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光黎、いつかまた/この夢の/つづきを

#アックス&ウィザーズ #戦後 #群竜大陸

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 リュカ・エンキアンサス(蒼炎の旅人・f02586)は僅かに首を傾げた。そうして手帳から一枚紙をちぎって、周囲に示す。そこには一羽の鳥の絵が描かれていた。
「群竜大陸の……そう。時蜘蛛の峡谷あたりで、この鳥のオブビリオンが見つかったんだ」
 余り表情筋の動かない顔で、リュカはしばし考えこんでいるようである。だが、あんまり言いたい適切な言葉が見つからなかったらしい、難しい顔をして、彼はつづけた。
「これはどうやら、人もしくは生きているかのような死体と共にいないと存在が難しいらしい。だから、彼女に従う人の形をしたものもどこかにいると思う」
 残念ながら、そこまではわからなかったけれども、と言って、リュカは言葉を切った。
「まあ、鳥を倒せばその従うものも無害になるから、それはそれでいいんだけれどもね」
 と、説明する。それからいくつかいうコトをまとめながら、リュカは話をつづけた。
 ひとつ。場所の影響か、それともオブビリオンの影響か、どうにもこれから向かう場所は場がおかしくなっていること。
「ちょっと説明が難しいから、現地に行って臨機応変に対応してほしい。逆に言うと、それくらいでそう難しく考えなくても大丈夫」
 もうひとつ。オブビリオンは彼の言っていた鳥のほかに、山や荒野に潜み集団で盗賊行為を行う悪人……いわゆる山賊のようなものが出没すること。
「どちらとも、お兄さんやお姉さんたちにとって脅威になるほどではないと思うよ。ただ、そうとは言っても山賊は山賊だから、気を付けて行ってきてね。
 そう、リュカは言う。それから少し考えて、
「鳥の方のオブビリオンは、自分が殺したものを操ることができる。……あんまり気持ちのいいものじゃないから、……そうだね。あんまり、気にしないように」
 必要以上に感情輸入しないことがポイントだよ。と。
 リュカはそう言って話を締めくくった。


ふじもりみきや
いつもお世話になり、ありがとうございます。
ふじもりみきやです。

今回は演出重視です。
細かいこと考えずに楽しくノリよく遊んでいただけたらと思います。
……まあ、その割にはものっそいシリアスになる予定ですが!

●補足
POW.SPD.WIZはおまけ程度に。
プレイング募集期間は、各章ごとに断章を公開いたしますので、そこで記載しております。参照してください。
(タグとかツイッターとかマスターページにも記載はしますが割とどれかを忘れることも多いです)

それでは、良い一日を
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第1章 冒険 『群竜大陸の探索』

POW   :    地道に歩き回って情報を集めたり、あえて危険な場所に踏み込んで捜索する

SPD   :    潜伏するオブリビオンの痕跡を見つけ出し、隠れ場所を突き止める

WIZ   :    オブリビオンの行動を予測して網をはったり、偽情報で誘き出したりする

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 そうして、君たちはそこに足を踏み入れた。
 指定されたポイントは、ただ――。
 ――――。
 ――――――。
 ――――――――。

 ――――――。
 ――――。
 ――。
「ほら、起きて、あんたいつまで寝てるの!?」
「わー。お兄ちゃん寝坊助さんだねえ」
 布団を引っぺがされて、彼は首を傾げた。身を起して、頭を振る。
 目の前には幼馴染……この孤児院に引き取られてからずっと一緒だったから、幼馴染だろう……の少女と、妹分の女の子がこちらを見ていた。
「ほら、早く顔洗って! ご飯なくなっても知らないわよ!」
「お兄ちゃん、またねぇ」

 ――――。

「早く早く。洗濯物乾かなくなっちゃうよ」
「うん。毎日あると大変よね!」
 彼女と彼女がパタパタと二階の廊下を走っている。大量の洗濯物を抱えて、楽しそうに。
「あ、先生!」
「せんせい~!!」
 窓から声をかけると、ちょうど外で畑仕事をしていた老人が顔をあげて笑って手を振った。少女たちは明るい顔でその手を振り返す。

 ――――。

「なあなあ、この孤児院で一番かっこいい奴投票で決めようぜ!」
「は? そんなことしてどうするんだよ」
「勿論、旗を作るんだよ!!」
「あんた、ほんっとにバカみたいね!?」
「まあまあ。どう頑張っても俺が一位になるからって、ひがむなよ」
「なんでよ!!」
「まあまあ、落ち着いて。こいつが馬鹿なことは今に始まったことじゃないから。なあ、お嬢さんがた」
「どうでもいいわ……」
「どうでもいいし……」
「まーた言ってる、あの双子も。ねー。そんなところで本読んでないで、こっちにおいでよ!!」
「ほうっておいて……」
「一人にして……」
「あんたたち一人じゃなくていっつも二人じゃない」

 ――――。

「なあ。大人になったらどうするんだ?」
「俺、ここの先生になる。先生、ひとりじゃ大変だろ?」
「あたしは、冒険者! お金を稼いだら、この孤児院に帰ってきて、皆に美味しいもの沢山食べさせてあげるんだー……」

 ――――ねえ。あなたは?
 ――――そう。あなたは……、


************
と、いうわけで。
第一章は冒険です。

●前振り
あなたは、夢を見ました。
群竜大陸のどこか端の方にある、孤児院の子供になる夢です。
孤児院は大きくて、子供がたくさんいて、先生たちが少しいて、あんまり裕福ではありません。

夢の中のあなたの年齢は5歳から18歳まで。その間なら、自由に年を取ってもOK。
実際年齢は14歳でも、5歳にも18歳にもなれます。
決まりは、孤児院の子供であるという事。
実際には、
①自分の名前も過去も以来のこともすべて覚えているけれどもなぜか違和感を感じず生活している
②自分の名前以外は思い出せない記憶喪失
③自分の名前だけが本物で、なぜか自分が孤児院に来た経緯等、偽りの記憶を持っている

とかそんな感じで。それ以外でも違和感なく溶け込んでくれたらOKです。

●実際のプレイング
POW等はひとまず気にせずに。
タイトルをつけるなら「孤児院の子供たちの日常」です。
で、一章は普通に生活を楽しみます。自由に孤児院を探検してくれてもいいし、冒険してくれてもいいです。
そうでなくても、普通にあほなことして日常を過ごすだけでもいいです。
友達同士で参加される方は、「実は私たち双子なんです」とか言い張ってもOK。もちろん普通に友達や恋人でもOK。
けれどもお勧めは一人、NPCの友達を持つことです。
友達でなくても、面倒見のいいお兄さんでも、手のかかる妹でも、何でもいいです。
その子たちとともに、平和な日常を楽しんでください。
何故かというと、二章で彼らは死に、三章で死体となって倒すべき敵として復活するので、
ほら、思い入れのある方が、いいかと思って。
ペア参加とかの方でも、ひとり何かしら親しい人がいると楽しいと思います。

●ご注意
割と何を主張してもいいシナリオですが、私が参照するのはプレイングとステータスシートと装備欄のみです。
なので、「過去に生き別れた妹とそっくりな子が友達でその子と遊ぶ」とか主張してもいいのですが、あんまり細かい設定になりすぎると私が把握しきれずに思った通りにならなかったり、無難な表現になったりしますので、
その辺は、ご留意ください。

●プレイング募集期間
11日(火曜日)8:31~14日(金曜日)18:00まで。
また、無理ない範囲で書かせていただきますので、参加人数によっては再送になる可能性があります。
その際は、プレイングが返ってきたその日の23時までにプレイングを再送してください。
キディ・ナシュ
【亡失】12歳設定

太陽さんがぴっかぴかですね!
お昼寝はふかふかのシーツでした方が
きっと気持ちが良いですよ

もちろんですイディ!
みんなの中では私が一番力持ちですもの!
いちばん大きな洗濯物をヨイショと持ち上げて運びましょう
エストもだけど、イディも転んじゃだめですよ
ほら、そっちの少ない方を持ってください

競争ですか? 負けませんよ!
背後から聞こえるイディの怒った声もなんだか楽しくて
お兄ちゃんの所に走っていけば
本日のお仕事報告です!

イディと二人でエストをぎゅっとサンドイッチして
そのままお兄ちゃんに突撃ごーです

みんながいるお家
これ以上ない幸せで、わたしはとても嬉しいです
ずっと、こんな毎日が続くといいですね!


エスパルダ・メア
【亡失】7歳・愛称はエスト

ふあ、ねむ…
昼寝日和じゃねえの?
でも兄ちゃんの手伝いならする

わぷ、イディ姉、これでかい…いや持てるけど!
ふかふかの洗濯物を抱えてよたついて、頭から埋もれて
おれもできるのに、って拗ねた顔になるけど
イディ姉、それ被せて?
頭から被せて貰えば得意満面
これならおれも手伝えるなって満面の笑み
二人共気をつけろよ、ってあれ
おれ一番小さいのに何言ってんだろ

キディ姉待って、おれも行く!
兄ちゃんにちゃんと出来たの見せに行こう
途中からすっかり追いかけっこになって
兄ちゃんに褒められたら、一番嬉しい

二人に挟まれると擽ったくて照れくさいけど
皆笑ってんのが好きだ
姉ちゃんたちも兄ちゃんも大好きだからな


イディ・ナシュ
【亡失】12歳設定

今日はお天気も良くて
絶好の洗濯日和ですね

ほら、シーツ取り込んでるお兄さんの
お手伝いをしましょうねキディ
私達では手が届かないから
乾いた洗濯物を運びましょう
エストも一緒にしてくれる?難しい?
良い子のお返事に微笑んで
そっと被せたシーツの上から頭を撫でる

ほら二人とも、そんなにはしゃいだら転びますよ
洗ったばかりの洗濯物を汚さないでね
もう、兄さんも面白がってないで
少しは言ってやってください?
元気いっぱいの光景に気を取られていれば
思わずキディの予言通りに転びそうになったりもして

双子のキディに弟のエスト、そしてお兄さんと
家族との暖かい、いつもの時間
不思議ですね
……幸福なのに胸が痛いなんて



 やわらかい太陽の光が照らし出す。五月のはじめ。夏の足音を感じながらも、未だ心地いい太陽がキディ・ナシュ(未知・f00998)を優しく照らし出していた。庭へと続く廊下は、明るい光に満ちている。
「太陽さんがぴっかぴかですね! なんだか気持ちよくてうれしくなっちゃいます!」
「ええ。今日はお天気も良くて…… 絶好の洗濯日和ですね」
 キディの言葉にイディ・ナシュ(廻宵話・f00651)も微笑む。
「今日も、いい日になりそうです」
「ふふー。今日も明日も明後日も、きっといい日に間違いないよ!」
 キディとイディ、双子は顔を見合わせて、楽しそうに笑いあった。笑いあってから……、
「それで……この人ですね」
「うん。どうしてくれましょうかね~?」
 冗談めかして、二人同時に、ぱっと振り向く。
「ぶっ」
 突然止まった二人に、そのあとを追いかけて歩いていたエスパルダ・メア(零氷・f16282)がぶつかった。いつもなら双子の突然の行動も慣れたものであったが、今日は話は別だ。ぶつかると数歩後退して、目元をこする。そう、彼は、眠いのだ。
「ふあ、ねむ……昼寝日和、の間違いじゃねえの?」
 ねむねむ。突然立ち止まったことに文句を言うでもなく、ぶつかったことを謝るでもなく。大きく欠伸をするエスパルダは、
「ていうかどこに行くんだよ。おれ、寝てたんだけど……」
 なんて主張するので、彼らしいそのしぐさにキディもイディも笑いあった。
「お兄さんの手伝いよ。これからシーツを取り入れるって言ってましたから」
「ですよっ! 早く終わらせて、皆でお昼寝しましょう! お昼寝はふかふかのシーツでした方が、きっと気持ちが良いですよ」
「んー……」
 ねじねじ。目元をこすりながらエスパルダの頭には、「でも今昼寝したいんだし……」という気持ちが去来する。昼寝はしたいときにするのが一番心地いいのだ。……が、
「ん……兄ちゃんの手伝いならする」
「ええ。エストならそういうと思っていました」
「じゃあ、一緒に頑張りましょうー!」
 観念したエスパルダの言葉に微笑むイディ。なぜかそこで得意げに胸を張るキディ。
 そんな二人を、なんだかちょっと微笑ましそうにエスパルダは見つめて、
「……?」
 微笑ましいって何だ、微笑ましいって。
 何だか意味の分からない感情に首を傾げて、改めて二人を追いかけた。

「お兄さん、手伝いに来ました」
「お兄ちゃん来たよー!」
 先頭はキディだ。ぱーっとかけてくる彼女の姿に、ちょうど洗いたてのシーツを取り入れていた背の高い少年は顔を上げる。
「ああ。二人とも手伝ってくれるのかな? ありがとう」
 年齢はたしか17歳ほどだ。イディとキディは今年で12になったので、結構年上に見えるし、エスパルダに至っては10も離れているのでもう大人の人のようにも感じられる。真面目で面倒見がよく、彼らもよく遊ぶときも熱が出たときもお世話になった。名前はそう……確か、
「ヒュー兄ちゃん」
「うん? どうしたの。怖い夢でも見た?」
 ちょいちょい、とその服の裾を掴むエスパルダに、名前を呼ばれてヒューは瞬きをした。
「抱っこする?」
「抱っこ……」
「お兄ちゃん! 私も!」
 ヒューの言葉にエスパルダが両手を広げ、そのしぐさに、あれ、今から遊ぶの!? と目を輝かせるキディ。その前に、とイディが声を上げた。
「ほらほら、遊んでないで。お手伝いをしましょうね。この乾いた洗濯物を運びましょう」
 私達では手が届かないから。と、洗濯物を指さすイディ。
 しっかり者のイディの言葉に、明るく頷くキディ。
「わかりました! もちろんですイディ! みんなの中では私が一番力持ちですもの! 任せてください!」
 どん、と胸を張るキディに、では、これは持てますか? とイディは籠を一つ示す。すでに洗濯物が取り入れられて、いっぱい入っている籠だ。
「はーい。持てます持てます!」
「エストも一緒にしてくれる? 難しい?」
「わぷ、イディ姉、これでかい……いや持てるけど!」
 言われてひとつ籠を持ってみる。持った瞬間、エスパルダはバランスを崩して僅かによろめいた。7歳児には籠が大きすぎた。見守っていたヒューがすかさず手を貸そうとしたが……、
「ぎゃー」
 頭から洗濯物に埋もれた。
「ふふん。エストは小さいからわたしがやっぱりしっかりしていないとだめですね! ほら、そっちの少ない方を持ってください」
 一番大きいのは任せてください。とキディに言われれば、エスパルダはちょっと面白くない。
「おれもできるのに」
「できてないから言われてるんですー。あっ、エストもだけど、イディも転んじゃだめですよ」
「ちぇー」
 何かとお姉さんっぽく胸を張るキディに、エスパルダは思わず不満そうな声を上げる。……そして、
「あっ。イディ姉、それ被せて?」
「あら……この洗濯物をですか?」
「そうそう!」
 洗濯物を頭からかぶせられれば、
「これならおれも手伝えるなっ。あとちっさいものだったら持てるよ」
「それじゃあ、これをお願いしようかな」
「うんっ」
「まあ。エスト、無理をしてはいけませんよ」
 さらにヒューに小さな籠を貰って、エスパルダはご機嫌である。心配そうなイディの言葉にも、
「だいじょうぶっ。おれは兄ちゃんみたいに、いっぱい仕事ができるおとなになるんだ」
「さっきまで眠い眠いって言ってましたのに!」
 横からキディがお姉さんっぽくちゃちゃを入れて、何をーと反論するエスパルダを見て微笑ましそうにそっとイディはエスパルダの頭をシーツの上から撫でる。
「わかりました。よい子のお返事、素敵ですね。では、頑張りましょう」
「おう!」
「はーい。それじゃあ、お兄ちゃん、行ってきまーす」
「いってらっしゃい。気を付けてね。終わったらおやつにしようか」
 キディがふりふり手を振ると、ヒューがそう返事をする。それで……、
「なるほどおやつ! それはゆっくりしていられません!!」
「おやつ! キディ姉待って、おれも行く!」
 大きな籠を持って、キディが走り出す。慌ててその後をエスパルダが追いかけた。
「お?? 競争ですか? 負けませんよ! 勝った方が、負けた方のプリンをもらうのでどうです!」
「それは……まけられねー!!」
 容赦なく速度を上げる姉に、エスパルダは慌てて追いかける。
「ほら二人とも、そんなにはしゃいだら転びますよ! 洗ったばかりの洗濯物を汚さないでね」
「まあまあ。少しぐらい汚れても、また洗えばいいよ」
「もう、兄さんも面白がってないで、少しは言ってやってください? いっつもあんな感じなのですよ」
「うん、でも僕はそんなキディもエストも大好きだからなあ」
 腰に手を当てて叫ぶイディに、きゃー! と何やら歓声を上げて楽しそうに走って行くキディ。怒った声も楽しくて仕方がない、という様子に、イディは軽く額に手をやった。
「確かに私も、好きですが……」
「勿論、イディのそういうところも好きだよ。キディの元気なところも、エストのちょっと素直でないところも、イディの優しいところも、大好きだ」
「そういう話をしているのではありません……」
 おかしそうにヒューが笑うので、あきらめてイディはキディとエスパルダの後を追いかけた。
 結局、そんな元気いっぱいの二人に気を取られて転びそうになったのを、すかさずキディとエスパルダに支えられたイディだったりするのである。

 言い争いも、兄弟で行えばただのじゃれあいだ。最後には笑いながら、洗濯物を部屋へと取り入れる。畳む子は別にいるから、そこに持っていって渡せばいい。
「二人共、そこ段差あるから、気をつけろよ」
 ふと、移動の途中でエスパルダはそんなことを言った。はーい、という返事に、
「……?」
 あれ、とエスパルダは足を止めた。
(……おれ、一番小さいのに何言ってんだろ……?)
 そして二人は、なんで当然のようにそれにはーいと行儀よく返事をしたんだろう……。
(まだ、寝ぼけてるのかな……)
 少し考えこんでみても、答えは出なかった。

「兄ちゃん、ちゃんとできたぜー!」
「うん、えらいえらい」
「へへっ」
「どーん、わたしもできましたー!」
「私も、できましたよ」
 真っ先にかけていくエスパルダを、キディとイディが追いかける。褒められたら、それだけで素直に嬉しいと、笑みが絶えないエスパルダに、
「ちょ、引っ付くなよ~」
「いいじゃないですか! 本日のお仕事報告です!」
 イディと二人でエスパルダをサンドイッチして、そのままヒューに抱き着いたキディ。何となく照れくさそうな声を上げるエスパルダに、二人も楽しそうに笑う。
「うん、イディもキディもえらい」
「えへへ、えらいですー!!」
「じゃあ、おやつにしようか」
「はい!!」
 お兄さんに促されて、孤児院へと戻っていく三人。……それにふと、
「……みんながいるお家、これ以上ない幸せで、わたしはとても嬉しいです! ずっと、こんな毎日が続くといいですね!」
 満面の笑みを浮かべて、キディは言った。
「うん。……」
「えー。何ですかエスト! 聞こえませんでした!」
「なんでもねぇよ!!」
 さすがに照れくさくて。大声でそんな憎まれ口をたたきながらエスパルダもふたりの後を追いかける。
(皆笑ってんのが好きだ。姉ちゃんたちも兄ちゃんも大好きだからな……)
 そんな言葉は、口に出さなくてもきっとみんな分かっているのだと知っていた。
「……」
 イディも、エスパルダが何を言いたいかなんて、とっくにわかっていた。
 わかっていたから、微笑ましそうに微笑んだ。
 柔らかな日差しに、あたたかい風が吹き抜けていく。
(双子のキディに弟のエスト、そしてお兄さんと……。家族との暖かい、いつもの時間……)
 幸せだ。今確かにイディは幸せだった。……なのに、
(不思議ですね。……幸福なのに胸が痛いなんて……)
 ずっと、こんな毎日が続くといいですね、と。
 キディが言った時、どうしてかイディは泣きたくてたまらなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コルネリア・ツィヌア
名前はネリー、年齢は10歳前後だと思っている
気づいたら『ネリー』だった。その認識に違和感も疑問もない
目端がきき、よく先生たちのお手伝いをする
同じくお手伝い常連の女の子が一番の仲良しで、大抵一緒にいる。今日も。

「私はね、たくさんお手伝いをして、しごとのできるひとになるの。
お手伝いや読み書きや計算がきちんと出来たら、きっと、女の子でもおしごとできるのよ。
ごはん屋さんとかで働けたら、お料理をおぼえて、お給料で材料を買って、みんなのご飯もつくれるわ。
ねえ、あなたは?」

女の子の仔細はお任せします
ぬいぐるみや、川で拾った綺麗な石など、ふたりの宝物があると嬉しいです。二章で発見してショックを受けたいです。



「ねえ、次は何する? ネリー」
 声をかけられて、コルネリア・ツィヌア(人間の竜騎士・f00948)は顔を上げた。
 そうだ。ここでは、彼女はネリーだった。
 ……ここでは?
 自分で考えて、考えた瞬間そんな気持ちは一瞬で霧散した。
 彼女の名前はネリー、気づいたら『ネリー』だった。その認識に違和感も疑問もない。
 年のころは10歳前後のはずだ。孤児だからか、年齢ははっきりとはわからない。
 親はいない。けれども寂しくはない。よく先生や先輩のお手伝いをして褒められるし、そして何より……、
「このまえ、新しい子が来たでしょう。あの子のお洋服を作ってあげて欲しい、って頼まれていたの」
「ああ、いいじゃない! きっと喜ぶと思う。……あっ、でもあたし、お裁縫苦手なのよね……」
 コルネリアの言葉に、ちょっとしゅんとする少女。当然のことのように一緒に仕事をするつもりの彼女は確か……そう、マーガレット。同じ年ぐらいで、お手伝いをよくする常連組の中でも、ちょっと騒がしくて不器用だけど面倒見がよくて世話好きな女の子だった。
「なら、いっしょにしましょうよ。私もできる限り教えるわ」
「そう? お願いできる?」
「ええ。もちろん」
 静かに笑うコルネリアに、やった、と笑うマーガレット。どこか上品さを感じさせるコルネリアと、いかにも育ちの悪い子供、と言われそうなマーガレットだが、二人の気はよくあった。

「ネリー、洗濯物の手が足りないって、一緒に行こうよ!」
「マーガレット。ジョンが熱を出したみたいなの。おかゆを作って持っていきましょうよ」
「ネリー!!! たーいへん!! コニーとジョンが喧嘩して、壁に穴開けちゃって」
「……わ、私たちで何とかしましょう。ちゃんと壁をなおしていれば、そんなに先生に叱られないはずよ」
「先生、怒ると怖いもんね!!」
「その時は、私もいっしょに謝るわ……。二人とも、私が面倒を見ているのだもの……」
「よ、良し。それならあたしもいちれんたくしょーよ」
「マーガレットは、難しい言葉を知ってるのね」
「え?? 前にネリーが教えてくれたんじゃない。あたしたちはいちれんたくしょーよ!! って」

 日々はめまぐるしかった。仕事を探せば幾らでも好きなだけ仕事がある環境で、思い出せばいつも走り回っていた気がする。
 孤児院は貧乏だった。食うに困るほどではなかったが、のんびり健やかに暮らせるほど裕福でもなかった。もちろん、さぼっている子もいたけれども、コルネリアはそういうことは嫌いだったから、積極的に働き続けた。
「はー。もう疲れた! ねえ、お茶にしましょうよー」
 そんなコルネリアに、そんなことを言いながらもマーガレットはついてくる。
 そんな関係だった。

「……ねえ、あんたまだ起きてるの?」
「ええ。先輩たちが教科書を作ってくれたから……」
 そうして夜、皆が寝静まったころ。蝋燭をこっそり灯して勉強しているコルネリアに、マーガレットは声をかけた。
「私はね、たくさんお手伝いをして、しごとのできるひとになるの。お手伝いや読み書きや計算がきちんと出来たら、きっと、女の子でもおしごとできるのよ」
「もう充分、沢山お仕事できると思うけど……」
「それじゃあ足りないわ。ごはん屋さんとかで働けたら、お料理をおぼえて、お給料で材料を買って、みんなのご飯もつくれるわ。……ねえ、あなたは?」
「あたし?」
「そうよ。しょうらいのこと」
 うーん。とコルネリアの言葉にマーガレットは腕を組んで唸る。
「あたしはダメよ。料理ができないもの」
「そう……」
「だから、ご飯の美味しい宿屋さんにしなさいよ。そうしたらあたしはそこの宿屋の洗濯とか掃除とかする見習いになるわ!」
「……そういうお仕事は、お裁縫ができないとだめなんじゃないかしら?」
「うっ。痛いところついてくるわね……。で、も!」
 ほら、とマーガレットはコルネリアの鼻先にあるものを取り出した。
 それは、布で作った髪飾りであった。
「あんたに教えて貰ったの、あたしもこっそり練習してたんだから。なかなかうまく出来てるでしょう? ここを弄れば、ブローチにもなるのよ」
「え? ええ。そうね……」
 ちょっと歪だったけれども、努力の跡が伺えられた。
「あげるわ」
「え?」
「ふっ、知らないの? ゆーじょうあかしってやつよ!」
 友情の証。コルネリアが反芻する。そうして……、
「だったら、私からも」
 交換、と。差し出したのは、手作りの髪飾りであった。
「あなた、いつも髪を鬱陶しそうにしていたでしょう? だから……」
 用意していたのよ、という前に。その髪飾りを友人は手に取った。
「ありがとう!! じゃあ、交換ね!」
 屈託なく笑う彼女に、コルネリアは小さく頷く。長い髪をポニーテールにした彼女は、なんだかさらに活発さを増した気がした。
 この友情が、長く続けばいいのに……なんて。
 なんだか、物語の感想のようだ、なんてコルネリアは奇妙なことを思いながら笑った……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

篝・倫太郎
【華禱】
名前よし、記憶よし、依頼内容よし!
で、あれ?
ちまい……手がちまい!(わきわき)
え……俺、今、五歳くらい?
ちぇー……ちまい夜彦、抱っこしたかったのになぁ
ま、いいや

なんて考えてたら腕を掴まれた
あぁ、『ぬい』
俺と一緒にここにきた、幼馴染みの『しらぬい』

俺の腕を掴んで引っ張って
花を摘みに往くのを手伝えという

わかった、わかったよ!いくよ!
ひっぱんないで!うでぬけちゃう!

そんな風にはしゃぎながら
一緒に出掛けて花を摘んで
帰りには食べられそうな木の実とかも取って帰ろう
俺達の家、あの孤児院に

帰ったら、夜彦に摘んだ花を渡すんだ!
やひこ!これやる!(ぐいぐい)

押し付けて、しらぬいと笑って
先生の手伝いに往こう


月舘・夜彦
【華禱】
肉体は15歳程度
名前も分かる、それ以外は朧気

周りには子供達
それぞれ本を持って読んでとせがんで来る
木の下に座って本を読み始める

子供達に囲まれながら、それでも必ず隣に座るのは
自分よりも一回り年下の黒髪の少女、私と同郷の『さよ』
自分も読んで欲しい本があるだろうに、毎回譲っている
それでも彼女が譲らないのが私の隣に座るということ

王子様が迎えに来る話、鬼を退治する話
どの物語も飽きなくて時間はあっという間に過ぎていく

子供達の一部が眠り始めた頃、遠くから鬼の子二人がやってくる
おかえり、二人共
……この花を私に?ありがとう、倫太郎

貰った花を『さよ』にも見せてやる
さよ、この花はなんて言う名前か分かるかい?



「名前よし、記憶よし、依頼内容よし!」
「……何のはなし?」
「えー。あれ? 何の話だっけ……」
 言われて、はて? と篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)は首を傾げた。首を傾げて己の手を見た。それでまた、
「ちまい……手がちまい!」
 自分の手が小さい。と倫太郎は思わず声をあげてその手を握っては開き、握っては開きとしてみる。
(え……俺、今、五歳くらい? だったら……)
 きょろきょろ、と周囲を見回す。なんだかよくわからないことになっているがなんだかよくわからないなりにすべきことはまず、
(いない……)
 誰かの姿を確認する事であったが、残念ながらその確認したい人はいなかった。
(ちぇー……ちまい夜彦、抱っこしたかったのになぁ。……ま、いいや)
 本来ならば、あまりまあいいや、で済ませられることではないような気がするが。まあいいや、で済ませて倫太郎は一つ頷く。
(ええと、だったら……)
「ねえ、なんのはなし?」
 だったら、何をすべきか。
 そう思った瞬間、腕を掴まれて頭の隅にもやのようにかかっていた違和感が霧散した。
「あぁ、ぬい」
「もう。さっきから変なことばっかり」
「わるいわるい」
 頬を膨らませて、じとーっとした目で倫太郎を見ているのは幼馴染のしらぬいだ。倫太郎がここに来るときも一緒に来て、そして来てからもずっと一緒だった、そんなしらぬい。
「ねえ、お花摘みに行くの、行こう」
「ええー。お花摘みかよ。そんなのよりかけっこしようぜ!」
「や! かけっこは昨日したじゃない。今日はお花摘み!」
 ぐいぐいぐい。しらぬいの力は思ったより強くて。半ば引きずられるような形になりながら倫太郎は歩き出す。
「わかった、わかったよ! いくよ! ひっぱんないで! うでぬけちゃう!」
「りんたろー、いつもそういうけど、抜けたことない」
「いや、抜けたら困るから!!」
 いつものコト……そう、それはいつものことだ。
 いつものようにはしゃぎながら、一緒に孤児院の外に出かけるのが彼らのいつもだ。
「黄色いお花、白いお花、先生のお部屋に飾って、食堂にも……」
「なーなー。それよかあっちの実もとって帰ろうぜ。前食べてうまかっただろ!」
「りんたろー。木の上、危ない。前、落ちかけた」
「落ちかけたけど!! みんな美味しそうに喰ってくれたからさ、……あれ、嬉しかっただろ!」
「………………うん」
 高い木の上の方になっている実は、甘くて美味しくて、みんなすごく喜んだ。
 基本不味しい孤児院では、あんなに甘いものはあまり食べられない。だったら多少は、無理する価値があるだろう。そういう倫太郎に、
「じゃあ……私も登る」
「ちょ、ぬいは危ないから……」
「りんたろーができて、私にできないことは、ない」
「あいっかわらず言い出したらきかねえな!?」
 どうせ危ないことをするなら、他人がやるより自分がやるほうがいい。お互いにそういう考えの二人であった。
 そうしてあれこれ採集が終わるころには、もう日も傾きかけていて、 
「じゃ、かえろーぜ。……俺達の家、あの孤児院に」
「うん」
 そういって、しらぬいが頷いた時。
「……?」
「りんたろー、かえろう」
 あれ、と、ほんの少し何か違和感を感じた倫太郎であったが、しらぬいの言葉にそれもすっと溶けていった。



 月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)は15歳ほどの少年であった。
 それ以外のことは、はっきりとは覚えていない。
 おそらく、幼いころからそこにいたのであろう。……そう思う。そのはずだ。それ以外のことは思い出せないのだから。
「……夜彦さん」
「ああ……さよ」
 ふと。袖を引かれて夜彦は顔を上げる。
 丁度五月の初め。風はまだ涼しく心地よく。そして日差しは柔らかで温かい、そんな昼下がり。
 孤児院がすぐそこに見える中庭。大きな名前も知らない木の下で、夜彦は静かに座っていた。
「夜彦にーちゃんどうしたの?」
「お兄ちゃん眠いの?」
 子供たちが不思議そうに声をかける。丁度円を描くように座る子供たち。隣に座っているのは、自分より一回り年下の黒髪の少女だ。名前はさよ。同郷の少女で、昔から知っている彼女。
 夜彦は軽く首を横に振った。大丈夫だと柔らかく微笑むと、良かった、と不安そうに夜彦を見ていた子供たちが一瞬で表情をほころばせる。
「じゃあにーちゃん、次はこれ読んでー!」
「私はこれね!」
 子供たちは夜彦の表情に安堵して、次々に古い本を夜彦の前に突き付けた。
「わかったわかった。……さよは。何か読んで欲しい本はないかい?」
「ええ。私は、大丈夫です。みんなの本を読んであげて」
 夜彦の言葉に、さよは静かに答える。……ここは、字の読めない子供たちが夜彦に本を読んでもらう集まりだ。だから、さよだってきっと読んで欲しいものがあるだろうに。彼女が一度もそれを口にしたことはない。
「私は……ここでこうしているだけで、充分ですから」
 ただ、夜彦の隣に座る。それだけは誰と喧嘩をしても譲らずに、さよが己の気持ちを押し通していることであった。……長い付き合いで、それはわかっていたので、今では子供たちも、誰もさよを押しのけて夜彦の隣に座ろうとは言わない。
「おにーちゃんにぶいから」
「だよな。やひこにーちゃんちょっとあれだから」
「……ちょっとあれ、とはなんだ。ちょっとあれ、とは」
 子供たちの言葉に、思わず夜彦が声を上げる。それを子供もさよも楽しげに笑って顔を見合わせるのであった。

 王子様が迎えに来る話、
 鬼を退治する話。
 どの物語も飽きなくて時間はあっという間に過ぎていく。
 楽しい話が圧倒的に多いけれども、悲しい話もいくつかあって、
「さよは、どういう話が好きだろうか」
「できれば……幸せに終わる話が好きかしら。やっぱり、物語の最後はみんな、幸せになって欲しいから」
 そんなことを話していれば、あっという間に陽がくれる。
「おーーーーーい!」
 子供たちの一部が眠り始めたころ、夕陽を背負って、良く知った鬼の子が二人帰ってきた。
「ああ。おかえり、二人共。怪我はなかったかい?」
「お帰りなさい」
 夜彦と小夜が出迎えると、しらぬいはさよに抱きついて、倫太郎は……、
「やひこ! これやる!」
 ぐいぐい、とってきた花を夜彦に押し付けた。
「りんたろー、うるさかった。帰ったら、夜彦に摘んだ花を渡すんだ! って」
「ちょ、ぬい、ばらすなよー!!」
「……この花を私に? ありがとう、倫太郎」
「へへー。いいってもんよ!! ほら、ぬい! 先生の手伝いに往こうぜ!!」
「りんたろー、照れてる」
「照れてねーって!!」
 照れながら走って行く二人を、夜彦は優しい瞳で見送った。
「二人共、転ばないように気を付けて」
「はーい!!」
 元気に走って行く背中に微笑んで、夜彦はさよのほうに視線を移した。
「では、私たちも子供たちを起こしてそろそろ行こうか。冷えてくるだろう」
「そうね……。ほら、皆起きて。ご飯の準備をしましょう」
 寝ている子供を起こし、本をまとめて、そうして歩き出す。その道すがら、夜彦はもらった花束をさよに見せた。
「そういえばさよ、この花はなんて言う名前か分かるかい?」
「ええ。撫子、タンポポ……勿忘草」
 一つずつ、夜彦に教えていく小夜。それからふと、
「勿忘草の花ことばは、「真実の友情」。そして……「私を忘れないで」」
 そう、言って。微笑んだ。
「私を忘れないで……」
 しらずに、夜彦はその言葉を反芻する。
 やわらかい風が頬を撫でる。
 幸せで幸せで……暖かな日が暮れて、そして終わろうとしていた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニノマエ・アラタ
・アドリブ捏造歓迎(②名前以外は記憶喪失)
・外見は5歳位
・よく知っている状況、場所のようだがはっきり思い出せない

人の多い場所は苦手だ。
だから一人になれる場所を探す。
いい場所を見つけた、と思ったら同じ歳くらいの男児が一人。
「俺が先に見つけた」「ゆずれ」だとか言い合いになり、
殴り合いの喧嘩になる。
見つけられて説教をくらう。
なんだよコイツ、って思ってたら部屋は一緒だし
食事の時は隣の席ってどういうことだ。
ウゼェ。
周りの奴らは似た者同士だの、実は気が合うんじゃないのだとか、
友達になることをすすめてくるが。
いや、無理だろ。
……なあ?
腐れ縁みてーに、気がつけば一緒。
殴り合いに勝つのは俺だからな、ちくしょう。



 ……、
 …………、
 記憶は、いつだって曖昧だ。
 きっと最初から最後まで曖昧だ。
 ニノマエ・アラタ(三白眼・f17341)にとって確かなのは、無銘の打刀、妖刀のその手触りだけであり……、
 ……、
 …………、
 いや、そんなものは持っていない。そんな危ないものは持っていない……はずだ。
 ここはよく知っている状況、場所のようだがはっきり思い出せない。
 けれども、ニノマエがニノマエとして生きていくのには何にも支障がなかったから。
 今日もニノマエは一人で、孤児院の片隅にいる。
 彼は、人の多い場所は苦手だった。

「……」
 きっかけは、図書室の隅だった。
 小難しい本ばかりあるコーナーは誰も来なくて、ひとりでいても誰の目にもとまらなかった。
 一緒に遊ぼう、と誘ってくるやつもいなければ、仕事を手伝え、と言ってくる人もいない。
 それでよかった。……それがよかった。なのに、
「おい!!」
 なのに、あいつが来た。
 自分と正反対の、明るい金髪に丸い緑の目をした少年だった。年は同じ年ぐらいか。
「俺が先にここを見つけたんだぞ!! どけよ!」
 名前は、知っている。アーサーと言っていた。いいところの坊ちゃんでそれなりに愛されて育ってそれなりに幸せに生きてきた幸せな人間が何でこんなところにいるのかは知らない。思うのは何から何まで自分とは正反対だ、という事だけであった。俺は自分がどういう風に育ったかなんて、覚えちゃいないけど。きっとたぶん、正反対なのだろう。
 気に入らないこいつの生まれのことを何で気に入らないくせにこんなに知っているのかというと、単にこいつは口がうまいからだった。喧しくて騒がしくてよく喋るので聞いてもいないのに名前まで覚えた。不愉快な話だ。
「……」
 最初は、譲った。譲ったというわけではないが、一人になれる場所を探していたのだから、人が来たら移動するぐらいの気持ちだった。何せ相手はうるさくてうるさかったので、さほど口がうまくない自分としては相手にするのも億劫だった、というのもある。
「おい、お前!!」
 だというのに。
「お前じゃまだぞ、ゆずれよ!!」
 ことあるごとに、あいつと俺はぶつかった。
 あんまりにうるさかったので、ある日ついに、
「俺が先に見つけた」
 そう言い返すと、あいつは丸い目を更に真ん丸にした。
「は!? そんなの知るかよ!!」
 いや、知るかはないだろう。
「だいたいお前が俺の行く先行く先にいるのが……ぶっ!!」
 あんまりうるさかったから、殴った。
「このッ。そっちがそのつもりなら……!」
「どのつもりだろうと、これ以上はゆずってやらない」
「なんだとー!!」
 結果喧嘩になった。殴り合いの喧嘩は果たして、
「ちょっと男子!! 何してるのー!!」
「おまえたち、やめなさい!!」
 駆け付けた先生に、平等に拳骨を落とされて終わりとなった。
「……」
 その後数時間二人でお説教を食らった。最初に絡んできたのはコイツの方なのに、解せない。なんだよコイツ。
「二人とも、今日から同室になるんだから、仲よくしなさいね」
「は??」
「は??」
 お説教の最後に締められた言葉に、俺とあいつの声が重なった。きっと、俺とあいつの中で数少ない意見が一致した瞬間だっただろう。
 先生はその後、俺の同室だったやつが引き取られることになってとか、来たばかりで個室だったあいつだけれどももう慣れただろうからとか、いろいろ理由を言っていたけれども、違うそうじゃない。
「……」
 なんでこんなことになったのか。
 ちらりと隣をうかがうと、あいつもうんざりとした顔をしていた。

「くっそ、食事までお前と一緒かよ……」
「それは、こっちの台詞だ、ウゼェ」
 それからというもの。
「オレはな、ニノ。お前とは違うんだ。お前なんかよりよっぽど賢いんだぞ!!」
「そうかよ。俺だってお前なんかとは違うんだぜ。あとそこの計算間違ってるよな?」
 食事の席も、勉強の場も。孤児院で割り振られる仕事だって。
「はっ。ニノ、お前そんなのもできないのかよ!」
「できねぇお前が言うんじゃねえ」
「何だとこの朴念仁」
「ぼく、ね……?」
「がんこもの、わからずや!」
 腐れ縁みてーに、気がつけばあいつは一緒にいた。
「うるせぇ」
 口では勝てないので、思わず手が出た。
「もー。いつもいつも悪いこと言って絡んでくるのはアーサー君で、先に手を出すのはニノマエ君だよね。この場合、どっちが悪いのかしら?」
 先輩たちは何度目かわからない殴り合いを得て、もはや呆れかえっていた。さっとそういう時はアーサーが先に手をあげる。俺はやっぱり、こういう時は勝てない。
「はいっ。先に手を出すほうが悪いと思います!」
「……コイツがからんでこなきゃ、俺だって何もしないんだ」
「……なんだと?」
「なんだよ」
「……ねえ、実はあなたたち、気が合うし仲がいいんじゃない?」
「少なくとも、似た者同士ってやつだよな」
「もう、友達になっちゃえばいいのに」
 今日も今日とて喧嘩をしている俺たちに、周囲のやつらも肩を竦めている。
「いや、無理だろ。……なあ?」
「そうだな! こいつと友達なんて死ぬまで御免だね!」
 がっ。
「ほらまた暴力に訴える!」
「殴り合いに勝つのは俺だからな、ちくしょう」
「センセ―。また二人が喧嘩してますー!」
 お説教も最早慣れたものだけれども、こいつと友達になるだなんて、それこそ死ぬまでなれそうにないかもしれない、
 残念ながら、そういうところだけは同意見の二人であった。 

大成功 🔵​🔵​🔵​

コッペリウス・ソムヌス
孤児院の夢?
嘗てそんな時間もあったような……
気にせず今を過ごすことにしようか

15歳程の容姿に
下の子もいれば上の子もいる
大人が少なく人手のいる此処で
兄のように慕う青年の後を付いて回る
将来は世界を巡るんだなんて
語っていたものだから、
今のうちに彼のする仕事を覚えておこうかと
探索する孤児院は大きく見えても
世界とやらは、もっと広いだろうから
旅立つ時は身軽な方が良いでしょう

そのうちオレも此処を出ることになったら
色んなところを廻って…また何処かで
再会したら夢があるかなぁ、なんて
今は此処での生活が一番楽しいのは本当だよ



 コッペリウス・ソムヌス(Sandmann・f30787)はその背中を追いかけた。
「どうしたんです、もうそろそろ、夕飯の時間だよ」
 この時間、同じ孤児院に住む仲間たちはみんなこぞって食堂に出かける。そんな中、子供たちと逆の方向に向かっている人影に、コッペリウスは声をかけたのだ。
「お兄ちゃんたちどうしたの?」
「ごはんだよー」
 子供たちがコッペリウスとすれ違う時に声をかける。コッペリウス自身も、15歳。ここではお兄ちゃんと呼ばれることが多い年ごろだ。声をかけた人は、それよりも少し年上である。
(ああ……。ああ。孤児院の夢? 嘗てそんな時間もあったような……)
 不意によぎったそんな感情に、コッペリウスは首を傾げる。嘗てどころか、絶賛孤児院中なのに、なんでそんなことを考えたんだろう、と思わず不思議な気がしたのだけれども、
(いや……気にせず今を過ごすことにしようか)
 まあ、あんまり細かいことを気にしないことにした。代わりに、
「ああ。あとで行くから、ちゃんとご飯残しておいてよねぇ」
「だめよ。今日はカレーだから!」
 ふふん、と得意げに走って行く子供たちを見送って、コッペリウスは前を向く。視線の先にいたのは背の高い、コッペリウスよりも少し年上の少年だった。コッペリウスが声をかけたので、待っていたのだろう。夕暮れ時の廊下で、彼はコッペリウスに片手を挙げる。
「ああ、コペちゃん。なんか、女子棟の水場が壊れたってんで、これから見に行くところなんだ」
「これから? もう夕飯ですよ」
「でも、直せるなら早く直したほうがいいでしょ。水場使えなくなったら、みんな困るし」
 コッペリウスの言葉に、少年はへらりと笑う。ヒースクリフという名の少年は、ひょろっと背が高くて、どこかいつも眠そうにしていて、そして機械の修理がうまかった。だから、何かにつけて壊れたものの修理を引き受けては食事を食べ忘れたり、遅くまで仕事をしていることも多かった。
「手伝います。一緒にすると早いでしょう」
「いやいや、コペちゃんこそ早くご飯食べてきなよ。今日はカレーだから、なくなっちゃうよ」
 お前に言われたくない、という顔をコッペリウスはしていたのだろう。その顔にヒースクリフは軽く吹きだした。
「オーケイ。コペちゃんのご飯のためにも、ちゃっちゃと終わらせますか」
 相変わらず眠そうな顔で歩き出すヒースクリフの背中をコッペリウスは追いかける。
 本当に、しょうがないんだから。そんな感じのことを言いながらも、その姿は兄を慕う弟そのものであった。

「それにしても、最近なんだか頑張ってるよね」
 仕事を終えると、次の仕事が入る。今度は昼間子供があけた穴の修理で、次は机の……、
「将来は世界を巡るんだなんて、語っていたものだから。今のうちに仕事を覚えておこうかと……」
 結局、夕飯は食い損ねた。穴の開いた机を板切れでふさぎながら、コッペリウスが言うので、ヒースクリフは瞬きをする。
「俺が?」
「はい」
「俺、その話コペちゃんにしてたっけ。ていうか誰にもしてなかったはずなんだけど」
「こないだ、真夜中にマッキーが喧嘩して壁をぶち抜いたから直してくれって言われた時のことですよ」
「あー。俺その日のコト記憶ないわ」
「たぶん、すごく眠そうな顔をしてましたから」
 喋りながらも、手は動かす。これが終わったら、夜食ぐらいは取れるだろうかと。……そんな感じに、
「探索する孤児院は大きく見えても、世界とやらは、もっと広いだろうから。……旅立つ時は身軽な方が良いでしょう」
 気安く、言ってみた。気安くとってもらえたら、きっと嬉しい。
 孤児院の仕事は多い。特に技能がある人にはどんどん仕事が降ってくる。彼ほど修理がうまい人はいないから、だから、大人になっても彼が出ていけないんじゃないかと思ったら、自然とコッペリウスはその仕事を手伝おうと思っていた。
 そっかー、とヒースクリフは天を仰ぐ。
「……俺、この孤児院嫌いじゃないんだけどさ」
「ん」
「そろそろ、自分のために生きていいかなって、思ったんだ。先生も、いいって言ってくれてる」
 いつもと違う、真剣な声音に、コッペリウスも頷いた。
「今は此処での生活が一番楽しいのは本当だよ」
 コッペリウスも、兄に向けるのとはまた違う口調で、そっと打ち明けるように口にした。
「おう」
「そのうちオレも此処を出ることになったら、色んなところを廻って……また何処かで……再会したら夢があるかなぁ、なんて」
「コペちゃんも、旅人になりたいの?」
「うん、そうやっていろんな世界を見るのも悪くないよねぇって。それで、たまに会って、情報交換するんだよ」
「ほう」
「あそこは治安が悪いよ、とか。あそこの花は綺麗だったよねぇ。とか、そんな些細な話をするのも、悪くないよねぇ?」
「ああ……いいな。すごくいい」
 今はまだ、少し先の夢の話だけど。
「その時はよろしくな、コッペリウス」
「はい。ヒースクリフも、気を付けてだよ」
「……ってまだ卒業できねぇんだけどさ!」
「まあ……未来の話ですよ」
 こつんと拳と拳を合わせて笑いあう。
「さ、早く終わらせて夜食ぐらいは」
「だなっ」
 そんな未来を想像するのは、楽しかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
気が付けば太陽が沈み始めた空を見ていた

誰かが呼ぶ声がする
ノヴァ、俺の名前だ
駆け寄ってきたお前は
俺の双子の弟だ

銀糸の髪に青い瞳が無邪気に笑い掛ける
双子なのに似てないなって
よくみんなに言われるんだ

そろそろ帰ろうか、――。
名を呼んだ筈の自分の声が虚空に消えた
けどお前は此方を見て笑顔で頷く
自分だけが聴こえなかったのは、気のせいかな

今日は遠くまで冒険したね
そろそろ帰らないとみんなが心配する
土や草まみれだ
先生に怒られちゃうな
今日の夜ご飯はカレーライス?
久し振りだなあ、楽しみ

湖畔を通った時
水面に自分達の姿が映っていた
まだ10歳くらいの子供だ

何の違和感も無いはずなのに
大事な事を忘れている気がする
どうしてだろう



 気が付けば太陽が沈み始めた空を見ていた。
 いつから、それを見ていたのだろう。
 茜空の向こう側に、藍色の空が見える。いずれここにも、星が浮かぶだろう。
 ノヴァ・フォルモント(待宵月・f32296)は、そこまで考えて瞬きをした。
 ここはどこだろうと思ったら、高い木の上に座っていて、
 どうやらここまで木登りしたらしい。
 よく枝が折れなかったな、と思う気持ちが半分。子供の体重なんだから当然か、と思う気持ちが半分。
 そんな思考の違和感は、
「ノヴァ―!」
 どこからか聞こえてきた声に、きっちりと遮られた。
「――」
 木の下に、かけてくる姿がある。銀の髪に青い瞳。無邪気に笑うその顔に、ノヴァも自然と表情をほころばせる。
 それは彼の双子の弟。双子なのによく似てないっていわれるけれども、確かに大切な弟であった。
「そろそろ帰ろうか、――」
 呼びかける。呼びかけながら、怪訝そうにノヴァは首を傾げた。
 たしかにその名を呼んだはずなのに、それがうまく言葉にならなかった気がしたからだ。
 けれども、うん、と、  は自然と頷いた。まるで最初からその言葉が、聞こえていたかのように。
(なんだろう。俺だけが聞こえなかったのかな……)
「降りてきなよ、ノヴァ。そこ寒いだろ」
「ああ。ありがとう、  」
 今度はちゃんと名前を呼べた。相変わらず何を言っているのかさっぱりだが、名前はちゃんと呼べた気がする。  も銀の髪を揺らして頷いたので、多分間違ってないのだろう。
「今日は遠くまで冒険したね。そろそろ帰らないとみんなが心配する」
 降りながら声をかけると、  も頷く。彼は孤児院にお土産にする薬草やら木の実やらをたくさん持っていた。なにげに中には毒のあるものを入れて閉まっているので、後で選別しなきゃいけないなあ。なんて、ノヴァは思っていたりもする。
「ついつい遊びすぎちゃったかな。ノヴァがどんどん先に行くから」
「今日は行けるところまで行こうっていったのは、  の方だよ。……土や草まみれだ。先生に怒られちゃうな」
「先生に見つかる前に、こっそり着替えれば大丈夫だよ」
「それ、洗濯係の女の子に前に見つかって怒られたばかりじゃないか」
 呆れたように言うノヴァに、平気平気、と  は笑った。
「兎に角、ほら行こう。早く帰らないと。夕飯の子ってないかもしれないし」
「ああ。今日の夜ご飯はカレーライス?」
「そうそう。そういってた! 新入りが入ったから、歓迎にって」
「久し振りだなあ、楽しみ」
 顔を見合わせて、なんとなく笑いあう。
「こっちが近道だよね」
「ノヴァ。それまた汚れるやつ」
 ノヴァについてきながらも、  はそんなことを言う。そんなことを言いながらも、楽しく笑っている。
 それは楽しくて……楽しくて、
「……」
「わっ」
 ぼすん。
 湖畔を通った時、思わず立ち止まったノヴァに、後ろから  がぶつかった。
「もー。急に立ち止まったらダメだって」
「……ごめん」
「え。どうしたのノヴァ。お腹痛い?」
「いや……」
 素直に謝ったノヴァに、思わず真面目に真剣に心配そうな顔をする  。
 そんな  にノヴァは首を横に振る。
「なんでもないよ……いこう」
「? へんなの」
 首を傾げる  を促して、ノヴァは走り出す。
 水面には、二人の子供の姿が映っていた。
 まだ10歳くらいの子供だ。……間違いのない、自分たちのその姿。
(大事な事を忘れている気がする……。どうしてだろう)
 当たり前の、何の問題もない姿のはずなのに。ノヴァのなかで何かが違うといっている。
 その理由を見つけられないまま、ノヴァは走った。唯一彼らの帰る場所へ。
 自分の家と定めた、孤児院へ……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵜飼・章
ディフさん(f05200)とそっくり双子設定
今回は偽名の『樹』で呼ぶ

ぼくは虫が大好きな知りたがり
いつもうろうろしてよく迷子になる
その度にお姉さんに怒られるけど
こりないから今日は見張りつきになっちゃった

樹、また本読んでるの?
外にまで持っていったりしないでね
綺麗な花も咲いてるし
かっこいい鳥もいるし
本に夢中で本物を見ないなんてなしさ

えー…お姉さんの手伝いかあ
はいはいわかったよ
終わったらてんとう虫捕まえていい?
あ、変な形の雲
あそこまで飛んでいけたらいいのにな

不意に袖を引かれて
よかった、今日は怒られずにすむよ
食べられるんだ?
そう聞いたら口に入れずにはいられない
うん…美味しい
帰ったらお姉さんが料理してよね


ディフ・クライン
章(f03255)と
設定
10歳前後・章とは双子
元の記憶は失っており、名も「樹」という偽の名を本名と信じている

今日はよく世話を焼いてくれるお姉さんも一緒に、章と外に出かける日
本を読んでいたかったけど
章とお姉さんだけじゃ不安だから、オレも行くよ
…持っていったらダメか
じゃあ章、いっぱい見つけて教えてね

外に出るのは久しぶり
今日は何をするの?と首傾げ
手伝うよとお姉さんを見上げ
章は好奇心が刺激されるとすぐ飛んで行っちゃうからついていく
ほんとだ、変な形
雲に触ってみたいよね
どんな感じがするんだろう

途中見つけた木の実に章の袖を引いて
あれ、食べられる実
図鑑に載っていたよ
孤児院に持って帰ったら、皆で食べられるかな



 鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は顔を上げた。その鼻先を、ちょうちょがゆっくり通過していった。
「あ……」
 迷わず手を伸ばす。しかしちょうちょはひらりとそれをかわして、どこかへと飛んでいく。思わず章は立ち上がってそれを追いかけ……、
「章」
 声をかけられて、はたと歩き出そうとしている足を止めた。
 声をかけたのは、本を読んでいるディフ・クライン(灰色の雪・f05200)だ。顔も上げずに章の動きを察知した。しかしそれはさほど不思議なことではない。章は瞬きをする。
「樹」
「うん」
 樹と呼ばれたディフは頷く。それはディフの本当の名前ではないのだが、本当の名前であった。……ディフは真実、自分の名を樹と思っているし、章もそれに違和感を感じていない。
 二人は双子だ。それも、見た目がうり二つの10歳前後の双子である。
「勝手に出かけたら、怒られるよ」
「ええ……」
 なので、本を読んだままでもディフは章のことがわかっていた。言われた言葉に、章はほんのわずかに不満そうな声を上げる。
「でも、ちょうちょが……」
 章は虫が大好きな知りたがりの子供であった。動物や昆虫を追いかけては遠くまで行き、そして行方不明になる。余りにそういうことが多いので、外に出るときは見張りをつけられてしまう有様だ。
「樹。樹はまた本読んでるの?」
 たいするディフのほうは静かに本を呼んでいる。本を読み始めれば陽が落ちようと食事の時間が来ようと、そして終わろうと、声をかけられなければかまわず読み続けているので別の意味でディフもまた監視対象であるのだが本人はあんまり自覚がない。章の言葉にちらりとディフは本から顔を上げる。
「うん、これ、面白いよ」
「へえ。昆虫出てくる?」
「でてこない」
 とたん、章は興味をなくしたようであった。すぐにまたつい、と周囲に目を向ける章に、ディフは仕方がない、と本を閉じる。
「……今日は、お姉さんも一緒に、章と外に出かける日だよ。迷子になってたら、また叱られる」
「えー……お姉さんの手伝いかあ……」
 不満そうな顔を章はしている。どうやら自分の行動のせいでお姉さんが常時付き添わなければいけないことに、全く悪びれている様子がなかった。
「……本を読んでいたかったけど、章とお姉さんだけじゃ不安だから、オレも行くよ」
「そうなの? 外にまで持っていったりしないでね」
「……持っていったらダメか」
「当たり前だよ。……綺麗な花も咲いてるし、かっこいい鳥もいるし、本に夢中で本物を見ないなんてなしさ」
 両手を広げて、章が語っている。それだけでもう気持ちが外に言っているようで、そんな章のわくわくした顔を見て、ディフはそっと、微笑んだ。
「じゃあ章、いっぱい見つけて教えてね」
「もちろんっ」
「こらー! 二人とも! お昼ご飯の後に集合っていったじゃない!! 待ってたのよ!」
 二人して同じ顔を見合わせて、にこにこ笑ったところに大きな声が飛んだ。
「あ」
「あっ」
 そういえばそんなことを聞いた気がする。
 気づけばお昼を過ぎてもうお昼寝の時間も過ぎていた。慌てて少女……綺麗な銀髪にちょっと気の強そうな顔をした、15歳前後くらいの少女の前へと二人は駆けつける。
「「ごめんね、マリーお姉さん」」
 章とディフは同時に頭を下げる。そっくりな双子にふん、とマリーは腰に手を当てた。
「いいわよ。どうせ章が虫でも追いかけてて、樹は本ばっかり読んでたんでしょ!」
 このお姉さんのすごいところは、顔が全く同じの二人を子供たちの中で唯一、一目見て見分けることができるところだと二人は思う。
「さあ。章は右手、樹は左手よっ」
 両手に二人の手を繋いで、どんどん歩きだすマリー。
「外に出るのは久しぶり」
「そうね……。最後に出たのは章がアメンボを追いかけて池に落ちたとき以来かしら」
「だって、ぼくも気になったんだもの、アメンボ……」
「落ちた章を助けるために樹も落ちて溺れたのよ。反省なさいっ。さすがに二人を助けるのは骨が折れたわ」
「昔のことをいつまでも言ってるともてないよ」
「なんですってー!!」
 態々怒らせるようなことを言う章に、それに載せられてブリブリ怒っているマリー。いつものことなので、いつものコトのようにディフは声をかける。
「それで、お姉さん。今日は何をするの? 手伝えることなら、オレも、手伝うよ」
「樹は良い子ね……。今日は、山に山菜や木の実を取りに行くんだから。籠がいっぱいになるまで、帰れないからね」
「はいはいわかったよ。終わったらてんとう虫捕まえていい?」
「ポケットに入れないならいいわよ。前みたいに、人のポケットにダンゴムシ詰めたら、殴るからね」
 ふふん、とそこでなぜか得意げな顔をする章。だから怒られるんじゃないかな、という目で見つめるディフ。

 そうして、山菜を採取できるスポットに来れば……、
「さあ、やるわよー!!」
「あ、変な形の雲」
 真剣に山菜取りを始めるマリーをしり目に、さっさと章は雲を追いかけて走り出していた。上空は風が強いのか、今日は良く雲が流れている。
「あそこまで飛んでいけたらいいのにな」
「……」
 ディフは思わず、山菜取りを真剣にしているマリーと、ふらふらっとどこかに行きそうな章を見比べて、
「章は好奇心が刺激されるとすぐ飛んで行っちゃうから……」
 とてとてと章のほうを追いかけるのであった。
「章」
「あ、樹。ほらほら、変な雲」
 指をさす章に、ディフは顔を上げる。
「ほんとだ、変な形」
「でょ」
「雲に触ってみたいよね。どんな感じがするんだろう」
「えーっと……わたあめみたいな感じ?」
「わたあめって、なに?」
 かくん、とディフは首を傾げた。章はかくん、とディフのまねをするように首を傾げる。
「そりゃ、わたあめっていうのは……」
 言いかけて、
「……何だろう……?」
 どこからそんな言葉が来たんだろうって顔を、章はしていた。
「……オレも、わからない」
「よくわかんないけど、美味しいものだよ」
「美味しいもの、か……」
 章の言葉に、ディフは顔を上げる。
「美味しいものだったら……みんなで食べてみたいな」
「そうだねえ……」
 どれくらい、そうしていただろうか。
 二人がはっと顔を上げたとき、もう雲は遠くに流れて火は傾いているのであった。
「うわ、怒られる……。やっぱり籠にダンゴムシ入れようか」
 かさ上げに。と、真剣に検討する章。
「章、章、待って」
 不穏なことを言う章に、ディフがそっと章の服の袖を引いた。
「あれ、食べられる実。図鑑に載っていたよ」
 木の上になる赤い身を、ディフは指さす。おぉ、と章は歓声を上げた。
「食べられるんだ? よかった、今日は怒られずにすむよ」
 何にもとらずに遊んでいたとなれば、お叱りは確実である。へらりと笑う章に、こっくり、と真剣にディフは頷く。
「じゃあ、急いで詰めよう」
「うん。孤児院に持って帰ったら、皆で食べられるかな」
「そのためにはいっぱい取ろうか」
 みんなで食べたい。というディフに、章はお兄さんぶるような口調で頷く。二人で木に登れば、あっという間だろう。
「どれ、一口味見……、うん……美味しい」
 そうして食べられると聞けば食べてみるのが章である。ぱくん、とそれを口にした瞬間、
「ぎゃー!! あんたたち、なんてところに登ってるのー!!」
「あっ」
 凄まじい声がした。思わずその声でバランスを崩す章。慌ててディフは手を伸ばして章の手を掴んで……、
「あっ」
 一緒に落ちた。
 どすんどすんっ。
「せーふ。帰ったらお姉さんが料理してよね」
「章……」
 籠は死守した。と主張する章に、呆れたようにディフは視線を送る。そう言いながらも、ディフもしっかり籠は死守していたのだが……、
「いいから二人とも、早く退きなさいよ……」
 代わりに二人を受け止めようとして下敷きとなったマリーが、ディフと章の下から呻くような声を上げていたという。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
僕は、ただのシャト
名字は知らない
14歳
多分それくらいだからだ

漆黒の髪
紫紺の瞳の少年を見つける

ねえ
ロアは此処を出たらどうする?

▼出るって何?

家族ができたり成人したり
いつかは卒業するでしょ?

▼何それ
変なシャト
本の読み過ぎじゃない?
僕等に「先」なんてあるの?

変なのはロアの方だよ
同い年のくせに
いつもそういう目、諦めた顔
おかしいのは…
あれ?

▼失礼だな
シャトだって似たようなものでしょ
なんで突然そんな話するわけ?

…夢見が、悪くて
そうだよね
「そこから先」なんて考えるだけ無駄
捲っていた本が乱丁で続きがなかったら
あまりに悲しいもの

▼変なシャト
あっちでみんなと遊んでくれば?
気が紛れるんじゃない

ああ
そうだよね、ロア。



 シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)はぼんやりと顔を上げた。
 ……ここは、どこだろう。
 どこだろうと思った瞬間、すっと場所が頭に入ってきた。
 ここは、図書室の勉強机で、
 僕は、ただのシャト。
 名字は、知らない。
 本を読みながら転寝していたらしい。
 あんまり裕福ではない孤児院にとっては、貴重な古びた本を開いたまま寝ていたようで、変に枕にして癖なんてついていないだろうかと、少しだけ心配して状態を確認してからシャトは本を閉じた。
 僕は、ただのシャト。
 14歳。多分それくらいだからだ。
「起きた?」
 声をかけられて、シャトは視線を向ける。
 窓際の席に座って、本を読んでいた少年がこちらを見ていた。
 漆黒の髪に紫紺の瞳の少年は、穏やかにシャトの顔を見ている。
「……ねえ」
 自然と、そんな声が口を突いて出た。何となく黒猫のような少年に、シャトは語り掛ける。
「ロアは此処を出たらどうする?」
 少年は……ロアは、シャトが起きたことを確認すると、もうシャトには興味がないとでもいうように本にまた目を落としていた。落としながらも、こう尋ねた。
「出るって何?」
 穏やかなと胃であった。その問いに僅かな違和感を感じながらも、シャトは言葉をつづけた。
「家族ができたり成人したり……。いつかは卒業するでしょ? ここにはずっと、いられないから」
 違和感で頭の隅が痛む。痛みながらもかけた問いに、ことさら頭が痛くなった。
「何それ。……変なシャト。本の読み過ぎじゃない?」
「本、の……」
「僕等に「先」なんてあるの?」
「……」
 頭が痛い。強烈な違和感を訴えている。
「変なのはロアの方だよ。……同い年のくせに、いつもそういう目、諦めた顔」
 シャトの感情が膨れる。少しだけ早口になって、問いただすように語り掛ける。
「おかしいのは……」
 そう、おかしいのは……、
 そこまで言って、不意にシャトは気づいた。
「あれ?」
 頭が痛いのは、違和感を感じるのは、ロアの言動に、ではない。
「……」
 そこにあるのは、自分の言動で……、
「失礼だな。……シャトだって似たようなものでしょ。なんで突然そんな話するわけ?」
 冷たい声だった。冷たいのに、どこか温かみのある声だった。諦めたようで、何かを諦めていないような、そんな言葉に、シャトは言葉を詰まらせる。
「……夢見が、悪くて」
「夢? ああ。そりゃあんな体勢で寝てたら、悪い夢を見るよね」
「……そんなに変だった?」
「ああ、割と」
「そ、そっか……」
 言われて、よだれ出もついてただろうかと、シャトは口元を拭う。
「そうだよね……。「そこから先」なんて考えるだけ無駄。捲っていた本が乱丁で続きがなかったら、あまりに悲しいもの」
「でしょう?」
 言い聞かせるようなシャトの言葉を、ロアは肯定する。それで僅かな違和感を残して、シャトの頭痛は消え去った。
「今、僕はここにいるんだから、それでいいよね」
「そ。そういうこと」
「うん……」
 いいよね。ともう一度シャトは繰り返したので、ロアは少し、笑ったようだった。
「変なシャト。あっちでみんなと遊んでくれば? 気が紛れるんじゃない」
 ほら、と指さしたのは図書室の中でも光にあふれた場所だった。
 子供たちが笑いながら本を読みあっている。字の読めない子に字を教えている子がいれば、一つの本を読みあいをしている子供たちもいる。
 誰も彼も、楽しそうだ。
「……ああ。そうだよね、ロア」
 示された光満ちた場所へとシャトは歩き出す。ふと振り返ると、窓際の少年は猫のように、静かに本を読んでいた。
 まるでその先には何もない、一枚の絵のような光景であった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
おれはアラシ。12歳。(A&Wじゃ)ちょっと変わった名前以外の記憶は無ぇけど、それ以外はどこにでもいる腕白坊主。

孤児院の毎日はちょっと退屈。ホントは外に遊びに行きてえけど、院長先生とかがなかなか許してくんねーし。
早く大人になりてえな。そしたら、自由に好きなトコに行けるのにな。

そんなおれにも、仲間がいる。
同い年で、同じように外に憧れてて。
一緒にメシを食べて、一緒に悪戯をして、一緒に先生に叱られる。周りからは「本当の兄弟みたい」って言われるくらい。
いつか大人になったら、コイツと一緒に旅に出てえな。
二人でいろいろなものを見て、沢山冒険をして、すげえ土産を持って帰りてえ。そう思う。



「う~~~~~」
 ごろごろ。
 ごろごろ。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は草原を転がった。退屈だ! とばかりに両手を大の字に広げる。
「たっ」
「てっ!!」
 そしたらぶつかった。丁度隣で昼寝したやつの鼻の頭にぶつかって、相手のほうが悲鳴を上げる。
「アラシ~~~。おま、ふざっけんなよ」
「あー。悪い悪い。何ってか、退屈でさー」
 呻くような声を上げたのはディーだ。12歳ぐらい。嵐と同じ年で、赤い髪に頬の傷が特徴的だ。ここに来る前はいろいろあって傷がついたのかと思ったら、なんてことはない。遊んでてバカやりすぎてつけた傷らしい。
 そういうわけなので、つまりはわんぱく坊主だ。しかも割と、大人の手に負えないレベルの。
 そして彼と本当の兄弟のように仲がいいと言われる嵐も、つまりはそういう子供なのである。
「退屈かー。裏の湖行くか?」
「そこはこないだ行って泳いで先生に怒られたばっかりだし」
「んじゃ、洞窟は?」
「そこはこないだふざけて蹴飛ばしたら天井が崩れて年長組に怒られたばっかだろ」
「……退屈だな」
「だから、そう言ってるだろ」
 と。何やら嵐は主張して。仰向けになる。ここは孤児院に近い草原で、こうして寝ていると風が心地いい。
 孤児院の毎日はちょっと退屈だ。いや、仕事は探せば山ほどあるが、そういうんじゃない。……そういうのは求めていないんだ。
 平和だとは思う。食べるものに苦労しないのはいいことだと思う。けれど……何かが足りないんだ。
「ホントは外に遊びに行きてえけど、院長先生とかがなかなか許してくんねーし……」
 ぐぬぬ。呻きながら言う嵐にディーは興味津々で反応する。
「外って。森の外か?」
「そう。外」
 森の外は荒野が広がっているという。森を抜けるのに二日。さらに一日ほど歩いたら町があって、街に買い出しに行くのは主に先生や年長組でも、割と金銭感覚や危機管理能力がしっかりした人たちだ。
 もちろん、嵐たちのような怪しいものがあったらまずつついてみるような人間には回ってこない仕事である。
「今から算数の勉強して買い出し行けるように頼むか? 俺は、勉強なんて、絶対やだけど!!」
「う~~~~ん」
 なぜか、どういうわけかそこそこ算数ができる嵐ではあるが、そういうのも、ちょっと違う気がする。
 そういうのを、したいんじゃないんだ。
「……早く大人になりてえな。そしたら、自由に好きなトコに行けるのにな」
 ポツン、と、嵐は呟いた。仰向けになると視界いっぱいに空が広がっていて、ゆっくりと雲が流れて行く。
「自由なところかー。ドラゴンの巣穴とかか?」
 そんな嵐の気持ちを知ってか知らずか、隣でディーがそう言った。嵐は頷く。
「そう、そういうとこ」
「ドラゴンってどこに住んでるっけ」
「わかんね。でも荒野は危険がいっぱいだって言うから、荒野にはいるかも」
「マジか」
 それはすごいなー。なんて呑気にディーが言う。それから、ふと、
「アラシは、自由に好きなとこ行けるようになったら、どこに行くんだ?」
「そうだな……」
 具体的にどこと言われたら、ちょっと嵐は言葉に詰まる。
「いったことないとことか……」
 それって、どこだろう。と。少し難しそうに考える嵐。
 どこにも行ったことがないのに、まるでいろんなところをすでに回っているような奇妙な感覚に嵐がとらわれた。……その時、
「げっ」
 ばっ。と隣で寝ころんでいたディーが体を起こした。
「アラシ、後は任せた!」
「は?? 任せたって……あ!!」
 孤児院の方から、ものすごい顔をした女子が……嵐たちはこっそり鬼婆と呼んでいる……走ってきたのだ。
「ちょっと、あんたたちね!! お昼ご飯のパン勝手に持ってったの!!」
「知らねぇなぁ! パンはぜーんぶアラシの腹の中だ!!」
「は!? お前なに言ってるんだよ!?」
「あと掃除さぼったでしょ!!」
「今日の掃除当番はアラシだ!!」
「ちょっと待てー!!」
 すでに脱兎のごとく走り出しているディーをアラシは慌てて追いかける。
「パンなんておれ、知らねぇぞ」
「勿論、俺が食べたからな!!」
 ふざけんな。と叫ぶ前に、嵐は走り出していた。不味い、ここでつかまったら非常にまずい。
「こんなの、怒られ損だろ。おれもパン食べたい」
「よし。じゃあ、夕飯を狙うか……」
 二人が今度は夕飯のパンを狙って食堂に忍び込み、先生に見つかってお説教を食らうのは、これから数時間後の話である。
(……いつか大人になったら、コイツと一緒に旅に出てえな)
 けれども今は、逃げる途中だから。走りながら、ふいに嵐はふと考える。
(二人でいろいろなものを見て、沢山冒険をして、すげえ土産を持って帰りてえ……なんて)
 口に出したら、きっと物凄く調子に乗るだろうから、ひみつだけれども。
 走りながらアラシはそんなことを思って、そっと笑いをかみ殺した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
アドリブ歓迎

れざりあ7歳(ちょうど追放された歳)

夜の夢の中ではかっこいい死霊術士で別の生活を送ってるようだけど
本当はただの年頃の女の子
なんか色が違う気がしなくてもないけど
そんなことどうでもいい

黒髪のお兄ちゃんと仲良し
連れられて『先生がダメって言ったこと』をいっぱいする
当番をサボって、孤児院の裏の森へ探検に行き、
きのこや木の実や山菜などをたくさん採ってくるので
あまりひどく叱られないかもしれない

でも一番おいしい果実の木は、二人だけの秘密
いっぱい食べて、一緒にお昼寝して、晩御飯の前に孤児院に戻っていく

あまり幸せとは言えないけど
なぜかすごく幸せである
ずっとこのままじゃいいね



 なんかかっこいい……死霊術士のお姉さんになってカッコいい生活を送ってた気がする!!
「レザリア……レザリア?」
「はっ」
 なんだかとってもいい夢を見た気がして、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)ははっと目を開けた。
「はいっ。れざりあ7歳、かっこいい大人の女の人です」
「何言ってんだ。さてはお前寝ぼけてんな」
「はうっ!!」
 デコピンされて、レザリアは額を抑えた。うぅ、と、年頃の女の子らしい動作で目の前の人物を見る。手がぷにぷにしている。違和感しかないはずなのに違和感がない。なんか色が違う気がしなくてもないけど、そんなことどうでもいい。
「いいからちょっと黙ってろよ。もう少しで抜け出せるんだからよ」
 そんな涙目なレザリアに言ったのは、黒髪の少年であった。12歳ぐらいであろうか。レザリアにとってはお兄さんで、気づけばいつもその背中を追いかけていたような気がする。
「もー。あの二人、掃除さぼってどこ行ったんだろ」
「え、またー?」
「そら、今だ!」
 廊下で箒を持った少女たちが難しい顔をしている。その一瞬の隙をついて、少年が走り出した。
「あ!!」
「まちなさいよ!!」
「行くぞ、レザリア!!」
「うんっ、エドお兄ちゃん!」
 少年……エドはしっかりとレザリアの手を握って走り出す。
「夕飯までには帰ってくらぁ!」
「くらー!」
「ああもうっ。またレザリアが変な言葉覚えちゃうじゃない!!」
 少女の声が遠くに聞こえ、逃走中のレザリアとエドは顔を見合わせて、笑うのであった。

「んじゃ、今日は何して遊ぶかー!」
「うらのもり行きたいです!!」
 しゅばっ。とレザリアは片手を上げる。裏の森の奥の方は、先生もいっちゃだめって言ってた場所だ。
「おっ。やっぱりレザリアはわかってるな!」
「はいっ!」
 そう。行っちゃだめって言われたところは、行きたくなるお年頃なのである。
「籠を持っていきましょうー」
「なるほど。そこに食べ物を詰めて行って、あいつらのお説教を回避する作戦だな」
 エドの言葉にレザリアは刻々と頷く。レザリア自身が果たしてそこまで計算していたかどうかは兎も角、
「きのこや木の実や山菜も、たくさん採れたらいいですね」
「よし。じゃあそういう言い訳で、探検に出発だな!!」
 裏の森のうっそうとしたところ。木々の奥の奥。
「そういえばこないだ見つけた赤い木の実は、ちゃんと秘密にしてたか?」
「もちろんですよ。二人だけのひみつです」
「おっ。レザリアはなんだかかっこいい言葉知ってるなぁ」
 その奥に、二人の秘密の木が生えている。赤い実がなっていて、二人で食べるととても美味しい。山菜や木の実を収穫しても、これだけは二人で独占する、そんな木があったのだ。
「一個ずつ持って帰るか。ご飯の後で内緒で食べるんだぞ」
「はい。他の子たちには内緒ですね。歯磨きの後でもいいですか?」
「勿論いいに決まってる」
 他愛ないやり取りをして。木の根元で昼寝して。
 気が向けば行っちゃだめって言われている湖を覗き込んだり、兎を追いかけたりして気ままに一日を過ごす。
 やってることはいつだって、『先生がダメって言ったこと』。
 だめって言われたらやりたくなるのが二人だから。けれど、
「……あっ。エドお兄ちゃん、エドお兄ちゃん、ご飯の時間」
「おっ。じゃあ、帰るかー」
 ご飯の時間だけはきっちり守る。昼寝をしていた江戸をゆすって起こして、また手を繋いでレザリアは走り出す。
「……あのね、……あのね、お兄ちゃん」
「うん、なんだ?」
 手を引かれながら、走る。その背中を見て、レザリアは声をかける。
 エドが振り返る。それで……レザリアは何を言いたかったのか、忘れてしまった。
 毎日退屈で/面白くて。
 お腹がすいていて/胸がいっぱいで。
 あまり幸せじゃあなくて/なぜかすごく幸せで。
 どうしてだろう。笑っているのに/泣きたくなった。
 ずっとこのままじゃいられない/このままだったらいいね。
「……」
「どうした、腹でも痛いのか?」
「ううん、何でも……何でもないよ」
 意味が分からないままに、レザリアはその手を握りしめて追いかける。
「……ご飯終わったら、こっそり甘いの、食べようね」
「おうっ!」
 帰ってくる無邪気な笑顔に、やっぱり言葉にならない何かがあふれて。
 レザリアはただ、笑顔を見せるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
類と(f13398)

名前だけ本物、「類とは同郷の友人」の記憶持ち、活発な9歳
NPCの友達=5、6歳男児。弟分的な友達

孤児院を走り回って類を探して、「冒険に行くぞ!」って声をかける
もちろんいつものアイツも一緒、三人ならもっと楽しい

孤児院から少し離れた大きな木を目指す
あの木はてっぺんにきれいな花が咲いてる、今日はあれを取りに行こう!
俺が一番年上だから、二人を不安にさせないように、何かあっても守るって決めて先頭を歩く
類の興味につられてあちこち見ながらたくさん歩いて、いつも遅れるアイツを手伝いながら木を登って

…いつかこうして、世界のずっと向こうまで三人で行きたいな
返ってきた言葉が嬉しくて、尻尾が揺れる


冴島・類
※シキさん(f09107)と

名前だけが本物「シキさんと同郷の友人」という偽の記憶持ち
七歳程度、好奇心旺盛

5、6歳の子に、院のことを教えてもらい
共に遊んでシキさんと共に仲良くなって

冒険ものの絵本を読んで、彼にも見せ
みて、こんな風に色んな世界を見れたら楽しそうだよねぇ…
シキ君だー、うん!と誘いに飛びつき
君も一緒に行こうと手を差し出し

樹の上に?なんの花だろう
あの樹高いよね…てっぺんまで登れるか…
なんて言いかけて、シキ君の背を見て
ううん、なんでもない大丈夫!
僕は後ろ歩き挟んで
珍しい虫を見つけたらみて!と声かけたり
登りやすい足場を教え

それ、いいね!
冒険には心強い仲間がおやくそくなんだ
三人でなら、きっと



「類っ」
「わっ、シキ君だー」
 がさがさ。がさがさ。
 生け垣が揺れた、と思った瞬間に顔を出したシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)に冴島・類(公孫樹・f13398)は驚いたような声を上げた。何かいると思って近づいてみたら、知り合いだったという、そんな顔。
「あァ。いると思ったらやっぱりこっちにいたな。行くぞ類」
「行くって、どこへ?」
 怪訝そうな5歳児の声に、9歳児がふふん、と得意げな顔でその手を握る。シキの方がお兄さんだけれども、どこか子供みたいな顔をしていた。
「勿論、冒険だろう」
「冒険!」
「おう、ベイもそこにいたか」
「いた。俺も一緒に行くっ」
 類の隣でわくわくとした顔で二人を見ていたのは、類と同い年ぐらいの少年のベイであった、同郷で割と中の良かったシキとルイの後ろをいつの間にかついて回って、きたばかりの二人にいろんなことを教えてくれて、あっという間にずっと一緒にいたかのように仲良くなった少年だ。
「何だ、二人で本読んでたのか」
「ええ。……ほら」
「冒険ものっ!」
 類が持っていた本にシキが気付いてそう声を上げる。今日はいい天気で、庭で本を読むにはちょうどいいだろう。孤児院は人が多いから、庭の隅まで移動してきたのも何となくわかる。
「みて、こんな風に色んな世界を見れたら楽しそうだよねぇ……」
「俺は海ってのに行ってみたいな……」
「海か。さすがに海はこの辺りでは見られないからな」
「類も、シキ兄も、海見たことある?」
 ベイの問いかけに、二人は顔を見合わせる。
「いや、さすがに海は……ないな」
「うん……ない、と思うよ」
「そっかー……」
 そうだ。二人はそんな経験は全くないはずだ。ないはずなのになんだか違和感が残る。その違和感に二人して首をかしげながらも……、
「まあ、いいか。それよりも冒険だ。行くぞ!」
「うん! 本は明日だね。ほら、ベイ君も!」
「わ……。ありがと、シキ兄、類!」
 行くぞ、と先頭を切って走り出すシキに、類は笑って後をついていく。そうしてベイに向かって手を伸ばすと、ベイは笑顔でその手を握り締めた。

「それで今日は、どこは冒険に行くのかな」
 シキのことだ。もう予定は立てているに違いない。なんて類が思っていたら、
「あの木はてっぺんにきれいな花が咲いてる、今日はあれを取りに行こう!」
 なんて、シキは自信満々に一つの木を指さした。
 それは孤児院内でも一番高い木で、かなり背が高かった。先端には赤い花が咲いている。
「樹の上に? なんの花だろう……」
 ここからだと木が高すぎて、色が赤いということしかわからない。類は天を仰ぎながら難しい顔をする。
「あの樹高いよね……てっぺんまで登れるか……」
「俺、上手に木登りできない……」
 うーん。と腕を組む類に、隣でベイが若干しょんぼりしている。
「大丈夫だ。俺が先頭を行く。危ないことは全部俺がなんとかするからなっ」
 そんな二人に、シキが天を指さしてそう宣言した。それで類は思い出した。そういえば、ベイは昨日木登りができないことを同年代の子にからかわれていたのだ。……勿論、冒険の気持ちもあるだろうけれども、なんとなくそこにシキの優しさを類はその背中に感じる。
「……ううん、なんでもない大丈夫! 行ってみよう、ベイ君。シキ君と一緒なら、何があっても大丈夫だよっ」
 頑張ろう! と拳を握りしめて、なんだかお兄ちゃんみたいに励ます類に、
「う、うん……。わかった。ベイ兄、類、危なくなったら助けてね……」
「当たり前だろ。俺が一番年上だから、危なくなったらなんだって助けてやる」
「そうだよ。僕だって、頼りにしていいからね……あっ」
 そうして三人して登りだす。先頭はシキだ。危ないものがないかを見ながら、登りやすいルートを探していく。
「どうした?」
「ほら、あそこ、みて! 珍しい虫!」
「あ、類っ。危ない……!」
「大丈夫だよ。ちょっととってくる」
「る、類はあれで結構、大胆なところがあるよな」
「まあ、あれくらいなら大丈夫だろう」
 さっさと行ってしまう類を、ドキドキしながらベイが見守っている。大きなちょうちょを捕まえようとしている類に、シキが苦笑した。
「類、そこからだと、戻ってくるより上の枝をよじ登ったほうが多分安全だ」
「はーい、了解、シキ君! あっ。二人ともちょっとそこから遠回りしたほうがいいかもっ」
 ちょっと離れるとお互いのことがよく見える。なんて。明るく会話をしながら三人で、木登りを進めていく。

「わ……高い。俺、こんなに高いところまで登ったの初めてだよ……!」
 結局、類とシキに手伝ってもらうようにして木を登ったベイは目を丸くして木の上からの景色を見ている。
「ほら、二人とも、ここからだと孤児院の屋根がよく見えるね」
「ほんとだ。屋根のペンキ剥げてるな……。と、二人とも、ほら」
 塗り直さないとなあ。なんて現実的なことを考えつつも、シキが花を三つつんで、一つずつ、手渡す。
「今日の戦利品だ。冒険に宝物は付き物だろう?」
「宝物……。ほんとだ、俺たちだけの宝物だな!」
「そうだね。花……枯れちゃうのがもったいないよ」
「今日は花だったけど、もっとたくさん冒険して、もっとたくさん宝物を取りに行くんだ」
 しげしげと花を観察する類に、うん、とシキが頷く。
「……いつかこうして、世界のずっと向こうまで三人で行きたいな。そして、世界中の宝物を見つけるんだ」
「それ、いいね!」
「本当だな! そんなに宝物いっぱいとったら、美味しいものもたくさん食べられるだろうなあ」
 ぽんと手を打つ類に、ベイが無邪気に笑う。そんな二人の言葉に、シキの気持ちも心持弾んでいて、尻尾が大きく揺れていた。
「冒険には心強い仲間がおやくそくなんだ。……三人でなら、きっとできるよ」
「おう、約束だ!」
「ああ。三人なら……な」
 夕日が森の向こうに沈んでいく。赤く染まる木々を幸せに三人で見つめていた。
 初めての宝物は、手の中に。心は未だ見ぬ大冒険を思い描きながら……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ベイメリア・ミハイロフ
…?
…あ、ああ、そうですね
早くしないと、先生や皆さまが待ってますもの

この孤児院に来てから、どれぐらいの月日が経ったでしょうか
…?
なんだか、頭がぼんやりいたします…
でも、何をするにも、あなたが導いてくれましたね

ひととおり家事を終えたら、お勉強のお時間
手を引かれるまま、皆さまのいらっしゃる所へ駆けて行きます
今日は新しいお歌を教えていただく日でございますね
わたくし、楽しみでございます!

寂しい事もありましたけれど
あなたと一緒なら、怖い事など何もない気がいたします
なんて、面と向かっては、言えないのでございますけれど

(ベイメリアの年齢は10歳ぐらいのイメージ、行動を共にする方の年齢や性別はお任せします)



「ベイメリア。ベイメリア……」
「……?」
 名前を呼ばれて、ベイメリア・ミハイロフ(紅い羊・f01781)は瞬きをした。10歳前後の彼女は、年相応に小さい己の掌を見つめる。
「……ふふ、ベイメリア、どうしたの。立ったまま寝ていました?」
 穏やかに微笑む黒髪の少女。藤色のリボンをした彼女の名前はスズリ。少し変わった名前の、ベイメリアより少し年上な物静かな少女で、
「ベイメリアは頑張り屋さんですからね。でも、無理はいけませんよ」
 にっこりと微笑む。ベイメリアにとって、姉のような存在であった。
「無理してお仕事しても、効率が上がりませんから」
「……あ、ああ、そうですね。でも……早くしないと、先生や皆さまが待ってますもの」
「もうっ。またそんなことを言って」
 だめですよ。と言いながらも、おっとりと微笑むだけでベイメリアのことを止めはしない。……ベイメリアが、ベイメリアらしく素直に生きている姿が好きなのだと、前に漏らされたことがある。だから……、
 ……、
 よほどのことがない限りは、したいことを阻むつもりはないと……、
 ……、
 前、に……?
「ねえ、さま」
「はい?」
「この孤児院に来てから、どれぐらいの月日が経ったでしょうか……?」
「……本当に、大丈夫ですか。熱があるようなら休みますか?」
 僅かに硯の口調に心配のようなものが混じる。ベイメリアの額に手を置いて、
「熱は、ないようですけど……」
「そうですか……。なんだか、頭がぼんやりいたします……」
「それはいけませんね。今日は先生にお伝えして、お休みしちゃいましょう」
「いえ……」
 そういうものではない。……そういうものではない、気がする。
「……ここにきて、もう長くはなりますが。でも、何をするにも、あなたが……ねえさまが導いてくれましたね」
 しみじみとつぶやくベイメリアに、何事だろう、とでも言いたげにスズリは瞬きをする。
「そうでしょうか。親を亡くし、家族を亡くした私にとって、ベイメリアはただひとりの妹です。あなたが、私を光の指す方向へ導いてくれたのですよ」
「そう……で、ございましたか」
「ふふ。血はつながってませんけれども、これからも仲良くしてくださいね、いもうとさま」
「それは……ええ。それは。もちろんです、ねえさま」
「さあ。今日はベイメリアの調子が悪いのでしたら、洗濯物はさぼってしまいましょう。たまにはいいですよ。先にお勉強です!」
「ね、ねえさま。それは皆さまに申し訳が立ちません……!」
「ええ。いけませんか?」
「いけません。世の中には、通すべき義理がございましょう」
「もう。たまにベイメリアは難しいことを言いますね。……しょうがない。では、頑張って早く終わらせましょう」
 スズリがベイメリアの手を引き走り出す。朗らかな笑い声を聞きながら、ベイメリアもまた微笑む。
 胸につかえていた違和感が、なんだか流されて行くようで。ベイメリアは後ろ髪を引かれる様な感覚を、軽く首を振って断ち切った。

「あ、ベイメリアきた」
「ベイメリア―。スズリ―」
 お手伝いが終わったら、勉強の時間である。スズリに手を引かれて、仲間たちの元へと駆けていく。
「今日は新しいお歌を教えていただく日でございますね。わたくし、楽しみでございます!」
「そうね。ベイメリアの歌声は世界一ですから」
「またやってる」
「スズリのしすこんも世界一よねー」
 勉強仲間の少女たちもはやし立てる。ベイメリアはちょっと照れたように微笑む。
「はい、はい、静かに。では今日の歌は……」
 先生が教えてくれる歌に耳を傾ける。その歌声が心地よくてベイメリアはちょっとだけ目を閉じた。
「……」
 目を閉じると、右の手にはしっかりと姉の手の感触がある。
 手を繋いでいる。……しっかりと、そこにいる。
(……寂しい事もありましたけれど、あなたと一緒なら、怖い事など何もない気がいたします……)
 歌声に耳を傾けながらも、ベイメリアはそっと息をついた。
(なんて、面と向かっては、言えないのでございますけれど……)
 きっと、またからかわれてしまうだろうって。
 友達のからかい声や、姉の笑い声は容易に想像できて、ベイメリアはふふ、と小さく微笑む。
(いつか……そう、いつかお伝え申し上げたいものでございますね……)
 今は恥ずかしいけれども、いつか……。
 つないだ手に、力を込める。
 優しい掌が、そっとベイメリアの手を握り返した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アッシュ・ディーン
アドリブ歓迎
12歳ぐらい
猟兵だってことと種族忘れてる
器物のナイフはなにか大事なモノだとだけ認識
道端で腹を空かせてたら拾われたって記憶

来てあんまし経ってねぇから馴染めなくて
昼飯のパン持ってって屋根の上登って齧ってる

「ここに居たのね!」って女の声
エリー、とか言ったっけ
同い年ぐらいなのにちょっと背が高かったからって
やたら構ってくるお姉さんぶってるヤツ
めんどくせーけど憎めない

高いとこ苦手な癖に登ってきて
気が強そうな眉をきりっと上げて
「こんなとこ登っちゃ駄目でしょ!」
でもその腕とか震えてるもんだから体支えてらんなくて
危ねぇって一緒に転げ落ちる
柔らかな草の上に落ちて
皆に見付かって二人で怒られんの
そんな日常



 アッシュ・ディーン(灰刃・f09290)はぎゅっと何かを握りしめた。
 それが、ナイフだと時間したとき、アッシュの目の中に光が飛び込んできた。
「……あれ」
 気持ちのいい風が吹いている。暖かい日差しがアッシュを包んでいて、それが何だか強烈な違和感を感じさせた。
「……」
 思い返す。……そうだ。違和感があるのも当然だ。
 アッシュは少し前に道端で転がっているところを拾われた。あそこはいつも薄暗くて、薄汚くて、濁った風の吹かない場所だった。
 生きるためなら何でもした。それでも、腹を空かせて死にそうだった。
 ……丁度買い物のために街に来ていた先生と、その子供たちに拾われたのは客観的に見れば幸運だったのだと、アッシュでもわかる。
 それでも……、
「……」
 持ってきた昼食のパンを口にする。今頃子供たちは食堂で賑やかな昼食をとっているだろう。……アッシュはそれになじめなくて、今こうしてここで。屋根の上に登って静かにパンをかじっているのだ。
「……馬鹿みたいだ」
 血もつながってもないのに兄弟みたいなふりをして、友達みたいにはしゃぎまわる日々。
 ……寝床の心配も、食べ物の心配もしなくていい日々。
 他人なんて、自分のものを奪うものでしかなかったアッシュにとって、この生活は……ほんの少し、慣れない。
 慣れないから、だから……、
「見つけた!!」
 だから。
 そこまで考えた瞬間、脳を貫通するような大きな声に思わずアッシュは片手でその耳を抑えた。
「ここに居たのね! もう、屋根の上は危ないから行っちゃだめって、先生が言ってたじゃない!!」
「……誰だ」
 静寂が一転して賑やかになる。庭から屋根を見上げて、がーっと怒鳴っている少女の名前をアッシュは知っている。エリー、とか言ったっけ。ここにきて一番最初に自己紹介されたので覚えていた。
 知っているが名前を呼ぶのが何だか癪だったので、アッシュがそういうと、ますます少女は眦を吊り上げた。
「エリーよ。エリ―!! いい加減覚えなさいよね、あんた!! 待ってなさいよ。今行くから!!」
 なんで来るんだ。という前に、エリーは建物の中に引っ込んでいた。きっと今頃廊下を爆走して、屋根裏に上がって、その窓から……、
「さあ、いい加減観念しなさい!!」
 来るだろうと思ってた瞬間に来た。
 金髪に青い目の、やたら背の高い少女。同じ年ぐらいだったはずだが、その他人よりも大きな身長でなんだか同年代からもお姉さん的なポジションに収まっている。
 きっと大人になったら、モデルなんかになれたのかもしれない。ああ、生まれと口が悪いし性格も雑だから無理か。なんて、とりとめのないことを考えている間にも、エリーは窓から飛び出して屋根を伝ってアッシュのところまでやってくる。
「こんなとこ登っちゃ駄目でしょ! 落ちたら大怪我なんだから」
「ほっとけって、俺はひとりで飯を食いたいんだ」
「だめよ。ひとりはいいけど、ここはダメ」
 やたら構ってくる。アッシュはちらりとエリーのほうに目をやる。
「……」
 気が強そうな眉をきりっと上げて何やら勇ましく叫んでいるが、その足が震えてることをアッシュは知っていた。
(高いとこ苦手な癖に……)
 アッシュは高いところが好きだ。だから一人になりたいときは、いつも高いところに来た。
 それを見つけて連れ帰すのはエリーの仕事であった。なんでかわからないけれども、彼女はいつもアッシュを見つけた。……彼女が本当は、高いところを苦手だったと知ったのは、同じやり取りを何度繰り返した時だろう。
 何度高いところに登っても、懲りずにエリーはやってくる。高いところなんて平気な顔をして。そして……、
「きゃっ!!」
 そして、足を滑らせた。
「ちょ、おま……」
 アッシュが慌てて手を伸ばす。エリーの手を掴むと、
「この、しっかり掴まってろよ!!」
 さすがに、危ない。滑り落ちながらエリーを抱え、アッシュは体を捻った。
 どさどさどささ、とものすごい音がした。狙い通り生垣に落下する。そのまま生きいあまって草むらに転がれば、
「……ったっ……」
「アッシュ! ……アッシュ!! 大丈夫!? 死なないでアッシュ!!!」
「こ、こんなことで死ぬわけない……」
「いやー!!」
 がくがく揺さぶられて声が出せない。泣きながら大声を上げるエリーをアッシュは呆れたような眼で見ていた。まあ、怪我はなさそうだろう。
(めんどくせーけど……憎めないんだな……)
 物音を聞きつけて、皆が駆けてくる気配がする。これはしこたま怒られるだろうな、と、アッシュは何処か他人事のようにそんなことを考えて、
(まあでも……悪くない、な……)
 明るい空、気持ちのいい風。彼の名を呼ぶ少女。
 そんな一日も、悪くはないだろうと、いつの間にか思っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クーナ・セラフィン
…変な夢を見ていた気がする、いつもの朝。
賑やかな皆と溶け込めない私。散々読まれ擦り切れた本に没頭するふりをし樹上で過ごす。
もう少しで十に届く年少組、活発に遊ぶのが正しいだろうがそもそも何が楽しいのか共感できない。
―まるで人形みたいだ。

だけどつまらなくてつれないわたしをしつこく誘う一回り年上の少女がいる。
活発でお姉さん気質、将来しあわせになると言って憚らない、ニコ。
我慢強く構う彼女に押し切られ共に遊ぶ。
…少し胸の奥がじんわりするけどこれが何かは分からない。
いつか分かる日は来るのかな。
でも口説いてくるのは勘弁してね?

わたしの名はドロシー、赤子の頃拾われた人でなし。
…その筈だ。

※アドリブ絡み等お任せ



 遠くで、誰かが呼んでいる。
 クーナ・セラフィン(雪華の騎士猫・f10280)はそれで、うっすらと目を開けた。
 早朝の木の上。いつもの朝。今朝はおかしな夢でも見たのだろうか。奇妙な感覚が今もその手に残っていた。
「……」
 おかしな夢だ。どんな夢だったのかは、もう覚えていないけれどもおかしな夢だったはずだ。
 そこまで考えて、ぼんやりとクーナは視線を持っていた本に落とした。
 散々読まれたすり切れた本。もうだいたい、中身は覚えてしまったけれどもそれでもクーナはそれに目を向ける。
 向けていないと、寂しい人を放っておけない孤児院の住人たちが、一斉に絡みに来るのをクーナは知っていたからだ。
 遠くで子供の歓声が聞こえている。洗濯物を干すだけで、なんであんなに賑やかなんだろうかとクーナは思う。
 彼らは賑やかで、明るくて、活発だ。働いているのか遊んでいるのかわからない。
 そして同年代のクーナは、その中には入れない。本に没頭する振りをして、ぼんやりとそんな集団から遠ざかる。子供らしくないとはわかっているのだけれども、そもそも何が楽しいのか共感できないのだ。
(――まるで人形みたいだ)
 と。自分で自分のことを、クーナはそう考えた。
(このまま、ずっと動かずに、ここで……)
 木でできた人形みたいにいられたら。……と、彼女がそう考えた、その時。
「あら、こんなところにいたのね!」
 声が聞こえて、クーナは顔を上げた。またか、と心の中で彼女は思う。
「ドロシー」
「ニコ」
 ドロシーは、クーナの名前。ニコは、一回り年上の彼女の名前。
 そう認識したとき、なんだか妙な違和感があったけれども、間違いなくそういう感じ。
 ニコは赤い髪にそばかすのある、愛嬌のある顔をした女の子だった。
 愛想がなくてつまらないクーナを、いつもいつも遊びに誘いに来る女の子だった。
「危ないよ。ここ」
「あら。でもドロシーもここにいるんでしょう?」
「いるけど。落ちたら顔に傷がつくよ」
「それぐらいじゃ、私のかわいらしさは傷つかないわ!!」
 ニコは強くて割とおめでたい少女だった。活発でお姉さん気質、将来しあわせになると言って憚らない。
「さあ、行きましょう。私暇してるのよ。付き合ってちょうだい」
「ニコの遊びは激しいから……」
 そして無茶苦茶アグレッシブである。
「いいじゃない! そうね今日は……屋根上りにしましょう。こないだ読んだ本で見たわ。忍者ってかっこいいわよね!」
「!? 屋根の上を走るのは今日の遊びの範疇を超えてるわ」
「いいじゃないそんなこと。私の限界を決めるのは、私よ!」
「……わたしの限界まで勝手に押し上げられても困るんだけど……」
 言いながらも、結局ニコはうんというまで動かないので、お付き合いすることにする。
 ……少し胸の奥がじんわりするけどこれが何かは分からない。
「いつか分かる日は来るのかな……?」
「さあ。よくわかんないけど、この世に分からないものはないと思うわ! 私たちが、求める限り!」
 ちょっと呟いてみただけなのに、しっかり聞こえていたらしい。クーナは軽く頭を掻いて、ニコを追いかける。
(わたしの名はドロシー、赤子の頃拾われた人でなし……)
 何度も言い聞かせたその言葉を、クーナはもう一度胸の中で呟く。
(……その筈だ)
「ドロシー! 早く―!」
 なのに。明るく彼女がその名を呼ぶので。
 やっぱりなぜかほんの少し胸の奥がじんわりしてきて、クーナは振り切るようにニコを追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
孤児院での生活は、穏やかだ
病気がちな身はもどかしくとも
先生は優しく、日々は楽しくて

――けれど、叶うならば
僕も冒険者になれたら、なんて

皆の声に耳を欹て乍ら
寝室で冒険譚に浸れば
夢見てしまうもので

そんなとき、必ず彼は訪れた

「ライラック、冒険ごっこしよう!」
「孤児院の裏で猫を見かけたんだ」

栗色の眸と髪
利発そうな容
僕と同じ、12才
行動力に溢れた彼は
憧れも抱くよな僕の友人

マーティン!うん、いこう
今日は身体の調子もいいんだ
けれど、また心配するだろうし
先生たちには、秘密ね?

くすくす笑い、本を置いて
彼との冒険に心躍らせ
寝台を降りれば、密か想う

世界は往けずとも、僕は彼と
小さな冒険を続けるのだろう
きっと、何時までも



 窓の外から歓声が聞こえる。
 庭で誰かが遊んでいるようだ。
 やわらかい五月の日差し。昼下がりとあれば子供たちは遊ばずにはいられない。
 走り回っているそんな少年少女を自分の部屋から見ながら……、
「……」
 ライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)はそっと、目を細めた。
 ベッドからなかなか起き上がることのできない身では、彼らのように走り回ることはできない。
 もちろん、この生活に不満はない。生活は貧しいけれども食うに困るほどでもなくて、孤児院での生活は、穏やかだ。
 走る子供たちを見ていれば、病がちな好みをもどかしく思うことはあるけれども、それを憎いとか、苦しいだとか思ったことはない。
 先生はよく気にかけてくれるし、年上の仲間たちは何かと彼が不自由しないか気にかけてくれる。
 よく話をしに来る子供たちだっている。
 日々は楽しくて、これ以上望むのは贅沢というものだろう。
 ……けれど。

 ――けれど、叶うならば――、
 窓際に留まっていた鳥が一羽、飛び立っていく。
 たった一人で、高い高い空へと舞い上がるその姿をライラックが見る。
「……僕も……」
 僕も冒険者になれたら、なんて。
 口に出しても、意味のないことを考える。
 そうして今日も、膝に置いた本をそっと閉じる。
 彼の大切な大切な本、世界へ羽ばたく冒険譚を。ため息をついてしまおうとした。……その時、
「ライラック!! ライラーーーック!!」
 窓の外から大きな声がして、ライラックは思わずそちらを向いた。
「ライラック、冒険ごっこしよう!」
 栗色の眸と髪の、利発そうな顔立ちをした彼の名前は……、
「マーティン! ここ、二階だよ」
「ふふん。ここの木からちょいって行ってちょいで、簡単さ!」
 慌てて窓際によるライラックに、得意げにマーティンは笑っている。それからちょっと声を潜めて、
「孤児院の裏で猫を見かけたんだ。あいつ、追いかけよう」
「猫……ああ」
 そういえば、孤児院の女の子たちが、最近猫が頻繁に来るけれどもいつの間にかどこかにいなくなってしまうんだと話していた。
 追いかければ、どこを塒にしているかわかるかもしれない。
「……うん、いいね。いこう」
「よし来た。体は大丈夫か?」
「ああ。今日は身体の調子もいいんだ。大丈夫」
 こくりとライラックは頷く。それからあ、と、思い出したように、
「けれど、また心配するだろうし……。先生たちには、秘密ね?」
「よし来た。バレないように出て来いよ! この木の下で集合!」
「はーい」
 明るいマーティンの声に、ライラックはくすくす笑って本をしまう。
 マーティンとの冒険は、ドラゴンも出てこなければ悪い王様も出てこない。海は越えないし、空は飛ばない。
 ……それでも、
「楽しみだね……」
 それでも、どんな冒険譚よりも心が躍った。
 寝台から降りて、手早くはおるものを引っ掴んで部屋を飛び出る。
 見つかったら怒られるから。ほんのちょっぴり忍び歩きをするのも楽しい。
「マーティン! 待たせたかい?」
「へーきへーき。見つかんなかったか?」
「ああ! ……さあ、冒険に出発だね!」
 思わず、声が弾む。そんなライラックに、マーティンは笑って頷いた。
(……世界は往けずとも、僕はマーティンと、小さな冒険を続けるのだろう……)
 行こう、と走り出すその背中を追う。その背中を負いながら、ライラックはそっとそう頷いた。
(海の上でなくていい。空を飛べなくてもいい。……だからきっと、何時までも……)
 こんなささやかな冒険を繰り返して、一緒に大人になるんだと。
 そう、疑うことない気持ちでライラックは走り続けた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

故・美人
②十歳の『小蝶』
わたくしは花畑で羽を伸ばすわ
そこで手先の器用な年嵩の娘に目をかけるの

あの小さな男の子、何をあんなに泣いているの?
父御を亡くしたばかり、あらそう
それならわたくし、名と歳以外の何も覚えていないのに、別にちいとも悲しくないわ
わたくしを失えるのはわたくしだけだもの
何を泣くことがあってかしら
そんなことより、あなたの作った花の冠!今はこれこそ語るに値する!
器用なものね、常春の七宝ね
ほほ、無論、いただくわ
冠の二つや三つの重みで垂れる首ではなくてよ
気に入ったわ、気に入ったわ、あなた、名は何と言ってかしら?
ねえリン、この小蝶には両の手に十つ指があるの
呵呵、だからもっとわたくしをいっぱいにして?



 その少女の名を、『小蝶』といった。
 10歳ほどの、美しい娘であった。
 それが故・美人(国喰い・f33211)という名の女であったという事は誰も……どころか、彼女自身ですら知らず。
 ただ、彼女は今日も穏やかな陽だまりの花畑で、のんびりとくつろいでいるところであった。
「ねえ、あなた。……あなた」
 孤児院の手伝いなんてする気にもなれない。
 かとか言って、花と蝶を愛でている毎日では飽きも来るというものだ。
 ここの子供たちは元気ばかりよくてどれも美人の目には留まらない。
 泥だらけになって駆けまわる子供なんて、美人には何の興味もないのだ。
 だというのに、今日は珍しく興味を持った。
 たまたま花摘みに来ていた、手先の器用な少し年上の女の子。
 少し離れたところで花を摘んでいた黒髪の少女に、美人はぽん、と声をかけたのだ。
「ん……私ですか?」
「他に誰がいるっていうのよ」
 ふわ、と少女は笑う。なんだかのんびりした感じの子だった。
「ねえ、あの小さな男の子、何をあんなに泣いているの?」
「あの子? ……ああ。あの子ですか」
 花畑に腰を下ろして、美人はどうでもいいことを語るかのように声を上げる。少し離れたところで、泣きながら花を摘んでいる子供がいたのだ。少女もほんの少し、考えて、
「確か、お父様をなくされたとか。ここは、自然とそういう子が集まりますね」
「父御を亡くしたばかり……、あらそう」
 ふうん。と、美人もまた、それで興味を失ったようであった。
「それならわたくし、名と歳以外の何も覚えていないのに、別にちいとも悲しくないわ」
「あら、そうなのですか?」
「ええ。わたくしを失えるのはわたくしだけだもの! 何を泣くことがあってかしら」
「ふふ。そうですねえ……」
 少女はおっとりと、少し困ったように微笑んだ。さて、何と答えたものかと考えているようにも見えて、何にも考えていないようにも見えた。それっきり男の子には興味を失って、あら、と美人は声を上げる。
「あなた、よく見たら糸目なのに綺麗な顔立ちね。わたくしほどではないけれど!」
「おや……。糸目はよく言われますが、綺麗と言われたのは初めてですね。ありがとうございます」
「わたくしは見る目があるのよ! そんなことより、あなたの作った花の冠!」
 ぱちり、とまた話題が移り変わった。美人が示したのは、彼女の作っている花冠だった。
「ええ……。ああ。はい。これですか?」
「そうよ! 今はこれこそ語るに値する!」
「そうですかねぇ。私にとっては、暇つぶしのようなものですが」
「暇つぶしなんてもったいないわ。器用なものね、常春の七宝ね」
 じぃぃぃぃ。といつの間にか美人の視線がその花冠に注がれている。その様子に、くすりと少女は笑った。
「いりますか?」
「ほほ、無論、いただくわ。貢物はいつだって大歓迎。冠の二つや三つの重みで垂れる首ではなくてよ」
「それは、二つ三つ作れと言っているんですねぇ。いいでしょう、綺麗なお嬢様に飾られるなら、花も本望ってものです」
 そういって、少女は美人の頭に花冠をそっと乗せると、新たに鼻を編み始める。その器用な様子に、美人は何とも嬉しそうな顔で笑う。
「気に入ったわ、気に入ったわ、あなた、名は何と言ってかしら?」
「私ですか? 私はリンと言いますよ。お嬢さんは?」
「小蝶よ!」
「小蝶。おかわいらしい名前ですねえ」
「わたくしの名前ですもの、当然よね」
 誉め言葉を当然のように受け取って、美人は大きく頷く。
「ねえリン、この小蝶には両の手に十つ指があるの」
「はいはい。よろしゅうございますよ。……けれどもいいんですか、花冠は明日にはしおれてしまいますよ」
「では、明日もわたくしを飾る権利をあなたに下賜するわ! 喜びなさい!」
「はあ。まあ、いいですけどね。この孤児院は退屈ですが、小蝶と一緒ならきっと飽きはしないでしょう」
 小蝶と呼び捨てにするリンに、何やらそれを咎めようと美人は口を開く。だがその前に、
「ほら、どーぞ。二つ目です」
「呵呵、綺麗ね。綺麗だわ! だからもっとわたくしをいっぱいにして?」
 ご機嫌な美人の声に、リンも笑う。
 花畑の中に、見るも鮮やかな花が咲いていた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
…死者を操る、か
例えそこに魂が無くても
死してなお囚われるのは憐れというもの


――あれ、今、ぼうっとしてたのか

捲ろうと開いたままの本から顔を上げると、頭を振って

今年16になる俺が、ここへ来たのは数年前
行商人の両親のお陰で学は多少あったから
先生たちの手伝いに、読み書きや勉強を教えていたんだっけ

今日はここまで、と声掛けると
皆わっと部屋を飛び出して行く…一人を除いて
彼の前に座ると早速
これがわからないって質問が飛んで来る

彼は元いた家のことは話さないし寡黙だけど、勉強熱心で
遠くの町で働くんだって、年下でも俺よりしっかりしてる

ここを出たら二人、いつかまた会おう
お金を稼いで、一緒に店を開こう
それが俺たちの約束だ



「……死者を操る、か」
 高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)はその話を聞いたとき、そういう感想を述べたはずだ。
「例えそこに魂が無くても、死してなお囚われるのは憐れというもの……」
 だから、だったら、壊すしかないと彼は言った。……確かに、そう言ったはずだ。

 ……、
 ………………、
 どさり、と。
 本が落ちる音がして、梟示は我に返った。
「――あれ」
 何を話していたっけ。そう考えて、梟示は息詰まる。……いや、誰の話もしてなかった。
「今、ぼうっとしてたのか。何だろう、珍しいな」
 本を読みながら寝るだなんて今までなかったことだ。落ちた本を拾い上げて閉じる。軽く頭を振れば、なんとなく、うん、疲れているのかもしれない。と自分に言い聞かせた。
「おにいちゃー」
「お兄ちゃん?」
 そうして、自分の周囲に子供たちがいたことに梟示は気づく。二重に珍しいな。とは思ったけれども、ぼうっとしていたのは仕方がない。
「ああ。今日はここまでな」
「ほんとう?」
「やったあ!」
 梟示の声に、わっ。と歓声が上がる。そうして駆けだしていく子供たちを、梟示は優しい目で見送った。
 ここは孤児院の中にある、小さな教室だった。
 ボロボロの机に、使い古された教材。その中には梟示があれこれ工夫して作った本もある。
 それらを大事に片づけてから、外へと出ていく子供たち。
「……何年かな」
 何とはなしに、梟示は呟いていた。
 ここに来たのは16の時だから、もう数年にはなるだろう。
 幸いなことに行商人の両親のお陰で学は多少あったから、先生たちの手伝いに、読み書きや勉強を教えて欲しいと頼まれて……、
「……」
 そうして今、ここにいる。子供たちに慕われて、先生からは頼りにされて。孤児院で、彼ほど勉強を教えることが得意な者はいなくて……、
 そこまで考えて、誰もいなくなった教室に、ひとりだけ残った子がいることに梟示は気づいた。
 いや、最初から知っていた。
 彼はいつも、ひとりでここに残っている。授業が長引いたときも、早く終わったときも。一人で勉強を続けている。
 だから、無言で梟示はその前の席の椅子を引いて腰を下ろす。……腰を下ろしたとたん、
「……この」
 計算だけど、と即座に質問が飛んで来るので、梟示は口の端を上げて笑った。
「うん、どれかな」
 覗き込む。彼がやっている勉強は、ほかの子たちよりも一段階早い。
 いつも飛び切り熱心な子。無口で、あまり他の子どもとはなじめていないけれど勉強熱心な彼が梟示は嫌いではなかった。
 名前は、確かチェスターといった。
「……」
「……」
 そうして二人で、勉強をする。梟示はその時ほど、自分に学があったことを感謝したことはない。
「……じゃあ、商売をするにも場所によっていろいろ変わってくるのか」
「そうだね。税金が高くとも人が多くて治安がしっかりしている場所があったら、そっちのほうがいいし。……まあ、する内容もあるんだけど。チェスター君はどんな商売をしたいのかな?」
 梟示はのんびり問いかける。彼は元いた家のことは話さないし、趣味の話なんかほとんどしないけれども、遠くの町で働くんだって、よく言っていた。そしてそのために勉強をしているんだという事も、梟示は知っていた。
「……わかんねー」
「……おや、そうなのかい」
「外は出たいと思ってるんだけど、何をしたいかはわかんなくて。別に好きなものも、売りたいものも、ねーし」
 正直に言うチェスターに、なるほど、と梟示は頷く。それは生きるための手段であって、きっと夢ではないのだろう。
「年下でも俺よりしっかりしてるって思ってたけど」
「それは、買い被り。梟示さんは、しっかりしてるし頼りになるよ」
「はは、それは嬉しいねぇ」
 どこかやる気のなさそうな口ぶりで梟示は笑う。ちらりとチェスターは梟示を見るが、うん、と小さく頷いてそれ以上は何も言わなかった。
「……ここを出たら二人、いつかまた会おう」
「うん?」
「俺は先にいなくなるけど、お金を稼いで、一緒に店を開こう。それまでにチェスター君も、自分が何をしたいか考えておけばいい」
「……」
 梟示の言葉に、ようやく、チェスターは机から顔を上げる。
「それが……俺たちの約束だ」
「でも、見つからなかったら?」
「その時は、わたしと一緒にパン屋でもしてもらおうかなあ」
「パン屋ぁ?」
「おや、パン屋をばかにしてないかい。あれで結構、難しいんだよ」
「……」
 再び彼は机に目を落とす。それを楽し気に梟示は見ている。
「いつか、見つからなかったら」
「そうだね。いつかの話だよ」
「見つかったら、梟示さんが俺のこと手伝う」
「うん、それでいいよ」
 とりとめのない未来の話。その間にも質問が飛んできて梟示は笑う。
 それは何とも穏やかで、優しい時間であった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『山賊』

POW   :    山賊斬り
【装備している刃物】が命中した対象を切断する。
SPD   :    つぶて投げ
レベル分の1秒で【石つぶて】を発射できる。
WIZ   :    下賤の雄叫び
【下卑た叫び】を聞いて共感した対象全ての戦闘力を増強する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ――――。
 ――――――。
 ――――――――。

 ――――――。
 ――――。
 ――。
「なあ、本当にやるのか?」
「おう。やるに決まってる。何せあいつは世間を騒がした大詐欺師だ。金持ちの悪党から巻き上げた金で孤児院を始めただなんて、誰も信じちゃいないって」
「じゃあ」
「ああ、決まってる。どこかにたっぷりお宝を隠してやがるぜ。それを探し出して、全部貰っちまうんだよ、俺たちで」
「けど……なんか、すごい魔法使いなんだろ? その爺さん。なんか、幻だか、夢だかを見せてみんなだまくらかしちまうって」
「それがよ。その爺さんは用事で一人で出かけてる。一週間は帰ってこねえって。だから、今がチャンスだ」
「そうか、そうか。じゃあ、あそこにいるのはガキたちだけなんだな」
「それで、そのガキは……」
「顔を覚えられても厄介だ。皆殺しに決まってんだろ」
「一人残らずか」
「ああ。あとくされの無いように、一人残らずだ」


 ――――。
 ――――――。
 ――――――――。

 ――――――。
 ――――。
 ――。







***
第二章は山賊との戦いです。
時刻は真夜中。何らかの理由で、あなた方は目を覚まします(もしくは、眠らず起きていました)。
孤児院の中に賊が入り込んでいるので、始末してください。
戦場は孤児院内部や中庭、外の森や水辺、花畑など、どこでも大丈夫です。
本当のあなたのことは、目を覚ました瞬間に思い出してもいいですし、山賊と出会った時、友達と出会った時、どのタイミングで思い出していただいても大丈夫ですが、二章の最後には必ず思い出します。
あなた方と仲良くなった子供たちは、この章で死にますが、
いつの間にか死んでいるのを発見したのか、それとも死ぬところに立ち会ったのか、
仔細は好きに指定していただいて結構です。
どちらにせよ、生き残ることはありません。必ず死にます。
記憶に関しても、友人の死に方に関しても、戦場に関しても、特に指定がなければこちらが好きに書きます。



プレイング募集期間は、5月の18日(火)8:31~21日(金)18:00まで

また、無理ない範囲で書かせていただきますので、参加人数によっては再送になる可能性があります。
その際は、プレイングが返ってきたその日の23時までにプレイングを再送してください。

それでは、良い夜ヲ
ニノマエ・アラタ
アドリブ捏造歓迎

賊の気配を鋭く感じ取り、眼を覚ます。
危険を察知して敵の姿を探り(場所はおまかせします)、
先生や子ども達に刃を向けた敵に立ち向かおうとするが、
突然アーサーが敵の前へ姿を現す。
かばうために、守るために。

おまえに力はないだろ!

自殺行為だ!

その瞬間、俺には力があり、
賊どもを一閃できるのだと思い出す。

思い出したら最後、何かを考えるより先に
賊どもを一人残らず斬り捨てる。
アーサーについて、自分について、想うのは全て片付いてから。
じわりと血が滲むように、心もまた疼く。

……友達じゃねえし。
……別に。

力も無いのに、他人を守ろうとした、馬鹿と。
咄嗟に動けなかった馬鹿と。

どっちも、同じ馬鹿だよなあ?



 気配を感じて、ニノマエは目を開けた。
 なんだろう。なんだかとても嫌な感じがして、思わず手元を探る。
「……」
 何もない。あるわけがない刀を探してないことを再確認してニノマエは起き上がる。
 隣で寝ているはずのアーサーの姿が、どこにもなかった。

 廊下に出ると、それだけではっきりと異変を感じた。
 屋敷は驚くぐらい静かで、けれども言葉にはできない何かがしっかりとニノマエに告げている。
 敵が来た。命の危機だと。
 普段の(普段の?)ニノマエなら慎重に動いただろう。己の身一つ、守れればそれでいいニノマエなら。
 けれども彼は走り出した。
 頭をかすめたのは、いつも鬱陶しく絡んでくるあいつや、喧嘩を止めに入る先輩や先生の顔。
 それが何を意味しているのか分からないまま、ニノマエは廊下を一つ、二つ、三つ曲がり……、
「きゃああああああっ!!」
「……っ」
 廊下に、子供たちがしゃがみこんでいて。
 考える前に、ニノマエの体が動いた……その、瞬間、
「させるか!!」
 嫌になるぐらい見慣れた金髪が割って入った。
「オレの名はアーサー! 弱い奴をいじめるやつは、オレが許さない!!」
「なんだ? こいつ」
「全員殺すんだ、何だっていいさ!」
 武器なんて何もない子供が一人、武装した山賊に割って入ることに何の意味があっただろう。
 ニノマエは声を上げる。……声をあげたかった。
 おまえに力はないだろ!
 自殺行為だ!
 叫ぶ。叫びたかった。
 けれども……その叫びは声にならない。いつだってニノマエは、アーサーみたいに上手に喋れなかった。
 手が届きそうなのに届かない場所で、山賊たちがアーサーと、彼が庇う子供たちを容赦なく切り捨るのを目にしながら、ニノマエは声にならない声を上げた。
 そして、代わりに、
 手にしていた愛刀を振るった。
「お……おおおおおおおお!!」
 戦場を渡り歩いた刀。
 こんな賊なんて一閃できるその力。
 どうして忘れているのかという疑問より先に、ニノマエの体が動いた。
「あそこにもまだガキが!」
「こいつ、何か持って……」
 うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい。
 誰も彼もが喋りすぎるのだと。
 思う前にニノマエは刀を振るっていた。
 動くものはすべて潰して、切り捨てて。
 あとに残ったのは、賊と見知った人たちの死体だけだった。
「……」
 ニノマエに怪我はなかった。それなのに何か、
 滲むように何かが、胸を、叩いた。
 アーサーは子供たちを守るようにして死んでいた。
 死ぬまで友達になれそうにないと思っていたら、やっぱり死ぬまで友達にはなれなかったんだろう。
「……友達じゃねえし。……別に」
 だから、これはそれだけの話だ。
 それだけの話だと……そっとニノマエは、アーサーの開いたままだった目を閉じさせた。
「……力も無いのに、他人を守ろうとした、馬鹿と。……咄嗟に動けなかった馬鹿と」
 もし、自分がもう少し早く思い出していたら、間に合ったのではないかとニノマエは思って。
「……どっちも、同じ馬鹿だよなあ?」
 そんなことは、意味のない仮定なんだと知って、
「何とか言えよ……俺はお前みたいに口がうまくないんだ」
 答えが返ってこないことに、ただ剣を強く握りしめた。
 体のどこかが強く痛んで、
 やっぱり彼は、それを言葉にする術を持たずに走り出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
お兄ちゃんが起こして来た
良くわからないけど一緒に逃げ出した
しかしすぐに捕らわれた
庇ってくれた
赤いのがいっぱい

その瞬間、全てを思い出した
こんな光景は、こんな地獄絵図は、慣れてきたもの
…ああ
おまえら、すべてしねばいい

取り戻した記憶と共に体内の死霊も蘇る
感情のままに全て放出して、
山賊たちをいたぶる
騎士の肩に乗せられ、守られつつ
冷たい眼差しで、動かない表情で
黒い蛇に噛まれ、薙がれ、絞られ、呑まれる罪人を見下ろす

片づけた後、『お兄ちゃん』の元へ看取ってあげる
…ありがとう
偽りのものだっても
幸せな一時を、ありがとうございます
では
おやすみなさい



「レザリア、おい、レザリア!」
「う……?」
 夜半、寝ているところを起こされて、レザリアは目元をこすった。
「あれ、エドお兄ちゃん……?」
「いいからこれ持て」
「?」
 荷物を押し付けられて、それでようやく意識が覚醒していく。
「どう、したの?」
「ああ。何かわかんねぇけど……逃げるんだよ」
 エドは珍しく慌てているようであった。押し付けられた鞄は重くて、子供が持つには少し苦労あった。けれどもそれより大きな荷物をエドが持っていたのでレザリアは不満の言葉を飲み込んだ。その表情で、何かのっぴきならないことが起きているのだと、理解したから。
「くそっ。近くの町まで、俺とレザリアだと何日だ……? 夜通し走りゃぁ何とか逃げられか……?」
「お兄ちゃん、お出かけするの? 夕飯までは帰ってくらーする?」
「もうここには、帰ってこない」
 なんで、と聞く前に手を引かれて部屋を飛び出した。
「お兄ちゃ……」
 手を引かれて飛び出した、廊下は真っ赤だった。今朝がたお手伝いをさぼって叱られたお姉さんたちが、血まみれになって転がっていた。
「見るな。いいから、急ぐぞ!」

 赤かった。
 夜の孤児院は暗くて、暗くて。そしてそれ以上に、赤くて。
 レザリアは怖くて、怖くて。……その怖さが、赤い色が怖いのではなく、何かを失うかもしれない恐怖であったことに、気づく前に手を引かれて孤児院を抜け出した。
 陽の当たる廊下も、賑やかだった食堂も、綺麗な花のいっぱい咲く花畑も、皆赤く染まっていて。
 冴え冴えとした月の下、二人は森まで走った。
 そして……、

「そっちだ。ガキが二人逃げ出したぞ!!」
 逃走は、あっけなく終わった。
「レザリア! いいから逃げろ!!」
 追いつかれて、レザリアの頭の上に斧が落ちてくる。
 それをエドが割って入って……、
「……」
 真っ赤に染まって、倒れていく兄だった人をレザリアは見て。
 思わず、彼女はそこに座り込んだ。
 大丈夫だ、すぐに同じところに送ってやると山賊は言って、
 レザリアはその眼で確かに、己に向かって斧が再び振りかぶられるのを見た。
「……ああ」
 そうして、すべてを思い出した。
「私にはもう、こいつらしかないの……」
 歌うように呟いた。彼女の周りには最初から、死霊しかいなかった。
 そういう存在だったと、レザリアは自分のことを思い出した。
「……なんで」
 なんで、こんな、ゆめをみせた。
「おまえら……、すべてしねばいい」
 見開いた目が、光を宿した瞬間。
 呼応するような咆哮とともに、死霊騎士と死霊蛇竜が彼女の体から飛び出した。
「!? なんだこれ……!」
「腕れが……俺の腕があああああ!!」
「しねばいい。なにもかも、ゆるさない」
 死霊騎士に守られつつ、レザリアは死霊を放出する。山賊たちの悲鳴に眉一つ動かさず。冷たいまなざしでごみでも見るような眼で悲鳴を上げる山賊たちを見つめ続ける。
「一口残さず、生きたまましんでいけ」
 黒い蛇に噛まれ、薙がれ、絞られ、最後には生きたまま呑まれる罪人を、レザリアはその攻撃とは裏腹に、冷たい目で見つめ続けた。
「ああ……」
 途方もなく充満していく死の香り。
「こんな光景は、こんな地獄絵図は、慣れてきたもの……」
 その悲鳴が絶えるまで、レザリアは死霊を操る手を緩めることはなかった。

「……お兄ちゃん」
 エドはまだ少し息があった。だから最後に、レザリアはそっとその手を握る。
「……ありがとう。……偽りのものだっても、幸せな一時を、ありがとうございます」
「レザ……リア?」
 レザリアは自分がどんな顔をしていたのかわからなかった。わからないまま言うべき言葉を口にした。それがどこまでエドの耳に届いたのかはわからない。
「では……おやすみなさい」
 最後にささやくように言った言葉に、エドはゆっくりと目を閉じた。
『逃げるんだよ』
 不意に、レザリアの耳に先ほど言われた言葉が蘇った。
「どこへなら……逃げられたでしょうか。私のような、不吉な灰色の……、私に……」
 答えはない。
 ただ、冴え冴えとした月が赤い世界を照らしているだけであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
ロアが死んでいた。

血溜まりで動かない彼を見て
僕は思い出して理解した

ロア・クレストなんて
こんな場所にいるわけないし
光にあふれた処が
僕の居場所になる筈もない

子供たちが斃れている

死体なんて
桜の下にひとつ埋まっていれば充分
きみたちが死ぬ必要なんてないのに

可哀想にね

ルーシィ
出ておいで
偽りのこころが蔓延る此処で
真実の絲を以て断罪しよう

『殺して、愉しかった?』

【略奪】なら僕の方が巧いさ
石ころなんて痛くない
こうやって殴るんだよ
ほら、ほら。
奪われる気分は如何?

何故記憶は改竄されていたんだろう
何か知ってる?
もう、聞いてないか

―或る処に少女と少年と少女がおりました。

さよならにはもう飽いた
僕も答えよう
『愉しかったよ』



 シャトは真夜中、目が覚めて。
 なんでかわからないけれども部屋を出た。特に当てはなかったから、散歩でもするつもりであった。
 子供たちが夜中部屋を出るのは別段、珍しいことではなかったし。
 騒がなければお目こぼしされる程度のことであった。
 けれどもそこに、いつもの優しい孤児院の姿はなかった。

 歩くと、水音がした。
 靴にこびりつくのは、赤い水だ。
 子供たちが斃れている。大きい子も、小さい子も。
 死に方は様々、斧で頭を割られている子もいれば、剣で腹を抉られている子もいた。
「……」
 予感は、あった。
 シャトは図書室に向かった。
 図書館の窓際で、見覚えのある人間が一人、死んでいた。
 手には本を持っていた。何かの拍子にか、本は開いていた。
 ……ロアが、死んでいた。
「……」
 ロア、と声をかけようとして、言葉にならなかった。
『僕等に「先」なんてあるの?』
 昼間聞いた言葉が、耳に蘇った。
 その声と、動かないロアの姿に、
 シャトは、ああ。と。不意に理解した。
 頭の奥にはびこっていた違和感が、嘘のように消えていった。
(そうだ……。ロア・クレストなんて、こんな場所にいるわけない)
 しゃがみこむ。剣で胸を一刺しか。痛かっただろうか。
(こんな光にあふれた処が、僕の居場所になる筈もない……)
 そっとその漆黒の髪に触れる。瞼は閉じられていて、紫紺の瞳はもう見えない。
「……」
 言葉がない。なんて声をかければいいのだろう。これを物語にするのなら、なんて書き出しにすればいいだろう。
「お? なんだ、この辺は全部殺したと思ってたのに、まだガキがいたのか」
 耳障りな音がする。明確に向けられた殺意に、シャトはゆっくりと顔を上げた。
「……死体なんて、桜の下にひとつ埋まっていれば充分。……きみたちが死ぬ必要なんてないのに」
「まあいい。こいつを殺せばこの辺は……」
「……」
 耳障りな音。シャトはゆっくりと唇を開く。可哀想にね、とつぶやく声は、どこか泣きそうな声をしているような、気がした。
(どうして? みんな、見ず知らずの偽者だったのに……)
 心の中で誰かが言う。耳障りな何かがまだわめいている。だからシャトはそっと手をあげた。
「ルーシィ。……出ておいで。偽りのこころが蔓延る此処で、真実の絲を以て断罪しよう」
 ぽんと投げられたのは、瑞々しく馨しい紫陽花の花束。
「あ?」
 思わず、山賊はそれを受け取る。受け取った……瞬間、
「ねえ。……『殺して、愉しかった?』」
 シャトが、問いを放った。
「はあ?? なんだこいつ……、な……!」
 花束から赫い絲が放たれる。……現れたのはこころ誣告す愚者《ルーシィ》。そしてそれが手にしているのは、対象が壊した命の量だけ強度と毒を増す赫絲だった。そして……、
「略奪なら僕の方が巧いさ」
 そのシャトの声を皮切りに、赫い絲が山賊たちへと襲い掛かった。
「な、何だこれ……!」
「ぎゃああああああああ!」
 赫い絲が山賊たちに叩きつけられる。凄まじい強度と毒でもって、絲は山賊たちを叩きつける。かろうじて一部の山賊たちがシャトに石礫を放つが、
「石ころなんて痛くない。……こうやって殴るんだよ。ねえ。ほら。汚い声だなあ」
 山賊たちの悲鳴が響く中、シャトは《ルーシィ》を使って赫い絲で打ちつづける。強く。強く。強く強く強く。
「ほら、ほら。奪われる気分は如何?」
 ルーシィにとって満足いく答えは出ない。きっと永遠に出ない。何度も、何度も何度も肉片になるまで撃ち続けて、シャトは真っ赤に染まった図書室で天を仰いだ。
「それにしても、何故記憶は改竄されていたんだろう。……何か知ってる?」
 まるで冷静に、悲しいことなど何もなかったかのように。ルーシィは尋ねる。そして……、
「もう、聞いてないか」
 血だまりに対して、ほんの少し口の端を上げて、笑みのようなものを浮かべた。
 本当に……心からわらったかどうかは、きっと、彼女にもわからないだろう。

 そうして、図書館はまた静寂に包まれた。
 目の前には、沢山の血と、窓際に座るロアと呼んでいた少年の死体がある。
 ……ああ。これを物語にするのなら、どんな書き出しから始めよう。
「――或る処に少女と少年と少女がおりました」
 シャトは言葉を心の書き出しを諳んじる。そこまで読んで、口を閉ざした。
「ああ……なんていう、駄作だ」
 こんなありきたりでありふれたわけのわからない悲しみなんて、きっと物語にもなりやしない。
「……さよならにはもう飽いた。だから、僕も答えよう。……『愉しかったよ』」
 そっと、死体が手にした本を閉ざして。
 シャトは静かに、目を閉じた語り掛けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コッペリウス・ソムヌス
未来を語った夢から醒めればそこは現実で
……あぁ、ヒトが死んでいる気配がするね
いつの間にか孤児院の外
真夜中の暗がりから現れるのは山賊の姿で
子どもが逃げ切るのは大変だろうね、きっと
そんなよくある光景、よくある話だよ

砂の精霊なんて騙る、
眠りの神ではあったのだけれど
山賊が武器として扱うようなものは
「三五の月」で無力化して砂に変えて
生きるために他の命を奪って
この先も未来を殺していくのだろうね
オレに善悪を語れる理由なんて無いけど
奪ってきた以上、奪われる側に
回るのは仕方ないことで
子どもの姿であろうと剣で
終わりを齎すことは出来るのだから

あの青年から広い世界の話を
聞けなくなったのは残念だったかな



 ……ここは、どこだろう、と。
 コッペリウスは、そんなことを考えた。
 布団に入って、目を閉じて。……目を、あけたら。
 そこには、違う世界の自分がいた。
 そのことを、コッペリウスは認識した。
「……あぁ、ヒトが死んでいる気配がするね」
 部屋にいても気づく、死の匂い。
 冴え冴えとした月の光に、建物いっぱいに満ちた死の匂い。
 血まみれの廊下を通り、血まみれの食堂を通り過ぎる。結果はわかりきっていたので、のぞくことはしなかった。
 月が見ている。孤児院の外にも、夥しい血。逃げてきた子供の死体。
 さすがに、大多数が孤児院の中で殺されたのであろう。中よりは幾分か少ない、転々と転がる死体をコッペリウスはたどる。特に意味があったわけではないけれども、特に行く場所がなかったのも事実であった。
「……」
 いつの間にか孤児院の外、いろんな道具を雑多に詰め込んだ小屋の前で、
 扉に寄り掛かるように、良く知った姿が死でいるのを見た。
「…………ヒースクリフ」
 なんだかそれは、他人のような、音がした。
 扉は半分ほど、あいていて。中には子供の死体がいくつかあった。
「……子どもが逃げ切るのは、大変だったろうね、きっと」
 子供を助けようとして、ここに隠したのだろう。
「そんなよくある光景……、よくある話だよ」
 よくある世界の、ありふれた悲劇だった。
 コッペリウスはそっと、半分開いたままだった扉を閉じた。
「こんなところにも生き残りが!」
「連中、ほんと数が多いな」
 暗がりから耳障りな声がして何者かが姿を現す。
 もはや人の形をした人でないそれらに、コッペリウスは視線を向けた。
「……砂の精霊なんて騙る、、眠りの神ではあったのだけれど……」
 彼らはそれぞれ斧や、剣や、弓を持っていた。そのことごとく勝ちで染まり、また服も返り血で真っ赤だった。けれども構わずコッペリウスは彼らを見る。
「ゆうやけこやけ陽が暮れて……。ああ。今は、夜になってしまったね」
 呟く。呟くと同時に、ざあ、と朱色の砂嵐が周囲に満ちた。吹きすさぶ風と共に、朱色の砂は舞い上がる。まるで真っ赤な血しぶきのように風に乗って消えていく。
「な……!」
「遅いよ」
 忘却を齎す刻の剣が振るわれる。武器がない、と混乱したような声が上がる。その声が上がるとほぼ同時に、コッペリウスの剣が容赦なくその首を、刎ねた。
「奪ってきた以上、奪われる側に回るのは仕方ないことで……その覚悟は、できているのかな」
 ひぃ、という悲鳴。奪うことばかりだった山賊に、そんな殊勝な心掛けがあるわけもなかった。コッペリウスは奈良、と静かに剣を向ける。
「オレに善悪を語れる理由なんて無いけど……、子どもの姿であろうと、この剣で終わりを齎すことは出来るのだから」
 生きるために他の命を奪って、この先も未来を殺していく。
 それを……赦せない、と思うのは、少し違うだろう。
 正義のため、というのは、きっと全然、違うだろう。
「……ああ」
 ではなぜ、コッペリウスはこの剣を振るうのか。
 ふと自問自答して……思わず、コッペリウスは天を見上げた。
「あの青年から広い世界の話を聞けなくなったのは……残念だったかな」
 天には冴え冴えとした美しい月がある。
 そして地には、ただひたすらに。朱色の砂嵐が吹き続けるのであった……。 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エスパルダ・メア
【亡失】7歳、愛称はエスト

眠りたくなくて、変な音がして部屋を出たんだ

ヒュー兄ちゃん!
兄ちゃんの姿を見つけてほっとして駆け寄ろうとして
イディ姉が駄目だって…なんで?
目の前にいるのは兄ちゃんで
その体に、剣が突き立って

兄ちゃん?
抱きしめられたまま動けないのに、込み上げるのは
いやだ
嫌だ嫌だ嫌だ!また兄ちゃんが!
…そう、まただ
オレはまた兄弟を犠牲にして生き残る
おれは――オレは何をしてたんだ
エストじゃない、その名前で呼ぶな!

叫んで気づいて泣きそうになった勢いで氷雪嵐霜を放つ
コントロールなんて効きゃしない
けど、ちゃんと呼ばれた名前で気づく
あんな風に暮らせたらって思ってた
イディとキディだけは、凍らせないように


キディ・ナシュ
【亡失】12歳

小さな足音で目が覚めました
エスト?
驚かせようと思って後ろをこっそりイディとついて行ったら、
知らない人と、剣と、真っ赤な何かが見えました

おねえちゃん!エスパルダさん!
ヒューお兄ちゃんが!
…?
思わずと叫んだ違和感に喉を押さえます
わたしは今、誰を呼びましたか?

そうです、わたしの家族は
おねえちゃんだけで
倒れてるのは知らない誰かの筈なのに
お腹の中がぐちゃぐちゃでの気持ちです

ぽっけの中にはいつもの
おねえちゃんのおやつがちゃんとあります
狼さん、いきますよ
悪い人たちを夜食と食べに参りましょう
手を離しても、凍て風も
毛皮の傍ならきっと大丈夫です

何故かはよく分かりませんが
わたしは今、とても怒っています


イディ・ナシュ
【亡失】12歳

エスト!見ては駄目!!
久方振りに大きな声を出した気がします
エストとキディの視界を遮る為
頭を抱えようとしても
身体は震えてままならず

明かりは薄くとも分かってしまう
ヒューお兄さんの
生者とはまるで違う紙のように白い肌
床に広がる粘つくものから漂う濃い鉄の香り
沢山の子供達が倒れている
そんな光景は初めてではなくて
嗚呼、私はまた、無力なだけの――
……また?いえ、私は、

虚構と過去と現在と、混ざる思考は次第に晴れる
戦う為に駆けて行く少女は、旦那様から預かったお人形
愛称を拒む少年はそう、子供なんかじゃなくて

床に転がる盗賊のナイフを拾い己の腹へ突き立てる
いらっしゃい、子供達
もう何も、"大切"は奪わせない



 エスパルダはむー。と布団を握りしめた。
 今日は楽しかった。一日いい天気で気持ちよかったしお手伝いも上手に終えられた。おやつは勝負に負けてキディに取られちゃったんだけれども、そしたらヒュー兄ちゃんが自分のおやつをくれて、兄ちゃんにはイディが自分のおやつをあげて、キディが最後にイディにおやつをあげたからみんな幸せに美味しいおやつを食べられた。夕飯も美味しかったし、洗い立てのシーツで布団に入るのは最高に気持ちよかった。
 だから、最高に楽しい一日が終わってしまうのが寂しくて、いつまでも目を開けて起きていたのだ。
「……」
 そのとき。
 部屋の外から、なんだか聞きなれない音が、した。
「……?」
 おかしいな。誰かの声が聞こえる。
 知ってる人の声も聞こえるし、知らない人の声も聞こえる、気がする。
 目元をこすって、エスパルダは体を起こした。
 どうせ起きているなら、冒険に行くのもいいだろう。
 楽しい一日の締めくくりとしては、悪くない……とまで考えたかどうかは兎も角として、エスパルダはそっと、部屋を出た。

「……あれ?」
 小さな足音で、キディは目を開けた。ムニムニと目元をこすって、小さく欠伸。
「エスト?」
「そのようですね……」
「あ、イディ」
 その声でイディも目を覚ましたのであろう。ふんす、と、キディは両手を握りしめる。
「こんな時間に、どうしたのでしょうか! 悪い子です。こっそり後ろをついていって、驚かせてしまいましょう!」
「ふふ、そうですね。もしかしたら何か忘れものでも思い出したのかもしれません……。暗いし転んではいけないので、様子を見に行きましょうか」
「なるほど! わたしもそう思っていたところです!」
 イディの言葉に、キディは頷いて。二人してベッドを抜け出して、そして一緒に外に出る。

 廊下は、静かだった。
 不思議なぐらい、しんと静まり返っていた。
 遠くで、何やら音がしている。
 人の声のようなものが聞こえて、エスパルダは……そしてその後に続くキディとイディは……そちらに足を向けた。
 声が大きくなってくる。そのころには、エスパルダも何かがおかしいことには気づいていた。
 不安で声が出ない。引き返したいのになぜだか足は声をする方向へと向かっていく。
 何か、匂いが……、
「ヒュー兄ちゃん!」
 知っている、人影を、見つけた。
 エスパルダは思わず、時間を忘れて声を上げる。心の底からその背中にほっとして、そのまま駆け寄ろうとして……、
「エスト! 見ては駄目!!」
 普段は聞けないような、大きなイディの声が周囲に響き渡った。
「え!?」
「あ……っ」
 そして同時にイディはエスパルダとキディを抱き寄せる。二人の視界からその光景を遮ろうと、二人の頭を抱え込もうとする。
「……っ」
 震える体で、二人分の頭を抱きしめて。イディは必死に目を閉じる。先ほど目に飛び込んできた光景を拒むかのように。
 月明かりしかない廊下でも、そうと簡単にわかる。……わかってしまうその景色。
 濃い鉄の香り。床に広がるねっとりとした、水でないもの。
 よく見ると周囲に無造作に転がっている子供たち。
「見ては駄目……お願いだから……」
 そして涙を流すことしかできない、イディ。
 イディにとって、そんな光景は初めてではなくて
「嗚呼、私はまた、無力なだけの――」
 絞り出すような、声を上げる。声をあげて、そうしてその違和感に、ふと、イディは言葉を止める。
(……また? いえ、私は……)
 何か。……何かが違う。違う気がする。その違和感が形になる前に、
「……なんで? だって、ほら、兄ちゃんだよ。おばけじゃないよ。ほら……」
 それにエスパルダが、声を上げる。イディの体の隙間から、見えた兄の名前を呼ぶ。
「怖くないよ。なあ、兄ちゃん……あれ……?」
 壁際に、もたれかかるようにして立っている。ヒューの姿。
「なんで、剣、が……?」
 そう、エスパルダが言おうとした。その声を、
「おねえちゃん! エスパルダさん! ヒューお兄ちゃんが!」
 キディの悲鳴が、遮った。
「……っ、……?」
 叫んだ瞬間、キディは思わず己の喉を抑えた。
「あ……。え……。わたしは今、誰を呼びましたか?」
 混乱するようなキディの声。それと同時に、どさり、と、ヒューの体が崩れて地面に落ちた。
 月明かりで、イディの体越しにもしっかりとその姿が目に入る。
 その体には、剣が突き刺さっていた。
「……兄ちゃん?」
「そうです。わたしは……、わたしの、家族は……」
 思い出したと。キディの唇が動く。それと同時に、
「いやだ!! 嫌だ嫌だ嫌だ! また兄ちゃんが!!!」
 悲鳴のようなエスパルダの絶叫が、周囲に響き渡った。
「まただ。……まただ!!オレはまた兄弟を犠牲にして生き残る!! おれは――オレは何をしてたんだ。何のために生き残ってるんだ!! なんで、オレだけが……!」
「エスト!!」
「エストじゃない、その名前で呼ぶな!」
 叫ぶ。声にならない叫び声をエスパルダは上げる。イディの呼びかけに、叫びながらエスパルダは頭に手をやる。頭痛がする。……悲しいくらい、何かが違うと声をあげている。
「こっちだ!! まだ生き残りがいるぞ!」
「殺せ!」
「うるさい……近付くな!!」
 山賊たちが気付いて戻ってくる。それと同時に氷の津波が周囲に満ちた。悲鳴を上げる間もなく、エスパルダの氷が山賊たちを閉じ込めていく。敵も……廊下の血も、散らばる死体も、優しかったこの場所も、すべて凍ってしまえばいいとでもいうように、ありとあらゆる景色を節減に変えていくエスパルダのやり方に、
「エスパルダさん……!」
「……っ!!」
 キディが、泣きそうな声をあげてエスパルダに呼び掛けた。
 エスパルダは、振り返った。
「そうです。……これは夢」
 キディは、ぎゅっとスカートの裾を握りしめて声を上げる。……パジャマはいつの間にかスカートに。ポケットには、いつものおねえちゃんのおやつがちゃんとある。
「夢だったんです!! ここに倒れてるのはみんな知らない人、知らない誰かです!!」
「キディ……」
「なんでですか!! それなのになんなんですか!! お腹の中がぐちゃぐちゃで、わたしはわけのわからない気持ちです!!」
「ああ……」
 子供のように叫ぶキディに、イディはそっと、手を離した。
 その場に座り込む。座り込むと、床に流れる血がイディの服を汚した。
「……」
 気付いている。気付いてしまった。イディはそっと目を閉じる。
 彼らは幸せな姉弟、何かじゃなかった。
 彼女は、旦那様から預かったお人形。そして彼は……、
「そうね。……夢だったのですね」
 ぽつんとつぶやいて、イディは手を伸ばした。
 握ったのは、剣であった。ヒューの体に突き刺さっていたものが、彼が倒れると同時に抜け落ちたものだ。
「楽しい……夢でした」
 いうなり、イディは剣を己の腹へと突き立てた。
「いらっしゃい、子供達。……もう何も、"大切"は奪わせない」
 己の肉を、抉る。それと同時に子供の死霊がイディの周囲に現れた。
「おい、まだこっちは片付かないのか!」
「!? なんだ、あれは……!」
 山賊たちの声が聞こえる。死霊たちはすかさず彼らに襲い掛かった。引き裂く指でその腹の肉を裂くために。
 悲鳴が聞こえる。それはさっきまでとは違う、子供ではなく山賊たちの声であった。それを聞きながらキディもポケットからおやつを取り出した。踵を鳴らせば、現れるのは大きな狼。
「……狼さん、いきますよ。悪い人たちを、夜食と食べに参りましょう」
 さっきまでとは打って変わった静かな声で、キディは言った。……キディは、完全に理解していた。叫ぶと同時に、これが夢でしかなかったことを受け止めたのだろう。
「……手を離しても、凍て風も、毛皮の傍ならきっと大丈夫です」
 だから、飛んだ。狼とともに、空を飛ぶように駆け、山賊たちに肉薄し、
「夢なのに。……夢なのに。何故かはよく分かりませんが……。わたしは今、とても怒っています」
 爪と牙でその体を引き裂いた。一片の容赦もなく、加減もなく。
「……」
 そんな二人を視界に収めて、エスパルダは思わず己の手に目をやった。
 自分の、名前。二人の、名前。……呼ばれた時に、気が付いた。……思い出した。
「……けど」
 氷の動きが変わる。強く。……さらに強く。けれどもイディとキディだけは傷つけないように。
「あんな風に暮らせたらって思ってた」
 呟きは悲鳴によってかき消された。
 それはきっと……イディもキディも同じ気持ち、であったろう……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コルネリア・ツィヌア
・記述のない部分はお任せ

勉強用の蝋燭がほぼなくなってしまい、危ないので片付ける為に部屋の外に出ていた
髪飾りは髪につけたまま
いつも以上に廊下が静かだと不思議に思い、誰とも会わないことに首を捻りつつも部屋に戻ろうとして、山賊に遭遇
相手の得物が振り上げられ、立ち竦んだ筈なのに、身体が勝手に動いて風の壁を作り(UC使用)、そのまま知らない言葉が口から零れて、風の刃(属性攻撃・高速詠唱)が山賊を攻撃
自分のしたこと、知らない筈なのに思い出すこと、それらが一気に溢れて混乱
「せ、先生、コニー、ジョン、……マーガレット……!」
山賊の向こう側
濡れた廊下に、沈むように落ちている髪飾りに『ネリー』の意識が悲鳴を上げる



 ふっと蝋燭の炎が揺らめいた。
「……あ」
 火が、消えてしまう。
 マーガレットが来たときは、まだ蝋燭は長かったから、もうずいぶんこうして机に向かっていたらしい。
「ちゃんと消しておかないと……火事になったら危ないわね」
 そっと蝋燭を立てた皿を持ち上げる。火の始末はきちんとしないと。そっと足音を立てずに部屋を出れば、
「……」
 何気なく、己の髪にコルネリアは手をやった。
 そこには、布で出来た髪飾りがあった。……暗いし、頭の上だから、見えないけれどもちゃんとそこにある。
 それがなんだか嬉しくて、コルネリアは思わず表情をほころばせて廊下を歩くのであった。

 それを不思議に思うのに、さほど時間はかからなかった。
 人の多い孤児院だ。夜とはいえ、眠らずおしゃべりをしている子や、水を飲みに外に出る子、果ては星を見る子なんかも、必ず少しはいるはずだ。
 そういう子たちに会えば、コルネリアだっておしゃべりはしなくとも挨拶くらいはする。……なのに。
「……?」
 今日の孤児院は静まり返っていて、物音一つしなかった。
 ただ、冴え冴えとした月が、廊下を照らし出していた。
 がたん。と。
 どこかで物音が聞こえた気がして、コルネリアは足を止める。
「え……」
 そちらを、振り返る。
 振り返った先には、見たこともない。何か巨大な生き物の姿が、見えた。
「やれやれ。ガキばっかりで、金目のものなんてありゃしないぞ」
「ほんとにあるのか? お宝なんて」
 何かが、よくわからないことを、言っている。
 その中の一人が、真っ赤な斧を担いで、そして何かを投げた。
「……!」
 それが真っ赤に染まった孤児院の仲間だと知ったとき、コルネリアの思考が真っ白になる。
「お、ここにもまだ残ってたか」
「悪いな。死んでくれや……!」
 それが、山賊たちが、コルネリアを見る。
 声も出せずに立ち尽くすコルネリアを見て、山賊たちは躊躇うことなく手にしていた斧を振り上げた。……その時、
「……死ぬのは、あなたたちよ」
 自分の意思とは裏腹に、コルネリアの唇から音が漏れた。
「あ……?」
「風よ!」
 叫ぶ。叫ぶと同時にコルネリアと山賊の前に風の壁が現れた。勢いのままに振り下ろされた斧が、壁に当たって弾かれる。
「何だ……!」
「刃よ、切り裂いて!!」
 そのままでは終わらせない。即座にコルネリアは風の刃を放った。一瞬で二人の山賊たちの頸が跳ね飛ばされて落ちる。
「……っ!!」
 どさりと音を立てて落ちた首に、コルネリアは思わず己の両手で己の腕を抱いた。
「え……。ネリー……? いいえ。いいえ私は……っ」
 混乱する。どうしていいかわからない。これは夢なのか。ネリーが夢を見ているのか。それとも、コルネリアが夢を見ているのか。
 一気に流れ込んできた、コルネリアという人間の人生。それが今までのネリーの記憶と混ざり合い、そうして揺れる。なぜ。どうして。……本当は、どっちだ。わからない。わからない、けど……、
「せ、先生、コニー、ジョン、……マーガレット……!」
 思い出す、名前。コルネリアは叫ぶ。山賊の死体を踏みつけて先に進む。彼らがやってきた方角は、すでに血の海であった。
「……!」
 死が転がっている。生きている人はいない。
 誰か。誰でもいい。誰でもいいから声をかけて。彼女のことをネリーと呼んで……!
「ああ……」
 けれども。
 誰もネリーのことを呼んでくれる人はいなかった。
「マーガレット……?」
 廊下に、血に染まった髪飾りが落ちていた。
 他でもない。つい数時間前、『ネリー』が渡したものだった。
 その隣には、
 もう、髪飾りでしか判別がつかないくらい、人の形を留めていない死体が一つ。
『知らないの? ゆーじょうあかしってやつよ!』
 けれども確かに、このポニーテールは……、
「……!」
 コルネリアは、悲鳴を上げた。
 それがネリーのものか、コルネリアのものかなんて、もうわからなかった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
……理解できない。今目の前で起こったことが。
見たこと無え奴らが突然部屋の中に入ってきて。何が何だかわからないうちに、皆が。
……何だよこれ、なあ、目を開けろよ、ディー……!

怒濤のように脳裡に溢れかえる記憶。
本当の自分。ずっと感じていた違和感の正体。そして、ここに居る意味。
怒りと悲しみと戦いへの恐怖で、正直頭はごちゃごちゃだ。
それでも、ここでやられるわけにはいかねえから。

――忘れてて悪かった、クゥ。それでも今は、力を貸してくれ。
皆と、ディーのために。

体は小っちぇえままだけど、戦い方は覚えてる。
いつも使ってるスリングショットで〈援護射撃〉しながら、クゥと一緒に戦う。

――人殺しは、いけないんだぞ……!



 バンッ、と、扉が開いて。
 嵐はとっさに飛び起きた。
「え!? え!?」
「急ぐぞ、皆殺しだ!!」
「一人も、逃がすんじゃねえぞ!」
 呼吸をする間も、なかった。瞬く間になだれ込んできた、見ず知らずの人間が、
「う、わあああああああああああああっ!!」
「いたい!! 痛い痛い痛い……!!」
 八人部屋にいた、子供たちに順番に切りつけ始めたのだ。
「……っ」
 ……理解できない。理解できるはずがなかった。
「な……っ」
 一撃で、死ねたならまだよかった。
 なんて、そんなことまで考えるようなその光景。
 嵐は跳び起きて、思わず何か叫ぼうとして、
「……っ」
 何かが、投げられた。
 いや、向こうとしては嵐に向かって投げたつもりはなかったのだろう。
 殺して、捨てた。それだけだ。そして、反射的に嵐はそれを受け止めて……、
「……何だよこれ、なあ、目を開けろよ、ディー……!」
 まるでごみのように捨てられたそれが、切り刻まれた悪友の死体であることを、知った。
「……!」
 それを見た瞬間、何かが己の手に触れる。
 それが、仔ライオンのクゥであることに気付いたとき、
「……クゥ!!」
 思い出した。嵐がその名を呼ぶと同時に、仔ライオンは飛び出した。嵐に向かって振り下ろされようとしていた斧が、仔ライオンの体当たりにあって弾き飛ばされる。
「何だ、あの生き物!?」
「何やってんだ! あとはコイツだけだぞ!!」
 山賊たちの声がする。それと同時に、嵐の中に記憶があふれかえってくる。
 自分の名前、両親の名前、旅立ちのこと、彼の普段の生活。そして、ここに居る意味。
「そんな……いや、なんで。こんな……!」
 正直、すべてを飲み込めなくて。混乱する嵐の手に、
「!」
 仔ライオンが、触れた。撫でてくれというように、その手に頭をこすりつける。
「……ああ。そうだな。……ここでやられるわけにはいかねえから……」
 それで、少し気持ちが持ち直す。クゥの頭を撫でて、嵐は顔を上げる。
「助けてくれて、ありがとう。――忘れてて悪かった、クゥ。それでも今は、力を貸してくれ。……我ら光と影。共に歩み、共に生き、共に戦うもの。その証を此処に、その連理を此処に」
 任せろ、とばかりにくぅは咆哮した。一瞬にして子供の姿だったライオンは、焔を纏った黄金の巨大なライオンに姿を変じる。
「何だ……なんだありゃ……!」
 その巨大な姿に、山賊たちから声が上がる。構わず嵐も、声を上げた。
「皆と、ディーのために……行くぞ、クゥ!」
 方向と同時に、ライオンが襲い掛かる。それと同時に嵐も、手にしていたお手製のスリングショットで山賊を攻撃する。
「……っ」
 足元には、血の海。そうして横たわる、友達だった死体たち。自分も、一歩間違えればこうなっていた。それを想像するのは恐ろしくて身が竦みそうになる、けれど、
「――人殺しは、いけないんだぞ……!」
 それよりも、強い強い気持ちでもって。瞬く間に、嵐は山賊たちを殲滅していくのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
※弟の名前は引き続き不明

突然先生に叩き起こされ
逃げなさいと言われた
俺は隣で寝ていた弟を起こし
手を引いて孤児院の裏口へ走った

でも外で俺達は直ぐに見つかった

先に転んだのは弟の方だ
繋いでいた手は離れて
替わりにあいつらの手が弟を掴んだ
それから、それから…――。

怖くて体が動かない
でも地面に倒れた弟が心配だ
届かない手を伸ばす

すると掌から紅い三日月の刃が現れて
無数のそれがあいつらを切り刻んだ

…あ、嗚呼。そうか
はは、この魔法を使うのは何時振りかな
…思い出したよ、全部

俺には確かに双子の弟が居た
けれど、この子ではない
俺がもっと早く思い出していれば助けられた

……ごめんな
既に事切れている彼の銀髪をそっと撫でて



「起きなさい。……起きて」
 夜中、ひそやかな声にノヴァは顔を上げた。
「んー……?」
   が隣で眠い目をこすっている。どうしたの、と二人は聞く間もなく、
「いいから、逃げなさい。早く!」
 切羽詰まった声で、その手を引っ張られた。
「ええ……。もう少し……」
「  。……行こう」
 もう少し、寝ていたい。そういう  にノヴァは首を横に振る。その声だけで、なんだかとんでもないことが起こっていると、ノヴァにもわかったからだ。
「あっちだ。急ごう」
「……わかった」
 嫌そうだった  も、ノヴァの言葉に何か思うところがあったのだろう。なんだか妙に神妙な顔をして頷くので、その手を引いてノヴァは走り出した。

 逃げろと言われた理由は、すぐに分かった。
 遠くで声がしている。悲鳴が聞こえる。それだけでノヴァにとってそれは、避けるべきものだと知れる。
「……」
 恐ろしいのだろう。  はギュッとノヴァの手を握りしめる。ノヴァも本当は叫びだしたいぐらい怖かったけれども、
「大丈夫だ。俺がついてる」
「……うん」
「俺たちは双子だ。……どんな時でも、俺たちは一緒だ」
「…………うんっ」
 それで、ほっとしたのか。
   は、嬉しそうに笑った。
 それが……油断になったのかもしれない。
「あんなところにいたぞ!」
「捕まえろ。捕まえて殺せ!」
 外に出たとき、あっさりと二人は見つかった。
「ノヴァ……!」
「  !!」
 先に転んだのは、  の方だった。
「見つけたぞ。ちょこまか逃げやがって!」
 手が離れる。繋ぎ直そうとしたノヴァの手が空を掻く。代わりに山賊の太い腕が  の腕を捕まえる。
「悪いが、ガキは皆殺しって決まってるんだ!」
 悲鳴を上げる暇すらなく、山賊が  の体を両断する。
 肩から、腹まで。どう考えても、生きているとは思えない致命傷。
「次はお前だ」
 動けなくなったノヴァの方を山賊はむく。
 それで……それでノヴァは、怖くて。
 怖くて怖くて。けれどもそれよりも、
「  !!」
 地面に倒れた弟が心配で、
 叫ぶように名前を呼んで、ノヴァは届かない手を伸ばした。
「な……っ!」
 山賊の驚いたような声。それも一瞬のことであった。
 ノヴァの掌から無数の紅い三日月の刃が現れて、山賊の体を切り刻んだからだ。
「なんだ? 騒がし……」
「ひ……っ!」
 異変を感じて様子を見に来た山賊たちも、次々に三日月の刃に刻まれ死んでいく。
「……あ、嗚呼」
 その積み重なる屍を見ながら、ノヴァは目を見開いた。
「そうか……。ああ。そうか。そうだ。……はは、この魔法を使うのは何時振りかな」
 切り刻み痛め付ける事に特化した月の魔法を、加減なくノヴァは振るい続ける。もはや、彼にかなうものはいなかった。
「……思い出したよ、全部」
 周囲にいた山賊を全て片付けて。ノヴァはぽつりとつぶやいた。
「俺には確かに双子の弟が居た」
 ……けれど、この子ではない。……この子は、双子の弟じゃなかった。
 なのに。血だまりに伏せる彼を見ると、胸が痛んだ。
「……俺がもっと早く思い出していれば助けられた」
 そっとその神を撫でる。開いた目を閉ざして、
「……ごめんな」
 祈るように、ノヴァはそうつぶやいた。
「俺は、君の名前すら知らない……」
 名も知らぬ君に、祈る。
 月は冴え冴えと輝いていて、
 誰のことも救いはしない。そんな顔でノヴァと少年を照らしていた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
※シキさん(f09107)と

一杯木登りした分、すやすや
誰かの起きた気配に目が覚め

シキ君…どうしたの…お手洗い?
何時もと違う空気に、側に寄り小声で

え、見にいくの?なら、僕も
ベイ君が起きてきたら、説明して
何があっても、一緒ならと手を繋ぐ

遭遇する知らない大人と暴力
散る友の赤い色に
左胸が信じられない位に痛んで
一気に、記憶が戻ってくる

「危なくなったら助けてね」
ベイ君は、言っていたのに!
それに、頷いたのに
また、間に合わなかった

転じ飛び出したシキさんの背を見て
咄嗟に一人では行かせないと欠片放つ
山賊達の視界をずらし、こちらの位置を撹乱
彼への攻撃を防ぎたい

彼の頬を伝うものには触れず
守ろうとしてくれたことに、礼を


シキ・ジルモント
類と(f13398)

嫌な感じと人の気配で目が覚めた
じっとしていられず布団を抜け出して
類、起きたのか?ベイまで…
一人じゃないってほっとして、三人一緒に「嫌な感じ」の方に行ってみる

山賊?先生を呼ばないと、でも急には体が動かなくて
ベイが危ない、間に合わない、助けるって言ったのに…!

動かないベイと山賊を見て
こいつがベイを…絶対に許せない!
獣人に変身して山賊に飛びかかる、自分がどうなってでも殺すつもりで
こいつは許さない、ベイを助けられなかった、せめて類だけは守りたい…気持ちが全部ぐちゃぐちゃのまま

山賊を倒した直後、記憶が戻る
類に礼を、それからベイは…
精神が子供の体に引かれているのか、涙が零れて慌てて拭う



 真夜中、シキは目を覚ました。
 どうして、目を覚ましたのか。それはシキにも、わからなかった。
「……」
 何か。よくわからないが、嫌な気配がする。
 じっとしていられなくて、シキは布団を抜け出した。
「……んー?」
 その物音に、類もまた目元をこする。
 今日はいい日だった。たくさん遊んで、沢山食べて、沢山疲れて、後はたくさん寝るだけだった。
 けれども、シキの起きた気配に気づいて、類は目を開けた。
「シキ君……?」
「類、起きたのか?」
「俺も起きたぞー」
「ベイまで……」
 二人が起きる気配に誘われたのだろう。隣の布団からベイの元気な声が帰ってきて、そのままはっ、と口元を抑えている気配がする。
「どうしたの……お手洗い?」
 それをちょっと微笑ましそうに見ながら、類が尋ねた。首を傾げて、のんびりした仕草に、
「いや……」
 シキは言葉を濁す。それから少し、迷うような間の後で、
「何だか……嫌な感じがするんだ。ちょっと見てくる」
 小さく、類にだけ聞こえるように言った。
「え、見にいくの? なら、僕も」
 その言葉に、類は瞬きをする。それはさすがに、ひとりではいかせられないだろうと、類が言った時、
「何だよー。秘密の話か? 夜の探検なら、俺も混ぜてくれよな!」
 全く何にも聞いていないのに、ベイも一緒に行くと主張した。
「……」
 シキは一瞬、押し黙る。
「そうだね。……何があっても、一緒なら大丈夫だ」
 かわりに、類がこたえて、ベイの手を繋いだので、
 シキはほんの少し……ほっとした顔をして。小さく頷いた。
「不思議だな。厭な予感がするのに、ほっとするなんて」
「一緒だからなっ」
 呟いたつもりだったけれども、どうやら聞かれていたらしい。ベイの言葉に、類がつないだ手を掲げて振る。
「ほら、シキ君は、こっち」
「ああ……」
 シキは類の空いた手と手を繋いだ。
「わかった」

 廊下は、静かだった。
 冴え冴えとした月が、長い廊下を照らしていた。
 照らされた世界は、真っ赤だった。
 つい先ほどまで喋り、一緒に食事をしていた仲間たちが、物言わぬ屍になって転がっていた。
「何なんだよ、これ。……何なんだよこれ!」
 ベイが声をあげて、そして、
「あそこにいるぞ!」
「こいつらで最後だ!!」
 聞いたこともない声が、三人に向かって放たれた。
「類……っ、シキ兄!」
 斧を持った見知らぬ大人が走ってくる。
「山賊!? 先生を、呼ばないと……!」
 シキが思わず声を上げる。声を上げるけれども体が動かない。類を見る。類もまた驚いたようにその血に染まった廊下を見つめて、一歩も動けないでいた。
 当たり前だ。
 彼らは、こんな、理不尽な暴力なんて何も知らない、ただの子供で……、
「わ……あああああああああ!」
 山賊が手近にいたベイの腕をつかむ。瞬く間に斧が振り下ろされる。小さな体がほとんど一撃で真っ二つにされるのを、二人は見ていた。
「……っ」
 そのまま刃が返される。隣にいた類に向ける。その刹那、類は胸を押さえてしゃがみこんだ。
「……!!」
 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。未だどこも傷なんてついていないのに、一瞬で息が止まりそうなぐらい類の胸が痛む。
「類!!」
 シキの声が聞こえる。違う。違う。違わない。違う。ああ。記憶に、手が届いて……、
 思わずしゃがみ込んだ類。そこにも容赦なく斧が振り下ろされようとしている。……それをシキが見た瞬間、
「こ……のおおおおおおおおおお!!」
 叫んだ。叫んでシキは山賊に体当たりをした。自然とその体が、銀の毛並みを持つ狼獣人へと変化していた。……けれどもそんなこと、シキですら気が付いていなかった。
「な、何だ……!?」
「お前ら……絶対に許さない!!」
 驚愕する山賊の声を遮るように、シキは吠えた。そのまま体当たりで山賊のバランスを崩させ、そしてその爪で引き裂いていく。
「こいつがベイを……みんなを!! 絶対に許せない!」
「何だありゃ!!」
「矢だ、矢を持ってこい!!」
 やすやすと山賊の体を引き裂いた式に、周囲の山賊が驚愕の声を上げる。
 そしてその声に、はっ、と類は顔を上げた。
「其の両眼、拝借を……っ」
 とっさに類が投げたのは魔鏡の欠片だった。視覚を奪い、見える位置をずらすことで攻撃をそらすことのできる、その魔鏡を、周囲の盗賊たちに投げつける。
「なんだ、当たらねえぞ……!」
 焦るような山賊たちの声。放たれた山が出鱈目な方向に飛んでいく。
「……」
 あと少し。あと少し早く記憶が戻っていれば、
 彼への攻撃も……、
「「危なくなったら助けてね」……ベイ君は、言っていたのに!」
 不意によぎった感情に、類は唇を噛む。絞り出すような声音で、隣に倒れ伏すベイの遺体に、一瞬だけ目を向ける。
「それに、僕は頷いたのに……」
 出来たのに、できなかったと。類は呟いた。
「また、間に合わなかった……」
 泣きそうな、か細い呟きは、シキの耳に届いていたのかどうかはわからない。
「助けるって言ったのに。約束したのに……!」
 類の力で弓がそれる。シキは躊躇うことなく歩を進める。別に攻撃が当たっても構わない。そもそもそれが目に入ってすらもいないだろう。獣のような咆哮とともに、シキは駆けた。
「なんでだ!! なんで俺は、一緒に行こうなんて……!」
 あの時、部屋で待っていろと言ったなら。また別の道があっただろうか。
 わからない。……わからない。
 こいつは許さない、助けられなかった、せめて類だけは守りたい……気持ちが混ざり合って、言葉にできない。声が出ない。
 ……シキがその記憶を取り戻したのは、周囲にいた山賊すべてを倒した後のことであった……。
「……」
 シキはベイの死体を見つめる。類もまた、同じようにもう動かなくなった彼を見て、
「……」
「……」
 お互い、目で礼を言った。互いに、助けられた。その礼をした。……言葉には、ならなかった。
『冒険には心強い仲間がおやくそくなんだ。……三人でなら、きっとできるよ』
『おう、約束だ!』
『ああ。三人なら……な』
 三人は、二人になった。
 触れたベイの遺体はまだ暖かくて、類がそっと、開いたままの目を閉ざす。
 そうすると、顔だけ見たらなんだかただ眠っているようで……、
「……」
 シキの頬に、温かいものが伝う。
「ああ……」
 慌ててシキは、それを拭った。
「……」
 類はただ、何も言わず。
 ただ黙って、そっと目を伏せた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
いつもと変わらない日々が終わり眠りに就く
それなのに今夜に限って胸騒ぎがして真夜中に目を覚ます

声が聞こえたような気がした
小さい子が目が覚ましてしまったのかもしれない

探しに向かおうと自室の扉を開ければ異臭と壁の汚れに気付く
これは、血だ
私はこれを知っている

酷く心が揺さぶられ、血の気が引いた
誰か居ないのかと駆け出して人を探す

倫太郎を見つけ、彼の無事に安堵をするも
いつも彼の傍に居る子が居ない
……そして、そして

食堂で子供達を見つける
服は血に汚れ、事切れた姿
そして互いが探していた二人の姿

偽りを見せられていたのだと気付く
悲しみよりも怒りが湧く
憎い、憎い

抜刀術『神風』を放ち、奪う
私が奪われたように
奪う


篝・倫太郎
【華禱】
孤児院での日常
些細な事で他の子と軽く言い争ったり
それを夜彦やさよに窘められたり、ぬいに呆れられたり
そんな夢を見てたはずなのに
なんだろう、この、厭な感じ

ふっと目を覚ませば最初に感じたのは悪意の気配

飛び起きて、隣を見るとぬいがいない
慌てて起きて、廊下に飛び出せば

噎せるような鉄の匂い
匂いが強くする方に駆けて往けば
食堂で折り重なるように倒れているさよとぬい

白いはずの寝間着が黒い
黒いんじゃない、赤い赤い血の色

その時、思い出す
自分が何者なのか

護りたいものはいつだって守れない
掌から零れ落ちて取りこぼす

拘束術使用
俺に気付いた山賊達が射程内なのを確認して
鎖での先制攻撃と拘束

てめぇら!絶対許さねぇからな!



 夜彦にとって、その日はいつもと何ら変わりない一日であった。
 平和で、穏やかで、そして……、
 そして。
「……」
 夜彦はゆっくりと目を開ける。窓辺には、昼間貰った花が小さな花瓶にいけられていた。
 優しくて、綺麗な色をしていた。……なのにどうしようもなく、気持ちが重たくなって。
 いいしれない何かを感じて、夜彦は目を開けた。
 今日はいい日だった。……いつも通り、優しい一日だった。
 それで、終わってしまえばどんなにかよかったか……、
「……ああ」
 どこかで、声が聞こえた気がした。
 小さい子が目が覚ましてしまったのかもしれない。
 夜彦はそっと、自室の扉に手をかけた……。

 倫太郎はゆっくりと目を開けた。
 今日はい一日だった。
 楽しく遊んで、美味しいご飯を食べて。
 最後にデザートの苺を巡って喧嘩になったりもした。
 喧嘩は……まあ、あんまり楽しくはないけれども(苺もとられたし)、
 夜彦や小夜に優しく諭されるのは、なんだか悪い気がしなかったし、
 ぬいが呆れながら、ぐいぐい自分の苺を押し付けてきたので、
 いらねーよ、って言いながら、ありがたく頂戴した。美味しかった。
 苺は、美味しかった。
 そんな、幸せな夢を見ていた。
 幸せな夢だった。……なのに、
「あ……れ?」
 どうして、めをあけてしまったのか。
「ぬい……?」
 なんだろう、この、厭な感じ。
 心の中で、何かが警鐘を鳴らしている。
 悪意……そう。コレは悪意だ。
 幸せな夢の中に交じりこんだ純粋な悪意。
 自分のためだけに他者を踏み台にできる、混じりけなしの邪悪。
「……っ!!」
 跳び起きる。はっ、と隣を見ると布団は空だった。……ぬいがいない。
「ぬい!!」
 叫んで、倫太郎は飛び出した。
 まず鼻に飛び込んできたのは、噎せるような鉄の匂いであった。

 異臭がした。
 夜彦はそっと口元に手を当てた。
 冴え冴えとした月が廊下を照らし出している。廊下はすでに血で染まり、
 そこはすでに、異界と化していた。
「……」
 暗がりでもわかる。これは、血だ。……私はこれを知っている。
 なぜ、知っているのか。思い出そうとして、頭の隅が痛んだ。
 頭の痛みを無視しながら、夜彦は歩き出す。特に行く当てなんてない。意味なんてない。危険な行為だと理解している。それでも、足が動いた。
「誰か……」
 誰か、いないのか。
 叫びだしそうになるのを堪えながら、夜彦は駆けた。そして……、
「来るな!!」
 食堂の扉を開けたとき、鋭い声が、夜彦に投げつけられた。
「来るんじゃねえ……」
 それは、食堂の片隅でうずくまる、倫太郎の姿だった。
「倫太郎……」
 知った声に、僅かに、夜彦の表情が緩む。
 しかし、倫太郎がしゃがみこむその向こう側に見えた光景に、表情を凍らせた。
「なんでだ……?」
 倫太郎は呟いた。声をあげて、心を堪えて。
 倫太郎の目の前には、折り重なるように倒れているさよとぬいの姿があった。
「なんでだ……」
 さよはぬいを庇うように抱きしめていた。その体勢のまま殺されていた。
 抱きしめられたぬいは、目を見開き、信じられないものを見た、そんな顔をしたまま死んでいた。
「なんでだ……っ!!」
 白いはずの互いの寝間着が、血の色に染まっていて。
「護りたいものはいつだって守れない。……掌から零れ落ちて取りこぼす!! なんでだ……なんでなんだ……」
 そうして倫太郎は、己が何者であるかを、思い出していた。
「ああ……」
 慟哭に、夜彦も静かに倫太郎と倒れ伏す二人を見つめる。
「どうして……でしょうね」
 その声を聴いて、夜彦も思い出した。
 これは、ただの偽りの世界。
 幸せだった……夢の終わりなのだと。
「何だ。人の声がしたぞ!」
「まだ生き残りがいるのか??」
 誰かが食堂に入ってくる気配がする。知らない声。内容を聞く間でもなく、それらが犯人であることを知れた。夜彦が振り返る。
「が……っ」
 憎い。
「ひ……っ」
 憎い。
 問答する暇すら与えない。瞬く間に夜彦は入ってきた山賊を切り伏せる。
「何だ、あいつら!!」
「応援を呼べ!!」
 上ずったような山賊の声。背を向けて逃げ出そうとするそれに、
「てめぇら! 絶対許さねぇからな!」
 即座に倫太郎の拘束術が放たれた。見えない鎖が逃げ出そうとする山賊たちを引きとどめる。そして即座による彦がその首を撥ねてとどめを刺した。
「私が奪われたように、奪う……。それで良いでしょう」
 淡々とした夜彦の言葉に、倫太郎は肯定も否定もしなかった。代わりに、不可視の鎖で新たな山賊を拘束した……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鵜飼・章
ディフさんf05200と

厭な感じがしてぼくは目醒めた
樹も一緒に起きたみたい

眠たい体を引き摺り
マリーお姉さんを探しに行くと
変なおじさん達が襲ってきて…
…お姉さん?よしなよ
何でぼくらを庇うの
逆じゃない?

言いようのない違和感を胸に
その場は樹に任せ動物図鑑を探しに走る
確か樹が読んでいる本の中にあった
急ぎ戻ってUCで鴉を召喚し攻撃
でも、もうお姉さんは…
…樹
樹、大丈夫?

お姉さんが冷たい
ぼくはどうして平気なんだろう
…ああ
そういえばぼくは『僕』だった

ディフさんは悲しい?
常は穏やかな彼の瞳に確かな熱を見て頷く
問題はないと思うよ
僕もいつも通り咎人を殺すだけだ


ディフ・クライン
章(f03255)と

不穏さと胸騒ぎ
章、起きてる?
嫌な胸騒ぎがするんだ、マリーお姉さんを探しにいこ
駆けてきた友のオコジョを肩に乗せ
眠たげな章の手を引いて

怖い人達をネージュの力を借りて雹で攻撃し
見つけたお姉さんに迫る凶刃を見て
勝手に体が動いた
マリーお姉さん…!
手を引いて背に庇おうとして
子どもの手では力が足りなくて
倒れるお姉さんの姿に強烈なフラッシュバックが重なる
ハッキリと思いだせる
あの人の、最期の瞬間

覚醒した記憶
お姉さんを抱き抱え
…これが幻覚なら何とも思わないよ
そうでないのなら…今は少々、加減が出来るかわからないな
問題があったら止めてくれるかい?

おいで、ネージュ
彼等を氷の柱に閉ざしてしまおうか



 ディフはゆっくりと目を開けた。
 特に理由なんてない。ただ夜中に、目が覚めただけだ。
 だというのに、言葉に表せない不穏さを感じてディフはそっと、隣にいる人間に声をかけた。
「章、起きてる?」
「起きてないよ」
「起きてるよね」
 寝ているのならありえない、しっかりとした返事にディフはそう答えると、ふん。と章は布団の中で寝返りを打ったようであった。
「厭な感じがする」
「うん。……嫌な胸騒ぎがするんだ、マリーお姉さんを探しにいこ」
「やだよ。……ぼくは眠たいんだ。それに、このまま寝ていたら終わっているかもしれないよ」
 章は言う。言ってから、「あれ。なんでこんなことを言ったんだろう」とでも言いたげな気配を、章は醸し出した。自分でもいっていて理解できないような言葉であったが、ディフは、
「……章」
「はあい」
 重ねて言うと、観念したように章は体を起こした。
「樹は変なところでまじめなんだから」
「……胸騒ぎが、するんだ」
 同じことを言って、ディフは章の手を引いて廊下に出る。
 友達のオコジョが追いかけてきて、ディフの肩に飛び乗った。

 冴え冴えとした月が廊下を照らし出していた。
 不思議なことに、誰一人として、廊下にはいなかった。
 遠くで声がしている。騒がしいから、皆そちらを見に行ったのだろうか。
 ディフは章の手を引いて、胸騒ぎを抱えながらもそちらの方へと向かった。
 そして……、
「え……」
 次第に、廊下が赤黒く染まっていき。
「樹」
「う、うん……」
 次第に、何か。子供の、死体のようなものが。転々と、……転々と。
「でも、マリーお姉さんの部屋は、向こう側だから……」
 二人して廊下を進む。……その時、
 見たこともない人影が、廊下で動いているのが見えた。
「そっちは片付いたか!」
「一人逃げられた。どこかに隠れて……」
 大人のようであった。何やら誰かを探しているようだ。双子は顔を見合わせる。そして……、
「章! 樹! こっちに来ちゃだめよ!!」
 二人が、そちら側に足を踏み出した瞬間、部屋の影から見知った姿が飛び出した。
「わっ!!」
「いたぞ、こんなところに隠れてたのか!」
 大人の影が……山賊たちがマリーの方を見る。章とディフを庇うように、盗賊の前に立ち塞がった。
「樹……っ!!」
 それを見た瞬間、何故だか章は背を向けて走り出した。このままでは、このままではいけないと、何かを感じ取ったのだろうか。
 ディフが前に出る。章のその言葉だけで理解したのだろう。まっすぐにマリーの方へと走った。
 雪の精霊が現れて、山賊の方へと走る。その視界を奪うように雹で攻撃をする。
「なんだぁ?」
「構わねえ、そのままやっちまえ!!」
 力が、足りない!
「マリーお姉さん、逃げて!!」
「いやよ……。あなたたちは、私の……やっと手に入れた幸せなの!!」
 ディフの叫び声に、マリーは首を横に振った。思わずディフは手を伸ばす。手を引いて、その背に庇おうとして……、
「お姉さん……!」
 ディフが手を掴んだ瞬間、彼女の体がまっすぐに切り裂かれた。
 山賊の斧は、途方もないぐらい的確に、彼女の命を絶った。
「あ……」
 視界が、真っ赤に染まる。崩れ落ちる彼女は最後に、
「ああ……」
 そっと、ディフを抱きしめて。
「……」
 そのまま言葉もなく、息絶えた。
 それで、ディフは想いだした。……確かに、はっきりと。
 あの人の、最期の瞬間を……、

 章は走る。走る。走る。部屋に戻って、部屋を探る。……こんなところに、あるはずがないのに。いやある。あるはずだ。樹が呼んでいた本の中にあった……動物図鑑。
 動物図鑑を抱えて走る。なんでそんなものを抱えて走っているのか章には理解できない。
(……お姉さん、よしなよ)
 理解できないのに、それが必要であるとわかっている。言いようのない違和感が胸に広がる。
(何でぼくらを庇うの。……逆じゃない?)
 自分。自分は何だろう。図鑑をもってどうしようというのだろう。
 ああ……、
 動物図鑑を開く。開いた瞬間鴉が飛び出した。鴉は章の目を見る。見た瞬間、一直線にディフのもとに駆けた。
「……樹」
 鴉は山賊に襲い掛かる。……章は、座り込むディフの姿を見つけた。
「樹、大丈夫?」
 ディフを抱きしめるようにして、マリーが死んでいるのは一目見てわかった。彼女は、真っ赤だった。
「……」
 ディフは応えなかった。それで、章はひゅ、と息を詰める。
(ぼくはどうして平気なんだろう……)
 なんで、と、章は自分自身に向かって問いかけた。
(……ああ)
 そして、答えは当たり前のように用意されていた。
(そういえばぼくは『僕』だった……)
 一呼吸、置いて。
 章は口を開く。
「……ディフさんは、悲しい?」
 それは淡々とした声だった。章にとってはいつも通りの、感情のこもらない言葉だった。
「……これが幻覚なら何とも思わないよ。そうでないのなら……今は少々、加減が出来るかわからないな」
 帰ってきたディフの言葉は静かだった。けれどもそこには確かな熱がこもっていた。だから章はそう、と頷いて、
「これは夢だよ」
「そう……」
「僕たちは偽物の双子で、マリーお姉さんはずっと僕たちの面倒を見てくれたお姉さんじゃなかった」
「……ああ」
「それでも、にせものでないものも、あったはずなんだ」
「そう……かな」
「僕は神は信じないけど、この人がお人よしだってことは信じることができるよ」
 目を閉じたマリーの顔を見て、章は言った。
「……問題があったら止めてくれるかい?」
「問題はないと思うよ。……僕もいつも通り咎人を殺すだけだ」
 鴉が山賊を啄む。ぎゃあああ、と悲鳴が聞こえてディフは顔を上げる。
「……おいで、ネージュ。彼等を氷の柱に閉ざしてしまおうか。……もう二度と、喋れないように」
 耳障りだと、呟いた時。一瞬で凍てつくような遠きが、周囲を覆った。
 悲鳴が聞こえる。その悲鳴も瞬く間に氷が飲み込んでいく。逃げようとした山賊たちの頭を鴉がつつく。そのまま目を抉りだせばいいんじゃないかな、なんて章が言った時、
「……助けたかったんだ」
 ぽつんと、ディフが言った。それは、誰のことをさしているのか、章にもわからなかった。マリーのことか、それとも……。
「大切、だったんだ……」
 けれども間に合わなかった。昔も、今も。
 力を得るのは、いつも失ってからだという声は、凍てつく寒さに飲まれて消えていった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

故・美人
身体中に飾りを貰って花の香りで肺を満たしたのはつい先程
いつの間にわたくし眠ってしまったのかしら、真夜中の花畑で
それにこの匂い、何だか甘い…ねえリン?
先程と同じやうに呼んでいるのに、答えてくれないのかしら
わたくしはリンに問うているのに、彼女の向こうで薄汚い下郎がこちらを向いた―…
――呵呵。

赦さないわ、おまえ、盗ったわね
誰の赦しがあってかしら、この美人が目をかけたわたくしのものを…赦さない。
…わたくしのものに手をかけた罪、贖うにはおまえの小さな命では足りないわね
花輪の飾る指で指図してあげる
あちらの者達も道連れになさい、と
傷一つ二つで赦してはやらない
だってねえ、おまえもう、生きていたくないでしょう?



 いつの間に、眠ってしまったのだろう。
 美人の目を覚まさせたのは、何とも言えぬ匂いであった。
「……」
 身体中に飾りを貰って花の香りで肺を満たしたのはつい先程。
 今もその花は、美しい香りを保っている。
 けれどもそれを覆い隠すように、何か別の匂いがする。
「いつの間にわたくし眠ってしまったのかしら……。こんな、真夜中の花畑で……?」
 不思議だ。日は暮れ、天には星が瞬いている。
 食事にもいかなかったのだから、孤児院の子供たちが探しに来てもおかしくない時間帯。
 なのに、不思議なくらい周囲は静かで。そして……、
「それにこの匂い、何だか甘い……ねえリン?」
 美人はそっと呼び掛けた。誰もいなくとも、彼女だけはもし立ち去るとしても美人にひと声くらいはかけるだろうと、美人は当たり前のように思っていた。
「……リン?」
 しかし返事はなかった。周囲にはただ、沈黙が………………、
「――呵呵」
 ふ、と顔を横にする。横にした瞬間、人影が目に入った。向こうもそれで、こちらに気付いたのだろう。何だ、という声がした。
「こんなところにも隠れてやがったのか」
「そうみたいだな。皆殺しなんて、面倒な……」
 彼らは美人のことを認め、そして鶏でも殺すような会話をしてこちらを向く。……その全くと言っていいほど人間味のない内容を聞いただけで、美人にも何が起こったか理解した。
「赦さないわ、おまえ、盗ったわね」
 男たちの足元には血だまりがある。美人は身を起こす。それが、さっきまで隣で寝転がっていたリンであることは見る前から分かっていた。わかっていたけれども……美人は目を見開いて、しっかりとその光景を、見た。
「誰の赦しがあってかしら、この美人が目をかけたわたくしのものを……赦さない」
「あ??」
 何を言っているんだと。言う前に。美人の目が山賊たちを捉えた。
「わたくしのものを奪うのならば、それ相応の覚悟があってしかるべきでしょう? ちがう?」
 返事はない。きっと返事をする暇もなかっただろう。美人はその一瞬で、周囲にいる山賊たちを夢の世界へと落とした。
「……わたくしのものに手をかけた罪、贖うにはおまえたちの小さな命では足りないわね」
 花輪の飾る指が滑るように指示す。示したのは孤児院の方であった。……何が起こっているのかは、先ほどまでの山賊たちの会話でおおよそは理解できていた。そして、琴を終えた山賊たちがこちらに様子を見に来たのが目に入ったのだ。
「あちらの者達も道連れになさい」
 傷一つ二つで赦してはやらない。死ぬまで理性を失い殺しあえばいい。美人は美しい声で、その命令を伝える。
「だってねえ、……おまえもう、生きていたくないでしょう?」
 愛らしく語る声。微笑む絶世の美女の言葉に、山賊たちは頷いたようだった。頷いたまま、向かってくる山賊のほうに向かって歩き出した。
 悲鳴が聞こえる。恐ろしい声だ。それを聞き流しながら、美人はそっとリンの死体へと近寄る。
 むごたらしく横たわる少女の遺体に、美人はそっと目を細めた」
「……莫迦ね」
 ぽつりとつぶやいて、開いたままの目を閉ざし、両手を胸の前で組ませてみる。
「……衣服も花飾りも汚れてしまったわ」
 そうすると、なんとなく彼女が花畑の中に横たわっているように見えて、それで美人は小さく息をついた。
「もう、それを作ってくれるあなたもいないのね……」
 そこにあるのは、悲しみなのか。
 美人も分からないまま、そっと指先で血に汚れた花を一輪、弾いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クーナ・セラフィン
いつものように落ち着く屋根裏の籠の中で眠る。
…何となく目が覚める。嫌な、不安な気配を感じてそっと階下を覗いてみて…誰だこれ。
如何にも悪党の野蛮な奴ら。絶対碌なものではない。
助けを呼ばないと…いや、どこから出てきた?
みんなのいる部屋から出て、その血は一体。
…答えは出ていても拒絶する。花を、そうだ花を咲かせないと。
UCの香りで全て眠らせてみんなの傷を治して…とここで気付く。
私はクーナだ。
何を、私はやっていた?
"害獣"を見つけたなら騎士らしく速攻で始末するのがクーナ。
槍は竜の姿で戻ってきた。さっさと始末しないとね…山賊に奇襲かけよう。
…死者は治せない。友達も、誰も。
…悲しいね。

※アドリブ絡み等お任せ



 屋根裏でクーナは眠っていた。
 誰かと同じ部屋、ベッドで眠るのなんてあんまり好きではなかったから、クーナの定位置は屋根裏の籠の中だった。
 だからかもしれない。物音に気付くのが、少し遅れた。
 嫌な、不安な気配を感じて何となく目が鮫で。そうして誰も起こさないようにそっと階下をのぞいてみれば……、
「……誰だこれ」
 孤児院は、すでに血で染まっていた。そして、孤児院の中を如何にも悪党といった風情の野蛮な奴らがうろついていた。一目見て、絶対碌なものではないとわかる。
「助けを呼ばないと……」
 助け。いったい誰に、という思いがクーナの頭をよぎる。先生は不在で、今日はここには子供しかいない。だったら年長者の……、
 そこまで考えて、はっ、とクーナはもう一度階下を覗き込んだ。
「いや、どこから出てきた……? それに、あの、血は……」
 部屋から出てきた山賊たちは、返り血を気にせず行動している。慣れた動きを見れば、答えはすぐわかる。
 すぐわかっていても、気持ちが拒絶する。だって、今出てきたのは、ニコの……、
「花を、そうだ花を咲かせないと……」
 思った瞬間、クーナは階下へと飛び降りていた。
「!?」
「何だ……?」
「私はクーナだ」
 山賊たちが驚いた声を上げる。反射的に名乗りを上げて、はっ、とクーナは我に返った。
「何を……、私はやっていた?」
 自問自答する。どうして忘れていたのか。そう思いながらもクーナは甘く優しい香りと共に白き薔薇の花びらで周囲を包み込んだ。
「な……っ」
 それを見届けてから、クーナは白雪と白百合の銀槍を放つ。
「が……っ」
 反応する間も与えず、山賊たちを始末する。そうしてクーナは走り出す。周囲にいた山賊たちに奇襲をかけ、あらかた始末し、取って返せば血まみれだった部屋の中へと突入した。
「……」
 優しい香りが血の匂いを覆い隠している。
 しかし、生きているものは誰もいなかった。
「……死者は治せない。友達も……、誰も」
 すでに、部屋の中で仲間たちは死んでいた。クーナは覗き込む。
「……悲しいね。私は、守れもしなかった」
 血に染まったニコが、まるで眠っているかのように目を閉じていた。
 けれども、その目が覚めることは、なかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
派手な音で目が覚めた
窓から覗いた中庭に人影を認めて

賊が何で…金目のものなんか無いだろ
そっと部屋を出ると、チェスターと鉢合わせた

無事で良かった…何処へ向おう
隠れるか、逃げるか
見つかれば良くて人買い行き、悪ければ、

叫び声に息を呑む…教室の方だ
顔を見合わせ、どちらからともなく走る
置いて逃げるには、ここで過ごした日が長過ぎた

手近な物を手に賊に殴りかかり
気付けば、斬られた彼が倒れていた
今際の手を握れば、ふと、これが何度目だろうと

――嗚呼、長い夢だったよ

喚く賊に絞縄くれて黙らせると
少年の最期の声に耳澄ませ

さようなら友よ、君の死に立ち会えて幸いだ
悪夢からの出口を見つけるまで
もう少しだけ、待っていてくれないか



 派手な音で目が覚めた。
 梟示は僅かに、眉根を寄せる。
 窓から覗いた中庭に人影を認めて、ふむ、と梟示は腕を組んだ。
「あれは……賊、だねぇ」
 どう見ても堅気ではない。いわゆる山賊という奴だろう。それも、飛び切りたちの悪い手合いであることは、なんとなく遠目で見ただけでもわかった。
「賊が何で……金目のものなんか無いだろ」
 こんなとんでもなく貧乏な孤児院に、いったい何をしに来たのだろうか。……想像すればする分だけ、よろしくない結論しか出なくて。梟示は眉根を寄せながら、部屋を出た。
「あ」
「おっ」
 出た瞬間、チェスターと鉢合わせた。
「梟示さん。よかった」
 チェスターも不審な様子を感じて、梟示を頼ってきたのだろう。それは表情を見るだけでわかったので、梟示は頷く。
「無事で良かった……」
「梟示さんも」
 顔を見れば安心する。一呼吸ついて、梟示はすぐさま頭を切り替えた。この辺りにはまだ賊は来ていないが、時間の問題の気がする。ならばどこへ向かえばいいのか。
「……」
 逃げるなら、森を超えて、荒野を越えなければいけない。近くの町まで、結構な距離がある。何の装備もなく、着の身着のままで行ける距離でないことはわかっていた。
「……」
 なら。隠れる方がいいだろうか。広い孤児院に一か所ぐらい、隠れてやり過ごせる場所があってもおかしくない。そこまで考えて、梟示は口元に手をやる。……自然な仕草で違和感を感じて、ん、と梟示は眉根を寄せた。
(煙草? んな贅沢品、吸ったことも持ったことも……)
「梟示さん……?」
「あ、ああ。そうだな。だったら……」
 不思議そうなチェスターの言葉に、梟示は言葉を濁した。とにかく、行動しなければ。見つかれば良くて人買い行き、悪ければ……、
 そのとき。
 廊下から凄まじい子供の悲鳴が聞こえて、二人は息を呑んで顔を見合わせた。
「あの声は……っ」
「ジェシーの声だ!!」
「ああ……っ」
 梟示の生徒の一人だった。言いながら、すでに二人とも走っていた。
 ……けれどもきっと、知らない子供の声でも構わず二人は走っていただろう。
 置いて逃げるには、ここで過ごした日が長過ぎた。
 見捨てて自分たちだけ助かるには……ここで過ごした日は楽しすぎた。
「ジェシー……っ!!」
「チェスター君、気を付けるんだよ!」
 廊下の先は、すでに血で染まっていた。部屋から子供たちの鳴き声が聞こえる。下品な山賊の声も聞こえる。何かが降られる音。肉が引き裂かれる音。真っ赤な液体が流れ落ちる音。
 そして……正常ではいられないほどの、血の匂い。
「この……離せ!!」
 頭を砕かれた子供の死体を持つ山賊に、梟示は殴りかかる。
 手近な椅子を。棒を、何でもいい。花瓶を手に取る。それで山賊の頭を殴りつける。
「わたしはこんな……乱暴なのは性に合わないのだけれどもねっ!!」
 そんなことを言いながらも、手近なもので次々に殴りつけていく。
「チェスター君! チェスター君、大丈夫かい!?」
 そうしていくつ、山賊を倒しただろう。
 無我夢中で戦って、そしてはっと顔を上げた時。
 すでに、梟示のほかに動いているものの姿は、なかった。
「……ああ」
 最後の賊を、宙から頸部へ垂れる絞縄で締め上げて沈黙させる。
 どこを見ても、死体がある。……死体しかない。
 生きているものの姿が、どこにもない。
「……ねえ」
 探す。探す探す探す。
「チェスター君……?」
 死体の先に、彼はいた。
 子供を庇うようにして倒れていた。けれどもその子も死んでいた。
「あれ、梟示さん……」
「うん。終わったよ。……もう、終わったよ」
「そっか……。ジェシーは助かったかな」
「……」
 梟示はそっと、チェスターの手を取る。そして握りしめると、ふと思った。

 これが何度目だろうと。

「ああ……無事だったよ。君のおかげだね」
「そっか……よかった……」
 梟示の言葉に、安心したようにチェスターは笑って。
「じゃあ、早く片付けて、また勉強しないと……」
 そして、息を引き取った。
「――嗚呼」
 それで、生きているのは梟示だけになった。
「……長い夢だったよ」
 そうつぶやいて、梟示は顔を上げた。
 それで……ここに来たすべてを、梟示は思い出したからだ。
「……さようなら友よ、君の死に立ち会えて幸いだ」
 煙草を取り出し、口にくわえて火を点ける。
 すうっと、懐かしい感覚が灰の中まで広がった。
「悪夢からの出口を見つけるまで……もう少しだけ、待っていてくれないか」
 応えるものは、いなかった。
 ただ、真っ赤な世界に紫煙が一筋、弔いのように昇って行った……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベイメリア・ミハイロフ
―怖い
―怖い、大人たちが来た
とても、恐ろしい事をしている
わたくしも、襲われる!

どうしましょう、足がすくんで動けません
どうしたら、ああ、どうしたら
しかしながら、その時、実際に襲われたのは―

わたくしを庇って、崩れ行くスズリねえさまを抱きかかえたその時、
【Red typhoon】の赤い花びらが、大人たちに向かって吹きすさぶ――

…ああ、
思い出しました
思い出しましたとも
しかしながら…

スズリねえさま!しっかりなさってくださいませ!
【生まれながらの光】を使用し何度も治療を試みるも
ねえさまの息はどんどん荒く短くなっていって
声も、小さくなっていって…
ねえさま、目を開けてくださいませ
ねえさま、どうか、ねえさま…!



 ベイメリアは立ち尽くしていた。
 丁度夜中に、ささやかながらも女子会を開いているところであった。
 夜更かしするのはほんとはよくないけれども、女子たちが一つの部屋に集まっておしゃべりをするのは楽しかった。なのに……。
 ――怖い……。怖い、大人たちが来た。
 夜中、孤児院に侵入した賊は、瞬く間に子供たちの部屋に押し入り、子供たちを皆殺しにした。
 殺すだけではなく、何かを探しているものもいたが……そんなことは、ベイメリアに分かるわけもなかった。
 ただ、とても、恐ろしい事をしているという事はわかり、
(わたくしも……、襲われる!)
 このままでは、ベイメリアは自分も死んでしまうことに気付いていた。
 少女たちの悲鳴がする。逃げまどっている子供たちを容赦なく切り殺していく山賊たち。
(わたくし……わたくしは……っ!!)
 ベイメリアもまた、沢山いる少女たちと同様に、足が竦んで動けなかった。
 武器もない、力もない。ただの少女が、どうすればいいのか。何をすべきなのか。そんなこと、わかるはずはなかった。
(どうしたら、ああ、どうしたら……!)
 だから、山賊の一人がベイメリアに向かって斧を振り上げたとき、
「ベイメリア……!」
 山賊たちの前に立ち塞がるスズリの姿を、ベイメリアは信じられないものを見る目で見つめていた。
「あ……」
 やめて、死んでしまう。
「ねえさ、ま……っ!」
 叫ぶ。叫んでも届かない。
「安心しろ、すぐにおんなじところに送ってやる……!」
 山賊がそう叫んで。スズリがその斧に切り伏せられて真っ赤な血を吹き出しながら倒れた時。
 血よりも赤い花びらが、周囲に吹き荒れた。
「いや……。いや………!!!」
「何だ、この花びら……!!」
 吹きすさぶ花びらが、一斉に山賊たちを攻撃する。
 なんだ、と言われて、ベイメリアは声を上げた。
「なんだは……こちらの台詞でございます!! 紅の聖花の洗礼を受けなさい……!」
 深紅の花びらが、見る間に鮮血を押し返し。そして山賊たちを殲滅していく。
 しかしその山賊の悲鳴も、倒れる姿も、ベイメリアには目に入っていなかった。
「……ああ、思い出しました。思い出しましたとも!! ……でしたら!!」
 だったら。
 ベイメリアは叫んで、きっ、と顔を上げた。
「スズリねえさま! しっかりなさってくださいませ!」
「ああ……ベイメリア……ベイメリア?」
「ねえさま!! ベイメリアは、ここにいます!!」
 ベイメリアは躊躇わずに、聖なる光を放つ。……放つ。放ち続ける。
「よかった……。ふふ。いもうとを守るのは、ねえさまの役目ですから……」
 なのに……、
「私のことは……気にしないで……」
「ねえさま!! ねえさま、目を開けてくださいませ!! ……どうして……っ」
「ごめんなさい……なんだか、私……」
「ねえさま、どうか、ねえさま……!」
 徐々に声が小さくなっていって、
 呼吸が消えていく。
 どれだけ治癒しても、癒えない傷。
 ベイメリアは涙を流しながら、何度も、何度も傷を癒そうとするのに、
「けれど……守れてよかった」
「……っ!!」
 その願いが、叶うことはなかった。
「なぜ……。どうして」
 返事はない。生きているものは誰一人として存在しない。
 だから、その問いに答える者はいない。……いないはず、だった。

「……れは」
 けれども、どこからともなく。
 かたん……ごとん。かたん……と。音がして。
「すでにもう、みんな死んでいるから」
 気が付けば、ベイメリアはどこか別の場所にいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
物音で、夢から醒める
冒険心が未だ収まらず
寝台脇の燈籠を手にして
密やかに廊下を歩めば
灯照らすのは、倒れた先生
床を流れるのは、真赤な、

叫び掛けた口が手で塞がれ
青褪めた彼が震える声で囁く

「気付かれない内に、逃げよう」

皆は、とは聞けなかった
――猫の塒まで、いこう
彼処なら見つからないよ

抜け出して、森を駆ける
けれど、こんな時に胸が苦しくて
座り込む僕に駆け寄る彼の胸に、刃が

――マーティン!

燈籠を握り締め、名を叫ぶと
現れた黒影が炎と刃を放つ
何が起きたかも解らないまま
影に盗賊の相手を任せ
彼に縋り付こうとして

不意に、想い出した

僕の知る“彼”は想像の友で
今喚んだ影の少年こそ、彼だ
それなら、この彼は?
――これは、夢?



 ふと、物音を聞いた気がして、ライラックは夢から醒めた。
「……」
 夢。そうだ。何か夢を見ていたような……、
 そう思った時、伸ばした手が何かに触れた。
 それは、小さな石だった。今日の冒険で拾ってきた、なんだか珍しい色をした小石……、
「うん、見に行ってみよう」
 それで。今日のことを思い出す。冒険心を刺激されて、寝台脇の燈籠を手にして廊下に出た。

 冴え冴えとした月が、廊下を照らし出していた。
 遠くの方が、何やら騒がしい。
 今日は、お祭りの予定でもあったかしら、と思って。そう思った時、足先が何かに当たった。
「え……」
 つまずいて、転びそうになるのを堪えて。
 そうして、改めて見れば、床に流れる真っ赤な何か。そして、それを流している人のような……、
「……っ!!」
 叫びそうになる。止められたのは、ライラックの力ではない。
「静かに」
 いつの間にかマーティンが、ライラックの口をふさいでいたのだ。
「気付かれない内に、逃げよう」
 マーティンの顔色も悪く、そして震えていた。その様子から、尋常でないことが起きたのは、わかった。
「なん……」
 なんで、とか。何が起こったの、とか。
 ……皆はどうするの、とは聞けなかった。
 代わりに、遠くで聞こえる声が、子供の悲鳴だという事にライラックはようやく、気が付いた。
「――猫の塒まで、いこう。彼処なら見つからないよ」
「わ、わかった……」
 マーティンの提案に、ライラックは頷いた。
 悲鳴から遠ざかるように、遠ざかるように、ライラックは走る。
 途中の廊下はすでに血で濡れていて、通りすがった部屋から言いようもないにおいが充満していて、
「……っ」
 耐えられなかった。耐えられないと思うたびに、マーティンがその手を握った。
「マーティン」
「ん?」
 いつも明るい彼も、この時ばかりは緊張していたようだった。
「ごめん……」
 きっとライラックがいなければ、マーティンはもっと早く、的確に、逃げられただろうと思ったから。ライラックはそう言った。
「なんで、ライラックが謝るんだよ」
 ライラックの言葉に、マーティンはライラックの手を引いて歩きながら、そのまま、答えた。
「友達を助けるのは、当たり前のことだろ」
「……」
 ありがとう、とライラックが言おうとして。その前にマーティンの声が遮った。
「今だ……走るぞ!!」
 孤児院を出て、走り出す。中庭を過ぎて、森だ。更にそこを過ぎれば何があるかは二人は知らないが、一時的に身を隠すならば都合のいい場所を知っている。
 ライラックも走る。あそこまで行けば助かるだろう。夜が明けるのを待って、そして……、
「……っ!!」
 不意に、胸に鋭い痛みが走ってライラックの体が揺れた。
「ライラック!!」
 こんな時に。……こんな時に胸が苦しくて。
 立っていられなくて。
 思わずライラックがしゃがみこんだところに、
「あんなところにいるぞ!!」
「殺せ!!」
 山賊が駆け寄る。その手には斧や剣を持っていて、
「逃げ……っ」
 て、という前にそれが閃いていた。
「――マーティン!」
 斧は的確にマーティンの体を切り裂く。真っ赤な血があふれた瞬間、燈籠を握り締め、ライラックはその名を叫んでいた。
 叫んでいた瞬間、待っていたというように。マーティンの影から何かが飛び出した。
「が……っ!!」
 影が躍る。盗賊たちがよい色のナイフで切り裂かれ、カンテラの炎で炙られて行く。
「何だ、こいつ……!」
 盗賊たちの声を聴いている余裕は、ライラックにはなかった。それきりライラックは視線を外し、横たわる友の元へと駆け寄る。
「マーティン……マーティン!!」
 血に染まった友を揺さぶり、名を呼ぶ。
「あ……ごめ、失敗した。ライラック、逃げ……」
「できるわけないよ!!」
 その言葉を聞いて。……そうしてそう叫んで。友が死んでいくのを、目の前で見ながら、
 それで……ライラックは不意に、想い出した。
「……え?」
 マーティンは友の名だ。
 そして、僕の知る“彼”は想像の友で……、
 今喚んだ影の少年こそ、彼だ。
「え……。え……?」
 それなら、この彼は?
「――これは、夢?」
 ライラックがそう、呟いた時。

 かたん……ごとん。かたん……と。
 どこからともなく、音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『人喰い鳥の魔女』

POW   :    食事の時間
【攻撃】が命中した箇所を破壊する。敵が体勢を崩していれば、より致命的な箇所に命中する。
SPD   :    脳のない体
【人体の頭部以外を瞬間再生し】【新たに己の喰らった死体を喚び】【その人間の特性に沿った強化方法】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    死者の紬
自身が戦闘で瀕死になると【己の喰らった人間の死体】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠リュカ・エンキアンサスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●数か月前……
「なぜだ……なぜ、こんなことに!! 誰かいないのですか。誰か……!!」
 血で染まった孤児院に、先生が帰ってきたのは、惨劇から数日たってからのこと。
 山賊たちが荒らしまわり、子供たちを皆殺しにした挙句、隠し財産などどこにもないと知り孤児院に火を放って逃走した。
 いや……皆殺しではなかった。
「誰も……いないのですか……」
 唯一生き残った「彼女」の命は待ち続けた先生の声を聴き、今まさに、尽きようとしていたのであった。幸運にも、深手を負って生き残っていた少女だが、それが彼女の限界だったのだろう。
「どうか、神がいるならば元に戻して欲しい。……返して欲しいっ。私ができることなら、何だって……」
 なんだってする。なんて、軽率に口に出すものじゃない。
「……」
 どこで何の化け物が聞いているか、わからないものだから。

 私は、人喰い鳥。
 人を喰い、その人が生きているように振舞い、人を集め、さらに人を喰うもの。
 私が食べることができるのは、生きた人間だけ。
 孤児院の先生なら、私の餌を集めるのにちょうどいいだろう……。

「……待って」
 飛び立とうとした私を、かろうじて聞こえる声が引き止めた。
「私の命を、代わりにあげるわ」
 消えようとしている声に、何故応えたのか。それは自分でもわからない。
「私の願いは先生を幸せにすること。拾ってくれた恩を返すため、先生のために生きること。……命が必要なら、私の命をあげる。もっと必要なら、私の姿を使ってたくさんの人を集めればいいわ。誰が、どれだけ、死のうと。私は構わない。だから……!」
「わかりました」
 私は少女の前に降り立つ。死にかけた彼女は、嬉しそうに笑っていた。
「けれども一つ教えておきます。私は人を喰って力を蓄えるもの。人を喰うことでしか、何かを生み出せないもの。そして、私が殺した人間を生きた死体として蘇らせることはできますが、山賊に殺された人をよみがえらせることはできません」
「それでも、もう、構わない……!!」



 かたん……ごとん。かたん……と。
 音がして、目を開けた時。
 猟兵たちがいたのは、孤児院ではなかった。
 真っ暗な闇の中、少女がピアノを弾いている。ピアノの上には、一羽の鳥がとまっていた。


 かたん……ごとん。かたん……。


 ピアノは、壊れている。いくら鍵盤をたたいても、音が鳴らない。鍵盤が落ちる、奇妙な音が響くだけであった。
「結論から、申し上げます」
 ピアノを弾きながら、ぽつん、と少女が口にした。まるで少女から声が発せられているようであった。少女は、本当に生きているかのようであった。
「私を殺したければ、あなたたちがこの孤児院で得た友を殺してください。それが……この夢から醒める唯一の条件です。
 彼らを殺さず、山賊を倒せば、あなたたちはまた日常の最初に戻ります。孤児院の仲間を殺さない限り、何度も。何度も……」
 それが、この世界を回している絡繰りだと、彼女は告げた。
「私は、それでもかまわないのです。数千回、数万回でも繰り返しましょう。この、幸せな日々を」
 あなたは誰だと、誰かが問うた。
 この骸の名をアナスタシア。少女はそう、答えた。

「……私は彼女を殺して彼女になりました。私は、「生きていれば彼女がするであろうこと」を考えて、その通りに生きてきました。私は、そういうものです」
 そして、彼女の願いは、ただひとりの人に幸福な夢を見せることだといった。
「彼女は、先生より幻覚の魔法を教わっていました。決して、人を不幸にするために使ってはいけないという約束の元で……。けれども死した彼女に成り代わった私は、この力を、人を集めて人を食らう力に使いました」
 鳥は、人喰いであった。人を喰わねば、力を得ることはできない。
 孤児院が壊滅したうわさを聞きつけやってきたもの。逆に、壊滅したと知らずに救いを求めてやってきたもの。ただ冒険者や通りすがり。たくさん、沢山捕まえ、殺した。そして、
「この力を使い、先生に幻覚を見せました。「先生に幸せに生きてほしい。それができないなら、幸せな夢を見せて、夢の中だけでも幸せに生き続けてほしい」……それが、彼女の生きる意味でしたから」
 続けるためには、命が必要だ。鳥は人を喰い続ける。ただ一つの願いをかなえるために。
「食べものを殺す方法はいろいろありましたが……同じような夢を見てもらうことにしました。夢の中で山賊に殺されれば、あなた方は死にます。「彼女」にとって、人を殺す方法はそれしかなかったのです。山賊に殺されること。それが、彼女にとって一番明確な死の形でした……。そして」
 ふと。
 少女は鍵盤から指を上げた。
「私が喰らった人は、すべて孤児院の子供としてこの夢の中に組み込みました。私が人を喰らうたび、孤児院の子供たちは増えました」
 なぜ、と誰かが聞いた。それは明らかに余分なことだったからだ。
「……楽しそうだったからです」
 そう、少女は言った。
「私の見せた偽りの夢の中、生きるあなたたちは楽しそうだった。私は人喰いです。人を喰わねばなりません。けれども同時に、あなたたちを見守っているのは……」
 幸せな時間だったと、少女は振り返り。そして生きているかのように、微笑んだ。
「殺した子供たちがいたという事を、私には消すことができませんでした……。あなたたちも」
 ふと、彼女は言葉を切る。

「もう一度、会いたいと思うひとくらいいるでしょう……?」

 少女の笑顔は、優しかった。
「私も、楽しかった。あなたたちの生活を見ることが。……そして、悲しかった。あなたたちの悲しみが……。
 生きるために人を喰うのは嫌でした。けれども……私が生きるのをやめることも、できませんでした。私は、この夢をずっと見ていたかったから。
 ……だから終わりにしましょう。あなたたちか……もしくは、私の死を以って」
 少女がそう口にした瞬間、足元が崩れる。……いや、それは比喩であろう。戻るのだ……夢の中へ。
「私の力は、すべて、孤児院の子供たちを維持するために使われています。……ここにいる私は、もはや見守るだけの影法師。だから、彼らを殺してください」
 最後に、誰かが口にした。これは本当に、先生の望む幸せだったのかと。
「……私には、わかりません。アナスタシアは、それできっと構わないといったでしょう。先生は、1482日の夢の日々を繰り返した末に既に精神が寿命を迎え死にました。もう、尋ねることもできません」
 闇の中に声だけがする。
「私は、人喰い鳥。人喰い鳥と人喰い鳥の魔女。……この骸の名は、アナスタシア」

「あなた方の日常は、私にとっても幸せでした。例え、見ていることしかできなくても……」






 ――――。
 ――――――。
 ――――――――。
 永い、夢を見ていた気がする。
 ――――――。
 ――――。
 ――。

 まばゆい光がして、目を覚ます。どうやら本を読みながら寝てしまったようだ。
「シャト」
 窓際には、見知った姿がいて……、

 教室ではいつも通り、彼が勉強をしていた。けれどもいつもと感じが違って、
「あ、梟示さん……。これ」
 見つけたという、その手には、美味しいパンの焼き方、なんて本が握られていた。

「キディ、イディ! ああ。エストも。どうしたんだい、変な顔をして。何か悪い夢でも見たのかな? 気分悪いの? そうじゃない? ああ……ならよかった」

「章!! おりてきなさーい! 樹も。そんなところで笑ってないで!! 今日という今日は、許さないんだからね!!」

「ベイメリア。今日もまた歌の練習ですか? せいが出ますね。私、ベイメリアの歌がとても好きなのです。だから、姉さまもここで聞いていていいですか?」

「類、シキ兄―。今日はどこに冒険行く? また木登りの練習する? それとも、海ってとこまで走ってみるのもいいかなあ」

「ほーら、小蝶お嬢様。今日も新しい花で飾りましょうか。あなたは本当に可愛いから、あなたを飾るのは実は結構、楽しいです」

「ドロシー。まーたこんなところにいたの? いいわよ。じゃあ今日は私もここで過ごすわ。いいでしょう?」

「りんたろー。今日はかけっこしよ。たまにはりんたろーの言うこと、聞いたげる」
「ふふ。じゃあ、私たちはあちらで。また本を読んで欲しいの、夜彦さん」

「あっ、ネリー。ごめんね、ちょっと手伝ってくれる? いや……それが。あはは。ここ、破いちゃって……。その、お願いできる?」

「なあ、レザリア。お前さ、暇を見て荷造りしとけよ。……何って、家出だよ家出。ここのやつらはうるさいから、逃げるんだよ」

「コペちゃん。おーい。なんか、旅の人ってのが来てるんだって。一緒に話聞きに行かね? ほら、あれだ。将来のためにってやつ」

「ノヴァ。ほら、今日も草まみれだ。先生に怒られる前に、洗ってこよう。今日の夕飯はカレーライスだって。楽しみだ」

「アラシ。おーいアラシ。明日の朝食、デザートが出んだって。そりゃ勿論……わかってるよな? 今夜のうちに忍び込んで、全部俺たちで貰おうぜ!!」

「おい、ニノ! なんか悪い奴らが来たみたいだ。お前は気に入らないけど喧嘩は強いだろ、ついて来い!」

「ライラック。猫の塒まで、いこう。……大丈夫、心配するなって。きっと……二人なら、何とかなるさ!」



 ――――。
 ――――――。
 ――――――――。
 夢から醒める方法は、ただ、一つだけ……。
 ――――――。
 ――――。
 ――。



●マスターより
結論:自分が夢の中で出会った孤児院での大事な人を殺しましょう
以上です。

彼らは、死んだ後も、何事もない日常を繰り返しています。
あるいは、運命の日、もう一度殺された時、それが死体として起き上がってきます。
もしかしたら、反撃に遭うこともあるでしょう(その場合はそのキャラクターにあった攻撃方法で攻撃します)。
でももしかしたら、無抵抗に殺されてくれるかもしれません。
どちらでも、どのタイミングでも、大丈夫です(指定されなければこちらが好きに書きます)。

山賊を殺し、子供たちを殺さなかった場合、暫くすると世界が暗転してもう一度最初からやり直せます。これは夢なので、現実の時間は殆ど経っていない、という事でひとつ。
彼らをあなたたちの手で殺せば、オブビリオンの本体にダメージが行きます。それを重ねることによって、オブビリオンは倒れます。
最初からやり直すとき、強く念じれば夢と現実の間にいるオブビリオンにあうことはできますが、私が書きたいものとちょっと離れちゃうのでお勧めはしません。できるかできないかと言われれば、できます(ただ、倒せません)。

孤児院の人たちは、普通に生活してますが、あなたたちと同じように別の場所で生きていて、そして人喰い鳥に同じ様に夢を見せられて、最後に殺された人です。
何もわからないまま山賊に殺された人もいれば、どうしても夢の中の友人を殺せず殺された人もいるでしょう。もしかしたら、ほかの出口を探してこの世界を何千回と繰り返した末に力尽きた人もいるかもしれません。
が、皆、すでに現実では死んだ人です。あなたたちが殺せば、彼らは消滅します。
けれども、いつかはそこで、生きていた人です。

兎に角方法は、大事だと思った人を殺すことだけ。
それだけ守ってくだされば、後はだいたい好きなように書いてくださってオッケーです。

●おまけ
「彼ら」の名前はだいたいが本名です。
ただ、一部そうでない人もいるようです(どっちでもOK)(恋人と同じ名前、とかだで違和感が出る場合は、そちらで)。

プレイング募集期間は、
5月28日(金)8:30~31日(月)20:00まで。
また、無理ない範囲で書かせていただきますので、再送になる可能性があります。
その際は、プレイングが返ってきたその日の23時までにプレイングを再送いただければ幸いです。
(それ以降でも、あいていたら投げてくださってかまいませんが、すべてを書き終わっている場合は、その時間をめどに返却を始めますので間に合わない可能性があります。ご了承ください)
2回の再送はせずに済むよう、頑張りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
エスパルダ・メア
【亡失】

慣れてねえんだ
殆ど忘れちまったから、大事なものなんてろくに残っちゃいねえ
二人に泣くなとも泣けとも言えずに、ただ青い顔のままヒューの傍に行く

…平気だよ
やな夢見たんだ、けど寝たらどうせ忘れる
イディ姉もああ言ってるし、昼寝しようぜ
俺も眠い
目を擦るのは、眠くもねえくせに

昼寝日和だな
ただ並んで横になって、キディとは反対の手を握る
イディの指先で動きが止まるのを見たなら
その心臓の動きが凍えて止まるまで
痛みがないよう、眠るように
繋いだ手から凍りつかせる

兄ちゃん
呼んで返事と温度がないのを確かめて
…そういや俺、本当の兄貴の事
兄ちゃんって呼んだことなかったんだ
今更気づくのも、バカな話だろ

…良い夢の続きを


キディ・ナシュ
【亡失】

…何度も?
何度もこんな事を繰り返していると言うのですか
怒っているのに悲しくて
ぱたぱた目から雫が溢れます

幸せであったとしても
偽りであったとしても
彼が何度も死にゆく様をわたしは望みません
だからきちんとお別れ致しましょう

はい、とても嫌な夢でした
みんなで寝直しましょう!
きっと次はいい夢を見れるはずです
涙拭ったなら完璧なぴかぴか笑顔で手を引いて

ヒューさんが眠るまで、手を繋いで離さないように
わたしの腕がもう一つあれば
三人の手をぎゅっと出来るのに

だからその代わりに
おねえちゃんがすることも
エスパルダさんがすることも
目を逸らさず見届けます

一人じゃないですからね
みんないます
おやすみなさい、ヒューお兄ちゃん


イディ・ナシュ
【亡失】

…慣れているんです
大切をこの手で壊すことなんて
泣いているキディの横で
私は夢のように頬を濡らすこともできず
せめてと下手な微笑みを作って
ヒュー様の元へと歩み寄ります

お兄さん、今日も良い御天気ですね
ゆっくり休むならこんな日がきっと丁度良いのでしょう
キディとエスパ…エストが眠いとぐずっているので
添い寝を手伝って下さいませんか?
少し白々しいおねだりは
彼の目にどう映ったでしょうか

選ぶ寝床は暖かな草の上
ヒュー様へと伸ばす黒い指先は、死への足音を隠す為
幸せで穏やかな夢のまま終わりにしましょう
お兄さんも、そしてアナスタシア様も

肩代わりした冷たさは
まるで声無き慟哭のようで
何の言葉も選べずに、ただ目を伏せて



 慣れてねえんだ。と彼は言って、
 ……慣れているんです、と彼女は言った。
 二人の言葉を聞きながら、キディはぎゅっと目を見開いた。
「……何度も? 何度も、こんな事を、繰り返していると言うのですか」
 なんだかよくわからない、叫びたくなるような気持。
 目からぱたぱたと落ちるのは涙だ。
 叫んではいけない。そんなことをしたら不審がられてしまう。わかってて。……わかっていてもこみあげてくる思いが苦しくて。キディはギュッと、スカートの裾を握りしめた。もうわからない。自分が怒っているのか、悲しいのか。もしくは、その両方かもしれなかった。
「……」
 その傍らで、イディは痛みを堪えるように、俯く。夢の中のように泣けたら、イディもどんなにかよかっただろう。
「…………」
 けれども、泣くこともできなかった。
 慣れているのだ。大切をこの手で壊すことなんて。
 そんな二人を見て、エスパルダも何も言えなかった。……泣いていいとも、泣いてはいけないとも、エスパルダには言えなかった。
(覚えてねえ……からかな)
 大切なモノなんて、もうほとんど思い出せない。残ってない。
 だからエスパルダ自身、なくす苦しみに慣れていないのだ。
 だから、どうしてあげることもできない。……二人に、どう声をかけていいのかわからない。
(ああ……そうか)
 こんな時に、言葉には何の力もないことを、思い知りたくなんてなかった。
「……どうしたんだい、三人とも、本当に」
 そんな彼らの様子を遠目で見て、本当に心配そうに彼らの方へと足早にやってきて、ヒューは尋ねた。
「喧嘩をした……ようには見えないけれども、どこか具合が悪いとか? 今日は日差しが強いから、少し休んだほうがいいかもしれない」
「いや……」
 真面目な声に、エスパルダは口ごもる。……そうしてぐっと言葉を飲み込むと、小さく頷いた。
「……平気だよ。やな夢見たんだ、けど寝たらどうせ忘れる」
 声は、震えていなかっただろうか。
 顔は、今までのエスタを演じられていただろうか。
 息を詰めて、何でもないような顔で歩み寄る。イディはせめてと笑みを浮かべて。その笑みが引き攣っているのを感じながらも、小さく頷いた。
「昨日……寝苦しかったかもしれません。今日も良い御天気ですからね」
 何とも白々しい言葉だと、言いながらイディだって思っていた。堪えきれず泣いているキディに、
「本当に?」
 軽くかがんで視線を合わせ、キディの髪を撫でる。その優しいお兄さんに、キディはこくりと、頷いた。
「……本当。です」
「そう……」
 うーん。とヒューは少し考えこんでいる。もしかしたら、三人の様子がいつもと違うことに気付いているのかもしれない。……気付いてほしくない気持ちと、気づいてほしい気持ちがある。
「……お兄さん。キディとエスパ……エストも眠いとぐずっていますし、添い寝を手伝って下さいませんか?」
 ゆっくり休むならこんな日がきっと丁度良いのでしょう。なんて、ヒューが何かを言う前にイディが声をかけて微笑む。……先ほどから、全く持って白々しいぐらい優しい笑顔だと、イディは自分で思う。エスパルダもまたヒューの服の裾を引いた。
「イディ姉もああ言ってるし、昼寝しようぜ。俺も眠い」
 目元をこする仕草をするエスパルダ。本当は眠くもないのに、眠い振り。そうです。と、小さくキディも頷いて、
「はい、とても嫌な夢でした。みんなで寝直しましょう! ……きっと次はいい夢を見れるはずです」
 ぱっ。と顔をあげたら、いつもの完璧な笑顔を浮かべていた。可愛い、ピカピカの笑顔で、さあさあ、とヒューの手を引く。
「お昼寝はどこにしましょうか。花畑です?」
「いや、木陰にしようぜ。今日は日差しが強いから」
「わかった。わかった。二人ともそんなに引っ張らないで」
「あら。二人とも、お兄さんも、待ってください」
 手を引くイディとキディ。二人に手を引かれるヒューに、それを少し後から追いかけるイディ。
 ……当たり前の、いつもと同じ、そんな日常。
「昼寝日和だなぁ」
 木陰で横並びに座る。キディの隣にヒューが座って、その隣にエスパルダが座った。その隣はイディ。しっかり、手を繋いだ。
 三人の様子に、ヒューはなんだか面白そうに笑った。
「今日は、いい日だね。……ああごめんね、エスタもキディも、悪い夢を見たのに」
「……、いい日ですか」
「いい日だよ。天気もいいし、こうして……明るい陽の元で、みんなと一緒にいるだけで、最高に幸せだ」
「……わたしも! そう思います! ……ねえ」
 そうだと、言って欲しい。そんな目を、キディはしていた。思わずエスパルダの方を見たキディに、エスパルダも頷いた。
「……ああ」
 それに、何と答えればよかったのか。
「……楽し……かったよ」
「さあ、もう、お昼寝の時間ですよ」
 イディがそういうのも、まるでいつもの延長みたいで。
 けれどもその声がほんの少し、震えていることを。エスパルダもキディも気づいていただろう。
 それ以上は何も言わずに、四人はころんと横になった。
「兄ちゃん、おやすみ」
「おやすみなさい! ヒューお兄ちゃん」
「おやすみなさいませ、お兄さん」
「はい、おやすみ。エスタ、キディ、イディ」
 四人で、目を閉じる。柔らかな草の感触を背中に感じ、さわさわと風が頭上の木々を揺らす音がする。
「……」
 イディは、そっと草に触れ、その先から黒い指先を伸ばす。
 それは術者が対象の痛みを肩代わりする呪詛であり、全ての感覚を鈍麻させるものであった。
 ……イディは、それを呪詛だとこの作戦を行う前に、言った。
 キディは、それは呪詛なんだろうかと。ぎゅっと手を握りしめながら、そんなことを考えた。
「……」
 エスパルダは、きつく目を閉じる。
 イディの指先で、ヒューの動きが止まるのを知ったのだ。
 吹雪を、放つ。氷を。氷を氷を。その心臓の動きが凍えて止まるまで、繋いだ手をぎゅっと握りしめて。握りしめたその手から体温を奪う。凍り付かせる。ヒューに痛みがないよう、眠るように。……終わらせるために。
 キディもまた、繋いだ手に力を込める。
(わたしの腕がもう一つあれば、三人の手をぎゅっと出来るのに……)
 蹴れどもキディの手は二つしかないから、見届ける。目を開けて。イディのすることも、エスパルダのことも、ヒューのことも。
「幸せであったとしても、偽りであったとしても……。ヒューお兄ちゃんがが何度も死にゆく様をわたしは望みません。……だからきちんとお別れ致しましょう」
 ね、という声は、もう聞こえていないだろう。けれどもキディは見届けた。……ずっと、決して目をそらさないように見続けた。
 きっと眠るように死んでいっただろう。痛みも寒さも、全部イディが肩代わりしたから。
「……幸せで穏やかな夢のまま終わりにしましょう」
 肩代わりした冷たさは、まるで声無き慟哭のようで。ただ目を伏せて、イディはその苦しみに堪える。
「……兄ちゃん」
 そんな、永遠とも思える時間が過ぎ去った時。ぽつんと、エスパルダが声をかけた。
「兄ちゃん……」
 返事は、なかった。繋いだ手に、温度もなかった。凍らせた。……何もかも。
 目を閉じて、眠るように死んでいるヒューに、エスパルダはそっと、息を詰めて。
「……そういや俺」
 いつものように、まるでいつものように彼は何かを言おうとして。
「……」
 そうして、何か言葉を詰まらせて、
「本当の兄貴の事、兄ちゃんって呼んだことなかったんだ……」
 今更気づくのも、バカな話だろ。なんて、絞り出すように言って俯いた。
「……良い夢の、続きを」
「一人じゃないですからね。みんないます。……おやすみなさい、ヒューお兄ちゃん」
 それ以上言葉がないエスパルダに代わって、そっとキディが声をかける。
 光満ちた世界が、徐々にぼやけていく。明るく、明るく明るく明るく……三人の視界を塗りつぶす。
 目を開けたなら、そこにあるのは廃墟。無数の骨と、ピアノの前で死んでいるまだ新しい少女の死体が、一つ。
「……お兄さんも、そしてアナスタシア様も……お疲れさまでした」
 イディが、ぽつんとつぶやく。
 少女の死体は、もう動かなかった。
 それ以外の死体は、誰のものかもうわからなくなっているものばかりだった。
 そんな廃墟を、優しい光が照らし出している。

 戻ってきた彼らの世界はあたたかかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

篝・倫太郎
【華禱】
悪夢を何度も繰り返す
そうして、少しずつ
二人が山賊に殺される直前へと近づく

夜彦……
多分、次は二人が殺される前に介入出来る

何処か疲れた様子の夜彦にそう声を掛けて

俺は……恨まれても憎まれても
その前に、殺せる

それだけを告げて、悪夢をもう一度

あんたはどうだろう

そう問えなかったけど、信じる
帰る場所があると、帰らなくてはいけないと
夜彦『も』そう思ってると

山賊と遭遇した二人
驚愕し、死の恐怖に怯えるぬいを
護るように山賊との間に割って入る
けれど、俺が貫くのはぬい
獲物は華焔刀

信じられないと見開かれた瞳に映る自分
自嘲しているのを冷静に見つめながら終わらせる

隣に立つ夜彦の悲痛な気配に
掛ける言葉を思いつかないまま


月舘・夜彦
【華禱】
運命を変えられるのかもと、繰り返して辿り着くのは同じ結末
……また、あの時がやってくる
今度こそ、今度こそ

そう願いながら倫太郎が投げ掛けた言葉に顔を上げる
……それは――
聞き返す前に世界が暗転する

分かっておりますとも
私の帰るべき所は此処では無いことも
終わらせなければならないことも
それでも如何にかしてやれないかと思わずにはいられなくて

山賊と遭遇した二人の所へ着く
私に気付いたさよは、怯えながらも少し安堵していて
……そんな顔をしないでほしい
今から、貴女を殺してしまうのに

正面に立ち、振り下ろす刃は彼女の目の前で
驚いて目を見張り、悲しげに涙を滲ませ崩れ落ちる

倒れた彼女の頬が濡れているのは
私の、涙の所為



 これは何度目の「繰り返し」だろう。
 少なくとも、数えられる回数ではなかったはずだ。
「……」
 目の前には「ぬい」と「さよ」の死体がある。
 今回もまた……間に合わなかった。
 間に合わなかった……けど。
「夜彦……」
 静かに、倫太郎は言った。今回「間に合わなかった」のは僅差でのことだった。
「多分、次は二人が殺される前に介入出来る」
 行動パターンは把握した。予想外のことが起こってずれても今度なら修正がきくだろう。だから、次こそは……、
「俺は……恨まれても憎まれても……、その前に、殺せる」
 しっかりとした声音に、夜彦は顔を上げる。
「え……?」
 それは、今まで夜彦が聞いたことのない類の音をしていて、
 夜彦は、今まで見たこともないものを見るような顔を、していた。

 ……繰り返した。何度も、何度も。
 間に合わないかと走り、先に山賊を殲滅できないかと刀を取った。
 行きつく結果は、いつも同じであった。彼女の命は夜彦の指先をすり抜けていく。
 そうして夜が明ける。夜が明けると死んだはずの二人は笑っている。……それだけなら、良かったのに……また、あの時がやってくる。
 今度こそ、今度こそ。そう思いながら何度も夜彦があの夜を繰り返した時、
「……え……?」
 殺せる、と倫太郎が言った時。
 夜彦は初めて、何か、信じられないものを見た気がした。
「……それは――」
 それで、夜彦は思い出した。
 これが、助けるための戦いでなく。
 殺すための、戦いであったという事を。
 何か言おうと……とにかく何か言おうと、夜彦が口を開けた瞬間、視界が暗転する。
 遠くで、音の鳴らない鍵盤をたたく音がして。
 また、一日が始まるのだ。

 夜が来る。孤児院が襲撃される。倫太郎も夜彦も走る。
「……」
 あんたはどうだろう、と。倫太郎は問えなかった。
 けれども、信じていた。
 帰る場所があると、帰らなくてはいけないと。
 夜彦『も』そう思ってると。
「……」
 分かっておりますとも、と。夜彦は問われたらきっとそう返したであろう。
(私の帰るべき所は此処では無いことも……。終わらせなければならないことも。けれども……)
 けれども、どうにかしてあげたかったのだ。
 だって夢の中の彼女は本当に楽しそうで……幸せそうだったから。
 食堂の扉を蹴破る。身を竦めるような一瞬の後、物陰に隠れていた二人が立ち上がる。
「夜彦さん……!」
 さよの、ほっとしたような顔。恐怖に怯えながらも、夜彦がいるならもうこれで、何も怖くないと言いたげなその微笑み。
 足音が聞こえる。何度聞いたかわからない、乱暴な山賊のもの。
 動いたのは、倫太郎が先だった。守るように山賊とぬいの間に立ち塞がり……、
「りんたろ……」
 ぬいが、名前を呼ぶより早く、
 華焔刀は、ぬいの胸を貫いていた。
「あ……」
 起こっていることが信じられなくて、ぬいは目を見開き倫太郎を見つめる。
 それを、ただただ冷静な目で、倫太郎は見つめていた。
「え……」
 さよが、思わず声を上げる。とびちる血に悲鳴を上げるその一瞬前に、
「……さよ」
 夜彦が、彼女の前に立ち。一刀のもと、その体を切り裂いた。
「……そんな顔をしないでほしい。私は、貴女を殺してしまうのに……」
 その声が届いていたのかはわからない。
 倒れる彼女の前に夜彦は立ち尽くす。彼女の顔は、ただただ驚いたような顔を、していた。
 まるで、その死の瞬間まで、彼らを信じていたとでもいうように……。
「……」
 倒れたさよの頬が濡れているのは、
 きっと誰かの、涙の所為だろう。
 小夜の前に立ったまま、夜彦は動かない。聞こえていたはずの山賊の足音が聞こえなくなっていた。
 いつの間にか、徐々に孤児院の姿は薄れていく。
 夢から、醒めるのだ。
 崩れかけた廃墟に、足元に散らばる骨。
 けれども夜彦はいつまでも……さよが倒れた場所から、動くことができなかった。
 そこにも、骨があった。……けれどもそれが、「さよ」のものであったかはわからない。
 生きているものの姿は、もうどこにもない。顔を上げて見まわす前に、夜彦にはそれがもうわかってしまっていた。
「……」
 言葉もなく、夜彦は立ち尽くす。
 掛ける言葉を思いつかないまま、倫太郎はそれをただ見つめ続ける。
 廃墟の外で、青い花が風に吹かれて揺れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
終わる事のない夢
目を醒まさなければな

彼女と、名を知らない君にも
本当の安らかな眠りを

始めと違ったのは
やり直しを覚えている事
腕にこの竪琴が抱えられている事

二人で楽しく過ごす日々の中
俺は君を殺す方法を思い付けなかった
だからまたこの夜まで来てしまった
何度も怖い想いをさせてごめんな

あの魔法は君には使えない
…使いたくない
だから子供の体には少し大きい竪琴を抱え弦を弾く
歌声は子供の姿でも変わらず響かせられる

君は黙って俺の歌を聴いてくれるだろうか
抵抗してくれても構わないんだ
君を眠らせる理由が出来るから

…君の、
貴方の本当の名前を聞いていなかったね

夢から醒めても
もう会える事は無い
それでも俺の記憶に刻ませてくれないか



 ゆっくりと意識が浮上する。
 それはいつもの、明るい世界。日差しに包まれた、終わる事のない幸せな夢。
「……目を醒まさなければな」
 そう、ノヴァは確かに呟いた。……そのつもりであった。
「彼女と、名を知らない君にも……本当の安らかな眠りを、与えられたら良いのだけれど」
 先ほどあったことを思い出して、ノヴァは小さく呟く。
 あのやり直しの会話を覚えている。  が死んだことも覚えている。  の名前が、聞こえないのではなくて知らないという事も理解している。
 そして、この腕には竪琴がある。
 終わらせるなら、あっという間だろう。ノヴァがその気になれば、すぐにでも……、
「ノヴァ―!」
 どこからか聞こえてきた声が、ノヴァの思考を遮る。
 顔を上げると、いつも通り。  が手を振っていた。
「ほら、今日はどこ行く?」
「ああ……ええと、そうだね」
 ノヴァは即座に、答えることができない。思わず口ごもるノヴァに、ふーん? と  は口元に手を当てて考えこむ。
「じゃあー。……そうだね。折角だからこの辺で一番高い木に登って……」
 ノヴァの表情に、気づいているのかいないのか。即座にプランを立てあげる  。そして、
「ほら、ノヴァ、行こうよ」
 躊躇いなくその手を引くので。
「……ああ」
 ああ。と。
 ノヴァも、その後に続いた。

 楽しかった。
「木の上って、涼しいね」
「……そうだね」
 楽しかった。
「お昼ごはん、今日はサンドイッチだから、こっそり持ってきたんだ、ここで食べて行こうよ」
「…………そうだね」
 楽しかった。
「……、ノヴァ? どうしたの、ぼーっとして」
「……ごめん」
 ……本当に、楽しかった。
「え。……もしかして、お腹痛い?」
「いや……」
 どこかで聞いたような会話。でも昨日とはほんの少し違う今日。
 心配そうな顔をする  に、ノヴァは首を横に振った。
「なんでもないよ……いこう」
「? へんなの」
 うん? と首を傾げる  。そしてふと、
「そういえばノヴァ、そんな竪琴持ってたっけ」
「いや……」
 三日月を模した金色の小さな竪琴は、彼を殺すためのもの。
「ねえ、少し、聞かせてもらっても、いいかな」
 なのにそんなことを言う  に、ノヴァも頷いて竪琴に手をかける。
「うん……綺麗な音色だね」

 ……楽しかった。

 忘れているわけでは、決して、なかったけれども。
 そうしてノヴァは、その夜を迎えた。
 ノヴァの足元には、血まみれで倒れる  の姿がある。
「……俺は、君を殺す方法を思い付けなかった」
 その死体を前に、ノヴァは静かに呟いた。
「だからまたこの夜まで来てしまった……。何度も怖い想いをさせてごめんな」
 すでに山賊は排除した。このまま待てば、朝を迎えてまた一日が始まるだろう。
 あの、輝かしい日常が。
 ……それではいけないとわかっている。
 わかっているから……、
「……」
 死体が蠢く。血まみれの顔が上がる。  はぼんやりとした死人の目でノヴァを見つめる。
「あの魔法は君には使えない。……使いたくない」
 それでも、ノヴァは動けなかった。山賊たちをただひたすら切り刻んだように、彼を刻むことなんてできやしないのだ。
   はノヴァに向かって手を伸ばす。緩慢な仕草で。いっそこのまま殺しに来てくれないかともノヴァは思う。そうすれば何のためらいもなく、攻撃することができるのに。
「いま一時は、静かに眠ってくれ」
 ノヴァは子供の体には少し大きい竪琴を抱え弦を弾く。子供の姿でも変わらぬ歌声が血まみれの孤児院に満ちていく。
   はノヴァに向かって手を伸ばす。立てごとを止めようとしているのではなかった。……手を、繋ごうとしているのに気づいたとき、  の手が先に滑り落ちて地面に落ちた。
「……君の、貴方の本当の名前を聞いていなかったね……」
 地に伏せて眠りにつく  に、ノヴァがささやくように語り掛ける。
「ニア」
 どこからともなく、声が聞こえた気がしてノヴァは顔を上げた。
「ニア……?」
 near……近くにいるという意味。それが、彼の名前であった。
 視界が薄れ、世界が光に包まれ消えていく……。目覚めが、近いのだ。
「……夢から醒めても、もう会える事は無い。……それでも俺の記憶に刻ませてくれないか」
 天に向かって、ノヴァは問いかける。
 答えはもう、帰ってこなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コルネリア・ツィヌア
私を取り戻して
生まれの違う夢でも、私は私だったと
苦笑い出来る位に、遠のいてしまったけれど
演じなくてもネリーであれる

……ふふ。ええ、勿論
むしろ一人でやろうとしなくて良かったわ
すぐに繕いましょ。裁縫箱、持って来るわね

穏やかな仕事を終えたら、手作りの髪飾りを隠し持って
内緒話があると外へ誘う

はい、これ
あなた、いつも髪を鬱陶しそうにしていたでしょう?
だから用意していたのよ
友情の証

私がつけるわ、と後ろを向かせて
でも、正面から笑顔を見たくて、見せたくて、似合うと抱きついて――
UCを発動(詠唱略)
……名前、呼んでくれて、ありがとう
マーガレット

『ネリー』は貴女へ手向けてゆきたい
コルネリアは二人の名前を覚えたから



「ネリー、どしたの?」
 言われて、コルネリアは瞬きをした。
「いいえ……」
 なんだか世界が、一瞬で遠くなってしまった気がした。
「大丈夫? 夜更かしのしすぎじゃない?」
「大丈夫よ。もう。マーガレットは心配性ね」
 「ネリー」は、これであっていただろうか。不自然はないだろうか。そう振り返り、コルネリアは苦笑する。
 生まれの違う夢でも、私は私だったと。
 そう思う時点で、なんだか遠い世界にいるようで。
 苦笑い出来る位に、遠のいてしまったけれど……それでも、演じなくてもネリーであれる、なんて。
 そんなことを考えていると、目の前にマーガレットの顔が飛び込んできた。
「うん……熱はない、わね」
 おでことおでこを引っ付けて、まじめな顔をして言うマーガレットにコルネリアは微笑む。
「もう。だから大丈夫。……それで、どこを破いたの?」
「あ! そうだった! ここよここ」
「あら……派手にやったわね」
「直せるかしら。うちも貧乏だし、新しい服なんてとてもだから……」
 ほら、と示すひっかき傷は大きい。なんだか申し訳なさそうなマーガレットの言葉に、コルネリアは頷く。
「……ふふ。ええ、勿論。むしろ一人でやろうとしなくて良かったわ。……すぐに繕いましょ。裁縫箱、持って来るわね」
「やった! 持つべきものはやっぱり、友達よね!!」
 両手を組んで大げさに喜ぶマーガレットに、コルネリアははいはい、と話半分に聞きながら裁縫箱を取りに行く。派手に破いていたけれども、コルネリアにかかればあっという間だ。
「ちょ……すごいわ。まるで直した跡が見えない」
 そう感心してもらえれば、それが楽しくて。
「……ねえ、マーガレット」
「うん?」
 ……楽しくて。
「内緒のお話が……あるんだけど」
 ………………楽しくて。
「……」
 そう言ったコルネリアの顔を、まじまじとマーガレットは見る。
「ええと……もしかして、失恋したとか?」
「な……っ。違うわよ。例えそうでも、そういうの、デリカシーに欠けるわよ」
「ぐっ。仰る通りでございます。……オーケー。じゃ、外行こうか!」
 何か、いつもと違う気配を察したのだろうか。そういうマーガレットに、コルネリアはそっと己の頬に手を振れた。……自分では、上手く言えたと、思ったのだけれど。

「はい、これ」
 場所は悩んだけれども、日差しの柔らかな中庭にした。
「?」
「あなた、いつも髪を鬱陶しそうにしていたでしょう? だから用意していたのよ。……そう」
 友情の証。と。
 差し出された髪飾りに、友人は目を丸くしていた。そして、
「え……ちょ、ま、ちょっと待って、ちょっと待って……!」
「嫌……かしら?」
「ち、違うの。あたしまだ用意できてなくて……!」
「ああ……」
 顔を真っ赤にしてそっぽを向くマーガレットに、コルネリアは頷く。……最初の時より早くコルネリアが髪飾りを渡したものだから、マーガレットの方は髪飾りが間に合わなかったのだ。
 そのことに気付いて、コルネリアは気づかれないように、ほんの少し、息を詰めた。……繰り返して、いるのだ。それが、わかっていたのにたった今わかった気がした。
「ていうか、知ってたの!?」
「それは……。とにかく、……私がつけるわ。後ろを向いて」
「う、うん……」
 ほらほら、と促すコルネリアに、マーガレットは背を向ける。
「……」
「ネリー?」
「いえ……」
 その時、手を伸ばして。コルネリアはマーガレットの髪に触れて、
「……」
 今なら、殺せる。
 死に際の彼女の顔を、見ずに済む……。
「……できたわ、前を向いて」
 なのに。コルネリアはマーガレットの髪を髪飾りでポニーテールに結んで、そう声をかけた。
「……似合う?」
「ええ。もちろん」
「……!」
 ぱあっと、嬉しそうな顔。……コルネリアも、笑顔を浮かべる。笑顔を浮かべて、マーガレットに抱き着く。
「マーガレット、ありがとう」
「それは……こっちの台詞よ。ありがとう、ネリー!!」
 マーガレットがそう名前を呼んでコルネリアを抱きしめた瞬間、
 たくさんの浄化属性を帯びた魔法の槍が、マーガレットの背中を貫いた。
「……名前、呼んでくれて、ありがとう。マーガレット……」
 きっと最後の言葉は、聞こえなかっただろう。
 何が起こったかわからぬまま、彼女の体が崩れ落ちる。
「あなたとのお別れに、浄化の夢を天に描こう。この夢の終わりに、『ネリー』は貴女へ手向けてゆきたい」
 力を失ったマーガレットの体を抱きしめる。徐々に世界が薄れていく。……夢から、醒めるのだ。
「コルネリアは二人の名前を覚えたから……」
 ただ、最後の瞬間までコルネリアはマーガレットを抱きしめ続けた。二人を、忘れないように……。
「ネリーはマーガレットと一緒に行くわ。だって二人は……一蓮托生、らしいから……」
 世界が光に包まれて行く。まばゆい優しい光は目覚めの光だった。
 そして、コルネリアは目を開けた……。

 まばゆい光の、穏やかな廃墟。
 足元に散らばる、無数の骨。
 もう、誰のものかもわからないそれを、柔らかな日差しが包んでいた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニノマエ・アラタ
アドリブ捏造歓迎

山賊が孤児院を襲撃した夜まで巻き戻る。
今度は空のベッドを見るはめにはならず。
悪い奴らが来たと、あいつが俺に声をかけた。

アーサー。

賢い奴だ。
この夢を終わらせる方法を探してたな?
それでしつこく俺に声をかけたな?
夢を終わらせる力を持っている俺に。

全力で廊下を駆け往く。
俺は皆を守るアーサーを背に、山賊を全員倒す。

先生と子ども達を守れたなら、アーサーの物語は終わりだ。
皆を守って、めでたし、めでたし。
俺の剣も拒みはしないのだろう。
そう思うのは俺で、あいつが実際に何を考えているかはわからないけど。

ハッピーエンドのその先におまえはいない。
……悲しいなんて言うもんか。

いつかまた、……。
何処かで。



「おい、ニノ! なんか悪い奴らが来たみたいだ。お前は気に入らないけど喧嘩は強いだろ、ついて来い!」
 その言葉で、ニノマエは我に返った。
 あの時と同じようで、違う夜。空のベットだったはずの場所にはアーサーがいて、いつもの生意気そうな顔でニノマエを見ていた。
「何だよぼーっとして。いつものバカみたいなあれはどうした。あれ!」
 手が早い、と言いたいのだろう。そんなことを、ニノマエは冷静に考える。
「アーサー……」
 胸が、詰まる。何も言い返さず、手も出さないニノマエに、アーサーは不思議そうに首を傾げた。
「あ……ああ……」
「?? 気持ち悪い」
 いうに子と書いてそんなことを言うアーサーを、やっぱりぶん殴る気になれなくて。ニノマエは頷く。
「……それで、なんだっけ」
「あ、そう!! 悪い奴だよ! こっちだ、ついて来い!」
 ニノマエの言葉に我に返ったように走り出すアーサー。ニノマエはその背中を追いかける。
(賢い奴だ。この夢を終わらせる方法を探してたな? それでしつこく俺に声をかけたな?……夢を終わらせる力を持っている俺に)
 その背中を追いかけながら、ニノマエはうまく言葉にできずにそう心の中で問いかける。
「……アーサー」
「あん?」
「お前は、すごいな」
「だからやめろ、気持ち悪い!!」
「……ひとつ、教えて欲しいことがあるんだ」
 全力で廊下を駆け往く。山賊を見つけるのは簡単だった。
 丁度、子供たちの部屋に押し入ろうとしていた山賊たちにニノマエは飛び出す。子供たちを庇うように前に出るアーサーを背に、そのまま一刀で切り伏せる。
「……」
 子供たちから、歓声が上がる。けれどもニノマエは何処か……頭の隅の方で、気づいていた。
 山賊たちが、全滅したわけではない。
 あれは、何度でも現れる。子供たちとアーサーを皆殺しにするか、もしくはニノマエが死ぬまで。
 ニノマエが生き残れば、またニノマエは襲撃される前の朝まで時間をさかのぼり、
 ニノマエが死ねば、ニノマエという人間は死んで……この孤児院に、本当の意味で新たな仲間が増えるのだろう。
「……で? 聞きたいことって、何だよ」
 喜ぶ子供たちに応えながら、アーサーは尋ねる。ああ。とニノマエは頷いて、
「どうして、あの時俺に声をかけた」
 あの時、がどの時をさしていたのか。
 アーサーに正しく伝わったかどうかはわからない。ただ彼は何だ、そんなことか。と当たり前のような顔で、
「俺は正しいことをするんだ。弱いものを守って、悪い奴を倒す! 死んだ父も立派な騎士だったから、俺も立派な騎士になるんだ!」
「そう、か……」
 あるいはそれは、はたから見たら答えになってなかったのかもしれない。
 けれどもニノマエにとっては、充分な答えだった。……きっと彼は死んでからも、正しいことをしたかったのだろう。その力を持つニノマエに、何かを感じたに違いない。
「……本当に……正反対だな、なにも、かも」
「は……」
 アーサーが、何かを言う前に。
 全ての業を断ち彼岸へ導く力を籠めた妖刀、輪廻宿業が一閃された。
「……!」
 きっと、何が起こったのかもわからなかっただろう。
「アーサーの物語は……終わりだ。悪い奴を倒して、皆を守って、めでたし、めでたし」
 遠くで新たな山賊の足音を聞きながら、ニノマエはそうつぶやいた。
 ここで、この時で、物語を終わらせたかった。……彼がまた、殺されてしまう前に。
 反撃はなかった。……恨み言もなかった。
 これは、正しいことだ。だから、正しいことをする。その願いにかなうものだとニノマエは信じたい。
「……そう思うのは俺で、あいつが実際に何を考えているかはわからないけど……」
 ぽつんとニノマエが呟く。それと同時に、徐々に視界が光に包まれ始めた。
 聞こえていた山賊の足音が急に途絶える。まばゆい光に包まれて……そして、
 ニノマエは目を開けた。

 穏やかな日差しが降り注ぐ廃墟。
 かつては孤児院だった、その面影を残した建物は、
 あちらこちらに、真っ白いものが散らばっていた。
 ……それは、もう、誰が誰かもわからなくなってしまった、骨だった。
「ハッピーエンドのその先におまえはいない……」
 そうして、悪はついえた。とらわれていた死者の魂も、きっと解放されることだろう。
 彼もまた、正しいことをしたのだ。
「……悲しいなんて言うもんか……」
 ただ、ニノマエは天を仰いだ。
 これじゃあ、誰が誰の骨かなんて、わかりやしなかったけど。……きっと、アーサーもここにいて、そして今天へと昇って行ったのだろうと……思うことにした。
「いつかまた、……。何処かで」
 ニノマエに、死後のことなんてわからないから。
 だからただ。そうあればいいと。思わずにはいられなかった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コッペリウス・ソムヌス
いずれか醒めるのが夢であって
覚めない眠りを死と呼ぶらしいね
繰り返される砂時計の様
オレの観ているものはなんでしょう

コッペリウスは此の身体に
付けられてる名前で
実は信じている神が二柱いてね
何かが誰かに似ていたような気もした
まぁ何でもいいや

何度か繰り返す夢でも
どこかのタイミングかで
旅立てなかった青年に問おう
キミは広い世界を知っている?
自分の為には生きただろうか
どうやら此処が墓標らしくてね
終わり方くらいは選ばせてあげよう
ヒトらしく剣で刎ねるか
死者らしく晩鐘の音での葬送か

逃げてもいいよ
抵抗してもいい
まだ旅を続けたいというのなら
こんな終わりは残酷だと想っても

コッペリウス
ヒースクリフ
キミの夢を終わりにしよう



 世界は相変わらず明るかった。
 優しい日差しの昼。穏やかな陽が傾く夕べ。惨劇の夜。
 変わらない人々。殺されても翌日には元通りで、繰り返す楽しい日々。
「……いずれか醒めるのが夢であって、覚めない眠りを死と呼ぶらしいね……」
 明るい空を見て、コッペリウスは何となく呟いた。それはひっくり返す砂時計に似ている。下まで落ちたら、またやり直し。少し世界は変わっても、行きつくところは結局同じというその世界。
「だったら……オレの観ているものはなんでしょう」
 答えは、返ってこない。同じようで違う日常の羅列が、コッペリウスにとってどう映っていたのか……、
「……」
 コッペリウスは此の身体に付けられてる名前だ。そして、その中にいると信じている神が二柱いる。……それが、誰かに似ている気がして、
「……おっ」
 夕日の中、見つけた姿。片手を挙げる彼にコッペリウスは僅かに目を細めて、
「……まぁ何でもいいや」
 応えるように軽く手を振って、彼の元へと足を向けた。
「コペちゃん。おーい。なんか、旅の人ってのが来てるんだって。一緒に話聞きに行かね?」
 まれに、ここには行商人が生活に必要な品々を持って来る。……そういう、設定になっている。
「ほら、あれだ。将来のためにってやつ」
 屈託なく笑うヒースクリフに、うん。とコッペリウスは頷く。
「そういえば」
 そうして、このタイミングで。
 まるで今、思い至ったかのように。
「キミは広い世界を知っている?」
 まるで戯れのように、旅立てなかった彼に、そんなことを訪ねた。
「あん……? 広い世界……?」
「そう。キミは自分の為には生きただろうか」
「変なこと聞くなー」
 そういって、しばし彼は考え込む。
「まあ、ここに来る前は俺だって、キャラバンを組んで……荷物を運んで……、たまにここの孤児院にも、荷物を……あれ」
 なんで、自分はここにいるんだろうか。そんな顔を、彼はしていた。
「……」
 矛盾を反芻するような間がある。それで静かに、コッペリウスは口にする。
「どうやら此処が墓標らしくてね。終わり方くらいは選ばせてあげよう。……ヒトらしく剣で刎ねるか、死者らしく晩鐘の音での葬送か」
「なんかよくわかんないけど、難しいこと言うな? コペちゃん」
 どうしたの、なんか変なものでも食べた。
 そんな冗談めかして言うヒースクリフの言葉に、今度はコッペリウスが考えこむ。
「どっちにしろ、俺はまだ死にたくないなあ。ここ出たら、したいことがたくさんあるし」
 あくまで、夢の中のただの先輩として、コッペリウスの言葉を受け取って。
「それよりほら、行こうぜ。折角だから、珍しいもの買ってやるって」
 コッペリウスを促して歩きだすヒースクリフを、静かにコッペリウスは見つめた。
「……」
 逃げてもいいよ。
 ……抵抗してもいい。
 けれど彼は、どちらも選ばなかった。
 旅を続けたかったと、どこかで言っている気がして。
「……ああ」
 それは、一番残酷な話だね、と。
 コッペリウスは呟いて、いつの間にか手の中にある刻の剣を握りしめた。
(コッペリウス。……ヒースクリフ。キミの夢を、終わりにしよう)
 もはや、その夢はかなわない。
 だから、コッペリウスは躊躇いなく、その背中に剣を突き立てる。
 ふりかえる暇も与えず、とどめを刺した彼に、驚いたようにヒースクリフは振り返って……、

 まばゆい光がコッペリウスを包んで、そうしてそれが消えた時。
 ただ、光に覆われた廃墟の中で立ちすくんでいる自分にコッペリウスは気が付いた。
「ああ……」
 もう何の脅威も感じられない、ただの廃墟。足元にはたくさんの骨が散らばっていて、
「そう。眠りから醒めたんだね……」
 からりと、誰のものとも知れぬ骨が崩れ落ちて乾いた音を立てた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
10日、決意を新たにし
100日、考え得る可能性を使い果たし
1000日、惰性で繰り返し
今日、運命を呪う

逢えないことには慣れてるんだ
だって『シャト』は転生して世界を巡り
ロアのことを捜しているんだもの

変なシャト、ときみが訝しむ
その貌ときたら本当に
憎らしくて愛しくて

ああ、夢を見ただけだよ
厭な夢だ

一歩、微笑む
二歩、腕を伸ばし
三歩
ねえ、ぎゅってして

僕はもう限界だ
きみを殺すことに決めた
ロアやミュリエルに逢うために生きている
だから、きみを諦めなくちゃ

変なロア

僕の手にナイフが見えているくせに
仕方ないなあって笑って
抱き締めてくれる
シャトのために死を選ぶ

さよならの言い訳を繰り返す僕は
いつか
きみに赦してもらえるかな?



 その日は、明るくよく晴れたいい日であった。
 その日も、明るくよく晴れたいい日であった。
 天を覆う光は変わらず、優しく小さな孤児院を包み込んでいる。
 図書室は変わらず穏やかで優しい空気が流れていて、そして変わらず彼がいた。
「シャト。……ほら、そこ、本のカタがついてる。また、読みながら寝ていたの?」
 頬をさすロアにむにむにとシャトは己の頬をつまんで本のカタをほぐす。それを面白そうにロアが見ていた。
 ……10日、決意を新たにし。
「ロアは……どんな本が好き?」
「? 急にどうしたの。そうだね。例えば……」
 …………100日、考え得る可能性を使い果たした。
 100日たっても本は変わることはなく、ロアは同じ本を繰り返し始めて読む顔で読む。
 シャトは部屋の本を読みつくし、退屈して、それでもこの図書室から離れられなかった。
 ……彼がいるから。それだけがシャトにとって、大切なことだったから。
 けれども何度やっても、彼は死んだ。どのような方法を試しても。
 山賊たちは「どこからともなく」わいてきた。何人殺しても、何度全滅させても。どこに籠城しても、ロアが死ぬまで夜はあけず、敵の数は尽きなかった。
 ………………1000日、惰性で繰り返す。
 果てを目指したこともあった。この孤児院の果ては、「森」と「荒野」が延々と広がっていて抜け出せなかった。それはきっと、夢の果てなのだろう。
「……シャト」
 そうして、何度目か。図書館でロアに声をかけられて 目覚めたとき、シャトは理解する。
 ……いいや、最初から理解していた。
 シャトが死ぬか、彼が死ぬか。どちらかでしか、このループは抜け出せない。
「ロア、僕は……」 
 今日、運命を呪う。
 ……穏やかに微笑むロアを前に、シャトはただ、何をできないことを呪うしかなかった。
「……」
 言葉に詰まる。したい話はもうし尽くした。あらゆる可能性を探し求め、あらゆる新しい日々を過ごした。
 ……楽しかった。
(逢えないことには慣れてるんだ。……だって『シャト』は転生して世界を巡り、ロアのことを捜しているんだもの……)
 たとえ夢の世界でも、たとえ本物でなくとも、たとえ同じ話を繰り返しても。
 明日には、ロアがまたすべてを忘れてシャトに同じ話を繰り返したとしても。
 それでも、その生活は、楽しかった。
「……どうしたの、変なシャト」
 ロアの名前を呼んだきり、黙り込んだシャトにロアが首を傾げている。
 その貌ときたら本当に、憎らしくて愛しくて……、
「ああ、夢を見ただけだよ。……厭な夢だ」
 逢えないことには慣れていた。
 けれど、逢えた喜びから手を離すことなんて、慣れちゃいなかった。
 微笑んで、一歩踏み出す。不思議そうにロアはシャトを見る。
 もう一歩。腕を伸ばして、
「ねえ、ぎゅってして」
 三歩めで、そう言った時。
 シャトは自分がどんな顔をしているのか、もうわからなくなっていた。
「僕はもう限界だ。……きみを殺すことに決めた」
 語る言葉は何処か他人の言葉のように聞こえる。
「僕は、ロアやミュリエルに逢うために生きている。……だから、きみを諦めなくちゃ」
 いつの間にか、シャトのその手にはナイフが握られていた。
 きっと、夢の中のロアにとって、シャトの言っていることの意味は全く分からなかっただろう。
「……シャトには、それが必要なの?」
 優しいその言葉に、シャトはただ頷いた。
「そう。じゃあ……仕方ないなあ」
 そうしてロアは、優しく笑って。そっとシャトを抱きしめた。
「なん……で?」
 変なロア。どうしてそんな風に笑っているのか。
 シャトのナイフが的確に、ロアの胸を刺す。終わらせたくないと思うのと同じぐらい、シャトは終わらせたかったから。その気持ちに反して体は速やかに動いた。
「……ひみつ」
 ロアは、答えをくれなかった。
「僕は……僕は、逢わなくちゃいけないんだ。……こうしなきゃいけないんだ」
「……うん」
 さよならの言い訳を繰り返す僕は……、いつか、きみに赦してもらえるかな?
 シャトの言葉を、ロアは黙って聞いている。それもほんの少しの間のこと。
 明るくて優しい光がシャトを包んで……ふと気が付いたときには、もう、ロアの姿はどこにもなかった。
「……」
 廃墟の中、かつて図書室だった場所は本の残骸といくつかの骨が転がるのみ。
 ただ、穏やかな光がただ一人、シャトを照らしていた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
いつもと同じ日常、けど、いつもとどこか違う日常
変わったのは、歪んだのは、私だけかもしれない

『お兄ちゃん』をじーっと見て
「ううん、何もない」と、いつもの日常を過ごす
いつものようにサボって、遊んで、笑って…そして運命の時が来る前に、
死霊ちゃんに彼を食べさせる
…なんで、反抗しないの?
反抗すれば、攻めて来れば、『敵』だと思えて、
躊躇いなく殺せたのに
何度試しても、どんな状況で試しても
ただただ私に殺される運命を受け入れたあなたは、
愛しくて憎しい

夢だとわかってるのに
『レザリア(わたし)』へ向かった感情は本物ですか?
なら、あなたをこの輪廻から救い出して、本当の安らぎを与えるように
私も頑張らなきゃ、ね



 家出する、と彼は言った。
 きっと、さっきまでの「レザリア」なら、その言葉にわくわくして、ためらわず頷いたに違いない。
 いつもと同じ日常、けど、いつもとどこか違う日常。
 優しい『お兄ちゃん』。なんだかんだ叱られながらも、温かなまなざしを向けてくれる孤児院の人たち。
 ……これが全部、夢だったなんて。
「……どうした? 変な顔して」
 黙り込んだレザリアに、エドが不思議そうに尋ねる。
「ううん、……何もない」
 変わったのは、歪んだのは、私だけかもしれない。
「そっか。……さてはお前寝ぼけてんな。こりゃ、家出は延期か」
 変わらずエドがそう言って、デコピンしようとするのをさっ、とレザリアは頭を押さえて後ろに下がって回避した。
「お、生意気な奴」
「私だって、そう何度もたたかれたりしないんです」
 むぅ。という顔をして見せたレザリアに、はいはい。とエドは笑って、ほんの少し不思議そうな顔をした。
 何度もって何だろう。そんな顔をしていて、
 その顔で、レザリアはやっぱり世界は繰り返しているのだと再確認するのであった。

 それから、レザリアは目いっぱい遊んだ。
 掃除をさぼって、つまみ食いをして。入っちゃいけないところに入って。
「レザリアは何になりたい? お前がもっともっと大きくなったら、本当に家出して、二人でしたいことして過ごそうぜ。お前の面倒は俺が見るから、心配すんなって。好きなことしろよ」
「ええ……」
「何だよ、その無理じゃね、って顔」
 ……何になりたいか、なんて。考えたことなかったから。
「こう見えて、えーっと、何だっけ。かいしょーってのは、あると思うからさ」
「……」
 違う。そうじゃない。……そうじゃないのだ。
 そんな風に、いつものようにいつものようにサボって、遊んで、笑って……そして運命の時が来る前に。
 私が、あなたを殺すのだから。
 ここではただ、繰り返すだけ。大きくなった日なんて、来ないのだから。

 だから、彼女が纏う死霊に彼を食べさせようとした時、
「……なんで、反抗しないの?」
 殺されようとしても、レザリアに反撃してこないエドに、レザリアは言葉をなくすしかなかった。
 反抗すれば、攻めて来れば、『敵』だと思えて、躊躇いなく殺せたのに。
 彼は全く、レザリアを傷つけようとしなかった。……罵ろうとも、しなかった。
 だから殺せなかった。そうしている間に山賊がやってきて彼を殺した。
 殺せなかったレザリアは、また日々を繰り返す。
 巻き戻って、同じように試した。今度は、酷いことをいっぱい言って、自分がこれからあなたを殺すという事をしっかりと伝えた後殺そうとした。
 彼は、それでもレザリアを傷つけようとしなかった。
 何度も……何度も何度も何度も。
 一度だって。
 ……一度だって、彼はレザリアが望むことを、してくれなかった。
「……なんで?」
 何度試しても、どんな状況で試しても、ただただ私に殺される運命を受け入れるあなたは、愛しくて憎しい。
 もう、何度目かわからないあの日の夜の中、追いつめて、傷つけて。瀕死の重傷になるまで叩き伏せたのに何も言わなかった彼についにレザリアが聞いたとき、
「はは。なんでって……なんでだろうな」
 エドは笑った。殺されそうになりながらも、やっぱり笑っていた。
「……レザリア(わたし)へ……向かった感情は本物ですか?」
 夢だとわかってるのに、レザリアは聞かずにはいられなかった。
「……お前が何に対して苦しんでて、こんなことをしてるのか俺にはわかんねぇけど……」
 彼は、
「ここから、ずっとお前を逃がさなきゃって、思ってたよ」
 それが、「どういうことなのか」は本当のことはわからない。
「お前のこと、大事に思ってたからな」
 ここで死んだ彼が、同じようにレザリアを死なせたくなかったのか。それとも単なる、夢の中の子供じみた逃避だったのか。
「……なら、あなたをこの輪廻から救い出して、本当の安らぎを与えるように、私も頑張らなきゃ、ね」
 わからないから、レザリアは自分の都合のいいように解釈をした。頷く彼女に、それって必要かな? なんて返事がかえってきて、
「必要なことです。……そう、必要なことなんです。私が送ります。あなたは……死霊にならないでください」
 今度こそ、上手くできる。攻撃してこなくとも、死霊騎士が間違いなく彼を殺してくれる。
 とどめを刺した瞬間、夜だというのにまばゆい日差しがレザリアに降り注いだ。

 目を開ける。
 廃墟の孤児院と、柔らかな日差し。
 目の前に散らばる。誰のものかもわからない骨。
 もう、レザリアの手を引いた彼はどこにもいなかった。
 それが……正しい世界の姿だった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベイメリア・ミハイロフ
ねえさま、ああ、スズリねえさま…
わたくしが体験致しておりますのは
幻という事なのでございましょうか
しかしながら、ねえさまのお人柄は本物でございました
きっと生前は素敵な方でいらしたのでございましょう

人喰い鳥よ
アナスタシアさまの意思は、果たして
このような事だったのでございましょうか?
先生には、哀しくとも、現実を受け止め
前へと進めるよう背中を押す術を施すべきだったのでは…

わたくしは…感謝します
スズリねえさまと過ごさせて頂いた時間を
わたくしは、決して忘れません
それがたとえ、幻だったとしても

止まらない涙を拭う事なく
せめて、光の加護の中
どうかお苦しみにならぬようにと
祈り願いつつ、ねえさまに、この指を向けて―



 ベイメリアは言葉に詰まる。
 あの時看取ったあの人が、ベイメリアの目の前で笑っていたから。
「ねえさま、ああ、スズリねえさま……」
「? どうしましたか? ベイメリア。何か悪い夢でも見ましたか?」
 問われて、スズリは首を傾げる。それからほんの少し、怖い顔をして、
「それとも、誰かにいじめられましたか? ……ベイメリア。正直に教えてください。私、許しませんから」
「い、いじめられてなどおりません……!!」
 スズリの顔に、ベイメリアは直感で理解する。……ここで誰かの名を言おうものなら、大惨事は確定だ。スズリがそのもののところに乗り込んで、大げんかしてきたのは……、
「……」
 大げんかしてきたのは、記憶に新しい。
 けれどもこれも、夢で作られた記憶なのだ……。
(わたくしが体験致しておりますのは、幻という事なのでございましょうか……)
 思うと同時に、胸が痛んだ。
 この痛みすら、幻なのだろうかとベイメリアはそっと胸を押さえた。
「あの……少し、夢見が、悪くて」
「まあ。それはいけません。今日は練習はお休みにしましょう」
 よほどひどい顔をしていたのか、スズリは慌ててベイメリアの手を引いた。焦ったような、心からベイメリアを心配している声に、ベイメリアの胸も痛む。
(しかしながら、ねえさまのお人柄は本物でございました。……きっと生前は素敵な方でいらしたのでございましょう……)
 けれども、現実にはもういない。……もう、死んでしまったのだ。
 ここにいるのは、彼女の抜け殻。アナスタシアが自らを影法師と評したが、そうであるならばスズリだって影法師だ。
「ほら、横になって。何か美味しいお菓子を貰ってきましょうね」
「あ……」
 そんなことを考えている間にも、いつの間にかベイメリアは寝間着に着替えさせられて、ベッドに放り込まれていた。
「す、すみません。お構いなく。お菓子なんて、そんな贅沢な……」
 夢だとわかっているのに、思わず答えたベイメリアに、スズリは微笑む。
「大丈夫ですよ。この前、行商人の方が来たときに、こっそり私が買っていたお菓子がこの辺に……」
「まあ。よろしいのでございますか?」
「よろしいのですよ。故郷のお菓子でしたから、あなたと一緒に食べようと思っていたのです」
 自分の机を探すスズリ。
「私の故郷は、遠くて……少し特殊な文化をしてます。スズリという名も、そこにあるものからいただいたのですよ。いつか、ベイメリアと一緒に行けるといいのですけれども……」
「難しい、のでしょうか」
「難しいですね。遠いし、土地が厳しいので、もう残っているか……」
 語られる故郷。来るはずもないいつかを語る姿。あった、と差し出されたお菓子にベイメリアはタイミングを見失う。
「わたくしは……」
「ほら、遠慮なさらずに! ベイメリアが元気になってくれれば、それだけで私は嬉しいのです」
「そんなに、酷い顔をしていますか?」
「ええ……それは、まあ」
 スズリの言葉に、ベイメリアは頷く。
「泣いてます」
 それで、ベイメリアはようやく己の頬に涙が伝っていることに気付いた。
「……わたくしは……感謝します。スズリねえさまと過ごさせて頂いた時間を、わたくしは、決して忘れません。……それがたとえ、幻だったとしても」
「え……?」
 幻? と。
 スズリが聞き返す前に、光が瞬いた。
 どうかお苦しみにならぬようにと、祈り願いつつ、向けた指先。その指先を、不思議そうに硯がそっとつかんだ。……その瞬間、
 まばゆい光が降ってきて、すべてが終わった。
 天からの光は、ためらいなくスズリの体を貫いた。
 悲鳴すら、上げる間もなかった。
 涙が止まらないまま、ベイメリアはその光を目に焼き付ける。

 かたん、ごとん、と。ピアノの鍵盤が叩く音がして……そして、途切れた。
 天からの光が落ちた瞬間、ベイメリア自身も光に包まれていた。もはや何も見えない。そう思った時聞こえた音に、
「人喰い鳥よ。アナスタシアさまの意思は、果たしてこのような事だったのでございましょうか?」
 思わず、ベイメリアは声を上げていた。
「先生には、哀しくとも、現実を受け止め、前へと進めるよう背中を押す術を施すべきだったのでは……」
「まぎれもなく」
 答えは、かってこないと思っていたのけれども、返事があった。
「この世界は、アナスタシアが願った世界。彼女の意思が何かと答えれば、間違いなくこれが正しいとアナスタシアは答えたでしょう。……あくまで、彼女は」
 愛する人を閉じ込めて、永遠に幸せな夢を見続けさせること。それが、彼女の望んだことのすべてだった。
「ひとは、他人から見て正しいと思うことをすることはできない」
 そして、ベイメリアのいう事は正しいと、鳥は言った。そしてそれでも、
「ひとは、自分がしたいことしかしない生き物だから」
 だから、世界は歪むのだ。人が、人である限り……。

 明るい日差しが瞼の裏側からしみ込んでくる。
 ベイメリアが目覚めたとき、目に飛び込んできたのはかつて孤児院だった廃墟。
 足元に散らばる骨たちと、
 ピアノの上に倒れ伏す、一つの少女の死体であり。
 鳥はもはや形を保てず消失した後の世界であった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
夢と現実、果たして何方が酷なのだろう
生者がいないのなら繰返す必要も無い
だから、もう一度だけ

チェスター、今日はパンを作ろう
実践も大事な学びだ
何より、美味しいパンが出来たら嬉しいからね
台所を借り…こっそりナイフをくすねて


夜になれば彼の部屋へ
苦しまないよう、ナイフで急所を一突きに

君が何者でも構わない
掛替えの無い時間を有難う

友と同じ目線、同じ時間で生きたい
人でない者の叶わぬ願いが叶ったのだから


もう囚われなくて良い
チェスター、そして人喰い鳥の君も

わたしも埒外の民だ
気持ちは理解出来るとも

…少し心が揺らいだのさ
このまま知らぬ幸せを見たい、とね
だが無辜の命が奪われるのを黙認は出来ない
さあ、もう終わりにしよう



 夢と現実、果たして何方が酷なのだろう。
 梟示はそう考えて、答えの出ない質問に自嘲した。
 もし、件の「先生」が生きていたなら、この状態を容認できただろうか。
 ……自問自答して、できなかっただろう、と結論付ける。オブビリオンがかかわっている以上、猟兵がこの状態を見逃すわけにはいかないのだ。
 けれども、それが間違いだったかと言われると梟示には答えられない。
 愛する人に、傷つくことなく夢を見ていてほしいという、その願いは……、
「……まあ、そうだな。生者がいないのなら繰返す必要も無い」
 けれどもすべては終わったことだ。神にだって人間の心というものは手に余る。
 ……そう、手に余るのだ。
「……」
 だから、もう一度だけ。
 もう一度だけ。もう一度なら……、

「チェスター、今日はパンを作ろう」
 難しい顔で本に目を落とすチェスターを見つける。
「作る……?」
「ああ。実践も大事な学びだ」
 発行だとか時間だとか、割かし難しい本を読んでいるチェスターに梟示は思わず笑った。昔から実践よりも勉強の方に重点を置く子だったから……。昔なんて、知りもしないのに、そんなことを梟示は思う。
「何より、美味しいパンが出来たら嬉しいからね」
「昼ごはん、食べたばっかじゃないですか」
「ちょうど出来上がるころには、おやつの時間になっているはずさ。それに、チェスターだって興味、あるだろう?」
「……まあ……」
 そうかも。と言いながらも、さっと机の上をまとめて立ち上がる。
 その様子から、若干浮きたつ心を感じ取って梟示も楽し気に立ち上がるのであった。
「梟示さん、まだ?」
「まだだよ。もうちょっと寝かさないと」
「……梟示さん、まだ?」
「ちょっと、まだ五分しかたっていないと思うんだけど」
 パン作りは、楽しかった。チェスターはあまり料理を担当していなかったから、自然、梟示が教えることになるのだが、
「参ったな……。料理はさほど得意じゃないんだよね。食事なんて、ずっと適当でいいと思ってたから。わたしはそんなに食べないし」
「ちょ。梟示さん! なんかパン、ぺしゃってなってるけど!?」
「まあまあ。最終火を通せばなんでも食べられるよ」
 始終そんな感じで。
 出来ないことを騒ぐのも、ようやくできたものを喜ぶのも。何だってなんだって、楽しかった。
「はあ……。なんだか今日は腹いっぱいになった気がする」
「そりゃあ、あれだけ食べたらね……」
「梟示さんは、食べなさすぎ」
「チェスターが、食べすぎるんだよ」
 楽しくて。……楽しいまま、夜が来て。
 梟示はこっそり台所からくすねていたナイフを手に、夜、布団を抜け出していた。

 その日は、穏やかな夜だった。
 もしかしたらこのまま、何も起こらずに明日が来るんじゃないかと思われるような夜だった。
 けれどもその日が……来ないことは、梟示は知っていた。
 ベッドの中で、これから起こることも知らずにチェスターは眠っていた。
 その前に梟示は立って、ナイフを握りしめた。
「……」
 命を奪うことは、慣れている。
 梟示が躊躇いなく、その胸を一突きして。それで簡単に、事は済んだ。
 苦しませたくなかったし……悲しませたくなかったから。
 だから……、
「……君が何者でも構わない。掛替えの無い時間を有難う」
 答えのない骸に向かって、梟示は静かに語る。
「友と同じ目線、同じ時間で生きたい。人でない者の叶わぬ願いが叶ったのだから……わたしは、幸せだった。この世界で、本当に幸せだった」
 人として穏やかに生きて、殺すことなく人と接していく。それはどんなに幸福だっただろう。
 ……本当はだから、最後に殺したくなんて、なかった。
「……少し心が揺らいだのさ。このまま知らぬ幸せを見たい、とね……」
 視界が薄れていく。世界が光に覆われていく。
 夢から醒めるのだと、梟示にはわかっていた。だから、梟示はそれを受け入れた。
 視界がどんどん白くなっていき、眠ったまま死んだチェスターの姿も、消えていく。
「だが無辜の命が奪われるのを黙認は出来ない。……さあ、もう終わりにしよう。もう囚われなくて良い……。チェスター、そして人喰い鳥の君も……」
 帰るのだと、彼は言った。どこか遠い、死後の世界へと行くだろう。
 目が覚めた時、梟示が見たのは、
 崩れかけの孤児院と、足元に広がる無数の骨。
 壊れたピアノ。そこに倒れ伏す、ひとりの少女の死体。
「……」
 楽しそうだった、と彼女は言った。
「ああ……本当に、楽しかったよ」
 すでにオブビリオンである鳥の姿はどこにもなかった。倒れると同時に体も消滅したのであろう。
 外側から見ているだけの鳥は、最後まで一緒に死ぬこともできなかった。
「わたしも埒外の民だ。……気持ちは理解出来るとも」
 そして同じ、外側から見つめるだけ。そう、梟示はいって……、
「だからこそ……楽しかったんだ」
 もう、手の届かない光にそっと目を閉じた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クーナ・セラフィン
永遠に夢を見続ける為の蟻地獄…か。
鳥籠に剥製入れて見てるような。
終わってるものを終わらせる。それだけ、だけど。

…もう少し浸っていたい。
運命の日まで日常を続ける中、本のお話という体で尋ねてみよう。
変えられない終わりがあるとして、自分の知らない誰かを犠牲にし続ける事で先延ばしできるならどうする?
どんな答えでも私のやる事は変わらない、けども。
うん、今日位は一緒に寝るのも…触るのは程々にね?

…山賊が来る日にニコを剣で斬ろう。
夜に呼び出し時計で催眠術に落とし眠らせて、苦しまぬように。
私は人でなし、だから。
今更大切に想った人の骸が一つ増えても…何とも思っちゃいけないんだから。
…おやすみ。

※アドリブ等お任せ



 まばゆい光が、クーナを照らしている。
 その、あまりに明るい世界に彼女は目を細めた。
(永遠に夢を見続ける為の蟻地獄……か)
 そんな風に、クーナは感じた。鳥籠に剥製入れて見てるようなものだと。
 そして気づいてしまったからには、することは一つだけ。
 彼女は、猟兵だ。ならば……、
(終わってるものを終わらせる。それだけ……)
 事態を起こしているのはオブビリオンで、すでに無視できない数の犠牲者が出ている。
 ならば倒さなければいけない。当たり前のことだ。
(だけど……)
 だけど……。

「ちょっとドロシー、きいてる?」
 ニコの言葉に、は、とクーナは我に返った。
「……聞いてなかった」
「まあ!」
「だから、教えて」
「……あら」
 聞いていなかったとクーナが言った時、
 やっぱり、みたいな顔をニコがして。
 教えてと彼女が言った時、意外そうな顔をするニコがいた。
(……もう少し浸っていたい……)
 本に視線を落とす。もう少し。もう少しだけ……。
「しょうがないわね。じゃあ……」
 話し出すニコの隣で、クーナはそんなことを思って目を伏せる。
 本の内容なんて、頭に入っては来なかった。

「……と、いうわけ。どーよ、この冒険譚!」
 ひとしきり好き勝手喋るニコに、本を読みながら聞くとはなしに聞いているクーナ。
 話がひと段落ついたところで、ふ、とクーナは口にした。まるでたった今、思い出したかのように。
「あのね……」
「うん?」
「本の話、何だけど」
「本の?」
 そう、とクーナは頷いた。いつも通り、関心のない風を装えているのだろうか。
「変えられない終わりがあるとして、自分の知らない誰かを犠牲にし続ける事で先延ばしできるならどうする?」
「うーん……うん?」
 クーナのやけに真剣な問いかけに、ニコは首を傾げる。しばし黙り込んで、考え込むような間があった。
(どんな答えでも私のやる事は変わらない、けども……)
 聞きたかったのだ。ただ、意味はなくとも。
 そんな彼女に、ニコは頷いて、
「私は、私の好きなようにするわ! その終わりが気に入らなくて先延ばしにしたいなら、それはそれでいいんじゃない? でも、そうしてまで先延ばしにすることを気持ち悪いと思うなら、きっと、先延ばしにしないってことの方が「したいこと」なのよ」
「……なるほど」
 納得したような、しないような声で、クーナは頷いた。
「……ニコ」
「うん?」
「うん。今日位は一緒に寝るのも……触るのは程々にね? いいかな、って」
「……どうしたのよ、急に。まあ、私は大歓迎だけど!」
 いつもならそんなことは言わないだろう、クーナの言葉になんだかニコはおかしげに笑う。
「……それが私も、今の「したいこと」なのかなって」
 そんな彼女の言葉に、クーナも小さく頷いた。

 夜中、なかなか眠らない彼女に呼び出し時計で催眠術に落とし眠らせて。
 苦しまぬように剣で切りつければ、あっけないぐらいに彼女は死んでしまった。
「……」
 白百合のオーラを纏わせたヴァン・フルールは、なんだかいつもより重い気がした。
「……私は人でなし、だから」
 息を詰める。これでいいのだと言い聞かせるように、彼女は言った。 
「今更大切に想った人の骸が一つ増えても……何とも思っちゃいけないんだから。
 ……おやすみ。と。小さな声が落ちる。
 夜だというのにあたりがまばゆい光に包まれる。
 次に目を開けたときには、孤児院の廃墟と、そして無数の骨があるだけで……、
 そこに、楽しかった面影は、なかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
――……ああ、

相槌のようで
嘆きのような
そんな声が零れた

引かれる手は温かくて
夢にしては、鮮やかで
心踊る冒険を想い出せば
名残惜しくも思うけれど

繋いだ手を解いたなら
森の中で君に向き合い
盗賊の邪魔が入らぬよう
気配があれば先んじて
燈籠で友を喚び、刃で払い

ごめんね、マーティン
――或いは、誰かさん
ふたりの冒険は終わりだ
此処からは僕がひとりで
何とか、しなくてはね

影の友から刃を借りて
君の胸を目指し、駆ける
抵抗は《第六感》で回避
その後の隙狙い、確実に
苦しまないよう、一度きり

おはよう、おやすみ
互いに随分寝坊したね

冒険で見つけた小石は
消えてしまうだろうから
――また、会えたなら
今度は世界を冒険して
素敵な宝石を見つけよう



 こっちだ、と彼は手を引いた。
「――……ああ、」
 ライラックの唇からは、相槌のようで、嘆きのような、そんな声が零れた。
 ……この手を、どうすればよかったのか。
 引かれる手は温かくて、夢にしては、鮮やかで。
 全力で廊下を駆け抜けて外に出れば、頭上には冴え冴えとした月が輝いていた。
 昼間、二人で楽しく冒険した森は、今や不気味な影を落としている。
 「気付いた」ライラックにとって、どれだけ走っても、胸は痛くならずに。
 あの時のように、足を取られることもなかった。
「……ライラック、大丈夫か?」
 そんな彼を気遣うように、走りながら肩越しに振り返るマーティンは、きっとマーティンという名前ではないのだろう。
 ライラックが、そう呼んだから、彼はマーティンという名になった。
 そう思うと、ほんの少し胸が痛かった。
 遠くで森が揺れる。マーティン以外の人影を感じて、ライラックは燈籠を揺らす。友を喚び、刃で払い音もなく倒してしまう。
 今宵、今晩、この時だけは、誰にも邪魔をさせたくなかった。

 どれだけ、走っただろうか。
 走っても走っても、果てのない森の中、
 名残惜しく思いながらも、ふいにライラックは手を離した。
「……?」
 勢いで、マーティンが数歩走って、立ち止まる。
「どうした。胸、痛くなったのか?」
「……ううん」
 気遣うようなその声が、何の刃も毒も含んでいないのに痛かった。
「ごめんね、マーティン」
「は……?」
「――或いは、誰かさん」
 胸に手を当てて、もう片方の手でライラックは刃を握りしめる。影の友から借りた刃を手に、ライラックは駆けた。
「!?」
 驚いたようなマーティン。けれどもその隙をライラックだって逃しはしなかった。
「ふたりの冒険は終わりだ。……此処からは僕がひとりで、何とか、しなくてはね」
 的確に接近し、その胸に剣を突き立てる。
 確実に、苦しまないよう、一度きりで決める。
 閃いた刃は、素早くマーティンの……そう、呼んでいた誰かの胸に突き立てられた。
「何……で……?」
 最後まで、不思議そうな顔をしたマーティンに、
「……」
 ライラックは、答えることができなかった。
 急速に視界が滲んでいく。涙かと思われたがそうではなかった。
 光が、ライラックを包んでいた。穏やかな、心地いい日差しのような光は、やがてライラックの視界を覆いつくした。

 光が収まると、そこには。
 ただの廃墟が、あるだけであった。
「……」
 夢を、見ていたのだ。
 帰ってきた現実には、崩れかけた孤児院の残骸と、温かな日差し。……そして、足元には誰のものとも知れぬ骨が散らばる。
「おはよう、おやすみ。……互いに随分寝坊したね」
 語り掛ける声に、答えるものはない。わかっていて、ライラックは語り掛けた。
「……」
 宝物だった小石は、当たり前のように手から消えていた。
 ……当たり前だ、すべては夢、だったのだから。
「名前を……」
 ライラックはきゅっとその手を握りしめる。
「聞いておいた方がよかったのかな……?」
 遠い光の向こうに消えてしまった彼に向かって呼び掛ける。
「けれども、あなたは僕の大切な友達で……マーティンという名前の子だったんだよ……」
 たとえ贋者でも、そう呼んで、向こうもそう答えて。
 楽しく過ごした思い出だけは、きっと忘れない。
 それは……夢の中の。彼の頭の中にしかなかった、友人との、思い出。
「――また、会えたなら……、今度は世界を冒険して、素敵な宝石を見つけよう」
 そういって、ライラックはどこにもいない友人を思いながら、空の拳を胸に当てる。
 穏やかな風が吹いて、日差しが一度、瞬いた気がした……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

故・美人
花畑の中、いつのまにか解いた両手で花飾りを差し出すあなた
けれどわたくしはもう―別のものが欲しい

花了
血で汚れた一輪の花の輪、花の腕輪も全てとって、花冠も手放すわ
わたくしもう、寄す処は要らない
だってねえリン、これからはあなたが居る。そうでしょう?
とうに死んでしまったあなただから、永劫わたくしの夢で生きるでしょう?

だから贈り物も、器も、形あるものはもう要らないの
他の何かに宿ってしまっては嫌だもの…
あなたの亡骸にだって嫌よ、もうかえさないわ
だからリン、あの器は、あなたの器用な手で眠らせてあげてね
最後に手を重ねるのは、わたくしがしてあげる…二度と触れられなくなるものね

再見、リン、今度こそ美しい良い夢を



 ぼんやりと美人は空を見つめていた。
 いつも通り、また同じように。花畑の中に沈んで、沢山の花に飾られて、花の中に沈んで。
 そうして美しい少女の姿で、そこにいた彼女は、ゆっくりと体を起こした。
「おや……どうかしましたか?」
 不思議そうに、リンが尋ねる。もう一つ、次はどうしようか、なんて考えながら花を作っていたリンに、美人はそっと手を伸ばした。
「花飾りは、もういいわ。わたくしはもう――別のものが欲しい。欲しくなってしまったの」
「ありゃ」
 しっかりと言い放つ美人に、リンは瞬きをする。そうして細い目を更に細めて笑う。
「じゃあ、何が欲しいんです?」
 また、冗談を言っていると思ったのか。
 それとも、美人の言葉の意味が正しく理解できたのか。
 それはわからない。……わからない。
 風が吹く。風が吹けばはらはらと、美人が身に纏っていた花がほどけて行く。花の首飾りも、髪飾りも、指輪も、すべて、すべて。血で汚れた一輪の花でさえ、風に吹かれて花吹雪。美しく天へと舞い上がっていく。
「再見。……わたくしもう、寄す処は要らない。だってねえリン、これからはあなたが居る。そうでしょう?」
「私……ですか?」
 花吹雪の中、美人は微笑んでいた。そうよ、と頷く。まるで最初から、そうなることが決まっていた、とでもいうかのような自信に満ちた表情で、
「とうに死んでしまったあなただから、永劫わたくしの夢で生きるでしょう?」
 そう、うっとりするくらい綺麗な笑みを浮かべて言い切った。
「生かして、どうしますか」
「あら。わたくしのわがままに、理由なんて必要ないわ」
「……確かに。お嬢さんは、わがままですねえ……」
 そのいいように、リンは楽しげに笑ったようであった。美人はそっと手を伸ばす。
「だから贈り物も、器も、形あるものはもう要らないの。他の何かに宿ってしまっては嫌だもの……。あなたの亡骸にだって嫌よ、もうかえさないわ。あなたは、ここにいなさい」
 はっきりと言い切る。
「……」
 ほんの少しの、沈黙があった。風が揺れる。美しい花がくるくる、くるくると舞っている。
「はあ。まあ、いいですけどね。この世界は退屈ですが……」
 そんな中、リンはそっと、美人の手を取った。
「お嬢さんと一緒ならきっと飽きはしないでしょう」
 楽しげな顔をしていたので、美人はほんのちょっぴり首を傾げる。
「あなたって、ほんと退屈がいやなのね」
「そりゃあもう。そして、お嬢さんが一番飽きません」
 冗談めかして言うリンに、ふふ、と美人は頷く。
「あなた、やっぱり見る目があるわね。……ええ。そうなることも、わたくしはちゃんとわかっていたわ……。ではね、リン。あの器は、あなたの器用な手で眠らせてあげてね」
 あの器、ですか。とリンが言う。あの器よ、と美人が静かに答える。
「最後に手を重ねるのは、わたくしがしてあげる……二度と触れられなくなるものね」
「……わかりました」
 花が散る。……美しい花が風に溶けて消えていく。
 この花吹雪が消えたとき、美人は廃墟を見るだろう。崩れた建物、温かい日差し。なにもない部屋。足元に散らばる無数の骨。
 それが……本来の個々の、あるべき姿。
「再見、リン、今度こそ美しい良い夢を……」
 だから夢から醒める前に、美人は美しく微笑んで呟く。
 その姿は、まるで彼女こそが、夢の中の住人であるかのように美しかった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
正直に言えば、幸せな夢だった。
周りは皆いい人たちで。気の合うダチがいて。少し退屈だけど、それでも満ち足りた毎日で。
でも、やっぱりそれはホンモノじゃなかった。夢ってモンは最後には、醒めて終わるのが道理ってヤツで。
だから、この夢だって同じように終わらせなくちゃなんねえ。

それでも、涙が止まんねえ。苦しくて堪んねえ。
人を殺すんはいけないことだ。だってそれは、自分自身を殺すのと同じだから。大切なモンを、自分の手で台無しにしちまうってことだから。
たとえ幻でも、幸せだったそれを手放すんは、こんなに苦しいモンなんか。

…………それでも。

――ごめんな。恨んでくれて構わねえよ、ディー。
おれは、この夢を終わらせる。



 正直に言えば、幸せな夢だった。
 ちょっと退屈だけれども、周りは皆いい人たちで。気の合うダチがいて。
 貧乏だったけれども、きちんとお腹いっぱい食事はできて、安心して寝る場所があった。
 何かが上手にできれば褒められた。いたずらをすれば、温かく叱られた。
 満ち足りた毎日で。
 本当に……本当に、幸せな夢だった。
「……」
 ぼんやりと、草原に寝転がって空を見上げる。
 あの時見た空と、同じ空が広がっていた。
「……ああ」
 でも、この空の青さも、あの雲の流れも、やっぱりそれはホンモノじゃなかった。誰かが思い描いた幸せな世界。そういう夢だった。
「知らなきゃ、良かったなぁ……」
 人知れず、嵐の口からはそんな声が漏れていた。……気付かなければ。ずっと気付かないまま過ごしていれば、
 何かが、変わっただろうか……?
「でも、気づいちまったから……」
 それでも、嵐は知ってしまった。これが夢だと気付いてしまった。今更、忘れることも、振り返ることも、できない。
「夢ってモンは最後には、醒めて終わるのが道理ってヤツで。だから、この夢だって同じように終わらせなくちゃなんねえ……」
 そこまで言って、嵐は息を詰めた。遠くから、足音が近づいてきていた。
「アラシ。おーいアラシ。明日の朝食、デザートが出んだって。そりゃ勿論……って、何だ、どうしたんだよおまえ」
「え……?」
 ディーが嵐を覗き込んでいる。なんだかおかしいぐらい慌てた顔をして、ディーは、
「え? じゃ、ねーだろ。何だよ、そんなに朝怒られたのこたえたのか?」
 まじまじと嵐を見る顔が心配している。朝、朝。思い出そうとしてたところで、
「もしかしてお前、アリス姉のことが好きだったとか……? そりゃ、あんないたずらに誘って悪かった……」
「違う、違う、ちげぇから」
「ちがう??」
 慌てて手を振る嵐に、ディーは不思議そうな顔をして、
「じゃあなんで、そんな泣いてんだよ」
「あ……」
 それでようやく嵐は、涙が止まらない自分を自覚した。
「……どうしたんだよ、アラシ。何があったんだ、言ってみろ」
「なんでも……何でもないんだ。それでも、涙が止まんねえ。苦しくて堪んねえ……」
「なんでもないって、何でもないってことはないだろ」
「人を殺すんはいけないことだ。だってそれは、自分自身を殺すのと同じだから。大切なモンを、自分の手で台無しにしちまうってことだから……」
「ん……?」
 怪訝そうに、アラシの顔を覗き込む。ディーの体が……揺れた。
「クゥ……」
 呼ぶ。呼ぶと同時に焔を纏った黄金のライオンが現れる。ライオンがディーを引き裂く。
「――ごめんな。恨んでくれて構わねえよ、ディー。おれは、この夢を終わらせる……」
 瞬きもないほど早く。……苦しむ暇もないように早く。
 ディーの体を引き裂き、一瞬でとどめを刺す。それを、嵐は目をそらさずに見ていた。
 なんで、というような顔をディーはしていた。
 最後まで、嵐が何をしているのかわからないような顔で……それが、嵐には辛かった。
 ディーが息絶えた瞬間、視界が光に包まれる。
 それが……目覚めの光だと気付いたとき、
 嵐は、廃墟に立ち尽くしていた。
「……」
 柔らかな日差しが差し込む廃墟。かつては、賑やかな孤児院だった……、
「たとえ幻でも、幸せだったそれを手放すんは、こんなに苦しいモンなんか……」
 足元には骨が散らばっていた。もう、誰のものともわからない骨ばかり。
「…………それでも。何度繰り返しても、俺は同じことをするんだろうな……」
 天を仰いで、息を吐く。
 もう、彼に会うことも、できないだろう。
 どこか遠くで、ただの小鳥の鳴き声がしていた……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
章(f03255)と

今一度繰り返し
木の実を取ったあの時間へ

マリーお姉さん
そろそろ終わりにしようか
その身体を救えないのが悔しいけれど
貴女の魂をこの悪夢から救いたい

もし抵抗されても
ネージュの力を借りた冷気のオーラ防御で
章も庇いつつ反撃はせず

…お姉さん、聞かせて
「やっと見つけた幸せ」って…?
それと
オレ達と遊んで楽しかった?
オレは楽しかった
章と双子だった事も、お姉さんと話したり、手を繋いで歩いたことも
ね、と笑み

章、やろう
章のUCで動きが止まったなら
この手に光ひとひら
悪夢に囚われた魂を浄化して

お姉さん、オレはディフ
長きを生きる人形だ
貴女の魂が生まれ変わったら
また逢おう
その時は今度こそ、貴女の幸せを守るよ


鵜飼・章
ディフさん(f05200)と

終わると解っている日常を
どこにも無かった子供時代を
丁寧に繰り返すのは奇妙な感覚だ

鵜飼章ではない『ぼく』なら
どう振る舞うのが正解か
考えてばかりいるだろうから
お姉さんに何か変と言われてしまうかも

結局解るのは
マリーさんの心を救えるのは
僕ではなくディフさんだという事だけ
信頼する彼への協力は惜しまない

そうそうお姉さん
籠にダンゴムシ入れておいたよ
…そんなに怒らないでよ
木の上で取った赤い実をさしだして
三人で食べよう?おいしいんだ

ああ、楽しかった
今もとても楽しいよ

うん、樹
UCでこっそりお姉さんを刺し
意識も感覚も眠りの底へ

僕は鵜飼章
人間だから普通に死ぬ
次はお姉さんの弟にでもなろうかな



「章!! おりてきなさーい! 樹も。そんなところで笑ってないで!! 今日という今日は、許さないんだからね!!」
 木の下で、マリーが怒っていた。
 あの時は、このまま落ちたっけか。そんなことを、章は考える。
 なら、今回も落ちるべきかな。……なんて考えて、やっぱりやめることにした。
 繰り返してはいるけれども、あの時と細部が違っているから、きっとそこまで同じにしても意味がないだろう。
「もうっ。二人とも、聞いてる!?」
 マリーが怒っている。隣を見ると、何とも暗い顔をしているディフが目に入って、
「ディフさん」
 よんで、
「じゃなかった……樹」
 言い直して。それでディフははっ、と章の方を見た。
「呼んでるよ。……完全に怒らせちゃう前に、行こう」
「……ああ。……いや、うん」
 二人して、木から降りる。
「あら、今日は素直じゃない」
 降りると、逆に感心されてしまう。
「え……」
 鵜飼章ではない『ぼく』なら、どう振る舞うのが正解か。
 そんなことばかり考えていたら、ものすごく変なものを見る目で見られてしまった。
「あ……。そうそうお姉さん。籠にダンゴムシ入れておいたよ。いっぱい詰めたんだ」
「はぁ!? どうするのよそんなの、炊き込みご飯にでもするつもり!?」
「冗談だって。……そんなに怒らないでよ」
 ほら、と章は籠を示した。
 そこには、ダンゴムシの代わりに赤い実がたくさん入っていた。
「三人で食べよう? おいしいんだ」
「ええ。お夕飯ようにみんなのところへ持っていきましょうよ。これだけあるなら、いつもいつも、あんたたちのことを馬鹿にするあの悪ガキどもに見せびらかして、ぎゃふんと言わせてやれるんでしょう!」
「あ。今回はぎゃふん(物理)じゃないんだ」
「……マリーお姉さん」
 いつも通り……いつも通りというのも変な気がするけれども……いつも通り、しょうもないことを言いだした二人。ここで話を収集させるのが、だいたい、ディフの声だった。ディフは静かに言う。
「夕飯まで、まだ時間があるから……。ここで、食べて行こうよ」
「樹? え、何どうしたのアンタまで……」
 熱でもあるの? とマリーの手がディフの額に触れる。
「熱はない。けど」
 そのしぐさに、難しい顔のままでディフは頷いた。
「たまには、いいかなって、思ったんだ」
「……」
「ねえ、いいでしょ? なんだったら、休憩した後でまた採ればいいじゃない」
 ディフの言葉に、章も言葉を添える。
(……マリーさんの心を救えるのは、僕ではなくディフさんだという事だけ……。だったら、信頼する彼への協力は惜しまない)
 そんな、章の心の声は多分聞こえなかっただろう。
 けれども二人の顔を見て、何かしら察するものがあったらしい。
「……いいわよ。ただし、あんまり高いところは駄目だからね、危ないから」
 二人を見て、首を傾げながらも、マリーはそう言った。

 三人で食べた実は、美味しかった。
 ディフはいつもより少し暗い顔をして。
 章は、いつも以上になんだか多弁であった。
 籠の実は、悲しいぐらいあっという間に減っていった。
 日は、驚くぐらい早く傾いていった。
「……お姉さん、聞かせて。「やっと見つけた幸せ」って……?」
 夕陽を見ながら、不意にディフは問うた。うん? とマリーは首を傾げて、
「……やだ、誰からその話聞いたの。だから今日は二人とも、なんだか変だったのね」
 過去のあなた。或いは未来のあなたから、とも言えずに黙り込んだディフに、マリーはつんと横を向く。
「子供にする話じゃないわよ」
「……それでも」
「……」
 いつもなら、何かしら茶化してくる章は何も言わなかった。むぅ、とマリーは難しい顔をして、
「私、母親がいないの。それで、残った親父が呑むし殴るしのろくでなしでね……。このままじゃ殴り殺されるって、弟を連れて家を出たのは、まだ10になる前の話だったわ」
 夕陽を見ながら、マリーはほんの少し言葉を選んでいるようだった。
「……この孤児院のうわさを聞いて、ここなら生きられるかもしれないと思って、やってきたの」
「その、弟は……?」
「ここに来る途中で馬車に轢かれて死んだわ」
 何でもないことのように、彼女は言う。言いながら、今でも思うのよねえ、とため息をついた。
「呑むし殴るし、どうしようもない親だったけど、私が弟を連れて家を出なければ、弟はもっと生きられたんじゃないかなあ、って」
 わかんないんだけどねー。と、笑って。それから不意にマリーは真顔になった。ディフに、章に、視線を移して、そして微笑む。
 その笑顔に、思わずディフは尋ねた。
「……オレ達と遊んで楽しかった?」
「勿論。樹、章、あなたたちに会えてよかった。あなたたちが私をお姉さんって呼んでくれたから、私は救われた。あなたたちは決して弟の代わりじゃないわ。私が弟を死なせてしまった事実は消えない。……でも、私は……今、とても幸せなの。ずっと、こういう時間が欲しかったの」
 あなたたちは? と、マリーが聞いた。
「オレは楽しかった。……章と双子だった事も、お姉さんと話したり、手を繋いで歩いたことも。……ね」
 ディフがこたえて、微笑んで章を見る。
「ああ、楽しかった。今もとても楽しいよ」
 章もまた、ただ、笑った。
 籠の中身は尽きて、夕陽は沈もうとしていた。
「……マリーお姉さん。そろそろ終わりにしようか……」
 だから、ディフはそう口にした。
「……」
 マリーは視線を、沈んでいく夕陽に向けた。
「……いやよ」
「お姉さん……その身体を救えないのが悔しいけれど、貴女の魂をこの悪夢から救いたい」
「私は、あなたたちとずっとこうしていたいわ。……ここに来れば、幸せになれるって信じてた。今……やっと幸せになれたの。私やっと、大切な家族ができたのよ」
「お姉さん……」
「お願い、私の傍にいて……」
 ディフが思わず言葉に詰まる。章は、なんとなくそういうと思った、みたいな顔で見ていた。……きっと、そうなるだろう、と。
「……章、やろう」
 沈黙の末、ぽつんと、章にだけ聞こえるようにディフは言った。
「うん……、樹」
 その言葉を、待っていたとでもいうかのように。章が虫を呼び起こす。夕陽を見たままのマリーに素早く忍び寄って、その意識も感覚も眠りの底へと誘う。
「……」
 痛みなど、感じなかっただろう。
 ただマリーは、ふと二人の方を見た。
 きっと、何かを言う暇はなかった。
 けれども彼女は、何か言ったような気がした。
 ……その答えを、二人は永遠に知ることができない。
 マリーが意識を失った瞬間、ディフの手に光がひとひら輝いた。
「お姉さん、オレはディフ。長きを生きる人形だ。……貴女の魂が生まれ変わったら、また逢おう」
「えっと……僕は鵜飼章。人間だから普通に死ぬ。だから、次はお姉さんの弟にでもなろうかな」
 浄化の精霊の力を籠めた光の華がマリーに当たる直前、ディフがそういったので。続けて章もそう言った。悪夢に囚われた魂を、光が浄化していく。そして……、
 浄化の光につながるように、まばゆい光が周囲を照らし出した。
 ああ。意識が浮上して……夢から醒めるのだと、二人は何ともなくそう、気が付いた……。

 そして。
 気が付けばそこは廃墟であった。
 元は孤児院であったのだろう。……最終的に陽が放たれた建物は天井が崩れ、柔らかな日差しが降り注いでいた。
 足元には、無数の骨が散らばっている。……もはや誰のものかもわからぬその中から、マリーを探し出すことは、できないだろう。
「……その時は今度こそ、貴女の幸せを守るよ」
 最後に、言えなかった言葉をディフは小さく呟いた。そうしたら、
「じゃあ、その時はディフさんが僕とお姉さんのお兄さんだね」
 終わると解っている日常を……どこにも無かった子供時代を。丁寧に繰り返すのは奇妙な感覚だったなあ。なんて、
 呑気に周囲を見回したしょうが、そんなことを言ったので。
 ディフはほんの少し微笑んで、頷いたのだった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
※類(f13398)

夢から醒める方法も、成すべき事も憶えている
ここで終わらせよう

類と共にベイを冒険に誘う
…ああ、三人でずっと遠くへ行こう
胸の痛みは隠し、今この時を笑って過ごす

並んで休むベイに、この夢を終わりにしなければならないと切り出す
類の話と合わせ、あの夜のような恐怖を与えぬよう静かに話す
今のままでは同じ場所を回るだけ
海にも世界の向こうにも届かない、と
…大丈夫、夢から醒めても俺達は仲間だ

身を任せてくれとベイに伝え、最後まで目は逸らさず
刃を使った類と受けたベイの二人を支える
ベイが迷わず逝けるよう祈って、類の手当を

すまないと告げて…無しだと言われれば負い目は収める
弔うなら共に、そう望む心も同じだ


冴島・類
※シキさん(f09107)

新しく誰かを終わらせ
続く出口のない夢なら

鳥の声を遠くで聞いたと思ったら、広がる景色
シキさんと記憶の確認の後
終わらせないといけないとしても
あの夜が、来る前に

ベイ君を見つけ、軋むものは沈め笑顔で三人で冒険へ
目的地は何処にしよう
知らぬ景色が見えるまで、なんて
歩き疲れる程遊だら、並んで休憩を

ベイ君
三人で木に登った時のこと、覚えてる?
…じゃあ、その夜のことは
このまま共にいたいけど
僕らこの夢を終わらせに来たんだ

シキ君も話終わったら
強く繋いだ手を引き
手首噛み切り作った刃を、彼に
終わりは、せめて安らかに

すまんは無しだ
忘れないという心は同じ
醒めた後、院の周辺で人々の遺品があれば弔えたら



 夢から醒める方法も、成すべき事も憶えていた。
 ……忘れていたほうが、幸せだったかどうか。ほんの少し考えるけれども、覚えてしまっていたものは仕方がない。
「ここで終わらせよう」
 静かに、シキが言った時。類も小さく、頷いた。
「新しく誰かを終わらせ、続く出口のない夢なら……。終わらせる方が、いいんだろうね」
 先ほど聞いた鳥の声を反芻しながら、類は言う。覚えていることをすり合わせる。同じ話を聞いているのだという確認は大事だ。
 顔を見合わせる。顔を見合わせて話し合う。
「終わらせないといけないとしても……あの夜が、来る前に」
 静かに、類がそう提案したので、シキも頷いた。
「ああ。だったら……」

「冒険??」
 ベイの言葉に、そう、と類は頷いて。笑顔になった。
「今日は、遠くまで行ってみようかなって。もちろん、ベイ君も一緒だよ」
「遠くか……」
 そういわれて、ベイはちょっと、想像がつかないような顔をする。少し不安そうな顔でシキを見るので、
「……ああ、三人でずっと遠くへ行こう」
 シキも力強く、そう胸を叩いた。
「……二人が、一緒なら……それにしても、どこまで行くんだ?」
「そう……どこへ……」
 改めて言われて、類は少し考えこむ。
「目的地……。そうだね、何処にしよう。知らぬ景色が見えるまで……、なんて」
「いいな、そうしよう」
 冗談のような、本気のような。そんな口調で言う類に、シキは頷いた。
「果てまで、行ってみよう」
「果てまでか! ……わかった!」
 シキの言葉に、ベイは目を輝かせる。
「海、見えるかな~~」
 さっきまでの不安そうな顔とは打って変わって、楽し気にそんなことを言うベイに、
「……」
 顔を見合わせて。
 どこか、胸が痛むのを隠しながら。
 二人は、小さく頷くのであった。

 あの森を抜けると、荒野が広がっているらしい。
 誰かが、そう言っていた。
 だから、三人は歩いた。時々休憩を挟んで、森を進んだ。
 日は傾いたが、不思議なことに夕陽になってからは変わらなかった。夕陽のまま、ずっと、ずっと、陽は空にとどまっている。
 夜は、必ず孤児院で、死ななければいけないからか。
 それとも、シキと類に対する何かのメッセージなのかは、二人にはわからなかった。
「果て……ここが?」
「どうやら……そうみたいだな」
 そして。
 歩いて……歩いて歩いて。
 歩き続けたら、不意に森が開けた。
 開けた先には、荒野が広がっていた。道も何もない、砂漠のような土地に、ごつごつした岩。
「ああ……」
 森の先は、見渡す限りの荒野であった。
 この先には、街があるという。「先生」や「先輩」たちがたまに買い出しに行くという。
 とても……そんなものがあるようには見えなかった。道すらもなかった。
「きっとここが……夢の果てなんでしょうね」
 ポツン、と、類が言った。
「そうか……ここで、世界が終わるんだな」
 何となくその言葉に、シキもそうつぶやいた。
「すごいな。あれが海か?」
 ベイが、目を輝かせてそう問うた。その言葉に、はっ、と類が我に返る。
「海……ではないよ。しいて言うならなんだろう……荒野と砂漠が半々って感じかな」
「はんはん……難しいんだな」
「そうだね………………。よし、ここから先は行けそうにないし、休憩にしようか」
 提案は、不自然でなかっただろうか。
 会話の続きのように言った言葉に、シキは類を見る。類は小さく頷いた。
 ……最初から、決めていた。休憩の時に、話すのだと。
「休憩? ……わかった」
「ああ。じゃあ……あの木に登ろう」
 登ったら、きっと荒野がよく見えるだろうとシキが言って、
 ベイは、疑うことなく頷いた。

 そうして、好きなだけ遊びながら歩いて、探索して、ついに世界の果てなんて見つけたりなんかして。
「ベイ君。……三人で木に登った時のこと、覚えてる?」
 そうして……木の上で休憩して。荒野を見ながら、類がそう、静かに切り出した。
「木の上?」
「そう。三人で……すごく高い木に」
 言われて、一瞬の間がある。
「……ああ! もちろん、覚えてる! 俺が初めて木登りできるようになった木だ!」
「いつ……だったっけ」
「ええと確か……」
 指折り、数えて。
「……あれ?」
 いつだったっけ、とベイは首を傾げる。
「……じゃあ、その夜のことは……?」
「よ……る? 夜は、早くに寝ちゃったから、覚えてないなあ」
 日付は曖昧だったベイだけれども、夜のことは完全になかったことになっているらしい。
「このまま共にいたいけど……、僕らこの夢を終わらせに来たんだ」
 それは、やっぱり不自然なように感じられたから。
 類は、しっかりとベイに向き直ってそう切り出した。
「夢……?」
「そうだ。この夢は終わりにしなければいけない」
「……??」
 シキもまた、真剣な顔でそう言った。
「何言ってるんだ? 夢とか……終わりにするとか」
「聞いてくれ。……聞いてほしいんだ」
 意味が分からないという顔をするベイに、シキがゆっくりと話し始める。
 なるべく丁寧に。あの夜のような恐怖を与えぬよう静かに。
 何を言っているんだろうと言いたげなベイに、何度も、何度も、シキはわかりやすくかみ砕いて話を繰り返した。
 類も、何度も相槌をうって、細くして、わかりやすいように、心がけて語る。
「……なんだか、言ってることがわかんないけど……」
 最初は半信半疑だったベイも、何度も真剣な顔で繰り返すシキと類に、徐々に言っている言葉を理解していく。
「今のままでは同じ場所を回るだけだ。……海にも世界の向こうにも届かない。だから……」
 終わらせないと、というシキに、
「俺は、難しいことあんまりわかんないけど……、つまり、終わったら俺は死ぬってこと……?」
 ベイは、本当に不思議そうにそう尋ねた。
「シキ兄も、類も、俺が死んでもいいってこと?」
「………………違う」
 もう、死んでるから、それでいいじゃないか、なんて。
 シキには、言えなかった。
「シキ君」
 類が、口を開く。……こういう時、類ならうまくごまかせたかもしれない。……少なくとも、シキよりは上手に喋れたかもしれない。
「……大丈夫、夢から醒めても俺達は仲間だ……」
 でも、かろうじて絞り出すように、シキは言った。
 それが、シキの精一杯、であった。
「仲間……そっか。じゃあ、また一緒に冒険できるんだな!」
 なーんだ。と、ベイはほっとしたような声をあげて、
「だったら、いいよ! 目がさめても、よろしくな!」
 そう、笑顔で頷いた。
「……」
 類はその言葉に、息を詰める。よかった。と言いかけて。なにもよくない気がして息を呑みこむ。
「じゃあ、ベイ君」
 そうして類は、強くベイと手をつないで。
「少し目を閉じて。……ね。もう、おやすみ」
「わかった。おやすみなさい!」
 言われるままに、目を閉じるベイ。その隙に類は己の手首を噛み切って、血の刃を作り出した。
「また明日!」
「ああ……また明日」
 終わりは、せめて安らかに。
 シキの言葉が終わるや否や、刃がベイの喉に向かって一閃して。
 そんなことで、すべてはあっけなく、終結した。
「……」
 シキはそれを、目をそらさずにずっと見つめていた。
 どうか、ベイが迷わず逝けるよう祈りながら……。
「類、手当を……」
「ありがとうございます。……でも、きっと」
 そうして、静かに彼が息を引き取った時。
 世界が、まばゆい光に包まれた。
「ああ……」
 永遠に輝く夕陽とは、まだ違った穏やかな光。
 目が……醒めるのだ。

 そうして。
 二人は、目を開けた。
 まず飛び込んできたのは、屋根もない崩れかけた建物。……最終的に火を放たれた孤児院の、慣れの果て。
 そして、足元に散らばる無数の骨。
 傍らにはピアノが一台残っていた。
 そこには少女の死体が一つ、残っていた。
 少女がアナスタシアだという事は、顔を見てわかった。その死体だけが、新しかった。
 他のものは、もう朽ち果てて。誰がどれのものか、わからなくなっていた。
「……済まない」
 あの時、彼の命を消すのを類に任せてしまったこと。
「すまんは無しだ」
 それを詫びるシキに、類は静かに首を横に振った。
「忘れないという心は同じ。……これで、良かったんだ」
 類のその言葉に、シキはならばと、それ以上言わずに小さく頷くにとどめる。
「誰のものとはわからないけれども……弔えたら」
 それよりも、と類は足元に目を落としてそう言った。誰のものとはわからない骨だけれども、さすがに野ざらしにしておくのも忍びないだろう。
「ああ。そうだな……」
 シキも頷いて、ぐるりと周囲を見回した。
 廃墟に柔らかな日が落ちる。
 ベイがどこにいるのかはわからないが、きっとどこかにいるだろう。
 オブビリオンの姿はもはやどこにもなかった。言葉通り、力を失った影法師は消滅したのだろう。
「それで、本当に終わりにしよう」

 きっと、陽は傾き夜になるだろう。
 それでもかまわない。夜の次は……明日の朝が来るだろうから。
 明日の朝の後には明日の夜が来て……、
 いつかまた、この夢のつづきを見られる日も来るかもしれないのだから……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月02日


挿絵イラスト