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雲上の桜の湯

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●名前のない温泉宿
 気づけば、男は赤い欄干の橋を渡っていた。
 目の前にはいつの間に現れたのか、小さな提灯がいくつも吊るされた、古びてはいるが小綺麗な木造の宿がある。吊るされた提灯にも、入口の周囲を見回しても、宿の名前らしきものは見当たらなかった。
 どこから、どうやって此処へ来たのか、男には覚えがない。
 振り返れど、道というものはなく、果てしなく広がる靄の浮かぶ――まるで雲の上のような平原と、真っ青な空だけが視界に広がる。
 遠くで、ちゃぷん、と水音が聞こえた。真白のそれは平原ではなく、海のようなものらしい。

 入口の引き戸は軽く、潜れば華やかな四季を描いた金屏風と赤い絨毯が男を出迎えた。すぐに顔を出した笑顔の女将らしきものは狐の顔をしていた。此処は何かと問えば、「温泉宿」なのだという。
 促されるままに宿帳に名を記し、赤い絨毯を辿っていけば廊下は幾手にも分かれていた。手渡されたパンフレットを見れば、露天風呂付きの客室に、大浴場、貸切露天風呂――また大浴場の中に、満開の桜を傍で眺められる湯もあるという。
 ひとまずは、と男が食事処へと足を向ければ、中庭を覗ける回廊に差し掛かった。
 見れば、大きな岩で取り囲んでつくられた池と、レースを幾重にも重ねたような八重桜が、薄紅の花を満開に咲かせていた。木々の合間に見える灯りは、夜になれば白い光で桜を照らし、夜に浮かび上がらせるのだろう。
 中庭を取り囲む回廊には、庭に向けてラタンの椅子が幾つも置かれていた。包み込むようなふんわりとやわらかなクッションをのせたそのパパサンチェアは、ゆるりと夜の花見を楽しむのには心地好さそうだ。花が満開であるのと、外からは姿の透けない仕様である硝子になっているのか、中庭を挟んだ向こうの回廊の様子は窺えないので人の姿も気になることはない。

 男は中庭を眺められる椅子に腰を下ろし、しばしその満開の八重桜を眺めることにした。夜半にのみ供されるという、この温泉宿の名物らしき夜鳴きそばも食べてみたい、と宿のサービスにあれこれと思いを巡らせ始めた時。
 寛いでいた男の耳元で声が、聞こえた。


「君たちには温泉宿に行って欲しいんだよね」
 雨煤・レイリ(f14253)が、転送の用意をしながら一言、そう告げた。
 行く先はカクリヨファンタズム。
 恐らく雲よりも高く、雲の『海』に囲まれた場所にある温泉宿だ。
 猟兵以外はどうやって訪れるのかといえば、大方『迷い込む』のだとか。帰りの際は、帰る先を思い描きながら雲の海に浮かぶ一本道を歩いていけば帰れるのだという。今回の行き帰りは猟兵が転送するので、その辺りに心配はいらなさそうだ。

 そこにある温泉宿は、訪れる客は大半は迷い込む方が多いとはいえ、そこそこ繁盛しているらしい。従業員は住み込みなのだという。
「その宿で、どうも最近お客さんや従業員がふらりといなくなるらしいんだ。そもそもお客さん自体、ふらりと来てふらりといなくなるものではあるんだけど、あまりにも突然らしくて……例えば、寝る前に朝ごはんをしたのに朝になってみたら居ない、っていうのはおかしいと思わない?」
 そういうことが最近よく起こるのだ。ただし、ことが起こる前兆も、どこに行ったのかもまだ見当はついていない。
「手がかりになるような話を聞きだして欲しいんだ」
 多少人は減っているけれど、まだまだ働く者たちは多く、また猟兵以外の滞在客も少しばかりいるという。
 そこに客として入り込み、通りすがりの他の客か、従業員に雑談混じりにちらりと話を聞くと良い。噂話程度のものならば、気軽に話して貰えるだろうから。
 対して従業員として入り込むのはオススメできない。場所柄なのか、客が不意に増えることは多いが、初めから従業員として訪れる者は滅多にいないのだ。不信感を持たれては口も重くなるだろう。
 だからまずはね、とレイリが猟兵達を見て微笑んだ。
「温泉宿で楽しんでおいで。その合間に訊けることもあるだろうから。ことの原因となっているオブリビオンには気取られない方が良いからね。何せ、どんなオブリビオンなのか、どんなことを仕掛けてきているのかがさっぱり分からないんだ」
 気をつけていってらっしゃい。
 その声と共に、猟兵達は転移の光に包まれていた。


あまね海空
 お久し振りです、あまね海空と申します。
 遠くに行きたい、温泉宿に行きたい、そんな気持ちからカクリヨファンタズムへの温泉ツアーとなりました。

●受付状況
 MSページ、上記タグ、Twitterなどでお知らせします。

●旅のしおり
 【第1章】冒険。
  昼頃ご到着。
  以降、翌日夕刻頃まで自由時間。

 ・第1章のPOW・SPD・WIZについては気にせずにどうぞ。
 ・プレイングはシーンを絞っての行動をオススメします。
  あまりにもひとつのプレイングの中でシーンが散らばっている場合は、どこかに絞った描写になる可能性があります。
 ・複数名でのご参加の場合、1グループ3~4名様程までは対応できるかと思います。
 ・ラッキースケベ的ハプニングはございませんが、離れの部屋の露天風呂、貸切露天風呂については同じ班の方に限り、混浴が可能です。水着か湯浴み着の着用が必須となります。
 ※プレイングボーナスは、「温泉宿を楽しむこと」です。

 【第2章】集団戦(詳細不明)
 【第3章】ボス戦(詳細不明)

 全編通して、どなたかとご一緒される場合は失効日が同日になるようプレイングの送信をお願いします。

 それでは、皆様のプレイングを楽しみにしております。
 よろしければ、どうぞご参加下さい。
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第1章 冒険 『猟兵達の神隠し』

POW   :    妖怪を名乗れそうな見た目なので、ノリで押し切ります

SPD   :    変装だ!それっぽい扮装で妖怪に紛れ込みます

WIZ   :    妖怪としてのプロフィール設定を練り込んでいきます

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

御園・桜花
「部屋からの誘拐自体は難しくありませんから、まず部屋に仕掛けがないか探しましょうか」

「私、ミステリ好きなのです。最近此方、失踪事件が良く起きると伺いましたの。ミステリファンならそんな素敵な場所は堪能しなくては」
自分が襲われるとは欠片も思ってなさそうな頭の軽い女の振りしつつ失踪者の出た部屋への宿泊希望

部屋に着くなり目立つ所に荷物置き楽しそうに部屋探索しながらUCでこっそりシルフに天井へ抜ける隙間からの通路、壁から抜けられる隠し通路、ベッドや床からの隠し通路、天井や壁から気体を吹き出させることが可能な微少な空気穴を探させる

「殺人ホテルで寝かせて隠し通路、清掃カートや洗濯カートは基本ですものね」



 心配そうな仲居にふわふわとした笑顔で請け負う御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が足を踏み入れたのは、客が姿を消した部屋のひとつだった。
 畳張りのその和室は、前の客が失踪してから数日が経ったため部屋を清掃し、次の客にと開けておいたらしい。客の荷物も少なく、それらは宿の方で纏め保管しているのだという。
「本当に、良いのでしょうか」
「私、ミステリ好きなのです」
 そう答える桜花の瞳がきらりと光る。
「最近此方、失踪事件が良く起きると伺いましたの。ミステリファンならそんな素敵な場所は堪能しなくては」
 自分に害が及ぶ可能性を考えることもなく期待に満ちた桜花の様子を見れば、仲居も眉尻を下げただけで、それ以上はとやかく言うことはなかった。

 広い和室の中央に荷物を置き、障子を開け放てば、庭木の向こうに青い空とどこまでも続く真っ白な平原が見える。どこまでも遠くを見渡せる景色だ。少なくとも昼であれば、外に出たなら誰かの目に留まりそうなものだ。
 失踪した客は果たして自発的に出て行ったのか、誘拐されたのか。
「少なくとも部屋からの誘拐自体は難しくなさそうですし」
 案内された際、人はまばらで廊下が幾重にも分かれていることから、人をやり過ごそうと思えばできそうではあった。
 ぐるりと部屋を見回し、桜花は袖を捲る。
「まずは部屋に仕掛けがないか探しましょうか」
 目についた扉から順番に手をかけていく。人が通れそうなところから、まるで通れそうにないところまで――いずれも旅館の和室にありがちな棚であり、扉でしかない。
 カタ、と音を立てて開けたのはクローゼットの扉だった。
 ハンガーにかけられた羽織をずらし、奥の壁にまで手をあて、軽く叩いてみる。叩く場所で音の変化がある様子もなく、期待外れの音が返った。
「此処にもなさそうですね」
 どうですシルフ、と宙に向って問う桜花に、窓も開けていないのにふわりと風が吹く。召喚した風の精霊に天井裏から壁の裏、ベッドの下など、自分で探るにはやや難しい場所を探らせていたのだ。隠し通路などがあればと思ったのだが、シルフの反応を見るにそういったものは見当たらないらしい。
「殺人ホテルで隠し通路だとか、清掃カートや洗濯カートで運ぶ、というのは基本かと思いましたが」
 うーん、と頬に指をあて考え込む。
「やはり、言われたように従業員の方に一度お話を伺った方が良さそうですね」
 聴き取りをすべく、桜花は従業員をつかまえに部屋を後にした。その後桜花が通りすがりの仲居から聞き出したのは、失踪した客のひとりが「耳元で誰かに囁かれた」と零していたという内容だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

ここが……女将さん自らありがとうございます
色々とお話が聞けてよかったです……私たちも気を付けますね

ということで、露天風呂付きのお部屋を確保します
これはいわば潜入捜査
怪しまれないように楽しむことがお仕事、仕方ないことなのです

わ、すごいな……夏報さん見て
雲の上で、空の中……夢を見ている気持ちになるな
ん、もう少しだから、夕日を待ってみよっか
この空を肴に、さっき頂いたこれでね(四合瓶を座卓に置く)
私達がお酒を一滴も飲まないなんて怪しいから

とは言っても、ほんの少しだけ
これからお風呂が待っているし、……なによりこの空と時間を忘れたくない
ふたり並んで、鏡写しの空を眺める
夢みたいだな


臥待・夏報
風見くん(f14457)と

親切にありがとうございます女将さん
本当に部屋まで貸してもらっちゃっていいんですか……?

