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花のおもて

#カクリヨファンタズム #虹色夢の骨羊 #金・宵栄

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#カクリヨファンタズム
#虹色夢の骨羊
#金・宵栄


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●月と星と
 夜空に輝きが満ちていたその日、空から白い何かがが降り始めた。
 それは何の変哲もないただの花びらだった。だが幽世に生きる者たちの近くまで降りてきた瞬間、花びらがその色と形を変え始める。
 幼子は魔法みたいとキャッキャとはしゃぎながら外へ飛び出し、戻りなさいと言っていた大人も戸惑っていた大人も、花降る幻想的な夜を見ているうちに楽しむようになっていた。
 花を集め、眺め、愛で――しかしそれも体に花が咲くまでのこと。
 今度は何だ。何が起きている。
 驚いた彼らの意識は花の香りと共に深い深い眠りへといざなわれ――……、

●滅び齎すもの
 顔に咲いていた蒲公英。首に巻かれていたストールの下にあった淡い菖蒲色のペンタス。袖の下から覗く腕には、星のように白を抱いた紫のパンジーが。
「違う」
 男は倒れている者に咲く花を確認してはその場に放置し、次を確認する。その周りで白い花びらが黒へと変じる様も、倒れている者たちと同じく男は気にもかけない。男の関心は倒れた者たちに咲く花にのみ向いていた。
 男が通り過ぎた後、足跡のように残る黒い花びらは男との距離が開くにつれ元の白い花びらへと戻っていき――その白色に、鮮やかな虹色が降る。
 カラ、コロ。ガラ、カラ。
 倒れた妖怪に骸魂が取り憑いたのだろう。振り返った男の後方には虹色の骨羊が数体いた。虹色の骨にも白い花が咲くが、すぐに散ってまた咲いてを繰り返すばかり。
「まともに咲かせられないとはな。己を失くした獣ならば当然か」
 嘲る声に対し、紡ぐ声を持たない群れはカラガラと骨を鳴らして飛びかかる。
 その瞬間、男の揮った鞭が虹色の骨を次々砕いた。
 虹色の骨片が白い花びらの上に降り注ぎ、そこに宿主にされていた妖怪の体が現れる。するとすぐに別の骸魂が体を奪い新たな虹色の骨羊となって――“あの男から奪えぬのなら他から”と、骨羊たちはまだ誰も取り憑いていない妖怪に咲く花を我先にと喰らい始めた。
 男はそれにも関心を示さぬまま、花を咲かせて眠る妖怪の間を行く。
 その途中、民家の窓ガラスに男の顔が映った。顔の右側、頬と目元を覆うような白色に、男の目が苛立ちのような、憎しみのようなものを浮かべる。
「違う。俺が定めた宝は、この花ではない」
 男は拒否の言葉と共に咲いていた全てを引き抜いた。
 指の間から花弁を溢れさせた白睡蓮が、下ろされた手から地面へと落ち――引き抜かれたのと同じ場所にまた、白い睡蓮がやわらかに咲いた。

●花のおもて
 空から降り、色と形を変える白い花びらと、痛みもなく身に咲く花。
 ただの花であれば月と星が輝き花溢れる夜を楽しめるのだが、オブリビオンの企みが宿った花々が齎すのは深い眠りと幽世の滅びだ。
 拱手の後に顔を上げた汪・皓湛(花游・f28072)は、幽世に訪れた滅びを止めるべく首魁を討ってほしいと猟兵たちに願った。
「……名は、金・宵栄。金華猫の男です」
 やや深めの呼吸を一つ挟んだ後に告げた名。花を降らせ、花を咲かせ、眠った者に咲いた花を確かめ続ける金華猫の狙いは、花――定めたという宝の発見だという。
「ですが、あの男の言う宝は見付かりません」
 言い切ってから皓湛はかすかに笑み、幽世に降り、咲く花のことを語り始めた。

 幽世に着いた猟兵たちを真っ先に出迎える、降りながら変化する花びらと、体に咲く花。それぞれどのような花になるかは人によって違っており、訪れたばかりであれば、花が降り、花が咲く様を楽しむ余裕は十分にある。
 ただし、眠りのまじないは時が経つにつれ濃くなっていく。
 抗えなければその眠りに包まれ、気付かぬうちに幽世と滅びを共にすることとなるだろう。その前に、進んだ先にある町で群れている骨羊に襲われ、花を喰らわれてしまうかもしれない。
 しかし、眠り齎す花にはもう一つの顔があった。

「花びらも花も、記憶や魂といったものを元として現れる様なのですが……それ故か、咲いた花への想いを強く持つと眠りのまじないが遠ざかり、代わりに力を得られるのです」
 宵栄の狙いは求めるものを得ることであり、眠りだけでなく力を得られるというそれは思いがけず起きたことだろう。
「金・宵栄も花を利用するでしょう。あれは、目的の為ならば殺しも厭わぬ男です」
 だが、幽世の滅びを止めるのならばこちらも花の力を利用すればいい。花への想いを抱いて骨羊の群れを倒し、宵栄を討てば、幽世に日常が返ってくる。
 始めにしたものよりも深い拱手をした皓湛の傍らでグリモアが輝いた。
 世界がグリモアベースから夜の幽世へと変わり――白い花が、降ってくる。


東間
 タイトルの『おもて』は『面』であり『表』。
 花溢れる幽世シナリオをお届けに来ました、東間(あずま)です。

●受付期間
 タグ、個人ページ冒頭、ツイッター(https://twitter.com/azu_ma_tw)にて。

●一章 冒険『見上げれば、なにかが』
 一章の時点では眠くなりません。なっても少し眠いかな?程度。
 降った花びらは距離が出来ると元の白い花びらに戻りますが、咲いた花は抜いてもそのまま残ります。自分でやるとほぼ感覚はありませんが、他人に抜かれると少し痛いです。

 降る花びらの変化内容と咲く花は、キャラやご自身の宿敵イメージまたはモチーフ、好きな花、思い出のもの、花言葉を元にしたもの、TW6の異世界産などお好きにどうぞ。

 体にどう咲いたかもご自由に。口内含め、体内には咲きません。
 角や翼に咲いた、複数種類咲いた、もOK。目の場合は、明記されていなければ視力に影響なしの扱いです。何か不思議なパワーってやつです。
 例:咲いた花で片目とその周辺が隠れる、首輪のように咲いた。

●二章 集団戦『虹色夢の骨羊』
 失くした自分を得る為、同種すらも襲って夢を喰らう骨羊。
 戦闘開始時、皆様の体に咲いた花を特に欲しがり、群がってきます。

●三章 ボス戦『金・宵栄』
 今回の現象を引き起こした金華猫の男。詳細・補足は開始時に。
 ちなみに名前の読みは『ジン・シャオロン』です。

●二章、三章
 自身に咲いた花への想いを強く持つことでプレイングボーナスが発生します。
 感情の種類は問いません。強ければ強いほど眠りが遠ざかり、花の力が攻撃力や魔力などの戦闘面にプラスされます。

●グループ参加:三人まで
 同行者がいる方はプレイングに【グループ名】と【プレイング送信日の統一】をお願い致します。送信タイミングは別々で大丈夫です(【】は不要)
 日付を跨ぎそうな場合は翌8:31以降だと失効日が延びるので、出来ればそのタイミングでお願い致します。

 以上です。
 皆様のご参加、お待ちしております。
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第1章 冒険 『見上げれば、なにかが』

POW   :    気にせず無理矢理先へ

SPD   :    回避しながら先へ

WIZ   :    片付けながら先へ

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●花の夜
 ひらひら。
 はらはら。
 開けた原っぱに降る白い花びらは、彼方に浮かぶ月と瞬く星の欠片が降るようであり、辺り一帯に積もる様は雪のようでもあった。
 形はやや丸みを帯びた雫形。大きさは指先ほど。
 手を伸ばせば掌に舞い降りるよりも早く――目が花びらの形を捉えた頃に、花びらの形と色が変わるだろう。もしかしたら、白いままかもしれないけれど。
 それと時を同じくして、体の何処かに花が咲く。
 それらの源となるのは己自身だ。

 故に、現れるのは愛する花かもしれない。
 優しい思い出と紐付く花かもしれない。
 深い後悔や憎悪を呼び起こす花かもしれない。
 どこかで偶然見かけた、ただ何となく覚えていただけの花や、なぜ現れたのかもわからぬ花となるかもしれない。

 今は彼方にある眠りを招き、世界に滅びを齎すそれらは何も語らない。
 ただ――静かに降り、静かに咲く。
 
征・瞬
空から白い薔薇の花びら、首の後ろから左肩、鎖骨へと桃の花が咲く

記憶や魂を元にして現れる花……か
空から降ってくるのは白い花びら…
近くに来ると色は同じだがこの花弁は、薔薇の花弁だ
この花が嫌いか好きかと言われるとわからないが
母上が良く装飾品で身につけていたな、と…
……いや、やはりいい思い出ではないな
祖父も父上も、寵姫だった母上に籠絡されて破滅したのだから

桃の花の香りがする、これは後ろ…すぐ近くから?
ああ、この桃の花は……
「西嘉…君はいつでも私を守ってくれるということか」
始めはただただ興味本位だったが、私は随分と君に気を許しているらしい
君が共に在るというなら心強いものだな



 見上げた空から降る花びらは、深い深い青色をした夜空とは対照的な白。くるりひらりと舞う様はよく見えるが、そこに音らしい音は一切ない。無風の夜、草原が歌うこともなく――故に、征・瞬(氷麗の断罪者・f32673)が耳にするものは自分の足音のみだった。
「……」
 降り続く白は瞬が今見ている世界全てに在った。遠く彼方に降る白い花びらは雪のようで、しかし自分の周りに見えているものは花びら以外の何ものでもない。それらが白いままに踊り、時を刻みながら形を変えていく。
(「これは……薔薇の花弁か」)
 足を止め掌を上にすると、ほとりと一枚。続いてもう一枚。
 白薔薇が好きか嫌いかと問われたなら、瞬はわからないと答えただろう。ただ、白薔薇に変じた理由には心当たりがある。
(「母上が良く装飾品で身につけていたな」)
 美しい母だった。白薔薇を身につけた母の美貌はより輝くようで――と思い出したところで瞬は瞳を閉じ、短く息を吐く。
(「……いや、やはりいい思い出ではないな」)
 記憶に残る白薔薇を身につけていた母は寵姫であり、その母に祖父も父も籠絡され破滅した。美しい白薔薇に纏わる記憶は、花の美しさ以外のものも孕んでいたのだ。
 瞬は花びらを受け止めていた手を下ろして再び歩き始めるが、ふいに何かが香り、思わず足を止める。
(「桃の花の香りがする、これは後ろ……すぐ近くから?」)
 振り返るが在るのは花びら降る草原だけだ。白薔薇だった花びらは既に戻った後で、どれが白薔薇だったかなど全くわからない。それでも桃花の香りだけは傍に在る。
 ふわり漂う香りが鼻腔を通って――ひとつの存在に思い至った時、切り揃えた髪に何かが触れた。服の下でも小さな存在が芽吹いたのに気付き、瞬は首の後ろに触れ、そこに在るものが左肩から服の下へ続いているのを確かめる。釦をいくつか外したその唇から、ああ、とかすかな声がこぼれた。
「西嘉……君はいつでも私を守ってくれるということか」
 自分の護衛を務める男。始めはただただ興味本位だったというのに、咲いた花を見るに、自分は随分と気を許しているらしい。
 今此処に居るのは自分一人。
 花溢れる夜はひどく静かだが――、
(「君が共に在るというなら心強いものだな」)

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
見上げれば空から白い花弁が降る
本当に、雪の様だ

音もなく降り注ぐそれに思わず手を伸ばす
花弁は見る間にその色を変えた
深い、青。瑠璃色
夜空に淡く輝く、青い星

気付けば伸ばした自身の手にも茎が絡みついていた
碧々とした葉が、青い花がぽつぽつと咲き始める
―何の花、だったかな
花の名には詳しくない
見た事があるかも思い出せない

小さな青い花弁に、白い星の筋を描いた様な花だ
名は分からないけれど、まるで青く輝く星のよう
……
思わず自嘲の声が漏れる
夜空に浮かび、常に此方を見下ろす星たちが
何時もはあんなに焦がれても手が届かないのに
こんな時だけ掴めてしまうなんてな

両手の青い星をそっと
零れない様に包み込んで

※咲いた花の名は、蛍葛



 見上げれば舞い降りてくる儚き白。それは本物の雪のようだというのに、空気が持つものは刺すような冷気ではなく、春から初夏へと向かうさなかにのみ在る心地良さのみ。ノヴァ・フォルモント(待宵月・f32296)の吐く息も、白色にはならずに無色のままだ。
 はらはら、ひらり。
 世界と共に静寂を編む白い花びらへ思わず手を伸ばす。
 するとノヴァの手と合わせるように、周囲に降り続くの白が深い青――瑠璃へと変わり、星の形となって掌へと音もなく降りて来た。
 ノヴァの周りでのみ、無名の白が夜空に淡く輝く青い星へと変わっていく。
 ほとりほとりと草原の上に小さな青い星が増えていく。
 そんな、知らず星を生むような心地の中、ノヴァは自身に現れた変化に気付いた。
 手に絡みついている若草色の茎。いつの間にと見つめる目の前で、ぽ、と碧々とした葉が顔を出して形を広げていき、更にぽつぽつと花も咲き始める。
 見ているものは自分の手ではなく野山の一部だったのだろうか。
 すっかり手を彩られてしまったノヴァは、暫し呆けた後困ったように目を細めた。
「――何の花、だったかな」
 花の名には詳しくないんだと、名も知らぬ花にそっと告げる。
 覚えていないだけで見たことがあるかもしれないけれど。それも、思い出せない。
 中心から花弁それぞれへ白い星の筋を描いたような、小さな青い花弁だ。花弁はかすかに緩やかに波打っていて、その青さは、春の青空が見せるいっとうやわらかな色と似ている。
 この名もわからない花弁が光を宿したなら、きっと青く輝く星のように――。
「……」
 けれど静寂に落ちたのは星の光ではなく、ノヴァがこぼした自嘲の声だった。
 手に絡みつき彩る青い星花から夜空に目を向けると、降り続く青い星の先に白い花びらが。その更に向こうでは星々が瞬いている。
 あの色に、光に触れられたなら――。
 遠い夜空に浮かび、常にこちらを見下ろし輝く星々に、何度焦がれただろう。
(「何時もはあんなに焦がれても手が届かないのに」)
 幽世が静かに緩やかに滅びの際へと向かうこんな時だけ、焦がれ続けたものを掴めてしまうなんて。
 今が、滅び迫る時ではなく。
 これが、本当の星であったなら。
 尚も届かない彼方への想いと共に、ノヴァは両手の青い星を黄昏色の双眸に映す。
 指にそっと力を入れて、茎も葉も、青い星も傷つけぬよう、零れぬように――そっとそっと包み込んだ花の名は蛍葛。夜に光紡いで舞う命の名を関した、青い星。

大成功 🔵​🔵​🔵​

絲織・藤乃
先生(f22581)とご一緒いたします。

花弁の降る光景ならば見慣れているはずなのに
この花弁は桜吹雪とはまた違った趣。
不思議ですね、先生。
振り返った先で先生の頭頂に咲く撫子にぱちりと瞬き。
つい笑ってしまいそうになって慌てて口を抑えます。

緩やかな風に揺られ、気づけば髪に白と紫の藤が髪色に合わせてひとつ、ふたつ、合わせて十。
触れられるのは何故だか恥ずかしいような気持ちも致しますが、頷いて。

いとしとかいてふじのはな
なんて昔の人は洒落たことを考えたものですけれど
こうして藤乃に咲くなんて、まるで先生への想いが溢れ出してしまったかのようです。

まぁ、違いますわ、先生!
いえ、読みたいですけれど、そうではなくて!


琴音・創
藤乃くん(f22897)と。

幻朧桜以外の花吹雪が舞い落ちる姿も一興だ。
桜の艶容も良いが、あれは時に華美過ぎて他の花を霞ませるからね。

桜がある日、別の色に染まるとか枯れてしまうとか話の導入としては中々良いなと手帳にペンを走らせ、後日の作品の為に書き留めておこう。

メモの為に俯いてたら丁度、頭頂に撫子の花がにょきりと茎を伸ばして一輪咲きに。

――なぁ、撫子は好きだがこれは少し酷くないかい?

マヌケな絵面に見えるが、抜き去る程でもないので気にしないでおこう。
対して藤乃くんは随分沢山咲いたなぁ。触っていい?

許可貰えれば軽く指の腹で擽る程度に花弁撫で。

私への想い……早く新刊出せとかそういう事だろうか(震える)



 月と星々浮かぶそこからやって来たような。
 去った筈の冬が連れてきたような。
 けれど降り続く白色は、そのどちらでもない花びらの群れ。
 幻朧桜以外の花吹雪が舞い落ちる様をじっと見つめていた琴音・創(寝言屋・f22581)は、ふいに透き通った撫子色を細めた。
「幻朧桜以外の花吹雪が舞い落ちる姿も一興だ。桜の艶容も良いが、あれは時に華美過ぎて他の花を霞ませるからね」
 くすりと笑み、伸ばした指先を名もなき白色がかすめて落ちていく。
 ――待てよ。桜がある日、別の色に染まるとか。又は、枯れてしまうとか?
(「話の導入としては中々良いな」)
 創は後日の作品の為にと、思いついた話の種を手帳にペンを走らせていく。
 そんな創の声は物語の一節を諳んじるようで、絲織・藤乃(泡沫・f22897)は憧れ抱く作家先生の声に耳を傾けながら、花びらが降るという見慣れている筈の光景に淡い藤色を瞬かせた。
 サクラミラージュでも花びらは舞う。朝も昼も――当然、夜も。
 洋燈の明かりや月光などに照らされた幻朧桜とその桜吹雪は美しく、洗練された庭園や邸宅、風光明媚な場所などで見たなら、心震わす一枚絵と出逢ったような感覚を得ることもあるだろう。
 だが目の前に――幽世を覆うこの光景は、桜吹雪とはまた違った趣があった。
 風のない静かな夜であることも一因なのだろうか。
「……不思議ですね、先生」
「そうだね、藤乃くん。……ん?」
「まぁ」
 俯いていた創が顔を上げたのと、振り返った藤乃がその瞬間を捉えたのはほぼ同時。
 ぽつんとあったカーブミラーは誰かがそこに突き立てたのか、原っぱとなる前の名残なのか。創が顔を上げた時、鏡に映っていた創の頭頂に茎がにょきりと伸びて撫子の花が咲いた。それも、一輪だけ。
 まるで玩具のような。
 手品のような。
 それは“撫子、此処に咲く”と謳われそうなほど、堂々とした一輪咲きで。
「――なぁ、撫子は好きだがこれは少し酷くないかい?」
 何故、頭頂に?
 何故、このような咲き方を?
 鏡に映る一輪咲き、その隣にもうひとつくらい咲いてこないだろうか。なんて待ってみるも咲く気配はなくて――ぱちりと瞬きをした藤乃はつい笑いそうになり、慌てて口を抑えた。
 待って私、抑える所を先生にお見せしないようにすべきだったのでは?
 創を敬愛しているからこその想いを藤乃がくるくる巡らせている間、創は頭を軽く動かした。撫子の一輪咲きがひらひら揺れる様を眺め、ふむ、と頷く。
 マヌケな絵面に見えるが、抜き去る程でもなし。
 まぁ、咲いた瞬間を見た時は多少何かしら思いはしたが。
「対して藤乃くんは随分沢山咲いたなぁ」
 さらり、さら、さら。あまりにも静かで存在を忘れかけていた風が緩やかに吹き、三つの彩を宿す藤乃の髪を揺らした。
 色は白と紫。名は藤。
 髪色に合わせひとつ、ふたつ――合わせて、十。
 名を現すように咲いた藤ひとつひとつが創の目に映る。
「触っていい?」
 触れる?
 敬愛する先生が、自分の――花に?
 何故だか恥ずかしいような気持ちもしたが、厭う心も否と言う理由も全くない。
 藤乃がこくり頷いてから創は指先を伸ばした。指の腹で、そ、と擽る程度に花弁を撫で、乙女の髪に咲いた藤花が揺れる様を見つめる。
「いとしとかいてふじのはな……なんて昔の人は洒落たことを考えたものですけれど」
「ふふ、そうだね。全くだ」
 “い”、“と”、“し”。
 古来より語られる言葉遊びに創は笑み、ありがとうと囁いて指先を離す。
 それを見送った淡藤色の双眸が、恥じらうように伏せられた。
「こうして藤乃に咲くなんて、まるで先生への想いが溢れ出してしまったかのようです」

 先生(私)への想い。
 それは読者(藤乃)からの想いであるからして――……もしや。

「……早く新刊出せとかそういう事だろうか」
 ウッと胸元を押さえ震える創に藤乃は「まぁ」と目を瞠った。
「違いますわ、先生!」
「違う? つまり私の新刊は望まれていないのかい……?」
「いえ、読みたいですけれど、そうではなくて!」

 花が降り、花が咲く幽世の夜。
 静寂だけが花と共に在った草原には、ほんのちょっぴりのすれ違いも咲いて――乙女二人の声が暫し、花々と共に草原を彩った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニーナ・アーベントロート
千鶴くん(f00683)と
夢みたいな景色に見惚れてたら
花の雨がはらり頬撫でる
隣のきみをふと見れば
その貌に凛と咲く青薔薇が、見慣れた紫と並んで
すっごく綺麗だよ、千鶴くん!
…首の蔦、痛くない? 大丈夫?

おなじ馨りはあたしからも
手鏡覗けば、ぐるり頭を彩る真赫な薔薇が
女王の冠みたいで誇らしい
…ん、なんか胸元がもぞもぞする

(こっそり確認)

胸の真ん中、心臓の近く
ひときわ濃い深紅の薔薇が一つ
血を思わせるその色は
何故か、見ていてとても落ち着く
あ、千鶴くんも見る?
……うそうそ、怒らないで

赫と蒼は互いに映えるだろうけど
流石に片目は怖くて受け取れないから
王冠から一輪取って、きみの胸ポケットにでも
揶揄ったお詫びの印を


宵鍔・千鶴
ニーナ(f03448)と

夜霄を仰げば
雪が舞い降りたみたいに
白い花が掌へ

ぽろぽろ、はらり
落ちる花弁は深蒼に変化し
片目だけ大輪の青薔薇咲かせ
首にぐるりと蔦絡む
…薔薇の馨り、本当に咲いてる
故郷の家に縁在る花の所為か
当然の様によく馴染む気がする
痛くはないよ

目が合うきみにも赫き花冠
俺とお揃いの花だ
高貴に彼女を彩る真っ赫な薔薇
御伽噺の女王様よりうんと似合ってるけど
…へえ、心臓の近くか
ニーナの心の花みたいだね

見……見るわけない…!
だめだよ、ニーナさん
女の子が軽々しく言っちゃいけません(じと目

俺の青薔薇を摘んで
ニーナの花冠に添えたらふたつの彩で
もっと綺麗になるかも?
自分の胸に咲いた赤薔薇
そっと触れて微笑んで



 月と星が白く輝き、真白い花びらが音もなく降る。
 夢のような景色はニーナ・アーベントロート(赫の女王・f03448)の視線を独り占めし、それは白い花びらの雨がはらりと頬を撫でても変わらない。
 夜空を仰いだ宵鍔・千鶴(nyx・f00683)の目も、雪と見紛うような風景へ注がれていた。夜空を向いた掌は、白色を確かめるように。そこへ白い花びらたちが雪のように舞い降りて来る。
 ――その白色が白磁の掌に触れるより少し早く。
 夜の黒と、月と星と花びらの白に、ぽろぽろ、はらりと深蒼が現れた。
 その彩がニーナの意識にも射し込んだのか。景色に見惚れていた明るい黄昏色がふいに千鶴の方を向き、わぁ、と瞠られた。
「すっごく綺麗だよ、千鶴くん!」
 美しい紫彩と並んで咲く大輪の青薔薇。片目にだけ咲いた青は千鶴の容貌をより輝かせながら、静かな夜に似合う美しい馨りを漂わせ――細く白い首に、ぐるりと蔦を絡ませていた。
「……首の蔦、痛くない? 大丈夫?」
「……首? ……あ、本当だ」
 ニーナの言葉と視線を受け指先を添えれば、本来そこで感じる筈のない手触り。けれど何よりも“本当に咲いている”と感じさせているのは薔薇の馨りだった。それは“夢でも幻でもない”と告げる花の聲のよう。
 そして、片目に咲いた青薔薇は千鶴の故郷の家に縁在る花でもある。馨りを届ける青薔薇が当然のようによく馴染む気がするのは、その所為だろうか。だから。
「痛くはないよ」
 大丈夫。そう言って目が合ったニーナにも花が咲いていて、ニーナから見て片方だけになった紫彩に赫が映った。ニーナ、と呼ばれ、青薔薇咲くかんばせを見つめていたニーナはこてんと首を傾げる。
「きみにも咲いてるよ。俺とお揃いの花だ」
「……え? あ、ほんとだ、おなじ馨りがしてる。えっと……あったあった」
 手鏡を覗けばさらさらとした鈍色の髪――頭をぐるりと彩る真赫な薔薇。
 鮮やかな彩と華麗な形は女王の冠を戴いているようで、何だか誇らしい。そう言ってはにかむ少女の強さを知っている千鶴からすれば、御伽噺の女王様よりもニーナの方が高貴に彩られていて、うんと似合っているのだけれど。
「……ん、」
「どうしたの」
「なんか胸元がもぞもぞする」
「服の下に咲いたの?」
 自分はどうだろう。千鶴が軽く腕などを動かし確かめる隙にこっそり確認したニーナは、胸の真ん中、心臓近くでひときわ濃い深紅の薔薇を見た。
 咲いていたのはその一つだけ。けれど色白の肌をうすらと染めるほどに鮮やかな――例えるなら血のような色をした薔薇が、
(「何故かな……見ててとても落ち着く」)
 ――と、そこでニーナがこそり確認しているのに千鶴が気付いた。
 咲いてた? という声に、うん、と笑って返す。
「心臓の近くに一つね」
「……へえ。ニーナの心の花みたいだね」
 自分の心の花。
 黄昏色の双眸がぱちぱちと瞬きをして――ニヤリ。
「え、何」
 今度は青薔薇と並ぶ紫彩が瞬き二回。
 ふふふと笑ったニーナの両手が、そろりそろりと襟の釦に添えられて。
「千鶴くんも見る?」
「見……見るわけない……!」
 白い肌に少しだけ朱がさした。けれどすぐ元の色へと落ち着き、先程瞬きをしていた目がじと目になってニーナを見る。
「だめだよ、ニーナさん。女の子が軽々しく言っちゃいけません」
 もっと自分を大切に。一つしか違わない少年からのお説教に、釦に添えられていた両手がパッと離れた。
「……うそうそ、怒らないで」
「……ああ、でも」
「でも?」
「俺の青薔薇を摘んでニーナの花冠に添えたら、ふたつの彩でもっと綺麗になるかも?」
「あー……」
 片目に咲いた青薔薇と頭に咲いた真っ赫な薔薇。対象的な色を持った薔薇は、その姿と彩によって単体でも美しいが、寄り添ったなら、自身の彩だけでなく相手の彩も魅せるだろう。
 ニーナが想像したものは千鶴が言った通り、今よりもっと綺麗だった。
 けれど。
「流石に片目は怖くて受け取れないかな。だから、はい」
 薔薇の王冠から、スッと抜いた一輪。
 それを千鶴の胸ポケットに挿して、へらりと笑う。
「揶揄ったお詫びの印」
 冠のように咲いたばかりの赫が自分の胸にも咲く。贈られた一輪の赫薔薇に白い指先がそっと触れて――笑う黄昏色と交わった紫彩も、静かに微笑んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フィッダ・ヨクセム
降りてきた花弁をなんとなく捕まえようとして
頭から首周りにわああと白と青の花が疎らに咲いた
少し規模がデカイが、オラトリオの頭の花はこんな感じなのかな
随分と貴重な体験だ
花に群がられて目を丸くしちまうわ

青い花はデルフィニウム、白はスズラン

二色の花飾り、レイとかいう奴に似ている気がするがなんか違う
こいつは傍から見たら可愛い首輪なのでは?
うわ、恥ずい……気が向くまで適度に抜いとこ
突然パリピみたいに思われるのはヤダ(ぷちぷち)

花言葉なんて、知らない
この花を手にしたこともない

見た目とかの綺麗な様子に興味が湧いたことの在る花だ
…確か、どちらも毒草、あぶないやつ…
食べるな危険?そんなの
解らねェ程無知ではねえよ



 夜空から白い花びらが降ってくるのだ。誰かが籠に花びらを詰めて吊るして、揺らして降らせているのでなければ、そういうことは起きない。だから、だからフィッダ・ヨクセム(停ノ幼獣・f18408)はが何となく捕まえようとしたのは自然なことだった。
「お……ッと、とと」
 キャッチ出来るように駆使するのは両手。包むように、はしっと――そんな風に捕まえようとした時、頭から首周りにかけて何かが現れたのを感じた。襟の内側が、一気にふっくらもこっとなったのがわかる。
 何が咲いたのかとフィッダは頭と首周りに触れながら周りを見た。
「お、丁度いいのがあるじゃねェか」
 降り続く花びらを浴びながら草原をさくさくと鳴らして近寄ったのは、なぜかそこに在ったカーブミラー。つるりと丸い鏡に映るよう近付けば、咲いたと感じた通りの場所が白と青の花で疎らに飾られていた。
(「少し規模がデカイが、オラトリオの頭の花はこんな感じなのかな」)
 しかしこれは、ヤドリガミである自分には、そういうユーベルコードを受けない限り起きない現象だ。随分と貴重な体験だとフィッダは鏡に映る花を掌で確かめ、花に群がられている様に、改めて目を丸くする。
 藤のように房を作るように咲く青のデルフィニウムと、緩やかな弧を描く茎からころんと咲く白いスズラン。二色の花飾りを見ていてふいに思い浮かんだのは、とある花飾り――確か、『レイ』というものに似ている気がして、フィッダの眉間に皺が寄る。

 いや、待て。
 似ている気がしたが何か違う。

 こいつは傍から見たら可愛い首輪なのでは?

 そう思った途端、フィッダは自分に咲いた花を掴んで――ぷちっ。
(「うわ、恥ずい……気が向くまで適度に抜いとこ」)
 ぷちぷち、ぷちっ。
(「突然パリピみたいに思われるのはヤダ」)
 鮮やかな青と可愛らしい白が持つ花言葉は、知らない。そんなものは知らない。この花を手にしたことがないのだから、わざわざ調べるようなこともなかったのだ。
 けれど、その見た目や綺麗な様に興味が湧いたことは覚えている。
(「……確か、どちらも毒草、あぶないやつ……」)
 ぷち、と抜いたデルフィニウムとスズラン。
 それを食べれば当然――なんてこと、解らないほど無知ではない。

 毒と“幸せ”。相反する二つを孕んだ花はフィッダが抜くのを止めるまで草原にぽとぽとと落とされて――青と白の、花の足跡が点々と続いていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

宵と手を繋ぎ月が輝く野原へ
雪のように降る白い花に思わず肉を得たエンパイアにて見た桜吹雪を思えば宵と手を繋いで居らぬ左手を伸ばすも、触れた指先にポインセチアの赤い葉と小さな花が咲けば眉を寄せよう
赤毛の所有者が死地へと向かう直前に咲いていた、それ
積もる花が雪を赤く染めた所有者の姿を記憶の底から呼び起こせば自然と視線が落ち掛けるーも
そのすぐ近く…柔らかく手首を包むよう咲いた愛おしい相手の瞳の様なカンパニュラ・ポシャルスキアナの花が咲けば惹かれるように隣の相手へと視線を向けつられるような笑みを
ああ、お前が居るならば何も恐れる事はないか
お前は俺が必ず守る様に、俺にはお前が居るのだから、な


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

かれと手を取り合って野原へゆきましょう
ひらひらと降るその花びらを見上げ
自らの前に舞い降りた花びらを空いた片手で掬ったなら

ふわりと咲くのは苧環の花
ヤドリガミとして目覚めた僕に学を授け、育ててくれた
最後の主人の愛した花
最期は助けられなかったあの人を思うと唇がきゅとひき結ばれるけれど
繋いだ手のあたたかな体温に、隣のかれへと振り向いたなら

指先にあざやかな赤い花を摘んで
そして手首に僕の色の花を咲かせこちらを見てくれる愛しいまなざしに笑いましょう

大丈夫ですよ、ザッフィーロ
きみの恐れも哀しみも、過去への後悔も すべて僕が包んできみの希望へと変えましょう
きみは僕が導くのですから



 逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)とザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)は互いの手を取り、白い輝きと花びらで満ちゆく草原を歩いていた。
 音もなく降る花びらが白いせいか、彼方から降ってくる光景は本当に雪のようで――故に、ザッフィーロは無意識の内にサムライエンパイアで見た桜吹雪を思い出していた。
 宵とは繋いでいない左手を伸ばせば、そこに桜よりも白い花びらがやわらかに踊りながらやって来て――けれど、白と触れた指先に咲いた赤い葉と小さな花が眉を寄せさせる。
(「……何故、この花が」)
 赤毛の所有者が死地へと向かう直前に咲いていたもの。
 秋が深まり冬へと移りゆく季節に多く見られる季節の花。ポインセチア。
 ひとによっては楽しき聖夜に繋がる花は、ザッフィーロの中では永劫の別れを呼び覚ます花になっていた。音を立てず降る花びらが白いことも、あの時の雪を――雪を赤く染めた所有者の姿を記憶の底から呼び起こすばかり。
 前を見ていた視線は自然と落ちかけて――。
 ――宵もまた、咲いた花に亡き人を思い出していた。
 自分の前へと舞い降りた白い花びらを空いた片手で掬えば、やわらかな花びらの集まりが掌を包み込むようで。それを楽しむ間もなくふわりと咲いたのは、ふたつの花を合わせたような紫色――苧環の花。
(「……ああ。この花は、あの人の……」)
 蒐集家であったその人は、ヤドリガミとして目覚めた自分に学を授け、育ててくれた。どう思うかと訊かれたなら、迷わず最愛の主人と言える存在だ。
 けれど、その最愛の主人たる人物の最期を自分は救えなかった。
 あの瞬間失った存在を思うと、きゅ、と唇が引き結ばれる。

 それでも。

 カンパニュラ・ポシャルスキアナの花が、ザッフィーロの手首をやわらかく包むように咲く。繋いだ手のあたたかさが、宵の中から冬の底へと向かうような冷たさを払っていく。
 咲いた花は愛おしい存在の瞳に似ていた。
 伝わる温もりが視線を隣へと向かせていた。
 互いが持つ想いや気配、色が二人の視線を交差させ、現れた花から生まれた悲哀を包み込んでいく。落ちかけた視線は星のような紫の花と共に宵を向き、悲しみを滲ませていた唇はやわらかに笑う。
「ザッフィーロ」
「……ああ」
 鮮やかな赤い花が摘まれてもザッフィーロは痛みを感じなかった。名を呼ばれ、つられるように笑みながら、ただ一言だけを返す。
 宵はそんなザッフィーロに――手首に自分の色の花を咲かせ、こちらを見てくれる愛しい銀の眼差しへと笑いかけた。
「大丈夫ですよ、ザッフィーロ」
 この身は旧き天図盤。
 見たものに星の位置を、自身の居場所を教えるもの。
 ならば――。
「きみの恐れも哀しみも、過去への後悔も。すべて僕が包んで、きみの希望へと変えましょう。きみは僕が導くのですから」
 隣に在るザッフィーロがどのようなものを抱き、時に苛まれようとも、自分が唯一の星となって必ずすくい上げ、導いていく。
 目の前の存在が紡ぐ言葉は、北の空に煌々とある星よりも眩くて。その導きは、本当の冬を迎え、そこに重なり広がりゆく赤が現れても翳りはしないだろう。故に。
「ああ、お前が居るならば何も恐れる事はないか」
 ザッフィーロは繋いだ手へと力を籠める。
 きゅ、とすぐに返ってきた感覚で、繋いだ手に宿る温もりが増すようだった。
 それが導きの輝きに加わるようで――愛おしい。
「お前は俺が必ず守る様に、俺にはお前が居るのだから、な」
 一人ではなく、二人だから。
 他の誰かではなく、彼だから。
「行こう、宵」
「ええ。行きましょう、ザッフィーロ」
 静かに滅びが迫る世界であろうとも、二人共に在るのなら――何ものも、自分たちの歩みを止められはしまい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エルナ・ミューレン
幻想的な雰囲気
私の故国とは違う、夜の空がなんて眩いんだろう
生まれてから長く、どんよりした空ばかり見上げていたから
舞い散る花弁は雪みたいに思えて

ふと違和感を感じて触れた左の目
咲いたのは一輪の薔薇
髪に咲く白ではなく、優しいピンク
…あぁ、あの方の色ね

私のたったひとりの主人
守れなかった尊い人

目に咲いたなら、この世界を貴女と共有できる?
…それなら素敵ね

せっかくだから、そのつもりで景色を楽しもう
あれは月、たくさんの眩いものは星
語りかけるよう呟いて
こんなに綺麗な空から花まで降るなんて、姫様のはしゃぐ姿が浮かぶようね
本当にお見せできたら、どんなに…なんて考えても詮無いことね

あぁ、本当に…苦しい程に美しい



 目の前に広がる夜は、同じ夜なのにエルナ・ミューレン(銀雪の騎士・f18527)が知る夜とは全く違っていた。
 夜空に浮かぶ月と瞬く星。舞い降る花びら。
 彼方でぴたりと留まっている白と、周りで絶えず踊る白。
(「私の故国とは違う、夜の空がなんて眩いんだろう」)
 夜と闇に覆われた過酷な世界では、こんな風に幻想的な雰囲気の中で穏やかに過ごせる夜など、稀であることのほうが多いだろう。それにエルナが見てきた夜は、生まれてから長くどんよりとした表情ばかりを見せていた。
「……本当に雪みたい」
 思わず呟いた時、ふと違和感を覚えた。
 見える世界は変わらない。しかし違和感の源である左目へ手を伸ばすと、ふわりとやわらかなものに触れた。同時、足元でぱしゃりと音がする。
「水溜り……?」
 覗き込んだそこに違和感の正体はあった。
 揺れる水面が落ち着けば、その姿がはっきりと映り込む。
「……薔薇」
 左目に咲いていた一輪の花。髪に咲く白ではなく優しいピンク色をした花びらが、自然と可憐な印象を与える薔薇だった。でもどうしてこの色に、という疑問はすぐに晴れることとなる。
「……あぁ、あの方の色ね」
 自分の、たったひとりの主人。
 守れなかった尊い人。
 この身を盾として忠誠を誓う筈だった唯一の存在は、二度と手の届かぬ存在になってしまった。守れていたなら、共にこの景色は見られずとも、こんな光景があったのだと報告することくらいは出来ただろう。
 けれどエルナは左目に咲いた薔薇にそっと触れ、指先で優しく撫でて囁いた。
「目に咲いたなら、この世界を貴女と共有できる? ……それなら素敵ね」
 折角だからそのつもりで、とエルナは止めていた足を動かした。
 この薔薇を通して、自分の記憶を伝って。そして穏やかな眠りであることを願うかの存在に、今の自分が見ているものを。
「あれは月、たくさんの眩いものは星」
 ここの夜は随分と眩しいでしょう――語りかけるように呟いた唇が、かすかに笑む。こんなにも綺麗な空から花びらまで降るなんて、姫のはしゃぐ姿が目に浮かぶようだ。瞳も笑顔も輝かせて、自分の名を呼んで振り返って――、
(「本当にお見せできたら、どんなに……」)
 なんて考えても詮無いこと。
 そんなことは、あの日からずっと、わかっていることだ。
「あぁ、本当に……」
 苦しいほどに、美しい夜だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
エドガーさん(f21503)と
柔らかくて、優しい雪みたい
綺麗でいつまでも見ていたくなりますね

降ってくる花弁は指先に触れても色は白のまま
少しだけ細い、マーガレットの花弁
風が吹いたら飛んで行ってしまいそうだから優しく包み込んで貴方に見せて
可愛い、花でしょう?

薔薇に愛されてる?どういう事だろう…
尋ねようとしたら首元の違和感
気付けば白い薔薇が咲いていて声が出辛い
けほ、と咳を出しても声は出ず
(赤い薔薇、お似合いですよ)
確かにエドガーさんにはよく似合うと思う
笑ってみせるけど上手く伝わるかな
指先で左胸の薔薇へ軽く振れて離れる

引き抜かれた薔薇に吃驚して押し返す
そうじゃないの
私が持つより貴方の方が似合うから


エドガー・ブライトマン
コトコ君(f27172)と行こう
空から白い花びらが降る様は雪のようだけれど
不思議な景色だね、これは

花びらは私の近くまで落ちてくると、白から赤へ
これは…バラの花びらだ
ふわっと染まっていくのが面白い

コトコ君、キミの方はどう?
差し出された手の中を覗き込む
ささやかで、バラとは違ううつくしさがある
なかなか可愛らしい花だ

ふと、左胸の辺りに違和感が…
あ、生えてる
胸元に咲いていたのも赤いバラ
ウーン、私は赤いバラに愛されがちなのかも
左腕をそっと撫で

ワッ、大丈夫?コトコ君
咳を出してるけれど、笑っているし平気なのかな
バラに触れた意味を考え
――ああ、なるほど!

左胸の花を抜いて差し出す
これが欲しいのかい?…あれっ違う?



 夜空に花々の苗床となる大地は存在しない筈なのに、見上げた先、彼方から降る白い花びらは終わりというものを知らないよう。その花びらが舞い降る様はやわらかく、温もりを奪わない白色は優しい雪のようでもあった。
「綺麗でいつまでも見ていたくなりますね」
「わかるよコトコ君。それに、とっても不思議な景色だね、これは」
 綺麗に切り揃えられた黒髪を静かに揺らし、花降る夜に笑いかけた琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)に、エドガー・ブライトマン(“運命“・f21503)も朗らかに笑みながら答え、おいでと誘うに空へと手を差し伸べる。
 招かれたそこを目指すように、深蒼の夜空から来た白が舞う。エドガーの近くまで落ちてきて――そこに不可視の境界線があるかのように次々と赤色に染まっていった。しかし色の変化は降る様と同じく、ふわっとやわらかだ。
 鮮やかな筈の変化をやわらかに見せた花びらが数枚、エドガーの掌にお邪魔する。その周りでも赤く染まりゆく花びらが何の花か、エドガーはすぐにわかった。何せ、起きている時も眠っている時も一緒なのだから。
(「バラの花びらだ」)
 ああでも、自分以外の赤薔薇が傍に来たら『彼女』は怒らないだろうか。
 幸いなことに今のところは静かだけど。――大丈夫かな。
 左腕をちょっぴり気にする隣で琴子の指先が舞い降る花びらに触れる。花びらの色は真っ白なまま形が少しだけ細くなり、緑を豊かにたたえた瞳がぱちりと瞬く。
(「……マーガレット」)
 光を浴びると宿す白と黄色をより輝かす花のかけらは、風が吹いたら飛んで行ってしまいそうで。可憐な花びらが夜に連れて行かれてしまう前に、琴子は花びらの舞を邪魔しないように両手で受け止め、包み込む。
「コトコ君、キミの方はどう?」
「見てみますか?」
 どうぞ、と差し出した手――合わせて閉じていた両手を開く。エドガーが覗き込んだ少女の掌では、白い花びらが数枚眠るように在った。ささやかな姿と色は、薔薇とは違う美しさを宿している。
「可愛い、花でしょう?」
「うんうん、なかなか可愛らしい花だ」
 白く細いマーガレットの花びらと、華やかな赤薔薇の花びら。ふたつと二色が戯れるように周りで舞うさなか、ふとエドガーは左胸布巾に違和感を覚える。金の釦をいくつか外して確かめてみれば。
「あ、生えてる」
 服の下を確認したエドガーがあまりにもけろりと言ったものだから、琴子の目がきょとりと丸くなった。
「花が、ですか?」
「うん、そう。見てみるかい?」
 思わずぱちりと瞬きした緑の双眸に気付いたエドガーは、すっとしゃがんで片膝をつく。左胸に“生えた”といわれた赤い薔薇は、琴子がじっと見つめる中、エドガーの指先でそっと撫でられて赤色を揺らす。
 ――それにしても、生えた花も赤薔薇とは。
「ウーン、私は赤いバラに愛されがちなのかも」
(「薔薇に愛されてる? どういう事だろう……」)
 左腕をそっと撫でる王子様の声には実感が籠もっている気がした。尋ねようと唇を開いた琴子の声を、首元に音もなく現れた違和感がさあっと霞ませる。
(「声が、」)
 出る。けれど、出辛い。
 けほ、と咳を出しても声は不思議なほど出なくて、ふいに咳をした様にエドガーの青い目がぱちっと丸くなった。
「ワッ、大丈夫? コトコ君」
 咳をした少女と、少女の首元に咲いた白薔薇。それぞれを交互に見ては気遣いを浮かべる優しい眼差しに、琴子はにこりと笑って見せた。これくらい平気だから。ちょっと声が出ないだけだから。――それよりも。
(「赤い薔薇、お似合いですよ」)
 眩い金髪に青い瞳、白の正装。前を見続ける笑顔。
 そこに加わった赤薔薇は、確かにエドガーにはよく似合うと思ったのだ。だから指先で左胸に咲いた赤薔薇へ軽く触れ、離す。その意味を辿るように青い眼差しが指先を追って――ああ、なるほど! と輝いた。
「これが欲しいのかい?」
(「え、」)
 引き抜かれて差し出された赤い薔薇が緑の双眸いっぱいに映り込む。
 目を丸くしてすぐに押し返された赤い薔薇に、今度はエドガーの目が丸くなった。
「……あれっ違う?」
(「そうじゃないの」)
 琴子は首を振るのではなく、もう一度赤い薔薇を見てからエドガーに笑ってみせた。
 その赤い薔薇が輝いて見えるのは欲しいからではなくて。
(「私が持つより貴方の方が似合うから」)

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

イシャ・ハイ
【飴星】

「La、La♪」

なんて素敵な夜かしら
白の花弁が瞬いて
星の欠片のようにふわふわ舞って

歌い、踊りたくなってしまうから
ステップを踏んでくるくるり

ワタシ、とってもとっても楽しいわ!
だけどあんか様はそんなに楽しくないみたい
…あっ

「La!」

彼の足に咲いた黒い百合
香らぬその花がつややかで美しいから

あんか様、あんか様
その花とっても綺麗!…ワタシ?
(スノーフレークが花冠のように頭上に咲く

建物の窓硝子や水面で姿を確かめ
ちいさくて愛らしい白い花達

ねぇあんか様
かわいいかしら、似合っているかしら!

この子達は花を食べたりしないわ
…そうよね?(啄んでる小鳥達

※表情豊かな無口、意思表示はジェスチャーとただ歌うだけ


飴屋坂・あんか
【飴星】

おーおーよう降っとる
世界の終わりって案外こーゆー綺麗なもんなんかもしれんなぁ
とか言っとるわしも、滅亡の危機に慣れとるのが駄目ねんけど

うわイシャちゃん完全に浴びに行っとる
踊ってもいいけど転ぶなよぉ

眼で見た白色が変わって
半分透けた身に黒百合が咲いたのがわかる
足首にぐるり無数に巻きつき若干邪魔

ああ、匂いはしんげんな
本物はかなり強烈やしなぁこの花
見た目は綺麗ねんけど
ま、無臭でよかった

あー…彼女が何言っとるかはわからんが
ポジティブな感想やろな、うん
なんとなくやけど
へーへーあんやとさん

イシャちゃん、頭のそれ
小鳥が啄んどるぞ、大丈夫か

あーはいはい、綺麗綺麗
森ガールがほんとの森ガールになりそうやな



「おーおーよう降っとる」
 飴屋坂・あんか(夜参曇・f28159)は目の上に片手を添え、「はぁ」やら「あー」やら言いながら花降る草原を眺めた。
 見える範囲全てに降る白い花びらは、同じ映像をひたすら繰り返すよう。映写機による映像だったなら、ジーカタカタとノスタルジックな音と共にノイズが走っていそうな――そんな風景が幽世に広がりつつある滅びだというのだから、全くもって奇妙なことだ。
「世界の終わりって案外こーゆー綺麗なもんなんかもしれんなぁ」
 なんて言っている自分もすっかり滅亡の危機に慣れていて駄目なのだけど。
 しかし幽世は滅多矢鱈に危機に見舞われる世界だから、どうしたってこうなってしまうのだ。だから仕方ない。
 そして滅びを目前にしているとは思えない風景の中、あんかより少し先を行くイシャ・ハイ(星追鳥・f19735)は、猟兵ではなく降りしきる白色の化身めいていた。
「La、La♪」
 微笑む唇から歌が溢れる。足取りが、どんどん軽くなっていく。
 星屑浮かべた水面のようなイシャの瞳に白い花びらたちが瞬いては青い瞳を更に彩り、星の欠片のように視界いっぱいでふわふわと舞う。
 ああ、こんなに素敵な夜が溢れているなんて!
 歌い、踊りたくなってしまった心をせき止めるものなんてイシャの中には存在しない。足首をふわふわ綿毛で飾る靴で、とん、と前へ飛ぶ。スカートが翻って、夜空に染まる白い髪が舞って――ステップ踏んでくるくるり。
(「ワタシ、とってもとっても楽しいわ!」)
(「うわイシャちゃん完全に浴びに行っとる」)
 花溢れる夜を体いっぱいで楽しむ様は愛らしいものだけれど。
「踊ってもいいけど転ぶなよぉ」
 あんかの声でくるくると振り返ったイシャは、ほんのり体が透けた男へとこくこく頷いた。転ばないように気をつければ踊っていても大丈夫、なんて。ステップに合わせて歌が溢れてしまう。
(「でも、あんか様はそんなに楽しくないみたい」)
 若干透けている体と同じくぼんやりとした眼差しには、嬉しいも楽しいもない。
 こんなに素敵な夜だけれどそうじゃない方もいるのねと、イシャはこてんと首傾げつつも納得して――あっ、と目を瞠った。
「La!」
 急に跳ね上がった歌声に、あんかが「ん?」も首を傾げる。
 しかしすぐに理由を察した。
 眼で見た白色が変わっていく。それを追って目線を下へやれば、半分透けた身に黒百合が咲いていた。足首にぐるり巻きつく黒百合はそこを群生地とでも決めたのか。若干、邪魔だ。
「……ああ、匂いはしんげんな。本物はかなり強烈やしなぁこの花」
 百合の名に相応しく見た目は綺麗なだけに、本物と同じ匂いをさせていたら即毟っていたかもしれない。無臭でよかった。
 ――なんてあんかが考えていると知らないイシャは、足に咲いた黒百合に瞳をいつも以上にキラキラさせて駆け寄った。
(「あんか様、あんか様。その花とっても綺麗!」)
 香らぬ花。けれど艷やかで、とても美しい黒き百合。
 にこにこ笑って両手をぱたぱた動かして、くるくる回ってと、目の前で踊るように何かを伝えてくる様に少し驚いたからか、あんかの身に起きていた透け具合が少々弱まった。
「あー……」
 何を言っとるかわからん。
 が、ポジティブな感想なんだろう。ということはキラキラとした眼差しやら笑顔やらで伝わるもので。――いや、言葉は一切ない為に何となくなのだけど。
「へーへーあんやとさん。……ところでなぁ、イシャちゃん」
「?」
「頭のそれ。小鳥が啄んどるぞ、大丈夫か」
(「……ワタシ?」)
 “頭のそれ”って何かしら。そうっと両手を伸ばしたイシャは、空よりも近い場所で輝く月を見付けてそちらへパタパタ走る。月を映していたカーブミラーにお邪魔すると、ふんわりとしたドレスのような、ころりと鳴る鈴のようなスノーフレークが花冠のように頭上に咲いていて。
「La! La♪」
 ちいさくて愛らしい白い花たちの訪れが嬉しくて、イシャは歌ってステップを踏みながらあんかの隣にぴょんと並んだ。そしてまたくるくる回って笑顔で歌う。
(「ねぇあんか様、かわいいかしら、似合っているかしら!」)
「あーはいはい、綺麗綺麗」
 森ガールがほんとの森ガールになりそうやなぁなんて眺める視線に、青い目線が上を、頭上を示す。
(「この子達は花を食べたりしないわ。……そうよね?」)
「いや啄んどるぞイシャちゃん」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

徳川・家光
白い花。それが子供の頃に見た覚えのある、唯一の花でした。
なぜそうだったのかは、今なら分かりますが、僕は幼少期、色々ありまして、家族に疎まれていました。望まれた子供ではない、と考えることもありました。
日の当たる所に咲く花ではなく、僕が見ていた花は日陰に咲く小さな花。僕を支えてくれる人も多くいましたが、心を支えられたのは、この花を見れたことが大きかったのかもしれません。

だから、僕はこの花を失いたくありません。たとえそれが、死の眠りを呼ぶ切欠であったとしても。

火産霊丸(ほむすびまる)を呼び出し、あとに続く猟兵たちの為に「炎の道」を作り出します。例え僕が花で意識を失っても、炎の道はお役に立てるはず。



「……懐かしい、ですね」
 呟いた徳川・家光(江戸幕府将軍・f04430)の目の前で、白い花びらがひらひら踊りながら草原を白く覆っていく。視線を別へ向ければ、そこにあったカーブミラーに映る自分――羅刹の証である角全てにも、花びらと同じ白い花が咲いていた。
 夜という闇をうすらと被った花は、子供の頃に見た花と全く同じだ。
 陽なたを遠くに、日陰でぽつんと咲いていた、あの花と。

 白い花は、まだ子供であった頃に見た覚えのある唯一の花だった。
 普通の子供でも、地位の高い家に生まれた子供でも、白以外の花くらい見る機会はあっただろう。病弱であっても、誰かが見舞いにやって来ては赤や紫、黄色といった白ではない花を見せたことだって。
 しかし、子供であった頃の家光は白い花しか知らなかった。

(「まあ、今なら“なぜそうだったのか”は分かるんですけどね」)
 将軍家の血筋に生まれた家光は幼少期に色々とあった。
 将軍家ということもあり、それはもう凄まじく色々だ。
 その“色々”があった為、当時の家光は家族に疎まれていた。幼い家光はそれを感じ取り、自分は望まれた子供ではないのだと考えることもあった。それは子供一人が抱えるにはあまりにも重たく、そんな家光が見ていた花が――この、花だった。
 花の記憶と共に、自分を支えてくれた存在――乳母や小姓たちの顔も思い浮かぶが、幼かった自分が子供ながらに心を支えられたのは、日陰に咲く小さな花を見られたことが大きかったように思える。
 名前は、今もわからないが。
 それでもひそりと――確かにそこに咲いて、生きていた花を覚えている。
「だから、僕はこの花を失いたくありません」
 たとえそれが、死の眠りを呼ぶ切欠であったとしても。
「火産霊丸よ!」
 声を凛と響かせた瞬間、白だけが舞う夜に眩い紅蓮を纏った白馬がいななきと共に現れる。ごうごうと燃え盛る炎は馬具のように、家光よりも遥かに大きな白馬――火産霊丸を飾りながら、舞う花びらも草原も赤く照らしていた。
 家光はすぐに火産霊丸に騎乗し、炎の手綱を引く。静寂を裂くように再び馬のいななきが響いて、勇ましく駆ける後ろには炎の道が生まれていた。
(「この炎の道なら、例え僕が花で意識を失ってもお役に立てるはず」)
 そして後に続く猟兵たちがこの道を行けば、白き花は止む。まだ見ぬその時が現実となるだろうことを信じ、家光は火産霊丸と共に花溢れる夜を駆けていく――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
アドリブ絡み◎
哀れなものですね。
宝は、常に自分の手の届くところに置いておかないと。
いつだれが奪いに来るかわかりませんからね。大切な宝ならなおさら。


私の花は、木立瑠璃草(ヘリオトロープ)ですか。妥当というかなんというか、驚きはありませんね。
(両目や両耳を隠すように、首や手、足首に枷のように咲く。心臓の位置にハート形に花が咲く。)
この咲き方にはどういった意図が?
あ、藍にも咲いたんですねぇ。ん~これはサンカヨウの花でしょうか。花言葉通りに思ってくれているならうれしいですね。自由奔放だけはほどほどにしてほしいですが。

くぁ、眠気もありますし早く終わらせてお昼寝しましょう。



 遠い夜空から降り続く白い花びらが、月と星に照らされた草原をどんどん白く染めていく。それは誰かが起こした素敵な魔法でも贈り物でもなく、ただ一つの目的の為に幽世を覆う現象だと豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)は理解していた。
 グリモアベースで聞かされた情報が、とある村で戦ったオブリビオンとぴたり重なる。このまま進めば、あの金色と再び相見えるのだろう。
(「哀れなものですね。宝は、常に自分の手の届くところに置いておかないと」)
 いつ、誰が奪いに来るかわからない。
 突如現れた存在に、守っていた宝全てが蹂躙されて奪われることだってあるのだ。
(「大切な宝ならなおさら」)
 色違いの瞳の奥で、遥か昔に失った宝への想いが揺れた時、足元でぱしゃりと水音を立てたものに晶は反射的に目を向け――水溜りに映る木立瑠璃草をしげしげと見る。
 ヘリオトロープとも呼ばれる花は、晶の両目や両耳を隠すように咲き、首や手――足首にまで咲いていた。首から下に現れたら木立瑠璃草の咲き方は、まるで枷のようだけれど。
 そして心臓の位置ではハート形を描くように咲いた木立瑠璃草を、晶は驚きも嘆きもせず、“妥当”に近い感覚で捉えていた。愛に纏わる花言葉を数多く持つこの花は、失ったものへの想いが現れたのだろう。気になるのはその咲き方だが。
(「どういった意図が?」)
 心臓部に咲いた木立瑠璃草のハートにだけは、疑問がひとつほどくっついている。
 ふむ、と水溜りを見つめ考えていた晶だが、そこに映っている自分の横にぴょこりと顔を出したふわふわ――とある聖獣より授かった使い魔・藍を見て、金と紫の目を丸くした。
「藍にも咲いたんですねぇ。ん~、これはサンカヨウの花でしょうか」
 サンカヨウが持つ花言葉はいくつかあるが、晶が真っ先に思い浮かべたものは『親愛の情』と『幸せ』の二つ。藍がその言葉通りに自分を思ってくれているなら嬉しいのだが。
(「でも、『自由奔放』だけはほどほどにしてほしいですね」)
 ふわふわを揺らして不思議そうにする藍へ何でもないですよと微笑み――くぁ、と欠伸を一回。
「早く終わらせてお昼寝しましょう。その為にも……」
 先を急ぐべく歩き出した瞬間、馬のいななきが響き、白覆う夜の風景に炎の道が現れる。遠くに見える地上の灯りへと真っ直ぐ向かう炎の道はまるで、そこへと導くかのようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カトル・カール
見上げれば白い、雪に似た…桜の花弁が降ってくる
自分のか?と頭に手をやれば普段と違う手触り
桜の枝に巻き付いた蔓薔薇。まるで花冠のようだ
桜の枝から背骨を這って背中まで、たてがみのように咲き誇っている

雪と違って冷たくないし、頼りない感触とほのかな香りの白
戦いの前だというのに平和な光景だ
せっかくの綺麗な景色なのにな。これが滅びの源になるなんてな。

枝に咲いた赤い薔薇の花を、毟って眺める
こういう手間がかかって面倒な花は、平和な場所でお目にかかりたいもんだ



 幽世に降る白色が何なのかは聞いていた。何が起こるのかも。
 だが実際に幽世へ降り立って夜空を見上げると、カトル・カール(コロベイニキ・f24743)は驚くような、感心するような。そのどちらかか、又は両方の――。上手く言葉にならぬものを、少しばかり覚えていた。
「雪……じゃ、ないんだな」
 色は雪に似て白く、しかし時折ひらりはらりと舞う様は雪ではなく。
 しかし舞う白色の中に見覚えのある花びらがあった。早めに気付いたのは、それがひどく身近な、毎日見ているものだったからだ。
「桜の花弁か」
 自分のか、と頭に手を伸ばす。潰してしまわないよう慎重に触れると、花はそこにあった。だが手触りが違う。
 カトルはぴたっと手を止めてから、指先でそっとなぞるように触れ、確かめていった。――自分の桜にしては少し大きい。花びらの数が多い。形も、違うように思える。
(「この感じだと……ん?」)
 どんどん白色に染まっていく夜の中、ぽつんと佇むようにあったカーブミラーは実に“丁度いい”もので。さて、一体何が咲いているのだろう。まあるい鏡に映るよう近付けば、頭に咲いていた花の正体がわかった――だけでなく。
「はは」
 思わず笑っていたカトルの頭、顔を包むように前へと伸びている桜の枝。そこに蔓薔薇が巻き付いて咲いているのだが、角の形のせいなのか、まるで花冠のように見える。
 後ろの方はどうなっているのだろうかと体の向きを変えれば、桜の枝から背骨を這って背中まで――と、こちらもなかなかだ。
「たてがみのようだな」
 降る白い花びらは今も雪のよう。しかし雪と違い触れても冷たさはなく、覚えるのは頼りない感触とほのかな香りくらい。
 音を立てず静寂を保つ所は雪と同じだなと思いながら、カトルは遠くに見えた灯りへと続く炎の道を目指し、草原を歩き始めた。草の上に積もっていた白い花びらがカトルの歩みに撫でられて、ふぁさりと落ちて――そこにまた、新しい花びらがどんどん積もっていく。
「せっかくの綺麗な景色なのにな」
 これが滅びの源になるなんて。
 枝に咲いた薔薇の花を毟って眺める。丸みを帯びてふわりと咲く赤い花を咲かせようと思ったなら、土作りに水やり手入れなど、手間がかかって面倒だろうけれど。
「こういう花は、平和な場所でお目にかかりたいもんだ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜
へ?
なんでまた白い花びらかと思ったら、
アタシからハマナスの花が咲くのさ。
そりゃまぁ、アタシの地元にゃ咲いてる花だけど……
あれかねぇ?
小さい頃に町内会で行った遠足の海岸に咲いてたから?

