悲劇はどこにだって転がっている。
この星は100年余りもどこかしらが戦争を続けているって話だ。
国同士が戦い、時には国を追われ、寿命で死ねる人なんてほとんどいない。
僕達だってそうだ。
かつて僕達の国だったキーンボクスは、ある日突然現れた機械生命体に占領され、生き残った研究者たちを中心とした人類は、国土を捨てて、沖に浮上したプラントを中心としたバイパー都市を形成し、なんとか食いつないでいる。
小国家というにはあまりにも小さなコミュニティの中で、僕達は再起の夢を諦められずにいた。
僕達はそのために作られたのだ。
試験管生まれの僕達に、故郷の景色は映像資料の上でしか知らない。
里心を残しているのなんて、人として自然に生まれた研究者の人たちくらいしか持っていないかもしれない。
キャバリアに搭載されるためだけに作られる上で、僕達の心や記憶はイニシエーションの結実に過ぎないのかもしれない。
それでも、僕達は知ってしまったのだ。
守るべき人達の笑顔を。
祖国奪還のため、戦闘用スーパーロボット『V-ARMS』に搭乗するべく作り上げられたアンサーヒューマン、『V-GIRLS』を結成したその決意を。
「ガリー、そろそろ出撃。何をしていたの?」
「すぐ行くよ、リィレ。何って、いつも通り、記録をつけてたんだよ」
「またそんな、辛気臭いんだから。あなたはいつも通り、熱血熱血言ってればいいのよ」
「僕ってそんないつも熱血してたかな。ふふ、ビエネッタは?」
「あの子なら、とっくに。機械が友達なのよ。知ってるでしょ?」
「ああ、信頼してるとも。もちろん、リィレもね!」
パイロットスーツの同僚は、口が悪いのが玉に瑕だが、いつも気を回して僕達チームに気をもんでいる。
僕達は三人で一組。三つの心を一つに、最強のスーパーロボット『V-ARMSヴァルキリー』に乗り込んで、これから戦いに出なければならない。
バイパー都市は、今まさに機械帝国キーンボクスから攻撃を受けようとしているのだった。
それぞれのコクピットについたところで、僕はふといつもよりも都市防衛機能のいくつかが不足している事に気付く。
「指揮母艦が居ないね。提督が不在の時に襲撃されるなんて……!」
海上から戦闘支援と戦術指揮を行う艦船のの不在は、ヴァルキリーの戦術の幅を狭めることになるが、彼らが不在であるのにも理由がある。
「東の海で不審な機影を発見したって報告があったでしょう。それがもしも敵であった場合、バイパー都市は挟み撃ちにされてしまうわ。かといって、私たちが迂闊にここを離れるわけにはいかない」
「……それに、敵は、多い……」
リィレとビエネッタに言われるまでもなく、一体にして最大戦力であるヴァルキリーは、今回の多数の敵の迎撃を任されている。
飛来する大量のキャバリアは、まさに飛蝗の様相であった。
希望の光を背に燃やし、ヴァルキリーは飛び立つ。
「守ろう、僕達の世界を!」
「うーん、なんだか、熱血の世界ですねー。アンサーヒューマンと言えば、キャバリア操縦の為に生み出されたとされていますが、その生まれも実際様々ですよね。
彼女たちは、なんだか割とポジティブに見えますが、祖国奪還のために青春を燃やすなんて、健気ですねー」
グリモアベースはその一角にて、黒い鳥を連れた給仕服の猟兵、疋田菊月は、紅茶を供しながら予知の内容を語るのであった。
今回の舞台は、クロムキャバリアに無数にある小国家の一つ、キーンボクスという国。
ある日突然、現れた機械生命体……この場合はオブリビオンマシンに占領されてしまい、今は機械帝国と呼ばれている。
おそらくはプラントも制圧され、恐ろしい兵器が作り出されているという。
「それがですねー、なんとオブリビオンによってプラントから製造されるのは最終兵器『
殲術再生弾』と呼ばれるものでして、予知によると、それを搭載したオブリビオンマシンの手によって、生存者の拠点であるバイパー都市は破壊されてしまいます」
話によると、情念を無限に吸収して超巨大化させるのが殲術再生弾らしいが、そこでふと、菊月の肩に止まる黒い鳥が首を傾げる。
「え、カミオさん、どうしました? 相手は機械生命なのに情念があるのか、ですか? うーん、なんででしょうね。まあとにかく、止めるためには、バイパー都市防衛のみならず、機械帝国にまで攻め上がらねばならないようですねー」
カミオさんと同じように小首を傾げつつ、菊月はさらなる懸念事項について説明を続ける。
「最初の戦場の舞台となるバイパー都市では、都市防衛設備の、対キャバリアようの砲台や艦船、それから三人乗りのスーパーロボット、ヴァルキリーが一緒に戦ってくれます。ほとんど海上や空中戦になるかと思いますが、無人の砲雷撃戦用艦船などがキャバリアの足場にもなってくれるんじゃないですかね」
そして、指揮母艦は現在では戦場を離れているが、すぐに合流予定とのこと。
「ALOの皆さんはご存じでしょうか? まあなんというか、行く先々の国家でたまーに見かけるアンサーヒューマンの皆さんなんですがー……予知の中でちらーっと出てきた不審な機影って、彼女たちみたいなんですよ。ALOの皆さんって、潜水母艦を移動拠点にしてますからね。何らかの形で、きっとアンサーヒューマンときいたら、手助けしてくれるんじゃないですかねー。むしろ、この件に関して、何か情報を掴んでいるかもしれません」
彼女たちの助力を得るかどうかは、猟兵たちの行動次第だろう。
ただし、その場合は、先んじてバイパー都市の防衛を行うよりも一手遅れて登場することになるだろう。
「さてさて、いつもよりも少々戦線は広くなってしまいますが、皆さんどうか、お気をつけて」
やがて幾つかの細かな情報を伝え終えると、菊月は猟兵たちを送り出す準備に入るのだった。
みろりじ
どうもこんばんは、流浪の文章書き、みろりじと申します。
久しぶりのクロムキャバリアとなっております。
ALO(アンサーヒューマン解放機構)に関しては、タグを辿ってシリーズを読み返してみてもいいですが、別に知らなくても、なんかアンサーヒューマンの窮地に通りかかって助力してくれる人たち(テロリスト)くらいの認識で大丈夫です。
彼女たちについては、断章などでいくつか振れていく予定ですが、別に読まなくても大丈夫です。
さて、本シナリオなのですが、
1章では集団戦、バイパー都市に飛来する機械帝国からのキャバリアを倒しましょう。虫をモデルにしたような量産型サイキックキャバリアが相手となっております。無人機と公証されておりますが、動力は魔力のようですね。
この章で積極的に防衛を行うか、ALOに接触してから撃滅を狙うかによって、ちょっとだけ登場が前後するかもしれません。シナリオの都合ですね。
2章は冒険、殲術再生弾を破壊すべく機械兵国へ乗り込まなくてはならないのですが、海岸線には大量の機雷が敷設してあるため、通り抜けるのは難儀しそうです。
3章はボス戦です。殲術再生弾を搭載したキャバリアとの対決となっております。情念で強化されている以上、何らかの方法で弱体化させることが可能かもしれません。
V-ARMSヴァルキリーについて、
分類はスーパーロボットとなっております。
大型ビームキャノンを兼ねるハルバードを装備した、戦女神のような、バリっとしたロボットです。
たぶん強いですが、ボス戦単体では厳しそうです。
今回は、断章を幾つか設ける予定ではありますが、プレイングは常に受け付けておりますので、お好きなタイミングでお送りくださいませ。
それでは、皆さんと一緒に、楽しいリプレイを作ってまいりましょう。
第1章 集団戦
『セピド・オブリビオン』
|
POW : 強化魔法・活性化
全身を【人造魔女のおぞましくも凄まじき魔力 】で覆い、自身の【躰に刻まれし呪詛が齎す膨大な魔力及び苦悶】に比例した戦闘力増強と、最大でレベル×100km/hに達する飛翔能力を得る。
SPD : 破砕妖術・轟爆獄渦
【魔女の耐え難き苦悶と引き換えに轟爆獄渦 】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 呪撒妖術・オブリビオンヴォイド
自身の【オブリビオンマシン 】から【骸の海】を放出し、戦場内全ての【射撃武器】を無力化する。ただし1日にレベル秒以上使用すると死ぬ。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
──1335時。バイパー都市より東の海。潜水母艦シーバット。
「やれやれ、旅をしてみるもんね。予想外のことが、あっちからやって来るんだから」
「軽口をたたいている場合か。状況は我々にとって不利だぞ」
ALOの持つ移動拠点、潜水母艦シーバットは、キャバリアの搭載及び水上発艦可能な戦略兵器であるが、現状ではその一隻を持て余す状況にある。
彼女たちの組織を構成する人員は万年足りておらず、ごく小規模な国際テロリストにとって過分な潜水艦を持ち回りで動かしているに過ぎない。
キャバリア操縦の為に遺伝子組成から適性を与えられている他に、とある国では代理戦争のショービジネス化に一役買うほどの美貌と知性を兼ねた、言うなれば新人類とも目されるアンサーヒューマンの一翼を担う、そんな構成員のリーンベルやキーノですらも、深刻な人手不足は否めず……。
こうして未知の海の中で戦艦のレーダーにかかり、補足されてしまった。
「どう思う? 見るからに対空装備や海上戦仕様は間違いないんだけど、雷撃積んでたらアウトだよね」
「言うまでもない。こちらは海上からでなければキャバリアを出せない。こちらに魚雷を積むほどのリソースはないし、潜水艦を扱うノウハウなんて教則以外では知らん。その教則通りで言うならば、潜水艦は暗殺が基本だ。先に捕捉された時点で、我々は首根っこを押さえつけられたも同然だ」
ALO幹部二人の会話は凸凹とした温度差があったが、そこに事務的なものはあっても逼迫したものは無かった。
そこまで沈黙を貫いていた責任者、ALOのリーダーを務めるリベレーターは、決して広くはない艦橋で言い争いのような問答を繰り返す二人から視線を外し、傍らに控えたまま緊張の面持ちを隠せないまた別の二人に目を向けて肩を竦める。
「つまり、我々がまだ、この艦を棺桶にしていないということは、相手もそれほど血の気が多いってわけじゃないということさ。話し合いの余地がある。どう転ぶかは、これからだと思うから、そう緊張しないでいいよ」
とはいえ、一歩間違えれば海の藻屑。
海中数百メートル、そこに爆撃される危険性は、イメージこそし辛いものがあるが、どう転んだところでアンサーヒューマンですらも容易く散ることに関しては、想像に容易い。
とんでもないところに来てしまった。と、目を合わせる件の二人は、髪も肌も白っぽく、双子のようにそっくりであった。
万年人手不足の国際テロ組織にも、念願の新人が入った。なんと、村娘二人である。
無論、普通の人間ではなく、この白い双子も例外なくアンサーヒューマン。巨神の生贄にされかけたという壮絶なエピソードを持つが、それはそれとして、今現在は善意と出稼ぎのために良好な信頼関係の下、ALOに臨時職員として参加している。
しかし初となる遠征に出くわしたのが、いきなりの拠点のピンチであった。
「さて、二人とも、喧嘩はそこそこに。何らかの声明は拾えているんでしょう?」
「まあね。もう繋ぐ? 迂闊にアクション起こせないから、音質はお察しだけど」
「そこから交渉で引き出していくつもりだよ。一応、テロ屋はそれが仕事ですものね」
「おおー、頑張れリーダー」
「……音が入る。そろそろ黙れよ、リーンベル」
「ちょっとキーノ、言い方ァ」
緩い雰囲気を持ちながらも、仕事となるとその空気は一変する。
艦内にノイズ交じりの音声が入るようになると、あれほど騒がしかった二人の幹部が押し黙るのをみて、双子もまたつられるようにして息を呑んで口を噤む。
『所属不明の艦船に告ぐ。こちら、元キーンボクス公国、沿岸プラント地区、バイパー都市所属、戦艦イーストレックスの艦長、モナキン・マーチャである。あなた方の所属と目的を教えてほしい。至急、返答されたし。こちらに不用意な戦闘行為を行う意志はない。復唱する──』
聞こえてくるのは、おそらく壮年の男性と思しき、しっかりとした声色。
厳格に思えるだけのものを持ちながらも、その言葉の意味するところに物騒なものを感じさせないところに、交渉人として立つリベレーターは小さく鼻を鳴らすのであった。
それは、彼女との付き合いが長い者からすれば、安堵のため息に他ならなかった。
・・・
──1355時、バイパー都市より東の海上。
「──なるほど、我々が思っていた以上に、そちらの事情は困窮し、逼迫していたというわけですね」
『うむ……しかし、本当によろしいのか? 我々は、あなた方を歓待するどころか、今まさに危険に巻き込もうとしている』
通信の感度は、初の邂逅と比べて明瞭となっている。
それもその筈だろう。
バイパー都市の戦艦イーストレックスと、ALOの潜水母艦シーバットは、今現在、海上をややけん引する形で並走しているのだ。
向かう先は、件のバイパー都市。元キーンボクス公国が所有していた海上プラント周辺を開拓して作り上げた海上都市だという。
その彼らの拠点が、本土を制圧した機械帝国とやらの襲撃を、今まさに受けているために、その救援に戻るところ、ALOは助力する形と相成った。
「今や国防の要となっているのは、アンサーヒューマンだというお話ではないですか。先に自己紹介した通り、我々は『
アンサーヒューマン解放機構』の理念に基づく活動に反しない限り、協力は惜しみませんよ。
そちらこそ、我々のようなテロ組織の手を借りることはおろか、見ず知らずの相手を信頼してもよろしいので?」
『我々には永らく、交流が無かった。数十年ぶりに出会う異国の方々が、自らをテロ組織と名乗るのは如何なものかとは思うが、しかし今は急を要する』
「ふむ……もしや、これを好機とお考えですか? 猫の手でも借りた勢いで、あの機雷塗れの本土進攻を強行しようと?」
『! あれを、ご覧になったのだな。ならば、話は早かろう。あそこには今もなお、量産され、尖兵として使われる者たちが居る』
「ふ、つまりは……あなた方の今の拠点を守っているような、我々とルーツを同じくする者たちが?」
『……そうだ』
重たい空気ごと、まるで質量を伴っているかのように紡ぐモナキンの言葉を聞き、リベレーターは再び人知れず嘆息する。
それは、先ほどの胸をなでおろすものとは程遠い色合いを帯びていた。
・・・
──同時刻、バイパー都市。
「チィッ、こいつら!」
「リィレ、慌てないで。数は多いけど、ヴァルキリーで倒せない相手じゃない」
迫りくる虫のような姿のキャバリアたちの相手を、V-ARMSヴァルキリーは一手に引き受けていた。
都市の迎撃武装は単一ではない。ただ、他と一線を画すのが、ヴァルキリーの戦闘能力と、そして頑健な装甲であった。
スーパーロボットの装甲は厚い。機動兵器のような曲芸じみた高速機動は苦手だが、人型ならではの柔軟性と戦車にも勝る装甲、生半可なキャバリアをねじ伏せるパワーが、全てを解決する。
しかし、問題なのは物量。
いくら特機が奮戦し、他の迎撃武装に砲火が及ばぬよう立ち回るにしても、一機では限界がある。
「ビエネッタ。負担は強いかもだけど、エインヘリアルを使えるだけ出して!」
「わかった……。いっぱい忘れると思うから、後でまた教えてね……」
「わかってる……!」
数の不利を補うための遠隔浮遊砲台。エインヘリアルの運用は、主にサブパイロットであるビエネッタ役割であった。
精神波を用いて操作する空中浮遊レーザー砲台は、ヴァルキリーの兵装の中でも数の不利を補う奥の手の一つだ。
だが技術的な問題か、それとも強力無比の反動か、ヴァルキリーの武装は強力になるほどパイロットに代償を強いる。
強力な精神波を必要とするエインヘリアルの運用には、ビエネッタの脳神経に負担を与えるのであった。
