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【1:1】蜀葵、雨仕舞

都槻・綾 2019年7月7日


今時季に降る長雨を「梅雨」と詠うようになったのは、
さて何時の事であろう。

梅の実を集めて酒に漬ける、そんな作業もひと段落した或る日。
甕の中でころころ転がるまぁるい果実を微笑んで眺め、
そっと暗所へ仕舞い込んだところで、
店の方から人形の呼ばう声がする。

客だろうかと顔を覗かせれば、まこと雅なる麗人の姿。
「こんばんは、いらっしゃい」

降雨の湿気で幾分か蒸す今宵。
なれば開けたところへ案内しようか。

そうして招いた先は、几帳の先の店主の仮住まい。
庭に面する縁側。
しっとり降り頻る小雨の中、立葵がすっくと天を仰いで咲いている。




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都槻・綾 2019年7月7日
(小さな池に張り出した縁側の下、室内のあわいひかりを反射して時折きらきらと煌くのは、鯉游ぎし漣の所為。山を模したとか、適当に石を積んだら苔むしたとか、謂れのよく分らぬ景観ながらも、「四季折々には様々な花が目を楽しませてくれるのですよ。今は、ほら――、」店主の指差す先、上端まで花穂の生った唐葵の紅が、実に見事に咲き誇っていた。)
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都槻・綾 2019年7月7日
天辺まで咲いたなら梅雨が明けるとうたわれておりますね。開花は長雨の入りを告げるという、面白い花です。あなたは雨はお好き?(温かな茶を振る舞いながら、傍らへと腰をおろす。)
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紫丿宮・馨子 2019年7月9日
(指さされるままに、天を目指す鮮やかな紅を見上げ、ほぅ、と感嘆の息を漏らし)……美しいものは雨の中であれ、陽のもとであれ、夜の帳の中であれ、美しゅうございますね……(傍らの気配へと視線を向けて、ほんの少し、瞳の漆黒が思案に揺れる)……そうでございますね、香りを気にせずとも良いときならば、こうして一方的に見つめるのも、身体で受け止めるのも、吝かではございません――雨に限らず水は、香りを洗い流してしまいますから……(香りに縁のある立場としては、少々複雑そうに述べた)
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都槻・綾 2019年7月11日
えぇ、誠。雨の中でも、斯様な宵でも。あなたの美しさは些かも霞みませんね。(穏やかに笑んで再び立ち上がると、彼女に雨滴が掛からぬよう、御簾を少しばかり下ろす。視界は遮られることはない、風を凌ぐ程度。)御名前の通り、馨へ深い想いがおありのご様子。「香りを気にするとき」は、どのような折でしょう?
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紫丿宮・馨子 2019年7月12日
あら……お上手でございますね(告げつつさり気ない気遣いに視線で感謝を示し、問に小さく首を傾けた)……ふふ、それは意地悪な質問にございますねぇ(背中合わせの意図を示す問いに、くす、と口元を綻ばせ)そうにございますね……今は己のみの香りを纏うことが常識や嗜みとされる時代ではありませんから、強い香りにならぬよう、配慮はしております。元々、香ならば香水と違い、あまり強い香りとはなりませぬが。動物と相対するときや、香を楽しむ場では、香を焚きしめていない衣を着用いたしますね。あとは、匂いがつくことを厭う方がいらっしゃる可能性のある場では、香を焚くことはございません。お借りした部屋であっても(息をつくように言葉を切って)
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紫丿宮・馨子 2019年7月12日
そして……別の意味でございましたら……やはり、自身の存在を引き出すしるべとしたいときでございましょうか。一葉の文から、差し出した手巾から、目の前にいないわたくしの事を思い出していただきたい……そんな時にございますね。古き考えやもしれませぬが、文香として香りを添える文化もまだありますれば、受け取り手の印象にも残りましょう……(ただ、香りの好みはありますから難しいところも、と付け加えて)
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都槻・綾 2019年8月3日
(器物であった頃から続く、ひとよりずっと永き生。移り行く「時代」を、記録や口伝えではなく直に目にして来たからこその彼女の語らいは、香り立ちの変化をも思わせて――焚き染めた香が次第に彩りを変えるよう、人々の暮らしも歴史も動いていくものだ、と改めて感じた。)(続く言葉に、おや、と眦を緩める。)差し出す文に手巾、其の、行方。思い描いて欲しいと恋うる想い人が居らっしゃるのでしょうか。
