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フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン

#サクラミラージュ #逢魔が辻



 逢魔が辻のなかで、それは見えるはずもない空を見上げた。
 ぬかるんだ足元は、泥のようでいて実のところそうではない。――ひどい臭いを放っていることに変わりはないが、それの足元を不愉快に濡らすのは、元は清水だったかもしれないそれだった。
「万事、停滞すりゃあ淀む……ってね」
 それはひとつ笑みを零すと、くいと山高帽のつばを上げた。
「もう少し、ここの場所が広がれば……お月さまのひとつも、みんなに見せてあげられるんだけど」
 闇夜の隙間、低い位置に赤い目がいくつか光った。同時にうなり声がひとつ、ふたつ、みっつ――飼い慣らした犬のようなそれらに、人型を保ったそれは再度笑った。
「ここに入ってきたヒトはさ、好きにするといいよ。恨みを晴らすために八つ裂きにしてもいいし、食い散らかしてもいい」
 意味を察したかのようなうなり声が応えた。
 まあ、見逃してあげるのもひとつの選択肢だけれどね、とそれは笑った。
「たぶん、『彼ら』はこの事態を察知して来てくれるだろうから。存分に……戯れるといいよ」


「やー、のんびり寝とる間に新世界か。わし、もう世界情勢についていけない。老いた」
 五色・如(ゴシキノゴトク・f03771)は開口一番に、今日もやはりふざけていた。
「場所はサクラミラージュ。戦ってきておくれでないかね、猟兵ども」
 断られるとは微塵も思っていない口ぶりだった。
 童女は当然のようににんまりと口角を上げると、見えたものの説明をする。
 暗くて狭い場所。入り組んだ下水道。――とはいえ迷路にはなっておらず、下水道らしい規則性がある。流れるべき水はある一点を目指している――はずだと、如は言った。
「そこが……あー、アレか、逢魔が辻か。それになっちょるの」
 犬のようなもの。
 蜘蛛のようなもの。
 ――そして恐らくは、それらを束ねる親玉。
 それらが巣食った逢魔が辻に、どういうわけか迷い込むヒトは後を絶たない。
「呼ばれておるか、そうではないかは別として。……続くとあらば狩らにゃあならんじゃろ」
 よろしく頼む、と如はおざなりに頭を下げる。
 とはいえ、そのあとに上げられたかんばせは至極真面目だった。
「……ちと、思うことがあっての。まあ、なんだ。……地下の淀んだ水を、悪意をどうこうしたら、見えてくることもあるじゃろうて」
 生きて帰ってきてくれな――と、如はそれから微笑んだ。


OZ
OZなので。
しなないくらいで、がんばりましょう。

※がんばるのにはOZも含まれています。
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第1章 集団戦 『影狼』

POW   :    シャドーウルフ
【影から影に移動して、奇襲攻撃する事】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    復讐の狼影
自身の身体部位ひとつを【代償に、対象の影が自身の影】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
WIZ   :    ラビッドファング
【噛み付き攻撃(病)】が命中した対象を捕縛し、ユーベルコードを封じる。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
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零落・一六八
ここがサクラミラージュですかあ
サクラとか全然見えませんね!
下水道だからしかたないですけど!
細かいことは分かりませんが
邪魔するやつをぶった切りながら水の流れに沿って進めばいいんですよね!
最初は【忍び足】で【暗視】と【視力】で警戒しつつ進みましょうか
見つかったら開き直って派手にぶちかまします
野太刀でUDや【なぎ払い】【吹き飛ばし】でまとめて吹っ飛ばしますよ!
おっとちょうどいいところに水路が
【怪力】で踏みつけたり蹴っ飛ばしたりして突き落としたりしつつ
他と連携が取るなら合わせて補助したりします
連携相手によっては小回りのきく苦無で応戦します
【毒使い】で毒の塗ってある苦無を【投擲】

アドリブや絡み連携大歓迎


夏目・晴夜
ああ忌々しい、腹が立つ
雅な世界が暗く汚れて最悪ですね

敵は『喰う幸福』の高速移動と呪詛を伴う衝撃波で斬り殺して参ります
たくさん倒して後で世間にたくさん褒めて貰います

しかし私の影を勝手に弄るとは随分馴れ馴れしい……
私は至高の存在ですから味見してみたくなる気持ちもわからなくはないですけども

まあ自分の影に噛みつかれようが、回復されてしまおうが
私が動けなくなる訳ではないので、とにかく死ぬまで刺し続けます
怨念の呪詛で傷口を膿ませ悪化させ、【串刺し】にし続け【傷口をえぐり】
どちらが先に死ぬか競争ですね

しかし私は食い散らかされるつもりは微塵もないですよ
食い殺すのも、褒められるべきも、全てこのハレルヤのほうです


フィッダ・ヨクセム
…辛気臭ェのは雰囲気だけで留めろッてなもんだ
巣食う奴らはさぞや腹を空かせてやがるんだろ


ほォら来いよ、それが望みならバス停は存在感だして来たるを待つぜ
回転動力炉で炎の魔力を巡らせた俺様の歪んだ本体と
召喚した借り物に風の魔力を通して強化を施し、行く手を遮ッてやらァな

バス停二つもあれば「止まれ」みてェなもんだろ
鈍器の猛襲で気絶しねェ自信があるなら、俺様に牙でも爪でも突き立てろよ
てめェの想いは汲めねェけど、今宵現れたことを後悔して眠りな!

見た目と同様の存在感を殺意と共に発揮して誘き出すがね
……何、噛みつかせてからでもいい
腹の足しになるつもりねェけど
悪意ある獣の相手は……慣れてるんだわ、悪ィな


新海・真琴
なるほど。逢魔が辻……さっぱりわからん

とりあえず、だ。
目の前の敵を倒すことが先決だな。

(ハルバードを構えると同時に、目元に咲く羅刹紋――壱師の花)
【恫喝】で狼たちに睨みをきかす。私たちこそ、お前たちを黄泉路へ送り出す者だと。
怯んだ隙に、もっと手練れの奴が攻撃してくれると信じるか。

影から影に移動するのか……厄介だ。ここどこも暗いだろ。
どれにしても攻撃がより強くなるのなら、こっちに飛びかかってきた瞬間を狙えばいい。

【戦闘知識】で、どうこっちに仕掛けるか予測して、なるべく多くの個体を巻き込むようにグラウンドクラッシャー
漏らしたヤツは追っかけて叩く

それにしても……なんでヒトが迷い込むんだ?


ロカジ・ミナイ
この泥濘みと臭いは初めてではない
身体は慣れたが、我儘な脳みそはそうもいかないらしく
不機嫌に眉間が力んだ
らしくない……が、暗いからいいや

犬っころが妖狐様に楯突いていいと思ってるのかい?
ハハッ、思ってそうだね!……噛むんじゃないよ痛いでしょ全く
高い声で鳴いて腹でも出せば
丁寧な躾ののち主従関係ってのを教えてやったんだけどね
ああ……手遅れだ
ヘソを曲げた僕に出会っちまったんだもの
(刀で沢山斬ったり蹴ったり殴ったりする)

水をどうこうしたらとか言ってたよね
目も鼻も役に立たない、けれど
耳がある
肌がある
水分の流れ、空気の流れ、呼吸の音
澄ませば全て手に取るように
そうそう、ついでに良く利く第六感もある


アルバ・アルフライラ
下水道、か
…果して澱んだ水の流れ行く先には何があるやら

ほれ来るが良い、犬ころ共
――私が遊んでやる
投げ放ったトランク
内より這出る【刻薄たる獣】を狼へ嗾ける
…ふん、憎悪の感情なぞ
彼奴等がオブリビオンである時点で余りある
影狼の牙をこの玉体に届かぬよう
魔術による目潰しで足止めを試みたり
不定形の災厄を盾とし、これを阻止
万一彼奴等に捕らわれようと
触媒たる宝石に破魔の力を込めておけば
多少は怯ませる事も叶おう
常に周囲への警戒は怠らず
暗視、聞き耳で不意討ちに備える
他猟兵の支援も惜しまず
互いの死角を補えるよう行動を心掛ける
やれ、猟犬と呼ぶには躾がなっておらんな
我が従者のが幾分も可愛げがあるわ

*敵、従者以外には敬語


ジンガ・ジンガ
――暗くてクッサい下水道を進むとワンワンランドであった。

こう言うと、なァーんかブンガクサクヒンっぽくない?

武器をぐるぐる準備体操
夜目(【暗視】)利かせ
敵の息遣いを【聞き耳】立て探り【見切り、先制攻撃】
【フェイント】で撹乱し
同士討ち狙いで【敵を盾にする】
ついでに【2回攻撃】で確実に仕留めまショ

奇襲には【咄嗟の一撃】叩き込み対応
俺様ちゃんのセイゾンホンノーは本日も優秀、優秀

もしも、この場所に
今はどうしても会いたくない――いや、合わせる顔が無い
眉間しわくちゃな『彼』が居たのなら
【目立たない】よう【忍び足】で
彼を食い散らかそうとするものを全力で排除し
見つからないよう【逃げ足・ダッシュ】で【闇に紛れる】


松本・るり遥
あ、これ、やばい
苦手な、やつだ

冷静に考えればわかる事だった?
体感した事のないものは考えもしねえよ
平穏に生きてきた俺には下水道の匂いは毒同然
マスクをしても刺さる悪臭が喉を阻害する

獣の潜伏もわからない
奇襲に対応するだけの反射もーー
冷や汗が吹き出していた
役立たずのまま噛み殺されるビジョン、ーー

タクティカルライトを握り締める。
反響する音に全霊で聴き耳を立て敵を探知する
噛まれようが殴り飛ばす、ああ、くそ、痛え怖え死にたいほど怖え!!
奇襲を極力目に焼き付ける
どうしても、敵がどこからくるかも分からなくなったら
我武者羅に怯えを吠えるしかねえなあ!!
『俺は獲物じゃねえ、喰われてたまるか畜生が!!!』


誰か


芥辺・有
……ひどい臭いだ
煙草でごまかすべくもないとはね
こんなところにぞろぞろと人が迷い込むなんて、さて
まあ、考えても詮無いことだ

暗闇の中、よく目を凝らして、敵を見逃さないように
犬のようなもの、ね
近づく奴は蹴飛ばして距離をとるようにして
傍に寄ってくれるなよ
息遣いなり、足音なり、よく耳を澄ませて近づく獣を察知しよう
噛みつこうとしてくるそれは見切って避ける
避け切れないと感じれば銃を手にして零距離からぶち抜こう
あんまり銃は得意じゃないんだけどね
そっちが近寄ってくれるなら当てるくらいはどうにかなるさ

