Lycoris radiata
●不思議な帰り道
厳・範(老當益壮・f32809)と共に暮らす宝貝人形
『花雪』は、おつかいに出た帰り道に不思議な体験をしていた。
すでにおつかいは終わっていて、今日の予定はもう終わったも同然であった。
頼まれた品物を受け取って、店へと戻るすがら、ある男と同道することになったのだが、この男がまた不思議な雰囲気を放つ者だったのだ。
「でも、お爺さまのお知り合いのようでしたし……」
不思議と『花雪』も嫌な感じはしなかったのだ。
だから同道を許可したとも言える。
そもそも、邪な意志があるのならば、『花雪』もそこまで世間知らずではない。
見知らぬ男と道を共にすることなどそもそもないのだ。
けれど、その男は気さくに語りかけ、どうやら範のことをよく見知っているようだったのだ。
話しぶりから察するに、それこそ範が仙人に至る前からの知り合いのようであった。
つまり、武侠時代の範を知っている稀有なる者であるということである。
「いやさぁ」
「はぁ」
なんとも気のない返事をしてしまっていた。
自分の警戒心というものが漏れ出ていたのかもしれないし、隣を歩く不思議な武侠にはお見通しでったのかもしれない。
だからこそ、気にした素振りもなく話し続けている。
「あいつ、瑞獣だろ? そんでもって麒麟と言えば、仁獣だ。麒麟の足が地面からわずかに浮いているのは、どんなに小さな生命でも踏みつけにしないためだっていうじゃあないか」
つまり、範は足技を繰り出さない。
それは言われてみれば『花雪』にも思い当たる節があった。
修行の折に、範が蹴り技をしたところはないように思える。独特な歩法はあれど、それも確かに言われてみれば、麒麟の瑞獣であるところを所以としているのかも知れない。
「でもあいつ、戦いとなったら当たり前のように足出してくるんだよ。たまらんよな。なんだよ、仁獣って」
「はぁ……でも、お爺さまは、言われてみればそうかもしれません」
「だろ? そんでもって、諸々細かい性格じゃあないか、あいつ」
「そうでしょうか? 真面目でよいと思います」
「お嬢ちゃん、男はもっと豪快な方がいいと思わないか?」
「落ち着いている方が……」
「カーッ、しっかりあいつに似てきているな! いやさ、俺も酒が好きでよく呑むんだが、弱くってなぁ……」
不思議な武侠の男は懐かしむようにして空を見上げる。
何処か遠いところに思いをやっているのかも知れない。
「まあ、その、ほら、呑むとな。どうしても、こう、ほら」
ああ、と『花雪』は頷く。
範は自身の酒量というものをわきまえている。
だから、粗相をすることはない。
けれど、この男性は粗相を良くしていたのだろう。
「そしたら、あいつ、ものすごい剣幕で怒ってさ。いや、それ以来気をつけるようにはなったんだけどな」
「それはよいことです」
「だけどさ、たまにはよいことがあったらハメをはずしたいわけよ。わかるだろ?」
「ほどほどがよいと思います」
「つれねーの! でもまあ、よかったよ。あいつと一緒にいるのが、悪い奴ではなさそうで」
「え……」
『花雪』はいつの間にか男性を追い抜いていた。
そして、店前で彼の姿が見えなくなっていることに気がつく。
「あれ、どうしたの?」
『若桐』の言葉に振り返って、血の気が引く。
もしや、これが出る、というやつなのか。
「ああ、もしかしてその顔……そっか、もう彼岸と此岸が近くなる季節だね」
聞けば彼女も似たような経験があるのだという。
それは範の主。
いつかの誰かとなってしまった男。
ひょっこり迷い込んだのだろうと『若桐』は懐かしむようだった――。
成功
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