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紫丿宮・馨子 2019年8月5日
(隣のお方の問いに、一瞬動きを止め、のちに小さく首を傾げて)……その問いには、なんとお答えしましょうかねえ……(しばし思案の間、雨音だけが響いて)……思い出して欲しいと思うのは、何も恋愛だけにございませぬからね。ここに集われる方々……もちろん都槻様にも、折に触れて思い出していただければ光栄にございますれば(告げて、再び言葉を切って)
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紫丿宮・馨子 2019年8月5日
……、……、恋愛の類の情に憧れはございます物の、長い間問題を抱えて参りましたものですから、それに触れると長くなってしまうのでございます(困ったように笑って)……都槻様さえよろしければ、お話しするのもやぶさかではございませぬが、その前に……確認させてくださいませ。……あなた様も、香りとは無縁ではない方とお見受けいたしますが……?
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都槻・綾 2019年8月9日
「思い出して欲しい」と思って頂けるうちの一人であるのなら、此方こそ光栄の限りです。私宛の文を書いて下さる間は、其のひとの心が私で満たされているでしょう。独占したようで、嬉しいですよ。なんて、(吐息のような笑みを零して、茶器を手に取ると一口含んだ。まろい茶の香りが雨の只中でもふわりと立つ。)
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都槻・綾 2019年8月9日
長き物語は尚更興を誘いますねぇ、とは言え、あなたが問題と仰るものを覗こうとするのも無礼でしょうか。もしご不快で無ければ是非――、(続く「確認」へ、ゆるり、首を傾げ乍ら、)えぇ、そうですねぇ。私も香と縁深い。ご覧になります?(衒いもなく、さらり。)
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紫丿宮・馨子 2019年8月10日
文をしたためてくださる間、読んでくださっている間、贈り物を選んでくださっている間、などは……ふふ、そうにございますね、その方の中の自分の占める割合が増えているのでしょうから、うれしゅうございますね。写真を見たとき、他人から名前を聞いたとき、そして香りから……普段は忘れてくださっても良いのです。きっかけがあれば思い出してくださるのならば(ぽつり、と零し、小さく微笑んで)
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紫丿宮・馨子 2019年8月10日
わたくしは不快ではございませぬが……あまり明るい話ではございませぬので、苦手でしたら仰ってくださいませ。今ならまだ、間に合いますから(寂寥を隠すように悪戯っぽく笑い)……あら……(向けられた『答え』が意外だったのか、僅かな間をおいて)……ええ、拝見できるのでございましたら、是非に。
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都槻・綾 2019年9月27日
どのような話でも、お聴きしたいですよ。あなたを形作るものなのでしょうから。(戯れの笑みの奥に寂しさも覗いた気がして、柔い布で包むよう穏やかに微笑む。)(首肯にひとつ頷き返し、暫しお待ちを、と腰を上げた。)(程なくして艶絹の巾着を手に戻り、丁重とも乱雑ともいえぬ、極々普通の扱い方で彼女の前へ差し出す。ことん、)箱は何処かに行ってしまったのですけれど。探せば見つかるのかもしれませんが、ほら、何せ舗があの有様でしょう。(まるで古書屋かとも思しき店内には、様々な品々が溢れかえっていたから。)
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都槻・綾 2019年9月27日
(布擦れの音を立てて結ばれた組紐を解く。背から零れ届く灯りに、青磁の器が濡れたように光を弾いた。透かし彫りの花弁に、鳥や花の立体造形。様々な技法が取り入れられ描かれた花鳥風月は、然れども羽搏くはずの片翼が、欠けていた。)
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都槻・綾 2019年9月27日
元はなかなか見事な香炉だったのでしょう。(他人事のように告げて、小さく笑む。)此方が文字通りの器、私は、いのち。ご想像にそえましたか?
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紫丿宮・馨子 2019年10月13日
それでは、のちほど、お話させていただきましょう……(その穏やかな笑顔に、笑みを返して)

