Phalaenopsis aphrodite
●なぞなぞ
「膨らむけど萎まないものなーんだ!」
そのなぞなぞめいた問いかけに二頭のグリフォンは首を傾げていた。
よくわからないことをまた『若桐』が言っていると思ったのかもしれない。いや、問題はそこではないのだ。
宝貝人形『花雪』は目の前にある『膨らみそこねてぺしゃんこになった物』に視線を落とす。
「お婆様、そんなことを言っている場合ではありません」
「そうだけどさー!」
二人はどうしたものかと首をひねっている。
そう、彼女たちが作っているのは楽浪郡にて手に入れたレシピ本に記された『スポンジケーキ』なる食べ物である。
なんでも、他世界では誕生日にこれに年の数だけ蝋燭を立て、火を灯して一気に消す習わしがあるのだという。
不思議な風習である。
で、誰の誕生日かと言えば、厳・範(老當益壮・f32809)である。
10月5日。
そう、今日である。
数日前から『若桐』は試行錯誤していたのだが、どうにもうまく行かない。
今日こそは、と意気込んでいたのだが、どうにもうまく行かない。
「どうして? レシピの材料は、ちゃんとしているのにさ~」
「何が違うのでしょう。材料は混ぜていますよね? 混ぜるのに宝貝を使っていますが……」
「……これは他世界のレシピ。なら、他世界にないものを使って作ったから……?」
つまり? と二頭のグリフォンがなりそこないのぺしゃんこな物をアグアグ食べている。
「混ぜすぎ、ということなのでしょうか?」
「それかも!」
そう、そのとおりであった。
用意した薄力粉を混ぜるまではよかった。だが、泡立てというのはいつだって大変なのだ。だから、宝貝でもって回転させれば一気にできると思っていたのが誤ちであった。
そう、練るようにして混ぜすぎると薄力粉はグルテンが出すぎてしまい、粘りが在りすぎるが上に重たくなって膨らまないのだ。
レシピ本に粉気がなくなるまで、という表記を見たがゆえのやりすぎという落とし穴だったのだ。
「やったーっ! できたー!!」
「、急がないとお爺さまが帰ってきてしまいます!」
「急げ急げー! ホイップクリームはこっちに任せておいて。『花雪』は果物を切って!」
二人は大忙しである。
二頭のグリフォンは片付けを手伝って右往左往している。
スポンジケーキは見事に膨らんでいる。半分にカットして、泡立てられた白いクリームを塗る。
甘い香りが漂ってきて、間に挟んだ果物の瑞々しさが美しい。
でも、それをまたホイップクリームを塗って、スポンジケーキを乗せる。
「さらにさらにー?」
またホイップクリームを塗ってキレイな円形にしていくだ。
「なんだか漆喰を塗っている気分になります。左官といいますか」
「他世界にならって、ぱちしえって言ったほうがいいよね!」
なんて言っている場合ではない。
飾り付けをしていく。
もう時間がない。本当に範が戻ってきてしまう。急げ急げと彼女たちが一生懸命にケーキ作りをしていると、外から物音がする。
帰ってきたのだ。
「今戻った……ん?」
誰も居ないのか、と範は暗がりの家の中を見回す。
次の瞬間、明かりが灯され、『若桐』と『花雪』が共に手に取ったスポンジケーキ……いや、『バースデーケーキ』が目の前に現れる。
「……これは?」
「今日誕生日ですよね、お爺さま」
「はっぴーばーすでー! でしょ!」
彼女たちの言葉に範は面食らう。
けれど、察して不器用に笑うしかなかった。
自分の誕生日など覚えてもない。何故なら己は仙人であるから。
けれど、それは方便に過ぎない。嬉しいのは本当だ。けれど、だって、気恥ずかしい。なんなら、照れくさい、といってしまえればいいのだけれど――。
成功
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