳を強く閉ざして念じる。彼の者が口にした、雨乞い龍の呪物へ。
 伊能の想いに呼応するように天候が、雨が蠢く。
 決して豪雨となるわけではないが、周囲一帯や屋根を濡らしていた雨粒が、穴のあいた天井のみへと降り注ぐようになる。
 勢いはそのままに、腐食性の高まった雨が、階下へ降り注ぐ。
「……俺から偉そうに言えることはあんまりないっす、から」
 だから、後は任せたと。
 身動きを封じたリジー・ボーデンを一瞥する。

 距離をつめたのはパームの方だ。
 一歩、二歩と。ゆっくりとリジー・ボーデンに近づく。
 召喚の媒介を破壊されたこともあって力が弱まっていることも相まって、リジー・ボーデンは今だ身動きが取れずにいる。
 そうしている間に、パームは彼女の目前に立つ。
 ふと、開いた片手のひらに、鬼火のような炎が佇んでいる。
「……実火葛」
 圧縮した炎の塊は、そのひとつが強力な爆弾と思ってよい。
「熱いほうがいい?痛いほうがいい?……それとも、両方?」
「…………っ」
 ギギギ、と最後まで抵抗するリジー・ボーデン。
 満足な回答を得ることのできなかったパームは肩を落とす。

 ぱん、と乾いた音が響いた。
「……」

 パームの平手が、リジー・ボーデンの彫刻の頬をはたいた音だった。
 炎の塊は、直前に軽く手を丸めると跡形もなく消えていた。
 何のこともない、ただの平手。
「…………」
 なのになぜだろう。今まで受けたどの攻撃よりも痛く感じたのは。
「わたしからは、これで以上だよ」
 淡泊にそう告げると、振り返ることもなくその場を去る。
「終わったか」
 ふいに、物陰から声をかけられる。
「うん。後はお願い」
「承知した」
 一瞥とともに一言二言、言葉を交わす。
 物陰からのそりと、光の下へ繰り出す。
 リジー・ボーデンは今だ呆然とそこに立ち尽くしていたが、直後の気配と殺気が、彼女をはっとさせる。
 ……そこに現れたのは、将校姿の男。
 先ほど一度顔を合わせた、日向・士道がそこにいた。
 しかし、纏う空気は先ほどとは違う。別人かと思わせる程の圧を放っている。
 ただならぬ様子にリジー・ボーデンは口をつぐんだまま、動かない。
 やがて、日向が口を開く。

「小生は今、怒っている」

●舞台裏

「はぁ……」
 パームは溜め息をつく。吐いた息が、脳にたまった熱を排熱するような感覚がした。
 言葉は穏やかしかったもののその実、頭に血が上っていたことも確かだ。
『満足した?』
 その背後から、ビクスが声をかける。
「お疲れさま!」
「……うん」
 ドリーも現れて、二者二様の労いに言葉をかける。
 彼女たちもパームも、無事に役目は果たした。ついでに因幡も何食わぬ顔でいる。
 実力行使に出る面々こそ前にいれど、退避した面々もいる。彼女たちの他に今だ目を覚まさない風見やその面倒を見ている冴木も、離れた部屋に退避している。
「ねぇ、ふたりとも」
 ふいに、パームが口を開く。なぁに、と重ねて訊ねるドリーとビクスに続ける。
「わたしの頬、思い切りはたいて」
「……??」
『どういう趣味?』
 意図を理解できず頭にはてなを浮かべるドリーと、茶化すビクス。
 けれど、パームは至って真剣な面持ちで。
「ちょっとした、けじめみたいなものだよ。当然、これが贖罪になるわけないけど、ね」
『…………』
 その様子に、ビクスも沈黙する。
 二人して悩んだあとに、片方が口を開く。
『私たちにお願いしたこと、後悔しないでよね』
「いっくよーー!!」
「え……、あ」
 後悔しないでよね、の言葉に疑問をいだくも、既に手のひらが向かってきている。
 パームが想定していたものは、片頬を二度はたかれるというものだった。
 が、今迫り来る平手は両サイドからパームの頬をサンドイッチせんとしているのだ。
 それは聞いてない。いや、指定していないから仕方がないけど――。

 そうして、ぺちん。
「……あれ?」

 そうして軽くはたかれた頬は、不思議と片方だけであった。
『……受け止めといてあげるわ。そうしないと変に気負ってしまいそうだし、あなた』
 ビクスの添えられた手が、パームの頬を優しく撫でた。びくびくと瞼を強張らせていた瞳を、ゆっくりと開く。
「あなたの悩みはきっと、むつかしくて分からないけど」
『あなたの悩みはきっと、正論ばかりで退屈なことよ』
 だから、ドリーとビクスは彼女の手を取る。
 右手と左手に、重なる手。
 とても、あたたかく感じる。
「……ありがとう」
 伏せた顔に涙があったかは、誰にもわからない。
 けれどあたたかな微笑みがあったことは、分かるのだ。

「若いなぁ」
「見た目でいったらどっこいどっこいだろ?」
 そんな若年層を呆けた様子で眺める因幡を波狼が茶化す。
「安静に。あなたも怪我していること忘れてませんか?」
 風見の容態を見ている冴木が一瞥すると、波狼はからから笑う。
「このぐらいどうってことないって……と、言いたいところだけど」
 笑って見せて、顔を下に向ける。
 腹部は血だらけ。あばらを何本かと、骨まで響く痛みが腕に走る。
 頭から垂れた血は収まったが、白い包帯に血が滲んでいる。
「今でこそ弱ったが……抑え込むのは文字通り骨がいるな」
 その上、波狼の能力は自己への被害が発動条件に絡んでいる。余計な流れ弾を喰らう必要が多く、そのせいで他の猟兵よりもダメージが大きかった。
「その割にずいぶんと平然としているじゃないか。もしかして痛みを感じないのか?」
「冗談。痛みも恐怖もなければあんな化け物と相対して生き残れないさ」
 やれやれといった様子の因幡に自虐的な笑みで返す。
 感覚が麻痺していようものなら、それはもはや生きていないも同義である。
 波狼は生きている。
 その過程に何があろうとも、それは揺るぎない。

「それはそうと、だ」
 話をすり替えるように波狼が切り出す。
「そっちのお嬢さんの容態はどうよ――随分と魘されているみたいだが」
「…………」
 言葉に釣られるように因幡が視線を向けたのは風見のほう。
 額に玉のような汗が滲み、未だ目を覚ますことのない同業者に一瞥をくれると、冴木の返答を促すように視線を向ける。
「……芳しくありません。発熱のようなウイルス性のものではなく、いわば精神に直接作用する毒のようなもの。風見さんは直撃を受けたことに加え、心の弱い部分を突かれてしまったのでしょう」
 何にせよ、外部からは手の施しようがないということだ。物理的な負傷は応急手当を施してはいるので、目を覚ましてしまえば問題はないだろうが……。
「……おっと、どこに行くつもりだよ?」
「猟兵らしいことをしにいくだけですよ」
 白衣を翻し、立ち上がった冴木が言う。波狼に「彼女は任せました」とだけ残すと、返答を待たずにつらつらと歩みを進めていく。
「言うまでもないだろうけど……アイツ強いぞ?」
「それが立ち向かってはいけない道理にはなりえませんよ」
 返答に迷いはない。
 首を振って観念する波狼に一瞥もなく。

