●過去のひと
テン、テン――。
弾む音が男性の足を止めた。俯き歩いていた男性は、菅笠を摘まみ目を凝らす。
春霞の中、音の正体が徐々にぼんやり映りこむ。
野伏かと思い鯉口を切ったが、賊にしては殺気が感じられない。
テン、テン、テン、と変わらず一定の調子で距離を縮めてくるのがわかる。
男性にとっても覚えのある音――手鞠をつく音だ。
「童か……? よもやこのような処に?」
親とはぐれたか、亡くしたか、いずれにせよ子どもだけでいるようなところではない。
少し急ぎ足で進んだ男性は、霞の中から突如として現れた姿に驚く。
「……き、きぬ……っ」
男性は息を呑み、打飼いの結び目に手を触れる。
「兄上はすぐ物事を案じる性分にございます」
男性よりも遥かに若き少女は、嫁入り前に見た姿のままだ。
いったい何者が、彼女の姿で自分を騙ろうとしているのか。
不審に思う点もあるはずなのに、今は考える気になれなかった。
「難しく考えなくて良いと存じます。万事、流れるがままなのですから」
またこんど考えれば良いのだと、腑に落ちる。
いざ難問に衝突したそのときに考え、動けばいいのだと。
在りし日に受け取った言葉は、今も男性の目の前に少女の笑みと共に。
「然り……その通りだ、絹」
かくして言の葉が成り、その葉の霞に男性は呑み込まれていった。
テン、テン、と手鞠が弾む音だけを残して。
●グリモアベースにて
彼が見せられたのは亡き妹の姿だろう。
ホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)はそう話し出す。
オブリビオンの能力のひとつに、対峙した相手にとって近しい死者を呼ぶものがある。
そして死者の姿と声で相手を惑わせ、襲いかかる。
どうにもいやらしい物の怪――オブリビオンだ。
「転送先は、桜遊苑って呼ばれるところなの」
オブリビオンの気配から近いと思しき場所だと、ホーラは続けた。
物の怪の群れは、出現地が特定できていない。
しかし悪意は確実に、平穏漂う日常へ忍び寄りつつある。
放置してしまえば、予想だにしない災害が物の怪により起きてしまうだろう。
「事が起こる前に叩いてほしいの。今から行くのが、ちょうど良い時機よ」
まずは桜遊苑で、物の怪の噂を集めてほしいとホーラは告げた。
「桜遊苑では、お花見が毎日のように行われてるわ」
遊苑は広く、その名が示す通り敷地内の随所で桜が咲き誇っている。
また、花見客は身分や出自を問わず多くの人がいて、様々な屋台もある。
「もう散り始めてるから、一面、桜色よ」
白花の絨毯と、舞い散る桜の雨。
その下で猟兵たちは噂を集め、物の怪の棲むところへ向かう。
あとはオブリビオンの群れを見つけ次第、殲滅するのみだ。
「遊苑ではお花見を満喫して、緊張したり気を張りすぎないようにね」
オブリビオンは、人々の平穏な日常や、その幸福な空気を汚しに来る。
転送先の地方へ集結しつつある今が、まとめて叩く好機だ。
敵と遭うまでは、群れを散らしてしまうような真似も避けるべきだろう。
「……予知に出てきた男の人のことだけど」
一区切りついた後、ホーラは男性の話を紡ぐ。
「すでにオブリビオンとは遭遇してて、行方がわからないの」
どんな形であれ発見できれば幸いだが、どうなるかは現地へ行かないとわからない。
そこまで説明を終えたホーラは、微笑む。
「転送の準備はできてるわ。どなたから向かっていただけるかしら?」
棟方ろか
お世話になります、棟方ろかと申します。
シナリオの主目的は『オブリビオンの殲滅』です。
第一章がお花見、第二章で敵の元へ向かい、第三章は集団戦です。
●一章について
桜散りゆく遊苑で、お花見をしましょう。
友人や花見客と、あるいは一人でまったり。どういう過ごし方でもOKです。
お花見を楽しむことが大事なので、ここで集める「物の怪の噂」は難しく考えなくて大丈夫です。
なお、日常パートではございますが、まだオブリビオンの脅威が去っておりませんので、グリモア猟兵のホーラは登場しません。
●三章について
予めこちらで説明しておきます。
三章の集団戦では、敵ユーベルコードのひとつに、オープニングにもある「その者の近しい死者の霊を見せ、生前の言葉で惑わして襲う」ものがございます。
そちらに傾いたプレイングも大歓迎ですので、今は心の隅に置いて頂けると嬉しいです。もちろん、無理に行動に取り入れなくても大丈夫ですよ。
それでは、皆様のプレイングお待ちしております!
第1章 日常
『お花見』
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POW : たくさん飲み食いしたり、お花見ついでに散策したり、めいいっぱい楽しもう!
SPD : 手作り料理や飲み物(買ってきた物もOK)を持ち寄ってお花見パーティ
WIZ : 咲き誇る花や周囲の風景を堪能しよう
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矢来・夕立
桜と言えば満開のそれが想像されがちですけれど、散るさまにこそ風情があると思いませんか。
なので、丁度いいです。今年は満開の桜しか見てこなかったな。故郷の世界で春の結びか。
眺めているだけというのも手持ち不沙汰ですから、…何かやろうと思ったんですが。結局これですね。折紙。
「これから」の準備になりますし、精神統一の手段としても優秀。…初めての猟兵業で知ったことです。この作業は、気持ちを切り替えるのにちょうどいい。
といっても、オレの過去には抗えないような誘惑も、取り返したいものもない。思い出しもしなければ、切り替える必要もない。
過去を殺す。猟兵に向いてる人材なんですよね。我ながら。
アドリブ/連携可
レザリア・アドニス
物の怪の噂…(びくっ)
お、オブリビオンの仕業だとわかってるとはいえ、やっぱり、…ちょっと、先から少し寒くなっていない…?
内心ハラハラドキドキしつつも、賑やかな人の流れに巻き込まれて、
あっという間にお花見を楽しむようになった
いろいろな屋台に覗き込み、見たことのない食べ物や遊びに、好奇心満々
ついにおいしそうなものを買ってしまう
少し静かな場所に行って、白い絨毯に座って、焼きトウモロコシや綿あめなどを食べつつ、白の天蓋を見上げる
すごく、綺麗ですね…
髪や服に落ちてきた花びらを摘んで、手のひらに乗せる
この白い白い花びら、私などに落ちるのは少々もったいないよね…
コノハ・ライゼ
やっぱ日本には桜だよねぇ、なんて呟きつつ
桜の次に目が行くのは、やはり居並ぶ屋台
団子に屋台ならではの焼き物に、と
勉強を口実にせっせと買っては摘まみ
桜を使った美味しいモノとか、この辺の特産とかないかなぁ、ときょろきょろ
酒は今は……いいや、帰りに買っていこうか
ついでに売り子のお姉さんとかに
最近この辺りで不思議な話を聞いたりしなかった?と聞いてみよう
いやなに、小話を旅の供にでもと思ってネ
気付けば両手が一杯で
腹に収めようと適当な場所に腰を掛け
落ち着けば、不意に此度の敵の事が浮かび
(近しい、死者……もしも、本当に)
失くしてしまった記憶の、あの人に会えるのなら
そこまで考え、首を振る
花見を満喫するんだった、な
未不二・蛟羽
【POW】
さくら!お花見!
お祭りみたいで、皆んな楽しそうできらきらっすー!
他の所でも桜は見れるけど、サムライエンパイアでみるとまた違う気がして…あれ、ミヤビ、ってやつっす!
お団子と、桜餅が美味しいっす!他のも食べ物もいっぱいでテンションあがるっす!
【コミュ力】を存分に発揮し、お祭りに参加している一般人の中に溶け込み
中でも歳下の子供達と一緒になって遊びまわって
桜が散らなくて、月が曇らなくて…そんな言葉、どこかで聞いたことがあるような…意味はよく分からないっすけど
でも、今しかないからキレイってのは、なんか分かるっす
今しか無くて、来年はもっとキレイだから
だからきらきら、っす!
アドリブ・連携歓迎
赫・絲
ほんと、見事な桜だねー
こんな綺麗な景色、UDCアースで見ようと思ったら身動き取れないぐらいの大混雑だもん
そう考えると、猟兵の仕事もいいコトもあるよねー、なんて
周りの噂話に【聞き耳】を立てるのは忘れず
でも、せっかくだしのんびりしようかな
桜餅も三色団子も美味しそうー
この後の戦闘に備えて……なんて言い訳だけど、
たまには甘い物沢山食べたいし、どっちも食べちゃえ!
買い込んだら、折角だから絶景の中に
白花の絨毯の上に座って降り落ちる桜の雨をのんびり眺めつつ
桜餅やお団子をぱくり
団子に花弁が降ったら、それは記念に持って帰るよ
景色を写真に収めるより、その方がきっと何度でもこの景色を思い出せるから
アドリブ・連携歓迎
彩花・涼
零落(f00429)と参加
花見に誘ってみたが、零落は桜は好きだろうか?
桜を愛でつつ、団子や桜餅を堪能するとしよう
屋台があるならまず団子と桜餅だな、零落は何十個にする?私はとりあえず10個ずつにして別のものも食べたいと思うのだが?
ぜんざいか…それは捨てがたいな
ひとしきり食べ物を調達したら、景色がよく見える場所を探してそこに座ろう
ちゃんとレジャーシートも用意して来たぞ
サムライエンパイアの桜は何度見ても美しいな…零落は花びら掴みか?
うまく取れればいいな、だが…先に髪が取ってしまったようだぞ?と零落の髪についた花びらを見せよう
なるほど、春コーデか(ふふっと微笑ましく笑い
零落・一六八
涼(f01922)さんと
花見と聞いて!いやー、好きですよー花見!
これでもふーりゅーや四季を愛する男なので!
じゃあボクもとりあえず団子10個でー!
あっちにあるぜんざいとかも食べたいですし
さっすが涼さん!準備いいですねー!
しばらく花を見ながらレジャーシートで団子食べてますが
ひらひら落ちてくる花びらに
シートで座った状態でつい手でキャッチをちょいちょいと
おっといつの間に髪に
季節感を出した春コーデってやつですよ
桜を髪にあしらった的な(どや)
しかしまー、こうしてぼーっと何か食べながら
落ちてくる桜の花びらを眺めるのって
嫌いじゃないんですよねー
見上げたままぱたっとシートに仰向けになって眺め始める
アドリブ歓迎
萩乃谷・硯
アドリブや絡み歓迎します
あぁ、お花見、お花見。素敵ですね…!
ついつい私も浮かれてしまいます、ふふ
白花の絨毯、ふかふか、さくり
感触を楽しみながら踏み進んで、
桜を楽しむ皆さんの声に、耳を傾けてみるのです
物の怪の噂を気には掛けつつ
でも華やぎの景色に和む声や、穏やかな春の会話
交わされる沢山の幸せな言葉達から、
幸せを分けていただくのも素敵です
女性と男性にお一人分ずつ、
お土産になりそうな物がありましたら是非購入したくも、
自分にはお団子など買ったりしまして、
少しお行儀は悪いですが、食べながら行きましょうか
遊苑をぐるりと一周楽しみましたら、
二周目に突入するのも、吝かではありません
ふふ、だって楽しいんですもの!
仇死原・アンナ
桜っていうのか…綺麗な花だね…
とりあえず花見を楽しもう…
飲み食いしたり散策したりして楽しむ
一人でぶらぶらと遊苑内をうろついて、いい花見の場所を[情報収集]したりする
いろんな屋台を覘いて気になるものがあったらそれをつまみにして
花見を楽しもう
花見に飽きたら行き交う花見客をこっそり眺めたりして暇を潰そうかな…
「このまま過ごしていたいけど…そうはいかないよね…」
時が来たらゆっくり立ち上って背伸びをして現場に向かうとしよう…
アドリブ絡みOK
カレリア・リュエシェ
【アドリブ・連携歓迎】
凄い。木々すべてが葉の代わりに花を咲かせている。店も出ているのか。
みな笑顔で楽しそうだ。子供も大人も……
ああ、これは、猟兵として来なければならなかったのが残念だ。
気落ちしていても仕方ない。買い物をしながら噂を集めよう。
店主よ、1つくれ。そこの――(謎の食べ物ばかり)
その……うん、店のオススメを頼む。あぁ渡来人みたいなものだ。
ところで、ツマミになるような面白い話はないか?
おはぎとみたらし団子と抹茶。
なるほど、これがエンパイア式のティータイムか。
甘い匂い……。せっかくだ、あの一番大きな樹の下で楽しもう。
(このあと、抹茶は紅茶と違うことを痛感した)
花盛・乙女
【WIZ】
桜か。うむ、エンパイアの桜はやはり散り際が美しい。
花の盛りの苗字を持つ身でこのように思うのは少々皮肉だろうか?
…ふふ、一人でぶつぶつと考えていても始まらんな。
気軽で身軽な一人参加だ。エンパイアの酒でも片手に花見をするとしよう。
句や歌などを詠む知恵は私にはないが、花を美しいと思うくらいはできる。
それに…刀を持たず、【鬼吹雪】。
舞うようにと呼ばれる我が剣技、桜の彩りの添え物くらいにはなるだろう。
花を見て、笑顔になる民の顔を見て、改めて決心しよう。
この笑顔を護るため、我が刀にて悪を斬り払うことを。
【連携・アドリブ歓迎です】
●桜遊苑
「やっぱ日本には桜だよねぇ」
小さな頷きを繰り返して、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は花盛る道をゆく。
零れた呟きも春風にさらわれ、ぬるい花の香気にくすぐられた。
絢爛な桜花も然ることながら、居並ぶ屋台も見事なもので、花見という催事が同時に祭りでもあると実感する。
そう、花見は祭りだ。勉強を口実にして、コノハはせっせと団子や桜餅を買っては摘まむ。
見回せばそこかしこから美味しそうな薫りが漂い、時おりむらだつ桜の嵐がそれを連れていってしまう。
――桜が満開だったから、際立っているのかも。
遊苑を覆う薄桃色の風の濃さは、コノハでなくても実感していた。
春らしい風が生命力にあふれ力強く、無数の花弁がそこに乗ることで、人も、匂いも、すべて包み込んで去っていくように見える。
ゆるく息を吸い込んで、コノハは風から店へと気を寄せた。
特産の桜餅の露わな弾力に心奪われながらも、別の屋台から釣り下がる徳利の看板へ目が行く。
今は我慢と自らへ言い聞かせてみるものの、花見向けに用意されたであろう酒が気にかかる。
――いいや、帰りに買っていこうか。
そうしてひっそりと耐え忍ぶコノハのやや後方。
黒ごまの餡をたっぷり絡めた串団子と、身体の芯から温めるお茶を手に散策するのは仇死原・アンナ(炎獄の執行人・f09978)だ。舌で感じる甘みと芳醇なごま餡を、緑茶の苦みで静める。アンナはこの繰り返しが癖になりそうだった。
味覚と嗅覚だけでなく、彼女の双眸もまた世界を堪能する。
四季麗しいサムライエンパイアで、桜並木は壮観だ。今の時季を過ぎてしまえば、視界いっぱいに満ちる春の美観とも暫しのお別れとなってしまう。そう行き交う人の会話からアンナは聞いた。
――桜、っていうのか……。
夜よりも深い黒に絶佳を映して、彼女は息を継ぐ。
――綺麗な花だね……。
ひとりでぶらりと花見紀行を満喫するアンナは、ぶらぶらと遊苑内をうろついて、いい花見の場所を尋ね歩く。
彼女の姿が賑わいに消える後ろ、春爛漫の美景を仰ぎ見て、赫・絲(赤い糸・f00433)はうっそりとして息を吐いていた。
「ほんと、見事な桜だねー」
感情に揺れた二粒の薄紫に、白花の色が混ざる。
右へ視線を傾ければ、枝の周りで戯れる雀の踊りを絲は知った。
今度は左へ傾け、風に遊ばれて降り注ぐ桜雨を捉えた。
舞い散る花弁の行く先を追ってみると、すでに大地へ積もりつつある春色の絨毯が、絲の足跡をのみこんでいく。
屋台も多い桜遊苑だ。賑わいはまだまだ続きそうだが、絲が知るUDCアースでの花見とは、比べものにならないほど風通しが良い。身動きもかなわぬほどの混雑が、ここには無い。
――そう考えると、猟兵の仕事もいいコトもあるよねー。
ほくほくと心を温めて、絲は新たな足跡を絨毯へ落としながら苑内を行く。
一方、未不二・蛟羽(花散らで・f04322)の眼鏡越しには、はらりはらりと桜が舞っていた。
「さくら! お花見!」
優雅な花を吹き飛ばす勢いで、はしゃぐ声。心なしか足取りも弾む。
「きらきらっすー!」
蛟羽の歓声に、辺りをゆく人々も同調をはじめた。
「ほんとだねえ、今年もきれいだよ」
「やっぱ桜はいいよなあ」
里の人たちの他愛も無い言の葉の贈りあいが転がる中、萩乃谷・硯(心濯・f09734)も感触を楽しみながら踏み進んでいた。
白花の絨毯はふかふかで、自然と硯の歩調も軽くなる。
そして舞う煌めきに惹かれ仰げば、そこにあるのは果てしない桜色の空。
硯は喜びを表へ出さずにいられなかった。
「あぁ、お花見……本当、素敵ですね……!」
「あれっす、ミヤビ、ってやつっす!」
硯の喜色満面を目撃して、蛟羽も応じる。
吐息で笑う硯の身が弾む度、薄墨に浸した筆のような白がさらりと揺れた。なびく髪の狭間、硯は大きな瞳で瞬く。
「こんなにも素敵ですのに、物の怪の噂があるというのは残念ですけれど」
「物の怪……」
人々の合間かを縫ってきたレザリア・アドニス(死者の花・f00096)は、硯の一言に肌身を震わせた。
日常を脅かす物の怪。かの者の噂は確かに存在し、今もどこかに潜んでいるはずだ。
――お、オブリビオンの仕業だとわかってるとはいえ……。
指先に走る冷たさを擦るレザリアは、あれよあれよという間に人波に流されていく。
くん、と鼻先を鳴らしてレザリアは気付いた。この賑わいが向かう先を。
「食欲をそそる香り……これは……」
「みたらし団子でしょうか、とても香ばしいです」
いつの間にかレザリアと共に流れに乗っていた硯が、香りが誘う方をつま先立ちして覗く。人々の頭が蠢いていて確かめにくいが、香りは間違いなく人の波の向こうから漂っていた。
蛟羽もまた、焼かれる団子の薫りに胃を刺激されていた。
すると腹を擦った一瞬の裡に、蛟羽の口めがけ花弁が飛び込む。
息を吸うタイミングと合致したため、彼は一片をごくりと嚥下する。野の姿を連想させる風味が鼻まで抜けてきたが、顔色は平然としたままだ。
「食べるなら花よりお団子がいいっす……あっちっすよ!」
蛟羽は軽やかな足の運びで、人の渦へ溶け込んでいった。
両腕を楽しげに揺らしながら、硯の笑みも華やぐ。
「私も浮かれてしまいそうです。参りましょうっ」
そう告げた彼女の後背に続いたレザリアは、ついに紛うことなき美味を屋台で買い求めてしまった。
胃の欲に抗えぬ人々の波を越えた奥で、ひとりの少女が眼を瞠る。
――凄い。
カレリア・リュエシェ(騎士演者・f16364)は声なき声を呑み込んだ。
葉の代わりに白花を誇る木々。
量だけ見ると傘はずっしりと重たげだが、花はさやさやと揺れて爽やかだ。
それゆえにカレリアは震える。
――ああ、これは……。
目線を下げてみれば、カレリアの両のまなこに映るのは、老いも若きも楽しげな様。
――猟兵として来なければならなかったのが、残念だ。
正義感で築かれたカレリアの甲冑が、桜花にそっと撫でられた。
●桜東風
満開の桜が天蓋となり、呆れるほどに青い空を隠すのも見応えある光景だ。
しかし桜が散るさまにこそ風情がある。
矢来・夕立(影・f14904)の双眸は春告げの美ではなく、今わの際に見せる命の足搔きを捉えていた。
――なので、丁度いいです。
今年は満開の桜しか見てこなかったな、と淡々と辿る記憶の糸。
懐かしむ絵面は無くとも、故郷の世界で結ぶ春に、無心ではいられなかった。
同じころ、大粒の赤に桜色が映り込んでいた。彩花・涼(黒蝶・f01922)の双眸が捉えたありのままの風景は、春ならではの盛況を涼に教えてくれる。
