●やァやァ、
其処いく猟兵イェーガーたち、今日も世界を渡るのかい?
よければその前に、ひとつ、ぼくの話を聞いておくれよ。
――というか、そうだね、どうか、助けてあげておくれ。
此れはとある家族の悲しい、悲しいお話さ。
●それは或る日のことでした、
地下といえども人の住む土地、アナグラにだって勿論、貧富の差くらいつきものだ。
その家族は地上では元々資産家で、戦争の際に徴兵や戦火で財を失うことを恐れ、アナグラへと逃げ込んだ一家だったという。
とは言え、むやみやたらに財をひけらかすようなことはせず、一家は慎ましやかに暮らしていたそうだ。
其れは盗難を恐れた故の慎重を期した行為か、果てさてもとより控えめな人たちだったのかは、わからないけれどね。
そんな一家に転機がひとォつ訪れた。だァれも住んでいない洋館をアナグラの隅で見つけたのさ。
地下であるから雨風凌げど、一度は富める贅沢を知っている身の上だ。柔らかなベッドが恋しくもなろう。
其れに一家には幼い子どもたちも居た。子の安全を思うならば、やはり拠点は必要だ。
一家の柱――つまり父親は、奇怪党に富を叩いて洋館の修繕を頼んだという。
信仰深くもあった父親は、念のため洋館について独自で調査を行った。曰く付きだったら危険があるからね。
自分たちより長くアナグラに住まう者たちに聞いて回ったのさ。しかし、誰も知らなかった。誰が建てたのか、誰が住んでいたのか、誰も知らない謎の洋館。
たったひとりだけ、其れはいつの間にか在った、と言った者がいたが其れだけだ。
不気味ではあるが、害がないなら背に腹は代えられない。一家はすっかり修繕を終えた其の洋館に住むことにした。
そうしてね、なんと懸念は懸念で終わったのさ。時折だが不思議なことがある、と家族の者たちが言っていたそうだが、どれもこれも害があるものではなかったと言う。
こうして家族はただただ穏やかにアナグラで暮らしていける――筈、だったのさ。
其れは或る日のことでした。そして突然のことでした。前触れがあったらきっと洋館を捨てて逃げていただろうね。
其の日、友人と外出していた長女だけを残して、たったひとりだけを遺して、家族は皆殺されました。
誰の犯行かはわからない。家の中には痕跡はなく、足跡もなく、爪痕もなく、噛み痕もなく、ただ無惨に切り刻まれた家族の遺体が積み重なっていただけ。
唯一有力な情報と言えば、事件の数日前に洋館の近辺で悪質で凶暴なウロが現れていた、というくらいでひょっとしたら――と噂されてはいるけれど、此れは憶測の話に過ぎない。
死人に語る口はなく、真相はアナグラの暗闇より深いふかぁい闇の中。
事件があった洋館は閉ざされ、今やすっかり寂れた廃墟に逆戻り。
人が住まわなくなった家は荒れるものだ。ましてや多くの人が殺された家などであれば、尚更さ。
物理的にも、秩序的にも――ね? わかるだろう?
此度の依頼はね、せめて家族の遺品が欲しい、とただひとり生き残ってしまった長女からの依頼だよ。
女の子ひとりでの廃墟探索は色々と危険だけれど、君たちならば朝飯前だろう?
人の記憶は薄れ逝く。声の記憶はとうにないだろう。
そんな中、偲ぶ物すらひとつないのはとても――とても、寂しいもさ。
遺品はね、両親、そして妹と弟のものを四つ。どうか、持ち帰ってやってはくれないかい?
――嗚呼、物のついでに真相究明してくれても構わない。どうか好奇心に殺されないようにだけは気を付けておくれ。
なるーん
おはこんちばんわ、なるーんです。
ホラー書いたらホラー書きたくなったのでホラー書きます。
家族全員皆殺しの憂き目にあった長女からの依頼です。
遺品探しに今は住むものなき寂れた曰く付きの廃墟を探索して頂きます。外観は洋館風。
洋館の中では怪奇現象が起こったり、起こらなかったりします。
解釈違い防止にPCが怖がるか怖がらないかのご記載あるとよいかもです。
【やれること】
・生き残った長女に家族の遺品を持ち帰る。
・真相を解き明かすために調査する(必ず解明できる訳ではありません)
また、このシナリオは最初に戦うボスを決めるシナリオになります。
このシナリオでは【1】【2】【3】【4】のすべてが集計対象となります。
プレイングにて相手にしたい対象を記載してください。
なお、このシナリオは『ボスとは一切の関係がありません』。
一応、こちらにもボスの名前を記載しておきます。
【1:黒武者・徹】【2:虎屋・獅鉛】
【3:儀間鷲・誉麗】【4:軒・ミヂカ】
以上、よろしくお願いします!
第1章 日常
『プレイング』
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POW : 肉体や気合で挑戦できる行動
SPD : 速さや技量で挑戦できる行動
WIZ : 魔力や賢さで挑戦できる行動
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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ルシェラ・マーレボルジェ
【1】
おとうサん!
かわイそうなおんナのこのためにさがシものをすレばいいんダね
おツかいだね!わかっタよ
行っテくるね
かぞクがいきなリいなくなっタらいヤだよね
おにク……じゃなイや
したイはどこのお部屋ニあったンだろう?
みつかッた場所にてガかりがなにかのこっテないか探すね
あるキまわったり這いマわったりスるクらいしかできナいけど…
そレにしても
犯人ハきっトおなカがすいてなかッたんだよね
食べないのに、どウしてころシたんだロう…
うロうろしテいて見つけたノはなんか、絵
「シャシン」ッて言うンだね
あとでしった
ちいさイおんなノこ、これは…いもート?
こレもおとうさンが言ってたイヒンになるのかナ
たいせツにもってかエろう
●ヨウコソ!アタラシイヒト
アナグラにひらり天使が舞い降りる。
其れはルシェラ・マーレボルジェ(冥府原産愛憎忌譚・f44094)――天使のなりそこないだった少女。
父を求めて彷徨っていた天使の少女は、しかし、あるとき
桜庭で出会った
桜の精と父娘となった。
家族を失って再び家族を得た天使の少女が、かぞクがいきなリいなくなっタらいヤだよね、と父からのおつかい一番乗りを買って出たのだ。ありがとう、と笑う父。
お父さんをずっと探していたのだから、かわイそうなおんナのこのためにさがシもの、ひとつくらいならきっとできる。天使の少女は確信を胸にお屋敷を見上げた。
さて、岩壁を背に聳える煉瓦造りのお屋敷は、天使の少女が住まうお宿とは随分と様式が異なっている。こンなおウチもあるんダネー、たどたどしくも声音にのるのは好奇心。
玄関に続く白い階段をぴょんぴょん跳ねて駆け上り、触れれば壊れそうなほどボロボロの扉に鈍色の鍵を差しこんだ。慎重に、慎重に捻って――ガチャリ、無機質な音にほっと安堵の息を吐く。壊さなかった!
