ホワイトクリスマスと呼ぶにはあまりにも
●冬のアルバムはいつも白く、切なく……
それは去年のクリスマスの事。
「私……くんと……」
親友だった少女の、突然の告白。それは自分が付き合っていた男と親友が、自分の知らない間に通じ合っていたという事だった。
次に来たのが、ぱあん、と乾いた音。自分は思わず親友の頬を張っていた。確かに自分は多忙であり、恋人とはいささか疎遠ではあったかもしれない。それでも、このような事態が我が身に降りかかるなど、まったく想像もしていなかった。考えてみれば、自分は恋人に寂しい思いをさせてしまったかもしれない。そして親友もどこか心に埋めるべき隙間があったかもしれない。そして、寂しい心を抱える者同士が出会った時、それを互いで埋め合う事になるのは必然だったかもしれない。
ただ、そんな事は自分には関係がない。自分に降りかかってしまった出来事は、恋人と親友を同時に失った事であった。よりにもよってクリスマスの日に、である。
……全て、思い出してしまった。目の前の少女によって。
●どす黒いアルバムの持ち主
「ありえん!」
今日がグリモア猟兵デビューとなる、不破・静武(人間の非モテの味方・f37639)は激怒っていた。
「僕だったら恋人を裏切るって悲しませるなんてことは絶対しないというのに!これだからリア充っていう存在は!やはりリア充は悪なんだ!」
静武はいわゆる年齢イコール彼女イナイ歴だ。そのため、彼女を裏切るなどという行為は想像の範囲をはるかに超える出来事だったようだ。ただそれはリア充云々とはあまり関係がないような気もしなくはない。また静武だって(多分あり得ない仮定だけど)彼女できてみたら考えが変わる事だってなくもあるまい。あっちゃあいけないことではあるけれど。
「……ともあれ」
ひととおり激怒って落ち着いたのか、改めて静武は猟兵たちに語りだす。
「この女の子、ユキって子なんだけど、アリス適合者としてアリスラビリンスに流れ着いたと」
他のアリス適合者同様、あまりにつらすぎる記憶を失い、そのまま扉を探してアリスラビリンスを彷徨っていたのだが、猟書家『ホワイトアルバム』によって記憶を呼び戻され、心の傷を呼び起こされたがゆえに暴走してオウガになりかけているらしい。そしてその心象風景に相応しい氷の力で周囲を絶対零度の氷の世界に変えようとしている。
「今ならまだ間に合うので、なんとかユキちゃんを救って、ホワイトアルバムを倒してほしい……んだけど……」
そのために必要な事はまずユキの心に訴える事だ。だが果たして、恋人と親友の裏切りという、最悪に近い形での失恋からいかにして立ち直らせたものか……恋愛経験皆無どころか人付き合いすらまばらな静武には、どうしても良い考えが浮かばないようだ。
「……みんな、なんとか頼んだ!!」
改めて静武は猟兵たちに頭を下げた。かくして猟兵たちは極寒のアリスラビリンスへと向かうのであった。
らあめそまそ
猟書家の名前ネタ第2弾。らあめそまそです。
今回のシナリオにはプレイングボーナスがあり、これをプレイングに取り入れる事で判定が有利になります。
プレイングボーナス(全章共通)……アリス適合者と語る、あるいは共に戦う。
アリス適合者の少女『ユキ』は、恋人の男性と親友の女性がくっついてしまうという悲劇に見舞われ、心に深すぎる傷を負っております。一体どうすれば心の傷を多少なりとも癒す事ができるでしょうか?それは皆様にかかっております。なかなか厄介ではありますが、なんとかして救ってあげてください。
それでは皆様のご参加をお待ちしております。
第1章 ボス戦
『雪の女王』
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POW : 【戦場変更(雪原)】ホワイトワールド
【戦場を雪原(敵対者に状態異常付与:攻撃力】【、防御力の大幅低下、持続ダメージ効果)】【変更する。又、対象の生命力を徐々に奪う事】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD : 【戦場変更(雪原)】クライオニクスブリザード
【戦場を雪原に変更する。又、指先】を向けた対象に、【UCを無力化し、生命力を急速に奪う吹雪】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ : 【戦場変更(雪原)】春の訪れない世界
【戦場を雪原に変更する、又、目を閉じる事】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【除き、視認外の全対象を完全凍結させる冷気】で攻撃する。
👑11
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●「キリスト教も信じてないのにクリスマスに恋愛ごっこなんかやる風習があるからこんなことになったんだやはりリア充は(ry」by不破静武
『……寒い……』
全てが凍り付いた世界で、かつてユキだったものはひとり佇んでいた。それはまさにユキ自身の内面の具現化であった。ホワイトクリスマスだからといっても限度がある。それは純白ではない。無色。いや無の具現化。全てを凍らせて無に帰す、そんな世界だった。
自分の中にある寒さを全て吐き出せば、この寒さから逃れる事ができるのだろうか。だが、どんなに凍らせても凍らせても、この寒さが自分の中から消える事がない。まだ足りないのだろうか。ユキは全身からさらに冷気を発し、世界はますます凍り付いていく……
ユキことオブリビオン【雪の女王】の能力は以下の3つだ。
【ホワイトワールド】は極寒の世界そのもので敵対者にダメージを与えつつ攻撃力・防御力低下のデバフを与え、さらに敵対者のダメージで自らを強化するものだ。攻防一体な上に、極寒の世界そのものが攻撃手段なので回避も困難といえよう。
【クライオニクスブリザード】は指先を向けた相手に吹雪を飛ばし、生命力を奪った上にユーベルコードを封じるという極悪な効果を持つ。しかも極寒の世界で繰り出される超高速かつ広範囲な吹雪は回避も困難といえよう(2回目)。
【春の訪れない世界】は目を閉じる事により、『視認していない』対象を冷気で完全凍結させるものだ。当然目を閉じれば何も見えないので実質上範囲内の全ての者が対象となる。完全凍結が強力なのは当然としても、極寒の世界で冷気による攻撃は回避も困難といえよう(3回目)。
以上のように、ユキの悲しみを具現化したような強力な能力がそろっているが、ユキを説得し、凍てついた心を融かす事で、強烈な冷気も弱体化することだろう。最大の問題は具体的にどう説得すればいいのかであるが……
……皆様の創意工夫に期待しております。
フェリチェ・リーリエ
ほんとリア充の男は最低だべ!(激おこの嫉妬戦士)
なんかあのグリモア猟兵とは仲良くなれそうだっぺな。
うおっ、寒っ!?ええい嫉妬魂を燃やせ!
【気合い】の【オーラ防御】【寒冷適応】で耐えるけども、早いとこユキを説得しねぇと…!
ユキ!お前さんは何にも悪くねえ!裏切った奴が100%悪い!だいたいそんな男はちーっと寂しくなったらまたすぐ別の女のとこいくだよ、どうせ元親友との仲も長続きしねえべ!
そんな最低野郎なんぞぎったぎたのメッタメタにしてやればいいだよ!てかそんなののために苦しむことねえべ、この世界には底辺男も裏切り者もいねえだ!
