両手いっぱいのどろどろチョコレートに溺れて
テフラとアレシアは大きなパイプの上を伝って歩いていた。二人はオウガ『チョコレートシールダー』の集団から逃げるために機械の隙間を進んでなんとか安全な場所に出たのだ。
「ここなら一先ず安全でしょうか……」
「そ、その様ですね……」
アレシアはあたりをきょろきょろと見渡して危険がない事を確認する。追ってくる足音も無さそうだ。二人はホッと胸をなでおろした。けれどすぐに、もったいなかったかも? という考えがふつふつと沸き上がる。もしもあのまま捕まっていたら……もしかしたらチョコのシールドに張り付く犠牲者の様になっていたかもしれない……。それは怖さと同時にゾクゾクしたものを二人に感じさせていた。
けれどいつまでもその想像に浸ってもいられない。沸き上がる劣情を、アレシアは頭をぶんぶんと振って払い除けた。
「って、そうじゃなくて、テフラさんここのボス探しを再開しませんか……?」
「はっ!? そうでした! ボスのいつもの場所が分かればここを攻略する算段も立てやすいですからね」
アレシアに呼びかけられてテフラも物欲しそうな顔から復活する。二人の目的はオウガを倒すための偵察なのだ。アレシアは逃げた経路を思い出しながら道順をメモに書き加えた。こういった縁の下の雑用を自然と行ってしまうのはアレシアの献身さだ。
「それにしても、暑いですね……?」
額の汗をぬぐいながらテフラは周りを見渡した。隙間から入り込んでたどり着いた場所なので本来は人が通る場所ではないのだろう。この空間自体が照明が弱くて薄暗かった。けれど真っ暗と言うわけでもなく梯子や足場がそこかしこにあるのはメンテナンスのためだろうか。
「た、確かに暑いですね……あと、なんだかとても甘い香りがするような……」
「もしかしてチョコでしょうか……? あっ、そこから降りられそうですよ」
そう言うとテフラは梯子を伝って下へと降りていく。アレシアも置いていかれない様にとその後を追った。その梯子を下りた先は大きなチョコのタンクの縁だった。そこにはそれなりの広さがあって足場としても十分な安定さがある。
「す、すごい……ここに溜まってるの、全部チョコなんですね……」
「美味しそうですね……。折角ですしここで少しチョコを食べて休憩しませんか」
「そうですね、疲れましたし……」
「ではひと口……」
テフラがチョコを掬おうと手を差し入れたその時だ。人の声が聞こえた。
「やめて! 離して……! やだ……っ!!」
ドボン、と音がして機械のアームが引き上げられると、チョコでドロドロになった少女がアームと一緒に引き上げられる。彼女はアームの先で手足を拘束された磔の状態だった。彼女が咳き込んでいると、すぐに別の装置が伸びてきて風をあてていく。
「あれは冷気でしょうか……?」
「カチカチに固まってますね……」
顔の周りはチョコが薄かったのかそこからまた助けを呼ぶ声が聞こえてくるが、しかしアームがチョコの中に再びドボンと入って引き上げた後に冷やされると彼女は今度こそチョコに閉ざされた物言わぬ像になってしまった。完成したチョコの像はそのまま何処かへと運ばれていく……。
この一部始終を見たアレシアは青ざめた。
「ぼ、ボクたちも見つかったらああなるのでしょうか……」
「だ、大丈夫ですよ。今はまだ見つかってな……」
テフラがアレシアを励まそうとしたその時だ。テフラは足を滑らせた。
「あ」
ドボン。テフラは咄嗟にタンクの縁に手をのばすが、チョコがヌルッとして掴まれない。しかも溶けたチョコは水と違って重たかった。テフラの普段のゴシックな衣装がチョコレートと絡み合い、小柄な身体はチョコの粘度と重さでますます上がらない。それはまさに底なし沼の様だった。上には抜け出せず、もがけばもがくほど重力に引かれて沈んでしまう。
「で、出られません~!? チョコがねっとりと絡みついて……うわわわっ」
「て、テフラさーん!?」
アレシアは手を伸ばしてテフラを引き上げようとする。しかしテフラはびくともせず、それどころかアレシアも飛び散ったチョコを踏んで足元を滑らせてしまった。
「ひゃあ!?」
「わわわっ!?」
ドボンと落ちるアレシア。二人ともドロドロのチョコの中でなんとか浮き上がろうと藻掻く……。その時、二人の近くに機械のアームが突っ込まれた。二人はアームに掴まろうと慌てて何かを掴む。……それは二度付けで固まったチョコの像の手だった。
アレシアとテフラは一瞬ぎょっとするものの、このままチョコでおぼれる訳にも行かず必死に手を握ってチョコの像と一緒に引き上げられていく。
「アレシアさん、あそこに飛び移りましょう!」
「そ、そうですね……!」
冷気でチョコを固められる前に二人はなんとかチョコのタンクの縁に飛び移った。二人とも全身がチョコまみれだが一先ずは助かったと言えるだろう。だがそれも束の間だった。
ビーッ、ビーッと警報が鳴り響く。チョコのタンクに落ちた時の騒ぎで二人のことがバレたのだ。
テフラとアレシアは急いでこの場を逃れようとした。しかし全身がチョコでぬるぬるして思う様に走れない……。新たに伸びたアームが二人を追いかけて、やがて捕まってしまった。
「あわわわ、捕まっちゃいました~!」
「ひぃ〜〜〜! ぼ、ボクもです~!」
「よくもちょろちょろと逃げ回ってくれたわね!」
オウガ『チョコレートシールダー』はアームを操作して二人を別の場所に運んでいく。そこは広い空間になっていて四方に何かを発射するノズルがあった。二人がそこにベチャっと落とされると、粘度の高いものがかけられる。
「タダでは倒さないわ。同じような侵入者が現れない様に見せしめにしてやる!」
「わぷっ!? このドロドロはチョコ
……!?」
「すごく重#$%&!?」
そこはお菓子に加工する場所では無く、侵入者を閉じ込めるための場所……。コーティグに適さないほど濃厚でドロリとしたチョコが二人に分厚くかけられていく。アレシアは早くも中に埋もれてしまい、抵抗するテフラも顔と手がようやく出るといった状態だ。
濃厚なチョコが重みとなって圧し掛かり、手足に絡まると服や毛が肌にべたりと吸いついてきた。それがますます身体の動きを阻害する。
……生暖かいドロリとした感触が服の中まで浸透して、首を、脇腹を、股を圧迫感とぬめりが覆う。二人が抵抗して動くたびに温かく柔らかい重みがまとわりついた。目と耳を覆われた事で意識が肌の触感へと集中して、微かなザラつきを伴うドロリとした感触が肌を這うたびに、くすぐったいような気持ちいいような……そんな絶妙な刺激となっていく。それは生命の危機に反した快楽を伴う刺激だった。手と口は呼吸を求めて苦しむのだが、肌をなぞる感触は生還したい思いを冒涜するように快感を生み出していく……。
「……っぷは! わっぷ……もご……」
アレシアはなんとか顔を出して酸素にありつけた。けれどすぐに上からチョコがかけられて顔が再び埋まってしまう。これはテフラも同じ状況だ。
力を振り絞って一呼吸。顔が出て吐いて吸ったらまた塞がれていく。
「んん、ん……! ぶはぁっ! はぁ、はぁ。んむ……むむ!?」
重たいチョコの中で手足を動かして、僅かに塊から出たならすぐに上から追加がかけられた。加えて疲労も蓄積して身体もどんどん重くなっていく。……いや、疲労だけではなく
チョコ自体が固まっている。
さらには顔と手がチョコの泥から出るたびに少しずつ表面が冷えてチョコの薄い膜が覆っていった。
「……!? ……んんん!!!!
…………」
「ん、ん〜〜!? んん
…………」
……やがて二人は動かなくなった。それはチョコが固まってきたためか、それとも疲れ果ててしまったからなのか。……見た目からは中の様子を知る事は出来ない。それ程に二人はチョコに埋まっていた。
突き出た腕は掴むものを求めるように固まっており今にも虚空を掴まんと動き出しそうだ、そしてわずかに出ている顔はチョコの仮面となって呼吸の苦しさと焦りを伴った溺れる者の表情を見せている。そして身体は折り重なるチョコの塊と一体化するほど埋まってしまい、はじめから身体など無いそういうオブジェであるかの様だった。
ある日、お菓子工場の国に新たに少年が迷い込んだ。彼は彷徨ううちにやがてチョコレートが並ぶ場所へと辿り着く……。
「ここちょっと涼しいな……って、うわっ!? これ……チョコレート?」
そこには少女や少年の姿のチョコレートの像が並んでいた。それらはもちろん、元は生きていた人間だ。だが彼はそうとも知らず、気味悪がりながらよく出来ているなぁと感想を呟いて奥へと進む……。
「真ん中にも何かある……何だろう? ……ひっ!?」
……そこにはアレシアとテフラ
だったものが飾られていた。
それらは手と顔が突き出したチョコの塊であり、どちらも苦悶の表情を浮かべている。突き出た手は助けを求める様な躍動感があり、何かがドロリと垂れて固まったような形状をしている。まさに垂れるチョコから必死に逃げようとして力尽きた様な、そんな迫真の雰囲気を纏っていた。
「な、なんだこれ……気味が悪いや」
彼は身震いすると、足早にこの場を立ち去ろうとする。……だが彼はここを動くことが出来なかった。何故なら足を機械のアームが掴んでいたからだ。
「……え? うわっ、わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
……この空間に新たなチョコの像が追加された。
成功
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