 ――ただ、救いたいという気持ちはが、舞台に上がる。

●物情騒然
 空気が揺れる。
「……っ」
 無意識に固唾を飲む。
 ワントーン半落とした低い声が、しかし太鼓の音のように心臓の底まで鼓動する。
「小生は今、怒っている」
 再度繰り返した言葉に、リジー・ボーデンの方がびくりと震える。
 一度は猟兵たちを恐怖に陥れた彼女が今、恐怖に陥る側に立たされている。それが不服で、不満で、どうしようもなく地団駄を踏んでしまいたい気持ちでいっぱいなのに。
 それなのに、足は赤子のように言うことを聞いてくれない。
 返答や身振りを許す程度の間を空けた日向は、しかし何も行動を起こすことのなかったリジー・ボーデンへ向けて言葉を続ける。

「結論から述べよう。――君が悪い」
 正面から突きつける。
「生じたことそれこそが害悪であり、償いきれぬ罪悪だ。故に、一切の躊躇同情もなく君を刻もう」
 帯刀していた刀の柄に手をかける。
 すらり。刃が鞘を擦る音だけが爽やかに耳を撫でる。
「見よ。既にこの刀は"エラー"を刻み、吸っている。……言いたいことは分かるな」
「――ッ!」
 既に完全性を失ったリジー・ボーデン。
 それを喪失する前であれば願ってもみない魅力的な話だったが……、今のリジー・ボーデンからは明らかな焦燥の感情が滲み出ている。
 それもそのはず。もう無理なのだ。一度ピースをかけ間違えたパズルに今更本当のピースを預けたところで、不完全な完成を遂げてしまった事実は揺るぎない。
 その上、"残滓"たる"エラー"をその身に受けてしまえば……自身がどうなってしまうか、想像もしたくない。
「な、何よ。何よ……っ!わたしが悪いっていうの!生まれてきたのは――間違いなんかじゃない!!」
「違う」
「――よくもそんな酷いこと!」
 ぐるり、ぐるり。
 いつの間にか、手斧がリジー・ボーデンの手の中にある。拾い上げたのではなく、彼女を形作る力が長い時間をかけて彼女のもとに斧を再生成したのだ。
 首を通して一回転させた斧を振りかぶる。弱体化こそすれど、遠心力の籠った大斧の一撃が日向へ迫る。
「誰も教えてくれなかった!わたしの間違いを誰も、誰も否定しなかった――!!」
 強烈な感情とともに、強打が響く。
 日向は斧の一打を前に、刀の柄を両手で握る。ひとつ腰を落として剣術の型にあてがう。
 接触の直前、刃先は背を向け峰を見せる。そうして斧の挙動に合わせるように、正確緻密に衝撃を受け切る。
「うそ――っ!?」
 受け流し。ほんのわずかな挙動のブレで失敗する大振りの武器を前に、冷静沈着に――完璧に見切ってみせたのだ。
「言われないと分からないか」
 お互いの怒りの感情がそこにある。
 ただ、性質は全く別物だ。リジー・ボーデンのそれが苛烈な炎、または爆風のようなものであるのに対し、日向の怒りは滝壺に落ちる水のよう。
 水飛沫に怯む少女は何も言い返せずにいた。
 柄を握らぬ片腕を広げて日向が言う。
「生に限った話ではない――"それ"を得たいと思った者達がどれだけ居ると思っている!!」
 正しい論であった。
 彼女のように否定を求めて間違いを続ける人間もまた、いる。
 そういった者にとって、そのような正しさは何物にも勝る刃となる。
「――――ッッ!!」
「激昂するか。小生も怒りは今だ冷めやらぬ」
 灼熱のような殺気を放つリジー・ボーデンに対して、決して日向は涼しい顔はしない。
 険しい表情で、正面に立つ。

 だからこそ、"彼"の存在に少女は気付けずにいた。
「え?」

●毒物

「怒りの感情は、小生だけのものではないのだ」

 とん、と軽く叩く程度の衝撃。
 肩甲骨の間あたりを叩いた指は振り返ってほしいかのような印象を受けるが、そうじゃない。
 なぜなら。
「あ、が……?」
 視線を拒絶するような、強烈な麻痺感覚が全身を襲う。
 膝が、がくんと抜ける。立て続けに襲い来るのは吐き気や酩酊感。
 一言で表すなら苦悶に尽きる。
「…………」
 その様子を、白衣をはためかせた男――冴木・蜜が見下ろしていた。
「あの子は」
 か細い声。
 今まで沈黙を貫いてきた男の声は少し掠れて、そこからつらつらと言葉が続く。
「死なないでほしかった。守ってあげたかったと叫びをあげていたのに」
 その想いを、戯れに潰えさせた少女のことが――許せない。
「人の命をなんだと思っているんですか」
 冴木の気持ちは、怒りは、その言葉に全て集約されていた。

 気配が薄い自覚はあったから、殺気に紛れるのはそう難しくなかった。
 向かいの日向もそれを察してか、視線を引くようなことを言ってくれていたのも大きい。
「……毒血」
 死に至る毒。
 故に、ただ触れるだけで良い。
 指先を伝う毒血が、リジー・ボーデンの小さな躰を冒す。
 膝をつき胸を押さえて苦しむリジー・ボーデン。
 そこへ、カツリと響く足音が近づく。
「ご苦労である」
 鬼の角を研磨したその刃が、彼女の頭部を反射する。
 その刃に込められた業もまた、彼女にとってはこれ以上ない毒である。
 躊躇いはない。
「この場にいる者が小生だけであるならば、貴様はこの業から逃げることが出来たろうな」
 残す言葉に多くは要らない。
 実体を裂かぬ退魔刀の一振りが、リジー・ボーデンの身体を貫いた――。

●答え

 母が死んだ孤独感が胸を締め付ける。
 先輩の死んだ悲壮感が今も忘れられない。

 けれど、
『忘れるべきじゃないんだ。どんなに苦しくても、命を抱えて生きなくちゃいけない』
「…………」
 放心した表情を、顔を上げる。
 聞き慣れた声だった。それでいて、たまにしか聞かせてくれない優しい声。
 あぁ、確か。自分が落ち込んでいるときに寄り添ってくれるときとか、こんな声をしてくれた。
「せん、ぱ……」
『抱えられるか、命』
 耳を貸すつもりのない態度が、それが幻惑であると暗に告げている。
 これは、風見自身が作り出した幻想であると。
「……助けてくれてありがとうございます、先輩」
『…………』
「ご心配をおかけしました。私はもう、大丈夫です」
 一度俯いた顔を、もう一度上げた時には……そこに臆病な風見はいなかった。
『次はないからな。……自分の足でしっかり立て』
「はい」
 その通りだと思った。そんな言い回しが嬉しくて、懐かしかった。
 立ち上がって、踵が地面を強く踏み締める。
『じゃあな』

