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芋煮艇主催第一回ウォーターパークアスレチックレース!

#スペースシップワールド #ノベル #猟兵達の夏休み2023 #芋煮艇

キリカ・リクサール



暁・アカネ



甘甘・ききん
【芋煮艇】

勝敗は戦いが始まる前に決定している。
(甘甘・ききん)

というわけで、何より下準備に力を入れていきたいものです。
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ちっすあらよっとさん。それとも違う人?まあ誰でもおんなじよぉ~。良識派で知られるパイセンに、今回の夏休みイモーガー祭りで行われるであろうレースの判定をちょっくらお願いしたいんですけどね。特別ゲストとしての参加とかでもいいです。その場合はこのかわいいきつねモードなわたしを頭にでも乗せて運んでください。他の人からオファーとかもあるかもしんないしその辺の細かいことは適当適当!アドリブで頼むよ。あ、これ、地元のおまんじゅうです。めっちゃおいしいやつです。食べてみ?食べてみ?いいからいいから!毒とか入ってないから!はよ食べて!……おいしいでしょ?食べた?食べたよね?仮に食べてなくても触れたよね。触れた食べ物はもうその人のものだぁ~。もう返品はきかねぇ~。それでね、ちょっと簡単な頼み事があるんですけど、スタート位置を決める時とか着順判定の時とかに判定用のダイスの目を、こう、ね?ちょこちょこっと、ね?言わせなさんなー。な?分かるでしょ?だいじょぶだいじょぶ、やれそうな範囲でいいから!……期待しているよ。
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こいつが……凶悪犯罪鮫……。

芋煮艇の特別懲罰房に厳重に封印されていたあいつ、ゾロ目を出した数々のイモーガーを血祭りにあげてきた伝説のモンスター。今日はそれを解き放っちゃおうと思います。理由?ノリで。いや、なんかお祭りだから許されるかな、って思って。あとノーマルな芋煮の従業鮫たちもついでに解き放っておこうと思います。理由?ノリで。いや、普段お世話になっているからこんなときくらいは楽しんでもらえたらいいな、って思って。ただ善意による行動であることだけはわかってほしい。それがわたしという存在の本質なのだから……。
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あとなんかやれることあったかな……どうかな……とりあえずローションでも撒いとくか!大将!ローション2000トンよろしく!
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要約:
まず判定員に賄賂を押し付けます。効果のほどは知りません。不正?失格?覚悟の上さぁ。グルメリポートでも葛藤でも無効でも特効でも好きなように判別してほしい。わたしはただ自らの心の声に従っただけなのだから……。あと鮫を放ちます。被害者は知りません。ただ仮に大変なことになったとしても、決してわたしのせいではありません。それだけはわかってほしい。わたしはただ誰にも怒られたくないのだから……。


数宮・多喜



ロニ・グィー



ルメリー・マレフィカールム



黒城・魅夜



試作機・庚



百目鬼・明日多



シャーロット・キャロル



ルエリラ・ルエラ



レン・ランフォード



レティナ・リアセンブリー



崎谷・奈緒



シャウラ・アシュレイ



ヴィヴ・クロックロック



マデライン・アッシュリア



ルエルエ・ルエラ




「あーっ!船の中すっずしー!」
 星の海をスイと進む宇宙船芋煮艇、そのダイニングにたどり着いた崎谷・奈緒(唇の魔術・f27714)は身体を伸ばして空調の風を全身に浴びると倒れ込むように幅の広い座席に身をゆだね、タブレット端末を立ち上げる。
「こりゃあしばらくは降ってるなあ」
 画面に映っているのはUDCアースの天気予報、そこに映る日本地図は一面の青、記録的な雨雲の発生を予想していた。
 様々な要因が重なってできたそれは奈緒の休暇スケジュールにも直撃し、彼女は暑さと湿気に満ちた家での待機を余儀なくされた……のだが、そこは世界を股にかける猟兵、蒸し暑い部屋を飛び出しこうして旅団へと避暑に来たのだ。
「さてそれじゃあ今年の休暇は三千世界避暑地巡りでも……」
 まるで自室のような気軽さで計画を立てる奈緒の視界の隅をパタパタと黒い尻尾が横切った。何かと思って視線をそちらの方に向けてみれば、暁・アカネ(アホの狐・f06756)がビニール製のバックを抱えてどこかへと走っていくのが見えた。
「……ふむ?」
 何やら面白そうな気配がする、そう直感した奈緒はタブレットをしまうと足早にアカネの後を追いかけるのだった。



「大きい!涼しい!!凄―い!!!」
 目の前に広がる光景を見て、アカネは歓喜の声を上げながら駆け出す。
 満天の星空を背景に地上から天に上るサーチライトに照らされるのは摩天楼の如きスライダー、そしてそれを中心に広大な範囲に広がる多種多様のアスレチック、ともすれば近未来の都市と勘違いしてしまいそうな広大なウォーターパークが芋煮艇の一角に広がっていた。
 猟兵として故郷を巣立ちそろそろ五年、多くの世界を見たアカネだが今回のウォーターパークは格が違った。打ち寄せる波のプールは強さ高さが自由自在、流れるプールは虹のように鮮やかな七色の光を放つ、そんな近未来の光景を前に少女のように声を上げてはしゃぐ彼女は今年20歳になった。まだまだ落ち着きを知らぬ年頃である。
 さてそんなアカネ程目に見えるリアクションはしていないが、広大なウォーターパークに感嘆の声を上げる人物がもう一人。
「これは、想像以上だな」
 ウォータースライダーを見上げながら、キリカ・リクサール(人間の戦場傭兵・f03333)は静かに呟く。
 事は船水着コンテスト中の他愛のない雑談まで遡る。せっかくの夏休みに新調した水着、どこかに遊びにいかないのは勿体ないという話が始まりだった。猟兵である以上遊ぶ場所には事欠かないのだが、やれキングブレインだの喋る武器だの遠くの世界では一週間ぶっ続けでリアイベしてるんだってよキャー怖いだの、猟兵であるがゆえに下手な世界に行けば事件に巻き込まれるのは目に見えていた。
 そこで誰かが言ったのだ、「そうだ、絶対外部から干渉されないこの船の中で遊ぶ場所を作ろう」と。
 その結果がこの眼前に広がるウォーターシティである。
「あら、珍しいですねキリカさんが子供のように目を輝かせているなんて」
「そんな事は……いや、魅夜に嘘をついても仕方ないな」
 隣でその様子を隣で見ていた黒城・魅夜(悪夢の滴・f03522)の言葉にキリカは大げさに肩を竦めて見せる、いつの間にか随分と自分の機微に聡くなられたものだ。
「流水は得意ではありませんが、精一杯楽しんで……あら?」
 キリカに釣られるようにして空を見上げる魅夜、その瞳に映る星空に一筋の流星が走った。
「あれは、アンノットか?忙しいと聞いていたが」
「私もそう聞いていたのですが……なんでしょう」
 光の軌跡、その正体は彼女達の既知である猟兵アンノット・リアルハート(忘国虚肯のお姫さま・f00851)だった。彼女の残す光は僅かに弧を描きながらウォータースライダーの頂点に落ち、数分後ウォーターパーク全体にジングルが鳴り響いた。
『まもなくウォーターパークアスレチックレースを開始します。参加を希望する方は施設中央、ウォータースライダー頂上までお越しください』



 このウォーターパークで最も高い場所、ウォータースライダーの頂上へ向かうには備え付けのエレベーターを使う必要がある。天井と床を覗き透明な硝子でできたかごの中は、どこか張り詰めた空気で満ちていた。
「ついに来たね、この時が」
 壁に背を預けていたルエリラ・ルエラ(芋煮ハンター・f01185)が遠ざかる地上を眺めながらそう呟く。
「優勝はこの美少女エルフ、ルエリラちゃん様が頂くよ」
「優勝か……大きく出たなルエリラ君。だがそうだな、目標は高く持った方が良いだろう。表彰台の上で彼女の気迫は本物だったとインタビューで答えてやることができるからな」
 そんなルエリラの言葉にヴィヴ・クロックロック(世界を救う音(自称)・f04080)は親指で己を指さしながら返答する。まさに状況は一触即発、しかし火花を散らす両者の間でおずおずと手を上げるものが居た。
「すみません、私は普通にスライダーをやりたかっただけなんですけど……お二人は頂上で何をするかご存じなんですか?」
「そうです、自分達の世界で完結してないで教えてほしいのです」
 レティナ・リアセンブリー(戦いの向こうに「答え」を探して・f39491)の質問にルエルエ・ルエラ(愛と正義と芋煮と鮫の魔法少女・f02197)が便乗する。エレベーターに乗った直後までヴィヴとルエリラは和気藹々と話していた、しかし先程のアナウンスが流れた瞬間突如として壁に背を預けて微妙に斜めに身体を倒しながら宿命のライバルのような雰囲気を発し始めたのだ、説明を求めるのは当然の事だろう。
 二人の質問にルエリラとヴィヴは僅かに口角を上げると、見事に声を重ねて答える。
「「知らない」」
「えぇ……大丈夫かなこの人達……」
「まーアンノットさんが進行するみたいだし、よっぽどの事は起きないんじゃないかねえ?」
 不安げな様子で身体を抱くレティナを安心させるように数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)があっけからんとした声で笑う。最近はあまり顔を見せなくなってしまったが同じ船の仲間だ、人となりは理解している。
「まあそうだな、この船じゃでは貴重なツッコミ系で……」
 多喜の言葉に同意するように頷きながら、レン・ランフォード(近接忍術師ニンジャフォーサー・f00762)──正確にはその人格の一つである錬──は発足したばかりの頃の船の様子を思い浮かべて……言葉に詰まった。
 思い出が遠い昔のものばかりになってしまうが、思い返してみるとちょいちょい奇行に走っていた姿が思い浮かぶ。真面目でツッコミよりの人であったが、ハジけた空気の中に放り込むと周りと一緒になってふざけるような……そんな人だったような気もする。
 ふと視線を向ければ多喜も同じ思考に至ったのか、妙に神妙な顔で天井を見上げていた。
「……なんで静かになったです?」
 ルエルエの疑問に答えが返る前にエレベーターの動きが止まりチャイムが鳴り響く。頂上に到着したのだろう、透明な壁の向こうでは既に何名かの猟兵が待機しているのが見える。レティナが息を飲む中、エレベーターの扉がやけに緩慢な動作で開き始め、空に広がる星空には似つかわしくない熱気と喚声がエレベーターの中に流れ込んできた。



