●懺悔
「お前のせいだ、お前のせいで死んだ!」
(ごめんなさい)
「もうおしまいだ。何もかもおしまいだぁ」
(ごめんなさい)
「謝ったってあの人は戻ってこないのよ。どう責任を取ってくれるのよ
……!!」
(ごめんなさい)
「お前が死ねばよかった! なんで生きてるのよ、早く死ねよ、死ね、死ね死ね!」
(ごめんなさい)
………。
……。
…。
「……頼むからしっかりしてくれ。あんな連中に良いように言わせっぱなしで」
(ごめんなさい)
「そもそもアイツらが、自分たちを守れと騒いでばかりだからこんなことに」
(ごめんなさい。そうじゃないの、ほんとうは……)
「……いや、すまない。俺たちがもっと頼りになれてれば……姫さんはゆっくり休め」
(違う、違うの、ぜんぶぜんぶ、私が悪いの。ごめんなさい)
ごめんなさい。死なせてしまってごめんなさい。助けられなくてごめんなさい。生き残ってしまってごめんなさい。死ねなくてごめんなさい。ああ、本当に、私の方が死ねば良かった。そうでないなら……ちがう、こんなことを考えては駄目。ゆるされるはずがない。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
ーー皆のこと、後、頼むな。
(ごめんなさい。でも、出来るわけない。私にあなたの代わりなんて)
だけど頼まれたから、託されたから、最期のお願いだから、裏切ることもできなくて。
(ごめんなさい。もう、どうすればいいか、わからないよ……)
昼間でもカーテンの閉じた暗い部屋。窓際で育てていた鉢植えの花も、水を与えられず枯れてしまっていた。日を浴びることも水を与えられることもなく、花は萎れて枯れて、静かに朽ちていったのだ。
●依頼
「アンタらがアポカリプス・ヘルと呼ぶ世界。そろそろプチっと潰れそうな拠点があるんだが、ちょいとテコ入れ頼まれてくれる奴はいるかい?」
ジミー・モーヴ(人間の脇役の泥棒・f34571)がグリモアベースに集まる猟兵たちへと声をかける。どこか軽薄そうな男の持ちかける話は、しかしその語り口に似合わず深刻な状況のようで。
「かみ砕いていうと、前リーダーが死亡して分裂崩壊状態にある拠点の再興だな。拠点にはそれが出来る奴がいるはずなんだが……腑抜けちまってるようだから、引きずって尻叩いてでも目を覚まさせてきてくれ」
対象は『緑野 透子(みどりの・とうこ)』というソーシャルディーヴァの少女。
年齢はまだ幼いが、オブリビオン・ストームという災厄、略奪者のはびこる危険な世界を生き延びるだけでなく、逃げ惑う者や行き場を失った者たちをそのネットワークを駆使して救ってきた、才ある者の一人だ。
拠点の前リーダーだった『相良 祐志郎(さがら・ゆうしろう)』もそうやって彼女に救われた一人で、彼はそれからずっと拠点を守るために尽力していたようだ。ストームブレイドとして命を削り・燃やしながら戦う腕利きの青年に多くの者が感謝し、心の支えにしていた。その頼もしい姿と的確な指示による成功の積み重ねが、この厳しい世界で拠点を維持する要となっていたのだ。
「ま、周りからみりゃ武勇に知略が合わさって最強に見えるリーダーだったようだな。戦闘分野以外ではソーシャルディーヴァと周りの文官タイプが補って、情報面の支援も強力だったから何とかなってたというのが実情みたいだが」
そのリーダーが略奪者たちの襲撃で命を燃やし尽くし、帰らぬ人となった。それも、防衛戦の中で孤立しそうになったソーシャルディーヴァの救援に向かってのものだというから、拠点の中には彼女への不満を爆発させる者もいるようだ。
「おかげで拠点自体も相応の被害も出しちまったようで、今は責任ガーって騒ぎ立てる一部の連中と、緑野支持派の連中とでちょっとした内紛状態になってるようだな。そこに次期リーダーを狙う幹部、拠点に見切りをつけて逃げる準備をする奴、そんで少ない物資を取り合う連中、丁度いい人減らしと考える奴、色んな思惑が錯綜してロクでもないカオス状態になりかけてる」
まとまりを欠き、足を引っ張りあう集団は早晩に滅びを迎えるだろうと目されている。グリモアが知らせる予知では、『実験用の消耗品』である兵器たちが拠点を襲っていたそうだ。
「とりあえず、まずは緑野を立ち直らせて内紛を収めてくれ。でなきゃ奴さんに命を救われた奴連中も、まず全滅する未来しかないようだしな。後は……実戦での経験というか判断に甘いところがあるようだが、その辺もおいおい鍛えてやってくれ。丁度おあつらえ向きの実験台も近づいてるようだしな」
●蛇足
「さて、ここまで聞いたアンタらならわかると思うが、実は拠点にとって相良は替えが効く人間で、緑野はそうじゃない人間だったってこった。支持者には相良と同じくらい腕っぷしの良い奴だってまだ残ってるようだしな。頭と右腕なら、どっちを優先するべきか……相良青年は最後に良い仕事したと思うぜ、うん」
どうせ先も長くない命だったようだしな、と何でもないことのように語るジミー。アポカリプス・ヘルでの吹けば飛ぶような命の軽さがそうさせるのか、そこに失われた命を惜しむ感情は見えないが。
「その相良青年も死の間際に拠点の未来を緑野に託そうとしたようだ。……しかしこんな重責を年端もいかない少女にぶん投げるなんて、ひどいやつだなぁ」
「……」
今更のように白々しい同情を見せる青年は。
「まぁ、今更、死んじまった奴が何考えてたかは知ったこっちゃないが。放っておけば拠点の何百ってやつらの殆どはおっ死んじまうだろ。そういうわけで、一つ適当に頼むわ」
そう言って、耳を傾ける猟兵たちに崩壊寸前の拠点ーー幾百の命の、生死がかかる未来をぶん投げた。
常闇ノ海月
はじめまして。常闇ノ海月(とこやみのくらげ)です。
オープニングをご覧くださりありがとうございます。
依頼は以下のような流れで進んでいきます。
●第一章
場所:前リーダーの死去に伴い内紛状態の拠点で。
対象:今までは裏方支援に徹していた『緑野 透子』を。
目的:立ち直らせ、新リーダーとして拠点を掌握させる。
●第二章
場所:山間部に陣地が構築されている拠点と、その早期迎撃地点。
対象:兵器実験用の『各実験用消耗品』とされる、自壊してゆく改造された人々を。
目的:『緑野 透子』への教練も兼ねて迎撃する。
●第三章
場所:拠点の近くの畑や果樹園で。
対象:襲撃等により被害甚大な拠点の農作を。
目的:支援し、食糧問題の解決・将来の生産能力向上を目指す。
重要情報は以下。
●緑野 透子(みどりの・とうこ)
ソーシャルディーヴァとして人工知能(人力)搭載サバイバルアプリを通して生存者の救助、拠点へのナビゲーションを行っていた。
命を救われた者も多くその筋の人望は厚いが、自己評価は低く人に頼るのが下手で抱え込みやすい性格をしている。略奪者の襲撃に際しても『犠牲最小』を志した結果、孤立して命を落としかけたが、結果として彼女の性格を理解して動いた相良青年を失い自らは生き残る結果となった。
●相良 祐志郎(さがら・ゆうしろう)※故人
当て所なく彷徨う中、透子に救われ拠点に辿り着いた青年。
ストームブレイドとして拠点の守護に尽力したが、略奪者の襲撃の最中、孤立しかけた透子を救うために戦い死亡した。略奪者襲撃前の時点でその命は大きく消耗していたが、周囲には気付かせないよう明るく振舞っていた模様。
今わの際、透子に拠点の将来を託しいくつかの約束をさせたようだが……。
●責任追及派
主に生産系の非戦闘員、若い女子も多め。人柄、強さ、実績とすべてが揃って見える相良の人気が高じた結果生まれた、依存心の強い集団が心のよりどころを失いパニックに陥っている。
●緑野支持派
単純火力より情報を重んじる幹部や、緑野に命を救われた者たち、主に武人が多い。
一部の熱狂的な支持者などは彼女を『姫さん』と呼び我が娘のように可愛がっている。好き勝手に非難する者たちに苛立っており、相手が実力行使に及ぶのなら武力での排除すら躊躇わない。
猟兵たちの協力者であり、ある程度指示に従う。
では、願わくばどうぞ良い旅を。
第1章 冒険
『内紛』
|
POW : 戦線に介入し、力ずくで戦いを止めさせる。
SPD : 妨害工作等を行い、間接的に戦いを止めさせる。
WIZ : 説得や交渉を試み、和平で戦いを止めさせる。
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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シュゼ・レッドカラー
不採用含め全て歓迎っス!
POW対応
物資で争っちゃダメっス。自分も頂くんスよ!
UC使用、抵抗者は気絶攻撃と恐怖で無力化っス。
頂いたら状態異常治療可な料理作成、パニックパニックしてる追及派と透子さんに無理やり食わせるっス。
落ち着いたら祐志郎さんが少ない命を使って透子さんを守った事、自分の命と天秤にかけても彼女が拠点に必要不可欠だと信じていた事を両者に説明してみるっス。口下手だから上手くいくっスかね…。
透子さんには周囲を頼らず、周囲を信じなかった事が孤立の一因になり、結果として拠点を危険に晒した事も伝えるんスよ。
後、自分にできる事は追及派のみなさんが喚くようならこの拳で黙らせる事しかできないっス…!
●物資
「どさくさに物資を握って影響力増やそうとしてる人がいるっスか?」
「ええ。名目は拠点から脱走しようとする者に盗まれないよう、ってことですが」
ある幹部が管理を強化し流通を絞ると、拠点の雰囲気は更に悪化した。出ていきたいが先立つモノが無い者たちが個人を集団で囲み食料を奪い取るなどの事件も発生しており。
「弱い方にしわ寄せがいってるってことっスか……」
「それに対処できていないのが我が拠点の現状です」
内部での対立もあって治安が悪化しているようだ。赤髪に糸目の快活そうな少女――シュゼ・レッドカラー(牙ある野性、双拳を持ちて食らいつく。・f25319)は協力者から情報を得て行動を開始する。
「物資で争っちゃダメっス!」
恐喝現場に出くわすと首謀者格を気絶させ、残りも恐怖を与え無力化していく。相手が戦闘慣れしていないこともあってすんなりと事は運び。
「さて、それじゃ自分も頂くんスよ!」
「!?」
「さあ、食材はどこっスかー。あ、邪魔なみなさんにはこの拳で退いてもらうっスよ!」
シュゼはその場の物資を『預かって』去っていく。弱肉強食の定めを思い知り奪おうとしていた側も恐れおののく中、彼女は次の獲物を探して縦横無尽に駆け回り。
「あ、君たちっスね。探してたんスよ!」
「ひぇっ。……こっち来た」
リーダー死亡と拠点の被害の責任追及を声高に叫ぶ女子らのグループに声をかけると、
「こ、こんなのしかないけど、どうかこれで勘弁してください……」
「ん? んんー?」
チワワのようにプルプル震え、彼女らは干し芋のような携帯食を差し出す。
シュゼが不思議そうに首をかしげると、機嫌を損ねたと勘違いしたか、女子らは今にも取って食われそうな絶望の表情で身を寄せ合いガクブルしていたのだった。
●食事
「さぁ、ごはんの時間っス!」
「……」
暗い部屋にこもっていた緑野透子を半ば強引に連れ出すと、シュゼは食堂へ向かった。
だけど連れだって入った食堂には透子を糾弾しようとする一派の女子たちが居て――透子のただでさえ青白い顔色が死人のように色をなくす。シュゼが俯き固まる少女をうながし席につかせるが。
「ちょっと、なんでそいつまで来るの」
「いーから、おとなしくしてるっス!」
「ひぇっ。わ、分かりましたよぅ……」
一見気の強そうな少女が嫌悪感を隠さず不満を漏らせば、ほんの少し殺気をにじませ黙らせて。
――トントン、ジュワッ。
「上手に焼けたっス!」
「いや、早すぎるでしょ!?」
ユーベルコードで集めた食材を調理すると、魔法のように短時間で出来上がった料理が並び。そうして異様な雰囲気、美味しそうな料理の匂いの中始まった彼女らの食事会。
最初に気の強そうな少女が躊躇いがちに口をつけて、こぼれた言葉は。
「お、美味しいじゃない」
「あら本当……」
「あはは。お口に合って良かったっス」
和気あいあいとは到底いかぬまでも、料理の出来栄えに食事の手は止まらず進んでいく。
「わ、私は、食欲、なくて……」
「無理でも食べるっス! ほら、あーんして!」
一方で俯いたまま蚊の鳴くような声でささやく透子。
シュゼはせめてスープだけでも飲ませようとスプーンを差し出す。年の頃は同じだがまだ幾分幼く見える少女は、逆らわずに口をつけこくりと嚥下する。
「もうちょっとだけ、食べられるっスか?」
「……」
そうして食べさせていくうちに、シュゼの状態異常を治療するユーベルコードの効果もあったのか透子の顔色は少しよくなったように見えた。満足のいく食事に女子らも幾分か寛いだ様子が窺える。
ただ、シュゼから幼子にそうするようにして世話を焼かれる透子を、忌々しげに睨む視線もあった。
●言葉
皆が食事を終えた頃合いを見計らい、シュゼは対立してしまった両者へと言葉をかける。
「皆さんに知ってもらいたいのは、祐志郎さんが残り少ない命を使って透子さんを守ったって事っス」
「……彼は誰にでも分け隔てなく優しかったから、そうしただけじゃないかしら?」
「ええ、きっとそう。そんな優しい彼を、巻き込んで死なせたそいつは許せないわ」
「そうね。いっそ、勝手に死にかけた誰かさんの方が死ねば良かったのにねぇ?」
けれど、認めたくないのだろう彼女たちからは、反駁の言葉がいくつも口をついて出て。
「違うっス。祐志郎さんは自分の命と天秤にかけても彼女が拠点に必要不可欠だと信じていたんスよ」
「……納得がいかないわ。そんなの」
少女が唸るように否定する。シュゼにとってグリモア猟兵に与えられた情報は既知の事実だったが、彼女らにとっては『自分たちが見ていたいもの』こそが真実なのだろう。
(「ううん。全然聞き入れてくれないけど、自分口下手だからこれ以上は無理っスかね」)
彼女らは本能的に強者には従う傾向があり、猟兵なら御しやすいようだったが……それでも譲りたくないものはあるようだ。ため息を一つこぼし、シュゼは今度は透子へと語りかける。
「透子さんも、周囲を頼らず、周囲を信じなかった事が孤立の一因になり、結果として拠点を危険に晒したっスね?」
「……ごめんなさい」
「今更、謝ったってねぇ!」
力なくうなだれる透子に、声を荒げようとする者たち。シュゼがとりなせば彼女らは一時は引き下がるが、それは根本的な解決には遠いように思えた。
「お料理、ありがとう。元気出ましたから、もう、大丈夫です」
その後、透子は拠点のために、と動き出した。
「そう。祐志郎さんがそう望んだから。拠点のために、私の能力は、まだ必要だから……」
――みんなのために、あなたのために。
悲しみを忘れるように働き、献身的に尽くそうとする姿勢は、却って痛々しくも映り。
(「うぐぐ。危うい子たちっスね~」)
それでも、過酷な世界は、彼ら彼女らの負った傷が癒えるのを待ってはくれはしない。
成功
🔵🔵🔴
鳴上・冬季
拠点へ
「私は通りすがりの奪還者ですが、これは一体?」
「そろそろこの近辺でストームが起きそうだったので。私はまあ、ストームキャラバンの先遣のようなものです」
話聞き追及派面罵
「番損なった方々の集団ヒステリーですか?中々見苦しい。緑野さん達に助けて貰わねば次のストームで全滅するだけでしょうに」
支持派に
「少々緑野さんとお話させていただいても?」
緑野に
「少し場所を変えましょうか」
抱えて風火輪で空へ
「上空から見たこの世界はどうです?」
「人はいつか必ず死にます。次のストームが終わるまで無条件で私は貴女の味方をしましょう。逃げても泣いても…貴女の望みは?」
口に仙丹や仙桃押し込み
「どうぞ存分に泣いて下さい」
●罵り
「本当、あんたって強い人に取り入るのが上手よね?」
「……」
「ちやほやされてさぞいい気分なんでしょう」
「祐志郎さんが死んだら次は猟兵さんに守ってもらおうだなんて、節操のない女」
「……」
「そうやってまた死なせちゃうんじゃないの? アンタのせいでさ!!」
「黙ってないで何とか言えよ!」
「ごめん、なさい……」
拠点からやや外れた果樹園で女子たちの集団が一人の少女を取り囲んで騒ぎ立てていた。
鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)が通りがかったのはそんな現場で。
「私は通りすがりの奪還者ですが、これは一体?」
「……奪還者さん?」
「ええ。そろそろこの近辺でストームが起きそうだったので調査に。私はまあ、ストームキャラバンの先遣のようなものです」
「……ストーム。オブリビオン・ストーム!」
「ああ、なんてこと……」
名乗りと来訪の理由を告げ異様な光景の事情を聴けば、彼女らは迫る脅威への恐怖を露わにして。
「ああ、ああ、どうか猟兵さん」
媚びるように、縋るように、どうか守って欲しいと訴える。自分たちの窮状を訴える。拠点を率いるリーダーが死んでしまったこと。彼が持ち場を離れたため拠点もまた軽くない被害を出したこと――それが全部、そこにいる緑野透子という少女の所為であること。
「こいつのおかげで、もう散々なのよ」
「全部全部奪って、台無しにして……」
「お前が居なくなれば良かったのに、この疫病神!」
浴びせられる糾弾の言葉は次第に熱を帯び、聞くに堪えない罵りも混じりはじめて。
「なるほど。彼女を救うためにその男が死んでしまったと。それはご愁傷様でした……が」
彼女たちに向けられる冬季の目には、つまらないモノを見下すような嘲りの色が浮かんでいた。
「番損なった方々の集団ヒステリーですか? 中々見苦しい」
「えっ……?」
女子たちは何を言われたかわからず固まると、やがて怒りとも羞恥ともつかぬ感情で顔を紅潮させ。
「な、何を……」
「緑野さん達に助けて貰わねば次のストームで全滅するだけでしょうに」
何かを言いつのろうとするその前に、冬季は冷たく吐き捨てる。そうして、地面にペタンと座り込む泥で汚れた少女に近づき二言三言言葉を交わすと、慣れた手つきで彼女を抱きかかえ、立ち去った。
「……なんでよ。なんで、あの子ばっかり」
「やっぱりもう、ダメなんだよぉ……」
迫る滅びの未来を突き付けられ、しかし猟兵からは突き放されて。残された者たちは絶望と悲嘆の表情を浮かべ、途方に暮れていた。
●悲哀と羨望と
透子を拠点に送り届け、泥を落とし着替えさせる間に彼女に近しい幹部らと話した冬季。
「少々お話しさせていただいても?」
「……」
戻ってきた透子がこくりと頷き、冬季の問いに応じるようにして途切れがちな言葉が返る。
先の果樹園では無人兵器の設置調整を行っていた所、作業帰りの彼女らに捕まってしまったようで。やり残した作業や必要な備え、やるべきことは山のようにあると言う少女は。
(「まるで張り詰めた糸のようですね」)
「……少し場所を変えましょうか」
「場所……構いませんけれど、どこへ?」
「どこへでも。そうですね、さしあたって――」
冬季は彼女を拠点から連れ出すことにした。先と同じように細い体を抱きかかえ、風火輪ーー飛行する宝貝で空へ。そびえる山々をも見下ろす高みへ。
東には海。山脈から川が流れて合流し、開けた平野にはかつての繁栄の残骸が横たわっていて。
「上空から見たこの世界はどうです?」
「……」
変わり果ててしまった世界、滅びに向かう世界。数年前までは普通に、平和な日本で暮らしていた筈の少女。生々しい破壊の爪痕残す光景に、それを見つめる瞳に浮かぶ感情は――。
(「……そう、ですか」)
はるかな高空で、なされるがまま、怖がりもせず。
冬季に掴まることさえしない透子は、彼が手を離した瞬間にも呆気なく落ちていってしまうだろう。
まるで、そうなることを望んでいるようにさえ映る少女。儚く、目を離した隙に消えてしまいそうな人間。壊れやすいもの。
永い時を繰り返し生きた狐が、幼子を安心させるように諭す。
「……人はいつか、必ず死にます」
だから、そんなに急ぐことはないのだ……と。
「次のストームが終わるまで、無条件で私は貴女の味方をしましょう」
「……」
「逃げても泣いても……貴女の望みは?」
「みんなを置いて、逃げられるわけ……」
ふるふると首を振る透子の唇に指をあて、「いいえ、良いのです。逃げたって」と囁く。
「貴方を厭う者たちは貴方が居なくなればいいという。そして、貴方を慕う者たちは……」
透子と話したいと律儀に許可を取りに行った際、彼らと話したことを思い出す。
「もしも貴女がそう望むなら、どこか遠くへ連れ去って欲しいと……もっと早くにそうさせてやるべきだったと、そう言っていましたから」
若者たちに背負わせすぎた重荷を。その結果迎えた犠牲と破綻を。苦悩に深い皺の刻まれた顔を歪め、幹部の者たちは後悔していた。
「そう、ですか。私は、もう、逃げちゃってもいいんですね……」
「貴女がそう望むなら」
それが出来る人間だったら、今こんな風に苦しまずに済んだのでしょうけれど。
今だけは、その重荷を下して……。
「どうぞ、存分に泣いて下さい」
そうして冬季は、万が一にも零さないよう大事そうにかき抱く。押し殺せずに漏れ出た嗚咽を、胸元を濡らす雫を、縋りつく小さな手のひらを、震える細い体を。
ーー太陽が西の地平線に隠れ、夜の帳が降りてくるまで。
●願い
それから冬季は、はにかむ透子の口に仙丹や仙桃を押し込み食べさせた。隙あらば人間を甘やかす妖狐の本能か、幼い妹を世話するようにして与えられる霊薬と果実は。
「……甘い、です。とても甘くて。なんだか、ダメになってしまいそうなくらいに」
「良いのですよ? それも、貴女が望むのなら」
穏やかに告げ、なおも差し伸べられたその手。
ほほ笑みながら、涙をこぼしながら、透子がそっと両手で包み、祈るように呟く。
「守ってくれなくて良いの。だから」
「……」
「死なないでください。死なないで、死なないで、どうか……」
それは無慈悲な世界の片隅で響く、風音にさえ消えてしまいそうな、とても小さな祈りの声。
成功
🔵🔵🔴
レイ・オブライト
緑野の支援で助かったことがある
故に今回、拠点の防衛を手伝いに立ち寄ったとの前提で接触
相良は緑野のツテだろう。戦力が整ってたのはそもそも緑野の力だと示す意図もある
そいつが死ねば何かが変わるのか?