あの頃は何も知らず、ただただ普通の日常が続くと信じて疑っていなかったからねぇ……思えばとんでもない所まで来ちまったもんだよ。
思えばこの遠足が、アタシの初めての「旅」だったのかな。
この時は行って帰ってくることができたけれど、
アタシが今続けているこの「旅」は、
終着点までまだ見えないまま。
行ける所まで行くつもりだけれど、
ちょっとは一休み……しても……良いのかねぇ?
少しくらくらするのは気になるけれど、まだ進むよ。



「こいつはまた景気よく降ってるもんだね」
 しかも全部花びらか。
 数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)はぽかんと開けていた口を閉じ、周りを見る。月と星、花びらと、随分と明るい夜だ。誰かが残したのだろう炎の道もきらきらと揺れていて、滅びとは縁遠そうな風景だけが広がっている。
 遠くに見える灯りが話に聞いた町だろう。そこへと真っ直ぐ走る炎の道を行けば、苦労することもなさそうだが――多喜はひどく静かな夜を眺め、笑う。
「滅びと関係ないってんならのんびり見物できんだけどねぇ」
 夜空に輝く月と星は美しく、降り続く白い花びらも無害なら悪くないものだ。
 ――と、すぐ近く――ウェーブヘアにちらりと覗いた白色に、お? と目を丸くする。花びらが一枚、舞い降りてきた拍子に髪に絡んでしまったらしい。
「しかしなんでまた白い花びらなのかねぇ……へ?」
 ひょいっと摘んだ花びらを離した瞬間、今度は白とは別の色が鮮やかに現れた。視界に入り込んだその色は濃く鮮やかなピンク色をしており、距離は驚くほど近い。
 それもその筈。現れた色――ハマナスの花は多喜の体に咲いていた。
「ほんとに咲くんだ」
 多喜は自分の体で当たり前のように咲くハマナスをじっと見て、つついてみる。
「そりゃまぁ、アタシの地元にゃ咲いてる花だけど……あれかねぇ? 小さい頃に町内会で行った遠足の海岸に咲いてたから?」
 あの頃の自分は何も知らない、どこにでもいる普通の子供だった。あの世界がUDCアースと呼ばれていることも世界に何が存在するのかも知らず、ただただ普通の日常が続くと信じ、疑っていなかった。
「思えばとんでもない所まで来ちまったもんだよ」
 出身はUDCアースだが、今いるのはそのUDCアースと隣接する幽世とは。
(「思えばあの遠足が、アタシの初めての『旅』だったのかな」)
 当時は行って帰ってくることが出来たが、自分が今続けているこの『旅』の終着点は未だ見えないまま。いつ終わるかわからない旅の――道半ばなのか、それとも、終着点は意外と近くにあるのか。
(「まぁ、行ける所まで行くつもりだけれど、ちょっとは一休み……しても……良いのかねぇ?」)
 咲いたハマナスへ問いかけても、声を持たない花はただそこに咲くのみ。少しばかりくらくらしてきたことも気になるが、息を吐いて笑ったその足は炎の道へと向かっていく。
「……ま、行くとしようか」
 終着点が見えなくても――今はまだ、道の先へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

愛昼禰・すやり
わあ〜、きれいねぇ
花が散る、星が降る、ふわふわ、きらきら
ゆめごこち…すや…ぐう
……、はっ
う〜ん、よくねむれそうだけどぉ、ねちゃだめ、なのよねぇ〜
みんなで眠って、滅べる、良い世界なんだけどなぁ
良いなあ、わたしも一緒にねむれる誰かが…

おやぁ、いつのまにか、花がこんなに
髪に咲いてると、ふわふわだねぇ
ミモザ…か、白いのも混じってる
…なんだろう、ずっと、ずっと、この花を待っていたような
……なんでだろう……むにゃ
ねむぃ…

う〜ん、わたしを糧に咲く花…
理由があるなら、ずっと、ずぅっと昔のことなんだろうなあ
わたし、お花はみんな好きだけど、ミモザはもっと好きなのかしらぁ?
それとも、思い出が、あるの、かしら…すや…



「わあ~、きれいねぇ」
 嬉しそうにふんわり笑った愛昼禰・すやり(13月に眠る・f30968)の周りで、見えている全ての場所で、白い花びらがひらひらはらはらと散るように舞う。それは夜空にくっついている星がほろりとこぼれ降ってくるようで――眺めているうちに何だかふわふわ、きらきら、
「う~ん、ゆめごこち……」
 とろりと下ろされた瞼がぱちっと開いたのは、下ろされてから何秒後だったろう。
 すやりは白い瞳をふにゃふにゃさせながら、んん、と体を伸ばして息を吸う。
 足元を覆う草はやわらかいから、ここで横になったらよく眠れそうだ。う~ん、とまだ若干ふにゃりとしたまなこのまま、白い花びらでふわふわと染められていくそこを見つめる。
「ねちゃだめ、なのよねぇ~。みんなで眠って、滅べる、良い世界なんだけどなぁ」
 ひとりじゃなくて誰かと――“みんな”と一緒に眠れたら、どんなにいいだろう。
 そうなったら、戀しさと淋しさでいっぱいの心は、夜空から降る真白い花びらとみんなの温もりに包まれる。ひとりになるなんて悲しいことは、永遠に訪れない。
 そして自分とみんなは幸せなまま、永劫を共に出来る。
 真っ白な終わりのない幸せの中で、ずっと、ずうっと――。
「良いなあ、わたしも一緒にねむれる誰かが……」
 夜を深めるように再び瞼がとろりと落ちていく。
 けれどそのまま閉じられそうだった瞼は、周囲を満たす白とは別の色に気付いて緩やかに開いていった。おやぁ、と、のんびりとした声には、未だとろりとした気配が漂っているけれど。
「いつのまにか、花がこんなに」
 気付かなかったなあ、なんて笑って触れた乳白色の髪に集まって咲く黄色。ふわふわまん丸とした愛らしい花――ミモザの中には、白いミモザも混じっていた。すやりは幽かに笑って、指先で花をくすぐる。
「……なんだろう、ずっと、ずっと、この花を待っていたような……なんでだろう……」
 わからない。わからない。
 そして――程よく、眠い。
「う~ん、わたしを糧に咲く花……」
 ミモザである理由があるとするなら、それはずっと、ずうっと昔のことなのだろう。それに花はみんな好きだけれど咲いたのがミモザということは、自分が気付いていないだけでミモザはもっと好きなのだろうか。髪に咲いた花をちょんとつついてみる。
「それとも、思い出が、あるの、かしら……」

 ……すや。
 ……ぐう。

「はっ」
 ぱちりと黒い瞼が上がる。
「このままねちゃ、だめかしら」
 ひとり惜しむ声に添う色は、ふわふわはらはらと舞う白色と。ころりと丸くふわふわな、沢山の黄色と白。

大成功 🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
イサカさん/f04949
花:白いカランコエ
位置:首に横一文字

まあ咲くったってたかが知れ

誰だてめえ。

ああなんだイサカさんか。妖怪かと思った。
景気のいい咲き方ですね。顔も見えなくなってきてるし。
ちぎるの、手伝ってあげましょうか。優しくしますんで。
どれも縁起がよろしくない。葬式とか、天国とか、浄土とか。死んだ後の花ばかりですよ。

オレは傷痕のところだけです。ここ、自分では見えないんですよね。何が咲いてます?

カランコエ?
それはビルで育ててる花ですが。間違えてませんか。
…カランコエですね。

怒ったりしませんけど…分かりやすい自分がイヤになってきました。
…目の周りは摘むのをやめます。こっち見ないでください。


黒江・イサカ
夕立/f14904と
お花:菊、クチナシ、白い彼岸花、蓮
位置:全身

ゆうちゃ~ん
何か滅茶苦茶花咲くんだけど~
凄いよ、見せられないところまで咲いてる感じする
あははっ しかも千切っても千切っても生えてくるし!
こんな全身に生えてるひといる?前が見辛え
は~~~ 面白い 邪魔だなこれ
眠くもまだなって来ないし
っいででで!供えられるからって引っ張んないで!

…しかし、夕立はそんなもんなの?
服の中とか咲いてない?そう…
……んあ、見えないんだ
お花好きなのに残念だったねえ
まあ、僕でもわかる花だから教えてあげてもいいけど、あとで怒らないでね
ぼかあカランコエって聞いたよ、それ
“たくさんの小さな思い出”、咲いちゃったんだ?



 今日の幽世へ行けば体に花が咲くらしい。

 ――はぁ、そうですか。

 矢来・夕立(影・f14904)の目は、眼鏡のレンズの下にていつも通りの冷たい赤を浮かべていた。妖怪と竜神がいる世界ならそういうこともあるんじゃないんですか、まあ咲くったってたかが知れ「ゆうちゃ~ん、何か滅茶苦茶花咲くんだけど~」――……ハァ。

 あっはは見てよこれと続いた楽しそうな声は後ろから。
 共に幽世へ来た黒江・イサカ(雑踏・f04949)がどんな笑みを浮かべているか、見る前から想像出来てしまう。というかもう咲いたんですか? そんな気持ちで夕立は振り返って、
「誰だてめえ」
 菊、クチナシ、白い彼岸花に蓮。降って積もった白い花びらをさらさらと踊らせ、こちらへと軽い足取りでやって来るは、全身に花を咲かせた花妖怪。
 しかし、冷たい声で一刀両断された花妖怪は浴びせられた言葉を全く気にしておらず、花々で大変賑やかな体をぺしぺし叩く。
「凄いよ、見せられないところまで咲いてる感じする」
「ああなんだイサカさんか。妖怪かと思った」
「え、今どこで僕って判断したの?」
 花妖怪もとい花だらけになっているイサカが首を傾げる。傾げたのにあわせて花がふわっふわっ揺れたその下は見えないが、いつものように笑っているのだろう。だって、すぐに「あははっ」と笑い声がした。
 わしっと掴まれた菊が、クチナシが、白の彼岸花が蓮が生えていた所から次々に引き抜かれ、ぽいぽいっとあっちこっちに放られて――その上に白い花びらが重なる間に、花が抜かれたそこから同じ花が咲いた。
「しかも千切っても千切っても生えてくるし! こんな全身に生えてるひといる?」
「景気のいい咲き方ですね。顔も見えなくなってきてるし」
「は~~~、面白い」
 抜いて千切って放り投げて。咲いていた花を周りに落として華やかにしたイサカは、楽しんでいた手をぷらんと垂らした。
「邪魔だなこれ。眠くもまだなって来ないし」
 花がどれだけ咲こうが、眠ってしまえばそれは意識外でのこと。咲きたいの? じゃあ咲けばいいんじゃない、と放っておけばいい。咲いた花が欲しいという人がいればあげてしまえば――いや、これではまるで新装開店を祝う花スタンドと、その花を欲しがるおばちゃんたちだ。
「ちぎるの、手伝ってあげましょうか」
「やってくれるの?」
「ええ。優しくしますんで。というか、どれも縁起がよろしくない。葬式とか、天国とか、浄土とか。死んだ後の花ばかりですよ」
 へーえ。花の下であっけらかんと返したイサカの眼前に夕立の手が伸びて、
「っいででで! 供えられるからって引っ張んないで!」
 優しくするなら上手にしてよ。イサカは距離をとって引っ張られた花の根元を撫でながら、自分とは全く違う咲き方をしている少年を見た。その間にまたひとつ自分に咲いたのがわかるが。
「……しかし、夕立はそんなもんなの?」
「オレは傷痕のところだけです」
 服の中とか咲いて――ない? そう……。
 花の隙間から覗く目が残念そうに、というよりつまらなさそうになったが、夕立は花だらけのイサカから他所へと視線を移す。
「ここ、自分では見えないんですよね」
 何が咲いてます? 淡々とした声に、イサカの顔をふわふわ埋める花が揺れる。
「……んあ、見えないんだ。お花好きなのに残念だったねえ。まあ、僕でもわかる花だから教えてあげてもいいけど、あとで怒らないでね」
「怒るような花が咲いてるんですか」
 そうじゃないけどと、賑わう花の下で目が細められる。
 菊を咲かせた指先が静かに喉を指した。
「ぼかあカランコエって聞いたよ、それ」
「……それはビルで育ててる花ですが。間違えてませんか」
 星のような形をしたあの花がここに咲いているのか。
 聞いただけだからねとイサカは軽く肩を竦めて笑い、花の下から覗く――まだ見えている口に弧を描く。
「“たくさんの小さな思い出”、咲いちゃったんだ?」
 ちなみに色は白ねと囁き声も添えられて――夕立の口からは、何も出てこなかった。ただ間だけが生まれた後、カランコエですね、と認める声が落ちる。
「怒らないでね」
「怒ったりしませんけど……分かりやすい自分がイヤになってきました」
 ふうん、と花でいっぱいの下から声がした。そちらを見る。こちらに向けられている顔は死後の花で賑やかなまま。どんな顔をしているかは、見えないが。
「……目の周りは摘むのをやめます。こっち見ないでください」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
さて、何が見られますかねぇ
ふふ、話題の種にでもなれば良いのですけど

ひらひら舞い落ちる花びらは、直ぐに桜の花弁や紅葉の葉のようなそれへ変化する
何時も通りの風景みたいですねぇ、なんてわらう
己が半ば棲んでいるようなあのお社の体現のようで、随分あの神域に馴染んだものだと可笑しくなる
無理矢理力を封じて、瘴気を抑え、厄災を抑え、馴染んだも何もないだろうに

ふと見れば、人間なら心臓があるだろう位置に彼岸花が咲いていた
これは、私の?
それとも、あの子の?
ふふ、どっちでしょうねぇ
わざわざ抜いたりしませんよ、だってあの子の花だったら嫌でしょう
だから、他の誰かにも、これはあげませんよ
当然でしょう?



 白い花びらは色と形を変え、自身には花が咲く。
 幽世を訪れるまでその二点がどうなるかはわからず、だからこそ葬・祝(   ・f27942)は長い睫毛で縁取られた銀色を細め、静かに草原を行く。
「さて、何が見られますかねぇ。ふふ、話題の種にでもなれば良いのですけど」
 ねぇ?
 囁くように笑って上を見れば、祝へ応えるように無数の白色が舞い落ちて来て――ひらひら、ひらり。舞って、揺れて、桜のような存在へと変化した。中には紅葉の葉に似た形となったものもある。
 これでは何時も通りの風景みたいですねぇ、なんて笑って瞳に映す此処は幽世。
 今宵もまた滅びの危機に瀕する世界。
 だというのに、周りで起きた白い花びらの変化は祝が半ば棲んでいるような社の体現のよう。――そうなるほどに、あの神域に馴染んだのか。それはまた、随分と。
「ふふ、」
 可笑しくて細い肩が揺れる。
 “馴染んだ”? 無理矢理力を封じて、瘴気を抑え、厄災を抑えて――それで“馴染んだ”も何もないだろうに。
 すうと銀の瞳を細めて笑い――けれど、ふと視界に入り込んだ赤で細めたばかりの銀色がかすかに丸くなる。
「……あら」
 ぴんと伸びた赤と、何かを内に閉じ込めるようにくるりとした赤。二つの表情を持つ数多の赤で形を成した花が――彼岸花が、人間ならば心臓があるだろう位置に咲いていた。
 これもまた己とよく共に在る花ではあるが。さて。

 これは、私の?
 それとも、あの子の?

「ふふ、どっちでしょうねぇ」
 なんて問うても、教えてくれないんでしょう。
 語る口を持たぬと知っている彼岸花へ祝は戯れに問いかけ、細い指先で赤色をそっと撫でた。何故そこに咲いたのかもこの彼岸花は答えられはしないのだから、これ以上問うても無駄なこと。
 だからとて、この彼岸花をわざわざ抜いたりはしない。

 だってあの子の花だったら?
 嫌でしょう。

「だから、」
 桜や紅葉に似たものへと変わりゆく白色の中、祝は遠き灯りへと歩きながら彼岸花へと銀の眼差しを向ける。色付いた唇に、うすらと笑みを形作る。
「他の誰かにも、あげませんよ。当然でしょう?」
 これは、己に咲いた花。
 己の花ならばくれてやる道理はなく、あの子の花であれば尚のこと。
 祝の歩みに合わせて草がさらさらと歌い、静寂の中に僅かな音を生む。ひらり、ひらりと春と秋の彩が降って――真白へと戻っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
【荒屋】
幽世は不思議な光景が多いが、ここはまた幻想的な
リヒト君!
降ってくる花弁、色も形も変わるみたい
ほら、青薔薇みたいになった

っと、早速咲いてるね、可愛いやつが
名前か…近くで見て良いかい
白の蛍袋に似てる気もするな
ふふ、君を飾る花が染まれば小さならんぷが並ぶよう
時折街灯を飾る蔓とか見かけるもんね
そう言う時って擽ったいのかい
それとも、友みたいな気持ち?

話してたら、ざわっと左目の視界が埋まる
わ、生えた
慌てて見れば…この蔓、時計草だ
思い出と言うか
ある依頼の後、覚えた技を使ったら
この花が咲いたんだ
だから、知らずに縁があるのかも?

抜く、のは惜しい気もするな
リヒト君のはなあかりを眺め
うん、せめてもう少しだけ


リヒト・レーゼル
【荒屋】

青薔薇。黄色の薔薇。
色が変わる花。すごいな。今度はピンク色だ。

……名前も知らない花だ。
俺の身体に、花が咲いた。ルイ。この花の名前、知ってる?
ダークセイヴァーでは、見ない花
蛍袋。名前も知らない花だ
白い花だから、俺の身体に咲くと、花のランプみたいに、なっている、ね

俺は灯りのヤドリガミ
白い花が、灯りに照らされて、オレンジ色になってるや
俺が街灯だったころは、身体に、植物が巻き付くことが、あったけど、花ははじめて
うん。友達みたいだった
植物が絡むと、人間が取るから、ちょっと、寂しくなる

ルイの花も、綺麗だね。時計草。
思い出の花、だったりするのかな?
引っこ抜いたら、痛そう。もう少し、花を見ていたいな



 過去の思い出や追憶が浮かぶこの世界には不思議な光景が多い。それでも此処はまた幻想的で、冴島・類(公孫樹・f13398)の瞳いっぱいに数多の白色が映り――さあっと変化した。
「リヒト君! 降ってくる花弁、色も形も変わるみたい。ほら、青薔薇みたいになった」
「すごいな。今度はピンク色だ」
 白色だった何かの花びらが青薔薇の花びらになり、そうならなかったものは黄薔薇や桃薔薇の花びらへ。そうなることが当たり前のように白い花びらは二人の周りで変化し、夜の深蒼と白ばかりだったそこに鮮やかな色を紡いでいく。
「っと、早速リヒト君に咲いてるね、可愛いやつが」
 ほら、そこ。
 やわらかに笑んだ類の指先をリヒトは目で追い、じ、と見つめる。
「……名前も知らない花だ。ルイ。この花の名前、知ってる?」
 ダークセイヴァーでは見たことがない花だ。けれど自分に咲いた花ならばその名を知りたいと、リヒトは花を見つめたまま類に請う。
「名前か……近くで見て良いかい」
「ああ。頼む」
「それじゃあ。……うーん、白の蛍袋に似てる気もするな」
 ほたるぶくろ。繰り返された名を追うように花からリヒトへと視線を移し、知らない花だった? と問えば、静かな頷きがひとつ。けれど、花を見る眼差しは宿す灯り色と同じように、そう冷たいものではなくて。
「白い花だから、俺の身体に咲くと、花のランプみたいに、なっている、ね」
「ふふ、そうだね。君を飾る花が染まって、小さならんぷが並んでいるみたいだ」
 灯りのヤドリガミであるリヒトが持つ灯りが、ランプのような形をした白い花をほわりと照らしている。咲いたといえば良いのか、灯ったといえば良いのか。
 ――ああ、そういえば。
「俺が街灯だったころは、身体に、植物が巻き付くことが、あったけど、花ははじめて」
「時折街灯を飾る蔓とか見かけるもんね。そう言う時って擽ったいのかい? それとも、友みたいな気持ち?」
「うん。友達みたいだった。植物が絡むと、人間が取るから、ちょっと、寂しくなる」
 取る理由は何だったろう?
 灯りが薄れるとか、外観がとか、街灯が傷むとか。そんなことだったかもしれない。
 街灯であった頃の話はほのかに揺れる灯りのように静かに続いて――ふいに類の世界の左側がざわっと埋まった。
「わ、生えた」
 驚き慌てはしたものの生える――咲く、と知っていた類が狼狽した時間は僅か。左の視界を埋めたものの一部、右目に映った蔓を見れば何が生えたかすぐにわかる。
「時計草だ。……ああ、うん、やっぱり。この形はそうだね」
 姿を思い浮かべながらそっと指先で探って感じたのは、その姿とぴたり重なる手触りばかり。
 類が時計草だといった花は、蛍袋と同じくリヒトが生きてきた世界では見かけなかったものだ。花のような一番下、その上で、一番下と同じように全方位を指す真ん中。一番上は雄蕊と雌蕊だとわかる。
「ルイの花も、綺麗だね。思い出の花、だったりするのかな?」
「思い出と言うか……ある依頼の後、覚えた技を使ったらこの花が咲いたんだ」
 だから知らずに縁があるのかも?
 当時を思い出しながら時計草へ指先が添う様を、リヒトは静かに見る。
 体に咲いた花は抜くことが出来ると聞いた。抜いた花はなぜかそのまま残り、抜かれた所には同じ花が生えもするようだ。ならば、野山などで綺麗だと思った花を詰むように時計草を抜いても――とは、ならなくて。
「引っこ抜いたら、痛そう」
 浮かんだ感覚は、自分に巻き付いていた植物が取られてしまった時のような。
 引き抜いて痛みを覚えるのは類だけではない。この花もきっと。
 付き合いが薄い者には「無愛想だ」といわれる眼差しに宿る優しさに、類は芽吹いたばかりの緑に似た目を細めて頷いた。
「僕もだ。抜く、のは惜しい気もする」
「……ルイ。もう少し、花を見ていたいな」
「うん、せめてもう少しだけ」
 いつの間にか出来ていた縁が種となって、物であったこの体に芽吹いたのなら。
 過ぎた日々と同じように抱えたままでいたって、いい筈だ。
 それを断つひとの手も、此処には存在しないから――二人のヤドリガミは暫し、互いの体に咲いた花の彩を映し続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】

あぁ、そうだなァ
そう言って自分も手を伸ばす

隣を見れば大事な相棒
俺の光
花びらに手を伸ばす姿は
綺麗で儚くて
放っておけば花弁と共に
消えそうで
つい手を握ってしまう

迷子になったら
探すのメンドーだからなァ
…ってお前
右目に花咲いてンぞ
俺と同じ梔子
クク、そうだなァ

こいつとの揃いは何だって嬉しい
心の中でそう思えば
口元と右の小指に妙な感覚
手元を見れば小指に蔦が絡んで
そこからぽつぽつと
小さな八重咲きの梔子が
咲いていた

…てことは口元もか?
咲く花まで一緒なんて
縁があるなァときじ

口元と小指に触れれば思い出す
初めてこいつを噛んで
傷つけた日と
ずっと一緒にいると約束した日
色々あったと微笑めば
花の舞う道を共に歩き始めた


宵雛花・十雉
【蛇十雉】
花びらだ…綺麗だね
ひらひらと舞い降りる花びらに惹かれるように手を伸ばすと
それは魔法のように形を変えた

ん、手なんて握ってどうしたの?なつめ
急に不安になった?…なんてね
なつめの方が迷子になりそうな顔してる

……あれ?
右目の辺りに違和感が
オレの顔、何か付いてる?

え、梔子の花が咲いてるの?
へへ、じゃあなつめの花と同じだ
これでもっとなつめの相棒らしくなったかな

なつめの小指の花
絡んだ蔦がなんだか指輪みたいだ

オレさ、花が好きだよ
花になってみたいって思ったこともある
だから少しだけ、夢が叶ったみたいで嬉しいよ

そうだね、色々あった
これからもきっと色んなことがある
それでもきっと、オレたちなら進んでいけるはず



 夜の中に、夜空の下に白色が溢れるそこに並ぶやわらかな白と、うすらと銀を帯びた白。唄夜舞・なつめ(夏の忘霊・f28619)と並んで歩く宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)の眼差しは、ひらひら舞う花びらと同じように不思議とやわこい。――少し、惹かれているせいだろうか。
「花びらだ……綺麗だね」
「あぁ、そうだなァ」
 夜空の、見えもしない果てからやって来たような花びらへ二人揃って手を伸ばす。
 けれどなつめの視線は夜空ではなく隣に向いていた。
 十雉が花びらに手を伸ばしている。それだけの姿なのに、綺麗で儚くて。触れるよりも前から形を変えた花びらに「魔法みたいだ」とこぼした姿は、どこか子供っぽいけれど――それでも、大事な相棒で自分の光である存在をこのまま放っておけば、舞う白色と共にほろりとほどけて消えそうで。
 だから。
 つい。
「ん、手なんて握ってどうしたの? なつめ。急に不安になった?」
「あァ? 何言ってンだ。迷子になったら探すのメンドーだからなァ。迷子センターとかいうのもここにはねェだろ」
「うん。多分……っていうか、絶対にないよね」
 なんて。手を握ってきたなつめの方が迷子になりそうな顔をしているけれど。それはこそりと瞳に浮かべた笑みの奥に隠して――その瞳に。右目の辺りに違和感が生まれた。
「なつめ。オレの顔、何か付いてる?」
「は? ……ってお前、右目に花咲いてンぞ。俺と同じ梔子」
「え、梔子の花が咲いてるの?」
「おう」
 梔子と聞いて丸くなった橙色が、へへ、と笑ってやわらいだ。どうした、嬉しそうじゃねェか。そう言われて、それを否定するものは十雉の中にはない。
「じゃあなつめの花と同じだ。これでもっとなつめの相棒らしくなったかな」
「クク、そうだなァ」
 咲く前の十雉だって――いや、咲く前だろうと後だろうと相棒なのに。それでも“もっと”と言った十雉との揃いは、なつめにとっては何だって嬉しいものだ。
 なつめは立派な竜尾をゆるりと揺らし――心の中で芽吹いた嬉しさが切欠になったのか、今度はなつめが違和感を覚えることとなる。
(「……ん?」)
 口元と右の小指に妙な感覚。口元は自分ではわからない為、まず手元を見てみれば小指にくるくると蔦が絡み、そこから小さな八重咲きの梔子がぽつぽつと感覚をあけて咲いていた。
「なつめの小指の花、なんだか指輪みたいだ」
「てことは口元もか? 咲く花まで一緒なんて縁があるなァときじ」
 どこぞのナントカの企みで起きた変化だが、大事な相棒と同じとなれば悪い気などしない。ニィと笑ったなつめの後ろで揺れる竜尾に十雉は「うん」と頷いて――自分の右目にそっと触れる。
「オレさ、花が好きだよ」
 それだけじゃないんだ。
 そう言ってなつめの小指と口元に咲く梔子を見て、微笑む。
「花になってみたいって思ったこともある」
 どうして、とは言わない。
 なつめも、何でだ、とは訊いてこない。
 ただお互いの視線を交え、小さく笑う。
「だから少しだけ、夢が叶ったみたいで嬉しいよ」
「おう、そうか」
 小さく、けれどあたたかな笑みをなつめは受け止め――八重咲きの梔子が咲いた口元と小指に触れ、過ぎし日を思い出す。
 初めて十雉を噛んで傷つけた日。
 ずっと一緒にいると約束した日。
 忘却することのない出来事、触れて思い出したものが、花がそこに咲いた理由となって心に結ばれる。
 ――ああ、全く。
 口に浮かんだ微笑みに、十雉がどうしたのと首を傾げる。
「色々あったな」
「そうだね、色々あった。これからもきっと色んなことがある」
 それでもきっと。
「オレたちなら進んでいけるはず」
「ッたりめえだろ、ときじ。俺とお前だぞ?」
「へへ、うん。そうだね、なつめ」
 花舞う道の先で何と出会っても、自分たちならその向こうへ――未来へと進んで、揃いの花が咲いた時のような幸せや喜びを、分かち合う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳥栖・エンデ
ほぅ、滅びを齎す白い花かぁ
こんな状況じゃなかったら
幻想的だなんて愉しめたかもしれないけど
解決の為にも頑張らないとねぇ

雪のよう舞い降りる花弁に思わず手を伸ばし
……ヒトによって形と色が変わるらしいね
何を糧にして咲き誇っているのやら
己の身体を見渡してみれば
足先に見える、蒼く小さな花々…
ネモフィラって名前だったかな?
歩くたび足跡のように散る様は何となく楽しいね

花言葉があるのは知ってるんだけど、確か
何処でも上手くいく…みたいな感じだったかなぁ
教えてもらって昔に聞いた話、
或いは…教えてくれた相手に対して
もうひとつの意味を想い起こした、とか
遥々遠くまで来れたものだから
そろそろ「貴方を赦せる」んだろうかね



「ほぅ、滅びを齎す白い花かぁ」
 山羊の蹄で草原を歩き、揺れた蛇の尻尾で積もった白色をぱさりと払う。
 虎の脚はともかく、飾りの羽根にも見えないだけで数枚は乗っているだろうか。
 鳥栖・エンデ(悪喰・f27131)は強まりも弱まりもせずに降り続く花びらを、その先に広がる夜空を見る。
 月と星は当たり前のようにそこにあって。
 けれど今の幽世は、通算何度目かもわからない滅びの危機の中。
「こんな状況じゃなかったら、幻想的だなんて愉しめたかもしれないけど」
 解決の為にも頑張らないとねぇ。
 緩やかに紡いで前を見て進む。
 しかし雪のように舞い降りる花びらは、その足取りを止めるように心へと映り込んで――思わず、手を伸ばしていた。ほんの数秒で掌にやってきた白い花びらを、検分するかのように指先で一枚ずつに分け、眺める。
「……ヒトによって形と色が変わるらしいね」
 そして現れる花はもうひとつ。
「何を糧にして咲き誇っているのやら」
 そう言って自分の体を見渡して――ふうん? とエンデが浮かべた微笑みは静かで穏やかだけれど、どこか掴みどころのないものだった。
 そんな微笑みを浴びるもうひとつの花。
 山羊のものである足先に咲いていた蒼く小さな花々の、そのぽつりとした形や色合いは可愛らしく、清らかで――確か、名前は。
「……ネモフィラって名前だったかな?」
 目線は足元へ。そのまま草原の中を歩いていれば、歩く度に足跡のように散るよう。
 それが、何となく楽しい。
 そういえば名前以外のことも知っているんだった。エンデは少しだけ歩幅を広くして、何かを軽く蹴るように片足を動かし、一歩前へ進む度に蹄であるつま先を見る。
「花言葉があるのは知ってるんだけど、確か――『何処でも上手くいく』……みたいな感じだったかなぁ」
 合ってる?
 知り合ったばかりの誰かへ訊くような口ぶりで足先のネモフィラに笑いかけ、さくり、さくりと進んでいく。
 何処でも上手くいく。口にしたものを繰り返すその胸に訪れるのは、それを教えてもらった時のこと。昔に聞いた話。それから――もうひとつの花言葉。
 思い起こした花言葉の行き先が教えてくれた相手に対するものとなるのは、その“もうひとつ”のせいなのかもしれない。
 エンデの瞳は彼方まで在る夜空と広々とした草原を見つめてから、静かに足先へと戻った。
「遥々遠くまで来れたものだから、そろそろ『貴方を赦せる』んだろうかね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
レン(f00719)と

雪の様だ
凍え死ぬ時も眠る様に死ぬと聞いた事があるが

降る花弁を一枚掴めば
左前腕から手の甲へと、首の傷を覆う様に
深層に焦げ付く愛情の、深紅のアネモネが咲いて埋める
首に僅かに咲いた真白の霞草はきっと自分からは見えない

霞草?少しだけ悩んで、抜いてと請う
君に与えられる痛みならば大丈夫とふわり笑んで
抜いてくれたらその侭レンに貰って欲しい
淡く綿雪の様に咲いた白は可愛いだろう?
レンへの感謝の気持ちだから

彼の首の後ろを見て、逢いたい人がいるのかと訊きかけ口を噤む
口にするのは青い綺麗な花の事
貰っても良いのか
幾つかある花言葉のどれなのだろうとは思うが
「ふふ、レンにこの花を貰えるのは、嬉しいな」


飛砂・煉月
有珠(f06286)と

うん、確かに雪みたい
凍える時は感覚から消えていくから眠る様に見えるのかも

白の花びらを掴んだら
左胸に咲いた艶やかな赤の彼岸花
彼方に近いオレに絡みついた運命(さだめ)
首後ろの刻印にも咲いた同じ花はオレに見えない

キミに咲くアネモネは多分深層…だから触れずに
ね、有珠
首の霞草は見えてる?
そっと触れ、抜いてと乞われるなら
有珠へ齎す痛みに一瞬躊躇うけど
オレへの気持ちなら貰うよ
キミが咲かせた綿雪の真白は可愛いし
「嬉しい」ってへらり

もうひとつ咲いた右腕の鮮やかな青のブルースター
キミと巡った星の記憶と触れたい欲、かな

なら此の青星花は有珠が貰って?と己で抜く
信頼は自覚
幸福は無自覚
キミへのこころ



「雪の様だな」
「うん、確かに雪みたい」
「雪の中だと、凍え死ぬ時も眠る様に死ぬと聞いた事があるが」
「凍える時は感覚から消えていくから、眠る様に見えるのかも」
 月と星が輝く夜の下で、はらりひらりと白い花びらが降る。そんな幻想的な光景に一見相応しくなさそうな会話は、滅びを連れてくるという白い花びらが降る今だからこそ、似合いの会話でもあった。
 尭海・有珠(殲蒼・f06286)は暫し黙って白い花びらを見つめ――ふいに、伸ばす。
 指先は舞い降りるさなかであった花びらを一枚掴み、タイミングを同じとして、飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)も白い花びらを掴んでいた。
 花びらに触れたことで、見えない何かが体を駆け巡りでもしたのだろうか。
 有珠の左前腕から手の甲へ、首の傷を覆うように深紅の花が現れる。深層に尚も焦げ付く愛情の痕を咲いて埋めたアネモネは、誰かの代わりにしては、ひどく鮮やかだ。
 煉月は左胸に花が咲いていた。月日を経て水を得て咲いたように艷やかな、赤い彼岸花だった。いくつもの名を持つ彼岸花は、彼方より煉月に絡みついて解けない運命(さだめ)そのもの。
 自身に咲いた花を見た二人は、自分の隣で咲いた花を見て、顔を見合わせて――。
「ね、有珠。首の霞草は見えてる?」
 この辺りに咲いてるよと、煉月は自分の首の後ろを指して伝える。
 鮮やかなアネモネには、有珠の心の奥深くに在るものが宿っているように見えた。しかしそこへ触れていい気はしなくて――だから煉月はアネモネではなく、有珠の首に僅かに咲く可憐な真白だけを見る。
「霞草? ……抜いてもらえるか」
「いいの?」
 咲いた花を本人が抜いても無痛だが、他人が抜くと痛みが生じる筈。
 そうしてくれと乞われても、有珠へ齎す痛みを考えると躊躇いが生まれてしまう。
「君に与えられる痛みならば大丈夫」
 霞草と聞いた時、有珠が見せた少し悩むようだった眼差しは、煉月を映した時には消えていた。君に与えられる痛みならば大丈夫。告げられたものとふわり浮かべられた笑みは、舞い降る白色の中にあっても薄れぬ心。
 真っ直ぐ向けられるものに煉月はわかったと頷いて、有珠の首に手を伸ばす。首に直接触れないよう、霞草だけを掴んで――行くよ、と予告してから引き抜いた。
「大丈夫? 痛くなかった?」
「大丈夫だ。……レン、その侭貰ってくれないか」
「キミの花を?」
「淡く綿雪の様に咲いた白は可愛いだろう? それはレンへの感謝の気持ちだから」
「……わかった。オレへの気持ちなら貰うよ。キミが咲かせた綿雪の真白は可愛いし」
 嬉しい。へらりとした笑顔に有珠も笑む。
 けれど、首の後ろに見えた赤色は――。
(「レン、」)
 “逢いたい人がいるのか?” そう訊きかけて口を噤んだが、煉月はそれを察するくらい感覚が鋭い。どうしたのと向いた無邪気な笑みに、有珠は変に誤魔化す真似はせず、右腕に咲いた鮮やかなブルースターを示した。
「綺麗な花だな」
「キミと巡った星の記憶と触れたい欲、かな。なら此の青星花は有珠が貰って?」
「……貰っても良いのか」
 自ら抜いて差し出された青星花に在るのは、幾つかある花言葉のどれなのだろう。
 その中のひとつが『信頼』であることを、煉月は自覚している。
 けれど『幸福』は、有珠に対する無自覚のこころ。
 今はその花言葉も、自分のこころも知らないけれど。
「有珠に貰ってほしいんだ」
 花に宿る信頼と共に、それは煉月の中でハッキリと形を得ている願い。
 故に真っ直ぐに笑う緋色に、青い双眸がやわらいだ。
「ふふ、レンにこの花を貰えるのは、嬉しいな」

 交わされる花ふたつ。
 けれど重なるものは同じ――きみだからこその、しあわせ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

まるで季節外れの雪のようであるね、サヨ

美しい桜色
きみの瞳と同じ桜霞の桜彩
髪に身体に注ぐそれを受け止めれば─咲いたよ
片方の瞳から桜が咲いた
それと髪

私に翼や角があったなら、常のサヨのように桜を纏うことも出来たのだろうか
きみを宿すようで心地よい

サヨは──黒桜?
過去の私の彩
脈打つ命から、首の周りにまで
まるで首輪で絆ぐように咲くそれは、隠しきれない独占欲のようで
…赫ならよかったのに
少し拗ねる
そうは言っても──いて

瞳の桜を摘まれ、あっという間にきみの中
そんなきみがあまりに艶やかで思わず瞳を逸らし

誘うようにサヨが咲うから
いけない子だね
首に唇を近づけ黒桜を食みとる

きみにこれを付けていいのは、私だけなのに


誘名・櫻宵
🌸神櫻

ひらひら、花弁が舞い踊る
何時もの見慣れた光景だけれど
あらこれは……綺麗

白が薄紅へ
更にうつろい、触れる間際に黒桜へ変じる
私の師を思わせる黒桜へ
大切な想い出の桜へ

大切に抱きとめるように黒を抱けば心の臓辺りから桜が咲いたわ
首飾りのように首の周りにも
うふふ何だか
首輪のようね

カムイは─あら
美しい瞳の片方から桜が咲いているわ?
綺麗な私の桜が
瞬きする度に零れる花弁が泪のようね

何を拗ねているの?カムイ
黒はカムイの彩でもあるでしょう
黒を孕む赫い髪を撫でて

カムイの瞳の桜を摘んで食む

痛かった?
痛みも刻んでおいて
だって私の神様を糧に桜が咲くなんて
妬けたから

私の桜も食べてみる?なんて……あら
意外と、大胆なのね?



 世界が移り変われば、訪れた者を歓迎するようにふわりと白色が舞った。
 輝く月と星を背景に、ひらひら、ひらひら。舞い踊る花びらは誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)にとっても、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)にとっても見慣れたものだ。
 春暁の桜獄。
 漄なき櫻禍刻の神域。
 かの場所で常に舞う花びらを思い浮かべながら見る幽世の夜は、過ぎた筈の冬を思い起こさせる。
「まるで季節外れの雪のようであるね、サヨ」
「本当ね。花弁だから雪達磨や雪合戦は無理だけれど、冷たくないのはいいわ。私のかぁいい神が風邪を引いてしまったら大変だもの」
「私ならば大丈夫だよサヨ、風邪になど負けはしない。私はきみの神だからね」
 舞う白色に変化が起きたのは、二人が微笑みを交わしあった時だった。
「あらこれは……綺麗」
 白かった花びらが薄紅に変わって、それが舞い降りながら、更にうつろっていく。
 薄紅はカムイにも降っていた。花びらを染めた美しい桜色は、隣で咲う瞳と同じ桜霞の彩。浴びぬようにといった考えは欠片も浮かばない。
 カムイは銀朱の髪に、体に桜彩を受け止めて――櫻宵が伸ばした指先に、自身に触れる間際で、薄紅が美しい黒桜へと変じた。
(「師匠」)
 大切な想い出の桜へと、白が変わる。変わり続ける。
 櫻宵はひとつも零れ落とさぬよう腕を伸ばした。手を開いて、大切に抱きとめるように黒桜を抱いた。あの日々の全てをもう一度噛みしめるように抱え――ほろりと心臓の辺りから桜が咲く。首の周りにも咲けば、それは首飾りのようでもあるけれど。
(「うふふ。何だか、首輪のようね。カムイは――」)
 ぱちりと桜霞が瞬く。
「あら」
 どこかぽかんとして自分を見る美しい瞳の片方から、桜が咲いていた。同じ桜は銀朱の髪にも咲いており、カムイが瞬きをする度に花びらが零れていく。春が泪となったら、きっとこんな感じなのだろうと櫻宵は暫し見惚れて――、
「サヨは──黒桜?」
 綺麗な私の桜が、と櫻宵が思っているとは知らないカムイは表情を翳らせた。
 過去の己の彩である黒が櫻宵という命を首輪で絆ぐように咲いている。まるで隠しきれない独占欲のようだ。過去の己とはいえ、少々――いや、あまり。これは。
 櫻宵のように翼や角があったなら、櫻宵のように常に桜を纏うことも出来ただろうかと寂しく思いもした。同じものがあったらと。
 だから、己に桜が咲いた時は櫻宵を宿すようで心地よかったのに。
 櫻宵に咲いた黒桜からカムイは目を外す。
 これは、大人気ないだろうか。しかし少し拗ねるくらいはいい筈だ。櫻宵は、“今の『私』の巫女”なのだから。
「……赫ならよかったのに」
「何を拗ねているの? カムイ。黒はカムイの彩でもあるでしょう」
「そうは言っても──いて」
 黒を孕む赫い髪をたおやかな指先が撫で、それに拗ねた心がほぐれかけた時。瞳の桜が指先に摘まれて――桜を食んだ唇が、痛かった? と艷やかに咲う。
 思わず瞳を逸したなら、くすくすと咲う音が降った。かすかな音は夢幻の春のようで、けれど、すぐそこで――己の隣で確かに咲き誇る春。
「痛みも刻んでおいて。だって私の神様を糧に桜が咲くなんて、妬けたから」
 私の桜も食べてみる?
 細められる瞳と、誘うような声。
 咲う桜彩を見つめていたカムイの赫が、ふわりと揺れた。すぐそこにある長い髪の色が櫻宵の白い肌をほのかに染め、撫でるように流れ落ちて――。
「いけない子だね」
 首に触れた感触。ぷつりと食み取られた黒桜は、神の中へ。
 ついさっきまで拗ねて、ほのかに頬を染めて瞳を逸していたというのに。
「……あら。意外と、大胆なのね?」
 ぱちりと瞬きをした桜霞に、桜の龍瞳が笑む。
「きみにこれを付けていいのは、私だけだよ。サヨ」
 他の誰かでも、いつかの私でもない――私だけが。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

比野・佑月
【月花】
「ストック、ビワ…」
噛みしめるように名を繰り返す。
あの日、俺の無自覚な感情を元に咲いた花。
花、ということしかわからなかったソレの名前。
欲しかったものを与えてくれるのはいつだってキミで…
だから、きっと。
ただそれだけのことで温かくなるこの感情に名前を付けてくれるのもきっとキミなんだろう

「ね、俺もっとよく見たいな。俺の花…ストック」
首に咲いたそれを、自分では掻き壊してしまいそうだから
キミの手で抜いて欲しいとおねだり。
香鈴ちゃんの病気と似た症状。
きっといろんなことを考えて複雑な音が乗った言葉に
寄り添うように身を委ねる
…大丈夫、怖がったりしないよ。
仄かに走った痛みは気取られぬように飲み込んで。


花色衣・香鈴
【月花】
(参考シナリオ:28998)
「佑月くん、それ」
彼に咲く花はあの日の檻の中身と同じ
「ストック、っていうそうです。図鑑で見ました」
わたしのは
「ビワですね」
葉を乾かしたお茶は咳止めになり、発作に苦しむわたしに気休めでもと両親が用意してくれた
原料を知りたくて幼い頃図鑑で真っ先に探した花…
病の為既に植物の生えた右二の腕、左太腿、腰にはいつも通り脈打つ様な疼痛があるのにビワの咲いた左手の甲には何も無くて
試しに抜いても血も痛みも発作もなくまた生える事への複雑な気持ちを堪える
「怖がらないで、大丈夫ですから」
ちゃんと笑えたか判らない
だから戸惑いつつ彼の花を抜いて見せる
…わたしと違って痛くないといいけれど



 月と星が生む輝くような白と、舞い降りる花びらが見せる白。
 それから夜空の深い蒼に、遠くに見えた灯りや消える気配のない炎の道の赤、橙。
 目の前に広がる静かな風景とそれを成す色彩の中に、花色衣・香鈴(Calling・f28512)は違う白を見付けた。
「佑月くん、それ」
「ん?」
 花舞う夜を眺めていた比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)は黒目をきょとり。“どうしたの?”と語る黒色に、香鈴はオレンジ色の目を佑月の首に向けながら、そっと自分の首を指した。
「咲いてる?」
「はい。首に」
 指先でちょいちょいと触れれば視界の端っこに覚えの白い形が覗いた。
 同時に佑月の中で強く思い浮かんだのは満月と、蓮華咲く池と、橋と――檻。
 花びらの縁をやわからに翻し、ぱ、と綺麗に開いて咲く中心には明るい薄緑を覗かせた――あの日、佑月が檻の中に咲かせた花と同じものが、首に咲いている。
「その花、ストック、っていうそうです。図鑑で見ました」
 わたしのは。香鈴の視線は下へ。自分の左手甲を見て、指先でさする。
「ビワですね」

 “香鈴。これを”
 “少しは苦しくなくなるからね”

 葉を乾かした茶は咳止めになると知った両親が、発作に苦しむ自分に気休めでもと用意してくれた。両親が作ってくれた茶の原料が知りたくて、幼い香鈴は花が咲き花吐く身を動かし、重たい図鑑を手に取って――。
 そうして真っ先に見つけたものと同じ花が、左手甲でささやかに咲いている。
 雄しべと雌しべを包むように開いた花びらは桜と似た形をした白。花びらの中心にはうすらと緑が滲んでいるが、図鑑で見たような大きく長い緑の葉は現れていなかった。
 けれどこれは幻でも映像でもない、本物のビワの花だ。
 右二の腕と左太腿、腰にも植物が生えているが病によるもの。皮膚を割って生えた植物はいつも通り脈打つような疼痛を刻んでいて、しかしビワの花からは何もない。
 試しに抜いてみるも、ビワの花は血も痛みも発作も生まず、ぽろりと白色を覗かせてすぐに花を開かせた。花の病に罹った身にとって、それが優しさなのか残酷なのかもわからなくて――香鈴は胸に湧く複雑なものを微笑みの下に押し込める。
「ストック、ビワ……」
 噛みしめるように繰り返す声と共に、花の名は佑月の中に刻まれた。
 満月が煌々と浮かぶ下、無自覚な感情を元に咲いた白い花。自分の中に何かが在るとわかっていても花の名も何かの名もわからなず――あの時は『花』ということだけを理解していたけれど。
(「……香鈴ちゃん。欲しかったものを与えてくれるのはいつだってキミで……」)
 だから、きっと。“ただそれだけのこと”で温かくなるこの感情に名前を付けてくれるのも、きっと彼女なのだろう。その予感が佑月の中にまたひとつ温かな感情を灯して、瞳をやわらげる。
「ね、俺もっとよく見たいな。俺の花……ストック」
 佑月は襟を押さえ、キミの手で抜いて欲しいと言ってくしゃりと笑う。自分では掻き壊してしまいそうだから。添えたおねだりに、わかりましたとやわらかな微笑が返る。失礼しますという声と共に白い手が首へと伸び、ぴんと外向きにはねる髪をくすぐった。
「怖がらないで、大丈夫ですから」
 ――ちゃんと、笑えたかな。
 自分の目に映るのは、佑月の首に咲いたストックと、瞳を閉じた佑月だけ。
 他人が花を抜けば痛むというのに、どうして彼はこんなにも穏やかに笑うんだろう。
「……大丈夫、怖がったりしないよ」
 ――花が咲くなんて、キミの病気と似てる。
 きっと色んなことを考えて複雑な音が乗った言葉に、佑月は寄り添うように身を委ねる。花が齎す全てを抱え生きてきた香鈴だからこその言葉に、怖いことなど本当になかったから。
「それじゃあ、抜きますね」
「うん」
 一切を委ね閉じられたままの瞳に少女は戸惑いを浮かべつつ、指先に力を籠めた。
 ぷつ、と、触れたそこより奥の方で小さな手応えひとつ。慎重に引けば、ストックがするすると抜けていって。
(「……わたしと違って痛くないといいけれど」)
 祈りに似た想いは閉じられたままの瞼へと。瞼は、ぴくりともしない。
(「大丈夫」)
 ほのかに走った痛みは気取られぬよう飲み込んだ。ぱちりと目を開けて、ありがとうってキミに笑うから――だから、俺は大丈夫だよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
ジジ、未だ意識はあるな?
睡魔に襲われた時は言え
気付け薬ならばたんまり用意しているでな
等と冗句も交えつつ、空を仰ぐ
雪と見紛う様な白花
それが変化する様を観察する中
身体の変化に気付いたならば
…なあ、ジジ
お前はこの師に如何様な花が咲くと思う?
片目を覆うようにして咲いたのは可憐な星状花
確かハナニラだったか
幼いお前に私が初めて貰った花だ
ふふ、心配性よな
安心しろ、痛みはない
多少痛めば気付けになるのだが、なんてな

ジジのそれは…ああ、懐かしいな
幼い頃、作ってやった花冠を
枯れても手放そうとしなかった時は驚いたぞ?
…如何した、ジジ
何か気になる事でも?

