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クリスマスの夜に漂う光に、想いを寄せて

#UDCアース #ノベル #猟兵達のクリスマス2023

キリカ・リクサール



黒城・魅夜




 恋は囀るもの。
 されど今宵は秘やかな触れあい。
 語らった多寡を測りはしない。
 互いに向け合う深さを感じるものなのだから。
 そのクリスマスの夜、ふたりは募った想いを互いの眸に見出す。
 はらはらと雪の降る夜だった。
 とても静かで冷たく、黒い湖面に揺蕩うような夜闇だった。
 けれど、愛しいひとの姿を見つければ、鼓動が脈打つ。
 感情が溢れて、吐息を零す。
 決して迷うことないと、ふたりの足先と視線が、互いへと向けられ、近づいた。
 そう、決して離れることも、擦れ違うこともないかのように。
「待ったかな?」
 硬く、けれど高く澄んだキリカ・リクサール(人間の戦場傭兵・f03333)の声色は、さながらヴァイオリンの独奏。
「魅夜が寒さを覚えていないいいのだけれど」
 この声で夜の静寂に名を呼ばれ、心を揺らさないものはいない。
 美しいから。
 静かな愛しさに溢れるから。
 余韻を慈しむように、黒城・魅夜(悪夢の滴・f03522)はゆっくりと漆黒の眸を揺らす。
「大丈夫ですよ。寒さは感じましたが、お陰でよりキリカさんのぬくもりを感じられるのですから」
 応える魅夜が浮かべる微笑みは、夜闇の色めいた黒を纏う美貌だった。
 お嬢様めいた落ち着いた長黒も、思わず視線を奪われるような切れ長の双眸も、夜空のような麗しい黒。
 同時に、何処までも静けさを湛えている。
「それに、キリカさんの素敵な姿を見られたのですから。それだけで心は喜び、弾むものです」
 キリカの姿は白いセーターに長いスカート。
 その上にコートを着込んだ上品かつシャープな姿。
 麗しき令嬢そのものであるキリカは、まるでエスコートするように魅夜に近づいた。
「足りない言葉などに頼らず、魅夜の美しい指先に触れ、愛でさせて貰うよ」
 夜の姫を誘うようにとキリカが魅夜の手を取る。
 白魚のようにほっそりとしていて、けれど、ひやりと冷たい。
「ああ」
 暖めるようにと指を絡ませ、キリカは吐息を付いた。
「何時も暖かいね、魅夜の心は。指が、身体がどんなに冷たくなっても、世界がどのような厳しい寒さに包まれても――魅夜の美しさと温もりは、決して褪せはしない」
 キリカの愛を詠う唇は微笑みの形。
 嘘偽りなどはありはしないよと魅夜に告げる優しき貌。
「上手なんですから」
「思ったまでだよ。では、行こうか」
 そうやって魅夜の手を引いてキリカが導くのは水族館。
 水槽の張り巡らされた薄暗い路を歩き続ければ、まるで水中に迷い込んだような錯覚を覚えてしまう。
 右も左も美しく光に照らされた水と、その中を自由に泳ぐ魚たち。
 色鮮やかな熱帯魚がざわめくように過ぎ去れば、今が冬だということを忘れるような暖かさを感じてしまう。
 それは傍にいる互いの情熱を、愛を感じるからだろうか。
 まるで秘やかに熱い囁きを交わすように視線を混じらせ、奥へと足を運んでいく。
 小さく可愛らしい魚が泳いでいる。
 陸では決して見つけられないその姿。
 翼などなくとも自由に動き続ける、不思議な姿。
「まるで子鳥のようですね」
「……私にとって、子鳥のように可愛らしいとは魅夜のことなのだね」
 まったく、と。
 尽きることのない言葉を交わし、進んでいくふたり。
 それこそクリスマスの夜の深くに潜り込んでいくかのように。
 気づければ水族館の中でも、トンネル上の場所に来ていた。
 曲がりくねった一本路をガラスで多い、その周囲をとても大きな水槽で囲った場所。
 まるで水の底を、ゆっくりと歩くような場所。
 見上げれば、何処までも青い水が満ちている。
 まるで空のようだ。
 いいや、青い夜空のようだ。
 泳ぎ続ける魚たちは、鮮やかな色彩を覚えた流れる星のよう。
「水槽もそうだが、魚達も凄いな……圧倒されそうだ」
 そう呟くキリカの手をきゅっと握り絞め、傍で声を弾ませる魅夜。
「見て下さい、あの上。大きなサメです」
 おやとキリカが見れば、巨大なジンベイザメがまるで水中の王者であるかのように、雄大な姿で泳いでいる。
 だが魅夜もそれに感動したのではないようだった。
 どちらかといえば競争心。
 ダンピールとして牙の鋭さに自負があるのだ。
 夜の主人たる吸血種の牙か、それとも尽きることのない海の覇者たる鮫の牙か。
 どちらがより鋭く、優れているのか……などと競うように心を弾ませる魅夜は、とても可愛らしい。
 思わずライトアップされた水槽よりも、その影の中にある筈の魅夜の貌に、純粋に輝く瞳にと視線を吸い付けられるキリカ。
 だが、それもまた歩けば過ぎること。
 時の流れのように、水族館の歩みも止まることはない。
 だってこれは秘やかにして甘い恋人のデート。
 立ち止まるなんて、余りにも勿体ない。
 少しでも幸せを感じるためにと、水底の路を歩くふたり。
 そうして訪れたのは南洋の魚たちが泳ぐ場所。
 鮮やかなのは魚たちだけではなく、周囲に配置された珊瑚たちも。
 海の中の宝石。
 或いは、水底という青い夜空の星の欠片たち。
 ゆったりとした水の流れに揺らめき、或いは光を受けて輝く色彩。
 美しい。綺麗。
 思わずキリカが見惚れて自由に泳ぐ魚達の可愛らしさに、普段のクールビューティーな様子を崩して柔らかく微笑む。
 いいや、キリカは常が高嶺の花めいた気品を持つからこそ。
 可愛らしさに、優しさと愛しさに触れて、柔らかな花のように微笑む姿が魅夜は好きだった。
 麗しき姫の見せる、穏やかな貌。 
 私だけの知る素敵な一面。
 そう祈るように、そして思いをより募らせるようにと魅夜はキリカの微笑みを見つめる。
 静かな水底では言葉は少なく、静かだった。
けれど、心は温かく、言葉にせずとも思いが伝わっていた。
 まるでふたりの感情が絡め合った指先を通じて、波打ち遊び、囁き合うように。


 




 そうゆって静かに水族館を楽しめば、ふたりはイルミネーションで飾られた街路樹をふたりで歩いていく。
「寒いかい、魅夜」
「ええ、寒いです。キリカさん」
 そうやって手を、身をと寄せて互いの白い吐息に微笑み合う。
 ふたりでいるという実感。
 吹き抜ける風が冷たいからこそ、互いの温もりをより深く、より大事にと思うひととき。
 ふとキリカの視線は先へと、ひとの紡いだ光で照らされた夜の煌めきへと誘われた。
 冬らしく青や紫といった寒色の、けれど色鮮やかな光で飾られた町並み。
 魚や珊瑚が海の星だというのなら、これはヒトの作った星の雫だろう。
 街に飾られたひとの星彩はただ静かに瞬いている。
 これは、ひとの心を慰め、癒やし、幸せを感じさせるためのもの。
 歩き続ける路を照らし、冬の寒さよりも美しさにと思いを寄せて貰うためのもの。
 思わずキリカが溜息を零して、うっとりとした声を紡ぐ。
「まるで蒼い光の満ちだね。神々しさすら感じるよ」
 その言葉に僅かに、ぴくりと、絡み合わせた指を震えさせる魅夜。
 魅夜は闇の住人。クリスマスという聖人の祝日にあまり縁はなく、けれどキリカと一緒ならそれも素敵とは思えても。 
 思えても、キリカの言葉をそのままには流せない。
「神々しい、ですか?」
 瞼をゆっくりと下ろながら、魅夜は拗ねてみせる。
 頬を膨らませ、視線を逸らす。そんな直接的な表現を少女の頃は過ぎているのだ。
 小さな仕草に思いを込め、汲み取らせてみせるのが恋人同士の触れあいなのだから。
 切なさと申し訳なさを感じさせるほど、陰りを色艶のように黒い美貌に乗せるて示す魅夜。
「……魔性の者である私の前で神を讃えるなんて、ひどいです」
 魅夜の長い睫毛が揺れる。
 視線はキリカに注がれたまま、けれど、何処か心の奥を見つめるような黒い双眸。
 悲しみに似た陰りを宿す魅夜の瞳に、キリカも視線と心を注ぐ。
「ごめん、ごめん。私が悪かったよ。折角のデートなんだから、魅夜には笑っていて欲しいな」
 そういって、手を繋いでいない方の手で魅夜の頬に触れ、ゆっくりと撫でる。
 すると、くすりと笑う魅夜。
 くすくすと、くすくすと。わざと拗ねて、キリカの心を惹いて、悪戯っぽく笑い出すのだ。
 さて、本当に悲しんだのか。
 それとも意地悪をしたのか。
 或いは、キリカの視線をひと紡いだ星のような光より、自分という夜色で奪いたかったのか。
 本心は、吐息の奥に隠れて誰も暴けない。
 賑やかなクリスマス・ソングが何処からか流れてくる。
 きらきらと光るとても美しいクリスマスツリーが見えてきて、ふたりは思わず同時に顔を綻ばせて見上げた。
 いえ、と魅夜も首を左右に振って唇より溜息を零した。
「本当に美しい輝きです」
 光り輝くツリー。
 雪の白さを纏い、冬星の青紫の輝きを宿して、夜に佇む姿。
 そんなものはありはしない。
 いいや、夢では見たことがある気がする。
 そんな美しさ。
 ひとの手で設計されて作られたのではなく、ひとの願いから湧き上がったかのような姿。
「ああ、これは本当に言葉にならないな……。とても幻想的で、とても素敵な光景だね」
 思わず立ち止まり、みつめるふたり。 
 ただやはり光り輝く姿の前で、夜色を纏う魅夜は緩やかに微笑んでみせる。
 ともすれば、蠱惑的とも思えるほどに、想い色を募らせた美貌で。
「本当に美しい輝きです。でも……キリカさんの瞳を独占するツリーには少し妬けますね、ふふ」
 軽く、優しく。
 キリカの頬に手を添え、自分を見つめさせようとする魅夜。
 けれど、キリカは紫闇の絆なのだ。
「視線だけでいいのかな。唇も、なんて言わないのかな」
 応えと、先は、ただ夜ばかりが知る。
 さらさらと零れる雪が、混じり合ったふたりの吐息に溶けていく。







 そうして巡り、巡った跡に戻るのはUDCアースにあるキリカの自宅に。
 美しい夜景の見える高級マンションの一室、クリスマスらしいオーメントが飾られたリビングルーム。
 キャンドルの灯りだけが灯る、静かな一室だった。
 静かなそして優しい暗さが漂っている。
 ある意味、ふたりが返るにはとてもお似合いな場所。
 大きなソファーにふたりで座り、互いの為に用意したプレゼントを膝の上に置いている。
「さあ、キリカさん。……どうぞ」
 先にプレゼントを渡したのは魅夜だった。
 黒布に鮮やかな赤いリボンを掛けて結んだプレゼント袋を手渡せば、するりとキリカの美しい指先で解かれていくのを眺めていく。
 まるで想いが、秘密が曝かれていくようだ。
 とくんと、魅夜の鼓動が脈打った。
 想いは、込めた願いは受け止めて、喜んでくれるのだろうか。
「おや、これは」
 ああ、どうかと息を吸い込んだ魅夜と違い、キリカはくすりと微笑んでみせる。
「素敵だね。この色合いは、私と魅夜のと思っていいのかな?」
 キリカの手の中にあるのは、紫水晶と黒水晶を組み合わせた美しいペンダント。
 言葉にしたくない。
 想いは想いのままだから美しいのだと魅夜は頷き、ソファーの上でキリカの方へと更に身を寄せた。
 紫はキリカの、黒は魅夜のイメージカラー。
 重なり合うふたりの色彩を、互いの姿と想いを間違える筈はないのだから。
 言葉とう形にせず秘めるから。
 より美しく、神秘的な記憶となって互いを結ぶのだ。
「魅夜、さあ、これを」
 キリカもまた魅夜に身を寄せながら、紫色の袋に包まれたプレゼントを渡す。
 中身は緑や紫、蒼といった様々な色の蝶が描かれた、落ち着きながらも艶めいた華麗な付け爪。
「魅夜の細く、しなやかな長い指先に似合うと思ったんだ」
 それこそ、待ち合わせの時にいった筈と。
 最初をなぞるように、キリカは魅夜の指を取る。
「足りない言葉などに頼らず、魅夜の美しい指先に触れ、愛でさせて貰うよ」
 愛を囁き、奏でるように。
 けれど、ひっそりと秘やかに、誰にも聞かれないようにと魅夜の指先に唇を這わせるキリカ。
 柔らかな感触を、美しい形を、ふたりは感じる。
 キリカの唇も、魅夜の指も美しく、しなやかで、花のように柔らかなのだから。
 そのまま更に身を寄せ合い、半ば互いの腕で抱き合うように触れあう。
 キャンドルの灯りだけが照らす、夜闇に満たされた部屋で。
 光のように瞳で映すことのできない互いの思いを確かめ合うように。 
 触れて、抱きしめて、絡め合って。
 柔らかな身体と肌と、温もりと鼓動を。
 その奥にある思いをと、息に感じて。
 声もなく、言葉もなく、夜が混じり合うようにキリカと魅夜は身を寄せて微笑む。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年01月04日


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