一時気分が晴れたとして、明日から生きていく術がひとつ減るだけじゃああの世で即再会だ
奴らは待ってくれねえぞ
言葉より行動
防衛戦でボロくなった箇所の補強を
道すがら引っ張ってきた『怪力』鉄板やら鉄屑、木材をバリケードに組み込み
【UC】装甲↑移動↓
強度を上げるついで触れたら【属性攻撃(電気)】で爆散するよう仕込む
暇そうだな。手を借りても?
非戦闘員に協力呼びかけ
別離の痛みの特効薬は忙しなさと聞いたこともあるが、さてな
●拠点にて
逞しい体躯に鋭い眼光を放つ男だった。傷だらけの肉体と纏う気配が彼が幾多の死線を潜り抜けた強者であろうことを予感させた。
「恩義ある拠点の危機を聞きつけてな。防衛を手伝おうと立ち寄った」
「た、助けてくれるんですか?」
「まぁ、な……」
恐る恐る誰何する声に応え、どこから調達したか重い鉄板を引きずり歩いてきた男ーーレイ・オブライト(steel・f25854)は、破損したバリケードの修復を行う。寡黙にして戦闘への慣れを感じさせる手際、覇気をまとう男の力強く逞しい動きに見物に集まった者らから感嘆の声が漏れる。
「ありゃあ相当な修羅場をくぐって来てるな」
「そ、そうなんだ。へぇ、へぇー……」
集まってくる野次馬が期待の目で注視する。注がれるのはほとんどが好意的な眼差し。やはり優秀な『奪還者』というのはどの拠点に於いても歓迎されるようだ。歴戦の猛者であることを感じさせる風格と、行動で示される自分たちへの利益。浮かれたような視線を向ける女子らも居て。
「……暇そうだな。手を借りても?」
「別に暇ってわけじゃないが……何すりゃ良いんですかい」
「鉄屑か、木材でも良い。資材が必要だ」
現金なものだと呆れ交じりに呟けば彼らも否やはないようで。非戦闘員の人員が回され、レイは彼らが誇んでくる資材をユーベルコードを用い補修用の部材として修復箇所に組み込んでいく。
「木材なんかで大丈夫なんですかい?」
「金属の半分程度の強度は持たせた。厚みも十分だろう」
それよりも迂闊に触れるなよ、と警告するレイ。不思議そうな者たちの前で軽く触れてみせる。
ーーバ、ヂヂッ、バヂヂヂヂ……ッ!!!
と、稲妻が走り、レイの半身を包むようにスパークして激しい火花が散った。
「お前らは火傷では済まないからな。気をつけろ」
「ひぇっ、ひぇええ~……」
煙を吹く腕を軽く振って何でもないように作業を再開するレイ。腰を抜かしたようにへたり込む周囲の目には、圧倒的強者への畏怖が浮かんでいた。
台地にある彼らの拠点はかなりの面積で、奥まった場所に居住区、さらにその北側に本部や避難施設等があった。自分たちの最後の生命線だと分かっているのだろう、修復は指示を与えれば懸命になって協力してくれた。
(「だが、拠点の復旧はあまり進んでいない、か……」)
最後の砦となる拠点至近の防備は破壊されたまま、修復は後回しにされているようで。
武官系、戦闘要員たちは早期迎撃可能な第一線の修復と、消耗した戦闘車両や兵器の整備にかかり切りとなっているようだ。
(「間違ってはいないのだろうが……ポーズだけでも見せて置くゆとりすらないか」)
鉄条網、土嚢やコンクリで掩蔽された銃座。拠点自体の防御能力はそれほど高くなさそうで、オブリビオンのような異能や異形もはびこる世界となっては気休めのようなレベルかもしれない。
それよりもまず、前線の地形と火点を活かした火力の集中、戦闘車両の機動によって引き込みつつ敵を討つというのが防衛の基本原則となっているようだ。
だから、彼らは彼らで最善を尽くしているのだろうが……
(「人心の掌握という観点ではどうか、だな」)
強者といえど、余所者に過ぎない己を頼って働く者たち。レイはそこに拠点の抱える問題の一端を垣間見た気がした。
●正論
「お、お疲れさまです。あの、これ、良かったら」
「……握り飯か」
作業を中断し一息入れたレイを、わっと女子らが取り囲んだ。飲み物、白米の握り飯やトウモロコシなどが差し入れられ、好意と期待の眼差しで口々に礼を言う、が――
「いや。こちらも以前、緑野の支援に助けられてな。お互い様だ」
レイがそう返せば、畏れこそあれど好意的だった女子らの表情が微妙なものになる。
「……」
「どうした?」
「……なんでも」
レイが緑野との縁を語ったのは、『戦力が整ってたのはそもそも緑野の力だ』と示す意図があったのだが……分かりやすく不満そうな態度にやれやれとため息がもれる。
「お前たちが緑野を快く思ってない話は聞いていたがな」
「あっ。そ、それはですね……」
「死ねとまで言ったそうだな? だが、そいつが死ねば何かが変わるのか?」
怒気を孕む声ではなかった。ただ責めるような言葉であったことは確かで。何気なく目をやり目が合うと、それだけで彼女らの肩がびくりと跳ねる。
「一時気分が晴れたとして、明日から生きていく術がひとつ減るだけじゃああの世で即再会だ。奴らは待ってくれねえぞ」
「そ、そんなこと」
「そもそも、俺の記憶が間違ってなければ相良だって緑野のツテだろう」
「……」
ぐうの音も出ない正論だった。ヒステリックに叫んでみたところで、その実は愚か者が周囲を巻き込んで自滅していっているだけなのだ。一時の気が晴れるだけで何の益もない、どころか自分を守ってくれている味方を背中から撃っているようなもの。
「別に、本気で殺そうなんて、思ってないし……」
「もう、行こう」
そうして彼女たちは顔を青ざめさせながら、レイの方を見ることなく去っていった。
●救い
(「別離の痛みの特効薬は忙しなさと聞いたこともあるが、さてな」)
思惑と試み。レイが見たところ、生産系の者たちは拭い難い不安こそあれ、役割に没頭することでそれが出来ているように映ったが。
「ソーシャルディーヴァーー荒廃した未来の救世主、か」
ふらふらと、幽霊のような人影が拠点へと帰ってくる。今にも倒れそうな頼りない足取り。あの様子では目の前の役目に没頭できたとして、周りに目を配るゆとりすら無いのだろう。
「……やれやれ。思った以上の厄介ごとに首を突っ込んでしまったようだな」
分裂し、滅ぶだろうと予知された拠点で生きる人々。己を救えぬ救世主。滅びへの道を進む人々。
ーー救いは、どこにあるのだろうか。
成功
🔵🔵🔴
シホ・エーデルワイス
《華組》
透子さんが
依頼≪罪は冷たく静かに降りしきる≫1章で思い出した
前世の私と重なって見える
まるであの時の私…
彼女を優しく抱きしめ落ち着かせ
『聖印』で慰める
透子さん
私も昔
大勢の人を守る為に少数を殺めました
結果
犠牲は最小限で済んだけど…
心が折れた私は
死へ逃げようとした
でも
逃げられなかった
何故今は平気そうなのか?
救いを求める声が聞こえたから
そして
有難う
と言ってもらえたから
だから…
私に救える人がいるなら救いたい
透子さんは
どうして祐志郎さん達を助けたの?
歩む道を見失った時
自分の原点を思い出せ
私の師匠が言っていた助言です
どうか
皆を導いて助けた時の気持ちを思い出して欲しいです
可能なら花を【復世】で蘇らせる
四王天・燦
《華組》
みんな重症だ
病魔の正体は不安と恐怖かな
アタシは追及派から稲荷巫女のお説教だ
恐怖と不安・透子への一定の嫉妬心を認めた上で、祐志郎が命を使って守った透子を殺すのは彼への背信行為、その死を無為にしてしまうと言い聞かせる
何より頼むわ…透子の心は皆と同じ『普通の女の子』だぞ
アンタらが祐志郎に守られて彼が命を散らしたとき、死ねなんて言われたいかい?
透子もいつまで引き籠ってんだ
カーテンを開くよ
視覚から気が滅入らないようにね
言霊は知ってる?
『ごめんなさい』より、生かしてくれた人に『ありがとう』と叫んで報いなよ
後はシホに任せる
アタシは花に水をやって、枯れた部分を剪定しておこう
花も透子も蘇るよう祈りながら
●お説教
「よぉ、アンタら……て。おいこらっ! なんで逃げるんだよー!」
狐耳の女子、四王天・燦(月夜の翼・f04448)は責任追及派の面々を捕まえてお説教する気満々だったが、見慣れない猟兵を警戒してか彼女らはそれを避けようと逃げる。
「逃げると……追うぞ! 本能がうずくんだ」
「ひっ。こ、来ないでぇ……!」
わらわらと逃げ去る女子らを追っかけ少しトロそうな一人をとっ捕まえると、仲間を置いて逃げるほど薄情でもないのか足を止めて向き直る面々。が、その表情は暗く、何があったか消沈して見えた。
「なんで逃げるんだよ」
「……あなたもどうせまた、アイツの味方で。私たちが悪いみたいに言うんでしょう?」
気の強そうな少女がキッと睨みつけてくる。威嚇するような態度だが、目の端に涙がにじんで足が震えていては迫力もない――どころか叱られることに怯えているように見えた。
(「はぁ……みんな重症だ。病魔の正体は不安と恐怖、かな」)
そこに巣食う恐怖、不安の感情。燦には彼女らの気持ちも少しだけ理解できた。
――ある日突然、世界が変わってしまって。
生きているだけで豪運、楽に死ねれば幸運と呼べる、死と隣り合わせの生活。トラウマを抱えながら生き延び、ようやく安堵して過ごせると信じさせてくれた相手が、また不意に消えてしまったのだ。
それも、ただ一人の女の子を救うために、拠点の守りーー彼女らの守りも放り捨てて……。
「なぁ、アンタらはきっと、祐志郎のことが好きだったんだよな」
「そうよ! 悪いかしら?! すみませんね、身の程知らずで!! ……どうせ、土いじりしてるような芋くさい女がって、思ってるんでしょう」
「思うわけないだろ。こちとら稲荷神の巫女なんだぞ」
専業の農家だったはずはなく、慣れない作業を年頃の女の子たちも泥や汗にまみれて。必死で働いて、助け合って……そんな姿を見てしまえば、
「アンタらだって頑張ってたの、分かるよ……」
忘れかけていた死への恐怖、見捨てられる不安に怯え、過ちを犯す姿が哀れで。
「怖かったんだよな? 祐志郎の奴がいなくなって、拠点が襲われた時に助けてくれなくて……死んじゃってて。それでもさ」
だからこそ、過ちは正してあげなければならない。
燦は祐志郎が命を使って守った透子を死なせるのは彼への背信、その死を無為にしてしまう行為だと言い聞かせ。
「何より頼むわ……透子の心は皆と同じ『普通の女の子』だぞ」
どこか辛そうな声で、彼女たちに願った。
悪意を向けられ、死を望まれることの痛み。たとえ肉体が無傷だとしても、悪意の言霊は心を、魂までも切り刻むから。
「……」
「アンタらが祐志郎に守られて彼が命を散らしたとき、死ねなんて言われたいかい?」
「言われたくないよ。でも、祐志郎さんは、透子を選んだんでしょう。私の……私たちのことなんて」
きっと、命をかけてまで救いはしない。
認めたくなかったもう一つの現実。比べられ、価値のない命として見捨てられる存在。そこには諦めと悲嘆を浮かべ、すすり泣き、立ち尽くす者たちが居た。
「……アタシにも、祐志郎のやつが何を思ってそうしたか分かんないけどさ」
死者の想いはもう誰にも分からない。代弁出来るはずもない思いは、受け取り手次第でもあって。
「リーダーとして、皆のこと考えてそうしたのかもしれないじゃん」
だからこそ燦は救いのある可能性を口にして――
それを聞く者たちの脳裏には、ある猟兵から言われた言葉が浮かぶ。
『祐志郎さんは自分の命と天秤にかけても彼女が拠点に必要不可欠だと信じていたんスよ』
「……」
「なぁ。アンタらと同じ痛みに苦しんでる女の子を、祐志郎が最期の命を使ってまで残してくれた命を、もうこれ以上、傷つけないでやってくれ……」
許しと慈悲と。常ならば男勝りにもふるまう燦が与えたのは、しかし一方的な断罪ではなく、弱きを慮る意思。母親が心を痛めながら子を叱るような、思いやりの心だった。だから、彼女たちは――。
●過去
「返事がないですね。出かけてるのでしょうか……」
「おーい。留守なら留守って言ってくれ。でないと勝手に入るぞー」
「……燦」
ちょっと呆れたような視線を受けながら、燦が目的の人物――緑野透子の部屋に侵入する。
鍵も開いたままで、カーテンの引かれた薄暗い部屋。床に倒れて伏している、小さな人影。
「……!?」
思わずぎょっとする燦。シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)が慌てて駆け寄り確認すると、どうやら眠っているだけのようだ。かすかに聞こえる声はうなされているようだったが……。
「寝落ちかよ……ベッドまでたどり着けなかったのか」
「眠っていても、苦しそうです……」
ーーごめんなさい。ごめんなさい。
と、うわごとを繰り返す少女。浅く、短い呼吸を繰り返す体をシホがゆっくりと抱き起し。
「大丈夫。大丈夫ですから……どうか、心を安んじて」
やさしく抱きしめ、燦と一緒にベッドまで運び寝かせて。精神を癒す『聖印』を使い、傍で手を握ってあげた。きゅっと絡められた冷たい指先が徐々にほどけ、穏やかな寝息に変わり始める。
(「まるで、あの時の私……」)
弱々しく、ひとり道に迷う子のような頼りない姿。零れた涙の後を拭いながら、シホは胸が締め付けられるような感覚を思い出す。
謝って、償いたいと。犯した罪が魂を責め苛んでいた。それは未だ判然とはせぬ記憶。いや、記憶はそも不確かなもので。
けれど、罪を抱え、苦悩し弱り果てた姿は過去の――前世の己に重なって見えた。
「ご、ごめんなさい……」
結局、それから透子が目を覚ましたのは正午も近づいてからだった。付き添っていた二人、心配そうな顔に気づいてしきりに恐縮する。
「言霊は知ってる? アタシは『ごめんなさい』より、『ありがとう』って言われた方が嬉しいぞ」
「……あ」
燦はそんな透子にやさしく微笑むと、諭すように告げた。
「生かしてくれた人にだって、そうだ。『ごめんなさい』より『ありがとう』と叫んで報いなよ」
「……」
そう、なのかもしれない。きっとその方が、祐志郎だって……。
透子は何かを言いかけて口をぱくぱくさせて、だけど意味のある言葉を紡ぐことなく。
ごめんなさい、は言わなかったけれど、一層悲しげに俯いた。
「そっか。今は無理だよな。アタシだって、きっとそうだった……」
けれど、いつかは。
出会えたことへの喜びを。想ってくれたことへの感謝を。
「燦?」
「何でもない、大丈夫」
あなたと生きられた、かけがえのない時間が何より愛しくて。
ーーありがとう、と。そんな風に思える日が、この少女にもまた、訪れるように願った。
「起きれそうですか? 無理、してませんか?」
「大丈夫、です。それに今は、動いている方が気が楽で……」
シホが心配そうにたずねれば、透子はそう言ってベッドから出る。
「……そっか。それじゃお日様浴びて、元気にお仕事するか」
いつまでも暗い場所で気が滅入らないように、と燦が部屋のカーテンを開いて。
「それじゃ、シホ」
「はい。あとはお任せください」
シホと視線をかわし頷きあうと、窓際で枯れていた鉢植えを抱え、部屋を後にした。
●罪
「透子さん。私も昔、大勢の人を守る為に少数を殺めました。結果、犠牲は最小限で済んだけど……」
背には純白の翼、流れる美しい銀の髪をエーデルワイスの花が彩る天使のような少女ーーシホは遠い遠い過去にあった出来事を述懐する。
「心が折れた私は死へ逃げようとした。でも、逃げられなかった」
「……」
びくり、と身を固くする透子。気づかわしげにもう一度、優しく抱きしめて。
献身と自己犠牲。どこか似ている二人。
……気持ちが分かる、などと思い込みでしかないとしても、共感してしまったのだ。過去のーー己の犯した罪に、己を殺した罰に、もう一度触れてしまうほどに。
「……そう。シホさん、も」
こわばりが消えて躊躇いがちに腕が回され、透子の手が慰めるように背をやさしく擦る。シホがそうして、彼女を慰めたのと同じように。
「……どうして?」
「だって……シホさんが辛そう、です」
シホは不思議そうに首をかしげる。
「私には、何があったかは分からないけど。シホさんは、きっと、正しいことをしたんですよね」
……そうかもしれない。
けれど正しさは救いたかった人たちを救わなかった。己の命すら救わなかった。死してさえ、心は、魂は悲鳴を上げ続けていた。謝りたくて、償いたくて。だけど何故、何にそうすれば良いかすら分からなくて。
「……」
あの時と同じ痛みを、彼女が感じているのだとしたら?
