第二次聖杯戦争㉒~美しい世界の為に泣くこと~
●水晶宮殿
ああ、どうして私の言葉はこんなに幼く、拙いのか。
胸の中でどれほど切に願おうとも、それを形にする事さえ出来ない。
賢しげな言葉を語れば、説得力とは出るのだろうか。
詩を吟ずるような美しさがあれば、共感してくれるのだろうか。
解らない。私には、私の言葉しかないのだから。
ただ胸を切り裂いてでも見せたい、示したいという想いは、骸の海から浮かび上がった後でも私の中に渦巻いている。
触れる事のできない筈の聖杯を得る代償として、記憶も心も全て捧げたというのに。
……それでも、この想念だけは消え果てないのは、奇跡めいた願いの強さだから。
骸の海を打ち倒し、粉々にしたい。
私が私を捨て去ったとしても、叶えたいという祈り。
どうしてというのは、思い出も聖杯に捧げたから思い出す事は出来ないけれど。
今に携える聖杯剣、リリスの槍、神の左手。これらがあれば、きっとあの『■■■』な骸の海を消し去る事ができる筈。
それが全ての命を対価にしたとしても、それが正しいと私は思うから。
記憶と思いの残滓ばかりを頼りに、此処に誓うのだ。
「ゆりゆりはしんぷるに『最強』を目指します」
理由も分からないのだから、もはや迷子じみているかもしれない。
目的を忘れているのだから、辿るべき手段も過っているかもしれなくても。
私の知る一番強い思いとは、それだから。
他はあるのかもしれないけれど。
「だから、そんなゆりゆりを否定するのなら……」
私はもう、それを出来ないけれど。
誰かと悲しむ程に、切なく。
誰かを愛しむ程に、深く。
「わたしのかわりになきなさい」
骸の海の底でも。
誰かを喪った悲しみで喉が潰れても。
愛しきひとの名を呟くべき唇で、最愛なる旋律の代わりに。
「ざんこくでうつくしい、すべてのせかいのために」
この美しくも悲しさ漂う水晶宮殿の陸橋の上で。
全てを決しよう。もう一度と戦おう。
二度目という思いの悲壮さ、笑わせも否定もさせない。
「今、産まれ落ちた無垢なる
命のように、泣き続けられますか?」
聖杯剣が空を震わせ、リリスの槍が大地を穢す。
癒やされる事のない傷跡が、心なんていらないと哭く。
死んだのだって二度や三度ではない。数え切れないぐらい。
けれど、諦められなかった。
忘れられなくて、立ち止まれなかった。
痛みも苦痛も受け入れて、それでも逃げないと誓った
罪なる女王が、穢れた聖杯剣を掲げた。
残酷で美しい全ての世界の為に。
最愛の歌を壊して、あなたは泣き続けられますか?
それとも、私の壊れた心と祈りだけは残りますか?
私を再度葬るというのなら、それだけは応えて欲しい。
●グリモアベース
決戦の場は、絢爛豪華と化した水晶宮殿。
その橋の上でのこと。
なんとも言葉に出来ぬ美しさは、悲しげな雰囲気が漂っており。
水晶がきらきらと反射する光は、何処か桜吹雪に似ている。
「死んでも蘇り、蘇ってまた死へと直進すると解っていて、それでも続けた彼女の思いはどのようなものなのでしょう」
柔らかな声色で告げるのは秋穂・紗織(木花吐息・f18825)。
はらりはらりとと舞い散るように。
自らの命を捨て、骸となり、海より蘇る。
「彼女の見た、壊したい骸の海というのも気になりますが……その為に命を全て奪われるわけにはいきませんからね」
生きるからこその対立。
いいや、死んだ身としても存在や主張として、決して譲れないから戦いというのはある。
鳴いてくれますかと。
或いは、泣いてくれますかと。
そう問うのは聖杯剣揺籠の君。
「言葉こそ幼く、拙い。発音も上手くいかないものですが、相手も決死でしょう」
そんな彼女が操るのは、ユーベルコードの他に三つの『聖杯武器』。
一つ目はあらゆる物質を引き寄せる黄金の篭手「神の左手」。
つまる所、リリスの発想次第では後のふたつより凶悪な存在。
二つ目は突き刺した対象に宇宙の終焉まで癒える事のない毒を注ぐ『リリスの槍』。
確実に突き刺す必要があるが、揺籠の君を倒すまで癒える事もなければ、延々と身を滅ぼし続ける毒は身体が何であろうと、そして神であろうと殺すもの。……毒だから全身に廻るのに時間がいる、というのではない即効性。
そして三つ目は射程距離無限かつ命中した対象のユーベルコードを全て奪う「聖杯剣」。
命中すれば確実に猟兵の戦闘力の基盤であるユーベルコードを『奪い取る』のだから、最も警戒すべきもの。
これらが通常攻撃として効果が付与され、ユーベルコード以外でも繰り出されるのだ。
加えて強敵ならではの絶対性の先制攻撃。
「これだけを云うならば、揺籠の君は恐ろしく強いですが。ふたつだけつけいる隙があります」
むしろこれを逃せば勝ち目がないというもの。
「一つ目は揺籠の君が橋の上で直接決戦……堂々とした真っ向よりの勝負を挑むということ」
猟兵側が詐術や欺し技が使いにくくなるというものもあるが。
揺籠の君が見た瞬間に無限射程の聖杯剣を放つなどではなく、戦闘の始まり方などをある程度は猟兵側がコントロールできるという点。
「もうひとつは、だから真っ向勝負なのですが……揺籠の君は問いかけてくるのです」
――残酷で美しい、全ての世界の為に鳴いてくれますか。
「鳴くというのなら、『聖杯剣』を。鳴かないというのなら、『リリスの槍』を」
基本としてそれのみを通常攻撃では使用して戦いを始めるのだという。
「ただし、応えが充分で揺籠の君が満足するに足りない場合は、『神の左手』をも併用するようです」
応えずに戦った場合は、三つ全てを。
「……そして、それら『聖杯武器』と『先制攻撃』の両方に対処して、初めて勝ち目があると」
流石はフォーミュラ。それも自らの殆どといっていいモノを代償に捧げた存在。戦闘力が途方もない。
「ですが、そんな相手でも必ずや勝って頂けるのだと」
ふわりと微笑む秋穂は続ける。
「勝った上で、自らを犠牲にする程の相手の切なる思いをも汲んで、それを未来に繋げて頂けるのだと」
期待しておりますし、願っておりますと。
秋穂は柔らかく微笑み、見送るのだった。
遙月
MSの遙月です。
何時もお世話になっております。
一番得意な心情剣戟ものとして、このシルバーレインの世界の決戦シナリオを出させて頂きますね。
揺籠の君は、本当に尋常ならず強大な存在。
けれど、それを力でのみ倒すのではなく、自らを犠牲にしてまで叶えようとした切なる願いと向き合って頂ければと。
残酷で美しい、全ての世界の為に。
あなたは、どう戦いますか?
それとも、どう鳴き続けますか?
また、揺籠の君の口調はひらがなばかりだと読みづらいですので、一部、漢字にしてお送りさせて頂くのはご了承くださいませ……。
●プレイングボーナス
これに基づく行動をすると有利になる事をオープニングでお客様に説明し、実際にプレイングボーナスを与えてください。
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シナリオ指定プレイングボーナス……聖杯武器の追加能力に対処する/揺籠の君の先制ユーベルコードに対処する。
個人プレイングボーナス……世界の為に泣くか、それとも(揺籠の君に思いをもって応える)
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聖杯武器はどれもまともに戦うとあまりに強いので、基本は心情に応じて通常攻撃として使うものを絞ってとなります。聖杯剣か、リリスの槍かと。
(ユーベルコードで指定されているものは、ユーベルコードの使用で併用します)
敵も武具の扱いに慣れない、などはなくとんでもなく強いので注意が必要です。
……心情もとても大事。
それを繋げて、届ける為のものが戦闘プレイングだと思っております。
思いだけでは足りず、けれど、力だけでは届かぬもの。
どうか揺籠の君に思いを向けて頂けるようにと、宜しくお願い致します。
※プレイングの受付
1/18日水曜日20:00~1/21日土曜日23:00の予定
第1章 ボス戦
『聖杯剣揺籠の君』
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POW : うずまくいんよく
【神の左手】による近接攻撃の軌跡上に【いんよくのたつまき】を発生させ、レベルm半径内に存在する任意の全対象を引き寄せる。
SPD : せいはいうぇぽんず
【あらゆる物質を引き寄せる「神の左手」】【癒える事なき毒を注ぐ「リリスの槍」】【対象のユーベルコード全てを奪う「聖杯剣」】を組み合わせた、レベル回の連続攻撃を放つ。一撃は軽いが手数が多い。
WIZ : みだらなひとみ
【揺籠の君の淫靡な眼差し】が命中した部位に【淫欲に満ちた思念】を流し込み、部位を爆破、もしくはレベル秒間操作する(抵抗は可能)。
👑11
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レモン・セノサキ
嘗て自分はこの手を血に染めた
彼等が死の際でも失わなかった強い瞳を忘れられない
喩え永劫赦されないとしても
立ち止まる訳には行かない
私はこの世界の為に数え切れない程泣いた
今更背負う世界が増えたって誤差だよ
なあ
世界の為に泣きつつも尚、お前の心と祈りは持っていく
そんな強欲な答えは駄目か?
舐めてかかる訳じゃない
相手が決死なら、此方も同じ覚悟を見せる
『リリスの槍』は「仕掛鋼糸」を絡め
刺突の軌道をずらして躱す
『聖杯剣』は「奇術符」を切り、幻影と入替り回避
幻影に仕込む▲呪詛返しは鈍重の呪いだ
鎌形態の「Ein」で猛攻を弾き
【指定UC】を発動、初撃で異能を奪う
利腕が砕ける前に決着を付けたい
奪った能力の内
神の左手以外は不要
無粋だ
接近戦に持ち込むだけでいい
手にした偽物の聖杯剣で
敵の心残りを断ち切りたい(▲切断)
私はお前の心と祈りを託すに値しないのか?
様々な世界で死と結末を見て来た
その残酷さを呑み込んで
オブリビオンを葬って来た者の瞳を見せる
今は『みだらなひとみ』は機能してない筈だ
私の
瞳を見て答えろ、揺籠!!
きらきらと星空のように煌めく水晶たち。
けれど、そこに生命の息吹は存在しない。
静謐と美しさを携える姿は、何処か死の情景めいている。
決して生きるモノはこの場と相容れない。
それは花のように綺麗に佇む揺籠の君とて同じこと。
命と死はかつて、相容れぬものとしてこの世界で戦い続けたものなのだから。
ならば、こつりと気高き足音を響かせて這い込んだものはどうなのか。
本来ならば命を駆逐する死の側に立つものだというのに。
ああ、今は否と首を振るうのはレモン・セノサキ(
Gun's Magus・f29870)。
嘗て自らこの手を血に染めた事実は色褪せることなくある。
どれほどの時が流れても、彼らが死の間際にも瞳に宿した強い光は別れられないだろう。
行くほどの贖いの涙を零しても。
死に逝く瞳から刻まれたモノは流れ落ちない。
だからこそレモンはいくのだ。
未来永劫、輪廻の果てまで行っても赦されないとしても。
もう立ち止まる事は出来ないから。
ただ、歩き続ける事しか出来ないのだから。
「私はこの世界の為に、数え切れない程に泣いた」
レモンは橋の上で静かに風を受ける揺籠の君へと、ゆっくりと言葉を向ける。
「今更、背負う世界が増えたって誤差だよ」
この身に宿る罪咎と共に、何処までも持っていこう。
或いは、世界の悲劇。その元凶たる渦の中心に辿り着くまで。
揺籠の君が骸の海で何を見て、聞いて、決意に至ったのかはもう解らないけれど。
「なあ」
美しい水晶で覆われた橋の上で、レモンは歩み寄る足音を立てた。
穏やかな瞳のまま投げかけられるレモンの言葉を聞き続ける揺籠の君に、真っ直ぐ見つめて。
「世界の為に泣きつつも尚、お前の心と祈りは持っていく」
そんな強欲な答えは駄目かと。
泣いてくれるかと問いかけた揺籠の君に言葉を重ねる。
決して舐めているのではない。
揺籠の君が決死というのならば、レモンもまた同じ覚悟を示すだけ。
だからこそ、溜息のような言葉が揺籠の君から流れた。
「あなたは、なんとも強欲なのですね。わたしは、とてもとても、おもたいのです」
決意や思い。覚悟。
記憶や感情、自らを棄ててまで成し遂げようとする心は半端ではない。
だからこそ。
「……いいえ、わたしたちたちはともに、とても強欲なのでしょう。相容れないとわかりつつ、でも、とことばをかさねる」
心に触れたくて。
未練など残して欲しくなくて。
出来るなら、敵であっても共に同じ方向を向けるならば。
「でもゆりゆりたちに共有できるものは、なにひとつないのです」
だが、そうあれるならば世界の敵などにはならないのだと。
美しくも艶然と。
まるで色づいた花のように微笑む揺籠の君。
「そう、たったひとつだけを覗いて。繋がるのは、そのひとつだけ」
差しのばされた手に、レモンも気づいた。
「ゆりゆりたちの『青春は生命と隣り合わせ』だった」
それは死に属するものたちの言葉。
生きる者たちが『死と隣り合わせ』だというのなら、逆から言えばそうなのだろう。
ならばとレモンも応えるのだ。
今を生きるものとしてか、或いは、同じ存在たるトゥルダクとしてか。
「そこにある生命死の為に戦った青春」
「だから、あの『青春』のつづきとしてたたかいましょう。……残るのは片方だとしても」
私の代わりに、美しく残酷な世界の為にと。
「魂より泣きなさい。心と祈りを持っていくというのなら」
揺籠の君が空を震わせながら聖杯剣を振るう。
瞬くは清浄なる青き剣閃がひとつ。
まるで世界を別つが如き清冽なる斬撃が空間に来戯れた。
彼我の距離を無視して命中する聖なる刃がレモンへと迫る。威力は絶大。効果はそれ以上。
決して斬られてはならない聖杯剣を前に、レモンが取ったのは奇術符による幻影。
分身を身代わりとしてスライディングして聖杯剣の下を滑り込み、前へ前へと橋上を駆け抜ける。
「おや、ゆりゆりの聖杯剣がおもい?」
「遅鈍の呪いだ。それを自在に振るって欲しくないからね」
それはかつて、聖杯に掲げ、捧げられた想いと命の故にか。
レモンは言葉にする代わりに、Einsatz-Strafeと名付けた銃と大鎌の可変武器を構えて、身を低く屈めて突進する。
それは血塗られた抗体兵器。それを持つモノの属性が滲み出す。
命とは真逆のそれに、僅かに揺籠の君は目を細めて。
「そう。『死と隣り合わせの青春』があったのなら、『生命と隣り合わせの青春があったこと』……そればかりは」
言葉の途中、烈風を伴って遣り揺籠の君は槍を繰り出す。
「あなたにたくしてもいいと、ゆりゆりはおもいました」
言葉と反面、それは宇宙の終焉まで癒えることなき毒をもたらす毒に塗れた穂先。
これにも当たることは許されないと、ベルトに仕込んだ仕掛鋼糸を解き放ち、槍を絡め取って刺突の軌道を逸らして躱す。
レモンの首筋に迫るひやりとした風。
ただ擦るだけでも聖杯武器は恐ろしい効力を持って対象を滅ぼすのだ。
そして、これから先が揺籠の君のユーベルコード。
「では、これはどうでしょうか」
言葉と共に放たれる聖杯剣、リリスの槍、そして神の左手を用いての高速連撃。
誰に、何処で習ったというのか流水のように留まることなく、槍と聖杯剣の猛攻がレモンへと殺到する。
大鎌の形を取ったEinsatz-Strafeで弾き、反らし、受け流していくが、一瞬ごとに劣勢へと押し流されていく。
流麗かつ精緻。
今の揺籠の君は、聖杯武装の担い手に相応しい技量を有している。
「亀になっては勝ち目がない、か」
五十、六十と重なる剣戟もついに百を超えれば捌き切れなくなったレモンが苦鳴の声を漏らす。
さらに百か二百か。止まる事を知らない聖杯剣の奏でる澄んだ音色は、けれど断頭台の旋律に他ならない。
捕まれば死。ならばと一瞬に全てを賭けるレモン。
絡めた糸で刺突の軌道を下に反らした槍を踏みつけるや否や、レモンは身ごと大きく旋回して、勢いを乗せた大鎌で聖杯剣を弾き飛ばす。
だが、次の一撃には弾かれた筈の聖杯剣の方が早い。
ならば。
そう、ならばこの瞬間にこそ、レモンは全てを賭けるのだ。
命を燃やし、必勝を掴め。
その為の対価として、捧げるは己が血肉と身なれば。
『――
換装」
レモンの利き腕に顕れたのは、揺籠の君が振るう聖杯剣に似ている。
所詮は偽装。されど、模倣に留まらぬ白銀の十字剣。名を名を"偽装" 聖杯剣・ランドルフ。
「征くんだ」
沢山の想いを背負って、世界の果てまで。
穢れた聖杯剣と、偽物の聖杯剣が互いの刀身を激突させる。
互いに譲らぬと真っ正面から噛み合い、刃金が高らかな旋律を叫び散らす。
硝子が砕ける音色とはこのようなものか。
聖堂の鐘とは、斯くも荘厳なものだったのか。
想いばかりを受けた二振りの聖杯は互いを弾き飛ばし、周囲に美しい光の粒子を撒き散らす。
「背負って、その先に」
そう口にするレモンが確信するのは、揺籠の君の力に触れた感触。
ユーベルコードを奪い取る揺籠の君の聖杯剣と同様、レモンの偽装の聖杯剣は能力を奪いとるもの。
ならばこそ、揺籠の君の力を掴み、略奪したと想った瞬間。
レモンの利き腕が石榴の如く内から弾けたのは当然の帰結だったのだろう。
「――っ!?」
能力には代価、代償がある。
レモンの偽装聖杯剣もそうだが、揺籠の君が聖杯剣やリリスの槍を持つのも同様だ。
その能力を持つのに相応の対価ったのだから、それを奪ったものに当然として得たモノと同等の代償の支払いは求められる。
記憶、感情。『自分』といえる『全て』を捧げた揺籠の君の代価を支払えず、レモンの腕は一瞬で血霧と化した。
或いは、この腕の惨状は。
リリスにとって聖杯に触れる対価のように。
トゥルダクが聖杯に触れる為の対価だったのか。
「それ、でも……っ」
だが、痛みがあるという事は繋がっているということ。
指先まで激痛を覚えながら、ならば白銀の剣を握り絞められるのだとレモンが更に踏み込む。
膨大な己の血を噴き出させながら、偽りの神聖を歌う剣を振りかざすレモンのその姿。
自ら自爆したのだから止まると想った揺籠の君の反応が一瞬遅れ、困ったように柔らかく笑った。
「あなたは『強欲』なうえに、『強情』なのですね」
「……っ……そう、だ
……!!」
もとより全ての能力を奪うなど必要ない。
何も出来ない相手を斬るなど無粋だし、本当に断ち切りたいものを斬る『刃』だけあればいい。
揺籠の君を自らの間合いへと引き寄せるが為に、神の左手の力を此処に顕然させる。
ただ此方に来いと。
出なければ、渡して託される事は出来ないのだから。
――それが殺すというだとしても、躊躇わない。
自らの血で染まった白銀剣を、ただ無心でレモンは奮う。
ただ、揺籠の君の胸の奥底。
渦巻く未練を、手放せない想いを。
愛も悲しみも、憎悪も希望も消えても残って揺籠の君を縛るものを。
「断ち切らせて貰う!!」
穢れた聖杯剣と、偽物でも心の通った聖杯剣。
共に光を舞わせて
翻るが、相手へと届くの一振りだけ。
裂帛の気勢が周囲に渦巻き、鋭き斬撃が更なる血潮を呼ぶ。
「なあ」
激しい出血の中で、レモンは口にした。
自らの腕からこぼれ落ちる赤と。
偽りの聖杯剣に貫かれた揺籠の胸より落ちる赤。
ふたつが交わる中で。
「私はお前の心と祈りを託すには値しないのか?」
一瞬の攻防の中で全てを解って欲しいなど。
「なんとも『強欲』なひとですね。とても『強情』なひとだと、ゆりゆりはおもいます」
それはその通り。
それでも解って欲しいのだと、指とも肉塊とも付かない右腕で更に強く偽りの聖杯剣を掴むレモン。
様々な世界で死と結末を見てきた。
その残酷さと、流れる血を飲み込んできたのだ。
「戯れ言はもういい。答えろ」
更に深くと偽りの聖杯剣で揺籠の君の肉体の深くへ、心の深くへと切り込みながら。
オブリビオンという生命とも死とも付かぬものを屠ってきた瞳を、揺り籠の君に見せるのだ。
かつて、レモンが能力者にそうして見つめられた時のように。
「今は『みだらなひとみ』は機能してない筈だ」
それだけは奪ったのだからと、未だに艶然と微笑む揺籠の君にとレモンは叫ぶ。
託させてくれないのか。
心と祈りを、もっていかせてくれないのか。
「私の
瞳を見て答えろ、揺籠!!」
赦しを乞うように、痛みなど忘れてレモンは
吠える。
ならばと。
自らの血で赤く染まった指先で、レモンの頬をなぞる揺籠の君。
「あなたは戦いながら、泣いてくれますか?」
今までそうしてきたように。
「あなたは傷つきながら、救ってくれますか?」
これから来る苦難を知って、なお歩めるのかと。
「あなたは骸の海と、向き合ってくれますか?」
あるいは絶望したとしても、なお顔をあげてくれるのかと。
己の血で記すように、レモンの頬をなぞる揺籠の君。
「そうしてくれるなら」
ふわりと、微笑む貌は。
確かに優しく、穏やかな少女のよう。
命と死。繋がれたこの世界には、もう入れない儚きもの。
「すこしだけ、託したいとゆりゆりはおもいます」
ほんの少しだけと。
小首を傾げて、血で染まる中に揺籠の君は透明な滴を零した。
ひとしずくをすくうために。
あなたは、ざんこくなせかいでいきてください。
大成功
🔵🔵🔵
仇死原・アンナ
アドリブ歓迎
…ようやく追い詰めたぞゆりゆり…いや…揺籠の君よ
この銀の雫降る世界が為に貴様を討ち倒そうぞ…!
