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宝貝【桜酔宴】

#封神武侠界 #戦後



「ふふっふー。やっぱ、宴会って言ったらこういうものの一つも欲しいってもんじゃないー?」
 そう上機嫌に口にしたオブリビオンの背後には、この岩肌で囲まれた洞穴の入り口を封じていた、巨大な大岩が真っ二つに叩き割られていた。
 オブリビオンが手にしていたものは、両手に乗せられるほどの漆塗りの蒔絵箱。
 閉じられていた組紐を解き、閉じられていた蓋を開けば。
 その瞬間を待ち焦がれていたかのように、箱の中からぶわりと桜の花びらが噴き上がった。

「こんな綺麗なもの、封印しておくなんてもったいないじゃなーい。
『見る人の幸せを想起させる』無限の桜が溢れる宝貝――お酒のお供に最適じゃなーいっ」
 言うが早いか、オブリビオンは山の中腹に露わになっていた入り口へと、躊躇いなく身を躍らせた。
 落ちる、そう思わせた身体は、何もない空間に軽やかに舞う。
 そして、オブリビオンは宝貝から溢れ空に漂う桜の花びらを渡りながら、歩き始めた。


「封神武侠界。その一つを構成する仙界にて、危険故に封印されてた宝貝の一つ『桜酔宴』が、オブリビオンによって強奪された」
 端的に、予知をしたグリモア猟兵レスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)は依頼の事象を告げ始めた。
「そして人界に下ってしまった、その宝貝を取り返す、もしくは可能であればユーベルコードにより破壊をして欲しい。
 今ならば、まだ間に合う――のだが」
 いくつか懸念がある、と。予知をした猟兵は言葉を止めた。
「まずは、その宝貝『桜酔宴』が自動式であること。
 効果自体は『触れた存在が己の幸せを想起させる、桜の花びらを無限に沸き立たせる』装置、とでも言えば良いのだろうか。
 蓋を閉めれば停止する為、一見では影響は些細にも感じられる。
 だが、蓋が開いている間は永劫にも近く。その花びらは風に舞い、集まれば『中空で人の体重を軽々と支える』力を持ち――『火を付けない限り、決して自然消滅しない』。
 ……このまま放置をすれば、人界の人々は例外なく多幸感の虜となり。誰も燃そうという者がいなくなった末に、いつしか全てが桜の花びらで埋め尽くされてしまうだろう」

 ならば、余計に急ぐべきなのだがと言葉を置いて、予知をした猟兵は話を続けた。
「困難なことに、それを強奪したオブリビオンの足跡が、あまりにも覚束ない。
 封印されていたのは仙界の切り立つ山肌の中腹であったが、今はその宝貝を手にしたままに人界の市中上空を巡り、その先の行方が追い切れなかった。
 今は人界にある事だけは確かなようだが――具体的な場所が分からない以上、明確にオブリビオンの場所近くへの転移が出来ない。
 猟兵の各々方には、空に浮かぶ桜の集まりを辿り。己の幸福に足を止めないように、その行き着く先となるであろうオブリビオンの場所を目指してもらう事になる」
 そう申し訳なさそうに、予知をしたグリモア猟兵は告げる。

「そして、その敵は――単純に『存在する全生命と、酒を飲んで花見がしたい』と言う理由のみで、その宝貝の噂を聞きつけ、強奪した。
 典型的な酔っ払いの暴走行為ではあるが、無限に貯蔵する酒杯の酒が切れれば、発狂し凶暴化する。
 各々に酒を勧めてくる事は容易に想像出来るが、酒そのものは非常に強く、幻覚を見やすいものでもある。ただでさえ宝具『桜酔宴』の花びらが舞う中。それらの対策、戦闘については各々方に一任したいと思う。
 いざとなれば、不意を突き暗殺を狙うのもありだろう」
 そこまで話し、予知をした猟兵は呼吸を置いて話を纏めた。

「敵は隙だらけに見えるが、傍らに置かれていた『桜酔宴』は、極めて厳重に監視されていた。最終的に、宝貝の確保、可能であれば破壊には『オブリビオンを倒す』事が前提となるだろう。
 ――それでは、どうかよろしく頼む」
 そして、予知をしたグリモア猟兵は、ひとつ集まった猟兵達へと頭を下げた。


春待ち猫
 ご閲覧いただき、誠に有難うございます。春待ち猫と申します。
『春の季節に桜はやっておきたい』そのような心持ちでシナリオを出させていただきました。どうかよろしくお願いします!

●時間帯
 時間は第一章、第二章共に夜です。

●第一章:冒険
 予知をしたグリモア猟兵が、オブリビオンの場所を掴みきれなかった為、一番近く、確実な場所として街近くへと猟兵の皆様を転送しました。
 市中は樹もないのに、空から桜の花びらが既に大量に振って来ており、地面にうっすらと積もりつつあります。人々は、既に幸福と共にぼんやりしており、情報収集は出来そうにありません。

 調べれば、あちこちより上空へと続く桜の道へと辿り着きますが、参加者の方は、例外なく探索途中で【己の幸せな空想】が思考の邪魔を始めます。
 足を止めるか、止めないか。具体的な内容か、ぼんやりとしたものか。
 是非、アクションにお書き添えください。

●第二章:ボス戦
 嫌でも幸福感を呼び起こす、宝貝『桜酔宴』の桜の花びらが風と共に吹く中でのボス戦となります。
 ボスは『全生物と酒を飲み宴会したい』という、一見過激派の酔っ払いに思われますが、如何に隙をつこうとも、今回の事件の原因となる宝貝は決して手放しません。
(最終的には、オブリビオンを倒す事で宝貝の奪還、破壊となります)

 必ずこちらを宴会に誘って来ますので『宴会に参加して語り明かす』等、そちらをご自由に対処していただきつつ、適当に攻撃等をしていただければと思われます。
 酔っ払っている為、弱い攻撃でもそれなりのダメージが出ます。
 ※成年の方には酩酊効果と幻覚効果のある酒を、未成年の方には、成年と同じ効果のあるジュースが提供されます。

 それでは、桜と酒宴に耽るもよし、探索とオブリビオン退治に集中するもよし、お気軽にご参加いただければ幸いです。
 どうかよろしくお願い致します!
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第1章 冒険 『市中追跡行』

POW   :    豪快に追いかけるぜ!

SPD   :    軽快に走るよ!

WIZ   :    痛快に決めてやる!

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張・西嘉
花見酒が楽しいのは分からんでもないが…まったく迷惑な話だ。
酩酊状態の民のことも心配だし早めに解決するに越したことはないのだが…。
己の幸福な空想。
あまり空想やら妄想をすることはないのだがそう言う事ではないのだろうな。
自覚があるものを言えばやはり主の事だろうか。
確かに共に花見酒に興じる事ができれば幸福だ。
酔っ払った主はどうしようもなく可愛い恋人の一面を見せるものだから。
酒癖が良いとは言えないがそうやって酔っ払って居るのは甘えているからで。
(ふいにキンと耳飾りが冷える)
分かっているとも俺は本物の瞬にしか興味はないさ。
さて、気を取り直して歩みを進めよう。



●ひとときの幻が、此に勝てる道理などなく
「花見酒が楽しいのは分からんでもないが……まったく迷惑な話だ」
 桜の花びらが、地面に触れていた花塵すらも巻き込んでは無数の花筏となって道行く先を滑っていく。
 中空に集まれば人を支えるだけの力を持つとは聞いていたが、どうやら気まぐれな風には流されていくものであるらしい。
 同時に、張・西嘉(人間の宿星武侠・f32676)が目にした先には、まだある程度、土の見える地面の建物に寄り掛かるように、幸せな酩酊にだらしない笑顔を見せている民の姿があった。
「酩酊状態の民のことも心配だし、早めに解決するに越したことはないのだが……」
 これが一夜の幻であれば『そのような事もある』で片付けられたかも知れない。
 だが、これは花びらが消えない限り永続なのだ。風が吹けば花びらは散り飛ぶもの。しかし、これらをずっと生み出している宝貝がある以上、放置は決して出来るものでも無いだろう。

 西嘉は、探索の足を速めようとして――不意に、その身を無数の桜花を巻き込んだ突風が打ち据えた。
「――!」
 日常に於いて、西嘉には、空想も妄想も無縁に近いものだ。それでも、尚も宝貝である【桜酔宴】は、その身の中に幸福と云う名の幻を見せる。
 辺りを見渡しつつ進めていた歩みは、微か遅く。
 想起したものは、かつての蛍火を見た時のように、自分の隣に座る己の主の姿――。
(ああ、確かに。共に花見酒に興じる事ができれば幸福だ)
 夕焼けが、まだ消え去って間も無い宵の口。それでも夜に舞う薄紅は尚も映えては美しい。
 ――この景色を肴に、主と酒席を共に出来れば一体どれだけ嬉しいことだろう。

 酒に染まった己の主は、普段日常では決して見せることのない一面を西嘉に見せてくれる。それは愛しくも可愛い恋人としての横顔だった。
 幾ら呑めども変わることのない西嘉に比べ、酒癖としては少々、良いという括りにこそ出来ないが。それでも愛すると同時に仕える身でもあるこの目は知っている。
 日常の中で。喩えるならば鋭く割れた氷片を、あるいは氷そのものの冷徹さを体現したかのような存在が、酔いの合間に見せるその仕草は、言葉は、表情は。
 そのどれもが、己自身が『酔う』と云うありようを西嘉に委ねた、他には決して見せぬ、主の確かな甘えであるという事を。

 それを目にできるのは、感じ取れるのは己だけだという、
 ――『幸福』は、確かにそこに――。

「……っ!?」
 不意に耳元から、突如空気までも凍りつかせそうな冷気が走る。西嘉は奪われた宝貝の残滓により、止めかけていた己の歩みに気が付いた。
 主から受け取った耳飾りはその冷気によって訴える。
『こちらを見ろ』と言わんばかりに。

「――ああ、分かっているとも」
 そう。空想は、そこまで。
 西嘉の心は、どこまでも。手には掴めぬ夢想ではなく、確かに触れられるものにこそあるのだから。

 耳飾りに感じ取る相手の意を汲むように、己の中にある満ちた心で西嘉は微笑む。
 ふと、風に吹きつけていた花吹雪の翳りに光を見て、そちらに目を向ければ、満月が上空に向けて集まり漂う花びらの段差を照らし出していた。
 風が吹く度に揺らめくそれは、いつ霧散してもおかしくはなさそうだが、明らかに花びらは上空の彼方に集まっている。依頼である以上、いつ風が吹き付け散り消えるやも知れぬという不確定要素に怯える恐怖などもない。
「さて、気を取り直して歩みを進めよう」
 そうして、西嘉はその桜花で染まる上空の道へと、一歩進み始めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

地籠・陵也
【アドリブ連携歓迎】
事態が事態でなければ桜が綺麗だな、という話にできるのだが。
そうもいかないからな。地道に探すとしよう。

【指定UC】でエインセルにも手伝ってもらおう。
俺はあまり動きが早くはないからな……(ぽてぽて歩くSPD290)

……これが終わったらみんなで花見でもしようか。
弁当の具は何にしようか……おにぎりの三種神器の具(梅ツナ鮭)は欠かせないとして……
(それからずっと弁当の具をぼそぼそ呟いて考えながら歩いて行く……)

……ん?気づけば大分進んだな?
メモも一冊埋まってしまった。おかしいな、オブリビオン退治のハズがピクニック計画になっていた……
これが宝具の魔力という奴か……(※そんなことはない)



●花見抵抗力値チェック
 吹き荒れる花びらが、道を歩いているだけでも視界を遮り見通しを悪くする。
 これがもし花見観光の類であれば、喜びに溢れること間違いなしだ。しかし、
「事態が事態でなければ桜が綺麗だな、という話にできるのだが。
 そうもいかないからな。地道に探すとしよう」
 地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)は、ただでさえ視野の良くない桜の花びらに邪魔されながらも、入り組んだ市中を迷わないよう、その道筋を記した軽い地図を今回のオブリビオン対策の思案と共に、メモに書き込みながら歩いていた。

「上空からも同じくらいに探索できれば……。
 そうだ――『術式展開』」
 陵也は、己の呟きにひとつ思い起こしてユーベルコード『【昇華】風を追う白羽の猫(ピュリフィケイト・チェイスシャットエインセル)』を発動させた。
 くるんと、可愛らしく身を中空に一回転させて。その場に純白の羽根を備えた子猫が現れる。
「エインセル、上空から桜の道を辿って見てくれないか。お前の方が早いから」
 子猫のエインセルと五感を共有した陵也の言葉に、エインセルは「にゃーん」と柔らかく一声鳴くと、空へと元気に飛んでいった。

 上空を駆ければ桜の花びらが視界の全面に押し寄せてくる。そのような、幻想的な光景をエインセルと共有しながら、同時に陵也も探索を始める。
 全く感覚の異なる環境での五感の共有は不便でもあるが『時間が無制限とは言えない』この状況下での探索である。そこに、元から己の戦闘スタイルに素早さを求める事のない陵也としては、エインセルに託せるだけ託してしまった方が、効率が良いとすら思える程だ。
 エインセルの全身を包むように吹く花嵐を、陵也は感覚共有で感じ取りながら。一応は前へと足を進めていくものの、明らかに受けている宝貝【桜酔宴】の影響で、その思考はつい『幸せ一択』へと辿ってしまう。

「桜か……これが終わったらみんなで花見でもしようか。
 弁当の具は何にしようか……おにぎりの三種神器の具(梅ツナ鮭)は欠かせないとして……」
 無意識に、市内の地図を控えていたメモの続きに『おかかも、明太子も捨てがたい』と言う文字が追加される。
「添え物は何にするか……たくあんは必須として、キュウリの漬物とかも良いよな……」
 次のメモには『キュウリの漬物』の文字がしたためられる。
「……飲み物は、エインセルにオレンジジュースと、俺たちはせっかくだから、オーダーメイド純米酒『ばるたん』や大吟醸『辰乃誉』も視野に入れて……。そうなると、天然水も買っていった方が良いだろうし……」
 この辺りで、今回の依頼対策として用意されていたメモの記載内容は、もはや『お花見を如何に限界パーリィ状態にするか』レベルの内容で溢れ返っていた。

「あ、忘れていたな。そうなれば、手軽に飲めるお茶は必須……!
 ……ん?」
 ――我に返った時には、時、既に遅し。
「気づけば大分進んで……?
 メモも一冊埋まってしまった。おかしいな、オブリビオン退治のハズがピクニック計画に……」
 既に、メモには空きスペースがない。
 これはもう『オブリビオン退治思案メモ』というより『楽しい楽しいピクニック企画仔細メモ』に名称を変更した方が良いほどの有り様になっていた。

「もしかしたら――これが宝貝の魔力という奴か……!」
 陵也が思わずごくりと息を呑む。
 ――あながち間違ってもいないのだが、その事実相違の大きさには、宝貝に意志がありそれを耳にすれば、ちょっと泣いていたかも知れない。
 しかし、無意識に幸福の形を肩代わりしていた陵也のお陰で、空を飛んでいたエインセルは無事に上空から先に繋がる道を見つけて、こちらへと戻って来た。

「本当に気付かない間に、ここまでさせるなんて……。
 今回の依頼、一筋縄じゃいかないな――気を引き締めていかないと……!」
 陵也は、幸せ計画の詰まったメモをしまい、代わりに怪我もなく役目を終えたエインセルを、心に覚悟を決めた様子でぎゅっと抱き締めた。

 ――それはそれとして、桜の花が咲く内にこのメモ内容は実行に移しておきたい。
 そんなほっこりとした気持ちが、心の中で誘惑に近く惹かれ思うのを、陵也は今だけは必死に心の奥底へと抑え込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴上・冬季
「上空に居る、と言うなら上空まで追いかければ良いだけでしょう?」

自分は風火輪
黄巾力士は飛来椅で空中へ
花弁が舞ってくる方向めざし飛ぶ


自分が甘味をガツガツ食べる横で
気だるげに師が酒を飲んでいる
九尾の師はどんな姿でも美しい
位階が上がれば
自分も師の世話を焼けるようになるだろうか


「…刃覇でもあるまいに」
苦い声が漏れる
一瞬落ちたスピードを上げる

刃覇のように師の世話をしてみたかった
刃覇のように師の傍に侍ってみたかった
刃覇が封神されてから
師は弟子に必要以上に構われるのを厭うようになった
位階が上がっても
自分が師の世話を焼くことはないだろう
師が自分に手弱女のような表情を見せることはないだろう

甘い夢はいつも苦い



●届かぬ階
 闇の天蓋から、はらはらと薄紅色に揺れる雨が降る。
 肌も服も濡らさぬ花弁の一枚が、そっと鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)の学生服から誂えた八卦衣に触れ、すぐにその威を感じ取ったように、風に乗って遠くへ姿を消した。
 つい、と。その秀麗な顎を上げれば、上空には風に揺らめく数多の花びらが花霞のように夜を染め。満月が遥か彼方から、こちらへと誘うように光を注いでいるのが、永い時間、様々な存在を目にして来た青色の瞳に映し出された。
 話に聞く宝貝を解放したまま去ったのであれば、必然的に『それ』がいるのは、花びらが今尚多い上空であるという事は間違いないだろう。

「上空に居る、と言うなら上空まで追いかければ良いだけでしょう?」
 どうやら相手は、隠そうという気も、隠れるという気すらもないらしい。
 むしろ、この舞い踊る無数の花片にはこちらへの誘いすら感じられて。冬季は口端を僅かに上げると、背後に従えさせていた己の技術能力の粋を集めた宝具・黄巾力士を伴い、具えた宝貝で空へと一気に飛翔した。

 方向感覚を奪いかねない量のこちらを呑み込む白紅の花弁も、一切気に留める事なく進んでいく。消えない桜、だがこの距離は決して無限などでは無い。
 そして、冬季が足に装着した宝貝の出力を上げて、この場を抜けようとした先――ふ、と。世界が変わった。

 それは、妖仙としての狐尾が、まだ今よりも少なかった時分。
 仙骨を増やす厳しい修行の合間に確かに存在した、平和なひととき。
 月餅、落雁、桃饅頭――目の前に無造作に置かれた菓子や果物を、好物の誘惑に勝つ気など端から無く、手当たり次第にかぶりついては、その甘さに脳を至福で満たす傍らで。
 視線の少し先には、流れる美しい毛並みを整えた、九つの尾を持つ己の師が、自身に滲む倦怠を隠しもしていないのに、それを交えて尚色ある優美さで、仙界の一等酒を口にしていた。
 冬季は、師を目にしていたその時だけは、甘味すらも思考の端に追いやるように、じっと相手を目にしていた――たとえ何をやろうとも、麗しさを伴う己の師は、その場のどの空間を切り取っても、美しいものであったから。

 いつか、と思ったものだ。
 ――いつか、位階が上がれば。
 自分もあの師の傍らで『あのように』世話を焼き、その意に何よりも近く沿うことが出来るようになるだろうか、と。