ひんやりとした指先が頬にそっと触れる。ーー涙が、止まらずに伝い落ちていた。
「……私は、最善を分かっていても、シホさんのようには……できませんでした」
そして透子は、天使のような少女に懺悔した。訥々と、囁くような声で。
「どうしても、死なせたくない人がいました。体ボロボロになっても、平気な顔して。皆に隠して無理をして。私も、ずっとそれを気付けなくて……たくさん、助けてくれた人なのに……っ」
もう、これ以上戦って欲しくなくて。そのために不安がる人たちの気持ちを利用して。だから、皆に苦戦を強いてしまって。その責任を取ろうとして、そうすればあの人を守れると思って――だけど、
「最期まで。守られたのは、私、でした……」
守りたいが故に、己さえ犠牲に差し出して。だけど、だから壊れてしまった、大切なもの。
か細く震える声。静かに耳を傾け、シホは思う。
純粋な愛や善意ですら、誰かを傷つけずにいられないのだとしても。
(「……それを罪と呼ぶのは、悲しすぎます」)
せめてその痛みを、幾ばくかでも分け合うことが出来るなら、と。
天使に似た少女は救われるべき者をそっと抱きしめ、あたたかな涙を零し続けるのだった。
●未来
「私は、救いを求める声が聞こえたから。そして『ありがとう』と言ってもらえたから」
それからシホは、自分が今、どうして立ち直ることが出来たかを話して聞かせた。
「だから……私に救える人がいるなら救いたい、です」
少しでも、それが透子の助けになれば、と考えて。
「うん、ありがとう。シホさんはやさしい、ね……」
控えめな少女の見せる、救いたいという気持ち。向けられた感情の暖かさ、懸命さに心地よく身を委ね、透子がほほ笑む。
「透子さんはどうして祐志郎さん達を助けたの?」
「たくさんの人が、命が失われていくのが怖くて、寂しくて、悲しくて……」
気づけば何かに突き動かされるように。夢中で、助けようとしていた。
透子はモニターにチャットウィンドウを展開し、そのログを懐かしむように眺める。
『寒い。死にたくない』『大丈夫だヨ。きっと助かる、ヨ』
『もう歩けない』『ガンバッテ。もう少し、ダヨ』
『食料を配ってるらしい』『危険、ダヨ』
『俺をだまそうったてそうはいかないぜ』『ちょっと待ってネ……証拠を送る、ヨ』
「これは……」
「当時は、本当に混乱がひどくて、誰も信じられないって人たちもいて」
散りばめられた言葉たちの片方は、あえて機械じみた調子で回答を返していた。
『ありがとうな。おかげで寂しくなかった』『ダメ、ダヨ。あきらめないデ』
『追手は何とかするからさ。家族のこと、任せていいかい
?』『……ごめんなさい。必ず』
「だけど、助けられなかった人たちもたくさんいて」
「……うん」
「協力してくれる人たちもいました。祐志郎さんも、たくさん助けてくれて――甘えすぎて、彼が無理をしていたことにも、ずぅっと気づけませんでしたけど」
透子は自嘲気味に笑う。
すり減ってすり減って、とうとう砕けた心の欠片ーー胸にぽっかりと穴が開き、鋭くとがる破片の上、素足で立ちすくんでいるようで。
「歩む道を見失った時、自分の原点を思い出せ……私の師匠が言っていた助言です」
「……」
だけど、確かに救われた者たちが居たのだ。
だから、彼女のために死さえ厭わぬ者たちが居るのだ。
どうか、皆を導いて助けた時の気持ちを思い出して欲しいーーシホはそう願うのだった。
●蘇り
枯れたように見えても生きている可能性があることを知っていたのか、直感で感じ取ったのか。
燦は鉢植えの完全に枯れた部分を剪定し、水をあげた。
「……何してるんですか?」
「えっと、確かあんたはさっきの……」
作業する燦を覗き込むようにして、気の強そうな眼をした少女が声をかける。見れば先だって燦が説教した女の子の一人で、根子底子(ねこ・そこね)という名前らしい。
「もしかしてお花、ですか? 欲しいのなら用意できますけど」
もし花が必要なら持ってくると言う。農作の傍ら少しだけ育てているそうだ。
「お花じゃ、食べることもできないって怒られるんですけどね……」
「そっか。これは透子の部屋で枯れていたものだけど、まだ死んではいないから」
出来れば蘇らせたい、と燦が告げれば。
「それ、たぶん私の所で育ててた株です。前、祐志郎さんが欲しがってたことがあって」
「……それじゃ、透子にとってもきっと大事な花だよな」
宿根草のガーベラ。
花の色は彼女も覚えていないようだが、それはどうやら祐志郎が透子に送った花で。
「あの……もしよかったら、ですけど。お花のお世話、私がやりましょうか?」
「……いいのか?」
「お花に罪はないし……ううん、違くて」
意外そうに見やる燦から目をそらし、ばつが悪そうに首を振る底子。
「やっぱりいいです。今更、こんなこと……」
「まぁまぁ。待って」
唇をキュッと引き結んで、踵を返そうとする少女。燦が引き留めて、鉢植えを渡す。
「悪かったと思ってるなら。ごめんなさい、しなきゃだもんな」
「……はい」
「花は枯れても。土の中、根は懸命に生きようとしてるのですね……」
シホがぽつりと呟く。
花は、彼女のユーベルコード【復世】を使えば、今すぐにでも過去の状態を取り戻せるだろう。
「……」
だけど少し考えて、やめて置くことにした。
過去と同じ元通りにはならなくても、きっとまた花は咲いてくれるだろうから。
「燦」
そうして底子を見送った燦に駆け寄ると、
「お、シホ……どーした?」
今此処にいてくれる。寄り添う生命。
愛しいものと過ごす当たり前のようで、とてもとても大切な時間を嚙み締めて。
「燦、ありがとうね……」
その腕をとって甘えるように身を寄せる。
燦は何も言わずにそっと抱きしめてくれて、シホは伝わるそのぬくもりの心地よさに、幸せそうに目を細めたのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御園・桜花
改造車で拠点へ
UCで精神を落ちつけるスープ作り振舞う
生産技能者と話合い
「私たちが集うのは、集わねば襲撃で壊滅する拠点であるからです。でも、私達が来た以上、此の拠点は壊滅させません。緑野さんや此の拠点の奪還者も、貴方達を守るでしょう。貴方達は、守られるだけの無駄飯喰らいですか?守られた拠点を発展させる技能が、貴方達にはあるでしょう?守られた誠意を、誠意で返してみませんか」
綠野と話す
「人が誰かの代わりに死ねるのは、願いや希望を託せると思うからですけれど。受け取った側は、悼むだけで良いんです。貴女が死なない事が、彼等の1番の願いですから。貴女がどうしたら生き易くなるか、一緒に考えさせてくれませんか」
●生産者
華やかな桜色をしたキッチンカーから美味しそうな匂いが漂っていた。
「良かったらどうぞ。召し上がってくださいね」
物珍しさにつられてくる人たちへ、ケータリング用キャンピングカーの中、料理を振舞うのはぽややんとした雰囲気の女子――御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)。
「猟兵さんですか? あなたたちってお料理上手なんですね」
「ふふ、ありがとう。私はこういうのが好きで、パーラーメイドのお仕事をしてるんですよ」
親しみやすい桜の妖精に、はじめ遠巻きにしていた者も寄ってきて、車の周りはちょっとした人だかり。そしてスープにはユーベルコヲドで精神を落ち着ける効果が付与されていて、桜花の人柄もありほんわか弛緩した空気が流れていた。
「私たちが集うのは、集わねば襲撃で壊滅する拠点であるからです。でも、私達が来た以上、此の拠点は壊滅させません」
壊滅と言われれば息をのむが、続けてそれをさせぬと請け負う桜花に人々は安堵の声を漏らして。
「ありがたいけど、本当に大丈夫かなぁ」
「あんまり強そうには見えないぞ……」
なんて、コソコソ聞こえてくるのはまぁご愛敬だろう。思わず本音が出てしまうくらいには、ゆるゆるになってるようだ。
そんな彼らに桜花はこほん、と咳払いを一つして。
「緑野さんや此の拠点の奪還者も、貴方達を守るでしょう。貴方達は、守られるだけの無駄飯喰らいですか?」
違うでしょう? と挑発気味に言葉をかければ、なんだか気の強そうな少女が目を三角にして怒る。
「無駄飯喰らいなんかじゃない!」
「ええ。守られた拠点を発展させる技能が、貴方達にはあるでしょう? 守られた誠意を、誠意で返してみませんか」
「おお、やってやろうじゃねえかよ! ……と言いたいとこだけどなぁ」
「何か問題が? 言ってみてください。力になれるかもしれません」
言いにくそうな男の態度に桜花が促すと、彼ら彼女らは周りをきょろきょろと窺ってから。
「戦いのたびに田も畑も荒らされちまったりするからなぁ。働いても働いても中々、な」
「そうだよ。もっとちゃんと守ってくれたら、私たちだって……」
と、戦闘要員たちへの不満をこぼした。
拠点には自衛隊のレーションや廃墟から集めた保存食が備蓄されているが、農業などでの生産は今のところ消費を下回るので確実に目減りしていっており。奪還者のような働きも出来ない者たちは、人数割合は圧倒的に多いが、立場はあまり強くないのだそうだ。
(「んー。緑野さんいじめはそちらへの不満も込みで爆発したってことですかね? 強そうな兵隊さんじゃなく、大人しくて言い返さない緑野さんに集中攻撃するのはなかなか最低だと思いますが……」)
現状、数字だけをみれば生産のためコストが上回るため、実際に『無駄メシ食らい』と見下す者もいるのかもしれない。緑野がそうして鬱屈した感情やコンプレックスのはけ口となっていた可能性はあったが。
(「何かイヤな感じですね。……そういえば、グリモア猟兵さんは『人減らし』とか言ってたような? 緑野さんには熱心な支持者も居たそうですし、変な風にこじれなければいいですが」)
第六感が働いたか、あまり良くない可能性が思い浮かぶ。彼らからすれば、危険を冒し命を削って守った相手を背中から撃つような行為。今は抑えてはいても、相当腹に据えかねていておかしくない。
「そういえば、仲間から聞きましたけど。根子さんたちは緑野さんにはちゃんと謝ったんですか?」
「うっ。それは……あいつが。い、忙しそうでなかなか……」
気の強そうな少女――根子底子の目が泳ぐ。桜花も困ったときや噓をつくときによくやってしまう癖だ。そのある意味わかりやすい態度にしばし思案して、
「それじゃ、今から緑野さんのところに一緒に行きましょうか」
にっこりとほほ笑み、そう告げたのだった。
●負うべき責
「わ、わわわわ」
「……わわ?」
「悪かったわよ! あんたのせいでだなんて言って、ひどいこと言って!」
桜花が彼女らを引き合わせると、底子が謝罪の言葉を告げる。目を吊り上げてあまり申し訳なさそうな態度でもなかったが、
「……本当のこと、だから」
「いいえ。祐志郎さんは私たちの……特に私のためにそうしただけ。そういうことになったの!」
「なってないと思う……」
少しぽやっとした子がツッコみつつ、他の女子らも口々に謝罪していく。
透子はどうしていいか分からず、困ったような表情で桜花の方を見た。
「人が誰かの代わりに死ねるのは、願いや希望を託せると思うから、ですけれど」
その少女にとって、託されたものは重くなりすぎているのかもしれない。桜花は心が落ち着くようにと、スープの入った椀を渡しながら言い聞かせる。
「受け取った側は、悼むだけで良いんです。貴女が死なない事が、彼等の1番の願いですから」
「……良く、わかりません。私には、死なせてしまった人たちへの責任があります」
死んでいった人たちの家族を、祐志郎から託された皆を『私が』守らないといけない。少女はそんな義務感に押しつぶされそうな、憔悴した顔をしていて。
「そうですか……では、せめて貴女がどうしたら生き易くなるか、一緒に考えさせてくれませんか」
「……」
透子は、やはりどう答えていいか分からないようで、湯気を立てるスープの器をじっと見つめていた。人を思いやり、優しさを分けてくれる人たち。それを受け取るだけの価値が己に無いと思っているのか、あるいはそうして死なせてしまった相良の死の影響か……。
「緑野さん。私は、私が……私自身の意思で、あなたにそうしたいと思っているのですよ」
桜花は思う。
どうやって気づかせてあげられるだろう。彼らが願いや希望を託そうとしたことの意味を。
「……」
透子はやはり良くわからない、といった表情だったが、やがてスープに口をつけると、
「ありがとう。あったかくて、おいしい、です」
自信なさげに曖昧な笑みを浮かべながら、遠慮がちに、小さくこくりと頷いたのだった。
成功
🔵🔵🔴
第2章 集団戦
『各実験用消耗品』
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POW : 未完成な兵器
【生身の体を壊しながら、搭載された兵器で】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD : 慈悲を乞う者たち
【救いを求める掴みかかり】が命中した対象に対し、高威力高命中の【のし掛かりや無意識的な近接武器での攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ : お前も俺になれ
【攻撃】が命中した対象を爆破し、更に互いを【自らの情報を送受信する配線】で繋ぐ。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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●渇望
どうしてこんなことになってしまったのか。
どこで何を間違えたのか、あるいは何かの罰とでもいうのだろうか。目覚めたとき、変わり果ててしまった肉体に、どれだけ恐怖しただろうか。もう長く生きられぬことを悟り、絶望しただろうか。
「やめてくれ、もう、やめてく……ぎぃ、ぁああッあアア――!」
継ぎはぎの四肢は血の通った生身ではなく、冷たい鋼鉄の兵器が何かの冗談のように接合されていて。鋲で肉を抉り、無理矢理につなげたような雑なそれを振るうたびに、激痛が走り血が吹き出す。
「ガッ、アガ、ガガガッ、グガッ……た、たす、アアアァアアアアッ!!」
だけど、こうしている時だけはスゥっと痛みが楽になるのだ。
腕を落とし、足を落とし、内臓をぐちゃぐちゃにかき回して。
そうして死にゆく人間が浮かべる苦悶の表情が、耐えられぬ痛みへの絶叫が、もう助からぬと悟って見せる絶望だけが、この苦しみを紛らわせ癒してくれる。
「……もぅ……ぃ……ダ
……………シ……テ
…………」
ひゅっ、ひゅっ、と短い呼気。愚かにも慈悲を乞う生者に、オブリビオンは嗤う。
終わらせるものか。逃がすものか。命尽きたとしても、また苦しみ続けるのだ――俺たちのように。
――さぁ。お前も、俺になれ。
●襲撃
「ッ! 飛行型が……ですが、何か、おかしい……?」
濃霧の中、南西の盆地に集結していると思われるオブリビオンから散発的な攻撃が続いていた。
『なんだありゃ。弾切れ狙いか?』
小勢であれば現状でも十分に対応可能な拠点。設置された無人機銃が火を噴けばもがくように飛行する敵兵を捉え、空中で爆発が起こる。飛来する、迎撃、爆発。飛来、迎撃、爆発――。
「……」
戦闘に際してハーフミラーのヘッドマウントディスプレイ、増大する情報処理による脳の過負荷を支える、酸素供給用のマスクを装着した緑野透子(みどりの・とうこ)。まるでペストマスクをつけた死神のような出で立ちの少女の、その肩が何かに気づいたかのように一瞬ピクリと震え。
迎撃、爆発――は起きず、しかし飛行能力を失って地面に落下する敵兵士。いかにオブリビオンとて、少なくとも致命的なダメージ。脅威にはなり難いだろうが。
「すみません。……処理を、お願いします」
撃ち損じた敵の後始末に近くの歩兵らが向かい、ほどなくして銃撃と爆発音が響いた。
『オブリビオンを処理した。……奴ら、命乞いしてきやがるが、どの道最後は自爆しちまうようだ』
「そうですか。共有します。皆さん、気を付けてください」
『……姫さん、大丈夫か?』
「大丈夫です。やるべきことは、分かっています」
『なら良いが。しかしこいつら、どういうつもりでこんな風に』
イカれてやがる、と嫌悪感露わに吐き捨てる声が通信を通して聞こえる。
散発的だった敵の攻撃は徐々に本格的なものとなり、前線でも激しく砲火を交え始めた。
――許せねえ。何処に行きやがった。かえせ、かえせ、俺の……。
未だ晴れぬ霧の覆う戦場には、苦悶の表情を浮かべ、生者への憎悪を燃やすオブリビオンがいた。
――助けて、しにたくない。体中が痛くて、苦しいんだ。こわい、たすけて、たすけてくれ。
撃墜され、地面にたたきつけられ、足や腕があらぬ方向に曲がって慈悲を乞うオブリビオンがいた。
多脚戦車の下部に、胴体と頭だけを残した女性を逆さづりに接合したオブリビオンがいた。
うつろな目をした全身包帯の女の口はマスクで閉ざされていて、何も語りはしなかったが……。
「はっ、はっ……はぁっ……」
目まぐるしく動き始めた戦場に、拠点の戦術情報システム中核を担うソーシャルディーヴァの少女は状況に対応するため、表情のうかがえぬマスクの下でその呼吸と鼓動を速めていく。
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●マスターより
ご覧くださりありがとうございます。
今回は放っておいても自滅していく敵を『実験台』に、緑野透子(みどりの・とうこ)の実戦での教練というぬるま湯展開の依頼をこなしていただきます。
実は、今回ただ勝利するだけなら猟兵が何もしなくても拠点の戦力だけで大丈夫だったりします。
だからとっても楽しょ……コラソコ、石を投げないっ!
戦闘パートなので頑張って8~10名程度お返ししたい、予定……気持ち。
もしお受けしたプレイングの期限までにリプレイ執筆が間に合わなかった場合、再送をお願いすることになるかもしれません。すみませんが、もしよろしければご協力をお願いします。
●状況
拠点を守る防衛戦闘。
山岳に囲まれた台地に陣地を構築しているが、拠点そのものはそれほど防御に向くわけではない。
近距離まで寄せられれば居住区や避難施設には非戦闘員も多く、思わぬ被害を出す可能性が高いため、拠点の戦力は周辺の地形を活かしての早期迎撃を基本原則としている。
●敵
自壊していく火力高めの歩兵、飛行してくる両腕がチェーンソーな兵士、何の意味があるのか不明な、女性を下部に逆さづりにした多脚戦車など。
総じて地形への対応能力が高めっぽいので、迂回や思わぬ奇襲などにも警戒が必要かもしれません。
●プレイングについて
今回は基本、戦場ごとにリプレイを執筆させていただく予定です。
a.拠点
b.前線
c.周辺
何処で戦うか、場所を『1ヵ所』選択してください。アルファベット1字でOK。
何れの戦場を選択しても『緑野透子』とは端末を通じて会話可能です。
以下は拠点(NPC)戦力の各戦場での基本方針ですので、参考までに。
●拠点
居住区、避難所、本部施設等があり、非戦闘員が避難中。
前回のダメージは復旧しきっておらず、防衛能力は全体的に低め。
前線を抜けて敵がここまで到達する場合、総じて狡猾で強力な個体が多いため、本来は相良祐志郎(さがら・ゆうしろう)など、強力な単体戦力が予備として待機していた。
●前線
山岳地系の要所で早期迎撃するための特火点(トーチカ)などがある。
戦車(10式改)乗りなどを含む武官系の幹部の多数が主力を指揮して迎撃にあたる。
多数の敵を効率的に『処理』可能だが、肉薄された場合や強力な個体への対応能力が課題。
●周辺
田畑や果樹園等の生産拠点含む拠点周辺。
前線を抜けてきた敵に対応する第二の防衛線。生存・状況対応能力に優れた少人数が広い範囲をカバーしており、緑野透子も此処で活動。
前線に比べ火力に劣るため、あくまで打ち漏らした弱敵をカバーするか、時間稼ぎが基本方針。
ちなみにここで行われている農作は多品種少量生産。水田もありますがもちろん収穫前です。
●他
前回の襲撃時の反省を踏まえ、人員不足を解消するために非戦闘員にも後方支援の一部を任せてはという意見が出ています。
守られる対象ではなくなるため後方とはいえ危険度は増しますが、志願者もいるようです。
猟兵の意見も参考にされますので、意見がある方は【賛】又は【反】の1字を記載ください。
多数決ではなく、説得力のあるプレイングが来た場合はその意見が重視されます。
では、願わくばよい旅を。
緋神・美麗(サポート)
絡み・アドリブ歓迎
技能を駆使して命中と火力を底上げした範囲攻撃UCを選択して使用
数>命中>威力の優先順位でUCを選択
●喪失
悪趣味な人体改造、消耗品のように使い捨てられる兵器たち。台地にある拠点(ベース)はそんなオブリビオンどもの攻撃を受けようとしており、拠点の主力は南南西の地形を利用した防御陣地にてこれらの迎撃を開始した。
「戦術データ・リンクね。なるほど、頭とは言いえて妙だわ」
緋神・美麗(白翼極光砲・f01866)が手元の可愛らしい猫型端末を覗き込む。画面には敵味方を示すマーカーが表示され、敵の発見や撃破、味方からの要請などがニアリアルタイムで表示されていた。
拠点の新リーダー候補として猟兵たちに支援される緑野透子(みどりの・とうこ)。彼女はソーシャルディーヴァとして戦術支援システムの中核に組み込まれており、それは集団戦闘に於いて頭脳や神経に相当するものだった。
『緋神さん。西側の火点が――』
「歩兵集団の攻撃を受けそうね。確認した、もう向かってるわ」
ヘッドセットから聞こえる緑野の要請に一早く反応すれば、片目を覆うヘッドアップディスプレイにポイントまでの距離と方角を示すマーカーが表示された。
『感謝する。随伴歩兵から6名援護に』
「ノ―サンキュー。私一人でも十分よ」
『駄目です。付近で警戒中だった分隊を一時回します、合流して下さい』
「……一人の方が戦いやすいんだけどね」
戦車隊の指揮を執る野上景正(のがみ・かげまさ)の言葉を断り単身で向かおうとするも、緑野はバックアップ用に戦力を抽出し、味方を示すマーカーが合流地点への移動を開始した。
「ゆるセねぇ。どこだ、どコにやった!」
敵の歩兵は両腕の代わりに昆虫のような前脚をつけており、登攀能力にも優れているようだった。凶悪なまでの怒りと憎悪を浮かべたそれらは、その感情の熱量そのままにトーチカへ素早く接近し、やがて旺盛な火力で砲撃を加え始めるだろうが。
「そう簡単にはいかせないわよ……モードチェンジ、ライトニングストリングス!」
青白い稲妻が走り、糸状に展開した電撃が集団を捉えれば、焼け焦げ肉体が思うように動かぬ敵の襲撃は頓挫した。虫のような前腕を震わせながら、
「おマエがトったノか? かェせ、おれの……おレた、チの……ッ!」
未だ戦意は欠片も失せていないそれらに合流した分隊が銃撃を加え処理していく。
「……わたしに言われても知らないわよ。内臓まで取られちゃってるのは可哀そうだけど、さ」
憎しみに歪むオブリビオンの骸は生命を維持するための機能を喪失しており、そこには代わりに破壊と殺戮のための鋼の銃弾が詰め込まれていた。
●実験
前線では拠点戦力の主力が対応に追われ続けていたが、敵に決戦を挑むような様子も見えず。現状では被害はほぼ0に近く、逆に敵は一方的な損害を積み上げていた。
(兵器実験? それともこちらの反応を確かめている、のかしら?)
