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スペース☆チョコレート

#スペースシップワールド #ノベル #猟兵達のバレンタイン2025

ナノ・ナーノ



鬼河原・桔華



サブリナ・カッツェン



天山・睦実



真・シルバーブリット



ヴィルトルート・ヘンシェル



ザッカリー・ヴォート



皇・美虎



伊武佐・秋水



ミルドレッド・フェアリー



獅子戸・馗鍾



蒋・ジュディ




●無限に広がる星の海原
 無限に広がる大宇宙。
 スペースシップワールドは、星の海を宇宙船が往く世界である。
 帰るべき星なく、居住可能な星を求めて彷徨う民が住まうのは宇宙船。
 しかし、恐るべきことにスペースシップワールドは、それ自体を内包する世界の一部分でしかなかった。

 無限に広がる大宇宙というのは、比喩でもなんでもなかった。
 ただの事実。
 そう、無限に思えた銀河、大宇宙。
 さらに外苑にも世界は広がっている。
 その中にスペースシップワールドは存在し、さらに無数の惑星と銀河が存在しているのだ。
 ワープゲートで恒星間交流はできるのだとしても、少しでもワープゲートから離れれば、未だ未開の星や多くの謎が満ちているのだ。

「それがスペースオペラワールドってわけ」
 ザッカリー・ヴォート(宇宙海賊・f41752)はそう言って、鬼河原探偵社の応接間、そのソファにドカッと座って、宇宙タバコの極彩色の煙を、ぷかーっと浮かべさせた。
 ドーナツ状に極彩色の煙が応接間の天井を目指して浮かんでいく。
 それを見た鬼河原探偵社の主であり、東方溶解でもある鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)は眉根を寄せ、片眉を釣り上げた。
「はぁん? それえ? その、なんだっけか。『ナンダコリャヨジロー』?」
「違う違う、『ナッソー426』だ。『ナッソー426』。ドッグコロニーだって」
「いや、わからん。犬小屋だかホットドッグだかなんだかは」
「何をどう効き間違えれば、そうなるんだよ。なんだ、翻訳機がおかしいのか?」
 ザッカリーは、桔華の言葉に首を傾げる。
 そんなに難しい発音ではないと思うのだが、どうにも彼女の反応が悪いように思えたのだ。

「して、そのドッグコロニーのある宙域がどうしたというのです」
 探偵社の主である桔華の傍ら、伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)も首を傾げた。
 確かにこの探偵社の事務所とはすっかり猟兵の情報交換の場、もとい溜まり場となっている。
 しかし、そんな中でザッカリーが告げた『ナッソー426』と呼ばれるドッグコロニーがどうして話題に上がったのかと言えば、答えは簡単である。
 季節はバレンタインデー。
 つまり、猟兵の中にあっても話題は甘味のことになるのだ。
 だが、猟兵達は三十六あるという世界それぞれから、その都度事件に赴く。
 世界が違えば世俗も違う。
 文化も違えば、勿論、種族だって違う。
 であればこそ、多種多様になった猟兵たちの語る話題は、己が世界の甘味が最もよいものであるということであっただろうし、謂わばお国自慢めいた様相になるのは致し方のないことでもあったことだろう。

 そんな中で、ザッカリーは各々の出身世界の甘味を語る猟兵達を前にしてこう言い放ったのだ。
「俺んとこは、星巡りをすればいくら時間があっても足りないが、『ナッソー426』の『バザール426』に行けばなんでもある」
 そう、こう言ったのだ。
 それは過言ではないか。
 猟兵の誰かが言った。
 異世界を知る猟兵たちからすれば、なんでも、というのは言いすぎだ、と思ったのだ。
 無論、ブルーアルアカディアや封神武侠界、獣人戦線といった世界を見れば、多世界から神隠しによって流れてきた人や物が、根付いて文化を築くパターンがあることは承知の上だろう。
 それでもある程度の指向性というものが見て取れるものであった。
 だからこそ、ザッカリーの『なんでもある』という言葉は、どうにも誇大誇張された言葉に思えてならなかったのだ。
「流石に言い過ぎでは?」
 秋水の言葉に他の猟兵たちも頷く。
「いやいや、そんなことはねぇって。本当に。確かにそりゃあ、猟兵であるからには、異世界ってものを多く知っているだろう。けど、こちとら大宇宙だからな。ないもんはない、くらいの感じよ、これが」
 なにせ、ワープゲートを少しでも航路からずらせば、そこは未開の場所なのだ。
 故に知らぬ星もあれば文化もある。
 そんなあまりにも大きな器とも言えるスペースオペラワールドであるから、当然、彼の言葉は比喩でもなければ大げさでもなかったのだ。

