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五体満足アイロニィ(作者 五月町
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●喪失ノ辛苦
「――わたくしはすべてを持って居たわ」
 暮れゆく空に桜降る、麗しの街。愛すべき故郷の風、人の波を、袴姿の娘は狂おしい微笑みを湛えて駆け抜ける。
 彼女の物語るすべてとは、年若き娘の心に色をさすあれやこれ。
 長く美しい黒い髪、陶器のような白い肌、娘達に人気の少女人形の如き、華奢な手足。
 鮮紅に染めた絹のりぼん。流行る傍から廃れていくから、二度は袖を通さない着物。
 それから、それから――ああ、無償の愛を注いで下さる御父さまに、御母さま。胸を張り街をゆく自分の姿に、愛らしい御嬢さんだと眦を緩める男子学生たち。鈴鳴らすように日々を笑い交わした、気高くも愛らしい女学校の友人たち。
 燦々たる日々の色めき、煌々たる命の輝きの中で、彼女は生きてきた。
「ええ、すべて持って居たわ。だから奪われたの。持たない者からは誰も、何も奪えないでしょう?」
 だから自分は、奪われるものを持たぬ者が憎い。――自分からそれらを奪った誰かよりも、もっと。

 誰に想像できただろう、それは遠き日の或る夕べの出来事。唐突に過ぎる爆発に巻き込まれた富豪の娘は、白い肌を鮮血に染め、宵に翳りゆく空を睨んで死んだのだ。
 奇妙に捩れた無念と憎悪は影朧と化して、今もまだ、憎むべきものの幻を探している。
 喪われたすべてを取り戻そうと、降りしきる桜の雨をしゃにむに掻いて――燃え上がる時を待つ、熾の火のような微笑みを浮かべたままで。