「……刃覇でもあるまいに」
 桜花の海を駆ける現実と、留まり纏わり付く夢想が交差する。
 胸に蟠る、微かな忸怩にも似た思い。冬季は、それを振り払うように、瞬間留まりかけていた風火輪の勢いを今まで以上に跳ね上げた。

 桜花に染まった視界の代わりに、かの存在の姿が脳裏にだけ焼き付いている。
 あの時、師と共に自分が目にしていた――同門の兄弟子、刃覇のように。己も酒に酔い任せきりの師の世話をしてみたかった。
 己も刃覇のように、あの師の傍に『当然、師の傍らに在るべきもの』として――侍ってみたかった。

 だが、在る事変を以て。
 刃覇は封神され、その名を封神台に刻まれた。
 生を繰り返す、その在り様を元に生きる妖仙にとって、其れは何を意味するか。
 そこには、確かなひとつの悲劇があった。

 以降、師は自分の弟子に、不要に己の心身を任せようとはしなくなった。
 過去に見た光景にはない――師は、必要以上に弟子に気に掛けられる事を厭い、それに完全な拒否をした。
 あの瞬間より、己の師から無駄な言葉を聞く事はなくなり、誰かの手を掛けるような無用な行為も、この目にする事はなくなった。

 その時、ああ、と思ったのだ。
 これから先。きっといくら位階が上がろうとも、もう冬季がこの美しい師の世話を焼くことはないだろう、と。
 そして同じように、師が自分に。過去の兄弟子に向けたような――心を柔に染めきった、一輪の花を思わせる手弱女のような表情を見せることも、無いのだろうと。

 そして、全力で夜空を駆けた先。
 冬季の意識に残る夢幻が、完全な明瞭へと取って代わられた。

 ――かつて目にしていた、夢想にも近い幸福は。
 この胸に抱く甘い夢には、いつも苦い記憶が滲んでいる――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…生けるもの全てとの酒宴を望む、実に良き理想では御座いますが…。
その果てにあるものが緩やかな世の滅びとあらば、応じるわけには参りませんね。

己が幸福の空想…。
過去の暴威との戦を終え、武の力を心から忌避する事が許される世。
その世ではきっと命は弱きものとなりましょうが…、『弱き事を許される』世が其処に在るのならば、どれほど喜ばしい事か。

――されど私の本質たる『獣』は衝動のまま、ただその爪牙を血に染めるを幸福と望むのでしょう。


武の至りにて律すれど、未来が見える事は無し。
なれば我が望む未来に繋ぐべき『今』、此処に在る道を。
オブリビオンのもとへ連なる桜花の道を、立ち止まる事なく進むと致しましょう。



●獣であり、だが人として
 ゆっくり。しかし同時に、無意識の警戒を伴いながら。
 足元に本格的に積もり、地面を柔らかな桜色に染め始めた市内道を、月白・雪音(月輪氷華・f29413)は歩いていた。
 木々の無い花弁は空から降り注ぐ。ならば、敵オブリビオンは今もこの上空にいる可能性が高い。
 ふと、雪音が顔を向けた先。赤の瞳に映った満月の遠くに、一瞬だけ、何かの影を目にした気がして足を止めた。だが、しばらく凝視したものの、以降そのような変化は見受けられない。
 しかし、それは『目の錯覚ではない』と、本能に基づく勘が告げていた。

「……。
 生けるもの全てとの酒宴を望む、実に良き理想では御座いますが……」
 雪音は一度、月面から視線を市内に戻す。
 そこには、あちこち各々の家や店の軒先などで、酔ったように幸せな幻想に浸り、桜に少しずつ埋もれ始めた人々の姿があった。
 このままでは、人々は寝食も忘れてひたすらに『与えられ続ける幸福を貪り死んでいく』のみ。
「その果てにあるものが緩やかな世の滅びとあらば、応じるわけには参りませんね」
 きっと、桜がここを舞い染める前、最初はこの場の人々も、理性の内に理解しながら生きていたはずなのだ。
『理想の幸福を想うだけでは、腹すら膨れることはない』のだと。

「――」
 瞬間、人々をうっすらと埋め始めた足元の桜の花弁が一陣の波となり、雪音の足元を、まるで実際の水のような柔らかさで駆け抜けた。
 ふわり、と雪音の心に温かなものが浮かび始める。思考にまでも同じ温もりが、先程まで張り詰めていた警戒感すら囲い、包み込むように呑み込んでいく。
 宝貝の効果を事前に聞いていなければ、間違いなくオブリビオンによる精神攻撃と判断していたことだろう。
 だが、これはあくまで花弁に付随する効果だと耳にしている。ならば、と雪音は強く足に力を込めた一歩を踏み出す事で、己の意志と阻害される思考を両立させて歩き始めた。

 雪音の無心の内に、己の幸福が浮かびあがる。
 それは、オブリビオンという呼称で呼ばれる『過去の暴威』との戦いを終えて、武力に頼る必要の無い世界。
 ――ひいては武の力を、全ての人々が心から忌避することが許され、力を持たざるものが罪とされない世界。
 それが、世界の摂理として叶うのであれば、戦いを忘れた命は、きっと存在ごと儚きものとなるだろう。
 だが、雪音は思うのだ。
『弱き事を許される』世が其処に在るのならば、それはどれほど喜ばしい事であろうか、と。

 しかし。
 同時に、雪音は何よりも知っている。
 己の心に浮かぶ、幸福という名の理想郷すらも。己の本質である『獣』は――全てにおいて強者であり続ける猛虎の性は、きっと衝動のままに、全てを引き裂き喰らい尽くすであろうことを。
 そして、己の爪を、己の牙を。弱き人々の血潮に染めて『それこそが、幸福だ』と猛り吼えることを。

 本能が叫び上げる己の真実である獣の猛りを、雪音は奇跡に近い環境と己の渾身の努力によって、完全に近く律することを覚えた。
 しかし、このままでは――その先には、何も無い。
 己の獣性を、武の意志によって御し切った。しかし、それだけでは。それだけでは、自分の未来に何の形も残しはしない。

 ――一時、集まっていた桜の花びらを大きく薙ぎ払うように、風が吹く。
 雪音は、気が付けば市街を少し離れた湖まで辿り着いていた。
 一度吹き付けた、それ以降の風は無く、凪いだ湖面を満月が照らし、その行く筋に桜花の集まりが、段差のように固まり寄せ集まっているのが目に入る。
「……なれば」
 雪音は小さく呟き、湖から上空へと至る、桜花の階段へ足を伸ばす。
「成すべきことは。ただ、ひとつで御座いましょう」
 そして、湖上に浮かぶ桜の花びらが浮雲のように密集している箇所へ、雪音は躊躇いなく足を降ろした。

 このまま先にある未来が、闇の淵にも似た虚無に等しいものであるならば。
「――」
 紡ぎ進むべきは。己が自ら望み掴まんとする、未来に繋ぐべき『今』――此処に在る道であるべきなのだから。

 もう一歩、雪音は花弁が重なり集まる中空へと足を伸ばして。
 この不安定にも思える夜空に、迷い無く確かな自分の身を置き、確かな一歩を刻み込む。
 そして、未来に向かう意志を向けた雪音の歩みは、決して留まることなく、倒すべき敵のいる上空高みへと向けられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】
食欲をそそる香りと、音と、梓の後ろ姿
梓がパンケーキを作ってくれているのだと分かった
これは例の宝貝の空想かな?と勘付いたけど
少しくらい身を委ねてもいいよね
こんなにいい匂いがするんだもの
ねぇ、まだー?と急かしちゃう

やったぁ、いただきます
絵本に出てくるような分厚い焼き立てパンケーキを口に入れれば
とろけそうなくらいフワッフワ食感
やっぱり梓の作る料理は世界一美味しいなぁ
今まで色んな世界で色んなものを食べてきたけど
梓の手料理を食べている時が一番幸せ

ねぇ梓、次はプリンを食べたいなぁ
えー、今作ってくれるわけじゃないんだ、残念
そういうことなら、追加でカヌレとタルトも作ってもらうからね
約束だよ


乱獅子・梓
【不死蝶】
オブリビオンの場所を突き止める為に
歩き回っていたはずなんだが…

何故か俺はキッチンでパンケーキを作っていた
…あ、そろそろ裏返さないと焦げてしまうな
しかし何で俺はパンケーキなんて作っているのか?
と思ったら、向こうから「まだー?」と急かす綾の声と
焔と零の可愛らしい鳴き声が聞こえてくる
ああそうか、あいつらに振る舞ってやるんだったな

さぁ、冷めないうちに食べてくれ
満面の笑顔でパンケーキを食べる綾と仔竜達
自分の作った料理を誰かが幸せそうに食べてくれる…
この上なく幸せなことだよな

…いや、続きはまたあとでな
俺達にはやることがあるだろう?
それが終わったら、お前の好きなもの何でも作ってやる



●それは日常の些事でなく。日々に募らす幸福なれば
 桜花を巻き込んだ、白桃色にも近い風が吹く。
 それは、夜でも暖かとなった季節に相応しい、柔らかな中でも一瞬息を詰まらすような春風の強い一撫で。
「うおっ!?」
「わ、」
 それを不意打ちで受けたふたり――オブリビオンの居場所を突き止める為に、市内を探索していた灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)と乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)は、桜花の嵐に一瞬、全てを奪われ立ち止まった。

 そして、気が付けば互いの心は、あれ程にあふれ返った桜の気配が殆ど感じられない静かな世界。
 ここがどこかは分からない。ただ『意識などする必要もない』と、先ほど吹き抜けた風の残り香が語っているような気がした――。

 最初、綾の瞳に認識として飛び込んで来たものは、何かの作業にいそしむ梓の後ろ姿だった。
 そして次に、綾の嗅覚がふんわりとしたお菓子を焼いている時のような、ケーキ生地が膨らむ時に漂う、ほんのりとした甘さを交えてうっすらと焼き色を感じさせる香ばしい匂いを拾い上げる。
 三度の食事ほどではないとはいえ、幾度も嗅いだ香りでもあったから。綾はそれがふと、梓の手によるパンケーキの制作過程である事を理解した。
「――」
 しかし、梓がここで自分の為にパンケーキを作ってくれるというのは、個人としては嬉しくとも、そこにはあまりにも脈絡が無い。
 綾は、それが即座に今回の宝貝である【桜酔宴】の効果だと理解した。
 思い描く『幸福な空想』――一瞬、目の前にいる梓も己の幻覚かと凝視したが、数秒、じっと見つめてもそれが幻想であるとは思えない。それは、確かにそこにある命を伴う生きた存在感。
 ならば、ここにいるのは本物の梓で間違いないだろう。傍らにいたからか、それとも互いの意識の同調か。少なくとも、どうやら互いに見ている幸福は、同じ光景を共有出来る程にとても近い所にあるらしい。

「……」
 それは――綾にとって、とても嬉しい事のように思われた。もしそうならば、今はこれから幸せを届けてくれるに違いない、梓のパンケーキを待つのも悪くはないと心に思う。
 何しろ、こんなにもいい匂いのする幻であるのだから。こんなにも既に幸せを感じられそうな、良い香りがする幻であるのなら。
 少しくらいは、心も共に留めてみても良いだろうと思われて。
 綾はこの幻想の続きに身を委ね、少しだけ今の状況を堪能する事にした。

「……?」
 ――嗅覚が、美味しく焼けているお菓子の香りを梓に伝えた。
 最初の認識は、自分の愛用するドラゴン印の調理セットのフライパンで。己でも良い匂いだと思える菓子を作り焼いた時の香りだった。
 愛用の道具に、馴染みのある匂い。そう考えれば違和感など、何も無いような気もするのだが。
 ――何かが引っ掛かる。何が気に掛かるのだろうか。
 心が柔らかながらも微かに鳴らす、何かの違和感。日常であれば、拾わないことなど決して無いその警鐘に、
「ねぇ、まだー?」
 などと、人生で一番聞いているであろう声が響き渡るものだから。
「もうちょっと待ってろ!」
 というやり取りを交わすのも、至極『当たり前の事象』であり。
 更には、明らかにお腹を空かせた焔の『キュー』という鳴き声も、待ちつつも不満を感じているのが分かる零の『ガウ』といった、仔竜達の鳴き声までもが聞こえてしまえば。
 ――ああ、そうか。と得心などをしてしまう。
(……そろそろ裏返さないと焦げてしまうな)
 これを、あいつらに振る舞ってやるんだった――どうして、そのような事も忘れていたのかと、梓は不思議に思い首を傾げた。
 自分も、まだボケるには早すぎるだろうと思わず頭を振る。
 そして、綺麗な薄焦げ色に焼けたパンケーキを、慣れた手つきで引っくり返した。

「さぁ、冷めないうちに食べてくれ」
 どこの出所か分からないテーブルも椅子もカトラリーも。今はそのような無粋、誰も気にする人はいないのだ。
 ここに出されたものは、確かに梓の手の掛かったパンケーキ。
 一枚でも厚さがあるのに、それを三層に重ねたナイフを入れるのも大変そうな一品だ。
 まだうっすらと、柔らかな熱が伝わり、その一番上に乗せられた大きなバターがじんわりと溶けていく真っ只中。傍らにはボリューミーなホイップクリームが添えられて、大きな皿の側には、見るからに焦げ蜜色で他には考えられないと言わんばかりの、日常サイズではないパンケーキに合わせた量が入る大きなメープルシロップの器が置かれている。

「やったぁ、いただきます」
 それは、まるで絵本に出てくるお菓子の家の備品なのでは、と勘違いしそうな程に規格外の食を掻き立てる魅惑のお菓子。客観視すれば食べるのも困難そうな大きなサイズでも、今ならば気にする必要もない。
 実際に、あまりに器用にナイフを使い、パンケーキの一部を軽やかに切り分けて口に運んだ綾は、その食感に大きくサングラス越しの瞳を見開いた。
 口の中に入れて閉じれば、じゅわと広がるメープルシロップの甘さに、バターの薄塩っぽさを同時に感じられて、口の中は一瞬で花畑になったように鮮やかに風味という名の香りで溢れ出す。
 それでいて食感は、文字通り歯で噛んでもいないのに、ゆるりととろけ出しそうな位に柔らかで綿菓子よりも口当たり良くふわふわしているのだ。
 一口を最初に運んだ綾が、至福以外の何物でも無い表情を見せる。すると仔竜二匹も、今すぐ分けてほしいとばかりに綾の服を引っ張った。
「ああ、悪い。ちゃんとお前達の分も分けてあるから」
 梓はうっかり、つい無意識に綾の幸せに溢れ切った表情を見ては流れるように同じ感情を受け取って、己の対応が遅れてしまった事に気づく。
 急ぎ梓は仔竜達二匹にも、小さなお皿に同じようなパンケーキを出し、それをテーブルの上に乗せた。
 ナイフが使えない二匹であるから、と。食べやすいように既に切り分けられたパンケーキ。しかし、二匹はやはりシロップとバターまみれになるのは避けられない勢いで、綾と同様に同じ幸せ食感のパンケーキを食べ始めた。

「――うん。
 やっぱり梓の作る料理は世界一美味しいなぁ」
 綾が、幸せをそのまま口にする。
 世界を渡れば、猟兵であれば美味なものなど幾らでも食べられるものだ。
 だがそれでも――綾は、梓が作った料理が、その世界の全てを秤に掛けて尚も美味しいと瞳を細めて微笑み告げた。
 きっと、仔竜達の様子を見ても、それは同様なのかも知れない。
 そう思えば。
「……ああ、そいつは良かった」
 自分の作った料理を――こうして、誰かが幸せそうに微笑み、安らぎと喜びを乗せて食べてくれること。
 梓にとって、それ以上の幸福など、一体何処にあるだろう。

 ざぁっと、耳元から桜の花びらが吹きつける音が遠のいた。
 束の間の、無風の静寂に包まれる。
 幸福なる空想は、ここまで。

「ねぇ梓、次はプリンを食べたいなぁ」
 現実に引き戻された。しかし、綾はあまりにも自然に、そのような事を言って笑顔を見せる。
「……いや、続きはまたあとでな」
 一拍の間。遅れて我に返った梓が、未だこの場から少し意識の離れた言葉を置く。
「えー、今作ってくれるわけじゃないんだ、残念。
 せっかくだから、今作ってくれても良いのに」
 わがままだ。しかし、そのような事は口にしている綾にも分かっている。
 今は、――まだ依頼の最中。
「俺達にはやることがあるだろう?
 それが終わったら、お前の好きなもの何でも作ってやる」
 しかし、突っぱねずにそう答えた梓にも、それは先の幸福が胸に残り続ける証であったことが、己でも容易に想像ついた。
 それは、少し情けなく感じられたが――それでも尚、あれは己の幸福を、確信に変えてくれた一瞬でもあったから。

「そういうことなら、追加でカヌレとタルトも作ってもらうからね。
 ――約束だよ」
 悪びれる様子はない。悪いことは何もしていないのだから、この要求は当たり前なのだ、と。
 綾は、昔では決して口にしなかったであろう次の約束を、確かに寄せて梓に乗せた。

「……ああ、そうだな」
 その重みを、無意識の内に湧いた幸福の価値を胸にしまって。
 梓は静かに瞑目と共に、滲む微笑みを抑えきれず、小さくその心を表情に浮かべて見せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メルメッテ・アインクラング
キリジ様(f31149)と

主様の超絶偽幸とは別種の多幸感なのでしょうか?
けれども私は生きている現在が一番幸せですから……?
脳裏に広がる、この光景は?

遥か昔、何処かの国の、屋外の式典場?
私は舞台の上。私の後ろに聳え立つのは黒色のサイキックキャバリア
歓喜に沸く大勢の人々を見下ろしていて――

違います。そちらの御方は『主様』で、私は「メイド」
なのに何故、皆様は主様を『棺』、私を「王」と呼ぶのですか?
『王の為に造られた棺』と「棺の為に作られた王」?
否定したいのに、「メル」は悲しくて堪らないのに、どうして「私」は嬉しいの?

