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黒き獣は月下に吼えて

#ダークセイヴァー #ダークセイヴァー上層 #第三層

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#第三層


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●誰が心をして嘆かせしめ
 月の美しい夜だった。故に二人して月の落ちるのを待ったのだ。闇に紛れて逃げ延びなくてはならぬから。
「わたし、花嫁衣裳なんて着たくない」
 あの時、消え入る様にそう告げた紫の瞳は涙に濡れていた。
 当事者の心など置き去りに一族が決めた婚儀をひと月ばかり先に控えて、日に日に愁いが翳を濃くする彼女の横顔を眺めて来たその末のこと。
 元より自分では何ひとつ決めることの出来ぬ女だ。相談や提案の類では決して首を縦には振れぬと知っている。
「貴女を攫う。これは俺が勝手にすることだ」
 涙を拭ってやりながら告げれば、呆気に取られた顔の後、未だ泣きながらも淡い微笑みがある。
「――貴方とならば何処までも」
 月さえ沈み、更けてゆく夜を青鹿毛の愛馬で駈けた。愛する主君を腕に抱き、先も見えぬ闇の中でも、今なら何処までも行ける様な気がした。
 何処までも、何処にだって――だが、そんなものは幻想だ。逃避行の終わりはあまりにも呆気なく無様なまでの敗死である。
 斜め後ろより矢が風を切る音に手遅れを知り、庇う様に主君の身を抱き竦める。肩に、背に、首に刺さる無数の鏃はまざまざと敗因を告げていた。
 慢心した。一族の狂気を見誤った。たとえ妨害を受けるにしても、地位も家柄も名声も備えた己を初手から殺す筈もあるまいと、それも彼らの大切な姫君までも危険に晒す筈もあるまいと、たかを括って無防備を晒した。愚かだった。それだけの話だ。
 ――嗚呼。見るな、振り向くな。
 腕の中から此方を振り仰ぐ紫の瞳が俺を映して泣いているのに、もはやその涙を拭うことさえ叶わぬことの何たる無力さ、惨めさよ。
 
 頭痛がする。酷く気分が優れない。
 目を開けば、閉じる前と同じ景色だ。得体の知れぬ粘液の糸の蔓延る謁見の間で、高い背凭れにこの身を預けて椅子に座し、目を閉じる前と同じ姿勢のままで居た。『儀式』の途中でありながら、短く曖昧な眠りの内に、どうやら夢を見たらしい。
 己の周囲に忌まわしい花嫁衣裳の群れがある。ヴェールの下の瞳はどれも泣き濡れた紫だ。その日の彼女も斯様に泣いていたのだろうかと靄のかかった様な頭の片隅で考えかけた折、唐突に、心臓を鷲掴まれる心地がした。その場所から、比喩ではなしにこの身が罅割れる。上げた呻きさえ掠れてろくに声をも成さず、迫る死を覚悟する刹那、視界の端に黒き茨が蠢いた。それに叱咤されたかの様に、差し伸べられた『花嫁』の指の先より暖かな光が身を包む。
 時が巻き戻る。何度目か。儀式によって本来は幾度となしに訪れた筈の死をこうして打ち消させることは。
 側近く立つ女の一人が怯えた瞳を向けて来る。永劫回帰の異能の代償に、何か暖かな記憶のひとつをトラウマに書き換えられたことだろう。その目に光る涙を拭いてやろうとして、儀式の初めに崩れた利き手が今は存在していないことを思い出して諦めた。
 この女達に罪はない。だが、関心もなければ注ぐ慈悲もない。己に言い聞かせる様にして顔を背けて視線を切った。
 嗚呼、割れる様に頭が痛い。声も出せぬ程の渇きは誰かの血でも啜れば癒えるだろうか。それを為すのすら億劫だ。
 だが、この苦痛もじきに終わる。もうじき新たな力が手に入る。
 羽化の刻を待ちながら今一度椅子に深く身を沈めて目を閉じた。
 この儀式が終わるとき、次は、次こそは彼女を二度と泣かせまい。そうしてこの明けぬ夜の果てまでも探し出し、必ず彼女を救って見せる。
 救いなど、護る強さがありさえすれば端から不要なものを――だが、それ故に今、誓う。
 
 次は、絶対にしくじらない。
 
●手負いの獣
「ダークセイヴァーの上層に至る道が開かれたのは知っているな。早速そこでの依頼だよ」
 グリモアベースに集まった猟兵たちへと、ラファエラ・エヴァンジェリスタは告げた。傍らにて片膝をついて控える騎士は微動だにせぬままに猟兵たちを見つめていた。そのおもてを眺めつつ、女は片手にて緩く扇を揺らす。
「闇の種族が、『花嫁狩り』だなどと呼ばれる蛮行を為している」
 さしたる感慨も抑揚もなしに継いで、笑う。
「実態はただの生贄の調達だが、ご丁寧に衣裳まで誂えるあたりがいかにも闇の種族らしい余裕よな」
 曰く、美しい魂人ばかりを攫って、館に捕えているのだと言う。
 その目的はより強大なオブリビオンへと『羽化』する為の儀式である。強制的に発動させる永劫回帰の力によって儀式の最中に幾度も訪れる死の瞬間を打ち消させ、果てに永劫の生贄として彼女らを捧げることにより儀式は完成すると言う。
「知っての通り、闇の種族は強大だ。常ならば猟兵と言えど手も足も出ぬ相手よ。だが『儀式』のさなかは幾度もの死に瀕し、本来の力はろくに発揮も出来ぬ。加えて此度は利き腕までも損なわれていると来た。それでも十分手強いが――おそらく殺せる」
 ひらり、ひらりと扇が揺れる。
「貴公らにはまず、『花嫁』たちを攫いに現れる配下のオブリビオンを討伐して欲しい。その後に領主の館に乗り込んで、既に囚われている者を救出して貰うことになる」
 やけに少ない情報が告げるのは、その辺りに関してはさしたる予知を出来てはいないと言う事実のみ。そのくせに、そう言えば、のどうでも良さで女は言葉を重ねてみせる。
「『花嫁』たちには種族も齢もさしたる共通点はない。強いて言うなら、皆、紫の瞳をしているようだが――さて、たかだかそれだけで気の毒な話よな」
 己の瞳の色をヴェールの下に隠す女は、薄く笑って扇を翻す。傍らの騎士はおもてを伏せて、誰とも視線を交わらせない。
 薔薇が香り、黒い茨のグリモアが広がって、猟兵達を明けぬ月夜へ連れてゆく。


lulu
ごきげんよう。luluです。
ダークセイヴァー上層って素敵ですね。六月の花嫁って素敵ですね。

プレイングの受付は各章断章投稿後にタグにて告知を予定しております。

●一章
集団戦。貴婦人たちと死の舞踏。
『花嫁』たちを攫おうとするオブリビオンを倒し、救出をお願いいたします。
集団敵と言えども強敵です。どうぞ抜かりなく。

●二章
冒険。過去が追い縋る庭園を往け。
彼方より貴方を一番引き止める過去は何でしょう。
同行を願う魂人たちは連れて行っても行かずとも。

●三章
ボス戦。手負いの獣は月下に吼える。
羽化の儀式の最中の闇の種族を討伐してください。
花嫁を全て救出するか殺すかすれば、儀式の途中に幾度も襲う「死の瞬間」を打ち消せず闇の種族は消滅します。

それでは宜しくお願いいたします。
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第1章 集団戦 『シャドウダンサー』

POW   :    ダブル・グントー・ブレード
自身の【貴婦人の瞳】が輝く間、【腕部にマウントした軍刀と脚部仕込みナイフ】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
SPD   :    クナイ・ダート・シューター
レベル分の1秒で【手首内臓のクナイ・ダート・シューター】を発射できる。
WIZ   :    ゴシック・サイバネティクス
自身の【身体能力が常人の9倍】になり、【四肢の戦闘用義体をフル稼働する】事で回避率が10倍になり、レベル×5km/hの飛翔能力を得る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●明けぬ月夜のラ・フォリア
 取り立てて何の変哲もない村だ。暮らしは特に豊かでもなければ別段貧しいこともない。
 異質なものがあるとするなら、村の広場に集められた魂人の女たちを貴婦人たちが取り囲むその光景。当初は抵抗を見せていた筈の男たちの姿がそこにないのは、頼みの綱の永劫回帰を用いる気すら失せるほど痛めつけられた末のこと。
 貴婦人らの嫋やかな一挙一動に硬い金属の音が混じるのは、その四肢が血も通わせぬ鋼の義肢へと置き換えられている為だ。柔なパフスリーブの代わりに金の肩当て、ドレスの裾を咲かす為ならぬ鎧めいた黒鉄のクリノリン。夜会に向かうには些か物騒な装いも、全て殺戮の為の装備とすれば合点も行こう。
「この女は駄目ね」
「こっちもよ。少し赤みが強すぎる」
 宝石の品定めでもするかの様に貴婦人たちは魂人の女たちの瞳を覗き込み、要と不要を分けてゆく。
 ルビー、サファイア、エメラルド、ジェット、アンバー、モルガナイト。たとえどれだけ煌めこうとも、どれだけ美しかろうとも、それらは全て価値がない。
 かの領主のお気に召すのは高貴なるアメジストのみである。彼が口には出さずとも、向ける眼差しが告げている。選り分けられた女たちを一瞥し、貴婦人のひとりが満足そうに微笑んだ。
「これだけ居れば十分でしょ。残りは殺しておきましょう」
「お待ちなさいな。不必要に殺すなと荊棘卿は仰せていたわ」
 この場を仕切るひとりが告げれば、残りの貴婦人たちの間から漏れるのは心底不満げな溜息だ。
「また? 全部でなければ良いじゃない。ほんの少し、そう、何人かーー」
「抵抗されたと申し上げれば平気だわ。お咎めを受けはしないでしょ?」
 戦う為に在る彼女らは機械に油をさす様にして義肢に返り血を吸わせてやらねばならぬ。
「でも、きっとお気付きになるじゃない。そうしたら」
「構いやしないわ。淑女には秘めごとのひとつふたつがある方がよっぽど魅力的じゃなくて?」
「ねえ、言い争っている場合? 荊棘卿は今だって儀式に耐えていらっしゃる筈なのに」
 誰かが口を尖らせたのと、俄かに彼女らが一方を振り返るのがほぼ同時。
 貴婦人たちの振り向く先に居並ぶは、明けぬこの夜に未だ降り立ったばかりの猟兵たちである。
「あら」
 喜色を滲ませ幅を狭める瞳は無数。
「何て素晴らしいタイミング。丁度退屈していたの。一曲お相手願えるかしら?」
 ダンスの為の絹の手袋を纏いもせずに、剥き出しのままの鋼鉄の手指が、その細腕へと組み込まれ一体化した軍刀の刃が、一斉に猟兵たちを向く。
 さぁ、舞踏会を始めよう。
 此度のドレスコードは殺意、ゆめゆめお忘れなきように。
マリアベラ・ロゼグイーダ
面白い方たち
荊棘卿でしたっけ?瞳の色が好みではないという理由であなた達に自分にの花嫁を探させている殿方。
そんな人にいくらあなた達が着飾っても振り向くことは無いでしょうに
それに興味ない人の秘め事なんて、全く意味がないわよ

それでも踊るというのならお相手致しましょう


瞳が輝いている間というのなら瞳が輝かなければいいのよね
ならばユーベルコードのティーセットでお茶を淹れて…あら、ごめんなさいね。頭からかけてしまったわ、わざとじゃなくてよ??
その顔を台無しにしてしまったわ詫びに化粧し直してあげる。貴方の血でね

ついでにティーカップで彼女の脳天をぶん殴…着飾ってあげましょう



●報告1 そのペリドット、狂暴につき
 今宵の舞踏会は物騒だ。管弦楽の調べの代わりに誰かの呻きと嗚咽、そんなものなど何処吹く風で笑いさんざめく貴婦人たちのお喋りだけはたとえいずこかの邸宅の鏡の間でもこの場でも変わらぬ調子であるやも知れぬ。その彼女らの視線は強い殺意と切っ先と共に向けられるものであれ。
「面白い方たち」
 彼女らの会話を耳にしていたマリアベラ・ロゼグイーダ(薔薇兎・f19500)はペリドットの瞳を細めて笑う。
「荊棘卿でしたっけ? 瞳の色が好みではないという理由であなた達に自分の花嫁を探させている殿方」
 ざっと見渡す限り、貴婦人たちの瞳の中に紫はない。即ち彼女らもまた「お気に召さぬ」であろう事実を告げてやった上、マリアベラは更に言葉に棘を重ねる。
「そんな人にいくらあなた達が着飾っても振り向くことは無いでしょうに」
「あら、あら。何だか思い違いをなさっているかもしれないわ、お嬢様」
 可笑しそうに返す一人の貴婦人の瞳もまた硬質な金色だ。
「それに興味ない人の秘め事なんて、全く意味がないわよ」
 駄目押しめいたマリアベラの言葉に目を瞬いてから、噴き出す様に彼女が笑い、傍らの者たちが肩を揺らしてくろがねの指先で口元を覆う。
「可愛いわね。意中の相手の為にしか自分を磨けないタイプなの? いかなる時も魅力的であることは淑女の努めでしょう」
「笑っちゃ悪いわ。でも、そう、私達、別に荊棘卿に懸想して従っている訳ではないのよ」
「あら、そう?」
 言葉の真偽は闇の中、深追いもせぬマリアベラの気のない返事に貴婦人たちが小鳥の様に笑った。
「ええ。だって私、もっとエレガントな殿方の方が好みだもの」
「過去の女に張り合うなんて野暮だしね」
 歓談の続きのように、随分と歩幅も広く性急に距離を詰めてくるシャッセと、エスコートと言うには乱暴に振るわれる軍刀がある。済し崩す様に始まるダンスを貴婦人達はどうやら断らせてはくれぬらしい。
 武器ひとつ持たぬ無防備と見せかけながら携えた白い傘で無数の刃を防ぎ、いなして、マリアベラは誘いを受けて切り結ぶ。見た目は傘のくせをして軍刀に引けを取らぬその硬度と切れ味に貴婦人たちが笑みを消し、剣戟が苛烈さを増す中で、流石に防ぎ損ねた刃が浅く深く彼女の身を刻む。まともにやり合うべきではない。白く長い耳を揺らして薔薇の兎はひらりと後ろへと跳んだ。
 その手の内にあるのは華奢な白磁を可憐なアールデコの金飾が彩るティーカップである。
「そんなに激しいダンスでは喉が渇くでしょう。お飲み物でもいかが?」
 無論返事など待たぬ。貴婦人たちの瞳が妖しく光を帯びたのをその眼にて見咎めるや否や、ティーカップが湛えた紅茶は宙に優雅な弧を描き、軍刀を振り翳して間合いを詰めんと駆けて来た彼女らに真正面から浴びせかけられていた。
「何するのよ!」
「あら、ごめんなさいね。わざとじゃなくてよ?」
 ただの紅茶なら無礼の一言で済むところ、それが猟兵の異能によるものなれば、その熱だけで常人ならば気絶もしよう極上の一杯である。同時、瞳の輝く間彼女らを強化する筈の貴婦人たちの異能も封じ込め、涼しい顔で嘯きながらマリアベラは彼女らの隙を見逃さず白き傘を装う剣を振りぬいた。
 女を相手にその顔を汚した非礼は無論詫びよう、償いに化粧直しもしてやろう。それは彼女らの頸から迸る血潮に依る死化粧なれど。
「この小娘――!」
「お口が汚くてよ」
 血を流しながらも尚斬りかからんとした一人の前頭に、白磁の茶器が力任せに叩きつけられる。新たに赤い花を咲かせて割れ散る白磁の下で見開かれた瞳はもはや光も持たぬ。地面へと崩れ落ちる躰を見下ろしながら、マリアベラは返り血を拭う。
「あら、ダンスはもうおしまいかしら?」

成功 🔵​🔵​🔴​

ジュジュ・ブランロジエ

荊棘卿はあの黒薔薇の女主人の騎士なのかな
今回の行動全て愛する人の為なんだ…
『それでも止めないとね!』
うん、わかってる
魂人達は絶対に助けるよ!