『さあ、皆さん心身の準備はよろしいでしょうか!』
「おーっ!!」
『これより芋煮艇主催第一回ウォーターパークアスレチックレースを開幕します!』
「うおー!!ウォーターパークうおー!!」
 アンノットの宣言にロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)が声を上げ、それに同調しノリの良い猟兵達が同じように声を上げる。空気を震わす喚声の中でマデライン・アッシュリア(死の花嫁・f32233)は感心した様子で手を合わせた。
「ジャパンでは今の季節死者たちが帰ってくると聞きましたが、なるほどこれは先祖達に自身の血族の雄姿を見せる……そういうお祭りなのですね?」
「ううん……残念ながらこれはそういう事ではないと思います」
「まあそんな気持ちでやってもいいんじゃないデスかね、お盆に展示場で薄い本買うよりはご先祖様も安心すると思うデスよ」
 百目鬼・明日多(一枚のメダル・f00172)と試作機・庚(裏切者・f30104)の言葉にマデラインは少し恥ずかしそうに頬に手を当てる、そんなやりとりをしている間に壇上のアンノットは防水のため本型のバインダーに保管した資料に目を通しつつ集まった猟兵達を見回した。
『……それでアカネさんからパークに集まった人にはレースをやるって声を掛けたって聞いているのだけど、これで全員?』
「今エレベーターから何人か来たっすけど、まだ人数足りないっすね?」
 エレベーターから降りてきたルエリラ達に手を振りつつ、シャウラ・アシュレイ(彷徨えるヴァルキュリア星人・f40882)は指折りで人数を数えて首を傾げる。そんな彼女の隣でルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)が静かに手を上げた。
「……さっき、アカネを波のプールで見た」
『本当?どんな様子だった?』
「一緒にボードに乗って波の下を潜るのは楽しかった」
『……その後は』
「流れるプールに行くって」
「ハチャメチャに楽しんでるっすねー」
 カラカラとしたシャウラの笑い声を聴きながら、アンノットは少しだけ俯きながら眉間を揉む。まあ、どうせプライベートな催しで時間を気にする必要もないのだからアナウンスの一つでも流して来るのを待つかと考えた時、空気を切り裂く甲高い音ともに金色の影がスライダーの頂上に着陸した。
「お待たせしました!マイティガール、皆さんと共に参上です!」
 そう名乗り上げるシャーロット・キャロル(マイティガール・f16392)の小脇には高速飛行の影響か目を回したアカネが抱えられていた、下で遊んでいるところを迷子になっているとでも勘違いされここまで運搬されて来たのだろう。
「うへぁー、たっかい!凄いねえ宇宙船」
「お疲れ様ですアンノットさん、お元気なようで何よりです」
「それで、具体的に何をするのか聞かせてくれるかな?」
 そうこうしている間にも後続のエレベーターが到着し、スライダーの頂上にウォーターパークにやってきた全ての人物が集う。参加者総勢18名、その全員が猟兵という大規模な戦いが今始まろうとしていた。



『では、事態が飲み込めていない人も居るので細かくルール説明していきます』
「大変反省しております」
「まああたしらも一斉に集まって決めたわけじゃないし、多少伝達不備があっても仕方ないさ……そんで、レースだっけ?気になることを話すじゃないか」
 反省の念のせいか輪郭がガタガタの落書きのような表情となるアカネのフォローをしつつ多喜が話を進めるように促す、レースという単語にどこか興味を惹かれるものがあるのだろう。
「皆さんはこのスライダーからスタートし、そしてウォーターパークを一周しつつとあるものを集めて再びこの場所に戻ってくることでゴールとなります」
 そう言いながらアンノットはパーカーのポケットから一枚のコインを取り出す。大きさとしては五百円玉ほどのそれは表面にデフォルメされた芋煮の模様が刻印されており、今回のレースのために特注されたものであるのは明らかであった。
「なるほど、それがあるもの……集めるべき『勝利点』というわけですね」
「正解、記念に一枚どうぞ」
 明日多の言葉にアンノットは静かに頷くと、コインを指で弾く。澄んだ金属音と共に宙を舞うコインを明日多が慌ててキャッチすると、想像よりもずっしりとした重みが感じられた。
「一人だけズルーい!」
「賄賂なのです、不公平なのです」
「数はあるから、一枚くらい大丈夫よ」
 ルエラ姉妹のクレームをアンノットが宥めている間に庚が明日多の手の中にあるコインを繁々と眺める。重厚な輝きを放つそれは間違いなく金属製、水中に落としたらそのまま底まで沈んでいくことだろう。
「速さは関係なく、とにかく一枚でも多くコインを集めて戻ってきた人の勝ちという事デスかね?」
「完全に無関係というわけではないわね。そのコインは一枚10ポイント、そして一番最初にスライダーの頂上に戻ってきた人には300ポイント、二番目の人は200ポイント、三番目の人には100ポイントの加点が入るわ、それらを合計して一番ポイントの多い人が優勝よ」
 その言葉に素早く反応したのは錬であった。彼はアンノットの表情や頂上から見下ろすウォーターパークの全景を目だけを動かして素早く観察するとすぐさま思考に移る。
(一位報酬はコイン30枚分、あっさり一枚渡したことやここの広さ、そしてわざわざそんなルールを用意してるって事は全体の数は100じゃ足りねえ)
 彼は大変負けず嫌いであった。開始前から勝利のために必要なコインの数、スライダーに戻るタイミング、その他様々な勝利の鍵を模索していく。そしてその思考を行っているのは錬一人ではなかった。
(滞りなくコインの奪い合いが起こりつつ、それに負けた方が一位報酬で逆転可能と想定しているならば……おおよそ500から600くらいでしょうか?)
 魅夜もまた勝利に必要な仮説を積み上げていく、勝負は既に始まっていた。
「はいはーい、ユーベルコードとかアイテムは使っていいのかな?」
 ロニの質問に勝利を狙う猟兵達の視線が一斉に彼に向き、そしてアンノットに向き直る。熱を持った視線に晒された彼女は静かに瞳を閉じると、首を縦に振った。
(なるほどアリということか、なるほど……!)
 釣り上がる口角を隠すためにヴィヴは口元に手を当て、何か考え込んでいるかのように装う。必ず勝つ、その為には自分が何をしようとしているかは悟られてはいけない。
「事実上のなんでもありという事ですか……ですが私はスーパーヒーロー、この身一つで正々堂々勝利してみせましょう!」
「人の邪魔するのはタチじゃないし、あたしもそれに賛成だねえ」
 力強いシャーロットの宣言に奈緒が同調し、二人は仲良く肩を組んで笑う。方針は様々なだが猟兵達が皆レースへの参加の意思を見せている中で、レティナは一人こっそりこの熱気から抜け出そうとしていた。元々自分は遊びに来たのであってなんでもありのデスマッチをしに来たのではない、気付かれない内にレースから棄権しようとして……
「こーんなでっかい施設でレースなんて盛り上がるっすね!こりゃ優勝まで駆け上がるしかないっすよ!」
「えっ!?あ……はい……凄いやる気ですね……」
 いつの間にか近づいていたテンションMAXのシャウラにがっしりと掴まれた、シャウラとしては特に悪気はないのだが逃げ場のなくなったレティナは蜘蛛の糸が切れ底無しの闇に落ちていく自分の姿を幻視した。
「少し危ない競技のようですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫…全力を尽くす」
 身を屈めてルメリーと視線を合わせたマデラインは、表情を変えずに瞳を輝かせるルメリーを見てあらあらと楽しそうに笑う。その理由は年相応にはしゃぐルメリーを愛らしく思ったのが半分、そして今まで自分とは縁遠かったレースというイベントに胸を弾ませているのが半分。
 外から見えるリアクションに差はあるものの、この一大レースを全力で楽しもうとしているのは二人とも変わらなかった。
(魅夜は……大丈夫そうだな、あのやる気なら自分で流水の対策をするだろう)
 ならば問題はと、キリカは一人の人物に視線を向ける。
(妙に静かな彼女は、何を企んでいるかな?)
 その先に居るのは甘甘・ききん(可哀想な 人の振りをする狐・f17353)、この場に居ながら気配を消して行動している一人の妖狐であった。



『それではこれより30秒のカウントを始めます、参加者の皆さんはスライダーの開始地点で待機してください』
 アンノットの言葉に猟兵達は移動を開始する。ウォータースライダーのレーンはハーフパイプ状、幅を広く取られているので全員同時にスタートする事ができる。
 コースは長く設定されており、その中でも特徴的な個所は3つ。
 スタート直後、急角度で一気に落下するウォーターフォールゾーン。
 その直後、上下左右様々な方向のカーブが連続して襲い掛かるランブルゾーン。
 それを抜けた先、広間のような漏斗状のレーンに飛び出し渦を描くように落下していくスパイラルゾーン。
 これ以外にもカーブなどにより角度の変わる場所は存在するが、勝敗を大きく分けるのはこの三点になるだろう。
(勝敗は戦いが始まる前に決定している)
 しかしそんなコースの様子には目もくれずききんは回想する、レースが始まる……否、このウォーターパークを建設するより前の出来事を。


「お願いしますよぉ!ちょこっと、やれそうな範囲でいいので」
 数日前、ききんはアンノットの前でゴリゴリに額を地面に擦り付けていた。場所はシルバーレイン都市部の大通り、人通りが多い場所での出来事であった。
「うん、審判やるのはいいわよ。でも特定の人に肩入れするのは」
「これ地元のお饅頭です!めっちゃ美味しいやつです!毒とか入ってないから」
 猟兵は世界を移動しても違和感を持たれない一種のフィルターのようなものが存在するが、それはあくまでも超常的な違和感を緩和するためのものである。通りの隅々まで響くような大声を上げながら、華麗な土下座を決めて、お土産の箱を献上するききんの姿は嫌でも道行く人々の注目を集めていた。
「いや、だからね」
「何卒、何卒!!」
 ききんが何をしようとしているかと言えば、早い話賄賂である。それもあえて人通りの多いところで行う事で人の視線を集め断れない雰囲気を作る悪辣なものである。カメラのシャッター音、人々の囁き声、それらに囲まれたアンノットは盛大な溜息を吐きながらお土産の箱を受け取った。
「……用意するけど、自己責任よ」

『残り10秒!』
 カウントが進む中、ききんは地面に落ちていた黒い糸のようなものを拾い上げる。その先に繋がっているのはアンノットがスライダーの頂上に来る時に使っていた乗り物、メタルハート・ベーゼン爆速で空を飛ぶ魔法の箒だ。
『3』
 猟兵達はそれぞれコースに付き、カウントダウンを待つ。
『2』
 既にレーンではコインの輝きが見えている、争奪戦は開始直後に始まるだろう。
『1』
 しかしききんの目には既にスライダーの先にあるアスレチックしか見えていない。
『スタート!』
 猟兵達が滑り出すと同時にききんが紐を引くと、機械箒がマフラーから炎を噴き上げて空へ飛び出した。
「なんですか!?」
 突然の爆音にレティナが驚いてそちらを向くと、ゴッキィ!と人体から出してはいけない音を響かせながらききんの身体が宙へ舞う。彼女の身体はグングンと高度を上げて行き、やがて空を覆う星の一つに紛れ見えなくなった。
「……あの、あれ」
「イモーガーの心配正面からすんな」
 呆然と空を指さすレティナをよそに、錬を始めとしたこういう事態には慣れている猟兵達はレーンにその身を投げ出す。
 最初の急勾配、ここで可能な限り速度を付けることが勝利の第一歩だ。コインは複数あると言ってもそれを手に入れる事ができるのは最初に辿り着いた一人、逆転の要素があるとは言ってもレースで最も重要なのはスピードであることには変わりはない。誰もが我先にと前へ向かうおうとした瞬間、突如としてレーンを流れる水が壁のように盛り上がった。
「わっぷ!?」
 ダメージを負うような妨害ではない……が、水の壁に正面からぶつかった猟兵達は水の抵抗により急激に速度を落とす。中でも明日多は運の悪い事にその衝撃でバランスを失い水中で身体を回転させてしまう。
(……落ち着け)
 しかし、彼は冷静さを失っていなかった。水中で目を開いた明日多はレーンの底を確認し、勢いよく蹴りつけた。
 ガクンと明日多の身体が失速し、流れる水に置いていかれる形で水中から脱出する。髪をかき上げるようにして水を払う明日多の隣を同じように壁から逃れるために減速したのであろうロニが並走する。
「おーい大丈夫かーい?」
「はい、溺れるのは回避しました!」
「そっちもなんだけどねー?」
 そういってロニは明日多、より正確には彼の太もも辺りを指さす。明日多がゆっくりと指を指された場所を見るとそこには何やら黒い布……水着が引っかかっていた。
「あ、ああぁぁ……ああああああああああ!?」
 上にシャツを着ていなかったら即死だった、どうにかして水着を履き直そうともがく明日多を追い抜いていく猟兵達が彼の方を見ないのは一種の情けなのかもしれない。
「私の糸で……」
「やめてやりなルエルエさん、助けられたら心が傷付く時ってのもあるんさね」
 最年少のルエルエが溺れないよう小脇に抱えるようにしてその身体を支えつつ、多喜は自分達を妨害するようにうねる水流を乗りこなしていく。ユーベルコードによる妨害が行われている事は疑いようがない、不規則な揺れに晒されつつもルエルエはウォータースライダーの先をじっと見つめ、先頭を滑る影を指さした。
「あそこです」
「……なるほど、魅夜さんか!」
 球体のクッションのように固めた水の上に足を組んで座り、それを波に運ばせることによって直接流水に触れることを防いだ魅夜は視線に気が付くと後方集団に向かって優雅に手を振る。
「めちゃくちゃ煽ってくるっすねあの人!」
「まあ、魅夜君は勝負ごとになるとわりとあんな感じだ」
 シャウラとヴィヴがそんなやりとりをしている間にも多くの猟兵達は水に阻まれて減速し、魅夜との距離はドンドン離されていく。水場そのものを味方につけた魅夜の妨害に差を縮めることはできないかと誰かが思った時、二つの影が急速に前へ出た。
「おおおおおお!」
 一人は錬。彼はオーガスラッシャーを水中で起動させ、光刃の熱量で爆発した水蒸気の勢いを利用して前へと飛び出す。
「このくらいなら、なんの準備もしなくても突破できるデスね」
 もう一人は庚。彼女はユーベルコードの力により自らを水上バイクのような形状に変形させ滝のようなコースを一気に滑り落ちていく。
 どちらも迫りくる波を正面から突破し、止まることのない勢いで瞬く間に魅夜を追い抜いてしまう。驚愕に目を見開く魅夜だったが、すぐにその表情に余裕が戻る。
「……あれ、早すぎないですか!?抑え効かなかったんですか!?」
「ふふふ勝ちを焦るあまり手を誤ったみたい、早速二人脱落だね」
 レティナとルエリラが指摘する通り、二人の速度はあまりにも早すぎた。このままでは次に来るカーブを曲がり切れず飛び出してしまうのは目に見えて明らか、この高さから落下したらいくら猟兵と言えど無事とはいかないだろう。
「いけません、ここはレースを中断して救出を……!」
「いや、それはまだ早いんじゃないかな?」
 飛び立とうとするシャーロットを手で制し、奈緒は加速し続ける二人の様子を観察する。彼女達の目は冷静だ、一見無謀に見える行動は確かな計画を持って行われている。
 水を切る音がドンドン甲高いものに変わる。同じ狙いであることは錬と庚が一番よくわかっていた、ゆえに二人は最初のカーブに到達する直前に互いの身体を衝突させた。
「ぶっ飛べええええ!」
「ぶっ飛ぶデスよお!」
 叫びと共に、二人の身体が浮遊感に包まれる。カーブを飛び出し宙へと舞った身体はそのまま重力に従って落下し……ランブルゾーンを飛び越えスパイラルゾーンのレーンへと着地した。
「そんな!?」
「ははは、やるじゃないかあの二人」
「……凄い」
 驚愕する魅夜の後方でキリカとルメリーが称賛の声を上げる。道なきショートカットにより声も届かぬほど先へ向かった二人はコインを回収しながらその底へと滑り落ちていき、突如として現れた鮫に食べられた。
「……あら?」
 目の前で繰り広げられた光景にマデラインははしたないとは思いつつもの水着の袖で顔を拭い、改めてスパイラルゾーンを見る。そこには錬と庚の姿はなく、代わりに一匹の鮫が我が物顔でレーンを泳いでいた。
「見間違いでなければ、死の使いがコースを泳いでいるようですね」
「じゃあ多分こっちにも居るわね!」
 そう断言するアカネにその通りだと答えるようにランブルゾーンのカーブの死角から水流に逆らって無数の鮫が昇ってくる、レースの本番はここからのようだ。



「アハハハハ!うんうん芋煮ならこうじゃないとね!」
 鮫の群れを見てロニは心底楽しそうに笑い声を上げる、なおこの鮫たちはききんが妨害工作で放ったものなのだが、本人が夜空の星となっているので猟兵達がその事を知る由はない。
 鋸のような牙を剥き出しにして迫りくる鮫達、当然その洗礼を最初に受けるのは先頭を滑る魅夜。しかし彼女は徐に自らの水着を構成する鎖を掴むと、その先端をスライダーの柱へと投げつけた。
「この程度!」
 鎖が柱に巻き付き、魅夜の身体がレーンから飛び出し宙に浮かぶ。そのまま群れの頭上を飛び越えようとする彼女だったが、唐突に一匹の鮫が跳ねた。大きく開けた口の中に逃げようとする魅夜の足が入り込み、バツンと肉と皮の断ち切られる音が響く。
「ひっ……」
 凄惨な光景にレティナは思わず息を飲むが、目の前で繰り広げられたそれは彼女の想像とは少し違った。
 バラバラになったのは魅夜に噛みつこうとした鮫の方、そして鮫を解体した純白の人形は血に濡れたコインを抱えてキリカの手元へと飛んで行った。
「なるほど、もしやと思ったが鮫の中にも隠されていたか」
 やや不満げな顔をした魅夜が下に降りていくのを見送ったキリカは、改めてレーンを覆いつくす鮫の群れへと視線を向ける。
「つまりこの鮫の群れは」
「ボーナスタイム……」
 キリカの台詞を引き継いだルメリーはその手にナイフを持つと、速度を上げて鮫の群れの中にあえて突撃する。普通であれば自殺も同然の行為、しかしルメリーは的確に群れの隙間の中に身体を滑り込ませるとすれ違いざまに鮫の腹に一閃を入れる。
「……ハズレもいる」
 二匹三匹と鮫の腹を裂いたルメリーの手に握られているコインは一枚、どうやら全ての鮫がコインを保有しているわけではないようだ。だが逆に言えば全ての鮫がハズレというわけではない、さらなるコイン獲得のためにルメリーがナイフを振り上げた瞬間、ふっと彼女の身体が沈んだ。
 唐突に全身を襲う浮遊感、ルメリーが足元を見ると、そこには自身の身体が水流の少し上で浮いているのが見えた。ランブルゾーンに設けられた上下のカーブ、本来はジェットコースターのように速度の緩急と急Gを楽しむものなのだろうがここに至っては致命的な落とし穴へと変わる。
 体勢が崩れた鮫の牙による蹂躙がルメリーの脳裏に過った瞬間、彼女の身体に細い糸のようなものが巻き付けられた。
「とったのです」
「はいレティナちゃんそっち持って!」
「え、はい!?」
「せーの……!」
 掛け声と共に奈緒とレティナがルエルエの伸ばした糸を引っ張り上げる。おおよそ踏ん張りの効かないスライダー上でその行動は無謀にも見えたが、ルメリーの身体は勢いよく後方に流れ半ば衝突するように二人の下へと引き寄せられた。
「ナイスプレー!それじゃあボクも全力で、ドーーーーンッ!」
 前方にこれ以上猟兵がいないことを確認したロニが手を振り下ろすと、レーンの幅にピタリと合うサイズの鉄球が鮫と猟兵達の前に立ちふさがるように出現する。鉄球の裏からガリガリと何かが削れる恐ろしい音が鳴り響いているが、今すぐ猟兵達が鮫の群れに飲み込まれる事はないだろう。
「抑え込んだぁ!……でもこれだとこっちも前に進めないしコイン取れないっすよ!?」
「大丈夫です、マイティガールにお任せを!」
 迫りくるロニの鉄球に思わず口に出たシャウラの疑問に答えるようにシャーロットが渾身の力で鉄球を蹴りつける。ウォータースライダー全体が震えるような振動、そして一瞬の静寂の後に鉄球がゆっくりと動き出す。
「ついでに、オマケ!」
 転がりだす鉄球にアカネが符を貼り付けると、たちまち鉄球は赤く燃え上がり鮫を焼き焦がしながら下へ下へと転がり出した。
「ゲッッホ!!ゴホっ!!!」
 鮫が焼かれた事により周囲に広がるアンモニア臭、手を離せば水着が流されてしまう明日多はそれを防ぐ事ができず涙ながらに咳き込む。楽しいはずのレースが何故こんなちょっとした地獄になってしまったのでしょう、きっと何処かの狐が鮫を放ったせいです。
「あら、どうしましょう……」
「へいへーいレース中に考え事は危険だよー、話聞こうか?」
 そんな中でマデラインが頬に手を当てて悩まし気な声を上げていると、心配と挑発の中間辺りの態度をしたルエリラが彼女に
「いえ、このようにスプラティックで大量消費的な死というものは触れたことがなく……下品なものだとは思うのですが未知の体験に心を踊らせている自分が悩ましいのです」
「……あー、確かに私も未知の芋煮を探求してると冒涜と挑戦の狭間で揺れてる感じがあるねえ」
 思ったより高度な話題だったので自分でも理解できる話題に翻訳しつつルエリラが理解を示していると、突然眩い光が彼女達を包み込んだ。新しい妨害かと一瞬身構えるが、なんてことはない半円状のレーンを越えたことでスライダーを照らすライトの光が入るようになっただけだ。
 ランブルゾーンを抜けた先にあるのは漏斗状の巨大なレーン、水と共に渦を巻いて落下していくスパイラルゾーン。しかし猟兵達の目を引くのは水の流れよりもあちこちで輝く黄金の輝き。
「わーい掴み放題取り放題!」
 アカネがそう声を上げる通りスパイラルゾーンでは鉄球によって蹴散らされた鮫が吐き出した大量のコインが散らばっていた、しかも鮫は殆ど撃退されたため入手を妨害する存在も居ない。両手両足に加えて尻尾まで利用して近くにあるコインを回収していくアカネだが、手を伸ばした十枚目のコインはするりと彼女の指の間をすり抜けた。
「あれ?」
「さて、危険な鮫も居なくなったみたいだし……あたしも本気を出させてもらうかねえ!」
 そういって多喜が手をかざすと同時に、散らばったコインが彼女の掌に引き寄せられていく。念動力による超広範囲回収、いつの間にかスパイラルゾーンに散らばるコインは多喜を中心としたもう一つの渦となって水流を遡っていた。
「わわわっ!メダルゲームの中に入ったみたいっす!?」
「ずるいのです、私にも少し分けるのです」
「んー?そうさね、ルエルエさんはさっきルメリーさんを助けたし、ご褒美ってことで」
「えー、じゃああたしには?」
「勿論奈緒さんにレティナさんにも、ちょっとだけだよ?」
 集めた大量のコインを分け与えていく多喜だが、別にこれは彼女の人が良いからというだけではない。単純にコインを多く保有しても持ち切ることができないからだ。
 今はただ滑り落ちていくだけのスライダーのためコインはいくらでも抱えることができるが、これが終わりアスレチックとなるとそうはいかない。手足は十全に扱えなければ不利になるし、何よりコインはそれなりの重量がある、一枚二枚ならともかく数十枚抱えるとなるとかなりのウェイトになるだろう。ゆえに調整する、これもまた勝利のための行動の一つなのだ。
 それを知ってか知らずか、いつの間にか近くに滑り降りてきたヴィヴが多喜の肩をそっと叩く。
「一枚三千でどうだろう」
「ヴィヴさんその一線は超えちゃいけないと思うよ?」
 リアルマネートレード汚い大人の戦い方の誘いであった。
「よしわかった、では一枚一万で……」
「Pay to Win反対!」
「眼鏡が!?」
 どうにか水着を再装着した明日多がすれ違いざまに放ったコインの指弾によりヴィヴの眼鏡が弾かれ、水流の底へ向かって流されていく。それを追って慌てて降りていくヴィヴの姿を見て多喜は少し胸を撫で下ろすと、明日多に向かって親指を立て……。
「あ、待った底には二人を喰った鮫が……!」
 まだ鮫が全滅していない事を思い出し慌ててそちらを向いた瞬間、赤い煙と共に鮫が内側から弾けた。
 煙を切り裂くように現れたのは、巨大な絡繰武者大典太。全長凡そ八メートル巨人はその睨み目を光らせると怒りに満ちた声で叫ぶ。
「……ルゥエェリィラアアアアアア!!!」
「え、凄い濡れ衣!?」
 この場で一番鮫を呼び出しそうな奴に目を付けた錬は、日本刀を抜刀し上段の構えで高々と振り上げる。そこに躊躇や迷いは一斉なかった。
「待て錬、ここは一度落ち着いて」
「すたこらさっさデスよ」
 説得しようとするキリカの横をすり抜けて、どさくさに紛れて鮫の腹から脱出した庚が一人スライダーの外へと滑り出す。続いて猟兵達もスライダーからの早期脱出を図るが、それが果たされる前に大典太の刃が振り下ろされ、先程とは比べ物にならない轟音がパーク全体を揺さぶった。



