たゆたう猫と海底の花園
●海底に広がる
いくらかの蒸気機械が使用されているこの島では、いつの頃からか、顔や体に塗れば海中でも呼吸ができる魔法薬が使用されている。
そして、島という限られたスペースを有効に使いゆくうちに人々は、陸に近い海底に花を咲かせることに成功した。
澄んだ海底に広がるのは、さまざまな花が咲き誇る花園。
そして海中を悠々と泳いでゆくのは――猫。
●ご案内
グリモアベースにて、彼女はしなやかに佇んでいる。
昨年よりは水着による露出が少なく見えるのは、纏った半透明の単によるものか。
いや、これはこれで逆に……など言う者もいるけれど。
「いらせられませ。グリードオーシャンの島へ、遊びにゆきませぬか?」
そんなこと、意に介さずに彼女――紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は目を細めた。
「すでに猟兵達によってオブリビオンから解放された島のひとつなのですが……その島では、近くの海底に花園を作っているのでございます」
薔薇や百合、金木犀に鈴蘭、水仙、ライラック、スミレ、ミモザ、マグノリア、ゆず、ジャスミン――……多種多様の花が、季節を問わず咲き誇るそこは、まさに花園。
木に咲く花は、品種改良が重ねられたようで、盆栽程度のサイズとなって海底に咲いている。
「こちらの花、好きな花を好きなだけ――けれども、摘み尽くしてしまわぬ程度――摘んで良いとのことです。そして摘んだ花を使い、島では香料を作ってくださるのです」
もちろん花をそのまま持ち帰ることもできるけれど。
蒸気機械を使った特別な精製法で香料を作り出し、香水を始めとした香りのアイテムに変えてくれるという。
「ふふ……マリンテイストの桜の香りなど、気になりませんか……?」
心なしか、馨子は嬉しそうに微笑して。
「そして!」
「なんと!」
「この島の!」
突然強まった語気に、何事かと息を呑む猟兵たち。彼らを前にして馨子は、目をキラキラさせて言の葉を紡ぐ。
「この島のっ、お猫様たちは! この島にっ、たくさんいるお猫様たちは! 泳ぐことができるのです……!!」
猫の島と言っていいほどあちらこちらにいる猫たち(ケットシーではない)は、この島で暮らすうちに独自の進化を遂げたのだろうか、海を泳ぐことができるという。
「海底の花園に行くために、この島の人たちは、独自の魔法薬を顔や体に塗って海中でも息ができるようにいたします。その魔法薬の開発とお猫様の進化とどちらが先かはわかりかねますが、この島のお猫様は水を嫌がらず、人々とともに泳いだり海底の花園へと潜ったりしてくださるのです……!!」
彼女の勢いが強めなのは、自身でも三匹猫を飼うほどの猫好きだからして。
馨子によれば猫たちは、だらーんと伸ばした下半身を左右にふりふりするようにして泳ぐのだとか。
「お猫様たちと一緒に水遊びでございますよ……!」
きっと猫たちは、泳ぐ姿も可愛いのだろう。
島では海底で育てた花を使用した香り関係の品物の他に、プリザーブドフラワーやドライフラワー、アレンジメントなどの花に関するものがたくさん売られている。
他にも食用花を使用した料理やスイーツを楽しむことができる。
島の猫たちの写真を使ったポストカードやキーホルダー、写真集などのアイテムの他、猫モチーフの品物も多く、探せば好みのものが見つかることだろう。
肉球の形をした落雁や生菓子、ゼリーやマカロンなどは、食べるのがもったいなく感じるかもしれない。
猫たちとともに海で遊ぶのももちろん楽しい。共に海底の花園を訪れるのも、もちろん。
「――楽園に、参りませぬか?」
にこにこと笑みを浮かべながら、馨子はグリモアを取り出したのであった。
篁みゆ
※このシナリオは既に猟兵達によってオブリビオンから解放された島となります。
※このシナリオは【日常】の章のみでオブリビオンとの戦闘が発生しないため、獲得EXP・WPが少なめとなります。
こんにちは、篁みゆ(たかむら・ー)と申します。
はじめましての方も、すでにお世話になった方も、どうぞよろしくお願いいたします。
海底の花園と猫の島へご案内します。
●1章のみの日常フラグメントです
なので、いろいろなことをするプレイングよりも、したいことを絞ったプレイングのほうが濃い描写ができると思います。
昼間~夕方までを想定しておりますが、時間指定がある場合はプレイングにてご指定ください。
海底の花園を鑑賞したり、花を摘んだり、魔法薬を塗り合ったり、お猫様と一緒に泳いだり、お土産を買ったり……他にも思いつく限りで楽しんでくださいませ。
アイテム発行はありませんが、後日ご自身でアイテム化していただくのはOKです。
花や香りやお土産物をお任せにしたい場合は『*』マークをプレイング冒頭にご記入ください。
センスはあまりあてにしないでください。
●グリモア猟兵について
篁のグリモア猟兵でしたら、お誘いがあればよほど無理な内容でない限り、喜んで可能な限り顔を出させていただきます。
●プレイング受付
8月24日8:31~。
締切はマスターページにてご確認ください。
●プレイング再送について
日常フラグメントという関係上、ご参加いただける方が多くなった場合は、プレイングの再送をお願いする可能性がございます。
また、採用についてマスターページを更新しておりますので、目を通していただけると幸いです。
●お願い
単独ではなく一緒に描写をして欲しい相手がいる場合は、お互いにIDやグループ名など識別できるようなものをプレイングの最初にご記入ください。
また、ご希望されていない方も、他の方と一緒に描写される場合もございます。
皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております。
第1章 日常
『猟兵達の夏休み』
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POW : 海で思いっきり遊ぶ
SPD : 釣りや素潜りを楽しむ
WIZ : 砂浜でセンスを発揮する
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●楽園
晴れた空に青い海。
波打ち際で遊ぶのは、白、黒、縞、ぶち……様々な毛色を持つ猫たち。
「にゃっ!」
「みゃーっ!!」
「うにゃ~お」
パシャパシャと、水しぶきを上げるように跳ねては水を掛け合って遊んでいる。
この島の猫たちは独自の進化を遂げたのか、水を怖がることがない。
それだけではなく、水を掛け合って遊んでいる猫たちの横を歩いて深い方へと進んだ猫は――ちゃぽん。
なんと、器用に泳ぎ始め、そして海の底へと向かっていったではないか。
彼らが向かったその先には、四季折々の花が咲き誇っており、陸上ですら滅多にお目にかかれぬ景色が広がっている。
さて、猟兵たちの見る景色は如何に――。
三上・桧
*☆
火車さんが泳げるようになりたいそうです
面白そうですので、観察しようと思います
『妾は決めたぞ、泳げるようになる。そして息子と海へ遊びに行く!』
そうですか、頑張って下さい。自分は近くでのんびりしてますので
……水に慣れる所からですか。先は長そうですね
周りの猫さんにコツを聞いてみてはいかがでしょうか?
『花を摘んできたぞ! 息子への土産じゃ!』
すごいじゃないですか、一日で素潜りできるようになるなんて
……お土産はお菓子とかの方が喜びそうな気もしますが、余計なことは言わないでおきましょう
火車さんが楽しそうで何よりです
寄せては返す波は小さく、けれども海特有の営みは確かにあって。
砂浜についた小さな足跡の先を見れば、太陽に照らされた砂浜を駆け回る猫たち。
波打ち際で楽しそうな鳴き声を上げながら、ぱしゃぱしゃと水を掛け合うように、持ち上げた前脚や後ろ脚を海水に下ろす猫たち。
沖の方へとすいすいと行き、ここだとばかりに潜っていく――それも猫たち。
『お、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
その光景を見て声を上げたのは、もっふもふの、黒に近い灰色の毛並みの猫。いや、彼女はただの猫ではない。ふたつに割れた尻尾を見れば分かるだろうか、彼女は猫又なのである。
『妾は決めたぞ、泳げるようになる!』
ピンクに近いアメシストの瞳を輝かせながら、彼女――野良猫又の火車は告げる。
『そして、息子と、海へ、遊びに、行く!!!』
どうやら海辺で楽しく遊び、平然とその広大なる海を泳ぐ猫たちの姿を見て、彼女の中の何かが刺激されたようだ。
「そうですか、頑張ってください。自分は近くでのんびりしてますので」
『行ってくる!!』
そばで火車が色めき立つ様子を観ていた三上・桧(虫捕り王子・f19736)が、そう告げ終わるよりも早く。彼女は砂浜を突っ切って波打ち際へと向かっていった。
(火車さんが泳げるようになりたいと言い出すとは……)
桧や火車の暮らすUDCアースの猫は、水が嫌いというのが通説だ。けれどもこの島の猫は、ほとんどが水を怖がらないという。それどころか、海で楽しく遊び、泳ぐことができるように進化したようだ――ならば、楽しそうに海で遊ぶ猫(仲間)たちの姿を見て、自分も、と思うのも無理ないことなのかもしれない。
(長生きしてる火車さんでも、新しいことに挑戦してみたくなることがあるんですねぇ)
猫又である火車は、桧が想像できないほどの長い時間を過ごしてきたと予想できる。いろいろなものを見て、いろいろなことを経験してきたのだろう。それでもまだ、彼女がこんなにも興味を示して挑戦しようとすることがあるとは。
(面白そうですね、観察しましょう)
桧は砂浜近くの樹の下に置かれたベンチへと腰を掛ける。伸びた枝と茂った葉が作り出す日陰は、ちょうどいい塩梅だ。
『あっ、わっ、ちょっ、まっ、待つのだ……!!』
「……、……」
あれだけ意気込んで波打ち際へと向かった火車だが、やはり寄せては返す波にまっすぐ突っ込むことができず。波が引いた分濡れた砂浜に足跡をつけるが、戻り来る波にあわてて後ずさっている。
「……水に慣れるところからですか。先は長そうですね」
呟いて、桧は木製のタンブラーを傾ける。近くの店で買い求めた冷えた花茶は、喉を通ってその清涼感と淡い香りを体中に齎した。
(花茶の茶葉、売っているでしょうか)
クセが少なくて思いのほか飲みやすい。この時期だからして冷やしてあるのだろうが、温かい花茶も試してみたくなる――南部鉄瓶で沸かした湯で淹れれて……。
『……、……』
そんなことを考えている桧の元に、火車が戻ってきた。とぼとぼとした足取りで、俯いて。心なしか――いや、明らかにしょんぼりして見える。
『……強敵じゃ……』
生物として生まれ持った恐怖心を克服するのは難しいのかもしれない。ましてやこの海の入口は、寄せては返す波。襲ってくるような動きは、特に水に恐怖心のない人間の子どもでも驚くことがあるからして。
「火車さん、周りの猫さんに、コツを聞いてみてはいかがでしょうか?」
『他の猫に、か?』
「ほら、こちらを見ていますよ」
振り返って浜辺を見れば、火車から見れば本当に小さな子どもである子猫や成猫たちが、チラチラと火車に視線を向けている。先程までの彼女の奮闘ぶりを見ていたのだろう。見知らぬ猫に興味を示したか、あるいは彼女が放つ異色のオーラのようなものが気になっているのか。
『教えを請う、か』
「まさかプライドに邪魔されて、あっさりチャレンジを諦めるとか言いませんよね?」
『ぐっ……そうじゃ、息子と海に遊びに行くため。……先達に、自らより長けているものに教えを請うことを恥じて得るものなどない!!』
桧の言葉に再び、弾かれるように砂浜へと舞い戻る火車。自ら猫たちに話しかければ、嬉しそうに近づいてくる子や火車の尻尾を不思議そうに眺める子など様子は様々で。けれども一匹たりとも、彼女の要請を断るものはいない。
(あ、でも、ここの猫が進化して来た猫なのだとしたら……)
もともと水に対する恐怖心などないかもしれない――水を怖がる火車への対応がわからないかもしれない、けれど。
「まあ、なるようになりますよね」
ひとりごちて桧は、テイクアウトした品を詰めた草籠から一口サイズのドーナツのようなものを取り出して、口の中へと放り込んだ。
* * *
気がつけば照りつけていた太陽が茜色に染まり、その太陽を受けて水面も同じ色に染まりつつある。
『花を摘んできたぞ! 息子への土産じゃ!』
桧の元へと戻ってきた火車は、咥えていた花を置いて鼻息荒く告げる。どうじゃ、やってのけたぞと言わんばかりの彼女の様子には、素直に感嘆せざるを得ない。
「すごいじゃないですか、一日で素潜りできるようになるなんて」
『妾にかかれば――といいたいところじゃが、あやつらの助言のおかげよ』
砂浜にいた若い猫たちに声をかけた火車だったが、彼らは泳ぎ方はともかく水に慣れるための方法を知らなかった。水に慣れている存在として誕生したのだから、無理もない。
だが彼らは火車を見捨てなかった。水に慣れていない、恐怖心のある猫を泳げるようになるまで面倒を見たことがあるという年かさの猫を、呼んできてくれたのだ。
年かさの猫の指導で水に慣れたあとは、若い猫たちと共に泳ぐ練習をし、そしてなんと夕暮れまでに海底の花園へ潜れるようになったのである。
火車が摘んできた花は、赤い秋桜。『愛情』の花言葉のあるその花は、彼女の息子への『愛情』の籠もった土産ということだろう。なにせ自分で体を張って、摘んできたのだから。
(……お土産はお菓子とかの方が喜びそうな気もしますが、余計なことは言わないでおきましょう)
火車は泳げるようになるまで、潜れるようになるまでどんなに大変だったかや、その目で見た海中の光景の素晴らしさについて興奮気味に語っている。そこに水を差すような真似をするのは桧とて本意ではない。
(火車さんが楽しそうで何よりです)
きっと次は、彼女が息子に泳ぎを教えるのだろう。
桧はその光景を思い浮かべながら、彼女の話に耳を傾ける――。
大成功
🔵🔵🔵
ヘルガ・リープフラウ
・ヴォルフ(f05120)と
海底の花園で、ヴォルフと共に四季折々の花を眺め
鮮やかに咲き誇る花々は、数多ある命の輝き
この世界の美しさそのままに
ここの花で香水を?
なら、どうかこの「梔子(くちなし)」の花を
甘く深い香りは、爽やかな初夏の訪れを告げる
夏が本格的になってくると儚く散ってしまうのだけど
香水であれば、いつでもこの幸せな香りを纏うことができるから
花言葉は「私は幸せ」
愛する人と共にある
いまのわたくしの心そのままに
出来上がった梔子の香を纏い再び花園を巡れば
不意に落とされたくちづけに、思わずその体を抱き返す
ヴォルフ、わたくしは幸せです
辛い時も悲しい時も、あなたが傍にいてくれるから
この幸せを永遠に……
ヴォルフガング・エアレーザー
・ヘルガ(f03378)と
愛する妻と共に、海底の花園を散策
梔子か……確かに違いない
俺は、お前の幸せを守れる男でありたいと
咲き誇る花々、人々の笑顔、命の賛歌
お前が望む世の幸せを守りたいと願う
梔子の香りを纏ったヘルガは、まるで彼女自身が
幸福を運ぶ白い梔子の花になったかのようで
近づけば、その甘やかな香りが心地よい
花々の影に隠れ、人の目が触れぬことを確かめると
彼女を抱き寄せ唇を重ねる
ヘルガ……俺の幸福の白い花
愛しているという言葉では足りないほどに
溢れる情熱を、優しさを、温かさを
お前は俺に教えてくれた
この幸せを、永遠に
お前と共に歩もう
魔法薬を互いに塗り合って、手をしっかりと繋いで波打ち際を歩く。
寄せては返す波を追うように砂を踏みしめて、波に足を撫でられながら、深く深く砂を降りてゆく。
魔法薬の力を信じていないわけではないけれど、口元が海水に触れる頃になると、僅かばかりの不安が浮かんで――ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は繋いだ夫の大きな手を、きゅっと強く握りしめた。
夫であるヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)は彼女のそのサインに気づいたが、言葉が必要だとは感じなかった。
確かめるかのように足を止め、彼女の青空のような瞳を見つめてひとつ、頷く。
そして、彼女のたおやかな手を優しく握りしめただけ――それで、十分だった。
愛する者と共にならば、どこへでも――ふたりは連れ立って海中へと身を沈めた。
* * *
深く深く沈みゆくのも、繋いだ手が離されることはないと知っているから、怖くはない。
確かに水の中にいるのに、目を開けていても塩水がしみることはなく、息もできる――そんな不思議に驚きを覚えながらも底へ底へと泳ぎゆく。
手を繋ぎ共にゆくその姿は、海中にあってなお空をゆく比翼の鳥のように見えた。
視界に広がるのは、四季折々の花。淡く、けれども鮮やかに咲き誇るその花々は誠に多種多様で、ヒトの生き様のようにも感じられる。
そう、この海底に咲く花々は、紛れもない命。命の輝きが、この美しい光景を為しているのだから、そう感じるのも無理なきこと。
(ああ――世界はこんなにも美しくて)
(咲き誇る花々、人々に笑顔、生命の賛歌――)
感慨深げに花々を見つめるヘルガの手を引きながら、ゆるりとヴォルフガングは進みゆく。
彼女の表情から窺い知れるそれを、彼女が望む幸せを、守りたいと強く、願いながら。
「折角の機会だ。ここの花で香水を作ってもらうのはどうだ?」
「香水を?」
「ああ。気に入った花はあるか?」
ヴォルフガングに問われたヘルガは、ゆるりと花園を見渡して。けれども迷いはなかった。
彼女が摘んだのは、まるで彼女自身の化身のような純白の花。
「なら、どうかこの梔子の花を」
その手にいただいた命を顔へと近づければ、海中にあってなおその、甘く深い香りが鼻孔をくすぐる。
「梔子か……」
夏が本格的になると儚く散ってしまうこの花も、この海底の花園では今なお咲き誇っていて。
「香水であれば、いつでもこの幸せな香りを纏うことができますから」
口元を梔子の花で隠し、目を細めるヘルガ。近くにいるヴォルフガングの鼻孔にも、その香りは届く。
(ああ――……)
梔子の花言葉は――「私は幸せ」。
愛する人と共にある、今のヘルガの心をそのままに表していた。
「……確かに、違いない」
ふたりは梔子の花たちを抱いて、来た時のように比翼の鳥として空を目指す――。
* * *
蒸気機械を使う工房で作られたその香水は、梔子の花を象った飾り蓋のついた瓶に封入され、ヘルガの手に渡った。
花の命を凝縮したそれを、感謝の思いで抱きしめる。そして、そっと手首に垂らしてからうなじに塗れば、少量なのに広がりゆく香り。
(っ――……)
梔子の香りを纏ったヘルガは、まるで彼女自身が幸福を運ぶ、白き梔子の花になったかのようで。
その甘やかな香りは、彼女に近づけば近づくほど、心地よさを以てヴォルフガングの心を染めていった。
ふたりは再び海中をゆく。降り立ったのは花園の、梔子の花が咲き誇る区画。
「ヘルガ……」
鼻孔をくすぐる甘い香りが強くなっていくのは、囁いたヴォルフガングが彼女を抱き寄せつつ、その口元へと顔を近づけたから。
辺りに人の気配がないことは、すでに確認していた。
だから――花々の陰で彼女を抱き寄せながら、その口唇へと自身のそれを重ねる。
「……!」
突然のくちづけに驚いたヘルガだったけれど――咄嗟に動いた身体が彼女の気持ちを如実に表していた。
彼女の細い腕は、彼の逞しい体を、ぎゅっと抱き返していて。
「ヘルガ……俺の幸福の白い花」
愛しているという言葉では足りないほどに、彼女は教えてくれた。
溢れる情熱を、優しさを、温かさを――……。
「ヴォルフ、わたくしは幸せです」
わずかに離れた唇。何よりも近くで彼の瞳の青を見つめたヘルガは、心から溢れそうになる思いをいだいて。
「辛いときも悲しいときも、あなたが傍にいてくれるから……」
この幸せを、永遠に――……。
それは、ふたりに通ずる思い。
共に歩みゆこうと、海底の花園で改めて誓う――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
木常野・都月
詩乃さん(f17458)と*
詩乃さん!海ですよ!
