獣人世界大戦⑰〜解放・回帰
――足枷にしかならない善意なぞ、犬にでも食わせてしまい給よ。
●解放・回帰
ポーシュボスは「フィールド・オブ・ナイン」の一体に数えられるはずだ。
しかしポーシュボスは“個”ではない。
ポーシュボスは生命の「善の心」に寄生する。
そして少しでも善の心を持つ生物を新たな「ポーシュボス」に変えてしまう。
名付けて、ポーシュボス
現象。
「そのポーシュボス・フェノメノンが戦場を埋め尽くしているのだそうだよ」
虚空蔵・クジャク(快緂慈・f22536)はケタケタと笑う。
心の底から愉快そうに笑う。
敵は、狂気艦隊を率いて凍結海を越えイガルカ方面に進軍している、クロックワーク・ヴィクトリア最高司令官『プロフェッサー・モリアーティ』――稀代の『邪悪ナる者』たる者。
プロフェッサー・モリアーティは、己が身体となっている黄金機械から、大量の「ポーシュボス・フェノメノン」を放つ。
常人ならば、狂気の沙汰に違いない。
けれどプロフェッサー・モリアーティは『邪悪ナる者』に相応しく、ポーシュボスの影響を全く受けないどころか、逆に使役するに至っているのだそう。
つまり、プロフェッサー・モリアーティと対峙すれば、否応なしにポーシュボス・フェノメノンの影響下にさらされる。
「人間の姿とは程遠い、醜悪な
怪物に成り果てて戦うのも悪くはない。だが善意とはそこまでご大層に常時抱えていなきゃいけないものかい?」
クジャクがわらう。
わらって事も無げに言い放つ。
「足枷にしかならない善意なぞ、犬にでも食わせてしまい給えよ」
世界を守りたい――何故?
誰かを守りたい――どうして?
理由もない義信を心に飼う者も世にはいるだろう。
だが往々にして善意の裏には“欲”がある。
世界を守りたいのは、自分の居場所を失いたくないからだ。
誰かを守りたいのは、誰かを愛しているからだ。
つきつめれば、利己的な欲求に辿り着く。
「しょせん善意なぞ、円滑に暮らすためのガワに過ぎないと言えなくもない」
ならばほんの一時だけ捨て去ることなど簡単だろう、とクジャクは飄々と言う。
そう、ほんの一時。
稀代の『邪悪ナる者』たる者プロフェッサー・モリアーティと戦う間だけ。
その長さは、人生においては瞬きの間ほどだろう。
この僅かな間だけ、善の心を全く持たない『邪悪ナる者』になればいい。
それは
本能の解放。
理性なき獣への回帰。
「欲するものを素直に欲すればいい。憎しみに身を任せるのもいいな。何、少しばかり理性を手放せばいいだけさ。そう難しいことでもないだろう?」
知識欲に金の眼を爛々と輝かせ。クジャクは猟兵たちを戦場へと
誘う。
七凪臣
お世話になります、七凪です。
人間の根源にある『欲』に触れるの大好きマンです。
邪悪、いいじゃないですか。ふふ。
●プレイング受付期間
受付開始はOP公開と同時。
受付締切に関してはタグや個別ページでご案内します。
●シナリオ傾向
メインは心情。そこに+戦闘。
●プレイングボーナス
善の心を全く持たない『邪悪ナる者』になる/ポーシュボス化してでも正気を手放さず戦う。
●採用人数
👑達成優先。
●同行人数について
基本、ソロ推奨。
●他
オーバーロードの有無が採用に影響を及ぼすことはありません。
文字数・採用スタンス等は個別ページを参照下さい。
正気を手放さず戦うのもOKですが、個人的には『邪悪ナる者』になる方を推しです。
普段は目を背けている(或いは蓋をしている)欲望を、思いきり表へさらしてみませんか?(ほほえみ)
皆様のご参加、心よりお待ちしております。
宜しくお願い申し上げます。
第1章 ボス戦
『プロフェッサー・モリアーティ』
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POW : 狂気砲弾
【ポーシュボス・フェノメノン】を宿した【艦隊の砲弾や機銃弾】を射出する。[艦隊の砲弾や機銃弾]は合計レベル回まで、加速・減速・軌道変更する。
SPD : プロフェッサーズ・クエスチョン
対象への質問と共に、【自身の肉体】から【ポーシュボス・フェノメノン】を召喚する。満足な答えを得るまで、ポーシュボス・フェノメノンは対象を【ポーシュボス化】で攻撃する。
WIZ : 『小惑星の力学』
戦場全体に【流星の如く降るポーシュボス・フェノメノン】を発生させる。レベル分後まで、敵は【ポーシュボス化】の攻撃を、味方は【ポーシュボス化している部位】の回復を受け続ける。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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ベティ・チェン
「ポシューボス。今回のは、ストームブレイドでも、防げない?」
首傾げ
「ううん。聞いた、だけ」
「ドーモ、クズ・シンシ=サン。ベティ、デス。ゴートゥ・アノヨ!」
善
あってもなくても
今更どうでもいい
死ぬまで生きるのに必要なら
ボクは何よりボクを優先する
弱者から奪うのに
蹴り飛ばすよりスリ取るのは労力の問題
今しないのは
しなくて生きられる時に無駄な労力を省くから
腐る程の食料は要らない
必要がないものにまで強欲にはならない
それがもし善判定されるなら
「コレは、練習」
オリジナルじゃないボクが
ボクを作った狂科学者とオリジナルを倒す日のための
敵の攻撃は素の能力値だけで回避しながらマッハ12で吶喊
雷撃放つ偽神兵器でぶった切る
●生存戦略
――ポーシュボス。今回のは、ストームブレイドでも、防げない?