我が名はアンナ…処刑人が娘也…!
二振りの巨大剣を振るい戦闘開始
神の左手から放つ竜巻には天候操作で操り吹き飛ばそう
左手の引き寄せには拷問具を投げつけ牽制
槍には巨大剣を武器受けで盾代わりにしてなぎ払い武器落し
剣には己の地獄の炎纏わせた巨大剣を怪力で吹き飛ばそう
残酷で美しい全ての世界の為に泣けるか…だと…?
…私が生まれ落ちた世界は…泣けど喚けど救いのない暗黒の世界だ…!泣き喚いたとて救われぬ…
だから…泣くばかりでは駄目だ…私は処刑人だ…!
武器を振るい敵を屠る…貴様は敵だ…揺籠の君よ…貴様の壊れた心と祈りも討ち砕く!
仮面を被り真の姿を開放
毒耐性を纏いて緋色の天使振り払い重量攻撃で槍を弾き飛ばして
敵の胸に鉄塊剣を突き刺し【聖処女殺し】を発動
地獄の炎纏わせた鉄塊剣で焼却し傷口をえぐり無理矢理引き抜こう…!
ゆりゆり…お前は優しいのかもしれない…
だが…私は貴様のような奴は嫌いだ…消え失せてしまえ…!
美しくも静かな水晶宮殿。
煌めくばかりの輝きだけがある。
誰ひとりとしての呼吸も気配もしないのは、死が支配する場だからか。
鼓動などありはしない。
凍り付いたように綺麗な世界に。
命を燃やすような地獄の焔が渦巻き、音を成す。
私は此処にいる。
苦痛と共に、それでも生きているのだと足音を響かせた。
「……ようやく追い詰めたぞ」
それはさながら、激しき鼓動のよう。
渦巻く炎に似た激情を伴って、橋の上へと現れたのは仇死原・アンナ(地獄の炎の花嫁御 或いは 処刑人の娘・f09978)。
地獄はかく美しくないのだと。
人の心が求め、蠢き、止まらない場所だからと告げるように。
アンナの黒い眸の奥底では、ゆらゆらと情念が舞い踊る。
「ゆりゆり……いや……揺籠の君よ」
「おいつめたられたおぼえは、ありませんが」
そういって緩やかに微笑み返し、聖杯武装を構える揺籠の君。
或いは、そういう幼き笑顔しか知らないかのように。
他の表現など誰にも教わらなかったかのように。
リリスの女王は、無垢さで穢れを誘う。
だとしても、だから何だというのだ。
この揺籠の君の在り方が気に入るから、気に入らないから。それでこれから行う事が変わるのかと。
二振りの巨大な剣を握り絞めるアンナ。
「この銀の雫降る世界が為に貴様を討ち倒そうぞ……!」
それ以外にはないのだ。
命と死。表裏一体として繋がるそれは、どちらか片方が消えるしかない。
かつて、銀の雨降る青春時代がそうだったように。
「我が名はアンナ……処刑人が娘也……!」
今はアンナこそが命を貪る死を討つのだと、身に纏う地獄の炎を激しく揺らめかせながら、二つの巨大剣を振るう。
大気を挽きつぶして轟と響く音はまさに明確な敵意。
肌に突き刺さる程の殺意は、アンナの黒い眸から止めどなく。
それらを受けて、揺籠の君が身を躍らせた。
「では、おはなしもここまでに」
差し伸べるは神の左手。
あらゆる物質を引き寄せるそれがアンナを近くへと招き寄せ、『いんよくのたつまき』が無数の旋風の刃となって身を切り刻む。
抵抗は無意味と、なんとも静かに行われたその攻撃は無傷で凌げられるものではない。
アンナは強引な力技で天候そのものを操ろうとするが、揺籠の君の力との純粋な綱引きはあまりにも危険。
肌と肉を無残にも切り裂かれ、鮮やかな血を吹き出すアンナ。だが、決して屈しないのだと地を蹴り、竜巻の範囲から飛び出て更に前へ。
前へ、前へ。巨大な剣刃が揺籠の君を捉えるまで。
「処刑人が、討つべき相手を前に止まる訳がないだろう」
「それがいきる、ということなのでしょうね。ゆりゆりにもすこしだけ、わかります」
解るからと、相手の側に立つ訳ではないのだ。
異なる志を持った相手を穿つべく、アンナの身へとリリスの槍が放たれる。
掠めれば身に回るは宇宙が果てるまで癒えぬ毒に塗れた穂先。
巨大剣を盾にと受け止め、なぎ払うように地面へと叩き落とそうとするが、揺籠の君が操る穂先が翻り、再度の刺突を放つ方が早い。
響き渡るは鋼の音色。空気を切り裂く刃が、相手の存在を奪わんと哭き叫ぶ。
そうだと。
地面を踏みしめ、次第に加速していくリリスの槍の猛攻を弾き返しながら、一歩一歩と前へと踏み出すアンナが言葉を紡ぐ。
「残酷で美しい全ての世界の為に泣けるか……だと……?」
軋むようなアンナの声色は、ナイフの鋭さで向けられる。
噛みしめ、堪え、それでもと胸の奥より零れ落ちる炎のように。
「……私が生まれ落ちた世界は……泣けど喚けど救いのない暗黒の世界だ……!」
そこで得た地獄の炎のこそ、アンナの鼓動そのもの。
消えぬ。朽ちぬ。止まらず進む。
全ては我が身を以て、望むこと。
「泣き喚いたとて救われぬ……」
ならばこそと、鋼に地獄の炎を纏わせ、更に突き進むのみ。
相手が誰であり、どんなものであり。
或いは世界そのものが相手だとしても、この地獄の業火で焼き尽くすのみ。
そうでなければ、何一つ得ることは出来ない。
「だから……泣くばかりでは駄目だ……私は処刑人だ……!」
故にこそ、流す涙は端から地獄の炎で蒸発する。
こんな身でもう一度と泣ける筈もない。
いいや、産声の泣き声さえきっとアンナは知らないのだから。
「武器を振るい敵を屠る……貴様は敵だ……揺籠の君よ」
アンナの昏くも激しい声に、目を細めながらリリスの槍を手繰り、穂先を放つ速度を更に上げる揺籠の君。
ならばあと一歩。
それを越えるのだと、アンナは橋に罅が入るほどに強く踏み込む。
「……貴様の壊れた心と祈りも討ち砕く!」
殺すという宣言。
何も残さずに消すという誓い。
処刑人の前では、どんな罪人も聖人も等しいのだから。
アンナが被る黒いペストマスクは処刑執行人としての証。
同時に真の姿を解放し、更なる地獄の業火を呼び起こす。
処刑対象の毒など恐れるに足りぬと、緋色の天使――天使の貌が施された巨大剣を轟然と振り払い、リリスの槍を大きく弾き飛ばす。
のみならず、もう片方の腕で握り絞めた鉄塊剣を構えて揺籠の君へと突貫する。
走るは地上にある悉く、万象を焼き払わんと猛る地獄の炎。
揺籠の君に突き刺さると同時、炎を纏った刀身が花開くかのように四方へと変形する。
穿たれ、焼かれ、そして内側から傷を四方へと押し広げられた揺籠の君。
けれど、その貌は緩やかに微笑んだままで。
「なんともじょうねつてきなかたですね?」
揺籠の君はそんな事を口走るのだから、アンナは更に傷口を抉り、体内を焼却しながら強引に引き抜こうとする。
だが、それを制するように揺籠の君の左手が、アンナの手に触れた。
「泣いて叶うなら奇跡なんて、聖杯なんていらない」
そう囁きながら、血で濡れて炎で焼かれた手でアンナの腕を握るのだ。
「それでもと――泣きながら戦うことに意味がある。泣かなくても、心と共に戦うことに意味がある」
「……っ」
ただ獣のように。
化け物のように這いずり回り、のたうち回って、壊していくことに意味はない。
なぜなら、私達にあるのは
罪深き刃。
それをもって世界を変えようと、世界と向き合うのだから。
欲望を以て自由を謳歌したとはリリスとは思えぬ語り。
「酷いあなたの世界も、きっとそこで生きようとする心は美しいとゆりゆりはおもいます」
それはとても酷いことだけれど。
生きる意味がないなんて、死だけが救いなんて、なんだか悲しいから。
「きっと、残酷な世界が美しいのはそういう……」
「……黙れ……」
お前は、と喉の奥でアンナが低くうめく。
殺す相手に何と呼びかけても無駄で。
そうする相手に、何をしようとするのか。
まるで手向けではないかと、心に浮かびながらも。
「ゆりゆり……お前は優しいのかもしれなない……」
握られた腕を強引にほどくように、揺籠の君を貫いた鉄塊剣を引き寄せ、さらに傷口を広げて抉り抜く。
傷も心も、何時までも苛むように。
泣くならば、泣き続けるように。
「だが……私は貴様のような奴は嫌いだ……」
だからと、更に熾烈に巻き上がる地獄の炎。
揺籠の君よ。骸の海を憎んだものよ。
もはや誰もその心の裡を覚えていないというのなら処刑と共に、灰も残さずに。
誰かに穢されてしまう前に。
「……消え失せてしまえ……!」
誰にももう思い出されることのないように。
狂い叫ぶかのようなアンナの地獄の炎が、揺籠の君を包み込む。
面影さえも残らず、己が魂を喪った残骸がもう彷徨うことのないように。
罪に誘う姿を炎と鋼を以て消し去るのだ。
大成功
🔵🔵🔵
アリス・フェアリィハート
アドリブ連携歓迎
【WIZ】
真の姿解放
(外見変わらず
能力だけ上昇)
ゆりゆりさん…私は
貴女の事を…よく知りません…
けど
貴女には
ご自分を犠牲にしてまで
叶えたい願いが…?
『私にも会いたい人がいます…でも…その人の事…覚えてはいません…(※実は亡くなった姉)…夢にはよく見るのに、自分にとって…どんな方だったのか…もし…会えるとしたら…猟兵でなければ、私も…ゆりゆりさんと、同じ事をしたかもしれません…』
私は…
世界の為に…泣きます
翼で飛翔
【空中戦】も行い
立体的に立回り
先制攻撃は
【第六感】【心眼】【早業】等
総動員し
UC発動
ドレスで隠密力を高め
視線を受けづらくし
【第六感】【心眼】【見切り】【気配感知】【残像】
【結界術】【呪詛耐性】
【オーラ防御】で
回避・防御しつつ
(聖杯武器等も上記の防御・回避行動等で対処)
(状態異常は
氷晶の実の冷気で回復)
ヴォーパルソードを手に
【ハートのA】達も展開
【浄化】を込めた
【なぎ払い】や【斬撃波】
【誘導弾】の【一斉発射】や
UCの氷雪魔法で
攻撃
『私も…ずっと…泣き続けていたのかも…』
真の姿へと変わる瞬間。
ふと、気づくのだ。
この透き通るように美しく輝く水晶たちは。
もしかして、血の通わない死の美しさではないかと。
或いは、暖かなるものを喪ったものたちの、凍てついた姿ではないかと。
そう想えば、何処か悲しくて。
湧き上がる想いを、どうすればいいのか解らない。
『この宮殿の水晶たちは』
もしかしてと。
まるで童話のようなことだけれど。
『……貴女が流した涙が、凍り付いた姿?」
アリス・フェアリィハート(不思議の国の天司姫アリス・f01939)が囁くのは、とても優しい夢物語。
さらながら雪の女王の宮殿のように、冷たく輝く綺麗な世界で。
ひとひらの心の輝きが、暖かく揺れたのだ。
「どうなのでしょう。もう、むずかしいことはゆりゆりにはわかりません」
柔らかな声とともに笑う揺籠の君。
もうと。
心の解釈が、自分のものであっても難しいということを吐露しながら。
全てを捧げて手にした聖杯武装、その中でも青く澄んだ聖杯剣を掲げてみせる。
『ゆりゆりさん』
そう呼びかけても、微笑む表情は変えられない。
アリスにとって揺籠の君はあまりよく知る存在ではないのだから。
そして、例えアリスと揺籠の君がとても仲のいい、友達だったとしても。
全ての記憶と感情を捧げた揺籠の君には、もう何も思い出せない。
そうまでしてと。
貴女には、自分を犠牲にしてまで叶えたい願いがあったのだろうか。
オブリビオンを残滓と呼ぶ事は多々としてある。
だが、残滓も残滓。もはや面影と、ひとつの願いだけを楔として、揺籠の君は此処にいる。
柔らかくも艶然と微笑みながら。
幼くも清楚に、淫靡な毒をしたらせながら。
「それでも、これで骸の海をこなごなにしたいと、いまもゆりゆりは思うんです」
そこまでの決意に殉じた存在を止める言葉などあるだろうか。
地獄どころか、虚無の果てまで突き進もうとしている揺籠の君。
はて、どうして。
思い出せないけれど、憎いのです。
そう言葉で綴りながら、原動力である憎悪も忘れて微笑む。
悲しい姿に、アリスは呟いた。
『私にも会いたい人がいます……』
けれど、アリスもまたその中核を喪っている。
『でも……その人の事……覚えてはいません……』
胸の中に残っているのは、そのひとが大切だったということだけ。
微かに悲しみが薫るものの。
それがどうしてなのか、アリスもまた解らない。
『……夢にはよく見るのに、自分にとって……どんな方だったのか……』
親しいひと?