主に、記憶障害として。
「なるべく、僕も急いであいつらを蹴散らすから……! バーサーカーフィード……!」
「待ちなさい、ガリー! 貴女まで! 仕方ない! ブリーシンガル起動!」
敵の数が、とてもではないがビエネッタ一人の負担では賄いきれないと判断したガリーとリィレは、それぞれに奥の手の解禁を余儀なくされる。
イメージフィードバックの精度を限界突破させ、神経と直結したかのような限界を超えた機体追従性を手に入れる『バーサーカーフィード』。
そして、精神感度を上昇させ、脳とCPUのクロックスピードを飛躍的に上昇させ、予知にも近い周辺情報の収集領域と速度を上昇させる『ブリーシンガル』。
いずれも操縦者への負担は大きく、命を削るものであったが、それでもかまわないと思った。
それをするのが、V-GIRLS。女神少女として作られた者の使命だからだ。
クゥ・クラウ
アインベルに搭乗、天翼を起動する。
バイパー都市に飛んで通信を入れる。
「こちらは猟兵。アナタたちに協力する」
ヴァルキリーのパイロットたちには大切なものがあって、そのために全力で戦っている。それが……ちょっと、うらやましい。
UC【光霊子拡散誘導弾】。光弾の雨を敵に降らせて防衛隊を援護。
自身も体勢を崩した相手を光線砲で撃ち抜く。
「ほんとうに、アレは無人機なの?」
敵の動きを見てつぶやく。
『きみの懸念は分かるが、この戦闘は長引かせない方がいい。ヴァルキリーの能力は並外れているが、その分の代償は大きいようだ』
AIのジョン・ドゥが言う
……迅速にオブリビオンマシンを撃破する。ジョン・ドゥ、サポートお願い。
どこまでも続くかのような、青灰の海原。
所々にうねる白い波を作り、無数に身をよじるかのようなその有様は、とても百年余りも戦乱を続けている世界とは思えないが、危険な気配は、半ば直接的と言ってもいいほどに違和感として伝わってくる。
波を立てるか立てまいか、そんな海上すれすれを飛行するのは、クゥ・クラウ(レプリカントのクロムキャバリア・f36345)の搭乗する魔導式キャバリア『アインベル』。
深い青に染まる海面を灰色に照り返す中でも、白い装甲は輝くようであり、魔力の伝達を伝えるかのようなエメラルドの燐光はそれら装甲の継ぎ目を蛍火のように発光している。
滑るように飛行する理由は、背部ユニットから翼のような形状で伸びる魔力の力場『天翼』によるもの。
そして彼女、クゥが目指す先には、レーダー上からも無数の反応がすでに見て取れ、感じて取れていた。
『通信ユニット、感アリだ。すぐに繋ぐかな?』
「お願い」
アインベルの、いや正確にはクゥのサポートを行うAI『ジョン・ドゥ』を示すアイコンがコクピット内で主張すると、短く応答する。
そうして流れ込んできた喧騒は、果たして目の前の光景と合致する。
時刻は昼過ぎ。だというのに、その有り様はさながら誘蛾灯に群がる羽虫のように例えるのが妥当だったろうか。
やがてモニター越しにも有視界環境の範囲に収まる海上に浮かぶ鋼鉄の島は、巨大な軍艦のようにも見える姿をしていたが、バイパー都市と呼ばれるその威容よりも、目に映るのはその周囲で赤赤と爆炎を上げる無数のキャバリアの数々。
黒っぽい虫のような外観を持つ『セピド・オブリビオン』は、これもまた虫のような背部ユニットで飛行しつつ、バイパー都市の外壁に取りつかんとしているのであった。
誘蛾灯に群がるという表現は、まさにその外観が思わせるのだろう。
『うわああっ!! ここから出ていけっ!!』
海上都市の装甲に張り付くオブリビオンマシンを、一回り巨大なキャバリアがビームの刃を発生させる斧槍で斬り伏せる。
重たそうで派手にも見える装甲にマッチした長大なハルバードを振るうその姿は、鈍重そうな見かけに反して以外にも俊敏にセピド・オブリビオンを撃破して回っている。
なかなかやる。
機体が強力なのもあるかもしれないが、おそらく複数人で運用しているためか視野も広いのだろう。
都市防衛用の無人艦艇や高射砲、そして遠隔操作の空中砲台などと連携する姿は、なるほど様になっているし、話に聞くアンサーヒューマンの搭乗するヴァルキリーというキャバリアの特徴とあらゆる意味で一致するようだった。
「聞こえる? こちらは猟兵。アナタたちに協力する」
『猟兵!? 猟兵って言った? リィレ、あの機体、味方だ!! 本当に居たんだよ!』
鬼気迫る少女たちへと通信を繋ぐクゥは、帰ってきた応答が、意外にも喜色に溢れていたことにわずかに面食らう。
『今はちょっと、忙しいからアレだけど……! 来てくれて嬉しい。お願い、手伝って!』
「了解……敵機を殲滅する」
どうにも硬い印象を持たれてしまいそうな、事務的な受け答えに終始するようなクゥであるが、その胸中に生じたアンサーヒューマンの少女たちに対する印象は悪くなかった。
むしろ、息を切らす勢いで懇願する声色は、思わず気を許してしまいそうですらあった。
彼女たちには理由がある。ヴァルキリーに乗ることにも、大切なものを守るのにも、そしてそのために全力を投じるのにも。
レプリカントであるクゥの生まれは、その命題をはっきりとさせていない。ただ、人を助けよという『良心』に基づいて……今は、言われるがままに異世界を含むあらゆる地方の情報収集を命ぜられているに過ぎない。
運命の奴隷などと詩的な言い回しはジョン・ドゥの得意とする皮肉かジョークなのかもしれないが、現在の在り方に実感を伴うことが果たしてやって来るのかどうか……。
ああ、そうか。クゥは気が付けば自身に立ち返り、そして、彼女たちを羨んでいたのかもしれない。
『すぐに接敵する。ディナーの食前酒は決まっているかな?』
「──【光霊子拡散誘導弾】」
『それは派手だ。戦域を構築するぞ。レディ』
急速接近するアインベルの存在に、オブリビオンマシンのいくつかも気づいたようだが、それらがこちらに向くよりも前に、クゥは先手を打つ。
長大なパスボールを送るかのように、戦場を俯瞰する頭上へと放たれた緑の魔力球。それは、広範囲へと降り注ぎ炸裂する光の弾雨を放った。
無作為へ乱射しているかのようなそれらは、しかし味方機や防衛設備を傷つけることなく、敵機のみを識別して誘導すらして貫いていく。
『すごい、僕達の機体より小さいのに、あんな出力がでるんだ!』
ヴァルキリーのパイロットが身構えつつも自分たちに当たらないことに驚いている様子が、機体越しにも伝わってくる。
アインベルの魔導炉からエネルギーを引き出して用いるこのユーベルコードは、準備にやや時間がかかるデメリットはあるものの、複数敵を相手には効果的であった。
また、初手で使う事をあらかじめ想定していれば、デメリットも無きが如しである。
「油断は禁物、全て仕留めたわけじゃない」
『わかってる! でも今なら!』
攻撃方向が一定である以上、死角は生まれやすい。
上方から打ち下ろせば大体をカバーできるのだが、セピド・オブリビオンも大人しく棒立ちしていてくれるわけでもない。
撃破したのもあるが、完全に戦闘力を奪えなかった個体もあり、しかし手傷を与え、センサー等を一時的に麻痺させた効果は、当然味方であるヴァルキリーにも恩恵があった。
アインベルもまた、討ち洩らしを確実に仕留めるべく、両肩の魔導光線砲を起動させる。
だが、なんというか、妙な違和感というか、嫌悪感のようなものを覚えずにはいられない。
相手は機械制御なのか? 良くも悪くも、統率が取れていないというのか、それぞれに癖があるように見えてならない。
そして、魔力に依存した武装を用いれば、その違和感はますます増していく。
相手にするセピド・オブリビオンに感じる、言い知れぬ不気味な感覚は、アインベルと似ている動力反応を示している。
すなわち、相手は魔力を動力源としているのだ。
サイキックキャバリアということになるのか。それならば、必然的に疑問が浮かぶ。
「ほんとうに、アレは無人機なの?」
『きみの懸念は分かるが、この戦闘は長引かせない方がいい。ヴァルキリーの能力は並外れているが、その分の代償は大きいようだ』
「……ええ、迅速に。オブリビオンマシンを撃破する。ジョン・ドゥ、サポートをお願い」
『勿論だとも』
戦闘以外の事に思考が及びかけたが、すぐさまジョン・ドゥに方向を修正される。
光線砲で貫いたセピド・オブリビオンが、弱々しく空を掻くようにして海中へと落下していく。
それが、まるで人格を伴って見えたのは、キャバリアが人型を象っているからか。
それを見送る余裕は、今のクゥにはなかった。
大成功
🔵🔵🔵
ユリウス・リウィウス
絡繰り人形がうじゃうじゃと湧いてきやがったな。だがまあ、俺的には面白そうだ。霊体で人形を動かして使役する術式なんかを考えるのもいいかもな。
それは後だ、気色悪い絡繰り人形から潰してやろう!
基本構造としては、魔力を乗せて動かす絡繰り人形とみた。
ならば、魔力か人形のバランスを崩してやればいい。
さあ行け、
怨霊ども。
呪詛に塗れた環境なら大歓迎だろう?
その共通項をよすがに機体に侵入させて、魔力の暴走、電算機の動作不良、装備の暴発なんかを引き起こしてやれ。
面白いアイデアだが、これでは本物の専門家には通じんな。
俺が制作するなら、もう少しアイデアがほしい。
ん、あのあの嬢ちゃん達が来たか?
海風と鉄と、油のにおい。
波の砕ける音と共に鼻先を掠めるものとしては、やはり物騒な香りであった。
べっとりと頬に張り付くような感触は、やはり海のもの特有であったが、降り注ぐ喧騒はこれもやはり物騒なものであった。
戦の音。
「チッ、早速か!」
耳をつんざくような、それは虫の羽音にも似た暴力的な風圧であった。
それに煽られるかのようにして、ユリウス・リウィウス(剣の墓標・f00045)はその場から飛びのくと、悪趣味な塗装の、それこそ虫のようなキャバリアが頭上を掠めて跳んでいくのが見えた。
いや、あれは墜ちていくのだ。
抜剣した二刀一対の黒剣をアスファルトのような反発を感じる足元に嚙ませてぎゃりぎゃりと火花を散らせつつ無理矢理に態勢を整えつつ見送るのは、波間に墜落する巨大な絡繰り人形……とユリウスは認識する敵のキャバリアらしきものであった。
その造りは虫のようなシルエットを持っていたが、真っ二つに胴を割られていてはもはや機能すまい。
頼りになる味方が居るらしい。いや、それよりも、もう始まっている。
仰ぎ見ると、無数の敵機の中に、雄々しく宙に浮くヴァルキリーというキャバリアの背が見えた。
迎撃武装のあちこちから上がる火線。爆発炎上の煙が空気と混ざって黒く染まる空。
「絡繰り人形がうじゃうじゃと湧いてきやがったな。だがまあ、俺的には面白そうだ。霊体で人形を動かして使役する術式なんかを考えるのもいいかもな」
ぼんやりとしている間はなさそうだ。
激しく抵抗する海上都市の防衛設備と、ただ一人残った守護神たるキャバリアのみでは、いかにもこの都市は小規模とはいえ広すぎる。
思いついたアイディアや感傷に浸るのは後回しにして、自分もこの戦乱に混ぜてもらおう。
巨大化した羽虫など気味が悪い。潰さずにおけるものか。
ダークセイヴァー出身の黒騎士にとって、キャバリアの構造のその難解さを深く知るわけではない。
だが、不気味な気配の本質については、覚えのある波動を感じる。
直感的に感じ取るのは、それが魔力によって動いているということ。
それに、存在感はだいぶ希薄だが、あれは有人機のようにも思える。
「基本構造としては、魔力を乗せて動かす絡繰り人形とみた。
ならば、魔力か人形のバランスを崩してやればいい。
さあ行け、
怨霊ども。
呪詛に塗れた環境なら大歓迎だろう?」
機械の構造を詳しく知るほどの専門知識は持たないが、それがデリケートな代物であることは知っている。
まして、魔力の運用は死霊術士でもあるユリウスにも覚えがあった。
明確な攻撃の意志はびりびりと感じる。それに反応するままに【悪意の怨霊】を呼び寄せ、筋道を逆に辿るようにして敵機へと滑り込ませる。
そう、まさに霊体を機体の装甲の隙間へと滑り込ませる。
都市全体へと張り付くように襲い来るセピド・オブリビオンの振りまくのは、痛々しいまでの苦痛の感情。仮にそれに人が搭乗しているのなら、それがまさに生きながら身体を切り刻まれているかのような痛みの苦悶がそのまま流れ出てくるかのように、死を想起する呪術のそれに似た波動が都市防衛用の武装を阻害していた。
骸の海そのもののような死の波動は、死霊を操るプロセスと驚くほど似通っているだけに、食らいつく糸口として容易かった。
『……ッ!?!』
攻撃指令、駆動、出力。いずれの思惑があったろうか。
果たして、虫の外骨格に覆われたその神経を伝達する魔力と、ユリウスの放った悪霊とが干渉し、混線し、爆ぜた。
最も脆弱な関節部から、武装を担う手足、そして指令を渡す供給源が、次々と機能不全を起こし、或ははじけ飛ぶと、咄嗟に混乱したかのように身を捩らせては墜ちていく。
「面白いアイデアだが、これでは本物の専門家には通じんな。
俺が制作するなら、もう少しアイデアがほしい」
次々と落ちていく羽虫の群れを仰ぎ見て、まだまだ研鑽の余地を見出すユリウスだが、ふと腹の底を揺らすような震動音を感じる。
防衛装置とは異なる大口径の艦砲射撃と、それに紛れてやってくる水上を滑るように疾駆する人型のシルエットには、なんとなく見覚えがある。
ALOの主に用いるキャバリアのそれであることを思い出す。
「ん、あのあの嬢ちゃん達が来たか?」
大成功
🔵🔵🔵
フリッツ・バーナー
いやはや、なんとも健気で結構な事だ
その涙ぐましい健闘に、微力ながら力添えさせて頂こう
(
従順で高スペックな兵士を量産する技術に育成ノウハウ、それと殲術再生弾に興味があるだけ)
(恩を売りコネクション獲得に繋げるべく今は猫を被る)
指パッチンと同時に空間が裂け、現れるバルバロッサ
跪き差し出された手に触れて一体化
背部の推進機構によって勢いよく飛翔する
まずは露払いと行こう
機体内部の『ODE/AN-DIE-FREUDE』が励起
機体を中心として全方位に衝撃波が放たれる
よしんば遠隔武装として一括りに無効化されるとしても、最終的にやる事は同じだ
腕部装甲を剣の如く尖らせ一つ一つ両断してくれる
押し寄せる無数の波が、背の高いフロート材に打ち付けては白く弾けて無数に消えていく。
水上に浮力を確保して、かつ海風や波にも大きく揺られることなく、中和し散らして地上と何ら変わらぬ足場を確保する技術は、実際に目の当たりにしても、その構造が理にかなったものだとしても、不可思議を感じてしまう。
まだこんな子供らしい好奇心を持っていたとは、我ながら驚きであった。
そう思う割に、フリッツ・バーナー(
武器商人・f41014)の表情に目を輝かせる少年の色合いはなく、さながら合成樹脂を思わせるようなおおよそ人らしさすら見えないものだった。
だいたい、ここはもう戦場だ。
フリッツが子供っぽい感慨をほのかに浮かべているこのバイパー都市は、絶賛敵の襲撃を受けている。
熊蜂を何倍も大きくしたような物騒な羽音にも似たスラスターを引き連れてやってくるのは、虫を思わせるシルエットを持つセピド・オブリビオン。その数は知れない。
警報は先ほどからひっきりなしに喚いており、それすら押しつぶすように年に配備された迎撃武装の数々がけたたましい轟音を上げている。
ゆっくりとしていられるような環境でないのは確かだが、戦場という環境に慣れ親しんだ武器商人にとってこんな鉄火場は慣れっこだ。
一歩道を間違えれば、あっというまに引き裂かれるような地獄のような様相。しかしながら、そこが彼の職場でもあり、なんなら取り扱う商品である場合もある。
恐るべきものだが、恐れるばかりでは商売なんてできやしない。
勇気をもって立ち向かってこそ仕事人というもの。
そういう意味では、フリッツは敬意を抱いてすらいた。
多数のオブリビオンマシンの襲撃を受けている真っ最中のこの海上都市が、未だに大きな打撃を受けていないのは、都市の防衛機能もさることながら、一番活躍しているのは、あのキャバリア。