 レーンが爆散し、猟兵達はプールの中へと落下していく。一定以上の高度から落下した場合着水時の衝撃はコンクリートにぶつかるそれと同等という話は有名だが、猟兵の身体能力であればその程度ダメージはあまり問題とならない。
ボボボボボボボボボボボボボボボそういえば自分まったく泳げなかったっす!?」
 しかしそれはそれとしてカナヅチという個人的問題を抱えたシャウラはドンドン水底へと沈んでいく。構造上そこまで深くはなく、落ち着いて立ち上がればシャウラの身長であれば顔は出せるのだが溺れて混乱している彼女はその考えに至ることができない。
 とにかくひたすらに手足を動かして水面に上がろうとするが、もがけばもがくほどその身体は深く沈んでいく。やがて酸素不足によりシャウラの意識に靄が掛り始めた瞬間、唐突に彼女の足首を誰かが掴んだ。
「ブハッ!?す、すんません助かったっす……」
 水上に引きずり出され、ようやく吸えた酸素に心の底から安堵を覚える。息を整えて顔を上げたシャウラの目の前には、半ば腐敗した男性──ゾンビ──の顔があった。
「えっと……」
「…………」
「……明日多さんイメチェンしました?」
 男性という点しかあっていなかった。
 身に覚えのない恩人にシャウラが首を傾げていると、突然の悲鳴が彼女の鼓膜に突き刺さった。
「なん、なんですかこれぇ!?」
 墜落後に自力でプールサイドに上がったレティナだったがその全身には無数の手がへばりついていた。水中から伸びるそれは血の通っていない青白い肌をしており、皮膚の上から骨が透けて見えるほどにガリガリに痩せている、にも関わらずその力は彼女が自由に動けなくなる程の怪力であった。
「うわぁ!?何それほん怖!?」
「助けてください、そんな所で見てないで……!」
 同じくしてプールサイドに上がった奈緒が水中から湧き出る手に目を丸くするが、レティナの助けを聞いてすぐに表情を引き締めると徐にハーモニカを取り出す。
「聴いてください、我が愛しの東京」
 ハーモニカの音色が鳴り響く、どこか物悲しいそのメロディは聴いた者の胸に郷愁の想いを飛来させ、彼女の周囲にノスタルジーな雰囲気を形成する。演奏の時間は短く一分程度、ワンコーラスを吹き終えた奈緒はハーモニカを口から離しレティナの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……今だ!」
「何がですか!?」
 色々なものがすっ飛んでいる指示にレティナは思わず声を上げるが、ふと自分の身体に普段以上の力が満ちている事に気が付く。グッと歯を食い縛った彼女はプールサイドに罅が入るほどの力で地面を踏みしめると、自らを拘束する手を力づくで引き剥がした。
「やったっす!」
 レティナの脱出を見てシャウラは思わずゾンビとハイタッチをする。仲間の生還を喜ぶ二人が肩を組んで笑い合っていると、じゃあもう邪魔はないしいいですよねと言わんばかりにゾンビが咆哮を上げてレティナに襲い掛かった。
「あ、このタイミングなんすね!?」
 ゾンビ、そして水辺の手から逃れるように三人はウォーターパークを駆けだすが……既に逃げ場など存在していない。水からは骨ばった手、地上には無数のゾンビ、猟兵達が水中に沈んでいる間にウォーターパークは東西のホラー映画が入り混じったような恐怖空間に変貌していた。
「アレかなあ、ほら大阪の遊園地にあるホラーナイトってやつ?」
「絶対違いますこんな加減の無いホラーをする遊園地ないですよ常識で考えてください!」
「まあまあ、お祭りは楽しんだもん勝ちっす」
 恐怖で早口になっている上にUDCの影響でやや攻撃的な口調になってしまうレティナを宥めようとシャウラが一歩踏み出す。
「よ」
 と同時に言葉尻を残してシャウラは高速で横に滑り出し、そのまま引きずり込まれるようにプールへと落ちて行った。
「……棄権してもいいですかね?」
「その方が危険かも~なんて……」
 ホラー映画なら完全に死亡した動きで視界から消えて行ったシャウラを見て凍り付いた空気を緩めようとした奈緒のジョークは、レティナの目から光を失わせるだけに終わった。



「……おかしいな、あんな腕は出るわけがないのだが」
 半ば絶たれたレーンの端に水着が引っかかる形でぶら下がりながら、ヴィヴは地上の様子を見下ろす。錬の一刀により完全ににっちもさっちもいかない状況になった彼女は自分の救助兼参加者の妨害のためにユーベルコードを発動しゾンビ達を呼び出した……のは良いのだが、なんだか数が多い気がするし完全に認知外の腕が発生している。
 始めての現象にヴィヴが首を傾げていると不意に彼女の身体がレーンの上に引き上げられた。ゾンビの救助が来たか、そう思ってヴィヴがレーンの方を向くとそこには意外な顔があった。
「あら、ヴィヴさんも景色を眺めていたのですか?」
「……マデライン君?」
 そこに居たのはレースの参加者の一人であるマデライン。彼女はレーンの端を手で掴みながら優雅に腰を掛け、もう片方の手は遠くを眺めるように額にかざしていた。
「私の屋敷にはここまで大きな施設も、高い建造物のないので……ふふ、勝負も忘れて景色を眺めてしまっていました」
「まあ確かに、じっくりと眺める価値はある景色だが……マデライン君」
「なんでしょう?」
「君はどうやって私を持ち上げているのかな?」
 今ヴィヴはマデラインを見下ろす形になっており、そしてマデラインの両手は既に使われている。猟兵には念動力を使えるものもいるので手を使わず物を持ち上げるというのは難しくはないのだが、ヴィヴは顔を合わせた直後のマデラインの表情が気になった。自分と顔を合わせた時、マデラインは意外そうな顔をした。まるで自分が腰を掛けているレーンに誰かが引っかかっている事など気が付いていなかったように。
「私は何もしていませんよ、そちらの友人が」
「なるほど、友人か」
 そう答えるマデラインの視線はヴィヴではなく、彼女の頭上を見ている。それを見たヴィヴは徐に水着の上に羽織っている半透明の上着を脱ぎ捨て眼下のプールへと飛び込んだ。
 危険を察知したヴィヴが全力の逃走──といっても勝負を捨てたわけではないのでコースに従って走っているだけではある──を見て、取り残されたマデラインははてと小首を傾げる。
「確かに似た力が重なったことで影響が強くなっているようですが……逃げるような事ではないのではないと思いませんか?」
 そうマデラインが語り掛ける先には誰も居ない、ただ地面に人の形をした影だけが伸びている。
 照明が不自然に瞬く、暗闇がパークを包むたびに影はその数を増やしていく、硬いものを爪で引っ搔くような音はどこから聞こえてくるのか、星の輝きは見えなくなり、どこか薄暗い空気が満ちていく。
 空の上には天国があるというが、空の上の上を飛ぶこの船はさて、今どこを飛んでいるのだろうか?



 パーク全体がうすら寒い空気に包まれて行く中、尻尾をピンと立てたアカネが警告するように叫ぶ。
「これは……何か霊的なエネルギー的な何かが高まっているような気がするわ!」
「……も、もう少し具体的になりませんか?」
「色々混ざっててわからない!」
 明日多の言葉にアカネが引き締まった表情で答える、言葉選びこそ独自だが彼女なりに真剣に考えているのだろう。
「十中八九ユーベルコードによる現象だな、共鳴していると言えば良いか……呪いや怨念に連なる力が強まっている、デゼスボアの刃も妙にざらつくのもそのせいか」
「私のユーベルコードも上から大きな力で抑えつけられているようですね、空間そのものに別の法則が生まれていると考えて良いでしょう」
 キリカの言葉に魅夜が補足を加え、周囲を警戒しながら走り続ける。スライダー崩壊の影響でレース参加者はバラバラに散らばってしまい、誰がどこを走っているのか把握できている者は居ない。つまり誰が先頭かわからないというペースの掴めない状況になっていた。
「……魅夜、いつの間にこっちに」
「悔しいことに、こちらも騒ぎに巻き込まれまして」
 ルメリーの質問に魅夜は眉を潜め本当に悔しそうな表情を浮かべる。ゾンビに霊障に大暴れする大典太、詳しくは聴かずとも進行を妨げる騒ぎはいくらでも上げられるためルメリーはそれ以上の追及はしなかった。
「でも魅夜さんは断トツでトップだったわけですし、遅れたといっても騒ぎに巻き込まれているのは皆同じ……もしかして僕達が先頭集団なんじゃないでしょうか?」
「その考えは正解のようだな」
 そういってキリカが指さした先にあるのはウォーターアスレチック、そしてその道中にはコインが暗闇の中でなお黄金の輝きを放っていた。
「つまり、ここがチャンスってことね!」
「負けない……」
 迫るゾンビを切払い、霊障の手を火で制し、メアリーとアカネはアスレチックに向かって一直線に駆け出す。猟兵を始めて早数年、もはやちょっとしたホラー空間程度で尻込みする彼女達ではない。水上に浮かぶ円柱状の足場に向かって一歩踏み出そうした瞬間、唐突にルメリーが足を止めた。
「へ?」
 どこか間の抜けた声を上げながらアカネが足場を踏み込むと、ズルりと足が滑った。彼女の足と足場は透明な糸が引いており、それが何やら粘性の高い液体で出来ている事に気が付いた所で、アカネは頭から勢いよくプールへと落下した。
 霊障の手が水に落ちたアカネに容赦なく群がる。さながらピラニアの泳ぐ水槽に餌を放り込んだ時のような光景だったが、まあ死にはしないだろうとキリカ達がその様子を見守っていると、べしゃりという音を立ててアカネがプールサイドに放り出された。その全身は透明な粘液で濡れており、放り出された衝撃のままカーリングのストーンのように滑っていく。
「……ローションですねこれ」
 アカネが滑った後に残った液体を調べた明日多はそう結論づけると、まさかと水の中に手を入れる。纏わりつく嫌な感覚にうへえ、と嘆息しながら手を引き抜くと指先から先程のアカネのように水面と明日多の指先が液体の糸で繋がった。
「プールの水、全部ローションになっています」
「そういう後処理を考えない事をするのは……まあ想像がつくな」
 星空の見えなくなってしまった空を見上げるキリカ、その瞳には夜の闇に埋もれて行ったききんの姿が見えたような気がした。
「あの手は無害みたい」
「厳密には命を取らないようにはしている、という事みたいですね」
 ルメリーと魅夜が指摘する通り、霊障の手は下手をすれば溺れていたアカネを助けはしたもののその手にはコインを握っている。アカネがウォータースライダーで手に入れたものをどさくさに紛れて抜き取ったのだろう、その重みを確かめるようにコインをもてあそんでいた手達はやがてコインを握りしめたまま水中へと潜っていった。
「水辺に落ちた人間からコインを奪う霊障……という事か」
 随分と限定的な心霊現象、しかしそれもそのはずで元々彼らはマデラインが降霊で呼び出した存在がヴィヴの死霊に呼びかけ願いを叶えるユーベルコードの影響を事故的に受けてしまい他のレース参加者を妨害するという命令が意識の根底に刻まれているだけ。足止めはしても害を加えるつもりはないのだ。
「とはいえ元々不安定なウォーターアスレチックの足場にローションで摩擦まで奪われて、どう進んだものか……」
「はっ!」
 気合一声。悩む明日多の隣をキリカが躊躇なく駆け抜け、そのままヘッドスライディングの要領で足場の上に飛び乗る。両手両足で足場を抱え込むようにして腹ばいに滑るその姿は一見不格好だが、ローションの滑りは飛び込みの勢いをそのまま速度に変換しあっという間にキリカは不安定な円柱の足場を通り抜ける。
「どうした皆、早く進まないと追いつかれてしまうぞ?」
 全身ローションまみれと文字だけの情報で見ればバラエティ番組の有様にも関わらず、濡れた髪をかき上げ後ろを振り返るキリカの姿は妙に様になっていた。



