●サナトリウムへの手紙
その場所は辺りは色とりどりアネモネが咲いていた。暖かい穏やかな日差しの中、静かに吹いた風の中、花は小さく揺れている。緩やかな坂道を進んでいくと、あまり背の高くない1本の木と、その下に寂れたポスト。
なんでもこのポストには不思議な力が宿っていて、宛先がわからなくても必ず宛名の人物に届くなんて言い伝えがあるようだ。
―――そして、そのポストに思いを込めた自分へ宛ての手紙を入れると、楽園へ連れて行って貰えるだとか。
そんな根拠も確証も何もない噂話。
しかし男は家族にも見捨てられ貯金も底をつき、遠い昔に聞いた眉唾物の噂話に縋った。楽園へもしもいけるならば連れてってくれ。そんな思いを込めて綴った文字。
『俺へ 楽園へは行けたかい? 』
たった一行の短い手紙。それを錆びたポストに投函した。
その刹那、視界が歪み、暗転する。
途端に脳裏を埋め尽くす声。頭を埋め尽くす白。頭の中の記憶が、大事なものが、ひとつずつ弾けて消えて、ぼんやり夢を見ているような心地になる。自分の記憶だったはずのものは、どんな映像も何を見ても現実味もなく、これはすべてただの夢だったのではないかと思い始める。指先から自分がなくなる、自分が消えてなくなって、作り直されて、なんだったのか、自分は誰だったのか。そういうものが徐々に曖昧になっていく。目が覚めたらベッドの上。何一つ思い出せない。ここはどこだろうか。
『アナタ、目が覚めたのね』
自分を置いて出て行ったはずの、誰だったか、もう思い出せない。ただ酷く懐かしく大事だった気がする何かが微笑んだ。それが誰なのか何者なのか、そんなことはどうでもいい。ただひとつわかる。ここは何よりも安全で、幸せな場所だ。外は恐ろしい場所だ。この場所だけが楽園なんだ。
「よかった……よかった……」
そこには真っ白な病室で、虚ろな目で泣きながらぬいぐるみを抱きしめる男が一人いるだけだった。ベッドサイドに置かれた手紙が問いかける。
―――俺へ 楽園へは行けたかい?
誰が書いたのかもわからない、もう思い出せない。だけどその手紙に男は幸せに笑って答えるのだ。
―――ああ!行けたとも!
後は静かに朽ちていくだけ。
●自分を自分たらしめるもの
「さて皆さん。今回はちょっとばかりしんどい案件ですよ」
グリモア猟兵のUDCアースのとある田舎にぽつんとある寂れたポスト。そこにとある噂がある。自分宛の手紙を投函すると楽園へ連れて行って貰えるとか。放って置くとその噂に縋った男が一人犠牲になるが、猟兵達が居れば人目を気にして日を改めるだろう。
「ちなみに楽園なんてものじゃなくて、オブリビオンが作り出した空間でして。サナトリウムって知ってます? 」
所謂、空気の澄む郊外等にある隔離された療養所のことだ。様々な種類があるが、今回はどちらかといえば精神病棟のような場所らしい。
「手紙を出すとそこに飛ばされるんです。でも、こっからが大変なんです。」
はあっと一度ため息を吐いた後続ける。
「どんなに屈強なメンタルを持っても、目覚めたとき、発狂します」
そもそも自我を狂わされるのだ。そこがそういう場所だからか、そういうものが染み付いているからなのか。それともそこにいるオブリビオンのせいなのか。どうあがいても目覚めた時に気が狂う。どんな狂気に囚われるかは人それぞれのようだが。
辛い記憶を全部消され幼児のようになる者もいるだろう。幸せな幻覚に囚われる者もいるだろう。あるいは周囲は全て敵でここに居れば安全だと思い込む者、情緒がおかしくなり、泣き続ける者、笑い続ける者。人格を破壊される者。ただどんな狂気に囚われていても、目覚めた病室に対して"ここは安全だ"もしくは"外は危ない"と思い込んでしまうようだ。つまりは病室からでようという思考を奪われてしまう。
「勿論、オブリビオンを倒せば元に戻りますが、なんですけど、そもそもオブリビオンを倒すということを思い出すところからなんですよ」
今回の厄介な部分はそこなのだと。
「ただ、打つ手が全くないわけでもないんです」
噂の通りにやるならば自分宛の手紙をポストに投函するわけだが、そのポストの通り、手紙は宛名の人物へと不思議と必ず届くのだ。
「なので、手紙に、自分が自分を取り戻すための手紙を書くんですよ」
読めば正気を取り戻せると思う文字を綴れば、その手紙は狂気に沈んだ自分へと届くのだから。
「つまりは自分で自分を説得してくださいってことです。ま、自分のことは自分が一番よくわかっているはずでしょ?」
自分がどういう人間なのか、自分が忘れたくないこと、自分が好きなもの、なんだっていい、これさえあれば自分で居られると思うものを書き綴るのだ。いくらでも書きたいだけ書けばいい。形式はどうだっていい、手紙のように書いても、メモ書きのように箇条書きでも、ただの一言だけだったとしても。封筒に問題なく入るような小さな物であれば思い出の品を入れるという手もあるだろう。
「あくまで"自分に宛てた手紙を自分で投函する"が条件なので、大事な人とお互い書き合い交換っていうのも手なんじゃないですか?」
それで戻ってこれるという核心があるならばそれもいいだろう。少なくても手紙が狂気に犯された自分を連れ戻す唯一の手段になる。
「皆さんが正気に戻るか外に出ようとするとオブリビオンが現れるので、そこを叩いて下さい」
正気にさえ戻ってしまえば苦戦するような相手ではない。
「まぁ、面倒な案件ですけれども、倒してしまえば結果オーライなんで、精々がんばってください」
倒してしまえばどんな狂気でも開放されるのだから。それでは行きますよ。と一六八はグリモアを出現させ、転移を開始するのであった。
山野芋子
こんにちは山野芋子です。今回はUDCアースで発狂した自分を説得するシナリオです。プレイングはがっつり心情で戦闘おまけ程度でも大丈夫です。皆さんの狂気、お待ちしております。
1章は、不思議なポストに手紙を投函する話です。どんな手紙を書き、どんな思いで綴るか等お書きください。また1章のみの参加も可能なので、その場合は今は居ない誰かへの手紙を書いたり、アネモネの花を楽しんだり等のプレイングも可能です。
2章は発狂します。どのような狂気に囚われるのか、手紙を読んでどのように戻ってくるかなどお書きください。
3章は戦闘です。ただし心情メインで書いてくださって大丈夫です。洗脳するUCを使われたときにどのように狂気を打ち破るのかなどもあると楽しいかもしれません。あえて狂気に囚われて混乱するなどでも失敗は出しませんのでお好きにどうぞ。
基本的に1章以外は単体の描写になります。
また何かありましたらマスターページにて告知いたします。
よろしくお願いいたします。
第1章 日常
『願掛け』
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POW : しっかり想いを込める
SPD : 手短にあっさり済ませる
WIZ : 深く物思いにふける
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村井・樹
さて、ペンを取ったはいいものの、思いの外進まないものですね
……一人で延々と考えても、詰まってしまうのかもしれません。ならば。
修羅双樹を発動
『不良』と共に手紙を推敲しながら書き上げましょう
文面
『紳士』の字で「外界のありとあらゆるものが敵であろうとも、私達が、貴方を守り続けます。君のいるそこは、決して『楽園』なんかじゃない」
『不良』の字で「お前は一人じゃない。俺達がいつでも側にいる。だから、そこで立ち止まるな。恐れず進め。何が襲ってこようとも、俺達がそいつを倒す」と、それぞれ綴りましょう
『紳士』たる私と、『不良』である俺が二人で書き綴る想い
それを記した手紙を、他でもない『村井樹』へと残しましょう
●他でもないかわいい『僕』へ
発育不良の木の下、かすかな木漏れ日の中。荒い造りの少しざらっとした木造のテーブルに便箋を広げ、村井・樹(Iのために・f07125)はモノクルを付け、背筋を伸ばし美しい所作でペンを握る。しかし『村井樹』へ宛てた手紙というものに悩んでいるのか長い間筆は止まっているようだった。
(……一人で延々と考えても、詰まってしまうのかもしれません。ならば。)
書けないものを一人で延々と悩んでいても状況はあまり変わらない。ならば二人で考えればいい。少し強い風が傍の木々を揺らす。舞い散る葉の気配と共に、その隣にはもう一人、同じ顔の、しかしまったく雰囲気の違うハーフアップの男が立っていた。
「なんの用だ」
不機嫌そうに眉を顰め粗暴な態度で『不良』は、ペンを握る『紳士』へと問いかける。目の前の『私』の突然の呼び出しに少しきつい物言いで尋ねると、『私』は穏やかな笑顔を浮かべ共に手紙を書き上げていきましょうという提案する。それに対して『俺』は再び眉を顰めるが、それが他ではない本来の『村井樹』を守るためと知れば、『俺』は乱暴にどかっとベンチに座り、おとなしくペンを握った。『私』と『俺』にとって、最も守るべきものこそ、村井樹である『僕』なのだ。サナトリウムで目覚めた時に『僕』は何を思うのだろうか。二人で内容を推敲していき、立ち止まっていた文字が徐々に綴られて行く。例え『僕』が『私』と『俺』を忘れたとしても、外界が敵ばかりだとしても、ずっと『村井樹』の傍にいて守ると。
『外界のありとあらゆるものが敵であろうとも、私達が、貴方を守り続けます。君のいるそこは、決して『楽園』なんかじゃない』
小奇麗な『紳士』の字で書き上げられた手紙だ。外界がどんなに恐ろしい場所であっても必ず貴方を守る。そういう存在が貴方にはいるのだと。そして嘘を見破る『私』は、"ここが安全な場所だ"というのは偽りだ。ここは楽園ではないと指摘する。
『お前は一人じゃない。俺達がいつでも側にいる。だから、そこで立ち止まるな。恐れず進め。何が襲ってこようとも、俺達がそいつを倒す』
力強い『不良』の字で書き上げられた手紙だ。"外は恐ろしい"と恐怖で足が竦むかもしれない、それでもその足が踏み出せるように、その重い病室のドアを開けて外へと向かえるように。お前の歩みを止めるものは全部『俺』が壊してやると。
例え手紙の『俺達』『私達』が誰なのか分からなくなっていても決して独りではない。何があろうと『僕』を守る存在がいる。二人の手紙にはそんな想いが綴られていた。きっと病室で目覚めるであろう他でもない『村井樹』へどうか届くように願い、封筒の中へと仕舞う。
そよ風が木々を揺らす。ゆらゆらと足元で青いアネモネが揺れていた。ざわめきが収まった頃には『不良』はあるべき体へと収束し、『紳士』の手には二人分の想いが込められた手紙が握られていた。錆びたポストにどうかこの言の葉が『僕』に届きますように。
―――他でもないかわいい『僕』へ
大成功
🔵🔵🔵
真幌・縫
サナトリウム…?病院かぁ…ぬいはあんまり病気したことないから行ったことがないけど…。
(何故か白い壁に囲まれた部屋は容易に想像できて…)
テレビとかで見たのかな?
アネモネのお花綺麗だね…いろんな色があるんだね…。
発狂…ってちょっと怖いね。ぬいはどんな風になるんだろう?想像もつかないな。
ぬいの…私へのお手紙。
『手を繋いでくれる人がいますか?今の私にはいるんだよ』
このお手紙が未来の私に届きますように。
(ぎゅっとサジ太を抱きしめて)
アドリブ歓迎です。
●温かい掌
柔らかい日差しの中、ふわりとしたショートヘアーが揺れる。真幌・縫(ぬいぐるみシンドローム・f10334)は色とりどりのアネモネを見渡した。
「アネモネのお花綺麗だね……いろんな色があるんだね……。」
腕の中にいる灰色の翼の生えた猫のぬいぐるみ――サジ太へと話しかける。ざあっと葉同士がぶつかる音はこの場所の静けさをよりいっそう引き立てていた。綺麗だがどこか寂しさを感じるこの場所を、のんびりとした様子でお日様に照らされたアネモネを眺めながら歩いていく。
サナトリウムとはあまり聞きなれた言葉ではなかったが、グリモアベースで聞いた説明では療養所と言っていたのを思い出した。
(病院かぁ…ぬいはあんまり病気したことないから行ったことがないけど……)
不意に脳裏に浮かぶ、白い壁に囲まれた部屋。行ったことがないはずなのに不思議とその場所を想像してしまう。何故こんなものが思い浮かぶのか微かに違和感を抱く。
(テレビとかで見たのかな?)