「それでもやはり、言い過ぎに聞こえるがね」
 桔華はやはり懐疑的であるようだった。
「そんなら宇宙船で連れて行ってやるよ」
「今からかい?」
「そりゃそうだろう。善は急げっていうものであろうし、早ければ早いほど良いってもんだ。機会っていうのは、そういうもんだ」
 ザッカリーは、そう言って応接間のテーブルに足を乗せて拳を振り上げた。
「宇宙海賊にして冒険野郎『キャプテン・カワ・グッチ』もこう言ってるぜ?」
 それは彼の愛読書の一説であった。
『キャプテン・カワ・グッチ』。
 その自伝にして冒険譚。
 それこそが幼き日にザッカリーが宇宙海賊と冒険野郎を志した最大の理由だったのだ。

「『明日やろうは馬鹿やろう』ってな! なら、行くなら今だろ!」
 鬼河原探偵社の外には、いつのまにかザッカリーの宇宙船が、みょんみょんみょんと奇妙な音を立てて、キャプチャービームを事務所にいた猟兵たちに放っていた。
「あぁ?! ちょ、まっ!」
「なんとも面妖な」
 有無を言わさぬのがキャプチャービームの良いところであり、悪いところである。
「さあ、スペースオペラワールド、『ナッソー426』へとご案内ってなぁ――!」

●やってきたよ、宇宙の闇鍋
「いやはや、なんとも大変なことになりましたな」
 獅子戸・馗鍾(御獅式神爺・f43003)は、眼の前に広がるなんとも言い難い……いや、彼の生来の世界、アヤカシエンパイアにて見る市とはまるで掛け放たれた光景、『ナッソー426』の『バザール426』の光景に目を丸くするしかなかった。
 そこはスペースオペラワールドの、さながらカリブ海沿岸部。
 言ってしまえば、海賊共和国と言っていい一つの生存圏であった。
 この無限に広がる大宇宙にあって、こうした寄り合い場所めいた拠点は必要不可欠だ。
 如何にスペースオペラワールドの技術力が一周回って中世の様相を見せるのだとしても、それでも営みというのは、さして変わらぬものである。
 それを証明したのが『ナッソー426』と呼ばれるドッグコロニーであった。
 数多の宇宙船が停泊し、さらに補修であったり補給であったりを受けては、ひっきりなしに小さな宇宙艇が混沌めいた宇宙空間を行き交っているのだ。

 そんな中、ザッカリーが語るところの『ないものはない』と言わしめた『バザール426』は、馗鍾にとって正しく未知との遭遇そのものであった。
「ちょいと刺激的だったか? それなら、あっちにある辺境惑星『ヘイアーン』の市に行ってみな」
 ザッカリーの言葉に馗鍾は頷いて様々な星系からやってきたであろう異星人たちの合間を縫うようにして歩んでいく。
 なんとも奇妙な経験だが、ザッカリーに勧められた市場を見て理解する。
「これは……傘、か?」
 見てくれは平安時代の拵えである。
 彼にも見覚えのある形は多くあった。だが、その技術力というものは、まるで別物であった。
 頭上で浮かぶ笠や、和紙ではなく光……ビームで傘を張る如何なる用途かも判然としない品々。
「持ち帰っては、平安結界の大崩壊待ったなしであろうな。ううむ。土産にと思ったが、これはなんとも……」
「お、おじいさん、どうだい。お一つ」
 市場の端から声を掛けられて振り返れば、一人の異星人が手招きをしている。
 何か、と興味を惹かれて歩み寄れば、やはり見覚えのある和菓子が並べられている店頭。

