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安らぎの風

#封神武侠界 #ノベル

厳・範




●帰還
 ぴくり、と灰色の毛並みもつグリフォンの体が揺れた。
 それは久方ぶりの匂いを嗅ぎつけたことでもあるし、また胴色の瞳が黒と白の同種……つまりはグリフォンの姿を捉えたからだった。
「『无灰』、戻った。変わりないか」
 二頭のグリフォンの片割れから降り立った厳・範(老當益壮・f32809)の言葉に『无灰』は一つ返事をするように鳴く。
 いや、一つ返事、ではない。
 わー! わー! とけたたましいほどに鳴くのだ。
 言葉が出ない、というか、久しぶりなものだから喜び勇んでいることがまるわかりであった。

 番犬ならぬ番グリフォンとして『若桐』の店先に座っているばかりの毎日。
 主人である範たちはどうやら大いなる戦いのために、一月ほど留守にしていたのだ。
「わかった。わかった。一先ず落ち着くのだ」
 範の言葉を聴けど、しかして興奮は醒めやらぬ。
 わー! わー! と語彙が消失したように『无灰』は一行の周りをぐるぐるぐるぐると回り続ける。
「これでは本当に番犬のようだな……」
「お、おかえりー!」
 店先の騒ぎを聞きつけたのだろう『若桐』が店の奥から顔を出す。
 範の無事を祈っていたが、心配しなかったわけじゃあないのだ。範へと抱きつく『若桐』に彼は少し照れるようでも在った。

 しかし、無事に戻ってきたことを告げると『若桐』は慌ただしくお茶の用意を始める。
「お婆様、私が……」
「いいのいいの。戦ってきたんでしょう? 疲れてるでしょ? なら、お茶くらいはね」
 座ってて、と『若桐』が『花雪』を制する。
 そんなに疲れてないのに、と彼女は不満げであったが、範としては微笑ましかった。
「好意ゆえよ。これもまた受け取ることが礼儀であるから」
「ですけれど……お婆様だってお仕事でお疲れでしょうに……」
「お前の顔を見れば疲れなど吹き飛ぶ、そういうものなのだろう」
 そんな二人のやり取りをみやりながら、『无灰』は先輩グリフォンである『阴黒』と『阴白』にじゃれ付いている。
 そんな三頭の様子をみやった範は思い出したように袖から、包み紙を取り出す。

 何々? と『无灰』が近づくと、広げられた包み紙からなんとも甘い香りが立ち上る。
「人形焼、というらしい。お土産だ」
 範の言葉に『无灰』の胴の瞳がキラキラと輝く。
「『阴黒』と『阴白』がこれならばお前もたべられると選んだのだ。礼を言うのだぞ?」
 わー! とさらに高揚抑えきれぬ『无灰』がドタバタと騒ぐので『若桐』がお茶を載せたお盆を取り落としそうになったりしたものの、いつものにぎやかな日常が戻ってきたことを彼らは共有するだろう。

 大いなる戦いは避けられぬものである。
 世界に選ばれた戦士である猟兵にとっては駆けつけなければならぬ戦いであり、世界の命運が懸かっている。
「とは言え、今回はなんとも穏やかなものであったよ」
「えー? どういうこと?」
「あすりーと、なる者があり……」
 そんなふうにして範たちが戦いの話を始めるのをよそに『无灰』は土産の人形焼を頬張る。

 あま~い! と嬉しそうに足踏みする『无灰』に『阴黒』と『阴白』は良かったねぇと笑っている。
 未だ寒さは厳しくとも、心は温かい。
 久方ぶりに在った先輩たちは一層たくましくなったようであるし、主である範は変わりない。
 お茶の香りが鼻腔をくすぐる。
 なんとも穏やかな日々だろう。
 また大いなる戦いがやってくるのだとしても、それでもまた、今日という日のように穏やかな日が巡ってくるのならば、と『无灰』は思い出すだろう。
 そんな春の訪れを予感させる風が桃の花弁を舞い上げ、青空へと誘うのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年02月04日


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