縫の白くふわふわとした尻尾が不安そうに小さく揺れた。白い部屋に対してなのか、これからの事を思ってなのか、小さく芽生えた不安にサジ太をぎゅっと抱きしめる。
(発狂…ってちょっと怖いね。ぬいはどんな風になるんだろう?想像もつかないな)
サナトリウムに辿り着いたならば必ず発狂する。自分は一体どうなってしまうのだろうか、事前に聞いていた事柄だけでもひどく恐ろしく感じる。ちゃんと正気に戻ることができるだろうか、不安は際限なく湧き上がってくるが、今は自分のできる精一杯をやるしかない。無意識なのだろう、不安を紛らわすようサジ太を抱きしめる腕に力がこもる。
木陰にある小さなベンチにちょこんと座り、自分へと宛てた手紙を書き始める。どの様になってしまうのか想像はつかないが、何を思い出せば自分は自分でいられるのか、何ならば思い出すことができるのか。それを念頭に置きどのような内容にするか思案する。筆が中々進まずにいると、後押しをするように心地のいいよそ風が頬を撫でた。近くで小さく白色のアネモネが風に揺れる。不意に掌に残った温もりを思い出した。今だからこそ知っている握られた手の温かさに小さく笑みが零れる。書くならば、思い出すならば、きっとこれがいいと、ペンを取り文字を綴り始めた。
『手を繋いでくれる人がいますか? 今の私にはいるんだよ』
きっとこの手の暖かさを思い出せたなら自分を取り戻せる。そんな確信めいた予感が胸にあった。可愛らしい字で綴られたそれを折りたたんで封筒へと仕舞う。サジ太を思わせるような猫さんのシールを貼って閉じれば、後はポストに入れるだけだ。いざ投函するとなると不安なのか、ぎゅっとサジ太を抱きしめる。小さく数回深呼吸をして、意を決すると手紙を入れる。驚くほどあっさりと手元を離れた手紙はポストの中へと吸い込まれて行った。
―――このお手紙が未来の私に届きますように。
大成功
🔵🔵🔵
冴木・蜜
自分への手紙とは
なんとも奇妙な心地がしますね
私が何に我を失うかは
何となくわかっているつもりです
ならばまず事実を書き
それから私のただ一つの想いを認めておきましょう
それさえ思い出せれば きっと
私はもう一度 、
*
私は救えなかった
裏切られた
多くを殺した
だから私は許されない
得も言われぬ罪悪が、空虚が、孤独が
思考を重く満たしても
立ち止まることは許されない
死ぬことも許されない
故に……いえ、だからこそ
私は歩みを止めてはならない
意識が途切れようとも
毒の身が潰えようとも
――あの想いだけは忘れてはならない
何もかもを見失ったなら
やるべきことはただひとつ
ずっと前から抱き続けた想いに殉じなさい
『私はただ、誰かを救いたい』
●ただ一つの想い
遠くまで続くアネモネの花、その道の途中、花が途切れ咲いていない茎や葉に囲まれた少しだけ寂しい場所に小さな木のベンチがある。そこに座る白衣を着た男が一人。
(自分への手紙とは、なんとも奇妙な心地がしますね)
冴木・蜜(天賦の薬・f15222)はまだ何も書かれていない紙と向き合いながら、そう遠くはない未来へと思いを馳せる。自分が何に我を失うか、それは何となくわかっているつもりだった。ならば何を書くべきか、それはすでに己の中で答えは出ていた。万年筆を紙に滑らせれば、毒のように黒いインクが紙に滲んで文字を紡ぐ。
『私は救えなかった
裏切られた
多くを殺した
だから私は許されない』
決して忘れてはならない事実を、自らの罪を、もう起きてしまった事柄を、残酷なほどに真っ直ぐに書き綴っていく。それはきっと目を逸らしてはいけないことだから。
『得も言われぬ罪悪が、空虚が、孤独が
思考を重く満たしても
立ち止まることは許されない
死ぬことも許されない
故に……いえ、だからこそ
私は歩みを止めてはならない』
例えそれらが重く圧し掛かってきたとしても、決して死ぬことは許されない、罪を背負って歩み続けるしかない。口の端からインクにも似た毒が零れていく。それはぽたぽたと白い服にこぼれ落ち、黒い染みを広げていく、それでも、文字を描くその手が止まることはなかった。
『意識が途切れようとも
毒の身が潰えようとも
――あの想いだけは忘れてはならない
何もかもを見失ったなら
やるべきことはただひとつ
ずっと前から抱き続けた想いに殉じなさい』
ただひとつだけ思い出せるように。それだけあれば自分は自分でいられるはずだ。零れた毒が紙の端の繊維に染みこんでいく。それでもはっきりと、しっかりと揺ぎ無い想いを込めて、最後の一言を書き記す。
『私はただ、誰かを救いたい』
それさえ思い出せれば きっと
私はもう一度 、
決して手放せなかった誰かを救いたいという想い。どんなに体内から毒が零れようとも、この手が真っ黒に汚れていたとしても、それでも誰かを救いたい。それこそがきっと少し先の未来で今の自分を思い出せなくても変わらない心の底にある願い。
書き終えると、便箋を三つ折にして封筒へと仕舞う。小さな雑草の花を避けて、少し硬い地面を歩んでいった。黒くドロドロとした足は何を溶かすわけでもなく、その細い道ともいえぬ道を進み、錆びたポストの前までたどり着く。まだ汚れていない指先で手紙を摘むと、そっと中へと差し込んだ。手もとから手紙が離れ、暗い暗いポストの底へと落ちていく。
――ただひとつの想いを込めて。
大成功
🔵🔵🔵
古高・花鳥
不思議な旅の前に、綺麗なアネモネの花
......少しだけ見ていきましょう。
自分宛の手紙
......自分を取り戻すための手紙なら自信があります。
いつだって同じことばかり考えていますので。
色んなこと考えられるほど、器用な人間じゃないので、ふふっ。
使うのは、お気に入りの便箋。
クラフト紙で、桜の花が描いてあるの。
『何やってるの?
家族が待ってるでしょ?
はやく目覚ましてよ。
もう決めたことでしょ、頑張るんだって。
弱っちいなぁ、ダメだよそんなの。
病院で寝てるお母さんのことほっとくの?
家で待ってる弟妹をほっとくの?
守りたいから猟兵やってんでしょ?
立派なお姉ちゃんになるんでしょ。
わたし より』
(アドリブ歓迎です)
●守りたいもの
少し強い風が吹いた。アネモネの花達がゆらゆらと揺れる。その中でセミロングの黒髪と外套がふわりと風に靡く。古高・花鳥(月下の夢見草・f01330)は花達の合間をゆったりと歩いていく。どこまでも続く一面のアネモネの花。その景色は美しくもあり、どこか物寂しくもあった。初夏の日差しは暖かく、時折風がそよぎ過ごしやすい気候だ。絶好のお散歩日和と言えるだろう。やわらかい光に照らされて色とりどりのアネモネがゆらゆらと揺れていた。心行くまで風景を楽しむと、花鳥は筆を取る。広げる便箋はお気に入りの物だ。茶色く少し硬いクラフト用紙に桜の花が描かれている。
花鳥は自分が自分を取り戻すのには自信があった。色んなことを考えられるほど器用な人間ではない、だからこそいつだってたったひとつ同じことばかり考えているのだから。そんな己の愚直さに、思わずふふっと笑みが零れる。書くことはもう決まっていた。迷うことなくペンは紙をなぞり、文字が綴られていく。
『何やってるの?
家族が待ってるでしょ?
はやく目覚ましてよ。
もう決めたことでしょ、頑張るんだって。
弱っちいなぁ、ダメだよそんなの。』
脳裏によりぎるのは、自分を慕う弟と妹の姿。病室で眠る母の姿。家族を守るために戦っているのだ。守りたくて、猟兵をしているのだ。今回のような危険な場所に行くのだって、全ては大事なものを守るため。
『病院で寝てるお母さんのことほっとくの?
家で待ってる弟妹をほっとくの?
守りたいから猟兵やってんでしょ?
立派なお姉ちゃんになるんでしょ。
わたし より』
戦う理由、その中には世のため人のためというのも確かにあるが、一番の理由、それだけは忘れてはいけない。家族のこと、それこそが思い出すべき事柄であった。病院で待つお母さんの存在、家で待つ弟と妹の存在。そして自分はお姉ちゃんなのだと、それだけ思い出せたならきっと自分でいられる。ありったけの想いを込めて綴られた文字を全部畳んで封筒に入れて、それを手に握ると、アネモネの花の中、再び歩き始めた。不思議な旅の前にこの景色を楽しんでいこう。ぐるりとゆっくりと遠回りをしながら錆びたポストへと続く道を行く。
手に握られた一通の手紙、自分へと宛てたそれを、小さなポストの中へと入れる。想いを込めた手紙は驚くほどあっさりと中へと吸い込まれていった。
――此処に居て戦う意味を、どうか思い出せますように。
大成功
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風鳴・ひなた
あぁ、アネモネだ。『彼女』が好きだと言っていた花
つい手を伸ばすけれど途中で止めた
僕のこの手で触れるのは可哀想だ
……どこまで自我を保てるだろう?
自分がどうなってしまうのか少し怖いけど
オブリビオンの情報を直接得ておきたいから向かうよ
手紙をそっとポストに
『僕へ 自分の姿が変わっていても驚かないように。それは昔から。
この場所は投薬や手術がなくとも施設と変わらない、死に近いところだ。
それに此処がどこだろうと、あの子を探しに行くんだろう?
クッキーは持ったかい。無いなら手土産に買って分け合おう。
星の話は覚えているかな。見せたい花は――尻尾にもう咲いているね。
彼女はきっと無事でいる。さぁ、急いで。』
●君に見せたい花がある
色とりどりのアネモネに囲まれた場所に、黒狼の如き姿の六つ目の怪物、風鳴・ひなた(君に花をみせたかった・f18357)が立ち尽くしていた。思い入れのある花だからこそなおさらのこと、その景色に見入ってしまう。
(あぁ、アネモネだ。『彼女』が好きだと言っていた花)
無意識に伸ばされた手は、その花に触れる前に止まった。すっかりと人のものでは無くなってしまったこの手で花に触れるのは可哀想だと。それに花ならばちゃんと此処にある。ゆらりと尻尾が揺れる、それと同時にこの場所のものではない尻尾に咲いた白いアネモネが、この景色に馴染んで共にゆらゆらと揺れていた。
事前に聞いている話ではそこに行くと必ず気が狂ってしまう。どこまで自我が保てるのか、自分がどうなってしまうのか。そんな不安や恐怖心はあるものの、此処で立ち止まるわけにはいかなかった。オブリビオンの情報を得ておくためには向かわなければならない。
『僕へ 自分の姿が変わっていても驚かないように。それは昔から。』
全てを忘れてしまったら、記憶を失ってしまったら、すっかり人から離れてしまったこの姿に驚くかもしれない。もはや人とは言えないこの姿に。
『この場所は投薬や手術がなくとも施設と変わらない、死に近いところだ。
それに此処がどこだろうと、あの子を探しに行くんだろう?』
あの子に会いたい、探しに行きたい。その気持ちはきっと消えない。変わらない。どんなに姿が変わっても、心だけは、それだけ思い出せればいい。
『クッキーは持ったかい。無いなら手土産に買って分け合おう。
星の話は覚えているかな。見せたい花は――尻尾にもう咲いているね。
彼女はきっと無事でいる。さぁ、急いで。』
彼女を探しに行く。その想いだけ思い出せば、病室の重いドアを開けることができるだろう。それさえあれば自分が自分で居ることができるはずだ。
沢山のアネモネが咲き誇るこの場所を、少し名残惜しく思いながらも、進まなければならない。行かなければならない。手に握っていた手紙をそっとポストへ差し込んだ。
―――君に見せたい花があるんだ。
大成功
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黒影・兵庫
すっごくいい天気ですね。せんせー。
あ、これがアネモネっていう花なんですかね?
支援兵の皆さん、こういったお花はお好きかもしれませんし
【誘煌の蝶々】でご招待しましょう!
あー支援兵の皆さん、ホント綺麗だな・・・
あ、ポストに投函しないと。
俺が俺でいられるもの、か
生い立ちとか趣味嗜好だと心に響きそうにないですし
手紙はこれでいいかな。
『俺へ
せんせーにはちゃんと、ごあいさつしましたか?』
これでよし。
では、せんせー、お手数ですが
もう一度、俺を育ててくださいね?
●やるべきこと
柔らかい日差しに包まれたアネモネの花が揺れていた。黒影・兵庫(不惑の尖兵・f17150)の近くには誰かがいる様子はなかったが、それでも何もないように見えるその場所で彼は口を開いた。
「すっごくいい天気ですね。せんせー」
せんせーと呼ばれた何かが、応えるかのように兵庫の中でぞわりぞわりとざわめいた。足元には白く小さく揺れる花。その場に小さくしゃがむと、そっとその輪郭をなでた。
「あ、これがアネモネっていう花なんですかね? 」
今見ている花と同じような形状の花が見渡せば色とりどりと咲き誇っていた。ああ、これがと再び納得するような声がこぼれた。しばし眺めているとふと、思いついたようにユーベルコードで影の中から蝶を召還する。羽ばたくたびにきらきらと光り、鱗粉が零れ落ち燐光の軌道を描いてひらひらと舞う。一面の花畑を舞うその姿は神秘的で見るものを魅了する。
(あー支援兵の皆さん、ホント綺麗だな……)
こういうものは好きかも知れないと召還したが、ついその姿につい見入ってしまう。自由に飛び回るそれをしばらく眺めた後、そろそろ手紙を用意しなければと便箋を取り出した。
(俺が俺でいられるもの、か)
何が残っているなら自分は自分で居られるのか、そう考えてみると、生い立ちや趣味趣向はあまり響くとは思えなかった。しかし兵庫は少し思案すると、あまり迷わずにさらさらと手紙を書き綴り始める。
(手紙はこれでいいかな)
たった一言、目が覚めて一番最初にやるべきことを。
『俺へ せんせーにはちゃんと、ごあいさつしましたか?』
「これでよし」
便箋を折りたたむ、全てを忘れたとしても、その先のことは『せんせー』にお願いするのが一番だ。そう思えば恐怖はあまりなかった。封筒に仕舞ったその手紙を、あまりためらうことなく錆びたポストへと投函した。
―――では、せんせー、お手数ですが、もう一度、俺を育ててくださいね?
大成功
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アイ・リスパー
「狂気に犯された自分に対する手紙ですか……
これはハードなお題ですね」
発狂し、サナトリウムの真っ白な部屋にいる自分の姿を想像し、無事に帰れるか心配になります。
ですが、このような事件の犠牲になる人が出なくなるよう、オブリビオンは倒さなくてはなりません!