優しいひとか、厳しいひとか。
暖かいのかもしれないし、冷たいのかもしれない。
それでも、どうしてかその背を追いかけたいと思うから。
感情や心に残っていないというのなら、魂が泣き叫び続けているから。
『もし……会えるとしたら……』
ぎゅっうと掌を強く握りしめながら。
アリスはゆっくりと言葉を零した。
『猟兵でなければ、私も……ゆりゆりさんと、同じ事をしたかもしれません……』
対して揺籠の君は変わらず微笑むばかり。
「ええ。愚かさは、少女の特権です」
どんなに愚かな真似をしても美しい。
それが毒に塗れる事となったとしても、どうしてか心に響く。
そうして世界に仇成す事になっても、だ。
『私は……』
それは一途な願いだから。
どうしようもないほど、切ない鼓動だから。
手繰り寄せたくて。
これほどに残酷な世界の中で、それでも美しいものがあるのだと。
『世界の為に……泣きます』
それに満足したのか、聖杯剣を携える揺籠の君が瞼を閉じた。
喜んだのか。納得したのか。
それとも悲しんだのか。
たっぷりの静寂を経て、揺籠の
罪が響き渡る。
「……世界の為に泣くことが」
ようやくと開いた揺籠の君の双眸はとても澄んでいる。
罪にと誘うように、美しい。
そして、その声色もまた罪咎にと誘うもの。
「途切れず、誰かにあるならば、ゆりゆりは嬉しいのです」
故に躊躇いはないと踏み込むや否や、青い剣光を瞬かせる。
「なきなさい、聖杯剣よ。もう微笑むしかできない、私の代わりに」
世界の何処にいても届く聖断の刃が、アリスの元へと奔り抜ける。
翼で飛翔すると共に立体的に動き、的を絞らせないようにとしたアリスだが、それだけでは足りないと全身全霊が警告を響かせた。
命を繋ぐ為の第六感、物事の本質を見極める心眼。
さらに見切りの視力と気配察知、残像をもって的を絞らせない動き。
それらを総動員させながらも、最後の頼みであった結界を切り裂いて首元を撫でて過ぎる聖杯剣の切っ先。
「……っ」
命を奪うということに、リリスである揺籠の君は厭うことがない。
躊躇いない殺人の刃は、けれど殺気というものが薄い。いいや、リリスにとって殺すとは、食事なのだ。
どれほど優しげに、儚く見えてもその本質は変わる事がないと認識を定めるアリス。
そう何度も避けられるものではない。ならばとアリスは一気にと空から強襲を仕掛けた。
高速と立体飛翔。
重ねて纏うドレスによる視認の難しさ。
それでも、揺籠の眸はアリスを捉えていた。
「だめですよ。ゆりゆりは、とてもおなかがすいているのですから」
淫靡なる視線が命中したのはアリスの利き腕。
淫欲に満ちた思念を流し込まれた腕が半ばから一気に爆ぜる。
血肉が飛び散り、揺籠の頬にかかる血の滴。
「じゅんじょうなけつえきもおいしいです」
「っ……ぅっ」
耐えがたい痛み。だが、此処で怯んで引いては勝機はない。
太古の氷魔力で紡いだドレスに身を包み、氷雪の色となった長髪を靡かせて突き進むアリス。
髪で揺れるはスノードロップ。
希望を意味する色亡きは、主の願いと共に静かに咲くばかり。
『私、は……!』
たとえ、あなたを殺める事になっても。
泣き続け、戦い続け、求め続けるから。
『この先に、残酷に世界の向こうにいかせて貰います!』
傷だらけの腕に握るは嘗て姫騎士剣、ヴォーパルソード。
空色の光焔を纏いて輝く刃は、万象を灼いてあらゆる怪物を斃したとされる
夢物語の欠片。
同時にアリスが周囲に展開させたのはハートのアリス。変幻自在な空翔ぶジュエルのハートたち、虹や星々、花々の力を内に秘めて煌めく。
纏い、従え、そしてアリスを守る童話たちの力。
それらを盾がわりに聖杯剣の斬撃を凌ぎ、一気に揺籠の君へと迫るアリス。
切っ先はまだ届かずとも、そのヴォーパルソードに今宿るは、浄化と氷雪の魔法。
アリスは煌めく晶槍を無数に紬ぎ、ヴォーパルソードを振り下ろすと同時に放つ。
きらきらと。
美しく輝くは、涙の欠片のように。
凍てつかせる氷雪と晶槍が、生命の止まった水晶宮殿の上で放たれる。
揺籠の君といえども全ては捌けず、凍傷を身に受けて動きが鈍った瞬間、すれ違いざまに走る白銀の色彩。
此処に来てのアリスの最高速度。音を越える程の勢いを乗せたヴォーパルソードの刃が、かつて
怪物と恐れられた少女の身体を切り裂く。
流れる血は、地面にこぼれ落ちる前に凍てつくけれど。
赤い礫が幾つも、幾つもと音を立てて零れるけれど。
今、この場で泣くひとは誰もいない。
『私も…ずっと……』
空を斬った切っ先が美しく響く中で呟くアリス。
そう、ここで、いま、誰も泣かないけれど。
『……泣き続けていたのかも……』
美しく残酷な世界では、今も誰かが。
きっと泣き続けている。
止める術のない心の涙が、骸の海へと注がれ続けている。
大成功
🔵🔵🔵
夜刀神・鏡介
お前の思いにも、理はあるのだろう
だが、俺達は世界を滅ぼすものと、それと戦うもの
どこまで言っても相容れない以上、この期に及んで問答に意味があるとは……いや、それでも、だからこそか
背負うべきは、背負わねばならない
世界は残酷だ。至る所に悲劇が満ちている
俺達は……或いはお前たちオブリビオンも、世界によって傷付けられたモノかもしれない
だが、世界は残酷なだけじゃない。
残酷なのと同じだけ、或いはそれ以上に。優しさや、喜び。そういったものに満ちていると、俺は信じている
だから鳴かない。この先に何があろうとだ
静かに神刀を抜き、神気によって身体能力を強化
相手の先制攻撃による引き寄せを含めて一気に接近
長柄武器への対処法は、懐に入り込む事と相場が決まっている
勿論、刺突以外での攻撃もできようが。少なくとも突きよりは凌ぎやすい
そして、今回はこれが最大の利点。槍を突き刺せば毒に蝕まれる
裏を返せば、刺されない限りは毒を与えられる事はないという事だろう
一定の距離を保ちながら攻撃を捌き、一瞬の隙を作って無念無想の一閃を放つ
どれほどに風が流れようとも。
生命のぬくもりはなく、吐息ひとつ感じられない。
脈打つものは何もない、凍てついたかのような水晶宮殿。
確かに美しいとは思うけれど。
それはひとの触れられぬ、遠き幻想が故に。
言い換えれば、此処は
死の世界の入り口なのだ。
棲まう者が生きているか、死んでいるか。
それだけで有り様は全く異なるのだから。
生きる者と、死する者。
その心の内面が、どれほどに隔たれているのか。
「お前の思いにも、理はあるのだろう」
僅かに思いを馳せながらも、深く言葉を響かせるは夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)。
黒き双眸は穏やかながら揺るぐことなく。
歩みは何処までも譲らず、己が道を行くのだと真っ直ぐに。
ならば見つめる先にあるのは、ただひとりの
罪なる少女。
このままいけば橋の上で交わるだろうに思えるものなれど。
「だが」
違うのだと。
何処までいっても平行線。戦う他にないのだと、夜刀神は刀の柄を握り絞める。
「俺達は世界を滅ぼすものと、それと戦うもの」
「かつて、生命と死が、この星で争ったように」
何処まで解っているのか、揺籠の君は儚い花のように微笑む。
いいや、全て解っているのだろう。
この幼き心の姫君は、それでもと願ったのだから。
「どこまで言っても相容れない以上」
こつり、こつりと足音響かせて歩み寄る夜刀神。
決してぶれることのない、真っ直ぐな背筋。
清らかに澄んだ戦意と。
精神の紡ぐ剣気を漂わせて、揺籠の君を見据えた。
「この期に及んで問答に意味があるとは……いや、それでも、だからこそか」
「どちらかが残るだけなら、残る者は散った者の涙を知るべきだとゆりゆりは思います」
いいや、そうあって欲しいのか。
自らも殺めた命の涙を、その空白となった心に納めるというのなら。
ならばと夜刀神は深く息を吸い込む。
神前にて誓いを立てるように心を整えるのは、これから殺すしか道がない相手が故に。
どのような悪鬼羅刹であれ心残りがあるならば。
それさえ斬り棄てていけば残るは修羅が道。
「背負うべきは、背負わねばならない」
もはや、互いにとっては間合いに踏み込みながら。
美しい死の水晶の場で、言葉を交わす夜刀神と揺籠の君。
「世界は残酷だ。至る所に悲劇が満ちている」
この綺麗な橋の上から戻れるのは、どちらか片方だけ。
そんな容赦のない現実が刃のように幾つも世界には転がっている。
「俺達は……或いはお前たちオブリビオンも」
骸の海より滲み出たものとて、それが望みの上ではなかっただろう。
操られ、利用され、或いは歪められて狂わされて、過去の残滓としてそこにある。
「世界によって傷付けられたモノかもしれない」
「…………」
そういう意味では、まだわかり合える気がするけれど。
結局は夜刀神の最初の言葉に戻る。世界を滅ぼすものと、抗いて戦うもの。
「だが、世界は残酷なだけじゃない」
戦い、血を流すだけの理由があるのだ。
自分だけではなく、大切なひとも生きるこの世界の為に。
誰かが、まだ繋いでいきたい。
「残酷なのと同じだけ、或いはそれ以上に」
まだ終わらせるにはあまりにも惜しい、美しくも愛おしい世界たち。
それを揺籠の君は見てくれただろうか。
或いは、それさえも忘れてしまったのなら悲しいのだと。
「優しさや、喜び。そういったものに満ちていると、俺は信じている」
僅かに心に忍び寄った影を振り払うように、一息で思いを詠いあげる夜刀神。
「とても優しいひとですね、貴方は」
そう、舞い散る花びらのように微笑みながら。
世界を滅ぼす聖杯を手にした揺籠の君が、たんっと跳ねた。
それは橋の真ん中。もっとも戦いやすい場所へと移動したということ。
これ以上の問答は意味がないと、揺籠の君も同意したということ。
「そして、ゆりゆりは、ゆりゆりと違う意見と思いでも、そう在ってくれることを誇りのように思います」
これから滅ぼす世界だとしても。
殺す存在だとしても、美しく誇らしいものはそうなのだと。
純粋な眸で夜刀神を見つめる。
――ああ。
形は違えど、まるで刃に殉じて生きているような女だ――
何かに殉じて、喪うことも痛みも。
全てを越えて、願いにひた走る姿は何処か求道者めいていて。
その結果として世界を滅ぼすのも、また愚かな信念めいていて。
「だから――鳴かない」
斬らねばならぬ。
己が斬って棄て、止めねばならぬと夜刀神は悟るのだ。
「この先に何があろうとだ」
斯く墜ちた信念。誰彼、何を犠牲にしても果たす願い。
そんな者は認められぬと、己が手で道を斬り拓く者として斬ると定める。
こうなってはならぬのだ。
こうあっては、誰も救えぬのだ。
己自身も、大切な誰かも、美しい世界さえも。
故にと夜刀神が抱いた決意が如く、あまり静かに鞘より抜き放たれるは神刀【無仭】。
無謬たる刃は、真に斬るべきものを見つめたのだと夜刀神の双眸と同じく揺籠の君へと向けられる。
身と心の深奥より湧き上がる神気にて身体能力を高めながら。
「ふふ、ゆりゆりもこうふんしてきました」
癒える事のない猛毒を滴らせるリリスの槍を構える揺籠の君。
「…………」
そんな物の為に、どれほどに大切なものを代償として捨て去ったのか。
共闘は出来ずとも、全てを教えてくれればその骸の海への願いを汲めたかもしれずとも。
もはや、全ては遅い。
剣先が瞬く間のみが、ふたりの間に残された全て。
「こちらにきてくださいな。ゆりゆりがきざんで、つらぬいてあげましょう」
甘い囁きと共に伸ばされるのは、揺籠の君の神の左手。
万物を引き寄せれる力に抗う事は夜刀神でも出来ず、一気に引き寄せられ、『いんよくのたつまき』の発生させる無数の鎌鼬に身を切り刻まれる。
溢れる血は赤く、されど熱く。
痛みなどでは止まらないのだと、見えざる鎌鼬を神刀で斬り棄てて更に前へと踏み出す夜刀神。
いいや、引き寄せる力も利用して前進への勢いへと変え、一気に接近しようと橋の上を駆ける。
長柄武器への対処法は懐へと飛び込むこと。
おおよその武芸での教えであり、ましてや突けば毒で犯すという特性があるならば当然の対処だった。
もっともそれは自ら高速の刺突へと飛び込む勇気があれば、である。
「……っ!?」
たおやかな少女に見えた揺籠の君の放った高速の刺突は、音の壁を何枚も貫いている。
夜刀神といえど見切り、半身となって躱すのがぎりぎり。脇腹の布地が穂先に引っかかれ、破れている。
それでも越えたと思った瞬間、夜刀神の胸部にに強襲するは槍の石突き。
あまりの衝撃に夜刀神の息が詰まり、後方へとよろめきそうになるのを強引に前へと足を出す。
そこにあるのは、幼くも柔らかな微笑みを浮かべた揺籠の君。
「刀剣への対処法は、長柄を持つことです」
懐に飛び込む事が対処法ならば、それ前提で組まれるのが槍術というもの。
石突きで弾き返されるや否や、反転したリリスの槍を短く以て中段で放つ高速の刺突と払いに切り替える揺籠の君。
長柄における間合いは手の握りと指の滑りにて千変万化。短いと思った刺突は、次の瞬間には長く伸び、間合いを縮めようとすればぴたりと引き戻されて速度を重視した槍撃が飛ぶ。
揺籠の君の槍は連続で重ねられる上、少しでも気を抜けば『しなり』を得た柄が夜刀神の神刀を払い飛ばさんと跳ねる。
刺、払、打と斬に絡。それらが円錐を描きながら、夜刀神の動きを制する長さで振るわれるのだ。
それを成すのがあの揺籠の君の細くも長い、しなやかななる指。唇は愛を語り、指先は官能を奏でるとはよくぞいったもの……それが殺しの為の武術として使われている。
古流武術においては刀を持つ者を殺す為にまず杖術があり、それを経て槍術と成る。
「あれ。この技は、槍は、誰に教わったのでしょう。ゆりゆりは覚えていません」
覚えていなくとも、類を見ない使い手。
ならばこそ――それと相対して、未だ穂先にて肌に傷ひとつ受けていない夜刀神の武芸の冴えが際立つ。
「…………」
打は弾き、刺は逸らす。
払うならば間合いを詰め、斬とするなら真っ向より。
絡む長柄を避ければ、出来た隙を浅く一歩と踏み込む。
一方的な攻撃に晒されながら、されど夜刀神の精神に焦りも揺らぎもなし。
むしろ攻め懸かる揺籠の技、癖、呼吸を知りて見切り、より夜刀神の動きが研ぎ済まされるばかり。
もとより。
穂先にて刺されなければ、恐ろしきと毒を受ける事もないのだ。
元より穂先に意識を集め、一定の距離を保ちながら攻撃を捌き、刹那の隙にて勝負を賭けるのが夜刀神の読みであり戦術。
ならば何ら恐れることもない。
全てが思惑通りにはならずとも、現状は夜刀神が繰り出す刃が支配する裡。
万事が思い通りにならぬからと。
泣くのは子供。
ああ、その通り。夜刀神は何も鳴いたりはしない。
ただ刃で示すのみと、一瞬の動きを見切り得た夜刀神の切っ先が揺籠の君の穂先に切り上げる。
噛み合った刃金と刃金が澄んだ音色を響かせ、その確かなる威を見せた。
蒼穹を向く切っ先ふたつ。
されど、引き戻されるは夜刀神が手繰るもののみ。
「くっ」
「ここだ」
確かに隙を晒した揺籠の君。
鋭く踏み込む夜刀神に迷いはない。梃子の原理を用いての柄での強打で迎えうたれても半身を翻して避けるや否や、流麗なる斬撃を繰り出す。
薙ぎ払う剣閃はその上に花びらでも舞うかのように淀みなく、長柄の守りりを崩す。
されど続く斬り上げはまさに滝を登るかのような裂帛の刃。
血飛沫より早く続いた刺突は揺籠の肩を捉え、引き抜くと同時に夜刀神はその場で跳躍。
そして勢いを乗せて諸手で繰り出すは、鋼であろうと断つという激烈なる兜割りの一閃。
揺籠の君はリリスの槍、更には神の左手を重ねて刃を受けるが、押し切られて額より出血。
滲む血の熱さ、痛みに気づくのも暇があればこそ。
体制、構え、呼吸。全てが崩れた揺籠の君が繋ぐ技も動きもありはしない。
故に、そこに放たれるは夜刀神が練り上げられた剣気と神気。
専心を以て刀を振るったその先に続く刃――在るのは無想無念。
心が斬ると懐いた瞬間には、刃は振り切られている剣聖の領域だった。
神刀より放たれる無念無想の太刀。振るえば必殺と成る無形の剣が揺籠の君を捉え、鮮血の徒花を舞い散らせる。
「ああ」
自らを斬り棄てた刃の煌めきさえも。
その眸に映せずに、揺籠の君の身体が揺らめき、膝をつき、膨大な血を零す。
「それが鳴かない剣、なのですね。ゆりゆりは、凄いと、おもいました」
魂の通った剣。揺籠の君の、芯を喪った槍とは違う。
ならば介錯をと。
鳴いて、泣いて。美しい世界の残酷さを見た少女に。
「世界の滅びと、戦う剣だ」
故に鳴くことも、泣くこともなく。
戦い続け、抗い続け、まだなき道を求め続けるだけなのだと告げるように。
美しい刃紋が滅びの愛を詠う道を選んだ少女を映した。
相容れぬふたつの決別は、喜びと幸いを、優しさの何たるかを識る刃の風切り音。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
骸の海を壊したいという、其の願いを懐く事を咎めはせん
だが其の為に犠牲を強いるとあらば、見過ごす事なぞ出来はしない
生憎と世界の為であろうとも“ないて”やる事は出来ん
護る為に、もう此の眼を曇らせる訳には行かぬ
散らす黒符で視線を攪乱して刀振る腕と脚だけは残し、出血部位は焼き止める
此の身を動かすは我が意志のみ。残滓の介する余地なぞ無い
視線に氣の揺らぎ、得物の向きから攻撃方向と起点を戦闘知識にて測り
第六感に気配の変化を重ね先読み見切り、致命と行動阻害に至るものは躱す
苛む毒なぞ生きて帰る覚悟で捻じ伏せてくれる
嘗て総てを喪い、慟哭と憤激に眩んだ
しかし今、此の眼が映すは未来――剣怒重来、全力で以って斬り伏せる
凍結した死の情景めいた水晶たちの美しさ。
動きなく、息吹なく、揺れることも変わることもない。
冷たさがないだけで、永久凍土じみたその水晶宮殿の橋の上。
死の美しさを曇らせるは何とも馨しき紫煙。
まるで花のようにひらりと。
或いは、片割れを誘うようにゆらりと。
生きるものの吐息と共に、ふわりと空に昇って溶けていく。
解らぬということは、ないのだ。
不変を美しさと思うことも。
「骸の海を壊したいという」
あらゆるものを歪ませ、狂わせ。
ねじ曲げて、せせら笑うあの存在を砕かんとする思いを。
「其の願いを懐く事を咎めはせん」
決して、決して、咎めることも、否定することもありはしない。
けれどと。
鋭い光を宿す石榴を思わせる赤の隻眼が、その少女を見据える。
「だが其の為に犠牲を強いるとあらば」
生きる者が、思いを抱いて進むこの世界だからこそ。
其処より奪いて、進むというのならば話は違う。
鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は立ち塞がろう。立ち向かおう。
深緋の眸にて映ったのならば。
「見過ごす事なぞ出来はしない」
大切なるものが生きる、残酷であっても美しく、何より愛おしいこの世界が為に。
袖元翻すと共に、災禍断ち斬る為に在る一振り――秋水が怜悧なる白刃を鞘より滑り出させる。
一閃露を掃い。
未来へと変えるが為に。
震える事なき刀身、その刃金の澄み渡るはまさに鷲生の毅然として姿そのもの。
「生憎と世界の為であろうとも“ないて”やる事は出来ん」
朗々と響き渡る男の声に、幼い少女のように揺籠の君は小首を傾げてみせた。
「それは、ゆりゆりが
罪なるものだからですか?」
いいやとゆっくりと首を振るう秋水。
「――お前も、その憎き骸の海の一部。残滓だからだ」
あれは世界を壊すもの。奪うもの。
「私は護ると誓いを立てて、腕を握った……」
そう呟く鷲生は短くなった煙草を橋の上にと棄てて、踏み潰して火種を消す。
「護る為に、もう此の眼を曇らせる訳には行かぬ」
その為に、揺籠の君の切実なる願いも、希望も、踏みにじろうとも。
懐いたものは真実、尊くも大事なのだ。
愛が解るならば、或いは揺籠の君も鷲生の隻眼に何かを見る事が出来たとしても。
喪われたものは、もうないのだ。
揺籠の君の心は、魂は、感情はがらんどう。
「ならばこそ、疾くと征くぞ――自分が今も涙するも解らぬ愚かな娘相手に」
時は掛けぬと懐より放った黒符を散らす鷲生。
言葉の意味が分からず、戸惑うように、それでも願いを消されると悟った少女は、やはり微笑む。
「やはり、ゆりゆりは『しんぷる』に『さいきょう』を目指します」
それ以外の何もかもの表情を忘れたように。
最強という独りの存在を願う少女。
伴いて横並ぶ者は誰ぞもいないから最強。
孤独に進むという意味を、理解しているのか。
いいや、していまいと駆け抜ける鷲生を迎え撃つは淫靡なる眼差し。
視線の命中した鷲生の脇腹が爆ぜて血肉を散らすが、男の動きは一切鈍らない。
「……いたくないのですか?」
「痛いとも。だが、だから何だ?」
散布した黒符はあくまで視線の攪乱誘導。走って近寄る為の足、刀を振るう為の手。それを護って温存する為に、他の箇所へと向けさせたのだ。
「お前は、痛いからと“なく”を止めるか?」
「いいえ。なるほど。ゆりゆりは賢くなりました」
誠に痛ましいのは、全てを捧げたが故のその幼さと無垢さかる
だが、鷲生の身を動かすは我が意思のみ。
残滓が何をしようと、穢れた想念を注ごうと、介入する余地などない。
爆ぜた傷口を火を灯した符で灼き、出血を止めながら更に肉薄していく鷲生。
――槍の腕は、恐ろしく確かか。
師は誰ぞと問いかけたくなる程に美しい構え。
流れる水の如く長柄に指を這わせ、間合いを幻惑するは玲瓏たる月の如く。
だが、此は全てを棄てた残滓なのだ。
視線に氣の揺らぎ。実と虚を織り交ぜて見せる呼吸と仕草。
そして長柄という得物の向きより読むは攻撃方向と起点。
それらを今まで駆け抜けた戦場の知識と経験に則り、読みて捌き、動く姿は峻烈そのもの。
第六感も加えて踏み込んだ鷲生へと放たれたリリスの槍。
それは脇腹を捉え、貫通するものの、鷲生本人の動きは止まらない。
いや、臓腑さえ捉えられず、ただ穿ちて毒を与えただけ。
「お前如きに、時は掛けん」
致命と行動不能以外ならば受けてくれよう。
宇宙が果てるまで傷口を苛む毒など、生きて帰る覚悟でねじ伏せてくれるのみ。
嘗て総てを喪い、慟哭と憤激に眩んだ。全てが憎い、