なーんて言って、見晴らしのいい個室を確保しよう
夏報さんたちは迷い込んだだけのお客だからなー
怪しくないよう楽しまないとなー仕方ないなー

すごいね、本当に雲の上に居るみたい
いや本当に居る訳か……他所の世界の景色って、本当に夢でも見てる気分だな

露天風呂もついてるんだ、眺めは最高だろうなあ
早速入っちゃう?
それとも夕焼けまで待ってみようか

湯の水面に映りこむ空の色を眺めながら
ぼんやりと時間を過ごす
こういうのも贅沢だなあ
お酒は……後でお風呂に入れる程度にしておこう
本当に夢の中になっちゃったら困るしね



「ここが……」
 ほぅ、と零れるため息と共に、と風見・ケイ(星屑の夢・f14457)と臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)の視線は窓の向こうへと釘付けになっていた。
 広々とした和室に足を踏み入れたとき、二人の目に飛び込んできたのは窓に切り取られた空に浮かぶ空の景色だ。
「すごいね、本当に雲の上に居るみたい」
 実際に雲の上であるとはいえ、渡り歩く先の世界の特異な景色に、藍色の双眸が夢でも見ているようにゆるく細められる。
 並んで外を見遣れば、青と白に挟まれた空の世界がどこまでも、遠くどこまでも続いている。アクセントとなるのは植えられた庭木の鮮やかな緑で、外を歩く者がいないとはいえ、客室の窓のへの目隠しになっているようでもあった。
 視線を斜めにずらせば、窓の外で露天風呂が湯気を立てているのが見える。
 主室の窓の横、広縁から回り込んだすぐそこに部屋付きの露天風呂があるのだ。必然、湯に浸かりながらこの景色を楽しむこともできるし、窓を開けて涼む者と、風呂に浸かる者が会話もできるような、そんな位置取りである。
「こんないい部屋まで借りられちゃうなんて」
「これは、言わば潜入捜査ですからね」
 夏報の言葉に、もっともらしくケイが応える。
「夏報さんたちは迷い込んだだけのお客だからなー。怪しくないよう楽しまないとなー仕方ないなー」
「怪しまれないように楽しむことがお仕事、仕方ないことなのです」
 声に喜色が滲むのを隠せない夏報に、ケイは再びもっともらしく同意を示し――二人は顔を見合わせて、小さく噴き出した。
 潜入捜査だけを理由にするには、間違いなく勿体ないくらい見晴らしの良い客室だろう。

 そんな客室へ案内してくれた女将の話を二人は思い出す。
 夜間、人目を気にしながら回廊を歩いていた客を目にしたことがある――という話だ。そそくさとどこぞへ行ってしまったその客は、女将は当初大浴場かどこかにでも急いでいるのかと思ったのだが、それにしては様子がおかしかったかもしれない、と。
 そしてそのまま、その客は失踪したのだという。

 それはひとつの手掛かりにはなるが、自分達はここを訪れたばかり。元凶となる何者かは、まだ油断もせず事を起こすこともないだろう。
 つまり少なくとも今日のうちであれば、寛ぐ余裕はありそう、ということでもある。
 すでに夏報の視線はちらちらと露天風呂へと向けられている。
「早速入っちゃう? それとも夕焼けまで待ってみようか」
 いつでも入れるようばっちり準備されている部屋の露天風呂に、夏報は心惹かれずにはいられない。
 露天風呂からこの外の、空の様子が堪能できるのであるならば。青と白に囲まれた昼下がりの景色も、すべてを茜色に染めた後、藍を滲ませていく夕暮れ時も、どちらも浸かりながらうっとりと眺めていられるだろうから、風呂に入るタイミングは甲乙つけがたくはあるけれど。
「ん、もう少しだから、夕日を待ってみよっか」
 ふらりと窓際から離れたケイが、ことりと四合瓶を座卓に置き、口を切る。
 ――折角ならこの空を肴に、少し飲もう、と。
「私達がお酒を一滴も飲まないなんて、怪しいからね」
 並べた真白のお猪口に注ぐ酒は、宿の売店で入手した女将オススメのもの。透明なそれは口当たりがよく、フルーティーな香りと共にするりと喉を滑り落ちる――とは言え、飲むのはほんの少しだけ。お酒は今は程々に、とするところはケイも夏報も同じ。
 夢の中のような心地ではいたいが、夏報としても本当に夢の中になってしまっては困るのだ。
 ケイとてこの後お風呂が待っているのだし、何より。
(「この空と時間を忘れたくない」)
 胸の内にぽつり、と切なる言葉が落ちる。
 耳をすませば聞こえる、絶えず露天風呂に注がれる湯の音。
 空に挟まれた雲の上、というロケーション。
 何より、ぼんやりと過ごすこの『時』が贅沢であり、それがどこまでも心地好い。

 窓の端に覗く露天風呂――その水面が注ぎ続けられる湯でゆらゆらと揺れている。
 きらきらと陽の光を反射させながら空の青を映す水面を、二人はゆるりと酒に口をつけながら、陽が傾く頃まで飽くことなく眺めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

松月・撫子
「神隠し 知るか知らぬか 八重桜」
花見、温泉が目的の俳人です。嘘は言っておりません。
【花の下にて春死なむ】を発動して亡霊三人組での旅行客として入館します。UCで私から花びらが舞っておりますが、桜の精で亡霊です。そういうものとして通過します。
お二人には可能な範囲で散歩して頂きます。彼らに言語能力があるかは判りませんが、手帳と鉛筆を持たせ耳に入った噂話を書いて頂きます。
結果が芳しくなくとも問題ありません、広範囲に探るのが目的ですから。後程私も出向きます。
時間差をつけたのは温泉も気になるからでして……お二人の邪魔をするのも野暮ですし。温泉は仲良く楽しみましょう。
万一襲われても花吹雪は防御に使えます。



 男女二人の姿を取った亡霊が部屋に戻ってきたのに気づき、松月・撫子(詠桜・f22875)は顔を上げた。
 撫子が二人の帰りを待っていたのは、三人用の広めの和室である。
『花の下にて春死なむ』にて召喚した二人の亡霊と、花びらを舞う桜の精であり亡霊であるとした自分、という三人組の旅行客を装いこの宿を訪れた。
 怪しまれるだろうかという懸念もあったが、猟兵というものは元来違和感を与えにくいものであるし、カクリヨファンタズムという場所柄、在り様が千差万別であるのか、奇異の視線を向けられることもなかった。ひらひらと舞う花びらは、「綺麗ですねぇ」と仲居から感嘆の言葉をいただいたくらいである。
「首尾はどうでしょうか」
 持たせた手帳を受け取り、亡霊が書き留めたメモをざっと確認していく。
 二人には、行ける範囲内で宿の中を散歩することにより耳に入る噂話を、収集して貰うことにあった。流石に情報の取捨選択まではできなかったようで、耳に入ったあらゆる話が順序も纏まりもなくそこに羅列されていた。
 曰く、部屋の食事を一品間違えてお出しした。
 曰く、回廊の小さな蜘蛛が一匹出た。こんなところにも虫が。いやいや客にくっついてくることもあるだろう。
 曰く、甘味のオススメはひと口サイズの甘夏ゼリーですよ。
 ――等々。
「なんですかこれ」
 求めている情報はそういったものではない。さりげなく銘品の宣伝までされている。広く探る為の彼らなのでこれはこれで問題ないのだが。
「そういうのではなく……」
 華奢な指先が連ねられた文字を追い、その一端で止まる。
「『耳元で囁くような声が聞こえたってお客さんが言ってたの。同じように声を聞いた掃除の子がいなくなったって』……ふぅん?」
 それらしき記述を見つけ、撫子はことりと首を傾げた。
 客だけに限らず、従業員もまた失踪するきっかけは同じらしい。失踪の手掛かりになるような情報はそれ以上探り当てられない侭、メモの終わりに辿り着いてしまった。
 であれば、ここからは自分が出向くまでである。
 二人の亡霊と入れ違いに、撫子は部屋を出ることにした。二人と情報収集に時間差をつけたのは、気になる温泉でゆっくりしたかったからであり、亡霊二人の邪魔をするのも野暮かと思ったからでもある。
 大浴場に向う道すがら、回廊を渡る折に、自然と中庭の桜に目が向いた。
「『神隠し 知るか知らぬか 八重桜』」
 満開の八重桜も消える人の何がしかは見ていそうだが、カクヨリファンタズムとはいえ生憎ただの桜の木に訊いたところで答えは得られそうもない。
 けれど。
『ここに来てから、肌の調子がとってもよくなって。やっぱり温泉のお陰かしら』
 そんなメモも思い出し、大浴場に向う撫子の足取りは軽やかだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

温泉宿で行方不明事件ね。まあ、男女別で温泉であったまってからじっくり調査しようか。浴衣があったら借りて着るとして。

ほかほか湯気を立てながら、回廊の椅子とふかふかのチェアに家族で集合。少し季節はずれの桜を眺めながら通りがかる従業員に事件の事をそれとなく聞いてみたり。

え、夜半のみのサービスの夜鳴きそばも食べてみたい?奏ならそういうと思った。そば屋の店員にも事件の事を聞いてみようかね。

桜の木の下には死体が埋まっていると聞くが・・・真相はどうなんだろうね。事が起こるまで温泉宿でまったりしてるか。あ、何かが潜んでる可能性があるんで、警戒はしとくよ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

温泉宿で行方不明・・・事件の匂いがします!!まずは温泉宿で聞き込み、ですね。まずは男女別の温泉でホカホカになりましょう。

(ホカホカになってノリノリでパパサンチェアに座る)このチェア、ふわふわです。おもしろいですね。はい、この回廊を通る方からの情報収集は忘れませんよ。温泉宿に着た家族連れのノリで色々聞き出しちゃいましょう。

夜だけの夜鳴きそばはぜひ頂きたいところ!!そばを頂きながら、そば屋の店員の方からも情報を聞きたいですね。

こんな素敵な温泉宿に物騒な事件は相応しくありません。ばっちり解決してあげたいですね。


神城・瞬
【真宮家】で参加

ふむ、桜舞う温泉宿で行方不明事件ですか。客が行方不明となると宿の存続にも関わるでしょうし、何とかしませんとね。はい、まずは男女別の温泉であったまってから、ですね。