「はい。いってきます、先輩」

●糖蝶劇

 宝石菓子の流星群とともに、黒着物が淡茶色の髪をなびかせて飛来する。
 赤い粒は火炎を纏う蝶に姿を変え、青い粒は霜の鱗粉を揺らす。
「アァァ――!!」
 リジー・ボーデン。度重なる猟兵の追撃を受けボロボロの肢体が目立つ彼女だが、戦意を失うことはなく、むしろ猛り狂っているようにも見える。
 手斧の一振りが炎も霜も掻き消す。
「――っとぉう!!」
 しかし、煌びやかなそれらの奥から迫る百鳥・円(華回帰・f10932)の踵には気付けなかったようで。
 ブリキの頭部を蹴り飛ばすと、猫のようにあざやかな着地をしてみせる。
 硬い感触があまり有効打とはならなかったことを痛感させる。現にリジー・ボーデンはすぐまた立ち上がって見せた。
 ずっとずっと、ふらつきながらも。
「ありゃりゃ、あの子もだいぶヤキが回ってるみたいで」
 百鳥は色違いの双眸で、ブリキ頭の少女を見る。
 仄かな笑みは崩すことなく、それでいて警戒の色を解くこともなく。少女を見る目は観察と表現するが近しいだろう。
 猛禽類が獲物を見る様な目だ。
「リジー・ボーデン。マザーグースの縄跳び唄ですね」
「マザーグース……旧きわらべ詩、だっけ」
「おや、おふたりは何かご存知で?」
 御園・ゆず(群像劇・f19168)と亀甲・桐葉(往瑠璃揚羽・f18587)が続けて言う。縄跳び唄?旧きわらべ詩?固有名詞に固有名詞を重ねる様な言い回しに、百鳥が口元に指を当てて考えるしぐさをする。
「昔に起こった痛ましい未解決事件の詩歌です。両親を斧で打ち殺したという……」
 本で読んだことを淡々と話す御園。どこか感情を殺したような声色をしているのは、声が震えて聞こえるからか。
「未解決……ということは、真犯人は別にいるかもって話ですかねぇ。まぁ、もっとも」
 百鳥が視線を向け直す。
「"今起きている事件の犯人"は、決まってますけど」
「殺す、殺す――!!」
 明確な殺気は、三人を捉える。
「……命を削ってでも、私たちを仕留めにくるつもりみたい」
 亀甲が言う。確かに彼女の気迫はまさしく、魂を刷り切らせてでも人に害を及ぼそうという悪辣な感情を秘めている。
 もしもここで仕留めることなく、外に逃がしてしまえば。いずれどこかで力尽きるのは必然としても、大きな被害が出ることに違いない。
「しっかし、全く可愛げのねー癇癪ですねぇ」
「とめなきゃ」
 楽観的な百鳥と対称的に、真っ向から決意を固める亀甲。
「…………」
 唯一、気圧されてか黙り込んだ御園に、百鳥が視線の高さを合わせて語りかける。
「また、頼みますよん」
「……はい!」
 頼られることは重圧だ。
 けれどその重圧があるからこそ、歩き出すことに意味が生まれる。

 最初にアクションを起こしたのは百鳥だ。
 先ほどのように、まるで鱗粉のように宝石菓子をまき散らしながらリジー・ボーデンへと向かっていく。
「甘いお菓子はお好き?」
「大ッ嫌い!!」
 余裕がないのか、軽口すら叩かなくなったリジー・ボーデン。重なる傷に流し込まれた毒が彼女の一挙手一投足を阻害するが、それらを払拭するように叫びをあげる。
 全身の感覚神経が一瞬だけ、研ぎ澄まされる。その一瞬を本能的に理解し、戦闘行為へと繋げる。
 斧が彼女を取り巻く有刺鉄線を掠めて振りかぶられる。火花を散らして薄暗い部屋にあかりを灯しながら直進していく。
 その道のりに、煌めく光が瞬く。
 炎と氷で光の乱反射を起こし、煌びやかで蠱惑的な夜を演出する。それこそ、リジー・ボーデンとは縁のない世界のよう。
「光がわたしの邪魔を、するなぁぁぁぁぁぁ!!」

「邪魔なんて滅相もない。ここで沈めてあげましょう――!」
 両手を大きく開くと、じゃらじゃらとさらに多くの宝石砂糖をばらまく。
 言葉が行動が、全てがリジー・ボーデンを煽る。
 それこそが、標的を自身に固定することが目的とも露知らず。
「……子供、だね。やっぱり」
 亀甲が言う。
(ひとつのことしか見えなくなる盲目さ。言葉を易々と信じてしまう実直さ)
 それは大人になるにつれて忘れ、失っていくものだ。それを彼女は今も持っている。
 それは一側面から見れば羨ましいことでもある。
 けれど。
(……彼女は嘘をついている。他でもない、自分自身に)
 子供で居続けることはできない。
 駄々をこねるだけではいけないことに気づいていながら、その立場に縋っている側面もリジー・ボーデンには、ある。
「それを看過するのは、大人のすることじゃないから」
 亀甲も未だ、大人というほど成熟した存在ではないけれど……そんな言葉が口を突く。
 リジー・ボーデンの斧の一振りがフローリングをばらばらと破壊する。
 直撃を空中へ軽々と回避することで免れた百鳥は涼しい声で告げる。
「そんなに散らかしたら、お片付けが大変ですよ、と!」
「うるさいうるさい!!子供(わたし)に指図するなッ!!」
 一心不乱に振り回す斧とは別に、錆で封じられていた有刺鉄線も無理矢理に仕掛ける。
 蛇腹のようにうねる鉄の茨が、百鳥の着地を狩らんと足元へと這い寄る。
「あぁ、残念」
 しかし、有刺鉄線が彼女の足を捉えることも、彼女を傷つけることもない。
 空中でふわりと浮く彼女の踵に、氷の蝶が舞い込む。それを足場にするように、とんと飛ぶ。二、三回それを繰り返し、穴の開いた天井の向こうに着地する。
 月を背にして、蝶が言う。
「"子供だから"で通用すりゃなーんにも困ることはないんですよ。けど、いつかはその言い訳が似合わなくならないといけないし、おいしくもならんのです」
 羽を広げるように、羽織りを夜風に揺らす。
 手袋に包まれた指を、パチンと鳴らす。
「それでも子供でいたいのなら――どうぞお楽しみくださいな?」

 暗闇から月明りのさす直下へ、リジー・ボーデンの立つそこへ――影が飛びつく。
「――ッ!!」
 それにリジー・ボーデンが反応できたのは偶然に近い。
 それに加えて、彼女の動きが他の猟兵と比べれば幾分遅かったということもある。
 なぜならば――それは何処にでもいる女子中学生だったから。
 手に持ったダガーはブリキを傷つけることもなく、かえって有刺鉄線のガードに阻まれ傷を負う結果となる。
 けれど、それで御園は止まらなかった。
「――――」
 無言、無表情。
 身体をくるりと回し有刺鉄線のガードが手薄な箇所を迅速に把握し、追撃の一手を叩き込む。
「ちょこまかと――鬱陶しいッ!!」
 斧の腹で防ぐと突き返すように弾く。
 流石にそれ以上の追撃はない。地面を靴底が擦る音とともに、御園の身体は再び闇に紛れる。
 しかし、その直前。リジー・ボーデンは彼女が手首の己が鮮血を舐めとるのを目撃する。

「ねぇ、あなたは何が欲しかったの?」

 その表情だけが仄かに笑っていたことも。
「……?」
 その真意を訝しむリジー・ボーデンだったが……答えはすぐ後に飛び込んでくる。
 先ほどと同じように、御園が飛びかかる。
「なに――っ!?」
 驚愕したのは攻撃感覚の短さにではない。
 その速度が、格段に向上していたからだ。
 明らかに素人の、何処にでもいる女子中学生のものではない。
 それはダガーの扱いにも同じことが言える。一度見ただけの有刺鉄線のガードをするりとかいくぐり、手首の捻りだけでリジー・ボーデンの左腕上部を斬り付ける。
 否、それだけではない。有刺鉄線のガードを阻むように鋼糸が張り巡らされている。
「あなたが愛情を殺すことだと嘯くのなら」
 御園がふいに口を開く。
「"あたし"が愛してあげましょう」
 そう呟いた彼女の表情は口角をつりあげて……とても悲しそうだった。

 リジー・ボーデンが愛を知らないのなら、同じく愛の分からない御園・ゆずも子供なのだろう。
 もっとも、それを自覚しているなら御園のほうが少しだけお姉さんなのかもしれない。
 だからこそ、幼い彼女に対してそんな提案が出来るのだろう。
 さぁさ、遊びましょう――と。