行き交う花見客が手にしている平包も大小様々だ。角張った布には弁当箱が入っているのだろう。まるく膨らんだ布からは徳利が覗き、本を抱えた者もいる。
戦場から遥か彼方にある日常風景だ。戦いを常としてきた涼にとって、未だに慣れないものでもある。
「……零落、桜は好きだろうか?」
いざ誘ってはみたものの、気にかかるのはその点だ。
「いやー、好きですよー、花見!」
電子で組んだ灰色の髪に花弁をまとわせて、零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)が口端を上げる。
一六八の意識は疾うに、桜にさらわれていた。
広がる世界は有限だが、まるで果てまでふぶきそうなほどの花の嵐。雅やかな景色の中心に、彼はいた。
「これでも、ふーりゅーや四季を愛する男なので!」
靴先で桜色の絨毯を引っかけ、一六八は笑う。
何が無くとも団子と桜餅は必須だろうと、涼と一六八は屋台の前に立った。
「零落は何十個にする?」
「私はとりあえず十個ずつにしようと思うのだが」
ひいふうみい、と数えつつ涼が応える。
すると脇で、一六八の口角が嬉々として吊り上がった。
「じゃあ、ボクもとりあえず団子十個でー!」
くい、と一六八が顎で示したのは奥に建つ甘味処。
話の接ぎ穂は、彼がもたらす。
「せっかくですから、あっちにあるぜんざいも食べたいですし」
ぜんざい。甘美な誘惑を覚える四文字に、涼の眉が微かにぴくりとする。
「そうか、ぜんざいか……それは捨てがたいな」
真顔のまま涼の意識も、連れと同じ場所へ飛ぶ。
そして彼女たちからほど近く。
うむ、と花盛・乙女(誇り咲き舞う乙女花・f00399)は顎を引いていた。
――エンパイアの桜は、やはり散り際が美しい。
花の盛りの苗字を、彼女は持っている。
この身で思うのは少々皮肉だろうか、と乙女は胸の内で一笑するも、寄る辺はたしかに花にある。
――ふふ。一人でぶつぶつと考えていても、事は始まらんな。
乙女の食指は迷わず美酒へ伸びる。
細指で燗徳利をゆうるりと回した乙女は、空気へ滲んだ酒気の向こうに同じ猟兵の姿を捉えた。
黒き甲冑に身を包んだカレリアの姿だ。カレリアは見慣れぬ食材に泳ぎかけた目線を、どうにか一点へ集中させて落ち着くのを待つ。そして徐に首の振りで屋台の主へ訴えた。
「店主よ、ひとつくれ。そこの……」
名指すものの名を知らないカレリアは、ここで言葉に詰まる。
粒の感じが見て取れる丸みを帯びた食べ物は、色と質量だけ見て主食かおかずだろうと考えた。それほどまでに大きめで、濃く沈んだ色が強い。
「その……うん、店のオススメを頼む」
言い淀んだカレリアの心中を察したのか否か、屋台の主は小首を傾いで。
「なんだい、おはぎは珍しいのか? あんた渡来人なんかね?」
「……みたいなものだ」
答えるカレリアの声音に、息が混じる。
そいつはまた大変そうだな、と店主はおはぎを素早く竹皮で包んだ。
「んじゃ、この先の宿場町にでもいくんかね、気ぃつけなよ」
さりげなく告げた店主の言は、カレリアの片眉を動かす。
「……辻斬りでもあったのか?」
尋ねたカレリアに、よくわからんのさ、と店主は肩を竦める。
「町の近くで人が消えてるとかなんとか……よしせっかくだ、いくつかまけとくよ」
気付けば竹皮は随分こんもりと膨らんでいて、受け取ってみれば手にずしりと響く。
「心遣い、ありがたく頂戴する。その神隠しらしき噂、ツマミになりそうだな」
カレリアは薄々感付いていた。
しかしこの土地に住まう人にとっては、人が消失する意味もその真相もわからぬままだろう。
店主から町の方角を聞いたカレリアは、すぐさま踵を返し人混みへと消えて行った。
同じころ、別の屋台でコノハは売り子の女性と話を弾ませていた。
不思議な話を聞かなかったかとコノハが尋ねたことで、桜餅をくるみながら女性は唸る。
「ううん……不思議な話、ですか?」
「いやなに、小話を旅の供にでもと思ってネ」
あら旅人さんでしたの、と微笑んだ女性は、大粒の瞳をくるくると動かして。
「旅人さんが多い宿場町の方じゃ、不思議なことが起きてるみたいですよ」
宿場町。
鮮烈に印象付ける単語を耳にし、コノハは何度かまばたきをする。
そして気になったとしても顔には出さないまま、ふぅんと呻いた。
詳しい話を知っているか続けて聞いてみても、人が忽然と消えていることしか女性にはわからなかったようだ。
一方、物の怪の噂という痛烈な言葉を想起して、レザリアは細腕をさすった。
共生する死霊が訴えかけてきたかのように、肌が冷たい。
「……少し、寒くなっている気が……」
「寒い……? 花冷えかもしれません」
傍に居た硯は、顎に手を添えながらも平然と佇んでいる。硯から向けられたひとつの可能性に、レザリアは唇を閉ざし考えた。
――やっと温かくなってきたのに、また寒さに戻るなんて。
けれど桜遊苑を満たす人々は活気にも包まれていて、たとえ肌寒さを感じていたとしても気にも留めないだろう。
周りの様子を窺い、物の怪の気配がないとわかったレザリアは、丁寧にくるまれた食べ物を抱えて再び差し歩む。
各々がこうして花見会場内で動く中、絲もまた屋台を前に表情をほころばせていた。
三色団子に桜餅、甘く煮た座禅豆とまるい卵焼き。
色とりどりの食べ物に満ち行かれ屋台を訪れた彼女は、抑えきれず喉を鳴らす。
おいしそー、と意識せず本音がこぼれた。
――英気を養うのも大事だよね。この後の戦闘に備えて……。
絲は理由を咄嗟に繋げてみるものの、やはり空いた胃の求めには抗えない。
「……なんて、言い訳する必要ないか」
どっちも食べちゃえ、と自らに刻み付けるより一寸早く、絲の唇はほしいものを屋台の主へ片っ端から伝えていった。
●春の宴
春の重みが、人々の上に枝垂れている。
人混みから遠く、静けさに埋もれて胸を撫で下ろすのは、花の絨毯に座り込むレザリアだ。
小さくちぎった綿あめを陽に透かし、青と白が混じらぬ花の天蓋に重ねてかざす。
「すごく、綺麗ですね……」
レザリアは、白花の空に似た色をした綿あめを、ぱくりと口に入れた。
「ええ、ええ、本当にきれいです」
ゆっくり首肯した硯が、頬に桜色をまぶして応える。
目的でもあった土産の品も拵えた硯は、すでに笑みを湛えていた。
しかも屋台を練り歩いていた時からずっと、その小さな手から桜餅や団子などの甘味を離さずにいて――いま彼女が掴んでいる美味はよもぎ団子だ。
一方でカレリアも、粒がもちもちと噛み心地良いおはぎを食したのち、抹茶の器を見下ろしながら呟く。
「綺麗な景色にエンパイア式ティータイム。閑雅とはこういうことか」
カレリアもまた、彼女たちの言の葉に自らの想いを繋いだ。
彼女の前に並ぶのは、みたらしにたっぷり浸した串団子に、まるくふくよかなおはぎと、濃緑の抹茶。
泡立つ抹茶の優しい色合いをカレリアは眼で楽しみ、食べ物の甘い香りを鼻で味わう。
そうしている間にレザリアは、黒い服にまとわり落ちてきた一片をつまみ、手に横たわらせる。
儚くも懸命に咲き誇った末の姿は、指の腹で撫でるとしっとり吸い付いてくる。生きた証はまだ残っていた。
――もったいないよね。私などに落ちるのは、少々。
長い睫毛を伏せ、レザリアは噛みしめる。
一面の白を魅せた花弁が、まるでレザリアの灰翼を撫でていくかのように、そっと舞い散っていく。
思い思いのひとときがある中で、硯の面差しからは喜色が消えない。
――ふふ、来てよかった、とても楽しいんですもの!
そんな硯の傍では、ううん、とカレリアが唇を引き結んでいる。抹茶は紅茶と違うことを痛感して、彼女は何とも言い難い表情を浮かべていた。次なる一口が恐る恐るになる。
直後、乙女の喉から込み上げた言葉が、花へ向けられる。
「たしかに、美しいな」
句や歌を詠む知恵を持たずとも、美を美と感じる心は嘘をつかない。
だから乙女は得物なき手で風を切った。駆けた足に勢いを乗せ、白き指先で一閃。景色に光を走らせる。
近くにいたカレリアたちが、舞うような乙女の動きを目撃して唸る。
披露した乙女は爪先を揃え、再び背筋を正して佇む。
――我が剣技、桜の彩りの添え物くらいにはなるだろう。
散り際の春へ、乙女からの餞だった。
花に命を、そして人々の笑顔に未来を見て、乙女は改めて決心する。
――この笑顔を護るため、我が刀にて悪を斬り払おう。
乙女の目遣いは決して俯かない。ひたすら前を見据え、気概を瞳に煌めかせるだけだ。
そうした彼女たちの応酬に目を呉れる間だけ、夕立は折紙の手を止めていた。
視線を外して夕立が仰ぎ見た白花の海は、先刻と変わらず風に波打つ。
波は心をざわつかせる要因には至らず、夕立にとっては波のひとときは少々手持ち不沙汰だった。
――何かやろうとも思ったんですが。結局これですね。
他の猟兵たちのように動こうかとも考えたが、彼の指先は自然と精神統一へ傾いていた。
彼が黙然と折るのは、言の葉に代わる一葉の紙。
――気持ちを切り替えるのにちょうどいい。
それは夕立が、初めての猟兵業で知ったこと。
しかしそこで思考に耽るのではなく、かぶりを振ることも夕立はしない。
心を研ぎ澄まさなくとも、彼には切り替えるべき雑念など無かった。
過去を殺す。そのことに疑問も顧みる人生史も無く、夕立はただただ紙に折り目を刻んでいく。
――猟兵に向いてる人材ですね。我ながら。
しまいに彼が吐いた息の葉は、俚耳には聞かれない。
知るのは他でもない折紙だけだ。
●散華
桜たけなわ。春纏う風から温もりが消えかける頃。
ゆく店ゆく店で食べ物を調達してきた涼は、一六八と共に景色がよく見える小高いところへやってきていた。
人気からやや離れたこともあってか、葉擦れの囁きがより聞こえやすい。
「さっすが涼さん! 準備いいですねー!」
持参したレジャーシートを涼が広げると、一六八が感嘆の声をあげる。
万全の態勢で花見へ訪れた涼だ。真っ直ぐに褒められ、僅かに眦を綻ばせる。
「……それにしても」
呟きながら涼が腰掛けてみれば、薄桃の絨毯は厚く、シート越しにひんやりと花に染みた水分が伝ってきた。
「サムライエンパイアの桜は美しいな。何度見ても」
涼の囁きさえも、風が拭いとっていく。言葉の代わりにふたりの鼻孔をくすぐったのは、祭りがもたらした食欲をそそる香気。
それもそのはずだ。シートの上に並べたのは、彩り豊かな春の団子に桜餅、ぷるぷるの玉こんにゃくは艶やかで、タコの桜煮の濃さは散りゆく花の中ですまし顔をしていて、思わず涼と一六八の眼差しが寄る。
一六八はシートの上でくつろぎ、団子を咥え始めた。
敷いて間もないというのに、一瞬の裡に白花がシートを染めていく。
はらはらと舞い踊る花弁があまりにも優雅で、一六八は意識せず踊り手に触れる。
見事にキャッチできたかと、恐る恐る手の平や指の間を確認するが、一六八の予想に反して花弁は一枚たりとも掴めていない。
すると、涼が一六八の髪を軽く梳く。
「先にこっちが取ってしまったようだぞ?」
やさしく涼に知らせてもらったのは、捕まえようとしていた春の花。
まだまだ花を髪にあしらっている青年の様相は、涼から見ると無邪気に思える。
ぱちりと一度は瞬いた一六八だが、すぐに笑みで頬を高くして。
「これこそ、季節感を出した春コーデってやつですよ」
誇らしげに答えた一六八の瞳は変わらず輝く。
「ふふ、なるほど、春コーデか」
胸を張る彼に、涼は笑みを咲かせた。
そのあと一六八は大きく伸びをして寝転がり、薄いピンク色の天蓋と澄み渡る青の境目を見つめだす。
美味に舌鼓をうち、難しく考えることもせず、そぼ降る桜雨の末期を受け止めた。
「嫌いじゃないんですよねー、こういうの」
喉を閉ざした一六八の声音が掠れる。
天に心奪われた彼の傍ら、誘いをかけて良かったと、涼は静かに瞼を伏せた。
掻き集めたような食糧の数々。我に返ったときにはもう、コノハの両手も塞がっていた。
まだまだ屋台は多く、巡り足りないが、一先ず抱えたものを腹に収めるべく、木陰で腰を休める。
状況が落ち着いたからだろうか、コノハの思考に降って湧いたのは、今回の敵のこと。
――近しい、死者……もしも、本当に。
忘れっぽい彼にも、忘れたのではなく失くしたと呼べるものがある。
遡るにも遡れない、ぽっかりと空いた過去。
沈思しかけてはたりと止まり、コノハは首を振る。
――花見を満喫するんだった、な。
青空さえも溶かしてしまいそうな薄い薄い青の双眸で、コノハは想いを引き戻した。
そんなコノハの前を、店で一頻り食べ物を買い込んだ絲が通り過ぎていく。
彼女は、広がる絶景をただ画として眺めるのではなく、その画の中へ入ってきていた。
すると絲の耳朶を朗笑が打つ。耳をそばだてていた彼女へと、人々の言葉は風に紛れながらも清かに届く。
そのほとんどが桜か酒か甘味の感想だ。
意図せず届く葉には仕事や身内への文句も混じったが、絲は余分な情報を自然と遮断する。
――噂も聞きたいけど。せっかくだし、のんびりしようかな。
白花に埋もれた地に座って、降る桜の雨を眺めだす。
荷を下ろせば、先ほどまで塞がっていた両腕の重みがすっかり失せてしまい、物足りなく感じる。
絲はそこで、花見に訪れていた子どもたちと遊びまわる蛟羽を遠目に見つける。
――さっきの笑い声は、あそこからだね。
描かれるシーンの穏やかさに睫毛を震わせ、彼女はつまんだ桜餅をぱくりと頬張った。
頬張る絲の視界の麓で、買ってきた団子が花弁の帽子をかぶる。
――いいね。記念に持って帰ろう。
微睡みたくもなる風に包まれながら、絲は想いを馳せる。
夢まぼろしでないここの景色は、絲にとって何度でも思い出したいものでもあった。ならば拠り所をつくるのも吝かでない。
やがて子どもたちの賑わいは遠ざかっていく。
足取りも声も弾ませていた童たちが蛟羽のもとを離れ、かくれんぼを始めたのだ。数を唱える愛くるしい声が木霊する。
不意に蛟羽は立ち止まった。蛟羽の耳の奥、ふと過ぎったのはいつかどこかで聞いた言葉。
――桜が散らなくて、月が曇らなくて……。
続きはわからずとも、その言葉は彼の鼓膜を震わせた。
知らず心憑りついてしまう自然の趣き。それに愁うひとの心情を思わせる言の葉。
意味は蛟羽にもわからない。
しかし思い悩むことなき彼にも、絶えぬ想いという物の気が、ひとから憑いて離れないことだけはわかる。
――今しかないからキレイってのは、なんか分かるっす。
やがて枯れ枝となる木々も、今だけは懸命に粧い華々しく咲いている。
なんとかなるの精神が内で流れる蛟羽のまなこに、繰り返される桜の命は果たしてどう映ったのだろう。
今しかない。そして来年はもっときれいになる。
「だからやっぱりきらきら、っす!」
声に出してみれば、花弁が驚いたようにくるりと回った。
彼の瞳に宿った光を、眼鏡が映す。
春心地の陽射しも抜け落ちてしまうレンズに、一片は触れる。
散りゆく花の舞いは幻でなく確かにそこにあるのだと、蛟羽はその一片を掬い取り実感した。
片辺で、茫然と絶佳に見蕩れていたアンナの眼差しが桜から外れる。
持て余す暇の渦が、彼女の炎を遊ばせた。揺らめく青をかわした花弁が、彼女の纏う黒に触れる。
ひとひらずつ、桜が死を執るアンナを撫でたのは、咲き誇った生命の終わりが近いからだろうか。春を告げて咲き匂った桜たちが、早くも次の命へ明け渡そうとしている。遊苑の随所では既に、暮春に開く花の息吹があった。
――このまま過ごしていたい。
過ぎった願いが叶わぬと知る彼女は、少しばかり残念そうに息を吐く。
アンナはやおら立ち上がり、背伸びする。胸いっぱいに空気を吸い込んで。
次に息を吐くときはもう、彼女の面差しは猟兵の気色を刷いていた。
大成功
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第2章 冒険
『かみかくしの手鞠歌』
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POW : 入り組んだ町中を歩いて手掛かりを探す。
SPD : 町の人々に聞き込みを行う。
WIZ : 歌や伝承を紐解く。
👑11
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●町
――宿場町のそばで、人が消えているらしい。
それが物の怪の仕業かわからずとも、猟兵たちが感付くのに充分な噂話であった。
桜遊苑を離れた猟兵たちの足は、すぐさま近くの宿場町へ向かう。
猟兵たちは、旅の者とも何度かすれ違っている。急ぐ者も居ればゆったり宿を探す者もいて、宿の客引きも見かける程度には、旅籠も木賃宿もある街並みだった。
「人がこの町で消えてるって? まぁたそういう話かい」
一先ず老齢の女性へ尋ねてみた猟兵に、返ってきたのは怪訝そうな声。
「子どもが急に居なくなるなんて、ここじゃ珍しくないんだよ」
老婆は然して興味なさそうに踵を返し、そのままうどん屋へと戻ってしまった。
すると代わりとばかりに、近くの茶店で休んでいた壮年の男性が話しかけにくる。
「……あのな、この町で人探しは諦めた方がいいと思うぞ」
消えた人物を探している、と男性から思われたようだ。
男性は少しばかり声を控えながら続ける。
「なんでも、昔っからしょっちゅう子が居なくなるらしくてな」
仕事でこの町をよく通るという、その男性いわく。
ここは古くから神隠しが起こる地だという。
まだ小さな村だった頃から、白昼堂々、忽然と姿を消す子どもが多かったらしい。
「誰を探してるか知らねぇが、この町でいなくなったら二度と戻ってこねぇ」
その神隠しに、倒すべき物の怪――オブリビオンが絡んでいるとは限らない。
昔からある神隠しと今回の敵に関連性が無かったとしても、実際に『どこか』で『オブリビオンの手によって』人が消えているのを、猟兵たちはよく知っている。
それが予知に出た光景だからだ。
「神隠しにあう子の手鞠歌があるぐらいなんだ、ここは」
親からの教えに代わる歌なのだろうか。
真偽はともかく神隠しが多い土地なら尚更、知らない人についていかないなど、子どもにしっかり教えたくなるはずだ。
「特に長いこと町に住んでる奴は、またか、と思ってなかなか聞く耳持たんよ」
男性はそこまで言い終えると、団子のおかわりにと茶店へ戻っていく。
ひと気は多いが、聞く相手やその手段、言葉によっては、今回倒すべき物の怪の情報が、かえって集めにくい町なのかもしれない。
それでも、猟兵たちの目的は変わらなかった。
集結しつつあるオブリビオンの居場所を特定し、そこへ向かって倒すだけだ。
――さて、どうしようか。
彩花・涼
零落(f00429)と参加
……人が消えているというのに無関心か
死んでいるかも不確かだというのに、探す前から諦めているのは耳を疑うな
親しい者が消えたら悲しいものだと思うのだがな…
この町にもそう感じる人間がいると信じて聞き込みするとしよう
零落と散策しながら捜索し、人がいれば聞き込みしてみよう
そうだな…聞き込みして人が消えた場所等特定できれば、いくつかの場所から
頻繁に起きている場所を割り出すのも手だと思うが
それと手まり歌があるというならその歌を教えてもらいたいな
教えてもらったなら、実際にやってみるのもありかもしれん
零落・一六八
涼さん(f01922)と
まーでも、なんでしょ
ちょっと寂しいもんですよねえ
どうせ帰ってこないとか
どうせ見つかりやしないとか
どうせどうせって探されもしないってのは
いえ、同情とはないですけど
(親しい者が消えたら悲しいものだという言葉には一瞬だけ虚空を見て聞こえてないふり)
団子美味しかったので追加でもぐもぐしながら散策
神隠しだから神社とかどうです?安直ですかねー?