しかしこう見えづらくちゃ的を絞るのも面倒だ
杭を椿の花弁に変えて犬っころを切り裂くようにして
悪いが、くたばってくれ




 松本・るり遥(謳歌・f00727)は込み上げてくる吐瀉物を、必死になって幾度も飲み込んでいた。
 喉仏が上下する都度、顔を顰める。胃のあたりで渦巻いているものが、真実喉元まで出かかるのが、るり遥にはわかっていた。腹の少し上。みぞおちのほんの僅か下。数度目、吐き出したくも飲み込みたくもないものを飲み込もうとしたとき、狭い下水道の中でるり遙の身体がとんと押された。相手にもちろん悪気がないことは判っている――が、るり遙の我慢は、その戯れのような刺激で容易く限界を迎えた。
「……ッあ、……ゔ、ぇ……」
「……大丈夫か?」
 芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は、横を通り抜けようとしたタイミングで吐いた見知らぬ青年に声をかけた。思わず、といった調子の、至極ヒトのそれらしいお節介――言い換えれば優しさのひとつだった。
 彼女の表情が淡々としてあるのは元からだが、胃の中のものを吐ききって尚、ムカつきと戦っていたるり遙に、その表情はどう写ったのか。こちらもまた、思わず――といった調子で、伸ばされかけた有の手が払われる。
「あ……ごめ、だ、だい……大丈夫」
 濁音交じりになんとかそう吐いて、るり遙は応えた。有はその様子を問いかけるような深追いはせず、るり遙から視線を外した。
「……まあ、無理もない。本当に――ひどい臭いだ。煙草でごまかすべくもないとはね」
 ふうと遊ぶように紫煙を一筋吹いて、有は肩を竦めた。
「何か、ありましたか」
 有のさらに後ろから、僅かながら、それでも確かに不愉快の滲んだ声がした。
 下水道には似つかわしくない、きらきらとした容姿がそこにあった。猟兵には整った容姿のヤツが本当に多いな――などと、有は半ば感心にも似た感情を抱きながら、声の主たるアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)に応じる。
「この子が吐いちゃってね。あー……お前さん、何か持ってる?」
「あいにく、何も……申し訳ないです」
 その返答に、いいよいいよと有はひらりと手を振った。るり遙のほうは――もう、乱れた髪の毛のてっぺんから、汚水を吸って不快感の塊と化した靴の中に押し込められている爪先、踵、足裏まで、居た堪れないという心地でいっぱいだった。動いて、快活に笑って「だいじょぶだいじょぶ」とでも言って見せれば、きっと状況は、打破できないにしても誤魔化せるのだろうが。
 そこまで考えて、るり遙は口の中の不快な酸味と、脳裏に湧いたイメージをツバごと吐き捨てた。イメージの中で「大丈夫」ではない「大丈夫」を語るお手本が――距離のできた、あるいは作った知己だったからだった。
「大丈夫ですか。本当に、無理はなさらないほうが」
「平気……っす」
 アルバの呼びかけに、なぜ、こう応えねばならないのかをるり遙は頭の隅で考えた。平気なわけがない。できることならいますぐに帰りたい。
 ――帰りたい、って。どこにだよ。誰にだよ。
 そこまでで思考は回らなくなった。るり遙は吐くとき咄嗟に下ろしたマスクを、再び着けようと引き上げようとして――やめた。
 次に吐くときは、きっと我慢など一瞬たりとも出来はしない。
 マスクの中で吐いてしまって、顔を胃液まみれにするのはごめんだった。

「はぁ、やぁ、まーったく。わかっちゃいましたけど、下水道。くらいせまいくさい! サクラミラージュなのにサクラなんてぜーんぜん見えませんね!」
 通り過ぎてきた後ろのほうで、幾人か『詰まった』のは感じていたが、大したことはないだろうと判断した零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)は、心底残念そうにそう言った。大げさな溜息をついての動作だったため、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は多少なり感心したし、フィッダ・ヨクセム(停スル夢・f18408)は素直に呆れていた。
「よくまあそんなに、ここで深く息が吸えるもんだね」
「……辛気臭ェのはそりャまー遠慮してェけど、無理矢理のハッピーもそんなにいいもんじャねェと思うぞ」
「むりやり!? むりやりハッピーに見えますかボク!? ……そりゃま、アレです。ちゃんとリラックスして呼吸しとかないと、いざってとき、腹に力入ります?」
 まあそれもそうだけどとロカジは笑った。フィッダは肩を竦めるに留める。一六八は「でしょう」と応え、それから視線を周囲へくるくると忙しなく投げた。右へ左へ前方へ。ついでのように指先も同時に動く。
「どうしましょうか。こっちとこっちとこのままと。別れます? 三手に」
「んー……そうすっか。入る前に簡単な地図は頭に入れたし、準備もしたけど……」
「方位磁石、死んでッからなァ……」
「だな。説明されてた敵も、行けども行けどもさっぱり姿なし。探すのに時間がかかりすぎだ」
 うーん、と一六八が唸ったので、フィッダは何だと視線で促した。その所作に至極嬉しそうな顔をして、一六八は応える。
「分断されてから各個撃破されたりして、って思いまして」
「おいおい……」
 縁起でもないなと、ロカジは今回は苦笑する。冗談ですよおと一六八はからから笑って、それから振り子のように振っていた指先を左に定めた。
「じゃ、ボクはこっち行きますね。あ、でもここでお兄さんがたが左に何かしら幸福のジンクスがあるとかあれば左を譲るのもやぶさかじゃあないです」
「あー、ないない。そういうのは。じゃ、僕は右ね。気をつけて。なんかあれば……まあ、どうにかして生き残って合流を」
 ロカジの言葉ににっかと八重歯を見せて笑った一六八は、片手を上げてから左の通路へ駆け込んでいった。
 次いで、フィッダが前に出る。気をつけろよと声をかけたロカジに、フィッダもまた片手を上げて応えた。
 僕も行くかねと頭の中でぼやいて、ロカジは右へと進む。
 黙々とロカジは歩を進めていたが、こうも思った。
 ――ひとりだと、うるさいもんだな。やっぱり。
 腐り果てているくせに、暗がりの中でさも清水を踏んでいるかのようなフリをするような足音に、ロカジの眉根が反応を示す。らしくないなと心中でぼやき、それでもまあ、いいか、と、ロカジは再三の細い溜息を吐いた。
 暗がり。その上単独だ。
 誰に、これを見せるわけでもない。ロカジは己の不愉快を、そうして許した。

 狭い。暗い。湿った臭気。その中で――がぁんがぁんと続けざまに、反響音がふたつした。同時にいくつかの声。聞こえてくる声の中に、知った声があるか否かを意識的に判断し――ジンガ・ジンガ(塵牙燼我・f06126)はその音を頼りに駆け出す。
「……や、別に俺様ちゃん、知り合いいてもちゃんとおシゴトするけどさァ」
 正しく言い訳を口にする。――が、すぐに思い出した。言葉というものは、格別、言い訳というものは、相手がいてこそ体を成す。ひとりで漏らす言い訳など、何の役にも立たないことをジンガとて知っているのだ。自分の中に、器用に――例えばそれこそ、距離を作った知己のように――別の誰かを作れたならば楽だったが、いまのジンガはその術を知らない。
 ――だいじょぶ、いなかった。いない。いない。いないはず。声はしてない。
 口には出さない。己に言い聞かせ――ジンガはそれから吠えた。無理矢理にでも気合いないしそれに準ずるものを呼び起こそうという魂胆だ。
「俺様ちゃんはー!! 死っなないしィ! 知り合いなんかここには来ねェでしょ! ……っだから走れよ俺様ちゃァん!」
 ぱん、とジンガは己の頬を両手で叩いた。短い呼気をひとつ挟んで、ジンガは駆けた。
 全くもって馬鹿馬鹿しい話だとジンガは思う。戦うのが生きる術だ。『猟兵』の仕事をいなすのが生きる術だ。死にたくないのだから、生きていたいのだから――生きたいのだから、死ねないのだから、それをこなしていくしかないのに――それを一瞬後回しにしてでも、逃げたいほどの『知己』がいるなどと。
 平静を欠いた足音を、わざと鳴らして己の思考を阻む。走れ走れと、それだけを思う。軽口ならば得意分野だ。それこそ考えなどしなくても口をついて出てくる。生きている世の中を小馬鹿にする術など、いくらでもある。――この世など、いつ手放しても、手放されても未練などないのだと自分に言い聞かせるには、それが一番だ。
「暗くてクッサい下水道を進むと、そこはワンワンランドであった……ぁ?」
 がぁん。反響の音が再三響く。
「……ワンワンランドだけどワンダーランドじゃん?」
「――っそこのピンク色! さっさと手ぇ……をっ! 貸し……っ!」
 ハルバードの刃にすら食らいついたオブリビオンをハルバードごと振り回し叩き斬り、新海・真琴(薄墨の黒耀・f22438)は声を張った。
 花が散った。
「ピンクて! 俺様ちゃんにはジンガ・ジンガて名前があってね!?」
「わかったわかったジンガジンガ! どうでもいい! 手伝っ――」
「ッ!!」
 ジンガは反射的に強く地を蹴る。どうでもよくないと応じる前の四方八方からのオブリビオンの攻撃に、自分をピンク色と呼んだ女が呑み込まれそうになったから――理由はそれだけだ。助けたかったのかと問われれば、そんなことはない。いまのところ、この見知らぬ女は自分の命を捨ててまで助けたい対象ではない。ただそれでも身体が、動くようになってしまったのは何故か。ジンガは答えを――出したくない。
「失礼しました。なにせ真琴さん、得物が長いもので。近づくと私まで巻き込まれかねなくてですね」
 それでもハレルヤはしていたんですよ、サポート。――と、反語気味に夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は言った。
「見てくださいほら。あそこの死体の山」
「ンン!? いやそれ死んでな――」
「いえ、わかってますよ。本当に死んだならアレらは死骸など残さない。けれどもアレらは死んだように動けないんです。じわじわじわじわ、いま、まさに死んでもらってますけども」
 ジンガの言葉を、さもありなんとでも言うかのように受け流し、晴夜は言った。そのとき、ずるり、と吸われるように晴夜の影が揺れる。危ないと真琴が発するより先に、晴夜は動いていた。
「……馴れ馴れしいですよ、その程度の分際で、私の影を勝手に弄ろうとは」
 一直線に突き立てられた刃は、まるで墓標のようでもあった。
 墓標の下のオブリビオンは、積み重なった死にかけのオブリビオンの山とは違ってすぐに霧散した。
「あなたたちも、褒められたくて食い殺すなら、申し訳ないですが……諦めてください」
 足元の『花々』まで達した刃を晴夜は抜く。
「食い殺すのも、褒められるべきも、全てこのハレルヤのほうです」
 刃を振るってヘドロを飛ばせば、同じように花弁が散った。
 がぁん、とハルバードが壁とオブリビオンを殴る音。――と、共に。
「……なんだ、こりャ」
 声。真琴が通ってきた道、晴夜が通ってきたところとも別の道から、顔を出したのはフィッダだ。
「おいおい……おい、下水道ッてのァ、こんなに花が咲くもんなのか?」
「やー、俺様ちゃんも咲かないと思うなァ。これじゃーワンワンランドじゃないもん、ワンダーランドだもん」
「あ?」
「ヤダコワイ。そんなに睨まないでくださァい! ジョーダンだってばァ」
 フィッダはそういうわけでもない、と応えようとしたが、すぐにやめた。
「まァ、いいか」
 強く踏み込んで、前方に飛ぶ。『バス停』をまっすぐに、さも槍か何かであるかのように扱い、フィッダは飛びかからんとしていたオブリビオンを突き飛ばす。ひゅう、と軽い口笛。
 そこからしばらくは、ただの戦いだ。
 狩る側と狩られる側がどちらかは――明白だった。
 フィッダの次には、ロカジが合流した。ロカジもまた、足元に咲き乱れる花畑に一瞬、瞠目した。別れたときとはほんの少しだけ纏う雰囲気が違うような、そんな気配をフィッダは感じたが――それもやはり考えている暇などすぐになくなった。
 自然の光源が極端に少ない下水道の中で、それでも幾人かが腰からぶら下げた懐中電灯ないし灯りのそれが、さんざめく踊る。
 ロカジの刃が翻った。一体斬り伏せ霧散させた直後、背後からの強襲を強引な一太刀で殴りつける。
「……悪いね犬っころ、刀の使い方がなってない妖狐様でさ? 虫の居所が悪いときの、僕の悪い癖でね。手段を選ばなくなりがちなんだ」
 呟きは剣戟の合間に消える。
 ばしゃんと大きく、花の下に、見えぬように、それでもやはり満たされている汚水とヘドロが音を立てた。
「――どれ。私もひとつ遊んでやろう。ほれ、来るが良い、犬ころ共」
 アルバの透き通る宝玉のような声がした。暗がりの奥から投げられたトランクが、花と汚水越しの地面に当たって蓋を開く。『獣』とは名ばかりの、アルバが使役する厄災そのものが、オブリビオンに食らいついた。年若い容姿に反した老成した眼差しを、厄災が喰らい尽くすオブリビオンに向け、アルバは細く呼吸をする。
「……ッ!!」
 事実、振り回された懐中電灯の光から――ジンガは逃げた。息を潜める。
 それと入れ替わるようにばさばさと水を蹴る音がして、それからそちらに向けてオブリビオンが飛びかかる気配がし――それから全員の耳が一瞬、壊れた。
「……っ、あんまり銃は得意じゃなくてね」
 飛びかかってきたオブリビオンの牙の合間に突っ込んでいた銃口から、細い煙が上がっていた。
 有は銃口についた涎を振って払う。次いで大丈夫かと、有は隣の人影に――るり遙に幾度目か同じ問いを投げた。
「……いや、なんで本当にお前みたいなのが猟兵やってるんだか。怖いなら引っ込んでりゃ良いじゃないか」
 ぐっと、るり遙は何かを飲み込んだ。どうやら吐き残しの胃液ではなさそうだった。
「ま、良いけど。ここから先は守ってやれる保証なんて当然ないし、せいぜい死なず――」
 踏み込んだるり遙が、有の虚を突いて駆けた。完璧に無策に見えるその動きがあまりにも唐突で、有の引き止める手は届かない。
「――っおいこら無闇に……!」
「うるっ……せえ! どいつもこいつも好き勝手叫びやがって……丸聞こえだ、馬鹿野郎!!」
 悪態は――誰へのものか。何へのものか。
 破裂した怯えが力を為してオブリビオンに炸裂する。だが、次の動作にるり遙は移れない。握りしめた灯りが震えるより先に、それでもるり遙に迫ろうとしていた牙は――落ちた。
「……馬鹿野郎が」
 力を纏わない悪態は、きっと届いていた。
 悪態を届けられた、また別の『牙』に――いま、応える力がないだけだ。この牙はまだ、仁なる牙にはなりきれはしないのだから。