「こちらは宇宙蘇だよ」
「ウチューソ? いや、見た覚えはあるが……」
「まあ、味見してってよ」
 そう言われて口に運べば、馗鍾の背景が宇宙に代わるほどの刺激的な風味。いや、形容しがたい味わいである。
「なんとも……その、独特な、風味であるな?」
 鼻を抜けるような味わい。
 ふむ、と一つ頷く。これを持ち帰り、研究を重ねれば、秘伝の蘇にも改良に熱心な己が仕える家、その若が喜ぶに違いない。
「では、一ついただこう。あと、そちらも甘味か? であれば、試食を願いたいのだが」
「おじいさん、ちゃっかりしてんなぁ。でもまあいいぜ。片っ端から試食していきな。気に入ったのなら、買ってくれよな」
「それは勿論」
 馗鍾は、突拍子もない出来事に巻き込まれはしたものの、順応しているようだった。

 その逆に、同じく辺境惑星『ヘイアーン』にほど近い場所にある辺境惑星『オーエドー』から持ち込まれた交易品を物色していた皇・美虎(壁絵描きのお虎・f18334)とサブリナ・カッツェン(ドラ猫トランスポーター・f30248)は難しい顔をしていた。
 ここは確かに数々の交易品が雑多におかれている。
 だが、知識乏しい者から見れば、どれもが理解に苦しむものばかりであったことだろう。
 とりわけ、スペースオペラワールドの技術力というものは、傍目に見て解るものではない。何せ、技術力が1周半ほど回っているのだ。
「こりゃ一体全体どう使うものなんだい?」
「あたしに降られてもわかんないよ。どいつもこいつもわけのわからない」
 美虎の言葉にサブリナはお手上げ状態であった。
 仕方なく、甘い味噌チョコタレの宇宙あぶり餅を串に刺したものを頬張る。
 うーん、なんとも宇宙的な風味である。
 もちもちしているのに、妙に歯切れがいい。
 本当にこれは餅なのか? とサブリナは首を傾げたくなる。

「どれもこれもハイテクなエレキテルばっかりじゃあないか。あたいの趣味じゃあないねぇ……」
 美虎にとって、確かにスペースシップワールドの一周回って中世の造形を持つ品物は興味深いものばかりであった。
 だが、機能が全く異なっている。
 大凡、機能美と言うには程遠いものばかりなのだ。
「して、やはり御眼鏡に叶うものはありましたか」
 馗鍾が後からついてきて尋ねる。
 彼が覗き込んだのは、エレキテル細工の小箱であった。
 箱を開ければ何故か小宇宙めいた銀河が重なり合うようにして見え、それが如何なる作用を齎すのかどう考えてもわからないものだった。

「高値がつきそうなものがあれば、持ち帰ってひと商売と思ったけれど、これはどうにも手に負えないものばかりみたいだね」
 サブリナは肩を竦める。
「お、高値が付きそうなものが欲しいのかい?」
「そりゃあ、折角の異世界探訪だ。何か商機があれば、と思うのは当然じゃあないか?」
「それもそうだ。であるのなら、こいつじゃあないかい?」
 そう言って美虎が示してみせたのは、一枚の浮世絵であった。
 宇宙浮世絵とでも言えばいいのだろうか。