己が憎い。捨て去ってやり直せるならばと紫煙と甘い毒に耽った。
故に、揺籠の君の思いに触れる事は出来るとしても。
慟哭をあげ、憤激に浸っていたあの頃ならば、世界を滅ぼす思いとて解るかもしれずとも。
――長く触れ、映したくなぞない。
揺籠の君の様はかつてを思い出すようで。
今を引きずる影の沼のようだから。
「お前に掛ける時間は、この一瞬だ」
しかし今、此の眼が映すは未来。
輝かしさに目が眩むこともなければ、心魂が変わるほどの幸がある訳でもない。
だが、その未来が。帰路の先にあるぬくもりが、何より愛しく尊いのだから。
ゆったりと包まれる、幸いなる時こそが鷲生の求めるもの。
己を日輪と笑う、月輪と共にあれることこそ、世界の形。
それを壊すならば、嗚呼、如何なるものとて。
「――剣怒重来、全力で以って斬り伏せる」
負傷に応じて湧き上がる鷲生の氣。
受けた傷、技、異能。全てを糧として、剣撃の重さとしてくれよう。
全身全霊を以て、断つのだと奔るは清冽なる剣閃。
すれ違いざまのそれは、確かに揺籠の君の芯を斬り棄てた。
ならば。
この橋はきっと先へと続いていよう。
鷲生の帰るべき場所へと。
凍てついた
死から、暖かき
命の家へと。
「…………」
もはや言葉もなく。
鷲生は切っ先に宿った血糊を振り払った。
そのような赤は、持ち帰らぬと云うかのように。
幸せを識る深緋の隻眼が、ゆっくりと閉じた。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
揺籠の君
悪いが俺は鳴かない
アンタの代わりは、務まらない
“全てを捧げて”
“全ての世界の為に”
なんて大それた事、この身にゃ余るんだ
…いつかその願いの真実を知りゃ、哭く時が来るかもしれないが、な
今の俺に出来る事はせいぜい――嗚呼、そうだな
せめて、その想いの丈を
心に刻んで行くぐらいは、約束しよう
御免な
アンタの心を、否定はしない
が、その手段は受け入れられない
(言の葉をぶつけきったなら
後は刃をぶつけ合うだけ
真向勝負は柄じゃないが、せめて今は、最後まで
正面から向き合い続けよう)
全ての武装を捌くのは難しい
なら最も致命的――反撃封ずるあの剣だけは躱すよう注視し見切り、此方も剣で受け流す
毒にゃ慣れた身
寧ろこの身の鬼や呪にとっちゃその苦すら一種の餌
故に此方は残像で眩ましつつ、多少食らえど毒や激痛への耐性で凌ぐ
手は、引き寄せられるなら反って狙いを定め易い
剣と槍の間隙縫い、引き寄せられる勢いも乗せUC使い一太刀
…もう泣かなくていい
後は俺達で、引き受ける
例え何が待とうとも、何度でも立ち向かおう――今の、アンタの様に
彼が見るに、此処は清すぎる。
生きるという事を綺麗ではないとは云わない。
だが情念渦巻き、未練と名残が糸を引くが現というもの。
ならばこそ、静けさと美しさに満ちたこの水晶宮殿は、あまりにも清すぎる。
魚も棲めぬ。死ばかりがきらりと光を輝かせる。
こんな場所に棲み、心酔する者はいるまい。
呪われても此処に逃げ込むのはご免だと、静かで綺麗な死の景色と風が物語っている。
そんな中で。
橋の真ん中でぽつんとひたり立つ少女がひとり。
幼くも楚々した美貌に、なんとも無垢な微笑みを浮かべた存在が。
――ああ
心があるのにこんなに純粋に、産まれて生きて来れる者はいないのだと。
呪いを、呪詛を。生きるものが生み出すそれをよく識るが故に、呉羽・伊織(翳・f03578)はへらりと笑った。
――なんとも、憐れだねェ
ならば声を、名を呼ばねば。
きっと死んでも死んでも、死にきっても浮かばれまい。
「揺籠の君」
或いは骸の海になど還らず、消え去りたいのか。
けれど無為に露と消えるのは嫌だと、記憶に残るように鳴いて欲しいのか。
そこまでを解りながらも、伊織は鴉の濡れ羽の如き黒髪を押さえながら、するりと語る。
「悪いが俺は鳴かない」
まるで男女の逢瀬の如く、橋の真ん中で向き合いながら。
思いを識る筈の伊織が、それでもと赤い眸を空へと向けた。
いいや、揺籠の君の心が解るからこそなのか。
「アンタの代わりは、務まらない」
ふらり、へらりと。
軽やかな調子で横に歩きながら、驚いた顔を浮かべる揺籠の君を見遣る伊織。
「声と言っていることが違いますね」
「そりゃ、な。……でも本当だ」
そういって赤い眸をゆっくりと細めていく伊織。
「揺籠の君。お前のいう『鳴いて』とは」
ゆっくりと、その意味の重さを量るように伊織は片手を掲げて。
その掌を広げてみせる。
「“全てを捧げて”」
とても重たいのだと、細やかな指が震える動きを見せて。
けれど。
「“全ての世界の為に”」
それはとても大切な思いなのだと。
大事なのだろうと、必死で重たい何かを掴み、支える伊織の指の動き。
袖より覗く腕が震えても、決して取り落とさない。
そこにある、ただ眼で見えない『想い』というのを確かに受け取ったかのように、示してみせるのだ。
幼い思考の揺籠の君では、そうして演じてみせなければ伝わらないのだろうからと。
伊織は僅かな憂いを、双眸に忍ばせて。
「なんて大それた事、この身にゃ余るんだ」
出来はしない。
近くにいる二、三人。或いは、もうちょっと。
それぐらいで伊織のこの腕はいっぱいいっぱい。
まるで聖人君子、或いは、聖女のように『全ての世界の為に』だなんて、出来る筈がないのだから。
その為に自分の全てを棄てるように捧げた揺籠の君へと向き直り、真剣な顔で伊織は語る。
「……いつか」
そう、いつか。
物語がとても残酷で美しいものを奏でた時。
「いつかその願いの真実を知りゃ、哭く時が来るかもしれないが、な」
その時は寂しい秋の空に哭くように、擦り切れた想いで泣くのだろう。
避けられない運命かもしれないし。
もしかしたら、ほんの少し先の出来事かもしれない。
だとしても今ではないのだと伊織は真っ直ぐに揺籠の君を見つめる。
「今の俺に出来る事はせいぜい――嗚呼、そうだな」
ぽんと軽やかな動きで、揺籠の君の重荷とならないように。
決して責めている訳ではないと。
或いは骸の海を魂の底から呪って、墜ちてしまった少女へと伊織は柔らかな言葉を向けるのだ。
「せめて、その想いの丈を」
花に印するよう。
香として傍におくよう。
決して話さない、ひとひらとして。
「心に刻んで行くぐらいは、約束しよう」
それだけは出来る事だからと伊織が言葉を向ければ、少しだけ困ったように。
それでも微笑むしか出来ない揺籠の君は、くすりと空を見た。
「とても不思議なひとですね。え、と……」
「伊織、さ」
「いおりさん。あなたはとても不思議で、優しく、でもこれから殺し合うひとなのですね」
揺籠の君の双眸が見つめるのは、伊織が差した刀たち。
それが自分を殺める為に使われようと、持ってきたのだと。
それだけははっきりと分かり、揺籠の君は変わらず花びらのように微笑む。
「綺麗なひとは好きです。優しい人は好きです。両方の人は、もっともっと好きです」
そう無垢な声色で告げる揺籠の君に、伊織は感情の色をそぎ落とした美貌を見せる。
今まで見せてきたものではない。
刃のように冷ややかなで冷たくて。
柔らかな同情や、思いやりをそぎ落とした真心だけのもの。
これが伊織という存在なのだと。
「ご免な」
そう言って抜き放つのは黒刀たる烏羽。
冷ややかな黒は伊織の色合いに似て、けれど纏う怨嗟と暗翳は尋常ではない。
深い影のように光も音もなく、ただ死を届ける黒い翼のよう。
「アンタの心を、否定はしない」
そういって鳥羽を構えてみせれば、揺籠の君もまた静かにリリスの槍をもって応じる。
そうして。
伊織は今の今まで秘めた言の葉の刃を。
好きといった揺籠の君に突き刺すのだ。
「が、その手段は受け入れられない」
「そうですか。でも、大丈夫です。……わかり合えないと解っているから、ゆりゆりは『しんぷる』に『さいきょう』を目指すのですから」
だから変わらない。
泣いてくれても、鳴かなくても。
かわりに貴方は心の、想いの丈を以ていってくれるならば、消え去ったとしても構わない。
名残も未練も消えれば。
「骸の海には戻らずにすむでしょう? それに、名前を呼んでくれて」
祝うように。
嬉しがるように。
もしかしたら、伊織にとっては呪いとなるような優しく甘い声で。
「ゆりゆりはうれしかったですよ」
ああ、そうやって想いをぶつけ合ったのなら。
充分に違いの心から血を流したのならば、後は向き合うだけ。
本当の刃をぶつけ合い、命と存在を奪い合うだけ。
(真向勝負は柄じゃないが、せめて今は、最後まで)
幼く、無垢で。
自分がどうしてそこまでしたのかを忘れた少女の為に。
(正面から向き合い続けよう)
己を贄とした世界を滅ぼす愛という呪詛。
形に成さず、憐れ泡と消す為に。
――男の呪刃が聲を響かせ、少女の毒槍が嗤う。
三つの聖杯武装による猛攻は花嵐の如く。
想う未練の一筋を伊織に断ち切られたのだから、弾むようにと勢いを増して責める揺籠の君。
うれしかったのだと。
そう笑った以上、それ以上の殺意は乗せられない。
だから全ては早く、美しく、けれど軽やかる剣戟として乱れ裂く。
それでも、伊織を以てしても全ての武装を捌くのは困難そのもの。
かすり傷でも効果を現すという反則じみた技。呪いか、祝福か、その識別の出来ない清すぎる
聖杯の刃。
なら最も致命的なひとつに狙いを絞る。
つまりは――反撃を封ずる聖杯剣。
青い剣先だけは躱すよう注視し見切り、それでもと迫るならば伊織もまた鳥羽の鎬で受け流す。
響き渡る刃金のなんと美しいことか。
いっそ呪うように叫んでくれればと想いながら、くるりと半身を逸らす伊織。
寸前までいた場所を貫いたのはリリスの槍。宇宙が終わるまで癒えぬ傷を与えるという呪毒が滴っている。
ああ、だが。
毒というのならば慣れた身。
「それが毒というなら、猛毒も致死毒も代わりはしないさ。彼岸花の赤いも白いも喰らえば同じ」
寧ろ伊織が身に巣くう呪いや鬼は、その苦を餌として嬉々として喰らうばかり。
もっと欲しい。もっと受けろ。身に注がれろと。
心中の奥で騒ぎ立てる幽鬼に応じるように、穂先に腕を貫かせ、聖杯剣を弾き返す。
それでも常に真っ正面から。
伊織の心が揺籠の君の貌に、眸に、想いから逸らさぬように。
参ったねと薄く笑う。
こんなのものを知り合いから見られれば、少女に惚れたかと騒がれそう。
だが、まあ浮世はそんなもの。
軽々しく騒ぎ、酒と酔いと夢の裡に咲くものよ。
ならばと黒い残像を散らして攪乱しながら、リリスの槍の毒は呪詛と耐性で凌ぎ切る。
いいや、意識はどうあれ肉体は長くは持たないと伊織は自覚しつつも。
それでも真っ向より。
これが花舞台。揺籠の君の最後の幕なのだから、恥じぬようにと剣に舞う。
――男が呪刃が聲を囁き、少女が指で糸のように呪槍手繰る。
だが、それもこれまで。
最初から伊織が狙っていた神の左手による引き寄せに乗じて、その勢いに乗って一気に踏み込む。
狙うは剣と槍の隙間。縫うようなその狭い場所に入る為に、槍の穂先に爪で引っかかれるように傷をつけられど。
これが最後の痛みで毒だと。
全身の力と、想いと、呪いを切っ先に込める。
放たれる斬撃はまるで漆黒の闇。全てを飲み込むような黒々とした色が、斬撃となって揺籠の君を切り裂いた。
そうして零れる血を。
崩れ落ちて儚む少女へと。
手遅れな存在へと、それでもと伊織は声をかけるのた。
「……もう泣かなくていい」
どれほど泣いたのか、もう忘れた少女に。
自分さえ骸の海への呪いとして捧げた
罪なる少女に。
それでも、その想いばかりはきっと切なく、尊かったのだろうと。
「後は俺達で、引き受ける」
それほどの想いであれば引き受けよう。
決して鳴いてやることはできず。
たったひとりで全てをなんて出来ないけれど。
揺籠の君の最期を看取った全員で。
その裡のひとりだけとなっても必ずやと。
「例え何が待とうとも、何度でも立ち向かおう――今の、アンタの様に」
鴉の濡れ羽のような美しい黒い髪に紅月のような眸の男が、此処に誓う。
呪いも鬼も恐れはしない。
憎悪と悪意が渦巻き、沸騰するような場に出たとしても。
たった独りで踊って泣き続けた揺籠の君のように、骸の海へと立ち向かおう。
もう犠牲など出さない為にと、するりと泳ぐ刃が囁いた。
きっと、手を重ねて結ぶには遅すぎたから。
大成功
🔵🔵🔵
暗都・魎夜
鳴かない
【心情】
リリスの女王の名にふさわしい快楽主義者ってのが揺り籠の君に対する印象だったが
少なくとも蘇った彼女には当てはまらないらしい
「そんな哀しい顔してちゃ美人が台無しだぜ、お姫様」
【揺り籠の君へ】
ガキの頃は泣きながら戦っていた
ただその中で俺の涙では誰も救えないって感じた
俺も泣きたい気持ちはあるけど、理不尽な力で涙を流す人を減らすために戦っている
ゴーストもオブリビオンも、涙の重みに差はねえ
だから、ゆりゆりの祈りも持って行く
ゆりゆりも泣かなくていい世界を作るためにな
【戦闘】
「(誰何の言葉に)俺は生きたいと願う魂を守るために戦う、通りすがりの能力者さ。覚えておきな!」
「見切り」「武器受け」で聖杯武器を凌ぎ、引き寄せには「カウンター」で迂闊な引き寄せが出来ないよう牽制で対応
UC発動したら戦いが終わるまで「フェイント」「斬撃波」
「聞こえるか?これが生命の歌だ」
「せめて最後は笑ってくれ。ゆりゆりにゃ笑顔の方が似合うだろ」
まあ、俺
女の子の涙には弱いんだよ
叶うことなら揺り籠の君の墓標を密かに立てる
どうしてだろうか。
その貌は幼くも無垢に見えた。
罪なる少女であるというのに。
その微笑みは花びらのように柔らかく、楚々とした佇まいなのは。
裡に渦巻くものはきっと変わらない。
だが、聖杯に触れる為に全てを捧げた時に。
記憶も感情も、心も魂さえも棄てた揺籠の君は、どうしても儚く幼げに見えるのだ。
今に佇み、浮かべるモノ以外、何も知らないというように。
粉々にしたいという骸の海への切なる願いも、それが悲憤だったのか憎悪だったのか、もはや揺籠の君自身にも解らずに。
冷たい風を受けて、柔らかに微笑む揺籠の君。
その姿が微かに寂しげに思えたから。
「そんな哀しい顔してちゃ美人が台無しだぜ、お姫様」
暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・f35256)は声を投げかけた。
優しい声色だったのか。
それとも咎める声色だったのか。
暗都自体、解らない。彼の青春時代、揺籠の君と戦っていた時に聞き及んでいた印象が鮮烈過ぎるから。
リリスの女王に相応しい自由奔放さと快楽主義こそが揺籠の君だった。
殺戮を何とも思わない残酷さを、子供のような声で転がし続ける。
だが、ふと思い返せば。
あの時から、何かを思えば一途だったような気もする。
結局の所は解らない。今、蘇って微笑む揺籠の君は、過去という自分を喪っているのだから。
がらんどうの心のままに、微笑むのだから。
「おや」
長い髪を手で押さえて、驚いたように揺籠の君は問い返した。
「ゆりゆりは、お姫様だったのですか?」
それならば跪いて欲しいですねと小首を傾げる姿はやはり楚々とした少女のようで。
どうして、こんな事をしているのかまるで解らない。
いいや、どうして戦っていたのか。
暗都もあの『死と隣り合わせの青春』を思えば、確かなモノはないのかもしれない。
「ガキの頃はさ」
銀の雨が降りしきるあの時分。
どうすれば良いか解らずとも、世界と日常の為にと戦い続けた懐かしくも痛みを覚える記憶たち。
「泣きながら戦っていた」
「…………」
その相手のひとつが目の前の揺籠の君だというのに。
青春と戦いが過ぎた後で、ようやく戦っていた相手と言葉を交わせる。
こんな風に他の存在とももしも話す事が出来たのなら。
もう少しだけ幸せな今を増やし、喪う事を減らした今があるのだろうか。
「ただその中で俺の涙では誰も救えないって感じた」
いいや、今もなお。
暗都は戦い続けている。
涙でひとは救えない。だから心と想いをぎゅっ、と握り絞めて。
何も手放さないようにと足掻き続けているのだ。
これは暗都が大人となった今でも変わらないこと。
「俺も泣きたい気持ちはあるけど、理不尽な力で涙を流す人を減らすために戦っている」
だからこそ、理不尽な力で命を奪い続けようとしている揺籠の君を。
全てを喪っても願い続ける少女を、認めることなど出来ないなのだ。
ただ、だからこそ。
過つ行いを認められないとしても、その心だけは汲んでいきたい。
ひとひらだけでも、握り絞めて。
涙では救えない世界の先へと、持っていきたいと暗都は想うのだ。
「ゴーストもオブリビオンも、涙の重みに差はねえ」
心が零すものなんてそんなの。
誰であれ、何であれ、その尊さは変わらない。
美しさも、悲しさも、寂しさも。
「だから、ゆりゆりの祈りも持って行く」
なにひとつ変わる事なく、未来へと持っていくのだと暗都は約束するのだ。
あの骸の海が憎かったのだろうか。
それとも認めれない絶望が横たわっていたのだろうか。
真実は今は見えずとも、いずれ暗都も解るだろうから。
「ゆりゆりも泣かなくていい世界を作るためにな」
そう、何時かそんな理想の世界を咲かせよう。
誰も泣かず、鳴かずにすむ、美しくて優しい世界の為に。
夢物語と言われたとしても、その為に戦い続けるのだ。
かつて、『死と隣り合わせの青春』でそうしてきたように。
また続けていくだけ。
だから鳴かない。
時分が鳴いていたら、きっと他のひとの涙も誘うから。
「そんな風にゆりゆりに約束する、あなたは誰ですか?」
柔らかく、柔らかく。
涙さえも忘れた揺籠の君が腕を差し伸べ暗都に問う。
この無垢さこそが罪を呼ぶのかもしれない。
幼さ自体が罪なのかもしれない。
結局、戦うしかない存在へと、真っ直ぐに心を込めて――暗都は笑った。
「俺は生きたいと願う魂を守るために戦う、通りすがりの能力者さ。覚えておきな!」
名ではなく姿と生き様を。
死する者であるリリスの女王に刻む、暗都の笑顔。
思わずくすりと揺籠の君も釣られて笑い、リリスの槍をするりで薙ぎ払う。
暗都も手には炎を模した魔剣たる滅びの業火を構えた。
幾つもの戦いを経たその刀身に宿るは希望か破滅か。
答えは、この戦いを以て示すだろう。
故に皮切りは、揺籠の君の囁きだった。
「なら、名をしらないひと。――あなたのゆりゆりに命をください」
揺籠の君が神の左手を一振り。
それだけで暗都の身体が強引に引き寄せられ、『いんよくのたつまき』が起こす鎌鼬の刃で身を刻まれる。
だが揺籠の君が自らの傍へと引き寄せるというのならばと、痛みも恐れもなく暗都が踏み込み、鋭利なる剣を一閃させる。
するりと断ち斬られる風刃。
そして、弾き返される刃金の音色。
揺籠の君の振るったリリスの槍が回転動力炉で力を増した筈の振鎧刀をはじき返し、更に鋭くと刺突を返す。
流れる穂先を見切り、滅びの業火の鍔元で受けて逸らす暗都。
かすり傷でも受ければそれだけで敗北に近づく聖杯武装。その力の恐ろしさを肌で感じながらも、怯むことなく果敢に切り込むのだ。
そうして暗都が発動させるのは疑似式における生命賛歌。
『起動せよ、詠唱兵器! 鳴り響け、生命の歌!』
多くが詠うからこそ意味のあるものを、強引にひとりの命で起動させ、生溢れるほどま生命力を纏って真の姿へと変じる暗都。
「聞こえるか?」
問いかけと共に放つは裂帛の斬撃。
揺籠の身ではなく、心に届けといわんばかりの想いの一太刀。
故に斬撃の軌跡もまた燃え盛る炎のよう。
「これが生命の歌だ」
虚実を織り交ぜるフェイント。
更には刀身より放たれる衝撃波。
生命の光を帯びたそれに、揺籠の君の肉体が切り裂かれる。
流れ出る赤い血も、また命の証ではある筈だけれども。
「なんとも。ゆりゆりの苦手な音と歌です」
それはその筈。
これと戦い、苦しめられたのだから。
もしも生命の祝福を受ける存在として生まれ変われていたのなら、きっと笑顔になれたかもしれないのに。
揺籠の君はとても困ったように笑い、生命賛歌の響きを断たんと槍を繰り出す。
それは何処か、たった独り。
何もかもを棄てて、戦う孤独な少女じみていて。
「せめて最後は笑ってくれ」
最初から浮かべていた、あの柔らかな微笑みではない。
あれは心の残骸が浮かべた、それしかないものだから。
今もまともに感情が残っていないのかもしれないけれど、泣くようにひたむきになるのではなくて。
「ゆりゆりにゃ笑顔の方が似合うだろ」
自由に、楽しく、自らの道を歩む。
そんな姿こそが揺籠の君には似合うから。素敵だから。
敵だとしても、その姿を見つめて送りたいのだと暗都が口にすれば。
「それを決めるのも、ゆりゆりですよ? あなたは、ひとの指示に従うゆりゆりを見たいのですか?」
ふふんっと鼻で笑う揺籠の君。
でも、それは少しだけ寂しさや切なさの取れた貌だった。
まあと、暗都は思う。
――俺、女の子の涙に弱いんだよ。
一生かけても、克服も勝つこともできない気がする。
そうしてはいけない気がするし、その弱さが大事な気がしている。
だから結果として強く攻め込めず、時間を稼ぐようにフェイントを重ねるばかりの暗都は決定打を放てない。
その間だけ。
存在をかけて、隣り合わせにいる時だけ。
揺籠の君の笑顔は見えたから。
どれほどの猛攻に晒されても、仕方ない。
今、揺籠の君の心が生きているならば本望だろう。
だって、生きたいと願う全ての魂を守る為に戦うのが暗都なのだから。
――叶うなら、全てが終わったあと。
秘やかに揺籠の君の墓標を立てよう――
壊したいほどに憎んだ骸の海に還すことなく。
この世界で安らかに眠って、笑ってくれと願ように。
そっと祈りを込めて、暗都は切っ先で揺籠の君の身と魂へと導くように刻む。
あの青春の戦いの中で、叶えることのできなかったエピローグを此処に結ぶために。
大成功
🔵🔵🔵
御門・儚
神主(f35378)と参加
なんだろうね。あの時も思ったけど、ライオンに肉を食うなって言っても無駄な事なのと同じなんだよね。ライオンはそれが普通の事で、悪い事なんて思わないんだもん。
神主、住む世界が違うってホントやり切れないよね。そう思わない?
