大丸・満月の事件ファイル:邪教儀式制圧
「今頃偉いさん達はよろしくやってんだろうなぁ」
「いやでもあの人ら、そういう欲とかあんのかね? キマってて怖いんだよな」
UDCアースの、とある高級ホテル――その最上階につながる特別エレベーターの前。護衛として立たされている2人の男は、そんな会話を交わしていた。
彼らは邪神教団『青の夜明け』の実働部隊員だ。信仰心は薄いが、教団の財力で美味しい目は見ているので、文句を言いつつも警備の任を真面目にこなしていた。
「……誰だ!」
今も接近して来た女へと、油断なく警戒の視線を向ける。だがその女が谷間も露わな服でふらりとよろけると、若干鼻の下を伸ばしながら受け止めて。
「ここに来るようにと、言われていたのですが……具合が悪くて遅れてしまって……」
「あー……なるほど?」
押し付けられる柔らかな感触にデレデレする男に、もう一方の男がジト目を向ける。だがそちらも潤んだ上目遣いを向けられると、相好を崩す。
その女は男達の警戒を緩めるほどに、美しい。流石に素通しするほど甘くはないが、さりとて無下に追っ払うのも気が引けてしまう。
(「生贄の女がもう1人いたのか? 聞いてねぇぞ?」)
(「上に確認してくるわ。……手ぇ出すんじゃねぇぞ、怒られるぜ」)
抱きつかれていない男の方はスマホを取り出すと、幹部に連絡を取るためその場を離れる。女に会話を聞かせないため、だったが。
「――うっ」
「? なんだ――んがっ!?」
背後に呻き声を聞いて振り向いたその顔面に、スリットから覗くしなやかな美脚によるハイキックが叩き込まれる。
脳震盪を起こして倒れ込んだ男2人を見下ろすのは、楽しげに笑う女。いや――。
「ふふっ、美女相手にすぐ油断しちゃうなんて、単純ですね……なんてな」
彼女の、もとい彼の名は、大丸・満月(人間のグールドライバー・f42686)。UDCエージェントの『男』である。
豊満な肉体を持つ美女の姿も、彼の
刻印によって生み出された姿の一つに過ぎない。
「あんたらも悪どい事して来たんだろ、恨むなよ?」
倒れた男のスーツからカードキーを奪うと、特別エレベーターで最上階のスイートルームへと向かう。
内部は、禍々しき邪教の儀式場に改造されており、教団幹部であろう中年の男達が突然の闖入者に驚きと非難の声を上げる。
「な、なんだ、貴様は……ここは神聖なる儀式の場だぞ!」
「あー……」
だがその質問には答えず、満月は儀式場の奥に視線を向ける。魔法陣の中心で一糸纏わぬ裸身を晒し、光なき虚ろな瞳で天を仰ぐ少女。
事前に閲覧した組織のファイルで見た、大企業の社長令嬢――攫われた生贄候補の顔や特徴と一致する。
「……何もしてねぇだろうな?」
「当たり前だ。我らは崇高なる邪教の徒。下賤な輩と一緒に――ぐえっ!?」
自分に酔った様子で誇らしげに語る手近な相手の鼻っ面に、拳を叩き込む。それを叩き込んだのは、精悍な肉体を持つ若い男――もちろん、満月である。
刻印の魔力を脱ぎ捨て、男の姿を晒した彼は、首を鳴らしながら、苛立ちと共に儀式場を見回した。
「神聖な儀式を邪魔するとは! 天罰が降るぞ……ぐぁぁっ!?