 それは銀河を描いた絵巻物。
「みなよ、このほれぼれするような熟達の筆。たまんないねぇ。こりゃあ、ちょっとやそっとの画工の筆に寄るもんじゃあないねぇ。構図も大胆かつ繊細。ああ、見ればわかるよな。とーんときて、おっこちきるってもんよ」
「ほう、これはなかなか」
 馗鍾は広げられた絵巻物に関心した様子であったが、宇宙あぶり餅を食していたサブリナはイマイチ理解しがたいようであった。
「う、うーん? こんな紙切れが本当に高値がつくもんかね?」
「おいおいおい、あんた、これがわからねぇってのは、ちょっと困ったことだぜ?」
 くいくい、と同じく串に刺されたキャラメル醤油のみたらし団子の切っ先をサブリナに突きつける。
「指すな、指すな。でも、本当にわからないんだよな。こんな紙切れにそんな価値があるなんて」
「いやはや、これはなかなかに見事なものでございますぞ。一見すれば、写実的。ですが、これを描いた画工の目というフィルターを通したまた別の視点というものが、理屈ではなく直感的に訴えかけてくるようではありませぬか」
「お、爺さんわかるじゃねぇか! いよし、気に入った! 食いねぇ!」
 美虎は馗鍾の言葉にいたく関心したように団子を一串押し付けて肩を組んでいる。

 その様子を見て、サブリナは益々首を傾げてしまう。
「いや、本当か? これが?」
「サブリナ、目が節穴になっているのではないか? 耳は舞茸か?」
「そんなに駄目出しだれることあるか!?」
 タマロイドの『MK』の言葉にサブリナは驚愕しつつ、なんとも言えない顔で宇宙あぶり串をひとかじりして、うんうんと絵巻物を前にして首を傾げ続けるのだった――。

●食い倒れ道中
 天山・睦実(ナニワのドン勝バトロワシューター・f38207)は認識が甘かったなぁ、と己の見通しの甘さに頭を抱えていた。
 彼女は今年で高校を卒業する受験生である。
 そんな彼女がこの時期に、異世界とは言え、宇宙にやってきてよいのかと思われるかもしれない。
 だが、彼女は大学をバトロワ競技の推薦枠にて進学を果たしていた。
 ので、言ってしまえば、この期間は暇なのだ。
 とは言え、生活費を捻出するためには、まだまだアルバイトをしなければならない。
 鬼河原探偵社も、そのアルバイト先の一つであった。
 そんな折、彼女もまたキャプチャービームによって、この『ナッソー426』へとアブダクションならぬ観光がてらやってきていたのだ。

 どうせやってくるなら、宇宙名物を食い倒れしようと思っていたのだ。
 けれど、ともにやってきたバイト先の店長ならぬ所長と、その懐刀であるところの桔華と秋水、共々三人はバザールの中にある屋台の席で頭を抱えていた。
「言葉はわかるんだよなぁ……けど、文字がさっぱり読めない」
 そう、猟兵であるから、言葉事態は理解できるのだ。 
 だが、記された文字は知識だ。
 知識がなければ、当然読むことはできない。
「盲点でしたなぁ」
 はは、と秋水は笑っている。楽観的とも言えるが、こう見えて彼女は記憶喪失者である。
 こんな言葉が通じない、知識が当てにならない状況など何度も経験してきたことなのだ。 
であれば、こそ秋水は泰然自若たる振る舞いができるのだ。

「ええい、写真とか気の利いたものを載せておいてはくれないのかい、ここは!」
 桔華は頭を再度抱える。
「どうしたもんやろか……ウチ、こういうのさっぱりで」
「こういう時はお任せあれ。聴き取り術というのは、こういうことをいうのでござるよ。あいや、店員の方、しばしよろしいか」
 秋水がそう言って手を上げると店員が注文か? と近寄ってくる。
「どれにする? ウチのはどれも美味いぜ?」
「ああ、それはそうでござろうな。美味そうな匂いが漂っているのでござるから……ああ、して、一つ質問よろしいか。これは何でござるか?」
 秋水が示すのは、一つの文字列。
 メニュー表の一番上。
 となれば、この店にて最も自身のあるオススメメニューであろうとあ秋水はこれまでの経験上、そう解釈していたのだ。

