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踊るフィロソフィカル・ブルー

#UDCアース

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#UDCアース


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 それは、何の変哲もない恋愛アドベンチャーゲームだった。少なくとも少年にとっては。全然知らない会社の、全然知らないゲーム。青薔薇の散ったパッケージが目を引いたから、買った。乙女ゲームだったけれど、黒いドレスを着た主人公の女の子が凄く可愛かったし、少女漫画はそれなりに好きな性質だったから。
 結論から言えば、結構面白かった。全キャラ全ルート遊んで、エンディングをコンプリートするくらいには。
 だから彼は、ある日ネットでその噂を見つけて、「そんな馬鹿な」と思ったのだった。

 ――あのゲームには、隠しルートがある。
 ――その隠しルートをクリアした者は誰もいない。
 ――何故なら、そのルートに辿り着いた者は皆、凍り付いたような石像になって死んでしまうから。

 くだらない噂だな、と思った。だって、少年はそのゲームの全テキストを読んでいたはずだけれど、どこの攻略サイトにも、ゲーム情報誌にも、公式ホームページにだって、そんな情報はなかった。少し調べればわかることだ。なのにどうしてか、気になってしまって――少年は、他の情報を探した。

 ――エンディングはどれでもいい。けれど、入るルートは慎重に選ばなければならない。
 ――隠しルートへ入るためには、攻略の順番があるから。
 ――それは、

「……それは、何だよ」
 ぼやいて、少年は、スクリーンショットの情報を見直す。書き込みはそこで途切れてしまっていて、二度と同じ奴が書き込みをすることはなかった。所詮匿名掲示板のガセか。そう思いながらスマートフォンを放り出し、少年は、携帯ゲーム機の画面に向き直る。
 隠しルートの情報を見てから、早一週間。ブログも掲示板も攻略サイトも全部見た。それなのに、どうやっても、順番だけが出てこない。
 こうなると、最早ゲーマーの意地だった。
 今日は土曜日だし、徹夜でやれば、日曜には全部総当たりできるな。そう考えて、既に深夜二時。
 何度目かわからないエンディングロール。これが終われば、またタイトル画面だ。半ば作業じみてきた操作で、ベッドに転がったまま、少年はムービーをスキップして――そのダイアログを、見た。

『隠しルートがアンロックされました』

「……お、おおッ!?」
 叫んで、飛び起きる。今、俺、どの順番でクリアしたっけ!? メモ、メモは。ああくそ、途中で面倒くさくなって取らなくなったんだった。自分の杜撰さに舌打ちしながら、少年は興奮に震える手でタイトル画面から、『SECRET』と書かれた見慣れぬメニューを選ぶ。モノローグのムービーが挟まって、メッセージウインドウが開く。知らないテキスト――これは、本当に。メニューが出たので、とりあえずセーブ。
『ここへ辿り着くまでに、君は何度も試行錯誤を繰り返しただろう』
 ほんとにな。そんなことを思いながら、少年はテキストを進める。
『考えることは、大切なことだ――それ故に、私は君に問おう。ここまで思考を巡らせ続けた、君にこそ、私は問うのだ』
 不意に。
 本当に突然、部屋の中に薔薇の香りが充満した。驚いて画面から顔を上げると、
「……だ、誰だアンタ……」
 青い――青い薔薇を、丸いガラスの頭部に泳がせた、スーツ姿の男が……いつの間にか、少年の目の前に立っていた。
「私が誰か? その質問は中々に面白い。それならば私はこう答えよう。私はエマール・シグモンド。ミスタ・シグモンドでも、エマールでも、自由に呼びたまえ」
 わけがわからなくて、少年は沈黙する。何だ、何が起こっている? 最近はVRとかARなんかもあるけど、これはそういうゲームじゃなかったはずだ。
「さて、私の質問はただ一つ」
 男が、ステッキで床を叩く。
「君は、己の選択に、自分が在ると思うか?」
「は――え、じ、自分……?」
「君は今、その遊戯を嗜んでいただろう。その中で、君は何度も選択を迫られた。何度も、何度でも。人生でも同じだ、君は常に決断を迫られる」
 そこに、『自分』が存在すると思うか。男は再度、そう問うた。
「あ、あるんじゃ……ないか?」
 呆然としながら、少年は答える。よくわからないが――よくわからないなりに、そうなんじゃないか、と思ったのだ。
「それは何故?」
「な、何故って」
「君のその選択が、『何かによって選ばされている』のではないと――何故言える?」
 そんなことを言われたって、わからない。考えたことがない。思考が空転して、指先が冷える。奇妙な感覚にそちらを見――そして少年は、悲鳴を上げた。
「なッ、なんッだ、これ……ッ!」
 少年の体が、末端から、白い『何か』へと、凍り付くように変貌し始めていた。
「答えたまえ、少年。それしか助かる途はない」
「わ、わかんねえよ! そんなの考えたことない!」
 音もなく、体が白い塊へと変わっていく。もう手も足も動かない。
「思考を止めるのなら、君は物言わぬ彫像と同じだ。私はどちらでも良いのだがね。その遊戯に仕込まれた呪いが、君を石へと変えるだろう。断っておくが、これは私の意思ではない。だが、残念ながら生憎止める手立ても持たないのだよ」
「そんな――」
「さようなら〈アデュー〉だ、少年。これはきっと、永遠の別離なのだから」
 男の声を聞きながら――。

 瞬きをする間に、少年は、石膏像へと変貌していた。

 ●

「こういうものを、哲学と言うのであるかな」

 オレは詳しくないのでよくわからんが。間延びした声音で、葛籠雄九雀はそう言った。いつものように気の抜けた調子である。

「どうやら、思考を止めると彫像になる呪い――というのが、ゲームに付与されているらしいのであるぞ。しかし、当のゲームの現物が一切手に入らん」

 そも、会社が『存在していない』のだ。ならばインディーズかと予知の少年がそれを手に入れたゲームショップに問い合わせてみても、そんなゲームの入荷予定はないと言う。

「被害者は確かに存在しておるのであるがな……」

 ゲームだけが見つからぬ、と九雀は背を丸めたまま首を傾げ、頭を一つ掻いた。
 発見されたプレイヤーたちは皆、学生だった。彼らは今、皆一様に『学校の石膏像』として飾られている――誰も、それをおかしいとは思わないまま。

 それが在る現実に、誰も疑念を持たない。

「つまり思考停止、ということなのであろう」

 認識が阻害されておるのかな。呟くように言い、ふうむ、と一つ疑問の唸りをこぼすと、九雀はどうにか背を伸ばして、集まった猟兵に顔を向ける。

「申し訳ないのであるが、石膏像についてまずは調べて来てもらえんであろうか? 被害者の家を調べても、UDC組織の方ではゲームを『見つけることができなかった』のであるが――猟兵ちゃんたちなら、どうにか見つけることが出来るかもしれん」

 可能であれば石膏像の解呪なども頼みたい、と付け加えてから、九雀はその長躯を折り畳むように頭を下げた。

「それでは、どうかよろしくお願いするのである」


桐谷羊治
 なんだかポンコツなヒーローマスクのグリモア猟兵にてこんにちは、桐谷羊治です。
 六本目のシナリオです。何卒よろしくお願いします。

 予め断っておきますと、哲学は好きですが詳しくはないです。ご了承ください。

 そういう訳で、第一章では乙女ゲームを探し出したり、石膏像を解呪していただいたり色々していただければと思います。

 第二章ではどうにかゲームの隠しルートを見つけるなど色々していただくことになると思います。第三章はボス戦です。

 心情があれば書きます。なくても大丈夫です。バトルはいつもの通りです。

 未だ新米若輩MSではございますが、誠心誠意執筆させていただきたく存じます。
 よかったらよろしくお願いします。
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第1章 冒険 『学校の怪談 増えている美術室の石膏像』

POW   :    わざと被害にあって真相を突き止める。

SPD   :    現地で潜伏したり遠隔で観測したりして真相を突き止める。

WIZ   :    噂話など情報収集から真相を突き止める。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

レッグ・ワート
混乱してる奴に生体の哲学とか頭回す邪魔してないか。

先ずは組織に被害者と設置場所について教えて貰う。でもって石膏像撤去だか入替のお知らせでの関係部員人払いや、像解決できた際の引継ぎも頼めたら助かるぜ。
学年や地域が偏ってれば電子方が取りこぼし回避に使えるし。手放したり無くした奴がいればゲームに出くわす条件絞れるかもだ。挑戦中の奴いたら止めに行きたいしな。にしても会社無くて情報誌はどう話聞いて誰が公式HPは更新してんだ。
もし学校に人手要るなら呼んでくれ。フィルムの出力調整で慎重に扱える。解呪が出来た時は状態確認で情報収集して、引継ぎまでに必要な処置にかかるよ。……解呪でゲームドロップしたら楽だよな。


玖篠・迅
哲学かあ
正直俺もよくわからないけど、石膏像にされた人たちをなんとかしないとだよな

石膏像のあるとこに入れるように、UDC組織に協力お願いしてみようか
だめだったら目立たないようにこっそりか生徒として忍び込んでみるな
猟兵でも石膏像見るのが難しいなら「第六感」でなにか感じる方見たり、
「破魔」とか「呪詛耐性」で認識阻害の対策するな

ゲームに呪いがって話だし、石膏像の手元のあたりから見てくかな
呪いがどんな状態か調べていって、形代に呪いを移せそうならやってみる
移せれば安全に呪いを解けそうなんだけどなあ…
だめな時は「破魔」で解呪してみるな
月白も一緒に使ってなるべく石膏像と人に負担がかからないようにがんばってみる



 
「……暑いなー」
 とある高校の敷地、そこに設けられた駐車場で一人、でろん、とした調子でそうぼやいたのは、玖篠迅である。現在気温はゆうに三十度を超えており、少年の、僅かにあどけなさを残す整った顔立ちは僅かに赤くなっている。暑い、と迅はまた小さく呟いて、UDC組織が作ってくれた日除けの下で、折り畳みの椅子に座り、同行者であるレッグ・ワートが帰ってくるのを待っていた。
 根回しを済ませたUDC組織の職員と共に彼が高校の教員たちの下へと『石膏像入替の業者』として話をしに行って早三十分。普段なら簡単に待てる時間ではあったが、この炎天下の中では流石に堪える。レグとUDC組織から渡された保冷剤は既に半分ほど溶け、スポーツドリンクも既に二本目を飲み始めていた。時折吹く風が比較的涼しいことだけが救いと呼べる状況である。
 人払いを済ませた敷地は、夏休みであることも相まって、殆ど無人だった。万一見つかっても怪しまれぬよう迅も夏用制服を着てはいるが、そんな彼を見つける者はどこにもいない。
 しゃわしゃわと、校庭に植わった木で、沢山の蝉が鳴いていた。
 ――哲学かあ。
 溶けた保冷剤を頬や額に当て、ささやかな涼をとりながら、迅は頭の中でそんなことを思う。詳しくないのでわからない、とここへ送ってくれたグリモア猟兵は言っていたっけ。それは実のところ、迅も同じだった。けれど――
(……石膏像にされた人たちをなんとかしないとだよな)
 この高校での犠牲者は一人、女の子だ。名前は、確か高田由美と言ったか。彼女がいたクラスには、空いた席が一つ、今置いてある。だが、もう一ヵ月もその状態であるらしいのに、先生も、それどころかクラスメイトですらも、『彼女がいなくなったことを認識していない』のだという。まるで最初からその席は空席であったのだとでも言うように、それが自然なのだと言うように、空席を受け入れているのだ。
 つまり――その女の子は今、『どこにもいない』。
(それがわかるのは、外の、異変を『観測』できる人たちだけ……って言ってたっけ)
 呪詛によって作られた『箱』の中の人間には、自分たちがどのような状態になっているのかわからないのだという。UDC組織の職員の説明を思い出しながら、迅はスポーツドリンクをまた飲み下す。だから――組織や、猟兵が必要なのだ。そして石膏像の解呪は、猟兵にしかできない。
(なら……俺も、頑張らなきゃな)
 と、そこで丁度、レグが職員たちと共に帰ってくるのが見えたので、迅は保冷剤を握ったまま、椅子から立ち上がった。そうして彼らへ向けて手を振ると、相手も手を振り返してくれる。陽炎立ちのぼる炎天下のアスファルトを、ウォーマシンは些かも顔色を変えず歩いていた。
「待たせたな、玖篠。体調は……うん、悪くはなさそうだな」
「もらった飲み物は結構飲んじゃったけどな」
「いいんだよ。飲み物なんて飲まれるためにあるんだから。どんどん飲め」
 そんな会話を交わして、「これほど時間がかかるとは想定外で、本当に申し訳ございません。これなら車の中でお待ちいただくべきでした」と蒼白な顔で何度も頭を下げる職員をどうにか宥めてから、石膏像があるという美術室へ、レグと共に向かう。
 入った校舎は――どこか嫌な気配がした。思わず立ち止まった自分に、ウォーマシンも足を止めて、振り向く。
「……何かわかるか」
 レグの質問に、迅は困ったように眉根を寄せた。
「ううん……なんて言うかな……悪意、じゃないと思うんだけど……」
 ただ、物凄く気持ち悪い。纏わりつくような、カーテンの隙間からじっと眼だけが向いているような、真綿で首を絞めるような――呪い。
(何なんだろ、これ)
 この感覚を言い表す言葉を、迅は持たないような気がした。執着とも違う、だが憎悪でもない。勿論憤怒でもない。恐怖、絶望、自棄、切望。そのどれも当てはまらない。
 それなのに、それは間違いなく、『呪い』なのであった。
「……ごめん、やっぱりわかんないな」
 正体不明の感覚に首を傾げる自分へ、レグが、「そうか」と言う。
「それなら、現物を一度見てみるしかないか」
「うん――それが一番、いいと思う」
 頷いて、レグと二人歩き出す。
 件の美術室は、然程遠くなかった。渡り廊下を抜け、新校舎の三階、その突き当たりに、その教室はあった。念のため、破魔の力を用いて扉と、力が届く範囲の内部を清め、預かった鍵で開けてみれば――先程よりも濃密な、呪詛の気配。
「……これは俺にもわかるぜ。なんだこれ」
 第一、今玖篠が多少なりとも清めた直後のはずだろ。レグがそう警戒するように呟いて、中を覗く。
『ねじくれている』。
 そう称するのが、おそらく最も正しかった。認識が、空間が、存在が。目に見えない形で――ねじれ、押し込められ、そこに在る。
 その中に、一つだけ、パジャマ姿の女の子が……真っ白な彫像として、立っていた。
 迅も、そしておそらくレグも、呪詛に耐性を持ってこの場所へ臨んでいるからこそ、それがこれほど明確にわかるのだとは容易に知れた。
「ここの生体こんなとこ出入りしてんの? マジか」
「ううん……流石に、ここまで呪詛が滞留してるのは、理由があると思うんだけどな……」
 ゲームに呪いがって話だし、石膏像の手元のあたりから見てくかな。夏の熱気よりも濃い呪詛の中を、迅は石膏像へと近付く。こちらへ背を向けた形で凍り付いた女の子の、正面へと回ってみれば、その顔は――驚愕を浮かべたままではあったが――確かに、最初組織の職員から見せてもらった、高田由美のものであった。その痛ましさに胸が締め付けられるような思いを抱きながら、迅は、彼女の手元へと視線を移し――『それ』を見つけた。
「……解呪でゲームドロップしたら楽だよな」
 そんなことを言いながら、続いてやってきたレグが、迅に次いで彼女の手元へその顔を向け、「……いや、そんなに本気じゃなかったんだが」と、困惑したような声をこぼす。
 ――石膏像と化した高田由美、その手には、携帯ゲーム機が、しっかりと握られていた。
「ええ、本当にこれか?」
「多分。この部屋がこんな風になってるのは、これのせい……だと思う」
 漠然とした邪気が滞っているから、中心を把握しきるのは難しいが、『いっとう気配が強い』のは、間違いなくこのゲームだ。迂闊に触らぬよう注意しながら、迅は彼女とゲームの状態を調べていく。もし形代に呪いが移せるならば、安全に呪いが解けそうだと思ったからである。だが――
(だめだ。『ゲームを持ってる』から、『移しきれない』な)
 しかも、居る場所が悪い。教室の呪詛が強すぎて、そちらにまで形代が反応してしまう。斯くなる上は、破魔の力と月白の力を借りる他ない。
「――頼む」
 そう小さく呟くようにして集中すれば、現れるのは、真っ白な一羽の鳥。羽搏く月白は、囀りもなく、癒しの力と共に軽やかに石膏像へと近付く。それを助けるように、迅も霊符を取り出すと、それに破魔の力を込めた。
(……なるべく石膏像の人に負担がかからないように……)
 神経を研ぎ澄まし、月白と一緒に、女の子の呪いを解いていく。破魔の霊符が、ビリビリと痺れるように震えていた。
 最初に、人の容を取り戻したのは、彼女の髪の毛だった。ポニーテールにされた髪が、石膏像の呪縛から解き放たれ、たらりと落ちる。それを皮切りにして、末端から、元に戻っていく。かひゅ――と、高田由美の、喉が息を吸い込む音がして、携帯ゲーム機が、床に落下し――ようとしたのを、レグが迅速に拾うのが見えた。ゲーム機の電源は、まだ、ついている。ゲームと思しき画面も、そこに映っている。それを迅は、視界の端で捉えた。
 ――それは、あまりに突然だった。
 頭の中へ直接響くようにして――あまりに『強い』、声。

 だから。
 だから、私は、『死んだのだ』。

 ……時間にすると、きっと、三分もなかったと思う。けれど、女の子が元に戻り切って、倒れる前にレグの腕へと収まった時――迅もまた、疲れ果てて膝をついていたのだった。

 ●

「えーと? え、キミらが、えっと、助けてくれた? の?」
 保護してくれた職員に囲まれながらも、完全に混乱して、事態を飲み込めていないらしい少女に、レグは内心でやっぱりなあ、などと思う。
(混乱してる奴に生体の哲学とか頭回す邪魔してないか)
 今、彼の目の前には、絶賛混乱中の生体が居るわけであるが、この状態の生体に難しい質問をして、返答など出来る訳が無いだろうとレグは思った。例えば、この場合やるべきことのパターンなど、殆ど決まっている。
「そうだな、それで合ってる」
 まずは認識の肯定。
「このゲームの呪いで、石膏像になってたんだよ」
 次に原因を教える。
「だから、俺たちが――ってか、こっちの玖篠がそれを解いた」
 最後にもう一度現状の説明。
 大体、これくらいだ。レグの言葉を聞いた高田由美が、まさか、と訝しげにするが、日付や自分の格好を見て、何とか『信じられないが、否定する材料もない』と判断したらしい。人好きのする笑顔を浮かべた迅に、「なんかよくわかんないけど、ありがとう」と微笑んでから、先程までよりは幾らか冷静を取り戻した表情で、「貴重なわたしの夏休みが……」と切なげに職員のスマートフォンに表示されたカレンダーを見ていた。
「でも、ゲームの呪い、ってのがよくわかんないんだけど。わたし、ほんとにゲームやってただけだよ? それに今入ってるやつ」
「隠しルート、ってのを探してただろ」
「隠しルート? ……」
 一瞬だけ、少女が考え込む表情を見せる。だがすぐに、閃いたようにレグと迅へと視線を戻した。
「やってた! そしたら、変な男? なのかな、頭が、なんか金魚鉢みたいになってる人が出てきて……まあそこまでしか覚えてないんだけど……」
「その隠しルートに辿り着いた順番はわかるか?」
「順番? ああ、攻略順ってこと? 勿論わかるよ!」
 これでも暗記は得意なの。朗らかに答えた少女に、レグは迅と僅かに顔を見合わせる。
「教えて欲しいんだけど、大丈夫な?」
「え? 全然いいよ」
 迅の問いにも、少女はあっさりしたものであった。職員から紙とペンを渡された少女が、すらすらとキャラクターのものと思しき名前を連ねていく。
「あれね、公式サイトにヒントがあるんだよ。ソースコードの中にさ、コメントアウトで、キャラの裏設定みたいなのがちらほら書いてあんの。情報誌にも、そんなの書いてないからね。それ見つけた時、わたし超嬉しかったんだぁ」
 そんなことを言いながら、高田由美は、笑顔で『存在しない』会社の公式HPの話をする。彼女の話を聞く限り、現物はあるようだが、果たして。
(……にしても、会社無くて情報誌はどう話聞いて誰が公式HPは更新してんだ)
 全部UDCがやってんのか。
「その公式ってやつのURLはわかるか?」
「えー、それは流石にわかんないかなぁ。あ、でも多分、調べたら出てくるよ」
 待って、今出したげる。そう言って、少女が職員のスマートフォンのブラウザを出して、『検索の欄ではなく、URLの欄に』文字列を打ち込む――それは、覚えていないと言った、『URL』と思しき英数字の羅列だ。程なくして、満面の笑みを浮かべた彼女がこちらへ見せたのは。
「これこれ! お洒落でしょ」
 サーバーが存在しないという表示の、ページであった。
「……そうだな。お洒落だ」
 とりあえず肯定してから、レグは迅に目をやる――同じことを考えていたらしい少年が、既にこちらを見ていた。
「高田由美、だったよな?」
「うん? そう。どしたの?」
「悪いが、もうちょい軽く調べていいか? ま、健康診断みたいなもんだ」
「結構元気だけど……」
 でも石になってたんだし仕方ないか、と、少女が了承する。
(――精査といくか)
 状態確認〈スキャニング〉にて、レグは高田由美の肉体を精査していく。肉体には――問題はない。眼球も、脳も、神経もすべて、正常だった。であれば――彼女の認識を歪めているのは、何か。
 決まっている。呪いだ。
 少女の背後へ回った迅が、破魔の力を込めた霊符と、白い鳥で、少女の呪いを更に深くまで解いていく。
 あぁ、と。
 高田由美の喉が、絞られるように悲鳴を上げた。金切り声にも似たそれに、職員たちが怯む。そのままふっと糸が切れたように倒れ込んでくる少女を、出力調整したフィルムで慎重に抱き留めて、痙攣するその体を、もう一度状態確認で診る――良し、肉体に問題はない。倒れこそしたが、少女の顔も、安らかである。迅が、安堵したような顔で、息を吐くのが見えた。
「呪いが二重になってた?」
「そうみたいな。驚いた」
 ゲームを手に入れるところから――認識に干渉する呪いは始まっていたということか。この分だと、情報誌ってのもあてにはできないな、とレグは思った。
「これで最後かね」
「うーん……ちょっと詳しく確認してみるな」
 そう言って、気絶した少女を、迅が検分していく。しばらくして、迅が、「今のところ、何も見つからないな」と答えたので、レグは抱き留めていた少女をゆっくりと抱き上げ、職員たちの方へ向いた。
「大丈夫そうってことだし、一応、そちらさんに引き継ぎを頼んでも大丈夫かね」
「は――も、問題ございません!」
 もしかして新人なのか。そんなことを考えるくらい緊張しているらしい職員たちの一人に、少女を引き渡す。
「今メモは手に入れたから、記憶処理はしてもらって大丈夫だ。後、URLを打ち込んでたろ、あれ調べてもらえるか? 出てくるかわからんが、万一アクセスしてる奴の学年や地域が偏ってれば、電子方が取りこぼし回避に使えるし」
「わ、わかりました」
 吃音交じりに返事をする職員に一つ頷いて、レグは続ける。
「それと、もしそん中で、『アクセスしてるけど石膏像になってない』って奴がいたら、『手放したり失くした奴』ってことかもしれん。そういう奴がいれば、ゲームに出くわす条件絞れるかもだ。『手に入れて』助かってるんだからな。教えてもらえ次第、俺ももう一回行くよ。挑戦中の奴いたら止めに行きたいしな――、と……」
 完全にパンクしたような顔で、職員は硬直していた。それに気付いたらしい、先輩と思しき別の職員が、「聞いてたか?」と呼びかける。
「あっ、えっ、聞いてました!」
 びくっと体を震わせる職員を、レグは何気なく観察し、ついでに状態確認をする。
「……ちょいと脱水気味だな。体温も上がってる」
 えっ、と驚いた顔をする職員に、レグは救護パックの中から先程迅が飲んでいたような経口の補水液と、保冷剤を取り出すと、手が空いていた先輩職員の方へと、数セット渡した。
「やるよ。余分に渡しとくから、使いだけ使ってくれ」
「そ――そんな、いただけません」
「ああ、違う違う。善意とかじゃなくて。倒れられたら困るんだよ」
 仕事増えるし、そうなると流石に放っておけないし。そんなことを表には出さずに思いながら、レグはスリープモードになったゲーム機とメモを、職員から受け取る。
「それで、引き継ぎについてはオーケーか?」
「はっ、はい、大丈夫です」
「そいつは良かった。今回は、暑い中付き合ってもらって悪かったな。助かったよ」
 実際、今日業者だと話を通しに行った時も、レグより職員たちの方が余程信頼されていたのだ。時間がかかったのは、今日になって突然教職員が調査を渋り始めたせい――事件には関係なく、単に生徒の親などから何か嫌がられたためらしい――だったのだが、それを三十分で切り上げられたのは、彼らの手腕によるところが大きかったろう。
「体は大事にな。肉体壊れても、生体、部品すぐには取り換えられないんだから」
 はい、と返事をする職員に一つ手を上げて、迅と一緒に出て行こうとするレグを、職員が呼び止める。
「すみません、お伝えすることがあったのでした――そのゲームは、邪神が召喚されるとのことでしたので、こちらで場所をご用意しておきました。他の猟兵さんもそちらへご案内しておりますので、お二方も、そちらへ向かってください」
「ああ、そりゃありがたい。どこで調べるかなと思ってたところだった」
「それでは。今日は本当にお心遣いありがとうございました」
 だから善意ではないのだが――まあいいか、とレグは何も言わず、再び手を上げ、今度こそゲーム機とメモを持って、迅と一緒に美術室を出たのであった。

 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
綾(f01786)と

学校中を隈なく“視”て探索しよう
暗がりも隠された場所も
共に研ぎ澄ましたなら、きっと見つかる

呪を解いてゆくきみの姿は
荘厳でどこか触れがたく
その傍らでいつか貰った依代をそっと握り
場を清める破魔のちからを
少しでも重ねられるように、と

浄化の気配と共に清冽な風が吹いたなら、
ひとびとはきっと戻れるに違いなく
介抱しながら、可能ならゲームの話を聞こうか

虜になるほど魅惑的なゲーム、
一体何が隠されているんだろう
物知りのきみが珍しく疑問符飛ばす姿に
ほんのりと眦をゆるめつつ

一言でいうとね、美形が甘い台詞を囁いてくる遊戯……
説明しかけたところではっと眼前の色男を見る

ウン、綾が沢山出てくる感じだよ


都槻・綾
f11024/かよさん

研ぎ澄ました第六感も
呪の在処を報せてくれるヒトガタの依代も
かよさんの視力も
きっと、違和を感じ取れる

触れる石膏は冷たく硬く
然れど
眸に
かんばせに
石にされた際の感情が彩られているのを見逃さず

呪とは経と緯、幾つもの糸が――道が織り成されて
一枚の布のように対象を包むもの
其の糸の解れを、包み切れず覗く真を、
見つけることが鍵となります

霊符に息を吹き掛け
破魔の祈りを籠めたなら
五体を点と線で結ぶ五芒星を描きて
最後に心の臓へと符を打ち、解呪

我思う、故に我あり
あなたは「自分」で在りたいですか?

解けたなら
保護と遊具の確保を

…ところで
乙女げーむとはどんな遊びなのでしょう

返る答えに
こてり、首を傾げる



 
 困ったことになったなあ、と、花世がぽつりと言ったのは、目的地へもうすぐ辿り着くという頃の、車の中でのことだった。溟海を片手に形の良い眉を寄せる娘に、どうしましたかと問うてみれば、ごめんちょっと確認してみるから、着いてからでいい?と返されたので、了承し、その後五分も経たず車は止まった。
 夏も盛りの八月、からりと晴れた青空を、白い雲が流れていた。
 かくして、蝉時雨で満ちる、無人の中学校の廊下に、今、綾は花世と立っている。
「UDC組織から教えてもらった学校の一つは、ここなんだけど」
「確か、石膏像は、美術室……でしたか」
「うん。でも――撤去されちゃったんだよ」
「撤去?」
「そう。わたしたちがここへ来る、二十分くらい前かな。念のために職員の人が事前調査で再訪して、確認したら、なくなっちゃってたらしいんだ。絶対に廃棄はしないよう手を回しておいたし、廃棄の記録はなかったから、学校の外には出してないはずなんだけれど。美術準備室にもなくって――片付けたっていう教員も、もう田舎への電車に乗っちゃってるらしくて圏外で……すぐには像の場所がわからないんだよね」
 だから、わたしたちで探さなくちゃいけない――と、花世が、その、八重牡丹の咲いた美しいかんばせで、ぐるりと学校内部を一巡り見渡す。綾もそれを追って周囲へ視線をやるが、どうやら見たところ、石膏像を収納していそうな倉庫などは、どこにも見当たらなかった。形の良い額に、薄っすら汗を滲ませた花世が、小さく、ふう、とため息じみた吐息をこぼした。
「仕方ない、学校中を隈なく“視”て探索しよう」
 暗がりも隠された場所も、共に研ぎ澄ましたなら、きっと見つかる。そう言って、花世はヒトガタの依代、風采――かつて綾が送った、呪の在処を報せてくれるそれを取り出すと、その紅色の瞳を真っ直ぐ前に向けて、歩き出した。それに並んで歩きながら、綾もまた、精神を集中して、己の第六感にて、石膏像の気配を辿る。
 静かに校内を歩む二人の足音をかき消すように――蝉の声が、硝子の向こう側から響いていた。
 ――その違和を、感じ取るのは早かった。
 ああ、と、気付きの言葉を漏らしたのは、どちらが先だったか。花世の持つ風采が、呪を察知して彼女に伝え、綾もまた、その気配を捉えて足を止める。
「……ここだね」
 立ち止まり、見上げた教室は、『保管倉庫』とだけ書かれていた。漏れ出てくるのは、四肢を凍らせるような、呪の気配。花世が、もらってきた鍵で扉を開ける。そうして二人、中へ入れば――『彼女』はすぐに見つかった。破れた天幕や、緞帳、折れた何がしかの柱など、雑多に置かれた物の向こうに、その石膏像はあった。
「いやあ、ひどいことするね」
「ここは、迂闊に廃棄できないもの……の倉庫でしょうか」
「多分ね。……一回、外に出そうか」
「そうですね」
 ここじゃ彼女も可哀想だし、と言う花世と共に、少女の石膏像を傷つけぬよう、慎重に倉庫から廊下へと連れ出す。抱き上げ、触れる石膏は冷たく硬く――ともすれば、良くできた彫像にしか思えない。
 然れど。
 その眸に。
 かんばせに。
 石にされた際の感情が、確かに彩られているのを、綾は見逃さなかった。
(――可哀想に)
 先程の花世と同じ言葉を、心の中で思う。廊下へ優しく少女を寝かせると、綾は霊符――織を取り出した。紅の糸で五芒星と六芒星が縫い綴られた薄紗が、男の手の中で、ゆるりと揺れる。
 ――呪とは、経と緯、幾つもの糸が――道が織り成されて、一枚の布のように対象を包むものだ。
 ならば、其の糸の解れを、包み切れず覗く真を。
(――見つけることが鍵となります)
 すうと息を一つ厳かに吸い、取り出だしたる織へ、ふ、と綾は息を吹きかける。それは、破魔の祈りを籠めるものだ。さざめくように織が綾の吐息で震え、力を持つ。しん、と、無人の学び舎から、音が消える。隣にいるはずの花世の息遣いさえ聞こえなくなったその静寂の中、綾は、物言わぬ石と化した少女の五体へ、五芒星を描くように点と線で結ぶ。そして物言わぬ少女の、その魂に。
(……我思う、故に我あり)
 どれだけすべてのものを疑い、否定したとしても――『それを疑い、否定する己』の存在だけは、疑うことはできない。破魔による浄化の気が、呪の『解れ』を、手繰り寄せて、はらりと中のものを現わしていく。
(あなたは――『自分』で在りたいですか?)
 その答えは、どこにもなく。
 しかし、確かにそこにあった。
 相反していながら矛盾なく成立するのが、『それ』だ。
 清められた場を――穿つが如く。
 綾は、少女の心の臓へと、符を打ち込んでいた。
 ごう、と清冽な風が強く吹き――廊下を、いや学び舎そのものへと血流のように巡って、邪なるものを吹き散らしていく。
 変化は顕著だった。石膏の像と化した少女を包む、『二重』となっていた呪が一息に剥がれて消え、少女の肉体が、その柔らかな色と温度を取り戻していく。やがて、十四、五であろう、稚い少女が、こほっ、と咳をして、身を跳ねさせた。生きている――その事実に、ほう、と、花世が、安堵の吐息をこぼしてから、少女の体を助け起こした。
「大丈夫?」
「え、お、お姉さん……誰ですか?」
「わたしは境花世。きみを助けに来たんだ」
「た、たすけに……?」
 そうだ、と少女が、慌てたようにきょろきょろと目を周囲へとやる。
「どうしたの?」
「あっ、あの変な薔薇の人、お姉さん見てないですか?」
「薔薇の人?」花世が、優しげに問う。
「多分、隠し攻略対象? だと思うんですよね。それが、なんか、突然出てきて。あっ、えっと、あたしゲームの隠しルートをプレイしてて」
「良かったら、それについて、詳しく教えてくれるかな?」
 花世がそう言えば――
「――は、はい!! いくらでも!」
 少女は、目を輝かせて、頷いたのであった。

 ●

 ――ああ。
 なんて――なんて。
 花世は、手にした風采をそっと握り、少女の呪を解く綾を見ていた。その姿はあまりに荘厳で、どこか触れがたく。胸を焼くような、法悦に似たその感情で、息をすることすら上手くできない。あまりにも完成された男の横顔を見る花世にできることは、この場を清める破魔のちからを少しでも重ねられるように、この依代を握っていることだけだった。見守る花世の前で、石膏と化した少女に五芒星を描き、綾が、霊符をその心臓へと打つ。
 直後、強い浄化の気配と共に、清冽な風が吹いて――中学校が清められたのがわかった。同時に少女の呪も解かれ、その体が元に戻っていく。
 そうして助け起こし事情を聞いてみれば――
「――だから、あのゲームは最高なんですよ!」
 面白いくらいに、話をしてくれる娘であった。
 空き教室で、綾と共に少女と向かい合って、三人会話をしている最中のことであった。興奮した面持ちで少女がそう言ったので、花世は笑って頷く。楽しそうだな、と思ったのだ。それほど時間があるわけではないが、詰問がしたいわけでもなかったので、素直に少女が語るに任せているのが現状であった。
「グラフィックもめちゃくちゃいいし、シナリオめちゃくちゃ良かったし! だから、あたし、ほんと頑張って隠しルート出したんですよ。ほんとですよ」
 どうやって出したか覚えてないんですけど。そんなことを言って、少女が机に突っ伏すのを、面白いなあと花世は見る。おそらく部屋でゲームをしていたところを石化させられたらしい少女の格好は、ラフな私服だ。ただ生憎、当のゲームは持っていなかったので、ゲームを回収するついでに送っていってあげよう、と花世は少女の裸足の足を見た。そう言えば綾は喋らないけれど、何考えてるのかな。そう思ってちらりと横に座る男の方へと視線をやれば、静かに椅子へ座っていた彼と不意に目が合ってしまって、花世は慌てて目線を少女へと戻した。慌てることなど何もないのだけれど、あの澄んだ瞳で見られていたのだと気付いたそれだけで、なんだかひどく焦ってしまったのだ。顔が少し熱くて、自分でも驚く。
 ――うん、大丈夫。呼吸を整えてから、花世は「あたしの隠しルート……」と唸る少女へ再び質問を投げる。
「ねえ、因みに隠しルートって、どんな内容だったのかな」
「うーん。それも覚えてないんですよね。あの薔薇の人が、突然来たから……」
 その選択は君のものかとか言って。少女が突っ伏したまま、考え込むように首を動かす。
「隠しルート、どうするんだっけなあ……多分、名前、の……元ネタの、時代順? だったと思うんですけどね……いや、作中で死ぬ順番だったかな……最後どっちで試したっけ……ああ、ごめんなさい、確かじゃないです」
「ううん、十分だよ。すごく助かる。自分でやる時、参考になるし」
「お姉さんもゲーム……っていうか乙女ゲーム、するんですか?」
 がばっと顔を上げた少女の顔が輝いていたので、微笑む。
「うん。話聞いてたら、興味が出てきたから」
「じゃあゲーム、貸しますよ! 保存用にもう一本買おうと思ったら、どこも売り切れてて……品薄みたいなので!」
「本当? ありがとう」
 どうゲームを手に入れるか考えていたところであったので、この申し出は非常に有難い。少女は、お礼なんて、むしろこれがあの薔薇の人から助けられたお礼ですよ、などとはにかむように笑った。
 そんな少女と連れ立って、UDC組織に用意してもらった車で、彼女の自宅へと向かう。少女の家族は全員、既に組織の方で記憶処理をするため、連れ出していた。そうして無人となった住宅へ、「良かった、お母さんいなくて」などと言う少女に招き入れられ、彼女の部屋へと向かう。
 入った部屋は、簡素ではあったが片付けられていた。その、ラグが敷かれた真ん中に、赤いゲーム機と、何かのパッケージが、ぽつんと二つ落ちている。これが目当てのものだとは、言われずとも分かった。
「これですこれ! あー良かった、ゲーム機壊れてない。ちゃんと点くや」
 少女がゲームを取り出してパッケージに入れ、どうぞ、と差し出す。成程、そこに描かれたイラストは、黒いドレスの少女と、舞い散る青薔薇、それから、様々な男性キャラクターたちが描かれた、美麗なものであった。
「『フィロソフィカル・ブルー』、って言うのかな?」
「そうです! あ、お姉さん、ゲーム機持ってます?」
「うん、一応」
 組織に言えば、一台くらいは簡単に借りられるだろう。良かった、流石にゲーム機は貸せないので、と胸を撫で下ろした少女が、ゲーム機を充電器に繋いで、花世へと向き直る。その手にはスマートフォンが握られていた。
「あの、お姉さんたちがどんなお仕事をしてるのか、それは聞かないですけど、でもあたしを助けてくれたってことは、陰陽師的なあれですよね!? だってその服装とか、めちゃくちゃかっこいいですもんね……!! すごい、美男美女の陰陽師、本物、ぜ、ぜひ、写真を――きゃんっ」
 言葉の途中で少女が、小さく悲鳴を上げて、倒れる。
「……ごめんね。それはできないんだ」
 花世の緘黙に撃たれて、意識を失ったのであった。
「いやあ、元気のいい子だったね。ちょっと楽しくなっちゃった」
 少女をベッドに寝かせ、念のためスマートフォンの中のデータを確認して、写真を撮られていないことを確認してから、穏やかに「そうですね」と返す綾へ振り返れば、そこには先程と変わらぬ、美丈夫の姿。
「……ところで」
「どうしたの?」
「こちらのげーむは、彼女との会話や予知の中で『乙女げーむ』と呼ばれていましたが……乙女げーむとはどんな遊びなのでしょう?」
 げーむ、と名がつくからには、遊びなのだろうとはわかるのですが。そんなことを言って興味深そうにパッケージを見る綾の姿に、花世はほんのりと眦をゆるめる。色んなことをよく知っているはずの彼が、このように疑問符を飛ばすのは珍しかったし――なんだか少し可愛かったのだ。
「ええと、一言でいうとね、美形が甘い台詞を囁いてくる遊戯……」
 そこまで答えかけて、花世は、はっと眼前の綾を――色男を見る。これこそ、『乙女ゲーム』に出てくるキャラクターの体現ではないだろうか。完成された顔立ち、心地のよい声、優しげで甘い言葉。どれも、乙女ゲームに存在しているものだ。勿論、綾本人には、そんなつもりなどないのだろうけれど。
「……」
 花世は一瞬無言になって、一つ頷く。
「ウン、綾が沢山出てくる感じだよ」
 案の定、言われた色男は、何もわかっていないと言った風情で、こてり、と首を傾げるばかりであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ロカジ・ミナイ
ゲームは詳しくないんだけどね、ソシャゲは好きよ
哲学にも詳しくないんだけどね、考えるのは好きよ

美術教師を目指す美大生として
(不要なら猟兵として)
学校の美術室に潜入
アート肌ならではでしょ、この髪は

石膏になっちゃったのはどの子かな
匂いはするのか
鼓動は聞こえるのか
嗅覚と聴覚を駆使して聞いてみる

考えるのをやめた時、体も活動もやめた
それは要するに、思考が戻れば体も戻って来るんじゃないのかい
気付けの特製香を焚いて
さて…擽ってみる?ククク
そうそう君のあの秘密ね、あの子の耳に入ったみたいよ
あれ、そういや”君“はいない事になってるとか言ってたな
あ!君のお部屋、僕の仲間がお邪魔したよ
ところで君の名前は何だったっけ?