●その灰より花出づるよに
 ――彼女より貧しく、持たざるものなら、謂れない暴虐に命を傷つけられても、己の命運を恨まずに逝けただろうか。
 ジナ・ラクスパー(空色・f13458)は自ら発した問いかけに、ふるふると首を振った。
「そんなことはないと思います。でも、ほんの少し、彼女の気持ちも分かるような気がするのです」
 彼女はとても恵まれていて、傲慢で。けれど、その豊かさを軽く見做してはいなかった。五体も情も品物も、与えられるすべてを当然のように享受しながらも、そのすべてを価値あるものと貴び、慈しみ、大切に扱っていた。
 だからこそ、死に際して心は歪んだのかもしれない。『何故、他のものではいけなかったのか』『何故、こんなにもすべてを愛おしんだ自分なのか』――誰もが心の奥底に持ち得るかもしれない、そんな痛みに胸を焦がして。
 けれど、その全てはもう想像の中のこと。本当の思いは彼女にしか分かりませんと囁いて、ジナは顔を上げ、話を続ける。
 娘は討伐しなければならない。けれど、その魂の行く末に心を砕き、言の葉を惜しまない者が数多くあったなら――息絶えた娘の体は桜の花片と化し、桜の精の癒しを経て、輪廻へ還ることもできるのだと。
「これから皆様をお送りする街に、ひとりの女の子がいます。年は私より少し下くらいの、灰桜色の着物を着た女の子。今夜影朧の標的になるのは、その子だと分かったのです」
 家は豊かではない。というより、恐らくはっきりと貧しい。丁寧につぎの当てられた着古しの姿で、ショーウィンドウに飾られた、自分では手の届かない品々を焦がれるように見つめる姿が、影朧の心に障ったのだろう。――あれは、奪われるものを未だ持たぬもの。奪われた自分が憎むべきものなのだと。
「でも、どうか焦らないでくださいませ。この女の子が影朧に追いつかれないように、皆様にはまず、街でのひとときを楽しんでいただきたいのです」
 訝る猟兵たちに、ジナは事情を語る。
 動きの掴めぬ影朧や、心誘われるまま逍遙する少女を、街の人混みの中に捕捉し追跡するのは難しい。しかし、『持たざる者』が何かを手に入れる楽しみを満喫する様子をあちらこちらで見せられたなら、この影朧は気を散らさずにはいられないのだと。つまり、
「時間稼ぎや足止めになるのです。皆様が楽しまれた分だけ、女の子から影朧の注意を逸らすことができる筈です!」
 ショーウィンドウの連なる通りは、服飾店に宝飾店、靴屋に帽子屋と、帝都らしい華やかな装いを手にする術には事欠かない。
 楽しげな玩具店に、華やかなポスターを掲げた化粧品店。扇子や煙管、櫛や髪飾りといった小間物を扱う店や、舶来の筆記具を扱うお洒落な文具店もある。
 歩き回ってお腹が空いたなら、スプーンも弾かれそうな弾力の葡萄のゼリーと、フルーツたっぷりのプリンアラモードで名を売った洋菓子店で一休みもできる。胡椒とチーズを添えた甘くないパンケーキや、仄かにバターの香りを纏うオープンサンド、半熟卵を落としたドライカレーが軽食として人気を博している喫茶店なども。
 つまり、殊更に燥ごうとせずとも楽しめてしまう街なのだ。
 そうして充分に時を稼いだなら、向かうのは町外れの劇場跡地。移転によって建物自体も取り壊されたそこは、標的の少女にとっては家への通り道であり、そこで待ち構えていれば、影朧は必ず現れる。
 敵はただ一人ではない。邪魔者の存在を知った彼女には、先兵が――自身の妄念に惹かれて集った配下がいる。
 影朧となってしまった少女の生にも似た、煌びやかに彩られた世界をかつて目指し、手の届かぬままに果てたものたち。今は渇望と怨念だけを動力とするこの桜の精たちもまた、持たざるものであったのは皮肉なことだ。
「彼女たちすら失った影朧は、最初の目的さえ忘れて、怒り任せに皆様に挑みかかるはずです。最後の記憶、自分の命を奪った爆発の光景から作り出した力を振るって」
 その憤怒の炎をあるいは煽り、あるいは受け止め、燻る心の火も尽きてしまうほどに燃え盛らせて――灰となった魂がまた、新たな命の蕾に宿れるようにと送り出す。
「奇跡みたいなことですけれど、でも、皆様の思いが背中を押すことができたら……きっと叶えられると思うのです」
 そう小さく微笑んで、ジナはグリモアに帝都のすがたを映し出した。
 時は夕暮れと薄闇のあわい。四季の隔てを知らぬ桜に柔らかな雪が混ざる中、まだ少し冷たい風が笑う人々の声を運ぶ、賑わいの街並み。
 ――そこに潜む暗い熱など誰も知らない、幸いに華やぐ街を。





第3章 ボス戦 『桜火ノ少女』

POW ●ファイヤー・オン・クイーン
自身の身体部位ひとつを【、又は対象の身体部位ひとつを強力な爆弾】に変異させ、その特性を活かした様々な行動が可能となる。
SPD ●花散る爆弾
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【含む、生物・非生物を生きた爆弾】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
WIZ ●バレッテーゼボム
【指定座標に見えない爆弾を設置、起爆する事】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はアララギ・イチイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●廻想
 自分ほど欲が深く、傲慢なものはいない。娘はずっとそう思って生きてきた。
 あれもこれもと全力で欲しがり、そのどれもを心から愛した。それが誰の思惑や欲望に拠って与えられたものだろうと関係ない。すべて自分が望んだものだ。何一つ疎かにする気はない。
 物も、言葉も。人も、縁も、愛も、どれも愛おしく、世界は美しく思えた。望めば与えられることは当たり前ではあったけれど、その幸福はちゃんと知っていた。
 ――だからあの日、理由さえ分からない爆発に巻き込まれて死んだとき、娘の心は『何故』で埋め尽くされたのだ。
 軽々しく棄てゆけるものに囲まれ、漫然と日々を消費していくだけの下らないいのちなど、この世には溢れているのに。
 如何して、何故――、