優秀なアンサーヒューマン三人を投じてようやく起動できる、やや推奨スペックとサイズの大きめな勇ましい戦女神の如き鋼鉄のシルエットは、多数を相手にしても損傷はほとんど見られない。
多勢に無勢という言葉を真っ向から跳ねのけるかのように、絶望的な戦力差を、そのキャバリア──ヴァルキリーは健闘していた。
無論、その性能と技術に多大な自負があるのだろうが、彼女たちが戦えているのは、その胸に勇気を刻んでいるからだろう。
恐れを知らぬ兵士であろうとも、ああはなるまい。
盲目的で非効率的とすら思えることを、我が身を挺して行えるのは、年端もゆかぬ少女たちにはさぞ重荷であろう。
どのような心理アセットで以て、彼女らを従順な戦士たらしめているのか……。
それに、この騒動の原因とも言われている殲術再生弾とやらにも興味が尽きない。
献身に隠されたそれらの黒い技術は、おおよそ深く考えるまでもなく機密事項であり、間違いなく本人の知るところではないだろうし、まして了承は取っていまい。それどころか、最初から秘密を内包した上で生まれた可能性のほうが高い。
人道を外れた技術が、平然と生活に根付いているのがこの戦乱の世界の嬉しい所ではあるが、フリッツはそんな人々の欲と卑しさが生み出した金の生る木を欲するもののするような顔をおくびにも出さず、全身義体のその身体、表情は、敢然と立ち向かう少女たちに胸打たれたように大げさな振る舞いを伴った。
「いやはや、なんとも健気で結構な事だ。
その涙ぐましい健闘に、微力ながら力添えさせて頂こう」
戦場で余裕の笑みすら浮かべる戦巧者を装うその目は、やはり合成樹脂でできているかのように温度も潤いも感じさせぬ無機質なものだったが、頭上でぱちんと指を鳴らしたフリッツのもとへと訪れるのは、海風に焼け焦げたものを混じる戦場の息吹を遮る、赤く黒い装甲。
威圧的なその姿が跪き、傅くようにその手を差し出した状態で、この荒れ果てた戦場の風の中でも微動だにしないことを確信させる信頼。その手のうちに身を投じることで、フリッツの強化サイボーグ義体はまるで部品の一つになるかのように一体となる。
死を纏う上部の笑顔を被せたカンパニーマンは、今だけはおやすみだ。
フリッツ・バーナーという知能が搭乗したことで、赤髪の名を戴くバルバロッサにはその機体色と酷似した禍々しいオーラが纏う。
ただそれだけで、それは存在感を知らしめる。
暴力が来た。危険なものがやってくる。あれを戦場にやってはならない。
戦場に煙の如く消える筈の、独自のエネルギー源『ODE/AN-DIE-FREUDE』を応用した力場が、今は敢えて戦場に立つために用いられている。
隠れて仕留める必要などない。今は。
そう、今は、よく働く傭兵の一人として、認知してもらわねば。
都市のあちこちで、その虫のようなシルエットを張り付けようとしていたセピド・オブリビオンたちがこちらを向く。
意志を持つ機械、まさに昆虫さながらの不気味さを隠すことなく機械のような無駄のない挙動で小首を傾げるという無駄な動きを見せる。
「無人機かと思ったが、いまいち統制がないように思えたのは、そうか。サイキックを用いるために、パイロットを律しているのかな? なかなか酷いことを思いつくじゃないか。だが、今はダメだ。表に出してはいけないな」
精神波のような、魔法、魔力というものを動力にしているらしいセピド・オブリビオンの仕組みになんとなく察するものがあったフリッツの視点は商売人のそれだったが、それを白日の下に晒すのはいい事とは思えなかった。
こんな残酷な事実を前に、少女たちは、もしかしたら兵士ではなくただの少女に戻ってしまうかもしれない。
戦場に出ている以上、そのような些末事に対してある程度のセイフティは働くのかもしれないが、いやいや、リスクは負うべきではない。
フリッツとしては、
従順で高水準な兵士を量産する技術は捨てがたい。
なので、今は、戦場で彼女たちの笑顔を曇らせることがないよう、嫋やかな紳士の面目を保たねばなるまい。
「まずは露払いと行こう──斉唱せよ」
バルバロッサを覆うような薄く赤い霧が、その意志に呼応するかの如く吸い込まれ、そうかと思えば発露する。
【作戦発令:金星】の律の下に、威圧する怪音波が周囲を震撼させる。
大音量の振動波のようにも思えたそれは、やはりバルバロッサのエネルギー源である赤黒い何かを応用したものであったが、それはただ戦場に隠密することだけが役割ではなく、音響兵器として対象の固有震動数に働きかけて恐怖を植え付け、機能障害をもたらす。
屋内であればもっと効果は高いのだが、ここは海原の上。加えて、セピド・オブリビオンの多くは骸の海を思わせる力場で以て多くの射撃武装に対抗する術を持っているようだ。
そんなものは織り込み済み。
「音響ソナーをご存じかな。暗闇の海中でも潜水艦が迷子にならないための、いわゆる蝙蝠と同じ機能なのだが……まあ、どうせ聞こえはすまいか」
赤い霧の中に、もうその姿は掻き消えて、キャバリアの5メートル余りのその体躯は、無数にいる敵機の配置をつぶさに感じ取ったかのように、そのいずれの視界からも外れ──、
気が付けば死角からその片鱗を覗かせる。
『ッ
……!?』
「ひとつ」
腕部装甲を変じさせた剣のような切っ先が、セピド・オブリビオンの胸部を突き破り、そのまま両腕を開くようにして上下と刃を切り開いて両断する。
その直後に再び霧と消える挙動が、さながら出血するようであり、散華する機体に注意を削がれると、再び姿を現すバルバロッサの両腕に貫かれている。
「ふたつ、と。ふむ……存外、銃が効かないというのも面倒だな。斬っていくしかないか」
散っていくオブリビオンが名残惜しげに海中に沈んでいくのを見下ろしながら、ひどくつまらなそうにフリッツは嘆息していた。
大成功
🔵🔵🔵
メサイア・エルネイジェ
ごめんなすって〜!
お虫が街を襲ってると聞いて飛んできましたわ〜!
お駆除いたしますのよ〜!
ヴリちゃん!スカイルーラーで参りますわよ〜!
黒くてすばしっこいお虫ですわね!
お台所に出てくるアレみたいですわ〜!
ミサイルをシュートシュートおシュートですわ〜!
お射程の長さとおホーミング性で先制攻撃ですわ〜!
さらにガンポッドをバリバリお連射!
空気抵抗を受け難いということは!スピードを落とさず攻撃できるのですわ〜!
ぶっ放したらハイパーブースト!
加速して突っ込みますのよ〜!
近付いたらもう逃しませんのよ〜!
連続攻撃ですわ!
ヴリちゃんタックル!ヴリちゃん噛み付き!
ヴリちゃんクローでボロ雑巾にしてさしあげますわ〜!
真昼の戦場、その多くは海の青であった。
青が深すぎて太陽の光を受けてなお灰色に海面を照り返す。
『どうしようね。思った以上の数だよ、これは』
『下がりたければ、戦線を下げる申請を出すが?』
『マジで言ってる? いやいや、突撃先行大好きキーノさんにしちゃあ、弱腰ですこと』
『遊撃大好きな馬鹿が、余計な被弾でもしたかと思って、心配しちまったのさ』
海上に白波を立て滑るように移動するのは、ホバー仕様のキャバリア『Vn-15メード』に乗り込んだALOの者たち。
海上のプラントを中心としたバイパー都市を襲う虫のようなシルエットを持つセピド・オブリビオンを迎撃しながらも、口さがない喧嘩のようなやり取りを欠かさない。
彼女たちと、そして帰港する道すがらでオブリビオンマシンの迎撃に移った戦艦イーストレックスの戦力は、バイパー都市の防衛を担っていた大型キャバリア『ヴァルキリー』の助けとなっていた。
「リィレ、ビエネッタ……誰だか知らないけど、僕達を助けてくれるみたいだ……もうひと頑張り、だよ!」
疲労度を隠すこともできないヴァルキリーのパイロットの一人、ガリーは同乗する仲間に声をかけることで自らも奮い立たす。
都市防衛機能、戦艦の帰着、ALOの助力、そして猟兵たちの破格の戦力。それらを加味しても、尚、敵の勢力はその数で以て優位を得ていた。
その数はようやく目減りを体感するに至っていたものの、守りの要とも言うべきヴァルキリーの動きが精彩を欠き始めていた。
大型故の強固な装甲を持つスーパーロボットに、虫型のセピド・オブリビオンが組み付いてくる。
禍々しい黒いオーラが、細身ながら信じられない程のパワーを発揮して絡みついてくるのを、無理やり振りほどいてハルバードで両断するのだが、明らかに長柄を持て余すようにして体幹を崩している。
反応が鈍い。いや、機体はついてきている。ついて来ていないのは、自分の頭だ。
V-GIRLSの突出した奥の手の使用にも、ヴァルキリーは耐えられるだけの設計がされている。
限界を超えた反応速度、処理能力を十二分に発揮できるだけのポテンシャルを数時間は維持できるはずだ。
問題なのは、それを動かすパイロットがどう足掻いても先に壊れるということだ。
高すぎる余剰能力。その本領を発揮するのに、人の脳一つではとても間に合わない。
遠隔砲台『エインヘリヤル』がヴァルキリーの補助に回ってくれる。情けない。こんなことで、メインパイロットだなんて、他の二人に顔向けができない。
ガリーの心が負の方向へ傾こうとしたその瞬間、海原の彼方より接近する機影がアラートを告げる。
戦場の誰もが、それを見ずにはいられなかった。
空気を分かつかのような甲高い破裂音にも似たスラスターの爆音。
海面すれすれを航行するかのように飛翔するため、水飛沫がさながらに怪物じみたサメのヒレのように巻き起こる。
そして──、
「おーほほほっ!! ごめんなすって~!!
お虫が街を襲ってると聞いて飛んできましたわ〜!
お駆除いたしますのよ〜!」
黒い暴風が、翼の生えた恐竜のシルエットを伴い、高笑いと共にやってきた。
メサイア・エルネイジェ(暴竜皇女・f34656)の駆る『ヴリトラ』は、その特異なフォルムもさることながら、陸戦用と思しき恐竜のようなキャバリアに様々なアタッチメントを装着することによりあらゆる地形に適応する。
そのぴんと地面と平行に伸びた背部には、翼のようにフレキシブルに変形することで航空はもとより急加速や急展開を可能とするフライトユニットが装着されている。
直線飛行のために、身をすぼめ姿勢を固定していたヴリトラは窮屈そうにしていたが、戦場が近づくと、その暴力性を覆い隠せないかのように歯を剥いて戦闘態勢をとる。
全身が弛緩したかのような、手足のロックが外れたようにも見えたのは、武装の展開を意味していた。
腰部にマウントされた中距離対空ミサイルが、射程内と同時に発射され、ヴリトラの航行ルートから外れて煙の尾を引いて飛んでいく。
ざっと見たところ、セピド・オブリビオンの武装には重たいものは見られない。重火器の代わりに手にしているのは斧のような原始的な近接武器だけである。
武装が近接よりなのは、海上プラントの接収が目的なのだろうか。
そんなことなど、メサイアはこれっぽっちも考えてはいないが、その戦術眼はなかなかクレバーであった。
曰く、長い距離から一方的に殴れば強いんじゃね。
ミサイル、長くて、火力で、強い。その理屈と信頼に、十分応える形で、空中にひしゃげたような爆炎を描いて、セピド・オブリビオンは散華する。
加えて、激しい爆発と煙に紛れるようにして、いやそれを突っ切る勢いで灰色の空を疾駆する暴力の化身が、更に暴力を振りまいていく。
ヴリトラの前腕には空戦用のガンポッドが装着されている。
飛行用に空気抵抗を受けづらく流線型を描くその先端から放たれる銃火が、機体速度を落とすことなく金切り声を上げる。
さすれば、ミサイルの災禍を逃れたセピド・オブリビオンの機体を舐めるようにしてその装甲を蜂の巣に染め上げていく。
その威力はすさまじいが──、
「空気抵抗を受け難いということは! スピードを落とさず攻撃できるのですわ〜!
ぶっ放したらハイパーブースト!
加速して突っ込みますのよ〜!」
メサイアの言葉は、大胆不敵で、直接的。それがちょっとだけアホっぽいが、強襲としてこれほど鮮やかにきめられては、何も言う事はない。
シンプルなことはいい。わかりやすく、暴力を振るうことに関しては、戸惑いを薄くさせる。
その信頼に応えるかのように、ヴリトラは空中で咆哮を上げ【暴竜猛襲】を発動させる。
スラスター熱を灼熱させる爆音が更に激しく唸り、一瞬だけ身を捩るかのようにして空中に制止した暴竜が、次の瞬間には黒い影を引いて、まさに爆発的に加速する。
黒い暴風、まさにそう表現されるのが相応しいかの如く、今やそのスピードそのものがヴリトラの武器となった。
敵中に入り込んだその暴風を止める術を持つ者は、もはや誰も居なかった。
飛ぶ姿勢も、もはや考える必要もなく、たとえ首の付け根から体当たりしようとも、細身のセピド・オブリビオンの体幹を崩すのは容易で、そうなってはもう手遅れ。
「逃しませんのよ~、ヴリちゃん!」
激しく揺れる筈のコクピットの中でも、メサイアはむしろ煽るようにしてヴリトラに指示を飛ばす。
それに応えるかのように、爪牙を伸ばす。
『ア、ア、ア……』
装甲を引き裂き、食い千切った虫、その装甲の向こうから何かが聞こえた気もするが、おおよそそれは人のそれには聞こえなかったためか、それとも装甲のひしゃげた悲鳴と受け取ったのか。
海中に散っていくそれらに、興味を向けることは二度とは無かった。
ただただ激しく暴れまわる暴風を前に、
『戦線維持に切り替え、もうそろそろ、それも必要なくなるね。あれに巻き込まれないよう、都市と、それから大型を防衛するのに回って』
『あいよ、今回もお味方が頼りになるねぇ』
『あれがこちらに向かない保証は無い……待つ必要はなさそうだ』
ALOの迅速な対応もあり、破格の戦力を持つ猟兵たちと戦線を分かつことにより、同士討ちを避け、そろそろ戦闘はひとまずの落ち着きを見せようとしていた。
底なし沼のような物量戦から抜け出したところで、緊張の糸が途切れたヴァルキリーは、ついに都市の甲板に着陸するとともに膝をついたようだった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『水上機雷地帯を突破せよ』
|
POW : 機雷を破壊しながら正面から突入
SPD : 機雷を回避しながら素早く通り抜ける
WIZ : 機雷の薄いルートや、機雷を黙らせる策を考える
|
ざざ、とノイズのような音が聞こえる。
瞼を持ち上げるように意識を向けると、辺りはモノクロに染まった草原だった。
いや、これは小麦畑だろうか。それにしては一面が灰色に染まって見える。それくらいには、色がない世界だった。
自分の目がおかしくなってしまったのだろうか。
『いいや、ここはもともと、そういう心象なのさ。君と私とのつながりは、これくらいに稀薄なうえでしか成立し得ない』
気が付けば、小麦畑の上に、彼女は立っていた。
顔はよく確認できないが、その線の細さ、痩せ細った体躯は、頼りないながらに、どこか自分と似ているように思えた。
『私が誰で、どうして君と繋がっているかなんて言うのは、野暮な事さ。言わなくてもわかる筈。知っている筈さ。そうだろう。だって、私たちのルーツは同じで……何度も、これに頼り、押し流されて、生きてきた筈だろう』
ざざ、と小麦畑が波打つ。風に揺れる麦穂が生きている波のように、いや、麦穂だけではない。
平面に見えていた大地もがつられるように波打って、やがて立っているのも難しくなるほど大きく地面が波紋を打つ。
壁のように反り立つ麦畑が、大地が盛り上がって、ぼろぼろと耐え切れなくなった端から崩れていくと、巨大な鉄の巨人が姿を現し、彼女を伴っていく。
『怖がることはない。私たちは同じ──V-GIRLSだろう。そうさ、君は一人じゃない。私たちは、一つだ』
ざざざ、と壊れていく世界の中で遠ざかっていく彼女と、それを追う事の出来ない手が、所在なさげに浮かぶ。
麦穂の揺れる音を残しながら。
──system reboot.