ラタン椅子にゆったりと座って桜を眺めながら温泉宿を楽しみに来た家族連れとして通りがかった方にそれとなく行方不明の話を振ります。さり気なく。

美味しいものに目が無い奏が夜鳴きそばを食べたいというのでそばを頂きながらそば屋の店員さんからも情報を聞きます。

事件に桜は付き物といいますが、大事になる前に何とかしたいですね。平穏を護るのも僕達猟兵の役目です。



 日が沈んでから数時間。
 男女で別れ大浴場で体が芯から温まった三人は、集合場所である中庭の桜がよく見える回廊の一角に集っていた。すでに中庭の桜は、宵闇の中で白い灯りに照らし出されている。
 しっとりとしつつ火照る湯上がりの肌に、浴衣のさらりとした感触が心地好い。雲上の湯に浸かった身体は、蓄積された日頃の疲れも心なしか和らいだような気さえした。
「気持ち良かったー!」
 ぽふ、と音を立て、飛び込むように真宮・奏(絢爛の星・f03210)がラタンの椅子にのせられた乳白色のクッションに身を沈める。ふわりと奏の体を受け止め、そのまま包み込んでしまいそうな程の大きさもあり、当然のようにやや椅子からはみ出す程だ。
「さらさらのお湯だったね」
 笑いながら椅子を引き寄せ、真宮・響(赫灼の炎・f00434)と神城・瞬(清光の月・f06558)が奏を間に挟むように腰を下ろす。湯で疲労さえも洗い流した後は、長椅子よりも身も心も包み込むようなパパサンチェアが良い。クッションに身を沈め中庭を仰ぎ見れば、夜闇に照らし出された桜がよく見えた。鮮やかな淡紅色の花びらが、時折ひらり、ひらりと風に揺られて舞い落ちていく。
 これがただの家族旅行などであれば、桜と温泉を楽しんで帰ることもできたのだが。
「桜の木の下には死体が埋まっていると聞くが……真相はどうなんだろうね」
 溜息混じりに響が完全に警戒を解けずにいるのは、事を起こしている何者かが、どこに潜んでいるかも見当がつかないからだ。
 今のところ「死体が出た」という話は聞こえてこない。が、首謀者の姿も見えてはこない。
「さっき、客室係から聞けたのは『耳元で囁かれた人が失踪した』という話」
「他にそれらしい話はありませんでしたし」
 それとなく、通りがかった幾人かの従業員に噂話が何かないかと話を振ってみたが、どれも客室係から聞いたような話と大差ない。失踪した人が皆その囁きを耳にしたかどうか、ということもはっきりとしない。何せ、前触れなく姿を消した従業員もいるのだという。
 嘆息と共に三人は考え込んでしまう。
 難しい顔さえしていなければ、仲良く寛ぐ様子は家族旅行のそれである。

 ふと、ふわり、と奏の鼻腔をくすぐったのは、出汁と醤油の絶妙に食欲を誘う香りだった。見回せば、ぐるりと回廊をまわった先からその香りが漂ってきているだろう上に、それを目当てにした人がちらほらと香りの先へ向かっているのが目に映る。
「これはもしかして夜鳴きそばでしょうか。ぜひ頂きたいんです!」
「そういうと思った」
 がばりと起き上がった奏に、響は予想通りと笑って立ち上がる。
 湯に浸かれば、多少なりとも体力も消耗する。また、夕食を摂ってからしばらく経つこの時間は、人によっては小腹が空く頃合いでもあった。
 そういった人に向けての無料サービスがこの「夜鳴きそば」である。
 そばとは言いながら、実はそば粉を用いた麺ではなく、少量の細麺の醤油ラーメンだ。香りに誘われた他の宿泊客と同じように、夜半のみ回廊の一角に開店する屋台から受け取り三人は元居た場所へと戻ってきていた。
 空いた小腹に程よく収まる絶妙な量が、小振りのどんぶりの中で揺れる。
「奏は美味しいものに目がないですからね」
 ラタンの椅子へ浅く腰掛けた瞬の目が、ラーメンに目を輝かせる奏に向けられた。
「店員さんはなんて?」
「それがですね」
 響の問いに、瞬が続ける。何も夜鳴きそばを食べるだけで、調査を終わらせる気はない。当然の如く、店員にも噂話や何かおかしなものを見たことはないかと訊いてみた。
「客室に続く廊下の……その物陰で夜中に黒い煙のようなものを見た、と」
 そこで出てきた話がこれである。
 その店員が火事かと思い煙に駆け寄ると、そこには何もなかったのだという。人がいた気配はなく、火事の痕跡も何も無く。燃えた臭いすらそこにはなかった。
 そのときは深夜ゆえに、照明をわずかばかり落とした上に、煙らしきものが見えたのも物陰からはみ出すように見えた程度。
 ゆえに、店員は見間違いでもしたと思ったのだ――と。
 その前後で失踪した人がいたかどうかは定かではないという。
「事件に桜は付き物といいますが」
 まだ失踪の経緯は見えてきそうにない。瞬が視線を向けた中庭の地面も、降り積もった桜の花びらにまばらに覆われていた。
「大事になる前に何とかしたいですね」
「そうです、こんな素敵な温泉宿に物騒な事件は相応しくありません」
 解決に向けて、三人は意気込みを新たにするのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

飛砂・煉月
【狼硝】

温泉宿で人が居なくなる…ミステリー小説みたいだよね
部屋につくまで軽く聞き込みしとこっか?
噂話聞いて、部屋にも何かないか軽く探しておこ

つーか部屋豪華だね~
露天風呂付きの部屋なんて初めて見た!
折角だから一回入っちゃう? 入っちゃう?
わくそわした二対の緋色はキミへ向く

ゆったり湯に浸かりながらのほんとして
へらりへにゃり
昼過ぎから温泉も贅沢だよねぇ

そう云えば大浴場は桜見えるらしいよ
夜はそっち行ってみる?
だって夜桜はオレ達に縁が深いものだからさ
…あ、温泉名物の夜鳴きそばも一緒に食べたい主張!
あっは、シアンと居ると欲が付きないや

沢山話してたら夕方近いね
一旦上がろって差し出した手は、次の楽しいへ誘う熱


戀鈴・シアン
【狼硝】

帝都で人気の小説の様な話
だね、出会う人に話を聞いてみよう
部屋にも変わった所がないか気になる

こんな豪華な部屋、俺達だけでいいのかな
備え付けの露天風呂に人知れず眸を輝かせ
…大体調査も済んだし、ちょっとくつろいでもいい、よな
入ろう、レン、ハク
今すぐ入ろう(ぐいぐい)

ちゃぷりと肩まで浸かれば、そのまま溶けてしまいそう
いいお湯……幸せ…
え、桜、それは絶対に行きたい……!
きみと一緒に桜を見るのも恒例になってきたなぁ
思い返せば頬もゆるむ

ふふ、そばでも何でも食べよ
やりたいことは全部叶えればいい
この時間が終わったって、きみとなら楽しい事は尽きないと知っているから
その手を取るのに抵抗はない
ああ、上がろうか



「露天風呂付きの部屋なんて初めて見た!」
「こんな豪華な部屋、俺達だけでいいのかな」
 飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)が楽しげな声をあげる横で、戀鈴・シアン(硝子の想華・f25393)が息を呑む。
 宿の一室というには随分と洒落た一軒家の玄関のような入口を通り、二人が目にしたのはゆとりある主室に広縁が見え、寝室はまた隣にあるという広い和室だった。広縁の脇、浴室へ続く格子の引き戸を開けば、脱衣所の先の露天風呂はすぐ目の前で湯気を立ち昇らせている。露天風呂からは、窓からの景色と同じように、鮮やかな緑の庭木の向こうにどこまでも広がる青空と真っ白な雲の平原が見通せた。
「折角だから一回入っちゃう? 入っちゃう?」
 興奮をはらんだ煉月の赤い双眸を向けられ、シアンはふと考える。
「……大体調査も済んだし、ちょっとくつろいでもいい、よな」
 部屋に通されるまでの間に、ある程度の聞き込みも済んでいる。
 そして部屋についてからはあちらこちらを覗くついでに、戸棚の扉も開けてひと通り覗いてきた二人である。部屋の中でこれといって気になるものは見つけられなかったが、ここまででやらねばならないことは既に済んでいるともいえた。
 よし、とシアンが頷くのと一人と一匹の手を引くのはほぼ同時。
「入ろう、レン、ハク」
 ぐい、と手を引くその強さは、露天風呂の待ち切れなさを物語っていた。

 そうして、いそいそと湯に身を沈めたのは先程のこと。
 露天風呂であるがゆえに、通り過ぎていく爽やかな風が涼しく、肩まで浸かっていてもいつまでも湯の中にいられる。喧騒とは程遠い風の渡る音や、葉擦れの音、絶え間なく注がれる湯の音も耳に心地好いが、何より互いの声が、言葉が、楽しさをも運んできてくれるからこそ、このときを楽しめた。
「昼過ぎから温泉も贅沢だよねぇ」
 湯気の中、煉月がへらりへにゃりと表情までも蕩けた横で。
「いいお湯……幸せ……」
 すでに溶けてしまいそうに、とろりとした目で湯船の縁に頬をのせるシアンの姿があった。
 そんな贅沢なひとときを送っている場所は「失踪事件が起きている」宿の中でもあるのだが。事が起きるまでに猶予は充分にありそうなのだから、今のうちに寛ぐのが正解とも言える。
「温泉宿で人が居なくなる……ミステリー小説みたいだよね」
「帝都で人気の小説みたい」
 ありがちだけれどミステリーの定番とも言える、そんな状況ではある。
 部屋に案内される道すがら聞けた中で、関係がありそうな話といえば、「誰かに耳打ちされたと思い振り返ると誰もいなかった」というものくらいだ。耳打ちされたのは客であり、その話を客から聞いたのが仲居の一人だという。ただ、何を耳打ちされたのかといえばその客はその先は話してくれなかった、と仲居の言葉である。後日その客は失踪することなく、普通にチェックアウトしてこの宿を去っていったという。
 この話に関しては、失踪していないとはいえ似た噂も多く聞く以上関係ないとは言えなさそうだ。
 この謎解きが進んだかといえば、芳しくはない。元より元凶となる『何か』に気取られないようにするのであれば、この程度で充分なのだろう。
 そういえば、と青い空を仰いだ煉月は思い出す。
「大浴場は桜見えるらしいよ。夜はそっち行ってみる?」
 この露天風呂から見える世界に、淡紅色の色付きはない。緑と青と白のこの景色も、けっして悪くはないものだが――
「え、桜、それは絶対に行きたい……!」
 空を映した硝子のような青い瞳を輝かせ、シアンががばりと身を起こす。
「きみと一緒に桜を見るのも恒例になってきたなぁ」
「だって夜桜はオレ達に縁が深いものだからさ」
 そう、シアンはふわりと頬を緩ませた。
 煉月とて恒例となりつつある桜を求めるのは勿論のこと、宿の名物である夜鳴きそばも一緒に食べたいし、シアンといると次から次へとやりたいことが湧いて出てきてしまい、まるで欲が尽きない。交わす言葉だって、その欲のひとつに違いない。
 だから、のんびりと浸かり、話に花を咲かせていたら時間が経つのはあっという間。
 いったん上がろうと差し出された煉月の手を、吐息を綻ばせシアンが取れば、湯上がりのせいだけではない熱が伝わった。
「そばでも何でも食べよ。やりたいことは全部叶えればいい」
 シアンもこの手を取るのに抵抗はない。
 ゆるりと湯に浸かる贅沢な時間が終わったとしても、レンとなら楽しい事は尽きないと知っているのだから。
 湯がその身を滑り落ちていっても、次の楽しい熱を求める――二人の繋いだ熱もまた、冷める様子は当面なさそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

君影・菫
【絆狐】

ちぃと桜狐と琴狐と温泉旅行
部屋は豪華でついはしゃいでしまいそうやけど
勢い任せに脱いでお風呂行ったら怒られるからちゃんと我慢
…浴衣、着る!