 無慈悲な発砲音が響き渡る。手斧が弾丸を防ぐが、続けざまの弾丸が彼女の肌を掠める。
 攻撃は浅く、しかし詰め寄るような足取りのほうがよほど、リジー・ボーデンを追い詰める。
「ううっ……!!」
 リジー・ボーデンの闇雲に振り回す斧もまた、御園を傷つける。けれどそれも距離を詰められているせいかどこか容量を得ず、浅い裂傷に留まる。
 呟く。
「もっと苛烈に遊びましょう」
 気付けばリジー・ボーデンは壁際まで追い込まれていた。背中を冷たい壁に這わせて、顔の横を弾丸が通り抜ける。
 壁が、乾いた音とともに削れる。そちらに意識を向けているうちに銃口は鍍金の頭に宛てがわれて、静止する。
「ねぇ」
 ふわり。二人のスカートが空気を含んで、そしてしぼんでいく。
 時間すら停止したような緊迫を破るのは御園のほうだった。
「キス、しようか」
「……は、?」
 突然のことに呆然とするリジー・ボーデンの、あごに当たる部分を御園の向けた銃口がくいっと持ち上げる。
「ちょ――」
 何かアクションを起こそうとするリジー・ボーデンだったが、一瞬たじろいでしまう。それもそのはず、彼女は子供だ。恋も知らない子供なのだ。
 だから、"その先"を知らない。
 そうして一歩、踏みいれた御園が顔を近づけて――。
 斧を持った手に指を強引に絡める。
 退いた上半身を抱え込むように腰に手を回す。

 けれど、
「……なんて、ね?」

 鍍金の頭に、口づけをするところなんてどこにもないじゃないか。

「……っ、ふざけないで!」
 斧を手放してしまった手で、両手を使って御園を突き飛ばす。
 やはり怪力は健在で、御園の小さな躰は軽く床を転がる。
 だが、御園は対して気にした様子もなく。何事もなかったように立ち上がる。
「あーららん、嫌われちゃいましたねぇ」
 高台から見下ろす百鳥が口を挟む。当人たちはさておき、こちらは随分とご満悦な表情だ。
 唇が小さく切れて、その血を拭った御園が言う。
「演技めいても魅せては見たけど、やっぱり分からないね。愛って」
「そりゃあもう。ままならないからこそイイんですよん」

 誰だって愛されたい。

「けど、もう終わりにしなくちゃ」
 そう呟いて、月明りの下に姿を見せたのは亀甲だ。
 水晶のような澄んだ真っ直ぐな瞳でリジー・ボーデンを見据える。
 けれど、無垢ではいられない。視線は鋭く、ガラス片を突き刺すようにとげとげしい感情が篭っている。
「援護お願い」
「任されましたよん」
「手筈通り、ね」
 御園は拳銃を握り直し、百鳥は宝石菓子の煌めきの中で微笑む。
「壊れた卵はもう戻らない。夕焼け小焼けも、もう沈んでしまった後だよ。……骸の海へ、おかえりなさい」

「……何よ。わたしに帰る場所なんてない。さんざん心も身体も傷つけられて、この恨みを抱えたまま骸に帰るなんて、お断りよッ!!」
 感情に身を任せるように、啖呵を切ったリジー・ボーデンが接近してくる。
 それを、
「学習、してくださいよ」
「!?――が、ぁ」
 光の糸が、リジー・ボーデンの足をもつれさせて小さな躰を弾き飛ばす。
 ワイヤー。御園が先ほど見せた手段のひとつだ。拳銃を構えていたせいで完全に警戒をしていなかったのだろう。
 頭に血が昇ると、目に見えることしか信じられなくなる。彼女の短慮なその性質を逆手に取る。
「――!!」
 けれど、それでうまく丸め込めるほど目の前の少女が小さな存在でないこともまた、ここにいる猟兵の全員が理解している。
 空中で身をよじり、まるで猫のように体勢を整えた鍍金の少女は着地様に斧を叩きつけんと振りかぶる。
「元気があるのは結構!――けど、いい加減遊び疲れた頃でしょう?」
 迎え撃つのは百鳥。宝石菓子を蝶へと変えて羽ばたかせる。光り輝くそれらは暗い屋内では目くらましのようになるが、それでは足りない。
 視界を埋め尽くされようと、リジー・ボーデンは斧の強烈な一撃を叩きつければよいのだから。惑わされるなら視界に頼らなければよい。

「そうして、目を閉じてしまえば見えるべきものも見えなくなってしまうんですよん」
 だからこそ、リジー・ボーデンは再び弾かれることとなる。
 袖を揺らす。真空の刃を放り投げるように広げられた両手は、その和装の袖と合わさって蝶のよう。
 そして刃はリジー・ボーデンの手――斧を握りしめるそこをピンポイントで叩く。
「ぁ、――」
 隙をつかれたリジー・ボーデンの声とともに、斧がどこかへ飛来していく。
 今度こそ体勢を崩したように、少女が墜落する。
「はい、役割終了!じゃ、たいさーんっ!!」
 御園を小脇に抱えて百鳥が飛び跳ねる。壁を二、三度蹴って空中を移動していく。
 そして残された亀甲は……すでに、その場にいなかった。
「あ、れ……」
 自由落下の最中、地上を見たリジー・ボーデンが呟く。
 あとひとりは一体どこに?
 ……その答えはやがて、見えてくる。

「迎えに来たよ」
 それは最初、空中へ飛び上がった際に散りばめられた百鳥の宝石菓子の中から。
 赤と青の蝶の揺らめきの中に、その姿があった。
 落ちていく。彼女――亀甲・桐葉もまた重力に従って落ちていく。
 けれど彼女は受け身も取らずに、脱力したままでいる。
 やがて、腕を伸ばす。蝶の群れから抜け落ちるその最後に、一匹の蝶を捕えるように。
 指先が触れると雪の結晶が溶けるように、ふわりと姿を世界に滲ませる。
 光の尾を引き蝶の群れから溶け落ちた青い光が、指先から輝線を描く。
 光が落ち着くと、その形を視認することができる。それは銃だ。宝石菓子の魔法に紛れ込ませた大瑠璃揚羽が形を変えて、二挺の拳銃を成す。
「私にはあなたを愛すことも、何かしてあげられることもないけれど。……それでも、ひとつだけ言えることがある」
 銃口を向ける。込めたるは銀の銃弾。
 弾丸はそれぞれ、1発だけ装填されている。
 それで十分だ。心を以てして心を穿つに必要はものは揃っている。
 左手に刻まれた死霊術式が蠢く。命を引き替えにと、蝕むそれが力を与える。
 亀甲は本気だ。
 だからこそ、正面から向き合える。

「あなただって最初は望まれて――愛されて生まれてきた」

「――――、」
 そうして、弾丸は放たれた。
 二挺に合わせて、合計で十八発。
「愛は、そこにあったんだよ」
 そんなもの、確証はどこにもない。
 けれど亀甲は断定的にそれを告げる。
 それがどれだけ優しくて、どれだけ残酷かを理解した上で。
 弾丸は時に少女を打ち据え、時に跳弾し、けれどそれらは集約するかの如くリジー・ボーデンのもとにたどり着く。

「まだ、まだ――ァァアッッ!!」
「っ、危ない!」
 弾丸に弾かれた腕が、脚が。痛みを無視して振り回される。
 それに呼応し、錆びて軋んだ有刺鉄線が蛇腹の剣のように波打ち、未だ空中の亀甲に迫る。
「しま、っ――――」
 死霊術式が痛みを彼女の身体から奪っている。ゆえに痛覚に悶えることはないだろう。
 何の因果か、傷はすぐに見えなくなる不可思議な躰。
 しかし――即死を狙えるほどに強力な攻撃の荒波が来れば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
 痛みも傷も失っても、死という概念は生きとし生けるものには否が応にも付き纏う。