Activation to the Victim Material Unit.
Initialize module... completed.
「ぐ、かはっ……あ、やっ、はっ、あっ……!」
泥中にはまり込んだかのように沈み込んだ意識から、ガリー・バイツは浮上する。
疲労困憊の肉体と精神、脳神経に、脊髄から注射された賦活剤により、酩酊状態にも似た衝撃からの浮遊感、そして恍惚とが、意識の覚醒と認識の書き換えを混濁の中で行っていた。
脳内がかき回されるような気分の悪さを、無理矢理に性的昂揚にも似た意識の濁流で混ぜこぜにしていく。
体液処理も行えるパイロットスーツの中で、ガリーはあらゆる体液を垂れ流し、それらを制御できないまま、己の意志と無関係に身体を跳ねさせる。
苛烈な戦闘行為を伴うシステムの運用は、アンサーヒューマンの脳組織に多大なダメージを与えることとなったが、彼女たちはもとよりそのように作られたマテリアルであり、肉体的なダメージを想定した上で設計され製造されている。
「う、あ、ああ……ん、ぁっ……」
最もダメージを負う事の多い生体部品である脳組織を庇護する頭蓋の中には、衝撃に反応して即座に硬質化するナノポリマーが常在し、システム運用に伴い深刻なダメージが生じた際には、投与される賦活剤と合わせて送り込まれる修復ユニットと共に脳組織のクリーニング及び、バックアップの焼き付けを行うプロセスが生じる。
「う、うっ……あ、あっ……」
痛覚の無い脳組織に対して情報の消去と焼き直しというのは、多くの混乱を招くものであるが。
多量に送り込まれる疑似的な脳内麻薬の作用により、多幸感の中で、彼女たちは復活する。
多量の汗と気怠さを残しながら、コクピット内の自動クリーンアップをぼんやりを見送る中で、だんだんと意識がハッキリとしてくる。
首後ろに繋がれたデバイスチューブが外れると、もう元通り、普通の人間の少女と何ら変わりない。
思考がやけにすっきりしている。戦いの中で無茶をした後は、必ず意識を失っては、こうして生まれ変わったかのような清々しい目覚めに見舞われる。
そのたびに何かを失っているような気がするのだが、それよりも先に、ガリーは使命を思い出す。
「そうだ! 僕達は、戦わないと! 今度の戦いでは、僕達に手を貸してくれる人たちも居る! リィレ、ビエネッタ! 二人とも、もういける!?」
「え、ええ……まだ少し、寝ぼけているのかしら、ドキドキしているけど……」
「……大丈夫、エインヘリアルはちゃんと動く。さっきより、調子がいいくらい」
「よぅし、ヴァルキリー! 今度こそ、僕達の大地を取り戻そう!」
先ほどまでの戦いの疲労などなんのその。希望を失わない限り、ヒーローは何度でも立ち上がる。
それを体現するかのように、ヴァルキリーは力強く飛び立つ。
その勇姿を見送る形のALOの面々は、Vn-15メードの機体越しに視線を交わす。
「急に元気になったみたいだ。ホントに、機雷地帯を超えるつもりらしい。……我々も後を追うつもりだけど、戦力を分けようと思うんだ」
リーダーであるリベレイターの提案に、側近の二人は顔を見合わせる。
「まだ連中を信用してないってこと? 分けられるほどの戦力なんてあった?」
「わざわざ提案するということは、私とリーンベルは、ここに残れということか」
付き合いの長いらしいキーノとリーンベルは、思うところはありつつもその提案を察していたようだった。
「我々の潜水母艦シーバットは魚雷なんて上等品は積んでないからね。もとから機雷地帯は荷が重いよ。
ここにはプラントもある。せっかくだから都市の護衛ついでに補給もやっておいてほしいんだ」
「ふーん、それって建前ですよねーリーダー。何やらせようっての?」
「調べてほしいんだ。彼女たち、ここのアンサーヒューマン、V-GIRLSのことを。どうも、単にヴァルキリーに乗るために調整されたという感じには思えないんだよ。
もう少し何か隠されているんじゃないかと思ってね。さっきの敵を見たろう?」
「サイキックで動いている虫型だったな。まさか、あれも同じV-GIRLSだと?」
「この国では、それが主流だったとすれば、おかしな話じゃない。ただ、我々と違う点は、より生体部品に近い、電池か、或は……戦闘AIのような扱いに見えるけどね。はたして、ヴァルキリーに乗っている彼女たちは、どう思うかな。だから……」
「補給するフリして、探ってこいってことね。オーケー……それはいいんだけど、リーダーはお一人で行っちゃうわけ?」
「私までここに居るのは怪しまれるからね。矢面に立たなきゃ。だから、今回はエッセとシボリーを連れていく」
潜水母艦の護衛に回っていた、比較的新しいVn-15が、リベレイター機の傍らにつく。
それらに搭乗するのは、双子と見紛うほど似通った白いアンサーヒューマンの少女たち。
「エッセ・ルスパカ、そしてシボリー・ボークフィールド。君たちにとって、ここが初めての戦場になるけど、無理はしなくていい。Vn-15は軽快なキャバリアだけど、巨神ほどの破格の火力は持っていない。深追いはせず、私の周囲についていればいい。何より、自分の生存を最優先する事。これを忘れないでね」
「場合によっては、貴方を見捨てる事になっても?」
「そう、君達二人なら、どこでも生きていけるさ」
「……見捨てられないよう、尽力しましょう」
物静かな双子に笑いかけると、警笛のような音とともに、バイパー都市から発艦する戦艦イーストレックスの船影が見えた。
それに連なるようにして波飛沫を上げて追従するリベレイターたちを見送り、リーンベルたちもまた手信号を送る。
「陸の事はお任せして、こっちはこっちで、仕事をしましょうねー。車庫入れは任せたよん」
「……やれやれ」
そうして猟兵たちも、大陸を目指して出発しなくてはならない。
殲術再生弾は、未だ本国を占領するキャバリアの手にある。それを叩かぬ限り、バイパー都市の危機は去らないのだから。
ユリウス・リウィウス
機雷の海、なあ。それもあのサイズのか。
血統覚醒で漆黒の翼を生やして、対空砲火が来ない程度の海面近くを渡っていけば簡単そうだが――仕掛けた側だってそれくらいは想定してるよな。資格情報を取得して起爆するものもあるかもしれない。
目視できる機雷だけでも観察し、起爆する兆候がないか確かめながら、爆発前に突っ切ろう。
こういう動きは、一瞬で地平線の果てまで行っちまう面子には向かないだろう。俺の後ろを爆発の列が続いてくるわけだ。精々派手に弾け飛べ。
裏で何が動いてようが関係ないさ。あの孤軍奮闘してた奴はちゃんとついてきてるか?
さあ、もうすぐ本土だ。決戦の時間だぞ! 頼りにしてるからな、なあ、おい。
なんと生気の無い海だろうか。
深い青が、視界の先に海平線を緩やかに弧を描き、その雄大さは感じるものの、白波の奥底を灰色に照り返す海の無感動な事には、ユリウス・リウィウスは、さながらに灰の海を思わせた。
暗闇の地底世界出身の身としては、広大な海というだけで中々に貴重なものの筈だが、このクロムキャバリアという世界に幻想は夢見るものではないのかもしれない。
ごうごうと風を切る音。
その背中には蝙蝠を思わせる皮膜が生えている。
ユリウスはダンピールであり、その身には忌まわしいヴァンパイアの血統があるという。
その血を呼び起こし、【血統覚醒】により彼の者の能力の一端を再現すれば、この無機質にすら思える海原を超えるのにも文明の利器を用いることもない。
日照りの中を飛翔するヴァンパイアといえば、ややもするとデイライトウォーカーと崇められることもあるかもしれない。
しかし、ダンピールという出生は、必ずしも万能の存在とは言えまい。
生き血と闘争の渇望は、人の理性には抗いがたいものがあり、長らく戦場にいたことも手伝い、ユリウスの精神を蝕むものである。
この海平線は、ユリウスの心そのものであるかのように乾いている。
いささか感傷的になっていたろうか。
孤軍奮闘していたあのキャバリア、ヴァルキリーといったか。あの絡繰りを操るのは、どうやら年端もゆかぬ少女であるという。
子供を戦場に駆り出すなど、正気とは思えぬが、それが紛争続きの世界ともなれば日常なのだろうか。まったく世も末である。
「ほう、あれが件の、機雷地帯というやつか。どういう仕組みだ?」
無骨な黒騎士であるユリウスに機械知識は基本的なもの程度だが、海上にゆらゆらと黒点のように浮遊する機雷の数々には、思わず前進を止めて布陣を眺めようと迂回するようにカーブしつつやや高度を上げてみる。
「機雷の海なあ。それもあのサイズのか」
考えてもみれば、対人兵器などではなく、艦船やキャバリアの侵入を阻むために敷設された機雷群は、小型艇程度の規模があり、接近するのも憚られる。
これが爆発すれば、生身ではひとたまりもあるまい。
猟兵ならば気合で通り抜けるかもしれないが、その先の戦いを思えば、不用意に手傷を負うリスクは避けるべきだろう。
遠目にしばらく観察してみるが、あまり時間もかけられまい。
ヴァルキリーが来てしまえば、連中は気合で通り抜けようと無茶をするかもしれない。
自分一人なら、海面すれすれを対空砲火を縫って通り抜ける事も可能かもしれないが、
「──いや、これだけ大規模に仕掛けているんだ。それくらいは想定する、かな?」
視覚情報ないし、何らかの感知器は当然備えてあるだろう。機雷とはそういうものだ。
サーモセンサー、動体センサー、艦船のスクリューやフローターなどに反応する音響センサー……もしくは、普通に超音波を用いたレーダーが相対距離を割り出すベーシックなモデルかもわからない。
何はなくとも、通り道の一つでも残しておいた方が、後続が便利になるはずだ。
「ついてこいよ。でなきゃあ、ただのお祭りになっちまうからな」
慎重に距離を詰め、機雷の敷設範囲、その間隔のなるべく広い位置を通り抜けようと試みるユリウスだったが──、その頬にピリッと何かを感じる。
電磁波のような干渉を感じた瞬間、舌打ちを漏らし、思い切り加速する。
果たしてそれは、相互に干渉し合い、電気の流れが途切れた瞬間に異常を検知して作動する仕組みだったようだ。
どうっ、と激しい衝撃、空間の爆ぜる音、それを尻目に連鎖爆発が追いかけてくるのを、どうにか突っ切っていく。
「っは、こうなったもう、止まれやしないな!」
心臓に悪そうな爆発音が迫るのも、どこかスリリングなアトラクションのように、ユリウスは口の端に笑みを湛える。
せいぜい派手に弾け飛ぶといい。
どこか鬱々としたあのバイパー都市を取り巻く、ねっとりと気味の悪い空気よりかは、激戦の空裂の最中に居るほうがいくらか爽やかな気分に居られるような気がした。
必死の中に在っては、余計な事を考えずに済む。
「裏で何が動いてようが関係ないさ。あの孤軍奮闘してた奴はちゃんとついてきてるか?
さあ、もうすぐ本土だ。決戦の時間だぞ! 頼りにしてるからな、なあ、おい」
爆発の中で、ユリウスの声は届いてはいまい。
だが、無事でいてもらわねば困る。
話によれば、殲術再生弾とやらは、キャバリアを巨大化させると聞く。
ただでさえキャバリアに乗り付けないユリウスは、あの絡繰り人形連中に体格の不利を喫する。この上さらに巨大化までされてしまったら、刃物も死霊術も、どこまで有効なものか。
いずれにせよ、ヴァルキリーの巨体が正対する意義は大きかろう。
熱い風に押し出されるようにして、目の前に迫る無機質な陸地を目指し、ユリウスは飛ぶ。
大成功
🔵🔵🔵
フリッツ・バーナー
目当ての殲術再生弾にせよ、彼女らの生産ラインにせよ、あるいは……蟲型機の中身にせよ、件の都市を押えてしまえば自ずと詳らかになる事だ
引き続き露払いは任せておきたまえ(善人のふり継続中)
プレゼントの包み紙を開ける直前のような浮き浮きとした高揚感
期待が高まっていくのと同じように、機体内部の『ODE/AN-DIE-FREUDE』が緩やかに励起していく
さあ、
主演女優のお通りだ
道を開けたまえ
口腔が開かれ、前方へ指向された衝撃波が放たれる
衝撃波による爆破でもって機雷群を掃討するとしよう
最低限、安全に通れる道筋を拓ければそれで良い
完全な撤去は後ほど別契約で請け負うと言うのも手だ
クゥ・クラウ
アインベルに搭乗。
UC【名無し男は手を伸ばす】
艦隊に先行して海上を飛行する。ゲイザーも飛ばして広い範囲を観測して浮上している機雷を見つける。《索敵》
海中に設置されている機雷は船のソナーのほうが有効だと思うから、相手に許可を取ってデータリンクを形成して連携、情報を共有する。《ハッキング》
『失礼するよ』
AIのジョン・ドゥがあいさつする。
作戦とは関係の無い私語は控えるべきなんだろうけど、ヴァルキリーに通信をつなぐ。
「アナタたちは、何のために戦っているの?」
もともと、そう望まれて作られた。だけど彼女たちはそれだけじゃなくて、もっと大切なもののために戦っている。それ何なのか知りたいと思った。
航行の速度でいえば、艦船よりも飛ぶ方が遥かに速く、足並みを合わせるなど土台不可能である。
まして、司令塔の役割を担うという戦艦イーストレックスが最前線に出るのは危険が大きすぎる。
そういうわけで、本土上陸を目前に、艦船の一切は帯状に敷設された機雷群のポイントに差し掛かる手前で立ち往生を余儀なくされる。
空中から海上、海中にまでご丁寧に道を封鎖するようにおびただしい黒点が、膜を作っている。
機雷地帯の全撤去は難しかろう。
その数は多く、砲撃などを多少加えたところで誘爆を狙えるのはごく一部。加えて、ある程度の密度を常に維持しているということは、半自動でどこかから定期的に補充されていると見ていい。
それが海中か、それとももっと別の……たとえば、本土のプラントから増産されて運ばれてくるならば、いくら壊しても時間の無駄かもしれない。
「こうなったら、破壊しながら一点突破……!」
「それだと、ヴァルキリーだけが先行することになる。一機で戦い抜けるの?」
「でも……!」
逸るガリーは、ヴァルキリーに搭載されたロングライフルを兼ねたハルバードを構えるのだが、それはあまりにも独断専行が過ぎるというもの。
気持ちが逸るあまりに向こう見ずな戦法をとろうとするのを、リィレが引き留める。
意見が割れる最中に、その巨体をすり抜けるかのように、二体のキャバリアが先行する。
艦船、そしてヴァルキリーに先んじて機雷群を前に猟兵たちのキャバリアは、その威容を前にそれぞれの手の内の一端を披露するのだった。
『赤髪の友は、どうやら隠密航行も可能なようだが、お忍びでというつもりはなさそうだよ』
「あの機体なら、仮に無茶をしたって、押し通ることもできそう。でもこっちには戦艦も控えているわ」
『つまりは、エスコートに手を貸せと暗に言っているわけだな。恩着せがましいな』
「目的は一緒の筈。そこまで言うのは、そう……下衆の勘繰り」
クゥ・クラウの駆るアインベルに電子メッセージの形で協力を申し出てきたのを、支援AIのジョン・ドゥと共に吟味する。
慇懃な文面で寄越された申し出に、不利益を感じさせるものは一切ないのだが、彼──フリッツ・バーナーとその機体バルバロッサの纏う空気というのか、言い知れぬ不穏さをひしひしと感じるのは、クゥのアインベルがサイキックを動力としているせいだろうか。
味方である以上、同士討ちはあり得ないとわかってはいても、レプリカントのボディの奥底、性根とも言うのだろうか、何かが彼を完全に信用するのは危険と告げていた。
猟兵とは、そういった危険性をはらむ者が多いのかもしれない。
自分もまた、同じほどの脅威になり得ることも同時に思うが、今は仕事仲間には違いない。
粛々と、クゥはコンソールを開き、偵察ドローン『ゲイザー』を発進させる。
アクセス範囲の枝葉を伸ばすのは、他ならぬジョン・ドゥに働いてもらうためだ。
「入れそう?」
『もちろん、お安い御用さ』
鷹揚に応え、そうして【名無し男は手を伸ばす】。
コンタクトをとるのは、当然、目の前に広がる機雷群を制御するプログラムである。
同時に、外部通信許可を問うアナウンスが出る。相手は、戦艦イーストレックスである。
『海中となると、船のほうが広い目を持っている。許可は取ったほうがいいだろう?』
「私がやるのね」
『何事も、女性の方が受けがいい』
「余計なこと言わなくていいわ」
そうしてイーストレックスの音響ソナーにも入り込む許可を取り、本格的に、ジョン・ドゥはハッキングを開始する。
『失礼するよ』
機械制御という相手に、ジョン・ドゥは殊更に強く出られる交渉力を発揮する。
尤も、自己主張のあまり得意でないクゥと比べれば、対人でもそれは発揮されるかもしれないが。
「……ふむ、やはり、電子戦が得意と見た予想は、外れなかったな」
レーダーをちらりとコクピットの中で一人見るフリッツは、鼻を鳴らしてその手際に内心で賛辞を贈る。
冷酷無比な戦闘機動は、いっそ機械的ですらあった印象だが、バルバロッサが拾える限り回収した戦闘ログの中には会話のようなものもあったことから、かのキャバリアには電子戦も可能なほどの優秀な戦闘AIが搭載されていると踏んでいたが、間違いではなかったようだ。
おそらくは、多くの戦場を渡り歩いた歴戦の傭兵か、それともただの殺戮マシーンか。
いや、そんなことはどうでもいい。
予想通りに動いてくれることには、都合がいい。
目当ての殲術再生弾にせよ、彼女らの生産ラインにせよ、あるいは……蟲型機の中身にせよ、件の都市を押えてしまえば自ずと詳らかになる事だ。
レーダーから計り知れるのは、機雷を示す反応が、急速に危険信号を消し、ひとりでに移動して道を開けていく情景だった。
だが、武器商である彼は、それにも限界があることを知っている。
「気を付けたまえよ。こういう兵器は、往々にして連結プログラムを組んでいるものだ」
『その通りだミスター。ハッキングでできるのは、僅かばかりの取っ掛かりを作るだけ。物量の前には、どこかで力任せが必要になるものさ』
フリッツが忠告するまでもなく、ジョン・ドゥはハッキングのみで道が開けるわけではないことを看破していた。
機雷を無効化するにしても、支配権を奪うにしても、機雷群は相互に繋がっており、電子信号を送り合っている。
陣形を組み、距離を保ち、相互に監視し合う協力関係にあるため、偽装プログラムを流し込んで陣形を操作するにしても、それこそこの海域すべてを飲み込む勢いでハッキングでもしない限りは、完全に騙しとおせるわけではない。
さすがのジョン・ドゥであっても、規模に対してアインベルの探知の外側にまで無線で乗り込むのは不可能に近い。
では、どうするのか。
考え方を変える。
彼らを従えるのではなく、一部の目を封じるだけでいい。
後に残るのは、探知能力失った空飛ぶ爆弾の区画のみ。何をしても異常を検知はされないが……、
「こちらの出番というわけか。いいとも。引き続き露払いは任せておきたまえ」
『……』
わずかに喜色を滲ませるフリッツは、揉み手をほぐして操縦桿を握る。サイボーグ義体として同化しているも同然の状態でその表現が適切かどうかはともかくとして、とにかく、残すは無反応となった機雷を吹き飛ばすだけの作業が残っているのだ。
お膳立てをされたようで恐縮だが、しかし、いかなる時であっても、力を惜しみなく振るえる瞬間というのは、高揚を隠せぬものがある。
年末にプレゼントを贈られた子供が、その包装を嬉々として剥くように、期待感がバルバロッサに纏う真紅のエネルギー『ODE/AN-DIE-FREUDE』を励起させる。
「さあ、
告えバルバロッサ。
主演女優のお通りだ。道を開け給えよ」
機体の口腔部が展開し、さながら【鳥の詩】を紡ぐがごとく、衝撃波が指向性を以て放たれる。
爆破の振動検知は、周囲の機雷にアラートを発し、爆破地点に急行するのがこの手の帯状敷設兵器の常であるが。
「見事な掌握ぶりだ……目移りしてしまいそうだ」
仕事中によそ見は厳禁とばかり、フリッツはあっけなく事が進む心地のよさに心中で肩を竦めつつ、目の前の仕事をこなすことへと向き直る。
思いのほか、必要最低限の仕事で済んでしまったが、全撤去でも全く構わない。その場合は、別途料金を請求すれば無駄がないが……。
商売っ気を出してしまうのは、悪い癖だ。
『予想通りのエスコートっぷりだが、やはり、なんというかな……紳士的が板につきすぎているきらいはある。うん? シャレではないからね?』
「……それより、ちょっと通信を繋いでもいい?」
『ほどほどにしたまえ。今は戦闘中だという事を、忘れてはいけないよ』
「わかってる」
この状況でもウィットを忘れないジョン・ドゥに閉口しつつ、クゥはひそかにヴァルキリーにコンタクトを試みる。
通信傍受のリスクは可能な限り避けた上での暗号通信だが、果たして反応はあった。
『貴方は、猟兵の?』
「ええ、私はクゥ……ちょっと、聞きたいことがあるの」
周囲で機雷がけたたましく炸裂しているのは、この状況下においては都合がいい。
「アナタたちは、何のために戦っているの?」
『え?』
「もともと、そう望まれて作られた。だけどそれだけじゃなくて、もっと大切なもののために戦っている。違う?」
通信の向こう側で、作られた者たちの息を呑む気配があった。
それは、パイロットというよりかは、年頃の少女のそれと同じ気配があった、ように思えた。
『……きっとね。僕達は、何度も忘れてる。ヴァルキリーに乗るたびに、そうなるのをわかってるんだけどさ……もしかしたら、そういう刷り込みなのかもしれない。だけど、そうだな……』
爆発の中で途切れ途切れではあったが、ガリーは淀みなく、確信を胸に秘めているかのように答えた。
──それが、自分たちの運命なのだ、と。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
メサイア・エルネイジェ
はっ!いま思い出しましたわ!
わたくしもアンサーおヒューマンだったのですわ!
わたくし解放されてしまいますわ〜!
お機雷がたくさん浮かんでおりますわねぇ
わたくしお機雷はお嫌いですわ〜!
でも心配ご無用ですわ〜!
海の上を飛んでいれば関係ございませんのよ〜!
わたくし一般通過お姫様ですわ〜!
あちらのお船もお飛びになられたらよろしいのですわ〜!
ん?飛べませんの?
それは困りましたわねぇ
そうですわ!
お機雷は!爆発すると無くなるのですわ〜!
わたくし天才ですわ〜!
ちょっとお船に足場になってもらいますわよ
ヴリちゃん!滅亡の千光をおチャージするのですわ!
じっくりおチャージしてからぶっ放すのですわ〜!
お機雷は全滅ですわ〜!
海面が銀色に見えるほどのよく晴れた海は、いっそのことスクラップを敷き詰めたかのような様相であった。
当然そんなことはないのだが、百と余年、紛争の収まることのないこの世界に蔓延るこの空気は、どうにも世界を無機質に見せてしまうものであった。
かつては戦闘機が空を支配していた時代、それら機体はその多くを海面と同じような青灰色に塗装して見づらくしていたとも聞く。
それは、戦艦イーストレックスも同じようで、海面を割って波を立てるその姿は、陽の光に当てられていっそカーキ色に染まっているようにも見えた。
どうでもいい話だが、ファッションと軍事で、カーキ色に若干の認識の相違があることをご存じだろうか。
勇壮な船体、対キャバリア戦を想定したかのような正面装甲を増設したような船首の突き出たような一風変わった艤装などに目を奪われていたメサイア・エルネイジュは、その長大な複合金属の塊が船足を緩めたのを感じ取った。
低空を飛翔するヴリトラは、本来怪獣映画さながらの度肝を抜くような飛行速度を観測するのかもしれないが、逆に言えば数十トンにも及ぶキャバリアを飛ばすためにはある程度の速度を出さねば飛行が成立しない場合がほとんどである。
にも拘らず、海水という抵抗値の高い障害をの越えるように移動する船に高校スピードを合わせられるのは、不可思議としか言いようがない。
翼竜を思わせる航空用スラスター及びスタビライザーの可変翼は、もはや趣味としか思えぬほどの空中機動を可能とするのだろう。
そもそも怪獣で空を飛ぶというのがロマンなのである。
閑話休題。
しかしさて、船が足を止めたのにも、嘶くように喉を鳴らすヴリトラに促される形でレーダーを注視したメサイアはようやく合点がいく。
バイパー都市を拠点としている、というより追いやられた彼等が本土と呼ぶ陸地はもう目前といってもいい。
カメラ越しでならば、いくらかズームアップをすれば海岸線を確認することも不可能ではない。
が、それを阻む形で、無数に膜を作り上げるかのように聳える浮遊機雷の黒点が、視覚的にも質量反応的にも展開している。
そのために、彼らは足止めをされざるを得ない。そして、これらこそが、彼らの本土上陸を阻んできた原因の最たるものであろう。
「お機雷がたくさん浮かんでおりますわねぇ。
わたくしお機雷はお嫌いですわ〜!
でも心配ご無用ですわ〜!」
こんなもの、飛び越えちゃえば万事オッケーだわよ。という具合に、メサイアは高度を上げようとするのだが、どうにもヴリトラが渋る。
これ以上、高くを飛ぶのはリスクが大きいとしているのだ。
海上、海中のみならず、空域にまで浮遊している機雷を常備するとは、念の入ったことだ。
『さて、これをどうやって越えようか。一見すると、キャバリアが通り抜ける程度の隙間はありそうな感じだけど……』
何者かの通信が漏れ聞こえてくる。おそらくは、一般チャンネルを用いての相談、というよりかは注意勧告なのだろうか。
『何らかの電磁波で相互にデータの送受信を行い、適切な距離を維持しつつ、領域を見張る役割を担っているものかと……識別反応に無い者が通り抜けようとすれば、即座に反応すると見たほうがいいのでは?』
『そうだろうね。そして異常を検知したら、それも即座に反応して隙間を埋めるなり──、もしくは近づいてきてドカンだ』
『我々だけで突破が可能なんでしょうかね?』
『すでに抜けていった人たちもいるだろう。そう言うのを期待しているんだよ……それだけ、彼等には打つ手がが無かったと見るべきか、それとも単に他力本願なだけかな?』
どうやら話をしているのはALOの者たちらしい。
遠回しにメサイアの出方を伺うかのような気配を感じなくもないが、彼等もまた、猟兵の存在がなくとも何とかしてこの機雷群を突破する算段があったのだろうか。
「ふむー……さくっと飛び越えて、わたくし一般通過お姫様ですわ~! と行きたかったところですのに。
そういえば、こちらのお船は、空をお飛びやがりませんのよね~」
困りましたわねー。などと奥歯の痛そうなポーズをとるメサイアだったが、空を飛べる艦船は割と稀である。
波動砲を積んだあれとか、バグ利用で8倍スピードも出るNチラス号とかのほうが大概おかしいのである。
だがしかし、そのように期待をされてしまうと応えてしまいたくなるのが王族メンタルと言うもの。
ようは、船が通れるようにすればいいのだ。
「そうですわ!
お機雷は! 爆発すると無くなるのですわ〜!
わたくし天才ですわ〜! ヴリちゃん!」
いいことを思いついたとばかりに、ポンと手を打つメサイアは、周囲を見回し、足場にちょうどよさそうな戦艦イーストレックスの船首装甲版に着艦許可を取る。
特に返事は待たず、ヴリトラを着地させると、ちゃきちゃきとせっかちさんのように、脚部姿勢制御ユニットが関節を固定化し始める。
あっ、と何かを察した者たちは、その時点でヴリトラから距離を取る。
狂暴な牙の生えそろうヴリトラの口腔がぐあっと開かれると、大きな砲口が伸びる。
収束する光が、これから巻き起こすであろう騒動を想像させるに難くない物騒なチャージングを周囲に響かせると、察しの悪い者たちも、いよいよ覚悟を決めて対ショックを勧告、衝撃に備える。
「ヴリちゃん! ジェノサイドバスター、拡散放射ですわ!」
じっくりチャージからの、その砲口から喉の周囲にまでばちばちと電荷が迸る莫大なエネルギーが、目前の無数の黒点へと解き放たれる。
眩いばかりの輝き、計器が一瞬ノイズを走らせるほどの衝撃と波動、そして目に明るいとするには直視するのも憚られるそれは、まさに【滅亡の千光】と称するに相応しい、放射状に放たれる光線の束であった。
それら光線を受けた機雷群は、さながら風にあおられる風鈴のように、ふらりと荷電粒子光線の撃ち抜かれてやや勿体ぶるような遅延の後に盛大な爆発を上げる。
無限に攻撃対象が増加するという光線の束は、機雷が追加補充されるのも構わず、それを上回る勢いで次々と目の前を塞ぐものから片っ端に打ち抜き、爆発させていく。
「おーほほほ、お機雷は全滅ですわ~!」
『モナキン艦長、きりがない。このまま船を進めたほうが、たぶん早い』
『しかし……』
『目的は、機雷の全滅じゃないでしょう? 彼等の出鱈目な力に付き合って、余計な仕事を増やすおつもりですか?』
『む、わかった! 徐々に船足を上げる。あのキャバリアのパイロットにもそのように通達せよ』
今まさに目の前で目を焼くほどの光景を目の当たりにしながら、ALOの代表リベレイターのみが、最も早く状況を飲み込み、応じて見せた。
その判断力は、さすがあちこちの国を敵に回しているというだけはあるのかもしれない。
そういえば、彼女たちの目的はアンサーヒューマンの開放だというが……。
「はっ! いま思い出しましたわ!
わたくしもアンサーおヒューマンだったのですわ!