●五体満足アイロニィ
「ねえ、教えて頂戴。如何してあなたがた、わたくしの前にその五体満足な躰を晒して居られるのかしら」
 降る桜は、もう娘の容を成しはしなかった。雪と花の降り続く劇場跡地で、影朧は猟兵たちへ微笑みかける。
「御覧になれて? その瞳、ちゃんと映っているかしら。わたくしはこんな姿になってしまったの」
 吹き飛んだ右の半身は、かつてあった容を取り戻していたけれど――それが見た目ばかりを繕ったものなのだと、猟兵たちは思い知った。
 ふわりと持ち上げた裾が、手足が、桜の花片と化し零れてゆく。実体を、得ている実感を持たない幻影は、めらめらと燃えて掻き消え、娘の躰に戻った。
「酷いものでしょう? あの爆発は、わたくしからすべてを奪ったわ。わたくしには何一つ、奪われていいものなど無かったのに」
 仮面のような微笑を浮かべ、静かに語っていた娘の語気は、やわやわと烈しくなっていく。
「教えて頂戴。あなたがた、わたくしより欲深かしら。わたくしより多くを手にして居るかしら。わたくしよりすべてを愛して居るかしら。わたくしよりその手足を必要として居るかしら。――そんな筈は無いわ」
 逢魔が時に、狂気が募る。燃えるような夕陽に照らされた躰のあちらこちらを爆ぜさせて、娘は叫ぶ。
 燦々たる日々の価値も、その身その命に得ることの幸いと責を知りもせず。持たざるものの身で、五体の満足を浪費しているのだろう。それなら、
「それなら、生きるのはわたくしでよかった筈。如何して、何故、わたくしだったの……わたくしが死ななければならなかったの――!」
 絶叫が空間を吹き飛ばす。爆炎が猟兵たちを包み込む。
 奪ったところで自分の物にはならないと、誰かが訴える。知っているわと炎の中で娘が微笑む。薄暗い憤怒と狂気と――仄かな寂寥を帯びたまなざしで。
「それでも、憎いの。奪われる物も持たず、のうのうと生きて居る者が憎い。そういうものに成って仕舞ったのよ、わたくしは――」

 止められるものなら止めて御覧なさいな。そう言って娘は笑った。不条理な運命に傷つけられた躰を、燃え爆ぜる憎悪の炎に包み込んで。
 娘はすべてを奪いに来るだろう。けれど、狂い咲く心の底に残っているかもしれない、本当の思いや気高さを呼び戻すことができたなら――そのときは。
 降り続く幻朧桜に頷いて、猟兵たちはすべてを行使する。
 自分ほど必要としていないと影朧が言った五体を、影朧を倒すために――或いは巡りへ還すために、使い抜いてみせると。
真宮・響
【真宮家】

アンタの言う通り、アンタは持ったもの全てを愛し、満足していた。それ故に失われた痛みは良く分る。でも人の在り方は人それぞれだ。アンタが思うより、人は精一杯生きている。・・・深く愛せる心を持つアンタをこのままにはしておけない。もう一度生き直して感じて見なよ。人の心というものを。

爆弾の攻撃は【見切り】【オーラ防御】【残像】で凌ぐ。爆風の中を【ダッシュ】で突っ切って、【早業】【二回攻撃】で素早く炎の拳を連打。これが人の心の熱さだ。アンタにもあったはずだ、愛するという心の情熱が。もう一度、思い起こしてくれ!!


真宮・奏
【真宮家】

貴方も得られたものを精一杯愛し、ご自分も、人も深く愛された。この愛の深さ、感銘を受けます。それが失われた喪失感は察するに余りあります。でも、人はそれぞれ精一杯生きています。貴女が思うより、ずっと。貴女なら転生して生き直して視点を変えればわかるはず。この世が全て愛しいもので溢れているということを。

【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】で防御を固め、爆風の中を突っ切ります。そして【二回攻撃】【怪力】で眩耀の一撃を思いっきり振り抜きます。その心の闇、照らしてみせます!!