涼さんなんかいい案あります?
まぁわかりやすい所から探していきましょう!
散策楽しくなってきますが
大丈夫ですよー、目的は覚えてますって
神隠しの手毬歌ってどんなんです?とか聞きましょう
そんなこともあろうかと、こんな所にちょうどいい毬が!
アドリブ歓迎
●ひとつ一夜に
軒を連ねる宿や店は見事なものだが、違和感は空気を伝って届く。
旅人にこそ朗々と呼びかける客引きと、この宿場町に蔓延する神隠し事情との差。
来しなに団子を頬張りながら、零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)は人里特有の風景を望んだ。
「たまったもんじゃなさそーですよ」
他人事であるがゆえに他人事を形にして、一六八は淡々と思考を吐く。
一軒の宿から出てきた彩花・涼(黒蝶・f01922)は、外で待機していた一六八と視線を重ねかぶりを振る。
静まる気配を察した一六八が、次いきましょ次、と口角を上げて応じた。涼も足を止まず進みだす。
人の消えた場所を特定できればと、涼は考えていた。
神隠しが常であるならば、消え去った場に関する情報を集めれば、発生する範囲も絞りやすい。しかし割り出すには、まず多くの情報が要る。
会う人あう人に尋ねるが、長く住む町人たちにとっては、行きずりの縁とも言える単なる旅人が相手だ。神隠しについて話そうにも、適当に流されてしまう。
「……人が消えているというのに、無関心か」
思わず零れた涼の呟きは、ほぼ吐息に近い。
行方知れずということは、死が確定していないのと同じだ。戦地に身を置き生きてきた涼は、自然とそう考える。死体を目にしていない。なにより死んだと思いこめるほどの現場を見ていない。
ならば生存の可能性があると、涼の経験が物語る。
「探す前から諦めているのには、耳を疑うな」
平凡な日常を送る人々の心理は、武器を持ち必死に掻い潜ってきた涼の想像から程遠い。
顔つきに険しさが増した涼を見遣り、一六八は頭の後ろで手を組み、少しばかり唇を突き出して。
「ちょっと……寂しいもんですよねえ、ああいうの」
言葉通りの色は貌に刷かず、口端も上げたまま彼は呟く。
涼も一六八も、この宿場町で何度か耳にした言葉がある。
どうせ帰ってこない。どうせ見つかりはしない。
結果は明らかだと、動く前からこの町の人々は「どうせ」の一言で片づけている。
――いえ、同情とかは別にないですけど。
寄り集めた言の葉を手に乗せ見返しはしても、一六八はそこに捉われずさらさらと指間から流していく。
「親しい者が消えたら、悲しいものだと思うのだがな……」
傍らで涼が当然のごとく呟けば、一六八は虚空を仰いで素知らぬ顔をする。
彼女は信じて疑わない。この町にも、悲しいと感じる人間がいるはずだと。
そこで一六八が、ぽんと手を叩く。
「神隠しってんなら、神社とかどうです?」
神と名を冠するだけあって関係はありそうだと、涼も唸る。
「やー、さすがに安直ですかねー?」
「……いや、むしろ近道に成り得る」
宿場町にもそばに社ぐらいはあるだろう。
商売の神が祀られていることを祈りつつ、涼と一六八は町の外れを目指す。
「わかりやすい所から探していきましょう!」
妙に浮き立つ一六八を、涼は一瞥した。
どうやら散策がお気に召したらしい一六八は、残る団子を口へ放りつつ、自然と歩調に鼻歌を交え出す。
しかしすぐに涼の眼差しに気付き、慌てて両手をひらひらと泳がせて。
「大丈夫ですよー、目的は覚えてますって」
そう平時となんら変わらぬ笑顔で答えた。
見付けの小振りな神社がふたりを出迎えた。
痩せ細った鳥居と社があるだけで、神域への入り口と呼ぶにはあまりに心許ない。
参道に敷かれた玉砂利も、嵐か何かで道を外れ散らばったものが多く、整えている気配はない。
涼の一瞥した手水舎も、悲しげに枯れている。
――これが、神社……なのか?
誰にでもなく空へ問う涼に、返るのは清かな風と木の葉のざわめきだけ。
その間に一六八が軽く社を一回りしてみるも、見受けられるのは張り巡らされた蜘蛛の巣と、腐り朽ちかけた柱。体の奥でちらつく電子の名残が、一六八に思わせる――ある意味、町人が神隠しに遭ってもおかしくない扱いだと。
「おや、見慣れない顔ねえ」
辺りを窺うふたりの耳へ届いたのは、後から訪れた老婆だ。
垂れ下がった目許や頬が、老婆の表情を柔らかく見せている。
「失礼。この町に手まり歌があると耳にしたのだが」
涼が思い切って率直に尋ねてみると、老婆がおやおやと口を開いた。
「手まり歌……ああ、あるねえ、姉さんとおべべ着て歌ったもんよぉ」
「その歌、教えてもらえるだろうか」
詳しく聞きたいのだと告げれば、老婆は不思議そうに首を傾いだ。
どこぞの学者さんかしらねえ、と話す老婆の口調は変わらず穏やかだ。涼と一六八を訝しく見ている様子は無い。
好機とばかりに一六八が、そうなんですよ、と応じた。
「童歌の研究してまして。で、どんなんです?」
尋ねた一六八に、老婆はなるほどと納得したようだ。
そして遠い遠い記憶を手繰り寄せようと、暫し黙考する。
「どんなだったかね……随分長いこと歌ってないもんだから」
調子だけは身体がなんとなく覚えているらしく、鞠をつく仕草に合わせて老婆は鼻歌を交えた。
だが、待てども待てども記憶は戻らず、肝心の歌詞についてはわからず仕舞いだ。
老婆いわく、お使いに出たときに注意しなければならないことを歌にしたものだったと、その意味だけは記憶しているという。なぜなら。
「この歌を教えてくれた姉さんもね、とっくの昔にいなくなっちまったのよ」
「っ、それは……まさか」
息を呑んだ涼の反応に、老婆はゆっくり顎を引く。
「歌の意味は解ってたはずなのにねえ、神隠しにあっちまって」
以来、怖くて口にも出さなかったが、音だけは覚えているようだ。
涼はゆるく息を吐き、耳にしたばかりの音を鼻歌で真似てみる。リズムだけでも、立派な手まり歌の様相を呈しているはずだ。
「実際にやってみるのもありかもしれん」
「そんなこともあろうかと!」
一六八が取り出したるは、まろく鮮やかな糸の玉。
「こんな所にちょうどいい毬が!」
歌に似た調子良さを弾ませた一六八に、涼も微かに頬を緩め、それを受け取る。
音色が漸う冷たくなりゆく風に、紛れて溶けた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
カレリア・リュエシェ
【アドリブ・連携歓迎】
子どもが頻繁に失踪しているのに随分と落ち着いている……
いや、日常にするしかないのだろう。
私は知っているではないか。不安や恐怖を直視する大変さを。
【POW】
町を歩いてみよう。入り組んでいるようだから迷子にならないように気をつけて。
死者の姿で惑わすのなら、墓地や教会……エンパイアでは何と言うのだったか。
そういった死者に近しい場所に手がかりはないだろうか。
同じ方向にいく者がいるなら協力を求めてみよう。
ここでオブリビオンがでてくるなんてことはないだろうが、念のため。
それに単独より探せる幅が広がるかもしれないし、同じものを見たり知ったりしても別の答えが出るかもしれないからな。
仇死原・アンナ
町の人たちは神隠しに慣れてしまってる…
冷たいというか諦めというか…
…それでも敵を見つける為に情報を見つけないとね
他の同行者と協力して町中を歩いて手掛かりを探す
[目立たない]ように町中を[忍び足]で歩き回り
有用な手掛かりがないか[情報収集]する
[視力、暗視]も使って暗い所も隅々まで探索しよう
「人探しをしているんだ…どうか協力してほしい…」
情報を知ってそうな人がいれば尋ねてみる
頑固で厄介そうな人ならば手荒だけど[存在感、殺気、恐怖を与え]て情報を引き出そう
得られた情報を交換して敵を倒しに行くとしよう…
アドリブ絡みOK
レザリア・アドニス
神隠し…ここの人々は、それをそう呼んでいるか…
だけど、それは決して神の仕業じゃない
彼ら…オブリビオンは、決して神なんかじゃない
伝承というものは、伝われるうちに、どんどん変えられるかもしれないけど、
それでも、その中には、その時の「事実」が隠れていると思う
手毬歌と伝承について調べる
怪しまれないように、歴史に興味がある学生のふりをして、町の人に聞いたり、書物のある所に古い本などを調べる
集めた歌と伝説、お伽話を羅列して、共通点を探す
特に時間、地点、環境と「神隠し」の条件を絞り出す
それを町の地図と対照し、他の猟兵たちと情報交換もして、特定してみる
さて…
後は実際に行って、確認するだけですね
●ふたつ二目と
雑踏と呼ぶほどの賑わいはなくとも、宿場町は行き交う旅人の憩いの場となっていた。
これから山を越えようとする者が、陽の傾きを見定めて宿を求めているのを、カレリア・リュエシェ(騎士演者・f16364)も幾度か目撃している。
今日はもう、遠出には向かない時間なのだろう。
まだ空は明るく思えたが、この地に住まう人々の感覚は確かだ。人里離れたところで夜を越すのは、どの世界でも危険だった。
カレリアは念には念を、と時機を同じくした猟兵に声をかけた。
仇死原・アンナ(炎獄の執行人・f09978)とレザリア・アドニス(死者の花・f00096)に。
「単独で捜索するより、幅が広がる。それに……」
生まれも育ちも、感覚も異なる猟兵同士。同じものを見聞きしても、違う考えが浮かぶ可能性があった。それを大事にしようと、カレリアは誘ったのだ。
町なかに出現するとは限らずとも、オブリビオンの脅威も拭えていない。有事に備えるのも大事だ。
首肯したふたりと共に歩きだせば、すぐに宿の客引きから声がかかった。
まだ部屋は空いているよと告げる看板娘は、神隠しのある町だという事実を裏に隠してしまいそうな朗らかさだ。
そんな娘へ、アンナが率直に尋ねる。
「人探しをしているんだ……どうか協力してほしい……」
聞くや否や、娘は顔色を変えた。
「この町でかい? やめなって、見つかりやしないよっ」
当然のように言い退けた娘を、アンナがじっと直視する。
後ろめたいことを隠す素振りではない。
はなから無理だ、無駄だ、と決めつけているのが丸わかりな物言いだ。
これは根が深そうだと、アンナだけでなくカレリアもレザリアも苦みを噛む。
もう一軒隣、木賃宿へ顔を覗かせたカレリアが主人へ話し掛ける。
はじめこそ、娘三人ということもあり満面の笑みで迎えた主人だったが、人が消えた件に触れるや否や、神妙な面持ちでかぶりを振ってしまう。
埒が明かないと察して、カレリアは話題を変えた。
「すまない、この町に墓地か教会はあるだろうか」
突然の質問に、主人ははてと唸る。
「寺と古い神社なら外れにありますよ。神社は町の人間が見向きもせんほど、小さいですが」
墓園も寺に併設してあると彼は答えた。
一礼ののち、カレリアは初めの目的地を定める。
墓地か教会。それを彼女が尋ねたのには、理由があった。
――死者の姿で惑わす……死者と生者が近しくなる場所……。
そういった場に、手掛かりがあるかもしれない。
向かおうとした矢先、後背からレザリアが彼女を控えめに呼んだ。
澄んだ緑の瞳に射止められ、カレリアは足を止め耳を傾ける。
するとレザリアは、ふいと眼差しを隣の建物へ向けた。書物屋だ。
「ここ、書物が多いみたいだから……私、歌と伝承について調べます……」
本に記されて遺るものも、きっとある。
手段の選択肢が増えた今、しばらく別行動をとるのもありだろうと三人は頷きあう。
す、と細く息を吸って、レザリアは書物屋の戸をくぐる。
――神隠し……それは決して、神の仕業じゃない……。
レザリアの喉が息を呑み込んだ拍子に、窄まった。
そして店主に対して、細い指先で示してみせるのは、積み重ねられた本の山。
「歴史について調べている学生です。本、見せていただけますか……?」
「ほお。若いのに熱心ですねえ」
いたく感心した店主は、どうぞいくらでも広げてください、と迷いなくレザリアを受け入れる。
文机と柔らかい座布団まで用意した気の良さから、恐らく、勉学のため訪れる客が少ないのかもしれないとレザリアは考えた。
そして次に息を吸えば、彼女の意識は討ち滅ぼすべき相手へ向かう。
――彼らは、決して神なんかじゃない。
目に宿る光は、意志の強さを思わせる輝きを放った。
カレリアは砂を食む靴音だけを奏でて、入り組む町を歩いていた。
二又では選んだ道の柵に並ぶ花を記憶し、三叉路では軒先に揺れる身代わり申の導きのままに歩を進めた。
彼女の足が進む後ろ、忍び足で脇道へ潜り、そこで屯する者へ質問を投げていくのはアンナだ。
しかしどうにも、人探しの手助けを告げたところで、協力する気配は見受けられない。
――余程、人探しという言葉を聞くのが嫌なのね……。
そうとしか考えられない事態に、アンナはやや睫毛を伏せた。
なにせ町人たちからすれば、初めて来た旅人でもある。
仕事でよく通るのだと言っていた、あの団子屋にいた男性ぐらいの立ち位置が、町人たちにとって最も話しやすいのだろう。
けれどアンナは根気強く陰をゆき、人を捕まえては尋ねて行った。
●みっつ貢ぎの
書は知識の賜物だ。如何な町にも書物屋はあり、ましてやここは宿場町。
通りしなに不要な本を金に換え、あるいは旅のお供に買っていく。書物によっては地方で値打ちがつくものもあり、それを知る旅人は行く先々で書物屋へ足を運び、品定めまでする。
ゆえにレザリアは書物に目を付け、書物屋で腰を据えて調査に当たった。
年季の入った本であれば、旧い伝承やお伽噺の類も載っているだろう。時間こそかかるが、そこから共通点を模索する。
――時間、地点、環境……神隠しの条件を絞り出せば、きっと。
宿場町の造りは古く、一帯の地図も見つかった。
広げた地図に、歌や伝説の発祥を重ねていこうとする。
しかしさすがに作業量が膨大だ。
各地の本が混ざり合った中から歌やお伽噺に関するものだけを選別。更には伝承の在処を地図上で特定するとなると。
――時間はかかる、けど……。
着実に敵へ近付くべく、少女の眼差しは休まず文字と図を追い続けた。
踵が再び砂利を擦った。繰り返す往来は、カレリアの足跡を確実に刻み付けていく。
そんな中でカレリアは痛感していた。
神社にひと気はなく、寺の住職も人が消えるという話題は避けてしまうことから、予想はしていた。
庶民の墓も石を積んだ小振りなもので、知り得たのは子どもの墓が妙に少ないことぐらいだ。神隠しで消えた子の墓は、どうやら用意されていないらしい。
そして町なかへ戻ってみたカレリアだが、やはり尋ねる先々であしらわれる。
またその話か、と町人たちの情は冷ややかで。
――子どもが頻繁に失踪しているのに、随分と落ち着いている……。
町人が各々、神隠しの話を知るからには興味を持っていないとは考えにくい。
昔から頻繁に人が居なくなるのが本当であれば、おそらく。
――いや、日常にするしかないのだろう。
青く澄んだ双眸に、物語を読み解くときとは異なる光が宿った。
甲冑の内側でうねる想いは、カレリア自身のみが知る、己の芯。
だから曝け出すことなく立ち止まったカレリアの身は、ただあるがままそこに佇んで見える。
――私は……知っているではないか。
騎士物語の演者であり続ける彼女に、自分自身の声が呼応する。
不安、恐怖。そういったものを直視する大変さは、カレリアもよく知っていた。
緩やかにこうべを振り、カレリアは再び前を見据える。宿へ急ぐ人や、そんな人を誘う客引きの声も、変わらず現実に広がっていた。明るく、陽気に。
そうして思考に沈む彼女の後方から、一軒の宿で物を尋ねてきたアンナが顔を出す。
「ここの人たち、神隠しに慣れてしまってる……」
言うべき言葉も無いほど、町人たちのあしらいは一定だ。
そんなの昔からだ、何を聞いたって変わりゃせん、どうせ帰ってきやしないのだと。決まりきった文言を繰り返すばかりで、詳細に触れようとする者はいない。
「冷たいというか、諦めというか……」
「ああ……そうだ。諦めとも呼べるな、これは」
アンナの所感に、カレリアはやや間を空けて頷き、辺りを見渡した。
陽の傾きに沿って、提灯を点す店も増えてきた。まだ空は充分に明るいが、暮れるのもあっという間だろう。暮れ六つまで遠くとも、宿場町の備えは迅速だ。
敵を見つけるためには、ひとつでも多くの情報が要る。
宿へ旅人が籠りきらぬ前に、アンナはもう一軒の宿へ向かった。
カレリアも様子を窺うと、アンナの静かなまなこが老翁をじっと見つめていて。
「……人探し、してるんだ」