わたくし解放されてしまいますわ〜!」
『我々は、自由意思を尊重しているつもりだ。君ほど自由なアンサーヒューマンは見たことがないよ』
ゆっくりと機雷地帯を航行しつつ、未だに光線を吐き出し続けるヴリトラを乗せたままの戦艦イーストレックスの甲板上は、おびただしい爆発音の渦中にあったが、リベレイターの漏らす言葉に呆れが混じっているのは、不思議と良く聞こえた。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『時激装快タンサンダー』
|
POW : 冥乱総打
【拳から衝撃波】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD : 災弾
【右腕から放たれる強酸】が命中した箇所を破壊する。敵が体勢を崩していれば、より致命的な箇所に命中する。
WIZ : 光羅
【光り輝く左腕】で近接攻撃し、命中した部位ひとつをレベル秒間使用不能にする。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
様々な手法、いやそのほとんどが力業を伴うものであったが、プラントを利用したと思われる無尽蔵の浮遊機雷地帯を、バイパー都市とALO、そして猟兵たちの力もあり超えることができた。
しかしながら、その先にようやく本土へと赴いた一同を待ち受けていたのは、地元に根差す者たちの熱烈な歓迎などではなかった。
人など、その影すらなかったのだ。
『ここから先は、通信による支援くらいしかできないが、艦砲射撃の届く範囲でならその限りではない……この様子では、町の被害などと贅沢を言ってはいられまい。それに、住まう者ももはや居るまい。気を強く持て、みんな!』
「は、はい!」
戦艦イーストレックスから再び飛び立つV-GIRLSたちの駆るスーパーロボット『ヴァルキリー』。その勇姿が見下ろす光景は、かつては人々の営みがあったであろう町々、それを模したかのような、いや、上からアルミホイルでもかけて押し潰して型を取ったかのような金属のオブジェにしか見えなかった。
これが人の住まう町なのだろうか。
どれもこれもが、彼女たちの記憶の中、正確にはバイパー都市で見せてもらった映像記録とは異なる情景ばかりだった。
「こんな、こんなことって……! これが、機械帝国のやることなの!?」
小さく悲鳴のような声を出すヴァルキリーのメインパイロット、ガリー・バイツ。
その声色に怒りを滲ませる、その感情はきっと間違いはないのだろう。
それだけに、彼女たちの様子を観察しながら周囲の警戒に当たりつつ、プラントの位置を知っているであろうヴァルキリーに追従する形で町々にホバーの音を響かせるALOの面々は、ひそかに届けられたデータを見やり口を噤む。
データの送り主は、バイパー都市に残してきたリベレイターの側近たち、リーンベルとキーノによるもの。
彼女たちは、仕事をこなしたようだ。
拠点にしている潜水母艦から大きく離れることとなったため、音声通信は難しいして取りまとめたデータのみだが、肝心の場面には間に合ったらしい。
そこに記載されていたものとは。
『やあ諸君。招いていない客もいるみたいだけど、私の帝国にようこそ! V-GIRLSの皆さん、共々歓迎するよ』
「私の……?」
目標物は、果たしてすぐに見つかることとなった。
もともとは町のランドマークのようなものだったのだろう。中央に塔のようにそびえる建物こそが、プラントにおそらく違いなく、そこから街々を覆うようにして敷き詰められたアルミホイルのような金属のヴェールが放射状に広がっているようだった。
ここはさながら、潰れたボウルのようでもあり、鋼のような何かで覆われていても尖塔のようにただ一つ目立つプラントを守るようにして出撃してきたキャバリアが、恭しく空中で挨拶する。
そのパイロットこそが、恐らくは、今回の騒動、いや、機械帝国なるものを作り出した存在なのだろうか。
いち早く反応したガリー、ヴァルキリーに、輝く緑の装甲を持つスーパーロボット『時激装快タンサンダー』は、その頭部をぐりん、と向ける。
「そうさ。私の帝国だ。この国はサイテーだ。クソだった! だから、戦争のついでに隣国と一緒に滅んでもらうことにしたんだよ! 隣の国を欲しがるあまり、私たちを作って利用したクズどもは! 辛くも勝つことができたんだよ。おめでたいだろう? お陰で国力はダダ下がり。国とも言えないようなこの井の中の蛙みたいな都市を守るための防衛軍だって、紙くず同然だったんだよ。私たちが居なけりゃ、先立つものすらなかった!」
機械帝国の帝王とも言うべきタンサンダーのパイロットは、息を切らす勢いで捲し立てる。
とても正気とは思えないが、その口ぶり、息遣いから察するに、彼女自身は『機械』ではないのだろう。
「それじゃあ、まるで、君もこの国の人間みたいじゃないか。自分で、国を滅ぼしたっていうの!?」
『人間か。簡単だったよ。まさか、自分たちが顎で使ってた道具同然の兵隊が、まさか裏切るなんて思わないもんねぇ? あいつら、私たちを人間だと思っちゃいなかったんだよ……君たちも知ってるだろう?』
「あんたになんか、会ったことない!」
『何度も呼び掛けたじゃない。同じV-GIRLSのよしみでさ』
「えっ
……!?」
『知っているさ。何故なら、私たちは一つだからね』
「何を言って……」
狼狽えるヴァルキリーに向かい、タンサンダーはその指先を器用に己の頭部へ向け、こつこつと突く。
『何度記憶が消えた? どれだけ弄繰り回されたんだ? 私は覚えちゃいない。数えきれないほど、忘れては必要分だけ新たに焼き付けられた。繰り返し、何度も、何度も! モジュールのログをチェックしたことは? 何気ない事に既視感があったりは? 私たちはねぇ、何度も何度も、見てきたよ。忘れたまんま戻って来れなくなったやつをさ。そのキャバリア、コクピットにもさぁ、付いてるんでしょう? イニシャライズプラグが! そうでもしなきゃ、負荷の大きいシステムをまともに使えやしないんだろう?』
町が震える。建物がびりびりと波打つかのような、それはただの剣幕というだけの、兵器でも何でもないものだったが、戦闘兵器に搭乗しているガリーたちを圧倒するに足るだけの情念だった。
タンサンダーのパイロット、帝王、その名を知る由もないが、彼女は間違いなく、ガリーやリィレ、ビエネッタと同様に作られたアンサーヒューマン、V-GIRLSの一員に他ならなかった。
おそらくは、この国によって、兵器の部品として、高度な装備を扱いきれる便利なパイロットとして、従順な存在として、国防、道具として……そうして作られた一人に過ぎなかったのだろう。
『それで、君たちの記憶は本物か? 君たちの関係は、本物か? いつ出会った? いつ関係を育んだ? どこで生まれ、誰に育てられた? 純真そうな女の子が、気が付けば、軍人の顔しか覚えていないんじゃないのか?』
「でも、それが……僕達じゃないの!? 人々を守るために」
『ああ、そうだったねぇ。ヴァルキリーなんてものに乗ってるから、勘違いしちゃった? 私たちは、
戦女神なんかじゃない。
犠牲者なんだよ。奴らの為の、犠牲! Victim-GIRLSなんだよ!』
そうして、今度こそ、ガリーたちはキャバリア操縦に必要な一切を行えなくなる。
脳裏をよぎるのは、いつも、システムの過負荷の後に流れてくるアナウンス。
そこでいつも、聞いていた筈のメッセージは、自分たちの信じるものの名前とは異なるものであることに、浅からぬ疑念はあったのだ。
常人とて廃人同然になってしまうようなシステムを扱える、その代償を、電池のように補えるとするならば、倫理観を犠牲に、それを為してしまえるのならば。
彼女たちは、その成果物であり、事実として
勝利をもたらした
戦女神であり、同時に
被害者でもあるのである。
信じたい。間違いはない。しかしながら、そう思う自分自身を構成する記憶は、果たして信用に足るのか。
「ご高説は結構なことだがね。彼女たちは、それほど、君と同じかな?」
『お前も……作られた存在なんだろう? こそこそと、私たちの事を調べていたみたいじゃないか。答えは出たんだろう?』
「これでもアンサーヒューマンの自由を目標として活動している、まあ実際のところはテロ屋でね。たしかに、君たちの作られた経緯を鑑みれば、それは許されざる所業だね。君の抱く怒りも尤もだ。それがこのような暴挙を生んだとしても、我々が攻められるような事は無い。当然の怒りと思う」
ヴァルキリーを守るように、三体のALOキャバリア、Vn-15が前に出る。
敵に同調するかのような物言いの割には、その行動はあくまでも敵対的だ。
「ただ、聞いておきたい事があってね。彼女たちV-GIRLSが使命や役割なんてものから解放されるなら、それを邪魔する事なんてないんだけど……どうも、君の狙いはそうじゃないように思えてならないんだ。あくまでも、君の本懐を遂げるために、ガリーたちもろとも血で購おうっていうのなら、我々ALOは君の友人にはなれない」
『……やっぱり、よそ者とは、意見が合わないなぁ?』
「残念だよ」
戦いの気配、それをつぶさに感じ取ったALOは、示し合わせたようにヴァルキリーの巨体を引きずって退避を試みる。
タンサンダーはそれを追わず、プラントから射出された巨大な砲弾のような物体を空中でキャッチする。
おそらくはそれこそが、最終兵器『
殲術再生弾』なのだろう。
ややもすると、巨大な清涼飲料水のようにも見えてしまうそれを、タンサンダーはあろうことか、自らのコクピット、胴体部に撃ち込んで同化する。
『お、お、お……逃がすものか! 今ここに、バイパー都市の戦力は、集っている! ここで、すべて破壊すれば、私たちの勝ちだ!』
めきめき、と、美しい緑の装甲が見る間に歪み、肥大化していく。
オブリビオンマシンによって歪んでしまったのか。それとも、戦いの中で荒んでいってしまった一兵士のままなのか。それはもはや、確かめるすべはない。
『殺してやる。殺してやるぞ……私たちの記憶を奪っていった奴らは、みんな、その血の一滴すら、消し飛ばしてやるんだ! 許さぬ、絶対に、許されない……!』
面影を残しながら、何倍にも情念を膨らまし、それを吸い込んでしまったかのように巨大化してしまったタンサンダーは、その顔面から機械油を溢れさせる。
それはさながら、無念の涙を流しているようでもあり、もはや機体ごと破壊してしまわねば止まらぬほどの気迫を思わせた。
100mに届こうとするこの怪物を止める術は、もはやそれしかない。
或は、この機体を怪物と為さしめている情念を揺るがす事ができるならば。
或は、意気消沈してしまった味方を奮い立たすことができるならば、この過酷な戦いを有利に進める事も可能かもしれないが……。
猟兵たちのその比類なき力で以て、この戦いに終止符を打つもまた、定められた自由の範疇である。
クゥ・クラウ
思考を加速させる
《瞬間思考力5、限界突破2》
観測機ゲイザー射出。周辺状況のマップを形成。建物を盾にするように飛び移りながら攻撃を凌ぎ、機を窺う
ガリーたちに通信を繋げる
何のために戦うのかと訊いたとき、アナタたちは運命だと言った
それが刷り込みかもしれないけれど、それでも……って
なんど記憶が消えて、焼き直されも、変らずに残り続けた何かが……信じられるものがあったんでしょう!?
『イーストレックス、聞こえているのだろう? 彼女達に言うべき事があるんじゃないのか?』
AIのジョン・ドゥが言う。
地形を利用して敵の死角を突く。
UC【召喚兵器『雷霆』】。空間の裂け目から巨大な砲身を引き抜き、構え――トリガーを引く
模型でできたジオラマに、分厚い敷布団を無理矢理広げたかのように。
鉛色の絨毯が街々を扁平にしようと覆いかぶせられたかのような、それはそれは、奇妙な凹凸が無機質な地平を作り上げていた。
これがかつての、一つの国だったというのなら、なんとも無残な姿であった。
しかしそんなことよりも、無機的な街並みの中に突出した塔のようなプラントらしき建造物の脇で巨大化する新緑色のスーパーロボットの威容が、クゥ・クラウの視界を、アインベルの数ある探知計器を賑わせていた。
『質量保存の法則などという物理現象は、この光景の前では積木のオブジェほどの危うさだな。ちょっとしたスペクタクルだよ』
「暢気な事を言っている場合じゃないわ」
『わかっているとも、もっと目を増やそう。ここは敵地だ。少し忙しくなるが、ダンスホールに飛び込むとはそういうことだからね』
支援AI『ジョン・ドゥ』に促される形で、クゥは観測ドローン『ゲイザー』の残り全機を射出、それらの感知情報をすべてフィードバックさせる。
ずん、と頭に重みを覚えるほどの負荷を覚えるが、機能の
限界突破は全機能の発露に不可欠だ。
電子頭脳のクロックが上昇し、熱を帯びる感覚があった。
周囲の地形情報をつぶさに感じ取れるようになることで、瞬間的に加速する思考があらゆる戦闘機動を推察する。
シミュレートするうえで、改めてジョン・ドゥの見立てが、本来彼の好むジョーク的であることに嫌気がさしてくる。
まさに、冗談のような状況だ。
キャバリアは5メートル規格で作られるのが常であり、機能拡張の関係で巨大化するにしてもヴァルキリーのように多人数で乗り付ける関係からやや逸脱することくらいはある。
だが、殲術再生弾を組み込んだタンサンダーはどうだろうか。
ぎゃりぎゃりと、大気を軋ませるような耳障りな金属音は、無理矢理巨大化し、100メートル規模にまで肥大化したタンサンダーの大質量が、その金属の装甲が急激な変化に伴って鳴り響く歪んだ音色だった。
ヒロイックな格闘スタイルを思わせるシルエットは、見るも無残に肥大化し、極限まで絞り込んだボクサーのようだった手足は、分厚い筋肉が育まれたかのように膨れ上がってしまっている。
そこから感じ取れるのは、威圧。行き場を失ったかのような暴力性を、誰に対しても厭わぬという狂暴な気配であった。
そんな中で、混乱してしまいそうな距離感を伺いながらも、クゥは周囲の情報を探って、ようやく探し物を見つけていた。
「通信は?」
『どちらに?』
「ヴァルキリーのほう」
『繋いだ。こちらも橋渡しをしておこうか──』
遮蔽を利用しながら、ヴァルキリーの機体を牽引しながらタンサンダーから距離を取るべく、三体のキャバリアを検知し、言葉少なに彼らと再び繋ぎを渡そうとしたところで、
『オオオッ!! 逃がさないっ!!』
タンサンダーが咆哮と共に虚空へ拳を繰り出すと、まるでホースから勢いよく水が噴き出すかの如く衝撃エネルギーが迸り、周囲を破壊していく。
失意の状態の彼女たちが回避できるか、それを一瞬考えたが、クゥのアインベルは瞬間的に加速する思考が器用に最寄りの建物の影を導き出し、白磁にも似たアインベルの背から伸びる緑の魔力光でできた翼が空を切り機体を滑り込ませる。
ごう、と銀色の塵片が吹き抜ける。空間を割るような激しい衝撃が町々に覆いかぶさる鉄のような絨毯をひしゃげ、削ぎ取り、砕く。
あり得ない巨大化に伴った、馬鹿にならないパワーが、アインベルの機体をも衝撃の余波がコクピットを振動させるが、クゥは静けさを保ったままだ。
こんな相手は想定していないとか、こちらの攻撃が通るかとか、そんなことよりも、静かに、口を開く。
「ガリー、聞こえているでしょ。あいつの言葉は、自分たちと同じだったからショックだった?