神城・瞬
【真宮家】

貴方は持たざるものは簡単に捨てていける、といいますが、そういう方こそ持つものを大事にします。持つものと持たざるものに区別はありません。必死に生きています。ただ、貴方は周りのものを深く愛せる心をお持ちの方です。転生して、あらたな道を歩めば、きっと視点を変えて生きれるはず。

倒れなければ爆弾にか変えられないはず。【オーラ防御】で攻撃に耐えながら、裂帛の束縛で動きを封じます。更に【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【武器落とし】も追撃で使用。動き回れて厄介なら、【吹き飛ばし】【衝撃波】で体勢崩しを狙います。貴女にはもっと多くのものを愛して欲しい。だからこそ。


フリル・インレアン
ふぇ?持っているとか持っていないとか関係ないと思います。
だって、まだ持っていないだけかもしれないじゃないですか。
あなただってそうだったんじゃないですか?
あなたも苦労してようやく手に入れたものだったのではないのですか?

私の体を強力な爆弾に変異させたのですか。
強力な爆弾ということは強化効果になりますね。
では、お洗濯の魔法で落としてしまいますね。

失ったから奪っていいという訳ではないと思いますし、もうやめにしませんか?


●――わたくしの生は、終わってしまったのに
 強い敵意から自分を守るように、空色の帽子をぎゅっと被り直し、フリルは泣きそうな声を零した。
「ふぇ……持っているとかいないとか、関係ないと思います」
 持たざる者は、何も大切にしていない? そんな訳がない、とフリルは思う。だって、誰でも最初は持たざるものなのだ。憧れて手に入れて、欲しがって手に入れて――もちろん、望むことなく手に入れる人もあるかもしれないけれど。
「あなたが狙ってきた人たちだって、まだ持っていないだけかもしれないじゃないですか。あなただって、生きているときはそうだったんじゃないですか?」
 赤い袴の影朧が多少恵まれた立場にあったことは、幼いフリルにも理解できた。生まれながら持っていたものもあっただろう。何もせずに与えられたものもあっただろう。けれど、すべてがそうである筈がない。苦労して努力して、ようやく掴んだ大切なものだって、いくつかはあっただろう。
「持ちものが少ないから死んでいいなんて、おかしいです。それに、失ったから奪っていいという訳では――」
 ――そこまで口にして、怒っているような泣いているような影朧の微笑みに、フリルは気づく。
「ええ、貴女はきっと正しいのでしょうね、真直ぐな御嬢さん。分からず屋はわたくしの方……それで一向に構わないわ?」
 夕暮れの熱に染まった空に、翼のように広がった黒髪が赤く燃え上がる。ひとたび軽く地を蹴るだけで距離を詰め、影朧はさも優しげに腕を伸ばした。
「体を爆弾に……? いえ、させません。強化効果なら、お洗濯の魔法で落としてしまいます……はいっ、ぽんぽんぽんっと」
 三度振り下ろした光の剣から、シャボンの泡が溢れ出す。しつこい汚れも誰かを苦しめる強化の力も、きれいに叩き落としてくれる泡の連撃。――けれど、
「好い香り。でも御免なさい。わたくしの心、余程頑なに汚れているのね」
「ふぇ……!」
 清らかな泡の向こうで、笑いかけた影朧が炎に化生する。泡に威力は僅かに弱められながらも、弾けた炎はフリルを抱き込みにかかった。それを、
「……ふぇ? 熱くない……」
「大丈夫ですね? 母さん、奏、彼女を」
「はい!」
「ああ、任せなよ」
 身に帯びたオーラで庇った少女を続く家族に託し、瞬は六花の杖を振り上げた。
「――貴女は、持たざるものは簡単に捨てていけると言いますが……そういう方こそ持つものを大事にするものです。持つものと持たざるものに区別はありません、誰しも必死に生きています」