揺籃の君。君と俺達にもっと余裕があったなら違う道もあったんだろうね。
君の願い、叶えられないまでも知りたいなって思うよ。
言葉が足りないならいつもの方法で伝え会おうか。元能力者と元ゴーストらしく刃を交えて。
神主と連携をとって、窮地での閃きと第六感、瞬間思考力と戦闘知識を使って揺籃の君に立ち向かうよ。彼女の攻撃とUC(特に聖杯剣)は幸運と見切りで凌ぎたいところ。
リリスの槍は毒耐性で凌ぐつもり。
軽業と早業とフェイントで揺籃の君の背後を付いて楼籠景射・絶を叩き込むよ。
聖杯戦争の時、君は誰に何を伝えたかったんだろう
骸の海で伝えたい人にもあえなかったのかな?
布施・命
【儚(f35472)が居れば共闘】いくぞ儚、大一番だ!気合を入れろ!
揺籠よ、わしはお前ではないから代わりには鳴けない。
しかし、聖杯に全てを捧げてなお消えない想い、言葉、祈り。
それを残す事が出来ないのはあんまりだ。あんまりだろう。
この戦の昂りに乗せて、ありったけを聞かせてくれ。わしらが聞き届ける。
能力者として戦った時は倒すのに必死だったのが、今はなんともはや。
嗚呼、あの時、最期にお前が願ったそれはまさか……
●対先制
詠唱定規を構え、相手の攻撃の軌道を命中直前まで集中力で見極め続けてから、空間に身体を滑り込ませつつ受け流しで逸らす。そのまま相手に向かって突進しつつユーベルコードを使用し飛翔。一気に距離を詰める。
●その後の戦闘
相手の攻撃は一撃でもまともに喰らえば終わり。
縦横無尽に飛び続けろ!決して止まるな、わし!
霊符と式鬼でかく乱し、危うい攻撃は受け流し、瞳の力は破魔で打ち破れ!
そして全速力を乗せた詠唱定規の一撃を何度でも打ち込み、あるいは奴の武器と打ち合う度に、揺籠、お前の思う侭を聞かせろ!
それは生命を啄んで存在するものだからこそ。
死に命を蝕むなというほうが無理なのだ。
どれほどに遠くに消えてもと死神に願っても、定められただけしか命は存在できない。
光と影のように表裏一体。
或いは、お互いを喰らい合う事で存在できる双頭の蛇。
「なんだろうね」
物憂うように緑色の眸を細めるは御門・儚(銀雪の梟(もりのふくろうちゃん)・f35472)。
瞳に浮かぶ感情をしっかりとは読み取れない。
だから、その胸の裡を知るにはただ続く言葉を聞くしかないのだ。
「あの時も思ったけど、ライオンに肉を食うなって言っても無駄な事なのと同じなんだよね」
リリスというものはそういうもの。
生命を奪う事が食事や呼吸と同じなのだから、そこに罪の意識を抱けというほうが難しい。
それは独り、寂しく。
それでも花のように微笑んで橋の上に佇む揺籠の君とても同じこと。
「ライオンはそれが普通の事で、悪い事なんて思わないんだもん」
続く御門の言葉の先にあるのは揺り籠の君。
幼くも純粋に微笑む姿がある。
けれど、それは今もこの世界の全ての生命を奪おうとしているのだから。
何も罪悪感など覚えない。
或いは、それさえあれば手を取り合うことさえ出来るかもしれないけれど。
生命と死。それはこれほどに分かたれるものなのかと、御門は溜息を零した。
「神主、住む世界が違うってホントやり切れないよね……そう思わない?」
「ああ、だが」
神主と呼ばれた男、布施・命(銀誓館の元符術士・f35378)はゆっくりと、己がペースで橋の上を進む。
進みきれば、戦うしかないとしても。
「感傷に浸るのは、今ではないのだろう」
そういって揺るがぬ足取りで布施は揺籠の君へと近づいていく。
目の前にその存在がいるのに。
自らの心中のみで問いかけ、悩み、憂うなど。
もはや遅いのだ。
だから代わりに、決別のように布施は言葉を響かせる。
「揺籠よ、わしはお前ではないから代わりには鳴けない」
「……そうですか」
柔らかく微笑む揺籠の君は、それで気分を害したようには見えない。
傷ついたとも、悲しんだとも。
少なくとも表面上は。
「しかし」
だが、記憶と思いを、心を捧げても全ては消えなかった。
そんな揺籠の君の魂のようなものへと、布施はゆっくりと語りかける。
「聖杯に全てを捧げてなお消えない想い、言葉、祈り」
聖杯に全てを託したというのなら、今、こうして話すことが出来る筈がない。
揺籠の君の名を冠し、自らをそう呼ぶ少女がいる筈はないのだから。
消え去れぬ思い。その尊さ。
斜陽の向こうに消えゆく儚くも綺麗な色合いのようなものを掴むように、布施は言葉にした。
「それを残す事が出来ないのはあんまりだ。あんまりだろう」
揺籠の君の裡に残った魂。
その残骸のひとかけらさえ、奇跡といえるだろう。
全ての命が抱く思いと同様に。
だからこそと布施は腕を大きく広げて告げるのだ。
「この戦の昂りに乗せて、ありったけを聞かせてくれ。わしらが聞き届ける」
かつて自由に、自らの楽しみの為だけに歩き続けた存在ではなく。
骸の海を壊したいと、何より大事な自分を捧げた少女の残光を消したくはないのだと、布施は言い切るのだ。
「…………」
返ってくるのは戸惑いに塗れた沈黙。
何かを言いたい。でも、それが見つからない。
幼げな微笑みは困惑に揺れ、双眸は青すぎる空を見つめた。
ならばと傍らに立つ御門もまた、言葉を形作る。
「揺籃の君。君と俺達にもっと余裕があったなら違う道もあったんだろうね」
欲望のみに従い、己だけを信じた揺籠の君。
それがもしも、少しだけでも違っていたいたのなら。
生きるひとと道を交えていたのなら、今は異なる道を進んでいたのかもしれない。
けれどそれはもしも。
何処までいってもイフでしかないのだ。
「君の願い、叶えられないまでも知りたいなって思うよ」
だからこそ、今でも遅すぎる事のない願いをと御門は口にする。
心と願い。祈りと涙。鳴き続ける代わりにそれを持っていくのだと。
此処から帰ることができるのは、どちらか片方だけだとしても。
「……それを、ゆりゆりも望んだ筈なのに。どうして、でしょう。うまく、言葉に出来ません」
ぎゆっと、縋るようにリリスの槍を握り絞める揺籠の君。
言葉も語彙も幼いのだ。感情は殆ど空白で、絶叫さえ響かせられない。
ああ、それならばと。
虚ろなる死を相手にした、あの青春のように。
「言葉が足りないならいつもの方法で伝え会おうか」
何時も、『隣り合わせ』だったあの青春の時のように。
それぐらいしか、互いに心を響かせ合う方法なんてないだろうと。
「元能力者と元ゴーストらしく刃を交えて」
「……ええ」
ぎゅっと握られたリリスの槍は、言葉と共に強く振るわれ。
「ええ、そうしましょう。それぐらいしか、ゆりゆりには残っていません」
迷いを振り切ったように、淡い赤の双眸を御門と布施に向けるのだ。
ああ、ならば。ならば。
此処に舞台は整い、あとは舞いて興じるのみ。
「いくぞ儚、大一番だ! 気合を入れろ!」
叫ぶと同時に布施は懐の詠唱兵器に手を伸ばす。
戦うべき、そして、斃すべき少女を前にして、僅かな思いを燻らせて。
能力者として戦った時は倒すのにあまりにも必死だったのが、今はなんともはや。
言葉を向けられ、思いを惑い、不確かな道をそれでもと進もうとする――まさに幼い少女。
嗚呼と。
まさか、あの時、最期に|揺籠の君|《おまえ》が願ったそれはまさか……。
そんな思いを振り切り、剣のような形を持つ長定規を手にする布施。
銘をセンヒキ様・猟。刀身に赤黒い退魔文字の点滅する漆黒の鋼鉄。これを以て、揺籠の君を倒す、いいや屠るのだと心に決めて。
隣に立つ御門もまた、鉤爪のついた真っ黒な手甲、野衾を装着して勝負に備える。
そう、まずは揺籠の君の先制。
昔は魅了する力にまず抗う必要があったように、今は条理を無視した
罪深き刃。
「こちらに、きなさい」
揺籠の君が振るった神の左手が御門と布施を一気に引き寄せ、『いんよくのたつまき』で身を切り刻む。
同時、身動きがまともに取れなくなった瞬間を狙って放たれるはリリスの魔眼。
淫靡なる視線より注がれる淫欲の想念。
御門は窮地での閃きと第六感、瞬間思考力と戦闘知識の瞬間の判断で『いんよくのたつまき』の被害を最小限に減らし、前へ前へと軽やかに橋の上を跳ねていく。
一方の布施は実直そのもの。
センヒキ様・猟を構えて集中し、揺籠の君の攻撃軌道を直前まで見極めた上で、開いた空間に身を滑り込ませる。
竜巻の起こす刃は刀身で受け流して捌き、どうしようもない視線は左腕で受ける。
結果として爆ぜる腕の血肉。苦痛は在るが、動けない程ではない。
ならば後は、全力で立ち向かうのみ。
決して止まるな。飛び続けろ。
動き続けて、一瞬の好機を拾えと心の中で叫びながら、布施も揺籠の君に遅れてユーベルコードを発動させる。
『梧桐、
起動!』
かつての戦装束である緑色の神主服に身を包み、無数の霊符と式神を従えて縦横無尽に飛翔する。
「では、ゆりゆりはひとつずつ貫こうと思います」
ばらまくように放たれる霊符、式神の数に翻弄されつつも、高速の連刺突でひとつずつ、一カ所ずつと穿ち、貫いていく揺籠の君。
確かに、霊符や式神で居場所を特定させていない布施と御門だが、次第に居場所がなくなっていく。
次に動くべき場所を予測するような放たれるリリスの槍。
滴る毒は凶災そのもの。受ける訳にはいかないと、布施のセンヒキ様・猟が、御門の野衾が穂先を打ち払う。
危うきは受け流し、妖しき瞳力は破魔で打ち破りながら。
肉薄した布施がセンヒキ様・猟の黒い刀身で揺籠の君に斬り懸かる。
響く金属同士の悲鳴。されど、それはひとつで止まることなく、幾度となく繰り返される。
「さあ、揺籠」
それは心の底にあるものを引きだそうとするかのように。
縦横無尽と橋の上を跳び、欄干から欄干へと飛び移りながらに布施は言葉と全速力を乗せた猛撃を揺籠の君に叩き付ける。
「揺籠、お前の思う侭を聞かせろ!」
さながら緑と黒の嵐。
揺籠の君の微笑みが掠れ、眼が細まる。
彼女もまた真剣であり、瀬戸際であり、なにより。
「こうふんしてきました」
心の底から高揚が、思いが湧き上がるのだから。
思いは尽きない。命が潰えて死んだとしても、魂さえあれば。
そんな夢物語のように。
「ええ。ゆりゆりは叶えたい願いがあります」
纏わり付くような布施の放つ幾重の黒閃の弾き返しながら、揺籠の瞳に輝きが宿る。
「どうしてか、なぜ。それに答えることができないのはとても申し訳ないと、思います。けれど」
けれどと、渾身の力をもって槍を振るって布施を弾き飛ばし、妖しき瞳にその姿を捉える揺籠の君。
「懸命、必死。そんな言葉で表せないほど――存在を懸けた姿で、譲れない程に大事なのだと、理解してください」
言葉などいらないでしょう。
「ゆりゆりが、貴方の命を貪り、一つとなればそれで充分。骸の海を共に壊して、それを見ましょう」
念願成就のその時に、理由をも取り戻せばいいと。
必殺を期して揺籠の瞳が妖しい色艶を帯びた瞬間、攻撃に出る為に出来た隙を突いて御門が強襲する。
軽業で自在に空を飛び、早業で地を駆けるのならば、一瞬の隙があれば揺籠の君の背も取れるのだ。
『おやすみ。今度はいい夢を』
そうして指先から揺籠の君の背に、左胸へと突き抜けるように放たれるは楼籠景射・絶。
掌底で触れると同時に呼吸で練り上げた『気』によって、体内を破壊していく暗殺の絶技。
力で壊すのではなく、響かせ砕く。面より点へと収束させたそれは、生物の構造をするものへの絶対的な効果。
片方の肺を潰され、血を吐く揺籠の君にぽつりと、御門は口にする。
「聖杯戦争の時、君は誰に何を伝えたかったんだろう」
過去から今まで。ずっと疑問に思われていたそれ。
答えを知るものが忘却してしまったのだから、もう辿り着くことのない言葉。
「骸の海で伝えたい人にもあえなかったのかな?」
いいや、ならば骸の海を壊そうとはするまい。
問いかけは、決して答えを得ない。
だが、それでも。
「思う儘を、聞かせろと。ゆりゆりにいいましたね……」
ならばと旋回するリリスの槍が御門を打ち払い、自らの前に立つ能力者を見つめる。
掠れた息で。
それでも、確かな声で。
「強く、強く。まだこの胸に残滓と残る思いほどに、強くなりたい。そうでなければ、越えられない絶望がある気がするのです」
だから。
「ゆりゆりを止めたければ、祈りも涙も、心も携えながら『さいきょう』を越えなさい――」
そうして終わりに近づくのだ。
「――ゆりゆりが間違っていたよと、その時に笑わせてくれる為に」
揺籠の君は、思いの影に殉じるようにふたりの能力者に飛び込む。
これから生きて、未来を紡ぐふたりの前に、心のかけらをおいていくように。
それは血のように赤く。
涙のように透明なるものだった。
形作る思い出がない故に、今は誰にも届かない聲のように。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
兎乃・零時
【痛快無比】
アドリブ歓迎
お前の覚悟も想いも、分かった
――だが、俺様は代わりに鳴きも、泣きもしない
惚れた女や友人がいる世界、その全部…全部を!
護りたい奴がいるその世界を、滅ぼされるのが嫌だから!
だから俺様は『自分』の為に――テメェの前に立ち塞がり、ぶっ飛ばすって吠えるんだッ!俺様自身の『願い』の為に!
それに、俺様の夢は世界最強最高の魔術師
テメェが『最強』目指すなら、尚の事俺様は避けれねぇ壁だ
さぁ来いよ、テメェの願いの強さ、ぶつけてきなッ!!