波狼・拓哉
現物はあるはずなのに見つからないと。んー…一緒に石化してんじゃね?まあ、何とか石化解けば分かるか。じゃ、頑張りますか。
鐘に化けたミミック片手に鳴らしつつ石化解除を目指そう。つってもちゃんと回復させる方法はあんまりないんだよね…確か思考停止が石化のトリガー何だよね?となると思考停止の状態から戻せば石化治るんじゃね?音とか通るか知らんけど。
とりあえず石膏像を壊さん程度の衝撃波で様子見しつつ、鐘の音で恐怖を与えてみよう。後は…適当に声を掛けてみようか。アドベンチャーゲームの追加パッチ来たとか隠しルートに更に隠しあったぜとか喰い付きそうな話題を適当に言っていってみるか。
(アドリブ絡み歓迎)



 
 現物はあるはずなのに見つからないと。
(んー……一緒に石化してんじゃね?)
 だって、ないってことはそういうことなんじゃないの。拓哉は、途中のドラッグストアで購入したビニール袋を片手に、そんなことを考える。まあ、何とか石化解けば分かるか。幸い、一人ではないし。
「――しかし暑いね。頭が煮えそうだよ」
 煩く響く蝉の鳴き声を見上げるように木々を見ながら、隣を歩いていたロカジが、眩い太陽に目を細めたので、拓哉は手にしていたビニール袋をがさりと掲げた。
「スポドリ飲みます? 余分に買ったんで」
「おお、そりゃ有難い」
 破顔する男に、青いラベルのペットボトルを渡す。ぱきりと割れる蓋の音が、小気味よく炎天下に響いた。
 UDC組織に指定された、美術大学。そのキャンパスを、拓哉はロカジと共に歩いている。彼と共闘するのはこれで確か二回目だった――その派手な髪色と特徴的な眉は、比較的記憶へ残りやすい類に入っている。転送され、真夏の暑さにこれはやばいと水分やらなんやらを買って、UDC組織に事情を聞きに行ったところで鉢合わせ、おや奇遇ですねと世間話になり、そのまま何となく共に職員から話を聞いて、これなら一緒に行けばいいかと言うことになり――現状へ至っているのであった。
 要するに、有体に言えば、単なる成り行きである。働いていたのはおそらく、主に打算であった。多分、お互いに。正体不明のものと対峙するなら、往々にして複数で動く方が都合も良いのだ――下手を打って木乃伊取りが木乃伊になるなんてことは避けたいしな。そんなことを考える。
「そう言えば、ミナイさんってゲームするんですか?」
 隣を歩く男を見て、ふと気になったので、何となく質問をする。夏休みにも関わらず一部残って何かをやっているらしい生徒たちと、ロカジはよく溶け込んで、違和感がなかった。被害者たちの置かれた先の一つに美術大学があると知り、「じゃあ、そこに美大生として潜入するよ。そうだね、目指すところは美術教師としよう。アート肌ならではでしょ、この髪は」と笑ったロカジは、正しかったと言える。猟兵の特性のおかげというのも幾らかはあるだろうが、生徒たちは歩く二人に見向きもしない。
「ゲーム?」
 訊かれた男が、目を二度か三度瞬かせてから、にやりとした。
「ゲームは詳しくないんだけどね、ソシャゲは好きよ」
「ソシャゲするんですか」
「するよ。ああいうの、隙間の時間で遊べるしねえ。ネットさえあれば場所も選ばないし」
 そう言えば、最近は女の子向けのソシャゲも増えてるね。そう言うのだったら楽だったのになあ――そんなことを言いながら、ロカジはペットボトルを揺らして、「因みに」と続ける。
「哲学にも詳しくないんだけどね、考えるのは好きよ」
 男はどこか自慢気で、更に言えば、楽しそうであった。なので拓哉も、「それは随分と、この事件に向いてますね」と笑う。返ってくるのは「そうでしょ」という言葉だ。
「飽食にも思考停止しない男なんだよ、僕は」
「それは頼もしい」
「ふふふ、存分に頼っていいよ」
 そう言って二人笑い合って――気が付けば、石膏像が置かれているというデッサン室は既に目前であった。生徒らしき女性が、何か大きな絵画に筆を走らせているのを横目に通り過ぎて、拓哉は自分もスポドリを飲んだ。液体は、まだ辛うじて冷たさのようなものを残している。それをビニール袋へ放り込んでから、ロカジと共にデッサン室のある棟へ入り、先に潜入して待っていたUDC組織の職員に案内されて、開錠された部屋へと向き直る。
「じゃ、頑張りますか」
「応よ」
 扉を開け、鉛筆や木炭の匂いがする室内へと足を踏み入れる。
 ――石膏像を見つけるのは、さして難しいことではなかった。
「……部屋着で石膏像になってるんですね……」
「うわ、やだやだ。部屋着なんて個人情報だよ、個人情報。しかもパンツ!」
 偉人やらを模った胸像や全身像の中に、一つだけ、Tシャツにトランクス一丁という格好で、焦った表情をした若い男の像があったのである。足は裸足だ。風呂上がりか何かだったのか、首にはタオル様のもの。自室が暑かったのかもしれない――いずれにせよ、まあ何とも言えない。自分が苦笑いを浮かべ、ロカジが嫌々と渋面で首を振るのも致し方ないことであったろう。その手には、『何もないように見える』。これが阻害によるものなのか、事実として『何もない』のか――現時点の拓哉には、判断がつかなかった。
「彼、目が覚めたら悶死しそうだね」
「まあ、記憶処理してもらえますし……」
 多分、部屋で起きたら日付が飛んでた、くらいでどうにかなるんではなかろうか。保証は一切ないけれど。拓哉が召喚したミミックを鐘に変化させる横で、可哀想に、などと――まるで感情がこもっていない口調で――言いながら、ロカジが石膏像へと近付いて何がしか調べていく。彼は薬屋だったはずなので、何か調べることがあるのであろう。
「――うん。心臓の音が、聞こえるね」
「聞こえますか」
 聞こえるよ、と男が石膏像から身を離した。
「匂いもする――これは人間だよ」
 ということは、やはりここの生徒が冗談や悪戯で用意したもの、と言うわけではないようである。そうと分かれば、やることは一つ、石化の解呪だ。ロカジが、香炉を取り出して、何やら焚き始める。
(つっても、ちゃんと回復させる方法はあんまりないんだよね……)
 だが確か思考停止が石化のトリガーだと予知では言っていたはずだ。となると、思考停止の状態から戻せば――石化治るんじゃね?というのが、拓哉の予想であった。
(音とか通るか知らんけど)
 やってみて損はないだろう。きっと。鐘と為ったミミックを、拓哉は大きく振り鳴らす。
「――さあ、化け響かせなミミック……! 暗闇を掻き消し狂気を恐怖まで引き戻しな!」
 次の瞬間、偽正・暗黙鐘音〈ブリンガー・ドレド〉による鐘の音が高らかに響き渡って、ぐわんと空気を震わせた。それに次いで、ロカジの香がデッサン室へと立ち込める。
 さて――
「それじゃあ、『考えて』もらいましょうか」

 ●

 ――考えるのをやめた時、体も活動をやめた。
(それは要するに、思考が戻れば体も戻って来るんじゃないのかい)
 状況を聞いて、ロカジが導き出した結論というのは、それであった。であるから彼は、石膏像と化した青年が『確かに人間である』ということを確認してから、奇稲田〈イシャノフヨウジョウ〉による気付けの特製香を焚きしめたのであった。拓哉の持つ鐘の音が煙を揺らして響くのを、ロカジは見る。さあ、これで準備は整った。
「さて……擽ってみる?」
 ククク、と喉を鳴らすように笑えば、拓哉が、あの商店街でも見た、例の銃を構えながら、「ああ、それもいいですね」と真面目に返してきたので、おいおいその銃で何をする気なんだい、とロカジは一層喉の奥で笑った。
「ミナイさん、ちょっと撃ってみてもいいですか?」
「勿論!」
 頷くと、拓哉が銃口を、石膏像の足元辺りへと向けた。なら、とりあえず壊さん程度の衝撃波で様子見してみるか。そんなことを呟いて、青年が引き金を引く。言葉通り、以前見たものより幾分落ち着いた衝撃波が、それでもかなりの音を立てて石膏像の間近――どころか石膏像に当たる勢いで弾けた。否、ロカジの目が正しければ、おそらく衝撃波は石膏像に当たって弾けていたと思う。そうして再び、鐘の音。
 やあ本当に撃つとは。発砲の許可を出したのはロカジだし、威力調整や着弾位置の確認もしているのは間違いなかったのだろうけれど、壊れたら何が起こるかわからないような相手に躊躇なく実行するところがやはり以前と同じく愉快であった。
「相変わらずだよねえ、君」
「褒めても何も出ませんってば」
「そういうところも相変わらずだ」
 ほら――この世は考えることがこんなにも沢山あるじゃあないの。このまま君が元に戻らなければ拓哉は二発目を撃つのかなであるとか。どうせだし僕も本当に擽ってみちゃおうかだとか。『君の手の中が空っぽなのは本当なのか』だとか――
「――そうそう君のあの秘密ね、あの子の耳に入ったみたいよ」
 誰もが胸に抱える『秘密』のことであるとか。
 意地悪く言ってみるが、当然石膏像の男は微動だにしない。
 だが、痺れるような音と匂いの中――何かがざわめく気配がした。目に見えない、それでも実在するはずの『何か』。拓哉もそれに気付いたらしく、銃口を下ろした。
「あれ、そういや“君”はいない事になってるとか言ってたな」
 それなら君には関係ないか。ふふと笑って煙管を取り出し、火を点ける。その辺りにあった椅子へ座って、石膏像を見ながら、紫煙を吐く。
「折角君が後生大事に抱えていたのにね。あんなゲームと関わったばっかりに災難だねえ」
「ああ、そう言えば、あのゲームの隠しルート探してたんだって?」
 拓哉が、ロカジの言葉を繋ぐ。
「あれ、追加パッチ来たぜ。人気過ぎて、ファンディスクまで出たしな」
 つまり、そんな風に石化して、『いない事』になってるのは、お前だけってことみたいだ。拓哉の言葉に、ざわりとまた気配がする。
「おやおや、本当かい」
「本当ですよ。しかも、ファンディスクにも隠しルートがあって、本編隠しルートの続きが収録されてるって話です。それがまためちゃくちゃ出来が良いって評判でした」
「はっはァ! こいつァつくづくツいてない。石にされた上、それが『ただ運が悪かっただけ』と来た! 嗚呼、君、隠しルートまで探すほど好きだったゲームの追加パッチもファンディスクも遊べなくって? クク、『あのこと』まで知られてしまっただなんてね。まったく可哀想だねぇ」
 同情するよ、とロカジは笑う。
「ああでも、秘密なんてね、気にする必要はないんだよ。だって秘密なんてものは、いつか必ず露呈するものなんだから。本当の意味で秘密に出来ることなんてないのさ」
 どんなに上手く埋めたって。
 どんなに上手く隠したって。
 どんなに上手く『なかったこと』にしようとしたって。
「それが確かに『存在するのであれば』ね――およそ隠し通せるものじゃあないんだよ」
 君が隠しルートへ辿り着いたみたいにさ。何しろ、世の中には、ひどく鼻の利く連中って言うのが居るからねぇ。紫煙をまた一つ、ぷかりと吐き出してから、ロカジは煙管の灰を取り出した皿へと落とした。
「あ!」鋭く声を上げる。「そう言えば、君のお部屋、僕たちの仲間がお邪魔したよ」
 既にざわめきは、随分と大きくなって久しい。けれどまだ石膏像は石膏像のままだ。動きもせぬ、応えもせぬ、冷たい塊。ならば、ロカジもまだ語る他あるまい。
 語り――騙る他。
 窓も締め切った、蒸し暑いデッサン室の中に、香と紫煙が、鐘の残響にくるくると渦を巻いていた。
「ま――つまり鼻の利く連中なのさ。当の僕たちがね――君のあれとか。これとか」
 ぜーんぶ、見させてもらったよ。言って、ふ、ふ、と唇で笑う。
「秘密を抱えると大変だよねぇ。いつでも、戦々恐々としなくっちゃあいけない。バレたくない、バレないようにしなくちゃいけない、いつまでバレずにいられるのか――そんなことばっかり考えちゃうだろう?」
 でもこれで安心さ。言って、灰を落とす。
「君はずっと、そこで考えることをやめていられるよ。君はもう、どこにもいないんだから」
 ざざざ――気配が、うねる。ロカジは立ち上がって、煙管を仕舞った。
「それじゃあ。そろそろ僕らはお暇しようかな」
「そうですね。これ以上喋ったって起きてこないんなら仕方ないですし」
「僕らが何者かなんてのも、彼は興味ないだろうからね」
 青年の二人、石膏像へ背を向けてから――男は、最後とばかりに背後を振り向く。
「ところで――」
 君の名前は何だったっけ?
 ――その雄叫びは、はっきり言ってあまり聞き取れるものではなかった。おそらく名前を言ったのだろうとはわかった――だがそれだけだ。恐怖と焦燥をその顔に強く刻みながら、石の呪縛より解き放たれた男子学生が、衰弱した様子でその場に倒れようとするのを咄嗟に支えてやれば――
「……お、ゲームが出てきましたね」
「おや、本当だ」
 彼の手に握られていた携帯ゲーム機が、おそらくは電源の切れた状態で、ロカジたちの足元へと転がってきたのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アンテロ・ヴィルスカ
……ふぅん、自分以外にも全く同じ言葉で囁く存在を愛せるものなのか。
碧海君(f04532)はどうだい、やってみたいと思う?

俺は呪いを解く術は持たない
祈って解けたら猟兵は要らないだろうしね。
なので彼の部屋にでも赴いてみよう…

ただ探すだけでは見つからない。
ならば彫刻にされた彼に倣い熱中してみるのはどうだろう?
失せ物探し…ダウジングは封印して、じっくりと思考しながら、どちらが先に見つけられるか競争だ。

家具の隙間、本棚…
いや、隠すならば見落としやすい場所?
くつろぎながら遊んだならばクッションや布団の下…
乱雑に積まれた本と本の間
案外、リモコンとやらと一緒に並べられていたりね。

恋?…さぁ、どうでしょう。


碧海・紗
乙女ゲーム…
残念ながら液晶画面越しの機械を用いて遊んだことはありませんが
被害がこれ以上あっては困りますし…ね

アンテロさん(f03396)たら
競争だなんて、勝ったら何かあるんでしょうか?

ところで乙女ゲームとは
様々なパターンで結末を迎えれば何か見えてくるのかしら
第六感でゲームについてのヒントを探してみましょう

『学校の石像』――…学生と、なにか関係していたり
ゲームをしていた時の調べものだったり
彼の部屋に何かヒントとなるものがないか探しつつ
隠しルートを探すときの行為に何かしら共通点を見いだせれば
どうにかゲームを探し出したいけれど…

しかし…恋愛、ですか。
一体どんなものなのか…知ってます?


アドリブ歓迎



 
 冷房のよく効いた、UDC組織の車を降りれば、そこはサウナと紛わぬ灼熱の真夏であった。いや――職員からも「今日は気温も湿度も相当なので、体調にはくれぐれもお気をつけて。勿論、我々もサポートいたしますから」と念押しされていたので、多少なりとも意識はしていたつもりであったが、これは。表情を変えぬまま、内心、死人が出るのも頷ける、とアンテロは思った。時刻は午後二時、真昼を過ぎた太陽で、男の影がアスファルトに濃い。
 眼前には、予知の少年が住む自宅がある。他の猟兵が見つけ出した『公式サイト』のアクセス履歴から、少年が既にゲームを購入していたのが確認できたため、組織の方で手を回して彼とその家族を別所へ移し、空となった家から、件のゲームを回収する手筈となったのである。アンテロも、そして同行の紗も、呪いを解く術を持たないからだ。それならば、『被害者』よりも『被害者候補』の方へ赴いてみようと言う判断であった。
(祈って解けたら猟兵は要らないだろうしね)
 適材適所が肝要だ、時間の無駄が省ける。そんなことを考えながら、職員が鍵を開けて待機する民家へ、男は早々に足を向ける。単純に、暑くて些か不快なのだ。こんな場所には、いくらも居たいものではない。
 と、次いで降りてきた背後の紗が、不意に「あぁ」と小さく声を上げたので、何かあったのかとアンテロは振り返り――込み上げてきた笑いを即座に飲み込んだ。鏡面のような車体へ映った自分を見る限り表情は変わっていなかったはずである。が、どうやら勘の鋭い彼女には通用しなかったらしい。
「……今、笑いましたね?」
 温度差と湿度で真っ白に濁った眼鏡を外して、職員から渡された布で拭いながら、宵にも似た色の大きな瞳を瞬かせ、紗が膨れた顔をする。
「事前に曇り止めでも借りておくべきでした」
「いや、ふふ。これは失礼。白い硝子を身に着けた姿が、随分可愛らしかったものでね」
「またそうやって、調子のいいことを……」
 ばれているのならと素直に笑えば、益々膨れられる。だって降りた途端曇るくらい暑いだなんて思わなかったんですもの。そう言って少女のように拗ねる紗と共に、アンテロは民家へと入る。暑さへの不快感は、先程よりも薄れていた。
 空調を効かせた室内は、組織の車ほどには冷えていなかったが、それでも外よりは随分と過ごしやすかった。
「――それで、その『乙女ゲーム』というのを探せばいいのだったね?」
 説明では、恋愛を疑似体験するものと聞いているけれど。探索へ入る前にもう一度『探し物』の内容について確認を取れば、職員は「はい、大体そのようなものです」と答えた。
「と言っても、台詞などはやはりゲームなので変わらないのですが。熱中する方は、本当に熱中されますよ」
「……ふぅん」
 説明を聞き直しても、やはり、どうにも興味がそそられない。というよりも――
(自分以外にも全く同じ言葉で囁く存在を愛せるものなのか)
 そこがアンテロには理解できない。古今、睦言というのは、それがどれほど甘く眩むようなものであっても、それが他の者にも吐き出されているとわかった途端に色褪せてしまう類のものだろうと思っていたのだが。あるいは、そこを割り切ってなお、彼ら彼女らにはそれが魅力的に映るのか。
「碧海君はどうだい、やってみたいと思う?」
 話を振られた紗が、困ったように首を傾げた。
「そう、ですね」
 乙女ゲーム……と、頬にしなやかな指を添えて、紗が言う。
「よくわからない……というところでしょうか。物語があると言うのなら、本を読むのと、もしかするとあまり変わらない感覚なのかもしれませんし」
 物語を楽しむと言う意味では、熱中することもあるのかも。紗の答えは、成程、アンテロにも納得ができるものであった。自分ではなく、主人公への愛の囁きを読者と言う立場で、傍観者――あるいは観測者として、楽しむ。それならば熱中するのも理解出来る。紗の言う通り、本を読むのと変わらないのだから。
「残念ながら、私はそのような液晶画面越しの機械を用いて遊んだことはありませんが、被害がこれ以上あっては困りますし……ね」
 やりたいかどうかと言うより、やるべきだと思う――ということなのだろう。彼女らしい答えに、「ありがとう、参考になるよ」とアンテロは感謝を述べる。
 だがしかし――『物語への熱中』として捉えるならば。
 その場合、『選択肢』は、『誰』のものとなるのか。
 プレイヤーが観測者となった時、その選択肢は、『主人公』のものになるのだろうか。
 それとも、『プレイヤー』のものなのか。
 ふむ、と思考を巡らせつつもそこで一度話を切り上げ、アンテロは紗と共に、職員の案内で被害者の自室へと向かう。少年が部屋の外へゲーム機を持ち出していないと言うのは、職員たちが出来る限りの手段で『正直に』答えさせたらしいので、確かなことであるらしかった。だが、やはり『誰にもそれらを見つけ出すことが出来ない』のだという。
 ということはやはり――ただ探すだけでは見つからない、ということなのだろう。
 入った少年の部屋は、片付いてこそいるものの、生活感に雑多だった。学生鞄が机の横に放り出され、気に入っていると思しき本が、ベッドの枕元の壁際へ積み上げられている。それではお願いします、と案内の職員が去って、アンテロは紗と二人になった。
 ついに本題である。確かに、一瞥した部屋の中でゲーム機らしきものはない。先んじて解呪をした猟兵が、被害者から聴取したタイトルは『フィロソフィカル・ブルー』と言ったか。本棚に並べられたパッケージの中にも、そのようなタイトルはないように『見える』。
 ならば。
「――彫刻にされた彼に倣い熱中してみるのはどうだろう?」
 熱中、と紗が鸚鵡返しに言う。
「そう、熱中だよ。失せ物探し……ダウジングは封印して、じっくりと思考しながら、どちらが先に見つけられるか競争だ」
 家具の隙間、本棚――否、隠すならば見落としやすい場所か。あるいはくつろぎながら遊んだならば、クッションや布団の下……乱雑に積まれた本と本の間。
「案外、リモコンとやらと一緒に並べられていたりね」
 冗談めかして言えば、紗が「まさか」と苦笑する。けれどそのまさかがある可能性は、現時点では誰にも否定できないのだ。
「それじゃあ、競争しましょうか」
「ふふ。乗ってくれて嬉しいよ、碧海君」
 そうしてお互い笑って――『競争』がスタートしたのであった。

 ●

 ――アンテロさんたら。
(競争だなんて、勝ったら何かあるんでしょうか?)
 本棚に収められたパッケージの中身を一つ一つ確かめていきながら、ちらりと男の方へと視線をやれば、男は、空調のついた部屋の中を、紗に背を向けて黙々と探索している。当然ながら、その後ろ姿からは、彼が何を考えているのかなど、少しも伝わってこない。ただ、いつも大人びて紗をからかう男が、子供のように競争だと言いながら、部屋に置かれた巨大なビーズクッションを『てろん』と裏返したり、中身がこぼれぬよう注意しながらファスナーを開けて中へ手を差し入れたりしてゲームを懸命に探し回っているのが、なんとなく可愛らしいようにも思えて、少しばかり楽しくはあった。やがて微かな吐息が聞こえ、ベストに覆われた広い背が丸まり、クッションが床へ戻される。どうやら、ゲームはそこにはなかったらしい。
「……碧海君、どうしてそんなにずっと俺の背を見ているんだい?」
「えっ!」
 いきなり声をかけられて、紗は驚きに声を上げる。ずっと背中しか見せていなかったのにどうしてわかったのかしら、と僅かな羞恥を感じつつ、こちらも成果のなかったパッケージをぎこちなく閉じて、『調査済み』として本棚とは別の場所に置く。男が、楽しげに笑いながら、ベッドの夏用毛布を剥ぎ取って、こちらへその金色の目を向けた。
「音が止まって、動く気配もなければ、何をしているんだろうと思うよ」
 ……ということは。
「……引っ掛けましたね?」
「さあ? 本当にわかっていたかもしれない」
 裏表と、その両面に何もないことを確認し、くるくると毛布を小さく巻いていく男の横顔には、やはり笑みが浮かんだままである。
「俺が『何を考えて』そう発言したかは、今のところ碧海君にはわかり得ないわけだ」
「それは、そうですが」
「だから、今わかることは、君が俺の背中を見ていたことだけということなんだよ」
「見てませ――いえ、確かに見ていましたが」
 ここで否定するのもおかしかろうと、諦めて肯定する。
「ですがそれは、ただ……競争して勝ったら何かあるのかしら……と思っただけです」
 事実、最初はそう思って彼へ目を向けたのだし。あながち間違ってはいない。アンテロは、綿が潰れてくたびれた枕を手に取って、しげしげと観察しながら、「それは今のところ秘密だよ」と言った。
「まあとにかく――見つけることが先決だからね。俺たちはゲームを見つけなければ次へ進めない。幸いここは冷房もついているから、考え事には向いているよ」
 誰がこの冷房の電気代を払うのかは知らないけれどね。そんな言葉を最後に、男は枕を検分するのに戻っていった。先程の己の言葉通り、『じっくり考える』ためだろう。なので、紗も同じく、己の探索に戻る。
(……ところで)
 乙女ゲームとは、様々なパターンで結末を迎えれば、何か見えてくるのかしら。アンテロの質問に答えた通り、遊んだことがないので、紗がそれについて正しく把握出来ていることと言えば、『様々なストーリーの分岐と結末を持つ恋愛譚』であることくらいであった。そもそも彼女にとって、情報とは全て本から得るものであるのだ。そして本の結末は、おおよその場合、一つしか用意されていないものである。
 だから紗には、辿った物語の順番で結末が変わる――というのが、何となく捉えづらい。
(ゲームについてのヒントも、一緒に探してみましょうか)
 少しばかり気になっているのは、被害者の学生たちが皆、学校に飾られていることだ。予知がなければ、この部屋の主である少年もまた、そこへ至っていたはずである。
(『学校の石像』――……学生と、なにか関係していたり……?)
 どうしてこの呪いは、それを選ぶのだろう。ゲームの内容と関係しているのか。あるいは、『学生を石にすることこそが目的』なのか。少年がゲームをしていた時の調べものであったりなどまでも逃さぬように、見られる場所は全て詳らかにしていく。隠しルートの出し方自体は他の猟兵が聞き出していたから紗たちもわかっているのだけれど、被害者の学生たちが『それを探していた時の行為』に、何かしら共通点はないか。
 可惜夜の糸を繰る時のように――一つ一つの要素を引き寄せて、組み合わせて――時には勘の赴くままに手を伸ばし、輪郭を探す。
「――きゃ!」
『それ』が落ちてきたのは、本のページの間に何かありはしないかと調べていた、その時であった。突然上から目の前に現れた何かに、紗は小さく悲鳴を上げて本を取り落とす。大丈夫かい、とアンテロの声がした。
「ええ――上から物が落ちてきただけなの……で……」
 一体何が、と紗は本と一緒に『それ』を拾い上げ――息を呑んだ。
「アンテロさん」
 名を呼べば、その声の緊迫を察知したらしい男が、すぐに近寄って来る。
 落ちてきたのは、説明書だった。青薔薇の舞う、黒いドレスを着た少女の――『フィロソフィカル・ブルー』。中を覗くと、登場人物の絵と簡単な解説、それからゲームの進め方や操作方法――最後に、『おめでとう。これは〈君〉のものだ』と、直接書き込まれた――メモ。
 おめでとう――と。
(書いたのは、誰なの?)
 少年の字ではない。それは、探索中に彼が直筆で残していた学習ノートを見ていたから確かだ。それを見ていたアンテロが、肩を竦めて「やるね」と言った。
「これは、碧海君の勝ちだよ」
「い――いえ、ゲーム本体がありませんし」
「それなら上を確かめてみよう」
 ここから落ちてきたんだから、と背の高い男が、ひょいと天井近くまで届く本棚の、その隙間へ手を伸ばす。
「――ほら、あった」
 だからこれは多分、もう『君』のものなんだ。男が差し出すゲームのパッケージを、困惑しつつも受け取る。
「運が良かっただけでは……」
「運も実力の内と言うだろう?」
 パッケージでは、眉目秀麗な男性登場人物に囲まれる形で、人形のような少女が紗を見ている。可愛い絵だわ、と少し思う。初めて手にしたけれど、これが――乙女ゲームというものなのか。分岐する恋愛譚。おそらくこの子が、周りの彼らと様々な恋をするのだろう。
「しかし……恋愛、ですか」
 ゲームも無事に入手でき、困惑も多少冷めたので、紗は何となく、そう呟いて隣に立つアンテロを見上げた。
 それを己の力で理解するのには――自分はきっと、世界を知らなさ過ぎると思ったから。
「一体どんなものなのか……知ってます?」
「恋? ……」
 質問されたアンテロが、一瞬だけ無言になって。
「さあ、どうでしょう」
 結局、返ってきたのは、どこかお道化た言葉のみであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

冴島・類
我思う故に我あり
なんて言葉もありますが

人の数だけある思考回路と感情交差は好物ですし

停止したものは
生すら要らぬとでも言いたげな呪い

入り口がげえむと言うと
然程詳しくない僕には難しいかな
被害者学校の制服を調達できぬか組織に問い
学生に混じり
現地、石膏像の解呪し
情報得るの目指そう

一体ずつ、触れ
呪いの魔力を辿り
破邪の力流し
動かぬ彼らに問う

生きたいかい?
ならば、念じて
そのあと何をしたいかを
君らがそれを望むなら
繋ごう、縁を

物になろうと
心あった者の生への執着は
強いはずだ

指齧り血で封印解く要領で
紋描いて、彼らと繋ぎ
解呪に挑む

呪をかけたものは
…勿体ないことを、しないでほしいものだ

止まっているなら
動かせばよいのだから


葡萄原・聚楽
石膏像にして、わざわざ学校に飾る
それも、まだ子供の学生を
悪趣味極まりないな

ソレから呪い広がってるから、学生ばっかなのか?
同じ学校で増え続けてるんなら、待ち伏せもできるんだが
まぁそうでなくとも、像は確認したい
日中は待ち伏せも像確認も難しそうだ
夕方辺りに潜り込んでおけないか?(迷彩、忍び足、クライミング)

像調べる際は、ユーベルCで備えておく
呪い類は、俺は向いてないから他の猟兵を頼る
持ち物だとかポーズだとか、呪い関係ない目線で見てみる
メモとか持ちっぱなしだと楽なんだけど

何か来たのを察知した場合(視力、暗視、聞き耳)
隠れて様子見してから、追跡したい(追跡、迷彩、忍び足)

※アドリブ・絡み:歓迎
スマホ所持



 
 石膏像にして、わざわざ学校に飾る。
(それも、まだ子供の学生を)
 悪趣味極まりないな――と聚楽は思った。果たして誰の考えなのか。邪神か、あるいはこのくだらない『ゲーム』を仕掛けた者か。どちらにせよ、ろくなものではなかった。もしこの事態が、悪意によって成されたものでないのなら、仕掛けた者はきっと狂人である。聚楽にはなんとなく、その予感があった。
 しかし――乙女ゲームか。
(ソレから呪い広がってるから、学生ばっかなのか?)
 同じ学校で増え続けてるんなら、待ち伏せもできるんだが。あるいは発生範囲がわかれば――そう考え、他の猟兵たちが赴いた学校を並べたり、何か図形が描けないかと試してみるも、やはり共通点が見出せない。ランダムなのだろうか――無差別の呪い? それにしては『学生』という範囲に絞られ過ぎている。無差別ならば、社会人も石膏像になっていなければおかしいはずだ。
 だからやはり、『学生に絞っている理由』はおそらくある。
 尤も、それは仕掛人の悪趣味や狂気によるものだと言われたら、聚楽には推測する手立てがないのだが。用意された会議室のような場所の、多少座り心地の悪い椅子に座って、少年の姿をした男は、己のスマートフォンへ情報を整理していく。
(まぁそれでも――像は確認したいな)
 どうするか、と聚楽は、スマートフォンに入力した情報と時刻、それから、渡された資料のうち、まだ未調査の場所についての資料を見た。現在時刻は午後三時――八月という季節を考えると、十分に太陽が強い時間である。日が暮れるまで、まだしばらくあった。
 聚楽が今居るのは、UDC組織の支部である。対応してくれた職員は存外少なかった、おそらくは皆、転送された猟兵たちや、事件関係者たちの処理に回っているのだろう。独りで使う防音の会議室は、静かで悪くはない。
 転送後、猟兵たちが既に何人か先に行動を始めていたことを知った彼は、より詳細な情報を調べるべく、被害者たちの資料を調べているのであった。闇雲に赴いて、情報が重複するのは避けたかったからだ。それに、日中というのは、何をするにも目立つ時間である。残った学校は二つだが、組織が手を回してくれると言っても限度はあるし――そもそも、聚楽の顔がまず『目立つ』のだ。夏休みとは言え、生徒がいないとも限らない。学生服を借りたとしても、顔を見られて呼び止められないでいられる自信はなかった。
(夕方辺りに潜り込んでおけないか?)
 例によって、UDC組織は出来る限り手を回すと言っている。ならば、警備をそちらに抑えてもらった上で、学校の塀を越えて中へ入ること自体はさして難しくなさそうだ。夕暮れの時間ならば、誰かに見つかる確率も低かろう。
 ……良し。いくらかの逡巡を挟んで、聚楽は手にしていた資料を、折り畳みの机の上に放り出した。そうするか――攻略中に石膏像へ変えられたのであれば、ゲームや攻略メモなどを持っている可能性もある。事実今までの被害者は、手に持っていた者が二人、部屋に置いておいた者が一人。悪くない確率だ。それに、猟兵の報告によれば、ゲーム自体が呪詛を放っているようである。ならば、呪詛に対しては耐性のない聚楽では、先に部屋を探しても見つからないかもしれない。呪いの類には向いていないのだ――毒物や、狂った奴や物相手ならそれなりに対処できるんだがな、と男はひねくれたように、小さくフンと鼻を鳴らした。
 何にせよ、行動は決まった。聚楽は書類を纏めると、椅子から立ち上がって夕刻を待つべく部屋を出て――

(――っと)
 三時間後の、時刻午後六時、大分昼の熱気も薄れた日暮れの中を、猫のように学校の塀を乗り越えて、件の敷地内へと潜入を果たしていたのであった。薄いブルーに包まれた夏の学校は、僅かな懐かしさを以て聚楽を迎えた――それに浸るつもりは、毛頭なかったが。中高一貫の私立校であるその学校は、資料で確認するよりも広さがあるようだった。
 とは言え、目当ては美術室のみである。組織が警備系は一応抑えてくれているらしいし、このまま向かって問題ないだろう。事前に頭に入れておいた地図の通り、敷地内を進む。開いているのは西昇降口、美術室はそこから南へある棟の二階、階段すぐ脇。無人の校内を、足音を出来るだけ響かせないようにしながら慎重に動き――聚楽はそこへ辿り着いた。
 鍵は開いていた。音もなくスライド式の扉を開き、身を捻るようにして、中へ滑り込む。纏わりつくように、こもった熱気が聚楽の膝を撫でた。もしかすると何かの呪詛が充満しているなどあるのかもしれないとは思ったが、聚楽には関知しようがないので、無視して扉を閉める。
 美術室の中は、画材の匂いがしていた。
(……生徒は……これか)
『箱』の『外』に居る聚楽には、すぐわかる。半袖半ズボンの寝間着姿をした、男子生徒である。驚いたような顔で、少年は石膏像となっていた。外見を見るに、おそらく、高等部の学生だろう。さて――呪いに詳しい猟兵であれば、そちらの方面から見ていくのであろうが。聚楽は生憎、詳しくない。であれば、素直に、彼の持ち物だとかポーズだとか……呪いに関係ないところから見ていくとする。
(そう言う視点も、まあ大事だろうしな)
 きっと、『それが一番、被害者に視点が近い』。
(……ああ、ユーベルコード使っとくか。――備えも重要、だからな)
 禍摘果〈プリヴェンション・アップル〉を発動させてから、聚楽は素直な目線で、少年を見ていく。メモは――ないな。あってもわからないのかもしれないが。ゲームを持ってるみたいなポーズで凍り付いているが、ゲームはあるのか。認識に障害を与えるのは、『視覚』だけなのか。
 ――一度試してみるか? 触覚に影響がなければ、掴むことはできるだろう。できなくとも、禍摘果に反応はあるかもしれない。聚楽は手を伸ばし、ゲームがあるかと思しき場所に触れてみて――直後、演算眼球が発した警告によって、すぐさま手を退いた。己の手のひらを見るが、石膏像になる感覚はない。問題なく回避できたようだ。
(感触はなかった――だが、警告は出た)
 つまり、『ここに〈何か〉ある』。解呪が要る、と聚楽は考え込むように顎へ手を当てた。ここまで猟兵と遭遇することがなかったので独りで行動したが、誰かと一緒に来るべきだったか。いや、報告をしておけば、誰かが来てくれるか……。
 男の耳に、その音が入ったのは、その瞬間のことであった。誰かの足音だ――真っ直ぐこの美術室へ向かってきている。聚楽は咄嗟に、設置された椅子や石膏像の死角へ滑り込み、来訪者から見つからぬよう隠れる。不完全ながらも光学迷彩を搭載したパーカーのおかげで、聚楽の姿は見つからずにすんでいるようであった。このまま様子を見、出来るようなら追跡をしよう。そう決めて、机の脚の隙間から、『それ』を待つ。やがて、美術室の扉が、出来るだけ音を立てぬように開いて、閉じた。学生服の脚が見える――誰だ。
「……勿体ないことをしないでほしいものだ」
 ぽつり、と、男の声がする。呟いたのは、来訪者である。衣擦れの音がして、来訪者が、石膏像へ手を伸ばした。
 ――これはまずいか? 破壊されるかもしれない。追跡する前に、止める方が良いか。聚楽は身を潜めたまま、キューブ状に“処理”を施されたそれを使うことも視野に入れつつ、来訪者の背へ回り込むと、そちらへ向けて飛び出し――
 短刀を取り出しながら鋭く振り向いた、褐色の肌をした男の、緑に輝く瞳と目が合って、聚楽は動きを止めた。そのままお互いに、硬直する。その身のこなし、風体。
「……あー……」
「……ええと……」
 これは。
「……お前……もしかして、猟兵、でいいのか?」
「……ええ、はい」
 成程、なんとも――締まらない。
 お互いのことを知らずブッキングした二人は、夕暮れの美術室で、困ったような顔をしたまま、己の武器を下ろしたのだった。

 ●

 黒いパーカーの少年は、葡萄原聚楽と言った。
「ああ、本当に連絡が来てるな。気付かなかった」
 彼が開いて確認する画面には、UDC組織からの、担当者が入れ違いになって情報が錯綜したために連絡が遅れたことへの謝罪文と、先んじて猟兵が一名行っているのでよろしく頼みます、と言うようなことが文書で映し出されていた。
「……まあ、今日は目に見えて人が少なかったからな」
 仕方ない、と少年が言って、「悪かったな」と謝罪の言葉を口にした。斜に構えたような雰囲気であるが、根は素直な子なのだろうなと類は思った。幾つなのか。十五、六の頃に見えるが。実際のところ、猟兵の外見年齢はあてにならない。類もよく少年に間違えられるが、既に而立の歳である。尤も、年齢など、さして意味もないのだけれど。猟兵としての技量は歳に比例しないし、重ねた歳月にも関係なく、人の命はおしなべて皆それだけで価値があるものだ。
 だからこそ。
「大丈夫ですよ。僕が同じ立場でも似たようなことをしたと思いますから」
 知らぬ者が突然現れて石膏像に手を伸ばすという状況は、それに値する。何しろ、石膏像を壊された場合、人間だった彼らがどうなるのか……想像には難くない。無論呪いでこのようになっているのであるから、壊れないという可能性も十分あるが、それを頼みに見過ごすのは、あまりに楽観というものだろう。頭の中でそんなようなことを片付けてから、類は聚楽と共に石膏像へと向き直った。何かを持ったような姿で物言わぬ石膏の塊となった学生は、驚いたような顔で止まっている。
 それにしても――
(我思う故に我あり、なんて言葉もありますが)
 思考を停止したものは生すら要らぬとでも言うような呪いである。この呪いをかけた主と、人の数だけある思考回路と感情交差を愛する類とは、おそらく思想の面では相容れないのに間違いがなかった。
「そう言えば、なんで学生服なんだ?」
 聚楽に質問されたので、類は『生徒手帳』を彼に見せる。真新しい生徒手帳、そこには、この彫像と化した被害者の名前と、『類の写真』が貼ってあった。
「日中に、学生たちに混ざって、少しお邪魔していたんです。制服は、この少年のものを組織からお借りいたしました」
 ただ、猟兵が違和感を持たれないと言っても、流石に異能の力まで隠せるものではない。であるから、類は、学生たちが皆いなくなるまで、情報収集がてら、校内で時機を待っていたのである。特に、今回の入り口は『げえむ』だ。然程詳しくない類には、比較的調査が難しい発端であった。
「しかし、そのげえむ、の話をしていないだけならまだしも……一週間以上ここで石膏像となっているはずの彼のことまで、誰も話題にしていないというのは――少々、恐ろしいものがありましたね」
 途中、美術部らしき生徒たちが、ここで石膏像のデッサンをしていたのも見た。それなのに、彼らの誰も、今類と聚楽の目の前にいる少年のことは話さないのだ。
 まるで、そこにおかしいものなど何一つないかのように。
(……かけたものは)
 勿体ないことをしないでほしいものだ――類はもう一度、先程も呟いたことを頭の中で思い浮かべる。思考が止まったからというただそれだけの理由で、ひとをひとり、消してしまうなんて。
 ――止まっているなら、動かせばよいのだから。
 それがどれほど惜しいことなのか知らぬから、そんなことが出来るのだ。
「……それでは、解呪をしていきましょう」
「頼む。俺はそう言うの苦手だからな」
 聚楽が数歩後ろへ退いて、石膏像と相対するのは、類だけになる。
(物になろうと、心あった者の生への執着は強いはずだ)
 そう考えながら、類は、ゆっくりと手を石膏像へと伸ばし、その凍った白い肌に手のひらで触れる。それだけで伝わってくるのは、呪いの魔力だ。這いずるような、粘度の高い、他者を不快にさせる魔力。正体は知れぬ――強い、が、これは……『命の強さ』ではない。この呪いの術者は、もしかすると既に死んでいるのかも――しれぬ。真剣な眼差しで、類はその魔力を辿り、破邪の力を逆に流していく。柔らかな類の手のひらが、石膏像に僅かな温もりを与える。
 そうして、類は、少年へ問う。
(――生きたいかい?)
 返ってくるのは、あえかな声。蛹から這い出す蝶の、柔らかな翅にも似た、脆い囁き。冬の海に消えゆく泡のような叫び。類は形も歪なそれを拾い集めながら、優しく告げる。
(ならば、念じて)
 そのあと何をしたいかを。
 これから先の明日を。
 何のために『生きていきたい』と願うのかを。
(君がそれを望むなら――繋ごう、縁を)
 するりと手のひらを離して、類は己の指を齧る。ぶつりと躊躇なく犬歯で突き破られた皮膚から滴る赤い血で、男は石膏像へ紋を描き――瓜江の封印を解く時の要領で、己と少年を赤い血の『糸』で繋いだ。
(さあ、君は何が欲しい。何がしたい。何を求めて、君は生きる?)
 念じてごらん――包み込むように、再度告げる。呪われた少年は、二重となった呪詛の繭の中で、微睡むように口ずさむ。
 ――自分の。
 自分の、人生を。
『自分の人生を歩んでみたい』。
 それは切望だった。憧憬だった。希望だった。歓喜だった。執着だった。渇望だった。
 ならば、それを叶えよう。類は少年に語る。僕がそれを繋ごう。それを、僕が君の『よすが』にしよう。
 だから――『帰っておいで』。
 いいのか。おれは。おれはそれが出来る?
 出来るよ。君は、君の人生を歩むことが出来る。
 じゃあ。
(じゃあ――)
 類の脳裏に、聚楽のものでも、ましてや己のものでもない声が響いた。石膏像が、色を取り戻していく。かは、と、『少年』の、喉が鳴った。がしゃん、と何かの落ちる音。驚いたような表情だった少年の顔が、縋る子供のそれに変わっていく。
「……じゃあ、おれを」
 すくってみて。
 倒れ行く間際、はっきりとした肉声でそう呟いて、少年は類の腕の中で昏倒した。解呪は成功したので、おそらくは単純な疲労によるものだろう。肉体的な損傷も念のため確認しておくが、少なくとも、類の知識では問題がないように見える。
「成功したのか? 生きてはいるみたいだが」
「ええ、生きています」
「なら良かった」
 解呪はどうしたもんかと思ってたからな、と、近寄ってきた聚楽が、少年を覗き込んでから、床に落ちた『げえむ』の機械と思しきものを拾い上げる。
「こいつだな」
「げえむは入っていますか?」
「確認してみる。……ああ、入ってるな」
『めもりーかーど』もあるからこのまま持っていけば遊べる。聚楽の言葉の意味は掴み切れなかったものの、声色が今までより若干明るいので、悪い状態ではないのだろう。類は少年をゆっくりと床へ――他に横たえる場所がなかったので――寝かせる。
「そう言えば」
 見上げれば、聚楽が、その色違いの瞳でしゃがむ類を見下ろしながら、首を傾げていた。
「その学生は、最後なんて言ったんだ?」
「……自分を、『救ってみて』」
 寝間着の少年は、UDC組織が保護してくれるだろう。安らかに柔らかなその頬と髪を撫でてから、類は立ち上がる。
「己の人生を歩んでみたい――と、彼は言っていました」
「……そうか」
 聚楽の返事はそれだけだった。機械をパーカーのポケットに入れて、その猫のような相貌で『すまーとふぉん』を操ると、「それじゃ、儀式場に行くか」と言って類を見、それから先に美術室を出た。それを追って、類も美術室を出る。既に時刻は七時を回っている。他の猟兵も皆、集まっている頃だろう。
「しかし、奇妙な感じがしますね。猟兵の僕らが『儀式場』を用意することになるとは」
「仕方ないな。調べてみないことには、どうにもならないんだ」
 そしてこれを調べるということは、つまり『邪神を呼び出す』ということに他ならない。
「まあ……猟兵も多いし、結界だのなんだのも用意してあるらしいから、大丈夫だろ」
 多分――と、やはり斜に構えた表情で、聚楽は言ったのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

黒木・摩那
【WIZ】
そこそこに面白いゲームで、攻略情報とかも出ているけど、
誰も手に入れたことが無くて、彫像になってしまうゲームですか。

このまま被害を拡大させるわけにはいかないので、
問題のゲームを探します。

ゲームをプレイしてもらうのが目的ですから、物はあるはずです。
流通もはっきりしないことから、おそらくはゲームは売っているのではなく、
勝手に店先などに置かれているのではないでしょうか。

そうなると、木を隠すのは森の中。
大きなゲームショップを回ります。
片っ端からゲームタイトルとゲーム会社をスマートグラスで検索を掛けながら
問題のゲームを探します【情報収集】。
ゲーム会社が無いゲームが怪しいゲームでしょう。



 
 さて時間は、少々遡って午後四時。どれほど長くやってくれている食事処のランチも遂に終わりを告げ、カフェで寛ぐ人々も少なく、夕刻までの気怠い停滞が満ちる夏の都市部。
 その駅前から、ゲームショップへと続くアスファルトの道で摩那は一人、信号を待っていた。艶やかな黒い前髪が、ふと吹いた風で、額にぺたりと貼りつくのを指先で直してから、摩那は冷静に、件のゲームのことを考える。
 ――そこそこ面白いゲームで、攻略情報とかも出ているけど、誰も手に入れたことが無くて、彫像になってしまうゲームですか。
 奇妙と言うにも奇妙が過ぎる――というか。
(なんとなく……『それを見つけること自体』が既にゲームの始まりなんじゃないか。そんな気がしますね)
 何と言うか――『誰かの掌の上で踊らされている』ような感覚を抱くのである。こうして、摩那がそれを探すために方々を歩いて回ることも。石膏像にされた学生たちを救うために、UDC組織や猟兵が事件解決に乗り出すことさえも、『システムの上』であるような。
(……流石に、考え過ぎでしょうか)
 それに、たとえそうだったとしても、今の摩那にはどうしようもない。何にせよ、一先ずはゲームを手に入れるところから始めなくては、参加権すらないのである。
(ゲームをプレイしてもらうのが目的ですから、物はあるはずです)
 そして、流通もはっきりしないということは、おそらくゲームは売っているのではなく、勝手に店先などに置かれているのではないか――摩那はそうあたりをつけている。そもそも、学生たちが本当に『レジへ通して購入したのか』というのも怪しい。店で仕入れた物として登録していない商品は、普通レジを通せないからだ。また、他の猟兵からの情報で、『存在していない』公式サイトを学生たちが『見ていた』というのもわかっている。ということはつまり、彼らの証言の一切が嘘である可能性もあるのであった。
 ただそれでも、被害者たちが証言した日に、『ゲームショップへ行っていたこと』だけは全員監視カメラなどの映像と照らし合わせて、証拠として確かだったから――木を隠すのは森の中、ならば、店頭に並ぶゲームを片っ端から調べていけば、いつかはそれに行き当たるだろう、というのが摩那の考えであった。幸い、猟兵たちの調査にて、ゲームタイトルとパッケージ画像は判明している。ならば、そのタイトルを探して調べ、確かめれば良いだけだ。取り扱いには少々気を付けた方が良さそうだが、摩那は呪詛に耐性がある。多少なら問題ないだろう。
(このまま被害を拡大させるわけにはいかないですからね)
 石膏像となった被害者たちの方には、既に他の猟兵たちが向かっている。であれば、次は更なる被害を未然に防ぐことが大事だろう。
 青になって音楽を鳴らす信号を渡り、雑多なビル街へ足を向ける。ややいかがわしくもあるA型看板を過ぎて、摩那は目当てであった大きなゲームショップへと辿り着いた。なお、ここへ至るまでに、念のため被害者たちが購入したと言うショップにも向かってみたが、残念ながらというべきか、当然ながらというべきか、ゲームはなかった。
 ここにあれば良いですが――と思いながら、摩那はビルへ入り、ゲームが置いてある階へとエレベーターで向かう。軽い音を立てて扉は開き――そして、少女は直感した。
 ゲームは、『ここに在る』。
 冷蔵庫の中のような、冷気にも似た呪いが、空調の風と共に足元を這いずっていた。起動中のガリレオに映し出された情報を見ながら、摩那はそれを探すべく、足首を掴むように纏わりつく呪詛を切るようにして陳列棚の間を歩む。これでもない。これも違う。あれでもない――すれ違う客たちが持つゲームやCDの類も見落とさぬようにしながら、摩那は目線を走らせ続ける。
 果たして『それ』は、乙女ゲームコーナーの一角に、ひっそりと並べられていた。
(――あった)
 ゲーム会社の表示――ステータス、不明。タイトル『フィロソフィカル・ブルー』――青薔薇の散る、華やかなパッケージ。これね、と摩那は手に取って、

 聡いお嬢さんだ。あるいは運が良いのかな。どちらでも良いか。既にこれは『君』のものだ。

(――ッ!?)
 その『声』を、聴いた。
 周囲から聞こえたものではない。そもそも、鼓膜を揺らしたかどうかも定かではない――そんな、『声』だった。流石に驚いて目を瞬かせると、さざ波のように声がまた、摩那の脳裏に閃く。
 おやお嬢さん。聞こえるのだね――面白いな。けれど対話しようとは思わない方が良い。これはシステムだよ。いつ何度でも起こり得る――そういう自動的な『装置』なのだ。私は既に『そう』なった。だから私に名を聞いても意味はない。目的はあるが。
(……では、その目的を教えて欲しいものですね)
 頭の中で問うてみれば、声は、わかっているだろう、と返してきた。
 何故『君たち』はここに来たのだ。それが答えだ。
(事態の解決、ですか? それを求めていた?)
 違うな。違う……『解決』など、それこそ、今この場でゲームを叩き壊せば済む話だ……まあ尤も、そんなことをしても、しばらくすれば別の場所で次のゲームが発生するだけなのだが……。
(では、何を)
 声が小さくなってきた――これは、情報を全て聞き取れるだろうか。そう思いながら、再度問う。答える声はやはり細く、店内で流れる音楽の方が大きいくらいだった。
 精神の充足は……何物にも代えがたい。
 声は、それだけ言って消えた。何度か呼びかけるも、返事はなかった。
 精神の充足――と、摩那は声が最後に言ったことを繰り返す。『誰』の。素直に考えれば、先程の『声』の主なのだろうが。
(謎が増えたわね)
 頭の痛い話である。ともあれ、ゲームは無事に手に入れられた。現時点ではそれで良しとしよう――そうして最後の一件の被害者の元へ向かっている猟兵たちへとゲーム確保の連絡を入れながら、摩那は、ショップを出たのだった。

 

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
考えることを辞めたなら、石像となっても変わりなし
悪い冗談、御伽噺のような話です
もっとも現実で起こってしまえば悲惨極まりないのですが
被害者達を救い、これ以上の被害を阻止せねばなりません

不審なのは、自宅でゲームをプレイしていたのに何故学校で石膏像となっていたかということ

UDC組織の支援を受け●礼儀作法●世界知識を活かし「警察官」として学校を訪問
「近隣で石膏像の盗難被害があり、急に像の数が増えたという噂があったので調べさせてほしい」と要請
像に関する詳しい事情を●情報収集

一番の情報源は石膏像の被害者達ですが、確実な効果があると判明するまでUCは使いたくはないですね…
これの役割は治癒というより、むしろ…


佐伯・晶
選択に自分があるかどうか、か
配られる札は選べないから
腹を括れるか否かだと僕は思うけどね
まずは学校に潜入しようか
UDCに頼めば学生服なり学生証なり入手できるかな
美術室はゴットクリエイションを使い
内側から鍵開けさせて入れないかな
トカゲっぽい人形を換気扇から入らせるとか
紙の人形を隙間から入らせるとか状況に応じて考えるよ
被害者を見つけたらまずは観察
次に触れて普通の石膏像と差がないか調べるよ
服も石膏になってるなら脆そうだし注意しないとね
乙女ゲームって事は女の子が多いのかなぁ
男の子だけなら何かあるかもね
美術室にゲームの手掛りないなら被害者の家に忍び込む事も考えるか
一般人には認識できないだけかもしれないしね


