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ワイルドハント×第二次聖杯戦争祝勝会!

#シルバーレイン #ノベル #新田・にこたま #オリヴィア・ローゼンタール #大町・詩乃 #国栖ヶ谷・鈴鹿 #龍巳・咲花 #白斑・物九郎 #劉・涼鈴 #シノギ・リンダリンダリンダ #御桜・八重 #流茶野・影郎 #アヴァロマリア・イーシュヴァリエ #ウィンザー・ワンドゥーム #ベロニカ・サインボード #ハリー・オッター #ラスカル・ノース #水貝・雁之助 #雷陣・通 #野良・わんこ #八重咲・科戸 #ワイルドハント #夕狩こあら

新田・にこたま



オリヴィア・ローゼンタール



大町・詩乃



国栖ヶ谷・鈴鹿



龍巳・咲花



白斑・物九郎



劉・涼鈴



シノギ・リンダリンダリンダ



御桜・八重



流茶野・影郎



アヴァロマリア・イーシュヴァリエ



ウィンザー・ワンドゥーム



ベロニカ・サインボード



ハリー・オッター



ラスカル・ノース



水貝・雁之助



雷陣・通



野良・わんこ



八重咲・科戸




Let's have a wrap-up party!――Wakura Onsen,Ishikawa/Silver Rain

●ONSEN!
 2023年1月、シルバーレイン世界で勃発した『第二次聖杯戦争』は猟兵が勝利した。
 旧結社ビルに拠点を移し、獅子奮迅の勢いでオブリビオンを狩った『ワイルドハント』の面々も大戰果を上げたが、戰後その足は主戰場となった金沢市の北、能登随一の湯処「和倉温泉」へ――数奇を凝した老舗旅館の風情を愉しみ、今は日本海を望む大浴場で湯を堪能していた。
「やっぱり、温泉いいよね! こう、癒されるって感じが!」
 ほう、と零れる吐息を湯けむりに混ぜる、国栖ヶ谷・鈴鹿。
 肌膚にじんわりと染む温もりが、正月から息つく間もなく鬪い続けた身を勞ってくれるようだと紫瞳を和らげれば、隣するオリヴィア・ローゼンタールもほわほわと咲む。
「色々と謎は残りましたが、先ずは一段落! 來たるべき戰いに備え、躰をゆっくり休めましょう!」
 休息も戰士の務め。
 今日は諸先輩方に倣って大いに「打ち上げ」を愉しもうと、湯に濡れる縁石にゆったり身を預けて絶景を眺めれば、佳人の背中に元気の塊が過った。
「温泉温泉! いやっほーぅ! やっぱ冬は温泉じゃんね!」
 しゅばっと洗い場に向かったのは劉・涼鈴。
 銀髪をわしゃわしゃー! と洗い流し、牛の角をきゅっきゅっきゅー! と磨いた少女は準備万端! ぴっかぴかでツヤッツヤの我が身を鏡に映すと、「ふふん」とドヤ顏ひとつ。開放感たっぷりの浴槽へどぼーんとダイブした!
「うおー! ぬくーい!」
 喜色いっぱいの少女には、洗い場に居たベロニカ・サインボードが鏡越しに微笑を置く。
「毛が少ないと早いわね。私はもう少し掛かりそう」
 ワーニン・フォレストの手を借りて躰を洗う彼女は、己の手入れが入念なのは勿論、皆も手が届かない所はないかと世話好きが高じる。
「誰か、流してほしい人いるー?」
「あ、オレの背中をお願いするぜ」
 ぴょこっと手を挙げたのは、ハリー・オッター。
 彼も数多の戰場を駆け回った猟兵にて、塵埃や汗汚を綺麗サッパリ落としておきたいと和倉に來たのだが、風呂椅子にちょこんと座る彼が背中を見せれば、赫々と灼ゆる狼がゴシゴシ、忽ち彼を泡で包んだ。
「こうやって綺麗にするのも、えちけっと? ていうのは大事だもんね」
 その樣子を見ていたアヴァロマリア・イーシュヴァリエも、もこもこ泡をいっぱいに抱いて、ブラシでお手入れ中。
 クリスタリアン用お風呂セットに入ったグッズが宙で忙しく動き回り、宝石の少女を綺麗に磨いていく。
 仕上げに湯を流す彼女の美しさには、大町・詩乃が黑艶の睫をぱちぱち、音がするほど瞬こう。
「わ……宝石が七色に煌いて綺麗ですね~。見惚れてしまいます♪」
 聖なる光を浴びた湯の雫まで虹を抱いているとは、こんな時でないと判るまい。
 温泉は触れ合いの場だと嫣然を零した女神も射干玉の艶髪を纏めると、おいでおいでと手招く鈴鹿達が浸かる湯へ、瑞々しい脚をそと入れた。



「わぁ、心地好いお湯……♪」
 この世界の和倉の湯は、透徹と澄んだ塩化物泉。
 海の温泉と呼ばれるほど塩分を含む湯は、毛穴の引き締め効果があるそうだが、成程と説明を見る詩乃の玉肌は愈々神々しく輝いていく。
「きっとヒーローズアースの和倉温泉も、此處と同じく素敵なのでしょうね」
 七尾湾に面した露天風呂の眺望は広々と、遠く能登島まで見える。
 掛流しの湯なども、普段は慎ましやかに暮らす詩乃には贅沢に思われたが、これは生贄になる人々を救ったご褒美。これくらいでバチは当たるまい。
 抑も彼女は“バチを当てる”方なのだが、羽衣を脱いだ「阿斯訶備媛」は、ほにゃ~っと蕩けそうな表情。
「……ふふ、神社の神職さん達には見せられませんね」
 折に移動しては色々な角度から絶景を愛で、至福の表情でのんびりまったり。
 空も海も島も船も、其々が目を樂しませてくれると藍瞳を細めた詩乃は、同じく北陸の冬景を眺むオリヴィアの嘆聲に耳を傾けた。

「湯加減も眺望も良く……これが激戰を潜り抜けた報酬と思うと、誇らしいですね」
 人々は勿論、今の佳景も護れたのだと胸を張ったオリヴィアは、その豊滿を全力で支える純白の紐に睫を落とすと、水着も中々活躍の場が多いと呻った。
「――気は早いですが、今年はどうしましょうかね」
 コンテストを機に仕立てる戰衣裳は、此度、混浴のドレスコードにもなると判った。
 次なる戰爭と打ち上げに備えるべしと心を新たにした修道女は、纎手を潜らせ一掬い。結い髪に晒された頸筋に湯を送りつつ、玉雪の肌を漸う櫻色にした。
「じんわりと染む湯の温かさに、疲れが溶け出していくような……」
 この世界の人々は、これを『極樂』と言うそうな。
 言い得て妙と今の沖融を嚙み締めた凄艶は、其を波にして寄越す元気玉こと涼鈴に莞爾と咲んだ。
「あらあら、水柱を立ててはいけませんよ」
「ばちゃばちゃー! って泳ぐのは……だめぇー? じゃー、ぷかぷかするー!」
 バタ足で逆飛瀑を作っていた涼鈴は、人魚の如く躰を捻って仰向けに、今度は湯の搖れる儘に浮かぶ事にする。
「むーっ。浮かべるオモチャでも持って來れば良かったかな~?」
 ふと見上げる鉛色の空は、夜には牡丹の如き雪を降らせるそうだが、まだ先の事。
 交睫ひとつして視線を戻した涼鈴は、佳聲の彈む方へ、其々に湯を愉しむ仲間達に鼻梁を結んだ。

「わぁ、これって地面から湧いてるんだよね? お外でお風呂に入れるなんて、惑星ってすごい……!」
 宇宙船育ちのアヴァロマリアには新鮮か、地下の花崗岩に含まれる水晶を潜って涌くと言う天然温泉に興味津々。
 湯は無色ながら、鉱石めいた匂いに存在感があると兩手に掬えば、傍らの鈴鹿が和々と咲み掛ける。
「最初はぴりぴりっとしてびっくりしなかった? 塩分が高くて、保湿効果があるんだ」
「そうなんだ! それに、コーノー? っていうの? お湯に入って怪我や病気が治るなんてすごいね!」
 これぞ惑星の神祕と瞳を輝かせる少女は、まろやかな湯を潜って透明感を増し、纎躯に鏤めた宝石も煌々と艶を帯びて美しい。
 ここへ平泳ぎで近附いた涼鈴は、湯面にツウの表情を浮べてスイスイ、
「うんうん、天然の温泉っていいよね! 風味が違うよ風味が!」
「「ふうみ」」
 ――もしかして、飲んだ?
 否、ノリと勢いで喋っているだけだ。たぶん。

 時に、漸く身を洗い終えて湯に入ったベロニカは、緩く結い上げられたアヴァロマリアの髪に陶然として、
「マリアの髪、グラデーションが綺麗ね……羨ましくなっちゃうわ」
「えへへ、ありがと。お父さんのグリーンとお母さんのピンクなの」
「ご兩親の……やっぱり素敵だわ」
 良い事を聽いたと白兎が目元を和らげると、髪を褒められた嬉しさにきゅうと咲んだ少女は、普段と少し雰囲気を變えた彼女に佳聲を添える。
「ベロニカお姉さんも綺麗な毛並みだね」
 普段はもふもふを擽ったく感じるけれど、湯に濡れてしっとりした手触りは好き。
 小さな手でもにもにと握手すれば、心を近くしたベロニカも少女の繊手をもにもに、慮外の柔かさに目を瞠る。
 この微笑ましい光景には、オリヴィアが目を惹かれたようで、
(「もふもふの時計ウサギに、ピカピカのクリスタリアン……種族ならではのお手入れで気遣う事があるようですが、こうしてお湯に浸かると、其々に過ごされた時間が一気に結ばれるような感じがします」)
 仲良き哉、と塊麗の微笑をひとつ。
 因みに外見は人間と變わらないダンピールの彼女は、ダークセイヴァー式入浴法でちゃちゃっと躰を洗った訳だが、此處では魔獸に襲われる事も無し、ぱんつを盗む大泥棒も無し、気兼ねなく寛げる貴重な機会を存分に堪能しようと、玉臂にゆらゆらと湯を掻いている。
 ここに詩乃も加われば、ちょっとした異世界交流が始まろう。
「ベロニカさんの眞白な毛並みは、目の保養ですね♪」
「あら詩乃、もふもふ好き? だったら『ワーニン・フォレスト』でハグしてあげる」
「わっ……ふわっとして温かいですね……!」
 元々、触れ合うのが好きな彼女達は、温泉でもっと距離が近くなる。仲良しになれる。
 気附けば沢山の猟団員に囲まれていたアヴァロマリアは、花顏をふくふく、
「こんなに大勢でお風呂に入るの初めてだけど、樂しくて気持ちいいね♪」
 あったかいなぁ、と零れる吐息を湯気に溶かすのだった。



「流石に川ほどは無いけどさ、これだけの広さなら泳げるじゃん」
 脱衣所を出た時からオオカワウソだったハリーは、湯に身を委ねてはもう完璧なそれ。
 モフモフながら川を泳ぐのに適した姿をした彼は、ひとたび湯に潜るや滑らかに躯を一回転、くるんとドーナツ状になって方向転換した後は誰よりもイキイキと、湯面に浮かぶ体毛を美しく輝かせた。
 そんな彼が、より湯気の立つ方へ向かった時に遭遇したのが「謎のモヤモヤ」である。
「……わんこ?」
 モヤモヤの下に居たのは、野良・わんこ。
 どこか苦しげな表情で湯に浸かる彼女の頭上には、サイキックと湯けむりが混じった靄が何やら景色を描いており、映画のワンシーンを見るような映像が広がっていた。
「雪山だ」
 先ず、ピッケルを突き立てて絶壁の攻略に掛かるわんこ。
 ミシュランマンみたいに膨れ上がったエクスペディションスーツを着る人物が果して本人かと言われれば怪しいが、とにかくわんこだ。モヤモヤの下で苦しそうに歪む表情を見れば分かる。
 酷い天候不良によりホワイトアウトした絵は、一瞬、珈琲を飲んでいるわんこを――吹雪の止まぬ雪山、テントの中で休憩を取る彼女を見せたが、確実に本人と確認できたのはこの時のみ。
 バラクラバで再び口元を隱した彼女は、ゴーグルを装備して猛然と荒ぶる吹雪の中へ、登山者を氷獄に陥れるクラックやクレバスを注意深く確認しながら、ヘッドライトに照り出される道なき道を進み、登っていく。
「……こんな所、あったっけな?」
 ハリーが此度の戰場を思い返すが、どうも思い当たる節は無い。
 プカプカと湯面に浮いてモヤモヤを見る彼は、バーティカルなリミット映画を觀るような気分で続きを見た。
「あっ雪崩」
 ――雪崩だ。
 瀑のような繁吹きを噴き上げ、眞白の急斜を駆け降りるアバランシェに呑まれては一溜りも無い。
 如何な振動が雪山の靜寂を破ったか、とまれ攫われてはならぬと垂直方向に逃げたわんこは、眞後に迫る鞺鞳の気配を辛くも逃れ、九死一生を得る。これは彼女のアイテムの事では無い。
 それからなんやかんやあって頂上に至ったわんこは、神々の山嶺を暁光に染め上げる太陽を迎え、心から歡喜を――兩手を上げて日出を迎えた訳であるが、このモヤモヤはベロニカがフッと一息で掻き消した。
「いや、なかったわよそんな事」
「はぁ!? わんこの回想が妄想だっていうんですか!?」
「妄想でしょ実際」
 眩しそうに兩手を上げていたわんこが嚙みつくが、時計ウサギは取り合わない。
 間近に迫る彼女を飄と流したベロニカは、肩を竦めて溜息ひとつ、いつもの口癖を零した。
「……冗談キツイわ」
「やっぱそうだよな。……って、なんかフラつくというか、頭に血がのぼってきたじゃん……」
「ハリー?」
「うお……一旦出たほうがいいかな……」
 気附けば長湯していたハリーは、上せてしまったか。
 湯舟から出る彼に手を貸したベロニカは、暫し休憩をと涼所に導くのだった。



