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鳴いたカラスはもういない

#UDCアース #呪詛型UDC


●カラスが鳴いたら
 人の口に戸は立てられない。
 人とは、話をする生き物だ。
 誰も彼もが話したがり。誰も彼もが知りたがり。
 誰も彼もが、知らず知らずの死にたがり。
 はたして誰が、ひとの舌を押さえておくことができるというのか。
 一度流布された噂は、その真偽を問わずに千里を駆けるだろう。
 それがまるで口から口へと伝染してゆく奇病のような、呪いを象る怪異の引き金になるとも知らないまま――。

 少女は誰もいないはずの廊下を走っていた。
 夕暮れの影が伸びた、木製の古びた教室。軋む床がその歴史を物語る、随分と昔に取り壊されたと聞いたどこか懐かしい匂いがする学び舎。
 けれど、その郷愁に浸る暇など少女にはなかった。
 誰もいない。誰もいないのに、見えない何かに追い回されているかのように、少女は逃げ場所を探して走り続けている。
「は、ぁっ……は、……っどこ、どこにあるの……!?」
 こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかった。
 こんな筈じゃこんな筈じゃ――こんな筈じゃなかった、のに!
「帰らなきゃ、早く帰らなきゃ……!」
 早く帰らなければ、帰れなくなってしまう。
 転がるように駆けていく少女を照らした西日の差し込む窓には、不思議と何も映ってはいない。確かに日は差し込んでいる。夕暮れのはず。それなのに、この空間だけが切り取られた箱庭のように、その向こうには何もない。
 少女はこの場所を知っていた。少女はその噂を知っていた。
 だから――アレに見つかる前に、帰らなくてはいけない。
「……、っあった! 昇降口……!」
 薄暗い校舎の中、やっとの思いで辿り着いたのは昇降口。
 少女は縋り付くように、閉められた扉に手を掛ける。それなのに。
「なんでっ、なんで開かないのよ……!」
 鍵が掛かっている様子はなかった。それでも少女が何度開けようとしても扉は頑なに閉められたまま。がんがんと手が痛くなるほど叩いても、叩いても、その扉が開くことはない。
 やがて。
 力なく膝を着いた少女の後ろから、細い手が伸びる。
 血の気のない白い手のひらは、首にまとわりつくように冷たく触れていた。
 ああ、見つかった。見つかってしまった。目を見開いた自身と硝子越しに目が合う。
「あ、ぁぁあ、あ――ッ!?」
  遠くでカラスが鳴いている。ああ、帰らなくちゃ。
 おかあさんも、おとうさんも、きっと心配しているに違いない。そう思った。けれど。
 ゆっくりと沈みゆく意識の中、硝子に反射した自分の姿を見た少女は、もうどこにも帰れないことに気づいてしまった。

●旧校舎奇譚
「都市伝説は伝染する。と、いうのはまぁ、よくある話かな」
 やぁ、親愛なる君。
 グリモアベースに集まる猟兵に声を掛けたクリス・ホワイト(妖精の運び手・f01880)は、異なる色彩を瞬かせながら見上げていた。シルクハットを片手に軽く挨拶を済ませたクリスは、鷹揚と今回の予見について話を進めていく。
「邪神やその眷属が蔓延る、狂気に晒された世界では行方不明者も少なくはない。不穏な噂はいつだって隣り合わせにある。……今回も、その内のひとつだろうね」
 それは旧校舎にまつわる噂。
 とある学園で、今から数年前に老朽化の進んだ旧校舎が取り壊された。その事実から派生した都市伝説の真偽は定かではない、とされているが――もうないはずの旧校舎に囚われたものは、二度と帰って来れないらしい。
「実際に、今回の予見で見えた一般人の少女は、このままなら行方不明になるだろうね」
 母校の学園祭へ訪れていただけの、まだ年若い少女だ。
 旧校舎の噂を話の種に、学園祭へ来ていたのだろう。
 面白半分のつもりで、冗談半分のつもりで学園祭を楽しんでいた少女は、しかしその噂を引き金に予見の中では旧校舎に囚われてしまっていた。
「……さて、本題だ。まず君には学園祭へ行ってもらいたい」
 学園祭自体には何の問題もない。
 小中高一貫のなかなか由緒正しい学園なだけあってか、学園祭と謳うに値する催し物は大抵出揃っているだろう。喫茶店や屋台、お化け屋敷や手作り迷路、そして演劇に至るまで。
 思い思いの場所で、猟兵にも楽しんでもらうことができるはずだ。
「とはいえ、あくまで怪異を引き寄せるための機会だ。あまり羽目を外しすぎないようにね?」
 ぱちりと片目を閉じてウィンクをひとつ。不穏な気配を晴らすように陽気に笑ってみせて。
 手に馴染んだステッキで床を小突いたなら、線を描くようにして現れたグリモアを手中に収めてそっと祈りを込める。
 噂というのはどうしたって不定形で、真実は不透明だ。その怪異の根源に何が待ち受けているのかは、クリスにも見ることはできなかった。だから、せめて。
 一際強く輝いたグリモアの光が瞬く中で、せめてもとその武運を祈るようにクリスは静かに目を伏せるのだった。


atten
お目に留めていただきありがとうございます。
そこはかとなく不穏な空気が出せていればうれしい、attenと申します。

▼ご案内
★第一章:日常
学園祭をお楽しみください。
余裕がある方は不審な点など探してみると、第二章につながるきっかけがあるかもしれません。
★第二章:冒険
日常から変異した旧校舎の中を探索していただきます。
★第三章:戦闘
怪異、そして呪詛の根源との戦闘となります。

皆さまのプレイングをお待ちしております。
よろしくお願いします。
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第1章 日常 『学園祭』

POW   :    食べ歩き

SPD   :    迷路を制覇

WIZ   :    演劇やライブを観賞

👑5
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シホ・イオア
屋台と喫茶店がシホを呼んでいる☆
だが悲しいかな、シホのお腹は小さいのです。
あれもこれも手を出すことはできないので
よーく吟味しなくては。
ケーキかクレープか、たこ焼きも捨てがたい……。

食べ歩きしつつ旧校舎のうわさを集めてみよう。
コミュ力と情報収集の出番だね。
わりと新しいうわさだけど、元になった出来事とかあるのかな?
旧校舎への入り方もうわさになってるかもね。
少女は早く保護したいし、
場所が特定できるような情報があるといいけど……。

うん、食べきれないものはフェアリーランドにしまっちゃおう。


待宵・アルメ
まだよくわからないけど、何にせよ自分の居場所に帰れなくなるのは悲しい事だよ。そういうのを周りで何人も見てきたけどみんな辛そうだったからね。

とりあえずは情報収集からかな。【オルタナティブ・ダブル】でガオナにも協力してもらって二手に分かれて食べ歩きしつつ、生徒さん達に旧校舎の都市伝説について聞いて回ってみることにしよう。

「おぉ、味が濃くっていかにも屋台の焼きそばって感じだ!デザートはクレープか綿飴か……むむむ、悩みどころだね……」
「(あの馬鹿絶対仕事忘れてやがるな……)あ、すいません。さっき噂で聞いたんすけど、この学校にも都市伝説とかそんなのがあるとか。えぇ、そういうのを興味あって調べてるんすよ」


カイム・クローバー
都市伝説ねぇ…普通に考えりゃ、ホラ話なんだろうけど。予知が見えて、邪神の影があるなら間違いなくクロだな、その噂。
無くなったはずの旧校舎の調査は俺のトコ(便利屋)にも依頼来てて、どうしようかと悩んでた。……ホラー苦手なんだ、俺は。
【P】
けど、他の猟兵も居るってんなら悩む事はねぇな。食べ歩きしながら【コミュ力】【情報収集】UCで二手に分かれて旧校舎の情報や噂の情報を集めるぜ。
予知の少女の特徴って分かるか?その少女には直接会って話をしたい。【コミュ力】【誘惑】使ってオカルト好きって言いながら近づいてみるか。多少警戒も薄れるか?
…自分で言っててありえねーぜ。ま、これも仕事だ。背に腹は代えられねーよな…


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
学園…アルダワのそれとはまた異なる様だが
邪神――オブリビオンが関わるならば放っては置けぬ
ジジ、警戒は怠るなよ…って聞いているか?
目を輝かせる従者に頭を抱え
誰も遊ばぬとは言っておらん…ん?
ふと見た店で売られる飲み物…ジジ、見ろ
下に黒い何かが沈んでおる
どうやらタピオカと呼ぶらしい
未知の物質に対する不安よりも好奇心が勝り
つるもち食感に新世界を見た

ほう、クレープ
ガレットに似ているな
確かにこの様に包んでしまえば持ち運び容易な上
片手間でも食事が取れよう
折角の機会だ、作成法を教えて貰うと良い

祭の雰囲気に現を抜かしつつも
人々の話題に聞き耳立て情報収集
特にカラスという単語が気になるだろうか


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と

ガクエンサイ、というのは賑やかだな
初めて訪れた世界の馴染みのない響き
多少警戒しながらも好奇心が勝り
師父、なにか食べてみるか

師の持った品に怪訝な顔
…俺には何かの卵に見えるのだが
飲んで大丈夫なのか、師父よ
つい心配げに見守ってしまうが
そうか、美味いのか

これはクレープ、というらしい
中身は肉と卵に野菜
そして携帯しやすい
うむ、機能的な食事だと思わないか
覚えて帰らねばなるまいな

黒い鳥がいる
賑わう学舎のさなかにも<第六感>頼りに
つい不自然な箇所や人物を探してしまう
怪異というのは何処かしら『浮いて』いるだろうと思えて

子らの日常と隠れた怪異とが薄紙一枚の世界
…実に不思議なものだな



●学園祭漫遊記・序
 都心から離れた広大な土地に建てられた学校施設はとても立派な造りをしており、小中高一貫教育を謳う由緒正しいその学園は普段こそ閉鎖的なものだったが、今日ばかりは訪れる人々を歓迎するようにその門を開いていた。春の学園祭である。
 屋台はもちろん、演劇からライブ、迷路やお化け屋敷。ありとあらゆる催し物を以って客人を出迎えるその華やかな学園祭は朝早くから開催されていたようで、昼を過ぎた頃ともなれば正門通りではすでにひとで溢れているようだ。客引きをする生徒たちの声が幾重にも響いていて、客人だけでなく生徒までもがそこでごった返していることがよく分かる。
 しかし、学園祭の本領はこれだけではないと思えば、ここで二の足を踏んでいるわけにもいかない。
 人混みの多さに思わずと息を呑むも、UDC組織の協力によって手に入れていた招待券と引き換えて入場を果たした猟兵たちは、各々目的の場所を目指して臨むように雑踏へと紛れていった。

 ――正門通りを抜けて、しばらく。高等部の屋台にて。
 いち早く雑踏を駆け抜けて、屋台の立ち並ぶ場所へとやってきたのはシホ・イオア(フェアリーの聖者・f04634)だ。
 この学園は初等部、中等部、高等部の3棟から構成されており、校舎もそれぞれ分かれているらしい。
 入り口で手渡された施設案内のチラシを見下ろして周囲を確認するも、屋台や喫茶店などの飲食店を出しているのは高等部がほとんどのようで、シホは迷わずに来ることができた。
「ケーキか、クレープか。たこ焼きも捨てがたい……」
 屋台がシホを呼んでいる! と胸を躍らせたシホのお腹が鳴こうにも、しかし食べる量にも限界はあるようで。
 あれもこれもと手を出すことができないシホは、よくよく吟味するように屋台を見つめる。
 ケーキとクレープ、そしてたこ焼き。3つまでは絞れたものの、ここからがむずかしい。
 甘いクリームの匂いに誘われて、あっちへふらり。かと思えば、焼けたソースの匂いに釣られてそっちへふらり。
 そんな彼女に声を掛けたのは、たこ焼きの屋台を営んでいた生徒だった。
「きみ、そんなに悩んでどうしたの?」
「うーむ……たこ焼きも食べたいけど、クレープとかも食べたくて悩んでるの!」
 ぐうぐう鳴るお腹は押さえて、もうちょっと。あと少しで、決められそうなのだけれど。
 むずかしげに頭を捻るシホに、生徒は人の良さそうな笑顔で腰を折って視線を合わせて、たこ焼きを乗せた紙皿をシホへと手渡す。
 そこに乗せられたたこ焼きは6個ではなく、半分の3個だった。
「さっきちょっとつまみ食いしちゃって余ってるから、あげるよ。これならクレープ食べられるでしょ?」
「わあ、いいの!?」
「うん、いいよー! 残り物で悪いけどね」
 せっかくの学園祭だからめいいっぱい楽しんでね、と笑った生徒にシホは目を輝かせて大きく頷く。
 そうして口を開けて思い切り食べようとしたところで――シホは、はっと思い出したように手を止めた。
 これは、情報収集をするチャンスではないだろうか。
 たこ焼きをくれた生徒をそうっと見上げたシホは、たこ焼きと交互に見合わせて、それから囁くほどの小さな声で問いかける。
「ねえねえ。旧校舎のうわさ、って知らないかなあ?」
 知りたいのは、旧校舎にまつわる噂の出元。
 そう古い噂ではないだろうし、場所が特定できるような情報がもらえれば御の字というところだろう。
 少しの期待を乗せて見上げた好奇心の瞬く瞳に、生徒はううーんと小さく唸って頬を掻く。
「聞いたことがあるような……ないような? この学園って何故だか、いろんな噂があって覚え切れなくって」
 他のひとだったら、分かるかも。
 力になれなくてごめんね、と眉尻を下げた生徒に、シホは大きく頭を振る。噂の出元が分からなかったのは残念だけれど、この後もいろんな屋台や喫茶店を回る予定なのだ。そこでも聞くことは出来るはず。それに、ひとつ分かったこともある。
「いろんな、うわさ……」
 そう。この学園には、いろんな噂がある。
 それが分かっただけでも、まずは収穫と言っていいだろう。 
 たこ焼きをくれた生徒にお礼を言って別れたシホは、そうして次はクレープを目指して屋台を渡り歩いていく。

 時を同じくして、待宵・アルメ(路地裏のミュルクリエイター・f04388)もまた屋台を食べ歩きながら情報収集に勤しんでいた。
 もっとも、話を聞いて回っているのはアルメではなく、彼から滲み出したオルタナティブ・ダブル。もうひとりの自分であるガオナと言った方がいいだろう。
 高等部の生徒が売り出している焼きそば店の前で、アルメはほくほくと出来たての暖かな焼きそばを頬張っていた。
「おぉ、味が濃くっていかにも屋台の焼きそばって感じだ! でも、そこが良い!」
 甘くほころぶ野菜のシャキシャキ感や、もちもちとした麺によく絡んだソースの香り。
 それなりのお値段ではあるけれど、それ以上にどっさりと盛られた量がよくよくお腹を満たしてくれる。
 満足げな様子で次はデザートだ、と悩み始めたアルメの隣で、ガオナは隠すことなく溜め息を吐いた。
 あの馬鹿、絶対に仕事を忘れてやがる。そんな視線は胡乱げにアルメを見るが、しかしそうこうしてもいられない。
 気を取り直すように、焼きそば店の傍らで客寄せをしていた生徒にガオナは声を掛ける。
「あ、すみません! さっき噂で聞いたんすけど、この学校にも都市伝説とかそんなのがあるとか」
「都市伝説? あなた、そんなの調べてるの?」
「ええ、そういうのに興味があって調べてるんすよ」
 例えば、取り壊された旧校舎の噂とか。
 なんて嘯くガオナを生徒は訝しげな顔で見ては、少し悩むような仕草を経て口を開く。
「都市伝説かぁ……そういえば、この間クラスの男子が話してたかも。なんか、行方不明? になっちゃうんでしょ?」
「そうそう、そういうヤツ!」
 他には何か知らないか、と続きを促すガオナに生徒は焼きそば店の看板を持ち直しながら、苦笑した。
 やっぱり男子ってそういうのが好きなのね、と頷いた生徒は次いで立ち並ぶ屋台の奥のほうを指差す。
 たくさんの屋台が立ち並ぶ中で、指先が据えられたのはクレープ店のようだった。
「あっちの方に、クレープ店があるでしょ? そこにいる子なら、そういうのに詳しかったはずよ」
 ぱっと顔を明るくしたガオナよりも早く、その言葉に反応したのは焼きそばをたらふく食べ終えたアルメだった。
 クレープ! と大きく声を上げた食べ盛りのアルメに、生徒は思わず笑みを漏らす。
 そうして焼きそば店の生徒に手を振られながら、アルメとガオナはクレープ店を目指して再び雑踏へ紛れていった。

 その一方で。
 雑踏の中で、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は僅かに眉を顰めて頬を掻いた。
 都市伝説なんてものは、普通に考えれば法螺話だ。
 けれど、邪神やその眷属がひしめいたUDCアースの世界ではそうも言ってはいられない。間違いなく、その噂は黒なのだろう。
 便利屋『Black Jack』を営んでいるカイムは、同じような調査依頼が来ていたことを脳裏から引き寄せて小さく溜め息を吐く。どうにもホラーは不得意であるらしく、その顔は苦虫を噛み潰したよう。
「旧校舎、ねぇ……」
 入り口で手渡された施設案内に、既にその文字はない。
 けれど、数年前までは確かにこの学園のどこかに、それはあったのだ。
 紫の瞳を細めれば、ゆらりと揺れた足元の影からもうひとりの自分が現れる。陰に潜む自身――ドッペル・ゲンガーだ。
 言葉もなく互いに頷きあった彼らは、二手に分かれるようにして手早く情報収集をすることにした。
 もちろん、食べ歩きも兼ねて。
「……こりゃ、骨が折れそうだな」
 予見の少女の特徴こそ耳にしていたが、しかしどこにでもいる少女だ。何千人と溢れかえるこの中から、ひとりの少女を見つけ出すことはむずかしい。ぐるりと辺りを見渡して、カイムはやがて視点を変えて見ることにした。
 見つけられないなら、見つけてもらえばいいのだ。
 仕事であれば背に腹は代えられない、と努めて明るくオカルト好きを公言しながら道行くひとたちとの束の間の会話を楽しんだカイムは――そして、ひとりの少女に声を掛けられる。
「ねえ、そこのあなた! オカルトが好きってほんと?」
「ああ、そうだぜ。その手の話を聞く次いでに、今日はここに来たんだ」
 年若い少女の声に振り返れば、そこにいたのは。
 残念ながら、そこにいたのは予見の少女ではなかった。しかし、人懐こい笑顔を浮かべた少女はカイムへ屋台の奥を指差して笑いかける。
「それなら、クレープ屋の方に言ってみるといいわよ。そういうのが好きな子がいるから!」
 よい学園祭を! とカイムを見送る少女のその手にはクレープ屋はあちら、と書かれた看板がひとつ。
 どうやら、クレープ屋の客寄せを担当している生徒だったらしい。
 肩透かしを喰ったような、機を掴んだような。
 なんとも言えない気持ちになりながらも、カイムは気を取り直して雑踏の中を進んでいく。

■□

 ――高等部の屋台列、クレープ屋の前にて。
「……それは本当に飲んで大丈夫なのか、師父よ」
 雑踏の中でひとつ頭ほど飛び出るほど大きな背を、僅かに伏せるように顔を寄せてジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は低く囁く。
 それ、と呼ばれたのは彼の師であるアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)が手に持ったカップのことだろう。
 ポップな色合いのストローが付けられた透明カップは一見可愛らしくも映るが、しかし茶色く濁った水の底に沈む黒い何かさえもよく見えるようで、ジャハルにはそれが得体の知れないものに見えて仕方ない。それこそ食べ物ではない何かのような。
 初めこそ、アルバよりもジャハルのほうが目を輝かせていたのだけれど。
 好奇心が強いのはお互い様、といったところだろうか。
 不安より好奇心が勝りアルバが購入してしまった未知の物質を見下ろしながら、ジャハルは心配げに師の様子を伺い見ていた。
 しかし、そんな心配の目とは裏腹に。
「ジジ、これは中々に美味だぞ」
 つるつるもちもちとした、それは新食感。
 見た目こそ得体の知れないものだったが、口を付けてみれば悪くない。
 新感覚の味に僅かに目を輝かせていたアルバが、そうして次に目を付けたのは甘い香りを漂わせたクレープ屋だった。
 くん、と小さく鼻を鳴らせばクリームや生地を焼く甘くて美味しそうな匂いが一面に漂っているのがよく分かる。
 あれは何だ、と見上げる視線にジャハルはしげしげと店の様子を眺め、少しの間を置いて答えた。
 どうやらあれは、クレープというらしい。
「……ほう、クレープ。ガレットに似ているな」
 甘い香りこそ漂わせているが、よく見ればそれだけではなくメニューも幅広い。
 張り出されたメニューの中で、ジャハルが目を付けたのは肉と卵に野菜を包み込んだ惣菜クレープのようだ。
 片手間で食事が取れる利便の良さに、さっそく買ってみようと決めた2人がクレープ屋の生徒に声を掛けようとした――そのときだった。

「なあ、都市伝説に詳しいってのはあんたか?」
 クレープを購入しようとしたアルバとジャハルよりも少し早く、クレープ屋に立つ生徒へ声を掛けたのはカイムだった。その後に続くように、アルメとガオナ、そしてシホまでも、続々と猟兵たちが集まってくる。
 その様子に顔を見合わせたアルバとジャハルだったが、何やら情報を得られそうだと判断した2人もせっかくの機会を無駄にしないよう耳をそばたて様子を見守ることにしたようだ。
「ん、都市伝説? 確かに好きだけど、それがどうかしたか?」
 はたして、クレープ屋に立っていたのはどこにでもいるような普通の男子生徒だった。
 くるくると器用にクレープを巻いた少年は、おもむろに手を止めてカイムを見やる。
「ああ、興味があってな。いま聞いて回ってるところなんだ」
「へえ、そうなんだ! いいよ、どの噂が聞きたいんだ?」
「……、どの?」
 にこやかに答える男子生徒に、猟兵たちは顔を見合わせる。どの噂、とは。
 そこでシホはこの学園にはいろんな噂がある、と聞いたことを思い出して、カイムの後ろから顔を覗かせて男子生徒へと声を掛けた。
「あの、旧校舎のうわさ、教えてほしいの!」
 これほど大きな学園であれば、噂が多いのもおかしいことではない。
 けれど、その中でもいま猟兵たちが聞きたいのは旧校舎に関する噂だった。
 緊張した面持ちのシホに、男子生徒は首を傾げながらもう一度問いかける。
「うん、それで。旧校舎のどの噂?」
「――待ってくれ、旧校舎に関してそんなに多くの噂があるのか?」
 不審げな顔で話を遮ったのは、アルメが呼び出したもうひとりの自分であるガオナだ。
 これほど大きな学園であれば、噂が多くてもおかしくはない。しかし、旧校舎に関しての噂がそれほど多いのはさすがにおかしいのではないだろうか。
 一抹の虞れが過ぎり視線を交し合った猟兵たちだったが、首を傾げた男子生徒が不思議に思っている様子はない。
「そうだよ。えっと、旧校舎に響く引きずられるような音とか、旧校舎に隠された文房具とか、旧校舎の鏡に映る女の子の影とか。他にもいろいろあるからね」
 引きずられる音。隠された文房具。鏡に映る少女。
 指折り数えるように。男子生徒がすらすらと述べていくそれは、さながら七不思議のよう。
 けれど、噂というのは得てしてそういうものなのかもしれない。
 人づてに流れていく噂はひとびとの想像力を経て肥大化していく。
 根底に沈んだ本来の形も忘れて。事実さえ覆すように。
 ――学園祭、まだまだ終わらない。猟兵たちはいまはまだ目を伏せた怪異の根源を見つけるために、学園祭を楽しみながらも調査を続けていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

グルクトゥラ・ウォータンク
【WIZ】【アドリブ絡み歓迎】
謎のちっこいおっさん、学園祭初日に現る。

というわけで、こちら現場のグルクトゥラ。文化部のやる気ない展示やら逆にやる気が空回りしてる展示を冷やかしながら情報収集といこうかの。UCで呼び出した電脳妖精に旧校舎や七不思議、都市伝説といった噂話を探させるぞい。自律行動と五感共有が実に便利じゃの。
わし自身も情報収集じゃ、展示の裏で駄弁ってゲームしとる奴らに混ざってみたりオカ研に他の噂話(解決済みシナリオ)提供する代わり学校に関わる噂話聞いたりの。
感染型UDCだか呪術だかが最近出ておるんじゃろ?面倒になったもんじゃ。
ところで、感染とは人間のみに感染するもんなのかのう。



●学園祭漫遊記・破
 ――中等部、展示室にて。
 昼下がりの学園祭は、食事を求めてどの屋台も喫茶店も賑わっていることだろう。
 けれどそれは、逆を言ってしまえばそれ以外のところは空いてくる時間である。
 グルクトゥラ・ウォータンク(サイバー×スチーム×ファンタジー・f07586)が訪れた、生徒が造ったらしき美術作品が展示されている一室もその中のひとつだ。
 遠くから聞こえる賑わいが嘘のように、客人がひとりもいない。まさに閑古鳥が鳴いているような状況だ。
 しかし、そんな中だからこそ騒ぐ声もある。
 げらげらと大きな笑い声が展示の裏、生徒たちの待機スペースから聞こえてきたグルクトゥラは躊躇することもなく生徒たちの輪へ入り込んで、話に花を咲かせていた。
「なるほどのぉ! 最近はそんなゲームが流行っておるのか」
「そうそう。いや、っていうか、おっさん誰だよほんと……」
「まぁええじゃろ、そんなことは! それよりのぉ、他にも面白い話を聞かせてくれんか? 噂話とか、ほら、いろいろあるじゃろ」
 はじめは戸惑いを見せていたが、携帯ゲーム機を手に輪を作る男子生徒たちの中でグルクトゥラは自分のペースへ巻き込むように情報収集を続けることに成功していた。
 今更ながらに呟かれた男子生徒の疑問も大きく口を開いて豪胆に笑い飛ばし、グルクトゥラはそれよりもと前置いて本題へと入る。
 そう、本来の目的は生徒たちの学校生活に対する愚痴を聞くことでもなければ、ゲームの攻略情報を聞くことでもない。それらはあくまで前座であり、話の本題はこの学園の旧校舎にまつわる噂だった。
「噂ぁ?」
「おうおう、いわゆるオカルト話じじゃ。男ってのはみんな、そういうの好きじゃろ?」
「そういえば俺、クラスでこないだ聞いたぜ。旧校舎に響く不気味な音、ってやつ!」
 輪の中の男子生徒のうち、ひとりが思い出したように声を上げる。
 その噂が予見された事件に関するものかは分からない。しかし、いまのグルクトゥラにとって旧校舎というワードは聞き捨ててはならないものだ。
 おお、と焦茶色の瞳を輝かせたグルクトゥラは身を乗り出したその先を促すように男子生徒を見る。
 その圧に男子生徒は思わず身を引くも――そう、人の口に戸は立てられない。
 誰も彼もが話したがり。それは男子生徒も例外ではなく、やがて得意げな顔で語りはじめる。
「旧校舎にさ、日が暮れるとずるずるって何かを引きずるみたいな音が響くらしいんだよ」
 日も暮れて、カラスが鳴いた頃。
 生徒たちが帰った誰もいない旧校舎の廊下に、ずるずると床を擦れる音が響く。
 それはどうやら、ぐるぐると同じ廊下を回り続けているらしい。
 誰も、その影を見たものはいない。誰も、その正体は知らない。
 何故なら。
 その影を見たものは、誰も生きて帰っては来られないから。
「……って、そういう話だったぜ」
 百物語でもするかのように、わざとらしくも声を潜めた男子生徒が薄らと笑う。
 どうせ嘘に決まっている。都市伝説なんでものは、噂に過ぎないのだから。
 グルクトゥラはそんな男子生徒の話に耳を傾け目を細めながらも、感覚は学園に放った電脳妖精を追っていた。
 探査電脳妖精と呼ばれた探査に秀でた妖精たちを使えば、自律行動をする妖精と五感を共有することで効率よく商法収集ができるのである。
 そうして、グルクトゥラは旧校舎にまつわる噂を2つ得ることができた。
 まず、旧校舎にまつわる噂は複数存在すること。
 そしてそのひとつ、何かを引きずる音は夕暮れに現れるということ。
 その情報を手に、グルクトゥラは更なる情報収集を続けるのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

一一・一一
カラスがなくよりもカエルが鳴くから帰る な一一っす

【POW】

とりあえずオカルト研究部の出し物がないか調べるっすよ
ついでに美味しいそうなものでも食べ歩こうっすかね
オカルト研究部や、食べ歩きの際に「コミュ力」で「最近流行りだした噂」について聞いてみるっす
もし今回の事件に該当しそうな噂があれば行ってみるっす
下調べは重要っすよ…入れるかどうか不明っすけど

…ところで自分、26歳っすけど学生に間違えられないっすよね?



 ――中等部、オカルト研究部にて。
 入り口で配布されていた施設案内に目を通した一一・一一(都市伝説と歩む者・f12570)がまず目に付けたのは、中等部棟に出展されていた展示会だった。
 どうやら、部員が研究しているオカルト関連の研究レポートなどが張り出されているらしい。
 神妙な面持ちで順繰りに見て回っていた。だが、そのほとんどは宇宙人であったりと目的のものには程遠いものだった。しかし、その中で。
「旧校舎に隠された……、文房具?」
 おどろおどろしさを演出するような、しかしどこか稚拙さの残る手書きのタイトル。
 その記事の突拍子のなさに首を傾げた一一は、はじめこそ戸惑ったような顔色が伺えていたが、記事を読み進めるうちにその表情は曇っていく。
 旧校舎に隠された文房具。
 その記事に切り貼りされていたのは、数年前の新聞記事だった。
 この学園にあった旧校舎が、その老朽化の進行から取り壊されることになったという話から、記事ははじまっている。
 なんでも、旧校舎が取り壊される際、埋め立てるように隠されていた誰かの文房具箱が見つかったらしい。
 名前も分からず、調べようにも不思議と頑として箱は開かなかったそうだ。
 紛失届けもなかったことから、それらはしばらくの間然るべき場所で保管されることになったが――ある日、それは忽然と失くなっていたらしい。
 誰も受け取りには来ていなかった。依然として持ち主は分からないままだった。
 鍵は確かに閉まっていた。ただ、中のものだけか消えていた。
「その文房具箱がどこにあるのかは、今となっては誰も、知らない……」
 なんてことのない、噂を元にした研究レポートだ。
 想像力から膨らみ、どこか誇大な表現をしているような節さえある。
 けれど、一一の表情が晴れることはなかった。
「もっと、調べる必要があるっすね」
 眉を顰めながらも、そう強く頷く。
 他にも調べないといけないことはある。次は最近流行りだした噂を聞いてみよう、と自分も食べ歩きの出来る屋台へ向かうべく一一は静かに踵を返していった。

成功 🔵​🔵​🔴​

アイン・セラフィナイト
学園祭って、学生さんたちが色んな出しものをするんだよね?

怪異……学園祭を楽しむのも忘れないけど、とりあえず【双翼の聲】でボクのカラスたちを飛ばすのと、『銀の星『万象』』を飛ばして空間の歪みや怪異に関わる痕跡がないかを上空から『情報収集』する。
あとは周辺にいる『動物と話す』、身近で起きた異変について陰で聞き込みをしてみるね。

とまあそのくらいで、ボクは迷路を楽しもうかな。
えっと、ここを右……ここを左……ってあれ行き止まり?
じ、じゃあこっちを……あ、あれ……?
……(立ち尽くす)
ねぇ『神羅』、ボクって今どこにいるか確認してもらっていいかな?
え、自分で考えろ?……う、うう……(涙目)

(アドリブ歓迎です)



 ――中等部、迷路の庭にて。
 アイン・セラフィナイト(精霊の愛し子・f15171)は中等部棟に程近い校庭に造られた、巨大な庭のような迷路へと足を運んでいた。
 それは学園祭を楽しむためでもあったけれど、もちろん怪異のことだって忘れてはいない。
 双翼の聲を用いて不可視のカラスを飛ばしたアインは、続くように銀の星『万象』も空へと飛び立たせて、彼らに情報収集を頼むことにする。看破の力を持つ彼らなら、何かしらの痕跡に気付くこともあるかもしれない。
 ゆっくりと迷路の中を見渡したアインは、視界の片隅で並行するように動物を探しながらも、迷路の踏破を目指して歩き出すのだった。
 けれど。
「……あれ、」
 アインの歩みは、すぐに止まることとなる。
 その表情こそ大きく変わることはなかったが、その黄金の瞳には確かな困惑を浮かべてアインはきょろきょろと辺りを見渡していた。
「えっと、ここを右……ここを左……」
 確認するように呟きながら、もう一度アインは歩き始める。
 しかし目の前にある壁が変わることはない。
 沈黙を経て、ひやりと背に汗が伝うような感覚がアインを襲った。
 これは、もしや。迷子なのでは?
「じ、じゃあこっちを……! あ、あれ……?」
 アインが慌てて振り返ったとき。そのときには、来た道さえ定かではなくなってしまっていた。
 道が変わったわけではない。似た道が続いているだけだ。
 けれど。来た道も、行く道も分からなくなってしまったアインには立ち尽くすことしかできない。
 思わずと上空を旋回する八咫烏の『神羅』に助けを求めるも、悲しきかな、彼が答えてくれることはなさそうだ。
 肩を落としたアインは、重い足取りでまた歩き出す。
 その黄金の瞳には確かにうっすらと涙が浮かんでいたという。

 と、一度は軽い絶望さえ抱えそうなアインではあったものの。
 間を置いて『万象』が白い翼をはためかせて肩へ降りてきたことで、アインは目を輝かせた。
 助けに来てくれたのかという期待のまなざしを『万象』へ送るアインであったが――しかし、どうやらそうでもないらしい。
 小さく鳴いた『万象』の羽先が指し示すのは、高い壁の向こうに僅かに見える初等部棟だ。
「……え? この迷宮、向こうまで続いてるの?」
 鳴いた声の意思を正確に汲み取ったアインは、思わず目を瞬かせた。
 かなり広い迷路だとは思っていたが、ただ迷っているから故ではなく、本当に広かったらしい。
「そっか。あっちから、良くない気が流れているんだね……」
 そこに、何があるかは分からない。
 けれど『万象』が看破したというなら、そこには必ず何かがあるはずだ。
 小さく頷いたアインは、迷宮の踏破も兼ねて改めて『万象』に道案内をお願いするのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ナット・パルデ
他世界の学園祭か。何かうまい物があればいいんだが


食べ歩き、と行きたいところだが歩く猫は珍しい
外套で容姿を隠し適当に食料を調達
腹が膨れたら人通りの少ない場所に行きたい
そうだな、図書室で似たような都市伝説があるか本でも探してみるか


職員に言えば鍵の1つや2つ、貸し出してくれるだろう
そうそう、借りる際に旧校舎の噂話がないか聞いておかないとな

言葉と文字、どちらが正しい噂かなんてわからないのだから


1人希望だが同じ行動をする者がいれば協力しよう
あとは、アドリブ交えて臨機応変に対応するさ



 ――中等部、ブックカフェにて。
 昼下がりの学園祭では、おそらく人混みも屋台などに集中していることだろう。
 本来なら食べ歩きと行きたいところだったが、ナット・パルデ(廻雪・f05999)は自身の背格好に懸念を抱き今回は避けることと決めたようだ。
 そうして彼が訪れたのは、図書室である。
 奇しくもブックカフェへと姿を変えていたけれど、時間から見て客足も落ち着いているのか、今であればナットでも存分に本を探すことが出来るはずだ。
 最近流行のブックカフェへ客として入室を果たしたナットは、ゆっくりとした足取りで立ち並ぶ棚を検分していく。上から下、端から端まで。
 しかし、どうやら棚に収められた本たちの中に彼の目当てに値するようなものはなかったらしい。
「ここにもない、か。……ん?」
 僅かに肩を落としたナットだったが、次に彼が目を付けたのは本棚とは別に保管されていた校内新聞だった。手にとって見れば、毎月というわけではないがかなり長い間発行されているらしい。
 1枚、2枚と手に取ったナットはしげしげと校内新聞を眺めて、ひとつ小さく頷く。旧校舎が取り壊されたのは数年前であり、遡りはじめたらかなりの数を読む必要性も出てきてしまうかもしれない。しかし、バックナンバーも欠かさず保管されているこの校内新聞であれば、旧校舎にまつわる噂が書き記されている可能性も高いだろう。
 要は、噂の端だけでも掴めればいいのだ。
 言葉と文字、どちらが正しい噂かなんて分からないのだから。
「……ふぅむ、」
 時間にして、およそ小一時間。
 校内新聞が保管された小さな棚の近くの席を陣取り、ひたすらに読み連ねたナットはようやく手にしたそれらしい新聞を眺めて息を吐く。
 その校内新聞の記事によれば、やはり旧校舎が取り壊されることになったのは予見にあったとおり数年以上前のことだ。取り壊されることとなった原因は老朽化とされているが、記事を見る限りでは当時から奇妙な出来事は続いていたらしい。しかし、それは本来であれば時間の流れとともに風化してゆく過去のことのはずだった。
 それでも、噂は現代に蘇り、日常に陰りを落としている。
 不思議なことに、旧校舎がまつわる噂が顕著となったのは最近のことのようだった。
 過去の記事と、最近の記事を見比べたナットは僅かに唸り声を上げて眉間を揉みこむ。
「旧校舎は既にない。それなのに、なぜ旧校舎で起きる怪奇現象の噂が今になって出回ってるんだ……?」
 そんな噂に、何の意味もないはずだ。
 怪奇現象が起きる場所がないのだから、どれだけ噂しても形を成すことはない。
 その噂が本物となる日など、来るはずもない。
 しかし事実、その噂は千里を駆け、広まり続けている。密やかにも、秘めやかにも。
 だからこそ在るはずのなかった旧校舎に囚われたものが、またひとり、もうひとりと行方不明となっていくのだろう。
「……つまり、在るはずのない旧校舎に入る方法が、どこかにあるってことだな」
 都市伝説は、噂に過ぎないかもいれない。
 噂は、真実ではないかもしれない。
 けれど――怪異が、確かにそこに在ったなら。
 それは人々の想像力を経て、口々に伝い、本物となるだろう。
 そうして。
 ばさりと校内新聞を手放したナットは、手荒くも机上を片付け足早に踵を返していく。
 向かう先は、初等部。
 ――過去に取り壊された、旧校舎があった場所だった。

成功 🔵​🔵​🔴​

空亡・柚希
*ネリネ(f00213)と一緒
父の仕入品に混ざって来た女の子で、今の同居人
ちょっと……いや、だいぶ喋りは独特だけれど、元気な子
……はぐれないでね、頼むから

学園祭では屋台を見てまわろうかな
学生だった時と随分違って、空気を懐かしむよりは目新しいものばかりに見えてくる
……最近の学生ってこういうのやるんだ……。

旧校舎の事も忘れずに
余裕があったら、「どこの辺りに建っていたのか」勤続年数の長い先生がいたら聞いてみようかな


霧亡・ネリネ
ユズ(f02700)にさそわれて「がくえんさい」に行くぞ。楽しみなのだ。何があるかなー、あるかなー🎶

はぐれないかは……うむ、「ぜんしょ」しよう。あと目的わすれてなんかないぞ。旧校舎さんのことも気にせねばな

同じく学園(アルダワだが)に居た身だが、こっちのおまつりも賑やかだな
そこらじゅうから楽しそうな声がするし、おいしそうな匂いもするな。とりあえずアレだ、私はわたあめさんが気になるぞ。
ユズは……あ、そうか手袋取れないんだったな、でもわたあめさんなら大丈夫だ、持ち手あるし。
(聞き込みよりは楽しむ優先。機嫌よく鼻歌)



●学園祭漫遊記・急
 祭りを楽しむもの。情報を追うもの。
 それぞれの楽しみ方で、そして探り方で過ごす学園祭も時期に日が暮れるだろう。
 春先の空がまんじりと眠るような緩やかさで茜色に染まっていく頃、学園祭も終盤へと差し掛かっていた。
 ――高等部、屋台列にて。
 様々な屋台が軒を連ねた道といえども、昼時が過ぎれば客足もそれなりに落ち着いたのだろう。
 人混みでごった返していたはずの道も幾分が息がしやすくなり、これならはぐれる心配もないだろう。
 とはいえ、万が一ということもある。
 はぐれぬようにと手を繋いだ先で楽しげに鼻歌を鳴らした霧亡・ネリネ(リンガリングミストレス・f00213)に、頼むからはぐれないでくれ、という気持ちを込めて空亡・柚希(玩具修理者・f02700)は改めてしっかりと握りなおした。
「ユズ、あっちだ! 私はわたあめさんが気になるぞ!」
 ここではない世界の学園にいたネリネだったが、こっちのお祭りの賑やかさも甚く気に入った様子だった。
 楽しげな声も、美味しそうな匂いも。五感を刺激する賑やかさは、それだけでうれしい気持ちになれる。
 その中でもネリネが一際気になったのは、ふわふわと甘い香りを漂わせた綿飴の屋台だ。
 綿飴なら、手袋を取れない柚希でも気軽に手に取れるはず。
 ゆらゆらと繋いだ手のひらを揺らしながら、ネリネはご機嫌な様子でもう一方の手のひらで先を示す。
「そうだね、行ってみようか」
 最近の学生はこういうのをやるんだなあ、と屋台を見る目は懐かしさよりも目新しさに輝いていた。
 どこか新鮮な気持ちで見れるこの学園祭も、なかなか悪くない。
 ゆっくりと自分たちらしいペースで屋台を楽しむ2人だったが、しかし旧校舎のことも忘れていたわけではなかった。
 綿飴を無事に買うことができた柚希は、購入次いでといった人当たりのよさで屋台に立つ生徒に声を掛ける。
「あの、旧校舎について聞きたいんだけれど……どこかに詳しく知っている方はいるかな?」
「旧校舎? それなら、うちの担任が知ってるかも」
 ふわふわなわたあめさんに喜ぶネリネの隣で、柚希は生徒が手招いた人物へと目を向ける。
 やって来たのは定年も近いだろうといった風貌の教師だ。どうやら、綿飴の屋台を出したクラスの担任らしい。
 旧校舎について話を聞きたい、と打って出た柚希に目を丸くした教師はやがてゆっくりと口を開く。
「……旧校舎ですか。あれは数年前に取り壊されて、いまは初等部棟になっていますよ」
 その教師曰く。
 いまでこそ取り壊されてしまった旧校舎だが、歴史のある校舎であった故に長い間放置されていたそうだ。
 しかし、やがて旧校舎を中心として奇妙な出来事が起こるようになり、それを不気味に思った当時の校長が取り壊すことにしたらしい。
 あまり良い話でもないこともあり、言いづらそうな様子で小さく語る教師の顔色はあまり良くない。
 そこで咳払いをして気を取り直した教師は、そして二度手を叩いて空気を切り替える。
「もうすぐ学園祭は閉会します。日が暮れる前に、あなたたちもお帰りなさい」
 暖かくなってきたとはいえ、春先は日が暮れるのも早い。
 今は明るくても、すぐに暗くなるだろう。
 軽く手を振って来た道を戻っていく背中を見送って顔を見合わせたネリネと柚希はそして、またのんびりと歩き出す。
 その足は帰路に着くことはなく、初等部へと向かっていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

藤代・夏夜
学生だった頃を思い出すわ
学校が遊園地になったみたいでワクワクしっぱなしだったのよね
例の女の子や他の人達も楽しいまま帰れた方がいいもの
ハッピーエンドの為に一肌脱ぐわよ!

まずはアレね――食べ物(きりっ
色々あって迷うわ
って思ってた過去の私にビンタしたい気分
焼きそばとタコ焼き、デザートにクレープとカップケーキ
それから水分補給にジュース買って追加デザートにお団子
…何よめちゃくちゃ買ってるじゃない私!
でも美味しいし楽しいからオールOKね!

それにしても学生が頑張って作ったお祭りだって思うと
気持ちがあったかくなるわ
そういう感覚や現代にそぐわないものの欠片が見えないか
楽しく巡りながら、気をつけておきましょ



 時を同じくして、藤代・夏夜(Silver ray・f14088)もまた屋台を満喫していた。
 その手に抱えられた戦利品は多く、はたして食べ切れるのかと道行くひとびとの視線が彼の手元を過ぎる。
 その多さたるや、両手でも足りないほどだ。買い込まれたものは端から焼きそば、たこ焼き、そしてデザートとしてクレープにカップケーキにお団子まで。もちろん忘れずにジュースも好きなだけ取り揃えられている。
 これぞ屋台の醍醐味、と言わんばかりに買い込んだ夏夜だったが、不思議とそこに後悔はない。
 美味しいし楽しいのだから問題ないと荷物を抱えなおした夏夜はそうして、屋台列の間を進んでいく。
「なんだか学生だった頃を思い出すわ」
 今となれば、懐かしい思い出。
 学校が遊園地になったみたいにワクワクしていたあの日々を思い出して、だからこそ夏夜は思うのだ。
 例の女の子にしても、ほかの人たちにしても。楽しいまま帰れたほうがいい。
 誰にだって、帰りたい場所はあるのだから。
 そのハッピーエンドのためにも、夏夜はひと肌脱ごうと覚悟を新たにする。
 ――そんな彼の頭上を過ぎる、黒い影。
「……ん?」
 かぁ、かぁ、と鳴く声が聞こえる。
 茜色に染まり始めた西日が眩しく、夏夜はうっすらと目を細めて空を見上げた。
 もう時期に空は暮れて、暗くなっていくだろう。
 すぐ近くに置かれていたスピーカーから流れるのは、閉会を知らせる挨拶だった。
「カラスが鳴いたら、帰りましょう……ってね」
 小さく呟いて、飛び去るカラスを追うように夏夜はまた歩き出す。
 彼の肌を刺すような薄ら寒い感覚が続くほうへ。カラスが飛んでく、その先へ。

成功 🔵​🔵​🔴​

都槻・綾
見慣れぬ世界の祭は若々しく瑞々しく賑やか
活気に満ちていて顔が綻ぶ

猫型の鼈甲飴を見つけたら
クリスさんへ土産に購入
喜んでくれると良いな

屋台は食べ物巡り
くるくる旋毛風のような形の馬鈴薯揚げに目を瞬き
焼き鳥の馨しさに惹かれ
気が付けば全種類制覇する勢い

でも未だ未だ食べれます
いっそ酒も欲しくなる塩気ですよねぇ

なんて
学園祭では望めぬ大人の特権を
教師や卒業生と思しき人達に紛れて
悪戯っぽく肩を竦めてみたり
話し好きそうな少女達の集いなど
噂の零れて居そうな場所にて
穏やかな笑みとコミュ力でさらりと会話に混ざる
予知の娘も発見出来たら幸い

人によって語る内容が微妙に違えば
校舎出現の条件も違うのだろうか
旧校舎跡も見ておきたい



「……いっそ、酒も欲しくなる塩気ですよねぇ」
 小さく口を開いたら、食べやすい形に切り揃えられた焼き鳥を頬張って。
 都槻・綾(夜宵の森・f01786)もまた、軒を連ねた屋台をしっかりと楽しみながらのんびりとした足取りで学園祭を満喫していた。
 かわいらしい猫を象った鼈甲飴は、お土産に。
 くるくる旋毛風を思わせる馬鈴薯揚げも、物珍しさからついつい手を伸ばし。
 焼き鳥の馨しさにも心惹かれた綾は、気が付けば全種類制覇しそうな勢いだ。
 けれど、まだまだ綾の足が止まる様子はない。
 焼き鳥もぺろりと平らげてしまった綾は、未だ食べれると言わんばかりに屋台に視線を走らせていた。
 ――なんて。
 学園祭を満喫してるのも間違いではないが、その間にも綾は忘れることなく情報収集にも努めていたらしい。
 ふらりとその身軽さと持ち前の人当たりの良さから、違和感を与える隙もなく様々なコミュニティに混ざって見せた綾は、手にした情報を脳裏で整理する。
 それは、噂好きな少女たちの集いで得た情報だった。
 女三人集まれば何とやらといった具合に彼女たちが口々に話していたのは、まさに旧校舎にまつわる噂だ。
「鏡に映る女の子、でしたか……」
 校舎の窓に写る自分の姿を横目に、綾は足を止める。
 彼女たちの噂はあまりにも不定形で、話も飛んで跳ねてと忙しなかった。
 旧校舎の噂というのはそれほど多く流布されているのかと思えば、しかしかといって真に迫るものというわけでもない。
 ただ、その中で。ひとつだけ、気になったものがある。
 それが旧校舎にまつわる、鏡に映る女の子の噂だった。
 彼女たち、曰く。
 夕暮れの旧校舎には、気付かぬうちに入り込んでしまうらしい。
 どこかに入り口があったわけではない。自らの意思で入ったわけではない。
 入り込んでしまったものたちに、特別な何かがあったわけでもない。
 ただ、共通することと言えば旧校舎にまつわる噂を知っていた。それだけだ。
 しかし、ひとたび旧校舎に入り込んでしまったなら。
 逃げ切ることが、できなかったなら。
 鏡を見たとき、そこに映る自分が自分ではなかったなら――もう、帰れない。
「初等部に行ってみるしかない、ですね」
 ふと、遠くでカラスの鳴く声を聞いた気がした。
 顔を上げた綾は、茜色に染まり始めた空を見て足早に踵を返していく。
 学園祭の終わりは、程近い。
 急がねばならないと、綾は遠くの空に見えるカラスを追うように初等部へ続く道を進んでいくのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

アンバー・ホワイト
ヘンリエッタ/f07026
学園祭だって!こうして学校に来るのも初めて!
わたわたと楽しそうに跳ね回りながら
大丈夫!お仕事だってわかってるから!
そう言うも溢れる笑みは抑えきれず

なあヘンリエッタ、迷路?に行ってみようか?
大丈夫、手を繋いでいてあげるから、怖くなんかないだろう?
ヘンリエッタの頭脳と私の勢いですぐに制覇さ!
怖がるヘンリエッタをみてくすくす笑いながらも、堂々と迷路へ入っていく
ゴールがわからなくたって、こうして一緒に進んでるんだ、それだけで楽しいな!
この周りにワルイヤツラは居ないかなあ?
【聞き耳】と【第六感】で【情報収集】してみよう!なにか邪神への手掛かりが聞こえたらすぐヘンリエッタに言うぞ


ヘンリエッタ・モリアーティ
【SPD】
アンバー/f08886と
人が多い、し、ああ、怖い……
でもこれも任務だからと思ってアンバーを連れてきたけど
め、迷路……
わ、私と、アンバーなら、すぐに出れるわよね、そう、そうね
楽しそうでなによりだけど、やっぱり怖い!
いけない、しっかりしなきゃ……手を握ってくれているし
今回の怪異を引き寄せるためにも、楽しくね
【世界知識】で迷路の攻略を目指してみようかしら
大学の研究室にこもっていればいいのとは
違うものね……今だけはあそこが恋しいかも
なんて、……撤回しましょう。やってみたら楽しいものね
アンバーが邪神方面で探しているようだから、私は怪異や噂話を【情報収集】で捜してみようかな
何かあればすぐ相談ね



 ――初等部、迷路の庭にて。
 まるで森のように模られたそこは、生徒たちが一生懸命に作った手作りの迷路だ。
 似た道の続くような迷路は中等部に程近い校庭が入ることが出来、そこから脱出を目指すという形になっている。
 罠などが用意されているわけでもなく、一見簡単そうにも見えた迷路だったが、しかしどうにも道が長い。
 遠くにうっすらと見えていたはずの初等部も気付けば近くまで来ていたようで、ヘンリエッタ・モリアーティ(獣の夢・f07026)は不安げに辺りを見渡していた。
 大丈夫、そんなにむずかしいことはないはず。だけど、本当に出られるのかしら。
 そんな思いを胸に、一向に見えない出口の在り処に銀の瞳を揺らしたヘンリエッタに声を掛けるのは、彼女と手を繋いで歩いていたアンバー・ホワイト(星の竜・f08886)だ。
 不安も吹き飛ばすように明るい笑顔で笑いかけたアンバーは、繋いだ手を強く握り締めて、ヘンリエッタを元気付ける。
「大丈夫だ、ヘンリエッタ。手を繋いでいるから、怖くなんかないだろう?」
 ヘンリエッタの頭脳と、私の勢いがあればすぐに制覇さ!
 アンバーはそう言って繋いだ手をぶんぶんと振って見せて、恐れずに道を進んでいく。
 ゴールが分からなくても、道がわからなくても。こうして一緒にいるだけで、それだけで楽しい。
 にこにこと楽しげなアンバーの様子にヘンリエッタも小さく笑みを返して、その手を握り返す。
「そう、そうね。わ、私と、アンバーなら、すぐに出られるわよね」
 一緒なら、怖くない。大丈夫。
 繰り返すように呟いて、ヘンリエッタは深く息を吐いてからしっかりと前へ向き直る。
 不安を抑えたヘンリエッタのその目は、もう揺らぐことはないだろう。
 ――そんな、時だった。
 ぴくりと僅かに動きを止めて、琥珀色の瞳を瞬かせたアンバーが空を見上げる。
 茜色に染まり始めた、傾いた西日が差し込む空にカラスが飛んでいる。
 かぁ、かぁ、と鳴く声は夕暮れを告げているようで、アンバーは思わずと眉を潜めた。
「……ア、アンバー? どうしたの?」
「いや、……うん、声が聞こえるんだ」
 しぃ、と口元に人差し指を立てて、アンバーは耳をそば立てる。
 何を言っているのかは、分からない。だけど、声が聞こえる。
 顔を強張らせたヘンリエッタの手を強く握りしめて、アンバーは彼女を見上げる。
 行ってみよう、と声もなく知らせる意思にどちらともなく頷いて、2人はそうっと歩き出した。

 はたして。
 声の先にあったのは――古びれた、文房具箱だった。
 ゴールが近いのだろう。初等部の校舎がすぐそこに見える。
 そんな場所の、行き止まり。目立たない隅のほうで、掘り返されたかのように土が散乱していた。
 掘り返された土の傍らにある古びれた文房具箱もまた、土汚れがひどく元の色も分からないほどに錆びれている。
 何より擦り切れた札が幾重にも張られていたが、しかしそれもぼろぼろになっていては意味を成していない。
 アンバーはヘンリエッタを守るように前に立って、警戒する眼差しで文房具箱を見下ろす。
 あれほどにカラスの鳴き声は、もう聞こえていなかった。
 それもそのはず。
 文房具箱を中心として横たわるカラスたちは、もう息をしていない。
 これは、危ないものだとアンバーの第六感は確かに告げていた。
「ど、どうしよう、どうすればいいの?」
 アンバーの手を引いたヘンリエッタも、その薄ら寒さに気付いていた。
 けれど。アンバーは文房具箱から視線を逸らさない。
「……調べてみよう。きっと、怪異に繋がる手掛かりになるはずだ」
「で、でも、危ないわ……!」
 これが、何か分からない。
 頭を振ったヘンリエッタだが、しかし見下ろしたアンバーの目にすぐに口を噤む。
 本当なら、触るべきじゃない。だけど、遠くから閉会を知らせる放送が聞こえてくる。
 時間がないのだ、と息を呑んだヘンリエッタはやがて目を伏せると深く深く息を吐いて、アンバーの手をもう一度握りなおす。
「……せーの、で。一緒に、触りましょう」
「――、ああ! 分かった!」
 ひとりなら、違ったかもしれない。だけど、今はひとりじゃない。
 手を繋いでくれる、温もりがすぐ傍にあるから。
 ぐ、と唇を噛み締めたヘンリエッタは息を吸って、アンバーと息を合わせてその文房具箱へと手を伸ばす。
 そうして。
 ぐるりと――世界は、暗転した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『旧校舎の怪談』

POW   :    力仕事なら任せろ。

SPD   :    隠し扉や罠の存在を発見、解除します。

WIZ   :    魔術的に隠蔽された秘密を探し出します。

👑11
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●Interval
 夕暮れと差し込む西日が薄らと、廊下を照らしている。
 向こう側を映すことのない窓から差し込む光が照らし出したそこは、古びれた旧校舎だった。
 そこが噂される都市伝説の舞台である旧校舎だということは、すぐに分かったことだろう。
 長らく誰にも使われていない。そうなってしまうほどには、放置されていた場所。
 その末に、取り壊されたはずの場所。
 だが――旧校舎は確かにいま、ここに在る。
 であれば、旧校舎にまつわる噂はすべて本当なのだろうか?
 きっと考えても、その真偽は分からない。
 ただ、分かることもある。
 怪異にとっては、入り口なんてものは何でも良かったのだ。
 ただ、旧校舎にまつわる噂を知ってさえいれば。
 ただそれだけのこと。けれどそれだけのことで、ともすれば、そこには繋がれた縁がある。
 その縁を手繰り寄せて、怪異は日常から滲み出すように浮き彫りとなる。

 怪異にとって、学園とは箱だった。
 閉じられた箱庭は、怪異にとってはとても居心地が良い。
 小さい箱の癖に、噂は風のように駆け巡る。
 勝手に膨らみ、勝手に別れては増えて。
 閉じられた世界で誇大化した噂を喰らって、ひとつの都市伝説になってしまえばいい。
 真偽なんてものは、どうでもいい。
 寄せ集めの噂を丸めてまるごと――ここは既に、怪異の腹の中。

 ずるり、とどこからか引きずる音が聞こえる。
 きゃらきゃらと笑う、子供の声が聞こえる。
 独りでに鳴るピアノの音が、流れる水の音が、ひたひたと差し迫る足音が――
 旧校舎にいる限り、さまざまな怪異が猟兵たちの身に訪うことだろう。
 逃げるか、隠れるか。それとも更なる根源を探し出すのか。
 いずれにせよ。選択のときが猟兵たちに迫っていることには違いない。
シホ・イオア
やってきました旧校舎☆
怪異について調べたりしたいところだけど
一番最初に確認したいのは予見の少女の安否だね。

旧校舎に入っちゃってるかはわからないけど
廊下から昇降口の範囲を重点的にチェーック!
邪魔する怪異は無視するか破魔の力で打ち払うよ。

あ、光ってふよふよ浮いてるからって怪異じゃないよ
猟兵、噂を解決しに来た頼れる猟兵だよ!
えーっとね、怪異に襲われると危ないから
フェアリーランドに隠れてくれないかな?
すぐに旧校舎から出して上げられればそれが一番いいんだけど……
他の猟兵さんなら知ってるかな?

少女がいないなら破魔と全力魔法で怪異退治だね



●箱庭の怪・上
 ずっと、音が聞こえていた。
 吞み込まれるように反転した世界の先、行き着いた旧校舎の中で。
 気がつけばひとり廊下で立っていた身を襲ったのは、まずその大量の音波だった。
 入り混じるすべてが反響しあって旧校舎全体に響き渡っているような、そんな音たちはしかし確かに聞こえているはずなのに、その音がどこから聞こえてきているのか、過ぎては返ってくる波のように掴めない。
 慎重な足取りで西日の差し込む廊下を進むシホ・イオア(フェアリーの聖者・f04634)は、その音の煩わしさに思わずと耳元を押さえた。
「せめて予見の少女の安否だけでも、確認できればいいんだけど……」
 廊下から、昇降口まで。
 警戒することは怠らず注意深く歩きながらも、シホは視線を辺りへ走らせる。
 しかし近くに人の気配を感じることはなく、知らぬ間に詰めていた息をほっと吐いた。
 この周辺にいないのであれば、少女は旧校舎にはいないと考えていいだろう。
 出口を探していた少女が旧校舎のより奥深くへと進むとも考えづらい。
 幸か不幸か。あえて言うならば、幸いか。少女が怪異に囚われるよりも早く、猟兵たちがこの場へ訪れたことで身代わりと成ったのかもしれない。
「彼女が大丈夫なら……あとは、全力で怪異退治だね!」
 ぐ、と拳を握り締めて、シホは己を鼓舞するように大きく頷く。
 そして旧校舎の奥深くを目指して踵を返そうとした、そのときだった。

 ――ねぇ 、あ そ ぼう?

 ぞわり、と。肌が粟立つのと同じくして、シホはすばやい動作で振り返る。
 けれどそこには――
「……ッ、誰も、いない?」
 誰もいない。振り返ったそこには誰も、いなかった。
 それでも確かに、聞こえたはずだ。
 耳元で囁くような幼い笑い声が、いまも響いているような気さえする。
 誰もいない。誰もいないはずなのに、きゃらきゃらと笑い声は駆けていくように遠ざかっていく。
 はたして、何とすれ違ったのか。何が、ここにいたのか。
 誰もいないはずの廊下で立ち尽したシホは、やがてツツジのように鮮やかな紫色の瞳をそっと細めて、拳を再び握り締める。
「ほかの猟兵さんたちと、合流しなきゃ」
 溢れ返る噂に飲み込まれる前に。滲む怪異に喰べられてしまう前に。
 そうして。その瞳に静かな闘志を秘めて、シホは今度こそ旧校舎のより奥深くへと駆けていく。

成功 🔵​🔵​🔴​

待宵・アルメ
おぉー……、まだクレープ食べてないのにいつの間にやら旧校舎。でも予想ほど怖くないね。ピアノ以外は昔に路地裏でよく聞いた音だ。
近くに誰か猟兵はいるかな?いるなら一緒に行動したいね。僕とガオナで警戒してもいいけどその分の能力を他に回したいし、ガオナには普段みたいに頭の中にだけいてもらって何か気付いたことあれば教えてもらおう。

校舎内を探索するなら【第六感】を働かせながら【愚者の複製拳】でツギハギグローブを18個に増やして壁や床をガンガン叩きながら移動するよ。空間があれば音でわかるし、罠があればクローブだけの被害で収まる。なにか出てきたらそのまま数の暴力だ殴ればいいし。うーん、僕って天才じゃないかな?



「おぉー……、まだクレープ食べてないのに……」
 気がつけばいつの間にやら、旧校舎。
 食べ損ねたクレープも一緒であればよかったのだけれど、そうもいかないらしい。手ぶらになっていた手元を見下ろして、待宵・アルメ(路地裏のミュルクリエイター・f04388)は小さく溜め息を吐く。これは勿体ないことをした。
「ふーん、なるほどなあ」
 隣にいたはずのガオナも、いつの間にか戻ってしまったらしい。
 西日の差し込む廊下で、アルメはひとりきりで襲い来る音の波に耳を傾ける。
 引きずる音、流れる水の音。奏でるピアノの音色や子供の笑い声。うるさいほどの音たちも、アルメにとってはピアノさえ除けば昔よく聞いた音だった。
 それゆえか、その深い紫色の瞳に恐れはない。
 ガオナを喚び出すことなく、右手を物々しく飾った廃材製グローブの数を増やすことに決めたアルメは表情を変えることなく、大きく振り被った。
 どん、どんどん。がんがんがん。
 音にするなら、きっとそれほどに強く荒く。18個に増やされたグローブは躊躇さえなく周囲の壁や床を叩いていく。けれど。
「おっかしいなぁ」
 叩いても叩いても。殴っても。なぜか、音が出ない。
 より力強く壁を叩いたアルメは、不可思議なその現象に首を傾げる。
 ここには確かに壁があるのに、音は出ない。叩いている感触が、まるでない。
 そうしてもう一度、第六感に身を任せるまま更に力強くアルメが拳を叩きつけると――ぐるん、と壁が回転したような衝撃がアルメを襲った。
 突如として足元さえ抜けたように転がり出たアルメは、受身を取りながらも打ち付けた身を撫で擦る。
「ッいったたた……、?」
 煤けたような匂いと、舞い上がる埃に咳をひとつ。
 汚れた衣服を叩きながらも暗がりで目を細めれば、実態がだんだんと見えてくる。どうやらどこかの準備室らしい。開けた教室は、血とも泥とも分からない何かで汚れきっていた。
 そして視界が暗さに慣れてきた頃、ようやくと顔を上げ辺りを見渡したとき。アルメはそれに気付いてしまう。
 ――逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ
 ――帰して帰していやだもういやだ帰していやだ
 ――おうちに、かえりたい
 血か、泥か。何とも分からない液体で無理やりに書かれたそれらは、走り書きにしても荒く、読みづらい。かろうじて読める程度の悲鳴のような文字の羅列が、その壁一面におびただしく広がっていることに気付いたアルメは思わずと息を呑んだ。
「……これは、誰かと合流したほうがよさそうだなあ」
 恐ろしいとは思わない。けれど。
 吞み込んだ息を溜め息として吐き出して、アルメは苦い笑みで頬を掻く。
 幸いにも、転がり込んだこの準備室は別の廊下へと繋がっているらしい。
 転がり込んできた場所を振り返れば何事もなかったような薄汚れた壁があるばかりで、アルメはこの旧校舎という空間そのものが歪んでいることに気付く。壁が壁でない場所があったり、扉が別の扉に繋がっていたり、まるで無理くりに貼り付けたテクスチャーのような、張りぼての空間。それがこの旧校舎なのかもしれない。
 準備室の扉から廊下を覗いたアルメは、そこが先ほどいた廊下よりも奥深い場所であることを確信するが否や、恐れることなく足を踏み出して振り返ることなく駆けていく。

成功 🔵​🔵​🔴​

一一・一一
ヒャッハー スクール・ロアだぁぁぁ
とかテンションあげつつ探索するっすよ
逃げはしないっす、隠れもしないっす
根源があるなら見つけないっとすね

とりあえず隙間女を服の隙間にくっつけておいて複数の視線で探索するっすよ
音のなる方向に進めばなにかあるっすけな?
怪異が襲ってきたら慌てず騒がず避けれそうなら避けて、避けれそうにないならQ・T・Sで撃ち落とすっす
さてここにはナニはどれだけいるっすかねぇ?

アドリブ・絡み歓迎っす


アイン・セラフィナイト
【WIZ】
怪異の巣……とんでもないところに来ちゃったね。怪異の巣、というより蠱毒みたいな感じなのかな?
……うん、ここはやっぱり、『銀の星『万象』』の出番かな。
ボクの肩に留まらせて、強大な怪異がたむろしてる中心や要を探し出してみるね。(『追跡・情報収集・第六感』)
襲いかかってくる怪異には、【心眼・魔烏の看破】で意図的に『弱点』を作り出して光弾で攻撃、消滅させる。(『属性攻撃・高速詠唱』)
物理的、魔術的な攻撃は魔力のオーラで『オーラ防御』しようかな。

一番怪しい旧校舎の中心に向かって歩いてみよう。
それにしても……嫌な夕日だなぁ。逢魔ヶ刻、っていうんだよね。……血の色みたいだ。

(アドリブ、共闘歓迎)


カイム・クローバー
シャレになんねぇ。どっか近くに猟兵、いねぇかな…
と、とりあえず、誰でもいい!別の猟兵と【追跡】使って合流するのが最優先だ!(UC使って頭数増やす)
【S】
最優先は別の猟兵と合流する事。言っとくけど別に怖い訳じゃねぇぜ?ただ苦手なだけだ!(他の猟兵よりちょっと後ろへ)
隠し扉や罠…あれ?これ俺が前じゃなきゃダメなんじゃねぇの?しゃあねぇ、罠の時だけ前に出るぜ?
隠し扉は発見次第、知らせる。【鍵開け】はするが絶対に自分では開けない。
…仕方ねぇだろ!?こういうの苦手なんだよ!!オブリビオン退治だけなら構わねぇが、ホラーは駄目だ。誰だよ、他の猟兵いるから悩む事ないとか言ったやつ……俺じゃねぇか…(愕然)


藤代・夏夜
WIZ
怪異にとって、人の噂って待ってれば出てくるご飯みたいなものかしらね
『住人』が多そうだし誰かご一緒させてもらえると嬉しいわ♪
(怪異は特に怖くない、冷静

引きずる子がどうして同じ廊下だけ回るのか気になるけど
まずは近くから調べていきたいわ
行動中は第六感フル活用
引っかかるものがあれば伝えるわね
嫌な予感なんて特に避けた方が良さそう
出来るなら教室に隠れるとかしてやり過ごしたいわ

曲がり角ではカメラ起動したスマホをチラリ
動画内に何かや鏡がないかチェック
窓硝子も危なそうだから廊下では体を低くするわ
調べたい所の鍵が閉まってたら鍵開けで開かないか試すわね

もし怪異に捕まりそうになったら一か八かのサイキックブラスト



 それはまるで、怪異の巣というよりも蠱毒のようだった。
 ひとところに寄せ集められた噂が噂を喰らい、新たな形を成していく。
 そうしてひとつの都市伝説となり、最後のひとつになったなら。
 真偽などもはや関係なく、そこに在るということこそが事実と摩り替わったなら。
 やがて事実として現実に滲み出した怪異は、呪詛と成り得て、現実さえ喰らいはじめるのかもしれない。
「とんでもないところに来ちゃったね」
 差し込む西日に黄金色の瞳をゆるりと瞬かせて、アイン・セラフィナイト(精霊の愛し子・f15171)は小さく呟く。
 肩に留まらせた銀の星『万象』もまた、同意を示すように頷いていた。
 その隣で。
 隙間女を喚び出して自らの服の隙間にくっつけた一一・一一(都市伝説と歩む者・f12570)も大きく頷きながら、しかし注意深く辺りを見渡していた。
 逃げもしない。隠れもしない。根源となるものを見つけ出さねばならないと意思を強く持った一一は、襲い来る音の波に怯むことなく、音が聞こえてくる方向を割り出そうと耳を済ませる。
「ううーん、校舎全体に響いているみたいで、分かりづらいっすね……」
「まずは近くから調べていきましょ。引っかかるものがあれば伝えるわ」
 少し歩いてみれば、音の聞こえ方も変わってくるかもしれない。
 第六感を研ぎ澄ませながら、藤代・夏夜(Silver ray・f14088)は肩を竦めた一一の背を励ますように軽く叩く。
 引きずる音、その噂の元となった子がどうして同じ廊下ばかりを回っているのか。夏夜としても気がかりな点はあった。
 けれど、まずは出来るところから探索していくべきだろう。薄暗い雰囲気を吹き飛ばすようにおどけた仕草で先へ進もうと提案した夏夜に、アインと一一も異論はない。
「そうだね……ひとまず、一番怪しい旧校舎の中心に向かって歩いてみよう」
 怪しむならば、物事の中心。その要。
 より奥深くへと進むのが定石だろうとひとまずの方針を固めると、そうして3人は互いに調査の目や耳を緩めることなく慎重な足取りで廊下を歩きはじめた。

 その一方で。
 同じく西日の差し込む廊下に気付けば立ち尽していたカイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は、頭を抱えていた。背筋に走る薄ら寒さが、彼の顔色の悪さを加速させている。
「シャレになんねぇ。どっか近くに猟兵、いねぇかな……!」
 とりあえず誰でもいい。とにかく、とにかく他に猟兵はいないのか。
 旧校舎に溢れ返る噂が織り成した音の波に阻まれて、気配を探ろうにもまるで分からない。とにもかくにも猟兵との合流を最優先と決めたカイムは、すぐさまもうひとりの自分を喚び出し、探索能力を引き上げて周囲にいる猟兵を探しはじめる。
 その探索網に引っかかったのは――アインと一一、そして夏夜の3人だ。
 存在を感知するが早く、駆けていく影を追うように駆け出したカイムだったが、まだ安心はできない。
 ただのオブリビオン退治ならどれだけよかったことだろう。だが、この流れは良くない。
 そう感じた彼の勘は間違いではなかった。
 それはまさに、廊下を駆けたカイムがもう少しで3人と合流ができる、という寸での時だった。

 ――ずるり、
 ――ずる、り、ずるり

 何かを引きずるような音が、一際大きく廊下に響く。
 重く引き摺るような、滴り続くような、そんな音だ。
 それは、間違いなくこちらへ向かってきている。
 カイムと同じく、いち早くその嫌な予感に触れた夏夜は息を呑んで、次いで近くの教室を指差した。
 怪異と戦うのも吝かではないだろう。しかし、相手もわからないうちに挑むのはあまりに危険な行為だ。
「――隠れるわよ……ッ!」
 いまは、やり過ごそう。すばやい動作で鍵を開けた夏夜に続くように、アインと一一、カイムも続くように教室へと転がり込む。
 そうして教室の壁を背に息を潜めて、その音が過ぎ去るのを待っていた4人はそのとき、締まりきっていなかった扉の隙間を映した窓を見てしまった。
 ――ずるり、ずるり。徐々にその音は遠ざかっていく。
「あれは……」
 何かを引き摺る音、その正体。
 それは下半身のない何かだった。
 ひとではない。ひとの形を成していない。
 下半身を切り捨てたそこに上半身が残っていたかと言えば、答えは否だ。
 手なのか、腕なのか。それとも顔か、肩か腹か頭か何か。それ以上考えてはいけないと頭を振る。
 ただ、継ぎ接ぎして合わせた何かの寄せ集めが、廊下を這いずっていたということだけは確かだ。
 引き摺るのではなく、あれは這いずる音だったのだと気付いてしまった4人は、顔を見合わせて口を噤む。
 あれが同じ場所ばかりを這い回っているというのなら、いずれまたここを通るだろう。
 ここより奥深くへ進むというなら、いつ再び来るかも分からない道を通らねばならないということだ。
 けれど。
「――進むっすよ」
 沈黙の中で、一一は力強く前を見据えていた。
 根源があるというなら、あれは通過点に過ぎない。
「……うん、行こう」
 得体の知れない怪異が、どれだけ溢れていても。
 その先に、きっと元凶となるものがあるはずだから。
 ひとりでないなら、力を合わせれば。4人であればこの廊下も越えていけると信じて、教室から出た猟兵たちはそして音の消えた廊下を再び歩きはじめる。
 その道行きを、血のように滲んだ夕日だけが照らしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霧亡・ネリネ
WIZ判定で根源探し、行ってみるぞ
ユズ(f02700)と一緒だ

おぉ、ここが噂の旧校舎さんか……(きょろきょろ)

予知で見えたと言っていた女の子を探そうにも、足音は……む、何もないならまだしも、音がありすぎて困るなんてのは初耳だ。
……む、ピアノさんの音?(そわっ)ユズー、行ってみるぞ。

音を追って音楽室。開けると……誰もいない?でも鳴っている。
長らくほっとかれた身で音が鳴るというのは確かに怪異なのだと確信じみて思えてくる
一応敵地なのは念頭に置いて、
ピアノを気にしたり音楽室を探索するぞ
危害が来たらユズに伝え、〈オーラ防御〉や〈逃げ足〉で逃げてみるのだ


空亡・柚希
*ネリネ(f00213)と一緒

……足音がそんなに?
いなくなった女の子を探す前に怪異に当たる可能性が高い気がするなぁ……。
ネリネがピアノの音に吸い寄せられるのにはちょっと納得しつつ、自分も同行
行った先で手掛かりでもあればいいんだけど

……ピアノ、鳴っているね
鍵盤もひとりでに動いている
自動演奏ならまだしも、こんな所で鳴っているならまぁ怪異だよね。

僕らが来たことで変化はあるのか、ピアノだけではなく何か不審なものは無いか。
ピアノに近づいていくネリネとは反対に、ちょっと遠巻きで全体を観察しよう
……目敏さと思考だけは自信があるんだ(〈視力〉)

すぐに逃走を助けられる位置は保ち、何かあったらすぐ退くよ



●箱庭の怪・下
 存在しないはずの旧校舎へと足を踏み入れてから、どれほど時間が経っただろうか。
 いつまでも沈まない夕陽が照らす廊下は、どこまでも続いているようで時間の感覚が薄い。
 鳴り止まない音の波に困惑を覚えながらも慎重に廊下を進んでいた霧亡・ネリネ(リンガリングミストレス・f00213)は、ふと、ひとつの音に耳を傾けた。
「……む、ピアノさんの音?」
 旧校舎全体に響いた多種多様な音たちは変わらず雑音の如く広がっていたけれど、その中でひとつだけクリアに届いたその音。どうやら、音の出所が近いらしい。押しては引いていく波のように距離感さえ掴めなかった中で、ピアノの音の出所――音楽室に気付いたネリネは、そわりと身を揺らす。
「……行ってみる?」
「うむ、行ってみるぞ!」
 それは好奇心か、探究心か。うずうずとした様子のネリネを見下ろしながら問いかけたのは、共に歩いてきた空亡・柚希(玩具修理者・f02700)だ。
 彼女がピアノの音に吸い寄せられるのも無理からぬことであると分かっていた柚希は、はぐれぬようにと繋いだままの手のひらを握りなおして、先行くネリネの後に続く。
 はたして、2人が見つけた音楽室の扉は開かれていた。鍵が掛けられた様子もなく、取っ手を引けば音楽室に続いた扉は呆気なくネリネと柚希を迎え入れる。
「……誰も、いない?」
 音は、変わらず響いていた。
 それが何かの旋律なのか、意味のない音の羅列なのか、ネリネには分からなかったけれど。歌う金糸雀のように繊細な音を響かせては、誰もいない音楽室に悲しく木霊している。
 そこにあったのは、埃を被ったグランドピアノだけ。長らく放っておかれたのだろうと一目見て分かるほどに、錆び付いた楽器がただひとつ。しかしやはり不思議なことに、その鍵盤は独りでに動いていた。
 その音に釣られるように、ふらりとネリネは柚希の手から放れて足を踏み出す。
「このピアノも、怪異のひとつだったんだな」
 でもそれは、いまじゃない。何年も前の、昔のことだ。
 吸い寄せられるように近づいたネリネが、埃を被ったその鍵盤に触れても――音は、鳴らなかった。
 残念そうに目を伏せたネリネの背を見つめながら、柚希は赤銅の瞳を静かに細める。
「残留思念、のようなもの……だったのかもしれないね」
 ネリネが触れた瞬間を合図として、ゆっくりとピアノの音が消えていく。残ったのは、取り残された過去の残骸。いまとなっては錆び付くばかりの楽器だったもの。
 細められた瞳が瞬く刹那のとき、柚希はそこに座っていた少女を見た気がした。
「じゃあ、もうこの怪異はいないんだな」
「そうだね。他の怪異に掻き消されたか……いや、喰われたのかな」
 瞼の裏に焼きついた一瞬を見るように柚希はピアノを覗いたけれど、やがて小さく頭を振って気を取り直すように再びネリネに手を伸ばす。
 怪異が怪異を喰らう、そんな箱庭の中で。決してはぐれぬようにともう一度、手を繋いで。
「行こう、ネリネ。怪異が自ら僕らをここに招いたとすれば、僕らは喰われる前に倒さなくちゃいけない」
 どうやら立ち止まっている時間はなさそうだ。
 差し込む西日が僅かに揺らぐのを確かに視界に納めて、柚希は踵を返す。
 繋いだ手をしっかりと握り締めたネリネもまた、音もなく眠りについたピアノに別れを告げて柚希と共に音楽室を後にする。より奥深く、その根源を目指して。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
ほう、此処が怪異の拠点か
本来ならば失われた場所
然れど人の噂により形を留めておる
――『言霊』とは良く言ったものよ

さて、先ずは聞き耳を立て怪異を探ろう
泣き声や床の軋み、楽器の音まで何でも良い
気になる音があれば聞こえた方角へ従者と赴こう
魔術や呪いの類であれば痕跡も辿れる筈
決して刺激せず此処は慎重に…ってジジ
お前は師の話を聞いていたか?

物陰に隠された際は息を殺し、観察
従者へ危害を加えようものならば魔術でマヒを試みる
走り去る影や何処かへ向う怪異には【影なる怪人】を使用
追跡ならば私の領分
決して逃さず根源を暴き出してくれる

…さて
私には理解しかねる、が
存外に仲間が欲しいだけやも知れんぞ?


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と共に

本来存在せぬ場所、なら此処は何だというのか
その不可解こそが怪異の価値なのか
ことだま…
呪文のようなものか

おかしな声や音の出所を師と探る
<第六感>、暗がりでは<暗視>等を活かし

逃げるも隠れるも性に合わねば
開かぬ扉をいっそ力ずくでこじ開けてみるか
なに、すでに怪異の内であるならば
腹の中で荒らされれば顔を出すやもしれんだろう?

異変の出どころと思しき場所あらば
師父を物陰に隠しておき、その中央へ
無防備に周囲を見回し、物に触れるなどして<誘き寄せ>を試みる

人ならざる怪異は
伝説になって何を得ようと望んだのやら
居場所か、存在そのものか
それとも――永遠に暴かれぬ謎であることか



「ほう、此処が怪異の拠点か。――『言霊』とはよく言ったものよ」
 本来であれば失われた場所。然れどひとの噂により形を留めているということを逸早く察したアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は、燃ゆる星の瞳をどこか愉快げに細める。
 ひとの噂により形を成したものをひとつ寄せ集めて、またふたつ。そしてみっつ、よっつと別れてまたひとつ。溢れた噂を喰らって成した体はさぞ心地よいことだろう。けれど膨れ上がったそれは、いつ爆発するとも知れない爆弾のようにもアルバには思えた。
「ことだま……、呪文のようなものか」
 周囲を伺う師の傍らで、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)もまた勘を働かせながら視線を辺りに走らせる。
 西日の差し込む古びれた木製の廊下。本来存在しないはずの場所。ならば此処は何だというのか、とジャハルは端正な面立ちを隠すことなく歪める。此処にいるべきではないという薄ら寒さを、確かに肌に感じていた。
「どうあれ、魔術や呪いの類であれば痕跡も辿れる筈。決して刺激せず此処は慎重に……って、ジジ! お前は師の話を聞いていたか?」
 言っている傍から手身近にあった扉を力ずくでこじ開けはじめた従者には、さすがの師父にも驚きを隠せない。鍵が掛かっていたはずの扉が拉げて開いているのを見ながら、さてはまったく話を聞いていないと察してアルバは額に手のひらを当てて大きく溜め息を吐いた。
 その間にも。
 恐れることなく無理くりに開いた教室の中に進んでいったジャハルは、ぐるりと見渡して室内の安全性を確かめている。どうやら廊下にいたときよりは薄ら寒さを感じないようだ。
 納得したようにひとつ頷いたジャハルは室内に見つけたロッカーを更に無理やり開くと、師であるアルバを押し込みはじめる。
「ジジ! 少しは師の話を聞け!」
「後で聞こう。師父はそこに隠れていてくれ」
 見てくれからして人ひとり入れそうな大きさではあったが、実際に入れてみればアルバはちょうど良くそこに収まっていた。満足げに、しかし話を聞かないままにロッカーを閉めたジャハルはそうして再び廊下へ戻るように踵を返す。
 師父の安全さえ確保してしまえば、何も恐れることはない。
 逃げるも隠れるも性に合わないとしたジャハルは、ここが既に怪異の内であればこそ、腹の中を荒らされれば顔を出すだろうと学園祭で得た噂を思い返す。その縁を辿るように。その縁を誘き寄せるように。
 そうして。
 ――ずるり、と。その音は反響した。
 存外にも程近く、徐々に近くなる音にジャハルは影なる剣へと手を掛ける。
 そのまま先手と打って出ようとした、そのときだった。

「――話を聞け、と言っているだろう」
 まったく困った従者だな、と小さな苦笑がジャハルの耳元を掠る。
 気がつけば、ジャハルは廊下ではなく師を押し込めたはずの教室へと戻されていた。他ならぬ、師の手によって。締め切らぬ扉の隙間、向こう側を過ぎてゆく怪異をその目に収めた後に、ジャハルは知らぬ間に詰めていた息を吐き出して、傍らの師を見やる。
「追跡ならば私の領分だ。決して逃さず、根源を暴き出してくれる」
 大切な従者に危害を加えさせるわけにはいかないからな、とその燃ゆる星は笑っていた。
 決して侮っているわけではない。決して信じていないわけではない。
 ただ、いまはその時ではないだけのこと。
 瞬く間に喚び出した不可視の亡霊に這いずる怪異を追わせたアルバはそうして、目を伏せてその感覚を追っていく。
 ひたすらに廊下を這いずるその怪異の行く先、旧校舎の終わりに続くその道を探すように。
「あれは……渡り廊下、か?」
 ふと、目を開けたアルバが首を傾げる。
 出口には見えない。けれど確かに此処ではない何処かに繋がっているようだ。
 しかしそこには、まるですべてを鎖じ込めるかのように封印の呪いが施されているようにも見えた。
 口を噤んだアルバがジャハルを見れば、ジャハルもまた師の様子を伺っていたらしい。言葉もなく、視線を交わして頷きあった2人はそして安全な場所を捨て、廊下を駆けていく。
 怪異を倒すためではない。旧校舎という腹の内から打ち破り、膨れ上がる怪異を暴く、そのために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
時の流れに取り残された此所もまた、過去の骸
暖かい夕色に包まれているのに
寂しく物悲しい

失踪者の共通点は
学校という場所や
噂話を口にしていた者から鑑みて
子供や少女だろうか
帰らぬ者の姿、或いは痕跡や遺物が無いかも探索

「鏡に映る少女」の噂と鴉の姿を追ってみる
昇降口、踊り場、洗面所等の鏡や
玻璃など鏡面になり得る所にも留意
猟兵達と出会うなら情報交換

入れ子箱にように内へ裡へ
絡繰り箱のように違和感を見つけては照合し組み換え
呪の根源を目指す

第六感を研ぎ澄まし
呪詛耐性・破魔の加護で危機回避
身に着けた依代の符に異常あれば
より濃い魔力が潜んでいないか付近を確認
封印の施された箇所を見つけたら
馨遙の破魔、浄化にて解除の試み



「こんなに暖かい夕色に包まれているのに……」
 それなのに、こんなにも寂しく物悲しい。
 その寂しさこそが、この旧校舎が時の流れに取り残された過去の骸であることを物語るようで。都槻・綾(夜宵の森・f01786)は少しだけ残念そうに吐息を零す。
 カラスの跡を追って、幾ばくか。気付けばひとり立ち尽くしていたのは、西日の差し込む廊下だった。噂に違わぬ古びれた旧校舎である。辺りを静かに見渡した綾は、身に襲い掛かる音の波にも怯むことなく探索へと打って出る。
 脳裏に浮かぶのは、学園祭で得た噂についてだった。
 鏡に映る少女。おそらくはその怪異も、この旧校舎という箱庭の中にいるのだろう。
 その噂を口々にしていた女生徒たちを思い出しながら、綾は噂を辿るように廊下を慎重に歩いていく。
 学園という場所や、噂話を口にしていた者たちから鑑みても、失踪者の共通点は子供や少女の可能性が高かった。そして、その失踪者たちの痕跡や遺物がこの旧校舎に残されている可能性も少なくはない。
「何も、映っていない……?」
 昇降口、踊り場。洗面所など鏡を巡るように歩いたその先で。
 廊下の曲がり角に置かれた姿見を見つけた綾は、その違和感に気付く。
 何も映っていないのだ。いや、正しくは自分だけが、映っていない。
 夕陽に照らされた校舎内を映し出した姿見には、綾の姿だけまるで切り取られたかのように映っていなかった。
 恐る恐ると綾が姿見へと手を伸ばせば指先は鏡に触れることなく、透けたように見えない向こう側へ沈む。慌てて指を離した綾は、触れた一瞬に向こう側へと消えた指先を見下ろして目を瞬かせた。
 ――その、瞬間だった。
 ずるりと這う音が、背後から聞こえたのは。
 その音を耳にした綾は、しかし振り返ることなく見てしまう。それは、姿見に映っていたのだ。
 継ぎ接ぎして合わせた何かの寄せ集め。物言わぬ肉塊の痕。迫り来るそれが自分に触れるよりも早く――綾は、姿見の向こう側へと飛び込むことを選んだ。

 はたして、綾が飛び込んだその場所は薄暗い倉庫のようだった。
 舞い上がる埃に咳き込みながら、綾は薄らと目を開けて周囲を伺う。
 飛び込んできたはずの姿見はどこにもなく、締め切られた薄暗い倉庫の中には使い古された教材などがところ狭しと並んでいるだけのようだ。あれほど近くまで迫っていた怪異の気配も、どこにもない。
 姿見を介して、異なる場所へと辿りついてしまったのだろう。旧校舎そのものがまるで無理くりに貼り付けたテクスチャーのような歪んだ空間であることに気付いた綾は、そこでようやくと息を吐いた。
「……文房具、箱?」
 しばらくすると、肩を落ち着かせた綾は使い古された教材たちのなかでも一際の異彩を放った、古びれた文房具箱を見つける。
 土ぼこりを被ったそれは元の色も分からぬほどに錆びれていて、何より幾重にも張られていたのだろう札が擦り切れ意味を成していないことが目に付いた。その文房具箱から感じる禍々しい気配に、身に着けていた依代の符がざわめくのが分かる。
 その様に息を呑みながら文房具箱に手を掛けてはみるものの、しかし頑として箱が開く様子はなかった。札も擦り切れ、箱も古びれて、今にも壊れそうな風体であるのにも関わらずだ。
 それが封印の呪いであると気付いたのは、持ちうる力ゆえだったのだろう。
 早春萌える若葉の色を湛えた双眸をそうと伏せて、綾はもう一度文房具箱へ手を掛ける。
「神の世、現し臣、涯てなる海も、夢路に遥か花薫れ――、」
 それは、馨遙がもたらす破魔の光だった。
 入れ子箱にように内へ裡へ、絡繰り箱を紐解くように照合し組み換えて。
 呪いの根源へ至るために、その禍々しい呪詛を解き拓く。
 その薄暗い倉庫を刹那として照らした光が収まったとき、綾は遠くでカチャリと鍵の開く音を聞いた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ
【WIZ】
アンバーと(f08886)
……転移させられたという、ことね
これが旧校舎の噂なら
……隠れましょう、アンバー
突っ込むのは私たちじゃ無謀だわ。

【恐怖の谷】。
私の中には「こういうこと」に詳しい「私」がいるから、ね
「人を脳内に呼び出しておいて、失礼な言い方だな君は」
……いいから、ここの仕組みと秘密を暴いて。アンバーに何かがあってからじゃ、許せないわ
「獰猛な獣を持つと苦労する。では、二人とも掌を地面にあてて
魔術も怪異も大して数式と差は無いよ、解明すれば自ずと答えは出てくるものだ
難しく考えなくていい――読み解こう」

一体だれが狂わせてる?一体何が、「閉じ込めた」?
腹に入れられたなら食い破るまでよ


アンバー・ホワイト
ヘンリエッタ/f07026と
見知らぬ空気にほんの少しの恐怖と
けれど隣にいる温もりに触れれば、大丈夫だということをを心に留めて

静かに隠れながら【オーラ防御】を展開して
【聞き耳】と【第六感】を使い、周囲の気配を探って【情報収集】を試みる
なにか聞こえたらすぐヘンリエッタとマダムに言おう、協力して打破するんだ

マダム、マダム!やっぱり頼りになるな!期待に添えるよう、頑張って探さなくては
マダムの言う通り行動を共にしながら、探索を試みて
【破魔】の力でわるいものを感知できないだろうか、集中力を高めていく

どこからくる?どこにいる?
私の牙は鋭いぞ、ワルイヤツがいるなら、噛み付いてやるのさ
何者が現れても折れはしない



 西日の差し込む古びれた旧校舎、その廊下。目を開けたときには、既に目の前の景色は変異していた。
 その見知らぬ空気に薄ら寒さとほんの少しの恐怖を添えて、ヘンリエッタ・モリアーティ(獣の夢・f07026)とアンバー・ホワイト(星の竜・f08886)は顔を見合わせる。
「……転移させられたという、ことね」
 変わらず、手は繋いだままに。
 その見に襲い掛かる音の波に怯むことなく、冷静に状況確認を終えたヘンリエッタはそのままアンバーの手を引くように近場の空き教室へ歩き出す。
「……隠れましょう、アンバー。突っ込むのは私たちじゃ無謀だわ」
「む、そうだな。まずは隠れて情報収集しよう」
 何事もまずは、情報を得ないことにははじまらない。
 そうして安全を確認した空き教室でアンバーは飽和する音の波に耳を傾ける。
 けれどその音は、あまりにも多すぎた。ずるずると這い回る音。きゃらきゃらと笑う子供の声。ピアノの音、水の音、雑音、雑音。重なる音の波は反響するように旧校舎を駆け回り、距離感さえ掴めない音にアンバーは眉を潜めて耳元を押さえようとする。
 ただ、その少し手前で。アンバーは距離感さえ掴めない音の中でひとつだけ、程近く、今もなお此方に向かってくるようなその音に気が付いた。
 それはずるり、ずるりと。這う這うの体で廊下を回り続けている。まるで探すように。追いかけるように。逃げ続けるように。
 その音は、ヘンリエッタにも聞こえていた。それゆえに、ヘンリエッタは銀の瞳をゆるやかに瞬かせて、小さく呟く。
「今度は、うまくやるわ」
 私の中には『こういうこと』に詳しい『私』がいるから、ね。
 なんて、言うよりも早く。カチリと切り替わる側面のように脳内に呼び出したのは彼女であって彼女ではない、けれど他ならぬ彼女自身。
 異なる人格、通称マダムを呼び寄せたヘンリエッタは先を急ぐように胸の内でマダムと話を進めていく。
 少しでも早く、ここの仕組みと秘密を暴かなくては。そう思うのは、アンバーを大切に思うからこそのことなのだろう。
 隣に寄り添う温もりを手繰り寄せて、ヘンリエッタは――否、マダムは妖しく微笑んだ。
「解明すれば自ずと答えは出てくるものだ。難しく考えなくていい――読み解こう」
 さあ、掌を地面に当てて。
 繋いだ手を地面へと置いて、マダムは謎を紐解くようにその気配を探る。
 魔術も怪異も大して数式と差は無いとした彼女はそうして、その気配の裡へ触れた。

 彼女が触れたのは、怪異の箱の底。複雑に絡み合った、継ぎ接ぎに繋がれた肉塊の内。
 そのはじまりは、ひとりの少女だった。
 その少女自身も、怪異に囚われた失踪者だった。
 ただひとつ違ったのは、噂に飲み込まれ怪異に囚われた少女自身が、新たな怪異となり――喰らってしまったこと。
 元々あった噂がなんだったのか、きっと影も形も残っていないだろう。
 本来の形を忘れた少女は、旧校舎を彷徨い続けることしかできないのだから。
「出口なんて、はじめからなかったのね……」
 黒く縁取られた眼を開けて、マダムは呆れたように息を吐く。
 その箱は、閉ざされていた。その扉もまた、鎖されていた。封印の呪いを解くことは、少女には出来なかったのだろう。だから少女は、より奥深くへ進むしかなかったのだろう。何より、その成れの果てがあの姿だったのだろう。
「マダム、マダム! どうする? 私たちも進むか?」
「ええ、そうね。渡り廊下――その奥へ、行かなくちゃ」
 マダムはやっぱり頼りになるな、と明るく笑ったアンバーの手を引くように、2人はそして空き教室を飛び出て廊下を駆けていく。
 その胸の内の一番柔らかなところに触れたのだ。2人はいまこの旧校舎の中でもっとも怪異と縁を繋いでいるといってもいい。であれば、必ずそれはやって来る。
 そうして。
 ずるり、と鈍い音を立てて現れたそれを振り返ることなく、2人は廊下を疾走する。
「走って、アンバー!」
「ああ! 大丈夫だ、ヘンリエッタが一緒にいるんだから!」
 その温もりがあれば、何者が現れてもこの心は折れはしないと。
 アンバーから溢れた陽だまりの欠片が瞬く輝き、這う者が苦しむ声を背に2人は渡り廊下へと繋がる扉へと手を掛ける。
 そこにあるのは、すべて鎖すような封印の呪いだ。けれどマダム――ヘンリエッタは、どこかでその呪詛が解き拓かれるのを感じながら、唇を吊り上げる。
 猟兵は、自分たちだけではない。皆、怪異の腹を暴くために駆けている。もう間もなく、この継ぎ接ぎの空間はその在り方を終えることだろう。
「――証明完了よ」
 紐解かれた噂が、怪異が、収束していく。崩壊していく。
 継ぎ接ぎの身体が再び別たれて、消えていく。
 カチャリと鍵の開く音が響くのと同じくして、その向こう側へ転がり込んだヘンリエッタとアンバーはそして、旧校舎からの脱出を果たすのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『ゆかりちゃん』

POW   :    「ただいま」「おかあさん、おとうさん」
戦闘用の、自身と同じ強さの【母親の様な物体 】と【父親の様な物体】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。
SPD   :    「どうしてそんなへんなかおでわたしをみるの?」
【炎上し始める捜索願いからの飛び火 】が命中した対象を燃やす。放たれた【無慈悲な】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
WIZ   :    「ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ」
【嗚咽を零した後、劈く様な叫声 】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
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●Interval
 紐解かれた怪異の底に残ったものは、なんだろうか。
 忘れ去ったものは、取り戻せない。消え去ったものは、取り返せない。
 やがて崩れ去る領域から外に吐き出されるように続々と猟兵たちの視界は反転し、気がつけばそこは校庭だった。
 辺りは既に暗く、夜の帳が落ちている。
 薄らと伺える片付けられた学園祭の名残からも、ここが旧校舎に至る前にいた学園の校庭だということが分かった。
 迷路が催されていた、初等部に程近いとされる校庭だ。
 現実に戻ったことを確認して互いに顔を見合わせた猟兵たちを、にんまりと笑うような月だけが照らしている。
 そんな月光の下で。
 猟兵たちは、校舎の真ん中にぽつねんと立ち尽くした少女の影に気付いた。

「おうちに、かえりたいの」
 影はゆっくりと振り返ると、どこか雑音染みた混ざり物の声色で呟く。
 ずっと、ずっと。ただ、暖かな我が家へ帰りたかった。
 箱の底は暗くて、冷たくて、寂しくて。
 けれどどれだけ怪異を喰らっても、旧校舎から出ることは叶わなかった。
 本来の形を忘れてしまった少女には、もう帰れる場所なんてなかった。
 だから。
 その寂しさを埋めるには、噂を辿ってくるものたちを、そして尚も怪異を喰らい続けることしかできなかった。
「ひとりぼっちはイヤ」
 寂しい。悲しい。
 だから――いっしょに、いて。
「ゆかりをひとりぼっちにしないで」
 細く小さなてのひらが、伸ばされる。
 月明かりに照らされたのは少女であって、されど少女ではない怪異の残骸。
 もう元には戻れない過去の残照。
 それはブツリと音を立てて別たれると、その数を増やしていく。
 さびしい。さびしい。ひとりはいや。かえりたい。
 1人、2人、3人と、際限なく声は増えていく。
 そして。
「――いっしょに、かえろう?」
 遠くでカラスが飛び立っていく。
 さあ、おうちへかえろう。
 群れを成した声が一斉に唱えれば、放たれた無慈悲な炎は瞬く間に校庭に広がり、猟兵たちを逃がさないとばかりに再び閉じ込めるのだった。
シホ・イオア
怪異の大元……なんだよね?
想いが強かったために他の怪異を飲み込んで変質しちゃったのか。
シホは……間に合わなかったんだね。
ごめんね、せめて、これ以上変わってしまわないように。
聖痕から感じるこの子の痛みと祈りを力に変えて
彼女を怪異の楔から解き放とう!

輝石解放、ルビー!愛の炎よ、悪しき呪縛を焼き尽くせ!
全力魔法に祈りに破魔、使えるものは全部使ってくよ
攻撃は鞘から霞を発生させて残像で回避

連携歓迎。
怪異の名前が分かるなら「ゆかりちゃん」と呼ぶ。
全て終わったら供養して上げたいな。


カイム・クローバー
………これが怪異の本当の正体って訳か。十中八九オブリビオンとは思ってたが、こいつぁ…後味悪い仕事になりそうだ。
【P】
悪ぃな。もう、帰してやる事は出来ねぇんだよ。俺に出来るのはこれ以上犠牲者を増やさねぇようにする事だけだ。
【二回攻撃】【鎧砕き】【なぎ払い】【早業】を使ってUCで撃ち抜いていくぜ。
気分は最悪だ。少女のオブリビオンじゃなけりゃ、俺の恐怖の借りを十倍にして返してやったのによ。
攻撃に対しては【見切り】で対応。
あっちのPのUC厄介だな…単純に数が増えやがる。少女狙って打ち消すしかねーか。
他の猟兵のフォロー等にも動くぜ。必要なら【援護射撃】だ。前衛も居るだろうし、邪魔はさせねぇよ



●夜籠の終
 旧校舎を経て現実へと舞い戻った猟兵たちは、渦巻く炎の中で少女だったものと対峙していた。
 ブツリと音を立てて別たれては際限なく増えていく様は、少女がどれだけの怪異を蓄えてきていたのか考えさせられるようだったが、しかし目を逸らすことはできなかった。
 どれだけの悲しみを呑み込んでいても、どれだけの寂しさを含み込んでいても。
 彼女が怪異のはじまりであり、呪詛に成り得る根源であり、何よりオブリビオンであるならばその存在はどこまでいっても相容れはしない。
 倒すしかないのだと、その脅威を肌に感じてシホ・イオア(フェアリーの聖者・f04634)はツツジのように鮮やかな紫色の瞳を切なく伏せる。
「この子が怪異の大元……なんだよね?」
 かろうじて伺える、少女の姿。けれどそれが本当に少女の生前の姿なのかは分からなかった。
 ただ分かるのは、その想いが強かったゆえに他の怪異を呑み込んでまで、変質してしまったということだけ。
 だからせめて、これ以上は変わってしまわないように。
 少女、ゆかりから感じる痛みと祈りに触れるように、シホは聖痕に意識を向けながらも輝石に力を込めていく。
 その傍らで。
 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)もまた、後味の悪さを予感するように顔を顰めては双魔銃『オルトロス』に手を伸ばす。
「……これが怪異の本当の正体、って訳か」
 十中八九、オブリビオンの仕業であるということは分かっていた。
 であればこそ、どんな形をしていようと戦うしかないのだろうとカイムは照準を合わせてその銃口を向ける。
「――悪ぃな。もう、帰してやる事は出来ねぇんだよ」
 俺に出来るのはこれ以上、犠牲者を増やさねぇようにする事だけだ。
 そう言うのと同じくして、早業のように撃ち出された銃弾の嵐は周囲に立った少女の成れの果てを寸分の狂いもなく一斉に射撃していく。しかし、どうにも数が多い。
 せめて少女のオブリビオンでなければ、と舌打ちを隠すことなく鳴らしながらカイムは状況を冷静に見据えていた。破壊力と速射力に秀でた魔具である『オルトロス』の力を以ってしてもどうにも、ゆかりの力は厄介だ。
 集団戦であることは元よりだが、ゆかりが呼び出す物体もまた際限なく増えていくらしい。母親のような、父親のような。何とも銘打つことのできない物体はゆかりを守るように現れ、ゆかり自身を確かに狙撃しているはずなのにどうにもその数を減らしきれない。
 銃撃の弾幕を絶やすことなく撃ち込みながら傍らに立つシホを見下ろし、カイムは小さく問いかける。
「ボロボロ出てきやがる連中は俺がやる。だが、本命はそっちじゃない。……あんた、やれるか?」
「……っうん、やる! やれるよ!」
 輝石の力が、花開くように解放されていく。
 敵が増えるならば、その手数が増えるならば。やはり狙うのは少女、ゆかりただひとりだ。
 ゆかりを確実に討つための時間稼ぎを受け持ったカイムに、シホが大きく頷けば。いい返事だ、と笑ってカイムは距離を詰めてくる親になれるはずもない物体を撃ち抜いていく。
 そして、その輝石が花開いたとき。
「輝石解放、ルビー! ――愛の炎よ、悪しき呪縛を焼き尽くせ!」
 その痛みを祈りと代えて。その悲しみを願いと代えて。
 その寂しさに、愛を込めて。
 高らかに声を上げたシホに応えるように、赤く煌いた愛の炎はまっすぐにゆかりへと向かって空を駆けていく。
 それはゆかりが再び父と母を呼ぶよりも早くその胸を貫き、そうして少女の成れの果ての内のひとりは月夜に霧散するのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

一一・一一
ゆかりちゃん苦手なんすよねぇ…
「逃げ足」で炎上からにげながら「Q・T・S」で「誘導弾」と「炸裂弾」を合体させた『誘導炸裂弾』を「スナイパー」するっす
子供相手に撃つのは心が痛むっすけどしょうがないっすよね
あとはすきを見て「スパイダー」で縛ったり、味方の攻撃に対して「援護射撃」してサポートするっすよ
タイマンできないことはないっすけど、一応メインはサポーターなんで、僕

アドリブ・協力行動歓迎っす


アイン・セラフィナイト
【WIZ】
ひとりぼっち、か……。ボクも気付いたときには一人で、助けてくれる人がいたから大丈夫だったけど、君は誰も助けてくれなかったんだね。
可哀想だけど、骸の海にちゃんと還してあげなくちゃ。

叫び声はアイテム『乖離咒・災禍封滅』の魔力のオーラで『オーラ防御』、範囲外から【心眼・魔烏の看破】で弱点を創り出して光の刃で攻撃する。連続で魔法の光弾で攻撃だ。『属性攻撃・全力魔法・高速詠唱』
他の猟兵さんへの攻撃は、アイテム『神封の書』で空間を歪ませて防御壁を形成するね。

つらかったよね。……いや、これじゃ同情になっちゃうか。君を救うために、君を倒すよ!

(アドリブ、共闘歓迎です)



「ひとりぼっち、か……」
 寂しさに乞う少女、ゆかりの嘆きに寄り添うことはできない。
 けれど、その影に過去を見るようにアイン・セラフィナイト(精霊の愛し子・f15171)は月夜に瞬いた黄金色の瞳を伏せた。
 自分も気付いたときには独りだった。けれど、自分には助けてくれる人がいたから。
 それゆえに、彼女の寂しさを考えずにはいられない。きっと彼女には、助けてくれる人なんていなかったのだろうと思えば、思うほど。
「……骸の海に、ちゃんと還してあげなくちゃ」
 帰る家は、もうなくとも。そこでなら彼女も安らかに眠ることができるだろうと。
 『白翼の杖』を痛いほどに握り締めて、アインはゆっくりと閉じた目を開く。その目にもう、迷いはない。
「どうしてそんなへんなかおで、わたしをみるの?」
 どうして、どうして。輪唱するように雑音染みた声色が広がっていく。
 その渦巻く炎を防ぐように『乖離咒・災禍封滅』の魔力を用いてオーラの壁を作ったアインは、その声に惑わされることなく、銀の星『万象』が見た先に創り出された弱点目掛けて魔法の光弾を飛ばした。
 まずは一撃、そして二撃と絶え間なく討ち込まれる光弾に、ゆかりは炎を操りながらもじわじわと後退していく。
 その中で。
 そんな彼の隣に立った一一・一一(都市伝説と歩む者・f12570)もまた手によく馴染んだスナイパーライフルを構えながらも、困りがちに眉尻を落として呟いた。
「苦手なんすよねぇ……」
 怪異の残骸といえども。成れの果てといえども。
 目前に立つ少女の姿を撃つことは、どうしても心が痛む。けれど。
「――しょうがない、っすよね」
 どんな姿をしていても、それはオブリビオンなのだから。
 自らに言い聞かせるように溜息をひとつ、構えたスナイパーライフルが撃ち出したのは誘導弾と炸裂弾から合成された『誘導炸裂弾』だった。
 飛び火する炎をも貫くように鋭い弾道が狙った先には、間違いなく彼女が立っていることだろう。
 そうして、その凶弾がゆかりを確かに貫いたなら。
「いまっすよ!」
 撃ち抜くと共に、スパイダーと名付けられた粘着性のワイヤーがゆかりの足元を捕らえる。
 一一が上げた声を合図とするように杖を掲げたアインはそして、『万象』と共に真っ直ぐと彼女を見つめた。
 つらかったよね。そう声を掛けることは、きっと同情になってしまうだろう。
 そんな風に、彼女を見たいわけではなかった。だからこそ。
「君を救うために、君を倒すよ――!」
 その眼差しには、確かな決意を秘めて。
 アインから放たれた魔法の光弾が強く瞬いた後、そうして少女の成れの果ての内のひとりはその強すぎる光の中で吹き飛ばされていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

グルクトゥラ・ウォータンク
初めから手遅れじゃったのか。…猟兵とは因果な仕事じゃな、どんな悲劇の演者であれオブリビオンである以上排除せねばならん。
悪いが、一緒に帰ることも家に帰してやることもできん。恨みも嘆きも郷愁も、全部焼べて行け。

「ランドメイカー」より吐き出した鋼たちを代償に捧げ、UC【始源覚醒:神体創造】発動。祖神顕現。
火煙纏う祖神の【範囲攻撃】【属性攻撃】で広範囲を薙ぎ払っていくぞい。必要ならその身で【盾受け】をして他の猟兵を庇おう。炎と鋼で出来た神体じゃ、そう簡単には傷つくと思うな。

ここは出口でも家でもないが、間違いなくお主の終着点じゃ。迷うな。惑うな。還り逝け。



「……猟兵とは因果な仕事じゃな」
 小さな呟きに込められた万感の思いが、深い溜息と共に零れ落ちる。
 にんまりと笑った月が照らした少女の成れの果てを見据えながら、グルクトゥラ・ウォータンク(サイバー×スチーム×ファンタジー・f07586)は緩く頭を振った。
 どんな悲劇を目の当たりにしても、彼の意思が揺らぐことはない。オブリビオンである以上は排除しなくてはならないのだと、グルクトゥラはその存在の脅威をよくよくと理解していた。それゆえに。
「悪いが、一緒に帰ることも家に帰してやることもできん」
 ――恨みも嘆きも郷愁も、全部焼べて行け。
 グルクトゥラは手中に収めた手のひら大のHDD『ランドメイカー』より吐き出された鋼たちを代償に、その力を解放する。始源覚醒:神体創造、インカーネート・プライモーディアル・ゴッドと呼ばれたその力が顕現させたのは火煙を纏った祖神が一柱。その、炎と鋼で出来た神体だ。
「おかあさん、おとうさん……ッ! ゆかりはここだよ、」
 父母を呼び込んだ少女、ゆかりは動けない。煙の中を掻い潜るように、その身を守るように身を寄せた親になりえない物体ごと焼き払うようにその腕で薙いだグルクトゥラは、痛ましさを覚えるよりも早くすべてを灰と帰して、燃ゆる火煙の中で最期に言葉を手向ける。
「ここは出口でも家でもないが、間違いなくお主の終着点じゃ」
 迷うな。惑うな。そして。
「呪詛と朽ちる前に、還り逝け」
 巻き上がる火煙が、グルクトゥラの赤茶けた髪を揺らす。
 少女の慣れの果ての内のひとりを還しても、すべてを還すにはまだ事足りないようだ。けれど、炎と鋼でできた神体はそう簡単には傷つかない。次なる怪異の残骸も残らず還すべく、グルクトゥラは振り返ることなくその腕を振るっていく。

成功 🔵​🔵​🔴​

ナット・パルデ
なるほど、こいつが元凶ということか
さっさと倒して終いとしよう

細剣に強く魔力を込め詠唱
【アネステジア】冬の嵐を呼びおこす
炎も母も父も、全てを白で包む

嗚咽が聞こえたら、尻尾を強く振り鈴音で叫び声の無力化を
音には音、破魔の衝撃で少しは軽減できるだろうか

なぜ箱の中に囚われたのか理由はわからん
今更こいつへの想いが何になる
これはもう「終わった」ことなんだ

だが幼き怪異の子よ
慈悲深き白は優しくお前を受け「止」めるだろう
せめて、最期の刻は幸せな夢を



 氷雪を閉じ込めたような薄氷の細剣が月光に瞬く。
 その輝きを手に、ナット・パルデ(廻雪・f05999)は少女の成れの果てを見据えていた。
「なるほど、こいつが元凶ということか」
 それはなんとか少女の形に留めているだけで、突けば今にも崩れそうな過去の残照に過ぎない。その骸へと細剣の切っ先を向けたナットは、冬晴れの海のように凪いだ瞳で前を見据えて先手を取る。さっさと倒して終いとしよう、と打って出た彼の剣に迷いはなかった。
「ひどいよ、ひどいよ……ッ!」
 次々と消えていく移し身に怯えるように少女、ゆかりが嗚咽を零す。それはやがて劈くような叫声へと変貌しナットへと牙を向いたが――しかし。
 りぃん、と澄んだ音が鳴る。
 ナットの尻尾に着けられた破魔の鈴音が叫声を打ち破ると共に、そして彼は薄氷の細剣を振り抜いた。
「――アネステジア、」
 舞い上がるは、冬さえ遠ざける嵐。
 炎さえ白で包み込んだ嵐がすべてを閉じ込めたなら。その先で迷子のように泣き叫んだゆかりを見据えながら、ナットは迷わずにその切っ先で彼女の胸を貫く。
 血が流れることはない。少女の形をしていも、それは最早少女ではなかった。そうして塵と消えた彼女の残照を見下ろして、ナットは静かに目を伏せる。
 なぜ箱の中に囚われていたのか。今となっては、理由も分からないだろう。
 今更何を想おうと、何かを成すことはない。すべてはもう、終わったことなのだから。
 だから、せめて。
「幼き怪異の子よ。慈悲深き白は優しくお前を受け止めるだろう」
 嵐が止み本来の静けさを取り戻したその場所で、ナットはしばしの黙祷を捧げる。
 願わくば。せめて、最期の刻は幸せな夢を見れるように。

成功 🔵​🔵​🔴​

藤代・夏夜
※連携OK

かえりたい事だけは覚えてたのかしら
それとも食べちゃった子達の気持ちが混ざったの?
…どっちでもいいわね、やっとお外へ出られたんだもの
ええ、『還り』ましょ、ゆかりちゃん

不意打ちされないように第六感をフル活用、常に動き回るわ
両脚がモロに機械だから飛んだり跳ねたりは得意よ
回避にも生かしたいわね

ヴァリアブル・ウェポンは命中重視
一撃で無理そうなら2回攻撃を狙うわ
仲間の動き・攻撃に上手く重ねて、沢山のゆかりちゃんを減らせるといいんだけど
叫声は効果あるかわからないけど呪詛耐性、それから気合い入れて耳押さえるわ!

ちょっと乱暴な還し方でごめんなさいね
だけどあなたを還したいって気持ちは、本物よ


待宵・アルメ
ひとりぼっちでどうしていいかわからなくて……うん、昔の僕みたいだ。一人で辛かっただろうね。そろそろ休ませてあげよう。

数が多いんじゃ逃げ回ってもしょうがないし接近戦に持ち込むよ。召喚したスクラップを組み込んで思いっきりデカくしたグローブで【怪力】任せにぶん殴る。まとめていっぺんにお相手してあげる。
向こうの攻撃は【第六感】【武器受け】【怪力】で受け流すことにしよう。

理由があっても、そうする事しかできなくても、悪いことは悪いことなんだよ。怒ってゲンコツして反省させておしまい!
あとはゆっくりおやすみなさいだ。

(アドリブ、共闘歓迎だよ)



 少女の成れの果て、その骸の嗚咽が響いている。
 寂しいと、悲しいと。その悼ましさが響けば響くほど、やがて叫声へと変異した音の波は猟兵たちへ牙を向くだろう。
 月明かりの下で煌いたメタリックシルバーの手先を撫ぜて、藤代・夏夜(Silver ray・f14088)は悩ましい溜息を零す。
 怪異の残骸と言えども、帰りたいという事だけは覚えていたのだろうか。
 それとも、食べてしまった子たちの気持ちが混ざったのだろうか。
 郷愁の嘆きが来る胸の内は、夏夜には読めなかった。けれど。
「……どっちでもいいわね。やっとお外へ出られたんだもの」
 それがやがて消え去る束の間の現実であっても。
 此処は彼女が望んだ外に違いない。それゆえに。
 還りましょ、そう紡いだ言葉が彼女に届いていなくても構わないと夏夜は地を蹴り上げる。
 少女、ゆかりが父母を呼び込むよりも早く戦場を駆け抜けた夏夜が放ったのはヴァリアブル・ウェポンだ。そうして寸分の狂いもなく一撃、そして二撃と打ち込まれた攻撃の重さにゆかりが怯んだとき、次に現れたのは夏夜の影に隠れるように一気に距離を詰めた待宵・アルメ(路地裏のミュルクリエイター・f04388)だった。
「おかあさん、おとうさんッ! ゆかりをまもって!」
「――おっと、そうはさせないよ!」
 一手遅れながらも父母と呼ばれた物体が目前に差し掛かる、けれど。
 それさえまとめて召還したスクラップを組み込み巨大化させたグローブで殴りつけたアルメは、塵と消えた物体を見送り、そっと息を吐いた。
 殴った感触がまるでないのは、やはりと言うべきか。何度か拳を握り締めるように動かして、アルメは手のひらを見下ろす。どうにも慣れないが、しかし結局のところは拳が一番なことには違いないだろう。アルメはその経験に従って拳を再び握り締めると、真っ直ぐにゆかりを見据えた。
「理由があっても、そうすることしかできなくても。悪いことは悪いことなんだよ」
 ひとりぼっちでどうしていいか、分からなくて。
 その寂しさは昔の自分を見るようだ。きっと、独りは辛かったことだろう。
 なればこそ、そろそろ休ませてあげようと。
 アルメは月夜に煌いた紫の目をにっこりと弓なりに細めて、笑いかける。
「おいで。まとめていっぺんにお相手してあげるよ」
「ええ、そうね。ちょっと乱暴な還し方でごめんなさいね!」
 ブツリと別たれていく影と、巻き上がる炎の中で。
 背中を預けあうように立った戦場で、アルメと夏夜は自身の手足を武器として振り続ける。
 どんなやり方であっても、少女を還してあげたいという気持ちは本物だから。
 その振りかざした力に迷いはなく、2人の戦いは周囲の影が塵と消えるまで止まりはしないのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

霧亡・ネリネ
帰れないのは寂しいだろうが、付いて行ってやることも出来ぬゆえな
アンコールの拍手はもう鳴らぬ。骸の海へご退場……なのだ。

(ユズ/f02700、他仲間と共闘アレンジ歓迎)
*
WIZ能力を重視
人形「フリューゲル」を起こして、戦いに移るのだ
≪おびき寄せ1≫≪時間稼ぎ2≫≪パフォーマンス≫で少しでも意識を人形に向けさせ、≪フェイント5≫≪高速詠唱1≫でどかんっ、と『諧謔』を使うぞ
人形も大きいから、多少は遮蔽にもなるといいのだが。むむ。

嗚咽が聞こえてきたら注意だな
≪オーラ防御4≫≪逃げ足2≫を使い、当たっても壊れるのが最小限になる様注意だ。……余計に修理させるとユズがたいへんだろうしな……


空亡・柚希
(主軸はネリネ/f00213含他猟兵の援護)(アレンジ歓迎)

長い間帰れなくて、寂しくて誘おうと……
でも申し訳ない、僕らも帰るところがある
喰われる訳にはいかなくてね

注意する能力値の方向はSPD/
<忍び足1><目立たない6>で息を殺し、
<視力3><スナイパー2><誘導弾2>で精度を上げて、<だまし討ち4>の要領で少しずつ倒していこう
……そういえば、錫の兵隊も家に帰れなかったんだっけ

飛び火は<第六感3><視力3>で軌道を予測、回避を試みる
避けられなければ銃弾の<衝撃波2>かクランケヴァッフェを広げて
軽減出来れば
手袋だけは燃やされたくないな……


都槻・綾
第六感で見切り回避
皆と声を掛け合い死角を補う
自他オーラ防御

ずっと
寂しかったでしょう
心細かったでしょう
鴉も巣に帰るのに
ひとり取り残されたまま
彷徨い続ける夕暮れは

ゆかりさん
もう貴女はひとりぼっちではないですよ
眠れる家へ…海へ還りましょう
辿り着くまで見送るから
手を繋いでいますから

久しく呼ばれることの無かっただろう名を紡いで
穏やかな所作で差し出す手

詠唱は子守歌を謡うが如くに
範囲に届くよう仄か明るく緩やかに
陽に温もる水纏う鳥葬の羽搏きで少女を包む

抱き締めることが叶うのならば
私もまた腕を伸ばして
柔らかく包み込もう

帰りたかった家族の元の、其の代わり
手を取って
消え逝くまで見守りたい

おかえりなさい
安らかにお休み



●夜明の青
 巻き上がる火の粉が、空へと昇っていく。
 にんまりと笑うような月が見下ろした校庭は、今や閉じられた戦場と化していた。
 悲鳴が、嗚咽が、その雑音染みた声が。反響する火煙の中で、紐解かれた呪詛の根源を見るように空亡・柚希(玩具修理者・f02700)は赤銅の目を緩やかに細める。
 長い間、帰ることができなかったのだろう。郷愁の心が、そして寂しさから誘おうとした子供らしさが怪異と成り果てたのだろう。けれど。
 少しの申し訳なさを胸に、それでもその瞳を逸らすことなく柚希は少女の成れの果てを見据える。
 その寂しさに寄り添うことは、柚希にはできない。
「……僕らにも帰るところがある。喰われる訳にはいかなくてね」
 所々錆に覆われた、手に収まる大きさの兵隊人形を手のひらに。
 息を殺した柚希の隣で霧亡・ネリネ(リンガリングミストレス・f00213)もまた琥珀の瞳を真っ直ぐに少女、ゆかりへと向けながら『フリューゲル』を呼び起こす。
「アンコールの拍手は鳴らぬ。骸の海へご退場……なのだ」
 帰れないのは寂しいだろう。悲しいだろう。それでも、付いて行ってあげることもできない。
 なればこそ、この手で眠らせてあげることが最大限の手向けになると、呼び起こされた『フリューゲル』を操るようにネリネはその手のひらで宙を撫でる。
 その傍らで。
 赤糸で五芒星、六芒星が縫い綴られた薄紗に触れた都槻・綾(夜宵の森・f01786)もまた、ゆかりの心の裡を思うように炎を見た。
 夕暮れのように揺らめいた炎が彼女の心を映すようで、綾は悼ましげに眉を潜める。
 ずっと寂しかったのだろう。心細かったのだろう。
 鴉も巣に帰るというのに、夕暮れに彷徨いひとり取り残されたまま。
「――ゆかりさん。眠れる家へ、海へ還りましょう」
「うむ、私たちが見送ろう!」
 もう、ひとりぼっちではないはずだと。
 大きく頷いたネリネが指先を操ることで起き上がる巨躯は、美しいドレスで彩られた彼女だけの人形だった。古い蓄音機を模したような異形頭の人形はネリネが動かす指先に沿うように、巨躯には見合わない滑らかな動きでその腕を振り上げる。
 どかんっ、と地を揺らすような大きな一撃がまずひとつ。諧謔と名付けられたその名に相応しい軽やかな動きをしていても――しかし、そこには少しの冗談も交えることはなく。
 その打撃と衝撃からゆかりが体勢を崩したところで、息を潜めていた柚希がいつの間にやら手にしていた銃から放たれた銃弾がゆかりの身を貫いた。
「少しずつ、確実に行こう」
 見送るならば、ひとりずつ。最期まで見届けよう。
 そう頷いた柚希が手にしていた銃は、どうやら兵隊人形から組み替えられたものだったらしい。そういえば錫の兵隊も家に帰れなかったんだっけ、と呟くと同時に銃を背負いなおして、彼は次なる標的へと銃口を向ける。
 ブツリと音を立てて別たれていく影は際限なく、その声もまた増えていく。切りがないが、しかしどんなものにもいずれ終わりは来る。
「ひどい、ひどいよひどいよ! どうしてイジワルするの……ッ!」
 増えては塵と消えていく移し身の影で、誰かが嗚咽を漏らす。
 ただ帰りたいだけなのに。
 もう寂しいのはイヤ。悲しいのはイヤ。ただ、それだけなのに。
 しかし輪唱する嗚咽がやがて劈くような叫声へと変異するよりも早く、その身を守るように放たれた無慈悲な炎は柚希へと迫っていた。
「む、ユズを狙うのはダメだぞ!」
 眼前へと迫る炎の軌道を視て回避した柚希の前に、ネリネの操るフリューゲルが躍り出る。
 そしてネリネの操る糸の先で大きく振り上げられたフリューゲルの拳が大地を揺らしたなら――その巨躯の横を駆け抜けるように、陽に温もる彩りに染んだ鳥が羽搏いていく。
「時の歪みに彷徨いし御魂へ、航り逝く路を標さむ――、」
 それはまるで、子守唄を謡うが如く。
 仄か明るく、緩やかに。陽に温もる水纏う鳥葬の羽搏きで少女を包んだなら。
「……おかえりなさい」
 そうして、安らかにおやすみなさいと。
 帰りたかった家族の元には、きっと帰れない。だからその代わりにと、嗚咽を漏らした少女の手のひらに触れて、綾は薄らと微笑む。彷徨える夕暮れは潰えたのだから、どうか安心して少女だった過去の残照が月の下で眠れるように。
 その身を抱きしめても、ぬくもりは感じなかった。触れたはずの手のひらも、不思議と触れた感覚が薄い。それでも綾は変わらずに笑みを湛えて、ゆかりが光と消えていくまで見送り続けるのだった。

 気が付けば思うよりも、少女たちの影は減っていた。
 まるで際限がないように思えたその数にも、やはり限りがあるということだろう。どれだけの怪異を食べていたとしても、どれだけの呪詛を身に宿していたとしても、きっとその終わりは近くまで来ている。その最期を予感するように柚希は赤銅の目を伏せて、銃を握りなおした。
「……もうひと頑張りと行こうか」
 誰からともなく、頷いて。目配せをひとつ。
 3人はそうしてこの戦いの舞台が終わるそのときまで、その寂しさを見送るように優しく、諧謔曲のように軽やかに戦場を駆けていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アンバー・ホワイト
ヘンリエッタ/f07026と
お父さんとお母さん、わたしにはわからないものだけれど、帰りたい気持ちはよくわかる
大切な人のところ、帰りたいよな
カラスの鳴き声とともに、帰ろう一緒に、終わりにしよう

ヘンリエッタの作ってくれたタイミングを見計らい【星屑の鎖】で彼女を繋ぎ止めよう
もう、泣かなくていいんだ、帰り道はこちらだよ
優しく捉えた彼女に囁いて、引き込んで、離さない
攻撃は【オーラ防御】で防ぎながら、けれど言葉は聞き逃さずに心を汲んで

【フェイント】交えて接的
白銀の槍を構えて真っ直ぐ彼女に向かっていく
この槍で貫いて、全てを終わりにするんだ
悲しい思いも寂しい思いも、ぜんぶ
貫いて、切り開いていくよ、希望をのせて


ヘンリエッタ・モリアーティ
【WIZ】アンバーと(f08886)
そうよね、帰りたい
こんな怖いところにいたくないわよね
お母さんとお父さんに、会いたいわよね

【沈黙の羊】で相殺を図るわ
彼女の攻撃がアンバーに当たらないように、【全力魔法】で相手をする!
よく、観察して――共感して、あの子の声を聴きたい
無差別に攻撃をするとしても軸足から、身の振り方から攻撃パターンは把握できるはず
アンバー、私があの子を引き受けている間にタイミングをはかって
「迎えにいって」あげて
もし追撃が必要なら【モラン】で【串刺し】にするわ

幾度となくこれから繰り返す骸の海に還るまでは――どうか、家に少しでも、心が導けたなら
ゆかりちゃん、帰りましょう?鴉が、哭くから。



「お父さんとお母さん。わたしにはわからないものだけれど……帰りたい気持ちは、よくわかる」
 大切な人のところ、帰りたいよな。
 響いた嗚咽に、飛び火する炎に、アンバー・ホワイト(星の竜・f08886)は語りかける。
 その寂しさに寄り添うことはできなくても、察することはできるから。痛いほどに握り締めていたてのひらを解いて、アンバーは月夜に煌いた琥珀の瞳を瞬かせた。
「そうよね、帰りたい。こんな怖いところにいたくないわよね」
 暗くて、冷たくて、寂しくて。そんな怖いところに、いたいはずもない。
 アンバーの声に頷いてみせたヘンリエッタ・モリアーティ(獣の夢・f07026)もまた、少女の成れの果てを見据えてその目を細める。響き渡る嗚咽は、やがて耳を劈くほどの叫声へと変異し自分たちへと牙を向くだろう。だから、その前に。
 よくよくと観察するように少女、ゆかりを見据えてヘンリエッタはその嗚咽へと耳を傾ける。観察して、共感して。彼女の声を聴いて、そのうえで相殺できるように。
 そして嗚咽が叫声へと移り変わろうとした、そのとき。
「――ゼロサムゲームにしてあげる」
 その嘆きは、響かない。
 沈黙の羊は今この瞬間に、成された。喉元を押さえた彼女がうろたえた間にも、ヘンリエッタは傍らに立ったアンバーにただ一言告げる。迎えにいって、あげて。
「……ああ、そうだな。わたしは、おまえを、はなしはしないよ」
 もう、泣かなくてもいいように。悲しまなくてもいいように。
 その寂しさを迎え入れよう、と帰り道を示すようにアンバーは手のひらで示す。
 示した手のひらの先、星空を集めたような夜色のオーラがゆかりを引き込んだなら――、
「もう、泣かなくていいんだ。帰り道はこちらだよ」
 煌めく星屑の鎖で彼女を繋ぎ止めて、引き込んで、離さない。
 やさしく捉えた彼女に小さく囁いて、アンバーは白銀の槍でその胸をそっと音もなく貫く。
 すべて終わりにしよう。悲しい思いも、寂しい思いも、全部。
 貫いて、切り開いていこう、とその切っ先を押し込めて。
「……イヤ、よ。暗いのは、冷たいのは……、」
 震えた唇が悲しみを乗せて、むずがる子供のように頭を振る。けれど力の抜けていく体は、終わりが近いことを知らせていた。虚ろに写した月明かりに、ゆかりは吐息を漏らす。ゆらりと持ち上げられたその白く細やかな手は、再び炎を操ろうとしていたのだろう。けれど、その炎が揺らぐよりも早く。
「大丈夫よ。あなたが眠るまで、還るまで――離しはしないわ」
 ゆかりを抱きしめたアンバーごと、やさしく抱きしめて。
 押し込めた槍に手のひらを重ねて、より奥深く。紐解かれた怪異の奥底まで貫いて、ヘンリエッタはそのぬくもりに寄り添うように目を伏せる。
 幾度となくこれから繰り返す骸の海に還るまでは、どうか少しでも。彼女が帰りたいと願った家に心を導けるように。その希望を乗せて。
 帰りましょう、ゆかりちゃん。
 そう、どちらともなく囁けば。遠くで鴉が、哭いた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と

喰らい縺れ混ざり合った
迷い子の成れの果て、か

そうか、お前は導かれなかったのか
帰れぬことだけは憶えているのだな
ならば

怪異の群れの中へと駆け【竜墜】を
地形破壊による余波で召喚者をも巻き込み、「父母」の解除を狙う
師が動きを封じたものは黒剣で斬り付け

師へと叫びが放たれんとするときは
視線交わし師の用いる魔術に合わせ
範囲攻撃、怪力を乗せた竜墜を地に叩き付け
轟音での相殺も狙った反撃を

消えゆく残滓が伸ばす手へと生命力吸収を用いて
ああ、連れて帰ってやろう、外へ
苦い味が広がれども
屠った以上は背負うが道理
…そら、ひとりでは無くなったろう

鳥も子も、もう帰る時間だ
解けたなら謎も終わり


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
帰る事が叶わぬならば
寂寥感を埋められぬならば
最早、無に帰すしかなかろう
――生憎、私には帰るべき場所があるでな

高速詠唱により天の魔方陣より【雷神の瞋恚】を絶え間なく降らす
可能な限り多くの童を巻き込めば動き位は封じられよう
然すれば父母らしき物体も消すは容易い筈
その隙を狙うが良い、ジジよ

…とは云え油断は出来ぬ
彼奴等から放たれる叫びは毒にしかならぬ
少しでも威力を削ぐ事叶えば――ふむ、そうさな
嗚咽が聞こえた所で全力の魔術を行使
反動で身に罅が入ろうと些事に過ぎん
轟く雷鳴にて叫びの相殺を図る

ふん、恨みたければ好きにせよ
貴様等の叫びなぞ幾らでも背負ってくれる
…カラスの声は未だ聞こえるか?



 幾ら増えども、増えども。
 徐々に減らされていく移し身の影に火煙が揺らぐ。
 いつの間にやら、にんまりと笑うような月明かりに照らされた校庭に立つ怪異の残骸はその数を減らしていた。気が付けば、ひとりぼっち。もうその数を増やす余力もない。
 漏れ出す嗚咽を響かせながら、少女の成れの果ては呼び込んだ父にも母にも成り得ない物体の影で震えていた。
「ひどいよ、ひどいよ――」
 嗚咽に、より惨い雑音が混じる。少女の形が、崩れていく。
 その様を見据えて、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は七彩惑う眸を静かに細めた。
「喰らい縺れ混ざり合った迷い子の成れの果て、か」
 きっと、導いてくれるものはいなかったのだろう。
 導かれることなく夕暮れを彷徨い続けたその末路が、そこにはあった。
 帰れないことだけを憶えているから、その事実ばかりを嘆き続けて。
 その埋まることのない寂しさばかりを心の裡に、怨み続けて。
「帰る事が叶わぬならば。寂寥感を埋められぬならば。最早、無に帰すしかなかろう」
 ――生憎、私には帰るべき場所があるでな。
 拳を握り締めたジャハルの傍らで、燃ゆる星を秘した瞳を緩やかに伏せたアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)もまた、星追いの一振りを手に静かに炎を薙いだ。そして。
 向けられた杖先が少女の成れの果て、ゆかりを指し示せば天の魔方陣より迸る雷神の瞋恚が、戦場を駆け巡る。嗚咽さえ打ち消すほどの雷鳴が墜とされれば、その間にも。
「墜ちろ」
 走る稲妻の間を駆けたジャハルの竜化し呪詛を纏った拳が、強かに叩き付けられる。その拳による波状の衝撃は大地を裂いて、呼び込まれた父母はもちろん、ゆかりさえも巻き込んでその身を揺らす。掻き消えていく父母の影に、ゆかりの叫声が響き渡るのはその直後のことだった。
 ぐわん、と脳そのものを揺らすような叫声が、校庭に響き渡る。
 ひとの声ではない。雑音に塗れた、呪詛を連ねた怨嗟の声だ。その声を聴いてはいけないと逸早くに察したアルバは、出力を上げるように全力の魔術を注ぎ込む。もっと早く、もっと遠くへ。雷鳴が輝くその音がすべてを掻き消すように。――ピシリ、と罅が入るような音もまた雷鳴に掻き消すように。
「ジジよ、今のうちだ……ッ!」
 どうか、振り返ってくれるなと。
 振り絞った師の声に背を押されるように裂けた地を駆けたジャハルが、衝動のままに泣き叫ぶゆかりへその黒剣を振り下ろす。
 斬り裂かれた体に、父母を呼び込む余力は既にない。
 そうして、幕切れは呆気なく。
 塵と消え行く残滓に手を伸ばしたジャハルは、その名残を手のひらに収めて握り締めた。
 どれほど苦い味が広がれども、屠った以上は背負うが道理というもの。なればこそ、外へと連れ帰ってやろうと、その思いを胸に秘して。
「――そら、独りでは無くなっただろう」

 猟兵たちを閉じ込めていた炎が収まり、校庭が本来の静けさを取り戻す頃には、すべてを見下ろしていた月も形を潜めようとしていた。
 緩やかに夜の帳は上がり、やがて朝が来るのだろう。移り変わる空の色を見上げて、アルバは誰へともなく問いかける。
「……カラスの声は未だ聞こえるか?」
 その声に応えたのは、ゆっくりとした足取りで傍らへと戻ったジャハルだった。頭を振った彼も同じように空を見上げて、穏やかに囁きかける。
「鳥も子も、もう帰る時間だ」
 すべて解けたなら、謎も終わり。
 朝を迎えるように、やがて春の澄んだ青が広がっていくだろう。
 夕暮れは潰え、月夜も明けたなら。鳴いたカラスはもういないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年03月25日


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#UDCアース
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#呪詛型UDC


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種別『日常』のルール
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 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

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種別『冒険』のルール
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 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
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挿絵イラスト