攻撃の脈絡のなさと逐次投入による無駄な犠牲。戦術的な目標などないようにも見える。
『くそ。来るならとっとと纏めてかかってきやがれや……』
「? 勝ってるのに不機嫌そうね」
戦車隊は短期決戦を希望していたのか、やや焦れはじめていた。
『今回は猟兵の皆さんも居てくれます。戦力は十分なはずだから……じっくりと迎え撃ちましょう』
「……あぁ、了解」
緑野は犠牲を最小限に抑えるべく、長期戦になってもじっくり付き合うつもりのようだ。
『だが懸念点もある。猟兵殿らにも伝えておくぞ』
野上が通信で告げるには、どうやら『敵の多脚戦車が徐々に行動の精度を上げつつある可能性アリ』ということだった。回避が、命中精度が、現時点では彼の戦車隊に及ばぬものの徐々に差が埋まりつつあると感じているようだ。
「撃つたびに自分が壊れてくような、あんな戦車がね……」
『学習、適応能力とでもいうのか。高い成長力を持っていると感じた。気を付けてくれ。生身の部分を狙えば、やはり弱点なのか上部装甲で庇おうとするようだが……』
『……破壊後もしばらくは行動可能なようですね。動きは無茶苦茶のようでしたが』
『何をするか分らん奴は、怖いぞ。現に飛行型にその隙を突かれて若干の被害も出ている』
注意を促す野上に、緋神はおぼつかない足取りで霧の向こうから現れる戦車を見た。
それは未完成な兵器。成長する兵器。自壊していく兵器。
「あれは……何か、嫌な感じがするわね。そう、酷く、何かが冒涜されたような」
湧き上がってくる感情は怒り、だろうか。
四肢が無く物言わぬ女性を下部に逆さ吊りにした戦車――何者が、こんなものを作ったのか。
成功
🔵🔵🔴
ウーリ・ノルテ(サポート)
・性格
自己肯定感が低く傷つくのが怖い為、初対面の相手には損得で距離を図ろうとします。
戦闘や対人面で窮地に立たされると徐々にテンションが上がってしまう一面も持ち合わせています。
・戦闘
ユーベルコードは指定した物をどれでも使用します。
一度死を体験している為、多少の怪我では怯まず積極的に行動します。
行動不能に陥りそうな時は敵や周りの物から「生命力吸収」を使用して回復を図ります。
(連携・アドリブOKです。宜しくお願い致します!)
●前線
そこは狩場だった。
獲物は真っ白なモヒカンに、土の色をした逞しい肉体の男たち。ただあるはずの両腕はなく、昆虫の脚に似た硬質な部品が代わりに四本、取り付けられている。
――どコだぁ。ドこニやっタァ……!!
赤々と怒りに燃える目。血が滲み汚れた接合部からやがて血がしぶいても、なお前進を止めぬ者共。戦場に降る鋼の雨がその身を砕いてさえ、獣のような叫びをあげ、戦場を闊歩する過去の残滓――オブリビオン。
(……君は、何を探しているのさ)
誰にも見て貰えなかった、見つけて貰えなかった疵を根源に持つ少女――ウーリ・ノルテ(西洋妖怪の悪霊・f34595)は敵の歩兵があげる怨嗟の声に、言いようのない不安を覚える。
かつて、ウーリは天涯孤独だった。失われた都を故郷に持つ呪われし存在は、絶望的な孤独感の果てにやがて生きることを諦め――だというのに、この身は悪霊と化してまで世界に繋ぎ止められたのだ。
(そんなになってまで、何かを求めるのかい)
敵の歩兵は背に砲塔が取り付けられ、抉られた胸部の代わりにその弾薬を抱えていた。何かの延命措置があったとして、到底長くは生きられぬ躰。
――ガァアアアアッ!! カ、エせ……ッ!!
装甲車から浴びせられる銃弾がその身を穿てば、それでも男はちぎれた下半身を置き去り、虫の脚で這い進む。そしてまた砲火が閃き、空気が震え、流れ出る赤黒い液体が地面を濡らしていく。
ウーリとて多少の怪我ならば耐えられる。肉体の痛みは、死の体験にさえ及ばないから。だけどあれほどの執念は――。
「あっ」
敵の歩兵は装甲車と戦車に蹂躙され死屍累々だった。その後方に居た多脚戦車は後退を始めていた。一台の戦車が追撃にと前進し、その足元で転がる屍――オブリビオンが、カッと目を見開いた。
――執念が、その喉元に食らいつく。
●生死
『くそっ。ほとんどミンチになってたろうが……!』
至近距離からの砲撃で履帯を破壊された戦車に、多脚戦車より砲弾の返礼が降り注ぐ。足を止めた車両など良い的でしかない。
――被弾、出火する車体。
『野上機被弾! カバーを、急いでっ――!』
『脱出だ。いけいけ、ほれほれ!』
通信に悲鳴のような声が混じり、
『ザッ――隊長も……はやっ――!!?』
――被弾、炎上――爆発。
ハッチから這いだした数人の人影が、炎に巻かれ木の葉のように吹き飛ぶ。
地に叩きつけられ、何かが砕ける嫌な音が響く。火だるまと化した人影から絶叫が上がる――それでも。
「……君たちは、生きることを望まれているんだね」
遥かから届いた慈愛の光が彼らを包み、その生命を辛うじて護っていた。血の海と泥にまみれ、どうにか火を消し止めた者たちが仲間に手を貸し立ち上がる。生き残った戦車に装甲車までもが前面に出て、決死の態勢で多脚戦車を牽制する。
だが戦車隊はすでに戦闘車両を除いた歩兵戦力を火点の防衛支援等に充てており、現場に動ける駒は限られていて。生身を晒す兵士たちに、敵の歩兵が死に際の殺意を束ねて襲い掛かろうとしていた。
「……やっぱり駄目だよ」
そっと呟くウーリが立ちはだかれば、敵は今まで以上に激高した。
『ユるせ、ネェ……ッ! どウシて、おマエらだけ、ガァ……ッ!!』
「許されたことなんて、ないさ」
『な、レ……おマエも、おレに……っ!!』
「駄目だ。諦めて」
オブリビオンの憎悪は、宿敵たる猟兵――悪霊の少女ではなく、なぜだかそれに守られる兵士たちを刺そうとしていた。けれどウーリの傍には恐怖によって召喚されるおぞましき怪物――バロックレギオンが、いつの間にかたたずんでいて。
「生き延びた……か。感謝するよ、猟兵のお嬢さん」
おかげで命拾いした、と戦車隊を率いる野上たちが礼を言って。
移乗した装甲車から指示を飛ばせば、再編した戦線は徐々に後退していく。どうやら山中に展開させていた歩兵を固め、迂回の阻止等はある程度諦める方向へ転換したようだった。
「この人たちを連れて行くのは駄目だけど、さ」
後退していく部隊をレギオンと守りながら、ウーリは己が怪物がとり殺した骸へと囁いた。
「探し物、見つかるといいね」
……そうじゃなきゃ、きっと寂しいからさ。
かつて孤独に苛まれ、遂には絶望し――命の終わりを望んだ孤独な少女は、何故だかそう思ったのだ。
成功
🔵🔵🔴
シュゼ・レッドカラー
不採用含め全て歓迎っス!
なるほど、守るには前線に特攻するだけじゃダメかも知れない訳なんスね…。
じゃあ自分はお腹空いたんでbに突撃っス!
後は一心不乱に味方にも頼らないっスよー。とは言えそのままだと味方の攻撃に巻き込まれかねないので、特化点よりも内側、撃ち零しを狙うんス。
結果的にきちんと連携している気がするっスけど、他のメンバーと連携するつもりはないっス。お腹が空いてるんスーっ!!
敵UC、掴みかかりには蛮戝ナイフで迎撃カウンターっス。脳天にブチ込んでUC始動、動きを止めたら覇気をナイフやフォークの形にしてガンガン解体するっスよ!
敵も味方も胃袋に入ればみんな平等なんス。いっただっきまっス!
●捕食者
「……? 撃ち零しが増えてきたっスね」
前線の側面にあたる山中にて、シュゼ・レッドカラー(牙ある野性、双拳を持ちて食らいつく。・f25319)が不思議そうに首を傾げた。彼女は火点を潜り抜け、後方まで浸透しようとする敵を人知れず捕食していたのだが、流れてくる敵がにわかに増えはじめていたのだ。
「ん~。何かあったっスかね」
念のため渡されていた端末を起動させる。
『シュゼさん!? 良かった、繋がった』
と、間を置かず透子から通信が入る。
彼女が言うにはどうやら前線の主力に若干の被害が出た為、展開していた歩兵を呼び戻したそうで。このままではシュゼも現在のポイントで孤立しそうな為、すぐに後退して欲しいとのこと。
「ああ、それなら。味方の攻撃に巻き込まれる方が怖かったっスから好都合っス」
『でも、たった一人で』
「初めからアテにしてなかったから大丈夫っスよー」
味方にも頼る気はなかったというシュゼはいっそ能天気なまでの態度で応じる。
時折混ざる咀嚼音は、戦闘の最中だというのに何かを食べているようで、緊迫感は感じられない。
『何か、食べているんですか?』
「あはは。今、ちょっと一休みしてごはんの時間っス」
『……本当に、大丈夫なんですね?』
「腹八分目で良い感じっス。もぐ、もぐ」
その様子に、透子は案外敵が薄いのかと考えてしまったようで。
『危険を感じたらすぐに連絡を。それから、どうか無理はせずにお願いします』
忠告し、通信を切った。
その時シュゼが一体何を食べていたのか――深く追求せず気付かずに済んだのは、幸運だったろう。
●空腹
時は戦闘開始から数刻ほど前のこと。
シュゼは緑野透子(みどりの・とうこ)を含めた、拠点幹部らとの打合せの場に居た。
「なるほど、守るには前線に特攻するだけじゃダメかも知れない訳なんスね……」
「はい。襲撃の規模にもよりますけど、単純な正面衝突を繰り返していては被害が大きすぎますから」
拠点の戦い方は、戦車や戦闘車両の機動力と火力、要所に設置された火点と地形、歩兵の連携で集団を一つの生きもののように有機的に動かし戦うもの。それを支えていたのが、ソーシャルディーヴァである透子を組み込んだ戦術支援システムなのだという。
「じゃあ自分はお腹空いたんで前線に突撃っス!」
「???」
なにが『じゃあ』なのだろう。特攻じゃなくて突撃になったけど、あんまり変わらないような……。
「あ、あの。お腹空いてるのだったら、大したものは用意できないけどごはんを」
「いいんスか?」
若干混乱しつつ透子が提案すると、出された物はもちろん食べるつもりのシュゼ。だけどどうやらメニューに彼女の大好物である肉はないようだ。
拠点では祝い事などがあるとごくごく稀に食卓に上がるのが鶏やウサギなどの家禽。家畜はめったなことでは締めず、肉は超が付く贅沢品だった。
「猟兵の皆さんになら、振舞えると思います。でもごめんなさい。あまりたくさんは……」
「なら大丈夫っス!」
シュゼは、今はお肉をがっつり食べたい気分なのだ。その調達先ならば心当たりもあった。
「お腹が空いてるんスーっ!!」
「え、えええ……?」
――そう。シュゼは、とても空腹だったのだ。
●食事
「お、またおいしそうなのが来たっスね」
斜面を這い進んで現れたのは多脚戦車だった。その姿を認め舌なめずりするシュゼ。向こうもこちらに気づいたのだろう、すぐさま攻撃を――加えることなく、まるで怯えるように慌てて逃げ出した。
「人部分が弱点、だったっスかね」
新たな獲物へ獣の如く襲い掛かるシュゼは、多脚のその足元に潜り込んでナイフ一閃。ナイフと呼んでいるが、実態は背丈をも超える肉厚な中華包丁だ。戦車下部からちぎれ落ちた女性部分がビクンと跳ねる。臓物をこぼし、そこにつながれた管をまき散らして、何も言わず――言えず、ただ横たわる。
『あああ、……やめてくれ。助けてくれぇ
……!!』
崩れ落ちる多脚戦車。その下敷きにならぬよう、もぎ取った生身部分を抱いて下がるシュゼに、今度は上空より飛行型の敵が急降下してくる。
「良く見ると美味しそうっスねぇーっ!」
歩兵型に比べればずいぶんとスマートそうな外見。優男じみた飛行型の両腕にてチェーンソーが唸りを上げ迫るも、蛮戝ナイフが迎撃。敵の勢いも乗せたカウンターをその脳天にブチ込んで。
「敵も味方も胃袋に入ればみんな平等なんス」
『……ッ~!!』
「いっただっきまっス!」
ゴーグルが砕け、頭蓋を半ばまで叩き割られた男の声にならぬ叫び。シュゼは纏った覇気をナイフやフォークの形に変え、恐るべき速度で敵を解体していった。
『……な……ぃ』
「おっとぉ」
体の中に仕込まれていた爆弾が残った燃料と共に爆発し、一帯を熱と爆風がシェイクする。ちゃっかりとその範囲から逃れた捕食者は、切り分けた肉を抱えていて。
生肉を食む咀嚼音が響く。その猟奇的な光景を恐れてか、いつの間にか再起動していた多脚戦車が逃げていく。
「ありゃ。まぁ、アレはもう食べるとこほとんどなさそうだし良いっスかね……」
シュゼは接合部から血や残った臓物をこぼし、転がるようにして去っていく多脚戦車を見送った。
情報では生身部分が破壊されてもしばらくは動けるとも聞いていたが、動きもどこか苦し気で、後方に居る猟兵たちの脅威になるとも思えない。放っておいてもいずれ停止するだろう。
「そんなことよりごはんっス! 獣だろうが人だろうが肉は肉っスよー!」
そう、恐らく敵にとっては大変運の悪いことに、シュゼは――とても空腹だったのだ。
成功
🔵🔵🔴
レイ・オブライト
賛
理由は?
前向きな意志でc行きならフォローはする
先の作業中目星をつけた守りの穴
多少は補った筈だが全体共有し注意促す
c
基本は覇気+格闘
小物は衝撃波で消し、主に拠点により近い難敵対応
緑野の声も参考に
敵味方なく、死が
痛むか
オレもだ。だから戦う
人や拠点の守り諸共に敵爆発兆候あれば
かばう+UC
属性攻撃(電)で速攻消し飛ばす。覇気オーラ防御で余波も遮断
負傷はVエンジン限界突破し再生・継戦力高め続投
緑野とは平然と通話のみ保ちトラウマ刺激回避
昔話するなら
オレは相良側であんたのような奴の為死んだ
後を頼むのは言葉通りの意味より
惚れた女を生かす約束でありたい、もっと心ある祈りに思える
勝手だと恨んでやるくれえでいいさ
御園・桜花
a
賛
「自尊心を満たせないのは、辛いことだと思います。彼等を満たせる明確な役割は、あった方が良いと思います。此れが、協調できる一歩になれば良いと思いますけれど」
「出来る事を見付けて下さい。耐える事を学んで下さい。協調する事を覚えて下さい。何れも成さず、無為に拠点を抜け出すのなら。あれが貴女達の未来だと思います。不平と不満と、間違った成長にしがみついた結果の1つ…お可哀想に」
拠点で情報共有して貰いながら待機者達と話す
上空から来ようが包囲網を抜けてこようがUC「出前一丁・弐」で対応
真正面からでなく横から敵にマッハ9で吶喊
その様子をaの人々に見せる
戦闘後
悍ましい実験の犠牲になった方の転生願い鎮魂歌歌う
鳴上・冬季
賛C
「私は彼等が全滅しても構いませんが。貴女は違うのでしょう?」
金剛力士金行軍を
3体1組
12組で1隊に編成
会敵時8組が砲頭より鎧無視の無差別攻撃で蹂躙
4組にオーラ防御命じ
2隊でC全域巡回
1隊と自分で緑野警護
「緑野さん。拠点の人間から貴女の護衛をきちんと選ぶべきです。戦場で貴女が失われれば、代われる人間はいないのです。貴女が1番失われてはいけない駒だと自覚しなければ、貴女は何度でも相良さんを失うことになる」
「戦わない人間もネットワークに繋ぐべきです。戦いを忘れて生きていけるほど、この世界は甘くない。甘やかされても生きていけるという錯覚は、彼等自身の死期を早めることになる。放置できない問題です」
四王天・燦
《華組》
C
後方支援は『殺す手助け』の自覚と覚悟がある者だけがやりな
今回はンな覚悟して欲しくねえのが本音だ
酷い姿の敵だよ
透子に精神安定を期した慰めの稲荷符を貼り付ける
御守だよ
うちの神社のは御利益ありと評判なんだ
敵の死を見て参っているのかもしれない
プレッシャーもあるだろう
シホの慰め以上の無用な言霊は紡がず、ただ負荷の緩和に勤めるぜ
シホ、アタシが前に出る
透子のことと、いつも通りの援護を頼むぜ
抜けてきた敵に八卦迷宮陣で幸せな白昼夢を見せて足止め
メカニック知識で機械部のコアを見切り、神鳴で貫く
―せめて人に戻る夢を見ながら逝けますように
透子を通してシホにも撃ち抜いて欲しい箇所を伝えるぜ
これが出来る精一杯さ
シホ・エーデルワイス
《華組》
C
透子さんを守りつつ戦闘知識で補佐
彼女の精神状態を医術と読心術で診て
適宜手を繋ぎ『聖印』に触れさせ落ち着かせる
また
第六感と聞き耳で警戒し
オーラ結界で庇い防御できるよう注意
戦いを間近で見るのは初めて?