「折角の温泉旅行で事故があったら大変でしょ? ちゃんと見ておかないと」
 ベロニカの面倒見の良さは、根の眞面目さに由來しようか。怪我は勿論、一線を越える者が居ないとも限らないと、皆と仲良くなるほど周囲を警戒する彼女を柔らげたのは、鈴鹿の芙蓉のかんばせ。
「折角の温泉なんだし、そんなに気を張らないで。ほら、こうやって肩の力を抜いて、ね?」
「私ったら……そうね、後は空でも見ながらゆったり湯を樂しんで、癒やされる事にするわ。ありがとう、鈴鹿」
 鈴鹿がリラックスして見せれば、ベロニカも眞似して肩をスッ。
 鏡のように笑顏を揃えるのも、その後は悠閑と露天の絶景を愛でるのも、真面目な彼女らしいと心を温めた鈴鹿は、自分も心ゆくまで愉しもうと、新天地へ踏み出した。
「鈴鹿さんは……サウナへ?」
「うん、“ととのう”っていうのをやってみようかなって。詩乃さんもどう?」
「はい。お供します♪」
 初挑戰にて無理は禁物。
 先ずはサウナで6分。水風呂を2分。これを2セット。
「ひゃ、冷た……我慢、我慢!」
「あれ……何だか樂になって……」
 全身をぎゅうと包む熱さに汗を絞られた後、冷たい水に抱かれる――血管や神経に呼び掛ける感覺が快いか、檜椅子で外気浴をする頃には、すっかりリラックスした表情が竝んでいた。
「凄い……! 疲れが吹き飛ぶというか、昇天していく……」
「これが“ととのう”……ふわふわして気持ち良いですね……」
 ほやほやとした花顏を揃えるハイカラさんと神樣。
 新陳代謝と共に幸福感も高めるサウナが気に入ったか、鈴鹿が温冷浴を気輕に樂しめるよう超機械を開発するのは、そう遠くない未來の話だ。

「何か閃いた気がする!」
「それは良い効果が得られましたね」
 玉肌香膩を艶々と、蘭麝の馨りを漂わせて大浴場を出た芙蓉二花は、通路右、売店に集まった仲間が持つ瓶牛乳に、パッと笑顏を咲かせた。
「あっ、皆もう湯上がりを樂しんでるみたい!」
「牛乳と、珈琲牛乳……苺牛乳、フルーツ味もあるんですね」
 佳聲に振り返ったハリーは、お前達も一杯どうだと手を招き、能登の生乳だけを使った牛乳だと、先刻オバちゃんに聽いた話を教えてやる。
「水分補給に牛乳を飲もうってなったんだ。うまいぞ」
「湯上がりにミルクを飲む習慣って、地球の文化だったみたいね」
 彼に続いて瓶の蓋を捲ったのはベロニカ。
 アリス達が言っていたのはコレだったかと合點した彼女は、厚みのある飲み口に佳脣を寄せてコクコク。自ずと手が腰に向かうのは、湯上がりの一杯の魔力だ。
「……んくっ……ぷはー。ああー、コレは確かに美味しいわね」
「火照った躰に冷たい牛乳を流し込む快さも、すっきりとした味わいも美味しいですね」
 隣するオリヴィアも瓶を傾けて飲み飲み、ご当地の味を気に入った樣子。
 温泉で充分に温まった躰に、中から涼感が広がる感覺が良いと麗顏が綻ぶ。
 そうして美味しそうに飲む皆に誘われ、鈴鹿と詩乃が好みのフレーバー牛乳を選ぶ中、アヴァロマリアは兩手に瓶を持ってわくわく、己も温泉の定番を愉しむべく蓋を剥がし始めた。
「これも本物の牛さんの本物のミルクなんだ……! ……詩乃お姉さんやオリヴィアお姉さん、色々と大きかったし、マリアも温泉とミルクで大きくなるかなぁ……?」
「なるよ!!」
 勿論だと確言したのは、磨き上げた牛の角をピカッと輝かせた涼鈴。
 迷わず珈琲牛乳を手にした少女は、腰に手を宛ててごっくごっく、ぷはー!!
「うまい!!!」
 テーレッテレー♪ と後光を放ちながら、一気に(ユーベルコードで)急成長して見せた。
「ほら!! ぐぃーん、だよ!!」
 蓋し見た目は大人でも中身は子供だとは、飲み終わりの牛乳ヒゲで瞭然。
 笑顏と笑聲を集めた涼鈴は、キョトンと瞳を瞬くのだった。

●PING PONG!
 そして。
 湯上がりの一本で完全回復した猟兵が二人、動き出す。
「カーッ! 風呂上がりの牛乳は美味えなあ!」
「いやあ、最高だねぇー♪ 染みる!」
 誰より早く飲み干した雷陣・通と、負けじとグイーッとフルーツ牛乳を飲み終えた御桜・八重だ。
 瓶を返却する際、通路の先から響く輕快な音に気附いた二人は、丁度家族連れが離れた卓球台を発見し、嬉々と瞳を合わせた。
「卓球かぁ……通くん、やってく?」
 答えは云うまでも無い。
 不敵な咲みを結んで対面に回った通は、台に置かれたラケットを取ると、右ペン表ソフト前陣速攻の戰型を取る。
「翔ぼうか八重。手加減は無しだぜ!」
「秒でノリノリだぁ! よーしいいでしょう。かかって來なさーい!」
 元気いっぱいに咲む乙女を前に、通は忽ちゾーンへ。
 男子たるもの何時いかなる勝負も眞劍に受くべしと鬪志を迸った少年は、掌上に添えた白球に閃雷のオーラを籠め、バチバチッと放電させた。
「いくぜッ! 絶・イナズマアルティメットサーブ!」
「――ッ!」
 軌跡は宛ら稲光。
 嚙みつくように疾った白球は八重のラケットを一瞬で眞二つに、コンッと床を叩かせた。
 文字通りの電光石火に睫を瞬いた八重は、然し「上等」と云った處。
「放電サーブとは、厨二病パワー健在だね。……まぁ、わたし相手に二度も通用するとは思わないでよ」
 通のフルパワーは見た。ならば己も示さねばなるまい。
 第二のラケットは刀を佩くよう腰に、膝を柔かく曲げて腰を落した八重は、鋭く發氣して一揮ッ!
 拇指球の踏み込みと腰の回転力で生んだ鎌鼬を疾らせ、通の得意顏を凍りつかせた。
「ニシシシシシ、見たか俺の†ピンポン†の技のさ――」

 ――ブォン!