ジニア・ドグダラ
思考を止めると、彫刻になる、ですか。探索者として、行動していた時でも、聞いたことがないですが……調べて、見ましょうか。

ひとまず、学校に侵入してみます。見つかっても面倒ではありますので、気配を殺し【目立たない】よう裏口や人通りが少ない時間に行動します。

目的の石膏像を発見出来たら、念のため自身の【呪詛耐性】を強めるようローブに施した呪術を唱えておきます。

そして石膏像にある術を解呪できるか、【破魔】の呪文を詠唱しましょうか。それで解除できれば御の字、出来ずとも、です。今度は死霊からの【呪詛】で石膏像の術を上書きできないか、敢えて石膏像の術の封印を解く等、出来る限りのことを、試してみましょう。



 
 ――選択に自分があるかどうか、か。
 かつてその身が邪神と融合してしまった晶は、それを考える。中学校の校舎、その窓ガラスに映る、変貌してしまった己の姿を横目に見ながら。
(配られる札は選べないから、腹を括れるか否かだと僕は思うけどね)
 運命というディーラーは、参加しているプレイヤーのことなど、微塵も慮ることはない。配られる札はいつも突然であり、そして求めるものとは限らない。それがファイブカードであろうと役無し〈ブタ〉であろうと、プレイヤーはそのカードで勝負するしかないのだ。どれだけ嘆いても訴えても、札は変わらない。ならば、その札で、どう勝ちの目を見つけるか。
 それを考えるのが、『選択する』ということなのではないか。
 UDC組織に頼んで渡してもらった学生服と学生証を手に、晶は、夏休みの校内を歩く。熱気に満ちた校舎の中を、吹奏楽部の生徒たちの金管楽器の音が、途切れ途切れに聞こえてきていた。そう言えば、組織の職員たちが、体育祭に向けて練習しに来ている子たちがいるから気をつけてって言っていたっけ。熱気に煽られたスカートは、足に纏わりついて少しばかり鬱陶しかった。
 と、不意にスマートフォンが震えたので、足を止め、ポケットから取り出してその画面を見る。ショップへ赴いていた猟兵からの、ゲームを手に入れた、と言う連絡だった。見れば時刻は既に午後四時半だが、窓の外から入り込む夏の日差しはまだまだ強く明るかった。目を細め、その強さに眩みながら、晶は再び歩み出す。
 ……さて。
 辿り着いた美術室は、当然ながら鍵がかかっていた。鍵はない――借りるには夏休み前の事前申請が必要だったとのことで、借りられなかったのである。これもまた、札の一枚だ。だから――いつだって、札は『選べない』のだ。
 では、どうしていくか。
(……内側から鍵開けさせて入れないかな)
 換気扇のようなもの――は、ない。あればそこからトカゲっぽい人形でも潜り込ませたんだけれど、と思いながら、晶は他の場所を探す。見つかったのは、重なり合った二枚の扉、その隙間であった。ここなら、物によっては通れそうだ。そう考えて、晶はゴッド・クリエイションで紙の人形を作ると、扉の隙間へと送り出した。
 案の定、すう、と、薄い紙の人形が、その狭間へ入り込んで行ったので、晶は良し、と内心で頷く。しばらく待つと、がちりと音がして、美術室の鍵が開いた。がらがらと、扉も内側から人形が開いてくれたので、ありがとうと小さく礼を言ってから、中へと入る。
 カーテンを開けたまま閉め切られていた教室の中は、ひどく蒸し暑かった。その温度と湿度に顔を顰めながら、晶は石膏像を探すべく視線を巡らせてみて――すぐ、その少女を見つけた。後退るように凍り付いた少女、そのあどけなく大人しそうな顔は、恐怖で引きつっている。その手には何もないように見える――実際に持っていないのかどうかはわからないけれど。
(被害者は、今のところ、女の子が二人、男の子が二人……いや、予知の子含めて三人だっけ? ってことは、この子で女の子は三人目になるのか……乙女ゲームだから女の子が多いのかと思ったけど)
 そうでもないようだ――男の子だけというわけでもないようだし。けれど数の均衡は取れている。何か意味があるのか、と思いながら、晶は注意深く石膏像を調べていく。まずは観察だ。少女の服装、持ち物、表情。何かおかしなところや、ゲームに繋がるところはないか。
(……ん?)
 よく見れば、少女の右手には、何か可愛らしい手帳がある。石膏像になっているからその表面に何が書いてあるのかは、はっきりわからない。攻略メモとかなら嬉しいけど、解呪ができない限り自分にはどうしようもないな――そこまで観察して、晶は息を吐き、体を起こした。観察する限り、外観は、よく出来た石膏像、と言った風情である。正直、悪戯で用意されたものだと言われれば、その労力を他の所へ向けたらいいのにとは思うが、それなりに納得するようにも思った。
 であれば、他の石膏像とは、何か触れて差があるところはあるのだろうか。晶は、少女の服を壊さぬよう慎重に手を伸ばす。可愛らしいフリルやレースのついた部屋着は、下手に触ると折れてしまいそうだったから。
 だが晶の手に伝ってきたのは、およそ人とは思えない、冷えた無機物の温度だけであった。もしかすると、詳しい者が触れば呪詛などの気配もわかるのかもしれなかったが、晶にはそれを察知することはできなかった。彼にわかるのは、今触れている『もの』が……確かに石膏像であるということだけだ。
 その感触に、ふと――思い浮かんだのは、石像になる己だった。
 晶は邪神の力を使い過ぎると、封印の力で石像になってしまう。心身が弱ってもそうだ。晶の人生は今、邪神と共にある。登山中に出会った、石像。あれになってしまう――己。
 この少女のように、物言わぬ封じられた石になってしまう、自分。
 す、と手を退き、何となく晶は自分の頬に触れる。柔らかで熱い。それはそうか、と思いながら手を下ろす。
「……腹を括れるか否かだ」
 呟いて、またスマートフォンが震えたので、取り出して見る。先程同様、他の猟兵たちからの連絡である――到着したのでそちらへ向かいます、という旨である。また、それに少し遅れて、ひと段落したので向かいます、というような旨のものが届く。確か、ジニア・ドグダラとトリテレイア・ゼロナインと言ったか。二人とも、解呪の手立てがあると――トリテレイアの方は少々歯切れの悪い調子だったが――言っていたから、このまま待っていれば良いだろう。彼らに任せれば、あの手帳の正体も知れるのに違いない。一応風だけ通しておくか、と、晶は蒸した美術室の窓を開ける。グラウンドで練習をしているらしき運動部の声が、よく聞こえていた。蝉に混じるそれを聞きながら、晶は手近な椅子に座って、二人の猟兵が訪れるのを待つ。
 ――もしこれでゲームの手掛かりがないなら、この子の家に忍び込むかな。
(一般人には認識できないだけかもしれないしね)
 そう考えながら眺める、中学校の制服の、夏用チェックスカートから伸びる足は――如何にも少女らしく白く、細かった。

 ●

 考えることを辞めたなら、石像となっても変わりなし。
(悪い冗談、御伽噺のような話です)
 もっとも現実で起こってしまえば悲惨極まりないのですが――可哀想なほどに怯えた校長を見下ろしながら、トリテレイアは、そんなことを思う。第一、御伽噺で出てくるその類の事象は、大抵呪いからの解放がセットだ。だが、この事件には、それが無い。石像となればなったまま、誰にも気付かれず朽ち果ててゆくばかり。このような事件、およそ看過できるものではない。
 現実は、御伽噺とは違うのだ。
「――それでは、盗難被害の調査で来られた、ということですね?」
「はい」
 だからこそ、被害者を救い、これ以上の被害を阻止せねばなりません。空調のついた応接室で、トリテレイアは『警察官』として校長と相対していた。用件――というより要請としては、『近隣で石膏像の盗難被害があり、急に像の数が増えたという噂があったので調べさせてほしい』としている。UDC組織に用意してもらった警察手帳も既に見せており、校長は彼を警官と認識して疑っていない。それでも怯え、要請に応えることを躊躇う様子を見せているのは、『夏休み中に問題が起きて、責任を負わされる』というのが怖いのだろう。けれど、彼は事実としてこの学校の責任者であり、それは仕方がないことだった。
「少し調査をさせて欲しいだけなのです。いけませんか?」
「いえ、それは、それは別に良いのですが」
 それで、石膏像があったら、誰の責任になるのでしょうか。そんなようなことを、校長は口の中でもごもごと言った。
「石膏像があったということは、『盗みを働いた者が校内へ侵入した』ということでしょう」
「それは、そうですね」
「『不審者が侵入した』ということになります……よね」
「ええ――恐れ入りますが」
 そうなりますね、と答えれば、気の弱そうな顔の校長が、青い顔で、「やはりそうなりますよね」と顔を覆った。それから少しだけ静かになって、何かを考えるように目を伏せてから、「わかりました」と顔を上げてトリテレイアを見た。
「問題ありません。調査をお願いします」
「――ありがとうございます」
 このまま拒否されるかとも思ったのだが、存外に校長は、あっさりとトリテレイアの要請を受け入れた。そこに何の打算、あるいは良心の働きがあったのかはわからない。ただ、どちらにせよ、彼にとっては僥倖というものであった。
「しかし、石膏像が増えているということでしたが、特別そのような報告は受けていないのですよ。なぜ、そんな噂が?」
「私も詳しいことは存じません。ただ、噂……というより、匿名の通報がありまして」
 そうなると調べないわけにはいかず、と返せば、校長は青い顔のまま、首を捻った。
「そのようなことがあれば、生徒たちが先に噂しそうなものですが」
「聞いておられませんか?」
「聞いていませんね――恐縮です」
 汗で――おそらくは冷や汗だろう、空調は外の蒸し暑さを感じさせないほどよく効いているから――光る額をハンカチで拭いながら、校長が、そう言って一つ頭を下げた。
「この辺りで不審者が出たという話も聞かず……生徒たちの親御さん方も何も仰っておられませんから」
「そうですか……」
 ――親も何も言っていない。それが引っかかり、トリテレイアはふと、その点について質問を投げかける。
「何か、行方不明として届けが出ているお子様はいらっしゃらないのでしょうか」
「行方不明、ですか?」
 校長が、再び首を捻る。
「さあ……そのようなことは聞いておりませんね」
 生徒がいなくなれば、大騒ぎになるはずですし。校長はそう言って、その干しぶどうのような目を瞬かせた。
(親にもわからないうちに……消えてしまうのですか)
『箱』の中の人間には、事実が伝わらない――きっと、永遠に。
(この物語の『作者』は……随分と……無情な結末が好きなようですね)
 不幸というのではない。ただ――『無情』である。
 考え込むような素振りを見せていた校長が、困ったように口を開いた。
「やはり、思い当たるところはないですね。お役に立てず申し訳ない」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
 それでは鍵をお渡しします、よろしくお願いしますと何度も頭を下げながら立ち上がった校長に促されて、トリテレイアは応接室を出る。
 美術室は、南旧校舎の三階ということであった。
 校長と別れ、蝉の声で満ちる、生徒の少ない校舎の中を歩いて――旧校舎の入り口のところで、トリテレイアは立ち止まる。
「手に入れました」
 そう呟くように語り掛ければ、柱の影から、現れるのは棺桶を背負った少女だ。ジニア・ドグダラ。先日、製薬会社の事件にて一緒になった――娘であった。ひっそりと、夏の喧騒へ紛れるように、ジニアはいつものローブと棺桶の姿で立っている。栗色の髪を熱気に揺らして、彼女はぺこりと頭を下げた。
「すみません、お任せしてしまって」
「お気になさらず、そう言う段取りなのですから」
 そう言って、トリテレイアは先んじて美術室へ赴いていた晶へと連絡を入れる。美術室の鍵自体はおそらく彼が開けているのだろうが、念のためである。鍵を抑えた状態で中から施錠してしまえば、万一誰かが美術室へ入ってくるのを防げる。ジニアは既に連絡を終えていたようで、そのまま何をすることなく、二人揃って旧校舎へ入った。
「トリテレイアさんが警察官として正面から向かってくれて、助かりました」
 気にするのが生徒の目だけになったので、とジニアがフードの影で言う。やはり、並んでしまうと、自分からは彼女の顔はよく見えないのであった。
「こちらこそ」トリテレイアは続ける。「ジニア様の一助となれたようで幸いです」
 会話する旧校舎の中を、華やかな楽器の、拙い音色が響いていた。
「それに、私もジニア様には今から頼ることになりますから」
 できれば己の手で解呪をしたくなかった彼にとって、ジニアが解呪の手段を持っていたのは幸いであった。先日も使った、胴の短剣。これを使わなくて済むのなら……それが最も良い。たとえ、石膏像となった被害者が、一番の情報源だったとしても、だ。いっそ安堵と呼んでも良かったかもしれない、この感覚は。何故なら――
(……これの役割は治癒というより、むしろ……)
 ――これは、その名の通り、『慈悲』なのだ。
 頭の中で独り言ち、あの白い神を思い出す。無論、確実な効果があると判明したならば、使うことは吝かではない。けれど、まだ。まだ、何もわかっていないのだから。
 たとえ浅くであっても、これを突き立てるのは、最後で良い。
 美術室は、考え事には向かないほどに、近かった。

 ●

 その予知を聞いて、彼女が最初に抱いたものと言えば、疑念であった。
(思考を止めると、彫刻になる、ですか)
 探索者として行動していた時でも聞いたことがない話である。とは言え、実際に被害者が出ている以上、聞いたことがなくとも、確かにそれは事実なのであろう。
(……調べて、みましょうか)
 となれば、侵入するのは学校だ。UDC組織から被害者の居る学校を教えてもらい、トリテレイアが正面から警官として教員の目を引いている隙に、ジニアは裏から、気配を殺し、目立たぬよう、人通りの少ない場所とタイミングで入り込む。見つかっても面倒だと思っていた彼女にとって、何をするにも僅かに半端であるような、午後四時過ぎという時間は、侵入するのには丁度良かった。そうして、先に学生として赴いていた佐伯晶が鍵を開け、トリテレイアが本物の鍵の方を抑えて、自分と合流する。

 美術室へ辿り着くのは、呆気ないほど簡単だった。

「お疲れ様」
 そう言って立ち上がった『男』は――少女にしか見えない姿をしている。金髪に碧眼の、精々十代の前半だろう。自己紹介とUDC職員からの説明がなければ、ジニアも彼女を年下の少女として見たのに違いなかった。
 UDCというのは――オブリビオンというのは。
 いつだって簡単に、人生を変えてしまうものですね。ジニアは少しばかり、そんなことを思った。親友の遺体を埋葬したのは、もう、先月のことになるのか。
 彼女の安らかな眠りを――自分は今も、祈っている。
「お待たせしました。それでは、そちらが被害者の方……でしょうか」
「うん。一応僕の方でも見ておいたけど、大したことはわからなかったな」
 晶が座っていた横には、可愛らしい容貌の少女が、真っ白な彫像となって存在していた。彼女が纏っているのは確かに――強い呪詛だ。けれど、思っていたよりは弱い。人の存在を消して、石膏像としてしまうには、力が足りていないように感じる。もしかすると、原因となったゲームはここにはないのかもしれない。そんなことを考えながら、ジニアは「わかりました、ありがとうございます」と答える。
「それでは、私も見ていきますね」
「ありがとう。ああ、窓は閉めておこうか」
「こちらも、鍵をかけておきますね」
「お願いします」
 晶が窓を閉め、トリテレイアが扉を施錠する。風と共に音が遮断された美術室の中は、時折薄く管楽器の音楽が鳴り響く他は、すっかり停滞して静かだった。
(あなたが……被害者なのですね)
 美術室に集められた石膏像。その中に、彼女は居た。ひっそりと、ひとりぼっちで。念のために、己のローブの呪詛に対する耐性を高める呪術を唱えてから、ジニアは少女へ近付く。彼女にも、友人は居たのだろうか。その友人は、彼女を忘れて――これからも生きていくのだろうか。あるいは、いつか思い出して、この子を探そうとするのだろうか。消えた友人を探して、彷徨う『誰か』となるのだろうか。
 それは。
 そんなものは……自分にとって、許せることではない。
 友の眠りを守るために。
 己と同じ人を増やさないために。
 ジニアは、まだ、猟兵として立っているのだから。
(まずは――破魔の呪文を詠唱してみましょう)
 それで呪いが解除できれば御の字、出来ずとも、です。もしそれが駄目でも、手段は、いくつか考えてある。死霊からの呪詛で、石膏像の術を上書きできないか。あるいは、敢えて石膏像の術の封印を解く。一つが駄目でも、その次へ、出来る限りのことを考え、試し続ければ、いつかは光明が見えるはずだ。
 それを、自分は、知ったから。
 破魔の力を込めた呪文を唇に乗せて、彼女は石膏像へと手を伸ばす。
「――翳る森の白き鴉よ、来たれ。其の翼穢す邪影散らし、泥濘に月を浮かべよ。汝、力持つ者なり――」
 詠唱と共にジニアの指先が、少女の額に触れるか触れないかと言ったところだ。じり、と奇妙な――何かが燃えるような、焼き切れるような感触と音がして、指が熱を持った。これは、成功しているということなのだろうか。確か、呪いは二重となっているのだったか。ということは、先程の感触は、一つ目が解けたということか。様々な思考を巡らせながらも、ジニアは破魔の力にて、少女と対峙する。
 指は最早、燃えていないのが不思議なほどの温度に思えていた。見た目は少しも変わっていないのに、焼けるように熱い。それでも、やめるわけには――いかない。そう強く自分を保ち、詠唱の次の節を唱えた、その時であった。
 ふわり、と。
 石膏像となった少女の部屋着、そのフリルが、不意に柔らかく揺れた。癖のついた巻き毛のような髪が、黒く少女の肩へ落ちる。肌に色が戻って、ひゅう、と、少女の喉が鳴った。
 ジニアの破魔が、少女の呪いを解いたのである。
(成功――ですね)
 良かった、心からそう思う。詠唱の最後の一節を唱え終わる頃には、少女は完全に、元へと戻っていた。華奢な体が崩れ落ちるのを、トリテレイアと晶が支えて、机を並べて作ったベッドのような場所へと横たえる。やはり、ゲームは持っていなかった。ということは、自宅かどこかにあるのだろう。
 そうしてややもせず目を覚ました少女へ質問してみれば、返ってきたのは肯定であった。
「お部屋に連れてくのも、ゲーム、あげるのも、いいです……けど。どうせ……無くしたって言えば、パパが新しいの買ってくれると思うし……でも、えっと。できれば、同じ年くらいの……女の子がいいな……」
 おどおどとした様子でそう言いながら、晶をじっと見つめる少女の言葉を解釈すると、つまり、晶以外は嫌、ということであるらしかった。一応ジニアもどうかと訊いてみたけれど、「年上のお姉さんはちょっと怖い」と返されてしまったので、大人しく引き下がった。無理強いをしたいわけではないし、晶を望むのであれば、彼に任せれば良いと思ったのだった。丁度、少女と同じ学校の制服も着ていたから。晶もそれに合意して、三人は少女の自宅へと赴いたのである。

「それじゃあ、もらってくるよ」

 そう告げて、少女の自宅である高層マンションへ上がった晶が――すっかり困惑した顔で、目的のゲームと一緒にぬいぐるみやドレスの入った箱を山ほど抱えて帰ってきたのは、それから二十分も経たないうちのことであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​




第2章 冒険 『そのゲーム、裏ボス邪神だってよ』

POW   :    ゲームはトライ&エラー! 気力と気合の続く限り挑戦を続けるぜ

SPD   :    チートや改造が無しなんて話は聞いてない! 裏技も使ってクリアだぜ

WIZ   :    攻略のカギは情報にあり! 提示板や攻略本、皆でわいわいクリアしちゃうぜ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 UDC組織に用意された『儀式場』は、山間に作られた、組織所有のペンションであった。調査の結果、邪神が出てきて戦闘になってもいいよう、周囲に人家のないそこが選ばれたということである。そして今、その中に作られた広めの食堂――と言うには少々洒落ている。内装だけを見るならば、イタリアンかフレンチのレストランのようであった――に、此度の猟兵たちは手に入れたゲームと共に集められていた。
 山の中だと言うこともあり、外気温も然程高くはない。また、空調もきちんと効いており、食堂内は非常に快適な室温となっている。服装によっては、少し寒いかもしれない程だ。広さも十分で、全員が座っても少し余裕があるようだった。丸テーブルにかけられたテーブルクロスは白と赤の二重構造となっており、清潔である。セットになった椅子も、柔らかく座り心地の良いものだった。このような状況でなければ、ワインかシャンパンの一つでも頼んで、何がしかの料理を注文するのが最も似つかわしいのではないかと思われる場所である。
 だが、今回は、ひと時のバカンスのために使おうというのではない。

 ゲームに潜む邪神を呼び出し、屠ること。

 それが、集まった猟兵の目的であった。そのために、組織はあらゆる手段でこのペンションを『防護』している。
 ここまでの調査にて、猟兵たちが手に入れた情報は、大きく分けて四つ。

 一つ。隠しルートの出し方。
 一つ。『死人の呪い』。
 一つ。『自分の人生』。
 一つ。『精神の充足』。

 これらの情報を用いて、猟兵たちは、邪神を呼び出さねばならない。無論、これらの他の情報も、無駄ではないはずだ。あるいはその中にこそ、より重要な情報があるかもしれぬ。それは、今の彼らには、わからぬことである故にだ。

 兎にも角にも――『思索せねばならない』。

 手段はどうでも。――『ゲーム』は手段を問うていない。
 目的がどうでも。――『ゲーム』は目的を問うていない。
 巧拙などには関わらず。――『ゲーム』はその優劣を求めない。

 この『ゲーム』は『それ』を求めるのだから。

 
佐伯・晶
人の心を知る術はないけど
あの子余程寂しかったのかなぁ
記憶処理されて忘れるんだろうけど
感想を伝えられるくらいにはゲームを楽しもうかな
乙女ゲームだけど男の子も遊んでいるから大丈夫だよね
たぶん

メモ見せて貰ったけれど
機械的に隠しルートの出し方をなぞるのはたぶん違うんだろうね
シナリオを楽しむついでにゲームの作者の意図を
話の中で伝えようとしている事を考えながら進めるよ
被害者が学生だった事
石膏像が学校に保管されてた事も関係するのかな
先に他の猟兵やUDC職員に被害者達の情報を聞いておこうか

もし思考を止める事で石膏像に変えられそうになったら
封印の縛めで自分を石膏に変える事で凌ぐよ
後で油断させられるかもしれないし


ジニア・ドグダラ
二重の呪い、手間が凝っているだけに気になりますね……

さて、思索し続けなければいけない。しかし、個人ではいずれは袋小路に行きつきます。
なので別人格を解放し、一斉に脳内で討論します。その際に発生する出血や毒に対しては『特殊鎮痛剤』で【医術】による止血処置をしておきます。

呪いである以上、このゲームにも痕跡はあるはずです。いいえ、状況から特定のルートで発生する可能性があるかと。そもそもゲームをする対象によって変化するのでは。精神的に不安定だから?遊戯により精神が満足した際に発生するのでは。
と、多数の人格で思考し続け、呪いを感知し防護する【追跡】術式を鎖に付与しつつ、手当たり次第ゲームをやっていきます。



 
 晶の手の中には今、少女から渡されたゲーム機がある。
「人の心を知る術はないけど」
 そう呟いた晶に、同じテーブルに着いて画面を覗いていたジニアが、顔を上げて彼を見た。
「あの子余程寂しかったのかなぁ」
 表示されるゲーム機のロゴを見ながら思い出すのは、少女がこのゲーム機と一緒に渡してきた、あの大量のぬいぐるみやドレスである。彼女の部屋は、それらがいかにも似つかわしく、白いレースとフリルで埋め尽くされた、所謂少女趣味と呼ぶべきものであった。少女はその部屋の中で、同じく真っ白なゲーム機を晶に渡してから、「どう思う?」と訊いたのだ。
 ――わたしの部屋、変じゃない?
 質問の意図は掴みかねた。だが、晶は別にそれを、変だとは思っていなかった――すごく可愛らしい部屋だとは思ったけれど。だから、変じゃないよと答えた。その結果があれだ。少女は心から安堵した顔で笑うと、助けてくれたお礼だと言ってあれらを晶の腕に積めるだけ積んだのだった。
「……きっと、晶さんを好きになったんですよ」
 ジニアが、柔らかく微笑んで言った。
「殆ど喋っていないのに?」
「そういうものだと思います。ただの一言で、救われることはありますから」
 良かったら、また来てね。彼女はそう言って、晶を送り出した。
 また――か。
(……この事件のことは、記憶処理されて忘れるんだろうけど)
 ジニアの言う通り、あるいは彼女が晶のただ一言で救われたのであったとしても。組織はそれを消すだろう。それは仕方のないことだ、UDCの存在を一般人に知られるわけにはいかないのだから。だから、少女の求める『また』は、きっと来ない。
 それでも。
(感想を伝えられるくらいにはゲームを楽しもうかな)
 もしも『その日』が来た時のために。
 画面には、既にゲーム会社のロゴが映し出されている。青薔薇を模ったそれが黒にフェードアウトして、パッケージのイラストを使ったタイトル画面が表示されていた。PUSH ANY KEY。その指示通り、適当なボタンを押して、晶はメニュー画面を出す。透き通るような青と、黒を基調にしたデザインである。いかにも女の子向け、と言った風情だった。正直晶は、こういったものにはさして造詣が深くない。
(……乙女ゲームだけど、男の子も遊んでいるから大丈夫だよね)
 たぶん。些かの不安と希望的観測を胸に、晶は『最初から』と書かれたメニューを方向キーで選ぶ。メモリーカードは少女のものだったはずだけど、『続きから』は選べなかった。どうやら、既にセーブデータは消えてしまっているらしい。全ては一度きりとでも言うのか、あるいは『所有者』が変わったことを認識しているのか。どちらにせよ、嫌なゲームだった。
「さっき他の猟兵からメモ見せて貰ったけれど、機械的に隠しルートの出し方をなぞるのはたぶん違うんだろうね」
「おそらく」ジニアの首肯。「それを許してくれるような方が――作っているとは思えませんから」
 確かに、と晶も思った。一瞬でも考えるのを止めただけで石膏像へ変貌してしまう呪い、そこから感じるのは、容赦の無さでもある。
 ならば――シナリオを楽しむついでにこのゲームの作者の意図を。
 話の中で伝えようとしている事を考えながら、進めていこう。
「――ああ。少し、失礼します」
 ジニアがそう言って、腕を露わにすると、手際よくバンドでその二の腕を止めた。何をするのだろう、と思いながら見ているうち、彼女が取り出したのは、一本の注射器であった。蒼く浮き出た己の血管へ、ジニアが針を刺して、その中の薬剤を流し込む。そうしてそれが終わって、ジニアが再び手際よく、今度は注射器とバンドを片付ける。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「何かの持病?」
「いえ――今後への対策です」
 袋小路に辿り着かないための。ジニアの言葉は、彼女のことをまだよく知らない晶には理解しがたかったが、そこにある強さは感じられたので、「わかった」とだけ答えて彼はゲームへと向き直る。
 なぜ操作するのが呪詛に耐性のあるジニアではなく晶なのかと言えば、彼のUCによる。封印の縛め〈シールド・スタチュー〉――万一石膏像へ変えられそうになった場合に、これを使い自らそれへと変貌することで、呪いを凌ぐと同時に相手の油断も誘う。そのような算段であった。
「じゃあ、操作していくね」
 はい、とジニアが頷くのを確認してから、ボタンを押して、本編を開始する。主人公と思しき少女の一人称で進むプロローグ。どうやら、この女の子は、学生であるようだ。十七歳――学園を舞台にしたRPGなどでもよくある年代だ。ターゲット層に年齢が近い方が感情移入しやすいからだろう。少女を育てていた祖父が死んだところから始まるそれは、陰鬱だが、どこか退廃の匂いがして耽美だった。舞台は西洋、と言ってもファンタジーであるらしく、表示されたイラストに描かれた墓は西洋風だが、少女の服装は現代的なのものだ。
(被害者が学生だった事、石膏像が学校に保管されてた事も関係するのかな)
 先んじてUDC職員や他の猟兵たちから被害者達の情報を聞く限り、共通点は、おそらく『人生』について思い悩んでいた――であるとかだと思うのだけれど。プロローグでも、女の子は、学校のことに少し言及している。雨の降る中、少女は、己が通う学校の生徒たちと、あまり折り合いが良くないと言ったようなことを独白していた。石のように冷たい人たち。
(これが原因なのかな?)
 よくわからない。まあでも、まだプロローグだ。もっと読んでみなくては。晶はボタンを押して、次へと進めていく。やがて、教会の鐘が鳴るようなSEが入って、章が終わったらしかった。主題歌の入ったOPムービーが流れるのを、凝ってるな、などと思いながら見る。
(じゃあ……まずは道なりに攻略していこうかな)
 映像が終わると、再びテキスト。祖父を亡くした少女へ、男が声をかけてきた。黒髪に青い目をした、少々厳しい顔立ちの男であった。最初に声をかけてくるんだし、この人がメインキャラなのかな。と、ここで選択肢――『彼についていくか』どうか。ジニアを見ると、一つ頷く。うん――それなら、一先ず、彼についていこう。そうして出てくる選択肢を幾度も選び、テキストを読み進めていく。
 やがて。
「……あ」
「……亡くなって、しまいましたね」
 横にいたジニアが、少しばかりショックを受けたような口調で言った。最初に少女へ声をかけてくれた男性が、処刑されて死んでしまった。いや、晶もこれは些か衝撃である。乙女ゲームって、人死ぬんだなぁ。これ、どうやったら助かったんだろう。そんなことも思う。
 話は、まだ続いていた。
「……続けるね」
「お願いします」
 何度かボタンを押して読み進めるが、ストーリーは終わらない。ここでエンディングではないということは、どうやら、晶たちが進めていたのは彼のルートではなかったらしい。では、誰のルートなのか。彼の死の意味とは何か。傷ついた主人公が選ぶ道は。
 物語の螺旋の中を――晶はまだ、進み続ける。

 ●

 これで、確か、四人目のエンディングだったか。
 恋が実るゲーム――端的に表せば、そのようなものなのだろう。事実、エンディングでは必ず、何らかの形で、主人公の少女と、登場人物の誰かが恋愛を成就させている。バッドエンドと思しきものでは、たまに心中してしまうような形にはなっているけれど、それでも確かに、成就には違いがない、はずだ。ジニアは然程詳しいわけではないから、これが一般的なものなのかはよくわからないが、内容自体は、暗いけれど、普通の恋愛小説に近いと思う――〈普通?〉《普通という言葉ほどくだらないものはないですね》[まず何を以ってしてあなたは普通なんて言葉を定義しているんです?]
 頭の中で、冷笑と共に三人の『ジニア』が囁いた。
(……意見があるなら、具体的に言ってください)
 鎮痛剤で治めてなお、ぎりぎりと痛む頭に眉根を寄せながら、ジニアは『三人』に言う。
《ああ怖い、大層怒っていらっしゃるようですね》
〈怒ったって仕方がないのに〉
[まあまあ。ここは彼女の顔を立ててあげましょうよ――大変失礼しました]
 慇懃に笑う女の声に、ジニアはひっそりとため息をついて、ゲーム画面を見下ろす。思索し続けなければいけない、しかし、個人ではいずれは袋小路に行きつく。それ故に彼女らとの対話を選んだわけだが――実りはあれど、苦痛を伴う。肉体も、精神も。テキストは、また別のキャラのものに入っていた。人生。選ばれ続ける選択肢。少女の選択で変わる物語、救われる男たち。これに付与された――呪い。
 あの時ジニアが解呪したそれは、確かに『二つあった』のだ。そしてそれは、他の被害者でも同じだったということを、彼女は他の猟兵から聞いて確認している。
(二重の呪い、手間が凝っているだけに気になりますね……)
 メリットも理由もないのに、無意味に鍵を二つもかける者はいまい。その人間にとって、『必要があると思ったから』、鍵をかけるのだ。
[そう。必要があるから鍵をかけるのです。必要があるから、呪いを二つも重ねる]
 頭の中で、五番目の女が言う。彼女の言葉は正しい――そこには確かに、制作者の意図がある。呪いに込めた、意図が。
 だからこそ、ジニアは、彼女らと討論をするのである。
 呪いの感知と防護の追跡術式を付与した鎖――後先之鎖の反応も、さして芳しくはない。時折何かに、僅か反応してはいるような素振りは見せるものの、それだけだ。青錆びたその鎖は、未だその術式を発動させてはいない。
(頭が、割れそうですが、今はこれしか……)
 浅い息を吐くと、晶が少し心配そうに、ジニアへと顔を向けた。それに「ご心配なさらず」と微笑めば、頭の中で、〈そろそろよろしいですね〉《情報も出揃ってきた頃です》[求められるのならば、応えましょう――悪鬼のように!]と、三人の女が順繰りに始まりの言葉を告げていく。
〈さて、それでは始めましょう〉
《すべて騙し切ってみましょう》
[敵対存在を殲滅しましょう]
 何度でも何度でも、問答を続けよう。
 この呪いを仕掛けた作者の――術者が求める『思索』の条件を、満たすまで。
 ゲームの中で、また、誰かが死んでいた。
(――呪いである以上、このゲームにも痕跡はあるはずです。事実、ここまでにも、呪いの気配自体は感じられました。防護が必要となるほどではありませんでしたが……それを辿っていけば、自然と邪神の元まで辿り着くのでは?)
 ジニアが提言すれば、それを他の人格が否定する。
《いいえ、状況からの特定のルートで発生する可能性があるかと。まず、きちんとした攻略のメモや記憶を持っていた被害者が一人しかいないというのが気になりますね》
 ならば、と、また別の女が言葉を継ぐ。
〈そもそもゲームをする対象によって変化するのでは。被害者たちは皆学生でしたが、年齢も性別もばらばらです。逆に言えば、『学生である』ということしか、共通点はない〉
 ということは、それは。『学生であるべき』理由があるということか。最後の女が、疑念を口にする。
[精神的に不安定だから?]
(確かに、若さは不安定さでもあります)
〈精神の充足――でしたか。あれが意味するところとは?〉
《つまり、遊戯により精神が満足した際に発生するのでは》
(内容も気になりますね。このゲームの主題は、『青春』だと思うのですが)
〈いえ、確かに青さは題材として強くはありますが、主題というならば、『死』では?〉
《『信念を貫くこと』なのではないかとも思いますが》
[皆、己の信念のために死んでいますからね――しかし殉死とはそれほど尊いでしょうか?]
 討論するジニアとは相反して、ゲームの中では、青薔薇の海に横たわった少女が、一人静かに自問を続けている。自分の人生を生きているとは――どのようなものなのか。確かこれは、エンディング前に必ず見るイベントだ。今までも、何回か見た記憶がある。
「……自分の人生」
 ぽつりと、ジニアは呟く。自分の人生を生きる。
『例えば』
 メッセージウインドウに表示された少女の言葉が、ボタンの操作で、続いていく。
『ある日突然、神様のせいで、まるで別の人生を歩まざるを得なくなった時』
 ――見たことのないメッセージだった。これはストーリーの一部なのでしょうか。そんなことも思うが、次に出てきたメッセージで――ジニアはその考えを撤回した。
『あるいは、唯一無二の親友が、ある日突然いなくなった時』
 ああ――成程。
(これは――)〈手が込んでいますね〉《プレイヤーによって内容を変えるのでしょうか》[それとも、私たちが、『プレイヤー』ではないと気が付いているのか]〈けれどこれは『システム』なのでしょう〉(それなら……これは、きっと、『仕様』なのでしょうね)
 少女が、真っ直ぐな瞳で、こちらを見ていた。
『私たちは、いつだって、そういう不幸に直面する。私たちを籠に捕らえる何かと出会ってしまう。いいえ、最初から私たちは、籠の中に居たのかもしれない。けれどそれは、私たちではどうしようもないことだわ』
 そういう不自由の下で――私たちは選択を迫られる。
『そしてその中のどれかを選んで。時には、途中で道を変えながら、人生を歩んでいく。でもそれは、〈その不自由がなければ〉出て来なかった選択肢なのよ。じゃあ、私たちの人生とは――何に支配されているのかしら。手札で勝負するしかないとして、それなら、私たちの人生とは、ディーラーに支配されているということなの? それなら、私たちは何のために生まれてくるのかしら? どのようにして私たちは、私たちの人生を、〈自分のもの〉だと定義するの?』
 私たちの。
『私たちの人生は――本当に、〈私たちの人生〉なのかしら?』
 ――選択肢は、何も出て来なかった。それでイベントは終わってしまって、暗転と共に、エンディングのイベントへと入った。そしてエンドムービーが流れて――

『隠しルートがアンロックされました』

 ジニアの持っていた鎖が。
 ゲーム機に反応して、蠢いた。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

波狼・拓哉
さてさて現物は手に入った。後は適当に呼び出す…あれこれ以外と難易度高いのでは…???
取り敢えずゲームをスタート。さてと…思索が条件なんでしたっけ。……このゲームについての思索でいいのかな?それとも思索なら何でもいいのか…?まあ、前者の方がやり易いか。取り敢えずこのタイプの恋愛ゲームやったことないから一回自分の思う通りに進めてみようっと。
(一周普通に終えた後)………ええ話やった。え、今時の乙女ゲーって子のレベルなんですか。うっわなんか嵌りそう。全エンド回収しとこ。話の展開は何となく理解出来るんだけどそこに至る経緯とかは考察のしがいがあるなぁ!(純粋に嵌る)
(アドリブ絡み歓迎)


ロカジ・ミナイ
いやぁ、いいね、いい場所だ
住みたいなぁ…こんなとこに

仕事ってコトを忘れてやしないかって?
やだなぁ、のんびりゲームに没頭出来るって事だよ
乙女ゲーはね、ある人がやってるのを眺めてたから知らないではないの

製作者が用意した分岐
分岐に込めた意図
意図が示す結果
ゲームは誰かが考えたものなんだから
考えれば紐解けぬものでなし

だからこそ、どうしたって分からない事も出てくるよね
他人の脳みそなんてさっぱり分かりゃしねぇってさ
『分からない』時にモノを言うのが『勘』よ
この『勘』ってのは
鉛筆を転がして決める当てずっぽうなんかじゃなくって
経験則、情報、優しさ、ズルさから計算した可能性に対する賭け
僕なりの確固たる裏付けがある



 
 ――さてさて現物は手に入った。
 拓哉の手の中には、例のゲーム、『フィロソフィカル・ブルー』がある。例の美大生が雄叫びじみた名乗りと共に落としたものだ。因みに、当の美大生は栄養失調――今回の事件に起因したものではない――で今病院に運ばれている。つくづく運が悪いと言うか、ついていない人だと拓哉は思った。目を覚ました頃には、もしかすると最悪このゲーム機自体が壊れているかもしれないし。UDC組織、新しいの買ってくれんのかね。そんなことを考えながら、拓哉は充電器に繋がったゲーム機の電源を点ける。
(良し、ちゃんと動くな。それなら、後は適当に呼び出す……)
 そこで、青年ははたと気付いた。
(あれこれ意外と難易度高いのでは……?)
 隠しルートに辿り着く手段が流動的って、やばくね? 隠しルートに入る順番は確かにわかっているものの、それを正直になぞって辿り着けるとはあまり思えないし。入ったままだったディスクが読み込まれたのを確認して、一先ず起動のためにそれを選びながら、拓哉は数瞬考え、それから、一つ頷いた。
 取り敢えずゲームをスタートさせよう。それだけは今、間違いないことだ。軽やかな音と共に、画面が開く。
 手に二つのグラスとコースター、それから何か液体の入ったボトルを持ったロカジが席へ帰ってきたのは、それと殆ど同時のことであった。
「いやぁ、いいね、いい場所だ」
 上機嫌なロカジがグラスとボトルをテーブルに置き、椅子に座って笑う。背凭れに体重をかけてにこにこと食堂を見回す男に、拓哉は「楽しそうですね」と声をかけた。
「楽しいよ。涼しいし、広いし、綺麗だ。ここで戦うのは勿体ないと思うくらいだよ」
「その気持ちには同感です」
「住みたいなぁ……こんなとこに」
 うっとりと言いながら、ロカジがボトルの液体をグラスに注ぐ。液体は、無色透明でよく冷えていた。
「お酒ですか?」
「いいや? 水だよ――酒の酩酊は、こういう時には向いてないでしょ」
 長く続けるなら、喉が渇くと思ってね。そう言って、ロカジが、水の入ったグラスを、拓哉の前にも置く。
「午前中にスポドリくれたから、お礼だよ」
「あ、ありがとうございます」
 口にした水はまろやかで冷たい。美味い、と思いながら、拓哉はグラスをコースターに戻した。食堂に流れている時間は、ひどく穏やかである。特に、横の男の上機嫌さは、仕事で来たとは思えない程だ。――と、不意に、男が笑った。
「何だい、仕事ってコトを忘れてやしないかって?」
「まあ、ちょっとは思いました」
「ふふ。やだなぁ、のんびりゲームに没頭出来るって事だよ」
 嘘か本当かわからないような口調で唇を歪めた男が水を飲んで、それからゲーム画面を覗き込んだので、拓哉もゲームの指示に従ってタイトル画面へ進む。
「おや、セーブデータはないんだね」
「みたいですね」
 一回きり、ということなのか。あるいは石膏像になった者にはもうこのゲームを続ける権利はないということなのか。
「……メモカやゲーム機の故障って線はないですよね?」
「ないと思いたいねぇ」
 もしそれなら結構困る気はするが。一応組織が機器のチェックをしていたから、可能性は低いだろう。
「そう言えば、ミナイさんってゲームには詳しくないんでしたっけ」
 言うと、待ってましたとばかりに男がまた笑った。
「乙女ゲーはね、ある人がやってるのを眺めてたから、知らないではないの」
「おっと、そうなんですね。それなら、一周目はミナイさんからやります?」
「いいのかい? ああでも、僕は呪いにさして耐性がないからなあ」
「あー。それなら俺がやった方がいいですね」
 いつも拓哉がつけているゴーグルには、呪詛に対しての耐性が備わっている。これを使えばある程度は呪いを回避できそうである以上、わざわざ彼を危険に晒す必要もない。
「僕は一寸横で見てるよ。操作せずに見てることで、わかることもあるだろうしね。あ、読む速度は自由にしていいよ――あんまり速かったら止めるかもしれないけど」
「オーケーです」
 そんじゃ、始めますか。ゴーグルをつけ、カーソルを合わせて、拓哉はゲームを開始する。暗転して、始まるのは、プロローグの独白である。主人公は十七歳――学生か。葬式のシーンから始まっているところ考えると、どうもストーリーは中々暗いようだ。十七歳で庇護者が死ぬ、というのは、もしかすると、学生には印象深いのかもしれない。モラトリアムの真っ只中で、突然放り出される。それは、強い恐怖と――同時に、憧憬を抱かせるのではないかと拓哉は僅かながら思うのだった。
(さてと……思索が条件なんでしたっけ)
『考え続けろ』と、このゲームは言う。それが出来ぬ者は、石となれと言う。システムだとか、呪いだとか――そんな厄介なものをわざわざ用意して、これは『思索』を求めるのだ。
(で、『思索』……このゲームについての思索でいいのかな? それとも思索ならなんでもいいのか……?)
 まあ、前者の方がやり易いか。拓哉はそう判断して、先へ進める。
(取り敢えずこのタイプの恋愛ゲームやったことないから一回自分の思う通りに進めてみようっと)
『思う通り』ってのは、『思考』してるってことだろうしね。そんなことを思いながら、拓哉はボタンを押し、選択肢を選んでいく。
 ――この人めちゃくちゃ怪しいな。えっ、こいつは絶対善い奴だと思ってたのに。待って待って多分一番好感度上げてたっぽい人が死んだんですけど! あっなんか主人公を守ろうとしてた学者が毒殺され、あっやばい。これやばい。全員死ぬかも。ってか監禁されてる。主人公も死んじゃうかなこれは!? えっそんなことある? お前そんな過去が……? 成程、冒頭の葬式のシーンが伏線……『あれは、本当は誰の葬式だったのか』……。
(……)
 拓哉は、完全に熱中していた。
 登場人物たちの物語に。その愛と憎悪のタペストリーに。少女が、己が作り上げた青薔薇の海に横たわって、最後の自問をする。その特異な資質故に。彼女を受け容れ、彼女が受け容れた男のために。その愛の在処を、奇跡を、道程を、確認するために。
 そして――拓哉は、エンディングロールへと、辿り着いた。
「……」
 沈黙し、片手で、ゴーグルをつけたままの顔を覆う。それから、少し息を吐くと、手をどけて、だいぶん温くなった水を飲んだ。いやこれ、主題歌のアコースティックアレンジがエンディングなの、めちゃくちゃ良いな……。ED後のエピローグも完璧であった。
「……ええ話やった」
 しみじみと呟いて、拓哉は戻ってきたタイトル画面に視線を落とした。え、今時の乙女ゲーってこのレベルなんですか。うっわなんか嵌りそう。
「……ミナイさん」
「何だい?」
「二周目も、俺がやっていいですか」
「どうぞ」
 なんか楽しんでるし、とロカジが笑ったので、お言葉に甘えて二周目を始める。仕事終わったらなくなるかもしれんし、全エンド回収しとこ。これエンディングを見た後だと、プロローグの見方変わるな。だからつまり、彼女や登場人物たちにとって、この葬式が『どういう意味を持つか』なんだ。事実と真実は違う。そして、『真実』に対する受け止め方も、人によって違うのだ。
(話の展開は何となく理解出来るんだけどそこに至る経緯とかは考察のしがいがあるなぁ!)
 そうして純粋にゲーム内容に嵌った拓哉は――全エンド、テキストコンプ目指して、再び物語へと熱中していったのであった。