「気を付けテ行ってオイデ! 気を付けテ行っテくるネ、おとうサん!」
天使の少女は溌剌元気に。しかし、その行動は慎重に。開けた扉の隙間から、まずは中をそっとそっと覗き込む。お家の中は大分、いたんでいるからね。怪我しないよう気を付けて――と父は言っていた。いたんでいる、が、天使にはよくわからなかったのだけれども、多分、きっと危ないということだと察することはできた。だから、天使なりに気を付けて進むのだ。
どれどれー、と覗き込んだ室内は隙間から見える範囲でもとても、とても荒れていた。
壁紙が剥がれている。廊下は大きな穴が空いている。ゴミが散らばっている。食器が割れている。
虫が歩いている。虫が歩いている。虫が歩いている。虫が歩いている。虫が、たくさんたくさん、歩いている。
隅っこに山のように群がって、壁を這い上って、天井を覆うくらいひしめき合って、たくさん歩いている。
廊下を歩く虫は、天井からぼたり落ちてきたもののようだ。再び虫の山に戻り、壁を這いあがり、天井の虫の群にかえっていく。また一匹、ぼたりと落ちた。それもまた同じ軌跡を辿って、天井にかえる。
「なンか、おかシイねー?」
虫の形はお宿のお庭でたまに見るのと同じ虫。赤黒くて足がたくさんあってひょろりと長くて、見かけるときはいつも一匹で、あっという間にすぐ逃げる。同じくお庭でよく見かける小さな小さな黒い虫みたく、たくさん集まって、決まった行動をする虫ではなかった筈だ。因みに前者は百足、後者は蟻だが、天使の少女はまだそれらの名前を知らない。
天使は難しい顔をする――どうしよう?
怪我をしないように気を付けて行っておいで、と父は言っていた。赤黒い虫は鋭い角みたいなのが付いているのを知っている。おつかいはお家の中に入らないといけない。たくたんの赤黒い虫の角に刺されたら、痛そうだし、怪我するかもしれない。天使は自分が痛いのも燃えるのも慣れているから、気にしないけれど。
――怪我しないよう気を付けて。うん、怪我をしないように気をつけるね、お父さん! 約束をしっかり思い返す。
天使はよぉく目を凝らして右へ左へ視界をきょろきょろ。すると運よく虫天井の手前、所謂、コート掛けに残ったままのコートを一着見つけたので、それを被って進むことにした。何故なら、父はお宿のお掃除をするとき、頭に白い被り物をしているから。なんか被れば、きっと平気。対策を見つけたのならば、おつかいに出発だ。すすっと素早く扉の隙間からお屋敷に身を潜り込ませて、おジャまシます!
そして、――ギィイ、バタン。ガチャリ。
そのお屋敷は天使の少女を呑み込んで、その身の内に閉じ込めた。
●ネエ、オエカキ、ジョウズデショウ?
結論としてコートを被ったのは大正解だった。
天使が虫天井を抜ける頃、雨のように一斉に虫が落ちてきたのだ。虫が剥がれた後の天井はまるで新品のように綺麗で、落ちてきた虫たちは全て死んでいた。あと、とても装甲が硬い虫がたくさん落ちてきたので、ぶつかった頭が少し痛かった。
(……やっぱり、おかシイねー?)
コートをばさばさはためかせて、虫を振り払って再度かぶり直す。おつかいを済ませて、はやくお父さんのところにかえろう。カエルノ? カエラナイデ! カエロウヨ! 何処からか奇妙な声が聞こえてきたものの。
「……おにク……じゃなイや。したイはどこのお部屋ニあったンだろう?」
天使はおつかいに集中していたので気付かない。
因みにその部屋はすぐに見つけることが出来た。何故なら件の場所はリビングだったからだ。
玄関の虫天井を抜けて、エントランスにあった大きな大きな扉を開けた、その先だったからだ。
家族の憩いの場所は血まみれだった。まだ真っ赤なままだった。
家具は不自然に端っこに積み上げられ、部屋の真ん中には何やら丸くて複雑な模様が描かれている――所謂、魔法陣。
その陣の中でひときわ臙脂に近い部分が、人が積まれていた場所なのだろう。
「犯人ハきっトおなカがすいてなかッたんだよね。食べないのに、どウしてころシたんだロう……」
殺したものを、仕留めたものを、隠すことをしない。
食べるならば、おにクにするならば、食べきれない部分は隠すものだけれども、此処は隠す場所がない。
それに死体は切り刻まれて積まれていただけで、齧られてもいなかったという。天使の少女は首を傾げる。
「わカらナイなー」
でも、まあるい絵があったことはきっと手がかりにはなる。父に教えてあげよう!
あとはとにかく歩いたり、何かを見落とさないように床を這ったり、他の手がかりを探して右に左にうろうろちょろり。そうしてふと、不自然に虫が群がっている場所を見つけた。
天使は――ルシェラはちょっとだけ考えて。靴を片方脱いで、えいっと勢いよく振り下ろす。
――バシン! ブチィッ! 大きな物音。潰れる音。ザザァーと他の虫が逃げていく。その先には、壁に穴。
また隙間を覗く。ネズミの穴を覗く。暗闇を覗く。深淵を覗く。じぃっと覗く。
よく見えない見なきゃ見なきゃもっと近くで見なきゃ。ルシェラは気付かない。よぉく見ようと壁の穴に、近付きすぎていることに。壁の穴に、ぴったり顔をくっつけていることに。
そして、ギョロリ。暗闇が目を開けて、極近距離で見つめ返してきた。目と目がくっついてしまいそうな距離。闇色に浮かび上がる赤い目が、ニィ、と歪む。黒に浮かぶ赤い目。何処かで見た。お話しているときに手をあげて、殴る目に似てる。あ、目、消えた。おとうサン! あれ、おとうサン? おとうサン! おとうサン! おとうサン! 求めるように白い手を穴に突っ込むと、指先に触れるカサリとした軽い感触。
「あ、そうダ。さがシもの……絵?」
それを引き寄せてみれば、大きい女の子と小さい女の子が描かれた一枚の絵だった――後に、それは写真と知る――。恐らく大きい方が姉で、小さい方が妹だろう。姉の目は白くて青くてよく見る目なのに、妹の目は黒くて赤くて、さっき見た目に似ているけれど。とにかく、さがシもの、ひとつみぃつけた!
「たいせツにもってかエろう」
潰さないように、ポケットにしまって。そうしてお屋敷を後にするとき、ルシェラは声を聞く。
――オカエリィ! 帰ロウ、還ロウ、孵ロウヨ!