日頃はぼんやりと空や風景を眺めていそうなアンナの視線も、このときばかりは殺気を混じらせた恐ろしいものと化す。穴があくほど凝視する威圧に、老翁は隙間だらけの歯をがたがたと震わせた。
少々手荒だが、話題から逃さないためには適しているのだろう。
翁は座り込んでしまい、もはや逃げる気力も抗う気分も薄れたようだ。
「菅笠の、男の人。旅人。神隠しに遭ったみたいなの……」
神隠し。その単語を耳にした途端、老翁の顔色が青ざめる。
「またそんなことが……いやしかし、お待ちくだされ、妙ですな」
流すのではなくまともに向き合い話を聞いたためか、老翁は何かに気付き顎を撫でた。
「旅人……それも大人ですかな? ここの子らではなく?」
翁の問いに、アンナもカレリアも同じタイミングで頷く。
勘違いをしていたと判り、翁は震えた。
いやいやこの町の人間ならまだしも、と続く言葉さえ怯えて聞こえる。
「余所の人が天狗に攫われるなんて、有り得ないでしょうな」
「「天狗?」」
今度は尋ねるふたりの声が重なった。
「この町じゃ、その、言うことを聴かんと天狗に攫われると教わるもんでの」
ばつが悪そうに頭を掻き、老人は肩を竦める。
竦みあがった彼の話は途切れ途切れだが、ひとつずつ話を紡いでいく。
この宿場町で神隠しに遭うのは、この町に住む子ばかりだと。
神隠しとは言うが、実際に目撃した人は多くない。
目撃したという近所の子どもが、「歌にあった天狗だ」と言いふらし、天狗の仕業とも捉えるようになったが、それも定かでないと話した。
結局、目撃したはずの子も、そのあと数日と経たず行方知れずになったらしい。
「いやはや、人の口には戸は立てられぬ」
もう話せることはないと言い切り、老翁は奥へ引っ込んでしまう。
制止しようとしたアンナだがそこへ、両のまなこをぱしぱしと瞬かせながらレザリアが合流した。
「情報交換、しに来ました」
彼女が広げた地図は、この町と周辺を描いたものだ。
花見で賑わう桜遊苑も、きちんと地図に入っている。
「神隠しに値するお話があるかどうか、ですけど……」
レザリアが囲うように印をつけたのは、宿場町全体だ。
「手まり歌の詞までは記載がなくて……でも」
神隠しに纏わる手まり歌は、どうやらこの宿場町でしか広まっていないらしいとレザリアは告げる。
比較的、ここから近隣と言える村や人里の伝承を辿ってみても、また桜遊苑のお伽噺を伝っても、誰かが突然消えてしまうような歌は残されていなかった。
この町でのみ伝えられ、外には出ていかない歌。
あるいは出て行ったとしても少数で、すぐ忘れ去られてしまう、そんな歌だったのかもしれない。
「この町でしか伝わっていない神隠しの歌と、その歌に出てくる天狗、か」
カレリアは唸る。
翁も驚いていたことだ。この町の人間が消えても、よそ者の、ましてや大人が消えるはずないと。
少なくとも翁が知る限り、よそ者がここで神隠しに遭った事例は無いのだろう。
ならば町人にとって、「旅人が神隠しに遭った」のは珍しい出来事のはず。
けれど、それがここでは騒ぎにもなっていない。
「この町のそばで人が消えたって噂、遊苑であったけど……」
アンナも首を傾いだ。
そもそも彼らは消える旅人を目撃していないのか。
もしくは頭がすでに凝り固まり、神隠しと宿場町の子とで密接に繋がってしまって、思考を停止しているのか。
そもそも天狗と呼ばれるものと、今回のオブリビオンによる事件に、関わりがあるのか。
過ぎる疑問は多く、他の猟兵たちとも情報を共有するため、三人は通りへ向かった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
未不二・蛟羽
SPD
神隠し…子供がいなくなっちゃうっす?
居なくなって帰ってこれないのも、それが当たり前になっちゃうのも、なんだか嫌っす
子供の事は子供に聞くがきっと早いっす
てまり唄?っていうのも、一緒に教えて貰うっす!
さっき子供達と一緒に遊んでいた所に戻って、【コミュ力】を使いながら聞いてみるっす!
最近居なくなって、会いたい人、帰ってきて欲しい人…そんな人の話を聞いてみるっす
何をしていた時か、その前に何か特別な事がなかったか
寂しい、会いたいって気持ち、俺はあまり分からないから、だからこそじっくりと
会える可能性があるなら俺たちが探すから、帰ってくるから
会いたいの連鎖は、今日で終わらせるっす
【アドリブ・連携歓迎】
赫・絲
神隠しにあう子の手鞠歌っていうのも気になるし、
よくいなくなるのが子どもなら、同じ子どもに聞いた方が何か話してくれたりしないかな
周囲の様子に【聞き耳】を立てながらも
遊んでいる子ども達を探して【情報収集】
知らない人についていかないって言われてるなら怪しまれるかもしれないし、
同じ歳ぐらいの知り合いの子どもを探しているって【言いくるめ】
この辺り、よく子どもがいなくなっちゃうって聞いてね
知り合いの子がいなくなっちゃって、もしかして……って
神隠しの手鞠歌が言い伝えられてる程って聞いたんだけど、何か知らない?
手鞠歌がわかれば、その中に何かオブリビオンの居場所に関連しそうな部分がないか確認
矢来・夕立
口にするのも憚られるような、ということでしたら好都合です。
「よそ者が忌事について聞いてきた」というのは、小さな集落の中では結構話題になりそうじゃありません?
……もちろん、悪い意味で。
《忍び足》でどなたかの調査についていこうかな。その後場に残って、《聞き耳》で追加情報を得られないか試してみます。
オブリビオンの位置や神隠しの発動条件を特定できそうな情報を探り当てましたら、またどなたかに声をかけて実際に赴いてみましょう。
アタリだったときの可能性を考えて、単独行動は極力避けたいところです。【紙技・化鎮】。姿を隠して様子見です。
オレや同行者さんが神隠しに遭ったりしたら笑えないんで…
コノハ・ライゼ
昔っから、かぁ
だからって誰かが消えるのを良しとするワケじゃないだろに
諦めにゃならん程の数ってコトか
或は諦めざるをえないワケでもあるか
先の老婆か長く住んで居る老齢の人に話を聞きに
丁度イイんで人探しに来た体はそのままにしとく
ココでは人が居なくなるのは珍しくないと聞いたケド
居なくなったヒトの近しいヒトも皆、同じ様に諦めちゃったワケ?
オレは諦めたくないから、話だけでもして貰えないかなぁ
例えば手毬歌
何かを伝える為の歌ならば詩にも意味があるハズ
他に消えた人たちの共通点
年や家族、
消えた状況、その前後にあったコト、話してた事
聞かせてくれたなら、モチロン礼はするとも
力仕事なんかで手を打ってくれる?
花盛・乙女
■POW
子が消える。子消しの怪、と言ったところか。
古くからの習わしのように伝播しているのであれば、確かに情報の裏を取るのは難しいかもしれん。
であれば私のすることは人に頼らず手がかりを探す、といったところか。
神隠しに合った人物を最後に見た場所を聞き込みしておく。
時刻は…夜半が良いだろう。人目につくと面倒だ。
そして現場にて【黒椿・乱形果】を使う。
嗅覚の優れるこいつなら、足跡を辿ることは可能だろう。
もしも匂いが残っていなければ、目に見えて分かる手がかりを探すしかないか。
「追跡」能力を持って当たろう。
神の仕業にしろ、オブリビオンの仕業にしろ。
喪われた人を悲しむ者はいるはずだ。
絶対に見つける。絶対にだ。
萩乃谷・硯
どうしてと問うこともなくなってしまう程とは、
一体どれだけの人が消えて来たのでしょうか
でも、予知で雲隠れしてしまわれたのは男性であった筈
…子どもが、というのは?
先ずは手鞠歌を教えていただきたいなと
一番の手掛かり、今はこれかと
歌われているのは神隠しの条件か、或いは防ぐための手段でしょうか
得られる条件を辿れば、遭遇できるかもしれません
手鞠で遊ぶ子に聞ければ一番良いですが、
知らぬ私からの声掛けでは、警戒を招くやも
手鞠がつける程度のお子を持つご夫婦などが良いかもしれません
私が子どもと呼べる年頃に見えるかは解りませんが
「今宵一泊するのですが、怖い話を聞きまして…」
「手鞠歌、私にも教えていただけませんか?」
●よっつ世のかげ
来しなに吹く風はすっかり春めいて、けれど来訪を喜ぶ宿場町の空気からは程遠い。
ここにひと気はあっても、突き放すような気配もあるのを猟兵たちは知っている。
何故なら人ひとり消えたところで、町人たちは見向きもしない。
「なんだか嫌っすね」
未不二・蛟羽(花散らで・f04322)は苦みを噛みながら呟いた。
「居なくなって帰ってこれないのも、それが当たり前になっちゃうのも」
蛟羽が自身の胸に尋ねても返らない、寂しさと会いたいと願う気持ち。
得心がいくにはまだほど遠くとも、誰もが大事にしたい感情であることは蛟羽にもわかる。
――わからないからこそ、じっくりと。
向き合う必要があるのだろうと、蛟羽は考えて。
その近くでは、萩乃谷・硯(心濯・f09734)は大地の色を映した瞳で、人里のあり様に想いを馳せていた。
――でも、予知で雲隠れしてしまわれたのは男性であった筈。
旅人の男性だ。しかし町人たちが挙げる声は、子どもの話が主格となっている。
どうにも町人と認識のずれが生じているように感じて、硯はしっくりこない。
――子どもが、というのは?
子どもの方が、消えたことが知りやすいからだろうか。
それとも単にこの町で呼ぶ神隠しは、子どもの件を指しているのか。
調べたい事象は多いものの、すんなり教えてもらえそうにない町人の様子もまた、硯をはじめ猟兵たちの懸念のもとだった。
ここは、口にするのも憚られる、得体の知れぬ何かが染みついた宿場町。
「好都合です」
しかし矢来・夕立(影・f14904)はそう口火を切った。
「オレや皆さんが……よそ者が忌事について尋ね歩いている、なんて」
想像に難くない。人々の反応も、そのときの雰囲気も。
「話題になりそうじゃありません?」
余計に煙たがられる可能性もあるが、かえって日常では見えてこない影が顔を出すこともある。
あるいは悠長に構えていた人が、よほどの事態だと認識してくれるかもしれない。
人の行方がわからなくなるのが常として染みついているなら、そこへ斬り込む糸口が必要だ。
続けて、何はともあれ手鞠歌に興味があると、瞼を落としていた硯が告げる。
「一番の手掛かり、今はこれかと」
歌われているものが、神隠しの条件か、それとも防ぐための手段かはわからない。
だが大事な要素であることに、違いはないだろう。そう踏んで。
「得られる条件を辿れば……」
言の葉を積み木のように組み立てていき、硯は予測を形にする。
「遭遇できるかもしれません。かの物の怪か、或いは神隠しの元に」
硯の言葉に同意する猟兵も少なくない。
探し当てるべき物の怪もそうだが、手鞠歌をはじめ、気になる点がここには多い。
「よくいなくなるのが子どもなら……」
赫・絲(赤い糸・f00433)も薄らと唇を動かす。
「私、子どもに聞いてみる。何か話してくれたりしないかな」
「そっすね。子供の事は、子供に聞くがきっと早いっす」
蛟羽も肯い、別々の方向へふたりは子どもを探しに歩き出した。
花盛・乙女(誇り咲き舞う乙女花・f00399)は、柄に手を触れ物思う。
――子が消える。子消しの怪、と言ったところか。
オブリビオンと関係なく息衝き、根付いたものがこの町にあるならば。情報を得るにも一苦労するだろうと、乙女は予想した。
古くからの習わしというものは、それほど厄介な存在と化すときがある。
――であれば。
為すべきは見えている。
乙女は躊躇わず猟兵たちの元を離れ、手掛かりを求めに向かった。町人に頼ることはできまいと考え、ひとりで。
こうしてひとり、またひとりと集いの場から遠のく猟兵たちを見届けて、夕立もまた建物の影へ自らの影を寄せた。
――さて。いきましょうか。とりあえず。
靴裏に熱も音も帯びずに、夕立は影へ姿を晦ませる。
陽が照り付けようとも、居ないと思っていれば、この黒は誰からも見えはしない。
彼は屋根へ上り、頭上を仰ぐことのない町人たちの頭部の往来を眼下に、猟兵たちの向かう先を確かめる。
四方八方に散った他の猟兵たちは、すでに思い思いに動き始めていた。
――思いのほか広い宿場町ですよね、ここ。
式紙の助けも借りれば見失いはしないが、猟兵同士の距離が開けば開くほど、情報伝達の時間が生じてしまう。火急の問題が起こらないとも断言できず。
だから夕立は、ひとりひとりの位置を特定するため風音に存在を溶け込ませた。
そうしているうちに、絲は五歳ぐらいの少女の後ろ姿を見つけていた。
神隠しにあうとしたら、物心つく前ぐらいの年齢だろうかと想像しながら、ねえ、と絲が呼びかける。
すると突然声をかけられたことに驚き、木桶を抱えた少女はびくりと飛び上がる。
「ちょっといいかな。聞きたいことがあって……」
ちらりと僅かに振り返ったものの、少女は一目散に逃げていってしまった。
慌てたためか、木桶からこぼれた水の後が点々と続いている。
――やっぱり、知らない人についていかないって言われてるよね。
予想していたことではあったが、どうにも子どもに声をかけにくい状況だ。
仕方なく彼女は、他の子どもたちの足跡をたどりはじめた。話が無事に聞けると祈って。
――昔っから、かぁ。
コノハ・ライゼ(空々・f03130)の胸の内で駆け巡る、その言葉。
昔からそうだという理由で諦めてしまった命が、諦められた身が、いったいどれほどあったのだろう。
――だからって、誰かが消えるのを良しとするワケじゃないだろに。
解せないとは、言いきれず。けれどそれなら仕方ないと肩を竦めて背を向けるには、引っかかる点がコノハにはあった。
だから彼は、老齢の女性がいるうどん屋を訪れた。はじめに猟兵たちにそっぽ向いた老婆だ。
「なんだい、さっきの人かい」
話すことなど無いよと言いたげな態度で、老婆はコノハを出迎える。
客は客なのだろう。一応、席を進めてはくれたが食器を片づける仕事ぶりをコノハは間近で眺めると決めていた。
「ココでは、人が居なくなるのは珍しくないと聞いたケド」
「ああそうさ、この町じゃ子どもはよく消えるんだ。昔からね」
また、この言葉だ。コノハは微かに眼を細める。
「触らぬ神になんとやらだよ。どこで聞きつけたか知らないけどね、諦めなって」
ふうん、とコノハは唸った。
最初こそ素っ気なかったものの、これは意外と話しやすいかもしれないと、経験則からコノハは期待を抱く。
「居なくなったヒトの近しいヒトも皆、同じ様に諦めちゃったワケ?」
言葉尻を捕らえて話を続ける――否、むしろコノハは、この単語が持つ意味を重視した。
「オレは、諦めたくないから……」
知的な見目から零す言の葉は、真っ直ぐ老婆を射貫く。
老婆の目遣いもまた、コノハを窺っていた。
詰め寄らぬ距離で綴る彼の言葉は、次第に老婆の眉間に刻まれた深いしわを和らげていく。
警戒は薄れていないと、コノハも気配で感じ取れる。だが聞く耳を持たない態度は、露わにしなくなった。
「話だけでもして貰えないかなぁ。モチロン礼はするとも」
「……おまえさん、いくつだい」
思いがけない問いかけに、コノハは僅かに面くらったもののそれを表には出さず、20ちょっとかな、と答える。
すると何事か考えたかのように沈思し、老婆は長い溜息を吐いた。
「……あの子らも、神隠しに遭わなきゃ今頃そんぐらいだったろうに」
あの子ら。同じ言葉を聞き返せば、老婆は浮かんだ景色を掻き消すかの如くかぶりを振った。
「ウチも昔ね、ちっちゃい孫がふたりいなくなっちまって」
「ふたりも……」
「それだけじゃないよ。嫁は発狂して死んじまったし、息子も後を追うように……」
コノハが僅かに目線を下げると、老婆の指先が青白く震えているのがわかる。
「だからね、その手の話、したくないんだよ。わかってくれるかい」
冷たい沈黙が、間に流れた。
――なんか、まるで。自分に言い聞かせているみたいだ。
諦めなと告げた老婆の声を反芻し、コノハは口許を緩める。
居た堪れなくなったのか汲み桶を手にした老婆を見遣り、コノハはすかさず手を差し出す。
「水汲み、オレがするよ? 大変デショ」
薄氷の瞳が揺れる。そんな彼の目顔に、老婆も思惑を察した。
しかし手伝うと言われて悪い気はしないのだろう。老婆は彼へ木桶を渡す。
「じゃあ使いを頼もうかね。一番近い井戸は……」
案内の言葉が妙なところで途切れた。
どうしたのかと、戸口をくぐりかけのコノハが止まる。
なんでもないと続けた老婆は、彼に井戸の位置を報せるだけで、このときは多くを語らなかった。
手鞠歌を知る者というだけなら、町人であれば老若男女問わずいるかもしれない。
