●遠い昔のはじめまして
――ほら、おいでアーディ。
機械とは、役目を与えられて造られる。
何かを為す為の姿と機能を持って生まれた彼らは、その役目こそが存在理由だ。
――……? この子はだぁれ?
――この子の名前はアーディ。今日から一緒に暮らすんだ。仲良くできるね?
――わぁ、ふかふか! もちろんよ、すっごく可愛いわ! よろしくね、私の……。
高度な科学が発達した世界でも、それは変わらずに。
人と遜色ない知性と感情を与えられた機械たちも、役目の為に
活動している。
では、原初の役目が終わりを告げた時。
彼らは何を思うのだろうか?
●存在理由
(……スリープモード解除。各部チェック問題なし、助力対象を検索……アイ・カメラの視野異常……暗視モードを起動)
アーディ・シュプルングが目を覚ました時、彼の身体は土に埋まっていた。
珍しく心ある人間の目に留まったらしい。
脈の無い、冷え切った身体の犬が横たわっていたのを憐れんで、埋葬してくれたのだろうか。
もっとも、さして問題はない。ギシギシと、金属が軋む音を鳴らしながらアーディは土の中から這い出てくる。
ふるふると身を震わせて纏わりついた土を飛ばす様だけ見れば、その姿は可愛らしい
愛玩犬のようにも映る。
鼻をひくつかせて周囲を探る素振りを見せる彼の正体が四足歩行の頭脳戦車であるなどと、専門家でも見破るのは難しいだろう。
もっとも、このサイバーザナドゥにおいて珍しい野良犬というレッテルは、すべてにおいて間違いではない。
創造主と主人を亡くし、アーディへの命令権を持つ人物が居なくなってしまった今の彼は、確かに『野良』なのだから。
共に生きる人々を失い役目を終えた筈のこの機械は、しかし熱心に周囲の情報を収集する。
カリカリと後ろ足で耳周りを搔いているその瞬間にも、彼の“機能”は休むことなく動き続けているのだ。
高感度のカメラアイが静かな駆動音と共にピントを調整し続け、嗅覚センサーに入るすべての情報をAI頭脳が分析し、柔らかな耳の内部に仕込まれたマイクは常に異音を警戒していた。
「……ぇ」
(――人間の幼齢個体の音声を確認。助力対象と推定し、発声源への移動を開始)
その行動に変化が起きたのは、本来の犬ですら聞こえぬような小さな“声”をアーディが聞き届けた時である。
瞬間、弾丸の如き勢いで走り出したアーディの身体から、これまでと比べると大きなモーター音が響く。
普段は『犬』として振舞う為に制限されている彼のスペックが全力で稼働し、人気のない裏道を疾風のように駆け抜けていく。
変化は、驚異的なスピードを発揮する脚部に留まらない。
彼の全身を覆う柔らかな体毛が身体の中へと格納されていき、普段隠されているもう一つの姿が露わになっていく。
硬い装甲に覆われ、鎧を纏うようにも見える変化を、駆動部の隙間から僅かに覗く内部機械が否定する。
アーディが持つもう一つの形、赤と青を基調とした戦闘用ボディに変化する『戦車』が、僅かな匂いを辿って目的地へと急行していった。
「や、やめてぇ……来ないで……」
アーディが走っていった先に居たのは、涙を流して震える幼い少女だった。
彼女の前で暴力的なナイフアームを煌めかせる
警備員ロボットは、明らかに違法な改造を受けた暴走オブリビオンである。
数秒後には返り血で赤く染まるであろうその機械と少女の間に割り込むように、アーディは飛び込んでいく。
「ひ……! いやぁ!?」
だが、それはますます少女に恐怖を与え、彼女を恐慌状態に陥らせる。
偶々オブリビオンの標的にされてしまった彼女にとって、突如現れた四足の機械もまた、自分を容易に殺し得る恐怖の対象なのだ。
(対象のパニック状態を確認……対応を開始)
もし、アーディが正義のために此処に来たのであれば、オブリビオンを破壊すればそれで良いだろう。
だが、彼は犬の形を与えられた機械なのだ。
そうであるために、普段は遠吠えや唸り声だけを発するスピーカーを、会話用に設定して声を発する。
機械の身体を見られようと、犬ではあり得ぬ声を聞かれようとも……彼が
彼であるために、より大切な事実を告げる為。
――ねえ、どうしてアーディは犬なの? 猫とかお猿さんじゃあ駄目だったの?
――犬はね、昔からこう呼ばれていたんだよ。私たちにとってはじめての……。
「ワタシはアーディ……
人間たちの友人です」
今でも彼が走る理由を優しい声で告げてから。
一匹の犬は、勇ましくオブリビオンへと飛び掛かっていった。
成功
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