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星海光のフラメント

#アックス&ウィザーズ #ノベル #猟兵達の夏休み2023

ミンリーシャン・ズォートン



杣友・椋





 眩い陽射しの下、熱を帯びた風と共に耳に届くのは心地良い波の音。
 注ぐ陽射しにキラキラと輝く海は透き通るエメラルドグリーン。真っ白の砂浜はさらさらとまるで宝石のように美しく、ミンリーシャン・ズォートン(戀し花冰・f06716)はサンダルを脱ぎ素足で踏みしめた。夏の光を集めた砂はとても熱く、思わずぴょんぴょんと飛び跳ねてしまい――そんな彼女の様子を杣友・椋(悠久の燈・f19197)は愛おし気に瞳を細め見守っている。
 武器と魔法と竜の世界らしく、海は美しく空は広く、空気は澄んでいる。夏らしい陽射しと熱だけれど、重苦しい湿気は些か少なく過ごし易い。
 大きな麦わら帽子が風で飛ばないようにと、押さえながらミンリーシャンは改めて海を見る。遠い遠い水平線まで続く広い青。その奥に立つコテージを青の瞳に映し。
「ねぇねぇ椋、今日は本当にあそこにお泊まりしてもいいの?」
「ん? ――ああ、たまには贅沢しても良いだろ」
 くるりと白のワンピースの裾を広げながら振り返り、指差しながら問い掛ければ。椋はその指の先のコテージを一瞥し頷きを返す。
 一面に広がる青空と海。きっと、ミンリーシャンに似合うと思っていたのだ。――期待に瞳を輝かせるミンリーシャンの姿を見れば、やっぱり連れて来て正解だったと思う。
「いつか一緒に来たかったんだ」
 さあ行こうと、彼女の手を取り彼等はコテージへと向かう。
 海に包まれた世界は、二人きりと錯覚するほど広く美しい。


 海の上に立つコテージは、椋が連れて来たいと思っていただけあってとても広く美しい。硝子張りの床は居室からも水中が覗けるし、テラスに出れば海が直ぐ傍に広がっている。波の音も傍で聞こえる其処は正に特別な場で、折角だから直ぐに海へと向かおうと着替えたのだけれど、いざその時になるとミンリーシャン不安げに俯く。
「りょーう……ヘンじゃない?」
 ちらりと彼の姿を見る彼女は、海や空に負けない爽やかな薄水色の水着を纏っている。たっぷりのフリルが華奢な彼女によく似合っていて、風が吹けば揺れる青のリボンが映える。そんな彼女の姿をちらりと見ると、椋はコツンと額を小突く。
「バーカ。変じゃねえよ」
 ――むしろ凄え可愛いっつの、と言葉を続けることは出来ないけれど。これだけでは言葉が足りないとは自分でも思う。だから彼は一瞬悩み、ふいと視線逸らし唇を開く。
「……ま、似合ってるんじゃねえの」
 その言葉だけでミンリーシャンの心の不安は溶けるように消えていく。えへへ、と嬉しそうに頬を両手で押さえ微笑んで、そのままぴょんっと距離を詰めると椋を見上げ。
「綺麗なお姉さんを見つけてもよそ見しちゃだめだからね?」
 じっと青と緑の瞳を交わしながら忠告を言葉にした。
 彼の気持ちも、どんな言葉をくれるのかも何となく分かっている。けれど、大切な貴方の瞳が、一瞬でも他の人にいってしまうのは嫌だから。愛しいからこその独占欲を感じながら、ミンリーシャンの紡いだその言葉に椋は思わず呆れたように顔をしかめる。
「リィ以外なんか眼中にないっつの。……つーか、リィの方こそよそ見するんじゃねえぞ」
 他なんて見えないようにと、手を引きそのまま海へと向かう。
 これは初めてでは無い、何度も繰り返してきたやり取り。お互いがお互いに魅力的に想うからこそ不安で、独占したい気持ちが抑えられないのだ。
 ――私も椋しか見えないから大丈夫。
 だから今日も、愛おしい貴方へとこの言葉を零す。
 その言葉は、夏の風が確かに椋の耳へと届けてくれて。彼は振り返り微笑んでくれた。