「発狂しても正気に戻れるような仕掛け……
あまりやりたい方法ではありませんが、電脳魔術士としてはこれが最適ですね」
【チューリングの神託機械】で電脳空間の万能コンピューターにログインします。
そこに自分の記憶をアーカイブしてバックアップ。
アクセスにより自動ダウンロードされるよう設定です。
「手紙の内容は神託機械へのアクセス方法とログインパスワードです」
●取り戻すための仕掛け
アネモネの花が揺れる。その中にぽつりとある小さなベンチに腰掛けてアイ・リスパー(電脳の天使・f07909)は思案する。
「狂気に犯された自分に対する手紙ですか……これはハードなお題ですね」
決して文を構築したり、文章を考えることは苦手なわけではないが、今回のお題は悩ましいものであった。そもそも自分がどのように狂うかもわからない。サナトリウムの真っ白な部屋にいる自分の姿を想像してみるものの、無事に帰ってこれるのか心配になる。それでもこのような事件の犠牲になる人が出なくなるよう、オブリビオンは倒さなければならないと奮起し、再び手紙に書く内容を考え始める。自分に響く言葉というのも、そもそも前提がはっきりしない状態では些か不安に思う。ならば不安定な言葉という要素ではなく、もっと確実な、思い出すための仕掛けを作ってしまえばいいのではないかと思い至る。
「発狂しても正気に戻れるような仕掛け……」
切り口さえ見つけてしまえば、後はそんなに時間はかからなかった。電脳空間へと接続し、万能コンピューターへとログインする。そこに今現在の自分の記憶をアーカイブしてバックアップをとる。ここにログインしたら次は自動でそれらがダウンロードされるように設定した。
「あまりやりたい方法ではありませんが、電脳魔術士としてはこれが最適ですね」
不安要素は確かにまだあった。侵される狂気によっては果たしてちゃんとログインできるのかもわからない。だが、おそらく、自分にとって最も確実性のある方法と言えるのも確かだった。手紙に神託機械へのアクセス方法とログインパスワードを書き記す。手紙というよりはマニュアルに近いそれを、できるだけ簡潔に、一枚の紙に納まるよう余計なことは省き、狂気の中に居る自分がそれをやってくれると信じて書き記した。
―――お願いしますよ。未来の私。
大成功
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鶴澤・白雪
エスパルダ(f16282)と参加するわ
面白そうだけど自分に手紙を書くなんて変な感じがするわね
まぁ、自分が発狂しそうな内容には想像がつくから難しくはないけど
手紙には一文、
『あたしの消えない炎と復讐心を思い出せ。黒剣を握り、あの子の石を身に着けて進め』と記す
発狂していようがこれだけ書いておけば思い出すはずよ
あたしより手紙を書くのが苦手そうな同行者の様子はどうかしら?やっぱり悩んでるみたいね
一緒に行く情けよ、『黒髪青目の男が持ってる盾で本人を殴って病室内も危ないと思い知らせろ』って書き加えておくわ
アンタは言葉よりこの方が確実でしょ
あたしよりも早く正気に戻ったら殴ってもいいわよ、戻れたらだけどね?
エスパルダ・メア
白雪(f09233)と参加するぜ
発狂ねえ、面白そうじゃん?
同じような意見が聞こえれば、そっちを見て悪巧みするガキみたいに笑って
どうトチ狂うか見ものだな、お互い
…しっかし手紙な、手紙。こういうの苦手なんだよオレ
すぐには書けずに頭を抱えて、隣のを遠慮なく覗き込む
復讐、炎。見えた文字には内心で驚くが、言わずに一方的な親近感を憶えて置いて
――殴る。マジかお前…頭いいな
それじゃオレも殴っていいか?
っし、任せとけ、全力でぶん殴ってやるよお前より先にな!
手紙には『【出来損ない】がまた無様に折れるつもりか?』って書いておく
あとは最後に『一番赤い目の女ごと病室を凍らせろ、頭冷えて丁度良いだろ?』
●どちらが先に戻れるか
アネモネの花が揺れる中、ぽつりと設置された木造のテーブルとベンチ。手紙を書くにはちょうどいいだろうと鶴澤・白雪(棘晶インフェルノ・f09233)とエスパルダ・メア(ラピエル・f16282)はそこへ向かって歩いていた。
「発狂ねえ、面白そうじゃん? 」
「面白そうだけど自分に手紙を書くなんて変な感じがするわね」
白雪のその言葉にエスパルダはニヤリと悪巧みする子供のような顔で笑う。ベンチにたどり着くとお互い並ぶように腰掛けた。
「どうトチ狂うか見ものだな、お互い」
エスパルダは不安や恐怖心よりも、互いがどのような狂気に侵されるのかという興味が勝っていた。これから手紙を出した自分たちがどうなるのか面白そうだと。一方、面白そうと思っているのは白雪も同じだったが、白雪には自分がどのような狂気に囚われるかある程度想像がついていた。だからだろうか、お互いに同じタイミングで作業を開始したが白雪はあまり迷うことなく手紙を書き始める。
「……しっかし手紙な、手紙。」
まだ書き始める様子ではないエスパルダが、うーんと悩むように唸る一方で、白雪の手紙はすらすらと綴られていった。たった一言、それでも忘れてはならない、そのたった一つの"復讐心"を。
『あたしの消えない炎と復讐心を思い出せ。黒剣を握り、あの子の石を身に着けて進め』
どんな狂気の中に居ても、これだけで思い出せるという確信があった。一方、隣に座っているエスパルダはというと何を書こうか迷っているのか、ペンをくるくる回すものの文字を書いている様子もない。
(あたしより手紙を書くのが苦手そうな同行者の様子はどうかしら?)
エスパルダの手紙を覗き込むと何も書かれていない。まだ書き出しから悩んでいるようだった。
「やっぱり悩んでるみたいね」
「こういうの苦手なんだよオレ」
頭を抱えているエスパルダを見て、一緒に行く情けよ、と手紙を追記する。
『黒髪青目の男が持ってる盾で本人を殴って病室内も危ないと思い知らせろ』
これでよしと書き終えた様子の白雪に、エスパルダはもう書けたのかと無遠慮に手紙を覗き込む。その手紙に綴られた、復讐、炎。見えた文字に内心驚く。しかしその内容に口にはせずとも一方的に親近感を覚える。
「――殴る。マジかお前……頭いいな」
「アンタは言葉よりこの方が確実でしょ」
きっぱりと言い放つ白雪の横で、追記された内容にエスパルダから思わず感心の声が零れた。確かに物理で殴れば正気に戻るかもしれない。こういうよくわからないものは殴って戻すというのは案外いい方法なのかもしれない。
「それじゃオレも殴っていいか?」
「あたしよりも早く正気に戻ったら殴ってもいいわよ、戻れたらだけどね?」
手紙もまだ書き終えていないようだしと煽るような言葉を放つと、エスパルダは悪戯っ子のような笑みを浮かべて言ったなと手で弄んでいたペンを正しく持ち直す。
「っし、任せとけ、全力でぶん殴ってやるよお前より先にな!」
先に正気に戻ってやろうという気持ちのおかげで書くべきことも思いついたのか、直前まで悩んでいたことが嘘のようにすらすらと筆を滑らせていく。
『【出来損ない】がまた無様に折れるつもりか?』
そして今の自分にとって最も忘れてはいけない一言をその後に書き加える。
『一番赤い目の女ごと病室を凍らせろ、頭冷えて丁度良いだろ?』
狂った頭を冷やすのにはちょうどいい。これから狂った空間へいくというのに、どちらが先に正気に戻るのか、まるで勝負でもしているかのような二人だった。これから向かう先へ恐怖や不安もなく、自分がどうなっても目の前の人物より早く正気に戻って一発入れてやろうと思うと、むしろそれが楽しみだなんて感想すらも沸いてくる。お互いの手紙が完成すると、それを持って共にポストの前まで歩んでいく。ほぼ同時にポストへと手紙を投函すると、互いにわずかに笑みを浮かべた。
―――じゃあ、またあとで。
大成功
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第2章 冒険
『サナトリウムの秘密』
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POW : ヤマカンで探す
SPD : 部屋をしらみ潰しにあたる
WIZ : うってつけの場所を推測する
👑11
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●白い楽園
強い風が吹いた。アネモネの花がざわざわと揺れる。自分へと宛てた手紙が手から離れ錆びたポストへと吸い込まれていく。その刹那、視界が真っ白になった。指先の細胞がひとつひとつの繋がりが解けて、虚無へと還っていく・自分自身が何であったか、誰であったか、思考が答えに辿り着く前に霧散し、都合よく再構築される。全てを失い、何もわからなくなくなった"誰か"の意識が徐々に戻っていく。目を空ければ白い天井。真っ新になった"誰か"の頭の中に叩き込まれたのは、純然たる狂気。何かに取り憑かれてしまいおかしくなってしまった思考にノイズのように声が混ざる。
―――此処は楽園、安全な場所。外は恐ろしい。
『だからずっと此処に居ましょう?』
***
【2章について】
●プレイング受付期間:5月30日(木) 8:30~6月2日(日) 15:00
●どのような狂気に囚われるか、手紙を読んでどのように感じ正気を取り戻すか等をプレイングにお書きください。
●1章に参加されていない方も、手紙を出したという体で途中参加も可能です。その場合は、手紙の内容(文字数もありますのではっきりと手紙として書かなくても、こういう想い書いた等でもかまいません)も合わせて送っていただければと思います。
真幌・縫
白い壁の白い床白いベッド。
その中でカラフルなのはたくさんのぬいぐるみさん。みんなぬいの大事なお友達。
お外は怖い所だから出ちゃダメだよって。
この中は安全で幸せなんだって。
この中にいれば傷付くことも怖い何かを汚い何かを知らなくていいって。
ここにいれば誰もぬいに余計なことを教えないんだって!
(手紙を見つけ不思議そうに読む)
『手を繋いでくれる人がいますか?今の私にはいるんだよ』
手を繋いでくれる人?
(ぬいぐるみを見つめて悲しい顔をする)
ぬいぐるみさんはみんなぬいの手を握り返してはくれない…。
お外は怖いけれどぬいと手を繋いでくれる人がいるのはきっとそっちの方が幸せだよね。
アドリブ歓迎です。
●幸せな箱の外
意識が浮上する。ふわふわとした夢心地で目覚めたのは真っ白なお部屋。そんな場所に彩るようにおかれたカラフルなぬいぐるみさん達。守られて安全な箱の中、お友達に囲まれた幸せな場所。
『縫ちゃん、お外は怖い所だから出ちゃダメだよ』
『此処で僕達とずーっと一緒に遊んでよう』
ぬいぐるみ達が縫へと語りかける。此処で遊んでいれば傷付くことも怖いものも汚いものも知らなくてすむ。この中は安全で幸せ。だから此処から出る必要なんてない。
「うん、ずっとここでぬいと遊ぼう」
幸せそうに微笑んで縫は返事をする。大好きなお友達が嬉しそう笑った気がした。大丈夫、僕達が危険なものから縫ちゃんを守るよとでも言っているようだった。ここは綺麗で暖かい場所。このままずっとお友達と一緒に居よう。そう思った時だった。一番のお友達のサジ太が腕の中に居ないことに気付く。周囲を見回すとベッドサイドに置かれた翼ねこのぬいぐるみ。
「サジ太も一緒に此処にいようね。ここにいれば誰もぬいに余計なことを教えないんだって!」
嬉しそうに告げてサジ太を抱きしめる。すると、そのすぐ傍には一通の手紙。縫はそれを拾い上げると、不思議そうに首をかしげた。誰からの手紙だろう?疑問に思いながらも開封する。そこにはどことなく見覚えのある字で綴られた短い手紙が一枚。
『手を繋いでくれる人がいますか?今の私にはいるんだよ』
「手を繋いでくれる人?」
書かれていた文字に周囲を見回す。ぬいぐるみ達は縫ちゃん!縫ちゃん!と語りかけてはくるものの動く様子はない。縫が手を差し出してみたところでそれを握り返してはくれない。それに気付くと幸せで何でもあったはずの場所が急に寂しく思えてきた。ぬいぐるみさん達に囲まれて寂しくなかったはずなのに。
(ぬいぐるみさんはみんなぬいの手を握り返してはくれない……)
それに気付いてしまったら途端に悲しくなってしまう。
『駄目だよ縫ちゃん。お外は怖い場所だから』
「でも……」
『ここに居れば幸せだよ』
ぬいぐるみ達が楽園へと繋ぎとめておこうと必死に縫へと捲し立てる。それでもそんな甘い誘惑よりも外への恐怖心よりも、手を繋いでくれる人がいるという外の世界へと心は向いていた。ベッドから立ち上がる。目覚めてからの最初の一歩を踏み出してしまえばいとも簡単に出口へと辿り着き、ドアノブを握った。
(お外は怖いけれど)
『縫ちゃん!駄目だ!!』
そして握ったドアノブを捻れば、鍵のかかっていないドアは簡単に開く。止めるのはぬいぐるみさん達の声だけ。少し後ろ髪を引かれる。それでも一度芽生えてしまった縫の意思は覆らなかった。
「ぬいと手を繋いでくれる人がいるのはきっとそっちの方が幸せだよね」
サジ太を抱きしめる腕に少し力が篭る。そして少女はその部屋から外の世界へ一歩踏み出した。するとその瞬間、忘れていたひとつひとつが戻っていく。此処へ来た目的も、握り締めてもらった手の温もりもちゃんと思い出す。
(今のぬいには手を繋いでくれる人がいる)
手のひらを見つめて小さく微笑む。この手はとても暖かい。外は怖いことも傷つくことも沢山あるけれど、それでも、それ以上に大事なものも沢山ある。それさえあれば後悔なんてなかった。縫が扉を開けてすぐに前を見据えればそこには本来の目的である小さな影。楽園から出ようとしたことに気付いたオブリビオンが姿を現したのだった。
大成功
🔵🔵🔵
冴木・蜜
私が私を見失うのはきっと
私の罪に押し潰された時なのです
*
何をしたのか思い出せない
思い出せない
思い出せないというのに
手先の震えが止まらない
耳を融かし落としても
私を責める声が止まない
いくら洗っても
指先から鉄錆のにおいがとれない
この胸に圧し掛かる罪悪感は何だ
息が苦しい
私は わたしは なにをした?
人の形を取れない
取りたくない
誰の目にも触れたくない
わたしは
そこで机上の手紙を認めて
自分を苛むものから逃避するために
文字に視線を滑らせましょう
…ああ そうだ
私は――間違いなく罪人でしたね
そして
だからこそ私は罪を忘れてはならない
立ち止まることは許されない
私は…救い続けなくては
この想いだけは捨てるわけにはいかない
●罪人の檻
蜜の手紙がポストへと吸い込まれていく。
―――私が私を見失うのはきっと、私の罪に押し潰された時なのです。
暗転、意識がドロドロと黒く混濁する。そして襲い来るのは罪の意識。何をしたのか思い出せない、思い出せない、思い出せないというのに、手先の震えが止まらない。意識を埋め尽くすように攻め立てる声、声、声。耳を融かし落としても、その声が止む事はない。お前が悪い、お前のせいで、息もできないほどの罪悪感の波に飲み込まれ溺れていく。手にべっとりと染み付いた鉄錆びの匂い。もはや此処が病室であることすらも上手く認識できないまま、備え付けられていた洗面台に駆け込み、ばしゃばしゃと手を洗う。いくら洗っても指先から鉄錆のにおいがとれない。ゴシゴシと人の身であれば血が流れ出そうなほど強く洗えど、零れ出るのは黒い液体。そこからドロドロと崩れ、手の形を成さなくなっていく。鏡に映るのは自分ではなく、責めるような何かの視線。なぜ裏切った。どうして殺した。薄暗く濁った無数の眼が一斉に蜜へと向いていた。
この胸に圧し掛かる罪悪感は何だ。
息が苦しい。
私は わたしは なにをした?
ひゅっと喉が鳴る。崩れていく腕から徐々に溶けて崩壊していく身体。人の形を取れない、取りたくない、誰の目にも触れたくない。よろよろと一歩二歩と鏡から離れる。人の姿とは言いがたいほどに崩壊した蜜がベッドまでよろめくと、不意に視界の隅に一通の手紙が見えた。蜜は自分を苛むものから逃避するようにその手紙を開く。
真っ黒なインクが滲んだ手紙。そこに綴られていたのは紛れもない事実。自分が犯した罪の重さ。それでも決して立ち止まることも、死ぬことも許されない。そしてたった一つ抱き続けてきた想い。
……ああ そうだ。
私は――間違いなく罪人でしたね。
そして、だからこそ私は罪を忘れてはならない。立ち止まることは許されない。歩みを止めてはならない。意識が途切れようとも、毒の身が潰えようとも、ずっと前から抱き続けた想いに殉じなさいと。
『私はただ、誰かを救いたい』
最後の行に綴られたただ一つの想い。
――あの想いだけは忘れてはならない。
「私は……救い続けなくては」
この想いだけは手放すわけにはいかない。罪人でも、それでも誰かを救いたい。そのためには此処から出なければならない。ゆっくりと崩れてしまった液体が人の形を取り戻していく。作り直されたばかりの手で病室のドアノブを握った。それは力を込めるといとも簡単に開く。一人でも多く誰かを救うために、蜜はその病室から一歩を踏み出したのだった。
大成功
🔵🔵🔵
【お詫び】
この度は力不足によりプレイングが流れてしまいました。
お気持ちが変わりなければ再送していただけると嬉しいです。
お手数おかけして申し訳ありません。
エスパルダ・メア
オレは誰だ?
オレは僕は私は――
誰だ誰だ誰だ
見た目だけの脆い魔剣
大丈夫、兄弟が守ってくれる
――わけ、ねえだろ
三兄弟の中で唯一粉々に折れちまったオレを打ち直すのに
兄弟二振りが溶かされて繋いだ『出来損ない』
ああそうだ、オレは出来損ない
だからこそ
生きるための正義を選べ、戦って抗え
あいつらを溶かした刀身で、死にゆく騎士の最期を氷花で飾れ
ぶん殴られて反射で盾を取り返す
一瞬で白雪(f09233)の手とその盾を凍らせて殴りかかりかけて――目が醒めた
そのまま庇うように自分で自分を殴る
悪いな、こいつでお前を殴る訳には行かねえんだ
目ェ覚めたぜ、さすが姫さん
聞こえてた、お前の叫び
お前の勝ちだ
その復讐、乗ってやろうか?
鶴澤・白雪
妹が身代わりに死んだ事実から目を逸らして頑張らなくても誰も私を責めない
辛いのに前を向かなくていいと安心して無気力だった
徐に手紙を読んで芽生えたのは違和感と怒り
嗚呼…そうだったわ
剣は身に余る復讐心を断つため
石は復讐に身を捧げるあたしの生を繋ぎ止める楔
過去も苦しいもあたしは抱えると決めたの
現実逃避なんてクソ喰らえよ
あー腹立つ!そう言えばエスパルダ(f16282)がいないわね?
ふん、八つ当たりと勝負ついでに探してだして殴ってやるわ
目当ての男を見つけたら勝手に手紙を覗く
ふーん、アンタ出来損ないなの?
悪いけどアンタがエスパルダで出会えた事実以外興味ないわ
宣言通りRiotで頭をぶん殴るから目ぇ覚ましなさい
●消えない炎
目が覚めると白い病室だった。前後の記憶は曖昧で、白雪はただぼんやりと天井を眺めていた。混濁した記憶、空っぽになった頭。何か大事なものから目を背けているのは気付いていた。それでもそれに気付かないふりをする。頑張らなくても誰も私を責めない。そんな安寧の箱の中。きっと此処が楽園なんだろう。辛いのに前を向かなくていいというのは白雪に安心をもたらした。このベッドの上でずっとぼんやりすることだって許されているのだから。死人のように横たわる。宝石の身体はよりいっそう無機物の冷たさを際立たせ、皮肉にもその姿は名前と同じ毒林檎を食べてしまったどこぞのお姫様のようだった。泣いてくれる小人なんて居ないけれど。無気力に、ただ天井を見つめて、その瞳には光りはなく、指先一つも動かすこともせず、静かに白いベッドの上に横たわる。静かな空間でカチカチと秒針が進む音だけが鳴り響いていた。
どれほど時間がたっただろう。静寂の中、長く感じただけでそれほど時間は経っていなかったのかもしれない。ふと気付けば掌の中にくしゃりと紙が握られていた。動くのを億劫に思いながらも、なんとなしにそれを開く。
『あたしの消えない炎と復讐心を思い出せ。黒剣を握り、あの子の石を身に着けて進め』
たった一文。そう認められた短い手紙だった。しかし白雪の頭はその言葉で徐々に覚醒していく。芽生えたのは違和感と怒り。なぜ妹が身代わりに死んだという事実から目を逸らしていたのだろう。
(嗚呼……そうだったわ)
―――剣は身に余る復讐心を断つため、石は復讐に身を捧げるあたしの生を繋ぎ止める楔。
過去も苦しいも全てを抱えると決めていたのになぜ目を逸らしていたのか。腹が立った。さっきまでの自分に。事実から目を逸らしていたことに。白雪の瞳に再び炎が灯る。消えない炎と復讐心が。
「現実逃避なんてクソ喰らえよ」
一人そう吐き捨てると、真っ白なベッドから起き上がる。じわじわと怒りが沸いてきて、すっかり本調子になった白雪が、あー腹立つ!と立ち上がった。不意に手紙の追伸に書かれた文字が目に入る。
『黒髪青目の男が持ってる盾で本人を殴って病室内も危ないと思い知らせろ』
そう言えば黒髪青目の男ことエスパルダがいない。此処に来る前に早く正気に戻った方が殴ってもいいという勝負のような約束をしたことも思い出す。
「ふん、八つ当たりと勝負ついでに探してだして殴ってやるわ」
白雪は躊躇いなく病室を出る。そして、エスパルダの居る病室を探しに行くのだった。一緒に投函したのだからそう遠い場所ではないだろう。手始めにすぐ隣の病室のドアに手を掛けた。
●氷花の剣
粉々になる。自分が砕けてバラバラになる。全部溶ける。溶ける。溶けて混ざっていく。そうやって作り直されていく。
オレは誰だ?
オレは僕は私は
――誰だ誰だ誰だ?
自我が混ざりあう。自分が何だったのか分からない。自分は剣。そうだ。剣だ。見た目だけの脆い魔剣。簡単に砕けてしまう出来損ない。だけど大丈夫、兄弟が守ってくれる。
――わけ、ねえだろ
そうだ、オレは砕けてしまった。三兄弟の中で唯一粉々に折れちまったオレを打ち直すのに、兄弟二振りが溶かされて繋いだ『出来損ない』だ。二振りを犠牲にしておいて、出来上がったのはこんな物。ああそうだ、オレは出来損ない。だからこそ生きるための正義を選べ、戦って抗え。
―――あいつらを溶かした刀身で、死にゆく騎士の最期を氷花で飾れ。
狂気に囚われた瞳を開いた。エスパルダの周囲に冷たい空気が漂っていき、ふわりふわりと氷花が舞う。その時だった。病室のドアが無遠慮に開けられたのは。バンッと大きな音が鳴り響く。
「やっと見つけたわ」
赤と青の視線が交わった。赤い瞳は狂気に囚われた青い瞳を見ると、ずかずかとその場所に踏み込んだ。ベッドサイドに置かれた手紙を開き、無遠慮に中身を読む。この男は自分が手紙を書いているときに勝手に読んだのだからこれでおあいこだろう。
『【出来損ない】がまた無様に折れるつもりか?』
「ふーん、アンタ出来損ないなの?」
読んだ手紙をベッドサイドに置く。目の前の人物が何なのか今のエスパルダには分からない。だが、出来損ない、その言葉を聴いて慟哭する。
「そうだ!オレは出来損ないだ!」
兄弟を犠牲にして、こんな出来損ないを打ち直した。悲痛な叫びを上げエスパルダは攻撃の対象を白雪へと定めていた。しかし当の白雪はというと、目を逸らさずに近づいていき、躊躇いもなくエスパルダの盾を奪う。
「悪いけどアンタがエスパルダで出会えた事実以外興味ないわ!」
―――そして容赦なくその盾でエスパルダの頭を殴りつけた。
青い瞳に動揺が走り狂気が揺らぐ。突然のことに対応が遅れるが、反射的にその盾を奪い返した。ピキピキっと凍てつく音を立てて周囲が凍っていく。握った盾も、それを持っていた女の手も諸共凍らせて殴りかかろうとした。確かに殴りかかろうとしたのだ。しかし振り下ろそうとした手が止まる。射抜くような赤が迷いなく真っ直ぐに青い瞳を見つめていた。いい加減正気に戻りなさいと。じわじわと感じる痛みにか、目の前の赤にか、切欠は分からない。だがそれが振り下ろされる直前で青い瞳に光りが灯る。そのまま庇うように自分で自分を殴った。その衝撃によろめく。ふらふらとよく効く目覚めの一発に徐々に正気を取り戻す。
「悪いな、こいつでお前を殴る訳には行かねえんだ」
今度こそ痛みで意識がはっきりと戻っていく。いってえと小さく呻きながらも笑みを浮かべる。今度こそはっきりと目が覚めた。
「やっと目が覚めたのね」
「ああ。目ェ覚めたぜ、さすが姫さん」
容赦なく殴られた痛みがじわじわと正気と共に広がっていく。思いっきり殴られたその頭を軽くさすりながらも、目の前の人物が白雪であるということも徐々に思い出していく。そして此処にきた本来の目的も、直前のことも。
「私の勝ちよ」
ふっと笑みを浮かべて言う白雪に、勝負に負けたというのに思わず笑みが零れる。残念ながら『一番赤い目の女ごと病室を凍らせろ、頭冷えて丁度良いだろ?』なんて書いた手紙の中身は実行することはできなかったけれども、悔しいよりはどこか清清しい気持ちだった。
「お前の勝ちだ」
ああ、まったく敵わない。だが次に何か勝負をするというのであれば、次こそは決して負けない。声には出さずとも強く決心すると、また笑みを浮かべる。
「聞こえてた、お前の叫び」
そう。と短く返す。そして続けて、ぼさっとしてないで早く行くわよ。とドアへと向かっていった。此処に来た本当の目的はオブリビオンを倒すことなのだから。不意に此処に来る前に覗き込んだ手紙の中身を思い出す。その背中に、その復讐、乗ってやろうか?と小さく投げかけた。それが彼女の耳に届いたかどうかは定かではない。投げかけた問いには返事はなく、その様子に再度問うこともなく、彼女の後を少し遅れて小走りで追うのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
村井・樹
※狂気の内容は精神退行
『紳士』『不良』の人格を失い、無力な『少年』のようになる
……ううん?
あれ、なんで『僕』はこんなところに……?
なんだか寒い……お布団から出たいけど、体も重たい……?
(となっているところで、枕元辺りにあった手紙に気がつき)
これ、僕の字じゃないけど、一体誰が書いたんでしょう……?
『ここは楽園じゃない』?
らくえん?らく、えん……?
……頭が、痛い。なんでかわかんないけど、それ、きっと僕のキライな言葉だ。
『お前は一人じゃない、立ち止まるな』?
これを書いてくれた人は、どこかで僕を待ってるの?
……だったら、行かなきゃ。
こんな寂しい、ベットだけのとこが、楽園な訳がないんだから!