 無論、それは正しい推測であった。
「ああ、それはウチの名物料理だよ。『螳?ョ吶Δ繝ウ繧エ繝ェ繧「繝ウ繝サ繝?せ繝ッ繝シ繝?蟷シ陌ォ繧定シェ蛻?j縺ォ縺励◆逕倬愆辣ョ』」
「なんて?」
 店員に聞いてみても、具体的な名称はさっぱり変換されないのだ。
 これは困ったことになった。
 鼻高々にまかせておけと言っておいてこれである。
 しかし、秋水は諦めない。
 ちょっとわからない言葉があるくらいなんだというのだ。であれば、具体的な名称がわからなくても、えられた情報から推察することはできよう。
「ええと、では、これは焼いたものでござるか?」
「いや、煮たものだよ」
「甘いものでありますか?」
「甘いと言えば甘いかな。どっちかと言えば、甘辛いって感じだし」
「歯触りは……」
「噛み応えはあるぜ。弾力がくせになるっていう人もいるよ。でも、外側よりは、内側のほうが旨味があるし……ああ、輪切りに切り分けて提供することもできるぜ」
 店員の言葉に桔華は益々わけがわからなくなってきた。
 甘辛くて歯ごたえがある? でも外側より内側のほうが旨味がある?
 まったくもってわからない。
 一体どういう料理なのだ、これは?

「つまり、甘露煮ってことやろか?」
「ああ、確かに甘辛くて煮詰めた、というのならばそうかもしれないな。輪切りにする、というのが些か不安を煽ってくるけど……」
「では、一つそれを」
「おい! もうちょっと慎重になれ!」
「しかしですな、ここでまごついていても腹は満たされないでござるよ。であれば、未知に飛び込むのでござるよ」
 秋水の言葉にそれもそうかと頷かざるを得ない二人。
 料理が運ばれてくるまで、しばしの間三人はやきもきしていた。
 本当に注文はあれでよかったのだろうか?
 いやしかし、一番の名物料理だと言っていたのだから、失敗することはないだろう。

 そんな風に三人が思っていたら、店員が大皿を持ってやってくる。
「お待たせ。じゃ、料理を楽しんで」
 アロハ~とでも言い出しそうな雰囲気で三人の眼の前におかれたのは、なんとも形容しがたいものであった。
「た、確かに輪切りにしてある……けど、これは」
「……な、なんでござろうかな、これは。いわゆる、ゲテモノ料理、というものではなかろうか」
「どう見てもそうだろうが!」
 桔華は叫んだ。
 そう、そこにあったのは何やら甘く煮込んだ輪切りのもの。
「ぱっと身は、イカ飯っぽいが……」
 一番見た目に近いものが彼女の頭に浮かんだ。
 イカ飯。
 それはイカの内部を取り出して米を詰めて炊いた料理である。それをちょうど輪切りにしたような形をしていたのだ。
「……ッ! な、なんやいま、動きませんでした!?」
「き、気の所為だろ。なんで動くんだよ。姿造りじゃあるまし……」
「いえ、動いてござった」
「う、嘘だろ」
 嘘言ってどうなるのだ、と秋水は僅かに半歩退く。
 如何にこれまで記憶が無くとも直感だけで生き抜いて来たとしても、これは流石に想定外であった。
 あまりにも見た目がグロテスク。
 箸を伸ばすのも躊躇われる見た目であった。