しかし歌に近しいのはやはり子どもだろう。
硯は耳を澄まし、鞠で遊ぶ子どもの音を聞き逃さぬよう注意を払った。
テン、テン、と心地よく耳朶を打つ軽やかな音は、こうして彼女の視界に映り込む。
子どもだけで過ごす光景も、幾度か見受けられた。だが硯はその平穏には背を向け、子どもだけでなく『子を持つ親』に狙いを定めていて。
「失礼します。私、旅の者でございまして」
慌てずゆっくり一礼し、硯は音のひとつひとつも丁寧に紡ぐ――相手は、手鞠がつける程度の小さな娘を持つ若い夫婦だ。
初対面であるのと同時に、宿場町の住民にとって旅人は如何な理由で訪れたとしても旅人だ。
前提を忘れぬよう留意し、硯は繊細な指先を重ね合わせ、吐く息さえもか細くしてみせた。
「今宵一泊するのですが、実は怖い話を耳にしまして……」
睫毛を震わせ口にする様は、庇護の念を駆るにふさわしく。
「手鞠歌、私にも教えていただけませんか?」
身を守るための術を求める硯に、誰が嫌と言えようか。
ましてや幼子を持つ親であれば、愛情もより滲みやすい。
「こわくないよ、へーき。あたしがおしえるねっ」
無邪気に応えた娘の好意を、その両親が止めるはずもなかった。
●いつついつまで
暮れ六つを過ぎた町の中を、絲は考え事をしながら歩いていた。
連なる軒に鯉のぼりが飾られ、別の軒先には編まれた彩り豊かな玉や花がある。家々は似た造りでも、飾りひとつで異なる趣きを見せている。
そんな色彩にあふれた街並みに絲は目も呉れない。代わりに耳朶へ誘うのは、子どもの声だ。
子どもから話が聞ければと思い歩く絲は不意に、ぱたぱたと駆け寄る足音に気付き振り返る。
先ほど声をかけた少女が、ぜえぜえと息を切らして絲の前で立ち止まった。
人違いなどではなく、明らかに絲に用があるらしい。絲は屈みこみ、少女と目線の高さを合わせる。
「さっき、おつかい、してて……だから……」
「そっか。お使い中にお邪魔しちゃったんだね」
少女は子どもらしく全力で首を横に振った。
「お使い中は、だめなの。てんぐがくるって」
天狗、という単語に絲が首を傾ぐ間にも、少女は頬を上気させ口を開く。
「おねえさん、さっきなにか聞きたいって。なに?」
「うん、この辺り、よく子どもがいなくなっちゃうって聞いてね」
もとより伝えたい事情は用意してあった。
だから絲はすらすらと話し、少女も少女で、澄んだ色が綺麗な絲の瞳に釘付けになる。
「知り合いの子がいなくなっちゃって、もしかして、って」
言葉飾らず、わかりやすく言うと、絲を覗く少女の瞳がきらきらと輝いた。
「おねえさんも? さよもね、あそんでくれたおにいさん、消えたのっ」
自分を小夜と呼んだ少女から、次々と言葉が溢れだす。
「とともかかも聞いてくれないの……おにいさん、いきなり消えたのに」
「いきなり? もしかして……消えるとこを見たの?」
絲の質問に、一度だけ小夜が頷いた。
まともに話を聞いてもらえて安心したのか、小夜は大粒の涙をこぼす。
「朝にね、町のそとでお見送りしたの。ずっとずっと見てたの」
出発が早朝だった男性は、水を汲むのを手伝ってくれたあと町から出たという。
前の日にたくさん構ってくれたこともあり、小夜にとって彼は大好きな存在だった。
だからこそ、後ろ姿が完全になくなるまで見届けたかったようだ。
はじめは町外れに積まれた石の山に乗り、その次は大木によじ登り。
小夜は男性が遠く丘の向こうへ消えるまで、見送るつもりだったという。
だが白く霞む景色の中、男性は丘の向こうにではなく――前触れもなく突然、消えてしまったらしい。
小夜の話を聞いた絲は、とめどなく感情が溢れたままの少女の腕を優しくさする。
「その場所、どのあたりか教えてくれないかな?」
泣きながらも、小夜は確かに顎を引いた。
そのときだ。
「お小夜ーっ!」
遠くから響いてきた、賑やかな声。
絲と小夜が振り向くと、数人の子どもに連れられた蛟羽が駆け寄ってきた。
「にいちゃん、この子! お小夜!」
腕を引く子どものひとりが、小夜を示しながら蛟羽に教える。
「ああ、見つかってよかったっす……」
引っ張られた拍子にずれた眼鏡を押し上げて、蛟羽はへらりと笑う。
「居なくなった人がいるって友だちの話、この子たちから聴いたんっす」
彼は子どもたちと遊びながら話しているうちに、閉ざしていた部分を聞くことが叶っていた。
親や周りの言いつけで、もしくは大人たちの空気を、子どもたちは察して黙り込んでいた。だから消えた存在がいるという話を、喉の奥に飲み込み、耐え続けていたのだろう。
いざ話題に挙がれば、周りに町の大人たちがいないことも働いてか、子どもたちは堰を切ったように蛟羽に話してくれたのだ。
小夜という少女がいることを。
そして彼女が、旅ゆく男性の消失を目撃したことを。
蛟羽は小夜の肩を、そっと叩く。
「俺たちが探すから。そしたらまた会えるから」
春風に髪を遊ばせながらも、蛟羽は少女の眼を見つめ微笑んだ。
「安心していいっす」
告げた蛟羽は徐に、絲と顔を合わせて頷いた。
頼もしく応じたふたりの姿に、小夜だけでなく子どもたちも笑みを溢す。
よかった、よかった、と想いを分かち合いながら。
そんな光景を眼鏡越しに眩く眺め、蛟羽はぐっと拳を握る。
――会いたいの連鎖は、悲しくないかたちで、ちゃんと終わらせるっす。
やがて小夜に導かれるがまま、薄暗い道をふたりは歩き出す。
しかし一度、他の猟兵へ報せを飛ばすべきか。
その考えが過ぎった直後、物陰から声が届く。
「皆さんには、オレから伝達しておきます」
家と家の隙間、闇と溶け込んだ夕立が告げた。眼差しは地へと落としたままで。
「りょうかいっす!」
「よろしくね」
交わす間に遠ざかりつつあった蛟羽と絲の返答を受け、夕立は短く息を吐いた。
仲間の様子をひたすら辿った夕立には、誰が何処にいるのか把握できている。伝えるのは造作の無いことだ。
――それにまあ、同行者さんが神隠しに遭ったら、笑えないんで。
正確に伝えておかねば。
気負うのではなく淡々と忍務をこなすように、夕立は呼気を停める。
彼が返す踵さえも、砂利を食む音を殺した。
そうして発つ彼は跡を濁さず、ただただ闇夜へ紛れゆく。
嫌なことを思い出したんだと、戻ったコノハへ話し出したのは老婆の方だ。
木桶から、土間に置かれた水瓶へ井戸水を移しつつ、コノハは耳を傾ける。
「水汲みさね。あの子らに頼んで、それで消えちまったんだ」
老婆の言うあの子らは孫のことだと、コノハの脳裏で瞬時に繋がる。
薄闇の中とはいえ、汲みにいった場の光景は彼にとってまだ鮮明だ。ごく普通の共同井戸だった。
そんな当たり前の日常風景に、神隠しが水を差したのだろうか。
「早朝なら井戸に人が集まるからね、孫に任せて平気だったんだけども」
「もしかして、他の子たちも?」
手繰る悪夢のような記憶は、やはり忌々しいのか。老婆の顔つきが強張る。
しかし老婆は迷わず頷いた。
「お隣は、鶏の卵を取りに行かせたって言ってたけどね」
行方知れずとなった子どもたちの状況が、次第に明らかとなっていく。
「北外れの宿なんかも、チビに水汲みをお願いしたって……」
井戸へ向かって消えたとなれば、落水した可能性もあった。
だがコノハが尋ねるより早く、老婆はそれを否定する。
早朝ならではの霞で滲んだ景色であっても、確かにその日の朝、井戸端に集う女性たちが目撃していたという。
水を汲みに来た子どもたちが、桶を抱えて帰っていく背を。
――そうすると、帰りの道でナニかあったのカナ……?
コノハはたっぷり水が満ちた瓶を一瞥し、確信する。これは他の猟兵たちとも共有するべき情報だと。
そのとき。コツコツ、と土間の格子が鳴った。
線の入った月明かりが浮かび始めた格子窓に、コノハはひと際眩い白を見る。暗がりにこそ放つ白は明瞭で、逃すはずもなく指でつまみとる。
美しい折り紙を開けば、端的に記されたのは夕立からの一報。
連絡は彼へ任せて、コノハは引き続き老婆の語りに意識を寄せる。頃合いを見計らい、出て行けるよう準備だけは整えて。
同じころ、硯は手鞠歌を口ずさんでいた。
「ひと眠りしたあとの使いは」
少女と向かい合って、鞠をつくのではなく両の手で飛ばして遊びながら。
「振り向いちゃならん」
ぽんぽんと宙へ躍らせた小さな手鞠が、ふたつの歌声に合わせて調子を刻む。
「見知らぬ声にゃ耳をとざして」
「世に入れられぬ誰かのものさ」
それは子どもへの注意を促す手鞠歌。
硯と少女は手鞠の弾みよりも声を控えながら、静まり返った夜の屋内で遊戯を楽しむ。
「居つく前には無縁にしなきゃ」
地につけなくても硯にはわかった。
言葉の運びに合わせて、テン、テン、と鞠をつく音さえ聞こえてくるかのようで。
「名無しの魂、矢車ふれる」
軒先に飾られた矢車と鯉のぼりを、硯も道中に見ている。
だからだろうか。
風を受けカラカラと回る矢車の様相も、硯の眼裏にありありと浮かんだ。
「呱々の声して、とうとう天狗にさらわれた」
しまいには手鞠を両手で掬い、一唱を終える。
「……ねえねえ、おぼえた?」
少女に問われ、硯は首を傾けて微笑む。
すると硯の仕草を少女も真似て、よかったあ、と眦をゆるめた。
「あの、天狗、とは。いったい何なのでしょう」
硯の問いに、少女はこてんと首を傾ける。
「おっかあは、こわくて悪いひとさらいのことだって」
少女は親から教わったままの意味を、硯へ伝える。
「この町はいっぱいひとが来るから、知らないひとについてっちゃだめって」
「そう、ですね」
世間の波を知らぬ少女にとって、きっと親の話が一番大事なはずだ。きちんと聞き分けて過ごしてきたのだろう。
だから硯に対しても、こうして歌を教えてくれたのかもしれない。これはとても大事なことなのだと。
手鞠を片づけ始めた少女の背を眺めつつ、硯は格子窓から吹きこむ夜気に頬を晒す。
――どうして、と問うこともなくなってしまう程とは。
先ほどの少女とその親の面差しが蘇る。
不安を抱く者が、少なからずいるというのに。
それでも解決へ運ぼうとしない人が多いその仄暗さが、痛ましい。
――いったい、ここでどれだけの人が消えて来たのでしょうか。
肌がぬるい夜気に撫でられた直後、硯の手元へ音もなく紙飛行機が着陸する。
硯は大きく瞬いたのち、折り目の合間から覗く文字に目を通し、首肯した。
「機を窺い、参ります」
囁きとも思える声は彼女の返答だ。
家屋の外、紙技で姿を潜めていた夕立は、風が届けた答えを受け、その場を後にする。
深まる夜の気配が、こうして猟兵たちの時間を呑み込んでいく。
夜八つに乙女の姿あり。
人目を避けた彼女の影は月夜に佇み、静寂に迷わず、黒椿を振り抜いた。
光をも滑らせる刀と異なり、重く、脆く、醜い刀だが彼女の手にある裡は、名刀の鈍い輝きを放つ。
刀身を舌先で舐めあげれば、宿りし鬼が煙の化生へと変わる。
「仕事だ。働け」
告げる声音は淡々と。
素気無い物言いに、対話が叶う煙鬼はヒヒと下種な笑いを零す。
「相変ワラズ、色気ノナイ奴ダ」
皮肉を言いつつ満更でもない様子で、解かれた封印の主は感覚を研ぎ澄ませた。
聴きあてるのと嗅ぎ当てるのに関して、乙女の黒椿に宿る鬼は優れている。
そして乙女自身、明け暮れた修行で身に着けたものは多い。
今は猟兵としての術や経験も持ち合わせている。
だから得た感覚に探らせつつ、乙女は周囲を警戒し痕跡を追った。
――こいつなら、匂いを辿ることは可能だろう。
どの町にも、その町特有の匂いというものが存在する。
人間の鼻で感じ取れるものもあれば、獣じみた嗅覚でなければわからぬものもあった。
土地と里に染みついた匂いは、長く土地を離れでもしない限り、決して消えはしない。
ならば匂いからよそ者である旅人の行方を探るのも、困難ではないだろう。時間がそう経っていないうちなら、尚更。
「アッチダ」
やがて鬼が応じた。
町の外れに近づくほど、むせ返る町の匂いは薄らぎ、より感知し易くなる。
カラカラカラと、空き家らしき軒先でひと気も無いのに古びた矢車がまわった。
まるで近づいてはならないと警告しているかのようだ。
しかし乙女は揺らがない。立ち止まらない。
煙の化生が嗅ぎつけるままに歩を進める。
――神の仕業にしろ、オブリビオンの仕業にしろ。
喪われた人を悲しむ者はいる。
いくら遠ざけようとも、蓋をしようとも、拭えぬ悲しみを湛えた者が。
赤々とした彼女の双眸が夜に映えた。
世の悲哀を捉え、討ち滅ぼすための浄化の輝きで。
――絶対に見つける。絶対にだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『蒐集者の手毬』
|
POW : あなたと共に在るために
【自身がよく知る死者】の霊を召喚する。これは【生前掛けてくれた優しい言葉】や【死後自分に言うであろう厳しい言葉】で攻撃する能力を持つ。
SPD : 理想郷にはまだ遠い
【自身と同じ能力を持つ手毬】を召喚する。それは極めて発見され難く、自身と五感を共有し、指定した対象を追跡する。
WIZ : いつか来る未来のために
小さな【手毬】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【全ての望みを再現した理想郷】で、いつでも外に出られる。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
●明け六ツの野に
ひと眠りしたあとの使いは
振り向いちゃならん
見知らぬ声にゃ耳をとざして
世に入れられぬ誰かのものさ
居つく前には 無縁にしなきゃ
名無しの魂 矢車ふれる
呱々の声して とうとう天狗にさらわれた――。
この宿場町には古くから、神隠しが日常として浸透していた。
猟兵が聞いた手鞠歌も、その『神隠し』に遭うのを防ぐための守りの歌で。
しかし依然として、神隠しの実態はつかめていない。
かつて神隠しの現場を目撃した子は、天狗がいたと歌の通りに訴えていたという。
けれどその目撃した子もまもなく神隠しに遭い、どの子も戻ることなく月日は流れていく。
早朝に水を汲みに行かせたまま、あるいは鶏の生む卵をとりにいかせたまま、行方知れずとなった子も多いと聞いた。
朝の霞にぼやけた景色は、住まう人の存在をも溶かしてしまうのだろうか。
旅人の男性が消えるところを、目撃した幼い少女がいた。
前日に、その旅人にたっぷり構って遊んでもらった少女――小夜は、彼の姿が遠く丘の向こうへ隠れてしまうまで、ずっと見送るつもりでいた。
だから積まれた石に乗り、次に大木へ登り、何としてでも彼を見送ろうとした。
けれど願いは叶わず、丘の手前にたなびく朝の霞の中で、男性はこつぜんと姿を消してしまう。
親にそれを告げてもまともに相手にされず、小夜は同じ年頃の子どもたちとだけ不安を分かち合っていた。
猟兵たちが子らの不安を解いたことで、目指すべき地が知れた。
そしてひとりの猟兵は、一足先に匂いを辿り丘の前までやってきている。
遥か稜線に金の光が滲み出るのも待たず訪れはしたが、明けぬ裡は、物の怪の気配もなく。
そして情報を共有し合った他の猟兵たちもまた、町にいる子どもたちの安全を確かめたあと、丘のまわり一帯に生じた春霞へと急ぐ。
テン、テン、と弾む手鞠の音が猟兵たちの耳へ届いたのも同じころだった。
白んだ世界に音が響く。それは予知に出たという――近しい死者の霊を見せ、生前の言葉で惑わし襲う――物の怪の兆し。
明け六ツの野がいよいよ、言ノ葉の戦場と化す。
彩花・涼
零落(f00429)と参加
神隠し……か、とりあえず行方不明になった男性は無事だろうか
見つけ次第保護したいところだが…
私を『姉さん』と呼ぶ声が聞こえる…この声は、零落ではない
昔少しの間だけ聞いた事のある『弟』の声だ
やはり私の前に現れるのはお前か……(弟の姿は宿敵イラスト参照)
心地よい声だが……所詮私の『知る姿』か…お前の顔は永遠に見られまい
UCを使用し、容赦なく斬るぞ
私の『知る姿』な時点で、貴様が私の弟なはずがない
さて零落の方は無事か?問題なさそうなら見守るぞ
後は行方不明者を連れて帰るだけだな
零落・一六八
涼さん(f01922)と
「何やってんだ」
「またどうせくだらない悪巧みでもしてるんだろ」
自分と似た声と顔のソレ(双子兄)に条件反射で斬りかかる
知ってますよ、そういう方法を取るらしいですよね
本物でもやるこたぁ変わりませんけど
何度でも何回でもその姿を何かが真似ようと
「何やってんですか」
「また介錯が必要なんですか?」
狙うは首、何度だって刎ねてやるよ
ボクはお前には甘いですから
なんてぜってーいわねぇけど!