確かに「私」の幸福である筈が「メル」の幸福とは程遠く。自己が乖離していく感覚に怯えます
でも「……キリジ、様?」そうです。メルは、キリジ様と依頼へ来ているのです。行動しなくては!
夢中で触れて、掴んで「キリジ様!」

申し訳ありません。多幸感への耐性は有ると確信していたのですが
内容は、夢、みたいで。あまり覚えていなくて……
おかげで戻れました。ありがとうございます、キリジ様。先へ進みましょう


キリジ・グッドウィン
メルメっち(f29929)と
幸福が自分の頭ん中で完結するようじゃ「人々の営み」ってなモンは結局無駄なんじゃね?
…対象を破壊してさっさと終わらせるか

脳の端に勝手にペンキを垂らされた感触。視界が一瞬ぼやけて力が抜け、口の中が乾くがそれだけ
…麻痺してやがる

(プラントにいた頃に毎日の様に頸椎から頭の中へ勝手にぶち込まれてた刺激。
「痛みで何とか」「ストレスレベルを上げますか」「壊れる前にエンドルフィン係数上げて調整しましょう」
外で誰かが何か言ってるし何かやってるがもう何もわかんねぇよ)

(周りの呆けてるような人々を見て)……「多幸感」も真っ当に感じ取れないのか。まあ今は好都合だけどな

ナイフの柄で自分のこめかみをぶっ叩いて、無理矢理覚醒へと持っていく。よし、一応外的刺激は感じ取れるな。加減は利かなかったが
んで?メルメっちは……なんかぼけっとしてんな
「おい、メルメっち!起きろ。調査とはいえいつ何時戦闘が起きるかわかんねぇぞ」
腕を掴んでやや強引に揺さぶる。あー、いや"いつも通り"が良いと思ってな、ああ。



●過去の残影
 桜の花片が、一枚ふわりと。既に道であろうとしか予測できなくなった桜花の絨毯へと、溶け込むように紛れ込んでは消えていく。
 道に転がる人々は、ぼんやりと己の身体が埋もれていくのを恍惚にも似た至福の笑みで受け入れている。メルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)とキリジ・グッドウィン(what it is like・f31149)は、その様子を複雑極まりない心境で見つめていた。

「……幸福が自分の頭ん中で完結するようじゃ『人々の営み』ってなモンは結局無駄なんじゃね?」
 思わず零れたキリジの本音。それが耳に届いたのは、対象である道の人々ではなく、傍らに立つメルメッテのみ。
 他人がいなくとも全てが完結する、そのような干渉の全てを否定し、幸福に浸る人々にあふれたこの光景。
 それはもはや桜に埋もれ、呼吸と与えられた幸福というものに、不気味な笑みを浮かべているだけのゾンビの群れを彷彿とさせた。

(これは……主様の『超絶偽幸』とは別種の多幸感なのでしょうか?)
『超絶偽幸:フォアシュピール』それは彼女の主――一部の存在以外には極秘にされている、サイキックキャバリア・ラウシュターゼに搭乗する際にメルメッテのみが耐え切れる、他者が受ければ思考崩壊は免れないであろう、強制的かつ苛烈な『多幸感』の現象名称だ。
 類似のものであれば、メルメッテにも多少の慣れがある。しかし、現状ですら到底看過出来るものではないのは、今にも『幸福の名の元に、思考が壊死しそうになっている』この人々の惨状を見ても明らかだ。
 今を言の葉にするならば、それは花霞に沈もうとしている死の世界。

「主様の超絶偽幸も御座いますが……けれども、私は生きている現在が、一番幸せですから……」
「……対象を破壊してさっさと終わらせるか」
 この桜は『人が幸福たらんとする』――人間が人間たり得る一部を明らかに破壊する。
 ただでさえ『人々の営み』という存在に薄霞のような違和感と、必要不要で言えば、その意味が己にはあまりに遠いキリジとしては、そこで思案を止めて、早々にそれ以上の思考をやめて足を速めた。

 しかし、仙界において封印にまで至った宝貝の効果は、容赦なく二人の姿を突風と共に、その具現で有る桜吹雪の中へと巻き込んだ。

 瞬間、キリジの脳の端より、どろりと甘い色をしたペンキを垂らし落とされたような、拭き去る事も出来ない違和感が支配した。
『何か』によって視界が霞み、全身をめまいにも似た脱力感を覚え、今まで何も無かったはずの口の中が、乾き切った菓子を食べた後のように渇きを訴える。
(……麻痺してやがる)
 本来は――否。遙か昔には、正常であったのかもしれない感覚は、今となってはキリジの脳に、異形の何かを絡みつかせるような違和感しか与えない。

 同時に――感情の鈍磨欠落の激しいキリジですら、この状況であれば。
 それは、メルメッテを深い幻覚へと叩き込むには十分過ぎるものであった。
 思考の全てが、切り替わる。脳裏に映し出された世界は、まるで『現実に起きている出来事』のように、メルメッテの心に触れた。
(――この光景は?)

 そうして。二人が歩みを止めたのは、ほぼ同時だった。

 メルメッテの脳裏が、高性能ホログラムなど比較にならないほど鮮やかに、とある光景を映し出す。
 それは遥か昔。爽やかな風が、野外に作られた式典場の芝生を揺らす、何処かの国の『何かの』祭典の日。
 メルメッテは、高所に組み立てられた舞台の上に立っていた。その背後に、鮮やかな四の紅色と同じ高さでそびえ立つものは、一体の漆黒に身を染めた、あまりにも見覚えのあるサイキックキャバリア――。

「素晴らしい! 流石は『我が王の為に造られた、至高の【棺】』だ!」
「これが――我らが『【王】が、棺の為にある限り』全ては安泰に違いない――!」

 脳裏に刻まれるその光景を見つめるメルメッテには、それが、それらの称賛が何を言っているのかすらも理解が出来ない。
 だが、それなのに。
 その中にいるメルメッテという『王、と呼ばれた【私】』は、今にもその表情に、感涙にすら近い喜びを浮かべ、見下ろす民衆達に穏やかで嫋やかな手を振りながら『その至福に、満面の微笑みを伴って、己の心を満たしている』ではないか――。

「ち、違います! そちらの御方は『主様』で、私は『メイド』で――」
 脳裏の映像に思わず叫ぶ。現実には、僅かに唇のみが動いただけだとしても。

「な、何故――皆様、そのような悲しい事を仰るのですか?
 この御方は、この御方は――!」
 メルメッテの叫びは、誰にも届く事はない。
 それどころか、何故民衆の言葉にある『王の為に造られた棺』と『棺の為に作られた王』と――そう呼称される事に『私(メルメッテ)』は、至福と共に誇りすら抱き、『己と共にある』傍らのサイキックキャバリア(あるじさま)を目にして、微笑んでいるのか。
「なぜ……メルは……『私』は」

 それが、気が狂うほどに悲しいのに、どうしてこんなにも嬉しいの――?

 ――キリジの脳裏において、既にこの光景を見ることは無いと思っていた。
 それは遙か昔にとうに摩耗しきった、麻酔浸しの記憶の残滓。
 まだ、まともであった頃か。それとも、今が完成する前の未完成品であった頃か。
 プラントで、白衣の科学者達に囲まれて。周囲にあるものは、培養カプセルの液体越しにぼやけて見える、良く分からない機械群。
 また、ひとつ。肉と骨が剥き出しになっている生々しい頸椎に接続された機械から、サイレンサーをつけたライフルのような音が響いた。それが、投与された薬剤だと。もはや自分にはそれすら認識が出来ない。

 ただ、その時は痛かった。苦痛の中にあって、声を出すことすらも侭ならない。叫びの代わりに、周囲の機械がレッドアラートを響き鳴らした。
「自我、僅かに戻りました。このまま痛覚による痛みで何とか崩壊をコントロールできれば」
「それならば、同時にストレスレベルを上げて、継続時間を長くしましょう。過去の個体では失敗しましたが、これであれば上手く行くかも知れない」
 淡々と並べられていく言葉。
 それら全てが、キリジの耳に届いているはずのものであったとしても、この様な状況下で、一体どうして思考認識が出来ようか。
「――駄目だ、上手く行かない。
 このまま完全に壊れる前に、いっそエンドルフィン係数を上げてデータだけでも――」
(ああ、外で誰かが何か言ってるし、何かやってるがもう何もわかんねぇよ)
 その、己の呟きですら。それは誰のモノであったのか。
「――奇跡だ!! この個体は成功例として上に報告出来るかも知れない!!」

 そのような言葉すら、キリジの耳には届かない――。

「これが、『私』の幸福なのですか?
『メル』が見ていたものは、何だったのですか……!?」
 脳内で、『私』の幸福が謳う。思考の中で『メル』が悲鳴を上げる。
 どんどんと、与えられた幸福を見続ければ、そこにあるものは明らかなる意識の乖離。
 錯乱寸前の中で、メルメッテが既に脳裏の映像しか映さずに、真っ黒と同義となった世界を見渡した。
 その瞬間、ふと、メルメッテはひとつの現実へ至る縁を思い出す。

「……キリジ、様?」
 それは確かに自分の隣にいて、共に依頼に来ていたはずの、人物の存在。
 どうして忘れていたのであろう。
 探さねば――彼ならば『メル』の幸せを知っている。『主様』に仕える『メイド』としての【メル】の幸福を知っている。
 現実の足は動かず、自由になるのは思考のみ。それでも、灼き付くように幸福を訴える『私』から逃げるように、メルメッテは自分の思考の海を駆け始めた。

「………………」
 キリジは、目を開いたままで見た悪夢としか言えない感覚の、どこに幸福があったのかと。朦朧としたままの意識で、吹き荒れる桜の花びらの中に、今の現実を見出して悪態をついた。
 今にも、力尽きそうなまでに抉れた精神で辺りを見渡せば。変わらず周囲には呆けた人々が幸せそうに転がっている。
 ――もはや『多幸感』と呼ばれる感覚すらも、キリジにはまともに感じ取ることが赦されてはいなかった。だが、そのお陰で我に返る事が出来た。今は感謝すべき時だろう。
「好都合」
 一言と共に、キリジは己の所持する軍用ナイフの柄で、自身のこめかみを思い切り叩き付けた。
 一歩間違えば一般人では死んでもおかしくない勢いではあったが、キリジはそれで己の意識を強制的に覚醒へと弾き戻す事に成功する。

「――よし、一応外的刺激は感じ取れるな。……加減は利かなかったが」
 そこまですれば、流石に痛みは避けられなかった。しかし、今は激痛よりも自分の意識の方が重要だ。
 周囲を確認するが、時間は殆ど経っていないのか、先程と何も変わらない光景が広がっている。

「んで? メルメっちは……なんかぼけっとしてんな……」
 これだけの精神作用のある宝貝だとは思わなかった。自我があるだけでも有難いレベルであろうと思いつつ、キリジは傍らで瞳に現実を映さないまま、まるで別人に身体を明け渡したかのような色を見せるメルメッテの腕を掴んで、強く揺さぶった。

「おい、メルメっち! 起きろ。調査とはいえいつ何時戦闘が起きるかわかんねぇぞ」
 濁っていたメルメッテの瞳に光が戻る。瞬間、メルメッテは先の意識の続きとして、逆にキリジの手を必死に掴んで大きく声を張り上げ叫んだ。
「――キリジ様――ッ!!」
「おー……その様子だと、お互いに無事じゃないが、何とか生きてるレベルか」
「あ……。申し訳ありません。多幸感への耐性は有ると確信していたのですが……」
 メルメッテがようやく我に返り、キリジからそっと手を放す。
「で? メルメっちはどんな『幸福』ってのを見たんだ?」
「それが……内容は、夢、みたいで。あまり覚えていなくて……。
 ですが、おかげで戻れました。ありがとうございます、キリジ様」
 メルメッテが、深くキリジへと謝罪と感謝を込めて頭を下げた。
「あー、いや――『いつも通り』が良いと思ってな、ああ」
 ――一瞬、垣間見えた。あの別人のようなメルメッテを、キリジは記憶から追いやって。上手く伝えられないもどかしい言葉の中から、それでも今の出来うる限りの的確を探して言葉を紡ぐ。

 そして、今度こそ。隙を見せることの無いように。
 二人は、上空へ繋がる桜吹雪の中に無数の段差を見つけて、一気に上空まで昇り始めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

静峰・鈴
桜の吹雪く夜に見る、幸福なる夢
ぼんやりと微睡んで覚え、感じるままに
それこそ、ずっとそこにいたいと思い描く記憶と空想とともに

さらさらと流れて聞こえる花びらは
夢の足音でしょうか
現実から攫う、桜花の指の音でしょうか

いずれにせよ、現から遠のき、花に埋もれて終わるなど
美しくとも、悲しきものではありませんか
では、そう思う私が何も幸せの姿が浮かばないのは何故か

「桜の花は舞い散りても薫りて続くもの」
そのように口にしても
幸なき人生だったから他ならないでしょう
神器に選ばれた遣い手なれど、それは己が人生ではなく
その前はただの囚われの娘のようなもの

「これが終わったあとに、どのような夢が匂い立つのか」
故に、幸福をと空想を浮かばせるならば
今に見る自由に歩きて見る桜吹雪こそ、幸福の空想の姿なのかもしれません

現の今を見ながら、同時に、夢の花をも見て
刹那にと、空想と現実の重なる桜吹雪を眺めながら


ああ
私が舞い踊る先、辿り着く先と夢は如何なるものか
薫り立つ未来とはと、空を眺めて

「未来という幸在る夢をこそ見てみたいものです」



●桜夜想
 青藤色の緒に黒塗りに誂えられた下駄を、桜花で埋め尽くされた地面の上にひとつ降ろす度。踏みしめる花弁の柔らかさと、夜天に染め上げられたこの身に、想うつもりが無くとも映える色合いを感じては、思わず己の闇色の瞳を細めながらも、足元より心に僅かな罪悪感が芽生えてしまう。
 静峰・鈴(夜帳の玲瓏・f31251)は、その歩みのひとつひとつに心感じ入りながらも、時折に吹き舞い上がる桜を交えてそよ吹く風に射干玉の和装の袖を揺らして。一層に己の存在を際立たせ、取り巻く桜の花霞を受けながら、ゆっくりと白紅の道を歩いていた。
 その風景は、空を包むように桜舞う夜の闇を交えながら、あまりにも己には優しい世界のように思われた。
 ずっと、己を包んでくれる、この夢幻に染まる空間にいられたならば。自然節理ではあり得ない桜に、ふと己の記憶に夢の幻想を伴い、それでも鈴は歩みを止めない。

 いくらそよ風と共に音を立てる桜の囁きが、夢へと誘うように鈴の耳に届き聞こえようとも。
 そっとこの花片が、心に触れ連れ攫ってくれたならばと思えるような、遠い夢の残影に優しく触れてくれる指先であったとしても。

 目を向ければ、既に自我があるのかも分からない、このまま桜花に埋もれれば、心も生命も失うであろう市の人々が倒れ伏しているのが目に入る。
 現を瞳に入れることなく、このまま至福のままに花に埋もれて存在を終える。――そこには見目には良くとも、幻想に染まった衰退の美と哀愁を感じない方に無理があるというものかも知れない。
 しかし。鈴は、そう思い見つめながらも『それらの夢見の幸福が、己には一向に訪れることのない』自分自身について、ゆるりと思考と巡らせた。

「桜の花は舞い散りても薫りて続くもの」
 とつり、と。言葉が自然に零れて、桜舞う夜陰の空気に溶けていく。それでも、現在の情景に夢という色を見ながらも、鈴はそれが自分に届くことのない理由を、何よりも理解していた。

 見せる夢もない――それは、己が幸なき人生であったが故に、他ならないのでしょう。

 心の中に呟かれた世界は、誰にも否定のしようが無い程の、事実。
 鈴は、神器に選ばれた遣い手。だが、是非を置いても、それは自分の意志で選択した世界とは到底呼べるものではなく。己の現状が、今この場に人々が見つめるような幸への道とは遥か遠いものであることも知っている。
 ならば、その前はどうであったのか。
 ずっと――一人で在り続けた。囚われ続けるにも似た、その在り様を『飼われてきた』と呼称した者がいたとしても、否定すら出来ない人生だった。
 孤独であった。だが、その孤独を伝える人間すらもいなかった。そのような道に、どうして『幸福』のニ文字をあてがえよう。

 それは、宝貝【桜酔宴】をもっても覆らなかった。
 完全なる虚無は、決して一を生み出すことが出来ないように。

 故に。鈴は、悲しいまでに幸せを浮かべる幻を見ることはない。
 生まれ、存在してきた時間にひとつとして『幸福』を当て嵌めることが出来なければ、当て嵌める幻像すらも生まれない。
 それはまるで。蕾の無い花が、そもそも咲くことのないのにも似て。

 しかし、皮肉にも今だけは、オブリビオンが持ち去った宝貝は鈴の行動を制限しない。
 代わりに鈴は、幻想郷にも近いこの情景を眼に映したままゆっくりと思いを馳せて、黒の瞳に流れる薄色の紅差した花弁の雪に、糸に指を滑らせるようにひとつ想像をすることにした。
 遥か、彼方遠くを想うこと。それは、それくらいは、きっと自由のひとつとして認められるであろうから。
 それが、いつか夜天に呑まれて溶ける夢だとしても。

 たとえば、この消えない桜吹雪に目を移せば。
「これが終わったあとに、どのような夢が匂い立つのか」

 そっと鈴は夢想とするには遠い、心に想像を重ねてみる。
 過去には無い。ならば、こうして今この瞬間に歩みを進めて、自分の意志で目に映す、現在から未来へと繋がる唯一の架け橋――今の瞬間から、未来に確かに繋がり花やぐ桜吹雪こそが。

 己が想い馳せられた『幸福の空想』そのものであるかも知れないと。

 桜の花弁の群れがまるで想いに呼応したように、中空と地面に積み重なる薄紅を巻き込み、竜巻にも似た花の嵐となって、こちらを包み吹き荒れる。
 漆黒と喩えるに相応しい、艶やかな鈴の髪が大きく揺れて乱されかける。
 それでも、鈴はその闇色の双眸を閉じること無く。それは己が持ち合わせて良いものなのかも分からない、言葉とするには『夢を交えた希望』にも近い思いで、この場の現と夢幻の狭間にある桜の雨を見つめ続けた。

 ああ、この花片のように。
 私が舞い踊る先、辿り着く先と夢は如何なるものか。
 薫り立つ未来とは。

 今まで浮かび上げて来た、言葉を意識の中に浮かび上げ。
 鈴は、桜の注ぐ空を眺めて、呟くように口にした。

「未来という、幸在る夢をこそ見てみたいものです」

 過去と現在が遠いものであるならば。これからの『未来』にこそ、そこに幸福の幻ひとつでも求め、夢見ることは許されるだろうかと。
 鈴の言葉を拾い上げた、桜舞う夜天の世界は。まるで鈴の目にしたその光景を共にするように。
 今は、己の領域の空を舞い一面を薄紅に染め上げた桜花の存在を許容し、ただ静寂を広めるのみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
飲ん兵衛か…まあ、気持ちはわかるぞ
お酒おいしいし、花見楽しいもんな
だからって許せることじゃねぇけどさ
早く見つけて、ここの人たちが現実の幸せを見れるようにしよう

花弁の絨毯を歩く
その感触がまず楽しくなってきた
…こう、子供の頃みたいな
隣にアレスもいるし
そうだ…俺の幸せは…
握る手を握り返し
その温度を堪能する
少しのくすぐったさだって
ただの甘いスパイスみたいで
ああ…依頼をおいて
ずっとこうしていられたら
…いや、だめだろう
つーか、そんな必要、ねえんだ