 避けてくださいと一六八の声が爆ぜる。一薙ぎから起こる衝撃波が、次々に這い出てくるオブリビオンを斬り散らす。
「ああ、まったくもう、忌々しい……。こいつら、それほど個体が強いわけではない。それなのに、そうですか、この世界をこんなにも薄汚く……」
 己の影を餌に、晴夜はおびき寄せたオブリビオンを一体一体処理してゆく。
「真琴さん、早く、ほら早く。ハレルヤが動きを止めてるアレらにトドメをお願いします」
 自分自身よりも手練れがいることは承知していたが、ここまでぞんざいに扱われるのが普通なのかと一瞬疑問に思いかけたが、真琴は動きの鈍ったオブリビオンの息の根を確実に止めてゆく。
「……猟犬と呼ぶには躾がなっておらんな。可愛げもない、従順さもない、――その上、主人から指定された獲物すら狩れないとみた」
 冷え冷えしたアルバの声がそう言った途端、アルバの『従者』が再びオブリビオンを食らった。
「獣『型』とは言え、獣じャねェんだなァ、やッぱり」
「……そうだね。ただの獣なら、ここまで追い込まれて逃げないわけがない」
 フィッダの呟きに、ロカジが色もなく応えた。力任せに叩き下ろした、刀の一撃とは言い難い攻撃を辛うじて避けたオブリビオンに、二撃、三撃と続けて打ち込む。
「腹の足しにもなッてやれねェ。……悪意も殺意も……そういう『獣』には慣れてるんだわ、悪ィな」
 フィッダの『バス停』が、また一匹、頭を叩き潰す。あちらこちらで叩きつけられ、斬り伏せられ穿たれ、あるいは呪詛で縊り殺され――霧散する『獣』の、どれが最後の一匹であったか、猟兵の中に判断できるものはいないだろう。

 動いて上がった呼吸を整えるだけでも、ひどい空気を吸わねばならない。
 その苦痛を味わいながら、猟兵たちは周囲に視線を走らせた。
「……疑問に思ってたことがある」
 真琴が口火を切った。有が、戦闘中に落としてしまったらしい煙草を補充しながらそちらを見る。一度だけ、まさか引火しやしないだろうなと火をつける動作を迷ったが――結局有は煙草に火をつけた。
 沈黙に促された真琴は続けた。
「こんなところに、……なんでヒトが迷い込むんだ?」
「考えても詮無いこと――と思ってもいたが、考えないといけないかもね」
 汚水の匂いをできるだけ吸い込まないように、有はそれだけ応えた。
「なんとも不自然にお花畑ですしね。やー、キレーだなあ」
 足元に咲き乱れる花に、一六八は言う。
 さて、それじゃあと誰かが言った。
 まだ、獣以外の気配が漂うこの下水道を進むか、進むまいか。留まるか。
 どうするにしても、何かしら、この薄っぺらい花畑とその底の汚水を踏み散らかしながら――猟兵は動かねばならなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『女郎蜘蛛』

POW   :    操リ人形ノ孤独
見えない【ほどに細い蜘蛛の糸】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
SPD   :    毒蜘蛛ノ群レ
レベル×1体の、【腹部】に1と刻印された戦闘用【小蜘蛛の群れ】を召喚する。合体させると数字が合計され強くなる。
WIZ   :    女郎蜘蛛ノ巣
戦場全体に、【じわじわと体を蝕む毒を帯びた蜘蛛の糸】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
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 相変わらずのひどい臭いに加えて、とってつけたような花の香りが、やはり酷かった。
 何の花か、いまいち判らない。誰が見ようとしても――『霞む』のだ。手に取ろうものなら塵のようにほろほろと崩れ、指先に残るのは不快感だけだ。
 ざわざわとした気配が強くなり、猟兵たちはあちらこちらに視線を飛ばす。
 と、同時に――きりきりきちきちと、からくりのような音がした。

 察知、からの戦闘準備はお手の物だ。
 暗がりの中、猟兵たちは『蜘蛛』の迎撃を行うこととなるのだろう。
零落・一六八
汚水と花畑のコラボレーションなんて斬新ですねえ
【聞き耳】【暗視】【視力】で周囲や花に注意しつつ進みましょっか
奇襲なんかにも警戒しつつ

蜘蛛もこんだけわらわら沸いてくると壮観ですね!
どろどろじめじめ
まあボクはこういう場所のほうがやりやすいですけど
戦闘に入ったら群れは野太刀で【なぎ払い】
操り糸がでてからは小回りの聞く苦無に持ち替え
【投擲】したり、ナイフのように扱って応戦しますよ
嫌な空気だとか悪意や殺意の吹き溜まりだのってのは
ボクにとっちゃ食べ放題フルコースなんですよねえ
(UD使用代償で血を噴出しても呪縛も毒で吐血も気にしない)
【毒耐性】があるんで、毒に対してはさほど気にしません

アドリブ絡み大歓迎


夏目・晴夜
犬畜生のお次は蟲ですか
どんな輩が相手だろうと、このハレルヤの前では無力――
迷路とかふざけてるんですか?いや戦えよ、クソ蜘蛛が……

花の香りすら腹立たしい…!
『芥の罪人』で召喚した妖刀の中の亡霊どもを敵に嗾け
迷路を抜けるまでの間、代わりに戦ってて貰います
どれほど硬い迷路でも霊ならすり抜けられますからね
特に頑張った亡霊は特別に解放してあげますよ

迷路は生まれ持った素早さと【第六感】で駆け抜けます
迷路の毒は、僅かな【毒耐性】を信じてひたすら我慢ですね

血を口から吐こうが目から垂れ流そうが
脱出したら蜘蛛は妖刀で即【串刺し】にし、
その頭を全力で【踏みつけ】て差し上げますよ
ああ、亡霊は全員妖刀の中に戻って下さい


芥辺・有
花の感触を確かめるように、ヒールでちょいと蹴散らしてみる
冥冥としてるな、どうも
得体の知れない花だ

思考はそこそこ、きりきり聞こえる音に聞き耳を立てる
犬の次は蜘蛛ね、……言われてた通りだけど
こうもぞろぞろ、次から次に
一体どこに隠れてんだか

蜘蛛に囲まれるなんてぞっとしないしね
手っ取り早くいこうか
手にした杭で腕を切り裂いて
零れる血からぞろぞろと無数の赤い杭を作り出す
痛みなど今さら 慣れたもの
いい加減鼻も麻痺してくるが、他の感覚は問題ない
暗闇にだってそろそろ目の慣れる頃だ
目を凝らして蜘蛛どもを見詰めて
小さい奴らもくっつく前によく狙いを定めるように

蜘蛛の子一匹でも逃がさないさ


新海・真琴
先輩方はなんかアク強いし、訳分からないし、はぁ……父さん、母さん、真琴は頑張ってますよっと
(目元の羅刹紋を撫で、首に巻いたヴェールに触れ)

うわ、なんだこの蜘蛛
……見たところ、上半身は修道女、か?

糸に蜘蛛の子に……蜘蛛糸の迷路だって?
……聞いたことがある。蜘蛛から取った絹は、蚕の絹を遥かに上回る。鋼にすら匹敵する強靭な布になると
そんなもんで作った迷路だと!?

毒……は、破魔でなんとかするしかないか……
こんなとこで眠らせるわけにもいかないが、桜の癒やしで解毒できるか試してみよう
ちょっと目だけ閉じとけ!寝なくていいから!

迷路を突破したら、女郎蜘蛛にハルバードで攻撃
毒のオトシマエ、払ってもらう!


アンテロ・ヴィルスカ
フィッダ君(f18408)と

見慣れたバス停を戦地の目印に、早々に鎧を纏い合流
眼帯も外して【暗視】目を闇に慣らそう

彼の顔を見てニヤリと
大丈夫、鼻ならまだついているよ
手足が沢山あるのは中々便利そうだ
が、苦手ならば落としてしまおうか、全て
…ふふ、そういう問題ではない?

俺は彼の死角より二本の剣で攻撃
見えなくとも存在するならば
aaveの放つ冷気で糸に霜をつけて可視化を図る

荒々しい獣姿には口笛を一つ
彼が流血しているならば血を拝借しUCを発動
していないなら輸血瓶から自身の血で強化を

合わせて【武器改造】で刃は鋸の如く、鬣犬の牙を模して切り口も凶悪に

ところでフィッダ君…
ソレに噛み付いてしまって大丈夫かい?


フィッダ・ヨクセム
アンテロ(f03396)と

控えめに言ッて、あー……そろそろ鼻もげそう
鼻ある?…あァなら良いんだがよ

あーいうの見ても特に何も思わない系?
へェ、俺様は……多足類はちと……勘弁だなァ
あれを便利と見るか。マジで…?
流石アンテロ、戦いの場数が桁違いだな
……ん?そういう意味でもない、……?


しかし、そういう時は明るく乗り切るのが根性論だ
UCを発動しとけば怖いもんはねェ、むしろ俺様が恐怖の的になッてやろうかッ!