 前方にはゾンビの群れ、側面には霊障の腕、そして背後から迫るは絡繰覇王・大典太!
「ここだけジャンルが違う!絶対ここだけジャンルが違うって!」
「ネタで作られた謎ゲー以上に謎な状況デスねえ」
 近づいてくる鋼鉄の足音に怯みそうになりながらもひたすらに多喜と庚はプールサイドを駆ける。先程ゾンビの壁とは言ったが、彼らは後方の大典太を見つけると何アレ怖……という顔をして避けていくので彼女達の前はモーセの奇跡の如くゾンビの群れが割れて道を作っていた。
「二人とも、追いつかれたら何されるかわからないよ!ハリーハリー!」
「いや、ルエリラさんが誤解解けばいくらかマシになるんじゃ……と?」
 三人の前方、流れるプールにレンの別人格であるれんが浮き輪も使わず海月のようにぷかぷかと浮いている姿が見える。その傍らのプールサイドでは同じく別人格である蓮が若干引き攣った笑顔でゾンビから飲み物を受け取っていた、どうやらレース参加者以外には給仕のような事をしているらしい。よくよく見れば霊障の腕もれんがもしひっくり返ってもすぐに救助できるような距離で何もせず一緒に流れておりどうにも生真面目な性質が見て取れた。
「おーい二人ともー」
「あ、皆さん頑張ってます……ね……」
 ルエリラが呼びかけた事で蓮が三人の方を向く、そうすれば当然大典太も視界の中に入ってくるわけで。
「……うわ」
 あまりにも大人げない力の行使を見た蓮の口から、思わずそんな声が漏れた。
「どうにかして止められないデスか?」
「よりむきになっちゃうと思うからあくしゅー……」
 そんな事を言いながられんが側を流れていき、蓮もその言葉に同意するように頷く。最終的には丸く収まるとは思うが、その過程でスーパー忍ロボ大戦になる可能性は大いにある。
「了解、変なこと聞いて悪かったね!」
 そういって走り抜ける多喜の後にルエリラと庚が続き、数拍遅れて大典太の脚部が通り抜ける。誰かに向けた応援してますからという蓮の言葉は大典太の足音にかき消された。
「……で、どうする!?」
 二人のレンと別れた多喜はとりあえず庚とルエリラの方を見る。歩幅の関係上大典太から逃げきることは難しい、どこかのタイミングで解除させなければ三人仲良く足裏でシャツに貼り付いたカエルよろしくド根性なことになるだろう。
「私にいい考えがある」
「五分五分な感じの台詞来たデスね」
 ルエリラは多喜と庚をちょいちょいと手招きすると、大典太に聞かれないようこっそり耳打ちする。その口から出た作戦を聞いて多喜は表情を曇らせた。
「……それ、危なくないかい?」
「まあ手加減はするですよ」
「よしそれじゃあ、いくよ!」
 掛け声と共にルエリラがハンドグレネードを放り投げ、それを掴んだ庚の姿が消える。反撃を察知した大典太は周囲の変化に神経を巡らせ、自身の背後に出現した気配捕らえた。
 その巨体に反した機敏な動きで大典太が飛び上がる。先程まで自身が居た場所を飛翔体が通過するが、それが何か確認する前に大典太の眼前に庚が出現した。
「2、3、4……の代わりにこれでフィニッシュデス」
 零距離で庚が放った弾丸が大典太の頭部に直撃する。さらに追撃とばかりに庚が装甲の隙間にハンドグレネードをねじ込むと、大典太の身体かかる重力が数倍に跳ね上がり、残像を残しながら機体は地面に墜落した。
 落下と共に炸裂したグレネードは白い煙と共に周囲にかぐわしい芋煮の香りを漂わせる、同時に先程まで理知的であったゾンビたちが心まで腐り落ちてしまったかのように涎を垂らしながら大典太に殺到し始めた。倍化した重力と群がるゾンビの質量を背負いながらも大典太は立ち上がろうとするが、さすがに耐え切れず地面に膝をつく。
「止まった!」
 その隙に多喜は長く息を吐き出し精神を集中させると、ウォーターパークに居る猟兵全員をテレパスのネットワークで接続する。流れ込む膨大な精神に多喜は顔を歪めるが、無数の情報をかき分け、彼女は必要な思考をその手に掴んだ。
『犯人はききんさん!』
 その声は物理と精神、二つの波となり猟兵達へと伝播する。それを聞いた大典太は瞳を閉じるようにセンサーアイの光を消すと、霞のように消滅した。
「……やったか!?」
「駄目なやつだろそれ」
 ルエリラの言葉にツッコミを入れながら錬が姿を現す。そうしてどこかバツの悪そうに頭を掻くと、視線をそらしながらルエリラの隣に立った。
「……悪かった」
 それだけ言って錬は駆け出し、ゾンビの群れをすり抜けながら去っていく。その様子を見ていた多喜は満足げに頷くと一度大きく伸びをし、さっぱりとした気持ちで宣言する。
「さて、それじゃあ改めてレースを始めるとしようか!」
 しん、とした静寂の空気が満ちる。返事がないことに訝しんだ多喜が周囲を見回すといつの間にかルエリラと庚の姿もなく、涎を垂らすゾンビが蠢くのみ。しかもそのゾンビ達はジリジリと距離を詰めてきていた。
「まさか……」
 大典太を止める際、ルエリラはただグレネードを提供しただけではない。芋煮の香りを嗅いだものを操るユーベルコードを使用してゾンビ達に足止めをするように指示していた。ならばもしその指示が大典太を止めるではなく、他の参加者の妨害をするだったら?
 そこまで多喜が思考した所で、ゾンビの群れが一斉に彼女に襲い掛かる。一つの大きな脅威が失われたことによって、協力関係はいともたやすく瓦解したのであった。



『犯人はききんさん!』
「むっ!?」
 頭の中に響く多喜の声にシャーロットは一瞬意識を持っていかれるが、すぐさま目の前のゾンビに向き直ると自分を突き落とそうと伸ばされた腕を掴み、ハンマー投げのように回転を始める。
「そー、れっ!」
 掛け声と共に手を離せばゾンビは周囲のゾンビを巻き込みながらプールの中に落下し派手な水柱を上げる、ヌル付くローションの飛沫浴びる事は気にせずシャーロットは先程の声が自分にだけ聞こえた者ではないか確かめるためルエルエとロニの方を振り返った。
「お二人とも聞きましたか!」
「つまり、鮫もゾンビも幽霊も水がなんだかヌルヌルするのもききんのせいなのです?」
「おー派手な事をやるね!」
 新たな冤罪の生まれた瞬間であった。
 それはさておき三人が居るのはウォーターアスレチック、水上に浮かぶ巨大なエアートランポリンの上。跳ねる足場はただでさえ人の体幹を狂わせるにも関わらず、ローションによる摩擦の軽減、さらに迫りくるゾンビの妨害もあって難易度は極悪なものと化している。
「それじゃあボクも、そーれ!」
 そこに畳みかけるように、ロニがシャーロットに習って掛け声を上げながら巨大な球体を投げる。ウォータースライダーで使用した鉄球と違い素材不明のそれは、ロニの手から離れた瞬間百数個に分裂しゾンビ達をボウリングのピンのように跳ね飛ばしながらシャーロットへと迫る。
「妨害ですか、いいでしょう!受けてみせます!」
「手伝うのです」
 ルエルエの手から伸びた細い糸がシャーロットの身体に巻き付き、彼女が弾き飛ばされないようしっかりアスレチックの足場に固定する。ローションの滑りを意に介さないように足の指で足場を掴み、両腕を前に突き出したシャーロットは迫る球体を正面から受け止めた。
 それだけでは終わらない。半ば指を突き刺すように球体を掴んだシャーロットは糸がキリキリと自分の身体を縛り上げるのも気にせず球体を振り回し、後続の球体を次々とロニへと弾き返していく。
「いいね、当てられるものなら当てて見ろー!」
 しかしロニはまるでその行動を読んでいたかのように返された球体を跳躍して躱し、さらにゾンビを踏み台にして前へ前へと進んでいく。しかし何個か球体を回避した所で、不意に二つの球体が軌道を変えた。
「おや?」
 ロニを中心に衛星のように回る二つの球体、彼の動きを妨害するような動きだが問題は動きではなく動く理由だ。
 ギリギリと身体を縛られる感覚、いつの間にかロニの身体にはルエルエの糸が絡みついていた、そしてその両端は今なお回転し続ける二つの球体に繋がっている。おそらく返す球体の中にいくつか紛れ込ませていたのだろう、避けることで発動する拘束の罠を。
「やーらーれーたー!」
 身動きが取れなくなった所を球体が直撃し、楽し気な声を上げながらロニはプールへと落下する。そのまま霊障の腕に所持していたコインを取られると、アスレチックの入口へと運ばれていった。
「お手伝いありがとうございました!」
「人助けは魔法少女の義務なのです」
 ロニの妨害の影響でアスレチック上のゾンビは殆どいなくなった、ローションの滑りはあるものの外部からの妨害はしばらくないと見ていいだろう。それを確認したルエルエはシャーロットの身体に絡まっていた糸を音もなくほどく。
「ここからは真剣勝負なのです」
「ええ、負けませんよ」
 表情は変わらないが瞳に強い意思を宿す正統派魔法少女にスーパーヒーローは晴れやかな笑顔で返す。そのままハイタッチのようにして互いの手を鳴らすと、それを合図にして駆け出すのだった。



「騙したな……よくもわたしを騙してくれたな……!」
 そんな様々なレース模様が繰り広げられる中で、ききんはローションに濡れた身体で一人ゾンビの群れの中をさまよっていた。見かねたゾンビが一度バスタオルを差し出してくれたがなんか嫌だったのでお断りした。
 爆走する箒から自身を拘束する腕に絡みついたなんか黒いもの限界まで細くしたアンノットの槍を狐に変身して体格を変えることで無理矢理脱出しそのまま(自分が用意した)ローションプールに落下した彼女は見た目こそ凄惨な事になっていたがその瞳はまだ欲望に燃えていた。
「復讐してやる、絶対に復讐してやるぞあらよっとナンタラカンタラ……」
 物凄い私怨を口にしながらききんはウォータースライダーに目線を向ける。とりあえずまずは約束を反故にした文句を言いに行こうそうしよう、ごねにごねればお詫びの品の一つくらい貰えるでしょう。そんなわけで当面の目標を決めたききんが意気揚々と歩き始めた時だった。
 ピンと、周囲の空気が張り詰めた感覚と共に地面が揺れる。大地から離れ宇宙を航海するこの船において地震はありえない、地面が揺れているという事は船全体が揺れているのだ。デブリの衝突、宇宙怪獣の襲撃、考えられる原因はいくらでもあるが常識的な答えは全て否。
 船を震わせる脅威は、ウォータースライダーを破壊しながらプールの底から現れた。
「はぁん……?」
 その異形を見たききんが呆然と口を開ける。
 半ば腐敗した傷だらけの身体は崩壊するウォータースライダーの破片をすり抜け、頭部は一つではなく数えきれない無数の数、そしてその巨躯は天を突くようなウォータースライダーとほぼ同等、あふれ出るプレッシャーは猟兵達にオブリビオンフォーミュラーを連想させた。
「……お詫びの品あああ!?」
 私欲八割のききんの絶叫が響き渡る、それに呼応するように突如として現れた異形の鮫が咆哮を上げるのだった。



『生まれてしまったか!』
「何がぁ!?」
 テレパスでレース参加者たちと繋がったままの多喜は、脳内に響くヴィヴの声と突然現れた巨大な鮫を見て思わず声を上げる。しかしどう見ても何かしらのトラブルが起きたこの状況、一刻も早く情報を集めなければ取り返しの付かない事になるかもしれない。
 未だに理性を失ったままのゾンビから逃亡しつつ、多喜はテレパスに意識を集中させ思念の相互通信ネットワークを作り出す。
『私と、後もう一人、このウォーターパークで死者を呼び出す力を行使した。これによってこの場の霊的力が高まった事は知っているな?』
『そういえば、アカネさんがそんな感じの事を言っていたような……』
 ヴィヴの言葉に明日多の声が重なる、どうやら意識の接続は上手くいっているようだ。少々のノイズが混ざりながらも多喜のテレパスはこの場に居る猟兵達の心の声を捕えていく。
『なんと、幽霊やゾンビもききんさんの仕業ではなかったのですか!?』
『ひどくない?』
『あ、生きてたんデスね』
『疑われるような事はやってるのです』
『ごほん、一つよろしいでしょうか』
 繋がる思考が多くなり、話題が横道にそれそうになった所で魅夜の咳払いが脳内に響く。どのような状況でも平常のノリを失わないのは強みになるのが、今は鮫の正体を探る事が先決だ。
『ヴィヴさんの言うように上手く力が噛み合ったとして、それであのような怪物が生まれるものでしょうか』
『他のゾンビやあのうねうねした手は一応人の形だったものね』
『ぐるぐる巻きにされて落ちちゃった時丁寧に運んでくれたしねえ、あんな風に物を壊すのはちょっと違う気がするかな?』
 魅夜の疑問にアカネとロニが賛同する。ゾンビと霊障の腕が起こす妨害は人を怪我させるようなものではなかったし、外から手を加えなければレースに出ていない猟兵達には給仕のような仕事をするほどに理性は残っていた。しかしそんな二人の言葉に異を唱える思考が割り込んでくる。
『絶対そんな優しい存在じゃないです、シャウラさんは無理矢理水に引きずり込まれてました……!』
『あたしも見た、というかレティナさんも一回引きずり込まれそうになってる。私達としてはあっちの怪物の方がらしい印象かな』
 レティナと奈緒の言葉に疑問の念が広がる。印象の異なる二つの霊障、何かピースが欠けているような感覚に切り込んだのはルメリーだった。
『襲われたのは、ウォータースライダーの近く……?』
『正解、何かわかる感じかな?』
『……鮫の姿をしているのが答えだな、こいつは』
 少々苛立ちと自責の念が混じった錬の声、それに続くのは霊的な現象に対して非凡な関りをもつマデラインだ。
『スライダーで皆様を襲った鮫達ですね、彼らの怨念が私達の力の影響を受け残ってしまったと』
 マデラインの言葉にヴィヴは肯定の念を飛ばす、序盤で現れ一匹残らず駆逐された無数の鮫達。その怨念は死者を呼び出す力の満ちた空間によってウォータースライダー周辺に残り、そして形を持ってしまった。霊障が攻撃的な傾向を示したのは鮫の強い恨みが呪いとなって他の霊を汚染してしまったのだろう。
『つまり、あの異形の鮫は本当であれば霧散するはずの思念がユーベルコードの影響を受け怪物に変じてしまった姿』
『名づけるなら、サウザントヘッドゴーストシャーク!』
 キリカがまとめ、最後にルエリラが効果音の付きそうな勢いで名前を付ける。そうして一瞬テレパスネットワークに静寂が流れ、多喜の心に焦りが生まれる。
「まずいね、シャウラさんの思考が掴めない。意識を失っているのかテレパスの届かない場所に連れてかれたか……」
『アンノットさんは繋がりますか?おそらくウォータースライダーで待機していたと思うのですが……』
「そうかそっちもか!アンノットさん、シャウラさん!聞こえてるかい!?」
 自身の声とテレパス、両方で周囲に呼びかける多喜だが返ってくるのは静寂のみ。二人共既にやられてしまったという最悪の想像が多喜の脳裏を過った瞬間、上空から空気を切り裂く甲高い音が響いた。
「今度はな……にぃ!?」
 音のする方向を向くより先に、多喜のすぐ目の前に全身鎧を纏った何者かがプールサイドに罅を入れながら着地する。新手の乱入かと多喜はいつでもサイキックが放てるように構えるが、鎧の人物は慌てたように両手を前に突き出した。
「ストップストップ!自分!自分達っす!」
「……シャウラさん!?」
 鎧から聞こえてきたのは間違いなくシャウラの声だった。突然のことに多喜が呆然としつつも鎧を観察していると、その首に星形のペンダントがぶら下がっている事に気づく。
「シャウラさん、目的地には着いたんだから早く出る」
「おっと、了解っす」
 鎧からシャウラとは別の声が響くと星形のペンダントの中から飛び出すようにシャウラが姿を表す、それと同時に鎧の人物は兜を脱ぎ捨てるとその下からアンノットの顔が現れた。
「おまたせ、アレに関する予知が出たわ!」
「ちょ、ちょっと待って説明貰えるかい……?」
「自分が溺れたらあのペンダントの中に吸い込まれて別空間で待機させられてたっす」
「泳げない人を水辺で遊ばせるのも危険でしょう……それで私はウォータースライダーで待機してたらアレが出できて、今武器が無いからこれを着て離れてきたの」
「な、なるほど……とりあえず無事でよかったよ」
 二人の生存に多喜は胸を撫で下ろすが、そんなことよりとアンノットはグリモアを掲げ施設全体にアナウンスを流す。
「緊急ですが依頼を開始します!目標は仮称サウザントヘッドゴーストシャークの撃破、その手段は……」
 そこでアンノットは言葉を区切ると、一度大きく息を吸い改めて宣言する。
「先程までと変わらずレースを行い、優勝することです!」
 アンノットの語る事によれば、極端な話サウザントヘッドゴーストシャークはレースの障害物でしかない。そもそも誕生の原因であるヴィヴのユーベルコードは基本的には都合のよい手駒を作るための力だ、どれだけ強大な存在となろうとその核はヴィヴから与えられた『他の参加者を妨害する』という命令にある。
 ゆえに異形の鮫ができるのはレースの妨害をすることのみ、それに加えてレースが終了すれば命令の遂行が出来なくなる事で存在の核も失われて自然消滅するというのがグリモアで見えた真実だ。
「そしてこれが、優勝者を決める最後のコース」
 そう言ってアンノットが手を振り上げると、再び船全体が揺れ始める。同時にウォーターパーク中の水という水が抜け始め、配管を水が駆け巡る音が開戦を告げる法螺貝のように鳴り響く。
「天へ逆巻く水の滝、名付けてウォーターフォールクライビング!」
 先程までウォータースライダーのあったプールから噴水のように水柱が上がる。その高さはスライダーの倍以上、最後を飾るに相応しい派手な演出と共にお披露目されたコースは……
((すっごい鮫の中貫通してる……))
 当然、ウォータースライダー跡地に鎮座しているサウザントヘッドゴーストシャークの腹部から入り背びれから飛び出す形で通過していた。シルエットだけ見れば潮を吹くクジラに見えなくもない。
 テレパスを通じて複数の猟兵から流れ込んでくる抗議の思念に対しそれは受け付けないというように咳払いすると、アンノットは勢いよく噴水の頂点を指さす。
「ゴールは滝の頂点、皆さんの健闘を期待します!」



