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彩匁雨歌

#サクラミラージュ #宿敵撃破 #転生

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#サクラミラージュ
#宿敵撃破
#転生


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●アヤメアメウタ
 四季折々の花が咲く庭園。
 その一角で花開いた遅咲きの紫陽花は雨の雫を湛え、きらきらと輝いている。
 これまで降り続けていた雨は止んでいた。それでも空は未だ曇り模様で、暫くすればまた雨が降りはじめそうだ。
 るるる、るーるる。るーるるーるる、る。
 庭園の奥から童唄めいた音が響いていく。幼い少女を思わせる歌声だ。
 歌をうたいながら、骨の足を持つ少女達は穴を掘る。
 それは或る羅刹の為。
 菖蒲の花を懐わせる鬼が殺めてしまった者を埋める為の墓穴を用意しているのだ。少女達は茫洋とした瞳を花咲く大地に向け、シャベルを動かし続ける。
 るーるるー、るるる。
 雨は止んでも歌は止まない。そうして、花咲く最中で土が沒んで、雫が滲む。

●菖蒲の花雨
 あやめ、あやめて、花一匁。
 あの娘が欲しい。あの娘じゃあ判らぬ。相談しましょ、そうしましょう。

 花めいた雰囲気を纏う羅刹は紫陽花の庭の奥に佇んでいた。
 るるる、と歌う少女たちの聲はその鬼にとって、そんな歌に聞こえている。彼女達が穴を掘って、自分が殺めたものを埋めてから暫しの時間が経った。
 羅刹の周囲には雨が降り出していた。雫が肌を伝っていくことに気付いていたが、羅刹はそれを拭うこともせずに雨の園を見下ろしている。
 もう何人、殺めただろう。もう何体、あの穴に亡骸を埋めて貰っただろうか。
 最初はただ、護る力が欲しかったはずだ。
 虐げられる弱者を。大切なものを亡くさない強さを望んだだけ。それなのに、と羅刹は携えた妖刀の柄を強く握り締めた。
 誰を護りたかったのか。何を守りたいと願っていたのか。
 もう思い出せない。
 それなのにこの手は、この刃は、乙女を見ると動いてしまう。
 どうして、何故に殺めずにはいられないのか。骸の海から蘇った羅刹はその意味も分からぬまま、雨がそぼ降る花の園を彷徨い歩く。

 その白い頬を濡らすのは雨か、それとも――。
 嗚呼、今日も雨がやまない。

●花と骨の迷い路
「その羅刹は力を求めて妖刀を手にした。だが、呪詛に呑まれちまった」
 羅刹はやがて影朧と成り果てたという。
 此度の事件に関わる者について語り、グリモア猟兵のひとりであるディイ・ディー(Six Sides・f21861)は肩を竦めた。
「そいつは何故か髪の長い乙女を目にすると斬り捨ててしまうらしい。何か恨みでもあるのか、理由までは知れなかったが妖刀の影響があるのは確かだ」
 呪物は強い力を秘めており、上手く扱えば望んだものを手に入られる。
 しかし、呑まれてしまった羅刹は力を求めた理由すら忘れて、ただ衝動のままに人を襲う存在になってしまっている。
「羅刹は紫陽花や季節の花が咲く庭園の奥にいる。だが、其処に辿り着くまでには少々難があってな。羅刹に付き従うルールーっていう影朧が迷路を作っちまってるんだ」
 彼女達は、るるる、と童唄のような歌を紡ぎながら穴を掘っている。
 それは羅刹が殺めた者を埋めるためだという。厄介な話だよな、と言葉にしたディイは今回の仕事の流れを説明していく。

「まずは紫陽花の園にいる一般人をそれとなく避難させて欲しい。遅咲きの紫陽花が綺麗なのと、雨上がりだってことで女性が数人訪れてるんだ」
 紫陽花の種類は、華やかな『万華鏡』や『歌合せ』。
 砂糖菓子めいた『コンペイトウ・ブルー』、萼咲きの『星花火』など様々。
 しかし、花の美しさに誘われた女性達がルールーの迷路に迷い込んでしまえば、新たな被害者と成り得る。変に怯えさせないように気を付けつつ、適当な理由をつけて声をかければ大人しく帰ってくれるだろう。
 なかでも効果があるのは近くのカフェーを勧めることだ。
 其処からも紫陽花がよく見えるので、女性達は喜んで向かってくれるだろう。
 その辺りは気を張り過ぎずとも良い。何なら猟兵達も、庭園の散策や大正浪漫なカフェーを楽しんで構わない。
「人払いができたら、次は庭の奥に続くルールーの迷路に挑んでくれ」
 特殊空間の入口は庭の片隅にある。
 骸骨で出来た迷路の中では、少女の姿をした影朧がそこかしこで穴を掘っているだろう。見た目は華奢だが相手は影朧なので油断は禁物。
「ルールー達を倒して迷路を抜けたら、やっと羅刹とご対面って訳だ」
 その頃には雨が降り出しているだろう。
 此方が自分に害をなす存在だと知れば、羅刹は周囲を花菖蒲の沼に変化させる。
 雨の沼の中での戦いになり、妖刀の力を存分に振るうことができる相手との戦いは激しいものとなるだろう。
 しかし、決して勝てない相手ではない。
「けど、そいつはどうして人を殺めるんだろうな。理由くらいは知りたいんだが……」
 ディイは暫し考え込んだが、此処で答えは出やしないと感じて顔をあげる。
 そして、彼は戦場となる庭園に赴く者達を見送った。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『サクラミラージュ』
 遅咲きの紫陽花の庭園に現れた影朧を倒すことが目的です。

 プレイング受付期間や締切についてはマスターページに記載する予定です。お手数ですが、ご参加の前にご確認ください。

●第一章
 日常『雨上がりの紫陽花路』
 遅咲きの紫陽花が咲く、雨上がりの庭園での一幕となります。
 庭園は広く、美しい紫陽花の品種が揃っています。他にも秋海棠や梔子など初夏に咲き始める花もちらほら見られるようです。
 被害者に成り得る一般女性を帰らせるという目的はありますが、誘導についてのプレイング一行ほど、またはなくても問題ありません。普通に紫陽花の園を楽しんだり、カフェでゆったりと過ごしたり、影朧のことや皆様の過去の思いを馳せてくださっても大丈夫です。
 どうぞ自由にお過ごし下さい。

●第二章
 集団戦『ルールー』
 戦場は彼女達が作った骨の特殊空間迷路内。
 シャベルを持って戦います。「る」としか発音が出来ず、意思も薄いので転生は出来ません。彼女達をすべて倒すと迷路が解除されます。

●第三章
 ボス戦『花時雨の菖蒲鬼』
 戦場は紫陽花の庭の最奥。
 羅刹の力によって、周囲は雨が降る花菖蒲の沼と化しています。
 何故に女性を殺めてしまうのかは思い出せないようですが、会話は可能です。
 戦闘では大鬼の手を召喚したり、妖刀の呪詛を纏った斬撃を放ったり、悲しみを想起させる雨の花沼を更に作り出したりします。

 転生については、参加者様の七~八割以上が説得を行うか、或いはどなたかの言葉が相手の心に深く響いたときのみ、転生の可能性があるものとさせて頂いております。ご了承ください。
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第1章 日常 『雨上がりの紫陽花路』

POW   :    全てを満喫して楽しむ

SPD   :    おいしいとこどりで楽しむ

WIZ   :    ゆるりと穏やかに楽しむ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

天狗火・松明丸
妖怪が人間を避難させる、なんて
どういった事だろうな……さて
人の姿を見つけたなら、ちゃっちゃと済ませるとするか

お前さんら、この先の紫陽花園は蜂が出たとか言って
暫く整備する予定らしいぜ
俺も花を愛でにきたってのに、蜂に先を越されたらしい
ツイてねぇよな

適当に理由つけて帰しゃあ、あとはじっくり紫陽花を眺めるか
昔は山にも色んな花が咲いたが、土やら外来種やらで
色に形と様々に変えて、まあ、悪くねぇよな
淡い青から端は濃い桃に染まって、どうなってんだ?

人の姿形で花を愛でるたぁ変な心地だ
火の怪鳥であった時には草花なんて見ても触れても
焼けるだけのつまらんものだったっつーのに
……成る程、人間の視点ってのは
こんなもん、か



●花路と雨と空
 雨上がりの路には水溜まりが出来ていた。
 薄い水面に映った空の色は澄んだ青。風に流されていく雲の合間から見える色は清々しく、風流さを感じさせるものだ。
 先程まで降っていた雨粒を萼に湛えた紫陽花から、一滴の雫が零れ落ちる。
 水溜まりに雫が跳ねた音が響き、天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)と散歩途中の女性達が同時にそちらに目を向けた。
 水滴の音だと分かり、彼女達と松明丸は視線を戻す。それはちょうど松明丸が話しかけた矢先のことだったので話が途中になってしまっていた。
「それで……何でしたっけ?」
「あぁ、この先の紫陽花園に蜂が出たらしくてな」
「まあ! 蜂ですって!」
「それは大変ね。雨上がりの花に誘われてきたのかしら」
 女性達はそれぞれに反応を示す。そうかもしれないと答えた松明丸は、それゆえに奥は暫く整備する予定らしいだと告げた。
「俺も花を愛でにきたってのに、蜂に先を越されたらしい」
 ツイてねぇよな、と松明丸が踵を返す。
 自分も庭園の奥には行けず、引き返すところだということを示すためだ。女性達もその後に続き、それなら仕方ないわ、と話していった。
「カフェーにでも行きましょうか」
「ええ。それでは、失礼しますね。お兄さん、教えてくださってありがとう!」
「どういたしまして。お前さんらも、道中気を付けて」
 左様なら、と淑やかに手を振った女性達は庭園の外にあるというカフェに向かって歩いていった。その背を見送る松明丸はひらひらと袖を振り返した。
 これで自分が出逢った女性達は被害に遭うことはないだろう。それにしても、と路の傍らに咲く紫陽花を見遣った松明丸は軽く肩を竦める。
 妖怪が人間を避難させる、なんて考えてみると少しばかり不思議だ。
「……さて、」
 帰してしまった彼女達の分まで花を見るとしようか。
 蜂が出たと嘘をついてしまったが、これも未来のため。松明丸がゆっくりと歩き出すと、奥の方から小さな羽音が聞こえた。
「蜂?」
 一匹の蜜蜂が松明丸の隣を抜けて飛んでいく姿が見えた。ふ、と薄く笑った松明丸は嘘から出た真もあるのだと感じておかしくなる。
 しかし、これで嘘は嘘ではなくなった。女性達が言った通り、蜂も雨上がりの花の美しさに惹かれて出てきたのだろう。
 そうして松明丸は紫陽花の道を進んでいく。
 紫に鴇色、薄青に藍色。
 初夏を迎えて色付いた花々は鮮やかに咲き誇っている。花の色よりも少し暗い紫の瞳にその色彩を映しながら思うのは山のこと。
 昔は山にも色んな花が咲いたが、土や外来種とやらで様々な色や形に変わった。されど今の状況が良くないと感じているわけでもない。
「まあ、悪くねぇよな」
 松明丸は立ち止まり、ひとつの株に折々の花が咲いている紫陽花に目を向ける。
 紫陽花の萼は不思議だ。
「淡い青から端は濃い桃に染まって、どうなってんだ?」
 まるで移り変わる季節の色を映しているようでもある。それに人の姿形で花を愛でるのも変な心地だ。
 そう思うのは松明丸の本来の形が火の怪鳥であるゆえ。
 草花なんて見ても触れても焼けるだけ。それだけのつまらないものだったというのに今は違う。人の姿をしていれば、人の気持ちが浮かんでくるものらしい。
「……成る程。人間の視点ってのは、こんなもん、か」
 そうだとしたら、あの女性達もこの花の路をもっと歩いて楽しみたかっただろうか。
 少し悪いことをしたと感じながら松明丸は更に庭園を進んでいく。
 けれど花を愛でるならば、すべてが平穏に戻った後が良い。
 葉に雫を湛えた紫陽花を見渡してから空を振り仰ぐ。視線の先には来たときと変わらぬ、雲間から覗く青空の色が見えていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「まずは急ぎカフェのメニューを確かめませんと」

カフェの新作メニューやお勧めメニューを確かめたら
UC「魂の歌劇」使用
即興の歌で人目を引き付けカフェへ誘導
1度誘導したら、迷路ギリギリまで近づき中に立ち入った跡がないか確認
なければ離れ人がそちらに近づかないよう歌い続ける


貴女は花
花を待つ花
美しい貴女を
人は目で追う
貴女は花
人に生まれた花
美しい貴女を
人は目で追う
貴女は花
人に生まれた花
美しい貴女を
どうか私達にも眺めさせて


女性陣と目があったら積極的に話しかけ
カフェでお茶を楽しみながら眺める花がどれだけ素晴らしかったか力説する
避難が済んだら自分もこっそりカフェで新作とミルクティーを楽しむ



●花に捧ぐ歌
 雨の雫が花の葉に溜まり、薄い陽射しを受けて煌めいている。
 紫陽花が咲く散歩道を歩きながら御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が目指していくのは庭園の外。
 庭園に隣接するカフェーに向かうためだ。
 上品な雰囲気の扉を潜れば、ドアベルがからからと心地好い音を立てた。
 聞こえてきたのは蓄音機が奏でる音。
 いらっしゃいませ、という女給の声に桜花は笑みを返す。お好きな席にどうぞと案内されたので、桜花は庭園がよく見えるテラス席を選んだ。
 其処からは紫陽花や初夏の花木が並ぶ先程の散歩道がよく見えた。テーブルに付いた桜花は渡されたメニューブックをひらく。
「まずは急ぎカフェのメニューを確かめませんと」
 どうやらこの店ではミルクコーヒーが一番人気らしい。
 そして、お勧めされたのはカステラに羊羹とクリームをはさんだシベリヤだ。他にもフルーツパフェや、サンドイッチなどの軽食があった。
 今の時期は紫陽花に見立てたゼリーを乗せたミルクプリンなどもあるようだ。
「なるほど、これは良いですね」
 その店を知るにはまず人気の品を頼むのが良いと感じた桜花は、ミルクコーヒーとシベリヤを頼むことにした。
 やがてテーブルに注文品が運ばれてくる。
 甘さ控えめのまろやかな口当たりのミルクコーヒー。そして、カステラと羊羹の程よい甘さにクリームがアクセントになったシベリヤ。サイズもそれほど大きくはないので軽く食べられるはずだ。
 ゆっくりと一口ずつ味わう桜花はカフェの時間を満喫していく。
 テラスの外を見れば、雨滴を湛えた紫陽花が穏やかな風を受けて揺れていた。
 これから季節が進んで新たな日々が訪れるのだろう。ひととせの巡りを感じつつ、桜花は甘やかな時を楽しんでいった。
 そして、暫し後。
 此度はただカフェーを楽しむためだけに訪れたのではない。桜花は庭園の奥に向かい、周囲を確かめる。
 まだ誰かが影朧の迷路に迷い込んだ形跡はなく、桜花は安堵を覚えた。
 しかし散歩道の入り口に女学生達の姿がある。彼女がこの奥に進まぬよう、桜花はそっと歌を紡ぎはじめた。
 ――魂の歌劇。

 貴女は花 花を待つ花
 美しい貴女を 人は目で追う

 貴女は花 人に生まれた花
 美しい貴女を 人は目で追う

 貴女は花 人に生まれた花
 美しい貴女を どうか私達にも眺めさせて

 即興で歌っていく詩は美しく、庭園内に伸びやかに響き渡っていく。
 あら、と女学生達が桜花の方に目を向けた。
「こんにちは。素敵な歌ですね」
「本当! 思わず聞き惚れてしまったわ」
 女学生達は桜花に歩み寄り、歌について褒めていく。にこりと微笑んだ桜花は女性達に礼を告げて紫陽花の美しさから着想を得た歌なのだと話した。
 そして、桜花は先程のカフェーについて語る。
「この歌が思い浮かんだのはあちらのカフェーなのです」
「まあ! お茶が楽しめる場所があるのね」
 どうやら女学生達はカフェーの存在を知らなかったらしく興味津々だ。桜花は其処でお茶を楽しみながら眺める花がどれだけ素晴らしかったか力説し、良ければ案内すると言って先導していく。
「素晴らしい歌まで聞かせて頂いて、案内もしてくださるなんて……」
「御姉様と呼んでも宜しいですか?」
 女生徒達が桜花を見つめる視線はきらきらと輝いていた。
 これで彼女らが危険な場所に赴くことはないだろう。桜花は彼女達と一緒にカフェーに向かいつつ、ふとあの新作スイーツのことを思い出す。
 もう一度、次は紫陽花のプリンとミルクティーを楽しむのも良いだろうか。
「少し食べすぎてしまいそうですが……」
「御姉様、でしたら分けっこ致しましょう!」
 女学生達は無邪気に提案し、桜花もそっと頷く。
 こんなに美しい景色とひとときは楽しまなければきっと損になる。
 桜花はこれから巡る時間に思いを馳せ、紫陽花の散歩道を戻っていった。そうして、嵐の前の静けさにも似た長閑なときが流れてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルムル・ベリアクス
紫陽花は曇り空によく映えますね。庭園をゆったりと散策しつつ、物思いにふけります。
護る力を求める心……何だかわかるような気がします。わたしも、人々を護る力を求めて悪魔と契約した身ですから。悪魔の暴力的な強さに呑まれそうになることもありました。強い力は、時に中毒のような作用をもたらすのかもしれませんね。
……へえ、八重咲の紫陽花もあるのですね。華やかかつ幾何学的な雰囲気もあり……。なんだか不思議です。
女性達を見つけたら、それとなく声を掛けます。紫陽花、お好きなんですか?そこのカフェーからも、紫陽花を楽しめるようですよ。
人を守るのはわたしの務め。安全が確保されたのを見届けて、庭の奥へ向かいます。



●花路の先へ
 陽射しが揺らめき、雨上がりの路を照らす。
 振り仰いだ頭上には雲間から見える青空の色が見えた。しかし、風に流された雲がそれまで見えていた空の色を隠す。
 ルムル・ベリアクス(鳥仮面のタロティスト・f23552)は曇天に戻った空から視線を落とし、周囲を見渡してみた。
「やはり紫陽花は曇り空によく映えますね」
 散歩道の両側に咲く花々をみやり、ルムルはしみじみと言葉にする。
 先程の陽を反射して煌めいている雨の雫も良かったが、雨が降りそうな空気の中に咲く紫陽花も好ましい。
 ルムルは歩を進め、庭園の散策路をゆったりと歩いていく。
 紫陽花だけではなく初夏に花をつける木々や花もちらほらと見えた。その景色が美しく穏やかだと感じながら、彼は物思いに耽る。
 ――護る力を求める心。
「……何だかわかるような気がします」
 此度の影朧は何らかの強い思いを抱き、呪いと呼ばれるものに手を出した。
 きっと今のような存在になる前は真っ直ぐな思いがあったのだろう。それがどのような理由であり、どんな意思があったのかは今は知れない。
 それであっても、純粋に力を欲する気持ちは理解できる気がした。
 自分も人々を護る力を求めて悪魔と契約した身。ルムルは己が契約を誓う理由となった出来事や、その時の感情を思い起こしていく。
 時に、悪魔の暴力的な強さに呑まれそうになることもあった。呑まれずに済んでいるのはこれまでの軌跡をしかと己に刻んでいるからだ。
 しかし一歩間違えば仮面としての自身が悪魔に、或いは悪魔の糧に成り得る。
「強い力は、時に中毒のような作用をもたらすのかもしれませんね」
 一度手にすれば離れられない。
 それなしでは生きてはいけない。手放すことは出来ない。呪いとは、力とは、そういったものなのだろう。
 緩く頭を振ったルムルはいつしか俯いていた顔をあげる。
 今は未だ平穏な時間だ。
 思いに耽りすぎるよりも目の前の景色を楽しむのも悪くないはず。
「……へえ、八重咲の紫陽花もあるのですね」
 ルムルが目に留めたのは万華鏡と呼ばれる種類の紫陽花だった。手鞠紫陽花にも似た花々と萼は華やかで愛らしい。
「幾何学的な雰囲気もあり……。なんだか不思議です」
「ええ、素敵ですね」
 ルムルがふと呟くと、同じ花を見つめていたらしい女学生がそっと頷いた。
 軽くはたとしたルムルは、彼女が被害に遭いそうな女性のひとりだと察する。好機だと感じた彼は穏やかに問いかけた。
「紫陽花、お好きなんですか?」
「はい、雨上がりの花がとても綺麗に思えたので……」
 答えた女学生は重そうな荷物を持っている。何かの買い物帰りなのだろう。ルムルは庭園の入口付近を示し、よければ、と勧める。
「そこのカフェーからも、紫陽花を楽しめるようですよ」
「まあ、それは良いですね。早速行ってみますね」
「お待ちを。近くまでお送りしましょう」
「そんな……宜しいのですか?」
 ルムルは自然な動きで女学生の荷物を受け取って頷きを返した。そして、カフェーに案内するようにゆっくりと歩き出していく。
 人を守るのは自分の務め。
 そのことは敢えて言葉にせず、ルムルは女学生を目的の場所まで送り届けた。
 ありがとうございます、という御礼の言葉を聞いたルムルは女性がカフェーに入っていく後ろ姿を見送った。これで彼女の安全は確保された。
 振り向き様に掌を振ってくれた彼女に手を振り返し、ルムルは踵を返す。
 再び向かうのは紫陽花の園の向こう側――庭園の奥。其処で巡るであろう戦いへの思いを馳せ、ルムルは花咲く散歩道を歩み続けていった。
 雲は風に流され、空気も静かに沈んでいく。
 それはまるで、この先に待ち受ける不穏を示しているかのようだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわぁ、アヒルさん、紫陽花が綺麗ですね。
あれ?アヒルさん、どこに行ったのですか?
もう、これからここに来ている一般の方を非難させないといけないというのに、どこでサボっているんでしょうね。

あ、あんなところで女性の方たちとお散歩・・・。
じゃなくて、避難誘導をしていますよ。
あのアヒルさんが珍しい
じゃなくて、これじゃあ、猟兵のお仕事をサボってたのは私の方じゃないですか。
ふええ、猟兵のみなさんの姿は見かけますけど、一般の方が見当たりません。
ふええ、絶対アヒルさんに突かれますよね。
というより、絶対狙ってやってますよね。
ふえええええ。



●避難は無事に終わりました
 雨上がりの道に雫が跳ね、心地好い音が響いた。
 緑の葉は薄く差し込む陽光を受けてのびのびと息衝いている。
 薄紫、鴇色、秘色。
 不思議な色合いに移り変わる紫陽花の散歩道を歩く、フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は清々しさを感じていた。
 先程まで雨が降っていたので足元は濡れているが、ときおり雲間から射す光が雫や水溜まりに反射してきらきらと輝いている。
「ふわぁ、アヒルさん、紫陽花が綺麗ですね」
 隣を進んでいるはずのガジェット、アヒルさんに呼び掛けたフリルは両腕を高く上げておおきく伸びをする。
 そうすれば、アヒルさんの何らかの動きが見えるはずなのだが――。
「あれ?」
 いつも一緒のはずのアヒルさんが居ないようだ。
 フリルは少し不安げにきょろきょろと周囲を見渡してみる。しかし、紫陽花の葉の裏や木々の影などを探してみても、何処にも姿が見えなかった。
「アヒルさん、どこに行ったのですか?」
 もう、と軽く頬を膨らませたフリルはアヒルさんを探し続ける。
 これからこの庭園に来ている一般女性達を避難させないといけないというのに、アヒルさんはどこでサボっているのだろうか。
 先に避難誘導をさせちゃいますよ、と呟いたフリルは歩き出す。
 まずは女性を探すところからだと思った矢先、彼女の瞳に或る光景が映った。
「あ、あんなところにアヒルさんが……」
 どうやら女性達と散歩しているようだ。てちてちと入り口に向かって歩き続けるアヒルさんを可愛らしいと感じた女性が、その後をついていっている。
 和やかだと感じたフリルだが、すぐにはっとした。あれはただの散歩ではない。アヒルさんが先に誘導をしているのだ。
「あのアヒルさんが珍しい……じゃなくて、これじゃあ、猟兵のお仕事をサボってたのは私の方じゃないですか」
 待ってください、と追いかけるのも違う気がしてフリルはその場でアヒルさん達の様子を見守っていた。やがて女性達は庭園の外に連れ出され、カフェーに入っていく。
 アヒルさんはやり遂げたような雰囲気でフリルの方に向き直った。
「ふええ、猟兵のみなさんの姿は見かけますけど、一般の方が見当たりません」
 フリルは慌てて探すが、庭園内にはもう一般人はいなさそうだ。
 見かけても既に猟兵の仲間に声を掛けられていたり、ちょうど帰るところのようで声の掛けようがない。ふええ、ともう一度不安そうに言葉にしたフリルは思う。
 絶対に後でアヒルさんに後で突かれてしまう。
 その想像通り、アヒルさんはフリルの方へにじり寄って来ている。
「というより、絶対狙ってやってますよね」
 フリルは後ずさる。
 しかしアヒルさんはどんどん近付いてきていた。そして――。
「ふえええええ」
 悲痛なフリルの声が紫陽花と初夏の花の庭園に響き渡る。大きな帽子を揺らして駆け回る少女の姿はまるで、ガジェットと一緒に元気よく遊び回る子供のよう。
 傍からはそう見えるが、フリル自身は必死だった。
 何故なら、彼女の後ろにはぴったりとくっつくように追いかけてくるアヒルさんが居るのだから。そうして暫く、突きたいアヒルさんと突っつかれたくないフリルとの追いかけっこが巡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
彼の影朧の過去に、何があったのか。
理由も忘れて…と言うのは、使徒として気になりますね。
…私も過去に、色々とありましたから。
それが直視しがたいものとしても…きっと、大事なことでしょうから。

それにしても、雨上がりの紫陽花は…こう、何と言うか。
雫が輝いて、一層美しいのですよね。
ここまで品種が多いとは、学の無さを恥じますが。

けれど、感情に浸ってばかりも行けませんね。
生ける方々を護る、それも必要なことですから。
ですので天使達を呼び、彼女達の気を惹くよう命じましょう。
それとは別に、私のほうでも…この辺りに来るのは、初めてなものですから。
不躾とは思いますが、この近くのおすすめのカフェーを教えていただいても?



●遠い記憶
 足元に出来た水溜まりを見下ろす。
 其処には美しく咲く紫陽花の様相と、雲間から見える青空が映っていた。
 すぐに空は流れてきた雲によって覆い隠されてしまったが、曇天の下で咲く紫陽花もまた味わい深いと思える。
 ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)は水溜まりから視線をあげ、花々を見遣った。その際に思うのは菖蒲を思わせるという羅刹のこと。
 ――彼の影朧の過去に、何があったのか。
「理由も忘れて……と言うのは、使徒として気になりますね」
 影朧と化し、骸の海から滲み出た存在。
 呪物を手にして変容してしまったのか、それとも蘇る際に大切な記憶を失ってしまったのだろうか。今はただ想像するしかないが、やはり気には掛かった。
 ナターシャはそっと歩きはじめ、紫陽花の路を進んでいく。
(……私も過去に、色々とありましたから)
 言葉にはせず、ナターシャは自分が嘗て経験した出来事を思い返した。
 記憶は改竄されたものだった。
 名前とてそれらしいものを与えられていただけだった。
 信仰は揺らいでなどいないが、思うことがないといえば嘘になる。それでも今、ナターシャは猟兵としてこうして此処に居る。
「それが直視しがたいものとしても……きっと、大事なことでしょうから」
 ナターシャは静かに呟く。
 羅刹が抱く願いや望みを知れずとも考えることは出来た。大切なことを追い求めて刀を振るい、迷う者ならば、導きを与えるべきなのかもしれない。
 それは猟兵として、そして使徒としての役目。
 ナターシャはゆっくりと頷き、これから巡っていくであろう戦いへの思いを馳せた。
 そのとき、彼女の瞳に星花火と呼ばれる紫陽花が映る。
 立ち止まったナターシャは白い花と萼を暫し見つめた。
「それにしても、雨上がりの紫陽花は……こう、何と言うか。雫が輝いて、一層美しいのですよね」
 名前の通り、星型の萼がまるで花火のように咲いている。
 思えばこれまで見てきた紫陽花も少しずつ形や色合いが変わっており、紫陽花の品種の多さを教えてくれた。
 普段は綺麗だと思うだけで通り過ぎる花々も、こうして庭園内で整えられていると見応えもある。ナターシャは暫し花を眺めていた。
 その中で不意に彼の羅刹のことが思い浮かぶ。少しだけ自分の過去と重ね合わせてしまったからか、頭から離れなかった。
 しかし、感傷めいた思いに浸ってばかりもいけない。
「生ける方々を護る、それも必要なことですから」
 行く先に一般女性を見つけたナターシャは天使達を呼んでいく。彼女達の気を惹くよう命じれば、天使は庭園内を優雅に飛び交った。
 まあ、と女性達が天使を見つめる。手品かしら、魔法かもしれないわ、と喜ぶ女性。
 其処に近付いていったナターシャは彼女らに声を掛けていく。
「あの、すみません」
「はい? どうされたのかしら」
 振り向いた女性に向け、ナターシャは迷っているのだと告げた。
「この辺りに来るのは、初めてなものですから。不躾とは思いますが、この近くのおすすめのカフェーを教えていただいても?」
「ええ、よろしくてよ」
「こちらです。足元にお気をつけてくださいね」
 すると女性は快く答え、庭園の外にあるカフェーへの案内を買って出てくれた。
 ついでに私達もお茶をしようかしら、という声が聞こえたことでナターシャは安堵を覚える。これで彼女達が件の影朧の領域に近付くことはないだろう。
 そうして、ナターシャ達は他愛ない会話を交わしながら歩いていく。
 庭園に咲く紫陽花は変わらぬ美しさを宿しており、葉に溜まった雫は薄い陽光を受けながらきらきらと輝いていた。
 雨上がりの情景を見つめたナターシャは胸裏で誓いを立てる。
 この景色と、花を楽しむ人々を護ることを――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アネット・レインフォール
▼静
ふむ…過去にも呪物絡みの依頼を受けた事はあるが
急所がない分、存外厄介なものだ。

羅刹がかつて想い描いた願望は分からない。
抱くべき矜持や護るべき対象が歪んだ形で顕れたのか…
穴を掘る行為も贖罪を思わせるが此方も不明ときている。

――先ずは、そこからだな。

▼動
花の観賞はほどほどにして。
何か手掛かりが得られればいいんだが…。

一般人には雨雲が近い・泥濘で危ない等の理由で避難誘導を。
折角だしカフェで一杯ぐらい奢ろう。
猟兵特権というヤツだな(チケットを見せつつ)

ついでに過去の関連事件や噂等が無いか
雑談がてら情報収集しておく。
有用そうならマスターとの会話や店内の喧騒、
新聞記事等にも着目してみよう。

アドリブ歓迎



●紅茶のひととき
 梅雨から初夏に移り変わる季節。
 雨上がりの庭園を歩いていくと、小さな虹が花の傍に掛かっている様が見えた。
 アネット・レインフォール(剣の異邦人・f01254)はふとその場で立ち止まり、淡い色を湛えている虹を瞳に映す。
 光の加減なのか、次第にその彩は消えていった。なかなかに綺麗なものだと感じると同時に、思考は此度の事件について巡っていく。
「ふむ……」
 アネットは過去にも呪物絡みの依頼を受けたことがある。
 対人と違って呪物には急所がない。その分だけ存外に厄介なものだということをアネットは識っていた。
 歩を止めていたアネットはゆっくりと歩き出す。
 紫陽花の色は薄紅や紫から薄青へと変わっていった。季節の色彩を宿しているようだと思いながら、彼は更に歩みを進める。
 この庭園の奥。
 其処に潜んでいるという羅刹が、かつて想い描いた願望は分からない。
 もしかすると正義の思いから呪物を手に取ったのだろうか。抱くべき矜持や、護るべき対象が歪んだ形で顕れたのかもしれない。
 従えた影朧に穴を掘らせていることも伝え聞いていた。
 その行為も贖罪を思わせるが、此方もまた不明。本人達に聞く術は今はない。聞いても答えてくれるかどうかも分からない。
 穴を掘るという想像から、何となく足元を見遣っていたアネットは顔をあげた。
「――先ずは、そこからだな」
 アネットは紫陽花が咲く地面から視線を移動させ、花の路を後にしていく。
 観賞はもう十分。
 何か手掛かりを探せれば良いと考え、彼は庭園を巡っていった。その合間に一般人を見つけたアネットは紫陽花を見ている女性に声をかける。
 髪の長い美しい老婦人だ。
 こんにちは、と彼女から告げられた挨拶を聞き、アネットは会釈した。
 事件がなければそのまま通り過ぎるのだが、今回は違う。彼は女性に直接の危険を伝えぬよう気を付けながら声を掛けていく。
「花見も良いが、雨雲が近いようだ。それにこの向こうは泥濘で危ない」
「まあ、雨上がりですものね」
「しかし、折角だしカフェで一杯ぐらい奢ろう」
「良いのですか? ふふ、嬉しいですわ」
 避難誘導のついでにこういった交流も悪くはない。サアビスチケットを取り出してみせたアネットに頷き、婦人はにこやかに微笑んだ。
 そして、二人は庭園の傍に佇むカフェに足を運ぶ。
「若い方とお茶なんて久し振りです」
 アネットと共にテラス席に案内された老婦人は上品に笑む。テーブルにはティーポットがあり、それを手に取った老婦人がアネットのカップに紅茶を注いだ。
「大丈夫だ、自分で注げる」
「いいえ、ご馳走になっているのですからこれくらいはさせてくださいな」
 老婦人は穏やかに答え、アネットを見ていると孫を思い出すと語った。彼女の言葉に相槌を打っていくアネットは店内で交わされる会話にも意識を向けていく。
 敵について、或いは今回の件に関する情報がないかと調べたが、聞こえるのは楽しげな会話ばかり。しかし、それは此度の事件が地域に関係のない出来事だということだ。
 相手については何も分からなかったが、同じくして判明したこともある。
(――平和だ)
 平穏が満ちているからこそ此処を守らなければならない。
 アネットは紅茶のカップを傾け、楽しげに語る老婦人の声に耳を傾けた。今だけは、このような一般的な平和に身を預けてもいいだろう。
 言葉少なではあるが、紅茶を味わっているアネットをやさしく見つめる老婦人。
 彼女達が穏やかに過ごす日々を守る。
 戦う理由のひとつに、このことも付け加えてもいいかもしれない。
 そうして暫し、穏やかな時間が過ぎていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
【はゃるうら】
シャルちゃんアウラちゃーん、紫陽花見ながらお茶出来るって!
もっちろん、行くしかないよねー
何時も通りふたりの手を引いてれっつごー!
ふふー、私たちの仲だって
最近、シャルちゃん言葉にしてくれるからすっごく嬉しい

わー、キレーイ!
色んな紫陽花が色とりどり
スタンダードな青い紫陽花が好きかな、あたし
あ、それ知ってる授業でやった
酸性かアルカリ性か、だっけ

……って、もー、シャルちゃんったら
敵が来るまではちょっとお仕事離れようよー
美味しい物食べて、紫陽花キレイだねってだけで良いんだよ
息抜き息抜き!ね?

