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彼女は『人嫌いの薬師さん』

#サムライエンパイア #ノベル

天城・葵依




●『人嫌いの薬師さん』
「兄ちゃん、そっちにはいた?」
「いんや、いねぇな。どこに行っちまったんだろ? せっかくでっけぇ魚釣ってきたのに」
 幼い兄妹が探しているのは、最近山に移り住んできた若い薬師。村の食糧と引き換えにどんな薬も作ってくれる、貧しい村にとって頼れる存在となっていた。
 この前も、兄弟の母親が重い病気にかかり、大きな町で高い薬を買わなければ治らないようなものを、その薬師は僅かな食糧と引き換えに薬を分けてくれたのだ。おかげで、ここらが峠と言われる数日間を乗り越え一命を取り留めたのだ。
「母ちゃんも一緒に来ればよかったのに」
「無茶言うなよ。薬師様も言ってただろ?『病気で体が弱っているから山に入るのは控えるように』って」
 母親は一命を取り留めたものの、病の後遺症で激しい運動はできないようになっていたのだ。その事を妹に改めて教える兄。そんな時、
「……うぅ」
 か細くうめくような声が兄弟の耳に届く。
「薬師様?」
「こっちの方か!?」
 山道を掻き分け、その声の方へ兄妹が向かうと、そこには歳の頃は十四、五であろう若い娘が蹲っていた。兄妹が話していた薬師その人である。
「薬師様……」
「ッ!!」
 兄妹が声をかけようとするが、その薬師は二人の姿を見るや否や逃げるように走り去っていった。
「あ、薬師様!」
「待って! 母ちゃんを助けてくれたお礼を!」
「おいお前達、こんな所で何をしているんだ」
 薬師を追いかけようとする兄妹に声をかけたのは、この二人の父親。薬師を探すのに手分けして探していたのだ。
「ふぅむ。なら今日はやめた方がいいだろう。帰るぞ」
「え、なんで?」
「どうしてだよ! せっかくの魚を!」
 納得のいかない兄妹に父親は諭すように語りかける。
「若い娘が一人で山に籠っているんだ。何か人を避けたい事情があるんだろうさ。ほら、いつもお礼すら聞かないで用が済んだら帰っていくだろ?」
「何かって?」
「お前達も大きくなれば分かるさ。それに、あの薬師が村でなんて呼ばれているか知っているか?」

 人嫌いの薬師さん。

 だから、彼女が落ち着いた別の日に挨拶に行こう。そう話して親子は山を下っていった。
 しかし翌日、改めてお礼を伝えようと山に向かってみれば、山小屋の中は空っぽで薬師の姿はどこにもなかったのだった。

●『○○嫌いの○○』
 村人達は知らなかった。薬師……天城・葵依(焼け爛れた●●・f30340)は猟兵であり、薬に頼らずとも癒しの力を持っていることを。その力を使えば、兄妹の母親は苦い薬を飲む必要も、数日間生死を彷徨う必要も、病の後遺症に苛まれる必要もなかったことを。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 人知れず山を降りる葵依は誰に対するでもなく謝罪の言葉を口にしていた。癒しの力を使用しなかった事をひたすら謝り続ける。
(だって、あの力を使ってしまえば、私のことが広く知られてしまう)
 そうすれば、この力を知った権力者が目をつける。狡い大人達が利用しようとする。そして何よりも自分を追い出した両親に見つかってしまう。
 そうなれば、自分と関わった人々がどんな目に遭うか。猟兵になった時に徳川幕府より賜った『天下自在符』も、周囲を人々を守り切るのに役立つとは葵依はさらさら思えなかった。

 全てを背負う覚悟

 自身の力を行使つかった時に、その代償を支払うのは『自分』だけで済むものではないことを、葵依は理解していた。だからお金もない貧しい人を自由に治す方法が薬師としての業しかなった。不便でも、病気で苦しむ人々に我慢してもらうしかなかった。
「父上……母上……」
 ポツリと今の境遇に追いやった両親のことが口に出る。『大義を成し、天城の名を遺せ』と今まで何不自由なく育ってきた自分を十二の時に放り出した両親。
 世間知らずの娘に待ち受けていたのは冷たく厳しい現実と人の業。旅の中で培ったのは護衛仕事の合間に学んだ薬術と、自らの身をを粗暴な大人達から護るための警戒心。
「このような世の中でどのように大義を為せというのですか」
 その問いに答えてくれる者はいない。誰も信頼せず、関わらぬように生きてきた二年半の空虚さが不意に胸を突くような感覚に苛まれる。
「期待はしていなかったけど、あの村は長くいた方だったかな」
 空虚さを紛らわせるように呟く葵依。そして、最初から相手に期待しないようになっている自分に対し、自嘲するような表情を浮かべる。それから少し前まで自分が住んでいた山を一瞥し、外套を目深に被り直し歩みを速めるのだった。
 村人達の言っていた『人嫌いの薬師さん』は『人』が嫌いだったわけではなかったのだ。嫌いだったのは…―――…



 貧しい小さな村に、一人の薬師がやってきた。沢山の言い訳と嘘を並べて逃げながら、彼女は今日も薬を売るのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年03月04日


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