海の精霊様の匂い!
砂浜の感触!
しかも猫があちこちに!
人里の猫と違ってここの猫達は泳ぎが上手い。
俺は大人の妖狐だから、水着で一緒に泳ぎたい。
狐は水の中で狩りをする位だから、勿論水は大丈夫!
猫が詩乃さんの所に集まってる。
猫も神様、詩乃さんの側が良いんですね!
詩乃さんと猫達に連れられて、海の花園を眺める。
海なのに、植物の精霊様が元気だ。
凄く綺麗で賑やかです!
あろまおいる?
花の香りをオイルに……?
これで人は癒されるのか。
詩乃さんに、疲れが取れる花のオイルをプレゼントしたい。
きっと神様もお疲れ様だ。
喜んでくれたみたいで良かった。
俺の分も適当に買って帰ろう
大町・詩乃
都月(f21384)さんと
夏の海を猫さんと一緒に泳げるなんて、正に楽園ですね♪
と普段と違ってハイテンション
「都月さん、海底の花園に行きましょう♪猫さん達も泳いでますし、きっと楽しいですよ。」と手を引っ張って海に突入
海底では花園の美しさと、泳ぐ猫の可愛らしさにうっとり。
泳ぐ猫さんを抱き寄せてモフったり、都月さんと百合等の花々を愛でたりと、幸せそうな表情に
砂浜に戻れば猫さんをモフりつつ一休み。
都月さんの言葉に「猫さんが好きだから、猫さんも寄ってきてくれるだけですよ。あ、でも狐さんも好きですよ♪」と笑顔で
花のオイルのプレゼントには「ありがとうございます。大切に使いますね♪」と嬉しさの笑顔で感謝します
目の前に広がるのは、澄んだ蒼い海。
そして波打ち際でパシャパシャと遊んでいるのは、猫。
すいすいと、穏やかな水面に顔を出して泳いでいるのも、猫。
他の場所では珍しい光景かもしれないが、この島では普通の光景だ。
「詩乃さん! 海ですよ!」
海岸付近で興奮した様子を見せるのは、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)。もふもふの黒い尻尾がぶんぶんと揺れるのを、今は隠しはしない。
「海の精霊様の匂い! 砂浜の感触!」
だって、こんなにも楽しいのだから――隠す必要なんて。
先に砂浜に降りた都月は、裸足で降りた砂浜から伝わる熱と感触を実感し、笑顔を浮かべて振り返った。
「しかも猫があちこちに!」
「夏の海を猫さんと一緒に泳げるなんて……」
振り返った都月の視線を受け止めて、大町・詩乃(春風駘蕩・f17458)も倣うように砂浜へと足を下ろす。
見渡せば砂浜にも波打ち際にも、海面にも、たくさんの猫がいて。
「まさに楽園ですね♪」
普段は穏やかで落ち着いている詩乃も、流石に夏の海というロケーションと大好きな猫がたくさんという状況に、普段と違ってハイテンションである。
「人里の猫と違って、ここの猫たちは泳ぎが上手いですね」
森の中で狐として育ってきたがゆえの本能のようなものが、うずうずと都月の体内を駆け巡る。
一緒に泳ぎたい――けれども自分は大人の妖狐だから、と狐姿ではなくモスグリーンのハーフパンツタイプの水着で泳ぐ、と決めて。
「都月さん、海底の花園に行きましょう♪」
そんな彼の内心を知ってか知らずか、巫女服の名残を感じる白地のビキニ姿の詩乃は、彼の手を取って。
「猫さん達も泳いでますし、きっと楽しいですよ」
「はいっ!」
繋がれた手の誘いを、都月が断る理由はなく。彼女に引かれるようにして、ふたりで海水へと向かっていった。
砂浜が集めた熱を感じていた足を、海水はひんやりとつつみこんでくれて。そのまま深いところへと向かってゆけば、海水の温度と浮遊感がなんだか心地よく感じる。
狐は水の中で狩りをするくらいなので、都月も水は怖くない。彼女はどうだろうかとちらりと視線を向ければ、詩乃はその藍色の瞳を輝かせていた。
魔法薬を使用しているので、海中では問題なく呼吸もできるし目を開けていられる。どういう仕組みの薬なのかはわからないけけど、そんな事、些末な問題。
「わぁ……」
「ほぉ……」
海中から見下ろした景色に、思わず感嘆の声と息を漏らすふたり。
遠く海底には、色とりどりの花が広がっており、そこに行くまでの海中では、模様も大きさも様々な猫たちが下半身を揺らして泳いでいた。
「行きましょう♪」
手を繋いだまま、海底へと潜っていくふたり。
気がつけば、ふたりの側には猫たちが寄ってきていて。寄り添うように共に花園へと向かう。
「一緒に泳いでくれて、ありがとうございます」
「なぁ~ん」
海底に足をおろして猫を抱き寄せる詩乃。もふもふと抱きしめられた猫は、嬉しそうに彼女へと顔を擦り付ける。
すると、他の猫たちも順番待ちをするかのように詩乃の周りへと集まり始めたではないか。
(猫が詩乃さんのところに集まってる……)
猫を引き寄せる彼女を見て都月が感じたのは、微笑ましさのようなものだった。
「海なのに、植物の精霊様が元気だ。凄く綺麗で賑やかです!」
精霊の存在を自然に感じ取ることのできる都月は、海の底なのに植物の精霊の気配を強く感じ取っていて。
海水は地上の植物の生育に良い影響を与えない事が多いが、ここの植物は違う。水の精霊と植物の精霊が互いをとても尊重しあい、そして共に命を育んでいるのを感じることができた。
「これだけたくさんの花が季節を問わず咲いているのは、そう簡単に見ることのできる光景ではありませんね♪」
先ほどとは違う猫を抱きながらかがんだ詩乃は、片手でそっと百合の花へ触れる。
白い山百合だけでなく、薄桃色のオトメユリ、橙色のクルマユリ、黄色のスカシユリ、斑点のあるオニユリ――百合だけでもたくさんの色や種類が咲き誇っている。
「詩乃さんはこの花が好きなのですか?」
「そうですね……どの植物(いのち)も好きですよ♪」
都月の問いに答えた詩乃の浮かべる表情は、非常に柔らかく、幸せそうで。
彼女は植物を司る女神――ならばどこまでも続くようなこの海底の花園を見る瞳が優しいのも、当然のこと。彼女にとって植物は、きっと眷属というよりは愛すべき存在なのだろう。
そんな彼女の表情を見ていると、都月の心もなんだか暖かくなってくる――不思議だ。
* * *
飲み物を買ってきますね、休憩しましょう――告げて詩乃を砂浜に残し、都月は海岸近くに並ぶ店を見て回る。
最初は本当に飲み物と軽食の店を探していたのだが……。
「素敵なアロマオイルありがとう。早速今夜、バスタブに入れてリラックスするわ」
「気に入ってもらえて何よりだよ」
都月が通り過ぎようとした店から出てきた男女の会話が聞こえて、ふと足を止める。
(あろまおいる?)
聞いたことのない品ではあるが、それを贈られたと思しき女性はとても嬉しそうだった。ひょこっと店内を覗いてみれば、様々な形のガラス瓶や都月には何に使うのかわからない品物が並んでいるのとともに、たくさんの花の匂いが鼻腔を刺激した。
「やぁ、お客さんかな? 希望は何だい? 香水でもアロマオイルでもお香でも何でも言ってくれ!」
「あ、その……」
カウンターから聞こえてきた若い男性の声。店員なのだろう彼なら、知ってるかもしれない――都月は問う。『あろまおいる』とは何か、と。
「花の香りをオイルに……? これで人は癒やされるのか」
試しにと嗅がせてもらったオイルは、人より嗅覚の鋭い都月にはちょっとキツかったけれど。聞けば、使うときはオイルを直接嗅ぐわけではないという。
(詩乃さんに、疲れが取れる花のオイルをプレゼントしたい。きっと、神様もお疲れ様だ)
彼女の疲労を少しでも解くことができるなら――都月はその一心で、店員へと願った。
* * *
砂浜に上がって腰を下ろせば、海中からついてきた猫たちだけでなく、波打ち際や砂浜にいた猫たちも詩乃の側へと寄ってきて。甘えるようにすり寄ってくる子もいれば、ただ詩乃の近くに伏せて寛いでいるだけの子もいた。
それでも詩乃の周りは猫溜まりになっていて、彼女が膝に乗ってきた子猫を撫でていると――。
「猫も神様、詩乃さんの側が良いんですね!」
後方から聞こえてきた、聞き覚えのある声に振り向くより早く、その人物――都月は詩乃の隣まで歩んできて、木製のコップに入った冷たい果実水を手渡してくれた。
「ありがとうございます、都月さん」
礼を述べて猫たちに彼の座る場所を空けてほしいとお願いし、彼が自身の隣に腰を掛けたのを確認して詩乃は笑む。
「猫さんが好きだから、猫さんも寄ってきてくれるだけですよ」
それは事実だ。詩乃が神様だから特別というわけではないと思う。詩乃は、コップから果実水を口に含む都月の表情を見て。
「あ、でも狐さんも好きですよ♪」
そう付け加えて浮かべるのは、華やかな笑み。
「えっ、あっ、ありがとうございます……?」
そんな事言われるなんて思ってもいなかったから、むせそうになりながらも礼を述べた都月は、買い求めた軽食と土産物を入れた草籠へと手を突っ込んだ。その中には自分用にと買った、百合のプリザーブドフラワーもあったが、手にしたのはそれではなく。
「し、詩乃さん、これ」
「はい?」
詩乃の目の前に差し出されたそれは、綺麗な模様の彫られた小さな遮光瓶。首の部分には、白いリボンが結ばれている。
「あろまおいる、です。かもまいる・ろーまん、の」
「私に、ですか?」
「はい。詩乃さんにゆっくり休んで、疲れをとってもらいたくて」
店員に聞いたところ、比較的メジャーなものとしてカモミールのアロマオイルを薦めてくれたのだ。
詩乃はそっと、手をのばす。彼の手ごと小瓶を包み込むようにして受け取ったのは、感謝と歓喜の気持ちをしっかりと伝えたかったから。
「ありがとうございます。大切に使いますね♪」
彼のその気持ちが嬉しいから――詩乃は嬉しさで破顔した。
(喜んでくれたみたいで良かった)
草籠から軽食を取り出す際に目についた自身の土産。
彼女が愛おしそうに触れていたから、なんとなく選んだ花。
けれどもこれを目にするたびに思い出すだろう、この夏の楽しい時間を。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アウレリア・ウィスタリア
ルフ(f12649)と
2人でどこかに出掛ける
とてもこそばゆいです
ルフと一緒に猫と遊びましょう
もふっと抱えて温もりも感じるように
ルフ、猫は好きですか?
抱きしめたりしないのですか?
私はすごく好きですよ?
やっぱりルフも好きなんですね
猫に囲まれ猫を抱える姿に自然と笑みがこぼれる
…気がします
あら?と
頭に乗せられた猫を見上げる
えぇ、今日はキミが仮面の代わりですね
ただそこにいるだけで安心する半身
彼といるときは私はただの私でいられる
遊んでいるうちに見つけることはできるかな…
馨子
あぁ、会えたなら
ルフが私の半身だよって紹介したい
ルフにも馨子が私にルフのことを思い出させてくれたんだって
大切な恩人なんだって教えたいな
ルフトゥ・カメリア
アウラ(f00068)と
まさか、誘われるなんて思ってなかった
……でも、猫を抱えて嬉しそうに見える妹に、少しだけ、嘗てを取り戻した気分で安心する
言わねぇけどな、絶対
抱き締めないのかと言われて、少し迷う
猫は、動物の中で一番好きだけど
人前でそういうの、あんましたことねぇ
……あー、でも良いのか
人前っつーか、お前だし
半身なんだから、他人の前とは多分違って良いんだ
猫を抱えて、ぎゅっと柔く抱き締める
俺の体温が高いからか、気が付いたら足元にも猫が溜まっているから少し歩きづらい
よじ登って来た猫を抱えて、アウラの頭に一匹乗せた
……アウラの恩人なら、俺もちゃんとしねぇといけねぇし
探すなら、手伝うし……礼も、言っとく
ちらり、横顔を覗き見た。ふたりで一緒にどこかに出かけるなんて、なんだかこそばゆくて。
その横顔は、猫の遊ぶ海を見つめていた。
ちらり、横顔を覗き見た。まさか誘われるなんて思っていなかったから、どこに心を置いていいのかわからなくて。
その横顔は、いつもより柔らかく見えたと同時に、砂浜へと駆け出していった。
「……猫さんっ」
いつもは抑揚を見せることの少ない半身の声が、弾んで聞こえる。ルフトゥ・カメリア(月哭カルヴァリー・f12649)は彼女の声を拾いながら、視線で追って。
(……、……)
陽に照らされた砂浜に躊躇いなく足を踏み入れた彼女――アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)は、足元に集まってきた猫と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「抱き上げてもいいですか?」
「にぁ~」
白黒ぶち模様の猫の返事を待って、アウレリアはそっと手を伸ばす。指先から感じるもふもふな感触と体温が、そして腕への荷重が生命のあかし。
ぎゅっと胸元で抱きしめれば、もふもふで、暖かくて。その温もりを、心地よく思う。
(……ずいぶん嬉しそうだな)
その光景を少し離れた場所から見つめていたルフトゥの心に浮かぶのは、嫉妬やら羨望というよりも――安堵のような、懐かしさのようなもの。
ふたりが共に持つ空白、決して戻ることのできぬ『過去』の担うその部分に、少しだけ注がれた太陽色の砂。それは、共に過ごした嘗ての時を、その延長上で得るはずだったものを、少しだけ取り戻したかのように感じさせた。
(……言わねぇけどな、絶対)
ぶち猫を抱え、しゃがんだ膝に前足をかける別の猫に話しかけるようにしている彼女は、嬉しそうに見える。感情を表すことが苦手になってしまっていた彼女。ルフトゥの記憶に残る幼い彼女の笑顔とは程遠いけれど、それでも仮面を外しているから――否、そうでなくとも今の彼女が嬉しそうだということは、ルフトゥにも分かった。
「ルフ、ルフ」
「ん?」
アウレリアの琥珀色の瞳は、いつの間にかルフトゥを映していて。名を呼ばれて返事をすれば、彼女の近くにいる猫たちも自分を見ている気がした。
「ルフ、来ないのですか?」
「あー、今行く」
サンダルで砂を踏みしめてこちらへとやってくる半身の姿を、アウレリアはじっと見つめていた。どんどん近くなる彼は、アウレリアがしゃがんでおらずとも、その赤い瞳を見つめるにはだいぶ背伸びをする必要があって。記憶にある彼は、自分とほとんど背丈が変わらなかったのに。
(それでも――……)
彼がアウレリアの半身であることは、アウレリア自身が一番良く知っているから。
再び、こんな風に、太陽のもとで彼とともに穏やかに過ごせるなんて――思いもしなかったから。
魂(こころ)の奥へ奥へと埋まってしまっていたそれに気がつく日が来るなんて、それ自体を意識していなかったアウレリアには想像もできぬことだったから。
奇跡と表すのはちょっと違う。必然であるのだろうけれど、必然に至るまでのそれはアウレリアひとりでは、ルフトゥひとりでは為し得なかった。
「ルフ、猫は好きですか?」
その自覚があるから、今この時間(とき)を大切にしたい。存分に謳歌したい。
「抱きしめたりしないのですか?」
「あー……」
「私はすごく好きですよ?」
しゃがんだままの彼女は、窺うような、ねだるような色をその瞳に宿してルフトゥを見上げている。不思議と、彼女の抱くぶち猫と彼女のそばにいる猫たちにも、見つめられている気がした。
「猫は、動物の中で、一番好きだけど」
――人前でそういうの、あんましたことねぇ。
照れたように憮然と答えるルフトゥ。けれども彼は、アウレリアが口を開くよりも早く。
「……あー、でも良いのか」
口元に手をあてて思案したのは、一瞬のこと。
「人前っつーか、お前だし」
彼が向かいにしゃがみこんだものだから、その瞳はぐっと近くで輝いて。
「半身なんだから、他人の前とは多分、違って良いんだ」
そう。
長い間、引き離されていたけれど。
元々彼らはふたりでひとつ。互いは互いの半身で。
お互い、記憶に残る小さな姿とはだいぶ変わった姿で再会したけれど。
前提は覆らないから。
しゃがみこんだルフトゥの足元に、様子をうかがうように猫たちが近づいてくる。
そう。
長い間、離れていたけれど。
ふたりは間違いなく、他人ではないのだから。
他人と言うには、誰よりも近すぎる。
喪失の痛みに耐えきれぬほどの、存在。
「おう、来いよ」
一番最初に近づいてきた猫に、ルフトゥは両手を伸ばす。その言葉の持つ命令調に反して、声色は穏やかだ。猫にもそれが分かるのだろう。だって、小さく鳴いて彼の腕におさまったのだから。
ぎゅっ……柔らかく抱いたその猫は、白黒縞模様の毛皮を纏っている。子猫と言うには少々大きいけれど、成猫の中では若いのだろう。抱きしめれば、その体温と柔らかさに思わず頬が緩みそうになって――。
「っと……!?」
ふと気がつけば、しゃがんだ足元に多くの猫たちが集まっていて。すりすりと何かを求めるかのようにすり寄ってくる。
ルフトゥの体温が高いから気持ちがいいのだろうか。すり寄るだけでは飽き足らず、よじよじと膝上に登ってくる猛者もいて。
「やっぱりルフも好きなんですね」
猫に囲まれ、猫を抱える彼。戯れてくる猫たちを邪険にせずに満更でもない様子のが、その証。
そんな彼を見ているアウレリアの表情が、自然と緩む――そう、彼女自身も意識していないうちに。
「……ほら」
「あら?」
不意に近づいてきたルフトゥの手と、先ほど彼の膝に登った黒猫。そしてアウレリアが感じたのは、頭への重み。
「にぃ~」
見上げるようにすれば、アウレリアの頭上でその黒猫は、満足そうにひと鳴きした。
「えぇ、今日はキミが仮面の代わりですね」
いつもは黒猫の仮面をつけているアウレリア。半身の前では仮面なんて必要ないと分かっている。
彼がただそこにいるだけで、安心する。
彼といるときは、私はただの私でいられる。
けれども、彼から贈られた、こんな貴重な仮面なら、アリだと思うアウレリアだった。
* * *
「さっきから誰か探しているのか?」
砂浜で出会った猫たちに別れを告げて、ふたりは街中へと向かっていた。数匹、まだ足元にじゃれつくようにしてついてきているのでやや歩き辛いが、それもこの島の醍醐味なのだろう。
「……大切な、恩人を」
「ここに来てるのか?」
「ええ、来ているはずなのですが」
アウレリアが探しているのは、長い長い黒髪を持つ彼女。アウレリアにとって彼女は恩人であり、何度も共に時間を過ごしている相手。
そんな彼女に、伝えたいことがあった。
(……アウラの恩人なら、俺もちゃんとしねぇといけねぇし)
「探すなら、手伝う。その恩人の特徴は?」
「ルフ……! ありがとうございます」
一生懸命見上げて瞳を合わせるようにして。そうして彼女が礼の言葉を述べるものだから。そんなのいらねぇよ、と呟いたルフトゥ。
「長い黒髪ねぇ……」
アウレリアによれば、恩人は地につくほどの長い黒髪の女性だという。この島に来ているのだとしたら水着の可能性が高いので、服装の特徴はあてにならないだろうから聞いていない。
さて、その手がかりだけで見つかるだろうか――しかしその人物は、予想以上にすぐに見つかった。
「アウラ、あの人か?」
「あっ……」
ルフトゥが指した先には、猫用フードの専門店の前に設置された椅子に座している一人の女性が。
下ろしたままの長い黒髪には白い髪飾りをつけ、白い薄絹を纏った彼女は――めちゃくちゃ猫に登られていた。
「ああっ、お猫様、それを引っ張ってはなりませぬ……順に、順にお食事を……」
「馨子!」
ちょっと呆然としてしまったルフトゥとは対象的に、アウレリアはその女性に向かって躊躇いなく駆けてゆく。
「アウレリア様!?」
猫まみれの女性――紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は、驚いたようにその黒曜の瞳を見開いたのち、柔(やわら)に微笑んだ。
「馨子、馨子、彼が、彼が、私の半身ですっ……」
興奮気味に聞こえる半身の声に促されて、馨子の視線がルフトゥを捉える。会釈に会釈を返したルフトゥは、ゆるりとアウレリアの隣で足を止めた。
「ルフ、馨子が私に、ルフのことを思い出させてくれたんだよ」
そう、アウレリアが魂(こころ)に埋まっているソレを意識したのは、馨子が予知した依頼の中でだった。
そののち、別の依頼で半身と再会できたことを、クリスマスに共に過ごした時に告げてはあったけれど。
彼女が望んでくれたから――再会したのちのふたりの話を聞きたいと。
だからアウレリアは、馨子に己の半身を紹介したかった。
同時にルフトゥにも、大切な恩人である彼女を紹介したかったのだ。
「あなた様がアウレリア様の……」
馨子の視線は、不躾にならない塩梅でルフトゥに向けられている。そんな彼女が、小さく口角を上げた。
「……外見だけでなく、何と表現すればよいのでしょうか……魂の『在り方』のようなものが、アウレリア様と同じでございますね」
告げて、猫たちを抱き上げながら立ち上がった彼女。
「申し遅れました。紫丿宮馨子と申します。アウレリア様とは、楽しい時間を過ごさせていただいております」
「あ……ルフトゥ・カメリア、だ。アウラから、話は聞いてる」
彼女の名前は聞いたことがある。いつもと格好がまるで違うので気づかなかったが、確かグリモア猟兵だったはずだ。ならば、ルフトゥの姓がアウレリアと違う理由も察しているだろう。
「……感謝、してる。……アウラの……俺達のこと、ありがとう」
こんな風にまっすぐに感謝の言葉を述べるのは、なんだか性に合わない気がするけれど。他でもない半身の恩人だ。ならば自分とて、可能な限り礼を示そう。それがふたりの再会に、欠かせない恩なのだから、なおさら。
「いえ、わたくしは何も。けれどもお会いできて嬉しく思います。もしお時間がお有りでしたら、少しの間わたくしに話を聞かせてはいただけませぬか?」
彼女が示したのは、猫用フード専門店の向かいにある、喫茶店と思しき店舗。
「ちょうど、私たち、水分補給も兼ねて一休みしようと思っていたところでした」
言葉をかわすルフトゥと馨子を、胸に広がる温かいものを感じながら見つめていたアウレリアが口を開いた。
ちらりと彼に視線を向ければ、特に異論はないようで、小さく頷いてくれたから。
「行きましょうルフ、馨子」
三人で囲むテーブルには、きっと話と笑顔が咲く――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と
海に潜り海底で摘んだ花を抱えて香り工房へ
僕のいっとう好きなカンパニュラ・ポシャルスキアナや
ザッフィーロのようで気に入りのヤグルマギクも咲いていたのは僥倖でしたね
これに清涼感のあるベルガモットの花の枝も付け加えて
ふと口元に笑みを刷くかれに視線を向ければ釣られて笑い
ええ、二匹仲良く一緒に泳ぐさまはまるで僕たちが猫になったのを見ているようでしたと応えて
ルームフレグランス、とても良いと思います
僕ときみの香りが部屋に香ると考えると……
とても楽しみです
ああ、家で待つ彼らのために強く香りすぎなければと
脳裏に可愛い愛猫と愛犬の姿を思い浮かべれば
彼らも気に入ってくれると良いですね
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
海底で摘んで来た花を両手に抱え香りの工房へ向かおう
宵に似たカンパニュラポシャルスキアナや己の髪色に似た矢車菊に香り高いジャスミン等様々な花を抱えながらも、海で出会った猫を思い出せば笑みを浮かべてしまうやもしれん
先程の黒猫と青灰色の猫は本当に愛らしかったな。まるで俺と宵の様だった
そう宵に声を投げつつ工房についたなら取って来た花で香水を頼もう
先日互いに送る香水は造りあったがルームフレグランスというのか?