 しかし、睦実は違った。
 確かに未知なる食べ物を口に運ぶのは躊躇われるものであろう。だがしかし、ゲテモノ程美味いものはない、というのは彼女の世界でも言われていること。
 何より、こういうところで臆していたところで何一つ事態は好転しないのだ。
 であれば、思いっきりこそ度胸。
「何にせよ、注文した以上はしゃーないですやん」
「お、おい、寄せ、腹を壊したらどうすんだ」
 心配する桔華をよそに睦実は、えいや、と未だビクビクと蠢く輪切りにされた何かを口に運ぶ。
「うぐっ……!」
「ほらみろ!」
「み、水を……!」
 慌てる桔華と秋水をよそに睦実は、ごくんと咀嚼して、正体不明のゲテモノ料理を飲み込む。
「‥…イケるやん」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないですって。結構、コク? 旨味? 酸っぱいとかはないんですけど、甘露煮っていうのが効いてるんやないですかね? 結構酒のアテに良さそうっていうか」
 うん、と睦実は頷く。
 おい、未成年、何いってんだ、と桔華はツッコむ余裕すらなかった。
「うーん、ゲテモノほど美味いのは、地球も宇宙も同じやっちゃな」
 うん、と睦実は頷き、それに習うように二人もおずおずと端を謎のゲテモノ料理へと伸ばす。

 余談であるが。
 この時彼女らが注文したのは『宇宙モンゴリアン・デスワーム幼虫を輪切りにした甘露煮』であった――。

●思い出すもの
 宇宙。
 それは神秘そのもの。
 未知なるものに溢れ、しかし、その未知を照らすように星が瞬いている。
「久方ぶりの宇宙ですわね」
 ヴィルトルート・ヘンシェル(機械兵お嬢様・f40812)は何処か懐かしむようだった。
 彼女は元々デウスエクスの尖兵として宇宙より地球に飛来した存在である。
 あの頃の彼女は命令に粛々と従うだけの地球侵攻用高級指揮官機のダモクレスであった。
 けれど、彼女の前に一人立ちふさがった人間……名も知れぬお嬢様。
 その気高き精神に彼女の中の何かが壊れたのだ。
 それは比喩かもしれないが、しかし確実にそれまでの彼女の価値観は砕かれてしまったのだ。

 あのようになりたい。
 ああでありたい。
 その欲求によってヴィルトルートは定命化し、猟兵へと覚醒したのだ。
 数奇なる運命と言えば、その通りであったのだろう。
「おかげでこうしてナノ様のご厚意もありけるチューバーとして活動し、地球における居場所ができました」
「なの!」
 彼女の言葉にナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)は頷き、蒋・ジュディ(赤兎バニーは誰でしょう・f45088)は炎を纏う人間形態のまま首を傾げる。
「でも、あなた達の相棒は来られなくて残念ね。坊やもそうでしょう?」
「僕?」
 ジュディの言葉に真・シルバーブリット(ブレイブケルベロス・f41263)はヘッドライトを明滅させた。

「色々と忙しそうだったからね。仕方ないよ。それにこうして宇宙を眺めていると思い出すよね」
「ああ、あの時は大変だったなの。ボクの目に狂いはなかったけど……」
「怪しすぎるって剣を抜いたりで大変だったよねー止めてくれたからよかったけど、もしそうじゃなかったらどうなってたんだろう」
「でも、坊やは彼にアップデートしてもらったんでしょう?」
 ジュディはシルバーブリットの駆体を示す。
 そう、ライドキャリバーであったシルバーブリットは、本来なら意思持つ存在ではなかった。だが、猟兵に覚醒したことで、今一つの個の意志をもって行動することができている。
 それもナノのお陰なのだ。

「そうだよ。感謝してるんだよね! でもジュディは人間形態にもなれるのすごーい!」
「当然よ」
 そうは言ってもジュディは照れ隠しである。
 彼女は相棒に人間形態になれることを隠している。明かさないのかと言われたのならば、それはないと彼女はきっぱりと言うだろう。
 なぜなら、彼女の役目は見守ることだからだ。
 それ以上でも以下でもない。
 彼女の相棒は、己の存在価値を見出そうとしている。
 懸命であり、健気なことだ。
 であれば、そのイメージを壊さないように手助けをすることはあっても、自分が介入していいことではないのだ。

