《001》草原 ⇒ 集落
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
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幾重にも重なる轍に踏み荒らされた柔らかい土があった。
そこにかつて茂っていた雑草は踏み荒らされ、
土と綯交ぜになって新しい雑草の養分になっていく。
直進の跡。
カーブの跡。
急発進の跡。
急停止の跡。
ドリフトの跡――
こと“運転”に関するありとあらゆる痕跡が、その大地に刻まれていた。
その轍の中に、一冊の運転教本が捨てられている。
もう教わることは無い――そんな確信、
或いは、諦観のような感情が込められているように見えた。
同じ場所を執拗に這い回る轍の中で、ただ二本だけ彼方西の方へ伸びている。
その先、終点、あるいは動点に一台の車が走っていた。
名前は『セルヴェノム』
ある先進国で数十年前に覇権を競った装甲車――
――それを、中心で両断して延長した、要人送迎用の高級車《リムジン》だ。
黒塗りで細長く、窓から強い光を発する姿はまるで深海魚の様にも見えた。
運転席では一人の女性がシートベルトを回し、
しっかりとハンドルを握って進行方向を睨みつけている
端正な顔立ちに防寒、防刃のフード付きの高級な黒いコートを纏い、
中には同じく防弾仕様のベスト。下には白いテーパードパンツを履いている。
髪は臙脂色に金が混ざると言った、独特な色合いだが、
彼女の生まれた国では国民の九割九分は同じ髪色だった。
とある事情で“長い旅”に出ることになった彼女は、
今は何処かに居るであろう探し人の為に、車を前へと走らせている。
まだ求める人間は見つからず、彼女は今日も旅を続けている。
“出発”から数時間――スピードメーターは、まだ50から先を示すことは無かった。
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ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
草原を一台の車がひた走る。ゆっくりとした走行は、地形のこともあるが何処か不慣れな要素も孕んでいた。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
アクセルを踏みしめず、浮かせもせず。足の裏でアクセルの戻りを抑えるようにゆっくりと車を走らせる。“安全運転”――と言うには、この草原には気を付けるべき危険は皆無だが、とりあえずは先に捨てたばかりの教本の教えに背くべきでも無いという判断だった。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
危険――障害は無い。とはいえ、他に何かがある訳でも無い。具体的には、道路も道標も何も無い。凸凹とした道とも言えない道を踏みしめて、サスペンションは大きく上下する。向かうべき先は、右も左も景色は緑の絨毯に変わりなかった。けれど、それでいい、と思った。どうせ地図も無く、目的はあっても目的地は無い。漂流するように流れ着いた先で見つかるものがあればいい――と、車の中の新米ドライバーはアクセルを踏みしめる。動物の巣穴か何か――窪みにはまり込んでいたタイヤが、唸りを上げて停滞から抜け出した。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
数時間後――夕方、やや夜寄りだろうか。精神的な疲労を覚えて、車を止めた。野宿の必要は無い。運転席から降りて、後部座席の扉を開けば、そこには高級なバーの一室を切り取ったかの様な客室が控えている。ベッドは無いが――そこらのベッドに勝る程に心地良さを追求された、囲むように大きなソファが車内側面を覆っている。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
地平線、草原の果てに一つの光が、たった今付いたらしい。おそらくは――夜の始まりと共に。つまりは――
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
人差し指と中指を使って細い隙間を作り、遠くの景色を覗き見る。そこには――モーテルのような低く長細い建物と、細い高木の様な看板が光っていた。古く、小さい。そして、舗装はされていないが踏み固められた土の道が建造物の側を貫いている。繁盛は、しているように見えなかった。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月18日
女は、何も言わず運転席に戻り、ヘッドライトを光らせて、今日の走行距離をほんの数百メートルだけ延長させた。▼
アマータ・プリムス 2019年8月21日
モーテルには先客がいた。まるで置物の様に寂れたモーテルの片隅に鎮座する一体の人形。明かりもないそこで人形はただ一体、なにもせずにただ座っていた。目を瞑り座るその様は切り抜かれた一枚の絵画の様だった。▼
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
道なき道から現れた一台のリムジンが、土煙の立つ荒々しい幹線道路を横切ってモーテルの入口前方に広がる駐車場へ突っ込んだ。小さなモーテルには不釣り合いな程に広い駐車場だったが、止まっている車は四、五台といった所だった。白線の代わりに縄の敷かれた駐車スペースに、速度を落として頭から駐車する。車止めの枕木にタイヤがぶつかってがくんと揺れた。ブレーキを踏んで停車する。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
胴を寸断され、豪奢な客室を挟み込んで延長されたリムジンの車長は尋常の物では無い。当然扱い方は教本に載っていなかった。距離感の掴みづらいバックの扱いは、周りに物があってはとても試す気にならない。駐車区画を表す荒縄の四角は従来の車長を想定して余裕を持たせてあったが、そんな余裕は無惨に失われ、不細工に尻を突き出す高級車の姿がそこにあった。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
車幅を区切る荒縄の平行加減から、車の向きが五度程ズレてることに運転手は気づいていたが、あえて無視して車から降りる。鍵は離れると自動的に掛かった。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
モーテル――自動車運転手の為に設えられた、簡易の宿泊施設。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
そのモーテルは二階建ての平べったい建物だった。二階、おそらく客室――を隔てているであろう規則的な窓ガラスは、二部屋分ほど明かりが付いていて、残りは闇に染まっている。一階ではダイナー、あるいは酒場のように見える広い部屋が外からでも見て取れた。入口と接続しており、宿泊客も通りすがりも利用できるらしい。一部の客層の喧噪と煙草の匂いと煙が漂ってくる。料理のそれは、この距離で感じられない。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
もとより、クオリティには期待していなかった。料理――だけでなく、設備だけで言うなら、このリムジンの客室の内装の方が、グレードは三段階も上だろう。この先、何かしらに行き詰った時には入ることもあろうが、旅は初めてまだ間もなく、あらゆる面で現状は充実しており、正直今日をここで過ごす必要は無い。ただ――
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
目に見える物を無視するのは、これからは――やめようと思っただけ。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
立て付けの悪い扉を開くと、煙の香りはより一層強くなった。低い天井の下に居たのは、喧噪の中心――幾何学的な模様のタトゥーを入れた体格のいいバイカーたちに、姦しく食事を楽しむ同性のカップル。世捨て人風のとても大きなボロボロのリュックを背負った旅人風の男や、絵画のような雰囲気を持つ清潔そうな身なりの静謐な女性。近代的なヘッドセットを被った赤茶髪で痩身の男など様々だった。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
絡まれるのも億劫だったので、なるべく静か目で落ち着ける席を探すと、カウンターの端近い席に座る。珈琲とサンドウィッチを注文すると、欠けたコップに水が注がれて出てきた。一口付けると、女はそこで初めて一息付いた。
ユーヴァ・イラスキ 2019年8月24日
そう独り言ちると、人を追っていた目は他所に流れ、壁に掛かった料金表の中から、グレードの一番マシ――高い部屋を探し始めた。▼
アマータ・プリムス 2019年8月30日
人がだんだんと集まってきた。人形は読みかけの本に栞を挟みトランクへと仕舞う。なぜかトランクがカタリと揺れるがそれはいつものことなので気にしない。
アマータ・プリムス 2019年8月30日
何も注文もせずに座り続けた客が立ち去り、周囲は些細な違和感を感じるがそう言うこともあるだろうと何故か納得して歓談に戻る。まるでここに何も飲み食いしない人形がいるのが当たり前かの様に。
アマータ・プリムス 2019年8月30日
―――壁に掛けられた料金表の前には先客がいた。臙脂色に金が混ざる独特な色の髪をした女性。その佇まいから一瞬性別を間違えそうになるがあの骨格は確かに女性のモノである。先客の隣で今夜の部屋を探す。表の中から選ぶのは―――最もグレードの低い一人部屋。人形が休むには十分ということだろう。▼
ユーヴァ・イラスキ 2019年11月16日
隣の客に目を見遣る。客の内で、何処か場違いな、清潔そうな身なりをした人間だった。人間というには、人間味の無い。機械的な印象を受けた。
聖職者か、教師か。勝手な想像をする。或いは、医師だろうか。物を知っていそうな印象を受けた。もしかしたら――知っているのかもしれない。求めている、答えを。
ユーヴァ・イラスキ 2019年11月16日
だから意味も無く、そんな、適当な質問を擲った。▼
アマータ・プリムス 2020年1月7日
『どこから来たか』
―――ええ、ちょっと別の世界から
などと言えば普通はどこからどう見ても頭の幸せな人だろう。しかしこれまでの経験から人形は自身が普通ではないことは十二分に識っている。とはいえそんな答えを求めて語り掛けられているのではないのは百も承知。
アマータ・プリムス 2020年1月7日
「とう――いえ、私ですか? 私はここからしばらく行った先の街から。旅をしているのです」
一人称などさほど気にしないとは思うがここはいつもの一人称ではなく外向けのものを使う。トランクが再びカタカタと揺れるが軽く足で小突くと静かになった。
アマータ・プリムス 2020年1月7日
旅をしているというのは嘘ではない。
―――ちょっと世界を股にかけているだけ。
この先の街からというのも嘘ではない。
―――ちょっとここに来る前に寄っただけ。
「貴女もですか?」
半ばわかりきった質問をする。こんな場所にこんな時間にいるのだから問いの答えはわかりきっている。だからこれは識りたいがための問いではなく、ただ機械的に、問われたから問い返しただけの問い。▼