天使の少女は振り返りながら、ひとこと。まるで
新築のように綺麗になった誰もいないエントランスに向けて、無感情に言い放つ。
「かエらないヨ。ぼクがかエるのハ桜木とノおウチ。バいバイ」
響く舌打ち。ガチャリ、開かれる鍵。ギィ、バタン。天使の少女は、外へと、桜の元へと帰る。
大成功
🔵🔵🔵
●報告~其の一
天使の少女は妹の遺品を持ち帰ってきた。
おつかいを無傷でこなした愛娘を褒めて、労わりながら、報告を聞く桜の精。
「おや、絵? リビングに丸くて変な絵があったのかい? おかしいねぇ。娘さんから話を聞いたときは、そんな話は聞かなかったんだけれど……」
このおうち、やっぱりおかしいねー。娘の発言に頷く。
「おかしいねぇ。虫が剥がれたら綺麗になっていた天井とか、ルシェラが帰るころには綺麗になっていたエントランスとか、声とか。リビングの絵や穴や目……それに……この写真の妹さんの目、おかしいね……?」
娘が見たときは黒くて赤い瞳だったらしい妹の目は、桜の精が見たときには姉と同じ白くて青い瞳になっていた。
娘が見ても今は白くて青い瞳だというので、どちらかの目がおかしくなっているということはなさそうだ。
「……おかしいねぇ……」
ぼく嘘は言わないよ。と頬を膨らませる娘に、疑ってないよ。信じているさ。と微笑んで。
「とりあえず、これは次に来るフクロウたちに報告した方がいいだろうねぇ。教えてくれてありがとう、可愛い娘」
えへんと笑む娘に、今日の夕飯はとびきり美味しいものを作ってあげようと決めた。
※前述のリプレイ内容及び中間報告は以降、参加頂くすべての猟兵に情報共有されます
・長女が最後足を踏み入れたときにはリビングに魔法陣はありませんでした
・壁の穴も心当たりはないようです
・帰ロウ、還ロウ、孵ロウヨ!と語りかける声(声の性別はよくわからないです)
・ボロボロだった玄関やエントランスは新築同様、綺麗になっています
・写真の異変
大澤・馨
【紫苑】で一緒に
事前に少女に家の間取りについて彼女の記憶の範囲で聞き取り書き出す
それと先行者の報告を隊で共有する
「話の通りの新築の様相…」
少女も全ての部屋の並びや用途は分かるまい
出来た見取り図と現場での外観・玄関ホールからの観察と照らし
捜索価値のありそうな構造の違和感・不明空間あれば特に共有
1:散会し、遺品のありそうな各人の部屋へ
2:ホールに集合 隊で屋敷探索 指示に従う
―
遺品回収は僕は【弟】の部屋へ
悪いこと等してないのに、日を避ける生活とはね
子供には酷よな…さて何が持つに負担にならぬものを選ぼうか
探索時は虫を切る気概持とうか
虫の音や異音のあれば報告、周辺の詳しい探索を進言するよ
江田島・榛名
●プレイング
チーム名【紫苑】
まずはそれぞれ単独行動で遺品探索を行うであります。
蔵務殿は母君の部屋で
大澤殿は弟君の部屋
我輩は父君の部屋に。アルバムとか家族写真的なのでもないかなぁ、とね
その後合流して屋敷内を探索。探索自体は蔵務殿をメインに、大澤殿は耳での情報のサポート
我輩は2人の報告を聴きながら、ライフルを構えつつ周囲警戒・並びに護衛を。
屋敷内探索に関しては、深追いはしないでありますよ。危険だと判断したら即時撤退、その場合、殿は我輩が務めるであります(護衛なのでね)
もし何かしらの攻撃をされた場合は、2人を庇うことを優先、激痛耐性もあるから自分が傷つくことは多少構わんであります
蔵務・夏蓮
【紫苑隊】
【2】(隊共通)
※怖がらない
洋館に関する情報は、大澤さんから聞いて頭に入れておく
念のため短剣はいつでも抜けるように
遺品回収は手分けして
私は母親の、人形のような自力で動けそうなものを探すわ
遺体があった場所にあればいろいろと早いのだけれど
なければ、母親の部屋の方へ
遺品探しの最中もその後の調査も、事前の情報と食い違う点や、何かおかしな点がないか気にしておく
遺品が見つかったらそれを手に合流、情報共有
その後、遺品に声をかける
あなたの持ち主が亡くなった日、
おかしな音や姿はなかったか
あったとすればそれはどこからだったのか
知っていたら教えて
移動する様子を見せるなら、床に下ろして後を追うわ
●イラッシャマセ! オキャクサマ!
――コンコンコン。コンコンコン。来訪を告げるドアノッカーがひとり姦しく鳴り響く。
洋館聳える空洞に一際、響く、響く、木霊する。人一人とて触れずにいるのに洋館ひとりが姦しい。
そんな騒がしい洋館に続いて訪れたのは団体の皆さまだ。
冠する部隊名は【紫苑隊】
記憶を巡る、記憶を辿る――まさに追憶を願った依頼に相応しい部隊名。
構成するは大澤・馨(くだんの橡・f43537)、蔵務・夏蓮(眩む鳥・f43565)、江田島・榛名(強化人間のガンスリンガー・f43668)の三人だ。
まず調査に必要なのは情報と機転を利かせた馨隊員が、事前確認した情報を部隊員に共有する。
長女からの話と、魁たる天使からの報告もあわせてみれば、一階・二階の部屋の位置が凡そであれど推測された。戦後はあらゆるものが貴重なれど、命惜しんで紙を惜しまず。彼が紙に描きだしたのは屋敷の間取り。
――無論、事件より時を経ている今は長女の記憶も朧げだ。が、空白はあれど無いよりマシだ。やみくも探すよりは目星をつけた方が効率も良いと言えるだろう。
探索も固まるよりは手分けして、誰が何処へ向かうかも念入りに。そして、
ナニカあった場合もどうするかだって忘れてはいけない。
そんな貴重な打ち合わせの最中すら、コンコンコン、コンコンコン、ドアノッカーは鳴り響く。
いっそ来訪を急かすように。ハヤクオイデ、と促すように。さりとて怯える者は此処にはおらず。ならば怯えるまでと、今度はドアが
内側より叩かれる。
――ドンドンドン! ドンドンドン!! ドンドンドン!!!
「黙るでありますよ」
――バンっ!!!!