 少なくとも、彼女が良い方向に成長すると思ってのことなのだ。
「それでも私は見守るだけなのよ」
「お気持ち、よくわかりましてよ。わたくしめも、いつかあのお嬢様と再開を果たせれば……その望みを叶えるまで、まだまだ精進あるのみですわ」
 ヴィルトルートは拳を握りしめる。
 宇宙までやってきて、思い出すことはいつだって昔のことだ。
 後ろ向きではないけれど、振り返ることくらいはしたっていいと思う。
 三人の人ならざる者たちは、それぞれに抱えたものがある。
 言葉では語り尽くせないことが多いだろう。だが、それを誰かにわかってほしいと思うのは、やはり生命であるからこそ。

「それじゃあ、みんなにお土産を買っていくなの!」
「味見役はお任せするわ」
「うん! これなかった二人のためにもね!」
「護衛はお任せくだしまし。思う存分、バザールを見て回りましょう。戻るまでのお時間は、まだたっぷりありますもの」
 そうして四人は『バザール426』の隅から隅まで甘味を求めてさまよい歩き、地球にはない多くの甘味を持ち帰って、それぞれの相棒であるケルチューバーたちの次なる動画作成の助けになるのだった――。

●銀河同盟憲章
「どこかの星の陰で誰かが泣いている。星空に谺するワルの笑い声を、赤き流星が切り裂く! 誰が呼んだか宇宙の風来坊! お呼びとあらば、即参上!」
 そんな前口上と共に『ナッソー426』のバザールに現れるのは、宇宙船『スカラップ号』であった。
 そして、その宇宙船より宇宙サーフボードと共に舞い降りるのは、ミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)だった。
「宇宙海賊ザッカリー! あなた、こんなところで何をしているんですか!」
「いや、何って買い物だけど」
 ザッカリーは肩を竦めるしかなかった。
 毎度のことであるが、こうもミルドレッドにいちゃもんという名の因縁を付けられているのは、迷惑千万甚だしいことである。
 今日だって特別何か後ろめたいことをしているわけではないのだ。
 知り合いの猟兵達を宇宙船で連れてきただけのことである。
 端から見れば、アブダクションであるが、まあ、半分合意的なところもあったはずなので、セーフである。
 しかしながら、眼の前のミルドレッドは融通の聞かぬ宇宙騎士である。

 これまでも何度もいちゃも……立ちはだかってきた。
「なあ、毎度のことだけど、もっとこう穏やかに静か~に買い物させてもらねぇのかな? どう思う?」
『スカラップ号』の自律型サブコンピューターでもあるアンドロイド『サンチア』は諦めているようであった。
 こう何度も顔を突き合わせていたらわかる。
 このミルドレッドという宇宙騎士、融通が聞かないどころか、相当に頭が固い。
『これ』と決めたら『こう』としかできないのだ。
 あまりにも視野が狭窄している。
 宇宙海賊と言っても、こうも執拗に追いかけ回されては疲弊しようってもんでもある。

「問答無用です!『ナッソー426』は確かにドッグコロニーです。補給拠点としても必要不可欠であることは理解しています!」
「なら、何もやましいところはないだろ」
「ですが! 当局の目を掻い潜って悪巧みをしようという悪党の巣窟となっているのもまた事実!」
「いや、中立拠点なんだから、介入されたら中立の意味なくなっちまうでしょうがよ」
「だからといって宇宙犯罪の種を見過ごすことはできません!」
「あーもー、あー言えばこー言うじゃん」
 ザッカリーは、もう何度目なんだろうなぁ、こういうやり取り、と頭が痛くなってしまう。

 確かにこの『ナッソー426』は海賊共和国めいたところがある。
 しかしだ。
 このような場所が成り立つのは、ひとえに仁義あってのこと。
 それを事欠くような真似をすれば、他の宇宙海賊たちが黙ってはいない。自浄作用だってあると言っていい場所なのだ。
 そこに痛くもない……いや、実際は痛い場所もあるかもしれないが、そうした場所を徒に引っ掻き回すのはいかがなものだろうか?
 少なくともザッカリーは悪手であると思っている。
「大体さ、こういう所を突くってことは、あんた、点数稼ぎがしたいのか?」
「失敬な! そんなことはしません! 怪しき行いをするのがいけないのです!」
「だーかーらー、今回も甘いものを買いに来ただけだっつーの」
「ハッ! 嘘を付くならもっとマシな嘘をついてほしいものですね! あれ、なんかこの行前もしましたね?」
 ビシ、と指を突きつけるミルドレッドにザッカリーは、何をどう言ったら伝わるのだろうと思った。