――然し、本当に
ずっと見ていたいほど、綺麗だ


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
うむ
その薬は苦すぎる故、負けるわけにはゆかぬ
強めに瞬きして睡魔を追い払う
遠く雪めいた白
術中だというに美しいな

ふむ…白、青、赤
師父になら如何なる花が咲いても似合うだろう
あえかな期待を抱きながら
避けられる筈もない花を受け容れれば
ふと視界に差すひかり
触れてみれば花冠を模る淡く輝く白花
幼い頃から、いつも師と共に摘んだ
闇を照らす名も無き灯り花

…最初に行ったとき
師父がこの形にして俺にくれたのだったな
青い双星の片方覆う星花へと小さく笑んで
痛まぬのだろうかと首傾げつつも
うむ、やはり似合いだぞ

覚えている
土のついた根ごと手渡されて
呆れながらも喜んでくれた

――そう
…あの時も、そう言っていたな



 出迎えの挨拶が如く降る白い花びらは、幽世の全てを覆っていく眠りと滅びの使者。
 しかしアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は星灯浮かぶ瞳で確りと前を見据え、黎明の宝石髪をしゃらりと揺らしながらジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)と共に行く。
「ジジ、未だ意識はあるな?」
「うむ」
「では睡魔に襲われた時は言え、気付け薬ならばたんまり用意しているでな」
「ああ、その時は師父の薬の世話となろう」
 万が一の備えは十分よと冗句を交える師の隣では、ぎゅっ、ぱっ、と強めの瞬きを刻む弟子の姿。それは師の手を煩わせるわけにはいかぬという弟子心――ではなく。
(「あの薬は苦すぎる故、負けるわけにはゆかぬ」)
 世界を滅ぼさぬ為にも睡魔を遠くへと追い払って、気付かれぬようそっと一息。
 その間も空には月と星が輝き、雪と見紛うほどの白花が降り続く。首魁の術中だというのに不快さはなく、やわらかに舞う白花が雪めいてジャハルの瞳を星と共に彩るばかり。
 空を仰ぐアルバの瞳にもやわらかな白が流れゆくように移り、変化していく。
 これは如何なる術によるものか。降り続く花びらの全容を捉えるように見つめていたアルバだが、身体の変化に気付いて唇に弧を描く。
「……なあ、ジジ。お前はこの師に如何様な花が咲くと思う?」
 問われ、ジャハルは隣を見る。身長差とアルバが前を見ている為、煌めく髪の下がどのような顔をしているかはわからない。
「ふむ……白、青、赤……いや、師父になら如何なる花が咲いても似合うだろう」
「そうか。では、この花はどうだ?」
「――咲いたのか、師父」
 胸に浮かんだあえかな期待と共に僅かに目を瞠れば、アルバの唇がふふんと笑った。
 見上げてきた白磁の顔、その片目を覆うようにして可憐な花が咲いている。星のような形をした可憐な花の名は確か。
「ハナニラだったか。幼いお前に私が初めて貰った花だ」
 取り出した手鏡に映る星状花を見た瞳が、懐かしさと共にやわらぐ。
 幼き竜の子が小さな手で集めた花が、何年も経った今、こうして現れるとは。
 送り主である竜の子はすっかり――それはもう、大変、見事に、成長したわけだが――今は静かな感情を双眸に映し、無言で瞬きを繰り返している。そこに避けられる筈もない花が訪れれば、男はそれを受け入れて。
(「……ひかりが」)
 月とも星とも違う輝きへ吸い寄せられるように触れれば、花冠を模って淡く輝く白花が光と共に映った。
 その光を最初に見たのは、今よりもずっとずっと昔のこと。幼かったジャハルがいつもアルバと共に摘んだこの花は、そのひかりで闇をも照らしていた。名も無き灯り花である白花の姿とひかりは――あの日々は、今もジャハルの心に宿る輝きのひとつ。
(「……最初に行ったとき、師父がこの形にして俺にくれたのだったな」)
 青い双星の片方を覆う星状花も、あの頃の。
 ジャハルは小さく笑んで――首を傾げた。
「うむ、やはり似合いだぞ。……だが師父、痛まぬのか」
「ふふ、心配性よな。安心しろ、痛みはない。多少痛めば気付けになるのだが」
「師父」
「冗談だ。ジジのそれは……ああ、懐かしいな。幼い頃、作ってやった花冠を枯れても手放そうとしなかった時は驚いたぞ?」
「……む」
 くつくつと笑う瞳は楽しそうで、ジャハルの口はつい一文字になる。しかし懐かしき頃を思い浮かべれば、きつく閉じられた口から力が抜けてしまうものだ。それに。
(「覚えている。土のついた根ごと手渡されたというのに」)
 初めて贈った土と根っこ付きの花。
 贈り物とするには不格好だったろうに、それを、呆れながらも喜んでくれた。
(「――そう。……あの時も、そう言っていたな」)
「……如何した、ジジ。何か気になる事でも? もしや、睡魔に襲われたか?」
「いや、違う。何もない。師父よ、懐に入れた手は外へ」
 遠慮するでない。
 遠慮などしていない。
 師と弟子の短いやり取りの後、気付け薬たちの出番は次回以降となり――その間も、彼方より来た白い花びらが幽世の夜を飾り続けていた。
 かすかな音も立てずにやわらかに舞う白は、漆黒の髪をふわりと滑り、黎明の髪をやさしく撫でて舞い落ちる。
「――然し、本当に」
 静かに繰り返され、重なり続ける花の時。
 これが作られた滅びの予兆だとしても。 
「ずっと見ていたいほど、綺麗だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
【猫ひげ】

あら、撫子が髪に
黒と金を彩る様に幾つもの薄紅が花咲む
…?首にも?
それを見ようとすれば首の違和感
そこには首輪のように虞美人草が咲いていた

はわ!ロキさん痛くないです?
その見た目に驚き、恐る恐る

ふふ、かすみ草可愛らしいですねぇ
食べる!?えと…ひとつ、なら?
お腹壊しても知りませんよ、と撫子を一輪

ですねぇ
とても綺麗で…不思議
白い花弁は近くにくると八重桜の花弁に

あら、ほんと可愛らしい形
ふわほわ微笑んでロキさんの髪を彩る花弁も摘まむ

確かにちょっと眠いかもしれません
撫子は昔縁があったのですが…虞美人草は何でしょう?
『私』?
答えは返ってこないけれどその様子に柔く笑む

この姿で…
ふふ、ご要望に答えましょう


ロキ・バロックヒート
【猫ひげ】

目元がこそばゆいなと思ったら
眼をカスミソウが覆って咲いてる
痛くないけどヘンな感じ

ちおりちゃんはとっても花が似合うなぁ
どっちも君を彩っているみたい
首輪おそろいだね、なんて
ねぇねぇその花食べてもいい?
摘んでもらった一輪
嬉しそうに食べる

空から花弁が降るのも素敵だよね
ひょいとちおりちゃんの髪に絡んだ一枚を取る
見て見てこの花弁
ハート型っぽくて可愛いって笑い合う

なんだかちょっと眠たいね
花言葉はなんだったっけなとか話を続けて
ちおりちゃんはその花に思い入れはある?縁?
俺様のはね『私』が好きだったんだよ
聞き返されても笑って答えないけど機嫌は良いの

そうだ良いこと思い付いた
その姿で舞ってみてよ
絶対綺麗だよ



 橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)が最初に“在る”と気付いた場所は髪だった。
 ふわりと揺れる髪にいつの間にか撫子が咲いている。黒と金を彩るように、幾つもの薄紅が愛らしく花咲んでいたのだ。
(「……? 首にも?」)
 先程まで感じなかったものが、そこにも在るような。
 見ようとすれば違和感はほのかに強くなり、指先でそっと探る。首をぐるりと一周する何かは大きくふわりとした花びらの持ち主――虞美人草だった。
 あらあらと千織は瞬き数回。ロキさん、と共に来た気まぐれ猫のような神様の方を見て、
「はわ! ロキさん痛くないです?」
 ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)にも花の訪れが起きていた。
 それも、いつもは悪戯っぽく煌めいている目を覆う形で。
 しかしロキはへーきへーきと笑い、目を覆って咲く霞草に触れる。最初は目元がこそばゆいなと思って、と指先で小さな花々をちょんちょんとつついた。
「痛くないけどヘンな感じ」
「良かった……ふふ、かすみ草可愛らしいですねぇ」
 安心で、ぼわっと膨らんでいた山猫尾がふわわと元のボリュームに戻っていく。すっごい膨らんだなぁなんてロキは思いつつ、ありがとと霞草の下で笑った。
「ちおりちゃんはとっても花が似合うなぁ、どっちも君を彩っているみたい」
「あ、問題なく見えるんですね?」
「そ。ね、首輪おそろいだね」
 決して外れない黒の首輪と、華やかな彩で首をぐるりと巡る虞美人草。霞草で見えない金色の双眸がそこに注がれているのを感じて、千織はどうしましたと首を傾ぐ。
「ねぇねぇその花食べてもいい?」
「食べる!?」
 ぼっ。元に戻った山猫尾が再び膨らんだ。聞き間違いかと思ってじっと霞草咲く顔を見つめれば、何やら期待の眼差しを注がれている気がした。眼差しが外される気配は――ない。
「えと……ひとつ、なら? お腹壊しても知りませんよ」
「大丈夫じゃない? 多分」
「たっ――!」
「いただきまーす」
 摘んだ撫子一輪はあっという間にロキの口へ。嬉しそうに食べる様はごくりと花を飲むまで消えず、ごちそうさまと満足げな声で千織はホッと息をつく。
 何事もなくて良かったと安堵すれば、周りの風景が改めて新鮮なものとなって見え――撫子一輪を味わったロキの視線も夜空に向いていた。
「空から花弁が降るのも素敵だよね」
「ですねぇ。とても綺麗で……不思議」
 本物の雪のように真っ白で、ふわふわ、ひらりとやわらかに降って来る。御伽噺や夢の世界めいた光景を作る花びらは、近くに来ると舞いながら八重桜の花びらに変わった。
 夜色と白ばかりだったそこにさした華やかな春の色と、たっぷり重ねたドレスのような花びらは二人の目を楽しませ――ひらり、と千織の髪を滑って絡んだ花びらがひとつ。
 撫子と共に髪を彩るかと思われた花びらは、ロキの指によってひょいと掬われた。
「ちおりちゃん、見て見てこの花弁。ハート型っぽくて可愛い」
「あら、ほんと可愛らしい形。……ふふ、ロキさんにも付いてますよ」
 笑顔にふわほわと微笑んだ千織の指が指した先はロキの髪。黒髪で一休みしていた花びらは千織に摘まれ、笑い合う二人の間で暫しその姿と色を魅せることとなる。
 静かな夜に紡ぐお喋りはそのまま続きそうだったけれど。
「なんだかちょっと眠たいね」
「確かにちょっと眠いかもしれません」
 喋っていれば眠気は紛れるだろうか。花言葉はなんだったっけな、と続けたロキは、千織の髪と首に咲く花を霞草の下から捉える。
「ちおりちゃんはその花に思い入れはある? 縁?」
「撫子は昔縁があったのですが……虞美人草は何でしょう?」
 自分のこれまでを振り返ってみるけれど、これという答えは出てこない。花言葉を調べたら、何か浮かぶだろうか。そう思いながらロキさんは、と尋ねれば、口がにぃ、と笑った。
「俺様のはね『私』が好きだったんだよ」
「『私』?」
 聞き返した千織にロキは笑うだけで答えない。しかし機嫌が良いとわかる様子だけで十分に思えて、千織は柔く笑んで空を見る。
「そうだ良いこと思い付いた」
「何です?」
「その姿で舞ってみてよ。絶対綺麗だよ」
 髪に撫子、首には一周巡る虞美人草。
 花をふたつ咲かせた戦巫女はくすりと笑い、指先で袖を摘んだ。
「どうぞ、ご覧あれ」

 静けさの中、戦巫女が舞う音だけが響き――白と八重桜の彩が、ひらり、くるり。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マリアドール・シュシュ
【聖晶狼】
アドリブ歓迎

危うげで
儚げに感じてしまうのは
マリア達が何もしなければ滅びゆく運命を辿るからかしら
ヴォルフガング、アレクシス
今だけは
委ねてみましょうか

白花舞う幽世は美しい終焉も似た
けれど
これから色付くのを待っているようにも見え
其処に夜空色のドレスふわり
二人の手を引いて歩む
幻想的な世界に感嘆の声
瞬きは多く

髪に白の茉莉花
心臓に菖蒲と霞草
久遠の華にも咲いて
最後に赤の茉莉花を模した毒花が喉を狙う様に首輪となる
少し苦しく哀しい

(ベリア…(マリアの宿敵)
忘れて、いないのに)

二人の花を見て納得と驚きと哀の顔

二人とも平気…?
この花、やっぱりそうだと思っていたわ
でもこれは…

花言葉の意味は、

ええ、秘密なのよ


ヴォルフガング・ディーツェ
【聖晶狼】
アドリブ歓迎

覆す為にか…そうだね、その通りだ
この白が全てを塗り潰すと言うのなら、相応しい色を塗り重ねるのが俺達の仕事
麗しの乙女にエスコートされるとは光栄だ、とマリアとアレスに笑い掛け白の先へ歩もう

幽かに感じる眠気を咬み殺せば
涙で滲んだ左瞼に咲く向日葵
一つの耳に紅い薔薇、反対の耳に蒼い薔薇
…失った家族を顕す事にも未来の暗示にも見える
愛する事、それは叶わぬ幻想…ね(知っているさ、そんな事はと微笑う)

2人をそうと見遣る
苦難の末に喪えぬ絆を再び手にした青年
無邪気の陰に寂寥を抱く少女
花言葉から読み取れるものも、そうでない願いも
そうだ、此れは俺達だけの秘密だ

そう笑って、2人をくしゃくしゃ撫でよう


アレクシス・ミラ
【聖晶狼】
アドリブ歓迎

滅びゆく運命を変える為に僕達が来たんだ
ヴォルフガング殿と共に
マリアさんに手を引かれながら花の中を歩こう

眠気を払おうとすれば
右目を覆い、首筋へと咲くネモフィラと
小指に咲く白い雪の6枚花弁…ダークセイヴァーの『六花』に気づく
これは…ああ
ネモフィラは友が…僕の『剣』が
花の色が僕の目のようだと、「アレスの花」と呼んでいて
六花は僕にとって大切な…守護と倖の願いであり誓いの花
僕と似た色の花と想いを宿す花だ

僕なら大丈夫
2人は大丈夫かい?
(…首の赤い茉莉花、耳の紅と蒼の薔薇は
何処か昏く感じた
花は…彼らに何を伝えようとしているのだろう)

―ええ
僕を撫でる彼の口元へ人差し指を近付ける
秘密、です



「マリア」
 呼ばれて振り返ったそこには、どうかした? と見守るように笑むヴォルフガング・ディーツェ(花葬ラメント・f09192)と案じる眼差しを向けるアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)がいた。
 マリアドール・シュシュ(華と冥・f03102)は金の瞳を震わせ、やわらかな白を重ねていく夜の草原と、それをただ静かに見下ろすような煌めく夜空を見る。
 訪れたばかりの花降る夜が、危うげで儚げに感じてしまう。
 かぼそい声を紡いで見つめれば、同じ世界が二人の目にも映った。
「……マリア達が何もしなければ滅びゆく運命を辿るからかしら」
 そうだね。
 短く肯定したアレクシスを、マリアドールは弾かれるようにして見る。
 しかしマリアドールが見たのは、強い決意を宿して笑う朝空の青だった。
「その滅びゆく運命を変える為に僕達が来たんだ」
 守りきれなかったものも、奪われたものもある。けれどそれを覆せる時は確かに世界に存在していて、それが今なのだと優しく笑う青い双眸に、くすりと笑って頷いたのは、見目よりも遥かな時を生きてきた咎狼の赤。
「その通りだ。……マリア」
 この白が全てを塗り潰すと言うのなら、相応しい色を塗り重ねるのが俺達の仕事。そう言ってパチリとウインクを贈れば、悲しげだったマリアドールの顔に明るさが戻っていく。
「ヴォルフガング、アレクシス……」
 何もしないわけがない。何も出来ない筈がない。
 だったら――、
「今だけは、委ねてみましょうか」
「おや、麗しの乙女にエスコートされるとは光栄だ」
 差し出した両手にヴォルフガングの手と笑顔が重なり、アレクシスもそれに続く。
 白き花舞う幽世の夜はあまりにも静かで、その美しさはマリアドールの胸に終焉を迎えたかのように感じさせる。しかし降り続く白も明ける気配のない夜色も、これから色付くのを待っているようにも見え――始めは悲しく見えた世界が、夜空色のドレスを揺らして二人の手を引いて歩むごとに、輝いて見えてくる。
 知らずこぼれる感嘆の声。瞬きも増えて――白い茉莉花が髪に、心臓に菖蒲と霞草が久遠の華にも咲いていけば、最後に咲いたのは鮮やかな赤だった。茉莉花を模した毒花は喉を狙うように首輪となって、マリアドールの呼吸と心を静かに苛み始める。
(「……ベリア。忘れて、いないのに」)
 忘れられる筈も、ないというのに。
 少しの苦しさに哀しみがじわりと滲む。
 ――そして音もなくやって来たのは白い花びらだけではなかった。
(「少し眠いな」)
(「欠伸が出そうだ」)
 アレクシスは眠気を払おうと右目に触れ、ヴォルフガングはかすかに感じた眠気を噛み殺す。すると右目に触れた指先をくすぐるように優しい青色が浮かび、涙で滲んだ左瞼には夏の彩が現れた。
(「これは……ああ、ネモフィラと……小指には白雪の六枚花弁?」)
 ネモフィラは大切な友が――星のように輝く魂を持ったアレクシスの『剣』が、この花色を見てアレクシスの目のようだと言ったのを覚えている。これはアレスの花だ、なんてネモフィラを呼んで、笑って――。
(「それに六花は僕にとって大切な……守護と倖の願いであり誓いの花だ」)
 ダークセイヴァーに咲き、儚い光で照らすように咲く『六花』。自分と似た色の花と思いを宿すふたつの花を見ていると、眠気はいつの間にか薄れていて。
 青い瞳に輝きがしっかりと戻れば、ヴォルフガングの瞳は視界に入る夏の彩――向日葵を見て、それぞれの耳に咲いた紅薔薇と蒼薔薇を水溜りに映った自身で知る。
 愛情の赤と、存在しないものを現す蒼。薔薇が宿す色彩に、ヴォルフガングは唇だけで笑った。
(「……失った家族を顕す事にも未来の暗示にも見えるな」)
 愛すること、それは叶わぬ幻想だと示しているのか。
(「知っているさ、そんな事は」)
 どれだけ時が経とうとも、自分が今こうしてここにいる理由を忘れなどしない。
 笑んだ唇から微笑をこぼした時、増した花の香りにマリアドールが気付いた。アレクシスとヴォルフガング、それぞれに咲いた花は納得を覚えるもので――同時に、驚きと哀しみが生まれていく。
「二人とも平気……?」
 二人に咲いた花は美しい。しかし何を元に咲いた? 元となったそこには、何が在る?
 自分に咲いた花は――。
(「この花、やっぱりそうだと思っていたわ。でもこれは……」)
 始まりとは逆にこちらを案じる眼差しに、アレクシスは僕なら大丈夫と笑ってみせた。
「ニ人は大丈夫かい?」
 首をぐるりと囚えるような赤い茉莉花と、狼の耳に咲く紅と蒼の薔薇。美しく咲いている筈なのに、二人に咲いた花を見ているとどこか昏いものを覚えるのだ。
(「花は……彼らに何を伝えようとしているのだろう」)
 そんな眼差しに気付かれないよう、ヴォルフガングは二人とそうと見遣る。
 ――アレクシス・ミラ。苦難の末に喪えぬ絆を再び手にした青年。
 ――マリアドール・シュシュ。無邪気の陰に寂寥を抱く少女。
(「花言葉から読み取れるものも、そうでない願いもあるね」)
 遊ぶように言葉を紡ぎ、悟らせないまま、花の理由を探ることが可能だろう。
 けれど。
 三人は互いの花を見つめ、顔を見つめ、くすりと笑う。
「花言葉の意味は、――ええ、秘密なのよ」
「そうだ、此れは俺達だけの秘密だ」
 な? とヴォルフガングは二人の頭に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でる。
 幼子のように扱われているけれど――事実、ヴォルフガングの方がずっとずっと年上だ。アレクシスは立てた人差し指を、撫でるヴォルフガングの口元へ近づける。
「――ええ。秘密、です」

 何が咲いた? どうして咲いた?
 それは白い花の内に――今宵だけの花園に閉じ込めよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

バンリ・ガリャンテ
心結【f04636】と

あなたの髪。奶茶から虹の広がりに手を伸ばす。
白から変ずるそれが肩に。頬に。胸元に。掠めて落ちるのを止められない。
あなたの首筋に淡い彩りが奔る。瞬きの間に花開く。それもああ、止められない。
恐ろしくも魅入られて心惹かれるも胸が騒いで。
心結に咲いた桜は、心結と似ているね。

俺に降る白はやがて桃色に変わった。
覗く鎖骨に咲いたのは、バーベナと言う名の幸いであった。
そうよ。これになりたかったの、俺。
内側で滾る物言いたげな地獄のかわりに、
右胸の上で桃色の小花が沸々と震えた。

奇妙だろう?触れて、心結。
綺麗だねぇ。触れさせて、心結。
…でへ。そうか。
目を閉じれば、瞼裏で花弁が寄り添った。


音海・心結
バンリお姉さん(f10655)と

伸ばされた掌に自然と笑みが零れる
甘えられる大好きなお姉さんを今日は独り占め

視線を感じ、首筋全体に違和感が
自分では見えなくて、首に手を当てて
認識した頃にはもう遅い
一つ花を摘まんで取れば薄っすらと桃色に染まる桜
わあ、みゆの大好きな桜です

はらり
自分の花ではない花弁が降る
鎖骨を覆うように咲く色鮮やかな桃色たちを見
かわゆいお花ですね
触ってもよいですか?
バーベナに触れれば何かが主張するような感覚
どくんどくん、と高鳴りを感じた
……もっと知りたい
バンリお姉さんと共に在りたい

いいえ、バンリお姉さん
そのお花、みゆは大好きです
お揃いの色ですよ
鎖骨に咲くバーベラに一輪の桜を添えた



 奶茶色から七彩に広がる髪にバンリ・ガリャンテ(Remember Me・f10655)の手が伸びていく。それを見つめる音海・心結(瞳に移るは・f04636)の蜂蜜色は、より甘く煮詰まるように煌めいて、自然、笑みがこぼれた。
「今日は、お姉さんを独り占めです」
 甘えられる、大好きなひと。
 告げられた言葉はとっても嬉しい筈なのに、バンリは白から変ずる花びらが心結の肩に、頬に、胸元に――次々と掠めて落ちていくのが止められなくて、胸の奥がずきんと痛んだ。
 首筋にも淡い彩りが奔れば、瞬きの間に花が開いて――ああ、止められない。
 幽世の滅びと共に、心結に溢れていく花を止めたいのに。
 けれど恐ろしくも魅入られて、心惹かれるも胸が騒いで――花に囚われ、身動きが出来なくなってしまった気分だ。
 濃く鮮やかなピンクの瞳から注がれる視線に、ぱちりと蜂蜜色が気付く。
 どうしたですか、お姉さん。
 そう言おうとして、心結は首筋全体に現れた違和感へと触れる。ああ、咲いたのですねと認識した頃にはもう遅い。けれど一つ摘んで取った花を確認した時、そこにあったうすらと桃色に染まる桜が心結に笑顔を咲かせた。
「わあ、みゆの大好きな桜です」
「……心結に咲いた桜は、心結と似ているね」
「ほんとですか? ふふ、嬉しいです。バンリお姉さんは……あ、」
 はらり。
 ふいにやって来た花びらは薄桃色の桜ではなかった。
 バンリの傍に集まるように降る白色が桃色に変わって――覗く鎖骨に、バーベナが『幸い』を孕んで咲いていく。
「お姉さん、その花」
「そうよ」
 これになりたかったの、俺。
 体の内側で地獄が物言いたげに滾っている。だが語る口を持つのはバンリであり――その代わりに、右胸の上で物色の小花が沸々と震えていた。
 鎖骨を覆うように咲いたバーベナと、右胸にある色鮮やかな桃色が心結の瞳に映っている。ああ、とろりとした蜂蜜色に映るあの花々が羨ましい。
「奇妙だろう?」
 だから触れて、心結。
「綺麗だねぇ」
 だから触れさせて、心結。
 貪欲に求めるような声に桃色の花びらが重なり続ける。
 はらはら、ひらひら。
 音を立てず、静寂を静寂のまま保ちながら、何枚も何枚も。
 その向こうにある蜂蜜色が、ぱちりと瞬いた。
「かわゆいお花ですね。触ってもよいですか?」
「うん」
 心結はそうっと手を伸ばす。鎖骨を覆うバーベナに触れれば、見えない何かが主張してきた気がした。触れているのはバーベナだ。それ以外には何もない。けれど、感じる。
 ――どくん。
(「……もっと知りたい」)
 ――どくん、どくん。
(「バンリお姉さんと共に在りたい」)
 感じた高鳴りがうるさく響いて、バンリに伝わってしまうだろうか。
 そ、と視線をバーベナからバンリに移せば、花と似た色の鮮やかな瞳がじっと心結を見つめていた。それは何かをじっと待っているかのようで――多分、そうだった。
「いいえ、バンリお姉さん。そのお花、みゆは大好きです」
 首筋に触れ、桜をひとつ引き抜く。
 あ、とバンリの口からこぼれた声に心結はふふりと笑って、バンリの鎖骨に咲くバーベナへと一輪の桜を添えた。咲いた場所も、花の種類も違う。けれど同じものが――変化や消失を経ない本物が、確かにここにある。
「ほら。お揃いの色ですよ」
 ね?
 無邪気に笑って、肩に頭を擦り寄せる。
 奶茶から虹に広がる髪がすぐそこで揺れて、自分の体にかかいく様をバンリは呆けたように見つめて――ふにゃりと笑った。
「……でへ。そうか」
 目を閉じる。降りしきる白と変じた桃色が、桜とバーベナが見えなくなる。
 けれど瞼の裏では、お揃いの色だと言われた春いろが確かに寄り添っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
有さん/f00133

降る花を見上げる
何の花弁なのかは解らないのに
柔く舞い散る様は懐かしい記憶を手招いて

空から降る花、ですか
…一度だけ別の世界でなら

続き左眼が捉えたのは異なる花弁
淡い桃色滲ませた白桜は
己の左首から頬に至るまでを侵食している影に咲く
かと思えば蕾が花開くように黒翼に拡がる八分咲き
今尚身の裡に在り続ける大切な思い出の白桜

有さんは、椿…ですか
滑らせた指を見守る
いつもはそこに咲いているのだろうか
見た事は無いけれど聞いても良いものか
分からぬまま二の足を踏む

俺のは…
触れる頬、広げる黒翼
これはきっと“あの子”との記憶に他ならなくて

…有さんも
綺麗な椿ですね
と呟く様に
嘯くあなたに不器用に咲って


芥辺・有
黒羽/f10471

空から花が降るなんてね
黒羽は見たことあるかい?……そうかい
まあ、こういうこともあるってことかな
なんだか不思議だね、まったく
ましてやさ
手のひらに落ちたまるっこい花びらを眺める
赤くなったそれをぱらぱらと地面に落として

私にとって花といったらこれくらいだ
私に咲いてる花で、
触れてみた左耳の上にはいつもどおり何もなくて
あいつが好きな花
無意識に滑らせた指が喉の椿に触れた
変なとこに咲いてさ
ここのがまだお似合いってなら、それはそれでもいいんだけど
摘んでも痛みのひとつもないなんてね

そういや、お前はどうなってるんだい?
そういつもと違う黒羽に視線を投げてしげしげ眺める
……似合ってるね
なんてうそぶいて



 夜空から降る――恐らくは、そこからやって来る花を見上げる。
 しかし華折・黒羽(掬折・f10471)には何の花びらかは解らない。白くて、花びらであるということだけだ。それなのに柔く舞い散る様が、懐かしい記憶を手招く気がして。
「空から花が降るなんてね」
 は、と目を瞬かせて隣を見る。芥辺・有(ストレイキャット・f00133)の瞳は黒羽を映してはいない。だが夜空を見ているのか、花降る草原のずっと先を見ているのかの判断もつかなかった。
「黒羽は見たことあるかい?」
「……一度だけ別の世界でなら」
「……そうかい。まあ、こういうこともあるってことかな」
 妖怪、竜神、骸魂にオブリビオン。やたらと起きる滅びの危機。そういう世界ならこういうこともと何となく思えてしまうし、誰かがそう思うことに否と言う気分にもならない。
 すると黒羽の左目が異なる花びらを捉えた。
 淡い桃色を滲ませた白桜が咲いた場所は、黒羽の左首から頬に至るまでを侵食している影。まるで影を塞ぐようにして咲いて――かと思えば、ふわりくるりと蕾が花開くように、黒翼に八分咲きが拡がっていく。
(「ああ、この桜は……」)
 この姿になっても尚、身の裡に在り続ける輝き。
 大切な思い出を咲かす白桜。
「なんだか不思議だね、まったく」
 ましてやさ、と言葉を続けた有の目は前へと伸ばした掌へ注がれている。
 白い花びらが有の掌へ近付くにつれて赤く染まり、丸みを帯びながら舞い降りて、重なって。それを、有は掌をひっくり返してぱらぱらと地面に落とした。
「有さんは、椿……ですか」
「私にとって花といったらこれくらいだ」
 オラトリオだから自分にも花は咲いている。けれど左耳の上に滑らせた手は何も捉えない。何もない。
(「あいつが好きな花」)
 黒羽は、それがいつも通りのことだと知らない。有の指が左耳の上を過ぎていくのを見て――ほんの少しだけ、尾を揺らす。
 いつもはそこに咲いているのだろうか。
 見たことは無いけれど聞いても良いものか。
 知らず、分からぬものに手を伸ばして触れるには、時間が足りなくて。
 故に黒羽が二の足を踏んでいる間に、有の手は喉に咲いたものへ触れていた。無意識に指を滑らせていたから、触れた何かのせいで指がぴくりと跳ねる。けれどそれは一瞬、一回きり。
 有は指先で形を探り――丸みを帯びた根本を摘んで、引き抜いた。
 やや嵩のある赤と、中心に立つ複数の黄色。引き抜いたばかりの椿は、その赤色を指の隙間からかすかにこぼすようにしながら有の手の中に在る。それは喉に咲いていましたなんて思わせない鮮やかさだった。
(「変なとこに咲いてさ。何だってそこなんだ。ここのがまだお似合いってなら、それはそれでもいいんだけど」)
 摘んでも痛みのひとつもない上に、引き抜いたそこに触れれば、もう新しい椿が咲いている。花以外何も残さないのか。場所を取るにしては遠慮がない。
 有は椿を乗せた手をひっくり返――そうとして、ああ、と視線を動かす。
「そういや、お前はどうなってるんだい?」
「俺のは……」
 黒羽は頬に触れ、黒翼を広げてみせる。
 普段目にする影は白桜に。黒翼は、八重咲きで彩られるように。いつもと違う様を有にしげしげと眺められ、黒羽はかすかにはにかんだ。
 ――これはきっと“あの子”との記憶に他ならない。
 咲いた花。咲いた場所。
 その理由は黒羽の中にしかなく、有には見えないものだけれど。
「……似合ってるね」
 なんて、嘯いて。
「……有さんも。綺麗な椿ですね」
 そっと、呟くように。

 金の瞳がゆらりと移り、澄んだ青が不器用に咲う。
 白い花びらは――まだ、止まない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
おやまあ、素敵だコト
花には疎くても、神秘的な光景には見惚れるばかり
己へ降るのは白や青、紫の形もまばらな花弁たち

まるで夜の色ネ、と伸ばす手に
気付けばまとわりつくよう小さく可憐な白が咲き
それは手鞠のように寄り添い、また別の場所へと咲いては広がって
やがて喉元までを覆う

自分を元に咲くと聞いてたケド、随分似合わないのが咲いたモノねぇ
花の名も、意味する言葉も知らねば首を傾げるばかり
ただそうね、これは生命を脅かす香り――ナンてのはただの勘だけど
もしそうならこの上なくお似合いってトコね
いっそ誇らしげに笑い花の雨に濡れるわ

(花弁はトリカブト、あなたが私に死を与えた)
(花はドクゼリ、あなたは私を死なせる)



「おやまあ、素敵だコト。……ま、花には疎いんだケド」
 でも、素敵と思うことに知識は必要ないでしょ。なんてコノハ・ライゼ(空々・f03130)は笑み、神秘的でもある光景に薄氷の瞳を細めた。
 見つめている内、知らず知らず心は静かに奪われ、見惚れるばかり。
 けれど自分へ降る花びらの色と形が奪われた心をそっと照らし、起こしていく。
 白、青、紫――。
 色も形も疎らな花びらが目の前をやわらかに舞いながら過ぎ、音を立てないまま。草の上に積もっていくのを目で追う。
「まるで夜の色ネ。全部煮詰めたらとんでもない色のジャムになりそ」
 味もきっと予測不能で――ああけれど、意外と美味しいかもしれない。
 世の中には虹色のチーズや食パンがあり、それがトンデモな味ではなく、ちゃんとチーズであったりトーストであったりするのだから、この花びらを使ったジャムだって。
 なんて笑みながら伸ばした手に纏わりつくように、小さく可憐な白が咲いていた。
「……アラ、いつの間に」
 小さな小さな白花ひとつひとつが手毬のように寄り添って、また別の場所へと咲いて、広がってを繰り返す。どこまで行くのカシラと呑気に眺めてみれば、段々と近付いてきて――。
「ふうん?」
 花の旅路は喉元まで。
 花に覆われたそこをコノハは指先でつつき、ちょいちょいと払うように撫でる。
「自分を元に咲くと聞いてたケド、随分似合わないのが咲いたモノねぇ。えーと……」
 考えてみても花の名前は出てこない。花に宿る言葉も知らないから、どうしてこんな可愛らしい子が自分に? と首を傾げるばかりだった。
 その間も降り続く白色は変化しながら周りに積もっていく。
 暗い草原に白と青、紫が重なって、新しい夜を作るようなそこ。コノハは体に咲いた花と、変化しながら降る花も見て――ふいに積もっていた花びらを掬い上げる。
「これは生命を脅かす香り――ナンてのはただの勘だけど」
 その勘は侮れないものだ。日常生活の中でも、戦いにおいても、そいうものが生命を左右することだってある。今この瞬間に訪れた勘は――どうだろう。
 コノハは緩やかに微笑み、掬い上げた花びらでいっぱいの手をひらりと離していく。ふわんと広がった花びらがくるくる、くるくる。舞いながら落ち、疎らに彩った様を愛でるように映す。
 この花びらも、この小毬のような花も、死を連れてくるものなのだとしたら。
「もしそうなら、この上なくお似合いだわ」

 ねえ、そうでしょ。

 それが誰に向けた言葉かなんて、誰も知らない。
 いっそ誇らしげに笑い花の雨に濡れる心の内も――花雨の向こうに沈めていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら
聞いていた通り、ふるふる花びらに
わぁってなる、けど…ふしぎね?
叩けば、雪へ変わる羽毛の布団みたいに
誰かが上から降らせているのかしら

同じそのシロにちょんと触れてみる
あなた達は変わりたい、染まりたいイロはみつかった?
いばらもね、いつか…
そう想える素敵なイロにあえたら良いなっておもうのよ
最近できた、私の夢

ふと左側の視界がぼやけ
頭の花びら、今日は咲かせてなかった筈なのに…
一枚採ってハッとする
タールのよに、クロい花びらだったから

全てのイロを混ぜた見事なクロバラは、茨の魔女の証
それが左面を覆っていて
あのコのように、力が付いた証拠?
それとも、それとも…

あなたはあくまで私のもの
そう言っているようで
胸がざわめく



「わぁ……聞いていた通りだわ」
 ふわふわ、ふるふる。
 眩い光が宿る夜空を真っ直ぐ見上げて花びらを眺めた城野・いばら(茨姫・f20406)は、小さくいたた、とこぼし、首の後ろをさすりながら前を見る。
「ふしぎね? 叩けば、雪へ変わる羽毛の布団みたいに、誰かが上から降らせているのかしら?」
 そうだとしたら、何分前からファサファサさせているのだろう。
 まだ見ぬ誰かさんの頑張りを気遣うように、いばらは前方に広がる風景を見つめて――思い浮かべたものと同じ白色に、ちょん、と触れてみた。
「あなた達は変わりたい、染まりたいイロはみつかった?」
 白色は白色のまま。
 まだ見付かっていないのか、白いままで十分なのか。
 けれど今現在白いということは、いつか変わる可能性があるということと同じな筈。いばらは積もっていた白に注いでいた翡翠色をそうっと細め、囁いた。
「いばらもね、いつか……そう想える素敵なイロにあえたら良いなっておもうのよ」
 これはね。最近できた、私の夢。
 ふふと笑って続きを言おうとした時、ふいに左側の視界がぼやけた。
 花じゃなくて雫が降ってきたのかしらと目をパチパチさせても変わらない。じゃあもしかして――ううん、頭の花びら、今日は咲かせてなかった筈。
 いばらはドキドキする胸を押さえながら、ぼやけた左目とクリアな右目で周りを見る。白い花びらは――変わっていない。じゃあ、と左目に手を伸ばすと、瞼にまだ届かない筈の位置で何かが触れた。
(「お花が、」)
 咲いている。
 一枚採ったいばらは、ハッと息を呑んだ。それは繊細なレース編みが素敵な白い手袋とは全く違う色。例えるなら、のたりと重たいタールの黒。
 とてもとても黒い花びらは、どんな形を作っているの? もう一度左目に触れ、今度は一枚ではなく全体を包んで摘み取って――言葉を失った。
 手に在ったのは、全ての色を混ぜ、他の色を完璧に飲み込んだような見事な黒薔薇だった。
 それは茨の魔女の証だ。
 茨の魔女の証であるそれが、自分の左面を覆っている。
「いばらにも、あのコのように、力が付いた証拠? それとも、それとも……」
 ねえ、クロバラのあなた。
 そう問いかけても黒薔薇はふさりと揺れもせず、掌に乗ったまま。けれど夜の中であってもどこか眩しい純粋な黒色は、口や声がなくとも何かを告げるように存在していて。

 あなたはあくまで私のもの

 そう言ってるようで、胸がざわつく。
 ひとたび起きたそれは胸を押さえても消えなくて――。
 なのに花降る先。遠くに灯っている光がひとつ、消えた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『虹色夢の骨羊』

POW   :    夢が集まれば元の姿に?
全身を【喰らってきた夢】で覆い、自身の【喰らってきた夢の力】に比例した戦闘力増強と、最大でレベル×100km/hに達する飛翔能力を得る。
SPD   :    かつての夢を見れるのか?
【強制的に眠りに誘う骨のガシャガシャした音】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
WIZ   :    かつてはどんな姿だった?
戦闘用の、自身と同じ強さの【虹色骨獏】と【虹色骨山羊】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●咲かずの虹
 白い花びらが降る。止まず、降り続けている。
 開かれたままの窓や引き戸、玄関から室内に入り込み、降り込む雨のように無人のそこに白い境界線が生まれた。
 家の外に置かれている小さな丸テーブルの上や、縁側にある飲みかけの茶や酒、まだ温かい料理の上には彩りを添えるように舞い降りて。はらはら。ひらひら。見えていた色が、白に覆われていく。
 真新しい引っかき傷が残る石造りの塀にも。
 割れて、又はひしゃげて壊れた障子や看板にも。
 妙に感覚を開けて落ちている、左右一足ずつのサンダルにも。
 住民が全て呑まれた町に妖怪たちの気配はなく、ぼうと輝く虹色だけが町をうろついてカラコロと音を立てていた。

 虹に染まって輝く全ての骨から、白い花が咲いては散り続ける。
 開花した瞬間に花はぽとりと離れ落ち、萎れるように小さくなって消えていく。
 骨羊たちは花を咲かせていた妖怪から花を喰らっていたが、その全てを取り込んでしまった。同種から咲いた花はすぐに消えてしまう。喰らえない。飢えて飢えて、虚しくて仕方がない。
 だから目の前の虹色を襲い、踏んで、噛み付いて、体当りして砕いて夢を喰らう。
 それでも魂は満たされない。願うものに、戻れない。
 記憶と繋がるものが欠けた身に花は定着せず、虹の骨羊たちは満たされぬまま。
 そこへ現れた“花”は、自らに宿る虹よりも遥かに眩いものに見えたのだろう。彷徨っていた骨羊も相争っていた骨羊もぴたりと動きを止め、光浮かぶ眼を猟兵へと注ぐ。


 ああ、咲いている。
 咲かせている。
 散らず、消えず、空虚な廻りを繰り返さない花が在る。
 あれが欲しい。あの花が欲しい。
 あの花を喰らえば、我が身に取り込めば――きっと、きっと――!!


 カラガラ、カラコロ。ガラカラ、ゴロ。
 花の源を持たず、知らずの獣たちが歓喜の音を響かせて。
 花降る夜に、虹色が溢れ出す。
 
葬・祝
骨の羊たちを眺める瞳は冷ややか
くだらないものを見るようなそれ

そもそも君たちはとっくに骸の海の死者でしょう?
くふふ、こうして現世に留まる私と君たち、何が違うのかは良く分かりませんが、ね
まあ、それは良いんですが
花は差し上げられません
私の花でもあげる気なんて更々ないですが、あの子の花だったら余計に嫌でしょう

思い浮かべるのは千年以上をも共にして来た山神
私の愛い子
あの子には、この赤が良く映える
あの子の花なら、有象無象になんて渡したくない

分不相応にも程があります
君たちには勿体ないですよ
【誘惑、おびき寄せ】で集め、タイミングを合わせて【カウンター、呪詛、念動力】とUC
叩き潰してばらばらにしてしまいましょうね



 春と秋の彩がひらりはらりと降るその向こう。あちこちから姿を見せ、じりじりと迫ってくる骨羊たちの宿す虹色はとにかく鮮やかで賑やかだ。
 しかし、それらを眺める祝の瞳は冬空に浮かぶ月の如く冷ややかで――別の言い方をすると、“くだらないもの”を見るような眼差しだった。
 ただの人であれば、祝から向けられる銀の眼差しに畏れを抱き、その場から動けなくなるか視線を逸らすだろう。だが、虹骨の羊たちはそういった心も失くしているのか、祝の心臓部で揺れる彼岸花を凝視し続けていた。
 祝の唇がほのかに弧を描く。
「そう。この花が欲しいんですか」
 手に入れたところで何をどうするのか。虹色の骨では、白い花が咲いては散ってを繰り返し、周りに降る花びらだって何にもならないままだというのに。
「そもそも君たちはとっくに骸の海の死者でしょう?」
 語る声にみしりみしりと骨の鳴く音が被さる。より厚く、より頑強に。纏う朧気な色彩は、ただ噛んだだけに終わった花々のものか。目に見える変化はあるものの、相変わらず花はつかぬまま。虹骨のあちこちに白い蕾が現れ、花開き、散り続けている。
「こうして現世に留まる私と君たち、何が違うのかは良く分かりませんが、ね」
 まあ、それは良いんですが。
 祝は囁き、胸に咲く彼岸花を包むようにそうっと掌を添えた。
「花は差し上げられません。私の花でもあげる気なんて更々ないですが、」
 この赤があの子の花だったら――ああ。嫌だ、嫌だ。誰よりも愛い子。この赤が良く映える子。この彼岸花があの子の花だったら、どうして有象無象に渡せよう。
 厭う心は余計に深まり、千年以上をも共にしてきた山神の姿が胸を満たす。すう、と硝子細工めいた銀目が細められる。
「分不相応にも程があります。君たちには勿体ないですよ」
 やれぬ、やらぬと語る眼差しに骨羊たちが地を蹴った。力を増したひと蹴りが地面を砕き、空を駆け回っては降り続く花びらを無茶苦茶に踊らせて――空っぽの心臓に咲いた赤に虚ろな視線を注ぎ続けているのを感じ取る。
「くふふ」
 細められた銀色。そうと弧を描いた唇。彼岸花を擽る指先。その全てが甘く香る蜜の如く虹色を強く引き寄せ――翔けていた虹色が一斉に落ちた。
 がらんがらんと骨の音が轟き、周囲の花びらがどうっと舞い上がる。落ちた虹色は一つ残らず不可視の力で地面に縫い付けられ、立ち上がろうとしても骨が軋むだけ。
 それを淡々と眺めていた銀の目が、ゆるゆると弧を描く。

「差し上げられないと、そう言ったでしょう?」

 だから、全て叩き潰してばらばらにしてしまいましょうね

大成功 🔵​🔵​🔵​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

敵の姿が現れれば宵の前に出、盾を構えながら【狼達の饗宴】
宵と己の周囲を囲むよう炎の狼を展開させつつ敵を迎え撃たんと試みよう
俺に咲いた花が大事な想い出や相手を映すならば宵の花もきっと同じなのだろう
ならば、花弁一枚とて敵にやるわけにはならん故に
本体は勿論召喚された敵にも警戒をしつつ近づく敵は『怪力』を乗せたメイスにて『なぎ払い・武器受け』しながら宵に近づぬ様『武器・盾受けにてかば』いながら動こう
足止めた敵へ空から星々が降り行けばついぞ口元を緩めてしまうやもしれん
宵が居るゆえ迷わず前に出られて居るのだと、そう愛おしい相手へと視線を向けながら敵を殲滅して行ければとそう思う


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

花を喰らうものですか
それも、この身に咲いた花を

ふふ、異なことを
ザッフィーロに咲いた心にもゆる炎のような、あの鮮やかなポインセチアと
僕をあらわすカンパニュラの花を、喰わせるわけにはまいりませんので
骸の海へと還してさしあげましょう
―――さあ、お覚悟を

「高速詠唱」「多重詠唱」を重ねつつ
「範囲攻撃」「属性攻撃」を唱え
僕を守るように立ち盾となってくれるかれには微笑みを浮かべて
彼の気持ちがとても嬉しい
でもザッフィーロ、僕も同じ気持ちなのです
きみの大切な思い出を、僕にも守らせてください
かれが作り出してくれた隙に【天撃アストロフィジックス】で攻撃しましょう



 夜空の下に次々と現れた骨羊たちが宿す虹色は、その色も性質も、今宵目にしたものと比べひどく対照的であり異質だった。
 降る花びらは一切変化せず、骨の身に名もわからぬ花が咲いては散り、萎れ、消えていく。故に、骨羊たちの暗い眼差しは二人に咲いた花へと注がれて――対し、宵はくすりと微笑むだけだ。
「花を喰らうものですか。それも、この身に咲いた花を」
 指先で自身に咲いた苧環に触れる。隣で咲く二つの花を、見る。
 苧環。カンパニュラ。ポインセチア。
 この三つを――自分たちの心を種として咲いた花を、喰らいたいと?
「ふふ、異なことを」
 微笑み紡いだ声に含まれた“否”に、骨羊たちが大きく口を開けて“否”を示した。全身を震わせ傍らに喚び出すは虹骨の獣たち。羊一匹につき獏と山羊が一匹ずつと、一気に増えた虹の彩は花降る夜をぎらぎらと照らすよう。
 ヤドリガミニ人へと注がれる暗く欲深い眼差しも数を増やし、決して心地よいものではない。それから宵を守るようにザッフィーロは盾を構えながら前に出て――告げた。
「行け」
 瞬間、二人の周りを炎が巡った。一瞬で輪を描いた炎がごうっと音を立て、無数の炎狼が次々飛び出していく。
 周り全てを虹色に染める群れへと高く跳躍し突っ込んで、着地先にした虹骨の体を燃え盛る前足で押し倒す。骨山羊の角に噛みつけば、その勢いのまま引きずり倒し、別の炎狼が真上から降下して腹骨を木っ端微塵に。
 頭蓋をがぶりと咥えられた骨獏は容赦なく地面に叩きつけられ、虹色の欠片となって消え――それでも、虹色の群れは花を喰らおうと身を躍らせ、抗う。必死にも見えるその様にザッフィーロは僅かに顔を顰めた。
 咲いた花の源となったもの。花が映したもの。
 それが大事な想い出や相手であるならば、背に守る宵の花も、きっと同じものを種として咲いている。ならば。
「花弁一枚とてやるわけにはならん」
 想いを言葉という形にすれば花の色がより鮮やかになった気がした。不思議と体が軽くなり、湧いてきた力全ては炎狼を超えてきた骨獏数匹へ。
 振り抜かれたメイスが数匹を容易く薙ぎ払い――くすりと笑った気配が、後ろから隣へと移動する。
「宵?」
 どうしたのだと問う眼差しに宵はやわらかに微笑み返した。
 ザッフィーロの手首に咲いたカンパニュラと、指先で揺れるポインセチア。ポインセチアは心にもゆる炎のように鮮やかで、カンパニュラは自分を現したかのように馴染み深い色をしている。
 ザッフィーロが想うものを映して咲いた花を、ほしいと強請る獣に喰わせるわけにはいかない。自分に咲いた花――最後の主が愛した苧環の花も、決して渡さない。喰わせはしない。
 微笑んだ宵の髪と衣が風もないのにふわりと躍った。そのままひらひらふわりと揺れて、翻って。そして降り続く花びらが一度、大きく舞う。
「彼らを骸の海へと還してさしあげましょう」

 ――さあ、お覚悟を。

 悠然と微笑んだ宵から、その四方へ。
 花びらが一斉に外へと流れたそれは力の現れであり魔力の顕現だ。
 目に見える形で現れた実力に対し、構うものかと炎狼を飛び越えた一匹の頭蓋が降ってきた輝きで打ち砕かれる。続いて二匹目、三匹目。降り始めた雨の如く、けれど放つ輝きと威力を雨と呼ぶにはあまりにも強い。
 それは星の力を孕んだ流星の矢。天の彼方より招かれたもの。
 共に戦う中で何度も見た流星が虹色へと降り注ぐ様に、ザッフィーロの口元は意識せずとも緩んでしまう。それでも、向かってきた骨山羊を盾で押し返し一気に地面へ叩き付けてと、自分の隣にいる存在を、傍らで咲く花を守ることは止めなかった。
 その想いは星よりも眩いものとなって宵の心を照らしていた。
 喜びと幸いが、全身に満ちていく。
(「でもザッフィーロ、僕も同じ気持ちなのです」)
 きみという存在も、その身に咲いた花も、どちらも愛おしい。
 だから。
「きみの大切な思い出を、僕にも守らせてください」
 静かに目を瞠ったパートナーへとやわらかに微笑み、メイスで殴り飛ばされた骨山羊の吹っ飛んだ先――そのつもりなどなかっただろうに、骨山羊を受け止めるゴツゴツクッションとなった羊たち――隙だらけなそこへと、光り輝く星々をいざなった。
 砕けた虹色の骨片が星々の煌めく欠片と共にきらきらと舞って、消えていく。
 その間も流星の矢は降り注ぎ、炎狼と共に虹色を狩っていて。
「……ああ」
 笑む眼差しに、瞠られていた目も穏やかな笑みを浮かべ頷いた。
(「宵が居るゆえ、俺は迷わず前に出られて居るのだ」)

 愛おしい。
 守りたい。
 共に、生きていきたい。

 決して消えぬ想いを宿し、花として咲かせた二人の視線が虹色の骨獣に向く。炎狼が躍り流星の矢が翔け、メイスが骨を砕くそれは、周囲の虹色全てが還るまで終わらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

征・瞬
なるほど、失っているものを埋める為に求める敵か…
見たところ満たされる事はない飢えた獣のようだ

貴様らに私の花はやれんな
この花は貴様らが手を出していいものではないし
私に身も心も触れていいのは、ただ一人だけだ

強く香る桃の花、力強く頼りがいのある彼を思い出す
私の凍った心を溶かしてくれた彼がついているのだから
この程度の敵に負ける気はしないな

貴様らには別の花を与えてやろう
【高速詠唱】【仙術】でUC使用して攻撃する
凍れば飢えを感じずに済むだろう?
私の代わりに永遠の眠りにつくといい



 たんっ、と軽やかな足音ひとつ。
 跳んだ白銀色の周りで、無名の白が薔薇の花びらへと変わっていく。
 静寂があったのはその瞬間だけ。すぐに何重もの蹄の音が桃花の残り香へ殺到し、骨の体をガゴガコとぶつけ合った。
 しかし瞬に咲いた桃の花や白薔薇の花びらに、骨羊たちの歯は届かない。それでも喰らおうと必死に口を開け、骨羊同士で争う様を瞬は冷静に見ていた。
(「なるほど、失っているものを埋める為に求める敵か……」)
 だが、降る花びらを喰らっても骨羊たちに変化は起きなかった。虹色の骨に芽吹いた花は数秒と経たず骨から離れ、散っていく。満たされることはない飢えた獣。それが、瞬が骨羊たちに見たものだった。
 それ故に、咲いた花を見たら求めずにいられないのだろう。頭蓋を揺らし、体を揺らして近付いてくる骨羊たちの周りに、鬼火でも灯るようにしてきらきらじわりと滲み出た虹色は二つずつ。
 数えるのも億劫になるほどの群れとなった虹色が動き出す。蹄の音が波のように押し寄せてくる。だが、瞬は冷えた眼差しでそれを見つめていた。
「貴様らに私の花はやれんな」
 首の後ろから左肩を通って鎖骨へと咲く桃の花に触れると、花の香りが濃くなった。だが不快感はない。花の香りは心地良く――そして、“此処にいる、傍にいる”と言葉の代わりに告げるようでもあったから。
「この花は貴様らが手を出していいものではないし、私に身も心も触れていいのは、ただ一人だけだ」
 桃花の香りが思い出させた姿。力強く頼り甲斐があり、自分の凍った心をとかしてくれた、たった一人の存在。
(「君という存在は、いつ、どこであろうと私の傍にいる」)
 だからこそ、この程度の敵に負ける気はしなかった。
「貴様らには別の花を与えてやろう」
 手にした溶けぬ氷の扇で目の前をひらりと扇いだ。
 たった一回の動きが白薔薇の花びらを一気に左右へ流し、海割れの如く開けた空間を生む。
 そこを翔けた無数の氷刃は全てを圧倒する嵐であり、全てを凍てつかす冬でもあった。蹄の音を響かせていた虹色の群れ全てがその内に閉ざされれば、静寂と冷気が満ちていく。そこへ彼方から降ってきた花びらが加われば、春の中に冬が紛れ込んだかのようだった。
 それを見るのはただ一人。ユーベルコードを使ったことで、一時、妖狐の姿に戻っている瞬だけだ。色違いの瞳は相変わらず冷たいまま。狐尾を静かに揺らし、凍りついた虹色に背を向け歩き出す。
「凍れば飢えを感じずに済むだろう? 私の代わりに永遠の眠りにつくといい」

大成功 🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜
なるほど、くらくら来るのはこの音かい?
遠くから響く骨の大音声、
不快なはずなのにどこかぼんやり眠気を誘うってか。
望みか呪詛かは分からんけれど、
おねんねするにはまだ早いよな?