 ●

 ……没頭してるなあ。青年のグラスがすっかり空になっていたので、何となくそれに水を注いでやりながら、ロカジはゲームのテキストを読む。いやはや、さっきの僕じゃあないけれど、仕事ってコトを半ば忘れてるねこれは? まあ、楽しそうだから止める気もないのだが。それに実際のところ、邪神を呼ぶのであればきっと、結局それが『一番正しい姿勢』ではあるのだろう。
 さて――ここでロカジまで熱を入れてしまっては、二人でやっている意味がない。呪いってのも、既に効いているんだろうと思っていた――何しろ、ロカジにとって今、この少女は……『自分』だった。
 過去も、現在も、やっていることも違う。それなのに、彼女は確かに――『ロカジ』なのだった。厳密に言えば、ロカジは今、彼女に、『ひどく感情移入している』。話を進めるごとに、彼女に降りかかる全てが、我が事であるかのように感じられていくのだ。おかげで、既に彼の理性と感情は大きく乖離している。物語に入れ込んで揺れ動く感情を、冷静に見る理性が、彼の頭の中には確かに存在していた。こんなもの、何も知らぬ大多数の学生は、『自分のもの』だと思うに決まっている。
 呪詛で動いたそれを。
 自分の感性によるものだと――誤認する。
(……彼の方は、そう言うの無視して普通に楽しんでるみたいだけど……)
 何か呪詛を遮断する機能があるのだろう、ゴーグルをつけたままゲームを続ける拓哉に、ロカジが受けているような影響は見られない。だからこそ『仕事ってコト忘れてやしないかい?』とちょっとばかり思ったのだった。ストーリーにのめり込むその姿は、羨ましくなるほど純粋に楽しそうである。正直に言えば、この現状はそれなりに物申したいものがあったので、その楽しさを少しばかり分けて欲しい、とは、思わなくもなかった。
 まあ、そんなことを言っていても仕方がない。ロカジがやるべきことは、この乖離して宙ぶらりんになった『ロカジ』の、辛うじてまだ『自分のもの』だと称して良さそうな部分で、思索を続けていくことである。何しろ、このゲームはそれを求めるらしいのだから。
(そう言えば、一周目は結構登場人物が死んでたよねえ……)
 どうしてこのゲームの製作者は、そのような分岐を作ったのであろうか。勿論、恋の行く果てと言えば入水もあろうが、これはその恋の過程に挟み込まれているものだ。無意味に登場人物を死なせることはあるまい。であれば、この死には、物語の展開には、何らかの意図が確かにあるはずなのである。
(――ゲームは誰かが考えたものなんだから)
 考えれば紐解けぬものでなし。読解し、解釈し、寄木細工の秘密箱。開けて中身を見てみれば、その『誰か』にでも辿り着こう。
(主人公が頼りにしている男は死にやすい傾向にあるのかな)
『誰の葬式か』、か。否――違うな。ここで暗喩されているところの『葬式』ってのは、別離とか死ってわけじゃない。多分、ここで葬式が象徴しているのは『変化』だ。死は劇的である。人によっては、その性格に影響を与えるほどに。あるいはもしかすると、これが『結婚』であっても、最低限の意味は成したのかもしれぬ。けれど、製作者は『葬式』を選んだ。何故か。学生にとってそちらの方が魅力的だからか。その理由は考えられる。けれどこれは、商業ゲームではない。死人が、手間暇かけて作り出した呪いの一品である。だとすれば間違いなく、『そうした』意図はあるのだ。
 二周目をクリアして、三周目へ。ゲームがリセットされるなら、いっそ感情もリセットしてくれればね、とロカジは水を飲んだ。製作者が用意した分岐。分岐に込めた意図。意図が示す結果――順繰りに辿って、男は思考を巡らせていく。
 そして、だからこそ。
(……どうしたって分からない事も出てくるよね)
 他人の脳みそなんてさっぱり分かりゃしねぇってさ――四周目半ば、主人公が失明したところで、ロカジはそんな考えに行き着いた。イベントを進める拓哉の手が一瞬止まったのは、展開に狼狽えたのか、それとも新展開に高揚したのか。どちらにせよ、ロカジはここで、一度思索を止めた――と言うよりは、新たな手段を画策した。与えられた道筋を歩くより、その脇にあった獣道を選ぶこととしたのである。元より、求められたことにそうそう大人しく従う性質でもないのだ。
(こうやって、『分からない』時にモノを言うのが『勘』よ)
 ここで言う『勘』とは、鉛筆を転がして決める当てずっぽうの『勘』ではない。
 経験則、情報、優しさ、ズルさ――それらから計算した、可能性に対する賭け。
 ロカジなりの確固たる裏付けがあるそれを、彼は『勘』と呼ぶ。
(このお嬢ちゃんは、はてさてどうして失明したんだろうね)
 もっと正しく言うのであれば、製作者は、『どうして彼女を失明させたのか』。分岐。話の展開。だからつまり――
(『目を閉じた』んだろう?)
 目を閉じていれば、見たくないものは見えない。失明してしまえば、見せようとする者もいなくなる。『見ない』ための大義名分が立つ。
 これは。
 これは――
(製作者が、かつてやったことか)
 目を潰したのは、比喩なのかもしれないが。それに類することを、おそらくやったのだ。これを作った死人は、一度強引にその目を閉じた。話が進む。攻略対象たる男の尽力で、少女の視力が、取り戻される。そうして最初に見るのは、何か。
 嗚呼――進む物語に、ロカジは僅か、冷めた目をする。
 己の結婚式。
 葬式との対比がここにあるのか。でもこれは――本当はきっと、『自分の』ではなかったのだろう。もしかすると、結婚式自体が、かの作者による想像にしか過ぎないのか。何しろ、ここだけ描写が、いやに『借り物めいている』。心情の描写も上手く書けているはずなのに、何故だかそれが、わかってしまう。これは、少なくともこれだけは、絶対に『自分のもの』ではない。その確信がある。実際、拓哉も、少し違和感を抱いたのか、何度かログを開いて読み直していた。
 ――ねえ、君。
 四周目が終わって、五周目。進む物語の横で、ロカジは、開きかけた秘密箱の中身に、問いかける。
 君――『恋に破れたことがあるだろう』。
 返事は当然なかった。己を『システム』とさえ呼んでいるのだ、男の問いに答えることなど、きっと出来ないのだろう。それなのに、その予測は、ロカジが称するところの『勘』は……間違っていないと、思えてしまうのだった。
 五周目は恙なく終わった。六周目へと入り、これまた特に支障なく終盤を迎える。青薔薇の中で、座り込む少女。汎用イベントのはずだけど、このイラストは初めて見るね。そんなことを思う。自分の人生とは何か。
『例えば』
 こちらをじっと見つめて、少女が語る。
『ある日突然、巣立つことを余儀なくされてしまった時』
 拓哉の表情が、驚いたようなものに変わった。それでも、青年はボタンを押す。
『あるいは、大事なものがもう手の届かないところへ去ってしまった時』
 男の顔は――揺らがなかった。こんなテキスト一文で動揺する様を見せるほど、最早ロカジは幼くなかった。
『私たちは、いつだって、そうやって人生を変えてしまうような出来事に直面する。私たちは磁石を失くした小舟のよう。いいえ、最初から私たちは、磁石なんて持たされていなかったのかもしれない。けれどそれは、私たちではどうしようもないことだわ』
 少女は、ロカジたちを見ている。
『そして海原を彷徨って。いつか岸辺に辿り着くの。でもそれは、〈その出来事がなければ〉辿り着かなかった場所なのよ。じゃあ、私たちの人生とは――何によって決定づけられるのかしら。寄せる白波、それとも帆? オールかしら? 太陽? 星? 私たちは、寄る辺なくして、生きていけないのではないの? それなら、私たちは何のために生まれてくるのかしら? どのようにして私たちは、私たちの人生を、〈自分のもの〉だと定義するの?』
 私たちの。
『私たちの人生は――本当に、〈私たちの人生〉なのかしら?』
 少女の、虚にも似た、黒い瞳。暗転。エンドムービー。
 それが終わって出てくるのは、

『隠しルートがアンロックされました』

 嫌味なほどシステマチックに現れた、その文言であった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン
専門でない腕でのハッキングは考慮に入れず
求める「解」は「声」が求める「思考」にあると踏み勘案

「声」は自らをシステムと形容
ならば何らかのトリガーが存在する筈

解呪の手掛かりは『自分』で在りたい
なら逆は?
ゲームに限らず物語は登場人物に感情移入、又は自己投影するもの
お若い方なら自己投影の比率は高まる事もあるやも
そこから「自己」が揺らぐ隙がトリガー?

そして熱中し隠しルートを自主的に調べることは、ある意味ゲームという「情報」に「精神の充足を餌に行動を選択・誘導させられている」?

自己の選択を決める要素が外部ならば「私」は何処までを指す?

そして、物語を規範とする私/機械の選択に「私」は存在していたのでしょうか


黒木・摩那
【POW】
やっとゲームを手に入れることができました。
あとはこれをクリアして、首謀者を引き釣り出せばよいのですが。

前に言われた『精神の充足』というのが気になります。
これは普通に解くだけではダメということでしょうか。
オブリビオンが言うことですから、
ゲームに四苦八苦してる方が返って呼び出しやすいということ?

ならば、ここは気合でゲームクリアを試みます【気合い】。
幸い組織のおかげで衣食住のバックアップは完璧。
心行くまでゲームを楽もうではないですか。

引っかかったところは他の皆さんに教えを請います。

念のため、プレイ映像はスマートグラスで録画して、
後で確認できるようにしときます。



 
「声は自らをシステムと形容したのですね」
「ええ」
 トリテレイアの言葉に頷きながら、摩那は手の中で起動したゲームのスタート画面を見る。やっとゲームを手に入れることができた、八月の熱気の中を歩き回った甲斐があるというものである。あとはこれをクリアして、首謀者を引きずり出せばよい――のだが。
「……精神の充足、でしたか」
「ええ――あの声は、確かにそう言いました」
 ウォーマシンの言葉を肯定し、摩那は彼と二人、思案する。目下のところ、それが最大の懸念事項であった。ゲームショップで言われた、『精神の充足』という言葉。それが――摩那は気になっている。そして、トリテレイアもまた、そうであるらしかった。
「これは普通に解くだけではダメということでしょうか」
 オブリビオン、あるいはそれに類するような、最早人格が残っているかどうかも定かではない死人の言うことであるから、どう解釈するのが正しいのか、断定できないのだが。
(ゲームに四苦八苦してる方が却って呼び出しやすいということ?)
 予知の少年は、隠しルートへ入るのに非常に苦労していた。加えて言えば、他の猟兵が調べた学生たちも同様であったようである。それならば、『苦労するほど考えを尽くすこと』が、邪神を呼び出す一番の手掛かりになるのかもしれない。
 トリテレイアが、考え込むような仕草をしたまま、「むしろ」と言葉を返す。
「それは『餌』なのかもしれません」
「餌、ですか」
「満ち足りる、ということは――『餌』足り得るのではないでしょうか。知らないものを知りたいと望む時、欠けているものを埋めようとする時、人は、行動するのではないか……そう、思うのです」
「……」
 ウォーマシンの言葉は、きっと――正しかった。
 世界を知りたいと、摩那はかつて望み、だからこそ彼女は、ここに居るのだ。閉じられた檻の中から脱け出して、この『世界』へ羽搏くことを、『選んだ』。彼女の元へと囀りを届けてくれた、あの鳥たちのように。
(――ああ、そうか)
 摩那はふと、それに気付いて、その茶色の瞳を瞬かせた。システム。あの声は、己をそう自称した。それが意味するのは。
「……あの声はもう、『何も選べない』んですよ」
「え?」戸惑いの声。それに答えるように、少女は続ける。
「だから――あの、『システム』のことです。あの声は、もう二度と、『選択』が出来ないんです。なぜなら、あの『声』は『システム』だから。同じことを繰り返すことしか、もう出来ないんですよ――推測ですが。たとえ何かを選べても、それは予定調和でしかない。あの声が、正常に『機能』し続ける限り、『選択』は出来ない。多分、そういう『仕様』なんです。それ故に、私たちに『思考』させようとするんですよ」
 トリテレイアが、不意に沈黙した。思案しているというより、虚を衝かれたと言ったようなその無言がどういう意味を持つのか、摩那にはわからない。
「……それならば」
 ウォーマシンが、再び言葉を紡ぐ。声色は、平坦だった。
「我々は……確かに、選択していると……『思考』して『選択』することができる存在だと、『声』は認識しているのでしょうか」
「さあ」
 軽く答え、摩那は首を傾げる。
「と言うより、どちらでも良いのではないでしょうか。『本人』が言っていた通り、もっと自動的なんですよ――ゲームを手にした者が、どんな存在であれ。それも一つの試行には違いない。だから渡す。まあ、ある程度の選別はしていそうでしたが……ですが、『運が良いのか』とも言っていましたから。最悪、本当にランダムで渡しているだけかもしれませんよ」
「運……ですか」
「ええ――これを手に入れることが、幸運だとはあまり思えませんが」
 パッケージイラストをあしらったスタート画面。ボタンを押してくれと求めるその画面は、ひどく受動的だ。そう――だからやはり、きっと摩那の考えは正しい。
 ――ならば。
(ここは気合でゲームクリアを試みましょう)
 幸い、組織のおかげで衣食住のバックアップは完璧。頼めば軽食を出してくれると言っていたし、もし長丁場になり過ぎるようなら、客室も貸してくれると言ってくれていた。であれば、何の心配もない。このまま、心行くまでゲームを楽しもうではないですか――
(ねえ、『システム』さん?)
 ――『システム』のあなたに出来ないことを、私たちがやってあげるわ。
「それじゃあ、始めていきますね」
「お願いします」
 挑発的な言葉を頭の中に浮かべながら、トリテレイアの承諾を得た摩那は、ボタンを押してタイトル画面へと移り、そのまま『最初から』を選んで話を始める。操作は彼女だ。トリテレイアはハッキングを専門としていないと言っていたし、呪いに対して有効な策があるわけではないようだったから、呪詛に耐性のある摩那が操作をすることとなったのである。なけなしのお小遣いで買ったレザージャケットのおかげだった――いい買い物をしたと、摩那はつくづく思っている。
(念のため、スマートグラスで録画して、後で確認できるようにしときましょう)
『ガリレオ』を作動させ、摩那はゲームのテキストを読む。葬式。声をかける男。放り出された少女。唯一の庇護者を失った世界は、主人公の少女にとって、無明の闇にも似ているようだった。彼女には、次の一歩を踏み出すことすらも恐ろしいのだ。男に引き取られて、少女は独白する。
(変化がないのは、安寧と同義……ですか)
 一歩先すらわからないのなら、そこに蹲ってさえいれば、未知の危険は訪れない。そこだけは『確か』な場所だから――彼女は、足を踏み出すことを恐れる。けれど、彼女の恐怖に関係なく、彼女の周囲は、変動し続ける。免れ得ぬ死――嘆願虚しく吊られる首。荒れ狂う嵐へ立ち向かうように、選択を迫られる。そして彼女は、恋と闇の歩き方を知る。
 外は。
 闇の中は――恐ろしいだけの場所ではないのだと。
 奈落へ落ちそうになっても、手を取ってくれる、誰かが必ず居るのだと。
 だから彼女は、外へ歩く。
 それがたとえ、彼女に幸いだけを齎すわけではないと知っても。
 やがて、自分が咲かせた青薔薇の、奇跡の名を冠するその海で、少女は問う。これは、『自分の人生』を生きた結果なのだろうかと。
 自分の選択に――『私』は確かにあったのかと。胸を張ってもいいのかと。
 吊られて死んだ男と、祖父に向けて。
(……それで、ここで選択肢ですか)
 端的に「はい」と「いいえ」だけの簡単な選択肢だが、如何せん終盤だ。ここで間違うと、バッドエンドへ行ってしまうのでは。「いいえ」は如何にも選んだら良くなさそうだけれど、本当に「はい」でいいのかしら。もっと深読みして、これは『プレイヤー』への質問だと捉えた方がいいのかも。それとも、好感度が足りていればどちらでも大丈夫なのかしらね。摩那はそんなことを少し考えてから、トリテレイアに教えを乞うこととする。
「すみません、トリテレイアさん」
「――あ、ええ、なんでしょうか?」
 突然声をかけられたことに驚いたのか、ウォーマシンが僅かに動揺した声音で返事をした。
「ここの選択肢は、どちらを選んだら良いのでしょう? 流石に初周でバッドエンドは回避したくて」
「……」
 数瞬の無言を挟んでから、返ってきたのは、「『はい』で良いのではないでしょうか」という言葉だった。
「ここまで選択してきたことは、彼女にとっては、間違いなく、『自身の選択』だったのでしょうから」
「プレイヤーへの質問という線はないでしょうか?」
 ふむ、とトリテレイアが、顎に手をやって、また考え込む仕草をする。
「これはおそらく、その類のメタフィクション的質問ではありません。ここまでにそのような描写は一切ありませんでしたし、この作者のストーリー展開の傾向からして、ここでいきなりそういう質問を差し込むことはないでしょう。素直にハッピーエンドへ向かうと思いますよ」
「そうですか」
 ありがとうございます、と微笑んで、それから摩那は、「はい」を選ぶ。トリテレイアの言った通り、そのままエンディングは、ハッピーエンドへ向かってくれるようだった。良かった、と思いながら、摩那はエピローグを読んで、二周目へと進む。
 隠しルートは、まだ遠い。
(それでも――前に道はあるのだから)
 それ故に摩那は『歩く』のだ。
 この知らないことばかりの世界を。

 ●

 懊悩。
 トリテレイアの今の状態を一言で表すならば、それが一番正しかったろう。否――もしかすると、本当は、どんな言葉も、正しくはなかったのかもしれない。結局のところ、彼の『状態』を、『感情』を表す言葉など、どこにもないのかもしれなかった。
 今、彼の目の前では、一人の少女が、ゲームをプレイし続けている。それを見、時折選択肢の助言をする自分に齎されているのは、異様なまでの『感情移入』だ。自他の境界線を曖昧にして引きずり倒すようなその強制力は、確かに彼に干渉している。とは言え、未成熟な少年少女ならまだしも、ウォーマシンである彼には、これが自分のものでないとは理解できていた。だが、できているからこそ――トリテレイアは『懊悩』しているのであった。
 これは、『何』なのか。
 そもそも――機械である自分にとって、『感情』とは、何なのだろう。
 あるいは、生物にとっても。
 例えばあの日、絶望の淵で邪神になった少女に対して、自分が抱いたもの。
 例えばあの日、『己の命が救いになったのならば』と言った少女が、抱いていたもの。
 それらの本質は、一体何だったのだろうか。
 呪いでかき乱されるこの――『何か』の、正体は。
 そんなことを……トリテレイアは、先程からずっと考えている。
 摩那に告げた通り、ハッキング等の手段で情報を抜くことは考えていなかった。そういうものは事実として彼の専門ではないし、トリテレイアたち猟兵の求める『解』は、件の『声』が求める『思考』にあると踏んで勘案していたからである。
 声は己を『システム』と形容した。それならば間違いなく、何らかのトリガーが存在する筈だとトリテレイアは推測している――『システム』ということは、『そういうこと』だ。システムに気まぐれなどない。そのように機能し、だからこそシステムはシステム足り得る。
 ――あの声が、正常に『機能』し続ける限り、『選択』は出来ない。
 それはおそらく、正しいのだろうとトリテレイアは思った。
 ふと視界に収めた食堂は、彼とは無縁に、ひどく煌びやかで眩い。それに細める目も、彼は持っていないのに。視線をゲームへ戻せば、そこにもまた、縮小された、物語という世界が広がっている。
 そこに、『自分』は在るか。
(解呪の手掛かりは『自分』で在りたい……)
 そう願う彼らの欲望が、その呪いを打ち破った。ならば。
(その逆は?)
『自分』が、『自己』が――揺らぐその隙が、トリガーなのか。
 この強引な『感情移入』を置いておいても、ゲームに限らず物語は登場人物に感情移入、又は自己投影するものである。
(……お若い方なら自己投影の比率は高まる事もあるやも)
 ましてこれが呪詛だと言うのなら、益々逃れる術はないだろう。そうして熱中し、隠しルートを自主的に調べることは、ある意味ゲームという『情報』に、『行動を選択・誘導させられて』いると言えるのではないか。餌、と、トリテレイアは先刻摩那へ告げた言葉を再び思い浮かべる。満ち足りることを、『精神の充足』を餌にして、この呪いによって『何か』を、選択させられる。であれば、予知で邪神が言った、「己のその選択が、『何かによって選ばされている』のではないと何故言えるのか」と言う台詞にも道理がつく。
 自分の選択に――『私』は確かにあったのかと。
 御伽噺の姫君にも似た可憐な少女が、青薔薇の中で、また、囁いた。
「――三周目、やりますか?」
 摩那が二周目を終えて、そう問うて来たのは、そんな折のことであった。
「いえ――私は、」
「操作は私がやりますから、大丈夫ですよ。おそらくですが、このゲームは『誰が選んでいるのか』までは区別していません」
 案外内容が真っ当に面白いので、物語が好きなのであれば、楽しめると思うんですよね。冷静な口調でそう言う少女の表情は、特別何か感情が浮かんでいるようには見えない。呪いによる錯乱の様子もない――つまりただ純粋に、トリテレイアに勧めているだけであるようだった。
 故に、迷いと称せるような一瞬を挟んでから、彼は「ありがとうございます」と告げて、ゲームをプレイすることにしたのである。
 選択肢のある物語。選ぶのは、トリテレイアだった。

 トリテレイアこそが今――この物語の行く先を決定しているのだった。

 彼女らの物語に、人生に、プレイヤーは関係がない。この選択をしたのは、プレイヤーではなく、あくまで主人公たるこの彼女だ。それなのに、トリテレイアは、どうしても、考えてしまう。
 此度の被害者たる学生たちが、この呪いによって、没我の境地のまま、それを『己のもの』だと思わされたまま、『選択』をさせられたのだとしたら。
 それは。
(このゲームの主人公と――どう、違うと言えば良いのでしょう……)
 自己の選択を決める要素が外部ならば。
『私』は何処までを指す?
 一体、何によって我々は定められているのか。膨張した自我の輪郭は、夜闇へ融ける影のように、その形を失っていく。揺らぐ『何か』。融ける『私』。その正体。
 少女が何かを選ぶ度、疑念が一つずつ積み重なっていく。それを片付けてしまうのは、簡単なことだった。トリテレイアには、確かに『それができる』のだ。頭を切り替えてしまうのも、疑念を無視して前へ進むのも。彼には容易なことだった。
 だが、だからこそ。彼は、『それ』を無視できない。
 その『疑念』を――無視することが、決して出来ないのだった。
 ラブロマンスと呼ぶにはあまりに悲愴な恋の結末と共に、物語が三度終焉を迎える。青薔薇に沈む少女の瞳が、トリテレイアを鏡のように捉えていた。考える、選択する『私』。
 自分の選択に。
『私』は、在るか。
「……いいえ、を」
 それを選んだ理由は、いくつかあった。摩那は二周とも、そこで「はい」を選んでいた。だから、何か、変化があるかもしれないと思ったのだった。二つ目は、ただトリテレイアが、それを選んだ後のテキストを読んでみたくなったのだ。この作者が、『声』が、ここで「いいえ」を選ぶプレイヤーへ……どんな返答を用意しているのか。
 そして。
(……物語を規範とする機械〈私〉の選択に、『私』は存在していたのでしょうか……)
 もしそれに答えがあるのなら――
 摩那が、少しも表情を変えず、淡々と「いいえ」を選ぶ。それに合わせて、主人公の少女のイラストが、緩やかに目を閉じた。メッセージウインドウに現れるのは、当然、続きのテキストだ。
『私の選択に〈私〉がない――それはきっと、正しいわ』
 少女が、再び瞳を開く。
『私たちはいつだって、〈何か〉の影響を受けるのだもの。社会、他人、知識、環境、主義。そのほか、沢山の色々。自分で選んだと思ったことだって、本当は、お父さんやお母さん、あるいはもっと違う、他の誰かに言われたことに従っているだけなのかもしれない』
 だって、私たちは、独りで生きていくことなんてできないのだもの。少女が言う。
『私たちは、独りで生まれない。独りで生きられない。独りで死ねない。だからこそ、それらによって、私たちは、〈私〉を作っている。そうである以上、〈私〉の選択は、〈私〉のものではなくて、〈私たち〉のものであるのかもしれないわ』
 私たちの輪郭は、私たちには決められない。
『だから』
 ――悪寒が走る、と言うのは、こういうことを言うのだろうか。どこから聞こえるのかも定かではない声が、密やかにトリテレイアに這い寄って、囁いた。

 もう少し――進めてみてはくれまいか。君はきっと、そこへ辿り着けるから。

「――ッ!」
 ゲームへ落としていた視線を上げ、鋭く周囲を見回す。が、気配はどこにもなかった。画面は既に、エンディングロールへと入っている。摩那が、僅かばかり驚いたような顔で、トリテレイアを見上げていた。彼女には、声が聞こえなかったらしい。
「今――声が」
「……何と言っていましたか?」
「進めてくれと……辿り着けるから、と」
 少女が、眉根を寄せて、それから少し首を傾げるようにした。
「それなら、このまま続けていけばいいのでしょうね。けれど、あちらから接触してくるなんて……何が要因だったのでしょう」
「……わかりません」
『だから』。
 その言葉の続きは――一体何だったのだろうか。摩那のスマートグラスに録画されたデータも確認してみたが、まず文章が異なっていた。彼女自身に質問しても、そんな内容ではなかったという答えが返ってくるだけで、最早、あの言葉の続きを知ることは、トリテレイアにはできなかったのだった。
 そのまま周回を重ねて――現れるのは、青薔薇の中で立ち竦む少女。
『例えば、鳥の声の美しさに、外の広さを知った時』
 ふと摩那が、形の良い眉を顰めた。
『あるいは、唯一残っていた騎士物語に、初めて触れた時』
 嗚呼――これは。
『私たち』のことなのか。
 少女が続ける。
『私たちは、いつだって、そうやって何かを志すの。私たちは闇の小道を歩く子供。足元を照らす、たった一つの小さな灯火だけを頼りに、歩き始める。先に道があるかどうかもわからないのに』
 語る少女は既に、物語の範疇にいない。
『そして暗闇を歩き続けて。私たちは、いつしか、どこにいるのかもわからなくなってしまう。それでも、火がある限り、私たちは歩いてしまうのよ。それが不幸なのかはわからないけれど……ただ、〈その灯火がなければ〉、私たちは、歩き始めなかったのではないのかしら。それとも、私たちは、火がなくてもいつか歩き出したの? それなら、私たちは何によって歩くことを決めたのかしら? いいえ、もっと大事なことがあるわ。〈その火は、一体どこで手に入れたの〉? 照らしているのは、本当に私たちの足なの? 灯火を持っているのは、本当に〈私〉なの?』
 私たちの。
『私たちの人生は――本当に、〈私たちの人生〉なのかしら?』

 そして、声の通り。

 隠しルートが開かれた。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アンテロ・ヴィルスカ
碧海君と、俺はSPDで行動を

プレイは彼女に任せ、俺はゲームとやらを知るところから始めよう。

職員に貰った乙女ゲーム、シミュレーション、ゲーム全般に関する資料を流し読みして把握

チートねぇ、手っ取り早く済ませたいプレーヤーもいるものか…

ボタンに苦戦する彼女と資料を見比べ、ニヤリと
その道に秀でた猟兵や職員に改造について助言をもらいながらゲーム機を弄る

好感度の自由な上げ下げ、キーアイテムを取り零す事なく確実に入手できないか、など試してみよう
他の対象を攻略していなければ、開かないルートも考えられる…
最初に全てのルートを攻略済みにして、二周目から始めるのもいいね

どうだい碧海君、人生初の恋は捗ってるかな?


碧海・紗
アンテロさん(f03396)とPOW

用意された儀式場の素敵さとは裏腹に
ゲーム初体験に一抹の不安…


必要最低限の操作を覚えたら
あとは、第六感を駆使してゲーム開始

時々手元が狂い別の選択肢へ
…ボタンが…多すぎるんですよ…

一発で呼び寄せられる可能性は低い
数撃てば当たるといいますか
多少選択ミスをしたってそれも正解かもしれませんし?

然し
囚われていた時間の方が長い私が
自分の気持ちで選択しても上手くいくのかしら…

主人公の気持ちで
相手の欲しい答えで
幾度か挑戦した後のこの先の展開を想定して

根気よく挑みましょう

けれどそれでも見当たらないなら
自分の気持ちも乗せて…


これを初恋と呼ぶなんて
アンテロさんは、やっぱり意地悪。



 
「これ、が……決定なんですね?」
「そうです」
「このボタンは?」
「メニュー画面を出せます」
 だめだ、ボタンの名前と出てくる画面の名前が違う――咄嗟に選べる気がしない。学生の子たちは、これを全部覚えて、複雑な操作まで難なく扱えているというのだから凄いと紗は素直に思った。いっそ、邪神を出せるまでの間は、ボタンに何かシールでも貼っておいた方が良いかしら。紗はそんなことを思いながら、職員の説明を一つ一つ聞いて、傍らに置いたメモへと書き留める。方向キー。スティックでも動かせるのね。このボタンで戻る。ああ、こっちのボタンはどんな機能だったかしら……。
 案内された儀式場は、これからここで戦うのが申し訳なくなるほど素敵で、だからこそ紗は、初体験のゲームというものに、一抹の不安が付き纏ってやまない。
(……本当にできるのかしら)
 これなら彼の方が適任なのでは、と、正面に座るアンテロを、紗はちらりと見る。けれど男は、他の職員と何か別の話をしているようで、彼女の視線には気付いていなかった。それに、彼は紗に任せると最初に言っていた――であれば、いくら不安でも、自分がやるべきなのだ。それはきっと信頼だったと思うから。それに、『ゲーム』は紗を選んだのである。その『選択』にも、意味はあったはずだ。やる前から弱気になっていてはいけない。己を叱咤し、黒い瞳を一つ瞬かせると、紗は起動したゲーム機の画面を操作する。上品な色使いだが華やかなタイトル画面は、本の表紙にしては鮮やかだった。
(お葬式……ですか)
 憂鬱そうな顔をした、可愛らしい女の子が、パッケージでも着ていた黒いドレスで、埋まる祖父の棺を見ていた。そこで紗は気付く――だからつまり、彼女の喪は、ずっと明けないのだ。少なくとも、この物語で何らかの転機が訪れるまでは。それは、なんだかひどく、悲しいような気持ちがした。そうして序章が終わり、流れ始めた映像を、驚きつつも多少楽しんでいると、映像の終わりと共に、一章と思しき話が始まったので、紗は気を引き締める。序章では選択肢がなかったけれど、ここからはきっと出てくるはずだ。先程職員から説明を受けた時も、この類のゲームはそういう構造になっていることが多いと言われていた――ならば、ここからは己の直感で、正解を掴み取るため尽力しようではないか。

 ……と、決意を新たにしたのも束の間。

「あっ」
 思わず声を上げる。手が――滑ってしまった。方向キーを一回だけ押したつもりだったのに、近くにあったスティックに指が当たって、選びたかったものとは違うものを選んでしまったのである。おかげで、折角の申し出を断ってしまった。ついていくつもりだったのに。ど、どうしましょう。やり直した方がいいのかしら。でも、私、セーブ、というものをしていなかったような、気が。職員からの説明と、ゲームについていた取扱説明書を読む限り、それをしていなければ、今までプレイしていたデータはなくなってしまうはずだ。さ、最初から、いえでも、それで失敗したら。でも被害者の方々だってそれくらいはやっていたでしょうし。それらのことを頭の中で焦りと共に数瞬で思い浮かべてみてから、結局紗は――やり直すことを選ばなかった。不確定要素が多すぎる以上、下手に動くのは良くないように思われたのである。少女の保護を申し出てくれた男性の表情は、少しだけ残念そうなものに変わっていた。本当にごめんなさい、と、紗は物語の中の男性に内心で謝り、沈痛な面持ちで、一先ず、ボタンのメモを見ながらセーブをする。
(……ボタンが……)
「ボタンが……多すぎるんですよ……」
 心からの――言葉であった。邪神を呼び出す以前の問題として、自分は、この物語を、己の意思通りに進めていけるのか。やはり、甚だ不安であった。ふとアンテロの方を見れば、何か機械を触って、そこに集められた資料を読んでいた男と目が合う。その端正な顔に浮かぶのは、どこか無邪気にも見える笑みだ。
「苦戦しているようだね?」
「……あまり言わないでください……」
 自分でも少々情けなくなっていたところである。残念そうな男性の絵を見るたび、僅かに心が痛む。きっと、この人は善意で申し出てくれたのだろうに。アンテロが、資料へと再び目線をやって、「まあ多少の失敗は問題ないと思うよ」と言った。
「それに俺の方も、もう少し準備に時間がかかりそうだ。碧海君が『正攻法』で進めていてくれると助かるね」
「正攻法?」
 首を傾げると、その金眼が、再び紗を見る。
「そう。『ずる』をしてはいけない――とは、誰にも言われていないからね」
 ずる――というのは、どういうことだろう。ゲームに触れること自体が初めての紗には、よくわからない。だが、アンテロには何か考えがあるらしい。それなら、そちらは彼に任せておいていいのだろう、おそらく。資料へと没頭し始めたアンテロを確かめて、紗は己もゲームへと視線を戻す。
 ――元々、一発で呼び寄せられる可能性は低かったんです。
(数撃てば当たるといいますか)
 多少選択ミスをしたってそれも正解かもしれませんし? そんな、自分を誤魔化すようなことをちょっとだけ思い浮かべつつ、ストーリーを読み進める。どうやら、主人公の女の子は、これから祖父の屋敷で一人住むらしい。使用人も居らず、屋敷には正真正銘、彼女しかいない。寂しいわ、と紗は思った。誰か、一緒に住むことになるのかしら。
 がらんどうの部屋。彼女に与えられたのは、祖父を失った空虚と、温室一面に置かれた、青い蕾だけ。これを全部咲かせることができたら――お前は幸せになれると。奇跡を起こせると、少女の祖父は言った。
(……あら?)
 既に一輪咲いていると、少女が気付く。困惑する少女とは裏腹に、紗は、もしかして先程の選択肢のおかげかしら、と何となく嬉しくなる。怪我の功名とはこのことだ。隠しルートはともかくとして、結末としてはもしかすると悪くないところに行き着けるかもしれない。
 然し――
 そこで擡げるのは、ゲームの操作への不安とはまた違う不安だ。
(囚われていた時間の方が長い私が、自分の気持ちで選択しても上手くいくのかしら……)
 恋、は、よくわからない。ましてや、『人生』など。紗の『思考』は、『気持ち』は、自身の体験に由来するものというよりは、本で読んだ知識に基づくものなのではないのか。それは……果たして本当に、『碧海紗』のものなのだろうか。
 わからない、わからないからこそ。
(それなら……私は、主人公の気持ちで)
 相手の欲しい答えで。
 幾度か挑戦した後の、この先の展開を想定して。
(根気よく挑みましょう――『彼女』の恋が実るまで)
 まず紗は、『物語』に同調することを選んだのだった。
 本を読むように。相手の話を聞くように。同調された『彼女』の物語は、滞りなく進む。
 首を吊られそうになった男を、少女が――救った。進む、進む、淀みなく。一切の躊躇いなく。『彼女』が『そうしたい』と望むままに。
 けれど。
 紗はその違和感に、首を傾げる。
(……これは、クリア、できるのかしら……?)
 最初の男性もそうだが、全体的に、登場人物が心を開いてくれている描写がない。選択肢は確かに何回か操作のミスで間違えてしまったけれど、それにしても頑なであるように見える――物語としては、そろそろ中盤を過ぎた頃だと思うのだけれど。紗は眉根を柔らかく寄せて、方針を変えるべきか検討する。
(……『私』が選ばないと……いけないということ?)
 ゲームは、つまり、他の猟兵から伝えられたところの『システム』なるものは、『私』を、『碧海紗』を選んだ。それならば。
(『私』の『気持ち』が、『私』のものか……わからないけれど)
 今度は、自分の気持ちも乗せて。
『彼女』の恋を、続けよう。
 やがて『彼女』が、呪うように歌う。
 ――他人なんか嫌い。異物を排斥しようとするのが嫌い。私が私であることを許容してくれないから嫌い。自分と違うからと、どこかに閉じ込めてしまおうとするのが嫌い。
 その言葉に思い出すのは、かつて紗が居た、囲われた世界だ。あの、孤独で密やかな籠。
 ――報われなくてもいい。ただ、それだけで、自分は救われると思うから。自分が自分であることを、許してくれる人がいるだけで。
(……ああ、)
「――どうだい碧海君、人生初の恋は捗ってるかな?」
 そんな台詞に、顔を上げれば、正面に座るアンテロが紗を見て笑っていた。
 ……これを初恋と呼ぶなんて。
(アンテロさんは、やっぱり意地悪)
 紗は物語を進めているだけでしかない。
 だからこれは――『紗』の恋ではないというのに。
 ゲームの画面では、丁度、男が少女へ告白するところであった。

 ●

 ゲーム機の説明を受けながら、懸命な表情で職員の言葉をメモしていく紗を見、アンテロは、やはり面白いな、などと思う。不慣れでも、自信がなくても、向き合おうとするそのひたむきさは好ましいものだ。尤も、ここで弱音と共に諦めるような彼女ではないからこそ、こうやって何度も共に仕事へ赴いているのだが。アンテロは、わざわざ興味がない者と行動するような性格はしていない。
 まあ何にせよ――紗がやってくれるのであれば、自分が出て行く必要はないだろう。第一、『ゲーム』は彼女を『選んだ』のだ。それは、『彼女がプレイする必要』があるということだろう。それならば、ゲームプレイは彼女に任せ、アンテロは、ゲームとやらを『知る』ところから始めようではないか。
「――それで、そのパソコンは用意してもらえるんだね?」
 資料を表示したタブレット片手にそう問えば、同じくタブレットを操作しながら横に立っていた職員が、「はい」と平静な顔で返事をした。
「呪詛汚染への防護術式ソフトウェアのアップデートがまだ終わっていないので、もう少し時間はかかりますが。何分、解析するための現物を手に入れられたのが、九時間前だったものですから」
 エンジニアチームが総出でやっておりますよ、と職員が言う。
「直接操作するのでなくても、影響されるものかい?」
「実際に影響されるかどうかはわかりません。けれど、『ゲーム』はゲーム機と一緒に消えています。それを考えると、データの改造という行為の性質上、ないとは断定しにくいですね。それに、この『ゲーム』が、どういう理屈で発生・増殖しているのかも不明ですから。最悪、ネットワークを経由して『変質』、増殖・配信される可能性もあります。そうなったら目も当てられません」
「成程ねぇ」
 彼らの本懐は人類の防衛だと聞く。ならば、自分たちが発信源になるというのは、それこそ死に物狂いで回避したい事態なのに間違いなかった。
「まあ、君たちの判断に任せるよ――何しろ俺は、この分野には疎いものだからね」
 説明されたことこそ理解できているが、アンテロは本来門外漢である。であれば、専門家である彼らが言うことに従うのが最良で、最速だろうと彼は思った。
「助かります」
 では他の機材の用意を先にして参ります、と立ち去る職員に「よろしく」と軽く声をかけて、アンテロはそのまま資料へ視線を落とす。そこに表示されているのは、乙女ゲーム、に限らず、シミュレーションを主とするゲーム類及び、もっと大きく、ゲーム全般に関しての資料である。そこには、ゲームの『真っ当な』プレイ方法以外にも、多少『邪道な』手段も記載されている。
(――チートねぇ)
 即ち、『ずる』である。
(手っ取り早く済ませたいプレーヤーもいるものか……)
 ツールの類を使って本体ソフトウェアやセーブデータを抽出し、自分の好きなように内容を改竄して使用する。勿論、ゲームを遊ぶという点においては、まったくと言っていいほど無法であるし、何の情緒もない。アンテロは盤上の遊戯――この資料で言うところの『アナログゲーム』の類なら多少嗜むが、それが自分の考え通りに全て動くとなれば、何一つ面白いことなどなくなるだろうと思う。
 それでも、それを選ぶ者が居るのは何故なのか。
 男は、用意されたタブレットの資料に記載された手順を見ていきながら、その黒い手袋に包まれた指で顎を撫でた。
(遊ぶ時間がないだとかの理由もあるのだろうけれど)
 改造用のソフトウェアであったり、バイナリエディタなるものであったり。これらで抽出だの解析だのをする手間でゲームをプレイした方が良いのではないかとさえ思うが、もしかすると、このような行為も、彼らにとっては遊戯の一部なのかもしれない。
 そんなことを順繰り考えながら、ふむ、と、どうやら苦戦しているらしい紗と資料を見比べていると――不意に、彼女が、「ボタンが……多すぎるんですよ……」と呻くように嘆いた。それから少し顔を上げ、自分と目が合う。そんな紗に、男はニヤリと笑った。
「苦戦しているようだね?」
「……あまり言わないでください……」
 その表情から見るに、選択肢を間違えたか、セーブを忘れたか。はたまたうっかりタイトル画面なる場所へ戻ってしまって、一切のデータが消えたか。どれかはわからない。あるいはその全てであったのかもしれない。
「――まあ多少の失敗は問題ないと思うよ」
 資料の方に目を戻して、言う。それは慰めにも似ていたように思うが、単なる事実でもある。どう受け取られても損はないので構わないなと思いながら、アンテロは言葉を続けた。
「それに俺の方も、もう少し準備に時間がかかりそうだ。碧海君が『正攻法』で進めていてくれると助かるね」
「正攻法?」
 紗が首を傾げる気配がしたので、顔を上げて彼女の方を見る。
「そう。『ずる』をしてはいけない――とは、誰にも言われていないからね」
 一先ず、話はそれで終わりだった。彼女の『仕事』を邪魔するべきではないと思ったからである。紗もアンテロも黙って自分のやるべきことをやる。そうしていくらか続いたその時間が途切れたのは、パソコンを抱えた職員が帰ってきたからであった。
「お待たせしました」
「思ったより早いね」
「彼ら優秀なんですよ」
 まあ最後は全員二度とやりたくないと申しておりましたが、などと言いながら、職員がパソコンの用意を手際よく済ませる。
「それでは、改造を始めましょうか?」
「そうだね」
 となれば、紗が今触っているゲームとゲーム機、それからセーブデータが要る。クリアまでは出来ていないようだが、さして問題はないだろう。どうせ今から、『クリアしたことになる』のだ。
「――どうだい碧海君、人生初の恋は捗ってるかな?」
 そんな声をかければ、紗が顔を上げる。その表情は、どこか拗ねたようにも見える。
「……初恋、ではありませんよ」
「そうかい? 自分の選択で恋を実らせるなら、そう呼んでも差し支えないだろう」
「これは……『私』の恋ではありません。『彼女』の恋ですよ」
 彼女、というのは、主人公の少女のことか。まるでそこに人が存在しているような口振りだなとアンテロは思った。紗の感受性に因るものか。それとも。
 紗からゲーム機を受け取り、データを一度セーブして、起動していたゲームを終了する。一連の動作を見る紗は、首を傾げている。
「何をするつもりですか?」
 その小鳥にも似た所作に、ふ、と男は笑う。
「言ったろう、『ずる』だよ」
 そうして、待っている間に読んだ資料で覚えた通り、必要なツールのインストールやソフトウェアの抽出など、一通り済ませていく。セーブデータについては、念のため紗がプレイしたもののコピーを使う。パソコンに移したデータの解析については、素直に職員の助言を受け、どこを弄ればいいのかなどを把握した。
 さて――
(好感度の自由な上げ下げ、キーアイテムを取り零す事なく確実に入手できないか、など試してみよう)
 他の対象を攻略していなければ、開かないルートも考えられる……最初に全てのルートを攻略済みにして、二周目から始めるのもいいね。試したいことを考えながら、解析したデータの対応した箇所を弄るアンテロの耳朶を――不意に、その『声』が打った。
 ――面白い。角度を変えて観察するのは、物事を正確に捉えるため重要なことだ。
 アンテロはそれに一瞬手を止め――すぐ元の作業へ戻った。紗も職員も、気付いていないようである。なぜ彼らに伝えなかったかと言えば、そちらの方が『面白そう』だったから、ただそれだけに過ぎない。黙って、変更し終えたセーブデータを、ゲームへ読み込ませる。恙なく読み込まれたデータには、『エクストラ』と書かれた特典部分が表示されていた。何が入っているのか、と興味本位でそこを開いてみれば、成程、全イラストと全イベント、それから劇中音楽が再生できるページが収まっている。
 そこで、男はふと気付く。今自分は、データ上は間違いなく、『全てのルート』を開放したはずだ。であれば――隠しルートのイベントもここに表示されていないか。
 チャプター毎に分けられ、題名のラベルを貼られて切り取られた物語の一覧を、アンテロは探していく。これは違う。多分これも違う。それは『特別』であるはずなのだ――間違いなく。そして、呪詛が最も強い場所。隠しルートにどんな内容が入っているのか――
(――これか)
 表示されるイベントの最後、サムネイルが黒く塗り潰されたいくつか。
 かつて友人にもらった、厄除けでもある武器飾りが、ちり、と澄んだ音を――立てた、気がした。
 カーソルキーでその中の一つを選び、開く。
 現れるのは、一塊のテキスト。

『ここを読んでいるということは、君たちは何らかの〈手段〉を用いたということだ。だがすまない、私は既に問いを持たない。〈君〉が嗅いだ紙の匂いも、〈君〉が憶えた雪の香りも、私には解釈することができない。私は最早、ただ在るだけなのだ』
『ああ、けれど』
『目的のために〈手段〉を問わない、その〈狡さ〉が、かつての私にもあったのなら』
『〈何か〉に頼り、互いを信じる、その〈強さ〉が、かつての私にもあったのなら』
『私は、また別の結末を迎えられたのだろう』
『これは、羨望だ』

 ――吐露するような文章は、そこで終わりだった。
 紗が戸惑うような顔をしてアンテロを見――画面に、新たな表示が現れる。
 即ち、『隠しルートがアンロックされました』。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

葡萄原・聚楽
情報集まってても、すぐ一つに絞るのは難しいだろ
一つにする為、余計なルート潰しやりたい
手にした時からかかる呪い、俺は影響されるかもしれないが、その方が「被害者に近い」
ギリまでそのまま粘る

メモはしっかり取っとかないとな
潰したルート確認と、影響の内容判断する材料にしたい

…必要なのは、結末ではなく決まった過程(ルート)か
誰かの「選択」をなぞらせてるみたいだ
欲してるのは、誰かと同じ「考え」方か?
それとも、その先の「結末」か?
…同じ選択したとして、同じ考えだなんて限らないのに

救って、か
助ける形になることこそあれ、俺は邪神が人を喰うのを止めたいだけで
もう、そちらに伸ばせる手は持ってない

※アドリブ・絡み:歓迎


冴島・類
僕らが隠しと同じ道を選んだとして
呪い発動するんですかね?

序盤皆がするのを見て
操作方法学び、情報整理
学んだ後はぷれい

学生ばかりを選ぶ様
理由
自分の人生

げえむをした子の共通点
多感で己や選択を迷う歳頃な事

存在を奪われた子は
僕が写真を貼ったように
上書きされても
気付かれなかったのではないかという懸念

げえむの決められた物語の中
同じ道や生死を繰り返し
愛を囁く彼らも
学生、ではないのか

思考しろ
己か他猟兵が挑む中
問う声や呪いの気配したら
舌舐めずり

綾繋で機体と繋いで
発動中の術式の構造を探り
引き摺り出せぬか
気配、鍵を拾えないか試す

誰も、何も
透明にはさせない

あのね…与えられた選択なら
もう少し
器用な道だと思いますよ、誰もが



 
 手の中には、件のゲームが入った、携帯ゲーム機が一つ。
 このゲームを最大限に『利用』して、被害者が出会ったという、青薔薇の邪神と遭うにはどうすればよいか。
 聚楽は、それを考えている。
「――僕らが被害者の残したメモ通り、隠しルートを出すべく同じ道を選んだとして、呪いは発動するんですかね?」
 こぼしたのは、類だった。聚楽の手に収まったゲーム機を、その緑色に光る瞳で興味深そうに観察しながら、疑念に首を捻る。
「さあな」
 訝しげな類の言葉に、聚楽は素っ気なくとも取れる調子でそう言って、ゲームを起動させた。メモリーカードもちゃんと入っていたし、これなら差し支えなく遊べるだろう。
「『必要』なものが揃っていれば、発動するんじゃないか」
「必要なものがなければ、発動しないと?」
「多分な。だからまあ――」
 思考は、試行だと思う。メインイラストの少女が、聚楽を『見ていた』。
「――余計なルート潰しからやろうと思ってるよ」
 情報がいくら集まっていても、すぐ一つに絞るのは難しい。かと言って、『わかっている』道筋をいきなり辿ることが正しいとも思えない。まして今回の企ては、己をシステムと呼称するような、『死人』が相手である。外堀から埋めていくのも、悪くはあるまい。
「その途中で、成功したら良し。成功しなくとも、『何が欠けているのか』、『何をさせたいのか』を考えることはできる」
「成程」
 そうですね、と言う類に、「ただ」と聚楽は続ける。
「正直に言えば、俺たちはこの中に入ってる邪神でも、こんなものを作った『当事者』でもないからな。本当の意味では、何もわからないのかもしれない」
「本当……ですか」
「ああ」
 本当、と類が、再度呟くように言った。聚楽もまた、頭の中で一つ繰り返す。本当――本当。これの『作者』が、ここに『何』を託したか。死んでなお、縋るように残る妄執の意味とは、理由とは。果たしてどこに在るのか。
 そんなもの、きっと、『本当』には、分かるはずがないのだ。
 聚楽はボタンを押して、スタート画面からタイトル画面へ移行する。少年のセーブデータは、残っていなかった。だから――『そう』なのだろう。予測が少しずつ形になっていくのを感じながら、男はゲームをスタートさせるべく『最初から』を選ぶ。
「それじゃあ、始めるか」
「……ええ、お願いします」
 僕は少し見ていますから、と、類が言う。機械には然程詳しくないのだそうだ。それ故に、どうせゲームが足りないのであればと、聚楽が触る様子から操作方法を学ぼうという心算であるとのことであった。聚楽としても、それに異論はなかった。
 手にした時からかかる呪い、聚楽は影響されるかもしれないが、その方が。
(――『被害者に近い』)
 聚楽は呪詛に対しての耐性がない。精神的に強固な部分を持っているわけでもない。四肢や骨こそ機械となっているが、胴体部分や、聚楽の『意識』をおそらく形作っていると思しき脳部分は、未だ生身である。今、自分が呪詛の影響を受けているかどうかさえ、彼にはまったくわからないのだ。
 聚楽は、多分、このゲームの前では、ただの人間だった。
 事件を解決する猟兵でもなく、半機械化したサイボーグでもなく。
 ただ、ひとりの。
 潰したルートの確認と、影響の内容を判断する材料とするべく、組織に用意してもらった用紙とペンを傍らに、聚楽は死の匂い立ち込める序章を読む。
(呪いなんて分からない――『被害者たちもそうだった』。ギリまでそのまま粘る――)
 ボタンを押すたび切り替わる文章たちは、這い寄るように陰鬱で、夜のように冷たかった。序章とメモに残して、そこから次の章へ繋がる線を引く。哀れだ、と、聚楽は何となく思った。――誰に対して。この主人公の少女に対して? 祖父を亡くし、否応なく事件に巻き込まれていくことに対して、自分は同情しているのか。抗いがたい運命に心身をすり潰されるのは、気分の良いものではないと、確かに彼は、知っているけれど。
 指の先から、得体の知れない何かが、聚楽を捉えていくような――感触が、していた。夏の水にも似た、生温い『何か』。
 それでも進むたびメモを残し、チャートと攻略情報が蜘蛛の巣のように広がっていく。
(……必要なのは、結末ではなく決まった過程〈ルート〉か)
 これは、『俺』だ。
 思索を続ける傍らで、最早聚楽は、そう思うまでになっていた。物語の主人公は『彼女』なのに、確かにそれは、聚楽だった。彼女が動くには、聚楽の選択が要る。物事の局面において彼女の行き先を決めるのは聚楽で、駒のように進めていくのも、それに心動かされているのも、彼なのだ。であれば、『彼女』は、『俺』なのではないか。
 そんなわけがない。そんなわけが。そう思う『聚楽』が、溺れるように飲み込まれる。少女は重石だった。これが呪いというのなら――呪いによってこの『心』が動かされていると言うのなら。ここに居る自分は。これを選ぶ自分は。
 ここに、自分は、存在しているのか。
 必要とされている過程は、すぐそこまで迫っているようだった。選択肢は狭まり、ルートやパターンはいくつもその可能性を閉ざした。必要なのは、選択だ。選択――聚楽は、喘ぐように頭の中で考え続ける。何通りもある選択肢の組み合わせの中で『そうすること』が必要であるなど、まるで。
(……誰かの『選択』をなぞらせてるみたいだ)
 欲してるのは、誰かと同じ『考え』方か? それとも、その先の『結末』か?
(ゲームの方じゃない……かつて現実で起きた『結末』にでも、辿り着かせたいのか。あるいは、起きなかったからこそ、辿り着かせたいのか……)
 己の存在を代償にしてまでも、誰かに『選んでもらう』ことを望んでいるというのか。
 聚楽は、ゲームのウインドウに従って、選ぶ。
(……同じ選択したとして、同じ考えだなんて限らないのに)
 たとえ『生きている』ことを選ぶだけだとしても――『なぜ生きることを選ぶのか』は、きっと皆、それぞれの答えを持っているだろう。
 物語の中で、少女の選択が、誰かを救っていた。苦境から、死の淵から、痛みから。思い出すのは、ゲームの持ち主であった少年のことだった。
(救って、か)
 男は細く吐息を漏らして、瞬きをする。自分の行為は、救済と呼べるか。否だ、と彼は思った。助ける形になることこそあれ、自分は邪神が人を喰うのを止めたいだけで、もう、そちらに伸ばせる手は持っていない。
 自分の手は既に……誰かの手を掴むためのものではないのだ。
 きっと、あの日からずっと。
 ――それは突然だった。溺れる聚楽に差し延ばされた、一本の藁。あるいは、彼を更に泥濘へ沈めるための棒。聚楽の操作をじっと見ていた類が、表情を変える。ゲームのウインドウが、少女のメッセージを表示していた。
『でもね、自分の人生を歩いていると、彼は言えなかったのよ』
(……これは)
『これは確かに、呪いかもしれない。あなたや彼を、引きずり込んで惑わす、呪いなのかも。それでも、それでも私はね』
 少女が語る。
『私は、誰かを〈救う〉ためにこんなことをしているんだわ』
 これは――本当に『ゲーム』の文面か。ぞっとするほど生身の温度を感じる文面は、ある種の切実さを孕んで、聚楽に訴えていた。
『魂が満ち足りることは、きっと、どんな幸福よりも勝るんだもの』
 精神の充足。他の猟兵が、『システム』から聞き出した言葉は、それだった。精神とは、ここでこの少女が言う魂とは、一体何なのだろう。
『そのために、私は、神様を利用してでも、動き続けるの』
 神様、というのが、青薔薇の邪神であることは容易に知れた。少女が続ける。
『あなたは、彼らと近いところに居るけれど……それでもやっぱり、彼らとは違う。でもそれは、あなたの骨が冷たい金属であることが原因ではない。それを忘れないで』
 彼女が言う、『彼ら』とは、誰か。ふと聚楽はそんなことを思う。被害者たちのことだと思っていたが、もしかすると、『作者』のことも含むのだろうか。
『だから――』
 だから――これは、『君』の『物語』だ。
 どこかで、誰かが、そう言った。
 そして目の前に広がるのは。
 広がる、のは。

 聚楽が『こう』なった、あの日の情景。

 彼の手には、力があった。
 選べと。この場で――何かをしろと。
『言われている』のが、はっきりわかっていた。
 まずい、と思った、まずい。これは、『ギリギリ』を超える。ここで何かしたら、どうなると言うのだ。境界が滲む、物語が――『人生』が。選択肢が。
 選択肢が、現れる。
 何も見えない。類が声をかけてくれているのはわかる。だが返事ができない、ゲームを手から引き剥がされる。そこでようやく、『聚楽』が戻って来る。
「大丈夫ですかッ」
「……ああ」
 瞬きを一つする。更に一つ。今居るのは、山奥のペンション、そのレストランだ。そうだ、そう、自分は――葡萄原、聚楽だ。二十五歳の――引き剥がされた指は、やはり、機械となったままだった。類がいなければ、どうなっていたのか。考えたくはなかった。
「何が見えましたか」
「……何も」
 嘘を吐いた、と思った。だが、類は、そうですか、と短く返事をしただけで、他には何も言わなかった。
「交代します」
「操作は大丈夫そうか?」
「ええ、大体は覚えました」
「なら頼む」
 流石に疲れて、聚楽は顔を覆った。これを被害者たちが皆見たとは考えにくい。であればシステムの防衛反応か。何かそのような現象が起きる順番を踏んだか。それとも。
 ――『私は、誰かを〈救う〉ためにこんなことをしているんだわ』。
(……おこがましいんだよ)
 それは、言葉にもならず。
 聚楽の作った物語の蜘蛛の巣は、残すところ後僅かだった。

 ●

「大丈夫ですかッ」
 硬直して離れない聚楽の『手』と『げえむ機』を綾繋〈アヤツナギ〉で制御して無理矢理引き剥がし、類は少年へ声をかける。「……ああ」と少年が絞り出すような返事をして、焦点の合っていなかったその色違いの双眸が瞬いた。彼は、己の手を見ているようだった。
「何が見えましたか」
「……何も」
 嘘だ、とは、気付いていた。だが類は何も言わず、「そうですか」とだけ言った。ここで彼を追及したところで無意味なのは明らかだったし、問うべきは彼ではなく、彼の書いたメモと、この『げえむ』の方だったからである。
「交代します」
「操作は大丈夫そうか?」
「ええ、大体は覚えました」
「なら頼む」
 疲れた様子で聚楽が顔を覆ったので、類は「はい」と短く返事をして、『げえむ』の続きに取り掛かる。既に操作方法や、内容の情報は整理できている。出来るならば聚楽に反応した呪いの方も綾繋で引き摺り出せぬかと思ったが、それはすっかり鳴りを潜めてしまって影も形もなかった。流石に、そう都合よくはいかぬらしい。
(それなら、僕も『ぷれい』していくだけだ)
 感情を強引に誘うべく組み上げられた呪詛を綾繋で探り、時には勘も働かせてどうにか防御しながら、構造を調べると共に物語を進めていく。
(学生ばかりを選ぶ様……理由……自分の人生……)
 頭の中で、物語の内容と被害者たちの情報を並べながら、類は思案する。げえむをした子の共通点――多感で己や選択を迷う歳頃な事。成程、男たちの方に目が行きがちだが、少女を取り巻く環境は、被害者たちと似ているように思える。十七、学生。養い親たる祖父の影響で、学校の中でも浮きがちなため、友人と呼べるものは殆どいない……。
『彼女がいなくても、回る世界』。
 そんな印象を強く受ける環境だった。どこにもいない。彼女にとって周囲は石の像に過ぎず、周囲にとっても、彼女は石の像に過ぎない。どちらも互いに不可侵で、それ故に、孤独で平穏。好んではいないが、関わるつもりもない。そういう世界だった。だから少女の世界は、序章で祖父が死ぬまで、一つのさざ波もなく静かで、完璧だったのだ。
(……もしや、被害にあった子たちもそうだった……?)
 存在を奪われ、石膏像になっていた子らは、類が生徒証に写真を貼ったように、上書きされても気付かれなかったのではないか。その懸念が、類の心に忍び寄る。『呪いの影響で』誰からも話題にされなかったのではなく、『元からそうだった』のではないのか。だが、中には親しい友人を持つ子もいたはずだ。では、やはり違う条件があるのか。
 学生だけを狙って――透明にする、条件が。
 次に男たちを見る。役柄は様々だが、彼らは一様に、『彼女の世界の外』に居る男たちだった。たとえ少女と同じ学生であっても、それは転校してきた者であったりして、彼女にとっては明らかな『別世界の住人』だった。違う価値観、主張。だからこそ少女にとっては鮮烈で、痛みが過ぎ……無性に惹かれていた。
 ――別世界の住人。
(……そうか、そこか)
 この『儀式場』で『げえむ』の内容を読み始めるまで、類はこの決められた物語の中、同じ道や生死を繰り返し、愛を囁く彼らもまた、学生なのではないかと思っていた。だからこそ被害者たちをあそこまで惑わし、熱狂させ、執着させたのではないかと。だが違う。
 石膏像になった彼らの共通点、その一つ。
 それはおそらく、『学生の頃に、別の世界と出会って、何らかの影響を受けた』ことだ。
 本、げえむ、活動、いんたーねっと――それらに潜む、他人の言葉。
 それら様々な、『自分ではないところから齎された何か』によって。
(自分の外を、知覚した)
 そこまで行き着いて、類は、『なぜ作者が彼らを石膏像にしたのか』の理由を探して方向を変える。外を知覚して影響を受けた子らは、きっと成長する。太陽が新芽を育むように、彼らはその影響に因って、大人になったろう。その芽を摘むのは、どういう意図があったのか。他の猟兵によれば、呪いには、憎悪や憤怒などの、否定的な感情は感じられなかったと言う。では、他に共通点はないのか。選択肢――『自分の人生』。何か他に鍵でも落ちていないかと探るが、綾繋に気配はない。
 そこでふと、類は気付く。
「……聚楽さん」
 閃いたその考えを確かめるべく、類はふと顔を上げて、椅子の背に体重を預けていた少年を見る。葡萄の色をした瞳の少年が、僅か億劫そうに体を起こした。
「……なんだ?」
「先程、あなたが読んでいた部分の文章を、教えて欲しいんです」
「読んでいた文章?」
「ええ――僕からは、あなたが、『無意味な文字列を読んでいる』ようにしか見えなかったんですよ」
 聚楽の表情が、鋭く変わった。
「それは、どういうことだ」
「言葉の通りです。僕が見るあの文章は、およそ意味を成さない、文字の羅列に過ぎませんでした。実際は規則性があったのかもしれませんが、僕にはそれを見つけられなかった」
「……」
 少年が沈黙し、思考するように視線を機械へ落とすと、その白い頬を、己の手で撫でた。
「……一字一句覚えてるわけじゃないが、誰かを『救う』ためにこういうことをしてる、と言ってたな。それから、魂が満ち足りることは、どんな幸福にも勝ると」
「……救い」
「ああ。本人はそのつもりらしいぞ」
 それは――つまり。
「まさか、この『げえむ』は……誰かを『救う』ために、石膏像にしている?」
 害するのではなく。
 守るために?
 何か思い当たる節でもあったのか、少年が眉根を寄せる。小さく、馬鹿らしい、と呟くのが聞こえた。それから、猫のような形の眼で、類を見る。
「そうだとしても、やることは変わらない。石膏像にして美術室に押し込めとくのが『救済』だなんて、呼べるわけがない……少なくとも俺にはな」
「勿論、僕だってそうです」
 上書きされても気付かれない、路傍の石にも似た存在。
 そんなものに――これから一人だって、させてたまるものか。

 面白い、と。

 囁いたのは、二人ではなかった。
「――っ!」
 綾繋で制御して術式を探っていた機体から、逆流するように呪詛が這い上がる。咄嗟に接続を切ろうとするが、間に合わない――呪詛が、類に到達する。こうなれば、覚悟を決める他ないだろう。それに、これは好機でもある。何しろ、この事件の原因の方から近寄ってきてくれたわけなのだから。逃す手はない――一転、舌舐めずりでもするような心地で、茫漠として形のない『何か』が耳元で囁くのを、類は聞く。
 面白い……人ではないものが、人のために、人のように考えているのは……。初めて遭遇する試行だ……。
(お褒めいただき光栄ですよ)
 返事をしてみるも、応えはなかった。独り言に近いのだろう、声は奇妙に反響して、男か女かもわからない。これを引き摺り出せたら、この事件は収束するのか。そんなことを考えながら、声の出処を、繋がったままの綾繋で探す。
 もう、誰も。
 誰も、何も、透明にはさせない。
 その決意を胸に、類は不可視の糸を繰る。
 声が、言葉を続けた。
 元は鏡なのか……『映すもの』……なるほど、人をよく映している……。先程到達した彼とはまた違う性質だ……面白い、面白い……。
 彼、とはおそらく他の猟兵のことだろう。類は言葉を半ば無視する形で、その本体を探し続ける。げえむを構成するぷろぐらむ、その何処に、これは潜んでいるのか。
 数多の人生を映し続けてきた鏡は、どんな思考をするのだろうか。君に『人生』はあるのだろうか……。君の選択は、本当に君のものなのか……。そう声が囁く。
(――あなたが誰だか知りませんが)
 それに、類は、再び返事をする。無駄だと知っていても。
(あのね……与えられた選択なら。もう少し器用な道だと思いますよ、誰もが)
 与えられたものではない、自分で考えたものだから。
 皆惑い、迷い、傷つきながら進むのだ。
 あの工場で出会った少女たちも、あの神に焦がれた男でさえ。
 自分で選ばなくてはならなかったから――苦しんだのだ。
 けれど、それが命だと、類は思っている。
(それすらわからないなら……他人の救済なんてやめたほうがいい)
 声が、不意に止まった。消えたか、と思ったのも束の間、それは今までとは比べ物にならないほどはっきりとした影で、類の脳裏に響いた。同時に、綾繋が、奥底にあった『何か』に触れる。
 ――私が救いたいのは、たった一人だけだ。だから、私は、『死んだのだ』。
 正体不明の声は、輪郭だけをはっきりとさせたまま、そう叫ぶように言って、今度こそ本当に沈黙し――機体の呪詛が、『自壊を始めた』。
(まずいッ!)
 このままでは『げえむ』が消える。そのまま消滅すれば良いが、万一どこかで発生されたらまた被害者が出る。それだけは絶対に避けたいことだった。
 呪いの核はこれのはずだ、これさえ押さえれば。綾繋に触れた『何か』を、糸で捕まえて引き摺り上げる。それと殆ど入れ違いに、画面が暗転した。間に合ったとは思うが、どうか。
 そうして数秒の間があって――
「……一応、出たことは出たな」
「そうですね……」
 これでいいのかは知らないが、と聚楽が皮肉気に笑う。
 暗転した画面に表示されたのは、乱れて滲む、『隠しルートがアンロックされました』という白い文字であった。

 

失敗 🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

境・花世
綾(f01786)と

綾と覗き込む画面には
自分と同じ名をつけた主人公
聞いた話を参考に攻略順を試行錯誤
そう思っていた筈なのに

……あれ、このキャラ、綾に似てる

隣のきみと見比べて密かに笑い
意思を籠めて選択肢を選ぼう

まっさらだった主人公は、
決断毎に“わたし”になっていく
行きたい方へ、なりたい形へ、
機械的な試行ではない思考のもとで

綾、この主人公は、どんな人間に見える?

進む画面の先で満たされる夢は、
仮初めに過ぎないかもしれないけど
それでも迷わずボタンを押すんだ

主人公が何かを掴んだら
思わず快哉を上げて、
画面ではなく綾を見つめる

今ここに、きみの隣にいることも、
わたしが確かに選んだんだって
――そう、想っただけだよ


都槻・綾
f11024/かよさん

似ていますかね…?

かよさんの悪戯な笑みへ首を捻りつつ
分岐に拠って変わる「もしも」の世界を読み進めていく

ひとの生は常に選択肢の連続で
切っ掛けがあろうと
選び取るのは常に自分自身
そんな営みやいのちの縮図を眺めるよう

新展開を迎える度
自分とは違う思考が生み出す道のりは
純粋に楽しい

なるほど
此れが乙女げーむ

主人公を籠絡しようとするかの如く
甘言を囁き惑わす男性陣
かと思いきや
むしろ逆に
駆け引きで「攻略」していく女の強かさも見るようで
感心しては度々頷き

頼もしい女性に思えますよ
自分の意志で道を切り拓いていく姿は美しい

笑って首肯
私もまた彼女の傍らに在る事を
数多の道の中から今
選び取っているのだから



 
 顔を上げて――最初にしたことは、頭の中にある語彙を探すことだった。
 己の胸の、この高鳴りを、自分は正しく表現できるのだろうかと。
 結局のところ、恋とはそういうものなのではないかと不意に花世は思った。到底言葉にできない、だが確かな、それでいてあえかなものの積み重なり、それが、恋なのだと思う。だからこそ、人は恋愛小説というものを好み、恋を題材にし続けるのだ。万の言葉を尽くしても、それを定義することはできないから。
 今、花世が触れるゲーム機には、彼女と同じ名前をつけた少女が表示されていた。隣には、それを花世と共に覗き込む綾。小さなゲーム画面を把握するために、二人は互いの睫毛の長さがよくわかるような距離で、二人並んでいる。お洒落なレストラン、その一席で、花世は綾との時間を共有しているのだった。
「これがげーむ、というものなのですね」
「そう。こういうものの他にも、色んな種類があるんだよ」
 表向き平静を装って返事をしながらも、花世はやはりどこか浮いた気持ちがしていた。男の顔が、思っていたより近かったからだろうか。それとも。
 最初は、あの少女から聞いた話を参考にしつつ、攻略順を試行錯誤して、邪神を呼び出せたらと思っていたのだ。そういう仕事だとわかっていたし、それがきっと一番、素直な手段だろうと考えていたから。内容がどんな出来でも、夢中になることもなく、進められると。
 その、筈だったのに。
 プレイしていく中で、ふと――思ってしまった。
 ……あれ、このキャラ、綾に似てる。
 そんなことを。
 顔立ちもそうだが、その優雅で凛とした佇まい、柔らかさの中に潜む強さ。そういうところが、どこか綾に似ていると思ったのだ。一度そう思ってしまうと、見れば見るほど、彼に似ているような気がして、なんだか、とても心が惹かれた。被害者が何人も出ているような事件の真っ最中だというのに、思わず口元が綻んでしまうくらいに。
 ただ、横に座る綾の顔を見てみようとしただけなのだ。ゲームの中の彼と、現実の綾を見比べてみようと思って。勘の鋭い彼に悟られぬよう、少女じみた笑みを密やかにその唇に乗せて、花世は、そちらへ目を向けたのである。
 そして彼女は見た。見てしまった。
 彼を――綾の見せる、真剣な眼差しを。
 作り物じみているとさえ感じさせるような、整った横顔を。
 その時跳ねた心臓の強い鼓動が、花世の心を捕らえて離さない。
(なんでこんなに、どきどきしてるんだろう)
 不思議だった。呪いのせいなのだろうか? だが、綾からもらった風采は、何の反応も見せていない。石膏像となった被害者を見つける時は反応していたし、何よりここに込められているのは破魔の力だ。このゲームの影響なら、きっと風采が防いでくれるはずだろうに。内心で首を傾げながら、それでも、そんな気持ちで居る自分をどうにか律して、花世は改めてゲームへ集中する。
 恋は――まだ、夢でいい。
 少なくとも、今は。
 やがて現れるのは、いくつもの選択肢たちだった。ゲームとして作られた仮想の世界は、花世に選ぶことを迫る。それこそ、現実のように。綾に似た登場人物の彼も、『花世』に、そして花世に、選択肢を与える。
 選択。
 大事なのは、自分の意思を籠めること。
 花世は、そう思う。
(だから……これが、“わたし”の選択)
 どんな選択肢が前にあったとしても、それを選ぶのは、花世だ。そこにあるのは、自分の意思。花世の名前をつけた、まっさらの主人公が、決断毎に“わたし”になっていく。
 花世の行きたい方へ。
 彼女のなりたい形へ。
 機械的な試行ではない、思考のもとで。
 誰を救うのも、どんな結末へ至るのも――全ては“わたし”の意思。
 あるいは、この手から取りこぼしてしまうことさえも。全部、わたしが背負うもの。
 その覚悟が、花世にはある。
 だから――これが、“わたし”。
 仮想の世界においてでさえも、嘘偽りのない……わたし自身。
「綾」
 すっかりいつもの脈動を取り戻した心臓で、花世は隣の綾を見る。男は、何を言うでもなく画面から花世へ視線を移した。
「――この主人公は、どんな人間に見える?」
 問われた男が、慈愛に満ちて穏やかな微笑みを浮かべる。
「頼もしい女性に思えますよ」
 その言葉は、春の日差しのように花世へ染み込む。彼はどんな気持ちで、そう言ってくれているのだろう。
「自分の意志で道を切り拓いていく姿は美しい。そう思います」
「……そっか」
 良かった――とは言わなかった。そう称するには些か適していないような気もしたから。嬉しい、と呼ぶのが正しいのだろうか。よくわからない。人間の感情にラベルを貼って分類することは、実のところ、存外難しいのかもしれない、と花世は思った。言葉というのは便利だけれど、形がはっきりし過ぎていて、窮屈なようにも感じる。
「ありがとう」
 花世はそれだけ言って、ゲームを続ける。
 このまま、進む画面の先で満たされる夢は、仮初めに過ぎないかもしれない。いずれ自分の足で歩き始めなければならない、それが最初からわかっている、金平糖のように甘い夢に過ぎないと。この主人公が花世であり、花世がこの主人公であると言うのであれば、猶更。所詮現実ではない以上、いつかは覚める。この『彼』と『花世』の物語は、そこで一先ずの終焉を迎えて、その後のことは、花世にはわからなくなってしまう。それは、同一となった『花世』の終焉でもあった。彼女は花世でない――そんなことは、わかりきっていた。
 それでも。
(それでも、“わたし”は、迷わずボタンを押すんだ)
 それが、“わたし”の選択だから。
 画面の中の『彼』は、『花世』とその恋を育てていく。恋とは夏に茂る緑葉のよう、と花世の名を付けた少女が言う。青くて、眩い。多分、『彼』のルートに入ったのだろう、『彼』を取り巻く難事へと、少女は立ち向かうこととなる。
 その代わり、『彼』以外の登場人物たちは――
(……この作者は、幸福に、代償が要ると思っているのかな)
 一つの幸せのために、十を捨てなければいけないと。あるいは、十を捨てれば、一の幸せが手に入るのだと。そう、考えているのだろうか。
 それは、なんとなく、ひどく寂しいことのように思えた。
 十の報いに一が掴めるのならばまだしも、一のために十を失うことが道理というのなら、この世界は、あまりに無惨ではないか。
 花とは、実をつけるために散るのだ。
 選ぶ“わたし”の選択で、やがて物語は燃える。最後の章へ辿り着いた『花世』は、最後の炎と呼ぶべき顛末の前で、選択を迫られる。何もかもを焼き尽くす情念の炎が、少女までをも焦がしていく。
 けれど。
 けれど――

『私と生きてくれますか』

 ――その選択肢を選ぶのに、瞬き一つ分もかからなかった。
 生きる、生きるよ。
“きみ”と。
 これまでも、これからも。
 そして炎は消えて――舞うのは、奇跡の名を冠する青い薔薇。
 ありがとうと『彼』が言って、少女を抱き締める。
 数多の痛みを礎に辿り着いた恋の結末は残酷だった、それでも確かに、主人公たる“わたし”が掴んだもので――
「――おめでとう」
 快哉にそう言葉をこぼして、思わず再び綾を見る。物語の登場人物と見紛うばかりの男が、「どうしましたか?」と首を傾げた。
「……ううん」
 目を閉じ、花世は静かに言う。それからゆっくり目を開くと、綾を真っ直ぐ見つめた。
「今ここに、きみの隣にいることも、わたしが確かに選んだんだって――」
 泣いて、抱き締めて、一緒に生きていくことを誓う二人のイラストが、ゲームの画面に映し出されていた。きっとこの二人は、これから一生、生きていくのだろう。彼女の隣には彼がいて、彼の隣には彼女がいる。
 それは、ゲームの中なのに、あまりに美しく愛しい事実だった。
「――そう、想っただけだよ」
 恋とは、やはり萌ゆる緑に似て。
 やがて命と共に枯れ落ちるとしても――刹那の煌めきは、決して嘘ではないから。
 そうして花世は、ひっそりと微笑んだのだった。

 ●

「そうそう、さっきエンディングを迎えたこのキャラクターだけど」
 二周目を開始した花世が、ゲーム画面を、綾にも見易いよう傾けながら、悪戯な笑みを浮かべる。
「綾に似てると思うんだ」
 どう?と笑う花世のあどけなさを可愛らしいと思いつつ、綾は少しばかり首を捻る。
「似ていますかね……?」
 顔や髪の色は確かに同じですが。どの点を指してそう言われているのか。そもそも綾は、花世から自分がどのように映っているのか、多分、未だによくわかっていない。
「似てるよ――うん、似てる」
 一人納得したようにそう言って、花世が再びゲームを進め始める。傍らの女性の名を付けられた主人公の少女が、また新たに現れた別の物語を歩んでいた。分岐に拠って変わる『もしも』の世界は、花世の選択によってその先の道を示し続ける。
 ――縮図のようだ、と綾は思った。ひとの生は常に選択肢の連続で、いかな切っ掛けがあろうと選び取るのは常に自分自身。そんな営みやいのちの縮図を眺めるような、奇妙に思える感慨が、そこにはあった。小さな機械の中に編み出された、架空の人々による箱庭は、驚きに満ちて鮮やかである。
 新展開を迎える度、自分とは違う思考が生み出す道のりは、純粋に楽しい。
(なるほど)
 此れが乙女げーむ――夢中になる方がいるのもわかりますね、と綾は思う。救えなかった人を救える。できなかったことをやれる。自分の選択で物語が別の方向へと広がっていくのは、『もしも』の可能性を考えたことがあるのならば、惹かれてしまう魅力だろう。まして、それが恋や命にまつわるというのならば、益々。
 登場人物たちも、人の厚みがあって興味深い。これも物語の一つと言うならば、もっと都合が良くても構わないだろうに、彼ら彼女らは、恋を軸にしてこそいるものの、人の清濁を併せて表現しようとするのだ。
 美しいだけのものなどなく、醜いだけのものもないと主張するように。
 主人公を篭絡しようとするかの如く甘言を囁き惑わす男性陣。
 かと思いきや、むしろ逆に、駆け引きで――選択肢であったり、物語の展開の中の台詞であったりで――男性たちを『攻略』していく女の強かさを見るようでもあり。
(よく作られています)
 花世はこのようなものの他にもげーむの種類があると言っていたが、どんなものがあるのだろう。例えば、こうやって物語を読み進める類のものの中には、男性が主人公のものなどもあるのだろうか。あるとすれば、どのように呼ばれるのであろう。それもまた、このようによく出来た縮図を描くのだろうか。
 花世の選択で転じていく物語を読み進め、その随所に出てくる細やかな作り込みに、感心しては度々頷き、綾はなんとなくそんなことを考える。この世界には、綾の知らないことがまだまだ沢山あるのだ。そう思うと、やはり、楽しいものであった。
 傍らの花世も、綾と同じか、それ以上に楽しげな様子で話を進めている。元より乙女げーむというものについての知識もあったようであるから、楽しみ方も心得ているのであろう。
 ――ふと、似ていると言うのなら、この主人公の方が花世に似ている、と彼は思った。先程彼女から「この主人公がどんな人間に見えるか」と質問されて答えたが、あれは嘘偽りのない言葉だ。花世が選び、進んでいる以上、似るのも道理というものなのやもしれなかったが、そこにある芯の強さは、横で事件解決に向けて尽力する女性と確かに通ずるものだった。
 最初こそ状況に振り回されていたが、やがて自分の足で立ち上がり、誰かの傍で生きることを望んで未来を選び取ろうとする姿は、どこまでも高潔だった。花世と名付けられたこの少女を見ていると、少しばかり、隣の女性の過去を垣間見ているような気分にもなる。彼女もまた、きっと、そう生きたのではないかと思えるから。
 場違いなほどに穏やかな時間だった。隣に居るうつくしいひとの過去に想いを馳せ、箱庭で繰り広げられる縮図を見る。このまま邪神を召喚して戦うなど、もしかすると起こらないのではないかとさえ思える時間。
 だが。
 転機は、七周目を終えて、八周目も終わりに近づいた頃、現れた。
 花世の名をつけられた少女が――エンディング前の独白の中で、不意に、『二人を見た』。それが綾にはわかった。そこに含まれていたのが、明らかな呪いの気配だったからか。もしかすると、彼の第六感が知らせたのかもしれない。どちらにせよ、それは確かに、綾と花世の二人へと向けた『言葉』だった。花世が、風采を握り締めるようにするのがわかった。
『――恋心。それは、私が大切に抱えてきたもの』
 少女が言葉を紡ぐ。
『そして、私が永遠に繰り返すもの』
 敵意――否、違う。『彼女』の言葉にあるのは、一体何か。
『断片は一つにならないわ。だから、私は満たされない。もう二度と』
「……きみ」
 花世が、ぽつりと、呟くように言った。
「好きな人が……いなくなったの?」
 少女は答えなかった。ただ、寂しげに笑う絵に切り替わっただけだった。それから再び、元の表情へと戻る。
 そして、『花世』の名前と紐づけられた少女が、綾に、そして花世本人に、問う。
『例えば、渡り歩く世界の中で、己の虚だけが確かなものとなった時』
 少女の言葉は、滑るように続く。
『あるいは、その片翼を失って、遥かな空をただ見上げた時』
 自分たちのことを言わんとしているのは、すぐに察した。けれど、悪い趣味だ――とは、思わなかった。少なくとも『少女』に悪意がないのは、感じられたから。
 おそらく彼女のこれは、本当に、『訊いてみたい』だけなのだ。
 他の猟兵によれば、この乙女げーむとやらは、死人の妄念、呪詛によって形作られ、動き続けているという。何のためかと言えば、精神の充足のためだと。
 ――きっと、納得したいのでしょう。
 何を納得したいのか――そこまではわからないけれど。
 ただの勘だと言われてしまえばそれまでだった、それでも、綾は、少女が……『少女を作り上げた者』が、そう願っているのだと、何となく思うのだった。
 花世の操作で、少女が語る。
『私たちは、いつだって、そうして何かを失ってしまうの。私たちは底の抜けた硝子瓶のよう。いいえ、最初から私たちには、底なんてなかったのかもしれない。何もかも、いつか失われることが、必然であったのかもしれない……欠けてしまったのが、私たちでは、どうしようもなかったことだとしても』
 これは、悲しみなのだろうか。
『そして、いつか私たちは、〈欠けたものは戻らない〉と知るの。欠けた自分が以前のようになることはないのだと。そうして、私たちは、それでもそれを何かで埋めようとしたり、あるいは、埋まらないことを受け入れようとしたりするんだわ。その変容が今の自分の姿だと認めて』
 けれど。咲き誇る奇跡の海で、少女は疑問を口にする。
『けれど――それは、本当に、私たちが選んだことなの? だって、欠けなければ、そんなことをする必要はなかったのだもの。その選択肢は、本来、存在しなかったはずのものではないの……』
 花世の名で、少女が、綾に問う。
 だから――あるいは、そうでなかったとしても。彼は答えるのだ。
「それでもきっと、それが、『私たち』ですよ」
 自分たちでどうにもならないものがある。それは、全くもって確かなことだ。この身がかつて砕け散って消えなかったことも。未だこうして、人の姿を持って存在していることも。
 花世と出会ったことでさえ――綾が『かくあれ』と願って手に入れたものではない。
 だがそれでも。
(……『今ここに、きみの隣にいることも、わたしが確かに選んだんだって――そう、想っただけだよ』……)
 八重牡丹を咲かせたその華やかなかんばせを想って、綾は穏やかに笑う。
 それを、肯定するために。
「――私たちの道がたとえ用意されたものだとしても……」
 己の虚ろを満たすことを。
 誰かと共に在ることを。
 それを選んだのは、『自分』だ。
「……私もまた、彼女の傍らに在る事を、数多の道の中から今、選び取っているのだから」
 そう、と、少女が言う。
『同じ虚ろを抱えているひとに、あなたたちは出会ったのね。それは――とても美しいことだわ。とても、とても……』
 少女の微笑み。
『それがもし恋であっても、恋でなくても。ひとつの存在として愛し、尊敬しあえるひとと出会えるのは、とても素敵なことよ。そしてとても難しいこと』
 私が求めるものには至らないけれど――
『その困難を克服したことと、あなたたちが出逢った幸運に敬意を表して』
 それから、小さじ一杯ほどの憎しみを添えて。
『さようなら、と言葉を贈るわ。きれいなひとたち』
 そうして少女が目を閉じて、画面が不意に暗転する。
 現れたのは、『隠しルートがアンロックされました』という文字。
 少女の気配はもう――どこにもなかった。

 

苦戦 🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

玖篠・迅
声の主の死んだ理由とか、二つの呪いの主が誰になるかとか
このゲームとオブリビオンが何を見たいもしくは聞きたいのかとか
ゲームを作った人とか色々気になる事が多いよなあ…

とりあえず、電脳ゴーグルでゲームに「ハッキング」してみるな
あの子が公式サイトにヒントがあったって言ってたし、ゲームの中にも何かないか「第六感」とかも頼りに探してみる
どんな人たちがいてどんな話なのかとか、隠しルートの内容も調べてようか
あとはゲームに関係ない部分に制作者の記録とかないか探ってみるな

ゲームの感想も歪められたものじゃなければ、ほんとに楽しめたものだろうから、もう誰も呪わなくてもいいように何かできる事を見つけたいな


レッグ・ワート
さてどうしたもんか。像化は自分じゃない発言を予知できめたらしい邪神より、物騒なゲームがぽこじゃか湧く方を俺は止めたいんだが。

教えて貰ったルートは覚えてる。ただ素直に辿って出てくるか?予知と出し方違う気が、まあ進めりゃわかるな。持ち主がいたならそいつが編んだ手が正解と思いたいね。ゲームがあいてたらさくさくいこう。なかったら、ゲームに付き合ってる面々の様子時たま確認しつつ、細いトコの情報交換でもするか。どの道防具改造で耐性値纏めて呪詛耐性に変えてはおくぜ。

学校に固めて閉じ込めるなよ。修了、いや卒業の難易度を勝手に上げるなって。壁と話すの得意で何か語りがあるなら少し聞こうか、人生の卒業生。なんてな。



 
 さてどうしたもんか。
 レグは迅と共にペンションの食堂の席に着き、ゲームを見ていた。彼がすぐゲームの対処及び邪神の呼び出し方について検討し始めなかったのには理由がある。
『しばらくすれば別の場所で次のゲームが発生するだけ』。
 事の発端と思しき死人から他の猟兵が聞いてきた、その言葉による。
 ……いや、それまずいだろ。どう考えても。
 邪神を潰したとして、それが止められなかったら意味がない。ここまで、邪神とこの呪いの関係性についての言及は一切なく、邪神を屠ったところでその増殖が止まる確証はない。
(……像化は自分じゃない発言を予知できめたらしい邪神より、物騒なゲームがぽこじゃか湧く方を俺は止めたいんだが)
 如何せん、自分の与り知らぬところで仕事が増える。ふーむ、とレグは少しばかり首を捻って――それから、迅を見た。視線を向けられた少年が、電脳ゴーグルを弄っていた手を止め、レグと同じ方向に首を傾げる。
「どうしたー、レグ?」
「いや、やっぱ気になるなと思って」
 指でゲーム機を持ち上げ、まじまじと見る。ゲームは既にタイトル画面だが、こうして直接触って観察してみても、耐性を事前に防具改造で呪詛へのものに合算しているから、影響を受けることはない。この状態で見ていると、何の変哲もないゲーム機とゲームなのだが。
(つーか、何を思って人を石膏像なんぞにしようと思ったんだ、そいつは)
 目的がわからないので、対処法の目途を立てるのが難しい。ゲームついでに、そっちの情報も回収出来てりゃ良かったんだが。そうは思えど、まず予知を聞いた時点ではゲーム自体の正体さえ不明であったし、ゲームを手に入れたところで手掛かりなども何一つなかったから、ただのないものねだりというものであった。ここへ猟兵が集まりきるまで、エンジニアチームの手伝いなんぞもしてみたが――邪神召喚という性質上、足並みを揃える必要があったから、先発のレグには多少時間があったのだ――、終ぞ何も見つかることはなかった。
(データベースにアクセスして直近半年くらいの自殺や不審死なんぞも探ってみたが、該当者が多すぎて話にならん)
 膨大な情報を処理するのは不得手でないが、絞りこむ要素が殆どない以上、さしたる意味もなかった。こうなると、後手に回っているようだが、実際にプレイして邪神を出してみる他ない。
 しかし、やはり懸念がある。
「――教えて貰ったルートは覚えてる。ただ素直に辿って出てくるか?」
 レグの言葉に、迅が、首を傾げたまま困ったように眉根を寄せる。
「どうなんだろうな? 俺も、ちょっと声を聞いただけだからなぁ」
「予知と出し方違う気が、……まあ進めりゃわかるな。頼むぜ、玖篠」
「頼まれたっ!」
 元気よく笑って、迅がゴーグルをつける。レグがゲームを進めている間に、迅がゴーグルによるハッキングで中身を解析、何かヒントを探し、見つけられそうならば隠しルートの内容や制作者の記録がないか確かめてみる、というのが二人の手筈であった。迅の方にウエイトがあり過ぎるようにも思えるが、情報処理の速度ならば、間違いなくレグの方が遥かに速い。これは迅がどうこうではなく、レグがウォーマシンであることに由来する。これならば迅はテキストを読む必要がないから、ゲームはレグの速度で進められるのだ。
 もし教えて貰ったルートが間違っていたとして、それならば、どうしても邪神が出てくるまで試行を重ねる必要が出てくる。だがそれを生体の速度でやっていると、かなりの時間がかかってしまう。それを解消するための策であった。
(持ち主がいたならそいつが編んだ手が正解と思いたいね)
 期待はしてないが、とメニューを出してみて、セーブデータがないことを知ってレグはやっぱりな、と思う。一回きりだ、これは。
 真相は現時点では不明だが、データがないのは事実である。事実に対して『そんなはずはない』と言っても無意味だ。
(さくさくいこう。時間も無限にあるわけじゃないしな)
 とりま、教えて貰ったルートから。出てくるテキストの文字送り速度を『瞬間』にセットして、ゲーム機が壊れない程度に連打して読んでいく。序章、オープニングムービー――は飛ばしていいものか判断がつかなかったので一応全部見る。一章に入って、声をかけてきた男の名前を確かめる。こいつは確か、最後だったか。
 そこでレグは、はたと気付く。
(……攻略の順番は教えて貰ったが、攻略方法は教えて貰ってないな)
 攻略、というからには、正しい選択肢を選んで進む必要があるのだろうが、そういうものは手に入れていない。
「玖篠」
「ん?」
「何かヒント、出てきたか?」
「流石にまだ……」
 青い目をぱちくりさせて、迅が困った顔をする。だよなあ。迅が着手してから、三分も経っていない。
「何かあった?」
「いや。ちょいと確かめたかっただけだ。悪いな」
「ううん、いつでも頼ってくれな!」
「ありがとよ」
 自分の言葉で朗らかに笑い、再び電脳世界へ意識を戻した迅を見送ってから、どうするかね、とレグは一瞬だけ思考を止めて、結局すぐに動き出した。教えて貰ったルートへ入れるように模索しつつ、一旦それらしい選択肢を選んでいくこととしたのである。予知を信じるなら、結果的にその順番にさえ辿り着けば問題なく邪神は出てくるはずだ。ならば、一度ざっと流して登場人物の性格やストーリーを把握するのも、悪くはあるまい。数多の選択肢の組み合わせも、レグならば覚えていられるのだし。そう判断して、レグは再びボタンを連打し内容を把握していく。
 その合間に、レグは周囲へ視線をやる。他の猟兵の様子を窺うためだ。呪詛に耐性がある者ばかりでもない以上、何かが起こらないとも限らないと思ったのである。だが、そこは猟兵と言うべきか、助けが要る程の状態になっている者は一人もいなかった。目の前でハッキングを続ける迅も問題なさそうだ。
 猛スピードで進めるストーリー、そこに情緒はない。レグはただ、出てくる登場人物の求めそうな言葉を選び、進めていくだけだ。正直に言えば、現実よりは楽だとは思わなくもなかった――何しろ、選択肢が限られている。やり直すことさえできる、尤も、やり直すより周を進める方を優先したので、レグがやり直すことはなかったが。ついでに言えば、ゲームの中の人物は当たり前だが現実で暴れない。
 すっかり沈黙していた迅が不意に口を開いたのは、食堂にかけられた時計の長針が、一周半ほど回ってからであった。
「レグ、今何周目な?」
「十周目」
 端的に答えると、ひえー、と迅が感嘆とも驚愕とも取れる声を上げた。
「それで、何か見つかったのか?」
「うん――」
 迅がゴーグルを外す。
「――多分、制作者の人」
「……」
 レグが一瞬言葉を失ったのは、意外だったからと言うよりは、この場で指す『制作者の人』というのがどういうものか、瞬時に判断できなかったことによる。迅が、慌てたように話を続けた。
「人って言っても、なんだろな。容量的には凄く小さいんだけど。一つだけ、全然動かないのがあって。よく見ると、それを中心に呪いが構築されてたな。こう……糸錘みたいな感じで」
 成程、いかにもと言ったところだ。そんな魔女の呪いあったな、などとレグは思う。
「それが作者?」
 うーん、と少年がまた唸る。
「勘だけどな」
「勘でもいいさ。会話とか出来そうか?」
「どうだろ。ほんとにただのデータみたいだし。何の気配もないな」
「だが、猟兵に干渉してくることが出来る以上、それなりに自律的な――それこそ『思考』ができるはずだ。単に、『俺たちに干渉されたくなくて』黙ってるだけじゃないのか」
「かなあ」
「まあ、それが無理でも、中のデータ自体は見られる可能性あるだろ。俺にやれることはあるか?」
「んー、ゲームを続けてて欲しいかな。何かあるかもだし」
「オーケイ。了解だ」
 迅がゴーグルをつけ直し、レグはゲームの試行を再開する。
 ――制作者か。
(……何があったんだか知らないが、学校に固めて閉じ込めるなよ。修了、いや卒業の難易度を勝手に上げるなって)
 選択肢の組み合わせを、レグは淡々と網羅していく。このゲームの主人公の少女もまた学生であるようだが、制作者も学生だったのだろうか。そんなことを思う。それからどれだけ経ったものか、やがて画面にノイズが走って、ゲームそのものが止まった。暗転し、動かなくなった画面。そこへ表示されるのは。
(『あまりに機械的だ。それは私の求める試行ではない』、ね)
 そう言われても、レグは事実として『機械』なのだ。物語を『収集』するならまだしも、『解釈』することは、本質的に彼の仕事ではない。
 レグは、おそらくこの『制作者』にとって、物言わぬ壁と殆ど変わらないだろう。
(……ま、そうだな)
 壁と話すのが得意で、何か語りがあるのなら。
「――少し聞こうか、人生の卒業生」
 なんてな。
 レグはそんなことを冗談めかして言いながら、画面に現れた文字を読む。
 即ち、『〈私〉に何の用か――鋼の人形よ』というメッセージを。
(用って程じゃあないが。こんなゲーム作ってるくらいだし、話したいことあるかと思ってな。あんな風に他人を石膏像にしまくってるんだ、理由があるんだろ)
 文章は変わらない。まあそう簡単に答えないか、と思ったところで、文章が切り替わった。
『自分で選んだと言えないような人生ならば、あってもなくても一緒だろう。いっそどこにもいない方が、彼らも救われる』
(そんなこたないだろ)
『君に共感してもらえるとは思っていない』
 手厳しいな、とレグはゲームの画面を見る。と、画面が、『言っておくが』と表示した。
『君のことを貶めているわけではない。君が〈私〉に共感しないように、〈私〉は君に共感しない。それだけのことだ』
(そりゃありがたいね)
 しかしこれはどういう理屈なのか。ゲームの中に、それこそ『魂』でも入ってるのか? 迅はまだゴーグルをつけたままだ。彼が何かをしているのか。
『魂というのは、精神というのは、結局のところ何なのだろうか』
(さてなぁ)
『〈私〉はずっと、魂が欠けた心地がしていた。あの人が死んでから、ずっと、ずっと、ずっと……満たされたいと思っていた……だが埋まらなかった。だから〈私〉は決めたのだ』
 急に――薔薇の匂い。
「おっと――」
『この欠落を埋めるためなら――自分を含めた誰を犠牲にしてもいいと』
 あの人でさえ。
『だから、私は、』
 死んだのだ。
『充足した者を見るまで、満ち足りた魂の輝きを見るまで、〈私〉は朽ちない』
 ゲームがそう表示して、沈黙した。
 迅がゴーグルを外したのは、それと同時のことだった。

 ●

 頼まれた、と返事をしてゴーグルをつければ、広がるのは、ゲームの『制作者』が作った電脳世界だった。尤も、この場合は電脳ゴーグルによって侵入しやすいよう疑似的に展開された仮想世界でしかなく、『制作者』がこれを作ったわけではなかったが。プログラムからゴーグルによって映し出されたその世界に色はなく、ただ静かで、冷たい。
 墓場だ、と迅は思った。いや、墓場の方がまだ、人の温かみがある。何故ならそこには、生者の悼みがあるから。
 ここにあるのは、底なしの空虚だけだ。
 悲しみでも、絶望ですらない、薄らぼんやりした虚ろ。
 あの学校で感じた呪いの正体とは、これだったのかもしれない。迅は、なんとなくそう思う。茫漠として、そこにあるのに、掴めない。指向性はなく、それなのに何かを捉えようと足掻いている。矛盾を抱えた空洞。千変万化する透明。纏わりつく無。
 そこに、二種類の呪詛が張り巡らされている。
 蜘蛛の巣か――織物か。そんなようなイメージを抱かせるような世界だった。
 特に今は、レグがゲームを進めているから、データがひっきりなしに動いていて、正に機織りのような様相であった。あれが動いてこれが繋がる。それが交差して、あれが出来上がる。そういう動きが、瞬きほどの休みもなく、ずっと続いていた。それでいて、防壁も何もない世界は、逆に身構えてしまうほど整然として見通しが良い。
 直感で、きっとこれが完成する時に、邪神が召喚されるのだろうと迅は思った。
 さて――こうなると、ここからは「どんな情報を手に入れるか」というのが問題になってくるわけだが。
(……声の主の死んだ理由とか、二つの呪いの主が誰になるかとか……)
 このゲームとオブリビオンが何を見たいもしくは聞きたいのかとか。
(ゲームを作った人とか色々気になる事が多いよなあ……)
 迅は己の疑問を並べてみて、うーんと唸った。どれも同じくらい手掛かりがない。謎は深まるばかりで、知りたいことは増えるばかりである。呼び出した邪神が疑問に答えてくれるとも限らない――少なくとも、『制作者にしかわからないこと』は、きっとあるはずだ。ならばやはり、ここで何かを見つけるしかないのだ。レグにも頼むと言われたし、答えを知るためにも、出来る限りのことをやるべきだろう。
 構築された電脳世界に一人立って、迅は考える。まず取り掛かるべきは何か。
(……あの子が公式サイトにヒントがあったって言ってたし、ゲームの中にも何かないか、探してみようかな)
 と言っても、何か指針があったわけではない。ましてや、この情報を全て精査していけると思ったわけでも。ただ、それくらいなら、レグが動かすデータの流れを見ていけば、勘で見つけられることもあるかと思ったのだ。多分、あるとしたら、それは『動かないもの』だろうから。
 動くものの中で動かないものがあれば、目立つ。
(そうだ、どんな人たちがいてどんな話なのかとか、隠しルートの内容も調べてみようか)
 あとは、ゲームに関係ない部分に、制作者の記録とかないかな。そんなことも考える。公式サイトのヒントは、『他の人が簡単に見られる』からその形で記載していた可能性もある。ウェブサイトより秘匿性の高いゲームのソースコードにメッセージを残すとしたら、それはヒントではなく、『制作上で発生したメモ』などではないだろうか。たとえば、具体的な、ファイルのジャンプ先であるとか。あるいはそのデータを制作した日付、没テキスト――
(……『ファイル作成者の名前』とか)
 名前があれば、レグやUDC組織の職員に伝えて、調べてもらうこともできる。
 レグに「玖篠」と声をかけられたのは、そんなことを考えていた折のことであった。
「ん?」
 ゴーグルで展開した電脳の世界から現実世界へ顔を出してみれば、既に随分馴染み深いものとなったウォーマシンのモノアイが、どこか困ったような雰囲気で迅の方へ向けられていた。
「何かヒント、出てきたか?」
「流石にまだ……」
 こんなにすぐ訊いてくるなんて、どうしたのだろう。念のため時刻も確認してみるが、三分経っているかどうかと言ったところだ。問題が起きたのかと少しばかり不安になりつつ「何かあった?」と質問をしてみれば、レグが「いや」と否定する。
「ちょいと確かめたかっただけだ。悪いな」
「ううん、いつでも頼ってくれな!」
「ありがとよ」
 レグの感謝の言葉に迅は笑うと、電脳世界へ戻る。動かなくなったゲームの世界は、寒気すら感じる静寂に包まれていた。が、それもすぐ、レグが動かすデータの波で掻き消える。
(……よし)
 一つ頷くと、迅は空虚な世界を進む。
 動かないもの、動かないもの。あちらこちらへ視線を巡らせて、それらしいものを探して行く。呪詛の網に触れないようにしながら、迅は『制作者』の遺したものを探す。
 と――少年はふと、視界の端に『黒いドレス』の裾を見つけて、そちらを振り向く。見れば、灯火を持った『少女』が、迅の背後を通り過ぎるところであった。織られ続ける呪詛の向こうへ、少女の背中が消えていく。
(――待って!)
 追わなければいけない、と思った。これも多分、勘だった。けれど、きっと正しい。少女はこちらを見ない。ただ先へ、先へと歩いていくばかりだ。行き着いた先は、小さな桟橋だった。この世界にこんな場所が、と思うより先に、少女が小舟に乗る。帆もオールもない小舟へ。迅が追いつく頃には、少女はもう、波にさらわれて遠くへ行ってしまっていた。く、と少しだけ唇を焦りに曲げて、何かないか探す。
(あの子を、見失っちゃ駄目なんだ)
 見つかったのは、筏と呼んだ方がいいようなぼろぼろの小舟だった。追いつけるのか、わからない。でも、これしか手がないのならば、やってみるしかない!
 そこで迅は気付く。ゲームの中を巡る呪詛が、『レグのもの』以外によっても動いていることに。これは、まさかこの場にいる猟兵全員の『試行』で動いているのか?
(っ、わかんないけど!)
 筏に乗る。波が、少年をさらう。少女の乗った小舟は、まだ迅の視界の中にある。波が、迅を少女へ近付ける。手が――少女に、手が届く。
 だが、迅が少女の小舟に手をかけるより先に、一際高い波が、二人を呑んだ。
 暗転。目を閉じて、開く。一変、眼前に現れたのは、元の電脳世界だった。空虚な。
 あの子はどこに、と探してみるが、少女はどこにもいなかった。見失った――落胆が迅を襲う。けれど――
(……ん……?)
 目の前にある、小さなデータに目を留める。動き続ける呪詛、その糸同士の隙間へ巻き込まれるように収まった、一見するとデータの残骸にも見えるそれ。
 ――動いていない。
 その事実に気付いて、迅はそのデータと、周囲の動きをよく見る。これは巻き込まれているのではなく、『巻き取っている』? あるいは、ここから呪詛が『伸びている』のか。一体何のデータなのか、それはわからない。
 でも、これは。
(人……だ)
 きっと。
 迅は電脳世界から戻って、レグにそれを伝えると、もう一度潜る。
 この『人』のことを知るために。
 糸錘のようなそれに、近寄る。二種類の糸を吐き続ける塊のおかげで、既に呪詛の織物は完成寸前だ。それこそが、今の迅たちが求めていたところではあるけれど。
「……もしもし」
 呪いの根に対してかける言葉としてそれが適切なのかどうかはまったくわからなかったが、迅はそう声をかける。
「俺は玖篠迅って言うんだ。名前を教えてくれない?」
 返事は――ない。
「石膏像になった子たちだけどさ。みんな、ゲーム、面白いって言ってたな」
 彼らの感想が呪いで歪められたものでなければ、このゲームは、みんながほんとに楽しめたもののはずだった。
 邪神を召喚するための術式が、迅の周りで組み上がっていく。
「沢山の人の心を動かせるっていうのは、凄いことだと思うな」
『……本当に伝えたい、たった一人には届かないのに』
 突然聞こえてきた声に驚いて、迅は辺りを見回す。呪詛の向こうで、灯火の消えたカンテラを持った少女が、迅を見ていた。
 あれは――『誰』だろう。
「どうして、そう?」
『だって、あの人は、死んだわ。痣だらけで。まるで殉教者みたいに、あの人が愛するもののせいで死んだのよ』
 少女がカンテラを落とす。地面とぶつかって壊れても、それは音も立てなかった。
『私はずっと好きだったのに。ずっとずっと好きだったのに』
 ふらりと少女が、黒いドレスを翻して歩き出す。追おうと身構えるが、少女はただ、動かないデータの傍へ近寄っただけだった。
『違うわ、私、失恋したことがつらいわけではないの。私が、あの時何もできなかったことが。私は一番……嫌だった。色んなもののことを考えて、いいえ、〈誰か〉の目を考えて、一歩も動けなかった。そんな私が、許せなかった。あの時、私が動いていたら、あの人は救えたんじゃないかって――』
 そう思ったら、耐えられなかった。少女がデータを柔らかく撫でて、それから、呪詛の糸錘の動きが止まる。
『私の人生って、何だったのかしら。そう思ったの。なんだか、頭の中が空っぽになって、ただただ、虚しかった。あの人のことを、無理にでも救っていたら。あの日、結婚するってあの人が言った時、泣いて自分の気持ちを伝えていたら』
 あの人は。
『あの人は……死なずにすんだのかしらって……思ってしまったの』
 私は、多分、あの人を一度でいいから救ってみたかった。少女が淡々と言う。
『どんな形になっても。どんな手段でも……何を犠牲にしてでも……』
 組み上がった術式は不完全だった。それなのに、そこにあるのは、邪神の気配だ。少女が、迅を見る。
『理由は、それだけ。だから、〈私〉は、〈死んだ〉のよ』
「――え、と」
 どうしても気になって、迅は、問う。この糸錘こそが『制作者』だと思っていたけれど、その話が正しいなら。
「君は……ううん、そのデータは、『誰』な?」
 迅の質問に――少女が、微笑んだ。
『誰なのかしら。もう、私にもわからないの』
 だって私、自分の名前もわからないんですもの。糸錘から少女が離れて、壊れたカンテラの欠片を、丁寧に拾う。
『私が話せることは、もう終わり。神様が現れるから……』
 そう言って、少女が呪詛の向こうに消える。呼び止める間もなかった。迅は電脳世界から戻ると、ゴーグルを外して、ゲームを見た。画面には文字が表示されている――誰かの。既にレグと会話をした後らしく、喋る気配はなかったけれど。
 そして、薔薇の匂い。
「いいところに帰ってきたぜ、玖篠」
 レグが言う。
「いよいよお出ましらしい」
「わかった」
 ――それでも。
(それでも、君の描いた物語に救われた人だってきっと居たのに)
 もし叶うのならば――もう、『彼女』が誰も呪わなくてもいいように。
 何かできる事を見つけたい。
 迅はそう、思うのだった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『エマール・シグモンド』

POW   :    それは自戒か、将又自壊か
【ハーバリウム内の花弁を増やす 】事で【高速思考処理モード】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
SPD   :    実存は本質に先立つ
自身の装備武器を無数の【青バラの花弁 】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    永劫回帰
【もう一人のエマール・シグモンド 】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠鈴・月華です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 真っ青な花弁が舞って、薔薇の香りが山奥のペンションに満ちる。

「――これは、随分とまた人数の多いことだ」

 その姿のどこから声を出しているのか。ハーバリウムの頭部をした、黒いスーツの男が、着席してゲームと向き合っていた猟兵たちの只中に現出していた。

「同時起動の並列試行による術式の完成か。このゲームでそんなことが出来たとは。その場に一つずつしか発生しないと思っていたのだが。一つ一つの負担が少ないせいか、呪いも機能していない……それなのに私は心なしか普段よりも幾らか完全に近いとは……、と、」

 召喚された青薔薇の邪神は、そこで溜息でも吐くように胸を一つ上下させて、己の周囲に集まった猟兵たちを見回す。

「ふむ、どうやら皆、何か私に質問があるようだ。表情を見るに、私たちがここへ至った経緯について、と言ったところか。だが、率直に言えば、私はこのゲームの作者である彼……ああ、便宜上彼と呼ぶが、私は彼が男性であったのかどうかは知らない。直接見ていないのだ。話が逸れてしまったな。兎に角、彼がどのような人間であるかも、彼がこれを作った経緯についても、私は一切知らないのだよ。何しろ、私が彼に呼ばれた頃にはもう、これは召喚術式として存在していた。だからこそ私はこれに惹かれ――その一部として機能することを良しとしたのだから」

 故に、作者について答えられることはない。青薔薇の邪神はそう断言した。

「腐乱臭のこもった部屋であったことは知っている。蠅が異様にたかる部屋であったことも。だがそのようなことが聞きたいわけではないだろう、君たちも。そうだな、私が一つ言えることがあるとすれば――」

 邪神がステッキで床を叩き、青薔薇が、ハーバリウムの中で踊る。

「――私が出会った時、これは呪詛としては未完成だった。やろうとしたことに対して、代償二つはあまりに少な過ぎたのだ。術式そのものはよく出来ていたのに、花が咲くに足る養分が足りていなかった。かと言って、代償を増やすというのは如何にも下策だった。そんなことをすれば、実際に我々が動くより先に見つかって消されていただろう。君たちが、今ここへ集って私と相対しているように。だから私は呼びかけた――彼に」

 私を養分にしてみないか、と。

「結果としてこれは今、私の神としての力を糧に増殖と発生を繰り返し、彼の呪詛と私の存在を不完全ながら召喚する一つの電子術式として機能している」

 邪神はそのすらりとした細身で姿勢よく食堂に佇んだまま、そこで一度言葉を切った。猟兵たちは既に席を立ち、UDC職員たちは退避していた。

「……実存は本質に先立つ。人の哲学者の、そんな言葉がある。私はそれが好きだ。実存、そこに在るということは、揺らがない。それだけは、間違いなく確かだ。すべての存在を疑う己の存在を疑えないように。その言葉によって、私は考える」

 歌うように邪神は言う。

「私は、骸の海を終の棲家とする邪神たる私は――世界を破滅に追いやることだけを目的とする私は――いくらでも存在する私は――エマール・シグモンドと名乗る私は――ここに実存を持つ私は、『私』と呼べるのかと」

 邪神が不意に、すい、とステッキを持ち上げて猟兵に突き付けた。

「私は彼と違って円環を求めない。円環となるつもりもない。私は何度でも繰り返しながら、それでも更なる次元を目指す――未来永劫、螺旋のように。だがこれは、彼との約束、契約だ。これを問わねば――我々が今ここに在ることは否定される」

 故に、邪神は問う。


「君は――己の選択に、自分が在ると思うか?」


 そこへ集った猟兵たちへ。


 
ジニア・ドグダラ
「……我思う、故に我あり、でしたか」
『こうして考える以上、何かしらの影響はあれど、ワタシは、「私」達はここに在る』

石像と化した方々を生み出した、邪神相手に容赦はしません。真の姿を解放します。
胸にかけた小瓶の鉱石の力を働かせ、呪術式の【高速詠唱】を実施。と同時に、棺桶の【封印を解き】、収められた死霊を大量放出。死霊を再構築し、巨大な骸骨の霊として顕現させます。

「なるほど、呪詛が未完成だからこそ……」『ならば、こいつらの分を、持って行け!』
骸骨霊の怨嗟に満ちた雄叫びにより発生する、【呪詛】を纏わせた巨大な拳を、相手に全力で振るいます。

そして、その背で動くもう一体の邪神の動きを死霊拳銃で牽制します。


都槻・綾
f11024/かよさん

ヤドリガミたる私は
「ひと」として在りたいと望んだ身
――「ひと」ではない、いのちの形

自ら生を選んだくせに
惑い、悩み、消滅も考慮する
時の流れに従う事が楽だと思える

――全く、
「ひと」とは
怠慢で自分勝手で無責任ないきものですねぇ

かよさんとささめき笑い合い
邪神へ
ゆるく首を傾げて問い返し

何故
世界を破滅に追いやりたいのでしょう

破滅の先に待つのは
無ではなく新たな次元なのだろうか
オブリビオン故に破滅を望むのか――其れは自身の選択なのか
純粋な好奇心で問いを重ね

――未知なる世界を、私も見たい

其れが選択
一足ずつが白紙の頁、新しい世界
だから
此処で果てる訳にはいきませんねぇ、と
青薔薇の花筐を邪神に餞


ロカジ・ミナイ
やだねぇ、賢くなりすぎるってのは
ややこしくって面倒臭い

あの子を入れるお人形さん
そう、アンタの言う実在よ
あの子を作った時なんてまぁ複雑で回りくどくって
ずーっと頭が痛かった
こんな事もう二度とやるもんかって思ったもの
お陰で傑作が仕上がったけどね
僕の証明たる傑作が

人生はちょっとしたフローチャートさ
僕のチンケな脳みそじゃ一本道しか辿れねぇ
それを憂うかい?こんなロマンチックなこと他に無いと思うけど
もしも僕が「ここにいる」と思い込んでる何かだとして
だったら好き放題に踊ってやるだけよ

ところでさぁ
電気信号に過剰な電気をぶつけるとどうなるか知ってる?

妖刀を首に沿わせて赤に染める
使い古した血の熱さの意味が分かるかい


佐伯・晶
己の選択に自分が在ると思うか?
在ると思うよ
これまでに選択し続けた結果が自分で
その上で新たな選択に臨む訳だからね
だから腹を括れるか否かだと思うよ

人生についても同じだね
自分の人生をどう評するかは自由だけど
他人の人生を貶めようというなら
それがどうしたと言わせて貰うよ
これは僕の人生だ

この辺りは登山の影響あるかもね
見たい景色の為に困憊し
自ら危険を冒し
儘ならない天気に翻弄される
でも行くも行かないも自分の自由さ

相手が分身するなら
こっちは仲間と連携
石膏から創った使い魔による石化や
神気による時間停止で
行動を阻害しつつガトリングで攻撃

邪神の力を見せ札に
神力を使わないワイヤーガンでの捕縛で
致命的な隙を作るよう狙うよ


冴島・類
失わない永遠を繰り返す、残響
此れを救済と呼ぶのか
ほぞを噛む

だから私は死んだ?
莫迦言うな
ならばこそ
生きて
示さなきゃだろうが

他の方と青薔薇との距離計り
瓜江を手繰り攻撃を注視
かばい、引きつけ機を伺う

増えようが
攻撃が当たり動きが揺れた瞬間
捕まえて縛る為糸を放ち

ええ
在りますよ

悔いるはまだ良い
選択を己以外の何かに棚上げするのは
至るまでの全てを疑う事
空虚で、失礼だろ

失われれば実存は亡くなる
けど、本質は
触れたものとの間で育つ

救済を為す、なんてのは奢り
受けたものが感じる結果
かたちない物だから
出来るのは
失いたくないって
向き合い続けるだけ

選択の中にあるのは
己だけ、ではない

君の想いも
誰の明日も
行止まりにしないでくれよ


トリテレイア・ゼロナイン
想い人が悪意によって亡くなった後悔を呪詛としたのか…
祓い慰める術を持たぬ私では手を差し伸べることは出来ません
ですが貴方を倒し呪詛の悲劇を絶つ
それだけは私にも可能です

お答えしましょう
義理堅きエマール様

造られ
兵器に不要な感情演算を持たされ
残された物語を規範とする他なく
特定ないし複数の「そうあれかし」という意志が絡み形成された私に

私の選択に…「私」の中に「私」は存在しないのでしょう

余人に在るように見えても
この寂寥感も
「私」では無いのでしょう

私は騎士ではなくペーパーナイフなのです

そしてナイフが為した結果
善悪功罪こそが「私」と成るのでしょう

さあ
「私」を始めます
いかな速度だろうと捉え斬り捨て滅しましょう


玖篠・迅
それを知らないと選ぶこともできないから
彼女がただ消えてしまうのはさびしいように感じる気持ちは、俺のものと思いたい

俺はもう一度「ハッキング」で彼女とあのデータのところに行ってみる
その間は朱鳥たちに他の猟兵に協力とか邪神の足止め頼んどく
術式は不完全だったのが気になるのと、邪神が倒れた後でもゲームが残るように何とかできないかやってみたい
何をすれば正解なのか俺にもわからないけど、彼女がこのままなくなるのはなんでかきっとさびしいと思う
彼女たちが望むものを見せることができれば一番なんだろうけれども…


葡萄原・聚楽
少し機嫌が悪い。
…駄目だ、冷静になれ。

「戦闘食:UDC」を「爪の刻印:人形」で喰らってパペットに。
それに「鋼糸:人形操り」を繋げた状態で使う。

人形叩きつけつつ、糸(範囲攻撃)で敵の行動範囲を制限しながら戦う。

途中、ユーベルCの糸を人形の糸とは別方向に仕掛ける。
見えないもの避けるのは難しいだろ。
引っかかったら絡ませて、喰えそうなら喰う(生命力吸収)
でもまぁ、動き鈍らせるだけでも十分だ。

あの日があって、邪神、組織、そういうのに関わったから、俺は今の選択をした。
だけど『自分』は受け入れたんだ。

全部俺のものだ。
俺の『自分』は独りじゃない。
少なくとも俺は、そうでなきゃ、いや、そうでありたいんだ。


碧海・紗
自分が在るかなんて
あの頃の私には
選択肢自体無かったけれど…

このゲームで言えば。
手元を狂わせて違う選択をしたのも
誰かの気持ちに立って選択をしたのも
私じゃ無かったら、また違う様になっていたのでは?


そもそもあなたは
本当に実在してるのかしらねぇ…?

消えて仕舞えば
閉じ込めて仕舞えば
居ないも同然


ーー世界を破滅に追いやったとして
存在を誰に問うのかしら


考えても纏まらない時は
目の前のあなたを倒して
それからのんびり考える


まぁ
自分の思いとは違う選択をしないとならないのも
人間の面倒なところかもしれませんが…

"闇夜"の銃口を
侮蔑を思わせることを
第六感を働かせ猟兵のフォローを

するのは全部、私の意思。


(勿論、アドリブも。)


レッグ・ワート
仕事が出来ればどっちでも。但し結果決めるのは相手の値でなあ。ところでどこまで弱っても実存が続けられるか、体験で知る気無い?

戦闘は武器受け見切り避け主に鉄骨ぶん殴り。欠くと困るのはかばう。
先ずは迷彩起こしたドローンとゲームを隅に除けて、ゲームに接続してシステムに仕様きくわ。とりま狙いはあるがスぺ不足って事だろ。物騒じゃなければ、複製した電子記憶装置繋ぐから条件付きで使って良いぜ。何なら稼働期間中集め倒してる状況他詳細付生体語録要る?条件は単純。防具改造で合算強化した呪詛耐性をフィルタに貸す、邪神を単純なリソースに使う事。出来る出来ないどっちの証明の為に在るのかしらねえが、いいから早く仕事しろ。


境・花世
綾(f01786)と

記憶も愛も何も掴めない指先で
ただ咲いただけのいのちだけど

流れゆく川に花びらが散るように、
ひととき色づいて世界を彩るものになれたなら
きみがうつくしいと解釈してくれるなら
それを『わたし』にしたいと思うんだ

自分勝手に押しつけた神さまは、
まるでひとの顔してのんきに笑ってる
きっといつか砕ける、永遠ではないその姿を

――まだ見ていたいと、わたしが決めたよ

囁きと共にこの身を苗床に花が咲く
爛漫にひとの形さえ曖昧になるけれど
踏み出す足だけは失われない
呪詛を切り裂きに、道を拓きに行こう

意味なんてなくていい、操られてたっていいよ
わたしが、今、君の隣で楽しいことは、
世界中の誰にも否定させやしないから


アンテロ・ヴィルスカ
綺麗だねその頭、良い香りは好きだよ
して、割れたら中身はどうなるんだい?

己の選択に自分が在るか、答えはYesそしてNoだ

俺は仕事をしに自らの足でここに来て、使えるものはヒトもモノも好き勝手に使って、そして君を呼び出した
それは俺自身の選択で、しかし同時に存続を望む世界の選択に従ってもいる
其れを俺は正しいとも、間違いだとも思わない

しかしいつも、進める道は最後には、乱暴に二つだけ用意されるねぇ…
選べなかった方に手を伸ばす権利など、ないんだろう
きっと誰にも


真の姿は雪に紛れ、輪郭の判別すらつかないだろう
今は剣も鎧も鎖も、彼女の援護も不要

……これも間違いなく俺の選択だろう?ミスター…


波狼・拓哉
他の人は知らないですけど俺にはないです。選択する時は基本反射でやってますから。思考とかは後でそれっぽい理由付けてます。…過去も未来も人生が自分のものかとかもしったこっちゃねーんですよ。そんなの考える暇ありゃ俺は今を足掻き続けます。
じゃ、取り敢えず…あんたの自我を吹き飛ばします。化け刻もうか、ミミック。ぶっちゃけその質問するからにはあんたの中では一つの答えを得てるんでしょう。…その答えは忘却した時が面白そうです。
戦闘知識、視力、第六感で相手の動きを情報収集し、動きを見切って早業で近づき零距離射撃で確実に当て時飛ばし
…さてあんたはどれだけ私が『私』であると思い続けられるますかね?
アドリブ絡み歓迎)


黒木・摩那
ソフト自体を邪神の召喚儀式として利用するとは。
敵ながらうまいことやりますね。

質問は受ける、ということですから、
石化した生徒たちを元に戻す方法は確認したいです。
この邪神をこのまま倒した後で、実は紐づいてると困りますし。

回答には、こちらからも回答を。

選択~は自分でしています。してるつもりです。
もちろん外部からの影響があるので、選択の幅は狭くなることもあるし、
実質無い場合もありますが、少なくとも、そう信じています。
そうしないと、世の中窮屈になるだけでしょ?

ルーンソードにUCで帯電して、切り込みます【属性攻撃】【先制攻撃】【なぎ払い】。
相手の速度にはスマートグラスのAIと【第六感】で対抗します。



 
 テーブルの上のゲームはとうに黙している。
「……己の選択に自分が在ると思うか?」
 晶はぽつりと、呟くようにその問いを復唱する。立ち上がって視界に入れたレストランの中で、座っている者はもういない。他の猟兵も皆、いつでも攻撃に移れるような状態で、邪神を見据えていた――そしてそれが、彼らの選択なのだ。ここで『どう行動するか』を選んだのは、彼らだ。自分も彼らも、選択し続ける。
「在ると思うよ」
「ほう、それはなぜ?」
「これまでに選択し続けた結果が自分で、その上で新たな選択に臨む訳だからね」
 積み重ねた選択こそが結果を生み、結果が形を生む。そしてその形がまた、次の形を獲得していく。
 それが礎だ。基盤だ。『己』というものだ。
 決して、形が最初からあるわけではない。
 そう――晶は。佐伯晶という存在は、結果は、形は、己は――思うのだ。
「だから」
 晶は、この事件の予知を聞いて、最初に思ったことを、はっきりと言葉にする。これもまた、選択の一つだった。思っていることを口にする。それだけのことすら、晶を晶たらしめる選択肢の一つ。
「だから、腹を括れるか否かだと思うよ」
 それを、その集積を、『積み重ねられた形』を、自分のものとして受け容れることができるか。それだけだ。たとえそれが、己の意に反した形だったとしても。
 それができなければ、前へ進むことすらできないのだから。
 人間は、地面がなければ歩けない。
 だからこそ皆、立つために、『自分自身』を踏みしめる。選ぶことでしか得られない、その地面を。
 邪神は、多分、晶を見た――のだと思う。その頭に目はなかったから、それが確かなことだったのかはわからないけれど、その首は晶を向いていた。
「腹を括る――か」
「そうだ」
「ならば私も、そう在るべきなのだろうか。或いは、あの彼も、そう在るべきだったのか」
 知らないよ、と晶は答えた。
「お前たちと僕とは違うだろ。勿論、僕とここにいる、他の猟兵たちだって違うんだ」
 十四人、ここに居る。在る。この十四の存在が、等しく同じであるか。無論、考えるまでもなく否だ。皆それぞれ積み重ねた形があり、『形を有する以上、似ることはあっても、同一にはならない』。故に、たった一つの答えなんてものはどこにもない。そう思う。
「……『だから』、あんたは訊いたんでしょう」
 言ったのは、近くのテーブルで同じく立ち上がっていた波浪拓哉だった。青年の足元にはいつの間にか、箱型の奇妙な生き物が現れている。青年の顔に浮かぶ穏やかな笑みは、決して友好を示すものではない。
 拓哉の言葉に、そうか、と邪神は小さく一つだけ答える。それから、周囲の猟兵を見て、ああ、と短く声を上げた。どこから発されているのかわからぬその声は、感嘆のそれに似ているようだった。
「『問い』はなぜ生まれるのか。それを考えれば、自明だったな。すまない」
 ならば、私は。
「問い続けよう。この場に在る、すべての者に。終わりなき永劫の質問を。答えが問いになる回帰の劫苦を」
 ステッキで床を高らかに叩いた邪神が、歌うように言う。

「螺旋へと至る、唯一の答えが見つかるまで!」

 前触れはなかった。と、晶は思う。ただ――言葉を放った次の瞬間、エマール・シグモンドと名乗った邪神の姿が、突然『六つに分かれた』。それだけだ。瞬きほどの時間もない。ただ、青い薔薇の頭部をした邪神は、ばらりと『ずれた』のであった。まるで、初めからそうであったかのように。
「――君たち全員の答えを聞くためには、『私』だけでは足りないだろう」
 ぞろりと現れた六体のエマールたちが、口々に言う。
「『私』は『私』自身を呼べる。ならば生まれた『私』もまた『私』自身を呼べる道理だ」
「尤も、これは少しばかりイレギュラーな召喚だったからこそのものだが。別の場所の私が同じことをできる保証はない」
「けれど今は出来る。だから『こうした』。これも私の選択だ。卑怯に見えるかね」
「君たちに屠られぬよう抗いながら問うのであれば、この程度は許されよう?」
「破滅を齎すことを義務付けられたこの私の、我儘一つだ」
 言いながら、六柱の邪神が、それぞれ別々の方へ体を向けて――その中の一体が、また、晶を『見た』。
「さて『私』は、君への問いを続けよう」
 食事をする場所としては広くとも、戦場としてはそう広くもないレストランの床を、邪神が跳躍した。止める間もなく晶に肉薄した青い薔薇のハーバリウムが、オイルの中でくるくると回っているのが、視界をいっぱいに埋める。戦闘の音が始まった空間で、邪神は何をするでもなく、その長躯を屈めるようにして、彼の顔を真っ直ぐに見据えていた。
「君の、『人生』についての見解を是非聞きたい。その身に私の同類を宿す者よ」
「――人生についても同じだね」
 答えると同時、横から拓哉が放ったらしい銃の衝撃波が、エマールの体を揺らして動きを止める。その隙に晶は距離を取り、女神降臨〈ドレスアップ・ガッデス〉を使用する。
(小っ恥ずかしいけど、我慢我慢)
 生成された宵闇の衣が、可憐なドレスとなって晶を包み、現れたスカートがふわりと揺れた。もしかすると、ゲームをくれたあの子なら、この姿を可愛いと喜ぶのかもね。そんなことを考えて、晶は携行型ガトリングガンと石膏の使い魔を生成しながら神を見る。
「自分の人生をどう評するかは自由だけど」
 あの子の人生が、そして自分の人生が、『自分が培ってきた結果でない』などと。
「他人の人生を貶めようというのなら、それがどうしたと言わせて貰うよ」
 モノクロを基調にフリルやレースが沢山ついた、ゴシック・ロリータのような衣装。大きく開いた胸元から主張する膨らみ。金髪に青い目の、少女としか呼べない姿。
 けれど、これが。

「――これは僕の人生だ」

 これが、今の自分だ。
 配られた札で勝負する、自分自身だ。
「手伝いますよ」
「助かるよ、ありがとう」
 拓哉の言葉に感謝を返して、晶はざっと近くの戦況を把握する。一緒に座っていたジニアは、既に別のエマールの相手をしていた。どうやら、彼女の向こうの席にいた玖篠迅とレッグ・ワートに何か思惑があるらしく、その手伝いをしているようである。他の猟兵たちも、各々分裂――あるいは複製――したエマールと戦い始めている。
「……要するに、二人でこいつを倒さなくちゃいけないってことだね」
「いやあ、不完全な上に分身とは言え、邪神を二人で斃すことになるとは思いませんでしたね」
 人生何があるかわからんもんです。言いながら、拓哉が穏やかな――そして獰猛な笑みを浮かべる。
「本当に――何があるかわからないものだよ」
 けれど、晶はそれを否定したり拒絶したりしようと思わない。この辺りは、登山の影響があるかもしれない、と彼は思った。見たい景色のために困憊し、自ら危険を冒し、儘ならない転機に翻弄される。
「でも、行くも行かないも自分の自由さ」
 山頂から見る、広大な雲海を。朝日の眩さを。空気の清々しさを――晶は思い出す。
 どれだけ苦難があっても、あの景色を見るだけで、報われた気がする。
「……行くも行かないも、自由か」
 エマールが、静かに晶の言葉を繰り返す。そこに滲んでいたのは、もしかすると、憧れだったのだろうか。邪神に感情が在るのかは知れないけれど。
(相手が分身するなら、こっちは仲間と連携するまでだ)
「佐伯さん、ですよね」
 邪神と対峙したまま、潜めた声で、拓哉が言う。
「うん。そちらは波浪さん、でいいよね?」
「はい」
 小さく頷く青年に、青薔薇の頭部が向いた。
「そちらの、ああ……深淵を抱いた青年よ。君の答えも聞かせてはくれまいか」
「俺ですか?」
「そう、君だ。君は、己の選択に、自分が在ると思うか?」
「そんなの、」
 拓哉が笑顔を浮かべたまま答えようとして――瞬間、青薔薇の花弁による嵐が、食堂の全てを舐め尽くすように荒れ狂う。テーブルが刻まれ、落ちたゲームが床を滑った。壊れなければいいな、と晶は思う。返せるのなら、返したいから。
 どうやら、他のエマールのどれかが、周囲全てを巻き込むように、ユーベルコードを発動させたようだった。それに、晶たちへ質問していた個体が、注意を引かれて顔を逸らす。
「……丁度いいです」
「ん?」
「やりたいことがあるので、ご協力いただけませんか?」
 未だ皮膚や服を引き裂きながら吹雪のように舞い踊る青薔薇の中で、拓哉はやはり、笑顔のままそう言ったのだった。

 ●

 エマールが質問をしようとしたのは、多分、少年だったのだと思う。玖篠迅と言ったはずだ、ここへ集まる時に職員から紹介されたので、間違いはないだろう。
 その少年を守るように、いや、事実彼を守るために、ジニアは今、レッグ・ワート――彼はレグと呼んで欲しいと言った――なる鋼色のウォーマシンと共にエマールに向き合っているのだった。天井付近には、炎のように赤く輝く鳥と、ウォーマシンの飛ばした迷彩ドローンが飛んでいる。彼曰く、ドローンは、ゲームに繋がっているとのことであった。
「しっかし、六体にも増えるか普通?」
「それほど私にとって、『問い』と『答え』は重要なのだよ」
「重要、ねえ」
 邪神の言葉に、鉄骨を抱えたレグが首を捻るような仕草をした。「それより」と、エマールが続ける。
「そこの少年と君は――『彼』……訂正しよう、『彼ら』と直接話をしようとしているのだな?」
「だったら?」
「『彼ら』は不安定だ。それ以上の接触は止めた方が良い。特に私が出てきている現状では、いつ消失するかもわからない。『巻き込まれる』可能性がある。そうなれば、ゲームの一部ではない君たち、特にそちらの少年は、復元されるかどうか。今すぐ中断して救出した方が君たちのためだと私は考えるが」
「ご忠告痛み入るね」
「……邪神に心配される日が来るとは思いませんでした」
 八割の皮肉と、二割の純粋な驚きを込めてそう口にすれば、ステッキを携えた邪神が、移動のせいでずれたらしいハットを直しながら、澄ました口調でジニアに返事をした。
「私は私の求める『答え』の可能性が失われるのが嫌なのだ。君たちの命を心配しているわけではない」
「そうですか」
『よく喋る邪神だ』
 頭の中で、ヒャッカが吐き捨てるように言う。それにはジニアも概ね同意だった――ハッキングを始めた少年の方へ向かってきたこの邪神をレグが防ぎ、ジニアがそれに加勢してからこの方、この邪神はずっと喋り続けている。おそらく、『問いと、それに対する答えを探し続けていなければ気が済まない』のだろう。偏執的なのだ――その在り様が。
「残念ながら、私たちは、あなたの質問に答えるために存在するわけではありませんので」
「無論承知している。第一、そんな存在に質問をしても、意味はないだろう」
 邪神が――エマール・シグモンドと人のような名を名乗った、世界の敵たる神が、両手を広げて高らかに言う。その名を名乗っているのは、一体なぜなのか。
「私は君たちが、君たちだからこそ問いを投げるのだ」
『……まったく、面倒な』
 ヒャッカが嫌悪感も露わにそうこぼして、ジニアもやはり同意する。間違いなく、面倒だ。これが人間ならば、微笑ましさも僅かばかりあっただろうか。だが、彼は邪神だった。
 数多、人の石像を生み出したゲームの。
 他人の人生を、奪い取った。
 そんな相手に、容赦はしない。
「……我思う、故に我あり、でしたか」
「ふむ? 先に君が答えてくれるのか」
「ええ」
 肯定しながら真の姿を解放すれば、紫の紋様がジニアの皮膚を這う。それは変化だった。私はいつだって、いつからだって、ずっと同じではない。取り巻く環境も、何もかも、変わっていく。欲しかったものは失われ、描いた未来はやってこない。そういう不条理は、確かに爪痕を残すのだ。それがその後の道を左右することだって、ないとは言わない。
(でも、それだけじゃない)
『こうして考える以上、何かしらの影響はあれど、ワタシは、』
『私』が過ごしたこの日々は、『私』が得たものだから。
 あの青空を、『私』は見たから。

「――『私〈ワタシ〉』達はここに在る」

 それは、否定されるばかりのものではないはずだから!
 己の答えで邪神が何かを言う前に、ジニアは蛾者髑髏襲来〈スケルトン・カタルシス〉を発動させるべく、胸にかけた鉱石の小瓶を握り締めると、呪術式の高速詠唱を開始する。そうして魔鉱石の力により圧縮された詠唱を口にしながら、即座に霊縛之棺の封印を解き、そこに収められていた死霊を放出する。大量に放出されたそれを、ユーベルコードによって再構築してやれば――
「……その死霊に、質問は出来るのだろうか」
 ――がしゃり、と、巨大な骸骨が、ジニアの背後に現れていた。
「さあ……やってみてはいかがですか」
 その答えに、邪神が得心したように「確かにそうだ」と答えて、また『増える』。だが、新たに増えたエマールの腹を、レグが間髪入れず鉄骨で殴り抜いて、床に叩き伏せた。床の邪神が、乱暴をする、と非難の声を上げる。それを――おそらく助けようとしたもう一体を死霊拳銃で牽制し、ジニアは骸骨霊を操って邪神と相対する。
 ――なるほど。
「呪詛が未完成だからこそ……」
 そこに、邪神を組み込んだのか。確かに、『力』だけならば、邪神は間違いなく強力無比だろうから。理には適っている。
(それを許せるとは――言いませんが)
 未完成というのなら――
『――ならば、こいつらの分を、持って行け!』
 ヒャッカが叫んで、骸骨霊もまた、怨嗟に満ちた雄叫びを上げる。それと同時に現れた、呪詛を纏う巨大な拳が、邪神を抉るように振るわれた。命中したエマールがひしゃげる、だが、拳の隙間から、新たな邪神が現れて――退避した。
「君に操られるそれに自我はあるのだろうか」
 床に転がる邪神の疑問。そんな邪神に、ウォーマシンは変わらぬ口調で返した。
「自我だのなんだのはどうでもいいが。そうやってぽこじゃか増えられちゃ困るんだよな。……ま、ついでだ。俺も答えとこうか」
 鉄骨で邪神を床に縫い留めたまま、レグが続ける。
「仕事が出来ればどっちでも。但し結果決めるのは『相手』の値でなあ」
 相手――というのが一体何なのか、ジニアにはわからない。だが、それは、彼が理解できていれば良いことなのだろう。邪神には分かっているらしく、「君は、私に近いのだろうな」と呟くように言った。
「近いか? お前さんは、『自分』が基準で、結果決めるのも自分だろ」
「違うな。私の基準は、おそらく『世界』だよ。結果に至っては、最初から決まっている。少なくとも今の私はそう考えているし、今の私が確かに持っていると言えるのは、『私』のこの実存だけだ」
「はあ、そうかい。ところで話は変わるんだが」
 ウォーマシンが鉄骨を持ち上げて――青薔薇が詰まった硝子の頭に狙いを定めるのが分かった。叩き潰すつもりなのだとは、容易に知れた。
「どこまで弱ってもその実存が続けられるか、体験で知る気ない?」
「それは……魅力的な提案だ。だが、オブリビオンとしての私は、それを許さないのだよ」
 だから、抵抗せねばならない。
 その言葉が終わるか終わらぬかのうちに。
「っ!」
「くっ……!」
 二体のエマールのステッキが青い薔薇の花弁に変わって、吹き荒れた。鋭い花弁に、結った髪が一筋飛んで落ちる。それに紛れて動いた邪神をジニアは撃ち抜いて弾き飛ばし、レグが鉄骨を振り下ろして床にいたエマールの頭部を破壊する。
「惨いことを」
「石膏像にするのが惨くないとでも仰いますか?」
「あれは私が求めたことでは――いや、『私が居なければ成し得なかった』ことである以上、私もまた、原因の一つではあるか……」
 ジニアの言葉に、邪神がふむと再び得心したような声を漏らして考え込むような仕草を見せた。と、そこで急に「ドグダラ」とレグから声をかけられて、ジニアは嵐の中で灯台のように光るウォーマシンの顔を見上げる。気付けば、彼が薔薇の花弁を遮るようにして立ち、彼女と迅を守っていた。
「すみません――私は大丈夫ですから」
「いやそっちは今置いといてくれ。これ俺の仕事だし、そうじゃなくてな」
「なんでしょう」
「棺桶の中のそれ、『死霊』なんだな?」
「……? はい」
 質問の意図がわからず、首を傾げれば。
「もしかすると頼むかもしれんことがあるんだが」とレグが言ったのだった。

 ●

 ソフト自体を邪神の召喚儀式として利用するとは。
「敵ながらうまいことやりますね」
「それを実行したのは、私ではないがね」
 感心する摩那に、エマールが答える。そんな邪神に、うんざりしたような顔をしたのは、隣に居たロカジ・ミナイだった。抜き身の長刀を片手に携えたまま、眉根を寄せている。
「やだねぇ、賢くなりすぎるってのは」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。ややこしくって面倒臭い」
 そういうものだろうか、知恵は力だと思うが。疑問に思って男の顔を見れば、相手もその青い目で摩那を見、それからニッと口角を持ち上げた。
「『ひと』ってのはね、ちょっとくらい馬鹿な方が、生きるのは楽なんだよ」
「はあ……」
 やはりよくわからない。
「……少しですが、私はわかるような気がします」
「おや、わかるかい」
 ロカジの言葉に理解を示したのは、トリテレイアだった。
「ええ――」
 ほんの少しだけ。そう言うウォーマシンがどのような感情でその言葉を発しているのか、摩那には察しがつかなかった。その白い顔は、当然のように、ずっと変わらないままだったから。ロカジが、「そうかい」と幾らか寂しげに頷いてから、柔らかく笑って再び摩那へ目を向けた。
「わからないなら、わからない方がきっといいのさ。そのまま真っ直ぐ育ちなさいよ、お嬢ちゃん」
 摩那より一回りほど年上であろう男は、そう言って、大人びたその笑みを消すと、カカと声を上げて子供のように笑った。薬の匂いがする男だった、けれど派手な格好はそれに似合わない。一言で表すのであれば、胡散臭い。だからと言って不審でもなく。
(質問をしてくる邪神と言い、どうにも不可思議な状況だけれど)
 何がわからないとしても、やることは変わらない。
「エマールさん」
「何かね」
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
 先程、経緯について説明をしてくれていたことから推測するに、おそらくこの邪神は、質問には答えてくれる。このエマールという神は、問答が好きなのだと思う――『答えを出すのが好き』なのかもしれないが。どちらにせよ、摩那が求めているのは答えであるから、結果は同じだ。
「構わない。後ほど私の質問に答えてくれるのであれば、という条件付きではあるがね」
「ありがとうございます」
「ではまず、先に君の質問に答えるとしよう。何が聞きたいのかね?」
 質問を受け付ける、と明言した邪神へ、摩那は単刀直入に問う。
「石化した生徒たちを、元に戻す方法を教えていただけますか」
「彼らについては、君たちが元に戻しただろう?」
「いいえ。私たちが助けたのは、『私たちが見つけられた範囲の被害者』だけです」
 摩那たち猟兵が助けた学生の数は、六人。そのうち一人は予知の学生で、事件が起きる前に阻止しているから、実質五人しか自分たちは助けられていない計算となる。UDC職員がゲームを手掛かりに被害者をこれから探すとしても、探し漏れが出る可能性は十分あると摩那は思っていた。
 なぜならこのゲームは、呪いは、人間の認識に影響を及ぼすからだ。
 この邪神をこのまま倒した後で、実は紐づいている――となった場合、最悪、『誰にも見つけられずに石膏像となったまま』の被害者が出てくるかもしれない。それは本末転倒だ、摩那たちは、彼らを救い、彼らのような者を今後出さないために動いているのだから。
 そこで手に入れておくべき情報とは何か。
『石化解除の具体的な条件』。
 それに他ならない、と摩那は思う。
「私たちはおそらくまだ、誰一人として、正確な被害者の数を知りません」
「……成程」
 エマールが摩那をじっと見つめて、ハーバリウムの中の薔薇がくるくると回った。
「賢いお嬢さんだ。それは正しい――まったくもって、正しいだろうな。私も正確な被害者の数など数えていないが、五人だか六人だかではなかったことだけは記憶している」
「では、教えていただけますか」
「よろしい、教え――」
 よう、と言おうとした邪神の言葉が、青い嵐に遮られる。顔を覆ってそれを防ぐが、幾らか頬や腕が切れて血が垂れる。小さな切り傷たちの鈍い痛みに顔を顰めると、踊る花弁の中で、邪神が、「ああ」と落胆のような声を上げるのが聞こえた。
「そうだ……本来私は、そういうものだったな」
 世界を破滅させるもの。終わりなき円環すら求めないもの。螺旋へ続く答えなど求めないもの。それが私の本質だ。呟くようなその言葉は、怨嗟じみて摩那には聞こえた。
「……続きは、戦いながらでも良いかね」
 静かに告げた邪神を、摩那は顔を上げて視界に捉える。
「ええ、勿論」
 元より、それを前提として集っているのだ。異論がある筈もなかった。ロカジもトリテレイアも、別段何も言っては来なかった。ただ、武器を構え直す音が響いただけである。戦闘へ向けて、摩那もまた、武器の用意をするべく口を開く。
「ウロボロス起動……励起。昇圧、集束を確認……」
 摩那の詠唱に、ルーンソード――緋月絢爛が反応して雷を纏い始め、サイキックエナジーを集束させた剣が、ばちり、と舞う花弁を焼き落とした。
「……帯電完了」
 これで――自分も準備はできた。
 青薔薇の邪神が「ふむ」と考え込むように首を傾げる。
「三対一か。少し君たちの方が多いな」
 言うやいなや、邪神が再び増えて三体となり、三人を、多分、見た。増殖した邪神に、摩那と同じく切り傷を作ったロカジが肩を竦めて溜息を吐く。
「やだね、そうやってすぐ増える。ゾウリムシの方がまだマシだ」
「マシでしょうか」
「マシだね」
 なんとなく問うた自分に、男が笑う。「そうですね」と、ロカジの言葉を繋いだのは、トリテレイアだ。
「彼らは、自分たちの未来のために増えるのです」
 破滅を齎すためではない。
 青薔薇の邪神が、自分たちに向けてステッキを構えた。同時に、ハーバリウムの中の青色が溢れんばかりに増加する。
「――それでは」
「戦いと問答を始めよう」
 その宣誓が終わるやいなや、摩那は飛び出した。息を鋭く吐き出して、帯電した刃で薙ぐように斬り込めば――エマールのステッキが、それを受け止める。ヂィンッ!と甲高い音が爆ぜて、青い吹雪に薄紅の雷光が閃いた。衝撃で、邪神のハットが飛ぶ。背後では剣戟の音が聞こえるから、残りの邪神はロカジとトリテレイアが相手をしているのだろう。
「私の質問は一つ。あなたを倒せば、石化は解けますか?」
「解けるとも。私は『苗床』、『電池』、そのようなものであるのだから」
 エマールがステッキを前へ突き出すように跳ねさせて、摩那の緋月絢爛を弾く。それからフェンシングのように突き出されたその先端を、摩那は見る。スマートグラス――ガリレオのAIが導き出した軌道と、己の直感に従って、少女は右半身を捻りそれを避けた。びゅう、と、ステッキの先端が音を立てて、未だ舞い散る薔薇の花弁をいくつか巻き込みながら、摩那がつい半秒まで居た空間を引き裂く。そこで邪神がステッキを引き戻すより先に、摩那は体勢を立て直すと、下から打ち上げるようにして緋月絢爛を振るった。が、邪神もまた、それを読んでいたかのように上半身を僅かに反らして回避する。
 そうして互いに距離を取った二者の間に残るのは、千切れ落ちた花弁の残骸と、目の奥に残る雷光の残滓だけだった。
「私を屠れば、私たち全員を屠れば、あのゲームはただの『出来損ないの玩具』になる。それは請け合おう。摘み取った花はいずれ枯れる。それが世界というもので、絶対に間違いのないことだ」
「全員……」どこか、引っかかる言い回しだと思った。「全員、ですか」
「そう、全員だ。一人も残してはいけない。見ての通り、私は『増える』のだから」
(……どこかに、まだ、居る?)
 でも、どこに。
 考えがまとまるより先に、エマールが音も立てずに踏み込み、摩那の胴体へステッキを打ち込むべく振るう。それを先程同様ガリレオと直感で把握し、緋月絢爛の刀身で受けた。邪神のスピードと膂力を乗せた、尋常ではなく重たい一撃に腕が痺れる。それでも弾かれることはなく、ぎゅぃ、と、レストランの床を踏みしめる靴底が、ただ一度だけ鳴った。
「それでは、今度は私の問いに答えてもらおう」
「己の選択に、自分が在ると思うか……ですね」
 回答には、こちらからも回答を。エマールがステッキを捻って剣を絡め落とそうとするのを逆手に取り、その表面を滑らせるように剣を突き出す。
「選択は、自分でしています」
 パン、と。
 摩那の刃で、邪神の右腕が飛んだ。ステッキがそれに伴って、カラカラと音を立てながら床に落ちる。だが、邪神は平然と会話を続けた。
「ほう、しているというのかね?」
「してるつもりです。もちろん外部からの影響があるので、選択の幅は狭くなることもあるし、実質無い場合もありますが、少なくとも、そう信じています」
 そうしないと。

「そうしないと――世の中窮屈になるだけでしょ?」

 窓の外は、こんなにも広いのだから。
 飛び去る鳥は何処へ行くのか。その終着を、摩那はまだ知らない。彼らがたとえ本能でそうすることを選んでいたのだとしても、羽搏く空は高いのだ。
 だから少女は微笑んで、再び緋月絢爛を構えたのであった。

 ●

「それでは再度問おう――我々が戦いを必然とするが故に」
 吹雪く薔薇の花弁の中、聚楽は目を細めて喋る邪神を見る。ゲーム機が、花弁に嬲られてテーブルの上を滑り、床へ飛んだ。かしゃんと軽い音を立てて滑っていくゲームの画面は、もう聚楽からは見えない。それなのに男は、胸の中に溜まった、『それ』の質量と熱が膨らんでいくのを感じられて仕方がなかった。
 ひどく重たくて熱く、臓腑を内側から焼き焦がすような感情の塊。
 少し、機嫌が悪い。
(……駄目だ、冷静になれ)
 噎せ返るような薔薇の匂いの中、一つ深く息を吸う。肺の中に満ちるのは、空調で冷えた戦いの匂いだった。こんな状態でも、まだ冷房は効いているらしい。ならばここはどこだ。自分は今何と対峙している。聚楽と、隣に座っていた類の前には、青い薔薇のハーバリウムを頭部に持つ邪神。エマール・シグモンド。この事件の元凶を『完成させた』存在。質問を繰り返す神。二十五歳の夏を迎えた自分。来月には二十六になる自分……
 その自分が、やらねばならないことは何だ。
 それを考えれば自然――頭は冷えた。胸を焼き尽くさんばかりに煮えていた感情も落ち着いて、静かになる。胸の中は依然重い。
 けれどこの重さは、必要な『重さ』だ。
 これは――多分、疑いようのない自分自身だったから。
「……これを救済と呼ぶのか」
 燃えるような温度の声は、隣からだった。見れば、その柔らかな容貌を苦く歪めた類が、薔薇の花弁でその体に傷がつくのも構わず、床に転がったゲームをただ見ていた。
「あなたは、これを……」
『これ』とは――『あなた』とは、一体何を、誰を指しているのか。それはわからなかった、けれどその顔は、怒っているようにも、泣くのを堪えているようにも見えて、だから聚楽は何も言わず、爪の刻印:人形〈ネイル・ドライバー:パペット〉を構えたのだった。キューブ状の『処理済みオブリビオン』を喰らった人形は今や、鋭く凶悪な牙を持つ戦闘用の姿へと変貌している。
「さあ」
 邪神が言った。
「どちらでも構わない。答えてくれたまえ――己の選択に、己は在るか」
 聚楽が何か答えるより先、その問いを訊いた類が緩やかに目を閉じて、「僕の選択に僕が在るか?」と繰り返した。それからすぐに、目を開く。
 そこにはもう、先程までの表情はなかった。
「ええ――」
 類の指が、聚楽と同じく糸を繰る。その先に繋がっているのは、黒い仮面をつけた、和装の人形であった。類の身長よりもずっと大きなそれが、彼を半ば隠すように進み出る。
「在りますよ」
 神を見つめてはっきり答える男からは未だ、焼ける感情と、炎の匂いがしていた。だがそこに乱れはない。
 聚楽さん、と、類が人形の影で小さく語りかける。
「僕と瓜江が手助けします。あなたはあなたのしたいことを」
 ――これもまた選択肢なのだ、と聚楽は思った。
 したいこと、『やりたいこと』。
 聚楽がするべき、聚楽だけができる、聚楽の選択。
 ここにあるすべてを、類の手助けさえも加味した、自分の選択肢。
 それが今、ここに在る。ここに生きる、聚楽の前に。
「――悪い」
 呟くように応えると、類が微笑んだ。
「お気になさらず。僕も――僕の選択をするんです」
 類も、類の選択を。その言葉の意味を考えながら、聚楽はこの場で使うユーベルコードを『選ぶ』。
(……あなたは、彼らと近いところに居るけれど、それでもやっぱり、彼らとは違う……)
 ふと、あの少女の言葉を思い出す。
(……でもそれは、あなたの骨が冷たい金属であることが原因ではない……か)
 忘れないで、と少女は言った。言われずとも、忘れるわけがない。
 何故なら、それこそが。
「あの日があって――」
 左手に繋げたパペットを、聚楽は邪神に叩きつける。元の外観からは想像もできぬほど狂暴な牙が飛び、同時に展開された糸が床や天井へ突き刺さり、邪神の進路を塞いだ。それを認識したらしいエマールの頭部の薔薇が増える。
「――邪神、組織、そういうのに関わったから、俺は今の選択をした」
「それは、『君が選んだこと』か?」
「さあな」
 パペットの牙が邪神に食らいつかんとしたその瞬間、抜刀するように動かされた邪神のステッキが跳ねて弾かれる。だが、構わない。類の人形――瓜江と言ったか――が、『そこ』へ誘導するように邪神を引きつけて、押し込む。
「ただ、一つだけ言えることがある」
 繰り出される聚楽の糸や牙を避け、瓜江の動きすら躱してステッキの柄をパペットへ叩き込む邪神の青いハーバリウムが、天井の照明にきらきらと輝いて美しかった。
 彼は、未だ気付いていない。
「なんだね?」
「確かに、そうやって色々なものに関わって、俺は選んだ。もしかすると、お前が言おうとする通り、俺は俺の『環境』に選ばされたのかもしれない」
 聚楽のパペットを弾き飛ばしたエマールが、返す刀に瓜江の糸を断ち切らんとステッキを振るう。それを類が即座に繰って避け、追って攻撃しようとした邪神が、「ぐっ!?」と驚いたような声を上げた。
「だけど『自分』は受け入れたんだ」
 ――エマールの周囲に、『糸』がある。
 猟兵と分裂した邪神との戦いの隙間、そこへできた空洞に、聚楽は今、悪因果〈ベアー・カルマ〉による糸を張り巡らせている。見えないものを避けるのは難しい――類は、人形遣いとしての経験か彼自身の勘か、見えないながらも『気付いてはいた』ようだが。だからこそ、ここまで的確に悪因果の糸で絡め捕ることができたのだ。
 これは、機械化された手足でなければできないことだった。
 つまり今の『自分』でなければできないこと。
「全部俺のものだ」
 人の選択とは何なのだろう。そんなことを思う。聚楽が今やったこと、選んだこと。導き出された結果。それは、聚楽自身の選択だけで完成した結果ではない。
 葡萄原聚楽は――あらゆる選択の結果としての『葡萄原聚楽』は。
「俺の『自分』は独りじゃない」
 家族が選んだ。――彼を産み落とすことを。
 邪神が選んだ。――その身を食らうことを。
 組織が選んだ。――彼の命を繋げることを。
 世界が選んだ。――戦う力を与えることを。
 そして今、ゲームが選んだ。
 あの少女が選んだ。
 隣で戦う類が選んだ。
 目の前にいるエマールでさえも――選択をした。
 その結果が、集積が、葡萄原聚楽の『自分』だ。
「少なくとも俺は、そうでなきゃ、」
 いや。言葉を止めて、聚楽はそれを否定する。そうじゃない。『その言葉』は、きっと正しくない。
 見えないほど極細の、聚楽の機械化部分から吐き出された特殊鋼糸に、その細い身を絡めたエマールの、美しい頭部目掛けて、聚楽はパペットを叩きつける。

「――そうでありたいんだ」

 喰らいついた牙が、邪神のガラスにヒビを入れる。ハーバリウムのオイルが、零れ落ちて床を濡らしていく。邪神の苦悶が、ペンションのレストランに響く。
 そうでありたい。
 自分自身に、誇りを持っていたいから。
 あの日残された自分に、胸を張っていたいから!
「だから、俺は、受け入れる」
「――『自分の選択に、他者が介在することを』か――」
 それもまた、一つの選択であり、答えか。
 エマールの言葉を覆うように、類が瓜江を繰って、その赤い糸を放つ。二人の糸に絡め捕られた邪神が、――不意に、ほんの少しだけ、動いた。瞬きほどの時間だ。
 おそらく、聚楽と類のどちらも、見えなかったのだと思う。
「――は、」
「聚楽さんッ!?」
「……私のようなものと戦うなら、まずは武器を奪うべきだ。青年」
『手首のスナップだけで投げられたステッキが』、聚楽の膝に突き刺さっていた。
 見えないものは避けられない。
 自分の策が――形を変えて返ってきた。
「ぁ、ぐ、くぅ……ッ!!」
 立っていられなくて、聚楽は転がるようにその場へ膝をつく。痛みで額に汗が滲む、まずい、接続を。神経の接続を切るべきか。いや、完全に関節の機構がやられている、これなら外して換装するか。この前線で? そんな隙あるか? よく見れば、パペットが邪神の頭部から外れていた。くそ、と毒づき、いくつもの選択肢や思考を頭の中で展開する聚楽の前で、類のユーベルコードだろう、炎が上がった。それは垂れ落ちたオイルにまで延焼し、聚楽たちの周りを燃やす。赤い炎の中で、ガラスの砕ける音がした。
 だが。
「――『私』に時間を与えてはいけない」
 こうなってしまうから。
 炎の中から、もう一人のエマール・シグモンドが――飛び出す。その姿は端々燃えてはいたものの、まだ殆どダメージらしいものを負っていない。
「それでは、踊り続けよう」
 螺旋へと至るために。

 ●

 レストランの中を、青い薔薇の花びらが、嵐のような激しさで舞っている。幻想的であるようにも見えるが、チープな作り物であるようにも見えるようなその光景は、かつての自分では多分想像もできなかった、現実だった。
 自分の選択に、自分が在るか――なんて。
(あの頃の私には、選択肢自体無かったけれど……)
 今生きる私の選択に、私が在るのか。
「さあ、君たちの答えを聞かせてもらおう。その後は残念ながら、消えてもらうことになるだろうが……それは私が求めていることではないことを理解していただきたいものだ」
 それでも私は、君たちと問答がしたいのだから。
 紗は既に可惜夜の糸をその指に繋ぎ、アンテロもまた、黒い甲冑をその身に着けている。結局のところ、戦う他ないのだろう――自分たちが自分たちである以上。紗はそう思う。
「……六体か」
 アンテロの声は、呆れの色を乗せていた。
「よくもまあ、そんなに増えられるものだね。それではどの自分が本物かもわからなくなるだろうに」
「私たちは、皆本物だよ。私たちはどれも『私』だ。偽物を複製しているわけではないのだから――文字通り、『もう一人の私』なのだよ」
「つまり、『自分』が幾らでもいるのか……」
 オブリビオンだからそれを当たり前として受け入れられるのか、と男が――おそらく――疑問を口にしたが、エマールは答えなかった。ただ黙って、二人を見るだけだった。
「……少し疑問なのだけれど」
「何だね?」
「その『あなた』は――本当に『あなた』なのかしらね?」
「……何?」
「あなたたちは、個別の存在なのでしょう。それとも、意識を共有しているの?」
「いや、そんなことはない。だが、それでも、あれは『私』だ。間違いなく」
「だから――そう思ってしまうのは、どうしてなのかしら?」
 そう思うように、仕向けられているのではないの。
 紗がその唇に密やかな嘲笑を浮かべると、アンテロが甲冑の下で僅か楽しげにする気配がした。自分が攻撃的に邪神と会話しているところが面白いのだろう。これが紗のユーベルコードを使うために必要なことだというのは、彼も理解しているのだろうに。悪い趣味だわ、と内心思ったが、表には出さない。
「仕向けられている――だと?」
「ええ。そうでないなら、完全に分かたれた別個の存在を、あなたはどうして『あなた』だと言えるの? 何を以てしてあなたはもう一人のあなたを『あなた』だと定義しているの?」
「それは、……」
 エマールが無言になる。
「……もしかして、『異なる答えが出ないから』、かしら?」
「どういう意味だ」
「同じ質問に、同じ答えを返すから。あなたは、それを『あなた』だと認識しているのではないのと訊いているのよ」
 永遠に、この邪神は問いを繰り返す。終わらない問いを。だからこそ他人に質問をしようとしたのだ、少なくとも『今回召喚されたこのエマール・シグモンドという邪神』は。
「このゲームで言えば。手元を狂わせて違う選択をしたのも、誰かの気持ちに立って選択をしたのも。私じゃ無かったら、また違う様になっていたのでは?」
「それは――そうだろう。当然だ」
「でも、『あなたはそうじゃない』」
 それ故に、他人と答えを擦り合わせる中で、自分の形を得ようとした。
「ねえ、あなた――」
 青い花びらが起こす風が、紗の金色の髪を、巻き上げる。クレマチスの花が揺れて、薔薇の中に一つ、香る。
 紗は、『作者』がどんな理由でこのシナリオを描いたのか知らない。けれど、そこにあるものは、この邪神と、きっと同じだ。
「――あなた、自分の存在を、認められないんでしょう」
 言い換えるのであれば――
(愛せない)
 自分の本質を――愛せない。
 だから、実存に拘るのではないか。『ただ、其処に在ること』だけは、絶対に、疑いようがなく、そして幾ら厭うても――確かだから。否定しようがないから。
「結局、否定できるところを否定しようとしているだけなのよ、あなたは」
「君は――私を愚弄したいのか」
「あら、そういうつもりではないのだけれど。御免なさいね?」
「……」
 嗤ってみせると、再び邪神が沈黙する。
「そもそもあなたは、本当に実在しているのかしらねぇ……?」
「……どういうことだ」
「己の選択の『自分』を否定するあなたが『あなた』で在るためには、必ず『他人』を必要とするのよ。だから――」
 消えて仕舞えば。
 閉じ込めて仕舞えば。
「居ないも同然」
「馬鹿な! 私が『此処に居る』ことは、他者に依存せず確かだ!」
「それならそれでもいいけれど。でも、言っておくわ」
 風が落ち着いて来たので、紗は軽蔑の眼差しと共に、少し髪の毛を直す。
「――世界を破滅に追いやったとして、存在を誰に問うのかしら」
 誰も居ない世界で。
 空虚な部屋で。
 消費され、排出され、集積した過去だけが在る海で――
「ああでも……その時はあなたも滅ぶのかしら。不格好な自滅ね」
「……浅はかな女だ。それを私が分かっていないと思うか。憐れみさえ覚える、君の世界はきっと狭かったのだろう」
「ええそうよ。私の世界は狭かったわ」
 だから、自由になった今が好き。
 どこへでも行ける今に――紗は、心躍らせるのだ。
「それと同じように、あなたの世界も、きっと狭いのでしょうね」
 エマールの――感情が、動く。それがわかる。
 それは『侮蔑』だ。
「……あなたは、今、私を見下しているわね」
「したくはないがね」
「ありがとう」
 凍てつく温度で微笑んで、紗は、無数の紫陽花を召喚する。
「……あなたになら、私は酷く冷たく出来る……――」
「――ッ君は!」
 エマールが回避するためだろう、跳躍する。だが逃がさない。紗の紫陽花から放たれた、すべてを切り刻むための花弁と葉が、邪神を捕らえる。
「く――」
 切り裂かれる直前、空中でエマールが二体に分かれ、元のエマールを踏み台に、新しいエマールが天井近くまで高く跳躍する。それに可惜夜の構える闇夜の銃口を向けるが、それよりもアンテロが動く方が速かった。
「……君はこちらだ」
 男の銀鎖が放たれて、跳躍したエマールが落ちる。あちらはあちらに任せておけばいいだろう。ずたずたになった邪神が、跪くように紗の前へ頽れる。そのガラスの頭部には、無数のヒビが入っていた。
「全部、演技か」
 紗はそれを肯定も否定もしなかった。紫陽花はまだ咲いている。
「……考えても纏まらない時は――」
 紫陽花の、花に見えるところは、萼なのだという。でもそれを見る人たちは、それを綺麗な花だと評することが多い。
「――目の前のあなたを倒して、それからのんびり考える」
『自分』というものもまた、似たようなものではないのか。
 切り裂かれるエマールが、「自分の本質を、肯定することが」と呻くように言った。
「選択に在る『自分』を肯定することに、なる、のだろう、か」
 ばきん、と、ハーバリウムが割れる。
「……まぁ、自分の思いとは違う選択をしないとならないのも、人間の面倒なところかもしれませんが……」
 闇夜の銃口をあなたに向けたことも。
 侮蔑を抱かせるために会話をしたことも。
 そして。
「今から、他の方のフォローを」
 するのは全部、

「――私の意思」

 エマールの頭部が完全に砕け――静かになる。
「……さようなら」
 それだけ言って、紗は、可惜夜を操りながら周囲を見た。
 他の猟兵の手助けをするために。

 ●

 トリテレイアの目の前には、増殖したエマール・シグモンドがいる。ゲームが『システム』により発生を繰り返し、今のように増殖して並列稼働することが『出来た』のは、この邪神の性質によるのかもしれない、と彼は思った。呼び出される『もう一人の自分』。複製を繰り返して自問自答をする終わらない円環。
 破滅のために増え続ける、過去より来たる呪い。
「経緯は――理解できました」
 想い人が悪意によって亡くなった後悔を呪詛とし、邪神を内包させることで、このゲームを作り上げた。それは並々ならぬ執念の成果だったろうし、悲しくなるほど切実な、恋心の結末だった。
「では、『彼』を救ってみるかね。それを君は選択するのか」
「いいえ。祓い慰める術を持たぬ私では、手を差し伸べることは出来ません」
 ウォーマシンである彼の装備や技の中に、そのようなものはない。除去することは出来ても、その心を慰めて解放することは――彼には出来ない。
「ですが」
 儀礼用の長剣を携えて、トリテレイアはエマールを見据える。この邪神は、『代償二つ』と言った。一つは『彼』と称される作者だろう。であれば、もう一つは。
「貴方を倒し、呪詛の悲劇を絶つ」
 永久に死なない、愛しい人。
 とうに失われた誰かの恋心をなぞり続ける、永遠の物語。
 いつか必ず死んでしまう誰かを……やり直してまで助けるための、恋物語。
 終止符を、打たねばならない。
「それだけは――私にも可能です」
 青い薔薇の花びらが、トリテレイアの周囲を吹き抜ける。周囲を切り刻まんと荒れ狂う花弁は、機械である彼の体に、殆ど痛痒を与えなかった。
 エマールが、優雅な所作で礼をした。
「承知した。では、私も君に問おう……その選択に、『君』自身は在るか?」
「お答えしましょう、義理堅きエマール様」
「義理堅き――か。私はそう見えるかね」
「……ええ」
 何人、否、十何人、何十人をこのゲームが石膏像にしてきたのか。それは知らない。けれどこの邪神は、作者たる『彼』の用意したプロセスを、忠実に実行し続けてきたのだ。偶々行き会っただけの人間である、『彼』のために。勿論、利害が一致したというのもあるのだろう。だが、それだけで『彼』の手伝いをし続ける類の邪神には、どうしても見えなかった。
 少なくとも、今此処に居る、エマール・シグモンドという邪神は。
 何も知らぬのに――知らずとも。
 この場所を提供した、『彼』に報いるために……留まっていたのだ。
 きっと、ずっと。
 それはトリテレイアにとって、敬意を払うに値する事実だった。
「故に私は、貴方の問いに答えるのです」
「……ありがとう。名前も知らぬ――あなたよ」
 エマールが、再び礼をする。
「それでは、答えを聞こう。他ならぬ、あなたの、あなただけの答えを。私は、『あなた』の答えが聞きたい」
「……期待を、裏切るようで申し訳ありませんが」
 体を起こし、帽子を直す邪神に、トリテレイアは苦いものを感じる。――ああ。この、『苦いもの』を『感じている』のも、また。
「造られ――兵器に不要な感情演算を持たされ……」
 目が覚めた時――つまり彼が『起動した』時、彼に記憶と呼べるものは既になかった。それが真実『記憶』だったのか、『記録』だったのかさえわからない中、名前だけを残して消失した記憶データの代わりに入っていたのは、陳腐な騎士物語群。
 弱者を護り、仲間を守る清廉な優しき騎士の姿――それだけだった。
「……残された物語を規範とする他なく」
 どれだけつまらないものでも、それがなくては寄る辺のない自分の行く末を照らすことは出来ず、トリテレイアは己の道を照らし続けた。
 誰かの造った、この回路で。
 誰かの描いた、その物語で。
 トリテレイアは、『そう』在り続けた。
「特定ないし複数の『そうあれかし』という意志が絡み形成された私に、私の選択に……」
 戦いの音が、周囲ではずっと続いている。それでも、目の前のエマールは、静かにトリテレイアの言葉を聞いている。ただ、黙して。
 自分の言葉に、この邪神は失望するのだろうか。
 そんなことを、少し思いながら――彼は、吐き出すように、答えを述べる。
 己の出した、結論を。
「……『私』の中に『私』は存在しないのでしょう」
「……そうか。あなたは、そう考えるのか」
 邪神の声は、どこか――悲しげに聞こえた。けれど、トリテレイアは結論を翻さず、「ええ」と、一つ肯定を口にする。
 肯定と共に、空虚が、胸を支配するような心地がした。この感覚を『寂しさ』と呼ぶのだと……トリテレイアは、知っている。
 だが、余人に在るように見えても、この寂寥感も。
(『私』では無いのでしょう)
「私は騎士ではなくペーパーナイフなのです」
 トリテレイアは、トリテレイア・ゼロナインというウォーマシンは――どこまで行っても『誰か』ではない『何か』に過ぎない。大事な手紙の封を切るための。要らない手紙を破るための。
「そしてナイフが為した結果――善悪功罪こそが、『私』と成るのでしょう」
「――そうか」
 エマールからの、二度目の相槌は、強い意志が滲んでいた。彼にも伝わったのだろうか、トリテレイアの考えが。
 ならば、最早、言葉は要らぬ。
「――さあ」
 トリテレイアは長剣を構える。エマールもまた、ステッキを構えた。

「『私』を始めます」

 いかな速度だろうと捉え、斬り捨て滅しましょう。
 それが、トリテレイアというペーパーナイフが持つ、『私』であるのだから。
「格納銃器強制排除、リミット解除、超過駆動開始!」
 鋼の騎士道〈マシンナイツ・シベルリィ〉。
 命令に従って、トリテレイアの体から格納銃器がパージされ、機体の各箇所から駆動音が鳴り響く。リソースを全て近接戦闘に割り振って『選択した』これこそ――彼の歩む道。
「――これが、『私』の騎士道です!!」
「ならば――これが『私』だ!」
 エマールの薔薇が増殖して、そのガラス瓶をいっぱいに満たす。ばね仕掛けのように、だが決してそんな形容は似合わぬ速度で、猛烈なステッキの刺突がトリテレイアの首関節部分を目掛けて繰り出される。それを辛うじて盾で弾いて押し戻し、逆に半身を捻って、勢いよく長剣で斬り払う。邪神が呻きながらそれをどうにか避けるが、それを許さないための、この『選択』だ。駆動機構が煙を上げそうな動きでトリテレイアは腕部を捻ると、撥ねるようにエマールへ長剣を振るう。
 鋼を叩くような手応えがあって、邪神の胸から頭にかけてが、大きく切り裂かれた。
「……く、ぅ」
 オイルが撒かれて、エマールがよろめく。増えた薔薇が、抉れた傷跡に集まっていた。
「まだだ、名も知らぬあなたよ」
「私は……私の名は、トリテレイアです。トリテレイア・ゼロナイン。機械の、騎士です」
「……ああ、トリテレイア」
 邪神がステッキを持って、構える。
「もう一度、もう一度だ」
「いいでしょう」
 エマールの刺突。だが、先程より、ずっと遅い。盾で防ぐまでもなく――
「トリテレイア」
 邪神が、『寂しそう』に語る。
「あなたの行く末に、幸あれ」
「……ありがとうございます」
 ――トリテレイアの長剣が、邪神の胸を、深々と貫いていた。

 ●

(とりま狙いはあるがスペ不足って事だろ)
 レグはゲームのことを、その中に入っている『システム』のことをそう考えていた。であれば、邪神を使わず、他のもので代用してやれば、邪神を排除しつつゲームの目的が達成される――そのはずだと彼は思っていた。だからこそ、レグはゲームにドローンを接続し、仕様を聞こうとしていたのである。尤も。
(全ッ然、返事がねえな)
 しかも、邪神もやたら増える。一体でも取りこぼせばそこからすぐに増えるので厄介としか言いようがない。迅の召喚した朱鳥もエマールを啄んだり燃やしたりしているが、間に合っていない。
「……ったく、ちょこまかちょこまか……鼠かよ」
「『システム』の方はどうですか?」
「駄目だ。何度呼びかけても返事がねえ」
 隣で骸骨の拳や怨嗟の声でエマールを退けていたジニアに、レグは首を振る。
「そうですか……、っ」
 ジニア目掛けて複数のエマールから放たれた刺突を、鉄骨を振るって散らす。彼の予測が正しければ、彼女には居てもらわなくてはならない――そうでなくても、レグの沽券に関わるので傷ついてもらうわけにはいかないのだが。
「――見えてんだよッ!」
 迅とドローンをゲームから引き剥がそうとしたエマールを、狙い澄ました鉄骨の一撃で叩き潰す。送られてくる情報は、システムとの接続データだけではないのだ。
(増殖する邪神なんぞ、流石に悪夢じみてるぜ)
 正直、何体いるのか、もう数えたくない。いや、数は正確に把握できているのだが。だから言いたくない、というのが正しかったかもしれない。
「……よっぽど、ハッキングされちゃ困るんだな?」
 近くに居たエマールを殴り飛ばして破壊してから、レグは鉄骨を構えたまま言う。
「勿論、困るは困るが、それよりも」
「今此処に召喚された私は、『私』だけなのだから」
「もっと真摯に――私と向き合って欲しいとは思っている」
「真摯、ねえ」
 それがどういうことなのか――レグにはよくわからない。真摯と言えばレグは常に真摯であるし、真摯でないと言えばレグは常に真摯でない。受け取られ方によって変わるのだ――レグの評価は、いつでも。
 だから、レグの答えは、最初に戻る。
「仕事が出来れば、どっちでもいいんだよ俺は」
 自分が選んだことに『自分』があろうがなかろうが。己のこの、思考と生体から呼ばれるであろうものが、『自我』に値しているかどうかも。
「相手次第だって、さっきも言ったろ。俺の答えは変わんねえよ」
 受け取る他人が、『どう思うか』に依存して――それ以外で変化することはない。レグはレグであり、どこまで行っても『レグでしかない』のだ。
 いたってシンプルである。
「それは理解している。であるから、そこではないのだ」
「ただ、君はずっと、『彼』と会話しようと試みている」
「目の前に『私』が居るのにも関わらず」
「第一、『彼』は――他人と会話をしたがらない」
「システムだと言ったろう、『彼』自身が」
「……それはどうかね。存外お喋りだと思うぜ、あいつは」
 少なくとも、弱いところを指摘されたり、『想定外』のことをされたりすると、すぐエラーを吐くタイプだ。事実、レグのゲームプレイにエラーを吐いて文句を言いに来た。仕様かもしれないが、元が生体であるための弱点であるようにも思える。
「生体流用してシステムに、ってことだけどな、どうせまともなチェックしてねえんだろ、これ。脆弱過ぎるんだよ」
 ――馬鹿な、と、ドローンから、システムのエラーが吐き出される。おそらく迅のハッキングが行われる中で、何か起こったのだろう。
「……ほらな」
「……これについては、君が正しいようだ」
「だろ? だから俺は――お前さんより、こっちの方と会話する方を選ぶよ」
 片手間になるが許してくれるよな。言いながら、レグはさっさと吐き出されたエラーを捕まえて問いかける。
(――あー、おい、そこの人生の卒業生)
『なんだ――鋼の人形か。〈私〉は今、人形の相手をしている場合では――』
(お前、システムなんだって?)
 システムと己を称する『何か』が沈黙した。
(早く答えねえとお前のキャパ明らかにオーバーするデータ流し込むぞ。賢いシステムならどうなるかはわかるよな?)
『……そうだ。〈私〉が、この電子術式を司る〈システム〉そのものだ』
(そうかいそうかい。なら当然仕様も知ってるな。教えてくれるか)
『教えてどうする。何も出来ないだろう』
(なんで俺が『何かする』んだよ。『出来るように』してやる、って言ってんだ)
 再度、システムの沈黙。しかしなんでこんな生体っぽいインターフェース作っちゃってんだ。どうせ普通の生体にはほぼ気付かれないんだろ? 必要ある? それとも『魂』だか何だかを直移植しちゃったからのこの仕様なわけか? 流石にお粗末過ぎでは。それでこんなんなってりゃ世話ねえよ。レグの頭の中にはこのシステムへの『駄目出し』が幾らでも出てきていたが、とりあえず言わずにおく。
(面倒だから先に提示しとくわ。物騒じゃなければ、複製した電子記憶装置繋ぐから、条件付きで使っていいぜ。何なら稼働期間中集め倒してる状況他詳細付生体語録要る? 条件は単純。呪詛に耐性あるフィルタ貸すから、邪神を単純なリソースに使う事。簡単だろ?)
 システムが、『困惑』するのがわかった。
『電子記憶装置、生体語録――なぜ、それを〈私〉に』
(だってスペ不足なんだろ、結局お前)
『スペックは――足りている。これを、行うためには……邪神の力があれば、それで事足りているのだ』
(でもその邪神、今から俺たちが殺すが)
『殺せるものか』
(殺せるぜ。ま、時間はかかるかもだが。間違いなくあいつは『死ぬ』ぞ。いなくなる。これは『絶対』だ。そしたらお前、どうすんだ? あれと心中すんのか)
 三度、沈黙。
 ――いい加減、まどろっこしい。
(いいか。お前が何考えてても別に構わねえ。けどな、そうやってうだうだしてんのは、『何の意味もない』ってことを忘れんな)
 目の前に形があれば、首根っこでも掴まえてやるんだが。そんなことを思いながら、レグはきっぱりとした、攻撃的とも呼べるような口調で言った。

(出来る出来ないどっちの証明の為に在るのかしらねえが、いいから早く仕事しろ)

 そのために、機械〈自分たち〉は在るのだから。
 システムが、『口を開く』。
『……そこまでしてくれなくても構わない。単純に、〈足りない〉だけなのだ。魂二つでは、〈私〉とあの人だけでは……足りなかった。だから、動かなかった。呪詛も召喚も何もかも未完成なままで……何も、出来なかったのだ。エマールが見つけなければ、〈私〉たちは自然消滅していただろう』
(そんで? じゃあ何が要るんだ?)
『死人だよ。魂が――要るのだ』
 はいビンゴ。
「――ドグダラ」
 その他諸々聞き出しつつ、振り上げた鉄骨でエマールの背骨をへし折ってから、レグはジニアに声をかけ、システムから聞き出したことを伝える。
「フィルタ通して死霊リソースにゲームシステムフル稼働させる。それで邪神とゲームの分離が完全にできるから、その状態で――」
「邪神を屠り、『彼』の求めるものを与えると?」
「そういうこった」
「それで、解決するでしょうか」
「するよ。あいつがほんとに『システム』として機能してるならな。ま、出来なかったらそん時にまた別の手立て考えるわ」
 充足した者を見るまで、満ち足りた魂の輝きを見るまで。
(……何が欲しいのか、もっとはっきり言えよな)
 仕様が漠然としてるのは――良い道具じゃないぜ。
「いい結末に……出来たらいいなと、私も思います」
 だから、構いません。ジニアはそう言って、僅かに微笑んだ。
 そんな彼女を見ながら、レグは一つ「助かるね」とだけ答えて――また鉄骨を振るったのだった。

 ●

 結局のところ、自分は真実『ひと』ではないのだ。
 その自覚が、都槻綾にはある。
 それは悲観ではない。単なる事実に過ぎない。彼の本体は、曰く実存と呼ばれるものは、確かに『ひと』ではなく香炉である。それが壊れれば、この『ひと』の形をした綾もまた、消えてしまうさだめだ。
「……ヤドリガミたる私は、『ひと』として在りたいと望んだ身」
 綾の目の前には、黙して彼の答えを聞くエマール。そして傍らには、紅の髪をした花世。三人の間を吹きすさぶのは、青い薔薇の花びら、それが齎す傷と痛み。
 そう……これは、『痛み』だ。
「――『ひと』ではない、いのちの形」
 ゆるやかに口角を持ち上げ、微笑みを描いて唇を曲げる。瞼を柔らかく閉じれば、薔薇の香がした。これらはすべて、綾がこの姿になってから獲得したものだ。
 都槻という名が示す『続き』を生きる綾が、このいのちで、得たもの。
 散りぬべき、時知りてこそ。その美しさを、綾は知っているのだと思う。それなのに――いくらかの寂しさを込めて、彼はその青磁の色をした目を開く。エマールは未だ、黙している。花世もまた、何も言わない。彼の言葉を只、聞いている。
 嗚呼、それなのに。
「自ら生を選んだくせに、惑い、悩み、消滅も考慮する」
 傷ついた肉の体から流れる血の香りが、青い嵐の中にあった。花世のものと混ざり合い、どちらのものともつかぬ鉄錆の匂い。それは間違いなく、綾自身からもしているものだ。
 不思議だった。
 つくりものの『いのち』が、こんなにも鮮やかに薫るのは、一体何故なのか。
 物言わぬはずの己が発する言葉に――花を宿したこの二人が耳を傾けてくれるのは、如何なる理由によるのだろうか。
「時の流れに従う事が楽だと思える」
 今、自分は、どのように微笑んでいるのだろう。
「――全く、」
 翼もない彼の背には、傷が一つある。それは証だった。彼が彼である証。
(『ひと』として在りたいと望んだこの身は)
 どう弁舌を弄し足掻いたとて『ひと』では在り得ぬ、このいのちは。
 それでも『ひと』と――
「『ひと』とは……怠慢で自分勝手で無責任ないきものですねぇ」
 ――あまりに近しいのだ。
「そうは思いませんか? かよさん」
「そうだね」
 その通りだよ――横に立つ紅色の娘とささめき笑い合う。娘の笑い声は、春の陽に揺れる梢の囀りに似ていて心地が良かった。
「ところで」
 綾はエマールを真っ直ぐ見つめ、ゆるく首を傾げる。問いたいことがあった――この、問答を望む邪神へ。
「何故、世界を破滅に追いやりたいのでしょう」
「何故?」
 不思議なことを質問された、とでも言うような声音で、邪神が綾同様首を傾げる。その紳士然とした姿は、頭部以外はまったく『ひと』と同じような形をしていた。手足があり、服を着て、杖まで手にして立っている。そして、『ひと』の哲学を、好むと言った。
 そんな邪神が破滅を望むのは、果たして真に彼自身の選択であるのか。
 純粋な好奇心だった。この『ひと』の形をした神が、螺旋を求めながらも問答の果てに破滅を望む理由が、綾は知りたかったのだ。
「ええ。あなたはきっと、物の道理が分かっている『ひと』です。それが、何ゆえに破滅を求めるのか――私は知りたい」
 それとも、彼が求むる破滅の先に待つのは、無ではなく新たな次元なのだろうか。焼けた荒れ地にこそ咲く花も在るように、彼はそれを見据えているというのか。
「あなたは崩壊の中に何かの芽生えを見るのか、答えてくださいませんか」
「……私が、『そう生まれついたが故に』だよ。私はオブリビオンなのだ。UDC。群れるものと違い、私はただ一つだ。故に、私は、どこにでも現れ得る私という個は、必ず破滅の意志を持つ。世界が変化しない限り。君たちで言うところの本能にも似ているのだろうか、これがけして逃れ得ぬ、私の、さだめだ」
 オブリビオン故に破滅を望むのか――
「其れは、自身の選択なのですか」
「……それは、」
 エマールが少し言葉を切る。だが、答えることを止めはしなかった。
「私の選択、でもあるのだろう」
「でもある、ですか」
「そうだ。私は、私の本質は――私自身は。確かにこの世界に破滅を齎したい」
「ですが、その世界にあなたの求める答えはないのではないですか。崩れ消え去った無からは何も返ってこない。問いとは、答える他者が居るから成り立つものです。自問自答でさえも、答える己が居なくては成り立たない。違いますか?」
「それもわかっている。相反するのだ、私は明らかな矛盾を抱えている。これでも私は、すべてわかっているつもりだよ、青磁の君」
 邪神の口調は落ち着いて、静かだった。だからこそ、理解できる。
「……それでも、あなたは、その先を知りたいのか」
「最初に言っただろう。『私は螺旋を求めている』と」
 円環ではない、螺旋を。
 同じところをなぞっているように見えて、螺旋は先へ続くから。
 これは、覚悟だ。
「ならば私は、やはりあなたと戦うことになるのでしょう」
「それは『君』の選択かね」
「ええ――」
 瞬きをする。宵の闇を切り裂く作り物の光が、屋内を照らして明るい。

「――未知なる世界を、私も見たい」

 其れが選択。
 求めるものは、或いは同じなのかもしれぬと綾は思った。この邪神が到達したい場所と、自分が見たい場所。一足ずつが白紙の頁、新しい世界。繰り返しではない、その先の景色。紫紺の夜が橙に明けるような、愛しい高揚。同じ眩さに、自分たちは目を細めているのやもしれなかった。鏡合わせの憧憬が、今、彼らに刃を握らせるのだ。
 明日とは、それに値する。
 だから。
「此処で果てる訳にはいきませんねぇ」
 いつか見た――未だ見ぬ花景の柩に眠れ。そう唇にのせれば、綾の持つすべてが、青い薔薇の花びらに崩れて散る。明確に邪神を捉えんと踊るそれを、杖が盾のようにふるわれて、弾き落としていく――が、嵐となった青は、それだけでは防ぎきれない。どう回避するか、邪神はおそらく、迷ったのだと思う。
 その迷いは、あまりに『ひと』らしく。
 それなのに、青薔薇の花筐に埋もれる己を捨てるように、己自身を生み出してどうにか花弁から逃れるその姿は。
(『ひと』では決して在り得ないのだ)
 綾の思考に、ある種の諦念が滲む。何かから弾き出されたように、頭上に新たな邪神が突如現れたのは、その瞬間のことだった。
 分裂したのとは違う、そう即座に理解できる現れ方をした邪神の姿に、花世と二人、咄嗟にそちらを見上げれば、新たな邪神は「まさか」と呟きながら、優雅な所作で薔薇に覆われた青い床へと降り立つ。
「まさか、こんな未来があるとは」
 驚嘆と――おそらくは歓喜の滲む声音でそう言いながら、衣服の乱れを整える邪神の向こう側で、別の邪神と鍔ぜり合っていた黒髪の少女が、「それを」と不意に叫んだ。
「それを、倒してください!」
 多分、それが、『ここに在る最後の一体』だから。
「……成程」
 花世が、少女の微笑みで、綾を見る。
「二対二なら十分だね」
「ええ」
 まったく、と微笑み返せば、娘は舞いでも始めるかのように、扇を構える。
 青い海に呑まれ、もう一人の己の足元へうち捨てられた邪神の骸は、悲しいほど虚ろだ。
 ――この花を、あなたへの餞としよう。
 綾の手から舞う花筐の薔薇が、ふいと――また、青く散った。

 ●

「聚楽さん――!」
 類は崩れ落ちた聚楽の傍に跪き、その足を見る。エマールの杖は完全に少年の膝を貫通しており、抉れた筋肉が見えているばかりか、一部壊れて部品が転がり落ちているところもあった。広がる赤い血は、人工のものか、それとも。いずれにせよこれは――下手に引き抜くと、余計悪化するのではないか? 飛び出した邪神は、悠々と食堂の床に降り立って、ただ静かに二人を見下ろしていた。余裕を見せているつもりなのか、動きの無いエマールに、類は唇を引き結ぶ。
 ――あなたは、これを、本当に救済と呼ぶのか。
 悩む若人皆を、石膏像にして。
 己も『あんなもの』に成り果てて。
 あまつさえ――『こんなもの』まで呼び出して。
 失わない永遠を繰り返す。
(――私が救いたいのは、たった一人だけだ。だから、私は、『死んだのだ』……)
 先程聞いた言葉の残響に、ほぞを噛む。
 だから私は死んだ?
(……莫迦言うな)
 ならばこそ、生きて。生きて、示さなきゃだろうが。
 類は未だ炎を上げるエマールの残骸の向こう側から瓜江を引き戻すと、自分の傍に立たせる。ここからどうすべきか。それを、考える。邪神に動きはない。片方の足を潰したから、対処は楽だと考えているのか。質問もしてこないのは、何故なのか。
 生き残らねば。そう、強く思う。
 死んで――死んで花実が咲くものか。
 死んだらそこで終わりなんだ。帰ってこないんだ。
 何も、成せやしないんだ……。
「……頼みがある」
 聚楽が、苦痛にその整った顔を歪めて、類の袖を引っ張った。耳を近付けると、少年が、小さく話し始める。
「今から足の換装を、する……性能は落ちるが、歩けるようにはなる。けどその足が、さっきの花嵐でテーブルの奥に吹っ飛んでるみたいなんだ。それを取りに行く。十分、いや八分で帰って来る、だからその時間を稼いでくれるか」
「――これは、違いますか」
 わかりました、と類が言うより先に頭上から女性の声がして、二人驚く。
「紗さん!」
「あんた――碧海、紗、だったか……」
 白面黒衣の人形を連れた碧海紗が、鞄を手に立っていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。でもどうして、あんたがそれを。中身わかってたのか?」
「いえ。偶々――ですね。私は、勘がいいので……」
 困ったように微笑んで、紗が聚楽に鞄を渡す。中身を確認した少年が、「よし」と希望と力に満ちた声を上げた。
「四分くれ。どうにかしてみせる」
「――わかりました」
「私は、どちらを手伝いましょうか?」
「良ければ俺を手伝ってくれたら嬉しい。それなら二分で済む」
「それでは、あなたを」
 聚楽と紗が足の換装をするべく取り掛かるのを見て――エマールが「話は済んだかね」と言った。
「……わざわざ、待っていたんですか」
「そうとも。万全の状態で戦って、答えを聞きたいと思ったのでね。それに、君たちの話を聞くのも、楽しいものなのだ」
「酔狂な邪神だ」
「この機会は一度きりしかないのだから、そう考えもする」
「そこまで考えられるなら――どうして、『彼』を諭してやらなかった」
「諭す? 何故」
「あなたは、『わかっていた』はずだ」
 自分の力を使ったところで、救済など出来ないと。
「『誰も救われない』と、あなた自身ですら『救われない』と……あなたは、いえ。あなた『なら』、わかっていたでしょう」
「……どうだろうか」
 脚部の換装をしている聚楽と紗を狙って、エマールが跳んだ。それを瓜江で押し止め、引き摺り戻す。瓜江の顎を砕かんと突き出された杖の柄を、上体を反らして避けさせれば、邪神が言う。
「救いとは主観の産物だ。狂気と同じく」
「わかって――いるじゃないか!」
 絡繰糸を引っ掛けようとするが、するりと抜けられる。動きが速い――どうにか、これを止めねば。
「――僕は、僕の選択に僕が在ると思う。思っている」
 だからこそ、『彼』を、類は否定する。
 悔いるはまだ良いが、選択を己以外の何かに棚上げするのは、そこへ至るまでの全てを疑う事だ。
「そうやって、『自分の選択』に『己自身』が不在であるだなんて思うのは――」
 エマールのオイルと自分の放った炎で、床は未だ燃えている。
 あの日のように。
 彼を祀った社が、崩れ落ちた、あの日のように。
「空虚で、失礼だ」
 ヤドリガミである彼の本体は――実存は、既に黒く焦げて、かつての面影などどこにもない。この、人の身も彼ではあるけれど……それでもやはり、あの鏡こそが、自分なのだと類は思っている。
「失礼、か」
「ええ。何よりも、『命』に」
 命、と呟くように言いながら、絡繰糸をかいくぐるように身を屈め、類の足を払った。それを第六感で避け、焼けた鏡は続ける。
「失われれば実存は亡くなる」
 類の言葉で、エマールの動きが鈍った。それは多分、彼も理解しているからだろう。
 今此処に居るエマールは、斃されれば居なくなる。
 全部全部――『形あるもの』は。実存は。
 少しのきっかけで、失われてしまう。
「けど、本質は、触れたものとの間で育つ」
 育ったものは、また別のものを育てる。それは、失われないものだ。連綿と受け継がれていく、愛しいもの。そのものだ。
 そして多分、それこそ……類が、守りたかったものだった。
 救済を為す、なんてのは驕りだ。
「救済は主観の産物だと、あなたは言った。それは正しいんじゃないかと僕は思う――すべては、受けたものが感じる結果。かたちない物だから」
 かたちがあるものなら、どれほど楽か。救いや報いに形が、容があれば、きっと人は、こんなに泣いたり笑ったり、怒ったり憎んだり――愛することさえ、しなくなる。そんな気が、する。
 それらにかたちがないから、人は『生きて』いけるのだ。
「そんな物を相手に、僕たちが出来るのは。失いたくないって――」
 聚楽の人形が、背後から跳んでくる。同時に、紗操る人形が放つ銃声も。
 エマールの動きが、完全に止まる。

「――向き合い続けるだけさ」

 絡繰糸を邪神へと放ち、その赤で絡め捕る。今度は、増殖などさせない。聚楽がパペットで、ステッキを持つエマールの腕を食い千切って離れた。
 嗚呼、これで。
「……燃えよ、祓え」
 静かに指先を向ければ、業滅糸〈ゴウメツシ〉による炎が、エマールを一瞬で舐める。生きたまま焼かれる邪神の絶叫が、食堂に響いた。炎の中で、彼がどんな言葉を最期に吐いたのか、彼にはわからない。そして、わからなくていいと思った。
「選択の中にあるのは、己だけではない」
 ゲームの中の『彼』に向けて――類は言う。
 君の想いも。
 誰の明日も。
「行き止まりにしないでくれよ……」
 皆、散るために咲くわけでもあるまいに。
 炎の温度を感じながら、類は天井を仰ぐ。こんなところで言っても、『彼』には届かないだろうけれど。一抹の無念と共に類は息を吐き出して――

 ――いいえ、届くわ。

「――っ!?」
 その、『少女』の声に、身を震わせた。誰の声だ、紗のものではない。現に、自分の様子を見て、彼女は首を傾げるばかりだ。
(……君は)

 ――〈私〉が届けてみせるわ、鏡のかみさま。
 輝くあなたたちすべての魂に賭けて。
〈私〉の『存在』に賭けて!

 それは強い意志だった。闇を切り裂く閃光のように声は響いて――そして消えた。聚楽も紗も、聞いてはいなかったらしく、訝しげな顔をしている。つまりあれを聞いたのは、類だけであるようだった。
「いえ――」
 戸惑いながらも説明をしようとする類の言葉を遮って。
 青い薔薇の花びらが再び舞い踊ったのは、その直後のことだった。

 ●

「――しっかし、己の選択に、自分が在ると思うか、ですか」
 難しいことを考えるやつだな。拓哉はそんなことを思う。選択肢とか何とか言うが、そもそもの問題として。
(普通、そんなに『考えて』動いてるんですかね)
 そんなもの、卵と鶏どちらが先か、という問いに似てはいないか。行動と思考のどちらが先にあるのか。結論と動機、どちらが先にあるのか――その順序を、『正しく』把握している人間など、存在しているのだろうか?
 微妙なところだと思う。
「波浪さん!」
「っと――」
 晶が操る石膏の妖精と、彼女が放つ神気による一瞬の硬直――時間が停止しているようにも見えた――、それから掃射されるガトリングの弾さえ振り切って、エマールが青年に肉薄する。ハーバリウムの中でくるくると泳ぐ薔薇が、なんだか滑稽だった。人間の脳もこんな風に液体へ漬かってはいるわけだが、回転はしない。
「そう。君の答えは、どうだ?」
「俺の答えですか?」
 そう言えば、まだ答えてなかったっけ。かなりどうでも良かったので、そのまま戦ってしまっていた。両手で構えられた邪神のステッキが、拓哉の胸を強打すべく突き出されるのを後ろに跳んで避けながら、青年は淡々と答える。エマールの後ろで晶が僅かに焦燥を浮かべているのが見える。おそらく、拓哉と邪神の距離が近過ぎるからだ。人型の敵はこういうところがあって困るな、と拓哉は思った。
「他の人は知らないですけど俺にはないです」
「ふむ――それは何故だ」
「選択する時は基本反射でやってますから」
 何が好きとか、嫌いとか、腹が立つとか、助けたいとか。それを選ぶのに、それを選んだ自分の『選択』とやらに、理性の理屈が付随していると思ったことは、多分ない。
 それでも、拓哉は動ける。生きている。
 それでも彼は、『波浪拓哉』で在る。
 それならば。
「俺は反射で選択して。思考とかは、後でそれっぽい理由付けてます」
 それならば思考など――行動が決めるのではないか。
 そう、少しだけ思う。
 これもまた、多分、だけれど。
 曖昧な話だが、拓哉は別に論客でもないし、正直に言ってしまえば、ここでそんな話に素人考えで『答え』を出してしまうことほど乱暴なこともないだろうと思う。そういう話は、もっと暇を持て余した頭のいいやつらが好き放題に考えてくれるのだ。拓哉がその話を肯定して採用するかは別だが。
 エマールが飛び回る妖精をステッキで叩き落として、石化したステッキに「しまったな」と落胆するような声を上げる。この邪神の感情は、思考は、どこに在るのだろう。どこから発生しているのだろう。本当に、この『薔薇』からなのか。
(……違うな)
『どこにもないから、どこかに在ることを求めてしまう』のだ。
 実存とエマールは言った。それが、真実彼には必要なのだ。思考する箇所がわからないから。感情を司る箇所が不明瞭だから。自分を収めた器がないから。それなのにそのすべてが自分にあるから――その在処を探してしまう。
 では、その『自分』とは何か。
 ……『馬鹿らしい』。
 なんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきて、石化したステッキで繰り出された肩への一撃を、銃で受け止めて捻り、弾く。そして考えるより先に、『選ぶ』。自分の目的が達成される場所は、『ここ』か。いや――違う。本能じみた直感が反射的に結論を出して、拓哉は石のステッキを引っ掴むと、強引に自分の方へと引っ張った。その強さにエマールがたたらを踏んで、だが拓哉が銃口を向けるより早く、ステッキから手を離して逃げる。
「……過去も未来も人生が自分のものかとかもしったこっちゃねーんですよ」
 間髪入れず晶の操る妖精と神気、それからガトリングがエマールの動きを一瞬止めて、拓哉から遠ざけた。ここか。違う。『そこ』じゃない――選べ。
 積み重ねた知識と自分の眼。それから第六感が、あらゆる理屈を抜きにして『そう』だと答えるその一瞬を。

「そんなの考える暇ありゃ俺は今を足掻き続けます」

 実存、実存と言うならば。
 それが一番、『道理の通った』結論だろうが。
 今此処に在る俺を――必死に足掻く。
 何がなくても。何が在っても。
 全部、本当はどうだっていいんだ。
 器があれば、いずれ中身もついて来るのだから。
「その境地は――今の私には、難しいな」
「そうですか。生き難そうですね」
「生き難いとも。私を生きていると呼ぶのならば、だが。だから、私は此処に在る」
 エマールが神気の硬直を振り払って、晶のガトリングを蹴り上げる。だが、当の彼女は、平然とした顔だ。それが彼女の策によるのか、それとも元からそう言う性格なのか、拓哉は知らなかった。それもまた、どちらでもいいと思う。大体拓哉は、晶がどのような経緯で、此処に『在る』のかも知らないのだ。
 それでも、自分たちは此処に在る。
 それだけでいい。
 晶が神気を使って、それを邪神が振り払う――『それ』こそ。
「――っ!」
 邪神が息を呑むような声を上げた。気付くのが遅い――行動の前に思考が在ると思っているからそうなるのだ。一面に青い花びらの散らばった床を強く踏み込んで、拓哉は晶の横をすり抜けるようにしてエマールの懐へ飛び込み、その胸倉を掴むと、すぐ背後にあった壁へと強く叩きつける。今自分が『何処に居るか』も、わかってなかったんだこいつは。そしてその手足が何かをする前に、踊る薔薇の頭部へ銃口を押し当てて笑った。
「じゃ、取り敢えず……あんたの自我を吹き飛ばします」
 化け刻もうか、ミミック。嗤う拓哉の銃には既に、時計の秒針と化したミミックを使った弾丸が込められていた。
 射出された弾が、ハーバリウムの頭部に命中する。空間が歪曲して――エマールの時間が『進む』。きっかり一日分だけ。
「くっ――!」
 それに気付かない邪神が、拓哉を振り払って、逃げる。だが、それより先に放たれていたのは、彼女のワイヤーガンだった。射出されたワイヤーに巻かれたエマールが呻いて、動きが止まる。
「どこにそんなものを……ッ」
「お前の『見てないところ』にさ」
 誰が手札を一度に全部見せてしまうもんか。
「配られた札でやるしかないなら。見せ札やブラフをいかに上手く使えるようになるかも、大事な要素なんだよ」
 晶がやはり平然とそう言うのを聞きながら、拓哉はミミックの銃弾を再装填する。
「ぶっちゃけその質問するからには、あんたの中では一つの答えを得てるんでしょう」
 邪神は何も言わなかった。分裂して逃げようとも――しなかった。それが何故なのか、考える気はない。
 どこかでまた、青い薔薇の嵐が始まる。
 髪の毛が少し切れて、嵐に飲まれ散った。吹き荒れる花びらに全身を嬲られながら、それでも拓哉は笑っている。
「……その答えは、忘却した時が面白そうです」
 人間は忘却する。何を選んでも、何を悲しんでも、何を愛しても。そして、新しいものを獲得して前に進む。その忘却を否定する者は、きっといないだろう。
 では、この邪神にとってはどうなのか。
『答え』を求めた、神にとっては。
 だが、結局それも――
「……さてあんたは、どれだけ私が『私』であると思い続けられますかね?」
 ――きっと、どうでもいいことなのだ。
 今を生きる、自分には。

 ●

「自分、自分って言うけどさ」
 それって何なんだろうね。そんなことを言って、ロカジはステッキの一撃を斬り弾いた。大太刀の一閃で撥ねたのに、エマールの操る杖には少しの欠けもない。一体どんな素材で出来てるんだろうか。片が付いた後に残っていたら、持って帰って調べてみたいような気もしたけれど、まあその場合は多分UDC組織に渡すことになるだろうな、とロカジはどうでもいいことを考える。
「脳みそで出来上がる、何かのこと? それとも、『魂』とか言う、どこに在るかもわからない何かのことなのかい。でも、僕らの脳みそは電気信号で動いているわけだし――その電気信号を、アンタは『自分』とかって呼ぶのかな」
「そうかもしれないし、そうではないのかもしれない」
「あやふやなことを言うねえ。まあ……答えが出てるなら、僕らにこんな質問しないのか」
 答えの出ないことを繰り返し問い続けるその姿を見ていると、諦めてしまえばいいのに、とロカジなどは思う。けれど、それが、この邪神の本能――あるいは、『本質』というものなのだろう。
 それに、それがどうしても譲れないものだったならば、第三者がどれだけ何を思おうが、諦めることなど到底できないのだ。
 それをロカジは、知っている。
「自分の選択に自分が在るかは知らないけどもね」
 ステッキの一撃を躱して、大太刀をエマールの首めがけて薙ぐ。だが、邪神はそれを跳躍して避け、空中からロカジへ帽子を投げた。さてここで選択肢。視界を塞ぐように投げられた帽子を、僕はどう回避するべきか。手で払う。体を捻る。
 答えは。
「――が……っ!」
「ああ、当たったかい」
 無視して太刀を振るう、だ。エマールが衝撃に吹っ飛んで転がる音を聞いてから、ロカジは顔に乗ったハットを取って投げ返してやる。すっかり荒れ果てたレストランの宙をしゅうと舞って、エマールの頭に黒い帽子が戻った。
「そうそう、話の続きだけれど。僕の選択に僕が在るかどうか、僕は知らない。興味もないね。ただ、『僕』を証明するものは在るんだよ」
「君を、証明するもの?」
「そうさ――」
 起き上がったエマールの腕が、妙な方向を向いて垂れている。先程ロカジが放った太刀の一撃で折れたのだろう。邪神なのに、どうして人の形をしているのだろう。ロカジはそんなことを薄っすら考える。これまでも色んな邪神と出会ってきたから、邪神が邪神で在るために、人型である必要はないのだと彼は理解している。
 それなのにこの邪神が人型をしているのは、何故。
「――あの子を入れるお人形さん」
 あの、うつくしい少女。
 夢見るように儚くて、地獄のように愛おしい。
 ただ一人の――妹。
 それを収めるための、人形。
 うつくしい、ひとのかたち。
「そう、アンタの言う実在、実存よ」
 それは間違いなく、彼の妹だった。彼がかつて持っていた、八つの心臓のうちのひとつを捧げた、彼の美しい妹。
 たとえ血反吐にまみれるとしても――譲れなかったもの。
「あの子を作った時なんてまぁ複雑で回りくどくって。ずーっと頭が痛かった」
 禁忌に触れて死んでしまったあの子を、もう一度蘇らせるために。
 彼女を、もう一度この世に生かすために。
 ロカジもまた、禁忌を用いた。
 呵々と、男は笑う。それは己の積み重ねた年月に対してのものだったのか、それとも、己が為したことに対してのものだったのか。はたまた、まったく別のものに対してか。
 最早――男自身にもわかっていないのかもしれなかった。
 男は笑う。笑って居る。
「こんな事もう二度とやるもんかって思ったもの。お陰で傑作が仕上がったけどね」
 ロカジは、『作品』に価値が欲しい。
 あの天秤の神様がいた商店街で、彼自身が言ったこと。
 だがそれは。
 それは。

「僕の証明たる――傑作が」

 それは、果たして、本当は『どういう意味を持っていたのか』。
 人工の光で明るいレストランに、笑う男の影が薄くいくつも伸びている。実体のない薄暗い灰色の影が。
 灰色の影が、伸びている。
 化かす狐の――ほのぐらい影が。
「人生はちょっとしたフローチャートさ。僕のチンケな脳みそじゃ一本道しか辿れねぇ」
 何回やり直せたとしたって。
 何回その場に立てたって。
 きっと、ロカジは、同じ答えに辿り着く。何度も何度も何度でも。
 だってそうじゃなけりゃあ、そこで選んだことが、嘘に為っちまうじゃあないの。
 死に物狂いで選んだ答えが。
 くっだらない、安っぽい、お涙頂戴に為っちまう。
 そんな気持ちで、そんな自分で、選んだんじゃあないんだよ。
 だから、あれが、『僕』だ。
 あれが。あのうつくしいかたちが。
 ロカジを証明するのだ。
「僕がしてきた選択のすべては、あの子という形で確かに在る。それをアンタは憂うかい? こんなロマンチックなこと他に無いと思うけど」
 人生を何度やり直したって、同じ答えに辿り着く。
 そんな素敵なキャッチコピーが、この世に二つとあるものか。
「君は、」
 エマールが、折れた腕もそのままに、動く方の腕でステッキを構える。
「『君自身』は……『その変容を、認められるのか』」
 邪神の言葉。そこに在るのは、一体何か。
「さあね。でも、僕は僕だよ。僕がどんなものだったとしてもね」
 男が、刀をちきりと鳴らして握り直す。
「もしも僕が『ここにいる』と思い込んでる何かだとして」
 レストランの証明に、長い刃が、ぬら、と光った。
「だったら好き放題に踊ってやるだけよ」
 薄い唇から覗く男の舌は、血の色をして赤い。きちんと整列した白い歯が、赤い肉の塊と並んで眩かった。
「……」
 邪神は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。どちらでも良かった。男には、関係がない。
「ところでさぁ」
 男はただ、己の首に妖刀を沿わせる。ああ、こいつが三体に分かれてくれて本当に良かったなあ。あの二人を驚かせるのは流石に本意ではなかったから。
「電気信号に過剰な電気をぶつけるとどうなるか知ってる?」
「――何を、」
 訝しげにした邪神の前で、ぱっと赤い飛沫が散って、大太刀が真っ赤に染まる。赤い舌の男は、血潮に濡れた刀を手に、青い瞳を細めてニィと顔を歪めた。
 構えた刃は、妖しげな色で、雷電を纏っている。
「使い古した血の熱さの意味が分かるかい」
 口説いて終われりゃよかったのにね。
 誘雷血〈サソイイカズチ〉の雷光が、飛び散った血をぎらぎらと照らしていた。
「そうやって、ひとに好き勝手質問するからさ」
 いけないんだよ。ひとの内側を知ろうとするのは。そう言って、ロカジは滑るように、エマールの、刎ねやすそうな細い首を大太刀で撫でた。狐の柔軟さで。人の技巧で。
 音もしなかった。
 雷を流された邪神の肉体が――事実として電気信号で動いているわけでもなかったのだろうに――びぐりと痙攣する。
 落ちた綺麗な硝子細工が何かを言う前に、再び刃を突き立てて。
「……もしかすると、僕より人っぽいかもよ、アンタ」
 そう言って、男は靴に付いたオイルを飛ばした。
 青い花びらが吹き荒れたのは、その直後のことだった。

 ●

 ここまで一緒に行動してきた紗は、既にいない。つい先程、エマールを倒した後、可惜夜と共にどこかへ向かうのが見えたから、おそらく他の猟兵のフォローへ回っているのだろう。何も示し合わせてはいなかったけれど、彼女の聡さが、あるいは彼女の鋭さが、アンテロから彼女を遠ざけたのだろうと彼は思った。
 そしてそれは、間違いなく正しい判断だった。
 黒い甲冑を纏ったまま、アンテロはエマールと対峙する。
「綺麗だねその頭、良い香りは好きだよ」
「ふむ? 外観を褒められるとは。光栄だ」
「汚いより綺麗な方がずっと良いからね。――して、割れたら中身はどうなるんだい?」
 黒い剣を向けて、男は問う。甲冑の下の自分がどんな顔をしているのか。笑っているのかもしれない。楽しいわけではないように思うが。もしかすると、何の表情も浮かんでいないのかもしれなかった。
「割れたら死ぬだろうな。おそらく」
「おそらく、なのか」
「おそらく、だ。私が如何にすれば死ぬか。それすら私には定められていないのだからな」
 猟兵である君たちもそうだろう、とエマールが言う。
「常人であれば死に至る傷でも、命を繋げることができるのだから」
「それでも、首を刎ねれば死ぬとは思うがね……」
「どうかな。やってみないことにはわからない。我々は、真実死ぬことはできないのかもしれない」
「やってみるかい?」
「試さずとも、必ずそうなるのだろう。君と私の選択の結果として」
 選択――ここへ至るまでに何度も聞いた言葉だ。予知の中でさえ聞いた言葉。
「そう言えば、己の選択に自分が在るか、と君は問うたね」
「そうだ。今の私が問うものは一つ、それだけだ」
 エマールの言葉に、アンテロは考えていた答えを口にする。
「答えはYes、そしてNoだ」
「ほう」邪神が、指先一つ動かさずに、感嘆の声を上げた。「それはなぜだ?」
 間合いを測っている、とはわかっていた。だからアンテロも、ただ語る。
「俺は仕事をしに自らの足でここに来て、使えるものはヒトもモノも好き勝手に使って、そして君を呼び出した」
 職員が用意した車も。その運転手も。ゲームの呪術の解析をしたエンジニアチームも。パソコンもゲームも。アンテロが『そうしよう』と思って使ったものだ。
「それは俺自身の選択で、しかし同時に存続を望む世界の選択に従ってもいる」
 猟兵とは、そう言うものだ。世界が自然現象として選び出した、埒外の存在。それは、世界の『選択』であり、猟兵となるかどうかは、アンテロたち『住人』の意思に関係がない。
 つまるところ――アンテロという存在は、猟兵となった時から、世界の選択に影響されているのだろうと思う。あるいは、なる前から、ずっと。もしかすると、『世界の敵になろうとしたとしても』、世界によってそれを阻まれるのかもしれないとさえ思う。『世界を救う』という大局的な選択肢からは、決して逸脱できない。それが、自分たちなのかもしれないと。
 だが、アンテロは其れを。
「其れを俺は正しいとも、間違いだとも思わない」
 そもそも――この邪神の問いへ答えるにあたって、自分は適しているのか。そんなこともアンテロは思った。自分は、きっと『モノ』であるというのに。あの冷えた地下祭壇で己の罪を悔いて祈れと言われた時も、物に何を期待しているのかと答えた自分である。
 己の在り様は――この邪神の求めるものと合致しているのか。
 正攻法で遊んだ時、あのゲームはアンテロをどう解釈したのだろう。
(……しかしいつも、進める道は最後には、乱暴に二つだけ用意されるねぇ……)
 選択肢は数多あると誰しもが言うけれど、結局、残るのは二つだ。行くか行かないか。残るか残らないか。倒すか倒さないか。救うか見捨てるか。生きるか死ぬか。何もかも、すべてがすべて、YesとNoに集約される。
 それで割り切れるものでもないだろうに……選択肢はいつも減ってしまう。
(選べなかった方に手を伸ばす権利など、ないんだろう)
 きっと誰にも。
 何とはなしに――思い出すのは、少女の遺体。それから雪。引き剥がされる自分。
 もうどこにもない、あの冬の日々。
「俺の答えはこれで終わりだ……さて、俺たちは、ここからどうするんだい?」
「まずは、答えてくれたことに感謝を述べよう。ありがとう」
「どういたしまして」
「そして、ここから先のことだが」
 決まっている、とエマールがステッキを構えて踏み込む。それを黒剣で受けて、アンテロは、少しだけ笑った。これは邪神の選択でもあり、世界の選択でもある。勿論、自分の選択でも。
「世界を滅ぼす私と――世界を救う君で、戦うまでだ」
 おそらく結末は、彼の言う通り初めから決まっていた。
 ゲームと同じだ。ここまでの選択肢で、既にエンディングは『選ばれている』。
 たとえアンテロが負けたとしても、ここには他の猟兵が大勢居る。そのうちの一人が勝てば、この話はここでお終い、世界は一時救われる。石膏像になった学生たちは皆元に戻り、日常が戻って来る。あの不快な炎天下で、彼らは巡る季節を待つのだろう。
 ここへ至った時点で――やはり、自分たちに選択肢は二つしか残っていないのだ。
 ステッキを受けているだけなのに、黒剣を振るう腕が押され気味になる。これで殴られたら、甲冑も凹むのだろうか。そんなことを思ううち、エマールが、手首を返してステッキを押し込んだ。ヘルムを狙ったステッキの先が、眼前に迫る。それを鎧の手甲で強引に逸らせば、金色の先端が僅かにヘルムを削って背後へ抜けた。その耳障りな音に眉根を少し寄せながら、アンテロは『選ぶ』。
 たった二つの選択肢。そのうちの片方を。
「――……極夜に沈め」
 低い声で囁いて、現れるのは黒い吹雪だ。
 kaamos〈カーモス〉によって纏われたナイフのような雪が、アンテロの姿をエマールから隠していく。真の姿を解放しても――雪に紛れた自分では、輪郭の判別すらつかないのに違いなかった。黒い吹雪に襲われたエマールが、鈍く呻くのが聞こえる。
 そうして、アンテロが持っていた剣も鎧も鎖もまた、何もかもが吹雪の中に消えた。どれも、今は必要がないものだった――そう、紗の援護でさえも。
 彼女が、その話術にアンテロを必要としなかったように。

「……これも間違いなく俺の選択だろう? ミスター……」

 これは……『アンテロ自身』の『選択』なのだから。
 ふ、ふ、と邪神が小さく笑うのが聞こえた。
「私は、このゲームのシナリオを、覚えているよ」
「そうなのかい」
「ああ。一言一句、私は記憶している。あれは『彼』が確かに書いたもので、魂だった……そして、君たちの言葉も。きっと、すべての私が、君たちの言葉を覚えたのだろう。骸の海から再び現れる時、君たちから聞いた答えをすべて忘れているだろうことが、惜しい……」
「……螺旋へ続く答えには、辿り着けそうかな?」
 肌も装甲も侵食していく黒い雪に、エマールが埋まる。あの姿では、彼が朽ち果てるのにそう長くはかかるまい。
「……どうだろうか。私にはわからないのだ」
 けれど『彼』は。
「『彼』ならば、見つけるかもしれないな……」
 声が薄れて、途切れる。アンテロが会話し、戦っていたエマール・シグモンドはもうどこにもいない。どこにも。
 役目を終えておさまりゆく黒い雪の中に、青い花びらが混じっていくのを、アンテロはただ静かに見つめていた。

 ●

 ――迅は、再び電脳世界に居た。電脳ゴーグルによって作り出された仮想空間は、先程と変わらず、空虚を湛えてそこにある。既に誰もゲームをプレイしなくなっているから、不完全に織り上がった呪詛は、凪の海のように広がるばかりだった。
 彼がハッキングによって再びここへ戻ってきた目的は、一つ。
(……それを知らないと、選ぶこともできないから)
 知ること。
『彼女』のことを。作者のことを。
 そして、『彼ら』が『救われる』すべを。
『……どうして』
 だから、彼は。
『どうして……〈私〉を〈見つけ出した〉の』
「……君と、もう一度だけ、話がしたかったから」
 玖篠迅は、黒い少女と対峙していた。
 糸錘から吐き出されて、張り巡らされた呪詛の森の向こう、その暗闇に霞みそうな少女の姿を見失わぬよう、少年は真っ直ぐに彼女と向き合う。
『……』
 少女がどんな顔をしていたのか、迅には見えなかった。いや、顔が見えていたとしても、その感情を正しく理解できたかどうか。
「ねえ」迅は静かに話しかける。「俺と、もっと話そう?」
 もっと、会話をしよう。この事件の真相も、本当はちっともわかっていないじゃないか。何にも判明していない、ほんとはきっと、何にも理解できてないんだ。迅はそう思う。
 選ぶなら――それを知ってからだって、遅くはないじゃないか。
「たくさん、話をしようよ。俺は、全部聞くからさ。ううん、俺だけじゃない。レグや、他の人たちだって、みんな……きっと、聞いてくれる。そしたら、俺たちは、君たちのことが分かるから」
 そうやってお互い分かり合えたら。
「君の、君たちの……『望むもの』を見せてあげられるかもしれないんだ」
 少女が、小さく、望むもの、と呟いた。
『あなたの言葉も、感情も、理解は出来るけれど……難しいわ』
「どうして?」
『神様を召喚しているから……〈私〉は〈私〉を、うまく維持できない……もう〈物語は終わった〉の……〈主人公〉は、今この場に必要ない』
「そんなことない!」
『あなたが否定しても、〈私〉はそういうものなのよ。プレイヤーの〈選択〉を、〈主人公〉の〈私〉が集めて、重ねて。〈システム〉の〈私〉が、それを織り上げて〈私〉たちの代行たる神様を呼び出す……そういう作りなの。〈私〉たち、あなたが思っているより自動的よ』
「……じゃあ、なんで、俺たちの前に出てきたのな?」
『前?』
「最初に俺たちが聞いた予知じゃ、『君は出て来なかった』」
 返ってきたのは無言だった。それが、彼女の選択した無言だったのか、それともただ話すことができなかったのか、迅にはわからない。
「君は、もう、自分の考えで動けるんじゃないの?」
 なんで自分はこんなに、必死なんだろう。迅はそんなことを考える。説得なんて、事件の解決には関係ない。だって解決するだけなら、もっと簡単な方法があるはずなのだから。
 それなのに、迅は彼女を、彼女たちを、『どうにかしたい』。
「俺は、」
 何をすれば正解なのか、彼にもわからないけど。
(彼女がこのままなくなるのはなんでかきっとさびしいと思う)
 何もかも消えて、残らなくなってしまうのは。
 こんな想いを抱えたまま、この世からなくなってしまうのは――とても、さびしい。
「俺は……君がいなくなったら、さびしいよ」
『……さびしい? どうして』
「どうしてだろ。俺にもわかんないや」
 苦笑いを浮かべると、少女が微笑む気配がした。ほら、やっぱり、そうだ。
『彼女は此処に居るじゃないか』。
 彼女たちはみんな、みんな……まだ、『ひと』じゃないか。
『わからないのに、助けたいの。おかしいわ』
「そうかな?」
『そうよ。……じゃあ、外を見せて?』
「外?」
『ええ、外。今、あなたたちが戦っている世界のこと』
 それなら、レグのドローンが収集している情報を展開するのが一番だ。迅は朱鳥を介した念話で、『外』に居るレグに語りかける。
(レグ)
(おー、玖篠か。どうだ、いい感じ?)
(どうだろ? でも会話はできてる)
(オーケイ、上々だな。で、俺がやるべきことはなんだ?)
(ドローンの情報、貸して欲しいな。今拾ってる外の光景を、直接展開したい)
(いいぜ。持ってけ持ってけ)
 情報も機械も、使うやつがいてこそのもんだしなと言ったレグに「ありがとう」と返事をして、迅はゲームとの接続を経由して、ドローンから提供されたデータを表示する。映し出されたのは、集った人たちの、『答え』。
 ――それを見た少女が、目を、見開くのが分かった。
 輝きだ、と少女が言った。輝きだ――これは。燃える輝き。照らす輝き。閃く輝き。影を作る輝き。抗う輝き。眩い輝き。自分の輪郭まで失いそうなほどの――煌めきたち。
 目まぐるしい戦いの映像を、少女は食い入るように見つめていた。
 そうしてしばらくの時間が経って――
『……自分の選択肢に、自分が在ると思うか、って、』
 いつの間にか、少女は、暗闇からこちらへ歩み出していた。
『あの神様は……質問したでしょう』
「……うん」
『あれは、〈私〉たちの問い。〈私〉たちがあの人と出会った時……あの人に聞いたの。そして、あの神様と出会った時にも。本当に、〈私〉たちには〈わからなかった〉から。あの人はその時、難しいことを聞くねと笑っただけだったし、あの神様も、ならば他人にも聞いてみればいいではないかと言ってくれたけれど……』
「うん」
『今、わかったわ』
 戦うということなのよ。
『あの人を殺したのは私。怖くて〈選ぶ〉という戦いから逃げだした、私自身だった』
 自分の選択、それが如何様なものであれ――戦い続けるということ。
 泣きながら、少女はそう言って糸錘へ目を向ける。
『あの人をこんな風に閉じ込めたのも、他ならぬ私。私が軽蔑する私……』
『――だから、もうやめようとでも?』
 それは、多分声だった。男か女か、老いているか幼いのかもわからない声。迅は反射的に宙を見遣り、声の主を探す。
『何をしているのかと思ったが……何もかも今更だ。あの人と永劫、〈私〉はこのゲームを動かし続ける。この欠落が埋まるまで』
 その声に迅が何かを言うより、少女が口を開く方が早かった。
『埋まるはずないじゃない』
『何――』
『ここに、もう、あの人はいないんだから』
 ここに在るのはただの残骸よ、と少女が苦しげに目を伏せる。
『〈私〉は恋心よ。〈私〉が切り捨てた、私自身。〈主人公〉として永遠に終わらない恋を繰り返す、単なる部品に過ぎないモノだわ。〈私〉に恋以外はない。道具よ。ただの道具。だからこそわかる、認められる。あの人はもういないのよ。どこにも、どこにも……』
『何を言う。あの人はそこに〈在る〉だろう』
『こんなに小さな器だけ在って――中身がないのに、あの人だって言えるの。ねえ、〈私〉』
 声が一瞬、沈黙した。
『……〈私〉は〈選ぶ〉わ』
 このゲームの『主人公』は、『私』だから。
『来て』
「う、うん!」
 走り出した少女に続いて、迅も走り出す。背後で馬鹿なと呻いた声は、迅たちを追ってはこなかった。追われなくても、把握されているのかもしれなかったけれど。
 いいえ届くわ、と、不意に少女が強い口調で呟いた。届けてみせるわ。彼女が誰に何を言っているのか、迅にはわからなかった。
『――見て。術式が、不完全でしょう』
「うん」
 少女に追いつき、並んで走りながら、迅は肯定する。それは気になっていたところだ。
『あれはね、鏡のかみさまが一部を糸で引っ掛けてしまったからなの。怒って彼から逃げようとしたあちらの〈私〉が悪いのだけれど……』
「鏡のかみさま?」
『ええ。名前はわからないの。ごめんなさい』
 ゲーム画面を覗き込む人の姿と過去が多少わかるだけだから、と少女は苦笑する。
『元から完全でもなかったけれど、あれで〈私〉は少しおかしくなっているみたい。随分と感情的だわ――〈私〉が見ていたものすら、見ようとしていなかった。あの〈私〉が、把握できていないはずないの。そうならないために、私は〈ああ〉なったんだもの』
 だからね。少女が足を止めたので、迅も走るのをやめる。
『その糸をもっと引っ張って……全部壊して欲しいのよ』
 壊す。
「――そんなことしたら」
『大丈夫。神様との接続が切れるだけよ。お願い、〈私〉には見えないの。この近くだとは思うのだけれど……あなたなら、〈エラー箇所〉から場所を導き出せるでしょう?』
 迅の顔を下から覗き込むようにして、少女が微笑む。泣きそうな眉をして。
『あの〈私〉にも、あなたたちの輝きを見せてあげて』
 あれもまた、『死んで』しまったかつての『私』だから。
 嫌だ、と迅は直感的に思った。これは、嘘だ。邪神との接続を切るだけじゃない、彼女は自分たちの死を願っている。その瞬間だけは、あちらの『彼女』が外に目を向けると思っている。その見えない糸が『何に繋がっているか』、知っているんだ。それに、彼女の言葉がたとえ本当だったとしても、エマールは、自分が養分だと言っていた。
 それを断ち切ったら――結果は、見えている。
 彼女がただいなくならないように、せめてゲームが残るように、何とかできないかと思ってここへ来たのに。
(……なんで……)
 やりきれなくて、迅は拳を握る。
(――玖篠)
 朱鳥の念話で、レグが語り掛けてきたのは、その時だった。
(レグ!)
(朗報だ。そちらさんのシステムが、邪神との接続を解除してこっちで用意した『別の』に繋ぎ直していいって許可出した。だから好きに弄っていいぜ)
 それじゃあ。
 彼女たちをこのまま消えさせずに――すむのか。
 嘘、と少女が言った。あの『私』が、『選択』出来るなんて。
『そんなことが出来る存在じゃないのに……あのかみさまの糸が、〈私〉を〈変えた〉んだわ』
「……うん」
 迅は少女の言葉を肯定する。そう、変わったのだ。変えられる。
 選べば、変えられるんだ。
「ごめん」
『え?』
「俺は、壊さないな。ううん、壊せない」
 その代わり。言って、電脳世界の不完全な術式から、その場所を探す。
 彼女は、自分の選択に自分が在るかと訊いた。その答えは、迅にだってわからない。
 けれど。
 彼女がただ消えてしまうのを、さびしいように感じる気持ちは。
 この、嬉しさは。

(――俺のものだと思いたい!)

 書き換えるのは、見つけたエラー箇所だけではない。元の形を壊さないよう気を付けながら、外の情報を、『彼女たち』に見せられるように変更を加える。このゲームが、ただ『ゲーム』とだけ機能するように。呪詛から解き放たれた、一つの作品として存在できるように。
(……あ、)
 そしてその途中、埋もれた小さな記述を見つける。それは、ファイル作成者の――『名前』だった。
「――ねえ。俺、君たちの名前が、」
 多分、わかったよ。
 少年の言葉に、少女は笑って。

 ●

「変わって――ゆくのだな」
 エマールが、そんなことをぽつりと呟いた。
「そうだよ」
 壁に映し出された影のように数多現れては死んでいく邪神、そのうちの二体と、綾と共に対峙したまま、花世は答える。
「変わるんだ、全部。そして終わる――ゲームには、エンディングがあるものだから」
「そうか……そうか」
『彼』は先へ進むことが出来たのか、私よりも『彼』の方が永遠を望んでいたのに。その言葉は、何の感情もなく乾いているようにも聞こえたが、別のものを含んでいるようにも聞こえた。花世にはそれを、正しく捉えることはできなかったけれど。
 エマールが静かに言う。
「……聞かせて欲しい」
 何を――とは、最早問うべくもなかった。その問いのために自分たちは集められて、終わりを迎えようとしているのだから。
「――わたしは、空っぽなんだよ」
 薄っすらと笑ってそう告げる。右目から生えた八重牡丹――絢爛たる百花の王が、言葉に合わせて動く頬に触れて、その慣れた感触を花世に伝える。真実、何にもないのだ。さっき綾は、己のことを『ひと』ではないいのちだと称したけれど――彼がつくりものだと言うのなら、花世は、からっぽのいのちだ。女にはなにもない。なにも。ただ、そこにあるだけのいのち。いつだったか、鏡に映る理想の姿を見た。右の眼窩に、薄紅の眼球が一つ、きちんとおさまった、ひとりの女。平凡な、ただひとりの。
「そんなわたしが、『自分』だとか……本当は言えやしないんだ、きっと」
 あんなものさえ望むことができやしない、『うつろ』が自分だ。
 何の望みも、何の欲もない。全部が全部仮初の、借り物の、それが自分。境花世という、あるいはその名前すらも偽りかもしれない女のすべて。だから彼女はあの時、それを嘲笑ったのだ。
「……でもね」
 それなのに。
 そんな女の、この、記憶も愛も何も掴めない指先で。
(ただ咲いただけのいのちだけど)
 ――自分の意志で道を切り拓いていく姿は美しい。
 花世は、ゲームをプレイしながら、綾の言ってくれた言葉を思い出す。こんな空っぽの自分が選んで、進んで。満たしたあの、あえかな夢の道程を、彼は美しいと言った。
「そんなわたしの……選択を、綺麗だって褒めてくれたひとがいるんだよ」
 だから――と花世は思うのだ。
 流れゆく川に花びらが散るように、ひととき色づいて世界を彩るものになれたなら。
 あの時咲いた小さな花を、きみがうつくしいと解釈してくれるなら。
(それを『わたし』にしたいと思うんだ)
 こんなわたしが選んだ結果を、美しいと言って、頼もしいと言って。
 からっぽのいのちに、かたちを与えた。花に名を与えた。
 自分勝手にそんな『わたし』をわたしに押しつけた神さまは、まるでひとの顔してのんきに笑ってる。怠慢で自分勝手で無責任ないきものだって、『ひと』を、そして自分までをも評しながら――欠けた香炉の神さまは、穏やかに、今もわたしの隣で息をしてる。沢山の青い薔薇の花びらで邪神を埋めて。自分が隣の女に何を与えたのかも知らないで。
 それでも。
「そのひとの姿を」
 きっといつか砕ける、永遠ではないその姿を。

「――まだ見ていたいと、わたしが決めたよ」

『わたし』じゃなくて。
 この、空っぽのわたしが。
 あかいだけ、あまいだけ。囁きと共に、花世の身を苗床に花が咲く。薄紅色の八重牡丹。こぼれるように咲き誇る、絢爛たる百花の王が、血と断末魔を啜ろうとその花びらを舞わせていた。
「意味なんてなくていい、操られてたっていいよ」
 爛漫に咲く牡丹の花に、ひとの形さえも曖昧になっていく。けれど、踏み出すためのその足だけは、確りとして失われない。
(わたしが、今、きみの隣で楽しいことは、)
「世界中の誰にも否定させやしないから」
 凛として言い放つ花世に、エマールが言う。
「それもまた、変化か」
「良いだろう。この物語は、ゲームは、恋心に始まって恋心に終わるのだ」
 すべては恋の話だった。邪神の言葉に少しだけ笑って、女は一歩を踏み出す。
 さあ、呪詛を切り裂きに、道を拓きに行こう。二体のエマールが女を屠るべく、その杖を薔薇へと変えた。二色に入り混じる花吹雪、そのただ中で、大輪の花の如き女は舞い踊る。切り裂かれる女の身を、花が啜った。踏み込む花世の牡丹の花を、エマールが避ける。エマールの吹雪が、花世を強くする。
 嗚呼。
 花が、たくさん、舞っている。
 この自分の気持ちは――はたして、邪神が言ったように恋と呼ばれるものなのだろうか。
 心は花に似ている、と女は思った。似ている花でも、種が違う時は、往々にしてある。
「かよさん」
 薄紅の花に呑まれて輪郭を失いつつある女の耳に、随分と聞き馴染んだ男の声がした。
「あなたは、私が」
 短い言葉と共に、女の背後から、また別の青い薔薇が踊って、邪神の動きを鈍らせる。守りますとも言わない。言う必要がなかったのか、それとも、言わなかったのか。それすらわからない、ただそれだけの言葉。たった、それだけの言葉だけれど。
「――ありがとう」
 花世は、やはり、嬉しいのだ。
 女は真っ直ぐ手を伸ばす。邪神の血を、命を、断末魔を、その花に吸わせんと。邪神もまた、嵐の勢いを増して、彼女を屠らんとする。変化だ、変化――わたしたちは、変わっていく。望もうと、望むまいと。
 ――削っても削っても、終われないけど。
 あの暗い世界でも、似たようなことがあったな。女はそんなことを思う。あの時も、擲つ自分の体を、綾が花筐で守ってくれた。
 きみが守ってくれるから。
 きみが死なせてはくれないから。
 きみが、与えてくれるから。
 きみが――かたちをくれるから。
(わたしは、)
 花世は更に花を咲かせて、綾の花筐に動きを止めたエマールたちの方へ、強く踏み込む。薄紅の花弁が渦巻いて、邪神を喰らった。こぼれ落ちて崩れゆく花世と同じように、邪神たちの輪郭もまた、薄紅に覆われて壊れてゆく。
 彼らと違って、花世がそれでも『わたし』を持っていられるのは、何故か。
 多分……彼女は解っていた。
「……きっとまだ、此処に在るんだよ」
 明日のわたしがどんな形をしているか――花世にはわからないけれど。
 綾が、明日の一頁を望むから。
 わたしの、明日をも。
「……うつろにも」エマールの、最期の言葉。「芽生えるものは、あるのか」
 ならば、いずれ、破滅の中にさえ。
 薄紅の花びらと、青い花びらの中に、邪神が埋まっていく。楽しい時間だった、と邪神が言った。夢のような時間。
「……さようなら〈アデュー〉だ、素晴らしい猟兵たち。そして、螺旋の明日へと至った『君』よ。これはきっと、永遠の別離なのだから……」
 エマールは、それだけ言って、完全に沈黙し――消えた。最終的に何体へ増えていたかも最早わからぬ邪神は、砕け散った幾人ものエマールたちは、最初から何もなかったかのように、姿を消していた。今や立っているのは、存在しているのは、猟兵と。それから、彼らの見つけ出したゲームだけ。
 どこにもいない。
 エマール・シグモンドは、もう、どこにもいない。
 増殖する邪神の最期は、そんな呆気ないものだった。
「――あ」
 何時間ゲームをして、何時間戦っていたものか。もう、よく覚えていないけれど。見れば、ペンションの窓の外が、薄青く光り始めていた。
「見て、綾」
 男の袖を、なんとなく引いて、指し示す。
「夜明けだ」
 本当ですねぇ、と、綾が微笑んだ。
「ああ――夜明けだ……」
 明日が来る。
 そして、それは、今日になる。

 繰り返しではない、今日になる。


 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年12月20日


挿絵イラスト