(『それ』が姿を表す様子を、静かにまじまじと、見つめている)
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紫丿宮・馨子 2019年10月13日
(手を伸ばすことはせず、顔を近づけるようにしてじぃ、とその香炉を眺める。細工や絵を観察するように眺めてのち、視線を彼へと向けて)
……ふふふ……いえ、失礼致しました。香炉、までは予想しておりましたが、その材質が……(紡ぎつつ、自身の反対側に置いていた風呂敷包みを彼との間へと置いて)
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紫丿宮・馨子 2019年10月13日
普段は、ヤドリガミの集まる旅団にて保管をしていただいているのですけれども。
(告げつつゆっくりと風呂敷包みを解くと、紐で縛られた四角い箱が姿を現す。
 そっと、紐を引いて。上蓋を取り去って、箱の中へと両の手を入れる。ゆっくりと持ち上げられたそこには、経た年月は隠せないものの、手入れが行き届いているおかげでかつてほどではないが美しさを保っているものが。
 彼の取り出したものとは形が違うが、青磁の品であることは容易に知れて。彼女が生きた時代にはまだ伝来していないはずの、そしてその時代に作られたものにしては細工が精緻なそれ)

こちらが、わたくしでございます。
形状としては火取り香炉にございますれば。
(材質まで同じとは予想していなかったのか。思ったより親しいモノである彼に、心の壁が薄くなってゆく)
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都槻・綾 2020年1月4日
(並ぶ二人の笑みが咲く場に、並ぶ二つの香炉。似て非なるが確かに近しい。「――おや、」茶椀を拝見するときのよに手をついて左右から其の美しき造りを眺めた。やぁ、眼福。)……ふふ、斯様な御縁を何としよう。歩みは違う筈ですのに、旧き友に再会したような心地がします。(ふと、思い描いた。「長い間の問題とは、」と、口を突くまま、)あなたの――香炉の嘗ての所有者様に関わるお話でしょうか。
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紫丿宮・馨子 2020年1月19日
……そう言っていただけると、わたくしも嬉しゅうございます……(柔に笑めば、匂い立つように)
不思議なご縁にございます。わたくし、このご縁に導かれてこちらの戸を叩いたのでございましょう。
(問いに微かに沈黙し、のち)……はい、そのとおりにございます。どこからお話すればよいのやら……(かつての持ち主の人数は少ないが、来歴が特殊である自覚はある)
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紫丿宮・馨子 2020年1月19日
これは、わたくしの意識が芽生えるより前の話なれば、のちに持ち主様が語るのを聞いたのみでございますが……(断りを入れて)
……わたくしの本体は、平安時代――未だ、青磁が伝来していない時代の日本に、手違いでやってまいりました。
国が派遣した船だったのか貴族の私的貿易船だったのかはわかりかねますが、大陸から日本へ戻るその船に積み込まれた荷に、わたくしの本体が紛れ込んでいたのでございます。後で調べたことにございますが、大陸であってもその時代、わたくしの本体ほどの鮮やかな色と精緻な細工の青磁器は、まだ存在しなかったとか……(自我が芽生える前の話ゆえ、あまり知らず)