ちょっとばかしの耐性で瞼が落ち切るのを堪えながら、
アタシはただただ問いかけるのさ。
こんなに眠くなるのなら、すっかり夜も更けきってる筈さ。
いったい「今はなんどきだい?」ってね。

【時縛る糸】が羊を縛っている間は、
その骨の響きも弱まるだろう?
痛みを堪え、アタシの身からハマナス一輪摘み取って。
縛った羊に餞とばかり咥えさせ。
驚かせつつも最期は優しく電撃で送るとするよ。

こうして花が咲いてるんだ、
草木も眠る「丑三つ時」じゃあ無いようだねぇ?



 白い花びらが降り続く、静かな夜だ。だからといって、どこからか響いてきた音を耳にした途端眠気で頭がくらり、だなんておかし過ぎる。しかし多喜は「なるほど」と笑って深く息を吸った。
 不快な筈の音で目が冴えるどころかぼんやり眠気を誘われる辺り、これは油断ならないものなのだろう。
 素泊まりOKの宿泊所なら多喜は眠気に身を任せるところだが、妖怪たちが皆呑まれた町のど真ん中で寝るのは御免だった。もしここで寝たなら――。
「何か用かい?」
 自分の行手を阻んでいるあのド派手な虹色たちが、一斉に飛びかかってくるのだろう。
 その虹色たちが、ガラガラガラガシャと骨を鳴らし始めた。
 白が降り虹が並ぶ、夢と現実の境界がぼやけてしまったような光景。ずしりと存在感を増す眠気。
(「望みか呪詛かは分からんけれど、おねんねするにはまだ早いよな?」)
 多喜は落ち切ろうとする瞼をしっかりと上げて堪えながら、まいったねと首を掻く。自分は旅路の途中に居て、この身に咲いたハマナスだってまだまだ綺麗に咲いているのだ。
「しっかし、こんなに眠くなるのなら、すっかり夜も更けきってる筈さ」
 故に、ただただ問いかける。にやりと笑み、恐れも何もないさと言わんばかりに胸を張り、ネオンのように輝く骨羊たちを二つの目でしっかりと捉えて、


「今はなんどきだい?」


 問いかけた瞬間、骨羊の動きが止まった。響いていた音が、奇妙に弱まる。
 それが次々に広がっていく。骨羊たちが敵味方関係なく轟かせていた音の一秒、一瞬の間を優に超える速さで、多喜の放ったものが骨羊たちの“時”を縛っていった。
 それは目に見えぬ糸。圧倒的速度を誇る技。
 響く音が弱まれば伸し掛かるようだった眠気が薄れていく。それでも未だしつこく絡んでくるそれを堪えながら、多喜はぷつりと摘んだハマナス一輪を口に咥えさせた。
「餞ってやつさ。やるよ」
 笑って両手を伸ばす。骨に触れた瞬間バヂッと迸った電撃が骨の身を砕き、虹色の欠片を一斉に踊らせた。白い花びらと共に七色が舞い、地面に落ちてガラカラと乾いた音を響かせる。
「あ。なんどきだったか結局聞けずじまいだ」
 現れた骨羊は全て砕き、還した後。これじゃあ聞きたくっても無理だと多喜は空を仰ぎ――先程摘んだそこで綺麗に咲いているハマナスに気付いて、からりと笑う。
「こうして花が咲いてるんだ。草木も眠る『丑三つ時』じゃあ無いようだねぇ?」

成功 🔵​🔵​🔴​

豊水・晶
白く白く真っ白に染まった大地に立つのは虹色の羊。遠くから眺めれば雲海に架かる虹のようですが、正体が動く骨で、尚且つ腹を空かせて一直線とは気味が悪いだけですね。

生憎と貴方達にあげられる夢はありませんが、もう一度夢をみられるように掬ってさしあげることは可能です。魂の飢餓に喘がぬように、私の水にて罪を祓い、正しき道へと還りなさい。
UC発動 浄化 破魔 範囲攻撃
式神の藍には牧羊犬として、羊を追いたててもらいます。
アドリブや絡みなどは自由にしていただいて大丈夫です。



 降り積もった花びらを月光がほのかに輝かせているせいか、町を染める白はひどく心に残るものだった。そこに骨羊の虹色も加われば、輝くような色が花びらの白に映り込み、夢の世界かそれとも御伽噺の一頁かという風情。
 色をよく映す白だからこそ虹色の鮮やかさが際立ち――しかし、晶はじっとこちらを見つめる虹色の群れに溜め息をつく。
(「遠くから眺めれば雲海に架かる虹のようですが……」)
 鮮やかな虹色を宿しているのは羊なのであろう獣の骨格だ。当たり前のように動き、更には腹も空かせている様子。しかも、その空腹感で獲物に対し一直線と見える。
(「これでは、気味が悪いだけですね」)
 まるで自分を戒めるかのように咲いた木立瑠璃草へ注がれる、暗い暗い眼差し。それに骨羊が喚んだ骨獏と骨山羊も加われば、そんなに欲しいのですかとつい言ってしまうもの。
 蹄の音を響かせ向かってきた二つの骨獣たちは、それに対する肯定なのだろう。
 地面を走り、跳躍して塀を蹴飛ばして。我先にとドカドカ蹄の音を立てて来る群れに、晶は「そうですね」と少し考えるような仕草をして、すい、と両手を前に差し出した。
「生憎と貴方達にあげられる夢はありませんが――、」
 もう一度夢を見られるように掬うことは出来る。
「藍」
 式神を向かわせると同時、手にしていた宝珠に力を注ぎ巡らせた。力がぐるんッとうねり、渦を巻き、強く深く宝珠の中を満たしていく。
 見据える先には骨獏と骨山羊の群れ。その奥には本体である骨羊たちがいて――群れを越えた藍が背後を取った瞬間、晶は宝珠に籠めた力を解き放った。
「貴方達が魂の飢餓に喘がぬように、私の水にて罪を祓いましょう」
 巡らせ高めた力が爆発的勢いとなって迸る。荒れ狂う龍の如く舞い降る白い花びらを一気に吹き飛ばし、虹骨の獏と山羊を呑み込んで一瞬で粉微塵にした。
 勢いよく上昇した虹色の骨片が結晶と化しながらガラカラと降る、その向こう。牧羊犬の如く追い立てられ始めた骨羊たちの中に広がるのは、混乱と、花を得られないことへの憤り。そこへ空へと昇った水がぐるんと向きを変え――避けようのない瀑布となる。
「さあ、正しき道へと還りなさい」

 瀑布が落ちる。
 大地が揺れる。
 そして虹色が砕け――開放された妖怪たちは、夢の中。

成功 🔵​🔵​🔴​

絲織・藤乃
先生(f22581)とご一緒いたします。

耐えきれない欠伸を繰り返し、重くなり始めた目蓋をぱちりぱちり。

まぁ、先生、あれは幻覚などではございません。
藤乃にも見えておりますし、真っ直ぐこちらに向かってきている様子。

いいえ、いいえ、花は譲りません。
藤乃の名は藤の花にちなんで、優美な女性になるようにと願われた祝福。
髪に咲いた藤とて、藤乃の先生を尊敬しお慕いする心が咲いたに違いありません。
それは、藤乃にとって、心の臓にも等しいものでございます。

ですから、先生にも、先生の撫子にも、傷一つつけることは許しませんわ。

先生をかばいながら、先生に近づくものや先生の矛先へ懐の手紙から【絲紡ぐ者】で動きを封じます


琴音・創
藤乃くん(f22897)と。

――眠い。
眠気の所為か七色羊のお化けが見える。
合法阿片を遣り過ぎた時、あんなのが踊り狂う幻覚を見たっけなぁ……。

え、現実? 怖ッ。

藤乃くんに教えられて少し目は覚めたけど、骨の音を聞けばまた目蓋が蕩けてくる。

そんなに花が欲しいか……でもね。

拳銃を抜いて【危機一発】、一番近くまで来ていた羊を撃ち抜かせて貰う。

すまないが撫子は父と母の馴れ初めを飾る記念の花でね。
情趣を知らぬ獣に踏み躙らせるかよ。

けど意識がはっきりすると恐怖が勝るな!
ありがたく藤乃くんの背中に隠れつつ援護射撃していこう。

ふははは、どうだ羊お化けども。私の自慢のファンの頼もしさは。



 ふあ、とこぼれ落ちた欠伸は何回目だったろう。
 藤乃は袖で口元を隠し、心地よい重たさを主張し始めた目蓋をぱちりぱちり。その隣では、創も口を隠すように添えた手から、ふわあ、あ、と健やかな欠伸をこぼした。
(「――眠い」)
 船を漕ぐのに最高最適な時を迎えたかのような眠気が凄まじい。そこに奇妙な虹色が幾つも見えていると来た。
「藤乃くん、そこかしこに七色羊のお化けが見えるよ……合法阿片を遣り過ぎた時、あんなのが踊り狂う幻覚を見たっけなぁ……」
 あの時と違い、今回はガランコロンと賑やかだ。どこか腰を落ち着けられる場所があれば――ああ、あそこの店にお邪魔しようか藤乃くん――「まぁ、先生、あれは幻覚などではございません」――えっ?
「藤乃にも見えておりますし、真っ直ぐこちらに向かってきている様子」
「え、現実? 怖ッ」
 塀の上、二階のベランダ、曲がり角の向こうからと、どんどん姿を見せ始めた虹色極彩色の骨羊たち。現実を教えられたことで創の意識は少し覚めたものの、カラゴロガランカランと響く音で、創の目蓋は再びとろりと微睡みの傍へ。
 これはいけない。響く音と虹色が齎すのは心地よい睡眠ではないと、何かが眠気の中で警鐘を鳴らしている。
 小さく唸って首を振る創の隣、藤乃もまた増えゆく虹色を捉えながら首を振った。
「いいえ、いいえ、花は譲りません」
 『藤乃』の名は、字の通り藤の花にちなんでつけられた名だ。桜の後。紫陽花の前。青々とやわらかに茂った葉の下で咲き綻ぶ花の如く、優美な女性になるよう――そう願われ祝福が宿った自分だけの名だ。
「この髪に咲いた藤とて、藤乃の先生を尊敬しお慕いする心が咲いたに違いありません。それは、藤乃にとって、心の臓にも等しいものでございます。ですから」
 ブーツで地面をしっかりと踏む。自分たち目掛け向かってくる虹色を見据えたまま、懐より取り出した手紙持つ指先に力を籠める。
「先生にも、先生の撫子にも、傷一つつけることは許しませんわ」
 創の前に庇い出た藤乃の髪に揺れる白と紫の藤花。
 楚々とした佇まいの中に凛とした美しさ宿す花が、灯りの如くほのかに輝き――虹色の群れが狂喜を響かせた。ぐわんぐわんと脳を揺らすような音とまじないが広がり、それを背に骨獏と骨山羊が白い花びらを蹴散らし駆けてくる。
 全ては、想いを種として咲いた花を喰らう為。
 だが獣たちの身は、乙女の決意を踏み砕くには少々柔かった。
 手紙からほろりとこぼれ落ちた糸が一瞬で空中を翔け、跳躍したばかりの虹色を絡め取る。それは一度で終わらない。ぐるぐると巻き付き締め付けながら他の虹色も捕まえて、骨同士空中でぶつけられ地面に落とされてと、骨の獣たちが出来ることといったらガランカラランと派手な音を響かせるくらい。
 向かってくる虹色の数だけ、手紙に宿る想いが運命を書き換え定める糸となり――その中を掻い潜った一匹が塀を蹴り壊し跳躍した。真っ黒な眼窩は創の頭頂で揺れる撫子しか見ておらず、がばりと口を開けた様は歓喜に震え笑うかのよう。
「そんなに花が欲しいか……でもね」
 虚ろな視線を捉えた二つ。澄んだ撫子色が不敵に笑い、鋼鉄の銃口が火を吹けば、虹色頭蓋のど真ん中に開いた穴が四方に亀裂を走らせパリンと割った。どしゃりと地に落ちた獣骨を満たす虹の輝きが見る間に曇っていく。
「すまないが、この撫子は父と母の馴れ初めを飾る記念の花でね」
 一組の男女が出逢い、恋仲となり、夫婦となり――そして、父母になる。一輪だけで現れた撫子はただの花ではない。この撫子は、世界にふたつとない物語を宿した自分だけの花だ。
「情趣を知らぬ獣に踏み躙らせるかよ」
「まぁ、先生に咲いた撫子にはそのような逸話が……!」
 それを聞いて藤乃の心はより強い決意で満たされた。湧き上がった感動は想いと共に糸へと注ぎ、虹色骨の獣を数匹纏めて捕らえて――ボギリと折れる音があちこちから。
「聞いたでしょう。先生の撫子は、あなた方が気安く触れていいものではありませんわ」
「藤乃くんに咲いた藤もね」
 糸が骨の体ごと運命を捕らえ、書き換えられた運命に拳銃が全身砕く“終わり”の一発を見舞っていく。ぎらぎらとした虹色はその輝きと数を減らして――しかし意識がはっきりすると恐怖が勝りそうになるものだから、創は藤乃の背中を有り難く借りながら戦っていたけれど。
「ふははは、どうだ羊お化けども。私の自慢のファンの頼もしさは」
「ああ、先生! 今、藤乃のことを“自慢のファン”と……!?」

 その後も糸が鮮やかに舞い、銃声が響き――撫子と藤は、より一層眩く咲き誇る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

カトル・カール
フレンドリーな羊牧場に来たみたいだな
暴力的な虹色に輝く虹色の骨羊、だが

角と背骨に咲いた薔薇
特別な思い出はないが、美しいこの花が咲き誇るのは平和な場所
長らく争いの無い豊かな土地で、人が丹精込めて育ったからこそ咲く
俺にとって、見える『平和』の形が薔薇
争いは無いといい

骨羊めがけて『春時雨』を振るう。剣が軽い、力があふれる
「せっかくの薔薇を食うなよ。こっちは食えるか?」
UCで桜吹雪を降らせる。まあ食えないだろうが
眠れば上出来、眠らずとも動きぐらい乱せるだろう
一匹ずつ確実に仕留めていく



「何と言うか、フレンドリーな羊牧場に来たみたいだな」
 現れた数といい響いた音から感じた歓喜といい――それに白い花びらも降ってなかなかメルヘンだ。
(「しかし、これじゃあな」)
 カトルは笑いながら大剣を抜く。
 羊は羊でも暴力的な虹色に輝くオブリビオン的な羊だ。メェと鳴かない代わりに、賑やかな七色を詰め込んだ骨をガラコロと鳴らし――その傍らへふいに滲み出た色が、見えない穴からずるりと出てくるようにして虹色の骨獣を形作る。
「おお、増えた」
 羊一匹につき、獏と山羊が一匹ずつ。自分を出迎えた羊の数が数なだけに、一気に数を増やした虹色は、周囲を更に暴力的に染め上げていて。
「なあ、これだと眠るも何もないんじゃないか?」
 誘うように大剣の先端を揺らしてやれば、骨羊たちが頭を振りながら地面を乱暴に蹴る。息を合わせるでもなく、ただ腹立たしさを表す数多の音――けれど思うことは皆同じ。

 あの花が欲しい

 骨の獣同士、通じる言葉でもあるのか。骨羊たちがカトルから目を離さないままゆっくりと後ろにさがり始めた途端、骨獏と骨山羊が一斉に動き出した。
 まるで波だ。好き勝手に跳ねて、駆けて――桜角と背骨に咲いた薔薇を喰らいたいだけ喰らおうと猛る、むちゃくちゃに派手な虹色の。
 カトルは腰を落とし、構える。
 桜の花びら降る視界の端、かすかに揺れた蔓薔薇にこれといって特別な思い出はない。ないが、その姿その彩はいつだって平和な場所で咲き誇っていた。争いとは長く無縁の豊かな土地で丹精込めて育てたからこそ咲く美しさは、目に見える形を得た『平和』だ。
(「争いは無いといい」)
 無ければ無いほど、『綺麗』が増えていくのだから。
 突っ込んできた獏や山羊を躱し、頭蓋を足場に跳び越え、ついでにちょっと大剣を揮ってみればいつも以上の激しさで慈雨が降った。思わず目を瞠るが足は止めない。溢れる力のまま、いつもより軽い大剣を揮う先は骨羊の園。
 ぽかりと開いている口が語るのは驚きか、“頂きます”か。――きっと後者だ。カトルはやれやれと溜め息をつきながら、飛びかかってきた数体を薙ぎ払う。
「せっかくの薔薇を食うなよ。こっちは食えるか?」
 まあ食えないだろうが。
 添えた言葉の通り、降り始めた桜吹雪に歓喜し餌を貰う鯉の如く暴れまわっていた骨という骨が倒れていく。ごとり、ことりと重なり合った虹骨の腹部が静かに上下し――眠っていた。
「さて。一匹ずつ仕留めていくか」
 浮かんでいた光が消え、黒一色になった眼と眼の間に大剣の切っ先を寄せる。


 バキン、パリン。
 町の一画で、暫し、獣を弔う音が紡がれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

比野・佑月
【月花】
「大丈夫、」
傍にいると伝えたくて彼女の肩をそっと抱く
「香鈴ちゃんのこと、絶対に独りにはしない」
どうしても、この時ばかりは花のようなキミの傍を離れたくなかった
俺のこの手が届く距離で共に戦いたかった。
構えた2丁拳銃と、UCで増やしたトラバサミ
鉄の牙を縦横無尽に走らせ、耳障りな音を鳴らす骨を砕いていく。

家族からの愛、他人を大切に想う気持ち
その"誰か"の為に咲くという花…
俺の首に咲いた花、このストックもそうだというのなら
やっぱり俺はキミのことを離せそうにない。
「奪わせない。俺のも、香鈴ちゃんのも」
好きだよ、なんて陳腐な言葉じゃ表せない感情で咲いた花
空虚なお前らごときに欠片も味わわせてやるもんか


花色衣・香鈴
【月花】
「ッ…」
敵が此方を見て歓喜する姿に怯んで後退りしかける
以前自分を攫った敵とは違う
わたしでも戦える
それでも骨だけの羊が、死の象徴みたいな姿が花を求めて迫ってくることは堪えた
「佑月くん、」
傍らの彼の声で安堵する

わたしは花と共生している
苦しめられ命を削られながらも草花たちに命を繋がれてもいる
花は愛してくれた人の為に咲く…幻影じみたこのビワの花もきっと両親からの愛
文通友達は言ってくれた
『花と共に生きて、笑顔を咲かせて』と
だから
「佑月くん、お花…渡さないでくださいね」
あの日と同じことを言った
わたしも渡さない
「あなた達の為のお花(あい)なんてありません!」
召喚分は、場を整えつつわたしがUCで相手を



 眼球がない眼窩は暗く、目玉の代わりに光がぼやりと浮かぶだけ。
 そんな暗い眼差しが数え切れないほどあった。
 骨を鳴らし歓喜する骨羊たちの傍らに、似たような獣が二種、滲み出るようにして次々と現れる。
 夜空も夜の町も照らすような、ひどく明るくて鮮やかな虹色と、それを映したような骨の音。骨の獣たちが歓喜する様に香鈴は無意識に怯んでいた。ざり、と後退りしかけた自分の足音に短く息を呑む。
「ッ……」

“あの日、自分を攫った夜闇色の獣とは違う”
“わたしでも戦える”

 そう思うのに、死の象徴めいた姿をした獣たちが花を求め迫ってくるのを見ていると心が容赦なく押し潰されそうで――、
「大丈夫、」
 あの時と――意識を取り戻した時と同じ、優しい声がした。
 肩に、そっと温もりが伝わる。
「香鈴ちゃんのこと、絶対に独りにはしない」
「佑月くん、」
 香鈴の強張っていた表情が、ほ、と安堵を浮かべやわらいでいく。
 良かった。傍にいると伝えられた。安心、してもらえた。
 佑月も表情をやわらげ――ガランゴロンと音を響かせ始めた一部の虹色へと不敵な笑みを向ける。道を塞ぐようにいる虹骨の獣たちを、自分の手足や得物で直接砕けるが。
(「香鈴ちゃんから、離れたくない」)
 あの時のように目の前で奪われるかもしれないから? ――わからない。
 ただ、どうしても花のような少女の傍を離れたくなかった。この手が届く距離で、共に戦いたかった。だから二丁拳銃を構えることに躊躇いはなく、ざりりと地面を踏みしめる。
 前を見つめるその首でストックの花がふわりふわりと揺れ――それが、香鈴の瞳に映った。気付けば左手の甲に咲いたビワの花に触れていて、そこにはやっぱり痛みなどなくて――けれど違う場所に生えた植物が齎す痛みが、自分は花と共生しているのだと知らしめる。苦しめられ、命を削られ、それでも自分は草花たちに命を繋がれてもいるのだと。
 “花は愛してくれた人の為に咲く”というのなら。
 幻影じみたビワの花も、きっと。
(「お父さん。お母さん」)
 これは、二人からの愛で。『花と共に生きて、笑顔を咲かせて』と――そう言ってくれたのは、文通友達だった。だから。
「佑月くん、お花……渡さないでくださいね」
 あの日と同じことを言って前を見る。
(「わたしも渡さない」)
 金木犀色の瞳に虚ろな虹色の群れを映し、青翡翠と紫翡翠の鈴を繋ぐ羽衣をふわりと踊らせる。りん、と清らかな音がひとつ落ちて、それが胸の内に灯る。大丈夫。心はもう、揺らがない。怯まない。
 願った声と前を見る瞳に、佑月は「うん」と笑って共に前を見た。
「絶対に、渡さないから」
 浮かべた決意と交わした約束に、無数の虹色と骨の音が被さった。ガラガラゴロンと響く音色は、精神ごと頭を揺さぶり滅茶苦茶な勢いで眠らせようとして――けれど、想いを強く花と咲かせた二人にはこれっぽっちも響かない。
 香鈴が羽衣を翻す度に双鈴が鳴り、音色と共に霊力が凄まじい衝撃波となって一瞬で迸る。それがどれほど強いかは舞い上がった花びらを見れば明らかで――しかし、見えたところで骨獏と骨山羊は何も出来はしない。
 地を蹴り花を求め駆ける姿勢のまま一気に飲み込まれ、流れゆく衝撃波で骨を砕かれ、崩れていく。
 花びらと共に虹色の欠片がキラキラと舞ったその向こう。砕かれ散ったものを見ただろうに、骨羊たちは激しく骨の音を響かせる。
「無駄なんだよ」
 縦横無尽に走らせた鉄の牙がバチバチガキンッと食らいついた。虹骨の体がどうっと倒れ、それでも藻掻く頭蓋はひいふうみい――とにかく沢山。その一つずつに佑月は銃弾を一発ずつ見舞って黙らせる。
 静かにさせた傍から新たな虹色が顔を出せば、すかさず香鈴が羽衣を舞わせ、霊力の波を撃った。りん、りりんと響く鈴の音が心地良くて、佑月の狼耳がついそちらを向く。時折、左手甲に咲いたビワの花が見えて――最初に咲いた時よりも綺麗な色をしている気がした。
(「……気のせいじゃ、ないな」)
 きっと、あの花には家族愛や、他人を大切に想う気持ちが宿っている。その“誰か”の為に咲く花が――自分の首に咲いたストックも、香鈴に咲いたビワと同じだというのなら。
(「やっぱり俺はキミのことを離せそうにない」)
 鈴が鳴る。花が舞う。
「あなた達の為のお花(あい)なんてありません!」
 両親からの愛であるビワの花も、誰かか何かを想ってのストックの花も。
 どちらも、紛れもなく自分たちの花(あい)だから。
 貪欲に花を狙い、求める獣たちへとはっきり拒絶を告げた声の真っ直ぐさに、佑月はそうだねと笑い、虹骨を喰らう鉄の牙を放っていく。
「奪わせない。俺のも、香鈴ちゃんのも」
 どれだけ大切に想っているか、計り知れない愛が宿った花だ。
 好きだよ、なんて四文字じゃ到底表せない感情で咲いた花だ。
 花が咲いた理由を知りもせず、空虚な内を埋めたがるだけの獣に、欠片も味わわせてやる理由なんて――どこにも無い。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
ニーナ(f03448)と

己の花、きみとお揃いが
何だか嬉しくて
ふたつの彩見て綻んで

白花降る世界に
虹色がやけに目映い
花が欲しいのか、お前たち
摘み取ることは叶わないよ
ニーナの動きに合わせ警戒し

…そうだね、
『血の絆』は何よりも
深くて強い
…ときに逃げられない業でも在るし
けれど、眸に咲く青は瞬きすら赦さず
俺の役目を忘れるなと
覚悟を問う大切な華だから
…奪われるわけにはいかないよね、って
傍らの彼女へ目配せする

ニーナが咲かせた胸の花は、
確かに母親との絆が具現化するよう大輪に
見守るように咲く其れは
噫、綺麗だ、と心から思う

眠りを誘う羊たちの音を遮断するように
【指定UC】で足止めし
彼女の花がはらりと舞うのを見届けよう


ニーナ・アーベントロート
赫と青の薔薇並べて笑い合う
穏やかな時間も束の間
あいつら、花を狙ってる…!?
第六感で察知して、ダッシュとジャンプで距離を取る

この花は
特に心臓の近くに咲いた赫い一輪は
母親…ローザを思い出させてくれるんだ
もう想い出の中でしか会えないけど
あたしに流れる血の中には、確かにいてくれてる
彼女が花の姿を借りて
頑張りなさいって言ってくれてる気がする
そしてこの冠が、あたしの決意の証
隣を見れば、きみの真剣な眼差し
今は瞳の代わりに鮮やかな青宿すその片目も、きっと
…千鶴くんの大切な花に、手出しはさせないからね!
頷き返したなら胸の奥まで熱くなり
自身を鼓舞して、覚悟と共に進む
きみが縫い留めたその絲を彩るように
黒薔薇の葬送を



 片方の眸を覆って咲いた青。胸元に一輪と、王冠めいて咲いた赤。
 色違いのお揃いが何だか嬉しい。
 ふわりと綻んだ千鶴の紫彩に、ニーナの黄昏色が楽しそうに煌めいた。
「何々、どうしたの?」
「別に?」
 何でもない風を装ってみて、そのおかしさに二人揃ってくすりと笑う。
 そういえば、白から深蒼に移ろいながら降る花びらも薔薇だ。
 薔薇尽くしなんて豪華だねとニーナは笑み、掌を上にして空中へと伸ばす。ひらひらと掌に収まった数枚の深蒼、その向こうでは白い花びら降る世界が静寂と共に在って――そんな穏やかなひとときに入り込んで来た虹色は、やけに眩かった。
 硬い足音を立て、じりじりと距離を詰めてくる虹色の骨羊。増えゆく数と共に、光を浮かべながらも仄暗い眼窩が向けられる先は――。
「あいつら、花を狙ってる……!?」
 骨羊たちの狙いを感じ取った瞬間、ニーナはとてつもなく嫌なものを覚え飛び退いていた。ニーナが警戒したのと同時、千鶴も軽やかに地を蹴って隣に立つ。ふわりと揺れた薔薇が、強く馨った気がした。
「花が欲しいのか、お前たち」
 数秒前まで自分たちがいたそこに飛び込んだ数匹が、咲いた花に届かなかった分を得ようと、ひらひら舞う深蒼の花びらに喰い付こうとする。だが深蒼はほんの数秒で無名の白花に戻り、得られぬまま。
 それを怒るように、嘆くように、骨羊たちが蹄で地面を蹴って体を震わせる。煙のように漂っていた虹色がふいに動きを止め、次々と新たな虹骨の獣になっていったが、羊の数だけ増えた虹色の獏と山羊に千鶴は「そう」とだけ。
「でも、摘み取ることは叶わないよ」
 青薔薇と繋がり、首に絡む蔦。それに触れた千鶴の声は、ごくごく当たり前の事実を示すよう。そうだよと呟きをこぼしたニーナの手も、自身の赤薔薇へ伸びていた。
「この花は、」
 指先が、心臓近くに咲く大輪の深紅を包むように触れる。
「母親を……ローザを思い出させてくれるんだ」
 あの日自らの手で討って眠らせた母とは、想い出の中でしか会えない。それでも母は自分に流れる血の中に、確かに居る。すぐ傍に、居てくれている。
「あの人が花の姿を借りて、頑張りなさいって言ってる気がするんだ」
 そして頭に咲いた赤薔薇の王冠は決意の証。
 誰にも穢すことの出来ない絢爛の花。
「だから絶対に渡さない」
「……そうだね、『血の絆』は何よりも深くて強い」
 凛と黄昏色を輝かせたニーナの後、ぽつりと添えられた千鶴の声。呟きを追って隣を見たニーナの目に映るのは、花を狙う虹色へと真剣な眼差しを注ぐ横顔だった。
「……ときに、逃げられない業でも在るし」
 片方の眸に咲いた青薔薇は瞬きすら赦さず、“役目を忘れるな”と覚悟を問うてくる。けれど同時に、千鶴にとってこの青薔薇は大切な華でもあったから。
「……奪われるわけにはいかないよね」
 自分の胸ポケットに贈られた赤薔薇もそうだ。
 胸元の一輪に手を添え、傍らへ目配せした眸の紫彩と薔薇の青はより鮮やかに。
 向けられた二つの彩と言葉を受け止めたニーナの表情も、華の如く明るくなる。
「千鶴くんの大切な花に、手出しはさせないからね!」
 頷き返した瞬間、胸の奥に熱が宿った。赤薔薇から心臓、心臓から全身へと熱が巡るように熱く、心地よい。
 決意はもう言葉に変えた。次は――自分を鼓舞し、覚悟と共に進むだけ。
 ニーナの薔薇冠がふわりと揺れ、胸元に咲いた赤が花びらをくるりと広げ咲き誇る。母との絆が具現化するような様は、ニーナが言った通り、すぐ近くで見守っているようで。
(「噫、綺麗だ」)
 心からの感嘆を胸に、千鶴は舞うような仕草で両手をひらりと動かした。こちら目掛け駆けてくる骨獏と骨山羊だけでなく、その奥で眠りのまじないを響かせる骨羊たちも眸に捉え――。
「無駄だよ」
 どれだけ鳴らそうが、どれだけ数を増やそうが、自分たちの薔薇には決して触れさせない。奪う機会など、欠片も与えはしない。
 ひゅ、と翔けた赫絲が一瞬で虹色という虹色に絡みつき、くるりと踊った束の間で歯車と秒針が結ばれる。ガラゴロと響いていた音が圧し潰されるように止み――白い花びらがひらりはらりと舞った、その刹那。
「そんなに薔薇が欲しいなら、こっちをあげる」
 赤き薔薇の冠を戴き、薔薇の心臓咲かせた娘の手元から黒薔薇の花びらが舞い踊る。
 黒が深蒼の花びらを越え、白き花びらをその色で隠して。千鶴が縫い止めた絲を彩りながら、光り輝く虹色を海へと還していった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リヒト・レーゼル
……なんだか悲しい、ね。
俺にはわからないことが多いけど、なんだか悲しい。
俺の花もルイの花も、食べられる、わけにはいかないから。
俺も、守る。二人の花、食べられないように、守り抜く

俺は、花の無い世界で、すごしてきたから、花はすごく大切な物。
花渡すと、店主も、村の皆も、よろこぶんだ。
この花がとられたら、今の俺みたいに、悲しくなる人がいる、かも。
俺の花は、あげれない。

媒体の、手持ちランプを複製して、ルイの援護をする。
ルイの花も守る。このあかりで、照らすから。
ルイ。気を付けて。気を引くルイの後ろから、灯りの炎を飛ばすよ。

援護するよ。

二人の花は、絶対に、守る。


冴島・類
【荒屋】
そんなに、鮮やかな色をしてるのに
満たされないんだね
花に迫ってくる羊達の骨が奏でる音が、空虚だ

リヒト君の灯の花は
あったかい色だったが、君にとってはどんなもの?
そうか…花は貴重で
誰かの笑顔に結びついてるのか
ああ、あげられないね!

自分は…とも考え
己からはよく見えぬ花を浮かべ思うのは
何故か、湧く焦燥感と痛み
でも、失えないと強く思ったら
頭がはっきりするし、丁度いい

リヒト君の放つ灯の動きも見て
気を引いてみる!と
骨羊君達が開く口へ薙ぎ払い放ち、牽制と挑発

彼の放つ火が照らしてくれるから視界が広く、やりやすい
有り難う
攻撃の素振り見えたら、注意
大きな一撃には手を広げ、返し

彼のも、僕のも
君の色にはならないよ



 現れた骨羊の群れが、眠りにいざなう音色を響かせながら、周りにある全てを虹色で染めていく。けれど、降り続く花びらと自身に咲く花は不定のまま。ただただ白色が降り、白色が咲いては散ってを繰り返す。
「そんなに、鮮やかな色をしてるのに、満たされないんだね」
「……なんだか悲しい、ね」
 憂いを浮かべた類の左目でふわりと揺れる時計草。
 呟いたリヒトの身に咲き、照らす灯り色に染まる白の蛍袋。
 花だけを求め、ガラガラガシャンと骨を鳴らし飛びかかって来る虹色を躱して距離を取る度、花びらが白から青へ、黄へ、ピンクへと変化しながら舞う。目の前で鮮やかに紡がれる変化に飢えた骨羊たちは花への執着をより示し――だが、二人に咲いた花には決して届かない。
 それでも骨羊たちは花を求めて迫る。
 花を喰らう為だけに、眠りの音を響かせる。
(「……空虚だ」)
 宿す色が鮮やかな分、ひどく目立つそれ。瓜江を傍に、た、た、たんと地を蹴って躱し続ける類は少しだけ目を伏せて。
「……俺には、わからないことが多いけど」
 リヒトは呟き、自身に咲いた蛍袋を掌でそうっと包む。
 骨だけの体。変化しない花びら。咲いてすぐ散る花。虹色の骨羊たちを見ていると悲しくなるのは、なぜだろう。それも、よくわからない。
「でも、ごめん。俺の花もルイの花も、食べられる、わけにはいかないから」
 カラン。手にした灯りが揺れる。その色と光が、やわらかに降る。花を包んでいた手を外せば、灯りに染まった花が露わになり骨羊たちが再び興奮し始めるが、リヒトは決して近寄らせなかった。
 揺れる灯りと灯色の蛍袋。あたたかく煌めく二つは、類の瞳にもその彩を映している。絶えず向かってくる虹色に合わせ、あたたかな彩が若草色の上で踊った。
「リヒト君。君にとって、その灯の花はどんなもの?」
 たんっ。跳んで躱した類の足音は、響く音の中でも不思議とよく聞こえた。
 ぱちり瞬いた目が類を見た後、執拗に追ってくる骨羊たちを淡々と映す。
「俺は、花の無い世界で、すごしてきたから、花はすごく大切な物。花を渡すと、店主も、村の皆も、よろこぶんだ」
 この花が取られたら、今の自分のように悲しくなる人がいるかもしれない。街灯であった頃の自分が感じた以上の悲しみを、誰かが味わうかもしれないのだとしたら。
「俺の花は、あげれない」
(「そうか……」)
 ダークセイヴァーのどこか。リヒトが生きてきた花無き世界では花は貴重で、誰かの笑顔と結びついている。花がただ咲くだけのものではなく、別の命を照らすものでもあるのならば。
「ああ、あげられないね!」
 類は凛とした笑みと同意の声を紡ぎ、飛びかかってきた一匹の額を枝垂れ藤寄り添う錫杖で突いて遠ざける。
 自分の左目に咲いた時計草は相変わらずよく見えないが、そこに咲いた花を思うと、胸の奥から何故だか焦燥感と痛みが湧く。けれど、“この花も失えない”と強く思えば霞がかっていた頭の中が晴れて、響いていた眠りの音がただの音になる。体が、軽い。
(「もしかして君が?」)
 左目に咲いた時計草に問いかけた瞬間、灯り色がぱあっと溢れた。自分と花を照らすあたたかな光を齎す見覚えのあるランプは――、
「リヒト君!」
「ルイの花も守る。このあかりで、照らすから」
 本体の複製を多数現したリヒトは手持ちランプを軽く揺らす。その僅かな動きのみで灯りたちが縦横無尽に翔ける様は、オーケストラの指揮者と、その指示で旋律紡ぐ楽器のよう。
 事実、全ての灯りはリヒトの意のままだ。灯りは花と共に導となり、類の視界を広く照らしながら、時には骨羊の顔面すれすれをびゅんと翔けて慄かせていた。その拍子に開いた口を類は見逃さない。
 見舞うは枝垂れ藤寄り添う錫杖の一閃。先端を引っ掛けたついで、近くにいた別の骨羊も巻き込んで溢れる力のままに薙ぎ払えば、ガゴ、ガッ! と硬い音を立てた虹色が数匹、灯り色溢れる夜空をぽぉーんッと吹っ飛び――ガラガラドシャンッ!
「……やり過ぎた、かな?」
「そんなことは、ない」
 リヒトが無言で首を振った直後、類の横を幾つもの炎が勢いよく飛ぶ。過ぎた炎の熱をうっすら頬に感じた時には、背後から迫っていた骨羊たちが仲良く吹き飛ばされ骨の体を複雑に絡ませていた。
 すっかり身動きが取れなくなった骨羊たちが不機嫌そうにガラガラと骨を鳴らす。
 それに他の骨羊たちも加わって、一つだけならカラコロと心地良さそうな音が幾つも重なり、圧を増し、ひとつの音色となって鳴り響く。見えない大波のように音は迫り――けれど変わり続ける薔薇花弁の中、猟兵二人は静かに佇むのみ。
 どうぞ。答える代わりに手を広げた類を音の圧が呑む。その瞬間、傍らにいた瓜江から浴びた音全てが迸った。力の奔流が虹色宿した骨獣たちを夜空高くへと放り――あとはそのまま大地へ叩き落とすだけ。
 骨がバラけ、虹が薄れ、それでも獣たちは花を求め、砕けた体を動かそうとするが。
「あげない。あげれないんだ」
「彼のも、僕のも。君の色にはならないよ」
 この身に咲いた花は、紛れもなく自分のものだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
妖怪達が消えた集落に
虹色に輝く無数の骨の羊たち

カラコロその身を鳴らして群がってくる
これが妖怪達の姿が見えない原因なのか

群がる羊たちに取り囲まれないように少し距離を取った
けれど彼らが最初に飛び付いたのは
先程まで自分が立っていた地面
点々と零れ落ちた青い花に群がっているようだった

―この花が、欲しいのか?
未だに両手から咲き続ける青い小さな星の花
自分には無い彩
けれどこの色は大事なあいつを思い起こさせる
自分と同じ顔の、青い星の瞳の―
……
何故この花を欲しがるかは分からないが
ごめんな、コレはやれない

再び距離を保ちつつ
三日月の竪琴を抱え直す
両手は花で塞がって少し弾き辛い
花を潰さないように
そっと指を弦に添わせた



 点いたままの灯り。明るい室内。
 四角い箱の表面で動く人の姿と、そこから聞こえる話し声や音楽。
 “ここで生活をしていた”という名残はそこかしこに見えるが、住民である妖怪たちの姿はどこにもない。代わりにノヴァを出迎えたのは、虹色に輝く骨の獣――本来はふわふわとした羊だったのだろう獣たちだけ。
(「妖怪達の姿が見えない原因は、彼らか」)
 群がってくる骨羊たちの足音。体を、頭を震わせ響かせるカラコロとした音色。
 その二つに囲まれる前にノヴァは軽く地を蹴って距離を取る。夜色の衣が翻り、金の飾りがしゃらしゃらと鳴って――それを掻き消すように、骨羊たちが力強く蹄の音を立てた。
 飛びかかられる。そう思い身構えるが骨羊たちが真っ先に歯を立てたのは青い花――先程まで自分がいたそこに点々と落ちた青い花だった。
 ガコンガコンと骨の体をぶつけ合い、青い花を奪い合う虹色の体に白い花が咲くが、咲いて即散る花への執着はとうに無いらしい。
 争いに加われなかった――いや、機を見て奪おうと考えているのか。うろうろしながら自分にも意識を向ける骨羊の眼窩に目玉は無いが、どこを見ているかは明白で。
「――この花が、欲しいのか?」
 虹色の頭蓋がバッとノヴァの顔を見た。蹄がガヅッと地面を抉る。それだ、それだと叫ぶように口を開けるのを見て、ノヴァは未だ両手から咲き続ける小さな青星花に手を添えた。
 この青は自分には無い彩だ。しかしこの色を見ていると、意識せずとも思い浮かぶ姿がある。自分と同じ顔をした、青い星の瞳を持つ大事な――。
「……駄目、なんだ」
 ぽつりと想いがこぼれ落ちた。何故、虹骨の獣たちがこの花を欲しがるのかはわからない。自分は、この花の名前すら知らない。それでも。
「ごめんな、コレはやれない」
 そう言った途端骨羊たちが頭を降る。蹄を鳴らす。ガラン、ガラゴロン、ゴツリゴツリと音を響かせる。
 その花が欲しいという感情が大波となって押し寄せてくるようで、ノヴァは再び距離を取りながら、ぼぼぼと増えていく虹色の骨獣を目に、三日月の竪琴を抱え直す。
 絡みつく茎と咲く花がふかりと触れて少し弾き辛いけれど――両手に咲いた青い星々を潰さぬよう、淡い金の星と三日月を繋ぐ弦にそっと指を添えた。ぽろん、と優しい旋律がこぼれ、穏やかな歌声が添う。
 やれぬ代わりにと包み込んだ音色が、虹の骨獣たちが望むものに変わる。
 その先にある永遠の眠りに辿り着いたのか。
 重なり横たわった虹骨から、ぱきりと割れる音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
ああ、分かるわ
止むことのない飢餓感、満たされない虚しさ
オレの料理で和らぐのなら、いくらだって振る舞うケドねぇ

言葉に嘘はなくとも添える笑みは冷刻に
攻撃は見切り避けるケド、身体に咲いた花を喰らうというなら
少し位はくれてやってもイイわ
ヒトであれば命脅かす花も、効きはしないでしょう
そしてきっと、満たされもしない
虹色の骨たちを誘い集めては呪詛を吐く

花が欲しいならとっておきをあげましょうか
【天片】で身体に咲くのと同じ白の花弁を生む
そこにたっぷりの毒をトッピング、集った骨たちへ振る舞うわ
2回攻撃で本体を狙ったら、マヒも追加し最高の主菜に仕上げ
永遠に飢えぬ眠りへ誘う花を、ドウゾ召し上がれ



 コノハには骨羊たちの言葉は分からない。骨だけになる前の姿――過去のものとなるより前の姿が、どんなものだったのかも。
 けれど。
「ああ、分かるわ」
 同じ虹色をした骨獏と骨山羊を喚び出した骨羊が抱えているもの。
 止むことのない飢餓感、満たされない虚しさ。
 そのどちらもが、ひどく、よく分かると薄氷が笑む。
「嘘じゃナイわよ?」
 水溜りをひょいっと避けるように、角を向け突っ込んできた骨山羊を躱した。間をおかず体をぶつけに来た骨獏には片手を添え、くるりと直撃を避ける。
 白、青、紫。動きに煽られた色も形もまばらな花びらが舞うその中で、コノハは虹骨の獣たちと踊り続けながらちょっと困ったように笑ってみせた。
「オレの料理で和らぐのなら、いくらだって振る舞うケドねぇ」
 材料と調理器具はこの町のもので揃えられるだろう。しかし、売り手である妖怪たちが居ないと作れるものも作れず、何より腹を空かせた獣たちは調理されたものより素材そのものが欲しい様子。
「そ。コレがいいの?」
 言葉はやわく、浮かべた笑みは冷たく。手から喉元までを彩り覆う、ぽんぽんと丸いドームを作って咲く白い花を指先でちょんとつつく。
(「少しくらいはくれてやってもイイけど」)
 あまりにも可愛らしく真っ白なこの花がヒトであれば命脅かす花だとしても、骨の獣なら効きはしないだろう。そしてきっと、満たされもしない。食まれた白花はしわくちゃにされて骨の隙間を通り、こぼれ落ちるだけだろう。
 それでも欲しい? 周囲の風景と彩映す刃を片手で弄びながら、誘い、振りまく呪詛に、全ての虹色が蹄で地面を叩くようにして応えたのを見て、そう、と瞳を細めて向けたのは刃の先端だ。
「花が欲しいならとっておきをあげましょうか」
 ほろりと刃が崩れ、煌めく欠片が白く色付き変化する。儚くこぼれ落ちていく白は身に咲いたのと同じ、名も知らぬ――恐らくは、命を侵す花。
 より強くなった蹄の音と迫る勢いから逃れながら、コノハはまだ駄目ヨと笑って最後の仕上げに取り掛かる。白い花びらへたっぷりの毒をトッピングすれば、さあさあお待ちかね、最高の主菜の出来上がり。
 ざああと流れるように広がる花びらに虹骨の獣たちが殺到する。安全圏にいて少し出遅れてしまった羊が慌てた様子で駆けたなら、その目の前へ、すとんっと花の主が舞い降りた。

 大丈夫。
 ちゃあんと全員分用意してあるから。

「さ、ドウゾ召し上がれ」


 永遠に飢えぬ眠りへ、連れて行ってあげる。

成功 🔵​🔵​🔴​

エドガー・ブライトマン
コトコ君(f27172)、戦いの時間みたい
その花、食べられないように気を付けてね
せっかく似合っているんだからさ

先ほどよりかは声が出るようになったらしい姿に安心
これで気にせず戦えそうだな

それにしてもすごい色の羊だ。あんなの初めて見たよ
コトコ君ってば、普段あんなのが出る夢を見るのかい?
ただの羊だったら花ぐらい食べさせてあげたけれど
どうやら敵みたいだから

残念だけれど、私のこの赤いバラはあげられない
この花は私の故郷の象徴であり、誇りでもある
気高く咲き続ける姿にこそ、ひとびとは光を見るんだよ
キミにそれが解るかな

コトコ君が羊諸君に贈り物があるみたいだから
受け取るといい “Sの御諚”
そこでじっとしていたまえ


琴平・琴子
エドガーさん(f21503)、覚悟はできておりますよ
少しだけ出る様になった声に咳払いをひとつ
それはこっちの台詞ですよ、赤い薔薇がお似合いの王子様

ご心配を掛けてしまった様で面目無い
ですが、準備はできておりますとも

夢に出て来そうな姿をしてますね…
今夜出てきても可笑しくなさそうです
普通の花だったらあげられたのかもしれない
でもこれはあげられない
折角似合うと言われたのだから少しは身に纏っていたいの

この花はあの人(助けてくれた王子様)の花だから
私が大事にしたい花なんです
だから貴方達にはあげられないの

ごめんなさいね
その代わりに貴方達にはこれをあげましょう
革命剣を花弁に"貴方の為の花束"
おやすみなさい
良い夢を



 生け垣の上から、横から。家の中から。曲がり角の向こうから。どんどん増えていく虹色と蹄の音を眺めていたエドガーは、「成る程ね」と納得した様子で笑った。
「コトコ君、どうやら戦いの時間みたいだ。咳は大丈夫かい?」
 案じる声に「ええ」と答えた声はまだ少しだけ掠れているけれど、花が咲いた時と比べれば良くなっていることは確かだった。
「エドガーさん、覚悟はできておりますよ」
 琴子は咳払いをひとつして、同じように増えゆく虹骨の獣たちを見る。
 背筋はいつも通りぴんと伸ばしたまま。鮮やかな緑の瞳に恐れはなく、小さな体を満たす頼もしさにエドガーはくすりと笑って、少女の首元に咲く見事な白薔薇に目を留めた。
「その花、食べられないように気を付けてね。せっかく似合っているんだからさ」
「それはこっちの台詞ですよ、赤い薔薇がお似合いの王子様」
 胸元に咲いた花も周りに舞う花びらも赤薔薇である人。
 けれど心配をかけてしまったようで、それだけが心に引っかかる。面目無いです、と琴子は添え、ですがと自身の周りに降る白いマーガレットの花びらの先――並ぶ虹色を堂々と見据える。
「準備もできておりますとも」
 しゃんと前を見て語る姿にエドガーは安心した様子でうんうん頷いた――のだけど。
「それにしてもすごい色の羊だ。あんなの初めて見たよ」
 ふわもこの毛も肉もない。一体何を食べたらあんな虹色になるのだろう。骨が虹色なら、もしかして肉も毛も虹色だったのかなと心底不思議がるエドガーの横で、虹色になる理由を冷静に考えていた琴子は、ふと呟いた。
「夢に出て来そうな姿をしてますね……」
 ぴかぴか賑やかで鮮やかな虹色。ぐるんと巻いている大きな角に、骨だけの体。夜ということもありなかなかのインパクトだ。ずっと見た後に瞬きをすると、視界にあの虹色がちりちりと残る。
「コトコ君ってば、普段あんなのが出る夢を見るのかい?」
 ぐっすり眠れてる? と心配するエドガーに、琴子はぱちり瞬いてから大丈夫ですよと笑った。今夜出てきても可笑しくなさそうです――そう言って見つめる先、骨羊たちが喚び出した骨獏と骨山羊であちら側の賑やかさがどどんっと増した。そして増えた傍から自分たち目指し全力で駆けてくる。
 全ては、散らず咲き続けている花を手に入れる為。
「うーん……ただの羊だったら花ぐらい食べさせてあげたけれど、どうやら敵みたいだから。残念だけれど、私のこの赤いバラはあげられない」
 エドガーは静かに微笑みながら、胸元の赤薔薇を右手で包むようにして触れた。
「この花は私の故郷の象徴であり、誇りでもある」
 素敵な国さ。私の自慢の故郷だからね。
 そう言ったエドガーは、親しみを覚えてしまわずにはいられない笑顔を浮かべていて――だからあげられないんだと言い、胸元を飾る赤からそっと手を離す。
「気高く咲き続ける姿にこそ、ひとびとは光を見るんだよ。キミ達にそれが解るかな」 
 白いマントが風と共に翻り、裏地の覚めるような青空に似た色が覗く。ぱたぱたと躍る青と白、そして薔薇の赤。向日葵や蜂蜜のような金の髪もさらさらと揺れていた。
 骨の獣たちとは全く違う輝きが琴子の双眸に映り――くるっとエドガーの顔が向く。ぱちりと目が合って少しだけ目を丸くした琴子に、王子様は眩しく笑った。
「コトコ君が羊諸君に贈り物があるみたいだから、受け取るといい」
 すいっと右手の指先を向けて、


「そこでじっとしていたまえ」


 抗えぬもの。ひれ伏したくなる何か。
 王子なのだと強く感じさせるものがエドガーから溢れ、虹色に輝く骨という骨全てを捉えた瞬間、獏も山羊も羊も皆、動くことを忘れてたかのようにぴたりと止まる。それでもカタカタとかすかに聞こえた音は、空っぽの魂が花を求め続けるせいだろう。
 普通の花だったらあげられたのかもしれない。
 兎やモルモット等の、草食動物にあげるように、さあどうぞ――と。
「でも、これはあげられないんです」
 まだ掠れが残る声が、凛と告げた。
 折角似合うと言われたのだから、少しは身に纏っていたいの。
 この花はあの人の――あの日、自分を助けてくれた王子様の花だから。
「私が大事にしたい花なんです。だから貴方達にはあげられないの」
 他の誰かにあげて、大事にして下さいなんて言えない。出来ない。
 自分に咲いた花だ。自分が大事にしたい花だ。
「ごめんなさいね。その代わりに貴方達にはこれをあげましょう」
 琴子の掌に輝きが宿る。正しいことを正しいと言い、悪いことを悪いと言える。簡単なようで難しい道を歩んできた少女の手に握られていたペリドットの革命剣が、ほのかに輝きを帯び、それが全体に広がるまで数秒。
 輝きが満ちた瞬間、っぱ、と開いて綿毛がこぼれるように、無数の白い花びらが溢れ出した。マーガレットと赤薔薇の花びらをひらりと越え、虹の骨獣たちの上へと舞い上がった花びらは、白薔薇のもの。
 ベッドへ飛び込んだ子にふんわりとシーツを被せるように、花びらが落ちる、落ちる――包み込む。そして、虹色は清らかな白に覆い尽くされた。
「おやすみなさい」
 良い夢を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