離れようとするアレスの指先を捕まえて
今度はこちらから強く握る
わざわざ空想なんかに浸らなくたって
アレスがいれば、どんな敵の前だって前を向ける
歩いていける
それが俺の幸せだから
ずっとそばにいる気なのに
今さらそんなのに足がとられるかよ

その先も繋いだ手を離さずに探索しよう
ん〜、お酒大好きの第六感だけどあっちがあやしい?
探す方向を決めたらあとは
鼓舞するような歌で応援だ


アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎

酒を交わす楽しさ、花の美しさも知っているが
…これはやり過ぎだね

発生源が一つならば、花弁の流れもよく探せば…
考え込みながら花弁の絨毯を歩く
(無意識に傍のセリオスの手を繋ぐ
その内…この手を離したくない、と指を絡め
握り返す手に指で撫でるように応える)
…彼の傍だからだろうか
あたたかくて、心から落ち着く
今が依頼でなければ…なんて
…何を考えていたんだ、僕は!
集中し直そうとして…気づいた
自分から彼に絡め繋いでた手を

…っすまない、セリオス
手を離そうとするが…繋ぎ直された時は少し動揺してしまう
先程の僕の行動は無意識だったから
繋ぐ手に不思議な甘やかさも感じてしまったから
僕は、どうしたんだろう

…ああ、でも
この温度はやはり落ち着く
それに…倖は空想に浸る前から感じてた
君と一緒ならどんな夜だって未来の朝へと歩いていける
ふたりでつよくなれる
傍に、共に
…それが僕の幸せだ
ああ、…僕と君なら倖を歩む力に変えていける

このまま探索を
…根拠は不思議だけど、彼の勘は信用できる
【暁穹の鷲】
お酒大好きの気配を探ろうか



●幸福は、此処に
「酒を交わす楽しさ、花の美しさも知っているが――」
 今、蒼空の瞳に映し出される光景に、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の顔は、困惑と難義の色を隠さなかった。
 燃さねばいけない桜の花弁が舞っている。そして、封印を解いた敵はそれを肴に皆と酒を飲みたいのだ、と。知っている情報がそれだけならば、同情にも似た気持ちの一つにも陥るかも知れない。
 しかし、
「……これはやり過ぎだね」
 あちこちの家に寄り掛かり、あるいは道脇に転がっている市中の人々に、止まぬ桜は留まること無く降り注いでいる。
 柔らかに、しとやかに、それでいて幸福を見せてくれるという花びらは、明らかに触れた人々の心に届き――そのまま、躊躇いなく相手を侵蝕し続けているのは、火を見るよりも明らかだった。
 幸せそうに口端からよだれを零し座り込んでいる人は、肩や頭に山と掛かった花びらを振り払おうともしない。
 その身を、道に投げ出し転がっていた人に至っては、身体の半面以上を桜に埋めており、花片に呼吸器官まで塞がれても、恐らく払い除けようとすらしないだろう。

「飲ん兵衛か…まあ、気持ちはわかるぞ。
 お酒おいしいし、花見楽しいもんな――だからって。許せることじゃない」
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)も、眼前の光景に同じ意志を宿して呟いた。
 オブリビオンは、このおぞましくも美しい、幸福によって人の心を喰らう桜花の沼に、人々が抵抗なく沈み込んでいく様を生み出している。このままでは死人が出るのも時間の問題だ――それは決して許せることではないだろう。
「早く見つけて、ここの人たちが現実の幸せを見れるように」
 声は決して大きくはなく。しかし、確かな力強さを伴うセリオスの言葉に、アレクシスは同意して頷いた。

「発生源が一つならば、花弁の流れもよく探せば……」
 アレクシスとセリオスは、敵の位置を思案し考え込みながら、花弁の絨毯を歩いていく。
 桜の絨毯は靴底にふわりと柔らかく、しっとりとした優しさすら感じる触感を伴い、こちらの足を受け入れる。
 それは、踏む都度に軽やかな音を立てて砕けるような秋の枯れ葉とは、また違った趣であり。セリオスは、日常ではまず味わえない感覚に思わず童心へと帰って、その心を浮き立たせた。
 ふわふわと、無意識に柔らかそうな桜の花が集まる場所へと、興味を持った猫のように進もうとするセリオスに、アレクシスは自然と意識することなく、その手を取って繋いで歩いた。
 それは、本当にまだ幼かった子供の頃のよう。一昔以上前の齢に、一緒に良くこうして遊びに行ったものだ。懐かしさに思わずセリオスの表情に微笑みが浮かんだ。
 遠くもなく、近くもなく。いつ、どこであってもセリオスの隣にはアレクシスがいて。
(そうだ……俺の幸せは……)
 まるで『思い出した』ように心の中でセリオスが呟く。
 同時に、その想いを無心に感じ取ったかのように、アレクシスが握っていたセリオスの手にそっと指を重ね絡めた。
 ――セリオスにとっての、アレクシスと同じように。
 そのアレクシスの隣には、やはりセリオスがいたのだから。

 故に、想いは同じであろう。
 セリオスが手を握り返す。視線も言葉もいらない。
 アレクシスは相手の手を、愛しさに溢れる思いを重ねて指でそっと撫で触れて、その想いに応えた。
 互いに触れ絡む手指の体温が伝わってきて、一際にお互いを特別なのだと感じ入る。
 アレクシスが撫でるように触れ伝えた、微かなくすぐったさすらも、今のセリオスには全てが、相手を愛しく想う機微から派生した『幸福』へと変換されていく。
 同じくアレクシスも、握り合う手からだけでは決して無い、セリオスの存在の温かさを自覚するように、その表情に心からの安らぎを滲ませた。

(ああ……依頼をおいて、ずっとこうしていられたら)
(今が依頼でなければ……)

 故に、薄桃にも似た花びらが埋め尽くす世界の中で。
 ――そんな謂れも何もない『幸福である幻想』を――二人は見てしまったのだ。

「「――ッ!!」」

 しかし、それは直ぐさまパチン、と。きらめく虹色のシャボン玉が弾け散るように。
 二人ははたと我に返った。
 帰って来られた。幸福な夢の中へと――沈みきる前に。

「……いや、だめだろう」
「……何を考えていたんだ、僕は!」
 互いの声が重なり、ただ理解は出来た自身への否定は、言葉として混ざり聞き取れないままに、桜の中へと共に消えていく。

「ぁ……」
 何を言うべきか、何を伝えるべきかも分からないままに、アレクシスは慌てて、敵が残した桜の軌跡を追い直そうと意識を集中した瞬間――そこに垣間見えたものは、自分が繋いだままのセリオスの手。
 剣を振るっているとは思えない程に、白く細い指。
 思い出す。それを、アレクシスは自分から、無意識とはいえ幼馴染のその手に、自分から触れ絡めたのだと。
「……っ。すまない、セリオス」
 アレクシスが慌てて放そうとした手。しかし、セリオスはその行動を否定するように離れかけた指先を掴み強く握り返した。
「――!」
 その行動に、アレクシスは僅か声にならない驚きを上げる。
 先の行いが、無意識であっただけに。今、明らかに意図して握られた幼馴染の手に込められた力も、伝わるその温かさも。そのどれもが先程以上にはっきりと感じ取れてしまって。
 今、風に吹雪く桜のせいもあるかも知れない。だが、それ以上に――先と、そして今触れ合うこの手は、お菓子よりも優しく心を包んで放しがたい、柔らかな甘さを秘めているのをアレクシスは知ってしまったから。
(僕は、どうしたんだろう)
 今までにはなかった――否、今までには感じないようにして来た情動に、アレクシスは戸惑い、それでもやはり思うのだ。

 ……ああ、でも。
 この温度はやはり落ち着く、唯一無二だと。

 セリオスは、力強く握るその手に誓うようにアレクシスへと告げた。
「つーか――空想とか、幻想とか。そんな必要、ねえんだ。
 わざわざ、そんなものなんかに浸らなくたって。
 アレスがいれば、どんな敵の前だって前を向ける。
 歩いていける。
 ――それが俺の幸せだから」
 伝えられた言葉は、決して一般に定義される愛ではなく。同時に愛に等しく、愛より深い。だからこそ、あまりにも強く、互いの心に響くのだ。
 その事実に得心したように、アレクシスは真摯に向けられたセリオスの視線を受けて、小さく感嘆を零して微笑んだ。
 ようやく、理解した、と言わんばかりに。

「そうだね。それに……倖は空想に浸る前から感じてた。
 君と一緒ならどんな夜だって未来の朝へと歩いていける。
 ふたりでつよくなれる。
 傍に、共に……それが僕の幸せだ」
 これは桜が与える『幸福』ではない、と。
 二人ならば、倖を歩む力に変えていける。きっと、どんな困難な道すらも乗り越えていける――今、それを改めて誓い合う。
「ずっとそばにいる気なのに。
 今さらそんな『妄想』なんざに足がとられるかよ――!」
 セリオスの声が空に響き、それにまるで反応したかのように。今までずっと『幸福』を運んで来た桜をはらんだ風がひたりと止まる。
 そう――ふたりの幸福は、既に此処にあるのだと。

 凪いだ風は、再びゆるりと桜の波を寄せては返す。
 しかし、もうその幸福の色香に惑うことなく二人は歩く。
 後は、依頼通り、この原因を探すのみ。
 二人は、互いの手を繋いだままに、再び探索を開始した。
 風が、桜の花弁を呑み込み吹き散らす為に、これと言えるはっきりとした場所が捉えられない。上空から桜が降るのであれば、まだ空にいる可能性も高いが、人の重みに耐えても風には流れるこの花片群を、目星もなく駆け上がるのは危険にも近しい行為だと言えた。

「もう少しでも、確信めいたものが得られれば良いのだけれども……」
 再び吹き始めた風と花弁。アレクシスが悩ましそうに胸中を呟く。
「……ん~、お酒大好きの第六感だけどあっちがあやしい?」
 そう告げて、セリオスが指を差した先は、まだ足を踏み入れていない、どのような状態かも目にしていない路地裏の向こう側。
 セリオス本人に根拠を尋ねても、おそらくは『何となく?』としか返って来ないであろう。――しかし、その直感は、当たるのだ。
「――【暁穹の鷲(アルタイル)】」
 アレクシスは、セリオスの言葉に躊躇いなく己のユーベルコードを発動させた。
 腕の上に喚び上げたのは、輝ける暁の光を身に纏う鷲。
「そうだね――『お酒好きの気配』それを探してきて欲しいんだ」
 アレクシスの言葉に応え、己の羽根をひと打ちさせると暁光の鷲は大気に溶け込むように姿を消した。飛翔した鷲――アルタイルの五感は、アレクシスと共有される。
 アレクシスはセリオスの手を握ったまま、それを現実への縁とするように、己の感覚全てをアルタイルへと依存させて探索精度を向上させた。

 幼馴染の手が、微かにこちらへと力を込めたのを感じられる。
 セリオスは今、自分がアレクシスの役に立っていること、確かにお互いの存在を共にしていることを肌で実感した。その誇らしさは、己の胸の内を一際にして熱くさせていく。
 その情熱が、心が、自然とセリオスの唇から歌を紡ぎ出させた。アレクシスの邪魔はせず、しかし確かに『相手と存在を繋いでいる、自分は確かに此処にいる』ことを、親愛なる相手へと紡ぐ歌声。今のアレクシスにとって、応援としては最上級の旋律となるであろう。

 そして、歌声に支えられて鷲が上空へと飛翔した先。
 その視界は、遥か天上において桜吹雪をまき散らし微笑む、一体のオブリビオンの姿を捉え眼に留めた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『月天・戦捺羅』

POW   :    月神の酒、飲み放題
戦闘中に食べた【り飲んだりしたお酒】の量と質に応じて【気分が高揚し、素早さ】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    神酒の誘惑
【神々の酒】が命中した生命体・無機物・自然現象は、レベル秒間、無意識に友好的な行動を行う(抵抗は可能)。
WIZ   :    神々の酒
自身が装備する【酒盃】から【地を覆う程の神酒】を放ち、レベルm半径内の敵全員にダメージと【泥酔】の状態異常を与える。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​


 遥か天上から、桜が吹き零れていた。
 それらは上空から、ひとつの雲のように集まり固まっている。
 人が踏んでも大きく崩れることはなく、それは足場のしっかりとした薄紅色の浮島を思わせた。

 その中心において、一体のオブリビオンが座っているのが、猟兵達の目に留まる。
 噴き出す桜花の花弁を舞い散らせながら、オブリビオンは止まることのない酒宴を続けていた。
「ああ、そろそろ誰かくるんじゃないかなーって、思ってたのよねー」
 オブリビオンは満面の笑みを浮かべて、猟兵達を歓迎する。
「杯とお酒のつまみ、その他諸々えとせとらー! ちゃーんと、用意してあるから――一緒に呑みましょ。ねっ、ね」
 酒と毒の入っていない軽い食事も置かれて広がる光景は、本当に花見を彷彿とさせるものではあるが。

「あ、これはだーめ。目的これなの知ってるけど、こんなに素敵なもの、絶対に渡してあげないんだからー」
 傍らで、薄紅の花弁を風と共に舞い散らす宝貝【桜酔宴】――市中が夢に沈む惨事になっているのを知ってか知らずか。

 ――それだけは渡さないと、オブリビオンはそう告げた。
張・西嘉
盃を交わす相手は主だけでいいのだが…。
これはどうしても花見を楽しまんといかんようだな。酒も肴もいただだこう。
そうやって花見を楽しみながら諭すように
確かに花見酒は楽しいが皆が潰れてしまっては楽しくはないだろう?
夢の中でまで酒は飲めまい?
それともそなたはそれを望んでいるのか?
花に埋もれ夢に溺れてやがて死に至ると言うのに。
分かっていてやっているのならただの酔っぱらいよりもタチが悪い。
酔っぱらいの戯言ですませるなら今のうちにだと思うが…まぁ、酔っぱらいは話を聞かないのが常だな。

ため息を一つ吐いて
UC【朱雀炎】
上手く燃えてくれればいいが。



●いつか。散る定めならばとそれは言う
「さーあ! そこのイカツいおにーさんも、飲んでーっ。だーい歓迎っ!」
 猟兵達と対峙するオブリビオン――酒杯を手に酒を飲む【月天・戦捺羅】が、どこから出したとも知れぬ膳に並べられた杯と、そのつまみとなりそうなご馳走にも近い料理群を、揺らいでも崩れる事は決してないであろう花弁の浮島の上へと出現させると、真っ先に目についた張・西嘉(人間の宿星武侠・f32676)を手招いた。
「盃を交わす相手は主だけでいいのだが……」
「なになに、大じょーぶ! ちょーっと強いけど深い意味も無い酒だし、食べ物も毒なんて入ってないんだからー。ちゃーんと、ちょっと下からもらってきただけーっ」
 きゃっきゃと、ひとり無邪気そうに笑う戦捺羅に、西嘉は深くため息をついた。
 この世界の酒には時折、命よりも深い意味が含まれる事がある。深い意味の無い酒――それは盟約でも誓約でも毒でもない、単純に楽しむだけの酒、という事なのだろう。料理は市から奪ってきたものであろうと察すれば、胸に良いものではないが確かに少なくとも毒は入っていないと理解できる。
 そして何より、間合いが遠すぎる。これでは攻撃したくとも、当たるものも当たらない。

 ――オブリビオンとはいえ、色気ある女と杯を交わす。知れば主の表情ひとつない顔が真っ先に浮かぶが。これはやむを得まいと、西嘉は戦捺羅と対面するように席を取り、杯を手に取った。
「すごーい! こうして、人にお酌するのは何年振りだろーっ」
 それに僅かな幸せを滲ませた笑顔を見せて、戦捺羅は西嘉の杯になみなみと自分の酒を注ぐ。西嘉が酒を一気に煽れば、桜の花弁が吹き抜け見えるその姿は、一見無害なのではと錯覚させるが。
 しかし、酒と桜のまやかしを削ぐように西嘉の本能が訴える。――これは、間違いなくオブリビオンであり、危険な化生である、と。

 僅かに張り詰めかける気配を敢えて抑え込み、戦捺羅の傍らで気まぐれに花弁を噴き上げる宝貝【桜酔宴】を軽く見やり、そして目を離して空を仰いだ。
 空にも滞空した花片は、花霞にも似た色を夜の闇に差している。
「……綺麗なものだな」
「でしょー。うん、私の見立ては間違ってなかったーっ」
 戦捺羅が嬉しそうに己の巨大な酒杯を煽る。
「しかし、皆が酔いに強い者でもない。花見酒は楽しいが皆が潰れてしまっては楽しくはないだろう?
 夢の中でまで酒は飲めまい?」
 そっと、その真意について辿り諭すように、西嘉は告げる。
「んー、そうねー……」
 ぽやんと、酒でうっすら濡れた唇に人差し指を当てて、戦捺羅は考えるそぶりを見せる。
「――それとも、そなたはそれを望んでいるのか?」

 今も、市中の人々は。此処で華麗に吹き舞い落ちていく桜花に。
 心もろとも埋もれ、夢に溺れて、やがて死に至ると言うのに。

 そう、問い掛けた西嘉の言葉に。
 戦捺羅は瞳に、むしろ慈悲にも近しい光を伴って、西嘉を目にして微笑んだ。
「この花を見てたときに思ったんだー。
 この花片は消えないのに、記憶に残る昔に花見をした誰かは、いつも先に消えてった。
 だったら、それは『何時でも良く、そして幸せなままに消える』――その方が、定命の幸福であろう、と」
 その時、全てが。空気すらも止まる音がした。

「やはり――分かっていてやっていたか。
 ……今止めるのならば、酔っぱらいの戯言ですませるが」
「えへへ~。
 ――酒は飲んでも呑まれるなっていうじゃなーい?」

 二度目の、時すら止まる錯覚を交えた瞬間。
 それは、まるで打ち合わせていたかのように。
 青龍偃月刀を掴んだ西嘉がユーベルコード【朱雀炎】を放つのと、戦捺羅が振り上げた手元の大剣でそれを斬り裂くのは、ほぼ同時だった。
 上空を舞う桜の花弁に朱雀の炎が散り燃え移り。薄紅の大地に落ちて尚、消える事のない小さな炎を上げ始める。
 その一連は、まるで演舞の一幕すら彷彿とさせるものだった。

「消えない炎かー……いいわねー。
 人も。そのくらい強かったら一緒にお酒飲めたのかなー」
 戦捺羅は、西嘉の行動にも、桜に火がついた事にも非を咎めることはなく。
 酒の残る自分の杯に一枚落ちた花片を見つめて。再び座り、それを一気に飲み干した。

成功 🔵​🔵​🔴​

灰神楽・綾
【不死蝶】
「全生命と酒を飲んで花見がしたい」だなんて
それだけ聞いたら悪いオブリビオンには思えないんだけどねぇ

普通に宝貝を奪うのは難しそうだし
せっかくだから宴会にお邪魔させてもらおうか

えっ、なにこれすごい
梓が料理上手なのは知っていたけど
いつの間にこんなに早業で料理する術を身につけていたとは…

梓の料理を食べながら、お酌してもらったお酒も頂く
結構刺激的だけど癖になる味わい
梓の料理ともよく合う
ねぇねぇ梓ぁー、これ今度うちでも作ってよー
梓の身体に頭ぐりぐりしながら甘える(※割と酔ってる

そうだ、美味しいお酒の御礼にいいもの見せてあげる
UC発動し、蝶の形の花弁を生み出す
桜の花弁と一緒に舞う様は幻想的でしょ


乱獅子・梓
【不死蝶】
美しい桜と美味い酒を楽しみながら
幸福感に包まれてぽっくりだなんて
最高の死に方ではあるけどな
今はその時じゃない

既に用意されたつまみも美味そうだが…
美味い料理はたくさんあるに越したことはないだろう
こっちには食いしん坊のお子様が1人と2匹いるしな
UC発動し、手持ちの食材(アイテム)で新たなつまみを次々と作る
この料理は状態異常を治療出来るから、提供される酒と一緒に食えば
酩酊や幻覚を気にすることなく純粋に宴を楽しめるだろう

…ん?? 綾、お前酔ってないか…!?
俺の料理も食ってる筈なのに何故…
ってこいつもともと酒に弱いんだった
普通に酔っているだけっぽい
こいつにはジュース飲ませておくんだった…!




 桜の浮島となっている上空の端々にて、猟兵のユーベルコードにより消える事のない小さな炎が引火した。だが、それらは広まる様子も無く、燃えては揺らぎ近づいてくる新たな花びらを小さく燃していくのみ。
 しかし、それにより気持ち市中に落ちる花びらの総数は減り、辺りは雲ひとつない満月と、同時に点在する炎の灯りが夜の闇に光をもたらして、此処を『酒宴会場』と揶揄するのであれば、よりそれに相応しい雰囲気を浮き立たせていた。

「『全生命と酒を飲んで花見がしたい』だなんて――それだけ聞いたら悪いオブリビオンには思えないんだけどねぇ」
 遠くから、他の猟兵の戦いを目にした灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は、その言葉と行動がどうにも噛み合わないオブリビオンを目にため息交じりに思いを口にする。
 しかし、一見、泥酔前の艶やかな女人にしか見えない相手は、傍らに置く巨大な大剣を片手で易々と振ってみせたのを、綾は確かに目にしていた。それが無害なオブリビオンであると、断言して言い張る気には流石になれない。
 同時に、隣にいた大地代わりの集まりから零れた桜がちらちらと乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)の足元を、紅の差した白が小さく舞いすり抜けた。
 それだけでも、心から少しずつ緊張感が抜けていく。
「美しい桜と美味い酒を楽しみながら、幸福感に包まれてぽっくりだなんて最高の死に方ではあるけどな。
 ――今は、その時じゃない」
 心に緊迫感が抜け掛けた事を自覚して、梓は自分に活を入れた。
 この桜は、人に、心に、外的要因として進行すれば死に到る精神変化を与えている――それこそが、既に『在ってはならない』と定義するには十分だ。

「ねーねー! 何話してるのーっ?
 まーぜーてー! 一緒に呑もーっ!」
 遠くから今まさに、話題に挙がっていたオブリビオン【月天・戦捺羅】が立ち上がり、こちらに手を振っている。
 隣には、今回の目的である宝貝【桜酔宴】が、やはり気まぐれに桜花の花弁を噴き上げているのが目に入った。
「――」
「……狙えそうか?」
 己の戦闘技術が、綾へと無意識に『それは、ここから破壊もしくは止められるものか』を判断させる。その雰囲気に気付いた梓が綾へと小声で問い掛けた。
「んー。あと少しが足りないし、一撃で壊せるかもちょっと不安。
 彼女もあんなに酔って見えるのに、あそこまで警戒できるのも凄いなぁ。
 普通に宝貝を奪うのは難しそうだし……ねえ、せっかくだから宴会にお邪魔させてもらおうか」

「来たー! 増えたーっ! お酒一緒に飲んでくれる人ーーー!」
 綾と梓が、ふたりでその近くへ向かえば、戦捺羅はまるで幼い娘のように嬉しそうに飛び跳ねて、喜びながらそのままぺたんと、桜で出来た大地の上に座り込む。
「……」
 それに倣いながら一度はふたりで座りつつ、梓は目の前に並べられた料理群を前にすると、一度複雑な表情を浮かべて立ち上がった。
「え、なになに? 用意したお酒の肴、美味しくなさそうかな?」
 驚きと不安から心配そうに目を大きくした戦捺羅に、梓は深く考え込むようにして答える。
「いや、用意されたつまみに文句はない。
――だが、酒の席には美味い料理はたくさんあるに越したことはないだろう?
 こっちには、食いしん坊のお子様が1人と2匹いるしな」
 そう告げれば、梓の肩口背後から、よじよじと肩口に上るようにして仔竜の焔と零が姿を見せる。
「やーん! なんか可愛いーっ。……でも、今から作ったら時間がもったいないんじゃないかなー?」
「道具を揃えるだけの時間をくれ。そこからは――」
 そう言いながら取り出したのは、持ちやすく既にカットされた新鮮な食材と、調理道具の一式そろったドラゴン印の調理セット。そして、料理の嗜みかつ服を汚さない必須用具として気合いを入れる炎竜のエプロンを身に着けると、
「十秒で」
 梓が、筋金入りの調理人の証とも言える名高いユーベルコード【ウォー・アイ・満漢全席!】をここぞとばかりに発動させた。
 その料理ごとに、様々な人体のバッドステータスを回復させていく奇蹟を伴う調理品――それを、梓は見事、十秒の間で材料の限りを尽くしてパーフェクトに作り切り、猟兵達と戦捺羅の前に並べて見せた。

「わーっ、歴戦の腕って感じかなーっ?」
「えっ、なにこれすごい」
 目を輝かせる戦捺羅の傍ら、驚いたのは、いつも梓と共に過ごしてきた綾の方だ。
 料理が上手いのは知っていたが、いつの間にこんなに早業で――今度、たくさん作ってもらおう。そう心に潜める綾の心を読んだかのように、場は仔竜達の歓声を交えて、最初よりも更に華やかになった宴会が始まった。
 
「ふふっふー。お酌ー、お酌ーっ」
 オブリビオンのお酌というのも、不可思議な光景ではあるが。ここは有難く受けて綾は軽く口をつけてから、くいっと飲み干した。
「うん、結構刺激的だけど癖になる味わい。梓の料理ともよく合うなぁ」
「お酒が美味しいのは当然としてもー、この料理も美味しいねーっ。いいなあー」
 桜が柔らかに降る中で、浴びるように酒を飲む手は止めないものの、戦捺羅はしかと料理品にも手を出し始めている。
「でも、なんだろねー。料理美味しすぎかなー? お酒薄く感じるー」
 戦捺羅はそう告げると、酒のペースを一気に上げる。人身では心配だが、オブリビオンかつ酒が切れれば発狂するなどと聞けばそれを止める理由は無い。
 しかし、
「ふ、ふふ……っ」
 仔竜達にまで杯が振る舞われ、完全な自由飲食となった中で、ふと、綾が顔を伏せ少し不審そうな様子で笑い始めた。
「……ん? 綾、どうした?」
 梓の作ったユーベルコードによる料理群は、人体の状態異常も治療することが出来る、言わば魔法の料理だ。振る舞われる酒は、激し過ぎる酩酊も幻覚もなく酒宴を楽しめる、ある意味最上の選択とも言えるもの。
 戦捺羅が、先程から驚く程に酒のペースを上げているのは、飲む酒が酩酊の刺激も幻覚を見せるに至る有毒性も消されているが故に『酔っ払いには物足りない』のだと直ぐに察知できたのだが。

「――ねぇねぇ梓ぁー、これ今度うちでも作ってよー」
 綾がそう告げると杯を手にしたまま、限界まで甘えて伸びをする猫のように、隣にあぐらをかき座る梓に頭をぐしぐしと押し付ける。
 併せて触れる、その身体は明らかに温かい。
「ん?? 綾、お前酔ってないか……!?」
 綾も、こちらの作った料理を合わせて口に運んでいる。純粋な宴であれば、泥酔するほどのアルコールは全て消え、それは健康被害とならない程度の仄かな酒精が残る程度であろうと――
「……――」
 その条件に、ひとつこの状況が該当する例があった――と。梓は、明らかに楽しげに酔って、身体をこちらにぐりぐりと押し付けて甘える綾を見やった。
 そこにあったものは、己の失念。
「(――って、こいつもともと酒に弱いんだった――!)」
 仄かに残る酒精のみでも、これでもかと云う程に至福いっぱいの綾を見ながら、梓は思わず頭を抱える。
「こいつにはジュース飲ませておくんだった……!」
「ん? あるよ、ジュース! でも、おにーさん楽しいから、今いらないよねーっ?」
「凄くふわふわしてるしー、梓、楽っのしーっ」
 気が付けば、綾が戦捺羅と並んで口調まで伝染した様子を見せながら、ふたりで『これぞ幸せ』と言わんばかりにはしゃいでいる。
 梓、痛恨のミス発生の瞬間である――。

 梓が頭を抱え、仔竜二匹が様子を窺う中で、
「――」
 ふとサングラス越しに、思考の見えない綾の瞳に何かがかすめた。
「そうだ、美味しいお酒の御礼にいいもの見せてあげる」
「えー、なになに? ――わぁ」
 綾がそっと、杯を持たない片手から、ユーベルコード【バタフライ・ブロッサム】により、無数の紅に光り輝く蝶の形をした花弁を、まさに羽根を広げるようにふわりと羽ばたかせた。
 白に近い薄紅より鮮やかに染まる花弁は、白紅と混ざり合い戦捺羅の身を包み込む。
「桜の花弁と一緒に舞う様は幻想的でしょ」
「すごいねぇ、本物の蝶かと思った! きれーい!
 んー? でも、そこはかとなく疲れ……」
 かくん、と。戦捺羅が自身の酒に満ちた杯を落とし掛ける。
 ――このユーベルコードの蝶を模した花は、痛みもなく『相手の生命力のみ』を削り取る幻想の一撃――。

「あ、危ないあぶない! これ、綺麗だけどあぶないねー!」
 戦捺羅は、それに気付き。一度だけ、その瞼を閉じ数秒。そしてゆっくりと目を開いた。
 歓びとも、そして哀しみにも似た色で染まったその瞳は、一度の瞬きで消し去って。

「――……でも、きれいだから、いっか。
 綾さんでよかったっけ? さー、もっと飲んでーっ!」
「やったね、ありがとーっ」
「頼む! こいつは未成年じゃないが、これ以上はジュースにしてやってくれ!!」
 再びの酒宴再開。
 そこに、これ以上綾を酔わせる訳にはいかないと、梓の叫びが響き渡った――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

地籠・陵也
【アドリブ連携歓迎】
飲み会か。うん、ここは乗ろうか。
きっと骸の海から這い出てでもみんなで飲みたかったんだろうからな。
倒すにしても平和的な勝負でお互いに後腐れなく終われるのが一番だろう。

よし、オブリビオンに勝負を持ちかけよう。
せっかくの宴会だ。飲み比べ勝負なんてどうだ?俺はこれでも酒の強さには自信があるんだ。
成人して酒を飲むようになってから一度も酔い潰れたことがないからな。
(まあ多分【穢れを清める白き竜性】が体内のアルコールを穢れとして【浄化】してるせいなんだが)

エインセル、お前は飲んだらダメだぞ。刺身をあげよう。
……お、うちの子猫が気になるか?もふもふフリーだぞ。【指定UC】で魅了してやろう。



●『じゅんぱくのあくま』
「さー、呑んで呑んでー! もっと食べて呑んでこー!」
 敵オブリビオン【月天・戦捺羅】が片手に巨大な酒杯を掲げ持つ。
 見る間にそこから噴き上げるのは、地面を浸すのではと錯覚する程の、酒、酒、酒。
 食べ物類は高めの膳の上に置かれていた為に何とか無事だが、ざっぱんと無数の桜の花びら諸共、桜花の大地に流れた酒は少しの間を以て花びらの合間に吸収されていく。
「おー、これは凄いな……」
 その一連に巻き込まれ、見事足を酒に浸した地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)へ、受けた酒は相手に一瞬で強い脱力感と酩酊感を突き付けた。
 しかし、陵也の存在性質である【穢れを清める白き竜性(ピュリフィケイト・ブランシュドラゴン)】が、影響力の激しさに『穢れ』と判断されたそのアルコールを一瞬で分解し、陵也は事なきを得て再びその場に体勢を立て直す。

「あーん、もー! お酒美味しいー!」
 そして視界の先では、まだ溢れん勢いで酒杯を満たしている自分の酒をゴクゴクと飲み続ける戦捺羅が、確認するように辺りを見渡した。
「――あ! 生きてるー!
 そこの元気な君ー! オネーサンと一緒に呑まないーっ? ジュースもあるよぉーっ」
「……一応、二十歳になったんだけれどもなぁ……」
 ――身長160cmに満たない哀しみは、この様なところまで。
 だが、年齢的に二十歳であれば、その誘いを断らない理由など無い。
「うん、ここは乗ろうか」
「やったあー! 呑み人ひとりげっとだぜー!」
 その様子では、もはや無差別テロ並に酒を飲みたかったのであろうことに違いない。これはどう見ても、一人で月華の美しさに目を映し桜と共に酒を堪能――というタイプではなさそうだ。
 それならば、骸の海から這い出ても、皆で飲みたかったという感覚が重視されているのも頷ける。
「……」
 それならば、事を荒らげるのは避けたいものだ、と陵也は思う。
 ――倒すにしても平和的な勝負でお互いに後腐れなく終われるのが一番なのだ。

 目の端に留まる、全ての元凶にも近い桜が噴き上げる宝貝【桜酔宴】――あれさえ止めれば、という思考が浮かんだ――刹那。
 ひやりと、冷たい何かが背筋をかすめるのを、陵也は敢えてそれに気付かない振りをして思考を止めた。
 その冷ややかさの出所に気付き、そしてそれを少しでも表に出せば、この争いはきっと平和的な勝負では済まない、と。本能が、そう語っている気がした。

「あのね、あのね少年! 他の人がねー、お料理作ってくれたのーっ。もう食べ放題だし、もっと肩の力抜いてー!」
 変わらず、戦捺羅はきゃらきゃらと笑いころげている。
「そうだな――よし、せっかくの宴会だ。飲み比べ勝負なんてどうだ?
 俺はこれでも酒の強さには自信があるんだ。
 成人して酒を飲むようになってから一度も酔い潰れたことがないからな」
「よーしっ、さっきのお酒も、ちょーっと市中に降りた時にみんなに振る舞ったら、人がバッタバタ倒れちゃってさー。つまんないって思ってたんだんよねー。
 それじゃあ、――レッツゴー!!」

 二人は、それぞれに用意した杯に満たした酒を一気にあおる。
 戦捺羅の杯の方が圧倒的に大きいのだが、それに対して彼女は一切触れる事はしなかった。
 それは――明らかな余裕に他ならない。
 こちらも【穢れを清める白き竜性(ピュリフィケイト・ブランシュドラゴン)】のお陰で酔いは殆ど無いが、それでもペースは半々――見事なまでの膠着状態だと言えた。
 このままでは、酔う前に酒の水分で胃がいっぱいになってしまう。

 その瞬間、陵也の胸元から、ずっと仮眠を取っていた飼い猫のエインセルがぽすっと顔を出し、一所懸命によじ上るように外へ出た。
「あ、エインセル、お前は飲んだらダメだぞ。
 刺身をあげよう」
 酒の川に飲まれても無事であった食品群は奇跡に近いが、その中から安全な刺身を箸で取ると、エインセルの前に差し出した。
「やーーーんっ! 可愛いーっ、何ソレかわいいかもーっ!!!」
 そして、目の前で赤身の刺身をお行儀良く食べているエインセルに、戦捺羅の酔いに覚束なかった瞳へ光が走る。

「……お、うちの子猫が気になるか? もふもふフリーだぞ」
「こ、こんなにかわいいのが、フリー……!?」
 可愛らしい白猫に、思わず震える戦捺羅の手が伸びる。
 そのタイミングを逃さなかった陵也は、ユーベルコード【愛嬌溢れる羽根の生えたもふもふの白猫(ウチノネコガイチバンカワイイ)】を発動させた。

「それはもう、極上の触れ心地だ!」
『にゃーん!』

 ユーベルコードは、目の前にいる純白の子猫、エインセルの魅力を爆上げすると同時に、
「きゃぁあんっ! 可愛いーーーっ!!
 ……あ、れ。くしゅんっ!! かわ、い――はっくしゅん!!」
 ――相手へ『魅了と、猫アレルギー』の状態異常を与える恐るべきものだった――。

 そうして、ついに飲み比べ勝負にボロ負けした戦捺羅は、泣き付くように宝貝を渡さないと訴え始めた。
「負けたら渡すなんて、約束なんかしてないんだからぁー!!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴上・冬季
「どうせ殺しあいをするのですから。先に一献いただきましょうか」
嗤う

「定命が目の前から消えるのが、それほど心に堪えましたか。全てを酒の泡沫にせねば存在できぬほど?酒の力を借りねば高揚できぬほど心が衰えたなら、さっさと封神されるがよろしかろう…八卦天雷陣・雷爆鎖」
酒を飲み干し杯を投げ捨て嗤う

「飛行で貴女に負ける気はないのですよ」
「庇え、黄巾力士」
空中機動も駆使して曲芸飛行的な空中戦仕掛け最初から執拗に桜酔宴狙う
そうすれば月天が自分の武器や身体で宝貝を庇おうとして、武器破壊や四肢損壊を起こせると思ったため
敵の攻撃は黄巾力士にオーラ防御で庇わせる
仙術+功夫で縮地し攻撃にも回避にもトリッキーな動きで翻弄



●夢幻と矜持
「あー……桜酔宴も綺麗なら、月が差し込むお酒も美味しい~。もふ猫までふっかふかで、ああもう楽園かなー」
 オブリビオン【月天・戦捺羅】が、杯を天へと掲げ持つ。揺れる酒に麗しい満月が鏡面のように映し出された。
「どうせ殺しあいをするのですから。先に一献いただきましょうか」
 桜の花びらを浴びながら酒を飲む戦捺羅の在り様に、蔑み嘲笑を隠しもせずに杯を手にした、鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)が声を掛ける。
 蕩けるようだった戦捺羅の双眸が、僅かに鋭く微笑み上がった。

「――いいねー。美男。
 でも、もふの匂いがするのにその姿がふわっふわでないのがちょっーっと惜しいかなー」
 冬季の得物は見えず。背後に控えさせている『宝貝・黄巾力士』の手札は知らないが、それでも緊迫した空気が告げていた。これはもはや既に、互いの間合い範囲内だと。
 それでも、戦捺羅は「ささ」と、冬季の杯に澄み通った酒を溢れる寸前まで注ぐと、自分の酒を更にぐいとあおり切る。

