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まだWalhallaには届かぬなら

#ダークセイヴァー #ノベル

ベスティア・クローヴェル




 これは、英雄的な道を歩んだ彼女が、為すべきことを為して。
 己の人生の幕引きを受け入れられるようになった時の。
 IFのお話。

●来訪
 ガタガタと車輪が揺れ、その振動はそのまま女が座る椅子へと伝わる。
 車いす・・・用のクッションは敷いているが、延々と続く不快感にしかめ面を続けていた。
 都市部での使用を想定された車いすで、暗闇に閉ざされた森の奥を目指すのは無謀だったかと、今更後悔が頭をよぎる。
 車かバイクでも用意すべきだったか。次に浮かんだ思考を、女は即座に却下した。
 今の弱り切った体で馬力のあるマシンを扱うのは不可能だ。
 事故を起こして死ぬのなら、まだマシだろう。
 けたたましい音を立てれば即座にオブリビオンが現れて、自分が会いに行く相手にも危険が及ぶかもしれない……ダークセイヴァーは、そういう場所だ。

「……とはいえ、これは想定外だったな」
 そう考えながら、土と石ころがむき出しの地面と格闘して進んでいたはずの女は途方に暮れた顔で天を仰いでいた。
 座っている車いすは、ぬかるみに嵌っていた。
 思い返すと目指している場所はダークセイヴァーの辺境で、森とを越えた先にあると聞いた気もする。
 そう考えれば本格的な沼に耳の先まで沈まないだけ幸運かもしれないが、その運は前にも後ろにも勧めない現状までは救ってくれない。
「やっぱり、事前に連絡して迎えに来てもらうべきだったか……」
 助けてもらおうという身でそれも失礼じゃないかと、自分なりに礼儀を重んじた結果がこれだった。
 もっとも、ダークセイヴァーに住む件の相手には電話連絡など基本通じず、それなりに危機的状況にいる身の上で偶々会える日を待つ余裕もなかったという不可抗力でもあるのだが。
 とにかく、この状況をどうするべきか。
 先の短い命ではあるが、流石にこんな間の抜けた死に方をしては色んな人に申し訳ない。
 これでも、多くの人々を救ったいっぱしの猟兵だったのだ・・・・・
 敵を打倒するのとはまったく毛色の違う危機ではあるが乗り越えねばと、意気込もうとしたところで。

「……あの、ベスティア様ですよね? 何を、というか、そのお姿は……?」
「あ、突然ごめんねエルディー。ちょっと、助けてほしくて」
 前言撤回、幸運はまだ手を差し伸べてくれる気があったらしい。
 目当ての相手に偶然見つけられたベスティア・クローヴェル(salida del sol・f05323)は、炎から化学素材へと骨子が変わった左手を掲げ、驚愕と困惑の表情を浮かべる修道女へ少し気恥し気に微笑んだ。

「うーん……」
「うん、図々しいお願いをしているのは分かっているよ」
「ああ、いえ。問題はそこではなくてですね」
 運よく出会えた目的の相手――グリモア猟兵、エルディー・ポラリスはどうにか自分の教会まで連れてきたベスティアの申し出を聞くと、腕を組んで唸り始めた。
 今のベスティアは、ある意味で猟兵ではなくなってしまった。
 決着をつけるべき因縁に幕を引き、借り物であった力を然るべき場所へと返した事はいい。
 オブリビオンと戦う力を返上したのは、あくまで納得の上で行われたベスティア自身の意志による行いだ。
 しかし、その後に残ったベスティアの現状は、はっきりと評せば悲惨なものだ。
 痛みはなくなっても、崩壊した左腕は元には戻らない。物質化する炎で義手を作る術は当然失われた。
 その炎を左手で使ってきた影響だろうか、同じ側のベスティアの赤い目も殆ど用を果たさなくなっていた。
 もっとも予想外であったのは、前述した部位に留まらない身体全体の虚弱化だった。
 或いは、元より病に蝕まれていたベスティアの本来の姿がこれなのかもしれないが。
「人狼病も、結構個人差の激しい病気だからね。それにしたってびっくりしたけど」
 自分の脚で歩くことすらままならなくなった彼女が一人で生きる事は難しい。
 そうでありながらも自分の有様をどこか受け入れた様子のベスティアが笑う前で、エルディーは口を開く。
「車いすが手放せない状態で、誰かの下へ身を寄せねばならないというのは分かります……他の、もっと平和で生きやすい世界のご友人を頼らない理由も、なんとなくは」
 ダークセイヴァーは、多くの他世界から見れば日の差さぬ悲惨な世界だろう。
 それでも、この常夜の世界に生まれた彼女たちにとっては唯一の故郷であることに変わりはない。
 そして、その慣れ親しんだ闇を、できる事なら愛する人たちは知らぬままで生きてほしいとも。
「多分、お願いすれば助けてくれて一緒に暮らしてくれる人は居ると思うんだけど……今の私の姿、見せるだけで傷つけちゃうかなって」
「ショッキングですからねぇ……」
 エルディーとて、自分より年下のベスティアがこのような状態になっている事に思う事が無いわけではない。
 だが、それでもこの修道女の態度は比較的に冷静なものだった。
 これはきっと当人の性格ではなく……ダークセイヴァーに住む人間としての、悲劇への慣れなのだろう。
「それで、どうかな。そんなに長い間お世話になる事も無いと思うのだけど、なにせ人狼だから」
「笑いながら、笑えない事を言わないでください……一つ、此方からお願いしたい条件があるのです」
「うん、なんでも言ってほしい」
 と言っても、できる事は大分少なくなっちゃったんだけどと笑って見せるベスティアに対して、エルディーは少しの溜めを作ってから……。
「……どうか、教会でなく私が住む村まで来てください。バリアフリーのバの字も無いので、此処」
 少し気まずそうに、この古びた教会の問題点を告白するのだった。

●役目
 森と沼に隠れた教会から、更に進んだ先。
 エルディーに車いすを押されながら村に招かれたベスティアにまず与えられた物は二つ。
 一つ目は住居であった。
 寝るところは、エルディーが暮らしている家の一室。
 ワタシ以外に車いすの扱いが分かる村人は居ないから一緒に暮らして貰わないと、とは修道女の談。
「まあ、元々ワタシ以外住んでいない家だから。楽にしてくれていいよ」
「……その、ご家族とは?」
「隣の家に住んでる。村で唯一の『聖者さま』だからね、ワタシの家があった方が病人や怪我人も訪ねやすいってワケ」
 つまり、此処は診療所のような役目も兼ねているのだろう。
 見れば、家の造りは所々違和感がある。
 建造物そのものはダークセイヴァーの辺境にしては頑張ってるレンガ造り、といった所なのだが中身が明らかに別世界のものを運び込んでいるのだ。
 先のエルディーの言葉を借りれば、『バリアフリーのバリアフ』くらいは頑張っている場所である。
「はっきり言って、車いす生活の快適さを求めるならUDCアースとかの適当な施設に向かうべきなんだろうけど。この辺の不便さは飲み込んでね」
「勿論、ただでさえ押しかけてる身で文句を言うつもりはないよ」
 しいて言えば気になるのは、村に入った途端豹変したエルディーの態度か。
 どこかぶっきらぼうな態度、やはりいきなりこんな姿で押しかけたことを怒っているのかとも思ったベスティアであったが、どうにもそういうわけでもないらしい。
 そんなベスティアの疑問は放置して、家主は二つ目を与えにきた。

「さて、此処でベスティアちゃん、この村で注意すべき点は何か分かるかな?」
「ご飯を食べすぎない?」
「可愛い回答だけどちょっと違う。働かない人がご飯を食べてるとすっごく白い目で見られるってことさ」
「……それはまあ、そうだろうね」
 村人が飢えている様子はないが、太陽の恵みのないこの世界において、食料事情に恵まれている土地は滅多にない。
 そこに、ろくに歩くこともできない満身創痍の女が現れて食い扶持を増やすというのだから良い反応は得られないだろう。
 健常な猟兵であるのなら、オブリビオンから村を守ったり、優れた身体能力で食料供給に貢献できるだろうが、それができるならベスティアはそもそもこの村に来ていないのだ。
 自分が食べる以上の貢献をするというのが、今の彼女にはとても難しい話であり、居たたまれなさを覚えながらも誰かを頼らねばならない理由だった。

「というわけで――今日からベスティアちゃんは、ベスティア先生ね」
「えっ?」
 だからこそエルディーはベスティアに二つ目……仕事を与える事にしたのだ。

●まだ終わらない日常
「今日もお疲れ様。授業には慣れた?」
「私が雑談するだけのアレを授業と言っていいのならね……レティシア」
 唐突な辞令から、数週間が経っていた。
 家を訪ねてきていた数人の村人が帰っていってから、レティシアが――この村では誰もL.D.エルディーというあだ名では呼んでいない事を知ったベスティアからも本名で呼ばれるようになった――ベスティアに問い、彼女も戸惑いながら返事をする。
 ここ暫くのベスティアの生活は、驚くほどに穏やかな物だった。
 妙に手慣れた感じのレティシアに助けられながら生活し、日に何度か連れてこられる村人に対して、外の話……村の外であったり、ダークセイヴァーの外の話を求められる日々。
 ベスティアとしては猟兵活動を通じて知った些細なことを淡々と語るだけなのだが、家主であるレティシアはこれを『授業』と言い張るのだ。

「言っていいんだよ、この村では村長父さんの次に偉い聖者ワタシがそう決めたから」
「今日も聖者に向けられた尊敬を乱用してるね」
 彼女曰く、自分たちはいつかこの村を出ていくべきだという。
 暗い世界で、それでももう少しは生きやすい場所を作るために、ベスティアを通じて村人の見聞を広めたいのだと。
 それはきっと、真実ではあるのだろうけど。
「私を此処に無理やり馴染ませようとしてない?」
「してるよ。故郷を隠居の場にされてもなんだから」
 わざとらしく砕けてみせるその口調も、その一環なのだろうか。
 このレティシアの態度に、ベスティアは少し困っていた。
 ……自分が此処に来たのは、親しい友人たちの前で死んで彼女たちを傷つけたくなかったからだ。
「このままだと、あなた達の前で死ぬのも嫌になりそうだね」
「人間、そう思いながら死ぬのが上等な死に方かもしれないよ」
 苦笑する人狼に対して、聖者はどこか偉ぶるように胸を張り。
 それで傷つくほど柔な場所じゃないから安心しなさいと頭を撫でられる。

 ベスティアの眠る場所は此処になるのかもしれないけれど。
 思ったほど、静かで穏やかな眠りにはさせてもらえないのかもしれないと、隻腕の少女はもう一度苦笑いを浮かべるのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年09月28日


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