部屋に香る香も良いと思ってな…と
犬も猫も香りには敏いゆえ淡く香る物が良いかと頷きつつ家で待つ二人を想い口元を緩めよう
家族の香りとなるならばきっと気に入ってくれるだろう
…本当に楽しみだ
ぽたりぽたりと、藍色の毛先と黒の毛先から滴り落ちるは、母なる海のしずく。
長身のふたりが寄り添い歩みゆく道に、足跡のように滴り落ちている。
島の者が彼らを見れば、ああ海底の花園に行ってきたのだなとすぐに分かることだろう。
ふたりの腕にはそれぞれ複数の花が、柔らかくいだかれているからして。
「僕のいっとう好きなカンパニュラ・ポシャルスキアナや、ヤグルマギクも咲いていたのは僥倖でしたね」
隣を歩く彼に声をかけたのは、逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)。黒髪を後頭部の高い位置で結い、丈が長めのサーフパンツを身に着けた彼は、ラッシュガードを肩で羽織り、その腕に抱えた花々を改めて見やる。青紫の星型の花は、自身のお気に入り。そして美しい濃い青色のヤグルマギクは――まるで、隣を歩く彼のようで。
「ああ、そうだな」
宵の言葉にゆっくりと頷いたザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)の腕にもまた、花が抱えられていた。
カンパニュラ・ポシャルスキアナは宵に似ていると思う。ヤグルマギクのその色は、己の髪色に似て。そこに香り高いジャスミンの白い花など、たくさんの花はふたりで共に選んだものだった。
宵と色違いのサーフパンツを身に着けたザッフィーロは、彼へと視線を向けて。
「……ふ」
思わず漏れた笑みは、海中を往く時に見た光景を思い出してのもの。
「どうかしましたか?」
「いや、先程の光景を思い出してな」
「……ああ」
彼の指しているものが分かった宵は、釣られるように笑みを浮かべる。
猫が泳ぐ島だとは聞いていた。けれども、まさか、あんな光景を見ることができるだなんて、思ってもいなかったから。
「黒猫と青灰色の猫は、本当に愛らしかったな」
そう、海中で見かけた二匹の猫は、黒と青灰色の毛皮を纏っていて。
「まるで、俺と宵のようだった」
「ええ、二匹仲良く一緒に泳ぐさまは、まるで僕たちが猫になったのを見ているようでした」
二匹の猫が寄り添い共に泳ぐさまは、共に同じ道を往くザッフィーロと宵のようで。
写真や映像として残すことはできていないが、あの猫たちの姿はふたりの記憶にしっかりと焼き付いている。
ああ、彼らのようにこれからも共に――それを改めて口に出すことはない。
それはもう、ふたりにとって変わることのない事実なのだから。
* * *
蒸気機械の働く音が、奥から聞こえてくる。
海底庭園から採ってきた花を加工してくれるという工房のうちの1軒に足を踏み入れたふたりは、工房内をぐりると見回して。受付の女性が取り出した大きな草籠に花を入れて一息つく。
「加工はどうなさいますか?」
尋ねられれば、ザッフィーロは宵へと視線を向けて。
「先日互いに贈る香水は造りあったが、ルームフレグランス、というのか? 部屋に香る香りも良いと思ってな……」
「ルームフレグランス、とても良いと思います」
自身と彼の香りが部屋に香ると考えると、宵の心も高鳴ってゆく。
「とても楽しみです――ああ」
けれども一つだけ、懸念があるとすれば。
「家で待つ彼らのために、強く香りすぎないものの方が良いですね」
「ああ、犬も猫も香りに敏いゆえ、淡く香る物が良いか」
宵もザッフィーロも、家で彼らを待つ家族を想い、相好を崩した。可愛い愛猫と愛犬の姿を脳裏に浮かべれば、そうなってしまうのも無理はない。
「犬と猫と暮らしていらっしゃるのですね。それでは彼らに刺激が少なく、控えめな香りにいたしましょう」
受付の女性が取り出した紙束には、犬や猫が好まない香りや彼らにとっては害になりかねない香料がリストアップされていて。似たような注文が多いのだろうと感じさせた。
「彼らも気に入ってくれると良いですね」
「家族の香りとなるならば、きっと気に入ってくれるだろう」
何度か香りの試し聞きをしたのちに、決定したブレンドで製造を頼んだ。
出来上がるまでの間、工房内のソファに寄り添って座り、目を閉じて蒸気機械の音に耳を傾ける。
「……本当に楽しみだ」
ザッフィーロの呟きに応えるように、宵は彼の肩へと自身の頭を乗せた。
* * *
出来上がったルームフレグランスは、星のようなラメを散りばめた濃紺のガラス瓶に入れられてふたりへと渡された。
瓶に差し込めばそのままアロマディフューザーとなるように、数本の紺色のスティックが添えられていて。
中身をスプレー式のアトマイザーに入れ替えれば、ルームスプレーとしても使えるだろう。
ベルガモットやジャスミンの豊かな香りの存在もしっかり感じるが、それでいて香り自体は仄かで。
まるで、当たり前のようにそばにいる、幸せな家族というものを表しているかのようだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
数宮・多喜
葎ちゃん(f01013)と!
イヤッホゥ海だぁー!
カブは早速水中スクーター形態に変えて、と。
さあ、魔法薬を塗って海中へ飛び込むよ、葎ちゃん!
プレゼントしてもらった「alliance」の映りも試してみたいしね!
テレパスにピピッときた猫ちゃんに話しかけ、
葎ちゃんとも一緒に海中散歩としゃれ込むよ。
目の前の水中の花園、凄く幻想的だねぇ。
うん、ちゃんと猫ちゃんも葎ちゃんも綺麗に撮れてる。
これ、ヤッパ凄いわー……後でしっかりとデータ送るね。
アタシもアジサイと向日葵を見繕って、フレグランスにして貰おうっと!
もちろん夏の思い出として葎ちゃんへプレゼントさ!
ステキなプレゼントまでありがとう、
これからもヨロシクな!
硲・葎
多喜(f03004)と!
猫さん!わあ、可愛い!やっぱり癒されるなあ。まずは海に潜って写真を撮ってみたいよね!
水着もバッチリ用意してきたし、泳ごっか!格物致知の撮影を使って、多喜と海の中を撮影してみようかな?せっかくだし、猫さんたちも潜れるみたいだし、猫さんたちも一緒に!ほら、バイクさんも潜ろ?大丈夫、オーラ防御使えるから。なんとかなる!多分!
海で猫さんたちを撮影したり、一緒に鬼ごっことかしてみる?
いっぱい遊んで、それから多喜にプレゼントしたいな?
海の中で育てたお花を使ったハーバリウム!貝殻も入ってるの。
「今日来た思い出に!お土産だよ!多喜と一緒に撮った写真もね」
これからもよろしくね!
輝く太陽と青い海。鼻孔をくすぐるのは、潮風に混ざった植物の香り。
「イヤッホゥ海だぁー!」
こんな絶景に、テンションが上がらないわけがない。水色の水着を纏って島へと降り立った数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)は、愛用のカブを手早く水中スクーター形態へと変えて。
浜辺にいる猫たちは、多喜のカブへと不思議そうな視線を向けている。
「猫さん! わあ、可愛い!」
その隣で浜辺と海面へと視線を向けた硲・葎(流星の旋律・f01013)は、思わず感嘆の声を上げた。浜辺に来るまでにもたくさんの猫と行き合ったけれど、浜辺でごろごろと寝転ぶ猫、波打ち際でパシャパシャと水を掛け合うように脚で海水を叩いて遊ぶ猫、そして海面上に顔を出してスイスイと泳いでいる猫。
「やっぱり癒やされるなぁ」
その姿を見ているだけでも癒やされるというもの。けれどもこんな素敵な場所に来て、ただ見ているだけなんてもったいない!
「まずは海に潜って写真を撮ってみたいよね!」
「そうだね、プレゼントしてもらった『alliance』の映りも試してみたいしね!」
葎の提案に一も二もなく頷いた多喜の耳元には、葎から貰ったペリドッドのイヤリングが控えめに輝いていた。
実はこのイヤリング、ただのイヤリングではないのだ。超高性能小型カメラ付きで、当然ながら撮影が可能。つまり、海中でも撮影ができる。
「バッチリ水着も着てきたし、泳ごっか!」
すぐにでも海へと走り出したそうな葎は、白を基調にしたホルターネックビキニ。下はダメージジーンズの裾を、ざっくり脚の付け根あたりで切ったようなおしゃれな水着だ。
「ほら、バイクさんも潜ろ?」
『えっ』
「大丈夫、オーラ防御使えるから」
『そういう問……』
「なんとかなる! 多分!」
葎の相棒、超大型バイクの『バイクさん』にはAIが搭載されている。
「にゃぁ?」
いつの間にか近寄ってきていたこげ茶色の猫が、ふたり(?)の会話を聞いて、不思議そうに鳴いた。
「多喜!」
「うん、行くよ、葎ちゃん!」
バイクさんはまだなにか言いたそうだが、観念したのか、これまでの経験からここまで来たら言っても無駄だと分かっているのか、葎に押されて砂浜を行く。
多喜もまた、海中スクーター形態のカブを押して波打ち際へ。
あれはなんだろう、と思っているのか、猫たちはちょっぴり遠巻きに葎と多喜を見ていた。
「猫さんたちも潜れるんだよね? じゃあ猫さんたちも一緒に行こうよ!」
「みゃう……」
「うにゃんうにゃうにゃ……」
邪気なく葎に呼びかけられて、猫たちはなにか話し合っているかのよう。
「みゃー!」
「お、さっきのこげ茶ちゃん」
そんな話し合いの声を破るように葎と多喜の間に駆け込んだのは、先程もふたりの近くに来ていた焦げ茶色の猫。ちょうど一歳を過ぎたくらいだろうか。まだまだ子猫気分が抜けないのか、生来好奇心旺盛なタイプなのか。多喜はその子に視線を向けて、優しく声をかける。
「一緒に来るかい?」
「にゃー!!」
返事をするように鳴いた焦げ茶猫は、多喜のカブへとひょいっと乗っかった。
「みゃぐる……みゃ」
「なぁー」
その様子を見ていた数匹の猫たちが、砂浜を駆けてふたりのそばへとやってきて。
ふたりは顔を見合わせて笑う。
よし、出発進行!!
* * *
魔法薬を塗って潜りゆけば、明るい青色をしていた海は段々と紺碧へと変わっていく。けれども視界に不自由はない。それほどに澄んだ海なのだ。
ふたりが潜りゆくスピードに置いていかれないよう、ついてきた猫たちが必死に泳いでいることに気が付き、そっと速度を緩める。
海中を往くだけでなく、そばで猫が泳いでいるなんて、とても不思議な光景で。潜りながら葎は『格物致知』の撮影機能を使って、多喜と猫たちをデータに収めた。
「葎ちゃん、見えてきたよ!」
「わあ、想像していたより広い!」
ふたりの視線の先にあるのは、海底に広がる彩り。どこまで続くのだろうと思わせられる花園には、UDCアースなどでは季節や場所が限られてしまうような花も、今を盛りとばかりに咲き誇っている。見たことのない花もあるのは、この島の花だったり、別の世界の花が根付いたりしたのかもしれない。
「水中の花園、凄く幻想的だねぇ」
思わず見惚れてため息をついたのち、多喜は『alliance』を起動させてまず、花園を撮影。
「もしかして、案内してくれるの?」
焦げ茶の猫が先導するようにしてふたりを見ているのに気が付き、葎は猫の元へと向かう。多喜はその様子もパシャリと撮影してから、自らも彼らの元へ。
「うわー……花にとても詳しいってわけじゃないけど、咲く季節の違う花が一緒に咲いているのは分かるよ」
葎と共にゆったりと花園を見て回りながら、多喜が呟く。しかもこれが海底であるということが、不思議だったり幻想的だったり、ロマンチックだったりという感覚に拍車をかけていた。
「猫さんたち、泳ぐの上手だね!」
その花園の上を、共に潜ってきた猫たちが優雅に泳ぐ。彼らにとってここはまさに『庭』なのだろう。海底の花園と猫のコラボレーションを撮影することを、葎も忘れない。
「よーし、鬼ごっこしようか?」
「アタシたちは追う方かい? それとも逃げる方かい?」
「うーん、どっちにしようか?」
多喜の問いかけに、しばし考えるように猫たちを見た葎。
「つかまえちゃうぞー!」
「「「にゃぁ~!?」」」
どうやら葎たちが追いかける側のようで。
戸惑う様子を見せながら逃げていた猫たちも、彼女が本気で自分たちを捕獲しようと思っているわけではないと分かると、楽しそう鳴きながら、海中を思い思いに泳いでいく。
笑顔で猫たちを追いかける葎を撮影したのち、多喜もまた、鬼ごっこに加わるべく動き始める――その口元に笑みを浮かべて。
* * *
海中でめいいっぱい遊んだのち、猫たちと別れてふたりは商店や工房のある区画へと向かった。
それぞれ目的とするものが違ったので、待ち合わせ場所を決めて一旦、区画内の別々の場所へ。
そして用を済ませて合流したのは、オープンテラスのある軽食のお店。
「うん、ちゃんと猫ちゃんも葎ちゃんも綺麗に撮れてる」
テーブルに肘をついて多喜が確認しているのは、『alliance』で撮影したデータだ。こんな小さなカメラで撮ったとは思えぬほど、画像はクリアで質も良い。
「うん、ヤッパ凄いわー……後でしっかりとデータ送るね」
「ん、私も後でデータ送るけど」
花と果実の香りのするジュースの入ったコップを傾ける多喜の前に、葎が取り出したのは。
「今日来た思い出に! お土産だよ!」
葎が撮影したうちの一枚。しかもとっておき。多喜と一緒に撮った写真をプリントアウトしたものだ。
「おおっ!? 葎ちゃんもアタシもいい笑顔してる!」
猫たちも共に写ったその写真は、まさに今日の記念にふさわしい。そして。
「これも」
コト……小さく音を立てて木製のテーブルの上に置かれたのは、注ぎ口の短いフラスコのような瓶。注ぎ口が斜めになるように球型の底を平にしたその瓶は、テーブルの上でしっかりと安定している。
「すごっ……綺麗だねぇ」
「海の中で育てたお花を使ったんだ。ほらここ、貝殻も入ってるの」
そう、葎が差し出したのは、海底の庭園で摘んだライラックをメインに据えてコデマリの白をアクセントにしたハーバリウム。葎の指したところには、砂浜で拾った貝殻が確かに入っている。
「葎ちゃんが作ったの!?」
「うん、教わりながらだけどね」
友情の花言葉を持つふたつの花。思うところへ、綺麗に配置しようとすると意外と難しいハーバリウム。それを見つめた多喜は、そっと自身の荷物の中へと手を入れて。
「アタシからも、葎ちゃんに」
「え?」
多喜がテーブルへと置いたのは、薄緑色のガラスにこげ茶色の猫のワンポイント飾りがついた香水瓶。
「もちろん夏の思い出として、葎ちゃんにプレゼントさ!」
「香水!?」
小瓶を手にとって眺めた葎は、多喜に断ってから瓶の蓋を開ける。ふわり……と鼻孔をくすぐるのは、夏の始まりと燦々と太陽を浴びる盛夏を思わせる花の香り。
「アジサイと向日葵で作ってもらったフレグランスさ。身につけてもいいし、部屋に香らせても良い。使い方は葎ちゃん次第だ」
「嬉しい! ありがとう、多喜!」
「こちらこそ、ステキなプレゼントまでありがとう、これからもヨロシクな!」
「うん、これからもよろしくね!」
互いに贈りあった夏の思い出。
思い出を大事にするように、この友情も末永く大切にされてゆくことだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
吉備・狐珀
お猫様たちが!泳ぐと聞いて!やって参りました!