無垢な仕草で首を傾げたベティ・チェン(
迷子の犬ッコロ・f36698)は、裏腹な獰猛さでプロフェッサー・モリアーティを目掛けて走り出す。
ほう、と老獪な男の金の眼がすがめられる。
プロフェッサーズ・クエスチョン――
自分のポーシュボス・フェノメノン召喚に要するトリガーを模したつもりか。
「獣の分際で小賢しいことをする」
ベティの頭上に立つ白銀の耳と、疾駆になびく白銀の尾を揶揄って男がわらう。
しかしそんなこと、ベティにとって『いまさら』でしかない。
「ドーモ、クズ・シンシ=サン。ベティ、デス。ゴートゥ・アノヨ!」
狼の速さとしなやかさで、ベティは『邪悪ナる者』へ肉薄する。
噴き出すポーシュボス
現象に怯みなぞしない。そう、何もかもが『いまさら』だ。
「獣よ、お前はどうしてヒトを模し、ヒトに倣って生きるのだ?」
投げかけられた問いと共に、幾つもの眼を有す黒き怪物がベティにからみつく。
だがベティの四肢の自由は奪われない。
(――善?)
ああ、今更だ。まったくもっていまさらだ。
そんなもの、あろうがなかろうが、ベティには関係ない。
そういう
場所にベティは生まれた(はずだ)。
(死ぬまで生きるのに必要なら)
世界はいつだって弱肉強食。加えて、モラルが崩壊した社会。
弱者は奪われるのが当然だ。悪いのは奪う者ではない。奪われるほど弱いことが悪なのだ。
ベティが余人の命を奪わずに来たのは、蹴り飛ばすより掏る方が
効率がよかったからに過ぎない。
(ボクは何よりボクを優先する)
生き残ることだけにベティは腐心する。
奪わずにいる今は、そうしなくたって生きることができるから。
無駄な労力は少ない方がいい。力がいざという時の為に温存しておくべきだ。
「なぜ止まらない……?」
全身を
黒の怪物に寄り憑かれても、止まる気配のないベティに、稀代の『邪悪ナる者』が疑問を呈する。
もちろんベティは応えない。応える義理もない。応えない代わりに、独白を零す。
「コレは、練習」
ベティは死んでなんかいられない。だって、絶対に成し遂げたい――成し遂げなければならないことがある。
(オリジナルじゃないボクが、ボクを作った狂科学者とオリジナルを倒す日のための)
「そうだね……ボクもキミ達も。作られた、神だったんだ」
抑揚なく唱え、ベティは一際強く地を蹴った。
そのままマッハ12で飛翔して、プロフェッサー・モリアーティに吶喊する。
「、まさか」
間合い零の懐で、ベティは偽神兵器を振り抜く。
激突に爆ぜた雷撃は、黄金機械にさえ機能不全をもたらす。
大成功
🔵🔵🔵
タルパ・カルディア
たたかうのは誰のためか
守るのは何のためか
帰るべき場所は失われ、誇りは己が胸の内にしか存在しない
――燃やせ、燃やせ
首裏と胸が熱を持つ
俺が戦士として死んだあの日からずっと、
地獄の炎は俺を苛む
理性を、心を燃し尽くす
今、それを明け渡そう
燃やせ、殺せ――!
己が首裏に爪を立て、衝動のままに掻き毟る
纏わり付く赤黒いものは血に非ず
俺を焼き尽くさんとする地獄の炎を纏い真の姿を曝け出す
狂える暴竜に成り果てた後は、目前の存在をただ蹂躙するのみ
砲弾、機銃、何するものぞ
避けない、全部受けてそれごと轢き潰す
最早痛みさえ遠い、あるのは破壊への衝動だけだ
それを『けだもの』と呼ばれたとて……ああ、そりゃ違いないな
●けだもの
こびりつき、乾ききった血にも似た赤黒い炎を全身にまとわりつかせ、タルパ・カルディア(土竜・f41139)は右の拳を、シカを彷彿させる白面へ叩きつけた。
金色の面を打ったばかりの拳には、じりじりとしたしびれがある。おそらく膚を覆う鱗は罅割れている。だが血が流れることはない。
代わりに傷から吹き出すのは、全身に帯びた赤黒い炎――地獄の炎だ。
――燃やせ、殺せ!
馬乗りになった男へ、タルパは無心で拳をぶつける。
壊れろ、壊れろ、壊れろ。
噛み締めすぎてぎしぎしと軋む口元からも、怨嗟の炎がバチバチと吹き出す。
ああ、まるで。全身が火打石になったようだ。炎を生むだけの道具になってしまったようだ。
(たたかうのは誰のためか)
少しだけ考えた。
(守るのは何のためか)
いや、考える必要はなかった。
答えは明白。
だってタルパの帰るべき
場所は既に失われている。タルパという守人が存在したにも関わらず、だ。
つまりタルパは守れなかった。それどころか、
地獄を纏って甦った死に損ないになってしまった。
脳裏にチラつく記憶に、首裏の傷跡がじくじくと熱を持った。
渦巻く情動に胸にも灼熱の炎が灯った。
(俺が戦士として死んだあの日からずっと、
地獄の炎は俺を苛む――)
理性なんて、とっくに焼き切れる寸前だ。心だっていつ消し炭になってしまうか分からない。
それでも常のタルパは陽気で暢気な青年で居る。
でも、今は。そう在る必要はない。むしろ、そう在っては戦えない。
だとするならば。
――燃やせ、燃やせ。
「燃やし、尽くせっ」
そうしてタルパはプロフェッサー・モリアーティを前に、首裏に爪を立て、掻き毟り、狂える暴竜としての本性を曝け出した。
「っ、殴るしかできないっ……このっ、けだものが」
白面を歪めた男が、低く低く唸る。
しかし如何なる嘲りも、狂乱の炎に明け渡されたタルパの胸には響かない。
地に引き倒され、タルパに圧し掛かられながらも、プロフェッサー・モリアーティは四肢に仕込んだ機銃の掃射を繰り返す。
雨霰と散る弾丸が、竜と化したタルパを穿つ。痛みがないわけではない。が、避ける暇を惜しみ、タルパは爪を握り込んだ拳で、しならせる尾で、絶えず炎をチラつかせる顎で
獲物を苛む。
人好きのする青年の面差しは遠い。
(けだもの、か――ああ、そりゃ違いないな)
今のタルパは文字通り『けだもの』だ。そんなこと、他の誰でもなくタルパ自身がよく分かっている。
分かった上で、けだものに成り果てた。
何かを守るためではなく、ただただ殺すために。