「ふわぁああぁあぁ~~~~」
 寄せては返す波。その度にふわりと身体が浮くような不思議な感覚に、ミンリーシャンはつい声を上げてしまった。
 そんな彼女の反応に、内心椋はほっとしていた。波の感触にどんな反応をするだろうか、もしかしたら怖がるかもしれないと心配していたから。純粋に彼女が太陽にも負けぬ程の輝く笑顔で、流れる波に乗りながら歩む姿に自然と笑みが零れてしまう。
「りょー-! 海に向かって歩いてるのに、砂浜に戻されてるみたいな感じがするのー-!」
 深い場所へと向かおうとしているのだろうけれど、波が生まれる度にその身体はふわりと浮いてしまう。力強い初めて触れる自然に、ミンリーシャンはアピールするように椋へとぶんぶん手を振った。
「溺れるんじゃねえぞ、この辺なら大丈夫だとは思うけど。だっておまえ、ちっちゃいし」
 その楽しげな姿に笑みを零しつつも紡いだその言葉に、ミンリーシャンは波に向かう足をぴたりと止め、分かりやすく両頬をぷうーと膨らませたかと思えば。
「私、ちっちゃくなぁーいっ!」
 その言葉と共に、パシャンと波間を両手で掬うと、勢いよく彼の顔目掛けて水を掛けてみる。椋はぽたぽたと垂れる雫と共に瞳を瞬くと、お返しと言わんばかりに勢いよく水を掛け返した。ミンリーシャンの楽しげな悲鳴と共に水飛沫が上がり、夏の陽射しにキラキラと煌めく様が美しく、眩くて。つい瞳を細めていれば――。
「ふふーっ、ぎゅー-っ!」
「……って、いきなり飛び乗るんじゃねえよ」
 不意を突くようにいつの間にやら近付いたミンリーシャンが、椋の背中へと飛び乗っていた。急なことに驚きを露わにするけれど、避けることはせずしっかりと受け止めてくれる彼。夏の陽射しに肌は熱い筈なのに、心地良いと思える温もりが直ぐ傍に。
 軽いから良いんだけどな、と紡ぐ彼は満更でも無さそうで。楽しそう笑ってくれるからミンリーシャンも嬉しくなる。
 海が楽しい――それだけで無く、貴方が楽しそうだから。
 そんな彼女の笑みを見れば、返すように椋の笑みも深くなる。――自分がこんな風に屈託なく笑えるようになったのは、おまえのおかげなんだろうな。そう思ったのは、心にひっそりと留めておきながら。

 そのまま浅い所で楽しんでいれば、何時の間にやら辺りには魚が寄ってきていた。透き通る程に美しい為、魚達の姿はしっかりと視認出来る。青や紫、ピンク――色とりどりのその身体は半透明で、身体の内部も見える不思議な子達。けれど気持ち良さげに泳ぐ姿はどこか涼やかで、ついミンリーシャンはへにゃりと頬を緩めた。
「わぁっ、お魚さんがいっぱいいるねっ」
 こんにちはー、と手を振れば彼等は返事をしてくれたのか尾を揺らす。その姿が愛らしくて、嬉しそうに笑いを返せば――彼女の瞳に映る不思議な子に、小首を傾げる。
「椋、この子もお魚さん?」
 彼女が指差したのは魚の形ではなく、まあるくてうねうねと八本の腕を動かす――。
「いや、こいつはタコだな」
 彼女の視線に合わせようと顔を寄せながら、見えたその生き物に椋は即座に返す。聞いたことのあるその単語にミンリーシャンはぱちぱちと瞳を瞬き、お祭りの時に食べた子の正体なのかと、結びついた様子。
 世界によっては海の悪魔とも呼ばれるそれは、なかなか不思議な姿をしている。彼女が怯えるのではと少し心配そうに見遣れば、そんなのは杞憂で彼女は瞳を輝かせ。
「初めましてタコさん! いつもおいしく食べてますっ」
 短い足をうねらす彼に向け、手を差し伸べ挨拶をするが――その言葉のチョイスに、思わず椋は呆れ顔。
「おまえ、まあまあ残酷な挨拶してるぞ」
 つい冷静に突っ込みを入れてしまったが、タコのほうには彼女の言葉は通じていないようで。どうやらこの地で平和に過ごしている為か敵対心も無いようで、ミンリーシャンの伸ばした人差し指に足を巻き付けると、握手をするように足を揺らす。
 嬉しそうに笑うミンリーシャンだが――彼女と握手をするタコにまで、もやもやとした心地を覚えたのは気のせいだ、と椋は自分に言い聞かせていた。