「あぁん? なら今、天罰を下してやるよっ!」
自分の信仰こそ正義と信じて疑わない、醜い姿。この仕事では幾度となく見てきたが、だからと言って受け入れてやる理由もない。片っ端からぶん殴って制圧していく。
幸いにして、幹部達の身体能力は高くない。一方でこちらは、刻印によって身体能力を活性化している。
全員をねじ伏せるのに、さしたる苦労も時間もかからない。
「ったく、好き勝手しやがって……」
生贄の少女の元に向かい、ひとまず上着を被せてやる。だが顔を覗き込んでも、そこに意志の光は宿っていない。
倒れた幹部達をギロリと一瞥してから、少女に視線を向け直す。組織に連れ帰れば治療もできるだろうが、この状態が長く続くほど、後遺症の危険も大きくなる。
「……仕方ねぇな。荒療治だ」
「――――!!」
そう判断した彼は少女の顎に手をかけると、顔を上げさせ……唇を奪う。刻印によって活性化したのは身体能力だけではない。
強化されたフェロモンを、直接唇から流し込み、体内に摂取させていけば――少女の肌にほんのりと熱が戻り、瞳に光も戻って来る。
「ぷはっ……な、なな、何を……っ!?」
「悪いな。手っ取り早く目を覚まさせるにはこれしかなかった」
先ほどまえの無感情が嘘のように、表情を変化させる少女。元々は勝ち気な性格なのだろう、突然唇を奪ったこちらを睨んでくる。
それに対して両手を上げて弁解すると、少女の表情が、恥じらいと怒りから混乱に変わる。そして上着を羽織っただけの格好に気づくと、再び恥じらいが戻って来た
「きゃああっ!? なっ、なっ――!?」
「俺がやったんじゃないぞ。むしろ助けに来た側だ」
元々満月の体型変化にも耐えうる伸縮性の高いスーツなので、引っ張れば少女の身体を隠すくらい、訳はない。
戻ってきた恥じらいと狼狽の表情でこちらを睨み直す少女に対して、あくまで害意がない事を示し続ける満月。
幸い、フェロモンの効果もあって、徐々に少女も落ち着いてくる。
「自分がどうしてここにいるか、覚えてないか?」
「それはっ……ええと、先生に呼ばれて、出されたコーヒーを飲んだら急に眠気が……」
その記憶は、組織の調査とも相違ない。邪神教団と繋がっていた教師は確保済みで、その自白から今回の儀式の情報を掴んだのだ。
「……助けに来てくれたって言うのは、本当みたいね。ありがとう」
「どういたしまして。さあ、今のうちにさっさと脱出するぞ――」
スマホを取り出して組織に連絡を取ろうとする満月。だが、それを素早くしまうと、突然、少女の身体を抱き寄せる。
意外に大きな胸が身体に押し当てられる……が、それに気を止めている余裕はない。
「きゃあっ、ま、また何を――ひっ!?」
「おのれ、神に抗う異端者よ……許さぬ……許さぬぞぉ……」
先ほど殴り倒した筈の幹部の一人――服装からしておそらく教祖が、昏い声を喉から溢れさせながら立ち上がる。確かに意識は奪ったはずだが……と言う疑問を抱く事はない。
何しろ糸で引かれた操り人形のような、明らかに人間ではない動きなのだ。
「ちっ、邪神の影響がここまで出てやがったか……見ない方が良い、目を閉じてろ!」
「っ……!」
少女の身体を左腕で強く抱き寄せ、その顔を胸板に埋めさせる事で視界を奪う。少女の方も何か得体のしれない事が起きようとしている事を理解したのだろう、逆らわずにしがみついて来た。
そして満月の前で教祖の首が180度ぐるん、と回転し、頭頂部が下を向く。手足の骨がゴキッ、ゴキッと幾重にも折れ曲がりながら、肥大化していく。
「おいおい……自分を生贄に捧げやがったのか!」
顔に縦一閃の裂け目が入ると、そこからぐわっ、と上半身が真っ二つに裂けた。裂け目から肉がゴボゴボと沸き出すと、人の形を改めて取り直していき。
『神に抗う事は許されぬ。人の子よ、我に従え』
裂けた上半身の右側は、精悍な肉体を持つ裸身の男に。その背には悪魔の片翼。
左側は、妖艶で豊満な肉体を持つ裸身の女に。その背には天使の片翼。
下半身は、禍々しい、血濡れた肉塊。
そんな姿の邪神が顕現すると、2つの口から重なり合った美しい声を発する。
「な、何が……」
「じっとしてろっ! 目を開けるなよ!」
より強く、少女の身体を抱き寄せる。耐性が無いものがこの姿を見れば、一瞬で発狂してしまうだろう。
少女の方も声を聞くだけで恐怖し、しがみついて来た。それを支えながら、邪神を睨みつける。
「悪いが、従うつもりはないぜ?」
『愚かな――裁きを受けよ』
瞬間、邪神の身体から伸びる禍々しい触手。咄嗟に横跳びでかわせば、背後の壁に穴が空いた。
直撃を喰らえば、ひとたまりもあるまい。……そんな状況で、未だ彼の腕には少女の姿がある。足手まといを抱えての戦い。だがここで手を離せば、発狂するか、戦闘に巻き込まれて死ぬか。
当然、満月に彼女を見捨てる気はない。
「やれやれ、骨が折れるね」
『裁きから逃れる事は出来ぬ――』
さらなる攻撃を、必死に回避していく満月。だが、徐々に部屋の隅に追い詰められ、窮地に立たされていく。
逃げ場がない所で、心臓に迫りくる触手。対してこちらは少女をしっかりと庇いつつ、前傾し――。
『何
……!?』
その触手に噛みつき、食い千切り、呑み込んだ。邪神の2つの顔が驚愕に歪む中、右腕が獣のように変貌し始める。
「これが俺の、戦闘スタイルでね」
UDCの肉体を捕食・吸収し、肉体を活性化させて変貌させる。それが彼の、彼の持つ刻印の能力だ。
邪神の肉体を取り込んだ事で、その細胞の一つひとつが超活性していく。
「さて……もう大丈夫だ。寝てていいぜ」
「……わ、わかった……わ……」
フェロモンも強力に活性化し、耳元で囁きかければ、少女の身体が脱力する。その身体を優しくベッドに寝かせると、背中に庇うように立つ満月。
彼が少女を手離したのは、本気で戦うためと、そして――。
「安心しな。もう指一本触れさせねぇよ」
『お……おのれ、おのれ、おのれぇ!』
この状態なら、抱いていなくても守れるからだ。迫りくる全ての触手を爪で切り裂き、歯で噛み裂き、呑み込んでいく。
邪神が攻撃するほどに、その肉を取り込み強くなっていく。
『許されぬ、神たる我が、このような……』
「どうせ降臨しそこないだろ。ジジイの生贄なんかでちゃんと顕現出来るもんかよ!」
彼より後ろに、一切の触手が届く事はない。彼の前進を、阻む物はなにもない。邪神すらも怯え竦み、2つの顔が恐怖に歪む。
そんな邪神の前まで踏み込んだ彼は、右腕を大きく振りかぶり。
「こいつで……終わりだ!」
『アアアアアアアア――――――!』
その手のひらを、邪神の肉塊の中にねじ込み、教祖の心臓をずるりと引きずり出した。核たるそれを失った邪神は、もはや不完全な顕現を維持出来ず、断末魔の悲鳴と共に、骸の海へと還っていった。
「ふぅ……ひと仕事完了、と。後は処理班に任せるか」
あたりから邪神の気配も消えると、スマホで改めて連絡し、眠っている少女を抱き上げる。
その身体には傷一つなく、心安らかに眠っている。信頼と安堵の表情でこちらの胸板にこてんと頭を預けてくる少女に、満月は優しく微笑みかけるのだった。
数日後、とあるUDC組織支部。肥満体の職員が、受け取った手紙に目を通していた。
「先日は助けていただいてありがとうございました……ね」
それは、少女からの謝礼の手紙……そう、この職員こそ、満月の本来の姿。
精悍な美形の姿は、刻印がカロリーを消費した時の姿なのである。
「良ければ直接お礼をさせてください……って。元の姿見たら、幻滅されるよなぁ」
手紙の文面と自分の腹を見比べた彼は、苦笑いを浮かべる。この姿の時の彼は自信に欠け、姿など関係ないとは口が裂けても言えない。
「はぁぁぁぁ……」
代わりにゴツン、と机に突っ伏して。深く深く、ため息を漏らすのだった。
成功
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