一介の猟兵の暴力如きに斃れるプロフェッサー・モリアーティではない。
それでもタルパは、全身が千々に打ち抜かれるその際まで、
地獄の炎に身を任せ、蹂躙の限りを尽くす――。
大成功
🔵🔵🔵
九重・白亜
(変身後は喋れない)
犬に食わせろか。なるほど、では実際に畜生に食わせるとしよう。
善性だけでなく、世界を守護する意思もだ。オレは今から、お前に終末を齎す。
全力魔法でUC使用。あえて正面から突っ込み、攻撃を受けながら目標へ目指すことで追加攻撃発生を狙う。ポーシュボス細胞すらも捕食し、エネルギーとして使わせて貰う。
お前が言ったんだろう。「犬に食わせてしまい給えよ」なんて、な。
艦船に乗り込めたら、モリアーティに接敵。ヤツに、混沌に塗れた牙で喰らいつく。
●
混沌の獣
――足枷にしかならない善意なぞ、犬にでも食わせてしまい給えよ。
この場へと送り出した女の科白を九重・白亜(今を歩む魔術師・f27782)は心の裡で反芻する。
不器用ながら礼儀正しく生きる白亜にとって、それはとても酷薄に響いた。
だが、依頼主が言ったのだ。世界を救う為に必要な事だと言ったのだ。
「犬に食わせろ、か」
断続的にポーシュボスが生み出される現況を眼に映し、白亜は僅かに思案する。
アレに寄り憑かれるのは、確かに望ましくない。
ならばどうする? 答えは単純にして明快。
「では実際に畜生に食わせるとしよう」
二十歳を少し過ぎたばかりとは思えぬ老成した口振りで、白亜は己の成すべきことを選り採る。
ああ、ああ。
食わせてしまえ。
善性だけでなく、世界を守護する意思も。
その
最適解を自分は持っているのだから、躊躇う必要がどこにあろうか。
「オレは今から、お前に終末を齎す」
狂気艦隊旗艦ネルソンを視界に捉え、その甲板に輝く金色を白亜はひたりと見据えた。
白亜としての意識を保ち、プロフェッサー・モリアーティを認識するのは、これで終い。
「創造、破壊、再生、維持──四大均衡よ、今ここで我が身と一体となれ。均衡、崩壊せし時、それは混沌となる」
然して白亜は
混沌の獣と化す。
混沌が地を駆く。
流体とも汚泥ともつかぬそれは、四本の脚でただただ真っ直ぐに進む。
否、脚ではないのかもしれない。それほど
それの形は不確かで、目にする者の精神までをも不安定にさせる。
「まさかポーシュボスまで喰らうとは」
肢体を絡げようとする黒の怪物を、獣の牙が噛み砕く様に、稀代の『邪悪ナる者』たる者は舞台役者じみた口調で呟く。
撃てる砲からは、既に幾らも撃った。機銃は今なおけたたましく火吹いている。
しかしアレは止まらない。むしろ傷を
負うことで勢いを増す。
「謂わば天災、か」
であるならば仕方ないとでも言うように、プロフェッサー・モリアーティは無防備に立つ。
アレは間もなく甲板へ到達し、さらに速度を増して自分へ組み付く。
幸い、それだけで死す己ではない。
「無駄な労力は使わない――それだけだとも」
敵側からの攻撃は止んでいた。
つまりこれ以上の追加攻撃は望めないということ。
しかも幾ら形を揺らがせようと、損傷は損傷。もう、そう長くは戦えない――理屈では、そうだ。
されど混沌の獣と化した白亜は、喰らう本能のままにプロフェッサー・モリアーティの喉元へ牙を突き立てる――。
大成功
🔵🔵🔵
ユエファ・ダッシュウッド
あぁ、これは嬉しい
普段は抑えている衝動の獣を解き放ってもいいとは
くつくつと喉を鳴らし
理性の手綱を手放した
我が身の内に巣食うは殺戮の欲求
理性の箍によって檻に押し込まれし衝動の獣
戦う理由?
衝動を適度に発散する為
殺す理由?
湧き上がる衝動に従っているだけ
善人を装うことなら簡単だ
それで社会を円滑に渡っていけるのだから易いもの
ボクは生まれてよりずっと、自分の為だけに生きている
こんな醜悪なものなどつけられずとも
ボクははじめから人外境の獣だ
お前からは芳しい血の匂いがしない
愉しみは半減ですが
鉄扇と剣振るい、癖も匂い暴いて
さあ、お前の死を下さい
殺しても殺しても渇くこの喉と衝動を
お前は満たしてくれるのですか?
●月の狂喜
「――あぁ」
無意識に開いていた鋼の扇をぱたりと閉じて、ユエファ・ダッシュウッド(千死万紅・f19513)はどうしても三日月を描いてしまう口元を世に晒す。
「これは嬉しい」
くつくつとユエファの月白の喉が鳴る。鳴ってしまう。いや、極上の歓喜を前に鳴らない方がおかしいとさえ、ユエファは思う。
(戦う理由?)
――衝動を適度に発散する為だ。
(殺す理由?)
――湧き上がる衝動に従っているだけに過ぎない。
ははは、と。
今度は喉をさざなみのように揺らしてユエファは笑う。
ユエファは
月花だ。
月の狂気に魅入られて咲く花だ。
善人を装うのは、それこそ社会を円滑に渡るためのガワ。そう在る方が、人々は話に耳を傾けてくれる。ユエファの日常を、よりイージーモードにしてくれる。
「ボクは生まれてよりずっと、自分の為だけに生きているというのに」
ふわり。
いかにも高価そうな美しい長袍をひるがえし、ユエファは軽やかに走り出す。その軽やかさは、月に住むという獣を思わすが、事実ユエファの頭には長い耳がそびえたつ。
冷たく冴えた美貌を幾らか和らげるそれも、ユエファが人々を欺くのに一役買っているかもしれない。
いったい誰が、愛らしい兎が人を害すると考えるだろうか。
勝手な思い込みの利を、ユエファは巧みに利用する。利用するために、善人に擬態している。
だが、今ばかりは。
「普段は抑えている衝動の獣を解き放ってもいいとは」
ユエファの身の内に巣食うは、殺戮の欲求。
ユエファの本性は、
善良な力無き民の常識になぞとらわれない、人外境にある。つまりユエファは、理性の箍によって檻に押し込まれし衝動の獣。
その檻から解き放たれて良いのだ。
こんなにも嬉しいことがいったいどこにあろうか!