オーバーロードッ!
さぁ、真っ向勝負だぜ!
揺籠の君ィッ!
杖の手と足の外装から常時魔法を展開
奴の視線や槍に囚われない様に!
属性付与で全身強化と加速!
想いは力、だ!テメェの爆破も操作も毒も!気合で耐える!
此処だ―――行くぜバルタン、全力でッ!!
ビームに合わせて
魔術で創った結晶の武器群に、其々の属性の魔力を込めて一気に叩き付けてやるよ!
―――骸の海をどうにかしてやる
俺様はお前より『最強』に近い男、だからな!
…だから、安心して眠りな
バルタン・ノーヴェ
【痛快無比】アドリブ歓迎
揺籠の君、ゆりゆり殿。
貴殿が行ってきた所業。受けてきた苦難を我輩は知りマセン。
デスガ、全てを捧げてでも成し遂げたいという願い。
アナタの正義があるのデショー。
けれども。
生命を罪というのなら、ワタシはアナタを認められマセン!
この世界も、どの世界も。どれほど残酷であろうとも!
すべての世界は等しく美しい物でありますゆえに!
オーバーロード。
真の姿である軍装を纏い、真っ向勝負。
滑走靴による機動力、そして数多の戦場を駆け抜けた経験則で『聖杯剣』を回避。
射程が無限であろうとも、軌道が見えるならば対処は可能であります。
いんよくのたつまきへの対処は、巨大鉄球を遮蔽として射出。
引き寄せられつつ、鉄球を盾に軌跡上から離脱して、零時殿の動きに合わせてUCを発動。
今、ここに!
「六式武装展開、光の番!」
ファルシオンを振り、全身全霊の一撃を叩き込むであります。
我輩は、貴殿のために嘆くことはできません。
ですが。
貴殿の思いも背負い、世界の為に戦い続けるであります。
(気づかぬうちに、一筋の涙が零れる)
清すぎるものには魚も棲めぬという。
ならば二重の意味で、この美しき水晶宮殿に生命は存在出来ない。
静けさは死に属する者の宮殿故に。
リリスというゴースト、その姫君が棲まうに相応しき静寂の美しさが道々溢れているのだ。
そして、何よりの理由。
自らを棄て、犠牲にしたとしても叶えたい願い。
己を代償にする程の切実さで、破滅に向かう一途な思いにどうして他なる命と共存することができようか。
全ての全てを以て、あの骸の海を壊すのだ。
色艶なき水晶に浮かぶ願いは、そんな澄み渡る死の未来。
だから深く、深くと噛みしめる。
そこまで思い至ったこと。
他を選ぶ余地などなかっただろうこと。
心を無碍になどしないように、宝石の眸と髪を持つ少年が声を絞り出す。
「お前の覚悟も想いも、分かった」
自らを犠牲にする願いの必死さ、懸命さは解るすら。
無価値なのだと蹴るようにとする事はなくとも。
「――だが、俺様は代わりに鳴きも、泣きもしない」
受け入れた上で、ただ認められないのだと。
水色藍玉の双眸で揺籠の君を見据えるのは兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)。
揺籠の君の思いは響こう。
しかし、零時もまた自分だけの心を抱くのだから。
「惚れた女や友人がいる世界、その全部……全部を!」
世界の全てというのは、広すぎて多すぎる。
たったひとりの為にあるというのにはあまりにも傲慢で強欲。
みんなの為にあるというには、悲しいほどに非情で無関心。
それでも、共に生きようと暖かく脈打つのがひとの心というものだからこそ。
「護りたい奴がいるその世界を、滅ぼされるのが嫌だから!」
誰かの為に生き続けよう。
終わりを阻み、滅びに抗い、護りたい人と微笑む世界の先へと歩き続けよう。
たったそれだけの願いの為に、零時はこの戦場に立つのだ。
「だから俺様は『自分』の為に――テメェの前に立ち塞がり、ぶっ飛ばすって吠えるんだッ!」
自らの全てを捧げて、祈るほどに大きなものではなくとも。
美しくも残酷な世界の為に泣くほど、切なるものではなくとも。
「俺様自身の『願い』の為に!」
これは尊く、譲れぬものだと自らの胸に手を当て、零時は揺籠の君に吠える。
空を震わす零時の声を真っ向から受けて、それでも花びらのように柔らかく微笑む揺籠の君。
「そうですか」
分かっていた事なのだと。
ただ、どちらか片方しか残れないならば、言いたった事なのだと。
折角、奇跡じみて残った心の欠片を浮かべた揺籠の君は、それを受け取るものがいなくても、微笑められる。
どのみち、これより互いを殺めあうのだから。
それは避けられぬ以上、こうした言葉を交わす事もまた奇跡じみた望みのひとつ。
「揺籠の君、ゆりゆり殿」
そうして槍を手にした揺籠の君へと、厳格で静かなる声が向けられる。
それは激情を見せた零時の横に控え、佇む熟練の兵士のもの。
緑色の瞳に、すぅと。
鋭い戦意と、確かなる敬意を乗せて揺籠の君を見つめるバルタン・ノーヴェ(雇われバトルサイボーグメイド・f30809)が続けた。
「貴殿が行ってきた所業」
かつて銀の雨が降りしきる世界が行ったこと。
その時に血で染まった美貌で笑っていたことも。
「受けてきた苦難を我輩は知りマセン」
骸の海に墜ちて、何を見てしまったのかも。
その先は知ることができず、本人も聖杯に記憶と感情を捧げたのだから解らない。
永遠の謎として、空白として、今の揺籠の君の胸の中にある。
或いは他の全てを喪ったからこそ、柔らかく微笑み続けるしかないのかもしれない。
それしか残らなかったから。
「デスガ、全てを捧げてでも成し遂げたいという願い」
今はどれほど空虚さに満ちあふれていても。
為した事には、必ず思いがあるのだから。
「アナタの正義があるのデショー」
全ての命を殺して、奪ってでも。
それを正義と呼べないのは、あくまでバルタンが別の側に。
敵として対面に立つから。
客観的に見れば、確かにそれは自己犠牲を伴う正義なのかもしれない。
「けれども」
静けさを伴っていたバルタンの声が、ひとつ震える。
客観から見ればということは、そこにバルタンの感情はないということ。
ならばこそと、バルタンは眦を決して揺籠の君に戦を申し込むのだ。
「生命を罪というのなら、ワタシはアナタを認められマセン!」
故に決戦。
何一つ譲らず、渡さず、受け取らず。
互いの全てが尽きるまで、戦い続けよう。
だってそうだ。
「この世界も、どの世界も。どれほど残酷であろうとも!」
揺籠の君とバルタンの視線は、心は、あまりにも違いすぎている。
生きるものと、死するもの。
それだけの違いというには、あまりにも悲しく大きく隔たれている。
「すべての世界は等しく美しい物でありますゆえに!」
世界は残酷で美しいと。
同意しながらも、決して交わらぬ心の地平線。
「そうですか。ゆりゆりは、あなたの思いも尊重します」
だからとリリスの槍を手に踏み出す揺籠の君。
さあ、終わりの始まり。
命を燃やしきり、どちらかの存在が消え失せるまで戦うのだ。
火蓋を切るように、歌うように零時は魔力の溢れる声で場を震わせる。
「それに、俺様の夢は世界最強最高の魔術師」
こつり、こつりと歩み寄る揺籠の君へと、高らかに告げる。
「テメェが『最強』目指すなら、尚の事俺様は避けれねぇ壁だ」
零時の背に泳ぐ無数の光。
ひとつひとつが属性を帯びた魔法が、きらきらと水晶の橋を染め上げる。
「さぁ来いよ、テメェの願いの強さ、ぶつけてきなッ!!」
そうして空間を幾多の光で染め上げながら、零時が発動するはオーバーロード。
真の姿へと変貌すると共に杖と街灯から、眩いほどの魔法を展開する。
「さぁ、真っ向勝負だぜ!
揺籠の君ィッ!」
同じくオーバーロードによって軍服に身を包んだ真の姿を顕すバルタンが、鋭い呼吸で答える。
真っ向勝負と駆け出すバルタンは滑走靴による高軌道で一気に間合いを詰める。
揺籠の君が持つ聖杯武装の中でも、無限の射程を持つ聖杯剣は最も恐ろしい。だが、軌道が見えるならば剣は剣、刃は刃。
躱せぬ事はない筈だと属性付与によって全身を強化し、加速した零時も一気に間合いを踏破しようと駆け抜ける。
「では、ゆりゆりはこうしましょう」
淡い赤色を宿した揺籠の君の瞳が妖しく輝く。
妖瞳による視線。単純に見ればそれだけでいい攻撃を避けるは難しく、零時の脚部へと淫欲に満ちた想念が注がれ、次の瞬間に血霧を伴って爆ぜる。
想いは力。
ならば気合いで耐えると心を燃やしていた筈の零時だが、動く為の脚に深手を追って一気に減速する。
「ゆりゆりも真っ向勝負です。想いの力で、想念で、ゆりゆりも負けません」
花のようにふわりと微笑む揺籠の君。
ただ、零時の脚が四散しなかったのもやりは、想いは力故に。
簡単に片方が砕け散る、負けて押し消されるということはないのだ。
――だから、戦うのだから。
想いのぶつけ合いだけで、相手の心を消し去れるなら、殺し合う必要なんてない。
「そして、動きを止めるのは大事だとゆりゆりも知っています」
続けて振るわれるは神の左手。
バルタンと零時が共に引き寄せられ、『いんよくのたつまき』が無数の鎌鼬の刃で切り刻もうとする。
ならばとバルタンは巨大鉄球を遮蔽物として射出して盾としようとするが、神の左手は『望む対象』を引き寄せるのだ。
ふたりとも『いんよくのたつまき』に巻き込まれ、渦巻く風刃にて全身を切り刻まれていく。
舞い散る鮮血。欲望の風。
それに囚われ、動きが取れない二人を狙って放たれようとする、リリスの槍より滴る猛毒。
「けど、なぁ!」
此処で終われる訳はないのだ。
痛みも苦しみも全て無視し、想いの力で乗り越えて藍玉の杖を地面へと叩き付ける。
核であるアクアマリンが零時の膨大な魔力を受けて煌めき、一瞬とはいえ『いんよくのたつまき』を打ち消し、制する。
のみならず、零時が操る清き烈風が吹き抜け、揺籠の君の放つ槍の一撃を虚空へと逸らした。
一瞬の隙――いいや、好機。
「此処だ―――行くぜバルタン、全力でッ!!」
呼ばれるならばこそ。
痛み、傷つき、それでも待ち続けたバルタンは今、此処に応じるのみ。
「六式武装展開、光の番!」
全身全霊をもってファルシオンを振り抜くバルタンを妨げるものはなく、目が眩むほどの光輝を纏った斬撃が飛翔する。
この一刀を以て、全てを断ち斬る。
ただそれだけの為の光刃だ。
文字通り、後の事を全て棄てて身も心も燃焼させたバルタンの必殺の一撃。
加え、奔り抜ける光の粒子による斬閃に合わせ、零時が魔術で紡ぐは無数の結晶武器たち。
透き通り、光を受けて輝くそれらがバルタンの放った光斬を受けて、それぞれの裡にある属性に合わせた色彩の燦めきを放つ。
きらきらと。
光を受け、乱反射させ、増幅して揺籠の君に放つ零時とバルタンの全力。
重ね合わせた光と力は幾重にも増し続け、
世界を滅ぼすものたる揺籠の君でも受けられない程の強さとなる。
願いとは。
祈りとは。
そも心と思いとは、重ねて繋ぐが故に強さを持つものなのだから。
独りで鳴いて、泣いて、滅びに歩んだ揺籠の君では越えられない光となって。
――揺籠の君の姿と影をも消すほど、鮮やかなる光となる。
光は音をたてない。
だから鳴くこともない。
けれど。
「―――骸の海をどうにかしてやる」
揺籠の君の残した思いはどうにか遂げてやるのだと。
戦う前に橋の上で交わした言葉は戯れ言ではなく、真実なのだと告げるように零時は口にした。
「俺様はお前より『最強』に近い男、だからな!」
ひとりきりではなく、大切なひとを知るから。
決して負けない。引かない。怯まない。
揺籠の君の妖瞳で爆ぜた脚の傷など意に介さないと、両足でしっかりと立ち続けながら。
「……だから、安心して眠りな」
零時は冷たい風に乗せるようにゆっくりと呟いた。
「我輩は、貴殿のために嘆くことはできません」
隣に立つバルタンもまた、光剣を向けた存在にと言葉を並べる。
殺したから。消したから。
「ですが」
だとしても全てを無駄にして、消し去った訳ではないのだから。
むしろ、戦ったが故により強く、鮮やかに刻まれるものがある。
「貴殿の思いも背負い、世界の為に戦い続けるであります」
バルタンも気づかぬうちに、頬を伝うは一筋の涙。
その透明さは、死の色艶を帯びた水晶たちのそれとは違う。
いいや。
もう今はバルタンと零時の光を受けて、水晶宮殿とその橋は、美しく、鮮やかに。
命と心、ぬくもりを知る輝きで溢れていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
千家・菊里
全ての世界だとか
その裏にある真実だとか
難しい話は、分かりません
ですが、貴女の
祈り、願い――決意の強さは、分かりました
されど俺達も、此処は譲れぬのです
貴女の心が、捧げた全てが、たとえどれ程のものであったとしても
貴女のその力の伝播を、これ以上許す訳にはいかない
そして今はまだ、泣く刻でも、鳴く刻でもない
今はただ、貴女に挑む刻
全ての世界の為などと、そこまで大きく出るには至らずとも
せめてもこの地の日々と人々、その平穏の為に、戦う刻
俺に言える事は、ここまでです
貴女は、何かありますか?
せめてお話ぐらいは、悔いなきように終えましょう
言葉は交わし尽くしたというなら――後はもう、刃を交わすのみですね
槍はフェイントで逸したり、オーラ防御や耐性を合わせ被害軽減
邪念は、浄化の力を込めた霊符や結界術で阻む
機を得たら、UCの炎を贈りましょう
貴女の言の葉
何度も立ち上がったその姿
たとえその身は消えようとも、確かに残るものは在るでしょう
代わりに芽生えるものも、在るでしょう
貴女と戦った、皆の心に
全てを知りうる訳もない。
世の万象。巡りと流転。
真理なるものは、暇なる者に任せておけばいいのだ。
それより俗世に、常に触れるものにこそ大切なるものはあるのだから。
ゆるりと佇み、触れた花と風に想うひとひら。
真実はそれだけでよい。
悲しみに暮れ、魑魅魍魎との戦いで埋もれたものたち。
それが事実であれ語る必要もあるまい。
泰然自若と移ろう世と四季を知れば充分。
嗚呼、それが出来ぬと抗い、悲しみ、痛みて戦う。
そんな存在もいるから悲劇は続くのだと、ゆっくりと赤い眸が揺れた。
「全ての世界だとか」
声は穏やかに、されど風の如く流れるもの。
目立つことはなくとも、確かにある心の色艶と流れ。
「その裏にある真実だとか」
他なる花が萎れて、構いはせぬ。
己は秘やかに咲きて在るだけと、自らの旋律で声を紡ぐひとりの男。
「難しい話は、分かりません」
それこそが千家・菊里(隠逸花・f02716)。菊の花を想わせる佇まい。
「ですが、貴女の
願い、祈り。その想い――決意の強さは、分かりました」
さらりと重さを感じさせずに、歩み寄る菊里の。
腕の、脚の――身体に在るべき重さというべきものがないかのように。
心の流れも読ませずに、はらりと鞘より抜かれるは妖しき刀。
刃の裡で蠢くは如何なる蛇か、鬼か。
読ませることもなく、見定めさせぬと穏やかに切っ先を流し。
「されど俺達も、此処は譲れぬのです」
声もまた重ねていく。
想いと決別、戦の始まりを詠っていく。
「貴女の心が、捧げた全てが、たとえどれ程のものであったとしても」
たったひとりだと、軽んじたりしない。
数の多寡で決めるなど、それこそ人の悪しき所ならば。
ただ向き合う相手の瞳を見て、心を得て、定めること。
その上で拒絶するならば、止めようがなく。
「貴女のその力の伝播を、これ以上許す訳にはいかない」
菊里が許せぬというのならば、揺籠の君に宿る力も、世界を越えようとすることも。
何もかも、認められぬのだ。
水に流すことなどもはやできない。
刃で斬るしか道はない以上、あとは心が揺れる様。
そして名残と未練を残さぬよう語るとき。
これ以上の呪詛として、世に残滓ばらまかぬように。
「そして今はまだ、泣く刻でも、鳴く刻でもない」
そうして。
妖刀握るもう片方の手に、ひらりとひらりと幾枚かの霊符を携える。
ただ、これで折り鶴を作り渡して、願うのもやはり違う。
遅すぎる。
「今はただ、貴女に挑む刻」
ゆっくりと、ゆっくりと。
聞き分けの悪い童女にいってきかせるように菊里は言葉を重ねて。
「全ての世界の為などと、そこまで大きく出るには至らずとも」
緩やかに、穏やかに。
狐の耳と尾を揺らし、微笑み浮かべて口にした。
「せめてもこの地の日々と人々、その平穏の為に、戦う刻」
理解しえたのか、どうなのか。
花のように柔らかな微笑み浮かべて、小首を傾げる揺籠の君。
されど、淡い赤を宿す瞳は微かに揺れている。
聖杯剣か、リリスの槍か。彷徨った手は、槍の柄を握った。
鳴いてはくれないのだ。
泣いてもくれはしないのだ。
今はその時ではないから、想いと決意だけはしっかりと抱き留められながらも。
戦うしかないのだと、揺籠の君は瞼を閉じた。
「俺に言える事は、ここまでです」
そうして、剣を持つ者の歩みとして、一歩一歩。
重心も速さも悟られぬようにと歩み寄る菊里。
「貴女は、何かありますか?」
そう揺籠の君に問いかけながら。
さらさらと、菊里は艶やかな黒髪を風に靡かせる。
「せめてお話ぐらいは、悔いなきように終えましょう」
「ええ、ええ。たくさん、たくさん、ゆりゆりはお話したい事があります」
好きなものを語るように。
大事な記憶を辿るように。
忘れてしまったぬくもりを、それでもと追い求めるように。
唇を開いた揺籠の君は、やはり微笑んだ。
「でも、わすれてしまいまた。かわりに、沢山のひととおしゃべりができました」
ふるりと。
身を揺るがせて槍を構え、穂先を定める揺籠の君。
「みんなやさしいひとですね。ひどいひともいます。でも、ゆりゆりは沢山のひとの心を聞けて、想いを聞けて」
たとえ泣いてくれなくとも。
世界の為に鳴いて、くれなくても。
「ゆりゆりはきっと幸せなのだろうとおもいます。嬉しいと、ゆりゆりが今おもっているから、きっと、です」
幼い声は冷たい風にかき消されることなく、菊里の元へと届いた。
それが全て。
終わるまでに抱く、きっと全て。
思い出も、感情もなく、微笑みを浮かべる以外の術も忘れて。
満足ではなくても、幸せだというのならば。
「……言葉は交わし尽くしたというなら――後はもう、刃を交わすのみですね」
