●何気ない日々の徒然に
何もすることのない、というのはグリフォンである『无灰』にとっては別段珍しいことではなかった。
とは言え、それが良いことなのか悪いことなのかの区別はついていない。
それがどんなに得難いことであるのかを理解できないことを咎められる言われはない。
己は此処に在る。
「クエ」
ふわ、ととも取れるような欠伸であった。
ちゃ、ちゃ、ちゃ、と爪を手持ち無沙汰に地面で削る。
グリフォンの強靭な爪は土で削れることはなかったが、けれど、なんとなしにそうしてしまうのだ。
巌山の岩肌であれば爪も研ぐことができるかもしれないが。
まあ、そういうのは今はどうでもいいことなのだ。爪で引っ掻いた地面がなんだか面白いことになっている。えぐれている様を見て、また一つ掻く。すると土が削れて模様が生まれる。
「何をしているんですか?」
見上げると其処にいたのは桃色の先輩こと『花雪』と白い先輩と黒い先輩である二頭のグリフォンがいた。
思わず身を起こす。
わー! わー! わー! と鳴くとお店の向こう側から『若桐』が顔を出す。
「おや、もう着いたの? 早かったね」
「お婆様。いえ、少しばかりですよ。本日はメンテナンスをお願いしておりましたので、こちらを」
そう言って『花雪』が『若桐』と何やら話している。
どうやら此処に来るまでに日頃の雑貨なんかを市場で買ってきてくれたらしい。何か自分にもお土産があるだろうと勝手に思い込んでいた『无灰』は待っていたが、特に何かがもらえることはなかった。
あれー?
おかしいな。何かもらえる流れだと思っていたのだけど。
「クエッ」
「きょうはとくにないよ」
「でも、どこか遊びにいこう」
二頭の先輩グリフォンが軽く羽ばたく。ちょっとしょんぼりしたけど、すぐに『无灰』は忘れてしまう。
「クエクエッ!」
だって遊びに行ける!
まあ、たしかにこの間の『めんてなんとか』ってやつがあった日は『若桐』もなんだかとっても忙しそうだったのだ。
となれば、美味しそうなものは特にないみたいだろう。
けれど、先輩たちと遊べるのは楽しい。
遊ぼ、遊ぼ、と空を飛ぶ。
風が心地よい。
先輩たちに追いつくのはまだまだ難しいけれど、それでも元気いっぱいに飛び回る。
じゃれつくようにして追いかけ回したり、追いかけ回されたり。
噛んだり、突進したり。
そうやって力加減というのを覚えていくのだ。同族と、それも近しい力を持っている者との触れ合いというのは中々ないことだ。
「クエッ!」
「こっちまでおいで」
「はやくはやく」
楽しいな、楽しいな、と心が沸き立つようだった。
そんな風にはしゃぎ倒していると地上から呼ぶ声が聞こえる。
二頭の先輩がいち早く気がついて空から下降していく。まってまって、と追いかけると其処に居たのは厳・範(老當益壮・f32809)であった。
「遊んでおったのか」
「うん」
「メンテナンスで『若桐』忙しそう」
「そうであろうな。あれには迷惑をかけるが……まだ今日の食事はまだであっただろう。これを食べるといい」
そういって範が手渡してくれたのは、おやつ。
わぁ、と三頭は喜び勇むようにして範に群がる。
羽が舞って、大変なことになったが範は特別怒ることはなかった。
元気であることの証明である。
「慌てることはない」
頭に乗った羽根をひとつまみして範は笑む。
三頭は聞いちゃいないが、しかし、それでも彼等が穏やかに過ごしているのは良いことだと思ったのだ。
世は事もなし。
「ならば、それでよいだろう。それが世界を守るということだものな」
そう言って風に乗って何処かへと飛んでいく羽根を見送るのだった――。
成功
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