「まあ、つまりやる事は変わらないのだろう」
 先頭集団を走っていたキリカは焦ることなく正面の水柱と敵を見る。件の鮫は状況を見るに物理的な肉体はもっていないが、ウォータースライダーを破壊できる程度の干渉力は持っているようだ。無策で突っ込んでも水柱に辿り着くことはできないだろう。
 とは言え対策を立てるにしても情報が少なすぎる、まずは遠距離から攻撃を仕掛けて様子を見るかと考えた時、フッと周囲を影が覆った。
「ここまでやって負けたら恥ですよ恥!」
「当然!絶対勝ってやるよ!」
「ぜんりょくでいく……」
 聞こえるは三人の人の声、見上げた空に浮かぶは機械の翼を生やした鋼の忍、飛将覇王・大典太光世。絡繰り仕掛けの巨人は音の壁を越え、レンズ状の雲を纏いながら一直線に夜空を駆ける。瞬く間に異形の鮫との距離を詰め、その眼前に辿り着いた瞬間操縦席に警告音が鳴り響く。
「前方、霊的力場の発生を確認」
「切り開く!」
 蓮の指示を受け、錬は大典太の刀を抜刀させると一切の減速をせずにその刃を振り下ろす。虚空に振るわれた刃を通じ一瞬硬いゴムに纏わりつかれたかのような感覚が腕に伝わるが、音越えの刃はそんな些細な抵抗を容易く切り裂き鮫の持つ千の頭の一つを叩き割った。
「っしゃあ!このまま一気に……」
「さゆうけいかい…」
 れんの警告に錬が視線だけで指示された方向を見れば、先程両断した頭部の両隣の頭が胴体から離れ大典太を挟み込んでいた。
「お前は飛頭蛮かよ!」
叫びながら翼を転回させた錬は機体を駒のように回し左右から迫る鮫の頭を切り払う、しかし敵の猛攻は収まらず次々と鮫の頭部が分離していき大典太へと襲い掛かる。
「くそ、進めねえ……」
「では錬さん、先に行かせてもらいますね」
「あ、てめえ!?」
 切り離された頭部の処理に手間取り動きを止めている間に、魅夜を始めとした先頭集団が大典太を追い越し先へ進んでいく。ありていに言って、錬は鮫の意識を引き付ける囮にされていた。
 様々な感情がないまぜになった錬の叫びを背にプールへと飛び込む、中央にある空に向かう水柱へは多少距離はあるがそちらに向かって水流ができているため流されるままでもゴールへはたどり着くが……。
「っ……」
 プールに入った瞬間、全身を突き刺してくるような敵意を感じルメリーの意識が戦闘用のそれに切り替わる。霊体であるため実態は存在しないがここはサウザントヘッドゴーストシャークの腹の中、完全に敵の領域と言っても過言ではない空間だ。
(それでも……)
 不思議と戦場に立っているような感覚はしない。戦闘中のように集中はしているものの、心に冷たいものを刺してその動きを止める必要がない。
 少し不謹慎かもしれないが、ルメリーは楽しんでいた。くだらない理由でとんでもない怪物が生まれて命がけで挑むことになるという、どうしようもなく芋煮艇らしいこのレースを。
 自分の内側に潜り込んだ猟兵達に対処するためまだ胴体に繋がっていた鮫の頭部のいくつかが分離しルメリー達に襲い掛かる。数は多くサイズも特大、口を開けば人の一人は軽く丸のみできそうだ。接近する鮫の頭部に対しルメリーはナイフを引き抜くと迷いなくその鼻先を切り裂いた。
「……む」
 ユーベルコードに作り出されたナイフは霊体にも問題なく傷を与えることができる、確かな手ごたえもあった、しかし飛行する鮫の頭部に一切の傷が存在しない。
「ダメージを受けた先から回復しています、攻撃は一瞬怯ませる程度の効果しかありません!」
 眼鏡に搭載された電脳ゴーグルの機能を解放した明日多が解析した情報を即座に伝達する。千を越える鮫の頭が飛び回り、数を減らすこともできないのならレン達が釘付けにされるのも当然の話。
 ならば勝負は、どれだけ他の参加者に鮫の頭貧乏くじを押し付けられるかで決まる。
 (ちょいと面倒な事になってるデスねえ……)
 先頭集団を目視した庚は現状を見て目を細める。やろうと思えば床を潜るとかケツで飛ぶとかイモーガーは全滅しましたがゴールに辿り着けたので問題ありませんなどはできるが、今回のレースでそれをするのはやや公平性に欠けるためあえて封印している。
 ならば、自分が取れる選択はシンプルな一つだけ。
「……ふっ!」
 一意専心。短く息を吐くと同時に意識を集中した庚はただ迷いなく、そして力強く地面を蹴りつける。半ば跳躍するように前へと飛び出した庚に気がついたサウザントヘッドシャークは当然遠隔操作する頭を庚に差し向けるが、彼女の歩みは止まらない。
 指先が水面につくと同時、身体が水に沈む前に二歩目を踏み出した庚が水上を跳ねる。一切の回避行動を行わないためその身体に鮫の頭が喰らい付き、呪詛とポルターガイストの力により実態のない牙が骨と肉を嚙み砕く。しかし庚の歩みが止まることはない。
(だって避ける方がロスになるデスし)
 下手に横にそれるなら真っ直ぐ突撃、噛みつかれても重さはないのだから無視すればいい、最終的にクリアタイムが最速であればダメージはどれだけ受けても問題ない。
 自らに喰らい付く鮫の頭を引きずるようにしながら庚は水柱へと突撃する、あそこに飛び込むことができれば後は水流が勝手にゴールに運んでくれるのでここでタイマーストップ。
「危ない生き残っていた野生の鮫がーーーーー!!!!!」
「ごっ!?」
 する前に若干棒読みの入った叫びと共に水中から飛び出した鮫型のマシーンが庚の横腹に突き刺さり、そのままプールサイドへと引き摺るように運んでいく。そんな状況を尻目に悠々と先頭集団に合流してきたルエリラに冷たい視線が集中した。
「私じゃない、野生のサメがやった事……」
 半分自白同然の事を言いつつ、鮫の頭が庚や先頭集団に集中している隙にルエリラは水柱へと飛び込む。
まずは銭湯のジェットバスを数倍強くしたような圧力が全身にかかり、その一瞬後急上昇による強Gが彼女の全身を襲った。
 これなんか設計間違ってない?と思いつつもルエリラの身体は急速に上昇していく、鮫の頭はこちらに気が付いたが水流で上がる方が速い。
(勝った!!)
 勝利を確信しルエリラは負け芋達の顔を見ようと遠ざかる地上を見下ろした瞬間、凄まじい勢いで伸びてきた鎖がルエリラの胴体に巻き付いた。
「逃がすとお思いですか?」
 自身の水着を構成する鎖でルエリラを捕えた魅夜は、自身とルエリラを繋ぐ鎖の半ばを結界で固定する。ルエリラの上昇に伴い緩やかな曲線を描いていた鎖は徐々に直線と変化していき、やがて低い音を立てて張り詰めた。
「ボブッ!?」
 鎖による急ブレーキによりルエリラの身体から人体からしてはいけない感じのグシャっという音が響く、それに加えて下から昇る激流は止まることもないため鎖は見る間にルエリラの身体に食い込んでいく。
ボボボボッ!ボボボボボボボボボボボ!!!千切れる!ルエとリラになっちゃう!
 もはや拷問を飛び越えちょっとした処刑の有様と化しているが、幸い猟兵の身体は頑丈なのでこれくらいでは死にはしないし魅夜も鎖を握る手を緩めない。しかし二人が地獄の綱引き大会をしている間に、更なる鮫の頭が二人に襲い掛かる。
 鮫の頭に襲われたとしても身体機能と再生能力の差で魅夜が先に復帰することができる、それを見越した上での足止めなのでここで襲われてもそれは想定の範囲内。
 もはや身構える事すらせず迫りくる鮫の牙を待ち構える魅夜に、ビニール製の丸太が直撃した。
「!?」
想像よりも弾力のある衝撃に魅夜はひっくり返るように水中に沈む。彼女に激突したのはウォーターアスレチックの足場として用意されていたエアートランポリン、飛んできたのはそれ一つだけではなくパーク中のアスレチックが空を飛んでスライダー跡地のプールへと降り注いでいた。
「こんなに羽目を外して、皆さん楽しんでいますね」
 そういってマデラインが虚空を微笑んでいる間にもアスレチックの足場はプールに集まり乱雑に積み重なっていく、やがてそれは子供が組み上げた積み木の城のように歪で隙間だらけな巨大な建造物を作り上げた。噴き上げる水柱を中心に作られたそれは頂上から水を噴き上げる崩れた山か塔のようにも見える。
「なるほど、ウォータースライダーの代わりですか……だからこんなにも滑りやすく」
 撫でるように積み重なる足場に触れ、指先に付着した粘性の液体をしげしげと眺めるマデラインだったが不意にプールの水面が跳ねその液体を洗い落とす。羽目を外した幽霊達も流石にこの絵面は危ないと感じたのだろう。
「なん、なんですかこれー!?」
 ただしその加護を受けられるのは彼らの花嫁であるマデラインだけである。
不運にもポルターガイストの嵐に巻き込まれたレティナは積み重なる足場の間に身体を挟まれ、抜け出そうと必死に藻掻くも彼女の身体は狭い隙間で動くたびにどこかに引っかかって身動きを取れなくしてしまう。
「なんでこんな、スケベ大魔神が考えたようなレースに……」
 全身ローションにまみれてスンスンと泣き出しそうになるレティナだったが、ここで立ち止まっていてはいつ鮫頭の餌食になるかわからない。どうにか抜け出そうと腰回りの壁に手を付けグッと力を込めたその時。
「おっと?」
 壁から生えるレティナの下半身を偶然にもロニが見つけた。
 上半身が壁の向こうにあるため彼の姿はレティナからは見えていない、パタパタと動く両足をじっと見つめていたロニは徐にその足の裏に自らの掌を付けると、目一杯の力を込めて押し込んだ。
 二人分の押す力、引っ掛かりにより一瞬力が蓄積される状況、そしてローションの滑り。その三つの要素が合わさった事によりレティナは隙間から抜け出す……どころか、バネ仕込みの玩具のように勢いよく射出された。
 幸いここは四方八方がエアートランポリンの塔の中、壁や天井にぶつかって怪我をすることはないが彼女の身体は飛び出した勢いが衰えることなく跳ねまわりながら奥へと飛んでいく。
「うーん予想以上」
 加速しながら奥へと消えていくレティナを見てロニは満足げに頷くと、塔の中を駆け出す。いくつものアスレチックが重なって作られた内部は迷宮さながらに入り組んでおり、階段が天井や壁に配置されているなど方向感覚を狂わせるような構造となっている。
 しかしロニは鋭敏な第六感を頼りに迷いなく行くべき道を進んでいく。乱暴に言えば深く考えず気の向くままに進んでいるという事だが、ロニの直感はそんな進み方でなお正解の道を選んでいく。
 横倒しの階段の床を越え、隙間だらけの壁の間を潜り抜け、何個目かもわからない曲がり角を曲がったところで、緑色の人影がロニの視界に入った。
「……あっ!?」
 その人影、明日多は短く驚きの声を上げると二人はそのまま同じ方向に向かって走っていく。突然の遭遇にやや狼狽していた明日多だったが、小さく深呼吸をして落ち着きを取り戻すとあえて挑発するような笑みを浮かべる。
「いいんですか二人一緒の道を進んで、もしかしたらハズレの道かもしれませんよ?」
「んーそれはそれで、行き止まりがどうなってるのか見てみたいよね」
 カラッとした笑顔で明日多の挑発を流す、というよりは雑談の一つとしか受け取っていないようなロニの態度に明日多はまあ効くわけがないかと態度を戻す。直感で進むロニとは逆に明日多は目に移るアスレチックの形状から塔全体の形状を予測し立体マップを形成、それに従って進んでいた。
 アプローチは真逆にも関わらず二人の進む道はピタリと一致している、それこそが二人の進んでいる道が正解であると暗に示していた。
(同じ道を進むなら身体能力的にこっちが不利、一対一はできるだけ避けたい……!)
 こうして駆けている間にもロニは徐々に明日多と差をつけ始めている、ここから勝つには何か場を引っ掻き回してくれるような乱数が必要だ。だがそんな都合の良いものは……。
「「でえらっしゃあああああああ!!」」
 来た。
 やたら男らしい声を上げながらアカネとシャウラの二人が壁を突き破るようにしながら明日多達の前に現れる、そして二人の押し広げた壁の隙間から無数の鮫の頭が流れ込んできた。
「アハハハ!ところてんみたい!」
「いや笑ってる場合じゃ……うわあああ!?」
 鮫の雪崩に巻き込まれた二人を尻目に、アカネとシャウラはひたすらに走る。それは勝利のため、そして何より迫り来る鮫の牙から逃げるため。
「いやあどうなるっすかね、どう収まるのがいいんすかねこれ!」
「うーんわかんない!」
 尻尾をバランサーにし、ローションで滑るように一心不乱に逃走しながらアカネはちらと背後を見る。五行の火を使えば鮫の頭達を退けられるとは思うが、ビニールに火をつけると良くないと昔どこかで聞いたことがある。武器は持ち込んでないし徒手空拳で戦うには数が多すぎる、とにかく逃げの一手を打つしかないのが現状だ。
 走る、とにかく走る、ゴールなど考えずとにかく鮫から逃れようと走り続けた二人は、不意に広い空間に出た。
「ここは……」
 噴き上がる水柱を中心に頂上まで吹き抜けとなっているそこは歪な塔の終着点、参加者をゴールへと導くウィニングロードの入り口だった。
「おおお、着いたっすよ!」
「着いたわね!よしそれじゃあ早速……」
 感動もそこそこに二人が水柱に飛び込もうとすると、今日何度目かの振動が彼女達を襲う。揺れの後には何か悪い事が起きやすい、そう考え身構えた二人の前にやってくるのは鮫の頭か、それとも猟兵の妨害か……。
「よいしょぉ!」
 否、スーパーヒーローの登場だ!
 タックルで壁をぶち破って広間へとやってきたシャーロット、その背中にはルエルエがくっついており彼女は何かを探すように猫耳デバイスをピコピコと動かし周囲を見渡すと、広間の一角を指さした。
「あれなのです」
 ルエルエの指さす先を見れば、壁の隙間から出ている鎖が水柱の中まで伸びているのが見えた。それが何だったのかアカネ達が思い出す前にシャーロットは両手で鎖を掴み迷いなく引き千切る。
「魅夜さんには後で謝りましょう、それと……負けませんよ!」
 そう言ってシャーロットはアカネ達に向かって晴れやかな笑顔を向けると、ルエルエを背負ったまま水柱に飛び込み弾かれるように上昇していく。あまりにもスピーディーかつ圧倒的なパワープレイを呆然と見ていた二人だったが、出遅れた事に気が付き慌てて自分達も水柱の中へ飛び込む。
 混迷を極めたウォーターパークアスレチックだったが、その決着は確かに近づいていた。



「貧乏くじを引かされたものだな……」
 何体目かわからない鮫の頭をデゼス・ポアの刃で切り裂きながらキリカは一人呟く。囮にされただけでなく、運の悪い事にアスレチックが飛んできた際上手くその流れに乗る事ができずキリカは塔の外でひたすら鮫の相手をすることになった。
 内部ではそろそろ決着が着いただろうか、数の減らない相手と戦い続けるのにも限界がある、撤退も視野に入れるべきかと考え始めた所で、ふと視界の隅に奇妙な物体が写った。
「……ん?」
 始めキリカはそれを柱か何かかと思った、しかしそれにしてはあまりにも細すぎるし何かを支えている様子もない。そもそも先程まであそこに建造物などあったかと目を凝らして見て、その正体に気付く。
 それはゾンビを肩車したゾンビだった。ゾンビの肩に座るようにゾンビが乗り、その上に更に同じようにゾンビが乗る、同じことが何十回何百回と繰り返されて出来上がったアスレチックの塔に匹敵する高さのゾンビの塔、それが奇妙な物体の正体であった。
 間違いなくヴィヴの仕業なのは確かだが、あれで一体何をするつもりかとキリカが考えた瞬間、先程まで直立していたゾンビの塔が傾き始めた。
 アスレチックの塔に向かって倒れ掛かるゾンビの塔は一見ゆっくりとした速度に見えるが、それはサイズがあまりにも巨大なためそう見えているだけに過ぎない。実際は音速に近い速度を出すゾンビの塔はそのまま一切の減速を行わず周囲に轟音と衝撃破を撒き散らして激突した。
「成功だ!」
 その様子を見てヴィヴはプールサイドで思わずガッツポーズを取る。一番下のゾンビはプールサイドに、一番上のゾンビは歪な塔の頂上に、自分を勝利へと導くウィニングロード、ゾンビの架け橋は今ここに完成した。
 後はこの上を駆けるのみ、なんかヤバいものを生んだ切っ掛けになったりしたが勝てば全部チャラ、全体で見れば自分は遅れているがどうせ中では苛烈な足の引っ張り合いが起きているだろうからまだ勝算はある。
「なるほど、考えたな」
 そう一心不乱に走り出した瞬間背後から聞こえた声に、ヴィヴは何故ここに居るという表情をしながら振り返る。そこにはキリカが疲労を感じさせない涼やかな顔をしてヴィヴについてきていた。
「なに、足を削ぐなどの卑劣な真似はしない。そちらがやってこない限りはだが」
「……うおおおお!」
 真正面から一対一で殴り合えばキリカが間違いなく有利、それを理解しているヴィヴはひたすらに走り続ける。一方キリカも表情には出していないが鮫との連戦で相応に体力を消耗している、実のところ戦闘になるのは避けたかった。
 橋の上で二人の猟兵がそんな駆け引きをしつつ最後の直線を走っている頃、地上では多喜がじっと塔の頂上を見つめていた。
「あれ、多喜さん行かないの?」
「あたしにはあたしの秘策があるのさ、そういう奈緒さんはいいのかい?」
 自身に満ちた表情を浮かべる多喜に対して、奈緒は無言で自分の足を指さす。その先に視線を向けた多喜は、赤く染まった包帯を見て眉を潜めた。
「噛まれたのかい?」
「痕は残らないと思うけどね、全力で走るのはまだ無理かなあ」
 そういって軽く笑う奈緒を見て多喜は少し悩むように口元に手を当てると、真っ直ぐ奈緒の目を見て呟く。
「奈緒さん、情けは受け取るタイプかい?」
「おっと蜘蛛の糸かな?贈り物はなんでも歓迎だよ」
「りょーかい……ききんさんも、勝ち馬乗りたいなら堂々来な!」
 多喜の声に物陰に隠れていたききんがすごすごと姿を現す、それを見て多喜がやれやれと息を吐くと彼女と目線を合わせるように身を屈めた。
「ききんさんが何をしてたか、あたしは知ってる」
「へ、へへぇ……」
「その是非については今更問いやしないけど、一個だけ訂正しないといけない事がある」
 そう言って多喜は空、厳密には噴き上がる水柱の頂点を指さす。ききんと、それにつられて奈緒も目を凝らして指さす場所を見て見ると、そこには銀色に輝く機械が浮かんでいた。
「あれって、アンノットさんの箒?」
「そ、アタシの見立てだと結構前から浮かんでたはずさ……それこそ、あの鮫が現れる前からあったんじゃないかい?」
 その言葉が意味することをききんは即座に理解した。あの水柱の頂点はこのレースのゴール地点、つまりあの箒は誰よりも早くゴールに辿り着いていたことになる。
「わかったね、褒められた事じゃあないがアンノットさんはちゃんとききんさんとの契約は守ってたのさ」
「……いやほぼ拷問では?」
 妨害が届かないような超上空を超高速で飛行してコースを一周してゴールで急停止する、言葉にするとあっさりしているが実際それを行うと最初に飛んだききんのように身体からしちゃいけない音が連続で鳴り響く事になるだろう。
 なおこの事を本人に文句を言うと『私は耐えた』という返事が返ってくる、夢見る国のお姫様が立てる作戦は八割くらいフィジカルありきである。
「……思ったんだけど、コインによる勝敗の判定ってさ」
「ききんさんを最初にゴール到着させつつ、優勝はさせないためのルールだろうねぇ……」
 今回のレースにおいて、妙に浮いていたルールを思い出しつつ多喜と奈緒はひっそりと話す。普通に走ってゴールした方が早いという結論に至ったためほとんどの参加者はコイン集めに力を入れていなかったが、仮に真っ先にききんがコイン無しでゴールしたとなったらどうにかして20枚のコインを集める苛烈な争奪戦が始まっていただろう。
「ま、それはそれとして……」
 話を終えた多喜が改めて水柱の頂点を見つめる、そして意識をその一点に集中させ、裂帛の気合と共にユーベルコードを発動させた。
「いくよ!」
 多喜のその声を聞いた奈緒が瞬きをすると、目の前には白目を向いたルエリラの顔があった。驚いて声を上げようとした奈緒の口から声の代わりに泡が漏れる、瞬きする間の一瞬で三人は水柱の中へ移動したのだ。
 大きな尻尾の分、水流の影響を受けやすいききんは既に体勢を崩し水の中でぐるぐると回転し続けている。奈緒も水流に振り回されないよう四苦八苦している内に、彼女達の隣をシャーロットが魚雷のように突き抜けた。
 圧倒的パワーにより水を蹴るシャーロットはそれだけで水中で加速できる、そしてすれ違いざまにシャーロットの背中から離れたルエルエは上には向かわず姉の救助に向かい……。
(!)
 カッと目を見開いたルエリラがルエルエの身体を掴み勢いよく下に押し出す、姉妹の絆よりも勝利への探求が勝った瞬間であった。躊躇なく自らを犠牲にした姉をなんとも言えない視線で見つめる妹を尻目にルエリラは尻尾デバイスをスクリューのように回転させて上へ上へと向かって行く。
(さすがに早いか!)
 暫定トップであったルエリラの位置にテレポートし、そこから念動力で自らを押し上げる事で加速する事でリードを得た多喜だったがシャーロットとルエリラの二人はその差を見る間に縮めていく。
 後方ではアカネが尻尾を四方に広げて水流をより多く受けることで加速しているが、おそらくこの調子であれば逃げ切れる。シャウラは……勢いで飛び込んだはいいがまた溺れているので早く決着を付けて救助した方が良いかもしれない。
 一方水中の三人からは見えないがヴィヴとキリカも最後の力を振り絞ってゾンビの橋を全力で走っている、速度的には水柱内でトップを争う多喜、シャーロット、ルエリラに追いついてもおかしくはない。
 ゴールに浮かぶ機械箒が近づく、誰もがその銀色の輝きに手を伸ばした瞬間、ボンッと音を立てながらレティナが壁を突き抜け水柱の中へ飛び込んだ。
 多喜は間に合わなかった、念動力を加速に使っている彼女はレティナに意識を割くのが遅れた。
 ルエリラは避けた、ここで下手に衝突したらロスになるのは目に見えているからだ。
 シャーロットは受け止めた、それは日々ヒーローとして活動している彼女の身体に染み付いた反射的な行動だった。

 勝敗は、それで分かれた。
 レティナを受け止めたシャーロットは奇跡的に衝突の衝撃が加速へ変わった。グンと加速した彼女はそのまま水柱を突き抜け、ウォーターパーク上空へと飛び出した。
『試合終了ー!』
 アンノットの声が響く、それと同時に存在意義を無くしたサウザントヘッドゴーストシャークは無念の絶叫を上げながら爆散した。



「それでは最終結果を発表します」
 手元のレポートを眺めながら、アンノットは順位を告げる。

 18位 レン・ランフォード
 17位 試作機・庚
 16位 ルメリー・マレフィカールム
 15位 黒城・魅夜
 14位 マデライン・アッシュリア
 13位 ロニ・グィー
 12位 百目鬼・明日多
 11位 シャウラ・アシュレイ

「納得いかねえ!!」
 錬の叫びに周囲の人物がまあまあと宥める、その背後で二人のレンが笑顔を浮かべているが、その心情は測りしれない。
「では続いてベスト10の発表です」

 10位 甘甘・ききん
 9 位 ルエルエ・ルエラ
 8 位 暁・アカネ
 7 位 崎谷・奈緒
 6 位 ヴィヴ・クロックロック
 5 位 キリカ・リクサール
 4 位 ルエリラ・ルエラ
 3 位 数宮・多喜

「かーっ、切り札使ってこれか……酒の席で弄られるなこりゃ」
 禁忌肢とも言えるテレポートを使用しての三位、これは中々にやりきれない。悔しいやら恥ずかしいやらで多喜が頭を掻いているとアンノットが最後の順位を告げる。
「そして栄えある一位の発表です!」

 1位 シャーロット・キャロル/レティナ・リアセンブリー(同着)

 表彰台に上る二人に惜しみない拍手が送られる
「さて同着一位という意外な結果に終わりましたが、今のお気持ちはどうでしょう?」
「そうですね……ヒーローとは皆で平和を支え合うもの、であればこれ以上ない結果だと思います!」
「え、えっと、勢いで参加してしまったので……なんと言いますか……う、運も実力の内という事で」
 人前は慣れているためはっきりと話すシャーロットと人目に慣れないのかややたどたどしく話すレティナ、対照的な二人のインタビューを最後にレースは幕を閉じる。
 どのようなカーテンコールがこの後にあったのかは、この報告を読んだ人々の想像に任せるとしよう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年09月04日


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