日本で積荷の中からわたくしの本体を見つけた方が、あまりの珍しさと美しさに時の左大臣へと献上したそうです。そしてその左大臣が孫である姫宮様へと献上し、姫宮様がわたくの初めての持ち主となりました(そこまで告げて言葉を切った)
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都槻・綾 2020年2月16日
(語られる来歴は、まるで絵物語のよう。場面場面を脳裏に思い描くだに鮮やかにうつくしく、当時の人々の驚きや感じ入る声まで聞こえてきそうな気がして、ふわふわと笑んだ。)其れは素敵な偶然の訪い――いいえ、きっと必然のことだったのでしょう。物事に意味をなさぬことはありません。姫宮様があなたの、(「其の、御姿?」と軽く首を傾げて問う。)
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紫丿宮・馨子 2020年2月17日
(目の前の彼の笑みに、一瞬目を細めて)必然――貴方様がそうおっしゃってくださるのならば、そうなのでしょう(ふふ、と小さく)
……ああ、わたくしのこの姿は……わたくしの三人の主、姫宮様、その娘のちぃ姫様、更にその娘の宮様――女性の方ですが、姫宮様との区別のため便宜上こう呼んでおります――のお三方を足して三で割ったようなものでございますね。十二単……女房装束を纏っているのは、わたくしは姫宮様がたにお仕えしているつもりだからでございますね。
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紫丿宮・馨子 2020年2月17日
……申し上げた通り、姫宮様はちぃ姫様が入内なさる時にわたくしをお譲りになり、ちぃ姫様は宮様が先帝の娘として今上帝に入内なさる際にわたくしをお譲りになりました。わたくしは、三人の姫様の嫁入り道具としてお側においていただきました。
けれども……(どこか遠くを見るような目をして)わたくしは、わたくしの本体は、あの時代では珍かすぎて。必要以上に人の心を、惹き付けすぎて。
わたくしをそばに置いていた――ただそれだけの理由で、宮様は……わたくしを強く欲した者に、、、、、呪殺されました……(その、常軌を逸した、妄執じみた愛に身震いし。傍にいただけで主を死に至らしめる原因になってしまったという罪、それは愛と強く結びついて離れず……ヒトと深く接触せぬようにと、無意識のうちに線引しながら、長い時を過ごしてきた、とぽつり)
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都槻・綾 2020年2月18日
何れの主様も大層麗しかったのでしょうねぇ。(眩げに双眸を細めての賞賛は、勿論眼前の姫君への賛辞でもある。きっと華やかな宮中に於いて尚匂い立つほどに。)(そう、――「其れ故」、)
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都槻・綾 2020年2月18日
……我々は「器」です。物に罪などありますまい、……なんて、上辺は幾らでも繕えますけれど、容易く割り切れるものでは無いのが「想い」ですから。斯様にヒトガタとして顕現した以上は咎も請け負わねばならぬのかもしれず。(淡く笑んでいらえる。悲しく、苦しく、そして――寂しかったでしょう、と。)其の方は宮様を弑したのち、あなたを手にしたのですか?
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紫丿宮・馨子 2020年2月22日
そうで、ございますね……お三方ともとても美しく、心映えも素晴らしい方でございました……たくさんの女房たちにも慕われて……(だからこそ、20代なかばで宮様の生を終わらせてしまったことが、、、)
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紫丿宮・馨子 2020年2月22日
――……(かけられた言葉に応じられたのは、泣き出す直前のような微笑みだけで)
……だから。だからもう、誰も不幸にしないように。誰にも愛されぬように。誰も愛さぬように――そして、わたくし自身があの男のような愛し方をしてしまいそうで怖くて……(上辺だけの付き合いを、千年を超える時のあいだ……)
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紫丿宮・馨子 2020年2月22日
……いいえ。わたくしはあの男の手には渡りませんでした。
わたくしは……(言葉を切ったのは、喉の奥が酷く乾いて声が出なかったから)
……わたくしは、宮様が息を引き取ったその瞬間に――肉体を得たのでございます。
宮様が床につかれた原因があの男の呪詛であると知りながら、伝えるすべは持たず。すべを得た時にはもう……遅かったのでございます。
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都槻・綾 2020年2月22日
呪詛はいつか還るもの。件の男にも何らかの形で返呪はあったことでしょう。然れどあなたもまた――あなた御自身を呪っていらっしゃるように思えます。(千年の孤独という牢獄は、花と散るより昏かろう。)
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都槻・綾 2020年2月22日
私達は誰かの心や魂を映す鏡でもあるのかもしれません。職人の、次いで持ち主の、ひとの手から手へと渡る旅路で、器であるが故に積もり行く想いは、時に己のものか他者のものかすら定かではない。だから怖いと感じることも、然りなのでしょう。――それでも、
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都槻・綾 2020年2月22日
(ねぇ、と柔らに笑って、)勿体ない、と思うのです。(まみえる世はいつでも新鮮で、限りなく深く広い。己がどれ程に小さきものなのかを知らしめられる時、世界がより一層うつくしく耀いて見える。まるで、雨上がりのように。)
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紫丿宮・馨子 2020年2月24日
……!!(自らを呪っている――その言葉は正鵠を射ていて。視線を落として瞼を閉じれば、はらり、泪が落ちる)
……それでも、……それでも。
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紫丿宮・馨子 2020年2月24日
わたくしはきっと、この楔より解放されてはならなかったのです。

――けれども。解放されていた間、これまでに見ようとしなかったもの、見ることが出来なかったものをたくさん見ることが出来ました。
これまで知らなった――知ろうとしなかった気持ちを、知ることが出来ました(それは良いものばかりでは、ないけれど、)

だから――……また、蓋をしてしまったほうが、頑なに閉じて鍵をかけてしまったほうが、このように、箱の中に閉まって厳重に封をしてしまったほうが……(自身の本体を手に取り、元々入れていた箱へとしまいこんでみせる)
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紫丿宮・馨子 2020年2月24日
世界が美しく見える――そんな幸福なうちに、いっそのこと……(割れてしまえば、なんて、せっかく出会った同胞に対しては、口には出せぬけれど)

……失礼いたしました。まったくもってヒトの身は、ヒトの心というものは難解で御しがたく。こんなにも自身の感情に振り回される日が来るなんて、思わなかったものでございますから……(そうならないように、自身を呪詛で塗り固めていたから。戸惑いと心痛に、どう対応していいのかわからないだけである)
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都槻・綾 2020年5月4日
(黙して聞き入り、そっと手巾を差し出した。雨に紛らわすことも出来たけれど、零れた泪は珠玉の煌きに思えて。痛みを知り、悲しみを知り、恐れを知り。新たな出会いに揺らぎながら、戸惑いながら、己を呪して責めながら、想いなど無ければ覚える筈の無かった苦しさを、其れでも彼女は「けれど」と打ち消したから。)
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都槻・綾 2020年5月4日
(欠けた翼の香炉を手に取る。柔らに笑んで軽く撫ぜつつ「あなたの器を壊しましょうか、」と躊躇わずに口にした。)
馨子さんが誠に其れを望むときには。ですがあなたは――うつくしいばかりでは無いことを知りつつ尚、此の世界を「絶望」ではなく「幸福」と評した。だから。どれほど感情に惑っても、恐れても、躓いても。未来を、明日を、歩んで欲しいと――願っていても良いですか。
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紫丿宮・馨子 2020年5月19日
……、……(差し出された手巾を、震える手で受け取って。そっと、目元に当てる。手巾に移った仄かな香りは、己の纏うそれとは違うもの。けれども不思議と心地よく)
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紫丿宮・馨子 2020年5月19日
(だからこそ、紡がれた言葉に驚いて。目元を手巾で覆ったまま、彼の人の言葉に耳を傾ける)