――今以上の歓びを知りたいとは思わないか?
投げられた気がした問いは、ユエファの興味を僅かも引きはしなかった。
唯一覚えたのは、まとわりついてくる黒の醜悪さだけ。
なれど逐一振り払うのも面倒で、ユエファは
黒雲をまとった月と化す。
「猟兵とは、こうも善意を知らぬ者ばかりなのか」
「ああ、ああ。何もかもが容易い事です」
再び開いた鋼の扇でプロフェッサー・モリアーティを打ち据え、重心が機械の肉体へ傾いだところへ月白色の刀で斬り付ける。
硬質な手応えは、面白くない。芳しい血の匂いがしないのも、興を削ぐ。
しかし打てども斬れども獲物に死ぬ気配がないのが、ユエファはこれまた堪らなく嬉しい。
(殺しても殺しても渇くこの喉と衝動を、お前は満たしてくれるのですか?)
――さあ、お前の死を下さい。
狂喜に憑かれた獣は、肉体の限界まで跳ねて、躍る。
望む『死』に辿り着けなかったのは、プロフェッサー・モリアーティの生命力が狂気艦隊を率いるに相応しいものであっただけ。
大成功
🔵🔵🔵
七織・岬
※アドリブ連携歓迎
ほーん、善心に寄生するってか
そりゃあ厄介だ、やっぱ一人で来て正解だったな
なんせ知り合いはどいつもこいつも道徳的だからなァ
…こういう機会は逃したくねェもんだ
方針:斬る
善悪か、理解はしてるぜ、たぶん
とはいえ俺は、やりたいようにやってるだけで、結果論なんだよな
たまに我慢する事もあるが――それも結局行きつくところに至る過程
殺人人形に偽の月、邪神もどきに仏像憑き
どれも忘れられねぇ
俺は斬りたいモノを斬る
…で、あんたの力と身体は実に面白そうだ
ところで教授よ、あんたの言う悪ってのは欲望って事でいいのか?
なら存分に、俺の欲を食らってくれ
教えてもらうぜ、その斬り心地をよ!
【指定UC】で、斬る
●シチ神刀流の剣鬼
無数の砲弾が飛び交う戦場を、七織・岬(切り裂きミサキ ~切断概念~・f29727)は瞬く間に駆け抜けた。
いつもより体が軽い。風にでもなった気分だ。おかげで斃すべき敵の元へも、労無く辿り着けてしまった。
「まったく、拍子抜けだぜ――いや、そうじゃねぇのか」
鞘に納めたままの刃を手に、岬はプロフェッサー・モリアーティへ肉薄する。
人と獣と機械が融合したような姿の男が何かを言ったが――答えを要求する問いかけだ――、直走る岬の耳には意味成す言語として届かない。
そのせいか、ひっきりなしに蛇にも似た黒い怪物が湧いて出る。だがその一匹たりとて岬に取り憑けぬまま、うじゅるうじゅると中空を漂うに留まっている。
(“善の心”に寄生するつってたしな)
笑い出したいのをぐっと堪え、岬は単身でこの地に赴むくことを択んだ自分へ、内心で両手を叩いた。
知り合いは、誰も彼もが
道徳的な常識人ばかりだ。そんな人々の前では、さすがの岬も本性を出し渋ったろう。
(そりゃあ体も軽いわけだぜ)
岬の口角が、にぃ、と上がる。
強敵と切り結ぶ間際に浮かぶ表情ではない。けれど岬も自分が笑ってしまっていることに気付いていた。
(殺人人形に偽の月)
岬に善悪の区別はついている。本人曰く、「たぶん」の程度であろうとも。
(邪心もどきに、仏像憑き)
とはいえ岬は、やりたいようにやる人間だ。行きつく先は、いつだって結果論。
(どれもこれも忘れられねぇ)
たまに我慢をすることもないではないが、それらも結局のところは心のままに生きる為の過程でしかない。
「俺は斬りたいモノを斬る、それだけだ」
――七織・岬は剣の鬼だ。独自に編み出した【シチ神刀流】を繰る
剣鬼だ。それ以上でも、それ以下でも無い。
「ところで教授よ、あんたの言う悪ってのは欲望って事でいいのか?」
「――」
間合い零の至近距離で、プロフェッサー・モリアーティがまた何か言う。
それでも岬の聴覚は稀代の『邪悪ナる者』の言葉を聞き留めない。どうせやることは同じ。ならば言語の認識に知能を割くのが無駄だ。
(ああ、こいつの力と身体は実に面白そうだ)
どう斬ろう。どの角度から征けば、肉も鋼も、巣食わせた怪物も斬れるだろう。
考えることは幾らもある。だから岬は無意識に余剰の一切を削ぎ落し、ぎりぎりの限界まで意識を研ぎ澄ます。
「ああ。シチ神刀流が、七織・岬――いくぜ」
「!!」
金色の眼が瞠られるのを真正面に、岬はなおも一歩を踏み込み、身を捻りながら抜刀から剣を閃かせる。
「教えてもらうぜ、その斬り心地をよ!」
先に来たのは、筋張った肉の感触だった。そして続けざまに鍔迫り合いそっくりの音が響く。
手応えとしては十分だ。でも一撃で斬り伏せられる相手ではない。
然して岬は一度距離を取り直し、再び猛る戦場を走る。
大成功
🔵🔵🔵
佳月・清宵
仕事とあらば、手段は選ばぬ
邪魔となれば、切り捨てる
良からぬものとて、必要とあらば利用する
――
身内だろうが心根だろうが、必要とあらば切り捨てる
そういう手合にゃ丁度良かろう、あれの相手は
喰うか喰われるかの戦場に生温い善意など不要
元より忍の任に情など無用
自ら邪悪と名乗る輩を相手取るなら、いっそ気楽で良い
怨嗟を号ぶ妖刀
外道に誘う幽鬼
悪辣を唆す妖魔
束ねてぶつけても文句はあるまい
(UCの代償なぞ慣れている――仮に俺が動かずとも、勝手に其等が喜々として動くだろう)
生憎と此方も、方々より
わるい狐とお褒めに与る身でな
悪趣味なもんを飼い慣らす輩同士、仲良くやろうぜ
●悪辣遊戯
握った妖刀が勝手に動く。
鞘から抜いたのは佳月・清宵(霞・f14015)なのに、解き放たれた途端の好き放題だ。
「、ッ」
ぎぃん、と響いた硬い音律に、清宵の眉間がきつく寄る。聴覚から伝わる波に、視界までもが揺らされた。掌には、小さな虫が這いずりまわっているような感触が残っている。
肉を斬ったのではなく、ぎらぎらしい金色と真正面からぶつかりでもしたのだろう。そのくせ一歩も退く気が無さそうなのに、清宵は酷薄にわらった。
「いいぜ、好きにしろよ」
関節の駆動域を無視した動きに、腕の痛覚はとっくに麻痺している。
しかも
此の世の春を謳歌しているのは、使い手の命を喰らう妖刀ばかりではない。
「外道を外道に誘う幽鬼に、邪悪を極めた我に悪辣を唆す妖魔とは――はは、ははは!」
絶え間なく
醜い怪物を召喚し続けながら、プロフェッサー・モリアーティもわらう。
「なかなかに愉快なモノを飼っているようだ。御しきれていないのは残念だが」
「っは! 俺の意思で好き勝手させてやってんだよ」
腹の底からせり上がってきた血に混ぜて、清宵は悪態を吐く。
勢い込んだつもりはないが、噴いた赤が対峙する男の白面を穢した。なかなかに痛快な絵面に、清宵の口角はますます上がる。
さぞかしイイ面構えになっているに違いない。気の弱い善人が目にしたら、失神も止む無しだろう。その想像に、清宵は低く喉を鳴らす。
仕事とあらば、手段は選ばぬ。
良からぬものとて、必要とあらば利用するのは全く以て吝かではない。
邪魔となれば、切り捨てる。
身内だろうが心根だろうが、だ。
何より、喰うか喰われるかの戦場に生温い善意など不要。
しかも元より忍びの任だ、それこそ情は無用。
――そう考え、そう在るのが佳月・清宵という男。
清い宵などと澄んだ名をかたりながら、本質は心根すらも朧気に晦ます、面妖で捉えどころ無き
狐。
故に、闇の眷属とも言える
妖刀を、幽鬼を、妖魔を喚ぶことはもちろん、それらに好きに振る舞わせることも厭いはしない。
目障りな
何かを排除するためなら、我が身の代償だろうが、禁忌だろうが、クソくらえだ。
「生憎と此方も、方々より
わるい狐とお褒めに与る身でな」
「なるほど、気は合いそうだ。いっそ我が軍門に下ってみてはどうか?」
「まあ、
悪趣味なもんを飼い慣らす輩同士、仲良くやれる気はするか?」
筋をひきつらせながら首を傾げてみせた清宵は、妖刀に引き摺られるままプロフェッサー・モリアーティと斬り結ぶ。
出る幕のないポーシュボス・フェノメノンはおどろおどろしさを醸す舞台装置に成り下がっているが、当人同士はそれを些事と意に介さず、歪んだ会話に喜々と戯れる。
性悪たちの共演の幕引きは、召喚の障りが清宵の肉体を限界まで蝕む頃。無論、同じだけプロフェッサー・モリアーティも疲弊することになる――。
大成功
🔵🔵🔵
冴島・類
善なる心、か
自分がそうだったことなんて
なかったのではとも思うことも
大切なひと達に
底の浅さを知られたらと
恐ろしかった日もあったが
今は、良い
よき…かみになれなくても
知り認めてくれる存在もいるから
結局
したいことしかしてない
行動原理の根は勝手な欲ばかり
果たす為手段は選ばぬ狡さも
取捨選択も、している自覚はある
よこしまさは事実だ
なら欲に、委ねようか
黒曜を抜き
斬った血で瓜江の封を解き
彼の風の刃で砲弾などを狙い落としてもらい
その隙狙い
見切りで攻撃を掻い潜り
モリアーティに迫り突き立てる
単純な話さ
好ましいものを気に食わないもので
上書きされるのは真っ平ごめんだ
注ぐのは全力で破魔の力と共に呪詛を
食われるのは、そちらだ
●善なる心の何たるや。
砲弾が飛び交う喧騒の最中、冴島・類(公孫樹・f13398)は静かな呼吸を繰り返す。
類の眸が、左右で色を異にしているのを、この戦場で目にした者はまだいない。なぜなら類が瞼を閉じているから。
それは刹那の出来事。
だが来し方を裡に視る類にとっては永い永いひととき。それこそ社に祀られていた鏡がヤドリガミへと転じるほどの。
善なる心の何たるや。
無機から生じた類にとって、
目に見えぬそれの形は、掬い上げる水より不確かなもの。
ありがたい、と崇め拝してくれる人の心が善であろうか。
ひどい、と詰り砂をかける人の心が悪であろうか。
善と悪は立ち位置が変わることで容易く入れ替わる。ああ、しかし。道徳に則れば、幾らか見分けはつき易い。
けれどそうなると、類の思考はますます沈む。
果たして自分に善なる心があったことなどあったろうか。いや、なかったのではないかとさえ思う。
人々を慈しむが故に、その短い生を見送ることしかできぬことに病んだこともあった。
大切なひと達に、底の浅さが知られることを怖れる日もあった。
(今は、良い)
“よきかみ”になれずとも、類を類として知り、認めてくれるひと達がたくさんいる。
唯一と想いを交わしてくれた伴侶もいる。
(今は、良い――?)
満たされている。
なれど満たされることが善であろうか。
結局、したいことしかしていないのではないのだろうか。
行動原理の根にあるものは、よりよくありたい、と希う身勝手な欲ばかりではないだろうか。
“果たす為”と大義を得たなら、手段を選ばぬ小狡さが類にはある。
取捨選択を――切り捨てる順番を己が視点で決めてしまっている自覚もある。
果たしてこれの何処が善たりえるのか。
(よこしまさは、事実だ)
「ならば欲に、委ねようか」
何かを切り裂く心地で瞼を押し上げた。
花緑青と女郎花の二色で、類は
敵をひたりと見据える。
「荒れ狂え、瓜江」
携えた柄無き黒き刃で腕を切り裂き、溢れた血で半身たる
人形の封を解く。
そこから先は、類にとっても
瞬く間。
瓜江との共駆けに連れた風で砲弾を切り裂き、颯のように忌むべき相手へ肉薄する。
「人もどきが、それなりに頭を使ったと見え――」
「単純な話さ」
見るからに老獪な男の科白を、類は皆まで聞かない。この男を討つために此処へ来たのだ、聞く必要性は元から皆無。
寄り憑こうとするポーシュボス・フェノメノンは瓜江に凌がせ、類は破魔の力に呪詛を練り込み、紡ぎゆく。
どろりと渦巻く何かが、握ったままの呪殺の刃に凝って点る。
くれるのは一太刀限り。
類は帰らねばならぬ。帰りたいという欲求を、強く強く抱いている。
白花の笑顔が見たい。
白花の世界に、澱んだ黒なぞわずかも忍び入らせたくない。
「僕は好ましいものを、気にくわないもので上書きされるのは真っ平ごめんなんだ」
斯くして類は、己が血の滴る刃をどこまでも利己的に、稀代の『邪悪ナる者』の胸に突き立てた。
大成功
🔵🔵🔵
ベアトリーチェ・ヴィオラ
貴方、とっても面白いわね、気に入ったわ。その身体に宿す狂気に興味があるわ。さぁ、存分に見せて頂戴!
侵蝕する狂気に対し〈欲望解放〉、私の崇める黒の〈呪詛〉でわたし自身を塗りつぶすわ。砲撃に合わせてUCを発動して、私の花々からありったけの砲弾をお返しするわね。傷ついた身体は〈切断部位の結合〉、自前の生命力で立て直すわね。
あはは! これがポーシュポス化、欠けている何かが埋まっていく、そんな満ち足りた幸せな心地ね!
……でも、それだけね。こんなもの、私の求める
黒なる力には程遠い。素敵なものを魅せてくださってありがとうプロフェッサー、失せなさい。
(POWで挑戦/アドリブ連携負傷等々歓迎)
●陶酔の黒
ベアトリーチェ・ヴィオラ(ヴァイオレット・メイズ・f42297)の赤い唇が、蠱惑的な笑みを模る。
目深にフードを被っているせいで、瞳の様子はうかがえない。だというのに、恍惚と蕩けているのが口元からだけで見て取れた。
心地よい、心地よい、心地よい。
堪らなさに、チロリと覗いた舌が唇を舐める。てらりと光る赤は、褐色の肌と相俟って酷く煽情的だ。
しかしベアトリーチェに見入る者はいない。見入ることができる状況にない。
誰もが狂気艦隊旗艦ネルソン――そこに居るプロフェッサー・モリアーティだけを見ている。もちろん、ベアトリーチェもその一人。
けれどベアトリーチェに忌避はない。嫌悪もない。むしろその逆。
とても面白い男だと思った。そそられる興味は並大抵ではない。
ただしその興味は、稀代の『邪悪ナる者』である男自身に向かうものではなく、男がその身体に宿した狂気へと注ぐもの。
「もっと、もっとよ! もっと存分に見せて頂戴!」
我が身に絡みつき、浸蝕してくる
醜悪な怪物を、ベアトリーチェはうっとりと慰撫する。そして望んで変わりゆく様に耽溺する。
(これがポーシュボス化――)
堪え切れずに「あはは!」と高らかな笑い声が喉をつく。
欠けている何かが埋まる心地は、本能に根差した快楽。満ち足りる幸せに、ベアトリーチェはますます酔い痴れる――でも。
「残念だわ、とてもとても残念」
――喰らえ
黒なる我が花よ!
余韻は熱くこぼした吐息のみ。
そうしてベアトリーチェは兆しひとつ見せずに、己が崇める
黒への
呪詛で自らを塗り込めた。
途端、胎内に巣食う肉食花が狂い咲く。
「確かに満たされはしたけれど、それだけなのよ。こんなもの、私の求める
黒なる力には程遠い」
甘く香る豊麗なる花が、襲い来る砲弾を喰らい、写し、打ち返す。
勢いに、あえなく散る花もある。傷んで萎れる花もある。なれどその都度、ベアトリーチェは花を切り捨て、新たな花を胎から咲かす。
花はベアトリーチェそのものだ。散ればベアトリーチェは苦痛を被り、傷めば痛む。
なれど満たされたほんの片時を糧に、ベアトリーチェは砲弾とポーシュボス・フェノメノンが溢れた
地を悠々と征く。
「素敵なものを魅せてくださってありがとうプロフェッサー」
夥しい生命力を対価に、花は鋼の甲板にも美しく咲いた。
「残念だ。君は良き同胞と成りえそうだと思ったのに」
巨大な獣の顎がごとく、開き切った花弁を見上げてプロフェッサー・モリアーティは心の底から惜しい気に呟く。
強大な敵だ。朽ちるのは、リスポーンにより自我と自由を得て猟兵となった自分であるとベアトリーチェは理解している。
それでもベアトリーチェは艶やかに美しく
咲く。
「お断りしますわ、プロフェッサー――失せなさい」
ざわり。
しなりたわんだ花は、飲み込み切れない知る獲物を、それでも揚々と食む――。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
偽善だろうが独善だろうが、ソレはきっと“俺”を“俺”たらしめるのに必要なもの――
だけど、この先は、“俺”であることが弱味になるなら――
この
化けの皮を捨て去ってしまったほうが、いっそ余計なモノに蝕まれずに済むのなら――
噫、大丈夫
狂気だの、悪念だの、そんなモノには慣れきってる
ずっと飼い慣らしてきたモノに、今更喰われてやるつもりはない
ただ、今だけ
悪には悪を
……幽鬼達の憂さ晴らしには、丁度いい
(仮面の下に、なんて思考とは裏腹に、誰にも今のこの顔が見えぬように、鴉の面で覆い隠して)
この身、この刀に、憑き纏うモノ――凡そ善とは縁遠き、怨嗟や憎悪の鬼哭を上げ続けるモノ達が哮るままに
手元で嫌によく躍る烏羽
酷く可笑しげに嗤う幽鬼
其等の念が赴くままに
無心で、敵に肉薄を
(確かにUCは使った――でも今はその効果以上に、妙に力が荒ぶ感覚が――噫、それでも)
たとえこの一時、心を殺したとしても
かつての様に、空虚なモノに回帰しても
…再び俺として、帰ってみせる
折れてなんか、やるもんか
●鬼哭
視界が翳る。
射干玉色をした鴉天狗の面で目元を覆ったのだから当然だ。
――ちがう。
原因はそれだけじゃない。
それだけじゃないのを、呉羽・伊織(翳・f03578)は知っている。
鋭く突き出した嘴の鼻先に掠める
呪の
香に、膚は伊織の意思に関係なしに細かく泡立つ。
――噫、大丈夫。
――狂気だの、悪念だの、そんなモノには慣れきってる。
――ずっと飼い慣らしてきたモノに、今更喰われてやるつもりはない。
自信があった。
様々を積み重ねてきたのだ、容易く
回帰してたまるか。そういう自負もあった。いや、自負は今もって持ち続けている。御しきれているという自信もある。
同時に、違和も覚えている。覚えているからこそ、腹の底の底の底の方がひっきりなしにざわついている。
(偽善だろうが、独善であろうが。ソレはきっと“俺”を“俺”たらしめるのに必要なもの――)
ほんのひととき、捨てろと云われた。
その方が好都合だと説かれた。
――ただ、今だけ。
――悪には、悪を。
理に適っていると思った。道理だとも考えた。
(この
化けの皮を捨て去ってしまったほうが、いっそ余計なモノに蝕まれずに済むのなら――)
――噫、大丈夫。
――オレはそれほど弱くない。
カラリ。
伊織は内心で風のように笑った。ただしその風は、ひどく乾ききったもの。喩えるならば、真冬の木枯らし。
着込んでも着込んでも隙間から忍び入り、ひとを体の芯から冷ます風。紅色に色付いた柔らかな頬をひび割り、血をにじませる痛い風。
(……幽鬼達の憂さ晴らしには、丁度いい)
己が身に宿した
連中に、わずかな自由を与えるだけ。たまには息抜きのひとつもさせてやろうと、
飼い主として当然のことを考えただけ。
宿した連中だけじゃない。帯びた武具たちも
曰く付きが多い。
何れも善くないモノだ。まさに稀代の『邪悪ナる者』を相手取るにはうってつけ。
故に伊織は自らの意志で、鬼の道を征こうと択んだ。
「――御してみせる」
翳った視界に黄金が煌めく。
おそらく眩いばかりであったろうそれは、もう随分とくすんでくたびれている。
先行した猟兵たちが成したのだろう。そこには友の姿もあった気がした。
いつもなら天邪鬼な悪態が、ほろと口を吐いたかもしれない。しかし今の伊織の裡には、闇の
虚だけがある。
「猟兵とは、性根の曲がった者の集まると見え――」
伊織が手にした黒刀が、プロフェッサー・モリアーティの口許を斬り裂く。
烏羽の名に相応しく、唯静かに死を運ぶ妖刀ではあるが、今日はことさら機嫌良さげに躍っている。
勢い余ってか、伊織の髪も断ち落とされた。一房にも及ばぬ、ほんの数本。だというのに、伊織の耳元では幽鬼がけたたましく嗤う。
ザマアナイ。
オマエゴトキニギョセルモノカ。
(そんなわけあるかよ)
遠く響く幻聴を、伊織は心の隅の隅の隅でわらい返した。
――噫、大丈夫。
――大丈夫だとも。
屠るべきプロフェッサー・モリアーティと対峙しているのは、他でもない伊織自身だ。
だってこの感覚は憶えている。
(これは回帰、――)
「いや、貴様は無理に装っているだけか。ならばどうしてポーシュボス・フェノメノンの餌食にならない」
折って屈めた体躯を勢い任せに伸ばす刹那、下から上へと刃を突き出す伊織は、周囲を埋め尽くさんばかりに溢れた
醜い怪物がいっこうに自分へ寄り付こうとしないことに気付いた。
ギィン、と。
硬い手応えに刃が弾かれる。知らぬ間に切っ先が逸れ、機械の身体を斬りつけたらしい。
だからとて、鍔迫り合いの間合いを伊織は無駄にしない。
判断は瞬きよりも早く。空いた手を冷たい鋼へ押し当てて、そこから腐食の呪詛を流し込む。
(俺は、“俺”だ)
変らず沈黙している
黒い雲霞を横目に、伊織は心の裡で唱える。
あれらが伊織を蝕まないのは、伊織に善き心が無いからだ。そう仕向ける為に、鬼道を繰った。
事は伊織の思惑通りに進んでいる。何も間違いはない。
喩え、攻撃が発揮する威力に、研ぎ澄まされた意識に、妙に力が荒ぶる感覚に、違和感を覚えようとも。
「――噫、それでも」
「何を貴様――」
幽鬼に羽交い絞めにさせたプロフェッサー・モリアーティを、伊織は踵で蹴りつけた。生じた反動で片足を軸に反転し、撓り唸らせた刃で白面の肉を抉る。
会話が成立していないことも重々承知。そも意思の疎通をはかるつもりがない。
屠らねばならぬ相手だ。その為に、伊織を伊織たらしめる“善”の居場所を、怨嗟や憎悪の鬼哭を上げ続けるモノ達へ明け渡したのだから。
(大丈夫だ。俺は――俺は再び、俺として帰ってみせる)
かつてのように、空虚なモノへ回帰していることへの自認がじょじょに薄らぐ。それもまた憑きモノたちの悪意。
しかし伊織は、ポーシュボス・フェノメノンも及ばぬ芯の芯の芯で、“今の自分”を手放すまいと己を叱咤し続ける。
(折れてなんか、やるもんか)
鬼哭。
真実、哭いている鬼はだぁれ?
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
良いこと
悪いこと
善と悪
其れを決めるのは誰?
私でしょう
好きなものを好きなだけ食べて
気に入らないものは消して
愛でてあいして何が『悪い』の
慾こそが生命の証
欲し望むことこそ果てなき未来をうみだす力!
わかっているわね
私もそう思うわ
善と悪など同じもの
我慢なんて必要ない
──けどそういう心の居場所は世界にはないの
隠され押さえつけられて否定され沈ませられるもの
だからその分
私が『あいして』あげる
さぁ
貪婪に爛漫に狂い咲きましょう!
蹂躙するように桜化の神罰を巡らせ放つは喰華
桜禍絢爛、裂いて咲かせ
悪食の大蛇を解き放つよう慾を喰らい桜を咲かせる
瞬く悪龍の瞳に愉悦を宿して
桜の下には屍が転がるもの
全部全部私のもの
生命をくらい踏み躙るときに愛を感じてた、過去の私
愛することはたべること
戀焦がれたなら奪われる前に手に入れなきゃ
お腹の中に抱いてひとつ
もう離れないと安心してた、あの頃の
私の桜を染めるのは甘美な悲鳴と蕩ける血と、愛
師匠がお留守の今だけは
童心にかえって遊びましょ
生きるって本当に素晴らしい事ね!
もっと『愛』させて頂戴な
●嬉鬼
息も継げないほどの桜の嵐の只中で、ひとり悠然と誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)はたたずむ。
一歩を踏み出す地面は柔らかい。
つい先ほどまで鋼の甲板であったそこには、桜の花弁が厚く降り積もっている。
――さくり。
――うずり。
足先がやんわりと沈み込む感触に、櫻宵はふと首を傾げた。
櫻宵は桜の龍だ。桜とは馴染み深いし、この景色の中に在るのも一度や二度ではない。
だがどことなくいつもと違う感じがする。だからと言って、初めて、という気もしない。
焦れったさに、櫻宵はまろぶように駆け出す。
その児戯めく行為に、櫻宵は一度、二度と桜霞の眼を瞬かせた。
(噫、噫、噫、噫、噫!!)
「噫、そうよ! 『懐かしい』という気持ちだわ!」
喉の奥のつかえが取れた歓喜に、櫻宵は声まで華やげる。
思い出した、此れは血の泥濘をゆく心地。やわく、温く、そして芳しい。それを全身で浴び、謳歌する感覚。
「っ、あ」
だがそこで、櫻宵は慌てて緩み切ってしまっていた口許を引き締めた。それから周囲を見回し、ほう、と安堵の息を吐く。
「よかった、師匠がお留守で」
――ふふ。
――ふふふ。
両手で頬を包む所作で、櫻宵は童のようにわらう。
否、所作にだけではない。櫻宵の全身から、今は極力表に出さぬようにしている瑞々しさが溢れ出る。
「……遊んでいいかしら?」
もう一度、ぐるりと見渡す。
桜に覆われた地面に金色の何かが埋もれているが、それ以外は何もない。
ならば、ならば、ならば。
「久し振りに遊んでしまいましょう!」
嘘。
本当はもう、とっくに遊び始めている――。
振り返る。
櫻宵は、生命をくらい、踏み躙るときに愛を感じてた。
愛すこと、即ち、
たべること。
だって、戀焦がれたなら奪われる前に手に入れなきゃ。もたもたしている間に、
誰かに攫われてしまう。
手元に置くだけじゃ駄目。勝手に逃げてしまわれたら元も子もない。
それならもう、たべてしまうのが一番。
お腹の中にだいてひとつ。もう同じものになったから、誰も攫えない、奪えない、何処にも行かない、行けない。
そうしてやっと櫻宵は安堵を得られた。そうしないと安堵を得られなかった。
故に櫻宵の桜を染めるのは、常に甘美な悲鳴と、蕩ける血と、深い深い、底無しの沼より深い愛であった。
「想愛絢爛に戀ひ綴る――私の桜にお成りなさい」
唱えは幾度目か。
数えることなぞ疾うに止めてしまった櫻宵は、桜の海に沈んだ男を無造作に引き摺り出すと、愉悦を燃やす瞳でうっとりと眺めた。
あまりいとおしいと感じられないの不満は、好きに遊べる自由で相殺する。
「理性ももたぬ、ケダモノ達め」
黒い怪物に感化されるそぶりのない櫻宵へ、稀代の『邪悪ナる者』が低く呻く。
其れはもう、命尽きる寸前だ。
遊び足りない櫻宵は、むうと唇を尖らす。
「もっと『愛』させて頂戴な」
――噫、噫、噫、噫、噫!!
――生きるって本当に素晴らしい事ね!
うっとりと頬を桜色に染め、櫻宵は童のようにわらう。
善きこと、悪しきこと。
果たして誰の物差しで定まることか。
神か? 仏か? 鬼か?
それらが定めるならば、確かにもっともらしくはあるだろう。
だが他者に委ねるは愚行。己が主は常に己であるべき――つまり。
「決めるのは、私」
愛を告げるように囁く櫻宵を中心に、淡い桜の光が四方へ迸った。
起きて見る夢が如き美しさに、プロフェッサー・モリアーティがゆるく瞬く。その眼から、細い枝が伸び始める。
「っ、これは!?」
「好きなものを好きなだけ食べる。気に入らないものは消す。めでて愛することの何が『悪』だというの?」
――ほろり。
――ふあり。
たちまちのうちに分かれた枝に蕾が結び、淡い色合いの花が咲く。いずれも当然、桜、桜、桜、桜、桜。
「慾こそが生命の証」
呪を紡ぐ櫻宵の口振りは、まるで初戀をわずらう乙女。
「欲し望むことこそ果てなき未来をうみだす力!」
善と悪は表裏一体――見方を違えただけの、おなじもの。我慢なんて必要ない。
だのに世界は今日も我慢を強いる。
こんなにも心地よくて美味しいモノを、隠し押さえつけて、否定して沈めてしまう。
でも、今は。今ばかりは。
「私が『あいして』あげる。さぁ、貪婪に爛漫に狂い咲きましょう!」
伝承はかたる。
桜の下には屍が転がるのだと。
それらを糧に、桜はより美しく咲くのだと。
「全部全部、私のもの」
咲いて散った桜の花びらを両手いっぱいに、櫻宵はわらう。
櫻宵はあそんで、遊んだ。師匠の留守をよいことに、童心に返るだけ返って遊び尽くした。
愛すに足りぬ相手だからか、腹がくちくなることはなかったけれど。
望むだけ、欲するだけ咲かせに咲かせた桜は、今日日お目にかかれぬほどの美しさで、櫻宵の飢えをそれなりに満たした。
大成功
🔵🔵🔵