●さよなら楽園
手紙が吸い込まれると、今まで表に出ていたはずのそれらが一つ一つ細胞がバラバラになってほどけていく。頭の中に居た、自分を守っていた何かが一つずつ消えていく。残ったのは幼いまま守られ続けてきた、たった一人の小さな子供。目が覚めると見覚えのない白い天井が見える。
「……ううん?あれ、なんで『僕』はこんなところに……?」
目覚めたばかりの眠たい目を擦りあたりを見回す。見覚えのない真っ白な部屋。隙間風が首筋を撫でて、ぶるりと身震いをする。布団から出たいが、寒さで出られずにいる。それになんだか身体も重い。状況が分からず混乱しながらも不思議と、此処は安全で、外は恐ろしい場所だということだけははっきりと理解できてしまう。起き上がることを億劫に思いながらも、不意に自分の掌が視界に入る。僕の手はこんなに大きかっただろうか。身体を起こすと視界も高い場所にある。まるで自分の身体ではないようだ。急に大人になってしまったような感覚に、混乱と不安で胸の中が満たされていく。此処はどこ?僕はどうなったの?しかしそれに答えてくれる人は誰もいない。小さな子供がたった一人で見ず知らずの場所に何の説明もなく連れてこられた恐怖というのは計り知れないものがあった。拭いきれない不安を紛らわすように辺りを見回すと、枕元に置かれた手紙を見つける。頼りになるものはこれだけしかない。縋るようにその手紙を開く。そこには覚えのない人の字が綴られていて、一体誰が書いたんでしょう……?と疑問に思いながらも、その手紙へと目を走らせる。
『外界のありとあらゆるものが敵であろうとも、私達が、貴方を守り続けます。君のいるそこは、決して『楽園』なんかじゃない』
「『ここは楽園じゃない』?らくえん?らく、えん……?」
手紙に書かれていた言葉を反芻すると、ズキっと頭に痛みが走る。楽園、その言葉を聞くと何かがこみ上げてくる。恐怖心、不安、暗く苦しい何かが胸の内に広がっていくようだった。何もかもが壊れてしまうような強迫観念に囚われる。
(なんでかわかんないけど、それ、きっと僕のキライな言葉だ)
何も心当たりはない。何かが抜け落ちていて、思い出すことはできない。だけど、それでもその言葉は嫌いだということは分かった。信じていたものが脆く崩れ去ってしまう気がして。樹は酷く怯えていた。震える手で紙を捲る。もう一枚の手紙、こちらはまた別の人が書いたのだろうか。一枚目の手紙とは違う書体で書かれていた。
『お前は一人じゃない。俺達がいつでも側にいる。だから、そこで立ち止まるな。恐れず進め。何が襲ってこようとも、俺達がそいつを倒す』
「『お前は一人じゃない、立ち止まるな』?これを書いてくれた人は、どこかで僕を待ってるの?」
心当たりはない。分からない。だけどこの二枚の手紙から伝わる温度はとても暖かくて安心を覚える。どこの誰が書いたのかは分からない。だけど、きっと『僕』はこの人達に会いに行かなければならない。知らなくても、どこかで待っているというのなら―――
「……だったら、行かなきゃ。」
読んでいた手紙を畳んで大事に内ポケットへと仕舞う。此処には何もない。怖いものもないが楽しいこともない。ただ真っ白な部屋にベッドがあるだけの何もない悲しい部屋だ。
「こんな寂しい、ベットだけのとこが、楽園な訳がないんだから!」
だからこのドアを開けて、この人達に会いに行こう。少し躊躇いながらも、恐る恐るとゆっくりドアノブを開く。どこへ向かえばいいのかも分からない。それでも、この部屋を出なければきっと何も始まりはしない。守ってくれる人がいる。待っていてくれる人がいる。その事実が樹を奮い立たせる。意を決してドアを開ける。そして樹はその小さな楽園の外へと一歩踏み出したのだった。
大成功
🔵🔵🔵
古高・花鳥
ここ、どこ?
わからないけれど、変に落ち着くようで
ここはもう、辛くも怖くもないんだって思えて
辛い?怖い?
嫌!
どうしてわたしばっかり頑張らなきゃいけないの
どうしてお父さんもお母さんも傍に居てくれないの
どうしてお姉ちゃんなのにこんなにも弱いの
お仕事したくない、あんなお仕事したくない、もう身体が汚れちゃった
猟兵も怖い、どうして傷付けなきゃいけないの、どうして傷付かなきゃいけないの
怖い、怖いよ
『立派なお姉ちゃんになるんでしょ』
......そっか、ふふふっ
とっくの昔に決めたこと、割り切ったこと、思い出しちゃって情けないなぁ
もう大丈夫
わたし、また弱音吐いてみろ、絶対に許さないから
(アドリブ、解釈歓迎です)
●決意
ポストへと手紙を入れる。その瞬間、視界が白く消えてた。記憶が解けていく。意識が解けていく。ばらばらになって、分散して、思考が上手くまとまらない。真っ白になってから意識が現実へと浮上し目を開ける。白い天井が見える。最初に、ここ、どこ?という疑問が浮かんだ。記憶が曖昧でどうして此処にいるのか、此処がどこなのかまったく思い出せない。大事なことがすっかり抜け落ちてしまっているようだった。何も分からない。わからないけれど、不思議と落ち着くような感覚。此処は安全な場所。ここはもう、辛くも怖くもないんだって思えて―――
(辛い?怖い?)
一度浮かんでしまった疑問が、花鳥に何かを思い出させてしまった。思考の糸を手繰り寄せてしまったらもう止めることはできない。辛い、怖い、怖い怖いこわいこわいこわい。
「嫌!」
思わず叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。頭の中に押し寄せる恐怖に、止まらなくなってしまった身体の震えに。じわりと視界が滲む、ぼろぼろと零れていく雫を止める術さえも今の花鳥にはなかった。
「どうしてわたしばっかり頑張らなきゃいけないの!どうしてお父さんもお母さんも傍に居てくれないの!」
頭を掻き毟り、黒い髪を振り乱し、もしかしたら心の奥底にずっとあったのかもしれない、そんな苦しみを叫ぶ。頭がどうにかなりそうだった。
どうしてお父さんは死んでしまったの?どうしてお母さんは病気になったの?どうして?どうして?どうして!
もはや何を叫んでいるか分からなかった。こんなことを叫ぶ自分はどうしてお姉ちゃんなのにこんなにも弱いのと。わかっているわかっているのだ。自分はお姉ちゃんだから頑張らないといけない。
でもどうして?なんで?どうしてわたしはお姉ちゃんなの?どうしてお姉ちゃんなだけで頑張らないといけないの?
何もかもがわからなくて、ただ声を振り絞り、辛い、辛いと叫ぶ。
お仕事したくない、あんなお仕事したくない、もう身体が汚れちゃった。やめて、いやだ、怖い。猟兵も怖い、どうして傷付けなきゃいけないの、どうして傷付かなきゃいけないの。本当は何もしたくない。怖い。怖い、怖いよ。
ぐすぐすと子供がぐずる様に泣き喚いて、泣きつかれて、涙も枯果てた頃に漸く膝の上に一通の手紙が置かれていることに気付く。ごしごしと涙をぬぐい、疑問ばかりで埋め尽くされて何も考えられなくなってしまった頭で、無意識にその封筒を開いた。中にはお気に入りの桜の花が描かれたクラフト紙の便箋。綴られていた文字は間違いなく自分のものだった。
『何やってるの?
家族が待ってるでしょ?
はやく目覚ましてよ。』
読み進めていく。でももう怖い、辛い、何もしたくない。思わずその手紙にか細い声で吐き出してしまう。家族のため、だけどどうしてこんなに頑張らないといけないの?怖い。怖い思いはもうしたくない。
『もう決めたことでしょ、頑張るんだって。
弱っちいなぁ、ダメだよそんなの。』
そうだ、そうしようと決めたのは紛れもない自分だった。でも、怖い。猟兵として戦っていたらいつか死んでしまうかもしれない。そうじゃなくても戦に出れば怪我もするし痛い思いも沢山しないといけない。書かれている文字に対して言い訳ばかりが浮かんでいく。本当はこれじゃ駄目だってどこか気付いていて、頑張らないと、でも、を思考の中で何度も繰り返す。
『病院で寝てるお母さんのことほっとくの?
家で待ってる弟妹をほっとくの?
守りたいから猟兵やってんでしょ?』
そうだ、わたしには守りたいものがある。お母さんも、弟も妹も、守りたいから。そのために痛くても、怖くても、辛くても、猟兵として戦い続けているんだった。そんな当たり前のことどうして忘れていたんだろう。
『立派なお姉ちゃんになるんでしょ』
「......そっか、ふふふっ。とっくの昔に決めたこと、割り切ったこと、思い出しちゃって情けないなぁ」
思わず笑ってしまった。そうだ、今更だった。そうやって決めた時にもう、家族を守るために戦うって決めていたのに。馬鹿だなぁ弱いなぁ。でも、もう大丈夫。ドアを開ければきっとオブリビオンと戦わなければならない。無傷ではいられないかもしれない。だけどそれでも、もう決めたことだ。だから迷ったりする暇はない。守るものがあるから、それだけで戦場に立っていられる。怖い、辛い、それらは紛れもなく本心だ。だけどそんな弱音はもう言わないと決めたから。
―――わたし、また弱音吐いてみろ、絶対に許さないから。
ドアを開ける。そして花鳥は力強く外へと足を踏み出した。
大成功
🔵🔵🔵
風鳴・ひなた
この身体。……あぁ、そうだ。これが僕。
いつからこの姿だったのかは思い出せないけれど確かに自分だ。
きっと、あの研究所から助け出してもらえたんだろう。
もう怯えることなんてない。此処にいれば大丈夫。
安堵して揺れる尻尾。アネモネの花。
……望むものはない筈なのに、何か足りない気がする。
書いた覚えのない、けれど僕の字で書かれた手紙。
鋭い爪が字の上を滑る度、少しずつ、少しずつ戻ってくる記憶。
――どうして忘れていたんだろう。
分け合った少し苦いクッキーの味。遠い天窓越しに二人で見た星。
雪みたいに綺麗な髪。菫色の瞳があの日の僕を見て笑っていた。
『彼女』のこと、僕が此処へ来た理由。これからすべき事。
全部思い出せた。
●白い花の花言葉
手紙を投函すると、途端に視界が暗転する。霧散した思考が上手く拾えなくなって自分が少しずつ消えていく、大事だったものが頭の中からひとつひとつ抜け落ちて、喪失感、空白、そんなもので埋め尽くされていく。遠くで白い花が揺れていた。
徐々に意識が輪郭を取り戻していき、とうとう目が覚める。白い壁に囲まれた部屋。此処はどこだろう。曖昧な記憶を手繰り寄せようとするが何も思い出せない。
最初に目に写ったのは鋭い爪。化け物のような手を握ったり開いたりしてみる。自分の意思に反応して動くということはこれは自分の手なのだろうか。慌てて辺りを見回すと、新緑の隙間から柔らかく日差しが差し込む窓に反射して6つの眼と眼が合う。黒狼の如き姿、巨大な口、兎に似た長い耳、もはや人とは言い難いその姿に息を呑む。
(……あぁ、そうだ。これが僕)
かつては普通の少年であったはずだが、すっかり変わってしまった身体。いつからこの姿だったのかは思い出せないけれど確かにこれは自分だ。窓に映る姿が自身のものだという認識が徐々に定まっていく。きっと、あの研究所から助け出してもらえたんだろう。此処は研究所とは違う。もう怯えることなんてない。此処にいれば大丈夫。手術もない、投薬もない。何もないこの部屋はとても居心地がよかった。誰にも危害を加えられず、安心感を与えてくれる。ああ、よかった。よかった。安堵するように尻尾の白いアネモネの花が揺れる。此処は安全で満たされた場所。なのに、何だろうこの空白は。心から何か抜け落ちてしまったようだ。
(……望むものはない筈なのに、何か足りない気がする。)
パズルのピースがどうしてもあわないような。あったと証明するものも何もなし、その穴を認識することはできない。それでも不思議とあったはずの何かがないと感じてしまう。いつの間にか手の中に手紙が握られていた。不思議に思いながらもそれを開封する。『僕へ』そんな書き出しから始まる手紙。驚いたことにそこに綴られていた文字は紛うことなく自分のものだった。書いた覚えは一切ない。だけど、読まなければ、きっと読むべきだ。何かがそう駆り立てる。鋭い爪で文字を辿る。
『自分の姿が変わっていても驚かないように。それは昔から。』
勿論、目覚めたときは驚いた。しかしこれこそが今の自分の姿なのだという認識はもうはっきりと戻ってきていた。
『この場所は投薬や手術がなくとも施設と変わらない、死に近いところだ。』
此処は怖くない、安心できる場所だと誰かの声がするのに、この場所は恐ろしいところなのではないかという疑念が芽生える。薬や手術がなくてもいずれ殺されてしまうかもしれない、決して安全ではない場所。そう思ってしまうと、そうだとしか思えなくなっていく。そして此処がそういう場所であることを少し前からどこかで、聞いたはずだ。どこだ、思い出せない。それでも少しずつ絡まっていた記憶の糸が解けていく、抜け落ちたものが、もうすぐで何だったのか思い出せるような気がした。
『それに此処がどこだろうと、あの子を探しに行くんだろう?』
「あの子……?」
あの子とは何だったのか。誰のことを言っているんだろう。わからない。わからない。ただ、自分の中からこの手紙のいうあの子がすっぽりと抜け落ちてしまっている。欠落に気付いてしまえば後は早い。そこを埋められるものは真実しかないのだから。また尻尾のアネモネの花が揺れる。
『クッキーは持ったかい。無いなら手土産に買って分け合おう。
星の話は覚えているかな。見せたい花は――尻尾にもう咲いているね。』
彼女と二人で分け合ったクッキー。味は少しだけ苦かった。遠い天窓に切り取られた星空。眺めながら語り合ったあの日の夜。そう、確かに隣にいた。誰かがずっと隣にいた。思い出せ。雪みたいに綺麗な髪。菫色の瞳。それから花の咲いたようなあの笑顔。尻尾と共に揺れるのは『彼女』が好きだと言っていたアネモネの花。抜け落ちていたものが、消えてしまっていた記憶のピースが、今、やっとぴたりとはまった。それが埋まってしまえば、後は糸を辿るように思い出していく。『彼女』のこと、僕が此処へ来た理由。これからすべき事。
『彼女はきっと無事でいる。さぁ、急いで。』
だとすれば、今するべきことはたった一つだろう。そのドアを開けて、この真っ白な部屋から外へと出ることだ。全部思い出した。ひなたはドアに手をかける。彼女に会いに行こう。そんな期待と希望を抱いて、この箱の中から一歩踏み出す。力強く咲いた一輪の白い花がゆらゆら揺れた。それはまるでその花の言葉のように。
大成功
🔵🔵🔵
アイ・リスパー
「ここは一体……」
白い天井を見上げた私は不意に思い出します。
「ああ、ここは研究所……
私が生まれて、今まで暮らしてきた場所ではないですか」
つらい実験をさせられたり、苦い薬を飲まされたりしますが、ここにいれば何不自由なく生きていける場所。
それに同じ実験体の友達たちもいます。
ここから出る必要なんてないのです。
『本当に?』
不意に目にとまる一通の手紙。
何気なく開けたそこには……
「これは、いま実験している万能コンピューターへのアクセス方法!?