駄目、サヨ
私の巫女が繋がれているようで気に食わない
その黒が無くなるまで──噫、よくも邪魔をしてくれたね
名残惜しいが仕方ない

そなたに宿る虹彩もまた美しいものであるのにな
満ちるこころがなければ干からびたまま

サヨとは違う
きみは私が咲かせる

巡る神罰は虹を絡め落とす厄災を
巫女を傷付けるものは約されない

サヨのいのち(心臓)に咲く桜を狙っている?
悪いが、其れは私のものだ
ひとひらだって食らわせぬ
斬撃派と共に広範囲になぎ
切り込み切断する

分かっていてそういうことを言う
きみは意地悪だ
だがそこが可愛い

噫、可憐な巫女の笑顔を咲かせてくれた
それには感謝するよ
骨の獣よ
そなたらがいつか望夢を見つけられるよう
祈ってあげる


誘名・櫻宵
🌸神櫻

もう、カムイったら擽ったいわ
首筋の黒桜ばかり……って、何が来たわよ!
大きなわんちゃんのような神様を宥めて向き合う

餓えているのね
空っぽで満たされなくてひもじくて堪らないのね
幾ら食べたって、底が無ければ満ちないの
心がなければ、花など咲きようもない
私のようだわ

でもごめんなさい?
私の神様の花は私だけのものなのよ

変わりにあなた達を桜にして咲かせてあげる
喰らわれる前に喰らいましょう

喰華、桜化の神罰を与え崩して
夢ごといのちを喰らっていくわ
なぎ払い、傷を付けたら抉りつけ
躱したならカウンターよ

うふふ、骨羊に焼きもちかしら
カムイったらほんにかぁいらし

花降る夜の虹も美しいけれど
それは、カムイと共に居るからよ



 薄紅から黒へ変わるものと、桜霞。
 桜花弁が舞う中、譲れないからこそ繰り広げられるものがあった。
「もう、カムイったら擽ったいわ」
「駄目、サヨ。私の巫女が繋がれているようで気に食わない。その黒が無くなるまで──」
「首筋の黒桜ばかり……って、何か来たわよ!」
 大きなわんちゃんみたいねなんて思いながら櫻宵は神であるカムイを宥め――現れた骨の獣たちを見てきょとり。まぁ、虹色の骨だけ? ふあふあとした毛やお肉はどうしたのかしら?
 対し、カムイは龍瞳を冷たく細めていた。己の肩をぽんぽんと叩き、頭を優しく撫でる巫女の手は倖をくれるけれど。
「──噫、よくも邪魔をしてくれたね」
 名残惜しいが、現れたものがオブリビオンならば仕方がない。
 仕方、ない。噫。
 カムイはそっと体を離すが、それ以上櫻宵からは離れず、ぴたりと隣に立つ。
 その距離に焼きもちが見え隠れして櫻宵が密かに微笑んだ時、骨羊たちが身を震わせ蹄で地面を蹴ってと一層騒がしくなった。その動きは全身を巡る衝動を本能のまま溢れさすようで、傍に現れた骨獏と骨山羊は、まさにその衝動を満たす為の駒なのだとすぐにわかった。
 現れた時から地面をドカドカと蹴って飛びかかってきた骨獏と骨山羊を、二人は互いの手を握って、ふわり。日舞を魅せるようにやわらかに飛んで躱すその周りで、二つの桜花びらが可憐に舞う。
「そなたに宿る虹彩もまた美しいものであるのにな」
 満ちるこころがなければ干からびたまま。
 かつては――そして真の姿では美しき黒を多く宿すカムイが刀を構えれば、その隣で櫻宵もまた、同じ構えを取りながら刀を構え、微笑んだ。
「餓えているのね。空っぽで満たされなくてひもじくて堪らないのね」
 知ってるかしら。色付いた唇が弧を描き、刃で蹄を受け止め、流しながら囁く。
 幾ら食べたって、底が無ければ満ちないの。食べても食べても、そこからこぼれ落ちていつまで経っても満たされない。食べたものを受け止め、満たしてくれるものは様々な名で呼ばれるけれど。
「心がなければ、花など咲きようもない」
 私のようだわ。
 そう言って刀を構え直した動きに合わせ、桜の花びらが鮮やかに舞って、
「サヨとは違う」
 三つの桜彩がくるりひらりと舞う刹那、すぐ隣からの声に思わずそちらを向いていた。
 桜花が咲いて自分とお揃いのようになった銀朱の髪と――片目に咲いた桜が瞬きに合わせ、ほろりとこぼれて。微笑みと共に咲いていく。
「きみは私が咲かせる」
 底が欠けたのならば埋めよう。同じ櫻を愛す同志と共に寄り添い、埋めることだって出来る筈。欠けぬよう、共に在ろう。共に咲こう。
 何度でも約を重ね、交わしてくれる神の眼差しに櫻宵の瞳も倖を浮かべ、そっとやわらいで。互いへの想いでこころを満たし花を咲かす二人に、骨獏と骨山羊が次々に飛びかかる。
「無粋な」
「無粋ね」
 二人が口にした文句は一言だけ。それ以上の分は蹄や角をいなす刀の動きに現れて、周囲で三つ彩の桜花弁が舞い続ける様は、骨羊たちにとってそれはもう眩しくて――羨ましかったのだろう。
 ゴオンゴオンと響き渡った音は寺の鐘を無茶苦茶に鳴らしたかのよう。誰もが目を覚ましそうなのに誰も彼も眠らすような音は、轟かせた骨羊の願い通り、同種の虹色を数匹眠らせ、共に咲かせ合う二人の精神を侵しに向かった。
「でもごめんなさい? 私の神様の花は私だけのものなのよ。変わりにあなた達を桜にして咲かせてあげる」
 龍眼に咲く春が鮮やかに、艶やかに輝いた。ひとたび桜獄に捉えられた魂に逃げる術はない。己を構成する全てが甘く熱く蕩けていく感覚の中、桜花が咲いていく様を見ながら果てるだけ。
 命も夢も残さず味わって――ふふ、とこぼれた笑みが、ごう、と揮われた太刀筋でかき消える。桜呪の眼差しの外にいた骨羊たちが、体の殆どを抉り取らればたばたと倒れていった。
 それでも、花を咲かせられぬ獣たちは咲いた桜への欲を焦がし続ける。
 手に入れ難いのならば駒を増やせばいい。
 再び音を轟かせようとするが、震わそうとした体から可笑しなほどに力が抜け、コロンと鳴りもしない。まるで、糸がほどけ形を成さなくなったよう。骨羊たちは動揺を露わにするが、桜の花びら浮かべ翻った銀朱の波に目を奪われた。同時に月光を浴びて煌めくは朱砂の太刀。
「悪いが、其れは私のものだ。ひとひらだって食らわせぬ」
 櫻宵の心臓に咲いた桜の色は今も赫ではなく黒だけれど。桜となって咲き誇る命は誰にも渡せない、奪わせはしないと放った斬撃波が三つ彩の桜と白い花びらを夜空へ躍らせた。そのすぐ後を虹に染まった数多の骨片が追い、夜空が彩られていく。
「うふふ、骨羊に焼きもちかしら。カムイったらほんにかぁいらし」
「分かっていてそういうことを言う。きみは意地悪だ」
 だがそこが可愛い。聞こえた呟きに櫻宵は嬉しそうに微笑み、降り始めた虹の骨片に手を伸ばす。美しいと思えるのはカムイと共に居るからこそ。
 噫、可憐な巫女の笑顔を咲かせてくれた。
 邪魔をしたことは矢張り許せないがそれはそれ。感謝を胸にカムイも虹の欠片降る夜を見上げる。
(「そなたらがいつか望夢を見つけられるよう、」)
 骨の獣らに倖来たれと、祈りの糸をそっと結わう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

愛昼禰・すやり
すや、すや…

ゆめのなか、仄かな花の香りが導いてくれるようだ
かつて生きていた頃の記憶
今は朽ちた社、信仰をくれた村の民
やはり朧げだけれど、すこしだけ思い出した…ような

ミモザだ、ミモザの花が咲いていた
いつの頃からか分からないけれど、その村には
それを村人は嬉しそうに摘んでは、花が咲いたことを祝う祭りをし、そしてわたしに捧げてくれた
『ずっとずっと…ミモザをお待ちしていました』
そう言ったのは、村人か、私か

夢の中で受け取ったミモザが白色に燃える
知らない声が聞こえる
白いミモザの花言葉
『死に勝る愛情』

…やぁ、羊たち、霞はおいしい?
虹と白、夢うつつの炎に包まれて
いっしょに、ねむろうか?
ふぁ〜あ、むにゃ…むにゃ…



 白い花びらが降る。降る。降る。
 それは形を得て存在する全てに降り注ぎ、積り、重なっていく。
 例えば、群れた虹骨の獣たちがどうしたものかと思わず動揺するほどの霞となった猟兵であっても――だ。


 すや、すや――……

 自分の寝息も不思議と心地よい眠りの一部となる世界。夢の中。すやりは意識をふわふわとさせながらも、仄かな花の香りへ導かれるようにして漂っていた。
 周りを過ぎゆくのは、かつて生きていた頃に過ごした場所。記憶が作り出す夢の世界。
 今は朽ちた社。信仰をくれた村の民。
 見えるものは朧げではあったけれど、見ていると少しだけ思い出したような気がして、ええとあれは、あっちは、と緩やかな動きで見えるものを追っていく。その中でふと目に留まったものがった。
「……ミモザだ」
 ミモザの花が咲くようになったのは、いつの頃からだったか。
 今となっては分からず、すやりはミモザの前で座り込んでぼんやりと見上げた。
 村人がミモザの花を嬉しそうに摘んでは、花が咲いたことを祝う祭りをして――そして、自分に捧げてくれていた。それは、覚えている。

『ずっとずっと……ミモザをお待ちしていました』

(「そう言ったのは、村人だっけ。私、だっけ」)
 どちらだったろう。誰だったろう。
 捧げられるままに、あの時のように受け取って――ああ。受け取ったミモザが白色に燃える。ふわふわとまあるい花が炎にのまれて。知らない声が、聞こえる。

 誰。
 何。

 疑問に対し、声は答えてくれず――白いミモザの花言葉が、白い炎と共にひりひりと心の中に焼き付いていく。『死に勝る愛情』と、初めに定めたのは――だあれ。


「……ん。うう、ん」
 揺らぎ、“起き上がった”霞の周りでは無数の虹骨が折り重なるようにして横になっていた。羊がほとんどだが獏や山羊も数匹混じっている。おそらくは、すやりの髪に咲くミモザ――白も混じったそれを喰らおうと近付き、虹焔に襲われた瞬間に喚び出したのだろう。
 結果どうなったかは、周りを見れば明らかだけれど。
 すやりである霞は“首”をこてんと傾げた。
「……やぁ、羊たち、霞はおいしい? 虹と白、夢うつつの炎に包まれて、いっしょにねむろうか?」
 だって、ひとりで眠るのは淋しいんだもの。
 だから、一緒に幸せな微睡みの中へゆこう。
「ふぁ~あ、むにゃ……むにゃ……」

 そしてきみは、永劫覚めぬ夢の中。

成功 🔵​🔵​🔴​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
くく、斯様にこの花が欲しいか?
貴様の牙が私に届けば考えてやらん事もない
――私に近付けたら、だがな
そっと花に触れながら
この花は我々だけの思い出
我々だけの宝物
容易に与えらえる物ではない事を心得よ

そう云う訳だ、ジジ
後方より魔方陣を展開
召喚するは【女王の臣僕】
骨共が際限なく増えるならば、頭を叩けば良い
その為にも高速詠唱、多重詠唱で広範に蝶を召喚
おいジジ聞こえておるぞ?
誰が危険だって?

敵が弟子を襲おうものならば忠告を
光魔術を込めた宝石で目潰しでもしてやる
鬱陶しい、早々に散るが良い

無造作に千切られた花冠に呆れ半分、焦り半分
…やれ、お前と云う奴は
先程お前に聞かれたばかりだが…痛まぬか?


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と

…渇き、空腹
終わらぬ餓えはさぞや辛かろう
然し我が主の花
共に在り共に過ごした時間の証
易々喰わせてやるわけには参らぬ

【暴蝕】の蟲竜どもは師の近くへ留め
近付く羊を喰らうよう命じ
小さな群れだけ剣に纏わせ連れて
獏と山羊らを斬り本体への道を拓く
邪魔だ、退け

影のような蟲竜のかたわら
虹色を覆い尽くすような美しい蝶の群れ
あちらの方が余程凶暴だな
…うむ、聞こえてしまったようだ
蝶よりも使い手が危険である模様

師と合わせ、蝶と蟲竜で羊を追い込み
――幼い頃は羊飼いでもあったと
師の話を思い出す
骨羊が消えゆく前に
頭の花冠から一輪手折って
口許へと放ってやる

手向けになるかは分からぬが
少しでも餓えが満ちるなら



 降った白も、咲いて散った白も、虹色に輝く蹄に踏みつけられていく。
 虹という豊かな色を宿した骨だけの獣たちは、自らに咲く花と花びらはとうに見限った後らしい。目玉代わりの光を抱いた眼窩はその白色に向くことはなく、ただただ、宝石人と竜人に咲いた花にだけ向いていた。
 眼窩の光に、気配に爛々と浮かぶのは――渇きと、空腹。
「終わらぬ飢えはさぞや辛かろう」
 すぐ気付いたジャハルの呟きに、そうだ、そうだと言うように羊たちが蹄で地面を荒々しく鳴らす。抱え続けた空ろが漸く満たされるのだと、歓喜の感情を露わにする。
 だが、喰らったところでその二つが満たされる保証はどこにもない。寧ろ“満ちるか否か”でいえば骨羊たちのそれは圧倒的に後者であり、そして。
「くく、斯様にこの花が欲しいか? 貴様等の牙が私に届けば考えてやらん事もない」
 欲しいのならば求めれば良い。求めるのであれば、行動を起こせば良い。
 アルバは夜風で黎明の髪をしゃらりと奏で、微笑んだ。しかし、星灯りを浮かべた瞳とハナニラに覆われたもう一方の瞳が浮かべるものは、優しさや慈愛の類ではなくて。
「――私に近付けたら、だがな」
 やれるものならやってみせよ。そう告げる瞳の片割れにて咲く、無垢な色を宿して揺れたハナニラに白い指先がそっと触れる。
「この花は我々だけの思い出。我々だけの宝物」
 しふ、と呼ぶ声は今よりもずっと高く、辿々しかった。瞳の輝きは――意外とそう変わらなかったやもしれぬ。あの頃も今も、静かな瞳はふとした拍子にきらきらと輝きを浮かべるのだから。
「故に、容易に与えられる物ではない事を心得よ」
 己の物でない宝を求めるとはそう云う事だ。
 笑ったアルバの髪がふわりと翻った。羊たちが喚んだ骨獏と骨山羊で視界を占める虹色が爆発的に増えるが、アルバもジャハルも表情は変えぬまま。宝石の煌めきと音色がこぼれ、ハナニラの花が穏やかに香って――その前へと静かな夜色が歩み出る。
「そう云う訳だ、ジジ」
 返事をするように竜尾の先が揺れ、黒く小さな竜が花降る夜に溢れ出す。「近付く羊は全て喰らえ」と低く告げた声に従い、小竜たちが黒い波となってアルバの傍に留まる数秒。他の小竜は駆けたジャハルの剣をざああと包み込んで共に翔けた。
 堂々と煌めく黎明の、片目に咲いたものは己が師へと初めて贈った花だった。花冠の如く自身に咲いた淡い光宿す白花は、アルバと共に摘んでいた時だけでなく、思い出を浮かべた心にも光を灯す花だった。
 どちらも、共に在り、共に過ごした時間の証。世にふたつとない“我々だけの宝物”。
 それを喰らうと、寄越せと向かってくるのならば。
「邪魔だ、退け」
 師が言った通り、容易でないと示すのみ。
 揮う剣に誓いも乗せ、虹の骨を断つついでに大きく薙ぐ。斬られ砕かれ両断された虹の骨に喜々として喰らいつき、ばきんごきんと飢えと渇き満たす音を響かす黒。
 大波のように迫っていた虹色は綺麗にごそりと減って、しかしガゴゴと蹄の音を轟かせ獏と山羊が突っ込んでくる。夜を、影を、黒を越え、花冠と贈り物を喰い荒らさんと。
 だが、その頭上を無数の青が覆い尽くし――さあっと過ぎゆく様がジャハルの瞳を一瞬だけ彩った。その数秒後、獏も山羊も、糸の切れた人形のようにその体をガララと崩して果てていく。
 過ぎた美しい青――蝶の群れが向かった先では、骨羊も同じようにして崩れていて。虹色の骨という骨は、青き蝶の群れが包み込み還したところ。それは絵画のように美しかったが、還すまでの速度を考えると――あちらの方が余程凶暴だな。
「おいジジ聞こえておるぞ? 誰が危険だって?」
(「……うむ、聞こえてしまったようだ」)
 虹骨の獣をごっそりと還した蝶よりも、その使い手が危険である模様。つよい、と改めて感じたのか、心なしか小竜たちがざわついているような。
 全く、と溜め息ついたアルバがにやりと笑む。
「気付け薬とは別の薬を作ってやらねばならぬようだ。楽しみにしておくが良い」
「……む」
 口を閉じつつも青き蝶が再び広く疾く羽ばたけば、それに合わせてジャハルも駆けた。残る骨羊が新たな虹色を喚ぶ間も余裕も与えぬよう、地を蹴り跳んで、塀を蹴飛ばして距離を縮め――“幼い頃は羊飼いでもあったのだ”と語る師を思い出したのは、骨羊のせいだ。
 肋骨の隙間に剣を挿し、ガギンッと捕らえたそこを刃から溢れた黒が喰らい尽くす。その背後から花冠の主を狙う不届きな虹色には――光の仕置きが籠められた宝石が贈られた。
「鬱陶しい、早々に散るが良い」
 炸裂した光に骨羊はロデオの牛も驚きの暴れっぷりを見せるが、それも黒き竜を孕んだ剣によってぷつりと途絶えた。倒れた骨羊が力なく空けた口――食べる何かがあるように数回だけ動いて。
(「手向けになるかは分からぬが」)
 そこが消える前、ジャハルの手が花冠から一輪無造作に手折る。ジジ、と思わず出た声には呆れと焦りが半分ずつ。白花を羊の口へと放ったのを見て、今度は短く息を吐いた。
「……やれ、お前と云う奴は」
「……少しでも餓えが満ちるなら、と」
「……そうか。……痛まぬか?」
 先程聞かれたばかりの言葉と共に花冠を見上げる。
 少しの間の後。ずっと高い位置にある頭が、こくりと頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
イサカさん/f04949
花:白いカランコエ
位置:首に横一文字

暫く別行動でいきましょう。たまには過保護も休業します。

とはいえ、そう離れませんよ。
あまり見せたいものでないってだけですから。

花もろとも首を切る。

…うん。また生えてきました。そこは予想通り。
痛くない、血も出ない。フツーに喋れそう。力を得るっていうの、コレでしょうか。
“たくさんの小さな思い出”って、特にあのひととのは、あたたかいものばかりではありませんけれど。
一つ一つ、憶えています。その時の気持ちまで。

やることやったら斬ったり踏んだりしながら戻ります。
オレよりだいぶ眠そうだったんで。流石に眠ってないとは思いますけど…
…いや。どうかな。


黒江・イサカ
夕立/f14904と
お花:菊、クチナシ、白い彼岸花、蓮
位置:全身

何か、頭おも…
これが眠いって感じなのかあ、案外面白くないな
眩暈だな、もっと気持ちいいもんかと思ってた

……ああ、大丈夫
起きるから
楽になりたいって思ってる子らが来るんだから、応えてやらなくちゃ
いってらっしゃい、夕立
殺しすぎないでね

さて
【運命】だったんだね 僕と君との出会いはさ、羊くん
こんなに食いでのある男が他にいるかい?
このお花、全部君らにあげちゃう
いつだって僕は、こういうとき、花をあげるような気持ちなんだよ

死んでから花貰うより、生きてる内に貰った方がちょっとお得だよね
両方なんてラッキーだ

……はふ
あれ、続々来てくれないと寝るかもなこれ



 原っぱを越えて町に着いたのはいいものの、イサカはちょっと困っていた。
「ねえ夕立、何か、頭おも……」
「それだけ咲いていたら、そうなるんじゃないですか」
「えー……あ、これが眠いって感じなのかあ、案外面白くないな」
 この重みはきっと眩暈というやつだと、全身を死後の花でデコレーション状態のイサカはぐぐ、と伸びをする。もっと気持ちいいもんかと思ってたのに、がっかりだ。
 ――という具合に、イサカは眠気を覚えてはいるが調子まで崩していない。
 じ、と見ていた夕立は眼鏡のブリッジを軽く押し、暫く別行動でいきましょう、とたまにの過保護休業を宣言した。
「とはいえ、そう離れませんよ。あまり見せたいものでないってだけですから」
「……ああ、大丈夫。起きてるから。楽になりたいって思ってる子らが来るんだから、応えてやらなくちゃ」
 ね。白い彼岸花と菊と梔子と蓮でふわふわとした頭が傾いた先には、イサカ待ちというには気持ちが前傾姿勢に思える虹骨の羊たち。
 多くを語らないが、それらとイサカをほんの数秒見た赤い目へ、イサカの手が――手の甲に梔子をふわふわ咲かせた手がぴらりと振られる。
「いってらっしゃい、夕立」


 殺しすぎないでね

 なんて、
(「何の心配されたんでしょうね」)
 こっちの分を殺ったって、あっちの分はあっちの分であったのに。
 縁起の悪い花で覆われた笑う声を記憶の傍に、ガシャガシャガランと響く音に夕立は眉をぴくりとも動かさぬまま首をかき切った。共に切られた白いカランコエがぽろろと落ちて。
(「……うん。また生えてきました」)
 そこは、落ちたカランコエに興奮した様子で駆けてくる骨羊含め予想通りだ。
 痛みはない。血も出ないのは、まあ。ああ、それと。
「フツーに喋れますね」
 力を得る、というのはコレのことだろうか。
 “たくさんの小さな思い出”は――ああ、アレがいつもより少し大きいかもしれない。声が。でも、特にあのひととのは――「死ね」――そう、あたたかいものばかりでは「死ね。死ね。死ね」――ない――「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」――けれど。

「一つ一つ、憶えています。その時の気持ちまで」

 バギンッ

 軽く跳んだ先、丁度落下地点にあった虹骨を踏む。虹骨が可笑しなくらい細かく砕けた。もう少し形が残っていた方が、めでたそうな色も合わさって魔法のアイテムにでもなって売れそうなものを。
 大きくジャンプして首を狙ってきた骨羊は、丁度持っていた刺し殺すのに適任の刃で綺麗にすっぱり真っ二つ。落ちた虹骨がカランッと音を立て、踏み出した夕立の足に偶然蹴られ屋根まで飛んでいった。
 何ですかこの効果。花が齎したものにつっこむのは早々に止め、夕立は自分の仕事をこなしていく。イサカは自分よりもだいぶ眠そうだったから、やることをやったら戻ろう。
(「流石に眠ってないとは思いますけど……」)



「さて」
 イサカは起きていた。
 ひらりと、軽く両腕を広げて笑う。
 花に覆われて表情の詳細は見えないだろうけれど、声と雰囲気というやつは、動物にはよく伝わるものだ。多分。それに。
「“運命”だったんだね。僕と君との出会いはさ、羊くん」
 喜びを灯した声を紡いで、一歩、前へ。
 頭、胴体、腕、足。全身全てに花、花、花。
 今の自分は骨羊たちにとって――いや、骨羊が喚んだ骨獏と骨山羊も含めて――あれらが彼か彼女か、オスかメスの区別は骨なのでつかないけれど。彼らにとっては運命そのものであることに違いはない。
 先程よりもずっと増えた虹色なんて、“欲しい”という想いの具現化だ。
 こんなに食いでのある男が他にいるかい? いないでしょ。
 イサカはくすりと笑って、その拍子に口の中に入り込んだ花びらを、目立たないように小さくぺっとして外に出す。
「いいよ。あげる。このお花、全部君らにあげちゃう」
 ――そうだ。いつだって自分は、“こういうとき”、花をあげるような気持ちでいる。

 綺麗だね。素敵だね。
 だから“全部あげる”。

 全身に花が咲いている今という瞬間ほど、その気持ちとリンクしていた時は――どれくらい、あっただろう。
 何であれ。
「死んでから花貰うより、生きてる内に貰った方がちょっとお得だよね」
 おいで。囁き声に蹄の音が重なった。羊、獏、山羊。虹骨の獣たちが一斉にやって来る。足元に飛び込んで来る獣。跳んで、高い位置の花を求める獣。ぶつかられるのは痛いから、丁度いい具合に体を動かして上手く食べさせて――、
「両方なんてラッキーだ。そう思わない? 羊くん」
 ああ。聞こえてないかな。
 だって斬っちゃったもんな。
 ガラガラカララと落ちて転がる骨の音はやかましいのに、はふ、と口から溢れた欠伸にイサカは少し考えた。あれ。もしかして。
(「続々来てくれないと寝るかもなこれ」)


 どうかな。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
黒羽/f10471

あいつが好きな花だったって、それだけがこの花の大事なことで
花に嫉妬するだかなんてみっともないのも……まあ、昔の話、だったかな
あのときの、好きな花だって一言だけでずっとさ
意外と今もやってる
切っても切れないモンなんだから
これ以上ないね

ささやかに聞きとった声に一瞥をくれて
さてね、なんて呟く
答えがほしいかもわからない
ましてや与えるなんてね

差し当たりできる事といや骨でも砕くことかな
汚いガキも少しは武器らしくなったもんでさ
そんなに花が欲しけりゃくれてやる
ただし隙間までみっしり、痛いくらいのやつだけど
そいつは好きに味わえばいい
立ち止まるには十分だろ?
うるさい色の中じゃ黒はよく目立つもんだね


華折・黒羽
有さん/f00133

満開を迎える事なくはらり散る桜
心の行先は迷ったまま
この想いに名を与えられたとて
失った今となっては留まり燻るだけの

心の有り様とは、どう定めれば良いものなんでしょうね…

溢した言葉は独り言にも似て
名を与えてくれた
笑顔をくれた
家族を、幸福を
幸いの記憶に散っては咲き続ける白桜

巣食う影が力増す心地
幸福を感じる程闇が強く深く根を張る
屠が疼いているのを感じる
…皮肉なものだ

屠の影が花と生る
斬り裂く虹色の聲がする
嘗ての、姿?
嘗ても今も俺は…
──只の、化け物ですよ

…黒は
何色にも染まれぬ、色ですから
染まりたいと願ったとて
ああ、けれど…

あなたの赤だって、
その虹色の中ですら埋もれる事なく鮮烈でいて



 現れた骨羊たちは、思考を隠すということをしないらしい。
 熱烈なほどに向けられる視線がどこに集中しているかが遭って数秒と経たずにわかり、女は「そうかい」と素っ気なく返した。そして肩に乗っていた赤い花びらをひとつ、摘もうとして――そのままにした。
(「あいつが好きな花だった」)
 有にとって、それだけが椿という花の大事なことだ。
(「花に嫉妬するだかなんてみっともないのも……まあ、昔の話、だったかな」)
 いくつだったか、すぐに出てこない。とにかく昔の話だ。
 なのに、あの時聞いた「好きな花だ」という一言だけでずっと抱えているものがある。それが何か探ってみれば、覚えたものは意外な感触で。何もやってんのさと、有は自分を俯瞰するように見ていた。
「……切っても切れないモンなんだから、これ以上ないね」
 静かで、抑揚のない声だ。
 意識して聞いていたなら、かすかに宿るものを感じたかもしれない。
 ゆるりと尾を揺らした黒羽は、有の周りで鮮やかな赤へと変わる花びらから、自分の周りで舞う花びらを見る。
 名もわからないのに、懐かしいものと結びつくその中にはらりと桜が混じっていく。満開を迎えることなくゆく様は、行き先に迷う心を映しているようで。
(「この想いに名を与えられたとて……」)
 失った今となっては、留まり燻るだけのもの。ならば、名を与えることに意味はあるのだろうか。それとも、それでも名を与え、何かを残すべきなのか。
「心の有り様とは、どう定めれば良いものなんでしょうね……」
 名を与えてくれた。
 笑顔をくれた。
 家族を、幸福を――。
 幸いの記憶に散っては咲き続ける白桜を、己はどう受け止めれば良いのだろう。
 黒羽からこぼれた言葉は、明確に有へと向けたものではなかった。独り言に似た、何かで。けれどささやかに聞き取った女の視線が、短く向く。
「……さてね」
 黒羽の言葉が答えを求めてのものかもわからない。ましてや、与えるなど。
 けれど、差し当たりできることといえば――。
 先陣を切って突っ込んできた一匹を躱し、横っ腹に蹴りを入れて倒して即座に肋骨を狙って踏みつけた。ボギボギガキンッと砕けて穴が開いて、それきり虹骨の獣は動かなくなる。
(「汚いガキも少しは武器らしくなったもんだ」)
 足を引き抜くそこに他の虹骨の獣たちが次々と突っ込んできた。羊かと思ったがよくわからない形をしている。一方は山羊でもう一方は――。
「何だいこいつ」
「……獏、でしょうか」
「へえ。ばく、ね」
 展示されている獣を見るような空気で、しかし荒々しくやって来た骨獣の突進を的確に躱す二人を、タタンとジャンプして屋根の上まで避難した骨羊が見下ろしていた。
 十分な距離を取っておきながら、椿と白桜からは決して目を離さない。人の言葉は喋らないが、欲しい欲しいと眼窩に光る欲を浮かべた獣。しつこく追ってくる骨獏と骨山羊は――言うまでもない。
「そんなに花が欲しけりゃくれてやる」
 折角やるんだ。こぼすんじゃないよ。
 冷えた声と共に黒色の杭が花びらとなる。夜から連れてきたような黒が鮮やかな赤に染まり、はらはらひらひら――隙間という隙間をみっしり埋めに行く。喰らうには厚過ぎると気付いた時には、花を喰らうのではなく喰らわれるような痛みの中だ。
「そいつは好きに味わえばいい。立ち止まるには十分だろ?」
 ――赤い花は駄目だ。喰らえない。届かない。
 ――ならば、黒に咲いた白色は。
 ぐん、と一斉に向いた虹色の流れ。しかし白桜咲かせた黒翼は力強く空気を叩き、風と花びらを強く躍らせ虹の蹄や歯から逃れてみせる。
 巣食う影が力を増していた。幸福を感じるほど、宿る闇が強く深く根を張るのがわかる。屠が、疼いている。
(「……皮肉なものだ」)
 花を想えば想うほど、こうなるとは。
 青い眼差しが周り全ての虹色を捉え、屠の影が花と生って虹色を斬り裂いていく。裂いたそこには血も肉も、皮も無い。虹色の輝きで満たされた空虚な骨だけがバラバラになって宙を舞い――。
(「聲が、」)


 ああ。
 もう少し。もう、少しだったのに。
 喰らえたなら――……


 かつては どんな姿 だった?


(「――嘗ての、姿?」)
 虹色が薄れ始める。頭の中を揺さぶるような音も消え、遠ざかっていた静かな夜が戻りつつあるその中で、黒羽は己の獣の掌を見つめていた。ひらりと落ちた白は――桜のそれ。
(「嘗ても今も俺は……──只の、化け物ですよ」)
「……ああ。うるさい色の中じゃ黒はよく目立つもんだね」
 うるさい色、と言われた虹色は周囲に散らばって、その全てが完全に消えるまでは少し掛かりそうだった。ふいに届いた有の声に黒羽は緩慢に目を向け、消えそうなくらいかすかな笑みを浮かべる。
「……黒は。何色にも染まれぬ、色ですから」
 染まりたいと願ったところで。この色は。
 ああ、けれど。
「どうかしたかい」
「……いえ」

 あなたの赤だって、その虹色の中ですら埋もれる事なく鮮烈でいて。
 その赤は、赤以外の何色にも――なんて。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

城野・いばら
カラコロ歌う骸骨さん
クロバラが食べたいの?
でもこのお花は魔女の、ロサのだから
食べたら…お腹壊すかもしれないわ

なんて冗談を零せば
失礼ねって、ツンプンするロサが容易に想像できて
それを見てね皆で笑うの
…なつかしい
皆と喋って歌って、
アリスを出迎えて過ごした日々
もう戻れない茨の魔女の国
私の…リティの記憶
このコはその欠片なのね

髪紐で黒薔薇を頭に飾り直し
大丈夫よロサ
貴女も皆も忘れたりしないの

アナタ達が欲しがるキモチ
私と似てるのかしら
でもごめんね、このコはあげられないわ
枯れないお花なら…私をあげる

沢山の種飛ばしてシロの花咲かせ
蔓で抱締めて捕縛し、生命力吸収を
寂しいと鳴くコも呼ばれたコも
眠れるまで
ね、いっしょよ



 お邪魔します、とやって来たお客様がカラコロとベルを鳴らすことはあっても、やって来た側である自分がカラコロ歌う音色に出迎えられるとは。
 夜空の下、白い花びらもその色で染めるような――けれど照らすだけの色を宿した虹色たちに、いばらは新緑の瞳をぱちぱちとさせながら首を傾げた。
「カラコロ歌う骸骨さん、クロバラが食べたいの?」
 左面を覆って咲く黒薔薇にそうっと触れながら訊ねれば、コトリコトリと沢山の足音が奏でられ始める。始まった音色は止まることなく、いばらへとじわじわ近付いていく。
「そう、食べたいのね。……でもこのお花は魔女の、ロサのだから。食べたら……お腹壊すかもしれないわ」

 “失礼ね”

 こぼした冗談にツンプンする様が容易に想像できる。それを見て、自分は――。
(「ううん。皆で笑うの。……なつかしい」)
 不思議の国での日々は今も鮮やかな彩で残っている。皆と喋って、歌って、やって来たアリスを出迎えて――そうして過ごした日々は、あの国と同様。もう戻れない。
(「茨の魔女の国。私の……リティの記憶」)
 ならば左面を覆って咲く黒薔薇はその欠片。
 いばらはしゅるりと解いた髪紐で黒薔薇を頭に飾り直し、具合を確かめるように両手を優しくぽんぽん、と添えた。
「大丈夫よロサ。貴女も皆も忘れたりしないの」
 お名前も知らない骸骨さんたちにも、あげたりしないわ。
 胸の内に咲かせた想いを嗅ぎ取られたのだろうか。骨羊たちがぐるぐると頭蓋を振って、新手の虹骨獣を増やしていく。
 こつりと蹄が地面に触れて即駆け出した骨獏と骨山羊、そしてその向こうでじっと黒薔薇を見る骨山羊。虹色の壁めいた獣たちに、いばらは淋しげに目を伏せた。
「アナタ達が欲しがるキモチ、私と似てるのかしら」

 “変わりたい、染まりたいと想うイロにあえたら――”

 今は持たぬものをいつかと夢見て、叶う時を願う心が自分の中には確かに在る。
 でも。
「ごめんね、このコはあげられないわ。枯れないお花なら……私をあげる」
 そっと手にした薔薇の挿し木から、ぽ、ぽぽぽ、と飛ばした数多の種から白花が咲いた。骨獏が食べようと跳ぶが、ぎゅんと伸びた蔓が獏も山羊も、羊も分け隔てなく抱き締めていく。
 みしり。ぎしり。聞こえていた音が少しずつ薄れ、やがて聞こえなくなる。
 寂しいと鳴いたアナタ。呼ばれたアナタ。
 みんなみんな、眠れるまで――。
「ね、いっしょよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
レン(f00719)と

奪ったものでは
一時的にしか満たされないと思うがな
そもそも深紅のアネモネも貰ったブルースターも
お前達にやるわけにもいかないが

やるもやらぬも奪うも奪わぬも、私が決める
私のものを、花を、想いをどうするかは私の心ひとつ
今は、お前達を壊し虹色の欠片にする。それが私の答えだ

咲いた花は種類は違えど、私の愛の形
溢れる感情は刃を生み出す魔力に変えて
赤く燃える炎の≪剥片の戯≫を雨の如く降らせ
召喚されるものも本体も全て砕いてやる
ではお言葉に甘えて遠慮なく
言いつつもレンの動きを読みながら刃降らせる位置と量は調整しよう

紅が欲しければくれてやろう
但しやるのは燃え盛る炎の紅だけ
花弁一枚とてやるものか


飛砂・煉月
有珠(f06286)と

あっは、満たされないから奪うって?
イイ度胸してんね
否定はしない
肯定もしてやんないけど

有珠がくれた白の霞草を服の内側、胸に咲く彼岸花に寄り添わせ
運命(さだめ)を背負う覚悟と
キミへ贈ったブルースターを緋に映し蒼星への信頼を確かにして

雫の赫は咲かせない
代わりに相棒を槍にし駆けて響かせる咆哮、哀れな羊に轟く葬送曲
――竜牙葬送
勝手に避けるから有珠も遠慮なく攻撃しちゃって
第六感に従い見えた軌道は見切り
瞬時に思考すれば、次だ

花を想えば
花が力に成る
己が運命、キミへの気持ちがオレを強くする
あっは、負ける気しないや

オレ達の花はお前らにやらねーよ
花知らぬ虹色、哀れな骨には粉砕の終焉をくれてやる



 ずらずらと列をなし圧を作って出迎えに現れた骨羊たちが、人の言葉を話さずとも何と言っているかはわかった。伝えたいという気持ちなんて向こうは当然持っていないだろう。しかし仕草や目線、気配は時として言葉よりも雄弁だ。
「あっは、満たされないから奪うって? イイ度胸してんね」
 煉月は狼尾をぱたりぱたりと揺らして笑う。ハク、と相棒を呼んで自分の肩に乗せた。緋色の瞳が二つずつ。揃って静かに細められていく。
「否定はしない。肯定もしてやんないけど」
 有珠から貰った白の霞草は服の内側へ。胸に咲いた彼岸花に寄り添わせる。
 脈打つ心臓の傍、運命を背負う覚悟は白と赤の花二つへと。
「奪ったものでは、一時的にしか満たされないと思うがな」
 凛とした声の方を見る。贈ったブルースターを映した緋色は、蒼星への信頼をより確かに浮かべ――そもそも、と続いた言葉に嬉しそうに煌めくのだ。
「深紅のアネモネも貰ったブルースターも、お前達にやるわけにもいかないが」
 有珠の眼差しは自分たちの花を狙う不届き者に向いていた。けれど、隣から向けられる信頼に気付かないほど鈍くはない。そして、それを感じるからこそ、より強く想うのだ。
「やるもやらぬも奪うも奪わぬも、私が決める」
 欲しい? 喰らいたい? それが何だ。
 咲いた花。贈られた花。どちらも自分のものだという確固たるものがある。
「私のものを、花を、想いをどうするかは私の心ひとつ。今は、お前達を壊し虹色の欠片にする。それが私の答えだ」
「――有珠」
「何だ、レン」
「最高にカッコイイよ」
「……そうか」
 ふ、と浮かべた笑顔を交わし、再び虹色の群れを見るそれぞれの目に迷いはない。
 ぐわりと圧を増した虹色に、他の骨獣を招く虹色。虹骨の獣たちは周りを照らす色だけでなく、宙を翔け地を駆けてと、その動きも激しくさせ迫りくる。
 花を奪い、花を咲かせた命も踏み砕こうとする勢いは苛烈で。しかし、有珠の手がふわりと上がった瞬間にその周囲で赤い花びらが数多煌めいた。
 アネモネと霞草――有珠の身に咲いた花の種類は違うが、どちらも愛が花という形となって現れたものだ。ひとたび咲いた愛は溢れる感情となり、刃生み出す魔力に無尽蔵とも思えるほどの力を与えていく。
 すぐ傍で溢れる魔力が煉月の肌をひりひりと撫でる。だが、恐ろしいどころか気持ちが昂ぶるばかり。ぐっと開いた手へ槍と変じたハクが滑り込み、力強く握ると同時に駆け出した。
 自ら向かってきた花の源へと虹骨の獣たちが次々に向かう。
「ほんと、イイ度胸してんね」

 好都合だよ。

 っひゅ、と空中の一点を貫くように放った白槍が、向かってきた集団のど真ん中にいた虹骨を貫いた。そこを中心に響いた竜の咆哮は、劈くような葬送曲に捕まった哀れな骨羊に無数の伴という骨獏と骨山羊――同じ骨羊も、を引きずり込む。
 疾風の如く戻った白槍を煉月は駆けたままぱしりと掴み、有珠! と笑顔で呼んだ。
「勝手に避けるから有珠も遠慮なく攻撃しちゃって」
 死角だったろうに、そこから突っ込んできた骨山羊をダンッと跳んで躱したレンに有珠も笑みを浮かべ、では、と更に魔力を編んでいく。
「お言葉に甘えて遠慮なく」
 煌めく花びらは紅蓮の薄刃。触れる空気すらも容易く断つほどの鋭さとなった赤が咲いた場所は――骨獣を増やした羊たちの上。
 ざわつき骨を鳴らした骨羊たちがバラバラの方向に駆け始める。しかし何度目かの咆哮で葬送曲を紡いだ煉月によって次に選ばれ、そうでなくとも雨となって降り注いだ赤炎の刃に砕かれ、その数を猛スピードで減らすこととなる。
 花を喰らうのだと、喰らわれはしないと抗う姿勢を見せた別の骨獣にも、赤く燃ゆる刃は向けられて。
「紅が欲しければくれてやろう。但しやるのは燃え盛る炎の紅だけだ」
 首の傷覆う深紅のアネモネ。首に、僅かに咲いた真白の霞草。“そのどちらか”も、“花弁一枚くらい”も、巫山戯たことをぬかせはしない。
 “お前達を壊し虹色の欠片にする”。
 有珠の示した答えは虹の欠片舞う様と共に形となり続け、降り注ぐ赤に煉月は心躍らせながら瞬間的思考で捉えた骨羊を白槍で貫いた。
 胸に咲き、霞草と寄り添う彼岸花。右腕のブルースター。花に温度なんて無い筈なのに、ほのかにあたたかい気がする。花を想う度に湧く力のせいだろうか。
 ああ。己が運命、キミへの気持ちがオレを強くする。
「あっは、負ける気しないや」
 地面を蹴って跳ぶ。ぽおん、と面白いくらい高く跳べた。
 見上げた有珠と、見下ろす煉月。二人の笑みが交差して、
「オレ達の花はお前らにやらねーよ」
「花弁一枚とてやるものか」

 花というものを知らぬ哀れな虹色に、二人紡ぐ粉砕という終焉が贈られる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】

ん、どうしたんだろ
急に眠たく…
もしかしてあの羊のせいで?

羊たち、花を狙ってるのか
駄目だよ、せっかくなつめと同じ花が咲いたんだから
大事な相棒の証なんだから
食べるなんて絶対駄目

花を守るって決めたら眠りも和らいだような気がする
戦おう、なつめ

っ…!
馬鹿、オレのこと庇うなんて
怪我してるんだから大丈夫じゃないだろ
今度はちゃんと『結界術』でなつめを守るから

援護は任せて
なつめは思う存分暴れてきてよ
信じてるから

UCの炎を操って遠距離から攻撃
最後はなつめの雷と合わせて燃やしてあげる

片目に咲いた花を確認するように
そっと手で触れて


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】
ンだァ…?
急に眠く…。
なんだアイツ…虹色の…骨!?
うぉ、襲ってきやがった…!
くそ、眠気が強くて
交わすのが精一杯だ…!

こりゃ一気に
片をつけるしかね…って
ときじ危ね……ッ!あぐッ!!!
ときじを庇って
突進を受け吹き飛ばされれば
血を流しながらも
フラフラ立ち上がって

ッてぇ……ハァ!?
馬鹿じゃねーし!!!
俺の事より起きることと
自分の花護ることに集中しろ!
俺ァ大丈夫だから…!

テメェ…俺に傷付けるたァ
いい度胸してんじゃねェか……!
そう簡単に渡してたまるかよ
俺とときじの大事な揃いを!!!

ーー『終焉らせてやる』!

完全竜体になれば
自らに元々咲いている
梔子を振り撒いて花に釣られた
虹の骨羊へ雷を叩き込んだ



 いずれは眠りのまじないが強まると、そう聞いていた。
 しかし、訪れるにしては少々――いや。
「ん、どうしたんだろ。急に眠たく……」
「ンだァ……? 急に眠く……」

 ――なつめも?
 ――ときじもか?

 目を擦った二人は顔を見合わせ、十雉はもしかしてと不気味に佇む虹色の群れを見る。僅かに遅れてそちらを見たなつめは、なんだアイツ、と目つきをより悪くして見つめ――。
「虹色の……骨!?」
 骨って普通白だろとつっこむ暇もなかった。ガガガッと地を蹴り突っ込んできた勢いは、強まった眠気に引っ張られたせいもあり、躱すのが精一杯。
「くそ、こいつら……!」
 躱しても躱しても埒が明かなかった。骨羊たちは周りの塀や木を利用して、または蹄に力を強くかけ、凄まじい速度での方向転換を繰り返してくる。
 呆れるほどのしつこさが花に向いていると先に気付いたのは十雉だった。
「駄目だよ、あげない。せっかくなつめと同じ花が咲いたんだから」
 同じ花が咲いて嬉しかった。咲いたと知ったなつめの笑顔だってそうだ。
「これは大事な相棒の証なんだから、食べるなんて絶対駄目」
 右目に咲いた梔子は絶対に食べさせない。必ず守り抜く。
 そう決めた途端、あれだけ重たくのしかかっていた眠りが和らいだような気がした。
「戦おう、なつめ」
「おう! しかしこりゃ一気に片をつけるしかね……って、ときじ危ね……ッ!」
「え、」
 すぐ隣にいたなつめに虹色に輝く塊がぶつかって――攫われたかのようだった。
 目の前から消えた姿に呆けたのは一瞬。
「あぐッ!!!」
 骨羊の突進に気付いた瞬間、なつめは十雉を庇っていた。代わりに受けた突進は凄まじく、手の届く距離にいた十雉が一瞬で遠ざかる。
 背中全体に強い痛みが走り、口の中には血の味が広がった。何かがぬるりと顔を伝っていくのがわかる。くそ、血が――いや、それよりも十雉。ああ、なんて顔してやがる。
「っ……! 馬鹿、オレのこと庇うなんて」
「ッてぇ……ハァ!? 馬鹿じゃねーし!!!」
 大事な相棒を守ることのどこが馬鹿だって言うんだ。ばしっと龍尾が地面を叩く。
「俺の事より起きることと自分の花護ることに集中しろ! 俺ァ大丈夫だから……!」
「怪我してるんだから大丈夫じゃないだろ」
 すぐに立ち上がってみせたけどフラフラだった癖に。そう言いたいのをぐっと堪え、ひらりと紡いだ力がなつめを覆っていく。骨羊が増やし始めた骨獏と骨山羊に警戒を露わにしていたなつめは、“変わった”と気付き、荒々しく地面を叩いていた龍尾の先をぴんと跳ねさせた。
(「結界術か」)
「援護は任せて。なつめは思う存分暴れてきてよ。信じてるから。――相棒」
 少し擽ったそうに笑った橙の双眸に、鋭い瞳がぽかんと呆けた。けれどすぐさまカラカラと太陽みたいに笑い、任せたぜ相棒! と肩をぱしりと叩く。
 なつめはずんずんと十雉の前に出て――その笑みを鋭くさせた。
「テメェら……俺に傷付けるたァいい度胸してんじゃねェか……!」
 ざわり。なつめの周りに降っていた花びらが“なつめから外側へと”流れた。
 ひらりくるりひらひらり――花びらの流れが変化したまま戻らない。なつめの周りでだけ、ものの流れが変わったかのよう。
 ざり、ざり、と羊たちが後退する。逃げる為ではなく警戒してのものだ。しかし、どちらを選んでも龍の逆鱗に触れた事実は覆らない。
「そう簡単に渡してたまるかよ、俺とときじの大事な揃いを!!!」


 奪いに来るのなら、その未来ごと――『終焉らせてやる』!


 吼えるような声と共に、光と音が虹色たちの視界を劈いた。ごうっと何かが空へと向かい、花びらを巻き上げ、骨だけの体をびりびりと震わせ吹き飛ばそうとする。
 何が、と上空を見た虹骨獣たちの視界を龍が支配する。角と尾、牙覗く口元と右の小指を飾るように白い花が――梔子が咲いていて。花降る夜空を飛翔するその身に雷光が走った刹那、夏雨と雷が容赦なく落ちた。
 雨粒も雷もひとつひとつが虹骨の体を狙い、跡形もなく潰す勢いに満ちていた。故に、梔子の花が振り撒かれていると気付く余裕は、容赦なく削がれていく。
 虹骨たちの視界は一瞬で荒れ狂う嵐そのものとなっていた。そこにぼやりと浮かんだ炎の蒼は、嵐に呑まれた幻のようだったろう。しかし、生きていた人の魂から再構成された蒼き炎は紛れもない現実。空翔る龍の夏雨と共に下される、終焉への道標。
 雷の白き光と、縦横無尽に舞う炎の蒼。
 ふたつ合わさった力は虹骨を焚べる炎となって、最後の一匹が消えるまで燃え続けた。
 その色があまりにもはっきりと見えたのが、少し、怖かった。
 片目に咲いた揃いの花へと十雉はそっと手を伸ばし――。
(「……良かった。ちゃんと、ある」)
 こぼれた安堵の息は、空翔る龍への内緒事。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マリアドール・シュシュ
【聖晶狼】

(一面真っ白なのだわ
そろそろ楽しい秘密の時間はお終いなの)
二人の花は心に刻んで仕舞う

ええ、行きましょう

白の庭にて
咲く鮮やかな三人(いろ)
瞼が重い
眠気を誘う誘惑には抗い跳ね返す

(マリアは辛い事や恐怖、哀しさから逃げる事も
忘れる事も無くなった
受け止めきれなかった過去や思い出も
今はもう
大丈夫
ベリア(絶望)はマリア(希望))
マリアは一人ではないから

アレクシスとヴォルフガングへ(二人の瞼に星屑の粒子乗せて)
おまじないよ

後衛
華やぐ詩(うた)を謳い竪琴で綺麗に奏でる
前を往く二人にも届いて欲しい
旋律に想いを乗せて信じて送り出す
眠気は無い
音の誘導弾で二人の死角を潰す
UC使用
敵が召喚した山羊を音で射抜く


ヴォルフガング・ディーツェ
【聖晶狼】
共食いとは、ね(名残惜しげに2人の指を解き、皮肉に唇を吊り上げ)
君らが喰らった可能性、未知を歩む命達…早々に手放し給え

ゆこう、アレス、マリア

眠気はゆらり、瞼に掛かるが…

…マリアの歌が聞こえる
瞼の星屑はとても温かで優しい
…君は、幾つもの日々を背負い此の星を灯したんだろう

迫り来る異形達はアレスが捌いてくれる
幽冥を照らす暁の剣
それが、君が長い闘いの間に得た光なのか
優しくも堅牢な誓いの色

…ならば俺は、その献身宿す刃となろう
残像を纏い幻惑し敵陣に踏み込み【指定UC】
異形腕で引き裂き、返す刃で光の魔力纏う尾で叩き潰す

頭を垂れよ、異形の獣
これ以上何も奪わせん…それがこの花と、彼等に捧げる俺の願いだ


アレクシス・ミラ
【聖晶狼】
アドリブ◎

名残惜しいが…本来の目的を果たしに征こう

眠気は感じるが
揺れる花が
励ましてくれてるようで…
(…僕自身も「僕の花」だと想うようになったネモフィラは
僕の『剣』へ、一緒にいると…側で守ると誓い、幸せの願いを託した六花は
心の中でも咲き続けて欲しいんだ)
…ああ、守るよ

【天誓の暁星】で誓いとおまじないを力に
2人の盾となろう
敵の前に出て光属性纏わせた剣と衝撃波で先制
僕へと意識を惹きつけよう
向かってくれば盾からオーラ…『閃壁』で全て受け止め
押し返し隙を作り出そう
2人に攻撃は通させないよ

…詩には確かな希望を
刃にはつよい願いを感じる
花のように想いは様々
だからこそ…喰わせはしない
守らせて欲しいんだ



「共食いとは、ね」
 なんて皮肉だ。
 現れて早々に見せられたものにヴォルフガングは唇を吊り上げ、名残惜しげにマリアドールとアレクシスの指を解く。出来れば、交わした秘密と穏やかに触れていたかったけれど。
「君らが喰らった可能性、未知を歩む命達……早々に手放し給え」
 ゆこう、アレス、マリア。
 狩人めいた笑みを浮かべたヴォルフガングの声に、アレクシスも、その表情を騎士のものへと変えていた。
「……ああ。本来の目的を果たしに往こうか」
 名残惜しいと思ったことは偽れない。けれど、誰かの花を踏み荒らそうとする獣たちがいる。蹂躙の蹄が鳴る前に、ここで全てを止めなくては。
 一面の白を見つめていたマリアドールはこくりと頷き、決意の微笑みを浮かべた。
 残念だが楽しい秘密の時間はお終い。二人に咲いた花は心に刻んで仕舞ったから、後はこぼれ落としてしまわないようにしなくっちゃ。
「ええ、行きましょう」
 白に染まった庭にて咲く鮮やかな三つの彩。共に在ればどんな困難だって乗り越えられるから、瞼を重たくする眠気と、眠ってしまえと囁くような誘惑に何度でも立ち向かえる。
(「マリアは辛い事や恐怖、哀しさから逃げる事も、忘れる事も無くなったわ」)
 受け止めきれなかった過去や思い出も、今はもう、大丈夫。
 ちゃんと受け止められる。向き合える。
 ベリア(絶望)はマリア(希望)。マリアは、一人ではないから。
 感じ始めた眠気に、アレクシスもまた花と共に立ち向かっていた。抗う心に、揺れる花が励ましてくれているようで――自然と、やわらかな笑みが浮かぶ。
(「……僕自身も『僕の花』だと想うようになっていたな」)
 ネモフィラをそう言い出したのは自分の『剣』で。そして大切な『剣』へ“一緒にいる”と――側で守ると誓い、幸せの願いを託した六花に抱く想いが溢れ出す。
 心の中でも咲き続けて欲しい。
 それを蕾の内に閉じ込めるなんて、どうしたって出来なかった。
(「……ああ、守るよ」)
「アレクシス、ヴォルフガング」
「ん?」
「何だい?」
 きょとりとした一瞬、瞼に星屑の煌めきが降り注ぐ。
 贈り主のマリアドールは「おまじないよ」と笑って、そっと後ろに下がった。唇から華やぐ詩を紡ぎ、指先は竪琴から美しい音色を奏でていく。
 ゆらりと瞼にかかっていた眠気が晴れ、聞こえ始めた歌は素晴らしい目覚めとなってヴォルフガングの狼尾を揺らした。瞼の星屑も、とても温かで優しくて――それを紡いだ少女の方を一瞬だけ振り返る。
(「……君は、幾つもの日々を背負い此の星を灯したんだろう」)
 それはきっと、マリアドールが持つ“秘密”の中。
 いつか触れる時が来るとしても、それは今ではないのだろう。――特に、土足で踏み荒らそうとする虹の蹄がそうだ。
 空を翔る虹の弾丸となるのなら、その全てを自身を盾として防いでみせる。
(「奪わせない。花も、二人も――!」)
 朝空の瞳に誓いを星として灯し、光り輝く剣を手に前へ。
 アレスの堂々とした動きは、眩い剣も手伝って、びゅうびゅうと空気を咲いて翔け回る虹色からはよく見えただろう。清らかな光を浴びてほのかに揺れるネモフィラは、地上の星と思えたかもしれない。
 喰らえばどれだけ取り戻せるか。
 喰らった花の味わいは、どれほどのものか。
 ぐるりと大きく空を翔けた虹色がごうっと音を立てて降った。未だ地上に――三人からやや離れた位置にいた骨羊が喚んだ骨獏と骨山羊も、積もった花びらを蹴散らし迫る。
 ガァンッと強く響いた音が、一回、二回――更に続く。
「一匹も通しはしない!!」
 虹骨の体が吹き飛び、斬られ、光の剣筋が夜の中にうすらと残る。構えた盾にも光は宿り、堅牢な守りはネモフィラが咲き誇るほど強まった。
 揮われる暁の剣が、幽冥を照らし続ける。
(「それが、君が長い闘いの間に得た光なのか」)
 なんて優しくて――堅牢な誓いの色だろう。
 穏やかで平和な世界に生まれたなら。浮かびかけたものをヴォルフガングは払う。きっとかの青年なら、どこに生まれたとしてもこの輝きを放ったに違いない。
(「……ならば俺は、その献身宿す刃となろう」)
 狼の瞳が空中翔る虹を捉え――その姿を朧気に増やした。
 喰らおうとすれば、確かに捉えた筈の姿が擦り抜ける。それに混乱を浮かべるようでは、魔獣となった異形腕の一閃を受け止められはしない。
 繊細な砂糖細工のように虹骨は引き裂かれ、隙をついたつもりで飛びかかってきた別の一匹は、光の魔力を纏わせた尾が虹骨の全身を容赦なく叩き潰していく。ガラガラバキンと呆気ないほどに。
 騎士と人狼。二人の戦う姿は無数の虹色を前にしても決して色褪せず――二人を信じて送り出したマリアドールの意識に眠りが侵入する隙は、どこにもない。
 信頼に満ちた眼差しが虹色を次々と捉え、竪琴から紡いだメロディが二人の手が届かぬ位置にいた骨山羊を潰していく。煌めく音は骨山羊の求める花ではないけれど――豊かな音色に射抜かれたなら、たちまち魅入られ落ちていくのみだ。
(「……感じる。詩には確かな希望を、刃にはつよい願いを」)
 花のように想いは様々で、きっと、自分が知らぬ花の分だけ、まだ見ぬ人の分だけ増えていくのだろう。だからこそ――。
「喰わせはしない。花も、想いも……!」
 咲くまでの過程。咲いた時の感情。それからまた新たに咲く、何か。
 その全てを守りたい。守らせて欲しい。
 アレクシスの剣は光と共に閃き続け――。
「頭を垂れよ、異形の獣。これ以上何も奪わせん……それがこの花と、彼等に捧げる俺の願いだ」
 ヴォルフガングの異形腕が最後の一匹を左右に引き裂けば、溢れるほど周囲にあった虹色全てが夜の闇にとけ――宿主とされていた住民たちが、すやすやと眠る姿で戻ってくる。
 ほ、と安堵を浮かべたマリアドールとアレクシスは顔を見合わせ、くすりと笑ってヴォルフガングに駆け寄る。不思議そうな、若くも年長者たるその手を取って、小指を絡めた。
「あら。マリアだって同じ気持ちよ」
「僕も、と言わせて欲しいな」

 奪わせない。
 守る。

 交わした秘密に、約束を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エルナ・ミューレン
痛ましい町の様子に、思わず眉をひそめる
色は、綺麗なのに
まるで亡者ね
かわいそうに

だけど、この花はやれないの
この花はあの方と同じ色
あの方だと見立てて、私は景色を瞳に映した
だから、この花に触れることは許さないよ
こうして守ることで、過去がなくなったことにはならないけれど
二度も失いはしない

不思議、身体が軽い。動きがよく見える
氷(属性魔法)を纏わせたアストラで、虹色骨獏と虹色骨山羊を相手する
力技ではなく、素早さで攻撃をいなしながら
関節などを突いて動きを鈍らせられたら
とはいえニ対一では、長くは持たないね
いいの、本命はあっちだから
飛ばす花嵐で、虹色夢の骨羊を食らうように舞わせて攻撃するよ



 この町ではきっと当たり前のように眠ることが出来て、食事が取れて、休めて、遊べて――そう感じる町並みに生活感と同じくらい、争いの跡が刻まれている。痛ましい様に、エルナは思わず眉をひそめた。
「色は、綺麗なのに」
 呟き見やった先では、骨そのものに虹色を宿して明るく輝く獣たちが行く手を塞いでいた。中には苛々した様子で塀の低い位置を蹴っている骨獣もおり、塀、生け垣、店の正面とあちこちに残る傷跡をつけた犯人だと察するに十分。
 それだけではない。
 ここで暮らしていた筈の妖怪たちは皆、あの虹色に取り込まれてしまった。
 がり、ごり。蹄がゆっくりと地面を擦って低い音を立てた。骨羊たちは頭を低く、または落ち着かない様子で動かしながら、エルナの左目を優しいピンク色で飾る薔薇を凝視する。
 自分たちには花がない。咲かない。だから美しく咲いたその花が眩しい、何としても喰らいたいのだと、重たく暗い空気を垂れ流しながら骨獏と骨山羊という新たな虹骨の獣を次々と現した。蹄の音がいくつも重なり、雷のように低く伝わる。
「まるで亡者ね。かわいそうに。――だけど、この花はやれないの」
 指先で触れた左目の薔薇は唯一の主と同じ色。それを今は亡き主と見立て、エルナは花溢れる幽世の夜を瞳に映した。この薔薇はただの薔薇ではなく、遠くにいかせてしまった『あの方』と繋がる花。
「だから、この花に触れることは許さないよ」
 アストラを抜いて構える。
 こうして守ることで喪失の過去は無くなりはしないけれど。
「私は、大切なものを、二度も失いはしない」
 冴えた刃に凍てつく力を纏わせ、一気に駆ける。た、た、と地面を蹴って――目を瞠った。不思議なほど体が軽く、眩すぎて混乱しそうな虹色の一つ一つがよく見える。これが、話に聞いた花の力か。
(「……姫様に応援されている気分ね」)
 薔薇を通して見られているようで――そう思うと、より力が湧いた。
 エルナの足が素早く、鋭く、地面を叩く。ステップを踏むように虹色の中を巡り、突進をいなした虹骨の関節に次々と見舞う突きが、花降る夜に蹄とは違う澄んだ音を響かせた。血気盛んに駆けて跳ねていた骨獏も骨山羊も、関節をやられて動きを鈍らせる。それでもエルナとエルナの薔薇を求め、体を引きずってごりごりと音を立てた。
(「今なら、一瞬で倒せるけど」)
 本命は別の虹色。獏でも山羊でもなく――その、ずっと向こう。
「鈴蘭は、好き?」
 ほろり。アストラの青がほどけ、白く小さな花嵐となって舞う。
 それは周囲の虹色全てを覆って――彷徨うばかりの悪夢をも、優しく包み込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
【猫ひげ】

あんなに鮮やかなのにね
食べるものがこれしかないんだね
憐れみ含んで笑う

――『私』なら
可哀想って、この花を摘んで救おうとしたかな?
思ってる内に行動に出てたみたい
あはっ、ちおりちゃんまた尻尾膨らんでる
かわいい~冗談だよ
カスミソウは食べられる前に手のひらの中へ

だって渡せないもの、とは口に出さずに
『私』が好きだと云った花
たぶん云っていたのとは少し違う
似ているに過ぎない小さな花
永きを往きても
それっぽっちか数えるぐらいしか『私』を知らないから
か細い繋がりのひとつとして
この花を咲かすのだ

だから虹色の獣は
麻痺した隙を狙って本体ごと【私刑】に処す

ちおりちゃん?
なんだか君が隠れた気がして
そっと顔を覗き込む


橙樹・千織
【猫ひげ】

見た目が…凄いですね
敵の姿に思わずぽつり

花への…想い
撫子は異なる姿でも同じように髪を彩る
それは嘗ての…前世の自分とも同じ
今の私と前世の私を繋ぐひとつであり
境を曖昧にするものでもある

撫子は私が私であるためのもの
私の戒めとなるもの
この花をお前に渡すことは無い
糸桜のオーラ防御を自分とロキさんにかけ敵を見据える

て、ちょっとロキさん
何故渡そうとしてるんです!?