居なくなってしまう人のことも調べるんよね
部屋も軽く調べとこか
ちぃを見て、キミが居なくなったらなんて…
小さく首を振る代わり
ん、浴衣で誘惑してまおかと悪戯っ子の顔

あんね、大浴場やと夜桜見れるんやて
後は中庭でも!
名物のお蕎麦とか食べつつ満開の八重桜見たいワガママ言えば
あーんも付いてくる自慢のおとーさんの優しさ
狐たちもめろめろやね

綺麗やといっしょに言えるのは
きっと、しあわせで
薄紅の桜
キミの花
花びら、ひとひら
笑み咲くちぃの髪に飾って
絆、うちらのは散らんけどて咲う


宵鍔・千鶴
【絆狐】

部屋の窓外も薄紅色
風情ある旅館に一息
のんびり出来そうだね、菫
初めての温泉に嬉しそうな狐達
浴衣、着る?
そわそわしつつ我慢する子達に微笑み
揃いの浴衣も良さそうだ
狐達は旅館ロゴの小さな手拭いを巻いて

一先ず、部屋を調べ
危険が無いか念入りに
今日はきみたちと一緒だから、万が一が有っても嫌だし
可能なら案内をしてくれた従業員の人へ聞取りを
噫、浴衣で誘惑してみる?なんてね

中庭、行ってみようか
光帯びた八重桜が池の水面にも映り観ながら
温かな夜鳴き蕎麦に舌鼓
はい、狐達もあーん、
桜狐、琴狐、菫の元に
桜花弁が舞い降りれば
指先でそうと触れて
咲みを返す

俺は、きっと今しあわせだ
だって何時までも散らない絆が
隣に在るから



 程々の広さの和室に広縁――という部屋だったとしても不満など出ようもなかったけれど。
 足を踏み入れた主室となる和室は、畳敷きの座卓と座椅子が置かれて尚ゆとりある広さ。広縁の端に見えるのは、その広縁から繋がる露天風呂。窓とは真逆の位置に、襖で仕切ることのできる寝室がまた別にある。
 その広々とした部屋は、傾き始めた夕陽によって部屋の隅々まで薄紅に染められていた。
「わ、露天風呂……!」
 湯煙の立ち昇る部屋の露天風呂は、いつでも入れますと言わんばかりに湯を張られていて。その様子に二匹の真白の狐たちと共に興奮を隠せない君影・菫(ゆびさき・f14101)の手を、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)がそっと引く。
「まずは、ほら」
 千鶴が指し示した先には、丁寧に折り畳まれた揃いの模様の浴衣と羽織り。
「……浴衣、着る!」
 駆け寄り浴衣を手に取る菫の笑顔は、咲きこぼれる花そのもの。

 だが、着替えたところでその侭すぐに露天風呂へ、というわけにもいかない。戸棚を開けては覗き、家具と壁の隙間を軽く覗き、菫と千鶴はまずは部屋の中を確認していく。
「居なくなってしまう人のことも調べるんよね」
 憂い顔の菫に対し、あちらこちらを念入りに調べる千鶴の表情は真剣そのものだ。
「今日はきみたちと一緒だから、万が一が有っても嫌だし」
 誰に万が一があったら嫌なのかなど、言うまでもない。ことがすぐに起こらないだろうとはいえ、備えはしておくに越したことはないだろう。
「ちぃが……キミが居なくなったらなんて……」
 次第に沈む夕陽は朱の色を増し、欄間の組子細工を通り部屋の奥まで朱色で染めていく中、もしもを想像しかけてしまった菫の顔に、心に、暗い影を落とす。嫌な想像を振り払うように、菫は慌てて小さく首を振り。
 ――浴衣で従業員を誘惑してみようか。
 そんな千鶴の誘いに、悪戯っ子のような顔で応じて見せる。
 容姿の整った二人の浴衣姿から醸し出される色気にあてられた従業員が、「夜半に、人目を忍び回廊を渡っていた人を見た」と口を割るのはもう少し後のこと。

「あんね、大浴場やと夜桜見れるんやて! 後は中庭でも!」
 大浴場でも桜は見たいし、中庭の桜とて見たい。けれどどうせなら、名物の夜鳴きそばを食べつつ、満開の八重桜を楽しむ我侭が許されるのもこの時期のこの温泉宿ならでは。
 夜鳴きそばという名の少量の醤油ラーメンを手に、ラタンの椅子に並び腰掛ければ、夜桜も夜鳴きそばも、ついでに空いた小腹も夜鳴きそばによって満たせてしまうという寸法だ。
 あーん、と食べさせてくれる千鶴の優しさにも菫は満たされてしまう。こんなところも自慢のおとーさんである。これ程優しい千鶴に揃いの宿の手拭いを巻いた琴狐と桜狐がめろめろになってしまうのも仕方がない。
 小腹も満たされ、鏡越しだけでは少し勿体なくもあった千鶴が窓硝子をそぅと開ければ、微かに夜露を含んだ風に乗り、ひらひらと桜の花びらが回廊へと舞い込んだ。
 花びらは桜を夜に浮かび上がらせる白い光をも映しながら、ひらりと回廊へ、桜の根元へ、池の水面へと舞い落ちてゆく。
 はらはらと零れる薄紅を、菫は自然と目で追っていた。
「綺麗やね……」
 そう共に言えるのは幸せなことなのだろう。
 ――ひらり、ひらり。
(「俺は、きっと今しあわせだ」)
 桜狐に、琴狐に、菫の元に舞い降りた桜の花びらに優しく指で触れ、千鶴もまた咲みを返す。
 夜風に吹かれほんの少しずつ、だが確実にいつかは全て散ってしまう桜。
 けれど何時までも散らない絆が、千鶴の隣に在るのだから。
 そうや、とひらりと舞い下りたひとひらを、菫がつかまえる。
 薄紅の桜は千鶴の花。
 千鶴の夜のような艶やかな髪に八重桜の花びらをのせ、飾り――菫が千鶴の心を読んだのか、はたまた偶然かは分からないけれど。
「絆、うちらのは散らんけど」
 確かなぬくもりと共に菫は咲った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『幽み玄影』

POW   :    黒曜ノ刃ニ忘ルル
【集団で暗がりからの奇襲】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【名前とそれにまつわる記憶を奪い、その経験】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    願イハ満チ足ラズ
戦闘中に食べた【名前や記憶】の量と質に応じて【増殖し、満たされぬ執着を強め】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    名モナキ獣ハ斯ク餓エル
【群れの一体が意識】を向けた対象に、【膨大な経験と緻密な連携による連撃】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 はらり、ひらり。
 白い光に照らし出された桜が、夜風に揺られ舞い落ちる。
 男は明かりをやや落とされた回廊に佇み、それを眺めていた。
 中庭の桜を眺められる回廊は、今は眠りを妨げぬ程度の仄明るさ――そこを歩く者は他に見当たらない。それもその筈、時刻は日付が変わり、しばらく経った頃合いだ。
 男とて、ふと目が覚め何とはなしに気が向いたためにここにいるだけのこと。
 そんなとき。
『なあ、君。君は願いごとを叶えたくはないか』
 足音もなく。気配もなく。
 耳元で囁くような声が、されどはっきりと聞こえた。
 びくりと肩を震わせ、振り返るが何もいない。
 今度は反対の耳へと囁きかける声。
『君の願いごとを、欲望を、叶えてくれるとっておきの場所がある』
 もう一方を振り返れど、やはり何もいない。
 脳裏に浮かんだ欲(ユメ)は、一生遊んで暮らせるような金銀が積まれた部屋にいる自分の姿。今の生き方も嫌いではないが、そんな欲望も否定はできない。叶えてくれるというなら、応じるまでだ。
 目の色が変わった男に、声だけが耳に響く。
『叶えて欲しければ』
 ――雲海の果てへ、おいで。

 脳裏に浮かぶ欲望は、人によって異なるものだ。ありとあらゆる金銀財宝に埋め尽くされたいのも、作品を生み出し名声を得たいのも、ケーキに囲まれたいと思うのも、誰かを、誰をも殺したいと思うのも――等しく欲望に違いない。
 そんな欲望を叶えるよう誘う声は、雲海の手前で黒い煙のような影となり、それが四足の獣の姿を取った。それは、骸魂に飲み込まれてオブリビオン化した、今迄に唆され失踪した妖怪達だ。彼らを助け出すにはとにもかくにも倒すことが必要となる。
 その為には、自らの欲望を認識し、それを胸に抱いたことを認めた上でオブリビオンと戦えばいい。欲望という名のユメで繋がった彼らを幾分か倒しやすくもなり、同時に助け出すことも容易くなるだろうから。
松月・撫子
「八重桜 雲居の夢に 霞みけり」
桜を霞ませるこの影の正体は夢の成れの果て、ですか。
私の欲、というほど激しいものは持っていないのですが……五七五にて美しい景色を切り取り、伝えていきたいということはあります。
ただ、己で成さなければ満たされぬであろうと思いますので、何かの力を借りようとは思いません。
【破魔】の力を込めて句を【白紙の札】に認め、それを【花嵐】に変じて攻撃、皆さんの開放を試みます。
札はたくさんありますので、少しでも効果が高まるよう次々と放ちます。
目覚めの景色が花吹雪ならば、多少は気が利いているでしょうか?



 月灯りに照らし出された雲海の上を、風が吹き抜けていく。
 その中を黒い煙のような影をたなびかせながら、四足の獣が駆けてくる。
 ――欲望を叶えると唆す獣たち。
「これが――この影が、桜を霞ませる夢の成れの果て、ですか」
 そう零す撫子の胸の内にある欲望<ユメ>は、欲、という程激しいものではない。
(「私は五七五にて美しい景色を切り取り、伝えていきたい」)
 そんな願いを読んだかのように、獣は牙を見せてひと鳴き。
『ならば、溢れんばかりの言葉をくれてやる。万人に伝え広められるすべも与えてやろう。望むのならば、雲海の果てへ――さあ』
 獣の咆哮は咆哮としてしか聞こえないのに、言葉は確かに脳に届いた。
 正体を現して尚、声は唆し雲の果てへと誘おうとする。その癖、食い千切ろうと飛びかかってくる。
「己で成さなければ満たされぬであろうと思いますので、何かの力を借りようとは思いません」
 成りたい形、そう在りたい願いだ。
 影で模られた四足の獣が、ガウ、と唸りながら撫子の目前まで迫る。けれど、その爪、あるいは牙が届くことはなく。
「八重桜 雲居の夢に 霞みけり」
 てのひらの白紙の札に詠が滲み、札が一瞬にして淡く桜色に染まったと思ったときには既に桜の花びらとなって雲上に、夜空の下に舞い踊る。
 叶えて貰うようなものではないのだと、はっきりした拒絶は言葉だけではなく、力と共にその意思を示し――夜風に乗り、深い夜の空に淡紅色の色彩が鮮やかに吹雪く。
 白紙の札は一枚限りではない。魔を祓う力をこめた桜の花嵐は四足の獣――夜よりも尚暗いその影を、鮮烈に、掻き散らしていく。
 影がはらはらと剥がれ落ち、桜色に視界が染め上げられる。

 四足の獣を倒せば、骸魂に呑み込まれた妖怪たちも解放されるという。
 彼らの目覚めの景色が桜の花吹雪で覆われているなら、欲に唆された影を落とした妖怪たちの心も、多少は晴れることだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

御園・桜花
「私の、夢…」
轟音と共に崩れ落ちる梁
頭上の僅かな隙間から覗く青空
光溢れる煌びやかな夜の帝都

異界にも転生の縁が欲しい
異界で幻朧桜になって
彼の地に転生を繋ぎたい

胸の中に形作られる言葉

「願いは在る、けれど…貴方如きでは、叶えられません」
口元が笑みを形作る

UC「桜花の宴」
全敵にダメージと麻痺与え連携防ぐ
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す
仲間の攻撃補助に高速・多重詠唱で銃弾に雷属性付与し制圧射撃も

「他者の夢で、誘うことしか出来ない貴方。贄を集めて、貴方の望みは叶いましたか?欲しいなら…貴方に、名と夢を与えましょう。だから、転生していらっしゃい」
鎮魂歌歌い囁く



私の夢には
不死帝のような
優しいフォーミュラが必要だ



 眩い星の瞬く夜空の下、桜の花びらが視界を埋め尽くすように舞った。
 瞬きの間に見えたのは、星月の浮かぶ藍色の空ではなく。
 肌に感じたのは、仄かな春の香りを乗せた花吹雪く風でもなく。
 建物の梁が轟音と共に崩れ落ちるさま。舞う埃っぽさと、天を遮っていた暗がりに差し込んだ光――その差し込む光に目が慣れたとき、僅かな隙間に覗くどこまでも遠く高く広がる青い空があった。
「私の、夢……」
 桜花が解き放たれたときの記憶。欲望<ユメ>に釣られてまろび出た、過去に目にした光景だ。
 見得た記憶は欲望そのものではなく、欲望を抱く端緒だった。
 願い自体はもっと別の――異界に幻朧桜となって次の生を繋ぎたい――そのための縁を手繰るように手を伸ばし、口元に笑みを刷く。
 分かってはいる。少なくとも、影が模る四足の獣の言うことに期待などしてはいない。
 それでも願いは在る。
(「けれど……貴方如きでは、叶えられません」)
 こんなものに、簡単に叶えられるようなものではないのだ。
 光溢れる煌びやかな夜の帝都に焦がれるような想いを馳せて、桜鋼扇に細い指を添える。扇から溢れ零れた薄紅が、月光の中で華やかに吹き荒れた。
「他者の夢で、誘うことしか出来ない貴方」
 煙のようにその輪郭をたなびかせながら、幾匹もの影の獣が白の地を蹴り桜花へと向かってくる。押し寄せる闇に淡い色彩が押し返し、その度に小さな火花が散った。
「贄を集めて、貴方の望みは叶いましたか?」
 問いかけに返るのは低い唸り声。不思議と脳に届くときには、雲海の果てへと誘う『言葉』に置き換えられる。
 いかずちの気を帯びた花びらは影に触れるたび、ぱちりと音を立てた。痺れを齎す花吹雪を掻い潜ってきた後とあっては些か動きも鈍く、次々と迫る四足の獣の爪も、牙も、桜花にとって避けることは苦ではない。
 花弁を持ち上げるように空気が膨れ上がり、雲上を渡る風の上で桜の花弁が弾けるように広がった。視界を覆う程の桜の花びらは、闇よりも昏い影を押し込んでいく。
 願いを叶えられもしない誘いには乗る心算はなく、身も心も差し出せはしないが、幾度も呼びかけ欲しがる彼らに差し出せるものといえば。
「……貴方に、名と夢を与えましょう。だから、転生していらっしゃい」
 逆巻く桜の花びらが世界を覆い、吹雪く薄紅が影を少しずつ食んでゆく。
 そうして、舞う花弁によって欲に揺蕩う夢と共に影が拭い去られたとき。
 骸魂に呑み込まれた妖怪たちも、生まれ変わるような心地で晴れやかな目覚めを得るのだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

真宮・響
【真宮家】で参加

ふむ、人の思いに付け込んで攻撃すると。まあ、誰にも願いや欲望があるもので、隠しておきたい事もある。それを利用するなんて性質が悪いね。出来るだけ抗ってやるさ。

アタシの欲望か・・・普段は子供達の前では言わないが、存分に敵を倒したいと思っている。目の前で邪魔する奴らを全部薙ぎ払いたい。アタシの本質は戦狂いだ。ああ、認めるよ。

でもそれもアタシの一面だからねえ。今更たじろいだりしないさ。姑息な攻撃をしてくる奴は正面から全力で殴ろうか。真紅の騎士団と共に【怪力】【気合い】【重量攻撃】【グラップル】で全力で殴って蹴り飛ばし。手段が回りくどいんだよ!!こういう奴は大嫌いなんだよ!!


真宮・奏
【真宮家】で参加

うう、基本的に単純な思考の私には精神攻撃は辛いです・・・思わず全部暴露してしまいそう・・・負けませんよ!!(ぐぐっ)

技がえげつない威力を持ちそうなのでトリニティ・エンハンスで防御力を上げ、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】【ジャストガード】で防御を固めますが、暗がりからの攻撃は避けれず、思わず湧き上がってくるのは、もっと強くなって、凄く頑丈になって、傷つかない身体になりたい、という欲望が。大事な人を護る為に必須ですし。

でもそれは欲望でもあり、目標でもありますし。むしろ明らかになってすっきりしました!!返礼の全力の【2回攻撃】【シールドバッシュ】をどうぞ!!


神城・瞬
【真宮家】で参加

そうですね、誰にでも叶えたい願いや秘めた欲望があるものです。ですけど、無理やり引き出すのは如何なものかと。辛い戦いになりますが、耐えないと。

敵の攻撃に備えて【オーラ防御】を展開しますが、精神攻撃には余り効果が無く、目の前の奏を思い切り抱き締めたい、その愛らしい頬に触れてみたい気持ちが欲望として湧き出ます。義妹に対しては忌まわしい気持ちですが、確かに12年生活を共にして来た中で抱いてきた気持ちですから何を今更って感じですね。

余計な事をされてもの凄くムカつくので、最初からボコります。風花の舞と共に【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】で攻撃します。