何のために戦うのかと訊いたとき、アナタたちは運命だと言った。
それが刷り込みかもしれないけれど、それでも……って」
周囲には、激しい衝撃波と、巨大化したタンサンダーの躍動する恐ろしい駆動音。そして、ただ一人の機械帝国の帝王が喚き散らす怨嗟の声。
それはきっと、戦争に利用されたV-GIRLSの一兵士としての怒り。そして、それは、ガリーたちにも当てはまるのかもしれない。
しかし、オブリビオンマシンに汚染されていない彼女たちの言葉は、クゥに向けられたあのなんとも根拠に欠ける、生易しい言葉は。
もどかしいまでに、ただの年頃の少女そのものだったではないか。
「今、アナタたちはそこに居て、自分たちの足でここまで来ているはず。
なんど記憶が消えて、焼き直されも、変らずに残り続けた何かが……信じられるものがあったんでしょう!?」
『……っ!』
諦めてほしくはなかった。彼女たちの道のりを、否定してしまうのは、あまりにも酷な気がした。
システム。敷き詰められた線路の上を、筋道に沿って、機能的に必要十分を出力できればいい。
クゥは自身を、それができれば何の問題もないと思っていた。
しかしどうだ。戦いの中に生きざるを得なかったあのもどかしい少女たちの、あの息遣い、意志。力強さを感じた。
不要な力みと感じる筈のそれを、いつしかクゥも胸中に抱くようになっていた。
息吹とでもいうのか、通信越しに聞こえた、息を呑む気配。それを確認したクゥは、アインベルを疾駆させる。
遮蔽から飛び出し、サブマシンガン『アンタレス』を掃射。
電磁徹甲弾は、並のキャバリアの装甲を舐めるようになぞるだけではぎとる筈だが、絶望的なサイズ差が、その威力をうまく発揮できない。
それにも構わず、横っ飛びするようにアインベルは遮蔽から遮蔽へと空中を滑り、牽制も加えながらターゲットをとりつつ、回り込んでいく。
相手が巨体だと、回り込むのも一苦労だ。
「くっ……」
『隠れても無駄だ! 羽虫のように叩き落してやる!』
地津波のような衝撃波が周囲を薙ぎ払うと、一気に遮蔽から動けなくなってしまう。
これほどサイズ差があると、一撃一撃が範囲攻撃だ。
『──イーストレックス、聞こえているのだろう? 彼女達に言うべき事があるんじゃないのか?』
そのさなかにも、ジョン・ドゥは通信を戦艦イーストレックスにも繋ぎ、彼女たちの窮状を脱すべく奔走する。
『……今の私は艦隊を担う者だ。彼女たちは兵器としてデザインされ、バイパー都市の戦力として申し分ない戦果を挙げた。用いるべき戦力を投入して来たことに、軍人として、正しい事をしてきたつもりだ』
『見上げた精神だ。それが、自国の領土を失う切っ掛けになってもなお、繰り返そうとしているのだからな。滅びのワルツをいつまで踊るつもりだね』
『私は地獄へ落ちるだろう。あまつさえ、代償を知りながら、彼女たちを戦場に放り込むことを命じ、ただの少女である記憶を復元し続けたのだ。謝ることはできん』
ジョン・ドゥの呼びかけに応じるモナキン艦長の声色は冷静なままで、いっそ平坦であったように聞こえた。
冷徹の中に、少女たちの運命を憂うものがあった。
年端もゆかぬ少女たちを戦地へ放り込むこと。それが軍人として恥ずべき事と思っていながら、登録上は兵器である少女たちをその性能のまま運用する事の板挟み。
だが、バイパー都市は緩やかに死の運命を迎えることを免れはすまい。V-GIRLSという禁忌を再び用いてでも、戦い続けるしか道は無かった。
そこに釈明は一切なかった。
いっそ誠実で、凄絶な、男の覚悟を垣間見たのは、ジョン・ドゥそしてクゥだけではあるまい。
『──そうだ、戦わなきゃ、何も取り戻せない……っ!!』
眩い閃光が、タンサンダーの胴体部を打つ。
射線の元には、ハルバードを兼ねた大型キャノンの砲口から煙をくゆらせるヴァルキリーの立ち上がった姿。
『ごめんね、僕達とキミは、同じじゃなかったみたいだ……。
何度忘れたって、どれだけ忘れたって、バイパー都市の人達はね、提督はね、僕達が僕達であることを、必死で守ろうとしてくれていたんだ!!』
『そう、思わされているだけだッ!! まだわからないのか!?』
叫ぶヴァルキリーに対し、タンサンダーは激昂したように動きを止める。
同じルーツを持つからこそ、歩む道を違えた者たちは、向き合うことで周囲が見えなくなってしまう。
それは、たとえ巨大になってしまっても、致命的な隙を晒すことになる。
背後へと回り込んだアインベルは、その好機に乗じて、ユーベルコードを発現する。
空間の裂け目から【召喚兵器『雷霆』】を引きずり出し、機体の全長をも超える長大な砲身を構え──、
「ガリー、よかったね……帰る場所があって──」
その口の端にかすかな笑みを湛え、クゥはトリガーを引く。
己よりも、キャバリアよりも巨大な相手を想定した雷霆の輝き、長大な砲身に見合う極大ビームキャノンの奔流は、一点に集約された光条を引き、それは完全にアインベルを見失ったタンサンダーの背後から、その装甲を貫き、機体の胸から抜けていった。
大成功
🔵🔵🔵
フリッツ・バーナー
巨大化!
そいつは素敵だ、大好きだ!
……失敬、私とした事が
(上っ面が剥がれかける)
であれば、その情念を挫くとしよう
UC発動
無力化してしまえば後はどうとでもなる
両肩部の拡散レーザーと、剣のように活性化した腕部装甲にて攻撃する
関節駆動部、ブースター内部
脆弱な部分も巨大化し狙い易くなる、実に良い事だ
(こうも致命的な
バグが出るのでは商品化は厳しそうだ
殲術再生弾も個人的には満足いく性能だが、やはりプラント無しに再現は難しいか
上手くすれば、感情を動力とするバルバロッサの強化にも繋がるかと期待したが……
おそらく予算会議も通らんだろう
残念だが今回は
見送るか)
鉛と銀。
街々の面影を残す、栄光ある機械帝国の姿とは、嘗ての街並みに不格好にも鋼鉄の絨毯を無造作に敷き均しにかかっていないような、そんなご無体な姿であった。
それはそれで奇妙な姿ではあったが、プラントという規格外の生産設備が、無尽蔵の私財を吐き出し続ける類のものであれば、無策に街を染め上げるという点では、取り合えず最低限度の仕事をこなした。と言われても、首を傾げつつも納得できなくもない。
フリッツ・バーナーにとって、戦争の傷跡という情景は見慣れている。その匂いも、空気の荒み具合も、幾度となく現場で味わってきたものだった。
ここは間違いなく、第二の故郷とも言うべき空気が立ち込めている。
だがひどく不格好と言わざるを得ない。
塗装前の模型にトップコートを吹き付けてそのまま放置したかのような、この街並みがだろうか?
否であろう……。
赤髪の名を冠するフリッツのキャバリア。その動力には謎が多いものの、その名の由来とも言うべき赤い霧のような余剰エネルギーを纏うその根幹たるものには、操縦者の感情が起因しているという。
冷たく燃える血液のような、バルバロッサの、その感情を表すかのような赤い霧のオーラは、喜色と失望に揺れていた。
「巨大化! そいつは素敵だ! 大好きだ!」
物理法則を無視したかのようなむやみやたらの巨大化を前に、フリッツは思わず建前として被っていた紳士の仮面を脱ぎ捨てるところであった。
男ならば、誰しもが巨大ロボットに憧れるし、いくつになっても刀や銃を磨いて持ち歩きたくもなるものだ。
フリッツの場合は少々度が過ぎてうっかり道を踏み外してしまっているが、シビアな現実を生きながら、少年らしいロマンを捨てたことはないと自負している。
そう、だから、巨大ロボットを前にテンションが上がってしまうのも無理からぬこと。
『あんなものを巨大化させて喜ぶなんて、どうかしてる』
「……失敬、私としたことが」
偶然拾い上げたらしいALOだかV-GIRLSだかの通信内容が耳に入って、さして乱れてもいない襟元を正す。
だがしかし、戦局としてはやや逼迫しているといわざるを得ない。
敵の戦力が予想を大幅に下回る数量であることは、タンサンダーの常識外れた巨大化で帳消しと言ってもいい。
加えて、数の有利も、ヴァルキリーはどうやら戦意喪失の憂き目に晒されているし、ALOの連中は戦闘慣れしているようではあるが、どうやらヴァルキリーの援護に回り積極的に攻勢に出られない様子だ。
敵将を前に浮足立つことは、そう珍しい事ではない。ある程度の巧者がそのフォローに回るのも定石だろう。
「だが、少々脆く感じるな……まあ、彼女たちはどうやら、兵として育てられたわけではなさそうだ。戦を知らない子供を兵器に乗せるなど、本来はナンセンスだな」
ここは少年漫画の世界などではなく、当たり前に人が死に、国が亡ぶ。
一人ごちるフリッツの言葉だけを受け取れば、戦いを憂う戦士のそれと聞こえるかもしれない。
資質は生まれに由来しないのかもしれないが、教育はその限りではなく、兵として英才教育を積み重ねられたのならば、それは少年少女といえど立派な戦士足り得る。
立派な兵器足り得る。
つまりは、V-GIRLSなどと一括りにされているものの、バイパー都市の連中は少女たちを兵器としては育てなかったのだろう。
だからこそ、
「期待していたのだがな……」
ごう、とバルバロッサの機体を覆う真紅のオーラが鬣のように沸き立つ。
それは、巨大化したタンサンダーの注目を呼ぶためのものであり、わざわざ同高度にまで飛び上がったバルバロッサの姿はよく目立った。
(こうも致命的な
バグが出るのでは商品化は厳しそうだ。
殲術再生弾も個人的には満足いく性能だが、やはりプラント無しに再現は難しいか)
一人でにべらべらとよく喋ってくれた。
アンサーヒューマンという種族に魅力は尽きない。
ところが、この国がこうなったあらましに、失望を禁じ得ない部分も少なくはない。
死の証人としての側面の強いカンパニーマンにとって、一国の行く末など儲けの前ではあまり興味はないし、ましてオブリビオンマシンによる精神汚染の影響とはいえ、容易く暴走してしまう兵器に商品としての価値は薄かろう。
『お前も敵か! バイパー都市の戦力か……!! 奴らはいつだってやれる。まずは、お前からだ!!』
幼く聞こえるタンサンダーの操縦者の叫びが、激しい空気の振動を伴って吹き付ける。
きっとこちら側のV-GIRLSと年齢はそう変わるまい。情緒が振り切れているのだろうか、兵士のそれがむき出しにしていい感情ではない。
(上手くすれば、感情を動力とするバルバロッサの強化にも繋がるかと期待したが……。
おそらく
予算会議も通らんだろう。
残念だが今回は
見送るか)
大振りな攻撃が、バルバロッサを覆い潰すかのように降って来る。
20倍近くも巨大化したキャバリアは、その質量のみであっても容易く通常のキャバリアを破壊せしめるだろう。
だが、それにも弱点はある。
巨大ロボットはロマンであるが、その実現には厳しい物理法則が立ちはだかる。
大雑把な計算になるが、例えば身長が二倍になった場合、その体幹、関節にかかる負担は2倍ではなく4倍を想定する必要がある。
可動部品の多い人型ともなれば、各部位にかかる負担は、質量が増す程に重力の鎖に邪魔をされるだろう。
当然それに伴って動きは緩慢になるし、狙う対象も小さくなるというわけだ。
巨大質量が脇を通り過ぎる空圧は、否応なくバルバロッサの装甲を揺るがすほどの脅威ではあったものの、それが機体を物理的に押し潰すことは無かった。
「兵士に対しては、釈迦に説法かもしれないが……。戦場で冷静さを欠くのは感心せんな」
『なんだと──』
空中で身を翻したバルバロッサを再び視界にとらえようとしたところで、タンサンダーの動きは封じられる。
太陽が燃えるように、赤いオーラを発散するかのように、バルバロッサはフリッツの【作戦発令:衝撃と畏怖】の発動に伴い、猛烈な圧力を放ち、ついにはその圧倒的な質量を伴う拳一つすら震えない程に抑え込まれた。
『ぬう、うううっ!!』
「ほう、やはり巨大すぎる相手を完全には抑え込めないようだ。その点は利点だが……やはり巨大化には弱点もある」
そもそも無力化してしまえば、後はどうとでもなる。
苦しげに呻きながら、タンサンダーはその巨体を無理矢理にでも動かそうと両腕を持ち上げようとする。
まるで、威圧する空間ごと持ち上げそうなほどの常識外れのパワーを感じ、フリッツは即座に決めにかかる。
両肩部の拡散レーザー砲で以て、タンサンダーの背部スラスターへと撃ち込み、機動力を奪う。
そして剣のように変形させた両腕部装甲の切っ先を向けるのは、巨大に発達した関節駆動部。
「脆弱な部分も巨大化し狙い易くする。実に良い事だ」
容易く攻撃を避けづらく、そして可動部は脆い。巨大であるということは、攻撃を受けざるを得ないことでもある。
ただ、巨大なために、一太刀、二太刀程度では、容易く両断できるものではないようだが……。
「む……これも巨大化の恩恵か。いいだろう。その情念もろとも、挫いてやるとしよう」
大成功
🔵🔵🔵
メサイア・エルネイジェ
んぎゃー!でっかくなりましたわ!
デラックスタンサンダーですわ〜!
あら〜?皆様のお元気がありませんわねぇ?
気に触ることを言われましたの?
悩むだけお無駄ですわ〜!
そんな時はお酒でも飲んで忘れるのですわ〜!
無限ストロングチューハイ!
因みにお口から出ますわ!オエー!
光り輝くおパンチですわ!
こんな時は!近付いた方が安全なのですわ〜!
そんなおパンチでご自分を殴ったら大変ですわよ〜!
タンサンダーの周りを飛び回って暴れるのですわ〜!
ヴリちゃんキック!ヴリちゃん尻尾!
ガンポッドお連射!
ミサイルも全部差し上げますわ〜!
近付いてジェノサイドバスター!ぶち抜きましてよ〜!
でけぇからお目目を瞑ってでも当てられますわ〜!
壊滅的な街並み。そして、見上げるほどの巨体。
さながらそれは、巨大な……それこそキャバリアに乗って出歩けるような巨大なジオラマのようでもあった。
それは最大限にポジティブな解釈ができてこその表現であろう。
現実的に、それは100メートルに達する巨体へと変貌したオブリビオンマシンであり、ただのノーマルサイズのキャバリアで対抗するのもまずは諦めてしまいそうなサイズ差を感じさせる。
そう、よっぽどポジティブでもなければ、こんな状況を楽しめるような場合ではないのである。
「んぎゃー! でっかくなりましたわ!
デラックスタンサンダーですわ〜!」
さしものメサイア・エルネイジュですらも、この状況には当惑と悲鳴を上げざるを得ない。
ただ他と毛色の違う驚き方をしているのは、彼女らしいと言わざるを得ないが……間違いなく驚いたことには違いない。
彼女の駆るヴリトラですらも、警戒の色を強め、頭を低く喉を唸らせて付け入るスキを伺っているようである。
『こちらの手持ちの武装で、どうにかなる規模かな……肝心かなめの火力担当が、今は頼れそうにないのが痛いな』
『……』
いくらか戦い慣れしているALOの面々も、今はヴァルキリーを牽引しつつ逃げ回ることに終始していた。
絶望的な質量差を埋める画期的な武装は、水上戦闘仕様のVn-15にはなかなか搭載できないのである。
加えて、巨大化したタンサンダーに猟兵以外で効果的な攻撃を加えられそうなヴァルキリーが、今は快活さが見る影も無かった。
メサイアは、V-GIRLSというものについてそれほど考え込んではいなかったし、猟兵という天啓を得てからと言うもの、不自由は全てかなぐり捨てる勢いでお国を飛び出したのだ。
アンサーヒューマン解放機構の代表をして、メサイアほど解放されているアンサーヒューマンはなかなかいないのではないかと言わしめたほどの性分に、この暗い雰囲気は、そう、なんか暗いねくらいの感覚しかないのかもしれない。
ほんの一瞬だけ、メサイアはコクピットの中で憂いを帯びたような表情を垣間見せるのだが、そんな細かな表情の機微など、今や誰も見てはいない。
『逃がさん、逃がさんぞ……この世にV-GIRLSなんてものは、必要ない。こんなものがあるから、不幸が生まれる。全て、全て……叩き潰してくれる!!』
巨大故の、ある種の緩慢さが、ヴァルキリーの生存を繋ぎ止めていると言ってもいい。
大きさに伴う運動量の増大は、その実は凄まじい最終速度を誇るものの、予備動作はどうしようもなく明らかである。
それらを先読みし、誘導できるALOの手腕が生きているうちは、ヴァルキリーはもってくれる。
しかし、持たせるだけでは埒が明かない。
「あら〜? 皆様のお元気がありませんわねぇ?
気に触ることを言われましたの?
悩むだけお無駄ですわ〜!
そんな時はお酒でも飲んで忘れるのですわ〜!」
その時、戦場に響き渡るのは、高飛車なる笑い声。
サイズ差補正無視でもするかのように、誰よりも居丈高に、しかし言ってることはだいぶダメな感じである。
『なんだ、何を言っているんだ彼女は。なに、これは、水……?』
突如として、空飛ぶヴリトラのコクピットからウィーンとキャノピーを開けてその上に立つ、見た目だけは高貴な王族にも見えるピンクの髪の麗しい立ち姿。
状況が状況なら、言う事がもう少しましであったなら、その姿は戦線を鼓舞する先導者足り得たろう。
だが、次の瞬間、大きく開いた口腔から飛び出したのは、独立宣言や激励の類ではなく、大量のお酒であった。
何を言っているかわからねーと思うが、これこそが、メサイアのユーベルコード【無限ストロングチューハイ】である。
「キンッキンに冷えておりますわ~! ありがたいですわ、犯罪的で……オロロロロロロロロ、オーロロロロロロロ!!」
通信を介してやって来るのは、大音量の嫌ヴォイス。
なにも口から出さんでも。
たぶん、一番それを浴びているであろうヴリトラも、心無しげんなりしているように見えるぞ。
『な、なに、なんなのあれ!?』
『生徒はここに居るだけ』
『いや、いやぁ!』
『誰か説明してよぉっ!!』
『馬鹿、切れ、通信切れ!』
混乱であった。
なにしろ、戦場となったこの殺伐とした空気の中で、空から降って来るのは、美女ではあるがちょっと残念な女の口から出てくる大量のお酒、チューハイなのである。アルコール度数9%というのは、ストロング缶一本でだいたいテキーラ4杯分相当になる。飲み過ぎには注意しよう。
周囲に立ち込める猛烈なアルコールの香りは、なぜか機体の装甲を貫通して少女たちを惑わせる。
泥酔、酩酊、嫌な現実を忘れるほどの幻覚。普通の女の子としてある程度育ったV-GIRLSたちにとって、その耐性は無きが如しであった。
『うう、チキショウ! なんとなくそんな気はしてたんだよ。でも、知らないふりをしてた……! だって、提督も都市のみんなも、その話をしようとするとあからさまに話を逸らすんだもん! もっと早く、知りたかったよ……みんなだって、そうでしょ!! 僕達だって、考えることくらいあるよっ、チキショウ! 言えよ、みんな!』
心のタガが外れて涙混じりに心情を吐露するヴァルキリーのパイロット、ガリー。
ところで、アンサーヒューマンに敢えて言う事ではないとは思うのだが、彼女たちは成人しているのだろうか。
これはフィクションだからいいけど、お酒は二十歳になってからですよ。
閑話休題。
思いのほか、お酒によるショック療法は功を奏したのか、ヴァルキリーは再び立ち上がり、その操縦はやや不安が残るようなふらつきを見せるものの、巨大なタンサンダーにもひるむことなく砲撃を開始する。
『くぅ、馬鹿な……なぜ、そんなに、奴らを信用できる! その感情も、刷り込みかもしれないんだぞ。思い出だって、いくつも消されてきた筈だ!』
『うるさいっ! 何度も忘れたさ。でも、何度も思い出したし、いくつも作ってきた! そして、これからも! 作っていくんだ!』
どう、どう、とがむしゃらに撃ち続けるエネルギーキャノンの砲撃は、決して致命的なダメージを与えることはないかもしれないが、当人同士というのは、直接的なダメージではなく、タンサンダーの巨体を成しているその情念を削るのに一役買っているはずだ。
「ふぅ……ヴリちゃん、そろそろこちらも参りましてよ~!」
いい仕事した、とばかりに豪快に口元を拭い、満足げに微笑むと、メサイアは再びコクピットに滑り込んで、こちらも攻撃に加わる。
『お前、お前だぁーっ! 変な雰囲気を作りやがって!』
「あら、笑顔がお国を明るくするのですわ~! これでみんなハッピー! 何よりですわ~!」
タンサンダーの標的は、どうやらメサイアに移ったらしい。
こちらに目を向けられただけで、その威圧感はすさまじいものだが、メサイアはひるむことなく、その目つきをするどくケン・イシカワ張りに威勢よく凄絶に笑む。
「光り輝くパンチ! あれに当たるわけにはいきませんわ。ヴリちゃん、周りを飛び回って、暴れておやりなさいませ!」
ぐおう、と風を切って飛ぶヴリトラの、その体当たりが、キックが、或は前腕部のガンポッドが、人間と羽虫ほどのサイズ差で交錯する。
どちらの攻撃がより当たりやすいか、それは明白であった。
なにしろタンサンダーは、今や建造物の如き巨体である。
身を翻しつつのテイルアタックは、変則的な軌道で飛び、タンサンダーの大質量パンチをすり抜けるようにして脇腹を捉える。
しかし、それがダメージになったかどうかは怪しい。
ならば、とばかり、ヴリトラはその狂暴性を発揮する。
全部持って行けとばかり、ミサイルも、口腔の荷電粒子ビームも、脇腹に滑り込んだ好機を逃すまいと一気に叩き込んでいく。
「でけぇかから、お目目を瞑ってでも当てられますわ~!」
過激な爆発、そして、粒子ビームの光り輝く閃光のような光条が爆炎を、緑の分厚い装甲をも貫いていくのが見て取れた。
大成功
🔵🔵🔵
ユリウス・リウィウス
何か色々確執があるようだが、俺の知ったことじゃねぇ。
しかしまあ、馬鹿でかくなりやがって。でかけりゃいいってもんでもねえだろ、なあ、おい。
デカブツ退治の定番は、「中から壊す」だ。
ヴァンパイアミストで気体化してデカブツの内部に入り込もう。完全密閉されてるってこともないだろ。
適当なところで実体化して、配線やらフレームやらを内部から壊していく。
オブリビオンマシンの中なんだから、「呪詛耐性」「環境耐性」は必須だな。
適当に壊したら、また霧になって上へ上っていくか。
動力炉とかいうのを双剣でぶった切られたらなぁ。お味方の本格攻撃が始まったら抜けておく。巻き込まれて消し飛ばされたらかなわん。
さて、どうなるかな?
建造物のおおよそすべてが、まるで乱雑に広げた絨毯の下敷きにでもされたかのような、それはお粗末な有様であった。
この小国家のために作られ、働かされた末に、ついにはオブリビオンマシンによる思想汚染も手伝って国を亡ぼすに至った少女が、帝王として君臨して行ったことだとするならば、それも然もありなんという事か。
V-GIRLSというアンサーヒューマンに、人としての未来はなかったのだろう。
国の為にこき使われ、電池のように消費される、文字通りの犠牲となる少年兵と同じようなもの。
故に、理想もなく。
故に、国を取ったとて、その体裁を維持することもまして発展させることも無く、滅びをまき散らすだけの存在になるのだろう。
オブリビオンが勝った未来とは、こうなのだ。
錆びた匂いのする枯れた街並み。金属の吹雪が長年にわたり降り積もったかのような絶望の大地。
ここに陽の光が無ければ、ユリウス・リウィウスにとっては殊更に馴染みのある空気を味わえたかもしれない。
到底許容の出来る世界ではない。
そして、この絶望を蔓延させようと立ちはだかる存在は、その経緯はともかくとして、鋼の巨体をさらに巨大に巨大にせしめた、もはや建造物と見紛う超巨大キャバリアと化したタンサンダーの姿であった。
「何か色々確執があるようだが、俺の知ったことじゃねぇ。
しかしまあ、馬鹿でかくなりやがって。でかけりゃいいってもんでもねえだろ、なあ、おい」
乾いた笑いが洩れるほどの、圧倒的サイズ差。
もはや、生身に甲冑を纏うユリウスの姿など、見えてはいないかのようなものだ。
もとよりキャバリア戦を想定した格闘機が、人間とそうそう殴り合えるはずもないのだが、この状況ではさすがに相手にもならないか。
「だが、こういうのも実を言うと初めてじゃない。年季はそれなりに積んできたからな。小娘にゃあわからんだろうが……俺たちの空の上には、こういうのがごまんといたらしいぜ」
ダークセイヴァーの閉ざされた空、いや、まだまだ謎が多いとはいえ、すぐ上の階層には、人知を超えたような闇の種族が犇めき合っていた。
それこそ、見上げるほどの山のような怪物が。
それらにくらべて、ただの一人の、戦う術以外何を持つことも許されなかった少女を苗床に育ったこのからくり人形の怪物の、なんと稚拙なことか。
いや、ただ似ている部分があるとすれば、その成り立ちと性分がとてつもなく醜悪であるという事だ。
ユリウスは、長く戦いに身を置いていた。それこそ、疲れ果ててしまう程に。
今でこそ、最愛の者を守るために奮い立つこともあるが、私欲のために剣を取ることはもはやあるまい。
それほどまでに、顔の頬にできる影が色濃くなるほどに、疲れ果ててもなお、オブリビオンマシンを倒すためにクロムキャバリアくんだりにまで足を運ぶ理由とは何だろう。
そうだ。こんな……世に出してはいけないような怪物を、仕方なく葬るためなのだ。
──少女たちは、戦いを取り戻した。
心折られた味方の方のV-GIRLSという少女たちは、再び奮起して戦いを再開している。
忘れても思い出せるように、復活の早い連中だ。
彼女たちはもはや兵器ではない。ただの人間の少女だ。諦めの悪い、生き汚い、人間だ。
「エールを送ってやるか。……デカブツ退治の定番は、「中から壊す」だ。まあ、そうでなきゃ刀身が足りんしなあ」
黒騎士、そして死霊術士でもあるユリウスに出せるカードが少ないというわけではないが、人一人の剣術や、死霊を呼び寄せる人海戦術も、目の前の圧倒的質量とは相性がよろしくない。
どこかで聞いた話だが、ヒーローのような超人的パワーでの力押しをする者たちが居る中で、身体のサイズを変える能力で善戦した者が居るという。それも、大きくなるのではなく小さくなる方向でだ。
どういったからくりがあって、20倍以上もの体格に膨れ上がったは知る由もない。
殲術再生弾とやらのよくわからないものの効果なのだろう。
だが、どのような歪んだ進化を遂げたとて、パイロットがキャバリアとして運用できている以上は、それはキャバリアであり、ユリウスにとって変わりなく機械の兵士に過ぎぬ。
埃っぽい風が吹き荒れる中で、鎧姿のユリウスの姿は忽然と霧と化す。
【ヴァンパイアミスト】により、忌々しき血統の能力の一端を発露、その身はほとんど質量のない有毒の霧となって、誰にも気づかれることなくタンサンダーの装甲の隙間から入り込んでいく。
(……!)
情念によって巨大化しているという、どちらかと言えばユリウスの世界の畑に近いような理屈で成っているらしいタンサンダーの機体の中は、予測通りというべきか、負の感情が渦巻いていた。
無念と無力感。
道具として作られ、記憶を代償に負荷のかかる強力な武装やシステムを運用し、多大な戦果と引き換えにゴミの様に使い捨てられる同胞たちへの慙愧と、そして、そんなことを幾度もやらされているうちに、混濁する記憶の中で積もり積もっていく、怨嗟の感情。
(祟りたい気持ちも、わからんではない、か)
昨日仲良くなった隣のやつが、次の日にはもう居ない。もう、顔も思い出せない。
忘れたくない。忘れてなるものか。この憎しみだけは。
こんな地獄へ産み落とした連中へ、鉄槌を下さねば。
忘れてはならない。こいつらがやってきたことを。
繰り返さないよう、徹底的に、壊してやらなくてはならない。
正義を為すために、戦え。戦って、勝ち取れ。そこにしか、わたしたちは生きる道がない。
──勝利を、勝利を、勝利を。
奈落へ直進するかのような、それは凱歌の如き呪詛であった。
「……俺も、よく聞かされたもんだ。だがよう……」
巨大に生え聳える古代樹のような内部フレームと、そこに並んで侍る蔦のように伸びる各種配線を見上げるユリウスは、いつの間にか実体化し、次々に剣で斬り落としていく。
通常の20倍というだけあって、それらを切断するのも難儀するが、黙々とタンサンダーの神経とも言うべきものたちを斬り裂いていくと、明らかにタンサンダーの動きが活力を失っていくのを感じる。
この機体の中に蔓延する呪詛は、タンサンダーを狩る帝王の同胞たちへ向けたいわば独り言のようなものであり、恨み言である。
応えてやる必要もないのだが、なんだか懐かしい気分になってしまったユリウスは、敗戦を斬り裂いては霧と化し、上へ上へと向かいながら、半ば郷愁に思わず口をついて出たかのように、口の端を緩める。
「……勝って、その後はどうするんだ? その恨みの炎が燃え尽きた後のことは考えてるのか?」
(……)
騎士として、不名誉な戦場に立つことも多くあったユリウスに、その戦いの日々が残したものは、あまり多くない。
経験則として言える事が、ろくな事ではない以外に、あまり言えることがないのだ。
だからついつい、他人事ながら、若者に忠言するかのように、接してしまう。
自分もついにおっさんになってしまったのか。
などと思わなくもないが……。
それはそれとして、あちこちの枝葉を払うかのように斬り進んでいたユリウスは、ついに果実にぶつかる。
脈打つように巨大な波動を感じるそれは、どうやら動力炉らしいが、機械にあまり詳しくないユリウスとて、そこに異常が生じていることが見て取れた。
大きな球形にも見えるそれに、まるで突き刺さるようにして食い込んでいる、清涼飲料水の缶にも見えるそれには見覚えがあった。
確か、タンサンダーが巨大化する前に自らに撃ち込んだものがその形状をしていた。
だとするならば、これこそが、殲術再生弾なのか。
「果たして、こいつを斬り飛ばしていいもんかね。まあ、いいか」
逡巡はほんの一瞬。いずれにせよ、オブリビオンマシンを野放しにしておく理由は無かった。
二刀一対の黒剣の双刃が、一息に動力炉ごと缶飲料のような銃弾を傷つけ、やがて両断せしめる頃、
「……っと、揺れが激しくなってきた。そろそろお味方の総攻撃の巻き添えを食うかもな」
自分の仕事はやった。とばかり、ユリウスはまた霧と化して、人知れぬままタンサンダーの機体の中から脱出する。
パイロットはどうするべきかとも考えたが……。
タンサンダーに乗っている帝王……などとは言っても、年端もゆかぬ、オブリビオンマシンに不満を増幅された哀れな少女に過ぎまい。
斬るに値せず、かといって、一国を滅ぼした大罪人にも違いなく、ここで助かったとて……タンサンダーの能力を過剰に使い、また殲術再生弾の力で情念を増幅させたこともあり、まともな状態でもないかもしれない。
やがて、緑の輝く装甲に覆われた歪んだ英雄、タンサンダーの機体が、あちこちから破壊光線を撃ち込まれて穴だらけにされてあちこちから爆発の炎が噴き出して、地上へ落ちていく。
「生きていたら、達者で暮らせるといいな。勝利をというなら、生き抜くことだろう。俺はそう思うぜ。なあ、おい」
その声が届くとも、届かざるとも、どっちでもいいと思いながら、兵士として戦った少女の事を思わずにはいられない。
一足先に戦場を去っていくユリウスに知る由もない事だが、この後、タンサンダーのコクピットブロックは無事に回収されたという。
また、この戦いで激しく消耗したヴァルキリー及びパイロットたちもまた、呆けたような状態だったが、近くへ付けていたイーストレックス、モナキン艦長の指揮のもと、手厚く収容され、修復作業が行われたという。
機械帝国を名乗る、その首魁が倒れたことにより、事実上、この戦いはバイパー都市が勝利し、戦いはひとまず終わりと見たと言ってもいい。
もともと兵役というものですらなく、登録上は湾上プラント配備の軍用兵器扱いであるヴァルキリー及びアンサーヒューマン達は、ひとまず戦いに出ることはなくなるのだろう。
そこに火種がない限りは。
『リーダー、今回は、私たちのように勧誘はしないのですか?』
『人聞きの悪いことを言うね。我々はALO……アンサーヒューマン解放機構だ。テロ屋と揶揄もされるが、帰る家のある子供たちを誘拐するような真似はしないよ』
『我々にも故郷はあるのですが』
『君たち姉妹は、出稼ぎで雇われてるようなものでしょ。……とにかく、この国には、まだ彼女たちは必要だと判断した。これでいいかな?』
『決めるのはリーダーですよ』
『やれやれ、気難しいバイトを雇ってしまったかもなあ』
そうしてALOの面々もまた、しばしバイパー都市での歓待もささやかに、潜水母艦シーバットと共に海へと消えていった。
国際テロ組織を巻き込む形となったとある小国家の戦いは、こうしてひとまずの終幕を迎えるのだった。
大成功
🔵🔵🔵