だーいじょうぶっ、零さないもんー
みんな色々変わって行くんだろうけど、今は三人でお茶出来るのが嬉しいな


アウレリア・ウィスタリア
【はゃるうら】
陽気な花雫に誘われて、シャルロットと共に歩きましょう
道すがら歌を奏でて一般客もカフェに誘いましょう

カフェから眺める紫陽花も素敵なのですから
そのままここにいてくれれば…

シャルロットは色んなことに詳しいのですね
ボクはただ綺麗な花、雨の中に咲く花ということしか知りませんでした

以前は「おねえちゃん」とボクを呼んでいたシャルロットが「ねえさん」と?
口には出ないけれど首を傾げてしまう

子供じゃない、確かにボクたちは未来へ進んでいますからね
仮面の中でボクは微笑んでいるのかもしれません

花雫、美味しいものを食べるのは
ボクも好きですが、はしゃぎ過ぎると
…ほら、こぼしてしまいますよ?

お茶セットはお任せで


シャルロット・クリスティア
【はゃるうら】
……まぁ、甘味につられて連行されるのは今に始まったことじゃないんで、今更何も言いません。
私達の仲ですから。勿論付き合いますよ。

紫陽花は、根を下ろした土の質によって花の色を変えると言います。
犠牲者が埋まった場所の花だけ色が違う、なんて推理小説に使われたりもするとか。
もっとも、影朧達が花の色目当てに埋めて、などは無いでしょうが。
……あぁ、すいません花雫さん。カフェで話すようなことでは無いですね。

気を張りすぎるなとは思うんですが、どうしてもこの後の事が頭をよぎって。
アウラねえさんは、そんなことないですか?

……え、呼び方?
良いじゃないですか、私だっていつまでも子供じゃないですよ……。



●紫陽花のように
 雨上がりの庭園はきらきらと光っている。
 その理由は花や葉に残った雨の雫が陽光を受けて輝いているから。
 水溜まりを飛び越え、振り返った霄・花雫(霄を凌ぐ花・f00523)は後方にいるふたりに大きく手を振った。
「シャルちゃんアウラちゃーん、紫陽花見ながらお茶出来るって!」
 向かう先にはカフェがある。
 花雫の後に続いてきたのは、アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)と、シャルロット・クリスティア(彷徨える弾の行方・f00330)。
 既に彼女達は庭園にいた一般女性への対処を終えていた。
 とはいっても、物々しいものではなくアウレリアの歌による誘導だ。カフェに誘おうとした女性達の方が店について詳しく、彼女らの話を聞いた花雫がああして期待に胸を躍らせているというのが今現在の状況となる。
「急がなくてもカフェは逃げませんよ」
「うん! けれどもっちろん、行くしかないよねー」
「はい、行きましょう」
 シャルロットの声に花雫が頷き、アウレリアも歩を進める。花雫は何時も通りにふたりの手を引き、嬉しげに駆け出す。
「れっつごー!」
「……まぁ、甘味につられて連行されるのは今に始まったことじゃないんで、今更何も言いません。私達の仲ですから」
 手を握り返したシャルロットは、勿論付き合いますよ、と付け加えた。
 アウレリアもそっと花雫の手を取り、引かれるままに付いていく。件の女性達の方を見遣れば、此方を微笑ましそうに見つめていた。
 どうやら彼女達はゆっくりと歩いてカフェに向かうようだ。あの調子ならば大丈夫だと感じたアウレリアは安堵を覚える。
 三人で進む路には紫陽花がたくさん咲いていた。
 青に紫、鴇色に薄紅と色彩は様々。綺麗だね、と笑う花雫は先程にシャルロットが語った言葉を思い返す。
「ふふー、私たちの仲だって」
「そうですね、確かに仲良しですから」
 最近のシャルロットは言葉にしてくれる。だからすごく嬉しいのだと話す花雫。彼女に首肯したアウレリアも穏やかな心地を覚えていた。
 
 そうして、一行はカフェに到着する。
 ちりんと鳴ったドアベルの音が可愛らしく、とても良い雰囲気だ。
 案内されたのはテラス席。落ち着いた様相の喫茶店はなかなか過ごしやすそうに感じられる。聞いていた通り、さっきまで居た庭園の様子がよく見えて良い場所だった。
「わー、キレーイ!」
 花雫は円卓になった席に付き、其処から眺められる花に目を向ける。
 歩いているときも綺麗だと思っていたが、落ち着いて見る紫陽花も良い。色とりどりの紫陽花の中では、やはりスタンダードな青い紫陽花が好きだと思える。
 同様にシャルロットとアウレリアも視線を巡らせた。
「紫陽花は、根を下ろした土の質によって花の色を変えると言います」
「シャルロットは色んなことに詳しいのですね」
「あ、それ知ってる。酸性かアルカリ性か、だっけ」
 花について語る彼女に感心したアウレリアは改めて紫陽花を見つめる。花雫もいつかの授業を思い返しつつ興味を示した。
「ボクはただ綺麗な花、雨の中に咲く花ということしか知りませんでした」
 アウレリアは自然の世界について思う。
 はい、と答えたシャルロットは更に言葉を続けていった。
「犠牲者が埋まった場所の花だけ色が違う――なんて、推理小説に紫陽花が使われたりもするとか。もっとも、影朧達が花の色目当てに埋めて、などは無いでしょうが……」
 淡々と語るシャルロットの思考は此度の的に向いている。はたとした花雫は彼女の生真面目さに対し、くすくすと笑った。
「もー、シャルちゃんったら。敵が来るまではちょっとお仕事から離れようよー」
「……あぁ、すいません花雫さん。カフェで話すようなことでは無いですね」
「美味しい物食べて、紫陽花キレイだねってだけで良いんだよ。息抜き息抜き!」
 ね? と語る花雫は無邪気だ。
 そうやって遠慮なく告げてくれることも仲の良い証。
 気を張り過ぎてはいけないとは思っているのだが、シャルロットとしては戦いも重要なこと。どうしてもこの後のことが頭をよぎってしまうのだと話した彼女は、ふとアウレリアに問いかける。
「アウラねえさんは、そんなことないですか?」
「気にならないことはないですが……シャルロット?」
 アウレリアが戦いのことよりも気に掛かったのは、シャルロットからの呼び名。以前はおねえちゃんと呼ばれていたのだが、今はねえさんと呼ばれていた。
 首を傾げたアウレリアの様子に気付き、シャルロットは軽く視線を逸らす。
「良いじゃないですか、私だっていつまでも子供じゃないですよ……」
 さりげなく呼んだ心算だったが、気付かれてしまったことが少し恥ずかしい。しかし、シャルロットはすぐに視線を戻した。
「子供じゃない……ですか。確かにボクたちは未来へ進んでいますからね」
 仮面の中で自分は笑っているのかもしれない。アウレリアの胸裏には、不思議な穏やかさが浮かんでいた。
 花雫はそんなふたりを見つめ、楽しげに双眸を細める。
 そうしているうちにテーブルに店員が訪れた。席についたすぐ後に頼んお茶とお菓子が運ばれてきたようだ。それはロイヤルミルクティーと、この季節のお勧めだという紫陽花に見立てた青いゼリーを乗せたプリンのセットだ。
「わあ、すっごく美味しそう!」
「花雫、美味しいものを食べるときは落ち着いて。ボクも好きですが、はしゃぎ過ぎると……ほら、こぼしてしまいますよ?」
 テーブルが少し揺れたことで、花雫がぴたりと止まる。
 片目を瞑った花雫は心配してくれたアウレリアにちいさく笑んでみせた。
「だーいじょうぶっ、零さないもんー」
「零してしまってはこの美味しさが減ってしまいますからね」
 芳醇な香りのミルクティーが注がれたカップを手に取り、シャルロットはゆっくりとお茶の味を楽しんでいく。
 アウレリアもティーカップを手に取り、一口を味わう。
 静かなふたりだが、楽しんでいるのは手に取るように分かった。花雫はスプーンを片手に持ち、紫陽花めいたゼリーをすくう。
 そのとき、雲間から差し込んだ太陽の光が彼女の手元を照らした。
「見て! 光があたってきらきらしてる!」
「本当に紫陽花みたいですね」
「味はどうでしょう……。透き通っているから爽やかなのでしょうか」
「じゃあ、せーので一緒に食べてみよっか?」
 三人はそんな言葉を交わしながら、カフェタイムを大いに満喫していく。
 皆で楽しめば、きっと何だって格別の味になる。
 少しずつ大人になっていくように、みんな色々と変わっていくのだろう。けれども今は、こうやって三人でお茶のひとときを過ごせることが嬉しい。
 たとえ色が移り変わっても、変わらずに庭園に咲く紫陽花のように――。
 自分達の縁も明るく咲き続けていきますように。
 そっと願った少女の思いは、楽しく巡る時間の中に快く混じっていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鈍・しとり
ばぁって訳にもいかないわね
『何だか雲行きが怪しいわ』
「あなた方もお気をつけて」
とぽつり紫陽花にひと滴落として声かけを

言葉通り雨雲を呼び出し人払いを終えれば
薄着物の人姿のまま庭園を散策
口きかぬ花々が些かものたりず

遅かれ早かれ雨になるのに
束の間の青空をごめんなさいね

濡らしたばかりの紫陽花に話しかけ
空色の欠片をちぎり一口喰む

ほんとうに金平糖のよう

誰の感情の残り香か知らと独りごち
次は万華鏡とやらに顔寄せ覗いてみたり
弾けそうな星の花を突いてみたり

弾む足取りは水溜りで跳ねる童子に同じ

『あかいあめがふる』
甘いか知ら、苦いか知ら
咲くか知ら、散るか知ら

口遊む割に其処に興味はなく
待ちきれず
妖めく瞳で迷路を見つめて



●花と空のうつろい
 ぽつり、雫が紫陽花に落ちた。
 雨上がりの庭園には先程まで一筋の光が射していたが、空には雲が満ちてきていた。
「――何だか雲行きが怪しいわ」
 鈍・しとり(とをり鬼・f28273)は市女笠越しに頭上を振り仰ぐ。目を眇めて見遣る先には雨雲めいたものが見て取れた。
 しとりの言葉を聞き、庭園を散歩していた女性達も空を見上げる。
「あら、本当」
 それまでのんびりとしていた女性が声をあげた。しとりは彼女に見えるように踵を返し、庭園の出入り口へと向かう様子を見せる。
 すると誘われるように女性達も帰路に付こうとした。
「あなた方もお気をつけて」
 しとりが告げると、彼女達は軽く会釈をして歩いていく。
 少しだけ回り道をして、その背を見送ったしとりは改めて紫陽花の景色を見つめた。驚かせて退散して貰う案も頭に過ぎっていたが、この策が成功して良かった。
 雨雲を呼びはしても、いずれは雨が降るのは予測されていること。
 これで良いとちいさく頷き、しとりは庭園内に戻る。本当の雨が降り出す前にしとりは暫しの散策を愉しもうと決めていた。
 薄着物を翻し、しとりは整えられた散策路をゆく。
 人と違って口をきかぬ花々。姿こそ美しく可憐だが、些か物足りない気がする。
 先程の女性達からは戸惑いや、急く感情が感じられたというのに。しとりは最初に感じた穏やかさを思い返しながら紫陽花の傍で立ち止まる。
「遅かれ早かれ雨になるのに、束の間の青空をごめんなさいね」
 声を掛ければ紫陽花は微かに揺れた。
 葉に湛えた雫が地面に落ちる。地にできていた水溜まりに雫が跳ねて、ちいさな音を立てた。続けてひとつ、ふたつ、と雫が溢れれば雨音めいた音色が奏でられた。
 しとりは濡らしたばかりの紫陽花に手を伸ばす。
 砂糖菓子のような萼と花。
 それは雲間からひとときだけ見えていた青空のような色合いだ。
 空の欠片を映したかのような萼を一枚、そっとちぎったしとりは一口だけ喰む。甘いと感じたのはそれまで花を観ていた人々の感情が宿っているからだろうか。
「ほんとうに金平糖のよう」
 誰の感情の残り香か知ら。そんな風に独り言ちたしとりは、様相を変えた花の方に目を向ける。同じ紫陽花でも形も、色も違う。
 空色の花は青の金平糖。白覆輪の八重咲きの花だ。
 次に瞳に映したのは万華鏡と呼ばれる紫陽花。繊細で可愛らしい雰囲気の花は薄紅色で、金平糖の花とは違う色合いになっている。
 花に顔を寄せ、覗き込むしとりの姿はまさに万華鏡を観ているよう。
 揺らめく花と萼は愛らしい。
 次に視線を巡らせれば弾けそうな星の花が見えた。突いたら弾けるか知ら、と指先で花に触れるしとりの双眸が緩やかに細められる。
 自然に弾む足取り。水溜まりで跳ねる子供のように、しとりは先に進んでいった。
 そして、いつしか歌を口遊みはじめていく。
 あかい、あかい、あめがふる。
 甘いか知ら、苦いか知ら。
 咲くか知ら、散るか知ら。
 歌いはすれど其処に興味はなく、意識はこの先の時間へと向く。しとりが宿す氷とも空色とも表せる、あおい眸が幾度か瞬く。
 もう少し。あと少し。
 待ちきれずに佇むしとり。妖めく瞳には骸骨めいた迷路の入口が映っていた。
 雨は屹度、もうすぐ降りはじめる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼
梟示(f24788)に誘われて

本当、紫陽花がまだこんなに綺麗
散策する足取りは、足音もなく嬉しげに

ええ、見に来られて良かったわ
きっとこれが今年最後の紫陽花ね
お誘いをありがとう、梟示
素敵な庭を見られて嬉しいのだわ

…ワタシ?
向けられた視線に首を傾げて
白い手鞠に眦が緩む
ふふ、こんなに愛らしいかしら

そう、紫陽花は好きよ
様々な色で形で、こうして咲いて雨に似合うの
梟示の好きな花はある?

気に入りは
この紫陽花、ラピスラズリと言うのですって
梟示が好きな青かしら

ワタシは雨も好きだから
雨降りは代わりに駆けましょうか、なんて冗談めかし
…どんな世界に変わったの?
見上げて笑うのよ
綺麗だと思うなら、きっと同じ世界を見ているわ


高塔・梟示
千隼君(f23049)をお誘いして

景色楽しみ、ゆるりと散策を
長梅雨も彩る花があれば悪くない

紫陽花の時期が過ぎる前に
見に来られて良かったよ
見納めには勿体無い庭眺め、此方こそと

ホワイトシャドーなんて
誰かさんみたいな名前だな…
白い手毬を見て、傍らに目を向け

紫陽花が好きなんだったね
千隼君の気に入りはあったかい?
…おや、お見通しか
華やかで名前通りの良い色だとも

悩むが…わたしは藍姫かな
日陰でも楚々として綺麗だ

雨は苦手だが雨上りは世界が変わったようで心地良い
いいのかい?でも高そうだ、と軽口返し
…目覚めて初めて見る景色のように
呟き笑って

君の見る世界と同じかは分らないが
綺麗な景色をご一緒出来るのは、嬉しいことさ



●雨と青
 紫陽花が咲き誇る庭園にて。
 よく手入れされ、整えられた庭園の散策路を歩きながら情景を眺めていく。
 足取りは穏やかに、高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)は傍らの宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)と歩幅を合わせてゆるりと歩む。
 足音を立てない彼女の様子を見遣り、梟示は次に紫陽花に目を向けた。
「長梅雨も彩る花があれば悪くないね」
「本当、紫陽花がまだこんなに綺麗」
 雨があがったばかりの花々の上には雨の雫が宿っている。それがまた情緒を感じさせてくれると思いながら、梟示と千隼は視線を交わした。
「紫陽花の時期が過ぎる前に見に来られて良かったよ」
「ええ、見に来られて良かったわ。きっとこれが今年最後の紫陽花ね」
 見納めには勿体無い庭だ。
 ありがとう、此方こそ、と礼を告げあった二人は庭園の奥に進んでいった。
 足元にはちいさな水溜まりがある。
 気を付けて、と示すように梟示が軽く振り返れば、千隼は首肯した。歩幅もそうだが、彼の静かな気遣いが心地好い。
 やがて見えたのは煉瓦路が続く庭園の一角。
 其処に咲くのは真白な花。装飾花が手鞠のようについている紫陽花の横には、品種名が記された木の看板があった。
 梟示は目を細め、花の前で立ち止まる。
「ホワイトシャドーなんて誰かさんみたいな名前だな……」
「……ワタシ?」
 言葉の後に自分に視線が向けられたことで、千隼は軽く首を傾げた。
 白い手鞠は美しい。思わず眦が緩む。千隼は彼が花に自分を重ねてくれたことをこそばゆく思い、同時に何だか嬉しくも感じた。
「ふふ、こんなに愛らしいかしら」
「少なくとも、今そう感じたのは確かさ」
 梟示は薄く笑む千隼に頷き、再び歩き出していく。
 道の先には様々な名を抱く紫陽花が咲いている。名前の通りに星と花火を思わせる花、砂糖菓子めいた可愛らしい姿の花、色を変える万華鏡の如き花。
 どれも丁寧に育てられていることが分かる。
 梟示はゆっくりと花を眺め、同じくして紫陽花を楽しむ千隼に言葉をかけた。
「紫陽花が好きなんだったね」
「そう、紫陽花は好きよ」
 千隼は語る。様々な色で形で、こうして咲いて雨に似合う花が好ましい、と。
 成程、と頷く梟示は庭園の花に視線を巡らせる。
「千隼君の気に入りはあったかい?」
 同じ紫陽花でもこれだけの品種がある。少しずつ違う花の色合いや、様々な形を確かめていく梟示は問いかけた。
 すると千隼が少し先に歩んでいき、青い花萼を示す。
「この紫陽花、ラピスラズリと言うのですって。梟示が好きな青かしら」
「……おや、お見通しか。華やかで名前通りの良い色だとも」
 美しい青を宿す様に目を向け、梟示はラピスラズリの花を見下ろした。確かに彼女の言う通りの色彩だ。
 暫し彼が紫陽花を見ている傍らで、次は千隼から問いかけてみる。
「梟示の好きな花はある?」
「悩むが……わたしは藍姫かな」
 梟示は色濃くちいさな青い花を咲かせるものを指差した。
 日陰でも楚々として綺麗だと話す彼の声に相槌を打ち、千隼は片目を眇める。そうして暫し、互いの好きだと思う花を眺めるひとときが過ぎていった。
 時折、雲間から陽射しが降りそそぐ。
 花を照らすひとすじの光はまるでささやかなポットライトのようだ。梟示はこういった情景も悪くはないと感じていた。
「雨は苦手だが雨上りは世界が変わったようで心地良いな」
 彼の言葉を聞き、そう、と答えた千隼はふと浮かんだ思いを言葉にする。
「ワタシは雨も好きだから、雨降りは代わりに駆けましょうか」
「いいのかい? でも高そうだ」
 冗談めかした千隼に対して梟示は軽口を返した。互いの口許に微かな笑みが宿り、これまで以上の和やかな感慨が巡る。
 そして、千隼は梟示の数歩先を歩いてゆく。
 先程の梟示の言葉を思い返した千隼は其処で止まった。その後に続いていた梟示も同じように歩を緩める。
「……どんな世界に変わったの?」
 此方を見上げて笑う千隼の視線が真っ直ぐに向けられていた。梟示は少しだけ考え、それから感じたままの思いを声にする。
「そうだね、目覚めて初めて見る景色のように」
 呟き、笑ってみせた梟示の言の葉が紫陽花の庭園にそっと落とされた。喩えられた景色を見渡しながら、千隼は眸を細める。
「綺麗だと思うなら、きっと同じ世界を見ているわ」
 彼女に倣って庭園の様子を確かめた梟示は、雫を湛える花の可憐さを懐う。
「君の見る世界と同じかは分らないが――」
 こうして綺麗な景色を一緒に見ることが出来るのは、今は何より嬉しいこと。
 梟示は偽りない思いを伝えた。
 ええ、と答えた千隼は紫陽花が咲く道の先を見遣る。其処には季節が移り変わる最後まで咲き誇ろうとする花々の姿があった。
 ひとつ、零れ落ちた滴が地面を更に濡らす。
 その滴は涙か、雨雫か。敢えてそれを確かめないまま梟示は空を振り仰ぐ。
 もうすぐまた雨が降り出すのだろうか。
 されど、この後に再び巡る雨上がりの時間を思うと、それも悪くないと思える。
 雨後の空と同じ色を宿す紫陽花は、初夏の風を受けて揺らめいていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
紫陽花か…この間とはまた様子が違って見えるな。品種によってどれも個性があって面白い。
もし近くに一般の女性がいたらそれとなくカフェの方へ勧めて誘導しておこう。

テュットは花が好きな様で楽しそうに眺めている。形の違う紫陽花が興味深いと感じるのはテュットも同じらしいな。一方ミヌレは葉や萼に残る雨後の雫の方に興味がある様だ。
…本当は紫陽花を見ると先日見たものを思い出してしまうから、あまり見れないのかもしれないな。
テュットも何となくミヌレの様子に何か感じたのか、急に抱き上げ自身のマントで包み込む。初めはミヌレも驚いていたが次第に安心したらしい。
仲の良い2人と共に穏やかな時間を過ごせるのは、俺も心地が良いな



●共に往く路の先
 雨上がりの紫陽花の色は記憶にも新しい。
 神社で見た花の景色を思い返したユヴェン・ポシェット(opaalikivi・f01669)は、庭園に咲く紫陽花を瞳に映していく。
「この間とはまた様子が違って見えるな」
 以前に見たのはどの世界でもよく見かける紫陽花だった。
 それに対して、この庭園に並ぶ花の品種は少し変わったものが多い。庭園の管理者によって選別され、丁寧に手入れされているのだろう。
 神社もそうだったが、此方にもまた違う風情がある。
 煉瓦の小路を歩くユヴェンの目に先ず留まったのは、花火が咲いているような小花が集まった紫陽花だ。星花火というらしい。
 その少し向こう側には万華鏡という品種があり、更に先には歌合わせという花が咲いているようだ。ユヴェンは楽しげに揺らめくテュットが喜んでいることを感じながら、歩みを進めていく。
「綺麗だな。テュット、嬉しいのか?」
 品種によってどれも個性があって面白いと感じつつ、ユヴェンはテュットの愛らしさに微笑ましい気持ちを覚えていた。
「まあ。ふふ、素敵なお召し物ですこと」
 すると近くを通り掛かった女性がユヴェン達を見て声を掛けてくる。
 ユヴェンはテュットが褒められたのだと感じて軽く会釈をした。そうして二言三言の会話を交わし、彼女にカフェを勧める。
 それは素敵ね、と答えた女性は上品に手を振って庭園の出口へと歩いていった。
 その後ろ姿を見送り、ユヴェンは一先ずの安堵を覚える。テュットも手を振り返すようにひらひらと揺れていた。
 そして、ユヴェン達は紫陽花の散策路を更に進んでいく。
 テュットは花が好きらしく、飽きずに景色を眺めている。ユヴェンと同様に、形の違う紫陽花が興味深いと感じているテュットは全てに興味津々。
 一方で、ミヌレの方紫陽花をちょこんと突っついてはぴゃっと離れている。
「ミヌレは雫で遊んでいるのか」
 どうやら葉や萼に残る雨後の雫が面白いらしく、わざと地面に落としているようだ。ミヌレはその雫に触れてしまったら負けというルールを設けているのだと気付き、ユヴェンはおかしげに笑った。
 くるりと振り返ったミヌレは、ユヴェンもやる? といった視線を向けてくる。
 だが、きっと――。
(……本当は紫陽花を見ると先日見たものを思い出してしまうから、あまり見れないのかもしれないな)
 先日に見た彼女の幻影。
 それはとても優しくて、同時に酷く残酷なものでもあった。
 ミヌレもああやって何とか思い出さないようにしているらしい。甘い夢は時に苦い思い出になる。それがもう容易に手の届かないものだと知っていると余計に。
 すると、テュットも何となくミヌレの様子に何かを感じたらしい。
「テュット?」
 ユヴェンが問うのと同じタイミングでテュットはミヌレを抱き上げる動きをした。自身のマントで包み込めば、ミヌレがぱちぱちと瞼を瞬く。
 少し驚いた様子のミヌレだったが、次第に安心したように目を閉じた。
 大丈夫。皆いっしょだから。
 仲の良いふたりを見ていると、そんな言葉が聞こえた気がした。
「そうだな、俺達は独りではない」
 ユヴェンは共に過ごす者達に語りかけ、自分にも言い聞かせるように呟く。
 思うことはあっても、今はこんなにも穏やかだ。紫陽花が咲く路の奥へと進みながら、ユヴェンは今感じている心地の良さをしかと確かめた。
 そして――花と葉に宿っていた雫がまたひとつ、ぽつりと落ちる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
綺麗な紫陽花ね
先歩く桜わらしに笑みかける

前も話したかしら

あなたに成りたかった
誰もがあなたを信じ求めていたから

私は私として生きると決めた
あなたから繋げられたいのちを
爛漫に咲いて
あいを護れる龍になると

甘く懐かしい梔子の香り
あの神様の纏う白い花香
1つ摘んで手渡す

…影朧を知ってる?
俯く誘に少し笑む

…あの神様は
私にとっても大切な師匠

過去は戻らない
けど向き合える
未来に繋げられる
私が言うのだからそうなのよ

誘にとっての師匠はきっと
私にとっての人魚の存在と
形は違っても同じだったのではないかと

…かけがえのない友だと声が聴こえた気がした

誘はひとりじゃないわ

うつろう彩を一緒に並んで歩く

人形の頬を濡らすのは雨粒かしら


リル・ルリ
ヨル!待ってよ!
紫陽花路をかけてく子ペンギンを追いかけて泳ぐ
ヒラヒラ舞う蝶々も一緒で嬉しくなって、小さく歌ぐ
この紫陽花は「歌合わせ」と言うんだって

女の人を見つけたら
かへに美味しそうな限定のすいつがあったよなんておすすめしておく

僕の歌はとうさんがくれた
僕の声はかあさんがくれた
二人が僕と歌を象ってるんだ
過去があるから今の僕がいる
黒薔薇の蝶と戯れて泡沫のように微笑む

あいが僕を僕にしてくれた
美しい櫻が
あたたかな春が
僕を満たしてくれるから、愛する龍がどんな道を往こうとも寄り添っていきたいんだ

ん?ヨル、その花は?
いい香り
梔子ていうんだ
「とても幸せです」って花言葉

幸せだから
皆で写真をとろう
喜びを運べるように



●薄紅の夢の果て
「――綺麗な紫陽花ね」
 紫陽花の煉瓦路を歩く先。自分の少し前を行く桜わらしの背を見つめ、誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は微笑む。
 桜わらしは淡々と花の路を進んでいたが、声を掛けられたことで振り返った。
 櫻宵はじっと見上げてくる桜わらし、誘に語りかけた。
「前も話したかしら」
「……?」
「私ね、あなたに成りたかった」
 僅かに疑問を浮かべたような様子を見せた桜わらしに対して、櫻宵は思うことを告げていく。その理由は、誰もがあなたを信じ求めていたから。
「けれど――私は、私として……」
 生きると決めた。
 あなたから繋げられたいのちを、先に進めたいと願うようになった。
 爛漫に咲いて、あいを護れる龍になる。咲かせて喰らうばかりではなく、生かす道もあるのだとこれまでの軌跡で識ることが出来た。
 だから、願いはもう既に過去形。
 成りたいのではなく、成りたかった。嘗ては理想だったことが自分を棄てることと同義だと解った現在、それは過ぎ去りし思いとなった。
 甘く懐かしい梔子の香りが揺らめく。
 あの神様が纏う白い花香がした。櫻宵はそれをひとつ摘んで、桜わらしに手渡した。
「……影朧を知ってる?」
 問いかけると、肯定するように誘が俯く。
 少しだけ笑んだ櫻宵は、誘が思っているであろうひとについて話していく。影朧に成り果てた彼のことを考えると未だ複雑な思いが巡るが、抱く感情は変わらないまま。
「あの神様は、私にとっても大切な師匠よ」
 過去は戻らない。
 終わったことを変える力など誰も持ち得ていない。
 けれど、向き合うことは出来る。そして其処から未来に繋げることも可能だ。
 すると桜わらしはふたたび疑問を抱いている様子を見せた。本当かと問うているかのような視線が櫻宵に向けられる。
「私が言うのだからそうなのよ」
 桜わらしは無言だったが、まだ頼りないな、という意思を感じた気がした。しかしそれは懐疑的なものではなく、櫻宵のこれからに期待を寄せる雰囲気だ。
 まるで、未来に進む櫻宵の背を後押しするような――。
 桜わらしが歩き出す。
 付いてこいと云うような仕草をした誘の後に続いて、櫻宵も歩を進めた。
 紫陽花の色彩が視界に入る。桜にも似た淡い薄紅から色濃い赤へ変わる花々。何かを感じさせる色合いだと感じたが、櫻宵は真っ直ぐに桜わらしを見つめる。
 誘にとっての師匠――即ち、神斬。
 櫻宵にとっての人魚の存在と、形は違っても同じだったのではないかと思えた。
 戀と愛。或いは友愛。
 呼び名は違っても誰かを大切に想う心の根源は似ている。
 ――かけがえのない友だ。
 もう一度振り向いた桜わらしからそんな声が聴こえたように思え、櫻宵は頷く。
「誘はひとりじゃないわ」
 後ろを歩いていた櫻宵は誘の横に並び立ち、うつろう彩を一緒に眺めながら歩いた。
 ぽつり、ぽつりと雫が地面に落ちる。
 人形の頬を濡らした雫。それは雨が降り始めたからか、それとも。
 そのことは敢えて確かめないまま櫻宵は誘の隣を歩き続ける。これまでのように過去を追うのではなく、共に進んでいく為に。
 たとえこの先にどのような未来や結末が待っていようとも。
 屹度、目指すものは同じであるはずだから――。
 
●水想と花蝶の結び
 ぺたぺた、ぱたぱたと駆けていく足音。
 水溜まりを飛び越え、少し失敗して足の先を濡らして走るのは子ペンギンの式神だ。
「ヨル! 待ってよ!」
 リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は紫陽花の路を駆けていくペンギンを追いかけながら宙を泳いでいく。
 その傍には黒薔薇を思わせる二羽の蝶がひらひらと舞っていた。
 カナンはリルの横に寄り添うように飛び、フララの方はめいっぱいにはしゃぐヨルを心配するように追いかけていっている。それぞれに意思を持って羽ばたいている蝶々は紫陽花の情景の中を悠々と飛んでいた。
 そのことが嬉しくなって、リルは歌をうたう。
 それまで駆け回っていたヨルがぴたりと立ち止まり、きゅきゅ、と嬉しそうに両羽を広げた。まるで指揮者の真似事のような動きをするヨル。その傍でカナンとフララもリルが紡ぐ歌に呼応するように舞った。
 その光景はまるで家族で奏でるちいさな舞台のようだ。
 ふわりと微笑んだリルは近くにあった紫陽花を見つめ、指先を花萼に伸ばす。
「この紫陽花は『歌合わせ』と言うんだって」
 何だか今のひとときを花が見守ってくれていたみたいだ。ヨルと蝶々達に語りかけるリルは自分でも気付いていないようだが、とても幸せそうだった。
「……ふふ」
 その光景を見ていたらしい老婦人が静かに笑う。
 振り向いたリルは、こんにちは、と声を掛けて会釈をした。ヨルも、きゅっと鳴いて女性に挨拶をしている。すると彼女はリル達に問いかけた。
「歌が好きなの?」
「うん。とうさんに教えてもらったから、歌は大切なものなんだ」
「そう、お父様に……素敵ね」
「かあさんも綺麗な歌声だったんだって」
 老婦人が穏やかな佇まいであるからか、リルは自然な思いを言葉にしていた。
「だったら、あなたの声はお母様譲りなのかもしれないわね。すごく綺麗だったもの」
「聞いてくれてたの?」
「ええ。花と合わさって、とても美しかったもの」
 老婦人は微笑みを絶やさず、やさしい眼差しを向けてくれている。しかしどうやら少しだけ歩き疲れているようだ。
 そうだ、と声にしたリルは褒めて貰ったお礼を告げてから庭園の外を示す。
「かへに美味しそうな限定のすいつがあったよ」
「あらあら、それは良いわね」
 まあ、と微笑んだ彼女はそちらに行ってみると答えて歩き出した。彼女の背を見送ったリルはヨルと一緒に手を振る。
 それから、婦人と話したことを思い返したリルはそっと懐う。
 あの歌はとうさんがくれた。
 この声はかあさんがくれた。
 つまりは二人の存在が僕と歌を象ってくれる。
 過去があるから今の僕がいる。そのことを改めて識ることが出来た。
 指先を黒薔薇の蝶に伸ばせば、美しい羽ばたきが見える。カナンとフルル達と戯れるリルは泡沫のような微笑みを宿した。
 たくさんのあいが、僕を僕にしてくれたから、今がいとおしい。
 黒と白。歌と声。
 美しい櫻が、あたたかな春が、この胸と心を満たしてくれるから――。愛する龍がどんな道を往こうとも寄り添っていきたい。
「ん? ヨル、その花は?」
 気付けば子ペンギンが或る花の傍にいた。傍らに立てられていた庭園の小看板を見るに、その植物は梔子というらしい。
 梔子の花香は甘やかだ。看板には『とても幸せです』という花言葉があるらしいことが小さく書かれていた。
 ――幸せ。そう、とても幸せだから。
 この記憶を形に残すために皆で写真をとろう。そう決めたリルは上機嫌に、楽しげに雨上がりの庭を泳いでゆく。
 その先にはよく知った桜龍と童の姿があり、リルはヨルと共に手を振った。
 花に重ねる想いはひとつ。
 どうか、この先に喜びを運べるように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
悠里(f18274)と

悠里が持参した花図鑑を
自分もそうっと覘いて
同じ種類の筈なのに
色味や形が少しづつ違ってて凄いね
あ、俺は此れがすきだったかも
指したのは歌合せ
見掛ける二藍じゃない、薄桃の花弁は
桜と重ねて惹かれてしまう

限定の紫陽花パフェも色鮮やかで
見てて飽きないね
庭で咲く花をそのまま食べさせて貰えるようで
俺は紫陽花色のあいすにしようかな、
まあるい紫陽花がひんやり冷たくて美味しい
折角だから、悠里、こっち向いて?
シャッター音と共に思い出収めて満足気

季節が巡れば終わってしまうし
名残惜しいもんな
少しだけ、思い出欠片をお裾分けさせて貰おうか
ぷりざーぶどふらわーなら色も綺麗に残せる?
君との時間も保存したくて


水標・悠里
千鶴さん/f00683
カフェの窓から外を見て
ポケットサイズの図鑑を捲りながらここにくるまでに見つけた品種を探す

紫陽花には沢山の種類があるのですね
よく見れば萼の形が違ったりしていて
違いを見つけるだけでも面白い

カフェに来た目的は季節限定の紫陽花ぱふぇなる甘味があると聞いて
花に見立てたゼリーが綺麗で可愛らしいですね
食べるのが勿体無いの写真を撮っておきましょうか
千鶴さんは何をたたみましたか?
あいす、わあ、どんな味なんでしょう
わ、私の写真を撮っても美味しくありませんよ