 星と月に彩られた夜空と、月に照らされた雲海の合間。立ち昇る影のような闇と炎よるも赤い真紅が、互いに軍勢となって向き合った。
 影で形作られた四足の獣たちが、月を仰ぎ見るように顔を上げる。
 遠吠えが夜の空気を震わせた。
『雲海の果てへ、来い。そうすれば――』
 願いを叶えられる。
 敵意の篭った遠吠えに反し、脳裏に届くのは空気に溶けるような、囁くようなひそやかな響き。
 恐らくそれは、対象とした者にしか届かない。甘く蠱惑的な欲望<ユメ>を見せて、手招き、取り込もうとする声だった。
 脳裏を過ぎる欲望が、衝動へと転化され響の踏み込む足に、拳に乗る。
「隠しておきたい思いに付けこんだ挙句、それを利用するなんて性質が悪いね」
 真紅の騎士団を率いた響がまず前に出た。
 次の瞬間には影の塊が宙を舞う。真白の地面に落ちるより先に、黒い群れが散開しそれを赤き騎士が追う。響は追うよりも、飛びかかってきた獣を相手取った。
 牙剥く獣を目がけ、真紅のオーラ纏う拳を振り薙ぐ。
 風を切る音、続けざまに打撃音。
 確かな衝撃を感じながら、黒煙を凝縮したような四足の獣を殴り飛ばす。
 手元の感触は確かなままに、くらりと目眩を感じた。目の前の敵に飛び込んでいきたい衝動が、それ程に胸に湧いている。
 望んだものではない欲望に引き摺られ、自身の内に膨れ上がった過剰なまでの熱量を抑え込もうと食いしばる。
 それでも、殴り飛ばした後には爽快感があったのは否定できない。
(「アタシの本質は戦狂いだ。ああ、認めるよ」)
 認めざるを得ない。
 とても子供たちの前で言えたものではないが、存分に敵を倒し、目の前で邪魔する奴らを全て薙ぎ払いたい――その衝動は晒したいものではとてもなかった。
 赤い尾を引きながら、籠手が影の獣の体躯に打ち込まれる。
 魅せられる欲望<ユメ>に抗い、姑息な手を使うオブリビオンへの怒りだけを乗せるようにして。
「けど、それもアタシの一面だからねえ!」
 今更その欲望を色濃く認識させられたところで、たじろぐことはない。本質が如何様であれ、自分であることに違いなく、それを受け入れられるだけの余裕を響は持ち合わせていた。
 だが自身が受け入れられることと、獣の成しようを受け入れられるかどうかはまた別の話。回りくどい手段をとるこの手合いは、響は大嫌いだった。
 拳の一撃一撃が影の獣にずしりと重く刺さり、雲に覆われた地面に沈ませ、或いは再び煙のような影をたなびかせながら宙に跳ね飛ばす。
 飛ばされた四足の獣を、別の方向へと弾き飛ばしたのは唇を引き結んだ奏だった。
 誘う声は、欲望を見せる。
 密かに胸に抱いた想いも溢れさせ、手を伸ばしたくなるように。溢れる想いは、ともすれば口から言葉となって零れてしまう。
(「うう、思わず全部暴露してしまいそう……」)
 月夜の陰から飛びかかる獣を、一体一体的確に剣で、或いは盾で防ぐ。牙と剣がかち合い、爪が盾を掻いて耳障りな音を立てた。
 トリニティ・エンハンスによって護りを強固にした今、護りを主体とした立ち回りの奏に影の獣の爪が届くことはそうない。
 迫りくる影の獣以上に、自身の内に膨らむ欲望の方が奏には脅威だった。
「……ま、負けませんよ!!」
 想いを吐露してしまえば、胸に秘めていた意味がない。少なくともこんな形で吐き出すものではないだろう。
 かぶりを振り、盾を握る手に力を篭める。
 真っ直ぐな心根であり物事を単純に考える奏にとって、魅せられる欲望というものはまたストレートに突き刺さった。
(「強くなりたい、凄く頑丈な身体になって――傷つかない身体になりたい」)
 欲しいもの。願うもの。
 傷つかない身体をひたむきに望んでいたのは、大事な人を守る為に必須だと考えていたからだ。
 それは欲望でもあり、目標でもあった。
(「そう――大事な人を守るため」)
 はた、と願いの発端に行きつけば、秘めておきたい想いに揺さぶられることもない。
 何のために頑丈な身体を欲したか。自身の裡でその答えが明瞭になったとき、胸にすとんと落ちた気がした。
 傷つかぬ身体があるだけでは意味を成さない。もうひとつその先に、奏が望むものがある。
 その答えに辿り着いたとき心はとても晴れやかで、取り回した盾の動きにも迷いはなく――飛び込んできた獣を軽やかに空へと弾き飛ばした。
 蹴散らされることなく欲望<ユメ>を食んだ獣は、その影をゆらりと揺らし幾つにも分かたれていた。
 一体が二体へ、二体が四体へ。
 群れでこその真価を発揮するといった四足の獣は、一体一体は然程強いものではない。故に、数を増やしたそれらを相手に戸惑うような瞬ではなかった。
 ただ瞬の眉間にくっきりと皺が刻まれたのは、脳裏に映し出された欲望の具現、密かに抱いていた想いを見せつけられたことにあった。
 義理の妹を抱き締め、頬に触れるさま――それは思わず目の前で戦う奏に手を伸ばしかけた程。
 敵陣の攻撃威力を弱めるオーラを身に纏っても、欲望をちらつかせる能力には然程効果が及ばないらしい。伸ばしかけた腕を押し留められたのは瞬本人の胆力があってこそだ。
(「余計なことを……」)
 思い切り抱き締めたい。
 愛らしい頬に触れてみたい。
 義妹に対して抱くには忌まわしいものではあるが、それは瞬が十二年生活を共にしてきた中で胸に密かに抱いてきた気持ちでもあった。
 誰にでも叶えたい願いや秘めた欲望はあるものだ。それを暴き、自分の脳裏にだけとはいえつまびらかにされる謂れなどあっただろうか。
『その腕の中に、欲しいだろう――?』
 影に包まれた獣の鳴き声が、脳裏に人の言葉となって再生される。
 自覚のあった欲望は、知らぬふりをしてきたものではない。揺り起こされた感情に、今更何をという思いさえあった。とはいえ、不愉快なことこの上ない。
「無理やり引き出すのは如何なものかと」 
 苛立ちに、眉間の皺がより深くなる。影を打ち払うために注ぎ込まれる力が、感情と共により強まったと思われるのは気のせいか。
 風花の舞によって、瞬の手に握られた氷の結晶を彷彿とさせる杖が複製され、星月夜の宙に浮かび上がる。その杖それぞれから生み出された魔法の弾が、影を蹴散らすように降りそそいだ。
 影の獣の目を執拗に狙っていたのは、見せたものを打ち消すためかもしれなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

臥待・夏報
風見くん(f14457)と

ふかふかのお布団においしい料理、おまけに温泉もついてくるのに
それ以上の欲って言われても正直ね……
風見くんなんかある?

(あえて言うなら)
(たとえばお化粧しなくて良くて、食事も運動もしなくて良くて、起きなくて良くて、寝なくて良くて、何にもしなくても良くて)
(つまり)
……やっぱり深く考えるのやめとく
流石の君にも叱られそうだ

こんな自堕落な欲望で繋がれるかはわかんないけど
妖怪たちを容赦なく撃って【くちづけの先の熱病】を付与

君達ほんとに楽しいかー?
実際に使えない紙幣とか、妄想の中の女とかでほんとに満足なのかー?
精神に揺さぶりをかけて激痛を誘う

泣くな喚くな
風見くんのほうが痛いんだぞ


風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

正直、私も欲なんて湧かなかったな
君と二人であんなに贅沢な時を過ごしていたんだし
(……欲望に身を任せて、いいことなんてなかったから)
(まあでも少しだけ、この時間が続けばいいと思ってしまったかも)

……いったいどんなことを考えたの
叱ったりなんてしないよ……たぶんね
さ、欲に囚われた妖怪たちを解放しなくては

長く苦しませたくはないから、出し惜しみはしない

願う気にならない理由がもう一つ
……願いをかける星は、すでにここに在るからだ
【眠れぬ夜の鼓動】
影を、欲を
夏報さんの炎に焼かれて滲む骸魂を、喰らい尽くして

――ッ、やっぱり、願い事なんて、するものじゃあないね
だいじょうぶ
慣れてる、からさ



 手招かれるように。
 声なき声に誘われるように。
 ――そんなフリをして、二人は宿の外へと足を向けた。

 体を包み込むようなふかふかの布団に、旬の野菜や魚による料理に舌鼓を打ち。
 肌をさらりと滑り落ちる湯に浸かれば、湯上がりにはしっとりと色艶のよい肌となり、疲れも洗い流されていて。
 大浴場なら桜を眺めることもできるし、客室の露天風呂ならば雲海が時間によって移り変わる様子を楽しむことができた。
 この宿に着いて以降体験した出来事は、どれも心をも満たすには充分過ぎるほど。
「それ以上の欲って言われても正直ね……風見くんなんかある?」
「正直、私も欲なんて湧かなかったな」
 夏報に話を振られ、ケイは軽く肩を竦めた。
「君と二人であんなに贅沢な時を過ごしていたんだし」
 可能なら連泊したって構わないくらい楽しめたのは間違いない。
 けれど、欲望に身を任せて良いことなどなかったのはケイは身に沁みている。それでなくとも、此度の囁きに、誘いに乗ってはロクなことにならないのは想像に容易い。
 そうと分かっていても。
(「まあでも少しだけ、この時間が続けばいいと思ってしまったかも」)
 叶えて貰うようなものではない。けれど抱かずにはいられない想いもある。
 一方、肩を並べた夏報はふと考える。
 欲が湧かなかった、とは言ったが。
(「もしあえて言うならば」)
 たとえばお化粧をしなくとも良く。
 食事も運動もしなくとも良く。
 起きなくとも、寝なくとも良く。
 ――なんにもしなくとも良く。
(「……つまり、」)
 そこまで考えてから、夏報は脳裏をよぎる思考に終止符を打った。それ以上、深く考えるのは止めておいた方が良さそうだ。
 ちらりとケイに視線を向けた夏報が、乾いた笑いを吐き出した。
「流石の君にも叱られそうだ」
 いったいどんなことを考えたの、とケイが問う。
「叱ったりなんてしないよ……たぶんね。それより」
 引き戸を開け放ち、眼前に広がるのは、雲上の夜の世界。
 見える程の距離に果ては見当たらず、皓々と月に白く照らされた厚い雲海が広がる。
「さ、欲に囚われた妖怪たちを解放しなくては」
 その白く明るい雲海と、星の瞬く藍空の合間に、幾つもの蠢く影が待ち構えていた。

