あたたかな冬を一緒に過ごす為に
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――10月のある日、ショッピングモールにて。
いつ終わるともしれぬ酷暑に辟易していたのだが、ここ数日はすんっ……と拗ねたように暑さが和らぎ、それどころかもう寒い。
「暑かったり寒かったりが極端が過ぎンだよ」
鳴北・誉人(荒寥の刃・f02030)の言ってることはボヤキなのだが、鼓膜を震わすリズムは心地良く、全くもってネガティブには聞こえない。
そういう事を口にすれば熱ある想いが伝わるのだろうか? そう考えつつも、香神乃・饗(東風・f00169)は上手い言葉が浮かばなかった。
「今日はどんな恰好するかって悩むのが朝イチの仕事っす。お、すごいっす」
ガラス戸を押して踏み込んだ先は、やたらとオレンジ推し空間。
銀色モールにはお化けカボチャがちまちまとぶらさがり、白と黒のドロロンゴーストも楽しげに周りを固めている。
「ハロウィンかァ」
休憩スペースにはカボチャ様がどどーんと鎮座ましましている。
でかい。
どれぐらいかというと饗の背より縦長のカボチャだ。
「ああいうのってやっぱし“力持ち”が運び込んでるっすかね」
そいやっと両手をつきだす饗の仕草はさながら運動会の玉転がしだ。
「確かに、普通の人間だと危ねェな」
くるりと振り返り入って来たドアを見る藍の双眸。鏡のようにまねっこする饗はどこか大型犬めいた愛嬌がある。
「なに見てるっす?」
「あァ? ほら、機械が入れンかなァって。あのドア外れそうだし」
誉人の人差し指がしゅーっと四角を描く。
「これぐれェのショベルカーみてェな奴で、こう押さえて」
「そう、がーっとっすか」
「そう、がーっと」
こんな他愛もない話が弾むのこそが“大切な家族”の証だ。
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さて。
バターとシナモン香る『焼きたてパンプキンパイ』の誘惑を振り切り、インテリアショップに辿り着いた。
だだっぴろーい売り場スペースで、まずお出迎えしてくれるのはおこたでお鍋なディスプレイである。
もこもこの綿入り炬燵布団には、白くてまぁるい鳥のアップリケがいっぱい。
「エナガちゃんっす! 土鍋もそうっすよ!!」
パラパラ漫画のようにくるくるするとエナガちゃんが首を傾げます。多少回しても割れません。
「あんな模様あるんだなァ」
誉人が口元押さえて想像するのは、わーいとくるくるさせてはしゃぐ饗の姿だ。
「く……ッ、可愛い」
ぷるぷると誉人の肩が震えた、絶対にそれはときめく。
(「……なァんてすぐに饗のこと考え出すン、ホント重たいなァ……」)
鬱陶しくないだろうかとちらと見た先の相棒は、座椅子に置かれたクッションに目を奪われている。これまたシマエナガのシルエットでもっふもふだ。
「これを全部くださいって言ってみたいっす」
屈託のなさがポップコーンみたいに弾けるのに、誉人の気持ちが浮上する。こんな所も好きだ。
「言いてェなァ……そんなん言えるンは大富豪だろうけど」
相棒が喜ぶならと、頭でパチパチそろばんをはじき出す誉人の袖を、饗はちょんっと引く。
「これはお店の戦略っす。惑わされずに目的の寝具コーナーへ行くっす!」
「そうだなァ、さっきのパンプキンパイと同じやり口だ。俺達は冬支度に来たんだし、行こうぜ」
「あれ? 冬支度ならこれ全部って言っていいっすか?」
「……ん? いい、のかなァ??」
戦略に掛かったかどうかは二人だけが知っている。
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お目当ての寝具売り場は、エナガちゃんリビングセットの斜め向かい。
「お、毛布、すげェいっぱいあるなァ。いろいろ触ってみよォぜ」
手に取りやすいように見本は4分の1サイズ。誉人は早速一番手前のをたぐり寄せる。
ふっかぁ……。
指が毛足に沈み込む、やわこい。
「うっわ、饗! これ! すっげえふわふわ!」
同じように隣のを手に取って指を沈ませていた饗は、差し出されたベージュの毛布に掌を押し当てる。
ふっかぁ……。
「すごいっす! エナガちゃんみたいっす!」
「だよなァ。いいなこれ」
「それに決めるっすか?」
「いや、待って待って。こっち」
きちんと畳んで見本を戻し、隣のピンクグレーの毛布を手に取ってみる。
「毛足短めっすね」
「おう、こっちはすべすべ……」
触ってみ、と差し出されたのに饗はさすさすと撫でる。
「……」
すべすべのつやつや。その触り心地にぽわんっと浮かんだのは、目の前の狼さんの背中の毛だ。
(「これから寒くなると毛足が伸びるからブラッシングしたいっす」)
そう言えば新発売の引っかからないブラシが出たらしい、買わねば。
「ん? 饗はさっきのンが良い?」
「新発売のブラシも見てみたいっす」
「ブラシ?? どっから出たン?」
きょとりと瞳を瞬かせる誉人へ、饗はそっそっと空中を撫でる。その手つきに蒼い双眸が幸いを宿して頬が緩んだ。
狼の毛を解かしててもらうのは、そわりとくすぐったくなるように嬉しい。
「いつものブラシも買い換えたいっすよ。だから後でそっちも行くっす」
「わかった。じゃあまずは、こっちで毛布だなァ」
更に幾つかを手元でもふもふ。肌触りチェックで、ぴとーっと頬に押しつけあったり。
……結局、二人して手が伸びたのは最初に触ったふっかふかの奴だった。
「やっぱこれが頭1つ抜けてンだよなァ。ふわっふわぁのやわっやわぁ……」
「色で選べばって思ってたっすけど……エナガちゃんのふわふわ感は他にはないっす」
誉人が上をふかふか。饗が下をもふもふ。これに決定。カラーバリエーションはベージュ、紺、ブルーグレー。
「色かァ。寝具の色は特に……なんでもいっかなァ。それよか大きさどうする? 一枚ずつする? それかでっけえの一枚にする?」
同じ目線で在庫確認をしていた饗だが、ダブルサイズで目を留めてぽつり。
「俺が一人で全部毛布を持って行ってしまった事件をまた起こさせるつもりっすか!」
毛布にまるまるのは至福だ。だが大事な大事な相方に風邪を引かせるのは本意ではない。
「あの時は、くしゅんって誉人がしたので目が覚めたっすよ」
「あはっ! そうだ、饗にとられちまう」
むいーっと頬が膨れるのがおかしくってぷはっとシャボン玉が弾けるように笑った。
「俺が取り返そうとしても、がっちりしがみついてンの。熟睡してンのにガード堅くって……抱え込んだらそのまンまひっぱられてーずるっと」
「……悪気はないっす。けれど、朝になったら誉人が布団を着ないで寝ていたっす」
「わァってるって。毛布にくるまると気持ちいいもんなァ」
ぽふぽふと肩を叩き、色はそっちが決めてと添えた。
「じゃーあ、これにするっす。お揃いにするっすよ」
迷いなく紺を選び取ったのは一番誉人に近しい色だからだ。
「どっちのかわかンなくなるけど……それもいいかァ」
二人で使い倒せば、それぞれがもっともっとお気に入りの毛布になるには違いない。
馴染みの臭いに落ち着くのは狼だからだろうか――なんてちらと思う誉人だが、同意と頷く浅黒い容にほっこり。同じ気持ちは、嬉しいものだ。
「……あ、ちょっと待ってて欲しいっす」
「ん? どしたン?」
首を傾げる誉人の元に、カラカラと軽快な音をたてカートがこんにちはー。
「買うものはカートにのせていくっす。手がふさがっていたらじっくり見られないっす」
もすっもすっとシングルサイズの毛布を銀の格子の中にイン。こういった所に本当に気が利くなぁと感謝の意を唇にのせた。
「ありがとなァ。じゃあ揃いの枕カバーも買おうぜ」
「いいっすね」
にぃっと歯を見せて笑い合う。鏡が故に写し取る所もあるけれど、誉人からも饗に似てきてる。長年共に過ごす愛し人同士はどんどん似てくる、とはよく言ったもの。
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冬物をあれやこれやとカートに入れてお会計。思ったより荷物が増えたので、そのまま配送をお願いした。
だから手ぶらで、二人はペットショップのブラシコーナーにいた。ちなみに人用ブラシは先ほど購入済。
「うーん……」
プラケースに包まれたふたつを手に取り真剣なお顔。
「誉人はどっちがいいとかあるっすか?」
「こればっかりはよくわからん……」
素直に「饗に手入れしてもらえるならなんでもいい」と甘えたいがグッと我慢。投げ遣りに聞こえて傷つけるのは本意じゃないので話をずらす。
「さっきの人用ブラシみてェにボタンひとつで絡まったのが外せンのは便利だなァ」
「あれは使うの楽しみっす」
狙いを定めていた便利ギミックのブラシが買えて満足。だから狼さん用も良いものをとなるのだが……あいにく見本は置いてないし、ここで狼変身をしてもらって試すわけにもいくまいて。
「両方かっていくっす。ブラシは使わないとわからないっす」
あっさり決断。悩む時間が勿体ない。
「いいものにであえるかもしれないっすから買ってみるっす!」
「饗のそういう思い切りのいいトコいいなァ」
――好きだぜ、と、言えた。
「あはっ楽しみ!」
照れるから、そうやってすぐに破顔の重ねておくのだ。
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「ああもう、めっちゃ可愛いなァ」
まるまる白い小鳥がころり、誉人の掌で転がる。ちょんっとつついて緩む頬、会計済の赤いリボンがまた可愛い、家に帰っても外したくないぐらいには。
「俺もお揃い、ありがとうっす」
サプライズで買い物カゴに忍ばした時からずっとにやけっぱなしの誉人を見られてホクホク。
……良かった、喜んでくれている。愛しい気持ちが伝わってくれただろうか。
「一緒がいいンだよ。ぼっちだと寂しいぜ」
饗のポケットから覗くつぶらな瞳の元には蒼いリボンを巻いた小鳥がいる。
「毛布を使う夜が楽しみだ。ぜってえあったけえよ、はよ寒くなんねえかなァ」
誉人は饗のポケットに小鳥をしまう。同じ巣で身を寄せ合ってぬくぬくして欲しい。これから二羽はずっと一緒だ。
「今年は早めに冬がくるかもしれないっす」
――俺達も、ずっと一緒。
そう、どちらからともなく伸びた指を絡めて、二人は帰路につく。
成功
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