紫陽花が好きなので長く咲いていて欲しいです
押し花やぷりざーぶどふらわーにすれば、このまま保存できると聞きました
帰ったら試してみましょうか



●紫陽花のいろ
 雨上がりの雰囲気は不思議だ。
 それまで揺蕩っていた空気が一度に洗い流されたような心地がして、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は辺りを見渡してみる。
 此処は庭園の傍に佇む、ちいさなカフェー内。
 そのテラス席に座る宵鍔・千鶴(nyx・f00683)と悠里は静かな時間を楽しんでいる。
「見てください」
 悠里はテラスから見える庭園の花を指差し、持参した花図鑑と照らし合わせる。
「本当だ、一緒だね」
 千鶴もそうっと図鑑を覘き、交互に本と紫陽花を見遣った。
 紫陽花の形と花の付き具合を確かめ、あれが万華鏡という名前なのだと識る。
 悠里が頁を捲ると次はコンペイトウ・ブルーという品種が目に入った。それはこのカフェに訪れる前に見たものと同じで、二人の間に笑みが咲く。
「可愛らしい花でしたね」
「同じ種類の筈なのに、色味や形が少しづつ違ってて凄いね」
 先程に注文した品が届くまで、悠里達は和気藹々と花について語っていく。
 少し外れた道にあった白い花は梔子で、薄紅に色付いた枝垂れの花は秋海棠だった。
 そして、煉瓦路の両脇に咲いていた紫陽花。
 色彩も花の形も様々で見ていて飽きなかった景色を思い、千鶴は双眸を細める。花がグラデーションのように並んでいたのも印象深かった。
 悠里も千鶴と一緒に歩いた路を思い返し、穏やかな気持ちが巡っていくことを感じる。
 何気なしに更に頁を進める悠里。
 その中に気になる項目を見つけた千鶴はその頁を指差した。
「あ、俺は此れがすきだったかも」
 示したのは歌合せと名付けられた品種の紫陽花だ。
 よく見掛ける二藍ではない、薄桃の花弁は桜に似ていた。好きな花と重ねたことで惹かれてしまったのだと感じた千鶴は薄く笑む。
「良い名前ですね。歌を合わせて……知っている人を思い出します」
 悠里も頷き、様々な花を想った。
 紫陽花にはそれはもうたくさんの種類があって、よく見れば萼の形がひとつずつ違って別の花のように見える。
 間違い探しのような楽しい感覚が浮かんだ。そうやってちいさな違いを見つけるだけでも面白くて、悠里と千鶴は暫し図鑑と景色を眺める時間を過ごす。
 カフェの傍らに咲く紫陽花。
 その葉に宿っていた雫が地面に落ち、ぴちゃん、と可愛らしい音が響いた。
 雨雫が音色を奏でる様に耳を澄ませる二人は暫し長閑なひとときを楽しむ。そうしているうちにテーブルに品物が運ばれてきた。
 香り高い紅茶と一緒に並べられていくのは、今の季節限定の甘味だ。
「これが紫陽花ぱふぇ……」
「すごいな、ゼリーが色鮮やかで良いね」
 悠里はカフェに訪れた一番の目的であったパフェに対し、静かに瞳を輝かせる。真白なミルクプリンをベースにクリームが飾られ、バニラアイスの上に紫陽花の色を思わせる葡萄と苺がグラスの周りに飾られていた。
 そして、中央を彩るのは透き通った青いゼリーを砕いて紫陽花に見立てたもの。
 透明な青と紫。果実の赤と紫。
 それらはまさに紫陽花の色彩そのもの。
「食べるのが勿体ないですね」
「あの花と同じで見てて飽きないね」
 庭で咲く花をそのまま食べさせて貰えるようで心も躍る。千鶴の前には紅茶があるが、限定甘味はもう少し後に運ばれてくるようだ。
 悠里はカメラを向け、紫陽花パフェの写真を取っている。
 その様子を見ていた千鶴は彼にもカメラを向け、軽く声を掛けた。
「折角だから、悠里、こっち向いて?」
「はい?」
 シャッター音と共に収めたのは思い出の形。わ、と少し驚いた悠里だったが、千鶴が満足気だったのでつられて微笑む。
「私の写真を撮っても美味しくありませんよ」
「美味しいじゃなくて、楽しいの方を切り取ったんだ」
 なるほど、と納得した悠里は感心する。そうしてふと思い立って聞いてみた。
「そういえば、千鶴さんは何をたのみましたか?」
「俺は紫陽花色のあいすにしたよ。……と、来たみたいだ」
 続けて店員が訪れ、アイスが千鶴の前に置かれる。まあるい紫陽花がひんやりと冷されているようで愛らしい。それにアイスの傍には青の金平糖が飾られていた。
「あいす、わあ、どんな味なんでしょう」
「俺もそっちが気になるから半分こしようか」
「いいのですか? ぜひお願いします」
 他愛もないけれど優しい会話が巡っていく。スプーンでアイスやゼリーを掬ってみると、季節を味わっているようで楽しかった。
 そんな中で不意に悠里が外の紫陽花を見て呟く。
「もう少し、長く咲いていて欲しいです」
「季節が巡れば終わってしまうし、名残惜しいもんな」
 もう紫陽花の季節も終わりかけ。けれど少しだけ、思い出の欠片をお裾分けさせて貰うのも良いかもしれない。
「押し花やぷりざーぶどふらわーにすれば、このまま保存できると聞きました」
「ぷりざーぶどふらわーなら色も綺麗に残せる?」
「多分、今よりは長く――」
 千鶴からの問いに頷きを返した悠里はそうであればいいと願った。
 写真のように君との時間も保存したくて、形に残していきたい。思う気持ちは千鶴も同じで、二人の間にふたたび笑みの花が咲いてゆく。
 帰ったら試してみましょう。
 そんな風に語りかけた悠里は千鶴を見つめ、視線が穏やかに重なった。
 今日という日を表す色彩。
 そのいろは、きっと――紫陽花に似た移ろいの彩だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【比華】
雨粒に濡れるアジサイたち
嗚呼、なんてうつくしいこと

うれしいわ、あねさま
可憐なお花を選んでくださるのね
あねさまには此方を
しろい万華鏡のアジサイ
あかく寄せられる波に
あなたの髪によおく映える
あねさまは黒だけでなく白もお似合いよ

微笑を溢すあなたに連られるように笑む
あねさまの笑顔は、なゆのしあわせよ
このひと時を楽しんで
お仕事の方もこなしてみせましょう

あねさまとのお茶だなんて
見えずとも、双眸がきらめくようだわ
カフェーはうつくしいお花も見えるそう
あなたたちも如何かしら?
周囲の女性にもお勧めを

しなやかな繊指に指さきを重ねる
以前は手を引かれて
これからは隣に並んで
あなたはずうと、わたしの、七結の大切なひと


蘭・八重
【比華】

雨がやみ紫陽花の中
なゆちゃん、紫陽花が雨のしずくで煌めいていてとても綺麗ねぇ
ふふっ、このピンクの万華鏡は今のなゆちゃんみたいに艶やかね
沢山の色とりどりの紫陽花を眺めて何処か子供のように言葉をかける
私は白なのね、ピンクと白淡くて美しいわ

嗚呼、いけないわ
久しぶりのなゆちゃんとのお出掛けで心が踊っているのかしら?
きちんとお仕事しなくちゃいけないわね

一般の女の子達に話しかけてカフェーを勧めつつ

ふふっ、でもね
やっぱりこの時間二人でゆっくり過ごしたい
一緒にカフェーでもどうかしら?

そっと差し出す手
以前とは違い束縛するモノでは無い
後ろでは横へ並ぶ貴女
微笑みは優しく慈しむ様に彼女に向ける

大切な愛おしい子



●重ねる想彩
 雨の気配が薄れ、雲が風に流れていく。
 まだ雨雲が完全に晴れる雰囲気は無かったが、雲の間から時折ひかりが射す。
 陽光を反射した雨の雫がきらきらと光った。蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は雨粒に濡れる紫陽花を見つめ、緩やかに感嘆の声を落とす。
「嗚呼、なんてうつくしいこと」
 雨が止んだ花の路の最中、蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)も頷いた。
 なゆちゃん、といとしい妹の名を呼んだ彼女は紫陽花の景色を見渡す。
「紫陽花が雨のしずくで煌めいていてとても綺麗ねぇ」
 そして、八重は先を歩んでいく。
 その際に見つけた花の傍で立ち止まり、少し後ろを歩く七結へと振り返った。
「ふふっ、このピンクの万華鏡は今のなゆちゃんみたいに艶やかね」
 色とりどりの紫陽花を指差した八重は何処か子供のように言葉をかける。
 示した花はちいさな萼が集って満開に咲いているように見える種だ。七結は八重の傍に歩み寄り、薄紅の色を湛える花を見下ろす。
「うれしいわ、あねさま」
 可憐なお花を選んでくださるのね、と笑む七結も辺りに目を向けた。
 其処で見つけたのは同じ品種の紫陽花。あねさまには此方を、と七結が示し返したのはしろい万華鏡。
 あかく寄せられる波。あなたの髪によおく映える。
「私は白なのね、ピンクと白……淡くて美しいわ」
「あねさまは黒だけでなく白もお似合いよ」
 美しいと語る八重が嬉しそうに微笑むから、更に七結の口許にも花が咲く。互いに見立てた花を見つめて過ごすひととき。
 この時間がとてもしあわせに思えて、八重は胸を押さえる。
「嗚呼、いけないわ。久しぶりのなゆちゃんとのお出掛けで心が踊っているのかしら?」
「もしそうなら光栄よ、あねさま」
 あねさまの笑顔は、なゆのしあわせだから。そんな風に語った七結は、このひとときを楽しんでくれている彼女の姿を穏やかに見つめる。
「きちんとお仕事しなくちゃいけないわね」
「お仕事の方もこなしてみせましょう」
 八重と七結はこの先で巡るだろう戦いに思いを馳せ、頷きあった。
 されど今は未だ楽しむ時間。
 行きましょう、と七結を誘った八重は庭園の傍にあるカフェーに向かっていく。
 実は先程、庭園内で出会った女性達を其処に誘導していた。彼女達がちゃんとカフェーに行ったことを確かめるために二人は歩いていく。
 ちりちりと鳴るドアベルを潜れば、甘い香りがした。店内に先程の女性達が座っていることに気付き、八重は軽く手を振る。
 そうして、七結達は紫陽花がよく見える窓辺の席に案内された。
「あねさまとのお茶だなんて、ふふ」
 見えずとも、双眸がきらめくようだと感じながら七結は窓の外を見つめる。
 視線の先にはこれまで歩いてきた煉瓦路があり、其処に咲いていた紫陽花もよく映えていた。八重も七結と同じ花を眺め、メニュー表を手に取った。
「ふふっ、やっぱり二人でゆっくり過ごすのも良いわね」
 幸いにも時間はたくさんある。
 空は雨模様だが、まだ晴れ間もちらほらと覗いていた。何を頼もうか、どんな甘味を味わおうかと考えていくだけでも楽しい。
 その中でそっと八重が掌を差し出した。七結もしなやかな繊指に指さきを重ねる。
「ねえ、なゆちゃん」
「ええ、あねさま」
 交わした言の葉はそれだけだったが、互いに理解していることがあった。
 触れる指と指。
 其処に込めた意思は以前とは違って、束縛するモノでは無い。
 前は手を引かれて。けれどこれからは隣に並んで。変わらないで欲しいと願った思いが今はこんなにも変わっている。
 この変化を受け入れて、愛おしく思って、この先に進んでいくことが出来る。
 後ろではなく横へ並ぶ貴女。並び立てることを尊く思った八重は微笑み、優しく慈しむように彼女に視線を向ける。
 ――大切な愛おしい子。
 ――あなたはずうと、わたしの、七結の大切なひと。
 八重からの眼差しを受け、七結も誓いにも似た思いを返した。
 微笑みあう姉妹の周囲に満ちていく空気は何処までもやさしい。
 土から新緑が芽吹いて、やがて花を咲かせていく如く。枯れたとしても新たな種を残して永遠に巡っていくように。
 或いは、互いに喩えた万華鏡の花のようにめいっぱいに広がっていく想い。
 この感情はずっと、ずうっと――此処に在る。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

片稲禾・りゅうこ
【朱の社】
あれ?カフカさん知らなかったの?ちょっと意外〜〜
いやこういうの馴染みありそだな〜って思ってただけ
まぁ、りゅうこさんは風の旅ビト…旅りゅうこさんなので?

そんで今回何すんの?
……え?何それだけの理由?
ひょっとして昔の女〜〜?カフカさん、やるね
違う?そっか。
まぁ勘ってのは大事だかんね。わかるわかる

なんでだろね〜〜……好み?
ヒトの子助けるのもいいけど、我が狙われたらちゃんと助けてね〜〜カフカさん
だってりゅうこさんは髪の長い乙女なんだぜ?さっきのヒトの子に負けないぐらい。ほらほらほら。

おっ、じゃあ賭けでもする?
りゅうこさんがちょっとでも傷ついたらなんか奢ってねん


神狩・カフカ
【朱の社】

紫陽花ねェ
風流でいいじゃねェか
愛用の和傘をくるり
こんなに種類があるとは知らなかったねェ
その口振りだとりゅうこは知ってた口かィ?
そっちのほうが意外だなァ!なァんてな
ま、おれは秋のほうが馴染み深ェからヨ

ああ、今回の仕事な
なァんでか気になっちまってなァ
あいつ――桜の鬼娘に似てる気配を感じるからかねェ
自然と視線は薄紅の紫陽花へ移って
はっは!昔の女じゃねェよ!
(終わらせたつもりもねェしな)

女性達を見かけたら
カフェの割引券でも押し付けて誘導しとくぜ

なんで髪の長い乙女を狙うんだろうなァ
ま、真相は迷宮の奥に辿り着くまでのお楽しみかねェ
あ?それは冗談か?
うそうそ!ま、おれの出る幕がありゃァな!ははっ!



●賭けの行く末
 それまで降っていた雨は暫し前に止んだ。
 雨の雫が庭園の花や葉から零れ落ち、地面に染み込んでいく。
「紫陽花ねェ。風流でいいじゃねェか」
 季節も夏に巡っていくという或日、愛用の和傘をくるりと回した神狩・カフカ(朱烏・f22830)は歩を進める。
「綺麗だね~~。ほら、そっちの紫陽花は星花火だって」
 カフカの少し先を歩いていた片稲禾・りゅうこ(りゅうこさん・f28178)は振り返り、煉瓦路の左右に咲く花を示す。
 楽しげに笑って後ろ向きのまま歩くりゅうこ。その表情は明るく、カフカもつられて薄く笑みを浮かべた。
 すると不意にりゅうこが均衡を崩し、咄嗟にジャンプした。
 その理由は足元に水溜まりがあることに気付いて避けたからだ。気をつけろよ、と声を掛けたカフカは妙なおかしさを感じる。
 そして、移り変わる紫陽花の花路を改めて眺めていった。
「こんなに種類があるとは知らなかったねェ」
「あれ? カフカさん知らなかったの? ちょっと意外~~」
「その口振りだとりゅうこは知ってた口かィ?」
 カフカが感慨深げに言葉にすると、りゅうこはくすりと笑う。更にカフカが問いかけたことで踵を返した彼女は真っ直ぐに歩いていく。
「いや、こういうの馴染みありそだな~って思ってただけ。まぁ、りゅうこさんは風の旅ビト……旅りゅうこさんなので?」
「そっちの方が意外だなァ! なァんてな。ま、おれは秋のほうが馴染み深ェからヨ」
 カフカは頷き、夏の次に訪れる季節を懐う。
 まだ秋には遠い。今は春の終わりと夏の始まりの境目で、周囲に咲く紫陽花達がそのことをよく教えてくれていた。
 そうして、二人は暫しの散策を楽しんでいく。
 星花火の花を超えた先。次は麗しい小花をたくさん咲かせている万華鏡という名の品種が並ぶ通りに入った。
「そんで今回何すんの?」
「ああ、今日の仕事な。なァんでか気になっちまってなァ」
 りゅうこから問われたことに答えるべくカフカは口をひらく。彼曰く、此度に予知された敵が知り合いに似ていたからだという。
「あいつ――桜の鬼娘に似てる気配を感じるからかねェ」
「……え? 何それだけの理由? ひょっとして昔の女~~?」
 カフカさん、やるね。
 そんな風に軽くからかってみようとしたりゅうこだが、彼の視線が一瞬だけ地面に向いたことに気付いた。すぐに顔を上げたカフカは薄紅の紫陽花を見遣る。
「はっは! 昔の女じゃねェよ!」
(終わらせたつもりもねェしな)
 言葉にしない思いを胸に秘めたカフカは笑う。違うのだと察したりゅうこは彼の眼差しに何かを感じていたが、敢えて詳しく言及することはなかった。
「そっか。まぁ勘ってのは大事だかんね」
 わかるわかる、と頷いたりゅうこは先に進んでいった。
 すると其処に件の被害者に成り得る女性達の姿ある。カフカは任せろと告げて彼女達に近付き、幾度か言葉を交わしてからサアビスチケットを手渡した。もちろん例のカフェでも使える猟兵特権だ。
 ありがとうございます、と告げてカフェに向かう彼女達。その後ろ姿を見送り、りゅうことカフカはひとつめの役目を果たしたことを確かめる。
 もう少し奥に行けば敵の領域に入る。
「それにしても、なんで髪の長い乙女を狙うんだろうなァ」
「なんでだろね~~……好み?」
 女性達はみんな髪が長かった。そのことから羅刹が狙う対象を思い出したカフカが疑問を浮かべる。りゅうこも首を傾げて考えるが、答えは見つからないまま。
「ま、真相は迷宮の奥に辿り着くまでのお楽しみかねェ」
「そうだね、いこいこ!」
 今はただ先に進むだけだと決めたカフカ達は、散策をしながら迷路の入り口に向かっていった。その際、りゅうこは大きな水溜まりを見つける。
 よっ、と掛け声を掛けると同時に跳躍した彼女は見事に水溜まりを飛び越えた。
 先程は引っかかりそうになったが、次は満点だ。そう語るようにカフカを見遣ったりゅうこは片目を瞑ってみせる。
「ヒトの子助けるのもいいけど、我が狙われたらちゃんと助けてね~~カフカさん」
「あ? それは冗談か?」
 双眸を眇めたカフカは戯れに聞いてみる。
 するとりゅうこは自分の髪を指差してから、その場で軽く回った。
「だって、この通りにりゅうこさんは髪の長い乙女なんだぜ? さっきのヒトの子に負けないぐらい。ほらほらほら。わかる?」
「うそうそ! ちゃんと知ってるからヨ」
「おっ、じゃあ賭けでもする?」
 笑って返すカフカに対してりゅうこは提案を投げかけた。りゅうこさんがちょっとでも傷ついたらなんか奢ってねん、と。
「ま、おれの出る幕がありゃァな! ははっ!」
「約束な。賭けをふいにするのはなしだかんね」
 軽快な笑顔を見せる彼に向け、りゅうこは少し不敵な様子で指先を突きつけた。
「解った解った。それじゃ……」
「いよいよ敵陣に、ってことかな。いくよ~~」
 確りと頷きあった二人は煉瓦路の向こう側――即ち、庭園の奥を見据える。
 其処には骸骨めいた迷路の入り口が奇妙な形で鎮座していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
女性を見つけたら
礼儀正しく話しかけて避難させよう
何分、私の姿は怖がらせてしまう事もあるからなあ

さあ、ルー
散歩をしよう

この前は雨の中だったけれど
雨上がりの紫陽花もいいね
名前も良いな
コンペイトウ、なんて可愛いじゃないか?
ふふふ、君もコンペイトウは大好きだった

これは、秋海棠か
花言葉が確か……片思い、恋の悩み
こんな小さな花に、どうしてそんな意味がついたのだろう
……ああ、ごめんね、ルー
君にはむつかしい話だったかもしれない
でもほら、ごらん
君の好きな綺麗なピンクだろう?

君を抱きかかえゆるりと庭園をめぐる
思い出すのは自然とこの前の事、ぼくの友達の事

紫陽花の路は不思議につながっているのかも
次はどこにゆくだろう



●紫陽の花の向こう側
 さようなら。
 どうもご親切にありがとう、という声を聞き、ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は手を振る。
 彼が見つめる先へ歩いていくのは、それまで庭園を散策していた女性達だ。
「怖がられなくてよかった。君がいたからかな」
 此度の件の被害者と成り得る女性達を避難させ終え、ほっとしたノイは片腕に抱く人形、ルーに語りかける。
 彼自身は一緒に居たルーの愛らしさが救ってくれたと考えていた。だが、それはひとえにノイが礼儀正しく話しかけた結果だ。女性達は穏やかに話しあいながら、庭園の傍にあるカフェへと向かっていった。
 これでよし、と彼女達が見えなくなるまで見送ったノイは踵を返す。
「さあ、ルー。散歩をしよう」
 それまではゆっくりと紫陽花の散策路を見れていなかった。
 少し前にも見頃を迎えた花を見たが、今回はもう雨も止んでいる。紫陽花の品種も違っており、以前とは違う雰囲気が感じられた。
「雨上がりの紫陽花もいいね」
 ねえ、ルー。いつも通りに呼び掛けたノイはゆるりと進んでいく。
 庭園には小さな看板が何箇所か立てられており、辺りに咲く花の名前や説明が記されていた。その中でノイが気になったのは或る品種だ。
「名前も良いな。可愛いね」
 その名はコンペイトウ・ブルー。
 八重咲きの萼紫陽花は花の中心が色付いており、白い縁取りが可愛らしい。
「コンペイトウ、なんて良い響きだ。ふふふ、君もコンペイトウは大好きだったから何だか懐かしいな」
 今の君は食事をすることは出来ないけれど、いつかまた食べよう。
 そういってノイはルーに花を見せてやった。青の瞳が白と薄紅色の萼花を映す。ルーも楽しんでくれていると感じて、ノイは更に歩を進めていった。
 暫し歩いた先。
 其処には紫陽花とは違う別の花が咲いていた。
「これは、秋海棠か」
 先程のコンペイトウめいた花よりも更に薄い紅を湛える花。愛らしくちいさな花を見ていると気持ち――即ち、バイタルも落ち着いてくるような気がした。
「花言葉が確か……」
 片思い、恋の悩み。繊細、或いは未熟。
 こんな小さな花に、どうしてそんな意味がついたのだろうと考える。後者は兎も角として恋に関する逸話でもあったのかもしれない。
 そのときルーが首を傾げた、ように思えた。
「……ああ、ごめんね、ルー。君にはむつかしい話だったかもしれない」
 ただ咲き誇る様を楽しむのも良いと話したノイはルーを抱き上げ、その身体を花の前に寄せてやる。愛らしい花々は雨上がりの穏やかな風を受けて揺れていた。
「でもほら、ごらん。君の好きな綺麗なピンクだろう?」
 傍らの立て看板を見れば、この花は古くから歌人や俳人にも愛されたものだという。
 名前に秋が入っている通りに秋頃にも花を咲かせるが、こうやって初夏にも花をつけるものもある。良い花だね、と話すノイはルーをそっと抱きなおす。
 そうして、彼らは違う花を見るために庭園を巡っていった。
 次に見つけたのは梔子。
 センサーが反応した甘やかな花の香は良いものだ。そういった景色と情景を楽しみながら、いつしかノイは紫陽花の道に戻ってきた。
 万華鏡、歌合せという美しい名を宿す紫陽花の傍を通り、ふと思い出すのは――。
 紫陽花の園で見た、嘗ての友達のこと。
 大丈夫。ちゃんと憶えているから。忘れない。忘れないよ。
 もしかしたら紫陽花の路は不思議につながっているのかもしれない。そうだとしたら、次はどこにゆくのだろう。
 思いを裡に秘め、ノイは進み続ける。
 そして――紫陽花の萼から、雨の雫が一粒だけ零れ落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『ルールー』

POW   :    るーるるーるるーるるー
単純で重い【シャベル】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    るーるるるーるる
【死者の国の王の力】を籠めた【シャベル】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【猟兵としての在り方】のみを攻撃する。
WIZ   :    るるるるるるる
戦場全体に、【骸骨】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●死骨の迷路
 るーるるるーるる。
 るーるるーるるーるるー。るるるるるるる。
 
 現在、猟兵達は特殊空間と化した影朧の領域に足を踏み入れている。
 その中では童唄のような歌声が響いていた。
 骨で組み上げられた不可思議な迷路。周囲の様子は先程の庭園に似ているが、同じ景色が続くばかりで終わりが見えない。辺りの風景は幻のようなものなのだろう。
 入り口はひとつ。
 そして、出口もたったひとつきり。
 右に左に前に後ろ。方々に伸びる迷路には行き止まりも多く、そこかしこの地面に穴が空いていて危険極まりない。
 そのうえ、るるる、と歌う少女めいた声もあちこちから聞こえた。しかし、その声のおかげで敵がいる大体の場所が察知できる。
 猟兵達は声を頼りにルールーという敵を探し出し、ひとり残らず倒さねばならない。
 そうしなければこの迷路は何時まで経っても庭園に鎮座し続けるからだ。

 やがて、それぞれに進んだ猟兵達はルールーに出会う。
 此方を敵だと察知してシャベルを手にした少女影朧。彼女達は相も変わらず奇妙な歌をうたいつづけていた。
 聞くものが聞けば、どうしてかその声はこんな風にも聴こえる。
 あやめ、あやめて、花一匁。
 あの娘が欲しい。あの娘じゃあ判らぬ。
 相談しましょ、そうしましょう。
 奇妙な歌はきっと件の羅刹のことを謳っている。詳しい歌の意味は分からないが、今はただ人に仇成す存在を葬り去るだけ。
 そうして、迷路の最中の戦いは始まりを迎えた。
 
御園・桜花
「入口が通路の途中で始まらないなら。右手法でいける迷路だと思います」

壁の罠の作動やら足元の罠の作動やらに引っ掛からないよう、壁に右手つけ急がず移動
敵を発見したらUC「桜吹雪」
敵もシャベルも斬り刻む

「大事な誰かが亡くなって、大事な誰かのお墓を作った。だから誰かに頼まれて、今もお墓を作り続ける。大事な誰かの事は忘れても、大事な誰かのためにしたことは残っているから…違いましたか」
「大事な誰かの事を忘れてしまったなら…貴女は1度、その方に会いに行くべきだと思うのです。お休みなさい、小さな働き者さん。そして何時か、思い出せた大事な方々と、共存できる望みを持って戻られますよう」
破魔と慰めのせた子守唄で送る



●白の少女とあやめうた
 骨の迷路は果てしなく、何処までも続いているかのよう。
 不可思議な迷宮と化した周辺を見遣り、桜花は一歩ずつ前に進んでいく。骨で組み上げられた路から天を見上げると雨模様の空が見えた。
 それまでは晴れ間が見えていたというのに、空には暗雲が立ち込めているようだ。
「入口が通路の途中で始まらないなら――」
 おそらくは右手法で進める迷路だと考え、桜花は先を目指す。
 このまま出口が見つかるならばそれでいい。見つからなかったとしても、この領域を作り出している影朧の力を押さえ込めばいいだろう。
 桜花は注意深く周囲を見つめ、壁や足元に罠がないか探る。
「なるほど、単純な迷路になっているだけのようですね」
 危険な雰囲気は感じられず、危ないものといえばたまにルールーが掘ったであろう大きな穴が空いているだけ。
 落ちたら多少は痛いだろうが、それも飛び越えてしまえば何の問題もない。
 それでも桜花は決して気を抜かない。
 急ぎ過ぎず、るーるー、るーと影朧が歌う声を頼りに進んでいく。
 やがて桜花は白い少女と遭遇した。
「るるるるるるる」
「あなたがこの迷路を作り出している一人ですね」
「る……」
 桜花が問うと、ルールーはただそれだけを答える。何と言っているかは分からないが、相手がシャベルを構えたことで戦闘の意思を持っていることは理解できた。
「――ほころび届け、桜よ桜」
 片手を掲げて桜吹雪を顕現させた桜花はルールーを狙い打つ。
 敵もシャベルも斬り刻む勢いで舞った桜の勢いは鋭かった。しかし対抗するルールーもシャベルを振り回すことで花を散らしていく。
 されど桜花の力の方が強い。
 シャベルの柄が削られ、それを振るおうとしていたルールーが大きく体勢を崩した。
 るる、と声をあげて膝をついた影朧に向け、桜花は問いかけていく。
「大事な誰かが亡くなって、大事な誰かのお墓を作ったのですか?」
「るるる、るー、る……」
「だから誰かに頼まれて、今もお墓を作り続ける。大事な誰かの事は忘れても、大事な誰かのためにしたことは残っているから……違いましたか」
 少女めいた影朧がるーるーとしか答えないと分かっているが、桜花は自分がこうだと予想を立てたことについて語っていく。
 殺めて、穴を掘る。
 彼女達の行動の理由は謎だが、其処から考え得る理由は切なく悲しいものに思えた。
「もし大事な誰かの事を忘れてしまったなら……貴女は一度、その方に会いに行くべきだと思うのです」
「るー……るるる、る!」
 対するルールーは桜によって折られたシャベルを振り上げる。
 だが、即座に新たな桜を吹雪かせた桜花によってその身が切り刻まれた。ちいさな身体がその場に崩れ落ち、戦う力が失われる。
 桜花はそっと俯き、消えていくルールーの姿を見送った。
「お休みなさい、小さな働き者さん。そして何時か、思い出せた大事な方々と、共存できる望みを持って戻られますよう――」
 そして、迷路の最中に破魔と慰めの心を乗せた子守唄が紡がれていく。
 その歌はやさしく、静かな曇天の下に響き渡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふえええ、アヒルさん突かないでください。
確か、紫陽花の庭園にいたはずなのに何だか不気味な迷路に入り込んでしまいましたよ。
仕事をさぼっていた私へのおしおきが優先って、ふえぇ。

ふぇ!曲がり角から女の子が出てきましたけど、後ろからアヒルさんが追いかけてくるし、さっきから穴ぼこがいっぱいで飛び越えながら走っているから止まれません。

ふえぇ、行き止まりです。
どうしましょう。
アヒルさんと先ほどの女の子のお友達の方が迫ってきます。
途中にあったあの穴はあのシャベルで作ったものだとしたら、攻撃の瞬間にシャベルを念動力で壁に当てるしか逃げ道を作る方法はなさそうですね。



●疾走迷宮
 不気味さを感じさせる骨の迷路の最中。
 フリルはアヒルさんに突かれながら入り組んだ道を進んでいた。
「ふえええ、ここはさっきも通ったような……?」
 不安げに辺りを見渡すフリルの背を先程からずっとアヒルさんが押している。それゆえに止まることもできず、少女は駆け続けた。
「アヒルさん、突かないでください」
 ふえぇ、と何度目かの声をあげたフリルは迷路の内部を確かめていく。
 確か、これまでは紫陽花の庭園にいたはずなのにもう花の影も形もない。道の枠組みが骨なので可愛らしい雰囲気は何処にもなく、ただ恐ろしいのみ。
 その間もアヒルさんはフリルをくちばしで突く。
 もちろん痛くはないのだが、プレッシャーが凄いことは言うまでもない。
「仕事をさぼっていた私へのおしおきが優先って、ふえぇ」
 困ったように眉を下げ、フリルはきょろきょろと周囲を見渡す。このまま迷い続けてもきっと良いことはないはず。
 見覚えのない方向に進んでいけば、ぐるぐると回ることはないだろう。
 しかし、そのとき――。
「ふぇ!」
「る!」
 曲がり角から白い少女が現れ、フリルと正面から衝突した。
 思わず尻もちをついたフリルは慌てて立ち上がる。相手が影朧であると気が付いたがそれどころではなかった。
 何故なら、後ろからアヒルさんが追いかけてくるからだ。
「ふええ、ごめんなさい!」
 駆け出したフリルは思いっきり地面を蹴る。ルールーが掘っていたのか、行く先には穴がたくさんあった。はっとしたフリルは、えいっと穴を飛び越えて走る。
「るるるる、るーるー」
 何やらルールーは衝突したことで怒っているらしい。アヒルさんとルールーは一緒になってフリルを追ってきている。そうなれば余計に止まることはできず、フリルは必死に駆け抜けた。
 だが、辿り着いた先は迷路の行き止まりだ。
「どうしましょう……」
 後ろを振り返ると、アヒルさんとルールーが迫ってきている。絶体絶命だと感じたフリルは思考をフル回転させた。
 途中にあったあの穴が、少女の持つシャベルで掘られたものだとしたら――。
 攻撃の瞬間にシャベルを念動力で壁に当てるしか逃げ道を作る方法はなさそうだ。フリルは意を決して刹那の隙を狙った。
 そして次の瞬間。
「もう戻って進むしかありません。行きます!」
「る、るるる――る?」
 フリルは渾身の力を振り絞り、シャベルの軌道を逸らす。それと同時に再び全力疾走を始めた。その理由はルールーではなくアヒルさんから逃げるためだ。
 体勢を崩した影朧はその場に崩れ落ちる。
 どうやら先程の衝突でもダメージを与えていたらしく、ルールーは戦う力を失った。
 しかし、フリルはそのまま全速力で迷路を駆けていく。
「やめてください、アヒルさん。ふえええぇ」
 戦いは一先ず終わっても、アヒルさんとの追いかけっこは終わらないようだ。
 前途多難な少女の迷路騒動はまだまだ続いていく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

アネット・レインフォール
▼静
童話や唄には残酷な物も含まれると聞く。
童唄故に現代まで伝わっているとする説もあるようだが…。

地域性のものでないなら
私怨や花の口減らしが背景にあるのかもしれないな。

この終り無き迷路こそ元凶の心象風景と見るべきか――。

…時間はある。
今は考察より眼前の脅威だな

▼動
穴に注意し物音を消して歌声の方へ

事前に葬剣を無数の鋼糸に変え展開。
それを足場とし穴の回避&敵の動きの観察を。
上空から穴の中や掘る以外の動作がないか確認。

折を見て【雷帝ノ太刀】で一閃

遠近での攻撃は勿論、迷路の曲がり角から攻撃し
斬撃の軌道を変える等の工夫も。

闘気を込め範囲攻撃化すれば外す心配も少ないだろう。
急所には突き技で貫通攻撃に切換える



●雨模様と花
 迷宮に歌が響いている。
 骨で組み上げられた不思議な空間内で、アネットは耳を澄ませた。
 るーるー、るー、という拙い少女めいた声はそこかしこから聞こえている。おそらく敵が複数、散らばっているのだろう。
 その歌声は童唄のように聞こえ、アネットは歩を進めながら考えを巡らせる。
 童話や唄には残酷な物も含まれると聞く。
 しかし、童唄である故に現代まで伝わっているとする説もあるらしい。
 何故にルールーは歌うのか。
 どうして穴を掘り続けるのか。影朧達の目的や狙いは何処にあるのか。
 この事件は地域性のものではない。ならば、古来から密やかに存在している私怨、或いは花の口減らしが背景にあるのかもしれない。
 この終り無き迷路こそ、元凶の心象風景と見るべきか――。
 アネットは注意深く迷路の道筋を覚え、周辺に空いた穴を飛び越える。特殊空間となった領域から見上げる空は昏い雲に覆われはじめていた。
 されど未だ雨は降らない様子。
「……時間はある」
 此処で真相に辿り着けずとも、向かう先で知れることもあるはずだ。
 今は考察より眼前の脅威に対抗するべきだと考え、アネットは迷路の先を目指す。
 歌は徐々に近くなっていた。
 この先に影朧の一体がいる。確信したアネットは銀翼が刻まれた葬剣を手に取った。
 ――るーるるーるるーるるー。
 声はすぐ其処だ。
 そして、曲がり角を進んだ次の瞬間。通路の向こう側に白い少女の姿が見えた。
 刃を無数の鋼糸に変えたアネットはそれらを一気に展開する。
 糸は周囲を囲む骨に絡まり、鈍い光を反射して広がった。
 相手が此方に気付く前に糸を足場として跳躍したアネットは、ルールーの前にあった穴を無視して、一気に距離を詰める。
 ルールーは慌てた様子でシャベルを構えたが、アネットの方が幾分も疾い。
 彼は一気に刀を抜き放ち、稲妻を纏った居合の一閃を敵に見舞った。
「るる……る!」
 苦しげな声が少女からあがったが、アネットは容赦などしない。一見は可憐な少女に見えても相手は明らかな異形だ。
 足が骨であることからもそれが窺えるうえ、敵意と殺意が滲んでいる。
 邪魔者は殴る、というようにルールーはシャベルを振りかざした。大きな動作で以てシャベルをアネットに振るおうとする影朧。
 だが、その大振りな軌道を読めないはずがない。鋼糸を伝って素早く回避したアネットは更にもう一閃、雷撃の刃を叩き込む。
「るるる、るー……るっ」
 悲鳴をあげた少女の体勢が揺らいだ。アネットは何も語らぬまま、好機を逃さぬように立ち回った。そして、斬撃の軌道を変えた雷帝の斬撃を重ね続ける。
 すると物音を察した別のルールー達が姿を現した。
「る……」
「るーるーるる」
「新手か。良いだろう」
 アネットは倒れゆく一体目の影朧から視線を外し、新たな敵を瞳に映す。相手は複数だが何も問題はない。闘気を込め、迸らせる雷撃は迷宮に激しく散っていく。
 其処から戦いは巡った。
 一体、また一体と敵を屠っていったアネットは最後の一体に目を向ける。
「終わりだ」
 強く握った刃で影朧の胸を一突きすれば、断末魔と共に白い少女が倒れた。
 血は流れず、その代わりに骨が砕けるような音が響く。
 アネットは鋼糸を葬剣に戻しながら行く先を見遣った。其処には出口めいた骨の迷路の切れ目があり、不思議な菖蒲の花が咲く沼のような空間が出来ているようだ。
 この向こうに首魁がいると察したアネットは歩き出す。
 歌はもう、何処からも聞こえなくなっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルムル・ベリアクス
何というか……迷路は苦手です。今は早く例の羅刹の元に辿り着かなければならないのに……。焦る気持ちを抑えながら敵の声を便りに探しますが、近づいているのにもどかしい……。
ここはUCで鷹の影のような悪魔アクシピターを召喚し、千里眼で道を見通してもらいます。
敵を見つけたら、フォーチュンカードを【投擲】し、アクシピターに教わった弱点を遠距離から撃ち抜きます。……そのシャベルで、人を埋めてきたんですね。汚れたシャベルを見て、辛さが込み上げてきます。
一人残らず倒しましょう。そのためには、悪魔召喚の代償として魂を削る苦痛もどうということはありません。道がわからなくとも、この手で切り開いて見せます!