まだ理論が完成してないのに、誰がこれを……」
そこに書かれたマニュアルに従い電脳空間にアクセスし万能コンピューターにログインします。
『さようなら、IFの世界の私』
●もしもの話
記憶が解けて溶けて消えていく。自らを形作る記憶が改竄され、都合のいい姿へと収束していく。目を開けると視界に写るのは白い天井。
「ここは一体……」
どこかで見覚えのある景色だった。徐々に記憶が掘り起こされていく。その中によく似た場所があることを思い出す。白基調の殺風景な部屋。少しひび割れている古ぼけた壁。鼻を突くようなアルコールの匂い。少し埃を被っているベッドサイドの棚。
「ああ、ここは研究所……。私が生まれて、今まで暮らしてきた場所ではないですか」
そんな場所だからこそアイがそう思い込んでしまうのも無理もなかった。混濁した記憶から抜け落ちた空白を無意識に埋めようと辻褄を合わせる。判断力も思考能力も低下させられた頭では、此処が生まれ育った研究所だと認識してしまったのだろう。強制的に植えつけられた安心感。つらい実験をさせられたり、苦い薬を飲まされたりしても、ここに居れば何不自由なく生きていける。何より、此処には同じ実験体の友達もいる。何があるかわからない、もしかしたら何もないかもしれない。まっさらで退屈で恐ろしい外の世界に行こうだなんて考えられない。此処からでる必要なんてない。
『本当に?』
不意に頭に声が響く。反射的に振り返ると、テーブルの上には一通の手紙。怪訝に思いながらも封筒を拾い上げる。何気なく手紙を開くと、そこに書かれていたのは手紙というような内容ではなく、細やかに記載された”万能コンピューターへのログイン方法"だった。
「これは、いま実験している万能コンピューターへのアクセス方法!? まだ理論が完成してないのに、誰がこれを……」
記憶を失っているアイにとっては完成していない未来のもだ。当然驚くが、すぐに食い入るように目を通す。未完成のはずの最新技術が完成していたと聞かされて落ち着いていられるはずがない。その行動を止めるように"そんなものを信じるの?"だとか"騙されないで"だとか、読むのを邪魔するような誰かの声が頭に響く。それでも真偽を確かめるためにはログインしてみるのが一番早いだろうと、手紙に書いてある方法に従い、電脳空間にアクセスする。不思議と手に馴染むような感覚があった。初めてなはずなのに、何度も、何度もこうして此処にアクセスしたことがあるような。日常的にこれを使用していたかのような。マニュアルを読んだからと言ってしまえばそうなのかもしれないが、自然と身体が覚えている。アクセスのやり方を、この場所にログインする方法を。
万能コンピューターへとログインすると、途端に衝撃が走る。頭に、体中に、血液のように情報が巡っていく。インストール。上書き保存。おぼれるような0と1の濁流を拾い上げ自分を形作っていく。記憶、抜け落ちた部分の補完、再構築。何も知らなかった自分が消えていく。消えてなくなって、元の形へと戻っていく。そうだ思い出した。ここに来た理由も、自分が今までどれほどこの万能コンピューターを使用し、助けられてきたかも。全部、再び頭に叩き込まれたのだ。
「そうでした。私はオブリビオンを倒しに来たんです」
此処にきた本当の目的も、全部。確認をするように独り呟く。きっと今するべきは、この部屋から脱出し、元凶であるオブリビオンを見つけ出して倒すこと。ならまず最初にするのは、この部屋から抜け出すこと。ドアノブに手をかける。記憶を取り戻しているはずなのに、頭の中に"外は怖い"と声がする。オブリビオンの罠だ。わかっている。なのに襲い来る不安や恐怖心が乗って、握っているドアノブは異様に重く感じてしまう。無意識に万能コンピューターにアクセスする。ドアの向こうには誰もいない。ほら何も恐ろしいものなんてないじゃないですか。と自分に言い聞かせる。意を決して今度こそドアノブを回す。それは驚くほど簡単に開いた。分かっていたがドアの向こうには何もいない。半径数百メートルには恐ろしい外敵なんていない。躊躇っていたのに反して、踏み出す一歩はあまりにも簡単だった。開いたドアから、誰もいなくなってしまった病室へと振り返る。小さく微笑んだ顔には少し物寂しい色が混ざっていた。もしも、もしもだ。もしもの話だけれども、そういう私もいたかもしれない。選ばれなかった可能性。そうならなかった未来。
「さようなら、IFの世界の私」
返事をするように風で、ふわりとカーテンが揺れた。そしてアイは再び前を見据える。もうこの病室を振り返ることはないだろう。全て元通り。全部思い出したのだから。そしてアイはその一歩を踏み出した。その手で救い上げることができる可能性は一つだけ。選ばれなかった可能性を捨てて、振り返らずに進むのだった。
大成功
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第3章 集団戦
『楽園の『僕』』
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POW : かあさまのいうとおり
【手にした鳥籠の中にある『かあさま』の口】から【楽園の素晴らしさを説く言葉】を放ち、【それを聞いた対象を洗脳する事】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD : とおさまがしたように
【相手の首を狙って振るったナイフ】が命中した対象を切断する。
WIZ : 僕をおいていかないで
【『楽園』に消えた両親を探し求める声】を聞いて共感した対象全ての戦闘力を増強する。
👑11
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●楽園の『僕』
どうにかして自分を取り戻し、それぞれが部屋から一歩踏み出す。目の前、もしくは後にした部屋の中からじっと見つめる小さな視線がある。
『どこへ行くの?』
声が聞こえた。幼い子供の声だ。迷子が縋るような声で、何故楽園から出て行こうとするのかを問う。こんなにもこの場所は素晴らしいのに。
『お部屋から出たから、きっとおかしくなってしまったのね』
大丈夫、おかあさまの声を聞けばきっと元に戻るわ。そう言って手に持っていた鳥かごを持ち上げた。暗がりでよく見えなかったそれが、掲げることによって微かな輪郭が浮き上がってくる。はっきりとは見えない、薄明かりの中、ぼんやりと見えるのはまるで何かの頭部のようだ。おかあさん、この子供はそういっただろうか。それが口を開く、声帯もないそれが、空気を震わせ、何かを説くのだ。ここは楽園、安全で、幸せな楽園だ。外は恐ろしい、此処にいればずっと怖い思いをせずにすむ。その声を聞くと、不思議とそういう思考に囚われてしまうのだ。だが、先ほどとは違う。自分を取り戻し、記憶のある今ならば、それはこのオブリビオンの洗脳であり、目の前にいる子供こそ倒すべき敵だと。思考に混ざる異物に抗え、造られた楽園を否定しろ。
――ここは楽園ではないと。
【※プレイング受付詳細についてはマスターページをご参照ください】
【お知らせ】
大変申し訳ありません。
力及ばず、頂いているプレイング一度全てお返しいたします。
失効日が明日以降のものもお返しすることになります。
本日よりパソコンに触れられない状況になってしまうのと、復帰できるのがいつになるか不明なため、再送については追って連絡させて頂きます。
再開目処ですが 何も問題が起きなければ7月の初めぐらいには再募集できると思います。
再受付に関してはここと雑記でお知らせ致します。
この度はご迷惑おかけしてすみませんでした。
【お知らせ ※19/7/28】
大変長らくお待たせしました。
プレイングを【8月3日土曜日午前8:30】から受け付けたいと思います。
ブランクや技量の問題もあり、もしかするとまた再送をお願いする可能性もありますが、できる限り期間内にお返しできるように努力いたします。
お気持ち変わりなければまたお付き合い願えるとうれしいです。
真幌・縫
そこはぬいには楽園なんかじゃないからぬいはもう行くね。ぬいと手を繋いでくれる人のところへ戻るよ。
君はオブリビオンだけど君もいつかここじゃない楽園に行けるといいね…。
UC【ぬいぐるみさん行進曲】発動。
さぁ、ぬいぐるみさん達!あの子達と遊んであげて♪
ぬいぐるみさんはお友達。
きっと誰よりもぬいのそばにいてくれる。
けれど…一度誰かと会話をしたら。一度誰かと手を繋いだら。
一度友達の意味を知ったら。
少しだけ色あせてしまった。
ぬいぐるみさんが悪いわけじゃない。
もしかしたらぬいが悪い子なのかもしれない。だけどやっぱりぬいぐるみさん達とは違うんだ。
アドリブ連携歓迎です。
●彩られた世界へ
『どこへ行くの?』
扉を開けてすぐに小さな影が見えた。手の温もりと共に思い出したのは、目の前のこの子こそ、倒さなければならないオブリビオンであること。
『どうして? 此処は楽園なのに』
「ここはぬいにとっては楽園なんかじゃないからぬいはもう行くね」
この場所には手を繋いでくれた人は居ない。縫にとって此処が楽園と言えない理由はそれだけで十分だった。少女はナイフを強く握る。それが戦闘開始の合図だった。縫の周囲に、ねこさん、うさぎさん、と色とりどりのぬいぐるみが召還されていく。ぴょこぴょこと縫の周りをご機嫌に跳ねナイフを持った少女へと向かっていった。
「さぁ、ぬいぐるみさん達!あの子達と遊んであげて♪」
縫の号令と共に向かってくるナイフを持つ腕へとぽふっとタックルし、ぶら下がり、軌道をそらす。その隙に別のぬいぐるみがそのナイフを奪う。手の中にあった凶器はカラカラと音を立てて床へと転がっていった。少女はその様子を見て悲しそうに、哀れむように縫を見つめた。
『かわいそう。おかしくなってしまったのね。かあさま、この子をどうか治してあげて』
少女は鳥籠を掲げる。その中に囚われた禍々しい頭部が空気を振動させた。ここは楽園、どうしてそれがわからないの。此処から出てはだめ、あなたのために言っているのに!脳髄を内側から揺さぶるような暴力にも似た声が叩きつけられる。
―――此処にはあなたのお友達だっているでしょう。大好きなぬいぐるみさん達に囲まれて、心配事も何もなく幸せに暮らせる楽園なのよ!
その声の衝撃に体がよろめく。気を失いそうな、心を持っていかれそうな、そんな声だった。それでも縫はその鳥籠をまっすぐに見据えた。ぬいぐるみさんはお友達。きっと誰よりもぬいのそばにいてくれる。きっと何も知らなかった時なら此処を楽園だと思ってしまったかもしれない。けれど―――
一度誰かと会話をしたら。
一度誰かと手を繋いだら。
一度友達の意味を知ったら。
寂しいときに握ってくれた大きな手も、舞っていた花の色も、風に揺れていた黄色いリボンも、すべてが鮮やかに彩られていた。色褪せてしまったのではない。きっと、知ってしまった外の世界が、友達と見た景色が、色彩に溢れていた。それだけだった。ぬいぐるみさんが悪いわけじゃない。もしかしたらぬいが悪い子なのかもしれない。だけど―――
「ぬいは手を繋いでくれる人のところへ戻るよ」
居場所はきっとそこだから。もう縫がその声に惑わされることはなかった。その迷いのない意思に従うようにぬいぐるみさん達も真っ直ぐに少女へと立ち向かっていく。すべてのぬいぐるみが力を合わせて少女へと飛び掛る。かわいい外見とは裏腹に地面を蹴り弾丸のように突っ込んでいった。その勢いに少女の体は壁へと叩きつけられる。それが止めとなったのだろう。鳥籠から鳴り響く声はフェードアウトして、いつの間にか声は消えていた。次第に指先からさらさらと少女の姿が崩れ、徐々に無へと還っていく。
『どう、して……、ここは、楽園、なのに……』
少女はうわ言のように呟いた。
「君もいつかここじゃない楽園に行けるといいね……」
その様子を見下ろしながら縫は少しだけ目を伏せる。少女が最後に耳にした言葉はとても優しい音色をしていた。ここではない楽園なんてオブリビオンである少女が知るはずもない。それでも紡がれたその言葉は少女を心から慈しむような声だった。へんなの。音にならない少女の口はそう動いて微笑んだように見えた。少女は消え、戦いを終えたぬいぐるみさん達も消え、この場所には再び静寂が訪れた。キィ、パタン。扉を閉める錆びた音がいやに大きく響く。手に握ったドアノブは冷たい。だから外へ踏み出したなら、大好きな友達に会いに行こう。少しだけ早足で、色鮮やかなお日様の下を目指すのだった。
大成功
🔵🔵🔵
【お知らせ 19/8/7】
8/7の朝失効分が間に合わず、お手数ですが再送お願いできればと思います。
ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。
お気持ち変わりなければよろしくお願いいたします。
冴木・蜜
他人から押し付けられる楽園なんて
ただの牢獄と変わらない
中で苦痛を感じるというのなら尚更
終わらせましょう
仮初の楽園を
体内の毒を限界まで濃縮
その上で攻撃力重視の『毒血』
声を上げられる前に
僕がその手にぶら下げた籠を
融かし落としましょう
籠が使い物にならなくなったら
ナイフで応戦してくるかもしれませんが
その場合は敢えて躱さず
一撃を受けます
そして飛び散った血すらも利用して
僕本体にも攻撃力重視の捨て身の『毒血』を
私の毒は貴女の全てを融かします
見ていませんでしたか?
私は死に到る毒
故に私は、ただ触れるだけでいい
さあ 楽園の扉を閉じましょう
●楽園の終わり
ふいに背後に気配がする。振り返ると鳥籠を持った少女がぽつりと立っていた。少女はただただ悲しそうに、哀れむような視線を蜜に向けた。小さな口から静かに純粋な疑問が零れる。
『どうして出て行こうとするの?』
ここは楽園なのに。心底わからないというような調子で、無垢で無知で真っ白な言葉を投げつける。逸らしてしまいたくなるような真っ直ぐな視線。それでも菫色の瞳を背けずに、静かに、小さく蜜は答える。
「他人から押し付けられる楽園なんてただの牢獄と変わらない」
わざわざ苦痛を与え、自我を奪い、正気を奪い、その苦痛をいくばか和らげて、それこそ救いだ、幸福だと嘯く。そうして閉じ込めてしまう檻を果たして楽園と呼べるのだろうか?否、そんなものは楽園ではない。中で苦痛を感じるのであれば尚更のこと。少女と蜜の間に静寂が流れる。
『そう、かわいそうに。あなたは――』
どこへ逃げても苦しいままなのね。静けさを破り捨てた少女は悲しそうに蜜を見つめて呟いた。ちゃんと全部を忘れさせてあげなければこの人は楽園へたどり着けない。少女は善意にも似たエゴを振りかざし、祈るように鳥籠を掲げる。
「終わらせましょう。仮初の楽園を」
それとほぼ同時に蜜が一歩踏み出した。鳥籠の中で歌うようにそれは声を上げる。かわいそうに全部忘れてしまいなさい。そうすればきっと幸せになれる。そうすればきっとこの楽園も気に入るはずだから。頭の中で割れるように響く声。それでも蜜は歩みを止めない。消えてしまいそうになる記憶を掴んで、繋ぎとめて、離さないように。一歩進むごとに痛い。また一歩進めば苦しい。だけどそれは蜜が歩みを止める理由にはならない。
背負ってきたその罪は、重くて苦しくて痛いものだったとしても、それでも、ずっと抱えて、抱えたまま進まなければならない。その罪も苦悩も密を形作るものであることには変わりないのだから。過去に犯した罪は消えることはない。だからこそ忘れてはいけないのだ。全部覚えて持っていかなければならない。立ち止まっている暇はない。救えなかった罪も救いたいという想いも全部抱えたまま進まなければ。
怯むこともなく迫りくる蜜に少女は数歩後退する。だが蜜はそれよりも少しばかり大きな歩幅で、一歩、二歩、少女との距離をつめて行く。体の中に巡るのは純度の高い濃く真っ黒な苦い毒。少女が持つ鳥籠へと包み込むように手を添える。すると黒い液体がその鳥籠の金属をつたった。どろり。金属だったものがぼこぼこと溶け落ちていく。硬い物質が蒸発したことに驚いて少女は咄嗟にそれを手放してしまう。べしゃりと地面へ崩れ落ちたそれは、もはや物体の形を保っていなかった。楽園の素晴らしさを謳っていた口はその形を失いどろどろと地面に広がり黒い水溜りを作る。断末魔を上げる間も無もなく固体は液体になり、そして空気へと蒸発していった。
おかあさまを失ってしまった少女では目の前の人物を楽園へ連れて行くことはもうできない。ならばと少女は固くナイフを握り締める。小さな手に不似合いな鈍く光る刃を真っ直ぐに蜜へと突き立てた。それが自らを破滅へと誘う行為だとは知らずに。
「見ていませんでしたか?」
ナイフが刺さった部位から勢いよく液体が飛び散った。それは血と呼ぶには黒く、そして突き立てた刃物すらも融かしてしまうほど凶悪な毒血。先ほど鳥籠を融かしたものと同じギフト。噴出したそれは黒い染みを作り少女の皮膚を蒸発させていく。
私は死に到る毒。
故に私は、ただ触れるだけでいい。
少女は自分に何が起きたのかを理解することができなかった。理解をするよりも早くそして苦痛を感じる間もなく、蜜に抱きしめられるように包まれ、そして溶けて消えてしまったのだから。
真っ白な病室に再び静寂が訪れる。始めからここには誰も居なかったかのように。これがあるべき姿とでもいうように。歩くたびに地面に黒い染みで道が作られていった。今度こそ部屋の外へと踏み出す。空っぽになったその場所を仕舞うように蓋を閉じた。
―――さあ 楽園の扉を閉じましょう。
大成功
🔵🔵🔵
村井・樹
小さい子が、ナイフ持ってる……危ないなあ!
でも、他にも人がいる?……まさか、あそこにいる人の誰かが、僕に手紙をくれたのかな?
だったら、会いに行かなきゃ
会いに行って、確かめなくっちゃ!
でもその前に、あの子に襲われてる皆が危ない
「そこのお姉ちゃん!そんなの持っちゃダメだってば!」
【存在証明】を発動
皆の目をこっちに向けて、ナイフを皆に向けるのを辞めさせる
……って、思った以上に来てる!?に、逃げなきゃっ
手に持っているもので身を守りながら(盾受け)、女の子達から逃げ回ろう
だ、誰か助けてー!?
※プレ外の言動、他猟兵との連携等大歓迎
●一番近くに
樹が病室から出ると、その先には小さな女の子が立っていた。小さな子供がどうしてこんな場所に、そう思い近づくと、ぼんやりとした弱い白熱球に鈍く銀色に何かが輝いた。その手に握られていたのは小さな少女には不似合いな鋭利なナイフ。本来の人格である樹は戦いとは無縁であるために、見慣れない武器に対して後ずさる。
「小さい子が、ナイフ持ってる……危ないなあ!」
間違って少女に刺さってしまったら大事だと、危ないから置くように諭そうと口を開きかけるが、その喉から言葉が紡がれるよりも少女がナイフを振り上げる方が先だった。無意識だろうか、仮にも動きは身体に染み付いていたのだろう。反射的に身を引いた樹はかろうじて直撃を免れる。薄く切れた皮膚から赤い雫が垂れた。今直撃していたらただでは済まなかっただろう。目の前の少女は本気で自分を殺しに来ている。ひぃっと小さく悲鳴を上げ、ただ事ではないということだけは理解した樹は、少女から距離を取るべく転がるように駆け出だした。廊下へと飛び出し、駆けていく樹の視界に少女と対峙している他の猟兵達の姿が映る。
(……まさか、あそこにいる人の誰かが、僕に手紙をくれたのかな?)
早くさっきの子から逃げなければという気持ちもあった。
(だけど、だったら、会いに行かなきゃ、会いに行って、確かめなくっちゃ!)
しかし樹の心は手紙を出した人を確かめたいという気持ちが勝っていた。でもその前に、あの子に襲われてる皆が危ない。それはこの状況を考えればすぐに思い当たった。怖い、本当は怖い。だけど、自分を待っていてくれる人がいるなら。
「そこのお姉ちゃん!そんなの持っちゃダメだってば!」
隠れて逃げることだってできただろう。だが樹はそれをしなかった。
”存在証明”
―――『村井・樹』はここに居る。
僕はここに居ると叫ぶように声を上げた。
少女の目が樹へと向く。樹が把握していなかった他の場所にいた少女達も一斉にその方向を向いていた。
「……って、思った以上に来てる!?」
突如突き刺さる視線に、何とか気を逸らせたと、上手くいったと思う反面、思った以上にその少女が沢山居ることに気づく。
「に、逃げなきゃっ」
樹が転がるように走り出すと、少女がナイフを振り上げる。咄嗟に近にあった椅子を盾にして何とか防ぐ。樹本人は無意識にユーベルコードを使った影響だったが、そんなことは本体である樹が知る由も無い。突如発揮されたそれも火事場の馬鹿力とかそういう風に感じていたところだろう。走り逃げる視界の隅に光が見えた。手紙の差出人は気になっているけれど、この状況では確認するどころではない。なりふり構わず、その光のほうへと走っていく。もうすぐで外だ、だが少女もすぐ後ろ。もつれそうな足を必死に動かす。
「だ、誰か助けてー!?」
転びそうになって、しまった!と思ったが、不意に、わずかに意識が飛ぶ。その瞬間、気のせいかもしれないが誰かの影を見た気がした。ずっとそばにいて、他人とは思えないような。もしかして僕に手紙をくれた人?そう尋ねたかったが不思議と声にはならなかった。
『私達が、貴方を守り続けます。』
『お前は一人じゃない。俺達がいつでも側にいる。』
そんな声が響いた気がした。
気づけば青い空のした、どこまでも広がる一面のアネモネ。逃げ切れたのだろうか。あの少女はどうなったんだろう。それに手紙を書いた人も結局わからず終いだった。どうやって逃げたかはっきり思い出せない。だけど、なんだか、誰かに守られたような、そんな気がする。見回しても誰も居ない。隣に誰かいるわけじゃない。だけど、ずっと傍に誰かが居るような気がした。その安心感に樹は微笑むと、色とりどりの花が咲いているその場所へ飛び込んでいくのだった。
大成功
🔵🔵🔵
鶴澤・白雪
エスパルダ(f16282)とカチコミにきたわ
安全な楽園?排他的な箱庭の間違いでしょ
腐った眼をさせて自分自身を出来損ないだと言わせる楽園なんてお呼びじゃないの
洗脳する声はあたしに任せて
『おびき寄せ』とUCを合わせて無効化を図る
万が一の時は頼んだわ
たまには大人しく守られてあげる
当たり前でしょ、呼ばれて帰ってこないほど薄情じゃないわ
(無気力になった『私』は自分に向いたナイフさえ受け入れ……
自分への復讐はこんな決着でいいの?それで後悔はしない?)
目の前で自分刺す姿を見て目を見開く
何してるのよ馬鹿!?アンタも自分も事考えてよ
ごめんなさい、痛い思いさせて
アイツを倒したらちゃんと謝るから
守ってくれてありがと
エスパルダ・メア
不機嫌面だな、白雪(f09233)
カチコミにゃ丁度いい
…って、怒ってたのはそこか
ったく、お前さてはいい奴だろ
友人の言葉に呆れて笑えば
迷わずその策に乗る
いいぜ、任された
呼んだら帰って来い
どんなみっともなくても帰って来いよ
守ってやるよ
白雪が作った隙にUCをぶち込む
氷の鳥籠
てめえの楽園はそこだ
思考も反抗も生きてる証拠を奪うんじゃねえ
返せよ
もしもの時は盾で庇って腕を引く
白雪!
何やってんだ、この馬鹿!
人の事ばっか考えてっから…ったく
殴ろうとした手で氷片握り、自分の腕をブッ刺す
ダチの怪我
見過ごせねえだろ、なあ?
抗議は知らぬ顔、ぐしゃりと頭を撫でて
ちっとは自分の事も考えてやれ、バーカ
泣きそうな顔しなさんな
●となりに
開いたドアの先は埃の溜まった廊下、そこを抜けていくと開けた場所に出る。かつては受付のホールだったのだろう。先ほどまで居た病室よりも広さのあるその場所の中心には鳥籠を持った小さな少女、倒すべきオブリビオンがそこにいた。
『何しにきたの?』
「カチコミにきたわ」
少しばかり不機嫌そうな様子で少女を見据え、黒剣を構える。
「不機嫌面だな、白雪」
「何? 文句でもある?」
「いーや、カチコミにゃ丁度いい」
そう笑って応えたエスパルダも戦闘体勢に入り、目の前のオブリビオンを見据える。
『どうして楽園から出て行こうとするの?』
此処は安全なのに。少女は悲しそうに白雪とエスパルダを見つめた。此処に居れば怖いことも何もないのに、どうして出て行くのだろう。少女は純粋にわからないというような様子で目の前の相手に問う。
「安全な楽園? 排他的な箱庭の間違いでしょ」
その目には確かに怒りが浮かんでいた。
「腐った眼をさせて自分自身を出来損ないだと言わせる楽園なんてお呼びじゃないの」
はっきりと少女に向かって吐いた白雪の言葉に、隣に立っているエスパルダが毒気を抜かれた顔をしてしまう。
「……って、怒ってたのはそこか」
白雪が最も怒りを感じていたのは隣に立つ人物に、自分自身のことを『出来損ない』と言わせたこと。狂気で捕らえ、苦痛の中に閉じ込める檻を楽園だなんて呼べるはずはない。
「ったく、お前さてはいい奴だろ」
エスパルダは呆れたように笑う。でも、自分のために友人が本気で怒ってくれるのは悪い気分はしない。青と赤の視線が交わる。それだけでもう作戦会議は十分だった。
「万が一の時は頼んだわ」
たまには守られてあげる。と白雪は笑みを浮かべる。
「いいぜ、任された。守ってやるよ」
守るための盾を構え笑う。呼んだら帰って来いと言うエスパルダに、当たり前でしょ、呼ばれて帰ってこないほど薄情じゃないわ。と返し白雪は固く黒剣を握り、地面を強く蹴った。
『かわいそうに、かあさま、お願い』
少女は迫りくる白雪に向けて鳥籠をかざす。中で転がる頭部が謳う。頑張らなくていい、何もせず、何も辛い思いもせず、安全なこの場所で生きていけばいい。そうしたって誰もあなたのことを責めない。無理して前など向かなくてもいいのだと。黒いからくり人形がその呪詛を吸い込んで、そして消していく。しかし無力化しきれなかった言葉が、すり抜け、白雪の頭の中に直接響いた。消しきれなかった声に、わずかに白雪の動きが鈍くなる。声によって迷いが生じ、無気力になったほんのわずかな一瞬の隙だ。だが戦いにおいてその一瞬の隙は命取りになる。少女が鈍く銀色に光る刃を振りかざす。それは真っ直ぐに白雪へと振り下ろされた。ああ、いいのかもしれない。これでいい。これで自分への復讐が―――本当に?