榛名の低くも明瞭な声。迫力あるそれにドアは一際、大きく
ナニカを叩きつけたような音を最後に黙り込む。
「……報告の通り、ずいぶん愉快な洋館のようね」
「そうでありますな。向こうさんも急かしてきているようでありますし、そろそろ行きますか」
頷く三人。馨がまず先頭として、ごくり、生唾呑み込みドアノブを捻った。広がる光景は報告の通り、新築同然の様。
「話の通りの新築の様相……」
「此処までは報告の通りね。それでは打ち合わせの通り」
「各々、充分に気を付けるでありますよ」
集合場所はエントランスホールと定めて一度、三人は散会せんと……そして、いきなり乱暴に閉まる玄関ドア。
ドアの内側には叩きつけられて潰れた、大量の蟲の残骸が、重なる。沈黙。緊張。ずしり、重くなる空気。
視線。視線と、そして気配。複数の気配が、視線が、三人を見ている。見ている。見ている。見ている。
――ミテルヨ。
「……本当に、気を付けるでありますよ」
――ヨウコソ、イラッシャマセ、オキャクサマ。オモテナシ、スルネ。
●オトウトノオヘヤ
馨が向かうのは弟の部屋だ。二階へ続く階段を上ってすぐの部屋。
どうにも家人各々の個室は二階にある模様。さりとて向かう途中も何かあったかわかったもんじゃあない。三人同時に全滅など笑い話にもならない。一人、一人が螺旋階段を上り、二階についたら声をかけ、次が向かう作戦とした。
魁は馨、殿は榛名。探索のキーパーソンとなる夏蓮を守る隊列だ。
――そうして懸念は無事、懸念で終わっての、今だ。
軋む床を踏みしめて。暗い廊下を慎重に。進む距離は僅かと言えども、油断は命取りを思わせた。
弟の部屋の前で一度、立ち止まり、廊下の奥に目を凝らす。
見渡す限りの範囲でも荒廃は酷く、散乱するゴミが人の形跡を匂わせた。秩序云々と案内人は言っていたのだから、噂を聞きつけた輩が肝試しに訪れたりもしたのだろう。
――不謹慎な輩は戦場にもいたものだ。嫌な記憶が蘇る。
ふるり、頭を振って。
「今は、こちらに集中しなくては」
キィ、部屋の扉を開いた。中は、至って普通だ。荒廃っぷりは廊下と同程度、といったところか。
――特別、何かあったような気配はない。人が生活していたかのような、そんな名残が残るだけ。
ころり、ころり、床に転がるのは奇怪絡繰が主だったところ。戦後らしく軍機を模したものなども少しばかりあった。あとは紙に描かれた絵と画材。実に、何の変哲もない、少し散らかっただけの子どもらしい部屋。
拾えばいくらでも遺品は手に入りそうな中、いくらか状態がマシなものを選別する。持つに負担にならぬものであることも重要だ。何かあったときにそれが邪魔になってはいけない。
敢えて
今の時代風に言うなれば、合体ロボットを思わせる奇怪絡繰をひとつ手に取って。
「しかし……悪いこと等してないのに、日を避ける生活とはね。子供には酷よな……」
ぼやかずにはいられない。
地上より逃げたしたるは親の都合。戦火を免れたかもしれないが、親の都合が都合だ。地上に戻ることがあったとして、身分の隠蔽は必須、果たして普通の暮らしなど手に入っただろうか。
――もう、そんな未来すら来ることはないのだけれど。
馨は一度、部屋を見渡して一礼ひとつ、静かに退室した。残ったのは埃の上に刻まれた足跡だけ。
そうして部屋を出た足跡は、ひとりぶん
増えていた。
●ママノオヘヤ
夏蓮が赴くは母親の個室とそれに連なる隣室だ。
隣室は母娘のクロークとして使われていた様子。控えめなれどお洒落な母親だったらしく、言わば着道楽の類だったそうだ。二人の娘を着飾ることも好んでいたそうで、よく姉妹揃って母親の着せ替えに付き合わされてたらしい。
――まあ、それくらいならばよくある話だ。
夏蓮は痛んだ廊下を慎重に歩く。この荒廃っぷりでは体重をかけた先の床が踏み抜けて、階下に落下する危険性がうかがえた。こういう場所では怪奇より人為的、物理的な危険の方が伴うもの。慎重であることに越したことはない。
そろり、そろり、弟の部屋を抜けた先に母親の部屋はある。途中、念のために弟の部屋に聞き耳を立ててみるなどしたところ、特に馨の悲鳴などはない様子。安堵のまま進み抜けて、母親の部屋の前。深呼吸を挟んで扉を開けた。
ガッ――一瞬、不自然にノブが固かったような気もしたが、気になったのはそれくらい。荒廃の様を思えば、扉が固くなることも予想できたことから、そのまま部屋の中へと入る。
ぐるり見渡す室内は、やはり、普通だ。生活感の名残りがある程度。事件現場ではないことは一目でわかる程だ。夫婦の寝室はまた別室か、此処は母親の趣味の部屋だったのだろう。普及したばかりの家庭用ミシン、様々な布や糸、装飾の類や作品が納められた棚。洋裁に関する本が並ぶ本棚。小休止用なのだろう、お茶が出来る程度の小さなテーブルと椅子。作りかけの服、完成したものを着せられたトルソーなどが立ち並び、アトリエを思わせる。
「人形のようなものは、ないかしら」
夏蓮は護身の短剣をいつでも抜けるようにだけ気にかけながら、探索を始めた。探すものは決まっている。この中ならば探せばすぐに見つかりそうではあるものの――張り詰めるような緊張感が、探索を、手間取らせた。
ぎしり、ぎしり、家鳴のする方向に耳を澄ませ。時折、手を止めて振り向き、安全を確認する。
母親の部屋に入った途端、先ほどまで感じていた重苦しい空気が幾分か和らいだのだ。それが却って、夏蓮に
不自然さを感じさせていた。迎え入れられているような安心感。それに心をゆるしていいのかどうか。
揺らぐ警戒心を理性で保ちながら、小まめに注意を払いつつ、作品が並ぶ棚を改める。
「あ、よかった。これなら十分ね」
見つけたのは小さなフランス人形。顔を汚す埃をハンカチで拭ってやれば、見違えて可憐さを増す。着込んだドレスの砂埃も叩いてやる最中、ドレスに刺繍された長女の名前を見つけ――それを母親の遺品と定めた。恐らく、母お手製のドレスを着せた人形を長女にプレゼントするつもりだったのだろう。ほぼ完成していることから、案外、此れを渡す機会は近かったのかもしれない。奪われた、機会。渡されることのなかった、プレゼント。
「……こういうかたちになってしまったけれど、せめて」
夏蓮がしっかりとそれを携えて、部屋を後にしようとしたとき。
カチャリ、背後で
食器の鳴る音がした。
ふわり香る、淹れたての
アールグレイの香り――振り向く。
其処には、小さなテーブルの上に、湯気が立つ
二人分の紅茶が、あった。がたり、一脚の椅子がひかれ、着席を促される。
――夏蓮は。
「お誘いはありがたいけれど、急いでいるの。失礼するわ」
動揺を呑み込み、部屋を後にした。のこされた紅茶は、かたり、傾いて。広がる赤色が、白いテーブルクロスを染めあげる。
●パパノオヘヤ
榛名は父親の部屋へと向かう。父親の部屋は廊下の一番奥だ。
榛名にとっては、荒廃した洋館程度など戦場より遥かにマシな環境だった。地雷が埋まっている訳でもなく、凶悪なトラップが敷かれている訳でもなく、肝試しに訪れる程度の人間ならば榛名ひとりであしらえる。
つまるところ警戒するべきは、うっかり床を踏み抜かないことと、どう対処していいかわからない怪異に対してのみだ。床だって危険な場所の歩き方を心得ているのだから、油断しなければいい。
二人よりは軽快な足取りで、しかし周囲の警戒は怠らずにさくさくと廊下を進む。
父親の部屋は所謂、書斎というものらしい。仕事の部屋だから入ることはできなかった、と長女は言っていたそうだ。だから、つまり、一切の未知。物理的な危険であれば二人よりは対応できる自分が担当するに相応しい、と担当決めのときに立候補してはみたものの。
「此処まで荒れているのは予想外でありますなぁ」
重厚な雰囲気のドアをがちゃりと気軽に開けてみれば、嵐でも過ぎ去ったかのようなひっちゃかめっちゃかな室内。本棚は倒れ、本は乱雑に床に散乱し、仕事道具と思われるインクが絨毯に広がっていた。
「遺品探しついでに肉体労働でありますね」
アルバムや家族写真などを目的に訪れたものの、このままではある物も見落としてしまいかねない。榛名は盛大に溜め息を吐き出して、ひとまず本棚を起しにかかることにした。
――作業に取り掛かって暫く。あらかた本棚を起して、本を適当に収納して、探索前に流石に一息と安楽椅子を借りて休憩していた頃だ。
ダンッ! ダンッ!! ダンッ!!!