「そのとおりです。こういうのを寂しいといのでしょうか」
それとも。
「この先を、ゆりゆりは勝ち取るべきなのでしょう」
諦められない想いが、揺籠の君を動かす。
それまでは緩やかで穏やかだった世界が、鋭く早くと急変するのだ。
まるで舞台の移り変わり。誰かの拍子と鼓が激しく打ち鳴らされ、龍笛が高らかに吹き荒れるように。
黒い風となったリリスの槍が、菊里の胸へと伸びる。
だがと。
くるりと身を翻し、虚実織り交ぜた菊里の身体には届かない。
まるで影踏みに興じているかのよう。身にはふれえず、なんとしてでもと放っても影に届くだけ。
フェイントとはその動作だけではなく、次なる動きも欺して逸らし、繋がせないものだから。
剣を知るものならば、この通りと。
或いは、迷いて戦う少女なら、簡単にと。
「なら」
槍の届かぬ理由が解らぬならば、力に頼るだけ。
妖瞳より流れるは邪念。
罪なる少女の女王という名を冠するだけのものが菊里へと向けられ、流れ込む。
一度に全てを受ければ、菊里とて無事では済まない。
だが、ひらりと浄化の力を込めた霊符を投げて散らして視線を阻み、欲深き妄念を削り、編んだ結界で受け止める。
全ては消せずとも、腕の肉の一部が爆ぜただけ。
或いは。
「肯定されることに。認められることに。――慣れていませんか?」
「…………」
女王だから。支配する力があるから。
下手に精神を侵して蹂躙する能力があるから、素の心で触れて肯定されることに、揺籠の君の魂が動揺している。
そんな珍しいこと、覚えていないから。
たとえ記憶が残っていたとしても、一生に一度か二度のことだから。
揺れた視線、欲望では妖刀と霊符を手繰る菊里には届かぬもの。
そう自覚したが故に揺籠の君の槍の柄を握る力が緩み、足先が覚束なく揺れた。
期は得たり。
菊里がこのような形で望んだかはさておいたとしても。
贈るべき炎を、手向けとして向けるのだ。
それしか、この刻では許されぬ。
百を超える炎をひとつに束ね、揺籠の君の心の臓へと届ける菊里。
灼熱の炎を受けて、それでも悲鳴のひとつあげずに踏みとどまる揺籠の君。されど、菊里の放った炎は衰える気配を見せず、むしろこれからが本領とばかりに、ぼうぼうと燃え盛る。
「貴女の言の葉」
幼くも純粋に。
一途に切なく、他知らぬ愚かさで紡いだ心の欠片たち。
「何度も立ち上がったその姿」
心だけは足りないからと。
幾度、憎き骸の海に送られど、黄泉より渡って立ち上がった。
全てはそう。
「たとえその身は消えようとも、確かに残るものは在るでしょう」
骸の海を粉々に破壊する為に。
外の世界へと羽ばたき、叶える為に。
その祈りの源泉がなんだったのか。
もはや、本人さえも解らぬ忘却の果てにいったとしても。
「代わりに芽生えるものも、在るでしょう」
見た者、聞いた者、感じた者。
そして。
「貴女と戦った、皆の心に」
こうして戦い、立ち向かい、それでも心を認めた者の裡に。
きっと何かは託せるはず。
鳴かず、泣かず、それでも願いを託せたのだと。
揺籠の君は微かに、笑ったのだ。
忘れたからそれしか出来ない微笑みではなく、確かな少女の笑みをその貌に浮かべていた。
そうして、炎はその身を包む柱となり、残滓さえも焼き尽くす劫火となる。
憎んだ骸の海の手に。
もはや少女の身体も心も、ひとかけらも渡さぬと云うかのように。
戦った者だけが、彼女の欠片を抱けるのだと。
菊里の手繰る炎が穏やかに揺れた。
大成功
🔵🔵🔵
月白・雪音
…貴方が何を知り、骸の海に、或いはその先に何を見たのか、今は既に確かめる術も在りません。
されど記憶を、想い出を全て捧げ聖杯なるものを手にした貴女には、それでもその想いのみが残る程の強い願いが在ったのでしょう。
そしてその果てに在るものは今を生きる命の滅び。なれば我らと貴女が相容れる道は無し。
私は貴女の想いを否定し殺します。それは今のみでなく、これまで相対した多くのものにそうして参りました。
如何に過去より今を守らんとした事とて業は業…、其れは孰れ必ずこの身に返る事となりましょう。
──故に私は、世界が為に泣く事は無いでしょう。業を重ねたこの身に、世界が為に涙を流す資格はきっと残る事は無きが故に。
野生の勘にて行動の起こりを感知し武器そのものへのカウンターで先制の連撃を逸らし、躱し、神の左手の引き寄せに敢えて自ら突っ込む等で翻弄し直撃を避ける
初撃を凌げばUC発動、怪力、グラップルによる無手格闘にて戦闘展開
残像にて肉薄し武具を振るい辛く引き寄せの効果も薄い密着距離を保ちつつ人の業を以て急所を打ち抜く
なんと冷たく、寒く、美しい場であることか。
独りきりの
女王が座する、この水晶宮殿。
死の情景さながらに凍てついて。
生命の息吹の一切を否定している。
いいや、ひとつの願いだけを、魂さえ捧げた願いを形にするよにして。
揺籠の君は柔らかく微笑み、立ち続ける。
世界を滅ぼし、骸の海を壊すまで。
その間に待ち受ける全てを。
長き時間を孤独に過ごす事を受け入れている。
ならば、如何様に揺籠の君を諭すことができようか。
「……貴方が何を知り、骸の海に、或いはその先に何を見たのか」
静寂の裡に、更に静かに。
されど何処まで響く声は月白・雪音(月輪氷華・f29413)のもの。
雪原めいた白の色彩を帯びる雪音は、この静けさの中にあって幻想的に美しい。
「今は既に確かめる術も在りません」
情緒の細波さえ感じさせない声も、神秘的だと想わせるのだ。
けれど。
その奥底から白梅花のように香り立つは確かなる想い。
届けようと。
いいや、届かぬかと。
戦う為にこの橋の上を訪れて、決戦にと立ち会う揺籠の君に声を紡ぎ続ける。
「されど記憶を、想い出を全て捧げ聖杯なるものを手にした貴女には」
ゆっくりと指先を伸ばす雪音が掴むべきは過去にある。
自らが語った通り、既に全てを捧げて喪った揺籠の君に向けるべき言葉は多くない。
何かを変えることなど、出来はしないし。
喪ったものを、せめてと心の奥底に汲むこともできないのだろう。
ああ。だとしても。
理不尽なほどに、残酷なほどに世界がそうだとしても。
「それでもその想いのみが残る程の強い願いが在ったのでしょう」
揺るぎない事実が雪音の目の前で微笑んでいる。
感情も記憶も失ったならば、世界を越えて骸の海を壊すだけの人形となっているだろう。
代わりに聖杯に泣き続けなさいと告げた通りに。
けれど、今も揺籠の君は自らの意思と思いで立ち続け、骸の海を粉砕しようとしている。
例え、それしか残っていないとしても――微笑んでいる。
微細にて僅かなる、想いと心の欠片が確かにあるのだ。
ならば雪音の声は、言葉は、無為と溶けたりなどするまい。
それが存在をかけた戦いの火蓋を切るものだとしても。
「そしてその果てに在るものは今を生きる命の滅び」
泣けず、鳴けぬは雪音も同じ。
一切の情動の表し方を知らないから、微笑むこともない。
だからそう。他人という、例え敵であったとしてもなお、目の前にいる相手の思いは受け入れたいのだ。
戦いの前に、少しでもその欠片を抱けるならば。
「なれば我らと貴女が相容れる道は無し」
これより死力を尽くして魂を消し合ったとしても、それは幸いなるというもの。
生き残るものが、果てたものの欠片を懐いて先に、未来に。
願いと祈りという明日へと向かうのだ。
「ふふ。あなたは、ゆりゆりにとても難しいことをいいますね」
花びらのように柔らかく笑う揺籠の君。
幼くも純粋な姿は、全てを喪った空白なのかもしれない。
だとしたら悲しいと感じる。
だからこそ、残滓となって今の揺籠の君を形作る魂を抱かねばならない。
「私は貴女の想いを否定し、殺します」
「…………」
はっきりと告げられた言葉に、揺籠の君の淡い赤を帯びた瞳が揺れた。
決して揺らぐことのない雪音の深紅の双眸は、今に繋がるまでの過去を見据えて己が想いを奏でる。
「それは今のみでなく、これまで相対した多くのものにそうして参りました」
だから変わることはない。
何らひとつ、迷うことなく今と未来に生きる者としての責務を果たそう。
雪の美しき白色は死の情景。
触れれば消えるか。
触れたもののぬくもりを奪う色彩ならばこそ。
その上に咲く鮮やかなる
草花の為に、斯く在ろう。
しかし、とてと。
雪音の唇が深く、深く、声を零す。
「如何に過去より今を守らんとした事とて業は業……」
幾重に重なった雪が真白に見えても、その下にある血と屍は消え果てない。
今もなお、握りつぶし、殴り壊し、蹴り砕いた命の感触は忘れることはないのだと。
雪音はほっそりとした指先を折りたたみ、握り絞める。
「其れは孰れ必ずこの身に返る事となりましょう」
そう、いずれ。
いずれはこの身もそうやって果てるのみ。
雪の白さを身に宿すのは、それこそ宿命なのだろう。
冬はいずれ溶け去るもの。暖かな幸せの春が為、不要となる頃には音を立ててこの身は消えゆこう。
そういう定めでも是非もなし。
けれど、今はその時ではないのだと。
世界を滅ぼす歌へと、一歩、一歩と雪音は近づいていく。
すぐに呼吸が交わるほどに近づこう。
鼓動に触れるほどに、互いの身体は触れあおう。
そうして奪い合い、残るはどちらかだけ。
それで善しと心に定めて、変わる事がないからこそ、雪音は氷の月のように美しい。
「──故に私は、世界が為に泣く事は無いでしょう」
ある意味、死の水晶に彩られたこの橋の上で。
この情景にと最も近しい猟兵こそが、雪音なのかもしれない。
「業を重ねたこの身に、世界が為に涙を流す資格はきっと残る事は無きが故に」
涙など流せない。
水晶のように。
凍てついた月のように。
きらきらと光を零してなお、滴のひとつは漏らせないのだから。
「ゆりゆりは想います。美しく、残酷なる世界の為に」
手に携えるはリリスの槍。
宇宙が消え果てるまで癒えることのない毒を穂先より滴らせる、生命の天敵として。
「あなたのようなひとが必要なのでしょう。全ては無常。悲しむばかりでは、喜ぶばかりでは、なくばかりでは――まだ世界の色は足りない」
「然り。喜怒哀楽と言葉にしても、魂の色彩を語るにはなんと足りないことか」
故に数多のひとが生きて、それぞれの魂で美しき綾模様を描く。
ならば独りで生きようとする揺籠の君は――。
「――数多のひとが生きるからこそ在る、世界の美しさを損ない、生命が越えることのできる筈の残酷さを絶望と歌う貴女を、此処で討ちましょう」
まるで心が独りでに歌ったかのように。
静かな呼吸と共に、雪音の唇より零れたその言葉。
くすりと笑った揺籠の君は、それでも微笑むから悲しさを誘った。
「ゆりゆりと違って、あなたはなかないひと」
いいえ、と高速で踏み込み槍を振るう揺籠の君が囁いた。
「……聖杯を手にする前のゆりゆりと同じで、なけないひと」
その言葉を残して黒い疾風と化すリリスの槍。
穂先から擦り傷でも受ける訳にはいかない死の一閃。
野生の勘を総動員し、自らの命に触れようとする気配を察知する雪音。
読むのは攻撃の起こり。揺籠の君が疾風というなら、雪音は迅雷が速さで手刀を後の先として叩き込む。
狙い討ったのは揺籠の君が手繰る槍の螻蛄首。雪音の一撃を受けて槍が軋むようにしなり、僅かにそれた穂先が雪音の脇下を滑り抜けていく。
だが、それに留まらない。揺籠の君が放つ先制攻撃は聖杯武装の絶え間ない連撃なのだ。
払いながら戻る穂先はそれだけで脅威。しなりを得た穂先が引き戻されれば、雪音の太ももを切り裂こうとする。
ならば斜め前ににと低く、短く踏み込む雪音。
槍相手に横手に跳ぶのは死という事を、軸を逸らしながら更に迅く繰り出された刺突が告げる。連動した柄による一撃を雪音は腕で捌いて受け流し、直撃すれば骨にまで響き渡る衝撃を柔らかく逸らす。
地より掬い上げるように放たれる石付き。しかし、後方には下がらず、白髪を散らせながらも雪音は地を這うように身を屈める。
前へ、前へ。更に前へ。
肉薄した懐こそが勝機と生存の道なのだと、このままではあと二百は続く揺籠の君の連撃を読んだが故に地を蹴って加速する。
「なら、こうですね」
とても早い。自在に動く。捉えきれない。
ならばと揺籠の君が横手に薙ぎ払うは神の左手。
効果は単純にして脅威。万物のあらゆるものを引き寄せるということ。姿勢を崩すほどの引き寄せる力を受けて、揺籠の君の前へと雪音が引き寄せられる。
「さあ」
いいや、ならばこそ。
死槍を恐れることなく、引き寄せられる力に逆らう事なく、雪音は逆に自ら突進して突き進む。
脚がもつれる。体幹がずれる。
だがそれでも、懐に踏み込んで連撃を強引に止めねば、勝利への道筋はつかめないのだ。
「いただきます」
揺籠の囁きと共に交差するように放たれるリリスの槍。
腹の臓腑を狙っての一撃。逸らせない、受けられない、避けられない。本能が死を叫び、雪音の全身の肌が泡立つ。
それでも、死を越えてこそのヒトの戦なのだ。
「――――っ!」
強引に地面へと脚を叩き付け、身体の軸を変えながら雪音は足首を軸に白い旋風となって転身。そのまま円弧を描き、リリスの槍を迎え入れる。
激しい出血は傷を雪音が受けた証拠。
雪音の白く美しい着物に鮮血の色が乗り、毒が臓腑や骨にまで染みこんでいく。
「されど」
「……おや?」
身は貫き通されず。
相手の刺突の速度と軌道に合わせて身を転じたが故に、穂先に削られるように脇腹の肉を持って行かれるだけですんでいる。
傷の激痛。毒の苦痛。ああ、雪音に継続可能な戦闘時間は長くないと知らせている。
加えて強引に体軸を変えた足首も筋を断裂している。速度、技術、共に十全にはもういかない。
「されど――想いにて道を通すが、我が
拳戦なれば」
負傷は甚大。毒の浸食で時間制限つき。
ならばどうする。
いいや、されど雪音の拳が届くというのならば。
「委細承知。身に受けてなお、止まる理由もなし」
静かに唇より声を震わせるや否や、揺籠の君が槍を振るう腕を握り絞める雪音。
雪音の握力によって悲鳴をあげる揺籠の君の手首。だが、狙いは砕くでも槍を落とすでもない。
そのまま雪音が自ら後ろに転がるようにと動くは柔術における巴投げの動き。それが雪音の研ぎ澄まされた技の精度と怪力によってもたらされれば、揺籠の君といえど投げられる。
その先は空中。ただ真上へと投げ飛ばした雪音の身体が脈動し、しなやかな脚が白く美しい三日月を描く。
揺籠の君の身体、その水月へと突き刺さるは雪音の踵。
肺に詰まっていた呼吸を全て吐き出しながら、更に真上へと、渦巻いて空に渡されるように蹴り飛ばされる揺籠の君。
落下の際にも、蹴撃の勢いと旋転が加えられたせいで身動きなどまともに取れない。
いいや、橋の上に着地するよりなお早く、更なる追撃を繰り出すべく真白い影が躍り出る。
まるで粉吹雪のような残像を纏い、肉薄するは必殺を期した雪音。
苦し紛れにとリリスの槍が振るわれるが、身体の自由を奪われた状態ではまともな攻撃になる筈もなく。
「貴女と同じと、そう申されましたが」
回転しながらの跳躍で穂先を避けた雪音が、揺籠の君の心臓の真上へととどめの蹴撃を叩き込む。
力の上に速度、重心、遠心力――活かす技というもの。
そして揺籠の君の身体の自由を奪う組み手からの投げ技という殺す技というもの。
双方が重なった一撃が、確かに肋骨を砕き、胸筋を貫いてその奥で護られた臓腑を叩き潰す。
「……私は、今に。未来と生きます故に」
橋の向こう側まで吹き飛ばされた揺籠の君。
されど最期の一撃を見舞うには、雪音も先の動きで無理をしすぎていた。足首に走る痛みならぬ異変の熱に、膝をつく。
罅か。捻れたか。或いは骨がいったか。
それを理解するよりも早く、雪音は静かな息をつくのだ。
「もしかすれば泣くことも、鳴くこともあるやもしれません。……揺籠の君、貴女と違って、明日を生き続けますから」
少なくとも今、潰える訳ではないから。
世界に対してではなく、何かに対して。
業が己が身に振り返るが早いか。それとも、そんなもしもが訪れるのが早いか解らずとも。
「全てを決めるには、何もかもが早いのです」
ひとりで生きて、全ての命を奪って。
ただひとりきりで世界を滅ぼし、骸の海に立ち向かおうという決心。
素晴らしい程に強く、切実で一途で、尊ぶべきものかもしれずとも。
「……揺籠の君。あなたは早すぎて、私は遅すぎたのでしょう。我らの出会いは」
無力にして無辜なる民を犠牲になど。
決して認められない。許せない。
他の形ならば手を結び、骸の海に肩を並べて向き合えたかもしれぬというのに。
そう告げればやはり。
残滓として遺った微笑みがくすくすと。
どれほどの痛みを受けても『なかない』揺籠の君から零れた。
花が散るように。
雪が溶けるように。
微笑む揺籠の君を、静かな月のように雪音は見つめた。
この戦の終わりは、もうすぐ。
始まりは知らずとも、
明日に続く終わりが来る。
幾つの世界を越えて、救えば、雪音は骸の海の終わりを見られるだろうか。
それがもたらす災いを、ひとつ、ひとつと握りつぶし。
罪なるものを背負いながら、いつになれば奥底にある真実をその指先で触れられるのだろうか。
答えられるものは、此処に、今は、いない。
大成功
🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
アドリブ◎
其れがテメェの思い描く”正義”なら
否定もしねェよ
端から見れば癇癪起こした迷子のガキのようだがな
俺は己が義の為に剣(ちから)を揮う迄
何度だってこの手で葬る
お前の生き様、魅せてみろや
(間違いなく強敵
普通に戦っても勝ち目はねェが
付け入る隙は”情”か
真っ向から相対す)
記憶や心は不要と口遊みながら
している事は真逆に俺には視えた
人非ざるモノがまるでひとのように念う
消えないのは
真に欲しているのは
…もう手に入らないから抗うか
それも良し
久しく抱いてなかった淫欲の思念に困惑
極力敵の目を見ず
夜雀を目とするか周囲の水晶利用し敵の位置把握
爆風で我に返るか己の手の甲を噛んで耐え
生き地獄を味わってる哀れな獣の命で
お前をこれ以上強くする前に断つッ!