まずは海底の花園でお花摘み
柑橘系かハーブのお花があればよいのですが…
匂い袋にしたりハンカチに少しつけるくらいなら、普段身につけない男の人でも大丈夫かな、と思うのですけれど
シトラス系やグリーン系はリラックス効果もあるといいますし…
花を摘んだら馨子殿のもとへ
香水作りのご相談もありますがその前に!
泳ぐお猫様たちを!一緒に眺めませんか!
お猫様の泳ぐ姿を眺めたり、撫でたりして堪能しつつ、香水のご相談
摘んだ花を見せて、男の人が好きそうな香を一緒に考えてもらえませんか?
お土産にどうかな、と思いまして
肉球の形のお菓子もどっさり買ってひみつきちのお土産もぬかりなく
「お猫様たちが!」
「泳ぐと聞いて!」
「やって参りました!」
砂浜へと降りる前から、猫たちの姿はたくさん目にできて。吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)のテンションはダダ上がりだ。
しかもこの島の猫たちは、妙に人懐っこい。海辺へと向かう狐珀の足元にまとわりついてきたり、何かを告げるように声をかけてきたりする。
『お花を取りに行くの?』
「ええ、海底の花園にはたくさんの花が咲いていると聞きまして」
動物の言葉が分かる狐珀は、寄り添うように歩いている白い猫の問いに答えた。すると。
『ぼくたちもー!』
『いきたーい!!』
狐珀の足にじゃれるようにしながら共に歩いていた二匹のサバ白の子猫たちが、声を上げた。
「では、案内をお願いできますか? 柑橘系かハーブ系のお花のある場所がいいのですが……」
花園に共に向かってくれるなら、是非――そう思った狐珀だが、希望を口に出すときには猫たちの様子を窺いながら、遠慮がちだった。
そう、一般的な猫の中には柑橘系の匂いを嫌う個体が多く、ハーブ系も苦手な個体が多いだけでなく、猫には分解できない成分を含んでいるのだ。けれども。
『かんきつ?』
『はぁぶ?』
こて、と小さく首を傾げる子猫たちのそばで、白猫が安心してとでも言うように狐珀の足へとすり寄った。
『大丈夫、案内するわ』
どうやらこの島の猫たちは泳げるように進化しただけでなく、海底の花園に咲く植物たちとも共存できる種となっているようで。
「はい、よろしくおねがいします」
狐珀は丁寧に頭を下げ、魔法薬を塗り込んで、猫たちとともに海底の花園へと向かった。
* * *
摘んだ花を借りた草籠に入れて、狐珀は工房の並ぶ辺りを歩いていた。
その滑らかな黒髪と、鮮やかな水色のビキニとパレオからはまだ、海水が少し滴っているけれど。この島の中では、水に濡れたまま歩く者を奇異の目で見る者はいない。水着で歩いていても、まだ濡れていても同じ。店舗や工房などもそれを前提にして、店を構えているらしかった。
きょろきょろと狐珀が視線を巡らすのは、どの工房に香りの精製を頼むか迷っているから――ではなく。
「あっ……!!」
その視線が捉えたのは、透け感のある長い白布を羽織った、長い黒髪の人物の後ろ姿。
「馨子殿!」
狐珀がその名を呼べば、ゆるりと振り返った彼女――紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は、眦を下げて狐珀の名を呼んだ。
「花は無事に摘めたようでございますね」
「はい! お猫様たちが手伝ってくれました」
「どんな香りになさるか、は……」
馨子がすべての言葉を発し終わる前に、狐珀は彼女の手を取って。
「香水作りのご相談もありますがその前に!」
鮮やかな藍の瞳で彼女の漆黒を真っ直ぐに捉えた。
「泳ぐお猫様たちを!」
「一緒に眺めませんか!」
そして告げられた提案の語気の強さは、まるでこの依頼の説明をしていたと時の馨子のよう。
もちろんそんな魅力的な誘いを、お猫様大好きな馨子が断るはずはなく。
「ちょうど先程、お猫様がた専用のお食事を買い求めたところです」
ならば、と自分たち用の軽食と飲み物を買い求め、ふたりは砂浜へと向かった。
* * *
砂浜の一角。
風で捲られてしまわぬよう楔を打ち込んだビーチシートと、日よけのパラソルが何組か設置されている。そのうちの一組を借り受けて、ふたりはシートへと腰を下ろした。
このシート、頭側は空気で膨らんでいて、寝転んだり寄っかかったりとクッションや枕の役目を果たしてくれるスグレモノ。
クッション部分に寄り掛かるようにして座したふたりの側に、浜辺にいた猫たちがそろそろと近づいてくる。
「美味しいものがあるって気がついたのでしょうか?」
「ふふ、お猫様がたには、まるわかりなのかもしれませぬ」
狐珀が籠から取り出したのは、焼き立てパンにその場で希望の具を挟んでもらったサンドイッチ。紙に包まれているが、パンの良い匂いが漂ってくる。
魚介系やサラダ系、肉系など様々な系統を作ってもらって、シェアできるように切ってもらっていた。
同じ籠から馨子が取り出すのは、レンタルの木製コップと果実水の瓶が二本。キウイとレモンにミントを足したさっぱり系と、桃を使った自然の甘さが瑞々しく感じられるもの。
ガサッ……近寄ってくる猫たちに気を取られていると、手元で音がして。
ふたり同時にそちらを見れば、紐で開け口を閉じていた猫用フードの袋を取り出そうとしている茶トラの猫と目が合った。
『!?』
見つかった!! 何もしてないよ!!
いたずらなんてしていない――ごまかすように茶トラの猫は、袋を置いて後ろへ飛んだけれど。
「……ふふ……」
「ふふふ……」
しっかりとその光景を見てしまったふたりには、誤魔化しは通じない。
「こっそり取らずとも、お猫様がたにお配りいたしますよ」
『……怒らない?』
「はい、怒らないですよ。こっちへ来ませんか?」
狐珀ほどではないが、馨子も動物の言葉が分かるからして。堪らえようとした笑みを漏らしながら袋を手に取る。狐珀が手招けば、少々警戒しながらも茶トラの猫は狐珀の側へと寄ってきた。
他の猫たち――茶白だったりトビ柄だったりミケだったり――色も模様も種類もそれぞれ違う猫たちもまた、ふたりの座すシートへと寄ってくる。
シートの外でお行儀よく待っている子もいれば、シートだけでなくふたりの膝の上へと乗っかってくる子もいて。
「順番ですからね」
自分たちの腹ごしらえよりも、お猫様たちにご飯を上げるのが先だ――言葉にせずともふたりの気持ちは同じ。
狐珀と馨子は、馨子が買い込んだフードを順番に、なるべく平等になるように与えていった。
* * *
お腹を満たした猫たちが、思い思いの場所でうとうとし始めて。ようやくサンドイッチにありつきながら、ふたりは目の前の青い海を見つめる。
「お猫様たち、泳ぎが上手ですね!」
「本当でございますねぇ……波打ち際で遊ぶだけでなく、泳いで……潜りもなさるのでしょう?」
スモークサーモンのような魚の薄切りをメインにしたサンドイッチを齧った狐珀は、味わいながらそれを嚥下して。
「ええ。とても上手に潜っていましたよ」
先程、共に花園へと向かった猫たちと、その道中で見た猫たちの姿を思い出す。
「馨子殿は、花園には……?」
「……それが、まだ……」
彼女の見せた苦笑の意味する本当のところは、狐珀にはわからぬけれど。
(そういえば、湯浴み以外のたくさんの水が苦手だって聞いた記憶が……)
ならばあまり深く追求しないほうが良いだろう、そう判断して残りのサンドイッチを咀嚼する。
「そういえば、こちらのお花で香りを?」
キウイの果実水を飲み込んだ狐珀へと馨子が向けたのは、草籠の中の花たちの行方。
「はい。男の人が好きそうな香りを一緒に考えてもらえませんか?」
膝に乗ったまま眠ってしまったグレー白の子猫を片手で撫でながら、狐珀は告げる。
「匂い袋にしたりハンカチに少しつけるくらいなら、普段香りを身に着けない男の人でも抵抗が少ないかな、と思うのですけれど」
男性向けにも良いとされることが多いシトラス系や、グリーン系はリラックス効果があると聞いたので、そのあたり考えて摘んできてある。
「贈り物でございますね」
「はい。お土産にどうかな、と思いまして」
「それは責任重大にございますね」
いたずらっぽく笑った馨子は、籠から花をひとつひとつ取り出して、その香りを確かめてゆく。狐珀が香りを贈りたい相手を、知っているからこそ。
「そうでございますね……こちらのベルガモットを基調にして、パチュリを加えるのはいかがでしょうか。柑橘系と樹木系をあわせた、香水で言えば『シプレ系』になるでしょうか」
「シプレ系……」
「ええ。爽やかでかつ、心を落ち着かせるような上品な香りでございますね。パチュリは漢方としても使われております。そこに」
言葉を切って馨子が取り出したのは、小さな遮光瓶。そのラベルには『梔子』と書かれていた。
「ほんの少しだけ、梔子の甘い香りを混ぜるのはいかがでしょうか?」
沈丁花や金木犀と並んで三大香木として親しまれる梔子は、その花自体が甘い香りを発する。だから男性に贈る香りになら、ほんの少しだけ。つけた本人とその一番近くにいる人だけが、その甘さに気づけるように。
「香水で付ける量の調整が比較的簡単なのはスプレータイプでございますが、つけすぎてしまうこともございます。柔らかく、仄かに香るのであれば、練り香水が良いかと思います」
練り香水は固形の香水で、蜜蝋などを使用して作られる。香らせたい部分に塗れば、体温に反応してゆるやかに馨るのだ。
「練り香水……この島でも作ってもらえるでしょうか?」
「まず蒸気機械で香料を作っていただき、もし扱っているところがなければわたくしが作成いたしましょう」
「馨子殿……!! いいのですか?」
もちろんにございます、そう笑んだ馨子を見て、狐珀もまたほっと胸をなでおろすのだった。
* * *
それぞれの香料のブレンド具合をふたりで確認し、狐珀が気に入った配合で作ってもらった練り香水は、お土産にと肉球を模したお菓子を片っ端から買っている間に出来上がった。
その練り香水は、小さな懐中時計の中に入れられていて。
そして懐中時計の蓋の部分には、白い狐のカメオが座していた
大成功
🔵🔵🔵
満月・双葉
【虹氷】
シャオちゃんの手を握って海底を進む
凄いね、海底に花か…
花には蝶とか蜂とか蟻とか…だけど、魚だけだから、加湿とかその辺の問題を解決すれば病害虫は気にしなくて良くなってそう?
光の刺し方が地上とは違うから雰囲気も大分変わるね
それにしても水の中を楽しめるようになるなんて昔は思って無かったな
シャオちゃん猫だー
水の中だとふわふわって訳には行かないね
可愛いから良いけど
僕も猫飼ってるんだ
ねこって名前の
薔薇もいっぱいあるね
青い薔薇とか咲いてるのかな
珍しいから無いかもしれないけど
あったら正に「奇跡」だよね
見つけたら持って帰ってお揃いで作って貰おうね
シャオ・フィルナート
【虹氷】*
双葉さんに手を取られたら一瞬躊躇い引きそうになるも
この間の親友の約束を思い出して引かれるままに
凄いね、海底に花か…
病害虫……双葉さん、なんか…変な視点で見るね…?
まぁ、水中だし…草食魚でもいなければ、大丈夫なんじゃない…?
…水の中、気に入ったなら…いつでも連れて行ってあげるけど…
水は、操るの…得意だし…(ぼそぼそと
猫、の名前が聞こえたらそっと片手を差し出し
ねこ……おいで…にゃあ……
ふわふわではないけど…不思議な毛並み…
……ねこにねこって付けてるの…?
…呼んだら野良も皆寄ってきそうだね…
青薔薇…双葉さんも、青薔薇好きなの…?
ん…探そう……きっとあるよ
向こうの方とか…ありそうな、気がする
燦々とおひさまが降り注ぐ海の水は、とても澄んでいて。
岩の上から海中を覗き込めば、泳ぐ魚や遊ぶ猫たちの様子が見て取れた。
岩から降りて足先から海水へと浸かる。冷たいと感じたのは、ほんの一瞬だけ。
魔法薬はすでに塗ってある。潜っても呼吸に支障はないはずだ。
ちらり、満月・双葉(時に紡がれた星の欠片・f01681)は、海面から出ている彼の顔へと視線を向ける。陸上ならば身長差で双葉がやや見下ろす形になるが、海面に顔を出した状態では視線の高さはほぼ同じ。
双葉は海中にある手を、伸ばした。
「っ……!!」
びくっ……。彼女の手が自身の手へと触れたその時、シャオ・フィルナート(悪魔に魅入られし者・f00507)は躊躇いを覚えた。手を引きそうになった。けれども、それは一瞬のこと。
ふたりの間には、『約束』があった。それを思い出したシャオは、彼女に手を取られるままにして。
瞳を合わせた双葉が頷いたから、シャオも頷き返す。
そして大きく息を吸い込んで――勢いをつけて、ふたりで頭を海中へと沈めた。
魔法薬の効果があるのだから、息を吸い込む必要はなかったのだけれど。なんとなく、ふたりともそうしてしまった。
細い指先と白い指先で互いに繋ぎ繋がれて、ふたりは下へ下へと潜ってゆく。
時々視界の端を行くのは――魚と、猫。なんとも不思議な光景だ。
「凄いね、海底に花か……」
「見えてきたね……」
次第に近づいて来るのは、色とりどりの景色。どこまでも続いていそうな、海底の花園。
魔法薬のおかげだろう、呼吸だけでなく会話も普通にできる。海底に足をおろしたあとも、手は繋いだままふたりは行く。
視界いっぱいに広がる花園には、ふたりの知っている花も知らない花もたくさんあって。
「花には蝶とか蜂とか蟻とか……だけど、魚だけだから、加湿とかその辺の問題を解決すれば病害虫は気にしなくて良くなってそう?」
「病害虫……双葉さん、なんか……変な視点で見るね……?」
彼女の口から紡がれた言葉に、シャオは思わず彼女の顔を見上げた。
虫に拒否反応をみせる双葉にとっては、実は結構重大な問題だったりするのだけれど。
「まぁ、水中だし……草食魚でもいなければ、大丈夫なんじゃない……?」
「海藻じゃないから、食べられる心配は無いのかもね」
シャオの言葉に、花園を見回す双葉。花の陰に身を潜めている魚は居そうだが、食べているような魚は見当たらず、地上で見るような虫食いの痕も見つけられない。
そうしてふと、気がつく。
海水を通して、海底へと降り注ぐ陽光(ひかり)に。
「光の刺し方が地上とは違うから、雰囲気も大分変わるね」
直接陽光を浴びる花園と違い、ゆらゆらと揺れる海水を通って降り注ぐ陽光は、なかなか言葉にしがたい、酷く幽玄で幻想的な光景を作り出していた。
「それにしても、水の中を楽しめるようになるなんて昔は思って無かったな……」
ぽつりと紡がれたそれは、独り言なのか。それともシャオになら聞かれても良い、感慨深さのもたらした言葉か。
「……水の中、気に入ったなら……いつでも連れて行ってあげるけど……」
その言葉に応えても良いものか、少し逡巡したシャオだけれど。
「水は、操るの……得意だし……」
ぼそりぼそりと紡いだのは、今こうして彼女と過ごす時間というものを、悪くは思っていない証。
「また、か。それも悪くないかもね」
その言葉を発した彼女の表情を、シャオが窺うより早く。
「シャオちゃん猫だー」
繋いでいない方の手で猫を示し、彼女の表情は変わってしまった。
「猫……」
シャオが双葉の指す方へと視線を向ければ、毛足の長い猫が下半身を左右にゆらゆらと揺らしながら近くを泳いでいた。
「ねこ……おいで……にゃあ……」
繋いでない方の手を差し出して招けば、すいすいと猫はまっすぐにシャオと双葉の元へと泳いできた。
海中で触れる猫は、なんだか不思議な感触がして。
「水の中だとふわふわってわけにはいかないね」
「ふわふわではないけど……不思議な毛並み……」
撫でてみれば、陸上で感じるフワモコ感はないけれど。長毛だからか、動きと水の流れで毛がふよふよと動いて、なんだかくすぐったいような感じだ。
撫でるふたりの手に、交互に顔を擦り寄せる猫。その仕草を可愛くないとは思わないから。
「可愛いから良いけど」
慣れた手付きで猫を撫でる双葉。
「僕も、猫飼ってるんだ。ねこって名前の」
「……ねこにねこって付けてるの……?」
一瞬聞き違いかと思ったけれど、どうやら事実のようである。
「……呼んだら……野良も皆……寄ってきそうだね……」
「今度、野良の多いところでやってみようかな」
淡々と告げられた双葉の言葉を、本気か冗談か判断しかねるシャオであった。
* * *
「薔薇もいっぱいあるね」
「この辺は……薔薇がたくさん……」
いくつかの区画を巡ってふたりがたどり着いたのは、様々な種類、様々な色の薔薇の花が咲いている区画。
「青い薔薇とか咲いてるのかな」
珍しいから無いかもしれないけど――続けられた言葉に、シャオは問う。
「青薔薇……双葉さんも、青薔薇好きなの……?」
そして、答えを待つより早く。
「ん……探そう……きっとあるよ」
今度はシャオが、彼女の手を引いて地を蹴る。
地を蹴ることで少しばかり勢いをつけて、薔薇の区画を行く。双葉は抵抗せず、シャオに手を引かれるままだ。
「あったら正に『奇跡』だよね」
双葉が告げたそれは、花言葉を意識した言葉。
青い薔薇の花言葉のひとつは、『奇跡』。『不可能』と言われていた青い薔薇が作られて以降、『不可能なことを成し遂げる』という意味で『奇跡』という花言葉が加わったのだという。
「見つけたら、持って帰ってお揃いでなにか作って貰おうね」
それは、見つからないだろうという思いから出た言葉ではない。
彼と一緒なら、見つかる気がする――ふたりで見つけられたら、それこそ『奇跡』――この時間に、ふたりの間柄に、特別な意味が生まれるような気がしていた。
それこそ、本当の『親友』と成れるような――……。
「向こうの方とか……ありそうな、気がする」
海上から見たよりも、海底の青は深くて。
けれども色の判別を邪魔するほどではなく。
シャオは自分の勘に従って、双葉を先導してゆく。
その藍色の瞳が、鮮やかな青を宿す花を捉えるのは、もう少し後のお話――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
小烏・安芸
ルパート君(f10937)と。
去年は食い気優先やったけど、折角水着があるんやし今年は少し冒険してみるか。もちろん魔法薬と器物の防水ケースのチェックは念入りに。
しかし以前のウチやったら海に来ることはあっても泳ごうとは思わんかったやろうな。これも色々とご縁ができて心に余裕ができたからやろうか。
とはいうものの泳ぎ方なんてサッパリ分からん。空なら得意なんやけどな。まぁ、お猫様が泳げるんやからウチにできんことは無いやろ。海中初心者でも水着姿ならそれなりに絵になるやろうし、お猫様と戯れつつゆっくりと花畑を眺めるか。
ルパート君と逸れん程度のペースでゆったり。普段お仕事で空を駆けるのとはまた違う時間を楽しも。
ルパート・ブラックスミス
安芸殿(f03050)と。
UCによる仮初の身体に魔法薬を塗り海底花園へ。
本体は陸上、射程の都合上沿岸で待機。
案の定自分も泳ぎ方はさっぱりだ。お猫様のを見稽古といこう。
…猫は液体などと言われるが、成程よく撓る。こ、こう…?
肉体を得てそろそろ一年。
食道楽が主だが、この水の世界も今だからこそ体験できる。
猟兵になる前より世界が色鮮やかに見えるのは、物理的な差だけではない。
己をリビングアーマー、亡霊騎士だと散々嘯いたが…
この『生きている』感覚を得た今、それも似つかわしくないやもな。
少し慣れたら流れに身を任せて過ごそう。
猫たちや安芸殿が漂う海底花園を眺めるのも楽しい一時だろう?
…おっと想像以上に流される。
昨年の、スペースシップワールドのリゾート船にある海には行った。けれどもやはりどうしても海に入る気分にはなれず、海を眺めて海鮮系の食事をとったのだった。
海が嫌いなわけではない。ただ、苦手なのだ。それはもう、仕方がないと言うか……だって小烏・安芸(迷子の迷子のくろいとり・f03050)は、短刀のヤドリガミなのだから。
水――とりわけ塩水は『錆びる』、という意識が強く。
水着もまた、薄着は落ち着かない上、器物である短刀は手元にないと落ち着かない。器物はあまり人目にも晒したくない――だから、自分には縁がないと思っていたけれど。
様々な水着を見、とりわけ友人知人が水着を纏っているのを見ると、来年は、という思いが強くなり。
今年の安芸は、深いスリットの入った、サマードレス風の水着に身を包んで海へと訪れていた。
器物は防水ケースに入れて、ベルトで脚に留めている。さすがに麦わら帽子を被ったまま海へは入らないが、魔法薬をしっかりと塗って、防水ケースのチェックも念入りに。
せっかく水着を誂えたのだかから、少し冒険してみよう――そう決意して低めの岩場から海中を見下ろす安芸の横には、同じく水泳に縁などないと思っていた人物の姿があった。
岩場に座しているのは、全身に甲冑を身にまとった人物――ではなく、西洋甲冑のヤドリガミであるルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)。死した主の魂が鎧に宿っているのだが、鎧の中身は青く燃える流動鉛であり。泳ぐことはもちろん、食することやその他色々と活動に制限のある生活を余儀なくされていた。
だが、今は。
鎧姿のルパートの横に立っている青年は、一見、人間の青年だ。しかしこの人物は、鎧姿のルパートと五感を共有する、いわば『仮初の肉体』である。
この仮初の肉体を得てから、ルパートにはできることが増えた。感じられる幅が広がった。
けれどもこれは、ルパートひとりでたどり着けた場所ではない。
たくさんの縁(えにし)によって導かれた先に、あったのだ。
(しかし以前のウチやったら、海に来ることはあっても泳ごうとは思わんかったやろうな)
魔法薬を塗っているルパートの肉体の傍で、安芸は海中を泳ぐ猫を見つめながら思う。
(これも色々とご縁ができて、心に余裕ができたからやろうか)
そう、安芸もまた、ヒトとの繋がり――縁(えにし)によって、泳いでみようという心境になったのだ。
かくして水泳初体験のふたりは、この島を訪れたのである。
「ルパート君、準備はええか?」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
声を掛け合い、安芸とルパート(肉体)は岩場からそろりと足を下ろす。
徐々に身体が水に包まれていく感覚は、なんというか若干の恐怖を伴うけれど。
包まれてしまえば、気にしたほうが負けな気もしてきた。
肩まで浸かっても岩場へ掴まったままのふたりは、悠々と泳ぐ猫たちを視界に捉えつつ。
「とはいうものの、泳ぎ方なんてサッパリ分からん。空なら得意なんやけどな」
「案の定、自分も泳ぎ方はさっぱりだ。お猫様のを見稽古といこう」
「まぁ、お猫様が泳げるんやから、ウチらにできんことは無いやろ」
安芸とルパート(肉体)と、安芸の麦わら帽子の隣に座したルパート(本体)は、すいすいと泳いでゆく猫たちをじーっと見つめる。
見ていると、とても簡単そうに思えてくるのが不思議だ。
「……猫は液体などと言われるが、成程よく撓る。こ、こう……?」
岩場に掴まったまま、猫と同じように下半身を左右に動かそうとするルパート。だが、なかなか猫のようにしなやかにスムーズに動かすことができない。
「うん? なんやろ、ヒトの構造的にその動き、難しゅうないか?」
安芸もまた、ルパートと同じように下半身を動かそうと試みるが、さすがにこれで前へと進むような気はしなかった。
でも。
(海中初心者でも、水着姿ならそれなりに絵になるやろうし)
別に泳げなくても問題ないか、なんて思っていたりして。
「……ふむ、力を抜くと体が浮く」
「ほー?」
それは当たり前のことではあるが、甲冑のルパートが海へと入れば、当然沈むだろう(この場合、流動鉛の影響は考えないものとする)。
短刀である安芸にとってもまた、自分が水に『浮く』ということ自体、殆ど考えたことのない概念である。
「おー……下半身が浮いて、波に揺れるんやなー」
なんだろう、この感覚。空を飛ぶ、宙を行くのとはまた違った浮遊感。
岩場に掴まっているからして、海水の動きの影響も少なめだ。
それでもこの小さな揺れは、ふたりにとって新鮮である。
「ところでルパート君」
「?」
「海底の花園に行くってことは、顔を水につけるってことや」
「……、……」
魔法薬の効果で呼吸ができるとはいえ、なんとなく抵抗があるのは事実。
そもそも水中で呼吸ができない、息を止めなくてはならないという『常識』を知ってしまっている以上、大丈夫だと分かっていても水泳初心者たちの抵抗が消えるわけではなく。
ふたりは潜れるようになるまで、約二時間を要したのだった。
* * *
海中の景色は、海面から覗いたものとは全く違う色をしていた。
潜りの練習をするふたりの様子をチラチラと見ていたグレーの猫とともに、ゆっくりと、ゆっくりと深度を上げてゆく。
最初こそ難儀したが、魔法薬のおかげで呼吸と会話が普通にできるからして。海中で目を開けられるようになれば、少しずつではあるが潜ることができた。
潜ってみて気がついたのが、花園へと向かう他の人達の動き。
足を交互にバタバタさせたり、手と足で水を掻くようにして潜っていき、そして浮かんでくる。
なるほど、と真似をしてみれば、それまでよりも進みが早くなった。
「なんやろ、空を飛ぶのとは違うな。無重力空間にいるような……いや、これも違うか」
似てはいるけどしっくりと来る表現が見つからず、小さく唸る安芸。
だが。
てしってしっ――グレーの猫が何かを訴えるように安芸の手を軽く叩くものだから、考えるのをやめた。
「まあ……思うてたより、気持ちええな」
魔法薬のおかげもあるのだろう。けれども初の海中で嫌な思いをせずに済んだのだから、それは良いことだろう。
初めての海中で嫌な思いをすれば、最初よりもっと、海に入る気がなくなってしまうかもしれないのだから。
(……この浮力は、不思議なものだな……)
岩場で座しているルパート(本体)は、海中にいる肉体と共有している感覚を実感して思う。
肉体は本体から離れられる距離に限界があるため、あまり遠くにはいけないが、それでも――。
ルパートは、この仮初の肉体を得てそろそろ一年になる。それまでできなかった食事ができるようになったことが、一番の嬉しい衝撃で。様々な味を体験しては感慨深さを噛みしめる、食道楽がこれまで主であったが。
この水の世界も、今だからこそ体験できるといえた。
今、肉体が見ている世界は、本体のみであれば到底見ることのできなかった、感じることのできなかった世界だ。
猟兵になる前よりも世界が色鮮やかに見える――これは、物理的な差だけではないだろう。
あの時に持ち得なかったもので今のルパートが持っているものは、物理的ではないものの方が多い。
(己をリビングアーマー、亡霊騎士だと散々嘯いたが……)
ああ、ここに来るまでにいろいろなことがあった。
己の存在意義を問われ、精神を捻られるような思いもした。
でも、今は。
「この『生きている』感覚を得た今、それも似つかわしくないやもな……」
ぽつりと本体の呟いたその言葉を聞いているのは、安芸の麦わら帽子だけ――……。
* * *
「ルパート君、もっと深く行けそうか?」
「いや、この辺で待っているから、安芸殿は猫と行ってくれ」
「りょーかい」
ルパートに確認をとった安芸は、猫とともにすいすいと海底へと向かっていく。息さえできれば空中と近いのだろうか――それはルパートにはわからないが、安芸の水着の白い裾が広がり、尾びれのように揺れるのは純粋に綺麗だと思った。
(おっ……猫が増えてきたな)
眼下には、色とりどりの花園。
そして猫たちと漂う仲間の姿。
深く潜らずとも、これはこれで。
海中で流れに身を任せながら、ルパートは眼下の光景を楽しんでいる。
強く、『生』の感覚を持ちながら。
「ルパート君、どこいくんー?」
下方から向けられた声に、ふと意識を引き戻されてみれば。
「……おっと、想像以上に流される」
安芸たちが移動したのではなく自分が流されたことに気がついて、なんとか戻ろうと手足を動かすルパートであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
亜儀流野・珠
◎
【ミケタマ】(2人)で水着参加だ!
海底に咲く花、泳ぐ猫!
やたら面白そうな島だな!
土産も気になるが、先ずは花見!
去年はミケや猫たちと梅見をしたが……海の底で花見とは。いや楽しみだ!
サイズは盆栽ほどだったか?
取り敢えずなるべく大きいのでも探してみるか!
光差す海底の桜、舞う花びらに泳ぐ猫。
この世とは思えん光景だな!
……生きてるよな俺?(顔を触って確かめ)
ミケも来てみろ!
俺も動きたいし練習付き合うぞ。
花と共に舞い泳ごうじゃないか!
泳ぐコツ? 気合いだ!
そう忘れられる光景ではないが……(花びらを一片捕まえ)
これで何か作れる店でも探すか。
何時でも思い出に浸れるようにな。
……ミケの分もな!(もう一片掴む)
舞音・ミケ
◎
二人組の【ミケタマ】で参加するよ。水着で。
海の中に花……楽しそう。
珠と猫と、みんなと行った去年の花見。
たくさん遊んだ、たくさん寝た。楽しかった。
海の中ってお昼寝できるのかな?
ここの猫は皆泳ぐの得意なの?
泳ぎ、ちょうど他の島で練習してきたけどまだ上手じゃないから。
ここの猫たちに教えてもらおう。
体の構造の違い……きっと、ささいなこと。
猫の泳ぎ方を真似して足腰を動かして……うまく行かないね?
構造の違い……問題かも。
……よし、とにかくたくさん泳ごう。
泳いで、泳いで、少し休んで。
疲れるけど、珠と猫と一緒だと楽しい。
帰る、けど一緒に来たい子いたら一緒に行こう。勧誘。
戦いできない子も、霊体な子も歓迎だよ。
夏の陽光が、露出した手足に降り注ぐのを心地よく感じる。じりじりと無闇矢鱈に肌を刺激するだけではないこの感覚は、なんと表すればいいのだろうか。
「海底に咲く花、泳ぐ猫! やたら面白そうな島だな!」
朱混じりの赤に金の模様と縁取りの鮮やかな、セパレートタイプの水着に身を包んだ亜儀流野・珠(狐の恩返し・f01686)は、砂浜に降り立って辺りを見渡し、声を上げた。
どこを見ても猫がいる。なんなら砂浜で寛いでいたり、波打ち際ではしゃいでいたりもする。
海面に顔だけだして、すいすいと泳いでいる姿も。
ああ、水着のスカート部分を揺らす潮風は心地良くて。
「海の中に花……楽しそう」
その隣でぽつり、呟いた舞音・ミケ(キマイラのサイキッカー・f01267)は、正しくセーラータイプの――そう、水兵さんの服をイメージした水着を纏っている。胸元の黄色いリボンが陽光を浴びて、際立って見えた。
お土産も気になるけれど、まずは花見、とふたりは海岸に向かったのだが、熱された砂を踏みしめながら思い出すのは……。
「去年はミケや猫たちと梅見をしたが……海の底で花見とは。いや楽しみだ!」
「珠と猫と、みんなと行った……」
そう、昨年、サムライエンパイアで見た梅のこと。
春の訪れを告げると言われる梅が咲くのはまだ、寒さの残る頃。真夏の浜辺でその時のことを思い出すなんて、なんだかちぐはぐに思えるけれど。
花見と言われて思い出す一番の思い出なのだから、細かいことなどどうでもいいのだ。
「……たくさん遊んだ、たくさん寝た。楽しかった」
珠とたくさんの猫と、みんなと。梅の下で過ごした思い出を反芻するかのように、ぽつりぽつりと紡ぐミケ。
「海の中ってお昼寝できるのかな……?」
「どうだろうなぁ。あ、この薬を塗れば、海の中でも息ができて話ができるらしい!」
ミケの疑問に小さく首を傾げた珠だったが、貰った魔法薬入りの小瓶を取り出して。
「息もできて話もできるなら、昼寝もできるかもしれないぞ!」
「……よし、試してみる」
それぞれ魔法薬を塗って、向かうは波打ち際――。
* * *
寄せては返す波は小さいけれど、足を撫でていくその感触はくすぐったいような……。
それでも思い切って潜ってみれば、魔法薬のおかげで息を止めている必要はなく。
「ここの猫は皆、泳ぐの得意なの?」
海上に顔を出して泳ぐだけでなく、下半身をゆらゆら横に揺らしてどんどん潜ってゆく猫も多くて。練習はしたけれどまだ泳ぎは上手とは言えないミケは、不思議そうにそう零す。
下へ下へと潜りゆくのは、そう簡単なことではない。沈むと潜るは似ているようで違う。ある程度は自然に身体が沈むけれど、海底にある花園まで潜るには今少しの工夫が必要。
珠はすいすいと下へ下へと潜っていくけれど、ミケは海面から数メートル沈んだあたりで身体がふわふわと浮いてしまって。
海水に身を任せれば、なんだか少し気持ちよくて眠くなりそうだけれど、花園にたどり着けないだけでなく、流されてしまう可能性もあった。
「ここの猫たち……教えてくれるかな?」
視線を動かせば、今まさに上から潜り来る猫の姿が見える。パステルミケ模様の猫だろうか、下半身を左右に動かしながら徐々にミケに近づいてくる。
「ねえ、あなた……泳ぎ方を教えてくれる?」
『おねーさん泳げないの?』
ミケに声をかけられて動きを止めたパステル三毛猫は、不思議そうにミケを見つめる。
この島の猫たちとしては、『猫は泳げるもの』なのだろう。だから自分たちと似たような毛並みで耳やしっぽを持つミケの言葉を、不思議に感じたのかもしれない。
『だいじょーぶだよ、すぐに泳げるようになるって! オレの真似してみなよ! こーやって前脚伸ばしてさー』
どうやらこの島の猫でも、泳ぎが得意ではない個体がいるようだ。教え慣れているのか、パステル三毛猫はゆっくりと下半身を揺らしてみせる。
だが。
問題があるとすれば。
猫のキマイラとはいえ、ミケは人型であることだ。
(体の構造の違い……きっとささいなこと)
きっとなんとかなる――そう信じて、ミケは彼の真似をして体を動かしてみるのだった。
* * *
一方、すいすいと潜り潜った珠は、花園へと到着していた。
上から見た時に見えた鮮やかな色が、潜り進めるに従ってだんだんと大きく、鮮明になっていって。
気がつけば、眼下には、どこまでも続くような花園。
上空から降り注ぐ陽光は、海水を通って来ることで、地上では見ることのできない煌めきを放ち。
ゆったりとした潮の流れと泳ぐ猫たちによって、花びらがひらひら、ひらひらと舞い続ける。
落ちることなく延々と舞い続ける花びらと、海底に差し込む煌めき。
そして、楽しそうに泳ぎ遊ぶ猫たちの姿――。
「この世とは思えん光景だな!」
竜宮城でタイやヒラメの舞い踊りを見た浦島太郎も、こんな気持だったのだろうか。
絵にも描けない美しさとは、まさに言い得て妙で。
「……生きてるよな俺?」
思わず自身の顔を触った珠だった。
* * *
パステル三毛猫の教えに従って、足腰を動かして練習を続けていたミケだったが、どうにもうまく行かない。
「構造の違い……問題かも」
『なんでうまくいかないんだろうなー?』
うーんと唸るパステル三毛猫に対し、ミケはやはり身体構造の互いが原因ではないかと思い始めていた。
そんな時。
「おーい! ミケも来てみろ!」
下方から聞こえてきたのは、珠の元気な声。一向に潜ってこないミケを案じ、珠はミケの元まで上がってきた。
「うまく泳げないのか? 俺も動きたいし、練習付き合うぞ!」
花と共に、ミケとも舞い泳ぎたい――それは珠の望みでもあるから。珠はミケの手を取って、先導するように潜り始める。
「わ……」
珠に引かれると、ミケの身体はそれまで進まなかった下方へとぐんぐんと降りていき。
潜るという不思議な感覚が、全身を包み込んだ。
「泳ぐコツは、気合だ!」
珠の言う気合とはどうすれば良いのかわからなかったけれど。
(……よし、とにかくたくさん泳ごう)
手を引かれながらミケは、珠の体の動きをちらりと見て。
(こう、かな……)
ゆっくりと、足をぱたぱた動かしてみる。
思いのほか、水は重くて疲れてしまうけれど。
『おねーさんがんばれー!』
パステル三毛猫も寄り添って潜ってくれるから。
「わぁ……きれい……」
視界を埋め尽くすほどたくさんの花に圧倒されて。
花園の上を珠と、猫たちと、花びらと共に舞うように進みゆけば。
疲れも吹き飛ぶほどの、楽しい気持ちが湧いてくるから――。
* * *
品種改良されているがゆえに、膝丈ほどの高さだけれど。
その桜の木の間に腰を下ろせば、見上げずとも視界に広がる桜の花。
白だけでなく、薄桃色に濃い桃色。花弁の形も様々で。こんなにたくさんの種類の桜を、一度に視界におさめることの贅沢さを、ふたりは噛みしめる。
「桜に埋もれたみたいだな!」
「うん。おもしろい、お花見」
からからと笑う珠に、はにかみ気味に頷くミケ。
こんな光景、そう簡単に忘れられるものではないけれど。
「っと……」
珠が手を伸ばして捕まえたのは、舞い泳ぐ桜の花弁。
「これでなにか作れる店でも探すか」
いつでも思い出に浸れるようにな――笑顔を咲かせ、もう片方の手で捕らえるのは。
「……ミケの分もな!」
「ん、ありがとう……」
揃いの花弁だ。
* * *
帰途につくふたりの手には、揃いのチャーム。
採ってきた花びらを、そのままの状態で保存できるようにと魔法機械で加工してもらい、海を思わせる色のレジンで閉じ込めてもらったのだ。
カニカンと呼ばれる金具に良く似たものがついたチャームなら、愛用の持ち物につけるのも容易だし、付替えも簡単だ。
そしてミケの腕の中には、さきほど泳ぎを教えてくれた、パステル三毛猫の姿が。
勧誘成功、である。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
渡・冥
☆*
(水着で)
眩しく照らす陽、ギラギラ光る海。
……困るよね。困る。
暑さと眩しさでくらくらする。
静かに控えめに照らす月や星を見習って欲しいね。
魔法薬とやらで海の中にでも逃げ込めば、と思ったけど。
涼しそうではあるけど、猫も居るんだってね?
動物はどうもね。嫌いじゃないんだけどね。
飛び掛かってきたりよじ登ってきたり。
無遠慮に服に羽とか毛とか付ける。
嫌いじゃないんだけど……生物より無機物と触れ合いたい。
……自分から海潜るくらいだし、
ここの猫は知的だったりするのかな?
ねえそこの君(猫)、この海に僕に合う花とかあるかな?