●迷い路の先へ
 喩えるならば今は暗雲が垂れ込めている状況。
 現在のルムルにとって、それは二重の意味となっている。
 骨の迷路から見る空模様は雲に覆われはじめており、更に現在、入り組んだ迷路の中で迷いつつあるからだ。
「何というか……」
 ルムルは頭を振り、辺りを見渡した。
 足元は穴だらけで歩き辛いことに加えて、行き止まりが多々ある。骨の枠を飛び越えることも一度は考えたが、此処は特殊空間だ。何かに阻まれてしまうに違いない。
 実際に行動する前に無駄だと判るくらいにルムルは聡明だった。
 しかし、考えれば考えるほどに迷路は苦手だという事実が伸し掛かってくる。
「今は早く例の羅刹の元に辿り着かなければならないのに……」
 思わず言葉にした思いから焦りが募ってきそうだ。気持ちを落ち着けようと決めたルムルは耳を澄ませてみる。
 ――るーるる、るーるー。
 先程からずっと、この調子で少女の声で紡がれる歌が響き続けていた。
 敵の声を便りに居場所を探すルムルはもどかしさを感じている。何故なら、近付いたと思えば違う曲がり角に辿り着いてしまったり、やっと元に戻って来れたと思えば行き止まりだったりと、迷路が複雑だからだ。
「こうなれば、ここはこれで切り抜けるしかありませんね」
 ルムルはフォーチュンカードを手に取り、胸の前に掲げる。
 ――闇翔ける鷹の悪魔よ、わたしに全てを見通す眼を授けたまえ。
 彼は詠唱と共に自らが契約した悪魔を召喚していく。鷹の影めいた姿をした存在の名はアクシピター。千里眼と世界の知識付与の術を操るものだ。
「さあ、お願いします」
 悪魔に願い、千里眼の力を発動させたルムルは道を見通してゆく。
 歌声、そして影朧の気配。
 道の先がそれぞれにどう繋がっているかの情報を得たルムルは、迷うことなく進んでいった。ひとりでは踏破できそうになかった場所も、こうして協力者の力を得ればいとも簡単に通り抜けることが出来る。
 改めてそのことを実感しながら、ルムルは息を潜めた。
 その理由は次の曲がり角に敵がいることが分かっていたゆえ。るーるー、と聞こえる声は間近だ。ルムルは角の寸前まで近付き、フォーチュンカードを構える。
「見えました。そこです」
 刹那、ルムルは進むと同時に一気にカードを投擲した。
 狙ったのはルールーの足元。つまりは骨になっている関節の部分だ。
「る……?」
 遠距離から足を撃ち抜かれたことで影朧がその場に崩れ落ちる。まだ息はあるようだが、すぐに体勢を立て直すことは出来ないようだ。
 転倒と同時に地面に落ちたシャベルを見下ろし、ルムルはそっと呟く。
「……そのシャベルで、人を埋めてきたんですね」
 土と血で汚れた掘削道具を見るだけで辛さが込み上げてきた。
 幼い少女のような姿をしていても彼女達はこの世界に破滅をもたらすもの。ルムルは更なるカードを投げ放ち、起き上がろうとしていたルールーに止めを刺した。
 断末魔が響き、影朧は消えていく。
「一人残らず倒しましょう」
 その為ならば悪魔召喚の代償として魂を削る苦痛などどうということはない。たとえ道がわからなくとも、この手で切り拓いてみせる。
 決意を抱いたルムルは進み続けた。
 歌声の聞こえる方へ向かい、全ての哀しき存在を屠る為に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼
梟示(f24788)と

まるで腹中…喰われに行くようね
聞こえる歌は誰を呼んでいるのかしら
お仕事の時間ね。…梟示、力を貸して頂ける?
ワタシを使って頂戴な、きっとアナタの力になるわ

鬼事は得意よ
頷いたなら地形を利用し軽く先行して
安全な経路を進めるよう

梟示、いるかしら?
彼の得手に任せて敵を確認しながら進むのよ
奇襲には暗殺で迎え撃ちましょうか
僅かでも気づけたならば、殺すほうが早いもの

縄が吊り上げたならワルイユメを少女たちへ
止まった動きにとどめをあげる
広がる迷路は利用して潜み、梟示の縄と刃を合わせ
心強いのはこちらこそ

路が果てないのなら隣を見上げ
…その怪力で、殴り壊せたりしない?
ふふ、冗談よ
花の方が好きだわ


高塔・梟示
千隼君(f23049)と

風情ある庭が台無しだな
さて、そろそろ仕事と行こうか
勿論さ、千隼君。君の力を借りたい
わたしの鈍らより鋭い刃になってくれるだろう

鬼ごっこは得意かい?
此方が鬼とは可笑しいものの
先導する彼女に合わせ
失せ物探しで効率良く索敵

ああ、君の背は見えてるさ
死角が多いな…奇襲に警戒して進もう
敵攻撃は残像でいなし、早業で反撃を

居場所さえ分れば遣り様は幾らでも
間合いに入ればドロップテーブル
マヒして得物を振るう手も止まるだろう

彼女の動く合間を縫って絞縄を放つ
近くの敵には、鎧砕く怪力を載せた一撃を
鮮やかに戦うものだ
こっちも負けていられないな

…千隼君も中々無茶を言う
花畑に変えるぐらいで勘弁願いたいね



●導と標
 空模様は陰り、紫陽花の色彩も曇る。
 異空間に足を踏み入れた瞬間、世界の様相が大きく変わった。
 花はいつしか何処かに消え去り、辺りに見えるのは骨と地面の穴ばかり。迷い路の最中、梟示は曇天の空を見上げてから周囲を眺めた。
「風情ある庭が台無しだな」
 骨が折り重なる迷路の景色は良いものとは言えない。
 千隼は彼の声に同意を示し、閉ざされた特殊空間内の空気を確かめていく。
「まるで腹中……喰われに行くようね」
 ――るーるる。
 二人が言葉を交わす間も遠くから奇妙な歌声が聞こえていた。この歌は誰を、何を呼んでいるのだろうか。
 考えても答えの出ない思いに対して首を振り、千隼は骨路の先を見遣る。同じように梟示も入り組んだ迷路を見て、響く歌に耳を澄ませた。
「さて、そろそろ仕事と行こうか」
「お仕事の時間ね。……梟示、力を貸して頂ける?」
「勿論さ、千隼君。此方だって君の力を借りたい」
 呼び掛けた梟示は彼女からの問いに頷いて答え、思いは似ているのだと示す。視線を返した千隼は歩を進め、先に歩んでいく。
「ワタシを使って頂戴な、きっとアナタの力になるわ」
「君の方がわたしの鈍らより鋭い刃になってくれるだろう」
 紡いだ言葉に信頼の意思を宿した梟示は、あちらへ、と或る方向を指差した。
 影朧達が童唄めいた歌を歌うならば、此方も少し童歌をなぞらえてみようか。つまり自分達はこのまま手の鳴る方へ――もとい、歌の響く方に向かってゆくだけ。
「鬼ごっこは得意かい?」
 梟示の意図を感じ取り、千隼は薄く笑む。
「ええ、鬼事は得意よ」
 千隼は梟示が安全な経路を進めるように先駆け、そこかしこに空いている穴の位置や行き止まりの箇所を調べあげていく。
 疾く駆け抜け、先導してくれる彼女の背を見つめ、梟示は周囲を注意深く探った。
 歌が聞こえる方向は探れても、進む道が袋小路ならば敵に近付くことは出来ない。それゆえに互いの得手を活かしての索敵に入る所存だ。
 ――るるるるる、るー。
 ふたたび歌が耳に届き、梟示は影朧がいる位置をはっきりと悟る。同時に千隼の声が前方から聞こえた。
「梟示、いるかしら?」
「ああ、君の背は見えてるさ。しかし死角が多いな……」
 奇襲に警戒して進もうと告げた彼に応えるように、千隼が眦を決する。
 そして、曲がり角に差し掛かる一歩手前で止まった。彼女が気配を消している様に気付いた梟示は、敵が向こう側にいるのだと判断する。
 刹那、千隼が目にも留まらぬ疾さで角の先へと駆けた。
「――る、」
 一瞬だけルールーの声が紡がれかけたが、途中で途切れる。声を出しきれなかったといった方が正しいだろう。
 何故なら千隼が放った苦無が白い少女の喉元を貫いたからだ。
 る、る、と断末魔にすらならなかった音が零れたかと思うと、ルールーの身が崩れ落ちる。梟示がその場に曲がってきたときには歌も声も止んでいた。
 されど未だ息の根は止まっていない。
 梟示は標識を構え、少女に向けて振り下ろす。残像を纏う一閃には容赦がなく、少女の形をしたものは瞬く間に息絶えた。
「……今の音で他の子に気付かれたかしら」
「おそらくね。けれど、こんなに真っ直ぐな通路なら奇襲も出来ないはずさ」
 千隼は他の敵が近付いてくる気配を感じ取り、梟示も自分達の正面に視線を向ける。反対側の角からは新たな白い少女達が迫ってきていた。
 居場所さえ分かれば、遣り様は幾らでもある。
 梟示は標識を少女達に差し向けた。すると途端に宙から頸部へ垂れる絞縄が現れ、少女達の首に纏わりついていく。
「るる、る?」
「る! るる、る――」
 シャベルを振り回して抵抗する彼女達を見据えた千隼は刃の驟雨を降らせた。
 揺れて、降り之く。
 宛らそれは悪い夢のよう。
 先程は梟示が止めを刺してくれたのだから、次はきっと自分の番。そう感じた千隼は刃を降らせ続け、揺らめく骨の少女達に終わりを与えていった。
「鮮やかに戦うものだ。こっちも負けていられないな」
「心強いのはこちらこそ」
 きっと梟示は本当に負けたくないわけではない。そう察した千隼が返したのは、先程に受けた信頼への返礼めいた言葉だ。
 絞縄と刃の力は敵を次々と沈黙させていった。
 最後に残った一体を捉えた梟示は、千隼に視線を向ける。任せて欲しいという旨を受け取った千隼は彼の動きをしかと瞳に映した。
 何者をも砕かんとする勢いで振るわれた一撃が影朧の身を穿つ。
 るるる、という叫びが迷路に木霊した。消えゆく影朧を見送った千隼は改めて周辺の様子を見渡してみる。
 こうして敵は倒せたが、続く路は果てしなく広がっているかのようだ。不気味な骨が行く手を阻んでおり、一筋縄では進めないだろう。
 まだ探索は続きそうだと感じた千隼は、戯れに問いかけてみる。
「……その怪力で、殴り壊せたりしない?」
「千隼君も中々無茶を言う。せめて花畑に変えるぐらいで勘弁願いたいね」
 梟示は自分を見上げる千隼に肩を竦めてみせた。彼女もただの戯話なのだと伝え返し、静かに口許を緩める。
「ふふ、冗談よ。花の方が好きだわ」
 骨の迷路を抜ければ、別の花が見られるという話は事前に伝え聞いていた。
 尤も、未だゆっくりと花を眺める時間は少し遠そうだが――。千隼と梟示は骨迷宮の出口を、或いは最後の影朧を屠ることを目指して歩き出す。
 共に進めば何も恐れることなどない。
 それを敢えて言葉にはしないが、二人の間には確かな信頼が宿っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
埋まった方々の為に祈りを捧げたいですが…
彼女達を導くこともまた、使徒の責。
…彼女達はなぜ、彼女に付き従うのでしょう。
そして彼女たちの歌、覚えている限りだと…身売りの歌、でしたでしょうか。
あやめあやめて…も、歌の一節にあったかどうか…
どうにも、真意を図りかねます。

穴に落ちてはいけませんし、地面から浮く程度に飛行しましょう。
天使達を呼び、先行して探索させ道を割り出しましょう。
迷路を俯瞰できるならばそれで。

役目に従う彼女達を導くのは罪悪感がありますが、彼女達もまた哀れな魂。
使徒として祓い、導かねばなりません。
せめて苦しまぬよう、天使達と共に…【祈り】【高速詠唱】【全力魔法】の、聖なる光を以て。



●葬送の翼
 踏み入った先に広がっていたのは骨の迷路。
 不気味な雰囲気の通路を進んでいけば、幾つも掘られた穴が見えた。その中には埋め直されたであろう地面もある。
 何かを埋めて閉じたであろう痕跡を見遣り、ナターシャは頭を振った。
「埋まった方々の為に祈りを捧げたいですが……」
 今はその時間はない。
 それに、とこれまで進んできた道筋を思ったナターシャは考えた。あの全てに亡骸が埋まっているわけではないだろう。
 天使達を呼んで先行させているナターシャは迷宮の特徴を掴んでいた。
 まずはひとつ、空は見えても高く飛行はできないこと。
 天使が迷路の壁を飛び越えようとしたとき、見えない力で弾かれた。それはここが敵の特殊空間であるからだろう。
 もうひとつはやけに行き止まりが多いこと。
 これは作られた迷路自体の特色だ。行き詰まっては引き返させることで迷わせる狙いなのかもしれない。
 更には聞いていた通りに穴が多い。
 るーるー、と歌う少女影朧達が掘った穴の数は数え切れないほどあった。
 幾つかの穴は犠牲者を隠す目的で掘って埋められたのだろうが、ただ単に掘るという行為を行っただけの穴もあるはずだ。
 何のために、何を思ってそれを繰り返すのかはわからない。
 少女めいた声を頼りに進むナターシャは、ルールーの存在について思う。
「彼女達を導くこともまた、使徒の責」
 そもそも彼女達は何故に羅刹に付き従うのか。
 考えても分からないことは幾つもある。もしかすれば羅刹も白の少女も、目的など意識せずに行動しているのかもしれない。
 そして、今も耳に届く彼女達の歌は――。
「覚えている限りだと……身売りの歌、でしたでしょうか」
 あやめ、あやめて。
 るーる、るーと歌われる詩はどうしてかそう聞こえる。メロディは同じであっても、自分達で自由に歌詞を作って歌っているのだろう。
「どうにも、真意を図りかねます」
 幾つ目かの穴を飛行で飛び越えながら、ナターシャは或る結論を出す。
 童唄を繰り返し歌う彼女達が宿しているのはおそらく、幼子のような精神だ。思慮深い子供もいるとはいえ、幼子が常に深い意味を持って行動するだろうか。きっと無邪気に思うままに行動しているだけ。
 ルールー達の場合、それが残酷で不可解なものだった。
 そして、天使とと共に暫し進んだナターシャは影朧の歌声がすぐ近くから聞こえるところまで辿り着く。
「そこにいらっしゃったのですね」
「るーるるる、るー」
 ナターシャは通路の先にいる影朧を見つめる。ルールーも何かを答えながらシャベルを構えた。刹那、地を蹴った影朧が此方に迫る。
 しかしナターシャは慌てることなどなく、即座に詠唱を始めた。
 埋葬の役目に従う彼女達を導くのは罪悪感がある。されど彼女達もまた哀れな魂だ。
「あなたたちを使徒として祓い、導かねばなりません」
 だから、せめて苦しまぬように。
 天使達と共に祈りを捧げたナターシャの姿は瞬く間に大天使を思わせるものとなる。そして、彼女は機械仕掛けの翼を大きく広げた。
 それはたった一瞬のこと。
「……る?」
 振り下ろそうとしていたシャベルが折れたことで、ルールーが首を傾げる。
 だが、次の瞬間にはルールーの自体も真っ二つに斬り裂かれていた。やがて聖なる光が少女影朧を包み込み、その身は浄化された。
 消えていく少女を見送ったナターシャは冥福を願う祈りを捧げる。
 その間も遠くから別の歌声が聞こえていた。
「行きましょう」
 ナターシャは天使達に呼び掛け、先を目指す。
 全てを見送り、この迷路の呪縛を解くためにも――未だ足は止められない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
何だか不思議な歌声だ。
この声を頼りに、とにかく今は進むしかないか。
って、おい。先に行き過ぎるなよ。テュットとミヌレを見失わない様に追いかける形で俺も行くが、時々2人が戻ってきては行き止まりや穴の場所を教えてくれて正直助かってはいる。
だが、いつこの声の主達と出会すか分からないんだ。あまり離れるなよ

ルールーに出会ったら、テュットには周囲の様子注意を払って貰い、ミヌレは俺と共にルールーの相手を。俺に危険が及ぶ事が無ければテュットはそっと見守っている。
まずはあのシャベルをどうにかしたいところだ。彼女の手から離す様にシャベルを狙い攻撃。そしてなるべく長引かせないよう、槍を構え貫く。
何だか歌声が耳に残る…



●歌声と墓穴
 ――あやめ、あやめて、花一匁。
 ――あの娘が欲しい。あの娘じゃあ判らぬ。
 
 るる、る、と続けられる歌声は迷路内にずっと響き続けている。
 右から聞こえたかと思えば、次は左から。前方で歌われていたと思えば、次は後ろ側から歌が紡がれはじめる。
 それはおそらく敵が方々に散らばっているからだろう。
「何だか不思議な歌声だな」
 ユヴェンは声の方向を探り、より近い位置にいるであろう敵の方に進んでいく。
 骨で組み上げられた迷路は入り組んでいた。出口の見当がつかない今は声を頼りにして、とにかく進むしかない。
 ユヴェンは足元に幾つも空いている穴を飛び越えた。
 その少し先をテュットとミヌレが駆けていく。ふたりは器用に穴を越え、ユヴェンよりも先に歌声を察知して進んでくれている。
 周囲の骨壁は不気味だが、ミヌレ達にはそんなことなど関係ないようだ。
「って、おい。先に行き過ぎるなよ」
 ユヴェンはテュット達が先に敵に遭遇してしまわないかの心配を抱きつつ、見失わなぬように追いかけていく。
 しかし、その懸念はあまり必要なかったようだ。
 時折ふたりがユヴェンの元に戻ってきては行き止まりや穴の場所を教えてくれた。助かった、と彼が告げればミヌレ達は誇らしげに尾やマントの端を振る。
「そろそろ声が近くなってきたな。あまり離れるなよ」
 ユヴェンが呼び掛けると、ふたりは素直に従った。ミヌレとテュットも徐々に敵の居場所に近付いていることを悟っているらしい。
 ――るーるる、るー。
 やがて、歌は壁一枚を隔てただけの距離から聞こえはじめた。
 声をひそめて視線を交わしあったユヴェン達は曲がり角の影で立ち止まる。気配を消して様子を窺えば、ざくざくと穴を掘る音も感じられた。
 おそらく敵は此方に背を向けている。
 テュットを下がらせ、ミヌレに手を伸ばしたユヴェンは身構える。そして――。
 周囲の様子や危険を知らせて欲しいとテュットに願い、彼は一気に踏み込む。同時にミヌレが竜槍となってユヴェンの手に収まった。
「悪いが、貫かせて貰う」
「るる?」
 瞬く間に全力の一閃が放たれる。
 穴を掘っている体勢で振り返ったルールーは対抗することも出来ず、ひといきに胸を貫かれた。刃の切っ先を抜いた途端に骨の少女はその場に倒れ込む。
 だが、ユヴェンの動きは止まらない。
 何故なら穴を掘っていたのは一体だけではなかったからだ。
「るるる、る!」
 仲間を倒されたルールーは何かを喋りながらシャベルを振りあげた。小柄な少女とはいえど相手は影朧。まともに受ければひとたまりもないだろう。
「まずはあのシャベルを弾くか。ミヌレ!」
 竜槍に呼び掛けたユヴェンは得物を振り上げ返す。シャベルと槍、双方が衝突する音が鈍く響いた。刹那、シャベルが回転しながら頭上に舞う。
「……るっ!?」
 得物を弾かれた勢いで揺らいだルールーに向けたユヴェンは、切り返した槍の先端を差し向けた。後は先程と同じく相手を葬るだけ。
 勝負は一瞬で付いた。
 倒れ伏し、消えていく少女達を見下ろしたユヴェンはそっと瞼を閉じる。
「何だか歌声が耳に残るな……」
 少女達の歌は消えたというのにどうしてか忘れられない。
 そして、ユヴェンは傍に訪れたテュットから状況を聞く。どうやら違う通路に別のルールーの気配を感じたらしい。
 行こう、とミヌレとテュットを誘ったユヴェンは更に奥に進む。
 全ての敵を屠り、迷路を消す為に――。未だ暫し、戦いは続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
るーるー
るー……ルー

ううん、ちょっとやり辛い

聴覚センサーにリソースを割き、歌声が響く方向を推測しよう
うわっと、穴が危ないな
歩行にももう少し気を付けないといけなかった
それにしても、こんなに沢山穴をあけてどうするんだろう

そういえば、ルー
君も以前、土の中に隠れてしまった事があったっけ
箱に入って、土の中で眠っているんだよって、聞いて

……そう、ちょうど貴方がもっている様なシャベルで

君がルールーだね
白骨化した足が痛々しい
あまり小さな女の子の姿をしている君を傷つけたくはないけれど
此処から出なくては、ごめんね

出来るだけ速やかに終わらせよう
シャベルによる叩きつけの瞬間を狙い、ポイント
――いきます【アルブム】



●少女の幻想
 るーるー、るー。
 少女の声が聞こえ、ノイは顔を上げた。
 骨ばかりの奇妙な迷路の中で歌われている歌は、ずっと同じフレーズと言葉が繰り返されている。る、としか発音できない影朧が歌うのだから仕方がないが、ノイにとってその文字は特別に意味のあるものだ。
「るー……ルー」
 まるで死の世界に彼女を呼んでいるようだ。不穏なことを連想してしまい、ノイは複雑な感情を抱く。ルー本人には、大丈夫だよ、と語りかけながら、ノイは歌声の主であるルールーを探していった。
「ううん、ちょっとやり辛いけれど……」
 歌声に加えて特殊空間内の磁場は歪んでいる。周囲の景色や空こそ本物に見えるが、此処が魔力で作り上げられた場所だからだろう。
 ノイは聴覚センサーにリソースを割き、歌声が響く方向を推測していく。
 こっちかな、と方角を定めたノイは進む。
 地面の感触もまた奇妙で不思議にふかふかしていた。その途中、ノイは前方に大きな穴が空いていることに気付いて飛び越える。
「うわっと、危ないな」
 聴覚に集中していたゆえに察知するのが遅くなったようだ。
 振り返って深い穴を見下ろしたノイは、これもルールーが掘ったものだと感じた。おそらく先程まで地面が柔らかかったのは穴が埋められた所為だ。
 歩行にも少し気を付けなければいけない。そのように考え直したノイはリソースの割合を組み直していく。
 その際にふと思うことがあった。
「それにしても、こんなに沢山穴をあけてどうするんだろう」
 ルールーが穴を掘るという情報は得ていたが、その理由までは分からないでいた。ノイは迷路を注意深く進みつつ或ることを思い返す。
「そういえば、ルー。君も以前、土の中に隠れてしまった事があったっけ」
 君は箱に入って、土の中で眠っている。
 そう聞いたことが記憶に残っていた。そして、ノイは双眼を前に向ける。君が隠れたときも穴が掘られていたんだった。
「……そう、ちょうど貴方がもっている様なシャベルで」
 ノイの視線の先には白い少女が立っていた。
 土のついたシャベルを構えている彼女こそがこの迷路を作り出した影朧のひとり、ルールーだ。ルーに名前が似ているなんてことを考えながら、ノイは問いかける。
「君がルールーだね」
「るーるー」
 淡々と答えた少女の足は白骨化していて、何だか痛々しい。
 小さな女の子の姿をしているものを傷つけたくはないけれど、相手は影朧――即ち倒さなければならないものだ。この世を彷徨う存在であるうえに、野放しにしておけば自分達が永久に迷宮に囚われることになる。
 そうなればルーを守るという約束も果たせなくなってしまう。
「此処から出なくてはいけないからね。ごめんよ」
 無駄に苦しめないよう出来るだけ速やかに終わらせたかった。身構えたルールーに対してノイも力を紡ぎはじめる。
 ノイはシャベルを振り上げた少女を見据え、それが叩きつけられる瞬間を狙った。
「――いきます」
 ポインターがルールーの胸元を捉える。振り下ろされるシャベルがノイにぶつかると思われた刹那、解き放たれたレーザーが少女を貫いた。
 る、という短い断末魔が響く。
 次の瞬間には少女の形をしたものは動かなくなっていた。ノイは消えていく影朧を一瞥した後にルーを思う。
 どうか君はこんな風に消えてしまわないで。
 何故か浮かんだ妙な不安を押し隠すためにノイは歩き始める。
 されど迷路の出口は未だ遠い。自分と迷宮の状況を重ね合わせたノイの内部では、どうしてかそのような思いが渦巻いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈍・しとり
足許を静かに眺めながら
骨の壁をてのひらで辿り進む
墓穴が水溜りに変わる前に
雨雲にまだ追いつかれない程度の歩みで

こんな穴をいくら作らせて、埋めたとて
満たせないのだとわからないのね
かわいそうに

心隠らぬ独り言を零しつつ進む

唄声を便りに進めば良いのか知ら
耳をすませ、声に近づけば刀を備え
せっかく近付いたのに、行止りのようね
骨くらいなら通り抜けようか知ら
斬れるようなら、思う通りに道を開くわ

みいつけた
迷路を増やそうが もう逃がさないわ
『鬼さんこちら』
きいまった、もの
『その娘が欲しい』
結んで斬り開く赤い傷を、幾重にも結んで

かって、かなしい、花一匁
なんて
さて、次の娘は何処か知ら



●結んでひらゐて
 辺りに満ちる空気は妙に重い。
 足元に散らばる土。其処彼処に空いた数々の穴。
 しとりは奇妙な光景が広がる足許を眺め、骨の壁に触れる。ひやりとした感覚がてのひらに伝わってくる。組み上げられた骨の冷たさを感じつつ、彼女は先へ進んだ。
 歩みを進めながら視線を空に移す。
 昏い曇天だ。まるで雲に世界が閉じられてしまったかのようにも思える。
 墓穴が水溜りに変わる前に。雨雲に追いつかれる前に。一歩ずつ、されどしかと奥へ進むしとり。その瞳には幾つもの穴が映っていた。
 掘られたばかりのもの。掘られてから随分と経つもの。
 穴は空いたままではなく、中には埋め立てられたであろう地面も見えた。そのどれかに斬り伏せられた亡骸が埋められているのだろうか。
 或いは、全てに。
 そんなことを考えながら、しとりは遠くから聞こえてくる歌声を辿る。
「かわいそうに」
 しとりは浮かんだ言葉を声にした。
 こんな穴をいくら作らせて、埋めたとて満たせない。それがわからないことを思えば相手が哀れに思えた。
 心隠らぬ独り言を零し、しとりは迷い路を進む。
 この場所が迷宮になっているのも、もしかすれば影朧の心が迷っているからかもしれない。戦う理由も忘れ、求めた力の意味も思い出せずに彷徨う。
 まるで鬼の心象風景そのもの。
 考えを巡らせるしとりは更に歩を進めた。徐々に歌声が近付いてきている。耳を澄ませたしとりは壁の向こう側に敵がいると察した。
 錆刀に手をかけたしとりは辿り着いた骨壁を見据える。
「せっかく近付いたのに、行止りのようね。骨くらいなら――」
 通り抜けようか知ら、と呟いた彼女はひといきに刃を抜き放った。袈裟斬りの形で振るった千代砌の刃が骨を砕く。
 斬れると察したしとりは刃を切り返し、もう一閃を壁に叩き込んだ。
 からん、と乾いた音が響くと同時に道はひらかれる。その先には歌いながら穴を掘っている白い少女の姿があった。
「みいつけた」
「る、るる、る」
 しとりの声に気が付いたルールーは振り返り、シャベルを構える。
 それで殴りかかってこようが、迷路を増やそうがしとりにとっては些事。一度捉えたのならば、もう逃がさない。
 彼女達が童唄を歌うなら此方だって遊び歌を紡ごう。
「鬼さんこちら」
 あやめ、あやめて選ぶのならば。きいまった、もの。
 しとりは口許を薄く緩める。笑っているのではなく、次の詩を紡ぐためだ。
「その娘が欲しい」
 踏み込むと同時に振り下ろした刃が鬼との縁を刻んだ。
 白の少女に向けて、結んで斬り開く赤い傷。それを幾重にも結んで、最後は心の臓を貫く一閃へと変える。
「……、る……るる、る――」
 哀しげな声をあげたルールーが断末魔めいた音を残して倒れ込んだ。
 かって、かなしい、花一匁。
 なんてね、と戯れに独り言ちたしとりは行く先に刃を差し向けた。その理由は前方から新たな少女達が姿を現したからだ。おそらく戦いの音を聞いて集まってきたのだろう。
「さて、次の娘は何処か知ら」
 白に結ぶ赤も、この後に降る雨がきっと流してくれるから。
 構え直したしとりは此処から続く戦いを思い、双眸を静かに細めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御十八・時雨
【朱の社】
骨造りの迷い路なんて、まあ随分と凝ったものを造りなさる
おれは探し物がてんで駄目なのですが、見つかってくれるでしょうか
はあ、声のするほへ向かうのですか
ならおれもついて行きまする

……あの娘さんらを倒さねばならんので?

では、斬り申す
かみさま方のお邪魔にならんよう、逃れたものを仕留めます
和歌津姫を抜き、呼吸を正し、ぶん回すのでなく狙いを定めて
教えていただいた通りに霊力をこめ、刃を振るいます

力比べになるというならおれは負けない
骨身のおなごに負けていては、いつかとと様にも笑われる
渾身でお相手いたしまする


片稲禾・りゅうこ
【朱の社】

え〜〜〜〜なにこれ?迷路?
ちょっと飛んできていい?駄目?
じゃあ壊すのは?それも駄目?
う〜〜〜〜ん、まぁ、みんなとなら楽しそうだし、いっか!

よっと。
時雨、珮李。この辺気をつけてね〜〜
カフカさん?むしろ落ちて下見て来ない?どう?

おっ、あの子らりゅうこさんたちと遊びたいのかね
違う?そうかなあ
変わんないよ、りゅうこさんにとってはさ

天から失礼!あらよっと!
あ〜〜違う、これ壊したのわざとじゃないから
ほんとほんと。りゅうこさん嘘つかない。

さぁさ遂にご対面だ!
カフカさんがそこまで言うんだ、さぞかし花より綺麗な子なんだろうねえ


岬・珮李
【朱の社】

可愛いのに、随分怖い戦い方をする子達だね
とはいえ、敵と見られてるなら仕方ない
お相手、務めさせてもらうよ

おっと、ありがとうりゅうこ。本当に穴多いね
カフカなら落ちても平気だろうけど、ボク達はか弱い組だから気をつけなきゃ
まあ、皆いるんだ。一人で探す必要なんてないんだよ

頑張って時雨。大丈夫、キミなら上手く扱える
さてと、ボクも働こうか
地面に穴、そこに土があるなら、小石だってあるでしょ
キミ達、猫はお好きかな?
ほら、皆遊んであげて

移動しながら黒猫を生み出し、敵にぶつけて雷撃と成す
にゃあにゃあ達、出口までちょっと手伝ってね

早く行こう。向こうはボク達を待ってはいないだろうけど
朽花の雨なら、止ませないと


神狩・カフカ
【朱の社】

声が聞こえる方へ
怪我させる気も賭けに負けるつもりもねェからな
隠居やめたばっかの身だが準備運動にはちょうどいいだろ
おいおい、りゅうこ
おれの扱い酷くねェか?

お嬢ちゃんたち
随分物騒なもン持ってるじゃねェの
悪ィがこの先に用があるンでな

なァ、その歌の意味
教えちゃくれねェか?
鴉を喚べば視界を遮るように目眩まし
隙を作って仲間の援護を
おっ、珮李の猫ちゃんか?
はっは!可愛い顔しておっかねェのな!
時雨も小さェのに随分やるじゃねェか
あとでご褒美やんねェとな

あやめ…菖蒲か?
雨が似合う花だが雨は桜を散らしちまう
思い出すのはやはり桜鬼のことで

この先にどんな真実が待っていることやら
ははっ美女か美男か
どっちだろうな



●殺め歌
「え~~~~なにこれ? 迷路?」
 骨で組み上げられた道に入って開口一番、りゅうこが辺りを見渡す。
 四方八方に続く道。
 何処かから聞こえる少女の歌声。これまで通ってきた庭園はあれほど美しかったというのに、この場所は奇妙で不気味な雰囲気だ。
 時雨もりゅうこと共に周囲を見遣る。
「骨造りの迷い路なんて、まあ随分と凝ったものを造りなさる」
「可愛い女の子らしいのに、随分と怖い場所をつくる子達だね」
 珮李も一歩を踏み出して骨の壁に触れてみた。先ずはこの迷路内に潜むルールーという影朧を探し出さねばならない。
「おれは探し物がてんで駄目なのですが、見つかってくれるでしょうか」
「だったら早く探すためにちょっと飛んできていい? 駄目?」
 時雨が軽く首を傾げる中、りゅうこは頭上を振り仰ぐ。するとカフカも壁から空に視線を移した。曇天の空模様は見えているが、妙な魔力が渦巻いている。
「悪くないとは思うが、阻まれそうだなァ」
「じゃあ壊すのは? それも駄目?」
「頑丈そうだね。出来るかな」
 りゅうこの言葉に対し、珮李も壁の様子を確かめた。やって出来ないことはないだろうが、このまま先に進んだ方が良さそうだ。
「う~~~~ん、まぁ、みんなとなら楽しそうだし、いっか!」
 りゅうこは自分で納得したらしく揚々と歩き始めた。珮李も頷いて歩を進め、この先の何処かにいるであろうルールーを思う。
「こちらが敵と見られてるなら仕方ない。お相手、務めさせてもらうよ」
 珮李の言葉を聞き、カフカも思いを馳せる。
「ああ、怪我させる気も賭けに負けるつもりもねェからな。行こうぜ」
 隠居をやめたばかりの身だが、準備運動にはちょうどいいはずだ。りゅうこが先陣を切っていく後ろに時雨もついていき、探索が始まってゆく。
「声のする方……こちらでしょうか」
「よっと。時雨、珮李。この辺気をつけてね~~」
「おっと、ありがとうりゅうこ。本当に穴多いね」
 三人は和気藹々と言葉を交わしながら進んでいった。彼女達が言うように通路のそこかしこにはルールーが掘ったであろう穴が空いている。
「カフカさん、穴があるよ。むしろ落ちて下見て来ない? どう?」
「おいおい、りゅうこ。おれの扱い酷くねェか?」
 りゅうこから掛けられた言葉に薄く笑い、カフカは時雨と珮李と自分の扱いの違いを比べた。無論、りゅうこなりの冗談だと分かっているので然程気にはしていない。
 珮李は小さく笑み、穴を飛び越える。
「カフカなら落ちても平気だろうけど、ボク達はか弱い組だから気をつけなきゃ」
「おれはどこにでもついて行きまする」
 更に時雨が大きな穴を避けて跳躍していった。カフカはそんな二人の背後を守る形で続き、殿を務めている。
「それにしても歌が遠くなったり近くなったりしてるなァ」
「そのようですね。ああ、歌が止んで……あの娘さんらを倒さねばならんので?」
 カフカが耳を澄ますと不意に歌声が止んだ。
 はたとした時雨が前方を見遣ると、其処には白い少女達が佇んでいた。時雨の声に首肯したりゅうこは身構える。
「おっ、あの子らりゅうこさんたちと遊びたいのかね」
「るーるる、るーるー」
「違う? そうかなあ。変わんないよ、りゅうこさんにとってはさ」
 シャベルを構えたルールー。
 それに対してりゅうこは双眸を細めてみせた。カフカも戦闘態勢を取り、時雨と珮李に目配せを送る。するとルールーが何かを語りかけてきた。
「るるるるるる、る」
「お嬢ちゃんたち、随分物騒なもン持ってるじゃねェの」
「るーるー」
「悪ィがこの先に用があるンでな」
 どうやら此処から先は通さないと言っているらしい。カフカが首を振る最中、時雨も静かに身構えた。
「では、斬り申す」
「頑張って時雨。大丈夫、キミなら上手く扱える」
 和歌津姫を抜きながら宣言した彼に珮李がエールを送る。対するルールー達は今にも襲いかかってきそうだ。
 そして、次の瞬間。最初に動いたのはりゅうこだった。
「天から失礼! あらよっと!」
 地を蹴って跳躍した彼女は一気に踵落としを見舞う。稲妻が落ちたかのようにズドンと見舞われた一撃はルールーを穿った。
 其処に続き、カフカが白の少女達に問いかける。
「なァ、その歌の意味。教えちゃくれねェか?」
 夕日に染まった鴉を喚び、敵の視界を遮った彼は仲間の援護に回った。ルールーはるるる、と答えるだけで明確な意味は伝えてくれない。
 おそらく戯れに歌っているだけなのだろう。意味などないのかもしれない。
 だが、それはカフカの満足する言葉ではない。
 鴉が羽撃く音が戦場に響く最中、珮李も自分も働こうと考えて動き出す。
 地面には穴がある。そこに土があるなら、小石だってあるはずだ。猫乃星の力を紡いだ珮李は其処から猫を呼び起こしていく。
「キミ達、猫はお好きかな? ほら、皆遊んであげて」
 珮李は敵のシャベルの餌食にならぬよう移動しながら、黒猫を敵にぶつけた。雷撃と化した猫達が迸る。
 その間にりゅうこが別の敵を蹴り、シャベルの攻撃を躱す。
 着実にルールーの力が削られている。そのことを察した時雨は皆から逃れてきた個体を狙っていった。
「かみさま方のお邪魔にならんよう、努めまする」
 呼吸を正し、狙いを定めた時雨は和歌津姫を一気に振り下ろした。それは教えて貰った通りの動作だ。霊力を宿した刃はルールーを貫き、その場に伏せさせる。
「いいね、時雨」
「その調子でいこいこ!」
 珮李とりゅうこが掛けてくれた言葉も心強い。時雨が刃を構え直すと、珮李も負けていられないというように黒猫達を生み出した。
 雷撃は次々と敵を貫き、それに合わせてりゅうこも蹴り撃を見舞い続ける。
「はっは! 珮李の猫ちゃんは可愛い顔しておっかねェのな! 時雨も小さェのに随分やるじゃねェか。あとでご褒美やんねェとな」
 カフカは煙管を燻らせながら眷属達を遣わせていった。
 嘴による劈きによってルールーが少しずつ弱っていく。時雨はカフカが作ってくれた好機を逃すまいとして、更に刃を振るった。対するルールーはシャベルを振り上げて刃を受け止めたが、時雨は押し負けるつもりなどない。
「力比べになるというならおれは負けない」
 骨身のおなごに負けていては、いつかとと様にも笑われる。それゆえに――。
「渾身でお相手いたしまする。……うん?」
 時雨が決意を言葉にした時、バキッと何かが崩れ落ちる音がした。振り向いた仲間達が見たのは勢い余って骨の壁を壊してしまったりゅうこの姿だった。
「あ~~違う、これ壊したのわざとじゃないから」
「るーるる!」
「ほんとほんと。りゅうこさん嘘つかない」
 ルールーが何やら怒っているが、りゅうこはいつもの調子で答える。
 そうしている間に影朧の数が減ってきた。カフカはもう終わらせてしまおうと決め、最後の一体に夕暮鴉達を向かわせた。
 するとルールーが先程まで歌っていた歌をふたたび口にする。
 ――菖蒲、殺めて。
 歌はどうしてかそのように聞こえた。
「……菖蒲か」
 雨が似合う花ではあるが、雨は桜を散らしてしまう。そう考えたカフカが思い出すのはやはり桜鬼のこと。しかし彼は素早く身を引き、仲間達に合図を送る。
 それを受けたりゅうこは二人に呼び掛けた。
「時雨、珮李。いくよ~~~」
「はい、参りまする」
「にゃあにゃあ達、最後まで手伝ってね」
 りゅうこに合わせ、時雨と珮李がそれぞれの力を振るった。
 鴉の突撃からの蹴撃と斬撃、そして雷撃。
 重なりあった四人の力は深く巡り――そして、戦いは終わりを迎える。
 倒れ伏したルールーを見下ろし、一行は頷きあった。
 様々なところから聞こえていた歌声はもう何処からも聞こえなくなっている。きっと、他の猟兵達も影朧を斃したのだろう。
「進みましょうか」
「そうだね、早く行こう。向こうはボク達を待ってはいないだろうけど」
 時雨が先を示すと、珮李も同意する。
 この先で降るのが朽花の雨ならば止ませないといけない。
「さぁさ遂にご対面だ!」
「この先にどんな真実が待っていることやら」
 りゅうこも意気込み、カフカも迷路の先に待つ者を思う。
「カフカさんがそこまで言うんだ、さぞかし花より綺麗な子なんだろうねえ」
「ははっ美女か美男か、どっちだろうな」
 常と変わらぬ調子で言葉を重ね、カフカ達は出口を目指して進んでいく。
 この向こう側でどのような戦いが巡るのか。それはまだ、誰も知らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
【はゃるうら】

……うっわぁ……ホラーかな?ホラーだね?
まあ、シャルちゃん居るしだいじょーぶっ!
穴は問題なーしっ、飛んで跳ねてはあたしの得意技だもん

シャルちゃんが敵の位置を探してくれるし、あたしも勘は良い方だから
今回は空中には行かない方が良さそうかなー?
ま、いっか
とりあえず、後方から狙撃ってコトで

さーてと、みんなー!やっちゃえ!
水の精霊力を纏って、刃の弾丸のようにすっ飛んで行くカラフルな熱帯魚の群れ
【誘惑、挑発、全力魔法、毒使い】も全部乗せ!当たりに出て来てくれて良いんだよ?なーんてねー

ふふん、残念でしたー!
あたし狙えば行けると思った?
そんなに鈍くないし、シャルちゃんもアウラちゃんもいるもんね!


シャルロット・クリスティア
【はゃるうら】
こちとらスナイパーです。目も耳も自信がありますから、敵の位置を探し当てるくらいは朝飯前ですよ。
先導はお任せを。足を取られないようにだけ気をつけて。

武装はスコップ……単純な道具ですが、その殺傷力は侮れません。迂闊に攻め込めませんが。
お二人が遠距離攻撃手段を持っているなら、そちらに甘えましょう。こちらは、攻撃が届かないように牽制を。
注意の外の死角、横合いから雷属性を付与したガンブレードで斬り込んでいきます。
私を狙うのであれば、回避に徹すること自体は難しくないでしょうし。

了解ですねえさん、心配かけるほどの無茶はしませんよ。
とは言え、簡単に後ろまでまで行けると思われても困りますが!


アウレリア・ウィスタリア
【はゃるうら】
シャルロットが前を警戒するなら
ボクは上と後ろを警戒しましょう
歌が聞こえるのなら
その響きである程度の構造や敵の位置はわかるでしょうし

最後尾に位置して
前衛をしているシャルロットの援護
目の前で敵へ攻撃をしている花雫の援護
そして討ち漏らした敵へのトドメ
【今は届かぬ希望の光】
七つの光剣をそれぞれ操り攻撃を加えていきましょう

シャルロット、無理に引き付けなくても大丈夫です
花雫に近付く敵はボクも牽制を加えます

花雫、思いっきりやってください
例え討ち漏らしてもボクが抑えます

二人とも自分らしくいきましょう

自分らしく……
自然と身体が動く
これはボクらしい行動?

いえ、二人に負けていられません
考え事は後ですね



●自分らしさ
 空は曇り、足元が陰る。
 骨と土と墓穴のようなものが広がる迷路の中は妙におどろおどろしかった。
 辺りを見渡した花雫思わず不気味さを感じ、少しだけ後ずさる。
「……うっわぁ……ホラーかな? ホラーだね?」
「確かにこれは……」
 アウレリアも骨の迷路の様相を確かめ、花雫と同じ感想を抱いた。そのうえ遠くから少女の歌声が聞こえる。
 これがホラーでなければ何だと言うのか。
 しかし、シャルロットは動じていない。何故なら歌声の主が影朧だと知っており、骨の迷路も魔力で作り上げられたものだと分かっているからだ。
 それにこうして歌をうたってくれているのなら、敵の位置も把握しやすい。
「先導はお任せを。足を取られないようにだけ気をつけて」
 シャルロットは先陣を切る。
 こちとらスナイパーだ。目も耳も自信があり、こういったヒントがある以上は敵の位置を探し当てるくらいは朝飯前。
 シャルロットの声を聞き、花雫はその後に続く。行く先には此方を阻むような大きな穴が空いていたが、彼女にとってはそんなものは大したことがない。
「うん! シャルちゃん居るしだいじょーぶっ!」
 飛んで跳ねては得意技。問題ないことを示すように花雫は穴を飛び越える。
「それにしても、よくこんな穴が……」
 アウレリアも花雫の後ろについて、墓穴めいたそれを乗り越えた。
 シャルロットが前を警戒するなら自分は上と後ろを警戒しよう。そう決めたアウレリアは注意深く周囲を探る。
 歌はまだ聞こえていた。響き方である程度の迷路の構造や敵の位置はわかる。後は行き止まりではない通路を選んでいくだけだ。
 前方にシャルロット、後方にアウレリア。
 二人に頼もしさを感じた花雫は、そっと笑みを浮かべた。
「この壁、高いね。空は見えるけど……多分、無理に飛び越えようとしたら大変なことになっちゃうかも!」
 花雫は頭上を振り仰ぐ。
 おそらく壁を上から越えることは出来ない。その理由は妙な魔力が壁の上で渦巻いているからだ。此処が迷路である以上、正攻法で通路を進めということだろう。
 実際に魔力に触れてはいないが花雫の勘が上は危険だと告げていた。それに上空を進まずとも、歌声の主の気配はどんどん近くなっている。
「るーる、るるる」
「さっそく見つけました」
「そうだね、そろそろ来る気がしてたよ」
「二人とも気をつけてください」
 シャルロットは前へ踏み込み、花雫とアウレリアはその背を追った。通路の先で待ち受けていたルールーはシャベルを構えている。
「武装は単純な道具ですが、その殺傷力は侮れません」
 シャルロットは触媒を込めた薬莢をガンブレードに装填していった。迂闊に攻め込めはしないが、攻撃が届かないように牽制する狙いだ。
 自分が前衛を張っていれば二人が後方から援護攻撃をしてくれる。そちらに甘えていいと考えられるのは、傍にいるのが他でもない彼女達だからだ。
「るーるる、るー」
 シャベルを振り上げた影朧がシャルロットを狙う。しかしすぐに花雫が行動に出た。
「さーてと、みんなー! やっちゃえ!」
 水の精霊力を纏った彼女が指先を突きつければ、カラフルな熱帯魚の群れがまるで弾丸のように飛んでいった。
 穿たれたルールーの身が大きく揺らぐ。其処に生まれた隙を逃さぬよう、アウレリアが武器の切っ先を敵に差し向けた。
「――貫け、天空の光剣」
 言葉と共に七つの刃が次々と飛翔していく。
 シャルロットが引きつけ、花雫が傾がせた敵への止めが成された。されど敵は一体だけではない。次のルールーがシャベルを振り回して近付いてくる。
「また来たね。いくよっ! むしろ当たりに出て来てくれて良いんだよ?」
「その一撃、受け止めてみせましょう」
 なんてね、と付け加えた花雫は更なる熱帯魚達を放ち、シャルロットは一閃を受けるためにガンブレードを振り上げた。雷を宿した刃でシャベルを弾き、切り返す。
 次の瞬間、魚達が一気に飛来した。
 二体目がそれによって倒れたことを確認し、アウレリアは三体目を捉える。
「シャルロット、無理に引き付けなくても大丈夫です」
「了解ですねえさん、心配かけるほどの無茶はしませんよ」
 花雫に近付く敵は自分も牽制してみせると告げ、アウレリアは力を紡いだ。シャルロットは頷きで以て答え、同じく三体目に視線を向ける。
「るーるる!」
 ルールーは二人の予想通りに花雫を狙っていた。しかし花雫本人は少しも慌てたり、焦ったりなどはしない。
「ふふん、残念でしたー! あたし狙えば行けると思った?」
 得意げに笑う彼女の傍にはアウレリアとシャルロットがついてくれている。そんな鈍くないし、と胸を張った花雫は二人の存在を誇らしく思っていた。
「簡単に後ろまでまで行けると思われても困りますが!」
「花雫、思いっきりやってください」
「うんっ!」
 二人に守られた花雫は水の精霊力を迸らせる。一瞬後、色とりどりの熱帯魚達が不気味な骨の迷路をカラフルに彩った。
 そうして、最後のルールーはその場に倒れる。
 シャルロットは影朧達が消滅していく様を見遣りながら、周囲の気配を探った。目の前の敵は斃したが、まだ何処かから歌声は聞こえる。他にも影朧が残っているのだろう。
「次に行きましょうか」
「そうだね、まだまだ迷路も先が長そうだもんね」
「気負わずに、二人とも自分らしくいきましょう」
 シャルロットの声に花雫が頷き、アウレリアもこの調子で進もうと語る。
 そのとき、アウレリアはふと思った。
 自分らしく――先程はそう考える前に自然に身体が動いていた。
(これはボクらしい行動?)
 意識はしていなかったが、きっとそうだ。アウレリアは不思議な気持ちを抱いていた。考え事をしている様子の彼女に気付き、花雫は首を傾げる。
「アウラちゃん、行くよー?」
「ねえさん、まだ気は抜けませんよ」
 シャルロットもそっと語りかけ、先程のように一番前を歩き出した。
 はっとしたアウレリアは二人に続いて進んでいく。考え事は後でいい。今は皆で迷路を脱することが目的だ。
「はい、進みましょう。この先へ――」
 見つめる骨の壁の向こう側。
 きっと其処に、倒すべき存在がいるはずだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【比華】

彼方も此方も、果てがないわね
かの御話の兎の穴とはたがうもの
これは何処へと繋がるのでしょう

ご機嫌ね、あねさま
隣にはあなたがいるのだもの
閉ざされた空間も恐ろしくなどない

互いの温度がとけてゆくよう
からの器は温度を得たの
あなたに引かれ、後ろを往くのではなく
あなたと手を繋いで、隣を歩みゆく

あねさまがなゆの姉であるように
なゆは、あねさまの妹なのよ
麗しき一花を摘ませなどしないわ

歌がきこえる
いっとううつくしく囀る子はどの子かしら
あの子、それともその子かしら

嗚呼、みいつけた
あなたにしましょう、そうしましょう
選び抜かれて
刈り取られたお花の名前は?

いのちの糸を仕立てて結んで
あかくあかく、結いでみせましょう


蘭・八重
【比華】

あらあら、巨大迷路ねぇ
ふふっ迷子になりそうね

そういいつつも不安など一つも無かった
なゆちゃん行きましょう、声なる方へ

繋いだ手は温かい
幼き頃不安げに繋ぎ私の後をついて護られた子
今は一人で歩き、そして私の手を離さないと護ろうする子

嗚呼本当に頼もしくなったのね
嬉しいわ

でもね、私はこの子の姉
この子は私の妹
それは変わる事の無い永遠よ絆

刈られるの何処の子?
私の花は誰にも奪わせないわ

噤む黒キ薔薇
なゆちゃんと私の手を離そうする子はお仕置きしなくては

私の愛する可愛い子
赤いいと、絡めて誰も解けない
切る事さえも、誰も出来ない
それは私達でさえも
運命の赤いいとを貴女は切れるかしら?



●時を繋いで
 右を見遣っても骨、左に振り向いてもまた骨。
 骨で組み上げられた迷宮を探り、八重と七結は先へと進んでいく。
「あらあら、巨大迷路ねぇ」
「彼方も此方も、果てがないわね」
 空は昏い曇り空。足元には墓穴のようなものが無数に空いている。一言に穴とは言っても、かの御話の兎の穴とはたがうものだとはっきりと分かった。
「これは何処へと繋がるのでしょう」
「ふふっ迷子になりそうね」
 七結が淑やかに穴を飛び越えれば、その後に八重が続く。
 本当に迷子だとしても八重には不安などひとつも無かった。それは隣に七結が確かにいてくれるからだ。
「なゆちゃん行きましょう、声なる方へ」
 ――るーる、るるる。
 八重が示した方角からは先程から童唄のような歌声が響き続けていた。手を取って進む八重の声は少しばかり弾んでいる。
「ご機嫌ね、あねさま」
「ええ、だって……わかるでしょう?」
「そうね、隣にはあなたがいるのだもの」
 此処が閉ざされた空間であっても、何も恐ろしくなどない。七結と八重が抱く思いはよく似ていた。
 繋いだ手は温かい。
 幼い頃、不安げに自分の後をついて護られていた子はこんなにも成長した。
 今は一人で歩き、そして、八重の手を離さないと護ろうする子へ――。
「嗚呼、本当に頼もしくなったのね」
 嬉しいわ、と告げた八重はそうっと手を握り直す。そうすると互いの温度がとけてゆくようで、心地が良かった。
 八重が過去を思い浮かべていたように、七結も幼い時分を思い返していた。
 からの器は温度を得た。
 あなたに引かれて後ろを往くのではなく――今はあなたと手を繋いで、隣を歩みゆく。
 隣同士。距離はとても近い。
(……でもね、私はこの子の姉。この子は私の妹)
 それは変わる事の無い永遠の絆。
 八重が何かを考えていると察した七結は、思いを確かめるように言葉を紡ぐ。
「あねさまがなゆの姉であるように。なゆは、あねさまの妹なのよ」
「その通りよ。ずっと、ずうっと……」
 変わったことと変わらぬことを比べ、八重は淡く微笑んだ。
 そのとき、前方に影朧が現れる。
 気配は響き続けていた歌声が近く、大きくなったことで感じていた。八重は笑みを絶やさぬままルールー達を見つめる。
「刈られるの何処の子? 私の花は誰にも奪わせないわ」
「麗しき一花を摘ませなどしないわ」
 七結も影朧を見据え、黒鍵刀を敵に差し向けた。
「るーる、るるーるー」
「るーるー」
 白い少女達は歌い続ける。意味も分からぬ童唄を口にしてシャベルを振り上げた。
 いっとう、うつくしく囀る子はどの子かしら。
 あの子、それともその子かしら。
 そんな風に相手を見定めた七結は双眸を緩やかに細めてゆく。
「嗚呼、みいつけた」
 あなたにしましょう、そうしましょう。
 まるで花一匁の童唄の如く七結はひとりの子を選んだ。刹那、選ばれた少女の元に鮮血の紅い糸が迸る。
「さあ、刈り取られたお花の名前は?」
「る……る、る……」
 苦しげに痛みに耐えるルールー。隙を見出した八重も目を細め、鞭のような鋭い棘の茨の黒薔薇を解き放った。
「なゆちゃんと私の手を離そうする子はお仕置きしなくてはね」
 黒薔薇が少女の身を抉り、瞬く間に戦う力を奪い取る。
 愛する可愛い子が糸を絡めてくれるから、八重は其処に花を咲かせられる。
 絡まる赤いいと誰も解けない。切ることさえも誰も出来ない。それは私達でさえも、と八重は薄く笑んで見せた。
「運命の赤いいとを貴女は切れるかしら?」
 それではきっと、無理だろうけれど。
 ルールーの手から落ちたシャベルを見遣った八重はそっと言葉を落とした。そして、七結は絡め取られた骨の少女達に更なる糸を結んでいく。
 いのちの糸を仕立てて、繋げて。
「あかくあかく、結いでみせましょう」
 宣言めいた言の葉が落とされた一瞬後、勝負は決した。
 白き骨の少女はすべてに崩れ落ち、シャベルの傍らに倒れ込む。るる、と童唄の一部だけを紡いだルールーは其処で戦う力を失った。
 消えていく影朧を見送った七結と八重はふたたび掌を重ねる。
 どんなに辺りが不穏でも、ふたりいっしょなら大丈夫。
 其処に宿る温度は変わらずあたたかくて――穏やかな心地が巡りゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫

死の馨がする
骨の迷路だね、櫻
まるで愛の亡骸のよう
隠したいから隠すのか、それとも櫻宵の言うように
美しい花の為なのか

どちらでも、やることは変わらない
僕の大事な櫻を埋めさせはしないってことさ
しかりと櫻宵と手を繋ぎ歌を頼りに迷宮游ぐ
足元、気をつけて
ヨル、1匹でかけていってはダメ
誘が抱っこしてくれるなら安心だ
(誘に梔子の花を渡そうとするヨルに笑み)
ヨルは僕らの応援係
カナンとフララもヨルのところにいて


歌がきこえる
あやめ殺めて―…て
僕も歌おう
宿すは君への鼓舞
張り上げる歌声で咲かせる「星縛の歌」

守りたいもの、
聴けば口元に笑みが浮かぶ
それを定めたんだね
自分の慾の為でなく、誰かの…って

嗚呼、綺麗なさくらだ


誘名・櫻宵
🌸櫻沫

私、骨は好きよ
その者の存在の残穢
殺めたならば埋めて隠して
桜の糧にしなくてはならないわ
美しい花が咲くように
美しい桜の下にはソレが埋まっているものよ


リル
迷わないようにね
誘、ヨルをお願いね
あなたは守る龍なのでしょう?
誘七の地はずっとあなたに守られているってきいたわ
否定するように伏せた瞳に軽く誘を小突く
…何も出来ぬということは無いの

歌ね
私はリルの歌がよいわ
星の瞬き歌う歌に舞うように、刀に破魔宿らせなぎ払う
衝撃波と共に骨を断ち
生命を喰らって桜と咲かして斬り祓う

骨も少女も迷宮も全部美しい桜としてあげる
大丈夫
斯様な場所に埋めさせはしないわ
私は猟兵らしくはないけれど

守りたいもの位、この手で守ってみせる



●守るべきもの
 其処は土で汚れた白い骨が組み上げられた迷宮。
 亡骸を埋めるために掘られた穴が其処彼処に見え、無邪気で無機質な歌声が響いている迷路内は奇妙で不気味だ。
 死の馨がする。
 遠くから聞こえる童唄に耳を澄ませ、リルは隣の櫻宵に呼び掛けた。
「骨の迷路だね、櫻」
「私、骨は好きよ」
 リルも櫻宵も骨の迷路に嫌悪は抱いていない。
 その者の存在の残穢。殺めたならば埋めて隠して、桜の糧にしなくてはならない。
 美しい花が咲くように、美しい桜の下にはソレが埋まっているもの。そんな風に語った櫻宵の声を聞いたリルはふと思う。
 まるで愛の亡骸のよう。
 隠したいから隠すのか、それとも櫻宵の言うように美しい花の為なのか。
 骨の少女達が成す行為を思えど、今はその理由は知れない。けれどきっとどちらでも、やることは変わらない。
「僕の大事な櫻を埋めさせはしないよ」
「リルだって、奪わせないわ」
 互いへの思いを言葉に変え、ふたりは先を目指して進んでいく。見えていた通り、行く先にはルールーが掘ったであろう穴が幾つもあった。
「足元、気をつけて」
「リル、迷わないようにね」
 二人は強く手を繋ぎ、歌を頼りにして入り組んだ迷宮をゆく。
 少し先行したヨルは辺りを興味深く眺めては駆けていった。駄目だというようにカナンとフララがヨルを追いかけていく。リルもそのことに気付き、ヨルを呼んだ。
「ヨル、一匹でかけていってはダメ」
「誘、ヨルをお願いね。あなたは守る龍なのでしょう?」
 櫻宵が桜わらしをヨルの元に行かせようとして小突く。誘七の地はずっとあなたに守られているってきいたわ、と告げれば誘は否定するように瞳を伏せた。
「……」
「……何も出来ぬということは無いの」
 誘の様子から心持ちを察した櫻宵は、少しだけ強く言い放つ。そうすれば誘は腕を伸ばしてヨルを抱いた。その様子を見たリルはほっとする。
「誘が抱っこしてくれるなら安心だ」
「きゅ!」
 ヨルはというと、誘に梔子の花を渡そうとしていた。ヨル達の傍にはカナンとフララも寄り添っている。かれらに自分達の応援係を頼んだリル達は更に進んでいった。
「歌が近くなってきたね」
「ええ、不思議な歌ね」
 ――菖蒲、殺めて。
 何故だかそのようにも聞こえる。
 るるる、と響き続ける歌を意識したリルと櫻宵は身構える。
 予想通り、ふたりの視線の先にはルールーが現れていた。童唄も悪くはないが、櫻宵はリルの歌の方が好ましいと感じている。
「私はリルの歌がよいわ」
「だったら、僕も歌おう。君のために」
 影朧が羅刹の為に詩を紡ぐのなら、リルは櫻宵の為だけに歌う。
 花唇をひらいたリルは星縛の歌を謡いあげていく。星すら魅了されて堕ちる、硝子細工の歌声。其処に宿すのは君への鼓舞。
 張り上げる歌声で咲かせる歌はルールーの歌に重なり、響き渡っていった。
 櫻宵は声に合わせて刀を抜く。
 ――綺羅星の瞬き 泡沫の如く揺蕩いて。
 ――耀弔う星歌に溺れ 熒惑を蕩かし躯へ還す。
 星の瞬きを歌う詩と共に舞うように、刃に破魔の力を宿した櫻宵はひといきに敵を薙ぎ払った。シャベルが振り下ろされる寸前に解き放たれた衝撃波は少女の骨を断つ。
 そして、その生命を喰らって桜を咲かせた。
 斬り祓われたルールーの声が途切れ、花となって散りゆく。
「骨も少女も迷宮も全部美しい桜としてあげる」
 櫻宵は刃を切り返し、新たに通路の向こう側から現れた少女達を見据えた。
 あのシャベルは誰かを穴に埋めるものなのだろう。しかし、斯様な場所にこれ以上誰も埋めさせはしない。
 私は猟兵らしくはないけれど、と口にした櫻宵はリルを見つめてから、己の中に浮かんだ思いを言の葉に変えた。
「守りたいもの位、この手で守ってみせる」
「……櫻」
 守りたいもの。櫻宵が語るそれをリルはちゃんと知っている。自然に口元に笑みが浮かび、リルは穏やかな気持ちを覚えた。
「それを定めたんだね。自分の慾の為でなく、誰かの……って」
 リルの声に行動で以て応えるように動いた櫻宵は更に刃を振るう。その度に桜の花が周囲に舞っては散り、鮮やかな彩となっていく。
「嗚呼、綺麗なさくらだ」
 櫻宵を見守るリルはその背をしかと瞳に映し続ける。
 ヨルがきゅ! と飛んで跳ねて応援する傍らで、梔子の花を手にしている誘も櫻宵を見つめていた。その真意は計り知れないが、何か思うこともあるのだろう。
 やがて、櫻宵が最後の一体に刀を振り下ろし――戦いは其処で終わりを迎えた。
 はらり、はらりと桜が舞う。
 その向こう側で骨の壁がさらさらと崩れ始めた。
「あれって……菖蒲の花?」
「そうみたいね。綺麗だけど、何だか妙だわ」
 壁の奥に見えたのは不思議な菖蒲が咲く光景。おそらく此処に居たすべての影朧が倒れ、迷路が形を保てなくなったようだ。
 更なる戦いの予感がする。
 頷きあったふたりは花の景色を見据え、ゆっくりと歩み、游いでいった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
千鶴さん/f00683
るるる、と口遊みながら
これは何の歌だろうと記憶を探る
懐かしいような気がするけれど
私の知ってる歌じゃない
何でしょう、不安になるような心を爪で引っ掻かれるような不快感が滲んでいる

ありがとうございます、気を付けますね
傍らの蝶に先導させ様子を見る

あら、私?
つまらないモノですけれど
よろしいのですか?
残念、そちらへはいけないようです

勿論千鶴さんはあげませんよ
私は案外欲が強いようでして
友達をあげるなんてこと、我慢がならないのです

それにあなた方の求める人は
私では無いでしょう

さて、相談は終わりましたか
ではこちらから参ります
UCで攻撃
咲いた華を焦がす想いに焼かれて
ゆっくりとお眠りなさい


宵鍔・千鶴
悠里(f18274)と

これはわらべうた?
何処か懐かしいリズムに
るるる、るるる
口遊んではみるけれど
おとをよく澄まして
聴こえるは何とも不穏に彷徨うもの、虚ろなもの

悠里、足元気を付けてな
ふわりと馨し桜を纏うオーラ防御でふたりを包んで
彼の蝶にも導かれながら

求めるあのこは解らないけれど
傍らにいる大切な友は、
悠里は、
だめだよ、あげない
この子はあげられないよ

残念、俺も駄目らしい
自分は自分だけのもの
愛すべきもののため
干渉することは赦さない
相談は却下だ

さあ、花一匁の遊びは
終いにしよう、

死出の迷路に華を咲かせるように指定UCで纏めて牽制を
埋めるならば綺麗な花を
咲かせてご覧よ



●歌の終わりと雨のはじまり
 あやめ、あやめて、花一匁。
 あの娘が欲しい。あの娘じゃあ判らぬ。
 相談しましょ、そうしましょう。
 
 るるる、と紡がれる不思議な声を真似て悠里は歌う。
 迷宮を進み、口遊みながら思うのは、これは何の歌だろうという疑問。記憶を手繰ってみれば何処か懐かしいような気がする。
 けれどこれは、自分が知っている歌ではない。
「これはわらべうた?」
「何でしょう、不安になるような……」
 千鶴が軽く首を傾げると悠里も不可解な気持ちを覚えた。
 これは替え歌だ。しかし、心を爪で引っ掻かれるような不快感が滲んでいる。
 千鶴も悠里に倣い、何処か懐かしいリズムを思う。
 るるる、るるる。
 遠くからも聞こえる歌に合わせて口遊んではみるけれど、その音は不穏だ。口遊むのを止めて少女の声に耳を澄ませてみる。
 彷徨うもの、虚ろなもの。そのように思える声は徐々に近くなってきた。
 敵が近付いてきているのだと察したふたりは気を引き締める。しかし、行く先には影朧が掘ったらしい穴が幾つも見えた。
「悠里、足元気を付けてな」
「ありがとうございます、気を付けますね」
 千鶴の気遣いに礼を告げ、悠里は注意深く先を探る。彼の視線の先には先行してもらっている黒翅蝶が羽ばたいていた。
 蝶々を先導させて様子を見ていると、行く先に影が現れる。
 千鶴はすぐにそれが影朧だと悟り、馨し桜を纏う力でふわりと悠里を包んだ。
「るー、るるるー」
 シャベルを手にしたルールーが何かを語るようにリズムを刻んだ。詳しい意味合いまでは分からないが、どうやら悠里が欲しいと歌っているようだ。
「あら、私?」
「るーるー」
 自分が示されたのだと気付いた悠里は不思議そうに問う。そうだ、というように頷いたルールーはシャベルを突きつけた。
「つまらないモノですけれど、よろしいのですか?」
「悠里、よくないよ」
 彼が更に問いかける様を見て、千鶴は首を横に振る。彼とてそのまま身を差し出す心算はないのは分かっているが、そう簡単に大切な友達を影朧に渡すわけにはいかない。
「るーるるー!」
 ルールーはその子を寄越せと言っているらしいが、千鶴は引かなかった。彼女が求めるあのこは解らないけれど、きっと悠里のことではないはずだ。
「悠里は、だめだよ。あげない。この子はあげられないよ」
「残念、そちらへはいけないようです」
 千鶴が自分を庇うように前に出たことで、悠里はそっと頷いた。ルールーはそれならば千鶴が欲しいと語るが如くシャベルの切っ先を向け直す。
「俺?」
「駄目です、千鶴さんもあげませんよ」
 すると次は悠里が首を振った。
 自分は案外、欲が強い。黙って友達をあげるなんてことになれば我慢ならないのだと語り、悠里は千鶴の横に並び立った。
「残念、俺も駄目らしい」
 千鶴は肩を竦めてみせ、ルールーに語りかける。
 自分は自分だけのもの。愛すべきもののため、親しいもののために在る。それに外から干渉することなど赦さない。
「それにあなた方の求める人は私達では無いでしょう」
「そういうわけで、相談は却下だ」
 悠里と千鶴は影朧をしかと見据えた。対するルールーは敵意を剥き出しにしてシャベルを大きく振り上げる。
 此方に勢いよく迫ってくる骨の少女を捉え、ふたりは同時に動き出した。
「さて、相談は終わりました。ではこちらから参ります」
「さあ、花一匁の遊びは終いにしよう」
 悠里が手を翳すと、紫陽花を頭部に纏った死霊が其処に現れる。身を焼く獄炎と伸びる根を広げた死霊はルールーの身を捉えた。
 る、という声が上がったかと思うと影朧の身が炎に包まれる。
 その隙を狙った千鶴は燿夜の刃を掲げた。
 刹那、周囲に幾重もの桜の花が舞ってゆく。無骨で不気味な骨の迷路を彩るように桜はひらひらと舞い散り、影朧を覆っていった。
 死出の迷路に華を咲かせるように桜は周囲に広がる。
「るーる、るーるる!」
 焔と花を受けたルールーは苦痛に耐えながら、ふたりを穿つためにシャベルを振り回した。だが、少女の骨の足を死霊の根が捕らえた。
 均衡を崩した影朧はその場に倒れ込む。それを好機と見たふたりは一気にかたを付けるために、其々の力を揮っていく。
「埋めるならば綺麗な花を咲かせてご覧よ」
「咲いた華を焦がす想いに焼かれて、ゆっくりとお眠りなさい」
 炎が揺らぎ、花が舞う。
 千鶴と悠里は倒れていく骨の少女を見送り、その姿が消えるまで見つめていた。少女が完全に消滅した後、迷路の壁が薄れはじめる。
 此処に居たすべてのルールーが倒されたことで迷路を保てなくなったらしい。
 庭園の最奥に続く道が現れ、不思議な菖蒲の花が咲いている様が見えた。
「向こうに行けばいいのかな」
「そのようですね。重い気配はしますが……」
「望むところだよ。進もうか、悠里」
「はい、千鶴さん」
 互いの名を呼びあったふたりは決意を抱き、菖蒲が咲き乱れる園に歩を進める。
 此の先で廻るであろう、戦いを予感しながら――。
 
 やがて雨模様の空が本格的に昏くなってきた。
 そして――ぽつりと地面を濡らした一滴の雫を皮切りにして、雨が降りはじめる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『花時雨の菖蒲鬼』

POW   :    桜散らしの雨
【呪詛の雨】と【己の剣技を補助する大鬼の手】の霊を召喚する。これは【戦場全体に降る生命力を奪い己へ還元する雨】や【対象の攻撃を予測し弾き返す引っ掻き】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    遣らずの雨
自身に【攻撃した対象に狂気が伝播する妖刀の呪詛】をまとい、高速移動と【対象の攻撃よりも先に繰り出す無数の斬撃】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    身を知る雨
【周囲を漂う死霊の怨念】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【対象の悲しみを想起させる雨降る花菖蒲の沼】に変化させ、殺傷力を増す。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は千桜・エリシャです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●殺めの花時雨
 少女影朧は全て倒され、迷路は消え去った。
 辿り着いた庭園の奥に降りはじめた雨。それは喩えるならば呪いのようだった。
 しとしとと降りゆく雫は自然のものではない。雨を受けた者の悲しみを想起させる呪詛めいた力が宿っている不思議なものだ。
 辺りには菖蒲の花が咲き乱れており、足場は奇妙な沼地になっている。
 雨降る花菖蒲の沼の最中には独りの羅刹が佇んでいた。
 
「かごめ、かごめ、籠の中の鳥は――」
 羅刹は何処か哀しげに童唄を口遊んでいる。先程の少女影朧が歌っていたものとは違う、別の歌だ。もしかすれば羅刹はあの影朧達に様々な歌を教えたのだろうか。迷路で聞こえていた曲もそのひとつだったのかもしれない。
 しかし、歌は途中で止まった。羅刹が猟兵達に気が付いたからだ。
「あなた達は……」
 此方を見遣った羅刹は、誰なのかと問いかけようとした。
 だが、すぐに猟兵達が自分を屠りに来た存在だと理解したらしい。何せこれまでに妖刀が導くままに人を斬ってきた羅刹だ。身に覚えがあるに違いない。
「……教えてください」
 丁寧な言葉を紡ぎながら、羅刹は刀を抜き放った。
 降り続く雨がその頬を濡らしている。そして、羅刹は続ける。
「どうして殺めずにはいられないのでしょうか。何故、斬ることをやめられないのでしょうか。何かを守りたかったはずなのに……」
 此方への問いかけの体をしていても、それは自問する言葉なのかもしれない。
 今だってそうだ。
 目の前にいる猟兵達を斬り伏せたいと云わんばかりに刃を差し向けている。放っておけば相手は斬りかかってくるだろう。
 頬に伝う雫を拭うこともせず、羅刹は語る。
 この妖刀で人を斬る度に自分の中の何かが消えていってしまう。今はもう何も己の過去のことを思い出せないのだ、と。
 まるで遣らずの雨の如く、哀しき雫は降り続ける。
 巡る呪詛の力は強く、沼に足を踏み入れれば否応なしに悲しみの感情が裡を支配するだろう。されど、羅刹を屠るためにはそれを乗り越えてゆかねばならない。
 己に疑問すら持たず、ただ人を殺めるだけの存在に成り果てる前に――。
 此処で花時雨の菖蒲鬼を屠る。
 それこそが今、猟兵達が果たすべき役目だ。
 
ルムル・ベリアクス
大切なものを守る力を求めたが、それを制御できない。あなたは呪詛に呑まれてしまった。影朧となってしまったのなら、当然です。
守る力に蝕まれることが他人事には思えず、悲しみを想起させる雨の影響もあってやりきれなさが募ります。誰かがあなたの傍にいたら、変わっていたのか……。今はもう分かりません。
UCを発動。増幅された悲しみを逆手に取り、自身と相手の強い感情で結晶の鎧を強化し防御力を高めます。
もう、誰も殺さなくていい。一人で終わらない苦しみに囚われる必要はないんです。人を守りたいと願った心。あなたが忘れていても、その妖刀の力から感じます。
強い想いで結晶を再生し、攻撃を受け止めながら、言葉をかけ続けます。



●忘却と哀しみ
 雨が降り、呪いが巡る。
 刃を構えた菖蒲色の羅刹は悲しい瞳をしていた。
 大切なものを守る力を求めるがゆえに、制御できないほどの力に呑まれた。そんな羅刹が携えた妖刀から大鬼の手が浮かびあがる。
 それらは戦場に訪れたものを引き裂かんとしているようだ。
 相手の姿を捉えたルムルは頭を振り、先程に問われたことへの返答を言葉にする。
「あなたは呪詛に呑まれてしまった。影朧となってしまったのなら、当然です」
 きっと多くのものを失ったのだろう。
 たったひとつを守るために数多の犠牲を払ったに違いない。
 何故だかそう感じたルムルは、羅刹に対して親近感めいた奇妙な感情を覚えていた。
 守る力に蝕まれること。
 そのことが他人事には思えなかった。自然に悲しみを想起させる雨の影響もあるからか、ルムルの裡にやりきれなさが募っていく。
 羅刹はひとりきりで佇んでいた。
 配下の骨少女がいたとしても、彼女達と分かりあえていたようには思えない。
「誰かがあなたの傍にいたら、変わっていたのか……」
 それはもう、今はもう分からぬこと。
 ルムルは悲哀の気持ちを抱いたまま蜥蜴の悪魔、ラケルタの力を巡らせた。
 瞬く間に彼の身体が鋭いアメジストの鱗に覆われ変化していく。哀しみは振り払うことは出来ないが、増幅された感情を逆手に取ればいい。
 自身と相手の強い感情で以て、ルムルは結晶の鎧を強化していく。
 高められた防御力を確かめたルムルは一気に踏み込む。その目的は振るわれる妖刀をその身で受け止めるためだ。
「退いて貰います」
「いいえ。もう、誰も殺さなくていい。あなたは、独りきりで終わらない苦しみに囚われる必要はないんです」
「……!」
 振り下ろした刃がアメジストの鱗によって弾かれ、羅刹は眦を決する。
 すぐに体勢を整えて身を翻した羅刹はルムルから距離をあけた。しかし、ルムルの方は決して相手から視線と意識を逸らさない。
「人を守りたいと願った心が、あるのですね」
「どうなのでしょうか……。もう、よくわかりません」
 敬語で接する羅刹はそうすることによって敢えて心の距離を置いているようだ。諦観にも似た言葉を落とした相手を見据え、ルムルは首を横に振る。
「あなたが忘れていても、その妖刀の力から感じます」
「……」
 ルムルの言葉に羅刹は何も答えなかった。
 答えられなかった、と表す方が正しいのかもしれない。刹那、鬼の手がルムルに迫り、結晶を砕く勢いで爪が振るわれた。
 されどルムルは衝撃に耐え、強い想いで結晶を再生していく。
 何度でも、幾度だって受け止め、言葉を掛けようとルムルは決めている。花時雨の菖蒲鬼への思いを向け続ける彼は先を見据えた。
 そして――その心を救う為の戦いは此処から巡りはじめる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふえぇ、迷路は消えましたけどアヒルさんがまだ追いかけてきます。
それにあの方は今回討伐の依頼のあった羅刹さん。
これでは前門の羅刹さん、後門のアヒルさんじゃないですか。
えっと、こんな時はお菓子の魔法でって
ふえっ、アヒルさん、いきなり蹴飛ばすなんて酷いじゃないですか。
お菓子が半分落ちてしまいましたよ。
ふえ?どうしてこの羅刹にお菓子の魔法は効いてないのですか?
いえ、お菓子の魔法より先に攻撃されてしまったのですね。
アヒルさんが蹴飛ばしてくれなかったら、私が死んでいました。

ふえ、アヒルさんその羅刹さんを攻撃したらダメです。
攻撃してしまったら・・・
私を突つきたいという狂気が増幅しちゃうじゃないですか。



●妖力と魔法
 降り始めた雨は哀しげで、不思議な感覚がした。
 フリルは辺りの異様な雰囲気に気付きながらも、足を止めないまま駆けていく。
「ふえぇ、迷路は消えましたけど……」
 ちらりと後ろを振り返るとアヒルさんがまだ追いかけてきていた。そのうえに前方には妖刀を構えた羅刹の姿も見える。
 どうしようと慌ててしまったフリルは、草木が生い茂る茂みに駆け込んだ。
「これでは前門の羅刹さん、後門のアヒルさんじゃないですか」
 アヒルさんは兎も角、敵に向かって無策で駆けていくことは出来ない。フリルはそっと敵の様子を窺いながら、此処は猟兵仲間の援護に回るべきだと考えた。
 菖蒲鬼は妖刀から大鬼の手を召喚し、周囲に攻撃を放とうとしているようだ。
「えっと、こんな時はお菓子の魔法で……って――」
 どーん。
 その瞬間、お菓子を給仕しようとしたフリルの背後からアヒルさんが体当たりしてきた。蹴飛ばされる形になったフリルは吹き飛ばされて転がってしまう。
「ふえっ」
 べしゃ、と沼に倒れたフリルは慌てて起きあがる。
 倒れる際に庇ったつもりだったがお菓子まで地面に落ちてしまっていた。
「アヒルさん、いきなり蹴飛ばすなんて酷いじゃないですか。お菓子が半分落ちてしまいまし……た、よ……?」
 怒ろうとしたフリルだったが、ふと気が付いて言葉を止める。敵はお菓子の魔法の効果に掛かっておらず、他の猟兵と戦っていた。
「ふえ? どうして……」
 疑問が浮かんだが、すぐにはっとした。
 お菓子の魔法が発動するより先に攻撃されてしまったのだ。頭上を仰ぐと鬼の手が更にフリルを貫かんとして迫ってきてた。
「ふぇええ! アヒルさんが蹴飛ばしてくれなかったら、私が死んでたのですね」
 駆け出したフリルは大鬼の手から逃げ出す。
 その間にも羅刹が刃を振るったことで起きた衝撃波が戦場を迸っていった。
 姿勢を低くして、或いは大きく跳躍して、何とか攻撃を避けていくフリル。そんな彼女を守ろうと動いたアヒルさんが羅刹に向かっていく。
 その姿を見つけたフリルは首を横に振った。
「ふえ、アヒルさんその羅刹さんを攻撃したらダメです。攻撃してしまったら……」
 私を突つきたいという狂気が増幅しちゃうじゃないですか。
 そんな言葉を告げる前に、アヒルさんが踵を返してフリルの元に戻ってきた。どうやらフリルの思いを感じ取ったようだ。
 どんな理由にせよ、あの羅刹を攻撃してはいけない気がした。
 菖蒲鬼の心の裡は分からないが、相手からは深い悲しみが感じ取れる。宿した思いはどうすれば昇華できるだろうか。
 僅かでも良い。羅刹を思って戦う皆の力になりたい。
 アヒルさんと共に身構えたフリルは、真っ直ぐに敵を見つめた。巡りゆく戦いの行方がどのような結末に導かれるのか。それは未だ、誰も知らないまま。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ノイ・フォルミード
籠の中にいるのは埋められてしまったひと?
それとも、君?

ざあざあ
雨音を聞くとまた蘇る
友達とお別れしなきゃいけなかったこと
ルーが土の中に隠れて、暫し会えなかったこと
悲しいという事はしっている
だからルーは斬らせない、殺させもしない

ねえ
この雨がこんなに悲しいのは君が悲しいからじゃないの
襲い来る斬撃を鍬で受けながら刀を狙う

君が刀を振るう事をやめられないのは
これ以上忘れたくないからかい
君がその刀を手放せないのは
それが誰かを守ろうとした証だからだろうか
君はきっと、頑張ったんだ、ね

忘れてしまうのは怖いね
覚えていないのは悲しいね

ねえ、還ってまた見つけにいこうよ
君が守りたい人を
此処はただ、失うだけの場所だから



●籠の中の鳥は
 菖蒲の咲く世界でひとりきり、羅刹は童唄を口遊んでいた。
 その歌詞を思ったノイは不思議な響きの歌だと感じる。続きを聴くことは叶わなかったが、明るい歌ではなさそうだ。
「籠の中にいるのは埋められてしまったひと? それとも、」
 ――君?
 降りはじめた雨の中でノイは羅刹に問いかける。相手は曖昧な表情を浮かべ、首を横に振った。その頬に伝っているのが本当に雨雫なのかも判別がつかない。
「さあ、よくわかりません」
 ざあざあ。
 強くなっていく雨には妖力が宿っている。どうやらそれは悲哀を呼び起こすものらしく、雨音を聞いたノイの中に様々なに記録が蘇っていった。
(……ああ、まただ)
 友達とお別れしなければいけなかったこと。
 大切なルーが土の中に隠れてしまって、暫し会えなかったこと。
 燃え盛る炎と通信。掘られた穴と静けさ。約束と願い。喋れなくなって、大好きだったケーキも食べなくなってしまった少女のこと。
 みんな変わってしまった。あの頃から比べて、全てが――。
 それは悲しいこと。
 悲哀という感情や、それに伴う痛みがあることはノイだって知っている。
 あの羅刹もきっと何らかの悲しみを抱えていて、守りたいものがあったのだろう。しかし今は影朧として全てを斬るだけの存在に成りかけている。
 菖蒲鬼は髪の長い乙女を狙うという。それならルーだって危ういはずだ。
「ルーは斬らせない、殺させもしない」
 もう二度とお別れはしたくない。
 強く宣言したノイは、これが自分にとっての悲しいことなのだと改めて自覚する。
 すると妖刀を構えた羅刹はノイに守られている人形を見つめた。
「君はもしかしてまだ……いや、」
 何か思うところがあったらしいが、羅刹はそれ以上の言葉を続けなかった。相手はノイが自分で気付いた方が良いのだろうと感じていたらしい。しかしノイには羅刹の言葉が不可解に聞こえるだけだ。
 悲しみの雨は降り続き、妖刀から生み出された大鬼の手が戦場に舞う。
 その軌道をしかと読みながら動くノイは羅刹に語りかけていく。
「ねえ」
「……」
 先程よりも悲しげな、哀れみの視線を向けてくる羅刹は無言だったが、ノイは構うことなく続けていった。
「この雨がこんなに悲しいのは君が悲しいからじゃないの」
 襲い来る斬撃と鬼の手。
 それらを鍬で受け止めたノイは吹き飛ばされそうになる衝撃に耐えた。踏み締めた沼は深く、動かずにいれば沈んでしまいそうだ。
 ノイは羅刹本人ではなく刀を狙うことを重点に置いて立ち回る。
「君が刀を振るう事をやめられないのは、これ以上忘れたくないからかい。君がその刀を手放せないのは、それが誰かを守ろうとした証だからだろうか」
「……覚えていません」
 すると羅刹は正直に答えた。先程と同じで本当に何も分からないのだろう。
「君はきっと、頑張ったんだ、ね」
「…………」
 ノイは感じたままの思いを言葉にした。
 忘れてしまうのは怖い。覚えていないのは悲しい。
 対する羅刹はうまく返答が出来ないらしく、暫しノイに視線を向けていた。その間も大鬼の手が戦場を駆けていく。
 それを避けたことで双方の距離がひらいた。羅刹の意思とは関係なく妖刀が動いているのかもしれないと感じつつ、ノイは呼び掛け続ける。
「ねえ、還ってまた見つけにいこうよ。君が守りたい人を」
 此処はただ、失うだけの場所だから。
 雨は更に強く降り続ける。決して洗い流せない悲しみを表すが如く――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

高塔・梟示
千隼君(f23049)と

菖蒲も悪くないが、雨は苦手だな
幸い時間は十分あってね
悲嘆とは折合えた

頬濡らすのは羅刹だけじゃないが
君は平気かい、隣に目を向けて

沼地とは厄介だ…ジベットケージで吊上げよう
呪詛も隔絶する檻で捕えられれば好機
外れても結構、死者の花で道を作る
千隼君、駆けられるか?

近付ければ、鎧砕く怪力載せた一振りで
沼地ごと破壊しよう

狂気耐性はあるが負傷は最小限に
攻撃は残像でいなす

千隼君に執着を見せれば割込んで
この娘は駄目だ
存外低い声が出たのに自分で驚くも
傷が酷ければ、吹き飛ばして仕切り直す

…何故、長い髪の娘に固執する
君に縁のある、大切な人だったのでは?

急ぐ旅路でなし
眠ったなら覚めるまで付合うさ


宵雛花・千隼
梟示(f24788)と

雨を仰いで過ぎるもの
…痛いのは嫌い
雨は好きだけれど、悲しみに浸るつもりはないの

貰った視線に頷き頬を拭って
平気だわ、共に行けるもの

ええ、走れるわ
梟示の作ってくれた道をイツワリで蝶と為って駆けましょう
手描きの地図帖は使い切るつもり
吊られた隙を逃さず大手裏剣で穿ち、武器を叩き落とせたら
ひらりと飛んで斬撃躱し、隙を誘って彼が踏み込む間を作って

執拗に追って来たなら見切りと共に囮代わりは務めるけれど
長引けば不利は違いなく
狂気が滲みるなら痛みで塗り替えるよう
大きな背に助けて貰えば驚くけれど
…ありがとう
安堵を貰って蝶たちを放ち、離脱する隙を

眠り落ちてしまったら…持って帰って頂けるかしら



●雨は涙に
 花菖蒲が咲き、雨が降りゆく。
 地面を濡らしていく雨粒はまるで零れ落ちる涙のようだ。梟示は泣き出した空模様を見上げた後、対峙する羅刹を見据えた。
「菖蒲も悪くないが、雨は苦手だな」
 この雨は悲しみを想起させるものらしく、胸裏に思いが巡っていく。
 千隼も雨を仰ぎ、裡に過ぎる感情を押し込めた。
「……痛いのは嫌い」
 零した言葉はそれだけ。梟示と違って雨を好ましく思う千隼だが、この雨粒に呼び起こさせる思いに浸るつもりは微塵もない。
 梟示は彼女の言葉から思いを感じ取り、自らも首を横に振ってみせた。
「幸い時間は十分あってね、悲嘆とは折合えた」
 故に悲しみに沈む気は更々無かった。
 そして梟示は僅かに千隼を見遣る。頬を濡らすのは羅刹だけではなく、彼女もだ。
「君は平気かい」
「平気だわ、共に行けるもの」
 梟示が隣に目を向けると千隼は頷いてみせる。頬を拭った彼女が身構えたことで、梟示も沼と化した戦場に視線を巡らせた。
 妖力で作り出された領域ゆえに、すぐに沈むような足場ではないようだ。
 しかし動き辛いことは変わらない。
 厄介だ、と言葉にした梟示は吊り籠檻を解き放った。対する羅刹は後方に跳ぶことで呪詛をも隔絶する檻を避けたが、梟示にとってはそれで構わない。
 途端に周囲に青い千寿菊が広がる。
 死者の花で以て道が作られていく最中、梟示は傍らの彼女に問いかけた。
「千隼君、駆けられるか?」
「ええ、走れるわ」
 答えた千隼は力を紡ぎ、己の身を骸魂と同化させていく。
 地獄蝶となった彼女は青い花々で覆われた沼の上を翔けた。手描きの地図帖は使い切るつもりで――疾く、只管に速く。
 羅刹が呼び出した鬼の手や振るわれる斬撃を舞うことで避けながら、千隼は進む。
 更に梟示が籠檻での捕縛を試みた。
 ジベットケージが軋んだ音を立てていく中で千隼は大手裏剣を投げ放つ。
 檻が揺らぎ、三日月が迸った。
「……!」
 羅刹は二方向から迫った攻撃に目を見開く。されど彼は妖刀が狙われているのだと察して身を引き、刀を下げた。既のところで避けられたのだと感じた千隼は、自分に斬撃の反撃がくることを悟る。
「流石にそう簡単にいくほど甘くはないようね」
「そのようだね」
 翅を羽ばたかせ、ひらりと飛んで斬撃を躱した千隼は敵の視線を引きつけた。
 その狙いは梟示が踏み込む間を作ることだ。
 千隼の作った一瞬の隙を察知した梟示は覇気を巡らせた。そのまま一気に駆けた彼は怪力を載せた一振りで以て地を踏み叩く。
 妖力で作られた領域ならば、この力で砕くことだって可能なはずだ。
 沼地の一部ごと破壊した彼は確かな足場を作っていく。その力によって妖力が散る中、死者の花は静かに揺らいでいた。
 羅刹の瞳が淀んだ色に染まり、妖刀の切っ先が千隼に差し向けられる。
「――斬る」
 羅刹が狙うのはやはり髪の長い乙女のようだ。それは何か別の存在に由来するものなのだろうが、呪詛に侵された羅刹には判別がつかないのかもしれない。
 敵の狙いに気付いた千隼はそれでも構わないとして、自らが囮に為るつもりで宙をひらひらと駆けていく。
 されど戦いが長引けば此方が不利になるの間違いない。
 何故なら、妖刀から滲む狂気が辺りに満ちているからだ。刹那、斬撃によって起こされたが彼女の翅に掠った。痛みで正気に塗り替えるように気を引き締め、千隼は更に敵の注意を自分に向けようとする。
 だが、次の瞬間。千隼の前に梟示が現れ、敵との間に立ち塞がる。
「この娘は駄目だ」
 梟示は低い声で短く紡ぎ、羅刹に鋭い眼差しを向けた。
 千隼に執着を見せる羅刹の矛先が彼女に向き続けるのは避けたいがゆえの行動だ。存外に篤実な声が出たのに自分で驚くも、梟示は敵から視線を逸らさない。
 再び斬撃が迫りくるが、彼は覇気で吹き飛ばすことで千隼への衝撃を散らした。
「……ありがとう」
 梟示の背に向け、千隼は安堵混じりの礼を告げる。そして蝶たちを放ち、斬撃の雨から離脱する隙を窺った。
 その間に梟示は羅刹に問いかけていく。
「何故、長い髪の娘に固執する」
「……」
 相手は答えず、悲しげな瞳を猟兵達に向けているだけだ。しかし梟示は構わずに言葉を続けていった。
「君に縁のある、大切な人だったのでは?」
「多分、きっと――」
 すると羅刹は曖昧な返答をした後、頭を振る。
 わからない。何も思い出せない。大切な人であったならば何故も自分は斬らなければならないのか。それすら忘れた菖蒲鬼はただ、妖刀が導くままに斬っていくだけの存在になってしまっている。
 戸惑った様子を見せた瞬間、翅を閃かせた千隼は一気に宙に舞う。
 既に手描きの地図帖に記された線はかなり消えてしまっていた。まもなく、この力が存分に振るえる時間も終わるのだと察した千隼は梟示に声をかける。
「眠り落ちてしまったら……持って帰って頂けるかしら」
 おそらく戦いは未だ続く。
 その前に落ちてしまうことは避けたかったが、周囲の猟兵達は羅刹の心を救うために動いてる者が多いようだ。
 梟示は千隼にしかと頷き返し、戦いの行方を見守ることを決めた。
「急ぐ旅路でなし、眠ったなら覚めるまで付合うさ」
「……お願いね」
 彼にすべてを託した千隼は妖刀を狙った一閃を解き放ってゆく。
 千隼が睡りに落ちて目が覚めたとき。
 自分達は何を見て、菖蒲鬼はどのような結末を迎えているのだろうか。それは未だ誰も知らないけれど、最後まで見届けたいと思った。
 そして、戦いは巡り之く。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャルロット・クリスティア
【はゃるうら】
忘れることは、時に幸福なことと言いますが……彼にとっては、どうだったのでしょうね。

少なくとも、私にとっては……。
想起される悲しみ、焼け落ちる故郷、還らない隣人たち……。
辛くても、忘れる事なんてできはしない。
覚えているからこそ、もう二度と失わないために、私は強くなれるから。
だから……私の意思に応えて、ユニコーン!

一角獣に跨り、ガンブレードを手に、相手の斬撃と切り結ぶ。
普通では追いつけない速度でしょうが、いくら速く動こうと追いついてみせる。
ねえさんも、花雫さんも、傷つけさせはしない。私が護ってみせる。

彼を救う人が、他にいるというのなら。私達は、それに続く道を作りましょう。


霄・花雫
【はゃるうら】

んん、お話は聞いてたけど……
エリシャおねぇさんのお兄ちゃん、良く見たらそっくり
同行は出来なかったけど、あたしだってエリシャおねぇさんの力になりたい

攻撃の対象が分かってればふたりが何とかしてくれるからだいじょーぶっ!
【誘惑、挑発、パフォーマンス】で敵を惹き付けて、【空中戦、野生の勘、逃げ足、見切り】で死ぬ気で避けるよー
助けてくれるからって、何もしない訳にいかないよね!
あたしの人生は今が今までで一番最高潮!
これからもーっと上がってくだけなんだから、悲しいコトなんてひとっつもないもんね!

避けた直後に攻撃に転じるよ
レガリアスシューズに大気を集め、【全力魔法、毒使い】で爆発と共に蹴り抜く!


アウレリア・ウィスタリア
【はゃるうら】

悲しい
ボクは本当の両親を思い出せないのが…
花雫?知り合いのお兄ちゃん
だったらボクは全力で救うために動きましょう

花雫が攻撃を仕掛けるための隙を
血糸の結界をけしかける
簡単に破られるでしょうけど
その「血」が一つ目

次は花雫とシャルロットが攻撃した隙をついて一気に接近
至近距離から鞭剣を振るう
仮に剣で防がれてもボクの剣は鞭
その防御を掻い潜り彼に傷をつけましょう
二つ目

最後はボク自身を囮としましょう
防御技能を全開にして刃を受け止める
防ぎきれない分はシャルロットが対応してくれる
だから『私を斬る』その行動の隙に鞭剣から呪いの枷を放ちましょう
三つ目

【貪り喰うもの】で
私の呪いでその妖刀の力を抑えましょう



●雨の先の道
 対峙している花菖蒲の鬼。
 彼が刀を手にしたのは、大切な存在の為だったという。
 されど現在、それすらも忘れた鬼は妖刀を振るうだけの者に成り果てている。
「忘れることは、時に幸福なことと言いますが……」
 シャルロットは戦場に飛び交う斬撃や、宙を舞う大鬼の手の動きや鋭さを見つめ、強く身構えた。今現在は攻撃の矛先が別の猟兵に向いているが、いつ自分達の方に飛んでくるか分からない。
 彼にとって忘却することは幸せだったのか。
 問いかけても答えが得られないことを思い、シャルロットは降りゆく雨を見上げた。
 羅刹の姿を見つめた花雫は首を傾げている。
「んん、お話は聞いてたけど……エリシャおねぇさん……」
 花雫が言葉にしたのは、ある人の名前。羅刹が彼女の兄のようなのだと花雫が語ると、アウレリアが顔をあげた。
「花雫? 知り合いのお兄ちゃんなら……ボクは全力で救うために動きましょう」
「うん、お願い。あたしだってエリシャおねぇさんの力になりたいから!」
 影朧をただ倒すだけにはしたくない。
 決意する花雫の傍らでシャルロットも羅刹を瞳に映した。しかし、菖蒲を濡らす雨は悲しみを想起させるものだ。
 胸の裡に否応なしに悲しい気持ちが浮かんでくる。
 はっとしたアウレリアは頬に雫が伝っていく感覚をおぼえていた。涙ではなく雨が肌を伝っているのだが、まるで心の中に潜む悲哀が一気に溢れたように感じる。
(ボクは、本当の両親を思い出せないのが……)
 悲しい。
 そんな感情を覚えているのはシャルロットも同じだった。
「少なくとも、私にとっては……」
 ぽつりと呟いた彼女は気付けば掌を握り締めていた。
 焼け落ちる故郷、還らない隣人たち。それはシャルロットにとって必ず悲しみと結びついてしまう記憶だ。
 あの羅刹のように忘れられたら、と一瞬だけ思う。
 けれど辛くても忘れることなどできはしない。覚えているからこそ、もう二度と失わないために――強くなれる。
 二人の様子を見た花雫にも奇妙な悲しさが浮かんでいた。
 しかし、今はあの人の力になりたいと思う感情の方が強い。アウレリアとシャルロットが雨の哀しみに呑まれていると察した花雫は二人に呼び掛けた。
「シャルちゃん、アウラちゃん!」
「大丈夫。だから……私の意思に応えて、ユニコーン!」
 花雫の声に頷いたシャルロットは浄化の獣を呼ぶ。あの羅刹を救いたいという意志が具現化して、白き一角獣が現れた。
 その様子にほっとした花雫は一気に踏み出す。
「それじゃあいくよ!」
 敵が向ける攻撃対象が分かっていればきっと二人が何とかしてくれる。駆けた花雫は尾鰭を翻して、羅刹の気を引く。
 もし攻撃が殺到しても死ぬ気で避ける気概だ。
「花雫だけに全てを背負わせはしません」
 同時にアウレリアも花雫が攻撃を仕掛けるための隙を作るべく、血糸の結界を張り巡らせていった。羅刹は花雫を警戒しつつ血糸を刃で斬り裂く。
 やはり簡単に破られてしまったが、それも予想済み。
 血は一つ目。
 アウレリアが次の一手に入ろうとする中、一角獣に跨ったシャルロットも羅刹へと攻撃を仕掛けていく。
 ガンブレードを手にしたシャルロットは妖刀を狙って刃を振り下ろした。
 対する相手も斬撃で対抗し、両者は激しく切り結ぶ。標的は普通では追いつけない速度で動いているが、一角獣に乗ったシャルロットならば付いていける。銃剣を振るう彼女は強く柄を握り締め、思いを言葉にした。
「ねえさんも、花雫さんも、傷つけさせはしない。私が護ってみせる」
「……護る?」
 すると羅刹が反応を見せる。
 守るものをしかと分かっているシャルロットを羨ましく思ったのかもしれない。されど羅刹はすぐに身構え直し、新たな攻撃を繰り出していく。
 シャルロットは咄嗟に花雫達を庇うように立ち回った。はっとした花雫は飛び交う鬼の手を避けながら、雨の滴を振り払う。
「助けてくれるからって、何もしない訳にいかないよね!」
 尚も哀しみの気持ちは湧いてくる。
 けれど、と大きく首を横に振った花雫は宣言していった。
「あたしの人生は今が今までで一番最高潮! これからもーっと上がってくだけなんだから、悲しいコトなんてひとっつもないもんね!」
「花雫……」
 アウレリアは彼女の明るさに心地好さを感じる。
 それはシャルロットも同じだったらしく、アウレリアと視線が合った。戦いの最中だというのに嬉しく思えるのが不思議だ。
 一気に跳躍して鬼の手を避けた花雫に続き、シャルロットが魔力を籠めた弾をガンブレードに装填していく。そして、シャルロットが一気に刃を振り下ろした攻撃した隙をついてアウレリアも一気に接近していった。
 至近距離から振るう鞭剣が敵を穿つ。
 浮遊する鬼の手を地に落としたアウレリアは、その防御を掻い潜ることで羅刹にも僅かな傷を刻んだ。
 その斬撃は二つ目。
 アウレリアはそれによって敵の気を引き、自らを囮とした。
「ねえさん、無茶だけはしないでください」
「シャルちゃんもだよ!」
「それは花雫にだって言えることです」
 シャルロットと花雫、そしてアウレリアが互いの心配をしていく。三人は共に支えあって戦い、妖刀の呪詛の力を少しでも削ろうと狙う。
 足首に宿る翼の環に大気を集めた花雫はひといきに跳躍した。
「呪いなんて消えちゃえっ!」
「花雫の進む道の邪魔させません」
 同時にアウレリアが踏み出し、敵の刃を受け止めた。たったひとりではかなりの無茶かもしれなかったが、防ぎきれない分はシャルロットが対応してくれると信じている。
 実際にシャルロットは一角獣と共に迫りくる鬼の手を防いでいた。
 それゆえに無理なく動ける。そして、アウレリアは自分を斬るという敵の行動から隙を見出し、鞭剣から呪いの枷を解き放った。
 これで三つ目。
「私の呪いでその妖刀の力を抑えましょう」
「あたしだって力になるから!」
 全てを戒めるアウレリアの力が巡りはじめた刹那、爆発を巻き起こした花雫の蹴撃が炸裂した。その衝撃と呪いによって羅刹の身が傾ぐ。
 シャルロットは妖刀の力を削れたと確信しながら菖蒲鬼を見つめた。
「彼を救う人が、他にいるというのなら。私達は、それに続く道を作りましょう」
 シャルロットの宣言に花雫とアウレリアも頷いた。
 倒すのではなく――救う。
 そのための道筋はいま此処に、少女達の力によって築かれてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「菖蒲ではなく、殺めでしたか…貴女こそが籠の鳥、妖刀に喰われ全てを亡くした歌の娘ではないでしょうか」
「全てを無くしてもまだ執着できる対象でなければ、心の欠片は動きませんもの。その方は、貴女の大事な方だったのではないでしょうか」

高速・多重詠唱で銃弾に破魔の属性乗せ制圧射撃
大鬼の手や妖刀の行動阻害し他者の攻撃補助・手や妖刀の破壊を狙う
但し前衛が不足するなら前線で桜鋼扇乱打し戦線維持

妖刀と鬼の手が破壊されたらUC「幻朧桜夢枕」使用
「貴女が殺し尽くした手弱女ではなく、貴女の1番大事な髪長き乙女の記憶が戻りますよう。多分それが、貴女が1番哀しみなくこの地を去れる縁になると思うのです」
転生願い鎮魂歌で送る



●見送る歌を
 菖蒲の唄。そして、殺める詩。
 少女影朧が歌っていたものを思い、桜花は目の前の菖蒲鬼を見つめた。
「菖蒲ではなく、殺めでしたか……いえ、どちらの意味もあったのですね」
「あの子達は謡うのが好きだったようですね」
 影朧である羅刹は桜花の言葉を聞き、散っていった少女達を思う。羅刹もまた少女めいた姿をしているが、その声は何処か男性的だ。
 成程、と頷いた桜花は軽機関銃を構えた。
「貴方こそが籠の鳥、妖刀に喰われ全てを亡くした歌の方ではないでしょうか」
「……さあ、もうわかりません」
 桜花の言葉に対して羅刹は素直に答える。
 偽っているわけでも、はぐらかしているわけでもない。ただ分からないことに首を振るだけで明確な答えは返ってきそうにない。
 しかし、桜花は忘れたままではいけないと感じて更に語りかけた。
「全てを無くしてもまだ執着できる対象でなければ、心の欠片は動きませんもの。その方は、貴女の大事な方だったのではないでしょうか」
「…………」
 桜花の声を聞き、羅刹は俯く。
 その頬には戦場に降り続く雨の雫が滴っていた。雨粒が涙のように降りゆく中、羅刹は刃を振るう。其処に放たれた斬撃から、幾重もの衝撃波が迸った。
 何人もの猟兵に向けて飛ぶ刃の衝撃。
 それに対して桜花は高速で詠唱を紡ぎ、銃弾に破魔の属性を乗せた。撃ち放つのはすべてを制圧する勢いの射撃だ。
 更に大鬼の手が現れ、妖刀の力は鋭く巡っていく。
「これは随分と強い呪いのようですね」
 桜花自身も身を翻して体を引くことで鬼の手を避けたが、それが傍をすり抜けただけで圧倒的な妖力を感じた。
 たったひとりで立ち向かうだけでは太刀打ちは出来ない。桜花は共に戦う猟兵達を見渡し、皆の補助を担うことを決めた。
 幸いにも仲間達は羅刹を救うために動いている。
 桜花もあの大鬼の手や妖刀の破壊、及び無力化を狙って立ち回っていく。斬撃にいつでも対応出来るよう桜鋼扇を振るう準備を整えながら、桜花は機関銃から破魔の弾を次々と撃ち放っていった。
 そうして、戦っていくうちに分かったのは刀の破壊は難しいということ。
 されど鬼の手を打ち消すことは出来るゆえ、桜花はタイミングを計っていく。
 最後の望みを叶えて、救いたい。
 願いを胸に抱いた桜花は花菖蒲の羅刹に呼び掛ける。
「貴方が殺し尽くした手弱女ではなく、貴方の一番大事な髪長き乙女の記憶が戻りますよう。――多分それが、貴女が一番哀しみなくこの地を去れる縁になると思うのです」
 転生を願い、桜花は相手を凛と見つめた。
 もし無事に終わることが出来たなら、鎮魂歌で送ろうと心に決めて――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
何故、どうして…その問いへの答えを、私は持ち合わせてはいません。
ですが…本来の想いは、願いは、気高く美しいものだったのでしょう。
それが歪んでしまったのならば…
使徒としてそれを祓い、導いて差し上げねばなりません。

私の悲しみは…なんなのでしょう。
使徒の責を果たす中で、悲しみはあまり…
そも。使徒として、個人の感情を強く出すのは褒められたことでもないですしね。
この雨が貴女の悲しみに依るものだとするならば…私はそれを受け止め、浄化いたしましょう。
結界を張り、天使達を呼びます。
彼女達と同じく、苦しみもなく。
光を以て、手向けとしましょう。



●使徒としての祈り
 雨は静かに、されど確かに花菖蒲を濡らしていく。
 ――何故、どうして。
 問われたことは羅刹本人か、或いは鬼の過去を知る者だけが答えられること。
 ナターシャは自分が彼の求める真実を持ち合わせていないことを悟り、ゆっくりと首を横に振ってみせた。
「……その問いに、私は答えられません」
「そう、ですか」
 何も分からないが、それだけは判っていたというように羅刹は肩を竦める。されど問わずにはいられなかったのだろう。
 そんな思いを感じ取ったナターシャは彼の心境を慮る。
「ですが……本来の想いは、願いは、気高く美しいものだったのでしょう」
 妖刀に心を奪われ、人を斬る存在になった羅刹。
 今でこそ討たねばならぬ者だが、元あった心は穢れていないと信じたかった。ナターシャは聖祓杖を握り、己の力を展開していく。
 傍に現れた天使達と共に刀の妖力を防ぐ結界を巡らせた彼女は更に言葉を続けた。
 当初にあったはずの心。
「思いが歪んでしまったのならば……それを祓い、導いて差し上げねばなりません」
 それが使徒としての務め。
 強い思いを抱くナターシャにも悲しみを想起させる雨が降り注いでいた。結界の力は弱めないと決意しながらも、ナターシャの感情は不思議に揺らめく。
 何故だか悲しい。
 けれども、その根源が何であるのかは分からない。
(私の悲しみは……なんなのでしょう)
 使徒の責を果たす中で、悲しみはあまり感じてこなかった。それゆえにどうして悲哀が巡るのか、ナターシャ自身にも理解できない。
 そもそもが使徒として生きる以上、個人の感情を強く出すのは褒められたことではないと思ってきた。
 そのとき、ふとナターシャは気付く。
 羅刹が抱いているであろう、分からないという感情もこのようなものなのだと。
 ナターシャは哀しみの雨に打たれながらも結界内の味方に力を与えて強化していく。そして、罪を祓う浄化の光で以て雨を弾こうと狙った。
 あれが妖力によるものなら、魔力で多少は打ち消すことも出来るはず。
「この雨が貴女の悲しみに依るものだとするならば……私はそれを受け止め、浄化いたしましょう」
 彼女達と同じく、苦しみもなく。
 どうかこの光を以て、彼の羅刹の手向けとなるように。ナターシャが巡らせ続ける結界は菖蒲の領域を穏やかに包み込んだ。
 この戦いの結末が、少しでもやさしいものとなりますように――。
 願う思いと共に、楽園の光は広がっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アネット・レインフォール
▼静
ふむ…戦法から察するに
妖刀は反撃の能力を持つと見える。

おそらくこの性質が働くのは攻撃だけではない。
所持者の精神も反転させる程なのだろう。

――守る事が殺める事へと。

彼女自身の想いは本物だ。
だが…手にした得物が悪かった。

只の推測ではある。

しかし呪詛に苛まれてなお己が残っているのなら
試す余地はありそうだ

▼動
予め葬剣をフード付コートにし雨対策

先ずは諭すように語り掛け
刀を手放せないか?等と対話を。

…とはいえ自力では難しいだろう。

大鬼の手や予測攻撃には念動力で刀剣を投射し妨害。
多少の被弾は覚悟の上だ。

想いや魂は巡るものだ。
折を見て霽刀を手に【夢想流天】による居合で一閃し
少しだけ次の一歩への背中を押そう



●鎮静への一歩
 大鬼の手が迸り、斬撃が戦場に舞う。
 羅刹が繰り出す攻撃を見切ったアネットは後方に下がった。跳躍からの着地と同時に身を低くした彼は迫って来ていた鬼の手を躱す。
 足元の沼の動き辛さはあるが駆け回れないほどではない。
 アネットは葬剣をフード付きコートに変形させており、悲しみを呼び起こす雨への対策を行っていた。それに加えてしかと敵を観察することで動きを見極めていく。
「ふむ……」
 ちいさく頷いたアネットは敵の戦法を察していた。あの妖刀は反撃の能力を持っていると判断した彼は悟る。
 おそらくこの性質が働くのは攻撃だけではないだろう。
 所持者の精神も反転させる程のものだと感じ取り、アネットは肩を竦めた。
 そう――守る事が殺める事へと変わるほどに。
 きっと羅刹自身の想いは本物だったはずだ。穢れなき思いが力を求めさせ、守護の誓いを強めさせた。
 だが、手にした得物が悪かった。あの妖刀からは常に奇妙な妖気が放たれている。其処に意識を向けたアネットは、再び飛んできた斬撃の衝撃波を受け止めた。
 僅かな痛みが巡ったが、アネットにとっては些事だ。
 無論、今思ったことも只の推測ではあるが、全てが間違っているとは思えない。
 しかし呪詛に苛まれてなお、羅刹に己が残っているのならば様々なことを試す余地はありそうだと感じた。
 地を蹴ったアネットは一気に接敵する。
「もう斬りたくはないというなら、刀を手放せないか?」
「……」
 対する羅刹は首を横に振っただけだった。諭すように語り掛けたことで敵意は増幅されなかったが、妖刀からの波動はひしひしと感じる。
「やはりか。自力では難しいだろうな」
 出来ることならば人を斬りたくはないが、刀を棄てることはできない。
 それゆえに羅刹は苦しんでいる。そして、斬る度にたくさんのものを忘却して――もしかすれば元あった個としての特性すらも揺らいでいるのかもしれない。それがおそらく彼の羅刹が女性にも男性にも見える理由だ。
 幸いなことに周囲の猟兵の何人かも羅刹を救うために動いている。
 アネットは更に踏み込み、菖蒲鬼に語りかけようとしていた猟兵に向かっていく大鬼の手へと刀剣を投射した。
 それによって鬼の手の軌道が逸れ、沼地に落ちる。
 しかし、起き上がった大鬼の念はアネットを狙いはじめた。それでも、多少の被弾や集中攻撃は覚悟の上。
 アネットは先程に受けた痛みから闘気を解放して、羅刹に向けて駆けた。
「想いや魂は巡るものだ」
 だからこそ不安に思う必要はない。
 彼が言葉を掛けた刹那、静謐な居合の一閃が羅刹の身を穿った。霽刀はその肉体を傷つけることはなく――安らかなる終息への道筋をつくるかのように迸った。
 今はたった一歩でもいい。
 ほんの少しだけ、次への背中を押すべくして。
 彼の魂を天へ送り出すための剣が再び、戦場に鋭い軌跡を描いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
守りたいが故に力を求める気持ちは分かるけどな。
斬らずにいられない…その理由を識っている訳ではない。だが、その事を問うというのはまだ救いがあるのかもしれない。
もし…人を斬る事をアンタが望まないのなら、人を斬ることのできるその刀を、力を手離す覚悟が
必要だが、もしその意志があるのならば、俺も力になろう。
守りたかった、彼女のその気持ちを尊重したいと思う。だから、アンタの意志に従うよ。
アンタはどうしたい…?

だが人を殺め続けるというのであれば、俺は彼女を貫く。

ミヌレは俺の元で様子を見守り、テュットは彼女に寄り添いたいと願う。
悲しみの沼には嵌ったとて構わない。わからなくても良い、彼女の気持ちが聞きたいだけだ



●幸せを願う
 誰かを、何かを守りたい。
 その心は大切なものや愛しいものを持つならば、必ずしも抱く感情だ。
 それゆえに力を求める気持ちはよく理解できた。
 ユヴェンは花時雨の菖蒲鬼から目を逸らさず、しかし、と少しの否定を示す。
「斬らずにいられない……その理由を識っている訳ではない」
 羅刹から問われたことへの返答は本人か、或いは妖刀しか知り得ぬこと。
 相手がそれを敢えて問いかけてくるということは、問いかけずにはいられぬほど自分が保てなくなりつつあるのだろうか。
 戦いは既に始まっており、羅刹が放った斬撃が迸っている。雨は冷たく降り続け、羅刹の傍に控えていた大鬼の手も猟兵達を穿たんとして動き回っていた。
 死霊の怨念の禍々しい気が雨を伝ってきているかのようだ。そんな最中でも、ユヴェンは羅刹をしかと見据えていた。
「だが、その事を問うというのはまだ救いがあるのかもしれない」
「…………」
 ユヴェンが告げた言葉に対して羅刹は無言だった。
 その代わりに刃を振るうことで新たな斬撃を振るい、鋭い風圧を起こす。されどユヴェンはしかと見極め、身を躱した。
「もし……人を斬る事をアンタが望まないのなら、いくらでもやりようはある」
 その刀と力を手離す覚悟が必要だが、と続けたユヴェンは妖刀を見遣る。
 まだ此方から攻撃はしないでいた。
 彼が激しく抵抗した場合は已むを得ないが、ユヴェンは何も語らぬまま影朧を倒したいわけではない。
 だからこそユヴェンは振るわれる衝撃に耐え、更に語りかけていく。
「その意志があるのならば、俺も力になろう」
「……!」
 息を飲んだ羅刹は、どうして、と呟いた。
 人をたくさん斬ってきたというのに。墓穴に埋めるほどに屠ってきたというのに。
 するとユヴェンは首を振り、埋葬を願ったことは優しさだと話す。確かに人を殺めたことは大罪に成り得る。だが、ただ斬って捨てるのではなく葬るまでを行った。
 それだけで語る価値があるのだとユヴェンは感じていた。
「守りたかったんだろう。俺はその気持ちを尊重したいと思う。だから、アンタの意志に従うよ。アンタはどうしたい……?」
「分かりません……」
 問いかけたユヴェンに答えた羅刹の声は震えていた。
 おそらく本当に分からずにいるのだろう。何故なら、それまで誰かにそう問われたことなどなかったからだ。
 答えは急がないと告げながら、ユヴェンはもうひとつの意思を宣言する。
「人を殺め続けるというのであれば、俺はアンタを貫く」
 強く示した彼の傍らでミヌレは様子を見守っていた。テュットは菖蒲の鬼に寄り添いたいと願っているらしく何処か不安げに揺れている。
 大丈夫だとミヌレ達に示したユヴェンは戦場に降り続く雨を受け止めた。
 炎に包まれた森、彼の聖獣との別れ、ミヌレを託してくれた彼女。これまでに見送ってきた命や過ぎ去った出来事に付随する悲哀が溢れてきた。
 悲しみが深く巡るが、ユヴェンは動じない。
「今はわからなくても良い」
 ただ、考えて欲しい。アンタの気持ちが聞きたいだけだと伝えたユヴェンは羅刹を真っ直ぐに見つめ続けた。
 きっと、間もなく――花時雨の鬼の心が優しく解ける時が来ると感じ乍ら。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈍・しとり
いつも通り、の雨を笠で受けながら
泥濘の上で刀を曝す

互いに余り綺麗な刀ではない様ねと
白刃を失って久しい二振りの様子を揶揄して

迷路に在ったいくつもの穴と、その痕
あんなにもいくつもの命に触れて
埋めても埋めてもなお満たせないのね
いっそ雨に流されてしまえば楽になると
いつか想ってしまったのか知ら、
貴方も

なんて、
人の心など神ですら知り得ぬもの
まして私には
知ったことではないの
だから教えてあげられないわ

全てこの胎におさめてきたから
口にできる言葉は少なくて
感情など喰べてしまえるのだもの
こんな風にーー悲しみですら

涙は自分で流すものでなければいけないわ
それを強いる無粋な雨ならば
如何にでもしてくれよう
他ならぬわたしが



●雨空
 悲しみの雨が降り頻る。
 涙の如く地面に滴る滴を受けたしとりは、軽く首を傾けた。
 いつも通りの雨。水滴が笠を伝っていく様を感じ乍ら、しとりは泥濘の上で千代砌の刀を曝す。対峙する菖蒲鬼も怨念が渦巻く妖刀を構えている。
「互いに余り綺麗な刀ではない様ね」
 語りかけたしとりに対し、羅刹は頷くことで答えた。
 かたや昏れた錆刀。かたや狂気を宿す呪詛の刃。白刃を失って久しい二振りの様子を揶揄したしとりは、天憑きの双眸を緩く細めた。
 されど口許は緩んでおらず、笑みを向けたわけではない。
 刹那、羅刹の妖刀が大きく薙がれた。ほぼ全周囲に向けて振るわれた一閃から衝撃波が生まれ、鋭い風圧がしとり達の身体に押し寄せる。
 咄嗟に軌道から逸れて跳んだことで致命傷を避けたしとりは、先程までの光景を思い返していた。
 迷路に在ったいくつもの穴と、その痕。
「あんなにもいくつもの命に触れて、埋めても埋めてもなお満たせないのね」
 斬って、斬り伏せて、埋葬した。
 いっそ雨に流されてしまえば楽になると思ったのだろうか。羅刹の周囲に落ちる雨粒はひどく悲しいものに感じられた。
「いつか想ってしまったのか知ら、――貴方も」
 なんて、と声にしたしとり。
 其処からひとひらの涙が零れ落ちた。
 生きとし生ける人の心など神ですら知り得ぬもの。そう語ったしとりは千代砌の切っ先を羅刹に向け直していく。
 花時雨は哀しみを呼ぶものだが、しとりは悲哀を微塵も見せなかった。
「まして私には、知ったことではないの」
 だから教えてあげられない。
 静かに、けれども凛とした口調で宣言したしとりは地を蹴った。
 それによって羅刹との距離は一気に縮まる。
 人が抱く喜怒哀楽。
 其れらはこれまで全てこの胎におさめてきたから。口にできる言葉も浸れる感慨も少なくて、かたちになどできやしない。
「感情など喰べてしまえるのだもの。こんな風に――」
 悲しみですら。
 常と変わらぬ雨が降る。しとり自身もまた、普段と変わらぬ様子で刃を振るった。振り下ろされた錆刀を受け止めた妖刀が妖しく揺らぐ。
 来る、と察したしとりは素早く身を引く。次の瞬間にはそれまで彼女が居た場所に大鬼の手が飛来していた。
 敵との距離を取り、しとりは未だ降っている雨滴を掌で受け止める。
「涙は自分で流すものでなければいけないわ」
 これが悲しみを強いる無粋なものならば如何にでもしてくれようと決めた。
 雨を司り、雨を呼ぶ、他ならぬわたしが。
 そして、しとりは更なる剣閃を重ねるために駆けた。
 しとしとゝ、雨は降りゆく。その悲しみが何かに変わる、そのときまで――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

蘭・八重
【比華】

降りはじめた、呪いの雨
ふふっ、私には心地良い
心配そうに見つめる可愛い瞳
えぇ、大丈夫よ
だって隣には貴女が居るもの
繋ぐ手の温もりは雨の冷たさなど気にはしない

後ろの正面、だぁれ

鬼さん貴方の声は聴こえるわ
嗚呼、貴方も待ち人がいたのね
その子の為に人を殺めた
えぇわかるわ、私もそうだったもの

白き蝶がこちらにひらり
とても綺麗な姿ね
脚をトメテくれてありがとう

貴方の気持ちはわかるけど
なゆちゃんは殺させないわ

だって、この子は私の手で…
いいえ、この子はこれからも生きなければならないの

薔薇の毒移し
自分の唇の紅をそっと指に乗せ唇に

本当に逢いたい方に逢いなさい
そこが地の底でも
きっと逢えるわ、私の様に

ねぇ、なゆちゃん


蘭・七結
【比華】

しと、しとと注ぐ雨のつめたいこと
ぼうっとしていたのなら、囚われそうだわ
あねさまは平気かしら
手と手を繋げば温度がとけるよう

嗚呼、唄がきこえるわ
いついつ でやる
童唄のつづきを口ずさむ
うしろの正面 だあれ

ご機嫌よう、鬼のひと
その問いかけに答えられる誰かを
止めてくれる誰かを待っているのかしら
衝動めいた何かに頷くことは出来ないけれど
惑い揺らぐあなたが消えてしまうまえに
その足を結いで、留めてしましょう

ひいらりと真白い蝶が舞う
おねがいね、とあなたに目配せ
あかく纏わうオーラで斬撃を防いで
おんなじ色の糸でその手足を結わう
動かないでちょうだいね

とびきりでいっとうのもの
あねさまの手繰る毒が
あなたをひずめるわ



●糺す糸
 菖蒲が咲く景色の中に降りはじめた、呪いの雨。
 しとしとと降りそそぐ雨の冷たさを感じた八重と七結は其々の感情を裡に抱く。
「ぼうっとしていたのなら、囚われそうだわ」
 悲しみを想起させる雨に心が呑まれてしまいそうになる。おそらく羅刹が持つ妖刀の力がそうさせるのだろう。そのことによって、刀の妖力がとてつもなく強いと分かる。
「あねさまは平気かしら」
「ふふっ、私には心地良いわ。えぇ、大丈夫よ」
 心配そうに見つめる瞳が可愛く思え、八重は平気だと微笑んでみせた。
 雨は身体を冷やしていくけれども繋いだ手の熱は消えていない。
「あねさまが大丈夫なら、良かったわ」
「だって隣には貴女が居るもの」
 手と手を繋げば温度がとけるようで、悲しみでさえ温めあえる気がした。そうして、姉妹は対峙すべき存在に眸を向けた。
 ――かごめ、かごめ、籠の中の鳥は。
 嗚呼、唄がきこえる。
 菖蒲鬼の歌は途中で止まってしまったが、七結と八重はその続きを口遊む。
 いついつ、でやる。夜明けの晩に、と紡がれていくのは童唄。少女達の嫋やかな聲が響き渡り、最後にふたりの歌が重なる。
 ――うしろの正面、だあれ。
「……」
 ふたりの歌を耳に留めた菖蒲鬼は七結達の方に視線を向けた。八重は淡く笑み、素敵でしょう、と七結の歌声を示す。
「鬼さん、貴方の声はちゃんと聴こえていたわ」
「ご機嫌よう、鬼のひと」
 八重が語りかけると、七結も双眸を細めて軽くお辞儀をした。対する羅刹は無言で妖刀を此方に差し向けるだけ。
 しかし何も語られずとも八重には何となく分かる。
「嗚呼、貴方も待ち人がいたのね」
 そして、その子の為に人を殺めた。わかるわ、と告げた八重は言葉を続ける。
「私もそうだったもの」
「……貴女も」
 羅刹が口にしたのは、たった一言。七結は彼の心の内に戸惑いめいた感情があると察し、先程に問われていた言葉を思い返す。
「あの問いかけに答えられる誰かを、止めてくれる誰かを待っているのかしら」
 きっとそうに違いないと思えた。
 自分達はその答えを持ち合わせてはいないけれど、待ち人が居るならばいつか巡り会える。あの社で待ってくれていた眞白の彼のひとのように――そうあって欲しい、と七結はそうっと願った。
 されど妖刀が齎す衝動めいた何かに頷くことは出来ない。
 それゆえに止めると決め、身構えた七結は傍らの真白き蝶を呼ぶ。おねがいね、と告げれば蝶々はひいらりと舞った。
「惑い揺らぐあなたのこころが、すべて消えてしまうまえに。その手と足を結いで、留めてしまいましょう」
 刹那、七結はあかい糸を解き放つ。
 それは羅刹の妖刀から迸った大鬼の手を絡め取るため。七結の傍で羽ばたく蝶を見遣った八重はその姿に目を細めた。
 そうして八重は七結が止めてくれた鬼の手を飛び越え、羅刹に向かう。
 菖蒲鬼が衝動的に髪の長い乙女を狙うのならばきっと、可愛い可愛い七結だって斬られる対象に成り得るはず。
「貴方の気持ちはわかるけど、なゆちゃんは殺させないわ」
「あねさま……」
 ちいさく笑んだ七結は更に姉を援護するために糸を迸らせた。彼女にも向いた斬撃を防いで、おんなじ色の糸でその手足を結わう。
「動かないでちょうだいね」
 きっと相手の動きを制することができるのは一瞬だけ。それでも八重にとってはたったひとときだけでも構わない。
「脚をトメテくれてありがとう」
 七結に礼を告げた八重は自分の唇の紅をそっと指に乗せた。それから彼女は相手の唇に指先を差し向ける。
「――!」
 羅刹は身動ぎしてあかい糸から逃れようとしていた。
 其処に近付いた八重はくすりと笑む。七結を殺させないと告げた、先程の思いは何よりも強い感情だ。雨が呼び起こす悲哀よりもずっと、ずっと。
「だって、この子は私の手で……いいえ、この子はこれからも生きなければならないの」
「ええ、わたしは生きるわ」
 大切に想うひとと。そして、大切に想ってくれる皆と共に。
 七結は糸を引き、とびきりでいっとうの力を紡ぐ。結目は消えず、はずしもしない。いとおしい姉の手繰る毒が羅刹をひずめるから。
 あかの軌跡が妖刀に傷を刻む。
 しかし、すぐに反撃が来ると察した八重は地を蹴って後方に下がった。
「本当に逢いたい方に逢いなさい」
 終わりや安息を齎すのは自分達ではないと知っているから。
 待っていれば、たとえ其処が地の底でもあっても逢える。私のように、と羅刹に告げた八重は妹へとやさしい眼差しを向けた。
「ねぇ、なゆちゃん」
「そうね、あねさま」
 彼の待ち人は後少し、もうすぐ来たる。
 ふたりは確信めいた予感を覚えながら、菖蒲の花を見つめ続けた。
 その心が救われて、満たされるように願って――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

苦しげに殺めることに何の意味があるのかしら?

殺したければころせばよいのに
殺すなら楽しめば良いのに
あなたは向いてなかったのね

本能のままに屠り喰らい殺す存在には成りたくないのはわかるわ

私は守る刀になる
破魔巡らせて雨を晴らし
生命喰らう嵐と共に衝撃波でなぎ払い
リルの歌に背を押されるように桜と変えて
斬り込むわ

生きることは悲しみだった
今は違う
悲しみは喰らい超える
あえかな桜を咲かせるの
私にあるのは悲しみだけではないと識った

この悲しみは―誘のものかしら
この影朧のことは知らぬし
結ぶ末路もわからぬけれど

誘、よく見ておくことね
影朧には、滅び以外に
もうひとつの道があると
悲しみはきっと
幸福を咲かせる為にあるのよ


リル・ルリ
🐟櫻沫

この雨は悲しい雨だね
僕の櫻が散らされないよう守らなきゃな
ヨルは誘達を守るんだよ、いいね?

言い方は悪いけど、櫻宵なりに君を案じてるんだ
君が、かなしみを超えて無くしてしまった大切な記憶を取り戻せますように

ふふ
そんな存在に君を堕とさせはしないもの
君の中の鬼に、君を渡しはしないもの
櫻宵は守りの龍だ
君の刀は守る為にあるんだ

櫻宵を守るよう水泡のオーラで防御して
『月の歌』を歌う。君への鼓舞をこめて
悲しみをこえられるように

ひとりじゃないんだ
一緒に超えていく
癒して鼓舞して
僕らは負けない

過去は今と寄り添うもの
癒しを得たら、いのちは廻る
そしてまた、かえってくるんだよ
誘、君もひとりじゃない

想いはきっと伝わるよ



●輪廻
 雨は涙のようで、悲しい雫ばかりが降り頻る。
 妖刀を構えた羅刹は自分の行動に何故、どうして、と疑問を抱いていた。
 その姿を見つめる櫻宵は屠桜を向け返しながら問いを返す。
「苦しげに殺めることに何の意味があるのかしら?」
 殺したければころせばよい。
 殺すなら楽しめば良いのに。
 人斬りとしての側面を覗かせた櫻宵は、あなたは向いてなかったのね、と菖蒲鬼を一瞥する。自分とは違う、殺すことに躊躇いを抱く者。それは優しさが羅刹の中に残っているということでもある。
「この雨は悲しい雨だね」
 リルは頬を打つ雫を掬い取り、羅刹の頬にも流れる涙雨を見つめた。
 其処に同情は抱かない。櫻が散らされないよう守らなければいけないという思いがリルの中に生まれている。
 リルからの眼差しを受け、櫻宵は頼もしさを覚えた。
「けれど、本能のままに屠り喰らい殺す存在には成りたくないのはわかるわ」
 行為への見解の相違はあれど、ただ無意味に殺めるだけのものに成り果てたくはないという思いは理解できた。
 櫻宵の言葉を聞き、リルはこくりと頷く。
 その言い方は誤解されがちだが、櫻宵なりに羅刹を案じているのだと分かった。
 妖刀に囚われた菖蒲鬼がかなしみの雨を超えて、失ってしまった大切な記憶を取り戻せますように――。そっと願ったリルは傍らの式神ペンギンに呼び掛ける。
「ヨルは誘達を守るんだよ、いいね?」
 きゅ、と答えたペンギンが桜わらしや蝶々達の前で両羽を広げた。ヨル達は大丈夫だと感じたリルは身構え、櫻宵もそっと佇む誘を横目で確かめる。
 刹那、羅刹が妖刀を振りあげた。
「……斬ります」
 まるでそうしなければならないように、菖蒲鬼は狂気を孕む斬撃を放つ。即座に反応した櫻宵は刃を振るい返して空間ごと斬撃を切り払った。
「――私は守る刀になる」
 宣言と同時に破魔の力を巡らせた櫻宵は自分達の周囲の雨を晴らす。
 今は哀しみになど浸っていられない。リルは凛々しい櫻宵の姿を見つめ、ふふ、とちいさく微笑んだ。
 リルとて、無為に人を斬るだけの存在に櫻宵を堕とさせたくはない。
 彼の中の鬼に、彼を渡しはしない。
「そう、櫻宵は守りの龍だ。君の刀は守る為にあるんだ。だから――」
 櫻宵を守るよう水泡の力を浮かばせたリルは歌う。
 紡いでいく声は幽玄の響きとなり、月の歌が奏でられていった。櫻宵への鼓舞をこめて、たとえ悲しみの雨に降られてもその先へとこえられるように。
 櫻宵は生命を喰らう嵐と共に衝撃波を解き放ち、羅刹の刀から這い出てきた鬼の手を一閃で薙ぎ払う。
 リルの歌に背を押されているという確かな感覚が櫻宵を支えていた。
 鬼の手を桜に変え、ひといきに斬り込む櫻宵は更に降り続く雨すら斬り祓ってゆく。
 これまで、生きることは悲しみだった。
 けれど今は違う。悲しみも、苦しみだって喰らって超えられる。自分の思いに応じて咲く桜は今、こんなにもあえかに咲き誇っている。
 己にあるのは悲しみだけではないと識った。
 それは傍で謳う人魚がいる故。そして、此処まで歩んできた中で様々な過去を見つめ直し、繋いだ縁の尊さを知り、想いを分かちあえたから。
 出逢ったときよりも刃の軌跡が澄み渡っているように思える。そう感じられるのはリルがずっと櫻宵だけを見つめていたからだ。
 ひとりじゃない。
 花を咲かせて、一緒に超えていく。癒して鼓舞して――。
「僕らは負けないよ」
 リルが思いを言の葉に乗せると、ヨルが後方できゅきゅっと鳴く。その隣に佇む桜わらしは一歩だけ後ろに下がっていた。
 その瞬間、櫻宵は言葉にできない哀しみの感情を覚える。
「この悲しみは――」
 誘のものかしら、と櫻宵は伝播した感情を確かめた。目の前の影朧に誘は何か思うことがあったのだろう。大切なことを、おそらくは約束めいた何かを抱いていたというのに、それすら忘れて誰かを待つ存在。
 其処にきっと重ねている影があるのかもしれない。
 櫻宵にはこの影朧のことは知れず、花の羅刹が結ぶ末路も未だわからぬけれど。それでも少しだけ思いを重ねることは出来る。
「誘、よく見ておくことね」
 影朧には滅び以外にも、もうひとつの道があるということを。
 羅刹と切り結びあう櫻宵は誘にもう暫し自分の背を見守っていて欲しいと願った。リルも櫻宵の思いを感じ取り、歌声を響かせていく。
 此度の結末をこの目にするまで、只管に歌い続けよう。
 過去は今と寄り添うものだとリルは想っている。癒しを得たら、いのちは廻る。
「そしてまた、かえってくるんだよ」
 ねえ、と振り向いたリルは蝶々達を瞳に映した。幽世から訪れた蝶は桜わらしの周囲をそうっと舞っている。
「誘、君もひとりじゃない。それに、君も。想いはきっと伝わるよ」
 桜わらしに呼びかけたリルは、続けて菖蒲鬼にも言葉を向けた。
 櫻宵は頷き、この終幕を導くための刃を振るっていく。
 そう――悲しみはきっと、次の幸福を咲かせる為にあるのだと信じたいから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
悠里(f18274)と

彩の中で悲しみの雨が降る
何故と人を殺める理由すら抜け落ちた少年に
虚ろな姿は過去―否、今の自身にさえ
重なるから、耳に響く雨音は木霊し胸を穿つ

信念を持たないまま振るう刃は
きみが消耗して心を切裂くだけだ
…虚しいだけなんだよ
花菖蒲の沼に、雨に燿夜を滑らせて
桜色に覆い尽くし花弁はそっと涙を拭うよう
守るものを失ったなら探せば良い

痛みを這わせた悠里の元へ
はらはら咲く桜を届けて
染まる赫など隠すよう
忘れるも悼むも憎むも
感情は、心は、悠里だけのものだ
けれど、俺は、きみの姉君に感謝するよ
悠里が今此処で生きてくれていることが凡てだ
薄情だと、喩え云われても

冷えた手を取りゆっくり前へ進んで優しい夢を


水標・悠里
千鶴さん/f00683
別人であるはずなのに、目の前の少年と姉の姿が重なっていく
守るためだと言って、人を殺めた羅刹
私の悲しみは桜の色
満月のもとで咲き誇る桜散る中
一枚、また一枚と血に染まる

貴方の為よ、と囁く声に
許さないと言った私の悲鳴を肯定し
壊れそうな胸の傷を
優しく爪先で詰っていく

忘れた方が幸せだと思う
けれど今は少しだけ否定させて

問いを持たず、願いを否定してきた
実感のない命と生

薄情だなんて思いませんよ
でも何かを犠牲にしてまで成し遂げようとするのは私も同じ

呼び招くは蝶の群れ
さあ死霊と踊りましょう
沼に身を沈め、悲しみに染まりながら
飛んでいく

ありがとう、手を引いてくれて
偶には幸せな夢でも見てみたい、な



●桜と蝶と雨の色
 咲き誇る菖蒲の花は美しく可憐だった。
 世界を彩る花を濡らす雨が降っていく最中、悲しみの感情が廻り出す。
 雨と菖蒲の色ばかりのはずであるというのに、悠里の裡には桜の色が広がっていた。それは別人であるはずの羅刹に、自分の姉の姿を重ねてしまったからだ。
 守るためだと言って人を殺めた羅刹。
 悠里の中に心象風景が映し出されているのも、この雨の所為なのだろう。
 満月のもとで咲き誇る桜が散る。
 一枚、また一枚と血に染まっていく花弁のひとつずつ命の灯火のように思える。
 ――貴方の為よ。
 囁く声が聞こえた。許さないと言った自分の悲鳴を肯定して、壊れそうな胸の傷を優しく爪先で詰っていく。
 そんな幻想が、哀しみと共に悠里の心の裡に深い痛みを与えた。
「……、……――」
 悠里は声すら出せず、悲哀の雨に打たれている。その姿を見つめた千鶴の裡にも不可思議な思いが突き刺さっていた。
 何故、と人を殺める理由すら抜け落ちた羅刹。
 虚ろな姿は過去――否、今の自身にさえ重なってしまい、耳に響く雨音ですら胸を穿つものになる。木霊する感情と雨の冷たさが身に響いていた。
 信念を持たないまま振るう刃。
 気を確かに持った千鶴は首を横に振り、菖蒲鬼に目を向けた。
「いくら斬っても、きみが消耗して心を切裂くだけだ。……虚しいだけなんだよ」
「それでも……」
 千鶴の声に答えた羅刹は妖刀を構える。
 斬らずにはいられないのは妖力に呑まれてしまっているからだ。千鶴は悠里を気にかけながら花菖蒲の沼と雨に燿夜の刃を滑らせた。
 花の色を映して煌めく刃が周囲に桜の彩を与える。辺りを花の色で覆い尽くせば、花弁がそっと涙を拭うように舞った。
 その色彩にはっとした悠里は其処で漸く、傍に千鶴がいることを思い出す。
 この思いも悲哀も、忘れた方が幸せだと感じた。
 けれど、今は――。
「少しだけ否定させてください」
 幻想を振り払った悠里は幽かに呟き、羅刹に視線を向ける。
 胸に抱くのは問いを持たず、願いを否定してきた実感のない命と生。
 悠里は千鶴に目配せを送り、一先ずは平気だと示した。そして二人は羅刹が放った斬撃へと対抗していく。
 衝撃波が周囲に散って桜色を菖蒲の色に塗り替えていくが、千鶴達とて押し負けるつもりはない。それに相手が哀しんでいるのならば、少しだけ寄り添いたいと思えた。
 悠里が片手を宙に伸ばすと蝶が舞い、戦場にあらたな色を宿していった。千鶴は其処に合わせて桜を幾度も咲かせる。
 守るものを失ったなら探せば良い。
 羅刹を前にして千鶴が思うのは求めるものをただ待っているだけではいけないということ。しかしきっと、羅刹は探す手段さえ忘却してしまったのだろう。
 それはとても悲しいことで、周囲に降る雨が酷く冷たいのもその所為かもしれない。
 雨が降る度に心が痛む。
 悠里の表情が儚く沈んでいることを察した千鶴は、痛みを這わせた悠里の元へと、はらはらと咲く桜を届けてゆく。
 染まる赫など隠すように。忘れるも悼むも憎むもみな自由で良くて、尊い。
「感情は、心は、悠里だけのものだ」
「千鶴さん……」
「けれど、俺は、きみの姉君に感謝するよ。悠里が今此処で生きてくれていることが凡てだ。薄情だと、喩え云われても」
「薄情だなんて思いませんよ、でも……」
 何かを犠牲にしてまで成し遂げようとするのは私も同じ。そんな風に告げた悠里は更に蝶の群れを呼び招いていく。
 ――さあ死霊と踊りましょう。
 言葉と共に飛ぶ死蝶を送り、悠里は菖蒲鬼の持つ妖刀を狙っていく。沼に身を沈めて、悲しみに染まっていても戦う意志は緩めない。
 千鶴は悠里の冷えた手を取り、ゆっくり前へ進んでいった。
 桜と蝶。
 ふたつの力が戦場に散り舞う中、悠里は千鶴に礼を告げる。
「ありがとう、手を引いてくれて」
「どうか、優しい夢を」
「そうですね。偶には幸せな夢でも見てみたい、な」
 千鶴は淡く笑み、悠里にも羅刹にも穏やかで幸福な夢が訪れると良いと願った。悠里も今だけは彼の思いに甘えても良いのかもしれないと感じ、心の奥から零れ落ちた言葉をそっと落とす。
 そのとき、菖蒲の領域へと駆け込んでくる誰かの影が見えた。
 どうしてか二人には解った。
 その足音の主こそが、この悲しい雨を止ませることの出来る存在であると――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

岬・珮李
【朱の社B】

はいはい、こっちはこっちで積もる話があるようだけど、それは後でね
これ以上待たせるのはやめにしてあげよう

お兄さんかあ、確かによく似てる
それじゃあボクらは水入らずの時間を稼ぐのが仕事だ
とはいえ無理は禁物。紺、キミもだからね?

暮月を抜き、足裏で雷を爆ぜさせ速度強化
斬り結ぶよりも弾いて距離を空け、斬撃を相殺し説得の時間稼ぎ
彼女への攻撃が執拗なら割って入る事も考えるよ
何方にせよ大事な一太刀は、彼女に入れさせたほうが良い

嗚呼。何処も彼処も泣いてる
こんな悲しい場所、さっさと帰るに限るでしょ
だから、こんなに可愛い妹さんが呼んでるんだから戻っておいでよ
次は違えず、守りたいものを守れる自分になるんだよ


御十八・時雨
【朱の社A】
……あちら様とお話をするので?へえ、さいですか

困ったことに、おれは話すのも下手なもんで
切り結ぶことで対話とさせていただきたく
ゆこうか、和歌津姫。あの御仁と語り合おう

りゅうこさんを護れと言われましたが、どうやらその必要もない様子
ワカツを手に動きを見て、機を伺いまする
りゅうこさんがいなし、コノエ様の居合が入れば
おれは最後に斬りつけましょう
未熟なおれでも、外さんはずだ

なあ御前様
人を斬るのはたのしいか?つらいか?
おれはよくわからん
おれと斬るのはたのしいか?つらいか?
おれはな、少し楽しい
御前様とつるぎで語るのは、たのしい
言葉が難しいなら、こちらでもいいんだ

……退き時ですか?
それなら、御免


楜沢・紺
【朱の社B】
珮李お姉さん大丈夫、無理はしないよ。できる事だけやる

お姉さんの事やお兄さんの事よく知らないけど
知らない事こそ知る価値があるとお父さんは言ってた

怖がるな、ボク。妖狐は精を求める種、人の心に触れる事を恐れない。勇気を燃やせば悲しみは退く

天候操作で雨空から日の明かり刺す晴れの亀裂を開く

刀に護符を張り付け一本の尾に刀一つ、両手に一本ずつの三刀流で勝負を挑む

刀の護符が一つでも触れれば
刀を水平に構え北斗七星を描くように七星七縛の印を結び
七星七縛符を発動

想いを伝える時間に命を懸ける価値がある!
貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍
七星七縛符! 
寿命を支払いその力を止めてみせるよ!


朱葉・コノエ
【朱の社A】

…余計な事を考えるのはやめにしましょう。
私はただ自分の責務を全うするのみ…任された役目はしっかりと果たします
もう引き返せないほどに殺める事を止められないのでしたら…私がお相手します
そしてあの方が対話に必要な時間を用意いたします
…それでようやく私を迎えてくれた恩を返せる、というもの

四枚羽を広げて最初から全力で迎え撃つ
敵の攻撃はりゅうこ様…さんがいなし、その僅かな隙を居合斬りでついていきましょう
剣の速さは私の領分です

此の雨は貴方の心の表れ…そのような悲しき思いで振るう剣にあの方は斬れませんよ
だから今は刀を納め…彼女の声にしっかりと耳を傾けなさい


神狩・カフカ
【朱の社B】

おっと、追いつかれちまったか
久しぶりだなァ、姫さんよ
ははっ!怖ェ顔すんなって
そういう顔も好きだけどな

ま、話はあとだ
お前はやりてェことがあんだろ?
手伝ってやっから
これでチャラにしてくんねェか?なァんてな

へェ、瓜二つだと思ってたら兄貴かィ
お前さんも兄貴だったら
妹の涙見て何か思い出さねェかィ?
あいつは泣き虫だからなァ
散々泣かれたろ?
召喚した鴉で攻撃を相殺
更に目眩ましでエリシャの援護をして
紺の手伝いをするように天候操作
話合う時間を作ってやるとするか
攻撃が及ぶようなら傘開いてオーラ防御で守ってやる

ま、兄妹喧嘩みてェなもんだろ
気が済むまでやり合うといいサ
たとえ雨がやまずとも
傘に入れてやるからよ


千桜・エリシャ
【朱の社B】

お前…なんでここに…
何が目的よ!
帰っていたなら顔くらい見せてくれてもいいのに…

わかってるわよ
お前との話は後
今は…私には向き合うべき相手がいるのですもの

菖蒲鬼…彼は幼い頃に別れた兄ですの
雨は桜を散らすと疎まれて
家を出ざるを得なかった
お兄様…私のこと忘れてしまったの…?
兄との別離の悲しみを想起させるも頭を振って
髪の長い乙女を狙うのも…私の面影を追っていたから?
あなたの守りたかったものは私よ
でもね、私はこの通り
桜花の嵐と共に斬り掛かって
強くなりましたの!
だからもう、あなたがその刀を持たなくてもいいの
そんな刀…捨てて!

お兄様…私も一緒に戦えるの
だから転生して
来世ではあなたの隣に並び立ちたい


片稲禾・りゅうこ
【朱の社A】

正直我思うんだけど、
髪長なヒトの子って結構いるくない?そんなことない?
わぁ図星?いや違うか。もうそこまでってことね〜〜。

どうせやることは相手の力を削ぐこと
なら別に、技をただ受け流すだけでいい
ぞるりと抜いた御手拭とこの健脚で、遊んでやろうか

自分が狙われる分には被害は最小、"賭け"は大勝
一石二鳥でりゅうこさん大歓喜
ほらここ、隙だよ。二人とも。

さあて、もう立ってるのもやっとだろう。
そっちさんが頑丈で助かるよ。
我は何もしてないさ、何もね。

そう睨まない睨まない。
別にりゅうこさんは構わないけど、ちゃんと話は聞いてあげるんだよ?約束ね。

じゃ、交代だ。
"賭け"は我の勝ちだからね、またあとで。



●遣らずの雨
 花菖蒲の沼に雨が降る。
 まるでそれは訪れた者を帰さぬ為であるかのように降り頻る。雨の最中、駆けてきたのは舞い散る花弁を纏う、常春の桜鬼――千桜・エリシャ(春宵・f02565)だ。
 菖蒲鬼。
 彼は幼い頃にエリシャと生き別れた兄だった。
 雨は桜を散らす。そのように疎まれて、彼は生家の城を出ざるを得なかった。
 されど今、彼はそのことすら忘れている。

 エリシャに気付いたカフカは振り向き、口の端を軽く上げてみせた。
「おっと、追いつかれちまったか。久しぶりだなァ、姫さんよ」
「お前……なんでここに……何が目的よ!」
 菖蒲鬼の存在を聞き、訪れたエリシャを迎えたのは久方ぶりに顔を合わせる男だ。
「ははっ! そう怖ェ顔すんなって」
「帰っていたなら顔くらい見せてくれてもいいのに……」
「そういう顔も好きだけどな」
「またはぐらかして……!」
 驚くエリシャに対し、カフカは余裕に満ちた声と表情で答えた。花菖蒲が咲く園に降る雨は止まず、さあさあと降り続けている。
 エリシャの到着を確認した珮李は、揶揄うカフカの間に割って入った。
「はいはい、こっちはこっちで積もる話があるようだけど、それは後でね」
 これ以上待たせるのはやめにしてあげよう、と珮李が告げると、楜沢・紺(一ツ尾・f01279)もこくりと首肯した。
 菖蒲の羅刹。それにエリシャとカフカ。
 お姉さんのことやお兄さんのことも紺はよく知らない。けれど知らないからこそ知る価値があるのだと父は言っていた。
 だから今日は、巡りゆく結末を見届ける。
 少年が心に決める中で珮李も真っ直ぐに菖蒲を纏う羅刹を見据えた。カフカも頷き、エリシャに向けてひらりと手を降る。
「ま、話はあとだ。お前はやりてェことがあんだろ?」
「わかってるわよ」
「手伝ってやっから、これでチャラにしてくんねェか? なァんてな」
「誤魔化さないで。お前との話は後よ」
 エリシャは後で覚えていなさいとカフカに告げ、花時雨の菖蒲鬼に桜色の眸を向けた。
 雨は泣いている。
 降りゆく冷たい雫と一緒に、彼のひとは涙を流しているかのように思えた。
「今は……私には向き合うべき相手がいるのですもの」
 ――お兄様。
 エリシャがそっと囁くと、それまで他の猟兵を相手取っていた羅刹がエリシャの声に反応した。顔を上げた菖蒲鬼は彼女を瞳に映す。
「……エリ、シャ?」
 片手で額を押さえた花時雨の鬼が幽かな声で呟いた。
 それは誰かが彼女を呼んだから声に出したのか、それともエリシャの姿を見て自然に零れ落ちたものなのかは、今は判断できない。
 しかし、エリシャの姿を見たことで羅刹の呪詛が強くなった。
 彼を覆い隠すように増えていく死霊。大鬼の手は鋭い爪で周囲の者を斬り裂かんとして舞い飛び、雨音は激しくなった。
 まるで、桜を散らしてしまうかのように――。
 
●露払い
 刹那、膨大な呪力が戦場を包み込んだ。
 誰もがエリシャの到来によって羅刹の力が豹変したと解った。咄嗟に前に飛び出したりゅうこは、先ずこの呪詛を祓わねばならないと察する。
「りゅうこさん達に任せて、下がって!」
 エリシャに何かあっては話すらできなくなるだろう。
 りゅうこに続き、時雨と朱葉・コノエ(茜空に舞う・f15520)が仲間を庇う形で前に布陣した。蠢く死霊の所為でよく見えなくなってしまったが、花時雨の菖蒲鬼が放つ妖力は相当なものだ。
「……あちら様とお話をするので? へえ、さいですか」
「今は余計な事を考えるのはやめにしましょう」
 時雨は和歌津姫の名を冠する大太刀を構え、コノエは黒い鞘から刀を抜き放つ。
 困ったことに時雨自身は会話をすることが得手ではない。それゆえに切り結ぶことで対話になるならば丁度いい。
「ゆこうか、和歌津姫。あの御仁と語り合おう」
「私はただ自分の責務を全うするのみ……任された役目はしっかりと果たします」
 コノエも思いを言葉に変える。
 もう引き返せないほどに殺めることを止められないのならば、武力を以てして止める他ない。そして、あの方――エリシャが対話に必要な時間を作るのが自分達の役目であると、コノエは理解していた。
 それでようやく、自分を迎えてくれた恩を返せる。
 コノエが強い思いを抱いていることを感じ取り、りゅうこは一気に地を蹴った。
 何にしても死霊を蹴散らす。それが先決だ。
 跳躍と共に色濃く集う死霊を蹴り飛ばし、りゅうこは浮かんだ疑問を口にする。
「正直我思うんだけど、髪長なヒトの子って結構いるくない? そんなことない?」
「……」
 すると数多の死霊と鬼の手の奥で羅刹が身動いだように思えた。
「わぁ図星? いや違うか。もうそこまでってことね~~」
 彼女らしい軽口が紡がれる中、布槍が振るわれる。どうせやることは相手の力を削ぐことなのだから、技をただ受け流すだけでいい。
 彼女はぞるりと抜いた御手拭で死霊を散らしていく。しかし、羅刹の斬撃がりゅうこに向かって迸った。
 自分が狙われる分には良い。被害は最小にとどめて、カフカとのあの賭けは大勝にしてしまえば良いだけなので一石二鳥だ。
 素早く立ち回るりゅうこは時雨とコノエに呼び掛ける。
「ほらここ、隙だよ。二人とも」
 はい、と答えた時雨は和歌津姫を大きく振るった。
 ――継技、雨降り。
 放ったのは奇しくも雨の名を抱く技。それによって迫ってきていた鬼の手を一刀両断した時雨は、りゅうこが元気に駆け回る姿を見遣った。
 彼女を護れと言われてきたが、どうやらその必要もない様子だ。
 更に和歌津姫を振るう機を計っていく時雨はコノエが斬り込む心算だと察する。
 四枚の羽を広げたコノエは当初から全力でいた。
 攻撃はりゅうこがいなしてくれているし、時雨も自分に合わせて動いてくれる。そして、其処に生まれたその僅かな隙を突いて、コノエは居合の一閃を敵に叩き込む。
 死霊が斬り裂かれ、菖蒲鬼への道が僅かにひらいた。
 この調子だと感じた時雨はコノエに続き、更なる一撃を見舞った。こうすれば未熟な自分でも外さない。
 仲間と共に戦うということを改めて知り、時雨は斬り込み続ける。
 りゅうこも華麗に戦場を巡った。大鬼の手を沼に沈め、揺らめく死霊を消滅させて、りゅうこはじわじわと体を蝕む毒を与えていく。
 羅刹が持つ妖刀にもその効果は広がっているようだ。
「さあて、もう立ってるのもやっとだろう。あれ、でもまだまだかな。そっちさんが頑丈で助かるよ。我は何もしてないさ、何もね」
 何処か不敵な調子で、されど明るい瞳を向けてみせたりゅうこ。
 彼女の厄介さを感じた羅刹は視線を巡らせる。
「そう睨まない睨まない」
「……違い、ます。刀の力が――」
 一度は相手から鋭く睨まれたかと思ったが、どうやら菖蒲鬼は妖刀の呪力を直に受けてしまっているようだ。
「大丈夫? つらそうだけど、ちゃんと話は聞いてあげるんだよ?」
 約束ね。
 そんな風に語りかけたりゅうこは、周囲の死霊が殆ど消え去っていることに気付く。
 時雨もおそらく自分達の猛攻が功を奏したのだと悟り、羅刹に語りかけた。
「なあ御前様」
 人を斬るのはたのしいのか、それともつらいのか。
 自分にはよくわからないと頭を振り、時雨は地面を強く蹴った。妖刀に一閃を浴びせ掛けながら、時雨は更に問う。
「おれと斬るのはたのしいか? つらいか? おれはな、少したのしい」
 御前様とつるぎで語るのが楽しい。
 きっと相手にそんな余裕はないのだろうが、時雨にとってはそうだ。言葉が難しいなら、こちらでもいいのだということを知れた。
 コノエも身構える。
 そして、次が自分達が与える最後の一撃になると察した。
「此の雨は貴方の心の表れなのでしょうね。とても悲しくて、苦しい。そのような思いで振るう剣にあの方は斬れませんよ」
 妖刀に従うのならば花時雨の菖蒲鬼はエリシャを斬るのだろう。
 だが、そんなことはさせない。
 この場に居る者、誰もが同じ思いを抱いて戦っていた。やがて死霊は完全に消え去り、りゅうこは今こそ引く時だと感じ取る。
 自分達の役目は此処まで。
「じゃ、交代だ。“賭け”は我の勝ちだからね、またあとで」
「今は刀を納め……彼女の声にしっかりと耳を傾けなさい」
「……退き時ですか? それなら、御免」
 身を翻したりゅうこの後をコノエが追い、時雨も軽く頭を下げて身を引いた。
 道は繋げた。
 後はそう――彼、或いは彼女が望む結末を引き寄せるだけ。

●桜散らしの雨
 エリシャを認識したことで膨大に膨れあがった妖力。
 それはりゅうこと時雨、コノエの活躍によってかなり削られた。されど未だ大鬼の手は生み出され続け、呪詛の雨も降り止む気配はない。
 カフカと珮李は次は自分達の番だと察し、菖蒲鬼の姿をしっかりと見据えた。
「へェ、瓜二つだと思ってたら兄貴かィ」
「お兄さんかあ、確かによく似てる」
 黒に映える桜色の髪。其処に宿った角や瞳の色彩、纏う雰囲気もそっくりだ。
 それならば自分らは兄妹水入らずの時間を稼ぐのが仕事。とはいえ無理は禁物であることも珮李は分かっている。
「無茶はしちゃいけないね。紺、キミもだからね?」
「大丈夫、無理はしないよ。できる事だけやる」
 紺は狐尾を立てて奮い立たせ、そうっと自分に言い聞かせる。
 怖がるな、ボク。
 妖狐は精を求める種だ。それゆえに人の心に触れる事を恐れない。勇気を燃やせば悲しみは引いて、勇敢に立ち向かうことが出来るはず。
 紺は呪詛の雨に対抗すべく掌を天に掲げた。天候操作の力で雨空から陽の光を齎すために、晴れ間の亀裂をひらく。
 それと同時に刀に護符を張り付け、一本の尾に刀をひとつ、更に両手に一本ずつの三刀流で以て敵に勝負を挑む。
 紺が駆けると同時に、その手伝いをするようにカフカも天候を操った。
 雨の力は強く、晴れ間は僅かしか齎せなかった。しかしそれで構わない。珮李は紺達に続き、暮月を抜き放った。
 同じくして足裏で雷を爆ぜさせ、己の速度をはやめる。
 斬り結ぶよりも弾いて距離を空け、羅刹が振るう斬撃を相殺していく珮李。その判断は賢明で、エリシャへの攻撃を見事に防いでいた。
 鬼の手はやはりエリシャを執拗に狙うようだ。羅刹が本当に求めた者が訪れたからなのだろうか。何にせよ、彼女を傷付けさせはしない。
 それに大事な一太刀は彼女に入れさせたほうが良い。
 エリシャ自身も墨染の大太刀で以て、迫り来ていた一閃を受け止める。衝撃は重いが、それ以上に悲しみが巡った。
「お兄様……私のこと忘れてしまったの……?」
 裡に浮かぶのは兄との別離の悲しみ。
 雨に導かれるまま、悲哀の沼に沈んでしまいそうだった。しかしエリシャは悲しみに押し潰されはしないと誓う。
 その頬に伝っていくちいさな雫は、涙か雨か。
「お前さんも兄貴だったら、妹の涙見て何か思い出さねェかィ?」
 カフカは召喚した鴉で攻撃を相殺し、更に目眩ましをさせることでエリシャの援護を行っていた。
 あいつは泣き虫だからなァ、と薄く口許を緩めたカフカは更に問う。
「散々泣かれたろ?」
「泣く? ……確か、いいえ……誰が泣いていたのか――」
 対する菖蒲鬼はふたたび頭を押さえた。頭痛に耐えている様子なのは何かを思い出しかけているからだろうか。
 更に強く降り出した雨が羅刹の頬を伝って落ちていく。
 力を失った死霊の欠片がひらりと地に沈む。まるで雨に桜が散らされてしまったかのような光景を見つめ、エリシャは花唇を噛み締める。
 珮李も哀しみを覚え、そっと眸を緩めた。
 ――嗚呼。何処も彼処も泣いてる。だから、と珮李は呼び掛ける。
「こんな悲しい場所、さっさと帰るに限るでしょ。こんなに可愛い妹さんが呼んでるんだから戻っておいでよ」
 次は違えず、守りたいものを守れる自分になるために。
 珮李は雷を纏い、大鬼の手を一刀のもとに切り払った。更に紺が大鬼を完全に鎮める為に刀の護符の力を放とうと狙う。
 刀を水平に構えた紺は北斗七星を描くように印を結び、符に宿る力を発動させ、ひといきに巡らせていった。
「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍――七星七縛符!」
 その呪詛を止めてみせる。
 今は想いを伝える時間に命を懸ける価値があるから、決して力は緩めない。
 少年の強き思いは確かな軌跡となって迸り、最後の一体であった大鬼の手を完全に沈黙させた。呪力は削られ、残るのは妖刀自体に纏わりつく怨嗟のみ。
 カフカは身を引き、兄と妹を交互に見遣った。
「ま、兄妹喧嘩みてェなもんだろ。気が済むまでやり合うといいサ」
 たとえ雨がやまずとも傘に入れてやるから。
 和傘をひらいたカフカはいつでもエリシャを守れるよう布陣してから、彼女に道を譲った。その様子を、刀を下ろした珮李と紺が見守る。
 時雨とコノエ、りゅうこも事を見届けようと決め、二人を見つめていた。
 まだ妖刀からの殺意と敵意は消えていない。
 それゆえに最後はエリシャ自身が立ち向かわなければならないだろう。
 
 歩んでゆくエリシャ。
 その周囲をはらり、はらりと常夜桜の美しい花弁が舞っていた。対する菖蒲鬼の周囲には雨が降り頻っている。そして、エリシャは墨染を構えたまま呼び掛けた。
「お兄様、私よ」
「エリシャ?」
「そう、思い出してくれたの?」
「…………」
 しかし、菖蒲鬼は首を横に振るばかり。何かの引っ掛かりは感じているようだが、妖刀の力を得た代償なのか、記憶はそう簡単には戻らないようだ。
 ならば、あの刀を手放させるのみ。
 羅刹がエリシャを瞳に映した瞬間、妖刀が不穏に揺らめいた。
「刀が斬れ、と……守りたかったものを斬れば解放されると……あ、ぁ――!」
 一度は抗う様子を見せたが、彼は一気にエリシャに斬りかかっていく。
 はっとしたエリシャは真正面から迎え撃ち、妖刀の一閃を墨染で受け止める。鋭く甲高い音が雨の最中に響き渡った。
 兄と妹。本来ならば戦わずとも良い者同士が刃を重ね、互いに切り結ぼうとしなければならない状況は酷く悲しいものだ。
 しかし、エリシャは決して気圧されたりなどしない。
 刃を振るい、鋭い斬撃をいなして身を翻し、全力の一閃を放ち返した。

『泣かないで、エリシャ』

 幼い頃、泣きじゃくっていた自分に兄が掛けてくれた言葉を思い返す。
 兄は優しく頭を撫でてくれた。彼の声も手もあたたかくて、とても安心した記憶が朧気に残っている。
 あのひとときと、あの頃の時間が大切だった。
 だから、こうして逢えた今――どんな形であっても取り戻すと決めている。
 剣戟が鳴り響いた。
 エリシャの一撃を兄が受け、其処から剣閃の応酬は幾度も巡っていく。妖刀の力は恐ろしく、守るために己を鍛えたであろう兄の思いも強い。
 あまりの攻防に息が乱れそうになったが、エリシャは呼吸を整えて踏み込む。
「髪の長い乙女を狙うのも……私の面影を追っていたから?」
「わから、ない……。お前を見ると、私は――」
 彼は苦しんでいた。
 それでも妖刀は戦いを止めさせてくれない。静かに嘆きながら戦う兄の姿など見ていられなかったが、エリシャは決して瞳を逸らさなかった。
「あなたの守りたかったものは私よ」
「お前を? そうか、そうだった……気も……」
 曖昧な言葉しか返せぬ自分を心苦しく思ったのだろうか。彼の意識が一瞬だけ逸れた瞬間、エリシャは桜花の嵐を巻き起こした。
「でもね、私はこの通り!」
 雨を覆い隠すような闇が妖刀を包み込む。
 兄の身体が揺らぎ、態勢が崩れた。その様子を見遣ったエリシャは敢えて得意げな声を紡ぎ、宣言してみせる。
「こうして強くなりましたの! もう守られるだけの少女ではないのよ」
 ねえ、だから。
 お願い、と懇願するようにエリシャは墨染を構え直す。
「もう、あなたがその刀を持たなくてもいいの」
「守られるだけではない……?」
「ええ! だからそんな刀――捨てて! いえ、棄てさせてみせますわ!」
 妖刀の一閃が襲い来る危険もあったが、エリシャはそんな一撃など受けて耐えてみせると決めた。凛と宣言したエリシャは全力で刃を振りあげる。
 そして――。
 甲高い衝突音が響いた刹那、呪詛は斬り祓われた。羅刹の手にあった刀が弾き飛ばされ、空中に高く舞いあがる。
 同時に花時雨の菖蒲鬼がその場に膝をついた。
 宙で回転した妖刀は勢いよく落下して地面に突き刺さる。されど、その位置は羅刹が腕を差し伸べれば届く距離だ。
 誰もが息を飲んだ。菖蒲鬼が手を伸ばせば、また戦いが始まる。
 だが、そうはならなかった。
「エリシャ……嗚呼、エリシャ。そうでした、私はお前を守るために――」
 顔をあげた彼は妹を然と瞳に映すだけ。
 刀を手放して。
 大切な妹から願われた思いを受け入れた瞬間、それまで降っていた雨が止んだ。
 そうして、花菖蒲が咲く沼の領域が徐々に晴れていく。それまでは完全に雨に覆い隠されていたゆえに誰も知らなかったが、其処には――。
 櫻幻の世界で美しい花を咲かせる、大きな幻朧桜が佇んでいた。
 
 
●見届ける結末は
 桜が舞う。あえかな花弁がひらり、ひらりと世界を彩っている。
 それまで戦い続け、最後の時が訪れる瞬間を見守っていた猟兵達は此度の事件の終幕が巡りはじめたことを悟った。
 しとりは呪詛の雨が止んでいくと同時に悲しみが消え去っていくことを感じていた。
「悲しみは洗い流されたのか知ら」
「そのようですね」
 しとりがぽつりと落とした言葉を聞き、ルムルは静かに頷き返した。
 終わらないはずだった苦しみが、終わる。どうしてかルムルにはそのように思えた。
 フリルはアヒルさんと共に兄妹を見つめている。無意識に戦いたくないと思った理由はきっと、彼も誰かに大切に思われていたから。
「ああ、そうか……」
 ノイは気付く。此処はただ、失うだけの場所ではなかった。
 数多の縁の中で今、救われる道が見いだされたのだ。見てご覧、とルーに語りかけたノイは舞い躍る桜花を指差す。
 その花の欠片が梟示達の元に飛んでいった。
 頬をくすぐる感覚に瞼をひらいた千隼は、自分が梟示に支えられているのだと気付く。
「おはよう、千隼君」
 眠りに落ちて目覚めた彼女に呼びかけた梟示は今の状況を示した。
「……おはよう」
 目を覚まして見た光景は殺めの菖蒲ではなく、魂を導く幻朧桜の景色だった。千隼はゆっくりと身体を起こし、梟示と共に最後を見届けることを決める。
 ユヴェンの傍らではテュットが喜びを表現していた。ミヌレもほっとした様子でユヴェンの傍についている。
「願いは通じた。思いも叶えられたのか……」
 きっとこれが最善だったのだろうと思う。
 そうして、花雫は羅刹に歩み寄っていくエリシャの名をそっと呼ぶ。
「エリシャおねぇさん……」
「道は繋げられましたね」
「妖刀の力も抑えられたようですね」
 シャルロットは自分達が確かな力になれたのだと思ったアウレリアも、自分達はこれから新たな道がひらかれる瞬間を見ているのだと感じる。
 桜花は今こそ鎮魂歌を歌うときだとして、唇をひらいた。
 そっと、最後を飾るように紡がれた桜花の歌は桜の園に響いてゆく。
 ナターシャは桜花の歌声に耳を澄ませる。そして、これはもしかすれば結末などではないのかもしれないと考える。
 きっと、これは新たなはじまりだ。
 アネットは兄妹として再び出会えた羅刹達を瞳に映す。
 自分はあの背を押せただろうか。どちらにしろ、後は見守るだけだとしてアネットは桜が舞う景色を眺めた。
 八重と七結も桜の景色を静かに見つめていく。
「あねさま、見て」
「えぇ、なゆちゃん。あの子は逢いたい人に逢えたのね」
 もう彼は籠の中の鳥ではない。囚われた魂はふたたび巡るから。
 きっと菖蒲鬼の彼は桜に祝福されるだろう。そう感じた櫻宵は転生の可能性を秘めた者を示し、誘を見遣った。
「言っただろ、かえっていけるんだ」
「……そうね」
 ヨルを抱いて微笑むリルに頷き、櫻宵と誘はエリシャ達の背を見守った。
 千鶴も悠里と一緒に桜と菖蒲の羅刹達に目を向ける。
「本当に優しい夢が訪れたね」
「――はい。彼には、きっと」
 幻朧桜の花弁が舞う光景を見つめる二人は、悲しいだけの終わりが訪れなかったことに安堵めいた気持ちを覚えた。
 エリシャと彼の兄は見つめあっている。
 其処に何か言葉をかけるのは無粋だと知っているから、りゅうこや時雨、珮李と紺とコノエ、そしてカフカも、そっと行く末を打ち守るだけだ。
 そうして、桜はやさしく舞い続ける。
 
●身を知る雨
 菖蒲の花を纏う青年。
 彼は、桜鬼の大名家に生まれた花時雨の菖蒲鬼だった。
 彼はすべてを思い出した。
 雨が好きだった。自分の代わりに泣いてくれるから。
 しかし雨を司る彼は桜を散らす者として疎まれており、不遇な扱いをされてきた。そんな兄は家を出ることを決め、その前にエリシャと約束をした。

 ――お前を護れるくらいの力をつけたら、迎えに行きます。
 ――エリシャが血に縛られず、自由に生きられるように。
 ――だから、泣かないで。

 守りたかったのは妹だった。
 たったひとりの大切な存在。血という枷に幼い少女が囚われぬように、大切なものを失くさない強さを得るために彼は去った。
「エリシャ……約束を守れなくて、ごめんなさい」
「お兄様……」
 政略結婚の道具として育てられる姫という存在から解放したかった。
 それなのに自分は力を得るために手にした妖刀に蝕まれ、本当に大事なことを忘れ去ってしまった。そのことを悔いている彼は俯いていた。
 幼いエリシャにとって、兄に置いていかれた事実は辛いことだった。それゆえに封じるように記憶に蓋をした。
 それでも、エリシャは優しい兄のことを完全には忘れられなかった。
 約束を思い出してから、ずっと彼を想っていたのだから。
「もういいの、お兄様。こうして逢えたから……」
「大きくなりましたね、エリシャ」
 泣き虫だった幼い少女ではなくなった。そう感じたらしい兄はほんの少し、僅かに微笑む。そして、彼は覚悟を決めた真剣な表情でエリシャに願った。
「さあ、エリシャ。ひと思いに討ってください」
 妖刀の影響とは云えど、自分は数多の人を斬って葬ってきた。理性と記憶を取り戻した今、その贖罪が求められているであろうことは彼にも分かったらしい。
 その刀で、と彼はエリシャが持つ墨染を視線で示す。
「いいえ、お兄様」
 しかしエリシャはその頼みは聞けないとして、桜舞う庭園に大太刀を置いた。
「けれど……」
「今は私も一緒に戦えるの。次は、あなたの隣に並び立ちたい」
 この世界では死だけが償いになるのではない。
 幻朧桜の精の力を借りてあらたに生きることも赦される。死して完全に終わるよりも、その方が贖罪になることもある。
「お兄様、一度はまたお別れになります。けれどまた見つけ出してみせますわ。私だって待つだけの女ではないの」
 ――だから、あなたの来世を願う。
 エリシャの真っ直ぐな眼差しを受け、彼は少しだけ困ったような顔をした。
 何故なら、エリシャの頬には涙が伝っていたからだ。
 転生すればこれまでの記憶はなくなる。エリシャにまた出逢っても思い出せない可能性の方が高い。ゆえに二度目の別れは辛いものだ。
 それでも、とエリシャは希う。
「いつかまた、逢いましょう。だって、あなたはいつまでも私のお兄様ですもの」
「……エリシャ」
 幼い時のように涙を流す少女に手を伸ばし、彼はそっと頭を撫でた。
 名前を呼んでくれた兄の声はあの頃と変わらず、とても優しくてあたたかい。エリシャはまるで昔に戻ったようだと感じて、泣きながら笑みを浮かべた。
 そして、彼は転生を受け入れる。
 すると次第に淡い光が菖蒲鬼を包み込み、彼の姿が徐々に薄れてゆく。その存在がいざ消えるとなると胸が痛み、エリシャは思わず手を伸ばした。
「お兄様!」
 微笑み返した兄はエリシャの頬に伝う涙を指先で拭う。
 その感触も今は薄くなっていて、ぽつりと一滴の雫が地面に落ちた。そして、彼はエリシャの小指と自分の小指を絡める。
「今一度、約束をしましょう。またいつか必ず逢えるように。だから……」
 ――泣かないで、エリシャ。
 指切りが解ける。
 それと同時に花時雨の菖蒲鬼は転生の光に包まれて消えていった。

 兄を見送った、暫し後。
 涙の雨はあがって殺めの歌は已み、花菖蒲も昇華された。
 エリシャは大地に突き刺さったままの妖刀に手を伸ばして刃を引き抜く。
 呪いから解き放たれたそれは今や唯の刀だ。これをどうするかは自分次第なのだろうと感じながら、エリシャは振り返る。
「さあ、帰りましょうか」
 仲間達に微笑んでみせたエリシャの様子や表情は普段と変わらぬものだった。

 常夜桜の花弁が天に舞う。
 雨上がりの空は高く澄んでいて、何処までも果てしなく続いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月03日
宿敵 『花時雨の菖蒲鬼』 を撃破!


挿絵イラスト