簡単に刎ねられたら
「再現するならもっと真面目にやってくださいよ。
真面目しか取柄がないんだから」
首転がってたら蹴飛ばしてやりたい所ですけど
蹴鞠歌なんちって
おっと、涼さんも無事みたいですね。じゃ行きましょうか
●一の葉
彩花・涼(黒蝶・f01922)は耳を疑った。
今し方きこえていたはずの零落の声と気配が途切れ、別の気を感じる。
まるでずっと以前から、そこにあったかのような気だ。
気は確かに一歩、また一歩と近づきつつあり、春霞の中から涼のまなこへ姿を映し始める。
「……ん……さん……姉さん……」
徐々に明瞭になっていく呼び声。しゃり、しゃり、と砂を食み草を掠める靴の音。
――零落ではない。これは、この声は……。
間もなく彼女の前に現れた、すらりと伸びる手足が印象的な男性のシルエット。
否、単なる影であったならば、涼も呼気を忘れずに済んだであろう。
影ではない。霞から浮き出た腕を陰影が模り、画と異なる実感を涼にもたらす。
「姉さん」
今度ははっきりと聞こえ、見えた。
一方では。
「……何やってんだ」
それは零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)に届いた、第一声。
けれど覚えがあるから見遣るだとか、慣れているから振り返るだとか、そういった仕草を一六八は必要としない。なにせ事は目と鼻の先。
驚き固まることもなく、一六八はただ僅かに眉間をひきつらせた。
「またどうせ、くだらない悪巧みでもしてるんだろ」
いつもは右へ左へ揺れるように遊ぶ視線も、今ばかりは鮮明に現れぬ声の主に釘付けとなる。
一六八は鼻孔をぬける冷たい早朝の空気に、己の立つ地がうつつであるとより強く感じた――元より現を抜かしてはいないが。
相手の輪郭は未だぼやけたまま、しかし一六八は跳ぶ。
霞む人の形が鮮明になるのを待たず、一六八の野太刀が風を切った。
直後、一六八とよく似た顔が、間近で鉄塊の一撃を受け止める。ギッ、硬いものが擦れ合い火花が散った。
「知ってますよ。そういう方法、取るらしいって」
似た声に似た声で一六八が応えたところで、相手の面立ちがはっきり見えた。
同じ顔ふたつ並びながらも、浮かぶ表情に生気の差がある。
「何やってんですか」
はじめに投げてきた問いと同じトーンで返してやった。
「また介錯が必要なんですか?」
そして一六八は競り合った得物を大きく振り戻し、勢い殺さず身を捩る。
ぐるりと相手の背へ回ったのは、造られた身体だけ。
思考も狙いも保たれたまま、一六八の太刀は霞を切り裂く。
踏み込んだつま先は相手の踵へ。揮った切っ先は相手の首へ。
「仮に本物でも、やるこたぁ変わりませんし」
渾身の一振りに濁りはなく、硬いとも柔らかいとも言い難い軸を刎ねる。
本来ならもっとわかるはずの感覚が、死者の霊には無い。
それを確かめるほどの感興もなく、一六八は転がる過去を蹴飛ばし、駆けた。
情の在処にも興味はない――少なくとも今の一六八にとっては。
「再現するならもっと真面目にやってくださいよ」
訴えかけたのにもかかわらず、手鞠は無邪気に跳ね続ける。
「真面目しか取り柄がないんだから」
だれが、とは言わない。
言い退けたまま、一六八は野太刀で手鞠を真っ二つに断った。
理想を抱えたまま斬られた手鞠は、招いた死者の残滓もろとも消えていく。
――何度だって刎ねてやるよ。
柄を握り緊めた一六八が見据えるのは、霞に溶ける余韻。
――ボクはお前には甘いですから。なんてぜってーいわねぇけど!
彼の内で完結した言の葉に、返る想いはない。
仕立ての良い衣に縒れや皺は無く、汚れ仕事から遠い清潔さを纏っていた。
涼がひたすら光景を刻み続けてきた赤の二粒に、その様相は正確に映る。
「……やはり」
呟きが吐息に融けた。
涼は胸の内に渦巻いていた情を仄かに、自身でも気づかぬ仄かさで声音に含む。
「私の前に現れるのは、お前か」
清涼を常とし佇む彼女の唇を震わした言葉が、相手へ届く。
果たして『届いた』のかなど誰も知るはずないのだが、それでも。
「姉さん」
かれは答えた。
涼の知る姿で。涼の記憶に残る――あの声で。
現れたかれの真意は涼も知れず、けれど姿かたちから次なる言の葉を想像してしまいそうになる。実際にかれが口に出さなくとも。
よく知る死者が現れるということは、そういうことだ。
憩う誘いはしかし涼に触れることも許されなかった。
彼女がすらりと振り抜く、黒の華によって。
――知らずとも、白んだ世は斬れる。
黒蝶が舞う。群れを成す黒の羽ばたきはやがて剣身に宿り、涼に今居る場所の空気を吸わせた。
少しばかり、衣服が肌にはりつく感覚。朝早くに霞む景色が教えた、湿った空気。
それを一口味わった直後、涼は目を見開き、ぐっと踏み込む。
黒蝶の力を連れ、霞もろとも相手を斬る涼の一撃は瞬く間だった。
恐らく相手も、自分が斬りつけられたと気付かぬまま、驚きを隠さず浮かべていたことだろう。その顔に、表情があったのならば。
――お前の顔は、永遠に見られまい。
間近で揮った一閃は、顔なき顔をも断つ。
かれはそんな涼に対して、文句も抵抗の言葉も投げなかった。当然だ。
――貴様が私の弟なはずがないのだからな。
涼の記憶に残る彼だからこそ、かれに面影などありはしない。
ゆるく、そして細長く吐いた息と共に、涼は黒華に這った力を撫でる。
テン、テン、と割れた鞠が歪にずれて地に弾み、やがて消えた。
「おっと、涼さんも無事みたいですね」
考えに傾きかけた涼の耳朶を、覚えのある声が打つ。
「無事だったか」
涼が何気なく吐き出した言葉にも、一六八の面差しは変わらない。
もちろんですよ、とでも言いたそうに一六八は口端を上げてみせた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
未不二・蛟羽
だれ…?
映るのは自分とよく似た、獣と人のなりそこない
失くした記憶の中の、No.322とNo.40の同類の姿
きっと俺は知ってる
でも、覚えてない
「いつかここからでれたら。逃げよう。一緒に」
「俺たちは、『美味かった』?」
分からなくて、でも怖くて、苦しくて
ごめん、ごめんなさい
…ごめんなさいって、なんで?
威嚇する【No.40≒chiot】に噛まれ我に返り
【ブラッド・ガイスト】でパーカーを捕食状態の狼の大口へ変え、喰らいつき
俺、今が好きだから、きらきらがいいから
過去には、未来はないから
振り返らない、引かれない
旅人のお兄さんだって、昔だけ見てたから、子供たちと遊んでたんじゃない筈っす!
【アドリブ・連携歓迎】
矢来・夕立
親しい死者。十中八九オレが殺したやつですよね。
申し上げにくいんですが、どなたとどの程度お付き合いしてたか忘れました。
…あれ?そもそも知り合いでしたっけ?
過去は振り返らない主義でして。それに、あとで謝るくらいなら最初から殺さない。
あ、その線で責められるとちょっと心は痛むかもしれない…
ウソですけど。
《だまし討ち》《暗殺》【紙技・冬幸守】。
反省したフリ、得意です。発動までの三秒も稼げますしね。
このやり方まで読まれてたらこの怪異、オレと同じくらい性格が悪いな。
しかし…アレ、しまっちゃう手鞠? 神隠しに遭った方々、あの中にいるとイイですね。
そのほうが面倒がないってだけですよ。
レザリア・アドニス
…相手は、手毬…?
これは「神隠し」の真実ですか?
でしたら消えた人は、「理想郷」に溺れて行ったのかしら…
基本は、炎の矢で手毬の物の怪を射抜く
自身がよく知る死者などいない(というかそもそも生きてるか死んでるかは知らない)ので、霊が出ても首かしげるしかない
小さな手毬を放出すればしっかりと警戒、理想郷などそんなもの、所詮は夢か、幻にすぎない…
蛇竜も召喚して、常に隠れ手毬から身を守るようにとぐろを巻いてもらう
…けど、この手毬に、五感…?(きょとん)
発見しにくいなら、もう花の嵐で一掃しよう
終わった後はそのまま桜の雨の中で佇み、一面の桜を見上げる
●二の葉
テン、テン、と響く音色が誘うのは、もしかしたら郷愁という名の情けなのかもしれない。
けれどレザリア・アドニス(死者の花・f00096)には、その感情の在処がわからずにいた。
かたちとして知りつつ、想いとして抱けずにいる。
器が手鞠でなかったとしても、ただそこにあるはずのものが掴めない。
自身に足りるか否かで言えば、恐らく足りないもの。
――これは、神隠しの真実……ですか?
だから白花に攫われることもなく、彼女は現実と向き合えた。
春霞から現れた、手鞠の姿を模る過去の躯を前にしても、揺るがない。
美しい色と絵で生者の心を惹きつけ、蒐集する過去の悪意に惑わされはしない。
伏せていたレザリアの長い睫毛に、霞の気配が宿る。
湿った空気はひやりと肌膚を撫で、揉みこむような陽光と異なり、訪れたひとへもの悲しさをもたらす。春先の花冷えにも似た感覚だ。
――消えた人は、『理想郷』に溺れて行ったのかしら……。
人々の温もりを経たあとの静けさ。
平穏な日常に身を浸す者や、旅ゆく者への共感はできずとも、想像はしやすい。けれど。
――きっと、越えてはならない一線だったはず。
平時であれば分別も叶ったか、たとえ心持ちは普段と同じでも誘われたか。その真意はわからない。人によるのかもしれない。
いずれにせよ、踏みとどまれない幻が夢を見させて、ひとが底に押し込んだ想いをつついたのなら。単純に悪意へ引きずり込むよりも、回りくどく悪質だ。
そう、物の怪――オブリビオンの悪辣さを、レザリアはよく知っている。
だから彼女は躊躇わず、細い指先で炎を練り、物の怪を見据えた。
白んだ世に突き出した片腕は、編み上げた無数の火矢と共にある。
炎の匂いはしない。冷えた春風が丘の向こうから緑を運び、レザリアの傍らを通り過ぎていくだけの匂いしか。
レザリアはふと思う。
視覚や聴覚から入って苛むのが物の怪の特性であるならば、拐かされた人々にとって、嗅覚が頼みの綱になったのかもしれないと。
沈思に耽っても淀まない少女の存在は、蒐集者の手鞠からしてみれば対峙しがたい存在かもしれない。
何しろレザリアは、死霊と共に生きる――死者の花。
「……見せてみて」
火矢を撃ちだす寸前で呼びかける。
「私にも『いる』というのなら」
告げる声音は祈りや願いではなく、挑発にも似て。
そして手鞠は応えなかった。
一方、ひとり遊離する矢来・夕立(影・f14904)の影は、たなびく春霞に於いても明瞭な形を保っていた。
ちらりと見下ろした地には、春の息吹きがそこかしこで芽吹き、顔を覗かせる土も明るく柔らかい。早朝の冷えた空気のおかげで、少しばかり湿ってはいるものの。どこにでもある朝の風景に思える。
そんな中を歩きながら、どうにもしっくりこない感覚に夕立は考えを沈めていた。
――親しい死者。というと十中八九オレが殺したやつですよね。
基準がわかりやすくて助かったとも言えるが、物の怪の助力だと喩えてしまうとそれは心外だ。
だから夕立は、淡々と思考を綴るだけに努める。それにしても差し障りが無い。
誰だろうかと気難しく考える手間は省け、親しさの順序や優劣の決定に耽らなくて済む。
何せ夕立にとって死者は死者。しかも己に近しい者と言えば、やはり死者でしかない。
彼を織りなす生業模様は、技術と経歴で築いた色柄のみで、そこに「想い出」たる要素を含まなかった。
テン、テン、と遠くから手鞠の音がする。
贄となる命が近いとわかれば、手鞠も死者の霊を揚々と映してくれることだろう。
だから夕立はあえて、靴裏で草を食み音を生んだ――途端に霞が濃くなる。
別のところでも、薄く煙る乳白の霞が、視界を侭ならぬものしていた。
「だれ……?」
未不二・蛟羽(花散らで・f04322)の問う声が揺れる。
不安や恐怖といった感情ではなく、純粋に、気配を感じたから尋ねた。
猟兵や町人とは違う。野に生きる獣のそれとも違う。
知る感情こそ多くないが、知っている気配なら蛟羽には多い――多いはずなのだが、いま感じているものは奇妙だった。喩え難い親近感に、懐かしみを覚える。
そして春霞が見せた虚ろは、やがて形となって蛟羽の前に現れる。
「あ、あれっ?」
不意に口から飛び出した驚きが、蛟羽の目をもぱしぱしと瞬かせた。
白んだ野に忽然と浮かんだ姿は、あまりにも蛟羽に似ていた。
顔立ち、からだを成す獣とひとの要素。ぼやけていても自分だと思える立ち姿。
鏡映しだろうかと腕を動かしてみるも、相手は対にならない。ただ置物のごとく凝然として。
輪郭を、染まる色を隅々まで認識していくにつれ、蛟羽の胸裏で何かがざわつく。
――なんっすか、これ。
心の底で冷え切っていたはずの塊が、煮えて、どろりと喉元まで込み上げてきた。
覚えていない。記憶の引き出しは未だ開かず、蛟羽も気にも留めてこなかったから。
覚えていない。しまいこんだ想い出はいつまでも、扉をノックしてくれないから。
「っ、う……ッ」
覚えていないはずの色彩が、蛟羽の眼裏に浮かぶ。だから瞬きも許されず、蛟羽は見開く。
佇むばかりだった同じ姿が、唇を密やかに震わせていた。何か、喋っている。喋っているとわかっても、声がしない。
蛟羽は腕をさすり、奔った寒気を払い落とす。いっそ鮮明に蘇ってくれれば答えは出るのに。記憶は堅く、閉ざされたままで。
――きっと、知ってる。
覚えていないのに、思考へ流れ込んでくるその姿が。何事か話すため動いた唇が。
とても他人事とは思えない感覚で、蛟羽の鼓動を激しくさせる。
――俺は知ってる。でも。
擦った右腕に、底から込み上げてきた熱が灯る。
春風にでも遊ばれたのか、羽織ったパーカーが靡いた。
「いつか、ここからでれたら……」
漸く届くようになったかれの声は、矢となって蛟羽の心の臓に突き刺さる。
「逃げよう。一緒に」
なりそこないのコエがする。ジブンとよくにたコエが。
「なあ」
呼びかけられ、身の毛立つ。
まだ言の葉の続きもわからないのに、悍ましさが蛟羽の総身を拭っていく。
いわないでほしい。ききたくない。
知るはずの無い言葉に、なぜ自分が怯えているのかもわからず。
「俺たちは、」
「美味かった?」
●三の葉
端然と佇むレザリアの様相は、穏やかながら強い。強く、オブリビオンへの感情を湛える。
見せてみて、と念を押してもやはり手鞠は死者を見せてこない――彼女自身が、近しい死者を知らないためだ。
「……やはり、できないと。そういうこと……」
期待をしたわけではない。望んだわけでもない。
しかし死した身に覚えがないレザリアは、心の代わりに瞼を伏せる。
直後、物の怪は小振りの手鞠を転がせてきた。
ころころと、愛らしく近寄る動きはまるで幼子が手鞠を零したかのよう。
何も気にかけなければ、つい手に取り持ち主を探してしまう人も、いるかもしれない。
しかしこの誘惑もまた、物の怪の仕業だと理解している彼女に、不毛な攻撃ではある。
「理想郷など、そんなもの……」
焦れることなく、レザリアは矢を放つ。
「所詮は夢か、幻……」
炎は鞠の中心を、理想郷を貫き途絶えさせた。
微かな吐息を零しつつ、レザリアは春霞が映す桜色の中で佇み、空を見上げる。
――もし、予知に出ていたという人が、理想郷に導かれていたら。
果たしてどうなっているのだろうか。
過ぎる想いから、レザリアは別の手鞠を探しに歩き出す。
春霞など景色を見え難くさせるだけだ。
白で埋め尽くしはしないはずなのに、この中で遊ぶ物の怪はお構いなしらしい。
「どなたか、そこにいらっしゃるんですか?」
夕立が殊更に呼びかけてみれば、案の定ひとの輪郭らしき影が、白んだ世界にぬっと浮かび上がる。
人影としての形状を映しているだけで、まだ年齢も性別も判断がつく段階ではない。
申し訳難いんですが、と夕立は目を細めた。
「どなたとどの程度お付き合いしてたか、忘れました」
名乗ってもらえれば一興。はっきりとした姿を見せてくれても一興。
しかし死者の霊は、影だけ映してとんと姿を見せない。
すらりと白に佇みながら、黒纏う夕立は狼狽えもせず唇を震わす。
「どちら様でしたっけ? あれ? そもそも……」
襲い来る過去の生者は、どうしてか夕立に近寄らない。近寄れなかった。
絶妙な間合いは、その人影が『誰か』を明確にしないための距離なのだろう。
「知り合いでした? オレと」
目線を斜め上へ流し、記憶を辿る素振りをしてみせる。
夕立の知る死者を想像しない限り、手鞠が招く姿の『基』も上手く模れないようだ。もどかしげに揺蕩うだけで、影に攻める気配はない。
僅かに唸ってみせた夕立は、人のかたちにすら成れない影を視線で射貫く。
「オレが覚えてないだけで、あなたには恨み辛みがあるかもしれませんね」
罵りたい言葉や、震わせたい憤りが。
「あるとしたら……何でしょう。あのときはよくも、みたいな文言とか」
歩めば手鞠の音が近くなる。告げれば人影も近くなる。
そんな中で夕立は、袖口から指先へと折紙を滑らせる。
「今更出てこられても困りますし、謝っておくのが得策でしょうか。それなら」
生前かけてくれた優しい言葉。死後に自分へかけるであろう厳しい言葉。
手鞠が呼ぶ死者の姿は、それらを盾に襲い掛かってくる。
だから夕立は饒舌に語り、人影とその奥に潜む手鞠の影を見据えた後、頭を下げる――振りをした。
彼の手を離れた式紙が、舞う。
蝙蝠の形を成した紙が無数にはばたき、移ろう影めがけて飛び掛かっていく。
ひと型の影は瞬時に散り、突然の襲撃に手鞠が跳ねては避け、避けては転がる。
しかし蝙蝠の数が数だけに、すべては避け切れず命を貪られていった。
「……ウソですよ。あとで謝るくらいなら最初から殺さないので」
物の見事に策謀が利き、引っかかり狼狽える手鞠を前にしても、夕立はほくそ笑まない。
すでに夕立の意識は、手鞠の絵柄へ向きつつある。
――しまっちゃう手鞠、みたいなモンですよね、アレ。
蝙蝠の群れが手鞠を消していく中、この世のものとは思えぬ景色を内包する手鞠のひとつに、夕立は片腕を伸ばす。
小さな手鞠は、抗わぬ者こそ吸い込めることが叶えど、受け入れる気など更々無い者に力は及ばず。叶わぬ吸収に代わり、夕立が手鞠から引きずり出したのは男性だ。
「蒐集は、まあ、確かに自由ですけど」
夕立の足は、手鞠を鋭く蹴る。
「悪食はどうかと思いますよ。ああ別に、あなたが腹を壊す心配をしたつもりはなく」
論う程の価値も、過去たる物の怪には無い。
ゆえにそれより多くの言葉は放たず、夕立は地に男性を横たわらせて手鞠を一蹴する。
テン、テン、と苦しそうに弾んだ小さな手鞠は、そのまま溶けて消滅した。
「ごめ……なさい……っ」
ぼろぼろと溢れ出る感情に、蛟羽の理解が追いつかない。
窄まった喉が勝手に嗚咽を繰り返す。震えた声が勝手に謝罪を吐き出す。
「ごめん、ごめんなさい……」
項垂れた蛟羽の髪が、当たり前のように纏う衣服が、湿り気を含んでひどく重たく、冷たく感じる。
ぐらりと揺れた視界の中で、彼と同じ姿をしてかれは、尚も動かない。
なんで、と蛟羽は芽生えた疑問にも翻弄される。
――ごめんなさいって、なんで?
