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あの天槍に喝采を

#エンドブレイカー! #ノベル #EBWT

明・金時




 山斬烈槍ランスブルク。海沿いの断崖『ワームパイプ・ホロウ』のその先にある三層構造の都市国家は、岩山から突き出して東を示す巨大な天槍の下、もたらされた平和と繁栄を享受している。その第二層、鉄壁街の一角に、ひときわ大勢の人で賑わう劇場街があった。
「へぇ、こりゃ随分と流行ってんな」
 客席へと続く重厚な扉を通り抜けて、明・金時は率直な感嘆の声を洩らした。他者の瞳を覗くことでその者に訪れる終焉を視る『エンドブレイカー』達の世界――そこに数ある都市国家の中からここ、ランスブルグを目的地に選んだのは観劇のためであったのだが、これは話に聞いて想像していたよりも本格的かもしれない。
(「劇場の雰囲気は、帝都とそう変わんねえが」)
 三階席まである重厚な雰囲気の劇場自体は、それほど珍しい造りではない。こう見えてかつてはスタァとして舞台や銀幕を沸かせた身だ。客席から眺める舞台もその逆もそれなりに見慣れたものだが、興味深いのは観客達である。その多くは特筆すべきことのない人間達だが、中には獣人や半獣人のような者達も混じっていた。
 物珍しさが顔に出ていただろうか? 指定の席を見つけて腰を下ろすと、隣席の老紳士が声を掛けてきた。
「ランスブルグは初めてですかな」
「ん? あァそうだな――そんなとこだ」
 正確に言えばランスブルグどころかこの世界に足を踏み入れること自体が初めてなのだが、話がややこしくなりそうなのでそれは置いておく。人の好さそうな老人はそうですかと頷いて、穏やかな口ぶりで続けた。
「この十五年で、随分とこの街も変わりましたよ。バルバやピュアリィと一緒に観劇するなんて、昔では考えられんことでしたが」
 彼らを悪しざまにいう者も中にはいるが、必ずしも皆がそうではないと老人は言った。詳しい事情は知る由もないが、人が人ならぬものを畏れ、拒むのはどこの世界でもそう変わらない。ことこの景色が生まれるまでに様々な紆余曲折があっただろうことは想像に難くなかった。
「俺は嫌いじゃないがね。同じ顔が並んでるよか、面白ェだろ」
「私もそう思います。……おや、そろそろ」
 始まるようですねと微笑んで、それきり老人は口を噤んだ。客席の灯りが落ち、天井の色が変わった。
 いったいどんな技術で作られているのだろう――ドーム状の天井が朝焼けの空から夜空の星まであらゆる天を映し出し、そして舞台が幕を開ける。優美な襞を連ねる深紅の緞帳が上がり、ステージとの隙間から眩い光が溢れだす。
(「……こいつは」)
 大したものだ、と率直に思った。煌くばかりの演者達と舞台装置もさることながら、オーケストラ・ピットから湧き上がる壮大な序曲は飲み込まれそうな音圧で、観客達を一瞬のうちに舞台の世界に引きずり込んでしまう。
 演目は、『クイーン・ジョナの栄光』――先王レィエンの懐に潜り込んだ仮面の怪物『マスカレイド』、そして魔獣カトブレパスとの戦いに打ち勝ちランスブルグの革命を成し遂げた美しき女王”クローレ”ナナ・ジョナの物語だ。
 上演時間は、手持ちの時計でゆうに三時間を超えた。だが、少しも長いとは感じなかった。カーテンコールを終え、観客達が次々と席を立つ中で、隣の席の老紳士もまた軽く会釈して立ち上がる。しかし彼は去り際に、もう一度だけ異郷の青年を振り返った。
「この街はお気に召しましたか」
「――ああ」
 気に入ったよと手短に応じて、金時は口許の笑みを深くする。老人は心なしか嬉しそうに目元を和らげると、今度こそ振り返ることなく去っていった。見上げる天井も今は、ただ美しい星霊達の姿を映しているだけだ。
「……あ。しまったな」
 美味い飯屋の情報でも、聞いておくんだった――と、思った時にはもう、老人の背中は人混みの中。まあいいかと立ち上がって、青年は肩口にわだかまった長い髪を背に流す。
(「気に入りの店が見つかるまで、ぶらぶら歩くのも悪かねえ」)
 『初めてのランスブルグ』は、泣いても笑っても今日で最後だ。次に来る時にはもう、そこは知らない街ではない。ならばこの初めてを、存分に楽しまなければ損というものだ。
 劇場の扉を潜ると、空は既に茜色に染まっていた。それが本物の空なのか、それとも星霊建築とやらの恩恵なのかは金時には区別がつかないが、いずれにしても美しいことには変わりない。
「さァて次は、どこへ行こうか」
 美食と娯楽に溢れる鉄壁街の中心地には、そこそこ名の知れた酒場や食堂も多くあるという。だが夕食にするにはまだ少し早いような気もするから、ゆったり景色を眺めながら第三層まで降りてみるのもよいかもしれない。
(「なに、時間はいくらでもあるさ」)
 誰に気を遣う必要もないのが、一人旅のいいところだ。夕映えに藍染の外套を翻して、男は悠然と石造りの街並を歩き出す。夜が更けて酒の一杯も入ったなら、この世界はきっとまた、新しい一面を見せてくれることだろう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年04月26日


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挿絵イラスト