……猫に聞いても無駄か。
答えをくれたら一日中全力で遊んであげるよ。なんて。あはは。
「……、……」
真夏の太陽は、とても元気だ。
この島の太陽は、昨今のUDCアースの夏の容赦ない日差しよりはマシかもしれないけれど。
しかし渡・冥(ジェノサイダー・f00873)にとっては、等しく悩みの種であった。
「……困るよね。困る」
黒系のサーフパンツを履いた冥は、揃いのラッシュガードを羽織り、そのフードを被っている。そして口元は、いつものようにマスクで覆っていて。
海に来る格好なのかどうか判断に困るのは、置いておこう。
眩しく照らす太陽と、陽光を受けてギラギラ光る海――冥は暑さと眩しさでくらくらしていた。
暑いならば脱げば、というわけにもいかない。ラッシュガードを脱いでしまったらフードがなくなってしまうではないか。
「静かに控えめに照らす月や星を、見習って欲しいね」
恨み言のように紡いで、冥はポケットに入れた手に触れたソレの存在を思い出した。
(この魔法薬とやらを塗って海の中にでも逃げ込めば、と思ったけれど)
そう、ポケットの中には魔法薬の入った小瓶。塗れば海中で呼吸もできるし会話もできるという品ではあるが。
海の中は涼しそうである。花園のある海底へと行けば行くほど、おそらく涼しく感じることだろう。
だが。
この島には、浜辺には、海には――猫がいる。
こうして浜辺近くの木陰に逃げ込んでいても、空以外、どこを見ても猫が視界に入ってくるほどだ。
(動物はどうもね。嫌いじゃないんだけどね)
突然飛びかかってきたり、本能の赴くままによじ登ってきたり。
無遠慮に羽や毛をつけられるから――黒い服についたそれらはよく目立つくせに取れにくくて。
だから。
(嫌いじゃないんだけど……生物より無機物と触れ合いたい)
それが本音。
木陰でしゃがみこんだ冥をちらりと見て、数匹の子猫たちが浜辺へと駆け行った。ここの猫たちは特定の家で飼われているわけではないのに、ヒトを怖がらないようで。
ヒトと同じように、堂々と道を歩き、堂々と遊ぶ。
「……、……」
特に意味もなく、先程の子猫たちを視線で追ってみれば、楽しそうな鳴き声を上げながら海へと潜っていくではないか。
なかなか見れる光景ではないことは分かる。
けれども冥の頭に浮かんだのは、別のこと。
(……自分から海潜るくらいだし、ここの猫は知的だったりするのかな?)
もしかしたら、ヒトの言葉を理解したりして――そんな軽い思いから、視界に映った猫に声をかけてみることにした。
「ねえそこのキミ、この海に僕に合う花とかあるかな?」
「なぁ~?」
冥が声をかけたのは、漆黒の毛並みを持つ短毛の猫。金色に見える瞳はよく見ればアンバーだ。
「なぅ~にゃぁ~?」
黒猫は冥の座す木陰へと近づいてきたが、彼の体にまとわりつくようなことはなく、一定の間隔を開けたところで座って。
「うにゃう~?」
「……猫に聞いても無駄か」
なにか鳴いているが、冥には猫の意図はわからない。
やっぱり無駄か――そう思って口を開く。
「答えをくれたら一日中全力で遊んであげるよ。なんて。あはは」
「みゃう!」
本当に猫が、先程の問いを理解しているなんて思わないから。冗談っぽく告げて笑ったのだけれど。
黒猫は冥の言葉を聞いて、弾かれたように海へと駆けていった。
「……まさかね」
海中に消えゆくその姿を見た冥は、小さく呟いて。
「冷たい飲み物ひとつもらえるかな?」
ちょうど近づいてきた移動販売のドリンク屋さんから、冷えた果実水を買い求めて喉を潤すのだった。
* * *
(あー、ちょっとは慣れてきた……わけないよね)
果実水をゆっくり飲んで、なんとなくまだ木陰に座り込んでいる冥。海へ飛び込んでいった黒猫の帰りを待っている――わけではないけれど。
気にならないと言ったら嘘になる。だからずるずると、その場に座ったままだった。
(さすがにそろそろ移動しようかな……)
だが、マスクの下で小さくため息を付き、冥が立ち上がろうとしたその時。
ばさっ……。
「にゃにゃにゃぁっ!!」
ほんの一瞬、海から視線を外したその間に駆けてきたのだろう。冥の足付近に置かれたのは、葉と茎のついた花が数本。
そしてそれを持ってきたのは、先程の黒猫だった。
「みゃう、にゃ~!」
黒猫は前脚でトントンと、置いた花の側を叩く。
「もしかして、僕に合う花を採ってきたってことかい?」
「にゃんっ!!」
「……、……」
自信満々に鳴く猫の姿を見て、冥は信じがたい思いで黒猫が採ってきた花へと視線を向ける。
大きく長い葉っぱと茎は白く、花が咲いていなければ葉や茎だと判断できなかったかもしれない。
茎の先にはたくさんの小花がついていて、この形はどこかで見たことがあるような気がする。
ただ、その花の色は、漆黒だった。
「黒い花だから、僕に似合うってことかな?」
出会ったばかりの、しかも猫に自分に合う花なんて分かるはずがない――着ている水着と似た色の花を見つけてきたというところだろう。そんな風に冥は、思考を落ち着けたのだが。
「あらお客さん、まだここにいたの?」
声をかけてきたのは、先程の移動販売のドリンク屋のご婦人。移動ルートを一周してきたのだろう。
そのご婦人は、冥が口を開くよりも早く。
「あら、サージュ。久々に泳ぎに来たのかい?」
「なぁ~」
「サージュ……」
ご婦人の問いかけに、答えるように鳴く黒猫。おそらく『サージュ』とは、この猫の名前なのだろう。
「お客さん運がいいわね、サージュに会えるなんて」
「……それは、どういう……」
「サージュはね、十年前に亡くなったあたしの祖父が、こーんなに小さいときからこの島にいる猫でね」
三十代と思しきご婦人の祖父が幼児だった頃って、何年くらい前だろうか。
「人の言葉はわかるし、頭はいいし、なんならこの島の住人より物知りでねぇ……いつの頃からか、古い言葉で『賢きもの』を意味する『サージュ』という名で呼ばれるようになったらしいよ」
「……、……」
ご婦人の言葉を聞いて、冥はサージュと花を見比べた。
「この花、この猫が採ってきたんだけど、何の花か知ってるかい?」
「ああ、他の花と比べて少し見た目が奇異かもしれないけれど、この花は毒とか無いよ」
冥の問いに、ご婦人は笑顔をみせて花を手に取る。
「スズランの花に似た形をしているけどね、スズランのような毒性はなくてねぇ。この花で作った精油は、集中力を高めてくれるんだ」
「集中力……」
「ただ、最近はちょっと数が減ってしまってね、なかなか見つからないこともあるんだよ」
この花を探していたから、時間がかかったのだろうか。
「『ノワルニュイ』って名前の、この島原産の花だよ」
黒と夜から名をつけられたのだというこの花は、工房に持ち込めば精油にしてもらえるし、精油を使用して香水やお香、練り香水や香り袋など様々なものに加工してもらえるという。
「……、……」
この黒猫、サージュはただの猫ではあるまい。サージュがどうして冥にこの花を選んだのかはわからないが。
「答えを貰ったなら、約束は果たさないと、だよね……」
まさかこんなことになるとは思わず、軽率な約束をしてしまったかななんて思ったけれど。相手が賢い猫なら大丈夫だろう――そう思ったことを、冥は数分後に後悔することになる。
一旦姿を消したネージュが連れてきたのは、そっくりな黒い子猫たち。
どうやらネージュの子どもである子猫たちと、約束通り『全力で遊んで』ほしいということのようだ。
(……猫だからって侮ってはいけない……ひとつ賢くなったよ)
海の向こう、遠くを見つめながら、そう心に刻む冥であった。
大成功
🔵🔵🔵
ティヨル・フォーサイス
ティル(f07995)と
海の中の花園に瞬く
話は聞いていたけど、こうして見ると夢のよう
すごいわね、ティル!
ふふ、ティルはいつだって花よ
私にとってね
咲う姿が愛らしい花の指先取る
これだけあると目移りしちゃうわ
なんて、私は自然と鈴蘭に目が行くのだけれど
ふわと香る沈丁花を見つけ
ティルが好きと言っていた花のひとつ
ブレンドをお任せしてどちらも摘んでしまおうかしら
少し、分けてね
ティル、決まった?
彼女の手のビオラに出会った日を思い出し嬉しく思っていたら
――私に?
もちろん!……もちろんよ、ありがとうティル
うれしくてうれしくて
やさしい香りに綻ぶ
鈴蘭のコロンは淡い緑のアトマイザーに移し白いリボンを
ねえティル
あなたにも
ティル・レーヴェ
ティヨル殿(f14720)と
わぁ!
海中の花園は華やかでいて
ゆらと揺蕩う様が少し幻想的で
本当に!花に水にと満ちていて
へへ、妾達もお花になったみたい
常でさえ優しく咲く花の様な彼女が
花園に紛れたなら
本当に花になってしまいそう
ね?すこうしお手て繋いで見て回ろう?
そうっと人差し指を彼女に向けて
彼女が目を向ける花に
己に通じる其れを見たなら嬉しげに
妾は……と
見渡し手に招くのは
出逢った折に見た彼女の瞳色したビオラと
淡い色纏う日日草
出逢いの縁と其方の生まれの花を今日の想い出に
香りは揃いの香水瓶ネックレスに詰め
片方を彼女に
少し遅れてしもうたがお誕生日の贈物
ね、受け取って頂ける?
彼女からの香りも幸せ笑顔で抱きしめて
穏やかな、海の水の中。
魔法薬のおかげで、呼吸もできるし会話もできて。目を開けていても口を開けても、塩辛い水がしみることはなく。
深く深く潜りゆくほどに、差し込む陽光は煌めきを増して。
眼下にある鮮やかな彩(いろ)は、徐々に視界を埋め尽くしてゆく。
はぐれぬように――ティヨル・フォーサイス(森のオラージュ・f14720)の差し出した小さな手を、ティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)はしっかりと握りしめて行く。
緩やかな海流と泳ぐ猫たちの動きで、色とりどりの花びらが舞い始めると。
降り立ってみれば眼前の花園は、果てがないと思わされるほどにどこまでも、どこまでも続いていた。
「わぁ!」
無意識に漏れた歓声は、ティルのもの。彼女の肩付近に漂うティヨルは、瞬いてその豊かな睫毛を揺らす。
海底の花園は、華やかでいて、ゆらと揺蕩うさまが、少し幻想的。
話には聞いていたけれど、実際目の当たりにしてみると、心の底から夢のようだと思わされた。
「すごいわね、ティル!」
「本当に!」
水の抵抗を感じながらも、その瑞々しい色をした翅で羽ばたくように花へと近づくティヨル。振り返って自分を見た彼女の言葉に同意を示したティルは。
「へへ、妾達もお花になったみたい」
しゃがんで花たちへと視線の高さを合わせる。その動きに合わせてティルの、真珠色を混ぜたような淡い緑の髪が泳いだ。
「ふふ、ティルはいつだって花よ」
彼女の目の前にある、小さく品種改良されたリンデンの花咲く枝へと腰を下ろし、私にとってね、と続けるティヨル。
そんなティヨルの背後には、彼女の小さな身体と同じくらいの高さの花が、たくさん咲いているものだから。
(――……)
常でさえ、彼女は優しく咲く花のようで。そんな彼女が花園に紛れたら――本当に、花になってしまいそうで。
心のなかに生まれた、小さな漣を鎮めたくて。ティルはそっと人差し指を差し出した。
「ね? もうすこうし、お手て繋いで見て回ろう?」
幼子がそうするように紡がれた願いと、縋る色隠して咲う藤の眸(まなこ)。
「ええ、そうしましょう?」
愛らしい花の願いにティヨルは、その指先に触れた。
* * *
ゆらゆら、ゆらゆらと揺れる花園を行く。
知っている花もあれば、見たことのない花も。
形だけでなく色もまた、多岐にわたっていて。
「これだけあると、目移りしちゃうわ」
けれどもそう紡いだティヨルの視線の先には、揺れる白い花たち。
どうしても、自然と目が行ってしまうのだ――その可憐な、鈴蘭の花に。
「……? ……!!」
彼女は何を見ているのだろう――追った視線の先にある其れが、己に通じる花だったものだから。ティルの口元には笑みが浮かび、声色に自然と嬉しさが加わった。
「妾は……」
花園を見渡すティル。
その傍にいるティヨルの鼻孔をふわりとくすぐったのは、甘い香り。
強いけれども上品さを持つその香りの出どころへと向かえば、咲いていたのは沈丁花だ。
(ティルが好きと言っていた花のひとつね)
さてどうしよう。
鈴蘭はもちろん気になるけれど、沈丁花も捨てがたい。
(ブレンドをお任せして、どちらも摘んでしまおうかしら)
専門家に任せれば、きっと素敵な香りに仕上げてくれることだろう。ティヨルは優しくその茎に触れて。
「少し、分けてね」
願うように断り、二種類の花を摘んでゆく。
一方、花園を見渡したティルを手招いたのは、ティヨルの瞳の色をしたビオラと、淡く色を宿した日々草。
ビオラを見て思い出すのは、彼女と出逢った時に見たその花。
そっと指先で触れて、ふたつの花を摘んでゆく。
「ティル、決まった?」
鈴蘭と沈丁花を抱いてティルの元へと向かえば、ティヨルの瞳に映るのは、瞳の色と同じビオラ。
嗚呼、ティヨルの脳裏にも、出逢った日のことが思い出されて、胸がぽかぽかし始める――。
* * *
工房に頼んだ加工が終わるまで、お土産屋さんを見て、可愛いお菓子を見て。
それぞれ受け取った品物を手に、ふたりは近くのベンチへと腰を掛けた。
「ティヨル殿」
呼ばれて顔を向ければ、眼前に差し出されたのは小さな香水瓶のついたネックレス。
それを手にしているティルを見上げれば、彼女の手には同じものがもう一つ。
「……私に?」
「少し遅れてしもうたが、お誕生日の贈物。ね、受け取って頂ける?」
予想外のことに、一瞬戸惑ったけれど。それよりも、嬉しさが弾けて。
「もちろん! ……もちろんよ、ありがとうティル」
抱きしめるようにして受け取れば、優しい香りがティヨルを包み込む。
出逢いの縁とティヨルの生まれの花を、今日の想い出にとブレンドして作られた香りは、とてもとても優しくて。ティヨルの顔が綻んだ。
「ねえ、ティル」
その香りを堪能したティヨルは、工房でパステルカラーの薄布に包んでもらった品をティルの前へと差し出す。
「あなたにも」
「えっ……」
予想だにしなかった展開に、ティルは手を小さく震わせて包みを受け取った。
ゆっくりと開けば、中から出てきたのは白いリボンを纏った、淡い緑のアトマイザー。
「これ……試しても?」
「もちろんよ」
アトマイザーから漂うのは、鈴蘭のコロン。その中に微かに香るのは、沈丁花の甘さ。
香りの強いはずの沈丁花が不思議と控えめで、鈴蘭の香りを引き立てている。
「すてきな香りね……!」
ありがとう、告げ合う花たちは、柔(やわら)に綻ぶ――……。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
三ヶ月・眞砂
オウカさん(f14247)と
わっ、ほんとに水中で息ができる
竜槍スティルもはしゃいでるっす
木漏れ日とも違うやわらかな光
それを受けるオウカさんもいつにも増して
綺麗、と零れる前に寄って来た猫
三毛猫君、案内してくれるんすか?
その卓越した泳ぎ…
オウカさん!三毛センパイについていきましょう!
到着した花園に思わず息を飲めば
はっいつの間にか猫に囲まれてるっす!?
流石は三毛センパイ、友達100匹っすね
俺とも遊べと拗ねるスティルとも戯れて
…オウカさんそっちのけで俺ばっかり楽しんでしまったのでは
そうだ、せめてお土産を!
目に留まったのは桜の枝
秘密にして、上に戻ったら贈るっす
大切な誓いを秘めたこの花を
新たな思い出として
オウカ・クヴェル
眞砂(f14977)と
初めて見る青の世界は
想像よりも美しく、とてもあたたかい
(母なる海。と人が云うのも頷ける)
差し込むひかりと海の青が混じって
いつもとは違う輝きみせる石の身体にも
少し新鮮さを感じつつ
―ああ、今いくよ
呼ぶ声の方、先行く眞砂の笑顔を導に
緩やかに水底へ
見渡す限りの花の楽園
地上でだって中々お目にかかれない景色に
ただ見蕩れるばかり
君は何処に行っても人気者だね?
猫と竜槍と戯れ花に囲まれる眞砂に笑顔零しながら
ふと視界に映る、一輪の向日葵
控えめにけれど真っ直ぐに
そらへ向かって咲くその姿は、何処か目前で笑う君を思わせて
―そっと手に取り、胸に抱く
地上に戻ったら
君に贈ろう
優しく輝き照らすひかりの花を
青い空から降り注ぐ陽光は、海面をまるで宝石のように煌めかせて。
空と海、どちらの青が綺麗かなんて考えるのは、無粋だろう。
「――……」
初めて見る青の世界に、オウカ・クヴェル(遍し記憶・f14247)は思わず足を止めた。眩しそうに『青』の広がる世界を見つめて。
(母なる海、と人が云うのも頷ける)
言葉だけで知っていたそれを今、まさに体験したことで、オウカの中の言葉が深みを帯びていくのがわかった。
「……、……」
降り注ぐひかりと海の色が混ざって届くそれは、オウカの石の身体の輝きにも影響を与えている。
どんな言葉で表すのが正しいのかは、今はわからぬけれど。いつもと違う輝きを見せる身体に、新鮮さを感じていた。
* * *
「わっ、ほんとに水中で息ができる!」
バシャーッ!
その髪とおそろいの色をしたサーフパンツを纏った三ヶ月・眞砂(数無き星の其の中に・f14977)は、魔法薬を塗って即、海水へと顔をつけた。
魔法薬の効果を確かめて勢いよく顔を上げれば、髪の先から雫が弾け、陽光を反射してキラキラと煌く。
その隣では、眞砂の真似をして竜槍のスティルがはしゃいでいた。
未だにこちらへと来ない連れへと視線を向ければ、浜辺に立つその姿に心が跳ねる。
木漏れ日とは違う、けれども柔らかなひかりを彼は受けて輝いていて。
自然と零れそうになる――綺麗、と。
「なぁ~~~!」
けれどもそれは零れる前に、可愛い鳴き声によって遮られた。眞砂が視線を落としてみれば、いつの間にやってきたのかスティルの隣に三毛猫が一匹。
「三毛猫君、案内してくれるんすか?」
「にゃ~お!」
眞砂の問いに、任せておけとでも言うように、三毛猫は下半身を揺らして沖へと向かってみせる。
「その卓越した泳ぎ……」
三毛猫と、それを追っていくスティルの姿を見つめた眞砂は。
「オウカさん! 三毛センパイについていきましょう!」
砂浜に佇むオウカへと、手を大きく振りながら声をかけた。
「……ああ、今いくよ」
先行く呼び声の主の笑顔に頷いて、彼を導としてオウカも海へと足をひたして。
「みゃっ!!」
三毛猫に倣い、ふたりと一体は水底へと向かった。
* * *
沈みゆくごとに、鮮やかな色たちが視界をおさめる割合が増えていく。その様子に自分たちが興奮していくのが分かったけれど。
いざ、海底に降り立ってみれば、花園は視界を埋め尽くすほどで。
どこまで続いているのかすら、予想がつかなくて。
「……、……」
「……、……」
言葉が、出てこなかった。
地上でだってなかなかお目にかかれない景色だ。見惚れてしまうのも無理なきこと。
息を飲んで花々を見つめる。
言葉にしなくとも、互いに同じ思いをいだいているだろうことは、なんとなく分かるから不思議だ。
ああ、そのようにしたままどのくらいの時間が過ぎたのか、わからないけれど。
「はっ!?」
己の置かれている状況に気づいた眞砂の声に、オウカも彼へと視線を向けた。
「君は、何処に行っても人気者だね?」
「いつの間にか猫に囲まれてるっす!?」
オウカが穏やかに笑むのは、いつの間にか眞砂の周りにたくさんの猫が集まっていたから。
花園に立つ彼の周りには三毛猫と、スティルと、たくさんの猫たち。
「みぃ~?」
「にゃ」
「にゃあ~ん?」
「流石は三毛センパイ、友達100匹っすね!」
「なぁ~、なぁ~!!」
集まってきた猫は、眞砂とスティルを見てなにか話しているよう。三毛猫は、自信たっぷりに鳴いて眞砂の裾へとちょいちょいとちょっかいを出した。
どうやら遊んでほしいようだ――その要求に応えて、猫たちと共に戯れる眞砂だが。
ぐんっ……強く裾を引かれて見れば、なんだか不満げなスティルが。
「忘れてないっすよ、スティルも一緒に遊ぶっす!」
今度はスティルも一緒に、猫たちと戯れる眞砂。
動物の言葉が少しわかるオウカは、猫たちが眞砂に興味を持っている様子に気がついていて。
何処に行っても『いのち』を惹きつけてやまないのは、彼のその、明るさと親しみやすさゆえだろう。
笑みを浮かべたまま彼らの様子を静かに見つめていたオウカだったが、彼らの動きに合わせて動かした視界にふと映ったその色に引かれ、視線を止める。
そこに咲いていたのは、一輪の向日葵。
控えめに、けれど真っ直ぐに。そらへと向かって咲くその姿。
降り注ぐ光へと向くその姿は、何処か、視線の先で笑う眞砂を思わせて。
ゆるりゆるりと海中を進み、向日葵の元へとたどり着いたオウカは。
「……、……」
向日葵をそっと手に取り、その胸に抱いた。
(地上に戻ったら、君に贈ろう)
――優しく輝き照らす、ひかりの花を。
* * *
「あっ」
猫たちとスティルとめいっぱい遊んだ眞砂は、ふと気がついた。
(……オウカさんそっちのけで、俺ばっかり楽しんでしまったのでは)
チラリ、と彼の様子を盗み見れば、穏やかな笑顔を浮かべてくれているけれど。
(そうだ、せめてお土産を!)
