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羅針盤はその胸に

#ダークセイヴァー #ノベル

紫・藍




●諦観の闇と、なんか眩しいの
「山の向こうの領主が殺されたらしいよ」
「なんでも猟兵とかいうよく分からん連中で、領地はそのまま領民に解放されたとか」
「ああ、わかったわかった、よくある御伽噺という奴だ」
 ある日、猟兵という存在の話が伝わった時。
 この地の人々はどうとも思わなかった。
 少ない実りを奪い去り、気まぐれで領民を殺す恐るべき吸血鬼に支配される彼らにとって、それはあまりに荒唐無稽な話だった。

「湖の向こうで、『闇の救世主ダークセイヴァー』とかいう連中が吸血鬼と戦っているそうだ」
「反乱か? そう纏まった数が集まるのは珍しいな」
「例の猟兵というのに助けられた連中の集まりらしい」
「ははあ、空想の英雄にか? それで戦えるなら、大した気概だが」
 闇の救世主の話を聞いた時も、彼らは動こうとは思わなかった。
 暗く冷え切ったこの世界は人々の気力を奪うにはとても適した環境で、村の人間はやせ細っていた。
 自分だけなら夢を見て旅立つこともできるだろうが、老いた親、幼い子供を見捨てるわけにはいかない。

「はっじめまっしてー! ダークセイヴァーに光を! 文化を! 夢を! 藍ちゃんくんでっすよー!」
「は?」
「は?」
 それ・・が現れた時、人々は目を丸くして驚くばかりであった。
 御伽噺と諦めるには、遠い話だと眺めるには。
 紫・藍(変革を歌い、終焉に笑え、愚か姫・f01052)はあまりに煩く、眩しく、存在感に満ち溢れていたのだから。

●邂逅
「さあさあ! もっと盛り上がっていっくですよー!」
「……なあ、なんだコレは」
「こっちに聞くな。少なくとも吸血鬼よりはマシだろう」
 さて、当然と言えば当然だが、あまりに明るくうるさい藍の存在がすぐに受け入れられたかといえば、勿論そんな事は無かった。
 まず初めに、村人たちは藍をこれまでの吸血鬼に代わる新しい支配者と考えた。
 力で一帯を統べるオブリビオンが、また別の強者によって追放されるというのは偶にある事なのだ。
「♪~……あ、お仕事ある人はちゃんと終わらせてから、楽しみまっしょー!」
「だってさ。俺は行くが……」
「ウチは刈り入れも終わってるし、もうちょっと歌を聞いていこうかな」
 少なくとも、歌や踊りを見せてくるだけなら今までよりは良い。
 そんなマシ・・な強者の機嫌を取ろうと、村人の一人は舞い踊る藍のパフォーマンスを、物珍し気に眺めていた。
 その足が、拙いながらにリズムを刻み地を叩いている事は、彼自身も気づいていない事だった。

「やあ藍ちゃんくん、今日も歌はあるのかい?」
「もっちろんでっすよー! 楽しみにしてくださいね!」
 それから幾日か経つと、藍は意外なほどスムーズに馴染んでいた。
 元より、彼は最初から友好的に人々に接していた。
 そういった事態に村人たちが慣れていなかったから最初は警戒されたものの、暫く経てば彼に悪意が無い事は皆が知るところであったのだ。
「そういえば、最初は此処に文化をなんて言っていたっけ? 教え子か何かが欲しいなら、子供たちならついていけると思うが……」
「ちょっと違うですよー? 藍ちゃんくんは、藍ちゃんくんみたいな人を増やしたいけど、藍ちゃんくんを増やしたい訳ではないのでっしてー!」
 その頃になると、村人と藍の間でこんな会話が交わされるようになった。
 見事な歌と踊りを見せる藍の様に一歩踏み込んで、何故、何のために彼は歌うのかと。
「藍ちゃんくんはでっすねー! 藍ちゃんくんを見た人たちに――」

●残滓
 ふと、男は微睡みから目を覚ました。
 その身体が横たわっている寝台は、藍と出会った頃のものではない。
 男の透き通る・・・・身体も、また。
 自分がどのように魂人になったかは曖昧だ。思い出すと無性に悲しくなるが、これが悲劇的な最期ゆえか、幸福だったゆえに傷へと変わったのかも分からない。

 周囲の魂人を率いてオブリビオンから逃げるこの男の魂の中で、やたらと元気なダンピールに出会った頃の記憶が妙に鮮明だ。
 彼の歌や踊りは確かに楽しいと思った筈なのに、永劫回帰の力を行使してもこれが傷に成り果てる気配はなかった。
 男は、それが何故なのかをなんとなく知っていた。

「さあ、今日も出発するぞ! どこかに第4層へ続く道があるかもしれない!」
 この記憶はきっと幸福ではなく、それを目指すための導なのだ。
 諦観の中で立ち止まるのではなく、今日の絶望を変えるために進む上での微かな助け。
 あのダンピールの歌を思い出すと、不思議と現実を諦める気が無くなってしまう。
 ――藍ちゃんくんを見た人たちに夢を見て欲しいのでっす! 暗闇でも見失わない、眩しい夢を!
 暗闇を進む彼の胸の中には、あの日貰った無形の羅針盤が、今もうるさく背を押すのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年01月19日


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挿絵イラスト