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【旅団】Remnant

#UDCアース #宿縁邂逅


【これは旅団シナリオです。旅団「Lethe/Mnemosyne」の団員だけが採用されます】

●とある廃村の過去話
 富める者は分け隔てなく村に分配する、なのでこの村にはひもじい者はいない。
 施しを受けた者は、惜しみない労働力を提供し農地はどんどん広がった。
 村の者が困っていたら全員で考え手を尽くす、決して見捨てない。

 これらは都会、いいや、他の土地にはない“奇麗事”
 この“奇麗事”を、村人達は粛々と子々孫々に受け継ぎ暮らしてきた。
 なぜこうも“奇麗事”を続けて来られたのかというと、この村は土地神様に守られていたからだ。
 謂われは長くなるので省くが……ここの土地神様は『悪い気持ちや考え』を受容し浄化する。
 村人とて人間だ。
 この村を出たいとか、あいつが好きな女とねんごろになったなど、表沙汰に出来ぬ感情を抱く。
 そんな時、社でご神体に向け全てを吐き出す。するとケロリと“よからぬ感情”が消えるという寸法だ。
 ――少なくとも五十年程前までは、村人は土地神様の力を信じていたしこの村には善人しかいなかった。
 善人しかいなかったは語弊があるか。
 この村は、心の在り方を歪めてまで善良でいたがる集団だった。

 長期間に渡り村人が吐き出した“負”は、ヘドロのように折り重なり、実効力のある“邪神”を形成するに至る。

 邪神が顕現したのは、五十年前のある日のことだ。
 村から出たいと反抗する娘への嘆きを土地神様へ吐き出した両親は、土下座し許しを請う娘が異界の焔で焼かれ死ぬのを見せつけられた。
“土地神様が荒ぶられた”
 己で負の感情を処理出来ぬ大人どもは処罰の神をますます崇めた。なにより異を唱える者は悉く天罰で命を落す。
 斯くして、村はあっさりと邪神の支配下に置かれてしまう。

◇◇
 ――それから更に時が経ち、今から大凡十年前後の昔。
 もはや助け合いの“奇麗事”は形骸化し、如何に邪神の機嫌を損ねず生き延びるかしかない、相互監視の村と成り果てていた。
 邪神はたまに生け贄を出せと請うてくる。
 その際、如何に己や身内、特に我が子を差し出さぬようにするかと、皆が皆、鬼外道となり果てる。他者を犠牲にするそこに両親の呵責はない。
 今回生け贄の白羽の矢が立ったのは、生まれつき手に不気味な十字架を持つ蜜流という子供であった。
“ああ、これで、村は暫くは土地神様のお怒りに触れずに済む”
 大人達はそう胸を撫で下ろした。
 それは、漁火和彦という男も同じである。
「ただいま」
 出迎えた妻を抱きしめいつものように後ろ髪を撫でる。
 居間に移り結びをほどいて吸い付くような髪を梳かす。不安がる妻を慰めるていで、その実、精神の均衡を求め縋っているのは和彦の方。
「パパ、おかえりなさい」
 猫のように軽い足音をたて、おかっぱ髪の娘がおずおずと居間に顔を出す。
「雫紅、まだ寝てなかったのか」
「蜜流くん、かみさまを慰めたらちゃんと帰ってくるんだよね……?」
「!」
 こ た え ら れ る わ け が な い――。

 直後、社の方角が高純度の輝きに包まれる。
 これは後ほど記すが、少年が聖者に覚醒した印の荘厳なる輝きだ。

「なんだ」
 夜というのに昼のように部屋が明るくなり、不安げな杠と友を心配する雫紅の容が明瞭に浮いた。
 二人はこの直後、邪神の触手に貫かれ永遠の眠りについてしまう。

 いいや。
 雫紅はまだ眠っていないか。

 何故なのか。
 邪神は殺した雫紅の皮の内側を舐めるように這いずり、それを被った。
 辛うじて息をする和彦が血を枯らす叫ぶ中、邪神は雫紅の皮を膨らまし歪に醜く膨らまし散々弄んだ挙げ句――お気に入りの白いワンピースを身につけた姿を形作った。
「――! 雫紅」
 呼んではいけなかった。
「パパ」
 その邪なモノは、気まぐれに振り返り雫紅のままの笑い方で手を振ると、軽やかに飛翔して別の次元へと消えた。
 こんなものを最期の記憶にしてしまった、優しい雫紅(あのこ)に上書きをしてしまった……。

◇◇
 ――。
 生贄の少年が意識を取り戻した時には、全てが終焉っていた。
 村は平たく均等に焼き払われて、高台の社からはハゲタカの頭のような有様を晒している。
「……なん、で」
 恐怖で泣き喚いた蜜流の声は嗄れて、まるで一気に声変わりが来てしまったかのよう。
 少年はすっかり変貌していた。先程得た輝きが仄り零れて光る様は何処か神々しい。

 ……鬼の形相の大人に引きずられ殴られる絶望、それらが消し飛ぶ程に黒の■●は誠に正しくおぞましかった。

 逃げ回る蜜流を邪神はあっさり絡め取り身体の部位を擦りつける。
 怖がらせれば、少年は村人への恨みに染まると知っての行動だ。
 だが必死に藻掻く少年の心の片隅にふわりと浮上した感情は、違った。

“恐い、恐い! だから大人はあんなに必死に連れてきて逃げたのか”

 ――ああ、なんと聖なるかな。
 地獄に叩き込んだ者どもを慮る心根は、覚醒に値する――。

 斯くして、この世に顕現したばかりの聖者は、たった一人の手で邪神へ著しい傷を与える。
 怒り狂った邪神は腹いせに村を蹂躙した。その結びが先程語った漁火家での出来事である。

●グリモアベースにて
 レテ・ラピエサージュ(忘却ノスタルジア・f18606)と相対する四名の周辺には仄蒼い電脳画面がちらついている。
 概ねは、ある山奥にある廃墟の村と、白いワンピースを翻し微笑む少女を捉えた画像からなる。
「お二人は予知もされる方ですから、なんとなくは視ていらっしゃったかもしれませんね」
 レテは村の画像を指で弾き、端的に告げた――ジャスパーさんと充さんに因縁のある邪神が現れました、と。
「現れたのは、この邪神が意識を得た東北の山中にある廃村です」
 邪神が顕現し飛び立った村は、UDC組織によって今は隠蔽されている。
「邪神は、白いワンピースの少女の姿をしています。個体名は『残滓』」
 果たして語るは蛇足ではなかろうかとレテは思う。何しろこの場にいる一人は、この邪神に辿り着かんが為に全てを擲ったのだから。
 それでも起こりえることは伝えねばならない。彼らが悔いなく果たす為に。
「皆さんが村に足を踏み入れたら、邪神が生じた当時の幻影に全員が囚われます。特に、当時そこにおられたジャスパーさんと充さんへの精神汚染の度合いは予測ができません……」
 失っていた記憶を取り戻すジャスパーと、喪失の原点を突きつけられる充。
 だから、と、レテはブラフマンの姓を持つ二人へ赤い双眸を向けた。
「お二人が頼りです。パウルさんもラビオさんへは残滓の影響は著しく低いはず。何故ならお二人はこの地の“過去”にはいらっしゃらなかったからです」
 パウルとラビオは“現在”を司る。
『残滓』が突きつける“過去”と、此から生きていく“未来”の間に位置する大切な“現在”(ピース)をブラフマン兄弟は握りしめている。
「こんなことをお願いするのは役目を過ぎたことかもしれません。でもどうか、ジャスパーさんと充さんを支えてあげてください。頼りにしています」
 レテは右手を翳す。
 現れた蒼い鍵を握り、漸くいつも猟兵を送り出す破顔をみせた。
「現地へのルート維持はお任せください! だから四人で、多少傷だらけになっちゃっても、絶対に無事に戻ってきてくださいね?」
 今より晴れた心でありますように、そんなおまじないを唱え、レテは村への扉を開いた――。


一縷野望
>マスターより
 宿敵邂逅のご依頼をありがとうございます
 完結まで精一杯勤めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします

 オープニングは過去説明の部分が長くなってしまいましたが
 リプレイには“現在”も記されます
 村に直接の因縁を持つお二方だけでなく、駆けつけてくださったお二方も確りと書かせていただく所存。皆さんひとりひとりに見せ場をと考えております

>執筆開始
 27日(月)以降の予定、はやまることはありません
※それ以前にプレイングを出していただいても大丈夫です
※相談期間が足りない場合は遠慮なく旅団掲示板にてお申し付けください

>敵『残滓』
 充さんの娘、雫紅の口調を模して話しますが、彼女の人格・記憶を持っているわけではありません
 ただし心を嬲る為にあたかも雫紅のように振る舞うことはあるかもしれません

>敵の行動の特殊ルール
 PC側の使用ユーベルコードに関わらず『SPD●散華の嵐』の強化版が必ず先制発動します
 具体的には、ジャスパー・ドゥルジー("D"RIVE・f20695)さんと、佐東・充(オルタナティブ・f21611)さんは『村が蹂躙され終えた時点の幻影』に囚われます
 幻影は、パウル・ブラフマン(Devilfish・f04694)さん、ラビオ・ブラフマン(Abyssal fish・f36870)さんも共有できますし、お二人へ呼びかけたり敵への介入も可能です
 幻影の囚われ方の度合いはお任せします
 完全に退行するも、現在の意識を保ったままでいるも、望む儘にプレイングにお書きください

>注意点など
 戦闘特化のプレイングですとリプレイは短くなってしまいます
 心情他、ご自由に書いていただければ嬉しいです
 柔軟に対応しますので、やりたい事を全力でぶつけてください

 以上です、それではプレイングをお待ちしております
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第1章 ボス戦 『残滓』

POW   :    淡紅の雫
【全身を炎で覆い尽くした姿】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD   :    散華の嵐
【微咲みと共に獲物の後悔を具現化した幻影】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    諧謔の舞
【正気を奪う触手】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
👑11
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●一三年前 初夏
 ……ああ、まるであなたは、休みなく体力を奪う酷暑の中での夏影。

 一三年前、蜜流は義務教育に則って小学校の分校に通い出した。
 だが、幼い頃から“不気味な印は悪魔の子”と蔑まれ、陰に日向に蔑みを受け続けた身だ。高学年の子と一緒になる分校で、全校生徒十数名からの苛めが始まるのはすぐだった。
 いつしか蜜流は登校はするものの、授業を抜け出して逃げることが常となり、教師は体のいい厄介払いと無視をした。
 学校関係者の大人は全て村の出身。だから誰ひとりとして蜜流を庇う者は、いない。
 ――いいや。
 風邪を拗らせてからあれやこれやで二ヶ月ほど学校を休んだ娘だけは、違う。
 再登校の当日に卑劣で陰湿な苛めに気づき怒る。だが同時に聡く、自分の家にも向けられる負の感情も心得ている娘は、訴えても村人が反省するわけがないとも知っていた。
 だから大人へは期待せず、鞄に筆記用具とノートと教科書を詰め込んで思い切りよく授業を抜け出した。

◇◇
「すごい、ここって涼しいんだね」
「?!」
 ちょろちょろと小さな水が流れ落ちる草場の影は、誰も来ない秘密の場所。
 ……誰も来るわけがないのだ、追いかける人なんていないんだから。
 なのに、白いワンピースに薄手の空色カーディガンを羽織った年上の少女が、パキパキと枯れ木を踏みしめて気にせず近づいてくる。
 少女はハンカチを敷いて隣にぺたんと座り込むと、身を竦める蜜流の前でチョコレートの箱を振る。
 見たことのない派手なデザインのそれに瞳を瞬かせる蜜流へ、少女はにぃっと歯を見せて笑った。美人の片鱗が現れる年頃だが、それだけで田舎くさく親しみ深い子供のそれになる。
「これね『紅葉の山』の期間限定味なんだよ。ティラミス味とパンナコッタ味だって」
 手ぇだして? そんな声に誘われておずおず広げた手に二色の紅葉が転げ出た。
「ありあり屋(村唯一のスーパー)では売ってないんだぁ。パパが仕事の帰りに買ってきてくれたの」
「…………おいしい?」
 クリーム色はともかく焦げ茶の紅葉は絵づらが悪いったらない。
「わかんない。わたしも初めて食べるから……んー……ティラミスは苦くて大人の味って感じ?」
 もぐもぐさせながら少女はパンナコッタをより分けて蜜流に更に渡した。
「こっちの方が美味しいから、好きなだけあげる」
「……! ありがとう」
 目元が熱くてグチャグチャな中で頬張ったチョコレートは、今まで食べた中で一番美味しかった。

◇◇
 それから毎日、ふたりはここで過ごした。
 かけっこしたり、勉強を教えてもらったり、歌ったり……子供じみた授業の真似事。お昼ご飯は雫紅の母が二人分持たせてくれたお弁当でお腹いっぱい!
「いいよ、あんな学校に行かなくたって。勉強はパパが教えてくれるもん」
 パパは頭がいいんだよとはにかみ自慢げ。
「おかーさんは?」
「んー…………つよい」
「つよい?」
「パパとママは仲良しなんだけど、言い合いになってもママが勝つの!」
 雫紅という少女は両手を広げてけらけらと景気よく破顔してみせる。恐らく雫紅は母親似なんだろうな、なんて、少年はなんとなく思う。
 ――少女の家もまた、村では複雑な立ち位置であった。
 子供の頃に突然降って湧いた子供が父の和彦だ。当時はまだ邪神が力を見せる前で、和彦は手厚く育てられた。
 が、拾われてしばらく、土地神は祟り神(じゃしん)と成り果てた。一部では和彦が凶兆だったと決めつけ忌み嫌う者も出だした。
「この村の大人ってめんどうくさいんだよ」
 のり付けのされたスカートが翻りぱさりっと羽ばたくような音をさせた。
 立ち上がった少女の容は、呆れで憤り包めたように眉根が寄っている。
「村の外にいけば色々な人がいるんだよ? 海を渡って外国に行けば、目の色や髪の色だって違うし。細かい違いを探しておかしいおかしいって、ばかみたい」
 暗に蜜流の印のことを言ってくれてるのだろう。
「だからね、蜜流くん。わたし、大きくなったらこの村をでていくの。パパとママと一緒に。蜜流くんも一緒にいこうよ」
「……」
 差し伸べられた手を取りたいし、大きく頷きたかったけど、蜜流はそうしてはいけない気持ちに囚われていた。
 きっと自分が一緒にいたら、雫紅たちに迷惑をかけてしまう……。
「ね。いこうよ」
 再び強く差し伸べられた腕に瞬き一つ。
 ……迷惑をかけるなら、それを覆せるぐらいに強くなればいいのだろうか?
 これからなにか怖ろしいことがあったとしても、彼女と彼女が愛する両親は一番に守りたい……なんて、幼い心にヒーローめいた願いの花がふわりと咲く。

 彼女は苛烈な太陽の下に出来た涼やかな夏影。更に命の水を注いでくれる。
 ならば、陽を浴びて育った花は、彼女に手向けられるべきだと思ったのだ。

◇◇
「なぁ、最近、雫紅が……その、あの子に逢ってるそうじゃないか」
 和彦の話調には止めさせたいとの不満が滲む。
 決して薄情というわけてはない、はぐれ者の自分を夫とする杠と娘の雫紅を村の突き上げから護る為、和彦は頭を低くして村に尽くし忠誠を見せて生きてきた。
(「それにあの子は何れ生け贄に……」)
 最近は土地神様に逆らう者はおらずすっかり退屈していらっしゃる、それが巫女の言だ。
 生け贄としてあの子を差し出せなければ、お鉢が回ってくるのは余所者の和彦……ならばまだいい、血を継ぎ子供の雫紅を差し出せと言われかねない。
 そんな含みを妻は全て分っていてくれていると思い込んでいた和彦は、髪結いの指を弾き飛ばされぎょっとする。
「あなた、私にそういうことを言うの?」
 半端に解け肩に髪を下ろす妻は、珍しく本気で怒っていた。
「杠! わかってるだろう? 雫紅が逢っているあの子は……」

「…………どうして私にそんなことを言えるの? 私はいやよ。あなたを選ばない私なんて」
 ――和彦は、突如村に現れたはぐれ者であった。
 ――村の娘の杠は和彦と恋に落ちて、多くの反対を押し切って家族になった。

「あなたと雫紅がそばにいない私なんて……あなたに髪を結ってもらえないなんて、いや」
 和彦はゆるゆると腕を下ろし膝をつく。全身は情けなさで染めあげられて、妻の顔を見ることなんて出来ない。
 ――それでも和彦は、後日、我が子の命に長老の目が向かぬよう蜜流を生け贄にすることに異を唱えられなかったわけだが。
ジャスパー・ドゥルジー
あれは俺じゃない

(死にたくなんてなかった
あいつがいなくなればぼくも、みんなも助かると思った)
(パパ、ママ、雫紅ちゃん、みんな、ごめんなさい)
(ぼくの、せいで)

俺は
【誰かが俺に触れた】
【ぬくもりと、左手の揃いの指輪に、目を見開く】
俺の名前、は
【心配かけないように握り返して、目を合わせて頷いてから】

「いいや――ぼくは、蜜流だよ」
あのときお前が殺し損ねた獲物が、ここにいる

『ゲヘナの紅』を滾らせる
そうだ、俺を狙ってこい
「ぼく」は持たなかったオウガブラッドの炎で
あんたを仕留めてやる
炎をくべる怒りなら充分

精神攻撃?
無敵のジャスパー・ブラフマン・ドゥルジー様に
随分生温ィぜ
あの時持ってなかったのは炎だけじゃない

(敵の動きが止まった?)
あのクソ野郎
人には無茶だの無鉄砲だのお小言三昧のくせに
あいつが一番無茶苦茶しやがる
一応忠告はしたからな
可愛い義弟泣かしたら地獄まで追っかけてもっかい殺すって

――最期にちょっとだけ
ほんものの雫紅が見えた

…ありがとう
過去は振り返らねえ主義だけど
あんたにだけは礼を云いたかったんだ


佐東・充
(幼い頃に神隠しに遭った
肌を隠し人として生きてきた
私が人間でないと知れたら雫紅達がどんな目に遭うか
だから判りやすい異端であるあの子供を差し出させた

だから私は喰われなかったのだろう
怪物の餌となる正気など
とうに失っていた)

恐怖心や後悔、躊躇
鋼糸を操る手を狂わせる感情はヨマンダの力で抑制
只管怪物の触手を切断し続ける

無様に生き延びた後
貴方か聖者かの何方かを誘き寄せられればと
聖者と同じ名を騙った

ひとつ礼を云わせてください
あれから十数年
杠の笑顔や聲にまで記憶に薄靄がかかりつつある中
雫紅の姿だけはずっと鮮明だった
――お前の、せいで!

それももう終わり
【冷罵】で奴の動きを止める
あの子は私が死に追いやったようなもの
もう一度殺す事に躊躇などない
言い聞かせるように
パパ、と泣き叫ぶ少女を斬り刻む

能力の反動で全身に罅が広がる
命を手放さなかったのは
そうしたいと思わせてくれる人がいたから

ラビオくん
この日まで生きる事が、今までの指標だった
先の事は…
一緒に、考えてくれないか?

プロポーズ?
…そう聞こえる?
なら、そうなのかも


パウル・ブラフマン
可愛い弟のラビオと協力して
Faustを展開してジャスパー達を【かばう】よ。
間髪入れずに手を繋ごう。
愛しいキミを過去の波に攫わせたりなんかしない。

行こう、皆――UC発動!
ジャスパーの傍を離れたくないのでKrakeの射程を伸ばし
すぐ傍らで【スナイパー】役を担当。

迫り来る幻影の中に
オレの後悔の現場も垣間見えるけど
自分と同じ顔をした死体の幻影の先に
大切な弟の姿を見つけてほっと安堵。
そうだ、イマは共に未来へ。

てかさ、テメェジャスパーを生贄にするとか発想がマジ万死だから!
充さんは出発前に謝ったからギリセーフだよ☆

この村の怨嗟は、彼等ふたりが断ち切るべきなんだ。
全力で悔いなく立ち回れるよう【援護射撃】を務めるね。

濁り切った泥濘の奥に見えた、か細い『光』。
ジャスパーの言葉から、それが本物だったと確信。
読唇でわかったのは
『ありがとう』と『いってらっしゃい』の部分。
トモダチと、愛する家族へ贈る餞の言葉だったのかな。
この村から旅立って往く大切なヒト達へ。

大丈夫。ふたりのミツルは、オレ達兄弟がずっと護るからね。


ラビオ・ブラフマン
クソ兄貴と連携し
初撃から充を【かばう】ように触手を展開。

元・悪神らしく【落ち着き】を持って相対。
パパはエラいんだよォ。
ちゃーんと『ミツル』にゴメンなさいしたんだ。
敵の演技にノリつつ
射程に収め次第【不意打ち】で
白衣の袖口から取り出したErobererで【制圧射撃】を。

後はGemutで煽りながらゴリゴリ音波で削っていこう。
狂気には狂気をってね。
…俺はガワになってるご遺体に話しかけたの。
未来の象徴の子供を奪ってもさァ、超無意味。
イイ歳したミツル達が、こうして前進始めたんだからね。

充は好きにしたらいい。
だって俺も好きにするから。
罅割れかけた躯を抱き締めながら、UCを発動。
機械腕にも見せつけてあげるゥ。
散った破片も触手で掬い集めて、後で縫合しよう。

…パパ、ラストまでカッコよかったねェ。
薄れゆく残滓の上を緩やかに飛翔しながら
労うように、堅い黒髪を撫でてやりたい。

先のコトォ?
そーだねェ、明日の朝の味噌汁の具は何がイイ?
ニホンではプロポーズってこう言うんでしょ。
…後でお墓にもちゃんとご挨拶、行かせてね。




 パウル・ブラフマン(Devilfish・f04694)という人は、その身に夥しい数の絶望を叩きつけられている。普通の精神を持つ人間ならばとっくの昔の心が折られてこの世に存在していないだろう。
 自我を失っていたから、壊れなかった……なんて、喪失をポジティブに捉える。
 自我を求め先を見通すという掛け替えのない能力を引き替えにしたわけだが、それもまた「引き替えに出来たから自我を得られた」と前向きに考えることができた。
 予知能力残っていれば、もっとよりよき人生を大切な伴侶と愛弟らにもたらせたかもしれない……と、スプーン一匙ぐらいは思う。
 斯様に伴侶の、そして弟の相方を覆う暗雲は凍てついた綺羅ばかりだ。
 ――その綺羅は、伴侶のジャスパー・ドゥルジー("D"RIVE・f20695)の彩りそのもの。
 過去の清算に向き合うと聞いた時、大凡の話は聞かせてもらった。
 きっとジャスパーは今回も泣かないだろうなと見通して、パウルという情けの塊のような男は気を揉んでいる。
 それはそれとして、愛する伴侶には最期の時まで笑っていて欲しい。
 ……最期なんていやだどうにかして覆したい畜生ってのを噛みつぶして、苦い出来損ないのミントタブレットみたいな味を常に感じながら、いつだって笑おうとする。自分が笑えばジャスパーも嬉しそうに顔をくしゃってするから。それだけで前を向いているには充分すぎるのだ。

“だから今だって、とにかく笑ってジャスパーの手をぎゅっとする”

 一方のラビオ・ブラフマン(Abyssal fish・f36870)は、そんな兄が眩い。更には聖者の義兄と並んでるものだから、もう常に慈愛フラッシュを撒き散らされて目が潰れるって気分だ。
 ……茶化せばこうだが、乗り越えるまでは色々と穢れた感情と向き合ってきた。
 輝きが強ければ強いほど生まれる影も濃い。それを示すように、ラビオはヴィランとして清濁なら濁を進んで飲み干すような道を歩んだ。
 そんな弟を兄は“可愛い”と形容する。
 だからもうどうしようもなく始まりから、弟は兄に敗北している。
 あの途方もない88杯の軟体の集積から1のラビオを見出した兄はかき集めるようにおし抱いてくれた。
 その瞬間から、悪は偽物になれたのだと思う――それほどに情け深い愛を注がれた。
 同時に、決して兄貴には勝てないと刻みつけられた。そもそもが己は複製体(コピー)だと、紛い物のコンプレックスは常に。
 常にかき混ぜられた泥色した心を白衣で覆い誰かの痛みを取り去る日々で、ラビオは佐東・充(オルタナティブ・f21611)という男と巡り会った。
 彼は、目を見張るようなパライバトルマリンの輝きで出来ているくせに狡猾な大人。
 身内を護る最適解なら迷って結局手を汚す彼は、何処までも人間くさくてラビオの中でたゆたう泥とよく馴染む。
 泥が相手を汚さずに、輝きを隠せて安心させられる……そんな仲になれればいいなと、兄と義兄に対して浮かぶは小さな対抗心。

“だから今は、不敵に唇歪めて充を背中に庇う”

 ――どろりどろりと闇を固めた触手がのたうつのを、ブラフマン兄弟の鮮やかでしなやかな同種のものが絡み引き裂いた。
 シンプルに言うと、それがふたりの“みつる”の一瞬での落命を見事に退けたのだ。

◇◇
 前後するが、4人が転送された直後を記す。
 邪神により滅亡しUDC組織に隠蔽された村の初見は、ぼうぼうに伸びた一面の雑草であった。
 だがどうだ。
 転送され地面に足をつけた刹那、眼前には人々が営み暮らす“村”が再現されたではないか!
 上流近い澄んだ水源、田舎道と段々畑。田んぼには瑞々しい稲穂が揺れて、駆け抜ける子供らをあぜ道から農作業途中の老夫婦が微笑ましげに見守っている。
『スーパーありあり』の前の井戸端会議、行き交う者は皆誰かの顔見知りで挨拶が飛び交う。
 そんな中で、蜜流という名だった幼いジャスパーは、秘密基地で白いワンピースの少女とはにかみ笑って童歌を口ずさんでいる。
 充……和彦は、自宅で白いワンピースの娘に腕にぶら下がられて、やれ新しい期間限定のお菓子が欲しいアイスが食べたいとねだられて苦笑い。

 ――と、それぞれが囚われた幻影をパウルは認知できなかった。何故なら彼もまた後悔の渦に囚われて、同じ顔した死体の海の中にいたからだ。

 銀河帝国に鹵獲されたのは自分と88杯の遺骸。自我を取り戻し押し込められた絶望の始まりに涙して、滑らかな己達へと腕を伸ばす。
 みんな、みんな、みんな、息をしていない。死んでいる。
 ジャスパーと充を覆う“取り残された哀しみ”はパウルもまた経験済みのもの。
「おい、クソ兄貴。何うだうだ探してんだ! 俺はここにいる」
 汚泥を歩き、後悔なんて日常業務な悪神ラビオにとっちゃ、邪神の精神攻撃なんざケ程も効きゃあしない。
 兄ちゃん、そこで泣くんだな、後悔してくれてんだ――そう、密やかな幸せを噛みしめて、ラビオはなにもない地上に這いつくばるパウルを優しく蹴飛ばした。
「ラビオ」
 命を与えた弟の声はあたかも天啓の如くパウルの幻影を消し去る。そうすると聞こえてくるのは震えるジャスパーの悔悟の囀りだ。

(死にたくなんてなかった。あいつがいなくなればぼくも、みんなも助かると思った)
(パパ、ママ、雫紅ちゃん、みんな、ごめんなさい)
(ぼくの、せいで)

 幸せに歌いあっているのに溢れる声は後悔に満ち、無邪気に破顔する少年の口からはがちがち、がちがち、と歯がみの音がする。
 表に出ているのは幻影で、ジャスパーに浴びせられているのはまさに村が滅んでいく経過。
「……あれは、俺じゃ、ない」
「ジャスパー。恐いね……誰も死んで欲しくなかったよね」
 鮮烈な幻影よりも強く確りと、指を1本1本絡めてパウルはジャスパーの指を握りしめた。幼く見える小さな姿の向こう側、いつもふれあう大人の指が確かにある。
「小さなジャスパーのそばにオレはいてあげられなかった。ごめん、ごめん……でもね、イマは一緒だよ。もう、離さないし離れないから」
「……ぁ」
 ジャスパーは重なる半透明の指先に輝く指輪を見て大人の瞳を瞬かせた。
 薬指のエンゲージリング、すりあわせたらかちりと甘い音を立てた。それに導かれてパウルの指が存在感を確り増す。
(「そうだ、パウル……こっちが本物。けれど、目の前にあいつがいるのも、現実」)
 パウルの手繰る腕に身を任せ、視線を結ぶ。不安げに心配してくれる左だけの瞳へ、ジャスパーはにぃっと唇の端をもちあげてみせた。
「――ぼくは、蜜流だよ」
 見事に立ち直った伴侶を抱きしめ空色の触手を広げる兄を尻目に、ラビオは棒を飲まされたように立ち尽くす相方と真正面に対峙する娘――雫紅の形をした邪神を睥睨する。
『パパは、隠しごとばっかり!』
「そうだな……」
 シャツの下に隠した蒼輝を掌で押さえ、充は頷く。
 ラビオは兄とは違いすぐに充に手を差し伸べなかった。それは邪神が命を奪う前に精神的にいたぶりたそうだから。そして、充はいたぶられることで全て洗いざらい吐き出してしまいたかろうと思ったからである。
(「命は奪わせないよ。だからそれまでは好きにしたらいい」)
 充も、邪神も。
「……」
 幻影に囚われながらも充はラビオの心遣いを感じ取る。
 ――ああ、己は何処までいっても正気じゃない。邪神の狂気に囚われながらもこうして思考していられる。
「……し」
 雫紅と呼びたくはなかった。だが、話してやりたいのは娘の雫紅へだ。
「パパは、幼い頃に神隠しに遭って、この村に来たんだ。人間じゃないと知れたらママと雫紅がどんな目に遭うかそればかりに怯えていた。でもな、雫紅には幸せな大人になって欲しかったんだよ」
 それは人の親であれば誰しもが持つ願い。
『だから、蜜流くんを死ねって差し出したの?』
「…………ああ、そうだよ。パパは何をしたって雫紅とママを守りたかったんだ」
 娘の形をしたものが眉を潜め軽蔑を露わにする。現実の雫紅も事実を知れば同じ顔をしただろう。蜜流を生け贄に生き延びたとして、父子関係はそこで一旦は屍となる運命だったのだ。
『パパの中には、穢いものしかつまってないんだね。わたし食べ尽くせるかな? お腹が破裂しちゃうかも』
 少女の足下から絡まる触手がずるりと押し出される。
「……ッ、マズい! ラビオ、合わせて!」
 既にジャスパーを全身で抱きしめて襲い来る触手から庇いきっている兄の下肢は蒼い燐光で眩く輝いている。
 それを見たパウルの足下からも触手が飛び立っていく。同時に相方の幻影に割り込んで父と娘モドキの間に立ちはだかった。

 直後――。
 どろりどろりと闇を固めた触手がのたうつのを、ブラフマン兄弟の鮮やかでしなやかな同種のものが絡み引き裂いたのだ。


 ことん。
 白いワンピースの娘の足下の触手が消え去った。だから達磨落としのようにコミカルな所作と愛らしい足音を立てて、雫紅の形をしたものは地面に素足をつく。
 ことり。
 首を傾げて眩しげに瞳を細めはにかみ笑い。両腕を広げ、たんっと小鳥が飛ぶように地面を蹴る。浮いた空間に排泄されるように現れた触手は、鋭利な糸が切断した。
「……ッ」
 息が荒い充の手元、繰られる鋼糸はそれでも精密であった。ヨマンダを食み無理矢理に得た冷静で、淡々と娘の足下を刻む。
 だが、未だ娘の素足を傷つけられない充を見て取り、パウルはあっけらかんとした声を響かせた。
「てかさ、テメェジャスパーを生贄にするとか発想がマジ万死だから!」
 これは娘じゃなくて、村人へ人殺しを敷いた卑劣な邪神だと知らせる。同時に充の指が引き攣るのを見越して先に弾丸をばらまいておきながら。
「パパはエラいんだよォ」
 兄の弾道の隙間を縫って、一見徒手空拳の自然体でラビオは歩を進めた。
『ずるい大人がえらいの? こどもを殺すうそつきなのに?』
「間違いを、ちゃーんと『蜜流』にゴメンなさいしたんだ」
「そうそう、充さんは出発前に謝ったからギリセーフだよ☆」
 三日月笑いのまんまで銃弾の数を増し、弟の姿を一瞬隠す。兄弟の息は寸分の狂いもなくピッタリだ。
 刹那、雫紅の胴体にぽつり、と風穴が穿たれた。弾丸の雨があけたなら、Gemutを手に謳うラビオが現れた。
『……痛っ……うぅ、食べきれない程の穢さ一杯の大人なのに? ねぇ蜜流君もそう思うよね?』
 はぁっと嘆息するジャスパーが口火を切る前に割り込んだのはGemutを通したラビオの美声だ。
「ほらほら、内側の本音が出ちゃってるよ? ……俺はガワになってるご遺体に話しかけたの」
 遺体と知らしめる残酷さ。優しい言い方なんてしてやんない。それが俺の好きなやり方だから。
「未来の象徴の子供を奪ってもさァ、超無意味」
「ははっ……本当だ。ラビオくんの言葉はヨマンダより遙かに利く」
「医者ですから? これでもね」
 もう罅割れて粉々になっている胸板を一瞥しそれでもまだ黙っていてくれるラビオへ、充は頭が上がらない。もう一生そうかも知れない――なにしろ、永遠を誓った杠の尻にも敷かれていた自分だから。
「……ああ、結局、そういうことかよッ」
 苦悩に浸る和彦という名の男は、嘗ての大切な友達の父親だそうだ。
 そういう事実は大分前に知っていた。この男は自分か邪神を惹き寄せる為に、自分の名を名乗っていたわけだから。
 けれど未だ曖昧模糊とした脳味噌に、ジャスパーは持ち上げた唇の端からため息を漏らす。主役格の椅子を用意されてるのにそこに据わりたくねぇって反抗心が相変わらず色濃い。
 そんなだからここに来る前の充の謝罪も茶化しかけた。パウルに前もって諭されて、充……和彦おじさんの謝罪はちゃんと通された。
 現地に立てば、もっと記憶が戻って舞台の中央で堂々としてられるって思ったのに、結局これだ!
「なぁ、俺は、蜜流だ」
 だったらもういつも通りでいい。
「あのときお前が殺し損ねた獲物が、ここにいる」
 ジャスパーは烈火を滾らせ灼け焦げる痛みに口元をだらしなく緩めた。痛みが好きだ、それは『ぼく』にはなかった嗜好。そしてこの追うがブラッドの炎もそうだ。
「俺はこれからあんたを仕留めてやる。酸いも甘いも知ってより熟成した『聖者』を食べにこいよ!」
 いつも通りの無謀に果敢に躍りかかる様に合わせ、パウルは泣き出しそうな破顔で支援の銃弾をお供につけた。
 あわせてラビオが歌う。触手に打たれた分だけ勢いを増す炎を称える素振りで、その実、心を寄せるのは傍らの50男へだ。
「充は好きにしたらいい。だって俺も好きにするから」
 主役に見せ掛けて、お膳立てにまわったジャスパーは存外楽しそうだ。それは、アリスの世界に飛ばされた以降の道を愛し既に進んでいるから。
「で、充は? 立ち止まってていいの?」
 兄と良く似ているけれど、それよりは粛然とした眼差しに問いかけられる。
「獲物にすらなれない異端をここで舞台の真ん中に押し出すんですか」
 ジャスパーの炎に焼かれ煤のついたワンピースが翻るのを前に、指を曲げる。
「雫紅」
 娘の名を口ずさめば、返るのは、悲鳴。
 ぶじり、と、肉のちぎれる音と、いやらしいことに人間と同じ色した液体を垂らし、娘は別たれた足首を恨めしげに睨んだ。
『パパ……痛い、よぅ』
 涙を溜める娘から今度こそ目を逸らさない。
『蜜流くん、やっぱりパパはおかしいよ。ねぇ、こんな村は一緒に出ようよ』
「大根芝居の精神攻撃たァ、無敵のジャスパー・ブラフマン・ドゥルジー様に随分生温ィぜ」
 握った拳に纏った炎にて、思い切りよく殴り下ろす。
 燃え盛る怒りは充分だ。だが怒りの源はなんだろうか?
 ――生け贄にされたこと? 割と、違う。
 ――村を滅ぼし尽くしたこと? それは確かに。
 ――未だハッキリしないのに、恐らく優しくしてくれたひとの姿を此奴が取っているからだ。
『げば……けほっ、けほけほけほっ』
 お辞儀の形で咳き込み血反吐を口から溢れさす雫紅と、ジャスパーを締め上げるグチャグチャの触手。
「いいの? 痛めつけてくれちゃった分だけ、余計に熱く痛くしちゃうよォ?」
 あの日、全身に擦り寄ってきて恐かったものを、今はこうして心から嘲笑って煽ってやれる!
「! ジャスパー、無茶しちゃダメだってば!!」
 骨が砕ける前に、パウルは触手へKrakeの弾丸を集中させた。斯様に過保護な兄に比べ、弟は只管歌うだけ。更に充の躰が砕ける音も耳にしてなお、好きにさせている。
「…………ひとつ礼を云わせてください」
 もう娘にかける口ぶりはやめだ。
「あれから十数年、杠の笑顔や聲にまで記憶に薄靄がかかりつつある中……」
『ママ、パパが、おかしいんだよ! 狂っちゃってひどいことをするの。ママ、ママ……助けて、ママァ……』
 しくしくと泣き濡れる娘を前に、和彦は妻の名を口ずさんだ。
「杠」
 もう思い出せないあなた、けれど。
「雫紅の姿だけはずっと鮮明だった」

 ――お前の、せいで!

 慟哭。
 和彦は掌を返して8本の糸を四方八方に解き放つ。
「ダメだよ。ダメダメ、この村の怨嗟は、彼等ふたりが断ち切るべきなんだ」
 少女は避けようとするも背面をパウルの弾丸が通り過ぎて叶わない。
「ばぁ! つーかまえたぞぉ!」
 追いかけ鬼の子供遊び。そんな巫山戯た手つきでジャスパーは雫紅モドキの背中を思いっきり糸の方へと押した
『! 蜜流くん、乱暴しちゃダメ……ッ! きゃ、あぁああっ、パパ、パパァ……!』
 バランスを崩し倒れた娘は、細い糸で左肩から鎖骨にかけてを失った。
 ぺたりと倒れ、這いずる姿は伸びた触手に絡め取られ、人形が起こされるような不自然な動きで持ち上げられる。
 晒しものにされた娘の皮は破け、あの日のように撓み膨らみ畝る。けれどパパと囀る声は娘のそれで――ああ、ああ、ああ!!! それももう終わりだ。
 誰の耳にも明らかな、宝石の啼き音が響いた。
 文字通り罅割れ崩れ落ちる和彦は指先に崩壊が届く前に鋼糸を強く握り込む。
「……あの子は私が死に追いやったようなもの、もう一度殺す事に躊躇などない」
 己の台詞の残酷さに心が軋んでますます崩壊が加速した。
「パパァ」
 つけ込むように再び綺麗に構築された“雫紅”を、和彦……充は、鋼糸で八つ裂いた。
「あのクソ野郎! 人には無茶だの無鉄砲だのお小言三昧のくせに、一番無茶苦茶しやがる……!」
 ぱたりぽたりと雫紅のフリをしていた肉塊なんぞに興味はなく、ジャスパーは粉々に崩壊する充の元へ走る。
「一応忠告はしたからな、可愛い義弟泣かしたら地獄まで追っかけてもっかい殺すって」
 その義兄は今までずっと堪え押さえ込んでいた腕と触手を伸ばして、充の欠片の一つも霧散させぬと包み込む。
 機械腕にも誰が一番そばにいるのかを見せつける。丁寧に丁重に全てを零さぬように――嘗て兄が1杯の自分を見出してくれた時のようにして、この男の全てをもらうのだと。
「……パパ、ラストまでカッコよかったねェ」
「あぁ……ラビオくん」
 ずっと娘を見ていた男は、煙草をねだるように甘えた口ぶりで真っ直ぐにラビオを見つめる。命を手放さなかったのは、彼の元に帰りたかったから。
「この日まで生きる事が、今までの指標だった。先の事は……一緒に、考えてくれないか?」
 ただいまと、妻と雫紅に紡ぐ度に幸せに染まった言の葉をこれからは彼だけへ向けたい。
「――」
 ラビオが口をあいた傍らで、ジャスパーは霧散した邪神の上に現れた光を指さす。
「ああ、パウル……ほら、あの子だ……ホンモノ、見て憶えててくれよ」
「うん、本当に純粋な『光』だね」
 ジャスパーの教えてくれたことへ、パウルはいつものように手放しで破顔する。この光が伴侶を支え導いてくれたのだから感謝しかない。
「なぁ、あの……」
 口をもごもごとさせるジャスパーを夏影の優しい双眸が見守る。
「照れない照れない。ちゃんと心残りないようにね。もう彼女は新たな旅に出発するんだから」
 ツアーの旗振り添乗員らしいパウルは、これからもずっと一緒だ。こうやって、足りない部分を優しく詰め合わせてくれるひとと共に命の幕引きまで一緒だなんて、宝くじを当てるより豪運だと思う。
「……ああ、ありがとう。過去は振り返らねえ主義だけど、あんたにだけは礼を云いたかったんだ」
『蜜流くんは、もう、飛び立ったんだね。少し遅くなったけど、いってらっしゃい』
「ふたりの蜜流は、オレ達兄弟がずっと護るからね」
『うん』
 パウルとジャスパーの左手をぎゅうと握り指輪を撫でる感触を残し、光は父の前に集積する。
「……しず、く」
 窄まる瞳に宿る悲しげな彩に向けてデコピンしてやりたい、けれど、父を支える双眸にそれは任せよう。
 だから、欠片をひとつ。
 罅割れ砕け散った父の胸板、幼い頃から抱きしめられて庇護してくれた輝きに指を伸ばす。けれど、伺うようにそこで止まった。
「大丈夫だよ、それぐらい持ってったってパパはちゃあんと治すよ」
 縫合して万が一足りなくたって、俺の想いで補えばいい。
『パパ、きれいで、だいすき』
 欠片を包みほおずりするよう寄り添った光は、名残惜しみながら空へと浮いた。パウルは娘の言葉を聞き逃さないように父親を抱いてゆるりと飛んだ。
『ひとは、きれいでいたいから、穢いものを追い出そうとするけれど、パパはそうしなかった……だから、つよくてきれい』
「……ああ」
 動かす度に砕け落ちる手首から先をパウルが支えて光へ導く。
 切りそろえた少女の髪にふれ、一撫で、ふたりで。
「初めての共同作業って奴ゥ?」
「……はは」
「だってあれはプロポーズでしょ」
 ここまでが限界と降り立った。
「プロポーズ? ……そう聞こえる? なら、そうなのかも」
 再び地面でかき集められる、ここまで身を委ねるなんて至福が味わえるんなら、たまにはこうやって砕けるのも悪くないかも。
「……そーだねェ、明日の朝の味噌汁の具は何がイイ?」
 愛妻の台詞で肌の部分のほっぺたをつねりあげる。良からぬことを考えたでしょって。
「ニホンではプロポーズってこう言うんでしょ」
「じゃ、あ……今度は、パウルくんの故郷の味を……でも、肉じゃがも……」
「はいはい……後でお墓にもちゃんとご挨拶、行かせてね」
 溶け合うぐらいの抱擁を遠目に、ジャスパーはわざとらしく大あくび。
「しょーもね! ホント、しょーもね……娘が去ったらおとんはとたんに男になるってか?」
「すぐ茶化すー! そういうコト言わないの!」
 こつんとこめかみをこずくパウルはもう一度娘が去った空を見上げた。
 いつしかぼうぼうの草が肌を突き、折れた電柱や散った茅葺きが埋もれているのに気づく。ここは廃村で、もう二度と人の営みは蘇らない。
「……ありがとうって、唇の動きそうだったよね」
「ああ。そりゃあよ、心強かろうよ……でもよ、俺だってパウルを護んだかんな?」
 夏影に庇われて育てられた芽は相対する人を……敵ですら救いたいと願う花と咲いた。
 日照りに柔らかな雲がかかり、ざぁっと爽やかな雨が降り注ぐ。それは、大輪の花への最期の恵みであり、新たな人生へ踏み出した父への餞別。

“――ありがとう、いってらっしゃい”

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年07月04日
宿敵 『残滓』 を撃破!


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#UDCアース
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#宿縁邂逅


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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ジャスパー・ドゥルジーです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト