合奏タルトレットデー
●水神祭都アクエリオ
その名の通りは『ガレル通り』と呼ばれている。
甘い日には屋台が並び、よりどりみどりの甘い迷い路に通りは変貌するのだ。あちこちから誘惑するように通りを包む香り。
目を逸らそうとしてもダメ。
あちこちにはまるで宝石箱のように甘いお菓子が並んでいる。
こっちにもあるよ。あっちにもあるよ。そっちにもあるよ。
まるでそう囁くように通りの屋台は誘惑してくるのだ。
お一人様だって大歓迎。
でも、せっかくだったら誰かと一緒に楽しむのもいいんじゃあないかな、と甘いお菓子たちは笑い声と共に通りを歩む者たちに言う。
ここは水神祭都アクエリオのとある通り『ガレル通り』。
今日は一年に一度の甘い日。
「ん、俺、これ気に入りました」
木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)の尻尾が揺れる様子を見て、シグルド・ヴォルフガング(人狼の聖騎士・f06428)はそうだろうな、と思った。
「それはよかった」
シグルドは微笑む。
都月を連れ出してエンドブレイカー世界にやってきたのには今日が『ガレル通りの甘い日』と呼ばれるバレンタインデー限定のイベントが開催されているからあ。
他世界への観光、と言えばあまりにも着易いものである。
水の都であるアクエリオはゴンドラも盛んに水路を行き交っているのだ。
観光にも持ってこいなのだ。
「これ、果実が入ってます。それにあのチョコの彫刻すごいです」
「そうでしょう。他世界であっても、多くの文化が入り混じって名前を変え、品を変え、存在しているのがわかるのも楽しいですね」
シグルドの微笑みに都月は彼の知らぬ顔を見たような気がして少し意外な心持ちになる。
いつものシグルドの顔は凛々しい表情ばかりだ。
「ん、シグルドさん、あっちも見に行きましょう。まだまだ知らないお菓子がたくさんあるのかもしれません」
「そうですね。おっと、人が多いですから」
「ん」
都月はシグルドの手を取って通りをずんずん進んでいく。
まるでおもちゃ屋を目前とした子どものようだ、とシグルドは思ったかも知れない。そのはしゃぐ姿も可愛らしいものだ。
「おっと、失礼しました」
「ああ、いや。大丈夫。こっちこそ」
すれ違い様にシグルドは今まさに横切った者が同業者……つまりは猟兵であると知るだろう。
年の頃はまだ十代だろうか。
あんな子供も猟兵として戦うのか、と思わないでもない。
けれど。
「シグルドさん?」
「ああ、すみません。行きましょう。おや、あれはなんでしょう?」
「え、あれ、なんだろ……?」
詮索は野暮というものだ。
今日という日を楽しむのに必要なのは、笑顔だけだ。
そう思いながらシグルドは都月に手を引かれ、さらに甘い迷い路の奥へと進んでいくのだった――。
●バレンタインイベント
そう、真っ最中なのである。
ゴッドゲームオンラインと呼ばれる究極のゲーム。
その中でゲームプレイヤーとして活動している明和・那樹(閃光のシデン・f41777)は慢性的なトリリオン不足に悩まされていた。
トリリオンとはゴッドゲームオンライン上にて貨幣として扱われるアイテムの名称である。
どんなものもトリリオン次第なのだ。
前回のイベントガチャで散財しすぎてしまったこともあり、加えてバレンタインイベントクエストの受注競争率の高さと相まって、不足しがちなトリリオンが更に不足してしまっているのだ。
これをなんとかして解消せんとするために那樹はこうして他世界であるエンドブレイカー世界へとやってきていたのだ。
「げ」
だが、そんな彼を待ち受けていたのは同じくゴッドゲームオンラインのNPCであるカタリナ・ヴィッカース(新人PL狩り黒教ダンジョンマスター・f42043)であった。
「げ、とはまた随分な言い方ではないですか、『閃光のシデン』さん」
「なんで君が此処にいるんだ」
「ああ、私ですか? 私はバレンタインクエスト需要でクエスト報酬のチョコの在庫が枯渇寸前なので、こうして他世界から調達できないかなーって?」
「やめろ、そういう裏側聞きたくない!」
「えー? でも……って、あらぁ?『閃光のシデン』さん、何か迷っておられます?」
そう、那樹は迷っていた。
彼は確かにトリリオン不足のためにチョコ探しをしていた。
けれど、それはゲーム内でのチョコを購入するトリリオンを節約するためである。つまり、それは贈る相手がいる、ということにほかならない。
「いや、別に」
「そんなことないでしょ~だって、さっきからずっと店先でうんうん唸っていたじゃあないですか~」
「ただどれが良いのかなって思っただけだよ!」
そう、交流あるゲームプレイヤーたちにや、クラン『憂国学徒兵』に贈るためのチョコに悩んでいた。
高すぎず、さりとて物珍しく。
迷惑すぎず、けれど喜んでもらえるもの。
それははっきりいってあまりにも条件過多というものであった。
どれかに絞れないのが、那樹がいまだ十代の少年である証明でもあった。
「ふんふん。なるほどなるほど。それでしたら、顔見知り相手への社交辞令程度の義理チョコは此方。仲の良い友人同士への友チョコなら、ここらが無難でしょう。そして……」
にんまりとカタリナは笑む。
そう、彼女は黒教の黒聖者でもあるのだ。
黒教は『欲望による進化』を教義に掲げている。
故に、彼女の黒教魂に火がついてしまったのだ。
「意中の相手へ自分の気持ちと共に贈る本命チョコは此方です!」
「ふんふん……って、えええっ!? ほ、本命!? な、なんで、そんなのが必要になるんだよ!?」
「え、だって、クラン『憂国学徒兵』の『エイル』さんとは結構仲がよろしいようでしたし? あれ? そんな関係じゃなかったのですか? あれあれ? もしかして、私やっちゃいましたぁ?」
慌てる那樹に解っていていつかの仕返しとばかりにやり返す機会を得たりとニマニマするカタリナ。
那樹は十代の少年である。くり返し言わせてもらうが。
その純情さは年を経た者にとってはまばゆくも在り、同時に得難きものでもあるのだ。
だからこそ、カタリナはちょっと誂いたくなった。
仕返しというか、意趣返しもあるのだが、しかして少年の純情さを玩びたいという己の欲望を抑えることができなかった。
うりうり、とカタリナは那樹の肩を小突く。
完璧に親戚のやたら距離感の近い気安いお姉さんムーヴである。
「だっ、ちがっ、違うってば! 僕はただ、日頃のお礼というか、そういうので! だから、違うんだってば! やめてよ、そのかお!」
「え~どの顔ですか~? この顔ですか~?」
うわぁ、楽しい、とカタリナはますます笑顔になってしまう。
純情で、初な少年弄ぶのたんのしぃ~! とますます笑顔を深めてしまう。
そんなカタリナと那樹の様子を遠巻きに都月とシグルドは見てしまっていた。いや、見えてしまったというのが正しいのだろう。
「彼も大変そうですね」
シグルドはまあ、特別何かをしようとは思わなかった。彼らは彼らえ特別の日を楽しんでいるのだろうから。そっと耳を傾けるだけが大人の対応っていうものである。
「あっ、シグルドさん、あっちは?」
「はいはい、ああ、あれはゴンドラ乗場ですね。あそこで魔法のゴンドラに乗れば運河を渡ることもできるのですよ」
「へえ、すごい。あっ、水路のあちこちで屋台にお菓子を注文して受け取ることもできるですね!」
「やってみます?」
「ん、もちろん! あ、ちょうどゴンドラが来ましたよ!」
都月が示した先にあったのは、一艘のゴンドラ。
二人乗り用なのだろう。
帆先には魔法のカンテラが吊り下がっていて、仄かに温かな光を放っている。
ゆっくりとした動作で乗り込んだゴンドラが進んでいくと、またシグルドと都月は己達と同じ猟兵が乗ったゴンドラが水路を悠々と進んでいく様を見つけた――。
●休暇
バレンタインというのはクリスマスと同様か、それ以上に浮かれたイベントである。
心が浮かれれば、当然気も緩むものである。
気が緩むのならば、モラルというものが薄れる。モラルが薄れればどうなるかなど言うまでもない。
「はぁ~……なんとも言えないねぇ、これは」
観光用のゴンドラに鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)は煙管を咥えてプカプカと紫煙をくゆらせる。
吐き出した紫煙と共に心の中の澱まで空に掠れて消えていく。
己が吸う煙管の匂い以上に、この水路には甘い香りが立ち込めているように思えた。
「いやはや、聖夜の晩は修羅場でありましたが、バレンタインもこうも修羅場とは」
桔華とゴンドラを共にする伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)もまた深い深いため息を吐き出していた。
そう、修羅場。
彼女たちが営む探偵社には、クリスマスと並んでバレンタインにも浮気調査の依頼が舞い込んでいたのだ。
それはもう大変な数であった。
クリスマスから日をそう置いていないというのに、なんでこうも人は浮気をしたがるのか。もとい、浮気を疑われるようなことをしてしまうのか。
どんぶらこどんぶらことゴンドラが水路を征く。
今回は流石に桔華は凝りたのだろう。
以前は猟兵たちにアルバイト委託でもって乗り切ったのだが、クリスマスは惨劇と呼ぶに相応しい書類地獄でもあったのだ。
だからこそ、今回は彼女の舎弟達の中でもとりわけ調査向きな妖怪に委託したのだ。
彼らの働きに報いるには相応の報酬が必要である。
だが、彼らは頑なに受けとならないだろう。
『いえ! 姐さんのためなら火の中、水の中ッス!』
『そうっす! こんなことで礼なんていらねっす!』
とかなんとか。
とは言え、それでは桔華の気がすまぬことを秋水は理解していたので、ならばバレンタインにかこつけて日頃の礼としてこじつければよろしいと進言したのだ。
まあ、その前に秋水はちょっとよったゴンドラ屋台から買い付けたショコラ濁酒を揺れるゴンドラの上で杯に注ぐ。
「おっとっと……すでに買付も済み申したことですし」
「独り占めはよくないんじゃあないか、秋水よ」
「まあまあ、それはその通りでございますね、っと。さあ、どうぞ一献」
ったく、と桔華は息を吐き出しながら杯を受け取る。
彼女は舎弟たちに渡す菓子以外にも自分用の菓子を購入していた。
好物であるザクロの趣旨をほろ苦いチョコレートでコーティングした可愛らしい菓子である。
口の放り込み、噛み砕けばなんとも味わい深い甘さが広がっていく。
それを濁酒で、くいっと流し込めば激務の疲れも溶けていくようであった。
「いやはや、忙しいからこその一時の休憩、書類ばかりを眺めていては、目も悪くするというもので」
秋水もまた酒杯を煽る。
菓子と共に甘い香りが漂う水路をゆらりゆれ。
なんとも風光明媚であろう。
これを桔華は買付が済んだのでさっさと帰ろうとしたのだ。それはなんとももったいないことであると秋水とお付きの双子の子鬼たちは引き止めたのだ。
彼女は怪訝な顔をしていたが、そういう顔をしたいのはこちらの方であった。
せっかくこんな観光に適した都市に来ているというのに、要件が済んだら、さようなら、は流石にない。
あまりにもない。
どんなに急いでいても、時にはこうした人の往来を眺め酒をやるのが乙なものではないのか、と。
「まあ、わからんでもないな……」
桔華はお付きの双子の子鬼が楽しそうにしているさまを見て、たまには悪くないな、と思いを新たにする。
それにしたって濁酒の甘すぎず、けれどコクのある味わいとゴンドラの揺れが心地よい。
「しかし、このザクロチョコなるもの。酒のアテとして結構イケるでござるな」
秋水はそんな桔華のチルアウトなんて知ってか知らずか、彼女の好物と知っていながら、ザクロチョコをぞんざいに口に放り込んでいく。
そのあんまりな食べっぷりに流石に桔華の目くじらがつり上がっていく。
「くぉら! 調子に乗って!」
「無礼講、こういうのは無礼講でござるよ!」
「それはこっちが言う立場だろうが!」
ばったんばったんとゴンドラが揺れ、水路の波が立つ。
その様子をシグルドは目も当てられないとばかりに顔を覆う。
見なかったことにしよう。
「シグルドさん、あれは大丈夫なんですか?」
「……よくは、ありませんね。やはりこういう場ですから、仲良く過ごしていただきたいと思うのが当然といいますか……」
都月の言葉にシグルドは頷く。
ああ、そう、例えばあの二人組のように、とシグルドは指差す。
「あの子達?」
指差す先にあったのは二人のうら若き乙女たち。
その二人は目をキラキラさせている。それはゴンドラの上からでもはっきりとわかるほどであったし、きゃいきゃいと姦しい――。
●食い倒れ道中
袖振り合うも他生の縁。
不思議な言葉である。
交わらぬと思っていた道が交わり、新たな縁が生まれる。
他世界を知る猟兵にとって、それはあまりにも数奇な運命であると言わざるをえない。
アスリートアース、『めちゃひなたキャンプ場』にて知り合った天山・睦実(ナニワのドン勝バトロワシューター・f38207)は、己こと『ヤッシマー魔魅』、八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)の大ファンなのだという。
なんとも不可思議な縁である。
「たっくさん見たこともないお菓子あるやん! ウチ、こんなのええんかな? って罪悪感でどうにかなってまいそうや~!」
睦実の言うことに百重は頷く。
「んだんだ。ちょっと怯んじまうもんだべ。んでも、んでも~?」
「今日はチーチデイや! やっぱ甘いもんしか勝たん!」
ひゃっほーと睦実は屋台通りに駆け出していく。
そのさまはまさしくJKである。
そう、彼女たちはアスリートアースのアスリートである。
日々超人アスリート競技に打ち込んでいる二人である。過酷なトレーニングは無論のこと、試合で結果を出すためには日頃から積み重ねた研鑽を活かすための食の礎が欠かせぬ。
無論、栄養バランスは吟味されているし、糖質も制限されている。
そんなものだから、此処『ガレル通り』の匂いは彼女たちにとってはあまりにも罠であった。
だが、罠でもいい!
二人は、いや、二人だからこそ互いの歯止めにならねばという言い訳を、大義名分をえてしまっていたのだ。
「大丈夫やで。百重さん、食べ過ぎたらちゃんとウチが止めますよって」
「んだ、オラも睦実が行き過ぎたら、ダメだべ、メッ、だべってするべえよ!」
もうお気づきの方もいらっしゃるだろう。
この二人、今日は行くところまで行くつもりである。
チートデイという魔法の言葉。
ストッパーがいる、という安心感。
よしんば食べすぎてもちょっとだけだから、という謎の自分への信頼感。
それが彼女たちの暴走に拍車をかけていた。
「バレンタインはリア充のみの祭典ではないんだべ!」
「おー! いっぱい食べましょ!」
睦実は早速マカロンを串焼きみたいにして頬張る。なんていうか、豪快極まりない食べっぷりであった。
そんな豪快さを目の当たりにすれば百重も負けてはいられない。
チョコマフィンがいっぱいの紙袋を抱えてまんじゅうでも食べてるのかと言わんばかりに幸せそうな顔で頬張っていくのだ。
「あ~幸せだべ~こんな幸せあっていんだべか~」
「ええんですよ~この幸せのためにウチら毎日毎日頑張ってるんですから」
睦実に関しては超人的な胃袋と消化力な食べ盛りなため、毎日がチートデイであるのだが、これは言うだけ野暮ってもんであろう。
人には言ってはならぬ言葉もあるのである。
例えば、日々の鍛錬でもって甘いものを制限されている『ヤッシマー魔魅』とか。
故に、今は気にしないでいいのだ。
如何に大食漢たる睦実であっても、それなりに遠慮ってもんがある。それなりに、だけど。
隣で食事制限をしている者あれば、流石に申し訳ないって思うのだ。
「それにしても『ヤッシマー魔魅』さんのパワーファイトの源はやっぱり、この太ももなんやろか?」
「此処では百重でいーんだべ、むっちゃん!」
「百重はん!」
睦実は百重の気さくなファンサならぬ対応に感激してしまう。
どうしてこんなに素晴らしい人柄なのにもっと人気がでないのか。これは国宝級でしょうが! と睦実は思うのだ。
「んんっ! あっちに更に甘いものがあるってオラの甘いもんセンサーが唸ってるべ!」
「えっ! なら行かないとですやんか! 行きましょ、行きましょ、百重はん!」
それー! と二人は走っていく。
それは甘い迷路の深淵を目指すようであったし、なんなら屋台の全てを制覇する勢いであった。
今の二人は止められぬ二連結暴走超特急である。
そんな二人の走り去る方角とは裏腹に街行く人々は気を取られる。
なんとも騒々しい二人である。
しかし、そんなのは水神祭都アクエリオにおいては日常茶飯事だった。
この都市に住まうのは人だけではない。ピュアリィやバルバ、亜人や獣人といった多種多様な種族が行き交っている。
「ナンダ、アノ二人組ノ勢イ……」
「……どうしたの?」
「イヤ、スゲェ勢イデ屋台ノ菓子ヲ平ラゲテイク奴ラガイタンダヨ」
あれは一体なんだったんだと言わんばかりである。
しかし、街行く人々は少しだけ一瞥しただけでおしまいだ。
しかし、そんな二人組に興味をそそられる者もいるのだ。
「なんだかとっても楽しそう……」
その視線は、なんとも羨ましげであった――。
●異形は
エンドブレイカー世界は多種多様な種族が存在する。
人間ばかりではない。
エルフだっているし、獣人だっている。バルバやピュアリィと言った存在も当然のようにいるのだ。
だから、この都市にあっても人々は異形に見慣れていると言ってもいいのかもしれない。
奇異な目で見られないのは猟兵の特権というか、違和感を持たれぬ特性があればこそ、なおさらのことであろう。
少なくともミーグ・スピトゥラス(コズミック・バイオモンスター・f24155)は、懐の深い世界だな、と思っていた。
ついでに言うと、この水神祭都アクエリオは彼にとって生活しやすい都市であった。
水が溢れており、水路が完備。
編み目のような運河は下手な陸路よりミーグ向きな生活圏だったのだ。
とは言え、己の食生活が人間のそれと重なるのは、僅かな点だけである。普段はマグロを主食としている。
それ以外のものはあまり食べない。
けれど、この日ばかりは別腹ってやつだ。
「甘ェモン食イタクナッチマウナァ」
「……そう? あなたはそうなのね」
そんなミー具の体に隠れるようにして……いや、まるで隠れられていない異形ゼノヴィア・ホーカーテンペスト(常世より堕ちりし繭入り娘・f31464)はつぶやく。
彼女の体はさながらスキュラか何かの類いであると思えただろう。
軟体生物のような肉の繭の本体から人型の器官が垂れ下がっている。ぐるりと上下を反転させれば、なるほど確かにスキュラ。
猟兵としての力……違和感をもたれがたい特質を持ってしても、ゼノヴィアはなんとも臆病そのものだった。
「……ねえ、あのお店にあるの、何?」
「ア? アレハリンゴ飴ッテヤツダナ。赤クテ綺麗ダヨナ」
興味あるのか、とミーグが示せば、ゼノヴィアは控えめに頷く。
互いに同じくらいの巨体である。
何をそんなに臆病になる必要があるのかとミーグは思わないでもない。けれど、彼女は人間に興味がありながら、その体躯故にあまり近づこうとしない。
己の権能も体躯も、人を狂わせると知っているからだろう。
本質的に善性なのだ。
ミーグは息を吐き出す。
そんなに気にしないでも好きに生きて良いだけの力は持っているだろうに、と。
でもまあ、そういうゼノヴィアの控えめなところは、好ましいと思えるものだったかもしれない。
「ンジャ、マズハアレカラ行ッテミルカ」
「……!」
こくこくと人型の器官を頷かせるゼノヴィア。
屋台に近づき、甘い香りが充満する赤い宝石のようなリンゴ飴を手に取る。
バレンタイン……此方の世界で言う所のシャルムーンデイにおいては、チョコレートが赤い宝石の如きリンゴ飴に掛けられているのだ。
それがなんとも良い塩梅なのだ。
「ホラ、ガブットイッチマエ」
「……!」
こくこくとしきりに頷くゼノヴィア。
あんぐりと開けた口に頬張るチョコリンゴ飴。
ガリゴリと凄い音がするが、それは自分も一緒だった。いや、リンゴ飴と言えば、この食感こそが大切なのだ。
今更音が鳴る程度がなんだというのだ。
「ウン、ウンマイ。コノ甘サッテヤツハ時折無性ニ食ベタクナルンダヨナ」
「……ッ!!」
さっきからゼノヴィアは、ものすごい勢いでヘッドバンキングよろしく上下に頭に当たる器官を振っている。
何か言えばいいのに、と思ったがミーグは笑う。
まあ、こういう日があってもいいだろ。
穏やかな気分になっていると、なんだか周囲が騒々しい。
ミーグは目が存在しない。
彼の感覚器は熱と匂いでもって姿を捉えている。故に反響する音にも敏感なのだ。あまりにも騒々しい言い合いに、ミーグはため息をつく。
「ゼノヴィア、騒々シイ連中ガイルラシイ。アッチニ行クゾ」
「……ッッ!!」
こくこく。
それ、どうにかなんない? とミーグは苦笑いしながら、騒々しい騒ぎの渦中から離れていくのだった――。
●銀河同盟憲章
「どこかの星の陰で誰かがないている。星空に谺するワルの笑い声を、赤き流星が切り裂く! 誰が呼んだか宇宙の風来坊! お呼びとあらば、即参上!」
なんとも物々しい剣幕で水神祭都アクエリオの空に響く口上があった。
それは、宇宙サーフボードを駆るミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)であった。
そんな彼女が睥睨するは、ザッカリー・ヴォート(宇宙海賊・f41752)である。
彼はバルバリア星人である。
こう見えて、いや、そうでしかない出で立ちをしているが、宇宙海賊にして冒険野郎である。幼き日に呼んだ冒険譚に感銘を受けて彼は星の海の世界のみならず、異世界にすら関しを寄せる。
それは果て無き旅路。
ロマンとロマンスは違うのかしら、と思いながらも、しかしこの出会いにロマンチシズムを感じなかった。
どっちかってーと辟易していた。
だって、ほら、こういう場所だからまあ、出会いとかあるわけじゃん?
でもさー、その相手がほら。
「宇宙イノシシの如く暴走することで有名な紅い
宇宙騎士だもんな~」
はぁ~と、でっけぇため息だって出るってもんである。
もっとさぁ、あるじゃん?
出会い?
「一体全体宇宙海賊のあなたがこんな場所まで何をしに来ているのですか!」
「いや、だから甘いもんが欲しくってぇ……」
「そんなわけありません! 宇宙海賊らしくなにかこの世界でワルなことをしようと企んでいるのでしょう! 白状なさい!」
「本当だって」
「男が甘いものを一人で? コソコソと? 買い込みに来たと? ハッ! 嘘を付くならもっとマシな嘘をついて欲しいものですね! 私は騙されませんよ!!」
ビシィ! と指を突きつけてくる。
こらこら、人を指差すんじゃあありませんってば。
人聞きが悪すぎる。
「男だって甘いものをドカッと食いたい時があんだろ」
「私の知る男性にそんな男性はおりません!」
「あっそ。そんなに気になるなら見張ってれば。無駄だろーけど」
はいはい、とザッカリーはミルドレッドを無視して『ガレル通り』を歩む。
うん、なんとも抗いがたい甘い香りが漂ってくるではない。
此処が俺のエルドラドって感じである。
まるで遊園地に来たみたいだ。ワクワクすんぜ。
疚しいことなんて何一つないから、なんとも心が穏やかである。口うるさい宇宙騎士がいても、凪いだ湖面みてーな明鏡止水の心になるってワケ。
「いい加減白状しないですか!」
「……」
「何を企んでいるんです!」
「……」
「わかりますたよ、この甘味を全て買収し、スペースオペラワールドに持ち帰って阿漕な転売商法に手を染めようってわけですね!!」
黙っていれば、あれやこれやと難癖を突けてくる騎士さんであることだ。
もうこのまま振り切っちゃいたい。
だが、絶対食らいついてくるしなぁ。すっぽんみたいに一度噛みついたら地の果てまで追いかけてくるって有名だもんなぁ、とザッカリーはため息をつく。
不思議と、今日はこの甘い香り満ちる『ガレル通り』では似たようなため息がたくさん吐き出されているよな気がした。
まあ、気のせいでしょ。
ていうか、銀河同盟憲章はどうしたんだ。
『原則として他世界は中立地帯』ってわけじゃなかったのか。
「これは職務質問ですからね! なにかしでかしてからでは遅いのです。任意同行ってやつですよ!!」
何か言う前にこれである。
全く持って理不尽だ。今日は甘いもんを胃袋に入れて、気絶するように寝たいって思ってたってのに。
いや、待て。
「……もしかしてだが、宇宙騎士さんよ」
「なんです。ついに白状する気になりましたか!」
ザッカリーは気がついてしまった。
さっきから屋台で自分が菓子を買い込む度にミルドレッドは食い下がってきた。
その唇の端からよだれめいたものがこぼれていたのを。
まさか、という疑念が渦巻く。
「金がないのか?」
「……ハ?」
「いや、騎士は食わねど高楊枝も大概じゃあねぇか? 痩せ我慢は体に毒だぜ?」
ホラよ、とチョコベビーカステラ串をミルドレッドの口に突っ込む。
「もがー!?」
「ハハハハッ、良い格好じゃあねぇか!」
ザッカリーはいい加減うんざりしていたものだから、チョコベビーカステラ串を口に突っ込まれてモガモガしているミルドレッドを見て愉快な気分になった。
いつもは口やかましい宇宙騎士も甘味には勝てないってか?
いい気味だ――!
●医食同源なれば
多忙な日々を送る主君のことを思う。
正直働きすぎじゃあないかと、黄・威龍(遊侠江湖・f32683)は常々思っていた。
しかし、己が言うた所で主君は聞く耳を持たぬだろう。
ならば、慰労だけでもさせてはもらえないだろうか。幸いにして此度はバレンタインデーという催しがある。この機会ならば主君も受け取ってもらえるだろうと思ったのだ。
そういう意味では威龍は、普段とは違う佇まいであった。
「菓子一つとっても、難しいものだな」
訪れたのはエンドブレイカー世界の水神祭都アクエリオ。
今、この都市ではシャルムーンデイ、つまりはチョコレートなどの甘味の催しが成されているというのだ。
うってつけが過ぎる。
渡りに船、とはこの事である。
「病気を治すのも食事をするのも生命を養い、健康を保つためであって、その本質は同じであるから」
医食同源。
その思想を胸に抱く威龍は、主君がただ喜びそうだからという安易な考えを捨てていた。
確かに喜んで欲しい。
だが、それとは別にどうせ食事として取るのならば、その身に役立つ食物を、と思うのだ。
甘いものとは即ち砂糖が使用されている。
糖は劇物だ。
その甘さを知れば、病みつきになってしまう。
だが、糖がなければ人の頭は回らぬ。
摂り過ぎは無論よくないことだ。だが、摂らなさ過ぎるのもまたよくないことだ。
加減が難しいのだ。
故に、吟味しなければならない。
「もし、これは如何なる材料を……」
屋台の店主に事細かく尋ねてしまう。
煙たがられるとはわかっていても尋ねてしまう。此方は真剣であるから、屋台の店主も無碍にするわけにはいかずに困惑しきりであった。
そんな威龍の姿を妹分である飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)は、なんとも愉快なものを見たとばかりに笑う。
「ムハハハ! 兄者よ、なんだかよそよそしい出で立ちであると思ったが、なんとも愉快な市であるな!」
「曉虎か。何故お前が此処にいる」
「何故、とは愉快な。それほどまでに我輩の気配を感じられぬほどに他に気を取られていたか、兄者ともあろうものが! ムハハハ! 愉快愉快……って、兄者、我輩まだ何も悪いことはしておらぬではないか、げんこつを握りしめるのはよせ!」
慌てて曉虎は頭を庇う。
普段から悪さをしてはげんこつを喰らっているから、身にしみているし、癖になってしまっているのだ。
彼女の言葉に威龍は確かに、と首肯し拳を収める。
「だが、何をそんなに思い悩んでおる。日頃からの感謝の印を買うのであろう? 我輩だって世話をする者の為に甘味を欲しておる」
「どうせ辺都の悪童どもらだろう」
「きゅぴきゅぷと愛らしく鳴く子分もおるわい!」
モーラットのことである。
まあ、それだけではなく多く自分を慕う子分達がおるわい! と曉虎は胸を張る。
「のう、店主、これなるは味見してよいのよな?」
「それは、まあ、はあ」
「では一口もらうぞ」
あーん、とあれやれこやと曉虎は試食を重ねていく。
まるで物怖じしない試食である。
気になったものは片っ端から口に放り込んでいくのだ。
「うむ、美味! ムハハハ! これはよいな。あれとそれとこれと、ああ、それも包んでもらおうか!」
吟味に吟味を重ねる威龍とは裏腹に曉虎はあっさりと買い物を終えてしまっていた。
しかし、威龍はまだ吟味が終わらない。
「兄者よ、まーだ悩んでおるのか」
「そういうお前は……もう買い終わったのか」
「ムハハハ! 然りよ!」
その様子を見た威龍は思わず問い掛けていた。
「一体どういう基準で買ったのだ」
興味本位だった。
「ん? 我輩が美味いと思った品を贈った相手にも味わって貰いたい、という基準であるが?」
そんなもんである、とまた曉虎はムハハハ! と高笑いする。
なんとも単純な、それでいて脳筋な、単細胞とも言いかえられる基準。だが、それは一種の真理であったし、忌憚なき考えであったことだろう。
故に、威龍は目が覚めた気分であった。
まさか、と妹分の言葉で思い至るとは思いもしなかった。
「これは俺としたことが本質を見誤っていたとは」
「なんじゃ? 兄者は何を事難しく考えておったのじゃ?」
「いや、お前もたまには良きことを言う。感心した、ということだ」
「あ、兄者よ、急にどうした。明日は星でも頭に振ってきそうな気がするぞ」
また調子にのったことを言ってしまう。
口をすべらせてしまった、とも言えるだろう。
やべ、と曉虎はまた頭を庇う。
けれど、隕石みたなげんこつは頭に降り注がなかった。
そこにあったのは、曉虎の言葉を得て、贈る相手が喜ぶかどうかという新たな基準を得て軽快に品を選ぶ威龍の姿があった――。
●ガレル通りのおいしい日は、また来年
この通りに集った者たち皆が笑顔になっている、と都月は思った。
誰も彼もが甘い香りに包まれて、思い思いに過ごしている。それをシグルドと共にゴンドラに鳴りながら眺めていた。
一つ一つが掛け替えのないものだ。
そして、これまで都月が知らぬ人々の顔だった。
誰も彼もが一辺倒ではない。
「みんな笑顔でしたね、シグルドさん」
「ええ。皆、今日という日が良い一日になったことでしょう」
二人はゴンドラから降りて『ガレル通り』の終点間近に進む。
随分と多くの甘いお菓子を食べた。
ホットチョコドリンクは香ばしくも甘やかだったし、濃厚だった。なのに、するりと喉の奥に落ちていくものだから、ついつい飲みすぎてしまったりもした。
チョコを細工でもって作り上げた動物を象った品も面白かった。
どんな職人芸を持ってすれば、そんなことができるのだろうかと思ったものである。
「俺、やっぱり最初に食べた果実入りのチョコがお気に入りです」
「ああ、あれは美味しかったですね。オレンジの輪切りのものも定番と言えば定番ですが、味わい深いものでした」
二人は屋台の感想を言い合いながら、手を引き、手を引かれつつ通りを歩んでいく。
楽しい時はあっという間だ。
終わりは何事にもある。
今日という日も当然のように明日を迎えて終わりを迎える。
それが寂しいと思ってしまうのは仕方ないことだ。
けれど、もう都月は知っている。
人にはいろんな顔がある。
なら、明日という日にもいろんな日があるのだ。そう思えば、寂しくない。
「今日とは違う明日があるんですね。俺、それが楽しみだって思いました」
「ええ、きっと明日も良い日になるでしょう。そう思えるのは、今日という日が特別な日だからです」
シグルドが微笑む。
いつもの凛々しい表情はない。
そこには優しげな表情だけが浮かんでいた。
あまやかな香りは通りに広がっている。
今、自分は優しい顔をしているだろうか。
猟兵は世界のために戦う選ばれた戦士だ。それは言うまでもない。けれど、それでも日々の暮らしをそれぞれに持っている。
それを今日はたくさん見れた。
灰色の現実から逃げ込むように仮想の世界に生きる者も、それを支える者も、忙しない日々に追われる人も、ひらりとそれを躱す者も、只管に楽しく笑い合う者同士も、普段は見れぬものを見たいと願って、他人と違うことを気にする者たちだって。それに立場が違えど、甘いものが食べたいって心を同じくする者たちだって。
新たな真理に到達する者もあれば、何気ない言葉に笑う者だっている。
そんななんでもない毎日が特別な一日になるのだと都月は知れたことが嬉しい。
「今日はシグルドさんのいろんな顔が知れて嬉しいです」
「私はそんな顔をしていましたか?」
シグルドがなんだか照れたような顔をしてる。
それもまた知らない顔だった、と都月は笑う。シグルドも釣られて笑った。
『ガレル通り』は此処でおしまい。
けれど、この後も明日は続いていく。
かけがえのない一日だったと知ることができたから、明日を迎える事ができる。
繰り返し、繰り返し、日々を過ごしていけば、また一年後にやってくる特別な日を迎えることだってできるだろう。
その時はまた今日のことを思い出す。
「また来ましょうね」
その約束が、きっと果たされるのだと知っているから――。
成功
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