 風を裂きしなやかに伸びるヤドリギと藤の蔓が、影朧の動きを一時食い止める。仲間も自身も倒れさせさえしなければ、影朧の力たる爆弾と化され、操られることもない――そう思っていたのだが、
「兄さんっ!」
 唐突に死角から襲い掛かった人型の爆弾の直撃を躱せたのは、奏の声あってのこと。焼きつけられた瞬の片腕を庇い立ちながら、奏は心配に揺れるまなざしを隙あらば瞬へ向けようとする。
「僕は大丈夫だ。……そうか、倒れたものと言うならあの夢見草の娘たちも」
「そうです! 数は多くはありませんが、おそらくこの場にあるすべてを、彼女は……」
 灼熱の爆風を盾や武器で凌ぎながら、奏は影朧の懐に飛び込んだ。
 己の手を爆炎と化し、目の前でにっこりと弧を描く娘の唇こそが正解の印。消え去ること叶わず残された幾人かの夢見草の亡骸に、この時分はまだ冷たい風を厭いもせずに芽吹いた名もなき草、転がる石くれ――この劇場跡地にあるものは、すべて影朧の爆弾となり得るものなのだ。
「……貴女も、得られたものを精一杯愛し、ご自身のことも人のことも深く愛されていた。その愛の深さ、感銘を受けます」
 澄んだ心を炎剣に映し、奏は眩く耀めく一閃で見えざる邪心のみを斬り払う。
 それほどに愛したものを奪われて、どれほどの喪失感に襲われたことだろう。何もかもを燃やし尽くすことで埋め合わせようとする『影朧』たる表層を削ぎ取れば、そこに自分の認めた彼女の愛がきっと見える。――奏はそう信じ、だからこそ語り重ねる。
「でも、人はそれぞれ精一杯生きています。貴女が思うより、ずっと。……わかりませんか? 貴女ならわかるはず」
「今のわたくしがそんな澄んだものに見えて?」
 無垢な心をお持ちなのねと嫋やかに笑い、奏の重なる斬撃を受け止めた腕が爆ぜた。炎を振り払うように叫ぶ。
「転生して生き直して、視点を変えれば分かります! この世が全て愛しいもので溢れているということが……!」
「生まれ直さなくとも知っているわ。でも、もうすべて失ってしまったもの。わたくしにはもう、憎しみの他には何も無いの」
 心の闇を照らしたいのに、届かない。隔てる業炎に唇を噛んだ奏の前に、響は躊躇なく飛び込んだ。
「母さん……!」
「アンタが言うのは、アンタが大切にしてきたもののことだろう? あたしたちはアンタに、人の心を感じてみてほしいんだ」
 繰り出す早業の拳の連撃が風を焦がす。これが人を思う人の心の熱さだと、歪んでしまった心まで届くように。
「これまでに手に入れたものを深く愛せるアンタなら、できるはずだよ。もう一度生き直して……」
「御免なさい。御断りするわ」
 舞う袖が炎に膨れ上がり、響の拳を絡め捉えたまま爆発する。拒絶の炎を、響は続く拳で打ち貫いた。開けた風穴の向こうに、影朧が笑みを消した一瞬を捉える。
(「……ほら。なんて顔をしているんだい、あんた。深く愛せる心を持っていたくせに――」)
 向ける先を失ってしまった。憎まずにいられないものになってしまった。異形の体で突き込む爆炎を見切り、残像を打たせながら、響は歯噛みする。このままにはしておけない。
「助勢します、母さん」
「ああ、瞬!」
 躍りかかる影朧を、茂りゆくアイヴィーの蔓が包み込んだ。その隙に、響は赤熱する拳を緑の上に叩きつける。
 戒めはそう長くは保たない。操る蔓先に怒りに笑う影朧の視界を覆いゆかせながら、瞬は呼びかける。
「どうか考え直してください。転生して新たな道を歩めば、きっと視点を変えて生きられるはず……貴女には、もっと多くのものを愛して欲しい」
「新しい道? それはもう、わたくしの道ではないわ」
 穿たれたばかりの傷が、燃える桜の幻で塞がれていく。影朧は皮肉に微笑んだ。
「如何すればもっと愛せると云うの? ……わたくしの生は終わってしまったのに」
成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