口を衝く言葉は詫びばかりで、他の意味を擁しない。
崩れ落ちかけた蛟羽へと、霞に浮き立つ霊が近寄る。
す、と伸びるかれの腕が、蛟羽の命を鷲掴みにしようとした、そのとき。
「いッ!?」
痛い、と咄嗟には言えなかった。
いつからか威嚇していた黒のパーカーが――痩せぎすの犬の影が、蛟羽に噛みついている。
痛みによって、蛟羽は苦しみから意識を引き戻した。
そしてすぐさま流れた血を贄として、獣へ与える。ぶわっ、と逆立つ毛のように波打ったパーカーが、捕食を待ち望む狼の口へと変化する。宴は間近、遠くない。
「俺、今が好きだから。きらきらがいいから」
咆哮にも似た唸りを放ち、蛟羽は『No.40≒chiot』に死した幻を喰らわせる。
ひと思いに噛みつけば、かれは霞と化して蛟羽の前から消え失せ、その奥で転がる手鞠へ飛ぶ。
「旅人のお兄さんだって……」
次なる獲物がいるのだ。腹を空かせた狼が、大人しく留まるわけがない。
「昔だけ見てたから、子どもと遊んだんじゃない筈っす!!」
蛟羽の連れた獣が手鞠を喰らう。欠片すら遺さず呑み込めば、先ほどまで蛟羽の意識を支配していた感情も、疾うに行方を晦ませていて。
金の光を微かに滲ませた瞳が、すぐにいつもの藍に染まる。
彼の前に、かれの姿はもはや無い。
食らい尽くしたら、終わりだ。
●救出
ちょうど近場にいた三人は、手鞠を数体片づけたところで合流を果たす。
「腕を……入れたのですか。あの中に」
男性を連れた夕立のとった行動に、レザリアが眼を瞠る。
抵抗せず触れれば、あっという間に呑み込まれてしまう理想郷。
だが、端から死者にも手鞠にも興味を寄せず、淡々と仕事をこなした彼の存在を、手鞠が吸いこめるはずもなく。
たまたま見かけただけです、と当人の夕立はふいと視線を逸らすばかりで。
「それに、そのほうが面倒がないって思っただけですし」
それ以上でもそれ以下でもない心境を、夕立は呟いた。
話を聞き、レザリアは対峙した手鞠を思い起こす。
「他の手鞠には、人らしき姿も無かったけど……」
この男性だけは、呑み込まれて間もなかったから間に合ったのか。
理由は定かでないが、とにもかくにも、予知に出た男性を救えた事実は変わらない。
男性はまだどことなく少し夢心地だ。
かたじけない、と幾度も猟兵たちへ告げているが、目は虚ろで。
しかしこの様子ならば、物の怪がすべて潰え、霞が晴れる頃には完全に正気を取り戻すだろう。
「何にしてもよかったっす! お兄さん見つかって!」
子どもとの約束も果たせると胸を撫で下ろし、蛟羽は朗らかな笑みを浮かべた。
未来へ続く道は、たとえ隠れてしまっていても、必ずそこにある。けれど過去には、未来の道など無い。
だから蛟羽はぐっと拳を握り緊めた――もう、振り返らない、引かれない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
萩乃谷・硯
「さぁ、今日も佳い字を描こうか」
聞き慣れた優しい声に心が震える
――ああ、ああ
やはりそうですか、私が出会うのはご主人の幻ですか
親子二代で百年愛され
二代目のご主人は、人の形を得た私を見て、病床で微笑んでくださった
同じ笑顔に、また出会えてしまいましたね
…もう逢えないことを、私は知っておりますのに
悲しい、とも違います、何でしょうか、胸が痛い
けれど惑わされはしないのです
死した人とはもう逢えない
だからこそ人の命は尊くて、人との逢瀬は愛しいのです
大筆と魔力で空に描くは「穿」の文字
『語義顕現・雷』で、幻など打ち砕きましょう
…私はあの方の声は知っても、
一度も言葉は交わせなかった
だからありがとう
大好きです、ずっと
●四の葉
ふわりと空気をはらんで歩を進める少女もまた、春霞に夢を見た。
冷たい朝の空気が萩乃谷・硯(心濯・f09734)の頬を撫でる。
湿りながらも重たくは感じない。足取りに昏い影が落ちることもない。
物の怪退治という状況ゆえに胸弾むわけではないが、それでも、耳朶を打った声は彼女の眦をゆるませる。
「さぁ、今日も佳い字を描こうか」
馴染み深い声は変わらず穏やかだった。
水面に一滴、また一滴と雫を落とすかのような優しくも心打つ声に、硯は震える。
――ああ、ああ。
驚きよりも安んじる心が先立つ。
――やはり、そうですか。
徐々に浮かびつつある朧気な人影も、鮮明になる前から彼女の心をとらえた。
貌をまじまじと見つめずとも、わかる。この声を聞き間違うなど有り得ない。
――私が出会うのは、ご主人の幻ですか。
窄む喉に詰まった呼気が、彼女から言葉をも奪っていく。
想定はしていても、いざ現前した姿かたちから滲み出るのは温もりだ。
か細い鼓動も、息遣いも、正にそこにあるかのように硯を迎え入れる。
はるかなる昔日も、瞼を閉ざせば浮かぶ。
心地よい静けさ。部屋に満ちる、墨の香。
硯は常となっていた日々を思い起こした。
「今日の水は冷えよう」
凍てつく冬の日。
そう言いながら、主は汲みたての水を日向に置き、陽のあたたかさを触れてから水差しへ注いだ。
陽の恵みを受けた水は室内においても煌めいていた。
それを主が少しずつ硯の陸へ垂らし、墨を磨る。
墨の香りと磨る音が室内に漂う中、手に取られるのを待つひとときも、大筆である硯にとって宝物だった。
じっくりと時間をかけて磨られ、陽光と主のやさしさを湛えて生まれた墨液。
それはどんなに凍えるような日にも、含んだ筆に寒いとは感じさせなかった。
芯の芯まで温もりが染みわたるこの間ももはや懐かしく、硯は睫毛を震わせる。
そうして染みこんだく筆で半紙へ描く芸術は、文字の価値を世に書き遺した。
筆の運びは主の気質を露わにし、文字の軸や滲みが、半紙に立体感を生む。
はねひとつ、とめひとつ、はらいひとつ。
道具を己の手のように操り、文字に命を吹き込むのは職人の為せる業だ。
どれも硯の記憶に色濃く刻まれている。
そして最後には、丁寧に筆の毛を洗ってくれた。根本まで染みた墨は、丹念に落とさねばいつまでも残ってしまう。
主は墨を磨るときと同じぐらい時間をかけて、筆を洗い、穂先を整えてくれた。
かけた手間暇の分だけ、道具は応える。
毛が傷んで抜けることも、割れることもなく親子二代で百年愛してもらえたのは、主が手入れにも心傾けていたおかげだ。
「佳い字が描けた」
筆を揉み解しながら、主はそう微笑む。
「……ありがとう」
温い水音の中で硯はそれを聞いた。
まるで宿る少女の喜ぶ様が見えているかのように、主は筆を大事にしてくれた。
そのたび、想いこぼせぬ筆は水の流れへほろほろと涙を託す。
彼女が人の形を得たのは、二代目の主のときだ。
しかしそのとき既に病に臥せていた主は、彼女を見てあえかな笑みを咲かせた。
「また、出会えてしまいましたね」
目の前に現れた同じ笑顔は、硯の意識を過去から現在へ呼び戻す。
霞む景色に佇む主の姿は、あの頃のままだ。
硯が胸の奥で感じた痛みは、悲しみに暮れるのとは違う。
懐かしさのあまり疼いたのか、明確な理由を言葉にはできない。
「もう逢えないことを、私は知っておりますのに」
こぼれる硯の声音が、柔らかく吐息に混じる。
呟きながらも手にしたのは大筆。書き手に魔を宿す、硯の本体たる品だ。
――けれど惑わされはしないのです。
あたたかくやさしい主の笑顔の前で、彼女は大空へ書を描く。
心を込めた一筆で、「穿」の文字をはっきりと。
――死した人とはもう、逢えない。だからこそ。
顕現し、硯の身に沁みた。限りある人の命の尊さを。人との逢瀬の愛しさを。
空にたなびく光の下で、硯は微笑む主をじっと見つめる。
「言葉は交わせないままでした。一度も。だから……」
声を知りつつも、伝えられなかった想い。
「ありがとう。大好きです、ずっと」
硯が微笑んだ刹那、天を裂く光が降った。
いかづちは幻も、その導き手となる手鞠も、悉く打ち砕く。
光明はたしかに硯の前から主の面影を消し去った。
だが、ひとり遺った彼女の目許は仄かな熱を刷き、優しい風が髪を撫でていく。
――私も、人を愛したいの。
人に百年愛された筆に宿る、少女のヤドリガミ。
人を愛する人として、彼女は宝物と共に未来を歩んでいく。
大成功
🔵🔵🔵
仇死原・アンナ
手毬そのものが敵か…死者を騙るモノは何だろうと倒すだけ…!
妖刀を抜き[早業、2回攻撃、串刺し]で攻撃
敵の攻撃を[呪詛耐性、見切り、武器受け]で防御回避
[カウンター]も狙う
「死者の姿を騙るんじゃあない…アンタたちはもう…」
…もし、もしも私を拾い育ててくれた亡き義父や私に処刑された罪人達が現れたとしてもワタシは容赦なく敵を屠るつもりでいるよ
【ブレイズフレイム】に[範囲・属性攻撃、火炎耐性]を使い
敵も死者の霊も地獄の炎で燃し尽くそう…
敵を無事倒せたら、丘のまわりの景色を見ながらぼんやりと物思いに耽よう
アドリブ絡みOK
●五の葉
町なかにおいても野においても、仇死原・アンナ(炎獄の執行人・f09978)をアンナたるものにした空気がある。
世界という絵画をぼんやり眺め、静観するような姿勢だ。意識せずとも彼女の存在は、そこに落ち着く。
興味のある無しだけでは判断しきれない、彼女ならではの佇まい。
愛らしいものは愛らしく、良いものは良いと感じ、それを阻む敵への負の心も間違いなくある。
日常の営みも、陽がのぼり沈みゆく空の移ろいさえ、恐らくは守りたいもののひとつ。
だからこそ、ただただ眺めて過ごす平穏を壊れ物のようにアンナは扱う。
そして、アンナが感じるその平穏を脅かす悪意が、今まさに現前しつつあった。
テン、テン、と耳朶を打つ手鞠の弾み。
人ならざるモノを前に、アンナは帽子を深くかぶり直した。
――手毬そのものが敵か……。
無邪気な幼子が遊ぶのであれば、アンナの知る日常のひとかけらであったはずなのに。
人の手に委ねられるのは、温もりある手鞠だ。鞠遊びを知らぬアンナでも容易に想像がつく。
しかし美しくも儚い理想を内包する目の前の手鞠は、妙にうそ寒い。
当然だ。何故ならば、あれはもののけ。アンナが断ち切る、悪意の根源。
――死者を騙るモノは何だろうと……倒すだけ!
