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――空から“赤”が降ってきた。
それが隕石のごとく着弾した瞬間、赤熱を帯びた衝撃波が街を蹂躙した。
多くの人々で賑わう大通りが一瞬にして崩壊し、石造りの家々が高熱に晒されてアメ細工のように熔解したクレーターの中心には、炎魔のごとき巨軀があった。
「報告! 数は一体。火属性ドラゴンと思われます!」
「ウィザードを集めろ! 反対属性の水魔法で迎え撃て!」
自警や冒険者たちが一斉攻撃を放つが、文字通り雨あられと降り注ぐ大量の水魔法は、炎をまとった竜翼が一度羽ばたいただけで蒸発。逆に爆風と化した水蒸気によって、魔法使いの部隊が吹き飛ばされてしまう。
『畏れ慄け、矮小なるニンゲンどもよ! 我が名は劫火竜ヴォルカナン。偉大なる帝竜ヴァルギリオスの御名の下、地上世界を煉獄へと変える者である!』
ドラゴンは地鳴りのような声で吼えると、二本の脚でしかと立ち上がった。
直立したことで露になった、発達した大胸筋の内側では、竜の心臓が脈打つたびに甚大なる魔力が全身を駆けめぐり、赤く熱く発光している。
爆ッ!
はじける炎を推力に、ヴォルカナンは猛進した。
燃える拳による絨毯爆撃。
防御を固めたパラディンを殴り潰し、駆け回る騎馬兵を蹴り飛ばし、築かれたバリケードを尾の一薙ぎで粉砕する。愚直にして怒涛の殴打は千の剣でも万の盾でも止まることなく、人も建物も関係なしに焼き砕いていった。
まるで無人の野を往くがごとく、ドラゴンが通った後には変わり果てた焦土が残るのみだ。
『ぬるい! 軽い! 脆い! 何よりも――弱い!!』
ヴォルカナンは哄々と嘲って、教会の尖塔をへし折ると無造作に投げ捨てた。聖印が飾られた尖塔は燃えながら逃げ惑う人々へと落下して、悲鳴もろとも押しつぶしてしまう。
地獄絵図。
そう言い表すより他ない惨状だった。
死と破壊を撒き散した街を、ヴォルカナンは上空から翼を広げて悠然と眺めていたが、やがて満足したように喉を鳴らすと大きく息を吸い込んだ。胸が風船のように膨らんで、はち切れんばかりのエネルギーが臨界点を突破する。
『GOAAAAAAAAAAAH!!!』
紅蓮に輝く
竜の息吹が解き放たれた。
可視化されるほどに凝縮された魔力の放射は、石畳を砕き土を貫いて地中深くどこまでも穿孔。大地が痛みに哭くように鳴動し、ついには大規模な地割れとなって表層に出現すると、掘り当てられたマグマが鮮血のごとく噴出して街を飲み込んでいった。
『ヴァルギリオスよ、照覧あれ! 我が劫火をもって地表に住まうあまねくを破壊し、世に空無をもたらそうぞ!!』
逆巻く火渦の向こうで、炎竜の雄叫びが響き渡る。
立ち上る黒煙は高く高く、隣国の都からでも確認できるほどだったそうだ。
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――拍手拍手。
吟遊詩人が語り終えると、聴衆は手を叩き始めた。お捻りを投げたりしながら、口々に感想などを言い合っている。
「ねえ、お兄ちゃん怖いよぉ。ヴォルカナンが飛んで来たらどうしよう」
「大丈夫さ。あのヴァルギリオスだって、『猟兵』っていう人たちがやっつけちゃったんだ。どんな怪物が来たってへちゃらだよ」
兄妹らしい子ども達の会話が、吟遊詩人の耳に届いた。
確かに、復活したと囁かれていたヴァルギリオスは、その姿を現しもしないうちに討伐されてしまったと聞く。ここ暫くの世界情勢を見る限りだと、噂は本当なのかもしれない。……しかし、思うのだ。千竜を統べる帝王の消えた現代に、ヴォルカナンのような悪竜が甦ったらどうなるのだろうか、と。
(……いや、考えすぎだな。縁起でもない)
吟遊詩人は不吉な思考を払い捨て、お捻りを回収するのだった。
成功
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