●だからこそ、

「……ごめん、荊。やっぱり、ちょっとだけ頼るよ」

「――!」
 風を切るように、何かが亀甲を遮る。
 割り込んだ黒い影は、奇しくも拳を構えているように見える。
「……ええよ、任せて。みんなを壊させへんから」
 有刺鉄線の波を打ち返すように、否、波を貫き少女を打ち穿つように。

「「それが、約束だから」」

 どんなに苦しくても、命を抱えて生きること。
 あの人が教えてくれたことを胸に、目を醒ました風見・ケイの腕が少女の体温なき腕を掴む。

●舞台裏その2
「ぎゃー」
 素っ頓狂な声が響く。緊張感がゼロなのはもはや終わりも終わり、終盤に差し掛かり出番も終わったつもりでいたからだ。
「どうしたんす……って、あぁ」
 駆け付けた伊能が、その様子を見て呆れる。
 そこには合法阿片を楽しんでいたであろう探偵の姿。ここが戦場とか忘れてるんじゃないか?ってぐらい、リラックスした様子で私物を床に広げてある。
 そして件の探偵はというと、壁に背を預けたままの状態で固まっている。頭の数センチ上には、見覚えのある血塗れの斧が。
「なんて日だ!これ、キメすぎで見た幻覚だったりしないか!?」
「残念ながら現実っすね」
「というか、なんですこれ。戦い見ながら酒盛りしてたみたいな感じになってますけど」
 声につられて視線を向けた波狼もまた呆れた様子で口を開く。
「ま、まぁまぁ……ともかく、まだ闘いが終わったわけじゃないんだし、もっと真面目にやらないと」
 宥めるように仲裁に入った桔川が弱々しく言う。言葉尻に何か罵倒が小さく付け加えていたような気もするが、誰にも聞こえていなかったらしい。
 ……ちなみに、顔見知りの警官はというとあっちむいてホイの要領であっちを向いている。真面目を絵にかいたような生真面目のあの人がこの光景を見たなら――卒倒を通り越して、この場で起こり得るもっとも面倒くさい事態に発展しかねないと思ったからだ。
(……ホント何やってんだ、俺??)
 心の中のソレが一瞬素を取り戻したのもつかの間、気を取り直した因幡が言う。

「いいんだよ。殺戮に殺戮を重ねたマザーグースの忌み子はここに朽ち果てる。原理がどうあれ、いかなる事象も収束するのさ」
 遠回しも遠回し、回りくどい言い方で煙に巻く因幡だが、コツンとパイプを揺らしてみせる。
「なぁ、そうだろう?」

「――あぁ。斯様な処に居たのですね。見つけましたよ、愛し仔」

●形影相弔
「か、ふ――ッ」
 強烈な衝撃に腹部と背中を打ち付け、肺の酸素が抜ける音がする。
 肺なんてあるのか?疑問が残る。しかし疑問を拭い去るのは思考にいつも奔る砂嵐。
 考えること、注意することが続かないその鍍金の頭はぎしり、と己の限界の音を響かせる。
 しかし、まだ彼女の足は止まらない。
「――――、」
 瞳があれば、彼女が既に虚ろな目をしていることが見て取れたかもしれない。激しい闘いの末、リジー・ボーデンの戦意は徐々に削がれつつあった。
 それは彼女が行使する力が、いつものような虐殺ではなく純粋な戦闘であることも起因しているが、それよりも……こと精神において甚大なダメージを負っていた。
 たくさんの人から、否定された。自分の今までの在り様を。それが正しいと信じていたものを。
 本当にそうだったか?再び浮かぶ疑問を、いつものように砂嵐が持ち去っていってしまう。
 奪われる。いつだって奪われて奪われて、だから何かを渇望し続ける。
 それがリジー・ボーデンの本性なれば。

 ――この戦いは、自分に何かを与えているのではないか?
「…………」
 受け取りたいと思う。胸に繋ぎ止める言葉が欲しいと。
 そうして手を伸ばそうとして……。
 ぎしり、と手のひらが不自然に握りしめられる。
 まるで享受を拒むように。リジー・ボーデンの意思と裏腹に身体が動く。

「――痛々しい、っすね」
 その様子を、三度相見えるリンタロウが見る。
 最初より明らかに弱っている。それは彼が二度目の対面で起こした部屋の……触媒の破壊も深く関わっているが。
 それよりも、彼女の態度に大きな変化を感じていた。
 戦場に繰り出す傭兵だからこそわかる……殺気の変化に。
「ここまでくりゃ、手に負えない程ヤバい訳じゃねぇ……どれ、もうひと踏ん張りするっすか!」
 骨剣を握り直し、啖呵を切る。

 懐から抜き出したのは先ほどの同じような細く硬い骨。
「……!!」
 リジー・ボーデンの身体が警戒の色を露わにする。本人にそのつもりはなくとも、彼女は後のリンタロウの行動に対し対策を講じて動いてくるだろう。
 リンタロウの身体に力が流れる。血管を通して熱い何かが全身に迸るような感覚。
「無理すんなっすよ……もう、お前にゃついてこれねぇ――!!」
 有刺鉄線が伸びるよりも先、リンタロウが動く。
 一瞬前まで彼の立っていた床が鉄の茨に抉られる。その蔦の出どころを辿るようにすぐ真横を大男が走る。
 捉えられない。どれだけ有刺鉄線を躍らせようと、その巨躯に見合わぬ素早さしなやかさで潜り抜けられてしまう。
 先ほどよりも、格段に速くなっている。そう気づく頃には既に大男が間合いに迫っていた。
「――――っ!!」
 抵抗手段である手斧は弾き飛ばされたままだ。再生成をしようにもそのような余剰分の力は残されておらず、有刺鉄線が蔦を伸ばして拾いに行く余力もない。
 ゆえに、リジー・ボーデンに残された手段は回避に限定される。
 彼女の身体の周りを回遊する有刺鉄線が、彼女の腰を絡めとる。それすら痛々しいが、今は構っている暇はないようだ。
 そのまま、今立ち尽くす床から持ち上げるようにして距離を置こうと……、

「させへんよ――!!」

「っ!!」
 有刺鉄線を掴む、右手が伸びる。
 ぎょっとするリジー・ボーデンの前に風見が――"荊"がいた。
 グローブをつけた手とは言え、茨のように棘の生えた有刺鉄線を掴めばどうなるかは想像に難くない。生物のように蠢くのなら尚更だ。
 肉が抉れる感覚がする。
 "それがどうした"。
「どう、して――」
「覚悟をしてここにいるんやから、当然や」
 困ったような声に、優しい声色で返答する。
 悲劇を止めるためにここにきた。それは風見本人の意思であり、託された意思である。
 痛みぐらいで、止まるもんか。
「いくで、リジー・ボーデン……ちょっと荒手やけど堪忍なっ――!!」
 ぎゅっと、有刺鉄線を握り込む。それを引っ張れば当然、巻き付いたリジー・ボーデンの身体も薙ぎ飛ばされることとなる。
「――、――ッ!!」
 危機感を覚えた有刺鉄線が蠢こうとするも、既に遅い。
 風見の荊たる人格が放つ怪力に抗う力も余裕も残されていない。
 シャウトが響き渡り、有刺鉄線に繋がれたリジー・ボーデンが振り回される。
 リンタロウが迫る直線上へ。
 今度こそ――、回避は不可能。

