神の機嫌、損なうこと勿れ
勉学に励みながら影朧の対処に追われる學徒兵にだって休みという物は存在する。
そんなたまの休日ならお祭りに出かけるのもいいと思ったノエルは仕立てたばかりの浴衣を纏い、外に繰り出した。
その生地はサクラミラージュでは見慣れている桜の花弁をイメージさせる赤みを含んだ淡い紅色ではなく、男物の着物としては非常に珍しいしっかりとした桃色。
しかし自分に似合うと思って選んだノエルは人目を気にせず堂々と闊歩し、その姿を変な目で見る者もいなかった。
その影の中に
大狼と
蛸はいたが、外に出ていても威圧感も違和感もない
鴉だけは空を飛んで祭事の雰囲気を楽しんでいた。
「ふふ、いつもとは違っていいよね。祭の雰囲気、僕は好きだな」
クローカの気分を読み取って共感したノエルは、氷塊の上に置かれた水飴をからめられた酢漬けの杏が軒先に並べられた屋台の前で足を止める。
「おじさん、1本もらえるかな?」
そして財布を開けつつ変声期をまだ迎えてない声色で呼びかければ、店主はら割り箸が刺さったそれを最中の上へ移しつつ台の隅に貼られた看板に視線を送った。
「嬢ちゃん、勝負はやってくかい? やっても値段は変わらないよ?」
看板には「じゃんけん勝ったらもう1本」という言葉と握り拳が描かれていた。
「…………そうだね。やってみようか」
何か言いたげにしつつも飲み込んだノエルは握り拳を作って店主に見える位置にまで上げる。
「それじゃあいくぞ、じゃんけん、ポン!」
店主の出した手はパー。対するノエルはチョキを出していた。
「おめでとう、勝ったからもう1本だ!」
大人気ない人を見るような視線が空から注がれる。だがノエルは涼しい顔で言い返した。
「女の子扱いしなかったら正々堂々と勝負したよ。当然でしょ」
空いていた席に座り、1本目のあんず飴を最中から剥がして歯や上唇にくっつかないように舐めていると溶けた水飴が地面に垂れ落ちていく。
普通なら地面に落ちて土砂だらけになり、人の足に踏まれて蟻の餌になるのを待つだけだが、その雫は影の中に沈んで消えた。
「美味しい? それは良かった」
さらにノエルは隣に置いていたあんず飴を道行く人に気づかれないように少しずつ後ろにずらして、席の背後に落とす。
「やっぱりさ、今日は楽しまないと」
僕だけが楽しんでたら不公平だと、ノエルは表に出てきた杏に齧り付いた。
成功
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