玄夜叉で敵の攻撃をいなすか回避
リリスの槍で毒が回る前にUC使用
此方も猛毒付与
炎を出力させ灼き戦力削ぐ
敵の羽や心の臓を貫き槍を折る
俺は泣かねェよ
なくのはお前だ
代わりなんざ意味がねェ
俺の役目はこの世界を救うコト
聖杯剣揺籠の君、テメェが示した思いを最期まで見届けるコトだ
この景観の様、まるで閉ざされた氷獄。
命の息吹のひとつ感じられぬ、水晶の宮よ。
浮かぶは燦めきあれど、暖かな血の通わぬ色艶。
白き草花とてぬくもりの息は宿ろう。
氷雪の地とて、懸命に生きる願いは感じられよう。
が、此処にその全てはない。
まるで落涙が凍てついたかのような美しい水晶たちを、金銀妖瞳が映すばかり。
夕赤のいろは、それを悲しむか。
青浅葱のいろは、それを認めぬか。
ただ疵なき黄金鏡という心魂のいろは、斯く在ってはならぬと震える。
それでも。
確かな声を、終わりを迎えようとするこの橋の上で紡ぐ男。
「其れがテメェの思い描く”正義”なら」
射干玉の黒髪を片手で梳きあげて、死の静寂に満ちた世界に声を響かせるは杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)。
ああ、認められはしないけれど。
「否定もしねェよ」
そう言ってクロウは橋の中央、ぽつんと独りで佇み。
花びらのように柔らかに微笑む揺籠の君を見つめる。
「端から見れば、癇癪起こした迷子のガキのようだがな」
僅かに笑ってみせれば、やはり微笑みで返す揺籠の君。
その淡い赤の瞳は純粋さと、幼さに満ちている。
いいや、きっと全てを失って、喪って、残ったものがそれだけなのだ。
残滓というには確か過ぎてで、残骸というにはいまだに動き続けるもの。
寂しそうだなとも、少女のような姿を見てクロウは想うけれど。
自らが義を、魂を貫くものこそがクロウなればこそ、止まる筈などありはしないのだ。
「俺は己が義の為に
剣を揮う迄」
クロウは背負っていた玄夜叉・伍輝――流転して燦めく五行の力を秘めた大魔剣を緩やかに構える。
花なれば散れ。
ひとの心あるならば、なお美しく散れと云うかのように。
「何度だってこの手で葬る」
可憐ながらもその裡に淋しげな微笑み浮かべる揺籠の君へと切っ先を向けるのだ。
これは彼女、揺籠の君の始めたこと。
「お前の生き様、魅せてみろや」
ならばその最期まで、この双眸に灼き付けてみせろと。
「迷子なんかざじゃねェ好い女ならよ、忘れずに憶えておくぜ」
そう笑って吹っ切るように告げても、変わらず微笑む揺籠の君。
「ゆりゆりはすばらしいに決まっています」
ああ。そうだろう。
確かに、強いとクロウが揺籠の君が纏い、従える死の気配を悟って身構える。
(間違いなく強敵)
聖杯武器は、その世界をどうするか定めるほどの力を持つもの。
それを手にした
世界を滅ぼすもの。
冥界の神のほうがまだ戦う余地が残っているというもの。
(普通に戦っても勝ち目はねェが)
だが現に、他の猟兵がそうであるように戦えている。
本来ならば言葉を交えることもなく、ただ認識した相手に連続して聖杯剣を奮えば、射程を無視した聖なる刃はその敵を斬ると共に能力を奪うだろう。
あとはその能力を重ねて、聖杯武装を使っていけばいいだけ。
例えば――任意の物質を引き寄せるという神の左手で、クロウの『心臓だけ』を引き寄せたらどうるのか。
いうまでもない。戦いにならない。本来ならば同じ土俵に立つことさえ儘ならぬ相手なのだ。
だがそうではないのは、ただひとつの事実を浮かび上がらせる。
(付け入る隙は”情”か)
心。それだけを求めるように揺籠の君は橋の上に立っている。
単にその幼さと無垢さから、虐殺めいた使い方を思い浮かばないのか。
それとも、真に骸の海とひとりきりで立ち向かう前に、心に触れたいのか。
解らないけれど。
ただ
罪なる少女が求めるならばと、クロウは橋の上で真っ向から対峙し、相対する。
聖杯武装の使い方次第ではクロウとて一瞬で殺されることもあると理解してなお、指先を微かにも動かすことなく
「なあ、よォ」
クロウは軽やかに声色に誠実さを込めて、揺籠の君に語りかける。
「記憶や心は不要と口遊みながら」
代償にします。犠牲にしました。
それほどに大事な、どうしても叶えたい願いなんです。
歌うように口にしながらも、今の揺籠の君はどうだ。
「……している事は真逆に俺には視えたぜ」
真っ正面から幼さと純粋さ。
それしか残っていない筈の揺籠の君の、まるで牡丹のように淡い赤の眸を見つめた。
きょとんとしながら、向けられた言葉は全て受け止める。
話をしたい。想いに触れたい。情の音を聞きたい。
そう、何処かの。小さすぎて揺籠の君が自身でも見つけられない欠片が囁いているように。
「人非ざるモノがまるでひとのように念う」
それは罪なるこしなのか。
代償に全てをといいながら、ひとひらを残されたことは罰なのか。
きっと痛みを憶えながら、痛みというものを理解できない心で、それでもと。
「――消えないのは」
どうしてもと。
理由さえ忘れて、どんな願いと動機だったのか、形も色も忘れ去って。
それでも抱く骸の海への想い。
そればかりは忘れず、消え去らぬもの。
「真に欲しているのは」
怒りか。憎悪か。
悲しみか、それとも希望なのか。
喜びかもしれないし、愛だったのかもしれない。
「……もう手に入らないから抗うか」
ただもう喪われて手に入れられないものを、揺籠の君の幼い眸は見つめ続けている。
かつて、命と死が争ったこの世界。
死の側に産まれ墜ちた存在は、命を貪って世界という殻を越えようとしている。
それだけは分かっていても、真実というものばかりは誰もみつけられない。
クロウという神鏡を以てしても、ないものは、もう映せない。
「それも良し」
僅かに視線を伏せて呟いたクロウ。
くすくすと、揺籠の君が変わらぬ花のような微笑みを浮かべる。
ああ、と。
微笑みしか浮かべられず。
確かな笑みも、もう浮かべることができないのだと、クロウの胸に痛感させる不変の微笑みで。
「優しいひとですね。ゆりやりは、優しいひとが大好きです。強いひとは大好きです。――何事も譲らないひとは、もっと大好きです」
「はっ。強く、強くと空ばっか見てると、他の奴らと離れちまうぜ。気づきゃ、ひとりぼっちは辛いンだろ」
「いえ。ゆりゆりは何時も楽しいですよ? だって、大好きなものは、消えても消えても、また出会えるんですから」
そう告げるけれど、クロウの眸の奥底で捉えるのはそうではない。
あらゆる命を奪い尽くして、世界を越え、骸の海を粉々にするのだといった。
シンプルに最強を目指すと言い切り、鳴くことと泣くことを他人に託した。
それはつまり――孤独である事を選んだということ。
どれほど微笑んでみせても、その奥にあるのはひとりきりという事実。
何より、自分さえ捧げて喪ったのであれば、もはや縋る縁も願いもありはしない。
迷い子。そうクロウが評したのはきっと正しい。
たったひとつの辿り着くべき場所、骸の海を壊すという終点まで廻りに廻り、他なる世界を滅ぼしながら。
ひとりで旅するもの。
罪と過ち、重ねるもの。
「悲しく、ねェのか」
思わず呟いたクロウの声に、くすくすと。
やはりそれを聞くクロウの胸だけに寂しさと切なさを積もらせる微笑みが返ってくる。
「悲しい、ってなんですか。ゆりゆりに教えてください」
「…………」
ああ。そうかと。
それが役目なのかと理解したクロウは一瞬だけ、青すぎる空を仰ぎ見る。
誰にでも明日はあるというかのように寒空は広がっているのに。
「ああ、任せろ。俺は
義と力を貫く漢だからよ」
この感情の色を顕すものが、なにもないのかと。
「――失って、喪った。揺籠の君。お前の空白の心に刻んでやるよ」
戦意を清き烈風のようにクロウは纏い、告げた瞬間。
くすくすと微笑むばかりの淡い赤の眸が、妖しくも美しく――欲情の熱を掻き立てる淫靡さを纏って輝いた。
「ええ。ええ。みせて、きざんでください。一糸まとわぬはだを抱くように」
今まで聞いて寂しさを誘う筈の声に、クロウの心が情欲で眩んだ。
楚々として幼く、花のように無垢で美しい少女。
ならば、それを搔き散らすように抱いて穢せばどれほどにこの心は満足するのか。
満たされぬ熱は血を鉛のように鈍くして、クロウの脳髄を犯していく。
いいや、揺籠の君の肌の熱は、きっととても柔らかくて――。
「……ぐっ」
久しく抱いていなかった淫欲の想念に困惑するクロウ。
犯したい。穢したい。■したい。
欲望が沸騰して指先まで甘い痺れと伝わるからこそ、クロウは視線を逸らす。
所詮は多少。されどマシになったのだと欄干の上に跳躍。
更に水晶や次なる欄干の上へと跳躍と飛翔を繰り返し、さながら黒い翼のように橋の上を飛び回る。
怪しき気配を察知する式神である夜雀に状況を探らせ、水晶の反射面などでも現状を把握しようとするが、注がれた色欲の罪科は心魂をすり減らす。
抵抗こそは出来ても、振りほどけない。
色という欲が変じて、獣性が湧き上がってしまうほど。
いいや、そんな場だからこそクロウは。
「ふざ、けんな……!」
己の手の甲。その肉を喰い千切るほどの強さで噛み、痛みで自制心を取り戻す。
正しいことを。
世界の為に。
クロウに初めての戀を。
色んな事を教えてくれたあの人の声が、微かでも耳の奥で聞こえるからこそ。
「愛ってンのは、こんなんじャねェんだよ!」
気高き獅子が吠えるように水晶を蹴ってクロウが揺籠の君の頭上へと跳躍。
勢いをそのままに、裂帛に勢いを以て大上段に玄夜叉を振り下ろす。
鋼とて断とう。金剛とて砕こう。
想いは、戀は、愛と魂は原罪を越えるのだとクロウの鋼刃一閃が唸りを上げた。
燦めくは水晶の欠片たち。
半身で避けた揺籠の君の代わり、橋を覆う水晶が砕かれて舞い散る。
そして、その透明な表面を染め上げるのは血。
「ゆりゆりの事、嫌いになりましたか?」
そう甘く蕩けるような声で囁く揺籠の君は、淫欲で操れないと判断したクロウの腕を爆発させたのだ。
抵抗していたからこそ負傷はまだ低い。腕の肉を半ばまで吹き飛ばされたほど。
いいや、むしろその爆風と音でクロウは正気を取り戻している。
ならば、此処からこそが戦いの場。
リリスとしての権能を越えた先に、心と情はあるのだから。
クロウは切っ先にまで剣気を満ち溢れさせ、次なる剛剣が為に踏み込む。
「生き地獄を味わってる哀れな獣の命で」
愛を知らぬが故に、獣に墜ちた哀れな命たち。
それを救うが為にもと、玄夜叉が幾重にも冷たい風を斬る。
「お前をこれ以上強くする前に断つッ!」
「ああ、あなたはわかりますか。ゆりゆりの強さの理由の、ひとつにも」
揺籠の君も柔らかく微笑み、リリスの槍を手繰るや否や、毒をしたらせて赤黒い閃光を周囲に瞬かせる。
それは剣と槍による驟雨。
目で見て解るものではなく、常人から離れた感覚と見切りを以てようやく達して得る領域。
放たれる刺突を斜め前へと踏み込みながら躱すクロウ。同時に袈裟に斬り懸かるが、揺籠の君は両手で握り絞める槍の柄を梃子の原理で動かし、クロウの放つ剛刃を弾き返す。
穂先が翻るは下段。薙ぎ払う槍撃を、今度はクロウが真っ向から玄夜叉で迎え撃ち、虚空へと穂先を逸らす。
だが、続くは五月雨のような槍の猛撃。前に、前にと進むがクロウだが、故に肩を掠めるリリスの毒刃。
「勝負はあり。ゆりゆりの勝ち、ですね」
「いいや、この程度で止まる訳ねェだろうが!」
吠えるように言葉を放つや否や、猛毒の浸食に抗いながら更に研ぎ澄まされた剣閃を見せるクロウ。
完全に回りきらないならば、まだ動ける。
それが数秒先とて構わない。鼓動が動き、呼吸が出来て、揺籠の君を見ることが出来るならば。
『花開き薫る刻に訣別は済まされたし』
クロウの唇が奏でる祝詞は、奇跡呼ぶ一欠片。
応じるは玄夜叉の刀身。流転する燦めきがひとつの色に定まった瞬間、周囲に漂うのは優しくも甘い、冬の終わりを告げる匂い。
だからふと。
それを知らない揺籠の君の動きが鈍る。
いいや、それを――優しさを忘れてしまった少女が、止まる。
「これは……?」
「教えて、刻んでやるよ。お前の魂になァ!」
そうして玄夜叉から放たれるは、慈悲の如く速やかなる無数の真白き剣閃。
幾重もの白い剣光は音を越えながら沈丁花の花びらを描く。
だが、それは触れるものを切り裂くもの。刃とは斯くなるものと、触れた揺籠の君の肉体を切り裂き、鮮血をふたりの間に舞い散らせる。
そして、漂う甘い沈丁花の匂いは猛毒なのだ。
「なんとも……」
困惑、或いは、迷うように淡い赤の眸を揺らす揺籠の君。
だが、クロウは動じることなく、真っ直ぐに剣を奮い続けるのみ。
「これで一緒、ってな。まァ、悪いが最期まで付き合って貰うぜ」
「毒という、糸、ですか?」
「あァ。そうさ。そうでもしないと……お前の本当の心は、逃げちまうだろう?」
「なにを……?」
微笑みを浮かべきれなくなり始めた揺籠の君が、動揺で眉を動かした。
ああ。それでいい。
惑うように、迷うように。
「お前は迷子でいいんだ」
そうクロウが諭すように呟けば、今度は玄夜叉が烈火を吹き出す。
「何も感じないぐらいなら、迷って、苦しんで、悩んで……いいんだぜ」
劫火纏う大剣を猛然と奮いながら、けれど、クロウの声色はとても穏やかで、優しくて。
ああ。この毅然として、剛毅なる漢の姿に別の影が重なる。
きっとそれはこの漢に心を託した相手なのだろう。でなければ、紫苑、杜若のような楚々として美しい紫を帯びたりしない。
ああ。
どうして、私にはそんなモノが、ヒトが、ココロがないのだろう。
いま、ひとりぼっちだ。
「――――」
揺籠の君は独りを選んで、とてもとても強いけれど。
何時か、何処かで、誰かと一緒にいれただろうか。シンプルな最強とは並び立つモノが居ないという意味で、ひとりきりという意味。
それで――この漢を越えられるのだろうか。
美しいと想った、ふたつの戀の残響を伴う漢に。
静かだからこそ、揺籠の『迷い』は何処までも強くなり、動きが鈍る。
なめらかに、たおやかに。
繊細にして優美なる槍捌きを見せていた揺籠の君の指先が、きゅっ、と縋るように槍を堅く握り絞める。
戦う為にはそうではいけないのに。
いつも、いつも、揺籠の君を『|否定|《ころそう》』としていた存在の前では、そうあってはいけないのに。
「ゆりゆりは、何と言葉を言えばいいのか。どんな、言葉が、想いが正しいのか」
まるで烈火に灼かれる花のように。
クロウの攻撃を捌ききれず、剣の勢いに翻弄されて、くるりと半身を翻る揺籠の君。
肌や防具は焼かれて消えて。
攻めて守るべき槍は、言葉と同じくどうすればいいのか忘れてしまって。
そう、忘れてしまったから。
願いが何だったのか。動機がなんだったのか。
全てを聖杯に任せられるのだったらよかったのに。
鳴いて、泣くことさえ捧げたのに。
喉が震えるのはどうして。傷ついて、火傷を負った肌より眦が熱いのはどうして。
ああ、私はと揺籠の君が。
教えて欲しいと、唇でなぞった瞬間。
唯一縋れるものだったリリスの槍を玄夜叉がその手から弾き飛ばし、世界を渡って滅びをもたらそうとしていた翼を刃が巻き起こす炎が焼き払う。
そして切っ先が狙うのはただひとつ。
慈悲のように、接吻のように。
ただ戀に類さぬ、ただ敬愛と慈愛を以てクロウの玄夜叉が揺籠の君の心の臓を貫き通した。
或いは――魂に巣くった罪なるものを。
「っぁ……っ……」
それでもと。
教えてと、震える喉で、血で染まった指先で。
クロウの胸へと触れようとする揺籠の君に、いいや、触れるべきは違うとクロウの手が握り絞める。
そうして、クロウが触れさせるのは――揺籠の君の目尻だった。
「俺は泣かねェよ」
代わりに、喉が震える理由を教えてやる。
指先で触れた部分から血が流されていく理由もと。
「なくのはお前だ」
「――――」
喉が震えたのは嗚咽と慟哭。
眦が血より熱いのは、涙が溢れんばかりの証拠。
冬の終わり、春の訪れを知らせる沈丁花の匂いに包まれながら。
「代わりなんざ意味がねェ」
お前の代わりに、鳴きも、泣きも、したりはしない。
誰かの代わりに涙を零して、嘆きの声をあげて。
「それでお前は満足かよ。それで、心が、魂が晴れンのか」
違うだろうよと。
誰かの代わりに泣いてあげることなんて出来ないのだ。
誰かの思いを、代わりに鳴いて誰かに告げることなんて出来ないのだ。
儚いほどの勇気を振り絞って、残酷で美しい世界に向き合い、心を晒すこと。
そう、誰かと共に、涙という魂の欠片を見せることが大事なのだから。
「俺の役目はこの世界を救うコト」
だから、鳴いてやることも違うだろう。
操られて、泣いてやったとしても。
それがどうした。やはり、何にもならない。
「聖杯剣揺籠の君、テメェが示した思いを最期まで見届けるコトだ」
だから殺されてやることは出来ない。
世界を滅ぼすのも、見てやることは出来ない。
変わりにと。
「テメェの骸の海を壊したいという想いの最期。見届けてやるからよ」
自然と。
いつの間にかと。
泣けない筈の揺籠の君が涙を零していた。
舞い散る花のように。
溶けて流れる雪のように。
凍てついた心が、ほどけていくように。
「――ああ、見届けてやる。骸の海がを壊したいお前の願い、想い、祈りが、どうなるかを」
世界に選ばれた漢であるクロウは約束するように言葉を結び。
「ゆりゆり……は」
掠れた声で、揺籠の君は最期の言葉を儚き泡のように浮かべる。
「たくさん、たくさん、なきました」
「…………」
「ないて、ないて、ないて。心の底ではないて。でも、どうにもなりませんでした」
どうしてそれを忘れていたのでしょうか。
全ての残酷で美しい世界の為にと、なきつづけたのに。
それでどうにもならず、でも、なきつづけることをやめられなくて聖杯に捧げて、押しつけて――それでもこうして胸の奥に、小さな欠片として魂に刻んだのに。
「なくことは、つみですか。せかいのためにないて、ゆりゆりではだめでしたか?」
「……そうか。それも、此処までだ」
そう、心を受け取ったクロウが、指先で揺籠の君の涙を拭う。
「お前を、骸の海になんて還さねェよ。安心しな。それほどに憎いものに、テメェを抱かせてたまるか」
「…………あた、たかい」
「そんな事も知らずに、愛だの欲だの云っていたのかよ。……次の命ではしっかり、間違えることなく憶えンだな」
消え去る儚くも迷い続けた少女の涙を漢の眸は映して憶えた。
そう、これまで。
ないて、ないて、泣き続けた揺籠の君は。
歌い、歌い、最期まで鳴き続けようとした揺籠の君の心は。
誰かに宿り。
形はなく、色はなく。
だからどんな感情だったのかはわからずとも、受け継がれていくのだろう。
それが骸の海を壊すかどうかは、まだ未来だから解らない。
ただ。
世界の為に泣き続けることを、きっと、祈るというのだ。
大成功
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