 夜よりも濃い影で模られた四足の獣が、ゆらりとその影を靄のように燻らせ、地を――否、地面を蹴るかのように雲を蹴って、駆けだした。
 狙いは、勿論欲望に唆されてやってきたと思われている、夏報とケイだ。飛びかかってくると同時、影に包まれた爪が宙を薙ぐ。風を感じる程の近さで避けられたのは、偶然ではない。
「こんな自堕落な欲望で繋がれるかはわかんないとは思ったけど」
 何とはなしに動きが分かるのは、恐らく欲望<ユメ>で繋がったから。はっきりとは読めずとも、微かにでも次の動きが分かるなら役には立つ。
 夏報が撃ち出した弾丸が齎すのは、それそのもののダメージ以上に『くちづけの先の熱病』によって不死性の付与と呪詛の力を与えることにある。
 四足の影の獣は、弾丸を喰らいながらも牙を剥き口を開く。
『好きなだけ、いつまでも、温泉宿にいられるように』
 獣の口から聞こえるのは咆哮でしかないはずなのに、言葉として脳に届く。
『何もしなくとも、朽ちない身体を、命を――』
 与えよう。
 そう嘯いて、獣の咆哮が苦悶に満ちたものに変わる。
「君達ほんとに楽しいかー?」
 嘘を紡ぐ度に、うめき声が増える獣たち。
「実際に使えない紙幣とか、妄想の中の女とかでほんとに満足なのかー?」
 精神に揺さぶりをかけて激痛を誘う。吐き出す言葉に嘘が伴うなら、その喉はさぞかし強烈な呪詛の炎に焼かれていることだろう。願い抱いた夢を、欲望を、叶えてくれるのであれば、影の獣は数を増やしここに居ついてなどいないのだろうから。
『いつまでも、いつまでも』
『とこしえの堕落を、互いにその手をとって』
 呻きながらも、欲望へ誘う声は止まなかった。
 ひゅっと吸い込んだ息遣いは、炎に焼かれた骸魂を喰らったせいか、その心臓に感じた激痛ゆえにか。
「――ッ、やっぱり、願い事なんて、するものじゃあないね」
「っ風見くん!」
 指先まで痺れるような痛み。
 心臓が軋む。
 夏報の心配をひしひしと感じつつ、気が遠退くような痛みを堪えながら出し惜しみすることなくひと思いにケイが影を吸い込んでいくのは、彼らを長く苦しませたくはないからだ。
 甲斐あって、誘いは次第にその声を潜めていく。
 同時に誘う余裕を失くした影の獣は、慟哭に近い鳴き声を増している。
 それはまるで、夢から覚めるのを厭うような叫びにも似ていた。
「泣くな、喚くな。風見くんのほうが痛いんだぞ」
 くしゃりと顔を歪めた夏報の目の前で、炎も煙のような影も次第にその勢いを弱めていく。
 ケイが吸い込むのは表層の炎だけではない。
 影を、呑み込んだ欲さえも丸ごと喰らい尽くすモノ。
「だいじょうぶ。慣れてる、からさ」
 胸を押さえ、ケイが息も絶え絶えに膝を突いた頃。
 雲が足下に広がるその場所から、煙のように影を纏う獣の姿は消え失せていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『偉大なる海の守護者』

POW   :    深海の歌
【津波を呼ぶ歌】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    海の畏れ
【他の海にまつわる妖怪を吸収する】事で【鯨の鎧を強化した形態】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    災厄の泡
攻撃が命中した対象に【祟りを引き起こす泡】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【恐怖による精神ダメージと祟り】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はペイン・フィンです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 水はなく、海もなく、海の名のつく雲海の中で、それはざぷん、と音を立てて泳ぎ、姿を現した。

 骨を身に纏い、下半身は人魚を彷彿とさせる魚の尾をもつオブリビオン。
 今迄誘われた妖は影に呑まれ、或いは、骨を纏う異形の腹の中へ収まったのだろう。
 まるで大きな魚が跳ねるように、雲の上に一瞬だけその姿を見せ、オブリビオンは再び雲海の中に沈んでゆく。
 姿を見せたのは、欲望<ユメ>に唆され、雲海の果てへ向かおう者が中々現れず、痺れを切らしたに違いなかった。
 時折、ちらりと鈍い青の尾の先を見せることはあっても、宿の周囲である岸辺には近づく様子はない。けれど、完全にその姿を消すこともなく、遠巻きに様子を窺いながら雲海の中を泳いでいるようだ。
 幸いなことに、どうやらこの雲海は――雲海の中だけであれば、オブリビオンに限らず飛行の力を持たない者も、泳ぐように飛べるらしかった。宇宙空間における遊泳と似たようなものだが、雲の中であるため視界は些か悪い。かなり距離が離れたなら、影しか見えなくなったり姿を追えなくなることもあるだろうが、接近の必要があるなら間違いなく雲海に飛び込んだ方が良いのだろう。勿論、雲海の上を飛んで、或いは岸辺から狙い撃ちをすることも可能なはず。
 けれど、あまりのんびりもしてもいられない。
 恐らく日の沈んでいる間しか、このオブリビオンは活発化していないのだろうが、太陽が昇りきる頃には、手痛い妨害を仕掛けてくる猟兵達から距離を置き、姿を隠してしまうかもしれず。
 確実に逃さず倒し切るのであれば今宵のうち。

 されど空は徐々に、白み始めている。
 飛び込んだ瞬間に感じたのは、水に入るときのような微かな抵抗感。それを自覚したときには、体は重力に従ってどこまでも落ちていくような浮遊感に包まれた。
 けれど、それも本当に一瞬の間のこと。
 霧のような白く霞む雲の中、落下を押し止められるようにやんわりと上へと押し返される。結果、白く薄く煙る雲海の中、水中に漂うが如く猟兵の体がふわりと揺蕩うこととなった。
水心子・真峰(サポート)
水心子真峰、推参
さて、真剣勝負といこうか

太刀のヤドリガミだ
本体は佩いているが抜刀することはない
戦うときは錬成カミヤドリの一振りか
脇差静柄(抜かない/鞘が超硬質)や茶室刀を使うぞ

正面きっての勝負が好みだが、試合ではないからな
乱舞させた複製刀で撹乱、目や足を斬り付け隙ができたところを死角から貫く、束にしたものを周囲で高速回転させ近付いてきた者から殴りつける
相手の頭上や後ろに密かに回り込ませた複製刀で奇襲、残像やフェイントで目眩まし背後から斬る、なんて手を使う
まあ最後は大体直接斬るがな

それと外来語が苦手だ
氏名や猟兵用語以外は大体平仮名表記になってしまうらしい
なうでやんぐな最近の文化も勉強中だ



 水蒸気が肌を滑る。
 白く染まる景色は、視界に映る限りどこまでも続いている中――空気がふいに揺れた。
 水心子・真峰(ヤドリガミの剣豪・f05970)の天色の双眸が周囲を探る様に細められる。
 大きな音はなかった。遠くに微かに聞こえたのは他の猟兵の声くらいのもの。
 腰に佩いた脇差へ手がかかる。
 肌で感じた空気の揺れは、魚が泳ぐ際に生み出される水のうねりによく似ていた。他の猟兵の動き、生み出す攻撃の余波とは明らかに異なる。
 揺れの元を辿り視線を巡らせば、うっすらと影が見えた。それはすぐさま色濃く、鮮やかになり――捩った自身の脇腹を掠めるようにして、白骨纏う青い尾の異形がが瞬く間に過ぎ去る。硬いものが削れ合うような耳障りな音を響かせたのも、その僅かな時間。
「水中の魚の如き素早さよな」
 咄嗟に握った静柄で軌道をずらさねば、今頃脇腹は抉られている。
 真峰の脇腹に浅い傷だけを残し、オブリビオンは白く煙る雲の中へと消えていた。その背を目で追ってはいたが、あの凄まじい速度には、泳ぐよりは遥かに自由が利く状況下であるとはいえ、人の身で工夫無しに追い縋ることは難しいだろう。
 長時間に渡ってあのような凄まじい速度を維持し続けることはできないだろうが、こちらとて夜明けまでと時間は限られている。
 幸いなことに今はまだ、執拗にあれは猟兵を狙ってくるようだった。
 オブリビオンは、贄の供給がふつりと途切れ焦らされているのだろう。そこにやってきた猟兵たちだ。歯向かってくる相手だろうと、喰らえればどんな者であっても関係ないのかもしれない。
 無性に感じる渇きを潤したくて、あれは雲の海を泳ぎ、顎を開く。
 再び、空気が揺れた。
 ――あれは、雲の海の中でひときわ大きくその身を捩り、推力を得たものなのだと今は知れる。
「さて、真剣勝負といこうか」
 遠距離攻撃の手段があるのであれば、何も並走する速度は必要ない。ましてや相手から飛び込んできてくれるのならば、それを迎え撃つまでというもの。
 風の流れが、変わる。
 右後方からどろりとした水のような気配がした。
 視界に敵の全容を収めるよりも早く、百を超えて複製された水心子真峰の銘をもつ刀がオブリビオンを迎え撃つ。
 刀の群れの中に飛び込んだオブリビオンから、悲鳴なのか罅割れた音色が響く。
 握る脇差から、硬質なものを断ち切る様な感覚が伝わった。視界の隅で、白骨の一部が、流れるように飛んでいき。逃さぬようあらゆる角度から向けられた刀によって鱗は飛び散り、鈍い青の光と共に、雲の海の底へとばらばらと散っていく。
 骨を切り飛ばし、深く抉った感触がその手に残る。
 動きを鈍らせるには十分すぎる一撃だった。

成功 🔵​🔵​🔴​

臥待・夏報
風見くん(f14457)と

うひゃあ飛んでる飛んでる
風見くん泳げる?
夏報さんちょっと自信ない……

動きづらくても構わない、はぐれないように手を繋いで
祟りの泡は受けて耐える(狂気耐性、呪詛耐性)

春ちゃんの話、したことあるっけ
君といると色々思い出すんだ
ちょっと目を離した隙にどこかに行っちゃって
何にも知らないし、何にもしてあげられないままで
僕はね、君を離したら、また――

なんちゃって
こんな感傷に呑まれたら、それこそ帰れなくなっちゃう

人魚の鱗を剥いでもらったら
【月面下にして炎天下】
最大火力の呪詛の炎で敵を焼く!

(手を繋いだまま引き寄せて)
うん
このままがいいな
(それ以上の望みなんて、やっぱり思いつかないんだ)


風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

雲を泳ぐなんて……子どもの頃にこんな空想をした気がする
人並には泳げるけど、これが何年ぶりだったかな
それなら、こうしよっか

手を繋いだまま、雲に紛れた泡の光の反射に注意して(見切り)
仮に当たったとしても、恐怖なんていつものことだ(呪詛耐性)
何があっても、手を離すなんてことは、もう二度と――

うん
君の友達で、よく宇宙の話をしてたって子だよね

……そうだね、せっかくなら連泊したいもの

【独りよがりの愛】
右手から放つ燕達なら、雲海なんて飛び越える
魚の鱗を剥ぎ取れば、泳ぎを阻害し護りも弱くなるはず
――夏報さん

(繋いだままの手、離してしまうのはなんだか怖くて)
もう少し、このままでいいかな



 うひゃあ、と気の抜けた驚嘆の声が夏報の口から漏れ出でた。
 雲海に飛び込んだ二人の体は、水のような抵抗感などを感じることもなく。
 まさしく空中に身を投げたような感覚を、一瞬だけとはいえ味わって。けれども、落下がそう続くことはなく、ゆるりと空の中に押し留められた。
 抵抗感はなくとも泳ぐように動くことも、向きを変えることもできる。ただ、宙を掻いたところで、当然何も手に触れるものはない。視界を染める雲とて――たとえ、この中では浮遊できるとはいえ、ただの水蒸気。頬が、伸ばした腕が、指先がかすかに湿るだけで、伸ばした手はただただ空を薙いだ。
 抵抗感の無さに、ひくりと夏報の片頬が引き攣る。
「風見くん泳げる? 夏報さんちょっと自信ない……」
 水を掻くような感触さえなく、自身を支える確かなものが存在しない。
「人並には泳げるけど、これが何年ぶりだったかな」
 ケイも同様に空を掻いて身を捩る。
 幼少の頃に、空を泳ぐという空想を思い描いたこともあっただろう。とはいえ、実際に泳ぐともなれば、それが水の中であったとしても久方振りのことだ。夏報を連れて泳げると自信をもって言える程ではないが――。
「それなら、こうしよっか」
 伸ばされたケイの手が、夏報の手を絡めとる。
 触れた指先から熱を辿るように指を絡め、しっかりと手を握った夏報とケイは、手繰るように互いを引き寄せた。
 てのひらに、熱が灯る。
 何も身の置き場のない場所で、支えとなる確かな熱を分け合って。
 霞がかった世界が緩やかに流れていき足下は覚束ない中で、繋ぎ合った手の感触に不思議と二人の心は落ち着いた。