アンナは妖刀をすらりと抜き、目にも留まらぬ速さで霞を裂いた。
咎を滅し、朽ち果てさせる術であればアンナの得手とするところ。
細く短く吐いた息でさえ、彼女の一振りの間に、湿った朝の匂いに紛れてしまう。
野に放たれたままの悪意――手鞠を模った物の怪がひとつ、霞と共に裂かれて消えた。
「許されない……」
微かに呟くアンナの双眸が、いつになく鋭い。
執行人の顔をむき出しにした彼女だ。すでに纏う雰囲気も一変している。
「死者の姿を騙るなんてのは……」
振り向きざまに、跳ねながら近寄る手鞠へ次なる一手を仕掛けた。
直後、アンナは目を瞠る。
いつから、そこに在ったのだろう。
霞から浮かぶ前兆すら感じぬうちに、かれらは現れていた。
手鞠をつく音が遠く感じる。その代わり、かれらの気配と呼気が異様に近い。
そこでは死した義父だけでなく、かつて処した罪人たちの姿が、アンナをじっと見据えていた。
見知った姿に驚きはたしかにあった。
しかしそれもほんの一瞬。結果として、アンナの足を止める要因には成り得ない。
――わかっている。これが、アンタたちの策。
ねめつける瞳に宿るのは敵愾心だ。
そしてすかさず彼女が肌を切り裂き噴出させたのは、内に秘める鮮血よりも赤い炎。
アンナは妖刀を振りかざし、手鞠が刃を逃れるべく跳ねたところへ炎を迸らせた。
赤子の頃に彼女を拾い育てた義父の姿が、在りし日の姿で佇む。
処刑した罪人たちに比べ、かれはより鮮明な色とかたちを持っていた。
アンナにとって近しい存在だからだろう。
心なしか褪せた色味は、春霞が原因か、それともアンナが最期に見た記憶ゆえか。
「ワタシは、躊躇わない」
炎獄の処刑人に、惑わす術は通じない。
アンナの靴が草を食んで音を立てるや否や、彼女の炎は風を切り、風に紛れる。
次に靴裏が地を踏みしめたときには、炎を連れる刀身が辺りに渦を描いていた。
彼女が揮うのは地獄の炎。
地の底で燻ぶり続けた炎は、濃くなりながら煮えたぎり、罪過だけを呑み込む。
「アンタたちは、もう……」
冒涜的ともいえる物の怪の謀略を、容赦なく屠る。
物の怪が気付く頃にはもう、延焼した業火が死者の霊ごと薙ぎ払っていて。
――言の葉の呪詛は、ワタシには効かない。
赤々と地上で揺らめく、地獄への誘い。
死者の面影も手鞠も、それに燃やし尽くされていく様を、アンナはまばたきもせず見届けた。
打ち敷く白い霞には、決して座せず、転がらずに。
そして焼き尽くした頃、妖刀を握り緊め別の方角――丘へ駆けた。
乗り上げてみれば、小高い丘は白んだ野を見晴るかす場所でもあると気付く。
――阻む者が無かったら、きっと今頃……。
この丘も、景色も、物の怪に侵されていただろう。
そしてやがては宿場町も、その先の遊苑も、蹂躙されていたかもしれない。
敵の気配は未だに、春霞の中で蠢いている。
アンナは一度だけ瞬き、残存する手鞠を焼くため丘を駆け下りた。
大成功
🔵🔵🔵
赫・絲
浮かぶのは、幼き日に死んだ父の姿
絲の綺麗な髪は俺に、綺麗な瞳は母さんに似たな
そう言って撫でてくれたあの大きな手
父さん
貴方が死んだから、私は……ううん、違うか
いずれ訪れる逃れられない日が少し早まった、それだけのこと
幻は、幻
縋ることはない
だって、今を生きる此岸の命と過去を生きる彼岸の命は決して交わらない
霊に惑わされることなく、敵の攻撃は普段通り冷静に見切り、捌く
白藍、お出で。力を貸して
呼ぶは契り交わした雨の精霊の名
触れたものを焼き尽くす雷属性の雨粒を広範囲に降らせて手毬を穿つ
本来交わるべき世界にいないのはお前たちも一緒か
骸の海まで、雨に流されて逝け、オブリビオン
●六の葉
心持ちはすでに今を生きているというのに。
霞む静けさの中、赫・絲(赤い糸・f00433)の視界に映る人影は、その「今」を侵食しつつあった。
平時は凛として立つ絲の表情に、陰りが見える。
父さん、と思わず絲の唇を震わせた言葉に、声は無い。
吐息だけが彼女の心境を物語った。
あれから何年経ったかなど、咄嗟に浮かばない。
ただ現前した姿を茫然と眺めるばかりで。
「俺と母さんに似たな」
幼い少女を撫でてくれた、大きな手。
こんなにも大人の手は大きいのかと、頼もしく思えた手。
絲へと伸ばされた手は、あの頃のままだ。思わず、絲の瞳が揺れる。
「綺麗な髪は俺に似たし……」
嬉しさを綻ばせて、父は告げる。
娘を愛おしむ情が声からも、言葉からも、そして手の平からも滲み出ていた。
「綺麗な瞳は、母さんにそっくりだ」
胸の底から込み上げてきた熱に、絲は逆らえない。
喉まで上がってきたのは、涙がもたらす熱とは違う――ただただ、懐かしくてほろ苦い。
撫でてくれたやさしさから、絲は距離を置く。半歩だけ下がり、父を呼んだ。
「父さん、貴方が死んだから、私は……」
声が途切れる。
いま口にするべき言葉は、果たしてそれだろうかと胸の内で自らへ問う。
ほんの一瞬、しかし僅かなその時間で絲は答えを見出す。自分でもわかっていた。
だから絲はかぶりを振り、違う、と思い直す。
「いずれ訪れる逃れられない日が、少し早まった。それだけのこと」
先程まで揺れていた淡紫の双眸が、真っ直ぐ父の姿を射貫く。
父の眼差しこそ移ろいはせず、だからこそ絲は痛感する。
目の前に立つ父が、幻であるという現実を。
――幻でも、残念には思わない、かな。
突きつけられようとも、不思議と絲の心は朗らかだった。
今ではなく、もしかしたら昔日から、そうだったのかもしれない。
――だって幻は、幻。
微笑む父をじっと見据え、絲は瞼に圧し掛かっていた重みを開く。
「縋らないよ。だって此岸と彼岸は、決して交わらない」
未来へ向かい続ける此岸に生きる彼女と、過去となり置き去られていく彼岸の父。
相容れはしないのだ。生と死の近さが如何許りでも。
――この命だけは、私のものだから。
死者に、そして過去に、翻弄される謂れなど無い。
徐に、絲は唇を震わせて今度は父ではなく精霊の名を告げる。
「白藍、お出で」
死した者の霊には惑わされず、彼女は彼女の武器を掲げる。
契りを交わした、精霊の加護を。
呼び声に応じた白藍が、霞みの野を見下ろす。
「力を貸して」
続いた絲の願いに精霊は舞う。そして死者の陰に隠れる敵へ触れた。
ぴり、と電流が走るときに似た音が零れ、無数の雨粒が戦場を支配する。
いかづちの力を蓄えた雨は止め処なく降り、変わらぬ姿の父と、物の怪の影を濡らす。
さよならを告げるわけでもなく、ただ父が消えるのを絲は見送った。
絲は父の残滓が消えた頃に、ようやく瞬きを思い出す。
す、と短く息を吸えば、雨脚が強まった。
「お前たちも一緒」
告げたの相手は消えた父ではなく、その向こうで弾む物の怪。
テン、テン、と邪気が無いような素振りで遊ぶ手鞠の様子が、絲にはひどく冷たく感じた。
「本来、交わるべき世界にいない。……居るべき場所はこっちじゃない」
雨が覆う。霞で白んだ世界を、彼女の声に応えた雨が。
雫の一粒一粒に宿る敵視の光は、絲にとって揺らがない情でもあった。
雨が滲みた手鞠の色は、次第に抜け落ちていく。
骸の海から蘇った過去も、やがて色と同じように抜けていくだろう。
「流されて逝け、オブリビオン」
手向けの言の葉に、慈悲などありはしない。
大成功
🔵🔵🔵
花盛・乙女
死者の虚像を使い、人を隠す。神隠しなどと片腹痛い。
手鞠如きと侮りはしない。
この花盛乙女の刀の錆になるがいい。
自身をよく知る死者。勿論いるとも。
刀剣衆とは詰まる所は傭兵衆。亡骸で戻った姉様方も大勢いる。
…今、会えば私を見てなんと言うだろうか。
強くなったと褒めてくれるだろうか。
大きくなったと微笑むだろうか。
刀など持たぬべきであったと嘆くだろうか。
変わらず弱いと叱るだろうか。
いずれにせよ、私の心は揺るがない。
荼毘に付し、成仏を果たした姉様方がここにいる訳は無い。
むしろ腹が立つ。私の思い出を、姉様方を侮辱するな。
斬って捨てるだけでは気がすまない。
鬼の拳でもって、貴様を冥土に送ってやろう。
●七の葉
「片腹痛い」
真っ先に口を衝いた言葉だ。
花盛・乙女(誇り咲き舞う乙女花・f00399)の心理を淀みなく言葉に換えるならば、きっとこれが最も適していたのだろう。
赤のまなこに宿る憤りは、至って静かだ。静かであるがゆえに、滾った色が迸る。
霞んで白む世に、響く手鞠の音と衝撃。
見えてくると予想していた球体はしかし、ぼんやりとした影だけ残して姿を晦ませた。
――霞に紛れたか。奸知には長けているようだ。
死者の虚像を使い人心を化かすほどの悪知恵は、戦場においても保たれているらしい。
乙女は気配を辿るべく精神を研ぎ澄ませ、息を整える。
本来であれば風が吹き、草が笑い、春の鳥や虫が俄かに騒ぎ出す野だ。
丘を越えようとする旅人が通る、穏やかな風景のはず。
だが薄い白がたなびく今、乙女が肌身に感じているのは――物の怪の悪意。
戦いを知り、あるいは戦いに生きた者でなければ恐らく、満ちるこの悪意にすら苛まれてしまうだろう。乙女は巻き込まれた人々を想い、そして心を無にする。
音はなかった。手鞠が零したのは気だけ。
しかし乙女が感知したが最期、手鞠は理想を抱いたまま刀の錆となる。
斬り伏せた手鞠が溶けるように消え、乙女はすかさず後背の霞を裂いた。
空間もろとも断ち切らんばかりに、鋭く乱れの無い太刀筋だ。
彼女が振るった切っ先は、背に紛れた一体の手鞠を突き、色鮮やかに飾った身を崩す。
――手鞠如きと侮りはしない。
気配がまたひとつ失せたことで、乙女は刀を振り戻した。
柔い感触は物の怪だからか。斬った実感はあるのに、釈然としない。
疑いは確信となって、乙女の胸の内にある。敵はまだ居るという確信が。
攻めてくるならばどちらかと、方角を定めはしない。
感じるまま、身の動くままに、乙女は委ねた。
そして。
振り向きざまに乙女の瞳孔が捉える。
次に姿を現したのは、手鞠ではない。
揺らぐ霞から出てきたのは、今は亡き姉たち。
「……姉様方」
呟きは風に攫われた。
剛毅で腕の立つ里の衆は、乙女にとって馴染み深い顔触れだ。
乙女が修行に明け暮れる日々にも、かの者たちの後ろ姿を見てきた。
傭兵として赴いた地は数知れず。
戦場で務めを果たし、満身創痍で帰ってくる者も頻繁に目撃してきた。
当然、亡骸となって帰ってきた者も多い。
戦いとはつまり死地である。
そう言われなくとも痛感してしまうほど死と隣り合わせだった。
「相変わらずの腕節だな」
かけられた声は、年上らしい逞しさにあふれた声。
「ひとりで駆けるには、まだまだよ」
別のひとが乙女を評価し、いやいや、とまた別の評価が降りかかる。
「強さに限りなどありはしないが、充分生きていける」
「私らこそ、置いてかれないよう気張らないとね」
遠い日に乙女を置き、戦地へ向かったひとの言葉が突き刺さる。
乙女は過去と未来の関係性を、そこに垣間見た。
「……それにしても」
その微笑みを見たら、続きを聞かなくてもわかってしまった。
「大きくなったな」
きっと、そう言うだろうと。
いずれも、いま会えば恐らく交わすであろう言の葉だ。
鍛錬の成果を、経験の積み重ねを、見てもらえたら。
――ああ、勿論、私にもいるとも。
近しい死者。耳にしたときから想定していた。
誰が現れ、どんな言葉を口にするのかを。
だからこそ乙女は刀をふるう。白む世界の中でも、乙女の瞳は輝きを失くさない。
「姉様方は荼毘に付し、成仏を果たした」
睨み付けたのは、人影の先にある物の怪の気。
覚られたためか或いは乙女が見通したからか、手鞠はゆらゆらと姿を露わにする。
敵目掛けて乙女は地を蹴った。
ブン、と風をも切り、弄ぶ手鞠へ贈るのは迷いなき一刀。
消滅していく手鞠を横目に、彼女は次の標的を定める。
手鞠はまだ、そこかしこに在った。
「私の思い出を、姉様方を侮辱するな」
斬り捨てるだけでは治まらぬ感情を、彼女は刀へ灯す。
「この花盛乙女。鬼の拳でもって、貴様を冥土に送ってやろう」
花盛る今をゆく乙女に、二言は無い。
大成功
🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
記憶の始まりに見たのは血の海
握っていたのは「あの人」の手
微か残るのは優しい掌と
暖かな声での昔語り
現る姿は顔だけに靄が掛かった地球の青年
語るは彼の好きなもの
笑顔は連鎖するのだと笑い教えてくれた
その方法も
嘗て在った筈の
今のオレは忘れてしまった言の葉
ねぇアンタはあの時何を言ったの
どうして消えてしまったの
オレに何があったの何をしてしまったの
答えは無いと分かってるけど
ああ、それでも
あの人の声を聞かせてくれた
それだけは、物の怪であっても感謝するヨ
右目の「氷泪」に体内の血を吸わせ【紅牙】発動
血色の雷を奔らせ『2回攻撃』で『傷口をえぐる』よう
一体ずつ確実に狙い牙で喰らう
オレはまだ、もっと
ヒトを笑顔にしたいンだ
●八の葉
春霞による多少の薄れもものともせず、空気は澄み、水と野の薫りが濃い。
コノハ・ライゼ(空々・f03130)が目にした光景も、その薫りの中にある。
赴いたのは戦いの地。なのに、どうしてか届いたのは遠い過去からの呼び声だ。
――これは。
コノハは瞼を閉ざした。
すると、すっかり過去となったはずの記憶のはじまりを――今のコノハを形作った、あの日の光景が瞭然と蘇る。
赤、赤、赤。夥しいほどの赤が、まるで海のように横たわっていた。
いっそ身を沈めるならば、これ以上適した場はないと思えるぐらいの赤い海。
掠れた呼気が喉から零れてくる。命のおわりを感じさせる息遣いだ。
コノハはその海で、しっかりと温もりを掴んで離さずにいた。
それでも、微かに残ったやさしい温もりが冷え切っていく。
掌から伝わる柔らかさは、徐々に失われつつある。
――この声だ。
そんな中、あたたかな声で綴られる昔語りさえ、もはや懐かしい。
だからコノハは瞼をゆっくり押し上げた。霞んだ景色に見慣れた背格好が浮かぶ。
見慣れた背格好の青年は、話を始めた。
笑顔に勝るものはないと体現したかのような口ぶりで。言葉の運びで。その声で。
笑顔は連鎖するのだと笑い、コノハに教えてくれたときの姿のまま。
どれも目の前にあると言うのに、コノハは手を伸ばせなかった。
あのとき握った手をよすがとした彼には、語る青年の表情が、わからない。
――見えない。
かれの顔にかかった靄は残酷なほどに濃厚だ。
靄を払う術を持たないコノハにとって、顔色すら窺えないのは絶望的だった。
――話してる。喋ってる。教えてくれてる。
繋げていく笑顔の大切さからはじまって、連鎖させる方法まで、かれは。
けれど声を頼りに振り返った過去は、コノハにもうひとつの現実を突きつける。
忘れてしまったという現実を。
声や口調もはっきりと覚えているのに、記憶の中の声が肝心な言葉を模らない。
少なくとも今のコノハには、かれが生み出した言の葉を探る術がなく。
「……ねぇ」
漸う唇を震わせた。
「アンタはあのとき、何を言ったの」
己の声が遠く響いて聞こえるのは、過去に問うているからだろうか。それとも春霞が包んだおかげか。
どうして、と尋ねたいのに想いが喉にひっかかる。
息の代わりに吐き出そうとすると、音のひとつひとつが震えた。
どうして消えてしまったの。オレに何があったの――何をしてしまったの。
途切れながらも連ねてみせる。そうして青年の顔を覗き見るも、やはり靄は晴れず、答えも返らない。
だからコノハは、右目のうすいうすい青を牙へと変える。
右目に刻まれているのは、空を写したようにも見える、氷泪。己の内で巡る血を啜るもの。
コノハの前で青年は未だ存在し、同じ言葉を投げかけてくる。いずれもコノハが欲する答えには至らず、延々と同じ場面を繰り返すばかりだ。
自らの血を捧げたことで、コノハは右の眼に熱を感じた。
燃えてはいない。泣いてもいない。
ただ血色に似た雷をはらんだ眼差しが、標的を射貫くために飛ぶ。
眼前にいた青年をすり抜け、その先で悠々と転がる手鞠へと。
コノハの狙いは、はじめからたったひとつ。人心惑わす物の怪だ。
――ああ、それでも。
確実に噛み、風穴が開き理想がこぼれだした箇所を今度は深く喰らう。
「あの人の声を聴かせてくれた。それだけは感謝するヨ」
牙の餌食となった手鞠が溶け行くのを見届けながら、コノハが告げる。
「たとえ物の怪であっても、ネ」
そうして彼は、在りし日の記憶を映すオブリビオンを消し去った。
ゆるく、細長い息を吐く。濃密に漂っていた悪意の気配が、春霞と同じように薄れつつある。
ふと見上げれば、春のやわらかい空が顔を覗かせていた。
「オレはまだ……」
広がる空へ塗りたくるため、空へ溶かすために、コノハの想いは色濃い。
「もっと、ヒトを笑顔にしたいンだ」
コノハは視線を空と地の狭間へ流す――あの人の好きだったものを模して。
大成功
🔵🔵🔵
カレリア・リュエシェ
親しい死者を見せるというオブリビオン。
私が見るとしたら誰だろう?
「お前は本当にその物語が好きだね」
「王子様か騎士様に憧れない女の子はいないもの」
顔が真っ黒に塗り潰された父母。
黒剣を使う弊害で記憶から失われた両親の顔を、オブリビオンが呼び出す霊で思い出すなんてことあるだろうか。
懐かしい声で誘う彼らの手を取れば、あるいは黒剣を手放せば、何の憂いもなかった幼い頃に戻れるのだろうか。
踏みだす。纏った鎧の音が私を現実に引き戻す。
そうだ。私は騎士に憧れる少女ではなく、騎士だ。そして目の前に居るのはオブリビオンだ。
躊躇わないよう叫んで自らを鼓舞し、UC【黒鮫】で「敵」を斬り裂こう。
全て喰らえ、カリハリアス。
●九の葉
黒い護りの下、カレリア・リュエシェ(騎士演者・f16364)は視線をくるりと動かしていた。
今のカレリアは正に、物語に出てくるような春霞で白んだ野に、ぽつんと佇む黒き騎士。神秘と強さを湛えたと思しき姿だ。
――私が見るとしたら、誰だろう。
しかし思考ばかりは厳格さを纏う騎士と異なり、日常に根差すものだった。
なにせ親しき死者を見せるオブリビオンが、此度の相手。
カレリアとしても、気がかりというより純粋に疑問が生じていた。
――手鞠が死者を見せつけ、人の心を惑わすというなら。まさか。
予感は、現実となる。
彼方から反響してくるのは、耳に馴染んだ声。
「……お前は本当に好きだね」
静かに忍び寄っていた。
湿った朝の風が、甲冑や衣服の隙間を抜けて肌にまとわりつくように、じんわりと。
「その物語が」
耳朶を打つ声に身を竦め、直後に振り返る。
霞みの中でカレリアを出迎えたのは、彼女の両親だ。
何故か顔だけが闇に呑まれていて、表情をうかがい知ることはできない。
――嗚呼、思ったとおり。
カレリアは僅かに肩を落とした。
黒剣を使う弊害で失われてしまった、両親の顔。
それを思い出せるだろうかと、少しばかり期待していただけに。
「もう随分と読みこんだだろうに。新しい物語に興味はないのかい?」
尋ねてくる声音に悪意はなかった。
世の中には、数えきれないぐらいの物語や冒険譚が出回っている。
そうした物語の数々は、時には劇に、時には詩人のうたに、時には書物に記されて人々の手に渡った。
夢を叶える勇気と絆の成長物語から、悲しき結末を迎える恋のお話まで、新旧問わず存在するのをカレリアもよく知っている。
――新しいのも良いけど、それでも。
カレリアはお気に入りの物語を胸へ抱え込んだ。ぎゅっと、大切そうに。
きらきらと眩い笑顔で読み耽る間の自分は、両親から見ると不思議だったのかもしれない。
飽きることなく、繰り返し同じ物語を読み進める、ひとりの少女であった頃は。
今はもう思い起こすことも侭ならぬ両親の顔が、互いを見合わせて首を傾いでいる。
黒く塗りつぶされた顔色を知る術はなく、けれどカレリアの胸をほんのりあたためた。
「王子様か騎士様に憧れない女の子はいないもの」
かつて読んだ物語を抱き締めながら、カレリアは浮かんだ人影へ微笑みかける。
鎧の内側で彼女はたしかに、娘の表情をしていた。
名を呼ばれれば嬉しく、差し出された手は懐かしい。
帰ろう、と親は言う。
家でまた物語をたくさん読めばいいと。家になら物語もたくさんあるのだから。
カレリアははたりと固まり、そして黒い片手剣を一瞥する。
――帰る……私が、もし。もしもこれを手放したら。
戻れるだろうか。なにひとつ憂いの無かった幼いころに。
差し伸べられた温もりに手を重ね、すべてを委ねてしまえば、帰れるのだろうか。
わずかな時間、過ぎった光景がカレリアの心を埋め尽くす。
だが、彼女はかぶりを振った。
大事に抱きかかえた物語を、抱えたままにしない。
抱えていたかつての腕で、ページをめくったその手で、剣を握る。
――そうだ、私は……。
思考に沈むより早く、踏み出した。
纏う鎧の重みが肌にかかり、擦れた音が鎧の硬さを教え、カレリアを現実へと引き戻す。
――騎士に憧れる少女ではなく、騎士だ。そして。
目の前にいるのは、オブリビオン。
為すべき務めを果たすため、カレリアは剣の封印を解いた。
故郷の思い出を、代償に。
そしてカレリアは迷わず揮う。
復讐を誓い手にした剣で、姿を晦ましていた手鞠を斬る。
「うああぁぁッ!!」
叫びたい衝動をため込まず、霞をも掻き消す勢いで吐き出した。
消えゆく手鞠から振り抜いた剣ですかさず、迫っていた別の手鞠を薙ぐ。
斬り払えば手鞠は砕け、すぐに消えた。
そうしてまた踵に力を入れて踏み込み、もう一体を叩き斬る。
――喰らえ。貪れ。すべて。
父母の顔も贄として、故郷の景色も贄として、カレリアは力へ記憶を捧げてきた。
だから敵の命を喰らう剣技に、躊躇いなど無い。
――カリハリアス。
霞に紛れ、彼女の思い出は溶けていった。
静寂をここに取り戻すまで、ずっと。
大成功
🔵🔵🔵