過ちとて、花に重ねて
●サクラミラージュの屋敷の奥
産まれた時から心は半分だった。
それを幸せだと思わせてくれたのは、君がいたから。
でも今、君を喪ってからは何も思えない。
胸の中に抱いているのが寂しさか、悲しみか。
それさえ判らずに、渡された『反魂ナイフ』を握っている。
「……梔子」
君の名を。
どうして呟いたか、自分でも判らない儘に。
愛した君の骸へと、縋るように切っ先を振り下ろす。
そう、何も判らずとも。
梔子、君を愛したこと――いいや、愛し続けていることだけは、決して霞むことのない真実だから。
これが過ちだとしても、構わない。
俺は感情の薄い人間なのだろう。
人並みに笑うことも、悲しむことも、泣くことも覚えがない。
まるで世界に関心がないようだ。
ふわりと風に飛ぶ紙飛行機だと言われたのも、うっすらと覚えている。
でも関心も持たない。感情が動かないのだから仕方ないだろう。
そんな俺にダメだと笑ってくれた梔子、君だけは違っていたんだ。
心に溢れ、想いに満ちていた梔子。
君は満足に笑えない俺の変わりに、過ぎる程に笑ってくれたね。
迎える花の中で麗らかに、俺のぶんも笑ってくれて。
伴に歩いた帰り道、夕暮れの通り雨に子供のように拗ねて、怒って。
ああ、ああと思い出す。
満足に心を持たない俺のぶんも、ころころと想いを輝かせた梔子。
もう一度、笑って欲しい。
俺の変わりに、この世界を眺めて、歩いて。
もう一度、手のつけられない程に泣いて欲しい。
どうしてこんな禁忌に手を染めたのかと、きっと君なら涙を流す。
それをあやしたいなど、俺には過ぎたことだろうか。
でも、判っている。十全な心を持たず、半分しか感情を持たない俺だからこそ。
梔子、君は戻ってこない。
怒り、憎しみ、心の底で救われぬ想いを抱えた何かが蘇るだけだと、頭でしっかりと判っている。
――それでも、心にある愛は止められない。
梔子、君を抱き締めたいのだ。
知らず、頬を涙が伝って落ちる。
反魂の刃が梔子の骸、その心臓を貫いて、もう一度脈打たせる。
反魂。そんなもので願いは叶わないと知りつつ。
半分だけの心の愛でも、求めてやまないのだ。
永遠に閉じていた筈の瞼が開いて。
そこに君がいると信じて、信じて、俺は……。
「おかえり」
くしゃりと笑ったんだ。
艶やかに濡れる梔子の眸。
それは変わらぬ俺への恋慕でありながら。
耐えられない悲痛さを秘めていたから。
●グリモアベース
「死別。それは、越えられぬ悲劇なのでしょう」
或いは終わった過去は変えられない。
悲しくとも、辛くとも、それは今を生きる道として続くから。
だとすれば、痛みさえも今を生きる術なのかもしれません。
そう静かな声で告げるのは、静峰・鈴。
夜空のような艶やかな黒い髪をさらりと靡かせ、首を振るう。
「私に判らない事でも、愛するひととの死別を越えようと……ひとつの禁断と罪に手を染めた男が」
それこそ死んだ者との再会は、神話でも歌劇でも詠われ続けたもの。
故に、理解は出来ずとも感じるものは誰にしもにあるだろう。
「世界はサクラミラージュ。永久の桜の舞い散る世界にて、男に与えられたのは『反魂ナイフ』……ひとを『反魂者』として黄泉がえらせる影朧兵器」
故に、男に愛された女は蘇る。
だがそれは影朧として。知識も記憶も感情も、何もかもそのままに、けれど根本たる魂が歪められて。
或いは、別の何かに乗っ取られて。
「男の名は萩。女の名は桔梗。このままでは更なる悲劇へと墜ちるふたりです」
何しろ、梔子は元の存在ではないのだから。
このままではきっと、何か恐ろしいことをしてしまう。
それが何かまでは、判らないけれど。
「まずは、死しても残る女の情念、恋慕を貪ろうとする低級の影朧を倒してください。夜となれば、男と女の屋敷の周囲に出現するようですから」
蘇った女を隠す為、男は周囲に人気のない屋敷を用意し、そこに住んでいるという。
だからこそ戦う事に関して心配はいらない。
「存分に武を振るい、集まった影朧たちを倒してください」
それこそ死しても男の傍を離れないようとする女の想いが、今だ反魂者に事件を起こさせずにいるのだろうから。
まずは、それを一掬いでも守れるように。
「接触するならば、男が出かける水引屋がよいでしょう。……ええ、そういう縁結びの道具に拘り、無意識のうちに縋るほどに男も不安が募っているでしょうから」
そして、説得できたのならば。
男の心にひとつの応えが、別たれることを飲めたのならば。
「蘇った『反魂者』の女に、どうか幕引きを。これが最善だと、皆様が残されたものより道を作ることを祈って」
鈴は見送るようにお辞儀をする。
「愛ゆえに罪を犯し、愛ゆえに過ちて踏み外し、愛ゆえに破滅しようとする男。どうぞ救ってくださいませ」
そして叶うならば、女の魂も。
手が届くならば、そのふたりの愛も。
「決して穢されてはならないのが愛というものでしょうから」
男と女の愛の物語に、幕引きを。
これがせめてもの、幸せだと結べるように。
遙月
お久しぶりです。マスターの遙月です。
本当に長い間、シナリオを出さなくて申し訳御座いません……。
ようやく出しても大丈夫かなとなりましたので、久々にシナリオをリリースさせて頂きます。
今回は心情系の依頼となっております。
影朧兵器のひとつである『反魂ナイフ』によって、愛する女を蘇らせてしまった男の話。
生き返った女は、きっと元の存在ではなく、いずれは破滅を呼ぶものでしょう。
どうか皆様の手で、この物語にせめての善き終わりを導いてくださいませ。
また、シナリオ運営は久しぶりとなってしまいますので、ブランクなどあり、不手際など御座いましたら申し訳御座いません。
同様の理由で、採用人数は八名前後とさせて頂こうと思っております。
シナリオの受付はそれぞれ断章のあとにとご案内させて頂くのと、オーバーロードはマスターページのほうを一読お願い致します。
それでは、軽く説明を。
・萩
生きている、或いは、生き残ってしまった男。
感情や情動、そういったものを発するのも受け取るのも苦手であり、それらを色鮮やかにみせてくれていた女、梔子を愛していた。
ある意味で、とても薄くて儚く、生きることが苦手な存在。
蘇った違和感や不安は持つものの、曰く、人並みから半分程度の心でも、梔子を愛するあまりにそういったものを無視しようとしている。
現在は人気のない、郊外の屋敷に蘇った梔子と共に引きこもるように生きている。
・梔子
死んでしまった、或いは、置き去りにしてしまった女。
人一倍、心や情動というものの動きが鮮やかで、よく笑い、よく泣いて、よく怒っていたという。萩が半分程度なら、ひとの倍近くの心の色彩を持っていた存在。
情念に深く、死んだ後も萩を想う気持ちは残っていたけれど……。
影朧兵器である『反魂ナイフ』で蘇った存在は、記憶や感情はそのままでも、生きていた頃の梔子ではないのは確か。ある意味、魂が影朧に乗っ取られている、すり替わっているような状態。
一章は集団戦。
ふたりの周囲に漂う、生きていた頃の梔子の想いの残滓を貪ろうとする影朧たちを倒してください。
二章目は萩への説得となります。この結果により、三章の難易度が変わります。
三章目はボス、影朧となった梔子の姿形をしたナニカとの決戦となります。敵の強さ、萩と梔子の思い、結末を決着づけます。
それでは、何とぞ宜しくお願い致します。
第1章 集団戦
『『幻朧怪狐録』黒天金星の九尾狐』
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POW : 千変万化・天
戦闘力が増加する【様々な武具を装備した『鬼神』の群れ】、飛翔力が増加する【翼を持った『応龍』の群れ 】、驚かせ力が増加する【闇に潜み多様な獣の能力を操る『鵺』の群れ】のいずれかに変身する。
SPD : 千変万化・地
戦場の地形や壁、元から置かれた物品や建造物を利用して戦うと、【分身できる数と、回避率と、技能名「化術」】の威力と攻撃回数が3倍になる。
WIZ : 千変万化・人
【レベル×1体に分身し】【相手を油断させる弱者、相手を威圧する強者】【相手を誘惑する美人のいずれかに変身する事】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
👑11
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●断章 ~姿亡き、梔子の香り~
見えずとも、確かに夜の裡にあるのは女の慕情。
人を想い、愛を抱き、命が潰えても漂うもの。
ああ、これが生前の梔子という女性なのだ。
花は散れども、残り香として確かにある。
完全に喪われてなどありはしない。
何もかもを無かったことになんて、愛の元では出来はしない。
笑っていてと。
ゆったりと語りかけるような。
悲しんでいてと。
泣いてもいいの、痛みを堪えないでと。
まるで涙のように心に染むのは女の思慕。
死んでも男を想うのは、未練が過ぎるだろうか。
それでもと一途に想うのは、強すぎる思いだろうか。
だが、これが男を影朧の手から護っているというのは猟兵ならば判る筈。魔を祓う程の香気として表れている。
だからこそ、それを貪るべく。
外から蝕み、消すべく魔性の姿たちが夜に踊る。
闇より滲み出す影朧は黒き妖狐の姿を取り、女の思念を貪るばかり。
女の想いが尽きないのは、生きていた頃ならば。今は残り香としてあるばかりだから。
いずれは終わる。消えてなくなる。
それを愉しむが如く揺れるは金色の瞳たち。
黒狐は笑う。妬む。憎む。愛というものを。
ならば貪り尽くしてくれようと夜に踊る。
無力な愛が喰わて消える先に、九つの尾は愉悦に揺れた。
ああ、だからこそ、彼らは影朧。
救いの何たるかを知らず、彷徨う影法師。
護る為の香りして愛があるならば。
闇と影を払いて示す為の月灯りを、此処に。
鵜飼・章
ああ…厭な臭いだね
僕はこう見えて博愛主義なのだけど
世間は特別な感情だけを愛と呼びたいらしい
つまり僕が女の子に言われ続けてきたのは
「お前は地獄に堕ちろ」だという話
骸の海から追ってきた子も中には居たけれど
彼女さえ最後は「章くんなんか嫌い」と言ったよ
僕が誰の期待にも添えない反応をしたから
あの子…誰さんだったかな
確かに地獄に堕ちた方がいい
萩さんは僕に似ているけれど
半分違うから愛を識るんだろう
逢いたいな
だからきみ達は邪魔
UC使用
狐の天敵…狼にしようか
戦場内の死角から狼を喚び
粘着させ逃げ場を無くそう
僕の元まで追い込ませたら解体
追いつかれれば喰われて終わり
そうでなくても袋小路
怖い怖い
まるでそう、愛みたいだよ
誰かひとりを想うこと。
それを尊ぶべき特別、愛だというのなら。
きっとこの夜に漂う香りは安らぎ。
包み込むような、抱き締めるような、女の情念を感じながら。
けれど、優雅な微笑みを浮かべた青年は囁いた。
「判らないよ」
柔らかくも繊細に、ふるりと貌を横に振って続けるばかり。
何処か淋しそうに笑いながらも。
君もまた、判らないよと重ねるは、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)。
「ああ……厭な臭いだね」
ミステリアスな紫の眸で夜の奥を見つめながら、一歩、一歩と進み続ける。
自分だけの道を。
決して誰かと交わらない鵜飼だけの道を。
「僕はこう見えて、博愛主義なのだけれど」
気に入った全てを平等に愛し、愛でて、笑ってあげる。
それの何処が可笑しいのだろうねと、鵜飼は鴉の羽根に似て黒髪を風に靡かせた。
「どうしてか、世間は特別な感情だけを愛と呼びたいらしい」
たったひとりを想う気持ち。
一途に心を寄せ続けること。
それが尊く、気高く、優しくて素敵なものだと。
「まるで、ひとの心の中心みたいに言われると困るよ」
僕にひとの心の真ん中がないみたいじゃないか。
「これでも傷つくし、悲しむし、寂しがるんだよ」
だから、まるで愛という心の痛みを知らないと鵜飼に告げたいような。
この雰囲気、この情念が成す香気。
ああ、厭だねと美しい眉を潜めてみせる。
まるで『お前は地獄に墜ちろ』と責めてきた、彼女に似ている。
骸の海より蘇り、鵜飼を追いかけてきた子も確かにいる。
儚く美しい貌、優しく穏やかな声。緩やかな佇まい。
何より浮世離れした、鵜飼のその在り方。
どれも女の心を引きつけてしまうのだけれど、魔性の美でしかないのだ。
ひとになりたい鵜飼は、ひとではありえない。
「うん、彼女も最後は『章くんなんか嫌い』って言い放ったよね」
きっと、鵜飼が誰の期待に添わない反応をしたからだろう。
理解はしていても、鵜飼には変わることなんて出来はしない。
彼は、彼だけの道を往くのだから。
その最中で、歩幅とペースを緩め、誰かと手を握って先にという思考には至らないのだ。
ある意味、とても身勝手な男。
そして、だからこそ、興味と関心を引きつけて、暗闇を見せてしまう男。
決して、貴女の為にと泣く事も、手を握る事もないのだろう。
鼓動が脈打つ理由を、鵜飼は探しているけれど。
誰かの為だなんて、きっと辿り着かない。
それが鵜飼・章という存在なのだ。
「あの子……誰さんだったかな」
だから、きっと言われるべき言葉を、自らの唇から零すのだ。
「うん。確かに、地獄に墜ちた方がいい」
そう口ずさみながら、手に握るのは羅生門。
鴉の羽を模した解体用の黒鉈は、夜闇の裡でも艶やか。
持ち主である鵜飼の価値観そのままに、命を解体する妖しき刃。
「萩さんは僕に似ているけれど」
そうだねと、鵜飼は頷いて。
「半分違うから、愛を識るんだろう」
たった半分だけでも、ひとの心を持つから。
愛を識る。想い続ける。死という断絶を経てもなお。
「逢いたいな」
その言葉は、きっと萩が梔子へと届けたかった言葉。
でも、鵜飼が言えば意味が曲がる。捻れる。狂ったように逆さに。
けれど、鵜飼は決して自分の道を譲らないから。
「だから、君達は邪魔」
夜闇に踊る妖狐たちを、紫の双眸が見つめて、ふるりと睫毛が揺れた。
そうして紡がれるユーベルコードは、ひとつの悪い絵本のように。
狐の天敵として呼ばれた狼が走り抜ける。
貪るものから、狩られるものへ。
憐れにも、或いは皮肉にも落ちて変わったその身。
どれほど地を駆け、跳び、逃げ回ろうとも辿り着ける場所などひとつしかない。
それは、羅生門を携えた鵜飼のもと。
「追い付かれれば、喰われて終わり」
一匹の妖狐が狼においつかれ、無数の牙で肉の塊へと変わっていく。
それが終わりとしてまだ優しいのか。
死神のように薄く、儚く、佇む鵜飼の元に辿り着いてしまうのが、まだよい終わりなのか。
「そうでなくても袋小路」
ああ怖い、怖いねと鵜飼の薄い唇が笑みを浮かべる。
「まるでそう」
この厭な臭いの満ちる場所には相応しいねと。
ゆっくりと鵜飼の紫の眸が、妖狐たちを捉える。
「追い詰めていく姿は――愛みたいだよ」
そうして瞬く羅生門。
夜に羽ばたく魔性の翼のように。
命を詰んで、黄泉へと運ぶように。
鮮血が弾けて、赤い花のように鵜飼の背後で舞う。
愛を貪った妖狐は、何でもない肉の塊へと変わるのだ。
「やっぱり――愛なんてないよね」
肉塊となった妖狐の腹の内に、愛の欠片などないことを見て。
鵜飼は瞼を閉じた。
夜の静寂の中に、まだ、あの愛の。
厭な臭いを感じながら。
不滅なるひとの想いというものを。
「まるで、終わらない悪夢みたい」
そう鵜飼に呟かせながら。
大成功
🔵🔵🔵
レスティア・ヴァーユ
己の感覚を研ぎ澄まし
此処に梔子という女性の想いの残滓を、香気として感じ取る
ああ…と、其を感じ取り零れる感情は、己の何処から湧いたものだろう
―一度でいい、この様に、自分も想われてみたかった。
己を愛してくれる存在はいる。分かっている。だが、それはこれ程までに鮮やかで、華やかな色ではない
…理解している
恋慕も慕情も、覚える前に愛された
私は今、私が持っていないものに触れている
―ならば、これは守護すべきものだ。尊きものだ
この化生共を決して赦してははならない
我が身顧みず、敵渦中にて指定UCを下賤な獣共へと叩き付けよう
己が身を、歌声をこの様に使う事は、己を愛してくれる親友と…兄への冒涜だと分かっていても―私は
何処までも自らの感覚を研ぎ澄ます。
それはまるで水の裡へと入り込むよう。
五感ではない。光も、音も、そして匂いでもないのだ。
感じようとするものは漂う香気だけれど。
この甘くて、優しい夜の匂いだけれども。
感じ取り、掬い取りたいのは、その奥底にあるもの。
レスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)が触れたいのは、かつて生きていた梔子という女性の想いの残滓。
死んだとしても消えるなんて、出来なかったもの。
貴方を残して露と消え失せるなんて出来はしない。
抱き締めたい。伴にありたい。
笑わせたいと、もはや魂の残り香たる存在であろうと想うから。
それは純粋なる愛というもの。
私よりあなたを。
想い続ける、こころの欠片。
「ああ……」
ほのかにに暖かい情念を感じ取り、レスティアは冷たい蒼の眸を瞑る。
美しき貌を微かに震わせ、唇は何を形作るべきかと戸惑う。
胸の奥から、ほろり、ほろりと零れる何かの音色。
それがどんな感情を元にして、湧き上がるのかレスティアには判らない。
判らないけれど、どうしても魂の奥底で響くのだ。
――一度でいい、この様に、想われてみたかった。
理解はしている。
レスティアを愛してくれる存在はいるのだと。
頭でも、心でも、分かってはいるけれども。
けれど、与えられたものきこれ程までに鮮やかで、華やかな色ではなかった。
一途で、真摯で、自らを厭わないものではなかった。
そう、不滅なる愛とは、尽きせぬ愛とは、自分より相手を想う気持ちなのだから。
「……理解している」
恋慕も慕情も、心の底に芽生えるより早く愛された。
それは欲望に汚され、純粋に心を向けるという事をレスティアから奪い去ったのだ。
このように、身を儚んでなお誰かを想うなんて。
そんな白き薔薇のような純情は、もうこの心には宿らない。
踏み躙られた新雪には、元の清らかさなど戻らないように。
「私は……」
一息、吸い込めばそこに薫るは情愛のいろ。
鮮やかに笑い、華やかに歌い、そして、傍に静かに佇み続ける。
求めているのではくて。
与えるということを、喜ぶその色彩に。
「私は、私が持っていないものに触れている」
心の底から、誰かを想い続けることはできないのだと深く、深く消すレスティアは憶えるのだ。
鼓動と伴に、自らの心に刻み込む。
荒らされた純情と幼心に、もしも、と祈るように。
このように、誰かを想うことが出来るのならば。
私は貴女を倣い、貴女のように在りたい。
未練がましいと、例え誹られても、きっと明るく笑うような、その慕情に憧れを抱くから。
「――ならば」
するりと。
レスティアが鞘から抜くのは、蒼氷の如く透き通りし剣。
双眸と似通ったその色は、倒すべき敵の姿を捉えている。
必ずや誓うのだと、貴族めいた美貌と金の髪が鋭き美しさを称えている。
必ずや、斬りて払う。
赦すことなどあるかと、慕情の残滓を喰らう妖狐たちへと踏み込む姿は、何処か清廉なる騎士めいていて。
「ならば、もこれは守護すべきものだ。尊きものだ」
告げる言葉もまた、誓いし者の如く。
仕える主君も、掲げる理想の旗もなくとも。
レスティアは己が心に従い、果敢なる姿にて剣を構える。
金髪は夜風に揺れ、白き翼は暁を呼ぶようにはためく。
この化生の悉く、必ずや必滅させるのだと吐息を吸い込んだ。
純白の翼がはためき、化生の踊る場へと斬り込む。
まるで一筋の流星の光のように。
とまることなどない、想いの煌めきとして。
我が身を顧みずに斬り込んだからこそ、レスティアへと殺到する妖狐たち。
肉がある。想いがある。希望がある。
貪るべきモノを前に爛々と輝く、獣の金の瞳。
だが、如何に変化の術に長けた妖狐たちであれ、この距離ならば避けることも、守ることもできないだろう。
鬼であれ、竜であれ、鵺という化け物であったとしても、続く天使いの歌からは逃れられない。
こんな己を顧みぬ捨て身は、愛してくれる親友と兄への冒涜かもしれない。
身を案じてくれる想いを、知らないと無情に斬り捨てているのかもしれない。
そうだとしても。分かっていたとしても。
「私は――」
ここに抱いた希望を歌おう。
暁の星が響かせる音色として、蒼氷の刀身に増幅されたレスティアの声は、悪鬼へと変じた妖狐たちの姿を黒い霧のように散らしていく。
この声を、美しいと褒めてくれたひとへ。
この身を、美しいと微笑んでくれたひとへ。
なんと申し訳の立たない事だとしても。
レスティアは、胸に湧き上がったこの想いをとめる事など、できないのだから。
それは愛ではなく、自らに向けたものであれども。
――夢という星に焦がれ、希望という宙を飛ぶ翼なのだから。
大成功
🔵🔵🔵
生浦・栴
反魂ナイフか
斯様な物騒な物と云い、転生する影朧と云い
この世界はどうにも生と死や魂と魄といった境界が曖昧だな
まあ、俺の故郷に無くて良かったとは思う
依頼ならば全て他人事で済む故
さて、それでは悪食退治と行くか
今後の事も考えて、成るべく喰われず残す方が
置き去られた者の為にもなろう
狐狩りには過ぎた戦力やも知れぬが喰らうモノを召喚する
主な攻撃と回避は虎に任せ
俺は属性魔法で地形に干渉しよう
ぬかるむ地に氷で滑る足場では思う程にスピードも出まい
余裕があればKanoに雷を纏わせて触媒にし雷撃で撃ち払っておこうか
アドリブ、連携歓迎
叶えたい願いがある。
どれほどに歪んだ祈りだとしても。
万象、世界の通りから道を踏み外しても。
どうしても、どうしても、諦めきれないこの想い。
それを、もしも叶えるものがとしたら?
死別という永遠にして不条理な別れを、戻せるとしたら?