ぐるり見渡すと、それを見つけることができたものだから――。
「三毛センパイ、頼むっす!」
「にゃん!」
三毛猫と猫たちに願い、戯れながらその花の元へと向かって。
少しの間、猫たちにオウカの視線を遮って貰った眞砂は、その枝を手に取る。
小さいサイズに品種改良されてはいるが、その美しさは変わらない――彼が手にしたのは、桜の枝だ。
(秘密にして、上に戻ったら贈るっす)
そっと、水着に桜の枝を隠して。
これは、大切な誓いを秘めた花だから。
新たに今日の、想い出を足して。
互いに差し出された花に、驚きと喜びの笑みを咲かせるのは、もう今少し、後のお話。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
*
海で泳ぐ猫…!楽しそうです馨子さんを誘ってみよう
水が怖かったら私につかまってください
先日のイルカ程ではないですが、泳ぐ練習もしたので。
変わった泳ぎ方をするんですね、まるで人魚…猫魚?
【動物と話す】で猫たちに近づいてもらいます
猫たちと戯れながらだと、水の怖さが少しは薄れるかと思って
…あ、なんとなく猫からいい匂いが。海底の花園に潜っているから花の香りがついたんでしょうか?
猫たちについて行ったら花かわかるかも
花を眺めながらついて行きましょうか
猫が見つけてくれた香りというのも楽しそうです。
……そういえばつかまってる状態って結構距離近いですね(今頃気がついて少し赤面)な、なんでもないです…。
燦々と輝く太陽の光を受けた水面には、泳ぐ猫たちの頭がいくつも見える。
(本当に、猫が海で泳いで……!!)
海岸沿いに立つ桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、実際にその光景を見て、心が沸き立つのを感じた。
猫はそのままでも可愛いけれど、こんな風に楽しそうに泳ぐ猫なんて、そうそう見られるものではない。
そしてそんな猫たちを見てふと頭に浮かんだのは、ひとりの女性の顔。
(馨子さんを誘ってみよう)
グリモアベースでこの島の猫たちのことを語っていた彼女を思い出して、思わず笑みを浮かべながら、カイはひとつに結い上げた長い髪を揺らして街中へと向かう。
彼女がこの島に来ているのは確かだから、何処かで会えるだろう。
* * *
「……海の中、でございますか……?」
「ええ。猫たちと戯れながらなら、水の怖さが少しは薄れるかと思って」
猫用品を販売している店で水着姿の彼女――紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)を見つけたカイは、海へ入らないかと彼女を誘った。
ふたりは、知らぬ仲ではない。旅団で顔を合わせたり、共に依頼で世界を渡ったこともある。先だっては、同じグリードオーシャンの島へと遊びに出かけた。
けれども馨子の声色に戸惑いが見えるのは、彼女自身が大量の水に恐怖を感じているからだ。
湯浴みならば平気なのだが、それ以外だと恐怖を消すことができない。
昨年の夏は、醜態を見せてしまった。
先だっては、カイとイルカのおかげでなんとか素敵な景色を楽しむことができたけれど。
あの時と同じように、魔法薬を使えば海中で息もできる。それは、この島のことを案内した馨子が一番良く知っている。
けれど、けれども。
まだ、水に対する恐怖は完全に消えてはいない。
「馨子さん」
「……はい」
戸惑うように揺れる彼女の漆黒の瞳を、カイは自身の青で捉えて。
「水が怖かったら、私につかまってください」
真摯に、そして優しく告げる。
「遠慮はいりません。先日のイルカほどではないですが、あれから泳ぐ練習もしたので」
「カイ様……」
彼の優しくて真面目な性格を、馨子は知っているから。彼が心から自分を気にしてくれていることは、痛いほど分かる。
それをありがたく思うと同時に、見ていることしかできなかった泳ぐお猫様と自分が共に泳ぐという魅惑の情景に、心が揺れた。
「本当に……甘えてしまっても……?」
「もちろんです!」
上目遣いで遠慮がちに、カイの顔色をうかがう馨子。彼女のその言葉が、自分の誘いに対する『諾』だとわかるから、カイは笑顔を咲かせて任せてください、と頷いたのだった。
* * *
びくっ……。
波打ち際で、打ち寄せては引いてゆく波の動きに合わせ、馨子が小さく反応するのがカイには分かる。
明るい臙脂色と言えばいいだろうか、上着を置いて深みのある赤のサーフパンツ姿になったカイの左腕には、同じく上着としていた薄衣を脱いで水着姿となった馨子が掴まっている――否、腕にしがみついていると言ったほうが良いだろう。
普段なら、彼女はこのように誰かに積極的に触れることはしない。けれども今は、恐怖心が勝っているようで。
引いてゆく波に、引きずり込まれてしまうような感覚があるのかもしれない。びく、と反応するごとに、カイの腕はぎゅっと抱きしめられる。
「馨子さん、ほら、猫が泳いでいますよ」
「あ……お猫様……お上手……」
海面に顔を出してすいすい泳いでゆく猫たちを示せば、カイの腕につかまったままではあるが馨子はそちらへとゆっくりと視線を向けて。
「変わった泳ぎ方をするんですね、まるで人魚……猫魚?」
「そうでございますね、まるでお魚が尾びれを振るように、左右に……」
馨子の気が猫へ向いたこの隙に、ゆっくりとではあるが深い方へ、深い方へと彼女を誘導してゆく。
「猫さんたち、力を貸してくれませんか?」
『どうしたのー?』
カイが猫へと声をかければ、すいすいと近づいてきてくれる猫たち。
「お猫様っ……」
近づいてくる猫たちを見た馨子の声に、少し力が戻ったのを感じながら、カイは猫たちへと願う。
「私たちと一緒に泳いでもらえませんか? 彼女は、あまり水が得意ではなくて」
『そうなのー?』
『いいよー!』
『ゆっくりいくー?』
『ねこにも水が苦手な子、たまにいるよー』
わらわら、わらわらと近寄ってきた猫たちの、つぶらな瞳に見上げられて。馨子が小さく震えているのは恐怖からではなく、歓喜からだろうと分かるから。
「はい、ゆっくりお願いします」
行きましょうか――彼女に声をかけて、一歩一歩砂と海水を踏みしめる。
膝を、腿を、臀部を……徐々に海水に包まれていく面積は増えるけれど、猫効果もあってか、彼女は前に進み続けている。
依然、カイの腕にはしがみついたままであるが、迷惑だとは思わないから。
「……あ、なんとなく猫たちからいい匂いが」
海水の香りに混ざって鼻孔をくすぐるのが、何の匂いかまではわからないけれど。いい匂いだということはわかる。
「海底の花園に潜っているから、花の香りがついたんでしょうか?」
猫たちについていったら花がわかるかも――ゆるりと歩みを進みながら、告げて馨子の表情を窺えば。
「そうにございますね、複数の花のかお――」
意外と近くに彼女の瞳があって、心臓が跳ねたのは一瞬――。
「――!?」
突然、彼女の顔が視界から消えた。
左腕にかかる力が強くなったと感じたのは、ほんの僅かの間。
指先からこぼれ落ちてゆくように、腕に感じていた彼女の存在が遠くなっていく。
意識するより早く、反射的にカイは海の中へと潜った。
ちょうど彼女の踏み出したあたりから、急に深くなっているのだと気がつく余裕なんてなかった。
魔法薬のおかげで海中でも呼吸ができることなんて、頭から吹き飛んでしまっていた。
潜ったカイの視線の先で、彼女は縋るように手を伸ばしたまま、恐怖に満ちた顔で下へ、下へと沈んで――。
「馨子さんっ……!!」
溺れる心配とか、そういう次元ではない。
カイの心中に急速に広がっていくのは、大切に思う人を失う恐怖。
その手から、指と指の間から、大切な人の存在がこぼれ落ちていく感覚。
手を伸ばしても、届かない。
いくら呼んでも、届かない。
どんどん遠くなっていく、姿――。
嗚呼、あの時の光景が、重なって。
――弥彦!
けれども今のカイには、あの時とは違って肉体がある。
懸命に水を掻いて手を伸ばせば、その指先は彼女の白い手を捕らえることができて。
「っ――!!」
これ以上失ってたまるかと、力いっぱい引き寄せた。
「あ……ぁ……」
必死に抱き寄せた彼女は、言葉にならぬ声を上げて身体を固くしている。魔法薬のおかげで呼吸はできるからして、息苦しさではなく突然のことに恐怖で覆い尽くされているのだろう。
「大丈夫です、もう、大丈夫ですから……」
その存在を確かめるように抱きしめてカイが紡ぐのは、彼女にだけ向けた言葉ではない。半分は、自分へ向けた言葉だ。
手は、届いたのだ。
声は、届いたのだ。
今度は繋ぎ止めることが、できたのだ。
期せずして、耳元で呟かれた優しい言葉に、馨子の体に入った余計な力が抜けてゆく。
しっかりと包み込むようにされて覚えるのは、安堵。
カイの背に、遠慮がちに手を伸ばす。
「カイ、さま……」
「馨子さん……よかった……」
心配そうに見つめる猫たちに囲まれて、ふたりは暫く海中で抱きしめあっていた。
* * *
馨子が落ち着きを取り戻すのを待って、今度は花園を目指す。
猫たちの案内に付いていくカイは、馨子を抱いたままだ。
――もう暫くこうしていただいては、駄目でしょうか……?
また急に落ちるかもしれないと、不安なのだろう。馨子の懇願に、カイは否とは言わない。
ゆるりゆるりと海中を進みゆけば、次第に色鮮やかさを増す視界。
「素敵ですね」
「はい。実際に見ると……とても」
猫たちの先導で通り抜ける花園には、四季折々の花が咲いていて。よく知っている花もあれば、まったく未知のものもあって目を楽しませてくれる。
『ぼくたちのおきにいりはこっちー』
『ここだよー、ここー!』
「あっ……この香りは……」
本体性質的にも香りに敏感な馨子には、猫たちの香りの正体となる花の香りが分かったようだ。距離があるからか、海中だからか、カイにはまだわからない。
「カイ様、これは夜来香(イエライシャン)の香りでございます……!!」
「っ……」
嬉しそうにカイを見上げた彼女の顔が、先程よりももっと近くにあって。海中で抱きしめているのだから、地上での身長差はあまりなくて。
夜になると香りが強さを増す――香水の材料としてよく使われる――彼女の言葉が頭に入ってこない。
(……そういえばつかまってる状態って結構距離近いですね……)
今頃ではあるが、気がついてしまったから、意識するなという方が無理だ。
(……柔らかい……)
抱きしめた彼女の身体の、己のとは違った柔らかさも感じる。
海の中だというのに、顔が赤くなっていくような気がして。
「……カイ様?」
「な、なんでもないです……」
気がついてしまったからといって、意識してしまったからといって、今ここで彼女を離すという考えはなかった。最初よりはだいぶ海の中に慣れてきたように見えるが、自分が離してしまえば、彼女はまた恐怖に覆われてしまうかもしれない。
だから――。
カイが夜来香の香りをゆっくりと確かめる事ができたのは、地上に戻って更に、工房街まで来てからだった。
ただひとつ確実に言えるのは、この香りと今日の記憶が、しっかりと紐付けられたということ――……。
大成功
🔵🔵🔵
カイム・クローバー
f01440シャルと行動。
合わせの水着だが、帽子とコートは置いて。
猫ってのは水が苦手なイメージだが。島独自の進化を遂げるなんざ面白いモンだな。
グラサン掛けて、サーフィンしてる猫が居りゃ、もっと面白いんだが。…流石に居ねぇか(笑)
シャルを引っ張って泳ぐ。……めっちゃ泳ぎにくいんだが…。シャルにとっちゃ待ちに待った時間だから仕方ねぇ。
一応、泳ぐ前に水に顔を付けて、目を開けれるかどうかだけ、させておきたい。呼吸出来るとはいえ、パニックを起こして折角の旅行で辛い思いさせたくねぇし。
それが出来りゃ、いよいよ、海中へと進むぜ。
其処にある楽園に言葉を失う。海中から見上げる海面、差し込む光。最高の景色だぜ。
清川・シャル
f08018カイムと
と
今年用意した併せの水着に着替えて
お、泳げないんですけど、水の中で息が出来るって本当ですか…!?しかも猫ちゃんも泳いでるって…!!
無類の猫好きのシャルとしては是非とも行くべき!!
魔法薬を塗ったらカイムにしがみつく勢いでくっついて海へ
怖いものは怖いですからね…
海の中への興味はあったので、すぐにキャッキャと喜びます
手は離さないけど
綺麗〜海の中めちゃめちゃ綺麗〜!
見て!猫ちゃん!
シャルは長毛種が好きなので、見つけたら一緒に……カイム、シャル泳げないで沈むから引っ張って……
水の中って気持ちいいですね。
猫ちゃんに気を取られて花どころでは無かったので、また来たいね
~ in グリモアベース ~
「お、泳げないんですけど、水の中で息が出来るって本当ですか……!? しかも猫ちゃんも泳いでるって…!!」
グリモア猟兵の話を聞き終わるなり、清川・シャル(夢探し鬼・f01440)はぴゅんっと彼女のもとへ向かい、興奮気味にそう問うた。
「ええ、泳げなくとも大丈夫にございますよ。かくいうわたくしも、泳げませぬ」
突然の問いにもグリモア猟兵は楚々とした態度を崩さず、笑顔で答える。
「無類の猫好きのシャルとしては、是非とも行くべき!!」
その答えに安心したシャルがぐっと拳を握りしめたのを、彼女は微笑ましげに見守っていた。
このグリモア猟兵もまた、無類の猫好きでもあるからして。
* * *
~ in グリードオーシャン ~
太陽の光が燦々と降り注ぎ、肌を焼くのが気持ちいい。
体に溜まった悪いモノが、陽光によって浄化されていくような不思議な感覚。
目の前に広がるのは、白い砂浜と青い海。
そして、猫、猫、猫――。
「猫ってのは水が苦手なイメージだが」
黒のハーフ丈の水着にスカルモチーフの付いたベルト、エメラルドグリーンのストライプの腰布を巻いて砂浜に立ったカイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は、砂浜に、波打ち際に、そして水面に見えるたくさんの猫達を見て、感心したように言葉を紡ぐ。
「島独自の進化を遂げるなんざ面白いモンだな」
少なくともUDCアースの猫は、水が苦手というイメージがついている。中には水が平気な個体もいるようだが、少数派だろう。
だがこの島の猫たちは、浜辺で寛ぐだけでなく、波打ち際で楽しそうに遊び、頭だけ海面に出してすいすいと泳ぐ。そして、深く深く潜りさえするのだ。
「猫ちゃんいっぱい~!!」
彼の隣に立つシャルは、カイムと併せてデザインしてもらった黒系の水着に身を包み、その青い瞳をキラキラと輝かせている。
ビスチェのような形のトップにも、ボトムにもフリルの付いた可愛らしい水着。そこにカイムと揃いのデザインのスカルベルトを巻いた姿は、可愛らしくも刺激的で。頭に巻いたバンダナは、彼の腰布とは色違いのストライプ。
「本当に泳いでる~! 水遊びしてる~!」
波打ち際で前脚や後ろ脚を叩きつけるようにして、水が跳ねるのを楽しんでいる姿がとても可愛くて。
もちろん、砂浜で丸くなっている姿は言うまでもなく。
更に遠くへと視線を向ければ、海面に出たちっちゃい頭がすいすいと移動していくのが不思議だ。
「グラサン掛けて、サーフィンしてる猫が居りゃ、もっと面白いんだが」
「えー……さすがにそれは……」
「……流石に居ねぇか」
笑い合うふたりを、近くに居た猫が不思議そうに見上げた。
「シャル、準備できたか?」
「うん、これでいいはず」
カイムの問いに頷いて、シャルは自身の身体をもう一度確認。
魔法薬を塗ったけれど、その効果はここではまだわからない。本当に息ができるのか、不安は残る。
「よし、じゃあ試してみるか」
そんなシャルの不安を見抜いたかのように、カイムは彼女の腕をとって波打ち際へ。
「ちょっ、ちょっと、まっ……」
「ほら、試しに顔、つけてみな。目ぇ開けられるかも確認」
いきなり海に潜らされると思って焦ったシャルだったが、カイムは膝下が浸かるくらいの深さで足を止めてそう告げた。
「えっ……」
「いきなり潜るのは怖いだろ? だから顔をつけて目を開けられるか試してからだ」
「ん、やってみる」
魔法薬のおかげで呼吸が出来るとはいえ、パニックを起こして折角の旅行で辛い思いさせたくない――彼の心遣いで胸が暖かくなるのを感じながら、シャルは覚悟を決めて、息を吸って顔を海水につける。
呼吸の心配はないのだから、息を吸って止める必要はないのだけれど、やっぱり何となく……。
「……!!」
顔を覆う水の感覚。恐る恐る目を開けて、口を開けて呼吸をしてみれば。
「不思議……」
塩水が目に染みることもなく、呼吸だけでなく会話もできそうではないか。
「すごいっ……目も痛くないし、苦しくないっ……」
がばっと顔を上げて早々に、若干興奮気味に報告するシャル。ちょっとだけ見えた、海中を泳ぐ猫の姿をもっと見たい。
「じゃあ行くか」
彼の言葉に頷いたが、ぎゅむ、と掴んだのは彼の腕。
「怖いものは怖いですからね……」
そう、息ができると分かっていても、水の中に入るという恐怖はそう簡単に薄れない。泳げない者にとっては、沈むしか無い水中は、恐怖の対象だ。
(動きにくいが……まあ仕方ないな)
この島で過ごすことを、彼女がとても楽しみにしていたのを知っているから。
カイムは腕にしがみついた彼女を伴って、いざ、海の中へ――!
* * *
「シャル、目ぇ開けてみろ」
どぶんと沈むように潜る時、つい目を閉じてしまっていたのだと、シャルはカイムの声で気がついた。つい、しがみついた腕にも更に力が入ってしまったような気がする。
「……、……」
そろり、と瞼を持ち上げれば、眼前に広がるのは薄青の世界。
外から見た時に海の水が澄んでいることには気がついていたけれど、陽光が降り注ぐ海中は、思っていた以上に明るくて、キラキラしていて。
あっちを向いてもこっちを向いても水の中なんて、信じられないけれど。
宙を飛ぶかのように潜ってゆく猫たちや泳ぐ猫たちの姿を見れば、ああ潜っているのだと実感が湧いてくる。
「猫ちゃん潜ってる~! あ、お魚も泳いでる!」
キャッキャッと嬉しそうに首を巡らせるシャルを見て、カイムは心配が杞憂で終わったことに安堵した。
「綺麗~海の中めちゃめちゃ綺麗~」
きょろきょろとせわしなく視線を動かす彼女が、とても可愛い。
「見て! 猫ちゃんがいっぱい! 家族かな? 友達かな?」
しがみついていない方の手でシャルが指したのは、潜ってきたばかりの猫の群れ。
ぐんぐんとこちらに近づいてくる彼らは、長い毛をふわふわと水中に遊ばせながらカイムたちを追い抜いて下へ、下へ。
一匹の大きな猫に先導されるように、中くらいの猫と小さな猫が数匹ずつ潜ってゆく。同じように長い毛の猫だから、シャルの言う通りなにか繋がりがあるのかもしれない。
「追いかけ……」
長毛種が好きなシャルとしては、是非一緒に遊びたいところではあるが。
「追いかけるか?」
「……カイム、シャル泳げないで沈むから、引っ張って……」
そう、泳げないシャルが、狙った方向へひとりで進むのは難しくて。
「はいよ、行くぜ」
本当は、しがみつかれたままだとめちゃくちゃ泳ぎにくいけれど。カイムは快諾し、シャルを引っ張って潜り進める。
不慣れな彼女を伴っているものだからスピードは緩めたままだけれど、猫たちを見失わない程度の速度は出して。
「お、あそこが目的地みたいだぜ」
しばらく潜り、泳いでたどり着いたのは、花園の一角。桜の花が咲き乱れる区画だ。
桜の木は小型に品種改良されているが故に、見上げるより見下ろす感じにはなるが、色も花の形もそれぞれ違う桜が広がっているのは圧巻の光景である。
「猫ちゃん~!」
花園では足がつくから安心したのか、シャルは猫にまっしぐら。
対してカイムはというと。
「……、……、――……」
あまりの絶景に、言葉を失っていた。
差し込む陽光は、海面に近い場所と比べれば控えめではあるけれど。それでも花の色の判別ができるほどには花園を照らしていて。
揺れる海水を通ってきた光は、ゆらゆら、きらきらと花たちに降り注ぐ。
緩やかな海流と猫たちの泳ぎによって、花弁がふわりと舞い続けるさまは、スノードームの中に舞う雪が如く。
目の前にある光景は、楽園と称しても遜色ないものだ。
視線を動かして遠くを見ても、別の花が咲き誇っていて。どこまでも、どこまでも続いているかに見える――楽園。
「最高の景色だぜ……」
ぽつり、紡がれたその言葉は、最上級の賛辞。
* * *
「猫ちゃん、一緒に遊んでもいいですか?」
長毛の猫たちの集まりにひょいと顔を出して問えば。
『いいよー』
『おねーちゃんなにしてあそぶー?』
子猫たちが我先にとシャルの元へ泳いでくる。
(わぁ……)
少しだけ動物の言葉が分かることに感謝をしつつ、まずは撫でさせてもらう。
「不思議な感触……」
水の中だからか、ふわもこではないけれど。ゆらゆらと揺れる長い毛を指に絡めるようにして撫でれば、子猫たちは幸せそうにシャルにすり寄ってきた。
『お嬢さん、こちらへどうぞ』
中くらいの猫に招かれたのは、長毛の猫たちの真ん中。どうやらシャルのことを歓迎してくれているらしい。
「水の中って気持ちいいですね」
泳げない=怖いの図式が成り立つのは無理もないけれど、呼吸の心配もなくこうして穏やかに過ごしていると、身体を包み込んでいる水に心地よさを覚えて。気づけばそんな思いが口をついて出ていた。
『そうだよー』
『たのしいよー』
気ままにふよふよと泳ぎ回る子猫たちのようにはまだ、動けないけれど。
順に猫たちを撫でさせてもらって、幸せを感じるシャルであった。
* * *
「猫ちゃんに気を取られて花どころでは無かったので、また来たいね」
「そうだな」
カイムに引っ張って貰って浮上したシャルは、海面に顔を出して一番にそう告げた。
また来たい、そう思えたのは、彼女がこの旅行を楽しんでくれた証だろう。カイムも嬉しくなる。
「あ! カイム、あれ!」
「ん?」
突然シャルが声を上げて指をさすものだから、ぐるりと首を巡らせてみれば。
「……嘘だろ……」
サーフボードに立って波に乗る猫の姿が、遠くに見えたとか、見えなかったとか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ペトラ・ユーエンローヘ
☆*
…よし。猫さんに会いに行こう
わたしは猫さんとあそびたい
海の中に入ったことはあまりないけど…
猫さん、もしよければ、案内してほしい
ついでによければ、握手してほしい
…そうだ、魔法薬も忘れずにつけないとだ…
…わお。たしかにお花が咲いてる
これ、とってもいいの?
じゃあ、いくつかお土産にしよう
…この景色も持って帰れたらいいのにな
お花は香料屋さんに預けて
出来上がるまでお土産巡りをしよう
…あ、この子、案内してくれた猫さんに似てる。買おう
…あ、こっちは…スノードームみたいだけど、海だ
お花が咲いていて…ここの海底かな
…これなら、景色も持って帰れる?
うん、これも買おう
大切な友達に、色んな景色を見せてあげたいから
――よし。猫さんに会いに行こう。わたしは猫さんとあそびたい。
そんな自身の欲求に素直に従ったペトラ・ユーエンローヘ(白と黒の人形少女・f16203)は、ドレスのようなフリルスカートのついた水着で浜辺に立っていた。
降り注ぐ太陽の下、たくさんの猫達が思い思いに過ごしている。
(海に入ったことはあまりないけど……)
さあどうしよう、いきなり海に入って大丈夫だろうか――思案に落ちるペトラの足元で聞こえてきたのは。
「にゃーお」
猫の、声。
「……猫さん?」
足元を見れば、綺麗な姿勢で猫が一匹座っている。
斑点模様のその猫は、淡い緑の瞳でペトラを見上げていて。その顔つきはキリッとしていて、なんだかとても賢そうだ。
「猫さん」
ペトラは猫を驚かせないよう、ゆっくりとしゃがみなるべく視線の高さを合わせて。
「もしよければ、案内してほしい」
「なーお」
近くなった視線を絡めて頼めば、承諾と思しき鳴き声が返ってきたものだから。
「ついでによければ、握手してほしい」
「……なぁ~?」
真剣に乞うペトラに、不思議そうにひと鳴きして。すっと差し出された前脚――これは許可が出たということだろうか。
「ありがとう、猫さん」
手を伸ばして前足に触れても、猫は嫌がる様子を見せない。
(うん、やっぱり握手してくれるんだ)
そっと猫の前脚を手にとって、柔らかく握る。肉球のなんとも言えない感触が、掌に残った。
「これが、至福の時間……」
あまり表情に変化はないが、その声色が幸せを感じていることを如実に表していた。
* * *
忘れそうになった魔法薬を塗って、猫と共に海底へ。
潜るというのは案外大変だったけれど、時々猫が水着の裾を引いてくれたから、なんとか海底へと辿り着くことができた。
「……わお。たしかにお花が咲いてる」
見渡す限り、花が咲き続けている。海の底なのに、何処までも続きそうなほど果てなく咲く花たち。
花園まで届く柔らかな光を浴びて、きらきら、ゆらゆら。
「これ、とってもいいの?」
「みゃん!」
ペトラが指したのは、品種改良された低めの木に咲く白い花。マグノリアというその花は、手にとってみれば優しい香りがほんのりと鼻孔をくすぐる。
「じゃあ、いくつかお土産にしよう……」
マグノリアだけでなく、近くにあった黄色くてふわふわな花も手に取る。同じく仄かに香るのは、ミモザ。
そして強い香りに惹かれて手にとったのは、オレンジの金木犀。
「……、……」
花を摘んで、ふとあたりを見渡して、思う。
「……この景色も……持って帰れたらいいのにな……」
見せてあげたい人がいる、から――。
* * *
三種類の花を工房に預けたペトラは、商店を巡ってお土産を見繕っている。天使の人形の『メイくん』を連れて。
自分より背の高い人形を連れたペトラの姿は、少しばかり地元の人には珍しく見えたようだけど。何より島民を驚かせたのは、メイくんのお腹がぱかっと開くことだ。
普段は大量の刃を忍ばせているその空間は、買い物時にはペトラの荷物入れと化すのである。
「……あ、この子、案内してくれた猫さんに似てる。買おう」
斑点模様の木彫りの猫を見て、即決。
肉球型のスイーツを見て、即決。
猫の刺繍の入ったハンカチを見て、即決。
次々とお土産をゲットして店を渡り歩くペトラの足元で、聞こえたのは。
「にゃーお」
猫の鳴き声。
見てみれば、ついてきたのか、先程の斑点模様の猫がいた。
「猫さん……さっきぶり……」
「なぁん、にゃぁ~!」
「……もしかして、ついてこいっていってる?」
たびたび後ろを向いてペトラがついてきているのを確かめる猫に導かれたのは、絵画や、絵を使ったポストカードを売っているお店。
「あ……これは、猫さん?」
「にゃあ~ん!」
店頭に飾られている手頃なサイズの油絵には、斑点模様の猫が海を見つめている姿が描かれている。この猫は、自身がモデルになった絵だと分かっているのだろうか。だとしたら、とても素敵な営業力である。
「ん……値段も手頃。買おう」
お会計を済ませて戻ってきた時には、不思議とその猫の姿はなかった。
* * *
その他にも店を渡り歩いて土産を買い求め、途中で精製された香料を受け取った。
「……甘くて、なんだか……懐かしい香り……」
何にしようかと悩んだ結果、精油のまま持って帰ることにしたペトラ。
アロマオイルとして様々な使い方ができるだけでなく、練り香水などを作るのに使うことができるという。
「あとは……さっき気になったお店……」
店の外からちらっと中を見ただけのお店が、やっぱり気になっていて。
「……あ……この、スノードームみたいなの……海だ」
砂に花が咲いている景色を模したそれは、スノードームならぬフラワードームという感じだろうか。
薄水色の液体の中に咲く花。軽く揺らせば舞うのは雪できなく花びらだ。
「……これなら、景色も持って帰れる?」
実物のほうが素敵なのは確かだけれど。作り物であったとしても実際に見ることができれば、想像の助けになるに違いない。
「うん、これも買おう……」
大切な友達に、色んな景色を見せてあげたいから――だからペトラは、たくさんのお土産と想い出を運ぶ。
「メイくんのおなかもいっぱい……そろそろ帰ろう……」
名残惜しいけれど、早くこの島の話を聞かせてあげたいから。
ペトラはメイくんと共に、帰途につく。
ペトラはまだ知らない。
メイくんのお腹からお土産を取り出す時に、世話になった斑点模様の『彼』と再会することを――……。
大成功
🔵🔵🔵
ライラック・エアルオウルズ
【泡糖】
! ――本当に器用に游いでる
いやはや、猫好きには堪らない景だ
添うてくれるのも愛らしくて、頬緩み
しっとりした身にそうと触れれば
海底に向かう間も揺蕩ってしまいそう
猫に花と、眸も心も癒えるよな花園
海底で花を眺めるのも、また良いな
悩む末に、鈴蘭ひとつ指先摘んだなら
密やかに窺うふたりの花に小さく笑う
何やら、それぞれ似合いの子だね
御好きなの?それとも、一目惚れ?
僕はね、好きで手招きたい方かな
ああ、手紙用にひとつ増やそうかと
ささやかに添う香、良いものだろう?
小瓶と詰まるのも、素敵だと思うけど
それなら、“また今度”に期待しようか
猫グッズと聞けば、心做しか華やいで
土産も想い出も、満たされそうだねえ
エンティ・シェア
【泡糖】
沢山の猫殿に癒され、和み
猫の人を自称する私だが、やはり本物の猫はいいものだね
懐いてくれた猫殿と一緒に、海底の花園も遊びにいこうか
揺れる尻尾に導かれながら、色とりどりの花園へ
季節を問わず咲き誇る花々は、なんとも華やかで、鮮やかだ
今日の記念に、一本だけ拝借していこう
薔薇の中から、視線の合った可愛い子を、一輪
一目惚れ。確かにそうだねぇ
可憐な君を、陸に連れ出したくなったのさ
ライラックは香水を作るのかい?
そういえば君からもらった手紙はいい香りがしたね
なるほど、そういう使い方もあるのか
ペペル嬢はどうだい
香り付きの手紙を閉じ込めた小瓶も、なかなか趣がありそうだ
猫グッズも可愛らしいし、後で見に行こうか
ペペル・トーン
【泡糖】
本物の猫って、想像よりずっと、可愛くて小さいわ
ね、貴方、少し触ってもいいかしら?
そっと触れた柔らかさに目を瞬かせ
お供してくれる子を目で追って
泳ぐ姿は魚とは違った 可愛い尾を眺め
前に現れる園に 見て。綺麗ねと綻んで
ゴースト達へお土産にと
摘む花は迷いに迷って あの子達に似たカスミソウを
あら、エンティちゃんは迷わないのね
…ええ、好きなの。ライラちゃんは?と悪戯に笑み
香水を手紙に それって…ステキね
そうね…海に流す小瓶に、旅の香りを含んだ手紙
思い描けばとてもステキに思うけど
お花に猫さんにと胸がいっぱいよ
両手で持てない思い出だから、私はまた今度に
ああ、猫さんグッズは見たいわ ねぇ、連れて行って?
「! ――本当に器用に游いでる」
砂浜に立ったライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は、海面に頭を出してすいすいと游ぐ猫を見て、そう零した。
波打ち際にも砂浜にも、たくさんの猫がいて、思い思いに過ごしているのが窺える。
「いやはや、猫好きには堪らない景だ」
「そうだね」
ライラックの言葉に頷くのは、上品な赤い色の髪を潮風に揺らすエンティ・シェア(欠片・f00526)。
「猫の人を自称する私だが、やはり本物の猫はいいものだね」
ふたりが猫好きだと分かるのか、浜にいた猫たちがゆるりゆるりと近づいてきて、彼らの足にすり寄った。
「本物の猫って、想像よりずっと、可愛くて小さいわ」
寄ってくる猫たちを見て、ペペル・トーン(融解クリームソーダ・f26758)がそのふた色の瞳を輝かせる。そして、ゆっくりとしゃがんで。
「ね、貴方、少し触ってもいいかしら?」
目の前の、上品な濃いグレーの毛並みを持つ猫に柔らかく問いかければ、その場に寝そべってくれた。
ありがたく手を伸ばしてそっと触れれば、温かくて、とても柔らかくて。
不思議な感情が、ペペルの胸に広がっていった。
『うみ、いくー?』
『はな、みるー?』
「ああ、一緒に行ってくれるかな?」
動物の言葉が分かるエンティの願いに、縞模様の猫とぶち模様の猫がもちろん、と答えた。
* * *
「魚とは、違うのね」
自身の少し前をゆくグレーの猫の泳ぎ方を見て、ペペルが呟いた。力を抜いた下半身を魚のように左右に振って泳いではいるけれど、やっぱり魚とは違う。なにより無防備に揺れる尾が、とても可愛い。
『もっと下だよー』
縞模様の猫に頷き返したエンティは、自分たちを導く揺れるしっぽを見て頬を緩ませて。
「このまま行けば良いのかい?」
寄り添って泳いでくれるぶち模様の猫にライラックがそうっと触れれば、海中ならではのしっとりとした触感が指先から伝わってきた。
そんな三人と三匹の視界に、鮮やかなものが映り始める。
あれが海底の花園――否応なく心が弾みそうになって。
徐々に視界を占める色の割合が増えていって、気がつけば、視界は花で満たされていた。
本来なら、咲く季節も場所も違う花々が、同時に咲き誇っていて。
なんとも華やかで、美しくて。
「見て。綺麗ね」
「ああ」
「そうだね」
顔を綻ばせたペペルの声に答えた二人の言葉が短いのは、下手に言葉を飾り立てるよりも、胸の裡に広がる『感じ』を大切にしたいから。
「海底で花を眺めるのも、また良いな」
そう簡単にできることではないところが、余計にね――告げて口元を緩めるライラック。
(今日の記念に、一本だけ拝借していこう)
エンティは薔薇の咲くエリアに視線を向けて。どれにしようかと選ぶのではなく、視線が合ったと思った可愛い子を、一輪だけ。
きょろきょろと、淡い緑の髪を揺らして花園を見渡したペペルは、迷いに迷った末にカスミソウを手にとった。
ゴーストたちへのお土産にと思ったら、この花があの子達に似て見えたのだ。
「あら、エンティちゃんは迷わないのね」
ふと彼を見れば、すでに一輪の薔薇をいだいていて。
「うーん……」
反対にライラックは、悩んだ末に鈴蘭をひとつ、摘んで。気になって二人の手元に視線を向ければ。
「何やら、それぞれ似合いの子だね」
すでにふたりは花を決めていたからして。
「御好きなの? それとも、一目惚れ?」
「一目惚れ。確かにそうだねぇ。可憐な君を、陸に連れ出したくなったのさ」
ライラックの言葉を否定しないエンティ。
「……ええ、好きなの」
同様に肯定を示したペペルは、悪戯っぽく笑んで問いを返す。
「ライラちゃんは?」
「僕? 僕はね、好きで手招きたい方かな」
三者三様の理由があって。
そして三人とも、自分以外のふたりの理由も素敵だと思っていた。
* * *
「ライラックは香水を作るのかい?」
「ああ、手紙用にひとつ増やそうかと」
三匹の猫たちと共に浮上しながら、エンティの問いに返された答え。ふと、思い返せば。
「そういえば、君からもらった手紙はいい香りがしたね」
その時の香りが、エンティの脳内に再生される。
「ささやかに添う香、良いものだろう?」
「香水を手紙に。それって……素敵ね」
「小瓶と詰まるのも、素敵だと思うけど」
封を切った時に広がる香りに思いを馳せたペペルに向けられた、提案。
「なるほど、そういう使い方もあるのか。ペペル嬢はどうだい?」
思いがけぬ新しい使い方の提案に、エンティは感心してペペルへと視線を向けた。
「香り付きの手紙を閉じ込めた小瓶も、なかなか趣がありそうだ」
「そうね……海に流す小瓶に、旅の香りを含んだ手紙……」
想像してみれば、とても素敵だとは思うけれど。
でも、今日は。
「お花さんに猫さんにと、胸がいっぱいよ」
すでに思い出は、両手に持ちきれぬほどだから。
「私はまた今度に」
「それなら『また今度』に期待しようか」
また今度――自然と紡がれる次の約束。社交辞令ではない次の約束は、そう簡単にできるものではないから。この約束は、三人とも大切に持っておくつもりだ。
「そういえば、猫グッズも可愛いらしいし、あとで見に行こうか」
「猫グッズ……!」
エンティの誘いに、ライラックの声色が心做しか華やいだ。
「ああ、猫さんグッズは見たいわ。ねぇ、連れて行って?」
どうやら海から上がったら、次は土産物探しになりそうだ。
「土産も思い出も、満たされそうだねえ」
呟いて見上げたライラックの視線の先には、たくさんの光をたたえた海面が広がっている。
後もう少しで、地上に戻ることができるだろう。
また今度――この島に来よう。
陽光降り注ぐ揺れる水面を見上げながら、心に決めた。
大成功
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