代償に、正気な意識を呪縛されときたいもんだ
流血でもいいがね、どうせ暗がりよくは見えねェだろ

……帰ッたら、食塩でうがいでもするから、良いんだよ
あァよく考えれば分かる事だッたのになァ……(目頭を抑える)


ロカジ・ミナイ
有ちゃんが吸ってるし平気そうだね、と僕も一服
煙草の匂いと熱と安堵感が、今、とっても必要だった

花は好きよ
考えなしに手を伸ばしたくなるくらい
けど匂いだけってのは…ベッピンな花の匂いでもないし
女の声がしたってだけで不用意に扉を開くような真似は
流石の僕もバカのする真似と心得ている
大体この臭いは組み合わせが悪い
最悪よ最悪

オマケに僕は蜘蛛も嫌い
ひぃぃきもちわるっ!
ヤダよ、僕の服や愛刀に汁とかそういうのがつくのは
…えーっと、蜘蛛の巣って火に弱いんだったっけ
へへ、燃やしちゃえ
懐から取り出す携帯用薬箱、中にはよく燃える丸薬
炎は燃やす対象に合わせて適した大きさにする
本体には特大のをお見舞いしなきゃねぇ


アルバ・アルフライラ
やれ、何なのだ――この花々は
手に取ろうにも掴めぬとなれば…何者かの魔術か?
…その『何者』かを突き止める為にも
害虫共を、一匹残らず駆逐せねばなるまい

眼前に展開するのは選りすぐりの宝石達
魔術の触媒たるそれ等に魔力を込め
【妖精の戯れ】で可能な限り広範の蜘蛛を攻撃
小蜘蛛の群れを召喚されようとも遣るべき事は変わらぬ
高速詠唱を用い、腹部の数が少ない内に手数を減らす
たとえ噛まれようと毒に耐性ある身
戦が終る迄、幾分は凌げよう

雑兵と云えど、数ばかり多い蜘蛛共に
一切警戒を怠りもしなければ
一片たりとも慢心する心算もない
闇に我が身が映えるならば存在感を活用
敵を集め、我が魔術で一気に蹴散らしてくれようぞ

*敵以外には敬語


ジンガ・ジンガ
なァに、ワンちゃんの次はクモちゃん?
……あーッ! うぞうぞうぞうぞ増えてンじゃねーわよ!
一刻も早くおシゴト終わらせて、こっから帰りてェのよ俺様ちゃん!

【暗視・聞き耳】研ぎ澄ませ
咲き乱れる花ごと
小蜘蛛の群れを銃弾の嵐の中にご招待
【見切り】きれない蜘蛛の糸は
勘と【咄嗟の一撃】でどうにか凌ぎ
報復に【フェイント】かけて【だまし討ち】の【2回攻撃】

……ああ、ああ、馬鹿野郎はお前だよ
ほんとさ、なんなのお前
ヒトより色んなものに敏感なくせに
こんなとこ来て
畜生
【目立たない】よう【闇に紛れ】て【スナイパー】よろしく
あの馬鹿への脅威に制裁を

そこに居る、って
自己主張激しすぎなんだよ

いつだって、眩しすぎて目が潰れそうだ


松本・るり遥
認めたかないが慣れてきた
鼻はひん曲がりそうで吐きそうだ、それでも少なくとも、この空気を吸って吠えるだけの
ーー諦めは、ついた

『暗かろうが音で丸見えなんだよ!』
『数ありゃどうにかなると思いやがって!!』
Nonsense、絶えようもない悪態と視線の弾丸。やたら多い小蜘蛛を撃ち抜いていく
合間合間に吐き気はするが、その不快感も自嘲にして動力へ。
せめてものカッターナイフを握り締めて、糸に争い、臭気に震えて

花の香りも、どうにも過敏気味なこの身に不自然に刺さる
こんな暗がりに咲く花は
どんな想いで、香りなんて放つ

そんなん考えるの
後ででいい

こんな俺が無事な事が
あいつの動きの証明同然

俺なら此処だ
わかったか 馬鹿野郎が




 ちりり、と煙草と煙草の間がほんの微かな音を立てた。じんわりと先が赤みを帯びて、火が伝染ったのが見える。
「ん、ありがとー、有ちゃん」
「いいさ。こんなとこでマッチ箱ひとつ探すために這いつくばるなんて……私だってごめんだもの」
 深々と肺に煙を満たし、それを吐き出してから、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は芥辺・有(ストレイキャット・f00133)に礼を告げた。
 ロカジが自前の煙管を出したところまでは良かった。だが、葉を詰めてからポケットを探るようにぱたぱたと動いてから、すっかり動作が止まってしまったので、察した有が声をかけたのだ。とはいえ有もマッチの持ち合わせはなかったため、一本己の煙草を差し出して――そうして現在に至る。
「普段吸ってるやつじゃなくて悪いけど」
「ぜーんぜん。煙草ってなんかこうさ、味……も確かにそうなんだけど……必要なときって、そこが重要じゃないっていうか」
「はは、言えてる」
 のぼる紫煙はふたつ。
 しばらく、ふたりの間に沈黙があった。それぞれの視線は別のところに。
 他の猟兵たちに先に進んでくれと伝えたがため、ここに居るのはふたりだけだった。

「この……ああくそっ、また糸が……! あのクソ蜘蛛、見つけたらタダじゃおきません……」
 夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は腕に絡みついた蜘蛛の糸を振り払いながら――当然の如く、至極苛立っていた。
 その傍らで、アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は足元の花を手に取ろうとして――指先でほろりと輪郭を曖昧にしていくそれに、眉を寄せていた。
「……む、大丈夫ですか。アルバさん」
「ええ……私は問題ありません、晴夜さんこそ、体調に問題はありませんか?」
「無論です。私はこの程度では斃れはしません。……やはり私よりアルバさんのほうが、毒の回りが早いように見えます。迷路ごときに時間はかけられませんね……一刻も早く――」
 そこまで晴夜が言ったところで、おもむろに伸ばされたアルバの腕が、晴夜の頭を撫でた。
「……なんですかこの手は」
「あ――すみません。晴夜さんはいい子だなと思いまして、つい……」
 大丈夫ですよ、水に触れたほうの手じゃありませんから――とアルバは続けた。晴夜はそういうことではないと言おうかとも思ったのだが、思ったよりもアルバの手に不快感を覚えなかったので、しばらくそのまま撫でられていた。
「……って、ダメです。ダメダメ、よくありませんやめてください。このハレルヤを褒めたい気持ちはとてもよくわかりますが、いま優先すべきは、やはりこの迷路を抜けることです。終わったら、もっと褒めていただいて構いませんので」
 承知しましたというアルバの微笑みに満足し、晴夜は改めてあたりに視線を投げた。
 一見、白い壁にすら見えるものが、蜘蛛の糸で構築された『迷路』の壁だと彼らは知っている。蜘蛛のテリトリーに踏み込んだ当初からこうだったわけではなく、一本道から出たところを一網打尽にされるのはごめんだと、猟兵たちが散った一拍遅れで、四方八方から『迷路』の材料が降り注いだ。糸に潰された者は一切おらず、分断された後に出てきた蜘蛛も、アルバと晴夜は苦なく倒しはしたが――その戦いの最中、壁に、糸に触れた箇所がじくじくと痛む。
 蜘蛛が出す糸に、毒があることは明白だった。
「……あの蜘蛛どもが、分裂を狙うような……高等な戦略を立てられるようには見えなかったのですが」
「そうですね。……まあ、ホンモノの蜘蛛は蜘蛛で、ヒトが思うより遥かに秀逸な狩りをしますが……私にもアレがそうだとは思えません。――あっこら、アルバさん! またそうやって撫でるのをやめてください」
「ふふ。……では行きましょうか。勘はおそらく、私よりあなたのほうが鋭いでしょう。先鋒、お任せしますよ」
 晴夜は頷き――それから駆け出す直前に言った。
「速度は落としません。どうぞ遅れずついてきてくださいね」

 誰よりも、ひとりになったことを安堵していたのはジンガ・ジンガ(塵牙燼我・f06126)だろう。声など上げるべきではなかったのだと頭のなかでぐるぐると反省――というよりも己への悪態を吐いてばかりだ。
 本当に、ひとりで良かったとジンガは思っている。まかり間違って、松本・るり遥(謳歌・f00727)と同じ迷路の道に絡め取られていたとしたら――最早、想像すらしたくない。
 猟犬崩れの領域から抜けようとするとき、誰かが現状の人数確認をしようと声をあげた。余計なことをと正直に思ったが、誰もが『生きて帰るには』それが重要なことだとジンガとてわかった。だから気配を消すのをやめた。――結局、るり遙とは一度も視線など合わなかった。るり遙の視線がどこを向いていたのかは知らない。ずっと目を伏せていたのだから当然だったし、突き刺さる視線を感じもしなかったから――きっとるり遙もこちらのことなど見てはいなかったのだろうとジンガは思う。
 迷路の一部を作り、それからジンガの前に降り立った蜘蛛目掛けて現状全ての苛立ちをぶち込み、それからジンガはひたすら駆けていた。足元からは常に汚水と、あるかどうかも不確かな花の匂いが立ち上り、眉間の奥がくらくらとしていた。だから――というのは、言い訳だろうか。
「ッ!!」
「うわっ!?」
 曲がった瞬間、誰かとぶつかった。ジンガは倒れなかったが、弾みで相手のほうが尻餅をつく。ばしゃんと跳ねる汚水の音。
「……最悪だ。縁があるね、ピンク色」
「……ジンガだってば。ゴメン。立てる?」
 ジンガが差し出した片手を、新海・真琴(薄墨の黒耀・f22438)は掴む。立ち上がった真琴に、ジンガはもう一度「ごめん」と重ねた。その声に、真琴の片眉が上がる。
「……随分しおらしいな。さっきはやかましかったのに」
「えェ? んなことないよォ、俺様ちゃんはいっつでもこんな感じだよォ! そーそー、でもちょーど良かった! 思ってたんだよねェ、その武器ならズバーン! てこの壁一刀両断……」
「無理だ。……君、知ってるか? 蜘蛛からとった糸っていうのは、蚕の絹を遥かに上回る。それこそ、布にしたならば、鋼に匹敵するほどの強靭さを持つらしい。それがこれだけの厚みを持った『壁』を作ってる」
 へぇぇ、と、ジンガは本気で感心したような声を漏らした。
 それに、と真琴は続ける。
「言わずもがな、試したさ。それでも無理だったから、いまこうして君と合流なんかしちゃってる」
「おぅ……すっげーイヤそうね!? 俺様ちゃんでも傷付くんだからね!?」
「安心して。汚い水に浸かったから、私のテンションもガタガタなだけなんだ」
「ご……ゴメンってばァ!」
 そこまでジンガが声を上げて、ようやく真琴はほんの少し笑った。肩を竦めた彼女は、ハルバードを担ぎ直して進む。ジンガもまた、彼女の背を追いながら――唐突に思ってしまった。
 いつも、誰かの背中ばかり見ていると。
 ――仕方ねーじゃん。
 ジンガは言い訳を重ねる。向き合うのは怖いのだから――そう、いつだって、仕方のないことなのだ。