「さぁて――良い子は寝る時間っすよ、リジー・ボーデン!!」
 鉄の茨の両端――片方は風見に掴まれて自由を奪われたそれだが、もう一端は辛うじて動く。
 進行方向からの迎え撃つような一撃。期せずして道連れの形をとることとなったそれがリンタロウを妨害する。
 回避をしようものならせっかくの好機をふいにしてしまう。相手に再び逃走の機会を与えてしまう。

 そんなもの、与えてたまるかと。
 骨剣が、リジー・ボーデンに振り下ろされる直前。一歩手前で振られる。
 それでは少女を巻き込むことはできない。いかに細い躰であっても当たらない攻撃に折れることはない。
 しかし、狙いはそこではない。
「――!」
 有刺鉄線を"巻き取る"。薙ぎ払うように振るわれた骨剣で相手の武器を受け止めるだけではなく、それを根っこから引き抜くように絡めとる。
 当然、根ざす大元であるリジー・ボーデンは逃げることはできない。むしろ、巻き込まれるように引き寄せられてしまう。
「任したで!」
 巻き込まれないよう有刺鉄線から手を離していた風見の声が聞こえる。
 任せろ、とは言わない。
 行動で示す。
 一度、目前にて振るった骨剣が――遠心力と有刺鉄線を纏い二度目の攻撃を放つ。

「良い子にさせるために今一度、寝かせてやるっすよ――それが、大人のやるべきことなら尚更!!」

 果たして、リジー・ボーデンは自らの武器を以てして、ついに災厄の一撃をその身に受けることとなる。
 様々なものを乗せた重い一撃は、彼女に様々なものを与える結果となっただろう。
「――……」
 意識が薄れる。手放してしまえば、このまま骸の海へと消えることだろう。
 既にこの世に未練はない。そんなものは全て、全て……忘れてしまったのだから。
 真っ赤に染まる腹部からは、消えてしまった記憶も感情も吹き出さない。ただ、赤を滴らせるばかり。
 ……あぁ、それでも。ひとつだけ未練があるとするなら。
「……ぁ」
 最後に一言、言ってほしいことがある。

「……ようやく、見つけましたよ。愛し仔――リジー・ボーデン」

●慈悲と、それから

 黒装束が、そこにいた。
 一体いつからそこにいたのだろう。彼女の言葉通りであるなら先ほど、ここに到達したのかもしれない。
 しかし或いは、と。ずっと前からそこにいたのではないかというほど、彼女の存在はそこにいたく馴染んでいた。
 それはおそらく、
「…………」
 彼女――リジー・ボーデンと因縁があるせいだろう。

 真馳・ちぎり(ミセリコルデ・f03887)が天秤のついたメイスで床をかつんと鳴らすと、リジー・ボーデンはおもむろにそちらを向く。
「……!」
「久しぶり、ですね。感慨深いとは思いませんが」
 無表情に、語りかける。
「あな、たは……」
「お友達はできましたか?私はあの日の後の貴方を知りませんが、貴方はひどく引っ込み思案でしたからね。それが気がかりでしたの」
 真馳のいつもを知る人間ならば、その態度に驚愕するかもしれない。彼女は温厚な性格だが、敵対する者には情け容赦がない。
 ゆえに、このように言葉をかわすことは滅多にない。
 対して、語りかけられたリジー・ボーデンの様子はおかしい。
「"知ら、なァい……"!!あなたのこと……顔も名前も、知らないのにぃ……!!」
 頭を抱える。涙を流す。涙腺などない頭部だが、つらりと雫が落ちるのが見て取れる。
「なのになんで、こんな……"懐かしい"の……っ!!」
「……"欠落"はそこでしたか。因縁の相手の存在を忘却することで完全性を引き上げるとは、教団らしい所業ですね」
 苦しむ様子のリジー・ボーデンを見て、真馳が言う。それは哀れみに満ちた声だった。
「生前にあった人間の顔を忘れる。わたしのことも、親のことも……自分のことも」
 結局、それでは完全には至らないだろうと思う。しかし、歪に変貌を遂げた今、それを戒めることはしない。なってしまったことは変わらないのだ。
 彼女の起こした惨劇も、彼女の身に起きた結末も。

 メイスを振るう。
「……だから、今ここで終わらせましょう」
 振るおうと、天秤は傾かない。ただただ揺れるだけ。
 構えた姿を見て、リジー・ボーデンが呟く。
 ……確かあの日も、同じことを言った気がする。
「たす、けて……」
「えぇ、もちろん」

「さぁ――、貴方に神の御慈悲が在りますよう」

 蹲るリジー・ボーデンに一歩、また一歩と近づく。
「…………」
 少女は鍍金の頭の前に手を組む。まるで、処刑を待つ罪人のように。
「主よ、見ておられますか。我は正義を執行する者。我を汝を蔑する者なり」
 瞑目し、唱える。そのすぐ横で、有刺鉄線が揺れる。
 蛇のように、意識を持ったように蠢くそれは、もはやリジー・ボーデンの意思に関係なく動く。果たしてそれは彼女自身を縛り付ける悪魔だったのかもしれない。
 宿主を奪われまいと、錆びた無数の牙を真馳に向け「邪魔」

 金属の甲高い音とともに、有刺鉄線の先端――蛇でいうところの頭部が弾き飛ばされる。
 見れば、壁に打ち付けるように太い木釘が深々と突き刺さっている。ぴくぴく、と痙攣をおこすように風にさらわれる有刺鉄線に見向きもせず、真馳・ちぎりはまた一歩と足を進める。
 かつん、かつん。ヒールの音が鳴り止むと、それはリジー・ボーデンの目前に立った合図となる。
 首を垂れた姿のまま、リジー・ボーデンが口を開く。
「ねぇ、シスター。懺悔を、聞いてくれる……?」
 静かな声が、静寂の夜に響く。
「わたしは、罪を犯しました。きっともう、許されないような重い罪です。……満たされない自分を、誰かのせいにして。誰かになすりつけて、それでも満たされないことに嘆く。本当は、……もう分かっていたのに」
 知らないふりをして。
 そうして、人を殺めたことを。
 真馳はその言葉を静かに聞いていた。彼女がどんな殺人を犯したのか、詳細を事細かに話すのを。内容はおぞましく、聞くに堪えないようなものも全て、無表情に瞑目したまま聞いていた。
 ふと、リジー・ボーデンが問う。
「シスター、わたしは。……わたしは誰かに、両親に愛されていたのでしょうか」
 縋るような声。気づけば、少女の組む手は小さく震えていた。
 真馳は、何も言わない。当然だ。ここは懺悔を聞く場であり、問いかけに答えるべきではない。天秤は傾かない。
「…………」
 数秒の静寂。しかしリジー・ボーデンにとっては何倍も濃縮された時間に感じられたことだろう。

 だからこそ、答えを導き出せる。
「きっと……愛してくれていた、よね」
 鍍金の頭部が、笑ったように感じた。柔和な笑みを感じたのは、初めてだった。

 ……答えは出た。ならば、後は終止の"符"を打つばかり。
「嗚呼、嗚呼。神は此処に在り。汝一切の咎を報うべし。其は十字架の苦難なり――ヴィア・クルーチス」
「ッ、がぁ……!!」
 唱えると、天空から三本の釘が降り注ぐ。それらは正確に、リジー・ボーデンの手足を地面に縫い付ける。
 激痛に、もはやリジー・ボーデンは悶えることすらできない。既に肉体が限界に到達し、崩壊があと僅かというところまで迫っている。
「私こそが神の愛、為ればこそ――貴方に神の祝福を」
 聖歌を奏でるように、謡うように口ずさむ。独唱の鎮魂歌は、たった一人の罪ありき少女のために。
 そして、