 雲海の中は、自然と吹く風に乗るように緩やかに空気が流れている。
 その中で、時折指向性のある風を感じ取れた。出所は、霞み雲の影かも定かではない程離れた場所からなのだろう。
 空気の震えを辿れば、間もなく青い揺らめきを霞の向こうに捉える。
 骨を纏い、その下でかすかな青い光を湛えた鱗は海の波間の光のよう。揺らめく光に覆われた尾をうねらせ悠々と翔ぶ様は、まさに空を泳ぐ魚だった。その動きは水中の魚とは比ぶべくもない程早く、工夫や用意がなければ追い縋るのも難しい速度なのが難点ではあっただろうけれど。
 幸いなことに、餓えたオブリビオンは猟兵だろうと構わず喰らいたいらしかった。猟兵の姿であろうと視界に捉えれば、その身を反転させ、猛然とその距離を泳ぎ詰めてくる。
 衝突を狙うかと思われたオブリビオンは直前でわずかに軌道を変え夏報とケイを迂回。
 すれ違い様にぶわりと広がった泡が、二人の視界を埋め尽くす。
 シャボン玉の如く、ぱちりと泡が弾けて消え――同時に総毛立つような恐怖感が、肌から伝うように心を侵食した。うすら寒さからは逃れられず、精神が摩耗するような虚脱感。恐慌に陥らずに済むのはその耐性と心構えが少なからずあるからこそ。

「――春ちゃんの話、したことあるっけ」
 繋いだ熱を確かめるよう一度手を握り直し、夏報は記憶の一篇を揺り起こす。
「うん。君の友達で、よく宇宙の話をしてたって子だよね」
「君といると色々思い出すんだ。ちょっと目を離した隙にどこかに行っちゃって、何にも知らないし、何にもしてあげられないままで」
 何も成せなかった事実と感傷。それが、今在るものへの恐れへと伝播し夏報の表情が僅かに曇る。
「僕はね、君を離したら、また――」
 ――また。
 言いあぐねたとも、その先を告げる心算は初めからなかったともとれるような余韻を残して、音が途切れる。
 結局その続きが紡がれることはなく。ふっと憑き物が落ちたかのように、夏報がからりと笑って締めくくった。
「なんちゃって。こんな感傷に呑まれたら、それこそ帰れなくなっちゃう」
「……そうだね、せっかくなら連泊したいもの」
 帰れなくなるのは家か、宿か。――それとも自分自身にか。
 追及を避け、ケイは空いた右手から燕たちを解き放った。
 霞を越え、風の流れを越え、雲海なんて軽く飛び越えていける翼をもつ彼ら。悠々と泳ぐオブリビオンへと急襲をかけ、その尾から難なく鱗を剥ぎ取り、奪い棄てる。
 剥ぎ取られる者へ齎される幸福はなく、童話の燕のように、分け与えるものではない。
 繋いだままの手を握り直し。
「――夏報さん」
 名を、呼ぶ。
 鱗をまばらに剥ぎ取られ、傷を負い、またその速度を落としたオブリビオンに与えるものは、呪い焦がす熱の塊だけ。
 ごう、と炎が逆巻く。
 名を呼ばれた夏報が持てる限りの最大火力で炎を放つ。いまだ薄暗い空を染め上げるように、まばゆい赤がオブリビオンを取り囲む。
 じわりと剥ぎ取られた鱗の合間から炎の元となる呪詛が潜り込んだのか、その所々が炎による焦げ付きとは違った黒い滲みを生み出していた。
 たまらずオブリビオンはその背を翻し旋回。霞みの向こうへと距離をとる。
 けれどその姿は辛うじて終える程度――オブリビオンにとってはその彼我の距離も詰めることは容易い距離。
 こちらもまた態勢を整えるように少しだけ距離をとる。
「もう少し、このままでいいかな」
 繋いだままの手。繋がったままの熱。
 離すことに怖さを覚えたケイに、夏報が頷きその手を引き寄せる。
「私も、このままがいいな」
 濃く深い藍色の瞳が隣を向けば、オッドアイの色彩と視線が絡み合った。
 異なる色彩を目に映して、幾度か問われた欲望<ユメ>の形を改めて考えてはみたものの、思い浮かぶものなんて些細なものばかり。
 ふ、と穏やかに口を綻ばせたのはどちらだったか。
(「それ以上の望みなんて、やっぱり思いつかないんだ」)

 いま少し、青い揺らめきがそこに舞い戻るまでの間。
 いや、空を揺蕩う間くらいは、その手を繋いだままでいたかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「骨に纏われた、死者の夢。貴女の真の願いは何でしょう。在り続けること、でしょうか…」

他者を巻き込まないよう位置取りに注意してUC使用
敵が接敵するまでなるべく長く音波攻撃の中に晒し続けられるよう、相手の動きを第六感や見切りで予測しながら移動する

「彼の方は、自分の願いの価値を知るからこそ、他者の願いを集めようと思ったのではないでしょうか。叶えられる願いなら、叶えて差し上げたいけれど…それはきっと、難しいのでしょうね」

「オブリビオンと化した貴女の夢が、在り続ける事ならば。貴女は骸の海へ還るべきだと思います。そして強固な想いで、転生を目指すべきだと。生者の願いを、私達は妨げません」
転生願い鎮魂歌で送る



 雲海が大きく波打つ。
 雲海の中にあれば、白い塊というよりは霞がかった世界。どこからか流れて来た大きな空気のうねりに乗り、形を変え、霧もまた同じように流れていく。
 身を押し流すような更なる空気圧を、桜花は感じた。
 ――左後方。
 振り返りながら、その口から絶叫が迸る。叫びは桜花の身が傷ついたがゆえのものではなく、逆にオブリビオンの身を削るもの。オブリビオンのみならず、誰彼構わず打撃を与えるものだ。他の猟兵の気配が遠いのは、他者を巻き込まぬよう戦場を選んだため。
 叫びが届く中に長く捉え続けるために、緩やかに桜花は位置を変える。
 真向から打ち合うのではなく、真っ直ぐに追うのでもなく。
 その泳ぐ軌道を視線で追い、尾のしなりを見て、より早く、より長く叫びの効果範囲の内に捉えられるように。
 泳ぐのに適した形へと鯨の鎧を纏い直した、青い揺らめき。
 風を裂き、空を翔ける音が瞬く間に距離が詰まる。
 桜花が身を捩り既のところで躱すときも、魚のような体躯をくねらせ離れていくときも、その絶叫は青い揺らめきのオブリビオンのみならず、周囲諸共に罅割れるよう震わせる。
 一度大きく彼我の距離が空き、青が霞む。
「骨に纏われた、死者の夢。……貴女の真の願いは何でしょう」
 ふっと、途切れた叫びの合間に零れる問いかけ。
「在り続けること、でしょうか……」
 桜花の見遣る先、骨の鎧を纏うオブリビオンから返る答えはない。
 大きく旋回し、ゆらりと霞む向こうで鮮やかな青がゆらりと舞い戻る。

 空気が震えた。
 その艶やかな唇から、発狂し死せるとすら言われる絶叫が空を駆け抜ける。
 霞がかった空の中。漂う薄煙のような雲の向こうから、速度を上げ向ってくるオブリビオンにも容赦なくその叫びは浴びせていく。
 泳ぎ翔ける怪異を目で追い続けながら桜花は思う。
 ――彼の異形は、どうして他者の欲望<ユメ>を喰らっていたのか。
 どうして、それを集めようと思ったのか。
(「自分の願いの価値を知るからこそ、集めようと思ったのでしょうか」)
 彼我の距離があき、ひとたび叫びを止め独り言つ。
 生まれ出た経緯も、喰らっていた理由も推測することしかできない。仮に、かのオブリビオンの夢がここに在り続けることであったとしたら。
「叶えて差し上げたいけれど……それはきっと、難しいのでしょうね」
 その双眸の先に再び影が舞い戻る。
 今を生きる者を害さずにはいられない存在だ。その侭では、誰もが幸せな形にはならないだろう。
 息を吸い込む。
 絶叫に似た叫びのために。怪異たる彼女を屠る、音色のために。
「貴女の夢が、在り続ける事ならば――貴女は骸の海へ還るべきだと思います」
 再び耳を劈くような声が響き渡る。
 鯨の骨を鳴らし、オブリビオンもまたその痛みに悲鳴が洩れた。
 再び空が、震える。
 青い揺らめきをも震わせる絶叫。けれど、怪異の身を砕きながらも、その響きはただただ消滅を願うものではなく。
「一度そして強固な想いで、転生を目指すべきだと。生者の願いを、私達は妨げません」
 骸の海へと一度還り、そして次はオブリビオンなどではなく、正しく生者として還って来れるよう願う、凄絶な鎮魂歌。

「――――――――」
 鯨の骨が脆くなったかのようにほろりと崩れた。空を泳ぐ魚の尾から罅割れた青の鱗が毀れ、小さな欠片になりながら風と散ってゆく。
 ふつりと消えた大気の震えの後に、何者の声もなく。空の中で、黙した青い揺らめきは風に溶け消える。

 異形の存在が在り続けることを願っていたのならば。
 生者としての還りを想う桜花の願いが届くのならば。
 新しい命をもって生まれ出る。そんな未来を願っても良いだろう。

 青い揺らめきが欠片も残さず風に浚われた頃、空には願いに捧ぐような陽の光が滲んできていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年11月28日


挿絵イラスト