本棚を
壁から叩く音。マホガニーの本棚が揺れるくらいに強い強い振動は、されどそれだけに留まる。納めた本のいくつかが床に放り出されたが、それに違和感を覚えて、榛名は眉を顰める。本の全てが放り出されてもおかしくはない、そんな振動だったからだ。
慎重に近付いて本をいくつか拾い、再び本棚に納めていく。
アルバム――これは遺品として回収する――植物や鉱物、動物図鑑、詩人の詩集が何冊か。その内のひとつから、ひらり、一枚家族写真が落ちる。色の褪せ具合から、事件が起きるより少し前のものと思われた。両親と思われる男女、姉弟だろう少女が二人と少年が一人――そして
性別のわからない存在がひとり。
ひとかげ。それはよく見なければわからない程に、うっすらと、姉二人と弟の隙間に写っていた。
「これは……」
隠されるように本の隙間にあった写真を、榛名はアルバムに挟む。長女に渡すかは迷うところだが、なんらかのヒントには繋がるものと思われた。
榛名は急ぎ足で部屋を後にする。
――誰もいなくなった部屋に、異変がひとつ。
片付けた本が、どさり、どさり、床に散らばっていく。本棚のから伸びた白い腕によって、どさり、どさり、一冊一冊、本棚から押し出されていく。
どさり、どさり。どさり、どさり。どさり、どさり。どさり、どさり……。
●イッショニ、カゾクニ、ナロウ
遺品捜索にかけた時間はそれぞれ。各々エントランスホールに集合した三人は情報共有を行う。
エントランスホールに向かう途中、馨が誰かから背中を強く押されて階段から転落しかけたこと。榛名が退室した後、父親の書斎から重たい家具が転倒する物凄い物音がしたこと。他に起きた現象、回収した遺品、そして気になった点を挙げ連ねる。
「それでは目的の物は手に入ったんだね」
「ええ、此れで何が起こったかわかる筈よ」
馨の問いに夏蓮は頷く。そして抱えた人形に向かって、夏蓮は声をかけた。
「あなたの持ち主が亡くなった日、おかしな音や姿はなかったか。あったとすればそれはどこからだったのか。知っていたら、どうか教えて」
伝声管――夏蓮の声を聞き届けた人形は、ひとつこくりと頷いた。奇妙な現象が起こる洋館の中で、ただひとつ仕掛けが明確なその現象は夏蓮の力によるものだ。夏蓮は人形をそっと床に降ろすと、てくてくと歩いていく人形の後についていく。それに続く馨と榛名は、それぞれ何か起こったときのために武器を構えて。
しかし、その場所はすぐそこだった。エントランスにある大きな扉を抜けた先、天使が既に調べたリビングだ。
されど、三人はそれを開けることを躊躇った。扉は一部、摺りガラス――その向こうが、見えない。
暗闇。否、それは静寂たるただの闇ではない。蠢いている、何かが。摺りガラスの向こうで。ひとつではない。ひとりではない。何かがぎっちりと
集り、蠢いているのだ。
――答えはすぐにわかった。扉の下からそれは漏れていた。百足だ。百足が、摺りガラスの向こうでぎちりぎちりとひしめいている。蠢いている。重厚な観音開きの扉をたかだか虫ごときが、その物量で押し開けんほどに。
ぎちりぎちりぎちり。ぎちりぎちりぎちり。人形はその先へ行こうとする。
ぎちりぎちりぎちり。ぎちりぎちりぎちり。――オイデヨ。
ぎちりぎちりぎちり。ぎちりぎちりぎちり。人形はその先へ行こうとしている。
ぎちりぎちりぎちり。ぎちりぎちりぎちり。――オモテナシ、スルヨ。
ぎちりぎちりぎちり。ぎちりぎちりぎちり。人形は、止まらない、扉に、手をかけ。
みしりみしりみしり。みしりみしりみしり。ギィ……。人形の力で、開かれん筈もない、扉が。
寸前、夏蓮が人形を拾い上げて、三人が扉の前から退いた瞬間。
まるでひとつの生き物にすら見えるほどの百足が、虫が、大量に零れ出す。虫の雪崩。その夥しい数は、扉だけに集り、蠢いていたのではないとわかった。リビングの一部をそれが埋め尽くさんばかりの量が、扉に押し寄せて集っていたのだ。
蟲の雪崩が落ち着いて、エントランスホールの床を埋めても、リビングの一部を占有する百足――の死体。直前まで生きていた筈のそれらは、扉が開かれた瞬間に尽く息絶えていた。その向こうで。
整然としたリビングがあり、
家族が団らんとしていた。
それはまるで一日の始まりの光景。ただ長女だけがいないその光景。会話はない、否、聞こえない。音がない。リビングの入口で立ち尽くす三人を無視して、家族は団らんとしていた。
母親が食事を運ぶ。オネエチャン。娘が本を読んでいる。オネエチャン。父親と息子が二人で何かを話している。オネエチャン。聞こえない。聞こえない。オネエチャン。聞こえない筈の中で、ただひとつ、オネエチャン、という言葉だけが音を紡ぐ。オネエチャン。家族がその単語を唇から紡いでいないタイミングで。オネエチャン。家族一同席について。オネエチャン。さあ、みんなで挨拶するんだよ。オネエチャン。いただきます。
家族の首が、跳んだ。家族の腕が、跳ねた。
家族の指が、跳んだ。家族の足が、跳ねた。
家族の胴体が、ちぎれて。家族の内臓が、ねじ切れた。
笑顔のままの首が、ごろり、三人の前に転がり――目が、ギョロリ、見上げる。
がぱり、口が、開かれて。
「ッ! 退避するでありますよッ!」
首から言葉が吐き出される前に、否、それを掻き消すほどの怒声、榛名の号令が響いた。
我に返った馨は、夏蓮は、玄関を目指して走る。榛名を殿に、外を目指して。
いつの間にかリビングには家族以外の人間が、いくつもいくつも重なっていた。
恐らく肝試しに訪れただろう人数の首が、床一面に転がっていた。
全員が、全員が、首が、目が、逃げる三人を目にして。口腔、暗闇をがぱりと開き。
重声――然し、ライフルの銃声が、やはり声を掻き消す。
イッショニ――馨が玄関の扉を開け、夏蓮の手を引いて外に放り出す。
カゾクニ――馨が扉を抜け、榛名が走る。
江田島氏っ!! 江田島さんっ!!――叫ぶ二人の声。榛名が扉を抜けた瞬間。
――バンっ!!!! そして、扉は閉められた。
大成功
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●報告~其の二
三人が飛び出した洋館からはけたたましい笑い声が響く。
どたばたと誰かが駆け回り、人が人を呼ぶ声が、生活感のある音が煩わしいほどに聞こえてくる。
音は、声は、当然のようにひとりじゃない。そして亡くなった家族
だけのものじゃあない。
誰かが誰かをお兄ちゃんと呼び、誰かが誰かをお姉ちゃんと呼び、誰かが誰かの名前を呼び、誰かが家族の両親を呼ぶ。其処に、誰かたちが、確かに暮らしている。
割れ欠けた窓ガラスから
家族ではない少女が三人を指さして、お客さんだ、などと屈託ない笑顔を向けて手を振った。
――明らかな異常が其処に在る。
「本当に、愉快な洋館ね」
違和感を与えぬよう夏蓮が少女にぎこちなく手を振り返しながら呟いた。
「行くでありますよ」
「そうだね、もう僕たちの用は済んだんだ……行こう」
「そうね」
榛名の提案に馨も夏蓮も頷いて、洋館の住人たちから見えぬだろう距離まで離れる。其処で再度の情報共有だ。
各々各部屋での異変。そしてつい先ほど行こった明らかな異常の数。既に既知の情報と現状を整理していく中で、いくつか新たなことが推測できた。
現状が巻き戻るとき必ず百足が居るのだ。そして巻き戻った後は死んでいた。
更に此度は巻き戻り後に家族が居た。無音であれども
映像ではない。確かな存在感を持って其処にいたのだ。向こうが此方の存在を認識したのは、首が跳んだ後であったが。
「あれがもし殺害の瞬間だとしたら……人間には、まず無理でありますよ」
家族そろっていただきます、その直後、複数人の人間の身体を寸分違わず同時に切断――など、果たしてただの人間にできようか? 仕掛けがあるならばわかりはするが、そもそも
案内人より洋館に赴く前に【痕跡はなく、足跡もなく、爪痕もなく、噛み痕もなく、ただ無惨に切り刻まれた家族の遺体が積み重なっていただけ】と伝えられている。
「やはり、ウロ、なのだろうか……?」
「可能性としては高いんじゃないかしら」
しかし【洋館の近辺で悪質で凶暴なウロが現れていた】という噂話については此度の調査では何も得られていない。近辺ならば周辺に聞き込みが必要だろうが、依頼の目的は洋館の中での遺品探しだ。凶暴なウロについて調査するにしても、今回は難しかった、というのが三人の結論だ。
「ああ、遺品といえばひとつ相談があるんでありますよ。此れを見てほしいで
……!?」
ふと、榛名が思い出したのは一枚の写真。渡すにしても心霊写真じみたものを渡していいのかどうか、ひとりでは決めあぐねていたものだ。しかし、取り出した写真にはひとつ明らかな異変があった。
「これは……家族は両親と姉弟三人の五人じゃなかったかしら?」
「僕も、本人からそう聞いているよ」
姉二人と弟の間に居た虚ろなひとかげは、今や家族と相違ないほどの存在感で確かに写し出されていた。弟とされる少年とそっくりで、かつ雰囲気をもう少しだけ年上にした
もうひとりの少年として、其処に居た。
榛名が持ち帰ったアルバムをあらためてみても、五人の写真や三人の子どもたち、両親の写真が並ぶだけ。四人目の少年は何処にもいない。
「もう一度、娘さんに話を聞く必要がありそうだね」
そうして――生き残った長女は語る。
妹と弟の間に産まれていた筈の子どもの存在。
性別がわかる前に心臓を止めてしまった、ひとつのいのち。
産まれる前に死んでいたのならば、殺される筈もない。
そのいのちに遺品などある筈もないのだ。故に、話す必要を感じなかったのだと。
さて――ならば、写真の少年の正体とは。彼は一体、誰なのか。
ぐるりぐるり、きおくめぐりは最後の
梟に託された。
※最後のリプレイ公開までの推理にどうぞ(特に関係ない情報もあります)
・長女が最後足を踏み入れたときにはリビングに魔法陣はありませんでした
・壁の穴も心当たりはないようです
→家族が再現されたリビングには上記のものは見当たりませんでした
→犯行後にそれらが発生したと推測できる
・帰ロウ、還ロウ、孵ロウヨ!と語りかける声(声の性別はよくわからないです)
→無音の中ただひとつ聞こえた、オネエチャン、という声(声の性別はよくわからないです)
→イッショニカゾクニ、と呼び掛けてきたのは複数人の声
・ボロボロだった玄関やエントランスは新築同様、綺麗になっています
→リビングも新築同様です
→百足が剥がれた後に新築同様に巻き戻っている様子
→脱出後、洋館に人がたくさん居る。巻き戻りの結果?
・写真の異変(妹の目の色)
→写真の異変(ひとかげが弟とそっくりの少年になっている)
→長女曰く、当時の家族の人数は長女含めて五人で間違いない
→妹と弟の間にひとり産まれる前に死んでしまった子どもが居た(性別不明)
→写真の少年は……?
・家族の惨殺現場の再現から犯人はまず人間ではない
・各部屋での異変(弟の部屋での増えた足跡、母親の部屋でのおもてなし、父親の部屋での本棚裏からの物音)
●幕間~噂話
噂話には語る誰かが必要だ。
例えば、誰も彼もが生き残らなかった怪談話に、違和感を覚えることはないかい?
誰も生き残らなかったことを、どうして誰かが知っているのだろうね?
誰も生き残らなかったことを知っているのは、真実、ただひとり生き残った誰かか。
――誰かが生き残ることを許さなかった、そう、つまり手を下した誰かだけ。
洋館のことは誰も知らなかった。知っていたとしても、いつの間にか其処にあったということだけ。
誰も知らなかった、ということは、つまり洋館を調べようとして中に入った人は誰も。
誰ひとりも生きては出てこなかった、というだけの話さ。
――なんの偶然か暫く生きながらえたのは死んだ家族と、そして生き残ったひとりの娘だけ。
●幕間~百足と狐、そして梟
アナグラの治安維持隊にフクロウとは実にいい呼び名だと思わないかい?