今回の敵は相手の良心を攻めてくる類です
決して深入りしてはいけません
私達にできるのは弔うだけです
飛行系等が迂回し奇襲を仕掛けないか注意
『聖瞳』の望遠機能で【祝音】や
燦の指定箇所を聖銃の追跡誘導弾によるスナイパーで援護射撃
賛
ただし
恐怖と戦う覚悟のある人のみ
敵を殺せなくても良い
戦闘員と非戦闘員の軋轢解消を目指し
皆を守る為
戦う勇姿を見て欲しい
抱え込み易い透子さんにとっても
皆を頼れる流れができて欲しい
●方針会議
オブリビオンの襲撃より日は遡る。
猟兵たちは拠点の方針、特に今後の戦闘や生存に関わる方針を話し合っていた。そんな中、拠点の中心人物と目される緑野透子(みどりの・とうこ)へ理をもって滔々と諭すのは冬季鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)だ。
「緑野さん。余裕があるなら、戦わない人間もネットワークに繋ぐべきです」
「どうして?」
不思議そうに尋ねる透子。ソーシャルディーヴァたる彼女のネットワーク端末は、現状では戦術支援用としてその所持者も戦闘要員に集中していた。その用途を考えれば一般には必要ないと判断したのだろうが……
「戦いを忘れて生きていけるほど、この世界は甘くない」
ただ守られることを享受する一般人――それが当たり前だった旧世界の常識はもう通用しない。にも拘らず、ぬくぬくと守られることに慣れてしまった人々は、あろうことか自らの守護者を攻撃するような真似までしていたのだ。
「彼等がああなのは、甘やかされても生きていけると錯覚したからです」
「……それは、いけないことですか?」
透子が悲し気に目を伏せる。拠点に居る者は皆、かつての喪失を体験した者たちだ。皆が傷を負い、そして皆がそれに耐えられるほど強いわけではない。それが分かっているから、少女は何を言われても言い返さず、自らを犠牲にしてでも守ろうとしていたのだろう。
「私にとってはどちらでもいいこと。ですが」
なればこそ、と冬季は思うのだ。
「それは彼等自身の死期を早めることになる。放置していい問題ではないでしょう? 他ならぬ、貴女自身にとって」
「それ、は……」
「私も、皆を守る為、戦う勇姿を見て欲しいです」
シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)もこの意見には賛意を示す。
「恐怖と戦う覚悟のある人であれば。敵を殺せなくても良いんです」
ただ、両者の間にわだかまる垣根を取り払う一助になれさえすれば、と。
(そして願わくば、抱え込み易い透子さんにとっても、皆を頼れる流れができて欲しいです)
正しいことを行う者があたら傷を負わせられることなく、報いられて欲しいと。助けを叫べずとも、差し伸べられる手があって欲しい、と――。
透子は二人の言葉にしばし懊悩した後、
「……戦闘のストレスに晒されれば、耐えきれないだろう人もいます。今だって、ギリギリな人たちがいます。今はまだ……強制はしたくありません。皆に、選んでもらいます」
「甘い、ですねぇ」
「……ごめんなさい」
冬季には随分と生温い決断に見えるが、それは透子らしくもあり。
意外にも芯は頑固そうな少女のつけた落としどころなのだろう――と、萎れて申し訳なさそうにする顔を眺めつつひとまず納得して。
「それと。拠点の人間で、貴女の護衛をきちんと選びなさい」
これは、むしろ拠点の者も含め誰も指摘しないのが不思議な点だった。傍から見ていても彼女は一人でフラフラしていることが多く、本人の能力や性格的なものを考慮しても危うすぎるのだ。
「戦場で貴女が失われた時、代われる人間はいないんです」
「……はい」
こくりと頷き、素直に従う透子。
「貴女が、1番失われてはいけない駒だと自覚するべきです」
「わかって、います」
かけがえない大切なものを託されてきた、自覚はあるのだ。
しかし、冬季はそんな少女に厳しい目線を向け、威圧感を滲ませながらなおも言い募る。
「それを間違えれば、貴女は何度でも相良さんを失うことになる」
「……うぅ」
突き付けられる鋭い指摘。前とは人が変わったように厳しい態度。怯えた表情で俯く少女を冬季は逃がさず、甘やかすこともない。
「本来なら、戦闘時は遊撃強者と共に貴方も拠点で差配するべきです。貴女も自身の指しミスを許すべきではない」
「……わかり、ました。ごめんなさい、私が……ちゃんとできないから」
何か思うところがあったのか、申し訳なさそうに消沈する透子。
ただ、配置に関しては今回は猟兵がいるが、そもそも拠点の戦力は余裕が無く。システム的にも戦術的にも前線と拠点の間を埋める者は必要であり、それが出来る人間も限られていたことを伝えてくる。
それは、今回は理想に近い守りを敷けたが、そうでない戦闘では無理せざるを得ないということ。拠点は以前から危うい綱渡りを続けていて、いつ滅んでもおかしくなかったという事実を示していたが。
「自覚しなさい。それでも皆を救いたいと望むのなら、今のままではいけないと」
「……」
やや涙目になりながら頷き、従う少女。
ただ護衛については、そもそも戦力を増強しないと厳しいそうで。候補として挙がるのは希望者への偽神細胞の移植、その他禁断の技術の行使だが……。
「それは、仕方のないことなのでしょうか……?」
「生き残りたいのなら、そのために必要なことを考えて、せいぜい足搔いて見せることです。滅びに向かう現実から目をそらし、現状維持に逃げているだけでは何もつかめませんよ」
「……鳴上さんは、強いですね」
生きるために何かを、誰かを犠牲にせざるを得ない悲しさと罪悪感。
透子は自らの胸元をきゅっと握りしめ、そこで脈打つ、弱い心を疎ましく思った。小の虫を殺して大の虫を助ける――いざという時……いいや、差し迫った今、自分には必要な決断が下せるだろうか。
――はじめから。もしも、私なんかじゃなく、鳴上さんみたいな人が居てくれたら、みんな……。
(……なんて、妙なことを考えてそうですが。まぁ、生きた時間を思えば十分聡い方なのでしょうね)
どれほど伝わったのか、理解したのか。あまり本質的な部分を分かっていなさそうな透子を観察しながら、冬季は言った。
「破天荒で敵を鏖殺するのが仙の本質。私など未々です」
その敵が来るならば。このどこか頼りない指導者の少女を完全に守り抜く、との想いを胸に宿して。
「オレからも少し良いか」
と、拠点近距離の防御について意見を述べるのはレイ・オブライト(steel・f25854)。彼は先日の補修作業で気付いた点を挙げ、改善や注意を促す。
「戦力も資源も有限だ。完全にとはいかないだろうが」
拠点の防御は、基本的に近づかれる前に敵を処理してしまおうというもの。前線を抜けられた場合は罠や無人兵器などが迎撃し時間を稼ぐように作られているようだが――如何せん抜けられた後の防御が脆弱に映る。
残された僅かな防御リソースでは人命を優先する方針を取っているようだが、戦闘知識にそれほど明るくないレイであっても、拠点に致命的ダメージを与える手段は思いつく。整備能力、武器弾薬、食糧、生活環境の何れかを失っただけで拠点の維持は困難になるだろう。
「遠隔、無人兵器も、緑野が掌握しているものが多いな?」
「……」
「いくらか防護を高められたはずだ。人員の配置も考えてみろ」
「……はい」
「不安がらせるな。役割を与えろ」
なまじ集団の規模が大きいのだ。彼らの感情のコントロールが効かなくなれば、内部分裂で自滅する可能性も高く。オブリビオンもユーベルコードも多様で一概には言いにくいが、拠点の弱点としては物理以上にパニックや猜疑心などの心理面もあった。
だから、犠牲を厭うだろう少女にレイは告げる。
「誰だって死にたくはないだろう。だがな、覚悟はしておくべきだ」
死を潜り、死の影を濃厚に纏う男は思うのだ。
たった一人、わずか一日だけでも生き延びさせることが出来たなら。そのためになら笑って死んでいける奴らだっている。此処はもう随分前からそういう世界――滅びに瀕し、無様にあらがう世界なのだから。
●後方支援
「そうですね。自尊心を満たせないのは、辛いことだと思います」
そう言って非戦闘員の心情に一定の理解を示すのは御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)。
「レイさんも仰るように、彼等を満たせる明確な役割は、あった方が良いと思います」
「後方支援の一部に志願を募るという話は出ています。すでに希望者もいるそうです、けど……」
透子としてはあまり歓迎する事態ではなかったのだろう、浮かない顔。
旧世界の残り香も強く感じる、ある意味では幸福な拠点。装備・兵器や戦闘員の練度を見るに、軍隊としての前身があり、『民間人』に対する対応にもその指針が受け継がれているのだろう。だけど、
「ただ『守るべきもの』として遠ざけられて――みそっかす扱いされるのは、きっと悲しいですよ」
「そんな風には……いえ、そうなのかも……しれません」
本日何度目かもわからない反省。飼い主に叱られた子犬のようにしょぼんとする透子の肩を桜花は優しくポンポンと叩いて。
「さぁ、それじゃこれで緑野さん駄目出し会議もそろそろ終わりでしょうか」
「ううぅっ……」
ちょっと恨みがましい目で見あげる少女に、
「此れが、協調できる一歩になれば良いと思いますけれど」
桜花はにっこりとほほ笑んで、願いを口にした。
「後方支援は『殺す手助け』の自覚と覚悟がある者だけがやりな」
「やるやるっ!! やってやるわー!!」
「あー……。お前も来ちゃったのかぁ……」
四王天・燦(月夜の翼・f04448)の覚悟を問う声にやたら威勢のいい返事が返る。集まった志願者の中にその顔を見た燦はというと、とても微妙な表情だ。
「今回はンな覚悟して欲しくねえのが本音だけど……」
「無駄飯喰らいじゃないので! 無駄飯喰らいじゃないので!」
一見気の強そうな眼、だけど強い相手には逃げ足が速い少女の名は根子底子(ねこ・そこね)。何かと先陣を切って動くその姿は、反射で動いていそうで……何をどこまで考えているのか不安にさせる。
「理由は?」
それが前向きな意志での志願ならば、とレイが問えば。
「……私は、祐志郎さんが限界だったってことさえ知らなかったし、教えて貰えませんでした」
キッ、と目をとがらせて透子を睨……もうとして、そんな様子を桜花がじーっと見つめていることに気づくとサッと目をそらして誤魔化しながら。
「頭の上で勝手に決められて、何も知らず何もできずに死んだり死なれるよりはマシだわ」
「……ま、いいだろう」
今後、いずれにせよ必要となるならば猟兵が居る今回の方が経験を積むのにも危険度は少ない。素人の面倒を見るというのは、はっきり言って戦場では邪魔となるだろうし歓迎とまではいかないが……。
「フォローはする。悔いの無いように、な」
と、言葉少なに告げるレイ。
「勿論、です! 大丈夫。害虫駆除なら作業で慣れてますからっ!」
「……」
何も考えてなさそうで返事だけは良いその姿は、早まったかと思わせる面もあったが。
「それじゃええと……どうか、よろしくお願いします」
「……あぁ」
透子がすがるような目で頭を下げてくるのを見て、男は帽子を深くかぶり直し、頷いた。
厄介ごとというのは、どうやら順番も待たずに次々とやってくるものらしい……。
●戦場にて①
燦は女の子が好きだ。女の子を救うことが宿業だと考えてもいる。そんな彼女は戦闘に際して戦装束となった透子へ、精神安定を期した慰めの稲荷符を貼り付けた。
「御守だよ。うちの神社のは御利益ありと評判なんだ」
透子は酸素供給用のマスク、ゴーグル型のディスプレイに黒いフード付きのコート。グレネードランチャーとその弾薬や、謎の機械類をゴテゴテと上半身に装着し、頸部脚部にチューブの様なものを取り付けた姿――一見すると退治や封印のお札を貼られている悪魔か妖怪の様にも映ったが、燦にとっては女の子判定で良いようで。
(敵の死を見て参っているのかもしれない。プレッシャーもあるだろう)
そんな思いから用意した気遣いの護符を貼ってあげて。
「ありがとう、燦さん」
そう言って札を大事そうに撫でる手は、微かに震えていたのだ。
それなのに――。
「戦いを間近で見るのは初めて?」
シホの問いに不思議そうにフルフルと首を振る。あどけない表情は今はマスクに覆われて見えず、普段は言葉少なな少女は。
「そう。それでは、こうやって戦ってきたのはどれくらい?」
「ずっと。お父さん達が私にこの力をくれてから、ずっとです」
シホから見ても争いごとに向く性格では無いにも拘らず、何年も凄惨な戦場に身を置き続けてきたという。災厄を生き残った軍組織で、初めは崩壊した通信の代替手段として。それから、軍の戦術支援システムに組み込まれる形として――なまじ能力が高く責任感もあったため、負担は増えていったのだろう。
そして今。
彼女は勇敢だった。敵を恐れなかった。疲れを知らず、いつまでも戦うことが出来た――少なくとも、そう振舞っていた。そうであるための用意は整っていたから。
「シホ」
「……今は、この戦いを終わらせることを考えましょう」
燦のどこか辛そうな声。シホは声を潜め、そう返すのがやっとだった。
「? どうかしましたか? ああ、もし気分がすぐれないなら、どうぞ休んでいてくださいね。大丈夫。戦線は今のところ安定しているし、何の問題もありませんから!」
出会った時まるで死人のようにさえ見えた少女は、猟兵たちの気遣いと献身あって確かに持ち直しているようには見えた。だけど、戦装束に包まれた今の姿は不自然なまでに活力に満ちていて。
(アドレナリンで自然にハイになったのとも違いますね。やはり、何かの薬品の影響でしょうか)
シホは医術的知識から透子の状況を観察し、そこに集中力や知的能力の強化を認めていた。
酸素や電極、薬液の入った装置、体につながれたチューブ。安定したパフォーマンスを発揮するため、疲れず、常に集中し、最適な判断が出来るようにと――いわゆる『頭の良くなる薬』のような物も使われているのだろう。
「ほら、見てください。飛行型は自滅のようなことしかできないし歩兵型は一方的に倒せています。多脚戦車も、私たちの戦車隊の相手ではありません! だから大丈夫。大丈夫。だだいじょうぶ……!」
いつになく多弁で社交的な少女の姿は、却って痛々しく映る。だというのに、本人は明るく、そして幸せそうに振舞うのだ。
「でも、皆さんがついていてくれて、良かったぁ~! こんなに安心して戦えるのは、はじめてです」
「そう……良かった、ね」
「はいっ!」
マスクの裏側ではきっと無邪気な信頼と、見たこともない笑顔を見せているのだろう。シホはその手を取って『聖印』をそっとあてがい、薬物によって誤魔化されているだけの不安や緊張が少しでも和らぐように願う。
(……まるで蜥蜴が竜として振舞うような、滑稽な姿ですね)
人々は旧世界の倫理を捨て、禁忌を冒し、犠牲を差し出してでも生にしがみついていた。透子の現状はどう見ても『まとも』とは程遠く。それは自らをシステムの一部、消耗品として差し出す行為で。
「野上機、多脚戦車撃破! ……どうですか。私は、ちゃんと、できていますよね!」
「……」
険しい表情で見つめる冬季に、少女は不思議そうに首をかしげるのだ。まるで、きっと褒めて貰えるとでも思っていたかのような態度で。
けれど心を捨て、完全になろうとした愚かで哀れな人間は、結局何もわかっていなかったから――
『くそ。来るならとっとと纏めてかかってきやがれや……』
通信から漏れ聞こえてくるのは戦車隊の焦燥。彼らとしては戦闘を長引かせて、いたずらに彼女に負担をかけ続けたくなかったのだろう。だが採られるのは安全を最優先した消極的な守りの態勢で。
『くそっ。ほとんどミンチになってたろうが……!』
後退する敵に追撃を焦った戦車が、思わぬ反撃に擱座し――
「野上機被弾! カバーを、急いでっ――!」
――そして、また、失う。
(いっそ、生きることに向いていない人間。何を間違えてこんな過酷な世界に生まれてしまったのか)
悲鳴のような声に、だから忠告したでしょう、とは言えなかった。あまりにも惨めで哀れ過ぎたから。
「信号、消失。うそ? ……やだ。もう、……あ、ああああああああ……――っ!?」
頭を抱え、うずくまり、絶叫する声。
それは、癒えぬ傷を抉られた少女の心がとうとう折れる絶望の音に似て――けれど、その寸前。
「シホ、映像送る!」
「……はいっ」
燦は咄嗟にシステムに介入し、シホの『聖瞳』には前線に居た猟兵の視界が共有されて。
(主よ、この方にどうか慈悲と祝福をお与え下さい)
あたたかな慈愛の光があふれだし、遠く遠くへと運ばれていく。
視界にあるのは火に巻かれ、地に叩きつけられ、泥と血の海でもがき苦しむ兵士たちの姿。
「死なせ……ませんっ!」
致命傷と持続するダメージ、癒しのユーベルコードを発動したシホの体を凄まじい虚脱感が襲った。
『すまない、しくじった。だが、どうやらおかげで命拾いしたようだ』
前線では端末や装備こそ破壊されたものの、シホのユーベルコード『苦難を乗り越えて響く福音』が間に合ったことで人的損害は辛うじて回避出来たようだ。通信からは戦車隊を指揮する野上景正(のがみ・かげまさ)より損害状況と猟兵への感謝が告げられた。
「ありがとう。ありがとうございます。ごめんなさい。もう、大丈夫……」
一時取り乱していた透子も、見かけ上は落ち着きを取り戻したようだったが……。
(助けられて、良かった……)
全身を重たい倦怠感に襲われながら、シホはその手を握り離さずにいた。映像で見た彼らはどうみても即死に近い負傷を負っていて、一瞬でも遅れれば助けられなかったかもしれず――また、直感が囁くのだ。それはこの手に繋ぎとめている少女の心が、砕け散ってしまうことと同義だと。
●戦場にて②
前線が後退し、第一線を抜けた敵は拠点の活動圏内に徐々に浸透し始めていた。敵側も突破口を開いたと考えたのか、多脚戦車や歩兵型が進出すると、飛行型もまた協同するように姿を見せ始める。
「だが、この程度の敵であれば蹂躙は容易い」
拠点の戦力が火消しのように各地点の対応に追われる中、冬季は『金剛力士金行軍』は総勢108体の金属の兵士たちを36体ずつの3隊に分け、1隊を手元に残すと2隊を巡回と迎撃に向かわせた。
「シホ、アタシが前に出る。透子のことと、いつも通りの援護を頼むぜ」
「はい。燦も気を付けて」
「……行ってくる」
燦もまた、疲弊したシホと危うい様子の透子を気にかけつつも無用な言霊は紡がず、ただ負荷の緩和に努めるべく戦地へ向かう。
「今回の敵は相手の良心を攻めてくる類です」
「良心。……こころ?」
何者かによって、『実験用の消耗品』として兵器に改造された者たち。シホは苦し気な息を吐きながら、いつでもその身をオーラ結界で防護できるように、と透子へ身を寄せて。
「決して深入りしてはいけません」
戦闘を支えるシステムの部品として組み込まれた少女に、そう、忠告したのだった。
「……来たか。だが、何故」
拠点周辺の警戒に当たっていたレイは、接近する多脚戦車の迎撃に向かった。拠点の東側に作られた重要度の低い畑には、上る太陽に顔を向ける鮮やかな黄色――向日葵の花が咲いていた。
(何故、そんなところに?)
すでに損傷しているらしく、ぎこちない動作で進む戦車は花畑までたどり着くと足を止め、砲塔で花を叩き潰してしまった。それから多脚がぐるぐるとその場で回転するように踏み荒らし、無残に散った花びらが舞い落ちる。
「ムガーッ!」
「おい、待」
それを見て、待機を命じようとする間もなくダッシュで突撃していくのは、行きがかり上面倒を見ることになってしまった底子だ。
「やめなさいよ! なんでそんなことすんのよーっ!!」
パニックでのフレンドリーファイアを恐れて銃器の一つすら持たせてもらってない少女がスコップを振り上げ威嚇すると、それでも警戒したのか戦車はじりじりと後じさり砲塔を向ける。
「死に、たいのか!」
「だってだって、私のお花がぁ~」
首根っこをつかんで引きずり戻し、レイがかばうしぐさを見せる。と、多脚戦車は怯えたように一度大きく震えて、崩れ落ちた。見れば下部に吊り下げられた女性の姿はなく、そこにはケーブルなどの残骸を覗かせ血が滴り落ちているのみ。何処かでの戦闘で損傷し、遂に力尽きたようだ。
「うぅ、私のお花がぁ~。レイさん、こいつどけるの手伝ってくださいよぅ」
「戦闘が終わったら、な!」
見上げれば何事かを叫びながら、流星のように降ってくる飛行型の姿。
天へ向け電撃が迸る。紫電が敵影を捉えて弾け、消し炭に変え――爆発。
「……」
「ひ、ひぇえ~」
生じたエネルギーに飛散する破壊の余波を覇気とオーラで遮断する。そうして背後で間の抜けた悲鳴を上げる少女の無事を確認すると、レイは深い深いため息をこぼすのだった。
「成長する兵器と聞きましたが、所詮はこんなものですか……」
拠点周辺の各戦場では、冬季の召喚した黄巾力士の部隊が対軍として有効に機能し、大いに戦果をあげていた。ある程度まとまった敵集団へは深く進攻される以前の状況でほぼ完全に対処し、なおも余力があるほどだ。特に敵の中では火力、装甲、機動力と揃った多脚戦車に対し、質で劣らぬ数の暴力で蹂躙している。
既に戦闘の山場は超え、後は細かく散った残敵を掃討する状況にシフトしはじめていた。
●戦場にて③
『多脚戦車、飛行型撃破。……戦車は自滅した「どうだ、やってやったわよ!」……ようだが、おい。少し黙って「これくらいなら私だって楽勝なんだか――むぐっ」……すまん、雑音が入った』
「……本当に、すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」
レイとの通信で底子の興奮した声が聞こえてくると、状況を察した透子の判断により、燦は花畑へと援護に向かい合流していた。擱座した戦車に片足を載せて勝利のポーズでいた底子は、燦の姿を見つけると顔をほころばせていたが。
「来たか……酷い姿の敵だよ」
「ひぇっ。こっ、怖いのが来た!? ので、ここはお任せします
……!!」
恐らく同じルートを辿ってきた敵歩兵の姿を認めると、見事な逃げ足で下がっていった。
「どういう基準なんだか。……ありゃ、滅多なことじゃ死なないかもしれねえな」
戦闘とは関係ない部分で何だか消耗したレイが呆れた声でぼやくが、足手まといは引っ込んでもらっていた方がありがたいのは確かで。それでもその行く先を確認しながら、いざという時に庇える立ち位置を選ぶ判断は、男の本質を表しているのだろう。
『――カえ、せ! ドこニ、やっタァ
……!!』
敵は真っ白なモヒカンに、土の色をした逞しい肉体の男。あるはずの両腕はなく、昆虫の脚に似た硬質な部品が代わりに四本取り付けられた兵士。這いつくばるような低い姿勢での砲撃をしてくるため、点や線での攻撃に対しては生存率も高く、その執念深さから見た目以上に手を焼く存在だった。
「――御狐・燦が道満の名を借りて命ず。符よ、ここに八卦の結界を展開させよ。陰と陽の幻にて敵兵の足を封殺せん!」
稲荷符から放たれた『八卦迷宮陣』に捕らわれ、その縛りに敵歩兵は上肢の接合がはじけて捥げる。怒りに染まっていた顔はぽかんと莫迦のような表情で、目線はどこか遠くを彷徨っていた。
(――せめて人に戻る夢を見ながら逝けますように)
そうして足を止めた敵兵に、紅の電撃を纏う刀を一閃――偶然。呆けた表情がふっと沈んで、燦の切っ先をかわす。腰が抜けたような男が、膝をついて、無い腕を広げて笑っていた。
『あぁ……っそこに、いたのかァ。良かっ、タ
……!!』
「っ!?」
それは幸せな白昼夢。
恐怖か多幸感に満ちたいずれかの幻覚を見せるユーベルコードで、燦が与えた慈悲。
『しんぱい、したぞぉっ
……!!』
「なんなんだよ……なんで、そんな顔っ」
跪いて、何かを抱きしめるようなしぐさ。怨嗟にまみれ、凶悪だった表情の男と同一とは思えない、やさしい目をしていて。とめどなく溢れる涙がぽたぽたと滴り落ちていて。
「~~ッ!!」
妖狐の娘が無防備なその首をはねる。どさり、と倒れ伏し、動かなくなる体。――当たり前のこと。
『燦さん、どうしました!?』
「……大丈夫だ。ちょっとだけ、怪我しただけ。驚いただけ」
心拍数の上昇を検知したのだろうか、透子から入る確認にとっさに誤魔化してしまう。それよりも燦には、確かめなければいけないことが、あった。
「……それが、か」
「……」
擱座した多脚戦車の残骸。レイが砲塔を引きちぎると、内部に沢山のチューブがつながれた小さな黒い箱が見えた。血液がまだ循環しているチューブとつながるこれが、制御装置であるコアの『部品』のようだ。外に見えている生身部分が破壊されても動けていたのは、これが残っていたからなのだろう。
(そうか。お前は、全部とられちゃったのか……)
呼吸をすることも、心臓が鼓動を刻むこともない、鉄の体に閉じ込められて。継ぎ足された生身の女性は、家族――恐らく母親だったのだろうか。戦場に駆り立てられた自壊する兵器は、痛くて苦しくて寒くて怖くて……花を見て、何を思ったのだろう。
燦は女の子が好きだ。女の子を救うことが宿業だと考えてもいる。そんな彼女は――
「ごめんな」
神鳴――紅の電撃を纏う刀を黒い箱にあてがい、貫く。
零れだす透明な液体は一瞬で赤く染まって、大地へと滴り落ちていった。
「そう、ですか。制御コアが中枢に……」
その情報は伝達、共有され、確実に機能を停止した多脚戦車の残骸が積みあがっていく。
『助けて、くれ』
戦える敵はもう殆んど残っていない中、オブリビオンの死骸の中から苦し気なうめき声が届く。
「……」
『しにたくない。体中が痛くて、苦しいんだ』
その救いを求める声に、少女は銃口を向ける。
銃口が震えるのは、きっと激しく消耗していたから。だってこれは、オブリビオンを葬ることは、『正しいこと』なのだから。彼らにどのような事情があれ、深入りしては――
『さむい。こわい、たすけて。たすけてくれ』
……あの子、を。
「っ! ……大丈夫。助けます、だから、どうか……」
『……あぁ』
咄嗟に掠れるようなつぶやきが漏れると、銃口が弾丸を発射する前にオブリビオンは爆発四散した。
少女は泥の中転がった頭を抱え、血で汚れたゴーグルを外すとその瞼を閉じさせて。
「どうか安らかな眠りを……」
霧が晴れ、上る日が大地を明るく照らし出す。
花畑では咲き残った花、向日葵の花からぽたりぽたり、と雫が零れ落ちていた。
●避難所にて
拠点は台地の北側に50人ほどの集団生活が可能な居住施設が11棟ほどあり、その更に北側に本部施設等が並んでいた。中心にあり最も頑強な建物が避難場所として用いられ、人々はそこに集まっていた。
「始まりましたね……」
桜花は預かった端末と、部屋に用意されたモニターから戦端が開かれたことを知る。
冬季の提案は採用され、今は拠点に居る住民のほぼ全員が透子のネットワークに接続する情報端末を手にしていた。ただし、今は戦場に素人が介入してしまう混乱を避けるため、受信だけできる一方向のみのチャンネル。
そして避難所の一室では、透子が見ている映像の一部をミラーリングしたものがモニターに表示されていた。そこに表示されるのは彼女の視界、そして兵士たちの心拍数、戦況を表示するマップなど。
「猟兵さんによその奪還者も手伝ってくれてるんだ。楽勝だろう」
「だな。でなきゃおかしいぜ。あいつら何やってるんだって話になる」
固唾をのんで見守る者、軽口をたたきながら娯楽感覚で眺める者、祈るようにして見入っているのは、前線に身内を持つ者たちだろうか。
「猟兵さんがもうちょっとこっちにも残ってくれたら、私たちも安心だったんだけどねぇ」
「大丈夫ですよ。何かあれば私が対応しますし、拠点の方も守ってくれるのでしょう?」
「そうなんだけどねぇ……」
「お嬢ちゃんは、あんまり強そうには見えんしのぅ」
気安い態度は好意的にも受け取れたものの、どうやら侮られている節もある桜花。桜という儚い花の精は、たおやかな女性の雰囲気や日常に近い属性の姿もあって、親しみ愛されるものでこそあれ、戦闘と結びつかないイメージだったのかもしれない。
「それじゃ、元々の拠点の守りはどうなんですか?」
「そこじゃよなぁ。相良の坊ちゃんが居てくれた頃は良かったが……」
そして話を聞くに、拠点の守備に残っている幹部はそこそこ強くて優秀なのだが、不人気らしい。言ってることは割と正しいのだが、人当たりが良く人気のある相良と比較して、嫌われ役だったのが南原一慧(みなみはら・いちえ)という青年なのだそうだ。
(食料の流通を制限したって人ですか。口減らしとか考えてるのも同じ人っぽいですね……不人気なのに次期リーダーを狙ってる噂もあるとか。真面目に防衛してくれるか当てにできないかもですねぇ)
そうこうしている内に、桜花は気づいてしまった。モニターでは音声は機密を含むケースもあるためカットされており、映っていたのは淡々とした印象も与える映像だったが。
「あ、緑野さん。全体共有チャンネルだとこっちまで普通に聞こえちゃってますね……」
『敵、通称『飛行型』ですが、接近時に命乞いの言語のような声を発する可能性があります。動揺せず、遠距離から確実に処理してください。接近したところで自爆装置が作動するようです』
どうやら、設定をうっかりミスったようだ。また、兵士が送ったと思しき飛行型が地面をのたうち、やがて自爆する映像が共有されてしまい。
「ひっ……」
「お、おい何だこいつ」
「むぅ、悪趣味な敵だのぅ」
当初モニターを見に集まったのは初めは半数ほどだったが、そうする内に噂が噂を呼び、また結局は好奇心や不安に勝てず。恐る恐るながらほとんどの人間が集まって戦況を見守る結果になっていった。
『敵、通称『多脚戦車』は生身部分を狙えばそこを庇って動きが止まるようです。破壊後もしばらくは行動可能なようですが、活用してください。また、機体の操作に短期間での成長が認められていますが――現状では脅威度は高くありません。深追いはせずに安全策をとってください』
多脚戦車の下で炸裂するグレネード。ずたずたに引き裂かれる生身の女性。戦車砲を喰らってひしゃげたボディが仰向けにひっくり返り、しばらくもがくように多脚を振り回していた。
「……」
軽口をたたく声は聞こえなくなっていた。敵とは言え悲惨な光景に、表情が青ざめる者たち。
だけれど、敵に同情のような感情を抱けるうちは、まだマシで。
「お、おい。なんだこれ」
モニターに表示される透子の視界が激しく動揺したようにブレ動き、視点が切り替わる。炎上する戦車から這い出そうとした数人の人影が、炎に巻かれ木の葉のように吹き飛ぶ。地に叩きつけられ、火だるまと化した人影が血と泥の海でもがき苦しんでいて。
「うっ……」
緊張とストレスに耐えかねて、口を押さえながらトイレに駆け込む者たちが居た。悲鳴を上げる者もいた。泣き出した者たちが去って行って、彼らの生存が確認されても戻ってはこなかった。
「出来る事を見付けて下さい。耐える事を学んで下さい。協調する事を覚えて下さい」
戦闘の内容にショックを受ける者たちに、桜花は言った。
彼らは知らなかった。今回の襲撃にしても、猟兵が居なければどれだけの被害が出ていたか。いや、薄々は分かっていたけど、不安を抱えながらも目を背けていたこと。
「何れも成さず、無為に拠点を抜け出すのなら」
そうして、戦場を歩く透子の視界には敵の――オブリビオンの屍が満ちていて。
「あれが貴方達の未来だと思います」
それは何者かに人体改造され、使い捨てのような命を散らした者たちの姿。
『敵、通称『多脚戦車』――制御コアユニットはこどもの脳……の様なものが使用されています。露出した生体部分はダミーか、生命維持か精神安定装置か……。いえ、いずれにせよ、確実な無力化のためにコアユニットの破壊をお願いします』
「子ども? 今、子どもの脳って言ったか?」
「悪い人に捕まったのでしょうね。……お可哀そうに」
桜花はそれが、不平と不満と、間違った成長にしがみついた拠点の未来の1つだと告げて。
守りたいものがあり、奪われ――苦しんでいただろう小さな家族のために、黙祷を捧げた。
それから、北面から大きく迂回してきた敵集団が拠点に迫っているとの報を受けると桜花は持ち込んだケータリングカーに乗り込んで。
「本当に……お可哀想に」
どこか頼りない足取りで拠点を目指す多脚戦車へ『出前一丁・弐』――ユーベルコードを発動させて吶喊した。空力を無視した加速はマッハ9を叩き出し、その質量と速度に応じたエネルギーを敵の横合いから衝突させる。
特攻じみた派手な攻撃に観衆から悲鳴が上がるが、木端微塵に砕け散った戦車との衝突の跡が晴れ、そこにケータリングカーが健在なのを見て胸をなでおろす。
そうして彼らは、桜花が決して見た目通りの、ぼんやりして平和そうなただのメイドではないことを思い知ったのだった。
●鎮魂歌
――例え世界を違えようとも。
戦闘が終結した日の夜。
痕跡の処理さえも終わらぬ、死の色濃い荒れた大地。
――私達の願いはひとつ。
やわらかく澄んだ歌声。
悍ましい実験の犠牲になった者の転生を願い歌う、鎮魂の歌が響いていて。
透子は多脚戦車の砲塔に腰掛け、これだけは変わらず綺麗な星空を見上げ、呆としていた。
「そろそろ戻らないのか」
「……」
「ヒマワリの種だそうだ、食べるか?」
「……」
「それじゃ、こっちの嬢ちゃんに」
少女が抱えていた黒い箱に小さな包みをそっと乗せる。
そこではじめてその存在に気づいたように、のろのろと顔を向けてくる。
「……痛むか」
敵味方なく、死が――と。
生物らしい欲求の褪せて久しい死人は問う。
「オレもだ。だから戦う」
「……この子は」
黒い箱をぎゅっと抱きしめ、絞り出すような声。
「私なんです。私と同じ……」
「……そうか」
必死に堪えるような、くぐもった嗚咽。
「昔話するなら、オレは相良側であんたのような奴の為死んだ」
傍らに腰を下ろすと、男は答えを求めず独白する。
「後を頼むのは言葉通りの意味より、惚れた女を生かす約束でありたい、もっと心ある祈りに思える」
「……」
「勝手だ、と恨んでやるくれえでいいさ」
長い長い沈黙。
「……もし、も」
流れる星をいくつも見送って。
「もしも、みんなが、生きていたなら……」
今頃、何をしていたでしょうか。未来のことは分からないけど、どんな風に今日を――。
「さて、な」
飽きもせず、空白の時間に死した身を捧げ、弱き者のかたわらにただ在る。
人らしさを死と共に置いてきた男に分かるのは、己に残された強い衝動だけだ。
――望んで下さい。
「私達にできるのは弔うだけです」
聡い子だから。せめて一人で抱え込ませなくて良かった、と。
翼をもつ少女がその背中を優しく撫でさする。
「ああ、そうさ、これが出来る精一杯さ!」
情の深い妖狐が明るく、いつも通りに返す。
その強がりな笑顔を抱き寄せて、
「……私は、カッコイイ燦も、泣き虫な燦も、大好きですよ」
「ぐ、うぅぅ……っ」
よしよしとあやすように撫でながら、悲しみを分け合うように、二人はずっと離れずにいた。
涙は、悲しみを洗うために流れるのだから……私たちは、弱くても、良いんだよ――。
――願って下さい。
寂しがりやな生命は、何かに寄り添って生きて。
心をすり減らしながら、でも、生きて、生きて、生きて――。
――転生に至る道を。
その日、「 」は夢を見た。
大切な人の待つ、家路へと向かう。
それだけで泣きたくなるくらい、幸せな夢――。
大成功
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第3章 日常
『アポカリノーカ』
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POW : 体力なら余るほどある! 一作業員として、現場に協力する。
SPD : 農作に関する技術をあたえる。助言や指導、あるいは器具など。
WIZ : 珍しい農作物の種や苗などを供出。もちろん、生育に関する知識はある。
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●夢物語
『君なら、猟兵の噂はもう知っているだろ?』
知ってる。良く知ってるよ。
うわさじゃなくて、とても良く知ってるの。
『ああ、そうなのか。現実味がない話だけど』
そうだね。本当は、自分に都合のいい妄想か、夢を見ているだけかもしれない。
だけどね、夢でもいいよ。あの人たちの傍にいると、とってもあったかいんだ。
『もし本当なら、喜ばしいな。希望を託せる未来がある……うん、素敵なことだ』
未来? 未来、みらい……ごめんなさい。今でもやっぱり、よくわからないよ。
……どうしてそんなにやさしい目をしているの? 私には、わからないよ。
『君はさ、もし仮に平和に暮らせる世界が訪れたら何をしたい?』
それは……秘密。
もしも、いつか世界が平和になったら、教えてあげます。
――そう。私はあの時、たしかそう言ったよね。
『そうか? じゃぁ、俺もまだ話せないなぁ』
だから、あなたも教えてくれなかった。いじわる……。
『皆のこと、後、頼むな』
いやだよ。もうちょっとだから、もうちょっとであの人たちが来るの。
もう少しだけでいいの。
代わりに、私が。
……私が、いけば、良かったのに、ね……。
『それでさ、いつか平和な世界で、君の夢を……』
………。
……。
…。
「勝手だよ。ばか、ばーか……」
泣きながら目覚めて、いつも通り、顔を洗って。
しばらく行けなかった、その人のお墓へと向かう。
「……あの、ね」
少しすっきりとした気持ちで会いに行ったその場所には、コスモスの花が飾られていて。
そこで眠る彼が、愛されていたことが良くわかる。嬉しくて、申し訳ない気持ちになる。
「いつか、のことなんてわからないけど。お話ししたいこと、いっぱいできたんだよ……」
●君との時間
信頼厚く、皆の拠り所であった拠点の前リーダー、相良祐志郎(さがら・ゆうしろう)――彼を失ってから初めての戦いは終わった。猟兵らの活躍もあり、犠牲も最小限で終えられたと言えるだろう。
一つのヤマを越えたことや猟兵らの機転によって、今は皆、協力的な姿勢を見せてくれてもいる。
拠点としても、無傷とはいかないものの得たものの方が多く、情勢は安定へと向かっていた。
「そう、終わった……終わってしまったから、お見送りしないといけません。それで……」
「終わってしまった、ねえ……それで? せめてお礼をしたいから貴重~な物資を大・開放してほしいと? 勿論勿論、余計なことをしてくれた英雄さま方のためとあれば、ご準備させていただきますがね!」
「……どうして、余計なことなんて」
「ふん、どうしてもこうしてもあるか。どいつもこいつも、もっと痛い目みときゃよかったんだ。それをまぁ、ご親切にお助けいただいちまって。君だって……気に入らないね。気に入らないんだよ」
「言ってることが無茶苦茶ですよ……」
「君のような奴を指導者に推した馬鹿、というだけでも、僕には十分迷惑なんだよ!」
「それは……ごめんなさい。きっと、お父さんたちにもらった、このソーシャルディーヴァの力があったから、だと思う。皆の気持ちをまとめるために、必要だったから……だと、思います」
「ちっ。……気に入らない、気に入らないね!」
そんな会話が某所でなされ、猟兵たちへのお礼と戦勝の祝いを兼ねた宴の準備が進められて。
「まぁいいが、君にも手伝ってもらうからな。……通常業務? は? それは大好きな猟兵さまよりも、拠点を救ってくれた恩人さまより優先させることですか? ……理解したならキリキリ働き給え」
「うぅっ……」
部下から『猟兵たちをSETTAIせよ』と命じられた拠点の新リーダー(?)は、その押しの弱さから何故か農作業――主に『今回使う食材の収穫手伝い』や、『猟兵たちをうまく使って農業へのてこ入れ』というミッションを与えられていた。……リーダーって、なんだろう?
「そっか、でも、それなら……」
お別れをしないといけない。
だけど、今日は一緒に居てもいいのだ。
明日がある保証はない世界で、もう二度とは会えないかもしれない人たち。
「何か、私が返せるものはあるかな? どうしたら、喜んでくれるかな……」
寂しさはある。
だけど、邪魔になってはいけないから、笑顔で見送らないと……。
====================
●マスターより
ご覧くださりありがとうございます。
三章シナリオは以下です。
場所:拠点の近くの畑や果樹園で。
対象:襲撃等により被害甚大な拠点の農作を。
目的:支援し、食糧問題の解決・将来の生産能力向上を目指す。
割とフレーバー風味で、あまり捕らわれずに動いていただいても大丈夫です。
勿論、OPや『情報』に書いてあるような事情がありますので、ガッツリ取り組むのも歓迎。
今回のリプレイは基本的には、指定が無ければ個別で上げていく予定です。
何かよくわからないけどごはん食べに来たー、みたいな新規さんも歓迎です。
(ただし、申し訳ありませんが採用はお約束できかねます。無理してもお互い良いことないですし)
『情報』
●生産(農業)の現況
田畑や果樹園等に、一応水田もあります。
ノーガード露地栽培が基本。水耕栽培も一部導入済み。
多品種少量生産。栽培技術の維持や実験の域を出ないものも多いです。
芋、かぼちゃ、カブあたりの救荒作物、大豆などは力を入れています。
今はかぼちゃが良い感じになってます。
果物では梨や葡萄あたりでしょうか。
●幹部について
・緑野透子(みどりの・とうこ)
相変わらず汲々としてますが、ほんの少しゆとりが出来たようです。
猟兵たちへの好意と信頼、心理的依存度はかなり高めになっています。
今回は皆さんへのお接待係として対応する予定です。
あと若干幼児退行気味になってます。(ぉい
・野上景正(のがみ・かげまさ)
戦闘員たちのトップ。戦車隊(小隊規模)の隊長です。
緑野透子は元上官(故人)の娘、といった関係。
文明崩壊後からの付き合いは長く、自分の娘のように大事に思っています。
自身の家族は文明崩壊時の混乱で、助けに行くこともできずに失っています。
・南原一慧(みなみはら・いちえ)
生産や流通等、物資の管理に強い発言力を持ちます。
本人は優秀な『奪還者』でもありますが、性格に難があって人気は無いようです。
戦闘員が増えるのは歓迎していますが、増えない生産と減っていく備蓄に悩んでいます。
立ってるものは親でも使えの精神で、猟兵たちに農業へのてこ入れをさせたいようです。
『参考(前回までの結果)』
●損害状況
・拠点
損害はありませんでした。
・周辺
拠点周辺は損害軽微でした。敵の残骸などはまだかなり残っています。
・前線
一時放棄した火点に被害が出ましたが、砲は代替可能な為修理が進んでいます。
虎の子の戦車1台が失われた為、防衛戦力が減少しています。
●人々の様子
・戦闘員
兵器の修理整備や残骸の撤去、増員分の選抜や訓練の計画など多忙を極めています。
緑野透子の護衛は、適当な実力を持つ者がすでに身動きをとれないため、とりあえず暫定で新兵がお目付け役についています。
・非戦闘員
危機感を抱いた者たちから戦闘員への志願が増えています。
戦闘員への不満が減少しています。
緑野透子への感情は同情的な者がほとんどになりました。
現在の立場を問わず、希望者には偽神細胞の移植が行われる予定です。
あと、一応ですがグリモア猟兵の『ジミー・モーヴ』も呼べば連れてこられます。
デザートよりもスパイスやら苦みに飢えてる方や、文句ぶつけたい方が居たらどうぞ。
では、この旅の終わりが、願わくば良いものでありますように。
シホ・エーデルワイス
《華組》
負傷者や防衛戦力を【復世】で治癒&修復
完全になおさない
仕上げは皆で力を合わせて成し遂げて欲しい
燦と神楽を舞い
【巡環】の稲荷符で土壌改良
敵を倒すだけが戦いに非ず
苦難にめげず田畑を耕し続ける事も
根競べという立派な戦い
今の生産力は低くても
周辺地域から物資を集め尽くした時
新しく得るには自分達で作るしかありません
生産者が育てた作物で戦闘員は十全に戦え
戦闘員が皆を守る事で作物を栽培できます
どうかこの循環を忘れないで下さい
一慧さんも彼なりに拠点の事を考えていると思う
組織に嫌われ役は必要
ただ
長い目で見て欲しい
透子さん
呼び捨てで呼んでも良いかな?
これからも大変だと思うけど
どうか挫けないで
髪の花を一輪渡す
四王天・燦
《華組》
豊穣の神楽を舞うぜ
最後にシホと手を繋いで巡環を行い、豊穣の祈りを込めた祝福光で成長を促進する
どや♪と決めて仲睦まじさをアピールだ
接待は酒とツマミに向日葵の種で充分だ
花畑だって収穫があるし人間らしく生きる為にも必要だね、と底子をアシスト
底子、アタシに師事しな
符?剣?いいえ盗賊技術です
度胸・危険察知・変り身の早さ・逃げ足にシーフの才を見た
滞在して破壊工作や狡猾な戦い方、武闘派とは異なる視点を叩き込むよ
人間臭さが気に入ったんだ
それに花を届けるなんてこの世界にそうはいねえ
透子と違う方向性で重要な人間だ
偽神細胞に手を出して欲しくねえな…この我儘は秘しておく
そういえばあのガーベラ、何色に咲くかな?
●師弟
オブリビオンの襲撃から一夜明け、いくぶん落ち着きを取り戻した拠点にて。
尻尾をゆらゆら揺らしつ散策し、獲物……じゃなかった、目当ての人物を探していた四王天・燦(月夜の翼・f04448)は、背後から忍び足で近づきその相手を素早く捕まえて。
「ひゃあああ!? ……あ、燦さん」
と悲鳴を上げた少女にある話を持ちかける。その内容とは――。
「底子、アタシに師事し」
「わかりました師匠ー!」
「判断が早い! ……相変わらずだなお前」
天狗面のビンタおじさんもびっくりな即決、どころか食い気味な承諾である。
やる気は無駄に溢れているらしい少女の名は根子底子(ねこ・そこね)。意志の強そうな目、偉い人に怒られても我を貫く無駄に抜群の行動力。ただし、戦いに関しては素人。
そんな少女に燦が何を教えるかというと。
「……というと?」
「まずナチュラルに地の文と絡むのやめような」
「わかったわ師匠! ふっ、また一つ賢くなってしまったわ!」
そう、燦が教えるといえばアレである。
あのあれ……得意なあの……符? 剣?
「いいえ、盗賊技術です」
と、宣言するどや顔狐さん。底子は重々しくうなずき。
「狐さんは大変なものを盗んでいきました! それは――」
「シホの心です……ってやかましいわ! 真面目にやろうよ!」
存外、息の合った二人かもしれなかった。
ともあれ、燦はどうやら底子の度胸・危険察知・変わり身の早さ・逃げ足にシーフの才を見たようで。
滞在中、破壊工作や狡猾な戦い方、武闘派とは異なる視点を叩き込むことにしたのだ。
(人間臭さが気に入ったんだよな。それに、花を届けるなんてこの世界にそうはいねえ)
己を殺さないこと、ただ生きるだけなら意味のない『無駄』を楽しむこと。
それはこの荒廃した世界では、透子とは違う方向性で重要なことに思えて。
(偽神細胞には、手を出して欲しくねえな……)
なんて、言葉にはせず秘しておく心の中。
そんな師の心、弟子知らずとでもいうか、いくつか課題を与えてみたところ。
「……いや、素人ってかただの人間にしては動きが良すぎる……お前、まさか」
「えっへん!」
件の弟子は年齢を考えれば割と豊かな胸を張って、誇らしげ。
色んな理由で悲しくなりながら、燦が事情を聞き出すと、やはり既に偽神細胞を移植済みのようで。一般からの後方支援を募ることが決まった後で、優先的に試験的に、選ばれていたのだそうだ。
「お前なぁ、いくら何でも思い切り良すぎだろう……」
拒絶反応の出方次第ではあるし、個体差もあるが、偽神細胞を移植し戦うストームブレイドは総じて短命。拠点の前リーダー相良祐志郎(さがら・ゆうしろう)もそうだったが、数年のうちに命を失う者だって少なくない。
「師匠、そんな顔しないで。ヘーキヘーキ!」
ハーフストームブレイドみたいな感じだから! 等とのたまう底子は、試験的に祐志郎の血と肉から残っていた偽神細胞を取り込んだのだという。能天気にも「これでやっと祐志郎さんと一つになれた」と喜んでいて――ちょっと怖い発想だが。
「うっ、ツッコみたいところだけど、それについては俺も言えねぇ……」
燦は燦で魔物娘を取り込んで一つになったりしているのだから、ある意味似た者同士かもしれず。
(……せめて、少しでも長く生き延びられるように)
殺す覚悟、殺される覚悟とはこういったものだったはずだ。底子も、そう遠くない内に鬼籍に入ることになる可能性は高い。数字で言えばたった1。それが、この世界ではそこら中にありふれた死者と同じ運命をたどるだけのこと――
けれど、そう簡単に割り切れないのが人情というもので。
「……きびしくするからなっ!」
燦は、直情径行なアホの子だけど、どこか憎めない少女が戦場で散ってしまう可能性が少しでも減るように、己の持つ技術を叩き込んでいった。
そうしてその合間。燦がふと思い出したように底子に尋ねる。
「そういえばさ、あのガーベラ、何色に咲くかな?」
今は底子が預かって世話をしている筈の、透子の部屋で枯れていた花の鉢。
「まだ咲きませんよ。……色が知りたいなら、そんなの、透子に聞けばいいじゃない」
きっと覚えてるだろうし。私に聞いたって教えないわよ、と。
ぷくー、とほっぺたを膨らませながら底子が答える。
……本当は覚えてるんじゃないか、この娘? 燦はいぶかしんだ。
●復世
「主の…世界の記録に接続…検索…見つけました」
これより転写し復元します――言葉と共に溢れた光が集まった負傷者の傷を治療する。
天使にも似た翼持つ少女、シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)はその足で格納庫にも向かい、回復の光を放つユーベルコード『世界記録の復元』にて破損した戦車や戦闘車両までをも修復していった。
「何から何まですまないね。医者も医薬品も不足していたし、助かったよ」
と、礼を述べるのは戦車隊の隊長を務める野上景正(のがみ・かげまさ)だ。
壮年の武官たる男は存外に柔らかい物腰と口調で、命の恩人でもあるシホの案内に同行していた。
「隊長、そりゃずりーっすよ!」
「そうそう。ほら隊長は忙しいんだから、案内なんかは俺が」
「どこいこっか? シホさんの為ならどこでも案内するよー」
などと治療所に居た戦闘員たちがついて来ようとしたり、ひと悶着もあったのだが。
「……馬鹿たれどもが。お前たち、治ったのならとっとと自分の持ち場に行って、やるべきことをやってこい」
唸るような低い声で一睨みされると、慌てて身なりを整えキビキビと各自の仕事場へ向かっていった。
そうして粗方修復が出来たところで、シホは光を収束させて。
「完全にはなおしていませんので、仕上げは皆で力を合わせて成し遂げて欲しいです」
「ああ、ありがとう。整備の連中も張り切ることだろう」
それに元々、騙し騙し使っていたからね、と。
野上は歴戦の傷が残る鋼鉄のボディを軽くたたいて見せた。
その鷹揚な態度の前線指揮官は、部下たちからも慕われ、また畏れられているのが良くわかる人物で。
(……強い人、なんですね)
きっと、どんなことがあっても透子さんを裏切ったり、見捨てたりもしない――そう信じさせるような、安心感と包容力を備えた、やさしくて強い人間。痛みも、嘆きをも知って、飲み込んでいるひと。
(本当に、助けられて良かった)
野上の乗っていた、完全に破壊された戦車だけはもうどうしても直せなくて。
いかに強力なユーベルコードを以ても、確定した死は不可逆なのだと思い知らされる。
失われるときは一瞬、それを奪うことは力持つ者にとってはいとも容易く。
けれど守り抜くことはその何倍もむずかしく――だからこそ、ヒトはそれを尊く思うのだろう。
●華と狐
数日後、拠点ではささやかな晩餐会が催された。
シホと燦は二人で昼間に田畑への祝福を行っていたところ、それが人の目に留まって。
ささやかな会食の前に、皆に見て貰う出し物として、乞われて出演する運びとなった。
そうしてその日、屋外に用意された舞台には、拠点の者たちほぼ全員がそろって詰めかけていた。
「来るべき恵みの日に、豊穣の女神がほほ笑み、人々に幸多からんことを祈って」
燦は稲荷神へと豊穣を祈願し。
神楽鈴の涼やかな音が転がる、巫女の舞が捧げられる。
巫女装束の紅白がひるがえり、純白の翼持つ天使の似姿と共演。穏やかに吹きつける晩夏の風に、白銀に透き通る髪を揺らしながら。
また、それは燦のユーベルコード――【巡環】華狐相愛・巡る陽――でもあって。
――花よ 咲き乱れよ
ひらり、ひらりと。
真白なエーデルワイスの花びらが舞い、円を描く二人を包み、踊る。
――時の縛を越える 輝きをここに
光があふれる。
何十億年と変わらず巡る陽の如き、あたたかな光――生命を育む光。
――二人の想い 力となりて駆け巡れ――
光はだんだんとその範囲を広げ、花びらの乱舞がその中で渦を描く。
花と光の描く輪は広がり、広がり、さらに広がって――固唾をのんで見守る、観衆たちをも包み込んでいく。
「……土よ 大地よ 豊かな恵みを与え給え」
そうして最後に、稲荷の符に導かれ天と大地とをつなげるように、稲妻が閃いた。
「ほぅ、なるほど雷ですか……考えましたね」
突然、訳知り顔で語りだしたインテリ風眼鏡――南原一慧(みなみはら・いちえ)が言うには。
「古来より、雷があると稲の実りが良くなることを人々は経験則から知っていました。だから稲の妻――『稲妻』と呼ぶのです。実際、電撃が流れることによって窒素ガスの地中への固定を促進……うんぬんかんぬん」
要するに、伊達に稲荷の巫女を名乗っていないようですね、と感心したようだったが……狐さんがそこまで考えてたかは狐さんのみぞ知るところで。
「どや♪」
そしてこのドヤ顔狐さんである。
惜しみない拍手が捧げられる中、燦はシホと手を結び掲げて仲睦まじさをアピール。その無邪気なかわいらしさに、シホもその手をきゅっと握り返して。
ほほ笑んでくれる。ただそれだけのことが、嬉しくて――。
いきものにとってもっとも大切な感情に導かれ、高嶺に咲く花と共にある狐は、凍えを覚えることもなく。華と狐――巡りあった二つの生命は、今もこうしてお互いのぬくみを伝えあっていた。
そうして、愛おしいものの傍らでシホは思いを語る。
「敵を倒すだけが戦いに非ず」
苦難にめげず、田畑を耕し続けることも根競べという立派な戦い――
それは、この過酷な地で何かを生み出す人たちが折れてしまわないよう、誇りを持てるようにと。
「周辺地域から物資を集め尽くした時、新しく得るには自分たちで作るしかありません」
例え今はまだ生産力は低くとも、何かを作り出すということは、尊いことなのだと伝えるために。
渋い顔で聞いている眼鏡の青年――南原。物資の残余を気にしているという人。彼の表情を見ていると『その時』はシホが思っているよりずっと近いのかもしれないけれど。
「育てた作物で戦闘員は十全に戦え、戦闘員が皆を守る事で作物を栽培できます」
その支え合いは、皆が生き残る未来を切り開くにはきっと必要なこと。『彼女』の願う、か細く険しい道を行くには、彼ら彼女ら自身の協力がなくてはならないだろうから。
「……どうかこの循環を忘れないで下さい」
そうしてシホは、集まった人たちに一礼を捧げて。
あたたかな拍手と、たくさんの人々の感謝の声に迎えられたのだった。
●会食
その日は居住区のすぐそばで、炊事車までもが出動していて。
西の空が夕日に染まり始めるころ、いつもより豪華な夕食の宴が始まった。
「酒とツマミに向日葵の種で充分だ」
「そ、そういわずに。ささやかですけれど……びんぼうかもですけれど」
遠慮する燦とシホに、透子があれこれと料理を勧める。ビュッフェ形式で準備されたそこにはカレーに、とり天や野菜の天ぷら、パプリカのハンバーグなど。アポカリプスヘルとしてはかなり頑張っただろうメニューが並んでいた。
「そうそう、このパプリカなんかは作るの大変だったんだから」
底子も、彩り重視の野菜を育てるのにかかった苦労をアピール。栽培から収穫までの難易度もあるが、偉い人――要するに南原からはぐちぐちと嫌味を言われて圧力をかけられていたようだ。
「花畑だって収穫があるし、人間らしく生きる為にも必要だね」
燦は日本酒と、折角だからと勧められた料理にも舌鼓を打ちながら底子へのアシストを入れておく。ピーマンの肉詰めにも似た料理は、大豆と、隠し味に混ぜられた味噌の風味が香るどこか懐かしい味。
そうして彼女らが食事を楽しみ始めたそこへ、
「他所の世界から来たのなら、こんな場所のマズメシなんてわざわざ食べる価値もないでしょうに」
「で、でたー。陰険メガネ~!」
「……おい、聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ってるからねー!」
南原が顔を出すと、露骨に嫌そうな顔をする底子である。
こいついっつも敵作ってるな……。しかもちゃっかり燦の背中に隠れながらの挑発という、狐の威を借る根子状態。いい迷惑であった。
「あわわわ……」
透子は二人を見比べオロオロと馬鹿みたいにうろたえるばかり。……なんだろう。ちょっと……いや、大分いつも以上に駄目になっている様子だった。
「おまつり。けんか、だめ……」
「ちっ!」
それでも、語彙が喪失している透子が涙目で見上げると、南原は盛大な舌打ちをして背を向ける。
「ちょっとお話してきますね」
気になることがあったシホはその背を追って、南原一慧との会話を試みることにした。
(一慧さんも彼なりに拠点の事を考えているのでしょうね……)
組織に嫌われ役は必要、とも思うのだ。ただ、何かを焦っているようにも見えて。
「……ふん。何か御用ですかね? おやさしくてお強い、猟兵のお嬢さま?」
「透子さんのこと、拠点のこと、どうか長い目で見て欲しい、と思います」
「長い目、ね」
南原が片眉を吊り上げる。
「今、目の前にあるものなら分かる。いずれ飢え、皆で仲良く破滅へと向かう未来ですよ。それに目をつむり、目に見えぬものを信じろと? 救いがあるならば、それは『いつか』ではなく、今すぐに必要なのに?」
奪還者として物資の調達も行う彼だからこそ、周辺の物資残存状況なども含めて見える物があるのだろう。苛立たしげに吐き捨てる姿を見るに、やはりもう、あまり余裕を持てる状況でもないのだろう。
「破滅するだろう拠点に、そうと分かっていながら」
……そんな貴方は、どうしてこの拠点を出ていかずにいるの?
後半は言葉には出さず――きっと教えてはくれない気がしたから――問えば、南原は忌々しそうに頭をガシガシと掻いて、そのまま何処かへと去って行ってしまった。
(……一慧さんにもまた、彼なりの価値基準や、戦う理由があるのでしょうね)
けれど目に見えず形もないそれを確かめることは、猟兵にだってむずかしいのだ。
●花と願い
「そういえば透子は部屋にあったガーベラの花、覚えてるか?」
「? 写真、あります。たしか……」
燦が気になっていたことを尋ねると、透子の端末にその画像が表示される。
写真に撮られたガーベラの鉢植えは、ピンクの花が二輪と、その周囲にオレンジ色の花が添えられるように咲いていた。
花言葉は希望、そして感謝――ありがとう。
「ピンクはやさしい君によく似合う。それから、オレンジは元気の出る色だから、って」
元気で。笑顔を失くさないで。笑っていて欲しい。
そんな願いが込められていたのかもしれない。花言葉と言えど色によって意味も多彩にあり、本数で違ったりもするので、確かなことは贈った当人にしか分からないのだが。
「……あのねぇ、何でしょう? みたいな顔できょとんとしてないで、女の子なら貰った花の花言葉くらい把握しときなさいよ」
「えっ? ……えっ?」
そうして底子によるレクチャーが始まったのを、稲荷の巫女は杯を傾け、優しい目をして静かに見守っていた。
そう、一見しただけでは分かりにくいものは、世の中にはたくさんあって。
常は控えめな感情表現を見せる、本当は引っ込み思案な少女の願いも、そうだったのかもしれない。
「透子さん。呼び捨てで呼んでも良いかな?」
シホがそう尋ねると透子は「はい、もちろん」と嬉しそうに答え。
「それじゃ……ええと、その、私も」
「うん。シホって呼んでね……透子」
「……シホ」
そっとふれるような声が、その名前を呼んで。
もっと仲良くなりたくて。
手を差し伸べるのに勇気を出しただろう少女が、笑顔でうなずく。
「はい。これからも大変だと思うけど。どうか挫けないで」
「……うん。がんばる……がんばるね」
微笑み返しながら、嬉しそうに、だけどにじむ寂しさも隠せずに答える透子。
「これを」
そんな透子へ、シホは髪の花をとって一輪渡す。
オラトリオの髪に咲く花。シホの名でもある、エーデルワイス。
「……きれい」
高貴な白。美しく可憐な花は、蝶よ花よと守られて育つのではなく。
高地の瘦せた土、低い気圧、強い風と紫外線――厳しい自然環境にさらされ、それでも尚、凛と咲き誇る気高い花だった。
「ありがとう」
たった一輪の花。だけど、大切な人がくれた特別な花。
こわれやすい宝物のように、いつまでも大事そうに抱いて、少女は微笑んだ。
その花の持つ花言葉の意味は『大切な思い出』そして『勇気』と『忍耐』――。
いつかの自分にも少し似た、新しいともだちへのおくりもの。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴上・冬季
金行軍
廃戦車元にトーチカ作り
「緑野さんがゆるく笑えるなら、他はどうでもいいです」
「これは提案ですが。3年の期限付き三頭政治はいかがです?」
野上
緑野
南原
集め
「野上さんは戦闘部門のトップですが、戦時の戦術リーダーは南原さんにする。戦時緑野さんは戦場全体と南原さん野上さんを繋ぐ情報ネットワークのみに。貴女なりに3年間で南原さんから奪還者らしい回復できる損切を学べばいい。南原さんは野上さんと緑野さんから平時に戦術論を学ぶ。3年保てば拠点別れも発生するでしょう。拠点リーダーになるスキルアップと思えば、南原さんにも悪い話ではないのでは」
「根子さん、緑野さんの専属護衛はいかがです。負けたくないのでしょう?」
●提案
拠点より南東に下った前線、そこにはトーチカなどの迎撃施設が点在していて。
そこで黄巾力士・五行軍の金行たる人型自律思考戦車が、命を受け自動で働いていた。
戦車や自走砲の大砲を山上まで輸送し、トーチカの修復や増設を行っているのだ。疲れを知らない兵器たちは、過酷な作業を数と時間にあかせて進めていく。
一方でその金行軍を呼び出した鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)はというと。
「本日はご多忙の中、お集まりいただきありがとうございます」
拠点の幹部たちを会議室に集めて、とある提案を行っていた。
集ったのはまず、戦車小隊の隊長にして中隊規模の戦闘員たちを統括する、軍事の実質トップである野上景正(のがみ・かげまさ)。
彼らの戦闘を支援するシステムを司り、周辺の難民救助や拠点への受け入れも積極的に行う、戦闘員たちからの圧倒的支持を集める緑野透子(みどりの・とうこ)。
型にはまらない『奪還者』たちを纏めて物資調達の計画を指揮し、生産・流通など拠点の運営計画に必要な知識にも造詣が深い南原一慧(みなみはら・いちえ)。
主だった三人を始めとし、火力支援隊、歩兵隊の隊長や整備部門、生産部門(農業・工業)の管理責任者、医療部門の責任者たちなど。
……と。
「な、なんで私までいるの?」
それから、なぜか連れてこられた根子底子(ねこ・そこね)。
「護衛についての提案ですね。根子さんが拠点で緑野さんの護衛をしてはどうか、と」
それは根子底子を緑野透子の専属護衛とする案。
どうせ当面は新兵が見張っているだけなのだ、ならば根子でも構うまいということと。
「いかがです? 緑野さんに負けたくないのでしょう?」
貴女のフラットさは緑野さんの力になるし、歯車がかみ合えば良きライバルになるでしょう――と。
そんな冬季の提案に、例のごとく、
「いいわ! そして私が勝つ!」
こいつ脊髄反射で生きていそう。そんな感じの話の早さだ。
護衛ってそんなかなー、という気もするが、打倒(?)透子に向けやる気の様で。
「……ぇ」
そして護衛に倒されるらしい透子は、何か突然特に理由もなく理不尽に酷い目にあわされたような、形容しがたい顔になっていた。
だが結局、単体戦力としては現状の新兵の中では確かに有望でもあるということで、この案は容れられることとなったのだ。
「そしてこちらが本題の提案ですが。3年の期限付き三頭政治はいかがです?」
そうして説明される冬季の提案の趣旨は、主に戦時での態勢についてのものだった。
「緑野さんは全てを守ろうとする。一方で野上さんは戦闘部門のトップですが、戦場を俯瞰できない。だから戦時の戦術リーダーは南原さんにする。彼が1番奪還者らしい損切りが得意でしょう?」
「ふむ……」
「緑野さんは戦時は戦場全体と南原さん野上さんを繋ぐ情報共有ネットワークのみに。そうして貴女なりに3年間で南原さんから奪還者らしい回復できる損切りを学べばいい」
それは、現状で透子に集中している負担を分散し、特に重荷となっているだろう、生死の選択を相応しい人材に預けてしまおうということか。
「南原さんは野上さんと緑野さんから平時に戦術論を学ぶ。3年保てば拠点別れも発生するでしょう。拠点リーダーになるスキルアップと思えば、南原さんにも悪い話ではないのでは」
「ほぅほぅ。損切りとは良いことを言う。僕はやって差し上げて構いませんとも!」
口の端を吊り上げ眼鏡を光らせる南原。
「それは……でも」
言いにくそうだが、どこか難色を示す透子。
「鳴上殿、まずは提案に感謝する。考えてくれたことは個人としても嬉しく思うよ」
それから、野上が提案への謝意を告げ。
「しかし、残念だがその提案は受け入れられない。南原は確かに優秀だが、部下たちも彼では納得しないだろう。何より、南原の方針は現状の拠点のそれと大きく乖離している」
「まぁ、僕に言わせれば固定した拠点にこだわり有象無象を守ろうとするのをやめて、能力のある者たちだけが生きられれば良い、になるからねぇ」
「……問題ないのでは?」
「全くその通り、の筈なんですがね」
肩をすくめて見せる南原。冬季としても彼の方針には特に反対する理由も見当たらないのだが……。
「だめ、です。南原さんは、だめ……」
服の裾をくい、と引かれて目をやれば、泣きそうな顔で自分を見上げふるふると首を振る透子。
どうやら、底子が護衛になるよりも嫌らしい。
「……まぁ、こうなった以上はそこの脳天お花畑娘に真っ当な助言くらいはして差し上げますよ。僕が居るうちに限りますし、駄目だと思えばその時は遠慮なく『損切り』させていただきますがね」
元々武官よりの人材が多い拠点、文武ともに優れる南原は貴重な人材でその影響力は高い。そして一先ずは、現状の体制に協力してくれるようだった――相良祐志郎がリーダーであった時と同じように。
●過去
「鳴上殿、少し良いかな」
会議がお開きとなった後、声をかけてきたのは野上だった。
そうして、皆の前で話すようなことではないが、良ければ理由を説明させてほしいという男が語るのは、彼らの拠点の中核でもある部隊の、現在に至るまでの経緯。
緑野透子――当時小学生だった彼女は、先天的な心疾患により病院生活を送っていた。
あるとき、オブリビオン・ストームによる人類文明の崩壊――黙示録の黄昏が訪れて。
「急速に悪化していく状況を打開する一手として、彼女は軍属の実験体となった」
軍の上級幹部だった父親の指示で、C4I――軍隊における情報処理システムをベースとしたネットワークサーバーを稼働させる、被験者に選ばれたのだという。
生まれつき病弱で、物心つく前に失った母を知らず、残った父親からも随分と放ったらかしにされていたらしい孤独な少女は、そこで初めて父親から必要とされて。
「……なるほど。彼女のやたら低い自己評価は、幼少期の肉親との関係性が原因ですか」
普通の人たちが当たり前に受け取っている、受けとるべき愛を、欲しながらも与えられなかった子ども。いつの世にも絶えない、ごくごくありふれた話だ。
例えそれが道具のような扱いだったとしても、関心を示してもらえたことが嬉しくて、幼い少女は己の全てを差し出し――結果、想像し得ない地獄へと身を投じてしまった。
「文明崩壊後も東西の駐屯地の部隊の生き残りが、当時はまだ数千人から居たのだがね」
それも消耗と分裂を繰り返し、比較的人道派である野上たちの部隊も中隊編成を維持できなくなるほどすり減ったそうだ。民間人を補充してようやく編成可能で――その守るべき民間人の犠牲も、母数に比例して遥かに多かったという。
「そうしてとうとう緑野一佐も戦死し、指揮権が私にまで回ってきたその時、ようやく私はあの子の意志を聞いたのだ」
全滅は時間の問題と思われていた。ならばこれ以上、幼い透子を徒に苦しませることは無いと。もう無理に戦わせようとする者はいない。これ以上、傷つく必要はないのだと。
「だがあの子は役割を果たそうとした」
或いは彼女にとってはその役割だけが、肉親から与えられた最初にして最後で、唯一の絆だったのかもしれないが。
死別による喪失は少女に深いトラウマを刻んでいた。
彼女は失うことを恐れ、ひたすらに願っていた。
与えられず、足りないものだらけの痩せた心をすり減らし、悲鳴のように叫んでいた。
どうか、生きて、生きて、生きて、生きて――死なないで。
わたしをおいて、いなくならないで……。
「私は彼女の意志を尊重することにした。……すると、不思議と被害は激減したんだよ」
部隊の損耗率は奇跡でも起きたのかと思えるほど大幅に低下し、生還への希望はその時初めて生まれたのだ。
「だからな、我々はあの子が望む限りはそれを叶えることに決めているんだ」
例えばそれが許されないことであっても。地獄への片道切符であろうとも。
愚かだろうが、その先に死が待っていようが、もうそんなことはどうでも良いのだ、と――壮年の武人は彼らの戦う理由をそう語ったのだった。
●望み
「あの。ごめんなさい。きたいに、こたえられなくて……」
「……そんなにびくびくしなくとも、怒っていませんよ。野上さんからも大方の事情は聞きましたし」
話が終わって、しばらくすると恐る恐るやってきたのは透子だった。
果樹園で収穫してきたらしい果実を剥いて切り分け、差し入れに持ってきたようだ。
「あのね。いただいた桃のおかえしには、ならないけど」
「ほぅ……」
この世界で、この土地で、人の手に守られて育った果実。透子が持ってきたそれは梨だった。元々周辺で良く作られていたものらしい。
一つ試しに食べてみれば、シャリシャリとした食感、みずみずしくてやさしい甘さが口中に広がる。
「ええと。ほかに、もっと。私になにか、できること、ありますか?」
「だったら、笑えるようになりなさい」
冬季は不安そうに聞いてくるその頭に手を置き、軽く撫でた。
透子は少しだけ驚いて、それから気持ちよさそうに目を細めて、身を任せる。
「……私は貴女がゆるく笑えるようになるなら、他はどうでもいいんです」
自然と自分の口をついて出た言葉に少し驚くが、悪い心地ではなかった。
それは洞門の掟にはないもので。
例えばこの瞬間にも、戯れに手折ってしまうことも容易な、か弱い生きものが。
「……えへへ」
冬季の言葉にこたえて微笑んで見せようとして……ついには失敗してしまい。
「ごめんなさい、わたし、ちがうのに……こんな」
「構いませんよ。泣いても……もしも、望みがあるのなら」
その柔らかな頬に触れ、そっと涙をぬぐってあげること。
世話されることに慣れているようで、頼ることも甘えることも下手くそな少女が。
「ふっ……ぅ。おわかれぇ」
荒唐無稽な願いを一つだけ抱いて自分を殺し続けてきたものが、ささやかな望みを口にするのに耳を傾けてあげることが。
「したく、ないよぉ……」
「……そうですか」
不思議と、悪い心地ではなかったのだ。
世界の敵を屠るべく宿命づけられた猟兵という存在。その使命も、滅びも。この時だけは、他のことはもうどうでも良かった。
繰り返す転生の中通り過ぎる、数多に存在する世界の一つ。とうの昔に壊れてしまった世界の、ちっぽけな島国の片隅に残された、いつ消えてしまうともしれない儚いもの。
冬季がなぐさめ菓子を与え、至らなさを叱り、守ってあげようとした生命。
そうやって自ら関り、手なずけた孤独が今、己の慰めを必要としているのだから……。
大成功
🔵🔵🔵
レイ・オブライト
口約束でも約束は約束。根子に頼まれた花畑の整備から取り掛かる
農作物の方も後々手伝うが。いずれにせよこの分野に関しちゃオレが教えを乞う形になるな
で、害虫駆除以外にゃ何が得意だって?
根子に尋ねつつ
敵の残骸や不発弾撤去といった力仕事をメインで担い『怪力』
指示があれば従おう。害虫駆除も今日くらい代わってやるさ
元人間の死骸は後で此方で焼くので回収
キリキリ働く根子にはやはり戦場より畑が似合う
少なくとも、あんたが世話をするからこの花たちは生きている。それは立派な才能で、努力だ
…馬鹿な死に方をするなよという話だ
緑野からの礼は今は必要ない
いつか未来でまた、生きて会える
オレにとっちゃそれが一番の礼になる
※諸々歓迎
●世話
「口約束でも約束は約束だからな」
そう言って、拠点の優先順位としては後回しにされていた花畑の整備にやって来たのはレイ・オブライト(steel・f25854)。なんとも義理堅い男の助力にうんうんと頷き、畑の主――根子底子(ねこ・そこね)が応える。
「そうね! 私が勝手に約束取り付けたレイさんはともかく、自分でした約束も守れない奴は、最っ低ですからねー!」
……本当に申し訳ございません。ユルシテ。ユルシテ……。
ともあれ、そうして朝も早いうちに畑にやって来たレイは、根子に頼まれた花畑の残骸の撤去から取り掛かる。向日葵が咲いていた一角で鎮座する多脚戦車の残骸などだ。その恵まれた体躯と鍛え上げた『怪力』でもって、重機もかくやといった働きを見せる。
「ありがとうレイさん。……やっぱり、結構荒れちゃったなぁ」
ちょうど花のいい時期で、まだ種の採取もしていなかった向日葵たち。無残に散ってしまった花たちを見て底子は悲しそうにつぶやいた。
「まぁ、こんなところか」
それからレイが戦闘の痕跡――敵の残骸や、破壊された無人兵器の残骸等を丁寧に除去して積み上げ。ひと段落ついたと思ったころには、日は高く昇っていた。
「で、害虫駆除以外にゃ何が得意だって?」
「雑草取り! 養分を取っちゃうし役に立たないしの雑草は根絶やしにするのよ!」
底子のために一旦昼休憩をはさんで、再びの野良仕事。
あまり日中の気温が高いと控えるそうなのだが、その日はレイはもちろん底子にとってもあまり苦にならない程度の、やや曇った空だった。
そして始まるのは地味で地道な作業。
「農作物の方も後々手伝うが。いずれにせよこの分野に関しちゃオレが教えを乞う形になるからな」
「しゅしょーな心掛け! 宜しいでしょう!」
ここのところ、師事することになった別の猟兵から思っていた以上に厳しく扱かれているそうで――今日は猟兵とのその立場を逆転できると思ったのか、無駄に張り切る底子。
「今日は私が! 先生、ですっ!」
「……ああ」
しかし、やっているのはとても地道な作業である。
指示があれば従おう、とレイもさっそく同じ作業に取り掛かってはみるが。
「ふふっ」
体が大きい分、あまり狭い場所や細かい作業には向いてないのかもしれない。窮屈そうに体を丸めて作業していると、根子に笑われた。
「……」
いつの間にやら迫力やら凄みのある目で見られても怯まなくなった少女には、どんな風にカテゴライズされてしまったのやら。そうして言葉少なに相槌を返すレイに、底子はぺらぺらととりとめのないお喋りを始める。
「私の友だちはね、大人しい子なんだけど、でっかいハーブ園を作ってたりもするの」
薬が昔みたいに手に入らないから、それで代用するケースも多いこと。ハーブ園は底子の花畑と違って陰険メガネから怒られない……どころか褒められること。
「あ、陰険メガネっていうのは……陰険なメガネのことよ!」
「……そうか」
少しだけ迷ったが1秒で分かりやすい説明を諦める底子。まぁ、詳しく聞かずとも拠点の幹部の一人である南原一慧(みなみはら・いちえ)であろうと想像はついたが、
「アイツも、肝心な時には居なかったりするし……」
底子にとっては緑野透子もそうであったように、あまり良好な関係性ではないようだ。
「陰険メガネも悔しいけど強いから、今まで何も言えなかったけど」
アイツよりも誰よりも、強くなってやるんだー! と意気込む少女は、既に偽神細胞の移植手術を受けてしまったという。
「そう、か……」
そんな、くるくると多彩な表情を見せる少女に比べ、レイの首から上は感情を置き忘れたかのようにあまり動いてくれることもなかったが。
「害虫駆除も今日くらい代わってやるさ」
彼女が大事にしている花の咲く場所。自然の摂理に従えば虫たちに侵され枯れるものも多いだろうその場所で、人の手が丁寧に害となるものを取り除き、潰していく。
「雑草もね。本当は『雑草』なんて植物はないっていうし、たしかにそうなんだけど」
人に有用な植物を選び、立派に育てあげるためには、そこに彼らが居ては困るのだ。
だけど油断するとどこからともなくやってきて花や野菜を枯らしてしまうから、農業は根気と繰り返しと――惜しみなく手間をかけてあげられる、時間が大切なのだと。
「というわけで害虫死すべし! 慈悲はないわ!」
そうして世話をしていれば必然的に見かける機会も多くなるそれを、プチっと潰してキリキリ働く根子。そんな彼女には、やはり戦場よりも畑が似合う――レイはそう感じて。
「……少なくとも、あんたが世話をするからこの花たちは生きている」
それは立派な才能で、努力だ、と。
「それほどでもないわ! でも、もっと褒めてくれたっていいのよ!!」
「……まぁ、馬鹿な死に方をするなよという話だ」
評価をくれてやればえへん、とふんぞり返る底子に、すでに死した男が忠告を送って。
「ええ! 出来るだけ潔くかっこよく死んでやるわ!」
「……違う、そうじゃない」
植物の世話もなるほど大変だが――そういえば人間の世話というのもまた、ある意味でとてつもなく面倒なものだったことを思い出し、思わず遠い目になるレイであった。
●約束
夜も更け、宴も終わり。
荒野と戦場をさすらう男は一人その場所を後にしようとして――。
「……!!」
「……おっと」
その背中めがけて、小柄な人影がタックルを仕掛けてくる。
修行中の底子かと思い、さて躱すか投げ飛ばしてみるか……などと思いながら振り向けば、そこに居たのは緑野透子(みどりの・とうこ)で。
「つかまえ、ました!」
怪我をさせないように受け止めると、間近からやや非難めいた目がレイを見上げて。
黙っていなくならないでください、という。
「まだ、なにもお返し、できてないのに!」
(……こういう感じだったか?)
やや子どもっぽい態度からの糾弾に、さてどうするべきかと思案するレイ。
いくら透子の方が礼をしたいと考えていても、人らしい欲求の失せた体では、欲するものもそう多くないのだ。だから、結論は――
「必要ない」
「……」
「そんな顔をするな。今は必要ないが」
捨てられた子犬ような目に涙を溜めはじめた少女へ、少しかがんで言い含める。
「いつか未来でまた、生きて会える」
オレにとっちゃそれが一番の礼になる、と。
「……また、会える?」
「あぁ」
「ほんとうに?」
「……本当だ」
「ほんとうのほんとうの、ほんとうに?」
「まぁ、死ななければな……もう死んでるが」
「ふぇぇ……」
小粋な江戸っ子風デッドマンジョークはお気に召さなかったらしい。
少女はほろほろと涙をこぼしながら、いつの間にか身にまとう鎖――枷をがっちりホールドして、離そうとしなかった。
――ずっと、未来とは別れのことだった。
何かを得るということは、いずれ何かを失うということで。
それが大きければ大きいほど、大切であればあるほど、思い知ることになるのだ。
「オレは、ずっと此処にゃいられねぇけどな」
困ったような表情を浮かべ、義理堅い男は、手を離さない透子へと言葉をかける。
「緑野が……お前が頑張って生きてりゃぁ、また会えるさ」
「……うん。それじゃ、がんばる。がんばるから……」
だから、と少女はようやく手を離し。
最後には笑って、手を振って
――いつかまた、あえるよね。
脆い世界に残され生きる者と、かつてだれかを遺して来た者。
探しものを胸に流離う男は、再会の約束を交わす。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
「畑を耕すなら手伝います」
UC「ノームの召喚」
100体のノームで畑予定地をふかふかに耕運
残り12体は料理と材料運搬
「ポトフ用の食材ですが、種苗用にどうでしょう」
市場で箱買いした土つき大根、葱、じゃが芋
大根は上部を残して切り取った物と本体
葱は下部
じゃが芋は半分をそのまま
「どれも輪作障害を起こすので次は場所を変えて。大根は土に埋めて保存、じゃが芋は暗所で保存し植える前に芽の近くで切り分けて、葱はこのまま植えて育てて見て下さい。大根上部は水耕で葉が元気になってから植え替えるのはどうでしょう」
残った材料でポトフ作り
モーヴにも振舞う
「これも貴方のおかげですから」
「緑野さん…少しは生き易くなりましたか?」
●土精霊
拠点の新リーダーとして幹部から農業に関するお使いを命じられた緑野透子(みどりの・とうこ)。それは、猟兵たちにも農業分野への知恵や力を借り、拠点の生産へのてこ入れを図る作戦。
「畑を耕すなら手伝いますよ」
そういうことならば、と自らも植物――桜の精霊である御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)はそのお手伝いを請け負って。
「おいでおいで、土小人。私の手助けをしておくれ。代わりに石をあげましょう。ざらざら渡す石ビーズ、その分手助けをしておくれ」
広がる田園風景の中、ユーベルコード『ノームの召喚(ノームノショウカン)』を使い、わらわらとどこからともなく現れた小人たちにお願いごとをしていく。
「整列ー! 10×10……はい、皆さんは畑をふかふかに耕しておいてください」
100体のノームがひゃっほいと散って、思い思いに土や作物の様子を調べ始めた。
自然と動物たちをこよなく愛する、陽気な土の小人たち。彼らに任せておけばここは大丈夫だろう。
「残りのひーふーみ……はい、皆さんはお料理と材料の運搬をお願いしますね」
残る12体のノームたちも、おー! と元気よく応えてお手伝いの準備。
「わー……。ようせいさん、ですか?」
と、しゃがみこんでノームの様子をながめるのは透子だ。
接待するどころか猟兵たちを働かせることになってしまい、初めは恐縮していた彼女だったが。
「はい。大地、土の精のノームですね。かしこい子たちですよ」
「か、かわいい……」
陽気な妖精たちをお気に召したようだ。地中にトンネルを掘ってモグラのように顔を出すノームを、目をキラキラさせて追っかけていた。そうしている内に仲良くなったのか、南原から言いつけられていたお使いを手伝ってあげるノームたちの姿も。
「緑野さん、人間のお友だちは少なそうですけど、精霊には好かれるのでしょうか?」
なんか今日はちょっとアホの子になってる気もしますけど……。
思わずそんなちょっとひどい感想を抱いてしまいつつ、案外と楽しそうに畑や農作物に触れ、ノームと戯れる少女の姿をほほえましく見守る桜花だった。
それから場所を変えて、調理場にて。
「ポトフ用の食材ですが、種苗用にどうでしょう」
桜花は持ち込んだ食材――市場で箱買いした土つき大根、葱、じゃが芋などをカットしながら、ただそのまま食べるだけでなく、食材にする以外の部分を再利用しようと提案。
大根は上部を残して切り取った物と本体。
葱は下部。
じゃが芋は切って半分をそのままにして。
「どれも輪作障害を起こすので次は場所を変えて。大根は土に埋めて保存、じゃが芋は暗所で保存し植える前に芽の近くで切り分けて、葱はこのまま植えて育てて見て下さい。大根上部は水耕で葉が元気になってから植え替えるのはどうでしょう?」
「ふむ……土地だけは腐るほどありますから、問題ないでしょう。上手くいくかはやってみないと何とも言えませんが、ありがたくいただいておきましょう」
異世界の種苗と聞いて検分にやってきた、緑野にお使いを出した張本人の幹部――南原一慧(みなみはら・いちえ)が、礼を言って受け取る。
(評判良くないと聞きましたが、こうして見ると何だか苦労してそうな方ですねぇ……)
几帳面に中身を確認し、大事そうに並べた段ボール箱を抱えて去っていく青年。そのどこか哀愁漂う背中に、ふとそんな印象を抱く桜花だったという。
●宴
それは崩壊した文明の残り香、とでも言うべきか。
ゆずにかぼす。なすやシイタケ、かぼちゃなどなどの収穫を行っていたノームと透子、手伝ってくれた猟兵らが戻ってくると、本格的に料理が始まって。
「案外、色々なものがまだ残っているんですね」
どうやら大豆から味噌まで作っているようだ。
料理の方もカレーの匂いがしていたり、中々の発奮具合がうかがえる。
団子汁。とり天。なすやかぼちゃ、椎茸。新鮮なお野菜の天ぷら。
拠点のお母さんたちの素朴な料理。
「では、私からも」
と、先ほどの種苗にした野菜の残った材料でポトフを作る。
ほっこりとして、素材の味が活きたやさしい味わい。料理上手な桜花が振舞うそれに、ケータリングカーの前に行列が並び、忙しく振舞って。
「おてつだい、します!」
「うーん……分かりました。それじゃ……」
慣れていないようで、正直あんまり役に立たない透子に役目を与えつつ、実質は面倒を見ながら、拠点の中で見知った面々とも軽く言葉を交わしていく。
「お嬢ちゃん、来てくれてありがとうのぅ」
「あんた、怒らすと実は怖……いやなんでもない。ああ、そういや畑の件も助かったぜ」
「いえいえ。お役に立てましたなら、良かったですよ」
そうして顔を合わせていけば、前リーダーの死後には分裂しかけて殺伐としていた拠点のムードは、随分と変わって――人々の表情も和らいでいるように思えた。
そうして一息ついたころ、ジミー・モーヴ(人間の脇役の泥棒・f34571)にも、と。
「これも貴方のおかげですから」
アツアツのゴロゴロ野菜に良く味の染みたポトフを振舞う。
「ほほぅ。これは……そちも悪よのぅ……」
無駄に悪そうな顔をして受け取るジミーだが、もちろんただのポトフである。
そんな、見おぼえない顔の男を、透子が不思議そうに見つめ首をかしげていて。
「ええと……」
「グリモア猟兵のジミーさんですよ。彼が、私たちをここに送ってくれたんです」
「わ。それは、ありがとうございます! ぐりもあ……グリモア? 何だか……」
少し悩んで、
「強そうな名前ですね。とても、とても頼りになりそうな」
「そうですか? 確か、レイさんもグリモアさんでしたね」
グリモアの語感が気に入ったらしい透子は、それから少し話をして。
やがて、また他所の場所に回ってきます、と言いおいて席を外した。
「……何か不思議そうにしてましたけど。もしかしてお知り合いとかでしたか?」
「実は、な……お前さんの世界では、転生というのも一般的だったと思うが」
「はい。私も影朧を癒して転生させる桜の精ですから」
袖すりあうも他生の縁、ということか。
ジミーは重大な秘密を打ち明けるように、声を潜めて言った。
「アレは俺がゴンを過ちから撃ち殺し、失意に沈んでいたころだ」
「兵十さんだったんですか」
「そのころ、罠にかかってたたぬきを助けてやったんだが、似ているな……顔が」
「緑野さんは、前世は緑のたぬきさんだったんですね……」
まぁ、そんなわけはないのだが。
ポトフをつつきながら、満足そうに口角をあげてしょうもない嘘を語る男――彼の期待した役割はどうやら十全に果たせたようで。
「緑野さんと、この拠点の人達が、これから上手くいくといいですね」
「まぁな。たぬきとは言えわざわざ不幸になることもあるまいて……」
虫の声も涼やかな夜更けになるまで、和やかな宴は続いていったのだった。
●さよならごっこ
そうして、お別れの朝。
拠点の主だった者たちが見送る中、桜花は新たな指導者たる少女に問いかける。
「緑野さん……少しは生き易くなりましたか?」
「はい。ありがとう、桜花さんも……皆も」
ぺこり、と一礼する透子。
出会った時のような弱り切った様子から、何かが吹っ切れたような表情で微笑む。
「……皆さんがしてくれたこと、きっと忘れません」
拠点の未来は、この先は彼ら彼女ら自身の手で切り開いて行くことになるだろう。
そこでまた、猟兵の力を借りる機会もあるのかもしれないが……
進む意思を取り戻すために、猟兵たちの残したものは決して少なくない。
「ありがとう。……さようなら」
結局は泣くのだろう、ほんの短い時を共に過ごした少女に見送られ。
けれど、別れはそれっきりおしまいになることではなくて。
そうして、いつかまた――
再会の希望を胸に。
残したものを糧に、その生命が、たくましく育つことを願って。
猟兵たちはまた、それぞれの日常へ、それぞれの戦場へと帰還する。
大成功
🔵🔵🔵