 沢山海で遊んで、気付けば陽も暮れていた。
 青の空から朱色に移り、そして紺碧へと変わる様を見守って。瞬く星空に包まれコテージへと戻った二人。海で遊んだ身体を清め、夜風に包まれれば何やらミンリーシャンが隅でごそごそとし始め、椋は不思議そうに歩み寄る。
「じゃーん!」
 彼の足音に気付いたのか、くるりと振り返り立ち上がった彼女が纏っていたのは、椋のTシャツ。小柄な彼女故に随分と裾は余り、首回りもゆったりしている。
「……なーに勝手に持ってきてるんだよ」
 満足気に笑う彼女につい呆れ気味に、言葉と共に吐息を零す。――どうして、自分の服を着たがるのかが分からないから。一緒に住み始めてからは彼女も服を沢山揃えたのだから、自分が気に入った物を着れば良いのにと思ってしまう。
「ふふーっ♪ ねーねー椋、このシャツ私にちょーだーい?」
「はぁ? ……別に良いけどさ」
 嬉しそうに笑うミンリーシャンのその顔はまるで悪戯っ子のよう。そんな彼女へ興味も無さそうに椋は返す。
 男の服の何が良いのかは分からない。けれど――悪い気がしないのは何故だろう。
 そんな複雑そうな彼の横顔を見て、口許を隠しながらミンリーシャンはひそりと笑う。――大好きな彼の匂いと、いつでも包んで貰っていうような気持ちになれるこの服が、私のお気に入りなのだと心で想いながら。
 そのまま彼等は床にころりと寝転んだ。
 天に広がるのは零れるような星々。瞬く様も小さな粒さえも見える広い広い星空は吸い込まれそうな程に美しく、手を伸ばせば届きそうな程。
 空気が綺麗ならば、竜と魔法の世界である此処は自然も豊かで星明かりを邪魔するモノも無い。その為こんなにも綺麗に見えるのだろう。ほうっと溜息が零れたのはどちらからだろう。けれども、此の場の美しさは星だけでは無い。
 ころりと身体をひっくり返し、次なる視線は硝子張りの床へと。其処には夜の水中が映っているが、不思議なことに光輝いていた。
 ゆらり、ゆらり。一定の揺らめきで輝くそれらの正体は、先程海で出逢った透き通った魚達。身体の内部に発光する器官を携えている為、夜になるとこうやって淡く光るのだ。
 青に白にピンクに――その色は様々で、星空に負けぬ程に美しく幻想的。
「綺麗だな」
 感動に言葉も出せないミンリーシャンを見て、微笑みながら椋は零す。初めてのこの光景を、彼女と一緒に見ることが叶って良かったと、心に想いながら。――彼の声に彼女は顔を上げると、淡く照らされた彼の顔を見て大きく頷いた。
「うん、凄く綺麗……生きててよかったぁ」
 灯っては消えていく、魚達の灯り。
 その光に照らされる彼女は美しく、喜ぶその笑顔が見ることが出来て椋の心はじわりと温かくなる。きゅっと唇を結べば、彼女はころりと横を向いた。
「りょーう、」
 そのまま零される、彼女の唇から零れる名前は特別な響き。
 とくんと鳴る心臓の音が、やけに大きく響いて聴こえた。
 ゆるりと唇を開き、ミンリーシャンは心を零す。
 ――今日は此処に連れてきてくれてありがとう。
 ――大好きだよ。
 ――ずっと私だけを見ていてね。
 ――愛してる。
 熱の籠った甘い言葉に、更に椋の心が跳ねるのを感じた。そのまま暫しの沈黙の中、彼女の視線が迷うように揺れた。けれど青と緑の瞳が交われば、互いに吸い寄せられるように手を頬へと伸ばし、その唇へと熱が触れ合う。
 何度も、何度も触れる熱は何時だって特別な温もり。
 それが心地良くて、嬉しくて――けれどもっともっとと我儘に、一秒も離れたくないと思ってしまうのは何故だろう。
「私、椋といられて幸せだよ」
 優しく彼の頬を撫でながら、静かにミンリーシャンは笑うと言葉を零す。
 愛しいこの人が、私の帰る場所であり自身よりも大切にしたい宝物。――だからこそ、何よりも大切で誰よりも愛しい貴方と過ごす夏の思い出は特別なのだ。
 その言葉が、その眼差しが、表情が、仕草が――全てが愛おしいと椋は想う。
 震える心を感じ、一瞬だけ唇を噛んだ後。
「俺も幸せ。リィが居てくれて良かった」
 言葉と共に自身の頬に触れる彼女の手を取り、そっと包み込めば。互いに熱を確かめるかのように指を絡め合っていた。
 瞳を交わし、静かに笑い合う。
 天と水中の光が二人を照らす中、聞こえるのは夜の波の音色と虫の鳴き声。
 広い世界だからこそ感じる静寂の中、すうっと椋は息を吸うと――。
「なあ、リィ」
 彼女の名を呼んだ。
 その声に反応し、ミンリーシャンは笑みを深める。何を言ってくれるのか、指の熱を感じながら待っていれば、彼の視線が一瞬だけ逸れる。
 けれども直ぐに彼の緑の瞳は真っ直ぐにミンリーシャンを捉え、離さぬまま唇を開く。
「俺と、結婚してくれるか?」
 真剣な眼差しで、真剣な声色で。
 紡がれる其れは思いもよらなかった訳では無い。決して遠いものでは無い筈なのに、不意に紡がれれば驚くもので。どくんと心臓は大きく跳ね、みるみるミンリーシャンの顔は赤くなっていく。
「……ぇ? ……え?? 不意打ちすぎない!?」
 自分でも顔が熱くなっていくのを感じながら、動揺を露わにするように幾度も瞳を瞬く彼女。そんな彼女の姿を見れば、また愛おしさが湧き上がってくるのだ。
 これからもずっと、永遠に、君と居られたら――そんな切なる願いが叶うならば、他には何も要らないと椋は改めて強く想う。
 小さく、愛おしい。雨に錆び付いた自分を生かした、彼女と共に居られるのならば。
 じっと彼女の瞳を見て返事を待てば、大きな瞳は段々と滲み雫が零れていく。
「……泣きすぎだっつの」
 涙に思わず笑みを零しつつも、繋いだ手を離し彼女の身体を抱き締める椋。日中の熱さがまだ残っているような熱が、身体に溶けるようだった。
 大好きなその温もりに、ミンリーシャンの涙は更に零れていく。
 結婚はしない。家族なんていらない。――彼と出逢うまではずっとそう思っていた。
 それなのに、いつからだろう。貴方との未来を思い描くようになったのは。貴方と家族になりたいと、心から願っていた。
「……はいっ」
 その願いが叶う事が嬉しくて、幸せで。やっとの事で零れた声は震えていて、鼻声だったけれどしっかりと熱の籠った言葉。やっと聴けた返事に椋は分かりやすく安堵の笑みを零すと、未だ涙を零し続けるミンリーシャンの頬を撫でる。
「はは、おまえすっげえ顔してるぞ」
 そんな顔も可愛くて愛おしい――ありがとうな、リィ。
 言葉にせずとも額を合わせれば想いが伝わってくるようで、ミンリーシャンは更に涙を零していた。愛してる、愛してる――その心は強くなるばかりで。
「私も貴方と家族になりたい。私を、椋のお嫁さんにして下さい」
 彼の腕の中、一番近い距離で紡いだ言葉はしっかりと椋の心へと届き。彼は幸せそうに笑うのだ。これまでも、これからも愛している。ずっと一緒に居よう。そんな誓いのような言葉を零し合い、二人は幸せを噛み締める。

 二人を包む海と星の煌めき。
 今日の事は、遥か先も忘れないだろう――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年08月06日


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