「あれー、ラケットが無いなら、わたしの勝ちかなー♪」
 首を捥がれるようにグリップから先を落したラケットと八重を交互に見遣り、ゾクリ、武者震いする通。
 好敵手を前に口角を持ち上げた少年は、彈ッと蹴り上がるや流星の如き白球を撃ち、人智を超えた戰いの幕を切って落した!
「勝負だ!」
「望むところだよ!」
 ふふん、と微咲を浮べた八重も意氣軒昂。
 攻撃的戰型で攻め合う二人の周囲には、いつしか鬪氣の渦が捲き起った。

 ――ママー、卓球台が壞れてるよー。
 ――やあね、不良品かしら?
 ――パパー、ピンポン玉が燃えてる!
 ――随分カラフルな球だねぇ。

「ふふ、世界結界さんいい仕事してる!!」

 ――そこから先は壮絶なバトルであった。
 ――互いにアグレッシブなスタイル故に戰いはハードになり、
 ――時に卓球台は破壞され、時に白球は消滅し、時空と重力までもが歪む。
 ――然う、其はテーブルテニスの王子樣!

「いや、さり気なく解説入れてるの誰だよ!?」
 血の滾るような打ち合いだが、通と八重は冷靜だ。
 二人の耳には、行き交う家族連れの会話や、爆音と衝撃に呼ばれた仲間達の聲も届いている。

「オレっちもやろうかなって思ったけど……回れ右だな」
「……。……。……冗談キツイわ」
 ラスカルとベロニカが足を運んだ時が佳境だったろう。
 湯上がりのフワフワな毛を烈風に梳る二人の前には、重力の鎖から解き放たれた八重が天井ギリギリまで跳躍して、目を皿のようにする通を凛と組み敷きつつ、捻じ込む様にスマッシュを叩き込んだッ!
「ぜーったいに負けられない!」
「……八重? 八重さん?」
 見るな。否、見ろ。
 見てはならぬ。否、目を背けるな。
 超速の腕の振りで襟元が開け、俊敏な機動で裾からは瑞々しい太腿を露わに、而して相手の隙を見る事に全集中して浴衣の亂れに気附かぬ八重を、彼女の渾身の一撃を見ねば――負ける!!
「隙アリ!」
「浴衣からまろび出るむちむち……ぐはぁ!」
 凄絶な葛藤の中で動きを止めた通の胸に白球が突き当り、踵を浮かせた躰が壁にぶつかる。
 ここにシュタッと着地した八重は勝利を喜ぶが、Vサインは通りすがりの子供に搔き消された。

「おねーちゃん、裸んぼー」
「えっ、ひゃっ、ギニャー!」

「!! えとえと、向こうで遊びましょうねーっ」
 指差す坊やをササッとゲームコーナーへ導いたのは、衝撃に呼ばれて駆け付けた詩乃。
 ベロニカの溜息につられて周囲を見れば、卓球場にはカタストロフが訪れていた。
「鈴鹿を呼んで來るわ。優秀なクルー達に修復して貰いましょ」
「あははは。諸々お手数おかけします……」
「ほら、これ着ろって…………ぎゅむ」
 通が肩に掛けてくれる茶羽織を受け取りつつ、目は潰しつつ。
 開けた襟元を直した八重は、ちょっと熱が入りすぎたとコツン、頭を小突いて反省するのだった。

●ENKAI!
「🐧!」
「🐧!!」
 ペンギン達が工事中看板の前で交通整理にあたる中、一行は宴会場へ案内される。
 流茶野・影郎は年長者らしい気遣いで白斑・物九郎を上座へ導くと、そと言を添えた。
「良いですか、物九郎さん。こういう旅館では何故か山奧でも海の幸が出てきます。幸いにも今回は場所が良いので、心配はありませんが……」
「ヘイ、能登の和倉っつったら何が美味いんですよ」
「そうですね、先ず魚が美味いし、中々県外に出回らないという能登牛も間違いないかと」
 現地ガイド宜しく地元の味を紹介する影郎は、「ほーん」と烱瞳を擲げる物九郎に視線を揃える。
 見れば席の中央には、今しがた彼が云った通りの魚と肉がシャリと組み合わさり、シャンパンタワーの如く燦やかに聳え立っていた。
「魚、牛、蟹……そしてスシ。スシ!? いや何で大量のスシが出てくるんですか!?」
 宴席料理は通常コースで出る筈だが……あっハイ。
 諸々を察した(譲歩した)オトナは、幹事宛ら物九郎にマイクを渡し、時を進める事にした。

「開宴の挨拶をお願いします」
「――ン、者共おっつ」
 而してマイクを手にした物九郎も堂々たるもの。
 片腕を懷手にした儘、猟団員を見渡した彼は、次々と報じられる面々の活躍を思い起しながら言った。
「ルチャのにーさんは転送しまくってましたし、タッツミーはフォーミュラをじゃんじゃんブン殴りに行ってましたし……まあ今月だきゃ全員よく狩りましたわな。ワイルドハントの王が褒めて遣わす」
 大きな怪我が無くて良かったとか、皆の活躍が見られて嬉しかったとか素直に言えば良いのだが、我等がリーダーの天邪鬼は皆が知る処。
 彼らしい科白に一同が竊笑した時、視線を遮るようにスッと入ってマイクを奪ったシノギ・リンダリンダリンダは、自前の髑髏杯に蜂蜜酒を溢れさせながら、乾杯の音頭を取った。
「戰爭後に宴を愉しむのは海賊の鐵則。という事で皆樣もいえーいカンパーイ!!!」
「「かんぱーい!」」
 海ですら宴を愉しむ。況や老舗旅館に於いてをや。
 今宵は酒肉に溺れるべしと突き上がる杯に聲が連なると、歡樂の宴が華やかに始まった。

「全力で戰った後は美味しいご飯! しかもご馳走でござる!」
 乾杯に合わせて運ばれてくる料理に、ニンニンと花の咲みを浮かべる龍巳・咲花。
 シルバーレイン出身とはいえ身分は學生、こんな贅沢は中々出來るものではないと拝むように合掌した龍陣忍者は、可憐に花片を重ねたホタテの花寿司を口に運び、ほわぁぁぁっっと喜色を溢れさす。
「こうやって栄養を一杯取れば、きっと成長にも繋がるでござるよ!」
 故郷の平和は守り抜いたが、まだまだ修練の途上。
 もっと大きくならねばと意気込む咲花は、お次は鮭の花寿司をぱくり、またふわふわの笑顏を広げた。

 實に良い顏をするものだと、ほっこり咲みつつ箸を取るは水貝・雁之助。
 相棒の柴犬モコを傍らに、先ずは殻付き牡蠣に魚醤を垂らして味わった放浪の画家は、奧能登の豊かな風味で胃袋を悦ばせると、珠洲沖で水揚げされたという新鮮なアンコウ鍋にも箸を伸ばし、冬の味覺を堪能する。
「うーん、ぷりっとした食感と、上品な白身の味わいが絶妙なんだなー」
 舌に広がる旨味に色彩を感じると、ちびり地酒を含んだ舌はより滑らかになって。
 穀物の甘さを馨らせる淸酒も素晴らしく、二口、三口と急く処、大人の餘裕で箸を休めた雁之助は、側でおりこうに座るモコを撫でて言った。
「無事に勝利を摑み取れて、のんびりと過ごせる樣になって本当に良かったよね」
「わふっ」
「でなきゃこうして美味しい食事もお酒も樂しめなかった訳だし」
「うぉふ」
 平和に過ごす人達、そして元気な仲間の姿を見られるのが何よりの肴と、雁之助は宴席を見渡して頬笑した。

「肉に刺身に、蟹はまるごと……! まぁ、戦争乙って事で、豪華に言ったもんじゃねえかよ!」
 この時、運ばれてきた加能ガニに歡喜したのはラスカル・ノース。
 人間サイズのマシンウォーカーに乗ったアライグマは、キラキラした目で山海の料理を眺めると、ハンドルを器用に動かして箸を取る。
「さてぇ、何から食おっかなぁー!」
「オレは魚をたっぷり食べるとするかな」
 隣するハリーは迷わず、初手刺身。
 既に仕留められた魚にて慌てる事も無し、漁師さんありがとうの気持ちで戴く寒ブリは、身が締まっている上に脂も乗っており、舌の肥えたオオカワウソも大滿足の逸品だ。
 餘りにハリーが美味しそうに食べるものだから、つられたラスカルも先ずは魚から。五大ブランド魚と謳われるノドグロの刺身を一口運ぶと、瞳をまんまるにして美味を訴える。
「……うますぎだろ」
 これが北陸の旬の味。
 所變われば品變わるとは云ったものだが、まさかこれ程とはと、止まらぬ箸に呻るのだった。

 而してラスカル以上に“所變われば”を実感する者が居る。骸の雨が降る世界から來た者達だ。
「はぁ……『天然養殖マグロ』の刺身やスシを食べられるなんて、やはり異世界は素晴らしい……こんな美味しい料理を出してくれる世界を守ることが出來て、本当に良かったです」
 咥内に広がる魚の旨味が鼻を抜けるまで堪能する、新田・にこたま。
 この美味に無礼があってはならぬと箸遣いは完璧に、マナー警察も默らせる美作法で刺身を味わう。
 そこに聲を掛けたのは、ラスカルと物九郎だ。
「にこたま、天然は養殖じゃねぇ。地球の海に生きてる野生動物だぜ」
「え……養殖じゃない? まさかそんなご冗談を」
「つか『天然養殖』て。文脈からして派手に崩壞してんじゃニャーですか」
 眞面目に説く二人に對し、頭をフルフル、切揃えた黑髪を搖らすにこたま。
「だって養殖でなければ、『海で育った』という事ですよ?」
 海に魚など居る筈も無し、泳いでいたとしても魚系のオブリビオンが精々だと、生粋のザナドゥっ子が確言すれば、スシタワーを攻めていたウィンザー・ワンドゥームが鋼鐵の機手をヒラリと翻した。
「へっ! 俺は知ってるぜ。こうやって聳え立つコイツらが、正眞正銘、本物の天然だってことを!」
「本物の天然……?」
「おう、何せ虹色じゃねえしな!」
 目の前に竝ぶ御馳走は、サイバーザナドゥでは先ずお目に掛れない天然素材。
 徹底管理の下に生産された高級スシと何がどう違うのか、聢と味わわせて貰おうと彼は気合十分、片っ端から取り皿に移し、納得いくまで堪能せんとする。
「扨ぁて、地酒とやらも戴こうか。ヨッシャー! 二度目の乾杯といこうぜ!」
「「カンパァイ!!」」
 而して杯を持ち上げれば、その度に皆々が杯を捧げる――この一体感も快かろう。
 グッと酒精を煽るウィンザーを見たラスカルは、成程、彼等の故郷に較べればまだアポカリプスヘルの方が魚が居る可能性があると、かの地で苦勞していたハリーを見遣る。大丈夫、今は魚づくしで幸せそうだ。
「っし、オレっちも酒? 飲んでみるか……」
 土地ならではの風味を感じられるという地酒を一口、含んでみる。
 唯、アライグマの御口には合わなかったか、彼は苦い顏をして舌をペロリ、
「うわっ、妙な感じ! 普通の水でいいや……」
 旨味を味わうのは蟹と雲丹と寿司で充分と、再び箸を取った。

「こんな豪勢な宴会など初めてだ。テンションあがるなぁ」
 八重咲・科戸は式神の鼬人形を連れてわらわら、料理を取り分けたり飲料の追加を頼んだりと気遣いを見せる傍ら、ちゃっかりツマみ喰いして舌鼓を打っている。
「えぇいっ! 橫取りすんじゃねぇ!」
「まぁまぁ今宵は無礼講!」
「いや蟹は許さねぇ!」
 鼬人形とアライグマが小競り合いする中、科戸は上座へススス……折しもグラスを開けた物九郎に酒を勧める。
「猟団長どの。私が酌をしてやろうではないか」
「ン、じゃそのビール貰いましょっかや」
 上司の飲み具合を見る細やかさも、注ぎ方の丁寧さも素晴らしいが、如何せん下心が丸見えだ。
「こうして酒を飲み、酒に飲まれ、あわよくば出來上がった殿方を……ぐふふ」
「ぐふふ、て。ココの面子で適齢期っポいのっつったら、あすこの覆面レスラーくらいしか居ねーでしょうわ」
「……その手があったか!」
 顎でしゃくる方向には、男として脂が乗り始めた影郎。
 二人の視線に気附いた彼は、然しグラスを手に覆って斷った。
「あ、俺は酒はパスで。能力者は酒が飲めないんですよ」
「え、飲めない? なん、だと」
 能力に関わる大事かと耳を澄ました佳人は、影郎が再び口を開くのを待つがてら、彼の膳に竝ぶ刺身をヒョイヒョイ口に運んだ。
「うん、飲むとね……いや、そこ『あーん』てする流れでしょうが八重咲さん!?」
「いや、流茶野どのの語りを邪魔してはならんと思って」
「だからって何で摘み食いしちゃうの……」
 噫、うっかりイタチ。
 一族斷絶の危機はまだ免れそうにないと、遠目見ていた天邪鬼が愉快げに嗤った。

 兎に角、酒は嗜まぬ影郎だ。
 その代わり里海料理を愉しもうと、(一区画なくなった)刺身に箸を伸ばした彼は、北陸の魚の旨さを味わいつつ、約一ケ月に渡る死鬪の末に摑んだ勝利を實感した。
「いやいや、お陰樣で戰爭も終わり……この世界も落ち着きました」
 刺身を食べた後は、きめ細やかな肉質の能登牛を食べる。うまい。
「こちらの人間として大変お世話になりました」
 次いで寿司を食べる。これもうまい。
 大きな戰果として美味を嚙み締めた彼は、立派なタグをつけた蟹と目を合わせるなり手を伸ばす。
「…………」
 喋らない。默々と食べる。
「…………」
 だって蟹だもの。

 そんな影郎が口を開いたのは、がっつり蟹を食べ終えた後。
 感慨深げに面を上げた彼は、魚の他にも絶品はあると言わんとすれば、にこたまが、にこたまが――、
「ほら、鮪以外も美味しいものが……」
「――――」
 泣いていた。
 金瞳いっぱいに溢れる涙が頬を伝う儘に、靜かに鮪を食べていた。
(「ウワッしみじみ泣いてますわ」)
(「……そっとしておきましょう」)
 影郎と物九郎が密かに一瞥を交したとは知るまい。
 合成食材以外を食べられる機会など滅多に無いと、天然鮪に眞摯に向き合った少女は、邪魔する者は何人たりとも許さぬオーラでモグモグ……話し掛けようものなら、「あ゛?」と睨め返されそうな気迫だ。
 佇まいは淑女然と、然し纏う殺氣はチンピラのような――恐ろしいアンバランスを共存させて鮪を食べたにこたまは、箸を置いて合掌。美味を育んだ海の惠みに感謝する。
「ご馳走樣でした」
 この時、漸く頬の湿りに気附いた彼女は、そと纎指に拭って皮肉をひとつ。
「む、涙……ふっ、私にもまだ涙を流すような可愛げが残っていたとは……」
 ここで唐突なシリアス展開――!?
 いつにない彼女の樣子に、仲間達は「だいじょうぶかな」と心配を寄せるのだった。

「……た、慥かに影郎殿が仰る通り、蟹が絶品でござるなぁ!」
 咄嗟に場を和ませたのは咲花。
 人里離れて修行に明け暮れたぼっち忍は、瀟洒な器に入れられた調味料にも好奇を寄せて“味變”を愉しむ他、初めて食べる蟹味噌、そして蟹の出汁たっぷりの汁物を飲んで社会を學ぶ。
「お刺身もスーパーで見るのとは全然違うでござるう! 脂がのってるのにしつこくないでござるし、舌が蕩けるようでござるなあ!」
 過去において老舗旅館で高級料理を愉しむ機会など皆無。
 折角頂戴したご縁を大切にしようと咲花はナマコにも挑戰し、コリコリとした齒應えに瞳を丸くした。
「んむ……噛んでいる間に磯の馨が抜ける……!」
「ほーん、珍味もいきましたかよ。……ま、気になったモンから好きに喰いなさいや」
 無垢なチャレンジャーに聲を掛けたのは物九郎。
 これまで贅沢に触れて來なかったっぽい境遇を察したか、天邪鬼も少しだけ鳴りを潜めて優しめになる。
「俺の膳のモンと酒以外なら何取ったっていっスよ」
「猟団長殿は感謝にござる!」
 ぽややっと花を咲かせて中央の料理を眺める咲花。
 見ればウィンザーが口いっぱいに肉を頬張っており、その表情に誘われた少女は箸を伸ばしてぱくっ。
「……こ、これがホントにお肉でござるかあ!?」
 時が止まる。膝が振える。
 柔かく蕩ける纎細さも素晴らしいと瞳をカッ開いた咲花は、皿に取り寄せた肉寿司に戰慄した。
「せ、拙者が今まで食べていた肉とは次元が違うでござる……!」
「あの、龍巳さん?」
 今までどんな肉を肉として食べて來たのか――。
 影郎が少女を心配そうに見れば、物九郎は肘掛けに片肘を預けながら嘆聲ひとつ。
「龍巳はこの世界出身っつっても、世俗から離れてた系ですしな」
「……おいたわしや」
 咲花も、或いはにこたまも。
 死を遠ざけた今、彼女達に靑春の日々が來ますようにと願うばかりであった。

 そんな中でもド安定で食彩を味わっていたのが雁之助だろう。
 夜が深まった今、モコこそウトウトと丸くなっているものの、相方を撫でる手はその儘、のんびり手酌で酒を味わう貫禄は流石と云った処。
 フグの卵巢の糠漬けを肴に、仲間の賑々しさを見守る彼には、折に物九郎が身を乗り出して問うた。
「水貝は酒に強そうですわな。――ヘイ、酒に合わせるにゃ何がイイのか教えなさいや」
 シルバーレイン世界もUDCアースも、現代の地球である事には變わらない。
 なればうまいモンの曰くは、地球を旅する大将に聞くべしと水を向ければ、雁之助は今の皿を示して答えた。
「んー、このフグの卵巢の糠漬けとかは、石川県以外だと餘り食べれないしお勧めかな?」
「郷土食ってヤツでしょっかや」
「そうそう、後はナマコの酢の物とか? モコも魚とか結構食べれる方なんだなー」
「ほーん、主從揃って魚介イケるクチっすか」
 鋭い金瞳は雁之助の手元へ、モコに結ばれる。
 然れば雁之助も相棒の穩かさに安堵を重ねて云った。
「この土地でしか作られない伝統の味も、戰爭で負けてたら途絶えちゃったろうし……何より大切な人を奪われる悲劇を生まずに済んだのも良かったんだなー」
 爭いを好まぬのんびり屋は、杯に映る己の微笑を見つつ、ちびちびと酒精を味わうのだった。



 食事の愉しみ方は其々とはいえ、ウィンザーの飲みっぷり喰いっぷりは豪快そのもの。
 文字通り浴びるように酒を飲んだ彼は、極上の喉ごしに滿足気に頷くと、肉に魚に、特に寿司をいっぱいに頬張って胃袋を悦ばせた。
「天然スシうめえ! 天然スシうめえ!」
 今日はハメを外す日だと、彼は宴を心から樂しんでいる。
 多くの部位を機械化義躰に換装したものの、核はまだ若々しい二十代! しかも前半! 多少無理をしてもセーフ!
 この若さを謳歌しようと、ぐびり酒を煽った彼は、三度目の乾杯をして宴席を盛り上げた。
「まだまだいくぜー! 乾杯だッ!」
「「乾杯!!」」
 蓋し心地好い酩酊に抱かれながらも、理性はまだある。
 後で胃腸藥を買っておこうと思ったのは祕密だ。

「はい。何度でも乾杯しましょう。夜はこれからです」
 次々と運ばれる料理を、作法に則って丁寧に翫味するシノギは、大海賊ながら姿勢も礼儀も正しい。
 特に能登牛の陶板焼きを珍しそうに味わった佳人は、最高の贅に抱かれる舌に更に美酒を潜らせた。
「食べ慣れている訳でもないのに、いきなり最高を味わって良いのでしょうか」
 職業柄、海の幸は知ったものだが、肉料理などは餘りちゃんとしたものを食べた事が無い。
 こんな時は飲み慣れた酒が伴してくれようと、幾度と杯を傾けたシノギは、飲んで、飲んで――遂に仕上がった。
「んー、あれ、お酒なくないです? うらー、お酒無いですよ、お酒ー!」
 繊手に摑んだ一升瓶を高らかに掲げ、おかわりを要求するドール。
 どういう原理か花顏を赤く染め、イイ感じに酔っ払ったシノギは、浴衣姿で雜に胡坐をかきながら、太腿をパチンと叩いて笑い出す。どうやら笑い上戸らしい。
 そのあられもない姿には、雁之助が心配の聲を寄せるが、何處吹く風。
「んー、適度にお茶とか飲んだらどうかな? 二日酔いの心配もなくなるよー?」
「……ふふっ、お茶を……んフフ……ふつか酔い……くく」
 何気ない言葉に大笑い、聽こえるもの見えるもの全てに噴き出す、完璧なゲラとなる。
 頗る樂しそうに笑う彼女には、雁之助もそれ以上は言うまい。
「ま、そうやって飲むのが好きみたいだし、其の辺は自由だけどさ」
「あ、こちらが雁之助樣オススメのお酒ですね。ありがたくちょうだいします」
 そう云って一気に酒を煽ったシノギは、なんと旨い酒かと法悦の表情を浮かべて上座へ、ぎょっとした顏の物九郎に躙り寄った。
「あ~~猟団長樣ぁ。飲んでます? 飲んでなくらいです?」
「うわっ、出來上がってんじゃニャーですかよ」
「たっくさん飲みまひょうよ~~ほらほらぁ~~」
「アーアーうるせえうるせえ。俺めは俺めでちびちび酒舐めてるトコですっつの!」
 これは立派な絡み酒。
 虹色の瞳をとうろりとさせながら、物九郎のグラスいっぱいに酒を注ぎ、零れそうになる縁に慌てて脣を寄せる彼を見てまた笑う。ヒーって言う。

 ややこしくしたのは科戸だ。
「そうだ、猟団長どのも飲めぇ! 美女達に挟まれて酒池肉林だな嬉しいだろおらぁ」
「……酌でどうとか言ってた自分が眞っ先に出來上がってんじゃニャーですか」
 すっかり飲んだくれた彼女は、シノギと二人、物九郎を挟んでムギュムギュ。彼が眉を顰めるのもお構いなしに頭をアームロックすると、酒瓶を突っ込まんとした。
「ほれほれ~♪」
「ほらほら~♪」
「くっ……おたくら……」
 一升瓶のイッキという令和ではNGなかわいがりを、ギリギリで擦り抜ける物九郎。
 液体要素のある猫の因子が無ければ危うい場面であったが、これを見たウィンザーは流石だと感心した。
「すげぇ猟団長、兩手に花だぜあれ!」
「花なモンですかよ……」
「華麗に立ち回ってるよなー。王の器ってあぁいうのなんだよなー! 分かんねぇけど! 勉強になるぜ!」
「おうのうつわ」
 そう言われるとまぁまぁ許せるからチョロイ。いや寛大。
 ならば勉強しなさいやと、シノギと科戸の首根っこを摑んでウィンザーの所へ投げ飛ばそうと思っていた物九郎は、執拗に蔓を絡める二輪の紫蘭をその儘、適当にあしらうのだった。

●KARAOKE!
「カラオケ大会やろうぜうぇーい!」
「「うぇーい!!」」
 唐突に舞台へ上がる科戸に對し、周囲のノリも良い。
 一同の拍手に手を振った佳人は、鼬人形を集合させると同時、スポットライトを要求した。
「一番、八重咲!【カクリヨ片恋ブルース】ぅ!」
 ドゥワワ、ドゥワ♪ とムーディなコーラスを添える式神達。
 愛らしい人形が躍り出す中、情感溢れるオリジナル・ソングが披露された。

 ――目をそらしーたまま汽笛がなるぅー♪

「ウワッ、ブルースでヘンなギア入りましたでよ」
「っわははは!! 科戸樣、めっちゃ歌、歌が……っ!! ひー、ひーっ」
 物九郎が露骨に引く中、ツボに嵌って悶えるシノギ。どういう訳かちょちょ切れる涙を纎指に拭う。

 ――汽車に乗るぅー貴方の背中はそっけーなくてぇ~♪

「そっけーなくてー♪」
 鼬人形に誘われる儘に合いの手を入れるは咲花。
 彼女は盛り上げ役に徹するつもりだったが、可憐な聲を拾ったシノギはにへらと咲みつつ、入曲リモコンをぬんっと渡して云った。
「あー? 咲花樣も歌うんですか?」
「え? え? せ、拙者も歌うでござるか!?」
「任せてくらさい、私の美聲でアシストしまふよー!」
「そ、それは頼もしいでござるが……おシノギ殿は酔っ払い過ぎでござるなあ!?」
「大丈夫れす」
 吃々と上機嫌で笑うシノギを心配しつつ、もじもじと端末を受け取る咲花。
 見れば最近のドラマの主題歌もあると、暫し液晶画面を眺めたなら、物九郎が自由に選曲しろと顎でしゃくった。
「気になんならなんか歌えばイイでしょうわ。そら、練習練習」
「ちょっと恥ずかしいでござるが……」
 何事も経験だと背中を押すのは物九郎だけでない。
 傍らで電話帳みたいな厚さの歌本をペラペラ捲っていた影郎が、「次いいですか」と続いてくれるのを見た咲花は、ちょっと気になっていた一曲を入力すると、再び和々と合いの手を入れるのだった。

 ――行かないでぇー、今夜は独りになりたくないのに゛ぃい゛!

 一方の科戸は悲惨だ。
 髪を振り亂し、鬼氣迫る形相でシャウトした佳人は、涙を滲ませ荒寥の風を吹かせ始める。
「……なんかどんよりしてきたぜ」
 これは魔曲であると判斷したラスカルは、迷わずイヤホンを装着。
 優れたノイズキャンセリング機能によって、雜音を完全にシャットアウトだ。
「どうにも悲しくて仕方ねぇぜ! よく分からねぇが頑張れ、応援してるぞぉ!」
「いいぃぃいん!」
「おぉ! がんばれー!」
 追加の酒を運んで來たウィンザーはノリノリ。手をブンブン振って声援を送る。
 酒に酔っているからか、彼も曲に合せて泣いて笑って忙しく、宴席は少し異樣な空気に包まれ出した。

 ――あぁあ~! カクーリーヨー片恋ぶるぅーすぅ~よぉおおお!!

 餘程の氣迫に式神さえビビったか、身を寄せ合って舞台から逃げ出す鼬達。噫、風が泣いている。
 シノギはもう何から何まで可笑しいと長い脚をバタバタ、隣でバンバンと膝を叩くウィンザーと共にハイテンションが止まらない。
「あーお腹いたい! よじれまふ!」
「俺もだ! こんな時は酒をカッ込んで胃袋を眞直ぐにするしかねえ!」
「ウィンザー様ぁ? いい飲みっぷりですねぇ? この大海賊がお酌してあげましょー!」
「おっと、ありがとうな! 宴会はこうじゃねぇと! 酒うめぇ!」
 ざぶざぶと注がれる酒も何のその、ウィンザーがグイッと飲み干せばシノギもぐいぐい。
 滝のように涙する科戸の前、賑やかさは増すばかりだ。

「ラウドなロックに變わった挙句、泣き上戸までキマり始めましたわ」
 渾沌と化す宴席で重い腰を持ち上げたのは、物九郎。
 モザイクの空間からニュッと魔鍵を取り出した彼は、精神攻撃も物理攻撃もイケる鈍器を手に舞台へ近附く。
「……停めとくかァ」
「うぉおおお!? 私はまだ歌い足りな――何をするだァーッ!」
 暴れる科戸。
 だが此處で諦める訳にはいかない。
「父樣、兄樣、ついでに姉樣ぁあああ! 私は必ず託された使命をぉを! わ、私は……私に、一族の願い、が……っおろろろろろ」
 嗚咽交じりに何を言わんとしたか。
 其は翌朝の彼女に問い質しても判るまい。何故って二日酔い確定だから。
 頑なにマイクを離さぬ科戸を半目で見ていたラスカルは、
「馬鹿馬鹿しいぜ……」
 と、三角耳をフルフルと搖らすのだった。

●HADAKAODORI!
「乱痴気騷ぎには乗り遅れてしまいましたが、巻き込まれなくてよかったと思いましょう」
 科戸の歌で涙を乾かしたにこたまが、箸の代わりに取ったのは情報端末。
 今日は來られなかった仲間に打ち上げの樣子を見せようと、カメラ機能で動画を撮っている。
「特に猟団長の樣子は、親御さん……いえ副団長に送らないと」
 そう呟いた瞬間、カメラに肌色が過る。
 レンズ越しに刮眼した警官は、とんでもないモノを🔴RECしてしまった。

「……改めてですが、本当、皆さんには感謝していますよ。こんなに誰も死なない戰爭なんて無かったですから」
 舞台で一曲歌い終えた影郎が、しんみりと口を開く。
 嘗て多くの訣別があったとは察せよう、寂寥が滲む言を聽いた一同は、暫し沈默を捧げて彼を慰めた。
「――で、シリアスは此處で畢りだ」
「?」
 自ら靜粛を破った影郎は、浴衣の袖から徐に覆面を取り出すと、それ以外を全て取り払うッ!
「これから先はフルスロットルだ!」
 宴席に響き渡る、勇敢なるバリトン。
 男は首から下を眞裸に、一際の宴会魂を見せた。

「あははは!! ルチャ影樣、急に、めっちゃ脱いで!!」
 影郎の胆力に笑い転げたのはシノギ。もう涙が止まらない。
 盆一つも持たぬ潔さには、ラスカルが思わず口を開いて、
「成程、コレが『頭隱して尻隱さず』ってやつか!」
「うおおおっ! これが噂に聞いた宴会芸【HADAKAODORI】!!! 今は覆面を被るのがマストなんだな!」
 実際に見るのは初めてだと、ウィンザーもばっちり社会勉強。
 全裸という大胆さと豪快さが、お祭り感もあるなぁとウンウン頷いている。

 ――だがダメだ。
 全年齢の宴席で暴挙は罷りならぬと立ち上がったにこたまは、浴衣姿でも身に附けていた警笛をピーッと鳴らすと、舞台を遮るようにして影郎の確保に掛かった。
「流茶野さん、ホールド・アップです!」
「くっ、離せ! にこたまー!?」
 強く反抗する変態を摑み、舞台袖に連れて行く武装警官。
 彼女の配慮で男の裸は遮られるが、本人はモロに見ていよう。
 ぼかし処理もない「ワイハン警察24時」みたいな展開には、シノギもウィンザーも大爆笑で、予め練習していた余興なのかなとも思い始める。
「あははは!!! 逮捕されてますし!!!」
「連行されるまでが流れなんだな! おもしれぇ!」
「コントですか!? コントですね!! ひーお腹いたいぃぃ!」
「さすが異世界! さすがNINJA! さすが警察! 感動したぜ! サイコー!」
 口笛がピーピーとなり、万雷の拍手で滿つ宴席。
 哄笑やら竊笑やら、樣々な笑聲が響く中、ラスカルだけはポツリ、
「……オレっち、動物でよかったぜ」
 と、胸を撫で下ろすのだった。

 ――結果。
 影郎は覆面ヌードに至った動機や身元の確認、及び注意を受けて解放された。
「いやはや、ひどい目にあいました……」
 這う這うの体で宴席に戻ってみれば、また樣相が變わっていて、据わった目で飲み続ける者や酔い潰れて寝入る者、カラオケを愉しむ者に踊る者など、宴会終盤の独特な渾沌が生まれていた。
「ン、おかえり。もうデザートきてるぞ」
 小さいながらも樣々な料理を最後まで愉しむラスカル。
 雁之助も香の物が出された時点で酒は切り上げ、里海料理の締めくくりを味わっている。
「んー、いしりの焼きおにぎりも中々乙だねえー」
 魚醤の芳ばしい馨りが広がる中、影郎はシノギら爆眠中のメンバーに上着を掛けて回り、終わりの挨拶が済んだら、皆で運ぼうと聲を掛ける。
「拙者もお手伝いするでござるよ!」
 まだまだ元気だとは咲花の笑顏。
 聽けば大浴場は夜も開いているそうで、今度は雪景色を見ながら浸かろうと皆々で約束した彼女は、まだ樂しみはあると佳顏を輝かせている。
「でも戰疲れもあるでござろうし、温泉でゆっくりした後は、ぐっすりかもしれぬでござるなあ!」
「おう寝ろ寝ろ。そんで明日からまたキリキリ狩ってけばいいんでさ」
 和倉のご当地スイーツに串を入れながら言を添えるは物九郎。
 平穩に眠れる夜を作ったのは他でも無い猟兵だと、口をむぐむぐ美味を嚙み締めた彼も、今夜はたっぷり寝る心算だ。
 今日一日くらい猟兵業はお休みだとは影郎も深く頷いて、温泉から卓球、宴会までを存分に愉しんだ仲間を見渡して頬笑む。
「――何にしても。樂しい旅行になって良かったです……本当に」
 この一日が、皆にとって良き思い出となりますように。
 眼鏡の奧の黑瞳は、死鬪を共にした仲間達を映して柔かく緩むのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年03月03日


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