「冤罪符(スティグマータ)」

 ……気づけば、膨張するように拡大されていた室内の様子が元に戻っている。
 改めて、この部屋に十人強の大人たち――猟兵たちが佇む姿は、ホームパーティにも形状しがたい。
 ただ、たった一人消滅した少女の居場所だけは、確保されたまま。
 真馳・ちぎりが言う。

「神の名の許、召されなさい――」

 ――と。

●後日譚

「いたたぁ!?」
「わ、ごめん……ちょっとしみた?」
 ピャーと百鳥・円の喚き声に、心配そうな亀甲・桐葉の声が後を追う。
 百鳥の手の甲に奔る傷痕。リジー・ボーデンとの戦闘では確か、斧も有刺鉄線も彼女についぞ届くことはなかったはずだが……。
 その答えはというと単純で、御園を抱えて跳躍した際、飛距離が足らず誤って跳弾の範囲内に潜り込んでしまったからだ。幸い、野生の勘で直撃は回避した……彼女は宣うものの、手の甲に残る赤を亀甲が見逃すはずはない。
 ……と言いたいが、本当は御園から情報のリークがあった。
「百鳥さん、無茶するんですから……」
「いやぁ、御園のおじょーさんほどじゃないですよん!」
「御園も、後で怪我を見せて。結構ボロボロでしょう」
「わ……、」
 私は別にと言いかけて、止める。
 暫しの逡巡の後、
「……じゃあ、お願いします」
「?……うん」
 そこにどんな感情があったのか。百鳥だけは何か分かってそうな顔で微笑んでいた。

「結局さぁ」
 その少し離れたところで、千崎・環が口を開く。
「リジー・ボーデン。あの子は、なんだったんだろうね」
「なんだったって……また随分と抽象的な……」
 困ったような顔で桔川・庸介が返す。なんだった、といえば紛れもなくUDCオブジェクトであると言えるが、おそらく千崎が言うのはもっと別のこと。
 発生源が何で、何が彼女をああしてしまったのだろう。
「私から話しましょう」
 その問いに答えられる人間が、運の良いことにその場にいた。
 黒い修道服に全身を包んだ女性。顔の前で常に手を組み、祈りを捧げる様な姿勢は間違いなく信仰の徒である。
 すっと会話に入ってきた彼女にぎょっとした視線を送る桔川だったが、失礼に気付いてすぐさま落ち着きを取り戻す。
「あ、あなたは……えっと」
「真馳と申します。あの化物とは少々、因縁がございまして」
 因縁といっても発生源を知っているだけだと言うが、それでも、千崎の抱える疑問を解決するには上等だ。
 リジー・ボーデンを生み出した、そして彼女をあのような歪な存在へと昇華させた教団は、真馳の襲撃によって既に制裁を下されているという。
「……もっとも、彼女自身は全てを忘れ、ただ己が境遇を悲観する存在となっていましたが」
「元の彼女の、面影を留めてなかったってこと?」
「左様です」
 亡者とは、人でなくなるということはつまり、そういうことなのだろう。
 少し悲しそうな感情を滲ませる千崎。可能であるなら敵であろうと助けたいと考える心優しい彼女にとってしても、その結末は救いがたいと感じてしまう。
 けれど、俯くことはしない。無力を感じたとしても、顔を上げて向き合わねばならないからだ。
 対して桔川のほうは、どうにも思うことがあるらしく眉をひそめていた。
 それに気付いた真馳が訊ねる。
「どうかされましたか」
「え?あぁ、いや……」
 聞くかどうか、迷っている様子。どうやら訊ねるにしても少し敷居が高いというか、そこまで踏み込んでよいものか悩むものらしい。
 桔川は、真馳を知らない。それは相手も同じことで、だからこそ、どこまでを聞いて知ってよいのかが分からないような、そんな感じ。
「…………」
 その様子を見て、少しきょとんとした顔をする真馳。すると手を組み直して、「大丈夫ですよ」と言う。
「ぁ、うっす……!えと、じゃあ……」

「ええ、あなたの思っている通りですから」

「……?」
 その言葉の意味が、千崎には分からなかった。
 しかし、言葉を向けられた当人である桔川の首筋にはひやっとしたものが流れる。
 少しだけ、ほんの少しだけ口角をあげた真馳は、それ以上言うことがないのだろう。そのまま踵を返して、その場を去る。
「なんだったんだろう、今の……。ねぇ、桔川くん」
「さ、さぁ……?なんか随分含みのあるような言い方された気するけど……」
 結局、謎が解ける前も後も桔川は困った顔をする羽目になってしまったことだけは確かだ。
 不思議なひとだ、と千崎は思い。
(食えねーヤツ……)
 ともすれば自分と同等かそれ以上に危険な人間だ、と桔川は思う。
 リジー・ボーデンを相手にした彼女の応答。それを思い返すたび、背筋が凍る感触を抱きながら夜は明け色を帯びてゆく。

 風見・ケイはゆっくりと床に腰を下ろした。
 カーペットのない、フローリングの床はひんやりと冷たく、戦いの痕跡は部屋の縮小によって被害も小さくなっている。
 ささくれだった少し遠くの木床を見ながら、横にいる子供たちの頭を撫でる。
 パーム・アンテルシオとドリー・ビクスの計三人は、戦闘の緊張感の糸が解かれたのもあってかぐっすりと眠ってしまっていた。
 居酒屋のときといい、よく眠る。そんな姿を微笑ましく感じながら、徐々に白む夜を眺めている。
「身体の具合はどうですか」
 そこへ、声を控えめに冴木・蜜がやってくる。風見が気を失っている間に介抱をしていたが、その後の戦闘も含めてメディカルチェックをしにきたらしい。
「えぇ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしたようで……すいません」
「いえいえ。大事ないなら何よりです……」
 お互いに腰の低いやりとりをしながら、お互いにそのやりとりに苦笑して。
「確かに、少し顔色もよくなったみたいだ」
「そう見えます?」
 冴木が何となしに言うと、意外そうな顔で風見が目を丸くする。
 けれど少し考えてから、そうかもしれないと冴木の意見を肯定する。

「少し、悪夢を見たんです。厭な夢でした。人が死ぬ夢でした。一度見た最悪の光景を再放送したような、そんな夢」
 まぶたを閉じれば今も、思い出してしまいそうな記憶。トラウマのようにもうしばらくは残り続けることだろう。
「でも、いつかは乗り越えなくちゃいけない。正直、まだ克服できたかといえば自信ありませんけど……足がかりは掴めた、ような気がします。掴まされたといったほうが正しいかもしれませんけどね」
「それは良かったです」
 それを聞いた冴木が頷く。そして今度は冴木が口を開いて。
「……毒は薬に。薬は毒に。私はどちらにもなり得るのです。そして、今回の一件はまさしくそのようでした」
「意外ですね。こういっては何ですが、あまり自分に自信のない方だと感じていたので……」
「事実を受け入れるだけですよ。頓服薬のように身体に、はたまた考え方に作用するかは分かりませんが」
 苦みの効いた言い回しをしながら、冴木は視線を移す。
 眠る子供たち。彼女たちにもいつかはそういったものを許容するときが来るだろう。或いは、既に何かを抱えているのかもしれない。
 そんな頃もあったなぁ、と思った。