レディ、ダンスのお誘いお受けするよ
まずは私のショーを見せてあげる
先制攻撃でUCを2回攻撃
『魔法の炎でファイヤーマジック!』
種も仕掛けもありませーん
『魔法だからね!』

炎で充分熱した後に氷属性衝撃波(メボンゴから出る)
武器や義肢の金属疲労を狙い一気に冷やす
その後は雷属性付与したナイフ投擲も織り交ぜる

目が輝いたら攻撃を特に警戒
タイミングを見切るor第六感で察知できたら早業でオーラ防御を展開
メボンゴで武器受け止め受け流し
『ダンスみたい』
ちょっと物騒すぎるけどね



●報告2 エメラルドはあまりにもお転婆が過ぎて
 荒れた村にて猟兵たちと貴婦人たちが刃を交わす。黒衣を靡かせ、生身の一部を黒鉄に置き換えてその身に刃を備えた貴婦人たちは、鋼鉄を打ち鳴らしながらもその身のこなしは、足取りは、確かにダンスの優美さだ。
 この村を訪れた時に耳にした彼女らの会話に、ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は心にかかるものがある。
「荊棘卿はあの黒薔薇の女主人の騎士なのかな」
 語り掛けるはその腕の内に抱いた白兎頭のフランス人形・メボンゴだ。
 かつて彼女が月光城で対峙した女主人は、騎士を亡くしていたという。その騎士こそが此度の首魁であるとするならば。
「今回の行動全て愛する人の為なんだ……」
 贄を捧ぐ儀式などは邪悪そのものだ。ジュジュに言わせれば、他人の命を犠牲にしてまで尊ぶべきものなどは何一つありはせぬ。だが、本来は強大な筈の闇の種族が己の命さえ危機に晒して儀式に臨んでさえも成し遂げたいものとは何であろう。他人の命を犠牲にする傍らで、己の命をも擲つ覚悟があるのであれば、それはもしかして本当に――
『それでも止めないとね!』
 メボンゴが殊更に意気軒高に告げる。それはジュジュの心の表層とは異なる言葉だ。だが、自覚するとせざるとに関わらずこうした時のメボンゴの言葉はいつも正しいとジュジュは知っている。
 ――半端な覚悟や感傷で他人に肩入れするだけ、苦しむのはおまえのほうよ。
 あの時、己の血潮に染まった顔を隠すかの様に広げて揺らした扇の向こう、そう告げたのは他ならぬ女主人その人である。そうして、ジュジュのことなど見もしない瞳は確かに、鮮やかなまでの紫だった。
「レディ、ダンスのお誘いお受けするよ!」
 何はさておき、魂人たちは助けなくてはならぬ。故に感傷を振り払うかの様に高らかに声を上げながら、ジュジュは軽快に指を鳴らす。他方の手にて掲げたメボンゴがその小さな手のひらから火球を放つ。
「今夜花火を上げる予定だなんて聞いてないけど?」
『花火じゃないよ!魔法の炎でファイヤーマジック!』
 眉根を寄せつつも身を躱して炎を避けた貴婦人へと、二撃目の炎が見舞われる。腕に備えた軍刀で薙ぐ様に炎を払いて、払いきれずに黒鉄の腕で防ぎながら、不機嫌な顔をして見せた彼女とは裏腹にジュジュとメボンゴはご機嫌だ。
「種も仕掛けもありませーん!」
『魔法だからね!』
「勘弁して頂戴、殿方を待たせてるのよ」
 黒衣の端を焦がされながら、いっそ舌打ちでもせんばかりに苛立ちを滲ませた貴婦人の振るう刃が、重ねる様に横合いから割り込む別の貴婦人の見舞うもう一刀が、ジュジュの肩を、腕を、切り付ける。だがメボンゴは機嫌よく告げるのだ。
 炎が易く消えた理由を彼女たちは未だ知らぬ。
『待ち合わせには行けないって言っておいた方が良いかもね!』
「何ですって――」
 刹那に辺りを満たすのは、貴婦人らの刃を直撃するのは空気さえ凍てる激しい氷雪の魔法だ。それを受けても勢いを露も殺さぬままに振り下ろされた刃の先へ、ただ迎える様に、合わせる様にジュジュはナイフを差し出した。金属の罅割れる高い音が響いて、無数に散った刃の破片は地に落ちるまで貴婦人の驚愕の表情を鏡が如く映し出していた。温度差による金属疲労などという現象を彼女らが知っていたか否かはいざ知らず、厳然として残る事実は折れた刀と罅の入る義手である。
「急いでるって言ってるでしょ!」
 もはや苛立ちを隠しもせずに言い捨てた貴婦人の瞳が光る。それに倣うかの様に周囲の貴婦人らも続く。得物が減るなら手数で補う、実に明快な解決策だ。その瞳の輝く間、彼女らの刃は神速にも等しい速さを得るのだ。
「ごめん、諦めて」
 魔力にて張り巡らせた結界が、メボンゴの手が、放つ魔力が無数の刃を迎え撃つ。あまりの手数に対応し切れず漏らした刃がその身を切り付けれども、ジュジュの動きは妨げられぬ。成すべきことは変わらない。街角にて披露する日頃の芸と変わらぬ動きと鋭さで投げ放たれたナイフはその刀身に雷撃を纏いて、刃が穿つ貴婦人たちの身へ追い撃ちをかけるのだ。
 明けぬ夜に稲妻が走る。陰鬱なこの世界のダンスフロアには過ぎた華美さで、煌々と夜を照らし出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…ただ儀式を為すのが目的とあらば、紫の瞳を求める必要など無いでしょう。
瞳とは時にその魂を映す鏡ともなり得るもの…。その色に惹かれてか、
或いは何かの『替わり』を求めたか。

理由は在りましょう。
されど死して尚囚われた命を再び徒に踏み躙るとあらば、ここにて退く道理は無し。
──我が武を以て、猟兵として立つこの身の責務を全うさせて頂きます。


UC発動、怪力、グラップル、残像を用いた高速格闘戦にて戦闘展開
野生の勘、見切りにて相手の攻撃動作を即座に感知、放たれる刃を回避或いはカウンターにて掴み投げ返す
殺人鬼としての技巧も併せ相手の急所を的確に見極め一撃一殺にて仕留め
魂人に攻撃が及ぶようであれば守るよう動き救出を



●報告3 ルビーは獰猛で手が付けられず
 黒衣の裾を翻す貴婦人達と猟兵達の混戦は、さながら人でごった返したボールルームの趣だ。軽快に石畳を踏むのは山羊革のダンスシューズならぬ、石をも穿つ黒鉄のヒールであれど。
 村の広場の一角、踊りに加わることもせず身を寄せ合いながら壁の花としてその光景を見守る女たちがある。恐怖に見開かれたその瞳はいずれもアメジストにこそ譬えられよう、見事なまでの紫だ。
 明けぬ夜に茫と浮かび上がる様な白い女が、黙してそれを眺めていた。
――ただ儀式を為すのが目的とあらば、紫の瞳を求める必要などないだろう。
 月白・雪音(月輪氷華・f29413)は物思う。白皙の美貌はその心の内に湧き立つ筈の感傷の漣ひとつ見せぬまま、ただ緩やかに紅玉の瞳が瞬いた。
瞳とは時にその魂を映す鏡ともなり得るものだ。その特定の色に執着を向ける男の心はいかなるものか。単に光の波長が成したその色合いのそのものに惹かれてか、はたまたその色が思い起こさせる何かの『替わり』を求めたか。
 オブリビオンとて、闇の種族とて、一度は生きて死んだ身なれば、その生前に人として心を備えたこともあろう。故に此度の所業にも何らかの理由があろうと不思議はない。表には見せぬ生来の感性の豊かさゆえにか雪音がそこまで理解を示してやったところで、他方、世界の方は理不尽なものだ。猟兵達との戦闘を離れたひとりの貴婦人の翳す軍刀が紫の瞳を持たぬ魂人の女たちを狙って振り下ろされるのは、その軌跡の確かさからして目にも明らかな故意である。
「そこまでです」
 凛と言い放つ声に、息を呑むのは魂人の女たち。
獲物たちを目の前に、横合いから割って入った雪音によって刃を受け止められながら目を見張るのは黒衣の貴婦人だ。幾ら彼女が数多の戦地を踏めど、よもや夢にも思うまい、己の切っ先を防ぐのが、生身のたおやめの白い指先であろうなどとは。その手が纏う薄氷にも似た不可視の加護は、鋼以上の硬質さで刃を跳ね除ける。
「──我が武を以て、猟兵として立つこの身の責務を全うさせて頂きます。」
 いかなる理由があろうとも、死して尚この明けぬ夜に囚われた命たちを再び踏み躙るとあらば、それを目にしては雪音とて一人の武人として退く訳には行かぬ。その決意が具現化する様に彼女が纏う空気が変わるのを、貴婦人は何処まで理解していたか。
「嫌だわ、ダンスパーティーには貴女ちょっと物騒すぎるんじゃなくて?」
 刃を防いだ手にてそのまま放たれた裏拳を、相手も居ないくせをしてヒンジラインのしなやかさで貴婦人は躱してみせる。笑う口元を慎ましく覆って見せるかに装って、刹那、その手首から放たれるのは無数のクナイだ。風を切る音さえ遅れて届くかの様なその軌跡は常人の目では無論追えまい。それらが白き女の身体を易く貫いて――だがそれもまた、目にも止まらぬ動きが成した残像である。
「貴方もあまり人のことは言えそうにありませんが」
 淡々と告げる声が放たれたのは貴婦人の後方より。彼女が振り向く間すらない。あの刹那にてどう掴んだか、細い指の間にクナイを挟んでの雪音の正拳突きは正しく必殺と呼ぶべき一撃だ。
「この野蛮人!」
「お呼びじゃないわ、出てってちょうだい!」
 血飛沫を上げて崩れ落ちる朋輩の姿を目にして俄かに色めき立つ貴婦人らの向ける刃は雪音の身には届かない。無造作にばら撒く様に投げられた無数のクナイが彼女らの喉を、心臓を過たず捉えて居るがゆえ。
 ピクチャーポーズを決める間もない。悪逆非道のダンスは終いだ。赤に沈む貴婦人たちを尚濃い紅の瞳が何の感情も見せぬまま静かに映していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アウグスト・アルトナー
【夜灯】

闇の種族……
魂人を生贄にするなんて、見過ごすわけに参りません

行こう、アピィ
君と一緒なら、きっと大丈夫

氷のドームによる防御をアピィに任せて
ぼくは、攻撃と回復を担います

【聖なる詠唱】
「罪深き貴婦人たちを。主よ、憐れみたまえ」
「悲しき魂人たちを。主よ、憐れみたまえ」

神への祈りを捧げ
半径113m以内の敵全てに神罰の光で攻撃をしつつ
魂人たちの心の傷を癒やします

詠唱を続けながらも、ドームの状態には注意を払います
ヒビが入るようなことがあれば、オーラ防御で補修
万一敵に侵入されたら、クイックドロウし、拳銃で応戦

アピィや魂人が危険なら
敵に接近し零距離射撃

それでも味方が負傷するようなら、回復の対象にします


アパラ・ルッサタイン
【夜灯】

花嫁ねェ
素晴らしい趣味だこと
ああ、行こうグスト
共にならば何処へでも

やあレディたち
オパールはお嫌い?
生憎とアメシストは切らしていてね
貴女がたを満たせるかは分からないが
精一杯お相手を務めよう

グストが攻撃を担うならば、あたしは守りを
【秘色】
水妖招いてオーラ纏わせた氷を呼び
我々や魂人の方々をドーム状に包んでしまおう
範囲広く、硬く、全力の魔法を以て
攻撃を受け流せるようやってみよう
永劫回帰はなるべく使わせたくないからね
花嫁達には落ち着いてもらうよう呼びかけを

ヒビが入りそうな時は2回攻撃で更に壁を厚く
機械の四肢も凍り付かせ少しでも動きを鈍らせれば良し

突破されそうな時
グストや魂人に攻撃及ぶようなら庇う



●報告4 オニキスとオパールは息がぴったり
「花嫁ねェ。素晴らしい趣味だこと」
 更けて明けもせぬ夜半の狂った舞踏会を睥睨し、嫌悪感を隠しもせずにそう零すアパラ・ルッサタイン(水灯り・f13386)の遊色の瞳は寒色に傾きながら色を定めぬ。クリスタリアンたる彼女の身はそれこそ全てが宝石で出来ていながら、瞳が宿す色はとりわけその内心を如実に語る。
 その右隣り、其処があたかも己の在るべき場所と言わんばかりの自然さで佇むオラトリオは表情を変えることもなくそれを聴いていた。夜に沈むこの世界に於いてはあまりに白く眩き翼を備えたその男、アウグスト・アルトナー(黒夜の白翼・f23918)の愛する家族もまたこの世界に囚われて居る筈だ。上層だのと銘打たれながら、下層より尚闇が濃さを増すこの夜にて、幸せなどのあるべきか。ゆえに己が必ず見つけ出し、この手にて幸せを齎すと決意を固めて此処にいる。
 であれば、赤の他人であれど罪なき魂人たちの苦境を前に、剰え贄に捧げられるその様を看過することが出来ようか。
「行こう、アピィ」
 静かな声が夜気を震わす。今、フォリアの楽曲そのものに優美なれども狂おしいステップで猟兵たちを相手取る殺戮の貴婦人たちはかつて彼らが下層にて対峙して来た敵などよりも余程強かろう。だが、しかし。
「君と一緒なら、きっと大丈夫」
「ああ」
 傍らに立つ、彼にとっては何より貴く恋しきオパールが短く答えて笑うのだ。
「行こう、グスト。共にならば、何処へでも」
 つい数か月前までの他人行儀な敬語も、敬称をつけた呼び名もかなぐり捨てたその遠慮のなさこそが二人の絆を示すかのよう。紡がれた飾らぬ言葉、だが彼の方もまた同じ心持ちである。
 戦地へと互いに向けた視線がこの今交わることなどなかろうと、夫婦たるもの、互いの心が向く方向は同一だ。その戦いの手法も敵へと向ける想いも異なれど、そんなものなど過程のひとつ。目的は決して違うことはない。
「やあレディたち」
 くろがねの手に刃振り翳す貴婦人たちの注意を引くかの様に、高らかに呼ばうはアパラだ。
「オパールはお嫌い? 生憎とアメシストは切らしていてね」
「私は嫌いじゃないけれど、贈るお相手はどうかしら」
 ころころと笑いながらの挨拶代わりの斬撃ひとつ。最小限の動きで躱すアパラの宝石の髪の先を刃が掠めて過ぎた。悪戯っぽく笑みを返した彼女が手にした杖の頭で、角灯が揺らす灯火が青く燃え上がり眩さを増す。
「じゃあ、アクアマリンは?」
「そちらもお気に召さないかも、ね……っ!」
 咄嗟に貴婦人が間合いを取ったのは瞳に映る眩さにか、肌を粟立たすそのただならぬ気配にか。角灯より零れ出た青は水の悪魔の形を成して、悪魔が上げた声なき咆哮は降り注ぐ様な大質量の水を連れて来る。貴婦人たちがそれを躱したのは正解だ。広場へと寄せ集められていた魂人の女たちを囲む様に注いだ水はその波濤をそのままにして凍てついて、氷のドームを築き上げる。いかに戦地に親しむ貴婦人らと言えど、その壁の内に囚われていればと思えば、背中を冷たいものが伝おう。
 だが、危機を逃れたと安心するには未だ早いらしい。束の間の安息に息をつく彼女らの黒衣を穿つのは天より降り注ぐ裁きの光だ。
「罪深き貴婦人たちを。主よ、憐れみたまえ」
 天高き場所へとおわす神へと祈るアウグストの声音はアパラと魂人たちには尽きぬ慈愛の柔らかな光、貴婦人たちには冷たく鋭い神罰の光を注がせる。己が犯した罪を悔いよと言わんばかりに心身を貫き穿つ裁きの光の何と刺す様に眩きことよ、それは明けぬ夜の闇さえ退けてついに夜明けが来たかと紛うほど。
「悲しき魂人たちを。主よ、憐れみたまえ」
 他方、祈りに応えるかの様に魂人たちを包み込む淡い光は、彼女らがこの地獄の底で心身に刻まれ続けた有形無形の傷を撫で、溶かす様に消してゆく。広く深く、この世界の何処かを彷徨う己の家族へさえも届けと願うオラトリオの男の祈りは守るべき存在たちをその手の先から漏らさない。
「スポットライトが派手過ぎるのではないかしら……!」
 降り注ぐ光を避けながら、貴婦人の一人が歯噛みする。狩る者と狩られる者の立場を替えて、狂った舞踏はなお続く。今逃げ惑うは貴婦人たちだ。さしたる力も持たぬはずの魂人たちを前にして、強者たるべき己らが何故斯くも惨めに追い立てられてリズムさえなきものかの様な無様なステップを披露しなくてはならぬのか。見せ場を奪われたその怒りは彼女らの双眸に燃え、腕に備えた刃を加速する。いつの間にこの場を彩る曲目がクイックステップに変わったものか、その軌跡さえ目にも止まらぬ様な無数の瞬撃は氷のドームを刻み付けて罅を走らせ、それを防がんと躍り出たアパラの宝石の身にも罅を刻む。
「掠り傷だよ」
 味方たる存在の負傷に息を呑む魂人の女へと、アパラは振り向きもせぬまま毅然と言い放つ。止められなければ彼女はまるで反射の様に永劫回帰の異能を用いていただろう。己を苦しめ追いつめるばかりのその行動が染みついてしまうほど、この世界はあまりにも過酷なものであるらしい。彼女らの言外のやり取りから察した事実に胸を痛めながらも、アウグストが祈りの言葉を途絶えさせずに静かに向けた銃口は貴婦人の左胸へとコサージュの様に大輪の花を咲かせた。顔を撃たぬは神のみつかいのせめてもの慈悲であったか偶然か、その真意は彼のみぞ知る。確かなことはただ一つ、彼の黒玉髄の瞳が映す世界で、彼の恋しきオパールの身をこれ以上傷つけること等は決して許されぬと言う事実。悪意と殺意が満ちれども、襲う刃が多かれど、そのどれひとつとて逃すまい。雪の結晶を刻んだ銃は夜空の下に高く鳴く。幾度も響くその銃声の後に誰かの断末魔を従えて。
 それを横目にアパラは己の水の悪魔に命じ、割れた氷のドームの壁を補強する。見目には華麗な硝子めく無色透明の護りなれども、鼠一匹通すまい。愛する黒玉髄の彼が、常は穏やかなアウグストが攻撃の役を買って出て見事に務めを果たす傍ら、アパラとてまた此度は護り手として己の為すべきことを為す。
 夜はまだまだ明けもせぬ。明ける筈もない。明けはない。
 だがしかし、月光を浴びて煌めく氷の要塞は二人の絆の固さを示すかのように、夜の果てまでも冷然とこの地に佇むのであろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


──淑女に手をあげるなど、男として決して赦されぬ行為ではあるが
「お相手仕ろう」
一人の男としてではなく、一人の猟兵として
共に"踊る"相手へ、敬意と共に相対する

魂人の彼女たちへ万が一でも流れ弾の当たらぬよう
オーラ防御を張り巡らし、己の背でも庇いながら
…この人たちは自ら望んで戦場に立ったのではない
故に、そんな女性たちの前で血や暴力を見せたくない
相手からの攻撃は全て相手の手首や足首を逸らし
またはそれこそダンスのステップでも踏むように軽やかに躱す
恐れることなく勇猛果敢に挑みながらも
指先や足の爪先まで気品を意識し
同時に相対する貴婦人へ礼儀を以て

おてんばなのは結構だが、今回ばかりは見過ごせないな
リードする様レディの手を取り
導くは夜の底へ
願うは安息
蕩かすはオブリビオンたるその縁



さて、魂人の女性たちに怪我はないか
そして抵抗を見せていたらしい男性たちの無事が気になる
些細なことでも力になりたい



●報告5 ブラックダイヤは慈悲深けれど、(――そして報告はどれひとつとして届かない)
 華燭と言うにも過ぎた灯だ。陰鬱な無明長夜を猟兵たちの異能が齎す無数の光が照らし出す。降り注ぐ光条に、眩く夜を裂く稲光に、それさえスポットライトであると言わんばかりに黒衣の貴婦人たちは笑いさんざめきながら黒鉄のヒールで刻むステップを止めはせぬ。
招待状もなく、あったところで拒めもすまい。突如始まった舞踏会なれば誰もが踊れる筈もなく、黒き貴婦人たちの跳梁を恐々と見守るばかりの魂人の女たちはいかな心地であるだろう。
「貴女たちも踊りましょうよ」
 どれだけ目立たぬ様に息を潜めたところで、恐れていたダンスの誘いは唐突に訪れる。無慈悲な軍刀の鋭く風を切る刃と共に。
 狙われた女が見開く瞳の先で、周りの者らが彼女の死を定かな未来として予見して永劫回帰の異能を用いんと心を決めた傍らで、凶刃は見えぬ何かに弾かれたかの様に大きく逸れた。
「あら?」
「俺がお相手仕ろう」
眉を顰めた黒衣の貴婦人の目の前、魂人らを背に庇う位置へと割って入った男が纏う色もまた黒だ。特注の燕尾服も絹の白手袋も纏わねど、凛と伸びた背筋に、差し出す指の先までも隙のない所作に、この舞踏会の貴賓とでも称したくなる趣を携えたこの男の名は丸越・梓(零の魔王・f31127)。
「あら、嬉しいわ。是非ともお願いしたいところね!」
「駄目よ、私の方が先よ」
 極上のダンスパートナーと見て取って貴婦人らがはしゃぐ。彼女らの歓喜を余すところなく叩きつけるのはその両の腕に携えた軍刀の冴えた一閃であり、黒鉄の義足が放つ蹴撃であり、即ち何処まで行っても純然たる殺意そのものだ。
 だがそのどれも、柳に風とばかりに受け流されて梓の身には届かない。彼は未だ腰に佩く愛刀を鞘から抜きもせぬというのに。
「ご心配なく。全員平等にお相手させて頂く」
 無論それは、一人の男としてでなく、一人の猟兵としてである。
頬を掠めた義足の爪先を魔力の護りにて受け流すその軌跡さえ優雅に導きながら、黒の魔王は間近のひとりの手を取った。
「まあ素敵!でも悪いけど、ご一緒出来るのは一曲だけよ」
「そう、この後も予定があるの。だから出来るだけ早く代わって頂戴ね」
 挑戦的に握り返して見せる鉄の指先と見上げる瞳の傍ら、己の番を待ちきれぬと言わんばかりの外野が向けた一刀が急拵えのクローズドプロムナードの先を妨げんとして振り下ろされようと、刃は空しく空を切り、その閃きを主役らの彩りとして添えるばかりだ。
常は己の負傷など露ほども気にも留めぬ梓だ。だが、今、壁の花としてこの舞踏の様を見守る魂人の女たちは、望んでこの場に在るものでない。この過酷な世界では戦いも流血も見飽きる程に見ていよう。好むと好まざるとに関わらず、恐らく慣れても居るだろう。だが、そうでなるならば尚のこと不必要な血や暴力を彼女らに見せつけてやることもない。そうと断じて、梓はあくまでこの戦いを舞踏に徹することへと決めた。それは敵なれどあくまで淑女たる貴婦人らの望みに応えてやると同時に。
「随分お行儀の良いリードをするのね、猟兵って皆そう?」
強がりだ。表向きには品良いホールドを装いつ、今にも梓の腕を振り払い刃を振るわんと試みる貴婦人の腕は籠められた力に震えるほどでありながら、どう足掻いてもそれが能わぬ。
「どうだろうな」
礼も敬意も損なわず完璧なダンスの相手に徹して涼しい顔をしたこの男、梓の膂力は尋常ならぬ。言葉を交わす間にも降り注ぐ他の貴婦人たちの刃を魔力の障壁にて捌きつつ、或いは捌けずその身に傷を刻まれようと、その余裕と優位の崩れることはない。
「もう少し激しい方が好みだわ」
「おてんばなのは結構だが、今回ばかりは見過ごせないな」
 貴婦人の瞳が妖しく煌めく様を梓が見止めたのと、その異能を解き放つのと、果たしてどちらが先であったか。封じられたままの両の腕の代わり、お行儀悪くも梓を蹴り上げんとした金属の膝を防ぐのは淡く輝く魔力の壁だ。瞳の煌めくその内に傍目にはあくまで優雅な舞踏のていを保ちつつ幾度か続く無言の攻防を経て、そうする間にも梓の異能は彼女がオブリビオンたるその縁を蕩かし崩してゆく。苦痛のひとつも無きままに、やがてただ踊り疲れたかの様に瞳を閉じた貴婦人の身体より力が抜けた。そのまま後ろへと倒れ込みかけた彼女の腰を梓が支えたその様はよく出来たコントラチェックにも似る。
「――おやすみ」
 黒き塵と消えてゆく束の間のダンスの相手へと敬意と愛惜を籠めて梓は告げはしたものの。
「まだ終わらないわ」
 傍らより放たれた勝気な声が、軍刀の切っ先と共に向けられた指先が、まだまだ梓のことを休ませてくれそうにない。
「約束よ、私とも踊って頂戴。夜は長いわ」
 明けも知らない長いその夜、短い約束の一曲の内、夜の底にて眠りに就いた舞姫たちは数知れず。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『血と薔薇は紅き月下に咲きて』

POW   :    見ざる聞かざる。己の過去に蓋をして、全て無かったことかの様に。

SPD   :    過去になど追い縋らせてなるものか。月下をひたすら駆け抜ける。

WIZ   :    心揺らせど過去は過去。真正面から向き合い克服してみせる。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●死は馥郁の薔薇の香で
 往時は手入れも行き届きさぞや壮麗なものであっただろう、荒れた薔薇園の遥か彼方に領主の邸が佇んでいた。
 割れて砕けた硝子の向こうで紅い月が嗤う。風もないのに薔薇たちがざわめく音は決して空耳などでない。意志持つ様に蠢く茨は確かに生きていた。生き血でも吸ったものかの様に天鵞絨の花弁を艶めかす薔薇たちは事実、血によって禁断のその美を成している。そんなことなど茨の茂みの下に転がった朽ち干からびた無数の死体を見れば自明であろう。
 彼らはどうして死んだのか。簡単なことだ。庭園を満たす薔薇の香りは脳を侵して、忘れ得ぬ過去を連れて来る。過去の幻を連れて来る。その幻惑に囚われたが最後、浮世では茨にその身を囚われて血を啜られて死に果てる、ただそれだけのお話だ。
 過去を剋する勇気のある者だけが征け、此処はそうした場所である。
「私たちも行きます」
 命知らずにも名乗り出る魂人たちのことなどは、どう扱っても構うまい。
 姉妹が、友人が、恋人が、既に『花嫁』として領主の館に囚われて居ると言う。
「永劫回帰が使えます。戦いになれば自分たちの身くらい何とか守れます」
 はてさて、どうしたものであろうか。

●無垢の華は月下に咲きて
 ――それは今から少し前のこと。
 この邸の住人とて、心惑えば慣れた筈の薔薇の香に酔うこともある。
 儀式の準備が整ったとの報せを受けて邸に戻る最中に、荊棘卿と呼ばれる男が日頃は気にも止めない薔薇の香りが今宵はやけに濃く薫る。
「ねえ」
 耳元で囁く声がある。瞬きの内に夜の庭が消え、塗り替える様に広い居室の窓がある。月夜を背にして立った女が躊躇いがちに口を開いた。
 これは記憶の中の夜だ。
「わたし、恋ってまだよく知らないの」
 よく言うものだ。頬を染めながら、伏せた紫の瞳は此方を直視も出来ぬくせをして。
 装うドレスに身を飾る宝石、纏う香水、頬を唇を彩る紅の色、全ていちいち此方の好みを尋ね剰え選ばせておきながら、あまりにも解り易すぎるその心を知られていないだなどと、よもや本気で思う筈もあるまい。なのにそうした物言いしか出来ぬのは己の希望を封じて生きて来た証左。
「俺が教えても構わないと?」
 返るのは小さな頷きひとつ。
 ただ頷くだけで良い。或いはそれさえせずとも構わない。そうまでもお膳立てをしてやらねば、己の望みを殺してしまう女だ。
 ――それゆえに。あの時、花嫁衣装は嫌だと控えめながらも確りと口にした心の内はどれほど悲痛なものであったのか。
 嗚呼、ゆえに、早く救わねばならぬのだ。およそひとりでは生きられもしない女を、憂き世にひとり遺してしまった。
「――いや、お預けだ。現で会おう」
 ピジョンブラッドの瞳を落として再び上げて、過去の幻が消え去れば男の間近に蔦を伸ばした茨がある。脳味噌も持たぬ植物なれば、敵味方はおろか主人さえ見境なくとも致し方ない。今更その香に惑う己には何の迷いがあるものかと、彼の自嘲は尽きねども。
 魔力で薙いで茨を塵と化し、男は紅き月の下、羽化の儀式の舞台たる邸へと歩を進めた。

【マスターより】
過去の幻惑に抗ってください。
描写はだいたい断章の様な感じになりますが、猟兵の皆様におかれましてはもう少し確りと強い意志にて抗って頂く方が望ましいかと。
魂人を同行する場合、何か手助けをしてあげる方が良いかもしれませんが、戦略的に同行させずとも構いません。
月白・雪音
…香に身を浸した者の過去を檻と為す薔薇。
非業の死を遂げこの階層へと送られた魂人にこそ強く作用するものとなりましょう。

薔薇園に踏み入れば、咽せ返るような血の臭いが鼻をつく。
苛むは過去、野を駆ける獣であった己の中に宿る獣の衝動が求むる悦楽。
血の臭いは自らの手と、口元から立ち上っていた。

されどUC発動、落ち着き技能の限界突破、心を凪に保つ無想の至りを以て幻を振り払い魂人へ呼び掛けを

…然り、我が内に眠る獣こそが私の本質にして業なれば。
されどそれを律す精神の在り様こそが師より賜った武の教え。


貴女にも、此処に立つに至る理由と芯が在りましょう。
故に貴女が救わんと願う方を救うが為に。

――貴方の力が、必要です。



●温く濡れた鉄錆は噎せ返る程に匂い立ち
「私の親友が領主の邸に囚われているんです」
 その声は微かに震えるものなれど、鳶色の髪をした魂人の女は月白・雪音(月輪氷華・f29413)の瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。
「絶対にお邪魔にはなりません。私も一緒に行かせてください」
 緩やかに紅の瞳を瞬いて、雪音は女を見つめ返した。幾らその決意や友との絆が固く麗しいものであろうとも、どだい無理な話であろう。血を吐くばかりの鍛錬を経て武を修めた雪音だからこそわかるのだ。幾ら窮鼠猫を噛む等と言えども、所詮これまで虐げられて来ただけの存在が心を固めてみせた程度で立ち向かう力を持ち得るならばこの常闇のあらゆる悲劇などは起きず、そも目の前の彼女とてこの階層に居もすまい。
「……わかりました。参りましょう」
 それでも覚悟を持つ者を軽んじることはせぬこともまた彼女が武人であるがゆえ。
「ありがとうございます!」
見目には少女とも紛う、己より遥かに小柄で華奢な白き娘へと魂人の女は深く頭を下げてその声に僅かの歓喜を滲ませた。
喜ぶのなど未だ早い。朽ちた薔薇園を満たす香は、過去を檻として連れて来ると言う。生あるものもなきものも、過去を持つなら逃れ得ぬ。一度非業の死を遂げて生を丸ごと過去と成し、この生き地獄を彷徨う者の見る幻などは如何にも闇も惑乱も深かろう。
 雪音と女が足を踏み入れた夜の庭、風もないのに茨が鳴いた。風なくばこそ噎せ返る程にこの地を満たす香気が鼻腔に触れた時、雪音が覚えたものは心安らぐ繚乱の花の香などでない。脳髄を搔き回すかの様に本能を揺さぶる濡れた鉄錆の匂いはまだ温かい血潮のそれだ。
 降り出しそうな曇天の下、果ても知れぬ荒野を駆ける視点は随分低い。ヒトらしい二足ではない、四本の脚で地を蹴ってかつての雪音は駆けていた。視界に映る生き物はそれが密やかに野に棲む草食動物であれ、はたまた牙を剝き出しにした肉食の獣たちであれ、或いは突如襲った脅威に立ち竦むヒトの身であれ、その牙に、爪にかけるのだ。単に喰らう為などでない。それだけならば斯くも殺めぬ。生身の肉を噛み千切り、この爪で裂いてその血を浴びる、嗚呼この悦楽の何と得難きことか!その命絶えた身が肉として横たわることさえ許さずに尚執拗に喰い裂いて、命の残滓すら啜り上げ、その癖さして味わいもせぬ。何故ならこれは戯れだ。命を弄するその贅を解する理性さえ持ち合わせずに、刹那の愉悦の為に力にて劣る命を散らす。無邪気な獣の頭ですらわかる、善か悪かと言うなら後者だ。だがしかし、そうだとしてもそこにあるのは何と甘美で抗い難い衝動か。
 血の匂いが鼻をつく。それは赤く染まったかつての雪音の口元から、前肢の爪から立ち上っていた。
「……然り、我が内に眠る獣こそが私の本質にして業なれば」
 今、人の理性で己の業を受け入れて、人の言葉で紡いで見せる雪音の零すその吐息とて鉄くさい。だが、それが呼び覚ます衝動をねじ伏せる術を今の彼女は持っている。獣の本能が、衝動が内でどれだけ猛り狂えども、それを律して凪へと保つ術、それこそが師より賜り修めた武の教え。
 瞳を開けば荒野は消えて、元居た夜の庭園だ。水の枯れた噴水に背を委ねた雪音の肩に、薔薇の香と幻惑に微睡む魂人の女が頭を預けていた。眼前へと迫る蔦を今は獣の爪を秘した雪音の拳が払う。
「貴女にも、此処に立つに至る理由と芯が在りましょう」
 耳元で囁く様に、けれども確りと告げる声に、返るのは僅かな身動ぎと小さな呻きだ。何の夢を見ているだろう。だが、それが幸せなものであろうとなかろうと、生きるためには歩まねばならぬ。
「故に貴女が救わんと願う方を救うが為に。――貴方の力が、必要です」
 故にこそ、この後の不利さえ百も承知で連れて来たのだ。言外の雪音自身の覚悟を知ってか知らずか、彼女の言葉に開かれた紫の瞳が今はもう過去を排して「今」を定かに映し出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ

設定詳細含め全てアレンジ歓迎

魂人は連れて行かない
私達に任せてね

過去の幻は故郷で仲良かった隣の家のお姉さん

領主は住民(人間)を保護してくれてたけど
住民の結婚相手を勝手に決めたりまるでブリーダー
都市を出るのも禁じられ檻の中みたい
絶対おかしいのに家族は心酔してて分かり合えない
お姉さんがキャラバン隊に混ざって逃げられる様取り計らってくれたから私は今自由でいられる

お姉さんがあの後どうなったか少し気になってた
私を逃がしてもバレないから大丈夫って笑ってたけど

だからこんな幻見ちゃうんだ

お姉さんがピアノを弾いてる
とても綺麗な音色
この光景覚えてる

「そろそろお茶の時間ね
ジュジュの好きなケーキを焼いたの
一緒に食べましょう

家族から放置気味になった私をよくこうして構ってくれてた

「紅茶を淹れるわね

でもここで止まってる暇はない
『メボンゴ達は先へ進まなきゃ』
風属性衝撃波で幻を吹き消す
行こう、メボンゴ!


故郷は気になるけど危険はないし
私には先にやるべきことがあるから
世界が平和になってから帰るよ
(と家族と向き合うのを避けてる



●その過去は小麦とお砂糖、バターの香り
 命の保証の何一つない戦地に立つと言うことは、並々ならぬ覚悟の要ることだ。強大な敵に、悪意の罠に、足も竦む様な数多の死線を潜って来たがゆえにジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は知っている。
「私達に任せてね」
 だが、それ故に同行を願い出る魂人の女たちへと、言葉と声音ばかりは何処までも柔らかに、けれども厳然と断った。覚悟と戦力は別の話だ。歴戦の猟兵達ですら予断を許さぬこの常闇の上層で、幾ら永劫回帰の異能を携えていようともそればかりでは心許ない。ましてそれが彼女らの心を圧し削る御業であると言うならば、それを頼りに連れて行くなど酷であろう。その異能を用いさせぬと言い切れるほど、ジュジュには自信も慢心もない。
 向けた背中へと追い縋る様な無数の視線を受けながら、ジュジュは気づかぬふりをする。心優しい彼女がその場の情に流されることは易けれど、それだけで他者の命を預かるほどに無責任にはなり得ない。せめてもの言い訳の様にしてジュジュの肩から後ろへと顔を覗かせた白兎頭のフランス人形・メボンゴが背後へと小さな手のひらを振っていた。
 過去を連れてくる薔薇の咲き誇る庭園は、それそのものも過去に微睡む様に、赤い月の下、果ても知らぬもののようにして横たわる。破れた硝子の天井の向こうで夜空は雲さえないと言うのに、星々は月に憚るかの様に息を潜めて淡く瞬く影さえ見せぬ。
 微風すらないと言うのに、茨の茂みが囁く気がした。艶やかな花弁に月光を受けてこれみよがしに咲き誇る薔薇はその香も殊更に主張も強く濃く香る。ひと足を進める毎に濃さを増す香りと共に、思考に靄がかかるよう。
 夢か現か朧げにその境界を溶かし失してゆく意識の内で、ジュジュはピアノの音を聴いた。とりどりの音を散りばめた宝石箱の様な旋律はジュジュもよく知る、彼女の居た世界にて広く歌われる童謡の変奏曲だ。気取らぬその選曲がいかにもらしいと当たり前の様に考えた思考にもはや違和も覚えぬ。
「もう直ぐケーキが焼けるからもう少しだけ待っていてね」
 白と黒の鍵盤に指を躍らせながら、微笑む唇が紡ぐ柔らかな声音がある。隣の家のお姉さんだ、と幼き日に巻き戻った思考でジュジュは当然に受け入れる。その声を最後に耳にしたのは遥か昔の筈なのに、まるで昨日の続きの様なこの自然さは何であろうか。彼女の言葉にいざなわれるかの様に、さながら嗅覚の概念を今思い出したかの様に、小麦とバターの織りなす豊かな香りが鼻先を擽った。
 ろくに陽も射さぬこの常闇の世だ。嗜好品に使うほどの小麦があることも、まして贅沢品でしかないバターが手に入ることも、この都市の暮らしが豊かであることの証に他ならぬ。事実、暮らしは豊かであった。この女性の家にもこうしてアップライト型のピアノがあって、ジュジュは厚くも柔らかな布で拵えたソファに腰かけそれを眺めて、狭からぬ小綺麗なキッチンからは甘く食欲をそそる香りが漂って来る。
「お父さんもお母さんも、きっと悪気はないのよ」
 背を向けてピアノを弾き続けながら、その表情を伺わせぬままに女性は告げる。
「この街の皆、きっと多くの人は同じように思ってる」
 この台詞は、この光景はよく覚えている。あの街に居たある日、ジュジュが両親と喧嘩とも呼べぬほどの些細な言い争いをして、そうして喧嘩にも至らぬがゆえその末互いに言葉を呑んだ気まずい沈黙を経て、結局いつもの様にジュジュが席を外した後のこと。言葉に出来ぬ有象無象を握りしめた手のひらに爪で刻み付けながら。
 平和な土地だった。領主は決して横暴でなく、領民たちを保護してくれて、外敵たちから守りもしてくれた。だが、領民が都市を出ることは決して許さず、まるで気まぐれに手慰みの様に彼らの婚姻も領主が勝手に決める。それがジュジュにはどうしても気味悪かった。当時は言葉に成し得なかったその心地悪さを今なら彼女はよく解る。領主の庇護も恩寵も、領民達への関心も干渉もさながら趣味で手塩にかけたテラリウムを手入れするかの様な何処までも身勝手なものなのだ。
 だが、その結果として現実に豊かな生活があり、平和を享受出来る限り、領主に心酔するものとて決して少なくはない。たとえばジュジュの両親がそうである。この明けぬ夜の下層でそれなりの齢を生きて、この都市の外の地獄も知ればこそだと今のジュジュには理解も出来る。あの頃の己が若く幼く、故に意固地でもあったのだろう。
だがそれを差し引いたとて、今も結論は変わるまい。この地とジュジュの別れは結局、流れのキャラバン隊に紛れ込み、逃れる様に街を去る、その結末は何度繰り返したとて違うまい。
「そんな顔しないで。そろそろケーキが焼ける頃だわ。紅茶を淹れるわね」
 ピアノの前から立ち上がり、キッチンに向かいざまに女性がジュジュの髪をひと撫でして通り過ぎる。その手を引き止めようとしたジュジュの手のひらは宙を掴んだ。
 あの時ジュジュがこの街を逃れる手引きをしたのはこの彼女だ。バレることなどないと笑ってジュジュを安心させてくれた彼女がその後どうなったのか、ジュジュは決して知り得ぬし、知るのが怖い心地もして、そんな自分を嫌悪したこともある。
 嗚呼、だからだ。だから自由を手に入れて大人になった今でさえ未練がましく斯様な幻を見るのだろう。
「一緒に食べましょう」
 銀の盆に白い皿。飾り気のないシフォンケーキにいかにも柔らかなクリームが添えられて、赤いベリーとミントの葉とが申し訳程度に彩りを添えている。このケーキは美味しかった。ジュジュの大好物だった。家族との間に溝を感じて居場所を失くしたジュジュを家に迎え入れては隣家の彼女が労う様にいつも振る舞ってくれた品だった。
 ジュジュが銀のフォークを手に取ろうとした刹那、この場には未だない筈の声がある。
『だめだよ!メボンゴ達は先へ進まなきゃ』
(メボンゴ……達……――?)
 頭から水でも浴びせられたかの様に思考が四隅から晴れてゆく。嗚呼、これは過去だ。幻だ。今、己の足先はどちらへ向いている?歩みを進めるべき方向は――
「ごめんね、私には先にやるべきことがあるんだった」
 言葉に出しながらも過去への未練も迷いも消えぬ。消えぬなら吹き飛ばしてやれとばかりに、フォークを諦めたその指先から吹き荒れるは風の魔法だ。机の上の皿もケーキも、居心地の良い居間の光景も、その元凶たる薔薇の香りごと吹き攫う。
 全てが全て露と消え、夜露に濡れた庭園の石畳を踏みしめて、ジュジュは既に姿なき彼女へ告げる。
「……世界が平和になったらまた帰るよ」
 その帰還はいつになるだろう。いずれ故郷へと帰るその日には家族と向き合うことにもなろう。それを予期して先延ばす己の心根を、軽やかに翻す爪先は今は未だまるで知らんぷり。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アウグスト・アルトナー
【夜灯】

魂人には留まるよう伝えます

ぼくが見る過去の幻は
奴隷商人の檻に囚われていた頃のこと

病に侵された母さんは、日々衰弱しながらも、神への祈りだけは欠かしませんでした
「神様は必ず見守ってくださっている」
「必ず私たちは助かる」
「信じていれば、必ず救われる」

けれど、ただ一度
ぼくは言ってしまったんです
「本当に神様なんているんですか?」
幻の中、ぼくの口は勝手に動き、それを再現します

……絶望に満ちた表情の母さんを見て
ぼくは、言ってはならないことを言ったと自覚しました

ぼくが神を信じていないなら、ぼくらは神様に救ってもらえないと思ったのかもしれませんし
ぼくが言うとおりに神がいないなら、やはり救いなどないと思ったのかもしれません
母さんの最後の希望を奪ったのは、ぼくなんです

翌朝には母さんが、目鼻口から血を噴き、死を迎えていることを、ぼくは知っています

この幻の中でぼくにできることは、一つです

「母さん、ごめんなさい」
「神様は、いますよ」

母さんが助かるわけではありません
ですが、ぼくは決めました

神を信じ、前に進むと


アパラ・ルッサタイン
【夜灯】

魂人の方々
唯座さず屈せず
誰かの為に戦地へ赴く
その心は確と聞いた
が、出来れば待っていて欲しいの
この後永劫回帰を使ったとして
代償が囚われの人との記憶かもしれんだろ?
それでも、というなら止めないさ

酩酊誘う薔薇香の向こう側
暗々とした鉱山路
空気を燃やさずに炎蛋白石から灯り喚ぶこの身が
蝋燭代わりの道具だった幼い頃

名など無く
「おい」とか「ソレ」と呼ばれていても
疑問など無かった
火種が尽きぬよう最低限の食も衣服も
全身砂礫まみれであった事も
あたしは正しく石くれだった

最後に加わったあなたが
常に何かを言いたげに黒曜の目を眇めていた事も
何も解っちゃいなかったね

「いつも感謝している」
「熱を出した今日位、ゆっくり休め」
……ああ、そう
こんな風に
初めてヒト扱いをしてくれたあなたに
この後二度と会えなくなる前に

「ありがとう」

そう、伝えたいと
ずっと思ってた

矢張り、此処へ留まってはいられないな
黒曜の君
あたしを最初にヒトとして磨いてくれた君を
誇りに思うがゆえ

あたしは灯り
片割れと共に夜照らしていくの
ご覧あれ
周囲を遊色に彩ろう



●祈りと遊色は夜闇を照らし
 夜の庭は静謐だ。月の光しか知らずに育った薔薇たちは陽に褪せることも知らぬ紅をして、毒さえ孕む鮮やかさでおもてを上げていた。風もないのにざわめく茨の蠢きさえも、薔薇たちの秘めやかなお喋りのよう。
 薔薇園をふたり並んで歩くのはアパラ・ルッサタイン(水灯り・f13386)とアウグスト・アルトナー(黒夜の白翼・f23918)。本来はこの場へと同行を願い出た魂人らを先刻諫めたのはアパラだった。
「唯座さず屈せず誰かの為に戦地へ赴く、その心は確と聞いた」
 決して勇猛とは呼べぬ、悲壮ささえも湛えた様子で同行を願う彼女たちの決意をアパラはまずそう認めて見せた。事実、今この時点で抗う心等とうに折れていたとておかしくはない。先の貴婦人らの襲撃でさぞかし恐ろしい思いをした直後のことなのだ、その心の持ちようは一定の賞賛に価しよう。
「が、出来れば待っていて欲しいの」
 その上でアパラは毅然と口にする。
「この後永劫回帰を使ったとして代償が囚われの人との記憶かもしれんだろ?」
 何かを言い返そうとした魂人達の言葉の先を遮るには十分過ぎる言葉であった。
 死さえ打ち消すことと引き換えに、温かな記憶をトラウマへと塗り替える永劫回帰の闇は深い。過去を食い潰して繋いだ未来の果てに何の希望も残らない、そんな残酷な末路とてある。たとえばもしも、救い出した大切な人の存在そのものがトラウマに成り果ててしまったとしたら?
「それでも、というなら止めないさ」
 魂人たちが十分に想像を巡らせるだけの間を於いて、アパラは駄目押しの様に告げた。短い今度の沈黙を破ったのは彼女の傍らに立つオラトリオ。
「ぼくはお勧めしませんよ」
 アウグストは柔らかく拒絶を伝える。慈愛に満ちた彼なれど、何より大切な己の片割れを守らねばならぬのだ。これから苛烈な戦いに身を投じようというこの局面、守るべきものは少ないに越したことはない。そうした冷静な判断ゆえの言葉であろう。
 而して魂人たちに同道を諦めさせたのは結果的に正解だ。予め知らされていたものと言え、噎せ返る様な薔薇の香が連れて来る強い眠気とも譫妄とも言い難いなにかは猟兵の身にも抗い難い。濡れた芝生に膝をついたのはどちらが先であっただろうか。ふたり、伸ばした指先を辛うじて重ねてみせるを最後に意識が薔薇の香に沈む。
 
 薔薇の咲き乱れる庭が消え、アパラが見つめていたのは相変わらずの薄闇だ。だが、月もない。星もない。空など見えよう筈もない。
 規則も持たずに曲がりくねって何処までも続く鉱山路。此処は鉱山だ。昼も夜も何の光も届かぬこの場所を淡く照らし出しているのは宝石で出来たアパラ自身の身に宿す灯りであった。鉱山に於いて火気による事故は後を絶たない。逃げ場のない坑道での火災は惨憺たる結果を招き、満ちた粉塵が爆発を招くこともある。多量に保管された火薬に誘爆などを起こした日には目も当てられまい。その中で、空気を燃やすことなしに炎蛋白石から灯りを呼べるアパラの特質は正しくこの場の灯りとして、蝋燭の代わりとして役立つものであったらしい。
 蝋燭代わり。まさにそうとしか呼べぬ幼少だ。二本の脚で立ち歩き、照らす場を易く変えられる便利さは蝋燭などよりよほど有用でありながら、彼女を呼ぶ名を誰も知らない。
「おい、向こうの路を照らしてくれ」
「ソレは今日はこっちで使う筈じゃないか?」
 労働者たちに言われるままに従うのが日常だ。名前で呼ばれることもなければ三人称は人を指すものとも思われぬ「ソレ」である。だがアパラはそのことに何の疑問も持ちはしなかった。
 物心ついた時からそうなのだ。火種が尽きることのなきよう、最低限の食事と衣服ばかりは与えられていた。故に命だけは繋ぐことが出来、それしか知らぬがゆえにそれ以上を望み求めることもない。本来は眩く光る筈の宝石の身体が砂塵に塗れて煌めきを失くしていようとも、その状態しか知らぬのだ。正しく石くれの様な存在だったと今のアパラには自嘲も出来る。だが、当時の石くれにはそれを自覚する程の自我も頭もありはしない。
「いつも感謝している」
 故に記憶に残るその男からその言葉を掛けられた時、アパラが覚えたのは戸惑いだ。己に掛けられた言葉だと理解することにまず時間を要し、感謝などというその言葉の意味を理解するのに更に時間が要った。彼がいつも何かを言いたげに黒曜の目を眇めていたこともその理由も、石くれでしかない当時の彼女には解らなかった。
「熱を出した今日くらい、ゆっくり休め」
 心配そうな眼差しに、労わる様な言葉に、胸の奥に湧き上がるものがあるのに、しかし初めてヒト扱いされたことの戸惑いの方が勝るのだ。あの時アパラは何も言えなかった。そうして何も伝えられぬまま、伝える機会を二度と失くして今に至るのだ。
「ありがとう」
 故に今こそアパラは抱き続けた想いを口に出す。この過去の幻の中、それが現に何一つ影響を齎すものでないとして、告げぬままでは居られなかった。僅かに驚いた色を浮かべた後に柔らかく細められた黒曜の瞳を見つめ、アパラは淡く微笑んだ。この幻の中でなら、違う顛末があるやも知れぬ。このままもっと言葉を交わし、後の別離を防ぐことさえ叶うやも知れぬ。
 だがしかしもう十分だ。己を最初にヒトとして磨いてくれたこの彼を誇りに思えばこそ、やはり此処に留まる訳には行かない。ヒトとして歩み続けねばならぬ。この身は今は片割れと共に闇を照らす灯りなれば。

「神よ、今日も貴方のお慈しみのおかげで穏やかな一日を過ごすことが出来ました。慈しみ深き御心に深く感謝して――」
 消え入る様な祈りの声に湿り気を帯びた咳が混じる。見飽きた景色を鉄格子の向こうに眺めて膝を抱きながら、アウグストは無言でその祈りに耳を傾けていた。
 この世にはヒトを商品として商う生業がある。必然、そこには商品とされる者がある。それが今この檻の中に囚われたアウグストであり、母である。此処が人の世である以上、商品などは何処にでもおり、世が荒めば荒むほどその調達は容易となる。故に売れさえすればそれで構わぬ商品の扱いはアウグスト達の様に見目の良いものであれお世辞にも丁重なものとは言い難く、宛がわれたのは最小限の狭い檻と擦り切れた毛布、ろくに具材も栄養価も望めぬ様な滋味のないスープと固いパンが中心の粗末な食事。
 殊に商品が「不良品」であると判れば尚のこと、かける費用さえ惜しいのだろう。病に侵されたアウグストの母が日々衰弱してゆく程に、彼女に供される食事は目に見えて質素になった。それさえ食べ切れぬ様子を見れば、快癒の見込みが到底ないこと等は幼いアウグストにも知れている。薬をと奴隷商人に懇願したのは最初の内ばかり。聞き届けられないどころか面倒くさそうに蔑む様な視線を向けられてそれで終いだ。尚食い下がれば煩わしげな暴力がある。何度目かにそう学び、それから彼は口を閉ざした。何かを願うだけ無駄なのだと幼心に知ってしまった。
 だが、母は祈りを欠かさない。こんな湿っぽい檻の中、淡い希望を持つことさえ許されもせぬ陰気な日常で、ろくな食事さえないというのに、何に感謝をするのだろうか。物心がついた頃からとうに彼女の祈りが日課と化していたがゆえ、今更改めて問うことはせず、否、封じ込めて来た疑念がある。それがひとたび首を擡げれば、もう抑え込むことなど能わない。
「アウグスト、神様は必ず見守ってくださっている。必ず私たちは助かるわ」
 アウグストの心の内を見透かすかの様に、諭す様に母が言う。
「信じていれば、必ず救われる」
 よく言うものだ。その言葉さえ苦しげな喘鳴混じりだと言うのに。
「母さん」
 記憶の中の幼いアウグストは静かに口を開いた。言ってはいけない。その言葉を口にしてはならない。朧げに残る「今」のアウグストの意識は理解している。だが、これは既に起きた過去。好まぬ筋書きの本を時間をおいてからもう一度開いたところでその筋書きが変わらぬように、その結末は変えられぬ。
「本当に神様なんているんですか?」
 絶望に満ちた母の表情は、当然見覚えのあるものである。
 共に祈るべき息子が神を信じぬ不信心者であるならば共に神に救われることなどないと思ってしまったやもしれず、或いは、息子の言葉の通りに神など居ないとしたならば、やはり救いは存在せぬと思ってしまったのやも知れぬ。
 本当は、希望などないこの場に於いて彼女自身が既に疑念を抱いていたのかもわからない。であれば愛する息子の言葉はそれを決定付けただけに過ぎぬ。しかしいずれにしても細糸の様な彼女の最後の希望を断ち切ったのがアウグストであることに変わりなどない。
事実、この次の朝、母が口のみならぬ目鼻からさえ血を噴き出して死んでいることをアウグストは知っている。
「母さん、ごめんなさい」
 告げたのは「今」のアウグストの声である。幻の中、いつの間にか大人の姿に戻ったアウグストはあの時よりも随分小さく頼りなく思われる母の手を包み込む様に握る。
「神様は、いますよ」
 神の存在を疑る言葉が母を絶望させて死に至らしめたとするならば、それはまさしく彼女が神に生かされて居たと言うことに他ならぬ。現実に何らかの作用を齎し、現実を変えるばかりが救いではない。神のその概念そのものが救いたり得ると言うことを母はアウグストに教えてくれた。
「ぼくは神を信じて前に進みます」
 その決意に溶かされる様に鉄格子が覆う景色が溶けてゆくさなか、瞼の裏にアウグストは愛しい遊色の煌めきを見た。

 紅い月光が照らす薔薇園に遊色が満ちる。
 夜露の下りた芝生の上で互いの存在を手放さぬ様に手を重ねたまま眠りに落ちていたふたり、先に瞳を開いたのはアパラであった。周囲に迫る茨を遊色の光で退けて、未だ何処か眠たげなアウグストに微笑みかける。
「ああ、おはよう」
「今は夜だよ」
 笑みと軽口を交わし合い、確りと地を踏みしめてふたりは光が開いた道をゆく。もう過去になど囚われまい、「今」を共に生きる片割れがこうして傍らにある限り。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

解釈お任せ

共に往くと名乗り出た魂人は
妹が連れ去られたのだと
頷けば彼女の瞳が揺れる
「但し永劫回帰は使うな。──貴女は俺が護る」

_

…俺の異邦の故郷は閉鎖的な村だった
敬虔な信徒の住う地
奉る女神の敵であると記された『黒色』を持って生まれた俺は当然忌子であり
父母も知らず
死ぬことも出来ずにいた俺を何故か引き取ってくれていた領主の屋敷にて
『コンラート』と──俺の本名を呼ぶ声がする
豊かな白金髪、光の加減で彩を変える円い瞳
比肩なき美しい少女
領主の娘で
俺を兄のように慕ってくれた六つ下の幼馴染

その子はやがて女神の依代と崇められ
信仰の贄になることを幼いながらに知っていた
『コンラート、わたしの「きし」になって』
騎士になって、そばにいて。

やがて軍の介入により村は解体され
幼い俺たちは生き別れた
彼女の安否さえ判らない

あの日から俺は騎士だ
あの子はきっと連れ出して欲しかったのだろう

命に代えても護らねばならぬ主君を、憂き世にひとり残してしまった

「…」
魂人へ伸びる茨ごと不可視の居合で斬り払い
「往くぞ」
足取り変わらず、前へ



●傍になくとも、ひとたび騎士を名乗る身なれば
「妹を連れ戻したいんです」
 同道を名乗り出た魂人の娘は理由をそうとだけ告げた。金の髪を肩に揺らす彼女は鮮やかな紫の瞳をしている。その妹も恐らくは同じ瞳を持つが故、贄に選ばれてしまったのであろう。
「わかった」
 丸越・梓(零の魔王・f31127)の返事は頷きと短い言葉のみである。拍子抜けする程に易い快諾に娘の瞳が揺らぐのは戸惑いか、或いは一度は諫められることを予想して未だ固め切らぬままに口を開いてしまったが故の今更の決意の揺らぎであったか。
「但し永劫回帰は使うな」
 そんな心の機微を知ってか知らずか、踵を返して歩み出しながら、梓は告げる。
「――貴女は俺が護る」
 それは彼女の逡巡を振り払うには十分過ぎる言葉であった。

 明けぬ夜にも花は咲く。紅い月の光の下、陽の当たる野に咲く慎ましき草花などは比べ物にもならぬほどに嫣然と大輪の薔薇たちは咲き誇る。その枝ぶりに、今はぼやけた茂みやアーチの輪郭に、人の手で世話をされて居た頃の名残を微かに思わせながら、領主の執念が成したこれらは何時から此処に在るのであろう。数多の侵入者を下して糧として幾夜を渡って来たものか、今宵も馥郁の薔薇の香は侵入者たちを逃さない。
 ひと際濃く薔薇の香る刹那に、傍らを歩く魂人の娘がその足取りをふらつかせる様を見て、梓は彼女を抱き留める。己とてまた薔薇の香に酔い、視界が揺れる中なれど、共に倒れ込むことのなきように冷静に地面へと片膝をつく。
 香水ならばやり過ぎだ。いっそ眩暈のするほどの香気に揺れた思考の片隅で梓がそんな思考を巡らせたのと、紅い月が色を変え、記憶の中の冴えた白い月へと取って変わるのとが同時。
 時を戻して引きずり込まれた過去もまた明けぬ夜の中だ。
 猟兵たちが下層だのと呼ぶ、薔薇の庭より下にある世界。今でこそ一層過酷な上層の存在が明らかになれど、それが即ち下層の絶望が温いと言うことにはならぬ。明けぬ夜に囚われたその村とて、常に外敵に怯えて居たがゆえ排他と閉鎖を極めていた。必然、交易も鎖されて、外の情報さえも持ち込まれない。逼迫はせねど豊かとは決して言えぬ暮らし向きに、その村に住まう人々が救いを求めて信仰に傾倒したことには何の不思議もありはせぬ。村人たちはただ何処までも敬虔であったのだ。己らの信じる教義の内に於いては何処までも模範的であり倫理的であったのだ。模範も倫理も人が定めた軸の一つで易くその定義を変えるものなれど、神の教えであるならば不変の真理。誰が異などを唱えられよう。
 彼らが奉る女神に仇なす悪魔はその身に黒を持つという。聖典の片隅、ごく一節に短く記されたそんな言葉も、敬虔な彼らの前では絶対だ。それが、ただその目に髪に「黒」を持つというだけの理由で幼い子どもを迫害するだなどという非論理的で非人道的な行動に至るのも、彼らの中では正であるのだ。
 物心ついた時からそうだった。親の顔など知りもせぬ。だがしかし輝く様な金髪ばかりの村人たちを見るに、その中にはとうに居なかったものやも知れぬ。父母のどちらか、或いは両方が梓と同じ黒髪と黒の瞳をして居たのなら、己で選べるものならばこの村に留まるよりも遠く逃れる方がよっぽどましな人生を送れることだけは間違いがない。無論、生きてそれを為し得たならばの話だが。
 村人たちは狂信とそれゆえの憎悪が形を成したかの様な暴力や拷問の限りを尽くしながらも流石に殺すことまでは躊躇ったのか。息絶えることも出来ぬまま命だけは永らえた梓を拾ってくれたのはどうした訳か領主であった。それが気まぐれかノブレス・オブリージュめいた崇高な志によるものか今となっては解らない。そも領主の顔などは梓の記憶に朧げだ。
 記憶に残るのは銀の鈴の様な澄み通った声。
「コンラート」
 その声が呼ぶのは梓の本当の名前。我に返ったかの様に、曖昧な過去に揺蕩っていた梓の意識があの日のあの時に引き込まれた。
 月の光を撚ったかの様な豊かな白金の髪、光の加減で彩りを変える虹色の瞳。比肩なき美しい少女は不安げな面差しで梓の、否、コンラートのことを見上げていた。
 記憶の中でいつも泣いていた彼女の瞳は今も濡れている。神々しいまでのその容姿、領主の娘という身分もまた申し分ない。無欠とも映る彼女は女神に愛されたものとして村人たちに女神の依代と崇められ、やがて信仰の贄とされることをコンラートは幼いながらも知っている。梓より六つも下でありながら、聡い彼女自身もまた、周りがいかに隠して言葉を濁せども察するものはあったのだろう。
「コンラート、わたしの「きし」になって」
 日頃は兄の様にコンラートのことを慕ってくれた彼女があの日唐突にそんなことを口にしたのは、何の予感をしてだろう。
 騎士になって、そばにいて。
 懇願に等しく告げられた言葉に、頬を濡らした涙を指先で掬ってやってから梓は恭しく片膝をつく。
「貴女が望むままに」
 その日からコンラートは彼女がそうと望んだ通り、彼女ひとりの騎士である。
 しかし結末を言うならば、主君の望みは叶いはしなかった。
 閉鎖を徹底していてさえも風の噂を殺せぬ程の、村人たちのあまりにも行き過ぎた狂信は不穏分子と映ったらしい。ある日突然に軍が介入し、村は無理矢理に解体されて村人たちは離散した。その日を境にコンラートと彼女も生き別れてそれきりだ。
 薄々勘付いては居たし、今ならはっきりと解る。彼女はきっとあの場所から連れ出して欲しかったのだろう。過ぎた願いゆえ唇に上らせることも出来ぬまま、コンラートが察してくれていつか叶えてくれることを夢見ていたのやも知れぬ。それこそ御伽噺の騎士の様にと、それを望んでのあの日の願いではなかったか。
 畢竟、傍に居て欲しいと言う、明確な言葉にされたもうひとつの願いすらも叶えられずに、何が騎士だと言うのだろうか。主君たる彼女が無事に生きているのか否かすらついに解らず終いのままだ。

 空気の揺らぎを感じたのと、桜の名を持つ日本刀が目にも止まらぬ速さで鞘走るのはほぼ同時。コンラートから梓へと意識を戻した黒き魔王は、魂人へと蔦を伸ばそうとしていた茨を一刀の下に斬り伏せた。
「往くぞ」
 未だ何処か夢見心地の魂人を助け起こしながら声をかけ、導く様に先を征く。
 名を変えようとも、主君と生き別れようとも、ひとたび騎士を名乗った身なれば為すべきことは変わらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリアベラ・ロゼグイーダ
◎(WIZ)
あなた達、道中死ぬかもしれないしお望みの相手も今どうなってるか分からないのに来るの?
命知らずな方たちね。嫌いじゃないわ。
いいわ、ついていらっしゃいな
茨に囚われたなら焼き切る位はしてあげる


とか言っている間にあら。目の前大吹雪。近くにはウサギ抱えた少年
…懐かしいわね
幼い頃の私は兄さんより何かとパワーが強くだから私の方が何してもできるって思い込んで調子に乗って雪山に遭難した時。
私の事なんて大人に任せて待っていればいいのに、兄さんは単独で探しに来てそのまま一晩一緒に雪山で過ごし、救助された後は彼だけ体調崩してたわ
…こう思い返すと兄さん馬鹿だわ

でもその馬鹿さにどれだけ救われた事か
だから私あの時あなたを守るって決めたのよ

今こそ立場が変わろうと私のやる事は変わらない
貴方に勝利を
望むのなら王冠とそれにしがみつく薔薇を一つ残らず献上しましょう


だから――もう少しその雪山で待っていて



●彼が望むならば王冠も、雁首揃えた薔薇たちも
「命知らずな方ね。嫌いじゃないわ」
 危険を承知で共に領主の邸へと向かうを願った魂人の少女へと、マリアベラ・ロゼグイーダ(薔薇兎・f19500)はオーバーラインを跳ね上げた目尻を和らげて笑った。
 マリアベラと同じくらいの年頃の彼女は双子の姉が連れ去られたと言う。曰く、強大な闇の種族に立ち向かうことへの覚悟はあると言う。だがしかし、ひとたび敵の手に落ちた以上、安否は無論、命の存否さえ知れたものではない。それでも来るかと問うたマリアベラに、彼女は躊躇いもなく頷いたのだ。徒労どころか、無残な末路を目にするばかりの結末に終わるやも知れぬと言うのに、居ても立っても居られぬのだろう。その心情を汲んでマリアベラは頷いた。
「いいわ、ついていらっしゃいな」
 夜の廃園は荒れ果てていながらも、そこに咲き乱れる薔薇たちはいっそ絢爛なまでに繚乱だ。この場の天井を覆う硝子が割れる前ならば、無秩序な枝の伸びる前ならば、屋外の茶会の場にも向いただろうかとマリアベラは思案する。それがどれだけ昔であるかはいざ知らず、きっとその頃とてこの場に陽は差さず、今宵と同じ紅い月が見下ろしていたとしても。永遠の夜半にありながら不夜とばかりに微睡みもせぬ茨のざわめきばかりが何処か彼方から忍び寄る。
「気を付けて。もしも茨に囚われたら――……」
 マリアベラの言葉の先を攫うのは突如吹きつけた花嵐だ。殊更に濃く薔薇が薫る。強い夜風が舞い踊らせた無数の赤黒い薔薇の花弁は、けれども彼女の見る前で端からその色を失くし、その先にある筈の夜の庭も気付けば眩いほどの純白へと塗り替えられている。
 そこにあるのはただ一面の銀世界。それさえ霞ませるかの様に猛吹雪が吹き荒ぶ。吹雪で色も伺えぬ空は、けれども辺りの暗さからしておそらく夜が近いのだろう。
 呆気に取られたマリアベラの傍らにウサギを抱えて身を震わせる銀髪の少年がある。未だ現在の熊のぬいぐるみの姿になる前の、その更に前、子どもの頃の兄・エドワードの姿であった。
(……懐かしいわね)
 己も子どもの姿に時を戻したマリアベラは未だ化粧気も知らぬ頬を緩ませる。この時のことを知っている。よくよく思い出すことが出来る。だからこうして幻にまで見るのだろうか。
 幼少期というものは、得てして女児の方が成長が早いものである。加えて、積極性や気の強さがそのまま思い込みの様にして身体能力に左右する節もある。事実、幼い頃のマリアベラは三つ上の兄よりも腕力も体力も秀でていた。生来の負けん気の強さも相俟って、あの頃のマリアベラは仲の良い兄に何かと張り合っては打ち負かし、彼から降伏と賞賛を引き出すことを子どもらしい無邪気さで楽しんでいたものだ。ともすると体力以外の部分に於いては元より彼女に甘い兄がわざと負けてくれていた可能性もあるのだが、それ故に、何をしても自分の方が上だと無邪気に信じて調子に乗っていた。
 この時期の雪山にしか咲かない花の話を侍女たちの噂に聞いた時、危険だからと尻込みする兄のことをマリアベラは鼻で笑って言ったのだ。
「もう、兄さんってば臆病ね。良いわ、私が取って来てあげる」
 山の天気の変わり易さなど子どもに解ろう筈もない。出かけた時には清々しい程の晴天は山の中腹に差し掛かる頃には崩れ始めて、瞬く間に視界さえ危うい程の吹雪である。今から下山が出来る気もせずに、風を防ぎそうな岩陰に身を潜め、けれども不思議とマリアベラに焦りはなかった。マリアベラが山に入ったことはエドワードが知っている。誰か家臣か、大人たちが探しに来てくれるまで此処を動かず待てば良い。
 しかし彼女の読みは外れた。救助に現れたのはなんとエドワード本人だ。
「何しに来たの?」
「……マリーを探しに」
 ウサギを抱きしめながらぶっきらぼうに告げた兄の言葉にマリアベラは暫し呆気に取られて彼を見た。昼間、マリアベラが山に入る前に言葉を交わした時のままの普段着に、荷物と言えば防寒具も食料も持たずに件のウサギのみ。これでは救助とは名ばかりで、単に遭難者が一人増えただけではないか。幼いマリアベラにさえそう思われる程の無鉄砲さで駆けつけた兄に、呆れなかったと言えば嘘になる。
 事実、翌朝訪れた救助の者が助け出す遭難者は子ども二人だ。自分は遭難したのではないと主張しようとした兄は両親からの心配も叱咤も待たずに帰宅と同時に熱を出し寝込むことになるのはもう少し後の話だ。
 今、岩陰で肩を震わせる兄を見下ろして、マリアベラは無言で微笑む。思い返せば馬鹿な兄だ。だがしかし、その馬鹿さ加減にどれだけ救われたことだろう。決して頭が悪い類ではない。自分一人が駆けつけたところで役には立たないときっと知っていたであろうに、――嗚呼、そうだ。先の魂人の少女と同じ、居ても立っても居られなかったとでも言うのがきっと正しかろう。その心に素直に動いてくれた兄のことを正直、嫌いではない。だからこの時マリアベラは彼を守ると決めたのだ。たとえ現実に何も出来ずとも己を守ろうと動いてくれたこの存在を、その心意気に報いるべく、己こそが守って見せると心に決めた。
 月日が流れてゆく内にいつしか力や体力で兄がマリアベラを上回り、大人になった今は立場も変わろうと、彼女のやることは変わらない。
 「貴方に勝利を」。
 彼が王冠に手を伸ばすなら、他の誰の手をも掻い潜り、斬り落としてでも、その王冠をこの手に入れて彼へと献上してみせよう。彼が望むなら、その王冠にしがみつく有象無象の薔薇たちも雁首揃えて必ずや。
(だから――もう少しその雪山で待っていて)
 マリアベラは幼き日の兄の肩へと手を置いて、心の内にそっと告ぐ。
 雪景色が濁る様に、滲む様に色を取り戻し、目の前にあるのは元居たままの月下の庭園だ。迫る茨だ。それを拒むかの様に魔力で喚んだ炎が上がる。夜を照らして燃え盛る。
「行くわよ。急ぐのではなくて?」
 傍らで微睡む魂人の少女に声をかけ、マリアベラは夜の庭を往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『荊棘卿・ルキウス』

POW   :    俺は斃れる訳には行かない。
【敵意 】を向けた対象に、【己が戦場に立つ限り消えぬ無数の魔力の黒刃】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    失礼。足癖が悪くてな。
速度マッハ5.0以上の【金剛石をも砕く威力の蹴り技の連撃 】で攻撃する。軌跡にはしばらく【魔力の残滓が成した薔薇咲き乱れる黒茨】が残り、追撃や足場代わりに利用できる。
WIZ   :    ――心得ている。貴女を二度と泣かせまい。
自身と武装を【愛する黒薔薇からの加護 】で覆い、視聴嗅覚での感知を不可能にする。また、[愛する黒薔薇からの加護 ]に触れた敵からは【血と生命力】を奪う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ラファエラ・エヴァンジェリスタです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●黒き獣は月下に吼えて
 そう言えば、今宵の月は満月だ。
 広い円形の謁見の間は硝子の天井の彼方に、滴りそうに赫い月を戴く。
 儀式によるものなのだろう、壁や床は粘液に塗れて、その湿り気のある艶に赤い月光を照り返す。鮮血を撒き散らしたかの様な部屋の中央、その手足を黒き茨に戒められた花嫁姿の魂人たちを傍らに、玉座めいた椅子に深く俯き黒き鎧の騎士が座す。
 空気の張り詰める中で、ゆるりと上げたおもての紅玉の瞳が重たげに開かれて猟兵達の姿を収めた。
「……此処までご苦労。歓迎はしない」
 告げるのはよく冴え返るバリトンだ。牙を覗かせた口の端を吊り上げて、騎士は自信に満ちた笑みを模る。
「この女達を救うことがお前たちの使命だろうが――俺にも救わねばならない女がいる」
 己の主君を主君と呼びすらせぬのは不遜か、別な私情か。気怠い足取りの重ささえ威厳と余裕に挿げ替えて、黒の軍靴が床を踏む。
「真剣勝負で利き手を封じる非礼は先に詫びておく」
 強がりだ。封じるどころか右腕は崩れた様に肘先がない。左手で抜いた黒き剣が、鞘から零れ溢れる様な魔力の茨を刃に纏う。
「ハンデと言うには少々重いが」
 喉を鳴らして呵呵と笑って、手負いの獣は露ほどもその衰弱を表に見せぬ。
 捧げ持つ様に顔の前に掲げた黒剣の刃を猟兵達へと向けて下ろして、ピジョン・ブラッドの双眸に燃え滾る様な戦意が宿る。
「ミカエラが騎士ルキウス・ドゥラメンテ、推して参る」

【マスターより】
強大な闇の種族を撃破してください。
積極的に狙っては来ませんが、魂人を同行している方は重々ご注意くださいませ。
その他はOP及びOPマスターコメントの通りにて。
アウグスト・アルトナー
【夜灯】

愛する女性がいる、ですか
その点においては気が合うようにも思えますが
魂人たちはもう傷つけさせません

敵のことは感知不能になりますが
母さんのロザリオをあちこちに向けてみましょう
敵の方を向いたなら、炎が上がるはず
これが【神の奇跡】です

炎が上がって敵の位置が判明したら
花嫁たちの近くから敵が離れるよう、おびき寄せます
「騎士様、ぼくと勝負しましょうよ」
「愛するひとのために、どれだけ命を張れるかの勝負です」
「――あなたにぼくを殺せますか?」
言いつつ、敵と花嫁たちの間に割り込みます
アピィに花嫁の救出は任せます

敵が視認できるよう、焼却は継続

敵の加護に極力触れぬよう、オーラ防御
左手の剣での攻撃が来るなら、白銀の鎧で覆われた右腕で防ぎます

「兄さん、力を貸してください」
兄さんのナイフの封印を解き、刺突や切断で応戦

血を抜かれようと
生命力を奪われようと
斬られたとしても
アピィにも、花嫁たちにも指一本触れさせません
激痛耐性と意志の力で立ち続けます

アピィの回復を受けたら、「ありがとう」と礼を
肩を並べ、立ち向かいます


アパラ・ルッサタイン
【夜灯】
その一人の女性の涙を拭う為に
何人の女性を泣かせてきたんだい?
――とは、言わないさ
あたしの裡にも何を犠牲にしても構わんと思う心があるからね

ま、だから
存分に我を通し合うだけだ
あなたの目的か
我々の目的か
両立できやしないものね

グストが卿を抑えに行ってくれている間に
花嫁の救出に向かう
彼女たちは茨に戒められているようだし
灰桜で破魔纏う炎を喚び、茨だけを焼き祓えるかやってみよう
勿論、花嫁に傷はつけぬ様に

聞こえる戦いの音
君が護ってくれている
……先程とは逆の立場だな
内心焦りは募るがこういう時こそ無理は禁物だね
魂人たち、大丈夫かい?立てる?
憔悴している様子なら灰桜の癒しを
さ、此処にいちゃいけない
直ぐにお逃げ
移動できない程の傷を負っている者には手を貸し
戦闘に巻き込まれない程度に離れた所へつれていこう

花嫁達を茨から逃がしたら
グストにも全力の回復を
ふふ、どういたしまして
此処からはあたしも戦線に加わろう
あたしの唯一を傷つけた代金は高くつくよう?



●片割れは常に共に在りて
「愛する女性がいるのですね。その点においては気が合うようにも思えますが……」
「愛する女を戦地に連れ出す男とは気が合うようには思えないな」
 アウグスト・アルトナー(黒夜の白翼・f23918)の向けた言葉に、荊棘卿は興が覚めたと言わんばかりの流し目ばかりを向けて答える。
「その一人の女性の涙を拭う為に何人の女性を泣かせてきたんだい?」
 アウグストの愛する女性ことアパラ・ルッサタイン(水灯り・f13386)は彼の傍らより問うた。だがそれは答えを求めてのものならぬ。
「――とは、言わないさ。あたしの裡にも何を犠牲にしても構わんと思う心があるからね」
「そうであろうが女が戦地に立つものじゃない」
「戦地であろうと何処であろうと、片割れは常に共にあるべきものですから」
 アウグストの言葉に肩を竦めた荊棘卿は否定も肯定も返さぬままに剣を振るう。黒き刃が巻き起こした一陣の風は黒薔薇の香気と花弁を舞い散らせ、それをその身が纏う端から姿が溶ける様に消えてゆく。
 アウグストの黒玉髄がアパラの虹色と視線を交わす。此処に至るまでに何を打ち合わせた訳でなくとも、互いに心の通い合う二人の間にはその目配せだけで十分だ。
「騎士様、ぼくと勝負しましょうよ」
 傍らをそっと離れる片割れの気配を知りながら、アウグストは己に敵の注意を向けるべく落ち着いた声を柄になく張り上げる。白い指先に握りしめる金のロザリオは祈りの数を連ねる珠を揺らして煌めいた。その生前に神に祈りを捧げ続けて、信仰ゆえにか細い命を繋ぎ、信仰ゆえに死したる母の最期の祈りの名残の様に。
「端からそのつもりだとも」
 アウグストが祈る様に掲げたロザリオを向ける先、足下より神の奇跡が齎す灼熱の焔が上がるのは明らかに真直ぐに距離を詰めて来たとしか思われぬ程の至近で真正面。それを目にするとほぼ同時、アウグストが咄嗟に張り巡らせた魔力の護りが刃を弾く手応えと硬質な音がある。
「逃げも隠れも……は嘘だな、逃げはしないから安心しろ」
 間近で告ぐ声は己の所在を隠しもせずに、明らかに笑みを孕んでいた。
「であれば何故姿を隠されたのです」
「心配性の主君が居てな」
 問いへの答えは酷く簡潔だ。間近にて燃え盛る炎が揺らぐ。神罰にも等しき灼炎の中、平然と言葉が返る様を見れば解る。無傷とは言えぬまでもおそらく敵も魔力にてその身を護って居るのであろう。猟兵如きに出来ること等、闇の種族たる身に出来ぬ道理もないとでも言わんばかりに何処までも傲慢に、当然に。
 逃げる敵ではない以上、敵が不可視であることの厄介は所在が知れぬことなどでない。所在が判れどその予備動作も姿勢さえも見通せぬことの不利である。縦横無尽に振るわれる刃の来し方も次の挙動も解らぬままに迎え撃つことは儘ならず、無為に魔力の護りの範囲ばかりを広げればその防御は薄くなる。殺し損ねた斬撃がその身を、白き翼を切り裂く中で、然しアウグストに絶望はない。
「兄さん、力を貸してください」
 アウグストが手にするは、愛する兄が大切に携えていたナイフだ。常は錆び付いて鞘から離れもしない刃が、今、彼の祈りに応える様に澄み渡る程の煌めきを纏って抜き放たれる。
「女を守って戦地に立つのに他人頼みか」
 失笑混じりに剣戟と共に寄越された言葉は沸点の低い者になら苛立ちのひとつ齎していたであろうか。だが、アウグストにはそれはない。
「ヒトが一人で出来ることなどたかがしれていますよ」
「……あぁ、違いないな」
 その声がふと彼方を向いたのを気づかぬアウグストではない。目視は出来ぬその紅玉の視線は、きっと彼の片割れを向いている。咄嗟に振るったナイフを躱して横合いを駆け抜ける気配を受けてアウグストもまた駆け出していた。
 
 正義も悪も是非もない。結局これは何処までも意地の張り合いであり、互いの我の通し合いである。片割れの傍らを駆けだしたアパラはこの局面を至極冷静にそうと断じた。
 先刻啖呵を切った言葉と違わずに、アパラにも他の何を犠牲にしてでも護るべき愛する者がある。そしてかの騎士にもそれがあると言う。その上で、かの騎士の目的と、アパラ達の目的は何処まで行っても相容れず、不倶戴天を体現するかの如くにその両立を望むべくもない。であるならば、この場で互い果たし合い、最後に立って在る者が明日もまた目的を追い続ける為の権利を手に入れる、これはそれだけの至極単純な話に過ぎぬ。
 片割れに視線で託された己の使命をアパラは知っている。囚われた花嫁たちを解放しに行く役回りだ。彼女らの永劫回帰の力なくしては、如何に強大な闇の種族と言えど今も続く儀式が無限に齎す死を打ち消すことなどは出来まい。
 アパラが掲げたカンテラの灯りより招くのは濃紅の炎だ。花嫁たちを戒める黒き茨だけを狙い定めて燃え盛る炎は紅い月下の謁見の間をなお紅く照らし出す。抗う様に猛る茨が、だが、思ったよりも燃え広がらぬ。
 この上層に生きる以上、元来それなりの戦闘力を持つ魂人たちである。それが逃れも出来ずに捕われた茨は先の庭園で猟兵たちを迎えたものなどは比にもならぬと言うのだろうか。焦りを覚える最中にも背後の彼方にて刃を交える音がする。先の貴婦人たちとの戦いとは逆に、今はアパラこそ護られる立場である。こう言う時こそ無理は禁物だ、アパラは冷静に自分へと言って聞かせる。
 炎を重ねて焼き切った茨のひとつが、捕らえていた魂人の女の一人を手放した。
「大丈夫かい? 立てる?」
「ええ」
 多少の疲労は見られるものの、どうやら目立つ怪我はない。安堵したアパラは次の茨に濃紅の炎を放つ。
 やがて三人目を解放しようとする最中、宝石の肌で感じ取ったのは背後からの殺気である。
「花嫁の略奪とは随分野暮だな」
 刃が風を斬る音と、それを跳ね除ける金属音。振り向いたアパラを背中に庇う場所に片割れの姿があった。身を護る位置に掲げた白銀の鎧纏う右腕が何かに拮抗する様に微かに震える様は、その場に不可視の剣を受け止めていることを示している。
「愛する女性がいるんじゃないのかい?」
「悪いが生来欲張りな方でな」
 切れそうで切れぬ茨を辛くも焼き切り、三人めの魂人の女に自由を与えつアパラが投げた問いへの返しは何処までが本気か冗談かも伺えず、その間にも振るわれる刃をアウグストが防ぐ。
  残りはさておき、戒めが解かれた魂人たちなどは敵から見れば最早無用の存在であろう。怯えた様子で立ち竦む彼女らをこの場から一刻も早く離れさせねばならぬ。此度はもはやアウグストに視線で促されるまでもない。必ず守っていてくれる恋しき貴石を信じて背中を委ねてアパラはもう振り向かない。
「騎士様、ぼくとの勝負を受けると言いましたね」
「二言はないさ。後回しだが」
 アパラが女たちを連れて離れる時間を稼ぐべく、アウグストは今また声を張る。姿を見せぬままの荊棘卿の足元で、その行き足を妨げるべく神の奇跡の炎が勢いを増す。
「愛するひとのために、どれだけ命を張れるかの勝負です」
「命……?」
  聞き返した言葉の先に、短い沈黙があった後。
「ッはははははは!死んだこともない身でどの口が!」
 哄笑と共に爆ぜたのは黒き薔薇の加護。
 騎士が纏うた加護はアウグストが流した血潮の一滴も零さぬと言わんばかりに啜り上げ、その源たる生命力をも吸い上げる。それでも冴えを無くさぬ太刀筋で切り結びながら、アウグストは一歩も退かぬ。
「ーー貴方にぼくを殺せますか?」
 怯みもせずに告げた黒玉髄の瞳が、見えぬ筈の瞳を射抜く。
「殺してやるよ」
 微かな苛立ちを滲ませた大振りの一刀は、常なれば避けられたものやもしれぬ。それをアウグストがその身に受けた理由は、不可視であった、その一点。僅かには読み始めていた太刀筋を外れたものであったがゆえに。
「させないよ」
 刃がその身を貫く刹那、労る様にオラトリオの身を包むのはやわらかな薄紅の炎である。徐々になれども今の深手も、これまでの戦いの傷も必ず癒してくれるその力をアウグストは知っているし、信じてもいる。
「ちィ……ッ!」
 他方、荊棘卿を襲うのは苛烈に燃え盛る紅蓮の炎だ。舌打ち混じりに距離を置こうとしたその気配に、アウグストはそれを許さない。己を貫いたことで所在の知れた彼の剣を銀の鎧を纏う右手で握り込んで離さない。
「その勝負、あたしも参戦させて貰う」
 女たちを遠ざけてから今この場へと戻ったアパラが、ランプを掲げて凛とした声で告げた。 
「あたしの唯一を傷つけた代金は高くつくよう?」
「片割れは常に共にあるものだと言ったでしょう?」
 炎の向こう、からからと声を上げて荊棘卿が笑う。
「見誤ったな。ーー羨ましいよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ

真の姿解放
全力でいかないと死にそう…

うわ、肌がピリピリする
ひと目で強いのがわかるよ
手負いなのにこんなにも怖い
魂人連れてこなくてよかった
私には護りながら戦える自信がないから

女主人は上層にいないって教えてあげたい気持ちもあるけど
彼女と戦ったことあるのは知られない方が良い気がする
愛する人の為に命を懸ける人だから傷付けたって知られるの怖いから
推測されそうな事は言えない

UC2回攻撃
魔法陣出現直後早業でオーラ防御展開+メボンゴ武器受け
メボンゴから衝撃波を出しつつ後ろに跳んで蹴りの威力緩和を図る
受けるより見切って回避したいけど全ては避けきれなそう

ナイフ投げて距離を取り

荊棘卿、貴方は本当は魂人の女性達を犠牲にしたくないんじゃない?
他人を犠牲にしてでも強くなるのは愛する人を今度こそ護るため?

会話の間に呼吸整え
またUC2回攻撃
次は炎属性付与
一辺倒じゃ卿に飽きられちゃうからね
なんて軽口で余裕のふり
実際はいっぱいいっぱい
十全の状態ならもう殺されてたかも
『気持ちで負けちゃダメ!』
そうだね、メボンゴ
まだ頑張れる!



●夜は明けず、舞踏は終わらず
 ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)が覚えたのは本能が告げる恐怖だ。
 その男の射る様な視線と殺気に肌が粟立つ心地がした。油断をすれば命さえ無いと危ぶみ、即座に真の姿を解放することに何の躊躇いもありはせぬ。
「おや」
 ジュジュが見目にはさして姿を変えねども、オブリビオンたるその身にはきっと本能で解るのだろう。纏う空気の揺らぎや移ろいを察したものらしい。
「正装での列席、感謝する」
 瞳と同じ春の翠に白を重ねたワンピース、正装に相応しい小粋な白のファシネーターを目にした荊棘卿は揶揄混じりにそう述べた。だが揶揄にでもブライズメイドだなどとは呼べまい、その白も清楚な華やぎも花嫁達が霞んでしまう。
「どういたしまして」
 羽化の儀式は未だ終わらず、この今も尚続く。その顔の右側に罅が走り、囚われた魂人の誰かの永劫回帰の光が満ちてそれを修復するまでの一連の間も荊棘卿は余裕の顔を崩さない。
 グリモア猟兵によるならば既に弱っている筈だ。加えて、ここに至るまでに猟兵達が与えた傷とて決して手温いものとは思われぬ。この局面にありながら、その余裕がたとえ虚勢であれ、否、そうであればこそ恐ろしい。
 一目で解る。強いのだろう。
 魂人を伴わなかった己の判断は正解だったとジュジュは内心にて思う。この敵を前に彼女らを護って戦う自信などない。
「主君を探してるんだね」
 重圧に耐えかねたかの様に口走ってしまってから、ジュジュは口を噤む。
「世話の焼ける女でな」
 彼の探す女主人はこのダークセイヴァーの上層には居ないとジュジュは知っている。彼女は下層を彷徨って居る。教えてやりたい気もすれど、口にするのは憚られた。
 強大な領主として安穏とこの地に君臨し続けることも出来たであろうに、愛する女の為に命を懸ける様な男だ。如何に骸の海に沈んだ過去のひとつに過ぎぬとは言え、その女にジュジュがかつて刃を向けたことなどはおそらく知られぬ方が良いだろう。強いて告げて煽って見せたところで、仮に激昂させたとしてもそれが隙を呼ぶ様な手合いには思われず、冷徹な殺意ばかりを高める様が目に浮かぶのだ。その直感からジュジュは黙することを選んだ。
「『踊って!』」
 強いて出し抜けに口にしたその詠唱と共に宙に展開されるのは流線が描き出す光の魔法陣。呼び覚ますのは風の刃だ。同時、身を守る為に魔力の防壁を張り巡らせるのも忘れない。
「光栄だな」
 かつて主君がすげなく断ったダンスの誘いを、騎士はと言えば快諾だ。
 無数に襲いかかる風刃を剣で、魔力で受け流しながら、言葉に過たず、身を翻して躱す様はさながらタンブルターン。数の多さに防ぐも躱すもし損ねた僅かな刃がその身に傷を刻めど、そのステップを妨げるには至らない。
「無論ご一緒頂けるんだろう、レディ?」
 ホールドを組める程の至近、右腕があればエスコートでも寄越さんばかりの誘いの言葉は笑み混じり。
 見目ばかりはロンデ・ウイングの優雅さで黒いブーツの爪先が床に近く弧を描いたを皮切りに、次いで腹に、顔の高さに、怒涛の様な蹴撃の残りはもはや目で追えぬ。無数の軌跡を黒き茨が彩り、真黒き薔薇が狂い咲く。
 ジュジュが見切り躱すことが出来たのは戯れの様に舞踏がかった初撃のみ。先刻、魔法陣の展開と同時に魔力の障壁を張り巡らせたのは正解だ。次撃以降の連撃を魔力の護りを越して受けた左腕の、肩の、骨が軋むのを自覚する。
 これ以上は持たぬと踏んで、上手く動かぬ左腕に絡める様にメボンゴを抱きしめながら、ジュジュは右手でばら撒く様にナイフを投げた。大きく後ろへと跳んで間合いを取り直す。
「失礼、お気に召さなかったか」
「荊棘卿、貴方は本当は魂人の女性達を犠牲にしたくないんじゃない?」
 ジュジュが問い掛けるのは時間を稼ぐ為に他ならぬ。この敵は答えを返して来ると踏んで居た。
「そう信じたい口振りだな」
 その意図を読み切るかの様に、涼しい返答が剣戟と共にあることも、何処か予感をしていた様な気がする。
「他人を犠牲にしてでも強くなるのは愛する人を今度こそ護るため?」
「どうかな」
 息を整える間もくれぬ。その細腕でまともに受けては力で勝てる筈もない剣を、右手のナイフでいなす様に受け流す。敢えて長剣を振り抜き難い近い間合いへとジュジュが飛び込めば、失策だ。拍車を履いた軍靴の踵が横腹に叩き込まれる。
「……ッ!」
「護りたいとも。だがそれが叶わぬ時には次こそ殺してやる為さ」
 一人では生きられぬ主君を遺して死なざるを得なかった身の無念は果たして如何なるものか。死後も明けぬ夜を彷徨いて、ひとり探し続けた刻の長さと執念は此処に来る前に見たあの庭の荒廃が物語る。
 だがここで退く訳にも行かぬのだ。喉の奥に迫り上がる鉄錆の味を飲み下し、ジュジュが今また呼ぶ風の刃は此度は炎を連れて来た。
 黒き茨が、魔力の壁が風の流れを邪魔だてすれど、圧倒的な数の風刃は火柱の様に炎を巻き上げる。それに乗じてジュジュは再び間合いを稼ぐ。
「一辺倒じゃ卿に飽きられちゃうからね」
 焼け焦げた傷口からすら血が止まらぬのは風刃の異能によるものだ。魔力では相殺し切れぬ炎に巻かれ、血を流しながらも荊棘卿は笑う。
「飽きるほどにはお前のことを知らないな」
 軽口に返すのはやはり此方も軽口だ。
「教えてくれよ」
 だが、反撃は軽くない。先の蹴撃の軌跡が成した無数の茨と、俄かに魔力が成す黒刃と、その手に振るう剣と、ジュジュが魔力の障壁のみで防ぐには余りにも荷が重い。剣ひとつを受け止めて、茨に、刃に身を刻まれながらジュジュは悲鳴を噛み殺して敵を見た。
 炎を纏いて舞い散る薔薇の花弁の向こう、牙を覗かせた口元に不敵な笑みを湛えながら、ピジョン・ブラッドの瞳はもう笑わない。獲物を仕留めにかかる獣の目だ、と察したジュジュの華奢な身が竦む。
 敵が十全な状況ならば既に殺されて居たやも知れぬ。だが、どうだろう。手負いの今であれ、それは所詮は早いか遅いかの違いだけではなかったか。黒き剣を受け止めていた魔力の障壁が煌めく様に罅割れる。
『気持ちで負けちゃダメ!』
 ジュジュの左腕の中でメボンゴが叫ぶ。障壁が砕け散り、荊棘卿が踏み込むと同時、メボンゴの手から衝撃波が迸る。不意に正面からそれを受け、壁際までも派手に吹き飛ばされながらも着地では受身を取って、騎士は決して膝を屈さぬ。
「なるほど、随分なじゃじゃ馬だ」
 顔を背けて血の混じる唾を吐き捨てて、荊棘卿は口の端を歪める。
 メボンゴの言葉通りだ。鋭さを増した眼光を今は真直ぐに睨み返して、ジュジュはもう怯えない。

成功 🔵​🔵​🔴​

マリアベラ・ロゼグイーダ
あらミカエラ…何かの縁なのかしら
とにかく、これ以上強くなってもらうのも困るから相応にお相手させてもらうわ

連れてきた魂人にはこちらの事は気にせず姉と何人か連れて逃げるように指示しておく
どんな結末だろうと受け入れる覚悟があったのでしょう。必ず連れて帰りなさい

私足癖が悪いから定型の踊りは下手なのだけど…あなたが合わせてくださる?

放たれる蹴りは見切りと第六感を駆使、黒茨はユーベルコードで切り刻みながら荊棘卿の右腕側に周り込み右足を中心に攻撃を加えていくわ。こうすれば右側が明らか弱点になって他の猟兵の攻撃も通りやすくなるんじゃないかしら

ペースが乱れていてよ?それでかのお相手は満足なさるのかしらね



●月下の獣と二輪の薔薇と
「あら、ミカエラ……何かの縁なのかしら」
 マリアベラ・ロゼグイーダ(薔薇兎・f19500)が口を開いた瞬間に、返るのは言葉などでない。咄嗟に躱して正解の、優雅さなどはかなぐり捨てて脳天を狙うハイキックだ。
 マリアベラが躱した代わりに派手に穿たれたのはこの謁見の間の重厚な石壁である。濛々と立ち込めた土埃の収まる頃には壁に空く穴の向こうに静謐な夜の庭が望める。
「ちょっと、此処って貴方の家じゃないの?」
「そうだよ。であれば害獣駆除は当然だろう?」
 下ろした黒の軍靴の爪先で軽く床を叩いて、表情ばかりは余裕綽綽のくせをして荊棘卿は滾る殺意を隠しもしない。白い傘を構えつつやや引き気味のマリアベラをピジョン・ブラッドの瞳が射抜く。
「一応訊こうか。何故お前がミカエラのことを知っている?」
 問い掛けながら敵意十全のこの男は何かの答えなど果たして求めていたであろうか。
 知っているのだ。猟兵たる存在が己の主君を知っていて、命を永らえて此処に居る。その事実が示すもの等ひとつであることを、主君と違って暗愚ではないこの騎士はきっと即座に理解している。
 そうと解したマリアベラの、コーラルピンクのグロスで彩る花唇が、却って挑発的に弧を描く。
「知っていて訊いているのなら答えてあげるのも悪趣味ね」
「解った、殺す」
 言葉を返しつ、振り下ろされた剣を白い傘で受けながら、マリアベラの視線の先には荊棘卿の肩の向こう、己が連れて来た魂人の娘が同じ年頃の一人へと駆け寄り抱擁を交わす様がある。魂人の身では断つことが能わず、故に囚われていた茨だが、先に訪れた猟兵の誰かが既に断ち切っていたものらしい。涙ながらに双子の姉妹と抱き合う娘は見目には傷はないものの、その内面は如何なるものか。
 だが、如何なる結末になろうとも受け入れる覚悟でその双子の片割れはこの場を訪れた。であれば、必ずやマリアベラの指示の通り彼女を無事に連れ出してくれることだろう。
「儀式の邪魔までしてくれるとはとんだ害獣だ」
「あら、気付いてたの。とにかくこれ以上強くなってもらうのは困るのよ」
 一度距離を稼ぐ様に飛び退りつ、白い右手に携えた傘のかたちが溶ける様に消え、そこに残るのは白銀の剣だ。人によっては聖剣とも呼びたくもなろう、溢れんばかりの魔力を煌めきとして纏う剣を携えて白き兎の後肢は、今、軽快に床を蹴る。
「私足癖が悪いから定型の踊りは下手なのだけど……あなたが合わせてくださる?」
「お断りだ」
 間合いに至るは一瞬で、其処は相手の間合いでもある。初撃、深紅の薔薇を撒き散らし振るうマリアベラの刃を蹴り上げながら、荊棘卿の返事はつれない。
「淑女としか踊らない主義でな」
「まぁ、見る目のないお方」
 今相見えるは一国の王家の縁者であると言うのに、獣はお断りだと言わんばかりに己のことは棚に上げた黒き獣が迎え撃つ次撃、白銀と黒刃が火花を散らす。刃を返しての三撃目、右の頬から肩へと斜めの斬撃を受けると引き換えに荊棘卿がマリアベラの脚を払う。体勢を崩し、立て直しながらのマリアベラの四撃目は、低い位置にて襲い来た右の軍靴を裂いた。
「どうした、終わりか?」
 怯みもせずに、牙を見せて荊棘卿が嗤う。護りを排しての反撃は息つく間もない続けざまの蹴撃だ。その軌跡の先を見切ったところで如何せん。ユーベルコードの異能も用いず音速の五倍を超える爪先を躱すには猟兵の身とて読んで字の如く骨も折れよう。
 故に彼が腕を失くした右側へと回り込んだマリアベラは半ば防御の願いも込めてその蹴撃に合わせる様に刃を向ける。その速さならば敵も躱せまい。肉を斬らせて骨を断つ、等と易く行く筈もない。肉を斬られて骨をも砕かれながらも、この場に立ちて刃を向けて抗い続けることこそが後続に道を開くと信じ、負けず嫌いの薔薇の兎は襲う痛みへの呻きも殺して決して退かぬ。
 やがて軌跡を彩る無数の黒き茨が、舞い散る黒薔薇が二人分の血に濡れている。
「ペースが乱れていてよ? それでかのお相手は満足なさるのかしら?」
「下手な相手に合わせれば乱れもするさーー俺の主君は心配無用だ」
 今や剣を持つことさえも耐え難い程に痛む右手で尚白銀の刃を向けながら、マリアベラは痛みを露ほども見せず涼しい顔で問い掛ける。踊らぬだ等と言いながらバックコルテに似たステップで距離を取り、半身と黒き剣を向け返す荊棘卿とて、その右脚で一歩毎に血溜まりを敷いているくせに返すは変わらぬ余裕と軽口だ。
 だがその瞳に明らかに当初より苛烈に燃える殺意がある。
「その口で二度とミカエラのことを話すな」

成功 🔵​🔵​🔴​

月白・雪音
…貴方の云う「救わねばならない女」。察するに、余りに無駄とも言える工程を伴った儀式の理由はそこに在ると見えますね。
その為に如何な犠牲も厭わぬと、そう決めるに足るものであったのでしょう。
否定する事は致しません。

されど、それを許容するかと問えば否。今を生きる命を、過ぎた過去が為に散らすとあらば。

──我が武を以て、貴方を討たせて頂きます。


UC発動、怪力、グラップル、での無手格闘にて戦闘展開
野生の勘、見切りにて相手の攻撃や黒茨の軌道を感知し残像にて回避或いはカウンター
魂人の救出を優先して動き、残像の速度にて迅速に、必要であれば庇う
相手の死に永劫回帰を使わせない事を念頭に
連れた魂人も守りつつ、親友は確実に救出を


…貴女の友は、まだ存命ですか?

私に対して貴女の力を使用することは決して無きように。
されど仮に私が守り切れず彼女が命の危機に瀕する時は、その時は貴女が『永劫回帰』を行使する事を止めはしません。

例え貴方の中での過去が変わったとて、「そうでは無い」事を知る親友たる彼女なればその救いとなりましょう?



●二匹の獣
 高く戴く硝子の天井より紅の月光が注ぐ下、白と黒の二匹の獣は対峙した。
月白・雪音(月輪氷華・f29413)は表情ひとつ変えぬまま、黒き獣を見据えて告げる。
「……貴方の云う「救わねばならない女」。察するに、余りに無駄とも言える工程を伴った儀式の理由はそこに在ると見えますね」
 雪音の目から見るならば、この儀式そのものが余りにも無駄である。罪なき魂人たちを永劫の贄として捧がんとすることは無論、その完成までに無数に繰り返される永劫回帰も、無為に増やされるトラウマも。この闇の種族にしてみても、斯様な儀式などに手を出さずこの地に君臨して居れば、その衰弱をグリモア猟兵に予知されて斯様な苦戦を強いられることも無かっただろうに、その何もかも、全てが無駄で不毛であった。
「あぁ。その|主君 《おんな》を待たせているんだ。悪いがお引き取り願えないか?」
 対するもう一匹の黒き獣、荊棘卿が朗々と話す間にも儀式の力かその身に割れる様な罅が走って、誰かの永劫回帰がそれを打ち消す。だが消し去るのはこの直前の死の事実のみ。纏う黒衣ゆえ見目には解らぬ血も返り血も、雪音の獣の嗅覚には判る。隠し立てれど既に相当な手負いであろう。
 本当のところの理由は窺い知れずとも、どうやらこの男も力を希求したらしい。その為になりふり構わず、自他をも含めて如何な犠牲も厭わぬと、その動機はそう心に決めるに足るものであったのだろう。
 雪音にとって力とは、武とは、己と戦った鍛錬の末に成るものだ。決して力なき者たちを踏み台にして掴み取る類のものならぬ。だが、「力」のその在り様がヒトの数だけ無数に存在することもまた知っている。ゆえに手段を選ばずこの方法を選んだこの男を否定してやることも無い。
 されど、それを許容するかと問えば明確に否である。
 雪音の後ろ、もうずっと前から膝を震わせながらもこの地を踏んだ魂人の女が在る。こうして今を生きる命を、それが愛する者たちを、過ぎたる過去が散らすこと等決して許されぬ。
「……貴女の友は、まだ存命ですか?」
 囁く様な雪音の問いに、背中にて頷き返す気配がある。彼方にて身を寄せ合った魂人の花嫁たちは纏うドレスも純白のまま、その身体には目立った傷は無いらしい。
「私に対して永劫回帰は不要です。――ですが、私が彼女を護り切れなかった時は……わかりますね」
 返事など求めない。覚悟を持ってこの場に立つ身であるならばそうしてくれると信じている。
「勘弁してくれ。やりづらい」
「──我が武を以て、貴方を討たせて頂きます」
 何処まで本気か冗談かも判らない軽口も余裕の笑みも、刹那に間合いに踏み込む白き獣の振りぬいた拳を紙一重で躱して尚も崩れない。
「どうにも猟兵の女と言うのは狂暴すぎる」
 返すのは先と変わらぬ調子の軽口と、それが似つかわしくない程に、音も遥かに追いつかぬ速さで見舞った蹴撃である。雪音が超人めいた野生の勘で見定めて躱した軍靴の踵にカウンターを返そうとすれば、それは憎らしいまでのフェイントだ。中空で半端に止めた爪先が鮮やかに翻り、肋骨の二、三本は折らんばかりの強烈な蹴りを返して寄越す。
 勢い付いたかの様に、畳み掛ける様な足技の連撃に、雪音は今度は応えない。躱す素振りも見せぬまま胴を、頭を穿たれて、だが其処に在るのは残像だ。実体は魂人の女たちの方へと駆けて、か弱い見目から思いも寄らぬその怪力に任せるがまま、黒き茨を引き千切る。己が連れて来た魂人の女の瞳が誰を見ていたか、雪音はよくよく知っている。ヒトとして雪音が練り上げた武の恩寵は過たず彼女に自由を授けて見せた。
「逃げてください!」
「結婚式の妨害は流石に不作法が過ぎないか?」
 追い掛け、追いついて来た回し蹴りを身を屈めて躱しつ、振り向いた視線の先で揺らいだ銀の長髪を雪音は獣の本能で咄嗟に掴む。敵もさるもの、雪音がその手を引く前に自ずから剣でその髪を半ばで断っていた。
「願掛けして居たんだがな」
 銀糸の髪が広がり落ちる。舌打ち混じりの言葉を他所に、小柄な女の脳天を容赦なく狙って落とした踵があった。それを雪音が避けたことはさておき、そのまま両手で掴んで持ち上げよう等と、黒き獣は予想だにせぬ。
 その視界が揺れて翻るのが、体格で頭ふたつも劣ろう女に己の片脚で持ち上げられてのことだなどとは、よもや夢にも思おうか。
「ッぐ……!」
 投げつける様に背中から石壁に叩きつけられながら、笑みの消えた荊棘卿の唇はそれでも辛くも苦悶の声は堰く。放射状に壁が罅割れる程の衝撃は堅牢な筈の謁見の間を揺らし、脆い硝子の天井を叩き割る。月光に紅く照らされながら降り注ぐ無数の破片を目にした魂人の花嫁たちが悲鳴を上げた。
 残像を残しながら駆け、跳び上がる雪音の拳が、爪先が、落ちる硝子を粉と砕いて回る。その傍らで、遅れて参じた黒き剣が残りを刻む。
「人の花嫁を危険に晒すのは止めて欲しいな」
 一体どの口が言うのであろう、贄は死なせぬと言うことか。煌めきながら舞い落ちる硝子の中で、互い紅玉の双眸が互いを映すは一刹那、次の瞬間には足場も何も無いままに拳と蹴撃の応酬だ。
「花嫁ならば幸せになるべきものでしょう?」
 終わりも知れぬ責め苦へと突き落とされる贄の名にそれは余りにも相応しくない。相変わらずの無表情にて、静かな声に抗議を込めて告げた雪音の言葉に荊棘卿は笑った。
「俺も昔はそう思ったよ」
 眉を下げながら牙を覗かせた口元を歪めるばかりの曖昧な笑みは、不思議なまでにヒト臭い。
「なぁ、この話は止めないか?」
 互いの血飛沫を浴びながら、次の刹那には名残さえなく、強気を装う獣の笑みばかりがそこにあれども。

 やがて広間に満ちた静寂に今はもう死闘の名残さえもない。床に散らばる硝子と血潮の跡ばかりが無言で先の攻防を告げている。
 何処か虚ろな表情で石床に膝をつく女の肩へと泣き縋るのは雪音がこの場へと連れて来た魂人だ。
「どうか、今と未来を生きてください」
 二人の肩へと手を添えながら、雪音は変わらぬ無表情の下、紅い瞳を僅かに揺らす。それでも可憐な唇は確りとその心根を紡ぐのだ。
「例え貴方の中での過去が変わったとて、「そうでは無い」事を知る親友たる彼女なればその救いとなりましょう?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


この儀式を食い止める
捕らわれた魂人を救い出すためもあるが
彼は己の本当の心を封じ込めているように見えた故

連れる魂人に堅牢なオーラ防御を敷き
傷一つ付けさせない
そして捕らわれた魂人達の思い出を、これ以上恐ろしいものに変えさせたりしない
黒き茨を斬ると同時に彼と対峙する
「お初にお目にかかる、ルキウス殿」
敬意と礼儀を以て真っ直ぐに
彼の言う『非礼』を、俺は非礼だ等と思わない
彼が愛する人の為に戦った証だ
「私は丸越梓。貴方の愛する人のもとへ送る為、引導を渡しに来た」
魔王ではなく
唯一人の騎士として相対する
真っ向からの真剣勝負

彼らはもう、手を取り合ったっていいだろう
「貴方はこんな所にいるべきではない」
俺はどれだけ傷付こうが構わない
刃を交えながら必死に彼の心に呼びかける
振るう君影
一度で駄目なら何度でも
彼が、彼女の元へいけるかまで
「貴方達は、共に在るべきだ」
断ち斬るはオブリビオンたらしめるその縁
そして彼らを断つその運命を

絶対にしくじらない
しくじってなるものか

黒なれど
その奥で光の加減で彩変える虹彩が
唯、貴方を映す



●騎士は矜持を貫きて
 この儀式を食い止める。
 丸越・梓(零の魔王・f31127)が確たる決意の下に振るった刃を阻んだのは黒き刃だ。力任せに跳ね除けて火花を散らした刃を越して、ブラック・ダイヤとピジョン・ブラッドの瞳は視線を交わす。
「お初にお目にかかる、ルキウス殿」
 片や、無傷のその身に黒き外套を纏いて無表情に傲然と顔を上げこの場へと立つ黒き魔王。片や、満身創痍の身の肩より焼け焦げた黒きマントを靡かせながら低い重心で余裕の笑みを崩さぬ黒き獣。その実、そのいずれもが騎士であると言う共通項はおよそ傍目には知れずとも、口に上らせることなどなくとも当人らだけには解るのだ。
「私は丸越梓。貴方を愛する人のもとへ送る為、引導を渡しに来た」
「ご苦労。しかし彼女の居ない冥土に行く気はないな」
 故に彼女を今度こそ殺してやらねばならぬ。笑う唇の裏に留めた言葉を梓は聴いた様な気がした。
 開戦の前に非礼を詫びた言葉通りにその利き腕はもはや無い。そも、梓はそれを非礼だとさえ思わない。この男が、愛する者の為に戦った証に他ならぬと映るのだ。傷ついた左腕で黒き剣を携えて尚も強気を崩さぬ男の貌に梓が見るのは彼が表に見せしめる余裕とは別の何かだ。
 同行を願い出られて梓がこの場へと連れて来た魂人の女には魔力の加護を施して、刃の届かぬ場所へ逃した。しかしそれとて、悪意を持って臨むなら加害の隙はあったであろう。剰え、この今この場に残る囚われの魂人たちを人質に取ることとて出来る筈である。儀式は確かに外法だが、手段を選ばぬようで居てそれらのどちらをも為さぬ男の心の裡を梓は推し量らんと試みた。
 結局のところ、何処まで行っても騎士なのだ。
あの日梓が己の主君に希われて応えた様に、この男にもまた剣を捧げた主君がある。己の命に代えても護るべき存在の為、己以外の命まで擲とうとした、それは騎士としてはある意味で正しい姿であるやも知れぬ。――梓自身は決して為さぬことであれ。
「俺は斃れる訳にはいかないんだよ」
 この身は黒薔薇を護る荊でなければならぬ。その厳然たる自負の下に荊棘卿の異名を背負う男は、今、虚空へと刃を振るう。刃にて巻き起こされた風は黒薔薇の花弁を乗せて、眩暈のする程に濃い薔薇の香を連れて来た。
 どの魂人の女のものでもない。荊棘卿の後ろより、己を見つめる濃い紫の双眸を、幻の裡に梓は見た。
――わたくしの騎士に触れないで。
 いつか見た瞳だ。聴いた声だ。あの夜に梓に剣を抜けと命じた声だ。あの時猟兵たちの手によりひとたび骸の海に沈めど、未だ明けぬ夜を彼女も彷徨い歩いているのだろう。その愛執を示すが如く、その加護を受けた荊棘卿が姿を虚空へ溶けさせる。
「余所見とは余裕だな」
 視認の出来ぬ斬撃と共に発された声の出元はいきなり耳元だ。次撃の刺突を、次いでそのまま薙ぐ様に腹を切り裂く切っ先を、この今、刃を収め直した梓は強いて避けも防ぎもしない。
「何だ、死ぬ気か?」
 不快げに発せられた声と共に振り下ろされる刃へと、漸く梓は後ろへ飛び退いて反応を返す。この身がどれだけ傷つこうとも構いはしない。無念の内に死したこの相手こそ、こんなもの等はおよそ比べものにもならぬ傷をかつてその身に受けたのだろう。それに寄り添う姿勢を示す術として、或いは猛る相手を諫める術として、梓自身がそんな打算は露ほど持ちはせずとも、事実、それは最適解やもしれぬ。
「それでハンデのつもりか、猟兵。剣を抜け」
「違うさ」
 黒い瞳が視認は出来ぬが其処に居る筈の相手を見据えた。色など持たぬ黒なれど、その奥で、光の加減で彩りを変える虹彩が己の主君と同じものであることを梓はこれまでも、きっとこの先も知ることはない。
「貴方はこんなところに居るべきではない」
「居たくなどないし、なかったさ」
 笑いながらも苛立ちを隠し切れぬ声と同時、梓の肌を撫で上げるのは黒薔薇の香気だ。敵の術中と知りながら、流す血を、命を啜り上げられようとも、梓は決して膝を折らぬ。その間にも降り注ぐかの様な剣戟に、梓はその身を刻まれながら反撃の素振りを露ほども見せぬ。
「お前も騎士だろう? 剣を抜け!」
 その姿を見せぬまま、焦れた様に吼える声がある。騎士の矜持は無抵抗の存在を蹂躙するばかりの試合をどうやら良しとはせぬらしい。奇しくも彼の主君と同様に。
 だが、居合術などと言う東洋の武術を西洋のこの騎士は果たして知っていたであろうか。無抵抗に見えた梓のその様が、常軌を逸した忍耐で機を伺うものであっただ等と、果たして思い及びもしたであろうか。
 視認も出来ぬ。音も無い。だが、その右脚に先の猟兵との戦いで右脚に深手を負うがゆえ、その左腕の剣戟には何処か庇う様な癖がある。防ぎさえもせず無防備にその身に刃を受け続ければこそ、その間合いも太刀筋も、今の梓には目に見えずともよく解る。
「――あぁ」
 決してしくじることは許されぬ。次の機会などありはせぬ。その覚悟の下に万全の機を見定めて鞘を払った日本刀の刃が閃いて、一刀の下に、その身の纏う黒薔薇の加護ごと全てを切り伏せよう等と、
「貴方達は、共に在るべきだ」
「なん、だ……と……ッ!?」
 もはや慢心などはなかろうと、思いも寄らなかったのだろう。故に梓の刃はその身に通る。
 血は流れない。痛みもない。梓の異能が断ち切ったのは荊棘卿のその身ならず、その存在をオブリビオンたらしめる根源だ。
「……優しいなぁ」
 黒薔薇の加護を払われて今その姿を現しながら、俄かに輪郭を滲ませた己の左手を見下ろして荊棘卿は呟いた。
「だが、お前……いや、貴殿も騎士なら、俺が此処に居る訳は解るだろう」
 己の慢心を恨めども、この世を憎んでなどおらず、この世そのものに未練もありはせぬ。騎士たる梓にも痛い程によく解るのだ。左様な存在を骸の海よりこの憂き世へと引き上げて縛り付ける動機が唯ひとつあるとするならば。
「主君の為だよ」
 それを消される訳には行かぬ。
 梓の目の前、隻腕より無造作に投げ出された黒き剣が硬い音を立てて床を打つ。それに呼応する様にして魂人の女たちを捕える黒き茨が掻き消えた。それさえその実、オブリビオンとしての根源を断たれたが故の行動やもしれぬ。だが明確な事実として、これ以降、永劫回帰の恩恵はない。
「貴殿の慈悲に感謝する」
 荊棘卿が笑って告げた刹那、全てを察した梓はとうに地面を蹴っている。
「だが、すまない。俺は俺の|主君《おんな》の――ミカエラの騎士のまま死を選ぶ」
「やめろ!」
 剣を捨てた手が取るはその腰に提げていた小ぶりなマスケット銃である。この戦いの間に一度たりとも手にしなかったその銃口を己のこめかみへと向けて、伸ばした梓の指先の僅かに届かぬその先で荊棘卿は呵々と笑った。
「俺が勝手にすることだ」
 猟兵如きに殺されてなどやるものか。――しかし、即ちその手は汚すまい。
 笑いもしないピジョン・ブラッドの瞳は梓を映していた。
「次は絶対に――」
 その先は銃声と誰とも知れぬ女の悲鳴に掻き消えながら、牙を覗かせてその端を吊り上げた口元ばかりは最期まで笑い続けた。血と脳漿を撒き散らし、己の作った血溜まりにうつ伏せに倒れ伏すその刹那まで。
 割れた硝子が頂く彼方の夜空より紅い月の照らす下、この一幕の最後まで立ち続けたのはもう片方の黒き『騎士』である。

 斯くして黒き獣は月下に吼えて、地に沈む。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年07月25日
宿敵 『荊棘卿・ルキウス』 を撃破!


挿絵イラスト