極道悲愛 ~村川組殺人事件~
テーオドリヒ・キムラ
【朱玄翠灰白】
【配役】真犯人
【設定】
組長付きの一人。
ユウとはお互い極道生まれの幼馴染
父親達が「ユウの出生」を話すのを偶然盗み聞き、
ユウの絆されやすい弱点を補い守るため、影となる事を決意。
その日から敢えて距離を置き、
徐々に内部粛正などの暗部に手を染める事に。
護身用に拳銃を携帯。
毒物のシノギをユウが関与する前に止めるため、粛正を決意。
組長と相談の上、若頭の名誉を守る為に自殺を装うことに。
「……カシラ、信じてたんだぜ」
「あんたは自分の毒で死ぬんだ」
普段はやや冷ややかな受け答え
その下でユウを守る固い決意を秘めていた
「…おまえに恨まれるのは仕方ないだろ」
だが目撃者であり若頭の用心棒であったミージュと関わるうちに
その危うさ幼さへの庇護欲と、彼への罪悪感が芽生えていく
ユウに対して
「カシラが死ぬとか、正直信じたくはない」
「調査、頑張れよ」
「早すぎるんだ、真相に辿りつくのが
…組長から説明があるはずだが敢て言うぞ
『自殺だった』、そうすれば丸く収まる」
まほろに対して
「(最悪はこいつに全部ひっ被せるか)」
「俺は茶より珈琲派でな」
カイリに対して
「極道相手に澄ました態度か
肝が据わってるな」
ミージュに対して
「(こいつも毒取引に噛んでた可能性もある。
いや現場に立ち会っていたかもしれない。
要監視だな)」
「おい、落ち着け!」
(錯乱するミージュを後ろから抱えて)
「自殺かどうか、今調べてる最中だろ。待ってろ」
「(ガキみたいな奴、ったぁ思ってたが)」
「ほら、食わないと体壊すぞ」
「おま、その腕(異形化したそれを見て)……影朧、いやダイモンなのか!?」
「主だったカシラが死んで……暴走してる?」
「(俺のせいで……クソっ)」
●前口上:柴崎カヤ子の思い残し
――万年櫻の咲き誇るサクラミラージュにて、しくしくと泣き濡れる乙女を見つけてしまったのが彼らの運の尽き。
古びた着物から見える腕は枯葉のように痩せ頬も土気色、何より――。
「……他の人に見えてない、よね?」
ふかっとした髪をゆすり、稲垣・ミージュ(ティータイムモーラット・f36031)が振り返る。
「あの、もしや影朧の方ですか?」
寄り添う稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・f35834)に乙女赤面。南雲・海莉(With júː・f00345)の胸がじわぁっと焦げる。
(「いけない、親身なのは先生の美点なんだから」)
影朧は幻とミージュを見比べてから「ま」と口元を手で覆う。
『絶対にただならぬ絆ね! お兄様の坊やへ注ぐ目つきが他の殿方へとは違うもの……兄弟で道ならぬ恋に絶望してしまうんだわ』
どうしよう、なに言ってんだかわからない。
「悪いことはしなそうだけど、學府とやらに連絡した方がいいのかこれ」
狼耳のそばを掻くテーオドリヒ・キムラ(銀雨の跡を辿りし影狼・f35832)の脇で千鳥がこくこく。
「貴腐人語りで『悪いことしなそう』って判断するテーオドリヒさんが、ボクは好きだよ」
『はぁああ! しゅきぃいい!』
びくん! ぱったり。
「大丈夫かい?」
ユウ・リバーサイド(壊れた器・f19432)に気遣われたら鼻血たらり。
推しが近い。
男性陣を舐めるように見回し「おうふっ」と口元押さえて痙攣。
『イケメンからフツメン更には少年枠まで完全網羅、組あわせ自由のお代わり自由んんっ! ダメ、カヤ子死んぢゃう!』
「もう亡くなられているから落ち着いてね。事情を聞かせてもらえるかな?」
こんな時でもユウはどこまでもいつもの彼だった。
――影朧曰わく。
病床に伏せ、先日とうとう儚くなった。
『一度でいいから生で芝居が見たかったのぉ! それも男同士の絡みをっ!』
『あぁけれど露骨なのはダメ。あくまで公式はきちりと物語を真っ当なさいまし!』
影朧・柴崎カヤ子はどこまでもプラトニック絶対真教である。
「つまり“少年漫画的な展開狙いで、男性メインで濃い目の情念入り混じる話”を観せてあげればいいんだね」
力業でまとめるユウ。千鳥がしゅたりと手をあげた。
「そういうのには殺人事件がつきものだよ」
「わかった。じゃあそれで」
(精神的社会的他で)役者が脱落したくなった時にも逃げられる、そんな優しさあっていい。
「通りすがりの猟兵捕まえたぜ。
超弩級案件最優先の貸し舞台も知ってるって」
そういえば、テーオドリヒは施設運営に諜報官というコミュ力の塊みたいな人だった。
「幕が落ちたら来世に送ればいいのね」
「安全なら客入れてくれってー」
一般人の護衛は
桜の精と
博徒大學生に丸投げOK、さぁ皆は芝居に集中ですわよ!
●登場人物
若頭補佐・ユウ(探偵役):ユウ・リバーサイド
組長付き・テオ:テーオドリヒ・キムラ
若頭用心棒・ミージュ:稲垣・ミージュ
茶道師範・まほろ:稲垣・幻
まほろ付き用心棒・カイリ/他:南雲・海莉
若頭:星崎・千鳥
組長:?
●村川組 応接室
「ミージュはもふもふだね」
「カシラくすったいよ~」
!!
千鳥のお膝にミージュ、のっけっからカヤ子さん尊死。なんのことはないモーラット時代のまんまの接し方なわけだが、もふもふ。
(「千鳥君、嬉しそうだなぁ」)
主としても幸せで思わず混ざりそうになる幻へカイリが咳払い。
「師範、このあとは15分後に盛華館での茶会が」
ブラックスーツで胸はサラシでコンパクト、サングラス越しの視線はクール。
(「先生の浅葱色の和服、素敵過ぎる。紅のアイラインを入れさせてもらったけれど、あぁん、やっぱり凜々しい」)
ぶっちゃけ考えてることはカヤ子さんと大差ない(欲望が1個叶って良かったね♪)
「そうでしたね。急かしてすみません、例の……」
「ん」
千鳥は化粧箱をあけて見せた万年筆をまほろは震える指でつまみあげた。
「……どしたの? カシラ」
人差し指を吸う千鳥をミージュは心配そうに覗き込む。
「大丈夫、ちょいひっかけた」
ふわふわなでなで。
「この中に」
万年筆の蓋に触れごくりと鳴る喉から千鳥は視線を外す。
「……ホントは返して欲しいかな」
「師範からは先に報酬をお渡しした筈ですが」
剣呑なカイリをすっと手で押さえる。
「千鳥君の気持ちはありがたいよ。でもこれはいつか僕に必要かもしれない」
「ネクロフィリア、か」
まほろは頷くのみ。
生きた人間の判別はつくのだが、どうにも美醜を感じない。原因はわかっている、幼少期に見た母の死だ。
ああ、血の気の抜けた肌を飾るはなお白き――。
「……まほろ、ボクは死んでないよ」
「そうだね。今じゃない」
まほろは万年筆を懐に収めた。物言いたげなカイリは着信に「失礼」と室外へ。
「カシラ、お腹すいたぁ」
「テオからおやつをもらっといで」
「はぁい」
はしゃぎ出て行くミージュを二人の召喚士はほのぼのと見送った。
「ミージュ君は表情が自然で可愛らしいね」
「カイリは仕事デキルーって感じ」
――この友情はどちらかが死ぬまで続く。
だからこの瞬間に途絶える――。
「げふッ」
「千鳥君!?」
夥しい量の血を吐いて千鳥が硝子テーブルに突っ伏した。
「師範、ボクの後ろに」
「……え」
つぶらな瞳に涙を溜めて立ち尽くすミージュの手から饅頭と皿が滑り落ちる。
「うそ、うそだよ。カシラが、死ぬはずないんだ。約束したんだ、ぼくとずっと一緒にいるってー!」
ミージュの悲痛な叫びと自分を呼ぶ秘書の声が、夏の蝉のように無秩序にリフレイン。
「千鳥……」
ゆるゆると血の気が抜けていく肌は雪のように白く、
「……くん」
二度と持ち上がらぬ瞼を飾る睫は鬱蒼として、
(「これが千鳥君の
・・……なんて美しい」)
まほろは千鳥の容の間近で陶然と頬を染め、意識を手放した。
●幕間1
『んん゛ん、最初から最高潮! まほろと千鳥の関係が進展しそうな所で死ッ。最後、最後のシーン! 近ぁっ!』
滝涙。
かぶりつきの特等席でカヤ子さん悶えてる。
『ミージュちゃん萌え、復讐に走るの? 疑われる主に対しカイリはどぉするの?』
「お楽しみのようで何よりです。この劇は応援上映、声出しOKで御座いますよ」
と、影朧をもてなす彷は恭しく告げる。
●探偵登場
――数時間後。
「村川組若頭の星崎千鳥は対外的には『自殺』と発表される、予定だ」
「なんだよ、まるで予定が変わりそうな言いぐさじゃないか、ユウ」
斜に構えテオは幼なじみへ皮肉を浴びせる。
「カシラが殺られて組長は怒り心頭だ、ぜってぇ下手人をあげろってな」
一方のユウは見るからに頭に血が昇っている。
「ッてか、誰が殺害現場を片付けやがったッ! 証拠隠滅どこの騒ぎじゃねぇぞ」
「犯人ならあの茶坊主だろ」
「……確かにあいつとカシラは毎週逢っていた。互いに利用しあっていたのは間違いねェが」
観客席から『毎週んっ!』と悲鳴があがるがするりと流し、ユウは現場を見渡す。
――まほろとカイリは即座に拘束されたので証拠隠滅は不可能、却って容疑者から外れる。
「組長に期待されてる探偵さんよ、せいぜい頑張れよ」
ポンッと肩を叩き、テオは欠伸まじりで出て行った。
「おいっ、テオ! カシラが殺されて悔しくねェのかよ! なんだよ、昔は極道だろうが曲がったこたァ許せねェって……」
テオ……と、掠れ声でずり落ちる。流石ユウ、揺らめく瞳まで抜かりない。観客席からは『OH~!』とため息吹雪。
「いけねェ、調べないと」
ソファを見ればミージュを膝に、ありとあらゆる和菓子を頬張るカシラが浮かんだ。
「健康診断も率先して受けてたのに、自殺なんてするかよ」
その割りには食生活は自重していなかったようですが。
さておき、カシラは先代の覚えも良くテオやユウの良き兄貴分だった。
2年以上前に鬼籍に入った先代は好々爺。先代の頃の村川組は義を重んじカタギに迷惑をかけぬが身上。
現組長は三男坊で大學出のインテリ、特にテオは組長シンパの筆頭だ。
「チッ、なんだって組長は俺に調査を? お気に入りのテオにやらせりゃいいだろうに」
毒づきながらもガラステーブルに視線が吸い寄せられる。雑な拭き方のせいで、うっすらと血の筋が残っているではないか。
「……ん?」
喀血跡の他にぽつりと斜め上にも小さな筋。斯様にこの男、目端が効くから探偵役にはもってこいなのだ。
「カシラは大量に吐血して死んだ。単に血が跳ねただけかもしれねェが……それにしちゃあ不自然な位置だな」
そう、まるで
吐血とは別口で血が落ちたようだ。
「?!」
――不意に、ユウは何者かに首筋を掴まれた。嗚呼、探偵早速のピンチか。
●アイツの事情
(「組長は何を考えてやがるんだ。あれじゃあユウが巻き込まれちまうじゃないか!」)
ひとりになったテオは不機嫌露わに壁に拳を躙る。
テオとユウは兄弟のように育った。同じように任侠として生きるのだと信じていた。
……けれど、同じじゃなかった。
あれは3年前のこと――。
『組長、相当悪いようだな』
『後継者の指名はまだなんだろ?』
次の組長は長男か次男かはたまた若頭か……そんな大人達の詮索に興味はない。
『ユウって話も出てんだろ』
!
が、よく知る名には足が止る。
『一番惚れた愛人の子だもんなぁ、見舞いに来る度喜んでらぁ』
(「マズい! ユウが後継者候補になったら長男か次男に
殺されるぞ)
知りたくもない秘密を知ってしまった。
だが、知らなければユウを護ることは、出来ない。
テオが
現組長の元に下ったのは、単に荒事を好まぬインテリだからに過ぎない。
実際三男は「ユウは地頭が良いから汚れ仕事はさせたくない。将来が楽しみだ」とまで言ってくれた。
だからテオは自ら望んで暗部に堕ちた。
後継者争いでは三男につき兄二人を追い出した、実際はテオが
消したのだ。
以後、新組長の命ずることならなんでもやった、ユウを守る為に。
“今回カシラは御法度の“毒物のシノギ”に手を出した。だから名誉を守る為に自殺に偽装して始末する”
そうテオに命じたのは三男こと現組長自身に他ならない。なのにユウに調査させるなんて……。
「なに考えてんだよ、
アンタ。ユウには目をかけてるんじゃないのかよ」
●幕間2
『テオはユウ愛しさに自らダアクサイドに堕ちただなんて! ユウきゅんの傷ついた瞳と、報われなくていいと嘯きながらも本当は少しだけでも気にかけて欲しいテオ様の切なさ――あ゛あぁぁすれ違い尊い! これは両片想いん!』
まさに尊さのジェットコースター。ハンカチ噛みしめフルフルするカヤ子さんはお芝居をエンジョイされております。
『組長ってまだ出てないわよねぇ? 絶対彼も何かあるわ』
「どう読まれます?」
彷の投げかけにカヤ子さんは目をくるくる、妄想もぐるーりぐるーり。
『組長はテオ様の事を子供時代からしゅき、実は彼を手に入れる為に組長になったの。けどテオ×ユウの注連縄のような友情が公式だから報われないのよ』
●
使役
突如現れ、ユウを吊り上げるのはカイリだ。
「……ッ、どこから、入った」
「人如きの鍵、ボクには無意味だよ。ボクの主を解放しろ。あのお優しい方が殺すわけがない」
パクパクと空気を求める唇、端から細い血が垂れる。だがユウの脳味噌は凍てつくほどに冷静であった。
鍵が無効ならまほろを連れて帰ればいい。邪魔されても鏖で良かろう。何故そうしないのか?
「まほろが
殺していない所は見ていないんだな? むしろ
疑われる要素すらあると怯えている」
ギッと悔しげな歯がみがユウにまで聞こえた。
「図星か」
「……主は人を殺すぐらいなら自害を選ぶような人だ」
「だからと言って『まほろは犯人じゃない』とは決められねェな。鍵が無意味なら、拘束されていようが証拠隠滅が可能じゃねェか」
「主を愚弄するな。貴様らゴミクズの命すら尊び、ボクに『不殺』の枷を掛けるような御方なんだぞ!」
成程、違うと言い張る理由は主への信頼だけか。だがこれもユウにとっては重要な情報だ。カイリの言うことは全て真実、やはり証拠隠滅した犯人は別にいる。
「取引しようぜ? あいつの無実を証明して欲しいなら洗いざらい話せ。まずはまほろが疑わしい理由からだ」
「死体」
「え?」
「主は……幼少時に母上のご死体を見た事がある……以来死体の美しさに囚われていていて……」
「だから殺した? 死体を見たくて」
「違う! そうなる前にと師範は星崎に毒を取り寄……」
ぱしゃん!
池に石を投げ込まれたような音と共に突然ユウは投げ出された。
「……ッてぇ……あぁ?!」
目の前でカイリが膝をつく、腹に開いた穴を押さえ苦しげに脂汗を垂らす。
「霊弾……誰がッ、うぅ……まほろ、さま……」
ダイモンカイリの閉じた瞼から涙がはらり。
「おい、しっかりしろ!」
ユウは目の前に釘付けで天井裏に潜む射手を探す余裕もない。
「ぉ……願い、まほろさまの……」
首元まで消失したカイリは最期にこう残す。
「ミージュ、あの子は違う、けど危険……気を……」
――後には小さな羅針盤だけが残った。
●白き獣の暴走
「自殺、なんて、ありえない!」
ガシャンと2階の窓が砕け、組員(注:海莉二役)が弾き出される。
フーッフーッと肩で息をするミージュに白き獣が重なったのに、組員は震え目を擦り狼狽える。
「父ちゃんが死んだか……わぁああ!」
更に二人が弾き出された(再び海莉が人形と共に落ちる)
――ミージュには肉親なんていない、だってダイモンだから。けれど瀕死の自分を拾い千鳥は大切にしてくれた。ミージュにとっては千鳥が全て。
「……ころ、コロす、ぜったい! ぼくから主を奪ったヤツ!」
「おい、やめろ!」
屋根裏部屋からここまでは近い。騒ぎを聞きつけ駆けつけたのは、カイリを撃ち殺したテオだ。
「うるさい! はなせー!」
怖ろしい腕力で振り払われて、テオは壁に叩きつけられた。
「……んだよ、この力は。ユウ手伝ってくれ! ミージュを取り押さえるんだ」
階段をのぼってくるユウへと叫びテオは床を蹴った。
「わかった」
――四苦八苦してミージュを一室に連れ込ぶ。だがユウはすぐに部屋を出て行った。
「さっきは殴って悪かったな。ほら食えよ」
「いらない、食べたくない」
大好きなどら焼きをテオに投げつけたミージュは、床を殴り悔しげに泣きじゃくる。
(「見た目はガキなのに、なんだあの力……床が割れてやがる」)
「カシラぁ……ひっく、なんでなんでぇ……」
テオは正直混乱していた。
千鳥が毒取引に手を出した、だから粛正されて然るべきだ。
(「だがそのせいで……クソッ」)
泣き喚くミージュに胸が掻きむしられる。こいつはもしかしたら人外のダイモンかもしれない、だけど……。
「ほら、なんなら食べられるんだ? カシラを殺した奴は、今ユウが調べてるから落ち着け」
「なんで……ぼくにかまうの? きみはカシラの代わりに決してなれないのに」
――テオは召喚士じゃないから。
ぐすんと鼻を啜りあげるミージュの頭をそっと撫であげる。
大切な人を殺したのは自分だ、けれどこの子を護りたいのも、自分だ。
(「ユウとミージュと、俺の手にどっちもなんて……欲張りすぎだろ……」)
「なんで死んじゃったの……あの、指のちくんっが良くなかったの? どうすればまもれたの……?」
「!!」
テオの心臓が凍り付いた。
万年筆の箱に仕込んだ毒針が凶器だ。むろん箱は始末済みでユウは辿り着けない。
(「こいつ、決定的な場面を見てやがる……」)
懐に収めた銃に手が伸びた。
千鳥の遺体から奪った銃にはダイモン殺しの弾丸が詰まっている。カイリのように殺すならこれを使うしかない。
(「殺す……のか? こいつを?」)
しゃくりあげながらも「カシラの大好物……」と、どら焼きを頬張る幼い姿を前にして、テオは葛藤に苛まれる。
●ネクロフィリアという業
まほろは千鳥に掛けられた白布をつまみ上げる。
「千鳥君……」
周囲からは利害の関係だとみられていたが、まほろと千鳥は純粋な友情で結ばれていた。
淡々とした千鳥も仲良くなれば様々に豊かな顔を見せてくれた。でも一番見たかったのは
この顔だ。
――やっぱり、今が一番綺麗だね。
「だから殺したのか?」
「!」
閉じたドアに凭れ、剣呑と見下すのはユウだ。カイリは奴を心から信じていた、だがまほろの潔白はまだ証明されていない。
「あ、あぁ、あ……私が殺した? そんな訳無いです!」
不自然な強調にユウの眉が寄った。
「いやです、親友の死なんて望んでません! 望んで、ない……いる?」
ユウは怒りのままにまほろに掴みかかる。
「てめぇが死体愛好者だってのは割れてんだよッ。クソ、気味が悪ィ」
まほろの表情が崩壊する。怯え、恥辱、哀しみ……次々入れ替わり、彼は最後に召喚士の冷静さで留まった。
「カイリ! 不殺制限解除だ。こいつを塵にしろ」
ああ、ああ、もういい。
やはり僕が千鳥君を殺したのだろう。屍体が見たくって。だったらもう全部を屍に変えて仕舞えばいい。
「カイリッ!」
一向に現れぬダイモンを叱るように叫ぶまほろへ、ユウは羅針盤を投げつける。
「てめェ最低だな。こいつは最後までてめェを信じてたってのによ!」
「……カイリ?」
そう言えば、自分の“キャパシティ”ががらんと開いていることに、今気づく。
「あなたが殺したんですか?」
カイリの依り代を握りしめてまほろは怒りで肩を震わせた。
「違ぇよ。どっかから弾が飛んできたんだ……守れなくて悪かったよ」
ユウはカシラへ哀悼の眼差しを向けてそっと白布をかけ直す。その横でまほろの心が決壊した。
「……死なせて! 死なせてください!」
醜い心を灯す容を覆っても隠せない。
「お願いです……取り返しのつかぬほど穢い私を
綺麗にしてください」
呆れと軽蔑の煮凝ったため息を吐き出して、ユウは冷静さを取り戻す。
「……俺はさ、カイリと約束したんだ。アンタの潔白を証明するって。なぁ洗いざらい吐いてくれよ」
ぐいっと頭をつかんで持ちあげる。
「死に逃げなんざ赦さねェぜ」
――以後、まほろはタガが外れたように己の知ることを吐いた。
自分を戒める為の毒を求め千鳥を頼ったこと。
千鳥自身に死ぬ気はなく、ミージュと末永くいる為に護身でダイモン殺しの銃すら持ち歩いていたこと。
「カイリを祓ったのはその弾丸でしょう。あれを召喚士以外がおいそれと手にできるものではありません」
「誰かがカシラの死体から盗んだってことか」
そんなことが出来るのはテオか組長ぐらいだ。
(「だが組長は銃どころか荒事はからっきしだ。だとしたら……」)
先ほど、ミージュに優しくしていた幼なじみの横顔、あれは演技だったのか……そう考えると、ユウの頭が怒りで沸騰する。
「千鳥君は直前に万年筆の箱で指を切っていました、もしかしてそれで毒を……」
凶器が判明したとて、今のユウにはもはやどうでもいい。
「……てめェは犯人じゃねえのはわかった。けれど間接的にカシラを殺したのはてめェだ。毒のシノギがどんだけ罪深いかわかってんのかぁ?!」
――そう、カシラは粛正されたのだ。恐らくは組長に命じられたテオの手で。
やるせなさで再びまほろの胸ぐらを掴みあげ、ユウは男泣きに泣いていた。
「……うそ」
信じられないという瞠目がユウの怒りをますます煽る。もはや殴らねば気が済まない!
「千鳥君は、組長の伝手だから大丈夫だって言ってたのに……」
「はぁ? 今なんつった?!」
愕然と容を崩し、拳と怒りがゆるんだ。
「……組長の伝手、です。どこの組でもやってるシノギだからと気にするなと。危険が及ぶのを心配したらそう返してくれました」
●幕間3……?
濃厚な筋書きに卒倒しそうだ。
『マスターと使役の愛は決して結ばれない! カイリの涙が切なすぎるわぁ』
新たな燃料投下も見逃せない。
『テオ×ミージュちゃんんッ。正統カプだけど、実は一番大切な人の仇だなんて、悲劇的にも程があるわぁ。ユウも真相に近づき出したしどうなるのかしら』
本物の舞台はなんと刺激的であることか!
さて、椅子から立ち上がったカヤ子だが、突如降り注ぐスポットライトにああまぶしやと手を翳す。
『え、ええ?』
海莉の早業で影朧の周囲にセットが立てられた。
“組長室”
スポットライトがカヤ子から脇にすっとずれる。
「ああそうだ。カシラ殺しはユウの仕業だ。探偵ごっこで毒物取引の隠蔽を謀ってるんだよ」
ライトに浮かぶのは、受話器を手に嘲笑う――組長の
彷。
「……
組長」
暗転した舞台から、こつりこつりと靴音がする。
撃鉄の起きる音。
二つ目のスポットライトが照らし出すのは、銃口を組長の胸に押しつけるユウだ。
「俺を殺したいなら直接タマとりに来いよ」
『……え? えええ?? 待って、待って待って?』
かぶりつきどころじゃない目の前でのラストシーンが始まったんですけど!??
「そんなんじゃあ
欲しい者は手に入らないもの」
――カヤ子さんの妄想を拾ってみました。
「撃つな!」
ライトを浴びて舞台反対の花道から駆け込んできたのは、ミージュを抱きかかえたテオだ。
「ユウ、お前は手を汚すんじゃないーッ!」
「テ、オ」
「……独り占めオメデトウ、弟くん」
敗北者の嗤いを浮かべ組長はユウの指に重ね自らトリガーを引いた。
銃声。
夥しい血を拭きだして仰向けに倒れる組長と立ち尽くすユウ。混乱するテオは千鳥の銃を構える。
「お前ッ、組長を……なんてことしてんだよォ!」
「違う、俺は撃ってな……い」
「そんな嘘通用するかよ」
ユウを守る為に組長の元に下った。
組長が何を考えているかわからなかった。
けれど、闇仕事を果たす度に労いの言葉をかけてくれた。
父が殺された時は危険を承知で仇討ちの手はずも整えてくれた。
「くみちょおおお!」
(影朧『んんぅん゛テオ様多情ッ、矢印ばらまき系ヒーローご馳走様ですぅ!』)
滂沱の如く涙を流しテオは引き金を引く。
「だめぇ!」
刹那、テオは蹴られ蹌踉けた。だが既に弾丸は放たれている――獣は走る、弾より疾く。
つぷり、と。
霊弾はユウを押し倒し庇ったミージュに吸いこまれた。
「……テオ……ユウは、違うって……言ってる、よ」
胸に開いた疵を押さえ、ミージュはつぶらな瞳を震わせた。
「ああ、またカシラが迎えに来てくれないかなぁ……輪廻ってわかんない、けど……一緒がいいよぅ……」
ひとりは寂しいと震える白い獣をそっと撫でる誰かの指。
「あ、カシラだ……カシラ、カシラ、また連れてってよ」
涙で洗われた瞳にだけは大好きな主の姿が映っている。ぴょいっと全身で飛び込むように、ミージュの姿はこの世からかき消えた。
『私もあんな風に来世にいきたいわ、でもラストシーンをこの目に灼きつけておぎだいのぉ』
それではご要望にお応え致しましょう――!
「……俺は、なんなんだよ……なぁ?」
戦慄く指は沢山の血で汚れている。
カシラ、ミージュ、組長――誰かを愛しても全てこの手で葬り去ってしまった。
「あは、あはは、全部俺のせい……なんか俺なんて、もういいや」
撃鉄を起こしテオはこめかみに銃口を宛がう。
「よせ」
手首を握り阻むのは涙に濡れたユウだ。
「……俺、何を言っていいかわからねェよ、テオ。だってよォ、俺、なんも知らないんだぜ?」
莫迦みたいだとユウもまた自分を投げ捨てるように笑った。
「そんな顔で笑うなよ」
スポットライトの光がテオの瞳に入る。
「やぁだよ。テオが“もういい”って言うなら俺だって“もういい”んだから」
「くそがッ! 人の苦労も知らないくせに! 俺がどんだけ……」
銃が指から滑り落ち、その掌はユウの頬を殴った。
「ッてぇ! なにすんだよッ!」
顔を顰めたユウはテオの額に頭突きをかます。
そして、額をくっつけたまま二人抱きしめ合って、今度は子供みたいに無邪気に笑った。
「教えてくれよ、お前達が抱え込んだ闇をさ。それでやっと俺は昔みたいにお前の隣に並べる」
「ああ、坊ちゃんに教えてやる……組をしょって立つなら知らねぇフリはナシだからな」
――そしてただただ抱きしめあう二人。
『んんんんッ! 泥のように黒い未来しかないけれど、この日を思い出して二人は乗り越えていくのねぇええ! あぁん! 絶対生まれ変わって第2部も観にくるわぁあ」
エンディングは桜の精の口ずさむハミングで――影朧・柴崎カヤ子は満たされた顔で輪廻の先へと旅だっていったのでした。
成功
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