「生き辛い世の中ですね」
「まぁ、良薬は口に苦しと言いますから」
 しれっと言った冴木の言葉に、ついに緊張が解けた風見が吹き出して、言う。

「……あはは!お後がよろしいようで」

「あっちは楽しそうですね」
「…………」
 狭いバルコニーで夜風に当たっていると、ふいに声をかけられる。
 日向・士道が視線を向けると、どっと疲れに襲われたような表情の伊能・龍己がいた。
「隣、いいっすか」
「……構わん」
 顔を覗き込むように低い物腰で訊ねた伊能に短く返答を返す。
「……もしかして、まだ怒ってるんですか?」
 心配そうな声の伊能の言葉に、しかし未だ緊張の抜けない空気を纏う日向。
 骸の海へ少女が還ったのを、その場の猟兵全てが傍観していた。伊能も日向も、例外ではない。
 けれどまだ、心の中にわだかまりを抱えている。
「……いいや、いけんな。心配させるようなら、小生もまだまだだ」
「あ、いや、そんなこと……」
 瞑目して大きく息をつく日向。謙遜する伊能だったが、一度言葉を止めて考える。
 しばし、数秒の沈黙。何か言いたいことがあるのだろうと、日向も彼の言葉を待つ。
 やがて選んだ言葉で、伊能は言う。
「俺は、俺にはまだよく分かんないっす。日向さんが何に怒って、"何に悩んでいたのか"」
「……」
 少しだけ、日向の表情の機微があった。それに気付いたかどうかは定かではないが、伊能は続ける。
「でも、もしも何かを背負っているのなら。……俺にも背負わせてください」
「……急に言ってくれるな」
 日向は目を細める。
 リジー・ボーデンの所業に対する怒りは未だ冷めやらないのは確かだ。彼女の最期を目にして尚、その感情の燻りが消えることはない。
 ならば背負ってしまおうと。消えない怒りはいつかどこかで因果という名の力になる。
 そう、思っていたのに……。
「……ままならないな、まったく」
「水臭いっすよ、一人で抱え込もうだなんて」
 夜風吹けば、憂いをさらっていってしまうように。
 いつしか眉間に寄せた力は緩み、心の奥底へ落ちてゆく。

「で、経理の女性って結局どこいったんだ?」
 切り出したのは玄関先でたむろしている面々の一人、波狼・拓哉である。低く座り込んで、すぐそこの浴室に視線を向ける。
 浴槽の中に、もう血に沈むあの女性の姿はない。昼を過ぎてUDC職員たちの手によって、然るべき場所へと運ばれたようだ。
 だが、全てが終わった後も謎は残る。この部屋の本来の持ち主たる経理の女性は?何があってこの惨劇が起きたのか。それぞれの事件の関連性とは。

「さぁね。リジー・ボーデンの言葉通りならこのアパートの死体の山を崩せばいずれ出てくるだろうけど。それと、解明するべき謎はひとつに絞るといい。最初から複数の真実を探っていれば目が曇るぞ?」

 因幡・有栖が言う。波狼がむすっとした顔で振り返る。
 何かもの言いたげな顔を見てにやりと笑う因幡が口を開く。
「あぁ、そうだね。探偵らしく推理を披露しようか。もっとも、推理というにはあまりに不出来でならないが」
 くるくるとパイプを指で回して、阿片探偵は語り出す。
 誰が味方で、誰が敵だったのか。

「まず、この部屋の主――経理の女性とやらが事の発端だろう。怪し気な壺に充てられたのか、或いはここの住民が元々のグルであったかは定かではない。が、重要でもない」
 ともあれ、リジー・ボーデンはここで発生した。
「そして起きたのが『父母連続殺人事件』。ここらで起きていたもうひとつの事件だね。そうしてリジー・ボーデンは存在の完全性を証明し、力をつけていた」
 餌を与えられた金魚のようにすくすくと成長していく様を想像すればいいだろう。もっとも、あの鮮やかな赤のヒレの正体は血ということになってしまうが。
「さて、そんな中……リジー・ボーデンにはもう一つ殺さねばならない存在があった」
「……『エラー』か。それで思ったんだけど」
 ふいに波狼が口を開く。推理の途中ではあったが、因幡が発言を遮る事なく口をつぐんだため言葉を続ける。
 波狼の思ったことを。
「『エラー』。子供っぽかったろ?あれって"召喚に失敗したUDCどもの思念の混合物"みたいなこともう一人の探偵が言ってたじゃん。……思ったんだけど、その中にリジー・ボーデンの意識も混じってたんじゃないかなって」
「ほう?」
 目を丸くする因幡。可能性はゼロではなかった。
「……死んでほしくなかった。代わりに死なないでほしかった。もうおいてかれるのはいやだ。……そんなこと、言ってたっすね」
 そこへ、リンタロウ・ホネハミがやってくる。『エラー』にトドメを刺したのはリンタロウだった。だからこそ今際の、最後の言葉はよく憶えている。思い返せば、一人称も"あたし"と言っていたことがあった。
「リジー・ボーデンの失った記憶、それらの行き先が『エラー』だったのかもしれないな。だから、失ったものを取り込むという意味で"完成"する」
 総括するように因幡が言う。そこへ、部屋を後にしようとしていた真馳が合流する。
 真馳は口を開くことなく、顔色を変えることなく推理を聞く。
「『エラー』に対する考察はそのあたりだろうか。もっとも、一番の謎である被害者の女性を絡めて言えば、もうひとつぐらいあるかもしれないがね」
 その言葉にリンタロウが疑問を浮かべる。
「あぁ、そうだ。結局あの女性ってなんで巻き込まれたんすかね」
 被害者の女性。風俗嬢であったという彼女はいかにして事件に関係してしまったのか。
 このアパートの住民であればまだ分かる。しかし、彼女はこのアパートの住民でないどころか、今回の一件に関わるにしてはあまりに無関係が過ぎる。

「もしかして、自分から巻きこまれたのかも」
 ふと、波狼が何かに気づいたように呟く。
 或いは波狼だからこそ、気づいたのかもしれない。因幡やリンタロウは首を傾げたままだった。
 凡人に近い彼だからこそ、被害者の女性の心理にもっとも近い。
「助けたかったんだろう、な」
「まさか。彼女は正真正銘の一般人なんだぞ?何とも知れない異形頭の男を前に助けたかっただなんて……」
 因幡が否定する。論理的な思考のもと、そんなことはありえないと証明できる。
 証明できるのだが……、
「ある、のか?」
 証明するたび、その論拠がどこか不安に感じてしまう。

「ないとは言えないだろうよ。……だから、最後の最後で死んじまった。結果的に"死んでまで何かを為す"ことになってしまったんだろうけど」
 女性が子供を授かったという話があったのを思い出す。
 あれが彼女の運命を左右したのだとしたら。あの嘘が、リジー・ボーデンをおびき寄せたのだとしたら。
 彼女は、探索者だったのかもしれないと。
「……信じるにはあまりに不確定な情報すぎるな」
「それでも、信じなくちゃ見えてこない真実もあるってことだろ」
 頭が痛くなる話だ。とお互いが言った。
「まさにカルトだ。どこもかしこも、信じた先にばかり真実が眠ってる」
 このアパートに蔓延っていたカルトも然りだ。
 人は妄信的になったときに見えるものがあって、今回はそんな人の心理に振り回されるような事件であった。
「…………」
 口をつぐんでいたリンタロウが真馳に視線を向ける。
 彼女もまた、何かを妄信しているのだとしたら。
 ……考えたところで、深く追求するのをやめる。

 目に見えない真実を追うことほど無駄なことはない。仮にそれで何かが見えたところで、それを信じるかどうかは結局自分次第だ。
 事件は終わろうと、現在"いま"もなお妄信"カルト"は人を惑わせ続けるのだろう。
 夜風が事件の残り香を運んで、消えていく。
 特殊な夜の明ける匂いがやってきて、そのすぐあとに空が白む。

 朝の訪れとともに、空想上にて集う御話は幕を下ろす。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月23日
宿敵 『忘れられたリジー・ボーデン』 を撃破!


挿絵イラスト