(自分への復讐はこんな決着でいいの?それで後悔はしない?)
目の前の様子がスローモーションのように映る。疑念を抱いたところで間に合わない。不意に、強く腕を引かれる。少女は白雪に集中していたのか、もう一人の人物はすっかり注意の外であった。だからこそ刃が防がれるまで反応することができなかったのだ。カンッとナイフが固い金属と衝突するような音を鳴らして少女の手を弾く。周囲の大気が温度を下がった。鳥籠はピキピキと音を立て、氷に覆われると、そのまま弾けた。砕けたガラスのよう光を反射してキラキラと地面へと飛び散った。
「白雪! 何やってんだ、この馬鹿!」
エスパルダはその腕を掴んだまま一歩間違えれば危なかった白雪に思わず声を荒げる。真っ直ぐに真紅の瞳を覗き込むと、焦点が合わない瞳に鳥籠の攻撃がまだ残っているのが伺えた。
「人の事ばっか考えてっから……」
惑うようなその姿に、「……ったく」と呆れたように悪態をつく。ちっとは自分の事も考えてやれ、バーカ。と心の中で呟いた。早くこいつを戻してやらないと。思考も反抗も生きてる証拠も奪ったオブリビオンにエスパルダも先刻の白雪と同じような怒りを感じていたが、それよりもこいつを戻すほうが先だ。ぐっと拳を握り振り上げる。しかしそれは白雪に振り下ろされることはなかった。
「見過ごせねえだろ、なあ?」
目の前の人物なら殴るよりもきっとこっちのほうが目を覚ますにはいい。白雪はいい奴だ。だからこそダチの怪我を見過ごせるはずがない。振り下ろした先はエスパルダの腕。そして固く握った拳の中には鋭い氷片。深く突き刺さったそれを伝って、ぽたぽたと床に赤い染みを作った。同じぐらい赤い瞳が大きく見開かれる。
「何してるのよ馬鹿!?」
思わず叫ぶ白雪の瞳に光が戻った。エスパルダの腕を取り、傷口を心配そうに見る。よくは無いが思ったよりも深くはなさそうでわずかに安堵する。
「アンタも自分も事考えてよ」
思わず泣きそうな、ため息のような声が零れる。よかった。戻ってきた。エスパルダは抗議は知らぬ顔でそんな白雪に思わず笑みを浮かべる。心配なのはお互い様。
「文句は後で聞く」
エスパルダは早くあいつを倒そうと笑う。そうだ、今はそれどころではない。正気に戻った白雪もそれはよくわかっていた。痛い思いをさせてしまったことを謝りたい、だけどそれは目の前のオブリビオンを倒してから。
『ああ、かあさまは楽園にいってしまったのね』
床に散らばったキラキラ光る破片を見下ろして少女は呟く。周囲を禍々しい空気が支配し、再び固く握ったナイフからは、今度こそ目の前の人物達を葬ろうという殺意がにじみでていた。
再び黒剣を握る。今度は迷わない。頑張らなくてもいい、誰も自分を責めない。辛いのに前を向かなくてもいい。確かにそれは"楽"ではあるのかもしれない。だけど、その状況に甘んじるのは違う。この復讐心を燃やし続けろ。それを忘れてしまった自分は、はたして自分と言えるのだろうか。――答えは否だ。
あたしの消えない炎と復讐心を思い出せ。
黒剣を握り、あの子の石を身に着けて進め。
白雪の怒りに、感情に、呼応するように真っ黒な剣が、燃えるように輝く。
緋色に輝く刃が、飛び掛ってきた少女のナイフとぶつかり合う。ナイフの刃が衝撃で火花を上げる。強化され強い力で振り下ろされたのだろう。その手は弾かれることはなく、拮抗した力と力が刃先でせめぎあう。力のこもったナイフが剣の輪郭をなぞるように滑る。刃と刃が離れると同時に白雪が剣でなぎ払う。再び刃がぶつかりあったが、今度は白雪が上回ったらしい、少女の足が地面から離れて、数メートルだが小さな体が後方へと弾き飛ばされる。バランスを取り、転ぶことなく着地するが、その瞬間、周囲には氷で作られた細い柱に囲まれていた。よく見てみればそれは鳥籠のような形状をしている。
「てめえの楽園はそこだ」
それはその少女が楽園だと称して与えてきたものと少し似ていた。もう戦わなくていい、だけどそこは楽園なんかではなかった。
「思考も反抗も生きてる証拠を奪うんじゃねえ」
返せよ。アイスブルーの瞳が薄く光ったように見えた。それは凍てつく少女の氷を反射したからかはわからない。エスパルダのその言葉と共に、少女は脆く砕け散ったのだった。その鳥籠からどこにもいけないまま。少女はキラキラと砕け散って、そのまま空気に溶けて消えてしまった。戦いを終えたホールに再び静寂が訪れた。
「終わったわね」
「みたいだな」
静かになったこの場所で、小さく呟いた二人の声がよく響く。カツカツと白雪はエスパルダに近づき、未だ血を垂れ流している腕をとる。そして服の端を破り、止血するようにその腕に巻いていく。何かを言おうとエスパルダが口を開く前に白雪が被せるように言う。
「ごめんなさい、痛い思いさせて」
音が震えるのをごまかすようにはっきりと声にする。エスパルダはそんな白雪の頭をぐしゃりと撫でた。
「泣きそうな顔しなさんな」
すっかり静かになってしまった白雪に笑いかける。そうだ。謝ろうとは思ってた。だけどきっと一番いうべきはこの言葉だろう。
「守ってくれてありがと」
「……おう」
そうして二人は外の光が差し込む方向へ歩いていく。色のないホールを抜けて扉を潜れば眩しい光に包まれる。光が収まっていったその先では色とりどりのアネモネが揺れていた。
大成功
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風鳴・ひなた
邪魔しないで。大切なひとを探しに行くんだ。
きみにとってのおかあさまと同じような――
いいや。"これ"と同じだなんて言っちゃ、あの子に失礼だね。
サイコキネシスで鳥籠を持ち上げて
そのまま壁に叩きつけられないかな。
少し可哀想だけど隙を作るチャンスに思えるし、
何よりこの声を遠ざけたい。
子供に接近する機会ができたら一気に距離を詰めて
かいぶつの爪牙で【武器受け】【なぎ払い】を試みるよ。
ナイフを持つ腕に噛み付いて、反撃される前に爪の揃った手を振るう。
狙うのは首。
僕はきみを殺さないといけない。
容赦するつもりもない。
ただ、苦痛を長引かせたくはないんだ。
ここは僕の楽園じゃないよ。
あの日からずっと見つけられずにいる。
●希望
ひなたがドアを開けると、その目の前には小さな少女が立っていた。
『どうして出て行くの?』
「大切な人を探しにいくんだ」
ひなたのその言葉に少女は首を横に振る。
『だめだよ。ここにずっといて』
「ごめんね、それはできないんだ。邪魔しないで」
『……そう』
少女の声色が変わる。不穏な様子と滲みでる殺気にひなたは身構える。
『かわいそうに。きっとあなたはおかしくなってしまったのね』
大丈夫、余計なことは全部忘れさせてあげるから!少女は鳥籠を掲げた。
「もう忘れたりなんかしないよ。本当に大切なんだ。きみにとってのおかあさまと同じような――」
おかあさまと称された少女の持つ鳥籠の中にある禍々しいそれを見る。いいや。"これ"と同じだなんて言っちゃ、あの子に失礼だね。そう思ったのとほぼ同時だった。それが口を開いた。劈くような悲鳴、頭を内側から揺さぶるような気が狂いそうな声。そんなもの忘れてしまいなさい。全部忘れて楽園で暮らしましょう?何も辛いことはないの。だからずっと此処に居なさい。煩い声に頭が痛くなる。だけど、視界の隅に入った尻尾、そこに揺れる白い花。あの子に見せたい花がある。だから立ち止まっているわけには行かない。もう忘れたりはしない。
ふわり。不意に少女の持つ鳥籠が不自然に浮遊する。少女は動揺するもののしっかりと鳥籠を持つ。しかしそれは大きく揺れそのまま背後の壁へと飛ばされた。離すまいとする少女も勢いよく壁に叩きつけられる。見た目は何の変哲もない少女だ、少し可哀想だと思ったが、この少女はオブリビオンであり、倒さなければならない相手である。ひなたもそれはよく理解していた。容赦のない攻撃にそのまま少女は床に転がり、鳥籠の声も一時的に止まった。その隙を見逃さず、もはや人とは言えぬ巨大な体で、一気に距離をつめる。少女はあわてて立ち上がると、握り締めたナイフを振りかざしたが、その腕に大きな口で噛み付いた。少女が悲鳴を上げる。しかしひなたは躊躇らわない。躊躇うことがこの少女の苦痛を長引かせるだけの行為だとよく知っていたからだ。僕はきみを殺さないといけない。容赦するつもりもない。迷うことなくその小さな首へと大きく鋭い爪を振り下ろした。
悲鳴が上がることはなかった。少女は声を上げる間もなく息絶えたからだ。目を見開き、首から血を噴出させている少女は、さらさらと空気の中へと消えていった。
「ここは僕の楽園じゃないよ」
消え行く少女を見つめてひなたはぽつりと呟いた。消えてなくなって、誰も居なくなったこの場所で、まるで独り言のように。蘇るのはあの子が隣に居た記憶。一緒にクッキーを食べた。一緒に星を見た。雪みたいに綺麗な髪。菫色の瞳、すぐ近くにあったはずのあの日の笑顔。
「あの日からずっと見つけられずにいる」
だからあの子を探しに行くんだ。いつか見つけられると信じて。揺れる白い花の言葉は”希望”だから。
大成功
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アイ・リスパー
「両親ですか……」
子供の頃、自分の両親が誰なのか気になって研究所のデータベースにアクセスしたことがあります。
ですが、そこには両親について何のデータもありませんでした。
私は孤児だったのか、研究所の職員の誰かの子供だったのか、それとも試験管で産み出されたのか……
今となってはわかりません。
でも……
自分の両親が誰なのか、居たのかさえ知らない私でも分かります。
「それが……
そんなモノが『おかあさん』であっていいはずがありませんっ!」
【チューリングの神託機械】で情報処理能力を向上。
今日三回目のブーストに脳が悲鳴を上げ、口から血を流しながらも【アインシュタイン・レンズ】を放ちます。
両親の影を灼き尽くすために。
●その影も灼き尽くして
何もない殺風景な廊下へと踏み出す。オブリビオンは出ていこうとすると現れるとグリモアベースでの説明でもあった。コンピューターによってこの場所の大よその構造を確認しながら、出口と思わしき方向に進む。その道中、行く先を遮るように少女が一人、アイのことをじっと見つめていた。
『どうして出て行こうとするの?』
悲しそうに、不思議そうに、哀れむように少女は言う。これが、この子が、今回倒すべきオブリビオンだ。対峙するアイが身構える。前方にモニターを展開し、いつでも戦闘に入れるように再び電脳空間への接続を開始する。
『そう、かわいそうに。おかしくなってしまったのね。かあさま、お願い』
そういって少女は鳥籠を掲げた。万能コンピューターへのログインが完了したのはそれとほぼ同時だった。脳の神経が焼きつくように悲鳴を上げる。それも当然だろう。三度も膨大な情報を叩き込み、許容量を超えているのだ。その痛みも、苦しみも、詳細な情報として巡るのだ。口の端からは真紅の血が零れ、叫びだしてしまいそうな奥歯をかみ締める。崩れたくなる苦痛の中で両足はしっかりと地面につけて、勝つための情報を拾い上げる。ここは安全なあなたの居るべき場所よ。そんな声が響いても、予知にも似た予測演算でここに居た場合の末路がシュミレートされる。楽園、そんなわけが無い。真偽の判定を正しく導きだしそれは否であると判断できる。もうその声にアイが惑わされることはないのだ。
「それが……そんなモノが『おかあさん』であっていいはずがありませんっ!」
こんな、こんな呪詛のような叫び声を上げるそれをがおかあさんなどと呼べるのだろうか?
アイには両親がいなかった。自分の両親が誰なのか気になって研究所のデータベースにアクセスしたことがあったが、それについてのなんのデータもなかった。孤児だったのか、研究所の職員の誰かの子供だったのか、それとも試験管で産み出されたのか……それは、今となってはわからない。それでもこんな人々を縛りつけ、自我を奪い、苦痛を強いるような、嘘で塗り固められた呪いの言葉を吐き続けるものが『おかあさん』でいいはずがない。両親の居ないアイにもそれだけは分かった。
「重力レンズ生成」
アイはアインシュタイン・レンズの発射の準備を着々と進めていく。
『そう、ナイフはこうやって使ってたわ。こうすればいいのね、とうさまがしていたようにっ!』
「ターゲットロック」
声が効いていないと気づいた少女は銀色のナイフを握り締めてアイへと飛び掛った。お父さん。その言葉にも微かに反応しながらも戦闘に集中する。ほとんど同時に生成されたレンズが少女を捕らえ、アイのユーベルコードの発射準備が整った。
「発射
!!!!!」
血反吐を吐きながら叫ぶ。両親の影を灼き尽くすために。狙うはナイフを握る目の前の少女。眩い光がオブリビオンを包み、影すらも光の中へ消えていく。その光が収まるとそこには黒い痕だけが残っていた。あまりに強い光に少女が居たという影が地面に黒く焼き付いたのだ。白い廊下には、消えてなくなった少女の痕とアイだけが残っていた。静寂を取り戻したこの場所で、ごほっごほっと血痰を吐く。無理をしすぎた脳には急に疲労が襲ってくる。それでも終わったのならここを出なければ。ふらり、ふらりと壁を伝い、やっと外へとたどり着くと、穏やかな光の中、一面のアネモネが揺れている。振り返れば楽園は消えてなくなっていた。初めからそんなものは無かったかのように。幻のような偽りの楽園は、こうして姿を消したのだった。
大成功
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