指定UCで回復しつつ説得、よほどのことがない限りこちらからの攻撃はしない。
●ともあれリア充滅ぶべし
フェリチェ・リーリエ(嫉妬戦士さんじゅうななさい・f39205)はぶち切れていた。
「ほんとリア充の男は最低だべ!」
その称号が示す通り、フェリチェはリア充を憎み嫉妬に生きる生粋の嫉妬戦士である。嫉妬戦士とはリア充を憎み爆破せんとする正義の戦士……たぶん正義である。少なくとも今回案内してくれたグリモア猟兵の男なら、フェリチェを正義と認める事だろう。そんなわけで今回の事件をある意味引き起こしたリア充の男に対しては激おこであったが、その激怒の感情は別にして思った事があった。
「なんかあのグリモア猟兵とは仲良くなれそうだっぺな」
確かにあのグリモア猟兵は間違いなくフェリチェと思想を同じくしていることだろう。ただ彼は間違いなく年齢イコール彼女イナイ歴ではあるが、フェリチェもまたそうなのか、それともかつては違ったけどなんらかのきっかけで今の道を進むに至ったのか、そのあたりはわからないが。あとここだけの話、たぶん仲良くなれそうとか言うと彼も喜ぶと思うけど、いろいろこじらせてる男だから、変な勘違いをしかねないのでそこは注意した方がいいかもしれないとか思ってみた。
以上、今回あまりに重い話題なのでちょっと軽めの導入を挟ませていただきました。閑話休題。
「うおっ、寒っ!?」
アリスラビリンスに到着したばかりのフェリチェをさっそく極寒の世界と大寒波が出迎えてくれた。ターゲットであるユキがまだ見えていないのにこの有様だ。アリスラビリンスにだってそりゃあ冬は存在する。だが、そこは本来愉快な仲間達によってきれいに整えられた不思議の国、おとぎ話や夢の世界のような場所なのだ。このような人間の生存を脅かし、生命の存在を拒否するような虚無的な極寒の世界ではない。
「ええい嫉妬魂を燃やせ!こんな所で倒れるわけにはいかねえだ!」
リア充によって苦しめられた哀しき魂を救うために、自らの闘魂を燃やして体内より出る情熱の炎で寒さに耐えつつフェリチェは進む。この寒さもユキを説得さえすれば終わるはずなのだ。それが早いか、自分が倒れるのが早いか……と思っていた矢先。
『……寒い……』
猛吹雪の中に、確かにその声は聞こえていた。か細く弱弱しいが、それでもどこか通る声。ふとフェリチェがその方向を向くと……いた。間違いない。彼女こそ、氷の女王と化した、ユキだ。
「さ、寒いのはおらも一緒だべ!」
『……』
思わず口にしたフェリチェを表情のない目で一瞥すると、ユキはしばし押し黙っていたが、やがて口を開く。
『……寒い』
瞬間、世界がさらにその寒さを増した。それは文字通り全てを白く包み込み、無へと還す。まさに
無色の世界だ。その極寒の世界そのものがフェリチェの体力を、気力を奪いつくそうと四方八方から襲い掛かって来る。
「ぐっ!だ、だけんど!おら負けるわけにはいかねえだ!」
雪をかきわけ、どうにか地面に到達すると、フェリチェはそこに希少植物の種を植えた。極寒の大地であるにも関わらず、植物はわずか10秒で成長し、実を付ける。スーパーライフの名は伊達ではない。そしてその実もまたその名に恥じぬ栄養価を誇り、ひとくち食べればたちまちのうちにフェリチェの体に活力が戻って来た。
「ユキ!」
気力がもつうちにと、フェリチェは大声を張り上げた。
「お前さんは何にも悪くねえ!裏切った奴が100%悪い!」
裏切られた事は確かに悲しいが、それを完全に憎しみに転嫁できるならまだしもマシなのだ。自分にも落ち度があったのではないか、という気持ちは確実に自分の心身を傷つけ、再起を妨げる要素になる。反省は必要だが、前進を阻害してしまうなら有害でしかない。
「だいたいそんな男はちーっと寂しくなったらまたすぐ別の女のとこいくだよ!どうせ元親友との仲も長続きしねえべ!」
これは半分ぐらいは真実を突いているかもしれない。確かに一度やらかした男は、この後だってやる可能性は決して低くはない事だろう。むろんそういう状況に陥らない可能性だってあるのだろうけど、まあここはそういうものだと強弁する事も必要なのだ。
「そんな最低野郎なんぞぎったぎたのメッタメタにしてやればいいだよ!てかそんなののために苦しむことねえべ、この世界には底辺男も裏切り者もいねえだ!」
結局はこういうことなのだ。まずはとにかく立ち直ってもらわなければ先に進まない。もしかしたら知らされてない所でユキにも落ち度はあったかもしれない。だが今ここでそれを言っていても始まらないのだ。とにかく足を先に進ませる事。ユキを裏切ったんだから、そのリア充かもしれない男には、知らない所で好き勝手言われるぐらいは甘受してもらわなければなるまい。それくらいに役に立ってくれてもバチは当たるまいて……。
『……寒い……』
ユキの内面には、まだ極寒の世界が広がっている。眼前の世界はその象徴だ。だが、気のせいかもしれないが、その寒さがほんのわずかだけ緩まったように、フェリチェには感じられた。
大成功
🔵🔵🔵
禍神塚・鏡吾
連携前提
アドリブ歓迎
私には、説得はできても凍結能力の対処は難しい
サポートしてくれそうな猟兵何人か(できれば3人位)と共に依頼に臨みます
狙い目はWIZです
第一に、雪の中とはいえ状態異常やUC封じがない分、猟兵それぞれの得意技が使えること
第二に、目を開かせさえすれば攻撃が止まるということ
作戦の説明と共にUCを発動し、皆さんの戦闘力を引き上げます
まず火力が高いまたは広範囲に攻撃できる人に、雪原を切り開いて突破口を作って頂きます
続いて移動能力または寒冷適応・環境耐性の高い人に、ユキさんに声が届くところまで私の本体を運んで頂きます
防御・回復の能力を持つ人がいたら援護をお願いします
ユキさんには、その境遇に共感しつつ前に進むよう語り掛けます
「この寒さが貴女の感じている絶望と後悔なのですね
信じて裏切られるのは、さぞ辛かったでしょう」
「寒さから解放されたいのなら、目を閉ざすのはやめて歩き出すべきです
寒いのは傍に温もりがないからではなく、立ち止まっているからです
貴女はもう次の春を探してもいいんですよ」
鹿村・トーゴ
ケイラ【f18523】と
恋は不治の病
ソレは解る
けど親友と男が通じたからってこんな自棄になるー?
オレらの世界、てか郷は奔放だけどこの娘の常識は違う
秋祭りや歌垣あったら修羅場必至だなーヤバそ
UCで『ほんとは隙間風に薄々気づいてたんじゃ無いか?』問おうとしたが無効化の前にUC制止
寒さを【激痛耐性】吹雪を【念動力】で直撃避け凌ぎ又ケイラを【かばう】位置に
男の浮気…相手は親友
あんたには耐え難い屈辱だったんだろーね
親友はずっと味方って思い込んでたし
男は自分しか見てない筈だったし?
イラッとする?
そんならだんまりより八つ当たりでイイから発散しない?
(クナイを差し出してみて)死なない程度に付き合うよ
アドリブ可
ケイラ・ローク
【トーゴf14519】に誘われてココ来たけど
何よ!寒すぎ!敵さんの心象風景らしい?
💢
キミ~彼女のショックを察してあげなきゃダメよ
トーゴの故郷はフリー恋愛でキミの貞操感?も緩いみたいだけどぉ彼女は“身持ちが堅い”タイプなの、OK?
確かに今の姿(と使うUC)を見れば
その~他人より私な自己チューっぽい傾向あるかも?
でもソレは浮気される原因じゃないしそこ責めてもね
敵の攻撃でトーゴが倒れそうなら医術あるし応急手当するわ
失恋はつらいけど自己憐憫に酔いすぎも駄目よユキさん
泣いたら立ち直って元彼と親友を許容出来る女になりましょ
失敗したらその分成長よねっ?
あ、勿論あたしはやられっぱなしじゃないから
UCで反撃よ
●雪解け
季節はもはや冬を過ぎ、春に差し掛かろうとしていた。にも関わらず、アリスラビリンスのこの一帯だけはいまだ極寒の厳冬である。なぜならこの全てを凍らせるような世界はアリスラビリンス本来の気候ではない。
『……寒い……』
その中心部にいるアリス適合者で、今は猟書家『ホワイトアルバム』によってオウガとなりかけている哀れな少女ユキを救わぬ限りおさまることがないのだ。
「いやあ、助かりましたよ」
ちょうど初春のアリスラビリンスと極寒地帯の境ぐらいにて3人の猟兵たちが方針を相談していた。
「なにぶん私ひとりでは、この先にどうやって行ったものか、まったく見当がつきませんでしたしねえ」
たはは……と頭をかきながら苦笑をみせていた禍神塚・鏡吾(魔法の鏡・f04789)は、他ふたりより先にアリスラビリンスに到着していたのだが、正直なところユキを説得するための方策はあったのだが、その前提条件として必要な、極寒に対する対策がどうしても思いつかなかったのである。ただ猟兵は必ずしも単独行動の必要はない。誰もがみな万能の天才である必要などないのだ。ひとりでできない事なら皆で協力してかかれば良い……後から来た鹿村・トーゴ(鄙村の外忍・f14519)とケイラ・ローク(トパーズとアメジスト・f18523)のように。
「困ったときはお互い様!一緒にがんばりましょ!」
「そうさね、一緒に説得してくれる人がいるのはオレとしても心強いしな」
挨拶もそこそこに、猟兵たちの話題は早速実務の方に入った……が。
「それにしても、トーゴに誘われて来たのはいいけど、何よここ!寒すぎ!」
ケイラの言葉に、鏡吾は笑顔を崩さぬままだったが、そこに多少の曇りが生じたように見えた。鏡吾が応援として求めていた条件はいくつかあった。まず高速で動ける事。次に攻撃の威力が高い、もしくは広範囲である事。このあたりはトーゴは化身忍者だし、ケイラはシーフだ。ふたりとも機動力には自信があるだろうし、いくつもの戦いを経てきた熟練の猟兵なので攻撃面にも不安はないだろう。ただ、鏡吾が求めるもうひとつの条件が気になる所だった。
「この寒いのは敵さんの心象風景?まったくもう!」
戦場が戦場なだけに、味方には寒さへの耐性が欲しいと鏡吾は思っていたのだが、そこに折悪くこのケイラの発言である。やはり実際の猫と同様に、
ネコマタなケイラは寒いのが得意じゃないのだろうか。だとしたら多少不安材料になるかもだが……。
「悪かったってケイラ、安心しろ、寒いのはオレがなんとかするから」
「本当よ?本当に頼んだかんね?」
トーゴの言葉に内心鏡吾は安堵した。懸案だった寒さ対策もなんとかなりそうで、あとは自分の役割をしっかり果たすだけだ。
「では、これをお願いいたします」
と言って鏡吾がトーゴに渡したのは西洋鏡……ヤドリガミである鏡吾の本体だ。寒冷対策を持っている猟兵に自分をユキの近くまで運んでもらい、しかる後に説得を行うのが鏡吾の狙いだった。その際、ユキには3種類あるユーベルコードのうち【春の訪れない世界】がもっとも攻略しやすいと鏡吾は考えていた。【ホワイトワールド】のデバフ効果や【クライオニクスブリザード】のユーベルコード封じのような厄介な副次的効果がなく、また閉眼によって効果が発揮されるということでどうにか開眼を誘えれば解除できるという事だったが、このあたりについてはトーゴやケイラには別の考えがあるようで、接近までの細かい手段については鏡吾はふたりに任せる事にした。
「おう!オレたちに任せときな!」
「バッチリ決めてやるわよ!トーゴがね!」
「オレかよ!」
トーゴとケイラの会話を笑顔で見ていた鏡吾。ふたりの関係をはかり知る由もないが、非常に慣れた間柄のようだし、戦いに臨む度胸もありそうだ。ならばこの言葉も心の底からの真実として出てくるというものであった。
「信頼しておりますよ、おふたりならきっと、うまくやってくれるでしょうね」
「そう言ってもらえるのはうれしーな、ま、微力を尽くすって奴だ」
「そっそ!がんばってね」
「ケイラもがんばれや!」
「大丈夫ですよ」
鏡吾は笑顔で念を押した。
「私は真実をもって答えるのみです」
「それにしてもなあ」
季節の境を一歩踏み出せば、たちまち襲い掛かる猛吹雪。西洋鏡を背負いつつ、トーゴとケイラは愛用の武器を振るって吹雪を斬り裂きながら進んでいたが、寒さをごまかすためか、戦の前の緊張をほぐすためか、あるいは心底の疑問だったのか。トーゴがぽつりと。
「ざ、ざぶい……な、何よ」
「いやな、恋は不治の病ってのは、ソレは解るんだよ」
恋を病に例えたといえば、有名なのだと群馬県は草津温泉に伝わる民謡『草津節』の一節に『お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ』というのがある……昔とは書いたけど、これの成立は大正中期なのでそこまで昔ではない。トーゴが来たサムライエンパイアの300年弱後の事だ。これとは真逆に恋の病に効くとされる温泉に三重県の榊原温泉がある。こっちは『よの人の恋の病の薬とや七栗の湯(榊原温泉)のわきかえるらん』と詠まれたのが鎌倉時代後期なのでエンパイアより約300年前、はるか昔の話である。
「うん、それはあたしもわかるけど、それがどーかしたの?」
「けど親友と男が通じたからってこんな自棄になるー?」
「……え?」
トーゴの言葉に、ケイラ、しばし絶句。
「いや
オレらの世界、てか郷はもっと奔放だったからなあ。この娘の常識は違うんだなーって思って」
「……ええ……」
「秋祭りや歌垣あったら修羅場必至だなー、ヤバそ」
……ええ……。ちなみに『歌垣』というのは和歌詠みながらナンパし合うようなそういう場だったらしい。秋祭りは……まあ昔はそういう場は自由恋愛の場とされていた事も多かったようで。グリモア猟兵が聞いたらなんだそりゃけしからん僕も一度案内してくれとか言い出す事だろう。ちなみにこんな自由恋愛な風習はさすがにエンパイアでもそうそうやらんだろう、と思いきや、そういやトップの徳川家光公からして一夫多妻制の人だったなあと改めて思い出したのだが。
「んもう!」
当然、ケイラは腹を立てた。
「キミ~!彼女のショックを察してあげなきゃダメよ!」
「ショック?」
「そ!トーゴの故郷はフリー恋愛でキミの貞操感?も緩いみたいだけどぉ!彼女は“身持ちが堅い”タイプなの、OK?」
まあ世間一般の常識がどうとかはこの際置いておくとしても、単純な二分で行くならユキが身持ちが堅い側に分類されるのは当然だろう。まあトーゴとて故郷の風習は自由恋愛だったかもしれないが、彼自身恋愛絡み……と呼ぶにはちょっと血生臭い話にはなるが……で出奔したぐらいなので、好きな人を失う悲しみが理解できないはずもないとは思うが、まあそこはそれである。なことを話しているうちに、鏡吾のユーベルコード【
魔法の鏡】で強化を受けていた事もあり、猟兵たちは猛吹雪の中をひるむことなく進み、やがて【氷の女王】と化したユキの姿を認める所まで来て……
「その~あの子、他人より私、な自己チューっぽい傾向あるかも?」
今度はケイラがぽつり。
「自己中?」
「あの姿を見るとねぇ」
いかにも女王然として王冠までかぶった姿、そしてすべてを凍らせるユーベルコード。それは心を閉ざしてそれでも足りず周囲まで完全に閉ざしてしまおうという心の現われであるが、女王様という姿から自分が最優先という姿勢を見て取る者がいても不思議ではない。もっとも、あまりにひどい方法で失恋した、という経緯を考えれば、自分の事しか考えられなくなるのはそれほどおかしい事ではないかもしれない。
「でもソレは浮気される原因じゃないし、そこ責めてもね」
あくまでこれはユキの本質ではなく、傷心による一時的なものであろう。そうあってほしい。そんな風に思いつつ……
「もうちょっと待ってくれ鏡吾、もう少し近づくから」
トーゴは西洋鏡に語り掛けた。目指す敵は、もう目の前だ。ユキもまた猟兵たちの姿を認めている。その表情にはひとかけらも変化がない。そして。
『……寒い』
冷気がさらに強まった。これが戦いのゴングであった。
「ケイラ!俺の後ろに!」
氷の女王が戦闘態勢に入ったのを見てトーゴが叫んだ。忍びとしての訓練を受けたトーゴは激痛に対する高い耐性がある。これをもって寒さへの耐性とするつもりなのだ。
「がってん!」
ケイラは躊躇することなくトーゴにかばわれる位置に立った。トーゴへの信頼はむろんあるだろうが、それ以上に寒いのが嫌いなのだ。
「なあ、あんた」
トーゴがユキに語り掛ける。今回行うべきは眼前のオブリビオンを倒す事ではない。説得して彼女の心を融かし、元のアリス適合者に戻す事だ。
「ほんとは……」
彼氏との間の隙間風に薄々気づいてたんじゃ無いか?そう問いを発し、ユーベルコード【七刃寄せ】を発動、妖刀・七葉隠を呼び寄せてユキがトーゴの満足する答えを返すまで延々と攻撃を続ける予定だった。が、ユキが静かに指先をトーゴに向けたのを見て中断した。
「おっと、ユーベルコード封じるんだっけ、あれ」
ユキのユーベルコード【クライオニクスブリザード】には、鏡吾も警戒していたユーベルコード無力化の力がある。やむなく攻撃を中断し、防御に専念することにした。すぐさま強烈な吹雪がトーゴに襲い掛かり、生命力を急速に奪っていくが、トーゴは激痛耐性にくわえて念動力で吹雪の威力を減少させ、これをなんとか耐えた。そして当初言うはずだったのとは別の言葉をぶつけた。
「男の浮気、相手は親友、か。あんたには耐え難い屈辱だったんだろーね。親友はずっと味方って思い込んでたし、男は自分しか見てない筈だったし?」
屈辱。それはあるいは、さっきのケイラの言葉が念頭にあったのかもしれない。絶対崩れるはずのないと思われていた恋人との、そして親友との関係が崩れ、少女が選んだ世界は深い悲しみではなく、全ての拒絶。無。それを自己チューと称したケイラ。ただそれが一時的な精神の崩れだとしたら、それをもたらしたのは悲嘆ではなく屈辱の方だったのではないだろうか。ケイトはそう考えたのかもしれない。
『……』
これに対してユキは相変わらずの無言だ。心そのものを凍らせてしまったのだろうか。ならば、とトーゴはクナイを構えた。
「イラッとする?そんならだんまりより八つ当たりでイイから発散しない?死なない程度に付き合うよ」
「ちょっとぉ!あんまり挑発しないでよ!ただでさえ寒いんだし!」
ケイラはトーゴに抗議した。ユキが発する吹雪はトーゴが防いでくれている。だがこの
白い世界そのものの寒さに対しては、さすがのトーゴもケイラをかばうことができない。これ以上寒くなったらヤバいだろう。
「んもう!あったまきた!」
ケイラがユキを思い切り睨みつけると、ユキは表情を変える事はなかったが、口からは真っ赤な血が流れ出した。ケイラの【
猫の意趣返し】により、腹部に生じた棘で寒さに凍えされられた恨みを返したのだ。
「ちょ!殺すのはまずいって!」
「この程度じゃ死にゃしないでしょ!それにあたしはやられっぱなしじゃいられないの!」
むろんケイラとて説得を忘れたわけではない。猫の意趣返しでユキは動きを止めていた。今こそ説得するチャンスと見て、ケイラは呼びかけを始めた。
「失恋はつらいよね?でも、自己憐憫に酔いすぎも駄目よ!ユキさん!」
トーゴと同様、ケイラもユキの内面は悲しみとは別の成分が強いと考えているようだった。先ほど自分で言った『自己チュー』……悲しみそのものではなく、悲しい自分を憐れむ心がこのような事態を引き起こしていると、そう分析したのであった。
「泣いたら立ち直って元彼と親友を許容出来る女になりましょ!失敗したらその分成長よねっ?」
『……』
ケイラの言葉に反応したのかどうかはわからないが、ユキは目を閉じた。何か考えているのだろうか……と思いきや。
(まずいです!)
「あ、しまった!そうだ!」
鏡吾の声にトーゴも反応した。ユキが目を閉じるのは、視界に入っていない者全てを凍らせる凶悪なユーベルコード【春の訪れない世界】の合図だ。たちまち強烈な冷気があたり一面を襲う。
「トーゴ!早く!」
「おう!」
ケイラの応急手当を受け、冷気をものともせずトーゴが駆け出した。そしてユキの近くまで来ると西洋鏡を地面に置き……
「……ありがとうございます、お二方」
ユキのすぐ側に、鏡吾の仮初の姿、壮年の男性が姿を現したのだった。
『……』
ユキは目を閉じたまま、顔だけを鏡吾の方に向けた。たちまちその体が凍り始める。かりそめの肉体が完全に凍り付いても鏡吾は無事だが、西洋鏡が凍り付いたら何が起こるかわからない。説得に使える時間はそう長くはない。あくまで柔和な笑顔で、鏡吾は呼びかけを始めた。
「この寒さが貴女の感じている絶望と後悔なのですね。信じて裏切られるのは、さぞ辛かったでしょう」
『……』
ユキは静かにそれを聞いている。何を考えているのかまったくうかがい知る事はできない。やがて口から血を流しつつ、発した言葉は。
『……寒い』
「寒さから解放されたいのなら」
さらに鏡吾は呼びかけを続けた。これまで何人もの猟兵が自分たちのやり方で説得を続けていたのだ。まったく変わっていないように見えるユキだが、変わっていないはずがないのだ。あと一押し。それで決着がつくと信じて。
「目を閉ざすのはやめて歩き出すべきです」
『……』
「寒いのは傍に温もりがないからではなく、立ち止まっているからです」
悲しんだっていい。あれだけつらい事があったんだ。むしろ悲しまなきゃ嘘だ。だが、いつまでもひとつ所に留まっているわけにはいかないのである。凍るとは原子の運動が停止している事だ。これを動かさない事には、寒さが去っていく事はないのかもしれない。ならば、それを動かすためにすべき事は。
「貴女はもう次の春を探してもいいんですよ」
『……』
空気が、和らいだ。
『……う……』
これまでひとつの表情しか持たず、ひとつの言葉しか発してこなかったユキ。その顔が。
『うわあああああああああああ』
涙に崩れた。そのまま地面に突っ伏して、ただ泣いた。泣きに泣いた。
「……さっきまで、あんなに寒かったのに」
「そう、だな」
ケイラもトーゴも、明らかに空気が変わっていたのを感じていた。灰色の雲が消え、周囲の雪が溶けていき、青空が顔を出し始めた。雪が溶けて川となって山を下り谷を走る。いまだ泣きじゃくるユキに、鏡吾が優しく声をかけた。
「これでようやっと、歩き出せますね」
大成功
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第2章 ボス戦
『ホワイトアルバム』
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POW : デリシャス・アリス
戦闘中に食べた【少女の肉】の量と質に応じて【自身の侵略蔵書の記述が増え】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD : イマジナリィ・アリス
完全な脱力状態でユーベルコードを受けると、それを無効化して【虚像のアリス】から排出する。失敗すると被害は2倍。
WIZ : イミテイション・アリス
戦闘力が増加する【「アリス」】、飛翔力が増加する【「アリス」】、驚かせ力が増加する【「アリス」】のいずれかに変身する。
👑11
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●
『もうすっかり、春だね』
猟書家【ホワイトアルバム】の視線はどこか虚空に向けられていた。
『……なんだっけ、タイトル』
そして、まったく意味がわからない事を何か言っていた。
『……そうそう【ホワイトクリスマスと呼ぶにはあまりにも】だったよね』
意味がわからない事を言っていた。
『始まったのいつだっけ?去年の12月始め?で、今は?もう3月?』
意味がわからない事を言っていた!!
『……ホワイトクリスマスと呼ぶにはあまりにも遅すぎるね』
あなたのお仕事はアリス適合者のトラウマをえぐる事であって筆者のトラウマをえぐる事じゃないのでやめて本当にやめて。
『さて冗談はこのくらいにして』
……冗談というのはみんなでゆかいに笑えることをいうのです。トラウマをえぐる事を冗談と呼んではいかん。ともあれ、ホワイトアルバムの視線が猟兵たちに向けられた。
『いい加減、待ちくたびれて退屈してたトコだし、遊んであげるね』
猟書家【ホワイトアルバム】の能力は以下の3つだ。
【 デリシャス・アリス】は戦闘中に『少女の肉』を食べ、それによって能力を上昇させるものだ。当然積極的にユキを狙ってくる事が考えられるのでなんとか守りながら戦わなければならないだろう。なお場合によっては猟兵を狙う事もある。自分は年齢的に少女とは呼べないと思っても(仕方なく)食べる事があるので油断は禁物だ。
【イマジナリィ・アリス】は飛んできたユーベルコードを完全に脱力して受ける事でそのまま返す技だ。必殺の技が戻ってくるのはむろん脅威だが、かといって返ってきてもいいようにと手加減して撃ったりなんかしたら、今度はホワイトアルバムを倒せるかが不安になってくる。さてどう対処したものか。
【イミテイション・アリス】は変身する事で『戦闘力』『飛翔力』『驚かせ力』のどれかひとつを増加させるものだ。変身は1度で終わりではなく、状況状況で様々な形態を使い分けてくるだろう。猟書家として基礎能力が高い事が想定されるので、それがさらに強化されるのは純粋に脅威となるだろう。
以上の通り、なかなか強力な能力がそろっている。また【デリシャス・アリス】を使う場合は当然として、それ以外においてもホワイトアルバムは積極的にユキを食べようと狙ってくるので、なんとか守りながら戦ってほしい。仮にユキにも戦ってもらうなら、かなり弱体化したとはいえ氷の力がまだ残っている。
既にアリスラビリンスにおいては【鉤爪の男】との最終決戦が始まっている。仮に今回ホワイトアルバムが宿敵との遭遇による完全消滅をしなかったとしても、猟書家からただのいちオブリビオンに戻り、アリス適合者のトラウマを復活させる事件はあと何回もないだろう。なんとかしてこいつを倒してください。よろしくお願いいたします。
禍神塚・鏡吾
電脳魔術を駆使して作り出した立体映像を、ユキさんに被せて私と同じ姿にします
そして私自身は同じ要領でユキさんの姿になり、無防備を装ってホワイトアルバムを誘き寄せます
普通ならこんな雑な入れ替わりは通用しませんが……ホワイトアルバムが何故か虚空を見つめてこの場にいる筈がない誰かと会話しているので、大方いけますよ
「そのユーべルコードの弱点は、『少女の』肉でなければ効果を発揮しないことです」
急所を庇って致命傷は避けつつ、攻撃(捕食)を甘んじて受けます
同時に立体映像を消し、悪魔の鏡で敵のUCを封じます
ユキさんが動けるなら、その間に攻撃して頂きます
「今です。ほんの一歩で構いません……歩き出してみてください」
●肉を切らせて
昔から言う。冬来たりなば春遠からじ、と。もともとはイングランドの詩人Percy Bysshe Shelleyの
"Ode to the West Wind"における一節だ。その言葉通り、アリスラビリンスにも春が訪れようとしているし、周囲を絶対零度の世界に閉じ込めんとした程に心が凍えきっていた少女ユキの心にも、猟兵の活躍でようやっと雪解けが訪れようとしていた。だが。
『やっぱり、あなたもだめだったね』
目の前に立つ少女の姿をしたオウガ、ホワイトアルバムは、あくまで無邪気に見える笑顔で猟兵たちに、そしてユキに語り掛ける。だがその姿はかつて彼女が食べたアリスの姿を借りているだけに過ぎないのだ。
『記憶を取り戻したアリスは、みーんな、壊れちゃった。あなたみたいに』
「……!!」
ホワイトアルバムの姿を認め、ユキの顔が恐怖に歪んだ。あの辛すぎる記憶を無理やり思い出させられた時の事を思い出してしまったのだ。そのような事に全く構う事なく、ホワイトアルバムは続けた。
『そんなつらい気持ち抱えて生き続けるのは大変だから、わたしがあなたのこと、食べてあげるね』
「そういうわけにはいきませんねえ」
ユキとホワイトアルバムの間に禍神塚・鏡吾が割り込んだ。その顔はホワイトアルバムと同じく、笑顔を保ったままだ。だが両者の間には差異がある。余程の事がない限り笑顔しか作らないホワイトアルバムに対し、鏡吾は過去にあった出来事から笑顔以外を作『れ』ないのだ。本来なら邪悪なる猟書家オウガに対する怒りこそこの場面に相応しい表情なのかもしれないが、それでもまだ笑顔が通用する場面だ。ユキを安心させ、敵に対して余裕を見せるという意味で。どうしても笑顔が相応しくない場面になったら鏡吾は仮面を被る事にしていたが、今はまだその時ではなかった。
『ふうん』
別段何か感情を抱いた様子もなくホワイトアルバムは応じた。彼女の頭にあるのは、少女は自らの楽しみのために喰らい、邪魔な猟兵は排除するために喰らう。これだけだろう。邪悪にして純粋な食欲。オウガとはおおよそそういうものだ。
『筋張って固そうな肉だけど、ぜいたくも言ってられないよね』
ホワイトアルバムのユーベルコード【デリシャス・アリス】は少女の肉を食べる事で戦闘力を上げるものだ。なのでホワイトアルバムとしてはユキを積極的に喰らいたい。そして戦闘力を上げた状態で猟兵に当たれれば最高の展開だ。だが猟兵が邪魔をするようならば、これを無視するわけにはいかない。猟兵を喰らうのは大変だけど、どうにかこれを無力化できれば残されたユキは簡単に喰らう事ができるだろう。どうしたものかとホワイトアルバムは喰らうべき猟兵とユキを互いに見やる。ユキはすっかり怯え切っているのか、へたりこんだまま動こうとしない。そして猟兵はホワイトアルバムとユキの間に割り込もうと動いている。
『……決めた』
軽く前傾姿勢をとると、ホワイトアルバムは鏡吾に向けて突進した。高速で動いているにも関わらず、その動きにはほとんど動作というものを感じられない。駆けているのではなくホバー移動をしている印象だ。
「来ますか、いいでしょう」
鏡吾は身構えた。その両手には一見して武器になりそうなものは認められない。体術や格闘技を使うのか、魔術めいた攻撃で来るのか。いずれにせよ猟兵としてこの場に立っている者が戦えないはずがない。それであっても前進制圧して喰らうのみである。ホワイトアルバムの狙いは単純でまっすぐであるがゆえに強力である……はずだったが。
『やっぱり、こっち』
「!?」
直前でホワイトアルバムは移動方向を変えた。自身に来るとばかり思っていた鏡吾はこれに反応できず、そのままホワイトアルバムはユキへと向かう。何をやってくるかわからない猟兵より、確実に喰えると思われたユキを狙う事。全ては計画通りだったのだ。暴力的にして狡猾なオウガの面目躍如である。
「ユキさん!」
『じゃ、いただきます』
そして鏡吾が介入する事もできず、ホワイトアルバムはいまだ怯えたまま動けぬユキに喰らいつく……が。
『……まずい肉、それどころか、肉ですらない
……!?』
驚愕の顔に変わったホワイトアルバムの前で、ユキの姿が掻き消え、代わりに現れたのは……
「そのユーべルコードの弱点は、『少女の』肉でなければ効果を発揮しないことです」
鏡吾だった。そして先刻まで鏡吾だった者の姿が、もとの少女……ユキへと変わっていった。
「よく、がんばってくれましたね」
笑顔の鏡吾に、全身を強く震わせ、顔はひどくこわばっていたが、それでもユキはうなずいてみせた。
この少し前。ホワイトアルバムが何者かと会話している時の事だった。
「あのホワイトアルバムをやっつけるためには、ユキさんにも少しだけ、がんばってもらわなければなりません」
鏡吾は電脳魔術で立体映像を作り、これをユキにかぶせることで鏡吾の姿に仕立て上げたのだ。そして自身はユキの姿をとった。ホワイトアルバムは猟兵よりもユキを優先的に狙う。ならばユキの姿をした鏡吾を必ず狙ってくる。それが鏡吾の読みであった。
「普通ならこんな雑な入れ替わりは通用しませんが……ホワイトアルバムが何故か虚空を見つめてこの場にいる筈がない誰かと会話しているので、大方いけますよ」
ホワイトアルバムが会話していた存在は、簡単に言うならものすごく純粋な者か、逆に極限まで汚れ切ってしまった者か、そのいずれにしか認識できないものなので、まあ普通の人には認識できなくても仕方がない。で、そういう者と接触できてしまうような者なら、この単純なトリックもうまくいくだろうと鏡吾は考えたのである。ただし猟兵の姿とはいえ、全く動かないのではさすがに怪しまれるかもしれない。ユキにも多少なりとも動いてもらわなければならないだろう。
「大丈夫、鏡は嘘をつきません。ほんの一歩で構いません……歩き出してはみてくれませんか」
笑顔しか作れない鏡吾だったが、この場面はそれがプラスに作用したようだ。ユキは黙ってうなずいた。
「美しい所は小さくちいさく、醜い所は大きくおおきく」
かりそめの肉体の一部を失いはしたが、それでも得た物は大きかった。鏡吾が【デリシャス・アリス】の弱点を指摘し、実際に実行した事で、ユーベルコード【悪魔の鏡】の発動条件を満たしたのである。
「弱みしか映さぬ悪魔の鏡よ、異能の綻びを暴き出せ!」
『……だましたのね、猟兵』
笑顔のままで、オウガの本性に相応しい怒りの感情を露わにしたホワイトアルバムに、鏡吾が呼び出した悪魔がとりつき、ユーベルコードを封印した。その時間は180秒。熟練の猟兵なら十分すぎる時間だ。そして鏡吾はユキに呼びかけた。
「今です。あともう一歩だけで構いません、歩みを止めないでください」
うなずいたユキが、残された氷の力をホワイトアルバムに叩きつけた。その力は雪解けとともに弱ってはいたが、無防備な相手には十分な威力だ。
『……冷たい!ひ、ひどい事をするね』
「この程度、ユキさんの感じた寒さに比べれば、蚊が刺したようなものです」
まずは一歩。これは小さい一歩だが大きな前進だ。鏡吾はそう確信していた。
大成功
🔵🔵🔵
フェリチェ・リーリエ
よし今からタイトル『ホワイトデーと呼ぶにはあまりにも』に変更すんべ。そんならまだぎりいけるはず!…何を言ってるだべおらは。
あんな見た目で少女を食うだべか!?花も恥じらう可憐なおら(見た目はともかく年齢的に少女じゃないしなんなら実年齢アラフォー)も危ねえ…!ここはひとまず三十八計(違)逃げるに如かず!
スーパーライフベリーを蒔きながらユキを連れて逃げ回る。10秒経てば勝手に攻性植物が攻撃してくれるべ。食虫植物型の攻性植物で【捕縛】し【捕食】!
自分が食われる恐怖も味わっとけ!
ユキ!あいつがお前さんのトラウマえぐりやがった憎っくき敵だべ!裏切り者の元彼と思って凍らせちまえ!
あいつ倒せば春はすぐそこだ!
●なんとなく楽しそうなのでたぶん充実してるのだろう
フェリチェ・リーリエがアリスラビリンスに到着したのは12月初旬の事だった。そしてユキと接触し、がんばって説得した。そして今やこうしてユキはもとに人間に戻り、フェリチェは元凶たるホワイトアルバムと相対している。つい最近の事の様に思えるが、驚くべきことに実際は3か月以上が経過していたのだ。一体何があったんだろうと言いたくもなるが、困ったことにこれは事実なのだ。
「たしかにタイトルからはちょっと時間が経っちまっただな……」
そんなわけで、ちょっとこの件についても思案をせざるを得ない。そして小考の末。
「よし!今からタイトル『ホワイトデーと呼ぶにはあまりにも』に変更すんべ。そんならまだぎりいけるはず!」
……ギリギリ。まあ厳密にはちょっと過ぎてしまったけど、たしかにこれなら成立するだろう。問題は『元ネタ』からするとかなりずれてしまう事なのだが、まあ些細な問題であろう。
「……何を言ってるだべ、おらは」
ふと我に返ったフェリチェ。気にするでない。こういうノリが通じると判断したならば、どんどんやれば良い。むしろそれが世界のためである。こういうのがまったく通じない世界てのはまたあるのでねえ。
『ふふっ』
そんな光景に、ユキと猟兵を捕食せんと狙っているホワイトアルバムはといえば。
『ギャグシナリオみたいな事を言うのね』
相変わらずの笑顔をまったく変えることなく、むしろフェリチェの発言を面白がっているようにすら見えた。実際これがギャグだったらどんなに良かっただろうか。だが残念ながらこれはシリアスなのだ。ホワイトアルバムはユキが抑え込んでいたトラウマを復活、増幅させて周囲一帯を氷結地獄と化し、それが猟兵によって阻まれたら今度はユキを喰らおうとしている、きわめて狂暴にして凶悪なオウガである。さらホワイトアルバム本人は否定しているが、現在戦争真っただ中のオウガ・フォーミュラ【鉤爪の男】の策謀がその裏にあるのだ。
『あなたがよけいなネタを挟まなければシリアスって言葉にも説得力出るのにね』
仕方ないじゃないですか。あんまりシリアスな空気には筆者が耐えられんので、適度に緩衝材となるネタが必要なんですよう。
『じゃあ、なんでシリアスシナリオなんか出したの?』
……仕方ないじゃないですか、思いついちゃったんだから。名前ネタを。
『結局ネタシナリオだったんじゃないの』
「……さっきから誰と話してるんだべな?」
相変わらずどこか何もない空を見上げながらわけわからない発言をしているホワイトアルバムをフェリチェは怪訝そうな顔で見ていた。かく言うフェリチェ自身も、なんかついさっきそのホワイトアルバムが会話している主とコンタクトをとれたような発言があった気がしないでもないが、まあたぶん気のせいだったのだろう。フェリチェはホワイトアルバムほどに汚れ切ってはいないが、逆に純粋すぎるなんてこともどうやらなかったようで。
『……ま、おかしな人に構ってるよりは』
思い出したかのようにホワイトアルバムは改めてフェリチェとユキの方を見やる。
『やわらかくて脂の甘いお肉を食べる方が、いいかな』
その視線にユキは怯えを見せ、フェリチェもまた驚愕して恐怖した。
「あんな見た目で少女を食うだべか!?花も恥じらう可憐なおらも危ねえ……!」
だが、その花も恥じらう可憐な(自己申告)フェリチェを見たホワイトアルバムは……。
『……そっちは筋張ってて固そうなお肉だけど、ぜいたくは言ってられないかな』
……フェリチェは25歳だ。もともと童顔のために年齢よりも若く見られるが、ちょっと少女と呼ぶには、まあ個人個人の意見はあるだろうが、少なくともホワイトアルバムにとってはフェリチェの年齢を少女と呼ぶのはちょっと憚られるようだ。さらに言うならフェリチェは『エンドブレイカー!』の出身であり、同地の出身者は気合で外見年齢をかなり操作できるらしい。ということで実年齢は……称号からご想像にお任せいたします。
「し、し、し……失礼きわまりないやつだべさー!!!」
さすがにこれにはフェリチェも激怒った。それであっても彼我の戦力差を判断するぐらいはできる。はっきり言ってどんなに外見かわいらしくて中身残酷であっても戦闘には直接は関係ない。関係するのはその純粋な強さだ。ということでフェリチェが選んだのは……
「ここはひとまず三十八計逃げるに如かず!」
ユキの手を引いて全力で逃走を図る事であった。ちなみになんで巷間言われる三十六計から二計増えていたのかは……もしかしてフェリチェの称号が関係しているのかもしれないが詳しい事はなんとも言えない。
『うん、賢い判断だね。逃げきれないって事をのぞけば、だけど』
ホワイトアルバムは見た目からは想像つかないような速さでフェリチェを追ってきた。足を動かして走るのではなく、ホバー移動しているような感じだ。
「10秒だ!10秒だけがんばるだ!ユキ!そうすれば……」
ともすれば怯えで足が止まりそうになるユキを必死で激励し、フェリチェは走った。長いような短いような10秒は瞬く間に過ぎ、猟兵とオウガの距離はあっという間に縮み。
『鬼ごっこはもうおしまい?』
「いーや」
笑顔のホワイトアルバムに対し、フェリチェもまた、笑顔を見せた。
「これから始まるだよ」
『……え?』
突如、ホワイトアルバムの周囲にいくつもの植物が生えてきた。アリスラビリンスに多くいる可憐な草花や可愛らしい植物とはまったく違う、巨大な食虫植物めいた凶悪なフォルムの植物。フェリチェは逃走しながらこっそり希少植物スーパーライフベリーを蒔いていたのだ。わずか10秒で芽吹き育ち、先刻はその実でフェリチェの命を極寒から守った命の果実は、今度は危険な攻性植物と化してホワイトアルバムに襲い掛かった。
「自分が食われる恐怖も味わっとけ!」
『残念、わたしはいつだって食べる側なの。
野菜はあんまり好きじゃないんだけど』
さすがにこうなったらホワイトアルバムも猟兵やユキより先に攻性植物を相手どらないわけにはいかない。だがそこはさすがに猟書家、次々に襲い掛かる攻性植物をかわし、いなし、喰らっていく。どうにも攻め手を欠く展開、もう一押しが欲しい……それはフェリチェのすぐ隣にいた。
「ユキ!あいつがお前さんのトラウマえぐりやがった憎っくき敵だべ!裏切り者の元彼と思って凍らせちまえ!」
さすがにさっきまで恐怖していた相手にそう簡単に攻撃もできず、逡巡するユキだったが、フェリチェはさらに説得する。
「あいつ倒せば春はすぐそこだ!」
「……春……」
心を決めたようにうなずくと、ユキは自身の中に残された氷の力を全て出さんとばかりに全力でホワイトアルバムに叩きつけた。攻性植物を相手取っていたホワイトアルバムは防御することもできずにまともにこれをくらう。
『きゃっ!さ、寒……』
動きが止まったホワイトアルバムに攻性植物が次々に襲い掛かった。ホワイトアルバムの上げた悲鳴は、やがて攻性植物のあげる喧噪にかき消されていった。
「また1人のリア充を爆破してやっただよ」
ホワイトアルバムがリア充かどうかは……まあ解釈によるだろうが。
「これでお前さんも立派な嫉妬戦士だな、ユキ」
「……え……」
誇らしげに笑うフェリチェに対して、さすがにユキはきわめて複雑そうな顔をした。
大成功
🔵🔵🔵
鹿村・トーゴ
ケイラ【f18523】と
…ユキ殿の悔しさが原因と思ってた
でも
あんたは悲しんでたんだねェ
一年じゃ癒やされない程に
傷に塩塗るよな物言いしてごめんな
…あの小娘は化け物
あんたの血肉を喰う気だ
猫又娘とオレで護る気だが
ユキ殿も氷で目一杯抵抗してくれ
棒手裏剣を手に
以降常時ユキを念動力も使い【かばう】
アリスの挙動【聞き耳/視力で追跡、野生の勘】で即防御【カウンター】しつつ【忍び足】で徐々に接近
攻撃(とユキの抵抗)等での負傷【激痛耐性】で凌ぐ
接近の間にUC完成手前まで詠唱
隙狙い(又は一瞬ユキ防衛解くフリで隙誘い)一気に跳躍し駆けUC詠唱完成
すれ違いに至近からUC棒手裏剣を【投擲/串刺し→毒使い/暗殺】
アドリブ可
ケイラ・ローク
【トーゴf14519】と参加ねっ
あら
キミもたまには神妙なのね?
もぉネコマタ娘とか雑な紹介💢
あたしはケイラよユキさん
その角赤毛がアリスに攻撃出来るようフォローしながらユキさん守るわ、と手をつなぐネコマタの心配り
あたし達はユキさんを助けたい
UCでこの気持ちをパフォーマンス交えて歌唱
皆の攻撃力を引き上げたいし
歌う事でアリスの気を引く囮にもなる
強敵と戦う覚悟もしたわ
飛ばれても驚いてもフラワービーム&ダガーでレーザー射撃も乱れ撃ち!からの~マイクで音響弾もお見舞いしての2回攻撃!
雪解けの悪路も走破よ
ダンスと逃げ足駆使、ダガーで斬って生命力吸収
一気に仕掛ける気ねトーゴ?
援護射撃で敵の体勢を崩してみるわ!
●春が来た
ホワイトアルバムはこれまで28回アリスラビリンスに出現している。今回が29回目だ。ついでに言うなら別のところに1人出ているので、計30回も出ている事になる。それは同時に猟兵たちがアリス適合者を守り切り、ホワイトアルバムを撃破した回数ということになるので、よくもまあこんなに出たし、猟兵たちもがんばったものである。むろんこれはアリスラビリンスの猟書家では最多だし、他世界を見るともっと出ている猟書家はいるにはいるのだが、それにしたって間違いなく多い方だろう。
『あじな真似してくれるわね、猟兵たちも』
そして29回目の侵攻となった今回も、ホワイトアルバムがトラウマを復活させてオウガへと堕ちかけたアリス適合者の少女ユキは猟兵たちによってどうにかトラウマから回復を図りつつあり、そして今はホワイトアルバム本人がまたもや猟兵に追い詰められている。
『失礼ね、まだ負けたわけじゃないんだから』
引き続き、鹿村・トーゴとケイラ・ロークはふたりで組んで、他の猟兵から引き継いだ形でユキを守っていた。ホワイトアルバムは他の猟兵たちが抑えており、まだここにはいない。そんな折、トーゴがぽつりと。
「オレは……今回の件はユキ殿の悔しさが原因と思ってた」
恋人と親友に裏切られたことへの悔しさ。それが主だと考えたトーゴは、それを指摘した上で、理屈では制御できないその気持ちを暴力的な衝動で発散させるという方向で動いていた。
「でも、あんたは悲しんでたんだねェ……一年じゃ癒やされない程に。傷に塩塗るよな物言いしてごめんな」
「あら、キミもたまには神妙なのね?」
このあたりは非常に難しい所だ。たしかに最終的に決めたのは、悲しみに直接触れて慰めるようなアプローチだった。ただこれはそれが正解だったのかもしれないし、あるいは単に説得の順番の関係でそれが正解に見えただけかもしれない。トーゴが指摘した悔しさの感情、あるいはユキが言及したは自己憐憫というものは間違いなくあっただろうし、その前の猟兵が言ったような、恋人側の責任を追及するような姿勢だって少なくとも間違ったアプローチではない。たぶんだが答えはひとつではないのだろう。たったひとつの要素で絶望の淵に追い落とされる事だってなくはないだろうけど、それよりは様々な要素が複雑に絡み合った結果である事の方が多い気がするのである。ぶっちゃけ筆者だって正解を用意してあったわけではないし。それどころかグリモア猟兵ばりに何をしていいかわからない状態だったし。
「……」
ユキは無言だった。これは決してトーゴに対して怒っているわけでもあきれているわけでもなかった。オウガ化の危機こそ脱したものの、まだ内心の整理が完全に済んだわけではなく、いまだその感情を表出する手段が回復しきっていないのだろう。自分の凍り付いた心を融かすためにさまざまな方法でアプローチを行ってくれた猟兵たちに感謝こそすれ、気分を悪くする事は……まあ、今回に限っては大丈夫であろう。たぶん。
『やっと見つけた』
そうこうしているうちに、ついにホワイトアルバムが他の猟兵たちを振り切り、猟兵ふたりが守るユキの所にまでやってきた。
「もうわかってると思うけど……あの小娘は化け物、あんたの血肉を喰う気だ」
トーゴの説明に顔をこわばらせたままでユキはうなずいた。さすがに既にわかっているとは思うが、こういう状況だし、感情が完全に戻っていないユキには指示や説明が入りづらくなっているかもしれない。説明は何度だって必要である。
「猫又娘とオレで護る気だが、ユキ殿も氷で目一杯抵抗してくれ」
「もぉ!ネコマタ娘とか雑な紹介!」
ちょっとぷんすかしながらケイラはネコマタの心配りでユキの手を握りしめた。名前の代わりに種族というか外見的特徴で説明したのはたしかに雑だが、それ以外にも種族を指してネコマタと呼ぶのも相当に雑である。なにせあれだ。ケイラはキマイラであり、猟兵たちが世界間の移動を始めた頃はネコマタ的な感じの思えば猫耳的な種族はキマイラだけだった(他種の獣耳はいるし猫的な種族ならケットシーもいるが)のが、世界も増えた今では猫耳種族も増えたのである。
「あたしはケイラよユキさん、その角赤毛がアリスに攻撃出来るようフォローしながらユキさん守るわ」
「角赤毛……」
自分で言いだした事とはいえ、ケイラに見事に投げ返されたトーゴはちょっとむくれたが、すぐに戦う者の顔になった。ホワイトアルバムが眼前にいるのに漫才を続けるわけにはさすがにいかなかったのだ。トーゴは棒手裏剣を、ケイラは
光線銃とダガーを手にユキを守るようにホワイトアルバムの前に立ちはだかった。
「……ふふっ……」
「おお!?」
「……え?」
そんなふたりのやりとりを見て、ユキが確かに微笑んだのだ。間違いない、ゆっくりではあるが確実に、その心は確実に凍り付いた状態から徐々に雪解けを果たしている。この事は逆に猟兵たちをも勇気づける事となっただろう。
「こりゃ、なんとしても守り切らなきゃな」
「当然よ」
ホワイトアルバムは猟兵二人を値踏みするように見つめると、やがて。
『そっちの子猫ちゃんはとってもおいしそう』
「!?」
ホワイトアルバムの視線と言葉にケイラは恐怖を覚えた。18歳の女の子なケイラは十分にホワイトアルバムの『対象』に入るようだ。あわててトーゴが視線に割り込むようにホワイトアルバムの前に立つ。万が一ケイラが喰われたりしたらホワイトアルバムが超絶強化してしまうし、それにケイラが強制的に戦線から離脱させられる恐れだってある。
「ううっ、強敵と戦う覚悟はしてたけど……」
「安心しろ、お前の事もちゃんと守ってやるから」
「……信じてるわよ」
『男の肉は硬いしまずいから嫌い』
立ちはだかったトーゴを不快そうな目で見るホワイトアルバムに、だがトーゴはきっぱりと言った。
「安心しろ、喰われてなんかやらねえから」
それが、戦いの合図となった。
「あたしの歌を聞いてー!!」
ケイラの歌声が戦場に響き渡った。サブジョブであるサウンドソルジャーの基本ユーベルコード【サウンド・オブ・パワー】だ。その歌に共感した者の戦闘力を上げるユーベルコードは、歌唱者の技術と歌の内容の両方が必要となる、歌い手の実力が如実に反映されるものといえよう。当然歌詞のこの場に相応しい題材は、ユキ。自分たちが、この場に集まった猟兵全てが、ユキを守りたい。その心を救い、また邪悪なる猟書家ホワイトアルバムから命を救いたい。そんな素直な強い気持ちをパフォーマンスとともに一生懸命表現した。
「おう!オレに任せとけ!」
少なくともその歌は、傍らにいるトーゴにはしっかりと届いたようだ。棒手裏剣を握ったまま、油断なく相手の出方を伺う。対するホワイトアルバムはその姿を変えていた。ユーベルコード【イミテイション・アリス】だ。3種類あるという可変フォームのうち、どのバージョンなのかは判断がつかない。トーゴとしては、どんな動きをしようとも即座に対応して的確な動きができるよう、備えるしかなかった。歌い終わったケイラも光線銃を構えて応戦の構えだ。
『やっぱりまずは、一番美味しそうな肉からかな』
先に動いたのはホワイトアルバムだった。思い切りジャンプしてトーゴとケイラを一気に飛び越すその先にいるのはユキ。無防備なユキの肉を喰らって自らを強化した後に猟兵ふたりと戦う狙いだったようだ。
「ちっ!やっぱり来たか!」
「やらせないっ!」
反応してトーゴが念動力でホワイトアルバムの動きを抑え、ケイラが光線銃を、ユキが冷気を撃つ。その動きを止められながらもなおホワイトアルバムは空中を進み、ユキに喰らいつこうとしたが、動作が遅れたためにトーゴの割り込みが間に合った。身を挺してユキをかばい、ホワイトアルバムのひと咬みを受けたのだ。
「……ってぇ……」
『……やっぱり、男の肉はまずいね』
ホワイトアルバムはぺっ、と肉片を吐き出した。先刻証明された通り、少女の肉でなければ強化にはならないようだ。カウンターで繰り出されたトーゴの攻撃をバックステップでかわし、そのままユキから離れていった。どうにかホワイトアルバムからユキを守る事はできたが、だがその向かった方向にはケイラがいた。今度はケイラを食べるつもりなのだ。
「きゃーきゃー!!」
驚かせ強化フォームを使ったのだろうか。ケイラを動揺させて隙を作るつもりだったのが、むしろケイラはパニックに陥ったかのように雪解け道を駆け回りながら光線銃を乱射し、生命力吸収の力を持つダガーを振り回し、さらにはマイクを用いた音響弾まで撃ちまくる。結果としてそれが弾幕の様に働き、ホワイトアルバムの接近を阻止したのだった。
『……さて、どうしようかな』
ユキとケイラ、少女の肉を狙って立て続けに失敗したホワイトアルバムはさらに姿を変えた。残るひとつは戦闘力増加フォームだろう。小細工はやめて、真正面から猟兵を叩き潰す算段であるようだ。単純なだけに、もっとも厄介な戦術といえた。
(……こいつは腹を決めるしかなさそうだな)
(一気に仕掛ける気ね、トーゴ?)
ふたりはアイコンタクトで意思を確認しあった。体をえぐられた痛みを忍びとしての鍛錬で得た激痛耐性でこらえつつ、トーゴはホワイトアルバムに徐々に近づいていく。その最中、小声で密かに詠唱を行っていた。
(……今だ!)
(おっけい!)
後方からケイラが光線銃でホワイトアルバムを狙う。これを難なく回避したホワイトアルバムにトーゴが襲い掛かっていった。当然ホワイトアルバムはこれを迎撃しようとした……が、その姿が突然戦闘重視から飛翔重視へと変わった。
「……しまった!」
トーゴの公開の叫びを背にホワイトアルバムが飛ぶ。目標は……ユキ。あろうことか、トーゴとケイラ同時にホワイトアルバムを攻撃した結果、ユキの防御ががら空きになってしまったのだ。ホワイトアルバムは今度こそ妨害を受ける事なくユキの前に降り立ち……
『おいしいお肉、いただきます』
「……追って貫け隠形鬼!」
『!?』
だがユキを喰らおうとしたホワイトアルバムの後頭部に、トーゴの声とともに棒手裏剣が刺さった。続いて幽鬼が憑いて威力が超絶強化された毒針がホワイトアルバムに突き刺さる。
『そんなバカな、あそこから一気にここに来れるはずが……まさか!』
「やっと気が付いたかい」
トーゴはユキの防御を怠ったわけではない。あえてユキの防衛を解くふりをしてホワイトアルバムを誘ったのだ。そして食欲を優先させたホワイトアルバムはユキに向かった……トーゴからの攻撃に対して無防備となって。ケイラもまた、トーゴの狙いに気が付いていたのである。
「ホワイトアルバムって頭の中も真っ白って事かよ」
『……くっ!!』
心底悔しがるホワイトアルバム……そしてさらに決定的な事態が起こったのである。
「お待たせいたしました、ようやっと追いつけたようですね」
「まだ生きてただべか?ほんまにしつこいやつだべな!」
「お!来てくれたんだな!みんな!」
「ありがと!正直助かったよ!」
『そ、そんな……かよわい女の子をよってたかって』
「誰がかよわい女の子だよ!?」
……
もはやホワイトアルバムに、これだけの猟兵に抵抗できる力は残っていなかった。骸の海に還っていくのに、時間はそう、かからなかった。
(ああ……おなかぺこぺこ……次の時はちゃんとお肉、食べられたらいいなあ)
そしてアリス適合者ユキは……その心が完全に癒えるにはまだ時間がかかる事だろう。もしかしたら一生かけても治らないかもしれない。それでもなお、猟兵たちによって、前に進むだけの力は与えられた事だろう。願わくば、今後も襲ってくるであろう様々な苦難やオウガたちに負ける事なく、いずれは扉へとたどり着いてほしい。猟兵たちはそう願っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