不穏な虹はお断り
なぎ払い、放つ衝撃波は麻痺を呼び
焔華が咲き綻ぶ

あぁ、そういうこと…
落ち着いて
ふと想い浮かんだそれぞれの花言葉に苦笑を零す
それは
曖昧な私が言えるはずが無いものだったから

だから

ん?なんでしょう?
そっと糸桜の奥にしまって微笑むの



 花降る幽世の夜を暫し楽しんだ後に訪れた町で、今宵見た風景や色を丸ごと吹き飛ばし塗り潰すようなものと出会った千織がまず思ったことは、「見た目が……凄いですね」だった。
 骨だけの体は明るく光る虹色で、眼窩に目玉はなく、代わりのように光を浮かべた骨の羊たち。一匹いれば明るく、二匹以上になれば虹の光で賑やかに。骨を鳴らし始めれば、実に喧しく――花のまじないも重なって、少々眠い。
 思ったことを意識する間もなくぽつりこぼした千織の隣では、ロキは金色の目を緩やかに細め、現れた虹骨の羊たち「へーえ」と眺めていた。
「あんなに鮮やかなのにね。食べるものが『これ』しかないんだね」
 降ってきた花びらを掌で受け止め、一つを摘んでこっそり口の中へ。特に味はしないこれを熱心に食べるの? 憐れみ含んで笑う胸の内、思い浮かぶのは共にひとつであった頃の破壊神。
(「――『私』なら、可哀想って、この花を摘んで救おうとしたかな?」)
 花が咲かないと嘆いて飢えて求める骨羊たちの為、『私』は、何をするだろう?
 骨羊たちが抱く花への想いは、欲しいのに手に入らないものへの飢餓と渇望。隠そうともしない気配からそれはわかり易すぎるほど伝わってくるけれど。
(「……では、私は?」)
 千織は増え始めた虹色の群れ、獏と山羊を見据えながら考える。
 首には虞美人草、降る花びらは八重桜に。髪に咲いた撫子は嘗ての――前世の自分と同じように自分の髪を彩っている。異なる姿だというのに咲いた花は同じ。それは今の自分と前世の自分を繋ぐひとつでなり、ふたつの境を曖昧にするものでもある。
 その花に、今、自分が想うものは。
「……この撫子は私が私であるためのもの。私の戒めとなるもの」
 告げた声は凛と。向ける眼差しには揺らがぬものを。
 撫子咲かせた髪が静かに揺れた。光を灯すように糸桜の守りが咲き広がり、二人を厳かに包み込む。ガゴッと地を蹴って飛びかかってきた骨獏と骨山羊は、糸桜に阻まれ二人には届かず――けれど。
「て、ちょっとロキさん! 何故渡そうとしてるんです!?」
「ん?」
 すぐ近くまでやって来た虹骨の獣、飢えて彷徨うものへと伸びかけた手には、蕩ける金色を覆って咲いていた霞草があった。
(「思ってる内に行動に出ちゃったか」)
 すぐに咲いた霞草で目の表情は見えないけれど、ロキは「あはっ」と楽しげに笑って糸桜の内側に手を引っ込めた。ごめんごめんと両手を合わせて数歩下がる。
「ちおりちゃんまた尻尾膨らんでる」
「膨らみもします!」
「かわいい~冗談だよ」
 だって渡せないもの。
 とは、口に出さぬまま。
 くすりと笑うその向こうでは、守りに払われた虹骨の獣たちが足にぐっと力を入れ再び向かってくるところだった。守りを無理矢理にでも越えようとするのを察し、千織はぐるんと黒壇の柄を回転させた勢いで不穏な虹を纏めて薙ぎ払う。
 軌跡のままに放った衝撃波が骨獏と骨山羊たちの四肢をびりびりと侵し、ふつりと咲いた炎の椿華が、花びら舞う世界を縦横無尽に翔けていく。
 虹色の骨に触れた椿華がより強く輝けば骨が熔け――綺麗だなあ、なんて眺めていたロキの中に再び『私』が浮かび上がる。霞草は『私』が好きだと言っていたけれど。
(「たぶん云っていたのとは少し違う」)
 自分の両目を可愛らしく覆い尽くしたこの花は、『私』の好きな花に似ているに過ぎない小さな花だ。
(「永きを往きても、それっぽっちか数えるぐらいしか『私』を知らない」)
 だから、か細い繋がりのひとつとして、この花を咲かせていく。
 だから、咲かせた花をやれない代わりに、別のものを与えていく。

 ――壊そう

 霞草の下、蜜彩の眼差しと共に向けた意思は座標に。
 捉えられた骨獣たちの足元、虹色映る地面に落ちた影が私刑を放つ。
 足元から殴りつけられたかのように、虹骨の身がざんッ、ざんざんッと次々に跳び上がった。影より現れた無数の黒、不揃いで歪な黒槍が破壊の意思を宿した眼差しが向くままに、黒槍が骨獏と骨山羊を貫き虹色から輝きと鮮やかさを奪っていく。
 なぜ花を渡そうとして、そしてあっさり引っ込めたのか。
 虹骨の獣たちを、次々に壊していくのか。
(「あぁ、そういうこと……」)
 炎の椿華と黒槍が羊へと通じる道をいくように翔けて、生えて。そして本体である骨羊全てが失せて静かになっていくさなか、千織は心を落ち着け、ふと浮かんだそれぞれの花言葉に苦笑をこぼした。

 撫子。虞美人草。そして、霞草。
 それぞれが持つ言葉は、曖昧な自分が言えるはずの無いものばかりだったから。
 だから。

「ちおりちゃん?」
「ん? なんでしょう?」
 居ることを確かめるように、そっと覗き込んできた霞草。けれど、かすかに感じた何かは糸桜の奥にしまわれて――微笑みだけが、甘くやわらかに咲き誇る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

バンリ・ガリャンテ
心結【f04636】と

あなたがたの虹色、綺麗だぜ。
虚ろの骨どもには勿体無い彩りよ。
だからねぇ俺たちの徴まで欲しがりなさんな。
己の鎖骨に触れて告げる。これはやれないの。
心結の首筋に触れて見据える。これは絶対に、やれないの。

「好きだ」と俺を求め、触れて下すったんだ。
俺の欲望が健気に咲いて彼女の心をとらえたから。俺は今この様になりたかったのだ。愛らしく震え、求める女に。
降って湧いた素敵な「仕掛け」を、心覚えを、食い荒らされる訳にはいかない。

【HEAR ME】
聴いて。あなた方には何も要らない。何者でもないものには、何も。
桜の花が踊る前触れに、それを教えてあげるから。


音海・心結
バンリお姉さん(f10655)と

骨になっても花を求めるのですか?
……虹色、綺麗
みゆの好きな色です
……ですが、バンリお姉さんに触れないでください
触れる首元に指先を絡ませ、愛おしそうに
――みゆのものです

バンリお姉さんの鎖骨でひと際強く咲く花
綺麗で儚くて独占したくて、誰にもあげたくない
食い荒らすのは勿論、大事に取っておくのだとしても
自身の首輪のように咲く花はそんな想いが籠もって咲いたのかも、なんて
しかし、一牙向けばそれは猛獣にもなりうる危うさを兼ねて

【偽りの天使】
踊り、時に舞う
ふたりで歌ったらそれはきっと
大切なバンリお姉さんには近寄らせませんよ
ほら、みゆのお花が欲しいんでしょう?



 花降る夜の下、妖怪たちのいない町に現れた骨羊たちの色と光が、夜を照らし、バンリの瞳にきらきらと映る。一匹二匹三匹――随分と多い。仲はそれほど良くなさそうなのに。けれど。
「あなたがたの虹色、綺麗だぜ。虚ろの骨どもには勿体無い彩りよ」
 バンリが口にしたのは心からの讃辞。偽りのない言葉。
 だからこそ、続けた言葉にも想うままの全てをのせた。
「だからねぇ俺たちの徴まで欲しがりなさんな」
 桃色の花びらに目を細め、自分の鎖骨に触れる。
 愛らしい形をして咲くピンクのバーベナが、やわらかに指先を擽った。
「これはやれないの」
 心結の白い首筋に触れ、群れた虹骨を見据える。
 首筋全体を覆って、ふわふわと咲き綻ぶ薄桃色の桜たち。
「これは絶対に、やれないの」
 すぐ傍で紡がれた言葉と触れてきた指先に、心結は骨羊たちをじっと見て瞳をぱちりとさせた。人の言葉を喋らないから何の用かと思いましたけど。そゆことです?
「骨になっても花を求めるのですか?」
 骨の体に浮かぶ色は、明るく濃く、鮮やかなのに。
「……虹色、綺麗」
 みゆの好きな色です。
 ふにゃりと笑って言ったそれに嘘はない。
「……ですが、バンリお姉さんに触れないでください」
 それ以上に、たった今告げたものの方が遥かに大切なことだった。
 心結は触れる首元に指先を絡ませた。甘い彩浮かべて自分を見る眼差しに、瞳を細め、愛おしそうに笑い返す。
「――みゆのものです」
 バンリの鎖骨で一際強く咲く花。
 綺麗で、儚くて、独占したくて、誰にもあげたくない。
 あの骨羊たちが食い荒らそうとするのは勿論、どこかの誰かが欲しがって大事に取っておくのだとしても。それを良しとは出来ない。嫌です、駄目ですよと笑って。そして、決して認めはしない。
「な? だから、欲しがられても困るんだ」
 バンリはうっとりと目を細め、噛みしめるように自身に咲いた花に触れる。
 『好きだ』と自分を求め、触れて下すった。自分の欲望が健気に咲いて、心結という少女の心をとらえたからだ。それを思うと、胸の内にじわじわと溢れる想いがある。水が脇、乾いた表を潤しながら広がっていくようだ。
(「ああ。俺は今この様になりたかったのだ。愛らしく震え、求める女に」)
 降って湧いたこの素敵な“仕掛け”を、心覚えを、喰い荒らされる訳にはいかない。
 幸せそうに微笑むバンリに寄り添われながら、心結も花への想いを宿らせていく。
 首輪のように咲いたこの淡桃桜には、“独り占めしたい”というそれ一色の想いが籠もって咲いたのかも。なんて。
 けれど、一牙向けばそれは猛獣にもなりうる危うさを兼ねていた。
 想いのほどを考えず、知らぬまま触れたらどうなるか?
 ――たちまち八つ裂きにされてしまうかも。
 ああだけど、骨だけの体であれば裂く肉はないのだから、きっとバラバラになるだけだ。バラバラになった後、無事にくっつく保証はどこにもないだけで。

 それでも骨羊たちは花を求め、元の姿を求め、喰らってきたもので自身を覆っていく。

 小さな足音が走る時のそれになり、やがて駆けながら空へと虹骨の羊が舞い上がる。ふわりと浮いた体はすぐにこちらを翻弄するような軌道で飛び回り、速度はぐんぐん上がっていくばかり。
 せっかちだな。
 バンリはくすりと笑って、空いている手を夜空で暴走する骨羊らへと向けた。
「聴いて。あなた方には何も要らない。何者でもないものには、何も」
 桜の花が踊る前触れに、それを教えてあげるから。
 そう告げたバンリの眼差しが心結に向けば、心結は「えへ」と可愛らしく笑って目を閉じる。その背にふわりと広がった白翼の眩しさにバンリが目を細め、いってらっしゃい、と差し伸べた手に心結の手が重なり、羽ばたいていく。
 花びら降る夜空にバンリの歌声が響き、そこに桜の花と踊る心結の甘い歌声が重なった。機を見て二人を襲おうと夜空を駆け回っていた骨羊たちの意志は、想い合う二人の歌声にひたひたと侵されて。ピシャンッと迸った音符形の電撃に貫かれれば次々に墜落し、ガランガラランと骨の音を響かせ、終わっていく。
 二人で歌うひとときに身を任せていた心結は、高く高く飛んでひとまず逃れようとする骨羊数匹に気付いた。逃げて、そして? きっと歌が途切れるか終わった時に、花目掛け急降下するのだろう。
「大切なバンリお姉さんには近寄らせませんよ」
 駄目なものは、駄目。
「ほら、みゆのお花が欲しいんでしょう?」

 そっちじゃなくて、こっちですよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

飴屋坂・あんか
【飴星】
うげ、この花全然取れんな…つうかうざくらし!
歩きづらいげんけどー

あーあー、ひっでぇなぁ
喰い散らかして喧嘩して
ほんでも満たされんげんから、しんでぇよな

イシャちゃんイシャちゃん、あれ羊や多分
動物ならなんとかならんけ
無理?ほうかぁ…ってうお、こっち来たってええーい動けん!

あーもう、本当やったら花のひとつふたつ
いくらでもお前らに食わすげんけどなぁ!
(感情は「面倒・苛立ち」)

液晶を向け問う

なぁ、羊さん達
花を喰らって、ほんとに『自分に戻れる確信』があるんか?
どうせ無理やって、わかっとれんろ
【精神攻撃、生命力吸収

無数の飴を羊に放る
花よりもっと甘いやろ、眠る前に喰いまっし
この子の歌ならよう眠れる
【慰め


イシャ・ハイ
【飴星】

「La……」

あんか様
彼らにワタシの言葉は聴こえないみたい

夢見る羊、虹色のアナタ様
思い出せない記憶を取り戻したいのね

でもだめよ
ワタシの花は、星のように輝いているから
アナタ達の眠りでは、きっとあの人に逢えない
手放したりできないわ!
※感情:恋・憧憬・執着

「La、La♪」

歌で招いたお友達の背に乗って、羊達の群れを駆け抜ける
その爪で、牙で、咆哮でさよならを
【動物と話す、動物使い、騎乗

ああでも
花冠が零れないよう気をつけなくちゃ

あんか様の質問は
いつもよくわからなくて難しいわ
虹の羊達もきっと
骸の海で眠れなくなってしまうから

おやすみなさいの歌をあげましょう
ほんとうのアナタに逢えるように
【歌唱、祈り、慰め



 世界の終わりにしては綺麗な夜だと思っていたが、黒百合を咲かせたまま歩き続けるというのは、あんかにとってはなかなかにアレだった。つまずきかけること、何度目か。うげ、と口をへの字にする。
「この花全然取れんな……つうかうざくらし! 歩きづらいげんけどー」
「La……」
 あんか様、大丈夫?
 ひょこりと顔を覗いてきたイシャに、あんかは大丈夫大丈夫と片手をぴらぴら振る。
 足に咲いて足首にぐるりと巻き付く黒百合たちには困ったものだけれど、それ以上に気を付けた方がいいものがゾロゾロと顔を出していた。
「あーあー、ひっでぇなぁ」
 ふわふわの毛も、温かな肉も血もない、骨だけの羊たち。通り過ぎてきた町並みに刻まれた、いかにも“ここで一悶着ありました”な痕跡は、穏やかじゃない空気を垂れ流す虹骨の羊たちによるものだ。
「喰い散らかして喧嘩して、ほんでも満たされんげんから、しんでぇよな」
 そしてその矛先が、今まさに自分たちへと向けられている。
 ――しんでぇ。
「イシャちゃんイシャちゃん、あれ羊や多分。動物ならなんとかならんけ」
「La……」
 随分とぴかぴかした変わった羊だが、羊は羊。元を辿れば動物ならば、と可能性をつかもうとしたあんかの為、イシャは一言二言話しかけ――しゅん、と肩を落とした。
(「あんか様。彼らにワタシの言葉は聴こえないみたい」)
「無理? ほうかぁ……」
 なら仕方ない。でもどうするか。――と考えかけていた表情が、くしゃくしゃ髪の下で「うおっ」と仰天する。
「こっち来たってええーい動けん!」
 本来ある筈の濃厚な香りがないのは大変いい事だけれど、どうせならもっとおとなしく咲いてほしかった。
 巻き付いている黒百合にあんかが奮闘する間に、ドドドと駆けてきた骨羊たちが頭蓋を降って眠りの音を響かせる。そこに宿る骨羊たちの願いに、イシャは星空の瞳をぱちっと瞬かせた。
(「夢見る羊、虹色のアナタ様。思い出せない記憶を取り戻したいのね」)

 でもだめよ。
 ワタシの花は、星のように輝いているから。
 アナタ達の眠りでは、きっとあの人に逢えない。

(「だから、手放したりできないわ!」)

 小鳥たちにちょっと啄まれても、何度も咲いて頭を飾ったスノーフレーク。
 イシャは小さく愛らしい花々から愛しい人への想いを花開き、くるくる回って想いを歌声へと変えていく。
「La、La♪」
 ここよ、こっちよ。歌声に招かれた『お友達』がイシャの前へと滑り降りれば、降っていた花びらも波のようにぶわあと揺らし、花を欲しがる骨羊たちをどーんっと跳ね除ける。
 ガラガラゴッシャンと転がった骨羊たちは静かになり――しかし跳ねられずに済んだ骨羊たちが、もっと音を、もっと眠りをと骨の音を重ね始めた。“響く”を超えて“轟き”始めたそれに、イシャは両手の人差し指を交差させてペケを伝える。
 何度お願いされても、だめなのよ。
 そう伝える代わりに陸統べる幻獣と共に駆け抜け、爪と牙、咆哮が次々に『さよなら』を紡いでいって――、
「La……!」
 どうっと強く跳ねるように駆けた拍子、ふわり浮きかけた花冠を押さえる。
 零れないよう気をつけなくちゃ。
 ――そういう余裕は、もう一方。あんかの方には、ちょっぴりなくて。
「あーもう、本当やったら花のひとつふたつ、いくらでもお前らに食わすげんけどなぁ!」
 黒百合に巻き付かれて、思うように動けないことの面倒さと苛立ちと言ったら。
 はーっと強めの溜め息を吐いて、顔にかかった癖っ毛を左手で掻き上げる。右手は淡い碧色――スマートフォンを掴み、その液晶画面をぐいぐいと骨羊らへと向けた。
「なぁ、羊さん達。花を喰らって、ほんとに『自分に戻れる確信』があるんか?」


 どうせ無理やって、わかっとれんろ。


 言葉を持たない骨羊たちでも本能や感情は存在していて。そこに突きつけられた、誰もが口にしなかったそれがどうしようもない刃となって突き刺した瞬間、スマホから溢れた妖の成り損ない――名前を何というのかもわからない群れが、骨羊たちへと次々に飛びついた。
 どうせ無理なんだから、こっちにおいで。
 そう語るように引き摺り込もうとする不定形な躰と、くっつかれた虹色の骨。『お友達』とすっかり駆け終えたイシャは、大きな背に乗ったまま、あんかが沢山の飴を骨羊たちへと放るのを見つめていた。
(「あんか様の質問は、いつもよくわからなくて難しいわ」)
「花よりもっと甘いやろ、眠る前に喰いまっし。この子の歌ならよう眠れる」
 けれど、飴をあげた理由はわかる。
 難しい質問が忘れられず、骸の海で眠れなくなってしまわないように。イシャは『お友達』の背で細い両足をふらふら遊ばせながら、眠れる魔法を紡いでいく。

 おやすみなさい。
 おやすみなさい。
 そしていつか、どうか、ほんとうのアナタに逢えるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『金・宵栄』

POW   :    壊魂の紅
【“己の宿願を叶える”という執念 】を籠めた【紅鞭】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【魂】のみを攻撃する。
SPD   :    「お前の宝は何だ」
対象への質問と共に、【自身の満たされない心】から【月のような金色毛並みの猫(人間大)】を召喚する。満足な答えを得るまで、月のような金色毛並みの猫(人間大)は対象を【鋭い牙や爪、金色のオーラ】で攻撃する。
WIZ   :    月禍の夢
【瞳と声、紅鞭での攻撃のいずれか又は全て】から【記憶・精神を侵す強烈な催眠術】を放ち、【“最も大切なものが奪われた”と思わせる事】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠汪・皓湛です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●花の名前
 ふいに吹き込んだ風が黒い花びらを連れてきた。だがそれは、全ての虹色を還し終えた猟兵の周りで変化したものではなく、すやすや眠る妖怪たちでもない。
 どこから来たのかと未だ雪めいて降る白色の先を見れば、風に乗ってやって来る黒色が少しずつ増えていく。それを追って辿り着いたそこは来た時とは逆、町の外だった。
 控えめに聞こえる音は打ち寄せる水のもの。
 そこに映る夜空の深い彩と、月と星の輝き。
 広がっていたのは果ての見えない湖で、降り続く花びらで岸辺には白い境界線が出来ていて――そこに、金・宵栄はいた。宵栄の周りで白が黒に変わり、だが、風で遠く離れても白に戻らない。変わったまま、黒いまま。ひらひらと落ち、宵栄の周りを黒く染めていく。
「猟兵か」
 静かに振り返った男は足元を覆う黒を踏み、紅い鞭を蛇か尾のように静かに揺らす。にこりともしない黄金が、一人一人に咲いた花を見ていくうちに一層冷えていった。どこで――誰から、奪ったのか。右手で握り潰していた鮮やかな碧花が落とされ、黒に覆われすぐに見えなくなる。
「お前達に咲いた花も違うか。……嗚呼、だが、そうだな」
 宝を。花を見付けるその為に、魂を源に咲くよう仕掛けた。ならば、命を賭して戦えば新たな花が咲く可能性もあるだろう。生きるか死ぬかの状況で、命は愉快なほどに熱を持つものだ。そう語った宵栄はうすらと嗤っていた。
「ならば、此処で俺が一度死ぬとしても、確認する価値はある」
 探し求めるものを見付け、手に入れる為なら、自分の命も、世界も消費する。
 そう告げた宵栄の足元から黒い霞めいたものが溢れ始めた。髪と衣、そして足元に積もっていた花びらも、溢れ始めたそれによってゆらりと舞って。
「咲かせてみせろ。お前達の花を」
 黒い花びらが舞う中で、黄金が愉快そうに嗤った。
 
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

確かに俺の大事な思い出と、愛おしい相手の如きそれは俺だけのもの故お前の求める物ではないのだろう
だが、俺にとっては何にも変え難い大事な宝ゆえにとそう愛しげにカンパニュラの花を撫でながら同じ色を持つ愛しい隣の相手へ視線を向けよう
宵、もし眠ったならば起こしてくれるのだろう?
そう笑いながら光の盾を展開しつつ敵へと向き直らんと試みよう

戦闘時は宵に背を預けつつ『怪力』を乗せたメイスを敵へ
前に出護りたい所だが…お前も俺を護るつもりだろう?
ならば、これが一番よかろうと、な

もし己の花、もしくは宵へ敵の攻撃が迫った時は即座に敵へ【穢れの影】を放ち動きを止めんと試みよう
…大事な物に触れんでくれんか?


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

ひとのものを盗ってはいけませんと、教わりませんでしたか?
嗤う敵にそう愉快そうに返したならば
惺さまの大切な花を譲るつもりもないですけどね、と続け

かけられた愛しい相手からの声には
ええ、もちろんです
夢などという曖昧で不出来なものに、僕のザッフィーロを渡してなるものですかと笑いましょう

僕の宝とは、かれです
かれとの思い出とこれからの未来、住まう世界に至るまで
「オーラ防御」を紡いだ「結界術」で自らとかれの身を守りつつ
かれの攻撃に合わせて「高速詠唱」「属性攻撃」を付加した【天響アストロノミカル】にて攻撃しましょう
ふふ、僕にも守らせてくれないと不公平ってものですよ、ザッフィーロ



 咲いた花の中に求めるものは見付からず、ならばと命を賭した戦いの中に次の可能性を見る。宵栄の考えに成る程一理あるとザッフィーロは頷いたが、それ以前に、ひどく当たり前の事柄がひとつある。
「確かに俺の大事な思い出と、愛おしい相手の如きそれは俺だけのもの故、お前の求める物ではないのだろう。だが、俺にとっては何にも変え難い大事な宝ゆえに」
 そう告げた冷静な眼差しは、宵栄から己の手首を包んで咲くカンパニュラへと移りゆく中でやわらかな笑みに変わる。
 花を愛おしげに撫でたザッフィーロの眼差しは、自然、花と同じ色を持つパートナーへ。それを受け止めた宵は眼差しが語るものを感じてくすりと微笑み、共に首魁を見据えた。
「ひとのものを盗ってはいけませんと、教わりませんでしたか?」
「それが俺の宝であったなら、奪うのは当然の事だが」
「……成る程。教わっていない、と」
 宵は愉快そうに言い、冷たい金色を堂々と見返しながら「惺さまの大切な花を譲るつもりもないですけどね」と続けた。この苧環があの男が宝としたものと同じだったとしても、この花は紛れもなく亡き主と自分の花――宝なのだから。
「宵、もし眠ったならば起こしてくれるのだろう?」
「ええ、もちろんです。夢などという曖昧で不出来なものに、僕のザッフィーロを渡してなるものですか」
 愛しいからこその信頼と心地よい独占欲に二人は笑みを交わし、体内を巡る魔力が隅々まで活性させるのを感じながら、より一層咲き誇る花を供にそれぞれの得物を構えた。その様に対し宵栄が浮かべた満足げな笑み、先程告げた可能性に対するものだろう。
「始めるか」
 低い呟きが落とされた瞬間、視界にあった花びらという花びらが一斉に舞った。
 突風を受けたように上昇した数秒の間に何十回も渦を描く、そのさなか。一瞬を花びらごと切り裂くように揮われた紅色を輝き放つ盾が力強く弾き返した。全体をびりびりと震わす盾を挟んで黄金と銀が交錯する。
 面白がる宵栄に対し、ザッフィーロは眼差しを鋭くさせた。今の一撃が宵に当たっていたら宵を襲う痛みはどれ程のものだったろう。痛みではない何かに襲われる可能性は? ――その様なものを、味合わせるものか。
「いい『盾』だ」
 揶揄する声と共に揮われた紅鞭を今度は宵の紡いだ護りが弾く。震えるように響いた強烈な音、衝撃の強さを伝える音を耳に宵は穏やかに微笑んだまま「盾、という一言でかれを表せると思わないで下さい」と言った。
「だが、そこの男がお前の宝とやらなのだろう」
「ええ、そうですよ」
 溢れた眩い月色で白と黒の花びらがふわりと押し流される。宵栄と並び立つ巨大な月色の猫が、宵をひたりと捉えたまま花びらで埋まる岸辺を音もなく歩く。きゅう、と丸い目から宵は一瞬たりとも目を離さない。
 答えるのは二度目だ。だが、何度だって答えよう。
「僕の宝とは、かれです。かれとの思い出とこれからの未来、住まう世界に至るまで」
 答えた瞬間月猫が無言で跳躍した。二色の花びらが乱暴に押しのけられ、鋭い爪が月光を弾く。だがそれは宵の肩にとんっと触れたザッフィーロ――背を預け、ぐるりと回るようにして入れ替わった男の揮うメイスがガキンッと受け止め、即、ボールを打ち返すように遠方へと弾き飛ばす。
「ご満足頂けなかったようですね」
「満足以前の話だ。他人が宝だと?」
 咲いた花。咲かせた花。問いに返った内容。それらを否定した宵栄の頭上、揮われた紅鞭が蛇のように高く上がる。そこに被った唸り声――獣の筈が、どこか人のものにも似たそれが一瞬で距離を縮め、花びら舞うそこを眩い月色を照らしに来る。
 紅鞭と月色の獣。迫る二つは風よりも疾く――が、影からは逃れられない。
「……大事な物に触れんでくれんか?」
 まずは嬲り殺す為に飛び込んできた月猫が。次いで紅鞭から宵栄の腕を。ザッフィーロの足元から溢れ、ぞぶぞぶと覆い捕らえにかかる影に似たそれは数多の罪と穢れを孕んだ黒。
「邪魔だ」
 露骨な嫌悪を浮かべた宵栄の髪が花びらと共に大きく舞った。影を払おうと力を籠め、
「ふふ、僕にも守らせてくれないと不公平ってものですよ、ザッフィーロ」
 轟音。閃光。衝撃。天空より招かれた隕石が月猫を圧し潰し、金華猫の男を呑み込みにかかる。
 髪も衣も滅茶苦茶に翻す衝撃の中、宵は悠々と微笑んでザッフィーロを見た。無事を確かめるような眼差しに、そうだなと銀の双眸は細められて。
「だが、守らずにはおれんのだ」
 不公平を詫びる告白に怒る心などどこにもなくて。
 きみのそういう所も僕の宝ですよと、笑顔が咲く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜
なんでアタシからハマナスが?
って魂から咲いてるのかい。
つまりはこれはアタシの心の現身。
花言葉は……「悲しくそして美しく」だったか。
結局アタシは、あの事を、振り払えずにいる訳か。
いい加減、吹っ切りたいものだけど…
ままならない、って奴なんだろうね。

結局のところアタシの宝は、
きっと「何も変わらない日常」だったのさ。
けれどもそれは、もう戻らない。
アタシ自身が手放しちまったからね。
きっとこの花も咲いていた、あの夕暮れの海岸で。
だからアンタも、その時と同じ業で『送って』やるよ。
この花と一緒に、「アイツ」へ届けてくれるよに。
猫を電撃の『属性攻撃』であしらいつつ、
思念(おもい)を込め聖句を一気に唱え上げるよ。



 ハマナスが咲いた時は、なんでアタシからと不思議だった。地元に咲いていた、遠足の思い出の花だからだろうと納得した。だが、花が魂を源に咲いていると知った今は「違う」と解る。
「つまりこれはアタシの心の現身か」
 もうもうと上がる土煙を油断なく見ていると、降り続く花びらが黒に変わり始めた。
 多喜が素早く身構えたのと同時、土煙の向こうから姿を現した宵栄の足取りはゆるりと静かで――顔の右側では、相変わらず白い睡蓮が咲いていた。
 白い睡蓮の花言葉は知らないがハマナスは“悲しくそして美しく”、だったか。その花言葉がここまで歩んできた旅路に不思議と重なるものだから、多喜はつい、やれやれと溜め息混じりの笑みをこぼしてしまう。
(「結局アタシは、あの事を、振り払えずにいる訳か」)
 失踪した友人を探す為、押し付けられた宇宙バイクを駆って。世界を超えて。猟兵として幾つもの戦いを経験し――そして友を“送った”。あの時に流した涙は既に乾いたというのに。
「いい加減、吹っ切りたいものだけど……ままならない、って奴なんだろうね」
「何の話だ」
「こっちの話さ。来なよ、次はあたしが相手だ」
 不敵な笑みと共に歓迎を示せば、宵栄の目がハマナスに向く。
 その花が魂から咲いた花ならば、何を宝と定める――問いと共に現れた月色の輝きが猫の姿を取り、丸い瞳孔浮かぶ目が多喜を映した途端、猫は全身に金の輝きを纏って飛び出した。
 舞う花を蹴散らす勢いは、大きさと合わせて“愛らしさ”とは程遠い。宵栄の心の現身たる猫に、しかし多喜は笑って思い切り地面を踏みしめる。
 わかる。ハマナスから始まる全てが力となって体中を廻っている。多喜は猫の突進を飛び退き躱し、纏う輝き以上に激しく光散らす電撃を何度も見舞った。
「結局のところアタシの宝は、きっと『何も変わらない日常』だったのさ」
「日常だと」
「そうさ。……けれどもそれは、もう戻らない。アタシ自身が手放しちまったからね」
 きっとこの花も咲いていた、あの夕暮れの海岸で。
「だからアンタも、その時と同じ業で『送って』やるよ」
 答えた時に見せた訝しむ表情。未だ在る月色の猫。
 全てに満足していなくとも――還るべきだ。
 猫を爆ぜる電撃であしらいながら同じ輝きを宵栄の周囲に巡らせる。紡ぐ聖句に思念を、花と『アイツ』への願いも籠めて――花降る夜空の下、巨大な檻が男を呑み込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
見覚えのある立ち姿
アンタとは玻璃の村で以前にも会ったな
きっと覚えていないだろうけれど

…あの時も、何かを探していたな
様子を見るに今回も見つからなかったのか
相手に返答を求める訳でもなく
只そう、語り掛けて

あの時は懐かしい故郷の幻を視せられた
今回も似た様な術を使ってくるだろうか

自分の手に咲く青い花をふと見つめて
いま、幻を視るなら
きっと大事なあいつを思い出すだろう
…けれど、奪われる光景を見るのは御免だ

幻を打ち消すように竪琴の弦を鳴らして
夢や幻でもまた会えるのは嬉しいよ
でもいいんだ
あいつや皆の記憶は、まだ俺の中に残っているから

悪いね、今回も眠って貰うのはアンタの方みたいだ



 檻が、空気を低く“鳴かせた”。
 ウウンと聞こえた音の向こう。檻の内側では白と黒の花びらが空中に縫い付けられたかのようで、しかしよくよく見れば、微かに震えているとわかるだろう。
 不可思議な状態は数秒。ふいに無数の蛇が首をもたげるように紅が躍り、内側から破壊された檻が電撃の名残を散らしながら昇るように消えて――檻が在ったそこから、所々に傷を追った宵栄が黒い花びらを伴って現れた。
「アンタとは玻璃の村で以前にも会ったな」
 宵栄は何も答えず視線だけを向けられるが、ノヴァは構わなかった。向こうはきっと覚えていないだろうし、何かを期待しての言葉ではない。ただ。
「……あの時も、何かを探していたな。様子を見るに今回も見つからなかったのか」
「……そうだ」
 冷たい返答に、ノヴァはほんの少しだけ目を瞠る。
 返答は求めていなかった。ただ、そう語り掛けただけ。
 事実だから返事をしたのか、それとも気紛れか。宵栄が肯定した理由は解らない。白睡蓮をひとつ掴み、握り潰しながら引き抜く心は穏やかではないのだろうと、推測出来るだけ。しわくちゃにされた白はその場に放られ、舞い落ちる黒い花びらに覆われ見えなくなった。
 それでも白い睡蓮は同じ場所に咲き――ふわりと一つ、右の首筋にも現れた。鋭さを増した瞳が黄金の輝きを宿し始める。
(「あの時視せられた幻は、懐かしい故郷だった」)
 声を聞き、姿を見て。目の前で消えていく様を、視せられた。
 ふと手に咲く青い花を見つめる。この花が咲いた今視る幻はきっと、あの時とは違う。
 舞い降る瑠璃色の向こうに現れたものが、予感を現実へと変えた。記憶の中にある姿のまま現れた存在が、どれだけ大事だったかを思い出させる。胸の奥が痛むのは、幻ではなかった。
「……けれど、奪われる光景を見るのは御免だ」
 竪琴から紡いだ音色を幻へと放つ。青い星の瞳は周りの色と混ざり、激しく揺らぐ水面のように輪郭が崩れ――ふつりと消えた。
「自ら消すとはな」
 何よりも大切に想うものではないのか。そう嗤う声は冷たい。しかしノヴァはかすかに笑み、首を振る。
「夢や幻でもまた会えるのは嬉しいよ。でもいいんだ。あいつや皆の記憶は、まだ俺の中に残っているから」
 大切なものは皆、ここに――自分の中に在る。
「……アンタは、そうじゃないみたいだけれど」
 黄金の瞳に怒りが浮かんだ。金の輝きだけでなく足元から溢れる黒色も濃さを増す。だが既にノヴァの旋律は宵栄に触れていた。幻を生む声も紅鞭を揮う手も重く鈍らせて――それでも瞳に浮かんだ怒りだけは薄れず、ノヴァを睨み抗おうとする。
「悪いね、今回も眠って貰うのはアンタの方みたいだ」
 その先に、夢の中に求めるものが在ったなら。
 少しくらいは、穏やかに眠れるだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

愛昼禰・すやり
やあ、黒い花も、きれいねえ
揺蕩う睡魔はいつもの陽炎
だってわたしが現に在る限り、わたしは幽かの夢現
ねえ、ねえ、お前は私と一緒に眠ってくれる?
んふふ、ねえ、お花に包まれて眠るのは、気持ち良いよう

ふわふわのミモザ、すこうしだけ思い出した
わたし、この花が好きだったんだ
花が咲く季節になると、村に黄色が溢れて
みんながにこにこして、社にもってきてくれたりして
しあわせだった
しあわせを持ってくる花だった
だから、私のこころからこの花が咲いて、私はしあわせだ

ねえ、ねえ、お前は?
宝とやらを見つけたら、それでお前はしあわせ?
見つけたらどうするの?満足するの?
満足したら、ぐっすり眠れるの?
そうしたら、永遠に、しあわせ?



 旋律そのものが輝き見えるような音色に、すやりはうっとりと微笑みを浮かべ耳を傾けていたが、残念ながら月夜を映したような音色はお終い。ぱちりと目を開け、滅びを齎した男へ「やあ」と笑いかける。
「黒い花も、きれいねえ」
 くるくると翻るように舞って落ちてくる黒の花びら。本心からのものに殺意もセットで冷たく寄越された眼差しに、すやりはふにゃりと笑った。
 眠気を覚えてはいるものの、優しく揺蕩う睡魔はいつもの陽炎――自分が現に在る限り、自分は幽かの夢現。“これ”と“わたし”にたいして違いはないんだものと、双眸をとろりとさせる。
「ねえ、ねえ、お前は私と一緒に眠ってくれる?」
「断る」
「いや? んふふ、でも、ねえ。お花に包まれて眠るのは、気持ち良いよう」
 宵栄が引き起こした幽世の今はそれに近い。世界が滅ぶオマケ付きではあるけれど。
 積もった花びらを両手で掬って、はらりひらりとこぼして、花の香りを愛で――ふいにかけられた問いと現れた月色の猫に目をぱちりとさせた。
 宝、宝、と歌うように繰り返し、髪を一房指先で掬う。
「わたし、この花が好きだったんだ」
 ふわふわ愛らしい花を見て、少しだけ思い出したのだ。花咲く季節になると村にやわらかな黄色が溢れ、皆が笑顔になり、この花を社に持って来てくれたりもして――ああ、
「しあわせだった」
 “だった”。過去形だ。
 けれど今も、あの頃も。この花はしあわせを持ってくる花のまま。
「だから、私のこころからこの花が咲いて、私はしあわせだ」
 それがこの花。髪に咲いたミモザたちの源。
「ねえ、ねえ、お前は? 宝とやらを見つけたら、それでお前はしあわせ?」
 見つけたらどうするの? 満足するの?
 無邪気に問う体から燐光が溢れ、身を低くし近付いていた猫が苦しげに鳴いて倒れ込んだ。その姿が光の粒になり消え始めると、今度はふいに顔を顰めた宵栄の右手の甲が裂けた。
 肌に刻まれた赤を塞ぐように白睡蓮がいくつか咲き、それを冷たく見下ろした金眼がすやりを無言で睨む。紅鞭が花に覆われた大地を叩き、黒と白、花びらの壁がざあっと舞う。
 けれど男の胸の内も他のこともわからないから、すやりは花壁の向こうへ尚も尋ねた。
「満足したら、ぐっすり眠れるの? そうしたら、永遠に、しあわせ?」
「――嗚呼、そうだな」

 宝を手に入れて、俺は漸く満たされる

 黒かった花びらが白へ。
 舞い踊る花壁の奥、言葉と共に宵栄の気配が遠ざかっていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

征・瞬
欲しい物の為に他のものを犠牲にする、か…自分の命すら…
だが、私は命を粗末にするものは腹立たしく感じるな

自分を犠牲にするというと、初めて会った時の西嘉を思い出すな…
だが、この目の前の男とは決定的に違うがな
西嘉は義を大事にしている
そういうところが、腹立たしくも好ましい…
そして、彼が義や主従と関係なく私を好いてくれたのは
とても嬉しい…(桃の花にそっと手を添えて)
彼を心配させない為にも、さっさと貴様を片付けねばならない
(新しく雪桜の花を右の狐耳の周辺に咲かせながら)

【高速詠唱】【仙術】でUCを使用
敵のUCには【結界術】で防ぐ
奪われたと思わせるならそれでもいいがな、倍で返すだけだ

※ボーナスはおまかせ



 何かが空気を裂く音を聞いた瞬間、頭上から殺気の塊が降ってきた。
 瞬は頭上を確認するより早くその場から飛び退き、凍れる扇を手に身構える。途端、銃声のように響いた音と共に起こった花びらの大波が視界を埋めた。白い花びらが一斉に黒へと変じ、舞い上がり外側へとぐるぐる翻りながら飛ばされて――黒いまま、瞬の後ろへと追い出されるように遠ざかっていく。
 花びらの波が収まれば、そこには“次”を求めてやって来た金華猫の男が一人。
 無言のまま自分へと向き直るその右手に増えている白睡蓮と、流血の跡。その様に、瞬は宵栄の言葉を思い出す。
(「欲しい物の為に他のものを犠牲にする、か……自分の命すら……」)
 宵栄が口にしたそれは、宝を見つけ出すことへの執着心だけでなく、己が骸魂になったことそのものも含まれているのだろう。今のあの男は、何度も死に、何度も甦るものとなっている。
(「だが、命を粗末にするものは腹立たしく感じるな」)
 自分を犠牲にする男を、瞬はもう一人知っている。思い浮かんだ姿は勇ましく、真っ直ぐな眼差しはいつだって心地良い。かの人物は義を大事にし――そして目の前の男とは決定的に違う、ただ一人の自分の従者だ。
 自分を犠牲にする腹立たしさと、義を重んじる好ましさ両方を備えているところには、少々困らなくもないが。
「楽しそうだな」
「私の宝を……従者を思い出した」
 咲きかけた微笑は宵栄の声で氷の如く冷えた。だが、瞬の胸には耐えず従者への想いが湧き続ける。主従という関係。義。それらと関係なく彼は自分を好いてくれたことが、たまらなく嬉しい。それ故に。
「彼を心配させない為にも、さっさと貴様を片付けねばならない」
 氷の扇から山裾を流れる雲のように冷気が溢れ、桃の花に手を添え決意を告げた瞬の狐耳に新たな花が咲く。清らかな色を浮かべた雪桜に降り続く白薔薇の花びらが触れれば、瞬の頭上に冠が現れたかのよう。
 新たに咲いた花に宵栄の目が一時冷え込むが、すう、と目を細め口に弧を描いた。
「そうか、実に従者思いの主だ。ならば――その宝を奪うか」
 金眼が炎のように輝いた。一瞬で翔けた圧は編まれた結界ごと瞬の全身を撫で、黒と白の花びらが再び外へと舞い上がっていく。思わず閉じかけた二色の瞳は、宵栄の足元に倒れ伏す血塗れの武者に見開かれ――。
「……違う」
 あれは幻だ。
 現実ではない。
 だが、だとしても。
「私の従者を傷付ければどうなるか、教えてやろう」
 味合わされた喪失は怒りと荒れ狂う氷刃に変えて倍に――。
 否。それ以上の、冬の嵐へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
あの子の花なら、なんて思い込みの話ですが
それでもね、一度あの子の花だと思ってしまったら渡す訳にいかないんですよ
……だって、あの子。私が自分の危機に動かないなんて、想像したこともないんですもの

そう、動かなかったことなんてなかった
あの子の方がもうとっくに私より強くても、それでも、……それでも、
笑っているあの子の方が好きだから、
……なら、目の前の、これは、
死ぬはずのないあの子が、死んで、
私の、……私の愛しい、あの子が、

頭が真っ白になる
制御なく溢れ出た瘴気と呪詛が男を狙う
彼岸花を覆い尽くして隠し護るよう、橙の百合が、薊が、ロベリアが、黒百合が、鳥兜が、弟切草が咲く、咲く、咲く

……嗚呼、君の何よりの罪だ



 吹き抜けた風はあまりにも冷たく、舞う花びらが一瞬で霜を纏うほど。祝の周りを一斉に翔けた白や黒の花びらも、桜の花びらや紅葉めいたものも皆うすらと白い化粧を纏ったのを見て、祝は目を細めた。
「あら、綺麗」
 冬の名残めいた風に揺れた彼岸花。掌で包んでいた紅の花は小さく揺れたものの、霜に閉ざされることなく咲き続けていて。
「その花に何の価値がある」
 花を包む手を見た宵栄の眼は、未だ気配を残す冷気と同じく冷たい。求むもの以外は価値が無いと断じ――ただ、新たな花が咲くか否かを見定めようとする眼差しに、祝はくふふと笑う。
「あげませんよ。この花も、新たに咲くかもしれない花も」
 この身に咲いたのなら当然、己の花だ。愛いあの子を思わす花であれば、何よりも渡せぬ花となる。故に、如何なる花であろうとやれはしない。
「あの子の花なら、なんて思い込みの話ですが」
 それでもねと祝は囁き、掌の内にある彼岸花を見てくすりとこぼした。
「一度でもあの子の花だと思ってしまったら、渡す訳にいかないんですよ。……だって、あの子。私が自分の危機に動かないなんて、想像したこともないんですもの」
 そう、動かなかったことなんてなかった。
 だから“あの子の花”も同じ。狙う輩、枯らそうとする日差しや冷気。それらが在るのならばこうして護ってしまう。『あの子』の方がもうとっくに己より強くとも、それでも、
(「……それでも、笑っているあの子の方が好きだから、」)
 だからこうして、
「そうか。それが、お前の源か」
 嗤う声がした。
 咲いたとしても渡さないと言ったばかり。祝は笑みながら小首を傾げ、
「……、」
 世界が、止まった気がした。
(「あれは、」)
 誰かが、青年が俯せに倒れている。体の下からは赤い液体が広がっていて、男の足が青年の体を押して転がすと、ぐちゃりと濡れた音がした。ひっくり返された体はどこも真っ赤だ。髪も肌も服も眼も――見覚えのある何もかもが赤くて。
(「あれは、」)
 死ぬはずのないあの子が、
 私の、……私の愛しい、あの子が、
(「死んで、」)
 頭が真っ白になった。表情を失くした瞳が宵栄を映す。嗤う黄金が細められて、けれどふいに顔を顰め血を吐き捨てた。そこに突如稲妻の嵐が突き刺さる。花びらが貫かれる。男も。けれど。
「――違うな」
 稲妻の中でも輝く眼が、彼岸花を覆い尽くし隠し護るように咲いた数多の花を見る。橙の百合、薊、ロベリア、黒百合、鳥兜、弟切草が咲いて咲いて、紅を誰の眼にも触れぬよう包む花は“あの子”への。止まる気配の無い瘴気と呪詛は、
「……嗚呼、君の何よりの罪だ」


 ねえ、よくお聞き
 “   ”の愛い子を殺すなど、嘘でもやってはいけないよ

大成功 🔵​🔵​🔵​

カトル・カール
確かに無差別に花を咲かせるのは効率がいい…が、数を増やしたところで『宝』は見つからないんだろう?
あんたの欲しい、唯一に定めた花がそこらの人間から咲くわけがない。
お宝はどこにあるんだろうな。

紅鞭は見切り、桜織衣で受けてふところ目指す
散華をふるってカウンター攻撃
UCに怪力と2回攻撃を乗っけて

黒薔薇と白睡蓮。綺麗だな、とちらりと思いつつ
宝が見つからないんじゃ無念だろうが、死んでくれ

自分に咲いた赤い蔓薔薇。何かの縁だ、帰ったら鉢植えで育てるか。



 体内を傷つける瘴気。天から突き刺さる稲妻。
 他の猟兵が宵栄に齎したものを見たカトルは、ああいうのを災厄って言うんだろうなとどこか呑気に考えながら、自分へと向いた金の双眸に溜息をつく。
 宵栄が血を吐き、稲妻に貫かれた回数は一度ではない。それ以前に負った傷も複数残っている。しかし、それでも未だ両足でしっかりと立ち、冷たく鋭いままの眼差しを見れば、意識がハッキリしていることは確かだった。
(「……まあ、あの睡蓮の力を利用してるんだろうな」)
 違うと否定した花だ、悪感情を抱いていることは容易く想像出来て――故に、カトルは二度目の溜め息と共に「なあ、あんた」と剣を構えた。舞う桜のずっと向こうで、黒い花びらが降り続いている。
「確かに無差別に花を咲かせるのは効率がいい……が、数を増やしたところで『宝』は見つからなかったんだろう? 俺達に咲いた花も違った」
 自らの命と世界の両方を消費してでも探し出そうとしたもの。命のやり取りの中に咲く可能性を考えたもの。それほどの『宝』が――花が、あったとして。
「あんたの欲しい、唯一に定めた花がそこらの妖怪から咲くわけがない」
 言い切った瞬間花びらの雨がふたつに割れた。黒一色を割ったのは、言葉に収まらぬものを抱え込んだ紅鞭の一撃。それは既に地を蹴った後のカトルの速さに追いつき――だが、捉えていたのはカトルも同じ。
 空気そのものすら圧し潰すほどの一撃を纏う衣で受け、ひらり。花びらが風に乗って翻るように躱し、鉄塊じみた剣で背後から迫る紅の先端を弾く。目指すは此方を殺そうとし続ける男の懐だった。
「あんたのお宝はどこにあるんだろうな」
 舞う黒は薔薇の花びら。金糸の傍で揺れる白は睡蓮の。
(「綺麗だな」)
 討つべき男に現れた花を見、意識を向けたのは一瞬だけ。
「宝が見つからないんじゃ無念だろうが、死んでくれ」
「いいや、まだだ」
 黄金が嗤う。紅鞭自体が生きてるかのように鋭く翔け、宵栄の前で交差する。
 きつく編まれた守り、鞭でありながら盾と化したそれの堅牢さをカトルは直感で知った。だが止まらない。『サフィール』の銘を持つメイスをきつく握り締め、紅の守りへと振り下ろす。
 その紅に、滲むように赤が被った。
 桜枝を飾る蔓薔薇の赤。鮮やかに咲いた自分の花。

 何かの縁だ
 帰ったら鉢植えで育てるか

 そんなことを考えながら、メイスをもう一度。
 紅の守りが割れて――メイスが黒衣纏う体に沈み、鮮血が咲く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花色衣・香鈴
【月花】
嘲う言葉に感じるものが怒りか悲しみかはもうわからなかった
何れと決める必要もないと思った
「…貴方の宝は見つからないと聞きました」
誰からとは言わない
けれど『決して』の意味も込めて毅然と
纏った羽衣の端を掴み、いつでも攻撃できる構えに
この敵に会うのは2度目
今日はきっと大丈夫
「佑月くん、行きましょう」
優しくて温かい貴方の隣で、命の限りにこの身の花たち―現も幻も共に―と咲いていますから
「わたしはきっと死んでも両親の許へは帰りません。けれど、」
双鈴の封印を少しずつ解き、呼び出された猫と後ろの術者へ力を振るう
「大切な人への愛を見失わぬ生き方を選び続ける。わたしが両親の宝であることを間違いにしない為に」


比野・佑月
【月花】
「そう、お前の宝は見つからない」
渇望もその苦しさもわかるよ。でも、だからこそお前のそれは叶わない
他人の花(あい)にそれを探している限り絶対に。

飛鉄短刀『穿牙』を構え香鈴ちゃんの隣に並び立つ
「悪いけどこの花を渡すつもりも汚させるつもりも無いんだ」
彼女を守るためにも手早く片付けたい
猫は同じ傷を執拗に抉り、確実にその肉を削っていく
飛び掛かってくるような奴は刀身の射出とワイヤーの搦手で対処。

俺は犬だから。
彼女の何もかもを救って見せるような王子様にはきっとなれないけど…
「絶対に独りにはしないし手放さない」
自分の宝は奪わせないし隣に並び立つ権利を譲らない
――花の意味を、愛を教えてくれたキミの隣を。



 宵栄の周囲が轟音と共に陥没し、破壊の衝撃は水辺近くの大地だけでなく、そこにあった花びらという花びら全てを跳ね上げ、四方に吹き飛ばした。
 黒い花びらと白い花びらが衝撃の強さ速さを伝えた刹那の後、陥没したそこからひらりと飛んで抜け出た金色の男。形だけの笑みを浮かべ閉じられている口からは、吐かされたばかりの血が一筋。
「存外咲かぬものだな。咲かせた者も、居た事は居たが」
 引き抜かれ、握り潰され、その場に捨てられる白い睡蓮。
 美しく咲いていた花が潰され捨てられる様に、香鈴はずきりと胸を痛めた。
 あれは宵栄の魂を源に咲いた筈のもの。しかし、耳にした嘲う言葉に感じるものが怒りか悲しみかはもう、香鈴にはわからなかった。ただ、“何れと決める必要もない”と此方を見据える金色を受け止める。
「……貴方の宝は見つからないと聞きました」
「何者だ」
 香鈴はあの時聞いた『決して』の意味も込め、一層冷えた眼差しを毅然と見つめ返した。纏う羽衣の端を掴みいつでも攻撃できる構えを取れば、左手甲に咲いたビワがほのかに香った気がして――、
「そう、お前の宝は見つからない」
 佑月は同じ言葉を重ね、自身の得物である短刀を手に香鈴の隣に並び立ち、構える。
 欠けたまま満たされない場所が在る。そこから生まれる渇望も苦しさもわかるよと佑月は言い、「でも、だからこそ叶わない」と言い切った。
「他人の花(あい)にそれを探している限り絶対に、お前の宝は見つからない」
 向けられる黄金の冷たさは触れた瞬間に刺し貫き凍らす氷のよう。顔と右手甲に咲いた睡蓮の白も雪のように冷たく見え――胸の内に花の源が在りながら欠片も“あい”を持たない男に、佑月は不敵に笑ってみせた。 
「悪いけどこの花を渡すつもりも汚させるつもりも無いんだ」
 宵栄の足元からは真っ黒な霞が重たく揺らめきながら溢れる。全身を撫でるプレッシャーは喉を絞めつけにかかるよう。だが、今の自分には花(あい)が在る。苦しくなんて、なるもんか。
「佑月くん」
 静かに咲くように、やわらかに灯るように。
 そんな声に、佑月の獣耳がぴんっと向く。
 香鈴がこの男に会うのはニ度目。あの時と同じ敵。あの時と同じ世界。けれど“今日はきっと大丈夫”と何の引っ掛かりもなく素直に思えた。――その理由は、誰よりも香鈴自身が解っている。
「行きましょう」
 あの時とは違う。ひとりじゃない。
 優しくて温かい貴方の隣で、命の限りにこの身の花たち――現も幻も共に――と咲いていますから。
 ほのかに笑みを浮かべれば、うん、と隣でも同じように笑顔が咲いたのを感じた。
「他人に何の価値がある」
 それは二人が見せたものへの否定であり拒絶であり、嘲りだった。他人も、他人に対し抱いたものにも価値は無く、故に宝とする意味など無いのだと。
「お前達は“それ”を宝だと言うのか」
 無価値だと断じた口から向けられた問い、その根源にある心から招かれた二匹の月色の猫。頭は人よりも遥かに大きく、牙や爪も当然――。
(「触れさせない」)
 姿を認めた瞬間に佑月は駆けていた。駆けるべく地を蹴る度に体が風のように進んでいく。圧された花びらがぶわりと翻り、道を開けるかのよう。前が、驚くほどに良く見える。
「遅いよ」
 唸り鳴いたばかりの、まずは一匹目。体の横、至近を過ぎながら顔面の左を刃で切り裂きながら腹まで至り、そこから今度は来た道を“綺麗になぞった”。肉を更に深く裂き、骨までも抉り、抉り、削っていく。
 悲鳴を上げた猫と、もう一匹。片目を潰され計三つの猫の目が佑月に集中する。しかし殺意に満ちた獣の目の一方、まだ無傷であった猫は白に映った清らかな虹色――香鈴の揮う羽衣で強かに脳天を打たれ甲高い悲鳴を響かせた。
 一つ。また一つ。香鈴は少しずつ双鈴の封印を解き、猫を追い詰めながら宵栄との距離を縮めていく。同時に自分の寿命が削られていくのを感じた。残りどれくらいかなど、わからない。
「わたしはきっと死んでも両親の許へは帰りません。けれど、」
 羽衣を揮う手を止めはしない。自分の運命から、決して目を逸らさない。
「大切な人への愛を見失わぬ生き方を選び続ける。わたしが両親の宝であることを間違いにしない為に」
 この花(あい)は、両親からの愛と、自分が大切な人へ抱く愛が生きた証。
 嘘偽りのない、まことの宝なのだから。
 示した想いの真っ直ぐさを繋ぐようにワイヤーが翔けた。半身を切り裂かれた猫をひゅッと一巡りして捕らえ、両断して。左右に分かれた体が消えゆくさなか、佑月は香鈴の手を掴んで駆け出した。
(「俺は犬だから」)
 そして、そっと手を放す。香鈴の何もかもを救ってみせるような王子様には、きっとなれない。いつの日かどうしたって別れの時は来るけれど。
「絶対に独りにはしないし手放さない」
 自分の宝は奪わせない。隣に並び立つ権利を、譲らない。
 ――花の意味を、愛を教えてくれたキミの隣を。
「行こう、香鈴ちゃん」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
レン(f00719)と

欲しい物の為に、世界も、自分の命も費やすというのは嫌いじゃない
私もきっとそうだから
私の欲しい物が
世界より私の命より
私にとって価値が高いのなら捧げるだろうから――例えば死者が甦る、とかな
乾いた笑いと共にアネモネが数を増す
左腕のアネモネを右手でなぞりブルースターは胸元へ

私は我侭だからな
だからお前の勝手にも付き合わない
少なくとも私の命は此処で消費するにはまだ早いからな
大丈夫、眠さは平常通り

蔓が絡み合い槍状となった≪憂戚の楔≫は威力重視
常より強度が高く狙いもつけ易い気もするが
狙いは真っ直ぐ
レンは言わずとも避けてくれるだろう

罅の入った魂には中々痛いが
私も諦めは負けない位悪い方なんだ


飛砂・煉月
有珠(f06286)と

黒の花弁が舞う
自身に咲く赫花も貰って胸に添えた白花も変わらず
欲しい物の為なら、自分の死さえ価値がある?
噫――オレは理解できないや
(…でも、キミは、)
隣を見れば彼岸花が色濃く馨る

欲しがるのは勝手
世界を消費するのも勝手
でもお前に付き合う気は無いよ
…有珠、眠さは何時も通り?

何だろ、何時もよりハクを持つ手も
化け物を封じた刻印にも熱を感じる
力が溢れてるのかな
身体も軽いや

有珠は全力で攻撃してくれる筈
もう告げずとも、其れはきっと
だから駆けて、跳ねて、竜牙葬送

新たな花なんて咲かないよ
熱帯びた褪せない花はもう此処に在るから

噫、魂に届く攻撃も痛いね
でもお前の黒にも紅にも屈してやらない
黒狼の貌



 白から黒へ変わったままの花びらが舞う。
 自分の左胸に咲く赫花も、そこに寄り添い揺れる綿雪めいた白花も変わらない。
 変わる花びらと花咲きの現象。それらは全て、あの男が口にした目的の為のものだという。欲しい物の為ならば自分の死さえ使うと――価値があると、あの男はそう言っていたけれど。
(「噫――オレは理解できないや」)
 煉月は黒い花びらの中に立つ男をじっと緋色に映す。オブリビオン故にそういう考えを持ったのだろうとは思うが、それと理解出来る出来ないはまた別の話だったから。
(「……でも、キミは、」)
 予感を胸に隣を見れば、彼岸花の存在感が増した。赫が、色濃く馨る。
「欲しい物の為に、世界も、自分の命も費やすというのは嫌いじゃない。私もきっとそうだから」
 有珠が口にしたものに煉月は驚かなかった。言葉を受け止めながら男へと視線を戻す間も、なぜ嫌いではないのか、なぜ“きっとそう”なのかの言葉が淡々と紡がれていく。
「私の欲しい物が、世界より私の命より私にとって価値が高いのなら捧げるだろうから――例えば死者が甦る、とかな」
 乾いた笑いと共に深紅の花がふわりと数を増した。今も深層に焦げ付いて離れないものへの想いを、ほんの少しだけ言葉に乗せただけだというのに。有珠は左腕のアネモネを右手でなぞりブルースターを胸元へ挿すと、それでだ、と宵栄を見る。
「私は我儘だからな。だからお前の勝手にも付き合わない。少なくとも私の命は此処で消費するにはまだ早いからな」
 こちらを見る目は会った時から冷たいまま。理解を告げた言葉にも、違うと示した言葉にも一向に薄れぬ冷徹さを気にするほど自分は“やわ”ではないと知っている。それに。
「欲しがるのは勝手。世界を消費するのも勝手。でもお前に付き合う気は無いよ」
 そう言って白槍を軽々と回転させ、ぱしりと掴んで構えた煉月もそうなのだと。隣の顔を見なくとも耳に届く声が、胸に挿した花が、伝えてくれる。
「そうか。だが、」
 宵栄が一歩進んだ先に積もっていた黒い花びらがその一歩で舞い上がり、ひらひら踊りながら流されていく。黒花びらの大地をするすると擦る紅鞭を黒い霞が覆い尽くし、紅の内に吸い込まれる。
「咲かぬならその程度。咲いたなら、俺の宝か否かを改めるだけだ」
 故に生きるか死ぬかの際まで追い詰め、咲くか否かを見るのだと告げた男の手が動いた。紅鞭が宵栄を囲うように大きく翻りながら舞う花びらを暴風めいて遠ざける。
 自分たちの髪や服までもばさばさと揺らす圧の中、二人はというと。
「……有珠、眠さは何時も通り?」
「大丈夫、眠さは平常通り」
 ほんの一度視線を合わせ、浮かべた不敵な笑みは倒すべき首魁の男へと。
 そして合図らしい合図をしないまま、煉月は地を蹴り有珠はユーベルコードを編み――直後、二人の周りにあった花びらが外側へと吹き飛んだ。それを視認するより先に覚えたものは、“いつもと違う”ということ。
(「何だろ、何時もよりハクを持つ手も、化け物を封じた刻印にも熱を感じる」)
 緋色が瞬く。叩き付けられた紅鞭を友が変じた白槍で振り払ったが、伝うだろう衝撃は予想した程強くなく、首の後ろにぽつりと滲んだ熱がずっと消えてくれない。これが、花の力なのか。
(「身体も軽いや」)
 じゃあ、もしかして。
 ふいに霞草をくれた時の笑みが思い浮かんで、そしてその“もしかして”の通り、有珠はいつも通り創り上げた筈のものが蔓絡み合う“槍”となったことに「おや」と瞬き一回。
 招いた世界の滴がよもや緑に変わるとは。それに宿る魔力量が実に濃い。有珠は槍状となったそれを掌の上に浮かせたまま構え、より深くより厚く魔力を注ぎ込む。蔓の彩が、夜の中でもわかるほど鮮やかになっていく。
(「狙いは真っ直ぐ」)
(「このままあいつを」)
(「レンは言わずとも避けてくれるだろう」)
(「告げずとも有珠は全力で攻撃してくれる筈」)
 きっと。
 必ず。
 言葉や目で確かめなくとも、きっと。その想いが心の中にも花を咲かせるようで、赫と深紅、それぞれの花も夜にとけぬほどの鮮やかさを浮かべて揺れる。
 そして海の黒と青持つ娘は緑の槍を放ち、黒狼の青年は白槍を手に駆け、跳ねた。
 ごうっと空気を裂き黒の花びらをめちゃくちゃに躍らせたのは、緑と紅それぞれ。紅鞭が煉月のすぐ横を過ぎて大地に一筋の傷を刻み、緑の槍が黒い花びらを吹き飛ばしながら宵栄の片腕を貫いた。
 花びらの黒に赤が散る。
 上を見た金の双眸に赫と緋が映る。
「新たな花なんて咲かないよ」
 熱帯びた褪せない花はもう、此処に在る。次の花は必要ない。
 全身を使い放った白槍は緑のすぐ隣に突き刺さり、竜の咆哮と劈く葬送曲の始点へと。心身を呑むように轟くふたつに宵栄の口から僅かに悲鳴が漏れて、「死ね」――その一言と共に視界で暴れ狂った紅が二人の魂を喰らいにかかる。
 揺らぐ黒髪。咲いた花。けれど。
「噫、魂に届く攻撃も痛いね。でもお前の黒にも紅にも屈してやらない」
「ああ。罅の入った魂には中々痛いが、私も諦めは負けない位悪い方なんだ」
 魂の輝きは、決して薄れない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

絲織・藤乃
先生(f22581)とご一緒します

生きるか死ぬかの状況で命は熱を持つ。
ええ、私にも覚えはございます。
だからこそ、あの時燃やしたこの命を今再び燃して賭して
先生はお守り致します。

私の大切な宝は先生と先生の作品です。
先生、先生、お気を確かに。
藤乃は今も先生のお側におります。
藤乃から先生を奪わせたりなどしません。

嗚呼、先生のいない世など。
先生の作品のない世界など、何の意味がありましょう。
……でも、ええ、奪われてなどいませんわ。
だって、この髪に咲いた藤は藤乃が先生を慕う想いの表れ。

先生をかばい、可能な限り波間の泡沫で相殺を狙います。

先生の作品世界を堪能できるのです。
羨ま……じゃなくて、光栄に思いなさい。


琴音・創
藤乃(f22897)くんと

なんだあの乙女小説から出て来たような俺様っぷり。
怜悧な美丈夫だからって許されると思うなよ!

そう藤乃くんの背に隠れつつ抗議。
薄葉紙へ文を綴り、紙飛行機に折って投擲の隙を伺おう。

けど敵の攻撃で「大事なもの」――今まで書いて来た作品も、その登場人物も、読者からのファンレターも全部奪われ、頭がまっ白になる感覚に陥って………。

項垂れた頭に従って撓む撫子を見れば、少し気力が蘇り。
飛行機を投げ付け、【蜃の夢】よ届け。

文豪としての私が奪われても、不出来の子を育ててくれた両親の娘としての私は忌々しくも健在だ。

そんなにお望みなら、花という花が咲き乱れ、その中で溺れる夢幻でも見ると良い。



 短く聞こえたのは舌打ちの音だった。
「癒えるまで暫くかかるか」
 ぶらりと揺れる血塗れの片腕は自分の物だというのに、使えなくなればその他妖怪や花と同じように扱う様は邂逅時と同じ。それを現すのに最も適した言葉を、作家たる創はするりと口にしていた。
「なんだあの乙女小説から出て来たような俺様っぷり」
 無言で向いた金の冷たさ鋭さを創はすかさず睨み返した。藤乃の背に隠れながら、ではあるが。
「怜悧な美丈夫だからって許されると思うなよ!」
「先生の仰る通り、許されません」
 藤乃は創の言葉に深く同意と理解を示し、すぐ後ろで何か綴られる音にほんの少しそわそわしながらも、しゃんと背筋を伸ばし宵栄の鋭い眼光を見つめ返す。
「生きるか死ぬかの状況で命は熱を持つ。ええ、私にも覚えはございます」
「ほう?」
「だからこそ、あの時燃やしたこの命を今再び燃して賭して……先生は私、絲織・藤乃がお守り致します」
「藤乃くん……」
 背丈は自分よりも幾らか低く、重ねた年齢も若干少ない齢十七。しかし、自分と、自分の作品を愛してやまない少女の何と頼もしいこと。
 創は瞳を輝かせてすぐ、書き終えた文を紙飛行機に折って藤乃の背後から共に宵栄を睨んだ。頼もしい背を借りて共に戦うともと伝えれば、感激の声と共に煌めく瞳が振り返る。
「成る程な」
 それを見た宵栄の声が。二人を映す双眸が。静かな力を孕んで溢れ出した。
 暇を潰すように軽く振られた紅鞭がぱしんと音を立てる。戯れに揮われたそこに偶々在った黒い花びらが千切れ、傷つく。
「師と教え子……いや、作り手とその支持者の絆というやつか」
 静かに紡がれる声。弧を描く口。洋燈のような光が金色に宿って――声と視線、その二つに宿るものが、ほんの一瞬で二人の中に在ったものを攫いにかかった。
(「何だ、これは」)
 タイトル。あらすじ。登場人物。
 この手で書いてきた作品が、それを形作るものが、ふいに創の中から遠ざかっていく。

 “今回の  も胸躍る で――”
 “この様な 界に れた  をお伝 し ――”

 締め切りに追われていた日々の糧や、無事出版と至った後を更に彩り豊かにしてくれた読者からのファンレターも。作家である自分の、何よりも大事なものが奪われていく。頭が、真っ白になっていく。
「あ、……っ」
 私の。
 わたしの、だいじなものが。
「先生、先生」
 嗚呼。だれかが呼んでる。
 でも。
「先生、お気を確かに……!」
 後ろの気配が生気を無くしていると感じ振り向けば、虚ろな表情で項垂れていく創の姿。手にした紙飛行機があわや手から離れ落ちる寸前、藤乃はそれを壊さぬようそっと手で包むと、これ以上宵栄の術が及ばぬよう、創を自身でしっかりと隠すように立つ。
「先生。藤乃は今も先生のお側におります。藤乃から先生を奪わせたりなどしません」
 そして創と、創が世に送り出す作品も。
 もし――もしも、奪われたら? 嗚呼、考えるだけで恐ろしい。想像すらしたくない。
(「先生のいない世など。先生の作品のない世界など、何の意味がありましょう」)
 私の大切な宝は先生と先生の作品。
 初めて創の本と出会い、存在を知った時の喜びは――嗚呼、そこへ無断で触れるものがある。蜂蜜や麦酒のように煌めく色をしながら、その質は与えるのではなく奪うもの。
「……でも、ええ、奪われてなどいませんわ。だって、この髪に咲いた藤は藤乃が先生を慕う想いの表れですもの……!」
 これ以上の狼藉は許さない。
 ぽこり。ぷくり。ぽここ、ぽこん。
 黒い花びらが無数に舞うそこに生み出した水泡は儚く消える幻想ではなく、立ち上がり続ける為の旋律を描いていく。
 一つずつがくっつき、繋がり、連なって。そうして揺らめく壁が出来た時、項垂れていた創は、重たく見るのも嫌になっていた視界に入ったピンク色に気付いた。一輪だけの花が、気力を少しばかり蘇らせていく。
(「嗚呼……文豪としての私が奪われても、不出来の子を育ててくれた両親の娘としての私は忌々しくも健在だな」)
 顔を上げ目に飛び込んだのは、白と紫の藤花を髪に咲かせた少女の背中。その向こうに広がって見えるのは人魚姫の世界? いいや。彼女が――自慢のファンが作ったものだ。
 創は手にしたままだった紙飛行機を投げつける。空中を翔けたそれは水泡の壁を一つも割ることなく通り抜け、輝く月色の元へと真っ直ぐに。
 ひらりと飛んでいった紙飛行機へハッと振り返った藤乃に、創はすまなそうに笑う。そして宵栄には、ふふんと不敵に笑ってみせた。ただの紙飛行機と思うなよ。
「そんなにお望みなら、花という花が咲き乱れ、その中で溺れる夢幻でも見ると良い」
「何を――」
 児戯と見ていた金眼が瞠られ、紅鞭が舞う。それを黒き花びら呑んだ水泡が遮った。
「先生の作品世界を堪能できるのです。羨ま……じゃなくて、光栄に思いなさい」

 それこそ、先生が仰った通り。溺れるほどに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
コトコ君(f27172)と
黒いバラも美しいとおもうけれど、私達の花だって負けないさ
そうおもわないかい、コトコ君?

私に咲く花は、結局この赤いバラだけみたい
やっぱり私はそうだろうなとおもっていたさ
赤いバラ咲く美しい国の王子なんだから!
コレ以外は似合わないんだと、左腕もそう言っている
親しみある花を誇る、強い想いを胸に秘め

きらめくレイピア、美しい紅白のバラ
さあ、舞台は整った
コトコ君。王子様コンビとして、カッコよくきめてあげよう

魂を狙う鞭の攻撃だって、赤いバラを想えば痛くもないさ
コトコ君と連携をとって、かれが態勢を崩した瞬間を狙おう
縛り付ける様に、念入りだなあと笑って
好機は逃さず、《早業》で“Lの直感”


琴平・琴子
エドガーさん(f21503)と
何にも染まらないその黒さは格好良さもありますけども…
私たちの薔薇の方が美しいですよ、エドガーさん

真っ白な花は好き
何にも染められず穢されない真白は綺麗で眩しく美しいから
何にでもなれる、何色にも染まれる色は背中を押してくれているようにも思えて好き
私の大好きな人達の花、どうか見守っててね
指先で花に優しく触れながら口にせず秘めて

こんなの素敵な光景ですもの
格好良く決めなくてどうするんですか

レイピアを引き抜いて鞭を跳ね除けてカウンター
"棘の道の縫い留め"
敵の足元から生やした茨で足を引っ張って体勢を崩させて
手、鞭を絡み取って動けない様に縛り付ける
エドガーさん今です!



 最初見た時はわからなかったエドガーだが、こうして黒い花びらを掌に乗せて眺めればすぐに何の花かわかった。この花と自分は、ずっと昔から縁がある。――色は、違うけれど。
「黒いバラも美しいとおもうけれど、私達の花だって負けないさ。そうおもわないかい、コトコ君?」
 掌に乗せていた花びらをそっと夜風に戻し、胸元に手を添えて笑う。
 ひらりと風に乗り飛んでいく黒色を見送った琴子は、自分たちの周りに降る赤と白を見つめてから首元に手を添え、同じように笑った。
「そうですね。何にも染まらないその黒さは格好良さもありますけども……私たちの薔薇の方が美しいですよ、エドガーさん」
 真っ白な花は好きだ。何にも染められず穢されない真白は、綺麗で眩しく、美しいから。それでいて、何にでもなれる、何色にも染まれる無垢な色は何も言わず背中を押してくれているようにも思えた。
 その輝くような白をいっぱいに宿した花びらが降り、首元には薔薇となって咲いている。真っ白な花への“好き”が、自然と湧き出して更に咲きそうなほど。
(「私の大好きな人達の花、どうか見守っててね」)
 指先で優しく触れながら、白薔薇への想いは口にせず秘めたまま。その分、自分たちの薔薇は目の前で舞う黒薔薇に負けないどころか、もっとずっとと、誇らしさを姿勢と真っ直ぐな新緑の瞳両方に表した。
 そうやって伝える琴子の堂々とした様に、その通りだとエドガーは瞳を輝かせ――、
「薔薇……? 嗚呼、そうか。これは、それか」
「おや、嬉しくなさそうだね」
「俺の宝ではないからな」
 宝物じゃない。成る程、確かにそれはガッカリもするねとエドガーは納得して――おっと、と青い瞳をぱちりとさせた。どの花も宝ではなかったと言った口が、その後に続けた言葉を思い出したのだ。
 自分の体を改めて眺め、確認して。うん、と頷くその顔は晴れ空のように明るい。
(「やっぱり私はそうだろうなとおもっていたさ」)
 自分に咲く花は、結局この赤い薔薇だけのようだ。それを悲しんだり残念に思うことはない。赤い薔薇咲く美しい国の王子である自分にはコレ以外は似合わないんだと、どの赤薔薇よりも近くにある花が――左腕も、そう言っている。
 親しみある花を誇る、その強い想いを胸に秘めながら、しゃんと抜いたレイピアが美しく煌めいた。薔薇とマーガレットの花びら降る夜、咲き誇る美しい紅白の薔薇。さあ、舞台は整った。
「コトコ君。王子様コンビとして、カッコよくきめてあげよう」
「こんなの素敵な光景ですもの。格好良く決めなくてどうするんですか」
 ここぞというところで決めてこその王子様。
 御伽噺。舞台。絵本。漫画。あらゆる世界で、王子様はその輝きで照らすのだから。
 並び立つ髪の金と黒、瞳の青と新緑。そして花に宿る赤と白。二人の様を無表情で眺めていた宵栄が、ふいにくつりと嗤った。
「……王子、王子か。ならば俺の宿願を叶えてくれるのか?」
 低い声は王子様という存在に向きながらも、そこにあるものは王子様という輝きへの希望ではなく、王子というものが咲かせる花への思惑だ。
 これまでに見た花のいずれでもない新たな花を――己の宝を、宿願を咲かせてみせろと嗤う男が紅鞭を疾風の如く叩き付けてくる。執念の詰まった一撃は視界に紅が舞った次の瞬間には空気を震わすほどの、高く強く音を響かせていた。
「エドガーさん!」
「大丈夫さ、コトコ君」
 一瞬止まった足は笑顔と一緒にすぐ駆け出していた。
 肉体ではなく魂を狙う攻撃は不思議なもので、そして多分、痛いものなのだろう。元々痛みに鈍いエドガーは、赤薔薇を想う今、痛みというものを普段以上に容易く越えていた。
 翻る白いマントの眩しさに琴子は一回瞬きをして、
「っ!」
 自分を叩き潰す勢いで降ってきた紅鞭を、引き抜いたレイピアで跳ね除ける。
 唸り声のような低い音。跳ね除けた時の手応え。当たればどれほどの傷を痛みを負わされるかなど、小石ほども考えないし恐れない。
 戦い抗う意志と白薔薇への想いで全身を漲らせ、たんっと鋭く跳んで、僅かな隙間を縫うように。紅鞭の一撃を防いだ一瞬を利用してのカウンターは無数の茨となり、琴子の心を映して金華猫の手と鞭にきつく絡みついた。
 手、紅鞭。絡め取る茨を引き千切ろうとすれば棘が刺さり、より動けぬように縛り付けられる。与えられる戒めと痛みは傷と出血を増やし、そして冷たさばかりだった金の双眸に激情を浮かべさせた。
「っ……、邪魔、だ――!!」
「エドガーさん今です!」
 呼ぶ声に、縛り付ける様に念入りだなあと笑っていたエドガーが風のように向かう。どんな空でも翔るツバメのように、疾く、真っ直ぐ。
「すまないけれど、私達はキミの願いは叶えられないんだ」

 王子様にもできないことはある。
 だけど――物語を終わりへ導くことは、きっと誰よりも得意なこと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エルナ・ミューレン
黒い薔薇も綺麗なのに
貴方は何を探しているの?

金色の射抜く視線があの日の喪失感を無力感を想起させる
決してもう、戻れないのだと分かっているのに
最も大切なものを、私はもう持っていないというのに
何度後悔を繰り返せば気が済むのだろう

だけど今は
瞼に咲く花を想わせて
姫様、どうかもう少しだけ力を貸してください
咲く花は、その一輪だけでいい

仮初めでも構わない
貴女を想えば、私は何度でも立てる
今ならきっと見えるはず
隙間を縫って、アストラを振るう

望みのために、罪のない者たちを手にかけたことは見過ごせない
どう思われようと、それが私の生き方
そういう生き方しか知らないから
…だけど、貴方だけのその宝がいつか見つかりますように



 獣が吼えるような声が響いた。
 宵栄の全身から黒い霞が一気に迸り、捕らえていた茨を破壊し破片に変える。
 緑の欠片はぼたぼたと音を立てて落ち、それより幾らか遅く、緩やかに黒い花びらがひらひらと降って被さっていった。
 鋭い眼で呼吸を整える宵栄の視界にも、黒一色の花びらは映っているのだろう。だが、その心には花びら一枚分も映ってはいないのだとわかり、エルナはほんの少しだけ顔を顰めた。
「黒い薔薇も綺麗なのに。貴方は何を探しているの?」
 宝。花。繰り返し耳にした言葉はひどくハッキリとしていて、なのに肝心の内容が、探し求める物の姿も形も色もわからない。
「俺の宝を知った所で、お前達猟兵はそれを寄越しはしないだろう」
 答えのわかり切った言葉と共に金色の視線に射抜かれる。
 見えず、それなのに恐ろしく冷たい針で頭の中を貫かれたような一瞬の感覚の後、エルナの心身をあの日の喪失感と無力感が支配した。
 忠誠を誓い、守る筈だった存在を失い、盾となれずに立ち尽くした日。
 どれほど奇跡を願おうとも、決してもう戻れないと分かっている。自分はもう、最も大切なものを持っていないのだと。なのに、何度後悔を繰り返せばこの心は気が済むのだろう。
(「だけど今は」)
 今だけは、瞼に咲いた花を想うことを赦して欲しい。
(「姫様、どうかもう少しだけ、力を貸してください」)
 咲く花は貴女と同じ色を宿したこの一輪だけでいい。他の花はいらない。
「何だ。一度では足りなかったか?」
 輝きを取り戻した空色の瞳に抗う様を厭う視線が向く。紅鞭が花びらで埋まる地面を撫で、ひゅん、と空中を翔け始める。見下すような金色に再び光が宿り、唇が開かれて――紅鞭の軌道が一瞬で変わった。
(「今ならきっと見える」)
 想うことで溢れ始めた力が仮初でも構わない。もう守れない唯一の尊い人を想えば、自分はあの日を何度迎えようとも、その度に立ち上がれる。あの日の向こうへ――揮われる紅と注がれる金の隙間を縫って、その先へ。
 キンッ――……とかぼそい音色がひとつ。直後、宵栄の周りを数多の氷柱が隙間なく取り囲んだ。前後左右、頭上。全てを塞いだ氷柱が一斉に男へと向く。
「望みのために、罪のない者たちを手にかけたことは見過ごせない。貴方にどう思われようと、それが私の生き方。そういう生き方しか知らないから。……だけど、」
 貴方だけのその宝がいつか見つかりますように。
 祈る声と共に、冬彩の一撃が轟音を響かせる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

はぁ、サヨの黒桜をまだ取り終えて無いというのに
また邪魔をするのかい?
サヨは私の宝だ
そなたのものではないよ
サヨの花はひとひらだって渡せないとも

瞳の桜を撫でる
私の世界は何時だってこの花が導いてくれるのだ
嘗て巡る天へかえったときも
この世界に再び戻ってきた際も─きみにまた、出逢えたときだって

サヨは私が守るよ
私から奪うこと─それ自体が約されない

再約ノ縁結

神罰と共に降し奪うという理ごと断ち切断する
サヨを守るように結界を張り、攻撃を防ぎながら太刀筋あわせて斬撃派放ち切り込むよ

噫、いつかは求めたものが見つかるといいね

!!
サヨの桜が赤く!
ついつい童子のように破顔する
嬉しいな
もっと染めてあげる
私のくれないに


誘名・櫻宵
🌸神櫻

宝物はまだ見つからない?

でも、やっぱり駄目なのよ
あなたの宝とは私達の宝ではないの

カムイの花は取らせない
私の花だって渡せない
これは私達の宝物だから

心の裡に咲く花は、いつだってそのひとだけの特別な花なのよ
説くように微笑み心臓の黒桜を撫でる

あなたの心に咲く花は
如何なる彩をしているのかしら
奪うでなく咲かせられたらよかったのに

応えは待たずに刀を抜いて薙ぎ払う
カムイと太刀筋あわせ舞うように
かぁいい猫を斬るのは忍びないけど
私のカムイ(宝)を傷つけさせる訳にはいかぬから
傷を抉り
斬って祓って生命を食らって桜を咲かせ

心臓に咲いてた黒の桜が赫く
カムイの彩だわ
私の魂を──あなたの彩で染めて
これが私達の命(華)



 血の香りと共に向けられた宝を問う声に、カムイの口から溜め息がこぼれ落ちた。
「サヨの黒桜をまだ取り終えて無いというのに」
 白い首を囲う黒から、黒を纏う金華猫の男へと移った眼差しはそう変化がない。カムイは大きな月色の猫の出現に不機嫌な心をゆるゆると引っ込めて、あの時とは違い、みどりではなく黒い花びらに覆われたそこに立つ宵栄を見る。
「また邪魔をするのかい? サヨは私の宝だ。そなたのものではないよ。サヨの花はひとひらだって渡せないとも」
 赫に取り替えたいこの黒も――櫻宵に咲いた花である以上は、己の宝。
 途端宵栄の眉間にくっきりと皺が寄った。ひたひたと近付く猫の喉から唸り声が響く。
「巫山戯るな。そこの男が俺の宝であるものか」
「そうねぇ、私はカムイの宝だもの」
 ふふりと櫻宵は咲い、宵栄に咲いた白睡蓮と自分を見つめる猫を見やる。
「噫、宝物はまだ見つからないのね。でも、やっぱり駄目なのよ。あなたの宝とは私達の宝ではないの」
 カムイの花は取らせない。細めた瞳に、カムイの片目と髪に咲いた桜が映る。
 私の花だって渡せない。白い指先が首に触れ、これは私達の宝物だからと唇が笑む。
「心の裡に咲く花は、いつだってそのひとだけの特別な花なのよ」
 説くように微笑む櫻宵の指先は、するりと下へ。首に咲いた黒桜をなぞり、心臓へと至れば、カムイもまた瞳の桜をそうっと撫でていた。
 己の世界はいつだってこの花が導いてくれる。嘗て巡る天へかえった時も、この世界に再び戻ってきた際も――きみにまた、出逢えた時も。四季を巡り春を教えてくれるように、桜の花が導いてくれた先にはいっとうの春が待っている。
「サヨは私が守るよ」
 故に。
「私からサヨを、宝を奪うこと――それ自体が約されない」
 心を侵す金の輝きはカムイの内には届かない。桜彩が見つめ返した瞬間に術は霧散し、見開かれた金眼に、桜を咲かせ大きく翻る銀朱の髪が映る。
「あなたの心に咲く花は、如何なる彩をしているのかしら」
 櫻宵の目に映る宵栄の花。顔と手の甲に咲いた睡蓮はまろやかな白を宿しているが、その源である心も白色だとしたら、それは望まぬもの全てを灼き尽くす光か焔か。
「奪うでなく咲かせられたらよかったのに」
 残念ね。
 櫻宵は答えを待たずに刀を抜いて薙ぎ払った。刃の上を黒い花びらが滑るように舞い、刃に数多の黒が映り込む。その向こうでゆらり覗いた朱砂は、カムイが抜いた太刀の彩。
 神と巫女、二人の瞳が一人と一匹の猫を映し――鞭の紅と猫の身より溢れ始めた輝きを見た瞬間、桜花と共に舞う。
 しゃん、しゃん。カムイの纏う金鈴が音色を響かせ、降ろされた神罰が放たれた紅鞭の嵐が紡ぐ筈だった“奪う”という理を衝撃ごと断ち切り、約されないという結果へと変えてゆく。
 速さを増しながら迫りくる猫には、甘く深く香るような櫻の花笑みが。大きな体から溢れる金色のオーラは蜂蜜のよう。喰らったらどれくらい満たされるかしら、なんて春咲く瞳が笑む。
「かぁいい猫を斬るのは忍びないけど、」
 私のカムイ(宝)を傷つけさせる訳にはいかぬから。
 爪と牙、その光も。何一つとして、宝へ届かせはしない。
 爛々と浮かぶ想いを刀に注ぎ、揮うは一瞬。その一瞬で猫の体に傷を刻み、それを抉り、斬って祓って――噫、生命が桜となって咲く。
 その味を知るのは、唇に弧を描いた櫻宵一人。
「――忌々しい」
 一度目、二度目は成らず。
 ならば、三度目。
 ざりっと花びらを磨り潰すほどの強さで宵栄が地を踏み、金の瞳と共に紅鞭を揮う。ならばとカムイは構え――ふわり香った枝垂れ桜に目を細めた。無言のまま。櫻宵の舞うような太刀筋と合わせ、翔る斬撃を放つ。
 それは花びら舞う視界に斬撃の軌跡をくっきりと見せ、ぱあっと桜吹雪を起こすように血飛沫を咲かせた。血は体勢を崩しかけた宵栄の周囲に舞う黒を赤く濡らし、それにずるりと倒れ込み崩壊を始めた猫の名残、光の欠片がちかちかと被さって。
 血腥さの中にかすかな幻想を混ぜた光景に藤色が入り込む。だがそれは神でも巫女でもなく、骸魂からオブリビオンとなった男の身に咲いた藤花だった。
「――これも違う」
 憎悪の声と視線を花に注いだ宵栄が、二人の斬撃の領域外へと飛び退く。今咲いたばかりの花も探しものとは違ったのだと、カムイは太刀を収めながら見送った。
「噫、いつかは求めたものが見つかるといいね」
「……あら?」
「どうしたんだい、」
 サヨ、とそちらへ視線を向けた瞳が見開かれる。心臓に咲いていた桜の黒が、赫に変わり始めた瞬間だった。言葉をなくして見つめ続けるカムイに、櫻宵はあらあらと瞳を細め、赫桜に指先を添える。
「ねえ、カムイの彩だわ」
「……嬉しいな」

 もっと染めてあげる。私のくれないに。
 他の彩に、染まらぬくらい。

 ええ、ええ。
 私の魂を──あなたの彩で染めて。


 染めて、染められて。そうして、自分たちの命が華と咲く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マリアドール・シュシュ
【聖晶狼】
あなたが求める宝が何なのか
マリアは分からないけれど
気付いていないだけでもしかしたら…(すぐ傍にあるのかしら

魅せるのだわ
アレクシスやヴォルフガングと一緒に
最期の最後まで目を離さないでいて(綺麗な華(いろ)を

新たに両腕に咲く女郎花
花言葉:約束を守る
二人への、二人からの想い
総て抱いて

大切なもの…(愛する人
もう奪わせないのだわ
誰にも
マリアは護られるばかりではないの!

眠さと催眠術からの覚醒
霞は消え

竪琴で奏でる最終楽章
後衛支援
繋ぎ止めたら離さない優しくも甘毒の様な演奏
華の詩(うた)を華麗に謳う(マヒ攻撃、範囲攻撃
UC使用
音雨を降らせ

マリアは二人の事も大事だから
この想いが砕かれる事は決してないのよ


アレクシス・ミラ
【聖晶狼】

(宵栄の花と花弁は答えを示してるのか
それとも…)
君の想いもきっと変わらないだろうが
哀しい宝探しは此処で終わりにしてもらうよ

【指定UC】の光に破魔と浄化を乗せて
二人を守るように眩い光で地を覆い
盾のオーラ『閃壁』で鞭や猫の攻撃を防ごう

…誓ったんだ
大切なものを守ると
新たに両腕に咲いたのは雛菊とペンタス
僕達の約束は、希望は此処に在る
まだ奪われていない…奪わせない!

光と花で力を高めたら一気に前へ出て
剣戟で僕へと意識を向けさせよう
ヴォルフガング殿が前へ出れば
地から光属性の魔力を噴き上げ援護
マリアさんへの攻撃は盾で庇う

想いの花を、そして大事な友を守りたい想いは僕も同じだ
僕の背中は二人の友に預けるよ


ヴォルフガング・ディーツェ
【聖晶狼】
時間で磨り減る想いを、時に己ごと殺して刷新して進む
俺も君と同じ立場なら選んだかもな…だが、俺は結局化生であっても根幹は人でしかない。君とは違う

でも、今は少しだけ
そうあって良かったと思える

両の掌に芽生える花菱草
此れが、今回得られ、芽吹いた新たな心だ
宵栄に侵食はさせない、電脳魔術による「ジャミング」、ルーンによる「オーラ防御」で俺達3人の心身を護ろう

マリアの唄を、アレスの守護を背に再び駆け抜けよう
「残像」でいなし、「フェイント」で撹乱し懐に飛び入れば「グラップル」で距離を取らせない
【指定UC】にて魂の花すら刈る大鎌を造り、断ち切ろう

…アレス、マリア
俺にも君達を護らせてくれ
対等な、友として



 咲く箇所を広げた白い睡蓮。咲いた藤花。
 それらが宵栄のいう宝でないことは一目見てわかった。
 そして、違うからこそこの男は次の宝を――花が咲くことを望むのだと。
 その有様は、時間で磨り減る想いを、時に己ごと殺して刷新して進むこと。それはヴォルフガングにとって馴染み深いもので、だからこそ、宵栄に向ける眼差しは不思議と静かでやわらかい。
「俺も君と同じ立場なら選んだかもな……だが、俺は結局化生であっても根幹は人でしかない。君とは違う」
 でも、今は少しだけ、そうあって良かったと思える。
 こぼした呟きにマリアドールとアレクシスの視線が向く。ヴォルフガングの両の掌に芽生えた花菱草。それが今回ヴォルフガングが得られたもの、芽吹いた新たな心。
 その花を金華猫の男は「違う」と否定し、続けた。根幹は人間でありながら獣を宿したお前の宝は何だ、と。それに対しヴォルフガングは笑むばかり。
(「あの花、確か花言葉は……」)
 富。成功。それから――。
 アレクシスは胸に浮かんだ言葉を口にはせず、その代わり、剣と盾を構えヴォルフガングの前に立つ。咲いた花が花言葉通りの想いを宿しているのであれば、自分はこうすることで想いに応えよう。
 マリアドールもまた、ヴォルフガングの傍から離れない。優しい蜜華の眼差しをそっと向けて微笑むと、凛と決意を浮かべて宵栄を見る。
「あなたが求める宝が何なのか、マリアは分からないけれど……気付いていないだけでもしかしたら……」
「……“もしかしたら”。何だ、娘」
 すぐ、傍に。
 思ったそれは推測の域を出てくれない。
(「傍にあれば、あなたは幸せになれるのかしら」)
 白い睡蓮を咲かせ、その数を増やし、けれどそれを拒絶し、藤花にも満たされない。
 そしてその周囲に降らす黒い花びらは――薔薇のそれ。
 目に見える花々はどれも複数の言葉を持つ。花と花びらが答えを示しているのか、それとも。アレクシスは猫と宵栄両方を油断なく捉えたまま考え――小さく首を振った。
「君の想いもきっと変わらないだろうが、哀しい宝探しは此処で終わりにしてもらうよ」
「いいや。終わりではない。終わりになどするものか」
 宵栄の意志に沿い、猫が唸りながらじりじりと前へ出る。爛々と輝く瞳は未だヴォルフガングを映そうとしている。
 召喚主の執念深さが伺える気配に、ヴォルフガングは悠然と微笑みかけた。どちらの猫もそう簡単に引き下がらないのであれば、自身が持つ電脳魔術と魔法をかけ合わせた護りをマリアドールとアレクシスにも広げていくだけだ。
「さあ、存分に揮っておいで」
「! ありがとうございます……!」
「ええ……! 魅せるのだわ。アレクシスと、ヴォルフガングと一緒に!」

 最期の最後まで目を離さないでいて。
 マリア達の綺麗な華(いろ)を。

 微笑んだ宝石少女に咲いた想いが花となって現れる。新たに両腕に咲いたそれは女郎花。それは二人への、二人からの想いを――約束を全て抱いて咲き誇る花。
 髪に白の茉莉花、心臓に菖蒲と霞草。赤の茉莉花を模した毒花は首輪のように。そこに加わった女郎花が魅せるものは、マリアドールが告げた自身の華が持つ輝きだ。それを、金色の目が嗤う。
「奪われても尚、魅せると?」
「――!」
「マリアさん!」
「マリア!」
 紅鞭が嵐となって放たれた瞬間、アレクシスは迷わず前に飛び出し暁の光纏う剣戟を放っていた。朝日よりも眩い光で地を覆い、マリアドールと自分を狙って荒ぶる紅には金剛石よりも堅牢な盾で以て抗う。
 ヴォルフガングの護りも加わったというのに、盾から伝わるのは鞭によるものと思えぬほどの衝撃ばかり。だが容赦なく重ねられる攻撃がどれほどであろうとも、アレクシスの足はその場から一歩も動きはしなかった。
 ただ。声だけは、どうしても届いてしまう。
 大切なもの。愛する人。マリアドールに喜びと幸せをくれる存在は皆、恐ろしい黄金に気付かぬまま。親愛の眼差しと声が一瞬で切り裂かれて――いいえ、いいえ!
「もう誰にも奪わせないのだわ。マリアは護られるばかりではないの!」
 覚醒め咲いた心に霞はもうかからない。
 指先は絢爛の竪琴より最終楽章を奏で、紡がれた旋律が繋ぎ止めればそれは甘毒めいたものとなって、優しく囚えて離さない。紅鞭の猛攻も。
 そして水晶の茉莉花が音雨となって降り、清らかな音色が辺りを満たしていく。
 その音色の美しさ、心地良さは、花とは違った輝きでアレクシスの心を更に奮い立たせた。宵栄の声はアレクシスにも僅かに届いていたが、アレクシスには自身が創り上げた護りとヴォルフガングの護り、そしてマリアドールが新たに咲かせて見せた花が在った。
 それは交わした秘密から続くもの。
 決して枯れない花の息吹であり、想う心の表れ。
「……誓ったんだ。大切なものを守ると」
 アレクシスの両腕に花が咲く。空に星がうすらと灯り、そして輝くように――咲いた雛菊とペンタスがほのかに輝いた。右目を覆い首筋へと咲くネモフィラも、小指を飾るように咲いていた白い六花も。
「僕達の約束は、希望は此処に在る。まだ奪われていない……奪わせない!」

 咲いた希望も、願いも、誰にも踏み躙らせはしない。
 もう二度と何も失わない。護れぬまま別れを味わう痛みは、もう、誰にも――!

 アレクシスの想いと溢れる輝き全てが決意と優しさに満ちた守護となり、揮う剣戟もまた金色の悪意と脅威を遠ざける。その輝きにマリアドールの唄が重なれば、ヴォルフガングが存分に戦うに相応しい場が一瞬で創り上げられて。
「マリアは二人の事も大事だから、この想いが砕かれる事は決してないのよ」
「想いの花を、そして大事な友を守りたい想いは僕も同じですよ」
 だから、僕の背中はお二人に預けます。
 二人に牙を剥く存在を見据えたままの朝空の瞳に、誓いと想いが宿る。その輝きと色は貴石のように眩く、そして尊くて。
「……アレス、マリア」
 ヴォルフガングは尾をふさりと揺らし、微笑みと共に二人と同じ方向を見る。
 毛を逆立てる月色の猫。冷たく鋭い、金の双眸。
「俺にも君達を護らせてくれ」
 対等な、友として。

 願う声に「勿論!」と明るい声が咲いたのはすぐのこと。
 そして三つの笑顔は交差して――願いは約束となり、輝き続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
ニーナ(f03448)と

厭い煩わしく想う此の『血の業』も
結局、逃れられないまま
こうして、薔薇は咲く
ちゃんと自分に流れてる
忘れない、忘れちゃ駄目なことを
もう一度、思い出したから
背負ってゆく、ずっと
ーー母が残した己の意味を

彼女と共に桜纏うオーラ防御を展開し
敵の黒薔薇ごと、呑み込んでしまえと
合図に合わせて頷くきみへの信頼
ああ、行こう、ニーナ
指定UCをニーナへの援護と
重ねるように敵へ放ち
毒を持って毒を制するように
数多鋏が剪定しよう
空間に薔薇花弁が彩を混じえて舞い上がる

…俺にとっての『絆』は此処にもちゃんと在る
貰った赤薔薇にゆびさきで触れて
大切な友を護るために


ニーナ・アーベントロート
千鶴くん(f00683)と

あたしと『血の絆』を結ぶのは母親だけじゃない
大事な弟がいるんだ
血の繋がりは半分だけど
家族としての絆の強さは変わらない
母から受け継いだ吸血鬼の血に、弟と同じ人間の血
二つが相乗効果であたしを強くしてくれるってわけ!

指定UCで防御力を向上させ
オーラ防御による防壁を張りながら
誘き寄せとフェイントによる視線誘導を行う
隙が出来たなら合図と共に
同時に畳み掛けようか、千鶴くん!
月光の属性攻撃で、おやすみなさい
加えて舞い散る花弁の餞なんて、贅沢かもね

…へへ、『絆』の力の勝利だね
赤薔薇に其の手が触れれば
誇らしくて少し照れくさい
護ろうと一緒に戦ってくれたきみの思いも
あたしの大事な宝物



 花は自分の魂を源に咲いた。
 だったら、自分と『血の絆』を結ぶのは母親だけじゃない。
 ニーナは赤薔薇の冠を見せるようにしっかりと顔を上げ、心臓に咲いた一輪に手を添える。
「……大事な弟がいるんだ」
「……だから何だ? 俺には何の関係もない」
 口内に溜まった血を吐き捨てた宵栄の声をニーナは無視した。
 いいから聞きなよと言うように瞳を向け、続ける。
 弟との血の繋がりは半分だ。けれど、家族としての絆の強さは変わらない。大事な弟であることは、何が起きたって崩れやしない。
「母から受け継いだ吸血鬼の血に、弟と同じ人間の血。二つが相乗効果であたしを強くしてくれるってわけ!」
 親から自分へ。それはニーナの抱くものとは様相が違うが、千鶴が厭い煩わしく想うもの――自身に繋がる『血の業』も同じだ。結局、逃れられないまま今に至っている。
(「こうして、薔薇は咲いて。ちゃんと自分に流れてる」)
 だから千鶴は忘れない。
 忘れてはいけないことを、もう一度思い出したから。
「ニーナ」
「ん?」
「俺は背負ってゆくよ、ずっと。――母が残した己の意味を」
 美しく彩る青薔薇と共に輝く紫彩はアメジストのよう。何だかもっともっと綺麗になってない? 首を傾げつつ笑ったニーナに、千鶴は何のことと目をぱちり。
 いつものように言葉でじゃれながら、けれど二人の意識はきちんと敵に向いていた。ひゅんと聞こえた空気の音へ即座に反応し、狼の遠吠え響く中、ニーナが一瞬で張った防壁が魂への暴力そのものとなった紅鞭の一撃を防いでみせる。
 月光の力を宿した防壁には千鶴が共に展開した護りが重なっていて、紅鞭による衝撃が煌めく桜のドームを一時生み出した。それは夜の中に灯ってくるくると廻る春色洋燈のよう。
 だが蕩けるような彩とふわり舞う護りの力は、護るだけに非ず。降る黒薔薇ごと呑み込めば、魅入られたものを怪しく囚える籠の如く。相手が世界を滅ぼそうとする意志と力を持った者であれば、二人が作り出すものに誘い込む入り口はあれど、逃げる出口など決して用意されはしない。
 そして金色がほんの一瞬でも囚われたなら。
「同時に畳み掛けようか、千鶴くん!」
「ああ、行こう、ニーナ」
 合図をひとつ。
 頷き一回。
 短いやり取りは信頼の証。
 いつもよりも速く駆け高く跳べる理由も、互いの花と言葉から紡がれた信頼が源。そう思えば得物を手にした顔には誇りと共に笑顔が咲き、溢れ続ける力はそのまま技へと注ぎ込むのみ。
「おやすみなさい」
 ニーナが揮う攻撃は、その言葉に相応しく月光に属すもの。
「加えて舞い散る花弁の餞なんて、贅沢かもね」
 欲しいものではないだろうけれど、一時の眠りには悪くない筈。
 文句が投げつけられるだろうことは、こちらを見る不満しかない表情を見る以前から予測済み。けれど――それを言う暇なんて、あるのかな。
 くすり笑った黄昏色に、宵栄が眉間に皺を寄せる。怪訝な色はぴくりと猫耳が跳ねた瞬間、強い警戒へと変わった。だが、その一瞬の間に周囲は金の企みを断ち切ろうとする百以上の鋏に囲まれた後。
「――チッ」
「行儀が悪いね」
 そして諦めも悪い。
 何を、どうやっているのか。ぐるんと自身を囲うように紅鞭を暴れさせ、その内に籠もった宵栄に千鶴は溜め息をつき、同時に右手の指先をひらり。しゃららと鋏の刃が音を奏で――青薔薇の毒蔦絡む、アンティークかつ容赦のない裁断が始まった。
 それは毒を以て毒を制するように。
 数多の鋏が紅の壁を斬りつけ、裂き、断ち、薔薇の花びらがそこへ彩を混じえて舞い上がる。宵栄の起こす黒に千鶴の深蒼が向かい、飛翔する鋏と共にいつまでもどこまでも鮮やかに。
 鋏と鞭の根比べを呈し始めた光景に、ニーナは丁度いいやと一息ついた。だからとて、完全に油断して心身を休めたりなんてしない。鋏が描く、全体を捉えるのも至難な幾何学模様を瞳に映し――千鶴を見て、へへ、と笑う。
「『絆』の力の勝利だね、千鶴くん」
「……俺にとっての『絆』は此処にもちゃんと在る」
「え?」
 千鶴の指先が、贈った赤薔薇に触れた。
 大切な友を護る為に。
 そう言って静かに笑む千鶴は、顔を飾る薔薇と生来宿すものが合わさって、とっても綺麗で――何よりも、贈った赤薔薇に触れながら向けられた言葉が誇らしく、少し、照れくさかった。
「ね、千鶴くん」
「何、ニーナ」
「護ろうと一緒に戦ってくれたきみの思いも、あたしの大事な宝物だよ」
 ぱちり。紫彩が瞬いて。
「……そう」
 かすかな声に滲んでいた感情は、鋏が響かす音色の向こうへと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
イサカさん/f04949
はい、おはようございます。
きちんと起きてくれて何よりです。

戦場の死角に居続ける形で移動します。
花弁や《闇に紛れて》イサカさんと交代。一気に距離を詰める。

宝物。
そう仰るのでしたら、示される先は誰にも譲らない。

…欲望が悪とされるのは、際限無く湧き出てくるものだからです。
宝物なんて至上の愛情表現ですよ。
でも今日“は”ひとつ足りません。
目の前にあの人とのお揃いがあると欲しくなる。内緒ですけどね。

終ぞあのひとと同じ花は咲いてくれませんでした。
菊も梔子も――蓮もです。
あなたの体に生えてるそれですよ。その花の何が不服なんですか。
『あなたが満足する宝ってのはなんなんですか』。


黒江・イサカ
夕立/f14904と

ふあ
1回寝ると充電されるまで起きないんだよ、僕は
起きただけ褒めてほしいもんだね

それにしてもいいステージだ
白い花弁に黒い花弁に、大盤振る舞いって感じ
……おや 君、僕とお花がちょっとお揃い
君に比べてちょっといろいろ生えてるけどね

ま、いいかこんな話は
だって君、これから死ぬんでしょ?
それ、僕にやらせてよ
僕の宝物、教えてあげるからさ

視界が多少悪くたって、僕の目にはあんまり関係なくてね
死線ってやつが見えるんだ
まあまあそんなに慌てるなって 宝物の話でしょ
これね、越えたら君が死ぬ線で、
…ほら、猫ちゃんもそんなに喜ばないで
勿体ぶってるんだよ

……ああ、そろそろ潮時かな
約束通り見せてあげる、宝物



「ふあ」
 繰り広げられる戦いを他所にすぐ傍からした目覚めの欠伸。
 夕立の視線を受けた顔面をほぼ飾り尽くしている花の下へ、同じ花々で飾られた手が入っていく。目元を擦っているらしい。白い花たちがふわふわと揺れた。
「はい、おはようございます。それと始まってますよ」
「おはよう夕立。ああ、うん。一回寝ると充電されるまで起きないんだよ、僕は。起きただけ褒めてほしいもんだね」
「そうですね。きちんと起きてくれて何よりです」
 イサカの目はすっかり花に覆われているものの、笑みを浮かべている口周りだけは、かろうじて見えている。まるで花の仮面だ。そんな花でいっぱいの顔は、誰かが戦っているだろう先を舞い降る花びらと一つに纏めて眺めていて。
「じゃ、行こうか」
「ええ」
 笑う口。行く先を見る赤。
 動き出した二人の足音は、舞う花びらのように音も無く。


 この世界は滅びの間際にあって、眠りを寄越す花びらがずっと降っていて――それにしてもいいステージだとイサカは笑った。
(「白い花弁に黒い花弁に、大盤振る舞いって感じ」)
 自分の体に咲く花は、咲き始めと比べ随分と賑やかになっている。イサカは軽快な足取りで向かいながら、袖の下からするりと折畳式ナイフを滑らせた。
「はは」
 笑う。同時、目の前で甲高い音と紅い光が弾けた。
 少しばかり傾けた刃という壁に当たって音と光を弾けさせた物体、紅百合のような飾りが空へと翔けていく。龍か蛇のようだったそれは空中でぐんっと引っ張られ地上――宵栄の手元に戻った。
「……おや。君、僕とお花がちょっとお揃い」
 君に比べてちょっといろいろ生えてるけどね。イサカは白睡蓮ばかり咲く顔と自分の顔に咲く蓮を交互に指した。相手から突き刺さる殺気だけを向けられても、白い花々の下、薄い唇は笑ったまま。
「ま、いいかこんな話は。だって君、これから死ぬんでしょ? それ、僕にやらせてよ」
 僕の宝物、教えてあげるからさ。
 囁いた唇の傍で死後の花々がそわりと揺れた。
 宝。言葉をなぞった宵栄がうすらと笑む。教えろと告げたその隣に、自身と高さがそう変わらない月色の猫を現した。うるるぅ、と猫から聞こえた音に愛らしさはなく非常に穏やかではないが、イサカは商談を持ちかけるように語り続ける。
「視界が多少悪くたって、僕の目にはあんまり関係なくてね、死線ってやつが見え――」
 宵栄が花びらで覆われた地面を紅鞭で抉った。イサカは笑ったまま両手で「まあまあ」とジェスチャーひとつ。
「そんなに慌てるなって。宝物の話でしょ。これね、」
 つい、と指先で特に何もない空間をなぞる。
「越えたら君が死ぬ線で、……ほら、猫ちゃんもそんなに喜ばないで」
 花びらを吹き飛ばし跳んできた猫の爪を躱す。
「勿体ぶってるんだよ」
 一瞬だけ見えた光の筋は刃が閃いたその名残。ひょいひょいと歩くような足取りで、けれど速度は“歩く”を優に超えていたイサカの話が終わる前に、大き過ぎる猫は光の粒になってしゅわりと崩れて消えて――闇が、動いた。ああ、そろそろ潮時のようだ。
「約束通り見せてあげる、宝物」
 全身に咲く白い花を一斉に揺らし、ふわり、ひらり。舞う花びらと同じようにイサカが下がる。その時間とぴたり重なって一瞬で現れたのは混じりけのない黒と赤と、首を彩る一筋の白。
 夕立の刀が閃き、宵栄の鞭が蛇の如く躍る。花びらという花びらを吹き飛ばし、花降る夜に火花を散らし続ける。烈しく響く音の合間、夕立を映した黄金が冷え――嗤った。
 これが宝だと? どこがだ、何がだ?
 嗤う声に返る赤は静かに凪いでいるようで。けれど。
「……欲望が悪とされるのは、際限無く湧き出てくるものだからです」
 一つ欲望が叶えばまた一つ。尽きず湧き続けるそれが欲望だ。そこには他の名前が付けられることもある。例えば。
「宝物なんて至上の愛情表現ですよ」
 そう言われた。イサカが示したその先は、誰にも譲らない。“黒江・イサカの宝物は矢来・夕立”だ。
「でも今日“は”ひとつ足りません。菊も、梔子も――蓮もです」
「何の話だ」
「あなたの体に生えるそれですよ」
 夕立の手から式紙が翔る。流星のように、燕のように。速く、疾く。走る月猫を一瞬で置いてけぼりにして宵栄に迫る。
「“あなたが満足する宝ってのはなんなんですか”」
 ぴくり。宵栄の眉が跳ねた。
「その花の、何が不服なんですか」
 宵栄の眉間の皺が深くなる。白睡蓮がざわざわ揺れ――違う、と低い否定が返った。
「この花は俺の最期を満たし、飾る花ではない」
「――は? 何ですかそれ」


 夕立は覚えたムカつきのままに目の前の“お揃い”を一つ掴んで引き抜いた。


 自分には、ついぞ同じ花が咲いてはくれなかった。


 それは自分だけが知ること。秘密、内緒と呼ばれるもの。
 ただ。自分を宝物だと言ったあの人には、嘘で隠しても見抜かれてしまうかもしれないけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
使い捨てとかイイ迷惑だコト
ケドその真っ白な花……ホント似合ってナイわねぇ、お互い

ナンて冷やかしつつも
来て以来ずっと降り、咲く花々のコトは今じゃお気に入りなのよネ
お探しのではなかろうと、存分に振舞ってアゲルわ

一歩、踏み込むと見せかけ残像残し【彩儡】発動
まあ一か八か、敵の心読み術に反映させるわ
ナニが見えてるか知らないケド
油断が誘えりゃ御の字、怒りを買うならソレも良し、ネ
隙見て「くーちゃん」の爪牙にマヒの毒を乗せ喰らいつかせるヨ

鞭の動きは注意して見切りオーラ防御も併せ攻撃逸らすわ
痛みは怖くないケド魂はあげられない
死の花咲かせてまで守ってきたモノだもの
アンタの生命を喰らった所で、癒せはしないだろうから



「使い捨てとかイイ迷惑だコト。……だからしっぺ返し喰らうんじゃナイ?」
 それでも金糸の髪はさらさらと流れ、顔に咲いた睡蓮は真っ白のまま。いつの間にか増えた藤の花も、咲いたばかりとはいえ猟兵仲間の猛攻を浴びたと思えないくらい、しっかりとしている。
「ケドその真っ白な花……ホント似合ってナイわねぇ、お互い」
「ならばその花を全て枯らして、別の花を咲かせてみせろ」
「その注文は受けられないわぁ」
 やぁねぇ、注文するならもっとマトモにやって――なんてコノハは冷やかしを露わに飛び退いた。代わりに打たれてざあっと舞い上がった黒い花びらの向こう、自分を睨む男へ見せつけるように、手から喉元へと続く白く愛らしい小花の道を向ける。
「今じゃお気に入りなのよネ」
 この花も、来て以来ずっと降るこの花びらも。
 白、青、紫――降る花びらはコノハの髪を染める彩とよく似ていて。
「お探しのではなかろうと、存分に振舞ってアゲルわ」
 ぐっと地面を踏み、蹴った。
 積もっていた黒い花びらを巻き上げるように後ろへ散らし、――だが踏み込む動きはそうと見せかけただけのもの。それに気付いた宵栄の目には紅鞭を揮えど届かぬ残像ばかり。
 “コッチよ猫ちゃん、手の鳴る方へ”――なんて声をかけるサービスは無い。
 残像の向こう、うすらと笑む唇に添えた指ひとつ。種も仕掛けも、レシピも内緒。明かすとしたら、ただ、映しただけ。万物の彩を取り込む影となった身ならば、多くを知らぬ者が相手であろうともその内を。本人も意識しないくらい深い深い所、心の底にあるものに変わるだけ。
 そして変わったという認識をした瞬間、ハッとした表情の宵栄に腕を掴まれた。見開かれた目に一瞬映って見えた気がしたのは、どこかで見た形と彩の、ような。
「お前は、」
 宵栄の言葉はそこで途切れた。掴んだ宵栄自身が自分の行動に驚いていた。何を、と呆けた表情はもう少し味わっても良かったかもしれない。だがコノハは「誰が見えたか知らないケド」と笑って手を払い、その瞬間にはもう我を取り戻した男が揮う紅色に鋭い笑みを向け、影狐を腕から刃へと這わせながら駆ける。
「痛みは怖くないケド魂はあげられないのよ。だって、死の花咲かせてまで守ってきたモノだもの」

 それにアンタの生命を喰らった所で、癒せはしないだろうから。

 もし、魂とぴたり重なるものが、癒せるものがあるならば。
 ソレは何と問えば、満足の行く答えをくれるのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リヒト・レーゼル
【荒屋】

花。どんな花、なのかな。
すごく大切な花なら、届けてあげたい。
でも、俺の花を取られるのは、だめ。
執念が俺の魂を、攻撃してくるんだ。
すごく強い想いに、押し潰されそう。
だめだ。ここでおわりたくない。

俺の花は、灯りみたいにあたたかくて、道標になるんだ。
俺に灯りとしての使命と、力をあたえてくれる。
照らすよ。俺が、みんなを照らすんだ。
類の足元も照らす花だ。みんなの傷の数だけ、俺は強くなれる。

類が成功をしたら、傷の分ほど俺は戦う。
これが俺の花。俺だけの花。
俺のたからものは、かんたんに、渡せないんだ。
類。まだいける?俺はまだ、行くよ。絶対に、まもるんだ。


冴島・類
【荒屋】
黒い花弁が溢れる先で、聞こえる
諦観と倦んだ熱を滲ませる声

確かに
ここにいる皆に、十色に咲いたものにもないなら
どんな花を探しているんだろう

鞭がリヒト君へ向いたのが、半分埋まった視界に映る
思考を中断し、鞭持つ手が次を繰り出すのを止めるため
傷厭わず踏み込み薙ぎ払う
やめろ
彼の花根、心を撃つな

呼ばれた猫と共にかけれた問い
今、君が攻撃したのも、その一つだ

左目に咲く花へ触れ、強く心の中で呼ぶように念じる
するべきことを、為す時だ
なら、もっと咲いて

命と世界を懸けてまで、探す宝はどんな色?
問いと共に喚んだ花は常より多く、速い
篝火が照らしてくれる先
猫と彼へ向け、縛り、行動阻害を

ああ、勿論行くとも
渡す気はない



 黒い花びらが溢れるそこで初めに聞いたのは、諦観と倦んだ熱を滲ませた声。
 繰り返された言葉は、否定と拒絶。
 妖怪、猟兵、自分自身。咲いていた花も新たに咲いた花も皆違うと繰り返す男の眼光は、猟兵たちを迎えた時以上の冷たさと鋭さを帯びていた。少しばかり毛羽立った長い尾が、ゆらり、ゆらり。左右に落ち着き無く揺れる尾を類は見つめ、
「花。探しているのは、どんな花、なのかな」
 リヒトの言葉で、類の中に興味が芽生えた。
(「確かに。ここにいる皆に、十色に咲いたものにもないなら、どんな花を探しているんだろう」)
 殺しにかかるばかりだった宵栄が、ある猟兵の腕を急に掴んだことも引っかかる。何かを見て驚いたように見えたが――。
「花の、形は? 色は?」
 リヒトが向ける灯りのような眼差しは真っ直ぐで、しかし、宵栄は答えない。類とリヒト、二人と二人の花を見据え、手にしている紅鞭で花びらの大地を撫でる。
 黒一色のそこをするすると行く紅色は、蛇のようにふとした瞬間に襲いかかってくるのだろう。目的を果たす為ならば、体が動く限り何度も何度も揮われる。
 それほどまでに探しているのなら。
「すごく大切な花なら、届けてあげたいって、思う」
 リヒトは自身に咲いた花を見る。灯りを浴び、瞳と似た色に染まる白の蛍袋。これは自分の花だ。だから、取られるのは、だめ。探す花が誰かの花なら、その花も取るのはだめだと呟いて、ぱちり。
 風が吹いたような音がした。
 けれど視界に映るのは、花吹雪のように舞う黒い花びらと一瞬で迫る紅色。
 あ、と思った瞬間、紅鞭に容赦なく打ち据えられる。だが鞭で打たれた時に感じるだろう灼熱じみた痛みはこれっぽっちも生まれない。浴びた一撃はリヒトの体ではなく魂を容赦なく掴み上げ、紅鞭に籠められた執念の凄まじさを直接伝えてきた。
 “立つ”ということを失くしたように足から力が抜ける。一瞬で伝わった積年の想いに圧し潰されそうだ。それを“だめだ”と思う心がある。“ここでおわりたくない”と、想いが灯る。
(「ああ、でも」)
 また、紅い色が。
 紅鞭を持つ手が次を繰り出そうと動いて――、
「やめろ」
 半分埋まった視界に映った最初の一撃を類は止められなかった。
 だが、二度目は許さない。認めない。
「彼の花根、心を撃つな」
 青、黄、ピンク。鮮やかな薔薇の花びらと共に踏み込んだ瞬間を紅鞭が襲う。その瞬間走った痛みが魂を引き裂きにかかるが、類は奥底から全身へと走りそうな痛苦も厭わず目の前を薙ぎ払った。
 放った一撃は空気も黒い花びらも紅鞭も全て纏めた大波へ。それに全身を呑まれた男の体で、白睡蓮と藤花が吹き飛びそうなほどに花びらを揺らし――それが収まる直前、ぎらぎらとした金眼が類に向く。
 傷を負うことも厭わず他人を助けに入った魂の花は、宝は。
 答えろと返答を強制する男の隣から、喚ばれた猫が飛び出して。
「今、君が攻撃したのも、その一つだ」
 宝は一つに留まらない。
 守りたいものは、いつだって多く在る。
 凛と宝を示した瞬間、幽世の夜が明るく照らされる。猫が急停止し、耳を伏せ全身の毛を逆立て唸る。
 ふわりと生まれた自分の影が伸びる先は対峙する男の方。つまり、光の元は――、
「リヒトくん」
 振り向いたそこには、誰よりも何よりもあたたかな色。
 内側から外へ。燃えて、照らす、皆の目印となった姿。
「……ルイ、俺も照らすよ。ううん、俺が、みんなを照らすんだ」
 自分に咲いた花は、灯りみたいにあたたかった。
 この花は道標だ。自分に灯りとしての使命と、力を与えてくれる。どれだけ深く強い想いに圧し潰されそうになっても花の灯りが掬い上げてくれて――そして、類の足元も照らす花となる。
 灯りと若葉の色が交差し、頷き合う。
 類は左目に咲く時計草へ触れた。
 滅びの際が在り、全ての命を使おうとする男が居る。
 ――するべきことを、為す時だ。
(「なら、もっと咲いて」)
 花の魂を呼ぶように強く心の中で念じれば、触れていた時計草全体がやわらかに揺れた。左目から全身へ、鼓動に合わせ力が巡る。
「命と世界を懸けてまで、探す宝はどんな色?」
 問いと共に喚んだ花も常より多く、その数に思わず笑めば、花々がリヒトという道標が照らす先に着くまで要した時間は一瞬。
 宵栄はすぐさま飛び退き紅鞭を揮って花から遠ざかろうとするが、花に続いたリヒトの剣がぱちぱち弾ける火花以上の速さで閃いた。動きに合わせ揺れる蛍袋は行く先を示す道標だけでなく、鐘のようにも見えて。
「これが俺の花。俺だけの花。俺のたからものは、かんたんに、渡せないんだ」
 猫の方は、わうわう鳴きながら花に呑まれ消えゆく所。そして宵栄の腕や肩に花々が根をはり、余るほどある邪心を喰らって――本音を咲かせていく。
 草木の新緑。宝珠の翡翠。水辺の碧。
 くるりくるりと変わり定まらない宝の色に、類はおや、と瞬いた。欲張りなのか、何色だったか覚えていないのか。優しく照らしてくれる篝火殿は、宝をちゃんと“持っている”のだけれど。
「類。まだいける? 俺はまだ、行くよ。絶対に、まもるんだ」
「ああ、勿論行くとも」

 渡さない。奪わせない。
 咲いた花も、花を咲かせた宝も――!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
黒羽/f10471

なに?
名前を呼ぶ声に短く答えて
そうかい。……そうだね
そう呟いて今一度だけ首元を指で触る
きれいだから好きだったのかな
今更聞けやしないしどうでもいいけど
これも私であるなら

ほしいもののために手段を選ばないのは嫌いじゃないよ
見つかるといいね
なんてのはたわごとですらないけど

行っておいでと、喚んだ白蛇を指先でけしかける
氷の花は冷たいかい?
逃しやしないけど

そいつの毒ならともかく
私のものがひとつでも奪われるのは、意外と我慢ならない質みたいでさ
あいつの好きだったもの あいつのこと あいつのもの
奪うのは許さない
いっとき、まやかしで思い込まされただけだとしてもね
椿みたいに潔くはないんだ


華折・黒羽
有さん/f00133

掌にはらり落ちてくる白桜の花弁を見つめ
馳せた想いに柔く笑む
あなたに強く答えを求める事はしない
影に咲くのも、黒翼に咲くのも
咲いた白桜が示す何かを、見つけ定めるのは己自身の道

有さん

変わらぬ表情のあなたは今何を思うのだろう

椿、綺麗ですね

先に呟いた言葉を、今一度
あなたの中にあるものも
定めるのはあなた自身にしか出来ぬ事だろうから
俺は見たままのあなたを知ろう

今は目の前の、務めを果たして
花冷えの中に舞う氷が桜と生る
金色を囲み、吹雪け

白桜の中を這うあなたの白蛇
眸の色は白の最中でも煌々と揺らめく
そうだ、奪われるわけにはいかないのだ
記憶も、今も

存分に見るといい
これが俺の、大切な人の記憶の花です



 はらりと掌に落ちてくる白桜の花びらはまるで、誰かの足跡めいていて。
 白桜を見つめていた黒羽は、胸の内より彼方へと馳せた想いに柔く笑んだ。
(「あなたに強く答えを求める事はしない」)
 影に咲いた理由。黒翼に咲いた理由。
 今宵咲いた白桜が示す何かを、見付け定めるのは己自身の道。
 黒羽は掌の白桜を風に乗せて離れ、「有さん」と呼んだ。「なに?」と短い返事をした有の表情は変わらぬまま。今何を思っているのか全く計れないけれど。
「椿、綺麗ですね」
 自分が感じたように、有の中にあるものを定められるのは有自身にしか出来ないことだろう。黒羽は見たままの有を捉え、知っていく道を選んだ。
「そうかい。……そうだね」
 先に呟いていたものと同じものを呟いた黒羽に、有は再び短く返しながら、首元に咲いた椿に指で触れる。この花は――きれいだから好きだったのかな。花はここにあるのに、訊く相手はあの日からずっといない。
(「今更聞けやしないしどうでもいいけど。これも私であるなら」)
 ――それでもいいんだけど。
「で、さ。お前はまだやるつもりなんだろう。宝探し」
「そうだ」
 流れていく煙のような緩やかさで有の目が宵栄に移り、黒羽もまた宵栄を瞳に映した。
 男の宝は誰にも咲いていない。決して見付からないという言葉通り、このまま戦い続けても、宵栄が探す宝は見付からないだろう。
 それでも、宵栄は探すことを止めない。妖怪に咲かなければ猟兵に。猟兵に咲かなければ、死ぬか生きるかの状況に追い詰めてでも咲かせようとする。
「ほしいもののために手段を選ばないのは嫌いじゃないよ」
 見つかるといいね。
 付け加えたそれが戯言ですらないなんて、わかっている。そして今しがた言った通り、宵栄が手段を選ばず花を咲かせようとしていることも。それは黒羽が見たままのもの、知ったものでもあった。
 目の前の勤めを果たさんと決意浮かべた黒羽の周りで空気が一気に冷え、有の傍に巨大な白影が浮かび上がる。突如として訪れた冬の気配はちらちらと降る氷を生み、舞う白桜に氷桜がきらきらひらりと加わって。
「吹雪け」
 告げる声と同時に金色を囲い囚える氷桜の牢獄へ。
 宿し続ける執念。白睡蓮と藤花の源である魂。宵栄の何もかもを呑もうとする氷桜の吹雪の中へ、行っておいでと喚ばれた白蛇はけしかけられる。
 巨大な白が吹雪く氷でうすらと白を纏い始めた黒薔薇の大地をゆけば、どおんどおんと音が轟いて――そこに数度、紅の筋が奔った。
「俺は、俺の宝を必ず見付け出す」
 咲いたもの。見たもの。それらが違うのならば次へ、次へ。更に、次へ。
 低く届いた声と、吹雪く氷桜を切り裂き白蛇を荒々しく出迎える紅は、吹雪く世界でもよく見えた。それを揮う男の金色は冬の中に紛れ、よく見えないが。
「氷の花は冷たいかい? 逃しやしないけど」
 繰り返すばかりの夢から醒めるには丁度いいさと呟いた有の視界で、白蛇の尾にバチバチと雷が咲く。白を帯びた強烈な金が激しく叩き付けられ、ぶわりと舞い上がった黒は――土煙か、それとも積もっていた花びらか。
 ほんの一瞬、白蛇と激しく暴れ合っていた紅色が動きを鈍らせた。白蛇が首をもたげ、勢いを緩めない白のさなかでも煌々と揺らめく瞳に黒羽は一瞬見入っていた。少し、椿の赤と似ているだろうか。
「ところで」
 ふいに届いた声へ思わず返事をしかけ、気付く。この状況でも有はいつも通り立っていた。だが瞳は白蛇這う先を見ているようで、ああ、違う何かを映したのだと感じ取る。
 氷の花が圧となって舞う先を見る金の目が、どこかを見つめ――すう、と細められる。
「そいつの毒ならともかく、私のものがひとつでも奪われるのは、意外と我慢ならない質みたいでさ」
 あいつの好きだったもの。
 あいつのこと。
 あいつのもの。
 ――自分の中に今もある、花の源。
「奪うのは許さない。いっとき、まやかしで思い込まされただけだとしてもね」
 お前の毒をやりなよ。きっとよく効くさ。
 巨大な白蛇をけしかければ、真っ白な牙と真っ赤な口が冬の中にその色をはっきりと浮かべ――どうっと突っ込んだ。
「悪いけど、私は椿みたいに潔くはないんだ」
(「そうだ、奪われるわけにはいかないのだ」)
 銃声のような音を響かす紅が何度も現れ、そこへ白蛇が向かう。姿は見えないが、あそこにいる。金華猫の男は、まだ、倒れていない。
 見えぬものは多く、故に惑い、迷うことはあるだろう。だが、己自身の道を行く中で見たもの知ったものもまた多い。そこには、時が過ぎても尚消えぬ記憶と今が在る。
 黒羽は両翼を力強く広げ、白蛇が向かう先へと意識を集中させる。
「存分に見るといい。これが俺の、大切な人の記憶の花です」
 吹雪け。
 もっと強く。
 吹雪け。
 燃える黄金を凍らすほどに。
 何を奪おうとし、何に触れたのかを、冷たき白と共に刻みつけろ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
【猫ひげ】

君の瞳も金色?きれいだねって見詰めてから気付く
いつも聞こえていたこえがしない
――『私』がいない?
どこかに行っちゃったのかな?居なくなった?…とられた?
誰に?さっきの奴?それとも世界に?
ああ、獲られるぐらいなら、いっそ、
あい(こわ)してあげられたら良かったのに

アイビー、アネモネ、薔薇、
あい、を意味する花が胸や手に絡むように咲く
強まるのは神力
【救済】の光で術を壊す
ああ、ちおりちゃん
いま寝ちゃったら怒る?
また尻尾膨らんじゃうかな?ふふ
心で言葉描く横顔を眺めて
新しい花に綺麗に彩られた、かわいいかわいいちおりちゃん
君もいつかは――なぁんて、ね
なんでもないよ

ねぇ、おまえの欲しい花はなんだったの?


橙樹・千織
【猫ひげ】

ロキさん、手に花が増えて…
新たに咲き綻ぶ花々を見やりぽつりと呟く

はい?
……当たり前です!こんなとこで寝ないでください!
告げられた言の葉を聞いて我に返り
糸桜のオーラ防御を二人に付与

私の、宝…
問いかけの答えは口にせず
大切な家族と
そして
自身と縁を結んでくれた友人達を
心に想い描きながら、迫る敵を麻痺を伴うなぎ払いで吹き飛ばす

人、もの、場所…
大切で失いたくないものが私の宝
お前が納得しようとしまいと関係無い
宝を護るために刃を振るうだけ
破魔と浄化を刃に纏わせて構えれば
ふわり、虞美人草の隙間にトリテレイアが咲む

お前の“宝”は何?
鞭を、猫を、武器受けでいなして

…??
ロキさん?どうかしました?


城野・いばら
探すコに逢えないのは残念ね
でもアナタのお花も素敵なのに

鞭は武器受けて防げそう
けど品定めする視線や声に囚われて
大切な、髪紐が解け黒薔薇が落ちる
幻覚に、辛い記憶が重なり体が竦む
バラバラになる私達の――
イヤ、とらないで

必死に手伸ばせば
茨達がかばうよう伸びて
『なんと傲慢な…此れだから人間は』
咲く黒が…え、ロサ?

咲かせてみせろですって
俺様系?
やだー
面倒くさそう
赤、黄、緑に青まで
花弁振るわせ、葉を蔓を撓らせる光景は
懐かしいお喋りな茨の国

言の葉や縦横無尽な動きで
催眠術を遠ざけてくれて
その隙に茨で反撃を

お花にも命が心があるのよ
宝と隔て蔑ろにするなら
本当に咲ってほしいコだって振向いてくれないわ
いばら達も、お断り



 さすがにちょっと寒かった。
 花吹雪を隠すほどの氷桜の吹雪と巨大白蛇の共演は面白かったけど。
 ロキは千織にびっくりしたねと言いながら腕を擦る。千織のように着物の装いでいれば温かったろうか。
「! ロキさん!」
「ん? あ、」
 ゆったりと薄れゆく冬と白の名残の向こうから現れたシルエットは、黒と金。
 静かにゆらりと視線を向けた宵栄に、ロキはやっほーと親しげに手を振り笑いかける。
「へえ、君の瞳も金色? きれいだね」
「……」
 色は自分のものが濃いだろうか。宵栄の瞳の金は気持ち鈍い金色といった印象で――比べながら見つめたそこで、いつも聞こえていた声がしないことに気付いた。
(「――『私』がいない? どこかに行っちゃったのかな?」)
 何も言わずに黙って居なくなった? ううん、まさか。じゃあ、
(「……とられた?」)
 誰に? さっきの奴?
 それとも世界に?
(「『私』、『私』」)


 ああ、獲られるぐらいなら、いっそ、

 あい(こわ)してあげられたら良かったのに


 あい(こわ)せないまま居なくなった『私』への想いが、あいを意味する花を呼ぶ。
 アイビー、アネモネ、薔薇――花たちが咲いたことに気付いたのは、ロキではなく千織だった。
「ロキさん、手に花が増えて……」
 ぽつり呟いた千織は、ひりひりとした何かも溢れていることに気付いて唾を飲んだ。心をほぐそうとしても緊張感を覚えずにいられないこれは、恐らくロキの神力だろう。
(「花が増えたことにも理由が……?」)
 手だけでなく胸にも絡むように咲く花々は鮮やかではあるけれど、花が増えたロキの目が――と、そのロキの目がふいに自分へと向いて笑った。
「ああ、ちおりちゃん。いま寝ちゃったら怒る?」
「はい?」
 寝? 怒?
 ぽぽ、ぽん、と千織はハテナマークを浮かべてぽかん顔。
「また尻尾膨らんじゃうかな? ふふ」
「……当たり前です! こんなとこで寝ないでください!」
 楽しげに――本当に楽しんでいるのかもしれない――ロキの言葉で我に返る。
 こんなとこで――世界を滅ぼして、宝が見付かる為なら一度死ぬことを良しとする男がいる場所で寝る(かもしれない)なんて!
 怒りながらも、さあっと広げたあたたかな彩は糸桜の守り。体に咲いた花とは違う花で自身とロキを守る千織に宵栄の視線が向いた。冷たい眼光にきらきらと糸桜の守りが映って――女、と不躾な呼び方の不快さで山猫耳がぴんっと動く。
「お前の宝は何だ」
「私の、宝……」
 不快の色は思い浮かんだ宝の姿がかき消した。
 大切な家族。そして、自身と縁を結んでくれた友人たち。
 心に思い描いた彼らの姿、笑顔、声――共に過ごしてきた時間が千織の宝。
 けれど答える気はなかった。なぜ、大切な宝を奪おうとする者に教えてやらなくてはいけないの。答えるものがあるとしたら――、
「人、もの、場所……大切で失いたくないものが私の宝」
 心に在る大切なものたちに触れさせぬよう、千織が口にする言葉はこれのみ。
 これに納得しようとしまいと関係ない。宝間を護る為に刃を揮うだけと、駆けてきた猫を薙ぎ払い吹き飛ばす。ぐるんぐるんと回転して着地して、懲りずにまた向かってきた猫には、理解出来るようとびきり清らかな力を籠めた一撃を。
 月色の猫を屠り、力を纏わせたまま構えた千織の首、そこに咲いた虞美人草の隙間に星のような花が咲き綻んだ。トリテレイア――それは『大切に守る』という心の表れである花。宝への想い。
「お前の“宝”は何?」
 最期を満たし、飾る花と告げる声を聞いた。
 そこまで想う宝を求め続けていて――なぜ、手元にないのか。
 宵栄は答えない。ただ、何かを言いかけるように口を開き――ぎりっと閉じ、紅鞭を激しく揮う。掠るだけで肌を裂きそうなそれを千織は武器でいなし、ロキはくすくす笑いながら軽快に躱していく。
 溢れるあいを咲かせて、瞳は霞草で覆ったまま。千織の攻撃に合わせ、戯れるように破壊の光で救いの印を刻みつけて、
(「……ああ、おかえり、『私』」)
 居る。きこえる。
 あい(こわ)す前に取り戻せて良かった。
 だってこれは自分の宝物だもの。
 霞草が作る花園の下、蜂蜜金色の双眸は心で言葉描いた横顔へ。
 虹色をした骨の獣たちと会う前から首に咲いていた、ふんわりと丸みを帯びた花。そこに加わった星のような花。新しい花に綺麗に彩られた、かわいいかわいいちおりちゃん。
(「君もいつかは――なぁんて、ね」)
 ふわりと花が揺れる。踊る。
 薄紅の撫子を纏った千織の髪も、八重桜の花びらと一緒にふんわり揺れて――ぱちっ。千織は濃く鮮やかな橙をきょとりと丸くさせ、霞草が可憐に覆い尽くすそこに向ける。何だか、今。
「ロキさん? どうかしました?」
「なんでもないよ」
 そういえば、まだ聞いていない。
「ねぇ、おまえの欲しい花はなんだったの?」

 もしわからないのなら、このままこわしてあげようか



 満たされないままの月色は花に何度“違う”と告げたのだろう。
 それはきっと、今日だけのことではない筈。
 全てに対しきつく鋭い眼差しばかりを向ける宵栄に、いばらの瞳は寂しげに細められた。
「探すコに逢えないのは残念ね。でもアナタのお花も素敵なのに」
「俺の宝でなければ、如何なる花であろうと意味は無い」
「もう。違っていても、そのコたちは確かにアナタのお花よ」
 いばらは冷たく返った言葉に口を尖らせながら薔薇意匠の紡錘で紅鞭を受け止めた。僅か数秒、きりきりと焼き付くような音が顔のすぐ横で響く。
 遠く空へと翔けていった紅色はきっとすぐに金色の手元に戻る。その前にといばらは迷わず大地を蹴って――けれど紅鞭と共に向けられていたもの、品定めするような冷たい視線と低い声が一瞬でいばらの内に入り込み、心が囚われる。
 しっかり結んだ筈の、大切な髪紐がしゅるりと解けた。黒薔薇が落ちる。手を伸ばして受け止めようとしたのに、出来なかった。溢れた幻覚に、辛い記憶が重なる。体が竦む。
 あの時の記憶。もう戻れない時間。
 “バラバラになる私達の”――、

 イヤ、とらないで

 それは心に響かせたものか、口にしていたのか、判らない。
 いばらは救えなかったものを掬おうと必死に手を伸ばしていた。とどいて。とらないで。おねがい。心が叫びそうなほど震えた時鮮やかに翔けた彩は、決して忘れることのない茨たち。
『なんと傲慢な……』
 此れだからと呆れる声。咲いた黒。
 目に映るものが信じられず、いばらは瞬きを繰り返す。
「……え、ロサ?」
『咲かせてみせろですって』
『俺様系?』
『やだー』
『面倒くさそう』
 咲いたものは黒だけではなかった。赤、黄、緑に青――花びらを震わせて、葉を蔓を撓らせる光景は、遠く届かないと思っていたお喋りな茨の国。
『此れを』
「あっ……!」
 しゅるり。伸びた茨が拾い上げ掌に乗せられた黒薔薇を、いばらはもう一度しっかりと結わえて、前を見る。
 ああいうアリスが来たらどうする? ちくりとしちゃうかも、一回だけね、あんなアリスがいるわけない――止まないお喋り。縦横無尽に翔る様。心囚える術を彼女たちが遠ざければ、明るく広がった世界を黒薔薇を飾った少女の茨が鋭く翔ける。
「お花にも命が心があるのよ。宝と隔て蔑ろにするなら、本当に咲ってほしいコだって振向いてくれないわ」
 どんなに強い輝きでも、それでは月にも太陽にもなれはしない。
「いばら達も、お断り」
 そうよ、そうだわ――頷く彼女たちの声と共に、翔けた茨が月色の男を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


 溢れるあいを咲かせて、瞳は霞草で覆ったまま。千織の攻撃に合わせ、戯れるように破壊の光で救いの印を刻みつけて、
(「……ああ、おかえり、『私』」)
 居る。きこえる。
 あい(こわ)す前に取り戻せて良かった。
 だってこれは自分の宝物だもの。
 霞草が作る花園の下、蜂蜜金色の双眸は心で言葉描いた横顔へ。
 虹色をした骨の獣たちと会う前から首に咲いていた、ふんわりと丸みを帯びた花。そこに加わった星のような花。新しい花に綺麗に彩られた、かわいいかわいいちおりちゃん。
(「君もいつかは――なぁんて、ね」)
 ふわりと花が揺れる。踊る。
 薄紅の撫子を纏った千織の髪も、八重桜の花びらと一緒にふんわり揺れて――ぱちっ。千織は濃く鮮やかな橙をきょとりと丸くさせ、霞草が可憐に覆い尽くすそこに向ける。何だか、今。
「ロキさん? どうかしました?」
「なんでもないよ」
 そういえば、まだ聞いていない。
「ねぇ、おまえの欲しい花はなんだったの?」

 もしわからないのなら、このままこわしてあげようか



 満たされないままの月色は花に何度“違う”と告げたのだろう。
 それはきっと、今日だけのことではない筈。
 全てに対しきつく鋭い眼差しばかりを向ける宵栄に、いばらの瞳は寂しげに細められた。
「探すコに逢えないのは残念ね。でもアナタのお花も素敵なのに」
「俺の宝でなければ、如何なる花であろうと意味は無い」
「もう。違っていても、そのコたちは確かにアナタのお花よ」
 いばらは冷たく返った言葉に口を尖らせながら薔薇意匠の紡錘で紅鞭を受け止めた。僅か数秒、きりきりと焼き付くような音が顔のすぐ横で響く。
 遠く空へと翔けていった紅色はきっとすぐに金色の手元に戻る。その前にといばらは迷わず大地を蹴って――けれど紅鞭と共に向けられていたもの、品定めするような冷たい視線と低い声が一瞬でいばらの内に入り込み、心が囚われる。
 しっかり結んだ筈の、大切な髪紐がしゅるりと解けた。黒薔薇が落ちる。手を伸ばして受け止めようとしたのに、出来なかった。溢れた幻覚に、辛い記憶が重なる。体が竦む。
 あの時の記憶。もう戻れない時間。
 “バラバラになる私達の”――、

 イヤ、とらないで

 それは心に響かせたものか、口にしていたのか、判らない。
 いばらは救えなかったものを掬おうと必死に手を伸ばしていた。とどいて。とらないで。おねがい。心が叫びそうなほど震えた時鮮やかに翔けた彩は、決して忘れることのない茨たち。
『なんと傲慢な……』
 此れだからと呆れる声。咲いた黒。
 目に映るものが信じられず、いばらは瞬きを繰り返す。
「……え、ロサ?」
『咲かせてみせろですって』
『俺様系?』
『やだー』
『面倒くさそう』
 咲いたものは黒だけではなかった。赤、黄、緑に青――花びらを震わせて、葉を蔓を撓らせる光景は、遠く届かないと思っていたお喋りな茨の国。
『此れを』
「あっ……!」
 しゅるり。伸びた茨が拾い上げ掌に乗せられた黒薔薇を、いばらはもう一度しっかりと結わえて、前を見る。
 ああいうアリスが来たらどうする? ちくりとしちゃうかも、一回だけね、あんなアリスがいるわけない――止まないお喋り。縦横無尽に翔る様。心囚える術を彼女たちが遠ざければ、明るく広がった世界を黒薔薇を飾った少女の茨が鋭く翔ける。
「お花にも命が心があるのよ。宝と隔て蔑ろにするなら、本当に咲ってほしいコだって振向いてくれないわ」
 どんなに強い輝きでも、それでは月にも太陽にもなれはしない。
「いばら達も、お断り」
 そうよ、そうだわ――頷く彼女たちの声と共に、翔けた茨が月色の男を貫いた。
宵雛花・十雉
【蛇十雉】

オレたちにはオレたちの花があるように
貴方にも貴方だけの花があるんだね
オレはとても綺麗だと思うけど
貴方にとってはそうじゃないのかな

自分に咲いた花にそっと触れる
臆病で泣いてばかりのオレを慰めるために、なつめがよくくれた花だ
なつめの花には誰かを笑顔にする力がある
オレもそんな風になれたらなって思ったっけ

なつめが護るって約束してくれたように
オレも生きるって約束したんだ
生きて、そしていつか強い男になるよ

燃える命を表すような
紅葉色の梔子が胸に咲く
全身に霊力が漲るのを感じた

やろう、なつめ
2人で力を合わせれば
どんな相手にも負けない、そうだろ?

宝物はきっと近くにあるよ
見ようとすれば、きっとね


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】
大将のお出ましかァ。
…お、アンタにも花、
咲いてンのか
なァ、その花はお前にとって
どんな思いの花なんだァ?

俺の梔子の花はなァ、
渡すやつの『幸せ』を願って
よくやってたんだァ
俺みてェな辛い思い、しねぇようにって。

隣のこいつにもそーだった
ずっと、ずっと。
幸せでいて欲しくて
いくつもやった
今となっては誓いの花だ
お互いの道を照らすーーひかり。

そう語っているうちに
カランコエのような花も
咲きはじめていた。
それは

『お前を護ってやる』

そう誓った時に咲いた
紅葉色の梔子だ

お前の花と俺らの花
どっちが綺麗に咲うか。勝負だ。

ったりめーだ相棒ォ
まだ『終焉れねェ』ンだ。
俺たちは夜明けを見るまで
ーー枯れねェ…!



 雫の音がした。
 夜の水辺を更に暗く染め花びらを濡らす雫は、ばたたと多めに滴った後、感覚を空けながら控えめな音を生み続ける。
 それ以前に流れたものも多くあるだろう。宵栄の手の甲に咲く白い睡蓮の下に見えた乾いた赤から、顔の右側と首筋を繋ぐように咲いた白い睡蓮、そして藤の花。なつめは小さく目を瞠った後にからりと笑う。
「……お、アンタにも花、咲いてンのか」
「オレたちにはオレたちの花があるように、貴方にも貴方だけの花があるんだね」
 貴方だけの花。やわらかに笑った十雉の言葉に宵栄が僅かに息を呑むが、すぐに眼光は鋭いものとなる。だが多くの傷を負った為か、鋭さに対して見える動きは鈍りつつあった。
「なァ、その花はお前に取ってどんな思いの花なんだァ?」
「そのようなものは無い。俺の宝でない以上、この花は邪魔なだけだ」
「……オレは、とても綺麗だと思うけど」
 貴方にとってはそうじゃないのかな。ぽつり呟いた十雉の頭をなつめはくしゃりと撫で、綺麗に咲いてるじゃねェかと笑って、
「本当に邪魔だって思ってンのか?」
 白い睡蓮で包まれるようにして覗く瞳へと細めた目を向け、問いかけた。
 ゆったりと上げた龍尾に咲く白い花と同じものが、口元と右の小指にも咲いている。この花を邪魔に感じた瞬間は、一度も無かった。
「俺の梔子の花はなァ、渡すやつの『幸せ』を願ってよくやってたんだァ。俺みてェな辛い思い、しねぇようにって。隣のこいつにもそーだった」
 ずっと、ずっと幸せでいて欲しくて。
 そう語るなつめと同じ花、右目に咲く梔子に十雉はそっと手を寄せた。
 臆病で泣いてばかりの自分を慰める為に、なつめがよくくれた花だ。どーしたときじ、大丈夫か、泣くンじゃねェ、大丈夫だ――花を貰うたびに、自分の中に芽吹くものがあった。
(「なつめの花には誰かを笑顔にする力がある。オレもそんな風になれたらなって思ったっけ」)
「いくつもやった。今となっては誓いの花だ」
 この花は、お互いの道を照らす――ひかり。
 そう語るうち、なつめに梔子以外の花も咲き始めていた。気付いた十雉に名を呼ばれ、目をやったそこでふわふわと揺れる花が、ひとつの言葉を二人の内に咲かせる。

『お前を護ってやる』

 なつめがそう約束した時、十雉もなつめに約束をした。なつめが告げた“護る”という約束に、“生きる”と――生きて、そしていつか強い男になると。あの時の約束は、今もここにしっかりと根付いている。
(「あれ、胸が……」)
 熱い。そこから全身へと霊力が漲っていくのがわかる。
 手を伸ばし、目を向ける。瞳に映ったのは燃える命を表すような紅葉色――なつめに咲いたのと同じ梔子だった。
 視線が合った二人は、花だけでなく心も同じだとすぐに感じ取った。幸せを宿した笑みを互いに浮かべ、黒い花びら降る中に立つ宵栄には不敵な笑みを。
「お前の花と俺らの花。どっちが綺麗に咲うか。勝負だ」
「くだらん。何の意味がある」
 怒りを滲ませた声と共に宵栄の手がゆらりと動く。紅鞭が黒い花びらの大地を、さらさらと音を立てて撫でていく。積もっていた花びらが低く跳ばされ、ひゅんっと紅色が舞い――一気に濃さを増した殺気と共に溢れた圧が風となり、静かだったそこに空気の音を低く響かせた。
「やろう、なつめ」
 髪も服も乱暴に翻す風圧の中、十雉は宵栄から目を逸らさない。紅葉色の梔子に手を添えて、臆病だった頃を超えた強さを瞳に宿し、誇らしげに笑う。
「二人で力を合わせればどんな相手にも負けない、そうだろ?」
「ったりめーだ相棒ォ、まだ『終焉れねェ』ンだ」
 花溢れる幽世は未だ夜の中。
 だが自分たちは夜明けを見るまで――、
「枯れねェ……!」
 この約束も違えはしない。
 溢れるのは辛い思いではなく、幸いの思いを。
 不幸ではなく、幸せになって欲しい。幸せでいたい。笑い合いたい。
 約束を響かせ駆けるなつめは、そのさなかに問う声を聞いた。現れた猫が月色の光を全身に纏い、放たれた紅鞭の色と共になつめの瞳に映る。その色が、向けられたものがなつめの中に芽吹いた約束を更に燃え上がらせた。

 お前の宝は、何だ

 宝。宝ならある。咲いた花、交わしたもの。それから――、
「俺の宝は、絶対ェ傷付けさせねェ!!」
 迫る猫よりも速く駆け、懐に飛び込んだ。猫の顎を掌底で跳ね上げ、地面から離れた前足をがしりと掴む。足に力を入れ、そのままぐんっと体を捻る。
 月色に輝く巨躯が大地に沈められ花びらが派手に舞う刹那。魂を千切る一撃は、夜の中を翔けた雅やかな彩が。紙飛行機が翔る一瞬の間で破魔矢に変わり、紙よりも遥かに丈夫な筈の鞭を射抜き、引き裂き、揮っていた宵栄の手に突き刺さる。
「ぐぁッ……!」
「宝物はきっと近くにあるよ。見ようとすれば、きっとね」

 オレも、そうだった

 呟き、十雉は前を見る。ゆるりと体を起こしたなつめと目が合って――白と紅葉色の梔子を傍に、あたたかな笑みが二つ咲く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
立ち塞がるならば蹴散らす迄
――ジジ、これからが本番だぞ?

私の「思い出」を奪わせはせぬ
弟子の灯花だって同じ事
何処ぞの馬の骨に散らされるなぞ
傷付けるなぞ言語道断
彼奴の紅鞭がジジを捉える前に
【愚者の灯火】で阻止

齎される悪夢
大切なもの――唯一の弟子が奪われる錯覚
偽りだとして、もうこれ以上奪われるなんて嫌だ
掴まれた鞭に目を剥くも
彼奴の意図を知れば不敵に笑む
…阿呆、誰に云うておる
ああそうだ、取り乱すな
今の私には力がある
今度こそ守ると、魔術揮う手に咲かすナナカマド
…宵栄
貴様が求める「宝」とは一体何なのだろうな

戦の後、差し伸べられた手に触れる
綻ぶその蕾には瞠目を
…っはは
なんて、お前らしい


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
うむ、承知しているぞ
ここは彼れの狩場ではない故

潰され落ちた花
求め、奪いに奪って尚足りぬなどと
その涅槃の花とて嘆いていような
…お前には、一輪たりと呉れてはやれぬ

師の炎による援護得て
振るわれる鞭先掻い潜り、剣を手に接近せんと
されど師が、裡侵す術に襲われていると知れば
自らその紅鞭を掴む

魂苛む苦痛は寧ろ
己にもそんな物があるのだと小さく嗤い
何より――これで逃げられまい
鞭の根本へと【怨鎖】放ち
絡めた鎖を引き、動きを封じる
師父、やれるか


戦のうちに花冠は
多くの花弁を散らしてしまったが
…大丈夫か、師父
その手を取れば
触れた指と指の間へ新たな花が灯り咲く

己の魂よりも花よりも
得難き宝は此処に



 紅鞭を持つ手から血が滴り落ちる。宵栄の指は紅鞭を掴むのではなく挟んでいるに近い。力が入らないのだろう。だが追い詰められ血塗れとなっても、金の眼に宿る宝への執着は薄れておらず、アルバは溜め息をこぼす。
「まだ立ち塞がるならば蹴散らす迄よ。――ジジ、これからが本番だぞ?」
「うむ、承知しているぞ。ここは彼れの狩場ではない故」
 叶えたいものがあろうと、それがどのようなものであったとしても、花も命も、悪戯に奪われていいものではない。
 その想いも嘲笑う男の顔から睡蓮が一つ離れた。そのまま落ちる筈の花はすぐに伸びた手へと収まり、静かに揺れる。だが花を手にした宵栄は僅かに見開いた目で見た後、「違う」と握り潰した。
 血で濡れた花びらの上に落ちていく睡蓮は、求め、奪いに奪って尚足りぬと男が示した碧花をジャハルに思い出させた。
「その涅槃の花とて嘆いていような。……お前には、一輪たりと呉れてはやれぬ」
 そう。何もやれぬ。
 アルバの指先は『思い出』に触れ、瞳は夜闇を彩り照らす灯花の冠へ。
「知った事か」
 返った答えが想いをより一層強くする。遠く、けれど今も鮮やかな彩で記憶に宿る日々と繋がる花々が何処ぞの馬の骨に散らされるなぞ――傷付けるなぞ、
「言語道断」
 宵栄が答えた瞬間地を蹴り駆けたジャハルの姿がアルバの目に映る。ジャハルより遅れて動いた紅色も捉えれば、魂裂く一撃がジャハルを捉えきるより速く数多の炎で周囲を満たした。
 夜を照らし黒の花びらを払い、風よりも星よりも速く炎が翔る。炎は剣を抜いたジャハルの隣を、頭上を翔けながら共に宵栄へと向かい、紅鞭との距離が縮まった瞬間に次々と紅鞭目掛け翔け抜ける。
 炎の尾を残し周囲を照らす輝きはジャハルと剣の宿す漆黒を染め――そこに月のような金がかすかに映るだろう刹那、ジャハルは輝き宿した双眸の矛先が己でないことに気付いた。


 悪夢を見たことがある。
 寝台の上、夢の中。戦いのさなか、様々な場所。
 それから、ずっとずっと昔、貴石砕かれる音が響く中で。
 そして新たな悪夢がやって来る。
 夜を裂き現れた紅色にジャハルが襲われた。防具ごと肉を裂かれ、溢れた血飛沫が黒い花びらを真っ赤に染めて夜の底へと星灯りが――大切な、唯一の弟子が消えていく。
(「あれは錯覚だ」)
 ジジがそう易々と倒れるものか。教え、導き、鍛え続けた幼子の強さは、師である己が誰よりも理解している。それでも、これ以上大切なものが奪われる光景に心が嫌だと悲鳴を上げていた。
(「ジジ、」)
 倒れ動かぬままの姿へと手を伸ばそうとする。
 上手く力が入らない。指先が震えるだけだ。
(「ジジ、」)

 けれど、悪夢に囚われた心に星と夜の彩が射す。


「止めろ」
 ジャハルは揮われた紅鞭を自ら掴んでいた。掴んだそこから一気に流れ込んできた力が魂を苛む苦痛となるが、それは魂を裂いて膝をつかせるのではなく、小さな嗤いを生み出すだけ。
 魂など――己にもそんな物があるのだ。それを苦痛に依って知るという過程にも嗤った口は、掴んだ紅鞭をぎりぎりと握りながら不敵な笑みへ。きっと、同じものをかの宝石人も浮かべているのだろう。
「――これで逃げられまい」
「お前、」
 察した宵栄の手が紅鞭を放すよりも速く鞭の根本に血雫が触れる。瞬間爆発した血雫はジャハルと宵栄を繋ぐ鎖となり、囚える心算でいた男の手から腕にぐるぐると絡みついた。
「師父、やれるか」
「……阿呆、誰に云うておる」
 ああそうだ、取り乱すな。
 今の私には力がある。
 魔力。魔術。知識。研鑽に研鑽を重ね身に付けた全ては、
(「今度こそ守る」)
 繋がれ、強く引かれ、体勢を崩し動きを封じられても尚抗う意志を見せた男を瞳に映し、炎の魔術を揮うアルバの手にナナカマドが咲いた。白い手を覆う花は緻密なレースのように。可憐な見目の内に決意を宿した白に炎の紅蓮が映り、一瞬の後に遠ざかる。炎の群れが翔け、昇り、空より来る星のような苛烈さで落ちていく。
「……宵栄。貴様が求める『宝』とは一体何なのだろうな」
 叩き込む寸前に向けた言葉に、男が目を瞠る。
「俺の名を、どこで」
 だが返答を聞く時間は炎の雨に閉ざされる。そも、与えられる筈もなく――宝を探し花を溢れさせた男は、紅蓮と共に過去へと還された。


 訪れてからずっと降っていた花びらが白に染まり、降る量が少しずつ緩やかなものへと変わっていく。積もっていた花びらもその姿を薄くしており、暫くすれば幽世の夜は元の姿を取り戻す筈だ。
 それに僅かな名残惜しさを覚えながら、ジャハルは目の前をふわりと落ちてきた花びらを受け止める。戦う中で、淡く輝く花冠は多くの花びらを散らしていたが。
「……大丈夫か、師父」
 差し伸べた手にアルバの手が触れた時、指と指の間に灯り咲いた新たな白花。
 二人は揃って目を瞠り、
「……っはは」
「師父?」
「いや、何……なんて、お前らしい」
 花の中に混じる蕾をアルバは指先でそっとつつく。
「水をやればこれも咲くか?」
 楽しげな笑みに、ジャハルは無言で頷いた。
 己の魂。花。宝と呼べるものは花の源となった思い出のように数多。けれど何よりも得難き宝は此処にと、花と共に咲く笑顔を瞳に刻む――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月24日
宿敵 『金・宵栄』 を撃破!


挿絵イラスト