「でしょうよ。一年前もやったよ、この行。いいか。だからもう一度言うけど、男だって甘いものドカッと食いたい時があんの。そんでもって、そういう甘味が宇宙中から集まってくるのは、当然、ここ、『ナッソー426』なの。あちこち回って買って走るには、宇宙は広すぎるんだよ」
 であればこそ、交易の場として賑わっているバザールにやってくるのは当然の帰結だ。
「だから、ここに来てんの。それでいーだろ」
「いいえ、騙されませんよ! そう言って煙に巻こうって話でしょう!」
「いや、そんなわけ無いじゃん……いや、待てよ騎士さんよ。あんたまさか……今年も、そうなのか?」
「何がです」
 ミルドレッドは首を傾げた。
 ザッカリーの言葉に引っかかりを覚えたと言ってもいい。

「金がないからって、今年もまた俺にたかりに来たわけじゃあないだろうな?」
「……! そんなわけありません! あの時だってあなたが勝手にチョコベビーカステラを口に突っ込んできたんじゃあないですか!」
「そうだっけ?」
「そうでした! きーっ! あの時は遅れを取りましたが、今回はもがー!?」
 ミルドレッドの口に突っ込まれたのは、宇宙チョコバナナオムレットであった。
 ふわふわの生地にチョコレートクリームと宇宙バナナのコラボレーション。
 蕩ける甘さとビターな苦み。
 それらが合わさった味わいは、ミルドレッドのお口に叩き込まれて尚、芳醇な香りと共に醸し出されていた。

「むぐっ!? むご!?」
「ふっ……今年のイチオシだぜ?」
 にやり、とザッカリーは笑ってバザールの中を走る。
 本当にやましいところはない。
 けれど、あの頭の硬い騎士は承知してはくれないだろう。であれば逃げるが勝ちというやつだ。
 ザッカリーは市場の中を走りながら、共に連れてきた猟兵達を探す。
 屋台の中ではあれから幾度か注文スレども、そのたびにゲテモノ料理を前に途方に暮れていた桔華たちの姿があった。
「そろそろ戻るぜ! ハハッ、こんな場所まで来てゲテモノ料理かよ! テイクアウトもできんだろ、走れ!」
 声をかけつつ、更にザッカリーは宇宙船に走る。
 サブリナたちは、ザッカリーを追うミルドレッドが方方で騒ぎを拡大させているのを見かねて、これはただ事ではないな、と察知していた。
「これはお縄になると拙い、というやつですかな?」
「置いていかれたらことだねぇ。走れ走れ」
「ハハッ、ライドキャリバーの連中は、姉さん方を連れて来てくれよな。ずらかろうぜ!」
 ジュディやシルバーブリットたちに声をかけて、ザッカリーは、バザールの反重力テントを蹴って飛ぶ。

「まちなさーい!」
「ハッ、誰が! こちとら宇宙海賊にして冒険野郎だぜ? 誰が止まるかよ!」
 そう言ってザッカリーは停泊していた己が宇宙船に飛び乗り、あとに続く猟兵達を収容して、ミルドレッドの猛追を躱すように宇宙空間へと漕ぎ出す。
「さあ、お宝が俺を待ってるぜ!」
 そう、まだまだこの宇宙は未開の地で溢れている。
 未だ見ぬ甘味だってあるだろう。
 ないものはない、とは言ったが、あれは嘘だ。
 未知なるものだけはない。
 だから、これから探しにいくのだ――!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年04月01日


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