 ざん、ざんとふた振りの剣戟の音と共に、フィッダ・ヨクセム(停スル夢・f18408)の眼前に押し寄せようとしていた蜘蛛が数体、塵になった。
 振り向いた知人の姿に、フィッダは目を白黒させる。
 一方で、アンテロ・ヴィルスカ(白に鎮める・f03396)のほうは目元をわずかに緩めた。
「危なかったわけじゃなさそうだけど……お待たせ、フィッダ君」
「……あッれ、アンテロ。え? さッきからいたッけ?」
「ああー……いや。……お恥ずかしい話だが、下水道の入り込み具合と、さらに蜘蛛の迷路に手間取ってしまって」
「へェ……アンテロでもそんなことあんだな。俺様はもォ、蜘蛛のうぞうぞキモいし、毒ウゼェしで無理寄りの無理」
 言っている最中に飛びかかってきた蜘蛛は、片足に重心を乗せて身を捻ることで躱す。
 捻った先、勢いを乗せた『バス停』を逆袈裟に振り上げれば、簡単に蜘蛛は吹き飛んだ。ついでに、薄ぼんやりとした影が動いたので警戒するも、その影は蜘蛛を強かに打ち付ける。害あるものではないらしいとふたりは判断する。
「……ふむ、なるほど。単一の力よりも、数と……糸の毒のほうが厄介だね」
 ならば、とアンテロは呼吸を整える。
 その途端、ひぃん、と淡い音が暗がりを満たし、アンテロの握る剣から冷気が迸った。急速に下がった下水道内の温度に、フィッダの肌までもが粟立つ。アンテロの集中を邪魔はさせないと、彼に飛びかかる蜘蛛はフィッダの標識が潰しにかかる。
「うん。よし。『うぞうぞ』が苦手なら……そうだな、脚を落としてしまおうか、全て」
「……」
「……ふふ、そういう問題ではない?」
 微妙な表情をしたフィッダに向け、小さく笑ったような表情をしてからアンテロは低く跳んだ。彼の冷気によって、空中に張り巡らされた糸が霜をつけてきらきらと光る。
「……一気に来てくれたほうが、まとめて駆除できそうなものだが」
「なかなか、なッ!」
 思うようには進まねェ――フィッダはそう言いつつ、また一匹の蜘蛛の頭を潰した。
 と、いうときだった。
「よしよしよーしっ! 迷路抜けましたね、さてはこれ一番乗り――じゃ、なかった……」
 零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)があからさまにふたりを見て残念そうに眉尻を下げた。
「ああまぁ、はい。そんな残念がることでもないですね……っと!」
 強い踏み込みからの、一刀。
 一六八の間合いに入った蜘蛛たちがその一薙ぎで塵となる。
「ようやく戦える」
 そう言って引き上げられた口角の凶暴さを認識して、アンテロの口元も無意識にほんのわずかに笑う。
 ――みんな、本当に戦うのが楽しいんだね。
 楽しむための矜持はあれども、正義など、悪などという曖昧な主観を、アンテロは主軸にしてはいない。

 最も、アンテロ他、戦いを「楽しい」と称する猟兵を、信じられないという目で見る者も――不思議なことにこの下水道の中にいる。
 視点は、そう、その当人に移る。
 るり遙の足取りは重い。心境的にも、物理的にも。歩を進めるたびに、蜘蛛と対峙するたびに、臭いと毒とで今一度胃がひっくり返りそうだった。だが。
 ――一対一なら、普通に戦える。
 飛びかかってきた大蜘蛛の、腹の下に潜りナイフを下から突き立てる。不愉快な体液が少なからず顔にかかる。顔はとうにぐちゃぐちゃだが、無様に吐いたとき釣られて生理的に滲んだ涙は、いまはない。
 かつて平和に教科書で学んだ、知りもしない戦場に駆り出された少年兵はきっとこんな心地だったんだろう。
 自分がどうして戦場にいるのかわからず。
 なぜ戦わなければならないのかも、いまひとつ納得もできず。納得できたように思えても――次々に「本当か」と問う声が己のうちから湧いて出てくる。殺すたび。殺されそうになるたび。死にかけるたび。――怖いと思うたびに。
 ――慣れたくなくても、慣れるしかできないんだな。
 なにひとつ、流れに抗えず。
「っぅらああああぁッ!」
 突き上げたナイフを、全身の力を込めて、前へ。
 ばたばたと重さのある体液を頭から浴びても、るり遙は吠えることをやめなかった。
 腹の下を通り抜けるように切り裂き、落ちた蜘蛛に馬乗りになって、幾度もナイフを振り下ろす。胃液など、もう吐いてやるものかとでも言うように、泣き出しそうな咆哮を上げて――蜘蛛が尽きるまで、るり遙は刃を振り下ろし続けた。
 猟兵になってから、地獄は身近になった。以前から地獄はありこそしたが、それは痛みや汚泥を伴って訪れるものではなかった。
 だから、耐えられるとでも勘違いしてしまったのだろうか。
 だから、生きていられると、怖くないのだろうと、勘違いしてしまったのだろうか。
 どうせ、どこもかしこも地獄だと――多少の嘲りで、この感情は説明がつかないのに。
 どっ、どっ、と鈍く、手応えはあるが軽い蜘蛛の腹はそのうち応えなくなった。るり遙の下で蜘蛛の身体が崩れ切ったおかげで、るり遙はどちゃりと汚水の中にそのまま落ちる。
「は、……はは……」
 諦めは、笑いにも満たない呼吸のように漏れ出ていった。

 猟兵と蜘蛛の群れが乱戦に至るまで、さして時間はかからなかった。相当の強度を誇る毒糸の迷路を強行突破しようとする者は良し悪しは別としておらず、全員が開けた場所に辿り着く。
 血塗れになった者、いくつか身体に傷を作った者。程度の差はあれど、全員がひどい有様だ。
「蜘蛛の子一匹――よく言ったもんだ。逃がすつもりはないよ」
 有の流血は、毒と傷によるものだけではない。夜が、空のてっぺんから滴ってきたのならばこういう形になるのだろう。きっと、有が持っている杭を見た誰もがそう納得する。必要な血管だけを裂くように、有はそれを腕に滑らせた。――無論、滑らせるとは生半可な言い方になるだろうが。
 体内から杭の葬列を作り出し、有は嘲るように声だけで笑った。
「どんな痛みも。――慣れたもんだな」
 言うや投擲した赤い杭が、暗闇を切り裂いて光る。
 その援護を受けながら、真琴が飛び込む。
「毒のオトシマエ、払ってもらう!」
 修道女の上半身を持つ蜘蛛も、もう見慣れてきたころだ。手に馴染み切ったハルバードを真琴は振るう。桜の意匠が施されたそれが叩き切った先から、まるで浄化でもされたかのように蜘蛛が散ってゆく。持ち手を伝ってじんわりと響く不快感に、眉を寄せる暇はなかった。
 右へ左へ。舞うように真琴はハルバードを繰り出す。その動きに合わせ、首元のヴェールが踊る。
 ――見ていて。
 口にすることはなくとも、その父母への願いは己への鼓舞でもある。
 呼気をひとつ挟んだ真琴の目元には、紅色の羅刹紋が咲いていた。

 まさしくぞろぞろと、天井、横壁問わず湧き出てくるかのような蜘蛛を、猟兵は蹴散らしてゆく。
 濃い、花の香り。
 それでも隠せない澱みきった水の臭い。
 その花を、水を蹴り跳びのき、攻撃を躱したフィッダとアンテロの背がたまたまぶつかる。ちらとアンテロが視線をやった先で、フィッダがぐにぐにと鼻のあたりを押さえていた。
「フィッダ君。そんなに確かめなくても、鼻はついてるよ」
「まァじで? もうほとんど感覚ねェの。ヤベェ臭いッて嗅覚以外まで無くすのな」
 目の前まで迫った多足の足を薙ぎ倒し、垂れてきた鼻血を拭おうとしたフィッダを見て、おそらく違うとアンテロは思考する。嗅覚が麻痺するまでは臭いだとして、感覚までなくなるというのは――恐らく毒の効果だろう。
「ちょっと失礼」
 直接鼻血を啜られるのは流石に如何なものかとフィッダのことを一応考え、アンテロはフィッダの鼻血を指先で拭った。
「『使わせて』もらうね」
「……あ、あァ」
 多少は驚いたのだろう。フィッダの揺れた声はさておき、アンテロはそれを摂取する。さてと呟かれると共に、アンテロの力が増幅するのがすぐにわかった。ぞくりとするものを感じながら、フィッダは身を屈める。
「よォよォ蜘蛛ども……怖ェもんはあるか? これから――」
 獣のように、フィッダは前方へ跳んだ。
「ひひ、見せてやるからよォッ!!」
「……はぁ」
 名も知らぬ今回の仲間が嬉々として大暴れするのを、晴夜は蜘蛛を切りつけながら見ていた。突き刺し、斬り伏せ、体重を乗せて頭を潰す。体液に濡れててらてら光る刃を振って、それから思い出したように晴夜は言った。
「ああ、そうだ。亡霊は全員戻ってくださいね」
 掲げた刃に、すうとなにがしかの引力があった。それと共に、少し遠くにいたロカジがその場を飛び退く。薄ぼんやりとした影が、叫びを上げて刃に吸われていったように――ロカジは感じていた。
「……なんだ今の、って、うわ、ちょ、ひぃぃ寄んないで!」
 ロカジは蜘蛛がそもそも嫌いだ。懐に仕込んでいた携帯薬箱から、ロカジは目当ての丸薬を蜘蛛めがけて投げつける。さながらそれは小さな花火玉のようですらあった。着弾すると共にごうと凄まじい火柱を上げたそれが、次々に蜘蛛を焼いてゆく。
 蜘蛛らしからぬ悲鳴を上げられて、ロカジは再び顔を思い切り顰めた。
 途端、横に飛びのいてきた影と、げほげほと横で咳き込む音。
「大丈夫か」
 ロジカの声に頷くことで、るり遙はそれに返す。
 ――馬鹿野郎はお前だよ、馬鹿野郎。
 毒が体内に満ちてきているのだろう。脂汗を滲ませて咳き込み、それでも尚立つるり遙に迫ろうとした蜘蛛を、ジンガが撃ち落とす。
 蜘蛛の波は絶えない。
 ざわざわと、一体が揺らしているわけではない気配が蠢き、押し寄せる。
「もう少し、……」
 戦場の中央にアルバはいた。そこだけ清水が湧くかのような不思議な存在感があった。アルバのいる『外側』で戦闘が行われているかのように見えるのは――他の猟兵が、彼が術式を立ち上げるまでに時間を稼いでいるからだった。
「はっ……嫌な空気も悪意も殺意も、こういう吹き溜まりはボクにとっちゃレストランみたいなもんでね! 食べ放題フルコースをありがとうってな感じですよ!」
 口の中に溜まった血を吐いて捨て、一六八ががなった。
 ちぎれそうなほど身体を捻って一瞬の静止。そこから放たれる一撃が、またばらばらと蜘蛛を散らした。

 目の奥が熱い。なんだったら目玉そのものが熱い。
 これも毒の効果かとジンガは思い、溜まりに溜まった目元の血を拭った。意識こそこれっぽっちも霞んでいないが、視界は常にぼんやりと赤い。くそ、と悪態を吐きかけた。
 だから――ひゅ、と耳元で音がした瞬間、ほんの一拍遅れたのだ。袈裟懸けに背中から。致命傷こそ避けたが、蜘蛛の爪がジンガを裂く。そのまま転がって追撃を避けた先、汚水と自身の目から溢れ出る血を乱雑に拭い、顔を上げ――眼前に迫った修道女の凶悪な口の中に、頭が真っ白になった。
 ――あ、これ、死ぬ。
 死にたくないとすら思わなかった。それ故、目を閉じる暇もなく――ジンガは、修道女の頭が吹き飛ぶところまでを見た。
「…………は?」
 その修道女の頭を吹き飛ばしたのが、るり遙の『声』だとジンガは『見えて』いたが――頭が理解を拒む。
 もう一度、るり遙が叫ぶのが聞こえていた。内容は――よくわからなかった。
 ただ、わかるのは――。
「……馬鹿野郎、……ッ、クソ野郎……!」
 こんなことは――本当は言いたくもないということだけ。目の奥が熱いというだけのこと。
 ジンガは再び、手の中の獲物を強く握りしめた。
 ――死など、思ってやるものか。

「そろそろ汚水と花畑のコラボレーションは飽きたんで次お願いしますよ、次っ!!」
「ええ……お待たせ、しました!」
 一六八の誰へともない声に、ついにアルバが応えた。
 アルバの手がまっすぐに伸ばされ、それがすぐに横に払われる。それとともに中空にざらりと展開されたのは、魔の触媒たる宝玉の数々。アルバの星のような瞳が、確かに殺意を宿し――ぎらりと光った。
「さあ、覚醒の時ぞ」
 宝玉が、アルバの瞳と同じ妖しさを宿す。次の瞬間――迸る魔力の奔流に、誰もが目を瞑った。
 炎。
 風。
 次に足場が揺れた。
 足元のそれとは違う、清き流れ。
 それら全てが、淀んだものを押し流す。
 次に猟兵たちが目を開けたとき、そこには最早、『蜘蛛の子一匹』どころか――花畑すら見て取れなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『劇場型犯罪者』

POW   :    夜闇に包む(ダアクナイト・クレイドル)
【翻したマントの内側】が命中した対象に対し、高威力高命中の【強固なワイヤーロープでの束縛】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    絢爛分身(アメイジング・イリュウジョン)
【レベル×5体の、自身と同じ姿の偽物】の霊を召喚する。これは【マントの中に隠された閃光弾】や【電流を流す非殺傷の光線銃】で攻撃する能力を持つ。
WIZ   :    劇場型犯罪(シアトリカル・クライム)
【人々の注目を集めるド派手な大犯罪】を披露した指定の全対象に【大犯罪の引き立て役になりたいと言う】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
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「あらら。ワンコも細蟹ちゃんたちもやられちゃったか」
 狂犬を散らし、毒蜘蛛を散らした猟兵たちに回復の間を与えぬとでも言うかのように、それは降り立った。まるで旧知にするように片手をひらひらと降る人型は、それから仰々しく山高帽に手を添えた。
 淑女よろしくマントの片側を摘み、それでもする一礼は紳士のそれだった。
「あー……しかも花畑まで散らしてくれちゃって。もう。せっかくお膳立てしたのに……台無しだよもう」
 深々とため息をつく人型は、自らに向けられる殺意に、ふと寂しそうに目を細めた。
 そうして、それから笑う。
「あのね、だってさ。こんなところだよ? どうせキミたちに殺されるのに、キレイなものひとつ見せずに『行っておいで』なんて言えるわけないじゃない。私が! ボクが! あたしが俺が!」
 最後の方はほぼ絶叫だった。
 一人称をひとしきり叫んだ途端に、人型は項垂れた。
「はあ……まあいいか。お月さま、行きたかっただろうに。せめて見せてあげたかったなあ……それじゃ」
 まさかの行動だった。
 そのまま去ろうとした人型の、逃亡を許せるはずもない。猟兵たちが戦おうとするのを見て、人型は微妙な顔をしてから肩を竦めた。
「なんかすごーく気が立ってるみたいだけど、私が殺したわけじゃないんだけどな、『いらっしゃい』したヒトたち」
 ふざけろと怒号を上げられて、まるで本心かのように人型は「ひゃっ」と短く声をあげて身体を縮めた。
「やるの? はぁ……」
 深々とした溜息の後。
「まぁ、いいけどさ」
 仕方ないとでも言うかのように――それはそう言って、仕込み杖を抜いた。
零落・一六八
直接やったやらないはどーでもいいんですよね!
とりあえずこっちはアンタを倒すのが目的なんでちゃっちゃと死んでください!
敵の攻撃はUDで回避
イリュウジョン?だったらボクも得意なんですよ、っと!
隙を突きながら野太刀による斬撃や毒使いで毒の塗ってある苦無を投擲したりしながら応戦します
正直、こういう恨みつらみの吹き溜まりってやつのがボクにとっちゃ居心地はいいんですよねえ
綺麗な場所なんかよりよっぽど
そう、そのはずだったんですけどね…
(脳裏に過ぎる黒蝶と揺れる黒髪に僅かに笑みを浮かべ)
まぁ腹八分目で十分です
月見はアンタを倒した後にさせてもらいますよっと
折角こんな遠い世界まで来たんですから

アドリブ絡み歓迎


ジンガ・ジンガ
知らね
てめェも同罪
少なくとも今日のコレに関しては同罪
てめェらのジジョーとか知らねーし
ソッチだってコッチのジジョーとか知らねーだろうし
オタガイサマってヤツっしょ

もう姿隠すとか離れて守るとかムリ
やってるヒマない
見切ってフェイントかけて
だまし打ちの2回攻撃叩き込んで
偽物ちゃん盾にして、武器落として地形の利用して
咄嗟に防いで
使えるモンは何でも使って殺し合い

翻ったマントは
脱ぎ捨てたコートをぶつけて相殺を
俺様ちゃん、基本的に自由でいたいヒトですので

何があっても自分とあいつだけは守り抜く
全力で
今だけは近くで

そうする資格も
その響きで呼ばれ続ける資格も
じんがには、ねーよ

だからきっと
サヨナラが
逃げるのが正解なんだ


松本・るり遥
こんな酷え暗がりで、人を誘き寄せる訳でもなく
綺麗なものを見せたいと思う程度には、無害だったんだ
あいつには

見たいもの、そっくり同意するよ
殺し合いや、汚い生死の境や
【劇場型犯罪】のような派手なもんでもなく

月や花、「当たり前」のものがいい
当前じゃなかったと、味わう瞬間は結構だ
引き立て役として死にたくなった気持ちを、悪臭を吸って消し潰す

Immortals.
全員治してやる
俺たちの願望は、そも戦う事でも
ーーシラを切りあう事でもなくて!
『さっさと帰って風呂に入りてえ!!!!』

平和に月の一つでも
見上げたい

仁牙

仁牙
資格も無いとか何様だぶん殴るぞ
逃げられて追い付けないか?
お前に散々護られた、ドブ塗れの手だよ!!!


夏目・晴夜
うわ、なんかくっそウザいですね……
ヒトの命を奪っておいてその態度
【目潰し】してやろうか、このアマ

蜘蛛の毒が残ってる方も多いでしょうし
後で心置きなくもっとたくさん褒めて頂くためにも
この戦いも一刻も早く終わらせてしまいたいところです

妖刀に【呪詛】を纏わせ、刺して斬って蹴りつけて
折を見て『憑く夜身』で操った影で敵を羽交い絞めにします
なんかすごーく気が立ってるみたいですけど、
私は動きを封じただけで私が殺すわけじゃないんですけどねえ

ハレルヤ的には、犯罪者を引き立てるものって
逮捕前に死んで逃げ切る事だと思うんですよね
あれ、つまりは望み通りではないですか!
よし、死ぬ前に我々の事を褒めて下さってもいいですよ!


芥辺・有
せめて花でもなんて泣かせるね
かわいいペットだったのかい
それともただの駒だったのか
まあ、何だっていいけど
月の光の一片も届かないところで
月に行きかったとはおとぎ話じみてるじゃないか
どういう理由か知らないけどね

一息に接近するようにして、足元を蹴り払い、杭を振るう
ほとんど気を引くための動きだし
当たらなくても、まあ、いいかな
他の奴らの援護にでもなるなら損でもないし
鼻は利かないが、第六感ってあるだろう
霊と本物を見極めるならそれで足りるか

攻撃で気を引きつつ、蹴飛ばす隙に先刻から流れた血を利用してカラスを喚び出す
辺りの暗さに紛れ込ませるようにして、死角からけしかけて
餌はそいつだけで充分だろう


新海・真琴
……ふざけるな
無辜の人をおびき寄せて、弄んで。その軽い態度
ヒトの姿をしておいて、ヒトじゃない言葉を……吐くなッ!

いけるか?ピンク色……私はいけるよ

【戦闘知識】をフル活用し、はなきよらで女の胴を狙って振りかぶる
マントでの攻撃やワイヤーロープの束縛は来る瞬間を見計らって、グラウンドクラッシャーを繰り出して衝撃で逸らす

劇場型犯罪を喰らった場合は、ヴェールに触れて自分の心を【慰め】て、精神を落ち着ける
周囲の仲間が引き立て役になろうとしたら【恫喝】で正気に戻す

【破魔】を乗せたグラウンドクラッシャーを、女本体に叩きつける!

私は桜の精だが……君の命を、慰めない
幸運さえ残っているなら生まれ変わってくるといい


ロカジ・ミナイ
いい話だねぇ、そうは思わないかい?
ドラマチックなあらすじで、慈悲に溢れていて
花と月が出てくる
煙草と酒が進みそうじゃないか

ウケる犯罪モノのベッピンの首謀者は
最後に死ぬのがテッパンなんだってよ
それも無残に
うっかり見逃しちまっていた脇役に殺される
続編に期待するのは野暮

ヤケに斬れ味のいい刃物ってのは
見ただけで分かるもので
反射光が刃の上を迷いなく走るから
僕もあんまり迷わない方だけどさ
見習いたいもんだよね
アッサリした綺麗なやり方を知らなきゃ
濁って散らかったやり方も見えて来ない
加減を知らなきゃ焦らし方も分かりゃしない


君も見たかったんじゃないのかね
骸の海への道すがら見えるかもしれないよ
行き方は知らないけど


アンテロ・ヴィルスカ
下手な芝居はそれでお仕舞いかな?
すまないが出来の悪い花畑や下水に消えた人間に、俺は興味はない

親玉の話は聞き流してフィッダ君に鼻栓でも詰めておこう
どう?鼻の感覚は戻って来たかな

仕込み杖には剣で応戦、細氷が見せる【残像】で翻弄する
複製した光の十字で翻るマントの軌道をずらし
押し負けそうならそのまま貫通させる勢いで
気は乗らないが仕事は確実に、だ
下水の中に念動力で銀鎖を潜ませて足元を狙う

おや、また無茶を…
感心しないな、自分を大事にしないと駄目だよ?
放られたバス停は銀鎖で絡めて回収

そのまま遠心力を利用してボスの頭をかち割る


フィッダ・ヨクセム
おいおい演技はもッと巧くやれよ
そんなんじャあ喝采の一つも来やしねェぜ?
ん〜…0点だな、笑えねェし
舞台がサイコーに最悪だ

あー…鼻血停まんねェ
垂れ流しッ放しでいいと思うとこだが
アンテロが気になるなら抵抗はしねェ
うーん、…すげェ血の匂いするわ!

代償的にはむしろ好都合
強引な怪力発揮したら、爪届かねェかな
一点集中して本体槍投げするか
手元に何もねェ方がラクでいい!
アンテロが苦戦するようなら暗殺する勢いで噛み付いて時間稼ぎしようか
怪我?はは、知らねェなァ
繋ぎ停めるは性分なんで!

なんでこんな事を、と考えねェ事もねェが…
ダメだ、くらっとする

手元に無い本体を、念動力で取り戻すには……難しいか
あとで救助すればいいな


アルバ・アルフライラ
貴様自身が手に掛けずとも
彼奴等を嗾けたのは貴様であろう
言い訳も甚だしいぞ、影朧

魔方陣を描く高速詠唱
召喚するは【女王の臣僕】
敵を包囲する様に広範に蝶を散開
決して逃さぬよう氷漬けにしてくれる
オブリビオンの成す事に心動かされる私ではない
そも、私を引き立て役にしようなぞ畏れ多いにも程があろう
不敬であると心得よと我が威厳を以て耐えてくれる

然し、分らぬな
貴様は何故月に、美しいものに執着する
――我々が殺した影朧に月を見せたかった?
この光すら届かぬ逢魔が辻で?
もしそれが本心ならば…やれ、致し方ない
取り出した月長石に魔力を注ぎ
輝くそれを宙に浮かべ、餞に
本物とは比べ物にならんが
せめて今だけは辻を灯す光にならん事を




 最上段からの、重い一撃だった。さながら、古い洋画の一場面のように。高台から地目掛け、細い片腕が振るったとは思えぬ仕込み杖の一撃が、轟音とともに爆ぜた。汚水の音と、ひどい臭いは健在だ。
 オブリビオンの斬撃をいなし、囲むべく猟兵たちは動く。囲まれては部が悪いのは承知のことだろう、オブリビオンは身を翻して跳躍する。オブリビオンが動く都度、濃い、甘い花の香りがした。
「ねえ、キミたちはさ、行きたいと思わないの、お月さま」
「生憎――っ『世界を渡る』のは慣れてるもんでねっ!! そのっ、うち! きっと月にも行けますよ!」
 零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)の一撃が、ごうと唸った。人型のオブリビオンは年端もいかぬ少女の顔そのままに――「いいなあ」と、そこらの茶屋で雑談に応えるように笑いながらそれを避けた。
「だからなのかな。生粋の旅人なのかもね、キミたちは……っていうか、ヒトが。どうして呼んでもいないのに、こんなところに来るのか解せなかったんだ、ずっと」
「そりゃアンタが、オブリビオンだからですっ、ねっ……! ……くそ、速いっすね」
 一撃に次いで、矢継ぎ早に斬撃を叩き込もうと野立ちを振るうも、人型の動きは疾風のようだった。サーカスの曲芸師よろしく数度のバク転を挟んで、人型は一等高いところに着地した。
「あはっ、いいね、それそれ。その『おぶりびおん』ての、この頃たまに呼ばれるようになったけど、好きなんだよねえ。ずっと……でもないけど、ボクあたし私は『影朧』って呼ばれること多いから。でも俺、あの呼びかたあんまり好きじゃなくてさあ。ね、ね、世界を渡るとかイマイチ想像できないけどさ! ねえ、キミたちは他に――」
「黙れッ!!」
 紛うことなく、怒号だった。
 新海・真琴(薄墨の黒耀・f22438)があげたその声はあらゆる怒りに濡れていた。影朧の――オブリビオンの視線がすうと冷えて、真琴を見る。ただその冷えかたは――気に入っていた毛布を奪われた子供のような、哀しさの滲むそれだった。
 しかし、それがなんだというのか。
「お前……ッ貴様、無辜の人をおびき寄せて、弄んで……っ」
「うん」
「喋るなッ!! ヒトの姿をしておいて、ヒトじゃない言葉を吐くなッッ!!」
「……うん、そうだね」
 気の抜けたように、至極、残念そうに――オブリビオンは、息を吐いて肩の力を抜いてそう応えた。
「そうだけど。――だって、仕方ないじゃない」
 オブリビオンのその言葉に、ジンガ・ジンガ(塵牙燼我・f06126)の肩が僅かに揺れた。
「――わたし、『影朧』なんだからさ」
 吐き捨てるように――『オブリビオン』は自嘲した。
 怒っていいのか悲しんでいいのか――笑えばいいのか解らないとでもいうかのような顔で、それがそう言ったところで、真琴はようやく戸惑った――が。
「さて、下手な芝居はそれでお仕舞いかな? ……はい、できたよフィッダ君」
「おう、さんきュ、アンテロ。別に俺様、鼻血くらい垂れ流しのままでも良かッたんだが」
「いやいや、鼻血そのままはちょっとね。気になるよ」
 アンテロ・ヴィルスカ(白に鎮める・f03396)とフィッダ・ヨクセム(停スル夢・f18408)とのやりとりが、オブリビオンの表情を断ち切った。あまりにものどかなやり取りに、毒気を抜かれたようにオブリビオンはふたりを見やる。アンテロはその様子に肩を竦めた。
「すまないが、出来の悪い花畑や下水に消えた人間に、俺は興味はない」
「だなァ、演技すんならもッと巧くやッてくんねェか?」
 ただその言葉に、酷く、どうしようもない哀しさで、それでも『そう思われること』に納得して――『オブリビオン』は、ぐしゃぐしゃに笑った。
「演技……はは、そうだね。うん……じゃあ、このまま!」
 ――『おぶりびおん』役、やるね。
 晴れやかに、綻ぶように咲くように、一度伏せられた顔が上げられたときにはもう――オブリビオンのそれではない、誰かの表情は、そこにはなかった。

 ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は低く走る。
「……僕はね、いや彼らを悪者にするつもりはないんだけど。花と月が出てくるだけでも――煙草と酒が進みそうないい話だと思うよ?」
「でしょでしょ! だってお月さまは、願いごと叶えてくれるからね!」
「願いを……っ、叶えるぅ?」
「そう……っだよ! 俺のあたしの願いごと! ワンコや細蟹ちゃんたちだって……っそうだったかもしんないのに、キミたちは何にも話聞かなかったねっ!!」
 切り結んで離れる。ロカジの一撃も、乱雑に足技と共に放つ反撃でオブリビオンは弾き返す。だが飛び退くことを許さず、更に押し込もうと体重を乗せたロカジの追撃を、オブリビオンは受けざるを得ない。柄を握るロカジの手には、血管が浮き出るほどに力が込められているのが、ともすれば夏目・晴夜(不夜狼・f00145)には見えたのだろう。援護となるように、晴夜は打ち込む。打ち込む。打ち込みながら――口を開く。
「さっきのはなんだったんですか、結局くっそウザい感じに戻りましたね。……どっちが本性ですか、一応聞きます。どっちにしても――殺しますけど!」
 そうして、晴夜の一撃が掠った。
「――っ、なにこれ!?」
「……おや、もしかして糸が見えるんですか? 面白いですね、『劇場型犯罪者』の目は。なかなかに。ではこのハレルヤ、僭越ながらもう少し……操り糸のサービス致しますよっ!」
 晴夜の、刃による一撃は言わばフェイクだ。柄を握りこんでいる彼の指先は、一本伸びている。
 それが声と共に増やされた。一旦は妖刀による攻撃も防御も捨て、晴夜の指先全てがオブリビオンを向く。直後、晴夜が何かを引き絞るような動作をした途端――オブリビオンの身体が、ぎゅっと何かに縛り付けられるのが見えた。
「ワタシが殺したワケじゃない――だっけ?」
 ジンガが音もなく、『いつも』の軽薄な笑みも何もなく――オブリビオンの間合いに飛び込んだ。
 が、一瞬遅い。
 糸の拘束をジンガの攻撃が当たるぎりぎりで解いたオブリビオンが、マントを翻して迎撃に転じる。
「……っ知らねぇよてめェも同罪だ。喉は焼けてるみたいだし目ん玉んなかクソほど赤いんだ気持ちわりィんだよわかるゥ? ――ッ早く死ねや殺し合いしてんだよお互いよォッ!!」
 眼前一面に広げられた『ただの敵』のマントに対し、最初から持っていないか、或いはかなぐり捨てた矜持のように、己の外套を脱いでジンガはぶつかる。
「てめェらのジジョーなんて知るかクソが! バチクソ御機嫌斜めよ俺様ちゃん! 見たくもねえモン腐るほど見せやがって、ほんっっ……ともう! ふざけんじゃねえよ死ね!」
「――っ落ち着けピンク色!! どうしたってんだ!」
 ひたすらに吠えて、何かへの恐怖を振り払おうとするジンガを、真琴が援護する。そのずっと後ろで、松本・るり遥(謳歌・f00727)はじっと、猟兵たちの攻撃を受け、防戦に傾きつつあるオブリビオンを見ていた。ひゅうひゅうと喉の奥が音を立てる。
 まだ、さっきの残りカスのような毒が腹の底に沈んでいる。残りカスのくせに、これがまたしぶとく、この場の猟兵たち全員に確実に蓄積されているのだ。いっそ吐き出してしまえればとも思ったが――とっくに腸壁からでも吸収されているころか。そう考えたるり遙は、どういうわけか笑えてきて、先ほどのオブリビオンのような誰かと――或いは誰かのようなオブリビオンと――似たような表情をした。
「こんなとこでもクソすんのは憚られるってのは……ああくそ、そりゃそうだ……俺だって、『当たり前』のもんが見てたいよ」
 ああ、でも。
 るり遙の喉が、またひゅうと鳴った。そうして咳き込む。
「……きれいなもんが見たくても。……きれいなもんが見たいなんて、願えなくなっちまっただけかもしんないけど、……違うか。当たり前のものが……きれいなもんなのか。……もう、よくわかんね……どいつもこいつも……俺も、馬鹿ばっかりだ、クソが……」
 目が霞む、そう思った瞬間にるり遙の身体が傾いだ。純粋な体力の限界だった――が。
「……もーちょい、頑張んな」
 芥辺・有(ストレイキャット・f00133)が、それを支えた。
「なんでお前みたいなのが――って言ったのは取り消すよ。……馬鹿みたいに足掻いて、ああ、確かにお前は――私と、こいつらと同じ『猟兵』だ」
 だから戦えと有は続ける。
 有の呼吸もまた荒かった。
「――お前に何があるのか。何がないのか。私にはわからないし、わかりたくもないけど。それでも、『猟兵』である意思は有るんだろう。なら――」
 せめて死ぬなよと有は言った。
 有の脳裏には、逆光のように焼きつく後ろ姿がある。たったいま、吸える部分がなくなって、口の中に溜まりつつあった血と共に吐き捨てた吸い殻ほどの価値もなかっただろう己を拾い上げた腕を、掴まれた手首の、熱さにまで感じるあたたかさを覚えている。
 呼吸を、ひとつ。
 一足飛びに有は飛び込む。穢れなど厭うものか。とうに知っているのだ、そんなことは。――そもそも自分は土塊と埃に塗れて生まれたのではないかと思うほどの、始まりだったのだから。
「……」
 鼓膜の奥がぼんやりと膨らんでいる。その感覚を覚えながらも、るり遙はそれを聞いていた。
 せめて死ぬなよ。
 その言葉はただ、いきていろよ、と、そう、聞こえた気がした。

「――月の光の一片だって届かないところで月に行きたかった、とは。まるでおとぎ話じゃないか」
 なぁ? ――有はそう語りかける。驚異的な反射力で、囁きとは真逆の苛烈な蹴りを腕を犠牲にして、オブリビオンは防いだ。直後、有の後方から幾千もの蝶が踊った。思わずひとつ、誰かが――恐らくはアンテロだろう――口笛が鳴らすほどに、その光景は美しかった。凍える蝶のはばたきは、今まさにこの瞬間、オブリビオンの動きを止める。
 そうして――アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)が口を開いた。
「――頭が高い。不敬であるぞ」
 星々の冷然たるまたたきよりもなお冷たく、アルバの瞳こそがオブリビオンを縫いとめた。
 その一瞬を、猟兵は逃さない。
 杭のように何かがまっすぐにオブリビオンの脇腹を貫く。
 ――バス停?
 ロカジはそれを認識し、即座にそれが投擲されてきた方向へと視線を流した。ぜえぜえと肩で息をし、耳からすら血を垂れ流しにしたフィッダが、爛々とした眼差しでこちらを見ていた。
「っ――!」
 行けと叫びたかったのだろうが、最早声が出ないらしいことをロカジは察する。
「そのうち僕の薬箱までヤドリガミになったらどうしようか――なあッ!」
 視線は、すぐに戻した。激痛はしっかりと感じるらしい。へえ、と頭のなかでほんの僅かに、確かに笑ってしまって――ロカジはバス停標識に縫いとめられたオブリビオンに打ち込む。
「……お前は、どうやら良くも悪くもナマクラだ。斬れ味のいい――刃物ってのは! 小細工なしに、光がまっすぐに滑るのさ! ねえ、何かに似てると……思わないかいっ!!」
 ロカジの戯れのような言葉に、血反吐を吐きながら少女の顔を歪め、オブリビオンは防御を捨てて跳び退り、自らの腕を広げた。
 瞬時、影が増える。が――。
「ダメだな、それじゃ。どれが本体か丸わかりだよ?」
 穏やかに、手品の失敗でも嗜めるようにアンテロは言った。強引に、突き刺さった標識ごと身体を動かしているそれこそがオブリビオン本体であることは、なるほど誰の目にも明白だ。
 だがそれでもオブリビオンの攻撃は苛烈だった。影とは言えども正に『分身』なのだろう。広げられたマントの内側から、爆風と共に凄まじい光が爆ぜる。猟兵たちが目を庇った瞬間、がらん、ばちゃんと腹から標識を抜き捨てた音がした。
「ああ……もう。楽しいだろうなあ、正義の味方、そう生きるのは!」
「は……笑わせますね。ヒトの命を奪っておいて、なんですか今度の世迷言は。――『犯罪者』と名のつくものの理屈というのはやはり常人には理解できないというものなのでしょうね、ええ、納得です」
 晴夜が吐き捨てるように言った。
 オブリビオンが血を吐いたのだろう汚らしい音を挟んで、それからこう聞こえた。
「そうだね、『常人』にも――あんたにも、キミにだってお前にだって――誰にだって、わかるもんかよ!! 私は――っ『かげろう』なんかに……っそんな儚いものでなんか、いたくなかった!!」

 絶叫のように血反吐とともに放たれた言葉を――それでも、そのまま受け取るわけにはいかないのだ。
 何故か。相手がオブリビオンであり、影朧であり――仮に直接手を下していなかろうと――誰かを死に至らしめたに違いはないからだ。
 如何なる理由があろうとも。
 この世界というものは――そういう風に、できているのだから。
 だがそれでも、心は動く。
 この、得体の知れない何かにも心があるかもしれないと、その可能性を知ってしまえば。
 攻撃の手こそ緩めず、ハルバードを振るいながら真琴が、ついぞ口を開いた。
「……っ、じゃあ、なんで殺した……ッ!!」
「だから……ッ!! ボクが……『わたしたちが』!! お前らが殺した獣も虫も!! 『影朧』でしかないからだよッッ!! だから殺すんだ! 食い殺すことから逃げようと……っ挙句逃げ込んだ先にまで――わざわざ無残に殺されに入って来るんじゃねえよ人間様ァッ!!」
 最早、その表情がなんのものであるのか。オブリビオンのそれであると――真琴は断じることができないだろう。これはヒトにあらずのたおすべくもの――その感情故だった、真琴の迷わぬ矛先が、僅かにぶれる。
「花を愛でたい、果物を食べるだけの獅子になりたい、訳もわからない、もう忘れた恨みの衝動を捨てたいって月にお願いするんだって言ったって……どいつもこいつも信じやしない!!」
「――これでも魔術に造詣が深い。月は願いを叶えると――さて、そう言ったな。知らぬようだから教えてやろう。願いを叶えるというのは、新月だ。……見えぬ月こそが宿願を叶える。貴様はそれを――どうも、履き違えているように見える」
 アルバが、オブリビオンの言葉に応えるように、そう言った。
 その言葉を聞いて――オブリビオンはゆっくりと目を丸くしてから、「うそだあ」と、子供のように笑った。
 瞬時、刃の擦れる音。重い一撃を真っ向から受け切ったオブリビオンの奥歯が軋むどころか砕けた音が、間近な者には聞こえただろうか。
「せっかく面白いんですから、興を削がないでいただけます――かっ!」
 アンテロに次いで、その逆方向から獣のようですらあるフィッダが、オブリビオンに飛びかかった。
 ヒトならざる牙で、ヒトならざるものの身体に喰らいつく。口のなかは、とっくに血の味しかしなかった。だから『バス停』は、このオブリビオンの味を解さなかった。
 ――血のにおい。味。
 ――なんで、どうしてこいつはこんなこと、を。
 そこまで考えそうになって、フィッダの視界が揺れたのは、毒がためか、濃い血のにおいがためか。それ以外のためか――フィッダにはわからない。
「俺、勝ちが拾えるなら割となんでもできちゃうタチなんだよね、オブリビオン君。だからよく聞くんだよ?」
 獣のように喰らいついたフィッダを引き剥がせないと踏んだオブリビオンが、フィッダ毎下がる。無視できない『分身』を相手にしている猟兵を傍目に、アンテロは『本体』を追う。
「さっき言ってたよね、『おぶりびおん』はいい響きだって。『かげろう』なんて儚いのはイヤだって。でも――」
 薄笑ったアンテロの言葉の温度は――ひたすらに、戦いを、狩りを喜ぶだけだった。
「素敵な響きの『おぶりびおん』にはね、『忘れられること』って意味もあるんだよ。覚えたかな?」
「まっ――」
 真琴が声を上げるより先、ふっと、本当に一瞬、オブリビオンの力が抜けた。すぐに構え直そうとしても、その一瞬は命取りだった。その刹那の一閃を。アンテロの攻撃を受けて――本当になお、まだ生きているのが不思議だった。
「……ねぇアンタ。こういう掃き溜めに慣れた奴らと、本当に『殺し』に慣れた奴らと……戦ったこと、さてはないでしょう?」
 一六八が斬りかかりながら言う。
「きれいな場所なんかよりよっぽどね、慣れてんですよ、ボクらは。――でも、」
 ふと、一六八の目元が緩んだ。
 その眼差しが、己に向けられているものではないとは、オブリビオンとてわかっただろう。
 だがそれでも、あまりにも一六八の瞳が一瞬、優しく微笑ったものだから。オブリビオンが、影朧がヒトではなくとも、その視線の先にあるものが、とてもきれいなものだと――解るのだろう。
「……なんだ。キミだって、……キミたちだってきれいなものがすきなんじゃない」
「……アンタに同調すんのは悔しいですけど、そこだけは認めます」
 オブリビオンの表情が、――ヒトのそれに寄った。
 それでも一六八は、そのまま野太刀を振り切る。
「はぁ、もう……ずるいなあ、よかったね、キミたち。……ねえ、ほんと、楽しそうで、何よりだ。思うように生きるのは……楽しいでしょう? ……うまれたときからの、正義の、味方さん」
 最早、傷と呼ぶことすら難しい。
 裂け、割れ、爆ぜ、砕かれ、それでも尚生きているそれこそが、相手が『オブリビオン』である証左だった。
「ごっちゃごちゃうるせえって言ってんでしょ……じゃあなに、ソッチはコッチのジジョーを汲んでくれんの? くれないんでしょ知ってる〜」
 ぜえぜえと呼吸の合間に嘲うようにジンガが言った。
 動けば動くほどに、毒が回っている。――それはジンガ以外にも同じこと。膝で立っているのがやっとな晴夜は、それでも不可視の操り糸を離さなかった。そのおかげで――『オブリビオン』はついに膝をつく。
 ジンガが得物を振り上げる。
「誰でも、相手が誰でもさ、『俺様ちゃん』殺されんのはダメなんだわ。だからサヨナラしような」
 ――振り下ろして、これにて閉幕。
 そう思っていたというのに、振り下ろしたはずの腕がいつまでたっても振り下ろされない。ジンガは手首にじんわりとした痛みをようやく感じ、朦朧とする意識と視線を、ゆっくりと己の腕を掴むそちらへと向けた――と同時に、無言の頭突きがきた。
「っづ、ぁ」
「グゾ痛……テ、じん、……が」
 本当ならるり遙はもっと、「ツノが硬えんだよこのクソ野郎」から始まる、溢れんばかりの悪態を吐き散らしたいのだろう。だが、すぐに、ぜは、と命すら吐く音がした。それとともに、声にちからが乗っているのが――確かにジンガにはわかった。
 いまの「じんが」は「仁」の文字だと――わかってしまう。
「――っ、」
 思わず名を呼びかけたところで、邪魔だとでも言うように、ジンガは押しのけられた。
「おれ、だちの、がん、ぼ、なんて、」
 るり遙は音と、血を吐く。ジンガは、己の手首をきつく握って止め、あまつさえは頭突きを一撃持ってきたるり遙を信じられないものを――信じたくないものを見るような目で見たが、るり遙の目は、霞んでこそいてオブリビオンを見ていた。
 喉が痛い。肺が痛い。耳が痛い。目が痛い。鼻が痛い。ありとあらゆる箇所が痛いし熱い。それでもしぼり出せとるり遙は自分の身体に命じる。先ほど己を支えてくれた有の姿も探したかったが、範囲にいると信じるしかない。
 ――俺たちの願望なんて、そもそも戦うことになんてなかった。
 そんな前置き、している余裕などもはや無い。
「さっざど帰っッで、風呂に、は、ぃりでえ、っ!!!」
 このどうしようもなく汚物塗れの心を身体を、湯で清めたい以上の望みがあるだろうか。
 きれいなことなど、ここには結局存在できないのだから。

「……おしえて。わたしは、……わたしをちゃんと殺してもらえるまでに、あとなんかい、しねばいい?」
 るり遙の『声』のちからが収縮していったのち、その声に応える猟兵はいない。
「……いっか、どうせ、次の『わたし』は、もう、――わたしじゃ、ないんだろうし……」
 それこそ、『そもそも』、もう勝負はついていたのだ。ただかろうじて生きているオブリビオンと、かろうじて生きている猟兵たちがいて――猟兵たちは一様に、るり遙の「願い」に無意識に共感した。だから――癒えた。
 身につけているものはボロ切れ同然で、汚れに汚れて、それでも、『オブリビオン』たる、『敵』たる己を囲み、見下ろす猟兵たちを見上げて目を細め――
「……ああ、いいなぁ」
 そう、かげろうは笑った。
 アルバが手向けに作り上げた、魔術による、下水道にぽっかりと浮かぶ、眩い満月すらも恐らくはもう、見えてはいない。
 新月は、見せられない。ならばと、思ったが――無為に終わったことを知り、アルバはただ視線を伏せた。
 真琴は拳を握りしめている。――どう許せばいいのかわからないうちに――時間切れだった。
 フィッダは『バス停』を、己自身を拾い上げて首を鳴らした。意識が血濡れ毒塗れのとき、何かを思った気がしたがと首をかしげる。それでも、もう思ったことをは遠かった。
「……あと、じんが。……てめぇは、まじで、にげんな、……もう、つかれたから、あとで、なぐらせろ」
「……それさァ、俺様ちゃんのこと殺す気なんじゃないのぉ」
 るり遙は実際疲れ切っていたし、だからジンガはこの場を逃げ切ろうと笑おうとして――。
「そう、だよ。……そのふざけたクソ野郎は、俺が、殴って、ころすわ。だから、……仁牙、おまえ、も……」
 結局、笑い損ねた。「殴り返すかもよ」とだけ応えたら、もうるり遙は意識を手放していた。
 アンテロは一瞬だけ底冷えした表情を貼り付けて――それから、バス停らしく棒立ちをしているフィッダの元に歩いて行った。帰ったら何を食べに行こうかと、そんな軽い話をするつもりだ。
 晴夜は複雑そうな顔をしていた。――このまま誰かに褒められたとして、それを素直に受け取れるかどうか――初めて、喉につっかかるような心地を覚えていた。
 帰ろうよ、と言うと同時に、有は帰還の支度に入る。それはそうだ。一刻も早く、何よりも――汚れを、穢れを落としたい。いまの彼女には――それができるだけのちからがあるのだから。
「色男、帰らないの?」
「……ぇえ? ボクがですか? ヤだなー! でも、そうですね」
 一六八は、有の呼びかけに至極快活に笑った。お月見をしていくつもりだったんですけれど、そう言って、一六八は砕けた少女の顔を見やる。ただもうそのかんばせはぐずぐずで、塵として、汚水に溶けていたから――一六八が見たのは、結局ただの汚水だった。
 ロカジは、その場にどっかりと座った。汚水が跳ねる。とっくにどうしようもない状態の着衣が、更に汚れるが厭わない。
「……なんだ、あるじゃんマッチ」
 携帯用の薬箱。その奥の奥に、マッチ箱は挟まっていた。どおりでさっき見つからないはずだとロカジはひとりで笑った。
 手持ちの煙管に葉を詰める。マッチを擦る音。マッチの燃える匂い。手向けにも、相変わらずのひどい臭いを消すのにも、この煙だけでは到底、足りないだろう。だからこれは――そう。
 月が出ているから、ただ進んでしまうだけの一服だ。
 ああ、破傷風なんかも気になるから、帰ったらひとまずみんなの調子でも診てやろうかなとそこまで思って――ロカジはようやく、思い出したように煙管に火を入れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月10日


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#サクラミラージュ
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#逢魔が辻


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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠鏡繰・くるるです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト