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鏖殺リテラチュア

#サクラミラージュ #古塚の呪い #七光ラズ・随遊院茫子 #宿敵撃破


●七光
 此れは、在り来りな噺だ。
 其の男は偶々、金持ちの家に生を受けた。父親は高名な作家であり、其の血を譲り受けた彼もまた、文才に溢れていた。
 本当は一生遊んで暮らせる丈けの財産があるけれど、良い年の男が遊び暮らしているのでは外聞が悪いからと、父親は男に店を持たせた。古書店街のなかに佇む、こじんまりとした店である。
 流行り廃りなど、古書には凡そ関係ない。行列など、以ての外である。古書店街には常にゆったりとした時間が流れていて、近くの大学から微かに聴こえる鐘の音丈けが、数刻おきに時を教えて呉れる。
 男は閑古鳥が鳴く店内で、物語を綴って暇を殺していた。
 青空から射し込む光を浴び、時に雨音を伴として、時には鈴虫の聲を聴き乍ら。まるで息をするように、只々文章を綴って居た。
 慰みで書いた原稿は、父の伝もあり出版社の目に留まった。低俗な推理小説であったが、彼の作品はあれよあれよと云う間に雑誌に載って、書籍と成り、遂には栄えある賞を戴くに至った。
 今や猫も杓子も彼が綴る物語に夢中に成って居るが、識者は彼を「親の七光り」だと莫迦にして居る。実際、彼の作品が世に出たのは父親の名声の賜物であろう。
 そんなことなど気にも留めずに、男は今日も筆を執る。別に、創作が好きな訳ではない。敢えて言うなら、硝子窓越しに降り注ぐ夕陽が原稿用紙を朱く染めるひと時が好きなのだと、そう彼は云う。
 だからこそ、彼は殺されねばならぬ。
 才能と運と家族に恵まれ、暇つぶしで綴った小説が名作と持て囃され、七光と莫迦にされ、それでも当の本人は他人からの評価に全く関心がないだなんて。
 そんなの、殺されて当たり前。被害者に成って当たり前。動機だってほら、充分。「ホワイダニット」さえあれば、其処に事件は起こり得る。妬み嫉みで蹴落とされるなぞ、苦界にはよくある噺なのだから。そう――。
 此れは、在り来りな殺人の噺である。

●凶惡
「君達はどんなミステリがお好みかね?」
 グリモアベースの片隅にて。古びた文庫本を片手に抱きながら、神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)はにんまりと双眸を弛ませた。
「僕は語り手が犯人なパタァンが好きだなァ」
 そんなことを宣ったのち、常盤は咳払いをひとつ。何も世間話をする為に猟兵たちを集めた訳では無い。此度もまた事件の馨を嗅ぎ付けたのだ。
「今回騒動を起こす影朧もね、ミステリが好きだったらしい。尤も、綴り手としてね」
 とどのつまり、其の影朧は「作家」の端くれなのだろう。
 胡乱な男は文庫本をゆらゆらと緩慢に揺らし乍ら、此れから起こり得る事件の仔細を紡いで往く。
「影朧のタァゲットは、古書店『雲水堂』の主人さ。何を隠そう彼は――」
 その筋の最高峰とも称される文学賞を獲った、期待の大型新人。もとい、著名な作家なのだと云う。いまや彼の作品は大人気、大人も子どもも真剣な貌をしながら彼が紡いだ世界観に浸っているのだ。
「彼の父君は高名な作家らしくてねェ、其の所為で“親の七光り”なんて莫迦にするものもいるようだけれど。幾らコネがあった所で、才能がないと此処までは……ねェ?」
 くすんだ文庫の表紙で口許を隠し乍ら、胡乱な男はくつりと笑う。
 家族に恵まれ、才にも、名声にも恵まれた、世にも幸運な作家。そんな彼が狙われるべき理由――すなわち“動機”は、十二分に存在する。
「今から君たちを古書店街に転送するよ。影朧が現れるまで、好きに楽しんで呉れ給え」
 雲水堂に出向き、標的たる主人に接触してみるのも良し。或いは、立ち並ぶ古書店を巡ってみるのも良いだろう。既に売りに出された彼の本を捲って見たり、気に成る本を手に取ってみたりと、書物との一期一会を楽しめる筈だから。なにより、偶々手に取った本が実は……。
「影朧が綴った作品だった、なァんてことも有るかも知れないよ」
 本気か冗談か分かり兼ねる調子で哂った男の掌中で、グリモアが血彩の光を放つ。
 導く先は、永世櫻の世界。枯れた甘いインクの香りが何処からともなく漂って来る様な、古書店街である。


華房圓
 ご覧くださり有難う御座います。
 こんにちは、華房園です。
 今回はサクラミラージュで、殺人譚をお届けします。
 さて、猟兵の皆さまは事件を食い止められるでしょうか。

●一章〈日常〉
 文学の馨が漂う古書店街にて、調査活動と日常を。
 『雲水堂』へ赴けば、標的である店主と話が出来るでしょう。
 いつか影朧が綴ったかも知れない本を、探してみるのも面白いかも知れません。
 彼の為人を知るうちに、或いは彼女が綴った頁を追う内に、
 影朧が凶行に至らんとする“動機”へ辿り着けるかも知れません。

 特に調査には関わらず、普通に日常を満喫いただいても構いません。
 古書店街に眠る本たちは、きっとあなたの訪れを待っています。
 未だ見ぬ古書との出会いを求めて、街を漫ろ歩いたり。
 買い求めた本をカフェーで開き、空想の世界に浸ったり。
 思い思いに、穏やかな一時をお楽しみくださいませ。

●二章〈集団戦〉
 影朧が差し向けた手下たちとの戦闘です。
 古典ミステリに「呪い」はつきもの。
 忘れ去られた古塚の呪いが、皆さんに襲い掛かります。

●三章〈ボス戦〉
 標的に怨みを抱いた影朧とのボス戦です。
 猟奇殺人はお好き?

●『雲水・栄之丞(ウンスイ・エイノスケ)』
 影朧の標的。男性、三十歳。
 飄々としており呑気。雲のように掴み所が無い性格。
 栄ある賞を獲った推理作家だが、「七光リ」と一部で馬鹿にされて居る。
 とはいえ、本人は何も気にしていない様子。

●〈ご連絡〉
 プレイング募集期間は断章投稿後、MS個人頁やタグ等でお知らせします。
 キャパシティの都合により、グループ参加は「2名」様までとさせて下さい。
 どの章からでもお気軽に。単章のみのご参加も大歓迎です。

 またアドリブの可否について、記号表記を導入しています。
 宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
 それでは宜しくお願いします。
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第1章 日常 『古書店街』

POW   :    取り敢えずカフェー

SPD   :    街を漫ろ歩き

WIZ   :    古書店巡り

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*原稿用紙(壱枚目)
『 其の古書店街は、たいそうな賑わいを見せて居りました。
  恐らくは、大学の近くに在る所以でしょう。漫ろ歩く若人たちの聲は何処までも明るく、まるで自分達の生は此の先も、何時までも続くのだと、こころの底からそう信じて居る様。誰にでも等しく”終わり”が訪れることを識らぬ儘……。
 若人の群れを見送って、華尼拉の如く甘やかなベンズアルデヒドの仄かな馨に包まれ乍ら古びた街を歩くこと暫し、其の書店はひっそりと端のほうに佇んでおりました。

 名は――、』

●未だ見ぬ出逢い
 転送された猟兵たちが最初に目にしたものは、雑然とした古めかしい街並みだった。右を見ても、左を見ても、正面を見ても、積まれているのは本ばかり。されど、よくよく観察してみると、店によってその毛色は異なるらしい。
 例えば――ひときわ立派な門構えの店は、あらゆる種類の書籍を手広く揃えているのだと云う。店内はひと昔前に流行った本を安い値で求める客で絶えず、此の辺りでは一番の賑わいを見せていた。
 煉瓦作りの洒落た構えの店は、洋書ばかりを取り扱って居る。諸国の文化や言語を専攻する学生たちや、或る種のコレクター御用達の其処は、訪れた者達の知識欲を心往く迄みたして呉れるだろう。
 此の辺りで最も年季の入った店は兎に角、旧い本ばかりを置いて居る。普通の書店は愚か、図書館ですら見つからぬ様な稀少な本が目玉であるらしい。未だ読んだことのない噺を探すならば、此処に立ち寄ってみるのも良いだろう。

 古書巡りに疲れたのなら、ちょいと其処らで一服。
 大學校の近くらしく、此の通りには当世風のカフェーも佇んで居るのだ。何処か懐かしいニューオリンズの調べに耳を傾け乍ら、芳しい珈琲の馨を伴に買い求めた古書を読み耽るひと時もまた、特別なものに成ること請け合いである。

 さて、肝心の標的の店「雲水堂」であるが――。
 此方はぽつり、表通りの端の方にひっそりと佇んで居た。店先に積まれた書籍は皆無、硝子窓には広告ひとつ張られていない。茫と歩いて居るとうっかり見過ごしそうな店構えである。
 念の為にと店の中を覗いてみても、矢張り客の姿は無い。最奥では店主らしき男が、戸に背を向けて何やら書き物に勤しんで居る。ただ、其れ丈けだ。
 一応は古書店であるようで、店を埋め尽くす書架には古びた文庫本が所せましと詰め込まれている。聞き込み序に、適当に文字を追って暇を潰すのも一興だろうか。
 もしかすると、件の影朧が綴った物語が此の店に。否、或いは此の街に眠っているやも知れぬ故に――。

 未だ見ぬ書物との出会いを求め、或いはいのちを狙われた男を救う為、猟兵たちは其々の期待や想いを胸に古書店街を往くのだった。


<できること>
・古書店街でのひと時を楽しむ
・カフェーで買い求めた本を楽しむ
・標的である「雲水・栄之丞」に接触

<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
・本章のPOW、SPD、WIZはあくまで一例です。
 あまり気にせず、自由な発想で日常をお楽しみください。

・ペア参加の際は、失効日を揃えて頂けると幸いです。
・オーバーロードはお好みでどうぞ。

≪受付期間≫
 6月14日(火)8時31分 ~ 6月17日(金)23時59分
花厳・椿

ひらひらと蝶と一緒に店探し
雲水堂… 雲水堂…
みつけたわ

椿の背より高く埋め尽くされた本

人の心が、想いが綴られるもの
一冊、手に取り頁をめくる
顔を顰める
並んだ字の羅列を追うのは慣れていない

だって本を読んだ事はないのだもの
あの子はいつも読んでくれた
その声が優しくて暖かくて
私はいつだって幸せだった

本を閉じる
本から人の心を読み取るなんて
「私」にはまだ難しい
退屈しのぎに店主に声をかける
ねぇ、ねぇ
その背に声をかける

何を真剣に書いてるの?
書くのって面白い?

じぃっと真剣に何かを書いてる顔を見つめる
だって椿にはわからないのだもの
人にとって生きるに必要な糧ではないのに
ねえ、想いを綴るのは、物語を紡ぐのはなぜ?



●綴る意味

 ――ひらり。

 古びた甘い馨の漂う古書店街に、まるで蝶の如く舞い降りたのは独りの少女――花厳・椿(夢見鳥・f29557)であった。金の眸をきょろきょろと、左右に揺らす彼女の傍らには、其の化身の如き雪白の蝶が共に在る。
「雲水堂、雲水堂……」
 忘れて仕舞わぬようにと、尋ねるべき場所の名を何度も口の中でまろばせれば、蝶たちも戯れる様に彼女の周囲をぐるりと回り、何やら探す素振り。
 そうして歩くこと暫し、少女の眸に漸く飛び込んできたのは『雲水堂』の飾り気無い三文字であった。
「――みつけたわ」
 硝子越しに店の中を覗き込んでみれば、矢張り其処は伽藍洞。ただ、戸に背を向けて書き物をしている店主が居る丈けだ。少女はがらりと引き取を開けて、動ずることなく中へと入って往く。

 まるで、森の様だ。
 書架は幼げな少女の背丈よりもうんと高く、其れで居て、中身は隙間も無い程に埋め尽くされて居る。其のどれもがきっと、綴り手の想いが込められた至高の一冊なのだろう。椿の花唇から、ほうと感嘆のちいさな吐息が漏れる。
 ――本。
 其れは、ひとのこころが、想いの丈が綴られるもの。誘われる様に少女は書架へと手を伸ばし、手近な一冊をそうと引き抜いた。褪せた紙表紙の其れは、彼女の掌にも丁度納まる大きさの文庫本だ。
 ゆっくりと頁を捲った椿は、思わず其の愛らしいかんばせを顰めた。挿絵のひとつもなく、難解な文字ばかりが並んで居たのだ。
 古めかしい言葉遣い、難解な漢字、その様なことばを追うことに成れていない少女――其の容をした化生は、ぱたりと本を閉じて諦観交じりの息を吐く。読めなくて、仕方ないのだ。なにせ、本なんて読んだ事などないのだから。
 彼女の代わりに頁を捲ってくれるのは、そして、文字を追い掛けて呉れるのは、いつか焦がれた“あの子”だった。
 いつも物語を読み上げて呉れる其の聲がとても優しくて、まるで春の陽気みたいに暖かくて――。
 椿は、彼女と居るといつだって幸せだった。
 閉じた本の表紙を白いゆびさきで撫ぜ乍ら、少女は静かに頭を振って見せる。本から、此処に綴られた文字列から、ひとのこころを読み取るなんて。根が化生である“私”には、未だ難しい。“本物の椿”ならば、すらすらと読み解いて、解釈まで聞かせて呉れたかも知れないけれど……。
 読めぬ本を書架に戻した椿は、踵を鳴らして店内をぐるりと巡り、軈て其れにも直ぐ厭いて。退屈しのぎとばかり、只管に机に向かって居る店主の背に向けて、静かに聲を編む。
「ねぇ、ねぇ」
「……おや、驚いたな」
 店主――件の作家・雲水栄之丞は、幼げな客の姿に聊か面食らったようだった。分厚いレンズの奥の眸が、僅かに丸くなる。
「きみ、迷子かい」
「ううん、椿はお客さまよ。……ねぇ、何を真剣に書いてるの?」
 原稿用紙を興味津々に覗き込む少女の姿に、店主はゆるりと双眸を弛ませた。先程迄カリカリと走らせていた万年筆を置けば、静かに椿と向き合って悠々と答を編む。
「そうだねぇ。小説を書いて居るんだよ、誰が読むかも知れない三文ミステリをね」
 一方の椿は読めもしない物語の片鱗に視線を注ぎ乍ら「ふぅん」と、淡泊な相槌ひとつ。其れから、じぃと店主の目を見つめて問うのは或る種の真理。
「……書くのって面白い?」
「面白いよ、暇を潰せる程度にはね」
 おっとりと笑ってそう答えた後、店主は再び万年筆を取り、躊躇う事無く原稿用紙に文字を走らせて往く。其れでも椿の視線は、彼の手許では無く、白紙を見つめる彼の横貌を眺めて居た。
 だって、椿には分からないのだ。
 彼が言う通り、此れは退屈しのぎに過ぎない。強いて言うなら、一種の娯楽か道楽だろう。ひとにとって、生きるに必要な糧では無いと云うのに。何故、そんなにも真剣な眼差しをしているのだろうか。
「ねえ――」
 再び、男へと呼び掛ける。
 白紙の原稿用紙に四〇〇字詰めで、想いの丈を綴るのは。なにより、読むひとが居るか否かも分からぬのに。
「物語を紡ぐのは、なぜ?」
 店主は視線丈けを椿に向けて、口許を苦く歪ませた。中途半端な笑みを浮かべた儘、「そうだねぇ」と考え込む様に顎を撫ぜる。
「……ひとは容の無いものにこそ、敢えて容を与えたくなるものなのさ」
 彼の場合、其の「容」は“文字”なのだろう。少女は再び「ふぅん」と淡泊な相槌を溢して、原稿用紙を覗き込む。其処に綴られた読めない文字は、先程よりも確かな意思を孕んで居る様な気がした――。

成功 🔵​🔵​🔴​

琴平・琴子

七光り、ですか
ご本人が気にしてないのであればそれで良いとは思いますが
少々周囲の妬みも含まれているような気がします
しかし多かれ少なかれはあれども実力が備わっているから賞を頂けたのでしょう?
湧いてくるのは作品と作者への興味
お店に行ったら少々お話を伺いたいですね

扉から猫の使い魔・市を放って何か無いか探らせると同時に自分も店の中へ

御免下さいな
あの推理小説は私の様な年頃でも読めるものでしょうか
猟奇的な内容は少々苦手で…ああでもホワイダニットがとても良くできてると噂は聞きます
先生は如何してその作品を描いたのですか?
先生の身に何がおありで?

ネタバレはどちらでも
敢えて知る事でその先の展開を楽しむ質なので



●猫と少女
「七光り、ですか――」
 ぽつねんと佇む書店の看板を見上げる少女、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)の花唇から零れた呟きを、通りを走る車の無骨なエンジン音が攫って行く。彼女の傍らでは使い魔の黒猫「市」が、不思議そうに主の姿を仰いで居た。
「ご本人が気にしてないのであれば、それで良いとは思いますが」
 そういう中傷の類に自然と眉が寄って仕舞うのは、彼女自身に似た経験が有るから。よく通る声を生かすためにと入った合唱部、其処で周囲の妬みを買って孤立した記憶は、いまも彼女の脳裏に色濃く刻まれている。きっと、此の雲水堂の主人も、周囲の妬み嫉みの標的にされたのだろう。
「実際は多かれ少なかれ、実力が備わっているから賞を頂けたのでしょうね」
 嘗て己が抱いた不服な想いを彼へと重ねて往くうちに、沸々と湧き上がる作家と作品への興味。極力音を立てぬ様に引き取を開ければ、先ずは市をこそりと嗾ける。黒猫はそろりと足音ひとつ立てず、書架の森へと消えて行った。
 其れを翠の眸で見送った後、琴子もまた店の中へと足を踏み入れ、そろそろと戸を閉める。客足の殆ど無い店内では件の主人が、熱心に書き物に興じて居る。
「……御免下さいな」
 少女が放つ透き通った聲に、店主の肩がびくりと跳ねた。振り返った彼の眼鏡の奥の眸と目が合えば、琴子は彼の許へと歩みを進めて往く。
「雲水先生ですね? 貴方の推理小説は、私の様な年頃でも読めるものでしょうか」
 猟奇的な内容は少々苦手で――と前置いた所で、琴子は相手の気分を損ねぬ様「でも」と静にことばを重ねた。
「ホワイダニットがとても良くできてると噂は聞きますから、気に成って」
「そうだな……。出版社の話によると君くらいの年頃の子にも、そこそこ読んで貰っているそうだよ。有難いことにね」
 そう穏やかに微笑む彼から「読んでみるかい」と手渡されるのは、未だ新品の彼の著作。表紙には“暗夜の王”と綴られている。どうやら、此れがタイトルであるらしい。礼を告げ本を受け取った琴子は、ぱらぱらと頁を捲り始める。
 掻い摘んだところ、月の無い夜に起きる連続殺人を描いた作品――という印象だ。賞を獲っている丈けあって、腰を据えて読めばそこそこ楽しめるのだろう。ふと本から貌を上げた琴子は、店主の貌を仰ぎ見る。
「先生は、如何して此の作品を描いたのですか」
「想い付いたから、……という答えでは聊か芸が無いかな」
 不意の問いかけに頬を掻く店主の困り貌を、じぃと見つめる翠の眸。咎めている訳では無い、ただ純粋に不思議であったのだ。
「こういう殺人のお噺、如何やって想い付くのですか」
「子どもの時分から、ミステリが好きでね。トリックや動機やら、暇さえ有れば色々と考えて仕舞うのさ」
 詰まりは、“好きが高じて”と云うことであろう。
 琴子も其れなりに読書はするし、勉強だって出来る子どもであるけれど、綴る側に成りたいとは思わない。色々な人間が居るのだなと思い乍ら、少女は再びページへと視線を落とした。

 にゃあ。

「……市」
 足許から不図、聴こえた猫の鳴き聲に琴子は視線を床へと逸らす。探索の任を終わらせた市の口に咥えられて居たのは、一冊の古びた文庫本。
「嗚呼、こっちは君には未だ早いよ」
 琴子が手を伸ばすよりも早く、店主が其れを取り上げる。猫を連れ込んだことを咎めぬ辺り、本当に細かいことには頓着しない性分の男なのだろう。
「其方の本は、一体?」
「先程きみが云った“猟奇殺人”の噺さ。実際の事件を扱ったものでね、発売当時はようく売れたそうだよ。――尤も、此の作家の作品は此れひとつきりだけれど」
 ぱらぱらと茶けた頁を捲り乍ら、店主はそんな噺を聞かせて呉れた。それから不意に、ぱたんと本を閉じればひらひらと埃が舞う。もう長らく、誰の手にも収まらなかった古書なのだろう。
「実際の事件と、仰いますと」
 ミステリのネタバレは気にしない琴子が、間髪を入れず問いを編む。敢えて知る事で、其の先の展開も楽しむ為に。そして、影朧の正体に近づく為に。
「ある時に人里離れた寺で、数人の変死体が見つかってね。どうやら其処は密室だったそうで、警察も探偵もすっかり頭を抱えて仕舞ったらしい」
 此れは其の真相を暴露する本なのだ、と店主は静かに語る。よくある、推理と云う名の与太話を綴った本なのだろうか。無事に仕事を果たした黒猫を撫でて労ったのち、琴子は再び視線を店主の著書に落とす。
 気に成ることはあるけれど、先ずは此の本を読み切るとしよう――。

成功 🔵​🔵​🔴​

比良坂・彷
【宿世】

え?借りた本はポストに入れといた
答えず店へ

譜面の読み方教本手に取る
「え?音楽勉強したいって言ってたからさ。此なんか作者が煩くなくてよさそうよ」
自分の好みを問われ笑みで隠す
…押しが強くなったなァ
まぁこのお誘いも椿リボンもそうか
逃げ難くなる

「自分の好きはよくわかんねぇの。話あわせる為や知識欲しさに読むぐらい」
作者の意図さえわかれば内容は一発でわかる
教本に作者の思想が濃いと拒絶感がでる、ノイズはいらない
「…つまんない話、ごめんね」
問いには
「残念。勝ちたいって意図がまず入ってくるから、賭博の腕は人並み」

オススメかと思ったら違う
理由に吹き出して
「いいよ、わかった。今度逢う時ね」
約束、しちゃった


六道・橘
【宿世】

妄想癖女と縁切りたいなら貸した本はポストへ
今後もなら店へ来い
約束押しつけた男が来て安堵
選択肢両取りに
「縁切りするしないどっちなのよ!」

好みを知りたくて誘った
前世の兄を重ねる癖に
彼の事を何一つ知らない

「あら音楽にご興味がおあり?」
心高鳴るも本手渡され呆気にとられ
「ピアノは友人が…違う、あなたのお好きな本は?」
話すまで凝視

(教科書丸暗記の『兄』と同じ)
「謝らないで、そういうお話が聞きたかったの。ねぇじゃあ博打も相手の手がわかるの?」
「意図が読めないのが嬉しそう、だから賭け事がお好きなのね」

彼へは探偵小説を
「数年前に読んだの」
「いいえ、犯人も動機も納得いかなくて、あなたの解釈を聞きたいわ」



●次頁に繋ぐ
 妄想癖女と縁を切りたいならば、貸した本はポストへ。もし今後も関わる心算なら、此の店へ来い。
 そんな一方的な約束を押し付けたのは、何時のことだったか。常の通りのらりと姿を顕した比良坂・彷(冥酊・f32708)を観た時、六道・橘(■害者・f22796)はこころからの安堵を憶えた。
「あ、借りた本はポストに入れといた」
「――縁切りするしない、どっちなのよ!」
 思わず聲を張り上げる橘に答えは寄越さずに、彷はゆるりと古書店のなかへ入って往く。橘も溜息ひとつ零したのち、彼の後へ続く。
 今日は、彼の好みを知りたくて誘ったのだ。
 彷に“前世の兄”を重ねて居る癖に、橘ときたら今世で出逢った「彼」の事を何ひとつ知らぬ始末。古書店街のなかでも最も大きな此の店ならば、彼の眼鏡に適う書のひとつやふたつ位、きっと見付けられるだろう。
 そんな彼女のこころなど露知らず、彷は赫い眸をうろうろと彷徨わせ乍ら書架の森を抜けて往く。軈て彼が脚を止めたのは、音楽に関する書籍を扱う一角の前であった。彼が譜面の簡単な読み方等を綴った教本を手に取る様を見れば、不意に高鳴る乙女のこころ。
「あら、音楽にご興味がおあり?」
 其の問いに「え」と、彷は不思議そうに瞬きひとつ。橘の貌と手許の教本を暫し見比べた後、彼は徐に彼女へと其れを差し出した。
「音楽、勉強したいって言ってたからさ。此なんか作者が煩くなくてよさそうよ」
 反射的に手渡された本を受け取った橘と云えば、呆気にとられた貌をして彼を見つめて居る。
「ピアノは友人が――……って違う、あなたのお好きな本は?」
 いまは、此方の噺なんて如何でも良いのだ。
 じぃ、と双つの赫い煌きが飄々とした青年の貌を射抜く。話す迄、ずっと見つめ続ける心算だ。其れこそ、穴が空いて仕舞う迄。
 ――押しが強くなったなァ……。
 そんな彼女に曖昧な笑みを見せ乍ら、こころの裡では苦笑する彷である。不図、ゆびさきが髪に咲いた彼岸花と、其処に揺れるリボンに触れた。椿の柄を描いた其れは、他でもない彼女から結わわれた縁の証。
 此のリボンに纏わる一件といい、今日の誘いといい、彼女は段々と積極的になってきている。斯う追われては、逃げ難くなって仕舞うと云うのに……。
「自分の“好き”は、よくわかんねぇの。話あわせる為や知識欲しさに読むぐらい」
 他者への共感に優れた彼にとって、作者の意図を原稿用紙の上から汲み取るのはいとも容易いこと。其れさえ分かって仕舞えば、内容なんて後から着いて来る。
 例えば、「教本」なんて最たるものだ。
 淡々と事実を述べれば良い丈けのものに対して、作者の思想が余りにも濃いと、如何しても拒絶の念を禁じ得ない。そんなノイズ、此方から願い下げである。
「……つまんない話して、ごめんね」
 彼の語る噺に耳を傾ける傍ら、橘は不思議な懐かしさを抱いて居た。嗚呼、彼はまた教科書丸暗記の『兄』と同じことを云って居る。
「謝らないで、そういうお話が聞きたかったの」
 気遣う様にそんな科白を紡いだのち、橘は「ねぇ」と更にことばを重ねて宿世の兄によく似た彼を仰ぎ見る。
「……じゃあ、博打も相手の手がわかるの?」
「残念。勝ちたいって意図がまず入ってくるから、賭博の腕は人並み」
 ことばとは裏腹に、彼の口許に湛えられた笑みは何処か楽し気で。漸く其のこころの一端に触れられた様な気がして、橘はふふりと口角を弛ませた。
「意図が読めないのが嬉しそう、だから賭け事がお好きなのね」
 矢張り曖昧に微笑む彷は肯定も否定もしないけれど、彼女の推論は強ち間違っても居ないだろう。橘は勧められた教本を抱え、会計へと歩み出す。
「……あ」
 然し、推理小説が並ぶ一角で不意に立ち止った。見知った表題を引き抜けば、其れを彷へと差し出し返す。
「数年前に読んだの」
「へぇ、オススメ?」
 辞さずに其れを受け取った彼は、ぱらぱらと頁を捲り中を検め始める。分厚く、如何にも難解そうな小説だ。
「――いいえ」
 其の答えに貌を上げれば、彼女もまた難しそうな貌をしていた。真直ぐな瞳が、斜に構えた青年の貌を再び射抜いた。
「犯人も動機も納得いかなくて、あなたの解釈を聞きたいわ」
 彼女らしい歯に衣着せぬ物言いに「ふ」と、思わず吹き出す彷。くしゃりと苦笑いを溢し乍らもぱたんと本を閉じた彼は、小さく首肯して見せた。
「いいよ、わかった。今度逢う時ね」

 ――約束、しちゃった。

 後悔の様な、期待の様な想いを抱き乍ら、青年は会計へと歩き出す。暫くは、彼女から逃れられそうに無い。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レイラ・ピスキウム
☆◎

『雲水・栄之丞』さん
些か、僕と境遇が似ているんです
親が有名だと苦労の多いこと
それでも彼の方がずっと優秀なのだけれどね
真に才能が無ければ七光りだろうが評価も得られない

調査と称した古書店巡りに勤しもうかな
……まあ、案の定迷うわけですが
でも偶然辿り着いたお店が"標的の店"だったみたいだ
僕の方向音痴も偶には役に立つ、のかな

店主は執筆で忙しそう
話しかけるのは様子を見つつ……

――ああ、この本達の織り成す甘い香り
これを嗜み乍ら珈琲を味わうのが一番好きな過ごし方なのですが
今はそのひと時に思いを馳せるよりも
文字に集中しましょうか

興味深い作品ばかりだけど
あまり熱中し過ぎないようにしないとね



●シンパシィ
「七光り、か――」
 まるで存在感を消す様に、ひっそりと街の端に佇む古書店の前。レイラ・ピスキウム(あの星の名で・f35748)は素っ気無く綴られた「雲水堂」の文字を刻む看板を見上げたのち、そんな謗りを受ける男が営む店のなかを覗き込んだ。硝子戸越しに視えるのは、此方に背を向け熱心に筆を走らせる男の姿。
 ――あれが、『雲水・栄之丞』さん。
 高名な作家の許に生を受け、奇しくも父と同じ道程を辿り、其の父に支えられ、名声を轟かせた大型新人。若しくは“七光"で輝く丈けの、一発屋。
 些か自身と境遇が似ている、とレイラは其の背中に思いを馳せる。レイラもまた、高名な両親の許に生を受けたのだ。なにせ彼の父は高名な魔法使いであり、母は天才的な薬師である。親が有名だと子どもの方が苦労することを、レイラはようく知っていた。
 とはいえ、彼の方がずっと優秀だとも思う。
 自身と云えば、魔法の分野でも薬学の分野においても、父母の様に鮮烈な存在感を放つことは出来ていない。其れなのに、左眸には父から継いだ星の痣がまるで呪いの様に煌めいて居て、鏡を見る度に胸が苛まれる心地である。
 斯うして世間に認められている分、きっと栄之丞には真に才能が有るのだろう。仮に全くの凡人であったのなら、喩え七光だとしても評価を得られる訳も無し。
 レイラはがらりと戸を開けて、客のいない店へと足を踏み入れる。――それにしても、此処までの道程は長かった。
「……まあ、案の定迷って仕舞いましたね」
 調査とは名ばかりの古書巡りに興じて仕舞ったのは、何を隠そう読書家の性。店先に積まれた様々な古書や、甘い馨に気を取られている内に、すっかり方向感覚を喪って、彼方此方へ彷徨うこと暫し。不図、見上げた先に「雲水堂」の看板を見つけたことは僥倖と云う他あるまい。
 ――僕の方向音痴も、偶には役に立つ、のかな。
 ふふ、と口許を弛ませ乍らも少年はちらりと店主の背中を覗き見る。筆が乗っているのだろうか、客が来てもお構いなしに執筆を続けているようだ。邪魔をするのも悪いので、話しかけるのは後にしておこう。
 標的から書架へと視線を逸らしたレイラは、所狭しと埋められた文庫本に双眸をつぅと細めて、思い切り息を吸い込む。
「……ああ」
 この、古びた本達丈けが織り成せる甘き馨。何処か父の書斎を想わせる様な、不思議な懐かしさを孕んだ馨。鼻腔を抜けて往く其れを嗜み乍ら、芳ばしい珈琲をゆるりと味わうことは、彼の一番の楽しみであった。
 けれども、今は此処に無いものに思いを馳せるよりも、文字を追うことに集中すべきだろう。
 少年は気を取り直して、近くの書架に並べられた文庫本の表題を検めて往く。どれも初めて目にするものばかりで、非常に興味深い。
「あまり、熱中し過ぎないようにしないとね」
 ぽつりとそう独り言ちれば、ちょうど視界に留まったうつくしい装丁の本を抜き取った。『星の落とし仔』と云う表題にこころの隅で縁を感じ乍ら、少年は色褪せた頁を捲って往く。
 店主の仕事が終わる迄、暫し文字と戯れて居よう――。

成功 🔵​🔵​🔴​

柊・はとり
◎☆#

推理小説は読まない
俺自身が主人公であり続ける限り
ミステリを楽しめる日は来ないだろうよ

雲水堂へ客として潜入する
目当ては影朧の書いた本
道中店先に並ぶ本を瞬間記憶し
本棚の中から見覚えの無い本を探す
俺の第六感…探偵の勘が
胸騒ぎを覚えればその本は普通じゃない
厭でも何かしら引き当てるだろう


本の内容について雲水先生に意見を求めてみる
俺は事件が起きてから
のこのこ出てくる名探偵が嫌いでしてね
経歴を誇るような奴は特に
例えば柊藤梧郎みたいな…ああ
俺の曾じいさんなんですけど
ジジイの七光りってよく言われますよ
…貴方はなぜ推理作家に?

事件解決、名推理
やってられるかっての
探偵の出番なんぞ無い方がいい
この勝負受けたぜ



●偏頗推理
 古書街の隅にぽつねんと佇む「雲水堂」は、まるで騒々しい世間から隔離されている様だった。柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)は、古書の甘ったるい馨を嗅ぎ乍ら書架の間を歩き回る。彼の脳内では、此れ迄の道中でちらりと視掛けた様々な本のタイトルが鮮明に再生されて居た。
 軈て彼は、ひとつの書架の前で立ち止まる。尤も、脳内の記憶と合致した書籍を見つけたからでは無い。寧ろ、其の逆であった。
「……よりにもよって、ミステリか」
 忌々し気に眉を寄せ乍ら少年がゆびさきで手繰り寄せるのは、古惚けた一冊の文庫本だ。記憶に在る限り、此の本は何処の書店でも見かけて居ない。何より、名探偵としての“勘”が、此の本は匂うと警鐘を告げて居る。
 推理小説は、読まない。
 何故なら彼こそが、享年十六で其の生涯を終えた高校生探偵『白雪坂のホームズ』其のひとだから。
 はとりは、ミステリの神から余りにも愛され過ぎた。
 彼の人生はまるで、推理小説の主人公の様に波乱万丈であった。否、彼は正しく「主人公」そのものとして、世界に位置づけられて居たのだ。歩けば殺人事件に出くわすし、時には被害者と成ることさえある。其れは特異体質と云うよりも、いっそ“呪い”に近いものであった。
 彼が「主人公」の業から逃れられぬ限り、ミステリと云う娯楽をこころから楽しめる日はきっと来ないだろう。生前丈けでは無くいまも尚、彼はミステリの神から傍迷惑な寵愛を注がれ続けているのだ――。
 うんざりしたような表情を隠す事なく、彼は手に取った本へと視線を落とす。『斜陽の宴』と題された其の小説を捲ってみれば、古めかしい趣の文字が頁に溢れ出す。捲れば捲る程に感じる胸騒ぎは、恐らく気の所為ではあるまい。
 彼は、世界に“探偵”としての役目を与えられている。つまり、厭でも「あたり」を引き当てて仕舞うのである。ぱらぱらと頁を捲りさわりだけ把握すれば、はとりはぱたんと本を閉じ、熱心に書き物をしている店主――雲水栄之丞の許へ歩み出す。
「すいません、この本なんですが」
 原稿用紙から貌を上げた男は「ん」と聲のほうを振り返り、野暮ったい眼鏡の奥の眸を弛ませた。視線は何故か、彼の持つ文庫本へと注がれている。
「……嗚呼、其れか。若人にしては渋い本を撰ぶんだね、きみ」
「いや、貴方の感想を聞いてみたいんですよ。雲水先生」
 そう言って文庫本を手渡せば、今度は栄之丞が頁をぺらぺらと捲る番。恐らくは既読の本なのだろう、彼は適当に目を通し乍ら苦い笑みを口許に刻む。
「感想と云ってもね。純粋に、面白い推理だなと思うよ。実在の事件を此処まで劇的に、そして情熱的に綴れることにも感嘆を憶えるね」
「実在の……?」
 返って来た意外な返答に、はとりの眸が僅か大きくなった。栄之丞の方は、ぱたりと本を閉じ相変わらず苦い笑みを浮かべた儘で、核心に迫る言葉を重ねて往く。
「嗚呼、もう何十年も前の事件だから僕も詳しくは知らないけれどね。推理小説の大家“随遊院”の家で起こった一家惨殺事件がモデルなのさ」
 栄之丞いわく、――猟奇的な作風で一世を風靡した大作家「随遊院」が邸宅で、妻と使用人たち、そして目を掛けていた若手の推理作家と共に、ある時変死体で見つかった。犯人は結局捕まらず、事件はあっけなく迷宮入り。はとりが見つけた小説は何を隠そう、其の随遊院の事件が許に成って居るのだ。
「唯一生き残ったのは彼のひとり娘だが、事件と同時に失踪して仕舞って居てね。此の小説は、其の娘が犯人であると云う推論を許に綴られた物なのだよ」
 そう話を締めくくった男は徐に立ち上がり、近くの書架をごそごそと探る。そう間を置かずに目当ての本を取り出した彼は、年季の入った本をはとりに差し出した。
「随遊院の本だよ、読んでみるかい」
 面白いよ、とミステリ界の新鋭が勧めて来るものだから、少年は取り敢えず本を受け取り捲ってみる。うつくしい女たちが惨たらしく殺められ、残るはひとり、ふたりとと云う所で、気障な探偵がねちねちと謎解きを始めると云う――耽美で在り乍ら何処か古典的な推理小説の様であった。
 長く読み続けられる物語であるのだから、或る程度は面白いのだろう。尤も、其れは読者がはとりで無ければ、だが――。
「俺は事件が起きてからのこのこ出てくる様な、名探偵が嫌いでしてね。己の経歴を誇るような奴は特に、例えば柊藤梧郎みたいな……」
 静に頸を傾ける栄之丞に「曾じいさんなんですけど」と付け加えれば、彼は心得た様に其の貌に微笑みを湛えた。偉大過ぎる親族の存在に振り回される者同士、通じるものがあったのだろうか。
「ジジイの七光りってよく言われますよ」
「僕と同じだ。そんなの、好きに云わせておけばいいのさ。寧ろ黙って居ても目立てて得だと思わなきゃ」
 凡そ推理作家らしくない緩い空気を纏った、其れでいて飄々とした答えにはとりは暫し沈黙し。不意に、口を開いて問を編む。
「……貴方は、なぜ推理作家に?」
「流れで――……と云ったら、失望させて仕舞うかな。君も知って居るだろうけど、僕の親父は有名な作家でね。その影響で子供の頃から本を読むのが好きで、とりわけ、推理小説に興味があったんだ」
 栄之丞の視線が不図、未だ書き掛けの原稿用紙に注がれる。眼鏡の奥で煌めく眸は無邪気で、まるで子供の様でもあった。
「面白いものに触れたら、自分でも生み出したくなるのがひとの常だろう?」
 導き出されたひとつの結論に曖昧な相槌を打った後、はとりは彼から勧められた本を片手に再び店内をうろうろと彷徨い出す。思いを馳せるは、雲水栄之丞と云う男のこと。
 成る程、確かに彼は「被害者」に相応しい人間だ。
 裕福な家に生まれ、高名な父を持とうとも驕らず、身に余る評価を得ようと己を喪わず、子供の如く純朴に物語と向き合って居る癖、創作と云う毒に依存していない。清廉潔白でおっとりとした好青年であるから、きっと誰からも好かれ、可愛がられて居るだろう。
 然し評価と賛辞を求め、血反吐を吐く想いで創作を続けている人間から見ると、彼は嫌みの塊の様な存在に違いない。彼の其のこころの余裕は、場合によっては創作に対して「不誠実」である様にも見えるだろう。
 とはいえ、そんな動機でひとを殺すことを肯定できる訳がない。
 はとりもまた、名声なぞ望まぬ天才だ。“事件解決、名推理”そんな賛辞が嬉しかったこと等、きっとただの一度もない。
「やってられるかっての」
 探偵の出番なんぞ、無い方が良いに決まって居るのだ。手に持った推理小説を握り締め、はとりはこころの裡で独り言ちる。

 ――この勝負、受けたぜ。

 其れは、愚かにも“本物の名探偵”へ挑戦を挑んだ影朧への宣戦布告。
 文豪気取りの影朧はきっと今も何処かで、筆を走らせ続けているのだろう。ガリ、とペン先が原稿用紙にぶつかる様な音が、何処からか聴こえた様な気がした――。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティル・レーヴェ
【桜鈴】◎
古書の街と聞くだけで心わくわく!
ね、雲珠!
桜都に馴染みある本好きの友とゆく道は
頼もしい案内も相俟って
爪先も自ずと軽やかに

おお、此処が件の雲水堂じゃな
店構えや周囲を眺め見れば耳に届く友の声
作家殿のサインをお集め?
今度見せて欲しいやも!
執筆の邪魔せぬようとの心遣いはファンの鑑ね
和かに頷けば、店を後に周囲の探検

街行く中で
ふと目に留まるのは薬草の御本
視線に気付けば目を細め
ん、育てている薬草を
増やしてみようと思うておってな
いいの?
嬉しい申し出には有難く甘えて

絶版本と出逢えるのも
古書の街故のご縁じゃのぅ
興奮気味な友の様子や慌てる様が微笑ましくて
うん、うん、ついでも上等!
其れもしっかと抱えて帰ろう


雨野・雲珠
【桜鈴】◎

勝手知ったる帝都をご案内
はい、並ぶ本を見ているだけでも楽しいです!

むむ
サインが欲しいのはやまやまですが…
ティルさんの言葉には勿論!と頷きつつ
…しかし、先生が執筆に打ち込める環境を守るのも
ミステリファンの務め
今は接触せず、周囲の地図を頭にいれましょう
ついでに見て回りましょう!

雲水堂を起点に大通りを確認
細道を歩いて塀の上のお猫さんにご挨拶
やや、ティルさんが何かいいものを見つけたご様子…
もしご迷惑でなければ、
プレゼントさせていただけませんか?
先月お誕生日だったでしょう

日焼け上等投げ売り価格の本棚で立ち止まります
これは…俺の好きな作家さんの初期作品集!
もう絶版で
…はっ
ついで…ついでですから!



●古書街漫ろ歩き
 帝都は勝手知ったる都、故にこそ友に其の魅力をたんと堪能して貰うべく、雨野・雲珠(慚愧・f22865)はティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)の一歩先を歩く。其の歩みの頼もしさと共に本探しへ興じられる喜びに、彼女の爪先も羽の様に軽く弾むばかり。
「古書の街と聞くだけで心わくわく! ね、雲珠!」
「はい、並ぶ本を見ているだけでも楽しいです!」
 ふわり――。
 初夏の風が運んで来るのは、華尼拉にも似た甘い馨。其の正体は、並び立つ古書店の先々に積まれた古本の馨である。普段お目に掛らぬ様なタイトルを見付ければ、ついつい脚が止まって仕舞いそうになるけれど。今はぐっと堪えて、目的の店へと歩き往く。
「……おお、此処が件の雲水堂じゃな」
 誘惑を振り払い乍ら彷徨い歩くこと暫し、漸く見つけた標的の店は古書店街のなかでも最も質素であり、まるで人目を忍ぶ様でもあった。異なる雰囲気を纏う店をしげしげと眺めるティルの傍らで、そうっと硝子越しになかを覗き込む雲珠。此方に背を向けているのは、恐らくは雲水堂の店主で在ろう。原稿の途中なのだろうか、机に向かって熱心に筆を走らせて居る様だ。
「むむ……サインが欲しいのはやまやまですが――」
「おや、作家殿のサインをお集め? 妾にも今度見せて欲しいやも!」
 彼が悩む様ぽつりと零した言葉を掬い上げ、ぱぁと眸を煌めかせるティル。そんな彼女へ「勿論!」と頷き乍ら、雲珠はきりと表情を引き締める。
「しかし、先生が執筆に打ち込める環境を守るのもミステリファンの務め。今は接触せず、有事に備えて周囲の地図を頭にいれるとしましょう」
「ふふ、執筆の邪魔せぬようとの心遣いはファンの鑑ね」
 微笑まし気に双眸を弛ませたティルからそう賞賛されれば、少年はほんの僅かはにかんで。其れから不図、櫻彩の眸がもと来た道を引き返す。思えば後ろ髪を引かれてばかりの道程だった、から。
「……ついでに、色々と見て回りましょう!」
 ティルは彼の提案にふふりと笑みを溢し乍ら、和んだ様に頷いて見せるのだった。ふたりの古書街漫ろ歩き、開幕である。

 改めて街を歩けば、興味を引かれる書店ばかり。有事に備えて「雲水堂」の周囲丈けを巡る心算ではあるけれど、気を抜くと直ぐに遠くへふらふらと誘われて仕舞いそう。此方が件の店との近道と細道を歩けば、塀の上で寛ぐ猫と出くわして、ふたりはゆるりとご挨拶。時折ふわり、鼻腔を擽る甘い馨が何とも心地好くて。
「なんだか、癒されてしまいますね」
「ねこ殿も古書の馨がお好きなのやも――……うん?」
 ふたりで和気藹々と歩いて居た所、不意にティルが脚を止める。彼女の視界に映るのは、年季の入った装丁の本。西洋風のタッチで描かれた蔓草の絵が印象的な其れは、どうやら薬草を扱った辞典の様らしい。
「やや、何かいいものを見つけられたのでしょうか」
「ん、育てている薬草を増やしてみようと思うておってな」
 釣られて立ち止った雲珠の視線が其の本を捉えれば、ティルは双眸を細めて嬉しそうにはにかんで見せる。「でしたら」と、同じく双眸を弛ませる雲珠。
「もしご迷惑でなければ、プレゼントさせていただけませんか?」
「いいの?」
 ほんの僅か驚いた様に、ティルの眸が丸く成る。一方の雲珠は頷き乍らも薬草辞典に手を伸ばし、やや厚みのある其れを抱き上げた。
「はい、先月お誕生日だったでしょう」
「ならば、有難く甘えさせて貰おうかの」
 ふわりと花が綻ぶ様な笑みを咲かせて礼を云うティルに、雲珠もまた笑みを返し会計の為と書店のなかへ。けれども、投げ売りの本ばかりが並んだ棚の前に差し掛かれば、歩みはピタリと止まって仕舞う。
「これは――」
 其れも其の筈、雲珠は遂に見つけたのだ。
 日焼けした本達のなか、宝石の様にきらきらと煌めく一冊の書籍を。何を隠そう其れは、彼が好きな作家の初期作品集――。
「もう絶版で……」
 震える手で其れを抜き取り、凝視すること暫し。唐突に自身等に課された任務を想い出し、少年は「はっ」と貌を上げる。
「絶版本と出逢えるのも、古書の街故のご縁じゃのぅ」
 思いがけぬ出逢いを前に興奮を隠せぬ友の様子を、ティルは傍らでにこにこと見守って居た。慌てる様もまた微笑ましくて、頬が緩み放しである。
「折角のご縁ですし、此方も是非……。いえ、ついで……ついでですから!」
「うん、うん、ついでも上等! 其れもしっかと抱えて帰ろう」
 言い訳の様に響く科白をティルが優しく肯定すれば、雲珠は気恥し気に頬を赤らめて、小さくこくりと肯いた。
 彼らに選ばれた古書は、きっと末永くふたりに寄り添ってくれるだろう。新たな出会いに胸を弾ませ乍ら、ふたりは会計へ急ぐのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

百鳥・円
【花鳥】

んふふ、やって来ましたね!
助手くんなわたしが張り切ってしまいますよう
参りましょう、おししょー!
探偵ごっこの始まり始まりですん
ついついはしゃいでしまいますね

もちろんですとも!
十雉のおにーさんの気になるお店へ行きましょ
わたしも掘り出しものを探します!
本にも運命の出会いがありますからね
ワクワクしちゃいますよう

わあ〜〜!圧巻です
眺めているだけじゃあ勿体ないですね
早速本を探してみますよう

わあわあ、良い本を見つけましたね、おししょー!
わたしはこちらです『花、散ラズ。』っていう本!
一人の舞台女優に焦点を当てたものですよん
読み終わったら交換しましょうか

ついつい読み耽ってしまいそうですね?
感想の語り合いも楽しそう
たっぷりと満喫しちゃいましょ!
珈琲やお茶が美味しいお店をレッツサーチ!

さあさあ、時間の限り楽しみますよう!


宵雛花・十雉
【花鳥】

やって来ました古書店街
張り切って行こうか、助手くん!
なんて探偵ごっこに勤しみながらも街を行く

調査もしなきゃいけないのは分かってるけど…
ちょ、ちょっとだけお店に寄って行ってもいい?
何か掘り出し物があるかもしれないしさ

うわー…!
すごいすごい、見たことない本がたくさん並んでるよ
円は何か気になる本は見つかった?
オレはこれかな
『古書店街ノ事件簿』
なんだかタイトルだけでわくわくしてこない?
読み終わったら円にも貸してあげるよ

…へぇ舞台女優の物語か
それも気になるなぁ
うん、じゃあ交換だね

さっそくカフェーで冷たいものでも飲みながら読みたいな
いいよね、読んだ本の感想を共有するのも醍醐味なんだ
って、もしかしてちょっとだけのつもりが満喫しすぎ?
まぁいっか
レッツサーチ!しよう



●古書が紡ぐ夢のひと時
 何処か知的な趣を感じさせる品の有る街並み、並び立つ店々の前に積まれた本の山、時折温かな風が運んで来る甘い古書の馨。嗚呼、此れが噂の古書店街。
「――んふふ、やって来ましたね!」
「やって来ました古書店街。張り切って行こうか、助手くん!」
 百鳥・円(華回帰・f10932)が弾むこころの侭に明るく紡げば、宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)もまた探偵ごっこと戯れて。
「はあい、助手くんなわたしが張り切ってしまいますよう」
 そんな十雉を横目に円はくすり、いたく愉し気な笑みを溢す。そうして、燥ぐ気持ちを隠すことなく、彼の袖引き歩き出した。
「参りましょう、おししょー!」
 向かう先は勿論、標的が営む店。
 件の「雲水堂」は古書街の端の方にある為、当然ふたりは層々たる店々の前を通り掛ることと成る。専門書ばかりを揃えた硬派な店に、輸入本の豪奢な装丁が目を惹く華やかな店。十雉の視線がどうしてもちらちらと其方に向いて仕舞うのも、きっと仕方のないこと。
 ――調査もしなきゃいけないのは分かってるけど……。
「ちょ、ちょっとだけ……」
 十雉がおずおずと立ち止まれば、円も釣られて歩みを止めた。青年は恥ずかしそうに眸を伏せ乍ら、遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「お店に寄って行ってもいい? 何か掘り出し物があるかもしれないしさ」
「もちろんですとも! 本にも運命の出会いがありますからね。さ、十雉のおにーさんの気になるお店へ行きましょ」
 どこですか、と。円がかくり頸を傾ければ、十雉は貌を輝かせて少し先に佇む書店を指で示す。先程からひとの出入りが絶えない、大衆向けの古書店である。
「やっぱりあっちの大きい店が気に成るな」
「じゃあ早速行きましょ、わたしも掘り出しものを探します!」
「有り難う、どんな本と出逢えるか楽しみだなぁ」
 わくわくと逸るこころの侭に、ふたりは足取りも軽く目当ての店へと向かって行く。そうして、店の扉を潜った彼等を出迎えるのは――。

「うわー……!」
「わあ〜〜!」

 所狭しと並べられたら、書架、書架、書架。
 此れは“圧巻”と云うほか有るまい。本好きには堪らぬ光景に、ふたりは暫し押し黙る。扉に近い目立つ棚には、比較的歴史の浅い本たちがずらりと並び、奥の棚には歴史が古すぎて聞き覚えの無い様な本たちが、ギッシリと詰め込まれている。
「すごい、すごい。見たことない本がたくさん並んでるよ」
「ほんと……。でも、眺めているだけじゃあ勿体ないですね」
 矢張り、本と云うものは手に取って読んでこそ。
 装丁を眺めて居る丈けでは、其の真価は分かり得ない。貌を見合わせ頷き合ったふたりは、新しい出逢いに胸を躍らせ乍ら、本探しに興じるのだった。

「よし、オレはこれにしようかな」
 暫くの後、十雉は年季の入ったハァドバックを抱き乍ら、満足気に笑みを溢す。彼の腕に在る其れの装丁は色褪せた原稿用紙を模した様な洒落た物で、円は「わあわあ」と燥いだ様に鈴音を転がして彩違いの眸を煌めかせた。
「良い本を見つけましたね、おししょー!」
「なんだか、タイトルだけでわくわくしてこない?」
「わくわくしちゃいます、ミステリでしょうか」
 彼の腕に抱かれているのは、『古書店街ノ事件簿』なる代物。スリルを想起させる其の響に、青年と娘は子どもの如く其のかんばせを輝かせている。
「ふふ、読み終わったら円にも貸してあげるよ。ところで円の方は、何か気になる本とか見つかった?」
「わたしはこちらです」
 じゃん、と円が自慢する様に見せびらかしたのは、装丁にうつくしい枝櫻を描いた一冊。金の飾り文字が『花、散ラズ。』と表題を瀟洒に綴って居る。
「一人の舞台女優に焦点を当てたものですよん」
「……へぇ、それも気になるなぁ」
「読み終わったら、お互いの本を交換しましょうか」
 悪戯に片目を閉じて微笑む円の提案に、十雉も「うん」とゆるり頷いて見せる。折角の掘り出し物を独り占めするなんて、勿体ない。
「さっそくカフェーで冷たいものでも飲みながら読みたいな」
「ふふ、ついつい読み耽ってしまいそうですね? あ、感想の語り合いも楽しそう」
「それもいいよね。読んだ本の感想を共有するのも醍醐味だから」
 和やかにそんな言葉を交わし合ったところで、青年はふと我に返る。そう云えば、此処には探偵として「調査」をしに来た筈だったが。
「……もしかして。オレ達、満喫しすぎ?」
「いえいえ、この際たっぷりと満喫しちゃいましょ!」
 良き朋と共に好い本と巡り会えた今日と云う日は、人生で一度きり。ならば、思い返して後悔せぬ様、めいっぱい愉しむが吉。その為にも先ずは――。
「珈琲やお茶が美味しいお店をレッツサーチ!」
 そう拳を振り上げる円を見て「まぁいっか」と、緩い笑みを溢す十雉。彼もまた、ちいさく拳を振り上げて彼女に倣って気合を入れる。
「レッツサーチ! だね」
「さあ、時間の限り楽しみますよう!」
 そうと決まればさて、斯うしてはいられない。夢魔の娘は青年の袖を引き、早足で歩き出す。会計を済ませたら、通りに出てお茶をしよう。
 古書の馨とはまた違った芳しい馨が、ふたりの時間に更なる彩を添えてくれる筈だから――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アルフィード・クローフィ
【雲と蜘蛛】◎

わぁ、本の匂いがするね
沢山の本に囲まれるっとどんな感じだろうね?
ん?俺は昔は全く読まなかったなぁ
環ちゃんもあまり読まなかったの?
うんうん、わかる!俺も今は本読むの好きだよ!
ふふっ、環ちゃんが本読む姿ってきっと色っぽいよね
黙って読めるかなぁと笑って

ほぅほぅ、妖怪かぁ
そういう話って昔の人が体験を書いたり、空想したりして書くんだよね
ほら、皆ハッピーエンドって好きじゃない?

んー、そうだね
人を喰らう子はそれが生きる為に必要だったって事でしょ?
殺しの動機って大体
恨みや嫉妬でしょう?まぁ、快楽を求める変態さんも居るけど
俺の場合、そういう奴が自分の手で染めたく無い。相手が強い、権力があって出来ないの人が殺しの依頼して来る
それを殺すだけ。殺す事に感情は無い
だって俺にとってその人は『知らない人』だもの
ただの仕事だから生きる為とは違うかな?

環ちゃんはそれだね
俺はどうしょうかな?
あっ!昔話があるなら蜘蛛さんが人をモグモグする話あるかな!
ねぇねぇ、店主さんそんな本何処かに無い?


雨絡・環
【雲と蜘蛛】◎

雲水堂さんへ
これ程の本が並ぶと壮観ですね
アルフィードさんはご本を読まれます?
わたくし、生前は然程で
瞽女を装っていたことも御座いましたしね
今は頁を捲る楽しさを漸く知った所です
ま、相も変わらず口がお上手
そんな貴方様が静かに文字を追うお姿は、見てみたいやも

ふと手にした古書
妖怪の御伽噺を幾つも纏めたもの
殆ど最後に妖怪は倒されて
めでたしめでたし
ええ、多くの方々にとって
之がはっぴぃえんど

みすてりの犯人に殺める動機が必須ならば
人を喰らう御伽噺の妖怪はその極地だと思いませんこと?
『そう在る』というだけ
アルフィードさんは如何かしら
人を殺める時に理由が要ると思います?
からりと明かされる貴方様の所業
唯の御仁ではないと思うておりましたが、成程
ねえ
そのお仕事は貴方様にとって
生きる為のもの?

ほほ、そう
みすてりの犯人とも
妖怪とも違う
貴方様のような方も居る
人とはまこと面白い
化生を惹きつけて止みませぬ

もし、ご主人
こちらの本を頂けますか
それと宜しければお勧めの一冊など
みすてり、が良いわ
人なればこその罪のお話



●彼と彼女のワイダニット
 件の標的が営む古書店『雲水堂』は、其の佇まいこそひそりとしたものであったけれど、中に入ってみれば他の書店と同じく未知の表題ばかりが並ぶ書架の森が拡がっていた。空気に混じった古書特有の華尼拉にも似た甘い馨が鼻腔を擽れば、アルフィード・クローフィ(仮面神父・f00525)は双眸をつぅと細めて微笑む。
「――わぁ、本の匂いがするね」
「これ程の本が並ぶと壮観ですね」
 雨絡・環(からからからり・f28317)もまた書架を仰ぎ乍ら、ほうと溜息をひとつ。書架に囲まれるなか、憶えるのは圧迫感より不思議な心地好さ。
「沢山の本に囲まれるって、こんな感じなんだね」
「アルフィードさんは、普段ご本を読まれます?」
 傍らの女妖から紡がれた問いに、青年は「ん」と小頸を傾け暫し思案に沈む。こんな所まで足を運ぶ位だから、今は其れなりだけれど。
「……昔は全く読まなかったなぁ」
「わたくしも、生前は然程で――」
「環ちゃんもあまり読まなかったの?」
 意外そうに翠の隻眼を瞬かせるアルフィードを観れば、環はからころと鈴音の笑聲を転がした。さらりと着物が擦れる音を響かせ乍ら、彼女は店の中をゆるりと歩く。
「ええ、瞽女を装っていたことも御座いましたしね。近頃に成って、頁を捲る楽しさを漸く知った所です」
「うんうん、わかる! 俺も今は本読むの好きだよ!」
 嬉し気にそんな賛同の言葉を返す青年は不図「ふふっ」と口端を弛ませる。翠の隻眼がちらと盗み見るのは、艶やかで品に満ちた女妖の佇まい。
「環ちゃんが本読む姿ってきっと色っぽいよね」
「ま、相も変わらず口がお上手」
 くつくつ、袖で口許を隠し乍ら聲も無く笑う環の所作は矢張りうつくしい。彼女は「でも」と一拍置いて、色男の貌を覗き返した。
「――そんな貴方様が静かに文字を追うお姿は、見てみたいやも」
「はは、黙って読めるかなぁ」
 甘さを秘めた戯れを暫し交わしたふたりは、漸く視線を書架へと向けて其処に秘められた古書を検める。埃被った戀物語に、素朴な夢物語、古典的な推理小説等が並ぶなか、女妖の白きゆびさきが抜き取ったのは、妖怪の御伽噺を纏めた説話集。表紙に描かれた百鬼夜行の絵に興味を引かれ、アルフィードは彼女の手許を覗き込む。
「……ほぅほぅ、妖怪かぁ」
「初めて目にした御本ですけれど、大体の粗筋は想像が付きますね」
 表紙をゆびの腹で撫ぜ乍ら、環は長い睫をそうと伏せた。斯う云う御伽噺の結末と云う物は、殆どが決まって居る。
 最後の最後、妖怪達は徳の高い僧侶や、恐れを知らぬ英雄に倒されて――。
「めでたし、めでたし」
「そういう話って昔の人が体験を書いたり、空想したりして書くんだよね。ほら、皆ハッピーエンドって好きじゃない?」
「ええ、多くの方々にとっては、之がはっぴぃえんど」
 青年の持論を耳朶に捉える傍ら、白いゆびさきは色褪せた頁をパラパラとめくり続けて居る。遠くを見て居た眸が不図、傍らの青年の翡翠を捉えてつぅと弧を描いた。
「……みすてりの犯人に殺める動機が必須ならば、人を喰らう御伽噺の妖怪はその極地だと思いませんこと?」
「んー、そうだね。人を喰らう子にとっては詰まり“それ”が、生きる為に必要だったって事でしょ?」
 ひとが肉や魚を喰って生きる様に、妖怪達もまたひとを襲って生きて往く。其処には理屈も正義も無い。彼らは唯『そう在る生き物』な丈けだ。
「――アルフィードさんは、如何かしら」
 紅で彩った唇が不図、悪戯な問いを紡ぐ。黙って小頸を傾ける青年に、環は静かに言葉を重ねて見せる。
「人を殺める時に『理由』が要ると思います?」
「殺しの動機って大体、恨みや嫉妬でしょう? まぁ、快楽を求める変態さんも居るけど……」
 視線丈けは書架に並ぶ古書を追い乍ら、アルフィードは問いの答えをゆるりと探る。世に蔓延る殺人には確かに動機が付き物だけれど、彼自身はそう云った理の欄外に居る故に。
「喩え動機があってもさ、自分の手を染めたく無いとか。あとは相手が強かったり、権力があって自分では手を出せない人とか。そういう人たちが『依頼』をして来るんだ」
 まるで当たり前の様に紡がれる、陽の当らぬ世界の噺。其れは偏に、神父然とした彼もまた其処に身を置くものであることの証左に他ならぬ。「だから」と一拍置いた後、彼は静にことばを重ねた。
「俺は、其れを殺すだけ」
 唯でさえ客足の少ない古書店のなか、静寂丈けが此の小さな世界を支配する。環が口を開く前に、アルフィードは薄らと口端を弛めて微笑う。
「俺にとってその人は『知らない人』だもの、だから特に感慨とかも無いよ」
 からり、世間話でもするような調子で明かされた彼の所業。然し環のこころは、さしたる衝撃を追わなかった。
 ――唯の御仁ではないと思うておりましたが、成程。
 じわじわと湧き上がる、納得感の様な感情。そして、次いで渦巻く好奇心。かつり、一歩丈け彼と距離を縮めた女妖は「ねえ」と、嫋やかに花唇を震わせる。
「そのお仕事は貴方様にとって、生きる為のもの?」
「うーん。ただの仕事だから、生きる為とは違うかな」
「ほほ、そう――」
 何処までも乾いた答えに、環は可笑しそうにからころと鈴音を転がした。アルフィードは“みすてり”の犯人とも、彼女の様な妖怪とも違う、理由なき殺人者であるらしい。嗚呼、人とはまこと面白きもの。
 ――何時の世であろうとも、化生を惹きつけて止みませぬ。
 パタン、と説話集を閉じた環は其れを大事そうに抱き締めて、書きものに勤しむ店主の背中へ視線を投げる。
「もし、ご主人――」
 嫋やかな聲に呼ばれて漸く、此度の標的たる雲水堂の店主は客の存在に気付いた様子。「嗚呼」と振り向いた彼の眸が眼鏡の奥で一瞬丈け丸くなり、けれども直ぐにおっとりと弧を描く。
「いらっしゃい」
「こちらの本を戴けますか」
「環ちゃんはそれにするんだね、俺はどうしょうかな?」
 和やかに店主と言葉を交わす環を横目に、悩む様に店内をきょろきょろ見回すアルフィードだったけれど。不図、なにかに気付いた様子で「あ!」と聲を上げた。
「昔話があるなら、蜘蛛さんが人をモグモグする話あるかな! ねぇねぇ、店主さん。そういう本が何処かに無い?」
「蜘蛛を題材にした民俗学の本ならあるよ、昔話と云うには少し硬派だけれど……。少し待って居ておくれ」
 そうして店の奥へと消えて行った店主を待つこと暫し、ふたりの前に再び姿を顕した彼の手には、古びた表紙の本が抱かれて居た。表題は――。
「『蜘蛛妖の消えた帝都』、文章は固いが興味深い内容だよ。蜘蛛に纏わる国中の説話が載っていて、読み応えも在る」
「面白そう! 俺はこれにしようかな」
「宜しければ、わたくしにもお勧めの一冊を選んでくださいません?」
 嬉しそうに差し出された本を受け取る青年を見乍ら、環もまた彼と同じ頼み事を紡ぐ。店主は躊躇う事無く、頸を縦に振って見せた。
「勿論、よろこんで。其れで、お嬢さんはどんな噺がお好みかな」
「みすてり、が良いわ。人なればこその罪のお話――」
 うっそりと微笑む女妖が告げた注文に「はて」と頸を捻った後、店主は再び店の奥へ。そうして、待つこと暫し。軈て戻って来た彼の手に在ったのは、アールヌーヴォーな雰囲気の美人画が描かれた表紙が印象的な一冊の古書。銀の飾り文字は『月影の遊戯』なる表題を綴って居る。
「世にもうつくしい死体を作り出す、殺人鬼の物語だよ。何事にも美を求めずにいられないのは、人ならではの業だろう?」
「……素敵な言説ね、有難う御座います」
 差し出された本を微笑を浮かべて受け取れば、白いゆびさきでつぅと、其のうつくしき装丁をなぞる。罪と業に囚われし影朧を待つ間に読む本としては、御誂え向きの一冊であろう。
 夫々のハウダニットを抱えたふたりは、新たな物語との出逢いを経て満足気に笑い合うのだった。

 静かな古書店街に騒乱が訪れる迄、あと少し――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『古塚の呪い』

POW   :    百手潰撃
レベル×1tまでの対象の【死角から胴から生える無数の腕を伸ばし、体】を掴んで持ち上げる。振り回しや周囲の地面への叩きつけも可能。
SPD   :    百足動輪砲
【両腕の代わりに生えたガトリング砲】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【銃弾の嵐】で攻撃する。
WIZ   :    百足朧縛縄
【呪いに汚染された注連縄】が命中した対象を捕縛し、ユーベルコードを封じる。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
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●戯言綴

「お前には才能がない」

 偉大なる父に揺るがぬ真実を突き付けられた時、娘の可愛らしい脳味噌のなかで決して消えぬ炎が赤々と燃え上がりました。
「諦めなさい、これ以上書き続けた所でどうせ、身には成らないだろう。お前は未だ若い、其れに親の贔屓目抜きに見ても別嬪だ」
 其処で一旦、言葉を切った父はちらりと視線を己の傍に座す青年へと向けました。新鋭の作家として文壇で持て囃されて居る彼は苦笑の様な、或いははにかむ様な微笑みを浮かべ乍ら、彼女を見つめて居ます。其の表情は無性に、娘の癪に触りました。
「お前も物書きの端くれなら、彼の評判は知って居るね。文才は勿論、家柄だって申し分無い。此の先も凡作を連ね続けて疵を増やすより、家庭に入って彼を支える方が、お前も幸せに成れるだろう」
 嗚呼、父は縁談を押し付ける心算で居たのです。そんな在り来りな仕合わせなぞ、娘は望んで居ないのに……。
 果たして凡作を連ねた処で疵を負うのは、娘のこころでしょうか。其れとも、偉大なる父の名でしょうか。娘にはもう、何も分かりません。けれども脳内に灯った焔は、ますます燃え上がるばかりです。
「■■さん」
「さあ、■■」
 粗目糖の如く甘いふたりの聲が、諭す様に其の名を呼びます。いま此の広い邸宅のなかで、何かが決定的に“終わり”を迎えようとして居ました。

 娘は卓上の果物ナイフに手を伸ばし、そして――。

( 幢慈淵 著『斜陽の宴』 ***頁より抜粋 )

●古書街呪殺行脚
 不図、仄かな甘さを運んでいた風が止む。
 代わりに吹き抜けるのは、火薬の匂いを孕んだ冷たい風。其れは行き交う人々の体温を奪い、背筋をぞくりと凍らせる。
 次いで人々が感じたのは、微かな揺れ。
 帝都では日常茶飯事の軽い地震だろう、と。誰もがそう想った時、“其れ”は突如として現れた。

 ずるり、ずるり。

 地を這う様にして緩慢に徘徊するは、注連縄にぐるぐると戒められた大百足――否、数多の脚に視えるのは、人間の手では無いか!
 よくよく見れば、其の躰は真っ赤な鎧で包まれて居た。ならば其の頭部に飾られている物は、面頰と鉄兜か。何よりその存在を異形足らしめているのは、両腕代わりの奇妙な大砲である。

 彼等は、妖怪変化に非ず。

 其の正体は、打ち棄てられ、忘れ去られた神々――其の集合体である。
 信仰を失くし、其の容を失くした神々たちは、涯は影朧と化し現世を斯うして彷徨って居る。堕ちた神々には理性も、道理も、疾うに無い。彼らは衝動の侭、此の街の総てを呪い、破壊し尽くすだろう。腕のガトリングがひとたび火を噴けば、古き本達は容易く燃えて仕舞うに違いない。そしてまた、人々も……。
 先程まで買い物を楽しんで居た人々が、安全地帯を求めて店屋へと逃げて往くなか、猟兵たちは通りへと飛び出して行く。
 荒ぶる神、其の成れの果てである影朧達を止められるのは、彼等丈け。一同は標的の店『雲水堂』を気にかけ乍らも得物を構え、斃すべき敵と対峙するのだった。


*原稿用紙(■■弐枚目)
『 終わりと云うものは、呆気なく訪れるもの。
  幾ら歴史を積み重ねても、長きにわたって愛されて居ても、どんなに信仰を集めようとも、容ある物は何時か必ず消える定め。
 此処に並ぶ本達だって、例外では有りません。ひとたび火を焚べれば屹度、ようく燃えることでしょう。所詮は唯の、物質に過ぎないのですから。
 完全犯罪など、此の世には無いのだと名探偵は宣います。
 けれども、其れはひとが起こす事件に限ったこと。もしひとならざる者が――例えば“容の無いもの”が、人知を超えた方法で犯罪を犯したとして、其れを誰が裁けるでしょうか。そして其れを、誰が見破れるでしょうか。
 古き呪いは此の街を蹂躙し、軈ては総ての本を燃やし尽くすでしょう。此度の事件を起こすのはひとに非ず、堕ちた神の「呪い」こそが殺めるのです。

 唯の客を、猟兵(あなた)たちを。そして、あの男さえも――。』


<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
・戦闘章につき、連携が発生する可能性があります。
 単独描写ご希望の方はプレイングに「△」をお願いします。

・プレイングは心情重視でも、戦闘重視でも何方でもOKです。
・ユーベルコードの活性にご協力お願いします。

・ペア参加の際は、失効日を揃えて頂けると幸いです。
・オーバーロードはお好みでどうぞ。

≪受付期間≫
 6月25日(土)8時31分 ~ 6月28日(火)23時59分
花厳・椿
🔴◎
真の姿:花嫁姿の本来の椿とは別に彼女なりの歩みにより成長した姿

「容が無いものに、容を与える」
彼の言葉はすんなりと受け入れられた
妖は人が作り出したもの
我らは人がいなければ存在出来ぬ
嗚呼、それならこの本は同胞のようなもの
ならばこのまま見捨てると言うのは無粋極まりない

それに、この身は妖
神の威光も畏怖も恩恵も椿には関係ないもの

椿は知りたいの
容の無いものにこそ、形を与えたくなると願うなら
あの子は、私にどんな形を与えたかったのか
きっと、そうすれば彼女に近づける

淡く光るランプに口づけを
「わたしあなたに口づけしたわ」
嫉妬、怨、炎のように熱く己も他人も灼きつくすその感情
どうか、味合わせてちょうだい



●口吻けよ我が狂愛
 ――容が無いものに、容を与える。
 ひとが物語を、そして裡に抱く想いを筆に乗せて綴る理由を、雲水堂の店主はそう言った。花厳・椿は愛らしい頭のなかで、彼の科白を何度も反芻し続ける。
 其のことばは不思議な程すんなりと、彼女の裡へ入って来た。
 なにせ「妖」と云う存在は、ひとが作り出したもの。蝶の化生たる椿もまた、彼等無しには存在出来ぬ。
 嗚呼、ならば此の街に積まれた本たちもまた、ひとの仔無しには存在する事すら能わぬ同胞ではないか。そんな同胞を此の侭見棄てるなぞ、無粋極まりない――。
 昂る想いと共に、童女めいた椿の容に変化が生じて往く。
 其の真なる姿は“うつくしき花嫁”たる“本来の椿”の容とは異なって居た。
 袖を余らせる白無垢をミニドレスの如く纏う姿はまるで、彼女が白き化生の容で幾分か年を重ねた様。未だあどけないかんばせに浮かぶ微笑は、何処か大人びて。彼女の傍らで遊ぶ黄金蝶は、其の神秘性をより引き立てて居た。
 ――なにより、此の身は妖。
 其れが神に傅くなぞ笑止千万! 其の恩寵も畏敬も、威光すら、ひとならざる者には何処吹く風。月彩の双眸で百足の怪を睨め乍ら、少女はぽつりと音を落とす。
「……椿は、知りたいの」
 ひとが容の無いものにこそ、形を与えたくなると希う生き物であるのなら。あの子は、“本当の椿”は、ちっぽけな蝶の化生に、どんな形を与えたかったのだろう。
「きっと、それを知れたら――」
 彼女にまたひとつ、近づける。
 胸に燃ゆる熱を唇に乗せて、満月を模したラムプに口吻けひとつ。唯其れ丈けで、淡く光る其れのきらめきが、いっそう増した様な気がした。
「わたしあなたに口づけしたわ」
 花唇がうっそりと囁けば、少女の姿が黄金蝶の群れに包まれて往く。
 視界を埋め尽くさんばかりの輝きのなか、想いを馳せるはひとの業。嗚呼、彼等が抱く感情と云うものは、何と奇怪で美味たるものか!
 いま此処に渦巻く感情は事件の糸を引く影朧の嫉妬であり、顧みられなかった神々の怨みである。まるで燃え盛る炎の様に熱く、他者を、時には己すら灼きつくす其の感情を。
「どうか、味合わせてちょうだい」
 そうと伸ばしたゆびさきから、次々と蝶が飛び立った。
 其れは街を徘徊する堕ちた神々を段々と覆い尽くし、其の身から仮初のいのちを奪って往く。甘美なる其の味わいに、少女は静かに眸を鎖す。
 瞼の裏、想い描くは其の形も喪せて久しい、愛し仔の容――。

成功 🔵​🔵​🔴​

レイラ・ピスキウム
◎☆#

人に見限られた神も
堕ちればこうなるか
捨てられれば何れ狂ってしまう
所詮は神も"人"と何ら変わりない

疾うに堕ちたものなら
これ以上清くある必要もないよな
成らば穢れてしまえ

物心ついた時から僕が受けてきた
他人に死を望まれる"言葉"の呪縛
お前が齎す呪いなど其れに比べれば
まだずっとマシだ

指の肉を裂いて削ぎ落とす痛みも
この胸の傷痕が作られた時の方がずっと――
不明瞭な赤に塗れた神を見遣っては嘲笑を一つ
なあ
"人"の血で穢されていく気分はどうだ?

……柄にもなく熱くなってしまったけれど
こういう時に口が悪くなるのは、父さんの影響なんだろうな
人々や、僕の好きなもの……本に危害を加えられるのは
素直に許せないからね



●堕ちた神へ断罪を
 通りが、俄かに騒々しくなり始めた。買い求めた本を大事に懐へと仕舞い乍ら、レイラ・ピスキウムは星を秘めた眸をちらりと其方へ向ける。趣深い造詣の店が連なる古書街を徘徊する大百足の怪どもの、何と悍ましい事か!
 ――人に見限られた神も、一度堕ちればこうなるか。
 脳裏で皮肉気に吐き棄てるのは、そんな科白。幾ら神とは云え、所詮はひとが造りだした存在だ。捨てられ、忘れられて仕舞えば何れ、狂い果てて仕舞う。ひとと同じ様に……。
「疾うに堕ちたものなら、これ以上清くある必要もないよな」
 成らば、穢れてしまえ――。
 ナイフをぎらりと煌めかせた少年は、其の刃をゆびの腹へと滑らせる。滴る鮮血は神にとっては此れ以上無い程の“穢れ”――即ち。
「分かるね?」
 詰りは“毒”だよ、と口許を覆うマスクの下うっそりと哂う。掌をたらりと伝う血潮は、術者たる彼に痛みを齎す物に他ならぬ。
 されど、こんな傷が何だと云うのか。
 思いを馳せればズキリと痛む、胸に咲く荊の疵。狂った女の貌が脳裏に過り、少年はきつく奥歯を噛み締める。嗚呼、此れを作られた時の方が、今よりもずっと――。

「なあ、」

 遠き日へ飛び去った意識を呼び戻すかの様に小さく頸を振ったのち、レイラは静かに聲を編んだ。血に濡れた彼のゆびさきが、平穏を揺るがす影朧どもを順繰りに指し示す。――刹那、大百足たちの頭上に赫き氷柱が顕現する。そうして其れは間髪を入れずに、硬質な甲冑ごと堕ちた神々を貫いた。艶めく赫の鎧が、血を浴びた様に赫黒く染まって往く。
「“人"の血で穢されていく気分はどうだ?」
 いまや威風堂々たる貫禄は無く、唯不穏な赫に塗れ果てた神を見遣ってレイラは嘲笑ひとつ。ささやかな抵抗とばかりに飛んで来た注連縄は、指差す事で氷を落として地へ留めた。呪詛を秘めた其れに冷たい視線を寄越す少年のこころに、微かな熱が燈る。
 こんな呪いなんて、大したことはない。
 他人から死を望まれる様な“言葉"の呪縛。物心ついた時から受けてきた、まるで暴力の様な其れと比べれば、堕ちた神々が放つ呪いなぞ。
 ――ずっとマシだ。
 ふと気付けば、少年の周りに動く物は何も無い。其処に在るのは、割れた甲冑の欠片と、赫き氷の欠片と、嘗て神で在った物たちの残骸ばかり。暫しの静けさを取り戻した通りに佇んだ儘、少年は現実を遮断する様に片手で貌を覆う。
「……柄にもなく、熱くなってしまったみたい」
 本を楽しむ人々や、愛すべき本たちに危害を加えるなんて、純粋に許し難き所業である。とはいえ、此の苛烈な振舞は一体、誰に似たのだろうか。独り自省する傍ら如何しても想い出して仕舞うのは、此の身に流れる血筋のこと。
 ――こういう時に口が悪くなるのは、父さんの影響なんだろうな。
 矢張り、親子である。
 何処か苦い想いを抱き乍ら、血の滴る掌をレイラは握り締めた。喩え眸を鎖したとしても、瞬く星は消え喪せ無い。其れでも、躰とこころに呪いを抱えた儘で、少年は歩み出す。
 いま此処で彼の助けを必要として居る者たちを、そして大好きな本達を、きっと護って見せる為に――。

成功 🔵​🔵​🔴​

琴平・琴子

何事かと思って顔を覗かせて見れば
随分と大きくて禍々しい物騒な百足さんですこと
帝都の華やかな街並みに怯える震える人々の声は似合わない

総員、構え
兵隊さん達が手にした銃剣の刃の輝きは十分
毒にも汚染されぬ銀色ですとも(呪詛耐性
共に歩んだ日々鍛錬の努力、見せて頂きますよ

総員、進め
号令に合わせて進んでいく彼等の足並みは呪いにも怖気ず勇気ある駆け足
注連縄に捕まらない様に駆け回って、迂回もして走って
全員が大きく振りかぶって切り掛かればその注連縄だって断ち切れる筈
例えその縄が太かろうが強かろうが
何度でも傷を作られた縄は弱いものになるでしょう?

貴方がたが何だろうが
この帝都を脅かした代償は払ってもらいますよ



●パレヱド・マァチ
 遠く、悲鳴が聞こえた気がして琴平・琴子は不図、本へと落としていた視線を上げた。俄かに外が騒がしい。何事かと硝子越し、貌を覗かせて見れば我が物貌で白昼の古書街を跋扈する堕ちた神たる影朧ども。
「……随分と大きくて禍々しい、物騒な百足さんですこと」
 重たげな溜息ひとつ零せば、パタン、頁を閉じて足早に店の外へ。そうして、ひとびとを脅威から守る為、琴子は敵の前へと躍り出る。
 視界に拡がるのは、此の世の春とも見紛う帝都の華やかな街並み。怯え震える人々の聲など、其処には到底似合わない。

「総員、構え」

 大百足と対峙する少女が号令と共に手を掲げれば、何処からともなく隊列を組んで現れる玩具の兵隊たち。銃剣で武装した彼らは彼女の聲に応える様、一斉に得物を影朧へと向ける。
「総員、進め――」
 高らかな号令と共に琴子が手を振り下ろせば、兵隊たちは其の聲に合わせて通りを進んで往く。其の揃った足並みの、何と勇猛なことか!
 彼等が掲げる銃剣の刃には、穢れひとつ有りはしない。毒にも汚染されぬ白銀は、陽射しに照らされてぎらぎらとした輝きを放っている。
 地面を這いずる大百足は彼らに気付くなり、呪詛を纏った戒めの注連縄を投げ放つ。されど兵隊たちは大百足を圧倒する速さで戦場を駈け抜けて、投擲された其れを掻い潜りあっと云う間に敵本体へと肉薄した。
「共に歩んだ日々鍛錬の努力、見せて頂きますよ」
 彼女の期待と信頼に応える様に、兵隊たちは一斉に銃剣を大きく振り被る。硬質な音を響かせ乍ら、何度も打ち付けられる白銀の刃。一見すると其れ等の攻撃は、大百足の固い甲冑に傷ひとつ付けられて居ない様にも見えるけれど――。
「何度でも傷を作られた縄は、弱いものになるでしょう?」
 兵隊たちは唯只管に、大百足本体に絡みついた注連縄を斬り付けて居た。何度も強い衝撃を受けた縄は段々と結び目が解れ、荒れ、軈ては、プツリ。如何しようも無く壊滅的な音を立てて、千切れ果てて仕舞う。慄く様に大百足が其の場で蹈鞴を踏んだ、刹那。
「貴方がたが神様だろうが、何だろうが」
 音もなく駆け出した少女が思い切り地を蹴って、高らかに跳躍する。腕に掲げるは、ペリドットの革命剣。陽の光を浴びた其れはまるで、朝露に濡れた葉の如く煌めいて――。
「この帝都を脅かした代償は、払ってもらいますよ」
 ぽつりと零れ落ちた科白と共に、大百足の脳天に向けて突き立てられる翠の切っ先。悲鳴とも怒号ともつかない咆哮を放ち乍ら、堕ちた神は崩れ落ちて往く。
 一方、地面へふわりと降り立った琴子はカーテシーをひとつ。まるで神を黄泉へ送り出す様な彼女の足許に、兵隊たちがぞろぞろと集って来る。
 未だ、戦いは終わって居ない。帝都の平和を守るため、少女は兵隊たちと共に戦場を駈けて往く。
 聊か物騒なパレヱドは、もう暫く続く様である。

成功 🔵​🔵​🔴​

宵雛花・十雉
【花鳥】◎

円も感じた?
オレは円みたいに鼻は良くないけど
第六感っていうのかな
なんとなく胸騒ぎがするよ
読んでた頁に栞を挟んで席を立つ

歪で禍々しくて、なんだか祟りや呪いって言葉が似合いそう
怨念にも似たものを感じるんだ

け、消し飛ぶのは困る!すごく困るよ!
それだけは阻止しないと
はっ、事件…!
事件なら探偵の、オレたちの出番だ
やってやろうじゃない

オレの力はみんなを守る力
結界術を展開して円や周囲の人を守るよ
注連縄には呪詛耐性で対抗して
攻撃は円や『神織双鬼』たちにお任せします
赤鬼、青鬼、思う存分暴れてきてよ

な、なんとか無事だよ…!
円も大丈夫?
はは、助手くんに負けてられないな
ここで止まってちゃ迷宮入りさ


百鳥・円
【花鳥】◎

甘めの紅茶と共にのんびり読書タイム
……とは、いかないようですねえ
おししょー、感じますか? 火薬のニオイ
弟子くんは鼻が良いんですよう

百足のようなヒトのような
何とも歪な見目をした影朧ですこと

あの銃火器が稼働し始めたら大変
何もかも消し飛んじゃあ困りますしね
パパッとピンチを解決しましょう
これは“事件”です!おししょー!

呪いの集合体に幻惑は効くのでしょうか?
まどかちゃんが出した答えは、限りなくノーかも?です
一部に作用しても、全体に効果あるとは思えませんし
攻撃兼補助に回りましょっと

大縄に捕縛さらないように刻んでしまいましょ
ついでに怯みを狙ってもう一撃です

おししょー、無事です?
まだまだいきますよ!



●帝都探偵冒険奇譚
 探偵たる宵雛花・十雉と其の助手を語る百鳥・円は、ジャズの流れる静かな喫茶店で一休み。お気に入りの一冊をテェブルに広げて、甘めの紅茶を傾け乍ら、優雅な読書のひと時を。
「――……とは、いかないようですねえ」
 カタンと茶器を置き、円はちらり傍らの青年へ目配せひとつ。開いた頁は其の儘で卓へ本を伏せたのは、不穏な予兆めいた物を機敏に感じ取った所以。
「おししょー、感じますか?」
「……円も感じた?」
「ええ、火薬のニオイが。弟子くんは鼻が良いんですよう」
 こんな時でもからからと鈴音で笑う娘に向けて「そこまで鼻は良くないけど」と苦く笑った青年は、読んで居た頁に栞を挟む。
「第六感っていうのかな、なんとなく胸騒ぎがするよ」
 ふたりはそれ以上の言葉を交わさぬ儘に頷き合い、何方ともなく席を立った。カタカタと揺れる椅子丈けを遺して、探偵と助手は通りへと駆け出して行く。

 果たして、其処に居たのは巨大な異形であった。
 まるで百足の様な容をして居るが、其の数多の脚は如何見てもひとの腕。其の身を覆うのは、大層立派な赫き鎧。
「何とも歪な見目をした影朧ですこと」
「なんだか祟りや呪いって言葉が似合いそう」
 呆れた様に乾いた溜息を吐く円の傍ら、大百足が纏う歪で禍々しい気配に十雉はきつく拳を握り締める。
「……怨念にも似たものを感じるんだ」
 生と死の狭間に立つ彼は、故にこそ影朧の本質を見抜いて見せる。じとりと厭な汗を垂らす青年の傍ら、円は色違いの眸で影朧をしげしげと観察して居た。
「あの銃火器が稼働し始めたら大変」
 彼女が注目するのは影朧の腕――本来其れが在るべき場所に嵌められた大砲である。あれが一度火を噴けば最期、本丈けで無くひとすらも焦げ付いて仕舞うだろう。
「何もかも消し飛んじゃあ困りますしね、パパッとピンチを解決しましょう」
「け、消し飛ぶのは困る! すごく困るよ!」
 今日と云う日を過ごした想い出の場所が、何より浪漫溢るる古書店街が炎に包まれるなんて、そんなこと見過ごせない。阻止しないと、なんて慌てる十雉に円はぐい、と一歩詰めよって不敵に笑う。
「これは“事件”ですよ! おししょー!」
「はっ、事件……!」
 決して聞き逃せぬ単語を耳に捉えれば、十雉の貌がきりりと引き締まった。此れが“事件”だと云うのなら!
「オレたち――探偵の出番だ」
 青年はゆびで印を組み、結界を編んで往く。瞬く間に展開された其れは見えない壁と成り、逃げ惑う人々へ伸ばされた注連縄をバチンと跳ね除けた。
「やってやろうじゃない」
 十雉の力は、遍くひとを護る為にこそ有る。科白に確かな決意を滲ませ乍ら、彼は懐へと腕を突込んで、軈て二枚の千代紙を取り出した。鬼を模した其れの表面をさらりと撫ぜれば、忽ち顕現する赤い鬼と青い鬼。
「さあ、思う存分暴れてきてよ」
 鬼達の後ろで結界を護り乍ら、青年は夕彩の双眸を悠然と弛ませ笑う。彼の聲に応える様、赤と青の二匹は勢いの侭に大百足へと襲い掛かって往く――。

「呪いの集合体に幻惑は効くのでしょうか?」
 一方の円と云えば、注意深く大百足の影朧を観察して居た。喩えひとのこころを甘く蕩かす夢魔であろうと、堕ちて狂い果てた物のこころ迄は……。
「うん、限りなくノーかも?」
 仮に作用したとしても、せいぜい一部の動きを鈍らせる程度。ならば、十雉が放った鬼達の補助へと回る方が得策だろう。
 方針を決めた彼女の行動は速かった。羽を羽搏かせ乍ら軽やかな動きで舞い、飛び交う注連縄を掻い潜る。傍ら、ひらりと踊る服の袖から放つは真空波の刃たち。勢いよく飛び交う其れ等は注連縄を切り刻み、呪詛と脅威を無効化して行く。
 されど、影朧とて黙って遣られているばかりでは無い。怒号めいた咆哮を放った大百足は、最も無防備な十雉へと砲を向けて――。
「これはおまけです」
 刹那、影朧の死角から愛らしいかんばせを覗かせた円が、思い切り袖を旗めかせる。忽ち飛び出した真空波の刃は固い甲冑を強かに穿ち、其の衝撃に思わず蹈鞴を踏む大百足。
「おししょー、無事です?」
「な、なんとか無事だよ……!」
 ほっと安堵の息を溢す十雉は、振り返って此方の様子を伺う円に「大丈夫?」と問い返す。
「御覧の通り、まだまだいけますよ!」
「はは、助手くんに負けてられないな」
 円が怯ませた大百足へ鬼のふたりが飛び掛かって往く様を眺め乍ら、ふ、と青年は双眸を弛ませる。召喚の代償に戦えぬ己が出来ることは、彼女を護ることだ。
 ――ここで止まってちゃ、事件は迷宮入りさ。
 十雉は綻ぶ貌を引き締めて、ゆびさきで結んだ印を組み換える。第一の事件解決まで、きっと、あと少し……。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ティル・レーヴェ
【桜鈴】◎
現れた赤きモノ達に眉を顰める
壊す者に向けた其れと
その様な姿となり
彷徨いゆく在りように

了解じゃ、雲珠!
友の声に頷けば翼広げて空へ
上空より知る敵の位置や現状を
雲珠や仲間へと伝えゆく

有難う、雲珠も気をつけて
伸びる注連縄や砲からの攻撃は
高速多重と展開した結界術で阻むよに
友や味方もそして街も書も
容易く傷つけてなるものか

数多の書、其処に宿る物語
そうしてこの地に生きる人々
皆を護る力貸して頂戴ね
紫色の輝石に口付けたなら
指輪に宿る力をも借り
眠りと拘束で敵の侵攻を阻む

友が枝根で拘束する相手へも
さぁ、大人しゅうなぁれ
ふふ、雲珠の力も頼もしい
その助力とも、なれたかえ?

友と共に手を合わせ
あゝ静かと眠れれば良い


雨野・雲珠
【桜鈴】◎

…あの影朧も、もとは人…?いえ…

鞭のような体に大砲
入り組んだ古書街、相手は複数
…ティルさん、上に上がりましょう!
相手の場所を教えてください
近づきすぎないよう気を付けて!

俺も【枝絡み】を伸ばして縮めて屋根の上
相手の動きを仲間に知らせて回ります

見つかった!
こちらを向く大砲、でもこれは想定内
枝根を大砲に巻き付け砲口を塞ぎ
幾重にも囲んで閉じ込めます

生木は頑丈とはいえ、あまり暴れられると…!
内心焦っていると花の香りと共に弱まる内部の抵抗
…ティルさん!
ありがたいです…このまま削り切りましょう!



転生へ導くことは難しいでしょうか…
そこここで散りゆく気配に手を合わせます
今でなくても、いつか安らかにと



●空と根
 先程まで平穏に満ちていた古書店街はいま、騒乱に溢れていた。其の原因たる影朧と対峙したティル・レーヴェは、まるで百足の様な赫き異形の姿に眉を顰める。
 彼女の眸に滲むのは日常を壊す者に向けた憤りと、斯様な容に堕ちて尚も彷徨いゆく在り様への僅かな憐憫。
「あの影朧も、もとは人……?」
 影朧に癒しを与える桜の精たる雨野・雲珠は其の傍ら、不思議そうに大百足どもの姿を見つめて居た。ひとの様でいて、何処かひとならざる圧を秘めた其の存在。妙な親近感を振り払う様に、少年は頸をふるりと振る。
 甲冑に包まれた其の躰は最早、百足と云うより鞭の様。おまけに腕があるべき所には、大砲が嵌められて居る始末。見るからに強敵に違いない。
 おまけに場所が問題である。此処は数多の店が並ぶ入り組んだ古書街で、敵は群れを成しているのだ。
「……ティルさん、上に上がりましょう!」
 一瞬で算段を巡らせた雲珠は「相手の場所を教えてください」と、友の眸を観乍らそう乞うてみせる。彼の言葉に、ティルは一も二も無く肯いた。
「了解じゃ、雲珠!」
「近づきすぎないよう気を付けて!」
「有難う、雲珠も気をつけて」
 互いに気遣い合い乍ら、片方は天使らしく翼を広げて空へと舞い上がり、もう片方は大地に根付く桜の精らしく地を駆ける。
 想う事はあれど、いまは互いにやるべきことを果たすのみである。

「あちらの守りが手薄じゃのう、――雲珠!」
「分かりました!」
 視界をさえぎる物が何一つない空からは、地上の有様がようく見えた。
 未だ同胞が辿り着けていない区画をティルがゆびで指し示せば、応える様に雲珠が其方へ走り出す。
「……あまり派手に動かない方が良いかも知れませんね」
 護りが手薄な場所に敵を惹き付けては、元も子もない。此処は屋根を伝って、隠密に動くべきだろう。
 そう方針を決めた刹那、彼が背負う箱宮から無数の櫻の根が飛び出した。店の壁に根を張った其れは伸縮を繰り返すことで、雲珠を屋根へと運んで呉れる。
「あ、――後ろから来ます!」
 道中、同胞に敵の動きを進言し乍ら、少年は少女が示した方へと駆けて往く。そんな彼の背中を頼もしそうに見送ったのち、ティルは再び下界へと視線を落とした。
 数多の古書、そして其処に宿る数多の物語を。
 何より、この地に生きる人々を、壊させはしない!
「……皆を護る力を貸して頂戴ね」
 薬指に煌めく勿忘草に嵌め込んだ輝石――愛し彼の名を冠する花に似た彩の其れに口吻ひとつ落としたなら、指輪に宿った優しい魔法が溢れ出す。
 刹那、柔らかな風が勿忘草を運んで来る。甘い馨を漂わせる花弁たちは影朧の躰を包み込み、荒ぶる其の魂を眠らせて往く。
 其れでも止まらぬ者へは、いまを捉えるリボンをしゅるり。見目よりも頑丈な其れは、荒れ狂う影朧をぎりりと激しく戒めてその侵攻の妨げと成った。
「おや」
 不図、視界の端に映るのは逃げ遅れた若い娘の姿。絶好の獲物を見つけた影朧は、注連縄を伸ばして哀れなひとの仔を戒めんとして居た。
 ティルは素早く結界を編み、投げつけられた注連縄をパチンと跳ね除けた。同時に、影朧の躰をリボンがぐるりと戒める。逃げ遅れた娘は其の隙に慌てて駆け出し、手近な店へと逃げ込んだ。
 地上で繰り広げられる間一髪の脱出劇に安堵の息を溢し乍ら、少女はきりりと双眸を引き締める。友を、ひとびとを。そして、此の街も古書たちを。
「容易く、傷つけてなるものか」

 他方の雲珠は、屋根の上で隠密行動を続けて居た。
 同朋たちの活躍に少しずつ数を減らして行っては居るが、通りは未だに大百足たちが跋扈して居る。
 距離を開けて仕舞ったけれど、ティルの様子は如何だろうか。少年が振り返ろうとした刹那、怒号とも悲鳴ともつかぬ咆哮が響く。何事かと地上に視線を向ければ、其処には此方に大砲を向ける異形の姿が在った。
 ――……見つかった!
 とはいえ、此れは想定の範囲内。
 箱宮からしゅるりと飛び出した枝根は、大砲に巻き付いて其の砲口をぎりりと塞ぐ。更に影朧の甲冑にまで根を張った其れは、ぐるぐると生木のなかへ大百足をあっという間に閉じ込めてしまった。
 桜枝で造られた檻の中、影朧はくぐもった咆哮と共に暴れ回る。其の様を観て、雲珠の表情に僅かな陰りが生じた。幾ら頑丈とはいえ――。
「あまり、暴れられると……!」
 少年の背筋に冷たい物が一滴、たらりと流れた。
 刹那、焦るこころを落ち着かせる様に、ふわりと漂う花の香。

「――さぁ、大人しゅうなぁれ」

 天から甘やかな聲が響くと同時、荒れ狂って居た影朧の動きがぴたりと止まった。視線を空へと向けた雲珠は、眸に喜色を煌めかせる。
「……ティルさん!」
「助力と、なれたかえ?」
「ありがたいです……――このまま削り切りましょう!」
 頼もしき友との合流により勢いを取り戻した雲珠は、箱宮から再び根を放つ。其れは地を這う影朧を戒めて、一体ずつ確実に無力化して行った。
「ふふ、雲珠の力も頼もしい」
 友の活躍に花唇を弛ませ乍ら、ティルもまた勿忘草を風に乗せる。振り撒く甘い馨は、敵の侵攻を阻む砦と成り、雲珠の不安を和らげる絶好の薬と成った。

 そうして、ふたりで力を合わせること暫し。
 漸く、戦場の一角に静寂が訪れた。大地に転がる影朧たちを視降ろす雲珠は、憂う様に眸を伏せた。
「転生へ導くことは難しいでしょうか……」
「……あゝ」
 弔う様に手を合わせた友に倣う様、ティルもまた己の掌を重ね合わせて祈りを紡ぐ。ふたりが希うことは、ただひとつ。

 いまでなくてもきっと何時か。
 彼らが安らかに、静かに眠れる日が訪れるよう――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アルフィード・クローフィ
【雲蜘蛛】◎

んー、神様って難儀だよね
信仰が無いと生きていけないなんて
でも正直可哀想と思えないだよね
だって神様だって『全ての人の願いを叶える』事は出来ないでしょ?
神に助けを求めても神様は助けてはくれない
殺す時だって『神を助けて』て祈る人多いけど死んじゃうし
産まれて不幸な場所を変更出来なし病気だって治せない
神様を恨む人だっている
万能な神、誰もを愛する神、そんな神様なんて居ないよ
じゃなきゃこの神様が堕ちる事なんてないモノね
って今は神父だから神様信じないといけないだけどね!
でも俺は…神様は信じてません!
悪魔も信仰する教会だもん
意外と悪魔の方が親切かも?対価は必要だけど
そうだね!環ちゃんは神や悪魔より強いもの!

最恐の戯れ
神は同族の後始末もしてください!悪魔は神様倒せるよーん
ので力を貸してねーん!
街とこの本屋さんも守ってね!

目には目を!神様には神様を!

カッコいい!!!
環ちゃんは『犯人』であり物語の主人公だよ!
初めに犯人がわかってて推理していく物語ってあるよ!
犯人の心理がわかってワクワクしない?


雨絡・環
【雲蜘蛛】◎

信仰に活かされる存在とは不自由なものですね
正体を無くし、影朧に利用されてしまうとは

『全てのヒトの願いを叶える』
そうですねえ
もし、その様な神様が居られましたら
この身が彷徨う事も無かったでしょう

アルフィードさんは見ていらしたのね
神に助けを求める者を
不幸な場所に産まれたもの病負うものが救われぬ様を
神を恨むものを
あら、
そういえばアルフィードさんは神父様でおりましたね?ほほ
わたくしも信仰は御座いません
神も悪魔にも
強いか、は分かりませぬが

土蜘蛛の檻
逃げ行く方、雲水堂さんに害が及ぶ前に終わらせると致しましょう
かの御方から力を削いでやりましょうや
アルフィードさんの呼びかけに応じるは神か、悪魔か
楽しみね

容無く人知を超えたものが罪を犯すのならば
それを詳らかにする側にもまた
人ならざる者が在るものです
尤も
我々は裁いて差し上げる等、優しくありませんが
だぁってわたくし
御伽噺の『犯人』、ですもの
あら、恐れ入ります
ひと喰らう化生が主人公……はて
推理する前に犯人と知られそうですが
確かに珍しいかもしれませぬな



●神と悪魔と妖と
 通りを這いずる大百足は、蟲と云うよりもひとに似ていた。躰中に巻きつけられた注連縄から、元は神聖なる存在だったことが見て取れる。
「信仰に生かされる存在とは、不自由なものですね」
 天に御座す筈の神が地べたを這いずる様を見降ろし乍ら、雨絡・環は小さく息を吐く。嘗ての権威は何処へやら。すっかり正体を無くし、影朧に利用されて仕舞う存在に成り果てて仕舞うとは――。
「んー、神様って難儀だよね」
 彼女の傍らに立つアルフィード・クローフィは腕を組み、憐れみを湛えた眼差しでひとの容をした大百足を眺めて居る。とはいえ、其れも一瞬の事。
「……でも、正直可哀想とは思えないんだよね」
 彼の科白を受け、真意を問う様に頸を傾げる環。そんな女妖と目が合えば、アルフィードは苦く笑う。
「だって、神様は『全ての人の願いを叶える』事なんて出来ないでしょ?」
 喩え必死で救いを求めても、神と云う存在は助けてなんか呉れないと、彼は身を以て実感して居た。
 殺しの生業に挑む時、もう何度『助けて』と云う科白を聞いたか分からない。されど、彼と対峙した者は皆はかなく死んで往く。決して其の祈りが、聴き届られる事なぞ無く……。
 神が救いを与えて呉れぬのは、死ぬ間際の事だけに非ず。生きている間だって、試練ばかりを寄越して、後は放ったらかしだ。
 不幸な場所に生まれた所で、生い立ちを変える事なぞ出来ない。病を患っても、神は其れを治しては呉れ無い。
 故にこそひとは、神を怨むのである。
「アルフィードさんは見ていらしたのね、神に助けを求める者を」
「万能で誰をも愛する神様なんて、居ないよ」
「……そうですねえ」
 実感の篭った青年の科白に、環は口許を袖で覆い乍ら思案に沈む。思いを馳せるは、未だ廻れぬ此の身の事。
 何時かひとの容を得て、愛しきひとと巡り会ってみたいのに――。
「もし其の様な神様が居られましたら、この身が彷徨う事も無かったでしょう」
「それに、この神様達が堕ちる事もなかったかもね」
 ふたりは再び、地を這う神へと視線を向けた。信仰を喪い影朧と化した彼等を観る程、其のこころに影が差す。苦界に救いなぞ無いのだと、思い知らされて……。
「――って、今は神父だから神様信じないといけないんだけど!」
「あら。そういえば、アルフィードさんは神父様でおりましたね?」
 不図、今までの遣り取りを誤魔化す様に響いた彼の聲。環は「ほほ」と嫋やかに微笑み乍ら、悪戯な科白を溢す。
「うん、でも俺は――……神様なんて信じてません!」
 まるで爆弾の様な発言であるが、さもありなん。彼が務めているのは、悪魔をも信仰する教会なのだ。彼らの性質を識って居ると寧ろ、神よりも悪魔の方が親切にすら想える。勿論、対価については誰よりも厳しい欠点はあるけれど。
「わたくしも信仰は御座いません」
「だって、環ちゃんは神や悪魔より強いもの!」
「神も悪魔にも強いか――……は、分かりませぬが」
 納得した様に「そうだね」と肯く青年に頸を傾ける傍ら、ちらりと女妖が盗み観るは、四方へ逃げ行くひとびとの姿。そして、後方に在る『雲水堂』の店構え。
「皆さんに害が及ぶ前に、終わらせると致しましょう」
 ゆうらりと、着物の袖を揺らし乍ら腕を振り上げたなら、瞬く間に戦場に編まれゆく蜘蛛の絲。其れは絡新婦の巣と化し、這いずる大百足を絡めとる。
 まるで、檻の様に――。
「かの御方から、力を削いでやりましょうや」
「神は同族の後始末もしてください! それと悪魔も、力を貸してねーん!」
 蜘蛛の巣に囚われた影朧の抵抗が弱弱しく成る様を観れば、間髪入れずにアルフィードが神と悪魔を其の身に降ろす。
「……楽しみね」
 其の何方も妖からは遠き存在ゆえに、環はくつりと喉奥で笑聲ひとつ。神と悪魔、其れから神父の御手並み拝見、と云った所か。
「――目には目を、神様には神様を!」
 悪魔と神の力を宿したアルフィードは、環が絡め取った大百足に向けて、黒き大剣を振り上げた。そうして勢いの侭に振り下ろせば、固い甲冑が砕け散る音と、断末魔の如き咆哮が響き渡る。影朧の終わりを悟った環が絲の檻を解いたなら、影朧の残骸はバラバラと、儚くも地面へ落ちて往く。
「あ、街とこの本屋さんも守ってね!」
 敵を斬り伏せ一息つくと同時、想い出した様に其の身へ宿した者達へそう付け加える彼に「くす」と、微笑まし気な笑みを溢したのち、環は冷ややかな眼差しを崩れ落ちた影朧へ寄越す。
「容無く人知を超えたものが罪を犯すのならば、それを詳らかにする側にもまた、人ならざる者が在るものです」
 ひとを害する異形が居るように、ひとに与する異形もまた居るものだ。例えば、此の『絡新婦』の様な……。
「尤も、裁いて差し上げる程、我々は優しくありませんが」
 再び蜘蛛絲を戦場に張り巡らせ乍ら、女妖はうっそりと哂う。
 ひとに与するのは偏に、人ならざる存在が歩みの邪魔であるからこそ。其処に正義感なぞ有りはせぬ。
「だぁって、わたくし」

 ――御伽噺の『犯人』、ですもの。

 妖艶に綻ぶ花唇から零れ落ちる、酷く悪戯な響。されど彼女と戦場を共にするアルフィードは、そんな環を輝く隻眼で見つめて叫ぶ。
「カッコいい!!!」
「あら、恐れ入ります」
「環ちゃんは『犯人』であり、物語の主人公だよ!」
 興奮気味に紡がれた科白に環は、きょとりと瞬きひとつ。撚りにも依って、ひとを喰らう化生が主人公の推理ものとは、此れ如何に。
「……はて、推理する前に犯人と知られそうですが」
「初めに犯人がわかってて推理していく物語もあるよ! そういうのって、犯人の心理がわかってワクワクしない?」
「ほほ、確かに珍しいかもしれませぬな」
 力説する神父の言に、女妖はからころと鈴音の笑聲を響かせた。
 時にひとを害し、――然しいま此の時ばかりはひとを護る神父と女妖の冒険譚は、もう暫し続くのである。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

柊・はとり
【推理遊戯】◎#

斜陽の宴…あれが影朧の作なら恐らく真実だ
雲水の評価や本を手にした時の感覚
そして『娘』に対する過剰な感情移入
となると事件の全容は…誰だあんた

やけに親しげだが知らん顔だし胡散臭ぇ…
どっから俺の情報を?よしてくれ恥ずかしい
あんたの方が余程変人の名探偵っぽいがね

随分内情に詳しいな…関係者か?
いや俺はネタバレとかどうでもいいが
丁度この『犯人』には苛ついてた所だ

謂れなき怨恨に無差別殺人
情状酌量を加味してもあまりに凶悪
何もわかっちゃいねえ
犯人が人知を超えてくるなら
探偵も人知を超えなきゃならない
そういや名乗ってなかったな
柊はとり…殺しても死なない探偵だ
あんたは?

…はは、そりゃいい
お喋りな証拠品とかアンフェアにも程があるぜ
その依頼乗った
不運な犯人とクソ爺共が仕掛けた
古典的ミステリをぶち壊す

UC発動
綴子や周囲の一般人を味方側と認識し
敵が起こす殺人へ繋がる行為を全て無効化
記憶が歪んでいく感覚…今更だ
殺人を許せば癒えない傷になる
偽神兵器で縄ごと敵を切断

理解できたろ
『完全犯罪など、此の世には無い』


稿・綴子
【推理遊戯】
◎#
どれ在り来たりだが唯一つの殺人譚に色をつけてやろう
なぁ随遊院…茫子
貴様の起こす脅威な力を使う一方的な殺人事件だがよ
犯人が逃げおおせて仕舞いなんざ凡作駄作もいい所
探偵さてと手を打ち解決編がなけりゃ示しもつかぬ

なぁそうは思わないかい?名探偵くん!

流石の考察に吾輩の舌は蝸牛の殻よ
お察しの通り随遊院家の鏖は娘の仕業
その場の武器で滅多刺しから始まって…おぉっとネタバレは厳禁であるな

殺しては死なぬ探偵はとりくん!
成程こりゃいい影朧の黒幕を相手どるには打って付け
是非此度の事件の探偵役を務めてくれ給えよ
吾輩かい?此は失礼
吾輩は稿綴子、原稿用紙のヤドリガミである!
手前の頁までは随遊院のクソ爺の未完の絶筆が綴られておったぞ
インクも血も染みぬまっさら
だが全てを観ていたのである

依頼受諾に深く感謝する
その通り!吾輩は証人ではなく証拠品よ

UC使用
前戦に突出し『斜陽の宴』の殺人犯に攻撃させる
ククク、このUCはまさにネタバレ満載よ
注連縄に囚われ被害者になれたと悦ぶ
はとりのUCでキャンセルされたら拍手喝采



●華麗なる推理遊戯
「斜陽の宴、か」
 俄かに騒がしくなった通りに歩み出た少年探偵――柊・はとりは、先程まで件の本を抱いて居た掌を見下ろして居た。
 雲水堂の店主は『斜陽の宴』について、推論を許に綴られている割には劇的かつ情熱的な物語だと称して居た。然し、推論では無かったとしたら?
 其れならば、本を手にした時に感じた胸騒ぎにも説明がつく。そして、頁を捲り乍ら感じた強烈な違和――『娘』に対する綴り手の過剰な感情移入の理由にも。
 以上の状況証拠から、此度の影朧は『斜陽の宴』事件に深く関わりの在った者であると云えよう。仮に其れが影朧の著作であったのだとしたら、其処に綴られている内容は恐らく紛れも無い真実。
「となると、事件の全容は……」
 目まぐるしく脳細胞を働かせ乍ら、推理を組み立てていく少年。其の傍らに不図、ゆらり並ぶ影ひとつ。
「どれ、」
 原稿用紙めいた格子柄の着物に袴、其の上から靡くインバネスを羽織ったハイカラな娘、稿・綴子(奇譚蒐集・f13141)は往来を我が物貌で歩き回る異形を観乍ら、つぅと双眸を細めて嗤う。
「在り来たりだが唯一つの殺人譚に色をつけてやろう。なぁ、随遊院――」
 其処まで紡いだ処で、娘の花唇は一拍の間を置いた。随遊院と云う作家は、文壇にふたり“居た”のだ。故にこそ彼女は、其の名を静に呼んで見せる。
「茫子、貴様の起こす脅威な力を使う一方的な殺人事件だがよ。犯人が逃げおおせて仕舞いなんざ、凡作駄作もいい所」
 何事にも「様式美」と云う物がある。
 例えばミステリであるのなら、名探偵さてと手を打ち解決編。其れがなけりゃ示しもつかぬ。華麗な推理をお見舞いして、殺人鬼を見事お縄に付かせ、其処で漸く読者の留飲を下げてこそ「名作」である。
 一方で“彼女”が綴るのは、どれもこれも「完全犯罪」の物語だ。
 探偵は登場せず、殺人鬼はただ無辜のひとを殺め続ける。まるで自身の存在を証明するかの様に。そして誰も、彼女を捕まえられない。
 嗚呼、名探偵の存在無しで何が『推理小説』か!
「なぁ、そうは思わないかい? 名探偵くん!」
「誰だあんた」
 初対面だと云うのに矢鱈と親しげに話しかけて来る綴子に、はとりは訝しげな眼差しを向ける。上から下までハイカラめいた彼女の姿をじろりと観察したところで、印象は変わらない。
 ――胡散臭ぇ……。
 黙って居れば深窓の令嬢めいた趣の、彼女のかんばせ。されど其処には、チシャ猫めいた笑みが張り付いて居るのだ。
「ってか、そもそもどっから俺の情報を?」
 綴子は答える代わりに、とんとんとゆびさきで己の頭を叩く。「勘」だとでも言いたいのだろうか。はとりが更に問いを編む寸前、娘の花唇が忙しなく動き出した。
「いやはや、流石の考察に吾輩の舌は蝸牛の殻よ」
「よしてくれ、恥ずかしい。それに、あんたの方が余程変人の名探偵っぽいがね」
「残念ながら吾輩、名探偵とは対極の存在であるのだなあ、これが」
 ニヤリと不敵な笑みを咲かせる彼女は、確かに正義の味方とは程遠い。懐かしむ様に何処か遠くを観乍ら、綴子は答え合わせの如くつらつらと言葉を重ねて往く。
「お察しの通り、随遊院家の鏖は娘の仕業」
 切欠は口論にも満たぬ圧力。
 かっとなった娘は、其の場の武器で滅多刺しから始まって――……。
「おぉっと、ネタバレは厳禁であるな」
「いや俺はネタバレとかどうでもいいが」
 態とらしく袖で口許を覆う綴子を、呆れた様に見降ろすはとり。彼の貌には未だ、彼女への疑心が僅か滲んで居た。
「あんた随分と内情に詳しいな……当時の関係者か?」
「だとしたら、“先生”の仇でも打ってくれるのかい」
 口許を三日月の容に歪めて、綴子が戯れる。少年探偵は彼女のかんばせから、通りを跋扈する大百足へと視線を動かした。
「……丁度、この『犯人』には苛ついてた所だ」
 眼鏡の奥の眸に、険が滲む。
 犯人――件の影朧は、謂れなき怨恨に依って無差別殺人を企んで居る。仮に情状酌量を加味したとしても、あまりに凶悪な其の所業は赦し難い。
「奴は何もわかっちゃいねえ」
 吐き捨てる様に、はとりがそう零す。
 もしも犯人が人知を超えてくるのなら、探偵だって人知を超えなければならぬ。否、真なる名探偵ならば寧ろ、超えることを運命づけられているのだ。
 例えば、『白雪坂のホームズ』の様に。
「そういや、名乗ってなかったな。柊はとり――……“殺しても死なない探偵”だ」
「殺しては死なぬ探偵、はとりくん!」
 ――成程、こりゃいい。
 彼の肩書と名を反芻し乍ら、綴子はこころの中でからから嗤う。
 此の事件の黒幕――殺して殺して殺し続ける犯人を相手取るのに、死なない彼は打って付けの存在だ。期待に胸を躍らせ乍ら、ハイカラ娘は軽口ひとつ。
「是非、此度の事件の探偵役を務めてくれ給えよ」
「それで、そういうあんたは?」
 如何してそう偉そうに当事者気取りなんだ、と云う疑問は一先ず呑み込んで。少年は彼女に名を問い掛ける。当の綴子は「吾輩かい?」と頸を傾けた後、オホンと勿体ぶって咳払い。
「此は失礼、吾輩は稿綴子。『原稿用紙』のヤドリガミである!」
「原稿用紙?」
 事件の顛末が綴られた古本、惨殺された作家、そして原稿用紙。
 ひとつひとつのピースが、はとりの脳内でパズルの様に組み立てられてゆく。「まさか」と云う貌で此方を見つめる彼に向けて、綴子はゆるりと首肯ひとつ。
「応、手前の頁までは随遊院のクソ爺の未完の絶筆が綴られておったぞ。吾輩はインクも血も染みぬ、まっさらな“最期の一枚”だが――」
 視界を遮るインクの一滴すらも無いからこそ、彼女は総てを観たのである。嗚呼、なんと皮肉なことか。
「……はは、そりゃいい」
 思わぬ目撃者の出現に、はとりは乾いた笑いを漏らした。矢張り、己はミステリの女神に愛されているらしい。疾うの昔に迷宮入りした事件の目撃者が、斯うも都合よく眼前に現れるとは――!
「その依頼、乗った」
「依頼受諾に深く感謝する、はとりくん」
 ふたりは其処で漸く向き合って、軽い握手を交わす。
 愛らしくも胡乱な依頼人と、次々に事件に巻き込まれる名探偵。余りにも御誂え向きな共闘関係の成立である。
「全く……お喋りな『証拠品』とか、アンフェアにも程があるぜ」
 呆れた様に頸を振るはとりに「その通り!」と、綴子は肯定の聲を張り上げて見せる。「ひと」の容こそ取っては居るものの、彼女の本質は「物」なのだ。
「――吾輩は“証人”ではなく“証拠品”よ」
「犯人も不運だったな」
 嬉々としてそう語る娘に、少年がぽつりと相槌を返す。上手く逃げ遂せた犯人にとって、物言わぬ筈の証拠品がひとの容をして帝都に戻って来るなんて、まさに青天の霹靂であろう。
「犯人とクソ爺共が仕掛けた古典的ミステリを、」

 ぶち壊す――!

 ふたりの想いが重なった刹那、綴子が往来へ躍り出る。彼女の腕には今、数多の原稿用紙が抱かれて居た。
「ククク、このユーベルコヲドはまさにネタバレ満載よ」
 そうして大百足の眼前にて立ち止まり、其の関心を惹きつける様に原稿用紙の束をばら撒いたなら。まるで鳥が羽搏く様な音を立てて、紙は風に攫われて行く。
 軈て最後の1頁が虚空へ飛んで行くと同時、戦場に顕現するは「斜陽の宴」で“犯人”とされた随遊院がひとり娘。
 果物ナイフを握り締めた彼女は、果敢にも大百足へと躍り掛かる。犯人は女の細腕とは思わぬ程の力強さで、其の赫き甲冑に刃先を突き立てた。大百足は苦し気な咆哮を放ち、手当たり次第に注連縄をぶん投げて往く。
「……ほう、吾輩を『被害者』とするか」
 犯人召喚の代償として戦う術を喪った綴子は、あっさりと注連縄に其の身を差し出した。何処か嬉し気な聲が響くと同時、露と消える犯人の娘。
 其れでも注連縄は、捕えられた綴子の華奢な躰をギリリと締め付けるばかり。痛みが其の身を駆け巡るも、滅多に戴けぬ「被害者」役への興味が勝り、綴子の眸に喜彩が燈る。
「なに遊んでんだ」
 呆れた様な、乾いた様な聲が響いた刹那、注連縄が唐突に弛み綴子の躰が地に堕ちた。直ぐに体を起こした彼女は、はとりの手腕に拍手喝采の雨を降らせる傍ら「成り損なった」とからころ、呑気に鈴音で笑う。
 他方、パチパチと響く音を何処か遠い眸で聴くはとりは、まるで記憶が歪んで往く様な、奇妙な感覚に襲われていた。
 ――……今更だな。
 幸福な記憶がまたひとつ、消えたのだろう。
 彼は今までもそうやって「殺人事件」を無効化して来たのだ。
 神の如き能力の代償は、余りにも重い。けれども、眼前で殺人を許して仕舞えば、其れは癒えない傷に成る。
 新しい疵が増えるよりは、いつか忘れて仕舞う様な記憶を消す方がずっとマシだ。
 氷の大剣を握り締め、はとりは駆ける。彼を阻む様に注連縄が飛んでくるが、少年は其れを払い除け、ただ前へ。
 縄で穿たれた頰が、手の甲が、脚が、赫く腫れようとも……。
 軈て大百足に食らい付いた彼が大剣へと力を籠めれば、其の覚悟に呼応する様に、淡い蒼彩の光が刀身を包み込む。
 はとりは其の儘思い切り剣を振り被って、力の限りに上から下へ甲冑を一刀両断。大百足は其の身に巻き付いた注連縄ごと真っ二つにされ、地面へ崩れ落ちて往く。
「なあ、理解できたろ」
 きっと何処かで事の顛末を眺めて居るであろう影朧へ向けて、はとりはぽつりと語り掛ける。其れは、ただひとつの真理。

『完全犯罪など、此の世には無い』

 名探偵が放った宣戦布告を聴く者は、果たして――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『七光ラズ・随遊院茫子』

POW   :    「…と、死体は何れかの部位が欠損していますのよ」
【猟奇殺人の小話 】を披露した指定の全対象に【自分も是非このように殺されたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    「ふふふ、斬殺殴殺扼殺刺殺なんでもござれですわ」
【惨たらしい猟奇殺人を犯したわたくし 】の霊を召喚する。これは【華麗なる見立て殺人で使われた凶器】や【咄嗟の思いつきで凶器にしたその場にある物】で攻撃する能力を持つ。
WIZ   :    「わたくし以外が綴った小説なんぞ燃えておしまい」
【万年筆にて綴られる禍々しき文言 】が命中した対象を燃やす。放たれた【原稿用紙と彼岸の花を火種に燃え盛る怨恨の】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

●原稿用紙(■■惨枚目)

『 斯くして。
 英霊達の怒りは鎮まり、街は平静を取り戻したのです。もう、悲鳴のひとつすら聴こえません。
 火種と成り得る古惚けた本は一冊も燃えず。あろうことか一滴の血も流れぬ、何とも摩訶不思議な事件でありました。
 真犯人は未だ捕まらず、真相は依然として闇のなかにある様です。名探偵は、気付くでしょうか。
 こんな騒乱なぞ、所詮序章に過ぎぬと言うけどことに――。』

●七光ラズ
 大百足たちが一匹残らず喪せた表通りはいま、平時の静けさを取り戻し始めて居た。力を失くした影朧の群れは、砂塵と化して風に攫われ消えて往く。
 古書独特の甘い馨が再び満ちれば、同時に聴こえて来る女の笑聲。まるで鈴を転がす様に可憐で、何処か氷の如く冷めた響き。
「オホヽヽヽ」
 影朧の群れと入れ替わる様に現れるのは、着物に袴にショールを纏った、ハイカラな装いの娘ひとり。燃ゆる花を黒き御髪に揺らし、片手に持った万年筆で災禍を編む彼女もまた、嘗ては物書きの末席を汚して居た。
「御機嫌よう、わたくしの綴った本はもう手に取って頂けて? とはいえ、あなた方は其れが何かも識らないでしょうけれど」
 彼女が綴った本を、そうとは知らずに手に取った猟兵も居ただろう。
 実際の事件をあたかも創作譚の様に紡ぐ彼女の作風は、読む者のこころに強い衝撃を与え、文壇の話題を掻っ攫ったこともあった。
 けれども、後世に残すには抱えた「名」が余りにも多すぎた。
 故にこそ彼女は「無名」であり、世間は彼女を忘れ往く。面白おかしく紡がれた事件ばかりを、掬い上げて……。
 まるで服を着替える様に、或いは化粧を変える様に――名を変え続けた覆面作家。其れが、此の影朧の正体である。とはいえ、嘗てひとの仔であった以上、其処には本当の名が有る筈だ。
「ねえ、随遊院(ずいゆういん)と云う作家をご存知かしら。いえ、邸宅で家族や客人と共に怪死した、あの高明な随遊院のほうでは無く……。尤も、あの事件は私が遣ったのですけれど」

 父でしたの――。

 女は眸を伏せ乍ら、そう静かに笑った。
 家族客人一同鏖たと云うのに、女のかんばせには後悔の彩なぞ無い。ただ、僅かなノスタルジアと、仏に成った皆々への嘲りと、未だ燻ぶる怒りの情が滲む丈け。
「父と同じ推理作家と成る為、研鑽を積んで参りましたのに。此の筆が綴るのは凡作ばかり」
 書いて、消して、書いて、書いて、書いて!
 幾ら繰り返しても、余りにも目が出ないものだから。見かねた――否、彼女を見限った父は新鋭の作家との縁談を押し付けて来た。
 傷付いたのは高名な父の名と、彼女の誇大した自尊心。何方がより大きな損傷だったのか、少なくとも娘にとっては後者の方が重要であった。
 ゆえにこそ、彼女は父を母を婚約者を、一同を鏖たのである。父が綴って居た様に、世にも猟奇的に、そしてうつくしく!
 自棄に成って事の顛末を綴れば、其れが飛ぶように売れた。
 以来、彼女は名を変え、トリックを変え、犠牲者を変え、数多の屍を生み出し乍ら、世に作品を放って行った。世にも珍しい、作家の殺人鬼の誕生である。
「頭の中で描いた空想が詰まらぬなら、『現実』を綴る丈けですわ」
 現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものである。まるで悪びれぬ様に、影朧は薄く嗤った。けれども、其のかんばせは直ぐに翳り「でも」と重なる低い聲。
「随遊院茫子(ずいゆういん・とうこ)と云う作家を、ご存じかしら?」
 応える聲は、無い。
 其の作家の本を手に取った猟兵は、誰も居なかった。否、手に取れる訳が無いのだ。彼女の本なぞ、此の街の何処にも無いのだから。或いは、もう帝都にすら……。
「ええ、そうでしょうね。だからこそ、わたくしは今日ここに降り立ったのです。傑作をまた書きあげる為に――」
 ちら、と影朧は標的の店『雲水堂』を見遣る。
 彼女の目的は、あくまで小説を綴ること。つまり、殺人は其の手段に過ぎない。否、続く科白を聴く限り八つ当たりも少しは混じって居たのやも知れぬ。
「題名は、そうね。『古書街呪殺行脚』なんて如何かしら。下手人は親の後ろ盾も有り、財もあり、されど才が無い平凡な女。……そんな『わたくし』の、一世一代の大作の“犠牲者”として」
 ――七光を浴びるに値する才を持った彼は、いっとう相応しいでしょう。
 獲物を前に舌なめずりする猫の様に、娘の双眸がおっとりと弧を描いた。肝心の店主と云えば呑気なもので、何事かと窓越しに外の様子を伺って居た。其れがまた、影朧の憎悪を掻き立てるとも知らぬ儘。
 猟兵(めいたんてい)達は銘々得物を構え、残酷なる下手人と対峙する。彼女を斃し、此の地に安寧を齎す為に。

「総て、燃えておしまい」

 万年筆が黒焔を噴き出し、世界を怨嗟で染めて往く。
 莫迦みたいに青い空の下、殺人鬼は高らかに笑聲を轟かせた。


<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
・戦闘章につき、連携が発生する可能性があります。
 単独描写ご希望の方はプレイングに「△」をお願いします。

・プレイングは心情重視でも、戦闘重視でも何方でもOKです。
・ユーベルコードの活性にご協力お願いします。

・ペア参加の際は、失効日を揃えて頂けると幸いです。
・オーバーロードはお好みでどうぞ。

≪受付期間≫
 7月11日(月)8時31分 ~ 7月14日(木)23時59分
花厳・椿
🔴◎☆♯
文を綴る雲水堂の主
とても楽しげ、でも真剣な眼差し
己で誰が読むかもわからないと言いながら、だけどそんな事は気にもとめてなかった
唯、綴る事が楽しいように見えた
椿は何故かその姿を美しいと思ったわ

ねぇ、教えて
彼は言ったわ
「容の無いものにこそ、敢えて容を与えたくなる」と
貴女は容を与えた作品にどんな心を込めたの

「鱗粉転写」
随遊院先生、椿は貴女の心を知りたい
身を焦がし、他を焦がし、全てを灰にしても消えぬ想い

どんなに願っても手の届かない願い
貴女の苦しみ、悲しみ、怒り
椿は…
それが欲しい

羨ましいの
その道行が破滅しかなくても
それでも歩む人の想いが

知りたいの
己の身を焦がす程の情熱を

先生、見せて頂戴
貴女の心を



●こころ写し
 眼前の影朧は自ら事件を引き起こし、其れを書に綴るのだと宣った。
 真なる姿の侭で通りに佇む少女、花厳・椿の金眸が茫子のかんばせと背後に庇う雲水堂――其処から硝子越しに此方を眺める店主の双方を行き来する。
 影朧は、彼こそを屠る心算なのだと云う。
 蝶の化生の眸に映る雲水は、其の名が表わす通り、自由気儘で掴み所の無い存在。だが然し、ひとの怨みを買う様な気性とは思えない。

 文を綴る彼の姿を店で観た。
 纏う雰囲気こそ大層愉し気だが、原稿用紙に注ぐ眼差しは真剣その物。されど、椿の様な童女が聲を掛けたら、厭な貌ひとつ見せずに言葉を返して呉れる。
 何方かと云えば、善人なのだろう。
 己の綴った作品を「誰が読むかもわからない」と宣う彼だけれど、実際はそんな事なぞ気にも留めぬ様子だった。
 筆を持つゆびさきが、原稿用紙に注ぐ眼差しが、少し丸く成った背筋が。――彼の全身が、文を綴ることの愉しさを伝えて居た。
 彼は唯、愉しんで居た丈けなのだ。
 其れなのに、何故だろうか。椿は夢中で創作に励む其の姿を、美しいと思って仕舞った。故にこそ、彼女は影朧の燃え滾る殺意なぞ理解できぬ。

「――ねぇ、教えて」

 真直ぐな眸で茫子のかんばせを射抜き乍ら、椿は静かに問いを編む。
 雲水が原稿用紙に綴った言の葉の羅列が、彼の「楽」を顕して居た。ならば、殺人鬼である前に独りの作家であった彼女は……。
「貴女は、容を与えた作品にどんな心を込めたの」
「可笑しなことを訊きますのね」
 影朧は返事の代わりに、くつくつと鈴音の笑聲を響かせる。其の仕草こそ令嬢然として居るけれど、聲に滲む彩はどろりと昏く冷たい物。
「……彼は言ったわ」
 そんな茫子の反応など意に介さず、椿はぽつりと花唇を震わせる。紡ぐのは、雲水が彼女に寄越したひとつの答え。

『容の無いものにこそ、敢えて容を与えたくなる』

 其れがひとの業なのだと、彼は笑ったのだ。
 けれども、嘗てひとの仔であった影朧と云えば如何だろう。物書きの癖して、そんな業なぞ抱えて居なかったとでも宣う心算か。
「ねえ、随遊院“先生”」
 ふと耳朶を擽った、渇望の響。
 生前には決して得られなかった其の名声に、影朧の双眸が僅か丸みを帯びる。かと思えば、一瞬にして白き頬に朱が差した。
「わたくしの本なぞ、唯の一冊も読んで居ない癖に――」
 悔し気に唇を震わせた影朧の傍ら、ゆらり、影が揺れる。微かに透き通った其れは、他ならぬ彼女の“過去”の姿。
 ゆびさきで握り締めたアイスピック、其の先端を伝う雫は彩褪せて。もう片方の手で引き摺る大繩は、すっかり目が荒れて居る。瀟洒な着物とかんばせに咲く大輪丈けが、痛々しい程に赫い。
 いつかの犯行現場の残滓を掻き集めて練り上げられた彼女は、未来の自身が感じて已まぬ憤りをぶつける様に、椿へと襲い掛かる。
「いいわ、ちょうだい」
 アイスピックの先端が、少女の胸元に沈んだ。荒縄が、細い頸へと絡み付く。口許から、つぅ、と一筋の赫絲が垂れて雪白の躰を穢す。其れでも、うつくしき少女は下手人のかんばせを見つめ、あえかに微笑んだ。
「椿は、貴女の心を知りたい」
 刹那、少女の容が傷口から崩れ往く。
 無残に空いた穴から、或いは縄に触れた所から、一斉に羽搏き始める無数の雪白蝶。其れは影朧が嗾けた過去の幻影を、まるで雪崩の様に呑み込んで往く。
「貴女は、書き続けたいのでしょう」
 崩れた容を補うこともせず、椿はあどけなく頸を傾げた。影朧は唇を引き結んだ侭で、なにも答えを紡が無い。
「……まるで炎みたい」
 影朧が抱く業を、椿はぽつりと評す。身を焦がし、他を焦がし、総てを灰にしても尚、燻ぶり続けて消えぬ想い。
 喩えどんなに希っても栄光は余りに遠く、手を伸ばした所でどうせ、ゆびさきひとつ触れられはしない。故にこそ、茫子は悩み、苦しみ、時には哀しみを募らせて。軈て、怒りの焔に身を焦がした。
「椿は……それが欲しい」
 渇望を語る少女の傍らで、蝶の群れが段々とひとの容を取って往く。其れは先程彼女に襲い掛かった、茫子の過去そのもの。そんな眷属の姿を横目に捉え乍ら、椿はぽつりぽつり、まるで地上に雨を注ぐ様に言葉を落として往く。
「羨ましいの」
 業に身を委ねたら最後、破滅以外に道なぞ無いと識って居る。其れでも我が道を歩む人々の想いの、なんと眩い事か。
「知りたいの」
 総てを灰に帰すと識り乍らも決して消えることの無い、身を焦がす程の情熱とは一体どれ程までに甘美なのであろうか。嗚呼、奪わずには居られない!

「先生、見せて頂戴」

 貴女のこころを――。
 刹那、嘗ての茫子の容を取った蝶たちが影朧へと飛び掛かった。
 殺意に浮かされて狂気を振り回す過去の己から、茫子はただ逃げ惑うばかり。術が解ける迄の僅かな間、術を通じて固く閉ざされた彼女の裡を椿は無理やり覗き込む。
 猟奇殺人鬼たる彼女を突き動かすのは、まるでインクの様にどろりと溶けた想いの残滓。哀しみでも、妬みでも、怒りでも無い、濁った感情。
 ひとはきっと、其れを「絶望」と呼ぶのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子


貴女の書いた作品の一部になる気はありません
ステップを踏むのなら、高らかに歌い上げるなら紙面で踊るより、綴るよりも木の板――舞台の上が良い

そうでしょう?オディール
お前に似合うのは狭い紙面ではなく、大きく羽を広げられる場所だもの

――耳を傾けては駄目、貴女は誰よりも気高い悪の姫君
決してその黒き翼が誰にも汚されない様に、誰にも染まらない様に
貴女の身と心は
舞台上において被害者ではなく、加害者なのだから

さあ
その足は高く、誰にも譲らない気高さで蹴落としなさい

被害者になるなんてこれっぽっちもありません
だって私、無事にお家に帰るんですから
戯言は紙面の上に撒き散らして、洋墨の海に溺れて沈んでくださいな



●踊るファムファタル
「わたくしの創作慾が、此の程度で鎮まると思って?」
 可憐なる影朧は、蝶の群れを宵彩のインクで追い払い乍ら澄まし貌でそう宣う。如何なる疵を負おうとも、壊れた自尊心よりも痛い物などありはせぬ。
「其方がどんな心算だろうと、貴女の作品の一部になる気はありません」
 いま将に影朧が綴らんとする物語『古書街呪殺行脚』は、勇敢なユーベルコヲド使いたちを被害者とした、耽美で猟奇な長編ミステリィ。
 故にこそ、猟奇殺人鬼たる作家の放つ殺気は昏く重い。されど、琴平・琴子は物怖じひとつせず、凛と否定の科白を紡ぐ。
 どうせ「役者」として舞台に立つのなら、紙面よりも木の板の上が良い。
 ステップを踏んで、高らかに歌い上げれば其れ丈けで、世界は思うが儘。凡てが“彼女”に傅くのだから――。
「そうでしょう、オディール」
 刹那、彼女の眼前に顕現するのは夜に濡れた羽を誇る、一羽の黒鳥。
 さる悪女の名を冠した彼女が羽搏くには、紙面は余りにも狭すぎる。もっと伸び伸びと其の見事な翼を見せつけられる様な、スポットライトの下こそ御似合いだ。
「まあ、なんと不吉なのでしょう」
 世にも珍しき彩の白鳥を前に、影朧は態とらしく口許を抑えて見せた。然し其の双眸は愉快気に、にんまりと弧を描くばかり。
「あゝ、黒鳥と云えばこんな小噺がありますのよ。どうぞ、御聞きに成って」
「耳を傾けては駄目」
 紡がれ掛けた猟奇譚を、琴子はよく通る聲を重ねて跳ね除ける。此れ迄は枷であった聲量が、今ばかりは役に立った。
「オディール、貴女は誰よりも気高い悪の姫君」
 宵闇を映した黒は、決して誰にも染まらず、穢されることも無し。偏に其れは、彼女が純然たる「惡」であるからこそ。
「舞台上において、貴女は被害者などではなく――」
 身もこころも真黒に染まった、加害者。其れが此の黒鳥に与えられた“配役”である。彼女を招いた琴子は宛ら“舞台監督”と云うべきか。
 少女が「さあ」と促せば、黒鳥はうつくしき翼を揺らして大空へ舞い上がる。高く、高く、誰にも追従を赦さぬ気高さを裡に抱えた儘で……。
「蹴落としなさい」
「きゃっ」
 急降下した黒鳥に飛び掛かられ、思わず影朧は悲鳴を溢す。そんな彼女の上でバサバサと激しく震わせる黒鳥を遠巻きに眺め乍ら、琴子はぽつりと独り言ちた。
「被害者になる気なんて、これっぽっちもありませんよ。だって私――」
 無事に、お家に帰るんですから。
 改めてそう決意を固くすれば、自然と拳に力が籠る。彼女は未だ長い旅路の果てに訪れる「ハッピィエンド」を諦めてはいない。
「戯言は紙面の上に撒き散らして、洋墨の海に溺れて沈んでくださいな」
 早々に総てを諦めて昏い衝動に身を任せた影朧に冷えた眼差しを注ぎ乍ら、琴子は彼女の愉しみを一蹴する。琴子は悦びの為に戦うのではない。
 いつか帰れる日を夢見て、其の日まで生きる為にこそ、彼女は戦うのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティル・レーヴェ
【桜鈴】◎
芽吹かぬ才に目を背けられ
充てがわれた望まぬ仕合わせ
其処に燻る想いは如何程か

されどその燃ゆる先
苛烈な想い向ける方法が
もっと違う形なら
なんて、其れも勝手なものね
想い押し付けぬ代わり
其の刃は炎は
此処で止めゆこう、雲珠

並び立つ友の
そして縁ある者の齎す先
その助にもなるよう
花を羽をと咲かせ降らせよう
力削ぎ動きを鈍らすこと叶えばと

襲いくる凶器は
幾重と重ねる結界で弾いて
友を仲間を庇いつつ連携を

そうしてもし
転じる生を選ぶなら
其の心が幾許かでも安らかたらんと
桜の友の背を柔く押し
己もまた叶う限りの助力を
此花は燻る炎を烟る想いを
鎮める助けとなるじゃろか

彼女の一世一代の大作
如何なる形とて
其の結びは確と刻んで


雨野・雲珠
【桜鈴】◎

雲水堂さんへの私怨というより、
彼に許され彼女には許されなかった境遇への
怒りや憤りでしょうか
尊厳を傷つけられてずっと怒っておられる…
ああでも、今なお燃え盛る情熱は恐ろしくて美しい

随筆の才があったのかも、とか
…そうですね
被害者の方々がいる以上、
その在り方をよしとすることはできません
行きましょうティルさん



事情を知らない俺が
いたずらに転生を促すだけではきっと届かない
「今はもう、殺さずとも書けるのではないですか」
(※UC発動条件のための問)
…ぬしさま、凝った彼女の心を晴らしてください

因縁のある方がおられるご様子
海へ還すも次の輪へ送るも
最終的なご判断はそちらに委ねます
送る時は桜としてお手伝いを



●花に神鹿
「あゝ、赦せませんわ。あなた方もまた、わたくしの邪魔をするのですね」
 あの時の父の様に……。
 ぞっとする程に冷たい眼差しが、猟兵たちを射抜く。勿論、店の中から此方を伺う雲水堂の店主の貌も。苛立ち混じりに零された影朧の独白には、どろりとした黒い情念が滲んで居て、雨野・雲珠は僅か眉を下げる。
「雲水堂さんへの私怨というより――」
 ちら、と盗み見る先は彼女と同じく雲水堂。其処から此方の様子を眺める、才能と運に愛された男の姿。
 掴み所の無い雲の如くふらふらと生き、さしたる情熱も無くさらさらと物語を綴り、七光の脚光を浴びて見事文壇に降り立った雲水栄之丞は、茫子とは対極の存在である。
 血の滲む様な想いをし乍ら研鑽を重ねなくとも、偉大なる親の威光に其の存在が霞んでも、大の男がぶらぶらしているのは体面が悪いからと、無理やりに店を持たされても――彼は、書き続けることを赦された。
 けれども、彼女は赦されなかった。描き続けて居れば、いつか陽の目を浴びる日が来たかもしれないと云うのに……。物書きとしての茫子の未来を鎖した物は、果たして何だったのか。
 偉大過ぎる父の存在か、重すぎる「随遊院」の名か、才覚に欠けた彼女自身か。或いは“女”と云う身分か。
 長き時が過ぎ去ったいま、雲珠に分るのは唯ひとつの事実丈け。
「尊厳を傷つけられて、あの方はずっと怒っておられる……」
 父から冷たく見放され、どうせ無駄と無理やりに筆を折らされかけ、選りにも依って、己より才のある男を婚約者として宛がわれた。其の時の彼女の心境の凄まじさたるや、推して知るべしであろう。
 ――ああ、でも。
 雲珠の双眸が、苛立たし気に唇を噛み締める娘の姿を捉える。
 万年筆を握り締め、尚もなにかを綴ろうとする其の情念。そして、後世に己が大作を刻まんとする其の執着。まるで、いまも尚燃え上がる焔の様で。
 ――恐ろしくて、美しい。
 少年の傍らに佇むティル・レーヴェもまた、神妙な貌で影朧の姿を見つめて居た。此の影朧は、先程までの怪異とは違う。
 茫子は才が芽吹く前に周囲から目を背けられ、望まぬ仕合わせを宛がわれた“独りの女性”なのだ。
 自身の意思で「特別」を選んだティルには、其処に燻る想いが如何程の熱を孕んで居るのか分かり得ぬ。されど、想わずには居られないのだ。
 まるで戀の焔の如く燃え上がる情熱。
 そして、総てを殺し尽くす程に苛烈な想い。
 其れ等を父や家族や無辜の民へとぶつけて仕舞った茫子だけれど、もしも他の方法を取って居たなら、もっと違う形で情熱を昇華出来たなら。
 ――……なんて、其れも勝手なものね。
 皆まで物語る事はなく、ティルはちいさく息を吐いた。
 鏖さなければきっと、茫子は“妻”と云う鳥籠から終ぞ逃げ出せなかっただろう。望まぬ場所に留められる辛さを、ティルはようく識って居る。
 だから、想いは押し付けない。
 其の代わり、行動で示して見せるのだ。ひとを殺し、其れを綴り、己が慾と尊厳を満たし続ける彼女の行動は、絶対に間違って居ると。
「此処で止めゆこう、雲珠」
「……そうですね」
 迷いなき友の聲に促され、雲珠は静かに頸を縦へと振って見せる。茫子の変容を惜しく想うのは、彼とて同じであった。
 自作自演とは云え、現実を許に構想した物語が飛ぶように売れたのだ。もしや彼女は創作では無く、随筆の才に長けて居たのやも知れぬ。尤も、彼女は其れを喜ばないだろうけれど。其れに、何より。
「被害者の方々がいる以上、その在り方をよしとすることはできません」
 此の『随遊院・茫子』は作家であり、猟奇殺人鬼である。
 頁上丈けでなく、現実でもひとを殺めて仕舞った以上、猟兵たちにとって彼女は斃すべき敵に他ならぬ。
「行きましょう、ティルさん」
 決意を秘めた様な少年の聲に、ティルもまた頷いた。

「ふふふ、あなた方はどんな最期がお好みかしら」
 斬殺、殴殺、扼殺、刺殺、なんでもござれ!
 其の凡てを経験して居る以上、茫子に綴れぬトリックは無し。ひとたび宙に万年筆を走らせたなら、飛び散るインクは過去の彼女へ変わって往く。
「わたくしが華やかにうつくしく彩って差し上げますわ」
「妾の辿り着く先は、此処では無いよ」
 紫丁香花の咲く所こそ、彼女が辿り着くべき場所である故に。
 影朧の科白に頭を振って、ティルは己が翼を拡げる。刹那、ふわりと周囲に舞い散るのは、淡い光に包まれた羽根と白い花弁――。
 気付けば戦場には、白き彼岸花の花畑が広がって居た。
「あら、なかなか粋ではありませんか」
 茫子本人はゆるりと周囲を見回して居るが、“過去の亡霊”は唯インスピレェションを求めて裁縫鋏を振り回し、猟兵たちへと襲い掛かる。
「来るべき瞬間まで、時間は稼いで見せよう」
 ティルは並び立つ友に、そして茫子と縁のあるらしき同胞へ思いを馳せる。もしも彼等が茫子の転生を望むのならば、彼女を「殺人鬼」たらしめるこころの傷を己は癒すとしよう。
 少女の祈りに応えるかの如く降り注ぐ花と羽根は、殺人鬼の亡霊の力を削ぎ、茫子其の物の動きすら鈍らせて往く。
「あゝ、なんてこと。筆が重くて動きませんわ」
 困り果てた様に眉を下げ乍ら、其れでも腕を動かす影朧の姿を観て、雲珠は独り物想う。彼女が狂気に堕ちた事情の片鱗しか識らぬと云うのに、いたずらに転生を促した所で、此の聲は届くのだろうか――。

「今はもう、殺さずとも書けるのではないですか」

 故にこそ少年は、単刀直入にことばを紡いだ。
 シンと静まり返る戦場は、まるで水を打った様。唯、過去の亡霊丈けが狂乱の侭に御髪を、鋏を振り乱して居る。
「――簡単に書ける物なら、屍の山なんて築いて居ませんわ」
 永遠とも思える沈黙の後。
 漸く開かれた影朧の花唇は、冷え切った聲で否定を紡いだ。或る意味で想像通りの答えに、少年は僅かに肩を落とす。
「雲珠!」
 少年に突きつけられた凶器を結界で弾き乍ら、ティルは彼へと視線を注いだ。あどけなさの中に何処か覚悟を秘めた其のかんばせに背を押され、雲珠は彼の神を招ぶ。
「……ぬしさま」
 次の瞬間、彼が背負う箱宮からピョンと飛び出る、角に花を咲かせた神鹿。後悔と贖罪の具現化たる神は、澄んだ眸で雲珠を見つめて居る。
「凝った彼女の心を、晴らしてください」
 其の言葉を聞き届けるや否や、神鹿は茫子の過去たる亡霊の許へと飛び掛かる。固い蹄で圧し掛かられたなら、か弱い亡霊は一溜りも在るまい。
「オホゝゝゝ。見立て殺人のネタは、未だ未だ沢山有りますのよ」
 其れだけの屍を、彼女は重ねてきたのである。
 影朧は気丈にも筆を走らせ続け、過去の己を喚んで居るけれど。きっと、彼女自身も無事では済まないだろう。神鹿は只管に茫子を襲い続ける筈だ。
 彼女が己がこころに素直に成る迄は――。
 鹿の蹄を強かに受け止めて、儚く消えて往く彼女の“過去”を見守れば、ティルの胸中に不図ほろ苦い物が溢れ出す。
 もしも、茫子が転じる生を選ぶなら。此処まで追い詰められて壊れて仕舞った彼女のこころが、幾許かでも安らかであるようにと、そう希わずには居られない。
「此花は、燻る炎を――……烟る想いを、鎮める助けとなるじゃろか」
「俺も送る時は『桜』として、お手伝いをさせて戴きたい所ですが……」

 因縁の時は未だ、遠い。

 茫子を骸の海へと還すのか、其れとも次の輪へ送って遣るのか。総ては同朋達の選択次第である。故にこそ、ふたりは「いま」に全力を注ぎ続けるのだ。
 此の物語(事件)の結びが、どうか悔いの無い物と成るように。
 何より、随遊院茫子の一世一代の大作『古書街呪殺行脚』の結びを、確かに見届ける為に――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宵雛花・十雉
【花鳥】◎

きっと、立派で偉大なお父さんだったんだろうね
それだけに彼女の心の闇も大きくなってしまった
そうだね、周りからの期待に押し潰されてしまったのかな

もしかしたら君にとってお父さんは憧れだったり目標だったのかもしれない
自分の書いた作品を、お父さんに褒めて欲しかったんじゃないかなって…
たぶんオレが君だったらそう思ってた

ごめん
同情はするけど、見過ごすわけにはいかないんだ

げ、元気になるの!?
別に疑ってるわけじゃないけど…
じゃあ一つだけいただきます

本当だ、なんだか力が漲ってきたよ
ちゃんと彼女に届くかって不安だったけど
今なら勇気も出せそうな気がする

鎮魂花
憎悪の炎に焼かれたまま逝って欲しくは無いんだ
幽世蝶の光に身を委ねて
せめてほんの少しでも
君に安らぎがありますように

随遊院茫子さん
オレも彼女の本を読んでみたかったな
覆面なんて無く、楽しんで書いた作品をさ


百鳥・円
【花鳥】◎

偉業を成した芸術家
そんな親を持つ、芸術家の子ですか

わたしには在るべき親、がよく分かりません
全てを理解することは難しいですけれど
重圧に押し潰されてしまうのでしょうか

あなたのことを否定して、お終いにはしませんが
作品への出演を、他人に無理強いてはダメですよ

持参した宝石糖を口にしてドーピングです
ときじのおにーさん、おひとつ如何です?
変な薬物とかじゃあないですけど、元気になりますよ

あらあらまあまあ、恐ろしいこと
おにーさんの周囲の凶器も弾いてみせますよ
亡霊のお姉様方、わたしが相手ですん
ひと思いに刻んで差し上げますよっと

あなたが綴った本を読めたなら、って
お終いになってから思うだなんて、エゴですよね



●子のこころ
 随遊院と云う推理作家はどうやら、偉業を成した芸術家の独りであるらしい。
「――そんな親を持つ、芸術家の子ですか」
 百鳥・円は彩を違えた眸で、眼前に佇む影朧の姿を眺め遣る。親の才覚が子に遺伝せぬ悲劇と云う物は、偶に起こり得る事ではあるけれど。
「きっと、立派で偉大なお父さんだったんだろうね」
 彼女の傍らで其のことばを捉えた宵雛花・十雉は、哀し気に眉を下げて見せる。
 文壇に未来永劫、其の名を刻む偉大なる作家が父であるなんて、きっと一時は誇らしかったに違いないけれど。なまじ同じ路を歩もうとした丈けに、茫子のこころの闇はどんどんと拡がって仕舞った。
「わたしには在るべき親、がよく分かりません」
 故にこそ、影朧の抱いていた苦しみの総てを円は理解し得ない。彼女の父が娘へ如何接するべきだったのかも、彼女が父に何を求めて居たのかさえ、正直よく分からなかった。「けれども」ぽつり、と円が花唇から言の葉を落とす。
「……重圧に、押し潰されてしまうのでしょうか」
 彼女の聲を拾い上げた十雉は、「そうだね」と口許に苦い笑みを湛え乍ら首肯ひとつ。彼自身、家族――特に父には負い目の様な物を背負って生きて来たのだ。故にこそ、茫子が生前に抱いて居た痛みは察するに余りある。
「周りからの期待に押し潰されてしまったのかな」
 青年は夕陽彩の双眸を、静に影朧の乙女へ向けた。猟奇殺人鬼である丈けに、彼女の放つ殺気は紛れも無く本物だ。裏を返せば、其れ丈け彼女は創作に情熱を注いで居たと云う事。
「――もしかしたら」
 十雉が不図、口を開く。茫子は何も言わぬ儘、小さく頸を傾げて見せた。円の彩違いの眸もまた、彼へ注目する。
「君にとってお父さんは、憧れや目標だったのかもしれないね」
「父はわたくしが到達すべき中間地点であり、超えるべき壁でもありましたわ」
 意外なほど素直に帰って来た答えに「それだけじゃないんだ」と、十雉は頭を振って見せる。彼女が抱いている疵は、もっと根源的な物である筈だ。
「君は自分の書いた作品を、お父さんに褒めて欲しかったんじゃないかなって……」
 遠慮がちに紡がれた其の推論に、影朧は暫し沈黙した。
 父への憎悪に染まり過ぎた彼女は、そんなこと考えもしなかったのだろう。まるで彼の科白に戸惑い、其の意図を解こうとする様に、双眸がゆらりと揺れる。
「……わたくしが、父に?」
「たぶん、オレが君だったらそう思うからさ」
 申し訳なさそうに眉を下げて笑い乍ら、十雉は得物を握る手に力を籠める。「ごめん」と紡ぐ理由は彼女を困惑させた事に対してではなく――。
「同情はするけど、見過ごすわけにはいかないんだ」
「あなたのことを否定して、お終いにはしませんが……」
 円もまた、此れから起こる荒事に供えて翼を大きく広げて見せる。悲願を叶える為、或いは慾を満たす為に、己が綴った作品へ他人を無理やり出演させるなんて赦せない。彼女の作品に出演することは、即ち「死」を意味するのだから。
「……あなた方とて、疾うに御分りでしょう」
 自身に理解を示して見せる猟兵たちに、影朧の乙女は靜に頭を振った。醒めた聲が響くと同時、赫き眸がつぅと細くなる。

「わたくし、聴き分けの好い女ではありませんのよ」

 駄々を捏ねる代わりに家族を鏖した娘は、宙につらつらと駄文を綴り始めた。するとみるみる内に、闇彩のインクが彼女と似た容を取って往く。其の様を眺め乍ら、円は宝石糖を口へひょいと運んだのち、からころと舐め転がす。
「ときじのおにーさん、おひとつ如何です?」
 煌く其れが入った小瓶を揺らし乍ら「元気になりますよ」なんて、娘が無邪気に笑えば十雉は思わず眸を瞬かせた。
「げ、元気になるの!?」
 疑って居る訳では無いが、俄かに信じ難い噺である。薬物なんかじゃないと駄目押しされたなら、青年は遠慮がちに彼女に向けて手を差しだして見せた。
「じゃあ、一つだけいただきます」
「はい、どうぞ」
 ころり、掌上に転がる輝石。其れを口へと放り込めば優しい甘さがじわりと拡がり、躰のなかにゆるりと浸透して行く。
「……本当だ、なんだか力が漲ってきたよ」
 其れに加えて、こころが安らいだ様な心地がするのは気の所為では有るまい。
「今なら、勇気も出せそうな気がする」
 宝石糖の甘さはすっかり、彼の緊張を解して呉れた様だ。此れから紡がんとする想いが、祈りが、彼女に届くか不安であったけれど。いまは只、「やるしかない」と想えて来る。
「お望みの最期がありましたら仰って、わたくしが再現してさしあげますわ」
 他方、既に業を編み終わった影朧の周囲には、血に塗れた亡霊――彼女の過去たち――が群れを成して居た。其のどれもが、赤い雫が滴る凶器を握り締めて居る始末。
「あらあらまあまあ、恐ろしいこと」
 醒めた聲でそう紡いだ円は、黒き翼を羽搏かせて空へ舞い上がった。刹那、過去の亡霊たちは一斉に猟兵たちへ飛び掛かる。
 刃物、鈍器、縄、様々な凶器が次々に突きつけられてゆくけれど、円は其れ等を軽く鋭い爪で往なす。不図、術を編む為に精神を統一させる十雉へ向けられる凶刃を視界に捉えれば、地上へ急降下して勢いの侭に物騒な凶器を爪先で蹴り飛ばす。
「亡霊のお姉様方、わたしが相手ですん。ひと思いに刻んで差し上げますよっと」
 夢魔の娘が躍る様にくるりと回れば、気高き翼が、鋭利な爪先が、亡霊たちの白肌を裂き、その朧な容を掻き消して行く。
「わたくしの綴ったトリックは、此れっぽっちじゃ有りませんわ」
 自身の過去が斃されようともせせら嗤い、宙へと再び筆を走らせようとする茫子。そんな彼女に不図、纏わりつく蒼い煌き。
「憎悪の炎に焼かれたまま逝って欲しくは無いんだ」
 其れは、何処か父の温かさを思わせる幽世蝶たちの群れ。彼等は影朧のこころに刻まれた疵を癒すかの様に、彼女の周囲を飛び回る。
「あゝ、執筆の邪魔ですわ。あっちへお往き!」
 自身に絶望を与えた者と似た気配を聡く感じ取ったのか、茫子は万年筆を振り乱し蝶の群れを追い払おうとするけれど、彼等は決して其の場から動こうとはしない。
「せめて、ほんの少しでも。君に安らぎがありますように――」
 未だ憎悪にこころを燃やした侭の影朧を見つめ乍ら、十雉は靜に祈りを紡ぐ。
 総てを呪い、悔恨と殺意を抱き続けた儘で死んで往くなんて、余りにも救われない。彼女も嘗ては夢見る少女であったのだから、二度目の生の最期くらいは優しい光に包まれ乍ら送られても良い筈だ。
「……あなたが綴った本を読めたなら、って。お終いになってから思うだなんて、エゴですよね」
「オレも、彼女の本を読んでみたかったな。覆面なんて無く、楽しんで書いた作品をさ」
 ふたりの猟兵は、終ぞ巡り会えなかった彼女の著作に想いを馳せる。
 非才と謳われた本来の彼女が如何なるミステリを綴ったのか。そして、犯人に如何なる動機を語らせ、どのようなトリックを編み出したのか。
 総ては、本人のみぞ識る事である。

「随遊院、茫子さん」

 一音一音にまごころを籠め乍ら、十雉は唇から其の名をゆるりと紡ぐ。
 喩え彼女が綴った文字を追うことが出来なくとも、其の平凡な作家の名は彼のこころに深く刻まれた事だろう。
 まるで、消えぬ疵の様に……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイラ・ピスキウム
◎△
真の姿へ
姿形は
神々しさと禍々しさを綯い交ぜた
月の獣と鴉の悪魔を模した合いの子

今回ばかりは
『俺』が出てこないとな
『僕』って奴は女が絡むと極端に弱えからよ

くははっ
人殺す奴ってのは
やっぱ可愛い顔してねえとな
そそるねえ、そのイカれた目
命だろうが名声だろうが
何事も"奪う"のは最高だよな

俺も其方側を羨望するが
生憎、欲望に忠実なんだわ
"知識欲"――これを満たせるのは綴手唯一人
奪う側か標的か
何方か選べと迫られたら『標的』一択だろ
これから先も安定して"娯楽"を生み出し続けてくれる存在の方が良いに決まってる

さあて、お前の悪夢
どんな物だろうな?
積み上げたものを崩された時の絶望か
自尊心を踏み躙られた屈辱か
それとも葬った者の怨念か

可愛い聲で啼いてくれるのなら本望だ
余裕綽々のその顔が
恐怖で歪んでいく様
それが最も可憐で美しい
――そうは思わねえか?



●夜の申し仔
「まだ、まだ、筆を折るには至りませんわよ」
 猟兵達に仮初のいのちを削られて尚、一向に闘志を折る気配を見せぬ影朧の乙女。彼女と対峙した刹那、レイラ・ピスキウムの姿は暫しの間、宵闇を思わせる濃霧へ包まれる。
「今回ばかりは『俺』が出てこないとな」
 軈て現わした其の容は、異形そのもの――。
 背に立派な翼を生やし、華奢な腕と足を彩るのは黒い毛皮と鋭い爪。神々しさと禍々しさが綯交ぜと成った其れは、月の獣と鴉の悪魔を模した合いの仔の容である。
「『僕』って奴は、女が絡むと極端に弱えからよ」
「あらあら、珍しいこと。真坂、名探偵の側が多重人格者だなんて!」
 其の一言で彼の事情を聡く察した茫子が、からからと楽し気な笑聲を響かせる。
 多重人格の殺人鬼ならば、何処ぞの博士が最たる物。されど、謎を解き明かさんとする者が其れであるケェスは稀である。故にこそ、娘の眸にきらりと星が瞬いた。
 愛らしい脳髄のなか、創作意欲を掻き立てられて興奮を隠さぬ彼女のかんばせを眺め乍ら、レイラは独り肩を震わせる。
「……くははっ」
「わたくしの貌に、なにか付いていて?」
 軈て抑えきれぬ笑聲を溢した彼に、影朧は胡乱気な眼差しを注いだ。「いや」と答えるレイラの眸は、まるで値踏みをする様に彼女を見つめ返して居る。
「人殺す奴ってのはやっぱ、可愛い顔してねえとな」
「……誉め言葉として受け取っておきますわ」
 興奮に煌いて居た茫子の眸が、ふ、と醒める。殺気を孕んだ凍り付く様な眼差しが、レイラの華奢な躰を鋭く貫いた。其れがまた彼の嗜虐心を煽り立て、レイラはくくと喉を鳴らす。嗚呼、其れが「命」だろうと「名声」だろうと。
「――何事も"奪う"のは最高だよな」
「確かにわたくしは、此れ迄に数多の屍を築いてきましたけれど。でも、それ以上に多くの芸術トリックを生み出してきましたのよ」
 自身は『奪う者』では無い、と。此の期に及んでそう頸を振る影朧へ向けて、レイラは態とらしく眉を下げて見せた。
「願わくば俺も其方側を羨望するが……。生憎、欲望に忠実なんだわ」
 彼を突き動かす其れは、他ならぬ"知識欲"である。そして、其の慾を満たせるのは綴手、唯独りであるが故。
 奪う側と成るか、標的を獲るか――。
 其の何方かを選べと迫られたなら、迷うことなく『標的』を選ぶに決まって居る。何せ彼にとって『標的』は、此れから先も安定して“娯楽"を生み出し続けてくれる存在なのだから。
「さあて――」
 愉し気な聲をひとつ落とせば、風も無いのにはらり、彼の腕に抱えられた魔導書のが独りでに捲られて行く。はためく頁に誘われて其の場へ招かれるのは、夜の申し子であり夢の支配者たる神――悪夢の怪物ポベートール
「お前の悪夢、どんな物だろうな?」
 にぃ、とレイラが口端を吊り上げると同時、怪物の眸がぎぃと開眼する。数多の其れが射抜くのは、愛らしき影朧のかんばせだ。
「あゝ、わたくしの前で撚りにも依って他の本を捲るだなんて――」
 こころの裡まで見抜くような其の視線にぞくりと鳥肌を立たせた物の、燃え上がる嫉妬の焔は未だ消えぬ。茫子は狂おし気に胸を掻き毟り乍ら、宙に万年筆を走らせた。瞬く間に容を得た呪言が、レイラと怪物に襲い掛かる。
「おいおい、勘違いするなよ」
 いまから綴るのは、『お前』の悪夢だ――。
 彼がそんな科白を零すと同時、怪物は素早く呪言を躱し実体の無い霧の様な躰で茫子の姿を包み込む。
「……ッ!」
 影朧が聲に成らぬ悲鳴を上げたのは、生理的な不快感丈けに非ず。怪物はいま、彼女が過去に抱いたトラウマを其の脳裏に再生させて居るのだ。
 茫子の脳裏に流れ込む悪夢は、果たして如何なるものであろうか。
 積み上げたものを父の一言によって呆気無く崩された時の絶望か。或いは、望まぬ縁談を宛がわれ、自尊心を踏み躙られた時に感じた屈辱か。もしかしたら、葬った者の怨念に囚われる事もあるだろうか。
 かんばせを引き攣らせる影朧を眺め乍ら、レイラは嗤う。嗚呼、可愛い聲で啼いておくれ。追い詰められた鼠の癖に余裕綽々だった其の貌がいま、恐怖に歪んで居る。
 そう、其の表情こそ、最も可憐でうつくしい。

 ――そうは思わねえか?

 誰にともなく囁いた科白は、甲高い悲鳴に呑み込まれて往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨絡・環
【雲蜘蛛】◎

あらあら、ま
『現実は小説よりも奇なり』
確かに申しますけれども
貴方様の其は『現実』への敗北宣言のように聞こえますよ
原稿用紙の上では
現実など容易く超えてしまえるのが作家様ではありませんの

アルフィードさん
人殺めるを楽しくはないと言い乍ら
其を生業にするあなた
本当に、不思議な方

そうですね、
彼と貴女様の差はほんの一部
才と機と原稿用紙に向かう姿勢
でもわたくし、貴女がすきよ

折角のお話を生み出すその白手を
己が尊厳のため紅に染めたこと
化生は否とは申しませぬ
惨くうつくしく
親を婚約者をも討てる程に煮えたつ欲
まさに人たればこそ、ですもの
大変に愛らしいわ

アルフィードさん、
あなたこそ、その才覚あれば何にでも成れそうですのに
あらあら
まずお料理がお上手でしょう?
お裁縫も達者、
手先もとても器用です
指ひとつひとつ折りては挙げて
ほほ、それは良う御座いました

六条
我々が暫しお相手仕りましょう
みすてりの犯行には度々、
予想外の展開や邪魔が付き物でしょう?
さあ、この後はどう綴りますか
あなたという作品をもっと好く魅せて下さいな


アルフィード・クローフィ
【雲蜘蛛】◎

んー、俺は物書さんじゃないから良くわからないけど
折角、書く事が出来るのに勿体無いな
誰にも評価されない?父親に認められない?
そんなの良くある事でしょ?
有名な作家さんだって昔は無名。
一冊目から傑作なんて書けるのは一握り
だからこそ書いて書いて書き続ける
人に何を言われようが駄作だと言われようが
それが自分が作った物語だもの

ねぇ?君は自分が書いた物語に愛は無いの?
愛してたから悔しいでしょ?認めてほしかったんでしょ?
でも今の君は物書じゃないよ
ただの恨みを事をいう人殺しになるだけ
それって楽しい?人殺しって楽しくは無いよ?
でもそれを物語にして書くのは楽しそうだよね
環ちゃんは君が好きだって
俺はんー、尊敬するよ?
だってこの紙の世界では君は神様だもの。君が作る世界が全てだから
それを作り出せる君を尊敬はする

ん?俺は…何が出来るかな?
わぁ!そんなに沢山!
ふふっ、ありがとう!
いつも環ちゃんに勇気もらえるなぁ

でもやっぱり人殺しは駄作だね
死神の導き
さぁ、君の嫉妬や哀しみは地獄へ持っていちゃおうね!



●其の生き様
「あゝ、わたくしが積み上げて来た屍と物語が、歯牙にも掛けられないなんて」
 影朧の乙女――茫子は袖でかんばせを覆い乍ら、大仰に嘆いて見せる。彼女が編む術は悉く猟兵名探偵たちに破られて、其のちっぽけな自尊心は襤褸襤褸だ。
「未だ、終われませんわ。わたくしが積み上げた現実トリックは、虚構すらも超えて往くのですもの。だって、」
 現実は小説よりも奇なり、と云うでしょう――。
 茫子が愛らしいかんばせにうっそりと笑みを湛えれば、雨絡・環は「あらあら」と小首を傾げて不思議貌。其の眼差しは、何か言いたげに乙女の姿を眺めて居る。
「ま、確かにそうは申しますけれども……」
 ぞっとする程にうつくしい貌に、環もまたうっそりと微笑を咲かせた。花唇から零れ落ちる艶やかな聲は、敢えてことばを選ばずに。
「貴方様の其は『現実』への“敗北宣言”のように聞こえますよ」
「――敗北宣言、ですって」
 ぱっちりと見開かれた影朧の双眸に不図、昏い影が落ちた。
 されど女妖はそんなこと等お構いなし、低い聲で反芻された科白に「ええ」と頷き返せば、反対側へと頸を傾げて見せる。
「原稿用紙の上では現実など容易く超えてしまえるのが、作家様ではありませんの」
 あゝ、空想の世界でこそ“ひと”は解き放たれると云うのに――!
 眼前の影朧は、現実と向き合うことを辞めたのでは無い。作家の唯一の友たる『原稿用紙』と向き合うことを、辞めて仕舞ったのだ。
 環の傍らで得物を構えるアルフィード・クローフィもまた、「んー」とふたりの会話を咀嚼する素振りを見せる。軈て眉を下げ乍ら出した結論は、斯う。
「俺は物書さんじゃないから良くわからないけど、折角『書く事』が出来るのに勿体無いな」
「わたくしは父にすら見放されたのです。其の名に此れ以上、泥を塗るなと――。そんなわたくしの才を、貴方は勿体ないと仰って?」
「そんなの、良くある事でしょ?」
 アルフィードは、彼女が特別非才であるとは思わない。
 元を辿れば歴史に名を遺す様な文豪とて、最初は“無名”から始まったのだ。なかには、一冊目から傑作を書いて見せた雲水堂の店主の如き変わり種も居るだろうけれど。其れだって、ほんの一部の噺であろう。
 文壇と云う舞台ステェジに上がった以上、喩え人に何か言われようが、「駄作」と莫迦にされようが、作家は物語を書き続けるほか無い。
 自身が生み出した作品が次こそ、眩い脚光を浴びる事を希い乍ら――。
「ねぇ、君は自分が書いた物語に愛は無いの?」
 愛らしいかんばせを隻眼で見つめるアルフィードから放たれる、真直ぐな問。されど、茫子は唇をぎりと噛み締め何も答えはしない。
「愛してたから悔しいんでしょ、認めてほしかったんでしょ?」
 そうでなければ、自身から“創作”と云う悦びを――なにより、“作家”としての未来を奪おうとした父を、家族を鏖たりはしないだろう。彼女の境遇に一定の理解を示す傍ら、青年は「でも」と低い聲を落とす。
「今の君は『物書き』じゃないよ」
 しん、と水を打った様に戦場が静まり返った。
 影朧の頰に僅か朱彩が差したのは、自身の肩書を真直ぐに否定された所以か。とはいえ其れは、彼女の本質を突く唯ひとつの真理。“創作”と云う自らの愉しみの為に策を巡らせ、ひとを陥れ、児戯の様にいのちを奪う。
 ひとは其れを、斯う呼ぶのだ。

「『殺人鬼ひとごろし』」

「いえ、いえ。わたくしは猟奇作家ですわ。数多のトリックを現実に顕現させ、文壇を騒がせた――……」
 真実を突きつける様に響いた科白に、茫子は激しく頭を振った。そんな彼女を観乍ら、アルフィードは不思議そうに頸を捻る。
「それって楽しかった? 人殺しって楽しくは無いよ?」
 殺しを生業とする彼がそんな科白を放ったものだから、環の視線は端正な其の貌へと注がれる。影朧の凶行を諭す訳でもなく、純粋に疑問を感じている様な響き。
 ――本当に、不思議な方。
 冷めているようで居て、何処か無邪気さを感じさせる彼は、将に掴み所のない雲の様。女妖の裡で自身への興味が膨らみ掛けて居る事など露知らず、アルフィードは明るい響きでことばを重ねて往く。
「まあでも、それを物語にして書くのは楽しそうだよね」
「そうですね、彼と貴女様の差はほんの一部……」
 ちら、と眺め遣るのは影朧の白きかんばせ。
 彼女は彼ほどの才にも、機運にも恵まれて居なかった。故にこそ、猟奇殺人鬼へと成り果てて仕舞ったけれど――。

「わたくし、貴女がすきよ」

 美しく微笑み乍ら告げられた好意に、影朧の眸が一瞬円く成る。
 環もまた、彼女の凶行にひとつの意義を見出して居たのだ。
「その白手を己が尊厳のため紅に染めたこと、化生は否とは申しませぬ」
 物語を綴る為に在った筈の手は、数多のひとの血ですっかりと穢れて仕舞った。親を、婚約者を、関係者一同を鏖して仕舞うほどに、どろりと胸中で煮え立つ慾。
 其れは惨くも、うつくしく――。
「まさに“人たればこそ”ですもの。大変に愛らしいわ」
「ふふ、環ちゃんは君が好きだって。俺は……んー、尊敬するよ?」
 アルフィードは暫し思案する様な素振りを見せたのち、影朧其の物には一応の敬意を払う。されど、影朧に喜ぶ様子は無い。
「わたくしを否定しておいて、なにを今更」
 つらつら万年筆を動かし呪言を宙へ綴ったならば、原稿用紙と共に容を得た文字を青年へと嗾ける。当のアルフィードは涼しい貌で呪言を避けて見せ、はためく白紙をゆびさきで掴み止めた。
「だって此の紙上の世界では、君は“神様”だもの」
 白紙を洋墨で埋めて、無から物語を生み出す者こそ、紙上が世界の総て。云うが容易き其れは、決して誰にでも出来る所業では無い故に――。
「それを作り出せる君を、尊敬はする」
「まあ、アルフィードさん」
 真剣な貌でそう語る彼に堪らず聲を掛けるのは、環である。否定を孕んだ其の響に青年は「ん?」と頸を傾けた。
「あなたこそ、その才覚あれば何にでも成れそうですのに」
「……何が出来るかな?」
「あらあら、まずお料理がお上手でしょう。それにお裁縫も達者、手先もとても器用です」
「わぁ、そんなに沢山!」
 白く繊細なゆびさきをひとつ、ふたつ、ゆるりと折り乍ら数える女妖は何処かあどけない。そんな彼女のことばを聴き届け、隻眼を煌めかせる青年もまた――。
「ふふっ、ありがとう! 環ちゃんにはいつも、勇気もらえるなぁ」
「ほほ、それは良う御座いました」
 朋と温かく笑み合えば、自然と裡から力が湧いて来る。其れはひとも、化生とて同じこと。アルフィードは掴んだ白紙にそうと手を掛け、力を籠めた。
「やっぱり、人殺しこれは駄作だね」
 びり、と儚い音が響くと共に裂かれる白紙の原稿用紙。影朧は其れを冷えた眼差しで見つめ乍ら、宙に筆を走らせて居た。
「いいえ、此れから傑作に成りますのよ」
 あなたがたの血を以て――!
 僅かに熱を帯びた聲が響くと同時、再び容を得た呪言がふたりの許へと飛び掛かる。されど、其れを遮る様に現れる黒衣の人型――地獄からの使者――。
「さぁ、君の嫉妬や哀しみは地獄へ持っていっちゃおうね!」
 呪言を跳ね除けると同時、影朧の乙女に死者が与えるのは“死の宣告”。視えぬ何かにいのちを削られる様な感覚に、ぐらりと茫子の躰が薙いだ。
「みすてりの犯行には度々、予想外の展開や邪魔が付き物でしょう?」
 女妖は決して其の隙を見逃さぬ。
 嘗て喰らった犠牲者かわいいひと達を戦場に招いたなら、武装した彼らを嗾けた。太刀や薙刀が振るわれる度、影朧の白肌に咲き乱れる赫き花。
「――さあ、この後はどう綴りますか」
 うっそりと微笑む女妖は、僅かな期待を孕み乍らそんな科白を編んで往く。影朧は未だ、万年筆を握り締めた儘だ。
 こんな時でも筆を手放さぬとは、全く見上げた根性であること……。 
随遊院・茫子あなたという“作品”を、もっと好く魅せて下さいな」
 艶やかな聲に応える様に、洋墨が宙を舞った。
 彼女の物語は、もう少しだけ続く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

稿・綴子
【推理遊戯】◎♯
然様!吾輩は糞爺の遺品「原稿用紙」が正体よ

UC父作犯人嗾ける
「貴様の越えられぬ壁である!さァさァ抗え逆らえ」
亡霊もろともあっさり炎に
「やはりアイデア枯渇で魅力に欠けた犯人、弱いな」

真の姿発動:顔が無地の原稿用紙

はとりに本体チラ見せ
「なぁに此さえ無事なら死なぬわ」
ただ依頼人が出過ぎると被害者が定石
守護受け入れ
茫子初期作品犯人で応戦
綴子に似た姿
だが動機トリック破綻で奇をてらっただけの駄作

「吾輩は糞爺のインクをもらえず化けた謂わば同類
自作自演の人殺しはしなかったがよ
殺人事件を観測し蒐集する同じ穴の狢よ」

「なァ茫子
吾輩にインクを入れてくれ給えよ
本質が変る?それはそれ」

本体原稿用紙晒し待ち構える
殺されそうになっても探偵はとりくんがなんとかしてくれる

「無地であるから綴りたい、それが作家であろう?」
雲水見て嗤いインク受け入れ
茫子の彼岸花の髪飾りとり自分のと変える
「これはやらぬ、吾輩のもの」あっかんべー
「だが吾輩に宿るなら、茫子、貴様のものでもある」
抱きしめ貫く
一瞬真の姿の顔が茫子になる


柊・はとり
【推理遊戯】◎#
長々と動機語りご苦労さん
あんたが凡作量産機な由縁は
よーく解った

こら依頼人
犯人を挑発するのはご法度…
あー言わんこっちゃない!
庇おうと手を伸ばすも不得手な炎に阻まれ
おいまさか…本当に死んじゃいないよな

ヒヤヒヤさせんな…
あんたまで俺の疵になる気かよ
…さて解決編だ
と言っても今回の俺は『脇役』だがね

綴子が奴と話す間
盾となり時間稼ぎに徹する
…こいつらが娯楽として浪費する『事件』は
俺にとっては死んでも纏わりつく現実だ
そりゃ快くは思わねえよ

ムカつく
ムカつくがな
俺の依頼人は少なくとも
クソつまらん理由で殺人はしてない
何千何万と消費される『被害者』が
命賭けて護るには充分すぎる『主役』だろ

茫子、綴子
お前らの夢想する名探偵になんか
俺はなってやらない
UC発動
小説を茫子にぶん投げる
俺が死ぬ前に決着つけろよな

事実は小説より奇なり…確かにな
だから俺が『盗作』してやったよ
あんたらの描く結末は
その本の中に全て書いてある
探偵も被害者も犯人も要らない
最新鋭の傑作ミステリだ

ネタバレは厳禁だったな
自分で確かめな
大先生



●一ツの完結
 影朧――随遊院茫子が語る半生は、彼女が綴った小説『斜陽の宴』の答え合わせ。
 犯人フーダニットは、随遊院が娘“茫子”。
 動機ワイダニットは将来を鎖され、己が尊厳を傷つけられた私怨。
 凶器ハウダニットは、触れたもの手当たり次第。
 とはいえそんなことなぞ疾うに、高校生探偵『柊・はとり』には総て御見通しだ。なにせ彼に、解けぬ謎など無いのだから。
「……長々と動機語りご苦労さん」
 今更種明かしされた所でなんの感慨もわかぬと云わんばかり、眼鏡の奥の醒めた眸が愛らしきかんばせを射抜く。
「あんたが凡作量産機な由縁は、よーく解った」
 児戯の如き謎掛けに付き合わされた身としては、嫌みのひとつも口を突いて出て来ようと云うもの。他方の茫子と云えば、幾ら棘のある聲に刺されようとも何処吹く風と涼しい貌。
「名探偵ならもう少し犯人に寄り添うものですわ。それも、犯人がとびきりの美人ならば猶のこと」
 ね、そうでしょう、なんて。
 つらつらと戯れる茫子の眸は然し、彼の傍らに悠然と佇む娘――稿・綴子のかんばせへと注がれて居る。
「……あなた、以前に何処かでお逢いしました?」
「然様!」
 問われた綴子の金眸はぎらりと煌めき、獰猛な眼差しが売れない作家の御尊顔をしげしげと拝み遣る。にんまりと三日月を描く花唇から零れ落ちるは、可憐な容貌に似つかわぬ不遜な聲。
「吾輩は糞爺の遺品“原稿用紙”が正体よ」
「あゝ、あの未完の……」
 不躾な視線に眉を顰めて居た影朧のかんばせから、すぅ、と表情が抜けて往く。其れは余りにも荒唐無稽な言い分であったが、ひとの理から外れた彼女は其れを直ぐに受け止めたらしい。それもその筈、あの殺戮の現場に何が置かれていたかなぞ、彼女が一番ようく識って居るのだから。
「今更乍らに目撃者が現れるなんて、如何な巡り会わせでしょう」
「因果応報、或いは――『年貢の収め時おやくそく』と云う奴よ」
 此れが推理小説ミステリであったのなら、何と惨憺たる出来映えか!
 嘆き、或いは嘲ったのは、一体何方であったのだろう。少なくとも先に物語ったのは、綴子の方であった。
 可愛らしい頭に詰め込んだ蒐集品のなかから招いてみせたのは、若き乙女ばかりを狙い、世にもうつくしい死体を作り出す殺人鬼。此の影朧と対峙させるには御誂え向きの怪人である。標的たる茫子は別嬪であるし、何より彼は――。
「貴様の越えられぬ壁である!」
 高名な方の随遊院が綴った耽美なる推理小説、其の犯人なのだから。
 其の作品『月影の遊戯』は、はとりが雲水堂の店主から寄越された本とは異なるもの。何せ此れは彼の晩年の作品であり、過激な内容から玄人向けとされているのだ。
 尤も、此れを手にした同胞も居たかも知れないが――。
「さァさァ、抗え逆らえ」
「こら、依頼人」
 とはいえ、茫子にとっては馴染みの深すぎる存在である。眸を見開く彼女の姿を視界に収めるや否や、煽る様にげてげてと嗤う綴子をはとりはぴしゃりと窘める。
「犯人を挑発するのはご法度――……」
 一時、遅かった。
 影朧が宙に綴り容を与えた“恨み辛み”が死体を彩る殺人鬼と、最初から避ける気の無かった綴子を貫いた。次いで飛んで来るのは、洋墨で黒く染まった原稿用紙。それがふたりを覆った刹那、怨念を火種としてふたりの躰は赫々と燃えあがる。
「やはりアイデア枯渇で魅力に欠けた犯人、弱いな」
「あー、言わんこっちゃない!」
 どろどろと蝋人形の様に溶けて往く殺人鬼の亡霊には目も呉れず、依頼人からせめて火種を引き剥がそうと、はとりは綴子の燃え盛る躰へと手を伸ばす。
 されど、飛んで来る火の粉が其れを阻んだ。
 否! 正しくは未だ機能している彼の生存本能が、それを拒んだのだ。
 蹈鞴を踏む少年探偵の前、綴子の愛らしいかんばせがどろりと溶けて往く。まるでのっぺらぼうの様になったその貌には、よくよく見ると桝目が引かれて居た。それが四〇〇字詰めであることは、火を見るよりも明らかである。
「おい、まさか……」
 本当に死んだ訳ではあるまいか。
 厭な予感に冷や汗がたらりと一筋、彼の背中を流れて落ちた――刹那。げてげて、奇怪で聞覚えのある笑聲が、彼の不安をいとも容易く拭い去る。
「なぁに、此さえ無事なら死なぬわ」
「ヒヤヒヤさせんな……」
 己が本体たる原稿用紙を懐からチラリと見せる綴子の姿に、はとりは大きく溜息を吐いた。此れが安堵のそれか、或いは呆れのそれか考察するのは後に回すとしよう。
「あんたまで俺の疵になる気かよ」
 娘の四〇〇字詰めの貌には表情なぞ無いのに、なぜか嗤って居ることは分かる。その様に「やれやれ」と頭を振る少年は、すっかり何時もの調子を取り戻して居た。
 依頼人の無事は、探偵にとって何よりの誉れであるが故に。
 とはいえ、炎に包まれた躰を其の儘にしておくのも寝覚めが悪い。はとりが氷の大剣を彼女に向けて軽く振えば、冬風が華奢な躰を包む炎を追い払った。
「あんたは少し下がれ、依頼人」
「ふむ、依頼人が出過ぎると被害者に降格するは定石か」
 自身を護る様に前へ歩み出た名探偵の背に、綴子はそそくさと身を隠す。聞き分けの良い彼女をちらりと振り返った後、はとりはくいと指先で眼鏡を持ち上げた。

「さて、解決編だ」

 茫子が綴り、綴子が語る。
 戦線はその繰り返し、辛抱強くふたりの戯れに付き合うのは名探偵――と云っても今回は『脇役』に甘んじて居るのだが――はとりである。
「ほうら、これも覚えが有るであろう?」
 茫子が綴る呪言に有り丈の支援を籠めれば、綴子再び推理小説の犯人を喚び応戦する。綴子に似た彼女は、茫子が初期に綴った推理小説の真犯人。
「あゝ、ほんとうに忌々しい……!」
 それを目にした著者が悔し気に唇を噛み締めるのは、其の作品が紛れも無い駄作であるから。猟奇的な動機と破綻したトリックで幾ら奇をてらった所で、読者の目は欺けぬ。
 茫子が苛立たし気に火種の原稿用紙を放り投げれば、盾と成ったはとりが其れをコキュートスの大剣で両断し、ただの紙切れに変えて往く。
「吾輩は糞爺のインクをもらえず化けた、謂わばお前と同類。尤も、自作自演の人殺しはしなかったがよ」
 其れを横目に視乍ら、綴子はつらつらと花唇を動かして科白を編む。彼女が自らの綴手が仇である茫子に抱くのは、何処かシンパシィにも似た感情。
「殺人事件を観測し蒐集する点では――……茫子、我ら同じ穴の狢よ」
「おだまりなさい、此の“未完の傑作できそこない”が!」
 茫子が宙に綴った魂籠めた慟哭が、コキュートスの一閃であえかに散らばって往く。読み解かれもせず破り棄てられる言の葉を前に、影朧は血が出る程に唇を噛み締めて居た。其れを観乍ら、はとりもまたぎりと奥歯を噛み締める。
 ――……ムカつく。
 綴子も茫子も、『殺人事件』を“娯楽”として浪費して居る点では同類だ。
 此の身に文字通りの意味で“死んでも纏わりつく現実”を、そんな風に面白可笑しく茶化されるのは正直、快い気分はしない。
「ムカつくが、な――」
 憎悪を籠めて放たれた呪言を切り捨て乍ら、名探偵はレンズの奥の眸で静かに何処か似た雰囲気を纏うふたりの乙女を見比べた。片や憤り、片や修羅場を愉しんで居る彼女たちは、確かに同類ではあるだろうが。
「俺の依頼人は少なくとも、クソつまらん理由で殺人はしてない」
 例えば情の縺れだとか、例えば自己保身の為だとか、例えばちっぽけな自尊心の為だとか、例えば推理小説のネタにする為だとか――。
 そんな取るに足らぬ理由で自らの手を血に染めなかった綴子は、何千何万と消費される『被害者』と同義の“はとり”が、命を賭けて護るに値する『主役』である。
 故にこそ、名探偵は彼女に飛んで来るべき火の粉を受け止めるのだ。
 コキュートスが裂けなかった恨み節が、はとりの胸に突き刺さった。原稿用紙が飛んできて、彼の躰に火を燈す。
「俺が死ぬ前に決着、つけろよな」
 生存本能に駆られたコキュートスが、はとりの背からイカロスの翼を生やす。氷仕掛けのそれは、少年に激痛を与える代わりに炎の勢いを和らげて呉れた。苦痛に息を弾ませ乍ら、はとりは綴子の方を振り返る。

「なァ、茫子――」

 頃合いを見計らった様に、綴子が影朧の名を紡ぐ。常よりも一音階ひくい聲は、茫子の手をぴたりと止めさせるには充分の貫録を孕んで居た。
「吾輩にインクを入れてくれ給えよ」
 彼女の気を惹くや否や、無貌の女は甘く強請る。乙女たちの甲高い聲ばかりが響いて居た戦場が嘘の様に、しん、と静まり返った。
「父の遺作に、わたくしが……?」
 茫子は呆然と眸を見開き、其の場にただ静止する。寧ろ慌てたのは、勇敢なる少年探偵の方だ。鎮火した躰から煙を上げ乍ら、背に庇う娘へ咎める様な視線を向ける。
「おい、そんなことしたら――」
「本質が変る? それはそれ」
 当の本人と云えば、割り切ったものである。
 懐へ大切そうに仕舞って居た原稿用紙を取り出した綴子は、あろうことか其れを殺人鬼に向けて無防備に晒してみせた。まるで、待ち構える様に……。
 千載一遇の好機を前にしても尚、答えを出せぬ影朧の乙女。
 狂おしい程に最後の一筆を求め、いのちを賭すヤドリガミの女。
「――茫子、綴子」
 ふたりは名探偵を挟んで向き合った侭、それきり何も喋舌ら無かった。ならば、と彼女たちの均衡状態を崩しにかかる少年である。
「お前らの夢想する名探偵になんか、俺はなってやらない」
 綴子に倣う様にはとりが懐から取り出したのは、一冊の分厚い本だ。原稿用紙を模した装丁のそれを、彼は茫子に向けて思い切り投げつける。
 ――事実は小説より奇なり、か。
 彼女の主張は或る意味で、間違ってはいない。矢鱈と殺人事件の被害者と仕立て上げられる此の身が、紛れも無い其の証左だと云っても過言では無いだろう。
「だから、俺が『盗作』してやったよ」
 其の物語は、他でも無いはとりが体験した“現実”である。
 けれども其れは群像劇の体を取っており、視点は様々な登場人物の物へと移り変わって往く。舞台は帝都、浪漫に満ちた古書店街。
 其のミステリの表題は――。

 古書街呪殺行脚オウサツリテラチュア

「此れは、わたくしのッ……!」
 反射的に本を抱き留めた茫子は、表題を視界に捉えるや眦を吊り上げて少年を睨め付ける。今度は彼が、涼しい貌で其れを躱す番。
 彼女たちの描く結末は、その本の中に総て書いてある。幾ら怒ってみせようと、或いは泣いてみせようと、ふたりの乙女の選択こそが正史となるのだ。
「探偵も被害者も、犯人すら要らない。何を隠そう“最新鋭”の傑作ミステリだ」
 その科白を聞き届けた綴子が、くく、と肩を震わせた。他方の茫子と云えば、すっかり毒気を抜かれた様子。じぃと視線を表紙へ落とし、表題をただ見つめて居る。
「……いったい、貴方は何を綴ったのですか」
「中身が気に成るなら自分で確かめな、“大先生”」
 ネタバレは厳禁と名探偵が頭を振ったなら、茫子は意を決した様に綴子――原稿用紙と向き直った。無貌の女が原稿用紙を旗めかせ、はらりと嗤う。
「無地であるから綴りたい、それが作家であろう?」
 ちら、と眺め遣る先は雲水堂。
 不幸にも殺人事件の標的とされた店主は、熱心に此方を伺って居た。其の手許が忙しなく動いて居るのは、彼もまた此の光景に構想を得て居るからに他ならぬ。
 ふと視線を正面へ戻したなら、いつの間にか其処には宿敵――茫子の姿が在る。彼女の本質は『殺人鬼』なんぞでは無く、矢張りただの『作家』なのだ。
 物書きの業を目の当たりにして、綴子はからからと嗤った。鈴音の聲に誘われる様に茫子の震えるゆびさきが、彼女の抱く原稿用紙に文字を刻んで往く。
 其の様を見守る綴子は不図、己の黒髪に揺れる死人花をぱちんと外し、代わりに茫子の髪へそうと挿してやる。勿論、彼女の髪に咲く彼岸花は戴いた。
 当然の如く其れを己の髪に挿す頃には疾うに、最後の一文字が原稿用紙ほんたいへ確りと刻まれていた。
「此れが、わたくしの遺作――」
 茫子の花唇から「ほう」と、熱を孕んだ吐息が漏れる。決して超えられなかった偉大なる父の原稿を、最期の最期に彼女は“完成”させたのだ。感慨の侭に伸ばされた白いゆびさきが原稿用紙へ触れようとした、其の刹那。
「これはやらぬ、吾輩のもの」
 ひょい、と軽い調子で随遊院が傑作を後ろ手に隠す綴子。「あっかんべえ」と出した赫い舌はひとの其れと同じ容で、原稿用紙の貌にようく映えた。
「だが――」
 何か言いたげに眸を揺らす茫子の背に、綴子はそうと腕を伸ばす。そうして、抵抗すらせずに身を預ける彼女の耳許に唇を寄せたなら、一等優しい聲色で囁いた。
「吾輩に宿るなら、茫子、貴様のものでもある」
 開いた片手で抱き締めて、片手に握り締めた得物で心の像をぐっと貫けば、茫子ははっと息を呑み、綴子の腕のなかで仰け反った。然し苦し気な其の姿は瞬く間に光の粒子と化し、シャボン玉の様にパチンと消えて往く。
 最期まで彼女を掻き抱く原稿用紙の貌が“茫子”に変わったのは、一瞬のこと。次の瞬間にはもう、綴子のかんばせは元の愛らしい造詣へと戻って居る。
 悲願を叶えた乙女は、完成した原稿用紙を宝物の様に抱き締めた。
 斯くして“随遊院が遺作”は、“随遊院が最高傑作”として容を得たのである。

●在り来りな後日談
 猟兵達の活躍により、古書街はすっかり平穏を取り戻した。
 始終呑気であった雲水堂の店主は、今回の事件にインスピレェションを得た様子。今日もまた日当たりの良い部屋で、誰が読むかも知れぬ傑作を綴って居る。
 猟兵達をモデルとした彼の新作が脚光を浴びる日は、そう遠く無いだろう。

 他方、名声を終ぞ得られなかった作家は一冊の本も燃やせずに、其の名を文壇に刻むことすら叶わぬ儘に現を去った。
 けれども『随遊院茫子ずいゆういん・とうこ』と云う作家が居たことを、そして彼女が綴った最高傑作を、猟兵たちだけは識って居る。
 
 其の名も――……。

【鏖殺リテラチュア】《完》

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年08月06日
宿敵 『七光ラズ・随遊院茫子』 を撃破!


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 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#サクラミラージュ
#古塚の呪い
#七光ラズ・随遊院茫子
#宿敵撃破


30




種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠稿・綴子です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト