●懐旧食堂
此処は昔懐かしのメニューが並ぶ懐旧食堂。
あの日を思い出す、又はあの日を経験することが出来るでしょう。
店主のヤマネコは随分お年を召しているようだけれど、まだまだ元気にヒトの話を聞いてくれます。
さあ、注文を聞きにきた店主に、昔懐かしの話をしてみましょう。
そうすればアナタの思い出を今一度、カタチにしてくれるでしょう。
●あの日の味を
「皆様、思い出の味と云うものはございますか?」
猟兵に向け、杠葉・花凛(華蝶・f14592)は優雅な笑みと共にそう問い掛ける。
人は生きる上で食べることは必須。特に猟兵ならば、数多の世界を渡り数多くの食べ物を口にして来ているだろう。
ならば、各々が心に残る食べ物もあった筈。
今回はそんな思い出を形にする、食堂への案内なのだと花凛は語った。
お年を召したヤマネコの店主が経営する、『懐旧食堂』と云う場が舞台。
其処は昔懐かしのどこかレトロなメニューが並ぶのだが――特に面白いのは、個々人の思い出の品を作ってくれること。
例えば、幼き日に親が作ってくれた思い出の品。
例えば、大切なあの日に食べたもう一度と切に願う品。
例えば、覚えてはいないけれど朧げな記憶の品。
各々が食べたいと思うものならば問題は無い。店主のヤマネコは人々の想いを汲み取り、的確にかたちにしてくれるだろう。――そして、その食べ物を目にして、口にして。どう想うかも自由である。
「食した感想は、思い入れや季節や気候。……どなたが作って下さったかによっても違うかと思います」
それは勿論店主も理解している。彼なりに最大限同じであるよう努力してくれている為、見た目自体は各々の思い出の形をしているし、味も同じな筈。けれど、全く同じ味だと感じる者もそうで無い者もいるだろう。
――大切なあの人が作ってくれたから。
――飢えたあの日に口にしたから。
付随した出来事まで、店主に再現は出来ない。だから、素直に美味しいと口にしなくとも店主は不快に思ったりはしない。
ただ、もう一度と願う想いに応えることが彼の幸せだから。――その結果、何かに気付いたり絆を紡ぐきっかけになれば、それだけで店主は満足だというから。
思い出を語り、浸り、味を楽しんだ頃に店に訪れる少女こそが、今回問題となる幽世蝶が集う少女。感情を収集する彼女は、一際人の想いが集まるこの店に興味を持っている。
「収集、と云っても彼女の集め方は無理矢理ですわ」
数多の感情を収集し、鳥籠へと収めているからか鳥籠の中は感情が渦巻いている。その感情を放ち、人々へと押し付けることも可能なので彼女の攻撃は精神的なものとなる。
ヒトの感情へと執着する彼女はどうやら邪神の一種のようだが、今に至るまでにどのような出来事があったのかは分からない。――けれども、彼女を倒さなければ幽世が再び崩壊してしまう事は事実だ。
「心を強く持てば、皆様ならば問題ございません。どうぞお気をつけて」
静かな礼の後、グリモアを輝かせると花凛は笑みを浮かべる。
――己の、他人の。想いに触れる一日になることだろう。
――アナタに、追憶の一幕を。
公塚杏
こんにちは、公塚杏(きみづか・あんず)です。
『カクリヨファンタズム』でのお話をお届け致します。
●シナリオの流れ
・1章 日常(思い出食堂)
・2章 ボス戦(いろあつめ)
●1章について
『懐旧食堂』(かいきゅうしょくどう)
木造りのどこかノスタルジーな食堂。店主はヤマネコ。
クリームソーダやプリンなど、どこか懐かしいメニューが並びます。
お願いすれば注文した人の『思い出の料理』を作ってくれます。
幼い頃食べたもの。どこかの世界で食べたもう一度食べたいもの。同行者に食べて欲しいもの。その他諸々、思い出と想いと共にお好きに考えて頂ければ。
他シナリオの物も大丈夫ですが、参照はしませんのでプレイング内で完結をお願いします。(例外で公塚のシナリオのみタイトルで指定頂ければ参照します)
基本的にはメニューが提供される前後からの描写予定です。
●2章について
ヒトの感情を収集する邪神の少女。
それぞれの攻撃手段によって精神の攻撃手段が変わります。
POW:解き放たれた感情が、PCの悪感情を引き出すモノへと変わります。
SPD:良感情が増幅することにより自身の感情や行動の制御が難しくなります。
WIZ:悪と良の感情を奪われることにより、PCの大切な思い出が薄れていきます。
例えば悪は怒りや嫌悪等。良は好きや憧れ等。
こちらから指定は致しませんので、各々のお好きなように捉えて、指定頂いて大丈夫です。
心と向き合うことを重視で、戦闘は一行かUCの活性化で問題ありません。
●その他
・全体的に心情寄りのシナリオです。
・同伴者がいる場合、プレイング内に【お相手の名前とID】を。グループの場合は【グループ名】をそれぞれお書きください。記載無い場合ご一緒出来ない可能性があります。
・受付や締め切り等の連絡は、マスターページにて随時行います。受付前に頂きましたプレイングは、基本的にはお返しさせて頂きますのでご注意下さい。
以上。
皆様のご参加、心よりお待ちしております。
第1章 日常
『思い出食堂』
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POW : 美味しい(楽しい、嬉しい)料理を注文する
SPD : 辛い、苦い(辛い、悲しい)料理を注文する
WIZ : 甘酸っぱい、ほろ苦い(恋や友情)料理を注文する
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●追憶のひと時
どこか懐かしき地に広がるのは、真っ赤な色が眩しい彼岸花。
赤が一面に咲き乱れる地にぽつんと建つのが、此処『懐旧食堂』だ。
並ぶメニューはどこか懐かしいクリームソーダにプリンに、蜂蜜を掛けたシンプルなパンケーキと素朴な味わいが中心。
勿論それらの味も確かなのだが、この店の特徴はそれだけではない。
――アナタの思い出の味は何ですか?
恭しく礼をする、紳士なヤマネコが問い掛ける。
その問いへと答えれば、運ばれてくるモノにきっと驚くだろう。
あの日、あの時食べた。心に残る味が目の前に置かれるのだから。
それは幼いあの日食べた、大好きな料理かもしれない。
もう覚えてなどいない、けれど何かが心に残る食べ物かもしれない。
料理だけでなく果実のような、素材そのままでも思い出が強ければ用意はされる。そのルートは秘密だけれど、きっとカクリヨファンタズムならではの何かがあるのだろう。
さあ、アナタの思い出を紐解いて。
ノスタルジーなひと時を。
ディフ・クライン
ヴァルダ(f00048)と
店主に会釈を
ヴァルダの思い出は微笑ましい
懐かしくも恋しい
確かなことは言えないけれど、思い出の味ってそういうものじゃないのかい
温かで美味しそうだよ、ヴァルダの思い出
オレは
家族と何か食べた思い出は、殆どないんだけど
母が、オレを作っている時によく食べていたバゲットサンドを一度だけ分けてもらったことがあって
バゲットにサラダやハムなんかをとりあえず何でも挟んだ、大雑把な見た目で
……頼めるかな
届いたサンドに思わず笑った
そうなんだ、自分のことは大雑把で豪快な人でさ
でもただ一度の味が忘れられない程に
……美味しい
切ない笑みが小さく零れた
いいよ、交換しよう
互いの思い出を
きっと温かになるよ
ヴァルダ・イシルドゥア
ディフさん(f05200)と
席に着けば歩み寄って来てくれる店主殿に思わず綻び
ヴァルダが何か出来るようになったり、たくさん頑張れた日に
母様が特別に拵えてくれたとっておき
かぼちゃのグラタンと、楓の糖蜜プリン
お願いできますか?
秘密にしていたんです
……口にしたら、恋しさが募ってしまう気がして
見目も、においも、何もかも
懐かしい日々そのままが目の前に並べば、つんと鼻が痛んだ
誤魔化すように目元を拭って、ひとくち
……おいしい。とっても
ね、ディフさん
ひとくち、交換こしましょう
ふふ。これはきっと、忙しない研究の日々の断片ですね
『全部一遍に食べればいい!』という声が聞こえてくるよう
おいしい。それに……あたたかいです
●
――ご注文は?
席に着けば問い掛けるヤマネコの姿に、ディフ・クライン(雪月夜・f05200)が礼をすればヴァルダ・イシルドゥア(燈花・f00048)は花綻ぶような笑みを零す。
テーブルの上のメニューは開かない。
「かぼちゃのグラタンと、楓の糖蜜プリン。お願いできますか?」
ヴァルダの心は既に決まっているから。――それはヴァルダが何か出来るようになったり、沢山頑張れた日に母様が特別に拵えてくれたとっておきの味。
そう語る彼女の姿を静かに見守って、ディフはバゲットサンド一品を注文した。
直ぐに運ばれて来る料理。テーブルの上に皿が置かれればふわりと湯気が漂って。その湯気を深く深く吸い込んで、溢れる彩を前にヴァルダは涙を堪えるようにきゅっと唇を結び、そのままひとつ、ふたつと深呼吸をする。
「秘密にしていたんです。……口にしたら、恋しさが募ってしまう気がして」
堪えた故か、震える声でヴァルダは告げる。
今目の前にあるこれは、見目も、においも、何もかも。
懐かしい日々そのままがあって、ついつい鼻がつんと痛んでしまう。鼻をすする微かな音を一度だけ響かせる彼女を見て、温かくも甘やかな料理を見て。
「懐かしくも恋しい。確かなことは言えないけれど、思い出の味ってそういうものじゃないのかい」
静かに微笑み、ディフはそう零した。
――温かで美味しそうだよ、ヴァルダの思い出。
言葉を続ければ、ヴァルダは一瞬ディフを見上げて。きゅっと唇を結んだまま頷くと、先程までの姿を誤魔化すかのように目許を拭い、静かにスプーンを手に取る。
湯気立つのは出来たての証。ほっくり甘い南瓜に、伸びるチーズ。しっかりホワイトソースを絡めて食べるグラタンの味はあの日のまま。――そして、糖蜜のプリンの甘さはあの日の、ご褒美に相応しい味わい。
心の震えを表すかのように、カトラリーを握る手が震える。一口をしっかり味わい、あの日を想起した後。じっとヴァルダは目の前の男を見て問い掛ける。
「ディフさんは……」
優しくヴァルダの様子を見守ってくれている彼が注文したのは、少し歪なバゲットサンド。普通のお店ではまず出てこない、ハムやサラダ、その他家にあったものをとりあえず挟んだ、と言えるような大雑把な見た目をしていた。
「オレは。家族と何か食べた思い出は、殆どないんだけど」
それには、どんな想いがあるのか。その答をディフは零し出す。
これは、ディフの母が彼を作っている時によく食べていたバケットサンド。一度だけ分けて貰ったあの日のことが記憶に残っている。――それが、今目の前にある何でも挟んだ少し歪なバゲットサンド。
「ふふ。これはきっと、忙しない研究の日々の断片ですね。『全部一遍に食べればいい!』という声が聞こえてくるよう」
「そうなんだ、自分のことは大雑把で豪快な人でさ」
彼の思い出を耳にすれば、ヴァルダの顔から自然と笑顔が零れる。その女性像を、ディフの思い出と目の前のバゲットサンドを見て夢想すればヴァルダの心まで温かくなるのだ。そして、彼女の言葉にディフは嬉しそうに笑みを零す。
見ただけで笑みが零れる程に、この見目も、そしてその味も。ただの一度だけなのに忘れられなかったのだ。
大きな手でそっと手に取り、静かに口へとディフは運ぶ。
「……美味しい」
直ぐに零れる言葉は自然に。
その顔に浮かぶ、切ない笑みはあの日への追憶。
「ね、ディフさん。ひとくち、交換こしましょう」
静かに笑む彼の姿を優しく見守った後、提案するヴァルダの笑みには先程までの涙は見えない。優しい彼女のその言葉に。
「いいよ、交換しよう。互いの思い出を」
ディフは頷き、そっと手元の皿を彼女のほうへと寄せた。
温かいのは食べ物だけではない。
大切な思い出が、心に温もりを与えてくれるから。
お互い初めて食べるのに、特別な心地がするのはきっと相手の大切な思い出の話を聞いたから。経験の無い『あの日』の味は、こんなにも優しくて、温かい。
「おいしい。それに……あたたかいです」
様々な味わいが口に広がるのを感じながら、綻ばせヴァルダが語るその言葉は耳に心地よく。彼女の温かな思い出を口にして、静かにディフも頷きを返した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
飛鳥路・彼方
「おっちゃんおっちゃん、おっちゃんの思い出の料理1つ。個人的には美味しい方がうれしいけど、文句は言わないわ。おっちゃんの思い出語り付きでちょうだいな」
「どうせ明日の朝には忘れてるもの。守秘義務は完璧よ。お昼分くらいの量があるとうれしいけど、足りなくても文句は言わないわ」
「お宝探しの時にご飯ってあんまり食べないじゃない?もう死んでるから元々必要でもないし。でも人と関わったり話したりはしたいでしょ。食べながら相づち打つのも充分会話よ?おっちゃんジェントルそうだし、声も良さそうだから語りが楽しみ」
「最近だと異界の24金金貨かな?河童と競って尻子玉抜いてやった…ごめん、食事中向きの話じゃなかったね」
●
どこか懐かしい気持ちになる店内で、カウンター席へと腰を下ろした飛鳥路・彼方(東方妖怪の悪霊陰陽師・f28069)がオーダーを尋ねるヤマネコへ掛ける言葉は――。
「おっちゃんおっちゃん、おっちゃんの思い出の料理1つ」
自身では無く、目の前の彼の思い出だった。
「私の、ですか?」
そんな注文をされたことは無いのだろう。眼鏡の奥の猫の目を瞬いて驚きを露わにする。此処は思い出をカタチに出来る場所。訪れる者は皆己の思い出を追憶する。
けれど――彼方は彼の思い出が気になったのだ。その味だってどんな味でも構わない。彼の思い出語り付きで楽しめるのならば。
宝探しに夢中になるあまり、食事も忘れることがある彼方。その身に食事は必要も無いけれど、人との関わりは欲している。
だから、だろうか。優しく低い声で語るヤマネコの声が聞きたいと思うのは。
「どうせ明日の朝には忘れてるもの。守秘義務は完璧よ」
それは、彼女の特性。寝て起きると記憶が消えてしまう故、今日この日のことは何も残らない。彼が語ったことも。彼が愛した味も。
――だから、楽しむのは今此の場だけ。
そう彼方が、あまりに楽しそうに語るものだから。ヤマネコは礼をして去っていく。その背中を見送って、彼方が何が来るのかと心を弾ませ待っていれば――。
「お待たせ致しました。ロールキャベツです」
ことりと目の前に置かれたのは、トマトソースの掛かったロールキャベツ。ふわりと湯気が漂うそれは、とても温かく感じる。
どうしてこれをと、彼方が問い掛ければ。ヤマネコは静かに、通る声で一言。
「妻が、初めて私に作ってくれた料理なんですよ」
もう、食べることは出来ませんけどね。
微笑みながら、瞳を細めて笑う彼。その表情と声から、大切な人なのだと分かる。
かちゃりとナイフとフォークの小さな音の響く中、口に含めば熱々の感覚と甘いキャベツとお肉に、しっかりとトマトが絡む優しい味わいが広がった。
大成功
🔵🔵🔵
一一・一一
【いちあす】デート
相手への呼び方はアスカさん、しゃべり方は敬語
思い出の料理、
そういわれて一瞬だけ脳裏に小さいころ飢えのために食べた木くずを思い出すがそもそもあれ料理じゃねぇわ、100%素材オンリー
では僕の思い出の料理とはなんぞや、と思えば目の前にいる愛しい人を見てすぐに思い浮かべる
同棲開始すぐに二人で一緒に買い物へいったときに食べた輪切りのオレンジが乗っているパンケーキとクリスマスデートの時に食べたピザ
これこそが思い出の料理だと、思いつつ、アスカさんとシェアして食べましょう
あーんされたらパンケーキをあーんでしてさしあげましょう
アドリブ等歓迎です
アスカ・ユークレース
【いちあす】デート
思い出の料理は色々ありますが彼と食べるやはりこれでしょうか?成人してから一一に初めて作って貰ったファジーネーブルと晩御飯に良く作って貰う焼き魚、肉じゃが、ご飯とお味噌汁の定食
一口一口、噛み締めて味わって思い出話に花を咲かせ
自分の料理を堪能したら一一とシェアしあったりいわゆる『あーん』をやってみたり
ふふ、こういうの少し憧れてたのですよね
夫婦はこういう事をするものと相場が決まっていると聞きましたし
一一からされた場合も少し照れつつ、応えてあげます
普段よりちょっと大胆なのは、きっとお酒に酔っているせいですね
アドリブ歓迎
●
思い出の料理――。
その言葉に、店主の問い掛けに。一一・一一(都市伝説と歩む者・f12570)の脳裏に過ぎったのは、幼い頃に飢えの為に食べた木くず。
(「そもそもあれ料理じゃねぇわ、100%素材オンリー」)
浮かんだその言葉と当時の記憶に首を振り、その想いは蓋をする。――勿論、思い出ならば素材だろうと店主は出してくれるだろうけど。それをもう一度食べたいかと言われたらそうでは無い。
では、僕の思い出の料理とはなんぞや。
疑問に思い、小首を傾げ。そのまま視線を上げれば――。
「思い出の料理は色々ありますが彼と食べるやはりこれでしょうか?」
笑顔と共に注文を告げるアスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)の姿があった。
二色の瞳は輝いていて、浮かべる笑みはあの日を思い出し穏やか。その姿に、彼女の言葉に。一一は直ぐに答えを出した。
暫し後、運ばれて来たのは和と洋の皿。
アスカの元には焼き魚に肉じゃが、ご飯とお味噌汁と云う理想的な和定食。そこに添える、鮮やかなオレンジのグラスはファジーネーブル。――成人した時に、一一が初めて作ってくれた思い出と節目を感じるもの。そして、定食はよく一一が作ってくれるもの。
全てが、彼との思い出。彼の心がこもるアスカにとっては大切な味。
並ぶその彩に、勿論一一は直ぐに想いに気付く。笑みを零す彼の前に置かれたのは、鮮やかな輪切りオレンジの乗ったパンケーキとピザ。
それは同棲開始してすぐに、二人で買い物に行った時に口にした思い出と、二人で過ごしたクリスマスの日に口にした特に思い出深い品。――勿論、アスカだってこの彩の理由は直ぐに気付き、二人は小さく笑みを零し合う。
お箸とフォークをそれぞれ手に、口へと運べば広がるのはあの時の味。
そして、共に脳裏に浮かぶあの日の景色に想わず耽ってしまう。
一口、一口。大切に口にしようと思った時。
「一一」
不意に掛けられた声に一一が顔を上げれば、アスカが肉じゃがをこちらへと差し出していた。その姿に一瞬瞳を瞬いた後、直ぐに一一は口を開き素直に受け入れる。
――うん、自分が作ったのと同じ味だ。
肉じゃがは特に家庭の味が強く出るけれど、材料だけで無くその味わいも、野菜の切り方だって一一の作ったのと同じもの。
「ふふ、こういうの少し憧れてたのですよね」
口を動かす一一の姿に満足そうに微笑んで、アスカは想いを言葉にする。――夫婦はこういうことをするものだと、どこからか聞きいつかしてみたいと思っていたから。
その言葉に。彼女の嬉しそうな笑みに。
肉じゃがを飲み込んだ一一は、今度はオレンジのパンケーキを一欠片刺したフォークを、アスカと同じように差し出した。
自分でするのは良いけれど、こうしてされる側になるとアスカの頬は薔薇色に染め上がる。とくん、と鳴る胸を抑えながら。けれど応えるように口を開けば――広がるオレンジの香りは爽やかで、ふわふわのパンケーキは口の中で溶けるよう。
口を動かしながら、そっと頬へと触れてみれば。そこはすっかり熱を帯びていて。
(「普段よりちょっと大胆なのは、きっとお酒に酔っているせいですね」)
――この熱はきっと、オレンジのせい。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
雪・兼光
…店主、作ってほしいアイスがあるんだがいいかい?
味はクッキーアンドクリームで
UDCアースで俺がガキの頃に一緒に行動していた猫の魔法使いが居たんだが
俺が落ち込んでいた頃に彼女に良く食べさせて貰っていたアイスなんだ
それがどうやっても同じ味にならなくてさ
レシピなんて残ってないから見様見真似で同じアイスを作っても駄目だった
場所じゃないかと思ってわざわざ持ち込んでもだめだったよ
此処だったら食べれると思ってさ
なに、ちょっと埋まりだした思い出に浸りたいのさ
…こ、これ。……これだ。
懐かしいなぁ…本当に懐かしい
すぐ落ち込むガキの俺にもう、会えないあの娘が食べさせてくれた物だ
……ありがとう。助かったよ店主
●
「……店主、作ってほしいアイスがあるんだがいいかい?」
席について直ぐに、雪・兼光(ブラスターガンナー・f14765)はそう問い掛ける。彼の言葉に強い思い出があるのだと察したヤマネコは、穏やかな笑みと共に頷きを返した。
その仕草に、ぎゅっと手を握り。鋭い眼差しを細めながら、ぽつりぽつりと兼光は思い出とその味について語り出す。
彼が求めるアイスの味は、クッキーアンドクリーム。
あれはUDCアースでのこと。兼光が幼い頃、一緒に行動していた猫の魔法使いが居た。彼女は兼光が落ち込んでいたころ、よくこのアイスを食べさせてくれていたのだ。
何度も、何度も。
その甘く広がるバニラとココアクッキーの味わいに救われた。アイスは冷たい筈なのに、その温かさに救われた。
幼き日の記憶。けれど今も鮮明に残るあの味を、もう一度と望み探しても、自身で作ってみても、同じ味にはならない。――レシピも残っていない為、見様見真似で作ったものだけれど、何が足りないのだろうと考えた。その結果、場所のせいかと想いわざわざUDCアースに持ち込んで口にしても、やはりあの日と同じにはならなかった。
「此処だったら食べれると思ってさ」
――なに、ちょっと埋まりだした思い出に浸りたいのさ。
鋭い眼差しの奥に光るのは、兼光の遠い遠い記憶から溢れる心からの想い。
その言葉に、眼差しに。店主は静かに礼をすると下がっていく。
――そして、直ぐに戻って来た彼が兼光の前に置いたのは、見目からしてあの時彼女が少年時代の兼光へと差し出してくれたもの。
「……こ、これ。……これだ」
その見目からして声が震える。恐る恐る、口にしてみれば――広がる甘味も、とろける心地も、あの時のまま。もう何年前だろうか、あの時の扉が開くような感覚だった。
「懐かしいなぁ……本当に懐かしい」
すぐに落ち込むガキの俺にもう、会えないあの娘が食べさせてくれた物。
震える声で、静かに告げる兼光は溢れる想いに多くの言葉は零せないけれど。
「……ありがとう。助かったよ店主」
絞り出す言葉は、今まで迷走した分だけ熱い想いを帯びていて。
「……貴方の心に光が灯ったのならば、何よりです」
眼鏡の奥の猫の瞳に涙を滲ませながら、店主は微笑んだ。
大成功
🔵🔵🔵
朱赫七・カムイ
⛩神櫻
可愛い巫女の笑顔こそ何より美味だとしっている
共に重ねた時がより料理を美味にしてくれるのだと
サヨがチョコが好きな理由…知りたいな
語られるのは私のしらないきみの過去
私ではない「私」がしる、きみの姿
それに嫉妬してしまうのはおかしい事だろうか
私だったら使いではなく直接サヨにチョコを渡したのに
そのまま連れ出したのに
なんて…けれど
サヨの好きな物の切っ掛けになれたのは嬉しいな
私はパンケーキだ
きっかけはサヨだよ
ふわふわでとろりと蜜をかけて
バターの香る
サヨが初めて食べさせてくれたもの
生まれて間も無く
何も無かった私に美味な世界をひらいてくれた
ねぇサヨ
幸せだよ
だからこうして──美味と想い出と幸せを
重ねていこう
誘名・櫻宵
🌸神櫻
私がチョコレートを好きな理由、知ってる?
食むのは甘くて苦いチョコの菓子
血のように濃厚で
愛のように甘くて
戀のように惹かれる
私の故郷では珍しい菓子
きっかけは花魁をしていた時
全てに絶望してた時
……旅に出てた師匠が(前世のあなたが)
私に使いを寄越して
帰ってくればいいのに
チョコだけくれた
柘榴のチョコレート
甘くて苦くて
寂しくて嬉しくて
人の代わりに柘榴をお食べなんて
チョコで伝えるなんてらしい
チョコをもっと食べたくてショコラティエになった
あの頃の喰らって殺めるしか出来なかった私だけど
誰かを喜ばせることが…なんて
懐かしいわ
カムイはやっぱりパンケーキ?
カムイの世界がひらかれた
切っ掛けになれるなんて幸せだわ
●
細い指先で摘まみ、口へと広がるのは甘美なるショコラの香り。
甘くも苦いチョコレート菓子を口にする誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)の姿を見て、朱赫七・カムイ(禍福ノ禍津・f30062)はひとつ溜息を零す。
――可愛い巫女の笑顔こそ何より美味だとしっている。
共に重ねた時がより料理を美味にしてくれるのだ。真っ直ぐに見つめていれば、チョコを見ていた桜霞の瞳がカムイの朱砂の瞳を見つめ微笑んだ。
「私がチョコレートを好きな理由、知ってる?」
口の中の甘味を溶かした後ひとつ、問い掛けた。
「サヨがチョコが好きな理由……知りたいな」
そういえば、と気付いたように瞳を瞬き首を振った後。続きを願えば櫻宵は笑みを深めて、ぽつりぽつりと語り出す。
チョコレート――血のように濃厚で。愛のように甘くて。恋のように惹かれる。櫻宵の故郷では珍しいお菓子だ。
最初の出逢いは、櫻宵が花魁をしていた時のこと。
全てに絶望していた時、旅に出ていた師匠が使いを寄越してチョコだけをくれた。
今も覚えている、柘榴のチョコレート。
甘くて、苦くて。寂しくて、嬉しくて。
口に含みながら様々な想いが溢れた。――人の代わりに柘榴をお食べなんて。帰ってくることなく、チョコで伝えるなんてらしいと思ったのだ。
「チョコをもっと食べたくてショコラティエになった。あの頃の喰らって殺めるしか出来なかった私だけど。誰かを喜ばせることが……なんて」
最後はどこか悲しげな笑みを零して、そのまま新たなチョコを口にして櫻宵は紡ぎ終える。あの日のことを言葉にする櫻宵の姿はひどく美しく、儚くて。知らない彼の姿に、カムイはただ真っ直ぐに見つめながら静かに耳を傾けるだけだった。
知らない君の過去。私ではない『私』が知る、君の姿。
――それに嫉妬してしまうのはおかしい事だろうか。
「私だったら使いではなく直接サヨにチョコを渡したのに」
ぽつり、溢れた嫉妬がつい言葉にして零れてしまう。
ぎゅっと掌を強く握り締めても強い想いは押し込めることは出来なかった。直接渡して、そのまま連れ出したのに。今想っても遅いけれど、ひとつ確かなことはある。
「サヨの好きな物の切っ掛けになれたのは嬉しいな」
複雑な想いが溢れたのか、少し歪んだ笑みを浮かべ告げるカムイ。その言葉に、その笑顔に、その眼差しに。櫻宵は瞳を少し見開き、息を呑む。
「カムイはやっぱり――」
「私はパンケーキだ。きっかけはサヨだよ」
彼の目の前に運ばれて来たお皿の上の料理を前に、懐かしそうに瞳を細めるカムイ。
ふわふわで、とろりと蜜を掛けて、バターの香るパンケーキ。
温かなそれは、櫻宵が初めて食べさせてくれたものだ。生まれて間も無く、何も無かったカムイに、美味な世界をひらいてくれた思い出深い品。
彼のその言葉に。そして、彼のきっかけが自分であるという事に。櫻宵は綻ぶような笑みを浮かべ甘い言の葉を紡ぐ。
「カムイの世界がひらかれた。切っ掛けになれるなんて幸せだわ」
自分のきっかけであり。相手のきっかけである。
長い二人の絆は確かに此処にあり、此処に繋がっている。
その愛おしさが溢れるようで、互いに瞳を交わし静かに微笑み合う。
「ねぇサヨ」
するとカムイが、静かに唇を開くと名を呼んだ。なあに? と小首を傾げ問い掛ければ、テーブルの上の櫻宵の手に、カムイの大きな手が重なる。
「幸せだよ。だからこうして──美味と想い出と幸せを、重ねていこう」
温かい温度。温かい言葉。温かい笑顔。
重ねる数多の温もりに、櫻宵の桜が綻ぶよう。
――二人共の時間は、チョコレートのように甘くとろける心地。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】
想い出の料理、むむむ
お願いするならゆぇパパとの想い出が良いのだけど
どれをお願いするか悩んでしまうのよ
ルーシーね、
こちらに来るまでは本当に『おいしい』っていう気持ち、
あまり良く分かってなかった
うん
『家』ではずっと独りで食べていたから
でもパパとのご飯は本当に『おいしい』よ!
パパも同じ?
なら、良かった
そうだ、ヤマネコさん!
赤と白い苺のフルーツサンドを作って頂ける?
その苺は以前パパとのお出かけ(スノウベリーと言ノ葉の旅)で食べた事があって
フルーツサンドは館に来たばかりの時、
パパが作って下さった朝食だから!
ふふー、モチロン憶えているわ
完成したフルーツサンドは
良かったらパパ、食べて下さるかな
お出かけした時にパパも『苺が好き』って言っていたでしょ
お揃いも嬉しいし
好きが知れてもっと嬉しかった
他にも知っていけたらって思うの
ニンジン!?
…じゃなくて良かったけど
今後もパパのご飯には入って来るってことね…?
こ、これは
バレンタインの時の黒ヒナさんケーキ!
やっぱり可愛くて食べ辛い
パパ、本音が聞こえてますー!
朧・ユェー
【月光】
想い出の料理、相手に食べてほしい料理
そうですねぇ
ルーシーちゃんと食べた想い出の料理は沢山ありますねぇ
おや、ルーシーちゃんも『おいしい』を知らなかったのですか?
いつも美味しそうに食べてるから気づきませんでしたが、僕と一緒だったのですね
そうですね、一人のご飯は美味しくは無いです
ありがとうねぇ
僕も同じ気持ちだよ
あぁ、フルーツサンド。よく覚えていたね
朝食に軽いモノをと
白と赤の苺はとても美味しかったですね
えぇ、苺好きですね
僕の好きですか?嬉しいですね
では僕は…
君が頑張って食べた人参の…ケーキと思ったのですがそれを食べてもらうのは僕の役目なので
おや?どうでしょうか?
肩に乗った黒雛を両手に持ち
??してる黒雛を見せて
この子にソックリのチョコレートケーキをお願いします
バレンタインの想い出
困ったルーシーちゃん…ゴホンと咳払いして
いえ、喜んだ君をもう一度見たくて
ふふっと笑って
●
「想い出の料理……」
テーブルに着くと直ぐに、何にしようかと迷いルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は眉を寄せ真剣に悩む。
思い出、と云うならば。大好きな父との想い出が良いと思う。けれど、二人が紡いできた想い出はその時の分だけ沢山あって、どれにしようか悩んでしまう。
一生懸命考える少女の姿に、微笑ましげに朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は笑う。
「ルーシーちゃんと食べた想い出の料理は沢山ありますねぇ」
彼女と一緒に二人の時を思い出しながら、彼もまた何にするかを考えていた。――想い出の料理、相手に食べて欲しい料理。それは一体、何だろう。
「ルーシーね、」
耽るのに合わせ一瞬だけ眼差しを細めた時、目の前の少女がおずおずと唇を開いたのに意識を戻し、ユェーは顔を上げた。優しい何時もの微笑み。その温かさに心地良さを感じながら、ルーシーは静かに言葉を続ける。
「こちらに来るまでは本当に『おいしい』っていう気持ち、あまり良く分かってなかった」
「おや、ルーシーちゃんも『おいしい』を知らなかったのですか?」
小さな彼女からの告白に、ユェーは瞳を瞬き驚きを言葉にする。――そう、彼女『も』そうなのだという事実を、本人の口から聞いたから。
「うん。『家』ではずっと独りで食べていたから」
彼の言葉にこくりと頷き、ルーシーはあの日の事を思い出す。独りの食事はひどく冷めたように感じて、美味しいと云う感覚など知らなかった。幼い子が経験するには、十分すぎる程の冷たい記憶。
「いつも美味しそうに食べてるから気づきませんでしたが、僕と一緒だったのですね」
一人のご飯は美味しくは無いと云う、経験も分かる。血縁は無くとも心を通わせることの出来る間柄だから、零せる言葉もあるのだろう。少しだけしんみりとした空気が流れたことにルーシーは気付くと、顔を上げ真っ直ぐにユェーを見て唇を開く。
「でもパパとのご飯は本当に『おいしい』よ!」
そう、温かさも。美味しさも。彼が教えてくれた。
だからルーシーにとっての美味しい記憶はユェーと共にある。勿論それは、ユェーも同じ考えで。同じだと彼が紡げば、自然と互いに笑みが零れていた。――その時、パチパチとルーシーの瞳が星瞬くように輝くと、丁度注文を尋ねに来た店主へと顔を上げる。
「そうだ、ヤマネコさん! 赤と白い苺のフルーツサンドを作って頂ける?」
「フルーツサンド、ですね。赤と白の苺で」
注文を聞き返せばこくりとルーシーは頷く。彼女の言葉に続くように、ユェーは少し迷うように瞳を揺らしゆるりと唇を開く。
「では僕は……君が頑張って食べた人参の……」
「ニンジン!?」
彼の唇から零れた苦手なモノの単語に、過剰に反応する声に。ユェーは想わず笑い声を零し、そのまま隠すように握った手を口許へと当てる。
「ケーキと思ったのですがそれを食べてもらうのは僕の役目なので」
父としての使命のように零しならが、どうしようかと小首を傾げた時。もふっと頬に当たる柔らかな感触に、彼は視線を向けると。そこには小さな黒雛がびっくりしたように身体を揺すっていた。その姿を見てユェーは想いつき――そのまま肩の黒雛を両手で持つと、その子を店主へと見せる。
「この子にソックリのチョコレートケーキをお願いします」
首は無いから身体を不思議そうに傾げながら、ぱちぱちと円らな瞳を瞬く黒雛。その愛らしい姿に店主は微笑むと、かしこまりましたと一礼をして去っていく。
「今後もパパのご飯には入って来るってことね……?」
店主の後姿を見送った後、おずおずとルーシーが上目遣いで尋ねれば。ユェーはどこか意味深な微笑みを返すだけだった。
テーブルに置かれたフルーツサンドは、断面から見える赤と白のコントラストが美しい品。赤と白の苺にこだわるのは、以前アルダワの世界でユェーと共に食べたことがあるから。しっかりした果肉と香り、口の中で一瞬で溶けゆく雪のような果肉。その二つは普通では味わうことが出来ない、ユェーとの想い出の味。
そしてフルーツサンドは――。
「館に来たばかりの時、パパが作って下さった朝食だから!」
頬を微かに染めながら、楽しそうに告げる少女。
その姿に、彼女の言葉に。ユェーは少しだけ驚いたように息を呑む。よく覚えていたねと素直に零せば、勿論だとルーシーはご機嫌に笑った。
あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。朝食だから軽いモノを、と想い用意したのだ。
何気ない行動だったのに、こんなにも彼女の心に刻まれていることを目の当たりにすれば、思わず心が震えるようで。嬉しそうに微笑みを浮かべていれば、ルーシーは少しだけお皿をユェーへと寄せると良かったらパパも、と言葉を掛ける。
「お出かけした時にパパも『苺が好き』って言っていたでしょ」
苺が好きだと紡いだルーシーに自分もだと返してくれた大好きな父。あの日の言葉も、甘く瑞々しい味もよく覚えている。共に分け合ったからこそ、此処でも同じように一緒に味わいたいと思うのだ。
「お揃いも嬉しいし、好きが知れてもっと嬉しかった」
他にも知っていけたらと、愛らしい彼女の言葉にユェーは微笑みながら同時にサンドイッチを口にする。ふわふわ柔らかなパンにふんわり軽い生クリーム。そして、瑞々しい苺はしっかりした酸味と一瞬で溶けるように広がる甘味のハーモニーは素晴らしく。思わずルーシーが瞳をきゅうっと瞑ってしまった時、続いて店主がお皿を持ってくる。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「こ、これは。バレンタインの時の黒ヒナさんケーキ!」
ことりと置かれたお皿に鎮座していたのは、注文した通りユェーの肩に乗る黒雛と大きさ含めそっくりなケーキ。周りのクリームや果実までも再現した、あの日のもの。
ユェーの肩に乗っていた黒雛が、テーブルの上に降り立つと自分そっくりな子を見てぱちぱちと瞳を瞬く。――そのまま彼がルーシーを見れば、そっくりな子が並んでいる。
ふるふると震えるルーシー。その姿を微笑ましげに眺めながらユェーは。
「困ったルーシーちゃん……。――いえ、喜んだ君をもう一度見たくて」
優雅に紡いだ後、一瞬の間に誤魔化すように咳払いした後言葉を続けるが、簡単に騙されるルーシーでは無い。ぷくっと年相応に頬を膨らませると、じいっと父を見て。
「パパ、本音が聞こえてますー!」
そんな家族の和やかなやりとりを、二匹の黒雛がじいっと見守っていた。
――これは二人が出逢ったから楽しめる、温かな食事の記憶。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
レイラ・ピスキウム
――ここで『思い出の料理』が味わえると聞いたのですが
少しばかり特殊なのですが……オーダー出来ます?
トマトと魚介のスープ
これに"毒"を入れてください
種類は何でも良い
大体の味や刺激は分かっているし
どれも僕には効きませんから
近頃はどうにも絆されるようで
何の為に旅をしているのかと目的を忘れそうになる
自分への戒めとして
もう一度味わっておきたいんです
僕を目の敵にする叔母の指図で
物心ついた時から人知れず飲まされていた毒入りのスープ
何かが恐ろしい方向に変わってしまうのではと怖くて
誰にも言い出せないまま
旅に出るまで食事を残したことが無かった
何より両親を心配させたくなかったからね
……ああ
この苦み
この刺激
懐かしいな
これが何か判別が付くことが、本当は悲しいことなんでしょうけれど
もう仕方のないこと
諦念なのかと感じるけれど、僕では判断も出来ません
でも、おかげで
僕の中で薄れかけていた何かは満たされた気分です
この苦杯は、僕が"最高の景色"と出会う為に必要なものだから
●
「――ここで『思い出の料理』が味わえると聞いたのですが」
案内された席へと腰を下ろすと、レイラ・ピスキウム(あの星の名で・f35748)は店主へ向けてそう問い掛ける。ヤマネコは穏やかに微笑むと、貴方のお望みならばと紡いだ。
「少しばかり特殊なのですが……オーダー出来ます? トマトと魚介のスープ。これに『毒』を入れてください」
「『毒』、ですか?」
レイラのオーダーに、つい問い返してしまう店主。数多の注文は受けてきたけれど、もう一度と願う思い出の味にそのような物を注文する人物は初めてなのか。本当なのかと問いたげな様子に、レイラはしっかりと頷きを返す。
そのまま彼は、注文の詳細を言葉にする。毒の種類は何でも良い、大体の味や刺激は分かっているし――。
「どれも僕には効きませんから」
淡々と、何時もの雑談のように毒について語るレイラ。その言葉から、彼の本心だという事は分かるし、彼の思い出深い品だという事も分かる。――更に想いを聞けば、より近い味わいになるだろうから。静かに耳を傾ける店主に向け、レイラは唇を開く。
そう、近頃はどうも絆されるようで。何の為に旅をしているのかと、目的を忘れそうになる。そっと痣に触れるかのように、左瞳へと手を重ねていた。
「自分への戒めとして、もう一度味わっておきたいんです」
静かに、どこか寂しげに笑うレイラ。彼のその言葉に、店主は察するように口を結ぶと頷きを返しそのまま奥へと戻っていく。
父は名高い魔法使い。母は天才薬師。その両方から愛されていたけれど、母の親族からは冷遇されてきたレイラにとって、毒入りスープは身近なものだった。
指図していたのは叔母。
始まりは、物心ついた時には既に。人知れず飲まされていた毒入りのスープは、誰にも言い出すことは出来なかった。
だって、何かが恐ろしい方向に変わってしまうのではと、怖かったから。
彼の幼い記憶にある食事は、ずっとそうだった。痺れるような感覚。吐き気。めまい。数多の症状を経験し、それでも彼は旅に出るまで食事を残したことは無かった。
それは、恐怖だけではない。
(「何より両親を心配させたくなかったからね」)
――愛してくれていたと、分かっているから。
生まれた時から、なんて知ってしまえば。想像するだけで胸が苦しくなる程、両親は大切にしてくれていたのだと知っているから。
「お待たせ致しました。……こちらです」
遠い記憶を思い出していれば、店主がレイラの目の前にお皿を置いた。
トマトの赤に浮かぶ数多の魚介。食欲をそそる海の香りに鼻を鳴らし、スプーンを手に取るとレイラは静かにスープを口にする。
トマトと魚介の味わいの奥で、広がっていくのは苦み。そして刺激。
――じっと心配そうに見守る店主の前で、ふうっと深く息を吐くと。
「……ああ。この苦み、この刺激。懐かしいな」
ふわりと、零れる笑みと言葉。――その笑みは、此処に訪れる客達と何ら変わらない、懐かしいものに触れた人の魅せる顔。
これが何か判別が付くことは、本当は悲しいことなんだろう。それはレイラも分かっているが、もう仕方が無いことだと傍観者のように彼は想っている。
諦念なのかと感じるけれど、レイラでは判断も出来ない。
けれど――。
「でも、おかげで。僕の中で薄れかけていた何かは満たされた気分です」
そっと顔を上げ、どこか晴れやかな笑顔でレイラが告げれば。店主は微笑み一礼を。
「それは良かったです。……貴方の御心に、少しでも触れられて光栄です」
そんな彼の姿と言葉には嘘偽りなど無い。その姿は、此処に訪れる数多の思い出に触れる客へと見せるこの店の店主の顔だ。
正しく記憶の扉へと触れさせてくれた彼へと、改めてレイラは礼を告げる。
そう、だって――この苦杯は、僕が『最高の景色』と出会う為に必要なものだから。
大成功
🔵🔵🔵
ティル・レーヴェ
【花結】
思い出の味をと聞いて真っ先に
一緒に味わいたいと思ったの
あなたにとっての其の味と
あなたが語る思い出を
あなたが幸せそうに頬張る姿
それは今までも見てきたけれど
ヤマネコ殿が叶えて下さる
“お父さんのアップルパイ”
そんな特別を頬張るあなたを
すぐ傍で見られることが
妾はとうても嬉しいわ
勿論
こうして一緒に
その大切を味わわせて下さることも
あら、ふふ、ありがとう
でもね折角だもの
妾はね
おんなじ、を食べたいの
大きなリンゴに
零れるカスタード
一生懸命頬張って食べるのも
あなたの思い出、なのでしょう?
だから
クリームが零れたり頬に付いたり
そんな粗相も許して頂ける?
出来る限りの大きな口で
一生懸命かぷりと齧り付いたなら
幸せ詰まった素敵な味に
煌めく眸であなたと顔見合わせて
これがあなたの、思い出の味
レシピを教えて頂けたなら
次はふたりの手でこの味を
そうして
ね、お父さんの眠るあの丘で
一緒に食べたいって、願ってもいい?
そうして、先には
ふたりで築く“家庭の味”に、と
ええ、きっと
新たな想い出の味も
ふたりで一緒に
たくさん、たくさん、ね
ライラック・エアルオウルズ
【花結】
思い出を味わうなんて
実に不思議な心地だが
僕のそれを望んでくれた君に
とびきりをごちそうするため
饒舌にと、語らせておくれ
幼い僕の、思い出のひとつ
亡き父が御祝いに焼いてくれた
今も大好物であるアップルパイ
大雑把なほど大きく切られた林檎
カスタードが、密と詰まっていて
頬張るのには苦労したけれど
それもしあわせな時間だった
君のまえで、頬張れることも
君とふたり、味わえることも
唯々嬉しくて裡を温もらせて
きっと、幼いときの僕よりも
君の口は小さくあるから
食べやすいよう、切ってね
返る言葉の愛しさに微笑い
勿論、許さないはずがない
僕もおんなじ、だったもの
序で、一生懸命なさまを可愛いと
そう思うのは父も同じだったかな
香るシナモンに眸を細めつ
一口食めば、華やぎ見つめ
うん、あのときの思い出の味
満ちてゆく甘さと幸せは
君とだから、いっそうだけど
叶うなら、山猫にレシピを聞き
ふたりでも再現出来たら嬉しい
君の願いは、願ってもないこと
それも“思い出の味”となるから
辿るだけでなく、新たなものだって
共に思い出の味を増やしてゆこう
●
思い出の味。
それは一人一人違うのは当たり前で、リラと鈴蘭は重ねたい思い出があった。
「思い出の味をと聞いて真っ先に、一緒に味わいたいと思ったの」
ふわりと甘やかな笑みを零し、ティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)は紡ぐ。その笑顔と、ほんのりと染まった柔らかな頬にライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は温かな心地に満ちながら、笑みを返していた。
思い出を味わうなんて、不思議な心地だ。
けれど、ライラックにとって特別であるそれを、共にと望んでくれた愛おしい君。勿論その味だけでなく、語る思い出も楽しみにしてくれていると知っているから――。
「饒舌にと、語らせておくれ」
穏やかなライラックの瞳を細め、その顔に浮かぶ笑みはどこか遠く遠くを見ているようで。何時もの彼とは少し違う空気に、ティルは花弁の唇を閉じ静かに耳を傾ける。
今から語るのは――幼い僕の、思い出のひとつ。
亡き父がお祝いに焼いてくれた、今も大好物であるアップルパイのこと。
大雑把なほどに大きく切られた林檎。とろりと零れるカスタードが密と詰まっていて、頬張るのには苦労したけれどそれもしあわせな時間だった。
だから――その『特別』を、今一度味わいたい。出来ることなら、君と一緒に。
だって、君の前で頬張れることも。君と二人、味わえることも。唯々嬉しくて、胸にじわりと広がる温かさが心地良く、愛おしいと思うのだ。
そして勿論、その想いはティルも同じく。
「『お父さんのアップルパイ』――そんな特別を頬張るあなたを、すぐ傍で見られることが」
とても嬉しいのだと、微笑むティルの姿は美しく、愛らしく。静かにライラックは笑みを零していた。
ライラックの思い出の花をひとつ添えて、運ばれて来たアップルパイは熱々で。しっかりとした焦げ目に網目模様が美しく、ぎっしりと詰まったどこかどっしりとしたもの。その見目も、ふわりと漂うシナモンの香りも。幼い頃の記憶を呼び覚ますようで、静かに鼻を鳴らし深く深く深呼吸をするライラック。
瞳を閉じれば、過去に戻るような心地になるだろうけれど――前を見て『今』へと浸ろう。愛おしい人と共に思い出を味わえるなんて、とても特別なことだから。
大きな大きなアップルパイは、幼い頃のライラックは苦労をしたけれど。
「きっと、幼いときの僕よりも。君の口は小さくあるから」
食べやすいようにと、ナイフを手に取る彼。けれど、その手へとそっと小さな手を重ねて、ふるりとティルは首を振った。
貴方の特別を頂けることが幸せ。こうして一緒に、その大切を味わわせて貰えることに。優しい彼の気遣いに。お礼を述べるけれど。
「でもね折角だもの。妾はね、おんなじ、を食べたいの」
花唇から零れる、そんな甘い言葉。
その言葉に、ライラックはナイフを落とす手をぴたりと止めて。彼女の大きな藤瞳へと視線を送る。ふんわりと零れる笑みには瞳を逸らせず、続いて語られる言葉を待つよう。
「大きなリンゴに、零れるカスタード。一生懸命頬張って食べるのも、あなたの思い出、なのでしょう?」
だから、『おんなじ』を――重ねる願いにライラックはこくりと頷くと、ホールのアップルパイを均等に切り分けて、丁寧にお皿の上へと重ねた。そのお皿もまた、幼い日にライラックが食べたあのままで、じわりと心に広がる過去の思い出。
手元へと置かれれば、漂うシナモンの香りが一層強くなった気がする。互いにフォークを手に取って、そっとアップルパイへと重ねながら。
「クリームが零れたり頬に付いたり、そんな粗相も許して頂ける?」
こくりと小首を傾げ、甘い声を少女が紡げば。その愛おしさに、ついライラックの口許には笑みが咲く。
「勿論、許さないはずがない。僕もおんなじ、だったもの」
彼女への愛おしさだけでない、あの日を思い出した故に細まる瞳。――ふわりと微笑み、頂きますと紡いで。大きく切った欠片を、出来る限りの大きな口で齧りつく少女。その姿に何時ものような愛おしさだけでなく、ライラックの心に新たな震えが訪れる。
嗚呼、そうか――。
一生懸命なさまを可愛いと、そう想うのは父も同じだったかな。
歳を重ねた今だからこそ、分かる感覚。あの時は想いも至らなかったその感覚に、ひどく心が震えたのだ。
父のことを思い出し、少年の日を思い出し。フォークを口許へと近付ければ、薫るシナモンが懐かしく――眸を細め一口味わえば、口に広がる華やぎ。
「これがあなたの、思い出の味」
「うん、あのときの思い出の味」
穏やかな瞳にキラリ光が宿ったのを見守った後、ティルが紡げばライラックは静かに頷きを返す。――でも、味も香りも同じだけれど。満ちてゆく甘さと幸せは。
「君とだから、いっそうだけど」
ケーキよりも甘い笑顔と甘い言葉。その言葉に、ティルはほんのりと頬を染めながら幸せそうに笑みを返す。このひと時も、この味も。大切な貴方とだから美味しいのだ。
嗚呼、叶うならば。このパイのレシピを。
そして、二人で改めて再現をと願ってしまう。
それは勿論、ティルも同じだけれど――。
「ね、お父さんの眠るあの丘で。一緒に食べたいって、願ってもいい?」
――そうして、先には。ふたりで築く『家庭の味』に、と。
彼の願いに、更に願いを重ねるティル。その鈴のような声に、ライラックは迷うことなく頷きを返す。――だってそれは、願っても無いこと。きっと『思い出の味』となるだろうから。けれど、二人の道行はそれだけではない。
「辿るだけでなく、新たなものだって。共に思い出の味を増やしてゆこう」
フォークを置き、そっとティルの小さな手へと己の手を重ねライラックは紡ぐ。彼の優しく甘い言葉も、心地良いその体温も。ふわりと優しくティルを包み込み、どこまでもその身を浸したくなってしまう。
「ええ、きっと。新たな想い出の味も、ふたりで一緒に。たくさん、たくさん、ね」
その温もりに身を任せたまま、微笑むティルの笑みは美しく咲く花のようで。
思い出の味に、ひとつの甘いスパイスを加えるよう。
――後ろに下がったヤマネコが、一枚の薄汚れた紙を置くのはもう少し後のこと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花園・椿
和三盆と、抹茶を一杯頂けますか
口の中に広がる甘みを苦みで流し、口の中は清々しく
…苦いですね
茶運人形故に人に茶を運んだことはあれど飲んだことは無く
人に持て成して貰う事なども無く
普段己が手にする茶はどんなものなのだろう
――どんな気持ちで、頂くのだろうと
私が見ていたのは何時だって人の顔
茶が作られている所を見て、持たされて運び、茶を差し出す
私はただ橋渡しをしていただけ
茶運人形で在れと想われたからこそ行っていただけ
其処に何の想いがあるのだろう、茶に何が込められていたのでしょうか
其れは私には分からない
分からないからこそ理解したい
あの時茶を飲んだ人の、人達の
表情はいつだって笑顔だったのですから
春の姉が微笑み、
秋の姉が甘え、
夏の姉が注意していたあの場所で
父様は茶を飲んでいた
あの茶はこんなに高価な物ではなかったけれども
『大事なのは持て成す心だ、此処だ』
そう言っていたあの笑みに私の意義がある
私は茶運人形
人の想いが込められたものを大切に運び持て成す仕掛け人形
もう一杯頂けますか
●
――和三盆と、抹茶を一杯頂けますか。
そう花園・椿(静寂の花・f35741)が告げた通り、目の前に置かれたのは茶器に入った泡の美しい抹茶と、美しい細工で椿の花を表した甘味。
かつて侍の国で茶運人形として、人々に茶を運んでいた椿。故に目の前に置かれたこれらは、見知ったものである。――けれど、幾度と見ても口にしたことはない。
だって彼女は茶運人形。
人に持て成して貰う側で無く、人を持て成す側だったから。
けれどミレナリィドールである彼女は、普段己が手にする茶はどんなものなのだろうとずっと疑問と好奇心を抱いていた。
だから――今此の場で。初めての茶へと触れるのだ。
椿の花を摘まみ口へと含めば、ほろほろと溶けるような優しい甘さが広がって。次にそっと細い両手を伸ばせば、関節の目立つ手が温かな茶器に触れる。そうっと包み込み、礼儀に倣い茶器を回し、口へと含めば。
「……苦いですね」
息と共に零れる感想。
先程まで口に広がっていた素朴な甘さは、濃い緑の苦味で流されてしまったのかすっかり清々しくなっていた。
――これを、人々は飲んでいたのか。
椿が茶運人形として、見ていたのは何時だって人の顔。
茶が作られている所を見て、持たされて運び、茶を差し出す。――そう、ただ橋渡しをしていただけ。彼女の仕事は、生まれは、茶運人形で在ることだった。椿達『花の娘たち』が茶運をする事で、女子供は他の仕事が出来ると云う父の想いを受けて動いていた。
其処に何の想いがあるのだろうか。茶に何が込められていたのだろうか。
――其れは、椿には分からない。分からないからこそ、理解したい。
だって、あの時茶を飲んだ人の、人達の顔に浮かぶのは、いつだって笑顔だったから。
その笑顔を見たからこそ想ったのだろう。――どんな気持ちで、頂くのだろうと。
桜散る春の姉が微笑み、色付く楓の秋姉が甘え、光を受け止める梢たる夏の姉が注意していたあの場所で。父は茶を飲んでいた。
あの時の茶は、今飲んでいるこれと比べ高価なものでは無いが故、香り立ちも違った。けれども、父はこう言っていたのだ。
『大事なのは持て成す心だ、此処だ』
そっと己の胸に手を当てて、告げる父の言葉にもその顔にも迷いは無く、浮かべていたあの笑みに私の、椿の意義があるのだ。
苦味とまろやかな香りの茶も。添える四季の菓子も。それらを振る舞う為の茶器も。全てが、持て成しの心を表した大切なもの。――それらを運ぶことが出来るのは、何と特別なことだろう。
「もう一杯頂けますか」
茶碗を傾け、美しい泡と共に茶を飲み干すと。ほうっと溜め息を吐いた後椿は店主であるヤマネコを見上げそう告げる。
表情の変わらぬ椿の赤い瞳を見返すと、彼は「すぐに」と告げ礼をし奥へと下がる。
その後姿を見れば、茶運人形が人に茶を届け去っていくところはこのような風景だったのかと椿は瞳をどこか機械的に瞬いた。
膝に置いた手を軽く握れば、油を挿して動かしている為普通の人とはどこか違う動き。けれども、それは彼女が作り手の想いを込められた存在である証。
――私は茶運人形。
――人の想いが込められたものを、大切に運び持て成す仕掛け人形。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『いろあつめ』
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POW : あなたの『くろ』はきれいかしら
自身の【鳥籠に収集した悪感情を解き放つこと】を代償に、【実体化した任意の悪感情】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【交戦対象の感情を汚染すること】で戦う。
SPD : あなたの『ひかり』はまぶしいかしら
攻撃が命中した対象に【勝手に増幅する任意の良感情】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【感情の暴走による過剰な体力消耗】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ : あなたの『いろ』、わたしにちょうだい
【悪感情を簒奪する『黒い手』】【良感情を簒奪する『白い手』】【その2つからなる鳥籠からの射出攻撃】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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●あなたのいろは?
トントン――。
思い出を語り、思い出に浸り、思い出の味に舌鼓を打ち終わった頃。不意に鳴る扉のノックの音に、猟兵達は反応した。
扉越しにも分かる気配。
少しの間の後、カチャリと音を響かせ姿を現したのは普通の少女に見えた。艶やかな黒髪に、血のように真っ赤な瞳。白い肌は真珠のようで、愛らしい見目をしているが――彼女が引きずるように店内へと持ち込んだのは、身長ほどもある鳥籠。けれど、その中は鳥が羽ばたいているのではなく、どす黒い『何か』が渦巻いていた。
『ここに、たくさんのいろがあるきがするのよ』
甘く幼い声で紡ぐ少女の声は愛らしいけれど、その赤い瞳が見ているのは猟兵達だけれどヒトの姿は見えていない。ヒトの中に潜む、心だけが彼女の興味の対象。
『くろかしら? しろかしら? ねえ、あなたのいろはなにいろ?』
くすくすとカナリアのような笑い声を零しつつ、問い掛ける少女。
感情を収集する彼女にとって、ヒトは感情を持つ箱でしかない。己の興味の為ならば、手段など選ばないだろう。
悪い感情。良い感情。
生き物が持つ感情の全てを集める彼女の攻撃は、心を侵食されるものだ。
己の醜い心が露わになってしまう者。抑えが聞かず、思わぬ行動に出る者もいるだろう。心に留めていた――それこそ先程愛おしく感じた思い出を忘れる者もいるだろう。
けれど抗い、最終的に彼女を倒せば。己の感情を取り戻すことは出来るから。
だから心をしっかりと持ち、対峙するしかないのだ。
するりと、籠の扉が開いたかと思えば深い黒が迫ってくる。
ライラック・エアルオウルズ
【花結】
鳥籠のかたちに眉顰め
傍にいる君を背に庇う
君が鳥籠に抱く記憶は
良くないものだろうから
心害する黒の手は
決して触れさせやしないが
ああ、君も護っておくれ
僕のいろは黒ばかりだった
全てを塗り潰す洋墨のいろ
世界を知って、ひとを知って
そして『好き』を知ったから
僕のこころに色彩が満ちた
やさしいばかりでなくていいと
君が受け止めてくれた、黒も
溢れるばかりであったとしても
君が受け止めてくれる、白も
大切な思い出と共にあるものだ
きみいろも、ふたりいろも
僕のものも、君のものも
なにひとつあげられないよ
“忘れない”と誓う指輪に触れ
白黒の手を鏡で弾いたなら
今を護る青に、ほころぶ
――“忘れさせない”で
何よりも、君のことを
ティル・レーヴェ
【花結】
現れた少女の連れた
人が入る程の鳥籠
その姿に僅か身は強張れど
庇い立つあなたが
過ぎる記憶からも護ってくれる
頼もしい背に身を添わせ
頼ると共に
妾にもあなたを護らせて
あなたのいろはどれも愛しい
洋墨の黒は幸せな物語を綴る色
同じ色した影の子招く夜の色
溢れる白はあなたの髪と同じ色
あなたの花色で雲の色
重ね重ねた数多の色も
想い出と共に増すばかり
妾のいろ?
それはいつだって
“ライラック”のいろ
妾の心を染めるのは
如何な色も染め直すのは
たったひとつあなたいろ
感情もいろも想い出も
彼の全ては妾のもの
妾の全ては彼のもの
ひとときたりと
奪うことは許さない
あなたのくれた“まじない”で
ふたりの今を護るから
妾が“忘れさせない”わ
●
ずるり、黒が渦巻く人が入れる程の鳥籠がある。
白が瞳に映れば、ティル・レーヴェは浅く息を飲み込んだ。微かに聴こえた音に、一歩後ずさった彼女の姿に。ライラック・エアルオウルズは唇を結ぶと、己は一歩前に出て、ティルの姿を背に庇う。
それは、彼女が鳥籠を前にして、抱く記憶を想ってのこと。
決して良いものでは無い筈。それは彼女のことをよく知っているからこその行動で、その優しさと温かく大きな背中に、ティルの強張った身体が徐々に和らいでいく。
嗚呼、庇い立つあなたが――過ぎる記憶からも護ってくれる。
恐ろしさに浸る感覚はまだ抜けない。足元は不安定だ。けれど、彼が居るから心は強く在れる。だって、こんなにも。
「妾にもあなたを護らせて」
そう、想うのだから。
少しだけ震える声で、けれど澄んだ声で紡がれれば。ライラックは少しだけ後ろを振り返り頷きを返した。守ってくれる存在が居るということは、こんなにも心強い。
鏡を手に、瞳を細め敵を見据えた時――気付けば彼の視界には、白と黒の手が迫っていた。その身を掴まれ、包まれ。その先に待つのは良と悪の感情。
『あなたのいろはなにいろ?』
視界を覆われた故に、見えぬ少女が問い掛ける。
その問いを耳にすれば、ライラックの脳裏を己の色であった黒が染め上げた。
その黒は、全てを塗り潰す洋墨の色。彼の世界は本の中。ペンを走らせ紡いだ、黒に作られた鮮やかな世界が彼の世界。
そうだった。そうだったのに――。
「世界を知って、ひとを知って。そして『好き』を知ったから。僕のこころに色彩が満ちた」
腕に掴まれていることに慌てずに、穏やかにライラックは思い出を紡ぐ。洋墨に染められた狭いライラックの世界は、彼女に逢って変わったのだ。
やさしいばかりでなくてもいいと、君が受け止めてくれた黒も。
溢れるばかりであったとしても、君が受け止めてくれる白も。
全部、全部。溢れるこの想いは大切な思い出だ。
そんな彼の色も、想いも。ティルだって分かっている。そして、彼の色だからこそティルは全てが愛おしいと思うのだ。
黒だって彼が幸せな物語を綴る色。
同じ色した影の子招く夜の色。
溢れる白はあなたの髪と同じ色。
あなたの花色で雲の色。
重ねてきた想い出の分だけ、数多の色が二人にとっては大切で、今の自分を形成している色である。
「君のいろは?」
顔を覗かせたライラックが問い掛ける。その優しい眼差しに、ティルは綻び笑むと。
「妾のいろ? それはいつだって『ライラック』のいろ」
頬を染めながら、何時もよりも甘い声でしっかりと語る。
そう、ティルの心を染めるのは、如何な色も染め直すのは。たったひとつのあなたいろ。『今』のティルはすっかり染め上がっているのだから。
「きみいろも、ふたりいろも。僕のものも、君のものも。なにひとつあげられないよ」
ふるりと穏やかに首を振り、ライラックが紡げば彼を包む手がしゅるしゅると彼の身体から離れ解けていく。その様子にティルは心配そうに一歩前へと出ると、ライラックは大丈夫だと紡いだ。
身体が自由になったからか、キラリと揃いの指先の花が輝く。
そっと『忘れない』と誓う指輪に指で揺れ、淡く口付けをして。ライラックは周りをうねる白黒の手を魔法の鏡で弾くと、ふわりと微笑み振り返った。
そこには、今を護る青色。綻ぶのは顔だけでなく、心までもがそうだから。
その笑顔を見て、ティルは細い指で煌めく花細工に触れながら彼の『まじない』を想うのだ。ふたりの今を護る。指と裡に繋ぐ特別な想い。そこに誓った二人の繋がり。
「妾が『忘れさせない』わ」
ふたりの今を、護るから。
穏やかな笑みを浮かべ、ティルが紡げば温かな輝石からはリボンと花が生まれる。
2人の誓いから生まれたそれらが戦場を美しく巡る光景を見つめ、ライラックは改めて指輪を大切そうに包み込んだ。
――『忘れさせない』で。何よりも、君のことを。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
一一・一一
【いちあす】アドリブ連携可
楽しい楽しいデートの時間は終わりですか
まぁ、お仕事はちゃんとしないとですねぇ
敵のUCで増幅された良感情は「アスカさんを支えたい、共に生きたい」という気持ち
ゆえにいつも以上にアスカさんのサポートに回りましょう
UCで【ライトニング】と【イーグレット】を早抜きし、『援護射撃』でアスカさんが動きやすいように援護します
「増幅されたおかげでいつも以上に張り切ってますがが愛の力で体力は無限大です」
なんか恥ずかしいこと言いましたけど増幅された感情のせいということにしてくださいな
え?ダメ?そんなぁ
アドリブ等歓迎です
アスカ・ユークレース
【いちあす】アドリブ連携可
人から無理矢理奪った感情を掲げて己を埋めている…まるで豪華なだけの身の丈に合わない服を着て得意気にしているみたい、一周回って憐れみすら感じますね
敵の攻撃で増幅する感情は一一への恋慕と、敬愛と少しの欲望
彼の全てが欲しい、私だけの物にしたい、そんな思いで思考回路が上書きされそうなその時
ふと脳裏を過る一一の顔が私を冷静にさせてくれる
そういう感情が自分にあるのは認めざるを得ないけど、私は彼を悲しませたいわけじゃないのよ
反撃開始です
一一と連携して攻撃、増幅させられた感情さえも力に変えて、選択UCを思い切りぶつけてやりましょう
……ちょっと恥ずかしいところ見せちゃったかもね
●
「楽しい楽しいデートの時間は終わりですか」
黒渦巻く鳥籠を背に、佇む少女を見つめながら一一・一一は紡ぐ。小さく溜息を零した後、しっかりと前を向いた彼の眼差しはどこか真剣さを宿す。
「まぁ、お仕事はちゃんとしないとですねぇ」
ライフルを手に、紡ぐ姿は猟兵らしき姿で。戦いの意志を宿す彼の後ろで、アスカ・ユークレースはきゅっと胸元で掌を握る。
「人から無理矢理奪った感情を掲げて己を埋めている……」
小さな漆黒の髪の愛らしい少女。彼女の背にある鳥籠の中には、収集した数多の感情が仕舞ってある。それらは強い興味を抱き『無理矢理』奪い、手中に収めたに過ぎない。
それは、彼女のものでは無い。
全て、持ち主のものである。
それなのに貪欲に欲しいのだと語る彼女はまるで――豪華なだけの身の丈に合わない服を着て、得意気にしているようだとアスカは思う。
「一周回って憐れみすら感じますね」
ぽつりと零れた言葉はひどく小さなもので、恐らく少女の耳には届いていない。
くすくすと楽しげに一一とアスカを見つめる瞳はまるで値踏みをしているかのようで、決して心地良いものでは無かった。少し居心地悪そうにアスカが身を揺すった時、少女が呪文を唱えると同時に、二人の胸がざわついた。
思わず胸を抑える。
ひとつ、ふたつ――深呼吸をして心を整えようとするが、ざわつきは収まらない。
そう、それは。少女が二人の感情を、増幅させたから。
一一はじっとアスカを見る。艶やかな漆黒の髪、左右で色の違う二色の瞳。その姿を見ればまた感情が溢れだし「アスカさんを支えたい、共に生きたい」と思うのだ。
きゅっと胸辺りの服を握り締める。
この想いはいつもあるもので、支えたいと云う想いは戦いにだって流用出来る筈。だって一一は遠距離を得意とし、何時だってアスカのサポートをして来たから。
だから、彼女さえ動ければ問題は無いのだ。
だが――そのアスカが、苦しそうに荒い息を吐いていた。
彼女の胸に溢れる想いは、一一への恋慕と、敬愛と少しの欲望。
彼の全てが欲しい。私だけのものにしたい。そんな、醜い思いでアスカの思考回路が上書きされそうで、けれど抗って。繰り返しても負けそうになりぎゅっと目を瞑った時。
「アスカさん?」
声が掛かり瞳を開くと、そこには覗き込む一一の姿があった。
黒い瞳を見返し、何時もの彼の姿を見る。――すると、どうしてだろう。先程まであんなにもざわついていた心がすうっと引いていく。沸騰したような頭も冷えていき、思考が回るようになった。勿論、何時もよりは冷静では無いけれど。先程までを想えば、十分行動出来る程度だろう。
改めて、アスカは分かった。そういう感情が、自分にあるという事を。
けれど――。
「私は彼を悲しませたいわけじゃないのよ」
ふるりと首を振り、そのまま一一では無く少女を見て。アスカは強く言い放つと、そのまま機械弩を構える。ひとつ、ふたつ。少しでも心を凪させようと呼吸を整え、彼女は強い意志を宿った矢を放った。
戸惑う二人を見て、露わになる感情にどこか満足そうに笑っていた少女。その彼女へと命中する矢は、少女の術により何時もよりも強い意志となり降り注ぐ。追い打ちを掛けるように、一一は慣れた様子でライフルの弾丸を打ち込んだ。
「増幅されたおかげでいつも以上に張り切ってますが愛の力で体力は無限大です」
攻撃を繰り出しながら、さらりと告げる彼。
その言葉に頬を染めながら。アスカは自分も、ちょっと恥ずかしいところを見せてしまったかもと想うのだ。
――これは全て、増幅された感情のせい?
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
レイラ・ピスキウム
僕は時折思うんです
『僕に元から感情なんて存在しないのではないか』と
毒入りの食事を"怖い"と思ったことも無いし
叔母から受ける嫌がらせを"嫌だ"と思ったことも無い
全て、仕方ないと諦めていたから
10年引き籠っていた書庫では本だけが僕の支えだったけれど
唯の退屈凌ぎにする読書を"楽しい"と感じたことも無い
そんな僕を放任してくれた両親に"感謝"したことも無い
それが、当たり前だと思っていたから
――ああ、僕は『虚無』だ
旅に出て、嫌がらせで辛い思いをする事が無くなって安堵すらしていなければ
今となっては両親から本当に愛されていたのかもわからない
……僕はどうしたかった?
僕はどうなりたかった?
魔導書の背表紙をなぞってみるけれど、何も感じない
『父のように』と感じていたことすら、何も
魔導書を開けば、溢れてくる毒の花弁
――ああ、そうだ
この花の花言葉は
『楽しい思い出』
僕が叔母に一度でも「止めてくれ」と抵抗したら
一体アレはどんな顔をしたんだろうか
……両親には心配されてばかりだったけど
一度くらい、怒られてみたかったな
●
レイラ・ピスキウムは時折想う。
――『僕に元から感情なんて存在しないのではないか』、と。
幼い頃から気付いていたのに、毒入りの食事を『怖い』と思ったことは無い。
叔母から受ける嫌がらせを『嫌だ』と思ったことも無い。
そう、全て――仕方が無いと諦めていた。
10年間レイラが引き籠っていた書庫では、本だけが支えだったけれど。
他に何も無いから、唯の退屈凌ぎにする読書を『楽しい』と感じたことも無ければ、そんなレイラを放任してくれた両親に『感謝』したことも無い。
悪の感情も、良の感情も。特に意識したことは無い。
そう、レイラにとってはそれが、当たり前だと思っていたから。
「――ああ、僕は」
『虚無』だ。マスクの奥で深く深く吐息を零しながら、消えゆく音でレイラは紡ぐ。
旅に出たことで、叔母による嫌がらせで辛い思いをすることが無くなったけれど、その事実に安堵した記憶が無ければ、むしろ今となって両親から本当に愛されていたのかと疑問に思う気持ちすらある。
そっと胸に手を当てて、己の心に問い掛ける。
……僕はどうしたかった?
僕はどうなりたかった?
心へ強く作用する目の前の彼女の数多の技。溢れる程の悪と良の感情が普通の人ならばある筈なのに、それがレイラには無いのだと改めて感じる。
だって、それほどまでにレイラの心は凪いでいた。
風も無い、波の立たない。静かな深い深い、海のように――。
そっと手にした分厚い魔導書の背表紙をなぞってみるけれど、やはり何も感じない。
――『父のように』と感じていたことすら、何も。
魔導書の背表紙から指先を離し、そっと己の左の目許へと手を伸ばす。此処に焼き付く刻印は、父より受け継がれた星の痣。呪いのように、焼き付いて離れないそれは父との繋がり。そして、彼が今名乗るのは母の星の名を借りたもの。
両親との繋がりは、生まれながらと自ら望んで『今』も残している。それなのに、どうしてこんなにも自分の心は『虚無』なのかと、レイラはどこか他人事のように小首を傾げた。そのまま目許にやった手を、再び魔導書へと戻して。ぱらりと開けば――溢れ出るのは鮮やかなピンクの花弁。
これは、毒。
レイラの礎となり、その結果彼が影響されなくなった、毒。
「――ああ、そうだ」
ひらり、ひらり。
視界を舞い散るピンク色を瞳に映しながら、記憶の扉が開き彼は呟いた。
この花の花言葉は、『楽しい思い出』だったと。
楽しいかは分からない。けれど、彼の思い出に在るのはいつだって家族。
生まれた時から毒を盛り、嫌がらせをしていた叔母の姿だって、覚えている。あの時、少年だったレイラが叔母に、一度でも「止めてくれ」と抵抗したら。
「一体アレはどんな顔をしたんだろうか」
どこか遠くを見るように、瞳を細めレイラはぽつりと疑問を零す。虚無だったから続けていたのか、抵抗すれば止めてくれたのか、更に嫌がらせはエスカレートしたのか。その真実は今はもう分からない。けれど、もしものことを想うのは悪いことでは無い。
そんな少年の彼を見守っていた両親は、いつだって心配させてばかりだった。心配そうな表情を浮かべる両親の姿は、今も鮮明に思い出せるけれど――。
「一度くらい、怒られてみたかったな」
俯き、魔導書の頁へと視線を落としながら。
レイラの口から零れた言葉は、ほんの少し震えていた。
――溢れる、溢れる想いの花。
大成功
🔵🔵🔵
朧・ユェー
【月光】
何色?僕は何色なんだろうか…
きっと深い深い場所は闇の様な真っ黒なんだろう
いつ暴走するかわからない
いつ欲するかわからない
色が欲しい少女…
気持ちがわからない訳じゃない
僕は『あか』が欲しかった
他の色には興味が無い
その人が流れる『あか』はどんな色か
あかでも濃い朱、薄い紅、黒く濁った赫
その人の感情?その人の性格だろうか
流れる血もそれで変わる
あの子はあの少女の『あか』
純粋な綺麗な赤だった。そのあかを欲したのを今でも覚えている
また…見たい。また…欲しい
衝動にかられ…この子はどんな『あか』だろうか
…何を考えているんだ
この子は絶対にダメだ
しゃがんで彼女の目線を合わせて
ルーシーちゃんお願いがあるんだけどいいかな?
頬を軽くでいいからペチンしてくれるかい?
小さなでもしっかりと強く僕を呼び起こす衝撃と小さな手のぬくもり
こつんと額があたる
傍に居てくれて、生きてくれて
ありがとうねぇ
君が生きるなら、君を壊したりはしない
屍鬼
この感情は僕だけのモノ
君に好きにはさせない
娘の感情もね、ダメだよ
これは二人だけのモノだから
ルーシー・ブルーベル
【月光】
何色?
ルーシーの色は…あお
そう
あお、よ
青、蒼、藍
ルーシーの中のありとあらゆる「あお」が開花の時を待っている
わたしの内があおで…恐怖で染められていくのがわかる
前はそんなこと無かった
唯々、やくそくの日を
花咲く日を待てば良いと思っていたのに
理由もわかっているの
黄色、ポピーみたいなオレンジ、金色…月色
心の真ん中で、あお以外の色も強くなっているから
うれしい
たのしい
いとしい、…それから
だから失う事、別れる事が怖くなって堪らないんだ
この感情の名前をもう知っている
「生きたい」
小さな種粒くらいのものだけど
「あお」に潰されて、たまるもんかッ
ゆぇパパ、パパ
同じ目線の高さ、こちらに向けた月色は
いつもより朧がかっているよう
…いいよ
ぺちん!と遠慮せずに、頬へ両手を当てるわ
そのまま額を合わせて
パパがずうっと、何かと戦っていることを知っているよ
それでも離れない
パパの傍にいることをわたしは決めたの
だからね、何があってもだいじょうぶ
ララの自慢のパパは負けないわ!
蒲公英の散花
ええ!わたしたちの色は
わたしたちだけのもの
●
――なにいろかしら?
少女の問い掛けに、朧・ユェーは瞳を瞬く。僕は何色なんだろう、と。
「ルーシーの色は……あお。そう。あお、よ」
頭を巡らせる彼の横で、一歩前へと出たルーシー・ブルーベルがそう告げるのが聴こえた。彼女の言葉には迷いなど無い、幼いながらに自身の奥底を捉えた言葉。
あお――青、蒼、藍。
ルーシーの中のありとあらゆる『あお』が、開化の時を待っている。ルーシーの、わたしの内があおで……恐怖で染められていくのが分かる。
前はそんなことは無かった。
唯々、やくそくの日を。花咲く日を待てば良いと、思っていたのに。
何故? 何故変わったの?
その理由は、分かっている。
「黄色、ポピーみたいなオレンジ、金色……月色。心の真ん中で、あお以外の色も強くなっているから」
そうっと『あお』の瞳を閉じて、世界に溢れる鮮やかな色を想いながらルーシーは紡ぐ。うれしい。たのしい。いとしい。それから――。
だから失うこと、別れることが怖くなって堪らなくなった。
その言葉は愛おしいものへと向ける、優しい声色をしていた。それは、幼い少女が知らなかった温かなもの。触れて、包まれて、分かったのだ。この、感情の名前が。もう知っているのだ、この溢れる程の熱帯びた感情は――。
「『生きたい』。小さな種粒くらいのものだけど。『あお』に潰されて、たまるもんかッ」
生物なら持つ本能を、やっと少女は理解した。まだまだ小さな、芽吹く前程かもしれない。けれど、今まで無いに等しかった彼女にとって、その変化は大きなもので。己の心の奥底を染めあげていく『あお』に、負けないと云う強い意志を表せたのは大きな変化。
彼女の言葉を聴いて、ユェーは巡らせた頭の奥底へと辿り着く。そう、きっと――己の深い深い場所は闇の様な真っ黒なのだろう。
いつ暴走するか分からない。
いつ欲するか分からない。
そんな色を抱えた彼は――目の前の色が欲しい少女の気持ちが分からない訳では無い。
「僕は『あか』が欲しかった」
ぽつり、零れる言葉は己の内側を探るかのように。
そう、他の色には興味が無い。その人が流れる『あか』はどんな色かが気になる。
あか――濃い朱、薄い紅、黒く濁った赫。あかと云ってもその色は様々で、魅せられるものも違うのだ。それは、その人の感情か、性格か。何に由来するかは分からないが、流れる血もそれで変わるのだ。
あの子は、あの少女の『あか』。
純粋な、綺麗な赤だった。そのあかを欲したのを、今でも覚えている。鮮明に、思い出せる。あの『あか』の色も。溢れる程のあの感情も。
また……見たい。また……欲しい。
「ゆぇパパ、パパ」
異変を感じたルーシーが、ユェーの服の袖を引きながら声を掛けるれば、眼鏡の奥の月の瞳が軽く見開かれる。喉が小さく鳴る。交わる月と、青の瞳。
――……この子はどんな『あか』だろうか。
溢れ出る感情が、ユェーを包み込むけれど。手が伸びるよりも先に、彼は己の強い欲望を唇を噛みぐっと堪えた。
――この子は絶対にダメだ。
両手を強く握り締めれば痛みが彼の感覚を現実へと戻し、同時に口の中に血の味が滲んでいるような気がした。それでもまだ、足りない。彼の心を律するには、まだ。
「ルーシーちゃんお願いがあるんだけどいいかな?」
距離のある瞳は、ユェーがしゃがんだことにより同じ高さになる。何時もより近い距離に一瞬ルーシーは微笑んだが、すぐ傍に見える月色がいつもよりも朧がかっているように見えて、一瞬驚いたように息を呑んだが。彼の願いに、こくりと頷きを返した。
少女の青の瞳と、その頷きに奥底で安堵の感情が生まれたことをユェーは理解する。今ならまだ、大丈夫。あと一押し。
「頬を軽くでいいからペチンしてくれるかい?」
「……いいよ」
少しだけ驚いたけれど、直ぐにルーシーはきゅっと唇を噛むと、遠慮などせずに両手で彼の頬をぺちん! と少しだけ強く、けれど痛くない程度に叩いた。頬に伝わる衝撃と熱、そしてそのまま触れ合うのは額と額。
「パパがずうっと、何かと戦っていることを知っているよ」
すぐ傍に見える月と青。互いの色しか見えない世界で、真っ直ぐにルーシーは彼の心へと言葉を掛ける。知ってる、何時だって己の心を向き合っていることを。
それでも離れないと、パパの傍にいることをわたしは決めたのだ。
「だからね、何があってもだいじょうぶ。ララの自慢のパパは負けないわ!」
その眼差しは、言葉は、確かに迷いなど無くて。ユェーが大丈夫だと心から信頼してくれていることがよく分かる。――それは勿論、付き合いの長さ故に感じ取れるのだろう。
その言葉に、彼女の眼差しに、小さな温もりに。
そろそろとユェーは瞳を閉じると、浸るように息を吐く。
「傍に居てくれて、生きてくれて。ありがとうねぇ」
彼女の言葉を噛み締めるように呼吸をした後、零れた言葉は穏やかなもので。再び開かれた瞳の月は、もう朧など掛かっていない、晴れやかな夜空に浮かぶお月様。
そう、――君が生きるなら、君を壊したりはしない。
立ち上がり、目の前の鳥籠を持つ少女へと向ける眼差しは真剣なものだった。
「屍鬼。この感情は僕だけのモノ。君に好きにはさせない。娘の感情もね、ダメだよ」
鋭い眼差しで語られる言葉は、何時もの穏やかな彼とは随分と違っていて。そのまま娘の手を包み込みように握れば、温もりが少女に伝わってくる。
「これは二人だけのモノだから」
「ええ! わたしたちの色は、わたしたちだけのもの」
父の言葉に大きく頷きを返し、青と月は少女へ向け呪文を唱える。
燃え盛る蒲公英の焔。現れる黒キ鬼。
己の心を惑わす敵へと、牙を向く心に迷いなどもう無い。
――『あお』と『あか』。
――正反対な色の裏、そこにはきっと互いの色が広がっている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ディフ・クライン
ヴァルダ(f00048)と
開かれた扉から迫る手がぞっとする程冷たかった
製作者、母が苦悩しつつオレを作る姿
彼女の望んだものになれなかった日々
それでも時折笑ってくれた母が息絶えた日
燃え盛る火の中で絶望した兄の姿
オレと対峙した時の無感情な顔
頭に置かれた手
最期にオレに継いでくれた、火
悲しさも苦悩も痛みも、愛しさも嬉しさも
全て大切な家族との思い出なのに
持っていかれる
この身から何も零れぬよう自身を強く抱き締めた
兄がくれた熱が薄れる
いやだ
熱が、冷えて
ヴァル、ダ?
……嗚呼
思い出も感情も奪われても
貴女が熱の証明をしてくれるのなら
折れている場合では、無い
貰った火がまだ此処にあるのなら
顕現しよう――継火
火を纏う
くべるは血液たる己が魔力
違う熱の二振りの細身剣を手
ヴァルダが作ってくれた隙に
駆け抜け、擦れ違いざま
ありがとう、ヴァルダ
背を頼むよ
振り返らずに肉薄し
他人の色や感情を蒐集して何になる
何一つ貴方のものにはなりはしないよ
痛みも喜びも、熱も全て――返してくれ
鳥籠も少女も、斬る
……ところでヴァルダ
頬、大丈夫?
ヴァルダ・イシルドゥア
ディフさん(f05200)と
いとけない少女のなりに油断しなかったと言えば嘘になる
頭の芯が、鈍く軋んだ
私が初めて守る為に自らを差し出したのは
父様と母様、大切なものを守りたかった
全ての意思ある存在と、分かり合えると本気で思っていた
炎の頂。二対の月。その面影が薄れていく
私はどうして、戦う道を……あ痛!
唐突な痛みに我に返る
見れば記憶の根源、仔竜のアナリオンが私の頬に噛みついていて
振り返れば自失するあなたの姿
考えるより早く手を伸ばした
ディフさん。ディフさん!
しっかり、――『あなたの熱は、ここにあります!』
尚も影を伸ばそうと少女が動くよりも早く
店主殿を、店を、あなたを守る為
臥籠守で少女の四肢を絡めとり動きを封じます
一瞬の隙を作れば、ディフさんもそれを見逃しますまい
お任せください。駆け抜けるなら、共に
一息に竜槍で貫いて御覧に入れます
想いも、願いも。祈りも。ひとかけらとて渡しはしません
痛みを伴う面影さえも、私たちの愛おしい記憶なのですから
……ひどいです、アナリオン
はじめて本気で噛まれてしまいました、うう
●
ずるり、鳥籠の扉が開かれれば伸びる手。
迫りくるその『黒』の手が驚くほどに冷たくて、ディフ・クラインの背筋が凍り付く。
つうっと背筋を伝う感覚。震えるのは冷たさ故か、それとも何か別なのか。思考が定まらぬまま、彼の中の記憶が次々と浮かんでいく。
製作者である母が、苦悩しつつディフを作る姿が見える。彼女の望んだものになれなかった日々。それでも時折笑ってくれた母の笑顔を思い出せば、次に辿り着いたのは母の息絶えた日の光景。
――次に浮かぶのは燃え盛る炎の中で絶望した兄の姿。
ディフと退治した時の無感情な顔。頭に置かれた手。その顔も、その手の感覚も寄せては消えていく。――最期に継いでくれた、炎の熱と感覚も。
浮かんでは消えていく記憶と感情。波のように寄せて、去っていく。
それは悲しさも苦悩も痛みも、愛しさも嬉しさも。
全て大切な家族との思い出なのに――。
(「持っていかれる」)
心に浮かぶ言葉は、己の感覚を確かめるかのように。勘違いなどでは無い、心の底までも覗き込まれ、掻き出され全てを奪わんとする感覚。どんどん思い出が溢れ出ていく感覚。それはあまりにも残酷で恐ろしく――つい、ディフは己を強く強く抱き締めていた。
それはこの身から、何も零れぬようにとの拒否の表れ。
思い出が、――兄がくれた熱が薄れる。
(「いやだ。熱が、冷えて」)
強く、強く、その身を抱き締め。今はただ、身体を小さくすることしか出来なかった。
白く繊細な少女の姿に、油断しなかったと言えば嘘になるだろう。
姿を見た瞬間、一瞬のその油断によりヴァルダ・イシルドゥアを襲ったのは、頭の芯が鈍く軋むような感覚。ふらりと足元が揺らぎ身体のバランスを崩せば、彼女から大切なものが零れ落ちていく気がした。
それは、ヴァルダが抱く想いの始まり。彼女が初めて、守る為に自らを差し出したのは――父と母、大切なものを守りたいと云う心だった。
剣と魔法の世界の生まれである彼女の、幼き頃。当時の彼女は、全ての意志ある存在と、分かり合えると本気で思っていた。
あの時の強い感情。炎の頂き。二対の月。
その面影が――薄れていく、薄れていく。
『ひとつでも多くのいのちに、この手が救いを齎せますように』と――人見知りで引っ込み思案な彼女の胸に燃え上がる、強き想いは何故だろう。
(「私はどうして、戦う道を……」)
俯き、何時も憂いを帯びがちなオレンジ色の瞳が朧げにに滲む。溢れ出るような感覚に戸惑っているその時――。
「……あ痛!」
不意に訪れた痛覚に、ヴァルダは悲鳴を上げると共に柔い頬を抑えた。何があったのかと確かめるように、顔を上げればそこには仔竜のアナリオンが居た。
彼は、ヴァルダの記憶の根源。輝ける者。太陽に最も近しい者。
そんな彼が、ヴァルダを元の世界へと戻してくれたのだ。全ての記憶が薄れぬ前に。そんな彼へと声を掛ける前に、己の頬の痛みを気にする前に。胸がざわつき急ぎ振り向けば――其処には、ただ己を抱え込み小さくなる彼の姿が在った。
慌てて駆け寄り、彼の肩へと触れる。ひどく震えている。ひどく冷たい気がする。
嗚呼、駄目だ。このままでは――。
「ディフさん。ディフさん! しっかり、――『あなたの熱は、ここにあります!』」
控えめな彼女から零れたとは思えぬ程大きな声で、強い声で。ディフの肩を揺すりながら語れば、ゆっくりと彼は顔を上げた。
「――ヴァル、ダ?」
青い瞳はひどく虚ろだけれど、それでも何とか声を掛けた人物を認識しようとする。ふわふわとした言葉。けれども、今何が起きていたのかに彼は気付いた。
大切なものを奪われてしまう感覚は恐ろしい。けれど、思い出も感情も奪われても。貴女が熱の照明をしてくれるのならば――。
(「折れている場合では、無い」)
きゅっと掌を握り締めて、己の感覚を確かめる。大丈夫、凍えてはいないと確認する。きっと貰った炎はまだ此処にあるのだと確認するように――。
「想いをくべて」
呪文を唱えれば、その身は黒から赤へと揺らめく火を淡く纏う。その熱に、色に、温もりに。ディフの心を包むのは安堵だった。
彼が立ち上がり、闘いの意志を表したからかヴァルダはひとつ安堵したように息を零し。今度こそ目の前で『黒』を操る彼女を強く見据える。彼女は、尚も影を伸ばそうとしているけれど――二度同じ手に掛かる程、彼女の経験は浅くはない。
(「店主殿を、店を、あなたを守る為」)
――ひとつでも多くのものを救う為に、彼女は素早く動き出す。細い手を翳し、呪文を唱えれば現れたるは樹木の精。ふわりと舞い、彼等はヴァルダの指示に従い見目幼い少女の身を絡めとり、その動きを封じていく。
そう、攻撃で無くて良い。
だって、一瞬の隙を作れば、ディフはそれを見逃さないと思うから。
駆ける。駆ける。
大気を焦がす赤火と凍て付く冷火を纏った、二振りの細身剣を手にディフは駆ける。
その姿に迷い無く、ただ見据えるは目の前の世界を脅かす一人の少女のみ。黒の髪を揺らしながら、竜の娘の横を通る時。
「ありがとう、ヴァルダ。背を頼むよ」
彼女にしか聴こえない程の声でそう紡げば、彼女はこくりと頷いた。
「お任せください。駆け抜けるなら、共に」
傍に居るアナリオンの名を呼べば、彼は長槍へと姿を変える。その身を構え、彼へと続こうとすれば――ディフは二色の炎を翳し少女へと語り掛ける。
「他人の色や感情を蒐集して何になる。何一つ貴方のものにはなりはしないよ」
痛みも喜びも、熱も全て――返してくれ。
切に願う言葉と共に振り下ろされる細身剣に迷いなど無い。容赦のないその攻撃の後を追うように、ヴァルダも槍の切っ先を少女へと向け貫いた。
「痛みを伴う面影さえも、私たちの愛おしい記憶なのですから」
想いも、願いも。祈りも。ひとかけらとて渡しはしません、と。語る彼女の眼差しは真っ直ぐで――二人の強い想いに、魅せられたかのように少女は頬を染めるとその身を崩しそのまま消え去った。
先程までの冷えた感覚が嘘のように熱が戻るのを感じる。
その熱を確かめるかのように、一度、二度と掌を握り締めて。ちらりと傍らの娘を見遣ると、ディフの瞳には心配の色が宿された。
「……ところでヴァルダ。頬、大丈夫?」
そっと指差し問い掛けられれば、ヴァルダは改めて頬の痛みに気付く。そっと柔い頬に触れてみれば、乾き始めた血の跡が掌に残った。
「……ひどいです、アナリオン」
初めて本気で噛まれてしまったと、瞳に涙を浮かべる彼女は。先程までとは違う、何時も通りの憂いを帯びた空気を纏う姿だった。
――それは奥底に何時までも輝き続ける、炎と月の記憶。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