それに抗うことのできる者は、どれだけいるだろうか。
「反魂ナイフか」
生浦・栴(calling・f00276)の言葉の言葉が示すは禁忌のひとつ。
必ずや人に害成す影朧兵器であり、罪そのものだろう。
だが、それを手に取り……いいや、握り締めて縋ってしまうのが、ひとというものなのだ。
或いは、それを見越してこその呪物か。
「斯様な物騒な物と云い、転生する影朧と云い」
まったくと、吐息を零す生浦。
常より鋭い生浦の眼光だが、夜闇の奥を見透かそうとするようにその視線はより研ぎ澄まされている。
「この世界はどうにも生と死や、魂と魄といった境界が曖昧だな」
魂は天へと還り、魄は地にて眠る。
そのような通りはなく、むしろ、四季を問わずして咲き誇り、舞い散り続ける幻朧桜。
それのみが道理で、世界の法則であるというように。
此処だけ、どうしても何かが美しくも歪んで見える。
麗しさと裏腹に、どうしようもない影が潜んでいる気がする。
そう生浦が感じたのは、瞬間の錯覚だろうか。
いいやと、紫の眸が夜景に溶け込む桜花の姿を捉えて、ぽつりと呟く。
「まあ、も俺の故郷に無くて良かったとは思う」
何もかもが覆る世は、優しくても正しくはない。
どれだけ慈悲と癒やしに満ち溢れていたとしても。
それが必ずしも善き世界とは限らないのだから。
反魂ナイフという禁忌に縋り、罪に手を染めた男が出たように。
「依頼人ならば全て他人事で済む故」
無用な感傷は不要だと、薄く微笑んでみせる生浦。
それは逆に。
他人でなければ、どうなっていたか判らないという意味合いだったのか。
全ては生と死が輪廻によって導かれる美しく、麗しく、そして歪なるこの桜の世界が見せる幻影。
他の世界では、こんな事は夢でも叶わないというのに。
ならば、この世界はある意味では夢で、悪夢なのか。
「さりとて、答えなどでず」
決して答えのでない思案を断ち切るように呟く生浦。
夜闇の裡でもその気品の失せぬ赤髪を伴い、緩やかに戦の場へ。
妖狐が踊り、思念を貪っては笑う場所。
ひとによっては近づく事さえ忌避するであろう魑魅魍魎の跋扈する邪の集うその場へと、気負いなどなく踏み入れる。
「さて、それでは悪食退治と行くか」
眼鏡の奥、紫の双眸に鋭い光を宿しながら。
「今後の事も考えて、成るべく喰われず残す方が……」
輪廻転生ではなくとも。
魄となって地に眠りながら、男を見守れるならば。
「起き去られた者の為にもなろう」
世は複雑怪奇に満ちている。
生と死の隔たりは思ったより薄く、過去は未来を浸食して今に蘇る。
だとしても。
生きていた頃の思いは確かにあるのだから。
それを尊び、胸に懐いていて生き続ける。
それがせめてもの、生浦が見せて示す情なればこそ。
ここに牙を呼び寄せるのだ。
『餌の時間だ』
ゆらりと、闇の奥で瞬いたのは、夜よりなお黒き炎。
そして、低き獣のうなり声。
主人たる生浦の声に従い、世に姿を結ぶは闇炎を纏いし青灰の虎。
呼ばれたのだと足を踏み出し、身を震わせてその威を示す。
ただの虎ならず。
魔を喰らう魔虎にして、主たる生浦に服従を誓い、命をも捧げるもの。
低く響く唸り声に、妖狐たちは地形を利用して奔走する。
隙あらば襲い懸かるのだと。
あれに隙を見せれば、自分達など跡形もないのだと。
理解するが故に、その姿は逃げる兎であるかのよう。
そんな猛虎の背へと乗りつつ、生浦は告げる。
「狐狩りには過ぎた戦力かもしれぬが、構うまい」
その声に従い、飛び掛かる青灰の虎。
逃げようとした狐だが、途端、その足がぬかるみへと変じ、足が埋もれた。
それは生浦が操る属性魔法の影響。
周囲に水気を満たして泥沼の如く地を変え、或いは、氷結させて滑る足場に。
どれほど俊敏であれど、千変万化の術を持とうと、走る大地を利用出来ないのであれば、ただの狩りの獲物に過ぎない。
悲鳴を上げる間もなく、青灰の虎に頭部を喰われた妖狐は始まりの一匹に過ぎない。
地形に干渉する生浦と阿吽の呼吸を見せ、飛び交い、襲い懸かり、妖狐の群れを駆逐していく青灰の虎。
闇炎が舞い踊り、黒狐たちの屍を葬っていく。
「攻めも、回避も、全てお前に任せよう」
そうして主たる生浦は褒美のように虎のたてがみを撫でると共に、その手に嵌まる指輪を煌めかせる。
幾何学模様を描くように魔力と呪力を絡ませ、宿らせた指輪。そこに共鳴するのは、炎と光の触媒たる『Kano』。
そこに纏うは稲妻。
本来ならば秋雷――稲光を司る狐へと、その力を振るうのは皮肉か、それとも、もはや此れを司るにはあらざると告げて示す為か。
「さて、狐ども。もはや笑うことなく、疾くと影に闇にと散れ」
振るわれる生浦の手より放たれるのは、雷撃の放射。
眩い光は影を、闇を、その奥に潜んでいた妖狐たちを捉えて灼いていく。
それこそ帝都を、或いは、ひとの心に潜んでしまう罪の闇を払うように。
生と死。それが曖昧となっているのならば、生浦の手で確かな線引きを行う為に。
願わくば。
「これ程に香りとして残る、思い。だが……」
死で別たれど。
狐に貪られど。
決して尽きせぬ女の情念。
これが名残などなく旅立つことを、祈って。
「死後にも救いはあるだろう」
置き去られた者にも、その先を生きる中に救いがあると示す為にも。
絶望を払う雷光と、闇に潜む化生を狩る牙が駆けた。
大成功
🔵🔵🔵
クロム・エルフェルト
もし己が戦場の露と消えたならば
私もこのように、愛しきみを守る香を残せるだろうか
天に仇名し地を穢し。ヒトに害為す九尾の獣。
此の芳香、お前たちが食んでいいものでは無い。よ。
鬼に龍に正体不明
如何に化けたとて、斬ってしまえば同じ事
努めて冷静を保ちつつ間合いに誘い入れ
攻撃を紙一重に▲受け流し
返す刀で【抜刀術・椿】を放つ
嗚呼、どうか一つ尾とて油断召されぬよう
此の身、妖狐としては出来損ないの塵芥なれど
剣狐としてならば追随すら赦さぬ
「流水紫電」で足下に蒼の燐光纏い
敵の間を流るる水の如く駆け抜け
擦れ違いざまに▲切断していく
――明鏡止水
我が裡の水面は心に灯る月を映す
剣が心を映す鏡ならば
"この月で闇を祓おう"
さらさらと。
永久の桜が舞う夜景に。
もしも、と。
ひとつの終わりの可能性を浮かべてみる。
「私は……」
剣を携え、如何なる戦場にも挑むものだから。
心の脈動が訴える限り、臆することなどないのだから。
必ずや避けられない。いいや、見えたとしても避ける事のないひとつの終わり。
「もし己が戦場の露と消えたならば」
命尽きたとしても、志は不滅。
誰かが受け継いでくれると信じるから、怖れることはないけれど。
クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)は首を振るう。
すぅ、と藍の眸で夜闇の奥を見つめながら。
「私もこのように、愛しきみを守る香を残せるだろうか」
全霊を尽くして戦い。
未練なく、名残なく。
全てが燃え尽きるように果てた後に。
無の裡から、それでもと湧き上がる優しさ、愛しさで。
きみを抱き締められるだろうか。
刃を手繰るばかりの身でなお、残す者を慕情で包めるだろうか。
判らないと、瞬きをひとつ。
桜の如く潔く散ることを善しとしても。
クロムの胸にある情念は、どうなのだろう。
どうあるべきか判らなくて。
けれど、どう向かうべきかだけは確かだから。
一歩、一歩と戦場へと踏み出す、確かな道筋を示すだけ。
「――天に仇名し地を穢し」
クロムが告げるは静かなる声色。
凜と研ぎ澄まされ、揺るがざる心のいろ。
「ヒトに害為す九尾の獣」
クロムが鞘より抜き放つ刻祇刀に、確かに乗せて。
これより斬り払うべき化生たちへと、するりと切っ先を向ける。
曇りなきは、白刃よりなお鋭きクロムの眸。
「此の芳香、お前たちが食んでいいものでは無い。よ」
判らぬならば、切って捨てるのだと。
凛烈なる剣気を纏い、無数の妖狐が踊る闇の中央へと自らも踏み入れる。
途端、嗤うような遠吠えを見せ、千変万化の術を見せる妖狐たち。
荒ぶる鬼神は呪具にて大地を揺らし、吼える龍は翼にて風を喰らう。
闇に潜むは正体不明、多様な獣と病を撒き散らす鵺の姿。
どれもがひとつで天災となる存在。
それが百鬼夜行が如く、我先にとクロムへと殺到する。
けれど。
「それら、悉くが影でしょう」
するりと細められたクロムは微かにも揺れはしない。
鬼であれ、龍であれ、神仏の姿を取れども、双眸にて見据えるべきはただ相手の真実のみ。
虚飾を重ねる幻になど、心の水面が揺れるなどありはしない。
「如何に化けたいとて、斬ってしまえば同じこと」
故に、鬼と龍に先手を譲る。
鬼の大刀を誘いて避け、刃の風を吹かせる龍にひらりと身を翻すクロム。
悉くを紙一重で避ければ、ちりん、と鍔を鳴らせて刀を鞘に納めて一息。
どれ程の猛威であろうと、クロムの精神は静かなるまま。
けれど何処までも研ぎ澄まされているからこそ。
クロムの殺気も、剣気も、気配どころか姿さえ、僅か呼吸ひとつの合間に消え失せる。
動揺したのは妖狐たち。自分たちの攻撃が避けられたのみならず、クロムの姿も気配も見失ったのだから。
ならばその揺れた隙へと滑り込むは、稲妻の如き抜刀の一閃。
「嗚呼、どうか一つ尾とて油断召されぬよう」
奔り抜け、鬼を龍と両断して行く姿はさながら刃の息吹。
清浄なる剣気が、邪なる黒狐の魂たちをも斬り裂いていく。
「此の身、妖狐としては出来損ないの塵芥なれど」
留まるを知らぬ足捌きは、仙狐式抜刀術の要といえる秘奥――流水紫電。
その名の如く、流れる水のように清らかに。
けれど、紫電を纏いて駆け抜けた後に、蒼い粒子が舞い踊る。
全ては駆け抜ける刃の道筋を示すように。
振るわれるクロムの抜刀の剣閃は、留まることなどいと刻むように。
「剣狐としてならば追随すら赦さぬ」
擦れ違い様、鬼も龍も、潜みし闇ごと鵺を斬り捨てていくクロム。
なんとも静かで、凜として、なれど威烈を秘めた姿か。
優しく、甘い芳香を乱すことなく、ただ妖狐たちが花のように散っていく。
空を舞うが如く自由自在。
時を刻むかのような、その迅さ。
されども、その心はただひとつ。
「――明鏡止水」
斬るのは敵ではく、己の心。
相手を斬ろうとするから、乱れて揺れるのだ。
愉悦に嗤う妖狐はそれを理解しえない。
まずは己を制して振るうるう刃ならばこそ自在にして、敵に捕らわれることもない。
ああ、クロムが振るう剣、その道理は判らぬか。
だからこそ、妖狐は九尾であれど追随どころか影も見えないのだ。
「我が裡の水面は心に灯る月を映す」
剣風を伴いながら、クロムの唇が詠うが如く囁く。
月とは、自らより遠きもの。
自らの想い、願い、心という清らかな輝き。
ならばこそ。
「剣が心を映す鏡ならば」
欲に穢れた妖狐たちには理解しえずとも。
もしもを懸けて、クロムは剣にて告げる。
「"この月で闇を祓おう"」
この永久の桜が、輪廻という救いをもたらすならば。
我欲のみで生きた妖狐たちよ。
鏡の剣にて今は散り、眠れ。
誰かが為に在る想い。
その月灯りを標に生きる美しさを、次の生で識るように。
願わくば、この芳香の如き想いを懐けるように。
憐れなる影朧よ、クロムの刃風にて葬られよ。
幸いなる次へと向かうが為に。
そして。
――置いて消え去る、悲しみを拭えるように。
クロムの切っ先は静かに風を紡ぐ。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
「喚ばれた者も呼ばれたものも、本意ではないでしょう…お可哀想に」
「貴方達がどんな姿を取ろうとも。私にとっては、転生を願う影朧なのです。貴方が其れすら思い浮かべられないのなら。ごめんなさい、貴方の意思を曲げても、転生を願わせていただきます」
UC「侵食・幻朧桜」使用
分身しようがどんな姿になろうが、転生すべき影朧と捉えているので容赦一切なし
「…さあ。貴方も転生を願われませ。此の儘只消滅するのは、貴方も本意ではないでしょう?此処まで在り続ける事に拘ったのですもの。転生して、貴方の望む姿に生りなさい」
高速・多重詠唱で桜鋼扇に炎と電撃の属性付与
敵の直中に飛び込んで桜鋼扇振るう
戦闘後は転生願い鎮魂歌歌う
はらり、さらさらと。
優しく慰めるように、永久の桜が舞う。
命と死。巡る輪廻の裡が救いであるからこそ。
留まる影朧はただ悲しいのだ。
固執し、執着し、本来の想いをねじ曲げてまで、未来を妬む。
「ああ」
なんて悲しいこと。
きっと転生した先には、幸せがあるだろうに。
それでも巡ること、進むことを辞めた姿は、ただ悲しい。
「喚ばれた者も呼ばれたものも、本意ではないでしょう」
だから、せめてと。
自分が悲しまねば、想いの行き着く先はないのだと。
森の湖畔めいた翠の眸をゆるりと揺らすは御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)。
「……お可哀想に」
望んだことではないはず。
きっと心が求めるのは、こんな冷たい物語ではないだろうから。
だから終わりを告げ、次へと繋げねばと。
こつん、と足音を響かせ夜闇の裡へ。
尾を揺らして踊る黒狐たちの前へと、桜花は進む。
千変万化の術にして、数多の幻と分身を生みながら。
何処か嘲るような鳴き声を見せる狐たちに、桜花は静かに、優しく告げる。
「貴方達がどんな姿を取ろうとも。私にとっては、転生を願う影朧なのです」
例え、恐怖を煽る百鬼夜行の姿を取ろうとも。
それがどうしたのいうのだろう。
王の目には、全ては悲しく、救うべき影朧でしかない。
その真実は慰めと癒やし、幻朧桜の救済を待つものなのだと。
「貴方が其れすら思い浮かべられないのなら」
それでもと留まるからこそ。
邪念は渦巻き、怨念となったひとを傷付けるから。
その眼は曇りて濁り、もはや生きていたかつての光も失うから。
「ごめんなさい、貴方の意思を曲げても、転生を願わせていただきます」 しゃらりと。
鋼が擦れ違う澄んだ音色を響かせ、桜花の繊手で構えるは桜鋼扇。
桜の花びらの刻印は、これより葬る影朧への救いの印。
どのような姿を取ろうと、加減も容赦もしない。
桜花が信じるままに、この舞台を詠いて踊ろうと。
ひらりと桜鋼扇を踊らせば、夜闇に吹き込むは桜の花吹雪。
『幻朧桜と、貴方自身の願いさえあれば』
いいや、寂しいほどに暗い夜の裡に。
気付けば幻朧桜の林が産まれている。
夢幻のように儚く、美しく、それでもなお果敢に咲き誇るその姿。
桜花の囁く聲に、呼ばれたように。
幾つも、幾つも、数えきれぬほどに。
いいや、今もそれは増え続け、花びらをはらはらと零している。
涙のように、微笑みのように。
全てを包み込む、幻朧桜の慰めと癒やしとして。
桜花の願いを縁に、此処に在るのだ。
救われるべき影朧の魂を見つけ、導く為にあるその姿を見て。
泣きたくなるのは、きっと、美しいからだけではない。
無数の幻朧桜が立ち並ぶそこに、心の底、魂が願いを囁いている。
『貴方も転生出来るのだと……今、貴方の魂が、叫んでいるでしょう?』
それがこの世界の真実。
見れば魂が脈打ち、転生の希望で疼く筈。
幻朧桜の巻き起こす花吹雪は、悲しき影朧たちを包む。
「……さあ。貴方も転生を願われませ」
惑うように揺れる狐たちの影。
うまれた分身も、また子狐のように震えているから。
「此の儘只、消滅するのは、貴方も本意ではないでしょう?」
囁いた桜花は、妖狐たちの群れる真っ只中へと一息で飛び込む。
高速で多重に紡いだ火炎と雷撃を桜鋼扇に宿しながら。
吹き抜ける桜吹雪と共に、優雅に舞い踊る。
それは荒ぶる魂を鎮める神楽舞のよう。
敵の真っ只中。だというのに、一切の怖れも怯えも桜花にはない。
幻朧桜の慰めに抗う魂を、紅焔と雷花で撃ち据え、灼きながら。
その光で影朧たちの心に宿った闇を払うのだ。
「此処まで在り続ける事に拘ったのですもの。転生して、貴方の望む姿に生りなさい」
今である必要はないのだから。
憎み、怒り、嘆きは此処に置いて、捨てて。
癒やしと慰めに、清められておいきなさいと。
桜と炎と雷光の舞踏は、ふるり、するり、ゆらりと。
花びら渦巻き、影を払い、月光の如く澄んだ姿で。
全ての影を、妖狐の今の形を、歪んだ姿がなくなるまで続くのだ。
影朧を向こうへと葬った桜花の唇からは。
転生を願いて望む、鎮魂歌が奏でられる。
玲瓏なる聲は、夜の静寂を越えて、何処か遠くへ。
きっと、影朧の転生したその場所へと、辿り着くのだろう。
悲しくても。
あなたがそれに染まり続ける必要はないのだから。
――微笑んでください。
桜花の唇から、歌声が零れる。
転生し、産まれた落ちたその時は、まだ悲しさと憎さの名残で、泣いてしまっても。
抱きしめられる温もりをしれば、きっとその涙は幸せへと変わるから。
大成功
🔵🔵🔵
ロラン・ヒュッテンブレナー
○アドリブ絡みOK
置いて行った人と、置いて行かれた人…
未来の自分と大事な人たちの関係を連想しちゃうの…
二人が選ぶ結末、知りたいの
だから、最後のその時を過ごしてもらうために、きみたちは近づけさせないの
オーラ防御の結界で受け止めながら、相手の分析を進めるの
どんな相手でも、傷付けたり倒したりは心が痛いけど…
弱者でも美人でも、強者でも、倒すべきは倒す
ぼくの順番が来るまでは
だから、抵抗しなければ、静かに、苦しまずに還してあげるの
UCを高速詠唱して発動
浄化の祈りを破邪結界に込めて、飛翔せよ
近づくものから浄化していくよ
思い出を喰い尽くすなんて、ぼくは許してあげないから
大人しく骸の海に還ってね
紫の双眸が眺める先は遠く、遠く。
まるで夜闇の奥に、時の流れを見つめるように。
決して避けられない未来を見つめるよう。
いいや、違う。
こうなるかもしれないという姿を、想い浮かべて。
ふるりと、ちいさな身体を震わせるのはロラン・ヒュッテンブレナー(人狼の電脳魔術士・f04258)。
漆黒の髪から覗く獣の耳は、ロランが人狼病という証。
総じて短命なるその象徴。
ひとを置いて去るという、その証。
いいや、それを癒やしてみせるとロランは想い、誓うけれど。
どうしても心は揺れるから。
「置いて行った人と、置いていかれた人……」
ぽつりと、唇より零れるのは。
小さな、小さな、心の欠片。
この事件の噺を聞いて、感じて、考えてしまうこと。
「未来の自分と、大事な人たちの関係を、未来を連想しちゃうの……」
どうなるかなど。
定まった未来など、変えられない運命などないとしても。
どうしても想い浮かべてしまうから、震えた身体を、声を落ち着かせて。
確かなる眼差しで、妖狐たちの踊る姿をロランは見据える。
「……二人が選ぶ結末、知りたいの」
それが不幸ではなく。
幸いなる何かへと、辿り着ける筈だと。
信じたいし、願いたいし、そうであって欲しい。
自らの時とて、そうあれるように。
「だから、最後のその時を過ごしてもらうために」
その瞬間が、幸福であって欲しいから。
ロランは身を張り、妖狐たちへと立ち塞がる。
「きみたちは近づけせないの」
優しい残り香。
梔子という女性の残した情念を貪る妖狐を止めてみせると。
勇気を振り絞って告げるロラン。
もう怖れはしないと、前を向いて。
迫り来る妖狐たちをオーラ防御で張り巡らせた結界で押し留める。
一度は弾かれても、結界へと牙を、爪をとたてて砕こうとする妖狐たち。
更に狐たちは分身した上で変化し、自らの力を増すけれど。
ロランの眸はただ、真っ直ぐに見つめ続ける。
もう震えることも、逸らすこともなく、冷静に相手を分析して、分身も変化もただの『術』なのだと見定めて。
「どんな相手でも、傷付けたり、倒したり……」
そういうことは心が痛むけれど。
目の前にあるのが恐ろしく強気鬼であれ、惑わす美女であれ、倒すべきを倒すだけだと紫の双眸に鋭い光を宿す。
そう。
ロランの順番が来るまでは。
死神の鎌先に選ばれる、その時までは。
戦い続けるのだと、淡い光を手のひらのなかに。
「抵抗しなければ、静かに、苦しまずに還してあげるの」
そうして、高速の詠唱で発動するのはロランのユーベルコード。
『地に福音を刻み、空に柱となれ』
紡がれたのは破邪結界【Luce a spirale】。
魔や邪を滅する聖なる光が、夜闇を払うように湧き上がる。
そこに浄化の祈りを込めて、ロランは妖狐たちへと解き放つ。
『清浄なる風を呼び、浄化の炎を灯さん。ヒュッテンブレナー式破邪結界、飛翔』
そう、祈りを受けて聖なる光は飛翔する。
千を超える聖光は幾何学模様を描きながら、妖狐を浄化するべく夜を翔るのだ。
近づくものから一体、一体。
影朧というその身に詰まった魔を、邪を祓っていく浄化の光芒。
断末魔の悲鳴さえもあげさず。
さながらそれは万華鏡。
瞬きひとつで光線が模様を描いて変わり、闇を祓ってはまた別の姿を結ぶのだ。
飛翔した光の残滓を伴いながら、ロランは口にする。
「思い出を喰らい尽くすなんて、ぼくは許してあげないから」
それだけは決して認められないから。
せめて、せめて。
伴にと過ごした時間、記憶、そして感情。
そのぬくもりは、相手とも一緒に有り続けられるのだと。
信じて、願って、求めている。
世界の真実であって欲しいのだと、ロランの希求の祈りは放たれる光にも宿り、妖狐を滅していく。
せめて思い出、そのひとしずくだけでも大事にしたいから。
二人が選ぶ結末は、その思い出とともにあるべきだから。
「大人しく骸の海に還ってね」
ロランは静かに告げる。
もしかしたら、きみたちにもいたのでしょう。
いるのかもしれないね。
大切で、忘れたくなくて。
それでも置き去りにしてしまった、遠い昔のひと。
けれど、きっと骸の海では。
あるいは、この世界で咲き誇り続ける幻朧桜が導く転生の先では。
「きっと、出会えるから」
幸せに。
大事なひとに。
忘れてしまったから、きっと貪るばかりになってしまったのだろうけれど。
今は眠り、還って、巡って。
とある二人の結末の為にと、ロランは瞼を閉じた。
大成功
🔵🔵🔵
月白・雪音
…生きれば死する。命尽きた体は言の葉も想いも等しく語らずただ朽ちるのみ。
それは生あるもの、或いは死を根幹とする者すら逃れ得ぬ摂理です。
されど、それに反し影の核となる程の想い…、其れが災禍を伴い形を得るがこの世界の有り様。
想い合う2人の尊き慕情こそがその災禍の根源と変ずとあらば、
なんと悲しき末路であることか。
摂理に反する行いなれど、その想いの残滓が確かに其処に在るならば。
其れに別れを告げる為にこそ、黒き獣を狩りましょう。
UC発動、怪力、グラップル、残像を用いた無手格闘にて
見切り、野生の勘で相手の急所、攻撃を見極め一撃一殺
思い出は、想い出のままに。
…この世を滅ぼす愛で、とは誰が言った言葉でしたか。
幻朧桜が永久に咲き誇ろうとも。
はらり、はらりと花びらは散る。
どれ程に優しい世界でも、別れはあるのだと。
救いと慰めに満ちた花吹雪の中が、さらさらと流れていく。
全ては無常。
ひとつとして留まることなどありはしない。
それを知り得る儚くも果敢なる魂だからこそ。
きっと、静かなる吐息と共に呟くのだ。
「……生きれば死する」
雪が降り積もるような、穏やかな声色。
だが確かにと月白・雪音(月輪氷華・f29413)は夜のしじまに響かせる。
深紅の双眸は情動の色を滲ませることもないけれど。
語る言葉の奥底に、雪音の心はあるのだ。
「命尽きた体は、言の葉も想いも等しく語らず、ただ朽ちるのみ」
これもまた小さく、儚く、いずれは消え去るものだとしても。
響かせ、伝え、示したい。
感情や想いを顕すのが苦手でも、情がない訳ではないのだから。
この悲しい物語に、この指先だけでも届けたいのだと。
そっと花びらへと伸びる、雪音の細い手。
未来を変えるとは、生きている限りだけ許される特権。
物言わぬ屍と成り果てる未来を想うから、脈打つ心と伴に。
男と女。
或いは、生き残ってしまった者と、置き去ってしまった者の物語へと、触れようとする。
「それは生あるもの、或いは死を根源とする者すら逃れられぬ摂理です」
世界の道理。
決して踏み違えてはならぬもの。
死すれば露と消え果てるから、今という生を懸命に生きられる。
言葉にすればなんと陳腐だろう。
けれど事実に他ならないことは、戦場を巡る猟兵だからこそ深く感じている。
「されど」
だからといって、死別をよしと飲み込めるか。
湧き上がり、絡み付く想いが強く、深ければ深いほど、世の道理に頷くことなど出来はしないだろう。
「それに反し影の核となる程の想い……」
だから願う。求める。追い求める。
たとえ禁忌、罪に手を染めたとしても。
その返し風が如何なる形で吹こうともと、黄泉へと手を伸ばさずにはいられないのだ。
「其れが災禍を伴い、形を得るがこの世界の有り様」
そうして表れるのは影朧という災厄。
呼び寄せた者のみならず、周囲に破滅の風を吹かせる冷たき魂。
ああ、と。
微かに雪音は嘆息をあげて。
「想い合う二人の尊き慕情こそが、その災禍の根源と変ずとあらば」
するりと、夜闇へと踏み込む。
「なんと悲しき末路であることか」
二人の悲劇。その結末を変えるべく。
或いは、その罪咎を呼び寄せた影朧兵器、半魂ナイフこそを砕く為に。
戦の気配を纏い、雪音は黒き狐たちを見据える。
死しても残る情念を貪るは、情を解さぬ獣だからこそか。
或いは、憎悪にねじ曲がった存在だからか。
屋敷の周囲に漂うこんなにも優しき香の気配。
見守る事はあれど、喰いて笑うのは外道に他ならぬ。
「摂理に反する行いなれど、その想いの残滓が確かに其処に在るならば」
死すれば消える。
されど、全てをなかった事になど、したくないから。
過去という骸の海に還るべきものと。
今を生きるものの胸に抱かれるべきものは、違うのだと。
「其れに別れを告げる為にこそ、黒き獣を狩りましょう」
ふたつに幕引きを告げるべく、雪音はその身にて地を駆ける。
精神は何処までも静かに、穏やかに。
足音のひとつさえ、物静かに。
されど、真白き残像を伴いて速やかに黒狐へと迫る雪音。
花吹雪の間を、するりとすり抜けて。
痛みのひとつ、与えないように。
身ごと振り下ろした手刀が、黒狐の脛骨を撃ち砕く。
避ける暇など与えない。
瞬きより早く身を翻し、放つは地より螺旋描いて空へ昇る蹴撃。
急所を蹴り上げられた黒狐は地へと落ちる前に息耐えている。
そして、仲間の死を認識するより早く、雪音の拳が次なる黒狐を捕らえ、死を届ける。
速やかなる一撃一殺。
余計な苦痛も怖れもなく、冷徹なほどに精密に命を狩り取る武。
それは雪音にとっての慈悲なのかもしれない。
影朧という存在はまた、転生という救いがあるのだから、その道筋へと送るように。
白き武が、邪に染まった者を狩りて葬る。
ようやく反撃にと飛び掛かった狐を見切りて避け、擦れ違い様に抜き手を打ちこめば、鮮やかなる血の赤。
花吹雪でも覆い尽くせぬそれを捨て置き、ひらりと前へと踊り出て。
けれど、思い出したように雪音は呟く。
赤い、赤い花は愛を思わせたから。
もう散りて去るばかりの、男と女の想いに想えたから。
ああと。
雪音は喉より、か細く漏らす。
「思い出は、想い出のままに」
美しく、愛おしく。
大事なものなのだと、胸に抱きしめて離さずにいれば。
色褪せることなく、そのまま生きることへと背を押してくれるはず。
だからこそ。
「……この世を滅ぼす愛で、とは誰が言った言葉でしたか」
そんな誰かの戯言は捨て置いて。
貴方の愛は、彼女を救うのだと。
貴女の残した慕情は、彼を救うのだと。
どんなに心が痛もうとも、思いを抱きしめ続ける限り、きっとそう。
それを告げるべく、雪音は白き武に舞う。
今ある愛は、世界を滅ぼすものへと至らせなどしないのだと。
そして。
「この世を滅ぼしてもあなたへの愛を」
ただ、ふと思った言葉を、雪音は諳んじる。
「残したいと、届けたいと、そう思うのは果たして……」
罪なのか。
醜い、醜い、罪咎なのか。
雪音には判らないけれど、ただひとつ言える。
愛の欠片を利用する半魂ナイフ。
それは滅するべき悪逆の塊なのだと、それだけは確かに。
大成功
🔵🔵🔵
セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
まあ…気持ちはわからなくもねぇよ
何をやってでも、どうなっても
生きててほしかった相手なら俺にもいる
チラッと横目でアレスを見る
きっと真っ直ぐ、真摯に彼らを思ってるんだろう
この横顔がまた見れなくなって
その時に同じ手段を差し出されたら俺だって揺らぐから
けど…同じくらい大切にしてもらってるのも知ってる
きっと女もそうで、だから…だから…
なあ、アレス
ちゃんと…終われるように
守ってやんないとな
その為に…
歌い上げるは【暁星の盟約】
剣に炎の魔力を込めて攻撃力をガンガンあげる
今だけは、細かい事は考えない
ただ思いの残り香を喰らうふてぇ野郎をぶっ飛ばすことだけを考えろ
靴に風の魔力を送り
アレスが炙り出した敵との距離を一気に詰めて斬りつけるだけだ
敵が空に逃げるなら
アレス!
名前を呼んで、アレスの方へまっすぐ駆け出す
絶対合わせてくれるという安心感があるから
スピードは落とさない
軽く飛び上がって
アレスの盾に跳ね上げられるように上へ
そこから光の柱を足場にもう一段
逃がすわけねぇだろッ!
空中の敵を叩き落す!
アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎
ただ…もう一度大切な人に逢いたかったんだね
…頭では理解していても
理解すらも越えて突き動かすもの…それも想いなのだと僕は思う
けれど…それですれ違ってしまうのは悲しすぎるよ
傍のセリオスへ視線を向ける
…僕も君がいない日々は、出来れば探し続けたあの日々だけであって欲しいし
ほんの僅かでも…この心は揺らいでしまうかもしれない
けれど、君が大切だと想ってくれてるのを知っているから
…想いはきっと、明日へと歩む旅路の先で
また君に逢いに行く為の導となる
この残り香も…きっと萩殿にとっての導になれるよ
…ああ、セリオス
二人の路が悲しい終わりにならないように
僕らが守り抜こう
残り香は花籠のように風属性で守り
敵には盾からオーラ『閃壁』で立ちはだかる
群れを一瞬でも止めた隙に【天聖光陣】を地に展開
潜む闇すらも照らす光柱を一気に解放させる!
僕を呼ぶ声が聞こえたら
任せて、と盾を構えセリオスの跳躍を補助
さらに光柱を噴出させ、彼をさらに空へ
距離が離れていても
僕らは共に戦っている
敵が叩き落とされたら
光柱で灼き祓おう!
握り合うこの掌が。
ふいに消えてしまったらどうするだろう。
ただ、ただもう一度とと虚空をきる指先は。
何に縋り、握り締めてしまうだろうか。
喪失という悲しみを、痛みを知るからこそ、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の声は夜の裡にて静かに揺れる。
「ただ……もう一度大切な人に逢いたかったんだね」
その為ならなにだってする。
例え闇夜の底を歩き回ろうとも。
暖かなものを幾ら喪い続けようとも。
たったひとりの大切なひとに逢う為に、アレクシスは歩き続けたのだから。
「……頭では理解していても」
流れる血を見た。
転がる親しきひとの屍も。
それでもと歩き続けられたのは、裡にある絆が確かにあるから。
まるで心臓の奥で、あの黒い髪の彼を求めていたから。
ならば、もう一度、喪うとしたらどうだろう。
「理解すらも越えて突き動かすもの……それも想いなのだと僕は思う」
何をして、何をしないのか。
アレクシスにも判らない。
間違いも、罪も、何かも犯してしまうかもしれない。
艶やかな夜色を靡かせる彼は、それほどに大事なひとだから。
互いの体温を感じる程の傍にいて、欲しい。
「けれど……それですれ違ってしまうのは悲しすぎるよ」
アレクシスは騎士ではあるけれど。
その心は、たったひとりの為にある赤き一等星。
夜闇の中でも決して見失わないように。
ちらりと傍に控える、美しき青の眸へと視線を向ける。
まるで夜明け前を思わせるその静かなる青は、ふるりと瞼を震わせて。
「まあ……気持ちは判らなくもねぇよ」
繊細な容貌に、歌うような澄んだ声。
けれど、何処か尊大な口調を見せるむのはセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)。
何をやってでも、どうなっても。
それこそ自らの手がどれほど汚れ、穢れたとしても。
もう繋ぐ事さえ、躊躇うことになったとしても。
「生きていて欲しい」
ただそれだけを願った相手ならば。
もう一度、再開した時にこの身が穢れて、抱きしめらなかったとしても。
いいや、闇の汚泥に沈み、もう二度と巡り会えずとも。
「生きて、いればそれでよかった」
そんなひとならばいたのだと。
青い眸で、傍なるひとを流し見るセリオス。
けれど。
凜々しく、美しき姿で。
決して揺れないその佇まいと美貌に。
何よりふたりで往くこの道は正しいのだと、陽光のような微笑みを浮かべている。
アレクシア、お前が生きていればよかったのに。
それだけでよかったのに。
「その朝焼けみたいな眸を、ずっと見れるもんな」
幸せだよ、とセリオスが小さく囁けばアレクシスが何、と小首を傾げる。
知らない。気にすんな。
そんなぶっきらぼうの言葉でも。
お互いの言葉の裏にある痛みに、互いは気付きながら続ける。
「きっと真っ直ぐ、真摯に彼らを思ってるんだろう」
それこそ、光を求めるように。
ごく自然に、呼吸をするように祈り、求め、願っている。
縋った先が罪咎なるモノだとしても。
もしもセリオスが、再びアレクシスの横顔が見れなくなって。
もうこの手を握り返してくれなくなったというのなら。
半魂ナイフを差し出された時、決して突き返せない。揺らぎ、受け取り、そうしてきっと……。
「けど」
セリオスと同じ位、アレクシスは自分を大切にしてくれているから。
その証であるように。
決して別れることはないと、示すように。
セリオスの手のひらを、ぎゅっと握り締めるアレクシス。
強い指先は暖かく、確か。もう二度と離さない、別れないのだと告げるようで。
僅かに、嬉しくてセリオスの眸が揺れる。
「……僕も君がいない日々は、出来れば探し続けたあの日々だけであって欲しいし」
いっときとて、別れる時間があって欲しくない。
未来がどうなるかなんて判らないけれど。
「ほんの僅かでも」
もしも、別れて離れることがあるというのなら。
望まぬまま、世界より遠い隔たりをふたりの間の距離とされてしまったら。
「この心は揺らいでしまうかもしれない」
そういって、握ったセリオスの掌へと囁きと唇で触れるアレクシス。
きっと黄泉の先へと逝ったとしても。
必ず見つけて、救い出すよ。
いいや、自らがそちらに墜ちたとしても後悔なんてない。
煉獄とて、君とならば光の舞う硝子造りの花園に違いないから。
「けれど、君が大切だと想ってくれてるのを知っているから」
「俺も、何がってもアレスを想い続ける。それは、確かだから」
そうやって絡み合う思いと記憶は。
遠き距離を越えて、二人の再開を紡いだのだから。
もう一度、いいや、何度だって奇跡を見せてくれると信じている。
アレクシスとセリオス。ふたりの心が重なる限り、願うものへと必ず辿り着けると信じているから。
「……想いはきっと、明日へと歩む旅路の先で」
もう一度と。
騎士が忠誠を誓うように。
その唇で、セリオスの掌に刻むアレクシスの想い。
「また君に逢いに行く為の導となる」
無明の闇とて。
冷たい霧が広がり、迷うばかりの夜だとしても。
「僕は君の宵空の眸を見つけるよ。青い一等星」
「俺は朝焼けの眸が来ると信じるさ。赤い一等星」
互いの想いを、消え去らぬ星と信じるからこそ。
惑うことなく、踏み出せるふたり。
「でも。きっと女もそうで」
梔子という女の残した思いの香り。
優しく、甘く。慰めて抱きしめるような。
これもまた、誰かたったひとりを想うもの。
何と言葉にすればいいか判らず、セリオスの唇は幾度となく震える。
「だから……だから……」
言葉を受け取り、紡ぐのはアレクシス。
「この残り香も……きっと萩殿にとっての導になれるよ」
間違いなどあるはずがない。
この想いが、破滅なんて呼ぶはずがないと、優しく微笑むアレクシス。
ああ、ああと何度も頷くセリオス。
互いに影はあれども。
それに覆われるふたりではないのだから。
あえて口にする必要などなくとも、さあ、夜空を飛んで、越えて往こう。
「なあ、アレス」
囁くのは、必ずや成すという想いから。
もうセリオスの声は揺れず、しんっと夜の奥底まで響き渡る。
「ちゃんと……終われるように」
この想いを。
生き残った鼓動と心を。
「守ってやんないとな」
悲劇を許さないと、双眸の奥底で青い一等星が輝けば。
「……ああ、セリオス」
答えるのは赤き一等星。
凜々しも清らかに。
「この残り香も…きっと萩殿にとっての導になれるよ」
包み込むこの芳香のように。
全ての弱さも、罪も、背負うのだと。
セリオスのものならば、必ずやと誓うは清廉なる騎士そのもの。
「二人の路が悲しい終わりにならないように」
重ねた掌は別れるけれど。
それぞれが、道を斬り拓く為の光を握り締める。
「その為に……」
「僕らが守り抜こう」
ふたりで重ねるから、ひとつの台詞へと示される想い。
そうして暁光として閃く白銀の騎士剣と、微かな燐光を纏う白銀の大盾を構えるアレクシス。
騎士剣が巻き起こすのは清き風。
残り香をこれ以上、喪わせない為らと花籠を紡いで守るのだ。
ああ、守ることこそアレクシスの道だからこそ。
剣とて傷付けるより、護る為に翳されるのだと。
そして大盾から発せられる光、『閃壁』を伴って前へと躍り出れば、そのまま無数の妖狐たちへと立ちはだかる。
暁の光を憎むように妖狐たちが猛り、吼えて襲い来れど、アレクシスは微かにも怯まない。
アレクシスの銀光と黒狐の妖気が激突し、鬩ぎ合う瞬間。
『払暁の聖光を今此処に!』
大地に展開されるは裁きをもたらす聖なる光。
辺りを包む闇も、物陰に潜む闇も。
そして目の前の妖魔も全て照して祓うのだと、陣より湧き上がる光柱が暁払のように周囲を染め上げる。
鬼であれ、龍であれ。
そして何であると定めるかも難しい鵺であれる
「お前達は、闇にあってこそ変じられるものなんだろう」
アレクシスの指摘通り、聖なる光によって妬けていく姿。
魔性であり、魔物であり、怪異そのもの。
そんなものに、これ以上誰かを傷付けなさいとアレクシスはより強く地へと踏み込み、大盾を翳す。
その後ろ、高らかに歌い上げるのはセリオス。
『闇夜に最果てが迫る時、青き星はその空に暁を見た――暁を知る星よ! 深奥に眠る光を我が手に!』
美しく囀る黒き鳥は。
今や希望を告げる存在になったのだ。
いいや、アレクシスがいる限り、セリオスはそうあれる。
誇りであり、願望であり、懐きし果てぬ夢。
それがセリオスの生きて、進む力になるのだから。
「さあ、いくぞ!」
セリオスが刃『光閃』を纏う純白の剣、双星宵闇『青星』を構えれば。
熾火の如く灯った炎が、暁星の盟約が進むに従い烈火の輝きと威へと変わる。
今だけは、細かい事は考えない。
自らの掌も、また殺めた人々の血で汚れている罪人のそれだと。
萩という男と変わらぬとしても。
だからどうした。今もアレクシスがいる。それだけで十分。
ただ想いの残り香を喰らう、情無き獣を消すだけ。
図々しくも誰かを想い気持ちを喰らって嗤うなど赦せないだろう。
それで十分。
誰かの為ではなく、セリオスは自らの鼓動に従うのみ。
靴へと風の魔力を送り、一気に夜を奔る。
圧縮された風を吹き出すのは、靴に名付けた『流星』の名のままに。
アレクシスの光が炙り出した闇に潜むものへと一気に迫り、紅蓮の剣閃を繰り出す。
その姿はまるで燃え盛るの彗星。
光芒を瞬かせ、夜空を翔る想いの刃。
闇さえ灼く剣は、光に怯えた妖狐の魂ごと斬り裂き、次へ次へと踊るように戦場を巡る。
間合いなど無に等しい。
閃壁にて阻まれ、光閃にて斬り捨てられるのみ。
ならばと翼持つ応龍へと変じて空へと逃げるものも出のだ。
ただ無力で、阻むことのできない想いを貪るだけの獣だからこそ、逃げるに恥じなど想わないから。
青と赤の一等星、その心が持つ輝きなど理解できない。
「アレス!」
名前を呼ぶと同時に、セリオスは真っ直ぐにアレクシスへと駆け出す。
理由、どうするのか。
そんなものは二人の間で言葉にする必要もない。
絶対に合わせてくれるという安心感があるからこそ、スピードは落とさず。
むしろ、心より信頼するひとへ駆け寄る想いから、加速さえしても。
「任せて」
全ては判っているよと、柔らかく笑うアレクシス。
いいや、全ては判らないけれど。
「セリオス、君のことなら」
判っていると、信じたいから。
大盾を構え、セリオスの足場となるアレクシス。
跳躍の補助をすると同時に、更に光柱を一気に噴出させ、セリオスをさらなる空へと昇らせる。
ふたりなら重力という枷も、断ち切れると示すように。
「ああ」
ふたりなら、飛んでいける。
ふたりだから、翼があると信じられる。
何処までも往こうと、セリオスは光柱を足場にもう一段飛び上がり、応龍の頭上へ。
「逃がすわけねぇだろッ!」
烈火を纏う剣を諸手に構えて、螺旋を描くように刃を瞬かせる。
まるで赤い翼を纏ったように。
舞い散る火の粉が、夜の裡に広がって。
もちや力を失い、飛ぶことも出来なくなった応龍へと、アレクシスも剣を構える。
「そう、セリオスの言う通りだ」
逃れられる筈がないだろう。
想いを貪り、踏み躙る。
それこそが本当の罪と知れと。
大地に張り巡られたアレクシスの陣より立ち昇る光柱の姿。
「悲劇に喝采を送る悪趣味な獣には、退場を願おう
……!!」
三度、夜を白く染める光柱が迸る。
夜闇と邪狐を灼き祓い。
破滅に転がるばかりだった男と女の物語へ。
確かな光の道筋を示すように、アレクシスの光が閃く。
そう。
信じ続けることで。
喪わなかったふたりだからこそ、天と地より輝かせられるのだ。
この物語は喪われた物語だとしても。
心と想いは、決して消え果てることなどないのだと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 日常
『結んで飾って』
|
POW : 自分で水引結びに挑戦してみる!
SPD : 可愛い小物やアクセサリを見てみる!
WIZ : 熨斗とかポチ袋とか、実用品を買っておこう
|
● ~断章 萩の心、開きはしても ~
ああ、本当は気付いている。
梔子の眸の奥底に、慕情ではないものがあることを。
生前の彼女ならば決して抱かないものを、俺に向けているということを。
――それは俺への殺意。
優しく、明るかった梔子。
心が半分だけの俺に、それでも十分すぎる幸せを感じさせたくれたひと。
だから君が望むなら、死んでも構わない。
どうせ心の半分は上手く動かない。なら、残りの半分を君にあげるだけだ。
黄泉で共に、傍にいるだけ。
何故。どうして。
そんなことは関係なく、梔子が望むのなら俺にとってそれが正しい。
けれど。
夜を経るごとに優しく、明るかった表情が翳っていく。
物静かに、けれど、隠せない程の悲嘆と憎悪がわき上がる。
蘇らせた俺が憎いと、許せないなら構わない。
でもこれはきっと違うのだと、半分だけの心でも理解できるほどの生々しき悲憤の感情。
決して、梔子が懐かない感情に。
俺は殺されてよいのだろうか。
そんな疑問が過ぎり、愛しい筈の梔子を抱きしめているのに遠い気がして。
「縁結び、か」
そんなものに頼ろうなど。
半魂ナイフという禁忌の上に、更に神頼みなど。
なんと未練がましくあるのだろう。
清々しいほど真っ直ぐに、梔子の望むコトを聞けばいいのに。
「ああ……」
薄らと思っている。
判っている。
あれは梔子ではない何かなのだと。
姿形は似ているとしても、ねじ曲がった何かなのだと。
たまに屋敷の周囲に漂う、優しく甘い芳香こそ。
梔子そのものな気がして。
俺はまた、くしゃりと笑った。
しっかりと、泣いて涙を零すことさえ出来はしない。
救いたいのか。
救われたいのか。
永遠の桜は、はらはらと散りゆくばかり。
ふたりならば必要などない筈の。
花を模した縁結びの紐飾りへと、指を伸ばした。
過ちは、愛という花の上で幾らでも重ねられる。
愚かしい程に一途な想いならばこそ。
==========================================================
解説
第二章は説得となっています。
縁結びの品々を扱う店の前で、男、萩を『生き返った梔子』はもう別の存在だと気付かせてあげてください。
薄らと認識し、自覚はしても、『独り』では心の底から認めるつもりはないようです。
心が半分と云っていますが、周囲だけではなく、自分の事も感じるのは苦手なのかもしれませんね。
なお、『梔子のような存在』は、確かに男へと殺意を向けています。
今も屋敷の周囲に漂う、本物の梔子の想いの残滓に阻まれ、行う事は出来ずにいるだけで。
時間帯は夕暮れ。
人寂しき、黄昏に染まる頃です。
また、説得などが思いつかない場合は縁結びの品々など、想いを浮かべる心情、日常シーンとして使って頂いても構いません。
説得相手としてだけではなく、ただの話し相手として萩に向かい合ってもいいでしょうし、人と触れることが、何かしらの良い結果に繋がるかもしれません。
あまりにも想い浮かばない場合はこの第二章に参加されなくても大丈夫です。その場合でも第三章で採用を継続致します。
ただ萩のこれからを決めるのは、皆様の言葉次第。
それでは、どうぞ宜しくお願い致します。
鵜飼・章
こんにちは、死神だ
信じなくても良いけど
きみが呼んだから来たには違いない
それでどう
きみが死ぬ?彼女を殺す?
十秒で決めなよ
僕はどちらでも構わない
…ふふ
十秒で決まれば神頼みはしないよね
まず迷っている事を認めるべきだ
きみの半心を生贄に捧げても
梔子という名の怪物が完成するだけだ
縁で辛うじて繋がれているそれは
愛の楔を喪えば災いの種を蒔く
欠けた心で想像してご覧
きみ達がいた日々を破壊する火種は
きみが愛したひとの形をした獣だよ
きみ
彼岸に居る『本物の』梔子さんに
逢いにゆこうと考えていないかな
答えは無意識下にある
それでも惑わすのが愛なのだろうね
紐飾り、買っておけば
きみが愛に責任を持つ人間なら
神も悪いようにはしないさ
散り続ける幻朧桜、その花吹雪の影に佇むように。
はらはらと。
時も四季も問わずに散る花びらの狭間にも音も無く顕れた儚げな青年の姿。
穏やかで優しく、繊細なる美貌は。
けれど、こちらとあちらは異なるっていると告げるよう。
それが鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)の何時もではあっても。
物語の登場人物めいたその在り方は。
生と死の境界があやふやで。
いつも桜の幻に包まれたこの世界では、より存在感は際立つのだ。
「こんにちは、死神だ」
だからだろう。
静かに告げらる、浮世離れした言葉に。
どうしようもない説得力を覚えさせるのは。
儚く、美しく、それこそ夜桜のような優しげを滲ませがら。
鵜飼を見て、声を聞くものに湧き上がらせるのは恐怖なのか。それとも、異なるモノへの畏敬なのか。
ただ。
「信じなくても良いけれど」
「…………」
どちらでも構わないよねと。
鵜飼は柔らかく微笑んで、遺された男である萩を見つめる。
薄い紫の双眸は、萩の奥底にある心を見据えるようにとても静かなまま。
「きみが呼んだから、来たには違いない」
その意味を。
死神を呼んでしまうようなことをしたのだと。
間違いや嘘ではなく、ましてや鵜飼の狂言とも思えない響きをもって、伝えるのだ。
「ああ」
来てしまったのかと、萩も薄い笑って。
「呼んだのかもしれない。連れ去らないでと云えば、死神は優しく来るものだ」
「本当にひどい奴だね」
鵜飼と萩はあまりにも穏やかに言葉を交わす。
ひどいのは現実なのだと、萩は視線を伏せて。
鵜飼は謎めいた微笑みを浮かべて、桜舞う空を見上げる。
「それでどう」
命に、魂に触れた手ならば。
死神から逃れることは出来ないよと。
「きみが死ぬ? 彼女かを殺す?」
ああ、本当にひどい奴だよねと。
ふたつにひとつだなんて、人間は一番嫌がるんだもの。
死神を名乗った鵜飼はそう笑って、続きを紡いだ。
「十秒で決めなよ」
触れられない花吹雪へと、そっと手を伸ばして。
風に攫われるようにして逃れた花びらをじっと、鵜飼は見つめる。
「僕はどちらでも構わない」
順当に彼女が死ぬのか。
身代わりにと君が死んで、死神の手を逃れるか。
ふたつにひとつを迫るなんてひどい奴だよと。
けれど、それが世界のルールなのだと鵜飼の眸が静かに語る。
騙すことなんて、出来はしないのだから。
「……俺、は」
ならば、逃れる事もできる筈がなくて。
さらり、はらりと。
花びらの舞い散る軽やかさで、十の数えは過ぎ去っていく。
「……ふふ」
悩み苦しむ、萩の姿。
それを見て何を思うのか、鵜飼は微笑むばかり。
「十秒で決まれば神頼みはしないよね」
つい、と視線を縁結びの紐へと向ける鵜飼。
こんなものに頼るのは、心が揺れている証拠だから。
「まずは迷っている事を認めるべきだ」
自分の心にも疎い萩。
半分だけの感情は、自分の気持ちも自覚し辛いということ。
だからこそ判るかい、と囁く鵜飼。
まるで絵本の筋書きを語るように、とても優しく、優しく。
「きみの半心を生け贄に捧げても、梔子という名の怪物が完成するだけだ」
博愛として全てを愛する鵜飼だからよく判る。
どうして、たったひとつの愛と心で満足出来るだろう。
半分しかないのならなおさらで、怪物というものはとても貪欲なのだ。
「縁で辛うじて繋がれているそれは」
記憶と、感情と。
今までのもので結ばれているだけで。
「愛の楔を喪えば、災いの種を蒔く」
化け物というのはそういうもの。
見た目は麗しくとも、一度放たれれば血と悲劇を貪るばかり。
だから。
「欠けた心で想像してご覧」
けっして、けっして。
鵜飼を知る者ならば、語ることを認めないだろうことを、唇より零すのだ。
「きみ達がいた日々を破壊する火種は」
それでもと、愛を求めたひとを。
困ったものだと、笑って見捨てるような存在なのに。
「きみが愛したひとの形をした獣だよ」
或いは。
そんな悪夢をよく知るからの鵜飼なのか。
想いと情緒。深く絡み付くそれらを、微笑んで払いのける美しい悪夢。
或いは桜の奥に佇む死神のよう。
萩にはそのように思えて、ただ俯くのみ。
このような者が前にたった以上、死と破滅からは逃れられないのだと。
指を強く握り締めるだけ。
どうすればもう一度、梔子の手をと。
願いを想い浮かべるだけ。
「きみ」
だからこそ、鵜飼は重ねるのだ。
心に残った傷跡を、丁寧に爪先でなぞるように。
「彼岸に居る『本物の』梔子さんに、逢いにゆこうと考えていないかな」
それが償いというのならばと。
想っているのならば、間違いだと。
心で感じる痛みばかりは、半分ではないだろう。
それを間違いだと知っているきみは、きっとまだまともなのだ。
「答えは無意識下にある」
「……ああ、しなかった。まず最初に考えて、しなかったそれを、今更、意味はないだろう」
ぽつりと言葉を漏らす萩。
痛みに満ちて、揺れる声色。
「せめて――梔子の思い出を、半分の心の隙間に残っている彼女の想いを、喪いたくは、なかった」
それが答えなのだねと。
頷いて、頷いて、柔らかく笑ってみせる鵜飼。
「それでも」
いまでもなお。
この瞬間であっても。
「惑わすのが愛なのだろうね」
さくりと。
降り積もった桜の花びらを踏みしめて。
するり、ゆらりと擦れ違っていく鵜飼。
言いたい事は言ったのだと、満足そうに目を細めて。
けれど、ああ、と忘れていたことを言葉に浮かべる。
「紐飾り、買っておけば?」
「後追いの首括りの紐も買わなかった男が?」
「きみの愛の形はそういう、傷と痛みを伴うものではないだろう」
だからきみは今耐えられない。
そういう今だから、萩の指先が撫でた花飾りの紐をと。
「きみが愛に責任を持つ人間なら」
さくり、さくりと桜を踏みしめて。
ひとの心なんて判らないけれど。
神様なんてもっと判らない、意地悪な存在だけれど。
「神も悪いようにはしないさ」
まるで人間とは思えない。
とても軽やかな足音ばかりを残して。
鵜飼は表れた時のように、花吹雪の隙間に、影にと消えていく。
――答えは決まっているよね
聞く必要はないと、鵜飼が決めたのだから。
鵜飼が誰かを待つ筈などないのだ。
死神が来たのだから、物語の魂は運ばれて終わる。
たただそれだけのこと。
誰に呼ばれたかなど、死神はすぐに忘れてしまうけれど。
だから、誰かのための死神なんてありはしないのだけれど。
それが鵜飼という存在なのだから。
ざわざわと、桜が泣くように風に揺れた。
大成功
🔵🔵🔵
ロラン・ヒュッテンブレナー
○アドリブOK・絡み×
あなたが、萩さん?
ぼくはロラン、猟兵で魔術師なの
あのね、萩さんに、聞きたい事があって来たの
ちょっとだけ、お話聞いて?
蘇った梔子さんは、ほんとに梔子さんだった?
えとね、どうこうって言いたいんじゃないの
人と違う存在になって蘇っても、自分でいられるのかなって
ぼくにも大事な人が居て、ぼくは、きっと、残して逝っちゃう側だから…
蘇って、姿も性格もぼくのままでも、ほんとにぼくでいられるのかな?
あなたにとっての梔子さんは、どう見えてる?
自分でなくなるのは恐いの
でも、もっと恐いのは、ぼくが大事な人たちを壊さないかってこと
今でも、狂気と戦ってるから、よく分かるの
萩さんは、これからどうしたい?
優しき色合いの幻朧桜。
或いは、慰めたる夢の色に染める景色にて。
ひょこりと。
可愛らしい小さな姿を。
獣の耳と、尻尾と、手を連れて。
表したのはロラン・ヒュッテンブレナー(人狼の電脳魔術士・f04258)。
紫の眸を憂いの色に濡らし、揺らしながら。
「あなたが、萩さん?」
静かに佇むように。
或いは、寂しげに花吹雪の中に残ったように。
立ち続ける萩へと、ロランは言葉を向ける。
僅かに目を細められれば、ロランは自らの胸に手をあてて語るのだ。
「ぼくはロラン、猟兵で魔術師なの」
「猟兵で、魔術師……」
朴訥と。
或いはなんとも冷淡な反応を見せる萩。
だが、どんなに小さくとも、そこには確かに感情の揺れのようなものをロランは感じるからこそ、一歩と踏み込む。
それは相手の大切なものを傷付けるかもしれない一歩。
大事にと懐くものへと、語るしかないのだから。
「あのね、萩さんに、聞きたい事があって来たの」
出来るだけ優しく、丁寧に。
萩の心の傷を、開かせないように。
語りかけるロランの真心が通じたのか、萩の視線がロランにと重なる。
決して反らさないのは、ロランの語る事を大事なことだと捉えているから。
猟兵で、魔術師。
そういう存在ず自分のもとに来る理由なんて、梔子しかありえないから。
ああと。
少しの諦めを感じさせながらも。
「ちょっとだけ、お話聞いて?」
小首を傾げながらロランが問い掛ければ、ああ、と頷く萩。
それはロランの心の寄り添いを感じたから。
この子は自らに害を成すものではないから。
何時も傍で舞い散る幻朧桜より。
優しいものだと、半分だけの心でも感じたから。
だから、単刀直入にと告げられても逃げも、顔を逸らしもしないのだ。
「蘇った梔子さんは、ほんとに梔子さんだった?」
「…………」
それは萩が隠していることではあるから。
半魂ナイフ。それを用いたことも。
ましてや人が蘇るということも、決して公にはできない。
だが。
死神を騙し、黄泉から連れ帰ることなんて出来はしない。
むしろ騙されるのは自分のような凡人で、ロランのような存在が糺しに来る。
それが物語の王道というものだと、萩も深く自覚しているのだろう。
けれど。
「えとね、どうこうって言いたいんじゃないの」
それが間違っているだとか。
正しいものへと、強引に変えていくだとか。
そういうことをロランは求めているのではないのだ。
違うのだ。
ロランの寂しげな、心の奥で痛むように揺れる眸は。
「人と違う存在になって蘇っても、自分でいられるのかなって」
大切なひとを喪った者が、その大切なひとを取り戻せるのか。
死がふたりを別つまで。
そんな誓い文句はあまりにも虚しいのだと。
死がふたりを隔てた後でも、まだ先があって欲しい。
そんな命を越える想いの、切なる想いがロランの眸の奥にはある。
萩とて覚え、懐き、そして今も悩みて揺れる最中のそれ。
「ぼくにも大事な人が居て、ぼくは、きっと、残して逝っちゃう側だから……」
それは生きて残った萩に。
置いて去らざるを得なかった梔子の想いを考えさせること。
「蘇って、姿も性格もぼくのままでも」
一度、黄泉に渡ったという事実を抱えたまま。
或いは、死した後という不確かな路を経てなお。
「ほんとにぼくでいられるのかな?」
そのままでいられるのだろうか。
愛し、愛されたままでいられるのだろうか。
確かなことはひとつもないというのに。
愛というものは、ただでさえ繊細で儚い、花のようなものに。
「あなたにとっての梔子さんは、どう見えてる?」
さらさらと。
答えられない沈黙を埋めるように、桜花が散る。
「彼女は、梔子は……」
僅かに躊躇って、萩はそれでも口にする。
愛を想うならばと。
誰かを想い続ける心にならばと。
「少しずつ、笑わなくなった」
それが違和感なのだと。
抱きしめている梔子が、梔子ではない気がするのだと。
「少しずつ、梔子の笑顔ではなくなった……」
瞳に浮かんだ殺意のことには触れずとも。
痛みを伴う萩の声にロランは瞼を閉じて、ふるりと身を震わせる。
「自分でなくなるのは恐いの」
とても、とても恐ろしいことなのだと。
当たり前。全てが消えてなくなるのだ。
心も記憶も、繋いだ想いさえ。
ひとつの風に吹かれて、何処か果てなく散ってしまう。
追いかけることなんてできないほど、遠くへと。
「でも」
と、震える声でロランは紡ぐ。
もっとも恐ろしいことを。
そもそもの願いとはと。
「でも、もっと恐いのは、ぼくが大事な人たちを壊さないかってこと」
そうだ。最初に祈って、願って、求めたのは。
死を覆すことではない。
永遠に伴にいて、互いが互いを傷付けないこと。
壊さずに、愛し合うということ。
死んで残すという傷と悲しさと、痛みを与えたくないから、ロランは問うように。
生き残って、寂しさと哀しみに暮れるのは耐え難いことだけれど。
互いの想いが、互いを傷付けて壊し合う悲劇こそ耐えられなかった。
「今でも、狂気と戦ってるから、よく分かるの」
しゅんと萎むようにおちるロランの耳。
人狼病という拭いがたいこの業病に。
それでもと抗い続けるロランだけれど、ひとより儚いこの命は、何処まで愛しいひとにより添えられるだろうか。
痛みなんてなければいいと想うけれど。
愛するが故に疼く痛みもまた、大事なものだから。
ぎゅっとロランは手を握り締めた。
傷つけ合わず、ただ愛し合う場所。
そんなの夢物語か、それとも歌の歌詞のようだけれど。
「萩さんは、これからどうしたい?」
それでも。
禁忌と判り、戻らぬと知り、それでも縋るように半魂ナイフを握った萩ならば判るはず。
この世に今はないものでも、求めてしまう。
それが奇跡といわれるものだとしても。
「俺は」
掠れた声が零れ落ちる。
「……俺は、もう一度、梔子に梔子の笑顔を浮かべて欲しい」
「うん」
こくりと、優しく頷くロラン。
全てを判っているとはいえない。
それを言っていいのは、梔子というひとだけ。
同時にロランの全てを判っていると言っていいのは、きっと……。
「そうだよね」
頷いて、言葉を添える。
半分だけの心の男に、道筋を示すように。
「そのひとの幸せらしく、笑って欲しいよね」
無理をせず。
幸福の中にいるように。
微笑む姿を、優しき桜吹雪の中にと浮かべるふたり。
きっと、ある筈なのだと。
無力なまま縋るのではなく、心の底から信じ抜いて。
大成功
🔵🔵🔵
レスティア・ヴァーユ
縁結びの、紐飾りか……
貴方の相愛の方であれば、本来ならば要らない物だ。
その想いは――あの屋敷を取り巻く、優しく甘くも華やかで、尚も一途な想いにこそ捧げるものだ。香りと言われても…何の話か、分からないかも知れないが。
それでも、それを感じ、私は貴方に在るべき存在の『かたち』を確かに感じた
―貴方の想い人を、語ってはいただけないだろうか?
それは、とても尊く思えた。私にはとうに喪われたものであるから
相手の話を聞き、
「それを聞き、改めて思い、貴方に問い掛けたい。
その縁結びの紐飾りを、貴方の語った感情そのものである『彼女』に、捧げる意味はあるのか?
――貴方自身の手で、その心を『異形』にその感情を渡すのか?」
本来ならば互いより伸びる筈なのに。
一途に思い合う相手へと繋がり、結びあい、絡まるもの。
それが愛。慕情というものなのでは。
禁忌に手を染めてでも取り戻したいものとは。
双方より相手へと向かうものなのではと。
――ならば。
片方からのみ手繰り寄せようと。
取り戻そうとするこれは、如何なるものだろうか。
冷たき蒼の瞳に思案の色を揺らすはレスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)。
陽光を思わせる金の髪は、花びらを攫う風の中でさらりと靡くも。
その体、視線、存在とでもいうべきものが揺らぐことはない。
「縁結びの、紐飾りか……」
迷い、考えはしても。
直感めいて湧き上がる想いに、レスティアはただ従うだけ。
誠実なる美貌はただ真っ直ぐに、今を生きて、心を巡らせる男、萩へと向けられる。
「貴女の相愛の方であれば」
店に並べられた、縁結びの紐にレスティアは触れて。
それを棚に戻すようにと、視線で萩へと促す。
「本来ならば、これは要らない物だ」
理由を告げるレスティアの声の、なんと澄んだものか。
玲瓏とした声色は氷同士が擦れ違うような冷たさと軽やかさ。そして、男のものだというのに儚い色気を感じさせる。
いいや、それは情念を知る男だから出せるものなのだろう。
「それでも縋りたいと思われるのだろう」
だが、と語りそうになった萩を制して静かに続けられるレスティアの言葉。
歌のようだと感じるのは。
信仰の祈りの如き、ひとつに向けた思いがそこにあるから。
揺らぐことのない、貴き芳香への思いが。
「その想いは――あの屋敷を取り巻く、優しく甘くも華やかで、尚も一途な想いにこそ捧げるものだ」
ああ、と。
レスティアが貴きと思うことも。
大切だと心を向けるのも。
本来ならば萩の筈。
いいや、萩という男のみに許される特権なのだ。
愛されているということ。
梔子という女の愛を受けているのは、この広い世に萩ただひとりなのだから。
それに気付かぬ痛ましさに、レスティアは瞼を落とす。
「香りと言われても……何の話か、分からないかも知れないが」
悲しきは、萩という男もまた瞼を閉じて、視界を塞いでいること。
梔子がいないという現実に向き合えず。
周囲に漂う彼女の想念が香りという形を取れど、気づきもせず。
抱きしめるという形を求めて、半魂ナイフに縋ったということ。
ああ。
違うのか。
「香り、香りか。……ああ、梔子はいつも優しい香りがしていた。消えた、後も」
つらつらと。
小さな感情のさざなみを交えて萩が呟く。
「それを感じる度、彼女を思い出して。匂いではなく、笑顔が見たくて」
その笑顔に抱きしめられたくて。
萩は縋ったのだと、禁忌に触れた己が手を見つめる。
そう、男が気付かぬ筈がないのだ。愛した女の残滓に。
むしろそれが喉に絡み付くようにして、呼吸さえままならぬようになったというのであれば。
より、擦れ違うばかりの悲劇だろう。
「それでも」
擦れ違うほどに。
死してもなお、想いは近くにあったのだ。
半分だけの心でも、気付けない筈はないのだとレスティアは言葉を強めた。
「それでも――『彼女』を知らない私でも、『それ』を感じ、私は貴方に在るべき存在の『かたち』を確かに感じた」
今、縁結びに触れて、縋ろうとすること。
そのなんと歪つであることか、気付かない訳がないだろう。
ならばこそ。
レスティアは半分だけの心、その奥底に沈んだ想いを、記憶を、想い浮かべて欲しくて。
「――貴方の想い人を、語ってはいただけないだろうか?」
それは、とても貴くも、尊く想えたから。
護るべきものだと。
届けられ、抱きしめられるべきものだと。
「私には……とうに喪われたものであるから」
潰えてはいない、その想いを語って欲しいと。
レスティアの視線を受けて、萩はゆっくりと唇を開いた。
声は乾いていて、掠れていて。
淡々とした口調は、表面からは哀しみも痛みも感じさせないけれど。
「よく笑う女だった。私の分まで笑えば、それで幸せになるのだと。ひとの倍は笑い、泣いて、怒る女だったよ、梔子は。よく変わる顔と声が――好きだった」
つらつらと並べる言葉から滲む哀愁。
痛みより、なお辛い何か。
「信じていたよ。彼女はひとなみより心が過ぎるのだと。だから、足りない私の傍にいれば、ちょうどいいのだと」
今、思い返せばと。
顔をあげて、空を見上げる萩。
そこに思い描くひとの貌があるのか。
じっ、と強い眼差しを向ける。
「満足に泣くことのできない私にとって、涙のひとだった。満足に愛することができない私に、愛を差し出してくれたひとだった」
私の心はひとなみではないのだと。
落胆したことはあったけれど。
「梔子に愛される欠点であり、彼女が居座れる欠落の穴だというのなら、それでよかった。……ああ、こんな退屈な男をそれでも想ってくれるひとだからこそ」
愛したのだと。
指先で再び、縁結びの紐をなぞる。
糾える縄の如く、過ぎると足りないを互いで分かちあった。
「ふたりで、ふたりだったんだ」
そうして。
「ひとり残されたら、ひとりでさえなかった。ふたりでようやく、『人間』として生きていたんだ」
それが幸せの形。
今はただ寂しすぎるのだと。
不安はそこからわき上がるのだと、零す萩に。
「それを聞き、改めて思い、貴方に問い掛けたい」
レスティアは正面から向き合い、視線を逸らすことなく言葉を向ける。
ひとなみではない心にも。
深く感じて欲しいから。
梔子という女性のことならば、誰より深く、強く、感じて欲しいから。
「その縁結びの紐飾りを、貴方の語った感情そのものである『彼女』に」
ふたりで、ふたり。
ひとつの人間の幸せと暮らしだったというのなら。
「捧げる意味はあるのか?」
もはや捧げているだろう。
心から魂まで、互いが互いへと渡して、捧げているだろう。
だからふたりで、ようやくひとつのふたりなのだ。
だというのに。
僅かに、声を強くするレスティア。
いいや、口調に心の波をいれずにはいられないのだ。
「――貴方自身の手で、その心を『異形』に、その感情を渡すのか?」
あれは異形なのだと。
蘇ったものは、もう前の梔子の形をしていても。
心の底は違う、全く異なる形なのだと。
「それは、明け渡すというのだ。奪われるというのだ。貴方の心ではない、彼女への愛が、だ」
剣のように真っ直ぐに突き刺すレスティアに。
萩は首を振るった。
それだけは嫌なのだと。
彼女に、梔子に求められれば心臓とて捧げるけれど。
それは、彼女への愛だから。
彼女以外に、この心を渡せない。
それでもと、縋りながら。
それだけはと揺らぐ萩。
頼りないか。笑ってしまうか。
なあ、と。
もういない女へと、声は投げられ、桜の中に溶けていく。
大成功
🔵🔵🔵
クロム・エルフェルト
姿形は似通えど
裡には闇冥、海の澱
哀しきかな
其れは最早別物でしかない
尾の静かな擦れ音で緩やかに▲催眠術をかけ
手に持った水引の色を赤白に見せる
萩殿、噺を一つ
「剣聖」をご存知だろうか
乱世を善しとせず
衆生の慟哭を悼み
剣の道に「活人」の光を灯す事で
血河を止めようとした御仁
彼の反魂者も志は尊く
孤児を集めて剣を教えはしたが
終いは弟子の悉くを凶刃に掛けた
私は、その唯一の生き残り
お師様は今も猶
何処かで其の名を穢しているだろう
梔子殿の名は
今なら未だ穢れずに済む
今ならば未だ、間に合う――
▲催眠術を解き
水引の色を元の黒銀へ戻し
萩の前にそっと差し出す
本物の彼女の残り香が
完全に霧散してしまう前に
どうか別離を済ませて欲しい
どれ程に姿形は似通えど。
裡には闇冥が募るばかり、所詮は骸の海の澱でしかない。
いいや、姿が似れば似るほど。
呼ぶ声が近ければ近い程に心は痛むのだ。
擦れ違うように、ただ哀しき音色を立てる思い。
だってそれは最早、別物でしかないのだから。
愛していた筈の存在はもう異なる何か。
歪み、捻れ、翳りて狂う何かの妄念。
ならばせめてと。
せめての終わりを手渡そうと、桜の舞う世界を歩むのはクロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)。
手向けとなるだろうか。
花のように美しくあれるだろうか。
剣に生きて、それに進む者としてクロムは正しく答えを紡げずとも。
自らの心に従い、尾をするりと揺らす。
穏やかな擦れ音は心を惑わして、ゆったりとした夢へと誘う。
男の心の奥底にひっひりと。
本音たる部分に歩み寄る為に。
「萩殿」
クロムは声をかけつつ、そっと手に持った水引を掲げて見せる。
赤と白。祝福を飾るその模様と色合い。
けれど違う筈だと、俯くクロムの貌は告げている。
そう知っている筈。
催眠に容易く掛かるのは、それを見たいから。
そうであって欲しいという願望を、妖狐の技で投影しているから。
つまり。
祝福の色合いに結ばれるなど現実ではないと、萩も判っているのだろう。
だからこそ。
「噺を一つ。『剣聖』をご存知だろうか」
ふるりと。
睫毛を揺らし、藍色の双眸で萩を見上げるクロム。
さてと、悩むように萩が思案するのは『剣聖』と呼ばれる者は多くはなくとも、その在り方は一様に違うから。
ならば、クロムの語る剣聖とはと思案する傍らで。
「乱世を善しとせず」
剣を振るう最大の舞台を。
それでも否と、悲しむ心の刃たること。
「衆生の慟哭を悼み」
弱き者、いまだ脆き心にも寄り添った。
感傷など弱さだと笑われる世だとしても。
ならば今の時代が間違っているのだと、握る剣に誓うように。
「剣の道に『活人』の光を灯す事で」
弱いとしても、虐げられることにはならない。
強いとしても、あくまで人として活きるだけ。
そして、ひとであるならば、心に剣と鞘を携えるならば。
「血河を止めようとした御仁」
志となりてひとの悪夢たる戦を止めるのだ。
誰も彼も、『剣聖』の如くあれのだと。
誠に強いのはその剣の技ではなく、修めた志なればこそ。
過酷なる路であろうとも、どうして理想へと切り開けぬというのだ。
光は確かに、この胸にあるというのに。
「心にこそ、強さを求めたひと……ということか」
「そうです。そうだった」
萩の言葉に小さく頷くクロム。
これは噺ではなくて、過去を語るものだから。
「そして、彼もまた反魂者として蘇り……そして悲劇はそこで」
クロムは瞼を伏せて、首を左右に振る。
痛ましい悲しさを、ひっそりとその裡に滲ませて。
それでもまるで流れる水のように、さらさらと。
変わらぬ旋律で紡ぎ続ける。
「彼の反魂者も志は尊く」
それはきっと愛と寸部、変わらぬ程。
誰かひとりを思うことと。
世の全てを思いやること。
どちらが尊いかなんて、決められる筈がない。
「孤児を集めて剣を教えはしたが」
ただ、そんな思いも一度、黄泉たる骸の海に浸ってしまえば、歪んでしまうのだ。
「終いは、弟子の悉くを凶刃に掛けた」
どうしてそうなったなど、判る術はない。
骸の海に一度墜ちればそうなるのかと、虚しく頷くしかできなくて。
「……私は、その唯一の生き残り」
悲劇というべきか、惨劇と告げるべきか。
血塗られたその路の果ての生き残りだと、クロムは自らの胸へと手をあてて示す。
知っているのだ。
反魂者がどれほどに哀しく、狂っているのか。
破滅に向かうしかできないのか。
「お師様は今も猶、何処かで其の名を穢しているだろう」
遠くを眺めるように語るクロムの声は、静かながらも傷ましく。
何ができるのかと、生きるからこその道を探している。
まだ『剣聖』が、お師様が生きて示していた頃の『活人』の剣を以て、何が出来るだろうかと。
世界は無常。
必死で掴まねば、夢幻として過去は消え失せる。
「それでも」
ああ、けれど、いまだと。
クロムは萩の心の奥底へと、願いをかけるように言葉を向けた。
「梔子殿の名は」
血と、屍と。
殺意の刃という、おぞましいものに。
「今なら未だ穢れずに済む」
骸の海、その澱に侵食されずに終われるのだ。
美しい花を美しいままというように、記憶を懐いて。
愛しさを、そのまま、愛しいと生きる限りに囁き続けられる。
それが悲しくて、痛いことであっても。
濁らず想い続けられる。
「今ならば未だ、間に合う――」
萩という男が生きて、思い続ける限り。
梔子は、彼女との愛は泡沫として流れて消え去らないのだから。
どれほどに残酷な世界であろうとも。
血河を止め、光を灯そうとした『剣聖』の過去と技もまた、変わらずに在るのだから。
誰かの胸にと、抱きしめられ続けられる限り。
歪むことなんてないのだから。
「どうか、萩殿。その想いを、事実こそを大事に」
そういって、クロムがするりと尾を振るえば。
解かれる催眠の術。染められて見えた色が、元に戻る。
祝福される門出の赤と白。
それが葬られるべき黒と銀に。
終わりの色へと、戻ってしまう。
「そうだ。……生きて、死んで、別れたのだ俺達は」
それが事実であるのだと。
クロムに差し出されて、萩はしかりとその手に握る。
今までみていたのは、夢だったのだと。
けれど悪い夢として変わり果ててしまう前に。
「本物の彼女の残り香が」
それを確かに、萩が捉えていられるかは判らない。
或いは捉えていても、それが悲痛さを呼び起こすこととて。
それでも。
「完全に霧散してしまう前に」
残された時は多くはない。
反魂という禁忌は元より、魂が一所に留まるのは善くないこと。
ならばと新しい生を。
より幸ある来世へと、笑って見送って欲しくて。
「どうか別離を済ませて欲しい」
でなければ、未練は互いに絡み付いて。
互いの喉を絞め合うばかりだから。
殺し合うなど、なんと悲しきことか。
その愛が。
互いを結ぶ想いの紐が。
涙だけではなく、赤黒い血で染まるなど。
どうして、認めて許されよう。
大成功
🔵🔵🔵
生浦・栴
萩を探しがてら手頃な菓子に手を伸ばす
帰れば甘味を喜ぶ者は多いので
さて単刀直入に行こう
お主、本当はもう分かっておろう?
望みとはかけ離れた状況になって居る事
昔、お主のように黄泉から愛しい男を蘇らせようようとした女が居ってな
反魂ナイフとは別の手法で実験している処を押さえたが
実験体の小動物は明らかに別のものになって居ったよ
…此のまま愛しい身の内に
此のような物を容れておいて良いのか?
(懐のオーブから漏れる怨嗟をわざと聴かせ
覚えて居る者が死に絶えた時に人は完全に死ぬと云う
お主は自分の生きている間だけでも、彼女を生かして遣れば良いのでは?
俺の話の結末か?
忘れて貰った
方法は創れば良いだけの事
お主も忘れたいか?
ふらりと桜の花びらと共に街を歩けば。
見つけるのは、帰れば出逢うひとの笑顔。
きっとこの菓子を持ち帰れば喜ぶだろうと。
いいや、甘味を好むのだからきっとこちらの方だろうと。
巡り、巡りて。
思い悩めば、浮かぶのは自らの笑顔。
ああと。
帰ればいるひとの事を思うの幸いなのだと。
生浦・栴(calling・f00276)は噛み締め、反面に思う。
帰れどひとりならば、街の手土産にも、花のひとつにも気づけないのだろう。
今や縋るように縁結びに手を伸ばす萩は、梔子の喜び手土産を考えるのだろうか。
気づいて、思だ出せるのだろうか。
判らないが、少なくとも――梔子が何を好んでいたかを覚えているのも、萩なのだ。
ならばこそ時も惜しい。
言葉を並べても、あの情念の残滓を待たせるだけ。
天と地に還り、巡りて巡ることこそ幸いならば。
「さて、単刀直入に行こう」
萩の前に立つ生浦。
世界の理に反するほどの過ちを犯しているからこそ。
生浦のような存在を呼び寄せ、こういう場を作るのだ。
「お主、本当はもう分かっておろう?」
逃げようとしても逃げられぬ。
足掻こうとして、より深みに沈むだけ。
生浦の奇妙なほどに穏やかな、達観の色にて澄んだ眸に見つめられて。
萩は小さく、吐息をついた。
どうあれ、判っている筈なのだ。
そもそも未練を懐く程に愛するのなら、多少の変化とて見逃さない。
それでもと。
どうしても諦めきれないのは、ひとの常かと生浦も小さく息を零して。
「判っておるよな、望みとはかけ離れた状況になって居ること」
生浦の前では嘘など意味を持たないと。
するりと細められた紫の眸に、萩はゆるりと首を立てに降った。
「ああ。そして……」
「――それでもと」
そうして、生浦は萩の言葉を受け取る。
諦められるのなら、反魂ナイフという禁忌に手は出さない。
気付いた時に、もう逃げている筈だ。
だというのにこの場にいるということは、ひとりではもうどうにも出来ないということ。
半分の心に、ふたりぶんの愛を抱いているのだろう。
ならば語らねば。
それは所詮、他人からすれば御伽のようなものであっても。
自らに似た道を往った者の末路ならば、心に届く筈。
そうでなければもはや救いようもない。
それでも、と。
何度でも言葉を紡ぐ、ひとの心。
なんとも。
執着というべきか、愛情というべきか。
或いは憎悪にも似たこれは、なんと語るべきなのか生浦にも悩ませる。
「昔、お主のように黄泉から愛しい男を蘇らせようとした女が居ってな」
この女もまた言っても聞きはしないだろう。
痛みや傷となって、ようやく気付くのだ。
いいや、或いは。
「お主たちは、どうも痛みを引き摺りすぎているのだろうな」
永劫に言えぬ激痛を、深き傷痕を心にいれているのか。
さてはて、どうなのだろうかと生浦は言葉を浮かべ。
「どんなものでも、破滅を予感しても、それを手に取るのは何故だか」
お主には判るのだろう。
そして、それを判りたくはないと万人は思うのだ。
悲劇を眺めるからこそ美しい。
本当は愚かさで繰り返されるだけのことだというのに。
「まあ、お主の半魂ナイフとは違う手法。それを実験していていたのだが」
生浦はそれを取り押さえたのだ。
だが、その実験の果てとはなんとも悲しく。
そして、やはり愚かしい結末を残すだけだった。
「実験体の小動物は明らかに別のものになって居ったよ」
ああ、それこそと。
声色をゆらりと揺らす生浦。
「愛という心。生きるという命。その両方を弄り、黄泉から取り戻そうなど、都合が良すぎるのだろうな」
奇跡というにはあまりにも輝かしいが。
それでも、あり得てはならぬもの。
「故に世は、禁忌には罰をもって返す。そう」
生浦は言葉にしながら懐へと手を伸ばす。
取り出すのは、赤黒い色合いをしたオープ。
闇い水を紅い呪いで縛し練ったそれは、内側から波打つように色合いを変えながら、水音に似た怨嗟を響かせている。
「……此のまま愛しい身の内に」
そう、永久にこのように。
例え始まりが、遺されたモノの愛と献身だったとしても。
「此のような物を容れておいて良いのか?」
世の道理を狂わせれば、全てが狂う。
歪み、呪い、憎むのだ。
波打ち遊ぶ呪怨めいた水音。
それは愛が元だとしても、全てはこのように果ててしまうと。
世界の無常さを伝えるようで……。
「さて」
それに萩が侵されきる前に、生浦は懐の奥へとオーブを隠す。
このようなモノ、決して求めたわけではないだろうから
「このような終わり、姿を女に求めておるわけではなかろう」
ならば決めよと。
どのような幕引きを望むのか。
「歪んだ愛と命など、続けるどころか、取り戻せておらんのだ」
此処ならばまだ引き返せると、するりと細められた生浦の紫の眸が語る。
萩が沈黙するならばと。
更に重ねられる生浦の声。
「覚えて居る者が死に絶えた時に人は完全に死ぬと云う」
風が花びらと共に、ふたりの間をすり抜けていく。
何処にいくのか。
何処でその花びらは果てて、朽ちるのか。
知ることは出来ずとも。
「お主は自分の生きている間だけでも、彼女を生かして遣れば良いのでは?」
梔子を胸に抱いて、生き続けることはできるのだと。
それが今できる、伴にということなのだと。
生浦が告げれば、萩は頷いた。
言葉が出ないのは沈黙ではなく、渦巻く思いと考えがありすぎるから。
何かひとつと、正しいものも出てこない。
だからこそ、どうなったのかと生浦の語った女の噺の終わりを求めれば。
「俺の話の結末か?」
くすと冷たく笑ってみせる生浦。
それがひとつの答えになるのであればと。
「忘れて貰った」
全てはなかったことにしたのだと。
それを悲しいと思う者さえ、いなくなったのだと。
ならば、もはや愛による悲劇にもなるまい。
「方法は創れば良いだけのこと」
ただそれだけ。何か特別なことなどありはしない。
「お主も忘れたいか?」
ならば優しい、優しい忘却をと。
心の底から沸き立つ痛みの波音を消してやろう。
そう生浦が唇でなぞれば。
「いいや」
首をふるって、ようやく声を出す。
「梔子のくれた痛みなら……それでも、せめて……抱えて生きたい」
「ならば、好きにせよ。そう、好きに」
もはや思いに繋がれ、留まったせいで澱んだ思いはない筈だと。
濁るような思いと終わりは、訪れない筈だと。
生浦は瞼を伏せて、小さく笑った。
それでも、と。
なお言葉を重ねるのが、ひとなのだろうな。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
「お辛いでしょうけれど。貴方の奥様を、此れ以上寂しい存在にしないで頂けませんか」
店から少し離れた所で話し掛ける
「貴方の愛した奥様は、喜んで貴方を手に掛ける方だったでしょうか。奥様の殺意と恋慕が、屋敷の外迄他の影朧を呼んでおりました。奥様の心が、随分影朧に食い荒らされたからだと思います」
「貴方を愛して、守りたくて、それでもどんどん影朧に食い荒らされて。程なく奥様は、貴方を殺めるでしょう。1人殺せば歯止めが効かなくなります。次は御両親か、親しい友人が殺される事になります」
「寂しいから自分と同じ存在になって欲しい。影朧はそういう存在です。殺しても寂しさは埋められない。だから次々、助けて欲しくて殺していく。殺せば殺す程、寂しく哀しく辛くなっていく。奥様を今も深く愛していらっしゃるなら、奥様にそんな想いをさせないで頂けませんか」
「今なら未だ、奥様は貴方への愛だけを胸に転生出来ます。生前の奥様を愛していたならば、奥様に貴方を殺させず見送って頂けませんか。殺意が愛を上回る前に。奥様が悲しみ苦しむ前に」
死してもなお残る魂を。
慰め、導くことこそ幻朧桜の使命にして誇り。
はらはらと、降り積もり続ける花びらは。
何処までも優しく。
けれど、世の境界線を示すもの。
次の世にてうける幸いの色を、見せるもの。
ならばと、深く吐息を吸い込むのは御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)。
桜の精として示してみせよう。
輪廻がもたらす転生。
それが救いに見えないこともあるだろう。
それでもと、送り出さずに抱き止めるしかできないことも。
だって死んだ後は見えないのだから。
どれぼとに幻朧桜が優しい色合いで覆ったとしても。
死んだあとはただの断崖。
底の見えないほどに深い穴に落ちていくだけ。
もう戻れない場所へと逝ってしまうだけ。
本当にそんな場所が幸いなのだろうかと、迷うがひとならばと。
翠色の眸を真っ直ぐに見据える桜花。
示してみよう。
この言葉で、私の行いで。
幸いに繋がる筈だと、真摯なる思いで。
真っ直ぐに向き合うのは、ふらりと風と花に吹かれる萩。
「お辛いでしょうけれど」
静かに、穏やかに声をかければ。
萩の視線がつい、と桜花へと向く。
何名もの言葉が届けられ、もう梔子は、愛するひとは元の存在ではないのだと。
確かに認識しているのだろう。
ならば、桜花は言葉を止めるなどない。
「貴方の奥様を、此れ以上寂しい存在にしないで頂けませんか」
そう、愛するひとを。
此れ以上、寂しい存在へと変えないで欲しい。
寂しく、悲しい思いを胸に抱かせないで欲しいのだと。
優しさと慰めたる、桜の精として告げるのだ。
店から少し離れた場所で。
他の誰にも声の届かない場所で。
「貴方の愛した奥様は、喜んで貴方を手に掛ける方だったでしょうか」
そう、萩が誰からも聞いて欲しくない言葉を。
ナイフを突き刺すような鋭さで桜花は示す。
そうでもしなければ、この半分だけの心の男は気付かないから。
いいや、愛するほどに頑なとなって、認めないだろうから。
ただ優しいだけでは届かないのだ。
桜花はゆっくりと瞼を閉じて、言葉を重ねていく。
「先日、お二人の屋敷を拝見致しましたが……」
そこにあったのは女の慕情。
死んでも抱きしめたい。
悲しみ続けず、笑って欲しい。
そんな優しい思いが、甘い香りとなって有り続けた。
けれど、反面。
「奥様の殺意と恋慕が、屋敷の外迄他の影朧を呼んでおりました」
それは一度死んだが故に、存在が歪んだから。
或いは、呼び起こした魂は愛するひとのそれではないからか。
「……奥様の心が、随分影朧に食い荒らされたからだと思います」
確かにそこにはあるけれど。
気付かず、掬わずにいれば、果てるもの。
ましてや死したあとの思いの儚さたるや、影朧に貪られるばかり。
どれほど尊い思いでも。
優しい愛だったとしても。
肉体という器を喪えば、褪せていくのだ。
なんとも悲しい噺。
けれど、そこに救いをもたらすが幻朧桜だと。
ふるりと、桜花は首を振るう。
「貴方を愛して、守りたくて、それでもどんどん影朧に食い荒らされて」
思いが、心が。
純粋たる愛というものが。
影朧という淀みに飲まれていくのだ。
それを食い止めることなど出来はしない。
そもそも、転生へと向かうのがこの世界の道理。
無理をして留まっている今の時点でもう無茶をしているのだから。
このままでは悲劇は必定。避けることなど出来る筈がない。
「程なく奥様は、貴方を殺めるでしょう」
愛しいひとの貌をして。
愛を囁いたあの唇で。
触れ合った指先で、貴方の最後の吐息を食む。
それでいいのかと、桜花は問うように翠の双眸で萩を見つめた。
「1人殺せば歯止めが効かなくなります」
いいや、貴方は。
貴方は、彼女に殺されても本望だとしても。
ひとりの死で終わらないから、悲劇と破滅だというのだ。
「次は御両親か、親しい友人が殺される事になります」
「…………」
何ら理由も根拠は述べずとも、反論は起きない。
それだけ桜花の声に悲痛が混じっているから。
何処までも純粋に、人の生と死と、輪廻と転生を想っているから。
幾つもそういう悲しいものを見てきたのだと。
舞い散る花びらに触れようと、たおやかな指先を虚空に伸ばす桜花。
「寂しいから自分と同じ存在になって欲しい」
自分という存在が悲しいものだと判っているから。
あなたも悲しく、憎らしく。
そういうものに堕ちて欲しい。
その為に、ああそうか。殺してしまえばいい。
死して影朧と変わり果て、私と同じものになってしまえばいいのだと。
「影朧はそういう存在です」
でも。
「殺しても寂しさは埋められない」
私は見て来たのだと、桜花はただ真っ直ぐに萩を見つめる。
語ることが嘘であればいい。
優しいものであれば、なんとよいことかと。
桜の如き優しさを、その眼差しの裡で揺らしながら。
「だから次々、助けて欲しくて殺していく」
声をかけて、助けてと呼べればいいのに出来ないから。
もうひとり殺してしまったから、もう後戻りはできなくて。
立ち止まることさえ出来なくなって、次々にその腕を血で染めていく。
「殺せば殺す程、寂しく哀しく、辛くなっていく」
深い海底の穴へと落ちて、溺れていくように。
もう引き戻せない場所へと流れていくのだ。
その悲しさ。
その虚しさたるや。
何と語ればいいのだろう。
だから想像して欲しいと、空に手を伸ばす桜花。
そこに舞う桜は優しく。
今ならばまだ、もたらす救いがある筈だから。
「奥様を今も深く愛していらっしゃるなら、奥様にそんな想いをさせないで頂けませんか」
もうそれしかないのだ。
深く、深く愛するならば。
桜に過ちを重ねるではなく。
桜に託して、次へと見送ること。
「それをどうか、許してください」
貴方は、萩は、それでもまた痛むかもしれないけれど。
心は永遠の傷に苛まれるかもしれないけれど。
きっと、それでもマシなのだ。
「奥様への想いと傷を抱いていれば、いずれ桜の導きは貴方へと巡るはず」
百年たとうとも。
また巡り会える筈だと。
小さく桜花が笑えば、くしゃりと萩も微笑んだ。
何とも泣きそうな顔は、頭と心で判っていても、愛ばかりはざわめいているかのよう。
ならば。
まだ静々と風に浮かぶ花の如く。
幻朧桜の代理として、語りて告げるだけ。
「今なら未だ、奥様は貴方への愛だけを胸に転生出来ます」
そう、今ならばまだと。
影朧に食い荒らされど。
死という離別を経てもなお。
光ある場所へと、愛するひとを送ることが出来るのだ。
胸に純粋な愛を、花束のように抱きしめて。
見送るということ。
その為に、桜の導きへと従うこと。
それがせめて、今を生きる遺されたものに出来るこなのだ。
「生前の奥様を愛していたならば」
離れることを互いに望まぬとしても。
想う相手の幸せを望むことを愛というのだから。
その傍らに、自分がいなかったしても。
幸せに笑っている姿を想う一途さこそを、尊き愛と呼ぶのだから。
確かに、梔子はそのように想いの残滓を漂わせていた。
「奥様に貴方を殺させず見送って頂けませんか」
ならばこの人も。
そんな女を生涯の伴侶とし、伴に生きたのであれば。
その愛の形を知る筈だと、桜花は一歩詰め寄る。
願うように。
求めるように。
そして、手向けの花を渡すように。
「殺意が愛を上回る前に。奥様が悲しみ苦しむ前に」
貴方からの別れを。
死んだあと、巡る人生の幸せを。
心の底から願って、笑って送り出して欲しい。
「泣いて別れを告げてもいいですから」
そこまで満点な回答を、ひとはできないと桜花は知るからこそ。
「そう、別れを。……名残など、未練なとせひとつもないと、愛を抱いてくれていると、奥方に信じさせてください」
死に別たれても揺れ動くものではないのだと。
ならばこそ、転生した先での標に。
再開を約束する道筋として、あるはずなのだから。
「どうか」
桜花は祈る。
はらはらと降り積もる幻朧桜に。
どうか。
「これ以上、お二人が悲しみ、苦しみ、歪まずに――桜の導きを受け入れられますように」
その先に幸あれと。
今は悲しみにくれども、ただそれだけではないのだと。
さらり、さらさらと。
降り積もった花びらが、吹き抜ける風によって舞い上がる。
涙を拭い、慰める。
桜花の指先のように萩を包んで。
梔子を来世へと送り出す、優しい想いのように包み込んで。
大成功
🔵🔵🔵
月白・雪音
…歪な蘇生であると。彼女はそれを望まぬと。…そこに彼女は居ないのだと。
貴方は全てを承知の上で、それでも影朧兵器の刃を取ったのでしょう。
故にその事に対して言葉を向ける事は致しません。
されど我ら猟兵が此処に赴いた事、それが今貴方の前に居る彼女を『どうしなければ』ならぬことを表すか、それも承知しているものと存じます。
貴方が今生きるは、影の核と変じた彼女の想いが未だ貴方と通じておればこそ。
…それが災禍と塗り潰される前に、貴方には彼女に別れを告げて頂かなければなりません。
他者よりも多くの感情を有した貴方の想い人。故に貴方への想いも殊更に強く在られたのでしょう。
それこそ、縁結びの神が介入する隙間すらも無い程に。
その方が、今は屋敷に残る香気でしか貴方に存在を伝えられぬ事が、
己の形をしたモノを、そうでないと知りながら腕に抱く貴方を見るしか出来ぬ事が、
――形のみなれど、他ならぬ己に殺められた貴方を迎えねばならぬ事が、どれほど口惜しきものか。
死して尚貴方を守りたる半心の彼女の想いに、応えて頂きたく存じます。
さらさらと。
風と共に流れていた花びらの音色が途切れる。
ふいに訪れた静寂は、何処か雪のように冷たくて。
けれど、その奥底には穏やかなる優しさがある。
包み込むのではなく、その背を押すような。
凜とした気配を周囲に満ちさせ。
ちりんっ、
と耳に結った銀の鈴を涼やかに鳴らして。
姿を表すのは月白・雪音(月輪氷華・f29413)。
真白き姿に、紅玉のような双眸。
揺れることのない情動は、されど、不感ではなく顕し方を知らぬだけ。
冷たい雰囲気の奥底には確かなる情念がある。
汲み取ることも。
顕すことも。
なんとも難しき、白き雪原の果てにある心なれど。
「……歪な蘇生であると」
唇は緩やかに言葉をなぞる。
想いを顕すべきそれを、変わらぬ口調で。
「……彼女はそれを望まぬと」
責めるのではないのだから、強くはない。
が、情けを向けるわけでもないのだから、優しくもない。
「……そこに彼女は居ないのだと」
ただ正しきを成すように。
雪音は静かに声を紡いで、萩へと届ける。
ああ、確かに。
ここで弾劾しても誰も救われぬ。
ましてや。
「貴方は全てを承知の上で、それでも影朧兵器の刃を取ったのでしょう」
故にならばこそ。
それでもと、縋るような思いだったとしても。
途方もない過ちだったとしても。
その事に言葉を向けるような事はしないのだと、雪音は首を振るった。
禁忌であったとしても、そこにあった想いまでは間違いだと否定はすまい。
縋り、願い、祈った果てに歪んだ刃を手にしたとしても。
その愛に言葉を向けるなど、無粋にして不純に過ぎるから。
彼と彼女の愛は、ふたりだけのものとしてあって欲しい。
ならばこそ。
「されど我ら猟兵が此処に赴いた事」
それ自体に深い意味がある。
このままでは避けては通れない破滅があるということ。
「それが今貴方の前に居る彼女を『どうしなければ』ならぬことを表すか」
萩、ひとりの身と命で留まらぬ。
だからこそ雪音たちは来たのだ。
それこそ、愛を取り戻そうと禁忌に手を染めた想いに、言葉や想いを向けずとも。
情けはなくとも、責め立てることも止めることも、萩ひとりの身ならばせずとも。
「それも承知しているものと存じます」
そうではないのだと。
愛する女の眸に浮かぶ殺意が、ただひとりで止まらぬということ。
それは傍で見つめた萩ならば判る筈のことと、雪音は瞼を閉じた。
するりと、ふたりの間を抜けていく風。
花びらの囁きも途絶えた最中で。
「梔子は……彼女の殺意は、止まらないか」
「ええ。どうこうと出来るものではないのが影朧。……骸の海より戻ってきた者達です故に」
黄泉の果てにいってもなお、抱き続けた歪んだ想い。
或いは、骸の海に触れたからこそ歪んだのかは知らずとも。
「貴方が今生きるは、影の核と変じた彼女の想いが未だ貴方と通じておればこそ」
歪み、捻れ、狂うのが影朧。
悲劇と破滅を呼び込み、巻き起こす存在。
もしも反魂の核としてある梔子の想いがなければ、萩の命はもうない筈。即座に首を切り裂かれ、今や骸となっているだろう。
あの屋敷に漂う、優しい残滓の香りがあればこそ。
けれど、それもいずれは尽き果てる。
「……それが災禍と塗り潰される前に、貴方には彼女に別れを告げて頂かなければなりません」
遺された男が望んで手を伸ばした先に、逝った女の願いはないのだ。
それがせめてもの救いであり、情けなのだろう。
終わった筈ならば、さよならさら言えないのが本来の常。
「別れという猶予。それが、貴方の手に残された唯一」
そう、せめてと。
雪音はほっそりと瞼を開き、赤い眸で萩を見つめる。
いいや、その傍らにあり続けるだろう女の幻を見つめるように。
「他者よりも多くの感情を有した貴方の想い人」
その人はあり続けるだと、雪音は囁く。
きっと色鮮やかで、見る程が驚くほどに笑い、泣いて、怒っただろうひと。
「故に貴方への想いも殊更に強く在られたのでしょう」
男の周囲を照らす光とぬくもりであり、音楽だったのかもしれない。
そんな情緒の顕し方を知らぬ雪音は、羨ましいとさえも想うけれど。
ならば、その女の名残と未練を汲んでやらねばと。
「それこそ、縁結びの神が介入する隙間すらも無い程に」
今までは不要であったのではなく。
ただ只管に向き合い続けたから、縁結びの神とて触れる余地がなかったのだ。
ふたりにそういうものは必要ない。
きっと擦れ違うことさえなかったのだろう。
足りぬ心、過ぎたる情緒。
それらが凹凸のように嵌まり、幸せとなったのだろうから。
だというのに死んだ後にのみ擦れ違うことこそ、なんと悲しきことだろうか。
ただ、雪音は知っている。
感情を表情として。
或いは仕草と声色として顕す方法は、まだ見つけられずとも。
「……その方が」
確かにあると感じたのだ。
いまだに、あの屋敷に香りとして漂うのだと。
「今は屋敷に残る香気でしか貴方に存在を伝えられぬ事が」
僅かに息を飲み、言葉を句切る雪音。
悲しい心の色合いを声に乗せられればよいのだろうか。
萩の想い人、梔子のように万華鏡めいた感情の鮮やかさを見せれば、十全に届くだろうか。
いいや、それら全ては詮無きこと。
自らの全てで伝えるのだと、雪音はただ静かに眦を決する。
或いは、命を遣り取りする戦に赴くよりもなお真摯に。
心ばかりしかない、儚き想いへと紡いでいく。
「己の形をしたモノを」
梔子は見ている筈。
自らの姿形をした何かが。
「そうでないと知りながら腕に抱く、貴方を見るしか出来ぬ事が」
萩の愛を携えた腕に抱かれるということ。
自分ではない誰かを、見間違われながら抱きしめられている。
ああ。それは愛故の盲目。
瞼を閉じて、耳を覆って、知らぬ聞こえぬ存ざぬとする男の抵抗であっても。
なんと悲しいことか。
痛みを覚えることなのか。
白き姿、白き美貌。
雪音のそれは一切を変じぬ、まるで新雪の如き美貌であっても。
確かに心がある。憶えるものがあるのだ。
「悔しきと、悲しきと憶えることでしょうか。唯一人と貴方愛されたいのは、彼女の筈」
さりてと、それで終わりではないのだ。
ひとつ吐息を吐けば、より残酷なる事実と想いを紡ぐ雪音。
なぜ、これに気付かないのかと。
責めるつもりはなくとも、どうしてかと知らず声が鋭くなる。
「ましてや――形のみなれど、他ならぬ己に殺められた貴方を迎えねばならぬ事が」
最後は、梔子の姿をした何かに萩は殺められるのだ。
萩からすれば自分の形をした何かの異形に、萩が殺される。
いいや、歪んだ愛憎と殺意をもった何者かに操られて。
自分の腕で愛する人を殺めるのを、ただ、ただ見つめることしか出来ない。
それは自らが殺すことと変わりない。
抵抗できないなんて、言い訳にもならない。
「……どれほど口惜しきものか」
想像するに絶するだろう、その想い。
生きる萩ではなく。
逝ってしまった梔子へと。
今何ができるのか。
その心へと、何を届けられるのか。
雪音の赤い眸が揺れることなくとも。
声に悲痛さが滲むこともまたなくとも。
そこに深い悲しみがあるという事は確かだった。
半分だけの心でも汲み取れるほどの、深くて静かなる言葉。
「…………」
そう、だから萩は沈黙する。
雪音に言葉を選べず、向けられず。
そう、目を覚ましてくれた存在より、もっとも愛する者へとまず応えねばならないのだから。
既に香気として残りて漂い、自ら包む女に堪えずして、何が愛か。何が男か。
ならばこそ。
「死して尚貴方を守りたる半心の彼女の想いに」
きっと、血が滲むほどに強く指を握り締める梔子の存在に。
それでも優しく微笑んでみようとする、愛するひとの心へと。
「応えて頂きたく存じます」
同じ女として。
深き情念と慕情。それに男として報いて欲しいのだ。
「……愛するひと涙など、誰が望みましょうか」
ましてや血など。
求める筈がないのだから。
「彼女が望むもの。それは、貴方が一番、いいえ、貴方のみが知ることなのですから」
ならばこそと。
あの香りへと真っ向から応えて欲しくて。
雪音は静かに、お辞儀をする。
標として、女の想いを告げたのだから。
あとはどうかと、願うように。
「夢から醒めてくださいませ」
さながら雪音のその姿は。
花という幻想に眩まされた眼を醒ます。
いと冷たく澄んだ月のよう。
ちりんっ、
とまるで、氷で紡がれた鈴が鳴るような。
凜とした音色が、甘くも悪き愛の悪夢を醒ますように響き渡った。
佇むは誰が想いの為に。
汲まれるべき情を知り、されど、貌と色に顕せぬは氷の華ゆえか。
されど、雪音のその姿。
凜と佇む美しさは月下美人。
透き通る氷の色をもって、誰が心を告げる氷の花。
己の心を告げる前に、消え果てる花なれど。
身も心も美しくなければ、斯くはひとの心を映さぬもの。
大成功
🔵🔵🔵
セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
目を閉じて、今守りきったものを思う
ん…、そうだな
なら…俺がやる
アレスの提案に頷き
慎重に、欠片もこぼさないようにと風の魔力を操って
想いを彼の元へ運ぼう
最初はアレスと萩の会話を見守る
だって真っ直ぐで、それでも優しいアレスの方がこう言うのには向いてるだろ
けど…何か、こう…
第六感に引っかかるっていうか
なぁ、反魂ナイフで甦ったソイツに本当になんの違和感もないのか
お前の愛したやつはさぁ…お前に、どういう心をくれたんだ
尋ねつつ、アレスの手をぎゅっと握り返す
それ以上は言えなくて
どう言えばいいかわからなくて
また黙ってアレスの声を聞く
ああ、そうだ
どんな姿になっても
どんな状況になっても
俺だって何度もアレスを思う
目には見えなくても
触れられなくても
守りたいと思う
それ以外の、曲がった感情を持つくらいなら
もう一度死んだほうがマシとさえ…
どうしても叶えたいエゴがあるのは、俺だってわかるよ
けどさぁ…愛したヤツに胸をはれる男でいる方が
きっと…難しいし苦しいけど、きっと、笑ってくれるんじゃねーの
アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎
セリオス、この香りも一緒に萩殿の元へと連れて行こう
先の戦いで風で包んだ香りを浮かべて
これは…梔子さんの心から溢れた想いの欠片だと思うから
せめてそれには気づいて欲しいんだ
…うん。任せたよ
先ずは彼と話をしよう
…萩殿、でしょうか
失礼。私はアレクシス。此方はセリオスと言います
礼儀を忘れず一礼を
実は…貴方にお渡ししたい物があります
差し出すのはセリオスに預けた香りをひたした梔子色の花の紐飾り
この香りは…まるで大切な人を見守るように在りました
心当たりはありませんか?
彼が話してくれるなら黙って聞こう
…もしセリオスが彼の話で何かを察したら
そっと手を取る
(たとえ記憶は同じでも
心が…魂が違うのなら
それはその人の影ですらないのだろう)
私なら…
…僕なら、大切な人が彷徨いそうになっていたら
たとえ触れる体が無くなっても
この想いを以って、手を伸ばしに行くかもしれません
…萩殿
今、貴方の心の全てで想い描く愛する人は
どんな瞳で、貴方に笑いかけていますか?
(…どうか、彼らの愛が
痛みではなく導になりますように)
夜色の美しき鳥が囀らずとも。
金色の暁空は必ずや応えるだろう。
歌はいらない。声もいらない。
触れ合わずとも、必ず通じるものこそを想いと呼ぶ。
絡み合うものが擦れ違うことなど。
きっとないのだと、信じたくて。
瞼を閉じても、それは失せない。
見えないからとないというのなら、心はどうなのだろう。
差し出された手にあるのはきっと優しさで。
涙の奥底にあるのは、誰かへの愛。
見えず、触れられない。それでも確かにあるもの。
それこそが尊ぶべきもので、何より大切なものなのだろう。
この香りとてきっとそうだ。
そうに違いないと、そっと瞼を閉じたセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)は思い描く。
長い睫をぴくりと震わせて。
慕情の残り香を守れたことを嬉しく思う。
そして届けなければと考えるからこそ、セリオスは緩やかな吐息をついた。
悲しい物語だとしても。
そればかりではないのだと、匂いの優しさに感じて。
「セリオス」
呼びかけられた静かな青年の声に。
「ん」
と頷けば、続くのは想いを護る騎士の言葉。
アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、セリオスの盾として、その心が懐く願いも護りたいのだ。
ただ傷つかなければいいと。
鳥籠に閉じ込めるのではなく、自由に羽ばたく翼をこそ愛しいと想うから。
「この香りも一緒に萩殿の元へと連れて行こう」
風を織りあげ、花籠のように包んだ芳香を携えるアレクシスが口にする。
これもまた、辿り着くべきひとがいるのだから。
触れ合いたい、離れたくないと願うひとがいるのだから。
自分達の過去と同じ、離れ離れの悲しみと痛みをすこしでも世界から消したくて。
「これは…梔子さんの心から溢れた想いの欠片だと思うから」
だから、取り零したくない。
ひとかけらだけでも、愛するひとの傍へと届けたい。
「せめてそれには気づいて欲しいんだ」
愛するひとの腕に抱きしめられて欲しい。
そうすればきっと、安心できるだろうから。
愛と想い。そればかりは、報われて欲しくて、アレクシスは静かに語った。
ならと暖かな風が揺れる。
「ん……そうだな」
言葉を受け取ったセリオスは静かに瞼をあけた。
繊細で美しい貌は確かな決意を。
青い眸は、決して消えることのない想いを秘めていた。
「なら……俺がやる」
儚く消えてよきものではないのだと。
セリオスの心の炎が起こすような、暖かくも優しい風が集う。
慎重に、一欠片とて零さないように。
風の魔力を操り、アレクシスの風の花籠をセリオスの風のヴェールが包み込む。
想いをこそ、運ぼう。
その先に涙があるといい。
でも、できれば最後には笑って欲しい。
梔子という女性は、きっとそれを願っていると想うから。
「さあ、行こう」
「想いを携え、届けに」
「心は途絶えて、消えていないと知らせに」
そうすればきっと、幸いなる道は紡がれると。
セリオスとアレクシスは祈って、風と言葉と。
優しい吐息を重ねた。
●
だからそう。
想いに気付けばそれが一途で純粋なものほど、心に深く突き刺さる。
悲痛さを呼び覚ますのだと知っていても。
始めなければならないのだと。
そして、ならばこそ自分の出番だとアレクシスは前に歩み出る。
セリオスの覚悟や想いを甘くみてはいない。
でも、護ると決めたのだから。
戦場でも日常でも、儚き想いの織り成すこのような場でも。
真っ先に進むのは自分なのだと、アレクシスは自ら決めて誓っている。
「……萩殿、でしょうか」
そんな頼もしい筈のアレクシスの背を眺めて。
安堵と反面、何故か疼きのようなものを感じるセリオスは僅かに呼吸を整える。
その疼きは不愉快なものではないから。
むしろ、甘ささえ感じてしまうから。
だって真っ直ぐで、優しいアレスのほうがこういうのは向いているから。
甘えているわけじゃない。
ただ信頼しているのだと、心の底に言い聞かせるセリオス。
決して――依存している訳じゃない。
「失礼。私はアレクシス。此方はセリオスと言います」
結論が出ないまま、礼儀を忘れずに騎士としての一礼を見せるアレクシスの言葉に従い、頷いてみせる。
今はそれだけでいいのだと。
それだけでいい筈だと、思いながら。
「……猟兵、か」
既に何名もの猟兵が訪れているからこそ。
自分が手を染めた禁忌、反魂ナイフの恐ろしさに気付いているのだろう。
けれど、それでも。
そう言葉を重ね、過ちを重ね。
愛の花を求めるように、この縁結びに縋る今。
だとするならば。
(まだ、諦めていないよな)
セリオスの心に浮かぶのは、安堵の気持ち。
(幸せと、愛を。諦めていないんだよな)
それならいい。
そうであるなら、きっと女も報われる筈だと。
「実は……貴方にお渡ししたい物があります」
アレクシスの言葉に従い、傍まで歩み出る。
両手で大事に抱えるように持っていた『それ』を、ゆっくりと差し出した。
それは真っ白な紐飾り。
けれど、何処までも甘く薫るのは女の慕情。
どれほどの雨風に晒されても、決して途絶えぬその匂いと想い。
「それは……」
「この香りは…まるで大切な人を見守るように在りました」
梔子の色の紐飾りに、梔子という女の愛の残り香を染めて差し出して。
「心当たりはありませんか?」
優しげな声色でアレクシスが問い掛ければ、男は僅かに表情をくしゃりと歪ませた。
それは、痛さのような。
嬉しく笑うような、悲しくて泣くような。
どちらともつかないもの。きっと、梔子という女性にしか判じえないもの。
「梔子の……彼女の、か」
萩が緩やかな手付きで、それを受け取る。
ただ、ただ求めるように。
自分でも気付かない、指先の震えを伴って。
「判って頂けますか」
「……彼女の名前と同じで、そのものだ。目を瞑っても、判るさ」
アレクシスの言葉に、男はゆっくりと応じる。
「そう、目を閉じて、耳を塞いでも判る。伝わった。ひとなみの半分ぐらいの私の心にも、よく届いた彼女の気配だ」
ゆるゆると。
喉を震わせながら口にする萩。
いいや、きっとゆっくりにしか喋れないのだ。
心が溢れて、揺れて、溢れそうだから。
「そして、彼女を何処までも思い出させる。雨に濡れても、楽しければいいと笑っていた」
そしてと。
懐かしみ、愛するように。
「貴方がいれば楽しいのだと、理由も理屈も判らないことで笑っていた」
いまもなお。
その匂いだけで思い出すというように、吐息を零す萩。
ああ、ならばとセリオスは感じる。
全ては過去系なのだと。
過ぎ去った事を思い出しているように言うならば。
「なぁ」
傷付けるつもりはなくても。
どうしても強い口調で聞いてしまう。
「反魂ナイフで甦ったソイツに本当になんの違和感もないのか」
少しの違いだとしても判る筈だろうと。
愛していれば、そして、愛されていれば、些細なことでも違いが判る筈なのだから。
いいや、判っているから過去系なのだろうとセリオスは感づいてしまって。
「お前の愛したやつはさぁ……お前に、どういう心をくれたんだ」
問い掛けても、萩という男は淡々としている。
けれど、その姿は独りだった。
淋しそうで、傷ましそうで。
でもそれをどう表せばいいか、判らないように。
見ているセリオスの方が、悲しい気持ちで顔が曇りそうになったからこそ。
そっとアレクシスから差し出され、握られた掌のぬくもりを感じてしまう。
決してひとりではないということ。
ふたりでいるということ。
でも、ふたりでいることを知れば、もうひとりで佇むなんて出来ない。
「そのままでいていいのだと、おかしなことをいいながら笑っていて……そんな彼女を見ていればいいのだと」
それだけで。
「幸せなのだと、感じさせてくれるひとだったよ」
セリオスが尋ねたことに帰ってきたことはただ、ふたりでいれば、幸せだということ。
何かをすることも、感じることも必要ない。
互いがいればそれだけでいいということ。何か言葉にするような特別は何もない。
まるでセリオスとアレクシスのように。
だからこそ、セリオスはアレクシスの掌をきゅっ、と握り締めてしまう。
「でも、そう。反魂ナイフで蘇った彼女は、笑ってもあの時のものじゃない」
さりげなく、他愛のないものではなくて。
現実で、触れられるもので繋がっていたくなっている。
「心では繋がっていなくなったのかと、縁結びの紐飾りに、俺の方が縋りたくなるぐらいに」
でも、と。
ああ、確かにこんなに近くにあったのかと、梔子色の紐飾りを握り締める萩。
「届けてくれて、有難う」
ふたりならば大丈夫。
独りきりでないのならば。
そして、この慕情の残り香を届けられたのなら、もう萩もひとりではない筈なのだから。
(たとえ記憶は同じでも)
それでもアレクシスが思うのは、悲しきこと。
死に別れた先など、ないのだと。
(心が……魂が違うのなら)
決して、決して。
愛するひとの変わりなんて、いる筈がないのだから。
(それはその人の影ですらないのだろう)
形のある愛するひとの姿を抱きしめても。
きっと萩は今のように安堵を感じなかった筈なのだから。
「有難う。私は……間違っていたのだろうな。どう、梔子に謝ればいいのだろうな」
淋しげに響く萩の声へと。
その顔へと、アレクシスは真っ直ぐに向き合う。
「私なら……」
そう、自分ならばと。
胸を張りたい。誇りを持ちたい。
手を握り締めるセリオスの心、その傍にいるという事を。
そして、彼に恥じない存在でありたくて、約束を誓い合うように指を絡める。
これは、セリオスにも向ける言葉なのだから。
心臓に繋がるという小指同士を、確かに絡めて、繋げて、言葉にする。
「……僕なら、大切な人が彷徨いそうになっていたら」
青空のように曇りも、迷いもないアレクシスの双眸が萩を映す。
絶望を払い、喪った筈のひとをも取り戻した暁の光を灯して。
どれほどの苦難があっても、乗り越える絆を手にして。
「たとえ触れる体が無くなっても」
体で触れ合えるかどうかは大事じゃないから。
本当に大切なことは、そこじゃない。
「この想いを以って、手を伸ばしに行くかもしれません」
梔子が香りとなって、萩へと触れて抱きしめようとしたように。
いいや、匂いも音も消え失せたとしても、それがどうしたというのだろう。
「ああ、そうだ」
セリオスもまた掌を握り、小指を絡ませて告げる。
口にしよう。歌い上げよう。
これは絶対なんだと。
「どんな姿になっても、どんな状況になっても」
この瞬間。
或いは、幸せな時間。
もしかしたら、萩の言う通りに他愛のない遣り取りでもいいかもしれない。
そんな時に感じる、幸福の絆さえあるのならば。
「俺だって何度もアレスを思う」
だからアンタもそうあって欲しいと、セリオスも青い眸で萩を見上げる。
必死な口調になるのは、同じように痛みを憶えるからだろうか。
別れるということの辛さを知り。
それでも越えられると、励ましたいのだろうか。
或いは――再び別れても、もう一度とアレスに誓おうとしているのか。
誰だって、自分の気持ちが全部分かる訳じゃない。
ならせめて胸を張って言いたい気持ちだけは真実にしたい。
「目には見えなくても、触れられなくても……守りたいと思う」
それは当たり前の事だと。
影も闇をも知る筈のセリオスの眸が、ただそれだけは純粋に告げていた。
まるで星の燦めきだ。
夜闇の裡だから、その儚さはなお美しく際立つのだ。
そして、暁を知るアレクシスの眸と並び立つからこそ、光のように眩しくて。
「それ以外の、曲がった感情を持つくらいなら」
萩には真っ直ぐにふたりを見つめられない。
瞼を閉じたくて、視線を逸らしたくて。
でも、セリオスとアレクシスの一途で美しい絆を前に、心を捉えられて逃げられない。
「もう一度、死んだほうがマシとさえ……」
きっとそうなのだ。
自分達だって、負けずに互いを思い合っていたのだから。
「……ああ、そうだな」
ぽつりと。
けれど確かに萩の零した、その声。
「彼女の残り香が、優しすぎる笑顔を感じる気がして。それで彼女を思い出して……それで悲しいと思うなど」
なんて傲慢で。
赦されないことをしたのだろう。
「悲しいと、痛みを憶えることも……梔子への愛、なのだな」
君達が痛みを抱えても、それを越える愛を懐くようにと、萩は呟いた。
けれど、アレクシスは想う。
愛とは誰かと比較するものではないから。
勝っている、劣っている。そんな比べるものではない。
過つことだってひとなのだから必ずある。
それを赦すことこそ、愛だと思うのだ。
どれほど汚れ、罪を侵しても、そのひとを抱きしめ続けたいとアレクシスは願う。
いいや――自分がどれほど汚れたとしても、セリオスを抱きしめることを、赦して欲しいのだと。
騎士と盾にあるまじき身となれど。
求め合う者でありたいのだと。
「……萩殿」
そして、セリオスにも誓うように。
ゆっくりと、それでも力強く
「今、貴方の心の全てで想い描く愛する人は」
アレクシスの中でセリオスは変わらない。
美しい黒の長髪も、瞬くように変わる表情も、その青い眸に浮かぶ心も。
「どんな瞳で、貴方に笑いかけていますか?」
絶対に忘れないから。
貴方もその筈でしょうと、迷わず問い掛けられるのだ。
いいや、忘れられないとは。
忘却という慈悲のない、癒えぬ傷痕であることもアレクシスは判ってはいたとしても。
願わくば。
(……どうか、彼らの愛が)
それはきっと意地悪な神に叶えられないことだとしても。
奇跡のようなことだとしても。
(痛みではなく導になりますように)
導とさえなってくれれば、自分達が切り拓くのだと、アレクシスは瞼を閉じて、鼓動に誓うのだ。
そんな清冽な心を持つアレクシスの横に、傍に、ずっと居続けるセリオスもまた。
「どうしても叶えたいエゴがあるのは、俺だってわかるよ」
その為に禁忌に手を出すか。
ひと殺しにも手を出すか。
対した差はなくて。だから、強気に振る舞っても指先が震える。
まだアレスはこの手を握ってくれるよねと。
確かめるようにぎゅっと握り締めれば、同じ強さで返してくれるその心に救われるように。
セリオスは柔らかく綻ぶ声を零した。
「けどさぁ……愛したヤツに胸をはれる男でいる方が」
そう。セリオスもまた、アレクシスに胸をはれるように。
どうだ。偉いだろう。凄いだろう。
もっと先にいこうぜと、握った手を引っ張れるようにありたくて。
「きっと……難しいし苦しいけど、きっと、笑ってくれるんじゃねーの」
赦して欲しいと。
そう頼むのは愛するひとにこそ、難しいけれど。
出来ない筈はないよなと、ゆるりと笑ってみせるセリオス。
それもまた、繋ぐ手があるから。
「……ああ」
何時からだろう。
気付けば萩は音も無く泣いていて。
「蘇らせたことも。違う女を抱きしめたことも」
瞬間、風が巻き上がる。
夥しいほどの桜の花びら。
けれど、その香りを押しのけて周囲に満ちるは甘い芳香。
その思いは判るからと。
痛みも悲しみも、きっと同じように。
貴方は足りない心。
私は、過ぎるほどの心。
ふたつでひとつの心だったんだから、痛みも悲しみも一緒。
――ほら、それなら何の問題もないでしょう。
あなたの痛みと心は、私の心と痛みなのだから――
「赦して欲しいと、言わなくては……」
それでも男として告げたいのだと。
思い描く梔子の姿は、その眸は。
「……明るく笑って赦してくれる彼女が、想い浮かぶ限りは……」
その痛みは。
悲しみは。
けれど、これからの道程を照らす星のように。
男の胸にあり続ける筈だから。
青い一等星と、赤い一等星が見つめるその姿。
別たれることのない星もまた。
長い道のりを照らしている。
幻朧桜よりなお優しく、心と魂を慰めるはひとの心なのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『狐憑ノ花嫁』
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POW : 男魂焼却ノ炎
レベル×1個の【【性別:男】の対象では回避・防御不可能】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
SPD : 胡媚影朧伝
【九つの狐尾】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、九つの狐尾から何度でも発動できる。
WIZ : 復讐の女狐
【九つの狐尾を持つ、巨大な狐】に変形し、自身の【九つの狐尾の一つ】を代償に、自身の【【性別:男】の対象に対する攻撃力・防御力】を強化する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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● 断章 ~過ちとて、花に結べば~
もう迷いはしないのだと。
曇りを拭った眼で、萩は梔子を見つめる。
「すまない、梔子」
愛しい姿と声色で語りかける、何かに。
そう口に出来るのは、屋敷の近くに猟兵たちが控えているからではない。
「君を見失っていた」
もうこれは違う何かなのだと。
そう気付かせ、決別を促してくれた心があるから。
本当の意味で喪いたくなくて、梔子に向かう萩は淡々と語る。
「いいや、君から視線を逸らしてしまっていた。本当の君は、『そこ』にはいないのに」
つぅ、と梔子の身体に視線を向ければ。
何をと、柔らかに微笑む貌。
とてもとても、愛しい姿なのだけれど。
「すまない、梔子。……君の姿形をした、別の誰かをこの腕で抱いたことを」
ただ記憶と感情が似通っているだけの。
別の存在に愛していると囁いたこと。
あまりの不義だと、萩は空へと視線を向ける。
「許して欲しいとは言わない。けれど、忘れずにいさせて欲しい」
君がどんな風に、笑ったのかを。
君がどんな風に、瞳を向けてくれたかを。
半分だけの心でも、しっかり抱きしめて。
「生きていきたいんだ。君のことを、ひとかけらも忘れずに」
そうやって、白い紐飾りを握り締めれば。
渦巻く風が、屋敷に漂う甘い香りを掻き集める。
それこそ存在というものを感じるほどの密度。
萩が忘れず、思い、見つめてくれるなら、存在できるのだと。
真実の梔子が示すように。
『うん』
明るい声が響く。
貴方に告げたいのだと、情念たる香りから思念が伝わるのだ。
『許してあげない。でも、変わりにその思いを抱いて』
咎めることはなく。
けれど、少しだけ拗ねて怒るように。
『もしも貴方が懸命に生きて。そうした先に、きっと輪廻はあるから。その巡りの導として、貴方の想いが、きっと私に繋いでくれるから』
愛とは不滅なのでしょう。
きっと、最善を尽くした人生の果てには、桜のもたらす転生は。
幸いなるを届けてくれるから。
とても辛いことだとしても。
『痛みを抱えて生きて。ね?』
「ああ、君という痛みを抱えて。それでも笑って生きるよ。忘れずに、泣かずに。誰かを想う、気持ちと共に」
だからこそ。
「過ちを重ねたことを、許して欲しい――そう、いずれ告げに行くよ。君の後を追って黄泉になんて」
もう触れないのだと。
死神とは縁遠きものでありたいのだと。
この心だけを抱く為に、そう萩は梔子の名残に告げた。
「ああ――男はみんなそうね」
だからこそ。
梔子の身体に巣くう影朧はぽつりと零した。
愛憎でうねるような、生々しき恨みの聲。
「忘れずに生きていくと言いながら、身勝手に捨てていく」
大丈夫と。
微笑む姿は美しくも、ぞっとするほどに冷たい。
顔は先ほどの梔子と同じものなれど、香りのもたらした優しさとはあまりにも掛け離れている。
そして、ひとつ、ふたつと狐の尾を見せていく。
きっと芳香を貪っていた妖狐の影朧は彼女の一部。
男への憎悪に濡れた人狐の姿を表せば、懐からするりと抜き放つのは短刀。
「大丈夫。貴方を殺して、愛しい人の傍に送って上げる」
梔子という香気が、魂が。
別の場所へと確かに余ったからこそ、その眸は殺意に染まって。
「けれど。一緒になんてさせない。何度も何度も、この反魂ナイフで突き刺して、蘇らせて、殺して」
生き返らせて、歪ませて。
悲しませて、また殺して。
「あなたが私の悲しみと憎しみに染まるまで、何度でも繰り返し、死を重ねてあげるわ」
ゆらりとと。
過ちたる反魂ナイフが禍々しい気配を揺らす。
思いばかりは花のように美しく。
されど、それを呪う影朧があるかにこそ。
何を結ぶか、何を重ねるか。
そして終わらせるかは、猟兵たちの手に託される。
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●解説
長々となりまして申し訳御座いません。
断章の以下、解説となります。
萩、もしくは、梔子の魂に呼びかけて、心を向けて貰うことやふたりの絆を確認する、応援するなど……ふたりの思いの力を受けると影朧は弱体化します(プレイングボーナス)。
憎悪に反するは愛といった処。
その力は今回の説得と、第一章での慕情の香りを守れたぶんや、第二章の説得のぶんだけ減じます。
また、一章と二章の結果により。
男性特攻のユーベルコードを持ちますが、そのぶん、男性からの攻撃にも同様に弱くなっております。
性別に関係なくとも、萩か梔子から思いを告げられる。
或いは、ふたりへの思いを語る事で敵へと与える攻撃や影響力を強めることができるようになっています。
また、戦闘に関係なくとも。
ふたりに語らいの時間を作ることで、死出の旅、萩と梔子で最後の別れを済ませることができるかもしれません。
終わりをと飾るなら、戦闘よりもそちらに比重をおいたり、それに専念してしまうのもありかもしれませんね。
心情+戦闘というスタイルとなりますが、どうぞ宜しくお願い致します。
レスティア・ヴァーユ
(萩と、恐らくその傍らを取り巻くであろう梔子の存在を守るようにオーラ防御、その前に立ち武器を構え)
……笑止。その醜さが『愛のなれの果て』か?その見た目の麗しさだけを取った化物が
この背後に佇む『美しき存在(もの)』に成り替わったつもりとは。愚を通り越して憐れましい(はっきりと敵に告げ)
萩――梔子の存在を感じるならば、その香に深呼吸を。今、貴方の隣に『確かに、いる』貴方と共にある梔子の存在を感じてほしい
『今、二人は確かに一つなのだ』と
それをあの異形に見せつけて欲しい
その香は、梔子そのものであること。腐臭すら感じかねん、あの醜いバケモノには持ち合わせてもいないものだということを、見せつけてほしい
―身体は、必ず取り返してみせる。少々時間をいただく事になりそうだが
【オバロ/真の姿】獣ではない二段階目、人間ベースそのままにニ対五翼の白翼
己に出来る事は、ただひとつ
尊き存在を守るのに――己が保身などどうして考えられよう
躱せないのならば武器で炎を全て受け流し、駆ける
敵の懐で、指定UCで相手の邪心のみを砕き
思いが巡るように。
花が、香りが、風に移ろいながら渦巻いていく。
まるでひとつの形を取ろうとしているように。
何か大切なことを伝えようとしているように。
どうして、こんなに尊きものが。
人の心と魂は、儚くも移ろうのだろうか。
花よりなお秘やかに散り、香りだけを残すばかり。
それでも愛とは不滅なのだと。
「目で見えず、指で触れず」
それでも確かに絡み合うものが此処に在るのだ。
ならば守ろう。
この行く末と時間を。
そう確かなる想いと信念で、蒼き眸を向けるのはレスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)。
抜き放つ蒼の剣は、双眸と同じく冷たくとも清らか。
萩と梔子の情念を背にして、妖狐の花嫁という存在に真っ向から相対する。
感じるのは、余りにも生々しい憎悪。
愛が僅かでも残っているからこそ、ぬくもりがあり、血肉があり、涙が混ざっている。
混濁した色合いはさながら、どれほど美しく飾っても、ひとの中身たる臓腑はこんなものだと訴えるようで。
その視線は、何時か愛を受けていた女のものであって。
「……笑止」
だが、だから何だとレスティアは透き通るような刀身を構えて告げる。
何が愛か。憎悪か。
身勝手に捨てるという悲劇はあっても、愛を語るならばその痛みも悲しみも共にだ。
決して消え果てぬ尊さこそを、周囲に満ちる芳香に憶えたレスティアだからこそ。
「その醜さが『愛のなれの果て』か?」
愛憎に澱んだ眸はどれ程に生々しくとも。
まるで腐り落ちたものだとレスティアは告げる。
「その見た目の麗しさだけを取った化物が」
梔子の姿であったとしても。
いいや、だからこそ。
この影朧は愛を光と抱くひとたへの愚弄そのもの。
見えずとも信じ続けたふたりへの。
或いは、喪いたくないと切実な思いを振るわせ続ける者達への。
あまつさえ、語るは己が棄てられたという過去。
今を生きて、呼吸し、願うものの姿を捉えていない。
「この背後に佇む『美しき存在(もの)』に成り替わったつもりとは」
愚かしく、醜くも。
なお、レスティアの胸に浮かぶ言葉と想いはひとつ。
「愚を通り越して、憐れましい」
故に、レスティアの唇から零れるのは。
刃のよに研ぎ澄まされた聲。
そこに萩と梔子の、想いの花があるならば。
泥で穢さず、見届けようという選択とてあったはず。
誰かの思いを尊び、幸せにともに喜ぶという当たり前とてあるのに。
貴方の幸せは、私のものではないけれど。
それでも、誰かの温もりと伴にあれるならば。
「それを優しさという。希望といい、祈りというのだ。生きる為に、心が動く為に必要なものだ」
判らないだろう。それが、なんとも。
「救いを知らずに足掻く罪人めいて――憐れましい」
剣の柄を強く握り締めながら、レスティアの視線がついと萩と梔子を向く。
こんな過去の汚泥のような存在にこれ以上、穢されぬ為にも。
「萩――梔子の存在を感じるならば」
レスティアがゆっくりと唇でなぞるのは願いの声。
こうあって欲しい。
結末として求める、動くのだという誓約めいた清らかな声色。
「その香に深呼吸を」
甘くも優しく。
抱きしめるような深い香気を、胸の奥まで吸い込んで。
「今、貴方の隣に『確かに、いる』貴方と共にある梔子の存在を感じてほしい」
確かに、私の傍に貴女はいて。
例え仮初めであろうとも、触れ合えている。
心が混じり合い、絡み合い、重なり滲み合うように。
「――『今、二人は確かに一つなのだ』と」
決して放たれぬ二つなのだと想い、信じて欲しいとレスティアが告げれば。
つぅ、萩のと零れるのは透明な雫。
けれど、その顔は悲痛に歪んでいない。
今度こそ梔子が安らかに眠るようにと。
痛みを堪えて優しく笑う顔。
自分の事より、相手を想うその気持ちこそ。
「それをあの異形に見せつけて欲しい」
萩は、あの影朧を前に笑って泣いたか。
いいや、そんな事はしない筈だと。
不安に翳る萩の貌と心しか引き出せず、傷付けられなかったのだとレスティアは示して欲しくて。
「その香は、梔子そのものであること」
本当に大事なものは、梔子の為にある。
彼女以外に、萩の大切なる心の芯は触れることは出来ないのだと。
「腐臭すら感じかねん、あの醜いバケモノには持ち合わせてもいないものだということを、見せつけてほしい」
そうだ。
萩の人並みの半分の心でも。
「笑顔を。ただそればかりを浮かばせることは、彼女だから出来るのだと。見せつけ、示して、表して――梔子に告げて欲しい」
これが最期。終わりだからこそ。
言葉を惜しむことなく、梔子とあの影朧の違いを示して欲しい。
「――身体は、必ず取り返してみせる。少々時間をいただく事になりそうだが」
そう告げれば。
ああ、と嘆くような、嗤うような声で影朧より零れる。
「本当に身勝手な男が囁く、甘い毒の言葉ね」
ねっとりとした憎悪に濡れた声を。
するりと斬り伏せるのはレスティアの言葉。
「男にも、女にも。心への毒でしかないのは貴様だろう」
告げるや否や、レスティアから放たれるのは荘厳めいた圧力。
怒りの発露であり、同時に心の定まりだ。
覚悟としてその身に宿るのは白い光。
きらきらと。
雪のように舞って伸びれば、それは翼となる。
レスティアが超克を以て顕すは、二対五翼を冠する清らかなる天の御使いの姿。
「成る程。全てを見定め裁く、天道の目のつもり。ああ、俺は全てを見知っているという男の目はなんとも……憎らしい」
ならば去ねと。
影朧たる女の眸に赤い殺意が宿ると同時。
ぼう、ぼう、と。
男という存在、その魂を焼却する炎が浮かぶ。
無数に浮かぶ姿は、さながら愛憎の彼岸花の如く。
「さあ、灰になってしまいなさい」
影朧の指に従い、炎が揺れる。
許せないのだと唸り、レスティアを貪ろうとするように殺到する炎の彼岸花たち。
憎悪を縁に、魂へと向ける炎は避けられぬ。
それはレスティアも承知の上。影朧の存在として、男性を憎む想いは歪み、捻れ、狂っているのだから。
ならばこそ。
己に出来る事は、唯一つ。
迫る憎悪の炎花を前に、レスティアは怖れも躊躇いも見せずに踏み込む。
背にあるのは尊きふたり。
離別への猶予。その僅かな時間をも守りたくて。
涙を零す萩を、どうしようもないひとと、優しく微笑む梔子の優しさほと、あまりにも憧れを抱きそうになるから。
せめて、守ることを。
この濁した憎悪を、二人へと近づけぬことを。
尊き存在を守るのに――己が保身などどうして考えられよう。
果敢にして清冽に。
炎が渦巻く中へと飛び込むレスティアは、浮かぶ炎を引きつけ、呼び寄せ、そしてその真っ只中を進む。
無数の炎が迫るならばその悉くを斬り捨て、道を拓くのみ。
だが。
「くっ……」
振るう剣にて斬り裂けど。
躱せぬ上に、防御も不能。ならば受け流す刀身をするりと抜けて、レスティアの身を灼く炎たち。
だが、それでよい。
レスティアに出来るのこと多くはなく。
だとしても、心が定めた事は必ずや遂げるのみ。
守る。ただそれを為すが為に。
憎悪の炎渦を斬り抜け、駆け抜け、焼け焦げた身と翼を躍らせるレスティア。
翳す切っ先は、担い手の心のように澄み切ったまま。
「――覚悟」
ならばこそ。
何を断つべきなのか。
斬らざるべきなのか。
レスティアは知るからこそ、歌うが為に息を吸い込む。
空気は熱せられ、喉が焼ける。
炎に焼かれた皮膚、肉、翼は痛みを訴えれど――尊きふたりに比べれば、何だというのだろう。
「信じるということ」
例え裏切られても。
棄てられても。
或いは、死別を経ても。
「それが出来ない弱く、醜く、憐れな心を断とう」
レスティアが歌い上げるは、澄んだ祈りの歌なれば。
歌声は蒼氷の刀身に宿り、神罰と化す。
瞬く剣閃は、凛烈たる蒼。
煌めくような光と色合い、そして、響き渡る涼やかな音色。
「っ」
影朧が身を震わせ、後ろへと退くが。
その身に一滴の血も出ていない。
肉体に傷痕のひとつも残さず、ただ邪心だけを砕くがレスティアの剣なればこそ。
「その身体、萩と梔子に帰させて貰おう」
愛する女が、も自らの身体が。
傷付けられる姿など見ずに。
終わりには柩に花で埋めるように飾り、眠って貰う為に。
尊き想いと、愛。
そこに過ちなど、在るはずもなく。
「駄々を捏ねるならば、剣で押し通るのみ」
翻る切っ先が、蒼き一筋の閃光を描く。
ただ還れ、骸の海に。
此処にお前の居場所などないのだと。
「憐憫は抱けど、お前に情けも容赦もない」
そして己が歌の旋律に従い。
舞うが如く流れるレスティアの剣と翼。
神罰の代理として、白と蒼の色を飾る。
血の赤を、憎悪の黒を消すように。
ただ澄んだ色を、音を、尊きものへと奏でて贈るのだ。
想いに捧ぐ。
命は終わり逝けど、互いに抱く光へと。
それがあれば――触れえずとも、永劫、互いにあれるのだから。
愛と呼ぶか、絆と言うか、祈りと歌うか。
それはふたりが定めることなれば。
ただレスティアは尊きへと、この剣と心を捧ぐのみ。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
「萩さんご夫婦は、納得のいく別れをなさいました。梔子さんに惹かれ、梔子さんを一部取り込んだ貴女も転生をなさいませんか?」
UC「幻朧桜召喚・解因寿転」
影朧自身転生するよう心を込めて説得
「貴女の哀しみも憎しみも、愛が在ればこそ。愛を諦めきれないからこそ。哀は愛。想いは願い。其の強い願いが在れば、きっと次の生で其の想いは叶えられます。だって貴女は、ずっと其の想いを抱えてきたのでしょう?同じ女達の願いと想いを束ねて貴女があるのでしょう?其の想いを真に叶える為にも。梔子さんと一緒に、貴女も転生なさいませんか?」
「想いが少なければ消え行くだけ。貴女には消えず残った強い想いが在る。其れを叶える為にも、貴女は転生をなさるべきです。貴女の想いは、叶えられるべきものです。辛く苦しい想いも愛より生まれたものだから。全てを束ね、全てを愛で包んで…貴女も貴女だけに寄せられる愛をもう一度見つける為に、転生なさいませんか」
「愛は会いです。想いが全てを引き寄せます。貴女の望みが叶うのを、心から願っております」
鎮魂歌歌う
何気ない日常であれ。
悲しい日でも、優しい一時でも。
戦いの中でさえも。
この世界では幻朧桜が咲き誇り、見守っている。
慰めと優しさ。
巡る転生の輪廻を救いと信じるが故に、迷う筈はない。
花びらのように薄らと。
されど、優しく色付く声色を紡ぐは御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)。
「萩さんご夫婦は、納得のいく別れをなさいました」
全ては承知の上で。
この別れがあるのだと、萩と梔子を背にする桜花。
緩やかに微笑むのは、根本的に他者を害するという意思、概念を抱かないからだろう。
ただ救われて欲しい。
幻朧桜のもたらす指先にて送られ、来世の幸せを掴んで欲しい。
そう純粋だからこそ頑なに、一途にと桜花は思い続けるから。
その翠の眸を向ける先。
反魂ナイフを握る影朧の女に、ゆっくりと語りかける。
「梔子さんに惹かれ、梔子さんを一部取り込んだ貴女も転生をなさいませんか?」
返ってくるのは、悲しそうな笑い声。
なんでそう思えるのと。
奥底にある憎悪を揺らしながら。
「私と彼女は違うの。あんなに愚かに愛せないわ」
死んだ後も、その先も。
触れられない男を信じるなんて出来ないと。
「だから、貴女も殺めて……萩を殺さないと、気がすまないの。でなければ」
どうして私は此処にあるのか。
未だに、生々しくも澱んだ愛憎を抱いているのか。
「判らないもの」
「……でしたら」
そんな影朧の言葉を引き継ぎ。
両腕を広げて、笑顔をみせる桜花。
「影朧の身ならばこそ。幻朧桜のもたらす転生を、信じてみませんか?」
優しく笑ってあげずに、どうやって光を指し示せるのだろう。
そこに輝きが、救いがあるのだと示すのなら笑顔で。
悲痛さや、苦悩。そんなものはないのだと、透き通るような美貌で。
そうやって教えなければ、受ける側が惑うから。
迷い、惑い、こうして今を彷徨う哀しき存在が影朧なのだから。
「嫌よ」
そう否定されると共に。
黒くも巨大な狐へと変貌する影朧。
これが胸の裡に抱える、黒々とした巨大な殺意なのだと。
どうしようもない程に大きくて、制御できないものだと。
哀しく空に吼える狐の姿を迎えるのは、変わらぬ桜花の笑みと声。
『何時か貴方の想いが癒され』
何処までも真摯に。
一途にと心を込めて、影朧を慰めるように説得する桜花の歌声。
『転生の願いに結び付きますよう』
ふと、一瞬だけ瞼を閉じて。
そうして難しい現実を、瞳に浮かべる。
とてもとても難しいけれど、救いたい存在へと真心を込めて。
「貴女の哀しみも憎しみも、愛が在ればこそ」
でなければ、苦しみの中で藻掻くなどできない。
呪うことも、憎むことも。
他人を傷付けると同時に、自らの心もも掻きむしるから。
相手が痛ければ、自分も痛い。
そんな当然が判らない存在が、忘れられぬ程に深き愛など懐けようか。「愛を諦めきれないからこそ。哀は愛。想いは願い」
全ては表裏のようにあるのだ。
決して忘れることも、諦めることも。
視線を逸らすことさえできない愛憎の混濁こそ、妖狐の影朧の正体。
見抜くが故に、桜花の説得は止まらない。
いいや、影朧が言葉でも、攻撃でも止められない。
流れる純粋な言葉を前に、黒い狐は何も出来ずに佇んでいる。
「其の強い願いが在れば、きっと次の生で其の想いは叶えられます」
「……賢しげなことを」
ようやく応えた妖狐は、けれど激しい憎悪と悲憤を見せない。
同じ女だからか。
或いは、桜の精という神秘の存在だからか。
ただ桜花の説得は続くのだ。
心に届いて攻撃を止めさせたのなら、そのまま転生を促せるように。
「其の強い願いが在れば、きっと次の生で其の想いは叶えられます」
桜の輪廻。
転生は、本当に救いがあるのかなど、論じても結論は出ない。
けれど信じるならば何処までも純に。
より善き方へ。
より善き人生へ。
光と温もりのある方へと、進める筈。
それが永久に咲く桜のもたらす奇跡なのだから。
「だって貴女は、ずっと其の想いを抱えてきたのでしょう?」
ならばその桜は、想いを叶える。
この世界は余りにも優しくあるのだから。
「同じ女達の願いと想いを束ねて貴女があるのでしょう?」
悲憤あり、憎悪あり。
棄てられた女たちの想いを縁と核として、此処にある者。
ならば知らぬ、判らぬとは言わせない。
そも、梔子と少なからずひとつとなっていたのだから。
あの優しさを、愛情を、何も感じなかったのなら。
「きっと――あなたが萩さんを殺せなかったのは、愛をまだ知っているから」
だから残滓を消さねばならなかった。
愛を拭い去り、殺意に尖らねばならなかった。
自分の中にある愛と共鳴してしまうから。
どうしても、今すぐに殺すなんてできなくて。
愛というものを確かに感じるから。思い出すから。
「違う」
否定しても、優しく子供をあやすように。
何が違うのですかと、桜花は重ねて尋ねてくる。
性質が悪い。部が悪い。
純粋な善意の前に殺意など流されていくだけ。
ただ、自分の想いが晒されていくだけ。
「其の想いを真に叶える為にも。梔子さんと一緒に、貴女も転生なさいませんか?」
何を語るのかと、狐の目が桜花を睨むが。
言葉は止まらない。
笑みは曇らない。
それこそ、咲き誇る幻朧桜のように。
桜花の声を、説得を、聞いていく度に影朧の心が癒やされていく。
それは因果の元になった想いを解きほぐしている証拠。
「想いが少なければ消え行くだけ」
そういう意味では儚く、無常なるものだけれど。
貴女は違う。愛とはそういうものではないのだから。
「貴女には消えず残った強い想いが在る」
それが憎悪であり、殺意だなんて哀しくて酷いこと、言わせたりしない。
ただ、心の底からの願いを浮かべて欲しい。
「其れを叶える為にも、貴女は転生をなさるべきです」
そうして静かにか重ねる。
「貴女の想いは、叶えられるべきものです」
だって、貴女の想いとは。
「辛く苦しい想いも愛より生まれたものだから」
歪み、捻れ、澱んで狂ったとしても。
大元の輝きは喪われていない筈。
そうだと、何より貴女が信じて欲しい。
「全てを束ね、全てを愛で包んで…貴女も貴女だけに寄せられる愛をもう一度見つける為に、転生なさいませんか」
貴女はきっと素敵なひとだから。
今はそうではなくても。
昔は、そして転生した先ではきっとそう。
桜花は無垢に信じて、眸を向ける。
この言葉は届くのだと、ただ真すっぐにに影朧へと。
「そんな訳はないでしょう」
だから桜花を無視するように背を向けたとき。
ああ、この人はと。
それでも無理に攻撃して、暴れて、殺そうとしないのは。
確かに愛があり、桜花の想いと説得が届いたのだと、そう感じたのだ。
「それが正しくとも、まずはこの憎悪、討ち取りなさい。ああ、憎い、呪いたい。……その気持ちもまた、真実なのだから」
愛と憎しみは表裏。
どれほど桜花が裏にある愛を語ろうとも、その表である憎しみも当然。
いや、桜花の言葉が正しければ正しいほど、憎悪もまた根が深い業となっている。
ならば討ち取らねばなるまい。
そうせねば、消えぬ憎悪があるならば。
けれど、それさえす消えれば。
「転生の救いに、身を委ねるのですね」
「…………」
沈黙は、この果てにそれがあるのだと云うかのようだから。
影朧もそれを否定など出来なかったのだ。
未来は判らない。
明日はどうすれば。
判らないからこそ、そこに桜の導きはあるのだと桜花は微笑む。
「愛は会いです。想いが全てを引き寄せます」
すぅ、と桜花は深く息を吸い込んだ。
「貴女の望みが叶うのを、心から願っております」
唇で穏やかなる旋律を奏でる。
それは鎮魂歌。
既に巡るだろう魂への、慰めの歌。
はなびらが、さらさらと。
数多の涙のように振り重なる。
戦いでしか決着は付かない、深き愛憎の闇を注ぐように。
優しい色と人生を、次はその身に宿すようにと。
大成功
🔵🔵🔵
ロラン・ヒュッテンブレナー
○アドリブOK
絡み×
二人のやりとりを見て、死は終わりじゃないって思ったの
心は繋がる、思いは心の中で生き続ける
覚えてくれてる限り、「生きている」んだね
ぼくも、誰かの心で生きられる人になりたいな…
相手の変身に合わせてUC発動、真の姿を解放するの
魔術陣の首輪に魔術回路の鎖で縛られた狼に変身
あなたは二人のやり取り、聞こえてなかった?
萩さんが笑って生きていくのは、梔子と共にある為なの
萩さんのもう半分の感情が生きるためなの
それは、邪魔させないよ
咆哮と共に変化と魅了の満月の魔力でその力の浄化を図るよ
ぼくは、置いて行く側
でも、梔子さんが希望を見せてくれたから
梔子さんの想いとともに、届け、ぼくの声!
花よ、風よ。
ひとの心のように儚きものよ。
消え去る刹那まで、その温もりを消さないで。
香りとなった女は、それでもと男を抱きしめるように渦巻いて。
触れることもできない男は、けれどと香りを吸い込み涙を零す。
本当に、通じ合っているのならば。
指先と言葉が触れ合う必要など、ないのだと。
時が流れだとしても、決して色褪せぬ瞬間として最期の交わりを続ける。
ああ、と。
幼くも純粋なる心より吐息を零すのは、ロラン・ヒュッテンブレナー(人狼の電脳魔術士・f04258)。
紫の眸は想いに濡れながら、ふるりと揺れて。
良かったと。
ただ、そう思うばかり。
ロランもまた梔子のように、大切な置いて行くという定めと未来を背負うから。
この終わりはよいのだと。
いいや、命が果てても終わりではないのだと。
そう信じさせてくれることが、心の温かく染みるのだ。
ふたりの遣り取りは、そう。
死は決して、心と想いの終着点ではないのだと思わせてくれるから。
「心は、繋がる」
死という隔たりがあったしても。
その向こうへと、結ばれた心はあり続ける。
「思いは心の中で生き続ける」
たとえ黄泉の世界に逝ったとしても。
心に抱く限り、互いの存在が胸の中で優しく脈打つ。
時に痛みを思い出させたとしても。
「覚えてくれてる限り、『生きている』んだね」
それもまた、生きている証拠なのだから。
無痛ならばただの夢幻。
でも、痛み疼かせてなお見続けるのは真実。
ならば。
ロランもまた、誰かの心で生きられる人になりたいのだと。
死んでも誰かの為に、大切なひとの傍にあり続けたいのだと。
儚き心は願いを灯し、空を見上げる。
転生を司る幻朧桜はひらひらと、はらはらと、流れゆく。
それもきっと出来る筈だと。
ロランの背を押し、励ますように。
魂を慰めるが、この永久の桜ならばこそ。
その花吹雪の中で祈ったこと、叶わぬことない筈。
だとしたら、あの影朧はなんと悲しい存在だろうかとロランが目を向ければ。
「ああ――憎い」
どろりとした憎悪を滲ませ、姿ばかりは美しかった女の影が歪む。
変貌するのは九つの尾を持つ巨大な狐。
黒々とした毛並みは、心を澱ませる悲嘆と愛憎の顕れか。
ならばとロランもまた、己が術を発動させ姿を変える。
それは満月のオーラを纏う灰色狼。
優しさ慈悲に染まった瞳を持ちつつも、魔法陣の首輪と魔術回路で縛られたその姿。
即売されど慈は揺らがず、誇りはそこに。
ひとつ遠吠えをあげれば、九尾の妖気が揺らいで霞む。
「あなたは二人のやり取り、聞こえていなかった?」
戦うこと、傷付けることを遠ざける月の狼たるロランが問う。
真に滅ぼすならば簡単にできたとしても。
それは本望ではないのだから。
「萩さんが笑って生きていくのは、梔子と共にある為なの」
ロランの声は遠吠えならずとも、響き渡るは静寂を促す魔術。
それは一時だとしても、伝えるべきことはそれで十分。
「萩さんのもう半分の感情が生きるためなの」
その間、ロランの寿命は削れていったとしても悔いはない。
怖いとは思うけれど、死が全ての終わりではないと、示してくれた今ならば。
「それは、邪魔させないよ」
そして、世界に響き渡るは月狼の咆哮。
変化と魅了を乗せた満月の魔力を乗せた遠吠えは、何処までも届くのだ。
それこそ妖狐の肉体を越えて、邪悪に染まった心と力のみを浄化しようと。
いと高く、されど、優しき狼の聲。
勇気を振り絞った万撃の響きに、巨大な妖狐は身じろぐ。
即座に反撃するか、否か。
男性に対して特攻の力を持つが故に、逆にロランからの影響も強く受けるのだから。
妖狐は傷付けようとして、睨み付けるからこそ。
月狼の慈しむ瞳から、また目を離せない。
「ぼくは、置いて行く側」
それは決まっていること。
当たり前でどうしようもなく。
花が散るように、逆らえない事だとしても。
「でも、梔子さんが希望を見せてくれたから」
川の流れに乗って、辿り着く先はこれから決めていける。
落花流水。
自然と成るように為るというのは。
最善を尽くせば、その流れとて変われるということだから。
「梔子さんの想いとともに、届け、ぼくの声!」
優しい情念の香りを伴って。
狼の咆哮が、影朧の憎悪を晴らそうと吹き抜ける。
残るは、花のような優しさでいいのだと。
満月と湖のように、互いを慈しむ光でいいのだと。
例え、天と地ほど離れようとも結ばれ、繋がる心を信じて。
大成功
🔵🔵🔵
生浦・栴
生きるとは忘れる事でもあるのだが…
よく話し納得して「ふたり」で決めたのならばそれも良かろう
…本当に、話が出来れば一番であったろうが
母上の研究は俺のUCに繋がるモノだったからな
いずれにしろ、今更、叶わぬ願いだな
喚ばれたと思えばお主にも斟酌の余地はあるのだが
萩を騙して上手く使うていたのを思えば恨みは云えた義理もあるまい
ナイフを作ってばら撒いて居る者を呪うが良いのではないかな
キツネならば天敵に成り得るオオカミでもUCで召喚しようか
お主、その云いようならば歪む前に会いたい者があったのでは?
思い出せるならば、時間のあるうちは聞かぬでもない
呪詛以外が浮かばぬならば多少はこのオーブに取り込ませて貰うぞ?
生きるということは、忘却していくということ。
何ら可笑しなことのない世界の道理だ。
昨日の全てを憶えたまま、今日を迎えているのか。
それを明日へと持ち越し続けられるというのか。
幸せも、悲しみも、忘れるが当然ということ。
そんなごく自然を無視して、思いばかりは不変で不滅と語るは何か違和感さえ憶えて。
それこそ、愛ならば違うと。
希望と繋がりならば、世界の摂理をも越えられるというのなら。
「生きるとは忘れる事でもあるのだが……」
それもまた一種の半魂。
世界へと逆らう禁忌であろうと、達観するが故に澄んだ紫の眸で見つめるは生浦・栴(calling・f00276)。
鋭い双眸は、夢物語はいずれ消える現実を見ていて。
或いは、通り過ぎた己の過去を追想して。
まあ、と小さく笑う。
「よく話し納得して『ふたり』で決めたのならばそれも良かろう」
部外者が立ち入り、外から決めつけてよいものではないと。
軽やかな足取りで、前へと進む生浦。
世界の摂理、命と死のなんたるか。
それと同様、心の有り様はそう覆されてよいものではないと知るのだ。
「……本当に、話が出来れば一番であったろうが」
それも容易くは叶わぬ。
生浦の母の研究は、彼のユーベルコードに繋がるもの。
他にと転用が易々とできるものではないだろうから。
努力すれば違うかもしれないが、時間と場所がそれを許してはくれない。
「いずれにしろ、今更、叶わぬ願いだな」
そうだ。
命の果てた後を、弄り倒してよい筈がないのだと。
気品を漂わせる赤い髪をふわりと揺らし、一歩、一歩と影朧へと近づく。
そして真っ直ぐに、視線を貫くように。
生浦が見つめる先は、影朧の女。
「喚ばれたと思えばお主にも斟酌の余地はあるのだが」
その手にあるのは反魂ナイフ。
一体誰が、このような危うき影朧兵器を作り出し、贈り続けているのか。
生きているものを、残されたものを。
そしてこうして呼び出されたものの魂を、玩ぶような諸行。
悪逆のものだろう。非道であろう。
悲劇を美しいと、高らかに歌う外道だと想像はなにとも容易い。
だがと。
呼ばれた影朧が犠牲者といえば、また違う。
むしろ加害者。思いを踏み躙り、殺意を募らせた存在なのだ。
「萩を騙して上手く使うていたのを思えば、恨みは云えた義理もあるまい」
「あら。心のない正論、まさに男のそれね。――お前が悪いから、これから俺のする事はなにひとつ悪くないのだと」
「そう言われて棄てられでもしたかね? お前がどう思うが一考に構わんが」
ただ、勘違いは正してやると。
ゆっくりと指をたてて示す生浦。
憎悪を向けるならば、より正しいものがいるだろうと。
その胸にある憎悪、悲憤。それらを利用しているものがいるだろうと。
「本来ならば――ナイフを作ってばら撒いて居る者を呪うが良いのではないかな」
蘇り、晴れぬ愛憎に澱むというのならば。
繰り返せど終わらぬ復讐に身を費やすなど無為。
いいや、その心さえ利用している外道が透けて見えぬかと。
「それとも、本当に何も見えず、聞こえず、ただ憎い憎いと囀る影法師となったか?」
「……っ」
それはあまりにも正論。
どのような死を遂げたにせよ、影朧となった存在は総じて『哀しい』。
害意の有無は問わず、そう歪むに足る死があり、それ故に転生の輪廻へと乗れず。
このような惨劇に利用されるのだから。
本来恨むべきは、手に握る半魂ナイフを作ったものの筈。
「お前もまた、利用されているのだろうな」
「黙れっ!! 情を利用して言葉を弄する、男がっ」
ならばその悉く殺してくれる。
その一念で黒き狐へと変じる影朧。
殺到する殺気は本物。
生浦の肌に冷たく刺さり続けるが、本人の調子は崩れぬままだ。
「転嫁は宜しくなかろう」
そうしても何も為せぬ筈と、生浦の指が虚空をなぞる。
『冥府からの迎えだ』
そうして喚び出されるはオオカミの死霊たち。
追走と迎撃が為に飛翔し、属性魔法を宿した爪牙で対象を掻きむしらんとする死の番兵。
一気にと巨大な狐に群がり、互いが互いの形を壊していく。
牙にて喰らわれた黒狐の身より血は吹き出て。
影の如き死霊がなぎ払われれば、黒い霧が広がる。
憎悪と死。その暗い舞踏の最中。
「お主」
ひやりと。
どこまでも正しい生浦の言葉が響き渡る。
「その云いようならば、歪む前に会いたい者があったのでは?」
このように歪み、澱むならば。
憎悪の前に愛があった筈。
棄てられたというのならば、もう一度、逢いたいと願うのが本音の筈。
こうも一途に、盲目に、呪い続けることができるというのなら。
「思い出せるならば、時間のあるうちは聞かぬでもない」
大元の想い、情念の深さは疑う余地もない。
言ってしまえば、捻れた未練。非業を経て狂った慕情。
憎い。哀しい。殺したい。
「そう言うより、大事な言葉は……最早浮かばんか?」
「――――」
生浦は正しい。
冷たい程に正しいから、影朧が絶句し、死霊に身を刻まれても立ちすくむ。
本当に痛む部分、病巣を見透けられて。
「わた、しは」
影朧となった存在が言い淀むしかできないのは、どうしてか。
かくも愚か。かくも悲しき。
愛がなけければただ怒号で返せる筈なのに、それが深くて重いから、言葉として浮かばない。
けれど、時は無常。
その心がまち朽ち果てしまう前に。
「呪詛以外が浮かばぬならば、多少はこのオーブに取り込ませて貰うぞ?」
生浦が掲げるのは闇い水を、ゆらゆらとその裡に遊ばせるオーブ。
紅の呪縛で縛られたそれは、果てぬ怨嗟を波打つように響かせている。
それはさながら、血の涙を零すかのようで。
こう有り続けたいのかと、形にして影朧に示す。
「私は……もう一度、この手を取って欲しかった」
だから、戦いながら響く悲しき影朧の声。
「花嫁として迎えに行くと云う彼を信じて。白無垢に飾り」
それでもなお、彼は来なかったから――。
「水の底ではなく、花に迎えられたかった」
それは男の過ちか。
それとも、女の過ちか。
騙されたのか。迎えにいけなかったのか。
「本当は私も、知らない……知りたい」
死霊に今の姿を削れながら。
かつての想いを零す影朧に、生浦は瞼を伏せる。
ただ静かに。
「そうか」
穏やかに、その想いを受け取るように呟いた。
永久の桜たちは風とともに、いずれ血の臭いを消して。
ただ桜花の香りを漂わせるだろう。
そこに、想いと事実があった事を隠すように。
全ては忘れてゆくものなのだから。
大成功
🔵🔵🔵
月白・雪音
…想い紡ぎ合う者への強い憎悪。
或いは貴女も影朧と変ず前は誰かと想いを重ね、それが歪みの核となる程の結末を迎えたのでしょう。
されどその歪みが今を生きる者の別れへの災禍と変ずとあらば、それを止めるが我らが責務。
UC発動にて怪力、グラップル、残像を用いた高速格闘戦にて戦闘展開
業を模倣し返されるとも、その在り様を最も知るは私自身。故に遅れる道理は無し
野生の勘、見切り、カウンターにて動作の間隙を狙い反撃
…梔子様、まだ其処に居られるのですね。
此度の過ちは萩様自身が選んだものなれど、それでも彼は自らの痛みと向き合う道を取り直しました。
その先を貴女が観る事は叶わない。されど萩様が己を取り戻したるは、我らの言葉以上に貴女が積み上げた想いあってのものでしょう。
異能無きこの身の業に叶うは、ただ対象に死を与う事のみ。されど死とは生と共に輪転する命の終の営みに他ならない。
故に影に呑まれたその魂を、桜の膝元へと還しましょう。
梔子様の。そして、『貴女』の想いも同様に。
──その死に、苦痛なき安息を。次なる生に、祝福を。
慕情が香り、涙が揺れる。
姿形はなくとも、想いは伝わるのだと。
桜の花びらがふたりを取り巻いて優しく零れていくから。
これでよいのだと。
紅い眸はゆっくりと閉じる。
ただこうもふたりが幸福ならばこそと。
独り佇む影朧へと、静かなる声を届けるは月白・雪音(月輪氷華・f29413)。
「……想い紡ぎ合う者への強い憎悪」
結局、それが殺意の源泉。
男というものを憎み、怨み、死んでも許さないと告げる心。
そればかりが影朧の女の中心だとしても。
「或いは貴女も影朧と変ず前は誰かと想いを重ね」
何も知らないのならば、そこまで深くも激しく想いを抱けない。
誰か愛しきひとがいたからこそ。
そこから受けた傷が、どうしようもない程に疼くからこそ。
「それが歪みの核となる程の結末を迎えたのでしょう」
心にある愛故に、憎しみを。
殺意をと滲ませ、歪み、捻れて狂う。
大元は幸せを求めるものなのに、気付けば不幸と破滅を求めて流離う。
それは哀しきことなのだと。
自らでは止まれぬ惨劇から惨劇へと渡り歩く。
報われることのない、影と闇の道往きなれど。
「されど、その歪みが今を生きる者の別れへの災禍と変ずとあらば、それを止めるが我らが責務」
その想いも、心も、歩みも。
止めてみるが己が義務だと、雪音は緩やかに拳を握る。
ゆるりと身を揺らせば、それは拳武の流れへと変じさせながら。
せめて。
闇夜を往く者の、月灯りたらんと息を吸う。
白く、白く。過去の血色を塗り替えて、未来へと繋ぐが為に。
ふわりと。
されど、あまりにも迅く。
雪が吹雪くような白い残像を伴いながら、一息で影朧の懐へと入り込む。
「これが私に出来る、誠の葬りなれば」
言葉が響けば、拳撃が影朧へと突き刺さる。
雪音が高速で巡るは円弧の動き。
まるで舞踏だと云う者もいよう。
一切の淀みを廃し、研ぎ澄まされた雪音の武は冷たくも澄んだ氷のように美しく。
儚き身より放たれたと思えぬ剛の一撃は骨を軋ませ、姿勢を崩させれば足払いへと繋がる。
くるりと身を翻せば、そのまま投げ飛ばされる影朧。
受け身を取れぬ儘に追い打ちの踵が突き刺さり、起き上がった途端に肘撃が鳩尾へと突き刺さる。
呼吸のひとつ。
瞬きのひとつ。
許さぬという徹底した武は、影朧の身を砕いていく。
「おの、れ……!」
ようやく尾で受け止め、影朧が業を模倣すれど。
返される業は雪音が積み上げた修練のもの。
そのひとつ、ひとつ。細やかなる動き、呼吸の旋律。
有り様の全て読み切っている。
故に影朧から放たれる蹴撃が雪音の美貌を壊さんと吼えれども。
「――憎い、憎いと裡なる昏き衝動に飲まれた心で」
ふわりと。
雪が舞うような軽やかさで。
けれど、影朧では捉えられぬと告げる速さと、凜とした眼差しを以て。
「技を幾ら真似れど、深き本質には至れません」
自らの裡に在る殺戮衝動を律するが雪音の武。
それを振るう精神ならばこそ、殺意に染まった影朧の心で。
どうしてその真白き武をなぞれよう。
静謐なれど、気高き心こそが強さなのだと。
瞬速を以て交差法で叩き込む掌底が、影朧の心の臓を撃つ。
挙動の隙間を見切る紅い双眸。野生の勘とヒトの心を持つ想い。それらによって誠に磨かれた武が、影朧の存在を打ち破るのだ。
響いたのは臓腑を潰す生々しい音ではなく。
むしろ氷を砕くような、涼しくも清らかなる音。
それこそ、次なる命を祝うように。
されど影朧の身に叩き込まれた衝撃は深刻。血脈の流れのみならず、全身の気の巡りをも乱し、影朧に膝をつかせる。
そのまま、脛骨を砕くなりとトドメは容易くとも。
すぅ、と息を吸い上げて、雪音の唇は声を零す。
「……梔子様、まだ其処に居られるのですね」
敵を撃滅するならば容易きこと。
なれど、その渦中にて心を救うことこそ武の本懐なれば。
雪音は血濡れて屍のみが残るなど、求めてはいないのであればこそ。
「此度の過ちは萩様自身が選んだものなれど」
静かなる心は、情動の揺らぎを見せずとも。
語る雪音の胸に優しさがあるのだと、憶えさせる言葉を紡いでいく。
「それでも彼は自らの痛みと向き合う道を取り直しました」
過ちは過ち。
されど、愚かしい程に美しい悲劇にて重なるつもりなどないのだと。
傷ましい現実にて、続けるのだと萩は告げたのだから。
ならもうよいだろう。許してあげて欲しい。
貴女の悲しみ、苦しみ、痛み。
愛を別の存在に語らわれたその想いが如何ほどか。
察するに余るは、やはり愛故に。自らより相手を想うという、愛しさ故に。
けれど。
「その先を貴女が観る事は叶わない」
それでも先があるのだ。
萩と共に永劫にとはいかない。
幻朧桜は永久であれ、雪はいずれ儚く溶けてしまうから。
「されど」
それでも信じて欲しいのだと。
雪音の紅い眸が、優しき香気の漂う場を見据える。
「萩様が己を取り戻したるは、我らの言葉以上に貴女が積み上げた想いあってのものでしょう」
貴女の思いと、優しさと。
何より愛しい思い出があったからこそ。
だから過ちがあり。
そこより正す道に戻れたのだと。
雪音の言葉は、ただそれに気付かせるだけだった。
そして、それ以上は何も出来ないのだ。
心にて心に寄り添う。ヒトたる存在を、雪音は越えることなど出来ない。
「異能無きこの身の業に叶うは、ただ対象に死を与う事のみ」
いいや、だからこそ。
死を与える事のみと知るからこそ。
より真心へと、誠実に触れようとするのが雪音という存在。
「されど死とは生と共に輪転する命の終の営みに他ならない」
氷華は、月灯りにて美しく。
己ではない誰が心を映すのだから。
命と共に在る限り。
終わりがあるという事を知り、より善きそれを求める。
足掻く事は無意味ではない。
安息を願って一時の眠りを。
骸の海に還ることが、また救いではなかったとしても。
はらり、はらりと零れる幻朧桜は輪廻という救済と慰めをもたらすのだから。
未だ膝を付き、憎しみに濁った瞳を萩へと向ける影朧へと、雪音は冷たい声を落とす。
「故に影に呑まれたその魂を、桜の膝元へと還しましょう」
それがせめての。
愛を知り、深く溺れ、憎悪へと変じたその身への情け。
本来ならば、その貌とて笑っていた筈。
憎く、怨めしいと呟き続けるから、そんな淀みの影へとなったのだ。
「愛し、愛しきと。次の生では心の底から歌えるように。本来の曇らぬ貌で、美しい心を浮かべられるように」
飾らぬ雪音の心にて、手向けの花がわりの言葉を。
影朧が今は聞き入れられる事は出来ずとも。
転生にて巡る間に、或いは、その先でこの言葉が導になって欲しいる
「ああ――貴女も、愛を語らって傷ついた女なれば。梔子様と同じく痛みを知る心」
愛が不滅なればこそ、心は痛む。
雪音もひっそりと、そんな女の情念の欠片を抱きながら。
「梔子様の。そして、『貴女』の想いも同様に」
この影朧を見送ろうと吐息を零す。
所詮は異能を持たず、操れぬ身。
ならばこの身にある武を。
そして心のみをもって、佇み寄り添うのみ。
如何なる戦場でも、命の遣り取り以上に、心の有り様が響くのだから。
笑ってあげることも。
泣いてあげることも。
雪音は出来ずに、ただ頷いてみせるばかりだけれど。
「──その死に、苦痛なき安息を」
介錯を行うように。
するりと伸ばす手刀。
白き繊手なれど、命を奪う雪音の身。
情動を表せぬ氷華の如き美貌なれど、想いならば露とて汲む瞳と唇。
耳は聞こえぬ嘆きも、せめて、せめてと。
せめて――月光のような静けさし響かせぬこの声でも、救える心あるならばと。
「次なる生に、祝福を」
願うように、祈るように。
闇と影を払いて、月弧を描くように手刀が放たれる。
桜はきっと来世へと巡らせるだろう。
その時、愛が憎悪に変じぬように。
痛みが殺意を産み出さぬように。
甘き言葉も、安らぎを産む声色も出せずとも。
最期までを見届けるは雪音。
死とその先を届けようする透き通る想いは、冷たくとも真心のみ。
ただ眸に、心の流れる先を映す。
死の先など、分からずとも。
それでもと祈るは、きっと無為ではないのだから。
月に群雲、花に風。
全ては儚み、移ろうものなれど。
消え果てる巡りの先に、次なる光と命はあるから。
決して悲しみと憎悪に留まることはないのだと。
雪音は瞼を伏せた。
その胸に凜と咲く、氷の月下美人。
それは未だ、数多の命と心を映してゆくのだろう。
己は笑みを浮かべられぬのなら。
誰が幸いなる笑みを、我が事のように尊ぼうと。
故に輪廻の桜よ、この影朧の女は罪人なれど。
愛と痛みには、また等しく報いよと。
大成功
🔵🔵🔵
鵜飼・章
つくづく僕には理解困難な話をするね
五割ばかりの心を得る代償として
思想と行動の制限が要求されるなら
愛とは随分非効率的なこと
なのにきみ達は互いに縛られたがっているようだ
面白い、それでこそ人間
僕は身勝手に捨てていくけれど
代わりに「忘れず生きていく」なんて
口が裂けても言わないよ
無責任への責任感とでも言うべきかな
影朧さん、きみの理論に従うなら
転じて誰より誠実と言える
つまりきみが連れていくべきなのは
そこの尊い命じゃない
僕だよ
UCで影の短刀を作り影朧を攻撃
さて…何を考えようかな
きみは僕を何度でも殺したいようで
それこそ美しき愛の形だと主張したいらしい
その価値観に対する一般的な解答は…そうだな
『嫌だ、怖い、断る』
きみの愛は世間一般の男性に対して重すぎる
良縁に恵まれないのも当然だ
ごめん、今の言っちゃいけなかったかな
きみが僕を好きになっても
嫌いになっても
どのみち殺されるという結果は変わらない
ならその前に殺さなきゃ
そして誠実にきみを忘れてあげる
誰もやりたくない事は
誰かが引き受けなきゃね
だから僕はずっと死神なんだ
ああ、どうしてと。
唇が緩やかな溜息を零してしまう。
決して痛みを憶えるのではないし、悲しくもない。
ただ、自然と吐息がひとひら落ちた。
どうして、なりたいものはこんなに理解できない話をするのだろう。
人間になりたくて。
ひとより、ひとらしい心が欲しいとも思うけれど。
「つくづく僕には理解困難な話をするね」
何時もそうやって僕を置き去りにするのだろうと。
優しい桜の花びらに覆われた世界で、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は呟いた。
それこそ花びらたちの影が集った存在のように。
とても儚く、脆く、浮世離れした美貌で。
ちいさく、ちいさく微笑むのだ。
「五割ばかりの心を得る代償として」
そんな半分とか、五割とか。
心を数字にするのも、人間の嫌うことの筈なのに。
「思想と行動の制限が要求されるなら」
ましてや思想、行動。
そういった心の形や辿る路を束縛されるなど。
死んでもご免だと。
歴史を紐解けば、幾らでも戦争の理由になった死の原因だというのに。
「愛とは随分非効率的なこと」
そんな愛、という言葉が付けばとても素晴らしいように語っている。
鵜飼が淋しげに笑うのは、やはり、それがどうしても理解できないから。
蝶が羽ばたく翅をピンで止められれば。
例え死ぬと分かっていても、翅を自ら千切ってでも自由を得ようとするのに。
「なのに……きみ達は互いに縛られたがっているようだ」
どうして。
ねぇ、どうして人間はそうなのと。
神秘的な紫の眸を、するりと揺らす鵜飼。
それは寂しくも、切なげな憧憬。
自分とはまったく違う人間を見つめる、繊細なる影の貌。
けれど、ああと。
まるで自分で独り納得したように息を呑み、瞼を瞑ればただ一言を紡いだ。
「面白い、それでこそ人間」
だからと萩と梔子の傍を音も無く通り過ぎて。
無数の花びらを踏みながら、過ちたる影朧の方へと歩み寄る。
向けられる男への殺意も憎悪も一切感じないように。
「僕は身勝手に捨てていくけれど」
なんとも優しげな声で、棄てられた女へと告げるのた。
「代わりに『忘れず生きていく』なんて、口が裂けても言わないよ」
そうやって浮かべるのは優雅なアルカイックスマイル。
向けられた影朧の女がどんな気持ちを抱くかなど、一切考えずに。
「無責任への責任感とでも言うべきかな」
いいや、感じ取れないのかもしれない。
曰く、地獄に墜ちろと言われた鵜飼に、情念の何たるかを聞くのが間違えている。
ともすれば、それを理解した時、鵜飼は本当に人間から遠ざかるかもしれない。
悪魔ほどひとの心を、愛を知る者はいないのだから。
転じて、鵜飼は決して悪魔ではない。
ひたすらにヒトの、心の敵ではあるのかもしれないけれど。
「影朧さん、きみの理論に従うなら」
だからこそ、影朧の女は沈黙しながら。
ただ、ただ殺意をより濃く纏うのだ。
眸から滲み出るそれを一身に受けながら、なお軽やかに語る鵜飼。
愛憎の生々しさも。
殺意の恐ろしさも、鵜飼は知らないのだから。
「転じて、僕は誰より誠実と言える」
まるでステップを踏むように、影朧の地雷を踏む。逆鱗を指先で優しくなぞる。
誠実だという男ほど、女を棄てるというのに。
自分の理論、自らにとっての正論。男のそんなものは聞きたくも無い相手に、かくも重ねるのだ。
「つまりきみが連れていくべきなのは、そこの尊い命じゃない」
柔らかく、柔らかく。
何処までも優しく微笑む鵜飼の貌。
そのまま自らの心臓の上をとん、と叩いて。
「――僕だよ」
殺すべきは。殺めるべきは。
憎悪を晴らすべきは、こんな身勝手な男なのだと影朧に告げるのだ。
「……ええ。貴方のような」
なんとどうしようもない自分本位。
明日になれば、ふと心の風に従って方針を変える。
「とても身勝手な男こそ、殺したいのだもの。……禁忌に手を染めても? 例え、歪んだとしても? ああ、そこに女の想いはないもの。身勝手な願いだわ」
「うーん、ごめんね? 君のいっている事は分からないけれど、君もまた身勝手だって思うんだよ」
どうせ他人の気持ちなんて、分からないものね。
そんな囁きが空に響けば。
あまりにも冷たい沈黙が、鵜飼と影朧を結ぶ。
にこにことする鵜飼は、図鑑からずるりと引き出される知性と心ある闇くんを影の短刀として。
「ええ。ええ。問答しても、ただ、ただ」
相対する影朧も腰を落とし、怒りで定まった瞳で。
そして反魂ナイフの切っ先でも、鵜飼を刺し貫こうとする。
「あなたは、とても苛立つ。心がないんじゃなくて、心の敵ね」
「酷いなぁ」
さくり、さくりと花を踏みしめて。
間合いを瞬く間に詰めて、鵜飼は囁く。
「僕はこれでも、博愛主義なんだよ? ……何故か、女の子に嫌われるけれど」
その言葉と共に、一閃する影の刃。
ただそれも人を害するのではない。
昆虫の標本を作ろうとするような、細かく慎重な、分解する為の一振り。
「何故かを考えないまま、黄泉にいったら?」
怒りが頂点を越え、凍えた声で応える影朧。
されど、操る半魂ナイフは確かに燃えるような勢い。
怒りにして振るわれる女の情念の刃。おおよそ、男が思いつく中でも最も恐ろしいもの前に。
「うーん。そうだね」
けれど、鵜飼はまっくた動じない。
あれでもない。これでもないと考えながら。
影の短刀で斬り結ぶのは、まるで綾取りをして遊ぶよう。
「さて……何を考えようかな」
ひやりと。
喉元を撫でて過ぎた半魂の鋭さに怯えることもなく。
振るう影の刃にて、人間らしい嘘の感情を憶えていく。
そう。ひとの心を分解して、ひとつの標本にするように。
「きみは僕を何度でも殺したいようで」
手首ごと翻して、影朧の女の肩口を短刀で捉える。
滲んで流れる血など、互いに全く興味なく、心と命ばかりにその視線を注がれて。
「それこそ美しき愛の形だと主張したいらしい」
「あら。死んでも、死んでもと、その思いは間違いかしら?」
「――話を逸らして、誤魔化すなよ」
胸元へと迫る半魂を弾いて、鵜飼が紫の眸で見つめる。
逃げるな。嘘をつくな。
心があるのなら、その内側まで曝け出せと。
「その価値観に対する一般的な解答は……そうだな」
そんな心の真実。
愛する男にしか見せたくない。晒したくない。そういう女心など踏みにじって。
一般論という冷たい刃で、女の愛を突き刺した。
「……『嫌だ、怖い、断る』」
「っ」
動揺で揺れる半魂を弾き、返す刃で女の腕を切り付けて。
「きみの愛は世間一般の男性に対して重すぎる。良縁に恵まれないのも当然だ」
怯んだ女の手首を握り締め、更に反魂ナイフを振るわせない。
至近距離で見つれば、鵜飼の貌はあまりにも美しく。
だからこそ、言葉がずくりと心に埋まるのだ。
思わず鵜飼の腕を振り切り、距離を取ろうとしても女は逃げられない。
それこそ、悪い男に捕まったように――死神に手を握られたように。
「ごめん、今の言っちゃいけなかったかな」
そのまま鵜飼は影の短刀で影朧を傷つけ。
言葉でなお、深く傷付けて。
「きみが僕を好きになっても、嫌いになっても」
手首を離さず、至近距離で言葉を紡ぐ。
甘い、甘い。
絶望の毒として。
「どのみち殺されるという結果は変わらない」
それならと。
余りにも容易く、そしてすとんと、そこに収まるべきだったように。
「ならその前に殺さなきゃ」
「……っ……ぁ」
影朧の女の胸へと、影のナイフを突き刺したのだ。
肉の抵抗、心の抗い。そんなもの鵜飼は知らない。
心臓を外したのも、あえてなのか、それとも偶々なのか。誰にも分からない。
或いは――君みたいな女の心を貫くのは嫌だな、と。
そんな鵜飼の思いがあったのもかもしれなくて。
「そして誠実にきみを忘れてあげる」
本当に明日の朝には君を忘れてあげる。
遅い太陽を見て、君みたいな影はさっぱり心から晴れるのだと。
優しく、優しく微笑む鵜飼の美貌。
唇から紅い血を零す女の悲痛さなど、知りもしない。
「誰もやりたくない事は」
お前が誰か。
別の女に刺されてしまえ。
私の分まで深く、深くと呪うような視線を受けてもなお、鵜飼の微笑みはふるりともせず。
「誰かが引き受けなきゃね」
誰かが喜んでする鵜飼を刺すということは誰もできない。
だって。
「だから僕はずっと死神なんだ」
死神を刺す乙女なんていないのだから。
影朧の女を抱き寄せるように、より深く短刀を突き刺う鵜飼。
呼吸と共に散った血がその肩にかかれば。
汚れちゃったねと、寂しそうに笑うばかり。
女の痕跡、愛憎など。
まったく触れることはないのだった。
死神は愛を識ることはあっても。
それを抱くことも、慮ることもありはしないのだから。
大成功
🔵🔵🔵
セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
さっき繋いだ優しい匂いとは反する憎悪の声
純粋に歪められた情念なのか
別のナニカなのかは知らねぇけど…
ソレを許すわけにはいかねぇなぁ!
歌で身体強化して
靴に風の魔力を送る
ダッシュで距離を詰めたら先制攻撃だ
…つっても、あーやりづれぇ!
男に恨みがあるのか何なのか知らねぇけどッと…!
何時ものように回避しようとして
アレスに助けられた
…ッ!
いつもより余裕はないんだろう
痛む心はあるけれど
それでも、アレスが盾として立ってくれるなら
俺は俺の仕事をするだけだ
歌い上げるは【青星の盟約】
攻撃力重視で力を溜め
ついでとばかりに萩に檄を飛ばす
なぁ、コレが終わりはいやだろアンタ
こんな、なし崩しみたいな終わりはさ
きっちりあっちの申し出をお断りして
ちゃんと、もう一度約束を取り付けろよ
限界まで魔力を込めたら全力の一撃でぶっ叩いてやる
アレスの想いも光も全部、全部のせて
…この一撃は、届ける為の一撃だ!!
二人の別れを見たら
アレスの小指に指を絡める
視線は前を向いたまま
ああ…アイツらが
また巡りあえますように
アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎
憎悪の狐尾に立ちはだかり
香りへと呼びかける
梔子さん、貴女は萩殿の傍へ
…たとえ今の姿が“名残”であっても
萩殿を見守り、想い続けた貴女を
ふたりでひとつの心と絆を紡ぐ貴方達を
憎悪に奪わせはしません
援護は任せて
炎も僕の盾で
…、…!?
この炎…ッさせるものか!
セリオスや萩殿達への炎は盾と己を以って庇おう
…幾度燃やされようとも
悪意の痛みを彼らに負わせはしない覚悟で激痛を耐え
…悲痛な眼差しに心で詫びる
(それでも…守らせて欲しい
この痛みも、君や故郷の皆を守れなかった時の想いに比べれば…!)
ー想いは、命は
誰一人奪わせるものか!!
攻撃が弱まったのを感じれば
四枚光翼の真の姿を解放し押し返す
そして願うは【貴方の青い鳥】
彼の剣に浄化の光と想いの全てを込めよう!
…ふたりが語らう時間を作れるように
指輪<僕の青い鳥>にもう一度祈る
香りを媒体にほんの一時だけでも
歪みを正し、想いを形に
降霊…真の梔子さんの姿を此処に
…彼らの別れを見送れたら
セリオスの小指に指を絡める
ー導きの先で
ふたりがまた廻り逢えますように
優しきもの、愛しきもの。
花と香りのように、風と漂う。
儚くも大切、なのに、ふとすれば見逃してしまいそうな。
それを愛と呼ぶのかもしれない。
だから必死で抱きしめて、握り締めるのだ。
この掌のようにと、そっと瞼を閉じるのはセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)。
誰より大事な蒼穹の瞳を持つひとの手を握りながら。
絶対に離さないと、互いの心に誓いながら。
けれど、ふるりと長い睫毛は動いて。
聞こえてしまった、底冷えするような憎悪へと蒼い双眸が向く。
先ほどふたりが繋いだ優しい匂いとは、真逆の生なしく濁った愛憎の声。
あれを綺麗だと、そう呼べるものは真っ当な感性ではないだろう。
純粋だったものが、余りにも酷い何かに歪められた情念なのか。
別のナニカなのかは、セリオスには判らずとも。
「何が元なのか、知らねぇけどよ!」
悲劇か、惨劇か。
憐憫を抱き、情を向ける存在だったのかもしれなくとも。
愛しさを歪めて、殺めるなど。
殺意の刃を揺らめかせ、永遠に殺して、蘇らせてという恐怖劇など。
「ソレを許すわけにはいかねぇなぁ!」
セリオスが誰より頼もしきひとの手を離すのは。
これから共に挑んでくれるという信頼の裏返し。
例え触れていなくても、きっと傍にいてくれるという。
その心に応えて、陽光のような金の髪をさらりと揺らして微笑むのはアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)。
大丈夫だよと。
全てを云わなくても、セリオスの懐く願いは判っているのだと、整った貌に浮かべるアレクシス。
「ああ、セリオスの云う通りだ」
騎士として清冽に。
願いと心に準じるべく、剣と大盾を構えて一歩と踏み出すアレクシス。
それは憎悪の狐に立ちはだかり、優しさと愛しさの香気を。
梔子と萩の幻めいた触れ合いを護るかのよう。
「梔子さん、貴女は萩殿の傍へ」
並々ならぬ男の憎悪があるというのならば、自らがそれを引きつけるのだとアレクシスは凜々しくも雄々しく、剣を掲げる。
「……たとえ今の姿が“名残”であっても」
指先も、髪の一筋も、触れ合えぬ存在だとしても。
確かに貴女は、大切なる存在なのだから。
「萩殿を見守り、想い続けた貴女を」
だって触れ合えないのはお互い様。
それでもと一途に思い続けたのは、なんと尊ぶべきことか。
大切なる真心、そのものだ。
「ふたりでひとつの心と絆を紡ぐ貴方達を」
そう、ふたりでひとつを紡ぐという存在を。
必ずや闇より救ってみせると、アレクシスは眦を決して、声を響かせる。
「憎悪に奪わせはしません」
紡ぎし思いの糸は久遠にあり。
何者にも断てはしないのだと、知らしめよう。
「アレスの云う通りだぜ」
そんな背を見ながら、自分の想いを代弁してくれた事に。
優しくも強く在り続けてくれるアレクシスに、そっとセリオスは目を細めた。
何時だって光を見つけくれるのは、示してくれるのはアレクシスだからと。
有難うと、声なく呟けば。
「影には退場して貰わないと、なぁっ!!」
美しく歌い上げるは夜の鳥。
艶やかな黒髪が靡くのは、纏いして従う風の力。
同時に身体能力を強化したセリオスが、一気に駆け抜ける。
さながら、夜に瞬く青い流星のように。
突き出す純白の剣は、光の刃を以て影朧を捉える。
そう、余りにも順当に。
けれど、何処までも深い憎悪で迎える女の元に。
「なっ!?」
寸前でセリオスが身を翻したせいで、純白の長剣は影朧の肩を掠めるに留まる。
だがそれもその筈。
今、影朧は相打ち覚悟で高速で駆け抜けるセリオスへと向かったのだ。
その速度についていけずとも、刺された後に刺し返せば簡単だというように。
どろどろとした憎悪は、あまりにも生々しく恐ろしい。
そういうものを産まれた常夜の世界でも知るけれど。
そこに愛が絡めば、ここまでぞっとするものなのかとセリオスの額に冷たい汗が浮かぶ。
倒すだけならば、きっと簡単だ。
けれど、そう簡単に倒していいのだろうか。
憎悪の源泉が愛だというのなら、それを全てなかったことにしていいのかと。
(……つっても、あーやりづれぇ!)
悩む事は性に合わないセリオス。
加えれば、愛憎、悲嘆。そういうものは殴っても死なない。
むしろわらわらと増える沼のようなものだから、思わず攻めあぐね、動きを止めてしまうのだ。
「男に恨みがあるのか何なのか知らねぇけどッ、と……!」
そしてその瞬間を狙って放たれる、怨念の炎魂。
昏い想念を縁にと結ばれたそれは、男性には不可避かつ防御不能。一瞬でも影朧の思念に怯めば、呑み込まれる地獄の炎だ。
故に、セリオスの窮地を救ったのはその真逆たる心。
「セリオス、援護は任せて!」
微かにも怖れを抱かず、間に割り込むのはアレクシスの勇姿。
純白の大盾、そこから生じる光の障壁をもって防ごうとするが、影朧の放った炎の性質は悪質に過ぎた。
喰われるように焼かれていく。
光も、力も。護ろうとすればするほど、それを糧に燃え上がる憎悪の炎。
「この炎……ッ。……させるものか!」
それでもなおアレクシスは盾を構えて踏みとどまり、セリオスや萩たちを護ろうと立ち塞がる。
絶対に傷付けさせない。
優しく、愛しいものを。
そのひとたちの過ごす、幸いなる時間を。
庇うのだと決意を込めた騎士が怯む筈などあるわけがない。
「あら、何時まで棄てずにいられるかしら」
だからこそ苛立つ女。
私の知る、私を棄てた男はこうではなかったのだと、憎悪を滾らせ、殺意を巡らせる。
八つ当たりであり、見境無いの歪んだ狂気。
立て続けに炎を放ち、アレクシスの身も魂もをと焼却しようとするが。
「……幾度燃やされようとも」
それでもと立ち塞がるからこそ、セリオスの知るアレクシスなのだ。
アレクシスもまた、セリオスが知り、そして頼ってくれる存在であり続ける為に。
どれほどの悪意に焼かれ、痛みを憶えようとも、その蒼穹の瞳を曇らせなどしない。
故に激痛を、妖狐の魔炎に耐えるのはただの覚悟。想いだけ。
それだけで越えて見せるのだと、アレクシスは足を踏みしめ、更に前へと一歩踏み出した。
「アレス……ッ!!」
そんな片割れの姿に、悲痛な視線を向けてしまうセリオス。
当然だ。大事な存在に痛みなど、苦しみなど願わない。
それを遠ざけたいのだと祈り、求めるのだ。
昏い炎に焼かれる大事な幼馴染みの姿など、どうして見ていられよう。
助けたいのだと、セリオスは携える長剣の柄に強く指を絡める。痛い程に握り締めて、必ずや救うのだと想いを叫ばせる。
ああ、このセリオスの想いはアレクシスもまた、抱くものだと。
判るからこそ、今は互いの成すべきことを為すのだ。
いつもより余裕はないのだろう。
それに対して痛む心はあるけれど。
それでもアレクシスが、セリオスの盾として立ってくれる限り――セリオスもまた剣として有り続けよう。
誓いを立てた儘に。
決して破れぬ、ふたりの夢の為に。
美しき夜の黒鳥は、番いたる朝焼けの為に青き空を歌い挙げる。
高らかに澄んだ声で。
互いの想いこそ尊く、大事なのだと。
青き一等星は、並び立つ赤き一等星の為に、心の底より想いを響かせて。
ならばこそ。
心によりて世界の万象が始まり、立つのならば。
根源たるモノが応えぬ筈がない。
何処までも、何処までも、限界を超えて力を込めて、セリオスもまた煌めく星となるように。
憎悪の炎に立ち向かい、痛みを憶えても輝き続けるアレクシスのようにあるべく。
「ああ。僕が無理をすれば、セリオスも無理をする……当たり前か」
それでも、今は護らせて欲しい。
セリオスの歌声が響く中、アレクシスの脳裏に浮かぶのは産まれた世界の過去。
捕らわれたセリオスと。
自らの過ちで喪った故郷。
(それでも…守らせて欲しい。この痛みも、君や故郷の皆を守れなかった時の想いに比べれば……!)
ましてや今は、セリオスの歌声がある。
独りではないのだと、心に染み渡る温もりがあるから。
「――想いは、命は」
この盾は自らではなく。
大切な人達を護るものだと、誇らしく掲げるように。
「誰一人奪わせるものか!!」
アレクシスが叫べば、セリオスの歌もまた強く響き渡る。
宙の星まで振るわせるように。
桜の花びらとて、目覚めるように。
「悪い夢を」
「ふたりで、晴らそう……ッ!!」
だから二人の言葉は繋がり、想いは響く。
絆とは断てぬものだと、萩と梔子により一層強く憶えさせて。
「なぁ、コレが終わりはいやだろアンタ」
セリオスは萩へと、激を飛ばすのだ。
こういうのは優しいアレクシスが適任だと判っていても、自分で言いたい時がある。
いいや、云わなければ伝わらないのだと、教えてやらなければ。
「こんな、なし崩しみたいな終わりはさ」
自分達では何も決められない。
そんな終わり方、悲しいだろう。やるせないだろう。
確かに、この手で絆を取り戻したと。
大切な愛を抱きしめたのだと、胸を張ってくれよとセリオスはウィンクをする。
「きっちりあっちの申し出をお断りして」
死んでなんてやらないのだと。
過ちを重ね続けるのはこりごりだと。
何より。
「ちゃんと、もう一度約束を取り付けろよ」
「ああ、そうだな。……何時も梔子が察してくれたから、言葉の足りない、馬鹿な男になりかけていた」
促された萩はすぅ、と息を吸い込み、大きく声を響かせた。
それは影朧の女へとの決別。
そして、巻き込んだことへの謝罪。
「君に殺されるのは御免被る――それは、君がかつて抱いた愛への冒涜だ。例え歪んだとしても、拗くれても……その想いの行き先は、ただひとり、大切な存在へだ」
それは光のように。
或いは、本当に魂から零れた淡い光のように。
「っ」
影朧の存在を揺るがし、振るわせ、その力を削ぐ。
そういう声を、愛しい人から聞きたかった。
きっと、そういうものが影朧の女の願いの真実で。
「よく、言ってくれました」
攻撃が緩まった瞬間、炎を盾で押し返すアレクシスが告げる。
「何も言えないようでは、とても頼りなく……不安でしたからね」
けれど声色は荒げずに。
守護者の有り様を変えることなく。
アレクシスは真の姿を解放し、四枚の白き光翼を広げて憎悪の炎を押し返す。
瞠目する影朧の女。けれど、これは当然のこと。
不であれ正であれ、想いを縁にするが影朧の技。ならば、その憎悪が揺らげば力は乱れ、より正しい想いを向けられれば力が霧散する。
ましてや暁光を心に秘めるアレクシスが相手ならば、なおのこと。
そして指輪に願うは――貴方の青い鳥。
セリオスの剣に浄化の光と、全ての想いを託すのだ。
「いっておいで」
そう囁く幼馴染の微笑みがくすぐったくて。
セリオスは強く、優しく、笑ってみせて。
限界を超えて輝く白と青。
ひとりではなく、ふたりの想いと力、光を乗せて、今度こそセリオスの剣は闇払う一筋へと至るのだ。
「……この一撃は、届ける為の一撃だ!!」
ありったけの魔力で、空を染める光となる剣閃。
邪なる想いよ果てよと、清らかな風を巻き起こし、憎悪の闇を遥か遠くへと退ける。
まだ、影朧の終わりではなくとも。
それよりも大事な時間を、セリオスの剣は切り拓いたのだ。
「ただいま、アレス。……上手く出来ただろう?」
「おかえり、セリオス。なら、僕も上手くしなければね」
迎えたセリオスの美しい黒髪をくしゃりと撫でたアレクシスは、そのまま指輪へと唇を触れさせる。
そして祈るのはただひとつ。
優しい夢を、軌跡をと。
香りを触媒にして、歪みを正し、想いを形に。
抱きしめる姿と形。肉体をもって、もう一度、一瞬だけも萩と梔子が触れ合えるようにと降霊を。
そう。アレクシスは敵を殲滅するようなことを願わない。
競うこと。討ち倒すこと。
そんなものが本懐ではなく、願うのは優しい心を護ることだから。
「そんなアレスが、俺は――」
そして、そう囁くセリオスの傍にいること。
ただ純粋に、一途に願えば叶わないことはないと、夢物語のように信じて。
「ああ」
「萩、貴方に」
触れられるなんてと。
優しい抱擁を交わす萩と梔子。
それは今度こそ、最期の最期。
離別を前にした、とても優しい刹那のひととき。
けれど、その時にひっそりとふたりで囁いた愛の言葉は。
温もりは。
きっと、再び巡り逢う導となるから。
「アレスは、俺を何処までも探すだろうけれど」
「黄泉を潜るのはよくある話。セリオスの為なら、なおのことね」
「じゃあ、俺は何処まで探すと思う?」
「思うも、信じるも、必要ないぐらいに……ふたりにとっては当たり前だろうね」
アレクシスと、セリオスがいること。
それはとても、とても、自然なこと。
別れたることなんて、ありはしないのだと。
セリオスとアレクシスの小指が、約束を契るように結ばれる。
視線はただ、前を向いたまま。
「――導きの先で、ふたりがまた廻り逢えますように」
そうアレクシスが囁けば。
セリオスもまた、歌うような澄んだ声で紡ぐのだ。
きっと叶うと、何処までも信じきった声色で。
「ああ…アイツらが」
どんな世界でも。
どんな空の下でも。
その手を握りあい、瞳を見つめ合えるように。
「また巡りあえますように」
その心の絆が不変で、不滅ならば。
セリオスとアレクシスの絡む絆と想いもきっと。
恒久なる星のように、輝き続けるのだから。
果てしない空と、世界と、時間の先でも。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クロム・エルフェルト
萩殿、梔子殿
花の香は薄れども
絆は永久に色濃く残る
どうか飾らず歪めず
来世の先まで、大切に。ね。
歩むべき道を心に決めた二人に多くの言葉は不要
語らいを邪魔立てすれば野暮となる
今もののふが成すべきは一つ
別離を惜しむ時間を守る事
――さて
桔梗、と言ったか
憎し、恨めしばかりで無く
愛し、恋しを謳って御覧
お前も
愛に満たされた日があった筈
そうで無くば
此処まで男に怨み深まりはすまい
刀身に纏うは穢れを▲焼却し▲浄化する焔
短刀鋳溶かし▲切断する勢いで斬り結ぶ
僅かでも昔日に心が揺れるのを見たならば
己と同じ狐の女
憐憫の情が無い訳でない
可能性に賭け、説得を試みる
過去の者よ
哀しき影朧よ
お前は心に「ヒト」を取り戻せるか
萩殿を殺めたとて何になる
僅かに気は晴れるやも知れぬ
然しそれも寸刻の事
其れでは何時迄もお前が救われない
耳傾けず過ち重ねるのなら情けは無用
祓われて然るべき闇として斬り捨てるが
説得に矛を収めてくれたなら
そっと刃を振り
導として【剣嵐・火送熾天】の焔で包む
――きみ
八つ当たりで無く正しき相手へ
きついお灸を据えにお逝き
かくも儚きものこそ、人なればこそ。
剣にて守るという誓いがあるのだ。
心は簡単に砕けてしまうから。
確かな志をもって、脆き願いを見届けよう。
ただ幸せを願うという些細なその想いこそ。
過去にありし剣聖が、光を灯して導こうとしたものなのだから。
風に吹かれる花も。
渦巻いて触れる香気も。
ただ、ただ当たり前の幸せを求めているから。
「萩殿、梔子殿」
静々と。
場の雰囲気を壊さぬように。
それでいて凜とした佇まいで進み出るのはクロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)。
クロムが優しき眼差しで見つめるのは、いま守るべきもの。
これが人。心であり、営みであり、悲しくも巡りて移ろうもの。
「花の香は薄れども」
それが自然。世界の通り。
残滓として漂う情念も、いずれは果てる。
けれども。
「絆は永久に色濃く残る」
空の果てより星が墜ちたとしても。
互いの心にて結んだ絆こそは永久不変。
ふたりがひとつの想いを結べば、何事も間に挟まりなどしないのだ。
時とて。
命と死の隔たりとて。
決して越えられぬものはないのだと、クロムはゆっくりと頷いて。
「どうか飾らず歪めず」
云わずとも通じているだろう。
それでもしっかりとした言ノ葉で送るのだと。
小首を傾げて、優しく、柔らかな吐息と共に零すのだ。
「来世の先まで、大切に。ね」
僅かな時間に少女の心で浮かべて、それでよいのだと萩と梔子へと微笑みを向ける。
百年の時を経ても色褪せぬ想いだからこそ。
何よりも大切に抱いて、忘れずにいて欲しい。
ふたりの幸いへの導きであれと、クロムは囁くのだ。
過ちはあれど。
それを重ねる必要などありはしない。
絆と思い。そればかりを重ねて欲しいから、ゆっくりとクロムは頷く。
歩むべき道を心に決めたふたりに、多くの言葉は不要。
ただ見守るだけでいい。頷くだけでいい。
祝えばそれで善き道筋を辿ると信じている。
むしろ言葉を挟みすぎれば、最期の語らいの邪魔ともなるだろう。
ならば、いまにもののふが成すべきはひとつ。
短き別離の時間を見守るということだけ。
流れ星のひとときより、尊きその瞬間。
ほんの一時。
刀を抜きて守るべきは、それひとつなのだと。
「――さて」
藍の双眸は、対峙すべき者を見る。
されど敵意に染まらぬは、影朧の女とて斬る者として見ていないから。
「桔梗、と言ったか」
物静かな口調で語らいながら。
からん、からんと下駄を鳴らして歩むのは武の歩法ではない。
クロムは桔梗を怖れない。
決して軽く見ているのではなく、真に斬るべき者ではないのだと。
こうも哀しく、憐れな存在に向けるのは刃よりまずは情なのだと、深く憶えるから。
或いは。
独り残された身として、共感するから。
お師様の剣を潜り抜けて生き残った身。
愛する男から巣照れられて、死んでも残った心。
何処か通じるものがあるのだ。
だから切っ先よりまず、言葉を向ける。
「憎し、恨めしばかりで無く」
淋しいと想うだろう。
世が呪わしく、憎むべき何かを定めたたいだろう。
でなければ心が砕け散る気がするのだ。
クロムはそこに、教えられた志を持つけれど。
何もなければ、きっと捻れて歪み、澱んでこう果てる。
――そう、何もなければ。
「愛し、恋しを謳って御覧」
何を、と声を上擦らせる影朧に。
眼を細めて、子供へと言い聞かせるように語るクロム。
ああ、確かに。
知らぬ、聞こえぬ、存じぬと。
ありし思い出にも心を閉ざすのは、なんとも駄々を捏ねる子供のようではないか。
ならば諭すのもまたひとつ。
斬りて血を流すことより、人の心を活かすことを剣の道と教えられたクロムだからこそ。
「お前も、愛に満たされた日があった筈」
ゆっくりとした口調で。
それでも真っ向から確かに想いを紡ぐのだ。
叶うならば、この鞘にて眠る刃を抜くことなく終われと。
憎悪と殺意で澱んだ影朧の瞳を、クロムはしかりと見据えていく。
いいや、その奥底にて眠る心を。
愛しさと、優しさを。
「そうで無くば」
棄てられたといった。
男はそんなそうだと。
そうやって頑なに眼を瞑るのは、つまりこういうこと。
「此処まで男に怨み深まりはすまい」
愛したぶんだけ、その深さだけ、憎しみと怨みは募り募る。
むしろ、深すぎて迷っているのか。
濁って曇った眼では、抜け出す光さえ見えないのか。
誰かが手を差し伸べねば抜け出せぬ汚泥にいて、けれど、裏切られるという想いがそれを撥ね除ける。
より深みへと、怨みを募らせてしまうなど。
「哀しいだろう。愛しいと、歌っていた言葉の数だけ」
「何を語りますか。反魂の歪み者に」
「本当に心の歪んだものは、そのような諧謔とて出来ないものだよ」
ただ、余りにも強情だと。
刀にて訴えねば、斬れぬが桔梗の怨念だと。
クロムは柄へと手を滑らせ、鞘より刻祇刀を抜き放つ。
風吹けば花は散り。
刀身にて炎が舞う。
クロムの携える刀に纏うは、穢れを焼却して浄化する焔。
それはさながら、三毒を断ちて迷妄を祓う迦楼羅の翼の如く広がっていく。
全ては目の前の憐れな女を救う為に。
斬るは邪心。そして元凶たる反魂の刃。
そう誓いを立て、クロムはすぅと息を吐き出す。
「斬るの?」
そう女に問い掛けられれば。
「斬るとも。貴女の心を毒す刃を」
眦を決して約束するようにクロムは告げて、地を駆ける。
奮われる剣閃は、さながら灼刃の華が咲くかのよう。
触れる大気、風、それが運ぶ花や塵。その悉くを灼き祓いて奔るは焔刀の猛り。
僅か一息、刹那の裡のこと。
されど無数の刃が奔り抜け、斬り結べば鮮やかなる色が浮かぶのだ。
赤き軌跡を幾度となく瞬かせれば、まるで椿が虚空に咲いたかのよう。
クロムの志の元に女の邪念を斬るべ突き進む。
「それが貴女を惑わせ、愛を曇らせる」
ならばと。
その短刀を灼いて鋳溶かし、両断せんと翻るクロムの一閃。
単純な剣術、技の是非で云えば影朧がクロムに叶う筈もない。
九尾をもって受け止めれば、ユーベルコードの模倣と反射も叶おう。されど、今にてクロムが奮うのはただ烈士の技なれば。
「故に断とう。断ち斬ってみせる」
「っ……」
纏う熱気にて見せる陽炎の揺らぎ。
そして指先の繊細なる動きが見せる緩急、鋭き太刀捌きが示すは幻惑の術。
見切ったと思えば、途端に加速して迫る切っ先。
躱したと思えば、太刀筋が曲がったかのように首筋へと。
けれど、その悉くが短刀を持って凌ぐ。いいや、受け止めさせられる。影朧の動きがクロムの操る烈火の刃にて、それ以外の選択肢を奪っていくのだ。
故に焼けて、溶けて、歪む反魂ナイフ。
抗うことなどできようか。
ただ縋るように握る、影朧の女に。
殺意に染まるしか、己を保てなかったものに。
これを斬るというクロムの念が、ついに想いの熱こそが斬り結ぶ禁忌の刃を両断するのだ。
まるで女の悲鳴のように短くも甲高い音を立て、斬り飛ばされた半魂ナイフが地面に突き刺さる。
「――これにて」
勝負あったと。
命を断つのは容易くとも、クロムは後ろへと飛ぶ。
理由は単純。火傷と裂傷を負い、構える短刀が溶断されてなお、影朧は引かないから。
その瞳は殺意の他に何かを滲ませ、揺れながら。
それでも。
「たとえ……これが曇ったものでも」
捻れたものでも、狂ったものでも。
「私は、私の心よ。憎悪も、呪いも……ああ、愛しさが憎さというのなら、認めましょう」
いいや、だかこそと。
黒い尾をゆるりと震わせ。
焼けて折れた短刀を片手に、勝てぬクロムへと進み出る影朧の女。
「ああ」
ならば、そうかと。
クロムは瞬間、瞼を瞑る。
「……貴女の愛は、それほどに一途で、果敢で、何も怖れる事のないものだったのだな」
ふふふ、と儚く。
それでも心の底を見せて、笑う影朧。
「現実の非常さを怖れる女に、何が叶えられるというの」
決して怯まず、歩み続ける。
それがこの女の愛の、かつての姿なのだろう。
深く、深く。憎悪になり果てても、その有り様は変わらない。
ならばと。
クロムもまた同じく狐の女。
憐憫の情が無い訳ではないのだ。
叶えてやれるのならばと、彼女曰く、現実の非常さを怖れぬ心でクロムは問う。
「過去の者よ、哀しき影朧よ」
クロムが構える、燃え上がる焔の中に。
舞い上がり、渦巻くその深紅の輝きの裡に。
「お前は心に『ヒト』を取り戻せるか」
理不尽に。不条理に。
決して勝てぬものに、想いひとつで挑むのは確かにヒトの姿なれど。
その内側は如何にとクロムは問い掛けるのだ。
そこまで直向きな情念を持つならば、判るだろうと。
「萩殿を殺めたとて何になる」
ゆるりと切っ先で弧を描きながら。
「僅かに気は晴れるやも知れぬ。然しそれも寸刻の事」
互いの間合いを測るクロム。
それは物理的な距離ではなく、あと幾つの言葉を交わせるか。
互いの想いが、どれほど近づいているのか。
交差した瞬間に、どんな報いと終わりを届けられるのか。
深く愛を懐いたものが、ただ哀しく終わるのは許せなくて、認められなくて。
せめてとクロムに言葉を紡がせる。
「其れでは何時迄もお前が救われない」
敵を斬ればそれで終わる。
そんな単純明快な世界ならば、誰も迷い、憎み、怨みなどしないのだと。
クロムが烈士の眼差しを向ければこそ。
ふふ、と女は笑う。
「人を殺めようとした時点で、報われる訳ないでしょう。――剣士の少女さん」
貴女も決して報われない、救われないと。
刃を握る身はそんなものだと、憐憫とも呪いも言える情を見せる女に。
「合い判った。……知った上で、矛盾した過ちを重ねると」
愛を知るから憎み、殺す。
守りたいから剣を取り、斬る。
交差した後に残るはひとりだけ。
そんな血の河を越えたいとクロムは願い。
「けれど……その血河から、抜け出したいと思わないか。浮かべたヒトの心で、迎えたいひとはいないか」
矛を収めるには遅すぎるというのならば。
祓われて然るべき闇として、斬り捨てるのみ。
けれど、違うというのならば。
「本当に求めたいものを、浮かべてみて」
「…………」
「そういうものが浮かばないなら、報われないなんて……報われたいからこそ浮かぶ言葉は、出ないから」
だから。
張り詰めた糸も。
果てないと思われた憎悪も。
からんと、女の掌から落ちた半魂ナイフ共に終わったのだ。
報われないなんて。
報われたい証だから。
愛憎なんて、その深さのぶんだけ愛を知り。
それが残っている証拠。
ならば救われていいだろう。
斬られる存在は、此処にはいない。
萩も、梔子も。そして桔梗も未練なく、名残なく、怨念なく、次へと冬ムべき。
ただ、もしも斬るべきを断ずるのならばひとつ。
反魂ナイフという存在を産み出したものこそ、全ての元凶とクロムの双眸は捉えて。
「……きみ」
そっと、優しく刀を振るうクロムの腕。
せめて導たれ。
今度こそ、辿り着いたその先で。
逢うべき相手を、しっかりと見つけて。
「八つ当たりで無く、正しき相手へ」
そんな危なく、危うい殺意の刃物など棄てて。
ただの心を込めた両の掌で、叩いておやり。
「きついお灸を据えにお逝き」
泣いてもいいし、怒ってもいい。
ただ真心だけを、相手に伝えなさいと。
『穢れを祓い還れ、あの天(ソラ)の下へ』
周囲一帯を包むは、刻祇刀より放たれる焔たち。
いるべき場所へ。還るべき世界へ。
戻ることを促す焔は、それを拒絶する者を等しく焼くけれど。
それを陽炎の狐尾が受け止め、反射することはない。
自らが逝くべき、還るべき場所を。
確かに云われて、判っているから。
ただ余りにも深くて、重くて、強情な愛と憎悪は。
愛したひとからの言葉でなければ、拭い去れなくて。
他の人からでは、力でも想いでもダメなのだ。
だから全ての憎悪を晴らすべく、男へと逢いに逝く為に――女は炎舞に抱かれる。
きっと大丈夫と。
優しい桜が、はらりと。
炎の消え果てたクロムの切っ先に、優しく舞い降りた。
萩はいずれの再開と、今の人生の幸いをと進み。
半分の心で見つけた幸せを、梔子へと捧げるだろう。
或いは彼女の望みだと、幸せになる為に愛を忘れてしまうかもしれない。
それでも、ずっとずっと先に巡った先に。
再び出逢うなら、忘れても思い出す。
名前と姿も変わっても、その魂は憶えているから。
きっとその時。
桔梗と名乗った魂は、ふたりの仲を取り持つだろう、だなんて。
花のように儚く、頼りない物語だろうか。
それでも願いを重ねていくのが、思い魂というものなのだ。
大成功
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