フクロウは不苦労、または福来郎と表記されることがある――単純な言葉遊びさ。
不苦労、
福来郎。困難を避け、幸運を呼び込む鳥がフクロウさ。
そしてフクロウは夜目が利き、闇を見通す鳥でもある。
虚の闇のその先を見通すことができるのさ。
概念とはとても大切だ。名付けとはとても重要だ。
白い腕章をつけた存在たちをフクロウと呼ぶのであれば、姿を持たぬものにこそその真価を発揮する。
天使が呼び方に一言、何処へ? とたずねようものならばどうなっていただろうね?
追憶の名を宿す部隊員たちが、彼らの声を最後まで聞いていたらどうなっていただろう?
災難を瀬戸際で避け続け、無傷で生きて出られ続けた事実を、幸運と呼ばずになんと呼ぶ?
さて、此度、最後の訪問者。彼は一羽の梟で、そして一匹の狐様。
狐は古来より神であり、妖怪であるとされる――そしてそれは、百足も同じこと。
樂文・スイ
【4】
家族皆殺しでひとり遺されるなんてまあしんどかろうに、遺品だけでもとは気丈だねぇ
よっし、オニーサンが一肌脱いでやろうじゃねえの!
…ていうかこんだけ殺しといて一人だけ取り逃がすなんてわざとじゃないならド三流だよな
しっかし玄関の方だけぴかぴかってのも異様だね
俺そういうの強いから別にいいけどさ
死体が「積み上げてあった」ってんならどっかで殺してからまとめたんだろうし
殺害現場は別にあるんじゃね?
てことで両親と子供の部屋をそれぞれ調査
血痕、格闘の跡、死の間際の行動
こっちにも心得はあるんだ、犯人がどういう「殺し」をしたのか
楽しんでるのか、義務感なのか、恐慌状態か?
そういうのくらいは見えてくると思うんだよな
見えづらいベッドの下やら物の隙間は主さま(UCで出現する白狐)と一緒に見回るとするかね
弟くんの部屋で見つけたゲーム機、これ遺品になるのかね?
もう壊れちまって起動はできないみたいだけど
とりあえず持って帰ってやるか
●きおくめぐり
紫苑隊が去った後、洋館はまた一際、大騒ぎ。それはそれは大層、賑やかになっていた。誰かがきゃっきゃと騒いでは、暫くしたら住人みんなでカエロウ! カエル時間ダヨ! と叫ぶ。そうしてすぐにリビングで響く断末魔。
そうして、また、誰かがきゃっきゃと騒ぎ出す。繰り返し。ぐるり、ぐるり、同じ行動の繰り返し。そんな異常の繰り返しから、誰も彼もが逃れようとしない。
そんな洋館に
梟と名付けられたお狐様が、ふらり、訪れた。賑やかさは増したものの、風貌変わらず岩壁を背に聳える古びた洋館を見上げれば、ふさり、尾っぽのような長い髪が揺れる。
「家族皆殺しでひとり遺されるなんてまあしんどかろうに、遺品だけでもとは気丈だねぇ」
樂文・スイ(欺瞞と忘却・f39286)は、気丈な娘のために一肌脱いでやろうと、意気込み確かに臆することなく玄関のドアに手をかけた。
「……ていうかこんだけ殺しといて一人だけ取り逃がすなんて、わざとじゃないならド三流だよな」
繰り返される断末魔に思わず疼く、殺人鬼故の好奇心。手を下したのが人にしろ怪異にしろ、取り逃すのは三流なんて殺人鬼故の価値観だ。
さて、開ける一瞬、ドアを内側から引いて開かれるのを阻止するような、そんな微妙な抵抗を感じはしたものの、お狐様は無遠慮だ。力任せに開け放つ。嗚呼、慣れている。それもそのはず、狐は本来、怪異側。そして、そもそもこういうものにこのお狐様は強いのだ。
腐乱の人魚を前にして再殺すると言って退けるは朝飯前の狐様、躊躇いなくお邪魔して、ぐるり周囲を見渡した。まずは散策、現場検証。殺害現場がリビングであるとは知れど、怪異のせいに見せかけた人の手によるものの可能性だって今だある。
(他にも手がかりあるかもしんねぇし?)
まず、ふらり――天使が訪れては百足が剥がれて綺麗に戻ったエントランスには、何もない。
お次に、ふらり――追憶の部隊が訪れては百足が剥がれて綺麗に戻った憩いの間には、
人が居るだけで何もない。
あれ、お客さん? いらっしゃいませ! なんてお狐様に声をかける住人たちに多少驚きはしたものの、報告以上に
なにもかもが新築同然となった内装にぴゅるりと口笛ひとつ。
「いやぁ、ぴかぴかに
戻ってるってのも異様だねぇ……って、ああ、坊や、ちょっといいかい? この家のご両親と弟くんの部屋ってどこかね。よけりゃあ案内してくれね?」
「パパとママと、
おにいちゃんとボクのおへや? ん、いいよ!」
地上にある異人館より狭いとは言え、一般の家よりは広いこの洋館。あてなく彷徨えど疲れるだけだと通り過ぎんとするひとりの少年に声をかけてみた。青い瞳の少年はきょとりと目をまあるくして、無垢な笑顔で頷いた。
(ツいてんな。ま、こっちにも心得はあるんだ、犯人がどういう「殺し」をしたのかくらいは見つけねえとな)
いきなり当たりを引いてにんまりのお狐様。こっちだよ! と連れられて案内された部屋のひとつひとつ、隅々までを
白狐と共に確認していく。
殺人鬼なのに気分はすっかり探偵だ。
血痕、抵抗の痕跡、僅かな違和感――被害者の行動をよぉく思い出し。
楽しんでるのか、義務感なのか、恐慌状態でなされたものなのか――殺すときの感覚を思い出す。
しかし、収穫はあまりない。
父の書斎では、本棚の本を床にどさりどさりと落として遊ぶ悪戯な少年がいただけ。
母の個室では、お茶を嗜むひとりのご婦人がいただけだ。
隅々の隙間までもぐりこんで埃だらけになった主様の毛並みを整えてやりながら、お狐様は考える。思案する。
はて、此処まで何もないのも、また、おかしい。新築同然だからかなのか? 否、其れにしたって違和感が伴うのだ。整然としてはいるが生活感が欠けている。
例えるならばモデルルーム、住宅展示場に建築された家、ドールハウス――そんな違和感だ。
(見てくれだけが整えられているってぇ感じか?)
であるならば、人目のつかぬところにナニカがあってもおかしくはない。
「ここ、おにいちゃんとボクのへや!」
そうして思案しながらも連れられた兄弟の部屋には――
「あれ、おきゃくさん?」
目の前の少年が少し年嵩になった風貌の、黒くて赤い目の少年が、いた。
●こたえあわせ
少年が言うお兄ちゃん。存在しない筈の兄弟。その風貌はまるで模範したものに年齢を加算しただけの、姿。
例えるならば目の色だけが反転した、鏡写しの男の子。
「おきゃくさん、ボクたちのおへやにごようじだって」
「そっか。いらっしゃいませ」
お行儀よく兄弟そろってお辞儀して後は我関せずと二人で遊びだす。
気にせず作業してもよさそうではあるが、流石に部屋の主がいる前でがさ入れするのも気が引けたお狐様。
白狐だけ自由にさせて、念のためにと声かけた。
「あ~……ちょっと探しもんしてぇんだけど。いろいろ見せてもらっていい?」
「いいよ。なにさがしてるの? ボクたちもおてつだいする?」
「いや、お手伝いは平気なんだけどな。あ~……なんだ、坊やたちがよく遊ぶもんひとつくれねぇ? 君たちのお姉ちゃんに頼まれ」
「おねえちゃん!」
兄弟そろって重なる声までそっくりと来た。ぐぐいと零距離に近いところまで、お狐様に詰め寄る少年たち。思わず一歩引くお狐様。
ねえ、おねえちゃんはどこにいるの。おねえちゃんにあったの。おねえちゃんはどうしてかえってきてくれないの。おねえちゃんはげんきなの。おねえちゃんはつれてきてくれないの。おねえちゃんとかえりたいのに。おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃん。
お姉ちゃん、その単語一つで怒涛に訪ねてくる少年たちのその目は異様にギラついていた。
偏愛・執着・依存・愛情・疑問・寂寞・寂寥・憧憬・願望、様々な感情が複雑に入り混じるいっそ狂気的な眼差し。外見より予測できる年齢にしては重たすぎる情緒の
彩。
しかして、表情だけは抜け落ちたかのように何もなく。そう、いっそ人形のようでいて。
「そんないっきに聞かれても答えらんねえって」
なんてお狐様が答えれば、二人は一度黙って俯いた。そっと手を繋ぎあう少年たち。
シーン、耳が痛くなる静寂。先程までの住人たちの騒ぎが、一切聞こえない。まるで外界より切り取られたかのよう。
ねえ、おにいちゃん。おねえちゃんは――声が重なる、少年たち以外の声が、交じり合う。その中には少女も含まれていた、妹か。最後まで聞き取れず、聞き返した。なに?
ねえ、おにいちゃん。おねえちゃんは――沈黙、そして再び繰り返される問。部屋の空気が伸し掛かるように重たく、冷える。いたるところから増えた視線が、ぐさり突き刺さる。これは、妹だけではない。しかし、スイは目の前の少年に集中した。耳を澄ます。恐らく聞き返しは一度しかゆるされない。これは、勘だ。
――同じ、人を殺めたものとしての。次の聞き返しは、もういいや、でデッド・エンドだ。自分ならそうする。
下から睨め付ける視線は、黒くて赤い目の少年
たち。
「
イキテルノ?」
スイは――
「お姉ちゃんには
帰ってくるなって言っとくな」
主様を呼びつけながら部屋を飛び出した。
オネエチャァアアア! 飛び出した部屋から響く慟哭。嗚咽、泣き叫ぶ幼子――否、住人たちの鳴き声。
カエセエエエエエエ! 盗ってねえっつの! スイは叫びながら、口にナニカを咥えて部屋から出てきた白狐を抱え、玄関へと走った。恐怖はないが面倒なのだ。いくらでもどうとでも出来ようが、とにかく気配が多い。
背後に視線をやれば、案の定、だ。巨大な百足の化け物が這うてきていた。
化け物を形成すは虫一匹ではない。
壁から、床から、天井から、浮き出るようにあらわれた何百何千何万何億の卵から、ぞろりぞろりと百足が孵り、兄へひとつに還りながら追いかけてきていたのだ。
百足が孵ったところから、屋敷の様相が廃墟と返る。それは屋敷ばかりではない。
傍らに在った弟の方の少年も、ボロリボロリと形崩れて、兄へと還る百足の群へと還っていく。
通り過ぎる住人たちも、また、少年と同じように百足に変えり、還るのだ。
百足に変えり、百足が孵り、そして群に還るたび、兄の姿はむくりむくりと膨れ上があがる。
姿形は少年のまま、百足の群が少年を形成す。
つまりあれと相対するならば、百足の群を孤軍でどうにかせねばなるまい。
(燃やして終わりっつー訳にもいかねぇよな!)
ある意味、この家そのものが姉にとっての家族の遺品だ。取り扱いはまず確認せねばなるまい。燃やして捨てるはそれからだ。
百足の猛攻躱しながら走り着いた帰り道。スイが玄関ドアのノブに手をかけたとき、後ろの気配がぴたり静止する。
再び振り返れば赤くて黒い目の小さな少年と、弟と、妹と、両親と、諸々住人達が並んでいた。其処に居た。見送るように、其処に居た。
赤くて黒い目の少年が口を開く。それに家族と住民たちが続く。
「お兄ちゃんも此処へ
帰ろうよ。
変えろう、
還ろう、
孵ろうよ。みんないっしょで、さみしくないよ」
「ずっといっしょだよ」
「ずっとみんなでかぞくだよ」
「ずっとずっとたのしくすごせるよ」
スイは彼らから目を逸らさずに。すっかり廃墟のようにボロボロに崩れたエントランス、其処に佇む大勢の
百足たちに向けて、嘲笑混じりに言い放つ。
「帰らねぇよ。オニーサンが帰る場所は決まってんの。それじゃあな」
「そっか、ざんねん。それじゃあ、おねえちゃんによろしくね。バイバイ」
――兄は、弟は、妹は、両親は、そして家族たちはみんなみんな作り物のようなにこやかな笑顔で手を振って。
瞬間、ギャッ――! 断末魔。
家族の首が、一斉に跳んだ。家族の腕が、一斉に跳ねた。
家族の指が、一斉に跳んだ。家族の足が、一斉に跳ねた。
家族の胴体が、一斉にちぎれて。家族の内臓が、一斉にねじ切れた。
笑顔のままの首が、ごろり、大勢の分、転がって、全員の口ががばり開かれた。
「いってらっしゃい、また、きてねェェェ」
スイは返事を返さない。ガチャリ、開かれる扉。お狐様は、そうして一歩、現世へと帰る。
●かけらつなぎ
そうして――少女のもとに届けられた遺品は五つ。
白くて青い瞳が綺麗な姉妹の写真。妹の遺品。
奇怪絡繰の
機械人形が一つ。弟の遺品。
贈られる筈のなかったフランス人形。母親の遺品。
思い出が詰まった家族のアルバムが一冊。父親の遺品。
最後に姉と弟でよく遊んでいた、弟お手製すごろく遊びの地図。姉弟の、遺品。
――遺品たちは思いの欠片。家族の、思い出の欠片。
少女は事件後初めて、涙を流し、笑顔を浮かべ、礼を述べ。
「家族の分まで前を向いて生きて、いきます」
決意を新たに、引き取られた家へと帰っていく。
つながれなかった想いは、隠されたまま。語られぬまま。
――はじめから亡きものは、無きものとして。ひとりめの弟が映った写真は、ひそりと隠された。
屋敷は今も、岩壁を背に聳え、姉のかえりを待っている。
大成功
🔵🔵🔵