――……、――……(どう言葉を発してよいのか惑い、口を開いては閉じて、しばし、のちに)

わたくしは、もうしばらく、歩んでみることにいたしました。
わたくしはもう、以前のように『独り』には戻れず……いいえ、それを許してくれぬ方々の心が、見えざる手となって、わたくしの袖を引いてくださっているのですから……(もちろんあなた様もそのお一人で、と視線で告げて)

それでもわたくしが。
……希望も望みも全て無くしてどうしようも無くなってしまった時は――……(紡ぎかけた言葉を切った。だってこんな役目を押し付けてしまうのは、わたくしの自己満足でしかないでしょう?)

――……わたくしも、あなた様が行く未来を寿ぎ、それが幸多きものであることを、願っても良いですか。
(同胞だからこそ、頼むことは出来ない。そして、その未来を祈りたい)
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都槻・綾 2020年5月20日
(向けられた眼差しに瞬いて、ふわりと笑む。)
――ありがとうございます。
私達は盟友のようですね。互いに互いの幸いを願う、けれど何故でしょうか、枷には感じないところが。
あなたが祈ってくださるのですから、私はとても幸福ですよ。
いつか御自身の呪から解き放たれた時には、きっと傍に数多の喜びが満ちていることに気がつかれるのでしょう。
其の中でもいっとう大切にしたい煌きを見つけたら、私にも紹介してくださいな。あなたの笑顔で私もまた更に幸せになれる。
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都槻・綾 2020年5月20日
(いつの間にか雨は止んで、宵闇に涼やかで柔らかな紗幕が掛かるのみ。朝にはすっかり晴れることだろう。花や葉の先端に玉の雫をころりと乗せ、いのちを輝かせるに違いない。天へ向け姿勢を伸ばした立葵が頂きの蕾を咲かすのも、きっと遠くは無い筈だ。)
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都槻・綾 2020年5月20日
(「大分暗いですねぇ、お送りしましょう、」片膝ついて立ち上がりかけたが、彼女はグリモアを持つ猟兵。移動も容易いのだろうか、だが夜闇にひとり帰す訳にも行かないと、改めて身を起こした。灯りを持ち、帰路を促す。)
――訪いに感謝を。あなたの道行を、今宵は私が照らしましょ。
(そしていつか、いつの日か、もっともっと優しいひかりの道を、あなたが軽やかに歩いて行けますように。)
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紫丿宮・馨子 2020年5月29日
――盟友。
(その言葉を驚いたように口の中で転がして)
……そうでございますね。わたくしも、枷のようには感じませぬ。不思議でございますね。

……もぅ。……最近、皆様、わたくしに笑顔をお求めになるのですよ……(らしくない口調なのは、気恥ずかしいからか。そんなに笑っていなかったでしょうか、と小さく呟いて)
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紫丿宮・馨子 2020年5月29日
ああ、雨も――……(空をそっと見上げて、それから、倣うようにゆるりと腰を上げて)
こちらこそ。貴重な縁(えにし)を確認できた、とても心地の良い時間でございました。
また――(「伺っても?」と。目の前のこの方ならば拒まぬと分かっていてもその瞳の色を窺って。急ぎの用はない。それに今、グリモアを使用して帰途につくのは、雅ではないでしょう? 幸い今日の帰宅は同じ世界の場所。ならば帰途もまた、大切な盟友との時間に変えない手はない)
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都槻・綾 2020年5月31日
(愛らしい呟きに「おやおや、」と綻んで、)
――えぇ、また。いつでも。
(言を引き継ぎ、確り頷く。姫君の歩みへと手を貸す為に掌を差し出しながら。かんばせに咲く花は、間もなくの梅雨の終わりを告げるみたいに、きっと鮮やかなことだろう。)
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都槻・綾 2020年5月31日
―了―
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