「ぷはー。……ああ。桜が本当にきれいー」
 戦捺羅の言葉に、無言の嘲りが浮かぶ――冬季がここに来るまで見た幸福は、もはや幻。幾ら幻影を想起させようとも、もう二度と心を引かれる事はない。しかし、目の前の存在は、幻想だと知りつつ更に自ら身を投じては、その幻に溺れているのだ。
 ――これを、滑稽と言わずして、一体何を嗤えというのか。
「定命が目の前から消えるのが、それほど心に堪えましたか。全てを酒の泡沫にせねば存在できぬほど?」
 戦捺羅が、その言葉に一拍の沈黙の後。再び溢れた酒杯から杯を空になるまで飲み干した。その仕草自体が、既に攻勢行動の一手と知りながらも、冬季はその言葉を吐かずにはいられない。
 そも、この相手の強化程度に、後れを取るとは端から思ってもいないが。

「酒は……おまけ――桜は、いつの時代もかわらずきれいだよー。
 もし、宝貝『桜酔宴』で人が夢を見たまま消えるなら――それは、弱さ故に、己が理想郷から心離れた証なんだろーなって」
 そう告げて更に呑む。戦捺羅の口端から、つい、と酒が伝い落ちた。
「市中の民も、桜で一時の幻を見た者も――少なくとも、貴女にだけは言われたくはないでしょう」
「かもねー!」
 せらせらと笑い声が響き渡った。
 酔い人に聞かせる話はここまでだ。
 どのみち――冬季にとっては、あまりにも憐れましく滑稽で、故に目に――心に障るにも程があるこの存在とは、虫を見るほどに相容れない。

「酒の力を借りねば高揚できぬほど心が衰えたなら、さっさと封神されるがよろしかろう……【八卦天雷陣・雷爆鎖】」
 戦捺羅が酔いに瞳を閉じた束の間に、天に描かれた雷撃を喚び示す陣が冬季の指から光と共に描かれ、戦捺羅に叩き付けられんとする。
 しかし、その空気の揺れを察知したかのように、酒を飲み続け己の強化を図った戦捺羅は、反射神経のみで風すらも切る速さを以てその場を飛び退いた。
 それでも、陣から大地の桜を焼く程に降り注ぐ雷撃の一部を腕に受けて、その片腕を炭へと変える。
「いったぁーい!!」
 それでも、声に残る甘い酔い。冬季は嘲笑う事を隠さずに、手元の酒を飲み干すと、杯を投げ出した。
 戦捺羅が等身ほどもある、桜花の大地に置かれていた大剣を片手で軽々と拾い上げると、瞬間まで冬季のいた空間を易々と斬り裂き散らす。
 しかし、冬季のその身は既に中空から、変わらぬ嗤いと共に戦捺羅を見下ろしていた。
「飛行で貴女に負ける気はないのですよ」
 戦捺羅が冬季の言葉を待つ事無く、酒による戦闘能力強化から大きく跳躍し、その鋒で冬季の首を一撃で狙うべく大剣を振るう。
「庇え、黄巾力士」
 こちらへの一撃を予測していた冬季が命令を出した時には、既に防御特化のオーラを纏った宝貝・黄巾力士が、戦捺羅の攻撃を代替わりに受け止めていた。その隙を縫い冬季は一直線に宝具【桜酔宴】へと空を滑り込むように駆ける。
「ちぇっ! こざかしいなーっ!!」
 その狙いに気付いた戦捺羅が、足で黄巾力士を蹴り飛ばすと、その勢いで桜酔宴の元へと落下するように滑り込み、それを守るように正面に立つ。
 だが、冬季の間合いは功夫により縮地を多用し、同時に仙術による中空からの幻覚を交えたもの――劣勢の極みとなった戦捺羅に守護しきれるものではない。
 しかし、あと一歩で相手を完全に崩せる、冬季がそれを確信した時。戦捺羅が己の大剣の代わりに、片手で盾にしたものは――桜酔宴、そのものだった。
 四角の型をした漆黒の箱は、冬季の一撃を受けて。傷一つ付いていない。変わらずに薄紅の桜を巻き上げながら――。

「!? ……いくらなんでも、それは酔いが回りきったのでは?」
「ううん、もっと早くに気付くべきだったよー。
 仙界ですら破壊しきれなかった、封印宝貝が。妖仙の一撃で壊れる程、柔なはずがないんだって」
 恐らく――この桜酔宴の破壊手段があるとすればユーベルコードのみ。しかし、この状況で、それを乱発して当たれば苦労はしない。
 両者にしばしの睨み合いが続く。
 そして、仕切り直しと言わんばかりに。後方に下がった戦捺羅は、宝貝・桜酔宴を完全に身近によせて。再び酒を飲み始めた。

「お酒切れちゃいそうー。もっと飲まなきゃーっ。この片手、どうしよっかなー」
 同時に、まるで他人事のように。己の焦げきった片手を見やり、猟兵達の前で、戦捺羅は大きくため息をついてみせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メルメッテ・アインクラング
キリジ様(f31149)と

誘われるまま盃を両手で受け取ってキリジ様の御顔を一瞥し「では――」
キリジ様の盃を【念動力】で軽く弾き、と同時に私の盃も弾かれ
驚きつつも即座に思念銃を抜き敵へ発砲。戦闘態勢に入ります

「今回の場合、薦められた液体を体内に取り入れては危険と判断したもので」
思考も行動もキリジ様と一致していたのですね。何だか不思議な感覚です

【オーラ防御】を欠かさず張り、敵攻撃に対して指定UCを発動
私はもう、動けなくなり、誰のお役にも立てなくなるのは嫌なのです
「どうぞ『お酒を召し上がりながら目を瞑って』いて下さいませ
全ては酔夢。心地良く、気を楽にして……」
引金を引き、敵を散らして差し上げましょう


キリジ・グッドウィン
メルメっち(f29929)と

ま、呑みと食事の席が一番懐に入れるって言うしな
一瞬のアイコンタクト。「いい酒じゃねぇと酔えないから(嘘)、そこんとこ頼むわ」
盃を手に取り飲むふりをし、拾った小石でメルメっちの盃を指で弾く

「まぁメルメっちも似たような手を二度食うような奴じゃないけど一応な、オレも酒呑んでどうにかなる身体じゃないが…サンキュメルメっち」

それを皮切りに戦闘へ
敵の攻撃は狂気耐性で耐えナイフを投擲し打ち込む
酔っ払いと口を利くとこっちがおかしくなるからな、早めに切り上げるに越したことない

…騒ぎが終わった後で酔ったままの方が良かったって奴、もしかしているのかね?



●相乗だった、と。それは云う
「アイタタタ……。ふえ~ん……腕どうしようかなぁ」
 他の猟兵の攻撃により黒焦げになった己の左腕に、敵オブリビオン【月天・戦捺羅】が涙目に嘆きながらも、どこか、他人事のように自分の腕を目に呟いた。
 それから、ふと。傍らに置かれた宝貝【桜酔宴】を動く片手で持ち上げると、焦げた腕を柔らかに幻影を見せる桜花の花弁の中へと潜らせる。
 ――数秒の出来事だった。桜酔宴は、黒い腕を覆い隠す程の花びらを、まるで戦捺羅の意志と呼応するように噴き上げる。
 そして、箱から湧きたつ花吹雪が落ち着いた先には――元通りに動く、柔らかな女人の腕が。
 それを目にして驚いたのは、相手の隙を窺っていたキリジ・グッドウィン(what it is like・f31149)とメルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)だった。
 あの宝貝に、オブリビオンの治癒効果があるなどとは聞いていない。

「どーお? 綺麗に見えるーっ?」
「――それは、宝貝の力ですか」
 緊張に張り詰めた表情でメルメッテが問い掛ける。
「うん、でも見た目だけー。綺麗に動いてるようにみえるでしょー?
 気合いなんだな、これが」
 そう告げて、キャハハと笑い始めて酒を飲む姿は、一見では他の猟兵から攻撃を受ける前と何も変わらない程に自然に思わせた。
 しかし、メルメッテとキリジは顔を見合わせた。完全に煤にも近くなっていた腕を表情変えずに気合いで動かす等、並のオブリビオンですら出来る事ではない。
 だが、それでも。倒さなければならない事には変わらない。

「というわけで、そこの二人も一緒に呑もーよ! 女の子にはジュースもあるよーっ」
 戦捺羅が、二人に向けて杯片手に手招きを向けてくる。
 今までに見た戦いで、ある程度敵の間合いは把握している。しかし、戦況を眺められる位置からでは、やはり的確な一手を与えるのは難しい。
「キリジ様」
「――ま、呑みと食事の席が一番懐に入れるって言うしな」
 小さく、そして短く。互いの同意を確認すると、歩み寄っては杯を受け取り、ふたりは座り込んでいる戦捺羅にあわせ腰を下ろす。
 メルメッテの杯には一見では林檎ジュースに見える何かが。キリジの杯には、清流よりも澄んだ色合いの酒が注がれる。

「――いい酒じゃねぇと酔えないから、そこんとこ頼むわ」
「もっちろん、このお酒はおいしーよー!」
 キリジの言葉に戦捺羅が破顔して受け答える。
 しかし、キリジの素性を知れば、それがどれだけ無為な事かも理解しただろう。その身体には『人体に影響を及ぼす程度でしかない』どのようなアルコールにも、意味は無いことを。

「……では――」
 メルメッテが、キリジの横顔に視線を走らせ杯へと瞳を戻す。
 それらを知る事のないままに、戦捺羅は満面の笑みで言葉を振った。
「かんぱーい!!」
 瞬間――二人の視線が、互いの杯へと駆けた。
 それは、己が手にした杯を呑む振りをして、メルメッテが己の念動力により、キリジの杯を警鐘として弾き飛ばすのと。
 キリジが、花びらの内より大地から巻き込んだのであろう、小さな小石を手に弾き、メルメッテの杯に音を立てその手から放し。互いに危険を知らせ合わせた。
 一瞬のアイコンタクトを伴った二人の行動は――完全に一致したのだ。

 それは、見事に戦捺羅の隙をついた。
 今、互いが打ち合わせも無く同時に起こした事象に驚きつつも、メルメッテは直ぐさま、腰に携えていた愛用の思念銃を抜き、戦捺羅へと撃ち放つ。
「わっ!!」
 戦捺羅が、とっさにそれを己の杯で受けた。攻撃は僅かに罅入るに留まったが、ここで破損させれば発狂し何をし始めるかも分からないと思えば、それは不幸ながらも幸運であったのかもしれない。
 杯を弾いた行動の一致。キリジと、互いに同じ事を思っていた――その共感覚は言葉にし難く。敢えて形にするならば、仄かな嬉しさにも似て、ほんのりとメルメッテの心を和らげる。

「今回の場合、薦められた液体を体内に取り入れては危険と判断したもので」
 メルメッテの言葉の傍らで、罅入った酒杯は、僅かに中身をしたたりこぼし戦捺羅の衣を濡らし始める。
「ずるいなー! せっかくなんだから飲んでくれてもいいじゃない!!」
 そのまま戦捺羅は、杯の酒を大きく散らしメルメッテの服を濡らしながらも、片手に大剣を握り臨戦態勢へと移行し、真っ先にそちらへと剣先を振り下ろす。
 しかし、酒を浴びた後の一撃は、サイキックエネルギーによるオーラで完全に阻まれた。

 現れた一瞬の隙。メルメッテは、己のユーベルコード【演透鏡(シュライフェン)】を『相手に向かって』発動させた。
 戦いの最中、戦捺羅がメルメッテに発動させようとしていたユーベルコード――【神酒の誘惑】は、既に忘れ去られし神と称された己が、その酒の命中した相手に無条件で友好的行為を取らせるものだ――酔いも然り。言葉も然り。
 しかし、杯に傷が付いた影響で、その酒を己の身に浴びていた戦捺羅は、一瞬の鏡の破片が砕け散る燦めきが走った瞬間に、その全ての反射を受けて、ぴたりとメルメッテへの攻撃を留めたのだ。

「私はもう、動けなくなり、誰のお役にも立てなくなるのは嫌なのです」
 ――そう、此処に来るまで桜吹雪の中に見た光景の『惨劇』ひとつをとっても。
 足手まといにも、受け答えにも答えられなくなるような状況一つ、もう認めたくなどなかったから。

「まぁメルメっちも似たような手を二度食うような奴じゃないけど一応な、オレも酒呑んでどうにかなる身体じゃないが……サンキュメルメっち」
 ――キリジが、先の礼を、いつもよりも心に触れる言葉で告げる。
 その声を耳にした戦捺羅は、メルメッテを攻撃対象から外し、その大剣による一閃を、躊躇いなくキリジへ向けた。

「もーう! 可愛い女の子に何させようとするのさ!
 女の子は愛でるものなのにー!」
「うわ、何言ってんだかマジで分からん! これだから酔っ払いは!」
「――これ、もーお酒の本来の使い方じゃないんだけどー!」
 キリジに戦捺羅が、無限に溢れる己の神酒を大きくばら撒く。
 避け切られないと判断したキリジは、その被害を最小限に抑えるべく、僅かな水滴一つ受けても、めまいと共に、理由の何ひとつない友好的な事をしたくなる狂った感情を己の精神一つで気合いと共に耐え抜く。
 そして、完全に同時――カウンターとして己のユーベルコード【vengeance stab(ヴェンジェンススタッブ)】により、投擲により目にも止まらぬ速度を以て駆けた軍用ナイフ、ワヤン・クリを無防備な、気合いとは言え動きの鈍い敵の左肩口に突き立てた。
 ただでさえ脆かった腕が、幻影を纏ったままに、ゴトリと落ちる――。
「――!!」
 戦捺羅の声にならない悲鳴が響き渡った。

「酔っ払いと口を利くとこっちがおかしくなるからな、早めに切り上げるに越したことない」
「……」
 戦捺羅が片膝をつきながら、何かを呟くように言葉を紡いでいる。
 それは、何かの否定だろうか。それとも何かの肯定だろうか。
 小声で響くそれは、ただでさえ言葉としては怪しく、そしてキリジの心の機微には、より一層に理解不能な内容で、その胸に届くことはない。

「キリジ様」
 そっと、魅了にも近いユーベルコードを反射させ、相手に友好的に振る舞わせることに成功したメルメッテが一歩、斜め後ろに立っている。
 キリジは、静かにその立ち位置を譲るように、メルメッテの後ろへ下がった。
 片膝をつき、俯き表情の見えないまま、それでも自己に掛かったユーベルコードに抵抗しようとする戦捺羅に、メルメッテはその夢が醒めることのないよう、敢えて優しい口調で問い掛ける。
「どうぞ『お酒を召し上がりながら目を瞑って』いて下さいませ。
 全ては酔夢。心地良く、気を楽にして……」
 半ば夢の内と現実を行き来する、隠れた戦捺羅の瞳に。
 せめて苦しまぬように――メルメッテは確かに狙いを定めて、手にしていた思念銃の引き金を引いた。

 戦捺羅が、その場に初めて倒れ伏す。
 存在が、生死で訳隔てて良いのかも分からないオブリビオンには迂闊には近づけない。
「この……騒ぎが終わった後で酔ったままの方が良かったって奴、もしかしてい――」
 しかしメルメッテの一撃、流石にこれはもう終わっただろうと。そう判断して呟いたキリジは、その言葉を最後まで言う余裕も無く。
「――!」
 ゆらりと立ち上がった戦捺羅が、相手が己に突き立てた軍用ナイフを、その眉間一撃へ狙い投げ返したのを、キリジはすんでの所で掴み取り回避する。
 凍りつくような威圧にも取れる気配が、轟風のように突き抜けた。
 一瞬の虚を突かれ。その瞬間を以て、再び戦捺羅は酒杯と己が大剣を伴い、宝貝・桜酔宴の元へ立っていた――。

「このままでは――舞い散る桜の美しささえもが分からなくなるかも知れず。
 だが、分からなければ――その愛おしさを、この哀愁を、誰が理解し得ようか」

 同じオブリビオンから放たれたとは思えぬ言葉。
 二人は、その時。相手のオブリビオンとしての発狂の意を正しい意味で理解した。
 発狂は――ただ、凶暴化と共に暴れ狂うのみならず。

 オブリビオンへ痛烈なダメージを与えたふたりを前に。しかし、まだ理性を残していた戦捺羅は、再び酒杯からお酒を飲み干した。
 身体ダメージは甚大のはず、しかし何も変わらずその仕草で。
「……あ~ん! いたぁい!!
 喋るのも痛いんだけど、これってどうしたらいいのかなぁー!!」
 再び泣きわめき始めたオブリビオンを前に。ふたりは、確実に殺し損ねたこの存在を目に、背筋に走り凍えるにも似た冷たさを味わった。
 だが、再度この存在の前に立つには、既に自分達の体力ももたないであろう事を即座に理解する。
 ふたりは他の猟兵へと託すべく、そのサポートへと回ることを躊躇わなかった。
 この存在は、確実に骸の海に沈めなければならない。その確信を伴って。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
※お酒に弱い
ふにゃふにゃにゃんこ

油断させるためにもやっぱ飲むしかねぇだろ!
なぁアレス、これは仕方がないよな!
にっこにこ笑顔でアレスに訴え
貰った盃にお酒をいっぱい♡
お酒か食べ物か
どっちかにしたほうがいいかなって思ったけど…
どっちも食べて飲んでいいならむしろうれしいな!
ご機嫌でお酒を煽っていく

けど…街、あのままにしとくわけにもいかねえからな
ちゃぁんと覚えてる
とはいえいきなり斬りかかるのもなって思うから…
ここは単純な力を使おう
【相手の警戒を解く簡単な方法】
なんかこうすればうまくいくし
相手の懐に入れればわんちゃん!
それで無理でもアレスがなんかする隙くらいは作れるだろう!!
んーそれにしても眠い
ふぁ〜、ちょっとだけ…スヤァ

起きたらあんなに飲んだのに頭も痛くねぇ
これは…強くなったのでは!?
ドヤ顔を浮かべていたけど押し倒され目をぱちくり
一拍遅れて照れもきた
な、なななな!!
酔ってる!?アレスこれ酔ってるなー!?
パニック状態でできることなんて頷くだけで
はい、お酒は程々にします


アレクシス・ミラ
【双星】
ア◎
※酒はやや強
酔うと物語の騎士の様な振る舞いに

呑む気満々の彼にため息一発
(酒と食べ物は僕が先に頂いてから彼に渡そう
可能な限り悪酔いさせないようにね)

毒耐性で耐えていたが…酔いが…
それでも、退く訳にはいかない
隙は…「私」が繋ぎます
【星宿りの子守唄】、破魔と浄化の光の花弁を桜と共に降らせる
続きは夢の中で、レディ
…セリオス?
…全く…無防備すぎますね
彼にもUCの光を
このまま寝かせてあげたい所ですが…
セリオス。お目覚めを

良い目覚めのようで何よりです
ですが…気分を良くしてまた沢山呑もうとしてはなりませんよ
酒でなくとも酔いとはこのように、
油断してる彼を桜の上に押し倒す形に
囁き忠告を
…隙が生まれるものです
なんて…
…。
ー花絡む長髪に、赤い頬
その光景に、彼の髪をひと束掬うと唇を寄せる
そして手を重ね繋いで…
…失礼、少々意地悪をしてしまいましたね
起きあがらせると花弁を取り
しかし気を付けて欲しいのは本当です
どうかお忘れなきよう

(…酒のせいだろうか
あのセリオスは…他の人には見せたくない、と過ってしまった)



●おたわむれを【酔いどれ王子と伝承の騎士】
「……。
 ――いったた、アハハ……!! お酒呑むのも痛ったーい、何だかテンションおかしくなっちゃいそうー!
 ……もっと呑まなきゃ」
 猟兵の攻撃が通る都度、苛烈になっていく度に。オブリビオン【月天・戦捺羅】の手にした宝貝より噴き出す桜の花弁が、その目に月光に反射する氷片ではないかと錯覚する程、場が凍りつく瞬間がある。
 それが、今までオブリビオンが酔いと共に曖昧にしてきたのであろう、宝貝【桜酔宴】を渡す気はないという殺気であることを、先程から猟兵達は否応なしに理解していた。
 ――酒が切れれば発狂するという。だが、戦捺羅が発狂した時、その戦力が如何ほどの物かは誰にも測れはしないのだ。
 それならば戦力の手の内が見えている、酔っている今に叩くしかない。
 座り込み、ぼろぼろになった戦捺羅の手にした桜酔宴が、その姿を包み込むように桜の花煙を噴き上げる。
 煙と、称するに相応しい桜の花びらが消えた時、そこには『外見上は、最初に遭遇した時そのまま』の戦捺羅の姿があった。

「もーう! さっきの子も頭打ち抜くこと無いじゃないっ。
 やっぱりこれに頼っても怪我も痛みも引いてくれる訳じゃないかー。見た目は完璧に見えるんだけどなぁ……。
 ねぇ、そこの可愛いオニーサンと綺麗なボウヤちゃん、私の姿おかしくない?」
「つーか、誰がボウヤちゃんだ! テメェ!!」
「セリオス、落ち着いて――確か、その宝貝は自分の理想や夢を想起させるものだったはず――……もしかして、敵の見たい幻がこちらを侵蝕しているのか……!?」
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)と共に、戦捺羅と向き合っていたアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)が、現状に起こっている事を即座に理解する。
 予知には、桜に埋もれ死する人々の顛末を聞いた。だが、その先の、封印されていた宝具の長期効果までは聞いていない。それもそうだ――誰も、その先の幻覚が見られるような『生き証人がいなかった』のだから。

「そんな派手な力あれば、もっと夢が見られるのかな……でも、ないんだよねー! もしそうだとしても、せいぜいお酒を飲む今のお色直しくらいかなー!
 ――もしくは……『オブリビオンでも頭を撃ち抜かれたままの女と酒なんか飲みたくない』って、この場の誰かの願望が、この桜の地面から皆に伝染しているのかもね。
 でも、そんなのどうでもいいやー! さあ、ふたりとも呑もうよ!」
 戦捺羅は元気な笑顔を振りまきながら、ふたりを招く。
 あれだけ争ったのに、料理は無事。杯も並べられ、まるでふたりが来るのを待ち焦がれているかのようだった。

「酒と美味そうな料理――油断させるためにもやっぱ飲むしかねぇだろ!
 なぁアレス、これは仕方がないよな!」
 戦捺羅の隣では、宝貝・桜酔宴が薄紅の花片を吹きこぼしては風に乗り、この大地へと降り積もっていく。
 戦捺羅の外見のみ整えられた実体のような幻が、封印されたが故に仔細までは明かされていない宝貝の影響なのか、それとも集まりすぎた桜花による何かの異変なのか。それすらも分からない。
 現状、一切戦況に影響は出ていないが――これ以上は、どのような危険があるかさえも不明であろう。

 早くこのオブリビオンを倒さなければ。その為には、目先に忠実なセリオスの要望も現実味があるというものだ。
 そう思い、アレクシスは思案する――お酒と食べ物は、自分が先に口にして少しでも減らしたものを渡していこう。酒の有毒性を無効にした他の猟兵のユーベルコードもいつまで保つか分からない、既に切れている可能性すらある――思案の末に、瞳をきらきらと輝かせるセリオスに、アレクシスは複雑さを隠し切れない心境ながらもこくりと頷いた。

「おおっとっ♥」
 セリオスの手の平に乗せるように置かれた杯の中に、綺麗な表面張力で満ちたお酒が注がれる。
 しかし、同時に目に入る料理群にも目を惹かれてやまないものがある。麻婆豆腐にシュウマイ、北京ダックにいたっては姿がそのまま残っているともなれば食欲を掻き立てられない方が嘘だろう。
「なあ、これ両方食べたり呑んだりしても良いやつか?」
「もっちろーん!
 あいたたた…! あ、こっちは気にしないで! 呑んでー!!」
 左手は袖に隠れているがそれ以外の戦捺羅の外装は、完璧にほつれ一つ見せないままだ。
「やった!」
 戦捺羅の誘いに乗って、セリオスがアレクシスの静止する隙もない程の早さで、先に手元の杯を一気にぐーっと飲み干した。

「うまい! シューマイって、こんなに酒と合う! アレス、これこれ!」
「うん。食べ物は、本当に安全そうだけれども……。
 問題は……やはり、酒か――」
「もっとー! さあさ、まだまだあるよー!」
 戦捺羅も能力に加減が出来なくなっているのか、杯から実際にあふれ返った酒が周囲の地面を浸し流れ、まるで砂浜を走る波のように二人の間を駆け抜けた。

「アレス、あ~ん!♥」
 それを意志抵抗無しで浴びて、まともでいられるはずもない。直撃したセリオスが、一気に泥酔を伴いメロメロになりながらも、アレクシスの口にシューマイを運んで口を開かせようとする。
 何が起きても、そう警戒していたアレクシスは、敵を前にした状況では流石にそのまま口にする隙を見せる事はなく、まだセリオスから箸を受け取り口に運ぶだけの気力だけは残している――が、戦捺羅のユーベルコードを交えた酒はもはや毒の領域。
 今まで自己耐性のみで、その理性を支えてきたアレクシスの意志は計り知れないものがあるが、
(「――退く訳にはいかない」)
 心に強く張り詰めた糸にも近い意志は、少しずつほつれ始めていく。

「けーどさ……」
 既にべろんべろんに酔っ払って、アレクシスに寄り掛かっていないのが不思議なほどに泥酔したセリオスがポツリと考える。
「(……街、あのままにしとくわけにもいかねえからな)」
 触れれば幸福を無限に浮かび上がらせる桜の花びら。既に、幸福に溺れ切り、生きる事を放棄したかのように道々に転がる人々を、尚も埋め尽くそうとする消える事のない桜の雨――。
「(ちゃぁんと覚えてる)」
 強制的な麻薬のような幸福を浴び続ける、あの中で『そのまま死にたい』と思っている人は何人いたことだろう。セリオスのとろんとした瞳に、僅かな星の光が走る。
「うんっ、痛みもなんだか麻痺してきたぞーっ。もっと呑めー!」
 目の前には、それを止める手段を持ちながら、むしろそれを悪化させ続けている相手がいる。
 しかし、まるで幼子にも似て嬉しそうに笑うオブリビオンに、いきなり双剣と共に斬り掛かるのもセリオスには躊躇われた。
 ――本来ならば。本能が、敵が弱っている今こそ斬らねばならないと叫ぶこの状況においても、宝貝の影響――それともこれこそが『桜そのもの』の本来の魔力故であろうか。
 美しく不確かに舞う雪のような紅色は、明らかに猟兵達の心に美しさによる侵蝕を許していた。

「(よし……ここは単純な力を使おう)」
 それでも、戦闘を放棄した訳ではない。代わりにセリオスの脳裏に浮かぶのは、より相手の裡に潜り込む方法。
「なぁ、あのさ――お酌させてばかりもなんだから、俺にもお酌させてほしいなーなんて」
 瞬間、言葉と共に発動させるユーベルコード【相手の警戒を解く簡単な方法(エピカリス・オプシス)】が――率直に言えば。
 絶世の美男による、人が思わず目を奪われるような表情――この場合は『ネコ科の男に垣間見る、好奇心に溢れた瞳輝く満面の笑み』が戦捺羅を直撃した。
 オブリビオンですら、胸が高鳴り聞こえるその鼓動。
「キャーッ!!」と、思わず黄色い悲鳴すら上げたくなるその衝動を必死に抑えるかのように、混乱しつつも戦捺羅は自分の杯を退かし、その隙に隣にまで距離を詰めたセリオスを躊躇いなく迎え入れた。
 宝貝・桜酔宴まであと少し――オブリビオンは混乱の最中。今ならば、狙えるのではないかとすら思われたその瞬間、
「ふぁ~……、マジ眠ぃ……アレス、あと任せ――」
 突然の言葉と共に、セリオスは酔いの眠気に任せてオブリビオンの傍らに引っくり返ると、いきなり小さな寝息を立て始めるではないか。
「……はっ、雰囲気でうっかり騙されるところだったけど、この子もかなりの美男じゃなーい! 頭が痛くなかったら、もうこの場で食べちゃいたいくらいーっ」
 どうやらオブリビオン、戦捺羅の方も混乱をきたしたままのようらしい。
 うっとりとした様子で、戦捺羅がその色艶ある手でセリオスの頬に指を伸ばしたその瞬間、
「隙は……『私』が繋ぎます」
 日常よりも、少し低めに響く声がアレクシスから放たれた。
「え――え、あれ……?」
 ふわりと、上空より桜花散る花びらに合わせて、黄色いミモザの花を模した柔らかな光が交じり降り注ぐ。
 まるで星の光のようなそれは、アレクシスのユーベルコード【星宿りの子守唄(スピカ)】――そっと、眠りの対象として誘われた戦捺羅は、桜吹く宝貝・桜酔宴をその身に抱え込むようにして、ぱたりとその場に倒れ伏してぐっすりと眠り始めた。

「続きは夢の中で、レディ」
 ――一見、まともそうに見えるアレクシス。
 だが、知る人こそ少ないが、見た人は確実に知っている。
 今のアレクシスは――完全に、酔っていることを。

「……セリオス?」
 戦捺羅は完全に夢の中だ。桜酔宴を奪うことは難しそうだが、ユーベルコード発動中に目を覚ますことはないだろう。
 問題は、単純に酔いの睡魔に負けて眠ってしまった、傍らに転がるセリオスの方である。
 放たれるものは安らぎと害あるものを浄化する光――一時それを浴びて、眠りが深くなりつつも指定対象外は目を覚ます。

 セリオスは、艶やかな冷たい夜色をした黒の髪色を広げて、そこに大地となっている桜の花弁の一部を巻き込みながら、幸せそうに無邪気で心地良い寝息を立てている。
 下世話な話だが人気の少ない場所でこの様に眠っていては、間違いなくただでは済むまい。
「……全く……無防備すぎますね」
 当然、このまま幸せそうに寝かせておいてあげたい心持ちも、幼馴染のアレクシスとしてはあるが、現状はそれどころではない。

「セリオス。お目覚めを」
 まるで伝承に出てきそうな騎士を彷彿とさせる佇まいで、アレクシスはセリオスを躊躇いなく姫抱きすると、戦捺羅から少し離したところへ連れて行き、ゆっくりと目を覚まさせる。
 それに気付かないままに『目覚めは、アレクシスの腕の中』という光景を違和感無く受け入れられたのは、まさしくセリオスならではというところであろう。
「おお――! あんなに飲んだのに頭も痛くねぇ!
 これは……強くなったのでは!?」
 酒に強く、せめてアレクシスと同じくらいには潰れずに飲めるようにはなりたい。そのような『野望に一歩近づいた――!?』と瞳を輝かせ、己の状況をあまり意識していないセリオスを、アレクシスはゆっくりと白に儚く桃色に染まる大地に降ろして座らせる。
「良い目覚めのようで何よりです」
「スゲー! これならアレスにも絶対負けない!」
「ですが……」
 その健康効果は、全てアレクシスのユーベルコードのせいなのだが、それは敢えて触れずに言葉を告げる。
 いつもの僅かな柔らかさをどこかに置き去ったかのように、更に騎士然としたアレクシスの姿は極めて堂に入っているが――。
「気分を良くしてまた沢山呑もうとしてはなりませんよ。
 酒でなくとも酔いとはこのように――」
 その動きに、アレクシスの仕草全てに、躊躇いひとつ存在してはいなかった。
 酔って目が覚めたら二日酔いがない、現実は幻にも近い油断の極みに浸りきって喜んでいたセリオスを、アレクシスはその両手を軽くそれぞれに押さえると、ゆっくりと桜色に染まっていた大地に押し倒した。

 桜の花片が大きく散った。
「このように――……隙が生まれるものです」
 夜なのに尚輝きを失わない蒼天の光を伴う瞳が、完全に仰向けに押さえ込まれたセリオスの宵星の光る瞳を覗き込む。
 ここまで。何をされているのかも分からなかった。だが、今ならば――分かる。溢れんばかりの照れという名の羞恥を伴って。
「な、なななな!!
 酔ってる!? アレスこれ酔ってるなー!?」
 セリオスの叫びを他所に。
 限界まで戦捺羅の酒の毒性を己の耐性のみで溜め込んでいたアレクシスが酔っていない訳がない。
 アレクシスの瞳に映し出されているものは。白に薄紅差した花を絡めた大地に散った、対極を示す漆黒の色をした髪と。赤面の限界と共に潤んだその光を燦めかせるように見開かれた黒の双眸。
 その瞳に、明らかに普段の立ち位置にいないアレクシスが、セリオスの黒髪の一筋を手に掬い、薄く整った朱色に染まった唇を愛しげによせた。
 そして、無防備に投げ出された、自分よりも細い手に指を静かに絡め合わせて――。

 そのような状況が理解できずに、完全に硬直し切ったセリオスが、瞬きすら忘れて、アレクシスを凝視している。
「――なんて……失礼、少々意地悪をしてしまいましたね」
 アレクシスはゆっくりと、セリオスを押さえ掛けていた身体を離し、背中に手を回してその身を起き上がらせる。
 そして、まだ肩に乗っていた先の名残のような花弁を払い取った。
「しかし気を付けて欲しいのは本当です――。
 どうかお忘れなきよう」

 口調としては、アレクシスはまだ酔っているのであろう。だが、セリオスにしてみればそれどころではない。
 思考は真っ白。時折瞳にはっきり浮かぶ内容は、その眼にアレクシスが映っているはずなのに、彼の行動の一切は理解の出来ない物ばかり。
 セリオスは、アレクシスの言葉にひたすら、錯乱を傍らにひたすら首を上下に振り頷く事しか出来なかった。

「――はい――お酒は程々にします――」
 オブリビオンである戦捺羅が爆睡している中、時間を掛けて、セリオスが半ば棒読み状態で絞り出せたのはその言葉のみ。

 ――同時に、酔いが段々と薄れてきたアレクシスは、普段では起こり得ない己の行動を振り返る前に、胸に深く残る一部を反芻していた。
「(……酒のせいだろうか。
 あのセリオスは……他の人には見せたくない、と過ってしまった……)」
 そういつまでも、彼の、この様な艶な姿を、少ないとは言え人に見せ広げておきたいとも思わなかったのだと――。

「ふああぁ……あー、よく寝たぁ。
 あれ、身体に力は入らないけど――頭は痛くないー……!
 左手――あ、腕生えてるよーっ! 見た目だけだけど、この際動けばいっかー」
 まだぼんやりとしているにも似たアレクシスの思考に、急に元気そうな戦捺羅の声が割り込んでくる。
 それを耳にした、アレクシスの思考が一気に凝縮されるように脳裏に戻って来た。
「――ぁ……そういう、ことになってしまうのか……っ」
 アレクシスが攻撃として使用したものは、相手の無力化と共に、浄化によるオブリビオンの存在影響力を削るものだ。
 しかし同時にこれは、そもそもの存在に治癒効果を交えたユーベルコードなのだ。
 故に、これをオブリビオンに使えば『弱体化はしたが、傷は治った』――この結果は、言わずもがなと云う他にはない。
 だが、戦力は殺げているとは確信出来る。後は押し切るのみだと、場の猟兵は再び戦捺羅が景気付けに酒を飲み始めたのを目に、改めて戦闘態勢を整えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

月白・雪音
…我々が此処に赴いた目的が宝貝にあると存じているとあらば、貴女と此処で『どうなるか』もまた存じておられるという事ですね。
私と貴女は相容れない。それでもこの酒宴に罠は無く、唯楽しむが望みとあらば…、

…そうですね。一献、ご相伴に預かると致しましょう。
この通り矮躯なれど成人は過ぎておりますゆえ、ご心配なく。

見る者を幸福の微睡みの内に閉ざす花弁。確かに見るには美しいものです。
貴女は、如何でしょうか。貴女もこの花弁によって自らの幸福の形は想起した筈。
果たして今がそれと同じであるか…、或いは野暮な問いやもしれませんが。
酒宴の場において刃を交えるに気が乗らぬとあらば、そうですね。

――酒宴の『余興』として演武をひとつ…、という事であれば如何です?


相手が乗ればUC発動、落ち着きにて酩酊と幻覚、相手の誘惑を振り払い、グラップル、怪力による無手格闘にて相対
見切り、野生の勘にて攻撃を察知し、演武の流れにてカウンターも交え攻撃

…貴女の存在は、我々とこの地に相容れぬもの。
されど交わした盃は、此処に覚え置きましょう。



●薄紅の果て
「ようやく、片手また使えるようになったよーっ」
 戦闘で失ったはずの腕にも拘わらず、それをオブリビオン【月天・戦捺羅】は、左肩口から先程の惨劇など知らぬとばかりに、そのしゃなりとした細腕を伸ばしていた。
 人の概念では理解の遠い領域。だが、それは皮肉にも正しく『過去の滲み』と呼ばれるオブリビオンという存在を体現していた。

 薄桃にも似た、白に近しい花弁をこんこんと噴き出す宝貝【桜酔宴】は、まるでそれを手にした戦捺羅を所有主とでも思い始めたかのように、先程より一層の勢いを増して風に舞う。
 それは夜でありながら、まるで月光に照らされた、桜花の花弁が一面に泳ぎ舞い狂う海を思わせた。
「……我々が此処に赴いた目的が、宝貝にあると存じているとあらば――貴女と此処で『どうなるか』もまた存じておられるという事ですね」
 静かな女性の声が響く。放つ言葉の抑揚は少なく、だが、そのどこかに圧倒的な獣性の威圧感を訴え掛けてくる月白・雪音(月輪氷華・f29413)が放つ言葉に、戦捺羅は己が直ぐに対応出来る範囲に宝貝・桜酔宴があることを確認する為、一瞬視線を走らせる。
 そして、その返答の代わりに要件を誤魔化すよう愛嬌を振りまきながら、戦捺羅は雪音に、にぱっと笑ってみせた。
「………………」
「あちゃー、ノーリアクションかー」
 雪音は、ただオブリビオン一体のみを視界に入れている。この場を茶化そうとして失敗を悟った戦捺羅は、今度こそ事実困った様子で笑ってみせた。

 市中の桜花の花弁に埋もれた人々――。あのままでは間違いなく影響を受けた人は死ぬ。
 なれば、幾ら冗談を言おうと、溢れんばかりの笑顔を向けてみせようと、それらがどうしてオブリビオンの免罪符に成り得るだろう。
 それは、雪音だけではなく、戦捺羅自身も理解している、茶番。

「あ、でも!『人が来るなら、分け隔てなくみんなでお酒飲んで、桜が見たい!』これは本当、本当だよー!
 もし皆を殺すつもりなら、ここには罠をしかけて逃げ惑っていた方が絶対に良いんだからー。
 だから呑もーよ! まだお酒飲めなければ、ジュースもあるよー!」
 前半に罪悪感、後半に己の本音を乗せて。どちらの思いも隠そうとしない戦捺羅に、ゆっくりと思案を巡らすように雪音は瞑目する。
「私と貴女は相容れない。
 それでもこの酒宴に罠は無く、唯楽しむが望みとあらば……」

 一呼吸の間。僅かな緊張を見せる戦捺羅に、鮮やかな血色の瞳を伴い雪音は告げた。
「……そうですね。一献、ご相伴に預かると致しましょう」
「やったー! 呑むのはどっちの方がいいのかなーっ?」
「酒杯にて。この通り矮躯なれど成人は過ぎておりますゆえ、ご心配なく」
「お酒はいりましたーっ! 景気付けに自分ももう一杯呑んどこー!」
 雪音の言葉に、本当に擬音が見えそうな華やかさに喜びを隠さず、戦捺羅は手元の巨大な酒の湧き出す杯を一気にあおった。先、罅入った杯も、すでに傷痕ひとつもない。
 それこそが、既に節理から外れた相手の正体だとしても――雪音は己の一時を、相手の側らに置くことへ決めたのだ。

 なみと注がれた雪音の杯に、一片の花びらがふわりと入り乗るように酒上に揺れた。
 これは毒か、口に触れても問題の無いものか。即、己ならば問題ないと判断し、雪音はまるで菓子のように浮かぶ花びらごと酒を飲み干した。
 甘くはない清酒でありながらも、柔らかで体を焼く熱さを殆ど感じさせない喉の通り。
 雪音の心が僅かに温かなものに染まっていく。即座にそれが無意識なのであろう戦捺羅のユーベルコードであることを察したが、これはいつでも十分に抵抗が可能な範囲だ。
「うん、良い呑みっぷりだねーっ。
 花びら、すごい綺麗でしょーっ? ……ひとにもそのくらいの胆力があったならなー、よかったのになー」
「……見る者を幸福の微睡みの内に閉ざす花弁。
 確かに見るには美しいものです」
「ちょっと普通のひとが、あんなにこの桜にもお酒にも弱かったなんて、思いもしなかったけどねー」
 くだを巻くように溢した戦捺羅の言葉を掻き消すように、桜の嵐が二人の間を駆け抜けた。

「貴女は、如何でしょうか」
「ん?」
「貴女もこの花弁によって自らの幸福の形は想起した筈。
 果たして今がそれと同じであるか……、或いは野暮な問いやもしれませんが」
 雪音の視線が、僅かに姿勢を正した戦捺羅を見つめる。
 戦捺羅は、痛い所を突かれたと言わんばかりに逸らす瞳を隠そうともせず、そしてやはり困ったように笑うのだ。
「あちゃー。それは斬り合いするより痛いなー。
 私かー……私が見た幸福の形は――」
 風が吹く。一時、隠れていた満月が、杯の酒を染め。それを戦捺羅は一気に飲み干した。
 雪音はその先に、言葉を聞いた。

「幸せ――私が見たのは。
 桜にまみれて、手指から足先全てを残すことなく、悲しいこと交えて全部が消える瞬間だったよ」

「――互い……相容れる事は、ありませんね」
「でも、剣を振るうことは本意じゃないんだー。きっと……生きてる間は躊躇いなく使ってたはずなのにねー。
 もう、振るわなくても、血は流さないで。皆が幸せになれるものが、ここにあるからかも知れないけれども」
 戦捺羅の目にした先には、宝貝・桜酔宴がある――。
 その行き着く先が滅びであると知りながら、戦捺羅はそれを渡そうとしない。

 戦いは、避けられない。
 ――他には何もありはしないのだ、と。悟った二人は酒杯を置いて相対する。
「酒宴の場において刃を交えるに気が乗らぬとあらば、そうですね。
 ――酒宴の『余興』として演武をひとつ……、という事であれば如何です?」
「いいねー。私がやると、どうしても喧嘩殺法ぽくなっちゃうけどー……。
 足は無しでもいいかな? 私、足癖が良くないから幸せな気分までなくなっちゃいそうでー」
「では、それで」

 雪音の言葉を合図に、瞬時に、互いが間合いを計るための距離を取る。
 細められた雪音の双眸から、己の意志により、先までの幻覚に似た酩酊と相手への穏やかな感情を霧散させ、ユーベルコード【拳武(ヒトナルイクサ)】による自己強化を図る。
 先に距離を詰めたのは戦捺羅の方だった。それは牽制に見えながらも的確に心臓を狙った一撃。先の酔いの名残などを追えば、一瞬で死に到りかねない一撃を、雪音は己に跳ね上げた力を伴い、その腕を外側へと弾き去なす。
 二人で行われるのであれば、一般には動きの合わせを求められる演武。しかし、猟兵とオブリビオンの間に今行われているものは、一撃を受ければ致命傷と成り得る、完全な命を掛けた武芸のひとつ。
 雪音の鋭い手刀に対し、戦捺羅は敢えて軽く袖衣が触れるように流すと、その動きを追うように身を弾ませ関節を固め――否、勢いそのままに腕をもぎ取るつもりで身を絡ませようとする。雪音はその意に即座に気付き、腕を捕らえられる前に、中途では止められない相手の体を掴んでは、桜花の大地に投げ叩き付けた。
 一撃が軽いものでは決してない。だが互いの立て直しも瞬息の間。
 ほぼ、互いに動きが無傷にも見える攻防の最中。一瞬、敢えて雪音が動きを止める。
 しかし、それを緊迫張り詰めているが故に隙と誤認した戦捺羅が、躊躇いなく顔面に拳を突き立てようとした刹那。雪音はそれを待ち焦がれていたかのように、見えていた攻撃を予測しては寸での距離と共に避けると。
 文字通り、己の怪力の渾身を込めて、今度こそ確かに雪音の手刀が戦捺羅の胴体を貫いた。

 貫いた腕を引き抜けば、雪音の服は真赤に染まっていた。
 だが、その赤はオブリビオンという『過去の滲み』消滅と共に、消え去ることも知っている。
「……貴女の存在は、我々とこの地に相容れぬもの。
 されど――交わした盃は、此処に覚え置きましょう」
 ふと目に入る大きな酒杯。おそらく、戦捺羅の一部とも言える杯も、共に消えゆくものだろう。
 だが、雪音の細い手指は、この幻想の地ではなく。その思い出ごと、自身の胸を指し示している――。

「――えへへ、ありがと……。
 もしも……私がオブリビオンじゃなかったら――昔なら、もっとずっと綺麗で幸せなものが見えたかなぁ……?」
 尚も自力で立ち尽くし、そう呟いた戦捺羅のまだ消えることのない身体。その口から赤い、血が吐き出される。

「桜、綺麗だけど……これで、お酒……呑める、かな……」
 猟兵達の力により、重ねられた負傷により、もはや動く仕草も明らかに緩慢で。ぽつりと、戦捺羅の零れた言葉に、ただその上を桜花の時雨が柔らかく降り注いでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

静峰・鈴
桜の花びらに埋もれ、眠るように逝く街と人々
それをよしとし、酒の見せる夢を垣間見ようとする元凶たる貴女
……ああ、貴女は現実がお嫌いなのですね?

見たくない程に
もう何も知りたくない程に

けれど、桜花と酒の夢に溺れるならばお一人で沈み逝きくださいませ
花の柩と酒の湖による水葬を望む方が、他人も纏めてなど酷い心中ではありませんか
明日を生きたいという方の願いも汲んでは頂く
…など、酔いの裡にあってはもう聞き届けもしませんね

ならば
手向けの如く、一献お注ぎ致しましょう
桜を愛でる歌を、即興ながら傍で囁き歌いましょう

せめて、貴女の魂が安らぐように

何故、このような暴挙に出たのかなどもはや聞きません
街ごと自滅するような思いなど、桜の色艶には似合いません

ならば潔く逝けるように
心地よい調べと、甘い酒の味を最期にと堪能してくださいませ

そして、私の持った徳利が空となれば
隙を見て居合の一閃
全力の稲妻を伴っての

「夢と桜の終わり、神刃の巻き起こす花嵐で御座います」

満開の桜散れば、酔いを醒ますような冷ややかな月が夜天に顕れましょう



●桜ひとひら
 身につける紫の衣が、胴体より鮮血を交えて暗色に染まっていく。
 オブリビオン【月天・戦捺羅】は、それでも意識を傾ける宝貝【桜酔宴】を側らに。神酒の酒量も調整出来ないのか、既に己の酒杯からは泉のように酒が溢れ零れることもなく、後はただ普通の盃に数杯を残すのみとなった、その傍らに腰を下ろした。
「いったぁい……これ、身体のどこに穴空いたかな……?」
 呟きと共に、先程にして他の猟兵の攻撃を受け傷付いた頭部からも、赤い液体が頬に涙のように伝い落ちた。
「あはは、でも普通こんなところに一撃もらったら、とっくのとうに死んでたやー。……オブリビオンって、本当に変なの」
 桜酔宴の花びらが舞う。だが、戦捺羅の傷が隠されることはない。――それは『もはや、誰の幸福でもないのだ』と言わんばかりに。

「うーん……あ、そこの女の子ー。一緒に呑まない?
 お酒呑みたい、むしろ呑まなきゃなんだけどぉ……多分もう、この大杯持ち上げられないなぁって。――今なら、桜酔宴も奪っていけるかも知れな……いたーい!」
 そう告げて戦捺羅はせらせらと笑いかけ、次の瞬間には先の攻撃の痛みに悲鳴を上げる。
 その視界の先にいたのは、今までの様子を黒曜よりも深い射干玉の瞳でじっと見つめていた静峰・鈴(夜帳の玲瓏・f31251)だった。
 ただずっと、瞳に映して。故に、鈴は理解していた。
 宝貝・桜酔宴を奪っていけるかも知れない、と――そう告げたオブリビオンの言葉は、この状況をもってして尚も嘘であり。恐らくは、かの存在が消える瞬間まで、指先にも触れさせてはもらえないであろう、と。
 鈴は己の心に照らしてきた今までの全てを振り返り、戦捺羅へと確認するように、しかしそれはどこか遠くに触れるかのように呟いた。
「桜の花びらに埋もれ、眠るように逝く街と人々。
 それをよしとし、酒の見せる夢を垣間見ようとする元凶たる貴女」
 それは、何故か――鈴は、今までの戦捺羅の行動に見出せなかった意味を、そこまで呟き語り上げた時。
 ようやく、確信に近い、ひとつの答えを見出した。
「……ああ、貴女は現実がお嫌いなのですね?」

 そう、見たくない程に。
 もう何も知りたくない程に。

 そう鈴に紡ぎ続けられた言葉を、ふと。戦捺羅は痛みに呻いていた声をひたりと止めて。それらを、ただ無言で聞いていた。
 口許に、うっすらと自嘲にも似た微笑みを染めて。

 静かな、場違いにも思える程の穏やかな沈黙が、二人の合間に桜を伴う天女の羽衣のように舞い落ちる。
 桜の花片がさらさらと風に乗って、二人の傍らを滑り抜けていった。
「――ねぇねぇ、お酒呑みたいなぁ。
 ……今お酒切れたら、今まで見てきたきれいなもの、全部消えちゃいそうなんだぁ。それ、やだなぁって」
 沈黙の合間を縫い、戦捺羅が甘えるように鈴に語り掛ける。
 話は変えられ、答えは得られず。しかし――それは、戦捺羅の全面的な肯定だった。

「なるほど――けれど、」
 しかし、鈴はそれを一蹴する。
「桜花と酒の夢に溺れるならばお一人で沈み逝きくださいませ。
 花の柩と酒の湖による水葬を望む方が、他人も纏めてなど酷い心中ではありませんか」
「いけずー!
 ……でも、みんな幸せそうじゃなーい? 身動きも、息すら億劫だと思うほどの幸せに、みんなが溺れてる。あんなに人がいたところに、その総てが溺れてる。
 そう――誰一人の例外など無い程、余りにも憐れなまでに」
 戦捺羅の揺らぐ瞳に一瞬、酔いの移ろいが消えた光が走る。それは、手元の大剣など振るわなくとも、ただの人間ならばその視線一撫でによって殺せるであろうもの。
「それでも、で御座います。
 貴女のたった一人の目の届かない所に、数多のそれらは確かに存在していたのです。
 その『明日を生きたい』という方の願いも、汲んでは頂く――」
「あはは、嘘みたーい。わっかんないなー。
 それじゃあ、一緒にお酒呑んでくれたら考えてあげ……って傷いったぁ……!!」
「……など、酔いの裡にあってはもう聞き届けもしませんね」
 どこまで、このオブリビオンには自我があるのか。僅かに垣間見る素面の眼は、確かに【月天】と名を添えるには、名に負けることのない鬼神の色。
 ――オブリビオンとなって、かの名が過去の断片となったからこそ、猟兵達をこの勝利に近づけた。ならば、酒を飲ませぬという選択肢はないだろう。
 こちらの為に、そしてもう救われる事のない過去の残影の為に。

「ならば、手向けの如く。一献お注ぎ致しましょう」
「ふふ……っ」
『手向けの如く』と。そうはっきりと告げた鈴の言葉に、戦捺羅が小さく、今まで聞かない色に声音を染めて微笑んだ。
「あ、この皆用の白徳利使っていいよぉ、重たいと注ぎづらいでしょー」
 戦捺羅の指示に沿い、鈴はもう湧きたつ事の無い残りの酒を白磁の徳利へと移し替え、猟兵用の小さな杯を満たし血に染まった戦捺羅の手に添える。
「そっちも呑んでーっ。まだ残ってたはずー」
 ジュース、と言われるが。それも戦捺羅の用意した神々に連なるもの。どうやら鈴一人を、まともなままに返すつもりはないらしい。
「――それでしたら、倣い乾杯とまいりましょうか」
「……本当に嬉しい事を言ってくれるなぁー。それじゃあ」
 二人――否、一人と一体は。互いの手にある飲み物の一盃を、一気に乾かし飲み干した。

「――」
 くらり、と。飲み物の影響により鈴の視界が軽くたわんだ。一種の相手に優位に働く精神汚染。数秒、閉じたくなる瞳を敢えて大きく開いて撥ね除ける。
「アハハハハ! お酒やっぱり美味しー! ……イタタぁ……」
 戦捺羅が、酒のせいで学習能力が吹き飛んでいるようにも思われる、酔いの高揚と、いつその存在を終えてもおかしくない痛みに蹲っている。
 その声を耳に、精神汚染の抵抗に成功したことを自覚し。ふと少しの確信と共に、鈴は戦捺羅の杯に次の一献を注いだ。
「本当は……お一人で、飲みたかったのではありませんか?」
「……、まぁ、ね。
 でも『来てしまう』お客さんでしょ? それなら、迎えなきゃなーって、どこかで思ったんだろうなぁ」
 まるで他人事のように告げる戦捺羅へ、鈴は優しくありながら桜舞う夢幻を斬り付ける玲瓏の声で告げた。
「何故、このような暴挙に出たのかなどもはや聞きません。
 街ごと自滅するような思いなど、桜の色艶には似合いません」

「それねぇー……私、絶対似合うと思ったんだけどなぁ……、まあ、今も思ってるんだけど!!」
「それならば、せめて。桜を愛でる歌をひとつ、お酌と共に歌いましょう。
 ……その、オブリビオンとして。何もない、貴女の魂が安らぐように」
「――しゃくだなー……。最初に持て成す相手間違えたよー。最初だったら、絶対その身体に一刀刻んでたのに」
 不穏なことを言葉に残して。それでもオブリビオンは鈴に敵意のない笑顔を見せた。
 僅か碌な身動きもままならない、震える杯を観念したように口許にあてがって。

 歌が響く。即興で、これがどこかで聞いた旋律なのか、そもそも聞く機会などあったかなど、鈴本人にすら分からない歌声は、鋭く響いた先の声音とは異なって。
 それはまるで、春の香が、血に塗れたオブリビオンの頬を撫でるように柔らかに。桜花の片が見えぬ場などない世界と共に囁き響く。

 オブリビオンの、今まで遠く桜を映し続けた藤色の瞳が静かに閉じた。歌に聴き入り、そして酒杯に残る、この場最後の一滴という甘露を名残惜しむかのように。
 ――桜花の時間は終わりを告げた。
 空となった白徳利の代わりに、鈴が手にしていたものは、居合いによる瞬息の一閃。
 竜胆の青紫に染められた刀身からの雷――ユーベルコード【蒼天剣衝・瞬雷(セイテンケン・シュンライ)】が激しい衝撃と音を伴い、戦捺羅を貫いた。
 雷を巻き込んだ一撃が、戦捺羅の傍らに置かれていた宝貝・桜酔宴を焦げ付かせてはふたつに砕き。
 そうして、鈴の傍らにいたオブリビオンの身を、渾身の威と共に斬り裂いた。

「――夢と桜の終わり、神刃の巻き起こす花嵐で御座います」
 その声は届いただろうか。
 雷と共に闇色の灰となり崩れ消えた戦捺羅の刹那、最後の面差しを見た者は――おそらくこの場にはいないまま。

 宝貝が砕かれ、桜花の『幸福の想起』と呼ばれた呪いが、消滅という崩壊を始め、猟兵達は急ぎ市中へと足を降ろす。
 誰かによる、最後の一歩。同時に、大地も空も総てを包み込もうとしていた、狂い咲きの桜が消えたその後には。
 今までの酔の名残ひとつも残さぬように、まるで凍りつかせるような白光差し込む月輪が、星も見えぬ程に澄んだ夜天に、ただただ眩く輝いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​



最終結果:成功

完成日:2022年05月03日


タグの編集

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 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#封神武侠界
🔒
#戦後


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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はディ・エルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト