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日乃和西州奪還

#クロムキャバリア #地下帝国 #人喰いキャバリア #日乃和 #暁作戦


●暁作戦
 百年もの戦乱が続く世界、クロムキャバリア。
 アーレス大陸の東洋に位置する島国の日乃和は、人喰いキャバリアと呼ばれる無人機の襲来に曝され続けていた。
 人類と人喰いキャバリアの戦いは、現レイテナ・ロイヤル・ユニオン領内の地下空洞で発見されたプラント群、ゼロハート・プラントの暴走が発端となった。
 ゼロハート・プラントから無尽蔵に生産され続ける人喰いキャバリアは、圧倒的な物量を以て当時の周辺小国を瞬く間に制圧。侵攻域はアーレス大陸東部に留まらず、レイテナと国境を隣接する大陸中央の国家バーラントや、海を隔てた島国の日乃和にまで達した。以降バーラントを除く人類側の各国は敗退を重ねて今に至る。
 日乃和もまた国土壊滅への道を辿りつつあったが、西州の愛宕連山での戦いを切掛に戦況は変動の兆しを見せ始めた。
 猟兵の介入の元に実行された愛宕連山補給基地の残存戦力の撤退支援により、日乃和軍は西州と東州を隔てる絶対防衛線の死守に成功。一時は崩壊も直近だった戦況を膠着状態にまで押し戻した。
 続く南州第二プラント奪還作戦も猟兵の作戦参加により成功。並行して行われた南州第一プラントの奪還作戦で日乃和軍は多大な出血を強いられながらも作戦目標を達成し、結果として南州に展開する人喰いキャバリアの殲滅にも繋がった。加えて南州第二プラントの奪還任務中に、日乃和海軍所属の空母大鳳は猟兵から提供されたキャバリアの回収にも成功していた。
 後に実施された南州第一プラントの調査中には、ゼロハート・プラントと同質の人喰いキャバリア生産能力を南州第一プラントが有していた事と、過去に発生した施設の暴走とそれを日乃和政府が隠蔽していた事実も猟兵達の知る所となる。
 そして日乃和海より沙綿里島へ渡海した人喰いキャバリアの迎撃作戦も猟兵の協力によって成功。南州と沙綿里島の大規模プラント施設の再稼働が叶った事で日乃和軍の兵站事情は大幅な改善が成された。
 その矢先に本年度以内の継戦能力の喪失という試算を突き付けられた日乃和内閣府は、国土奪還を目的とする一大反抗作戦の決議を国会に提出、法整備を早急に開始した。
 過去には倫理的観点から棄却されたアンサーヒューマンのクローニング法や、基本的人権の一部停止と徴兵規制の全面撤廃を含む国家総動員法は、野党の猛反発を受け与党内からも多数の造反を出しつつも強行可決。法案は即日施行された。
 作戦名は暁作戦。
 日乃和と人喰いキャバリアの生存競争に決着を付けるこの作戦には、大綱の立案当初より猟兵達の戦力が組み込まれる予定にあった。

●日乃和西州奪還
「……という次第なんですって。改めまして、お集まり頂きまずは感謝を。依頼の内容を説明するわ」
 グリモアベースにて集う猟兵達を前に水之江は深く腰を折る。頭を上げると長杖を振るい、日乃和列島の三次元立体映像を宙に浮かべた。その形状は日本とよく似ている。
「雇い主は日乃和政府。目標は日乃和西州の奪還よ」
 西州とは文字通り日乃和の西側地域一帯で、日本では近畿と中国そして九州に相当する。
「現地で人喰いキャバリアと呼ばれてる無人機……まあ、オブリビオンマシンね。日乃和の西全域を占拠してるこれらに対する一大反抗作戦を始めるそうよ。作戦名は……暁作戦だったかしら?」
 抑揚の乏しい声音が言葉を紡ぐ。
 日乃和軍によって西州の奪還を賭けた、長期かつ広域に及ぶこの作戦の中で、猟兵達は東方面軍の特殊戦闘集団として組み込まれる。

●暁作戦第一段階
「暁作戦の全容を説明すると長くなるから、猟兵さん達に直接関係する所だけ説明するわね。作戦の第一段階の目標は、西州の玄関口となる愛宕連山の制圧。ここを突破出来ない事にはお話しにならないそうよ」
 猟兵達が旧愛宕連山補給基地周辺で人喰いキャバリアと交戦。多数の敵を誘引し、その隙に東方面軍の主力が愛宕連山を制圧する。これが大まかな流れだ。
「早い話が猟兵さん達を囮にする訳ね。勿論、全部倒してしまっても構わないわ」
 幸か不幸か、今までの戦闘実績で人喰いキャバリアは猟兵達に積極的な攻勢を仕掛ける性質が判明している。
「人喰いキャバリアにとって猟兵さん達がより大きな障害だからと現地の人達は認識しているようだけれど、実際はオブリビオンマシン化してるからなんでしょうね」

●主戦域
 作戦第一段階で猟兵達が受け持つ戦域となる旧愛宕連山補給基地周辺は、山間部に拓かれた広大な田園地帯だ。過去の戦闘の際に放置されたキャバリアの残骸等を除けば障害物は殆ど無い平地で、キャバリアが戦闘機動を行うには十分な空間的余裕が確保されている。
 ただし縦の機動はその限りではない。愛宕連山一帯は平均標高が高く、殲禍炎剣の照射判定が厳しい。山頂より高度を取って飛翔する際には速度に留意する必要があるだろう。また、これが要因で山を隔てた砲撃陣地からの面制圧は不可能となっている。
 この戦域は愛宕連山補給基地撤退支援の初戦で猟兵達が人喰いキャバリアの大型種と交戦した場所と全く同じだ。

●敵勢力
「出現する敵勢力はエヴォルグ量産機REVOL……運動性が高くサイキックを駆使する上に知能もそこそこ。かなりの数が湧いてくるはずよ」
 対する友軍の総数は比較して非常に少ない。彼我戦力差は絶望的であり猟兵も消耗を強いられるだろう。
「厄介なのはそれだけじゃないわ。一種の生物兵器のようなものを常時放出してるのよ。その名もエヴォルグウィルス」
 これは名が示す通りエヴォルグが放出するナノマシンで、呼吸器より人体に浸透し生体構造を改変、エヴォルグ化させてしまう。幸いにして空気中の滞留期間は極短いものの感染すれば命は無い。
「ロボットヘッドなんかの一部の種族には効果が無いらしいけれど、有機生命体なら対策を用意しておく必要があるわね。キャバリアに乗るとか防毒マスクを付けるとか。因みに私ならスペースシップワールド産の超極薄透明宇宙服を着るわね」
 感染対策自体は容易だが同時に必須でもある。そして予防は可能でも治療の手立ては慈悲を与える以外に存在しない。

●以降
 愛宕連山の制圧成功後は、東方面軍の司令官の指示に従い西進しつつ転戦する運びとなるだろう。いずれにせよ猟兵達が苦境に放り込まれる事に間違いは無い。

●友軍
「ああ、それと、東方面軍の遊撃隊として白羽井小隊が猟兵さん達と同行するそうよ。見た目はお嬢様女子高生だけれど、猟兵さん達のお陰で逞しく成長してるみたいね」
 過去に猟兵達と死線を潜り抜け続けた為、精神面は兎も角として実力は確かに成熟しつつある。猟兵達の補助戦力の意味合いが強いが、要請があれば様々な支援を行うだろう。
「それとは別に灰狼中隊も随伴するわ。おまけに最新鋭のスーパーロボットを貸与してくれるんですって。乗る乗らないは自由よ。機体データは各自に渡しておくから確認してみてね」

●ブリーフィング終了
 暫しの沈黙を挟んで水之江は再度口を開く。
「依頼の内容は以上よ。苦しい戦いだけれど報酬は相応……やってみる? 良い返事を期待しているわ」
 緩慢に首を垂れた。
 愛宕連山補給基地撤退支援より続く猟兵と人喰いキャバリアの因縁にも、また一区切りの決着が果たされるだろう。生き残るのは人類かオブリビオンか。
 弱者必滅。
 クロムキャバリアにおいて、生を掴む手段は力の行使以外にあり得ない。


塩沢たまき
 ご覧頂き有難う御座います。
 以下は補足と注意事項です。

●第一章=集団戦
 出現する敵勢力を迎撃してください。
 敵勢力は大多数で長期戦が想定されますので、消耗は免れないかと思われます。
 戦域は山間部に拓かれた田園地帯となります。障害物は殆どありませんが、過去の戦闘で破壊されたキャバリアの残骸や、猟兵の攻撃によって生じたクレーター群があります。このクレーターはキャバリアが塹壕として使用可能な程度の深さを有します。
 戦域の各所には補給コンテナが事前に敷設されています。
 作戦開始時間帯は午前。天候は曇りです。

●第二章=ボス戦
 出現する敵を排除してください。

●第三章=ボス戦
 出現する敵を排除してください。

●エヴォルグウィルス
 人体を変異させる空気感染型のナノマシンです。全章を通して敵が放出しています。キャバリアの搭乗や防毒マスク着用等の対策が必要です。ロボットヘッド等一部の種族は影響を受けないようです。

●東方面軍
 西州の東部から陸路で進攻する部隊です。
 キャバリアの構成はグレイル、オブシディアンmk4、ギムレウス、イカルガ等。
 兵員の大半は10代後半の少年少女で、中には実年齢数ヶ月のアンサーヒューマンもいるようです。
 司令官は後藤・宗隆大佐。

●白羽井小隊
 お嬢様士官学校出身者が中心のキャバリア部隊です。猟兵と同行します。全員イカルガに搭乗しています。
 過去に猟兵と戦線を共にした事で、猟兵の戦い方を学習しつつあるようです。
 隊長は東雲・那琴少尉。

●灰狼中隊
 猟兵と同行するキャバリア部隊です。
 編成は東方面軍と同様で、数では白羽井小隊を上回ります。ただし隊員の練度は隊長を除いてかなり低いです。
 隊長は尼崎・伊尾奈中尉。全身傷痕だらけの長身の片目隠れお姉さんです。

●弐弐式剛天
 日乃和軍が人喰いキャバリアとの決戦のために開発したスーパーロボットです。
 通常のキャバリア規格よりかなり大型です。強力な兵装を複数備え、地表高速滑走用の無限軌道と単独での飛行能力を有します。詳細は断章内の弐弐式剛天の項目をご参照ください。

●その他
 今回の舞台はクロムキャバリアとなりますので、高速飛翔体を無差別砲撃する暴走衛星『殲禍炎剣』にご注意ください。
 キャバリアをジョブやアイテムで持っていないキャラクターでも、キャバリアを借りて乗ることができます。
 ユーベルコードはキャバリアの武器から放つこともできます。
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第1章 集団戦 『エヴォルグ量産機REVOL』

POW   :    ヴォイドサイキックフィールド
【口内】から、戦場全体に「敵味方を識別する【質量を持ったサイキックバリア】」を放ち、ダメージと【共に防御を固める。触れた対象に狂気】の状態異常を与える。
SPD   :    ヴォイドサイキックスピア
【瞬間移動】で敵の間合いに踏み込み、【サイキックで作られた槍】を放ちながら4回攻撃する。全て命中すると敵は死ぬ。
WIZ   :    REVOLエンジン
【無機物、有機物、物質、非物質を問わず】【捕食し、量と質に応じて自身を修復する。】【捕食物の特性を反映し再誕する事】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
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●舞台準備
 日乃和の首都、香龍。
 深い藍色に染まる夜の空へと伸びる摩天楼は、眠らざる人の営みを示すようにして彩色に溢れた夜光を煌めかせていた。
 国が消えるか否かの瀬戸際に置かれても、香龍は目前の滅びの気配を感じさせる事なく動き続ける。或いは滅びが差し迫っているからこそなのだろうか。
 都心に張り巡らされた高速道路を走行する車輌、駅前の交差点を行き交う人々、首相官邸の正門前に群がる報道各社と反戦派の市民団体。そんな光景の数々は開戦直後の頃とさして変わらない。
「暁作戦の下準備は完了……やれやれ、これで来年度の選挙じゃ我々の議席はゼロだねぇ」
 首相官邸内の一室、少しばかり手狭で薄暗い執務室で初老寸前の中年男性が革張りの椅子に腰を沈めた。平均身長より低い背丈の小太りな体格に年相応の白髪を蓄えたこの男こそが、日乃和の首相を担う鈴木健治、鈴木政権の首魁である。
「来年度があれば、ですが」
 窓際に立つ東雲正弘官房長官が重い声音を溢す。降ろされたブラインドに人差し指を差し込めば、警備員と武装警察のキャバリアに硬く守られた正門前が否応無しに視界に入る。横断幕やプラカードを掲げた市民団体が反戦を叫びながら人集りを形成していた。その周囲にはカメラを回す報道関係者の姿も多く見て取れる。いつもとなんら変わらない景色だった。
「東雲君、そんな怖い事言わないで」
「冗談のつもりではありませんよ」
 東雲は窓に背を向け歩を進める。そして適当な椅子に腰を下ろすと天井を仰ぎ、人差し指と親指で眉間を摘んだ。深夜まで続いた暁作戦関連法案の決議で累積した疲労が眼を苛む。
『日乃和国民に逃げ場無し! 徹底抗戦か死か! 最早選択の余地はないのです!』
『人の尊厳を捨ててまで勝った先に何が残る!?』
『倫理など生温い事を言っていられる状況はとうに過ぎている! これは生存競争なのだ!』
『既に国民の何割が亡くなっているのか総理はご存知なのですか!?』
『今こそ神皇陛下に護国神機の起動を賜るべき時なのでは!?』
『馬鹿な、そんな御伽噺など……!』
『不敬罪だぞ!』
『予算案のほぼ半分が猟兵の雇用に関わる諸経費となっておりますが、この点について納得の行く説明を総理ご自身から頂きたい!』
『沙綿里島での猟兵による準戦略核と思しき兵器の投入! 超重力兵器が引き起こした重力異常! これらの責任の所在についての答弁も煙に巻いてばかりじゃあないか!』
『雇用した猟兵の中には他国の正規軍どころか国家主席までいらっしゃるようですが! 総理は私達や国民の知らぬ所で他国との密約を取り付けたのですか!?』
『総理には猟兵が外患をもたらさない根拠を示す説明責任がある!』
 目を閉じれば怒号と野次が飛び交う質疑応答の内容が頭蓋骨の中で繰り返す。恐らくはあの場に居た者全員が同じ頭痛の種を抱えているのだろう。
「まあまあ、後は最前線で戦う皆の頑張りに期待しよう。おっと、いや、悪いね。君の娘さんは……」
 鈴木が言葉尻を濁らせると、東雲は首を左右に振ってみせた。
「娘が自分で選んだ道です。戦場で死ぬならそれも本望でしょう。私が政でやれる事をやるように、娘も戦いの中でやれる事をやるだけです」
 床を見つめる眼差しに死地へ向かう子を憂う色は無い。あるのは悪鬼羅刹に身を堕とそうとも、この国を守護るという凝り固まった政治家の矜持だけだった。
「そうだねぇ、君も僕も政治屋としてやれる事は全部やった……」
 鈴木の疲労が濃い呟きを耳にすれば、今も議会での採択の内容がありありと蘇る。
 日乃和国民に逃げ場無し。抵抗か死か。議会の壇上でそう啖呵を切ったのは東雲だった。
 なけなしの金と物と人を全て投じた国家総動員体制。富裕層には徴兵逃れと引き換えに重税を課し、経済力に乏しい中間層以下をやむ無しに戦場に立たせ、人的資源として徹底的に使い潰す。暁作戦遂行中の人喰いキャバリア渡海を阻止するべくレイテナとの間に結ばれた日乃和海封鎖交渉にも大きな代価が伴った。この戦いに勝っても負けても待ち構えているのは血の池地獄。だがそれでもやらねばならない。
「あの、なんだったかな? 猟兵から提供されたキャバリア……アークレイズ・ディナだったかい? あれの生産が間に合わなかったのは残念だけども、剛天の方は間に合ったんだろう?」
「はい。現在も数機が天馬基地で最終調整中と聞き及んでおりますが、恐らく作戦開始直前には間に合うでしょう」
 東雲の視界の隅で鈴木が二度強く頷いた。
「なら多少は前線の兵に楽をさせてあげられるだろうねぇ」
 たかだか数機の強力なキャバリアを投入したところで戦局はそう安易に改善などされない。かつての東雲ならそう返して然りだった。されど今は違う。そのたかだか数機のキャバリア、或いは要員によって大きく変容した戦況を目の当たりにしてきたからだ。
「――残る問題は彼等がどれほど協力してくれるか、だねぇ」
「その点が本作戦に於ける最重要課題と言っても過言ではありません」
 鈴木が言う彼等を知る東雲の声音は曇っている。
「交渉の方はまだ音沙汰無しかい?」
「仲介人に引き継いだ後の報告は受けておりません」
 僅かな焦りと不安を滲ませた呼吸が、鈴木の鼻腔から唸りと共に抜け出た。
「猟兵か……東雲君、君は彼等と直接面識があるんだろう? 君の目に彼等はどう映った?」
 鈴木の問いを受けた東雲は、やや沈黙の間を開けた後、躊躇いがちに口を開いた。
「法外な報酬と引き換えに、確実に任務を遂行する戦闘集団、或いは個人……としか言えませんな」
「そうかい? けれども愛宕連山、南州第1と第2プラント、沙綿里島の実績からして少なくとも御伽噺通りの実力ではあったようだね?」
 東雲は確かに頷く。
「総理もご存知の通り、その実体は傭兵組織から他国の正規軍、果てや国家元首まで多種多様です。個人の猟兵にしても、保有する戦闘力は個人の範疇を超えています」
 猟兵という一括りで呼ばれてはいるものの、主義も思想も十人十色。調べられる範囲での後援組織にしても、有無を含めて統一性は無い。
「そんな彼等が我が国のピンチに悉く手を差し伸べてくれている。その理由は何なんだろうねぇ? そりゃあ勿論お金は欲しいんだろうけども、どうしてもそれだけとは思えなくてねぇ」
 問う鈴木の口振りは白々しい。
「人喰いキャバリアの日乃和襲撃以来ほどなくして介入が始まった点からして、猟兵達本人では無くとも、後援者がプラントの利権を狙っていると考えるのが正道でしょうが……」
「いやぁ、南州第二プラントを奪い返した直後に国家間レベルでの支援を持ち掛けられた時には正直肝が冷えたね」
 冗談めいて苦々しく笑う鈴木に、東雲は愛想笑いを返す気にはなれなかった。結局は持ち帰り検討するという常套句で煙に巻いて納めたのだが、その支援を直接持ち掛けてきた国家元首と対面した上に直訴されていたのだから。そして現在も答えは水面に漂わせているままだ。
「我々が猟兵を利用しているように、猟兵も我々を利用しているのでしょう」
「まぁ、彼等の目的がどこにあれ、戦後の利権に我が国とレイテナ以外に政治的な介入の口実を与える訳にはいかない。日レ同盟によるゼロハート・プラントと関連プラント、設備の運用権利独占は事態解決の最低条件だからね」
 沈黙する東雲を他所に鈴木は言葉を続ける。
「人喰いキャバリアの件が終われば、次はバーラントだ。バーラントの支配に対抗するには日レでゼロハート・プラントを手中に収める他に無い。まったく、人喰いキャバリアは都合良く動いてくれたものだねぇ。あの怪物のお陰で東アーレスで体裁を保てている国家は日乃和とレイテナぐらいになってしまった。有象無象の小国を掃除してくれた点だけには感謝を禁じ得ないね」
「その代償が西州失陥と南州プラントの暴走、猟兵への過度な戦力依存ですが……」
 わざとらしいまでの重く苦い歪みが東雲の口角に浮かぶ。
「国土を取り戻し、いつかゼロハート・プラントを手中に収めれば、損失を埋め合わせても有り余るほどの権益が得られるよ」
 日乃和の国家元首が発した楽観的な物言いを東雲は一蹴しかねた。実際に今現在人喰いキャバリアを無尽蔵に産み出し続けているプラントを全て手に入れられるのであれば、その莫大な生産能力がもたらす富は計り知れない。少なくとも東アーレスを蹂躙し、我が国を滅ぼすだけの力は得られるのだろう。となればアーレス大陸を席巻するバーラントを征するどころか、エルネイジェを初めとした西アーレスの国々に覇道の手を伸ばす事さえ夢物語とは言えない。そしてそれは猟兵の力の使い方次第でもある。
「だけど時間はあまり残されていない。少なくとも次の衆議院選までには世論を傾けるだけの成果を得ないとね」
 鈴木政権が崩れればハト派、或いは親バーラント派の政党に実権は流れるだろう。その後に日乃和が辿る末路は緩やかな死か強国への隷属か。どちらの道筋の先も国の喪失、そして文化と民族の滅びに行き着くのは必至だった。
「その為の猟兵です」
 東雲は半ば無意識に明確な発声で彼等の名前を口にしていた。
「そうだね。いま猟兵が必要なら僕達は幾らでも利用しよう。彼等の真の目的がどこにあろうともね」
 劇薬を飲み干す覚悟を決めた鈴木の語り口は至極平静だった。東雲は俯き床ばかりを見つめている。
「猟兵……諸君らはこの戦いの向こうに何を果たし、何を望む?」
 東雲の呟きに答えを返せる者達はこの場にはいない。やがて再びグリモアの転移門より現れる彼等に対し、我々はあまりにも無知であり過ぎた。そんな後悔とも畏怖とも取れない感情が東雲の腹の底で重く渦を巻く。香龍の夜は長く深い。

●秘め言葉
 沙綿里島防衛戦の終了後、帰還した猟兵達を見送った空母の大鳳もまた帰路を辿っていた。細かな星の輝きを散りばめた暗い空に青白い月が揺蕩う。日乃和海を北東に進み、北州と東州の海峡に差し掛かった頃、白羽井小隊の隊長を務める東雲那琴は艦長室へと赴いていた。
「報告書をお持ちしましたわ」
 帰投してから着替える暇もなかったのか、強化服姿の那琴が書面記録を挟み込んだファイルを机上に置く。席に座す結城は僅かに目を伏せると、机上に置かれたそれを指で手繰り寄せ、静かに表紙を開いた。
「激務となりましたがよくやってくれました。本作戦における白羽井小隊の功績は非常に大きい……感謝申し上げます」
 紙が擦れる音と共にページが捲られた。口元に蠱惑的な微笑を浮かべた結城の視線が左右へと流れる。那琴は黙して直立不動のままだった。
「確認しました。特に不備はありません」
 結城が那琴と視線を交えさせて穏やかに頷く。那琴は無意識に視線を逸らしてしまう。
 確認したなどと嘘ばかり。本当に流し読みすらしているか怪しいものだ。視線の動きだって何を見ていたものか。那琴は無表情を勤めて崩さず腹の内で毒づいた。
 自分の報告書にまともに取り合わない点はどうでもいい。それよりも感覚的な相違、何を考えているのかまるで読み取れないこの人は苦手だ。二人きりの空間で長居をしたいとは思えない。早く戻って肌に張り付く強化服を脱ぎ捨て、最大水量でシャワーを浴びたい。
「では失礼致しますわ」
 那琴は冴えた挙動で敬礼し踵を返そうとした。
「那琴少尉」
 艦長室のドアへ半身を向けかけた矢先に結城の声に肩を掴まれた。挙動が止められ、双眸の中で瞳が滑る。
「……何か?」
 訝しげに出た返事はぎこちない。苦手な相手が不意に呼び止められれば抑えていても抵抗感が声音に滲む。結城にも伝わっているはずだが、意図に掛ける気配すら見せずに音も無く席から立ち上がると那琴へと歩み寄った。
「この後は如何されます?」
 問う結城の声の抑揚は穏やかで微笑の不気味さは薄い。人一人分の間合いで正対する那琴と結城。那琴にとって結城とこれほど接近した事は初めてだった。結城は背が高い。改めて目線を合わせようとすると三段分ほど上方を見なければならない。
「いかが……とは?」
 質問の意図を計りかねた那琴が首を傾げる。対して結城は首を左右に揺らした。
「今日は疲れたでしょう? この後はお休みになるのですか?」
 数秒の間を置いて行動の予定を質問しているのは分かったが、知ってどうするのか。那琴は視線を横にずらすと訝しく眉間に皺を寄せてありのままを語り始めた。
「は、特にご用命が無ければそうさせて頂きたいですわ。その前に汗を流してからになりますけれど」
「なら私と一緒に如何ですか?」
「は……はい?」
 またしても意図が察せない。那琴が問い直すよりも結城が口を挟むのが早かった。
「ご存知とは思いますが、艦長室には備え付けの浴室がありますので」
 結城が手を取ろうと腕を伸ばす。那琴は反射的に半歩ほど後退りした。
「はい? あの、葵艦長……仰ってる意味がよくわからないのですけれど……」
「私も作戦終了後からまだシャワーを浴びていなかったので、ご一緒に如何です?」
 半歩詰め寄った結城に対して那琴は摺り足で間合いを離す。
「いえ、その」
「共用のシャワールームよりは手狭ですが、浴槽も付いていますよ?」
 食い下がる結城。
「そう言う問題では御座いませんわ!」
 言葉尻を荒げる那琴。
「そうですか、親睦を深める良い機会かと思ったのですが……無理を強いるような真似をしてごめんなさいね」
 結城はあからさまに表情を曇らせ俯く。
「葵艦長……その……」
 那琴は歯切れ悪く弁明しようとするが、結城は俯いたまま首を横に振った。
「よいのです。那琴少尉を始め、白羽井小隊の皆様から好かれていない事など、とうに理解していましたから……」
 理解していたならわざわざこんな誘いを掛けなければいいのに。那琴は内心でそう呟いた。誰かと風呂に入る事が嫌なのではない。日乃和には仲間内の精神的結束を強める風習として裸の付き合いというものはあるし、前線の拠点では殆ど男女共有のシャワールームを幾度も利用してきた身として今更羞恥心がどうこうなどと言うつもりもない。相手が結城だから嫌なのだ。
「呼び止めてごめんなさいね。お疲れ様でした」
 日頃なら絶対にあり得ない悲しげな語り口。身を翻して背を向けた結城は未練がましく尻目で那琴に視線を流していた。途端に那琴の内に自分の拒絶が他者を傷付けてしまったかも知れないという罪悪感が膨れ上がる。身体が勝手に一歩足を踏み込ませていた。
「あの! ご一緒させて頂き……ます……」
 やってしまった。罪悪感に口が滑らされた。那琴の表情が苦く強張る。緩慢に振り返った結城の表情は綻んでいた。
「まあ……嬉しく思います。では此方に」
「ちょっとお待ちを!」
 伸びた手が那琴の腕を掴む。結城の指先は那琴の体温と比べて冷たかった。結城が那琴を引き摺って艦長室の奥に消えたのと、外の通路に繋がる扉がひとりでに施錠されたのはほぼ同時期だった。
 大鳳の艦長室の奥には個人用のシャワールームが備え付けられている。その手前の脱衣所の棚には結城の将校服と那琴の強化服が乱雑に脱ぎ捨てられていた。そして、半透明でざらついた曇り硝子扉の向こうにふたりの気配が見て取れる。
「立派になりましたね」
「……立派?」
「ええ、誇りに思うほどに」
「はい?」
 訝しい問いに答えは無い。
 白い湯気が漂う浴室は1人以上で使うにはやや手狭だった。橙色を含んだ照明を受けた結城と那琴の黒髪が艶を返す。シャワーヘッドから注ぐ水量は夥しい。恐らくは全開になっているのだろう。那琴はそれを頭から一身に浴びていた。背後に立つ結城の五指が那琴の長く黒い髪を梳く。首筋の神経が逆立った。
「葵艦長、もう結構ですので……」
「綺麗な髪ですね。けれど傷んでいます。粗末に扱ってはいけませんよ? 私の自慢なんですから」
「自慢? これは私の髪なのですけれど……?」
「そうですね」
 結城の嫋やかな声音が続ける言葉の無い先を遮る。指の運びは幼い我が子を慈しむかのように滑らかだった。目線を斜め下の床に傾ける那琴は結城に背を預けたまま振り向けない。
 両者は語らず流水が床を打ち据える音ばかりが響く。那琴には酷く背後が気になり呼吸がし難い時間となった。やはりこの人は何を考えているのか読み解けない。上官として敬意は抱けども信頼は出来ない。換気扇は回っておらず、濃密な白い湯気が浴室内に更に充満している。
「――これで、やっとお話しが出来ます」
 水音の隙間から聞こえた結城の囁き。直後に那琴は背中全体に柔らかな人肌の感触を覚えた。そして覆い被さる人の重さ。結城の両腕が蛇のように地肌を這って胴と肩に回される。豊満な双丘が押し付けられ、絹地のような肌が張り付く。那琴の肌下の神経が一斉に騒ぎ立てた。
「葵……艦長?」
 結城による拘束は那琴にとってあまりにも唐突過ぎた。否、拘束では無い。それは母が子を包み込むかの如き抱擁。故に那琴は拒絶も払い除けも出来なかった。心を許し難い相手に背中から抱かれたのにも関わらず、嫌悪は無く、湧き上がったのは自らも困惑するほどの懐かしさと安心感だけだ。
「動かないで、そのままで聞いていてください。どこに誰の目と耳があるか分かりません。小さな声でお話ししましょう。湯気と水の音が隠してくれます」
 シャワーの水音に紛れて消えてしまいそうなほどに掠れた結城の囁き。右耳の側で発せられた生暖かい吐息に首筋が戦慄く。振り向こうとすれば頬が人肌と触れ合った。視界の隅では結城の顔が僅かに見て取れた。
 聞けとは一体何を話すつもりなのか。どこに誰の耳あり目ありとはつまり、一緒に風呂に入ろうなどと言い出した理由は盗聴される恐れがある話しをするためだったのか。湯水の熱が巡る脳内でそう問いかけようとしたが、結城が先んじて囁きを続けた。
「暁作戦についてはご存知ですね?」
 暁作戦――その言葉を意識の中で反芻する。初めて聞いたのは南州第一プラントの調査任務前だっただろうか。日乃和西州の奪還を目的とした大規模軍事作戦の計画。当時は南州のプラントの再稼動が叶えば現実のものとなると噂されていた。そして昨今では作戦準備が本格化され、議会では日夜法案整備と予算編成に関する審議が行われているというのが、那琴を含む日乃和の軍人の誰しもが既知している内容だ。
「それが何か?」
 那琴は微かに頷く。
「私達も暁作戦の戦力として編入されます。大鳳が帰還すれば白羽井小隊は艦載部隊の任を解かれ、西州奪還の際には東方面軍へ送られるでしょう。その前に話しておかなければならない事があります」
 矢継ぎ早に並べられた情報はどれも那琴にとって初めて耳にしたものだった。だが驚愕する程ではない。所属の異動など特段珍しくもないのだから。それよりも結城の声音に見え隠れする寂しさ、或いは名残惜しさのような色味に違和感を誘われた。
「東方面軍の司令官には誰が選抜されるかご存知ですか?」
「いいえ、まったく」
 那琴は嘘偽りなく即答で返す。
「後藤宗隆大佐です」
「後藤大佐が?」
 頬に当たる髪が上下に擦れた。結城は頷いたらしい。
 沙綿里島基地の司令官である後藤は、つい先程の沙綿里島防衛作戦の指揮を取っていた人物でもある。那琴は猟兵達と共にその作戦で奮闘していたのだから忘れようが無い。
 直接会話する機会にこそ殆ど恵まれなかったが、個人として悪くない印象を抱いていた。キャバリアパイロットからの叩き上げという点もあってか若手の兵達――特に下士官からの人望は厚いらしく、猟兵達の力に依存した所が多けれども苦しい戦況の中で防衛を成功させた実績もある。国運を賭けた重要な局面の一端を担う指揮官に抜擢されたとしても不思議では無いしその下で戦うにしても不満は無い。
「沙綿里島から遥々西州へ? 御足労とは思いますけれど、後藤大佐ならきっと適任ですわね」
「不安は無いと?」
「特にございませんわ」
 少なくとも何を考えているのかまるで掴めない結城に指揮権を握られるよりはよほど良い。
「現政権に……国家に対する政変を企てていたとしてもですか?」
「は?」
 結城の突拍子の無い物言いに那琴は思わず呆けた声を漏らす。
「後藤大佐は確実に現政権を裏切ります。実行に移すのは暁作戦終了後でしょう。作戦の成否に関わらず、我が国の力は著しく脆弱化するはずですので」
 結城の粛々淡々とした声音に、那琴は驚嘆も困惑の表情も見せられないまま眼を右往左往させていた。急に切り出された話しは現実味が薄い。だが結城の言葉運びからは冗談の類いの含みは感じ取れない。沈黙の間を置いて、那琴は口を開いた。
「……後藤大佐が本当にクーデターを目論んでいる確証はございますの?」
「直接お誘いを受けました」
 那琴は肩を微かに跳ね上げた。
「お受けになられましたの?」
 結城は双眸を細めて微笑むだけで答えを返さない。
「お言葉ですが葵艦長、後藤大佐の件が事実なのでしたら、貴女は本来然るべき場所に告発しなければならない立場におられるはずですわ。お受けになられていなかったとしても、看過しているだけで重罪ではなくて? そしてわたくしがお二人を告発してもよろしいのですけれど?」
 眉間に皺を寄せて、露骨に苛立つ那琴の口調に結城は確かな頷きで応じた。
「それもいいでしょう。那琴、貴女はそうするべきと思った通りにすればよろしいかと」
 那琴は結城に口封じをする用意があるものだと踏んでいたが肩を透かされた。
「そもそも動機が察しかねますわ。それは、まあ、今の政権に疑心や不満を抱いていない市井の方が少ないと思いますけれど、後藤大佐に限ってそんな性急過ぎる事に及ぶなど――」
「南州陥落の際、後藤大佐はご家族を喪われています。ふたりのお子様はまだ10にも満たなかったと」
 言葉尻に差し込まれた結城の声に、那琴は口をつぐんだ。白羽井小隊の全員は過去に猟兵達と共に遂行した任務でその全容を見知っている。
 南州の失陥、それは半ば現政権の危機管理不足が招いた人災と言ってもいい。表向き上は西州に侵攻した人喰いキャバリアによるものとされているが、事実は違う。
 直接の要因は南州に存在するふたつの二大プラントの暴走。ゼロハート・プラントと同様の人喰いキャバリアを大量生産する能力を管理し、制御出来るものとしてひた隠しにした結果生じた政府の過失は、今や事件の真相と共に地中深くへと封印されている。あそこにはまだ秘密という形の無い怪物が眠らせられているままなのだ。
「私も子の親ですので、後藤大佐のお気持ちは痛いほどに理解できます。大切な人を奪われた……復讐の理由付けなど、それだけで十分過ぎるでしょう? 那琴にも共感出来る部分があるのでは?」
 那琴は無意識かつ反射的に吐く呼吸を止めた。心臓が重く脈打つ。呼び起こされたのは愛宕連山補給基地の撤退支援の際、初陣となった戦地で目の当たりにした学友達の死に様。
 人喰いキャバリアに身体を貪られて命乞いの悲鳴を上げ、だが見殺しにせざるを得なかった者達が、死の淵にあって仲間達に呪言を叫ぶ。戦いに名誉など無かった。獣のような死が溢れた戦場で聞いた怨嗟のひとつひとつを忘れた事などないし、忘れる事などできない。
 だからこそ南州第一プラントの調査終了後、愛宕連山陥落の経緯を結城から聞かされた際には、日乃和政府に対する堪えようの無い憎悪が骨身の芯から湧き上がった。
 南州の事件さえ無ければ、学友達はあの場で無碍に喰い殺される理由など無かったのに。
 あの日以来、憎悪は抑え込まれながらも常に腹の底を渦巻いている。きっと後藤大佐も同じ、或いはそれ以上の憎悪を抱いているのだろう。
 だが、解せない点がある。
「何故……」
 那琴の呟きはシャワーヘッドから注ぐ水音に掻き消される程に小さい。結城は続く言葉を促すようにして首を傾げる。
「何故こんなお話しをわたくしに? 葵艦長、貴女はわたくしに何をさせようと仰るんですの?」
 棘を隠すつもりもない物言いに結城は首を横に振った。
「那琴……それは己が決める事なのです」
「は?」
「自分の眼で見て、自分の耳で聴いて、自分の肌で感じて、自分の心に従い、そして為すべき、果たすべきと思ったようにしなさい」
 言葉の真意を勘繰り損ねた那琴はやり場のない視線を左右に泳がせた。すると背後から身を抱く結城の腕の力が締め付けを増し、押し掛かる体重の感覚も同じく増した。背筋が騒めく。
「葵艦長?」
「ごめんなさい。暁作戦が始動すれば、私も貴女も異なる死地で命を賭して戦う事になるでしょう。もう会えないかも知れません。嫌でなければ、もう少しこのままでいさせてください」
 耳元で囁く掠れた声には結城らしからぬ懇願に近い感情が乗せられていた。那琴は肯定も否定も出来ずに、結城の体重を背負ってただ立ち尽くす。
「――愛しています、那琴」
 不意打ちの囁きが聴覚を抜けて脳に浸透する。耳に吹き込まれた声音からは恋慕もましてや劣情も感じ取れなかった。もっと単純で淡く、ありきたりな想いや願い。人の子なら誰しもが知っているが自分は知る機会を永遠に失ってしまったその感情を、那琴は結城が意図する形で受け取る事が出来なかった。
 大鳳の艦長室には、浴室から響くシャワーの音だけが充満していた。

●怨恨は深く想いを刻む
 愛宕連山補給基地撤退支援の際、猟兵達と人喰いキャバリアの最後の戦場となった藤宮市。あの日から1年以上の月日が流れた現在、藤宮市はかつての面影を色濃く残しながらも、愛宕連山を臨む最前線の基地施設として形貌を大きく変容させていた。
「結局、何もかも葵艦長の仰っていた通りになりましたわね……」
 藤宮基地の広々としたシャワールームにて、那琴は沙綿里島の帰路の時と同じように全身に湯水を浴びていた。違う点とすれば、ここに葵結城はいないし、仕切り板があるとは言え、手狭だった艦長室の浴室とは対照的な大人数が使用する大部屋だ。そして海軍だった所属も陸軍に移管され、大鳳を離れて藤宮基地の配置に回されている。
 あの日以来、那琴は結城の言葉を反芻し続けていた。後藤の反乱画策の件もそうだし、得体の知れない物言いにしてもそうだ。あの粘質な声音はいつまでも脳裏にこびり付く。
「ナコってば!」
「ひゃんっ!?」
 背後から声が浴びせられると同時に両胸を何者かの手が鷲掴む。らしからぬ高く短い悲鳴をあげて振り向けば、見慣れた亜麻色のショートボブが視界に入り込んだ。
「んっ、く……! ちょっと! 栞菜! 急におやめなさい!」
 那琴を背後から襲撃した犯人、フェザー08こと雪月栞菜は意地の悪い笑みを顔一杯に浮かべていた。白羽井学園時代からの学友は、今も変わらず人好きのする溌剌とした目付きをしている。
「急にって……さっきから呼んでたんだけどー? まーた考え事? 最近変だよ?」
「隊長という役柄には色々と思案する事があるのですわ。栞菜には解らないでしょうけれど」
 那琴は胸を掴む手を退けようとするが、栞菜は断固として譲らない。
「戦闘中だって時々考え事してるでしょ? そんなんじゃいつか死んじゃうよ?」
「わたくしとていつか死にますわ。ですけれど今日ではなくてよ」
「冗談じゃないんだけどなー」
 すると不意にシャワールームの出入り口の扉が開かれた。那琴と栞菜の視線が反射的にそちらへと向けられる。長身の女性が何人かの少年少女を連れ立って現れた。狼を想起させる灰色混じりの長く乱れた髪が目を惹く。外見から察するに歳は30前後といったところだろうか。
「おん? 尼崎中尉じゃん。相変わらずたわわなものをお持ちで……」
 栞菜の口から嫌味が零れる。白羽井小隊と同じく藤宮基地に配備されているキャバリア部隊のひとつ、灰狼中隊を率いる尼崎伊尾奈。入浴姿だからこそ見て取れるその裸体には、全身各所に大小様々な切創痕や火傷の痕、キャバリアパイロットにありがちな食い込んだ金属片を摘出した手術痕が幾つも刻まれていた。剥いた茹で卵のような肌をしている少年少女達と並んでいれば、傷跡の生々しさもより一層鮮明に際立つ。傷の数は渡り歩いた戦場の数と生還率を物語っていた。
 尼崎は那琴と栞菜に視線を交わすと、冷気すら感じさせる無表情のまま片手を翳した。慌てて那琴と栞菜が敬礼の姿勢を取ると「構わない」と言いたげに手首を横に振ってみせた。
「――ここがシャワールーム。自由時間になったら真っ先にここに来な。飯はキャバリアの中でも食えるけど、シャワーは浴びられないからね」
 尼崎は女性としては低い音域で粛々と設備の使用方法を語る。一方で教えを受けている少年少女の側はそれどころでは無いと言いたげな様子だった。学業の半ばで徴用されて間もない彼らからすれば、最前線では一般化されている男女共用浴室などあり得ないのだろう。新たな常識を受け入れられずに、腕で身体を覆ったり屈み込んだりと身を隠す事で大変らしい。だが堂々と立つ尼崎は全く意に介さず語り続け、両者を遠目で見ていた栞菜は肩を鳴らして笑ってみせた。
「懐かしいねぇ、あたしらもあんな頃があったっけ」
「懐かしい? 正規に登用されてからまだ1年と少ししか経っていないはずですけれど?」
 那琴は自身が発した言葉を反芻した。白羽井学園で士官候補生として教育を受けていた矢先、愛宕連山補給基地の防衛隊として緊急徴用されてからまだ1年と少ししか経過していない。だが感覚にしてみれば何年も昔のように思える。
「ナコ、知ってる? 尼崎中尉って南州のプラントが事故った時、南州にいたらしいよ」
 栞菜の密やかな囁きに肌の神経が騒ぎ出した。
「配属がどこかまでは知らないけどさ、そん時に尼崎中尉以外の部隊員は全滅しちゃったんだって。あたしらと似たようなもんかもねー」
「そう……なのですね……」
 後藤大佐や私のように尼崎中尉もまた政府に大切な人を奪われた者なのか。復讐の理由付けなどそれで十分という結城の言葉が呼び起こされた。尼崎は変わらず今の部隊員と思わしき少年少女達に設備使用の実演をしてみせている。
「――奪われた分はいつか取り返さなきゃいけない。やられっぱなし奪われっぱなしなんて、あたしは絶対許せない」
「栞菜……?」
 予期せぬ重い声音に那琴は栞菜の横顔を覗き込む。栞菜は浴室の壁より遥か遠くを睥睨していた。暫くの沈黙の間を置いて栞菜は那琴に振り向くと、慣れ親しんだ笑顔を作って両手で肩を叩いた。
「なーんてね。それじゃあたし先上がるから! ナコも早く上がりなよ! 次の出撃6時間後でしょ!」
 栞菜は半身を向けて手を振ると足速に浴室を後にした。残された那琴はその背中をただ見送っていた。
「奪われたままは許せない……消せないものですわね、恨みとは……復讐で塗り替えるしか……」
 誰の耳にも入らぬように那琴は呟く。腹の底で沸る恨みが渦を巻く感触を覚えながらシャワーを止めると、静かな足取りで浴室を立ち去った。その那琴の姿を、尼崎の瞳が顔半分を覆う前髪の隙間から確かに伺っていた。

●暁作戦の全容
 現地入りした猟兵達の多くは藤宮基地にて作戦内容の詳細な事前説明を受けた。グリモアベースで省略された暁作戦の全体像も知る事となった。
 暁作戦に参加する日乃和軍は東方面軍、南方面軍、そして日乃和海方面軍の三軍で構成される。
 東方面軍は藤宮基地を出立地点として西進、敵軍を殲滅しつつ308平野を目指す。海上支援を受け難く補給路の確保の難度が高い事から、全三軍の中で最も大きな損害が想定されている。これは猟兵達の戦力を集中運用して対処する目算だった。
 だが苦境を覆す為に猟兵が登用されているのではなく、猟兵が登用された上で尚苦境が待ち受けていると解釈するのが適切だろう。
 最悪なまでの彼我戦力差、縦に深く伸び切る補給線、損耗を強いられるのは猟兵とて例外にはならない。
 南方面軍は南州を出立地点とし西進、東方面軍とは別の進攻順路で308平野を目指す。大規模生産補助設備を内包した南州のプラントを背にしている為に物資供給は潤沢で、採れる戦略の幅は東方面軍と比較して格段に広い。
 なお308平野とは西州の最西端地点であり、暁作戦の最終制圧目標地点でもある。この308平野を制圧した頃には、西州に展開する人喰いキャバリアの大多数は排除されているだろう。
 日乃和海方面軍は暁作戦発動中の間、同盟国のレイテナ海軍と協働して東アーレス半島から日乃和に渡海する人喰いキャバリアの殲滅を担う。
 超弩級戦艦の大和武命ヤマトタケルを筆頭に、本来なら環境保護の観点から使用を厳に慎まれるべき重力波動砲を備えた戦艦撫子、大鳳と三笠等といった日乃和海軍が誇る艦艇の殆どが投入されているらしい。
 レイテナ海軍からは超大型空母のエンタープライズやイラストリアス、その他にもクイーン・エリザヴェートやフォーミダブル等を始めとして名だたる艦艇が戦列に加わっている。
 作戦が発動されれば、以降の三軍は予定されていた手順に従い進攻を開始する。三軍を繋ぐ連絡要員は存在するものの、広域通信網が失われて久しいクロムキャバリアに於いて、距離が離れ過ぎた戦闘集団同士による即時の緻密な連携は極めて困難だ。各々が予定通りに状況が推移する事を前提として行動する他無いだろう。

●東方面軍
 猟兵達が編入されている東方面軍の主力キャバリアの構成は、前衛を担うグレイルと中衛を担うオブシディアンmk4、後衛を担うギムレウスと遊撃のイカルガだ。
 その搭乗者の殆どが十代を占めている。教練過程の多くを省略している為練度は低いが、それぞれの機体には対人喰いキャバリア用に最適化された戦闘プログラムが適用され、搭乗者には操縦適正を飛躍的に引き上げる戦術薬剤が投与されている。両者は共に過去の猟兵達の行動によってもたらされたものだ。
 そして先述のキャバリア戦力の他に、極小数ながらもスーパーロボットが配備されている。

●弐弐式剛天
 日乃和軍が人喰いキャバリアとの決戦を見越して開発したスーパーロボット、それが弐弐式剛天だ。
 通常のキャバリアの数倍の全高を有する躯体は、極めて強固な材質である人工青金剛石の装甲に覆われており、地表を高速滑走する無限軌道と単独での飛行能力を有する。加えて武装面もそれぞれに強力なものが備わっている。
 目に相当する箇所から発射する速射ビーム砲、頭部二連装荷電粒子速射砲。
 単純な威力だけなら全武装中随一だが超接近戦専用の嘴状のドリル、頭部対物回転衝角。
 腹部ハッチに格納された戦艦の主砲に匹敵するほどの出力を発揮するビーム砲、腹部単装大型荷電粒子砲。
 スパイラルグレネイドナックルの名で呼ばれる両腕の固定格闘兵装、腕部射出式回転衝角。
 操縦系統は複座式だが搭乗者の技術次第では単独での操縦も可能となっている。恐らく多くの猟兵にとって問題にはならないだろう。
 この弐弐式剛天は申請すれば猟兵でも使用が可能だ。

●ニイタカヤマノボレ
 愛宕連山の東に位置する藤宮基地。猟兵とオブリビオンマシンの交戦が終了した後に藤宮市の名前から改められたこの大規模軍事施設は、日乃和の東州と西州を隔てる絶対防衛の関所として運用され続けていた。
 東州の玄関口を死守しながらも、愛宕連山を占拠するエヴォルグを間引きする為の戦力を1年以上に渡り送り続けていた藤宮基地に、過去に類を見ない膨大な戦力が集結している。キャバリアの大半がグレイルやオブシディアンmk4にギムレウス、イカルガだ。更には数機ながらも大型スーパーロボットである弐弐式剛天も搬入されていた。
「やれやれ、やっとこすっとこだな。剛天の最終調整もギリギリ間に合ってくれたか……」
 藤宮基地の戦闘指揮所は広く薄暗い。はちきれんばかりの筋肉質な肉体に窮屈な将校服を着込む後藤宗隆は、部下から最新鋭のスーパーロボットの搬入完了の報告を受けていた。後藤は沙綿里島基地の元司令であり、現在は藤宮基地で暁作戦東方面軍の全権指揮を担う役所にある。
「これで勝てる見込みは増したんでしょうか?」
 傍らに控えるオペレーターの少女が恐る恐る伺う。彼女もまた元沙綿里島基地の要員だった。後藤の異動の際に他の要員と共に引き抜かれる格好で藤宮基地の配属となったのだ。
「さあて、どうだかな。如何せん剛天を動かせる奴が少なくてな。内1機は猟兵連中に回す予定だが……猟兵連中はどうしてる?」
「既に合流済みの方々は戦闘配置で待機中との事です」
「今回はこれまでになく奴さんら頼りになるな。白羽井のお嬢ちゃん御一行と尼崎中尉を付けちゃいるが、如何せん敵の数が多過ぎて――」
「後藤司令、本部より暗号電報来ました!」
 後藤の続く言葉を若い通信士の声が遮った。指揮所内全員の視線がそちらへと集う。後藤は無言で読み上げるよう促した。
「ニイタカヤマノボレ! 繰り返します! ニイタカヤマノボレ!」
 指揮所内の空気が一瞬で静まり返る。後藤は双眸の瞼を下ろして頷くと肺に酸素を最大限に送り込んだ。
「東方面全軍に通達! 現時刻より暁作戦を始動する! 段取り通りに作戦行動に就かせろ! 猟兵連中にもだ!」
 たったひとつの暗号電報で切られた大規模作戦の呆気ない開幕に、後藤を含む各自は務めて冷静に各々の職務に取り掛かり始めた。
「お前達! 待ちに待った復讐の時だ!」
 後藤の叩き付けるかの如き檄が若過ぎる防人達の中で沈んでいた憎悪と怨念を呼び覚ます。戦術薬物による精神抑制が働いている為に猛る者は殆ど居なかったが、萎縮した戦意を焚き付けるには十分な火種となった。
 兵士達の多くを辛うじて戦場に留めているのは復讐心に他ならない。人と財産を奪い尽くした人喰いキャバリアへの怒りと憎しみ。理不尽への抵抗意識から湧き立つ殺意で恐れを塗り潰し、それぞれが武器を取る。
「そして、これが終わった後――」
 重く静かな声音で後藤が呟く。
「現状を招いた奴等に責任を精算させる」
 続く言葉に、オペレーターの少女を含む司令部の要員達は微かに頷いた。彼らの憎悪は必ずしも人喰いキャバリアだけに向けられたものではないらしい。

●旧愛宕連山補給基地周辺区域
 早朝を過ぎた時間帯の愛宕連山一帯に、湿度を伴う冷ややかな空気が降りる。日光は空一面を覆う分厚く灰暗い雲に遮られ、広葉樹林の緑が豊かに茂る山間部の景観は、彩度を1段階下げていた。
 藤宮基地を出立した東方面軍と猟兵達は、愛宕連山自動車道を西進、道中の散発的な遭遇戦を圧倒的な正面圧力で突破し続けた。
 やがて旧愛宕連山補給基地近郊の料金所に到達すると、白羽井小隊、灰狼中隊、そして猟兵達は東方面軍と別れ一般道へと降る。その道程はかつての撤退戦とほぼ同一のものだった。
「帰って……来ましたのね……」
 操縦席に背を沈める那琴は無意識に言葉を漏らしていた。目付きも表情筋も微動だにせず、口だけが勝手に動いた。陽動作戦の主戦域に設定された山間の盆地に白羽井小隊のイカルガ達が次々に降り立つ。
『長かったね』
 栞菜の声は潜むように小さく重い。小隊員達の様々な息遣いが音声出力装置越しに聞こえる。
 ここはかつて白羽井小隊が初めて実戦配備された戦域であり、人喰いキャバリアによって多大な損害を受けた戦域であり、猟兵達と出会った戦域でもある。
 点在する巨大な窪みは猟兵達の攻撃で生じたもので、雨晒しに朽ち果て苔蒸す鉄の塊は白羽井小隊員が搭乗していたオブシディアンmk4の亡骸だ。
 その亡骸を見て那琴は唇を噛み締めた。
 無力だったあの時とは違う。
 目の前の理不尽を見過ごさないだけの力を蓄えたし、今度は初めから猟兵達もいる。
 無碍に食い殺された学友達の怨念を背負ってここに戻ってきた。操縦桿を握る指に力が篭り、震える。
『ウルフ01よりフェザー01へ。何をボサっとしてる? 補給コンテナの敷設、急ぎな』
 深みのある伊尾奈の声音が尻を叩いた。那琴は首を振って雑多な意識を払い落とし、隊の長らしい毅然たる口調で指示を下す。
「フェザー01よりウルフ01へ、了解ですわ。白羽井小隊全機! 予定通りに補給コンテナの敷設を始めなさい!」
 隊員達は了解と応答すると、所定の作業を開始する。後続の工作部隊が運び込んできた補給コンテナを、過去の戦闘で猟兵達が穿った巨大な窪みに設置するのだ。
『大丈夫だよナコ、今度は猟兵さん達がついてるし』
 何かを察したらしい栞菜が声を掛けるも、那琴は視線を動かす素振りさえ見せず機体の制御だけに集中していた。

●灰色狼
 白羽井小隊が粛々と事前任務に当たる傍ら、灰狼中隊も同じく戦闘準備を進めていた。
「……気持ちは解らなくもないけどね」
 呟きを問い返す者はいない。外部への通信は遮断されていたからだ。
 灰狼中隊の隊長、尼崎伊尾奈。階級は中尉。
 不死身の灰色狼などと持て囃された、地獄の南州から生還した指折りのエースパイロット。
 だが違う。
 そんな仰々しい肩書きなどまやかしだ。
 あの時、あの地獄から、アタシは何もかも捨てて逃げ出し、ただ生き残っただけ。恐らく白羽井小隊の面々も似たような境遇なのだろう。
『なあ、本当に俺達だけで勝てるのかな……?』
 灰狼中隊の隊員のひとりが声量を抑えて問う。昨今の日乃和では絶滅危惧種となった健やかな少年男児の声で、通信波の帯域設定は全周波数帯域だった。
 本来なら任務中の私語は厳に慎まれるべきなのだが、そんな基本的な教育すらままならないのが日乃和軍の人材事情だ。
『そういう事言うのやめなよ。また隊長に怒られるよ』
 伊尾奈に代わって同期の隊員が嗜める。
『でも……本当は最低でも一個師団は必要だって……』
「男の子が泣き言を言うもんじゃないよ。それと、オープンチャンネルで無駄話しは止めな」
 伊尾奈が低い声を割り込ませて続く言葉を強制中断させた。感圧式のパネルに指先を滑らせ、隊員達に一定周期で少しずつ投薬されている戦術薬剤の設定量を僅かに増やす。薬効が切れた後のぶり返しが強くなるが、いざ実戦で泣き喚かれるよりはよほどマシだ。荒んだら仕事が終わった後で身を使って慰めてやればいい。
「アタシの部隊もすっかり託児所になっちまったね」
 息を吐いて肩を落とす。サブウィンドウに並ぶ灰狼中隊の顔触れを見る度に同じ所感を抱かずにはいられない。これは間接的にだが猟兵が与えた結果だ。
 戦術薬剤の副作用を抑制する改善案。
 対人喰いキャバリア用の操縦簡略化戦闘プログラム。
 猟兵から提供された2つの鍵が、日乃和政府と軍部に徴兵年齢引き下げに踏み切らせる要因となった。
 過言ではなく、今や日乃和軍のキャバリアは人喰いキャバリアと戦うだけならば子供でも扱える玩具と化しているのだから。
 だがそうでもしなければ兵員不足が招く戦線崩壊は今よりもっと早く進み、そして深刻化していただろう。暁作戦を迎えるまで至らなかったかも知れない。
 猟兵の戦力供与による好転という意味では、今の状況にしても同じ事が言える。確かに少年隊員の言う通り、灰狼中隊と白羽井小隊が務めるこの囮作戦には、本来なら一個師団規模の戦力が必要だった。しかしそれだけの戦力を捻出する事が今の日乃和軍には出来ない。囮作戦は大元から破綻していたのだが、過去の戦闘記録を鑑みて猟兵の戦力を投入すれば補填可能との結論が出されたのだ。だが――。
「過ぎた力は全てを壊す……」
 補給コンテナ敷設作業を警護まもっている猟兵達に伏せた視線を流す。
 彼等の力を直接見た訳では無いが、その力を疑ってはいない。むしろ逆に危険過ぎると考えていた。
 沙綿里島での準戦略核に類似した兵器の使用。2度に渡る超重力兵器の使用。機械神教に伝わる八百万の神機と思わしきキャバリア。僅か数名から数十名にも満たない数で一個師団と同等と評価される程の力は、雇われの兵の規模から逸脱し過ぎている。
「ここにしたってそうさ、田んぼを穴ぼこだらけにしたのは猟兵だっていうんだから」
 白羽井小隊と灰狼中隊のキャバリア、そして工作部隊が忙しく補給コンテナを設置して陣地を構築しているクレーター群。これこそ猟兵達の常軌を逸脱した力を語らずして示す確たる証拠だ。
「お陰で塹壕掘りする手間が省けたんだがね、まったく……」
 果たして猟兵に素直に感謝していいものかどうか、伊尾奈は判断しかねていた。
「何にしたって使えるなら使わせて貰うさ」
 アタシはここで終わる訳には行かない。1匹でも多くの人喰いキャバリアを殺して任務を果たし、生還する。そして鈴木政権に南州の罪を精算させる。
 南州第一プラントで起きた事故の真相を知って以来、伊尾奈は復讐を柱に戦い続けて来た。目標に手が届くまでもう少し――そう言えば彼等とはまだまともに言葉を交わしていなかった。
「ウルフ01より猟兵各位」
 通信回線を全周波数帯域で開く。語り口は低く静かだった。
「灰狼中隊の隊長、尼崎伊尾奈だ。まあ、お互いせいぜい協力するとしようじゃないか……」
 どこか他人事めいた口調の運びから、猟兵達はどのような意図を汲み取ったのだろうか。
 程なくして工作部隊と白羽井小隊、灰狼中隊から補給コンテナ敷設完了の報告が上がった。猟兵達の破壊の痕跡はキャバリアが身を隠せるだけの深さを有し、中央に補給コンテナを集積させれば即席の防御陣地群となった。
 だが準備を終えてもなお敵襲の気配はまだ見えない。伊尾奈は僥倖と考えるのと同時に役目を果たせないかも知れないという焦りを僅かにだが感じていた。
「ウルフ01より白羽井小隊、灰狼中隊、それから猟兵各位、任務内容の最終確認を行う。死にたい奴は聞かなくていい」
 役目を終えた工作部隊が後退し、各キャバリア部隊は巨大な窪みの中に身を潜める。猟兵達はそれぞれが適切と思われる形で待機している。部隊員達が嵐の前の静けさに身体を強張らせているのをよそに、伊尾奈の唇が抑揚の薄い言葉を連ね始めた。

●生き餌
「今回のアタシらの任務は囮。この場に留まり、ひたすら戦い続けて化物共を引き付けるのが仕事だ」
 猟兵にとってグリモアベースで聞かされた作戦内容からさして変化は無い。
 愛宕連山に巣食う人喰いキャバリアの大多数を猟兵達の元に誘引、その間に東方面軍が周囲一帯を制圧する。
 具体的な戦闘時間は不明。1時間かも知れないし、丸々1日かそれ以上かも知れない。敵が尽きるか東方面軍の本隊が到着するまで戦い続ける事になるだろう。
 戦闘時間の長期化と比例して消耗は誰もを分け隔てなく蝕む。補給コンテナは十分な量が事前敷設されてはいるが、弾薬や推進剤の節約、使用する武器の耐久度など長期戦を見越した振る舞いが求められるはずだ。
 機体の搭乗者にしても同様の事が言えるだろう。体力、精神力、魔力、その他諸々をすり減らし続けるのだから。どこで力を抑えるのか、どこで力を発揮するのか、機体特性と身体特性の両面を加味して考慮する必要が生じる。
「これから戦う人喰いキャバリア共は、常にエヴォルグウィルスをばら撒き続けてる。撃墜された奴は保護ヘルメット着用の上、機体内で待機して救助を待て。降りれば最後……晴れて人喰いキャバリアのお友達だ。人喰いキャバリアは殺す。そうなるのが嫌なら仲間を信じ、機体を信じて戦いな」
 日乃和軍の兵士の間ではエヴォルグウィルスの防疫から感染後までの対策がマニュアル化されている。猟兵もまた何らかの対処手段を用意して臨んでいるのだろう。
「以上、後は人喰いキャバリア共がアタシらに食い付くまで――」
『フェザー08より全機! 西の山! てっぺん!』
 伊尾奈の声に警報音と栞奈の悲鳴交じりの高い声が被さった。全員の視線が西方の山岳の稜線に集束する。広葉樹林が生え放題になっている山肌が不自然に揺れ動いていた。
『ひっ……!? エヴォルグだ!』
 灰狼中隊のグレイル達が一歩後ろに下がる。
「来たか、構えな!」
 伊尾奈が搭乗するイカルガがアサルトライフルを向けた先では、木々の隙間から次々と深緑の巨人が出現し始めていた。目の無い白面に直立歩行するその姿には、見覚えのある猟兵もいただろう。エヴォルグ量産機REVOLだ。
 複数種存在するエヴォルグの中でも特に人間に類似したそれは、日乃和軍のキャバリアを認識すると、表情の無い白面に喜色を滲ませ駆け出した。一体に呼応して後続のエヴォルグ量産機REVOLも我先にと山肌を駆け降りる。卓上に零れた水の如く、盆地の西側一帯には瞬く間も無く緑が押し広がった。
 そして猟兵達は一目見た時から既に気付いていただろう。迫るREVOLの全てがオブリビオンマシン化を遂げている事に。
 失われた過去の化身、やがて世界を埋め尽くし滅ぼすもの。
 遍く世界の縮図となった愛宕連山で、これより過去と現在が衝突し合う。

●死地契約
 出身、職歴、犯罪歴、種族、宗教、全て不問。
 この戦場で求められるのは戦う力。
 捧げた贄より多くを救うべく、防人達は明日がために今日を死に逝く。
 それぞれに賭けた願い、或いは復讐を込めて。
『フェザー01より全友軍へ! 敵群の先頭梯団が戦闘域に入りましてよ!』
 そして猟兵達を死地に立たせるものは何なのか。何を賭け、何を願い、最後に何を残すのか。
『ウルフ01より灰狼中隊全機! 噛み砕け!』
『殺してやるッ! 殺してやるぞバケモノどもぉッ!』
『死ね! 死ねッ! 死ねぇぇぇッ!』
『お前達さえいなければ、うちらは……!』
『私は怖くない! 死ぬことなんて!』
 答えを語る資格は勝利者のみが持つ。
 山を揺るがす鋼の咆哮と共に地獄への路は開かれた。
 愛宕連山を見下ろす午前の曇天は厚く、滞留する空気は冷たく、暁は遥か遠い。
フレスベルク・メリアグレース
いよいよ来ましたか……
東方面軍に通達を
後藤大佐、ご武運を
もしも失敗しても、わたくしは出来る限り貴方達の命を救ってみましょう
そんな言葉を残し、白羽井小隊と同行しながらエヴォルグと交戦

タイムフォールダウン、発動
幾ら捕食しようが、その捕食した時間軸を巻き戻し無効化しましょう
そう言ってエヴォルグを殲滅しながら小隊の皆さんを護衛し、同時に補給コンテナを一つ拝借してクレーターを利用した塹壕諸共機械化する事で、こちらに有利な戦場要塞を即興で作り出します
その際にエヴォルグは一か所に纏めました!
一斉射撃、開始してください!



●聖戦を始める
 山々が、大地が、草木が怯えている。
 西方の山肌から雪崩の如く押し寄せるエヴォルグ量産機REVOLの集団は、盆地に展開中の日乃和軍と猟兵を感知するや否や、湧き上がる食欲を満たすべく一目散に走り出していた。
「いずれ、この日が来る事は……」
 メリアグレース聖教皇国に伝わる機械神、ノインツェーンの胸郭の中で玉座に就くフレスベルク・メリアグレース(メリアグレース第十六代教皇にして神子代理・f32263)は、迫る人喰いキャバリアの先頭集団を遠方に見据えていた。エメラルドを湛えた瞳が因縁の相手を宿す。
「奇しくもこの場が終幕の戦いに選ばれたのですね」
 かつて愛宕連山補給基地の撤退支援で立っていた場所に、フレスベルクはノインツェーンと共に再び立っていた。傍らには白羽井小隊達のキャバリアもいる。
『メリアグレース様、ここがわたくし達と猟兵の方々との始まりでしたわね……』
 隊員達を背後に控えさせた那琴のイカルガが、アサルトライフルを即時射撃位置で構えてノインツェーンと同じ方角を向いている。敵の先頭集団を射程内に捉えるまで残り僅かだった。
「始めましょう……後藤大佐、ご武運を」
『俺にとっちゃ沙綿里島以来ですな。今日も頼みますよ、猊下』
 フレスベルクは後藤の応答に嫋やかに首を卸すと、聖皇の眼差しに断罪者の光を灯した。
「はい、我が神騎が兵士達を守護り、そして救済してみせます」
 若過ぎる防人達に語られた口振りは穏やかだった。
 そして戦端の開幕を知らせる発砲音が轟く。真正面から迫る人喰いキャバリアの群れに対して小銃や誘導弾、榴弾が殺到した。
「裁の雷きよ……」
 フレスベルクが右手を緩慢に伸ばして掌を翳す。その動きと同調してノインツェーンが右腕部を前方へと突き出した。両者の腕に稲光が纏わり付き、黄金色の火花を散らせる。
「穿て」
 フレスベルクの柔らかな唇が紡いだ鋭い言葉。ノインツェーンと操者の腕が跳ね上げられた直前、一筋の雷光が迸った。
 サイキ・アンリミテッドレールガン。
 収束された碎輝の力が弾き出され、エヴォルグの集団の最中を直撃。着弾地点から雷が噴出した。巻き上がる土と緑の肉片。ただの一撃で十数体のエヴォルグが灰燼と化した。だが――。
『あああっ!? やだやだやだッ!』
 オープンチャンネルから聴こえた少女の悲鳴。ノインツェーンが頭部を向けた先には防衛陣地化された塹壕があった。陣地内には数体のREVOLが入り込んでおり、いずれも四肢でグレイルを捕縛し胸部装甲に齧り付いている。
『なんで剥がせないの!? やだぁ! 隊長ぉぉ! 猟兵さん! 助けてっ! 助けてよぉぉっ!』
『やめてぇぇぇぇッ! 食べないでぇッ!』
 音が割れるほどの絶叫の隙間には有機的な粉砕音と咀嚼音が混じり合っていた。フレスベルクが目元を引き攣らせる。
『メリアグレース様! こちらは白羽井小隊にお任せを! 救助をお願い致しますわ!』
「よしなに」
 神騎を突き動かすよりも先に両の腕をそちらへと向けていた。
「刮目せよ……時の滅びを越え、今世界は蒼穹へと至る――」
『ハッチが! ひっ……! あっつ!? うぎ……いぃぃぁぎゃぁぁッ!?』
 コクピットブロックをこじ開けられれば捕食されるだけでは済まない。外気を吸い込んだ瞬間からエヴォルグウィルスの感染が始まる。そして今フレスベルクが聞いた声は、急激な変異に耐えかねた人体が無理矢理に捻り出した断末魔だ。
 フレスベルクの唇の隙間から、微かに八重歯が姿を覗かせた。
「其は機械にして時刻を掌握する者! 我はかの者を従え、閉ざされし空を切り拓く!」
 怒気を孕んだ祝詞の全てが紡がれると、グレイルに食らい付いていたREVOL達が突如として身を捻られ、虚空に失せた。
『……あれ? うち、今なんかされた?』
 エヴォルグ化が始まっていた少女が操縦席に収まったまま目を点にして瞬きしている。変異しつつあったはずの身体は人間のままで、コクピットのハッチは確実に閉鎖されていた。
「間に合いましたか……」
 肩を落として肺の中の酸素を深く吐き出すと、フレスベルクはノインツェーンを滑走させた。そして塹壕の中で擱坐したグレイル達の元へと向かわせる。アンダーフレームが音も無く地に着くと、砂埃が舞い上がった。
『えっと……あの、猟兵さん? うちさっき……』
 ノインツェーンが身を屈めて倒れたグレイルの肩にマニピュレーターを置く。フレスベルクが「案ずるには至りません」と首を振るとグレイルをゆっくりと立ち上がらせた。
「僅かばかり時間軸を巻き戻しただけです」
『へぇ、時間軸を……って、え?』
 フレスベルクは更なる追及を受けるよりも先に塹壕内の補給コンテナに目星を付けると、ノインツェーンのマニピュレーターを当てがった。
「これだけの質量があれば、事足りるでしょう」
 頷くと同時に補給コンテナのパネルラインに光が走る。するとコンテナは折り畳まれていた箱の如く身を展開、拡張させ始めた。
『ええっ!? えぇぇー!?』
 驚愕するグレイルのパイロット達を他所に奇跡は尚も続く。拡張しきった補給コンテナはまるで姿を変え、塹壕ひとつを覆い尽くす強固な外殻となったのだ。自動砲台まで備えた有様はまさに小型の要塞。ほんの数秒で塹壕はエヴォルグウィルスも蒼白になるほどの劇的な変異を遂げた。
『あのあの! 猟兵さん! なんなんですこれ!?』
「刻の歯車担う機械神の力を以ってすれば造作もない事です」
『いやそーじゃなくて!』
「お話しは後で。さあ、戦いを再開しましょう」
 歳に釣り合わない落ち着いた声音が、困惑する少女の精神を国の防人へと戻した。防壁を隔てた先の先、ノインツェーンが見定めたその場にはやはりエヴォルグが梯団を形成していた。
「少々お待ちを……」
 フレスベルクの視界の中で横に並ぶエヴォルグを、ノインツェーンの開かれたマニピュレーターがなぞる。
『今度は何を……?』
 サブウィンドウに表示された少女に向かって、フレスベルクは微かに笑みを作りながら頷いた。
「集え」
 ノインツェーンのマニピュレーターが握り込められる。するとエヴォルグ達が縄で締め上げられたかの如く一点に集約された。
「今です! 防人達よ!」
 放てと意思を込めてフレスベルクが腕を薙ぐ。
『くっ……このぉ!』
 グレイル達が一斉掃射を浴びせに掛かる。即席要塞の自動砲台もフレスベルクの天命に従い火砲を唸らせていた。夥しい銃弾が豪雨となって纏め上げられたエヴォルグの群れを通過し、骸の山を築き上げた。
『やった……!』
 少年少女達の中に一時の勝利に喜色が湧く。
「まだまだこれからです。決して油断せぬよう」
 嗜めるフレスベルクの淡い声質は穏やかながらも重い。日乃和の防人達は緩みかけた表情を引き締めて襲来し続ける新たな敵に臨む。
「……そう、まだこれから」
 誰の耳朶にも届かない小さな呟き。教皇本人さえも意識していなかったかも知れない。ここは長き地獄のほんの入り口に過ぎないと、神子代理は認識を確かにしていた。
 聖戦は始まり、果てまで続く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カフ・リーメ
大規模な作戦、入念な準備が必要と認識
ウイルス対策として装備を空間戦闘時と同等に調整、気密性を確認
友軍との通信規約、呼出符号、殲禍炎剣の情報を取得
無差別砲撃の対象とならないよう機動制限を設定

作戦第一段階は重力下かつ機動制限の存在する戦闘に慣熟しつつ、友軍の援護を優先
【星彩風】を発動して低空を飛行
敵勢力の猟兵を狙う性質を利用し誘導、周辺の遮蔽を活用し、友軍と連携しての十字砲火を企図

作戦中は戦況の推移に注意
補給を必要とする友軍を狙う敵がいれば攻撃し、引き離すように誘導
火力を発揮可能な友軍の位置を確認、連携して敵を確実に漸減

…友軍の大半は、私より少し上程度の若年
可能な限り、損害を抑えられるよう尽力


猟兵支援用仮想人格・ナヴィア
広域通信網が失われているのならば、与えてあげればいいんです!ごらんにいれましょう!だって、私は…【荒廃した未来の救世主ソーシャルディーヴァ】なのですから!

ーー電脳魔眼、起動!ウィルス遮断電脳領域展開!
体内のソーシャル・ネットワークサーバーへ接続!
聞こえますか?これより、全友軍へ猟兵支援用仮想人格によるタクティカルサポートを実行します!戦闘力強化電脳術式の発動に同意を!同意が多い程より強化されます!

情報収集演算開始…戦場全体の把握完了!
通信端末を配布した対象と電脳魔眼で視界共有して戦況分析し結果を随時報告!
撃破された方はウィルス遮断領域で包み込み迷彩をかけ保護後、近くの友軍を向かわせます!



●電脳知性体は人造少女と走る
 山間部に拓かれた盆地。かつての田園地帯は人喰いキャバリアの侵攻の際に放棄され、手を入れる人間が去って以降、背丈の低い植物が群生する平野となっていた。そして現在、再び人喰いキャバリアと日乃和軍、猟兵達の戦場へと回帰した。
『保たないか……!』
 推進装置が発する衝撃波を引き連れてイカルガが地表を滑走する。操縦席に背を埋める伊尾奈の表情は険しい。機体の状態を表示するウィンドウ内で推進剤の項目が黄色に明滅している。加えて選択兵装の武器の項目ではアサルトライフルの表示が赤、マイクロミサイルに至っては残弾無しを意味する灰の表示と化していた。各方面の防御陣地に分散して陽動に当たっている隷下の中隊員を支援するべく、状況開始直後から飛び回っていたからだ。これ以上の継戦は不可だと判断した伊尾奈は、手近にある深い窪みへと機体を飛び込ませる。田園地帯のあちこちに穿たれたクレーターの殆どには、事前に補給コンテナが設置してある。
 伊尾奈はレーダー上の光点を凝視しながらイカルガのマニピュレーターを補給コンテナに接触させた。そして感圧式の操作盤を指先で叩く。直接接触回線で補給コンテナに起動実行の信号を伝達した。補給コンテナの両側面の板が開き、推進剤を補給する為のホースを掴んだアームが伸びる。
 孤独なコクピットの中で神経を逆立てた伊尾奈の荒い呼吸音が充満する。彼女は補給の瞬間を激しく警戒していた。なぜならば、人喰いキャバリアとの交戦の際、戦闘中の補給作業中は特に撃墜される危険性の高い瞬間であることを教練と実戦で幾度も痛感していたからだ。
 そして、敵の接近警報と共に警戒は現実のものとなる。モニターに表示された矢印の方向へと咄嗟に首を向けると、イカルガの頭部も追従した。
『抜けてきたか!?』
 クレーターの縁から身を乗り出して様子を伺うREVOLの姿をカメラアイが捉えたのと、イカルガがビームソードを抜き放つ動作に入ったのはほぼ同時だった。だが僅かにREVOLが飛びかかる方が速い。伊尾奈が舌を打つ。しかしREVOLの牙が獲物に届く事は無かった。起こり得るであろう事態に備えていた猟兵と、それを支援する猟兵が存在していたからだ。
 複数のか細い黄緑色の光線がREVOLの顔面を透過した。すると途端に糸を切られた操り人形の如く姿勢を崩して転倒、すり鉢状の窪みの側面を転がり落ちてイカルガの足元でうつ伏せになった。伊尾奈が見た捕捉情報内では既に機能は停止している。
『さすがリーメ様! 間に合いましたね! お上手! 拍手!』
 通信装置から聞こえたのは電子的な効果処理を帯びた女児の声。伊尾奈が誰かと問いただすよりも先に、REVOLの骸の上に何者かが降り立った。
「……目標の機能完全停止を確認。事前情報の正確性を実証。以後は頭部を優先攻撃部位に設定」
 外観は10代前半だろうか。闇色の強化服姿の少女がREVOLの骸の上で膝を付き、感情の現れを一切感じさせない語り口で機械的に状況を述べる。伊尾奈は少女が猟兵であること、更にはカフ・リーメ(支援戦闘員・f38553)である事を認識するまでに数秒の間を必要とした。
『アンタ……平気なの?』
 リーメの姿をよくよく観察した伊尾奈が率直な疑問を投げかける。一方のリーメは問いの意図を察しかねた。
「質問の意図が不明。具体性を要求」
『ご心配なく~! リーメ様はEFS-X2Kを着用されておりますので! エヴォルグウィルス対策の気密はバッチリです!』
 伊尾奈が何かを言いかけるよりも先に溌剌とした少女の声が先回りした。するとリーメのすぐ隣に淡い光の粒子が収束、より一層幼さを醸し出しながらもアイドルめいた愛らしい少女の姿が出現した。
『遅れ馳せながら猟兵支援用仮想人格・ナヴィア(イェーガーナビゲーティングサポートキャラクター・f33433)でございます! どうぞお見知り置きを!』
 宙に漂う少女が深々と礼をする。姿が透過している点から察するに、実体はこの場には無いのだろう。
『……とりあえず礼は言っておくよ、助けられたね』
『いいえ! まだお助けできておりません! リーメ様!』
 ナヴィアが首を激しく横に振るとリーメは身を屈めてREVOLの骸を蹴りつけて跳躍、両脚に装備したSTG-5Cから推進噴射の光を閃かせた。瞬時にクレーターの縁を飛び越え草花が生え放題となった田園地帯へと復帰する。
「敵梯団多数接近中、戦術目標を変更……誘引しウルフ01の補給を支援」
 リーメが小型の熱線銃、LCB-06の引き金に指を掛けた。
『かしこまりました! 不肖ナヴィア、お手伝い致します!』
 通信越しに伊尾奈が何かを喋ったが、リーメは構わず横方向へと飛び退いた。ナヴィアの仮想立体映像が宙を泳いで後に続く。直後REVOLの集団から投擲されたサイキックスピアが大地に突き刺さった。
「リミッター解除、最大稼働」
 STG-5Cが生み出す推力で地表を高速滑走、LCB-06を敵に向ければ目標対象に関する各種情報が視界の中に表示される。
『ロックオン補正完了! 2次ロック済みです! 全て頭部に合わせました! どうぞ!』
 得意気な笑みを見せつけるナヴィアを背に、リーメは連続でトリガーを引く。星の運河を想起させる彩りの光線が伸び、REVOLの頭部を刺し貫いた。機能の中枢を的確に破壊された人喰いキャバリアは途端に転倒、そこに後続も巻き込まれた。ほんの僅かな攻撃で撃破と侵攻遅滞を同時に行い、加えて補給作業中の伊尾奈から注意を逸らす事にも成功している。推進装置を使用した高速機動を取ることで否応にも目に付かせ、人喰いキャバリアが猟兵を優先的に狙う性質を利用したのだ。
『お見事! 鮮やかですね!』
 手を打ち鳴らすナヴィア。だがリーメは首を振る
「否定。重力下での機動効率に更なる慣熟が必要」
『え~? 数値上では十分だと思いますけど……ブレも全然少ないですよ?』
 リーメはまたしても否定の意思を示す。本人にとってはその微細なブレにまだ慣熟の余地があるらしい。
「要救援対象の座標位置情報を要求」
 声音は少女のものだが口振りは変わらず機械染みている。先に攻撃を仕掛けた敵の梯団に対し、レーザーを連射し誘引、投擲されるサイキックスピアは左右に機動を切り替えして躱してみせた。
『ただちに! しかしこの世界は不便ですねぇ……広域通信網が喪失しているというのは……あっ!』
 弾かれたような声を上げたナヴィアに対してリーメが微かに横目を向ける。
『無いなら与えてあげればよろしいんですよね! なんでもっと早く気が付かなかったんでしょう?』
 敵梯団を中心として星彩風で旋回滑走するリーメ。彼女に追従するナヴィアの仮想立体映像がステージアイドル宜しく回ってみせた。
『実現してごらんにいれましょう! だって、私は…荒廃した未来の救世主ソーシャルディーヴァなのですから!』
 どこかに存在しているであろうナヴィアの躯体に埋め込まれたソーシャル・ネットワークサーバーを触媒として、この場に居る全友軍へと通信回線を繋ぐ。
『皆様~! 聞こえますか? これより、全友軍へ猟兵支援用仮想人格によるタクティカルサポートを実行します!』
 耳元で大声を上げられたリーメは人知れず集音機能の感度を落としていた。
『猟兵の方ですの? ええと、つまり……現在接続中の戦術データリンクの事を申されておりますの?』
 ナヴィアとリーメの視界内のウィンドウに那琴の姿が表示された。
『ご理解が早くて助かります! それの強化、広域版とお考えになられて頂ければよろしいかと! という訳でご同意をお願いします! 同意が多い程より強化されますので!』
『尼崎中尉、如何なさいましょう?』
 那琴は上官に当たる伊尾奈に許しの是非を問う。
『……猟兵との付き合いはそっちの方が長いんだろう? 東雲少尉に一任する』
『了解ですわ。では総員ナヴィア様へのデータリンクの承認を!』
『ご協力に感謝します!』
「承認」
 最後にリーメの許しを受けて、ナヴィアは構築した電脳術式を出力する。
 ナヴィアの手に光が集束し、浮き上がると花火の如く盛大に弾けた。散った光は風に乗り戦域となっている盆地全体へと降り注ぐ。この光はナヴィアが集めた願いの光。願いはやがて人と人、意識と意識を繋ぐ電脳の網となる。
『情報収集演算……戦場全体の把握完了!』
 拡散したナノマシンを経由して、友軍が見ている全ての情報がナヴィアの認識に流れ込む。視認対象のみならず、機体の状態、武器の残弾数、搭乗者の心拍数から発汗量に至るまで、情報という情報の全てをナヴィアは得ていた。
『早速で申し訳ありませんがリーメ様! 友軍の危険が危ないです! 救援を!』
「条件付きで救援要請を了承。座標情報を請求」
 ナヴィアがリーメの視野に求められた情報を直接投影する。三次元立体地図も付随していた。
「目標までの相対距離確認……上昇後目標へ急行」
 リーメは旋回機動を中断して停止、地に足を付けると力を込めて蹴り出した。STG-5Cが吐き出した青白い光が軌跡を残す。引き付けていた人喰いキャバリアの梯団を俯瞰する程度の高度まで飛び上がると、残存するREVOLの頭部をLCB-06で撃ち抜いた。
『ジャンプの際は殲禍炎剣にご注意くださいね! 照射注意のアラートは鳴りますけど!』
「照射判定高度は確認済み。現状の高度で脅威は見受けられず」
 ならば安心とナヴィアがリーメの肩を掴む。どうやらこの後リーメが何をするのか見当が付いているらしい。
「最大加速」
 短く言い切られた言葉と共にリーメの両脚と腰部から凄まじい光量の推進噴射が迸った。アステリア・モンスーンの限界速度まで加速すれば、目標までの距離は瞬間移動に等しい。向かった先は防御陣地の内のひとつ。日乃和軍のグレイルとオブシディアンmk4が2機1組の最小編成単位で奮闘していたが、グレイルはアンダーフレームの半分を喪失して這う格好で必死に応戦している様子だった。
『リーメさん! ブレーキです!』
 防御陣地の直前で全ての推進装置の出力をゼロにする。後は慣性だけで目標地点に到着できる。攻撃手段のLCB-06の照準は、ナヴィアの支援を受けて益々強化されたLSCS-3Bで補正済みだった。防御陣地を襲う人喰いキャバリアの数は5体。リーメの指先が5回引き金を押し込んだ。黄緑色のレーザーが照準補正通りの素直な軌道で奔る。すぐに5体のREVOLは膝から崩れ落ち、活動を停止した。
『お待たせしました!』
 軽やかな動作でリーメが防御陣地内に着地すると、肩に掴まっていたナヴィアも降りてグレイルとオブシディアンmk4に手を振る。
『生身の女子!? ってことは、猟兵の人……なのか?』
『ありがとうございます、脚やられちゃって……動けなくて……』
 見せてご覧と言いたげにナヴィアがグレイルに駆け寄る。
『あらら、これはダメですね。後ろに下がって貰いましょう』
 ナヴィアが中破したグレイルに両手を翳す。すると非実体障壁のような光の膜がグレイルの全体を覆った。
『これは……?』
 グレイルに搭乗している少女が訝しげに問う。
『ウィルス遮断領域です。これで破損で生じた僅かな亀裂からエヴォルグウィルスが浸透する心配はもうございません。ついでに感知され難くする迷彩効果もあります。さあ、オブシディアンの方に後方へと運んで貰ってください』
『ありがとうございます。でも、私達が抜けたら敵を通しちゃう……』
 2機と1人を背にして警戒に当っていたリーメが首を振る。
「作戦行動に支障無し。現場は私達が引き継ぐ」
『という次第ですので! ささ! 遠慮なく!』
 にこやかに強く促すナヴィアに押されたグレイルとオブシディアンmk4は渋々といった様子で後退を開始した。リーメは補給コンテナから経口補水液を取り出すと一気に飲み干し、防御陣地のクレーターから地表に飛び出した。
 西方を見れば、肉眼で視認可能な範囲だけでも夥しい数の人喰いキャバリアが向かってきている。そんな光景を他所に、意識の傍らで先程後退したキャバリアの搭乗者達を思い返していた。
 彼等に限った事ではないが、大半は自身より若干上程度の若年ばかり。だからという理由だけではないにしろ、無碍に死なせるつもりはない。少なくとも手の届く範囲では。
『まだまだ来ますねぇ~……リーメ様! 随時バックアップするのでバンバン戦っちゃってください!』
「了解。戦闘行動、再開」
 並ぶナヴィアも思う所は恐らく同じ。日乃和の防人と同じか尚も幼い少女達は、人喰いキャバリアと相対し続ける。電脳知性体の加護を受け、人造少女は穿つ熱戦を放った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天城原・陽
【特務一課】

あん時の撤退戦とは逆の事をやれってのね…しかも戦力差は段違い
(戦域チェック、データサルベージ、戦術レベル確認…)
『上等』よ…

マダラ、キリジ。今回は私も随伴する。
まずは中央突破の『つもり』で進撃。
(僚機に戦術指示しつつ白羽井小隊へ通信)
「アスラ01よりフェザー01へ戦術進言。『釣り』をやるわ。左右展開、頼りにしてもいいかしら」
取った戦術は『釣り野伏り』
特務一課による中央進撃からの後退で多数の敵を引きつけた後に反転
控えてさせた両翼の白羽井小隊と共に三方向より包囲殲滅に持ち込む

「人間ナメんじゃないわよ…それに、生体兵器としての『格』の違いを教えてやるわ…そうでしょう?赤雷号!!」


斑星・夜
【特務一課】

キャバリア:灰風号搭乗

オーケー、ギバちゃん!中央突破のつもりでだね
じゃあ目立つように、派手にやっちゃおうね、キリジちゃん!
白羽井小隊の皆も今回もがんばろーね!

さて、まずは『RXブリッツハンマー・ダグザ』で敵を攻撃しながら、
味方の位置や敵の位置を確認して前進します

後退する時は殿で『AEP可変式シールド・アリアンロッド』を展開
ギバちゃん・キリジちゃんへの攻撃を防ぎながら退くよ~

その後は『ブリッツ・レーゲングス』で周囲の敵を感電状態に
それから『EPブースターユニット・リアンノン』を起動して、思いっきりぶっ飛ばしにいくよ!

……あの人喰いキャバリア、一機残らず消し飛ばさないとねぇ


キリジ・グッドウィン
【特務一課】

(オレ等が介入すればする程こいつ等ドツボにはまってないか?終わりも見えねぇが終わっても何が残るんだか)

GW搭乗

さて、ギバ。イの一番に『釣って』やるから止め時はテキトーに頼むわ
派手に暴れて落ちそうなフリしてやるぜ

我先にと戦場を駆け、無鉄砲我武者羅に拳(ランブルビースト)を揮う。せいぜい"餌"に喰いついてくれよな、返り血の様な体液は逆に誤魔化せるだろ
逆に全部仕留めちまって構わねェんだろ?!来いよオラ!

とはいえ作戦は作戦って事でギバの合図と共に敗走を装い退く。
ただ、こんな寸止め食らったみたいなのはまどろっこしいな。
マダラも手前ェら(白羽井の奴等)もさっさと仕留めたいだろ?
踵を返し反撃開始



●アクティブ・ディフェンス
 雄大な愛宕連山に囲まれた田園地帯は、戦時下に置いて地上の孤島だった。山肌に通信波を遮られるだけに留まらず、地域一帯の平均標高が高く、山を越えての援護が難しい。高速飛翔体を殲禍炎剣が狙っているからだ。この外界から隔絶された空間で白羽井小隊と灰狼中隊、そして猟兵達は殆ど独力のみで大多数の敵の陽動という任務を遂行し続けている。
「結局、1時間どころじゃ済まなかったか……」
 修羅人の正式採用型一番機、赤雷号の中で天城原・陽(陽光・f31019)は舌を打つ。戦闘開始から2時間は経過している。生命維持を司るエントレインメント・マルチスーツが体温や血中酸素濃度を調節しているものの、それでも不愉快な疲労が蓄積する。弾薬消費を抑制するべく半自動式セミオートで標的を正確に射抜いていれば無理もないのだろう。
「あん時の撤退戦じゃデカブツ一体が相手だったけど……!」
 赤雷号は地上をやや俯瞰気味に見下ろせる程度の高度で滞空している。目立つ都合上、サイキックスピアの投擲対象となるが特に構わない。精度が高い訳でもなければ弾速が速い訳でもないので、左右への単調な切り返しだけでも回避が可能だった。
「ワラワラ湧いてくる雑魚狩りと、どっちが良いんだか!」
 敵集団を左眼に備わるセンサーシステムが捉えた。副腕と主腕に保持された二十二式複合狙撃砲が大口径の実体弾を放った。弾頭に違わず大きな薬莢が排出され、草茂る地上に落下した。発射された弾体はREVOLの頭部を直撃。首から上を喪失させるだけに留まらず、残った身体ごと後続の複数体を纏めて弾き飛ばした。
「ここに来たのは一年とちょっと前だっけ? あの時も大変だったねー。ギバちゃんのバスターランチャーでなんとかダウン取れたんだよね」
 対物破砕槌を傍らに置き、分割型の可変式シールドで身を覆いつつ、ペネトレーターで応射を見舞う灰風号。斑星・夜(星灯・f31041)の物腰は変わらず柔らかで穏やかだった。だが照準は冷徹で容赦無い。赤雷号と同様に単射で迫る人喰いキャバリアの頭部を撃ち抜く。モニター上のロックオンインフォメーションを見詰める金色の瞳には、人間の熱が無い。
「おっと、リロードリロード……弾が幾らあっても足りないなぁ」
 選択兵装ウィンドウのペネトレーターの項目が残弾無しを表す灰色に転じた。斑星の指先が再装填の動作実行を入力すると、灰風号のマニピュレーターはペネトレーターのマガジンリリースボタンを押し込んだ。空になった弾倉を排出すると、アリアンロッドの裏面にマウントされている予備弾倉を掴んで再装填する。
「あと2本だけかぁ。そろそろ取りに戻らないと」
 再装填までに要した時間は僅かだった。だがその僅かな時間さえあれば人喰いキャバリアが間合いを詰めるには十分だ。赤雷号の砲撃をすり抜けた個体が灰風号に迫る。しかし天城原は兎も角斑星に焦る様子も無ければ急ぎ迎撃する様子も見られない。まるでその必要など無いと解っているかの如く。
「オレはまだまだ余裕だが……なァッ!」
 灰風号から見て側面より黒い機影が飛び出した。その機影は紫色の残光を描きながらREVOLに衝突。視界から消えた。
「どーもキリジちゃん!」
「自分で始末しろよ! ハンマー持ってンだろーが!」
 キリジ・グッドウィン(what it is like・f31149)の口調は荒く、戦いぶりも荒い。
「アリシ……アーミヤ! 潰せェ!」
 仮初の名で呼ばれたGW-4700031の動力炉が吼える。機体ごと激突しランブルビーストで殴り付け、地表に抑え込む。サイキックフィールドを生じさせ反撃を試みようとした頭部を鷲掴みにして口を塞ぐと、そのまま握り込んで粉砕した。
「あと何時間この怪物連中と遊ンでりゃァいいんだ? いい加減、飽き飽きしてきたぜ」
 搭乗者の意思がサーヴィカルストレイナーを経由して反映されているのだろうか。アーミヤが露骨に気怠そうな挙動でオーバーフレームを起こし、腕部にこびり着いた有機物を払い落とす。黒鉄色の装甲は返り血に塗れており、暗い緑色に染まっていた。
「さあね、全部倒すまででしょ」
 天城原の声音から苛立ちがありありと聞いて取れる。トリガーキーを押し込むと、モニターの中でREVOLが跳ね飛ばされた。
「と言っても、このまま延々と続ける訳にもね……」
 状況は僅かずつにではあるが、間違いなく悪化しつつある。猟兵は兎も角として、灰狼中隊の損耗は戦闘が一時間を越えた辺りから上昇幅が増大していた。元より単純な戦力差は歴然。白羽井小隊と伊尾奈、そして特務一課を含む猟兵が忙しく走り回ってはいるが全域に手を回せている訳では無い。
「ギバちゃん、なんか良い手ないー?」
 堅実に防御の構えを取りつつペネトレーターを撃ち続ける灰風号。斑星の問いに天城原は答えない。思考を回して現状取り得る最高効率の戦術を模索する。
「……あ、白羽井小隊のイカルガかな? こっちに来るね」
 北に向かって手を振る灰風号に釣られて、赤雷号の頭部もそちらへと向けられた。閃きとは時に些細な切掛で訪れる。天城原の場合、その切掛とは斑星の声とレーダーに表示された白羽井小隊の機体を示す光点だった。
「頭数は揃えられる……」
「何を揃えられるって?」
 アーミヤが灰風号に肉薄するREVOLを蹴り飛ばした。転倒させた所に飛び掛かり、頭部を鉄拳で殴り潰す。その光景を横目に天城原は白羽井小隊の隊長機へと通信を繋いだ。
「アスラ01よりフェザー01、ちょいとこっちに来れる?」
『フェザー01、了解ですわ。如何なされました?』
 赤雷号の元へ那琴のイカルガがしなやかに到着すると、隷下の隊員達も集結した。伊達に猟兵と死線を潜ってきた訳ではないらしい。これならば今から提案する戦術の役割を与えるのに不足は無い。一連の些細な機体制動を見ただけで搭乗者の技量を瞬時に分析出来るのは、アンサーヒューマン特有の刃物の如き瞬間思考力が成せる業なのだろうか。
『おおん? 灰風号ってことは……今日も斑星さん来てるの?』
 突如間に割って入ったのは白羽井小隊の栞奈だった。
「いるよぉ、半年振り位かな? 久しぶりだねぇ」
 白羽井小隊の各機の元には、ウィンドウ内で斑星の姿が表示されているらしい。温和な笑顔を添えて手を振ってやれば幾つかの黄色い声が上がった。
『やっぱいたじゃーん!』
「キリジちゃんもいるよー」
 追加で黄色い声が上がる。
「オレは関係ねェだろうが」
『フェザー08! 戦闘中でしてよ! お止めなさい!』
 那琴が失礼致しましたわと言いたげに咳払いをすると、天城原は途中で遮られた本題へと話しを戻す。
「解ってはいると思うけど、一時間前あたりから死人が増え始めてるし弾薬の消費量も加速してる。局所的にでもここらで巻き返しをしたい。でなきゃジリ貧よ」
 確かにと那琴は頷いた。どうやら思う所は天城原とさして変わらないようだ。
「で、その為の作戦なんだけど、釣り野伏りをやりたい……と言っても伝わらないでしょうね」
 戦術の細事を伝える為の代替の言葉を選ぼうとした矢先、那琴が復唱した。
『釣り野伏り……なるほど、人喰いキャバリアが相手なら、誘い込むのは容易ですわね』
「あら? 伝わるの?」
 意外そうに首を傾げる天城原に那琴は頷きを返す。
『ええ、三隊の内二隊は伏兵。中央の隊で敵軍を引き寄せて三面包囲し殲滅する……ですわよね? 白羽井学園時代に演習も致しましたわ』
「へえ、日乃和にも同名同義で伝わってるのね」
 説明の手間が省けて好都合と天城原は息をついた。
「よろしい。じゃあ左右展開は白羽井小隊に任せたいんだけど、頼りにしていいかしら?」
 那琴が微かに表情を濁らせて俯く。
『不可能ではありませんけれど、我が隊には副隊長を務められる者が現在おりませんの。先の任務で戦死してしまって――』
『なら分隊の指揮はアタシが請け負う』
 那琴の声を遮ったのは低音の女性の声。同時に推進装置が発する轟音が接近してきた。赤雷号が頭部を向けた先では、イカルガが地表を直進滑走していた。
『尼崎中尉!?』
 伊尾奈が搭乗するイカルガが後退推進噴射を掛けて急停止する。
『時間が惜しい。東雲少尉、隊員を半分貸しな。アスラ01、左翼はアタシがやるよ』
「了解。まずは私とマダラとキリジが正面を突っ切る。釣れたら下がるから、後のタイミングはこっちで指示するわ」
 天城原に対して伊尾奈と那琴はそれぞれに了解を返した。
『なになに? 部隊分けるの? ならあたし斑星さんと一緒……』
『フェザー08! おふざけでない! アスラ01、ウルフ01、宜しくお願い致しますわ』
 那琴と伊尾奈のイカルガが部隊員を引き連れて赤雷号の左右に散った。
「さて……マダラ、キリジ、覚悟はいいわね? 派手にやりなさい」
 赤雷号が長大な狙撃砲を正面の敵梯団へと向けた。距離はまだかなり開いている。
「オーケー、ギバちゃん!」
 灰風号がマニピュレーターでペネトレーターを回転させるとアリアンロッド裏のマウントに接続し、傍らに置かれていたブリッツハンマー・ダグザの柄を握った。
「中央突破で釣りだな? 任せろ完全に理解した」
 アーミヤが握り込んでいたランブルビーストを開く。爪状のブレードエッジに高圧電流が宿り、火花を弾けさせ始めた。
「キリジ、あんたホントは解ってないでしょ?」
 天城原が操縦桿のトリガーキーを押し込む。狙撃砲から発射された加粒子熱線が適当なREVOLの脳天を溶解消失させた。それを合図にアーミヤと灰風号が大地を蹴り出す。
「イの一番に釣ってやるから止め時はテキトーに頼むわ」
 頭を動かすより身体を動かす方が速い。アーミヤがアンダーフレームのロケットブースターから紫色の推進噴射光を吐き出した。直後に生じる急激な加速力がキリジの身体をコクピットシートに押し付ける。キリジは不敵な笑みを口元に浮かべて重力加速度に逆らって腕を前へと伸ばす。
「喰い付きやがれよ……敵はここだろうがァッ!」
 真正面から敵梯団に飛び込み、ランブルビーストで引き裂きに掛かる。残虐性たるや猛獣の如し。黒鉄の獣が腕を横に薙ぐと、REVOLの身が扇状に跳ね飛ばされた。
「どうしたァ!? 全部仕留めちまうぞォ!」
 REVOLが側面から噛みついてきたが牙が通らない。激しい格闘戦を想定して設計されたアーミヤの装甲はスーパーロボット並の剛性を誇る。そして剛性は攻撃力にも転じる。尚も纏わり齧りつくREVOLをアーミヤが力任せに引き剥がし、地面に叩き伏せ、頭部に肘打ちを直撃させて陥没させた。
「目立つように、派手にっと!」
 アーミヤの後方から灰風号が跳び上がった。厳密にはアーミヤの背中からだ。
「おいマダラてめぇ! オレを踏み台にしやがったな!」
「だってギバちゃんが派手にって言うから!」
 アーミヤの位置をトレースしながら直進していた灰風号が戦鎚を限界まで振りかぶる。着地と同時に繰り出した、機体の総重量と武器自体の重量を加速に相乗させた殴打。地震が発生したのかと誤認させるほどに大地を戦慄させたそれは、叩きのめされたREVOLを縦に完全圧縮してしまった。
「ホームラン!」
 続けて横に薙ぐ。接近していた後続のREVOLが右から左に吹き飛ばされ、強制的に道を開けさせられた。一見すると戦法は荒々しいものの、ねむいのちゃんが集積した彼我戦力の分布状況を把握した上で行っている効率的な格闘戦法だ。加えてアリアンロッドで敵の射線を塞ぎながら、天城原の為に射線も確保している。
「上等! もっと前へ!」
 狙撃砲からギガントアサルトに火器を変更した赤雷号が灰風号とアーミヤを追って援護射撃に入る。俯瞰視点から電磁加速弾体の雨を降らせて開かれた道をさらに拡大した。
「マダラァ! 今度はオレが踏み台にする番だ!」
「キリジちゃん! どうぞ!」
 灰風号が片方のアリアンロッドを上方に向けた。そこに跳躍したアーミヤが着地、更に推進跳躍する。
「ミンチじゃ済まねェぞ! オラァ!」
 先の灰風号の跳躍攻撃と同様に重量を乗せた一撃。スカッシュ・フィストカフがREVOLごとかつて稲を育む田園だった大地を砕く。夥しい量の土が舞い上がり、人喰いキャバリアの成れの果てが飛び散り、余波を浴びたREVOLが吹き飛ばされる。
「ギバちゃん! もう十分かも!」
 短時間の中央突撃だったが特務一課の三機はかなりの深度まで侵攻を果たしていた。意図的にではあるが後方以外の全方位を敵に囲まれている。戦況の推移を常時監視しているねむいのちゃんが後退を促していた。斑星の提言に天城原は頷きを返す。
「頃合いでしょうね……キリジ! マダラ! 反転しなさい!」
「あァ? もういいのかよ?」
 まだ潰し足りないと言いたげにキリジは首を傾げる。しかし予定されていた作戦行動である以上は止むなしと攻撃の手を止め、あたかも逃げ帰るかの如く背を向け後退を開始する。だがREVOLに折角見つけた眼の前の食料源を逃す道理など無い。追撃のサイキックスピアと障壁波動が放たれる。
「殿はお任せ!」
 されど容易く直撃を許す道理も無い。射線に割って入った灰風号は連結したアリアンロッドで攻撃を尽く弾く。機体方向は敵梯団へ向けたまま後方推進加速を開始。追撃する人喰いキャバリアはやがて縦長の戦列を形成した。これこそが天城原が理想に描いていた通りの彼我分布状況だった。
「――ウルフ01! フェザー01! 今よ!」
『ウルフ01了解……極東の特務一課、大したもんだね』
『フェザー01了解ですわ! 殲滅いたしますわよ!』
 左右に展開していたイカルガ達が一斉に距離を詰め、マイクロミサイルの防風雨を降り注がせる。赤雷号達に傾注していたREVOLの梯団は側面からの襲撃に全くの無防備だった。爆光の華が狂い咲き、深緑の肉片が舞い散る。
「上出来よ! キリジとマダラは再度反転! 反撃開始!」
 先んじて赤雷号が前へと突出した。天城原の瞳が上下左右に忙しく動き回る。火器管制機能がそれを追う。メインモニター上に幾つものロックオンマーカーが表示された。
「人間ナメんじゃないわよ……それに、生体兵器としての『格』の違いを教えてやるわ……」
 兵装選択項目は多目的誘導散弾システムに合わせられていた。
「そうでしょう? 赤雷号!!」
 操者の咆哮に修羅人が動力炉の唸りで答える。ランチャーユニットから次々に放出された誘導弾は弓形の軌道を描いてREVOLの直上に到達、炸裂して無数の弾頭をばら撒いた。連鎖する爆発。大気が恐れ慄く。
「続けていくよ! リアンノン起動っと!」
 灰風号のカメラアイに閃光が走る。動力機関が及ぼした高出力化によって各部の関節駆動系が火花を散らせた。
「……一機残らず消し飛ばすよ」
 斑星の瞳に冷たい金色が煌く。天に突き上げたブリッツハンマー・ダグザが凄まじい光量の雷轟を迸らせた。雷は灰風号の直上まで伸びると空に飛散、そして人喰いキャバリアの梯団に降り注いだ。暴れ回る曇天の霹靂がREVOLの身を焼き焦がし、僅かな機械部品を高圧電流で蹂躙し尽くす。
「これで終わり……じゃあ済まされねェんだろうな」
 赤雷号と灰風号による破壊の嵐を、キリジは双眸を鋭く細めて眺めていた。
「まァ、終わったところで何が残るんだか知れたもんじゃねェが」
 どのような形であれ恐らく猟兵の介入で状況の終息は付くのだろう。だが、猟兵が発端となった因の繋がる果てに残る結果は如何程のものなのか。猟兵がもたらした戦闘データと戦術薬剤、戦況の好転、奪還したプラント、生き延びた白羽井小隊。その全てが日乃和に延命を及ぼすのと同時に、より災禍の深みへと誘っているのではないか。介入すればするほど、泥濘が深まっているようにさえ思える。
 オブリビオンは今を喰らい、世界を滅ぼす。オブリビオンの殲滅は救世と同義。猟兵がオブリビオンを駆逐し続ける限り、オブリビオンに起因する滅びは遠ざけられる。
 だが日乃和は何かが違う。確かに状況の好転は成されているが、緩やかな終焉へと向かい続けているように思えてならない。
 或いは、既にオブリビオンマシンが日乃和を取り巻く全てを蝕んでおり、猟兵の介入さえも加味した上で破滅への道筋を描いているのだとしたら――不意に南州第二プラントを奪還した帰路の途中、大鳳の飛行甲板上で感じた予感が蘇った。あの予感は本当に漠然としたものだったのだろうか。直接の距離的な意味で、すぐ足元から這い上がってきた予感だったのでは。
 しかし、今取る行動に変わりは無い。
「……行くぜ、アーミヤ」
 黒鉄が疾駆する。追い縋る破滅を振り切り、目の前の敵を叩いて砕くために。
 やがて暁を越えた先、懸念は実体を有した悪意となって顕現する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィリー・フランツ
※ヘヴィタイフーン(増加装甲付き)に搭乗
心情:おいおい、大半が教科未修生のひよっこかよ!?
こうなると必然的に俺が前面に出るしかないか。
手段:日乃和軍のひよっこを引率しながら塹壕にて迎撃、念のため装甲気密服を着用する。

主に肩のクロコダイル電磁速射砲の40mmにて射撃、コング重無反動砲には対空散弾を装填、集団が近付いたら散弾を浴びてやる。

接近されたらスパイクシールドによる打突、無反動砲を投棄して高周波過熱させたバーンマチェーテを抜刀しての近接だ、基本は遠距離・中距離で方をつけるがな。
一応、生体センサー付きのアウル複合索敵システムも積んでる、戦場全体ににもある程度は目が届くだろう。



●フロント・ミッション
 愛宕連山の完全制圧に向けた陽動作戦。山間部に拓かれた田園地帯での交戦が開始して既に4時間が経過していた。空は変わらず重たい雲に覆われ、直上に昇りきっている筈の太陽は姿を隠したままだ。ギムレウスが発射した榴弾が人喰いキャバリアの群れに着弾。山から降りる湿った冷たい空気を爆轟が震え上がらせた。
 砲撃で吹き飛ばされた敵集団を基準として東側の手前に、猟兵が穿った窪みを再利用した塹壕がある。戦闘開始前に物資を満載した補給コンテナを設置し、防御陣地としたものだ。すり鉢状の窪みの深さは標準的な全高のキャバリア1機を直立状態で隠して余りある。広さもおおよその作業が可能な程度に確保されており、弾避けの避難場所としての機能を十分に発揮していた。
 塹壕の内部では複数機のグレイルとオブシディアンが補給作業を行っていた。その傍らで日乃和軍内では見掛けない機体が塹壕の側面に背を預けて駐機している。見るからに頑強な印象を与える全体的に角張った堅実な形状で、頭部では黄色の一眼式複合センサーカメラアイがレール上を動き回っていた。
「やれやれ、煙草を吸ってる暇もあったもんじゃないな」
 ニコチンとタールが恋しくなってきた。HL-T10 ヘヴィタイフーンMk.Ⅹの胸中、操縦席に深く腰を埋めるヴィリー・フランツ(スペースノイドの傭兵・f27848)はコンソールパネルを操作する。4時間以上最前線で戦っているが今のところ機体ステータスに不調は無い。脚部の関節にダメージが蓄積しているがこれは止むを得ないだろう。生粋の職業傭兵である操縦者に似てヘヴィタイフーンも頑丈らしい。
『あ、あれ……?リロードしたのに……』
 通信装置が出力したのはミドルスクールの教育課程を終えたか否かとしか聞こえない年代の少女の声。ヘヴィタイフーンの前で銃弾の再装填作業を行っていたグレイルのパイロットのものだった。
「貸してみろ」
 ヴィリーは機体を起こしグレイルに近寄るとライフルを受け取った。マニピュレーターの制御をマニュアルモードに設定し、マガジンハウジングに装填された弾倉を抜き取り内部を目視確認する。
「なるほどな、こういう時は……」
 ヘヴィタイフーンが掴んだ弾倉を自らのアンダーフレームの装甲に叩きつけた。
「もう一回やってみろ」
『は……はい』
 少女はたどたどしく答える。グレイルは渡された弾倉を受け取ると、再装填動作を実行した。
『できました! ありがとうございます! 猟兵のおじさん!』
「お……おじ? 俺も年季が入り過ぎたか?」
 首を傾げながら腕を組む。それにしても、銃火器の扱いも怪しい教科未修生の少年少女が大半とは――事前に情報は得ていたが、改めて戦場に入るとヴィリーの耳朶に入る断末魔は子供のものばかりだった。
「結局俺達が前に出て、忙しく走り回る羽目になってるんだが……」
 人喰いキャバリアの濁流を堰き止めるのに猟兵だけでは頭数が足りない。だが日乃和軍の新兵以下の兵員だけでは押し流される。ならば猟兵が引率して抵抗力を強引にでも引き上げるしかない。ヴィリーはその点に逸早く気が付き、逸早く行動し続けていた。結果、ヴィリーの疲労と引き換えにこの防御陣地は今も過不足無く機能している。
『補給終わりました!』
 オブシディアンmk4の搭乗者から報告が上がる。
「よし、仕事を再開するぞ」
 ヘヴィタイフーンが踵を返して姿勢を屈み込ませる。地面を蹴り膝関節を伸ばし切ったのと同時に、脚部に備わるスラスターを噴射。塹壕の壁面を飛び越えて田園地帯へと躍り出た。塹壕内にいたグレイルとオブシディアンmk4も同様の挙動で後に続く。各機体は塹壕を背に展開、横に広がる陣形を構築した。
「ゲスト連中は益々盛況だな」
 西方から地上を走るREVOLの梯団が接近している。戦闘が長引くにつれて梯団の規模が増大、現在視認中の梯団も4時間前と比較すれば2倍近くの頭数だ。
『ひっ……』
 周囲の機体の搭乗者のいずれかが短い悲鳴を漏らす。
「怖いか? だろうな。だったら早いとこ殺っちまえ! いくぞ!」
 ヴィリーが照準を手動で合わせ、操縦桿のトリガーキーをクリックした。ヘヴィタイフーンの肩部に備わるクロコダイル単装電磁速射砲が40mmの徹甲弾を連射する。弾体は電流の軌跡を閃かせながら敵の先頭集団を左から右へ、今度は逆にとなぞる。緑色の液体が噴出したのと同時にREVOLが次々に崩れ落ちる。
 そこへ灰狼中隊隷下のキャバリアも攻撃に加わる。アサルトライフルやグレネード、ナパームなどが無秩序に撃ち込まれ、ヘヴィタイフーンが築いた骸の山に新たな骸を積み上げた。
 だが敵も突撃してばかりではない。白面の口を最大に開いて咆哮する。不可視の衝撃波を生じさせたのだ。
「その程度じゃあな」
 ヘヴィタイフーンは構わず効力射撃を敢行する。REVOLが放ったサイキックバリアが直撃するも、金属同士が擦れ合う不愉快な音ばかりが鳴るだけで有効打と呼べる損傷は受けていない。元々が重装甲である事に加え、追加装甲まで装備しているのだ。ヴィリーの言う通りにこの程度の攻撃では装甲を砕くには至らない。そこに加えて武装も含む重量が嵩む。結果として被弾時の安定性が大幅に向上しており、被弾を無視した単装電磁速射砲の連射の敢行が成立している。機体特性と装備の構成が状況という溝に完全合致していた。
「敵は殺れる。弾は防げる。だが……」
 操縦桿を握り込むヴィリーの表情に余裕の色は無い。モニターの中では電磁加速弾体を受けたREVOLが前のめりに倒れ続けてはいるが、途切れる気配が無い。むしろ1体を機能停止させるとそのすぐ後ろから10体が現れる。このままでは自分は兎も角として怯えながら迎撃に当たっているひよっこ共は保たないだろう。であるならば切れる札を切るしかあるまい。
「デカい花火を打ち上げるぜ!」
 クロコダイルの連射を中断。背面のガンマウントに腕部を伸ばした。マニピュレーターが掴んだのは大型の砲。ジオメタル社製の155mmコングⅡ重無反動砲だった。
「こいつで纏めて消し飛ばす! 少年少女諸君は前に出るなよ!」
 火器管制の補助に従い照準を開始。ヘヴィタイフーンは肩越しに構えた無反動砲をやや傾斜を付けた上方へと向けた。
「装填及び弾道計算完了。バケモノは……消毒しなくっちゃなァ!」
 ヴィリーがトリガーキーを引けばコング重無反動砲が155mmクラスター焼夷弾頭を撃ち放つ。生じたバックブラストが地表を覆う草花を吹き飛ばし、土を舞い上がらせた。
 弾頭は風切り音と白いガスの尾を引き連れて敵集団の頭上に到達。すると空中で炸裂し無数の子弾を降り注がせた。子弾は人喰いキャバリア達に着弾すると、凄まじい熱量を放つ地獄の灼熱を立ち昇らせた。その燃焼温度は4000以上。建造物の破壊にさえ用いられる凶悪な火力に、半生体部品を多量に採用しているREVOLが耐えられる道理が無い。重度の火傷によって筋肉が強張り、運動活動がままならなくなった所を骨格の髄まで完全焼却される。
『なんて……威力なの……』
 すぐ隣に控えていたオブシディアンmk4の搭乗者は燃え盛る炎を前に呆気に取られていた。この機体にもナパームグレネードが備わってはいるが、あそこまでにはなるまい。何せヘヴィタイフーンが発射したのはユーベルコード化したクラスター焼夷弾頭なのだから。
「おいおい、ボサッとするな!」
『えっ……!?』
 火達磨状態のREVOLがオブシディアンmk4に飛びかかる。こんな状態でも食欲はまだ残っているらしい。ヴィリーは即座にパージ操作を行うとヘヴィタイフーンに無反動砲を手放させた。
「レーダーで生体探知してたからよかったものを……!」
 アウル複合索敵システムの機能がREVOLの挙動をヴィリーに知らせていたのだ。ヘヴィタイフーンは脚部のバーニアノズルから燈色の光を放出すると短距離を急加速、REVOLとの間合いを瞬時に詰めてスパイクシールドで殴り伏せた。間髪入れずにバーンマチェーテを抜き放つ。赤熱化した刀身がREVOLの頭部と胴体を分断させた。
『ひぃぃぃっ!?』
 命拾いしたオブシディアンmk4の搭乗者は怖じ気付いてしまったらしい。闇雲な挙動で後退したため、重心を崩して背面を地面に付ける羽目となった。切断したREVOLの頭部を蹴飛ばしたヘヴィタイフーンのコクピット内で、ヴィリーは肩を落として首を振ってみせた。
「この調子じゃあ、当面煙草休憩はお預けってところだな」
 懐に忍ばせたオイルライターに手を伸ばしたい欲求を抑えながら、機体を敵の梯団の方角へと向ける。電磁速射砲のけたたましい音は、弾切れを迎える瞬間まで響き続けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

露木・鬼燈
なるほどなー
今日の戦場も大変そうなのです
でもこーゆー戦場こそが猟兵の出番ってことだよね
まぁ、それでも今日は長くなりそうだし序盤は適度に、ね
初めは物量で攻めてくるから消耗戦になりそうだね
んーこの場面で現地戦力がすり潰されるのはマズいよね
とゆーことで…戦果を稼ぐよりも現地戦力の温存をがんばるですよー
物量には物量で対抗するとゆーことで<空穂舟>を召喚!
幽霊キャバリア部隊で敵戦力を削っていくですよ
召喚された幽霊部隊なので母艦が落ちない限りは戦力が尽きないからね
僕もアポイタカラで出るけど母艦の甲板で待機
幽霊部隊と現地戦力との連携を取り持つですよ
まぁ、玉石混交でどれだけ連携が取れるか怪しいけどねー



●幽鬼船
 愛宕連山の完全制圧。
 それが暁作戦で東方面軍に与えられた任務の第一段階。絶対条件である任務を確実に成功へと導くべく、猟兵達は敵をおびき寄せる生き餌として最も過酷な状況へと投入された。その過酷な状況が始まって約5時間が経過。状況は悪い方向へと着実に進み続けている。
「一年ちょっと振りに戻ってきたけど、あの時よりピンチが危ないっぽい?」
 血染めの赤鬼、アポイタカラを駆る露木・鬼燈(竜喰・f01316)はここで行われた過去の戦闘の記憶を振り返る。当時交戦したのは中型種のエヴォルグ壱號機『Swollen』だったか。田園を穴だらけにした張本人のひとりに数えられる彼は、かつてと同じように仕事を遂行し、人喰いキャバリアを駆逐するべくここへ帰ってきた。
「まぁまぁ、こういう時こそ僕ら猟兵の出番なのです」
 フォースハンドにライフル、左右のマニピュレーターにパルスマシンガンを携えて戦域を疾駆するアポイタカラは跳躍と着地を繰り返す所謂小ジャンプ移動を繰り返している。長丁場に備えて推進剤と機体関節の摩耗を抑えるためだ。射撃はセミオートで最小限に、かつ正確に。節制を是に消耗を避けてきた。だが、機体と鬼燈自身は良しとして日乃和軍の戦力――特に灰狼中隊の損害が肥大化している。物量での苦境を想定していたが、やはり悪い意味で見立ては当たってしまった。
「んー、これ以上すり潰されるのはマズいよね」
 遊撃は白羽井小隊と伊尾奈、そして他の猟兵が方々を駆けずり回って奮闘している。であれば己は己にしか出来ないであろう役回りへ転じるべきだと、フットペダルから足を離しアポイタカラの歩を止める。
「とゆーことで戦果を稼ぐよりも現地戦力の温存! 来たれ空穂舟!」
 鬼燈の命に応じてアポイタカラが右のマニピュレーターを天に翳す。すると突如として背後に白波が生じた。だが白波が土や草木を押し流す事は無い。これは幻影だ。その白波を割って虚ろな巨影が全容を現した。
『航空母艦!? なんでこんなところに!?』
 召喚劇を目の当たりにしていたらしい灰狼中隊の隊員が驚愕する。
 喚び出したるは幽霊空中空母、空穂舟。
 サイキックキャバリアに多く見受けられる、古代魔法帝国時代の意匠を持った艦艇。巨大な船体が陸の孤島に出現した。地理上の都合で日乃和には馴染みが浅いが、空中空母の名が示す通り重力下での飛行航行能力を有した艦艇で、現在は地表から僅かに浮上した程度の高度を保っている。
「出でよ、幽霊キャバリア戦隊!」
 飛行甲板に飛び乗ったアポイタカラの胸中で鬼燈が声高らかに叫ぶ。喚び声に応じた虚ろな輪郭のキャバリア達が飛行甲板から次々に這い出てきた。形状は母艦と似て古代魔法帝国時代のサイキックキャバリアらしい。盾に槍、肩部に砲門と標準的な兵装構成だ。そして数が尋常では無い。空間的余裕が十分確保されているはずの飛行甲板を埋め尽くしている。
「とりあえずこれだけ出せば十分っぽい? 残りは後からだしましょー」
 規則正しく並んだ幽霊キャバリアを眺めて鬼燈は満足気に頷いた。戦闘はまだまだ長引く。幽霊の兵力は無限とて節制するに越したことはないだろう。
「それではしゅっこーう!」
 空穂舟の魔術式動力炉が唸りを上げる。重い雲に天を塞がれた山間部の田園地帯を、空中空母が大気を押し退けて進む。
『アポイタカラということは……そちらの艦艇を動かしていらっしゃるのは鬼燈様なんですの!?』
 質量の無い巨大な反応が突然現れたという事で白羽井小隊が駆けつけてきたようだ。
「あらお嬢様小隊さん、お久しぶりっぽいー」
 気の抜けた声を添えてアポイタカラが手を振る。
「そうそう、これからあっちの群れを攻撃するので、ご一緒してくださいな」
 アポイタカラが左腕部を横に薙ぐと、飛行甲板上で待機していた幽霊キャバリア達が空穂舟から降下した。まるで一つの生命体かの如く乱れぬ集団行動で隊列を形成、横一文字に並び壁を構築した。
「撃ち方よーい……はじめっ!」
 幽霊キャバリアが皆同時に肩部の単装魔力粒子砲を放つ。翡翠色の光弾がREVOLの梯団の先頭に命中、炸裂を生じさせた。だが後続は止まらない。魔砲攻撃を継続するも完全停止には至らず、遂に相対距離は近接戦闘の間合いに入った。
「ガードして止めるっぽい!」
 鬼燈の指示通りに幽霊キャバリアが盾を全面に突き出し、槍を向ける。飛び掛かってきたREVOLは槍に刺し貫かれるか、もしくは盾に進行を強制中断させられた。中にはサイキックスピアを受けて霧散する幽霊キャバリアも存在したが、飛行甲板で待機している予備兵力がすぐに穴埋めへと入る。
『不死の軍団ですの……? 味方ながら恐ろしいですわね』
「ふふーふ、空穂舟が落ちない限り戦力は無限なのです。ほらほら、止めてる内に上からバシバシ撃てばいいっぽい!」
 どうぞどうぞと言いたげな挙動でアポイタカラが促す。那琴以下白羽井小隊のイカルガ達は、衝突し合う幽霊キャバリアとREVOLを俯瞰する位置取りで滞空、アサルトライフルの銃口を向けた。
『味方のキャバリアに当てないように! 全機、一斉射なさい!』
「あまり気にしなくていいのです。どうせ無限に湧くっぽいー」
 銃弾の雨が降り注ぐ。幽霊キャバリアの壁に阻まれていた人喰いキャバリアの群れは頭部を撃ち抜かれ、次々に機能を停止する。
「簡単でしょう?」
『ええ、とても……』
 那琴が見下ろす先で、幽霊キャバリアは美しいまでの戦列を組んだまま前進を開始した。
「すすめー、ごーごー」
 幽霊キャバリアに合わせて空穂舟も低速で前進する。なおもREVOLが襲い掛かるが、幽霊キャバリアの長城はサイキックバリアもスピアも恐れなく受け止め、盾で押し込み槍で突き崩し、魔力粒子砲で粉砕した。
「連携が取れるか怪しいと思ったけど、なんとかなっちゃってるっぽい?」
 古風かつ簡潔な戦法が功を成したのだろうか。押し留めた隙に撃つという連携は灰狼中隊の少年少女達にも容易に実践可能だった。鬼燈は当初の狙い通りに全体の戦力摩耗阻止という戦果を得た。愛宕連山の制圧にはまだ終わりが見えない。長期を戦い抜く上で、間接的にでも鬼燈が守護った戦力の重さは、実数以上の価値を持つだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ガイ・レックウ
【SPD】で判定
『やるしかないんだ…この修羅場を抜けた先にしか未来はねぇ!!』
愛機・コスモスターインパルスと機動戦艦『天龍・改』…持てる全力でいくぜ!!
電磁機関砲と天龍の砲撃による【制圧射撃】とブレードでの【鎧砕き】で敵を殲滅。【オーラ防御】を多層にまとい、【見切り】で避けるぜ。
『ウイルスが厄介だな』
ユーベルコード【竜魂術『天竜の息吹』】を発動、ウィルスをできる限り浄化、無毒化を狙うぜ!!同時にウィルスのデータも取っておくけどな…ワクチンとか作れたらいいし



●修羅を断つ者ならば
 戦闘開始から6時間が経過した。
 積もる時の砂は疲労と消費、犠牲となって遍く兵士達全てに重く伸し掛かる。生命の埒外にある猟兵達であれども例外ではない。時の流れは不可逆故に。
 曇天の元、冷たい田園地帯を特空機1型・改『コスモ・スターインパルス』が翔ける。推進力を生み出すエネルギーウィングが光の粒子を跡に残した。
「また弾切れかよ……!」
 孤独なコクピットの中でガイ・レックウ
明日ミライ切り開く流浪人ルロウニン・f01997が、試製電磁機関砲1型・改の兵装項目を見遣り毒づく。手の甲でコンソールを叩くと、コスモ・スターインパルスが予め設定されていた弾倉再装填動作を実行した。これが手持ちの最後の弾倉だ。後は補給コンテナを探すか、後方に控えている特式機動戦艦、天龍・改に帰艦するしかない。
 禄な休息も無しに6時間もの間戦闘機動を取り続けていたガイの身は、重力加速度が及ぼす疲弊に深く蝕まれていた。呼吸の度に肩が荒く上下する。
「やるしか、ないんだ……」
 僅かな瞑目の後、両肩を怒らせ操縦桿が軋む程に握り込んだ。
「この修羅場を抜けた先にしか! 未来は……ねぇッ!!」
 戦わずして生は無し。気力の喝で我が身奮い立たせ、ブーストペダルを踏み込む。コスモ・スターインパルスの機体各所に備わる推進装置が轟きと共に光を噴射した。ガイが睨めつけるモニター上に投映されているのはクレーター状の防御陣地。その周囲には灰狼中隊のキャバリアが展開している。いずれも突出してきた人喰いキャバリアに組み敷かれ、今まさにコクピットハッチを食い千切られんとしていた。
『やめてよぉ! 食べないで! こんなので死にたくない!』
 殆ど絶叫に近い少女の悲鳴を耳朶に受け、ガイの眉間が険しく歪んだ。
「どきやがれェー!」
 コスモ・スターインパルスが最大戦速で突入する。左腕のマニピュレーターが握る電磁機関砲の銃口から、電流がマズルフラッシュとして放たれた。同時に電磁加速された弾体が直線の軌道で目標に襲来、グレイルを組み敷くREVOLは胴体から頭部を撃ち抜かれて機能を停止した。
「お前達にッ!」
 低空を疾走るコスモ・スターインパルスがREVOLの骸を通り抜け、半身のスラスターを噴射して急制動と急反転を同時に行う。ガイの身に強烈な重力負荷が加わるが歯を食いしばり堪える。牙の隙間から唸り声が溢れた。
「負けるかよッ!」
 右腕のマニピュレーターが特式機甲斬艦刀・烈火の柄を掴む。妖刀を介してガイの怒りを流し込まれた刀身が鋭く煌めいた。加速を得たままオブシディアンmk4に覆い被さるREVOLと交差すると、一瞬の間を置いて生体とも機体ともつかない身を真っ二つに両断。緑色の体液が噴き上がった。
『ガイさん逃げてぇ!』
 甲高い悲鳴を聞いたのは減速を掛けようとした寸前だった。首の後ろに殺気が駆け上がる。本能で操縦桿を倒しフットペダルを踏み抜いた。コスモ・スターインパルスが横方向への緊急回避動作を取った途端、側近を複数本のサイキックスピアが通過した。ガイは舌を打つ。
 センサーカメラが視認した先には人喰いキャバリアの梯団があった。先程斬り捨てたREVOLはその梯団の先頭だったらしい。途端に機体を衝撃が見舞う。サイキックバリアを攻撃に転用した衝撃波だ。
「この……程度でッ!」
 機体を覆うバリアフィールドで耐え凌ぎながら、ガイは手元のコンソールパネルを指で叩きレーザー誘導モードを起動した。コスモ・スターインパルスのセンサーカメラから伸びた赤外線が敵梯団の集団中央に照射される。
「天龍! 撃て!」
 音声認証機能が命令を受諾、遥か後方に控えるキャバリア支援用戦艦に備わっている三連衝撃砲が首をもたげた。轟音と衝撃波を伴って発射された大型弾頭。派手な風切り音を立て曲線を描いて敵梯団の只中に着弾すると、赤黒い爆炎と金属片を撒き散らして灰燼にせしめた。
 だが、またすぐに後続が来る。
『あつっ!? お腹が……気持ち悪いぃぃ……! 待って! ダメ! わたしエヴォルグなんかになりたくない!』
 悪い事は悪い時に限って重なるものだ。先程救援した少女がウィルスに感染、変異する兆候を見せた。サイキックバリアの戒めから逃れたコスモ・スターインパルスは烈火を鞘に戻すと、右腕のマニピュレーターを天へと向けて開いた。
「天高く舞う竜の魂よ! 害なすものに罰を! 正しきものに祝福を!」
 ガイが曇天へと叫ぶ。すると淀んでいた天候が変動を見せ始めた。風が巻き起こり、灰暗い雲がコスモ・スターインパルスを中心に渦を巻く。風はすぐに嵐に変わり、雨を呼んだ。
 紅の雷が意思を有したかの如く雲を這い回り、稲光を迸らせた。稲光は迫る人喰いキャバリアの梯団に食らい付き、超高圧電流によって半生体部品と僅かながらの機械部品を蝕んで焼き尽くした。途端に苦しみもがいてのたうち回る。
「生きてるか!?」
 敵の足を止めたコスモ・スターインパルスが、エヴォルグへ変貌しつつあった少女のグレイルの元へと駆け寄り、降着した。
『いま! わたし! エヴォルグに! お腹に何かいる!』
 REVOLに引き剥がされたコクピットハッチから覗いた様子からして、パイロットの少女は錯乱状態に陥っているらしい。
「落ち着け! 雨でウィルスは消した!」
 ガイが喚び起こした嵐は天竜の息吹。紅の雷は仇なす者を蝕み、白き雨は汚れを清めて傷を癒やす。少女は幸いウィルスに完全に侵食される前に雨を浴びる事が出来ていたようだ。ガイは人知れず息を深く吐いた。
『ホントに!? わたしおかしくなってない!? 大丈夫!?』
「大丈夫だ、ちゃんと人間のままだ。ほら、保護ヘルメットを被れ! 外気を吸うな!」
 涙で飛散な表情となっている少女をガイが宥めすかす。そして視線をレーダーから雷撃を浴び続けている背面の敵の梯団へと移した。まだ人喰いキャバリア達に足止めが効いている。
「ここは一旦退くべきだな……」
 弾薬も残り僅かな上、灰狼中隊の隊員達もこれ以上は保たないだろう。ユーベルコードの効力が及んでいる内に、天龍・改や友軍の支援を受け易くするために交戦地点を東に下げるべきと戦術判断を決めたガイは、機体の方向を反転させて敵の梯団に向き直る。
「敵を迎撃しながら一旦下がるぞ! 殿は俺がやる! 先に行け!」
『は……はい! でもガイさんひとりじゃ……』
「俺は猟兵だぜ? 早く行け! 死ぬなよ!」
 後退するグレイルとオブシディアンmk4を背にして、コスモ・スターインパルスは烈火を抜き放った。
「なあに、ちゃんと生き残らせてやるさ。折角ウィルスのデータも取れたしな……」
 無論己も死ぬつもりなど無い。絶望を切り伏せるには生きて戦い続けるのみ。ガイの単純明快な意思を反映するかのようにして、コスモ・スターインパルスはカメラアイに光を閃かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドゥアルト・ルーデル
おはようからおやすみまで暮らしを見つめる、貴方の心のヒゲでござる(尼崎機のメインカメラ前で)
今日は見知らぬ新人がいたからそっちからご挨拶ですぞ!
東雲氏も元気?今日も楽しく敵をぶっ殺していこうな!

黙って囮にせんでも全部ぶちのめして解決してくださいオナシャス!と言ってくれればやってあげるのにネ
じゃあ拙者ちょっくら突撃してくっから…生身でだけど?エボ毒がなんだ莫迦野郎拙者がその程度の毒でどうにかなる訳なウッ
軽率に死ぬ!

拙者も人間だから毒は効く…まあ死んだら東雲機の肩の上にリスポーンするんだが
やっぱここが落ち着くでござる…
見なよあの敵達を、【ギャグ時空】を放つ拙者の死体の特性を取り込んだものからギャグ堕ちしてる
唐突に隣の奴をぶん殴ったりハジケをぶつけておる!うむいいハジケっぷりでござるな
取り込ませるためにあえて死んでおく必要があったんでござるね

ほら連中が同士討ちでハチャメチャしてる間に取り囲んでバチボコにぶち殺すんでござるよ!!まあ131秒程で勝手に死ぬ悲しい存在だが…
あ…拙者もちょっと死ぬウッ



●いつもニコニコ貴女の隣に這い寄るおじさん
 愛宕連山全域に戦禍の爆音が轟く。戦域の各地から黒い煙が立ち昇り、仄暗い空に吸い込まれてゆく。されど湿り気を含んだ空気は尚も冷たく、鋼鉄の戦機達の肌に水滴となって張り付く。
「ハァイ? 女ォ児ィ?」
 一方で灰狼中隊の隊長、尼崎伊尾奈の顔には冷たく強張った表情が張り付いていた。何故ならば、カメラアイが捉えた外界の視認情報を出力するメインモニターの全面が、彫りの深い髭面の中年男性の顔に占拠されていたからだ。
『いや、アタシは31だけど』
『エドゥアルト様……貴方は毎回その登場の仕方でないと気がお済みにならないんですの……?』
 那琴の声音には諦観と訝しさが露骨に含まれていた。
『フェザー01、この変なおじさんはアンタの知り合いかい?』
 伊尾奈は引き攣った表情で視線を横に流した。
「そうです! わたしが変なおじさんです!」
 うわなんだ誰このおっさんとはよく言ったものである。ずらりと並んだ真っ白な歯を見せ付けるようにして、エドゥアルト・ルーデル(黒ヒゲ・f10354)が凄まじい笑顔を作り出す。無論、センサーカメラに顔面を密着させたままで。
『知り合いと言いますか、なんと仰っしゃればよろしいのか……』
 那琴からして言えばかつて愛宕連山補給基地の撤退支援戦で命を救ってくれた猟兵の一人、簡潔に表現するのならば命の恩人に違いは無い。だが語弊があるように思えた。
 エドゥアルトと言えば、名前を呼んではいけないスーパーロボットを喚び出し、パンジャンドラムを喚び出してパワーレベリングを行い、物理演算の神を荒ぶらせ、死んでは蘇り、マインスイーパを始める。――駄目だ、こんな事を実直に伝えてしまえば、尼崎中尉から気狂いと思われてしまう。
「おはようからおやすみまで暮らしを見つめる、貴方の心のヒゲでござる!」
 幸い御本人から自己紹介が成された。那琴は内心で胸を撫で下ろす。いや、むしろ問題はこれからなのだろう。経験上、彼が来たという事はこれから始まるのはつまりそういう事なのだ。
「東雲氏も元気? 今日も楽しく敵をぶっ殺していこうな!」
『は……はぁ……』
 エドゥアルトの劇薬のような笑顔を見た瞬間、那琴の中での不安は殆ど確証に変わった。
「じゃあ拙者ちょっくら突撃してくっから!」
 よっこらせと伊尾奈のイカルガの頭部からエドゥアルトが飛び降り、何の変哲も無く田園地帯の柔らかな土の上に着地した。なお、標準的なキャバリアの全高は約5mである。
「しっかし別に拙者らをわざわざ囮にせんでもなぁ? 全部纏めてぶっ殺してきてくださいオナシャスセンセンシャル何でもしますからとでも言ってくれりゃそーして差し上げるのにネー」
 マークスマンライフルで肩を叩きながら装填されている弾倉を抜く。銃弾が限界まで詰まっているのを確認した後、マガジンハウジングに叩き込んだ。こうして見ている分にはBDUバトルドレスユニフォーム姿というのもあって普通の軍人か傭兵にしか見えない。
『本当にそうしてくれるなら有り難いもんなんだけどね』
「おんやおやァ? 尼崎氏ぃ、疑っておいででござるなぁ?」
『アタシは一般人だからね、疑わないなんて方が無理筋だろう?』
「ヘッへ! じゃあおじさん証明してきてあげちゃおっかなー!? さーてさて拙者ちょっくら突撃してくっから!」
 後ろに向けて手を振るとライフル一挺を携えて敵梯団へと向かう。エドゥアルトの後ろ姿を見て、伊尾奈は不意に言葉を零した。
『アンタも生身で戦うのかい。気密してるってのは分かっていても心臓に悪いね』
 突如エドゥアルトの足が止まった。そしてゆっくりと背後に振り返る。
「気密? そんなものはない」
 表情は真顔だった。
『はい?』
『なんだって?』 
 那琴と伊尾那の声が被さる。同時に両者の顔が蒼白に染まり始めた。両者だけではない。通信を聞いていた日乃和軍の全員が呼吸を止めた。
『ちょっとエドゥアルト様! 基地と尼崎中尉のブリーフィングを聞いておいででなかったのですか!?』
『戻りな! 今すぐにだ!』
 両者のイカルガがエドゥアルトを保護するべく駆け寄る。
「エボ毒がなんだ莫迦野郎拙者は勝つぞこの野郎!その程度の毒でどうにかなる訳な――」
 結論から言えば那琴も伊尾奈も間に合わなかった。一瞬エドゥアルトの声が詰まったかと思いきや、身体が膨れ上がり文字通りに破裂した。
『なっ……!?』
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! またですの!?』
 初の猟兵の死者を目の当たりにした伊尾奈が珍しく驚嘆の表情を見せる。一方の那琴はヒステリックな声を上げて黒い長髪を掻きむしった。空高く舞い上がる直近までエドゥアルトだった臓腑や肉片が風に乗り、桜の花弁の如く戦場に散り落ちる。
「いやー死ぬかと思ったぜ……拙者も人間だから毒は効く……」
 集音装置越しに聞こえた中年男性の声。明らかに聞き覚えがある。伊尾奈がこれまでに無いほどに怪訝な目付きで見た先には、人影が在った。
「やっぱここが落ち着くでござる……」
 先程盛大にハジけた筈の中年男性が、安堵の髭面で那琴が乗るイカルガの肩にまるで初めから自分の指定席だったかの如きふてぶてしさで腰を下ろしていた。
『……双子の兄弟がいるなんて話しは聞いて無いんだがね』
 まさか何事もなかったように蘇生したのではあるまいなと言外に含んだ伊尾那。察した那琴は途方も無く深く息を吐いて肩を落とす。
『フェザー01よりウルフ01へ、あまり深くお考えにならないで下さいまし。こういう御方なのです。エドゥアルト様は……』
『なるほど、理解した』
 伊尾奈は考えるのを止めた。軽率に死んで軽率に生き返るのがこの男なのだろう。もし何故かと問われればエドゥアルトだからとしか那琴は答えようがない。なるものはなるのだ。
「ところでご覧よあの敵達を」
 敵の梯団を指差すエドゥアルトに促され、那琴と伊尾奈、そして周囲の者達が同じ方向を見遣る。当然ながら視線を向けた先には夥しい数で構成されるエヴォルグREVOLの梯団があった。だがしかし。
「ギャグ堕ちしてる」
『次は何をおやらかしになられましたの!?』
 エドゥアルトの報告は事実であった。人喰いキャバリア同士で殴り合い、全身が心太化したり、鼻腔がそもそも無い筈なのに鼻毛を伸ばしてどこかでみたような神拳殺法をしている。残虐ファイトしているため笑って良いのかは定かではないが確かにギャグ堕ちをしている。
「うむ! いいハジケっぷりでござるなァ!」
 状況を作った実行犯は腕を組んで満足気に頷く。先程エドゥアルトが盛大にハジけてぶち撒けた臓腑や肉片はユーベルコード、黒ひげは二度死ぬを発現させる為の触媒だったのだ。そんな事情など知らない人喰いキャバリア達は降ってきた大好物の人肉を舐め取り、腹の底からギャグ時空を体現する次第となってしまった。
「ホラホラホラホラ! 連中が同士討ちでハチャメチャしてる間に取り囲んでバチボコにぶち殺すんでござるよ! 敵倒して! 役目でしょ!」
 エドゥアルトが急かす。伊尾奈が暗にどうすればいいと視線を送ると那琴は目を伏せて首を横に振った。
『……ウルフ01より全機、発狂してる人喰いキャバリア共を殲滅しな』
 どうにも煮え切らない抑揚で発令された攻撃指示に、隷下の隊員達と白羽井小隊の各機は名状し難い空気感を漂わせ、それぞれに攻撃を開始する。
「ヒャッハー! 皆殺しでござる!」
 唯一髭面の中年男性だけがハイテンションだった。
『エドゥアルト様……感謝は致しますけれど、もうちょっとこう、手心といいますか、せめて急にお亡くなりになられるのはお止しになられませんの?』
「いいじゃないの。拙者は死ぬ! 相手は死ぬ! あっ、拙者また死ぬ」
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』
 ユーベルコードの耐用時間を迎えたエドゥアルトがまたしてもハジけた。今度は那琴のイカルガの肩に腰を掛けたままで全身を盛大に爆裂させた。人間の中身やその他諸々が織りなす成人指定の残酷な表現。映像出力装置越しに目の当たりにした那琴のヒステリックな悲鳴が再び上がった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルバート・マクスウェル
【TF101】
CXM-79-MSPⅡ マイティ・スナイパーⅡに搭乗。
「よぉ、白羽井小隊と灰狼中隊の諸君! 俺は特殊任務部隊TF101の司令官を務めるアルバート・マクスウェル大佐だ! これより貴隊らを援護する!」
と無線で言い、UCを発動。同じ機体に乗ったチームを二手に分けて、白羽井小隊側をアルファ、灰狼中隊側をブラボーとする。
配置についたら
「よし、撃ちまくれ!」
と言い、MSPⅡ専用超高速実弾・ビーム両用狙撃ライフルで敵の頭を狙撃していく。
数の多さに面倒になってきたら
「こうなったら奥の手だ! 助けて、ゼロえもん!」
と言い、支援射撃が必要な場所のデータを後方で待機していた拓也に送信。まとめて片付けてもらう。
拓也に支援してもらった後に
「いやぁ、すまん。意外と数がいたのでな。俺達はこのまま後方から援護する。お前は味方を救援しながら前線を押し上げてくれ」
と拓也に指示。
その後に
「あ、そういえば拓也。お前、まだ独身だったな。白羽井小隊には色んな嬢ちゃんがいるが…誰が本命よ?」
と聞いてみる。
アドリブ可。


防人・拓也
【TF101】
リーパーゼロに搭乗。
アルバートからの支援要請を受けた後、データを参考にして
「出力25%に調整。ターゲットロックオン。排除開始」
とネオツインバスターライフルを次々と発射。戦艦の砲撃並のビームで駆逐していき、更にUCを発動しながらバーニアを吹かして、超高速で敵の群れに接近。左手にネオツインバスターライフルを持ち替えて、盾からビームサーベルを抜き、敵の攻撃を避けたり防いだりしながら、敵の顔を次々と斬り飛ばす。
「全く…音を上げるのが早過ぎないか、マック。それとせめてリーパーと呼べ」
と支援を終えた後にアルバートに一言。
指示を聞いた後に
「了解。リーパーからフェザー01とウルフ01へ。隊員達に敵の死体で塹壕を作るように指示してくれないか。多少の盾にはなるはずだ。俺は味方を助けながら材料を調達してくる」
と2人の隊長に言う。
アルバートの質問に対して
「………はい?」
と動きと思考が一瞬止まる。
白羽井小隊がざわざわしたら
「いや、これ今答えられる質問じゃないから! とりあえず保留な!」
アドリブ可。



●タスクフォース
 始まりの銃弾が発射されてから既に6時間以上の時が過ぎている。灰狼中隊と白羽井小隊、猟兵達は人喰いキャバリアを引き付ける餌の役割を過不足無く演じていた。そして戦況も想定していた通りに苦々しく推移している。愛宕連山一帯の制圧作戦を続けている本隊からの良い報せが無いのもまた想定通りだった。
「よぉ、白羽井小隊と灰狼中隊の諸君! 健在か? 健在だな! これより貴隊らを援護する!」
 広域通信帯に響く初老男性の声。年季を感じさせる深みは恐らく戦闘経験が産み出したものなのだろう。アルバート・マクスウェル(TF(タスクフォース)101司令官・f29495)がCXM-79-MSPⅡ マイティ・スナイパーⅡを駆り、山間部の田園地帯を駆け抜ける。
 左右後方には鏃状の陣形を形成したキャバリアが続く。いずれも先頭を疾走るマイティ・スナイパーⅡと同様の機体だった。アルバートが隷下に置く黒豹分隊。10人の精鋭の霊達から成る隊列に乱れは一切存在しない。
『フェザー01、了解ですわ。ご助力に感謝いたします』
『ウルフ01了解』
 那琴と伊尾奈がそれぞれに応答する。防御陣地を背にして灰狼中隊が展開、周囲を覆うようにして白羽井小隊が展開している。いずれも人喰いキャバリアの梯団に向けて携行火器を撃ち続けていた。
「アルファチームは白羽井小隊に付け! ブラボーは灰狼中隊だ! お嬢様とボーイアンドガース達をしっかりエスコートしてやれ!」
 黒豹の兵達は命じられた通りに各隊への随伴行動に移る。
「よし! 撃ちまくれ!」
 戦列を組むと同時に効力射に加わる。アルバートのマイティ・スナイパーⅡもMSPⅡ専用超高速実弾・ビーム両用狙撃ライフルを腰だめに構え射撃体勢に入った。
 銃の高感度センサーと機体のセンサーが連動、瞬時に2次ロックを完了した。トリガーキーに乗るアルバートの人差し指が押し込まれる。ライフルの長大なバレルの内部を弾体が螺旋を描きながら通り抜け、外界に達する。僅かなマズルフラッシュと共に吐き出された弾体は、愛宕連山の空気を引き裂いて飛翔する。行きつく先は迫るエヴォルグREVOLの脳天だった。
「良い手応えだ。FCS火器管制の調整は問題ないな」
 弾体に貫かれた白面が砕けた。後ろに弾き飛ばされるようにして倒れ込む。直後に緑色の噴水が発生した。
 アルバートは既に次の標的に照準を合わせている。黒豹分隊との合流により密度を増した白羽井小隊と灰狼中隊の弾幕。弾幕は壁となって梯団を構成し押し寄せる人喰いキャバリアを押し留める。だが僅かな隙間から弾幕を逃れた個体が抜け出てきてしまう。アルバートの青い瞳はそれを逃さなかった。
 トリガーを引く。狙撃ライフルから翡翠色の光線が迸る。光線はREVOLの胴を貫き、照射状態を維持したまま頭部へと抜ける。胴の中央から首、頭部をビームの熱で溶かし落とされたREVOLの身体が膝から崩れ落ちる。
 マイティ・スナイパーⅡが実体弾とビームを交互に発射する。そうする事でバレルの劣化を僅かにでも抑えてまだ途切れないであろう戦いに備える。数十年に渡り、常に戦場に在ったアルバートにとっては特に意識して行う技でもない。
『今回の梯団は……! 層が厚いですわね!』
 通信機越しに歯噛みする那琴の声が聞こえた。確かに拮抗していた圧力が次第に敵側へと傾きつつある。
「まずいな……こうなったら奥の手だ!」
 舌を打ったアルバートに周囲の視線が集中する。ユーベルコードないし新たな兵器を投入するのだろうか。期待を背に感じながらアルバートは口を開いた。
「助けて、ゼロえもん!」
『ゼロえもん!?』
 困惑した様子の那琴達を他所にアルバートは手元のコンソールパネルを指で叩く。正面に群がる敵梯団の位置座標を入力すると、送信の項目に触れた。
「全く……音を上げるのが早過ぎないか、マック。それとゼロえもんは止めてくれ」
 伊尾奈には馴染みの無い声音。那琴には馴染みのある声音が通信機から届けられた。直後にマイティ・スナイパーⅡ達が布陣を敷く位置を基準として後部情報から光の御柱が駆け抜けた。光柱は人喰いキャバリアの梯団中央を直撃。強烈な衝撃波を伴う荷電粒子爆発が生じ、深緑の半生体部品を空中に舞い踊らせた。
『リーパーってことは……防人大尉じゃーん!』
「久しぶりだなフェザー08、今は少佐だが」
『これは失礼しました少佐殿。昇進おめでとうございまーす。あれ? 機体変わった?』
 栞奈の気の抜けた語り口を聞く限り、どうやら大事には至っていないらしい。防人・拓也
(コードネーム:リーパー・f23769)は沙綿里島で恊働した頃と殆ど変わりない数の白羽井小隊のイカルガを視界に捉えた。
「困った時のゼロえもんだろう? 俺達はこのまま後方から援護する。お前は前線を押し上げてくれ」
 アルバートのマイティ・スナイパーⅡが、はよ行けと言わんばかりにマニピュレーターで敵梯団を指差す。ネオツインバスターライフルの一射で大多数は消し飛ばしたものの、散らばった取り溢しはまだ多数存在している。
「リーパー了解」
 拓也は肩を竦めて応答した。
「ボーイアンドガールの諸君! ゼロえもんが手本を見せてくれるらしいぞ! 道を開けたまえ!」
「だからゼロえもんは止めてくれと……」
 白羽井小隊と灰狼中隊の隙間を縫ってXMECX-00-RZ リーパーゼロが最前線へと躍り出る。高機動スラスターが青い光の軌跡と衝撃波を残す。
「リーパーゼロシステム、ユーベルコードリンク……スタート」
 新たな機体に搭載された新たな力。拓也の死神の予測術と相乗して未来の先を見通す魔眼をもたらす。ゴーグル越しに見渡す世界の中で、REVOLの一挙一動が、サイキックスピアの軌道が、僅かな捻りに到るまで鮮明に視覚化されてゆく。
「リーパーゼロ……俺に敵を視せろ!」
 左腕のマニピュレーターにネオツインバスターライフルを持ち替えた。ネオキャバリニウム合金製万能コーティングシールドの中央が70度折れ、ビームサーベルホルダーを露わにする。右腕のマニピュレーターが発振機を握り込むと抜刀、EMエレクトロ・マグネティックフィールドに保持された荷電粒子が収束され、剣の形を取った。
 シールドを正面に構え最大戦速で突入するリーパーゼロ。REVOL達がサイキックバリアとサイキックスピアで迎え撃つも、盾の曲面が受け流し表面のコーティング層を擦過するだけに留まった。交差した刹那でビームサーベルが横薙ぎに振るわれる。白面の頭部が宙を舞う。
「次!」
 集団の外周を旋回して再度突入。サイキックスピアが投擲されるもリーパーゼロの加速度に全く追従出来ていない。拓也は手近なREVOLに照準を重ねるとフットペダルを踏み込んで急速接近。機体ごと盾を叩き付けて体制を崩し、ビームサーベルを上から下へと振り切って斬り伏せた。
「いいぞーゼロえもん!」
『さすがゼロえもん!』
 アルバートと栞奈が冷やかしつつも援護の支援砲火を浴びせる。
「おい、フェザー08まで真似するな……」
 差し迫っていた梯団に始末はついた。されどもう既に次の梯団が交戦距離に到達している。リーパーゼロはビームサーベルを盾のホルダーに納めると、ネオツインバスターライフルを右腕のマニピュレーターで持ち直した。
「あの集団を撃破すれば、多少の余裕は生まれるか……?」
 拓也がジャンプペダルを踏む。リーパーゼロが幾らか上昇し、戦域を俯瞰出来る高度に達した。殲禍炎剣の照射警戒警報は発せられていない。
「フルパワーは不味いな。出力を25%に調整」
 エネルギーキャパシタの設定画面を呼び出し、慣れた手付きでコンソールパネルを指先で叩く。
「ターゲット、マニュアルロックオン」
 照準を自動捕捉モードから手動捕捉モードへ。狙いは接近しつつある新たな梯団の中央。リーパーゼロがネオツインバスターライフルの銃口をそちらへ向けた。
「排除……開始!」
 拓也がトリガーキーを押し込む。ネオツインバスターライフルが莫大な熱量の荷電粒子を放射、奔流となって人喰いキャバリアの梯団を押し流した。そして炸裂する爆轟。灼熱の余波が残るREVOLを吹き飛ばした。僅かに視線を飛ばしたレーダーグラフ上からは、敵を示す赤のマーカーは殆ど消え失せている。
『大したもんだね』
 声は伊尾奈のものだった。リーパーゼロはアルバート達の元へと降着する。
「上出来だゼロえもん!」
 マイティ・スナイパーⅡのマニピュレーターがリーパーゼロの背中を乱暴に叩く。拓也は構うつもりが無い様子で周囲を見渡すと、これからやるべき事を呼びかけるべく通信回線を開いた。
「リーパーからフェザー01とウルフ01へ。隊員達に敵の死体で塹壕を作るように指示してくれないか」
『フェザー01よりリーパーへ、了解ですわ』
『ほう……? ウルフ01了解。各機、エヴォルグの死体を集めな。首は必ず切り落とせ』
 沙綿里島で似たような作業を行った白羽井小隊は先んじて早々と残骸の回収作業に入った。伊尾奈ら灰狼中隊も同様に、頭部の切断処理を進めながら塹壕構築を開始する。
「マック、黒豹分隊にも手伝わせてくれ」
「ゼロえもん少佐きっての頼みとあっては断れんな」
 もう拓也には言い返す気力が残っていない。アルバートも白羽井小隊と混ざって作業に当たろうとマイティ・スナイパーⅡの歩を進めようとした途端、唐突にリーパーゼロに振り返った。
「あ、そういえばゼロえもん。お前、まだ独身だったな。白羽井小隊には色んな嬢ちゃんがいるが……誰が本命よ?」
 拓也は無言で固まる。おまえは一体何を言い出すんだ。そんな無言の圧力を加えようとした矢先、開かれたサブウィンドウに栞奈の姿が映し出された。
『なになに? 誰が独身って?』
「いやぁ、そこのゼロえもんがな?」
「おいマック、よさないか」
『あっそういう……うちの部隊も皆いい歳だしねぇ。あーでも、ナコは止めた方がいいよ? ナコのお父さんめっっっちゃ怖いし!』
「なあにご両親に挨拶回りする時は俺も付いていってやるさ」
「よせと言っただろうが……フェザー08も乗るな」
『じゃあ、あたしにしとく? あたしこう見えて結構優良物件なんだよー? お祖父ちゃんは北州第3プラントの副局長だったし、お父さんはまあ死んじゃったけど特進で准将だったし、そうだ! お母さんは青葉の艦長やってるんだよ。青葉って知ってる? 重巡洋艦の……あーでも結婚はいいけど子供出来たら退役しなきゃいけないんだよねー』
『……随分と楽しそうじゃないか、何の話し?』
 猛烈な早口でまくし立てる栞奈の言葉を断ち切ったのは、重低音を効かせた伊尾奈の声音だった。刺々しい白い目線が拓也とアルバート、栞奈を順番に睨めつけた。口を動かすよりも機体を動かせと眉間に集合した皺が言っている。
「いや、ウルフ01……」
『は! 中尉殿! 防人少佐殿が尼崎中尉殿に惚れたそうであります!』
「おい!」
 拓也の抗議を込めた怒号も虚しく、伊尾奈から向けられる視線の色はますます白味を増した。
『そうかい。じゃ、さっさと終わらせてベッドに誘っておくれ』
 アルバートと栞奈が噴き出した。拓也が待ってくれと言い掛けたが既に伊尾奈は通信を断っており、呼びかけにも応じない。
「フェザー08……なんという事を……」
『じゃーあたし任務に戻りまーす!』
 笑い声混じりの通信を最後に栞奈も通信を終えた。
「マック……」
 事の発端であるアルバートを恨めしく睨めつける拓也。するとまたしても栞奈から通信回線が繋げられた。
『防人少佐、マクスウェル大佐、ありがとね。気を紛らわすためにやってくれたんでしょ』
「ふっ……紳士たるものこの程度の気配り――」
「マック、嘘を付くな」
 栞奈の微かな笑い声が聞こえた。
『あたしもだけどさー、戦闘長引いて皆殺気立っちゃってヤバかったんだよね。灰狼中隊の子はどんどん死ぬか、ウィルスに感染しちゃうし』
 拓也とアルバートは内心で無理もないだろうなと頷いていた。正規の訓練を正規の期間積み、実戦を幾度も経験した自分達大人でさえも現状の戦いは決して楽ではない。キャバリアの動かし方だけを教わってそのまま実戦に放り込まれた少年少女達ならば、本来は既に限界を迎えているはずだ。ひとえに戦術薬剤で保たせているだけに過ぎない。
『フェザー01よりフェザー08へ! またお喋りばかりして……! 戦闘中ですのよ! 尼崎中尉に怒鳴られたいんですの!?』
『はいはいりょーかい。ナコはあたしのおかあさんかってーの……』
『聞こえておりましてよ?』
 栞奈の通信が切れる。アルバートは肩を鳴らして無言で笑ってみせた。
「マック」
「解ってるさ、リーパー」
 続く言葉は不要。リーパーゼロとマイティ・スナイパーⅡはそれぞれに塹壕構築作業を開始する。名誉無き死が氾濫する戦場。終わりはまだ見通せない。拓也とアルバートはなおも彼女達と戦い続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菫宮・理緒
【ネルトリンゲン】

ちょっといなかった間に戦況はだいぶ変化してるね。
でもやっと反攻作戦開始って感じになるのかな。

いろんな人がいろんなことを思って動いているみたいだけど、
わたしは現場の、わたしの好きな人を助けるよ。

白羽井小隊も参加してるし、
ひさびさにみんなと会えるのは嬉しいかな。

今回は囮だし、【ネルトリンゲン】で出て前線での戦線の維持と、
できるなら押し上げ、がんばらせてもらうよ。

【Greasemonkey】で妖精を召喚して、
みんなで補給や整備はもちろん、修理だってしちゃうもんね。
モータープリパラタの全力、見せちゃうよ。

ダメージ受けた機体や残弾の少ない機体は、どんどん受け入れてくよ。
パイロットが戦うっていうなら、わたしは全力でそれをサポート!

整備不良で撃墜なんて、絶対させないからね!

『希』ちゃん、わたしはハンガーに行くから、艦のことは任せるよ。
必要だと思ったら、なにを使ってもよし!

ただ後退する味方の援護は最優先でよろしくね!

錫華さん、シャナミアさん、
回収できるなら、こっちに連れてきてー。


シャナミア・サニー
【ネルトリンゲン】
あーやだやだ
聞こえてくる情報がきな臭くなってきたよ
こちとらただの傭兵だってのに
まぁ報酬は言い値でもらってるから、その、あのって感じだけどさ

でも一方の利が他方の害になるのは世の常か
こりゃ表に無理やり引っ張り出される事も視野に入れておかないと

ともあれまずは目の前の人喰いキャバリアだ
お姉さんあんまり若い子の悲鳴は聞きたくないからね
囮ってんなら全力で突っ込ませてもらおうか!
そのためには【メインウェポン・チェンジ】!
スチームエンジン・ハンマーガントレット装備で攻撃力↑・射程↓
んで、たまにゃ竜の力でも使おうかね
【ドラゴニック・ブレイヴハート】で機動力強化
羽根で飛翔して真っ直ぐ突っ込む!!

倒せなくても良いからとにかく殴り飛ばす
ヘイト集めして注目集めつつ
私はともかく人喰いキャバリアをぶっ飛ばして
味方機との距離を無理矢理開かせることを重視

一応ネルトリンゲンから離れすぎないように
3次元機動な遊撃と救出は錫華にお任せして

この戦いの先に何があるのか
そんなこと考えていて今を生き残れるかっての!!


支倉・錫華
【ネルトリンゲン】

なるほどね。

状況は複雑。
だけど結局現場が割を食うのはどこも同じってことかな。

「アミシア、【スヴァスティカ】出せる?」
『いつでもいけます』

武装は【歌仙】と【天磐】、【スネイルレーザー】。
あと【CMPR-X3】は炸裂弾で。

「出力調整とレーザーの誘導は任せるね」
『任されました』

「あ、あと……」
『白羽井小隊の動きはトレースしておくので心おきなく』

こんなときは頼もしい相棒に感謝だね。

戦場では基本は遊撃で、こちらが薄くなったところを埋める感じで動くけど、
戦線が安定しているなら、シャナミアさんと相手の薄いところに切り込むね。

相手はあの人喰いだし、シャナミアさんに引きつけられたやつを、
斬り伏せるなり、ぶん殴るなりしていこうかな。

戦場で動けなくなったりしてる味方機がいたら、
【ワイヤーハーケン】と【Hammer】でネルトリンゲンまで引きずっていくよ。

後退を拒むようなら、
「あなたたちには『この後』があるでしょ。生き残るのが最優先。
猟兵わたしたちを利用しなさい」

とでも言っておこうかな。



●悪戦苦闘
 白羽井小隊と灰狼中隊、そして十数名の猟兵達だけによる陽動作戦。 開始から9時間を越えた今もなお、作戦は滞りなく進行中だった。開始時の寒々とした朝の空気感は既に無く、厚い雲に覆われた空には宵闇が近づきつつあり、夕日の朱に染まる。田園地帯は人喰いキャバリアと日乃和軍のキャバリアの残骸が転がり、夥しい量の薬莢が散乱していた。
 各所の防御陣地を駆け回り戦線を支える白羽井小隊のイカルガ達。それらの機体を更に支援するべく赤き竜騎兵が推進噴射の光を引き連れて疾駆する。
「まぁた弾切れ!? あぁもう! 肝心なとこで!」
 外界と隔絶されたコクピットの中で、シャナミア・サニー(キャバリア工房の跡取り娘・f05676)が表情を顰めて手元のサイドパネルを叩く。メインモニターの傍らに表示されている兵装ステータス上で、RBSツインバレルライフルの実体弾モードの項目が灰色に転じていた。ビームモードは赤に点灯している。連続して酷使していたが為に熱量負荷によって安全装置が作動。使用不能となっていた。
 レッド・ドラグナーの機体を時間の経過が蝕む。シャナミアの身体にしても同様だった。肺が酸素を欲して肩を上下させる。額に生じた汗が水滴となって頬を伝い、顎先から落ちると豊かな双丘の表面を滑り狭間へと吸い込まれた。
「この仕事受けちゃったのやっぱ失敗だったかなー!」
 国家予算級の法外な報酬に釣られ、契約書にサインしてしまった自分に少なくない後悔の念を懸ける。使い物にならなくなったツインバレルライフルを投棄しようと操縦桿のサイドボタンに指を乗せた瞬間、再出撃の直前に聞かされた菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)の言葉が耳朶に蘇った。
『ツインバレルライフルの予備あんまり残ってないから! なるべく持って帰ってきて、ねー!』
「いっけない、そうだった」
 後方で控えているネルトリンゲンの艦長の話しが正しければ、いよいよ在庫が底を尽き始めている。今までは弾切れに苛つく度に敵目掛けてぶん投げていたが、いよいよそうもしていられない。ウェポンパージを寸前で思い留まったシャナミアはコンソールパネルに指を伸ばす。搭乗者の入力操作に合わせてレッド・ドラグナーは右腕を背面に回すと、ツインバレルライフルをお行儀良くガンマウントへと戻した。
「シャナミアさん、弾切れ? FdP CMPR-X3でよければ使う?」
 Beat assault“Hammer”のローラーダッシュユニットで地表を高速滑走する支倉・錫華(Gambenero・f29951)のスヴァスティカが追走し横に並んだ。駆け抜けた後には土埃が巻き上がる。
「スヴァスティカの手持ち武器無くなっちゃうでしょ?」
「スネイル・レーザーががあるから、まあ」
「そう? でも大丈夫!」
 推進装置から轟音を唸らせ、地表を滑空するレッド・ドラグナーが両腕を正面に伸ばす。
「弾が無いなら……殴り飛ばす!」
 すると前面にふたつの立体図形が形成された。いずれも輪郭線のみで、篭手の形状をしている。
「ハンマァァァ! コネクトォ!」
 シャナミアが吼えると立体図形は明確な実体を持って現じた。ふたつの篭手がレッド・ドラグナーの左右の腕部に覆い被さる。かの鉄拳の名はスチームエンジン・ハンマーガントレット。シャナミアがメインウェポン・チェンジで生成した超至近距離用の格闘兵装だ。
「お嬢様御一行がヤバめだから、私が突っ込む! バックアップはよろしく!」
 ドラグナー・ウイングの噴射光が闇色へと転じる。同時に機体全体の装甲表面を黒い竜鱗が蝕み這い上がるかの如く覆った。シャナミアの竜の血脈を体現した赤竜騎が僅かに上昇すると推進噴射の光を爆ぜさせて急加速した。
「退きなよッ!」
 赤竜騎は赤い彗星となりて闇色の箒星を引き連れて突撃。白羽井小隊の那琴機に迫りつつあるREVOLの顔面に、加速を乗せた鉄拳を打ち据えた。
「弾けろ人喰いキャバリアァァァッ!」
 シャナミアが怒号と共に右の操縦桿を押し込み、トリガーキーを力一杯に引く。顔の無い白面にめり込んだスチームエンジン・ハンマーガントレットが蒸気の煙を排出すると、人喰いキャバリアの顔面は言葉通りに弾けて四散した。
「フェザー01! 一旦バック! そっちももう弾無いでしょ!? 私が引き付けるから!」
『シャナミア様!? 援護に感謝致しますわ』
 相互の機体状況は近接データリンクで確認できる。シャナミアは口を動かしながらもレッド・ドラグナーの制動を途切れさせない。頭部を失った骸を蹴り飛ばすと次なる相手へと機体を向ける。左腕のハンマーガントレットがREVOLの顎を殴り付けて打ち上げた。側面から次のREVOLが飛びかかる。
「そうそうその調子! もっと寄って来い!」
 片脚を軸に半身の推進装置を瞬間噴射し急速旋回。繰り出される裏拳がREVOLの胴を打ち据える。白羽井小隊と人喰いキャバリアの間に割って入ったレッド・ドラグナーには必然的に敵の攻撃が集中する。サイキックスピアとサイキックバリアの猛攻。だが黒竜鱗で強化した装甲強度で無理矢理に耐え、殴打の反撃で尽くを跳ね飛ばす。
「アミシア、ロックオンは全部頭部に」
『了解です』
 追走するスヴァスティカがレーザーマシンガンを連射する。破線状の鋭い光はアミシアの照準補正に従い、レッド・ドラグナーが地に伏せさせたREVOLの頭部を狙い澄ましている。レーザーが立て続けに頭部を貫く。白面に空いた幾つかの穴から深緑の液体が噴出すると、REVOLは活動を停止した。
「それと、白羽井小隊の動きは――」
『トレースしていますので心置きなく』
 ご丁寧にアミシアは新たなサブウィンドウを開いてレーダーグラフを拡大表示してくれた。錫華は「そう」と微かに頷くと操縦桿を横に倒す。直後にコクピットを鈍い衝撃が揺さぶった。喰らい付かんとするREVOLをスヴァスティカが天磐で押し留めたのだ。
 アウェイキング・センシズ。剃刀のような反射神経が、脳の反応速度を超えて身体を先に動かした。
「そっちから近寄ってくれるなら、返って都合がいい」
 天磐に牙を立てるREVOLを掬い上げるようにして跳ね上げ、身が宙に浮いた瞬間にHammerのホバースラスターを煌めかせる。僅かな距離を急激に詰め、得た加速ごと逆手に構えた歌仙を横薙ぎに振るう。REVOLの喉元に裂傷が走ったかと思いきや頭部が明後日の方向へと飛んでいった。頭の無い首から噴出する深緑の液体がスヴァスティカに降り注ぐ。
「行かせ、ないよ」
 天磐を装備する腕部のマニピュレーターがCMPR-X3のグリップを握り込む。錫華の意図を察したアミシアが言われるまでもなくロックオンモードをオートマチックからマニュアルへと変更。照準は友軍と敵軍の間で乱闘するレッド・ドラグナーに迫るREVOLの群れに重ねられていた。
『現在装填されている弾倉が最後です』
「じゃあ、大事に使わないとね」
 戦闘機動を止めたスヴァスティカのアンダーフレームがしっかりと地面を捉える。錫華の冷たい双眸の中で瞳孔が窄まると、CMPR-X3から弾体が発射された。REVOLの集団の中で爆ぜる黒煙。衝撃波と金属片が深緑色の外皮を引き裂き、臓腑を撒き散らした。続けて錫華がトリガーキーを押し込む。炸裂弾が生み出す火柱が立ち昇った。
『残弾ゼロ』
 メインモニターの中央よりやや右側にCMPR-X3のステータスが仰々しく表示される。色は灰色だった。
『フェザー08被弾。敵多数接近中。危険です』
『やっば! やられた! 右足!』
 アミシアの報告の直後、通信機越しに聞こえた悲鳴とも怒号とも付かない声。錫華の記憶が正しければ雪月栞奈のものだ。咄嗟に意識を向ければ、スヴァスティカのカメラアイが声の元を映像として捉えた。白羽井小隊のイカルガが1機、右脚部にサイキックスピアの直撃を受けて地に伏していた。弱った獲物を見付けた人喰いキャバリアが一斉に殺到する。イカルガは機体を引き摺りながら後退し、アサルトライフルで応射するも、敵集団の勢いは止まらない。
「シャナミアさん!」
「ちゃんと見えてるよ!」
 人喰いキャバリアの集団の側面からレッド・ドラグナーが猛襲する。ドラグナー・ウイングから闇色の噴射光を翼の如く膨れ上がらせ、機体諸共突入。加速と質量で強引に押し込んで転倒させる。
「今の内に回収よろしく!」
「了解」
 敵集団に飛び込んだレッド・ドラグナーがハンマーガントレットでREVOLを殴り倒している隙に、スヴァスティカがスケートの如く地表を滑走。擱座したイカルガの元に急行した。
「一旦ネルトリンゲンまで下がるよ」
『ガルヴォルンの人!? いや、もうちょっとだけ! このマガジン撃ち切るまでは……』
「いいから。アミシア、ワイヤーハーケン巻いちゃって」
『了解しました』
『えー!?』
 錫華は栞奈の抗議を断ち切って極平静にアミシアへと指示を下す。射出したワイヤーハーケンをイカルガの両肩部に巻きつけるとウィンチのモーターで巻き上げを開始した。
「……アミシア、他の白羽井小隊の機体はどう?」
 錫華の視線がレーダーグラフへ流れる。
『隊全体の残弾数は30%を下回っています。推進剤は40%以下。隊長機は20%未満です。周囲に使用可能な補給コンテナは残されていません。現状の戦闘機動を続けた場合、活動限界は10分以内と推定』
 白羽井小隊の抜けによって生じる穴は決して小さくはない。だが今下がらなければ白羽井小隊という手数を永遠に失い戦線が崩れる。戦地を渡り歩き、実戦経験に基づく直感がそう告げていた。
「わかった……じゃあ他の白羽井小隊の人たちにも後退を勧めて」
『了解』
「私のレッド・ドラグナーもいい加減限界かなー! 肘関節がガッタガタ! ベアリング死んじゃったかも!」
 歯噛みするシャナミアは途切れぬ格闘戦の最中、機体ステータスの参照画面を呼び出した。激しい格闘戦の代償に両腕部の駆動部が無視出来ない金属疲労を起こしている。
『こちらフェザー01、後退の提言を頂きましたが……今わたくし達が離れる訳には……』
 スヴァスティカとレッド・ドラグナーの元に、通信音声と共に那琴の映像が送信された。額からは汗が伝い、烏羽色の長髪は濡れていた。
「あなたたちにはまだこの後があるでしょ。生き残るのが最優先。猟兵わたしたちを利用しなさい」
「そーそー、こっちも金で雇われてるから、遠慮なんてしなくていいよ」
 否応を言わせない錫華の言い切りにシャナミアの援護が加わる。那琴は暫く思考を逡巡させた後、だがそれでもと言い掛けた。
『こちらウルフ01、抜けた分はアタシが埋める。さっさと休憩してきな』
 伊尾奈のイカルガがマイクロミサイルを撃ち散らしながらスヴァスティカの元に急行した。通信の内容を聞いていたらしい。
『という訳で有効活用させて貰うよ、猟兵。お嬢様御一行を宜しく』
『ですけれど、幾ら尼崎中尉とは言えどもお一人では――』
 那琴が全ての言葉を言い終えるよりも先に、錫華達の位置から見て東の遠方よりロケットエンジンの轟音と風切り音が接近してきた。かと思いきや人喰いキャバリアの集団が激しい爆炎に見舞われる。
『戦線維持はネルトリンゲンのミサイルで援護します。ご心配なく』
 誰かが爆炎の発生理由を問いただす前にアミシアが抑揚の無い合成音声で語る。
「だってさ。退くよ! お姉さん、あんまり若い子の悲鳴は聞きたくないから……ねぇっ!」
 レッド・ドラグナーの鉄拳が手近なREVOLの頭部を殴り潰す。敵陣の最中から跳躍、イカルガを牽引するスヴァスティカの横に降着した。
『……了解ですわ。フェザー01より白羽井小隊全機! 敵を迎撃しつつネルトリンゲンまでお下がりなさい!』
 アサルトライフルを乱射しながら後退する白羽井小隊のイカルガ達。追撃するREVOLをレッド・ドラグナーが押し返す。
「じゃあ行くよ」
 スヴァスティカのHammerのローラー駆動モーターが唸りを上げる。擱座した栞奈のイカルガを引き摺りながら、戦域東部の最も後方で待機しているネルトリンゲンへと滑走を開始した。

●その舞台裏
 ミネルヴァ級戦闘空母、ネルトリンゲン。
 全環境対応エンジンを搭載する淡い真珠色の艦艇が内包する広大な格納庫は、もうひとつの戦場と化していた。
「やることが……! やることが多い……!」
 タブレット端末のLVTP-X3rd-vanを片手で抱えた理緒が、鉄と機械油の臭気が充満する格納庫内を元来少ない体力で走り回る。酸欠に目眩を覚えると、覚束ない足取りで壁に寄り背を預けた。喘ぐように荒い呼吸を繰り返しながらゴーグルタイプのウェアラブルコンピュータ、Oracle Linkを額にずらす。熱気に逆上せて紅潮した頬の汗を左手で拭うと、指先に付いた焦げ茶色の機械油が伝播した。
 理緒は芳しくない状況が長期化する事態を想定しており、藤宮基地で積載量が許す限りの物資を詰め込んで作戦に臨んでいた。そして状況は悪い意味で理緒の想定通りに推移した。
 戦闘時間が長引くにつれ、戦域に事前敷設されていた補給コンテナが底を尽き始める。必然的に継戦能力の頼みの綱はネルトリンゲンに移り変わり、白羽井小隊と灰狼中隊、猟兵の後方支援を集中的に一挙に担う羽目となった理緒は、まさに息つく間もなく忙殺され続けていた。
「グリースモンキーも頑張ってくれてるけど……」
 人手が足りない。こうしている間にも理緒の隷下の電子妖精達は搬入された機体に張り付いて補給と整備を行なっている。総数百を超える有能なスタッフ達は、物理的な意味で人の手が入れられないような隙間に潜り込むなどして分解工程を省略、作業効率化を図ってくれていた。技術が云々ではなく、理緒が思わず溢したようにやる事が多過ぎるのだ。
 ただ、不幸中の幸いにしてネルトリンゲンの制御はサポートAIのM.A.R.Eが取り仕切ってくれている。M.P.M.Sでの援護射撃や着艦の案内等に関しては手放しで済んでいた。
 その希が代行する着艦指示に従い、新たなキャバリアが帰投してきたようだ。飛行甲板直下の天井を伝う鈍い震動音が複数連続する。理緒は肌身と希からの通達で着艦した機体の詳細を知る所となった。
「わお、白羽井小隊フルメンバー……」
 これは益々骨が折れるぞと意気込み半分目眩半分でLVTP-X3rd-vanの盤面上に指を滑らせる。インフォメーション上では飛行甲板に着艦した機体達が格納庫に通じるエアロックに収容されていた。遠隔操作でナノ汚染の除染を開始する。エヴォルグウィルスを艦内に侵入させない為の処置だ。暫しの間を置いて除染を完了すると、エアロックを降下させる。格納庫全体に地鳴りが響いた。リフトを兼ねたエアロックが降下し切ったのだ。
「みんなお疲れ様ー! 白羽井小隊のみんな、久しぶり! 元気だった?」
『こちらフェザー01、お陰様で……菫宮様、またお世話になりますわ』
 理緒が手を振る先ではエアロックの扉が開放されていた。レッド・ドラグナーが先頭を歩き、脚を失ったイカルガを牽引するスヴァスティカが続く。そして他の白羽井小隊のイカルガも電子の妖精の誘導に従って格納庫内へと進む。
「シャナミアさん、また結構ハードに使い込んだねー」
 機体ステータスの診断プログラムを走らせた理緒の目に止まったのは、レッド・ドラグナーの機体名宜しく真っ赤に染まった両腕部の肘関節だった。
「理緒さんごめーん! 肘関節のベアリング! パーにしちゃった!」
「レッド・ドラグナーは6番ハンガーに持っていってー! その他の機体はグリースモンキーがビーコン出してるから! そっちに!」
 理緒の張り上げた声は拡声装置を介して大音量化された。声質は所々掠れている。
「了解。アミシア、理緒さんの事手伝ってあげて」
『かしこまりました。では後ほど』
 アミシアはスヴァスティカの戦闘支援AIからネルトリンゲンの整備保守管理支援AIへと有体を変える。Greasemonkey達と共に山積みの仕事へと取り掛かった。
「ふー、久々に外の空気吸った気がする」
 ハンガーに機体を駐機させたシャナミアがコクピットから飛び降りた。灼熱を想起させる髪は汗に濡れて額に張り付いている。
「大変だったでしょ? シャナミアさんは休んでて」
 歩み寄った理緒が経口補水液のボトルをシャナミアに手渡した。シャナミアは受け取るや否や、喉を鳴らして一気に飲み干した。
「いやあ、私も手伝うよ」
 意図も容易く行われる卑劣な行為によってキャバリア工房の跡取り娘に認定されてしまったシャナミアは、機械技能士としての知識を有している。特段工房から託されているレッド・ドラグナーの細事に詳しい。故に修理の手伝いを申し出たが、理緒は首を縦に振らなかった。
「いーからいーから! でないと私の出番無くなっちゃう! 錫華さんと白羽井小隊の皆のところで休んでて!」
 理緒は半ば強引にシャナミアの背中を押し、遠慮がちに尻尾を揺らしながら去って行く姿を見届けた後、いよいよレッド・ドラグナーの正面に向き直った。
「さーて、ここからモータープリパラタのお仕事だね」
 額に退けていたゴーグルを降ろす。HUDヘッドアップディスプレイとしての機能が自動で呼び起こされ、視界内に数値化された機体の状態や工作機械の制御盤が展開された。常人であれば気後れしてしまうほどの情報の洪水に、理緒はどうという事はないと言った様子で鼻歌混じりに作業に取り掛かった。
「これはもう肩ごと取り替えちゃった方がいいね。外した方は出撃してる間に修理すればよし、と」
 理緒の指先が宙で動き回れば、ハンガーに備わるロボットアームがレッド・ドラグナーの両腕部の取り外し工程を開始する。
「ドラグナー・ウィングもやられちゃってるねー……こっちはノズル交換だけで済むけど……みんな、手伝ってー」
 理緒の一声で電子妖精達が速やかに集結、推進装置のバーニアノズルに群がる。傍らで理緒はLVTP-X3rd-vanを難しげな表情で睨め付け、極淡々と作業を進める。
 様々な思惑が絡み合う暁作戦。その一幕にて理緒は簡潔な矜持の元、自身の戦いを続けた。共に戦場に立つ者達を救うべく、モータープリパラタは鋼の機甲を相手に技術という武器を振るうのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メルメッテ・アインクラング
此処を乗り越える事で、より大勢の命と共に生きる未来が見えてくるのでしょうか
『目の前と過去ばかり見ている連中の言葉など真に受けるな。お前が最優先で従うべきはこの私だ』
存じております。主様のご命令を、私の生を、無下には致しません
「はい、ラウシュターゼ様」操縦者秘匿、マイクオフ、全確認!参ります!

なに……?腕?1つじゃない、増えていく
沢山の腕に、メルが掴まれて、引き摺り込まれて行く様な――
呑まれてはいけない。即時、EP思念式防御機構の【オーラ防御】を【狂気耐性】と併用です

『不愉快だ。黙らせろ』
「仰せの儘に!」
指定UC発動。狙うは1点、敵の首。喉を【念動力】で締め上げ【蹂躙】です
連戦を考慮し、最小限の力で戦果を挙げられる様、配分も調整
討ち損じた分はブレードビットで貫き、熱線を照射して仕上げを致します

『この程度で音を上げるな』
「心得て、おります」

さっきの掴まれる感覚、まだ、残って……
いいえ。主様の前で、しかも戦場の只中で、弱音は吐けません
――”怖い”だなんて、胸の奥へ。早く気持ちを切り替えませんと



●澱みの淵
 死屍が累々と散乱する山間部の田園地帯。紅に染まっていた曇天は宵闇へと移り変わり、戦域の各所に置き去りにされたコンテナが眩い照明を灯す。
「此処を乗り越える事で、より大勢の命と共に生きる未来が見えてくるのでしょうか……」
 柔らかな土面に脚を付けて佇む四眼の機士、ラウシュターゼ。その孤独な胸郭の中に座すメルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)の淡い虹彩が見つめる先は闇の彼方だった。
 この戦場――否、この国に響く鼓動はいつも暗くて重い。冷たい黒い炎に灼かれる感覚を覚えた心臓に握った拳を当てがう。私の胸はまだ確かに鼓動を鳴らしている。アンサーウェアの保護表皮同士が衣擦れする音が聞こえた。
『メル……雑音が煩いな。眼前と過去ばかり見ている連中に感化されでもしたのか? いつから同情がお前の役割になった?』
 思念波、或いはフォアシュピールを介して渦巻く内心が伝播したのだろうか、メルメッテの主の声音は露骨に刺々しく不機嫌だった。
「申し訳ありません」
 俯いて口元を結ぶ。
『ならばお前の本当の役割を果たせ』
「はい、ラウシュターゼ様」
 命の鼓動は我が主の為に。顔を上げて開いた双眸にはいつも通りの光が宿っていた。この脈打つ鼓動を繋いで救ってくださった貴方に捧げる。私の生命はその為にある。左手の五指を広げればサブウィンドウが宙に浮かぶ。外部への操縦者秘匿処理と音声出力遮断が確実に成されている事を確認してサブウィンドウを消し去る。
「参ります!」
 スロットルレバーを握り締めてフットペダルを踏み込もうとした。その瞬間にメルメッテの世界から全ての鼓動が消えた。
「え……?」
 聴覚が痛むほどの静寂。隔絶されたコクピットの中に閉じ込められたまま海の底に放逐されてしまったかのような孤独感。途端に冷たい怖気が肢体を這い上がり始めた。
「手……!?」
 視線を下に引き寄せられた時、怖気が感覚的なものではなく実体を持った冷たさである事を認識させられた。フットペダルがある筈の場所が影の沼と化している。そこから無数のか細い腕が蛇の如く身体を這いずり回り上がって来る。手で払い除けようとしたが四肢が戒めに封じられて動かない。見れば既に両腕が黒い腕に巻き付かれていた。
「ラウ……シュターゼ様……っ!」
 胴体までもが真っ黒に塗り潰されてすぐに喉元まで迫った。呼吸器を締め付けられる最中で本能的に主君の名を呼ぶ。意識の最後に見たのは、黒い手の平が視界を覆い隠す場面だった。
 そして闇より深い澱みの縁。
 メルメッテは血呪色の四眼を見た。
『メルメッテ!』
 頭から浴びせられた怒号に心臓の鼓動が跳ね上げられる。微かな電子音が鳴る世界は色に満ちていた。コクピット内はやはり孤独だったが、外界から響く爆轟の音も自分の短い呼吸の音も、主君の鼓動の音も聞こえる。
『どうした? 参るのではなかったのか? それとも急用でも思い出したか?』
 痛烈なまでの嫌味を込めてラウシュターゼが問う。メルメッテは先程見た光景を口に出し掛けたが、喉元の寸前で飲み下して漸く応答する事が出来た。
「い……え……申し訳ありません」
 主君の傲岸不遜な語り口を聞けば今は酷く心が落ち着く。乱れた精神と呼吸を僅かにでも整えて、今度こそフットペダルを確かに踏み込んだ。
 オクターヴェが紅の双翼を開く。ラウシュターゼのアンダーフレームが地を離れた。瞬時に爆発的な推力が機体を突き動かす。羽毛を想起させる燐光を散らせながら地表寸前を滑空する。アンサーウェアでも緩衝しきれない急激な重力加速度がメルメッテの身体をシートに押し付けた。口元が苦悶に歪む。
『不愉快だな』
 手頃な敵梯団に向けて高速で滑空するラウシュターゼに対し、人喰いキャバリア達がサイキックバリアを衝撃波として浴びせにかかる。だが思念波の出力はラウシュターゼの機体を覆う防御層の方が遥かに強固で分厚い。サイコフィールド同士の反発で微かに振動が伝わる程度だった。
『黙らせろ』
「仰せの儘に!」
 主君の命令にメルメッテは簡潔に答える。操縦桿を引き戻すと逆制動が加わった。機体を急停止させ左腕を天に掲げる。
「重獄結界……!」
 意識を思念波に変えて腕に収束させるイメージを形作る。ラウシュターゼが掲げた左腕のマニピュレーターに紫の虚な球体が生じて拡大、衝撃波となって迸った。そして周囲を包囲しつつあったREVOLに紫の波動が覆い被さり、身を地に伏せさせた。
 メルメッテがラウシュターゼを介して放った深重震歌。超重力の牢獄が人喰いキャバリアを戒める。離脱しようと踠き暴れるも身を押し潰す重力の文鎮が許さない。
 後は至極楽な仕事だ。一切の動きを封殺された人喰いキャバリアの首をサイコバインドで捻り上げ、蛇腹剣化した従奏剣ナーハの刃を滑らせる。白面の付いた頭部が宙に舞う度に深緑の噴水が立ち昇った。
 メルメッテとラウシュターゼの人喰いキャバリアとの付き合いも長くなったものだ。始まりは南州第二プラントの奪還戦。首を切り落とせば機能を停止するというのも今では手慣れた感覚だった。
『やれやれ、地道な作業だな』
「終わりが見通せませんので、消耗を考慮しませんと」
 ラウシュターゼはメルメッテの操縦外で肩を竦めてみせていたが機嫌を損ねている訳ではないらしい。フォアシュピールから多幸感が流れ込んで来る。主君が大いに嫌うオブリビオンマシンを狩り続けていると、間も無く新たな梯団が到着した。
『さあどうする?』
「ベグライトゥングを使います」
 周囲の虚空に展開された幾つもの術式陣から飛刃が現ずる。ベグライトゥングは刃の花弁を開くとメルメッテの思惟に従って左右に散開。規則正しい列を形成する。
『ほう?』
 察しが付いたらしいラウシュターゼが四眼の光を細めた。尚も獲物目掛けて殺到するREVOLの梯団を前にメルメッテは機体を動かす気配すら見せない。
「ここでっ!」
 ラウシュターゼの左腕が正面に突き出されマニピュレーターを開いた。戦列を組むベグライトゥングが一斉にヒートディスチャージャーを放つ。交差する熱線で網目を形成して梯団を通り抜けた。全てのREVOLが動きを止める。
『メルメッテ……お前も趣味が良くなったものだな? まったく、誰に似たのやら』
 堪えるように肩部装甲を鳴らすラウシュターゼ。左手のマニピュレーターを握り込むと金属同士の衝突音が響く。それを合図にREVOLの梯団は正六面体状に分解されて崩れ落ちた。
「考え得る範囲の、手段で……最大効率、でした……」
『それは結構な事だな。だが、その割には息が上がっているようだが?』
 深重震歌に続けて多数のサイコ・ドローンを広範囲に展開して並列操作したが為、精神力の磨耗が鈍い痛みとなってメルメッテの頭を苛む。僅かに目を閉じた時、暗闇があの感覚を呼び覚ました。身に這い上がる幾つもの手。無意識に身体が硬直する。
『メル』
 抑揚の薄い主の声が意識を引き戻す。
『――何を視た?』
 慎重に探り当てるような訝しい語り口。心臓を鷲掴みにされたメルメッテは思わず呼吸を止める。アンサーウェアに張り付いた生肌が騒めく。
「なにも……」
 唾を飲み下しておずおずと唇を開く。ややあって続ける言葉を搾り出した。
「メルは、何も……視えませんでした……」
 答えに嘘偽りは無い。あの暗闇では何も視えなかったのだ。ただ血呪色の四眼が睨め付けていただけで。
 狭いコクピットの中で微かな電子音とメルメッテの呼吸の音だけが充満する。ラウシュターゼからの返答は無い。
 肌の下で戦慄くこの思いを悟られてはいけない。胸の奥底のもっと深い奥底へ追いやらないと。
 ですが、あの時視えた闇は……闇が這い出してきたのは貴方から――気が付けばフットペダルを踏み込んでいた。覚えた感情を振り切り追い付かれないようにして機体を加速させる。
 スロットルレバーを押す出すか細い指先は、微かに震えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノエル・カンナビス
(エイストラ搭乗、武装はライフルx2・キャノン・ミサイル)

……ふーむー……。

力学的な結節点も、戦力上の鍵もあるにはありますが。
正直なところ、猟兵に頼るだけで終わっていては先がありません。
日乃和軍の力を試すには、そして仮に力が足りないなら、
教訓を得る機は今をおいてないと見ました。

しかし、無駄に犠牲を増やすのも非効率ではあります。

小兵のREVOLを相手に、粒子ペレットも投射電力もさほど要らない。
陸戦中心なら推力も並で良く、姿勢制御系の消費も薄い。
通常出力であればEインゴットもフレームも、何日でも保つ。
そして危急時の打ち手も幾つでもある――となれば――。

「エイストラよりウルフ01。ちょっと散歩に行ってきます。
 援護が入り用になれば呼んで下さい」

灰狼中隊の前方、思い切り前に出て敵中に飛び込み漸減します。
短距離のブーストダッシュで位置を変えては周囲の敵を掃討、
それを延々と繰り返して敵の密度を下げていきます。
密集しすぎた敵は範囲攻撃/キャノンで粉砕。

……これが一番消費が少ないんですから、酷い話です。



●翅は二度鳴る
 陽は西へと没した。夕闇は宵闇へ、宵闇は暗闇へと移り変わる。天に蓋をする灰色の雲は未だ晴れず、月明かりも星の輝きも遮られて地に降りる事は叶わない。
「残業手当て……出るんでしょうか?」
 山間に開かれた田園地帯の表層を滑空するエイストラ。胸部装甲の奥に秘匿されたリンケージベッドに身を埋めるノエル・カンナビス(キャバリア傭兵・f33081)は、表情筋を微動だにせず口元だけを動かした。見遣るサブウィンドウの縁では日乃和標準時刻が表示されている。もう暫くの間を置けば日付けは翌日へと変わり行くだろう。
「それまで保てばの話しですが」
 ノエル個人或いはエイストラとしてはまだ余力が無い訳ではない。コンバットキャリアにたんまりと詰め込んだエネルギーインゴットや予備兵装はおおよそ数日分。問題はこのレプリカントの身体に使われている生体部品があとどれ程保つか、そして報酬の支払い元がどれ程保つか。レーダーグラフ上で確認可能な友軍の光点も随分と減ったものだ。
「力学的な結節点も、戦力上の鍵もあるにはありますが……」
 現況然り日乃和軍は猟兵に戦力を過度に依存している傾向がある。一時を凌ぐだけなら良いだろう。だが限界は必ず来る。
 個人的な眼前の損得勘定だけで見れば日乃和が滅んだ所で何をどうするという話しも無い。クロムキャバリアには雇い主となる国家など星の数ほどあるのだから。
 だが一方で法的手続きを踏んだ契約書に署名して国防に関わる仕事を請け負った以上は易々と滅んで貰っても困る。作戦失敗は傭兵としての信用に関わるからだ。
 興亡の果てに何があろうと知った事では無いが金払いは良い。国家予算級の報酬を額面通りに受け取るついでに本当の力量を測り、不足しているようならば教訓を与えてやるのもやぶさかではない。
「まあ、無駄に犠牲を増やすのも効率的とは言えませんからね」
 誰に向けた訳でもない言葉が無機質に零れ落ちる。視覚野に直接投影された機体情報で推進剤に不足が無い事を確認するとブーストペダルを踏み込んだ。空気を圧縮噴射するバイブロジェットブースターが甲高い振動音を発して機体を直線加速させる。目標地点は尼崎機が援護に回っている防御陣地。標的は更に奥のREVOLの梯団だった。
「エイストラよりウルフ01、ちょっと通りますよ」
 衝撃波を置き去りにしてイカルガの側近をエイストラが走り抜ける。
『……単機でやるのかい』
「お構いなく。しばらく散歩してくるだけですので。呼ばれたら戻ってきます」
 振動フィンの音を聞き付けて瞬間的に間合いを詰めてきたREVOLがサイキックスピアの連続突きを繰り出す。エイストラは急上昇して避けると敵梯団を俯瞰視点で見下ろした。冷たい双眸がレティクルを合わせた先は梯団中央。操縦桿のホイールキーを親指の腹がなぞる。選択中の兵装がプラズマキャノンに設定された。人差し指がトリガーキーを引く。
 バックパックを介してマウントされている砲身が伸張して直角に倒れる。縮退保持されていた荷電粒子がバレル内の収束リングを通り抜けて光の奔流として解放された。大気中の水分を蒸発させながら直進した荷電粒子の束はREVOLの群れを直撃。熱と電流を伴う衝撃を発生させ深緑の半生体表皮を溶かして引き裂いた。
「弾代が嵩むのであまり使いたくはないのですが……」
 青白い爆炎を他所にノエルの双眸の中で瞳が上下左右に走る。火器管制機能が視線の動きに追従して誘導照準を自動で合わせた。全目標捕捉完了のインフォメーションメッセージが流れると同時にノエルの指が再度トリガーキーを引く。ランチボックスから発射されたミサイルがガスの白線を描きながら目標に突撃。信管を作動させて炸裂した。
「足場の確保はこの程度で十分でしょう」
 自ら穿った敵陣中央にエイストラが飛び込むようにして降着する。直後に四方八方からREVOLが迫った。突き込まれたサイキックスピアを僅かな推進噴射で機体を翻して躱す。反撃のプラズマライフルの荷電粒子光線が白面の頭部を刺し貫いた。
「……これが一番消費が少ないんですから、酷い話です」
 浴びせられるサイキックバリアをガーディアン装甲の衝撃波放出機能で無効化しながら攻撃を強行する。極短距離の跳躍推進で回避と位置取りを同時に行い、両腕部のマニピュレーターが握るプラズマライフルで白面を射抜く。発射する荷電粒子の出力は必要最小限に抑えられていた。
「毎度の事ながら、こちらのアクションに必ず喰い付いてくれるのは楽ですね」
 誘引しようと思えば思った通りに誘引出来る。お陰様で心理動向を考慮するなどといった手間が省けて結構。あくまでも包囲され過ぎないよう退路は残しながらも梯団内部を掻き乱し漸減を図る。
 初手を撃ってからどれほど経過したのだろうか。重力加速度が身体の節々の生体部品を苛み始めた頃、田園地帯を取り囲む山々の稜線から爆轟が昇った。
「漸くですか……」
 戦闘機動の傍らでノエルが視線を投げる。稜線に沿って幾つもの眩い照明が灯っていた。そして一際巨大な何かの輪郭が浮かび上がる。日乃和軍の弐弐式剛天だった。
『陽動作戦遂行中の白羽井小隊! 灰狼中隊! 猟兵! ご苦労だったな!』
 全周波数帯域の通信でやかましく響く後藤の声音。エイストラは短距離跳躍の動作から着地すると、左右のプラズマライフルを交互に撃ちながら後方へと大きく跳び退き敵梯団から離脱した。
『ウルフ01よりエイストラへ、散歩は終わりかい?』
 着地した先で並ぶ伊尾奈のイカルガがアサルトライフルを連射する。
「そのようです」
 事務的にレティクルを標的に重ねてトリガーキーをクリックするノエルの表情に色は無い。連なる山肌を東方面軍のキャバリアが一斉に駆け降りる。稜線の影から全貌を表した剛天が荷電粒子速射砲を乱れ撃ち、これまでの鬱憤を晴らすかの如く人喰いキャバリアを虐殺し始めた。
『愛宕連山の制圧は成功! 繰り返す! 愛宕連山の制圧は成功した! 陽動部隊は速やかに愛宕連山補給基地まで後退! 以後は別命あるまで休んでいてくれ! よくやってくれた!』
「……だそうです。結局日付けは変わってしまいましたが」
 エイストラが尚も健在な敵梯団に機体の正面を向けたまま短距離後退跳躍を繰り返す。荷電粒子が迸る度にREVOLの白面が砕けた。
『アタシらの仕事は終わりだ。全機、引き揚げるよ』
「先に離脱してください。後は始末しておきますので」
『そうかい、なら先に行かせて貰う。連れて帰らなきゃ行けない連中がいるんでね』
「どうぞ」
『まあ、程々にしておきなよ』
「私は契約内容通りに働くだけです」
 迎撃を続けるエイストラに先んじて離脱するべく伊尾奈のイカルガがやや高度を上げる。置き土産に残りのマイクロミサイルを全て放出して後退加速を開始した。周囲の灰狼中隊の機体も同様だった。
「これで暁作戦第一段階終了ですか……いくものでしょうか? そんなに上手く」
 答える者のいない問いがリンケージベッドの中に揺蕩う。奇しくも戦場の真只中で生誕した日を迎えたレプリカントの少女が見る空は戦火に燃えている。暁はまだ見えない。
 反転したエイストラが翅音を響かせて闇の底を駆け抜けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『エヴォルグ肆號機『Chopper』』

POW   :    解体両断『Butcher』
【EP機斬触手『Chopper』の強化機能】を使用する事で、【触手が一本に合わさり無数の小さな触手】を生やした、自身の身長の3倍の【広範囲の敵一気に両断する一本の巨大な触手】に変身する。
SPD   :    粉機斬身『Slice』
全身を【高速で触手を動かす事で出来る切り裂く結界】で覆い、自身が敵から受けた【攻撃にカウンターで攻撃する。攻撃速度】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
WIZ   :    裁断分割『Chopper』
自身が装備する【EP機斬触手『Chopper』】から【飛翔する斬撃と同時に高速で近づき近接攻撃】を放ち、レベルm半径内の敵全員にダメージと【斬撃に由来する裂傷、流血、損壊等】の状態異常を与える。
👑11
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●愛宕連山制圧完了
 西州陥落から一年以上が過ぎた今日、日乃和軍の悲願は遂に成就した。
 12時間以上に渡って行われた猟兵達の陽動作戦の末、東方面軍は愛宕連山の制圧に成功。朝日が差し込むよりも先に一帯の完全掃討を完了し、久しく閉ざされていた日乃和西州の門が開かれた。
 やがて猟兵達は日乃和軍と共に愛宕連山自動車道を西へと進む。山間を抜けた先には人類文明の荒廃を経ても尚一層雄大に広がる緑の平野が現れた。暁を覆い隠す灰色の曇天に微かな青白い陽光が東の果てより滲み始める。
「本当にやったんだね、私達……」
 日乃和軍の多くが栞菜と同じ想いを覚えていたのだろう。地獄の愛宕連山を乗り越えてやっとここまで辿り着いた。人喰いキャバリアに一矢報いた実感がキャバリアのアンダーフレームさえも透過して骨身に沁みる。
 だが愛宕連山の制圧は暁作戦の第一段階に過ぎない。人喰いキャバリアの手に落ちた日乃和西州を奪い返すべく日乃和の防人と猟兵達は地獄の深みへと歩を進める。風は仄かな雨の香りを運んでいた。

●あの日からこの日まで
 硬く寝心地の悪い簡易ベッドの上で彼或いは彼女――どちらにせよ猟兵は目を覚ました。灰色のひび割れた天井が見える。コンクリート製だろうか。
 泥沼のような眠りに浸りきっていた意識は朧げだった。辛うじて思い出せるのはここが平沢基地の兵舎の一室だという事。横になったまま片手を伸ばして頭上を探る。長方形の物体を掴む感触があった。意識せずともこれは自分が置いた筈の携帯端末であると分かる。眼前にまで近付けて縁のボタンを押す。画面に光が灯り日付けと時刻が表示された。時刻は午前一桁代だった。画面をぼんやりと見つめながら眠りに付くまでの記憶を辿る。
 愛宕連山での陽動作戦を終えて今日で11日目。猟兵達はグリモアベースと藤宮基地とで二重に聞かされた作戦内容と契約内容通り、日乃和軍と共に西州へ本格進攻を開始した。現在は藤宮基地と最終制圧目標地点である308平野の丁度中間地点まで到達している。ここまでの道程は決して生易しいものでは無かった。
 縦に深く伸びた補給線。届く物資は一週間を越えた辺りから途切れがちになった。
 進めば進むほど増す人喰いキャバリアの密度。より脅威とされている中型種や大型種との遭遇も増加してきている。
 そして毎回の戦闘で塵屑のように死んで行く兵士。東方面軍全体に言える問題だが、困難な状況の打開策として運用されている猟兵達に随伴する灰狼中隊は特に消耗が顕著だった。愛宕連山での戦闘を終えた時点で隊員は6割に減少、その後補充と壊滅を繰り返し初期の隊員は既に3割も残っていない。補充される隊員も悪い意味で日々フレッシュさを増していた。
 目を擦りながら漸くあって上体を起こすと、隣の簡易ベッドから聞こえる深い寝息に気が付いた。発生元は灰狼中隊の隊長だった。顔半分を覆う灰色の髪から覗く表情には寝ても取れない疲労がはっきりと浮かんでいる。枕元にはPTSDを緩和する複数種類の錠剤に加えて抗鬱剤とホルモン安定剤、ペン型注射器が乱雑に転がっていた。
 猟兵は伊尾奈や他の面々を起こさないよう慎重に簡易ベッドから降りると上着を羽織って立ち上がった。ひび割れた硝子窓からは仄暗い外の様子が見て取れ、地を打つ雨音が聞こえる。愛宕連山を抜けた途端に降り始めた雨は現在も降り続いている。日乃和の今の季節の雨は冷たい。
 足音を殺しながら部屋の外に出ると真っ先に目に入ったのは荒れた通路だった。東方面軍は進攻に合わせて各地の軍事基地を奪い返し拠点としている。この平沢基地を奪還したのが2日前。猟兵が運用している航空空母から電源を引いたり寝心地の悪い簡易ベッドを置いたりはしているものの、廃墟で野営している感が拭えない。生活環境と待遇に難色を示す者はいたかも知れないしいなかったかもしれない。この猟兵は後者に属していた。
 そんな状況であるため兵舎にしても最早誰がどこで寝ようなどと気にする者は少数派だった。一兵卒と下士官と将校と猟兵の闇鍋会場と化した兵舎の一室を後に猟兵は通路を進む。一階に設置された給水所に行くためだった。途中で何人かの猟兵ともすれ違い、それぞれの形で挨拶を交わす。中には互いに顔を合わせなかった事にしている者もいたかも知れない。猟兵には様々に複雑な事情があるのだ。
 一階へと続く中央階段を降りようとした時、反響する少女の嗚咽が耳朶に届いた。階段を降り続けると白羽井小隊の隊員達と目が合った。階段の折り返し地点の踊り場では那琴の胸に栞菜が顔を埋めて縋り付いていた。嗚咽の出所は栞菜だったらしい。表情は伺えないが、那琴の腕を掴む手には強い力が篭っていた。一方の那琴は今の西州を覆う空模様のような表情で栞菜の頭を撫で続けている。猟兵は近場の隊員に事態の説明をそれとなく求めた。
「日乃和海の方でレイテナ軍と海上封鎖やってるじゃないですか? あれで青葉が轟沈しちゃったそうですよ」
「栞菜のお母さんが青葉の艦長なんです。それで……」
「そもそも南州が堕ちなきゃあの子の母親も死なずに済んだのかもね」
 背後から浴びせられた冷淡な声音に猟兵が振り向く。いつからなのかは定かではないが伊尾奈が立っていた。隈が見える目元には苛立ちと憎悪が滲んでいた。
「猟兵のアンタも知ってるんだろう? 南州のプラントで何が起きたか……」
 果たしてその猟兵は南州第一プラントの事故と政府の隠蔽工作について知っていたのだろうか。そして伊尾奈の問いに何を感じどう反応したのだろうか。それは猟兵本人にしか分からない。
「結局アタシらが死ぬ理由なんて、半分は鈴木内閣総理大臣様の失敗の後始末のためなのさ」
 伊尾奈は那琴と栞菜を一瞥すると猟兵の隣を通り階段を降り始めた。その足が唐突に止まる。
「金で雇われてる身のアンタらには関係ないだろうけど、よくよく考える事だね。何に命を賭けるか、誰が倒すべき敵なのか……アンタら猟兵には戦う相手を好きに選べるだけの強さがある。出来ることならアンタらが最後まで味方でいてくれる事を祈ってるけどね」
 前髪に隠れた顔半分だけを向けてそれだけ言い終えると伊尾奈は足早に階段を降りていった。猟兵も本来の目的を果たすべく階段を降りようと片足を浮かせた途端、施設内の放送が鳴り響いた。
『各部隊隊長並びに猟兵各位へ、0930よりブリーフィングを始めます。対象者は指定時間までに作戦会議室に集合してください。繰り返します――」
 もし猟兵が沙綿里島の防衛戦に参加していた者であれば聞き覚えのある声質だったであろう。放送を流しているのは後藤の補佐を務めるオペレーターの少女だった。猟兵の仕事の時間はすぐ側まで迫っている。

●旧平沢市に巣食う怪物
 平沢基地の作戦会議室は薄暗い。壁はひび割れ床には拳大のコンクリート片が散乱している。部屋の中央には長方形の卓が置かれており、周囲を東方面軍の各部隊隊長と幾らかの隊員、そして猟兵達が囲んでいた。
「皆集まったな? まだ眠いか? 悪いが作戦の内容を説明するぞ」
 微かに雨音だけが聞こえる室内に後藤の野太い声が響く。傍らに控えているオペレーターの少女に目配せすると、その少女は手元の遠隔操作端末のボタンを押した。卓上に設置されている三次元立体映像が都市の全貌を宙に投映した。
「もう知ってる奴もいるだろうが、平沢基地から西に進んだ先の市街、旧平沢市に厄介な人喰いキャバリアが住み着いている。今回の作戦目標はこいつの排除だ」
 続いて撃破目標と思しき人喰いキャバリアの立体映像が浮かぶ。猟兵の中には姿に見覚えのある者もいたかも知れない。エヴォルグ肆號機『Chopper』のホログラフィックモデルが緩慢に回転する。赤い水晶体を埋め込まれた身体に腕は無い。上体は一角獣のような身体部位が生えているのか取り付けられているのか形容し難い歪な輪郭だった。
 上半身と下半身をひとつずつ潜る輪からは鏃状の刃を先端に備えた触手器官が伸びている。
 加えて隣に並べられているオブシディアンmk4と比較すると2倍程度の全高を有していた。
「こいつは珍妙な見た目だがどうにもかなり手強い相手らしい。映像を出してくれ」
 コンクリートの廃墟群と化した旧平沢市。朽ち果てたビルの屋上にChopperが佇んでいる。かと思いきや僅かに屈む動作の後大跳躍。瞬間移動さながらの動きで姿を消した。その後Chopperが立っていた位置にギムレウスが発射したと思わしき榴弾が降り注ぐ。爆炎を他所にカメラが視点を変えるとChopperは別のビルの屋上へと立っていた。
「問題はここからだ」
 後藤の言葉に日乃和の兵士の視線が画面に食い入る。Chopperの輪が回転し触手がしなる。すると直近の周囲で幾つもの火花が散った。
「……狙撃が効かないのかい」
 忌々しく表情を歪める伊尾奈。細長いビームの光軸がChopper目掛けて伸びたがそれさえも触手先端の鏃で拡散相殺されてしまう。立ち位置を変えないChopperの周囲を複数機のイカルガが取り囲んだ。マイクロミサイルとアサルトライフルを斉射するもやはり悉くが切り払われ、ならばとビームソードを抜剣して近接戦闘を挑むが乱れ暴れる触手に機体を細切れにされてそれも叶わなかった。
「目標の全高は約10mで分類上は中型種に相当します。動体軌道を予測、或いは動体を自動で迎撃する機能を備えていると思われ、迎撃率は狙撃砲などが有効とされる長距離戦の相対距離でほぼ100%……ご覧になって頂いた通り、長距離砲撃は殆ど効力を発揮しません。エヴォルグウィルスの放出も確認されています」
 遠慮がちな語り口でオペレーターの少女が板状の端末に表示された資料を読み上げた。
「映像は以上だ。繰り返しになるがこいつは見ての通りかなりの強敵だ。こいつに居座られている限り旧平沢市はとても通り抜けられたもんじゃない」
 だったら旧平沢市を迂回すれば良いのではとの疑問も上がるが後藤は首を横に振った。迂回するとなると作戦日程に5日以上の遅れが生じて南方面軍との足並みが極端に崩れてしまう。そして迂回した先ではChopperに背中を脅かされて戦い続けなければならないし、今も深刻な問題となりつつある補給路確保の件もある。その他割愛された諸々の問題を含めてChopperの撃破は切迫した課題となっていた。
「兎に角、こいつはどうしても倒して先に進まなきゃならん。そこで猟兵各位にお鉢を回したいんだが、頼めるか?」
 会議室内にいる日乃和軍人の視線が一斉に猟兵達へと向けられる。
「旧平沢市周囲の敵は東方面軍の本隊に任せてくれ。市内の敵への対処は白羽井小隊と灰狼中隊を援護に付ける。猟兵各位にはChopperとの戦闘に専念してもらいたい。引き続き剛天を好きに使ってくれても構わん」
 暫くの間を置いてから後藤が再度口を開く。
「Chopperとの交戦に関する細かい作戦は猟兵各位に一任する。核や超重力爆弾で街ごと吹っ飛ばしたり毒ガスをぶち撒けたりしない限りはな。お前さん達にとっても強敵になるかも知れんが……悪いが今この状況じゃあ猟兵頼みしか俺達に打てる手がない。よろしく頼む」
 後藤は口を固く結び腰を深く折って頭を下げた。当初の依頼の契約通りに任務を請け負うか、或いは退き上げ時と判断するか。答えは各々の猟兵達の意志に委ねられた。

● エヴォルグ肆號機『Chopper』
 旧平沢市に出現した人喰いキャバリア、Chopperの撃破。それが今回猟兵達に委託された任務だ。
 全高は通常のキャバリアの2倍に及ぶ10m程度で日乃和軍が定義する分類上では中型種に相当する。
 現状判明している範囲での留意するべき点としては優れた回避ないし迎撃能力を有している点だろう。
 ブリーフィングにあった通り超長距離砲撃は事前に察知されるか触手で切り払われてしまう。中距離の射撃戦に於いても迎撃率は非常に高い。かと言って迂闊に近接戦闘を挑めば縦横無尽に動き回る触手で切り刻まれてしまう。
 動体の接近を探知する器官が備わっているのか、はたまた一部の猟兵間でよく利用されている白騎士ディアブロの未来予知のような手段で攻撃を察知しているのか、機能の根拠は現時点では不明瞭だ。
 ただしあくまで情報を得ていたのは実戦経験が浅過ぎる日乃和軍の兵士達で、猟兵が挑んだ場合も同じ結果になるとは限らない。生命の埒外の猟兵の中には神をも射殺す鷹の眼を持つ者もいるだろうし光速と見紛う抜刀術を体得している者もいるだろう。筋肉と暴力または科学力で何でも解決してしまう者だっている筈だ。結局のところはChopperの迎撃能力に対して各々が適切と信じる手段を用いて戦う他にない。

●死街戦
 旧平沢市の都市としての規模は大都市と地方都市の中間程度だ。平地に屹立するそこそこの数の高層ビル。片側数車線の幹線道路。いずれも人喰いキャバリアが襲来した際に荒らされて灰に煤けてしまっている。
 時刻は正午。灰と白を混沌に合わせた空から雨粒が降り頻る。アポカリプスヘルをも想起させる廃墟群は今も終わらぬ天の涙に濡れていた。
『こちらフェザー01、白羽井小隊全機、配置に着きましてよ』
 雨音を拾っているのだろうか。通信越しに聞こえる那琴の音声は雑音混じりだった。
『こちらウルフ01、灰狼中隊全機、配置に着いた。雑魚の数は想定より少ない』
 伊尾奈の報告が正しければ既に作戦行動を始めている東方面軍本隊の陽動は目算通りの効果を発揮しているようだ。
『フェザー08より全機、Chopperの映像回すよ』
 近接戦術データリンクを結んでいる猟兵達を含めた総員の元にChopperの姿を捉えた中継映像が送信された。崩れかけのビルの屋上に直立不動で立っている。猟兵達に気付いているのかは不明だが、帯びるふたつの輪をしきりに回転させていた。
 そして猟兵達は例外なく持ち合わせる宿命に基き正体を見破った。奴はオブリビオンマシンであると。
『ウルフ01より猟兵へ、仕掛けるタイミングは任せる。そっちに合わせて始めるから、よろしくやってくれ』
 死んだ街のどこかで白羽井小隊と灰狼中隊のキャバリア達は息を潜めている。猟兵がChopperへの攻撃を開始したのと同時に作戦行動を開始するのだろう。
 遠方で轟く炸裂音。強まりも弱まりもしない雨足。静寂と喧騒の狭間で、猟兵達もまた剣を抜く刹那を待ち構えている。
フレスベルク・メリアグレース
白騎士の様に未来予測の可能性あり、ですか
ならばこちらも白騎士の力を使うとしましょうか

そう言って放たれるのは対象の未来の因果に向けて放たれるレーザー…それももう一つのUCを宿す事の出来る性能を有しています
そして宿すUCは敵の過去そのものから発生する故に回避不能の虚空から現れる『空間に刻まれた斬撃』。
白き未来の光線と、黒き過去の斬撃の二段構えで敵のUCを突破します

しかし灰狼中隊…伊尾奈殿にはこの際秘匿通信で伝えておきましょうか
伊尾奈殿、わたくしは内閣に味方しているわけではありません
あくまで罪なき日乃和の民を救う為戦っているのです
そして、内閣と民を選べと言うなら迷わずあなた方を選びますよ



●挟撃
 人類文明には目には目をという言葉がある。元を辿れば誰かを傷付けた際には同等の代価を支払わなければならないとする報復律だが、つまりは何らかの手段を扱うならば相手からも同じ手段を使われる事を覚悟しなければならないのだろう。
 未来予測には未来予測の報復が待ち構えている。
「……その力、己だけに限定されたものでは無い事を努々忘れない事です」
 灰色の塗料をぶち撒けた廃墟群を煌びやかなノインツェーンが滑空する。ビルの狭間を抜けて幹線道路上に現れた。玉座に身を埋めるフレスベルグの双眸が目標を捉えた。chopperはビルの屋上で不動のまま立っている。
「事象の地平をも貫く白き光よ」
 オブリビオンマシンを照準に捉らえるや否やフレスベルグの薄い唇が祝詞の一説を紡ぐ。ノインツェーンが片腕を薙ぐと周囲に幾つかの術式陣が浮かび上がった。術式陣が光を束ねて凝縮し熱線として放射する。かつて銀河帝国との戦争の際に猟兵達を存分に苦しめた白騎士ディアブロの未来予測を以て狙い定めた通りの軌跡が走った。
「やはり生半には通りませんか……」
 触手の微細な動きすら見通した必中のレーザー達は鏃に弾かれて空中で霧散した。発射後即着弾という弾速でさえも迎撃し得てしまうらしい。だがフレスベルグに焦燥はない。
「反応は得られました。よって、これで良いのです」
 ノインツェーンはchopperににじり寄りながらレーザーの照射を連続する。chopperはその場に留まり触手を振り回して迎撃し続ける。だが相対距離がある一定まで詰まった時、chopperは唐突に跳躍して間合いを確保した。
「……なるほど」
 フレスベルグが人知れず頷く。光速のレーザーすら迎撃可能ではあるものの、それには一定以上の相対距離が確保されている事が条件となっているらしい。本当に未来予測が出来ていたとしても視えた未来に対処出来るかはその時の状況次第という事なのだろうか。確証は無いが手掛かりは手に入った。
 幹線道路上に着地したchopperをノインツェーンが追い立てる。あくまでも触手の近接攻撃範囲に踏み込まぬよう迅速かつ慎重に。次第にchopperの癖を掴み掛けたフレスベルグはレーザーの照射角度と追撃順路を調整して目標の逃げ場を制御する。そして目標がビルの屋上に立った時、祝詞の続きを紡いだ。
「悪魔の如く未来を掌握するその力は、罪深き刃を内包する事で万象を貫く光へと昇華する事だろう――」
 chopperの四方から伸びる光線。いずれも触手先端部の鏃によって相殺され拡散した。だが赤黒い斬撃が脇腹を確かに抉った。
「未来は視えていたとしても、過去は視えていないようですね?」
 確定した過去からの刺客。予めその場に事象を設置されていた消えざる過去からの刃が連鎖する斬撃を走らせてchopperを刻み込む。フレスベルグは目標を追い立てた先で過去と未来から現在を挟み撃ち無理矢理に被弾させるという結果を生み出した。
 chopperの身から乳白色の液体が噴出する。堪らず身を捩らせてビルの屋上から落下すると着地後即座に跳躍して離脱した。
『……当てたのかい』
 フレスベルグの耳朶に入ったのは伊尾奈の声だった。
「まだ致命傷には届かずとも遠からずといった所でしょう。少なくとも対処の見当は得られました」
 chopperが探知範囲外に消えたのを確認するとフレスベルグは双眸を細めて秘匿回線を繋ぐ。呼び掛けた先は伊尾奈のイカルガだった。
『ほう? 教皇様直々にデートのお誘い?』
 問う伊尾奈の声音は訝しい。
「伊尾奈殿、わたくしは内閣に味方しているわけではありません」
 囁くように緩やかな語り口でフレスベルグは言葉を並べる。通信装置越しにだが伊尾奈の表情が変わる気配を感じた。
「わたくしの戦いは罪なき民を救済するための戦いです」
『それは有難いね』
 恐らくフレスベルグは伊尾奈が生の感情を抑えている事を察していたのだろう。思慮を纏めさせる猶予を与えるべくひと呼吸置いてから再び口を開いた。
「そして、内閣と民を選べと言うなら迷わずあなた方を選びますよ」
 敢えて歯に衣着せぬ物言いを投げかける。相手方もフレスベルクの意図を汲んだらしい。微かな笑い声が聞こえた。
『ならアンタとは暁作戦が終わってからでも味方同士で居られるかもね』
 されどもと伊尾奈は言葉を続ける。
『覚悟は決めておく事だね。始めたら最後、後戻りは出来ない。ひょっとしたらアンタの信念にそぐわないかも知れない。その時は――』
「ええ、常に正道を進むのみです」
 穏やかな笑みを添えてフレスベルクは毅然と言い放つ。
『……アンタの意志は聞かせてもらった』
 通信は断たれた。フレスベルクは瞑目すると肺の中の空気を吐いて上方を見上げた。
「答えは暁の向こう側ですか……」
 ノインツェーンの神眼を通して見る西州の空は暗い。装甲は打ち付ける雨で冷たく濡れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノエル・カンナビス
やれやれ。
日乃和の政府に特段の落ち度はありませんよ。

ま、何でもいいですが。
フリーランスの傭兵は、もともと単騎で延々と連戦するのが常態です。
この程度では戦闘力低下もありませんので、一当てしてみますかね。

しかしビームを弾くというのは何でしょう。
鏃にそんな強度があるなら、全身それで覆えばいいでしょうに。
ともあれ打ち手はありますが――生体なら搦め手で行きますか。

射撃戦距離から先制攻撃/鎧無視攻撃/範囲攻撃/マヒ攻撃/指定UC。

索敵/操縦/推力移動/空中機動/見切り/軽業で距離を保ちつつ照射を続けます。
切りも弾きも出来ないうえ、触手にだって効きますからね。
そしてこちらにも、防御衝撃波という結界があるんですよ。
小さい触手くらいは軽く弾きますし、巨大触手で切り込んでくるなら、
見切り/軽業/カウンター/貫通攻撃/ライフル/2回攻撃/鎧無視攻撃/キャノン。

この種の相手は、少しでも動きが鈍れば良い的になります。
音波は回り込みますので、触手で防ぐのは無理筋というもの。
一つの武器に頼り切るのは誤りなんですよ。



●封刃縛音
「この国の政府も随分と嫌われてるものですね」
 偶然聞こえた伊尾奈の言葉をノエルは意識の傍らで思い返す。見聞きした情報を踏まえた上での個人的な見解では鈴木政権に落ち度があるとは思えない。
 どこの世界――特にUDCアースの日本では政治家という役柄は憎まれ役に祭り上げられる事が多いらしい。この国も似たようなものなのだろうか。何にせよ仕事に関係を及ぼさない以上干渉する理由は無い。
 細い指先がコンソールパネルの盤面をなぞる。サブウィンドウに表示された機体ステータスは万全だった。
「必要以上に物資を持ち込んだのはやはり正解でしたか……」
 案の定補給と整備は滞った。だが元来独立傭兵として一人で戦い抜く準備を常々怠らないノエルにはさしたる懸念にはならない。機体も身体も暁作戦始動初期の状態から変化は無かった。右足がブーストペダルを踏み締める。
 打ち捨てられた廃墟群にバイブロジェットの稼働音が反響する。屹立する建造物をすり抜けて宙を駆けるエイストラが左右のマニピュレーターに携えるプラズマライフルを交互に発射する。鋭く収束された荷電粒子は大気と雨水を蒸発させながら直進。レティクルの向こうに立つchopperに到達する前に飛散した。触手に迎撃されたのだ。
「耐ビームコートでは無いようですね」
 撃っては弾かれを繰り返す。もしこれが耐ビームコートならば幾ら積層を重ねていたとしてもこう何度も連続して防げはしないだろう。
「ビームを常時循環展開しているのか、はたまたエイストラと同じような硬度衝撃波発生機構を備えているのか……まあ、それならそれでやりようはありますが」
 自分ならその機能で機体全体を覆うのだが。むしろ覆っているのだが。そんな思案が浮かぶ。幹線道路上に立つchopperから触手が伸びる。エイストラをビルの影に飛び込ませて躱す。遮蔽物越しの位置を取った隙に総合センサーシステムが内包する超音波暗視装置を起動させた。
「出力調整最大値、ユーベルコード反映をアクティブに」
 設定を終えたノエルは左右の操縦桿を横に倒して機体を加速させる。ビルの影から身を出すとやはりchopperが待ち構えていた。
「……おっと」
 一撃が重い太い触手と連撃を得意とする細い触手の連携に見舞われる。回避先が潰された。だがノエルは至極冷徹に思考を巡らせ巨大触手を躱す。細い触手の打突がエイストラの胸部装甲を立て続けに叩いた。
「ピンポイントで展開も可能ですので」
 運動エネルギーがガーディアン装甲と正面衝突した。エイストラの機体が後方へと弾かれる。だがダメージは突き刺さってはいない。コクピット周辺に集中展開された硬度衝撃波が防ぎきってくれたようだ。
「ノンリーサル、鎮圧します」
 尚も連続する触手の攻撃を微細な短距離加速で躱しては装甲で受け流しながらも超音波をchopperに照射する。本来なら探知に扱われるもので殺傷力は無い筈だ。しかし今は事情が異なる。
「流石に空気振動までは防ぎきれないでしょうに」
 ソーノ・スタンナーと化した超音波振動の継続照射がchopperの身を戒めた。戦意を奪い去るこの音響ユーベルコードは副次的に麻痺の効力も有している。運動能力を直接攻撃されたchopperが触手の攻撃を乱雑に繰り返す。
「ひとつの武器に固執し過ぎましたね」
 最早意識を集中して取捨選択の回避運動を取るまでもない。だがそれでも油断を見せず通常のスラスターを噴射して左右に切り返しを行う。ノエルの指が操縦桿のホイールキーを転がす。サブウィンドウ上の兵装項目が次々に選択有効状態を示す色に移り変わった。
「立派に育って頂いて有難い限りです」
 エイストラはこれから行う攻撃の反動を打ち消すべく僅かな距離を直線加速し二挺のプラズマライフルとランチボックス、そしてプラズマキャノンを前面の敵へと向けた。ハイチューンドエンジンの唸り声がリンケージベッドを戦慄させる。
「――当て易いので」
 ソーノ・スタンナーの呪縛を維持したままに荷電粒子の奔流と誘導弾の嵐を解き放つ。着弾と共に巻き起こる爆轟。青白い火柱が立ち昇り麓に赤黒い爆発が連鎖する。粉砕されたコンクリート片が四方八方に弾け飛んだ。破壊の渦を巻き起こしたノエルの表情は変わらず熱を帯びていない。エメラルドの瞳は、果たして本当に生きて見つめているのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シル・ウィンディア
出遅れたけど、まだ大丈夫だよね。
それじゃ、アルジェント・リーゼ、出るよっ!!

対ビーム?いや、違うみたいだけど厄介なことには違いないか。
でも、押し通らせてもらうっ!

機動は、残像・推力移動・空中機動の空中戦だね。
遠距離から狙撃モードのビームランチャー、ツインキャノンの一斉発射っ!
少し時間差で避けた後にあたるようにして…
その後、リフレクタービットを展開。
敵機を囲むようにして、ビームランチャーの連射モードで牽制しつつ、ビットに向ってツインキャノンを撃っていくよ。
中~近距離になったらビームバルカンも入れての一斉射撃っ!
敵UCは、第六感で感知してから回避。当たるときは、オーラ防御で防いでいくよ。

近接間合いになったら、左手にビームセイバーを抜いて
バルカンで牽制しつつ、セイバーで斬り込むね。そのまま、狙撃モードにチェンジしたランチャーで追撃しつつ、射撃・近接のコンビネーションで追い込むよ

ここぞという所で、蒼の閃光で一気に押していくね
リフレクタービットからも射撃を仕掛けるよ。
全方位からの攻撃、防げるかな?



●連続閃闘
 連鎖爆発の最中を煤煙を引いたchopperが跳ぶ。地表に着地すると気色が悪いまでの瞬足で道路を疾走し遺棄された建築物の狭間へと飛び込んだ。
「見つけたっ! というか走り方気持ちわるっ!」
 シル・ウィンディア(青き閃光の精霊術士・f03964)の宝石のような双眸は敵影を逃さない。死街を俯瞰視点で飛ぶアルジェント・リーゼが機体を捻りウイングスラスターから推進噴射光を激らせた。逃げるchopperを追う。ビルの角を旋回した先で腕無しの人形をレティクルの中央に捉えた。相対距離はかなり離れている。
「当てられる!?」
 テンペスタの発射準備を終えながら収束モードのブラースク改から魔力粒子の光線を撃ち放つ。銃口が輝いた瞬間にchopperは跳躍してビルの屋上へと降着した。魔力粒子光線が虚空をすり抜けてアスファルトの地面に着弾し炸裂する。
「時間差で! 着地のタイミングを撃てば!」
 初弾が避けられるのは予め想定していた通りだ。chopperの着地地点に向けてアルジェント・リーゼの背部にマウントされた双砲がより強力な魔力粒子を放つ。だが着弾の寸前で壁に掛けられた水の如く霧散してしまう。触手の鏃が相殺したのだ。
「えー!? テンペスタでもダメなのー!?」
 一体どんな絡繰なのか。あの鏃は凶器の形をしたバリアジェネレーターなのではないか。シルは思わず目を白黒させていた。だが迎撃させる事は叶った。つまりは当てられる。
「手数を増やせば……アルミューレ! 行って!」
 アルジェント・リーゼの腰部にマウントされている自律機動端末が次々に射出された。ひとつひとつが複雑な機動を描いてビルの直上に立つchopperを取り囲む。のたうつ触手がビットを叩き据えるがシルは躊躇わずブラースクの速射をchopperへと浴びせにかかる。
「オールレンジ攻撃なら!」
 chopperの動きを牽制射撃で封じながらテンペスタの双砲を解き放つ。魔力粒子の光柱はリフレクタービットを直撃し射角を直角に偏向した。さらに偏向した先でもアルミューレ・リフレクターが待ち構えている。シル本人でさえも予測し切れない多角的な軌跡を描く圧縮魔力粒子がchopperの迎撃能力をすり抜けて足元の構造材を抉り取った。2本の足で地面に立つchopperの体勢が崩れる。
「射撃が全部読まれるなら……!」
 シルが操縦桿を限界まで前方に倒しフットペダルを踏み込んだ。アルジェント・リーゼが頭部に備わる近接機関砲エリソン・バールを連射しながら突入。chopperは近距離で発射されたビットとバルカンの迎撃に追われている。
「接近戦でぇー!」
 左腕のマニピュレーターが握るエトワールの発生装置に星の輝きが宿る。加速を付けて振り切られる鋭い一閃。だが触手に弾かれた。
「わっとと!」
 反撃の太軸触手を寸前で躱す。装甲表面を覆う魔力防護層が削り取られる凄まじい嫌な音がコクピットの中にまで伝播した。残像投影機能が無ければ直撃していたかも知れない。シルの背筋を冷たい電流が駆け上がる。
「でもまだ!」
 アルジェント・リーゼは尚も喰らい付く。高速で動き回る触手にエトワールが太刀打つ。一撃でもいい。本体に掠らせる事が出来れば。
 隙間が生じたのはほんの一瞬だった。エトワールの刀身を触手が滑りアルジェント・リーゼの肩部装甲を穿つ。だが代償にエリソン・バールの光弾が数発chopper本体に着弾した。
「やった!」
 シルは思わず声を上げるが機体制動は途切れない。即座にブラースク改を収束率の高い狙撃モードに変更。周囲を乱れ飛ぶアルミューレ・リフレクターにも攻撃準備の思念波を飛ばす。
「リーゼ! 全力全開でっ!」
 至近距離からブラースク改とテンペスタを同時発射し触手の迎撃行動を引き出す。続けてエリソン・バールを撃ち散らしながらエトワールで強引に斬り込む。更にはアルミューレ・リフレクターが収束レーザーを四方八方から浴びせにかかった。
 異なる距離からの全方位攻撃。それらは蒼の閃光で刻み込まれた印へ一点集約されている。辛くもchopper本体に刻んだ印へと。
「防ぎきれないでしょ!」
 駄目押しのエトワールの縦切りを触手で受けたchopperの体勢が崩れる。直後に殺到した鮮やかな魔力粒子光線の数々。シルは殆ど本能的にアルジェント・リーゼをバックブーストさせた。chopperの胴体にレーザーが着弾したのと同時にアルミューレ・リフレクターが光の雨を降らせた。テンペスタの濁流がchopperを飲み込むと足場になっていたビルの最上階ごと爆散。舞い上がるコンクリートの欠片と灰色の煙の中に消えた。
 敵の迎撃能力が優れているのならそれを上回る飽和攻撃を浴びせて押し倒せば良い。シルの取った明快な戦術は確かな結果を以て実証された。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルバート・マクスウェル
【TF101】
拓也からの話を聞いて
「ああ、確かにリーパーゼロだから出来る作戦だ。しかし、本当に大丈夫か?」
と返事する。彼が行った後、心配そうにする白羽井小隊を見て
「…何故あいつがあんな無茶が出来るか、知ってるか? あいつは赤子の頃、家族を化け物に皆殺しにされたんだ。ついでに猟兵になる前、とある作戦で部下を全員失っている。瀕死状態だったあいつだけが生き残った」
と言い、続けて
「あいつ曰く、帰りを待つ家族がいないから無茶が出来る…とさ。全く…良かったらお嬢ちゃん達から言ってやってくれないか? 待っているのは家族に限らないとな」
と言いつつ、UCを発動して合図を待つ。
合図が来たら
「よし、撃て!」
と部下と共に一斉に狙撃ライフルを実弾で撃つ。狙いはリーパーゼロ。
友軍から何か言われても
「いいんだよ、これで」
続けて次弾を撃つ。弾が跳弾して敵に命中したら
「リーパーゼロの装甲はネオキャバリニウム合金という特殊な物でな。46cm砲を500mで撃っても砲弾を弾く代物なんだ」
と解説しつつ、射撃を続行。
アドリブ可。


防人・拓也
【TF101】
「リーパーから白羽井小隊、灰狼中隊全機へ。俺が囮になって隙を作る。合図を出したら一斉射撃しろ」
と通信で言い
「マック、作戦は事前に伝えた通りだ。頼むぞ」
とマックに伝える。返事を聞いたら
「心配するな。アレを使わないだけマシさ」
と言い、敵へ向かう。
左にネオツインバスターライフル、右にビームサーベルを持ちながら、交戦。UCで中距離前後の間合いを維持しながら、敵の攻撃を防ぎつつ動きを見極める。
動きを把握したら一気に距離を詰めてサーベルで攻撃。敵が攻撃を受け止めた時
「今だ、撃て!」
と合図。白羽井小隊と灰狼中隊の攻撃は通らないかもしれんが、本命はそれじゃない。本命は俺の機体に当たって跳弾したマック達の弾だ。本命が命中した時
「…最初から自分へ飛ぶ弾以外は反応できないようだな。直前になって自分へ飛ぶ弾は反応しきれまい」
と言い、隙を突いて素早くネオツインバスターライフルを突き刺し、出力25%で撃ち抜く。
苦し紛れに白羽井小隊を攻撃してきたら
「させんよ!」
と攻撃を防いで、反撃する。
アドリブ可。



●フレンドリーファイア
  chopperへの損傷は少なからず確実に蓄積しつつある。だがまだ機能停止する気配は見受けられない。驚異的な脚力で飛び跳ねると幹線道路上に着地。触手を振り回しながら左右の脚だけで疾駆し始めた。すると唐突に脚を止めて方向転換を行いまたしても飛び跳ねる。直後に莫大な熱量を伴う光の柱が通り抜けた。
「やはり見切られるか……!」
 拓也のリーパーゼロがchopperを追う。殲禍炎剣の照射判定高度まで余裕があるため俯瞰視点での空中機動が可能ではあるがchopperは廃墟群を巧妙に利用して視線を切ってくる。このまま撃ち続けていてもネオツインバスターライフルを無駄に熱暴走させるだけと判断した拓也はコンソールパネルを手の甲で叩き通信機能を呼び起こす。彼女達に余裕があればよいのだが。
「白羽井小隊、灰狼中隊、調子はどうか?」
『フェザー01からリーパーへ、小康状態といったところですわね』
『ウルフ01からリーパーへ、何か入り用かい?』
 返答は即座に返ってきた。伊尾奈の方が察しが良いらしい。
「chopperの攻撃探知能力が想定以上だ。援護を頼みたい」
『フェザー01了解ですわ』
『こっちはアタシだけなら捻出できる。残りは雑魚共と遊ばせておかないと』
 東方面軍の陽動が効いている為に戦域への敵の流入はかなり抑えられている。完全にでは無いが伊尾奈の見立てが正しければ灰狼中隊の経験の浅い新兵達だけでも十分対処可能な程度なのだろう。
「感謝する。マック……あー、マイティ・スナイパーⅡと合流してくれ。俺が囮になって隙を作る。合図を出したら一斉射撃しろ。詳しくはマックから聞いてくれ」
 那琴と伊尾奈の了解を待って通信を終えた拓也は次なる相手を呼び出す。
「マック、あれをやるぞ。作戦は事前に伝えた通りだ。白羽井小隊と灰狼中隊に詳しい段取りの説明を頼む」
 拓也とアルバートの元へそれぞれの姿を映したサブウィンドウが立ち上がった。
「結局この手を使う羽目になるとはな。ゼロえもんだから出来る作戦ではあるんだが……」
「ゼロえもんはやめてくれ」
「しかし、本当に大丈夫か?」
 事前に立てていた作戦計画通りであればゼロえもんこと拓也に軽くない危険が伴う。アルバートは考え直しても良いんだぞと言外に付随させ怪訝に問う。
「心配するな。アレを使わないだけマシさ」
 リーパーゼロが高度を落として機体を加速させる。障害物が多すぎる市街戦でレーダーはあまり役に立たない。引き離されて見失う訳にはいかないと迅速かつ相対距離を詰めすぎないよう慎重にchopperを追う。
『マクスウェル大佐! お待たせ致しましたわ!』
 市街の一角で黒豹分隊と共に待機しているアルバートの元に白羽井小隊のキャバリアが到着。一足遅れて伊尾奈のイカルガも到着した。
『で? 何をやらせようって?』
「よく来てくれたガールアンドレディ諸君。これから拓也の合図に合わせてリーパーゼロを撃つ」
『どうも耳の調子が悪くてね……もう一度言っておくれ』
「ゼロえもんを撃つ」
 アルバートは至極当然の事を言ったかのように平然と言い放った。対して伊尾奈は言葉の意味を掴み損なっている。
『ちょっとマクスウェル大佐! 一体どういうおつもりなんですの!?』
 焦燥した様子で那琴が食って掛かる。
「あの2本脚の攻撃感知能力を上回るにはただ撃ってるだけじゃ通用しない。リーパーゼロを使って弾を跳弾させる」
『リフレクター・ビットを有人機で……やるのはいいけど機体は保つのかい? 射角の調整は? アタシは生憎大雑把な女でね、うっかり撃ち殺しちまうかも知れないよ?』
 絶句した那琴以下白羽井小隊に代わって伊尾奈が静かな声音で問う。アルバートは心配ご無用と確かに頷いてみせた。
「リーパーゼロの装甲はネオキャバリニウム合金という特殊な材質でな。46cm砲を500mで撃っても砲弾を弾く代物なんだ。射角に関しちゃ気にせんでくれ。あの機体には特別製のシステムが積んである。リーパーゼロの方で上手く調整してくれるだろう」
 なら良いんだけどと鼻を鳴らす伊尾奈に対して那琴は強い難色を示す。
『ですけれど味方を意図して撃つのは……』
「俺達猟兵からしてもそれだけのリスクを背負ってでも戦わなければならない強敵って訳だ。さもなきゃ皆死ぬぞ」
 アルバートの声音には冗談の気配は一切含まれていない。実戦経験豊富な初老の鋭い眼光は敵の力量を正確に見抜いていた。実直に戦って勝てる相手ではないと。
『防人少佐も無茶するねー』
 他人事かの如く栞奈が口を挟む。那琴が窘めようとするのに先んじてアルバートが首を横へ振った。
「……何故あいつがあんな無茶無謀が出来るか、知ってるか?」
『えっ?』
「あいつは赤子の頃、家族を化け物に皆殺しにされたんだ」
 栞奈を含む白羽井小隊の全員が表情を曇らせた。伊尾奈は微かに目元を歪めている。
「ついでに猟兵になる前、とある作戦で部下を全員失っている。瀕死状態だったあいつだけが生き残ったんだ」
『だから無茶が出来るってかい』
 伊尾奈が舌を打つ。
「まあな。尼崎中尉にも心当たりがあるんじゃないか?」
『さてどうだかね』
 何もかもを奪われた拓也が抱えているものは何なのか。それはアルバートにも分からない。恐らく他人が立ち入れる場所では無いのだろう。だが奇しくも拓也の境遇は日乃和の縮図だった。逃げるのにも疲れ、悲しみにも慣れ、心が痛くても流す涙はもう無い。彼にはただ戦いだけが残った。守護るものが無い人間は強い。振り返る理由など無く、目の前だけを睨み付けて突き進むだけだから。
『へー、じゃあ防人少佐はあたしとおんなじだね。今日最後の家族死んだばっかだし。もう何も無いから復讐のために戦ってるんでしょ?』
 栞菜の冷めた抑揚にアルバートは眉を顰めた。
『やられっぱなし奪われっぱなしなんて絶対許せない。復讐したって誰も救われないなんて言う奴がいるけどさ、そんなのやり返される心当たりがある奴の言い訳だよ。マクスウェル大佐だってそう思うでしょ? だから銃を取って、キャバリアに乗ってる』
 どこか皮肉交じりに栞奈が言葉を零す。アルバートは微かに視線を飛ばすだけで追求はしない。
「良かったらお嬢ちゃん達から言ってやってくれないか? 待っているのは家族に限らないとな」
『マクスウェル大佐が言ってあげればいいじゃーん』
 アルバートは肩を鳴らして首を横に振る。
「散々言ってるさ。だがな、ゼロえもんに俺の言葉は届かんよ。それに世帯持ちのおっさんに言われるよりは若くて綺麗なお嬢ちゃん達に言われた方が嬉しいだろう?」
『確かに! 異議なし!』
栞奈が即答した。
「マック……余計な話しを吹聴して回るのはやめてくれないか」
「げえ! 聞いていたのかゼロえもん!」
 恨めしさが籠もった拓也の声に虚を突かれたアルバートがわざとらしく身を跳ねさせた。
「さっきから通信回線はずっと開きっぱなしだったが」
『ゼロえもん少佐ー! 作戦通りに撃つけど死なないでねー? 家族が死んでもあたしら戦友がいるでしょ!』
『……アタシらの税金で雇った貴重な戦力に勝手に死なれると、こっちとしても迷惑だからね』
 栞奈と伊尾奈の温度差は激しい。アルバートは堪えきれず笑い声を漏らしている。
『防人少佐、本当によろしいのですわね?』
「ああ、タイミングはマックと合わせてくれ」
 念入りに確認を取る那琴に防人はしっかりと頷き返答した。
「さて……後は俺次第だが……」
 防人に彼女達の声は届いたのだろうか。そしてどう受け止めたのだろうか。リーパーゼロは更に高度を落とし地表寸前を滑空する。左手に見える高層マンション跡の先にchopperが逃げ込んだ。急速方向転換してネオツインバスターライフルの一射を浴びせようとした瞬間だった。コクピットブロックを複数本の触手が刺し貫いた。
「ぐっ……!」
 リーパーゼロシステムが見せた未来は死。死神の予測術が生存本能を極限まで引き上げて防人の腕を勝手に動かす。リーパーゼロがシールドで胸部装甲を覆う。機体を貫く強烈な衝撃が走る。
「コーティングが持っていかれたか!」
 ネオキャバニウムと耐弾性コーティングのいずれか片方が不足していれば先程見せられた通りの未来が待ち受けていただろう。防人はスラスター制御で強引に機体の姿勢を引き戻す。更にシールドが連続で打突される。衝撃と衝撃の間隙を縫ってリーパーゼロが盾の防御を解きマシンキャノンを唸らせた。
「押し切れるか!?」
 至近距離で超高速連射される弾体。chopperの触手も人間が視認し得ない速度で乱舞する。この間合ではネオツインバスターライフルは使えない。触手に切り刻まれるだけだ。だからシールドで保護している。拓也は兵装選択を瞬時に済ませ機体にビームサーベルを抜剣させた。横薙ぎの一撃。触手の鏃と衝突し合って双方が弾かれる。直進加速しながらシールドの打突を繰り出す。やはり迎撃された。しかし構わない。chopperを押し込めた。両者が高層マンションの影から通りへと躍り出た。
「今だ! 撃て!」
「撃ち方始めッ!」
 拓也の合図を受けたアルバートが叫ぶ。白羽井小隊と伊尾奈がリーパーゼロに対してアサルトライフルを斉射した。
「このシステムがあれば……!」
 chopperへ剣戟を加えつつもシールドに傾斜を付けて構える。直後操縦桿を通して硬い粒が幾つも衝突するかのような振動が伝わった。白羽井小隊と伊尾奈が発射した弾体だった。それらは盾の曲面に跳弾して進路を直角に変えchopperの元へと殺到した。
「直前になって自分へ飛ぶ弾は反応しきれまい!」
 リーパーゼロの眼前でchopperが立て続けに弾体を浴びる。攻撃感知の壁をすり抜けた。だが命中こそするものの有効打には至っていない。
「次が本命だ!」
 マイティ・スナイパーⅡが狙撃銃を連射する。弾種は徹甲弾。隷下の黒豹分隊も惜しみ無く一斉射撃に加わる。流石にMSPⅡ専用超高速実弾・ビーム両用狙撃ライフルから発射された弾はそこらの銃弾とは訳が違うらしい。盾受けした際の反動は拓也でさえも思わず呻くほどに強烈だった。故にchopperの半生体表皮を貫通し得る。
「抜けたか!」
 弾丸が穿った穴から乳白色の体液が噴出する。アルバートは確かな手応えを感じた。新たな脅威の出現を感知したchopperがリーパーゼロの元を離脱してマイティ・スナイパーⅡ達が集結している場所へと瞬間跳躍する素振りを見せる。
「させんよ!」
 リーパーゼロが左腕のマニピュレーターに握るネオツインバスターライフルの銃口を前方に突き刺すようにして構えた。拓也がトリガーキーを連続でクリックする。低出力に絞られながらも研ぎ澄まされた荷電粒子の閃光が煌めく。迎撃能力が飽和したchopperの身を抉り取る。命を賭して敢行した拓也とアルバートの連携は、代価に釣り合う結果を得られたのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

カフ・リーメ
任務了解、戦闘行動に支障無し
迅速かつ確実に、敵を排除

敵の迎撃能力、輪の破壊を企図
友軍の度重なる攻撃により強固な輪にも少なからず損害が生じていると推断
【星彩風】発動、触手による反撃に注意し、充分に回避可能な距離を保持
輪の損害発生部位を見極め友軍にも情報共有、目標を一点に定めて射撃を継続

敵が跳躍し回避行動に転じた場合は好機
加速し距離を詰め、敵の直下か直上へ回り込み、輪を通すように射撃
触手は確かに脅威、しかし輪の内側への対処は想定外なのではと推測
速度を落とさず輪へ突入、至近から敵に撃ち込み離脱

…どのような作戦でも、友軍の敵は私にとっても倒すべき敵
現時点では友軍の再定義は不要と判断、状況の推移を注視


露木・鬼燈
同程度のサイズ感で生身だったら楽しそうな相手
でもキャバリアで戦うとなると面倒なだけだよねー
まぁ、そーゆー時はシンプルにいくのがいいのです
射撃攻撃を防ぐ?
そんなの防がれても効果がある攻撃をすればいいだけだよね
とゆーことでアポイタカラで<制圧射撃>を開始するっぽい!
機動射撃の方が得意なんだけど今回は足を止めて撃つ方が効果的
攻撃速度と弾丸の飛翔速度を考えれば当たり始めたら釘付けにできるはず
そーなれば後はそのまま削っていけばいいのですよ
高威力の攻撃を無数にぶつける
こーゆーシンプルなヤツは対処が難しいからね
まぁ、UCでなかったらコスト面で無理なやつだけどねー
空間振動弾はその性能に比例するようにお高いから


ガイ・レックウ
【POW】で判定
『さて、やるしかねぇよな……』
【オーラ防御】を多層にまとい、【戦闘知識】で相手の動きを見極めて【操縦】し、攻撃を躱していくぜ。
電磁機関砲の【制圧射撃】とブレードでの【なぎ払い】で攻撃。
『雨が降ってるが…関係ない!!俺の業火はすべてを焼き尽くす!!』
ユーベルコード【獄・紅蓮開放『ヴリトラ・ファンタズム』】を発動、予測されようと避けれない用に焔で焼き尽くしてやる



●デルタアタック
「逃がすかッ!」
 吶喊するコスモ・スターインパルスのドラゴン・ウイングが推進噴射の光を爆ぜさせた。特式機甲斬艦刀・烈火を示現流の構えから振り下ろす。刃が向かう先は飛び跳ねたchopperの脳天。甲高い金属音と激しい火花が散った。
「チィッ!」
 触手先端部の鏃が烈火の真向唐竹割りを弾いた。直後に豪雨の如き連打がコスモ・スターインパルスの心臓を狙う。ガイは本能のままに剣戟を打ち返し続ける。
「コスモ・スターインパルスに対し援護行動を開始。アポイタカラへ支援要請。該当機の搭乗者へ、近接戦闘距離外への即時離脱を勧告」
 物理運動に従い降下するchopperの足元から黄緑色の光線が伸びる。伸びた元を辿ると廃墟の窓から半身だけを乗り出してLCB-06を連続発射するリーメの姿が在った。レーザーはやはり触手によって弾かれてしまう。リーメの想定通りだった。
「早く逃げないと触手ひゅんひゅんでサイコロステーキみたいになってしまうのですよ。急げ急げー、ダッシュダッシュ」
 chopperを更に火線が狙う。建築物の残骸を盾にしてフォースハンドだけを出した鬼燈のアポイタカラがキャバリアライフルをセミオートで撃つ。触手の迎撃結界に阻まれた銃弾が幾つもの金属音と火花を散らせた。
「二人とも悪りぃな!」
 僅かに生まれた間隙で電磁機関砲を抜いたコスモ・スターインパルスが応射を加えながらバックブーストし離脱する。高層ビルの麓に飛び込むのとchopperがアスファルトの路面に着地したのは同時だった。
「半端に切り込むんじゃまるで無駄骨か……! おまけに図体がデカいから一撃の重さも段違いだぜ!」
 コスモ・スターインパルスが空になった電磁機関砲の弾倉を排出して新たな弾倉を叩き込む。
「重いは強い! 強いは重い! でももし同程度のサイズ感で生身だったら楽しそうな相手だったのですよ」
 だが鬼燈にとってはキャバリアで戦うとなると面倒なだけであるようだ。アポイタカラは物陰から僅かに半身を乗り出してchopperの様子を伺っている。道路の中央で直立したまま動く気配は無い。ふたつの円環とそこから伸びる触手は相変わらず忙しく動いている。
「戦術提案。2機と1名の波状攻撃で目標の迎撃能力を突破」
 リーメはchopperが視認できる範囲でどこかの廃墟の内部に潜んでいる。階層の高さは目標を俯瞰出来る程度。ただし相対距離はかなり離れている。
「簡単に言ってくれるぜ!」
 先程猛烈な連打に見舞われたガイは苦々しく目元を歪めた。だが既にコスモ・スターインパルスはいつでも突入できるよう臨戦態勢に入っている。
「こーゆーのが相手の時はシンプルにいくのがいいのです」
 アポイタカラがフォースハンドで保持していたキャバリアライフルを投棄した。代わりに回転式多銃身砲ガトリングキャノンを左右のマニピュレーターを含めて四挺携えている。
「それで? 言い出しっぺの嬢ちゃんよ、具体的な作戦内容は?」
「私は輪の破壊を企図。詳細は各位の戦術判断に一任」
「んだとぉ!? 具体的な作戦って言ったじゃねーか!」
「ほー、なるほどそういう……」
 ガイの制止を聞いてか聞かずか、いずれにせよリーメは潜んでいた廃墟の窓から外界へと飛び出した。隣接していたビルの窓へと飛び込むと階段を駆け上がり屋上に出る。屋上からまた隣接するビルの屋上へと飛び移る。触手の攻撃を遮蔽物で防ぐためだ。
「じゃー任されたので勝手に始めるっぽいー」
 リーメの意図を察していた鬼燈は先んじてアポイタカラを突き動かす。盾となっていた廃墟の影から出ると即座に四挺の回転式多銃身砲を全て正面に構えた。立つ位置はchopperと同じ道路上。互いの距離は離れているが間を遮るものは何もない。
「撃ちまくるっぽーい!」
 降り頻る雨粒を吹き飛ばしながら銃身が高速回転の唸りを上げる。激しいマズルフラッシュと共に夥しい数の弾丸が吐き出される。いずれも直線を描きchopperに殺到するがやはり着弾する事は叶わず空中で火花と散る。完全被甲弾ではあり得ない尋常ならざる衝撃波が生じた。暴れ狂う触手が揺らいだ。
「ふふーふ、どんどん迎撃すればよろしいのですよ。弾は幾らでもおかわり出来るっぽい!」
 鬼燈は迎撃される事など構わない。左右の操縦桿のトリガーキーを押し込み続ける。モニターが防眩処理をしてくれていなければ目が灼かれていたであろうマズルフラッシュは途切れる気配を見せない。ユーベルコード、バレット・ストームが時間制限ありとは言えども弾丸を無限に供給してくれているからだ。そして供給される銃弾は単なる完全被甲弾では無い。炸裂と同時に空間自体に振動波動を及ぼし構造体を脆弱化させる空間振動弾なのだ。
「まぁ、普段こんなことしちゃうと弾代でお財布が空っぽになっちゃうけど……お金を気にせず撃てるって楽しー」
 実際ユーベルコードでなければ鬼燈の財政は悲惨な末路で収支報告の数字はアポイタカラの装甲と同じ色だったかも知れない。迎撃するほどに振動波をまともに浴びる触手の動きは次第に綻びを見せる。そこへ異なる射角からコスモ・スターインパルスが突撃した。
「予測出来ても、防げなけりゃなあ!」
 電磁機関砲を撃ち散らしながら直線加速。銃弾は触手で薙ぎ払われ地にはたき落とされる。だがこれは初めから牽制射だった。右腕部のマニピュレーターが握る烈火の刀身に火炎が宿る。
「我が刀に封じられし、獄炎竜の魂よ!」
 コスモ・スターインパルスとchopperの間合いが近接距離まで詰まる。複数本の触手が束ねられた極太の触手が突き込まれた。
「荒ぶる紅蓮の炎となりて、すべてを灰燼と化せ!!」
 烈火の横一閃が触手を切り払う。剣戟が火炎の軌跡を描いた。炎は津波を形成し雨水を蒸発させながらchopperを取り囲む。そして螺旋の炎が牢獄の檻と化した。
「流石に熱まではどうしようもないだろうが!」
 迎撃出来ないならば逃げれば良い。その程度の戦術判断は出来るらしいchopperは身を屈めて跳躍の気配を見せる。
「逃げるっぽい? でも駄目なのですよ」
 だが固定砲台となって凄まじい銃弾の嵐を吹き付けるアポイタカラが許さない。やがて迎撃能力が飽和してきたのか銃創がひとつまたひとつと刻まれ始めた。乳白色の体液が飛び散る。
「突入開始」
 条件は整った。リーメは高層ビルの最上階から飛び降りた。このまま垂直降下する。ビルの前には車幅の広い道路が通っておりそこにアポイタカラの制圧射撃とコスモ・スターインパルスのヴリトラ・ファンタズムで磔にされたchopperがいる。
「最大稼働」
 降着したのと同時にリーメの腰部と両脚に備わるSTG-5Cが翡翠の光を噴射した。アステリア・モンスーンによって生じた推力で地表をスケートリンクの如く滑走する。接近する動体を感知したchopperが触手を叩きつける。狙いは極めて正確だった。だがリーメを直撃する寸前でアポイタカラが乱れ撃つ空間振動弾に運動を乱された。しかも獄・紅蓮開放が生じさせた火炎によって半生体構造体が炙られ機能不全を起こしつつある。結果として触手はリーメの側近を殴打した。衝撃波に姿勢を崩すリーメ。だが推力調整で強引に立て直す。
「目標部位……捕捉」
 リーメが姿勢を限界まで落とす。炎の檻の隙間を擦り抜けてchopperが纏う上下ふたつの円環の懐に滑り込んだ。緑色の瞳が下方の円環を至近距離に捉える。LSCS-3Bが視覚野に攻撃目標の情報を投映した。
「攻撃開始」
 冷淡な声音と共にLCB-06からレーザーマグナムが放たれた。高密度に収束された光線は円環を強かに穿つ。そこから亀裂が生じて円環の全体に拡散、土塊のように崩壊を始めた。
「無茶しやがる! 離脱しろ!」
「そこまでやれば十分っぽい! 深追いは禁物なのですよ」
「了解」
 集中攻撃を重ねるガイと鬼燈の援護を受けながら再度加速を得てchopperの懐から脱する。打ち捨てられた建造物の影に飛び込むと漸く推進装置の噴射を終えた。
「破壊成功」
 ガイとリーメと鬼燈の三名の間にチームプレイなどと呼べる都合の良いものはない。あるのはそれぞれの専門分野が合致するスタンドプレイの連鎖だけだ。
「やれやれ、大した作戦だぜ……」
「友軍の敵の速やかな撃滅が私の戦術規範。作戦立案の根拠はその規範に基付く」
「お仕事熱心で結構っぽい」
 嘆息するガイと感心しているのか呆れているのか曖昧な鬼燈と対照的にリーメは粛々かつ機械的だった。どのような作戦でもリーメの規範は変わらないし変える必要は無い。少なくとも今は。
「……状況の推移を注視」
 その言葉は今に向けられていたのだろうか。それとも。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティー・アラベリア
奉仕人形ティー・アラベリア、ご用命に従い参上いたしました
なるほど、実体・非実体を問わず、あらゆる攻撃を迎撃可能な機体なのですね。実に素晴らしい性能です
撃破にあたって街を更地にしてもいけない?
ええ、ええ。もちろん心得ておりますとも

どうやら沢山の観衆がいらっしゃるご様子。皆様お疲れの様ですし、一時の慰めを提供するのも奉仕人形の務めでございます
手に取る腕にも不足ありませんし、一曲踊っていただきましょう近接戦を実施しましょう
熱烈にリードして下さるでしょうから、身だしなみは入念に徹底的な全周防御を実施
縦横に動く触手の動きをすべて把握するため、魔導波探信儀は防空用途も含めてフル稼働
剣呑な手を取るため、因果崩壊杖と鋭剣型短魔杖を携えましょう
不埒な場所に伸びる触手を叩き落とすために、95式と97式を浮遊させ、さらにその周囲に白兵戦支援妖精と近接防御妖精を配します
貴方を構成する因果が尽き果てるのが先か、その腕がボクを虜にするのが先か
さぁ踊りましょう。お互いに、決して疲れることなどないのですから



●夢幻闘舞
 ティー・アラベリア(ご家庭用奉仕人形自立駆動型戦略魔導複合体・f30348)、それは夫婦仲から惑星まで、あらゆる破壊用途が詰まったお得用ミレナリィドール。
 平沢基地でブリーフィングが行われた後、ティーはその場に残されて後藤直々の強いお願いとやらを受けていた。
「いいか? 核の使用は絶対禁止だぞ? いいな?」
「承知致しました」
「星を砕くのも禁止だぞ? ビルぐらいなら構わんが……街丸ごとまでは駄目だ。契約書通りの範囲で仕事をしてくれりゃ十分だからな? これはフリじゃないぞ? 本気だぞ?」
「承知致しました」
 ゴリラのような体格と切迫した形相の後藤から直接個人指導を受けているティーはぽやぽやした表情のままで定型文を返し続ける。
「頼むぞ? 嬢ちゃんが最善を尽くしてくれてるってのはよくよく解っちゃいるんだが、皆が皆必ずしもそう思ってるとは限らんのだ。それにもう軍法会議は勘弁願いたいもんだからな……」
「嬢? 承知致しました」
 やはりティーはぽやぽやした表情に定型文を添えて首を傾けるだけだった。
「それでは行って参ります。吉報をお待ちくださいませ」
 片足を斜め後ろに引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾を軽く持ち上げて腰を深々と折る。
「おっとこれは失礼……」
 鈍い音を立てて長尺の杖が落下した。
「ひいぃぃっ!」
 蒼白の顔になった後藤の傍に控えていたオペレーターの少女が仰々しい悲鳴を上げて後退りする。ティーは落ちた杖の柄を掴むとスカートの中に押し戻す。後藤がまるでダチョウの卵を産んだスズメを見るような目で凝視していた。
 そして踵を返してコンクリートの床と踵がぶつかり合う音を立てながら部屋を後にする。どこか心躍らせているような足取りと後姿を見た後藤達は、一抹どころでは済まない不安感を深い溜息にしたためた。
「ありゃ本当に解ってるのか……?」
 後藤は認識に誤りを犯していた。それはティーが持ち歩く危険極まりない兵器は核だけと思い込んでいた事だ。

「はて……やはり解せませんね」
 灰色一色で雨に濡れる旧平沢市に屹立するビルのひとつ。その屋上で傘を差して立つティーが疑問に思うのはchopperの迎撃能力の高さでも並ならぬ打たれ強さでも核兵器の使用規制でも無かった。自分とすれ違う日乃和軍人――特に沙綿里島で顔を合わせた者の多くが道端に転がる爆発物を見付けたような視線を向けてくる事だった。
「まさか、ボクだけ猟兵の加護が適用されていないのでしょうか?」
 猟兵は皆例外無しにどんな外見でもその世界の住民に違和感を与えない特性を得ている。これは遍く世界共通の認識の理だ。だが万が一この理が破られていたとしても、レプリカントやロボットヘッドが日常的に介在しているクロムキャバリアに於いて、ミレナリィドールの身体が物珍しくましてや危険物を見るような目を向けられるとは考え難い。そもそも何らかの理由で転移してしまったミレナリィドールや、その他の異世界由来の人種も日乃和には少なからず存在して、一般人に溶け込んで生活している。ティーは益々解せなかった。
 実際の事情の要因は沙綿里島で取ったティーの戦術――厳密にはティーが使用した星をも砕く魔術の片鱗にある。何も知らない日乃和軍の方々にその片鱗をご覧になって頂いた際、ほんの僅かな瞬間に放射線反応が検知されてしまったのだ。
 結論から言えばティーの次元爆縮型魔杖収束運用で永続的な放射能汚染の影響は検出されなかった。だがしかし猟兵が戦略核と思われる兵器を使用した事実が現場証拠として残されてしまい、その証拠が鈴木政権の打倒を掲げる主民党を含む野党に加えて猟兵の雇用を良しとしない政治団体や与党を厭悪する国民の間に拡散し、結果として少ない政情軋轢を生み出した。
 当然にして使用を容認した後藤は勿論、猟兵の直接の雇用主である鈴木健治内閣総理大臣や東雲正弘官房長官を含む首脳陣も激しい追及と非難を受ける次第となった事は言うまでもない。
 しかしティーが取った戦術は客観的視点から状況打開の為やむを得なかったと判断された上に、放射能汚染が現状では確認出来ないため後藤の罪状は不問に処された。
 一方の日乃和首脳陣は検討に検討を重ねあらゆる可能性を排除せず関係各省庁と綿密な連携を取りつつ検討し年内での検討を開始する予定でその検討を加速させるべく注視し続けるというよく分からない言い訳で責任所在を煙に巻いて逃げ果せた。
 そして日乃和軍の内でティーの存在は核人形の名でまことしやかに囁かれるようになったのだ。
 あの人形のスカートの中には核弾頭が収まっているのだと。
「身嗜みに問題は無いと思うのですが、お気に召されなかったのでしょうか?」
 こんなに可愛いのに。手鏡の中のミレナリィドールがそう言いたげに眉を顰めて見返している。
「これ以上は今考えても致し方ありませんね」
 なのでティーは考えるのを止めた。手鏡とフリルで過剰装飾された青い雨傘を折り畳んでエプロンドレスの中に仕舞い込むと、裾を摘んで埃を落とすかの如く扇ぎ始めた。足下に幾つかの乾いた音が響く。
「大量破壊兵器の運用は厳禁とのご用命を頂いておりますので、此度はこちらをご用意致しました」
 ティーの暗黒領域から堕ちてきたのは零式鋭剣型短魔杖、95式思念誘導型魔杖、97式圧縮拡散型魔杖、そして因果崩壊杖。不穏な名前を連ねた魔杖の内、右手に零式鋭剣を左手に因果崩壊杖を握った。95式と97式は主人の意思に従いひとりでに浮き上がる。
「ではご挨拶にお伺いしましょう」
 止む気配を見せない冷たい雨を蜂蜜色の髪に受けながら、ティーはビルの最上階より飛び降りた。直下から吹き付ける風圧で捲れ上がるエプロンドレスの裾をお行儀良く抑え、正面下方の交差点の中央に立ち尽くすchopperに視線を移す。
 挨拶代わりと言わんばかりに92式が連続で氷球を放った。氷球は緩やかな放物線の軌跡を描いてchopperに進むも命中する直前で粉微塵に四散した。ティーは続けて95式の穂先を構える。収束された光が華開くかのように別れて拡散し、光線の一本ずつが指向性を有してchopperへと降り注ぐ。だがやはり本体を貫くには至らず触手の乱舞に阻まれてしまう。
「なるほど、情報に違わずあらゆる攻撃を迎撃可能な機体なのですね。実に素晴らしい性能です。環状器官をひとつ喪失しても、まだこれほどお元気とは……恐れ入りました」
 地に降り立ったティーはご機嫌極まりない様子だった。口から溢れるソプラノの抑揚は控えめにされているものの、まるで新しい玩具を早く試してみたいとでもいった逸り気が隠しきれていない。
「手に取る腕にも不足ありませんし、一曲踊っていただきましょう」
 前方で忙しく触手を動かすchopperに軽く頭を下げるとエプロンドレスの裾を摘んで持ち上げる。二種類のそれぞれ異なる妖精型自律機動端末が産まれ出た。二種の内の79式近接防御妖精はchopperを全方位から取り囲み、零式白兵戦支援妖精はティー自身を取り囲んだ。
「これで観衆も万全でございますね」
 ティーが口角を僅かに吊り上げて一歩を踏み出した。キルゾーンへの侵入を感知したchopperの触手の動きが一瞬止まる。
「情熱的なリードにご期待致しましょう」
 近接防御妖精が魔力誘導弾を全方位より浴びせに掛かる。同時にティーの傍らを浮遊する95式と97式が各々破壊魔法の効力投射を開始。尋常ならざる密度の魔法弾幕がchopperを包み込んだ。
「ええ、ええ……あぁ、素晴らしい、そうでなくては」
 下腹部より湧き上がる駆動熱が背筋の神経回路を騒めかせる。chopperはこれほどの密度の弾幕であっても鞭撃の結界を形成し防ぎ切ってみせたのだ。その光景はティーの戦術判定基準我慢の臨界点を突破させる最後の要因となった。荒れたアスファルトの地面をティーの靴底が蹴る。数回の跳躍でティーはchopperとの間合いを至近距離まで詰めた。動体の接近を感知した触手が半ば自動で打撃を叩き込む。当然ながら人間程度の大きさの対象にとっては即死の威力だ。
「なんと鋭く、靭く、正確な事でございましょう」
 触手がティーを打ち据える事は出来なかった。魔導波探信儀が視認能力を超えた速度で暴れ狂う触手の軌道を読み解き、回避の叶わない攻撃速度と軌道で打ち込まれた鞭撃を、近接戦術データリンクで結ばれている白兵戦支援妖精達が展開する斥力場で複数回に分けて段階的に偏向させたのだ。結果として触手の連打はティーのすぐ傍を掠めるに止まった。一撃でも受けてしまえば床に落とした陶器のようになってしまいかねない不埒な触手乱舞に躯体を震わせたティーは、従える魔杖から弾幕を継続展開しながら身を翻した。
「これほどまでに執拗かつ激しく求められてしまいますと、お恥ずかしながら……」
 最も醜悪な人間性と最も尊い人間性を混ぜ合わせた、堪え難い笑みが口元に浮かぶ。
「咲き乱れてしまいます」
 鋭剣型短魔杖が側面から迫る触手を弾き飛ばし、因果崩壊型魔杖が下方から掬い上げる触手を叩き返す。エプロンドレスの裾が円形に広がり宙に踊った。
 魔力弾の雨が吹き荒れる中、ティーは絶望的なまでの質量差の相手と近接戦闘の間合いに留まり無謀な剣の舞を演じ続ける。まるで触手を手に取るかの如く打ち払って弄ぶ。両者を止める者は無く、止まる要素が無い舞踏は夢幻となるまで続くとすら思えた。だが舞踏の乱れは唐突に訪れる。
「おや? 存外、お早いのですね」
 乱舞する触手の一本が千切れ飛んだ。水量全開で暴れ狂うホースの如くのたうち乳白色の液体を散乱させる。ティーの蜂蜜色の髪と顔半分にぶち撒けられた。すると触手がまた一本と千切れ、次は触手のみならずchopperの身本体にも虫喰いのような裂傷痕が生じ始めた。
 幾度も接触してしまった因果崩壊型魔杖に存在するに至った原因を喰い千切られ、ここに存在した結果を喪失したのだ。だが因果律を乱す禁忌の魔杖の脅威を認識出来ていないのか、腕無しの人喰いキャバリアは尚もティーとの舞踏に没頭し続けている。
「さぁ、もっと踊りましょう。お互いに、決して疲れることなどないのですから……」
 ティーも一度取った手を離す事は無い。取り囲む妖精達が獄彩色の光の華を咲かせる最中、白濁の血潮に濡れて奉仕人形は踊り続ける。やがて因果を蝕み喰らい尽くし、壊れて崩れ落ちるまで。
 どれほど乱舞しようとも人形は狂わない。常に正しく決められた動作を繰り返すだけだ。彼の人形が狂乱しているように見えるのだとするならば、それは――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリー・フランツ
連携OK wiz※ヘヴィタイフーン搭乗
心情:こっちも保守用部品の補給が滞ってる、今後の為にも早々に撃破するしかねぇな。

手段:「ひよっこ達、聞こえてるか?合図するまで俺よりも前に出るなよ」
肩の電磁速射砲も命数を使い切る前に交換したかったが、贅沢は言えんな、弾だけ補充して出撃だ!

先ずは肩の単装電磁速射砲で砲撃、あのAPSじみたリングに弾かれるだろうが…だが本命はコイツじゃない、主役はとってお重無反動砲から発射される【EMP弾頭】だ。

半機械なら効果があるはずだ、これで自動迎撃をダウンさせる、あれさえなけりゃただの気持ち悪い機体なだけだ。
後は猟兵とひよっこ達による集中砲火を浴びせれば良いだけだ。



●サンダーボルト
 灰狼中隊から分隊を借り受けたヴィリーは、猟兵の度重なる集中攻撃を受けてもまだ機能を停止しないchopperの背を追撃していた。chopperが向かおうとしている進路にヴィリーは首を傾げる。
「そっちには何も無い筈だが……」
 いよいよもって市街の外に逃走を図るのだろうか。陽動を仕掛けている東方面軍と出会されると非常に都合が悪い。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹの脚部のバーニアノズルが噴射光を滾らせた。灰色の砂埃を巻き上げて雨に打たれるコンクリートだらけの市街を駆ける。何機かのグレイルが後を追う。
「おいおい、そういう魂胆だったのかよ……」
 ヘヴィタイフーンMk.Ⅹが瓦礫の影から頭部だけを覗かせる。センサーカメラが捉えた映像を見てヴィリーの目付きが険しく歪んだ。
 跳躍を繰り返すchopperが向かった先はビル街の狭間を走る道路。そこには梯団から逸れた人喰いキャバリアがいた。chopperは人喰いキャバリアに接近すると触手を突き刺し内容物を吸引し始めたのだ。すると損傷した身体部位がナノクラスタ装甲も蒼白になるほどの速度で復元され始めた。
「こっちは保守用部品の補給が滞ってるってのに……まったく都合が良いもんだな」
 戦場で補給し放題という点だけに置いては、ヘヴィタイフーンMk.Ⅹの肩部に搭載されているクロコダイル単装電磁速射砲の交換もままならず、弾薬と推進剤だけ補充してここまで出撃してきた身として些か羨ましくもあった。長年の傭兵稼業で培った術で騙し騙しやってはいるが、やはり補給線の機能不全は近い将来に暗く重い影を残している。尚更こいつを倒して安定した後方支援体制を確立しなければならない。ヴィリーの戦い生き抜いてきた道は決して甘美な勝利ばかりではない。だからこそ楽観視も過小評価も無い極めて現実的な思考へと必然的に至るのだ。
「さて……ひよっこ達、覚悟は良いか?」
 ヘヴィタイフーンMk.Ⅹが振り向いた背後には灰狼中隊から抽出したキャバリア達が控えている。
『だだだっ大丈夫ですっ!』
 盛大に上擦った返答にヴィリーはやや先を思いやられつつも事務的に指示を下す。
「作戦通りアルファは俺と来い。ブラボーはさっき指示した十字路の角で待機だ」
 了解を返した何機かのキャバリアが反転して推進加速を開始、ヴィリーの元を去った。残されたキャバリア達はそれぞれに火器を即時射撃位置で構えている。機体の挙動から搭乗者の緊張が見て取れた。
「そう硬くなるな。やる事自体は単純だからな」
『ですけど、猟兵の人らにこれだけ撃たれまくってもまだ動いてるんですよ? しかも今……共食いして再生までしましたし……』
「血が出てるだろ? つまり奴は殺せるってことだ」
 どんな怪物だろうと神だろうと悪魔だろうと撃てば死ぬ。そんな確信が籠もったヴィリーの声音が新兵達の弱音を黙らせた。戦意を奮い立たせるまでに繋がったかは定かではないが、すくなくともサブウィンドウ上で見る限りでは殺しの顔をしている。
「先ずは誘導するための牽制からいくぞ。アルファは俺の後ろから続け」
 有無を言わさずヴィリーは左右の操縦桿を正面に押し倒しブーストペダルを踏み込む。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹを真横に推進加速させて瓦礫の影から飛び出てみせた。指示通りに臨時分隊のキャバリア達が斜め後方に並ぶ。食事中だったchopperは感知範囲内に動体を検知し、エヴォルグ量産機に突き刺していた触手を引き抜く。鎌首をもたげた蠍の尾のようにしてヘヴィタイフーンMk.Ⅹ達を鏃で睨め付ける。喰い付いたな――ヴィリーはゴーグル型HMDが表示するレティクルの奥に標的を据えた。
「よし! 撃て!」
 クロコダイル単装電磁速射砲が凄まじい初速と間隔で徹甲弾を発射した。排莢口から無数の薬莢が飛び出して空中を踊る。プラズマの軌跡を引いてchopperに殺到した徹甲弾の群れはやはり触手の迎撃結界に阻まれてしまう。グレイルやオブシディアンmk4が発射した全ての弾体も同じ末路を辿った。幾つもの火花が弾けて甲高い金属音が広大な廃墟群に反響する。
『やっぱり効いてない!』
「想定通りだ! 構うな! 射撃を継続しつつ後退!」
 ヘヴィタイフーンMk.Ⅹが一歩下がる。するとchopperが一歩前進した。ヴィリーは「それでいい」と呟く。
後退推進バックブースト! 直線だ! 一気に下がるぞ!」
 キャバリア分隊が先に後退を開始する。電磁加速弾体を連射しつつヘヴィタイフーンMk.Ⅹも後退した。chopperが走り出す。
『ぎゃああ! 追ってきた!』
「そうでなけりゃ困る。このままだぞ!」
 どうにもchopperはヘヴィタイフーンMk.Ⅹを攻撃対象へと定めたらしい。触手の動きが明らかに迎撃目的ではない。不意に殺気が膨れ上がるのを感じたヴィリーは身体が動くままに防御行動の操作を行っていた。
「悪くねえ打ち込みだ!」
 触手の引き裂くような鞭撃がスパイクシールドの表面に蚯蚓が張った跡の如き抉れを刻んだ。追加装甲で重量が嵩んだ機体が揺さぶられる。もし軽量級の機体で今の攻撃を受けていたら跳ね飛ばされていたであろう。
「だがな……」
 サブウィンドウ上の三次元地図に視線を飛ばし、更にレーダーグラフの友軍位置を確認する。想定していた地点に到達した。
「本命はこっちだ!」
 ブーストペダルから脚を離したヴィリーの親指の腹が操縦桿のホイールキーを回転させる。兵装をコングⅡ重無反動砲に変更。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹは即座に実行命令を反映した。
「特別仕様の弾だ……動くんじゃねぇぞ! 弾が外れるからな!」
 肩部装甲に担架した巨砲が口径に相応しい大型弾頭を発射する。生じたバックブラストが機体に加わる慣性を殺しきった。弾頭はガスの尾を引いてchopperへ直進。やはり振るわれた触手によっていとも容易く叩き落されてしまう。だがそれでいい。
「かかったな!」
 直後に迎撃された弾頭を中心に強烈な電流波動の領域が円形に広がった。電流はchopperをも飲み込む。するとchopperは全身と触手を小刻みに痙攣させ始めた。
『おじさん!? なにあれ!?』
「おじ……EMPだ」
 どうやら新兵は察しが付いたらしい。ユーベルコード化された電磁放射弾頭がchopperの機械部品の回路を焼き切り、更には半生体部品の筋肉繊維をも麻痺させたのだ。触手は大きく痙攣し既に迎撃能力は喪失している。chopper本体もあらゆる動作に障害を来しているようで強引に跳躍して離脱をするにも屈む動作すらままならない。
「ブラボー! 出番だ!」
 ヴィリーは予め潜ませていた分隊へと合図を送る。斜向いの建築物の亡骸から複数機のキャバリアが現れた。
「十字砲火で押し切る! 全機! ぶっ放せ!」
 chopperに向けられた電磁速射砲のフラッシュハイダーが弾体を送り出す為の稲妻の迸りを明滅させる。分隊のキャバリアもヘヴィタイフーンMk.Ⅹを倣い突撃銃や榴弾を惜しみなく叩き込む。電磁呪縛で磔にされたchopperは驚異的な迎撃能力を寸分にも発揮する事叶わず正面と横の二方面から銃撃の嵐に曝された。醜悪なる生物紛いは雷の戒めを受けるままに、拡充し重なる赤黒い爆煙の中に失せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドゥアルト・ルーデル
戦う理由は誰が強者なのかシロクロはっきりさせてぇのと美少女とフラグを立てるためでござる(東雲機コクピット内にいきなり現れ)

どうやって入ったって?全身を【ドット化】して装甲の隙間から入り込んで制御系をハッキング、データ化した拙者の身体をコクピットの端子まで送ったんでござるよ

これを使って剛天とかいうのの制御を乗っ取って憑依合体するんだよ
このままだと誰も使わなそうだしな!拙者が好きに使っていいだろ!お前に命を吹き込んでやる!!
こうして誕生したのがやたら人間めいた動きをする剛天ですぞ(グラビアポーズ取りつつ)

じゃあちょっとぶちのめしてくるから!何かを勝ち取りたいように走るガンg…剛天!迫る無数の触手!やめて!拙者に乱暴する気でしょ!?ウ=ス異本みたいに
…と思うじゃん?UC使えんだろ?チェンジ!【ドット化】してペラくなった剛天
触手にも隙間はあるんだよなぁ…隙間があれば潜り込めるってことだ!
ペラくてもパワーは一緒!内部から引きちぎってやる!ゴウテンブリーカー!死ねぇ!

はいこれ、尼崎氏にお土産の触手な



●勝ち取りたいおじさん
 戦いに賭ける理由は人それぞれである。
 名誉、富、権力、或いは身体が闘争を求めるがため。それとも我々に必要な真の強者を選別するため。彼の場合は――。
「やっぱ美少女の傍が落ち着くでござる」
『何を仰って……はぁぁぁ!?』
 生理的欲望に極めて忠実な理由であった。いま現在エドゥアルトは那琴機のイカルガのコクピット内にいる。出撃時に同乗してきたわけではない。そもそもイカルガのコクピットは手狭なのだ。彼は戦闘の途中で何の前触れも無しに入り込んできた。厳密な表現をするならば生えてきたというのが正しい。
「ちょっと! 何故貴方が!? というより何故そんなところから!?」
 密室空間のコクピット内で、コンソールパネルの端子から中年男性の顔面が生えてきて錯乱しなければ相当な精神力の持ち主だろう。来訪者に対して那琴は年齢相応に至極当然の錯乱をしてみせた。
「ドット職人の技術を使えば造作もないでござるよ」
「あら今時ドット職人とは珍しいですわね……ではなくて! 入ってこないでくださいまし!」
「なんで!?」
「狭いのですわ! この機体は基本お一人乗りで扱いますのよ!」
「大丈夫! 上半身だけ! 上半身だけでござるから!」
「例え先端だけだったとしてもエドゥアルト様とだけは嫌ですわ!」
「野郎と風呂入るのは平気なのに拙者と二人きりは嫌でござるか!?」
「普通の殿方は浜辺をマインスイーパ会場にしたり何度も蘇ったり致しませんもの! そもそも何をしにいらしたのです!?」
「美少女とフラグを立てるためでござる」
「お! か! え! り! くださいまし!」
「ぎゃあ! 目! 鼻! 耳!」
 顔面を脚で踏んで端子の中に押し戻そうとする那琴と何としても本懐を達成しようとするエドゥアルトの熾烈なる力比べは暫しに渡って続いた。
「結局こうなるのですわね……」
 極めて遺憾であるといった険しい表情の那琴に対し、目的を遂行したエドゥアルトは朗らかに勝ち誇っていた。
「やっぱこの位置でござるな!」
「耳元で怒鳴らないでくださいまし!」
 一見するとコクピット内にエドゥアルトの姿は見当たらない。だが那琴の肩には確かに彼が立っている。超家庭用コンピュータが最盛期を迎えていた時期のロールプレイングゲームを想起させる高密度なドット絵の姿に身体を変じさせて。退室と入室を巡る戦いは結局那琴が折れたらしい。いつまでも内輪揉めもしていられない。猟兵達がchopperと交戦している間、白羽井小隊はその他の敵を撃滅し続けなければならないのだから。
「ともかく、大人しくしていてくださいましね? わたくしは今忙しいのですから……」
「だろうね、だからさ……」
 髭面の中年男性が入り込んで来た瞬間から抱えていた予感が明確な寒気となって膨れ上がる。
「エドゥアルト様……何を……」
「いやいやァ? ちょっと、お手伝いをね!」
 わざわざドット打ちの顔グラフィックを添えてエドゥアルトが凄まじい笑顔を送る。那琴の顔面から血の気が引いた。轟としか形容できない推進噴射の重低音。機体の装甲さえも透過して感じるほどに大気が震撼する。レーダーを見ると友軍を示す光点が那琴のイカルガの直近に迫っていた。
「ま……さか……」
 眼の前の人喰いキャバリアを踏み潰して青銀に輝く巨躯が降着した。生じるダウンバーストが砕けた瓦礫の破片を吹き飛ばす。
「剛……天!?」
 猟兵への貸与用に確保されていたスーパーロボットの登場に那琴は目を白黒させる。
「このままだと誰も使わなそうだしな! 拙者が好きに使っていいだろ!」
「やはりエドゥアルト様がお呼びになられたんですの!?」
 ドット職人ならば造作も無いと言いたげにやたらと並びが整っている白い歯を見せ付ける。
「お前に命を吹き込んでやる!」
 するとどういう訳か、剛天は本来稼働しない筈の範囲まで腕や脚関節を動かしては伸ばし始めた。那琴の顔が益々青くなる。
「命を吹き込むとはどういう意味ですの?」
「グラドルみたいなポーズが取れますぞ」
「元に戻してくださいまし!」
「ナンデ!? 好きに使っていいって言われたでござるよ!」
「エドゥアルト様の好きの範囲はおかしいのですわ!」
 祖国が誇る護国の象徴があられもない挙動を繰り返す。那琴は最早直視出来なかった。
「まあまあ! ちゃんと敵を倒せば問題なかとでござろう? じゃあちょっとブチのめしてくるから! ここから先は剛天の視点をお届けしますぞ!」
 などと宣うとエドゥアルトはメインモニター内に有言通りの剛天の視界を出力したサブウィンドウを表示させた。ちゃっかりイカルガのシステムを乗っ取っているのである。
 そして剛天は無限軌道の唸りを上げる――事もなくアンダーフレームとして備わる二本の脚で力強く走り出した。
「拙者は勝ち取りたい! フラグも無い! 無欲な馬鹿ではないのでござる!」
「貴方はもうそれでよろしいですわ……」
 那琴の視界が揺らぎ始めた。
 市内を爆走する剛天は間もなくchopperの元へと到達。
「止まるんじゃねえぞ!」
 エドゥアルトの制御を受けたまま突入を敢行する。だがchopperには優れた攻撃感知機能が備わっている。無策に近寄れば触手の迎撃を受けて希望の華と散るだろう。その凶悪な魔の手が剛天へと伸びる。
「やめて! 拙者に乱暴する気でしょ!? ウ=ス異本みたいに」
「しませんわよ!」
 極めて強固な人工青金剛石ブルーダイヤ製の装甲といえど、直撃を受ければ果たして無事で済むのだろうか。那琴が緊張の面持ちで見守る中、遂に剛天を触手の乱暴が襲った。
「……と思うじゃん? オープンドット!」
「はぁぁ!?」
 貫かん、或いは引き裂かんと迫った触手は大型のスーパーロボットを捉え損ねた。何故ならば剛天は縦幅1ドットの平坦な二次元の存在と化したからだ。
「剛天がオープンではなくぺったんこではありませんの! エドゥアルト様……! 貴方は剛天1機にどれほどの血税が費やされているかご存知で……」
「ダイジョーブだって! ちゃんと東雲お嬢のお胸のような山あり谷あり隙間ありのボリュームに戻せるから!」
「……わたくし、セクハラだけは笑ってお許ししないことにしておりますのよ?」
「ところで、触手にも隙間はあるんだよなぁ……?」
「は?」
 隙間があるという事はつまり。
「潜り込めるってことだ! 真! 剛天スパァァァァァク!」
 エドゥアルトは3つの力を合わせようとしたが人数が足りないので那琴と2つの力を合わせた。二次元の住人になってしまった剛天が、名前を言ってはいけない進化の力の光線を機体に蓄える。縦が駄目なら横からと伸びた触手に剛天は自ら飛び込む。そしてドット化によって更に微細化。触手を構成する筋肉繊維構造を駆け上がる。
「この辺でよいでござろうな? オープンドット!」
 触手から抜け出た剛天は環状器官の内側、つまりchopperの超至近距離に現れた。機体全長や全高が仕様書と明らかに異なっているがエドゥアルトが細工したのだろう。少なくとも場に居合わせた那琴は理屈の思考を放棄していた。
「マグネットパワー! オン!」
 本来ならば大型荷電粒子砲のパラボラアンテナ型発射機構が内蔵されている筈の剛天の腹部ハッチが開放される。放出されたのは戦艦の主砲級の荷電粒子ではなく磁石の力だった。chopperの身を覆う材質は柔軟性に富んだ半生体素材であり磁力の影響はさほど受けない。だがエドゥアルトの磁力の力は道理をグラビティで捻じ曲げた。磁力にchopperが引き寄せられ剛天と密着する格好となる。
「うおおおっ! ゴウテンブリーカー! 死ねぇ!」
「護国の象徴が……徹底抗戦の旗印が……」
 遂にコクピットシートに座しながら失神した那琴の遺言虚しく、剛天は両腕のスパイラルグレネイドナックルでchopperを抱き締めてしまった。

 それから数分後。
「はいこれ、尼崎氏にお土産の触手な」
 エドゥアルトは伊尾奈のイカルガのコクピット内に現れた。chopperの触手を携えて。
「要らないよ」
 伊尾奈はコンソールの端子にエドゥアルトを押し込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天城原・陽
【特務一課】

メタ張ってきたって感じがするわね…生物学的に防御手段を進化させた…って言えば聞こえは良いけれどヒトの手で生み出されたのならヒトの手で滅ぼせるのも道理よ

「マダラ、キリジ。私がアレを引きつける。後頼んだわよ…」

前面へダブルファイア。続けて周回軌道を取るように回り込みギガントアサルト掃射。全ての触手を此方へ仕向けるよう飽和攻撃を仕掛けて、触手の動きに指向性を持たせ、あえて集束させる

「マダラ!」
灰風号による拘束が成功したならば間髪入れずに
「キリジ!」
防御手段は削いだ。接近する時間も作った。
あとは畳みかける。
「フェザー01!ウルフ01!」
攻撃要請。やってみせなさい。これは貴方達の戦争だ


斑星・夜
【特務一課】

キャバリア:灰風号搭乗

また新しい人喰いキャバリアか。大きい奴が出たねぇ。
あの触手は厄介そうだけど、逆に言えば触手が機能しなくなれば弱体化が出来そうってところかな。
オーケー、やっちゃおうね、ギバちゃん、キリジちゃん!

『RXSシルバーワイヤー』を射出し周囲に張り巡らせ『ワイヤートラップ・アラクネ』を設置。
配置位置・状態はEPワイズマンズユニット『ねむいのちゃん』に頼んでギバちゃんとキリジちゃんに共有。

敵機の移動可能場所を制限しつつ、ギバちゃんが集めてくれた触手を、もう一度『RXSシルバーワイヤー』を射出し、まとめて縛って動きを止めるよ!
それじゃあ、あとは――やっちまえキリジちゃん!


キリジ・グッドウィン
【特務一課】
アーミヤに搭乗

「にしてもこんだけデケェのに中型なのかよ。殴り甲斐は有りそうだがな」

今度は引かなくても良いんだな。コイツも異形すぎてどこが頭だかわかんねぇけど。
先鋒はギバとマダラに任せたが隙は恐らく一瞬だ。集中していくか

2人が切り開いた道を一気に駆け抜けエヴォルグの懐まで推力移動で一気に距離を詰める
<RX-Aランブルビースト>のグラップルでまとまった触手を掴んで弾き飛ばし
懐まで入り込みながら<BS-Aスクィーズ・コルク>でレーザー射撃を続け、零距離射撃を水晶体にぶつけていく。



●灰色の蜘蛛は銀糸を紡ぎ紅の修羅と黒鉄の鬼姫が牙を剥く
 触手の基部となる環状器官をひとつ失った上に多くの損傷を蓄積させたchopperは、苦し紛れに他のエヴォルグを共喰いし再生を試みる。だがそれを猟兵が見過ごす道理など無い。特務一課が執念の追撃を仕掛ける。廃墟群の幹線道路をchopperが飛び跳ねる。舞う後塵を推進加速の白熱光を靡かせた赤雷号が追う。
「メタ張ってきたって感じがするわね……!」
 至極気に入らない。奥歯を噛む天城原の藍色の瞳がレティクル内のchopperを睨め付ける。操縦桿ごとトリガーキーを握り締めた。赤雷号がギガントアサルトを単発射撃する。天城原が想定した通りの射線を通り抜け、想定した通りにchopperの触手に叩き落された。高度な迎撃能力を有するこの難敵は、中距離から遠距離の高機動砲撃戦を得手とする赤雷号とは相性が悪いのだろうか。だが相手からしても赤雷号相手の戦闘は決して有利とは言えなかった。chopperには赤雷号に届く攻撃手段が無い。この点を天城原は既知している。だからこそ相対距離を十分に確保し、付かず離れずで追撃という名の誘導を行っているのだ。
「あの触手さえなけりゃ、ただ気色悪いだけの的なんだけどね」
 主の苛立ちに応ずるかの如く赤雷号の動力炉が回転数を上昇させた。chopperが横道に逸れようとする気配を見せれば進路上に電磁加速弾体を斉射して強引に順路を修正する。行き着かせる先は片側数車線の幹線道路が交わる十字路。そこで僚機と友軍が待ち構えている。到達まではさしたる時間を要しなかった。憎たらしくもchopperは俊敏さを兼ね揃えていたからだ。
「マダラ、キリジ……私がアレを引きつける。後の詰めは頼んだわよ……」
 忌々しく双眸を細めて視線を横に流す。
「オーケー、殺っちゃおうね」
「随分と機嫌がわりィな……」
 サブウィンドウにいつもと変わらない柔らかな微笑の斑星と怪訝な目付きで見返すキリジの様子が出力された。レーダーグラフと三次元立体地図の上で判断するに、灰風号とアーミヤのポジショニングは万全だ。chopperはアンダーフレームと呼ぶには抵抗のある二本の生足を高速で動かし、幹線道路の一時停止線を無視して信号の灯らない十字路の中央に出た。赤雷号がギガントアサルトをガンマウントに預け、副腕で保持していた長大な狙撃砲の銃把を手に取り、サイドグリップを掴んだ。
「誰が機嫌が悪いって? 私はいつだって冷静……よッ!」
 鬱憤の籠もった右足がフットペダルを限界まで踏み抜く。赤雷号の高機動推進ユニットが青白い噴射炎を炸裂させる。エントレインメント・マルチスーツで緩衝し切れなかった重力加速度が天城原の身体を座席に押しやった。chopperとの相対距離が急速に詰まる。
「目標をセンターに固定!」
 二十二式複合狙撃砲が咆哮し大型散弾を放つ。ショットシェルタイプの薬莢が排出され、衝撃を抑え込んだ赤雷号の速度が瞬間的に減衰した。散弾は緩やかな弧の軌道を描いてchopperへ降り注ぐ。迎撃範囲に侵入した瞬間に触手の鞭撃を受けて爆散した。黒煙と燈色の爆風がchopperを覆い隠す。間を置かずに研ぎ澄まされた加粒子の熱戦が迸る。煙の中で拡散する光が見えた。迎撃されたらしい。
「そこへ集中砲火!」
 天城原が最大速度を設定するスロットルレバーを3段階下げ操縦桿を横に倒した。機体姿勢を傾斜させた赤雷号は、爆炎に隠されて視認できないchopperを中心として衛星の如く周回軌道を取る。操縦者が行ったウェポン・セレクターの入力操作に従って手放した狙撃砲をサイドアームが保持する。代わりにガンマウントに預けていたギガントアサルトへ持ち替えた。バレル内で電磁加速された徹甲弾がフルオートで連射される。黄金のレーザー光線にさえ見紛う弾体の通り道がchopperへと伸びる。乱舞する触手が黒煙を切り裂いた。天城原の読み通り奴は健在だ。
「そうそう、その調子で迎撃しなさい……!」
 触手が届かない相対距離を維持してサテライト機動を取りつつ、赤雷号がギガントアサルトを撃ち続ける。触手の鏃がそれを弾き返し、金属同士が衝突し合う甲高い音が連鎖した。電磁加速弾体は迎撃能力の壁を貫通するに至っていないが、触手の動作は確実に赤雷号に集束しつつあった。
「マダラ! 下準備は終わった! やれるんでしょうね!?」
 頃合いだと判断した天城原が灰風号の搭乗者の名を呼ぶ。
「いい感じだねギバちゃん! まかせて!」
 斑星が顔半分を覆う前髪を掻き上げて後ろへと追いやった。崩れたビルの中に潜んでいた灰風号が跳躍する。そして満月を半分に割った半透明の防楯を全面に構えて突入――するのではなく、赤雷号とは逆の方向からchopperの周辺を旋回し始めた。
「これはまた大きい奴が出たよねぇ、その分引っ掛け易いかも知れないけどさ」
 灰風号が滑走し跳ねて着地してまた滑走する。その度に銀色に輝きが垣間見えた。腕部のウィンチユニットから超硬モノフィラメント製のシルバーワイヤーを放出しながら駆け回っているのだ。この場は開けた交差点だが周囲には大小様々なビルの残骸を始めとする廃墟が無数に存在している。銀線を掛ける箇所を探すのに苦労はしない。
「迎撃が得意って事は物凄く眼が良いってことだよね? つまりはこうもワイヤーが張り巡らされてたら……」
 斑星の見立て通り非常に良い眼が銀線の存在を正確に把握してしまい、chopperは迂闊に身動きが取れなくなっていた。そもそもワイヤートラップが展開される前に跳躍して逃げればよいのだが、今も尚飽和攻撃を継続する赤雷号に頭上を塞がれている為それも叶わない。
「アラクネトラップ設置完了。ねむいのちゃん、ギバちゃんとキリジちゃんに設置範囲のデータ送ってあげて!」
『かしこまりました!』
 コンソールに接続されている斑星の優秀な助手が、灰風号が張った蜘蛛の巣の展開状況を三次元地図上に出力し、近接戦術データリンクで共有を行う。こうして全体像を見ると女郎蜘蛛が巡らせた巣のように幾何学的に整った形状だった。これには理由がある。斑星は適当にワイヤーを放出して走り回っていた訳では無い。
「ギバちゃん、どうかな? かなーり綺麗に張れたと思うんだけど」
「上出来よマダラ。後は……!」
 赤雷号の旋回機動が唐突に停止した。その場で滞空しchopperの真正面からギガントアサルトを集中射撃する。目にも止まらぬ速さで振り回される触手が銃弾を叩き落とす。
「今!」
 天城原が叫んだ。
「せーのっ!」
 斑星が答えた。右の操縦桿を力一杯に引き戻す。灰風号がオーバーフレームとアンダーフレームを接続する関節部――即ち腰部を右方向に捻り、右腕部を引いた。十字路を囲む廃墟群のあちこちで糸が弾かれる音と共に積層した砂埃が舞い上がった。銀糸が雨水を弾く。三次元地図上で表示されている蜘蛛の巣が瞬時に円形に収縮。中央にはchopperの姿が在る。
「物凄く厄介な触手だけど……逆にこれさえ封じちゃえばっ!」
 急激に窄まったシルバーワイヤー製の蜘蛛の巣にも反応し得たchopperだったが、豪雨の如く吹き荒ぶ電磁加速弾体の迎撃に許容負荷を殆ど割り振っていた為に反応が一瞬だけ遅れた。その一瞬が命取りに繋がる。
「捕まえたよ!」
 シルバーワイヤーがchopperを触手ごと縛り上げた。か細い強靭な線が半生体材質の表皮に食い込み、白濁した体液を滲ませる。
「おおっと! すっごいパワーだね!」
 強引に離脱しようとしたchopperが驚異的な膂力を発揮する。危うく引き摺り倒されそうになった灰風号を支えたのは半円形に分割された可変式シールドのリアンノンだった。
『ギリギリセーフです!』
 助手が自動制御で盾を保持するサブアームを操作して地面に突き立ててくれたようだ。だが尚もchopperを完封するには至らない。斑星は左腕に設定されている兵装をシルバーワイヤーに変更、近場にあるビルの残骸へ照準を合わせた。トリガーキーを押し込むと灰風号の左腕ウィンチがシルバーワイヤーの先端部となるハーケンを発射、コンクリートに深く喰い込ませた。
「やっちまえ、キリジちゃん!」
 斑星が最後の締めを担う者の名を呼ぶ。chopperの正面斜向いの廃墟群の影から黒鉄の鬼がゆらりと姿を現した。
「……実物は数字で見るよりデケェな」
 全高約5mのアーミヤが全高10mのchopperを遠目で見上げる。スケールの体感は大人と子供以上の差といったところだろうか。
「これでまだ中型とはな。じゃあ大型はどうなってんだ?」
『日乃和軍のデータベースを参照すると、20mまでを中型種、40mまでを大型種と呼称しているようです』
 答えたのはねむいのちゃんだった。キリジの表情が微かに引き攣る。
「40までだと? ならそれ以上が居るってことじゃねェか」
『それ以上は超大型種に分類されるそうです。因みに国内ではまだ発見されてないとか』
「喰えば喰うほど無限に成長するってか? ま、殴り甲斐は有りそうだが……」
「キリジちゃん早くー!」
 右腕部の関節部のサーボモーターが凄まじい音を上げている灰風号から急かす声が上がった。「どれ始めるか」と呟いたキリジがchopperを睨め付ける。
「こっちはギガントアサルトの弾がもう無い! キリジ! ここで潰しなさい!」
 小銃をガンマウントに戻した赤雷号からも同質の声が上がる。
「時間は掛けねェ!」
 灰風号とていつまでも呪縛を保たせられるとは限らない。ランブルビーストの爪に紫電を滾らせたアーミヤが姿勢を落とす。アンダーフレームのロケットブースターが轟いた瞬間、アスファルトで覆われた地面を蹴り出した。センサーカメラが残光を引くほどの急激な推進加速。chopperとの相対距離は瞬きの間に詰まった。だが。
「マジかよ!」
 触手が一本シルバーワイヤーの枷を抜けた。アーミヤの接近を検知し、人間の動体視力を優に超過した速度で突き出される。重い衝撃音が響く。
「通るかってんだ……!」
 サーヴィカルストレイナーがキリジの生存本能をアーミヤに伝播させた。コクピットブロックを庇う左腕部の装甲に触手先端部の鏃が食い込んだ。
「丁度手摺りを探してたんでな!」
 鏃をそのままにして右腕のランブルビーストが爪を剥く。触手を力任せに掌握した。紫電を纏う剛爪を突き立てて引き千切る。切創面から白濁した体液が噴出する。アーミヤは返り血にまみれながら突撃を強行。懐へと踏み込んだ。
「どこが頭かわかんねェけどよッ!」
 ランブルビーストが開かれ、マニピュレーターを束ねて手刀を形成する。アスファルトを蹴り飛ばしアーミヤが跳躍する。推進装置から噴射炎が爆ぜた。下方から打ち上げるようにして繰り出された手刀はchopperの水晶体を直撃。爪の先に確かな手応えを感じた。行き場を失った紫電が稲光を拡散させる。
「迎撃してみろよ……できるモンならなァッ!」
 左腕のランブルビーストも拳骨を形成して結晶体を打ち据える。そして両腕部に装着された荷電粒子砲が獰猛極まりない銃口を露わにした。必中の距離から連射される荷電粒子。シルバーワイヤーに尚も拘束されているchopperにScratch&Flechetteから逃れる術は無く、結晶体に直撃を受けて内部のゼリー状の液体を噴出させる。
「なんだァ!? そっちが頭だったのかよ!」
 脆弱な部位を攻撃されて悶ているのか、一角獣の頭部に見えなくも無い器官が中央から左右に割れ、ずらりと並ぶ三角の牙と赤黒い腔内を露わにした。
「フェザー01! ウルフ01! 今よ! やってみせなさい! これは……貴方達の戦争だ!」
『フェザー01よりアスラ01へ、これより攻撃を開始致しますわ!』
『ウルフ01了解』
 怒号に近い天城原の叫びに日乃和の防人達が応えた。白羽井小隊と伊尾奈のイカルガが潜んでいたビルの影より躍り出てアサルトライフルの十字砲火を浴びせに掛かる。
「こっちからも援護するよ!」
 かなり苦しい機体姿勢ではあるが、灰風号もペネトレーターの射撃を叩き込む。
「人の機体を散々汚してくれやがって……!」
 結晶体と触手から噴出する体液塗れとなったアーミヤが尚もchopperをランブルビーストで殴り付けては紫電を纏う剛爪で引き裂く。遠中近の全方位から暴威に曝されたchopperは身をくねらせて顎を開く。
「生物学的に防御手段を進化させた……って言えば如何にも賢そうだけどね」
 赤雷号がchopperの直上から急降下する。二十二式複合狙撃砲の砲身が顎の内部に押し込まれた。
「ヒトの手で生み出されたのなら! ヒトの手で滅ぼせるのも道理なのよ! こんな感じに、ねぇッ!」
 散々銃弾を叩き落された恨みだと言わんばかりにトリガーキーを引く。生じた射撃反動で赤雷号が仰け反った。chopperの体内に直接叩き込んだ徹甲榴散弾が連続して炸裂、外皮を膨れ上がらせて内蔵器官と思しき肉片と得体の知れない機械部品を細切れにして四散させた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菫宮・理緒
【ネルトリンゲン】

なかなかやっかいな敵だね。

だけどあの回転力が、そのまま防御力になっているなら、
それを止めてしまえば遠距離攻撃も効くってことだよね。

【フィリング・ウェーブ】で回転力を減少させて、そこを長距離から攻撃。
体勢を崩したところを近接戦って感じなら、鉄壁も崩せないかな。

と、いうことで!

『希』ちゃん、ネルトリンゲン前進。
相手の目をこちらに引きつけてから【ウェーブ】照射。

『盾』のエネルギー減少を確認したら、
【M.P.M.S】でAPFSDSを集中砲火。相手の『触手』を引きちぎりたいな。

シャナミアさん、錫華さん、接近戦は任せたよー!
あ、もちろん援護はするけどね。

ということで『触手』を無力化できたら、
【M.P.M.S】は弾頭をAPCにして援護射撃!

アミシア、乱数演算で2人の動きを予測。

なるべく当たらないように援護するよ。
当たっても帰ってきてくれれば直すけど!

【ウェーブ】は市街で作戦してる白羽井と灰狼チームに向けて照射するね。
これでパワーダウンは起こさないと思うから、めいっぱい行っちゃってー!


支倉・錫華
【ネルトリンゲン】

いろいろあるけど、まずは目の前を片付けるのが先かな。

防御特化と思ったけど、そうでもなさそう……。
でも、どちらにしてもあの触手盾がメインっぽいね。
理緒さんがあれを止めてくれるなら、なんとかなるかな。

アミシア、シャナミアさんと戦術データをリンク。
相手の盾が弱ったら、【歌仙】と【天磐】で全速突撃かけるよ。

盾はまた動き出す前に壊しておきたいから第一目標かな。
シャナミアさんと手分けして、左右一気にいっちゃおう。

壊しきれなくても、しばらく使えなくなれば、とりあえずはおっけー。
その間にダメージ入れていくよ。

盾を壊しきってからも、
シャナミアさんとは位置を入れ替えながら連携。
【歌仙】で斬り込んで、確実にダメージを与えていこう。

相手の攻撃はなるべく躱していきたいな。
躱せないときは、下がらず【天磐】で受けきる覚悟でいこう。

【チューン】で装甲5倍、射程半分にしておけば、
シャナミアさんが危ないときに庇ったりしても、少しは耐えられるよね。

シャナミアさんなら、カウンター入れてくれるだろうし、ね。


シャナミア・サニー
【ネルトリンゲン】
ガキがいっちょ前のクチ聞いて
とはお姉さんは言わないけども
ま、金しか繋がりが無いのも気楽なもんだよ悪いことじゃ無い

さて、と
貰う金の分は働こうかね

盾の無効化まではネルトリンゲンに付こう
何してくるかわからんし
理緒さんがやられると色んな意味で崩壊する
【メインウェポン・チェンジ】で
エレクトロマグネティック・カウンターシールド装備
装甲↑・攻撃力↓
甲板に立って防御態勢
ネルトリンゲンが狙われたらシールドバッシュかます勢いで距離詰めて攻撃を受け止める
時間稼ぎくらいならどうにかなる!!……と思う

どっちにしても勝機は接近戦にしか無いからね

盾が弱まるか
ネルトリンゲンがピンチなら
【メインウェポン・チェンジ】解除
標準兵装に戻してからの
【コンバットパターン【A】】いくよ!
カイトシールドのシールドバッシュとビームブレイドでの連続攻撃を軸に
とにかく攻撃を仕掛け続ける!
同じ場所に留まるのは得策じゃなさそうだし
錫華さんとポジションは入れ替わり立ち替わり
勝機とみたら何度でもコンバットパターン繰り出してくよ!



●ネルトリンゲン上での戦い
 猟兵から凄惨なまでの集中攻撃を受け、その度に逃走を図り他の人喰いキャバリアを捕食して再生を試みるchopperは、追い詰められてもなお尋常ならざる粘りを見せた。目標へのダメージは着実に蓄積しており、終幕まで後ひと押しと言ったところだろう。だがここに至って人喰いキャバリア達の行動に変化が及んだ。
 chopperの弱体化に呼応したとしか考えられないタイミングで、旧平沢市内に展開している人喰いキャバリア達が集結。大隊規模の梯団を構成しchopperの所在地点を目指し始めたのだ。白羽井小隊と灰狼中隊が梯団への対処に当たっているが、chopperとの位置関係は既にほど近く、互いの交戦領域は隣接していると認識して齟齬が無い距離まで縮まっていた。
「希ちゃん、ネルトリンゲンの進路はこのままで」
 死んだ街並みに降る冷たい雨が真珠色の万能型戦闘空母の飛行甲板を叩く。高層ビル群の狭間を縫い航行するネルトリンゲンの艦橋にて、玉座たる艦長席に理緒は腰を落ち着かせている。艦が目指す進路はchopperの現在位置。レーダー上で見るに、繰り返していた跳躍を停止して棒立ちとなっているようだ。
「お食事中かな? アミシア、白羽井小隊と灰狼中隊の配置は?」
『どちらも西区画で交戦中です』
 メインモニター上に両キャバリア部隊の状態を事細かに記したサブウィンドウが開く。
「あらら、推進剤が保たなさそうだね。ここからウェーブ照射できそう?」
『可能です。ただし、現在のネルトリンゲンの巡航速度を維持した状態で、照射可能時間は最大50秒。以降は遮蔽物により射線が通りません』
 アミシアの仕事はいつも半歩早い。艦と被照射対象の位置関係を示す三次元立体マップが出力された。
「じゃあ早いところ照射しちゃおう。連絡よろしくね」
『了解しました。照射対象への誘導はこちらで行いますので、いつでもどうぞ』
「希ちゃん、マイクロウェーブ照射開始!」
 音声入力を受け付けたM.A.R.Eが理緒の望む通りの艦機能を働かせる。ネルトリンゲンの側面部のハッチが開放され、音響攻撃装置のD.U.S.Sがせり出した。D.U.S.Sは首を僅かに傾けると不可視の波動を放出する。拡散幅を抑えられて照射されたフィリングウェーブは、旧平沢市の西側で敵梯団を押し留めている白羽井小隊と灰狼中隊の元へ届けられた。
『フェザー01よりネルトリンゲンへ、さきほどアミシア様が推進剤の緊急充填を行うと仰られておりましたが、これが……?』
 どうやら問題なく届いたようだと理緒は頷く。
「これでパワーダウンは起こさないと思うから、もう暫く持ち堪えてねー!」
『支援に感謝致しますわ』
 これでchopperと交戦してる最中に横槍を差し込まれる恐れはかなり減ったであろう。後の問題はchopper本体だけだ。数回の警報音が艦橋内に響く。レーダーグラフが拡大表示された。いよいよchopperとの交戦距離に入ったらしい。周辺はかつて繁華街だったのだろう。背丈の高い建築物が秩序を持って屹立している。目標がビルの直上に跳び上がった。高度はネルトリンゲンと同等だ。
 chopperは触手を落ち着き無く動かすばかりで戦意の気配を見せない。ネルトリンゲンの火器管制機能は既に捕捉を終えている。理緒の一声があればいつでも砲門の口を開くだろう。だがただ撃っても触手に迎撃されるか容易く避けられてしまう。
「あの回転力が、そのまま防御力になっているなら、
それを止めてしまえば遠距離攻撃も効くってことだから……」
 錫華とシャナミアを交えた三名で事前に打ち立てていた計画を実行する時が来た。
「フィリングウェーブ、出力アブソーブモードで照射!」
 理緒が腕を薙ぐ。白羽井小隊の機体に活力を与えていたマイクロウェーブの照射先をchopperに偏向する。照射対象はビルの直上で棒立ちとなったままだ。空間自体を振動させる波動の類には反応を及ぼさないのだろうか。何にせよ触手結界に作戦の前提を覆されずに済んだ。
「後はちゃんと狙った通りの効果を受けてくれていればいんだけど……」
 モニターで確認する限りではフィリングウェーブはchopperに届いている。だが今のところ目に見える反応や観測出来る変化は無い。となればこちらから試しに行くしかないのだろう。
「M.P.M.S! 1番2番起動! APFSDS装填! 目標を自動捕捉して連続発射!」
 多連装ロケットシステムの砲門が開き、そこから無誘導弾が続けざまに放出される。緩やかな曲線の軌道を描いた初弾がchopperの眼前に到達する。やはり触手の結界に阻まれ爆散した。だが爆風に煽られた腕無しの胴が大きく揺らぐ。
「効いたかな? 効いたっぽいね!」
 フィリングウェーブによるエネルギー奪取は有効に作用したらしい。触手の迎撃能力が明らかに鈍っている。双眸に収まる琥珀色の瞳はその僅かな反応を見逃さなかった。続いて後続の装弾筒付翼安定徹甲弾が大急ぎで駆け込む。構造物を巻き添えにして灰色の煙幕を膨れ上がらせた。chopperの身体の表面を覆う皮膜は決して頑強なものではない。触手の守りさえ抜けてしまえば艦砲の徹甲弾に耐えられる道理など無い筈だ。
 しかし直後に鳴り響いた接近警報に理緒は眼を見開いた。灰煙を引くchopperがネルトリンゲンの斜め上方から降下してくる。迎撃しきれないと判断して跳躍して躱したようだ。chopperが飛行甲板の先端に降着する。赤い水晶体と視線が交差する感覚が走った。敵は理緒を餌として正しく認識し、所在も感知している。M.P.M.Sは装填済みの弾体を全て打ち尽くして再装填の最中だった。切れる手札が無い。されども理緒の表情に焦燥は浮かばなかった。
「錫華さん! シャナミアさん! お願い! フィリングウェーブの照射は続けてるから、ねー!」
「了解。アミシア、バックアップよろしく」
「やっと出番回ってきた!」
 艦橋を目指して走り出したchopperの眼の前にスヴァスティカとレッド・ドラグナーが立ち塞がる。
「理緒さんがやられたら色々崩壊するから、さッ!」
 スヴァスティカが側面に跳ぶ。レッド・ドラグナーが背負う推進装置から噴射光を燃え上がらせた。両腕のマニピュレーターで支えた大盾の表面にEMエレクトロ・マグネティックフィールドを張り巡らせ、機体ごと衝突する勢いで突撃する。触手の鞭撃が盾を叩いて突撃を強制停止させた。
「思ったより重くない! これなら時間稼ぎくらいなら!」
 エレクトロマグネティック・カウンターシールドを正面に構えて触手連打を耐え凌ぐ。手数の攻撃では効力が薄いと察したのか、太く重い触手で強烈な突き込みを繰り出す。盾の斥力場と反発し合い、青白い雷光が散る。
「最初から大盾構えてて正解だったね! 踏ん張れ、レッド・ドラグナー!」
 シャナミアの左手がコンソールを二回叩いた。アンダーフレームの足裏に収納されていた爪が展開し、ネルトリンゲンの飛行甲板に食い込む。側面から手薄な脇腹を狙おうと細い触手が左右に分かれて鎌首を持ち上げた。
「防御特化と思ったけど、そうでも無いんだね」
 刃の一閃が触手の鏃を弾く。スヴァスティカが駆ける。chopperはレッド・ドラグナーへの攻撃より動体への迎撃処理を優先したらしい。歌仙と触手の鏃が衝突した。甲高い金属音が鳴って火花が踊る。触手の刺突がスヴァスティカを狙うも、歌仙の刃で受け流して凌ぐ。
「シャナミアさん、ここは強気で攻めた方がいい気がする」
「そうかな? そうかも!」
 どの道接近戦に活路を見出すつもりで来たし、攻めなければ勝てない。レッド・ドラグナーは足裏のスパイクを収納するとキャバリア2機分の距離を後退跳躍した。触手が容赦無く縦に打ち下ろされる。
「そんなの!」
 EMカウンターシールドで殴り付け、勢いのまま盾を投棄する。裏面に担架していた通常兵装の数々は既に回収していた。その兵装交換の際の僅かな間隙をchopperは見過ごさなかった。必中直撃のタイミングで触手が刺突される。
「やっば!」
 カイトシールドの掌握がほんの一瞬だけ間に合わなかった。レッド・ドラグナーが咄嗟に片腕で機体を庇う。両者の間にスヴァスティカが割り込んだ。触手の鏃が天磐の表面を直撃。重い衝撃音がネルトリンゲンの飛行甲板を伝播する。
「くっ……!」
 錫華が呻く。機体が弾き飛ばされた。
「錫華さん大丈夫!?」
 僚機が命賭けで捻出してくれた一瞬でカイトシールドを装備。縦横無尽に繰り出される触手乱舞を盾受けしてはビームブレイドで切り返す。
「平気」
 錫華は短く応答し機体を立て直す。アミシアが機体ステータスをサブウィンドウに表示した。かなりの衝撃を受けたが損傷は軽微らしい。もし脈動臨界チューニングで射程を斬り捨てて装甲を強化していなかったら、片腕のフレームがひしゃげていただろう。
「こっちは側面からいくよ」
 シャナミアとの十字砲火ならぬ十字格闘の位置取りに入るべく、飛行甲板をHammerのローラーダッシュユニットで駆け抜ける。何本かの触手が睨んでいるが構わない。
「じゃあこっちはこのまま押し切る!」
 レッド・ドラグナーが機体姿勢を傾斜させて僅かな距離を旋回移動した。錫華が切り込み易い角度を確保するためだ。
「この距離は! 私の距離だ!」
 触手の横薙ぎをカイトシールドで殴り返して相殺。腕部を振るった際に生じた運動エネルギーを利用し、ビームブレイドを右から左へと振り切る。返す光の刃で触手を切り払う。ドラグナー・ウイングのバーニアノズルが推力を爆発させ、機体を短距離直進させた。質量弾と化した赤き竜騎兵が触手諸共chopperを押し込む。シャナミアは確かな手応えを操縦桿越しに感じた。
「届いた!」
「フィリングウェーブ、効いてるみたいだね」
 僅かずつではあるが触手の動きが更に鈍ってきている。超接近戦で切り結ぶ錫華にとって、その感覚はより鮮明に感じ取る事が出来る。
「後は幾らかでも切り落とせれば……」
 スヴァスティカの左右上方から幾つもの触手が迫る。内1本を歌仙で弾き、残りを天磐で受け止めた。一撃一撃が重く鋭い。だが錫華は攻勢を緩めず食らい付く。
「今のこの子なら、まだ耐えられる」
 触手が振るわれるより先に機体を飛び込ませ、歌仙の縦斬りを浴びせる。鏃の硬質な感触では無く触手自体の軟質な感触が刀身を滑った。白濁の液体が噴出する。遂にスヴァスティカの連撃が触手の一本を断った。錫華がフットペダルを踏み込む。右の操縦桿を引き戻し、左の操縦桿を押し出す。瞬間的な超高速旋回が痛烈な重力加速度を産み出した。コクピットシートに押さえ付けられ、否応にも噛み締めた奥歯から呻きが漏れた。
「引き裂く……!」
 クイックターンと共に放った横薙ぎ一閃。歌仙の鈍らぬ刃が触手の包囲網を文字通りに引き裂いた。直後にスヴァスティカが後退跳躍する。
「せーのっ!」
 レッド・ドラグナーと立ち位置を入れ替えた。触手の結界の密度は喪失している。飛び込むなら今しかない。カイトシールドを投げ捨て両腕からビームブレイドを生じさせると左右同時に振り下ろす。溶断された触手の断片が白濁液を撒き散らしながら宙を踊った。
「ぎゃー気持ち悪い!」
 折角間合いを詰めたのに、つい反射的に後ろに下がってしまった。されど結論から言えばこの後退でシャナミアは命拾いをする事になる。
「ふたりともー! 避けてねー!」
「なんだってぇ!?」
 突然理緒から発せられた通信の意図の真相を知るよりも先にロケット推進の音が大気を震わせる。
「シャナミアさん、下がって」
 既にchopperとの相対距離を開けていた錫華は事態を先んじて把握していた。有無を言わずレッド・ドラグナーが更に後退した直後、chopperの左右の横腹に誘導弾が届けられた。
「被帽付徹甲弾! 食らっちゃえー!」
 もう触手の盾は殆ど機能していない。M.P.M.Sから発射されたAPC弾頭が無防備となったchopperをいとも容易く直撃する。弾頭は保護表皮を貫徹、即座に信管を作動させて赤黒い爆炎を花開かせた。
「理緒さん危ないって! 先に言ってくれないと!」
「ごめんねー、でも邪魔しちゃ悪いと思って。もし当たっても帰ってきてくれれば直すけど!」
 理緒は片目を瞑って首を傾けて見せた。
「アミシアはミサイルの発射、知ってたの?」
 どこか冷ややかな声音で錫華が問う。
『はい』
「なんで教えてくれなかったの?」
『集中力を削いではならないと判断したためです』
 抑揚の無いアミシアの応えに錫華は「そう」とだけ零すとコンソールを平手で叩く。
 何にせよ眼の前の結果が全てである。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

猟兵支援用仮想人格・ナヴィア
猟兵に好意的でない国民がいる様子!動画撮影ドローンで猟兵の活躍を撮影して中継を繋ぎます!

電脳魔術で不安を煽る楽曲と英雄的な楽曲を組み合わせ
インカムマイクで微弱な催眠術を声に乗せ、まるで猟兵のヒーローショウの如く実況
カリスマオーラの圧倒的な存在感で言いくるめ
民衆を味方につけます!

世界侵食電脳魔術結界術で戦場全体を遮断
ミラージュユニットで殲禍炎剣から隠し、友軍機に飛翔ユニットを具現します!敵機には超重力場!

さて、超小型ナノマシン端末を配布した事で友軍の状態を常時把握出来る様になりました!生身で生存出来るよう、これをナヴィアワクチン化!友軍の感染を阻止します!感染済の方は世界侵食電脳魔術の事象改変で治療

…何かしらの密談などが行われていれば、私に筒抜けです!心拍数、発汗量、声質の変化、その他諸々を分析すれば会話の真偽判定も容易です!

手中掌握、生かすも殺すも私次第です。

撃破済エヴォルグをハッキング、世界侵食電脳魔術で治し一見で味方だと分かるように改装
猟兵の支配下へ置かれるようプログラミング



●マス・コミニュケーション
 11日前から始まった降雨は今も止む気配は無い。
 平沢市は人々の営みの息遣いを色濃く残したまま打ち捨てられ、高層建築物の数々は墓標のようにただ立ち尽くしていた。濡れるコンクリートは誰の代わりに泣いているのだろうか。
 死街と化した平沢市で猟兵達とchopperの熾烈かつ過酷な戦いが繰り返される。隣接する区画では有象無象の人喰いキャバリアをchopperと合流させまいと白羽井小隊と灰狼中隊が堰の役割を担う。さらに外周では後藤が直接指揮を執る東方面軍の本隊が敵を市内に流入させまいと必死の陽動作戦を遂行していた。
 三方面で展開される戦い。その戦場を虚ろな少女の姿を採った電脳知性体が舞う。
「さてはて、中継の前にまずは舞台準備からですね」
 ナヴィアが片腕を天へと翳す。本体が内包する世界侵食サーバーに蓄積された旧平沢市全域の情報をミラージュユニットへ送信し、幻影の結界へと変換する。戦域全体を黄金かつ半透明のドームが覆った。
「これでほんの一時的ですけれど殲禍炎剣の照射判定を誤魔化す事ができます。あとは……」
 数秒の間、腕を組んで難しげな表情を浮かべた。すぐに何かを閃いたらしく顔に光が灯る。
「外周で頑張ってらっしゃる本隊の皆様に翼を授けちゃいましょう! 飛べないよりは飛べる方がいいですよね!」
 西南北に掌を向けるたびに電脳魔法陣が開いては消失する。各方々で交戦中の東方面本隊のキャバリア達にフライトユニットを授けたのだ。搭乗者は突然背面に装着された装備に困惑したが、実際の使用感は推進装置の出力が強化されただけに近く、再設定などの作業は必要なかった。ここは電脳魔術士らしくナヴィアがソフトウェア回りの融通を上手くやってくれたのだろう。
「敵には超重力場! ……を掛けてしまうと重力変動の植生変化等でよろしくないそうですね! ではほどほどに!」
 冷たい雨降り注ぐ天に向けて両腕を突き出す。開いた手の中に紫の光が集束し、上空に向けて放たれた。光球はある程度の高度まで上昇すると円形に潰れ、薄く伸びるようにして拡大。空一面を覆うと降下を開始し最後は地に吸い込まれるかの如く消失した。
 一連が終わった途端に敵群の動きに変化が訪れる。背中に見えない重りでも乗せたのだろうか。地に這いつくばり歩行もままならない状態となった。無論日乃和軍が見逃す筈もなく、人喰いキャバリア達はほぼ一方的に惨殺される次第となった。
「我ながら良い加減ですね! あまり簡単に倒されてしまうと次の中継が盛り上がりませんし!」
 さていよいよ本題に取り掛かるかと撮影用ドローンを回そうとしたが、何かを思い出したのかドローンに対してストップの合図を送る。
「エヴォルグウイルスの存在を失念していました! ナヴィアのスペシャルワクチン散布!」
 重力場を展開した時と同じ挙動を取る。今回空に放たれたのは緑の光球だった。光球が弾けて微細な粒子となって戦域一帯に雨と共に降り注ぐ。ナヴィアが散布したナノマシンはエヴォルグが放出しているナノマシンと接触すると結合してこれを無効化する。それだけに留まらず、友軍の機体にも作用を及ぼしより広範囲での戦術データリンクを構築。搭乗者の事細かなパーソナルデータまでをもナヴィアの元へ集約させた。
「んんー? 皆さんだいぶ戦術薬物の体内蓄積量がよろしくない事になってますねぇ……これはちょちょいのちょいで軽減しておくとして、ストレス値がヤバイ! これでは皆さん寿命がマッハですよ! そろそろ自殺者が連続するんじゃないですか? 後でカウンセリングもしなきゃいけませんねー。これもこーして……」
 日乃和軍の少年少女達の消耗度は外観で確認するよりも遥かに深刻だった。本来なら神経科医や精神科医がやる仕事なのだがナヴィアは何の構いも無くバイタル正常化の作業をやってのける。生かすも殺すもナヴィア次第。ナノマシンさえあれば造作もないらしい。
「あとこれもやっておきましょう!」
 目線の高さまで上げた指を鳴らす。すると各地で骸となり転がっていた人喰いキャバリア達が操り人形のように立ち上がった。そして平面な箱型の立体映像に閉じ込められたかと思えばグレイルやオブシディアンmk4に姿を変じる。
「限り在る資源は有効活用! さあ往くのです!」
 日乃和軍のキャバリアの皮を被った人喰いキャバリア達が、陽動を行っている東方面軍へと加勢に入る。既に交戦中の兵達はぎこちない動作の謎の増援に恐れ慄いたが、ナヴィアが「私のドローンキャバリアなのでお気になさらず!」と伝えると一瞬で全てを理解したようだ。彼等も猟兵との付き合いが長くなる内に猟兵とはこういうものであると認識を新たにしつつあった。
 ここまでやれば下準備は十分だ。もう邪魔が入る恐れも無い。薄く透けているナヴィアは正す必要もない服の裾を正すと、咳払いひとつし撮影用ドローンを自身の周囲に呼びつけた。
「あーあー、マイクテスマイクテス! はい感度良好ですね! ハローワールド! 皆さま御機嫌よう! イェーガーナビゲーター、ナヴィアです!」
 ソーシャルディーヴァの本領発揮といったところだろうか。傍から見れば自立攻撃機動端末に見えなくもない撮影用ドローンを前に、いかにもなポージングで煌めかしい笑顔を作る。
「現地からの中継です! 本日はこちら、現在暁作戦を遂行中の日乃和軍……えー、東方面軍ですね! 東方面軍に同行しております! 後ろに見えますのは西州平沢市! いやぁ瓦礫の山ですね!」
 ナヴィアの腕の案内に従い撮影用ドローンが旧平沢市の惨状を一望させてみせた。中継映像は数多くの中継機を経由して東州を始めとする人類の生活圏に届けられている。クロムキャバリアには殲禍炎剣の存在による都合上、広域通信技術が喪失してしまっている。だからこそナヴィアは進軍の都度に中継機を各所に設置して回っていた。
「現在は旧平沢市と呼ばれている街ですが、いまここでは猟兵の皆さんと人喰いキャバリアの戦闘が……あちらで爆発が起こりました! 行ってみましょう!」
 仮初の身体が虚空を蹴り出す。水中を泳ぐようにして火柱が上がった区画へと急行すると、やはり猟兵とchopperが交戦状態に陥っていた。ナヴィアは「BGMはワーグナーにしましょうか」と呟くと撮影用ドローンに視線を戻した。後ろでワルキューレの騎行が流れ始める。
「お茶の間の皆様、ご覧になられておりますでしょうか? 中型種とされる強力な人喰いキャバリアを前に、猟兵の皆さんが果敢に戦っているのです! 強大な敵に対し猟兵さんの総数は僅か数十名! なのに一切臆することなく立ち向かうこの勇気!」
 仰々しい口振りと身振りで実況するナヴィア。撮影用ドローンの何体かは猟兵やchopperの至近まで接近し、アクロバティックなカメラアングルで戦闘の情景を伝えている。
「おおーっとこれは航空空母! 猟兵さんはこんなものまでお持ちなんですねぇ! いま艦艇がミサイルを発射しました……が!? chopper選手飛んだ! 飛行甲板に飛び移りました! ブリッジを狙っているんでしょうか!? しかーし猟兵選手がふたり待ち受けている! 猟兵選手とchopper選手がぶつかりました! すごい音です! chopper選手の連撃が止まらない! 盾持ちの猟兵選手が受ける! 一方の猟兵選手は側面に回りました! 横から切り込む! 惜しい! 触手に止められてしまいました! ですがふたりの猟兵選手の連続攻撃! おっといま!? いま触手が!? 触手が切断されました! 猟兵選手速い! 目にも止まらない速さで斬る! 斬る! 斬る! まるでニンジャ!」
 マイクを片手にとてつもない早口で白熱するナヴィア。これだけ喋っても一度も噛んでいないのはやはりバーチャルアイドルだからなのだろうか。
「ここで猟兵選手の一閃が決まったー! 続けて盾持ちの猟兵選手! 盾を捨てて二刀流の構え! 踏み込む! 切り破る! chopper選手またしても触手を失う! もう後がないchopper選手! 猟兵選手の攻撃は止まらない! おや……!? これは? ミサイルです! 航空空母からミサイルが発射されました! chopper選手の脇腹を直撃っ! これは痛い! chopper選手痛恨の極み! 猟兵選手の勝利まであと一歩でしょうか!?」
 ナヴィアが撮影用ドローンに振り返り、交戦域に背を向けた。
「日乃和国民の皆様! これが! これが猟兵さんです! 法外な報酬と引き換えに確実に任務を遂行する戦闘集団! あるいは個人! いまナヴィアがお伝えしている通り、彼等は紛うことなきスペシャリストなのです! 猟兵の皆さんはここ、日乃和西州の敵の真只中で護国のために、命を賭して戦っています! どうか日乃和国民の皆様、彼らに! 猟兵の皆さんにエールを!」
 目尻に涙すら溜めて熱く捲し立てる。可憐なアイドルの容姿と相まって訴える気迫は生半なものではなかっただろう。しかもナヴィアの音声は特殊仕様のインカムマイクを介してある種の催眠効果を含ませている。果たして日乃和のお茶の間に対する喧伝効果はいかほどのものだったのか。答えは徐々に現れた。
「おぉ? いい感じですねぇ」
 ナヴィアは外的な音声として出力せず、内でひっそりとそう呟いた。猟兵達のコンディションの上昇こそ、グッドナイス・ブレイヴァーが確かに権能を発揮している証となる。
「これでお茶の間の心もゲットです!」
 元来この実況劇には日乃和国民の猟兵に対する認識改善の意味も含まれていた。一度雇用するだけで税金をドカ食いする点もだが、過去の戦闘で超重力兵器や準戦略核と思しき兵器を投入した事で、些か嫌厭な心証を保つ民衆も少なくなかった。だが此度のナヴィアの報道によって、猟兵達は紛れもなく日乃和の為にその力を正しく振るっている事実が伝えられたのであろう。各々の真の目的はさて置いて。
 この行動は後ほど少なくない影響を及ぼすかも知れないし、及ぼさないかも知れない。それが判明するのは暁を越えた先だ。
「ああーっとここでchopper選手が飛んだ! chopper選手逃げる! 猟兵選手が追います! ですがchopper選手は既に息も絶え絶えの様子! 猟兵選手が怒涛の追い込みを見せます! 中継をご覧の皆様方! 暁作戦成就のため、どうか猟兵の皆さんに今一度応援を! 頑張れ猟兵! 負けるな猟兵! 引き続き中継は私、イェーガーナビゲーターのナヴィアがお送りします!」
 chopperが満身創痍の姿で跳躍を繰り返して逃走を図る。虚ろな輪郭のナヴィアがドローンを引き連れて後を追う。他者と繋がる力を信じるバーチャルアイドルの報道は、あと少しの間だけ続くだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メルメッテ・アインクラング
※真の姿使用
※マイクは変わらずOFF

「あるじ、さま……メル……」
微睡んで目を開けると、其処は見知らぬ雨降る街。夢みたいな景色です
操縦再開。お出かけしましょう。傘は差さずに、踊るように!

敵斬撃は【見切り】剣で【受け流し】ます
「私に御用でしょうか?」

「大きな花束……私に下さるのですか?」
迫る束を剣で【武器受け】。受止める力を補う為【念動力】も使います
「こんなに立派な物を頂いて。お返しをしませんと」

「感謝の証に歌を贈りましょう!」
実は得意なのです、沢山習ったので……習った?どなたから?
指定UCを発動。眼前の方の花束を、全身を、震わせるくらい私の歌声を響かせて!
高音を出すほど出力も上昇!【限界突破】でフィナーレです!
あら?花束は、花吹雪だったのですね。素敵な趣向!

『ふざけるな!よく聞け!お前の、使命は!!』
――そうでした!「私の使命とは、貴方様と真に分かり合った後、共に滅びゆく事です」
「貴方様は私の、『棺』なのですもの」
ああ。使命は非常に嬉しい筈なのに胸の奥底は酷く悲しく感じているのです。何故?



●聖櫃は人魚姫セイレーンの夢を視るか?
「あるじ、さま……?」
 薄い唇が無意識に誰かの名を紡ぐ。ひょっとしたら、それが救いを求める最後の声だったのかも知れない。けれど名を呼んだ彼の者は手を伸ばしてはくれなかった。或いは届かなかったのだろうか。
 昏き微睡みから目を醒ますと、くすんだ灰色の街に暗く冷たい雨が降っていた。記憶のどこにも無い街並みの景観。周囲を見渡しても人々の呼吸の後だけがあるばかりで誰もいない。まるで滅びた世界に自分独りが取り残されてしまったかのように。
 喉の奥から寂寥が湧き出す。空を見上げた。灰と白が混濁した雲が地平の彼方までをも埋め尽くしている。ああ、そう、これは――。
「夢……?」
 そうに違いない。だって、ここには貴方様がいない。
 双眸に瞼を下ろし暗闇で世界を閉ざす。再び開いた眼で視た世界は先程と何も変わらない。孤独の雨に濡れた灰色の街並みだった。否、違う。
「まあ……? 貴方は?」
 眼前の路の先に誰かが立っている。一瞬彼の者の姿を垣間見たが、それは微睡みが作り出した都合の良い幻想だった。腕の無い二本脚だけの輪郭は、泡と消えた彼の者の面影とは似ても似つかない。その二本脚が身を屈めて跳んだ。放物線を描いて眼前へと着地する。
「……あの、私に御用でしょうか?」
 遠慮がちに問う。見知らぬ二本脚の挨拶は苛烈だった。メルメッテは不意に腕を払っていた。金属同士がぶつかり合う音に燈色の光が飛び散る。そこで自分がいつの間にか剣を携えていた事に漸く気付いた。従奏剣ナーハ。私はこの剣の銘を知っている。何故?
 二本脚が円から生える幾つものか細い腕を振るう。またしても意識の外で腕が動いた。自分の四肢のひとつという感覚が酷く希薄に思える。むしろ巨大な人形を中から動かしているような。
「踊りたいのですか?」
 首を傾げた。雨の中で傘を差さずに踊る。それもいい。相手は少々変わった姿をしているが――折角にも花嫁のような白く美しいお召しものを纏わせて頂いているのですから。ブーケの如く束ねられたか細い腕が突き出された。
「大きな花束……これを、私に?」
 困惑を浮かべながらも謹んで受け止めた。花束は片腕では抱きかかえられないほど重い。気を確かに保っていなければ落としてしまう。手に取った瞬間に激しい光が飛び散った。
「こんなに立派な物を頂いて。何かお返しが出来ればよいのですけど……」
 今の私には何もない。貴方様との記憶も、絆も、私が誰であるのかさえ。ただひとつだけ、残されたものといえば、これだけだった。
「歌は……お好きでしょうか? いまお返しできるものはこれ位しかありませんが……実は得意なのです。たくさん教えて頂き、何度も何度も練習致しましたので」
 自分の口から流暢に流れ出る言葉に強い引っ掛かりを覚えた。私は一体誰から歌を教わったのか。いつ教わったのか。どんな歌を教わったのか。辿る記憶は銀色の泡に覆い隠されて何も見えない。また得体の知れない寂寥が湧き上がった。決して忘れてはいけない、大切な貴方様の事を忘れてしまっている。
「感謝の証に歌を贈りましょう!」
 目尻が熱く冷たくなる感触を振り払うようにして声を張った。どんな詞なのかなど解らない。ただ心が思うままに歌う。とても重くて暗い歌。それとも軽くて明るい歌だったのだろうか。声帯が切れるのも厭わないほどの高音域に大気が戦慄く。お気に召されているでしょうか。そんな懸念がふと起き上がったが、ただ一人の観客は膝を地に着けて歌に聞き入っていた。そんなにも感動して頂けるとは光栄の極みと、歌に懸けられた呪いは益々重度を増す。
 やがて深重震歌は終曲を迎える。遂に感動に耐え兼ねた二本脚は身を大いに戦慄かせ、無数の欠片となり弾けて飛び散った。
「まあ、これは……花吹雪だったのですね」
 曇天に舞った白い花弁が雨と共に降り注ぐ。花弁がかざした手の平の中に落ちた。その手は自身のものではない。よく見知った貴方様の手だった。
『ふざけるな! 聞け! お前の……使命は!』
 頭の中に誰かの怒鳴り声が反響する。私はこの怒声の主が誰なのかよく知っている。厳しく、気位が高く、傲岸不遜で、大概不機嫌で、なのにいつも私を気に掛けてくださる不思議な貴方様。記憶を覆い隠していた銀の泡の先に血呪色の四眼が見えた。
「私の、使命?」
 面持ちを俯けて溢れた言葉を反芻する。
『そうだ、メルメッテ! 失念したとは言わせん! 私の言葉を、お前はしかと刻み込んだ筈だ!』
 そう、忘れるはずもない。忘れることなど出来ない。この胸で鳴る鼓動に刻まれた呪い。
「そうでした、私の使命とは……」
『違う! お前は!』
 どうして遮るのでしょうか? 私は忘れてなどいないのに。ご安心ください。そうしてメルメッテは精一杯の笑顔を作り、高らかに宣誓した。
「私の使命とは、貴方様と真に分かり合った後、共に滅びゆく事です!」
 肌下をざわめかせる高揚感に表情か綻ぶ。
「貴方様は私の――『棺』なのですもの」
『メルメッテ……! お前は……! お前は! お前はなァッ!』
 貴方様の声は届かない。想いは伝わらない。願いは報われない。伸ばしたその手は何も掴めない。祈りは呪いに。歌は怨嗟に。私は冥い海より深い闇へと還る。それがきっと、私の行き着く果て。貴方と共に滅びる私の。悲しむ必要も怒る必要もございません。使命を全う出来る栄誉は、何物にも代え難い幸福なのですから。
 見上げた仄暗い曇天から雨が降る。
「これは、涙? 泣いているのは……誰?」
 ラウシュターゼの胸郭に閉ざされた玉座にて、死に装束を纏う少女の頬を雫が伝った。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『エヴォルグ壱號機『Swollen』』

POW   :    負荷強化式『Swollen』
自身が操縦する【キャバリアが損傷時に負荷強化を開始。機体】の【損傷を瞬時かつ無限に修復と強化する】と【同時に使用数に応じ巨大化しサイズと戦闘力】を増強する。
SPD   :    圧縮解放式『Violence』
自身の【肥大した機体を極限まで絞り圧縮。3本の腕】から、戦場の仲間が受けた【か自身の負荷に応じた速度密度誇る、凝縮度】に比例した威力と攻撃範囲の【連撃を放つ。攻撃後5mの通常態に戻り熱風】を放つ。
WIZ   :    負荷最適解『muscular』
【負荷が掛かる事に負荷に適応した体】に変身する。変身の度に自身の【防御値、攻撃力値、状態異常耐性値、速度値】の数と身長が2倍になり、負傷が回復する。
👑11
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●死街戦終局
 止まぬ灰色の天泣の中、死に行く文明の残滓を香らせる旧平沢市で繰り広げられた戦闘の末、エヴォルグ肆號機『Chopper』は遂に討ち取られた。
 何層もの触手の結界を切り払い、旗色が悪いと見るや共喰いによって試みた再生をも上回る痛打を重ねに重ね続けた結果、一矢報いる事さえ叶わないのではないかともすら思わせる二本脚のオブリビオンマシンは、肉と機械を混ぜ合わせた歪な残骸へと姿を転じた。
「本当に……倒してしまわれたのですわね……誰一人欠ける事もなく……」
 chopperとの激戦を終えても尚全員が健在の猟兵達を見た那琴の背筋に薄ら寒さが這い登る。猟兵の実力を疑ったつもりなどないし、こうなる結末はどこかで予見していた。だが、それにしても猟兵達の力は大き過ぎる。ユーベルコードを起因とする、理不尽を理不尽で覆す力。クロムキャバリアの伝説で謳われる彼等の恐ろしいまでのそれは、生命の埒外だからこそ成し得られる所業なのだろうか。
「わたくしにも、猟兵の方々と同じ力さえあれば……」
 知れば誰もが望むだろう。猟兵のようになりたいと。
 封じていた感情に逆らって言葉が無意識に声帯から滲む。噛み締めた奥歯が軋む音を立てる。両手は操縦桿を強く硬く握り締めていた。
『目標の活動停止を確認! 猟兵、白羽井小隊、灰狼中隊、よくやってくれたな! 終わってすぐで悪いが、指定座標で補給を受けた後、こっちの本隊と合流してくれ。現在交戦中の敵梯団をこのまま一気に撃滅したい。それが終わればここら全域は晴れて人間様のものだ』
 後藤の全周波数帯域通信を受けた猟兵達は、どう応答したのだろうか。
「フェザー01、了解ですわ」
『ウルフ01了解。中隊各機、アタシに付いて来な』
 新たな指令を良しとした猟兵達は転進し、指定の座標位置で生身と機体にほんの細やかな休息を与えた後、次なる戦闘区画へと向かう。やがて激しい硝煙弾雨が止んだ頃、旧平沢市は静かな寂寥で満たされた。
 されど、仄暗く分厚い雲は空を覆い隠したまま、冷たい雨は未だ止まず。
「フェザー01より白羽井小隊全機、そのまま秘匿回線でお聞きなさい――」
 そしてオブリビオンマシンが育んでいた黒い炎が、那琴達の中でようやく灯る。雨は憎しみを洗い流すことは出来なかった。

●僅かな希望は絶望の種
 暁作戦始動から20日以上が経過した。あの日から降り始めた雨は今もずっと降り続いている。空の色と陽の光の色を忘れてしまう者さえいたかもしれない。重い空模様は日乃和の兵士達の心にも影となって伸し掛かる。そろそろ青い空が見たい。会話の一端でそんな言葉がしばしば聞かれるようになってきた。
 旧平沢市を突破した東方面軍と猟兵達は人喰いキャバリアを漸減しつつ進軍を続け、西州の西端付近へと至った。率直に受け止めれば順調に思えるが、内実は西州の奥に進めば進むほどに状況の逼迫も進んでいる。前線装備の消耗が機体を蝕み、生活環境の悪化が人体を蝕む。恐らく大抵の猟兵達にとっても例外とはならないだろう。
 進攻の都度開放した基地施設で行われるブリーフィング。これで何度目だろうか。申し訳程度に照明を灯した薄暗い作戦会議室。やたらと広い部屋の中央に安置された長方形の卓を、猟兵達を含んだ皆で囲む。
「さて、良い報せと悪い報せがあるんだが……」
 いつもの如く後藤が始まりの一言を切り出す。そして「まず悪い報せからの方がいいか?」と問いを投げかける。首を縦に振る者も横に振る者もいただろう。いずれにしても後藤は訊く前からどちらを先に告げるか決めていたようだ。
「じゃあ悪い報せから行くか。全員知っての通り、ここん所は雨続きだ。で、この雨が悪さをしてな。愛宕連山の各地で土砂崩れを頻発させている」
 那琴や伊尾奈は報せの結末に察しを付けた。眉間の皺が険しくなる。
「土砂崩れの影響で補給の生命線になってる愛宕連山自動車道があっちこっちで通行止めになってな。向こうさんらも命懸けで復旧作業に当ってはいるようだが、人喰いキャバリアの残党に邪魔されたりとで予定通りに進んでないのが実情だ。という訳で今後俺達に回ってくる物資の到着にはますます遅れが生じる見通しだ。総員覚悟してくれ」
 これ以上何をどう覚悟しろと言うのか。日乃和の若すぎる防人達は後藤を責めても仕方ないのは百も承知ではあったが、内心でそんな感情を抱かずにはいられなかった。幸いにもこの基地然り、奪還した人類拠点に残されていた物資を回収出来ているため食い繋げてはいる。だがそれだけだ。東方面軍には物も人も足りない。
 特に灰狼中隊が深刻だった。旧平沢市での戦闘以降、常に定員割れを起こしている。結果として戦闘に掛ける比重は益々猟兵達への依存度が増大する訳だが、極々一部の例外を除いて猟兵達の物資も体力も、そして生命も有限だ。その限りある貴重な戦力は、強大な敵に対する切り札として温存しておきたいのが本音ではあるが、状況の悪化がそれを許しはしなかった。猟兵とていつまでも騙し騙しが続けられる訳では無いとは後藤を含む日乃和の兵士達も既知している。
 だが、補給物資の到着が遅れているのが逼迫の主な要因ならば、到着を待って進軍すれば良いだけではないのか。そう誰かが質問しようとした矢先に、後藤は更に苦い表情で口を開いた。
「もうひとつ悪い報せだ。日乃和海で人喰いキャバリアを堰き止めてる日レ連合艦隊だが……かなり苦戦しているようだ」
 暁作戦遂行中の間、東アーレス半島から日乃和海を渡り日乃和に襲来する人喰いキャバリアを押し留める為に派遣されていた、日乃和とレイテナ・ロイヤル・ユニオンの海軍から構成される大艦隊。彼等が任務を果たしている限り、日乃和国内の人喰いキャバリアの総数は有限だ。つまり殲滅を続けていればいつかは消滅する。
 だがその艦隊が破られるとなるとそうもいかない。東と南の両面の軍を結集したとしても、国内と国外の人喰いキャバリアを同時に相手取る余力は無く、元より暁作戦自体が海上封鎖ありきで立案されていたのだ。
 ともなれば海上封鎖の瓦解は暁作戦の瓦解と同義となる。新たに猟兵を雇用すれば状況打開は叶うかも知れない。しかし雇用する資金が捻出できればの話しだが。
「これは何日か前に連合艦隊を出立した連絡要員から大本営に伝えられた情報でな。恐らく……いや確実に今はもっと状況が悪くなっているはずだ。つまり、俺達には物資が届かないからってんで足を止めている余裕はない。ただでさえ予定より数日間の作戦遅延が出ているからな」
 残された制限時間は少ない。卓に両手を着いた後藤が深く息を吐いて肩を落とす。溜息を吐きたいのはこちらだとその場に居合わせた日乃和の兵士達の多くが考えただろうが、後藤の態度はそれを意図した上での事だった。誰を憎んでも仕方ない。だから少しにでも俺を憎んでくれればいいと。
「そうは言ってもね大佐殿、人もキャバリアも無いんじゃどうにも動けたもんじゃないよ」
 作戦会議室の鈍重な空気に冷たい声音が走る。発せられた元を辿ると、強化服パイロットスーツ姿の伊尾奈が壁に背を預けて両腕を組んでいた。よく眠れない夜が続いているのか、暗い目元には窪みさえ垣間見える。灰色狼のような髪は酷く荒んでいた。
「それについては良い報せがある」
 後藤の顔つきが多少なりとも朗らかになった。日乃和の兵士達の顔にも幾らかの期待が灯る。だが伊尾奈の顔半分を覆う髪の合間から睨む目付きは疑いの色が濃い。
「南方面軍の進軍ペースが予定より早まっているようでな。俺達に先んじて308平野に到着できる見込みだ」
 東方面軍と南方面軍が目指す、暁作戦の最終目標地点。西州の最西端である308平野に到着するという事はそれ以上西に進軍する必要はないという事だ。後藤に集う視線が話しの続きを促す。
「南方面軍は308平野を制圧後、東に転進。俺達の進軍予定ルートを逆走してくる。南州第一と第二プラント産の物資をたんまりと抱えてだ。どうにも俺達が頑張り過ぎたのか、南方面軍が片付ける筈だった人喰いキャバリア達がこっちに誘われていたようでな。お陰でかなり余裕があるんだと」
 南方面軍と正面衝突できる保証は無い。だが後ろから追いかけて来る物資の枯渇という暗闇に一抹の光が灯った事に違いはない。
「ここで口を開けて待ってるよりも、さっさと進んで南方面軍からメシを掻っ攫ってやった方が早いって訳だな。それまではお前さんらにゃ窮屈な思いをさせちまうんだが……もう暫くの間だけ踏ん張ってくれ」
 その日のブリーフィングはこれにて解散となった。兵士と猟兵達が会議室を後にすると、最後に照明が落とされて室内には静寂と暗黒が充満する。
 人は希望無くしては生きては行けない。
 それが例え仮初であったとしても。

●暁を越えた先の為に
 時刻は深夜0時を過ぎた頃。人喰いキャバリアから国土ごと奪い返した軍事基地は心を病ませる雨に濡れている。
 東方面軍の司令官、後藤宗隆大佐。この基地に於ける彼の私室は佐官に充てがわれた部屋とは思えないほど粗末だった。そこそこ広いだけが取り柄の室内は埃臭く、壁や床や天井の一部が崩落している。置かれている家具と言えば寝心地の悪い簡易ベッドと放置されていたものを再利用した長机程度。貧困層の住居といっても誰もが疑心を抱かないであろうその室内に、部屋の主とそれ以外の者達が集っていた。
「さて……尼崎中尉? どうしてこのお嬢様連中がここにいるのか説明してもらおうじゃないか?」
 丸太のような剛腕を組んで立つ後藤の表情は非常に険しい。斜め後ろにはオペレーターの少女が控えている。横に流れた後藤の視線が、強化服姿の伊尾奈に突き刺さる。
「大佐殿にお話しがあるそうで」
 伊尾奈は左手で右腕の肘を支え、右手で顔半分を覆う前髪の毛先を弄んでいる。双眸は後藤を見ていない。
「後藤大佐、わたくし達がここへ参ったのは他でもありません。後藤大佐と志を同じくするためですわ」
 揃って強化服を着込む白羽井小隊の女子達を引き連れた那琴は、口元を硬く結んで後藤を真正面に見据えた。欠伸を噛み殺す栞奈以外は皆、背筋を正して面持ちを引き締めている。
「誰から聞いた? 尼崎中尉か? 結城か?」
 白羽井小隊の全員から眼差しを受ける後藤は、静かにかつ慎重な語り口で問う。
「如何なる理由があれ、わたくし達の学友が名誉無く死なねばならなかった原因の元を、このまま看過する事など出来ませんわ」
 毅然と言い放つ那琴に対し、後藤は強く首を横に振った。
「駄目だ。お嬢ちゃんらはまだ若い。それに家族だってまだ残ってる奴もいるだろうに」
「はーいあたし家族残ってませーん」
「栞奈! おふざけでない!」
「いや全然ふざけてないんだけど」
 氷柱のような物言いに心臓を突き刺された那琴が呼吸を詰まらせる。
「奪われっぱなしやられっぱなしなんて絶対許さない。それに、悪いことをした奴はお仕置きされないと」
 那琴達がよく知る明るく人好きのする栞奈はもういない。
「解ってるのか? 内閣の先生方に銃を向けるんだぞ? お前さんは良くてもな、議会に親御さんらがいる嬢ちゃんも後ろにはいるだろうに。それに東雲少尉の親父さんは――」
「手に掛ける覚悟は出来ておりますわ!」
「この馬鹿野郎! 子殺し! 親殺し! そんなもんは極悪人のやることだ!」
 唾を飛び散らせるほどに怒鳴りつける後藤の形相は猛るゴリラそのものだ。栞奈と那琴を除く白羽井小隊の面々が肩を竦めて後ろに後退る。
「それでも!」
 気迫に負けじと那琴が身を一歩押し出した。握る拳が戦慄している。
「父が政で国を守護まもるように、わたくしも武で国を守護まもるつもりですわ。例えお父様に銃を向ける事になったとしても、どんな事をしても……それが愛宕連山で生き残ったわたくしの、義務と責任だと……!」
 内で沸騰する黒い炎が燃えるままに、感情のとりとめの無い言葉が声帯から飛び出す。
「義務と責任だ……? いっちょ前に都合の良い言葉を覚えやがって……!」
「そんな叱り飛ばさなくてもいいじゃないの、大佐殿」
 沈黙を保ち始終を眺めていた伊尾奈が割り込む。相変わらず前髪を弄んでいた。後藤の双眸の中で怒気を含んだ眼球が横へと滑る。
「その子らだってアタシや大佐殿と同じように、大事なものを奪われてんのさ」
 食い縛る後藤の歯の隙間から「ぬう……!」と呻きが漏れた。そう言われてしまうと弱い。どんな宝石よりも綺麗な、世界を対価にしても絶対に釣り合わない大事なものを奪われた。復讐の理由などそれだけで十分なのだと、よく既知しているのだから。心が壊れて人間ではなくなってしまうほどに。
「それに、ここで大佐殿が断ったところでその子らは聞かないだろうね。少なくともアタシならそうする」
 那琴にちらりと向けられた伊尾奈の視線には硬い信念が宿っていた。後藤が現内閣に反旗を翻さない未来を辿っていたとしても、伊尾奈は独りでだって復讐の戦いを挑むつもり――灰色狼の眼差しに、底の知れない怨念を見た那琴は背筋が冷える感覚に苛まれた。
「野放しにして下手にあれこれ動かれる位なら、ここで子飼いにした方がマシだと具申しますが、いかが? 大佐殿」
 暫しの間瞑目した後藤は、覚悟を秘めて那琴達白羽井小隊の全員を一瞥した。
「始めちまったら後戻りは出来ない。成功するかは今のところ五分五分といったところだし、失敗すれば全員間違いなく銃殺だ。それでもやるのか?」
「承知の上でこの場に参じたつもりでございますわ」
 探る物言いに那琴達は揺るがぬ眼差しを返す。
「……大佐殿は五分五分と言ったけどね、ほんの一握りの猟兵がアタシらに同調する素振りを見せてる」
「なんだと?」
伊尾奈の口から飛び出た猟兵という言葉に、後藤のみならず白羽井小隊の全員が目を剥いた。
「確証はあるのか?」
「向こうからアタシに直接お達しがあった。戦闘中に秘匿通信で。あくまでほんの一握りだし、その猟兵が本音で言ってるとも限らない。ああ、通信記録は引っこ抜いてあるから心配なく」
 東方面軍と共に進む猟兵達の中には優れた電脳魔術士が存在する。伊尾奈は身を以てその事を重々承知していた。電子的な情報の迂闊な取り扱いは時に身を脅かす。仮に漏洩したとしても、東方面軍内で広がる分には問題ないのだが。
「だとすれば猟兵に情報が漏れたのか……やれやれ、お友達が多いのも考えもんだな」
「どうだかね、あっちは大佐殿の意向を知ってるって様子じゃなかったし、どちらかというと鈴木総理の……内閣府のやり口が気に食わないって印象に感じたけどね」
「何にせよ良くもあり悪くもありだな。万が一にでも本気で俺達に付き合うつもりがあったにしても、結局猟兵を雇うにゃ仲介人を通す必要がある」
 仲介人との直接のパイプを持っているのは、日乃和国内では今のところ内閣府の東雲官房長官とその周辺官僚だけだ。
「そしてもしその猟兵が内閣府から調査を委託されてるんだとすれば、俺達の負けはほぼ確定だ」
「だったら辞めるのかい?」
「そのつもりはない」
 即答を返された伊尾奈が鼻を鳴らす。後藤は那琴達に視線を戻すと、肩に力を込めてゆっくりとした口振りで語り始める。
「もう一度お嬢ちゃんらの意志を確認する。俺達がやろうとしている事は、国家への反逆だ。失敗すれば皆仲良く地獄行き……成否は五分で、場合によっちゃあ猟兵が付くとも敵になるとも判らん。それでも付いてくるのか?」
「志は変わりません」
「連れて行ってくれないなら勝手に殺っちゃいまーす。あ、中止しても勝手に殺っちゃうんでよろしく」
 那琴はもう栞奈を嗜めることもない。隊の意志は揺るがず統一されている。愛宕連山で猟兵達が救った防人達は強く健やかに成長し、繋がる絆を鋼の如く強固に育んでいた。そして人知れず鋼鉄の狂気に蝕まれた。
「お嬢ちゃんらの気持ちは聞かせて貰った。その志とやらが本気だってんなら、暁作戦を成功させてみせろ。でなきゃ話しにもならんからな」
 那琴が踵を合わせて陸軍形式の敬礼姿勢を取ると、後ろに控えていた隊員達も後に続く。埃臭い室内に軍靴が床を蹴る音が響き渡る。
「今日はもう戻って寝ろ。お嬢ちゃんらと猟兵は戦いの要なんだ。しっかり寝て疲れを取れ。ほら解散だ解散!」
「は! では失礼致しますわ!」
 最後に白羽井小隊の全員が頭を下げると、規則めいた足取りで素早く部屋を後にした。部屋の外で警護を担っていた兵に軽く敬礼する。制帽のつばから覗く眼差しは鋭くも、新たな仲間を歓迎するかのようにどこか朗らかだった。扉が閉ざされると後藤とその補佐を務めるオペレーターの少女、伊尾奈が残された。
「まいったな……」
 眉間を摘んで俯く後藤の大きな背姿を、オペレーターの少女が不安げに見つめている。
「いいじゃない、大佐殿。優秀な手駒が増えたんだから」
 伊尾奈の表情は楽観的な言動と反してどこか曇っていた。
「尼崎中尉、いざという時はお嬢ちゃんらだけでも逃してやってくれ」
「約束はできないけどね、努力はしてみるよ」
 項垂れる後藤の肩を軽く叩くと、伊尾奈も部屋を後にした。
「後は猟兵がどっちに付くかだが……」
 或いはどちらかに付かれる前に幕を引くか。後藤の溜息と夜は一層深みを増した。
 船の舵輪は常に猟兵が握っている。だが、必ずしも望んだ船に乗れるとは限らない。行き着く先もまた然り。

●種が発芽する
 南方面軍との合流は叶わなかった。
 当初の見込みではもう数日前には南方面軍が308平野を制圧し東に転進、東方面軍の助太刀に参上している筈だった。しかし日を過ぎても南方面軍は現れず、東方面軍は枯渇寸前の補給物資と気力を分け合いながら、西へと押し進んだ。若すぎる兵士達は僅かな希望の種だけを胸の中で育んで。
 だが、希望の種が発芽する事は無かった。
 308平野を直近にした今、最早後方に指揮所を置く必要は無い。後藤ははちきれんばかりの筋肉を強化服で包み込み、自らイカルガに乗って出撃している。周囲と後方には東方面軍の殆どの戦力が揃っている。無論猟兵達の姿や機体、或いは艦艇までもがその中に編入されていた。
「どういう次第だ……?」
 小高い丘陵から見る光景。それは日乃和最西端を埋め尽くす大小様々な建築物。張り巡らされた高速道路と幹線自動車道、そして鉄道。暁作戦の最終目標地点として308平野と銘打たれた西州の大都市は燃えていた。大雨降り頻る真暗闇の最中、廃墟群と化した都市のあちこちで、大きな火の手が煌々と上がっている。
『南方面軍はまんまとしてやられたみたいだね』
 通信越しに伝わる伊尾奈の苛立った声が、後藤の耳朶へ現実を突き付ける。308平野に接近した途端に鳴り響いた無数の救難信号と、全周波数帯域で飛び交う阿鼻叫喚の断末魔を聞いた時から既に確信していたが、それでも信じたくは無かった。恐らく伊尾奈や那琴を含む日乃和の兵士全員が同じ所感を抱いていたであろう。猟兵は果たしてどうだったのだろうか。
『フェザー01より全軍へ! タワーの麓! ご覧くださいまし!』
 東方面軍の総員が息を殺して那琴の示す場所を凝視する。都市部の摩天楼の中でも群を抜いて長身な巨塔。その麓で巨大な物体が揺れ動いた。
『あれって……ひっ! エヴォルグ壱號機、Swollenじゃん……!?』
 栞奈にとっては忘れたくても忘れられない相手だろう。筋肉をむき出しにした巨影が燃える炎に照らされて姿を露わにした。白羽井小隊の隊員の何名かが短い悲鳴を上げる。
 そして猟兵達もすぐに認識を改める。あれはただの人喰いキャバリアではない。オブリビオンマシンだと。
『愛宕連山の巨人……! しかもあの時よりもずっと大きい!』
『推定全高は50メートル! 超大型種です!』
『ウソでしょ!? 超大型種はアーレス大陸にしかいないんじゃなかったの!?』
 遠目に見る限り巨人の動きは緩慢だが、一歩踏み込むごとに地面が戦慄く。振動は遠く離れた位置に展開する東方面軍と猟兵達の元にまで届いている。
『司令……私達はどうすれば……』
 誰かが震えるか細い声で問いかけた。後藤はメインモニター中央のレティクルを凄まじい形相で睨めつけ、牙を剥いて喉奥から言葉を捻り出す。
「やるしかあるまい」
『でも!』
「ギムレウス全機! 砲撃準備だ! 目標はSwollen! 陣形を組んで火力を全集中! 構えろォッ!」
 全軍に伝播しつつあった恐慌を打ち払うべく後藤は怒声を張る。指示通りに東方面軍に残されたギムレウス全機が速やかに砲撃陣地を形成し、背負う長大な砲塔を構える。
『全機砲撃準備完了!』
 とりまとめ役の大隊長が焦燥しきった声を叩きつけた。
「撃てェッ!」
 ほぼ同時に轟いた砲門。燃焼したガスが黒い塵を地面に吹き付ける。いくつもの風を切る音の後に、空から数本の光線が走った。発射された弾体の何発かが殲禍炎剣の照射判定高度に達して撃墜されたのだ。だが大多数はそのまま軌道を傾斜させ、超大型種のSwollenへ着弾し爆炎の華を咲かせる――はずだった。
 最大望遠で着弾の瞬間を見届けようとしていた者なら間違いなく確認出来たであろう。Swollenの頭部の白面が四分割に開き、そこから巨大な眼球のような器官が出現した。眼球が一瞬眩い光を放ったかと思いきや、か細い光線が走る。光線は夜空を扇状になぞると消滅した。直後に空中で夥しい数の爆炎が膨らんだ。
『迎撃!? 迎撃されました! 全弾撃墜! 命中弾無し!』
 報告を受けて青ざめる後藤の額に汗が吹き出る。ギムレウスの全力砲撃は一筋のレーザーで迎撃されてしまった。沙綿里島で交戦した機動殲龍『激浪』の対空放水レーザーが脳裏を過る。あの時のような艦砲の飽和攻撃は使えない。
「次弾撃てッ!」
 結果は同じだった。地上に出現した殲禍炎剣さながらといった精度の防空レーザーで貴重な砲弾の尽くが無駄撃ちに終わる。旧平沢市に巣食っていたchopperに比肩する迎撃精度ではないのだろうか。だがこちらはレーザーである分射程が段違いだ。下手をすればもうここも射程圏内かも知れない。
『観測結果出ました! 超大型種のレーザー出力、三笠が搭載するメガビーム砲と同等です! 連続照射時間と照射インターバルは現在計測中!』
「分かりやすくて結構だな……!」
 後藤がサイドパネルに握り拳を打ち付けた。憎たらしくも戦艦の主砲と同等の威力、つまり剛天のようなスーパーロボットならいざしらず、耐ビームコートを施した程度の標準的なキャバリアであれば、掠めた程度で蒸発しかねないという事だ。
『待って! あれ南方面軍じゃない!?』
 目敏い栞奈がSwollenの周囲を取り囲むグレイルとオブシディアンmk4の姿に気が付いた。交差点上を進む巨躯を全方位から取り囲む。オブシディアンmk4の何機かはビルの屋上でキャノンを構えている。キャバリア部隊による一斉砲火が加えられるも、巨人は微動だにしない――かに思われたが身を捩り始めた。
『効いておりますの!?』
 那琴の読みは外れた。Swollenは三本の腕を振り回して側近のキャバリアを容易く粉砕した後に、自身を中心に熱風を生じさせたのだ。体躯幅もあり最早熱風と呼ぶより大規模ガス爆発とでも呼んだ方が正しいかも知れないそれを浴びたキャバリアは、一瞬で赤熱化し溶解してしまった。そして熱波が収まった後、Swollenは忽然と姿を消してしまう。
『消滅してしまわれたんですの?』
『ビルの上……! オブシディアンの傍!』
 皆が皆、伊尾奈に促されるがままにビルの屋上を視線で捜索する。天に向って屹立するコンクリートの一柱の屋上にて、オブシディアンmk4が人喰いキャバリアと対峙していた。その人喰いキャバリアは大きさこそ違えども姿形は紛れもなくSwollenだった。オブシディアンmk4が実体剣で斬りかかるも、それより遥かに俊敏な動きのSwollenに飛び付かれて仰向けに転倒する。
『だめぇっ! 食べないでっ!』
 オープンチャンネルで搭乗者とものと思しき少女の悲鳴は直後に咀嚼音と言葉に形容し難い断末魔へと転じる。だが食事は少女を生殺しにした状態で中断された。生き残った他の機体が発射したグレネードが直撃したからだ。だが直撃したように見えたそれは頭部のレーザーで着弾寸前で撃ち落とされていたに過ぎない。続いて発射されたレーザーがグレネードを撃ったキャバリアのコクピットブロックを貫通した。するとSwollenはまたしても身を捩り、熱風を生じさせる。建造物を破壊しながら、標準的なキャバリアの全高と同等の5mから超大型種と呼称される全高50mの巨躯へと回帰した。
『あぁ……! あああぁぁ!』
 少女の助けを求める悲鳴と来てくれなかった仲間への怨嗟が、那琴の閉じた記憶を呼び醒ました。震えた両手で顔を覆い隠す。指の隙間から見えるイカルガのコクピットハッチが、外部からの力によって引き剥がされた。
 覗き込む白面。目と思しき二つの小さな黒点がこちらを見ている。
『ひっ……!?』
 触腕がコクピット内に滑り込み、那琴の身を絡め取る。
『やめっ! いや! 誰か! 助けて……! ひいぃぃっ!』
 コクピットシートに背を押し付けて両脚を滅茶苦茶に蹴り出す。股下から止め処なく漏れ出す生暖かい液体の感触が、臀部と太腿に伝う。
『ナコ!? しっかりしなよ!』
『いやぁ! ひいぃぃぃっ! お触りにならないでっ! こないでくださいまし!』
 栞菜の声は届かない。
『フェザー01!』
 力強く叩き付けるような声音が響いた。直後、コクピットを覗き込む白面が光の奔流で押し流される。そして代わりに左眼に大型のセンサーレンズを取り付けた紅の修羅人がこちらを睨め付けていた。
『戦いなさい! これは……貴方達の戦争だ!』
『くっ……!』
 よく聞き、見知った猟兵の厳しい叱咤が恐怖を吹き飛ばす。本能で動かした指先がペン型注射器の所在を探り当て、きつく握り締めると首筋に突き立てた。
『うぐうぅぅっ!』
 重く鋭い痛みに呻めきながらも戦術薬剤を注入する。すぐに効能が現れ始め、見ていた幻は泡沫と消えた。酸素を求めた呼吸器が肩と胸を荒く上下させる。身体を支配する恐怖を殺意で塗り替えた。
『無理よ……! あんなの勝てっこない!』
 東方面軍の誰かが発した震える声。大いに膨れ上がった恐怖がキャバリア達の脚を一歩また一歩と後ろに下がらせる。
『雑魚だって市内に沢山いるのに、どうやって……』
 発芽した絶望の種はみるみる内に成長し、茂る蔦で身を絡め取る。いまの後藤にはこの蔦を切り裂く鉈が無い。もしあるとすれば――。

●猟兵
「……猟兵各位、緊急連絡だ」
 意を決し、呼吸を詰めて通信回線にて呼び掛ける。
「もう察しが付いているとは思うが、お前さんらにはあの小さくなったり大きくなったり忙しい怪物の始末を頼みたい。周囲の雑魚は東方面軍の本隊で片付ける」
『後藤大佐!?』
 低い声音で粛々淡々と語る後藤の後を那琴の叫びが追う。だが後藤は一瞥もくれることなく話しを続ける。
「奴の性能は見ての通りだな。Swollenの生態に加えて、頭にゃレーザー砲を仕込んでるらしい。どんな理屈かは知らんが、ギムレウスの砲撃はご覧の有様だ。ま、旧平沢市のchopperを殺せたお前さん達なら何とかなるだろう。おまけに図体がでかい内はのろまだが、縮むと途端にすばしっこくなる。用心してくれ」
『お待ち下さいまし!』
 何も聞こえていないかの如く後藤の語り口は止まらない。
「白羽井小隊、灰狼中隊は猟兵に付け。猟兵がSwollenの相手に専念できるよう、周囲の雑魚を潰すんだ。仕事は今までと変わらん。やれるな?」
『ウルフ01了解、中隊全機……付いてきな』
 無感情的な応答で先陣を切ろうと前に出る伊尾奈のイカルガ。だが付き従う筈の中隊各機の脚は前に進まなかった。やるせなさをありありと含んだ溜息が吐き捨てられる。コンソールパネルを操作し、中隊員の戦術薬剤投与量の設定画面を呼び出した。だが実行を押す寸前で人差し指の動きが止まる。
『怖いなら止めるかい? 好きにしな。アタシは行くけどね』
 コンソールパネルの画面を初期状態に戻し、丘陵地帯を滑り降りて火の手が上がる都市部へと向かう。ほんの暫くの後、灰狼中隊唯一の男児が涙声で我武者羅に咆哮して伊尾奈の後を追ったのを皮切りに、一機また一機と続けて丘陵を滑り降りていった。
 幾ら猟兵がいるからとはいえ、なんと無謀な。伊尾奈の背を見送る事しかできなかった那琴は目を見開いて首を横に振る。
『後藤大佐! 具申いたしますわ! ここは一時後退し――』
「南方面軍がまだ生き残っている! 見殺しにはできん!」
『ですけれど!』
 次に跳ね返ってくる答えを那琴は既に予見していた。もう撤退する場所も時間もない。日レ連合艦隊に残された時間が少ない以上、ここで作戦目標を果たさねば、暁作戦は失敗に終わる。そうなれば今まで払ってきた全ての犠牲は無意味となる。
「徹底抗戦だ! 総軍、戦列を整えろ!」
 何度目かになる後藤の怒号が那琴の口を噤ませた。
「怯むな! 戦うぞ! ここを突破すれば暁作戦は終わりだ!」
 東方面軍の司令官が乗るイカルガが前に出る。天に突き上げる左腕のマニピュレーターが握る発振機から粒子の光剣が伸びていた。
「俺達に逃げ場なんざ残されていない! だから戦って生き延びろ! 何のためでもいい! 奴等を倒して生き延びるんだ! 俺達は!」
 もう引く場所など残されていないなどという事は誰しもが承知していた。ここで逃げてもいずれは結局は国土ごと人喰いキャバリアに喰い殺される。
 日乃和国民に逃げ場無し。道は正面にしか残されていない。
『……フェザー01より白羽井小隊全機へ、全兵装の最終点検をなさい』
 諦観か覚悟か、Swollenの出現により掘り起こされていた愛宕連山での心的外傷は鳴りを潜めた。実際は後藤の言葉に感化されたのではなく、自分で投薬量を引き上げた戦術薬剤の効能によるものだったのだろう。
 大丈夫、負けない。猟兵がいる。那琴を含む白羽井小隊の皆が皆、同じ自己暗示を掛けて戦意を奮起させていた。
「南方面軍が全滅する前に行くぞ! 全機、俺に続け!」
 単身で突入する後藤のイカルガの後を、他のキャバリア達がぎこちなく、或いはようやくといった足取りで続々と追う。やがて東方面軍の本隊は後藤機を先頭とした編隊を形成し、戦闘区域の都市部へと雪崩込んだ。
『フェザー01より白羽井小隊全機! フライトユニット展開! 猟兵の方々! 参りましょう!』
 イカルガの翼が降り頻る雨を切り裂いて飛ぶ。
 猟兵達も同じくその脚や翼を進めるのだろうか。決定権は其々の意志に委ねられている。

●暁作戦最終撃破目標出現
 暁作戦の最終制圧目標地点である308平野に出現した、エヴォルグ壱號機『Swollen』の撃破が猟兵に要求された戦闘行動目標だ。
 現状判明している敵情報として全高は約50m、通常態時は約5mと目されている。熱風の放出により通常態の全高に可変、その際に運動特性も大きく変化する。
 超大型種に分類される全高50m時の動きは緩慢だが、その質量も相まって攻撃の一撃一撃はとてつもなく強烈だ。攻撃範囲も尋常ではなく、そして腕等を駆使した格闘戦自体は必ずしも緩慢とも限らない。
 通常態時には打って変わって俊敏な動きを見せる。都市という地形を利用した三次元機動を行う可能性も十分にあり得るだろう。
 また、強力な再生能力を有しているともされる。無限ではないのだろうが、根気良く攻撃を加え続ける必要があるのは言うに及ばない。
 そしてこの個体は特殊兵装とも言うべき器官を備えている。頭部の白面下部に収納された眼球状の器官から、強力なレーザーを照射してくるのだ。出力は戦艦の主砲に匹敵し、標準的なキャバリアならば掠めた程度で致命的な損傷を受けかねない。
 更にはこのレーザーを用いた戦闘手段として、殲禍炎剣さながらの命中精度と迎撃能力まで完備している。幸い戦場は都市部な為、遮蔽物などを利用すればやり過ごせる場合もあるだろうが、過信は禁物だ。発射時は頭部の白面が展開するので、発射の兆候を見切り回避するという選択肢も取れるかもしれない。
 そしてやはりエヴォルグウイルスの放出能力も健在のようだ。
 なおSwollenの他にも都市部一帯には多数の人喰いキャバリアが犇めいているが、東方面軍の本隊と南方面軍の残存部隊が殲滅に当たるため、猟兵が対処する必要は無い。
 Swollen周辺の通常種とは白羽井小隊と灰狼中隊が応戦するので、猟兵の火力は全てSwollenに投じる事が出来る状況が整っている。白羽井小隊と灰狼中隊に纏わるここまでの大小様々な分岐が、今の戦闘状況に結びついたのだ。この結果を良しとするか悪しとするかは其々の猟兵の価値観に依る処だろう。

●暁作戦最終段階開始
 燃える308平野に吶喊した東方面軍は、既に都市部で交戦を開始している。
 契約内容に従う、或いはオブリビオンマシンの存在を認めない猟兵達も何らかの根拠を見出してSwollenとの戦いに移るだろう。
 時刻にして深夜。荒廃した都市部に降り頻る雨はより一層強さと冷たさを増す。空を覆う曇天は闇夜の黒をさらに深めていた。しかしそう遠く無い内に東の空から差し込む暁が、僅かにでも闇を払うだろう。
 だが猟兵達は識っている。
 夜明け前こそが、最も暗いのだと。
ガイ・レックウ
【POW】で判定
『お嬢さん方、ここで生き抜かないと明日はない!必ずしとめるぞ!』
【フェイント】を織り交ぜ、スラスターを全開に突撃するぜ。
【オーラ防御】はあるがレーザーを受けるわけには行かないので【戦闘知識】と【見切り】で見極めて避けるぜ。
ブレードでの【鎧砕き】と電磁機関砲と天龍・改の支援砲撃による【制圧射撃】でとにかく攻めたてること、それで消耗させてやる!
『どんなに絶望的だろうが生き抜けば、未来があるんだ!』
仕上げにユーベルコード【極限竜闘技『マキシマムドラグバースト】と肩部ハイペリオンランチャー『ドラゴンストライクⅡ』を叩き込んでやる!


カフ・リーメ
目標を確認、作戦の完遂を最優先、リミッター解除、戦闘開始

熱風放出およびレーザー照射を警戒、即時遮蔽を利用可能な低空を維持し接近
一か所に留まらず移動を繰り返し、敵の頭部を観察
レーザー発射口および照準器に該当すると思われる部位を射撃目標に設定
発射の直前と直後が好機、熱風放出を回避可能な限界まで接近し射撃

敵の通常態時は都市部の狭小な区画へ誘導
局所的な空間戦闘に持ち込み翻弄、先の射撃や友軍の攻撃による損傷部位を狙撃
地形次第では敵の肥大化時の行動を制限可能と推測
再生を上回る速度で損傷を与えるため、友軍と連携し火力を集中

…灰狼中隊、白羽井小隊、各方面軍
これ以上の損害は、命が消されていくのは、許容できない



●撃斬衝突
 308平野の名で呼ばれる西州指折りの大都市は、人喰いキャバリアの襲撃に曝され物言わぬ廃墟群と化していた。
 人工の灯りが消えて久しいはず死都の各所に、火炎の光が揺らぐ。
「目標の眼球器官に熱量反応増大」
「デカブツめ! なんて野郎だ!」
 都市部の縦横に走る幹線道路上を、リーメの小柄な身とガイのコスモ・スターインパルスが滑空する。そのすぐ後ろを一筋の光線が駆け抜けた。擦過した路面や建造物から構造体の爆裂が噴き上がり、火柱を立ち昇らせる。
「リーメ! 生きてるか!?」
 レーザーの一閃から逃れたコスモ・スターインパルスが、牽制に試製電磁機関砲1型・改を撃ち散らしつつ手近な建造物の隙間に機体を飛び込ませた。電磁加速弾体は目標が巨大な事もあって容易く命中したが、穿たれた銃創は即座に塞がってしまう。
「戦闘行動に支障無し」
 リーメは背の低いアパートの窓から室内に侵入して降り注ぐコンクリート片をやり過ごす。半身を窓から覗かせてSwollenの様子を伺う。レーザー照射を終えたSwollenは、眼球状の器官に瞼を下ろすと四分割に開いた白面を閉じた。
「目標のレーザー発射口および照準器に該当すると思われる部位に防護層の存在を確認」
「おいおいマジかよ」
 淡々と情報を共有するリーメとは対照的に、ガイはうんざりといった感情をありありと滲ませる。
「まあ、やるしかないんだが……」
 ガイはメインモニターの隅に追いやられているレーダーグラフに視線を送った。敵味方の光点位置を見る限り、白羽井小隊と灰狼中隊はどうやら各々役割を果たせているらしい。
「お嬢さん方、ここで生き抜かないと明日はない! 必ず仕留めるぞ!」
 両隊への呼び掛けは半ば己を奮い立たせる為でもあった。個々の戦力差は絶望的。だが諦める訳にはいかない。誇れる自分になるため、強大な敵を前にして剣を握り続ける。
「……灰狼中隊、白羽井小隊、各方面軍。これ以上の損害は、命が消されていくのは、許容できない」
 リーメもまた任務を完遂するべく戦う。今はこの小さな人造の身体で戦い続ける事こそが為すべき役割なのだと。ひょっとしたらその先で自身の存在意義が見つかるのかも知れない。
『そうですわね、必ず、わたくし達が……!』
『消されないよう精々上手くやるさ。だからそっちは任せる』
 生き残り、任務を果たすという点は、那琴と伊尾奈も同じ意志を抱えていた。誰もが生き残る為に戦っている。
「そんじゃあ行くか!」
 電磁機関砲に新たな弾倉を叩き込んだコスモ・スターインパルスが、盾代わりとしていた建造物から飛び出す。
「戦闘行動再開。頭部器官を攻撃目標に設定」
同じくリーメも床を蹴ってSTG-5Cから推進噴射の光を輝かせると窓辺から飛び立った。
「応よ! こっちは……とにかく攻めまくるぜ!」
 幹線道路上を滑空してSwollenに迫るコスモ・スターインパルス。対するSwollenは接近する機体の存在を感知すると緩慢に振り向き、頭部の眼球状の器官を露出させる。
「来るなら来やがれ!」
 ガイは白面が四分割に開く兆候を見切った。限界までフットペダルを踏み抜いて操縦桿を横へと倒した。機体が建造物の隙間に飛び込んだのと同時に、照射されたレーザーが側面を擦過する。
「うおおっ!? こんだけしっかり避けてもフィールド持ってかれんのかよ!?」
 はたから見れば明らかに完全回避したとしか思えないが、機体周辺に張り巡らせたフィールドが吹き飛び、黒い装甲が赤熱化していた。逆に言えばフィールドが無ければこの程度では済まなかっただろう。
「レーザーの攻撃範囲は視認可能な範囲の2倍以上。警戒を要す」
 一方のリーメはビル群を遮蔽物としながら極低空を滑空し接近を試みている。生身である以上余波を受けただけでも致命傷になりかねないからだ。
「だが! 懐に入っちまえば!」
 建造物の狭間を抜けてコスモ・スターインパルスがSwollenの巨体に肉薄する。握り潰さんと剛腕が迫るものの、スラスターを噴射して急上昇して躱し、電磁機関砲を一点に集中掃射しながら突進する。
「烈火! 切り裂け!」
 右腕のマニピュレーターが刀の柄を握り締め、鞘から引き抜く。切先をSwollenの身に突き立て、特式光波翼を羽ばたかせると、最大推力で機体を加速させた。
「こん畜生がァァァー!」
 特式機甲斬艦刀がSwollenを構成する半生体材質を引き裂き、赤黒い血肉を露呈させる。
「これで終わりじゃねえぞ! 天龍!」
 レーザー誘導を受けて戦域外縁で待機している特式機動戦艦が三連衝撃砲と対空ミサイルを間髪入れずに放った。先に榴弾がSwollenに降り注がんとするも、やはり照射されたレーザーによって容易く撃ち落とされてしまう。ミサイルの雨霰も同様だった。しかしガイはそれで構わなかった。
「今だ! 嬢ちゃん!」
「設定した目標部位に対し攻撃を開始」
 コスモ・スターインパルスが離脱するのと入れ替わりに、黄緑色の光線がSwollenの眼球を捉えた。照射元を辿ると、Swollenの巨躯の足元で旋回機動を行うリーメの姿が在った。リーメは天龍の砲撃でSwollenがレーザー照射を行うタイミングを見計らい、その眼球状の器官に対してLCB-06を撃ち込んだのだ。
「目標の被弾挙動から一定の有効性有りと評価」
 数発のエネルギーレーザーを眼球に浴びたSwollenは、あからさまに頭部を怯ませて即座に瞼状の防護層を降ろした。反撃として腕を振り回すが、肥大化した状態では周囲の建造物が邪魔をする。鈍重な打撃をリーメは容易に回避して見せた。
「熱風が来るぞ! 逃げろ!」
「目標体内に熱反応増大を確認。即時離脱」
 Swollenが身を捩り始めるのと同時に急激に熱量が増加、熱波というより炎の波動と言うべき衝撃波がコスモ・スターインパルスとリーメを襲う。予め離脱の準備を取っていた両者は辛うじて波動の範囲外に逃れる。だが、通常態となったSwollenの追撃が始まる。獲物に見定められたのはリーメだった。
「どこ行きやがる!」
 コスモ・スターインパルスが電磁機関砲の乱射を加えて後を追う。
「誘引開始。リミッター解除、最大稼働」
 リーメは脚部と腰部の推進装置から星彩の風を噴射すると転進して加速。ビル同士が窮屈に隣り合う商業区画へと逃げ込んだ。生身の身軽さと小ささを生かして軽快に動き回るリーメをSwollenは執拗に追い回す。リーメは逃走しながらもLCB-06を応射し、集束レーザーでSwollenの身を貫く。命中はしているが怯む様子が見られない。やがてリーメとSwollenの間合いが詰まり始める。鉤爪ひとつでも掛けられればリーメにとっては致命傷となるだろう。
「魂の昂りよ!! 竜の咆哮とともに全てを破壊し、すべてを消し飛ばせ!!」
 相克の戦士が叫んだ。双子の竜の螺旋を想起させる光がSwollenの背面を直撃。地面へと叩き伏せた。そして周辺の建造物ごと巻き添えにした大爆発が生じる。重音が都市一帯に響き渡る。コスモ・スターインパルスが放った極限竜闘技がSwollenの身をアスファルトの路面に戒めた。
「目標の生体反応の消滅認められず。攻撃を継続、火力を集中」
 再生を上回る攻撃を加えるには今しかない。リーメは建造物の屋上に降着すると、二本の脚でしっかりと地面を踏み締め、両手でLCB-06を握り込むとトリガーを引いた。黄緑色のマグナムレーザーが一射される度に腕が跳ね上がる。射撃は地に伏すSwollenの極限竜闘技で抉り取られた背面を強かに撃ち抜いている。
「同感だな! 叩き込んでやる!」
 ガイも同じく機体を降着させると、足裏のスパイクを展開してコンクリート造りの地を捉えた。
「遠慮すんな! 全部持っていけ!」
 両肩のガンマウントに搭載した試作型高圧縮重粒子砲改、ドラゴン・ストライクⅡの砲身を伸長させると有無を言わさずに発射。縮退保持されていた重粒子を一挙に開放し、凶悪なまでの威力を誇る光の奔流を無防備な背中へと浴びせに掛かった。
 どんなにも絶望的だろうとも、戦い抜けば未来は掴める。抗わずして勝利無し。勝利なくして生存無し。クロムキャバリアに於いて、生を掴む手段は力の行使以外に有り得ない。二人の放つ銃砲はその左証なのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フレスベルク・メリアグレース
良いでしょう
ここまでくれば出し惜しみもする必要もありません

最大出力の『無』…『Ain』を駆動させ、この場にいる生きとし生ける者とそれに益する概念以外の全て
オブリビオンマシンもレーザーもエヴォルグウィルスもエントロピーと空間諸共、展開した無に飲み込んで消失させていく

さて、この間に…
アンサーヒューマンとしての瞬間思考力でいつでも対応できるように無の結界を展開して常に有利な戦場を確認しながら作業を進めていく

クーデターを起こす者にオブリビオンマシンが影響していないか否か
それを生と死から解き放つものの万象を断ち切る鋭く悪しき縁を切る権能と教皇用帰天召喚器両種類が保有する未来属性と過去属性を用いて解析していきます

戦況を見据えながら安全を確保した秘匿回線を使い『彼ら』へと通信を告げる
わたくしの想いは不変
あなた方を救う
それだけが一連の事件に関するわたくしの答えです

後…一つお教えしましょう
『猟兵』は何を以て定義され、御旗の元に集うのか
――特殊な『生物種』に覚醒した生命体の総称
其れが『猟兵』の名の意味です



●零帰回天
 暗い空から降る雨は止まず。
 されど燃える戦火は消えず。
 破壊された廃墟群。朽ちた墓標のように屹立する高層建築物の最頂部にて、神騎ノインツェーンが立つ。綾なす金に縁取られた白金の装甲は、打ち付ける横時雨を受けて冷ややかに濡れていた。
 これが暁を迎える為の最後の戦い。最早手段を出し惜しむ必要も無い。華奢でありながら健やかに育まれた身を玉座に沈めるフレスベルクの双眸は、遠方の下方で巨躯を揺らして歩み進むSwollenを睨め付ける。
「――無よ、其れは万有を残らず貪る全ての終わり。無よ、万象を礼賛する私は汝を征服する。無よ、全てを飲み込む汝を以て礼賛を証明しよう」
 胸元で両の手を結ぶ。薄い唇が淀みなく祝詞を紡ぐ。ノインツェーンの胸部装甲の中央に埋め込まれた、メリアグレースの至宝が紅に輝く。夜の闇さえ押し返さんばかりの光が波動となりて、燃える灰色の都市に推し広がった。
 遍く悪意を消し去る帰滅。全にして無の帰天の力が有象無象の人喰いキャバリアを消し去り、大気に滞留する悍ましき病魔を浄壊し、肉の巨人が放つ光の迸りまでをも相殺する。Swollenの存在しようとする力とノインツェーンの消滅させようとする力が衝突し合う。
『フェザー01よりフレスベルク様、これは、貴女が?』
 交戦中の人喰いキャバリアが突如消滅して困惑したのだろう。那琴の問いにフレスベルクは僅かに頷きを返す。
「あまり長くは保ちません。さあ、日乃和の防人達よ、帰天が及んでいる今のうちに体勢を整えてください」
『ご支援に感謝致しますわ。これが猟兵の力……つくづく敵いませんわね。わたくしにも、これだけの力が備わっていればよろしかったのですけれど』
 那琴の声音には感服と諦観の影に強い嫉妬が隠れている。
「ひとつ、お伝えしておきましょう」
 目を伏せたフレスベルクが口を開く。那琴は無言で続きを促した。
「猟兵は何を以て定義され、御旗の元に集うのか。特殊な生物種に覚醒した生命体の総称。其れが、猟兵の名の意味です」
 オブリビオンに抗するため世界が生み出したとされる免疫細胞。未だ不明瞭な点は少なくないのだが、おおよその普遍的な役割はそれと認識されている。
『そう、ですのね。わたくし達とは有り体からして異なると。解ってはおりましたけれど、願ってなれるものではありませんのね』
「ある切掛を境に突如として開眼する者もおります。ですが、その法則性は判明しておりません。強いて言うならば、猟兵は皆、何らかの宿命を帯びて世に現ずる……といったところでしょうか」
 通信装置越しに強化服が擦れる音が聞こえた。那琴が首を横に振ったらしい。
『やはりわたくしには到底及び付かぬ存在ですわね。猟兵の方々は。ならせめて、今は少しの助力だけでも務めさせてまいりますわ』
「共に使命を果たしましょう」
 フレスベルクは頷きを返した。そして僅かばかり瞑目すると、暗闇の中で深く呼吸し、双眸を開く。
 貪欲なる無限に己食らう世界蛇の如き帰滅の無で、一時とは言えどもこの場は収められている。憂いを封じたフレスベルクの右手が虚空に翳された。
「恐らくはもう間に合わないのでしょう。ですが……」
 宙に鮮やかな星雲が広がる。無数の綺羅星とそこへ通う葉脈、或いは血脈のように絡み合う無数の糸。教皇の権能と帰天召喚器が紡ぎ出した過去と未来の星図、即ち因果の道筋。
 ひと月近くも寝食を共にしていれば否応にも解る。東方面軍は誰にも預かり知らぬところでオブリビオンに蝕まれていたのだと。故に歪められた道を断ち、本来あるべき流れへと整流する。因果の星図を見たフレスベルクの眼差しが鋭く細められた。
「……してやられた、と言うべきなのでしょうか」
 稲光の如く複雑怪奇に拡散して入り組み絡まった因果の葉脈は、東方面軍ならず日乃和の全てに及び、そして蝕んでいた。最早ほんの一箇所も解く事は出来ない。もし解いてしまえば、絡み合った筋道で繋がれた現在過去未来は途端に繋がりを失い、そして崩れて消えてしまうからだ。オブリビオンが意図した所なのかは定かでは無いが、少なくともフレスベルクは因果の星図の先で嘲笑する鋼鉄の狂気を垣間見た。
「恐らく、わたくしのような者が現れる事も予見していたのでしょう。しかし……」
 ふたつの大きな流れは見えた。無限の分岐は猟兵とオブリビオンのふたつに始まり、そして両者の元に集束する。集束点はやはり暁の先。ともなれば既に進むべき道は確約された。メリアグレースの神子代理として、猟兵として、遍く悲哀を祓い救うべく、フレスベルクは面持ちをやや上げると肺の酸素を入れ替えた。指先が踊り、後藤と伊尾奈と那琴の機体へと秘匿回線を結ぶ。
「わたくしの想いは不変。あなた方を救う。それだけが一連の事件に関するわたくしの答えです」
『フレスベルク様……?」
 意図を解しかねた那琴が怪訝に問う。後藤と伊尾奈は察しが付いたのか、微かに鼻を鳴らした。フレスベルクは黙して返さず、双眸は最早敵を見据えていない。
 結末の物語は自らの手で紡ぐ。深い緑色の瞳が灯す思惟は硬く。結んだ両の手は強く胸に押し当てられていた。
 雨風吹き荒ぶ暗き夜空を越えた先、猟兵とオブリビオンマシンの因果の末路を決する戦いが待ち構えている。そしてその時、ノインツェーンはその場に立っているのだろうか。因果の鎖の答えは、辿り着いた者だけが知る処だろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノエル・カンナビス
(エイストラ搭乗、ライフル2・キャノン・ミサイル)

政府と民衆であれ、司令部と兵卒であれ、どの集団でも下僚は上層部に疑問を持つものです。
それは情報力や分析力の優劣、また目的意識の差異によって生じるものであって、上層部の判断が下僚に理解できないために起こります。

故に軍人は、明確な不正がない限りにおいては上を信頼し、自分には解らないが相応の理由があるのだろうと、納得しなければなりません。
そうしなければ国民が死にます。

軍士官なら当然心得ているべき鉄則なんですが、高等教育や権利意識が広まった先進国では忘れられがちですね。

一言で申せば、やれやれ。

さて。先制攻撃/指定UC。

流れ弾が友軍に向かないよう空中から接敵、射撃戦距離での高速戦闘を仕掛けます。
索敵/空中機動/推力移動/ダッシュ/第六感/見切り/軽業、
貫通攻撃/ライフルx2および鎧無視攻撃/キャノンによる2回攻撃。

距離を保てば熱風は火炎耐性と防御衝撃波で防げます。狙い目は目玉です。
目玉が露出する気配があれば、咄嗟の一撃/一斉発射を叩き込みましょう。



●歯車
 東方面軍の進攻開始からややあって、エイストラもSwollenを撃滅するべく都市部中央区画へと向かった。リンケージベッドにバイブロジェットブースターの喧しい振動音が響く。退屈な機体制動の傍ら、ノエルの意識は東方面軍に傾いていた。
「やれやれ……」
 呆れと嘆息を入り混ぜた呼吸。それは恐らく後藤らに向けられていたのだろう。ノエルは特別彼等と深い接点があった訳でもない。だが一ヶ月近くもの期間に渡って同行していれば、後藤以下東方面軍が事の次第の後で何を画策しているのかなど拒もうにも薄々勘付いてしまう。そして取り返しの付かない段階までオブリビオンマシンの蝕みを受け続けていた事も。だがノエルは敢えて言及はしまい。何故ならば、儲けと関係が無いからだ。
 兵士は軍という巨大な装置を稼働させ続ける歯車。歯車は制御信号に従い、思考せず、疑問を抱かず、狂わず、ただ回り続ける事が役割。そこに感情の振れ幅は存在せず、唯の部品単位は人である個を捨てなければならない。狂えるのは人にのみ許された特権だ。
「斯くして彼等は歯車に徹しきれなかった、と」
 やがて擦り減り、交換されるだけだった筈の彼等はそれで終わる事を良しとしなかった。あろうことか制御に従わず、装置を抜け出て、操作者への反逆を企てている。
「オブリビオンマシンの影響下に置かれていた事が要因だったにせよ、そのような行動に至る発想が私には全く理解出来ませんね」
 精神と躯体を完全に制御下に置き、合理性という規範で正常に稼働し続けるノエルには、復讐心といった理屈を覆し得る類の、人間臭い動機を根拠として役割から逸脱する歯車達の思考傾向など知る由も無いし、知る必要も無い。解せる点があるのだとすれば、少なくとも後藤は将校の役割に値せず、白羽井小隊と灰狼中隊を含んだ東方面軍は兵士に似つかわしくなかったという点だろう。士官であるならば絶対に心得ていなければならない鉄則から外れたのだから。誰が殺された原因が誰某にあるなどとは言い訳にならない。オブリビオンの介在の有無もまた同じ。後に起こるであろう行動の結果によって課せられる罪は、国民の死で贖われる。全ては預かり知らぬ所高度な次元で事が進んでいると、仕方無いと片付けられなれなければならなかった。短絡的に言ってしまえばどれもこれも感傷などという無駄な雑音を御せないからこうなる。つくづく惰弱な人間とは――やれやれ。
「さて……」
 役割を放棄した不合理な欠陥部品共に割いてやる思考容量など無い。狂った歯車は放っておけば異物として装置から排斥されるのが絶対の定めだとノエルは既知していた。そうして世界は機能を維持し続ける。フットペダルを踏み込み機体の高度を幾らか引き上げた。戦闘の残響が多種多様な爪痕として残された都市の建造物が、視界の前方から後方へと流れ行く。標的と接敵するまでの時間はさほど要さない。
「位置取りはこの程度の高さで十分でしょう」
 レーザーの照射を受けた際に味方を巻き込まなければそれで良い。Swollenをやや俯瞰気味に見下ろす高度を維持して旋回機動に入る。肥大化したSwollenの腕が振り回されるが、熱風を警戒して十分な相対距離を確保しているエイストラは危なげない機動で躱す。横をすり抜ける剛腕をスラスター噴射の瞬間加速でやり過ごすと、左右のマニピュレーターが携えるプラズマライフルを撃ち放つ。光線状に集束された荷電粒子は頭部の白面に命中するも、表面を擦過して四散するに留まった。直後に白面が開き、眼球が露わとなる。ノエルは白面の開放を見留た瞬間に機体を急降下させ、摩天楼の影へと退避した。
「この程度のビルなら溶断してきますか……」
 一筋の光が闇を走る。ビルの上層部分が斜めに切断され、轟音と灰煙を上げながら倒壊し始めた。落下する瓦礫に巻き込まれないようエイストラが離脱する。コンクリート片が装甲の反射障壁とぶつかり合う。衝撃と音がコクピット内に伝播する。滑り落ちる上層部分の向こうに眼球を光らせるSwollenが視えた。ノエルが左右の操縦桿を前方に押し倒す。緊急降下したエイストラの頭上を白色の光線が通り抜けた。耐熱処理が施されたガーディアン装甲は高硬度衝撃波発生機構を作動させ、装甲を炙る熱を打ち消す。
「眼球を狙いたいところですが……そう簡単に通させてはくれないようですね」
 防護層がある事からして恐らくは弱点部位なのだろうが、狙うにはレーザーの直撃照射を受けるリスクを犯さなければならない。ノエルはビルの側面に沿ってエイストラを旋回させると、Swollenの後方へと回り込んだ。後頭部を目掛けてプラズマライフルを交互に連射する。荷電粒子はSwollenの皮膚を確かに貫いているが、銃創は瞬時に塞がってしまう。手応えが薄い。
「背後から貫通できる訳でも無しと。マイクロミサイルを囮にしてみましょうか」
 緩慢に振り向くSwollenの頭部を翡翠色の瞳が凝視する。喜怒哀楽を宿さない虹彩の中で幾つものロックオンマーカーが重ね合わされた。やがて正面を向けたSwollenに対し、エイストラが肩部の兵装担架に搭載するランチボックスに犇く誘導弾の群れを解き放つ。高速型マイクロミサイルは一旦扇状に広がり、白煙の尻尾を引いてSwollenの頭部へ殺到した。Swollenは白面を開くと瞼の下の眼球を露出させ、収束時間も僅かにレーザーを旋回照射する。撃ち落とされたマイクロミサイルが夜空に咲く爆炎の華と化した。
「プラズマキャノン、アクティブ」
 二挺のライフルに加え、背面にマウントされていた大口径砲までもが同時にSwollenへと向けられる。Eバンクから過剰供給された電力が各々の兵装に充填され、砲身に青白い電流が蛇のように纏わり付く。
「集中照射で如何でしょうか」
 ノエルの指先が織り成す入力操作に従い、エイストラが三砲を同時に発射した。機体を押し戻すほどの荷電粒子がひとつの光軸となって突き進み、誘導弾迎撃の為に露出していたSwollenの眼球へと到達する。光は着弾地点を中心として岩に打ち付けられた激流の如く拡散。Swollenが巨体を揺らして仰け反る。
「やはり有効ですか。ではこのまま砲身が保つまで押しましょう。どの道、他に手段はないのですから」
 頭部を抑えて倒れ込むSwollenに対し、ノエルは粛々淡々として細かな切り返しの空中機動を行い、そして荷電粒子を降らせに掛かる。エイストラの操縦者はひとつの戦闘単位として決して狂わず、誤らず、精密に役割を果たし続ける。いつか擦り減り動かなくなるまで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドゥアルト・ルーデル
デカパイ同意まだ全部片付いてもないのにクーデターとか全て上手くいかないで滅ぶ国のそれもいいとこなんだがバカなんだろうかこいつら、もっと戦争に真剣になって欲しい…等と思いつつ、国が滅ぶ滅ばないはどうでも良いが美少女の良質な曇り顔が見れそうなので

見た顔の敵でござるな何度も出てきて可愛いね❤キモいから死ねよ
じゃあ今度もゲッ…ダメ?しょうがねぇなキメるか…ウッ【流体金属】キマル!ナイス硬度!メタルヒゲマン!
流体化による物理無効っぷりと毒無効に身体能力強化で相手に負ける要素はないって訳だ!
ただ難点がな…東雲氏の肩から離れないといかんのよね

じゃあちゃちゃっと行ってくるか!
戦ってる間は白羽井の諸君は拙者に声援を送ってね、こう負けないで!な感じで
拙者がぶん殴って切り裂いて蹴散らして敵が修復…その間声援を受けて(拙者のやる気が)回復…永久機関が完成しちまったなァ!

後で面白そうだから後藤に秘匿通信で煽っとくか
個人の私怨で子供に殺人をさせる…復讐相手とやらと同じく外道になった気分はどうだ?感想を述べよ!



●新しき者
 イカルガのコクピットに座す那琴の神妙な面持ちには諦観の念が露骨に浮かんでいる。紛争地帯によく居そうな、髭面でやたらと歯並びが良い中年傭兵がどういう理屈で手の平サイズまで縮んでいるのか、ましてや何故気密性の高いコクピットに潜り込んでいるのか、はたまた自分の肩に乗っているのか。那琴は考えるのを止めた。
「デカパイ同意」
「……はい?」
「デカパイ同意だよ!」
「わたくし、セクハラはお許しにならないとお教え致しましたわよね?」
『はーい、あたしも同意しまーす。でも尼崎中尉には及ばないかな?』
「栞菜!」
「いやだからデカパイ同意だって!」
「御手洗いにお流し致しますわよ?」
 やたらと長い補足事項ルビを含む言葉の意図を那琴は掴めなかった。和かな笑顔にほんのりと血管が浮き上がる。
「東雲氏前見て前!」
「わかっておりますのよ!」
 イカルガを叩き潰さんとSwollenの掌が覆い被さるが、急激な横方向への機体制動で躱す。
「いやー懐かしい顔でござるな! 何度も出てきて可愛いね!」
「貴方の御趣味がよく分かりませんわ……」
「キモいから死ねよ」
「感情の移り変わりが忙しい方ですわね!」
 その時、那琴はエドゥアルトの言葉にはっとした。そういえば以前Swollenと交戦した際、彼は何をどうしたのか。嫌な予感が膨れ上がるのと同時に、そんな那琴の表情の変化に勘付いたエドゥアルトが途方もなく凶悪な笑顔を見せ付ける。
「じゃあアレ喚ぶかな! チェェェェェンジゲッ――」
「おやめくださいまし!」
「ナンデ!?」
「ダイナミックな方々に怒られてしまうでしょう!?」
「こまけぇこたぁ良いんだよ!」
「大事でしてよ!」
 名前を呼んではならない禁忌のスーパーロボットを召喚したいエドゥアルトと、どうしても阻止したい那琴の視線が火花を散らす。やがてエドゥアルトが肩を竦めてやれやれと首を横に振った。
「けっ、我儘なお嬢でござるな……じゃあキメるか」
「キメるとは?」
「流体金属。ウッ! キマルキマルキマル……」
 なんですってと問いかけた那琴に構わず、どこからか取り出したペン型注射器を首筋に突き立てる。シリンダー内は銀色の液体で満たされていた。
「見るからに毒々しいのですけれど、大丈夫ですの……?」
「拙者の体を貴様に貸すぞ!」
「間に合っておりますわ」
「うム実ニよク馴染む……」
 駄目だった。エドゥアルトの身体は倒すと多大な経験値が得られそうな液体金属に変貌すると、将来反乱軍の長となる少年を抹殺するため未来から派遣された変幻自在のサイボーグのように再び人間の貌を取る。
「キマル! ナイス硬度! メタルヒゲマン!」
「ドット絵の次は液体金属ですの……」
「拙者達は……ワカり会えタ……判り合ウ事ガできタ……」
「わたくしは全然分かりませんのよ!」
「流体金属と化す事で物理無効! 毒も効かねぇな! これでもう何も怖くない」
「はぁ……取り敢えず良からぬ事という事は分かりましたわ……」
「しかしな、難点がな……東雲氏の肩から離れないといかんのよねーあー! つれーわー! かー! つれー!」
「何故わたくしの肩に拘るのです……」
 融合する事でしか他者を理解出来ない異星起源種と対話を終えた新人類のような外観になってしまったエドゥアルトは、那琴の肩を降りると太腿に飛び移った。
「そいじゃ、ちゃちゃっと行ってくるか!」
 流体化したエドゥアルトが那琴の太腿の上を這いずり回り、コクピットの下方へと消える。
「ひやぁぁ!」
 冷蔵庫で極限まで冷やされた一ヶ月振りのビールのような感触に脚をなぞられた那琴が身の毛をよだたせた。既にエドゥアルトは機体の外へと出ている。
「戦ってる間は白羽井の諸君は拙者に声援を送ってね、こう負けないで! な感じで」
 流体金属溜まりから上半身だけ人体を構築して那琴らに手を振った。
『おじさーん、がーんばれ! がーんばれ!』
 人間をやめてしまったエドゥアルトを引き攣った顔で見送る那琴に代わり、栞菜がどこかの著名な同人作家の常套句のような声援を送る。
「可愛い女の子いいよね! 判る! 判れよ!」
『おじさーん! 後ろ! 後ろ!』
 エドゥアルトが振り返ると、遠方で白面を展開するSwollenが姿があった。
「オープンメタル!」
 宇宙そらに出て新しき者に目覚めたエドゥアルトの反応は速い。液体化した身体を二分割にして、それぞれが逆方向へと這いずる。Swollenの眼球状の器官から照射された光線が幹線道路を駆け抜けて火柱を立ち昇らせた。
「チェェェェェンジエドゥアルト! スイッチオォォォン! ファイナルフュージョン!」
 分割された液体金属が集結し、金属の鈍い光沢を放つ人体を構築する。そしてSwollenの巨躯目掛けて駆け出す。
『横から来ますわよ! お気を付けて!』
 伸長したSwollenの腕部が建造物を薙ぎ倒してエドゥアルトの側面より迫る。大振りの攻撃を難なく避けると――。
「あじゃらぱー!」
『おじさーん!?』
 避けなかった。栞菜の叫びも虚しくエドゥアルトの身はチェーンソーで切り刻まれた神の如く飛散してしまった。
「……なんて、言うとでも思ったかい?」
 拡散した流体金属がSwollenの腕部の上で収束し、エドゥアルトの姿を立ち上がらせる。
「取り付く手間が省けたでござる! ヒャッハー! オモチャにしてやるぜ!」
 両腕を刃物状に形成すると、先端部をSwollenの表皮に突き立てた。そのままSwollenの腕を駆け上がり頭部を目指す。引き裂いた表皮から夥しい赤い飛沫が生じるが、直後に切創痕は塞がってしまう。
「オラ! 鉄槌喰らっとけ! エドゥアルトハンマー発動承認!」
 首元まで辿り着いたエドゥアルトは、両腕を束ねて巨大な金槌へと変異させる。そして足場を蹴り出して飛び上がると、Swollenの頭部目掛けてそれを振り下ろした。
「ミンチにぃ、なぁぁれぇぇッ!」
 重い衝撃音が都市部に響き渡る。エドゥアルトの鉄槌に頭部を打ち据えられたSwollenが仰け反る。巨躯が緩慢に傾くと背中から倒れ始め、建造物を巻き込みながら地に伏した。そしてエドゥアルトはSwollenの身を飛び降りてアスファルトの路面へと難なく着地する。
『わー、おじさんすごーい! やるじゃーん!』
『人の身であの巨体を……一体どういう……ああ、エドゥアルト様ですものね……』
 栞菜の黄色い歓声と白羽井小隊員の驚嘆、那琴の諦観の溜息を受けたエドゥアルトが、核で滅んだ世紀末のオープンワールドゲームでありそうな笑顔を作り親指を立てた。
「ヘッヘ! んん? こいつぁひょっとして……?」
 エドゥアルトは気付いてしまった。自分が暴れ回ってSwollenをぶちのめす。すると女子達から声援が返ってくる。Swollenが自己再生を終える。それを自分がまたぶちのめす。女子達の声援が返ってくる。
「永久機関が完成しちまったなァ!」
『おじさーん! そのデカいの、そろそろ起き上がるんじゃなーい? さっきのもう一回見たいなー!』
「再起動ってやつなのかな? しょうがないにゃあ……いいよ。と、その前に」
 エドゥアルトは腕に備わるPip-Boyのダイヤルを回し、幾つかの入力操作を行う。
「もしもし……聴こえていますか……今、おじさんは秘匿通信で呼びかけています……」
『こちら後藤だ。その声は……お前さんか。また何かやらかしたのか?』
「いやね、ちょっと煽っておこうかと思って」
 エドゥアルトの意図を察しかねた後藤が通信音声の無効で首を傾げる。そもそも彼の意図を察する事が出来る一般人が存在するのかはさておき。
「ヘーイ後藤ボーイ、個人の私怨で子供に殺人をさせる……復讐相手とやらと同じく外道になった気分はどうだ? 感想を述べよ!」
 エドゥアルトの語り口は随分とご機嫌そうだった。暫しの間を置いた後で後藤が応答する。
『猟兵の情報網ってのは大したもんだな。それとも電脳魔術士の特権か?』
「ま! 壁に耳あり障子にメアリーでござるな! で? ねえねえいまどんな気持ち? ねえねえ?」
『最高の気分だ。晴れ晴れしている』
「ワシなら三文で三倍はマシな芝居が打てるでござる。ヴォエ!」
『そうか。そう思うなら……或いはお前さんなら、そこのお嬢様連中の考えを改めさせられるかも知れんが……』
「い! や! だ! なんで拙者がそんなうまあじの無い事せなアカンのでござるか!」
『なんだ? お嬢様連中に入れ込んでたんじゃないのか?』
「だってこのまま放っておいたほうが? 美少女の良質な曇り顔が見れそうだし?」
『おいおい、とんでもない趣味だな』
「そんな褒めんなって」
 エドゥアルトが舌を出して片眼を瞑った。もし那琴が見ていたらやはり引き攣った視線を送っていただろう。
「というかまだ何にも片付いてないのにクーデターとか馬鹿なの? 死ぬの?」
 奇妙奇天烈に定評のあるエドゥアルトらしからぬ真当な所感が飛び出す。実際彼の言う通り、暁作戦はマイナスを零に戻す為の戦いでしかない。
『お前さんはどこまで知って……いや、いい。顔に見合わず随分とこの国の行末を憂いでくれているんだな』
「いや国が滅ぶ滅ばないはどうでもいいんで。もっと戦争に真剣になってくれないなー頼むよー」
 通信機の向こうで後藤が呻く。
『まったく、てんで解らん男だな。お前さんは』
「そりゃ拙者も解らんでござるからな。人はワカリアエナイし新しいものは殺し合う道具でござる」
『おじさーん! どうしたのー? Swollen起きあがっちゃうよー!』
 どこか期待が籠った栞菜の声を受けて、エドゥアルトは後藤との通信を絶った。地に伏していたSwollenがコンクリート片を盛大に散らかしながら緩やかに立ち上がる。
「おおっと永久機関のお目覚めだ!」
『永久機関? 何の事を仰っておりますの?』
『さっきのハンマーのやつ、あたしもっかい見たいなー!』
「よーしパパ頑張っちゃうぞー!」
 十代の女子達の声援と約一名から向けられた神妙なる視線を背負い、不埒明快極まりない顔付きの金属黒髭が再度駆け出した。彼の真意は底が知れない。狂乱の大公の頭の中身を垣間見る事が叶う定命の者など、果たして誰がいようものか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティー・アラベリア
補給を要せず、あらゆる環境に適合する兵器。素晴らしいですね
……ですがいけません。ボクと製品コンセプトが被っている気がします

高い環境適用能力と、高出力のレーザーが訴求ポイントならば、それを正面から叩き潰すまで
と言う訳で、今回使用しますは環境制圧妖精
結界術のちょっとした応用で、広範囲の現実を改変し、不毛惑星を緑豊かな大地へと変えるテラフォーミングユニットでございます
翻せば、重力を操作したり、大気濃度を数千倍にしたり、大気組成を猛毒に変えることも可能なのです
レーザーが如何に強力と言えど、大気による減衰は不可避である以上、射線上の大気濃度を極限まで引き上げれば愛らしい玩具のようなものです
それだけでは芸がありませんから、大気組成と屈折率を改変し撃ったレーザーをそのままお返ししましょう

敵の主要火力と迎撃火力の無力化はこんなものでしょうか
さて、みなさん。焼夷弾はお持ちですか?
敵周辺の大気をテルミット反応に最適な物へと改変いたしました
周囲の外縁に存在している有象無象共々、景気よく燃やしてしまいましょう



●自立駆動型戦略魔導複合体
 人の第一印象の大半は見た目で決まる。外観で印象を決定付けられるのは人に限った話しではない。硬そう、強そう、重そう、可愛い、怖い。外観は形状を有する遍く万物が持ち得る対外的な批評材料。今現在308平野の都市部で猛威を振るうSwollenとて例外には漏れない。
「補給を要せず、あらゆる環境に適合する兵器。素晴らしいですね……ですがいけません。ボクと製品コンセプトが被っている気がします」
 戦禍にまみれて荒んだ都市を淑やかに歩くアリスドレス姿のミレナリィドールと、巨大な人喰いキャバリアが似たような機能を有しているなどと聞いて、如何程の人間が怪訝な表情を返さずに済むものだろうか。だが実際ティーのスカートの内側には、本人の言う通りの夢のような機能が詰まっている。彼或いは彼女を見た目という定規で押し測るのは、些か危険過ぎる。
「なので、どちらがより優れた製品なのか、皆様にご評価頂きましょう」
 貼り付けた面持ちは生の感情を映さない。されど青い瞳は爛々とした輝きを湛えている。そしておもむろにスカートの裾を摘み上げると、フリルのひだ・・で満たされた内部に腕を肘まで突っ込む。視線を斜め上に流して右往左往させながら「この辺に……」と呟くと、小さな頷きと共に双眸が細められた。引き抜いた手には黄色い毛色をした犬のぬいぐるみ――のように見えるが、顎の形状が全く可愛げの無い妖精の首根っこが握られていた。
「本日ご用意致しますのはこちら、環境制圧妖精でございます」
 まるでショッピング番組のプレゼンテーションのように語り始める。視線は誰に向けられているのだろうか。
「結界術のちょっとした応用で、広範囲の現実を改変し、不毛惑星を緑豊かな大地へと変えるテラフォーミングユニットです」
 聞き手が知識の無い者ならひたすら首を傾げ、知識のあるものなら顔面を蒼白にし、後藤達であれば「おいよせやめろ!」と怒声を上げて食って掛かられたであろう、悍ましい専門用語の羅列がすらすらと流れ出す。
「翻せば、重力を操作したり、大気濃度を数千倍にしたり、大気組成を猛毒に変えることも可能なのです」
 要は大量破壊兵器である。
「レーザーが如何に強力と言えど、大気による減衰は不可避である以上、射線上の大気濃度を極限まで引き上げれば愛らしい玩具のようなものです」
 解説内容は全然愛らしくない。するとティーは「実際にご覧頂きましょう。暫しお時間を頂きます」と、牙と舌を剥き出しにして荒ぶる妖精から手を離す。地に落ちた妖精は身を振るうと、都市部の何処かへと姿を消した。ティーが両手でスカートを掴んで内部に空気を送り込むようにして仰ぐ。一度仰ぐ度に先程と同形状の大量破壊兵器が産み落とされ、すぐに路地裏や幹線道路の彼方へと駆け出した。
 その後は暫くの間、適当な瓦礫に腰を降ろし、両脚を宙に放って振り子のように前後運動させながら、他の猟兵達の戦闘をぽやぽやした表情で観戦していた。だが何の前触れも無しに二度頷くと、瓦礫から飛び降りてアスファルトへと足を着けた。
「お待たせしました。準備が整いましたのでこれより実演を開始致します」
 脚と脚の間の裾に腕を突っ込み、そして引き抜く。手に握られているのは95式思念誘導型魔杖。杖先をSwollenに向けると、氷柱を生じさせて投射した。一発、二発、三発。ティーからすれば高層マンションを見上げるような質量差もあり、その威力は海原に角砂糖を溶かす程度のものだっただろう。相対距離もかなり離れている。しかし幾度も投射している内に、ふとSwollenの白面が小さなミレナリィドールの存在を認知した。ティーの口元が露骨に釣り上がる。
「本来ですと、ここでボクの華奢な身体は綺麗さっぱり蒸発してしまう流れですが……」
 白面が開いて内部の眼球状の器官が露出する。狙いを付けられた本人は躱す気配も守る気配も見せない。レーザーの集光が臨界に達し、細い光の筋となってティーの身を瞬時に焼却する。その筈だった。
「ご覧ください、ボクは無事です。すごいでしょう?」
 レーザーはティーに到達する手前で微細な光の鱗粉となって失せてしまう。続けて再照射されるも結果は同様だった。
「レーザーが如何に強力と言えど、大気による減衰は不可避である以上、射線上の大気濃度を極限まで引き上げれば愛らしい玩具のようなものです」
 Swollenに対してティーが両の腕を開く。やはりレーザーが到達する事は叶わない。
「それだけではございません。大気組成と屈折率を改変すれば……」
 目元の高さまで上げられた手が指を鳴らす。減衰効果を見越したのか、Swollenはより収束率を絞って威力を高めた光軸を放つ。人間の眼には到底追えない速度で突き進んだ破滅の道筋は、ティーが腕を伸ばせば届いてしまうほどの距離まで到達した。されど人形の躯体を飲み込む結末は得られず、その場で軌道を何度も捻じ曲げ、文字通り紆余曲折して照射元へと回帰した。肉を抉り取られた肩口から鮮血が吹き上がる。
「このようにお返しすることも出来てしまうのです」
 蠢き悶えるSwollenの姿を見て、これで一段落着けたと瞑目し頷くと、ヘッドセットに片手を宛がう。
「さて、みなさん。焼夷弾はお持ちですか?」
 通信回線を開いた相手は東南両方面軍のギムレウスの搭乗者達だった。
「敵周辺の大気をテルミット反応に最適な物へと改変いたしました。後は、お分かり頂けますね?」
 本人に意図があったかどうかはさておき、大量破壊兵器を満載した人形の淑やかな声音に気圧された少年少女達は「お分かり頂きました」以外の返答を返す度胸を持ち合わせていない。震え混じりの威勢の良い応答を得たティーは「レーザー誘導と斉射タイミングの指定はこちらで行いますので、火器管制の案内に従い引き金を引いて貰えるだけで結構です」との言伝を最後に通信を絶つ。
「では……周囲の外縁に存在している有象無象共々、景気よく燃やしてしまいましょう」
 燃やすどころではなく爆砕なのだが、語る御本人にとっては細事なのだろう。やがて悠々と照準案内を終え、耳元で囁くように発射の合図を送ると、幾つもの風切り音が各方々から上がった。Swollen目掛けて飛来する弾頭が近接信管を作動させて内包する炸薬を着火、花火を撒き散らした瞬間、一足早い夜明けが訪れたのかとばかりの光が都市部を満たす。
 爆心地点となったSwollenは立ち昇る火柱に飲まれた。周辺の建造物は粉砕或いは吹き飛ばされ、ほんの僅かに遅れて衝撃の津波が都市部の地表を舐める。ティーの蜂蜜色をした髪が靡いたのと、人の身であれば鼓膜をかち割られていたであろう爆音が轟いたのはほぼ同時だった。
「いかがでしょうか? この威力。他にも様々な用途が詰まった上に、しかも小さく可愛いご家庭用奉仕人形。ご入用の方はどうぞこちら、ティー・アラベリアまでお申し付けくださいませ」
 冷めやらぬ火柱を背後に頭を垂れる。赤黒い爆炎に照らされたその口元は、確かに笑みの形を採っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メルメッテ・アインクラング
※真の姿使用

『……!!』指定UC作動。接続生体の意識を強制消失――操縦権、移行

……『頭を垂れろ』敵の頭上へ真紅の重力念波を落とし【重量攻撃】
【リミッター解除】!塗らせていた白は消え地の黒が露わに
遊びの装甲を戻し、メイド……あれもよく知る、私の真の姿を解放
”黒色のサイキックキャバリア”の伝承をその身に刻んでやろう
『骸の海など生温い、二度とは浮かべぬ紅蓮へ沈め!』

防御機構の停止状態で攻撃を受けるのは悪手
殲禍炎剣を起こさない速度と高度で【空中機動】。全て【見切り】回避しながら敵の腕部・脚部へ【鎧無視攻撃】で多量の飛刃を穿っていく
私に痛覚などない。避けられないなら腕の一本はくれてやる!
胸が傷付かなければ、剣を振れればそれで良い!

あれを、あれと生きるという私の選択を!
私を棺と呼んで、あれ諸共、たかが運命へ引き摺り込まんとする忌々しい過去の亡霊共が!
『私の、心に、心臓に……!』
ブレードビット刀身展開、【一斉発射】!同時に極熱を纏わせた剣で頭部を一閃し【切断】してやろう!
『触るなあああああああぁ!!』



●冥胸独唱
 旧平沢市でのchopper排除作戦の終盤、不可解な挙動を見せた後に戦闘区域を離脱。以後の消息は不明。それが戦闘記録に残されているかの機体の最後の動向である。
 消息を断ってから幾度となく太陽が浮き沈みを繰り返した頃、かの機体は308平野に現れた。友軍さえもたじろがせるほどの憎悪、或いは敵意を全方位に振りまいて。
 あちこちで燃え上がる火の手。秩序無く崩された高層建築物の数々。途切れぬ号砲。暁作戦の運命が収束するこの都市部に屹立するビルの一柱。そこにラウシュターゼが降着する。
 地に片膝を着いて立つかの機体の四眼はゆっくりと脈動を繰り返す。視線は何も見ていない。だが、遠方でSwollenが地を鳴らした時、頭部は確かにそちらへ向けられた。
『頭を……垂れろ』
 重く静かな声音。感情を覗かせない鋼の仮面の下に、限りなく呪いに近い憎悪が滲む。
『頭を垂れろと言っているッ!』
 冥き真紅の衝動がSwollenに覆い被さる。怒号を発した者の思惟を表すかの如き重力場が、骨肉を剥き出しにした巨人の身を跪かせた。されど周囲の者達の視線は全高50mの超大型種を押し留めた重力場ではなく、ラウシュターゼへと向けられている。
 四眼の機士が立ち上がる。基調の白を朱で縁取り、金の装飾が施された装甲。それらから夜空を背後にしても尚深い闇色の雫が滲み溢れる。黒はやがて装甲全てを蝕んだ。
『真の力を視るがいい……あれも良く識る、”黒色のサイキックキャバリア”の力を……!』
 黒の中に血呪色の四眼だけが灯る。右腕のマニピュレーターを眼前にかざして強く握り込む。全身を覆う甲冑のような装甲の接合部に血脈の光が走る。マニピュレーターが開かれると、纏う装甲の全てが割れて剥がれ落ちた。もう既に白磁の機械騎士は存在しない。
 執念の色を宿した装甲色は、暗い淀みより尚深い。各所にあしらわれた金は、艶めかしくも光沢を映さない装甲の異様な黒色を一層際立たせる。戦斧の形と思しき肩部の調印は、果たして執行者を示す証なのだろうか。
『なによあれ……まさかあれも、機械神なの……?』
 変異を目の当たりにしてしまった兵が無意識に言葉を零す。アーレスに伝わる八百万の神々の一柱とさえ思わせられるほどの圧力を放っていたからだ。そして兵士は本能で理解した。動きのひとつひとつに人間の意志が無い。あの機体は自らの意志で稼働していると。
『骸の海など生温い、二度とは浮かべぬ紅蓮へ沈め!』
 背面に広げた推進装置と思わしき機関が、怒気色の光翼を広げる。コンクリートの地を蹴り出して飛び立ったラウシュターゼが忌まわしき敵を正面に捉えて猛進する。重力負荷に対する順応を終えたSwollenがレーザー照射の気配を見せる。白面が展開する瞬間を認識したラウシュターゼが機体を横へと撚った。高層建築物の向こうにSwollenが消えたのと光線の照射が開始されたのはほぼ同時だった。そのまま崩壊した市街の隙間を縫ってSwollenの元へと突き進み、側面の足元へと辿り着いた。
『切り裂け!』
 ラウシュターゼが片腕を薙ぐ。周囲に円形の術式陣が浮かび上がると、ベグライトゥングが産まれ出た。無数の飛刃はそれぞれが乱れ狂う軌道を描いてSwollenの四肢の腱を引き裂く。超高熱化した刃で筋繊維を断たれた巨躯が姿勢を崩して倒れ込む。
『そして!』
 さらに切り刻むべくラウシュターゼ自身が従奏剣ナーハを振り翳し、鞭撃を浴びせようとした。だが強烈な打撃が機体を横に張り倒す。Swollenが死角から剛腕の一部を潜り込ませていたのだ。建造物に叩き付けられてコンクリートに背面を埋めた。だがラウシュターゼは怯みもしなければ呻きもしない。この黒鉄の身体に痛みなどという概念は存在しないのだと、そう語る四眼はなおも忌まわしき敵を睨め付けている。
『……あれを、あれと生きるという私の選択を』
 Swollenが緩慢に旋回し、磔にされたラウシュターゼを正面に見据えた。
『私を棺と呼んで、あれ諸共、たかが運命へ引き摺り込まんとする忌々しい過去の亡霊共が……』
 白面が開かれ、瞼の下より眼球状の器官が露わになる。その眼の中に映り込む機体の姿をラウシュターゼは見た。
『私の、心に、心臓メルメッテに……!』
 こちらの胸部を見詰める単眼に光が収束する。拒絶と憤怒を綯い交ぜにした炎が湧き上がる。そして単眼に集った光が軸となって放たれる直前、ラウシュターゼは咆哮した。
『触るなああああああァァァーッ!』
 爆裂した紅の翼が磔を粉微塵に吹き飛ばす。正面に集結したベグライトゥングが刃の花弁を花開かせて円形の陣を組んだ。その中央から、煉獄の紅蓮に染まった熱と光の奔流が、咆哮と共に放たれた。紅と白、ふたつの光が激突する。生じた波動が建造物に残されていた僅かな窓硝子を粉々に吹き飛ばした。拮抗していた光がやがてラウシュターゼ側に押しやられ始める。
『私は命じた筈だぞ! 何度も、幾度も、お前に……!』
 遂に破滅の光が円陣の直前まで迫る。超過稼働の限界を迎えつつある飛刃がスパークを散らせた。
『その生命の在り処、魂の場所! お前が百億の眠りを迎えようとも、千億の眠りを迎えようとも、私の調べを……聴かせてやる!』
 四眼が宿す思惟が一層明度を増した。機体の四肢を走る力が、紅蓮の奔流を膨れ上がらせた。ラウシュターゼの直前まで押し込まれた光の拮抗がSwollenまで押し戻される。
『起きろ! メルメッテ!』
 それは祈りだったのか、それとも叱咤だったのか。叩き付ける叫びを最後に白は紅に塗り潰された。濁流と化したSwollenの首から上を飲み込む。巨躯が背中から地に向かって傾き始めるのと同時に、ラウシュターゼが爆ぜさせる煉獄の熱波が周囲の空間を覆い尽くした。
 何もかもを焼き尽くす炎が、何もかもを紅蓮に塗り尽くす。
 聖櫃の叫びは、死に装束の少女に届いたのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

露木・鬼燈
よくない…よくないなぁ
前線にまで政治を持ち込むのはなー
闘争の純度が下がる!
うん、不純物があるとキレが落ちるからね
お嬢さん方の動きに陰りが見えるしね
んー、これは早々に決着をつけないと友軍が持たないっぽい?
なかなかの難敵だから観察してから挑みたかったんだけどね
まぁ、戦場なんて思うとおりに行かないからものだから仕方ないね
アポイタカラ、出撃するっぽい!
正面からの射撃戦でどーにかなる相手じゃなさそうだよね
残った建造物を利用した立体機動で動き回るですよ
いつも通りのライフル&マシンガンに徹甲榴弾を装填
とりあえず死角から撃ち込んでみるっぽい!
ふむふむ…なるほどなーこれではダメっぽい!
どっちの形態にも効果は薄いみたい
やっぱり通常攻撃でなくUCでないと足りないか
徹甲榴弾から硬化樹脂を充填した多目的特殊弾に変更
対象の動きを鈍らせたところに<手裏剣投げ>
そして影縫いで動きを完全に止めてからの<破滅の枝>ってね
これならどっちの形態でも十分な効果が期待できるですよー
やっぱり最後に頼りになるのは忍の業っぽーい!


ヴィリー・フランツ
※ヘヴィタイフーンに搭乗
心情:悪運はある方だとは思っていたが…
兎に角、今後も維持出来るかは別として市内の制圧は急務だな、地固めせんとにっちもさっちもいかん。

手段:クロコダイル単装電磁速射をRS-Sピラニアミサイルへ換装、戦闘中にコイルが焼けなかったのは奇跡だったぜ。
ひよっこ達は原隊復帰して構わんぞ、教えた事を上手く活用してくれ。

あのエヴォルグは過去の戦闘記録を見るに、非常にタフだ、此方も全武装を叩き込むしかねぇな。
増加装甲はパージ、あの質量じゃどんだけ装甲を厚くしても意味がねぇ、小回り重点だ。

廃墟を利用し此方の射程圏内まで接近する、近付いたら左右へ回避運動を行いながらコングⅡ重無反動砲による下半身への攻撃、対艦に使われる徹甲榴弾だ、デカ物には丁度良いだろ、お代わりの155mmカートリッジも持ってきてる。
ミサイルはここぞと言うときに使用、コイツだけは補給出来んからな。

奴の下半身が全体重支えきれず、体勢を崩したら【完全被甲弾】を重無反動砲に装填、顔面の装甲もろとも生体レーザー砲の粉砕を試みる


シル・ウィンディア
50m級…。
いや、さすがに規格外すぎないかな、それ…。
とはいえ、こんなものを野放しにしてはおけないからっ!
行くよ、リーゼ!

空中機動でスラスター全開の空中戦を行っていくよ
陸戦は、得意な人たちにお任せだね。
残像を生みつつ、攪乱機動を行っていくよ。

まずは、リフレクタービットを敵機を中心に全方位に展開!
そのまま、ツインキャノンと狙撃モードのビームランチャーを別々のピットを狙って撃っていくよ。
ついでにビットからも射撃を行って、飽和攻撃だね。

敵機のビームの発動タイミングは、よく見て見切り、発射の仕草を逃さないようにするよ。
ビームが発射されそうな時は、リフレクタービットを戻して、機体前面に展開。超高出力ビームにどこまで効果があるかわからないけど、反射を試みるよ。
ビーム撃たれたら、機体は全速力で離脱。ビットはその場に残すよ

やり過ごしたら、多重詠唱で魔力溜めと同時にUCの詠唱を開始。
限界突破まで魔力をためて、詠唱もじっくり…
全力魔法のフルパワーのUCを撃ち放つよ!
わたしのフルパワー砲撃、全部もってけっ!



●デトネイター
 「沙綿里島の激浪も大きかったけど……規格外すぎないかな、これ」
 308平野の都市部。重厚な建造物を背にアルジェント・リーゼがSwollenの様子を伺う。シルの双眸が見詰めるレティクルの向こうでは、骨肉を露出させた巨躯が好き放題に三本の太腕を振り回し、レーザーを錯綜させては猟兵達を薙ぎ払わんと暴れ回っている。
「悪運はある方だとは思っていたが……とんでもないアタリを引いちまったな」
 ヴィリーは軽く肩を持ち上げて重い息を吐いた。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹもアルジェント・リーゼと同様に市中に身を潜めて機会を虎視眈々と狙っている。
「兎に角だ、あいつを潰さんとにっちもさっちも行かん」
 さもなくば手を掛けてやった灰狼中隊のひよっこ達に対する労力も無駄になる。この一ヶ月近くの間、ヴィリーは彼等に実戦の中で様々な戦い方を教授していた。教えられた技術がどれほど身に付いたかはさておき、少なくとも東方面軍の最強格と目される伊尾奈に追従し得る程度の操縦感覚と、その伊尾奈が単身で敵群に突入した際には後を追い掛けられる程度の度胸は備わったらしい。
「そうだね。こんなものを野放しにしてはおけないか――」
「純度がぁぁぁ……低いっ!」
「っらぁん!?」
 シルが戦意を込めて仕掛けようと矢先、聞き覚えのある――というより日乃和で任務を遂行する上で聞かなかった例が一度も無い声が割り込んできた。
「どうした羅刹のあんちゃんよ? 不味い酒でも飲んだか?」
 ヴィリーのやるせない問いに鬼燈が首を横に振る。
「よくない……よくないなぁ、前線にまで政治を持ち込むのはなー」
 破壊された建造物の屋上に立つアポイタカラ。コクピットシートで腕を組み呻く鬼燈。ヴィリーとシルは「ああ」「まあ、それはねぇ」と嘆息を返す。
「前々からごちゃごちゃしてた国だけど、いよいよピークに来た……って感じなのかな?」
 シルも日乃和と人喰いキャバリアとの付き合いは非常に長い。始まりは鬼燈と同様に初戦まで遡る。以前より勘付いていた事ではあるが、此度の暁作戦で予感は嫌な意味で確信へと変わりつつあった。
「俺はその辺はよく知らんが……東方面軍の連中を見てるだけでも何となくは察するがな」
 特に灰狼中隊の隊員と相応の付き合いがあったヴィリーも、彼等が現政権に対し殺意を滲ませるだけの嫌悪を抱いているという点は、日々の些細な会話や仕草から感じ取っている。
「闘争の純度が下がる! 不純物があるとキレが落ちる!」
 鬼燈は極めて……という程に至るかは本人のみぞ知るところだが、遺憾であった。好きに生き、理不尽に死ぬを是とする闘争の化身にとっては、遍く雑音など気を害する要素に他ならないのだろう。
「本当に戦いが好きなんだねぇ……」
 シルが困り顔に眉を顰めて苦く笑う。
「お嬢さん方の動きに陰りが見えるしね」
 物のおまけ程度に呟いた鬼燈の言葉にヴィリーが「ほう?」と感心を零す。
「なんだ、良く見てるじゃあないか」
 つまる所感はヴィリーも鬼燈と同様であったらしい。
「これは早々に決着をつけないと友軍が持たないっぽい?」
「あのエヴォルグしつこいし強いからねぇ……」
「戦闘記録は見たが、タフもタフ、超タフってところか。だからこそ出し惜しみしてたピラニアミサイルを担ぎ出してきたんだが」
 鬼燈とシルはSwollenの脅威を正しく把握している。かつて実際に愛宕連山で交戦したのだから忘れようも間違えようもない。ヴィリーも過去の戦闘記録を参照して有り様を既知している。
「ま、バケモノを殺すのはいつだって人間だ。撃てば死ぬ」
「僕は羅刹っぽい~」
「わたしエルフ!」
「いや……それを言うなら俺だってスペースノイドだがな……」
 ヴィリーはなんとも決まりの悪い表情を浮かべて後頭部を撫でた。
「やるぞ! 俺は下から攻める!」
 ヘヴィタイフーンMk.Ⅹが脚部のバーニアに噴射炎を焚いてアスファルトの路面を走り出した。
「わたしは上から! いくよ、リーゼ!」
 アルジェント・リーゼが背面に翼状の光を広げて飛び立つ。
「もっと観察してから挑みたかったんだけどね、まぁ、仕方ないのです」
 アポイタカラがコンクリートの足場を蹴り出して跳躍する。
「先に仕掛けるよっ!」
 初手を取ったのは空中機動でSwollenとの距離を詰めるアルジェント・リーゼだった。高層ビルを遮蔽物として側面に回り込む。
「アルミューレ! 囲んで!」
 シルの司令を受けた自律端末が腰部のハンガーを次々に離れる。急停止と急動作の奇怪な軌跡でSwollenの周辺に展開した。Swollenは腕を振るって叩き潰さんとするもアルミューレ・リフレクターは小刻みに動き回り回避する。だが一筋の光が走った瞬間に、幾つかが爆散した。レーザーの照射を受けたのだ。
「解ってたけど、やっぱ跳ね返せないかー……でも!」
 ビルを挟んでSwollenと対峙する。収束率の高い狙撃モードに設定したブラースク改とツインキャノン、テンペスタをそれぞれ異なる方角へと発射する。射線上で待ち構えていたリフレクター・ビットが魔力粒子光線を跳ね返し、更に射線上のビットが跳ね返す。そして最終的にSwollenの巨躯へと辿り着いた。
「レーザーも! 後ろには撃てないよね!」
 熱風の発動を誘引しないよう、ある程度の間合いを取りながらアルミューレが踊り狂う。乱反射した魔力光線に加えてビット本体からの飽和攻撃も相乗させる。
「正面からの射撃戦でどーにかなる相手じゃなさそうだよね」
 忍者めいた運動性を発揮出来るアポイタカラにとって、この都市部という戦場は非常に相性が良い。瓦礫と化した街並みを飛んで跳ねてを繰り返す。照準の向こうにSwollenを捉えた。マーカーの色は有効射程内を示す赤。鬼燈の指が操縦桿のトリガーキーを連続でクリックする。アポイタカラが小ジャンプ機動を継続しつつ合計四門の銃身を唸らせた。薬莢が排出される度に徹甲榴弾がSwollen目掛けて飛び出し、弾頭が肉に食い込むと爆散の火球を膨らませる。
「んー、手応えが薄いっぽいー」
 胴体では駄目なら手足はどうかと狙いを変えるも手応えは変わらず。なら頭部を潰すとレティクルを合わせた瞬間、白面が開くのを見た。
「危ないっぽい!」
 空中で姿勢の向きを変えて推進噴射を行う。アポイタカラが横へと弾かれたのと同時にレーザーが目の前を駆け抜けていった。余波を浴びたナノクラスタ装甲改が溶解を修復を繰り返す。
「あっちっちなのですよ!」
 機体を降着させて再度跳躍する。Swollenの視線がアポイタカラを追い掛ける。ビルからビルの間を跳ぶ僅かな時間で徹甲榴弾を頭部目掛けて叩き込む。狙いは正確だった。しかし照射されたレーザーによって滅却されてしまう。
「余所見してる所悪いが……!」
 シルと鬼燈が攻撃を加えている間に、廃墟群の隙間を縫うように滑走するヘヴィタイフーンMk.ⅩがSwollenの麓へと辿り着いた。腕部が支えるのはジオメタル社製155mm無反動砲。大物狩りには最適の得物だ。
「対艦用の徹甲榴弾だ! たっぷり味わえ!」
 重厚な発砲音と共に無誘導ロケット弾が噴射炎を吐き出してSwollenに猪突する。大ぶりの弾頭は巨躯に難なく命中。骸と化した建築物の数々を震え上がらせるほどの爆発音と衝撃を生み出す。ヴィリーは着弾を待たずに次弾の発射準備を終えていた。初弾の着弾点を狙い澄ました一点集中射撃。赤の爆炎と黒の爆煙にSwollenの巨躯が包み込まれる。
「こいつは……ッ!」
 歴戦の勘が身体を衝動的に動かす。右の拳を振り上げてエマージェンシースイッチのカバーを叩き割った。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹの機体各所に配されていたテンペスト社製追加装甲が全て同時に排除される。急激に軽量化した機体を、ヴィリーが踏み込むフットペダルの入力動作が蹴り飛ばす勢いで加速させた。直後、Swollenを包んでいた黒煙が光線によって引き裂かれる。光線はさきほどまでヘヴィタイフーンMk.Ⅹがいた場所を走り抜けた。まだ落着する前だった追加装甲が赤熱化し、落下した先でスライム状に溶解する。
「装甲は意味無しってか!」
 最早耐ビームコート云々の問題ではないのだろう。雑居ビル群に機体を投じ、コングⅡの空になった弾倉を投棄して新たな弾倉を叩き込む。
「やっぱり最低でもユーベルコードじゃないと通じないみたいなのですよ。撃っても切ってもすぐ回復しちゃうっぽいー」
 ヴィリーが体勢を整える隙を捻出するべくアポイタカラが足を止めて榴弾を連射する。太腕が叩き付けられる気配を感じた瞬間に跳躍した。足場にしていた商店はコンクリートの残骸と化した。
「そうだねぇ……でも暴れるし、近付くと熱風くるし、でぇっ!?」
 ビルを盾にリフレクタービットで火力投射を続けていたアルジェント・リーゼだったが、戦艦の装甲よりも分厚い鉄筋コンクリート製の壁が赤に変色するや否や、その場を退避する。
「レーザーは建物貫通してくるし!」
 掠めでもすれば一貫の終わりだ。牽制射はアルミューレに任せ、次なる盾の高層オフィスビルの隙間へと潜り込んだ。
「とはいってもな、直撃させなけりゃ無駄撃ちだぞ。一瞬でもデカブツを留めとく索でもありゃ話しは別だが」
「あるっぽい」
「あるのかよ!」
「えー!? じゃあ早く使ってよー!」
「かしこまったのですよ。では注意を引いててくださいな」
 鬼燈の手札を信じてシルとヴィリーが攻勢に出る。アポイタカラはSwollenの背後を取る位置取りに回り込むと、パルスマシンガンとライフルに装填されていた弾倉を投棄し、新たな弾倉を装填した。
「まずはこれからー!」
 フォースハンドとマニピュレーターが握る火砲が時間差で連射される。放たれた弾体はSwollenの四肢に命中し、爆炎――ではなく透明なゲル状の粘液をぶち撒けた。
「うわ!? なにそれ!? スライム!?」
 思ったのと違う。そんな意図を含めた声がシルからあがる。
「硬化樹脂っぽいー」
「なるほどな、てっきりネットガンでも使うと思ったが」
「そういうのはこの後から使うのですよ」
 粘液は間を置かずに硬化を開始。振り回す腕部が周囲の建造物と接着した。明らかに挙動が鈍重かつ不安定になったSwollen目掛けてヘヴィタイフーンMk.Ⅹが間合いを詰める。
「上出来だ! 後は……!」
 秘蔵のミサイルを使う時が来た。単装砲と置換された8連装ミサイルポッドがハッチを開く。内部ではジオメタル社製の獰猛な誘導弾が解き放たれる時はまだかと犇めいていた。
「所詮その図体を支えてるのは脚だ! 膝を潰す!」
 Swollenの左右に脚に、それぞれ4発ずつのピラニアミサイルが殺到する。表皮を食い破って内部で炸裂、膝関節を粉砕した。巨躯が両脚を折って地に倒れ込む。だが尚も膂力だけで身体を立て直し、頭部をヘヴィタイフーンMk.Ⅹへ向けるべく旋回動作を試みる。
「そこに手裏剣投げですよ」
 アポイタカラが投擲した飛刃がSwollenの身に突き刺さる。その刃の小ささからしてダメージは殆ど無いように思われたが、途端に動きが凍りついたかの如く停止した。手裏剣から浸透した影縫いがSwollenの巨躯を地に繋ぎ止めたのだ。
「そんでもって仕上げっぽい!」
 銃を全て投棄したアポイタカラが跳ぶ。代わりに手にしたのは無数のルーンが刻まれた光の杭。ふたつのマニピュレーターとふたつのフォースハンドで担いだ巨大な杭を、降下時に得られた加速ごとSwollenの胴体中央に叩き込んだ。杭は肉と骨を貫いて深々と突き刺さると、先端部を生い茂る木の枝状に広げて内部を食い破り、アスファルトの地面までも貫通して地に根を降ろした。
「はい! これでもう動けない! やっぱり最後に頼りになるのは忍の業っぽーい!」
 アポイタカラが親指に当たるマニピュレーターを立てて跳躍。Swollenの元を離脱する。
「嬢ちゃん! 合わせろ!」
 ヘヴィタイフーンMk.Ⅹがミサイルを撃ち尽くしたランチャーをパージし、コングⅡを構える。
「分かってる! 闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ……」
 アルジェント・リーゼはテンペスタの砲身をSwollenに向けたまま滞空、シルの唇が唄を紡ぐ。
「ただの弾じゃねぇ、当たると痛いじゃ済まないぜ!」
 コングⅡが吼える。ユーベルコード化によって異質に強化された完全被甲弾が、無様に磔とされたSwollenの頭部を穿つ。ヴィリーの狙いは頭部のその奥、レーザーを照射する眼球状の器官だった。最高威力を発揮する為に求められた要件全てを満たした一撃は、分厚い肉の装甲を突き破って内部に到達した。
「六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれ……! これがわたしのフルパワー砲撃! 全部もってけっ!」
 圧縮された複合属性の魔力粒子がテンペスタから放出された。6色の光が絡み合う熱と冷気の濁流がSwollenを飲み込む。生じる発射反動をスラスター噴射で強引に相殺し、重ねに重ねられた詠唱が及ぼす魔力負荷に砲身が耐え兼ね、火花を散らした頃、都市部の中央に光の御柱が立ち昇った。吹き飛ばされたアルジェント・リーゼの背をアポイタカラが支え、地表を滑走するヘヴィタイフーンMk.Ⅹ共々に急速離脱する。ひたすらに戦い抜いた3機の与えた痛恨は極めて甚大だった。真に倒すべき敵の意図がどこにあろうとも構わない。今はただ目の前の敵を倒すだけだ。やがて終末を辿る因果の先で、待ち受けるオブリビオンマシンを破壊するために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルバート・マクスウェル
【TF101】
自爆装置の起動コードを受信した時
「…分かった」
と伝え、部下と共に後退が遅れている友軍をフォローする。
「あのシステムは機体性能を引き上げ、超高度な情報分析と状況予測を行い、毎秒毎瞬無数に結果を操縦者の脳内に直接伝える。だが、目的達成の為なら人道や倫理など無視し他人や仲間の犠牲、自分の自爆さえも1つの未来として提示する。システムの負荷に負ければ、廃人になるか死人になるかだ」
と解説。
墜落したリーパーゼロを見つけ
「機体はほぼ無傷か。だが、中の奴は…」
と言い、例のコードを入力し始める。白羽井小隊の面々がリーパーゼロに近づいたら
「リーパーゼロから離れろ。今から自爆させる」
と警告。嫌がるだろうが
「奴が死んだら、機体ごと消滅させる。それが奴と決めた約束だ」
と言い、それでも嫌がったら
「現実を見ろ! あれ程の無理をして生きているはずはない!」
と言い、強制的に離そうとした時、拓也から通信が入って
「…やれやれ。危うくお前を殺すところだったよ。嬢ちゃん達、拓也を医務室へ連行しろ」
と言う。
アドリブ可。


防人・拓也
【TF101】
「後藤大佐、全機に後退するように伝えてくれ。アレは俺1人でやる」
と言い、マックに自爆装置の起爆コードを送信し
「もしもの時、後始末は頼む」
と言う。
「栞奈、君は俺が復讐の為に戦っていると言ったな? 今からその答えを教えてやる」
と伝え、那琴に
「こんな化物を心配してくれてありがとう。俺は君のような子が好きだ。…さようなら」
と伝えUCを発動し、同時に脳へ激痛が走り
「ぐっ…がぁぁぁー!!」
と叫ぶが、痛みを堪えつつ単機で突撃。システムの予測で適切に攻撃し、敵の攻撃は避けるか防ぐ。ビームは相殺させる。
「家族や部下を殺された復讐…そんな下らない物はどうだっていいんだ、俺は! 自分の知り得る限りの人達に悲しい思いや辛い思いをさせない未来を紡ぐ為に戦う…それだけだ!」
敵が最大出力のビームで攻撃してきた時はネオツインバスターライフルで正面から迎撃。爆風により墜落し、気を失う。
大声が飛び交う中、徐々に意識が戻り
「…少し静かにしてくれ。痛む頭に響く」
と生存を伝える。自爆装置が無駄になったな
アドリブ可。



●零
 灰と雨に塗れた夜明け前の廃墟都市。我が物顔で闊歩する巨人が死の光線を照射する。頭部の動きに追従して走るレーザーが都市の方々をなぞると、次に爆炎が噴き上がった。
「まるで手が付けられないな……!」
 機体制動の度に不吉に振動するコクピットの中で拓也が舌を打つ。先のレーザーは都市の内部を駆け抜けるリーパーゼロを追い回していたのだ。
 商業区画と思わしき建築物の群生地帯に機体を降着させると、サブモニターのレーダーグラフに視線を送る。猟兵達と東方面軍本隊との距離は大分縮まってきている。拓也にとって芳しくない状況だった。牙を見せて歯噛みすると「止むを得ないな」と呟き、指先でパネルを叩く。通信回線を開く所定の手順を踏むと、難なく望む相手の元へと繋がった。
「後藤大佐、白羽井小隊、灰狼中隊を含む東方面軍の全機に後退するように伝えてくれ。アレは俺1人でやる」
 問いかけられた相手は一呼吸置いてから答えを返す。
『なんだと? お前さん、一体何をしでかすつもりだ? まさかお前さんまで……』
 戦略核か超重力兵器でも使うつもりかと言い掛けた後藤を「違う」と遮り首を横に振る。
「ここまで来て契約違反をするつもりはない。この機体にはアレを倒す手段がある。だが、手段を使うには周囲に友軍が居ない方が都合が良いんだ」
 通信装置の向こうから重い呼吸音が聞こえた。
『……いいだろう。契約内容を遵守する以上文句は言わん。後退命令はこちらから出す』
「承認に感謝する」
『防人少佐、死ぬなよ。お嬢様連中も悲しむだろうからな』
「ああ、まだ死ぬつもりはない。俺にはこの後、やらなければならない仕事が待っているからな」
 含む意味を後藤は理解出来なかった。恐らくは猟兵ならば理解し得たであろう言葉を最後に通信を終えた。暁作戦は日乃和最後の戦いを始める戦いなのだ。後退命令は即時出されたらしく、レーダーグラフ上の友軍を示す光点が徐々に都市の外周に向かって移動を開始している。一息付く間もなくアルバートへと通信を繋ぐ。
「おいおい、つまりはそういう事か?」
 拓也が喋るよりも先にアルバートが溜息混じりの音声を送り付けてきた。
「もしもの時、後始末は頼む」
 マイティ・スナイパーⅡに搭乗するアルバートが瞑目して首を傾げる。メインモニターの端に立ち上がったサブウィンドウには、複数の文字と数字で構成されたコードが投映されている。送信元はリーパーゼロ。アルバートはこのコードがどんな意味を持ち、どんな機能を有するのか既知している。
「考え直せ……そう言っても止まらんのだろうな」
「俺がやるべき事だからな」
 頑固者の返事を受けて、アルバートは肩を落とし、鼻腔から息を抜いた。
「……わかった」
「白羽井小隊の後退支援を頼む」
 アルバートは「まったく、これだからゼロえもんは……」と零すと操縦桿を引き戻す。遠目にSwollenの動向を伺っていたマイティ・スナイパーⅡが向きを反転させると、隷下の黒豹分隊を引き連れ、都市部のとある地点を目指して推進滑走ブーストダッシュを開始した。
『マクスウェル大佐! どういった次第ですの!?』
 アルバートが那琴から出会い頭に投げ付けられた言葉には困惑が滲んでいた。後退の命令は既に後藤から下されている。猟兵達の露払いのため、通常種の人喰いキャバリアを迎撃していた白羽井小隊の元にマイティ・スナイパーⅡが急行する。
「こういった次第だ! 支援するぞ!」
 マイティ・スナイパーⅡがビームライフルを撃ち散らし、黒豹分隊の各機も同様の武器を用いて効力射を開始する。白羽井小隊との合流で圧力を増したアルバート達は、その場の人喰いキャバリアの群れを瞬く間に殲滅した。
「これからゼロえもんがリーパーゼロシステムを使う」
『ですから、それはどういう次第だと……』
 サブウィンドウに表示された那琴の表情は怪訝に顰められている。
「機体性能を引き上げ、超高度な情報分析と状況予測を行い、毎秒毎瞬無数に結果を操縦者の脳内に直接伝える……それがリーパーゼロシステムだ」
『なんか強そう? あたしのイカルガにもそれ積みたーい!』
 能天気な声に違わず栞奈の面持ちも朗らかだった。しかしアルバートは眉間に皺を寄せて頭を横に振った。
「だが、目的達成の為なら人道や倫理など無視し他人や仲間の犠牲、自分の自爆さえも1つの未来として提示する」
『自爆ですって……?』
 何かを言うべく口を開きかけた那琴に構わずアルバートは続ける。
「ついでに、システムの負荷に負ければ、廃人になるか死人になるかの代物だ」
『うへぇ、あたしやっぱ要らない』
 肩を竦めて舌を出す栞奈。那琴はアルバートから発せられた廃人か死人という言葉を聞いた瞬間、我に帰ったような表情をしてイカルガの機体姿勢を捻った。
「東雲少尉!」
 アルバートのマイティ・スナイパーⅡが加速し始めたイカルガの後を追う。
『こちらフェザー01! 防人少佐! また貴方はそのような……!』
「気にするな」
 防人が返した返答は至極短く冷淡だった。もう覚悟は付いている。
『ゼロえもん少佐ー! なにもそこまで人生投げやりにならなくたっていいんじゃないかなー?』
「おい! 雪月准尉もか!」
 都市を滑空する那琴のイカルガを栞奈が追い抜いた。操縦技術だけなら那琴より栞奈の方が上らしい。その後ろにマイティ・スナイパーⅡと黒豹分隊、残りの白羽井小隊が続く。アルバートは白羽井の女子達を引き止める傍ら、都市部に散った通常種の人喰いキャバリアが奇襲を仕掛けてこないよう周囲に眼を光らせていた。
「雪月准尉、君は俺が復讐の為に戦っていると言ったな? 今からその答えを教えてやる」
 その言葉は半ば自分へと向けられたものだった。拓也は深く呼吸すると瞑目し、コンソールパネルに片手をかざす。メインモニターの中央にシステム起動の是非を問う最終確認の表示が現れた。
『そのような機能に頼らずとも! 防人少佐なら戦えるはずですわ! 貴方だって……猟兵でしょうに!』
 通信装置越しに那琴達の他にも白羽井の女子が喚いている。だがいずれも拓也を止める要素には成り得ない。
「猟兵か……こんな化物でも心配してくれるんだな。俺は君達のような子が好きだ」
『あのー! 今際の別れみたいな事言わないで欲しいんですけどー!』
「死にに行く訳じゃない。命を賭けるだけだ」
 通信を絶ち、双眸に降ろしていた瞼を開く。
『REAPER ZERO SYSTEM、Standby!』
 電子音声のアナウンスが流れたのと同時に、コクピット内が漆黒に満たされる。
 否、空間が満たされたのではない。拓也の視覚野が黒に塗り潰されたのだ。
「ぐっ……があぁぁァァッ!!」
 直後に脳味噌が内部から蟲に食い荒らされるような幻の痛みに苛まれる。頭を抑えた両手の指が突き立てられ、前頭葉を粉砕せんばかりの圧力が加わる。肉体の枷が外れているのか。
「ヤツを堕とす未来を視せろ……リーパーゼロ!」
 視認する世界は黒から赤へ。敵の未来を睨め付ける拓也の眼差しに殺意が宿る。システムに脳内を書き換えられるがままにフットペダルを踏み抜いた。リーパーゼロのセンサーライトが緑から真紅に転じ、爆発的な瞬発加速の後に残光を描く。幹線道路に沿って屹立する高層建築物の峡谷を最大戦速で駆け抜ける。この速度で衝突事故でも起こせば、幾ら機体が頑丈とは言えコクピットの中が挽き肉塗れになるのは必至だろう。だが拓也はシステムに突き動かされ、自殺行為めいた機体制動を繰り返す。高速で接近する動体に気が付いたのだろうか、ビルの狭間から見えたSwollenの頭部がリーパーゼロを直視している。やはりとして照射されるレーザーが走った。だがその未来はシステムが見切っている。拓也は一切の淀みなく機体をビルの狭間に飛び込ませると、分厚いコンクリートを両断するレーザーを躱して見せた。
「届いたぞ……!」
 前方から後方へ流れ行くビル街の景観を抜けた先、リーパーゼロはSwollenと対峙した。キャバリアを以てしても見上げるばかりの巨体。圧倒的な威容を放つ人喰いキャバリアを前にして、拓也は恐れも躊躇いもしない。双眸が視ているのは敵ではなく、無限に繰り返される未来予測の結果だけだ。
「雪月准尉! 聞こえているか!」
 腹の奥底から声を張り出す。
『聞こえてるから! 止まってよー! 速すぎるよー!』
 リーパーゼロを見下ろすSwollenの白面が四分割に開かれた。
「家族や部下を殺された復讐……そんな下らない物はどうだっていいんだ、俺は!」
 栞奈の息遣いが止まる。Swollenが保護層の瞼を上げ、内部の眼球を露呈させた。同時にリーパーゼロが正面に突き出した双門の重砲が、顎から荷電粒子の発光を垣間見せる。
「自分の知り得る限りの人達に、悲しい思いや辛い思いをさせない未来を紡ぐ為に戦う……それだけだ!」
 その未来を視せろ、リーパーゼロ。Swollenの単眼から一際太い光線が照射される。ネオツインバスターライフルからも同等の荷電粒子が放出された。起源が異なるふたつのエネルギーが正面衝突を起こす。両者の間で光球が膨れ上がり、そして爆ぜた。崩れかけた建造物を吹き飛ばすほどの衝撃波が巻き起こり、Swollenの巨躯が風の唸りを立てながら後方へと倒れ込む。一方のリーパーゼロはネオツインバスターライフルを両腕部ごと融解消失させて吹き飛ばされ、背面のビルに叩き付けられるとコンクリート片が散乱するアスファルトの路面へと落下した。
『防人少佐!』
『ゼロえもん少佐ー! 止まってって言ったのに!』
 駆け付けた那琴と栞奈のイカルガが直接接触回線でリーパーゼロに呼び掛ける。通信装置はノイズを返すばかりで、人の呼吸の音さえも聞こえない。
「両腕だけで済んだか。だが、防人は……」
 一歩遅れて追い付いたマイティ・スナイパーⅡのセンサーカメラが、物言わずに地に伏すリーパーゼロを遠巻きに見詰める。後から来た白羽井小隊の各機がリーパーゼロに接触しようとするも、マイティ・スナイパーⅡの腕部がそれを制した。黒豹分隊は転倒したSwollenの動きを油断無く警戒している。アルバートは額に拳をあてがうと、コンソールに指を伸ばした。入力するコードは防人から送信されてきたもの。後はコマンドを実行するだけだ。
「リーパーゼロから離れろ。今から自爆させる」
『はあぁ!? なんでさ!?』
『マクスウェル大佐! 正気ですの!?』
「正気だとも。奴が死んだら、機体ごと消滅させる。それが奴と決めた約束だ」
 毅然と言い放つアルバートに対して那琴と栞奈が声を荒げる。
『お待ちを! 事情はどうあれ、せめてコクピット内部の状況を確認するべきでは!?』
『なにその約束! 機密保持かなんかのため!? そんなのおかしいでしょ!?』
「パイロットが死んでもシステムはまだ動いているんだ。人間という枷を失った殺戮兵器としてな。今のリーパーゼロは少しでも自分の敵と見做したものは全て破壊する。だから友軍に被害が及ぶ前に破壊処理するんだ」
『ですから確認を――』
「現実を見ろ! あれ程の無理無謀をして生きているはずがない!」
 年季の入った一喝に十代後半の女子達が竦み上がる。マイティ・スナイパーⅡがイカルガを力付くで引き剥がそうとした矢先だった。
「……少し静かにしてくれ。痛む頭に響く」
 ノイズ混じりの通信音声が、場に一瞬の静寂をもたらす。
『防人少佐!?』
『ゼロえもん少佐!? ほらやっぱり生きてたじゃん!』
 拓也の混濁した意識が次第に晴れてくる。もう未来は視えない。眼前にあるのはただの現実だ。メインモニターにはノイズが走り、機能不全と損傷を伝える警告メッセージが幾つも表示されている。腕と頭の痛みを堪えてコンソールに指先を伸ばす。リーパーゼロシステムはオフになっていた。
「リーパーゼロ……お前が……」
 システムが視せた未来は拓也に死を許さなかった。この後やらなければならない仕事が残っていると言ったのはお前自身のはずだ。灯す光を失ったリーパーゼロのセンサーカメラがそう告げている。
『ゼロえもん少佐ー! 機体動かせるー!? ダメならあたしらが仰向けにするよ!?』
 栞奈の声はとてつもなく大きい。機体のついでに鼓膜まで破壊されそうだと拓也はうなだれた。
「声を抑えてくれないか……頭の中が揺さぶられるみたいだ……」
『ごめんねー!』
 余計頭に鈍痛が走った。拓也は機体の制御システムがダウンしている事を確かめると「悪いが転がしてくれ」と伝えた。栞奈と那琴のイカルガが待ってましたとばかりにリーパーゼロを反転させる。うつ伏せから仰向けの状態になるとコクピットハッチが開かれ、ガスマスクを着用した拓也が現れた。
「俺自身も動けそうにない」
 体中が痛む。ゴーグル越しに見上げた空は暗く、強い雨が降り注いでいる。
「……やれやれ。危うくお前を殺すところだったよ」
 アルバートがマイティ・スナイパーⅡを歩み寄らせる。センサーで捉えた拓也の様子を見て、ようやく肺に溜め込んでいた空気を吐き出す事が出来た。
「自爆装置が無駄になったな」
「使わんに越したことはないだろう? 嬢ちゃん達、ゼロえもんを運んでやってくれ。機体は白羽井小隊で移送を頼む。俺と黒豹分隊は警戒監視だ。一旦下がるぞ。これ以上の継戦は不可能だ」
『異議なーし! じゃ、あたし運ぶねー!』
 我先にと栞奈のイカルガがリーパーゼロの元に跪き、コクピットのハッチを開放した。
「立てるー?」
 頭部全体を覆う保護ヘルメットの奥に亜麻色の髪が踊った。人好きのするはっきりとした目付きは拓也をまっすぐに見返している。
「ああ」
 コクピットから身を乗り出す栞奈が伸ばす腕を拓也が掴んだ。少女らしい体格の輪郭がはっきりと見て取れる強化服姿。パイロットとしてやはり鍛えられているらしく、体格に見合わない膂力で拓也の重い身体がしっかりと引き込まれた。
「狭いけど我慢してねー? ハッチ閉じるよ!」
「手間を掛けたな」
「いえいえ、どういたしまして」
 栞奈の浅間通りにコクピット内が封じられると、一瞬の暗闇の間を置いて空間が青白い光に照らされた。モニターやコンソール等が放つ光だ。イカルガのコクピット内は狭い。拓也は身を縦にメインシートと側面部の隙間に挟まるようにして腰を屈めて立っている。長時間この姿勢を維持していれば腰を痛めそうだ。
「じゃ、行くよ」
 拓也からしても栞菜の操縦技術はかなり高い。かつて愛宕連山自動車道で軽く手解きをした少女が、今やエースパイロットと呼ぶに値するまで成長した。機体を手足のように制御して後退の道に就く。栞奈は片手間にコクピット内の酸素状態を確認し、エヴォルグウィルスの汚染が及んでいない事を把握すると、保護ヘルメットを脱ぎ去った。
「ぷはぁ……! あたしヘルメット嫌いなんだよねー、なんか息が詰まりそうで」
 拓也も着用していたガスマスクを取り外した。するとコクピット内の空気がやたらと甘ったるい事に気が付いた。香りの出処を辿ると栞奈のうなじに辿り着く。注射痕だらけの素肌が僅かに覗く。
「……香水か?」
 無意識に出た拓也の呟きに栞奈が頷く。
「わかった? これあたし好きなんだよねー、お母さんも好きだったの。リラックスする匂いでしょ?」
 拓也が横目で栞奈の表情を伺うと、他愛の無い話しとは裏腹に熱を感じさせない冷えた目付きをしていた。
「あのさ、ゼロえもん少佐」
「なんだ?」
「家族や部下を殺された復讐……下らないって言ってたよね」
 痛みで朧げな記憶を辿る。リーパーゼロシステムの支配下にあった為に虚ろだが、確かにそう言っていたような気がする。
「あたしはそうは思えないかなー、だってあたし、ゼロえもん少佐みたいに鋼メンタルじゃないし」
「そうか」
 拓也は極力感情を含ませずに答える。
「ゼロえもん少佐は、大事な人たちの未来のために戦えるんだね。今のあたしはちょっと無理かも? ま、ナコ達のためになら頑張れるけどさ?」
「戦う理由など人それぞれだ。雪月准尉がそう思うならそうすればいい」
「うん……」
 淡々とした拓也の語りに、栞奈は顔を伏せて消え入りそうな声で頷く。
「もしかするとさ、次会う時、あたしとゼロえもん少佐は敵同士かも……なーんてねー」
 冗談めかして言ってはいるが、拓也には全く冗談には思えなかった。そして栞奈が拓也へ顔を向ける。
「雪月准尉……君は……」
 硬いヘルメット越しに栞奈の額が触れる。
「防人少佐。あなたのこと、あたし嫌いじゃなかったよ」
 哀しく笑う栞奈の瞳の奥底に、拓也は鋼鉄の狂気オブリビオンマシンの蝕みを見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セレーネ・ジルコニウム
【ガルヴォルン】
「オブリビオンマシンの暗躍を許すわけにはいきません!
私設軍事組織ガルヴォルン、戦闘に介入します!
補給物資を積んできましたので、必要な機体は補給を受けてください!」

敵は因縁ある生体キャバリア。
機動戦艦ストライダーの艦橋からそれをみつめ、深く深呼吸します。
――そう、私はもう昔の私とは違います。
人々を救うためにオブリビオンマシンと戦うと決意したのですから!

「ガルヴォルン旗艦ストライダーより各機に通達!
これより本艦は主砲を使用します。
射線上にいる友軍は退避してください!」

艦長席から通信を送った後、艦の操作はAIのミスランディアに任せ、私はスティンガーが待つ格納庫に向かいます。

「スティンガー、射出準備完了。
ミスランディア、ストライダーのグラビティキャノンを発射してください!」

主砲の超重力波砲の発射と同時に、旗艦のカタパルトからスティンガーを発進。

「主砲に耐えることは――予測済みです!」

仲間と協力して敵を包囲。
スティンガーに装備したキャバリアブレードで生体キャバリアを一刀両断します。


菫宮・理緒
【ガルヴォルン】

アレがでてきたんだね。
でもアレでよかったとも言えるかな。

シャナミアさん、白羽井小隊、灰狼小隊、
サポートはわたしがするから、安心して戦っていいよ!

大佐と錫華さん……は解ってるっぽいね。

わたしにとって一回戦って、一度見てるっていうのは大きいよ。
【等価具現】で相手の攻撃はほとんど相殺できるはずだからね。
ガルヴォルンのみんなも、小隊のみんなも守り切る!

作戦は了解。
まずはストライダーの主砲発射まで保たせるよ。

『希』ちゃん、全センサーで『Swollen』の出力をチェック。
攻撃を先読みして、全力で防ぐよ。
いざとなったら【ネルトリンゲン】ごと盾になる!

ストライダーの主砲に合わせて、
【M,P,M,S】で目くらましの榴弾を叩き込んで、
大佐とシャナミアさんをサポート。

『希』ちゃん、煙で見失わないでね。完封するよ!

ガルヴォルンのみんなも小隊のみんなも、
『不安』があったら、ストライダーかネルトリンゲンに必ず帰還を。

生きて帰ってきてくれれば必ず直すし、
わたしはなにがあっても『友達』の味方だからね。


支倉・錫華
【ガルヴォルン】

アイツをまた見ることになるとは。
って、そうか、理緒さんがいたね。

あと、大佐は……。

アミシア、大佐がでるからサポートを。
わたしは突撃に合わせて、UC乗せた【B.C.L】使うよ。

相手の攻撃の防御は理緒さんに任せて、
こっちの出力パターンは攻撃に極振り。全力でいくよ。

当たっても帰ったら直してくれるって言ってたし、
借りのある相手には、きっちり返しておかないとね。

ストライダーの主砲のカウントダウン、教えて。
主砲の発射ぎりぎりまでは【FdP CMPR-X3】の射撃で『Swollen』抑えるよ。

ん。だね。耐えるよね。でもノーダメージではないね。
1度見てるのはやっぱり大きいよ。

さ、大佐、今度はぼっこぼこにするよ。

大佐とシャナミアさんの突撃に合わせて、
わたしも奥の手を用意。

アミシア、【B.C.L】スタンバイ。
『了解。ロック解除承認。全セーフティ解除。
 照準はわたしが。トリガータイミング渡します』

2人の攻撃でできた傷を狙って【B.C.L】を発射。
傷口周辺から、できれば内部まで貫いて塵に還すよ。


シャナミア・サニー
【ガルヴォルン】
あーなんかヤバそう(汗)
ぼちぼちレッド・ドラグナーの出力だと厳しいかなこりゃ
装備は特注だけどホント特別な機能って無いし
ま、そこがレッド・ドラグナーの良いところなんだけどさ
誰が乗っても……例え猟兵じゃなくたって戦える機体
最強の器用貧乏ってそういうこと

ってわけで、私が戦えているのは猟兵だからって理由じゃない
この機体に命預けて戦って運が良かっただけ
毎回死にかけてる私が言うのもなんだけど
もっかい戦う理由考えた方がいいんじゃない?
立ち向かうだけが人生じゃないんだからさ

と、偉そうなこと言ったけど
イカルガと違って空も飛べないし遠距離弾かれるし
アハハハ(汗)
まぁ全力でぶん殴るしかないか!!

【メインウェポン・チェンジ】で
スチームエンジン・ハンマーガントレット換装
攻撃力↑・射程↓
大破覚悟で超近接戦いくよ!!
ストライダーの主砲発射が終わったら
ドラグナー・ウイング噴射、突撃!
細かい動きは出来ないけどどうせ相手の速さについていけない
なら真っ直ぐ行って叩き付ける!!
レッド・ドラグナー舐めんなーー!!



●イン・マイ・ハート
 闇夜を覆う曇天は晴れず、病む雨は降り続け、盛る炎は瓦礫の街並みを朱色に照らす。
 暁作戦の幕引きを迎える場に選ばれた308平野の都市部は硝煙弾雨に見舞われていた。一挙手一投足で死を振り撒くオブリビオンマシンと、対する猟兵のユーベルコードの撃ち合いが、世界に破滅と汚染を際限なく拡大する。その光景を静観するようにして、都市の外周部に二隻の航空艦艇が低高度を維持して留まっている。
『間に合ったようじゃの』
「この場合は遅くなってしまったというべきなんでしょうが……」
 ワダツミ級強襲揚陸艦、ストライダーの艦橋ブリッジにて、艦長席に腰を沈めたセレーネ・ジルコニウム(私設軍事組織ガルヴォルン大佐・f30072)が、機械知性体ミスランディアの言葉に苦味を滲ませた表情を返す。
 暁作戦の概要を聞いた際、セレーネは本拠地に蜻蛉返りしてありったけの物資を掻き集めていた。その為に合流が遅れに遅れ、あわや作戦終了に間に合わない気配が見えた矢先、東方面軍の進軍速度が鈍り始め、結果として最終段階の直前で合流する事が叶ったのだ。
『でも大佐が間に合ってくれて良かったよ。ネルトリンゲンに積んできた予備パーツとか、旧平沢市の戦いが終わった後はもうカツカツだったし』
 艦橋内のメインモニターに展開されたサブウィンドウで理緒の様子が見て取れる。ネルトリンゲンはストライダー同様に都市部の外周で待機している。被弾面積が大きい分、迂闊に出ていけばレーザーの餌食になりかねないからだ。
『しかし、よりによってSwollenとはのぅ……』
 ミスランディアが望遠で捉えたSwollenを拡大表示させる。セレーネが息を飲み込み顎を引く。遥か遠方で四肢を振り回し、建造物を破壊している敵の姿で思い起こされるのは、愛宕連山から旧藤宮市までの戦い。あの時の私は戦隊長として、部下の命を背負う重責に押し潰され、一旦は全てを投げ出して逃げもした。だが、ストライダーの艦長席に戻ってきた。昔の私とはもう違う。
 亡き両親からこの艦と共に引き継いだ意志を果たすため、決意を固めたのだから。肘掛けに置いた両手が拳を作る。
「ガルヴォルン旗艦ストライダーより各機に通達! これより本艦は主砲を使用します!」
 愛宕連山で遭遇した際より更に肥大化したあの巨躯に、打撃と呼べる打撃を与えるにはそれしかない。凛然とした面持ちで言い放つ。
『それなんじゃがな』
 射線上の友軍機へ退避勧告を。そう言い出そうとした途端にミスランディアの横槍が入る。
「なんです? 人が決めようとしてるところを……」
『これを読むんじゃ』
 怪訝な表情で手元のモニター型端末に表示された文字列に視線を流す。どうやらネットニュースのようだ。内容は沙綿里島での戦闘に纏わるものだった。
「猟兵が準戦略核と戦略級超重力兵器の投入疑惑? 46,755平方メートルに渡って珊瑚礁消失? 重力変動による植生異常の半減期は50年? 当時の沙綿里島基地司令官の後藤宗隆大佐が軍法会議に召喚? 各軍幕僚長と鈴木総理大臣の責任追及?」
 物々しい見出しの羅列に眉間に皺を寄せて首を傾げるセレーネ。前者の核は兎も角、後者の戦略級超重力兵器にはどうも聞き覚えがあるような。
「まさか、これって……」
『重力兵器云々はわしらじゃろうなぁ』
「いやでも、沙綿里島での任務を請け負った際の契約書には重力兵器の使用禁止なんて記載がありませんでしたよ?」
『向こうも核等の戦略兵器を猟兵が持ち込んでいるとは思いもしなかったんじゃろうて。因みにわしはセレーネが主砲を使う際に、重力異常が出るやも知れんぞとは忠告しておったぞ。まあ、海上なら大丈夫じゃろうと言ってしまったわしにも非はあるのじゃが』
『私はそれ使って大丈夫なの? って聞いたからね!』
 シャナミアが割り込んできた。セレーネは瞑目し記憶を辿る。あったような無かったような。されど今は昔の事を省みている暇は無い。
「じゃ……じゃあどうします?」
『収束率を限界まで絞って精密に撃ち抜く。これなら重力汚染も最小限じゃろうな』
 逆に言えば何も考えずに広域放射で街ごと抉り飛ばす訳にはいかないという事になる。撃てれば細事は良しとしたセレーネが「ではそれで行きましょう」と頷く。
「改めまして、これより本艦は主砲を……あぁその、環境保護団体に怒られない程度に収束率を絞って発射します! ミスランディア! 射線上の友軍に退避勧告を!」
『あい解った。主砲のエネルギー充填を開始するぞい』
 ストライダーの艦首に備わるハッチが上方向に開いて後退し、内部に秘匿されていた巨大な円筒状の砲身が迫り出す。砲身内部のファンが高速回転を開始すると、暗い星雲の色を想起させる重力波動が収束し始めた。
「私はスティンガーで出ます。ストライダーは任せますよ」
 そう言ってセレーネが席を立ち艦橋を出ようとした矢先、警報音が鳴り響く。
「なんです!?」
『敵がこちらの出方に気付いたようじゃのう』
 重力波の圧縮を感知したのか、Swollenの頭部がストライダーに向けられている。彼我の位置関係は相対距離が非常に離れており、しかも途中には高層ビル群が遮蔽物として存在している。
『目標の頭部に高エネルギー反応を確認、どんどん増大しておるな』
「ビルごと本艦を撃ち抜くつもりですか!」
 超重力砲の発射準備を中断して回避運動も止むなし。惜しいが仕方ないと命令を変更しようと口を開きかけた途端、ネルトリンゲンから通信が飛んできた。
『発射準備はそのままで! わたしの方でなんとかするから!』
「理緒さん!? なんとかって言いましてもね、あのレーザー照射の直撃を受けたらネルトリンゲンだってどうなるか……」
『大丈夫、ガルヴォルンのみんなも、小隊のみんなも守り切る。それより大佐はスティンガーⅡで出るんでしょ? なら急いだ方がいいよ』
 こうなった理緒は頑なに譲らない。これは梃子でも動くまいと諦めたセレーネは「わかりました、ではお願いします」と伝えて足早に艦長室を後にする。
『ストライダーは全動力を超重力砲に回すぞい。殆ど身動きが取れんが、よいかの?』
『ネルトリンゲンだってそう簡単に堕ちたりしないよ。それに、防ぐ手段もあるから』
 そこまで言うなら信じる他あるまいとミスランディアは黙した。ネルトリンゲンがストライダーの前方に入り、Swollenに対して身を横たえる。
「希ちゃん、全センサーでSwollenの出力をチェック」
 ネルトリンゲンの艦長席に腰を下ろす理緒は至極平静だった。脛辺りで組まれた脚は前後に揺れている。普段から肌身離さず抱えているLVTP-X3rd-vanに、理緒の望む情報をM.A.R.Eが送り付けてきた。Swollenは眼球状の器官でストライダーを睨め付けたまま動かない。観測されるエネルギー総量は天井知らずに上昇し続けていた。
「あらら、これはもう装甲の厚さだけじゃ防げないね」
 改めて数値化すると酷いものだ。核や超重力兵器の前にSwollenがこの街を消滅させかねない。しかしそれでも理緒に切れる札は残されている。
「ま、相手がアレで良かったかな……」
 思えばSwollenが人喰いキャバリアとの因縁の始まりだった。スケールと特殊兵装の有無は違えども一回は戦い、一度は見ている。後は手札を切る為の手掛かりをかき集めるだけだ。その手掛かりを集めているM.A.R.Eがけたたましい警告音が発せられた。
「照射! 来る! ストライダーの主砲発射準備は!?」
『あと10秒は必要じゃのう』
 この状況下で10秒は長過ぎる。最早猶予は無い。理緒は拳を固めて意を決する。
「具現化シークエンス起動!」
 艦長の命令を受けたネルトリンゲンが、甲板上に大口径のレーザー砲塔を現じさせた。レンズ部分に白色の光が集う。そしてSwollenの超収束レーザーが遂に照射された。か細い光の筋が、戦艦の装甲など比較にならないほどの分厚さを誇る建築物を紙のように貫通しながら突き進む。
「Swollenレーザー、発射!」
 ネルトリンゲンのレーザー砲塔が眩い閃光を放つ。それは単眼の巨人が放った光線とまったく同質のものだった。衝突し合った同量のエネルギーは対消滅し、目を焼かんばかりの光となって都市部に押し広がる。
『主砲発射準備完了じゃ』
「あとはお願い!」
 ミスランディアからの報告を受けて理緒はネルトリンゲンを全速前進させる。推進装置から吹き出す炎が大気を震え上がらせた。ストライダーとSwollenを隔てる遮蔽物はもう何もない。屹立するビル群もSwollenのレーザーで崩れ落ちてしまったからだ。
『ストライダー、最終セーフティ解除。超重力波砲、発射じゃ』
 ストライダーの艦首の巨砲が遂に咆えた。先のネルトリンゲンとSwollenのレーザーさながら、細く鋭く研ぎ澄まされた超重力波が、あたかも矛盾している暗黒の光線となって突き進み、巨人の胸部正中を貫き通した。向こう側が見通せるほどの大穴を開けられたSwollenが後ろに後ずさり、四肢を出鱈目に振るう。
「希ちゃん! M,P,M,S連続発射! 大佐! 錫華さん! シャナミアさん! 出て!」
 Swollenへと回頭しながら多連装ロケットシステムより撃てるだけの誘導弾を撃ち続ける。幾つかはレーザーで迎撃されたが、多くが標的の元へと辿り着き、爆炎を膨れ上がらせて目眩しの役割に殉じた。
「了解! スティンガーⅡ、セレーネ・ジルコニウム! 出ますよ!」
 全身を圧迫する重力加速度に歯を食い縛るセレーネのキャバリアが、ストライダーのカタパルトデッキから射出された。
「ん……スヴァスティカ、行くよ。アミシアは大佐のサポートを」
『了解です』
 時を同じくしてネルトリンゲンの飛行甲板よりスヴァスティカ SR.2が発艦する。
「あーなんかヤバそう、もーなんかヤバそう、まぁ全力でぶん殴るしかないか! レッド・ドラグナー出るよ!」
 スティンガーⅡにやや遅れてシャナミアのレッド・ドラグナーもストライダーから戦闘区域へと躍り出る。三機はネルトリンゲンとストライダーが放つ援護射撃に紛れて突入。ミサイルという生贄を代償として、次第に高度を落としながらSwollenの元へと辿り着いた。
「先に撃つから、よろしく」
 初手は錫華のスヴァスティカ SR.2が取った。ワイヤーハーケンを巧みに利用した回避運動で建造物の隙間を飛び回り、徹甲榴弾を装填したFdP CMPR-X3をセミオートで立て続けに撃ち放つ。狙い目は修復の最中である胸部の大穴。鋼芯が肉の装甲を貫き、内部構造を引き裂く。
「三方向より敵を包囲! 頭部レーザーに注意しつつ攻撃を集中し――」
『目標の体内に高エネルギー反応増大』
 セレーネの続く言葉をアミシアの淡々とした声音が中断させた。
「熱風!? 全機退避を!」
「まあ、遠距離から二隻の艦艇に狙われてるし、そうするよね」
「折角間合い詰めたのに! このバカ!」
 三機がそれぞれに後方へ飛び退く。身悶えするSwollenの巨躯から爆風が放たれた。赤い熱波が瓦礫を吹き飛ばす。スティンガーⅡとスヴァスティカ SR.2は建造物を盾として難を逃れ、レッド・ドラグナーはスケイル・カイトシールドで吹き付ける波動とコンクリートの猛吹雪を堪える。そして熱風の余波の中から、5m代にまで縮んだSwollenが凄まじい瞬発力で飛び出す。
「捷い!」
 最初に標的となったのはセレーネだった。触腕の打撃をスティンガーⅡのキャバリアブレードで打ち返す。振るった先でマニピュレーターを反転させ、逆手持ちの格好で切り上げる。肉を断つ確かな手応えが操縦桿越しに伝わるのと同時に、触腕が体液を撒き散らしながら宙を舞う。
「踏み込みが足りませんね!」
 後方に飛び退くSwollenにスティンガーⅡが果敢に切り込む。切除した触手はこの僅かな短時間で再生してしまった。だがセレーネはそんな事は初めから分かり切っている事だと縦横無尽の剣戟を繰り出す。
「こりゃ近接打撃重視で行ったほうがいいかな? 理緒さーん! 例のアレお願い!」
 ツインバレルライフルで援護射撃を加えるレッド・ドラグナーからネルトリンゲンへ通信が呼び掛けられた。
「任せて!」
 理緒は広大な平野のようになだらかな懐へ腕を突っ込み内部を弄る。引き抜かれた手は黄金のカードを握っていた。
「スチームエンジン・ハンマーガントレット! 発動! 承認!」
 艦長席から立ち上がり、天に掲げたカードを手元の読み込み用スリットに叩き込む。
「セーフティデバイス、リリーヴ!」
 叩き込んだカードを力任せに引き下げる。艦橋のメインモニター全面に発動承認の文字が仰々しく浮かび上がった。M.A.R.Eの自動官制で格納庫内のコンテナが飛行甲板まで移送され、カタパルトデッキに接続されると電磁加速投射された。コンテナが向かう先は都市部で交戦中のレッド・ドラグナーの元。突き進む途中でコンテナの外装がみるみる剥がれ、内部のひとつ一対の篭手が露わとなる。
「よっしゃあ! ハンマァァァ……」
 弾丸の如き速度で届けられた篭手をレッド・ドラグナーが両腕部の正拳突きで受け止める。
「コネクトォ!」
 機体を跳ね飛ばさんばかりの衝撃をドラグナー・ウィングの推進力で打ち消す。
「スチィィィムエンジンッ! ハンマァァァ! ガントレットォォォー!」
 両腕のシルエットが二回り以上巨大化したレッド・ドラグナーが、推進噴射の光を爆ぜさせて猛進する。
「どうせ相手の速さについていけない! だったら!」
 Swollenと切り結んでいたスティンガーⅡが後方へと跳躍し離脱するのと同時に、突進の加速を乗せて右腕部を真正面に突き出した。
「真っ直ぐ行って物理で殴る! スチームヘル!」
 胴体を打ち据えたガントレットが蒸気を噴射。生じた衝撃を内部へと伝播させる。
「スチーム! ヘヴン!」
 重い左フック。やはり殴打の瞬間に蒸気噴射を行い、打突力をも相乗させた。
「ハンバーグにぃ! なぁれぇッ!」
 両腕部のガントレットをひとつの拳に組み合わせ、背面まで目一杯に振りかぶると、重量と呼べる重量全てを乗せて叩き付けた。脳天を打ちのめされたSwollenの身がアスファルトの地面へとめり込んだ。
「ははは! どーよ! レッド・ドラグナー舐めんな!」
「最初のあれ、要る? というか理緒さんなんでノリノリなの」
 メインウェポン・チェンジのシークエンスを最初から最後まで眺めていた錫華の目線は白い。スティンガーⅡとレッド・ドラグナーがSwollenを抑えに掛かっている隙に、スヴァスティカ SR.2は狙撃体勢の位置取りを終えていた。現在は2機と1体を俯瞰できる建造物の屋上で跪いている。
「まぁ……ぼっこぼこにしてくれてるのはいいけど……」
『目標、損傷修復中です』
 愛宕連山で交戦した個体よりも、再生能力がより高まっているらしい。錫華の翡翠色の瞳がレティクルの向こうのSwollenを静かに睨め付ける。
「スナイプモード」
 錫華の音声入力を受け付けたアミシアが火器管制の設定を変更する。コクピットシートのヘッドレストの上部から頭部半分を覆うヘッドギアが降ろされた。視界はSwollenのみにクローズアップされ、手動操作化された照準マーカーが微細に揺れ動く。
「アミシア、B.C.Lスタンバイ」
 スヴァスティカ SR.2の腰部に備わる砲身が展開し、Swollenの所在方角へと向けられる。
『B.C.L発動承認、セーフティデバイス、リリーヴ』
「真似しなくていいから」
『了解。ロック解除承認。全セーフティ解除。照準はわたしが。トリガータイミング渡します』
 アミシアが確約された所定通りの手順を踏み、俊敏に動き回るSwollenへと照準補正を開始した。研ぎ澄ました狙いは胸部。ストライダーが大穴を開けた部位だ。塞がってはいるが完全とは言うまい。錫華は肺の中の息を全て吐き出し、そして吸い込んだ。豊かな胸元が大きく上下した。呼吸を止めて全神経を指先に集中させる。揺れる照準マーカーが固定され、甲高い電子音が耳朶を満たした刹那、トリガーキーを押し込んだ。
「……光になればいいよ」
 ベクトル・コントロール・ランチャーから照射された光子が軸となってSwollenの胸部を貫く。分子結合を阻害し、再生能力を著しく減退化させられたSwollenが照射を浴びながら二歩、三歩と後退る。僅かな照射時間が終了し、光の残滓が駆け抜けると、それを合図にしたかのようにSwollenが背中から倒れ伏した。
「やった?」
 汗が滲む錫華の額からヘッドギアが離れる。センサーカメラを介して見るSwollenは胸部の大部分を消失し、仰向けの格好で倒れたままだ。しゃがみ込んだスティンガーⅡがキャバリアブレードで恐る恐るつついている。
『目標体内で熱量反応増大』
 アミシアの報告を受けて錫華が歯噛みした。
「ん……だろうね。耐えるよね。でも、ノーダメージではないね」
 こいつとの戦い方はよく知っている。殺しては蘇り殺しては蘇り、最終的に再生に必要なリソースを失い消滅する。それまでひたすら根気良く殺し続けるしかない。つまるところ残機制なのだ。ひとまず役回りは終わりだ。
「大佐、一旦下がった方がいいかも。B.C.L焼けちゃったし」
「私のレッド・ドラグナーも肩関節ぶっ壊しちゃった!」
「そうですね、一旦ネルトリンゲンに帰投、理緒さんから補給と整備を受けましょう!」
 深追いすれば大いなる代償を強いられる。人喰いキャバリアとの交戦に於ける定石を知り尽くしているセレーネは即座に後退の判断を下す。レッド・ドラグナーとスヴァスティカ SR.2、そしてスティンガーⅡが転進滑走を開始したのと同時にSwollenが熱波を生じさせた。そして廃墟の都市に巨大な風貌が立ち上がる。

●女子会
 離脱したシャナミア、錫華、セレーネはネルトリンゲンへと着艦した。現在、彼女達の機体はハンガーに収容されてGreasemonkeyに群がられている。艦内のキャバリアハンガーにはガルヴォルンの機体の他に、日乃和軍のイカルガの姿もあった。セレーネ達が後退する際に偶然居合わせたので、物のついでとネルトリンゲンへ収容したのだ。
「はい、どうぞ」
 メイド服姿の理緒が経口補水液のボトルを手渡す。
「お心遣い痛み入りますわ……」
 那琴が遠慮がちに両手で受け取った。ネルトリンゲン艦内の格納庫脇に設けられた休憩室には、ガルヴォルンの面子と白羽井小隊が詰め込まれている。
「あーあー、あと何回倒せばいいんだろ?」
 シャナミアがベンチに浅く腰を掛けて天井を仰ぐ。背もたれに尻尾の根本が干渉して座り心地がよろしくない。
「流石にもう間もなく再生限界が訪れるとは思いますが……」
 隣に座るセレーネは制帽を脱いで軍服のボタンを開けていた。口に含んだ水分が乾いた骨身に染みる。それはそうとして、すぐ横で動き回っている赤い尻尾が気になって仕方がない。
「ストライダーの重力砲のダメージだけでも相当だった筈だからね。実際、私が狙った時にはまだ修復しきれてなかったし」
 大胆不敵に大股を開くシャナミアとは対照的に、錫華は淑やかに脚を閉じて着席していた。
「というかさ、どんどん強くなってない? 人喰いキャバリア。沙綿里島の時と比べて絶対手強いと思うんだけど」
 ボトルを満たす液体を一口で飲み干したシャナミアが「理緒さんお代わり頂戴!」と手を振る。
「進化してる、のかな? まあ、日乃和の人喰いキャバリアに限らず、オブリビオンマシン自体が強くなってきてるような気もするけど……」
 理緒がシャナミアに新たなボトルを手渡し、空になったボトルを受け取る。
「……それでも、倒してしまえるのですわね、猟兵の方々は」
 休憩室内に飛び交う声に溶けて消えてしまいそうな声量で那琴が呟いた。
「んあ? 私が戦えてるのは猟兵だからって訳じゃないけどね」
 何気無く答えたシャナミアに那琴は意外そうな様子で首を傾げる。
「この機体に命預けて戦って運が良かっただけだし? 毎回死にかけてる私が言うのもなんだけど」
「それは……ですけども運も実力の内でございましょう?」
 シャナミアは経口補水液をひと口飲み込み「そりゃそうだけどもさ」と言葉を溢す。
「というかアレだよ、機体の条件だけならそっちも私もどっこいだと思うよ?」
「そうでしょうか?」
「そうかな?」
 那琴と錫華の声が被さる。
「そうだよ!」
「でも、イカルガはハンマーコネクトなんてしないでしょ」
「錫華さんそこ!? あんま関係無いと思う!」
 言及された点は兎も角として、事実レッド・ドラグナーは特段奇抜なシステムを搭載している訳では無い。少なくとも勇気の力に呼応して金色に光り始めたりはしない。今のところは。
「機体自体と装備はうちの工房の特注品だけどね? とはいってもその辺の……白羽井小隊の誰かが乗ったって同じように戦えると思うよ」
 最強の器用貧乏ってそういうことだと付け加えると顎を上げてボトルの中身を咥内に流し込んだ。舌を伸ばして最後の一滴まで丁寧に飲み干すと、またしても理緒から新たなボトルを受け取る。
「まあ、なんだその、もっかい戦う理由考えた方がいいんじゃない? 無理して立ち向かうだけが人生じゃないんだからさ?」
 那琴は曇る顔を俯けたまま黙り込むだけだった。地雷を踏んでしまったかと眉を顰めるシャナミアの傍ら、理緒が密やかに錫華に耳打ちした。
「ねぇねぇ、白羽井小隊ごとネルトリンゲンに囲っちゃおうか?」
「お風呂に監視カメラを設置して?」
「寝室にも!」
 そこで理緒を横目で見る錫華の目線が白味を増した。
「やだなぁ、冗談だってば」
「そう、でもそれも悪くないかもね」
 両者が共に視線を向けた先では、シャナミアと栞菜が機体の操縦技術に関する談話を続けていた。
「このままだと多分みんな死んじゃうし? というより、わたし達が手を掛けるような展開に持っていかれそうだし……」
「ん、オブリビオンマシンが本当にそう仕向けているなら、ね」
「どうかしましたか?」
 密やかに話し込む理緒と錫華に席を立ったセレーネが歩み寄る。
「あー、大佐は途中から来たからまだ知らないんだっけ。実はね……」
 理緒がセレーネの耳元に唇を近付けて囁く。生温い吐息に嬲られて背筋が震え上がるのを堪えながら囁きを聞いたセレーネは、微かに眉間の皺を険しくした。
 彼女達の行き着く先でオブリビオンマシンはせせら嗤う。猟兵の手による破滅の末路を演出するべく、そして白羽井の女子達の魂を、日乃和諸共骸の海へと沈めるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天城原・陽
【特務一課】
ここに来て同型…しかも規模がダンチときたか
あの時の…あの力を…否、もっと…もっとよ
じゃなけりゃ変わる意味がない。世界を変える事も出来ない

応えなさい、赤雷号…!!

機体頭上に顕現した光輪から粒子と意志を乗せた脳量子波を拡散させ敵を拘束、味方の士気を向上させんとする

『マダラ!キリジ!このままあいつを圧し止める!徹底的にブチのめしなさい!!』
『東雲那琴!尼崎伊尾奈!他全員!死ぬんじゃないわよ!!青春も人生も満足に謳歌しないで終われる筈がないでしょう!』

戦う為に生まれた。だがそれだけで終わらせるつもりはない
最大の武器は、ものを言うのは、確固たる『我』だ
「これが私だ…天城原陽だ…!!」


キリジ・グッドウィン
【特務一課】
(エヴォルグと日乃和の上とガキとで蟲毒やってんじゃねぇんだからさ……この場合残したいのはどれなんだ?)

アーミヤに搭乗
今日はアーミヤだって言ってんだろ?アリシアじゃねェよ。
だから手前はお呼びじゃねぇ、新しい"穴"、開けてやるか
風通し楽んなって熱風以外も通せるぜェ!新品だ、せいぜいありがたく受け取りな!!

リミッター解除、機体とのレゾナンス値上昇。生体CPUの成り損ねは"戻ってくる"のが大変だがまぁまだなんとかなるだろ
仕事は済ませねぇと
すっかりカリスマになったギバの拘束を合図にマダラと一緒に敵機へ地を馳せ
頭に"RX-Aブルー・ピアッサー"で貫通攻撃をぶち込む


斑星・夜
【特務一課】
灰風号搭乗

地獄みたいな戦場でもギバちゃんは格好良いし
地獄みたいな戦場でもキリジちゃんは強いし
地獄みたいな戦場で白羽井の子達や皆は生きてる
こんな地獄とっとぶっ潰して、皆でケーキとかさ、食べに行こうね!

『ねむいのちゃん』に頼んで過去の交戦データを元に行動予測
情報収集し随時データを更新して行こう

ギバちゃんの拘束に合わせ『EPブースターユニット・リアンノン』でリミッター解除
そのまま『AEP可変式シールド・アリアンロッド』を展開し敵機の頭上へ
敵機の頭を『RXブリッツハンマー・ダグザ』で『グラウ・ブリッツ』の重量攻撃による部位破壊
頭を潰しても動くだろうけど、そこが一番邪魔だから潰させて貰うよ!



●ドーンブレイカー
 骨肉を剥き出す巨人の感情の有無は定かではない。だが少なくとも度重なる致死の傷に悶え苦しんではいるのだろう。破れかぶれにも思える挙動で三本の剛腕を振り回し、崩れ掛けの構造物を薙ぎ倒す。見開いた単眼は鋭い光軸を放ち、首を上下左右に傾ける度に、雨に濡れる廃墟群を火柱で満たした。
「あーあ、なにもかも滅茶苦茶だ。ねむいのちゃん、こういうのなんて言うんだっけ? 世紀末?」
 片目を覆う前髪を掻き上げた斑星が、灰風号のコクピットの外の景観とは似つかわしくない柔らかな声音で問う。機体が背を預けている建造物のすぐ隣をレーザーが駆け抜けた。膨れ上がるアスファルトから火柱が上がり、空中に巻き上げられた残骸が降り注ぐ。アリアンロッドの傘に当たる度、鈍く重い衝撃音がシートを伝って背中にまで響いた。
『地獄みたいですね!』
 違いない。言外に零して軽く頷いて見せる。
「なんの因縁なのかしらね、これは……」
 屹立する高層ビルも長引く戦闘で数を大いに減らした。Swollenの視線を遮蔽物で切りながら、天城原の赤雷号は旋回巡航を続けている。
「あの時と同型なのはいいとして、スケールもやる事もダンチじゃない」
 人喰いキャバリアとの付き合いが始まる切掛となった愛宕連山での戦い。そこで天城原ほか特務一課の面々はSwollenと交戦していた。そして今、再びSwollenと相まみえている。
「偶然にしちゃどうにも、ねッ!」
 赤熱化するビルの側面を視界に捉えた瞬間、赤雷号を急速降下させる。直後に鉄筋コンクリートを突き抜けて、か細い光線が夜空を切り裂いた。
「偶然か……偶然、なァ……?」
 赤雷号とは逆の周回軌道で骸の街並みを駆けるアーミヤ。そのカルトゥーシュ exclusively for=N-02神経共振型コックピットの中でキリジは含んだ呟きを浮かべた。言われてみれば偶然にしては都合が良すぎる感がある。それは超大型種と化したSwollenとの遭遇に限った話しではない。広く言えば人喰いキャバリア、日乃和政府、ほぼ確実に叛逆を画策しているであろう東方面軍。国家という容器に閉じ込め、互いに滅ぼし合わせ、勝ち残る者を見定め、完成した特級の呪物を猟兵と共喰いさせようとしている者が存在しているのではないか。そんな所感を抱かない訳でも無かった。もし本当にそんな者がいるのだとすれば、やはり――。
「……ッ! おい! 今日はアーミヤだって言ってんだろ? アリシアじゃねェよ!」
 視界が消失するほどのノイズがサーヴィカルストレイナーから逆流した。躓きそうになった機体姿勢を無理矢理に立て直す。
「何よキリジ、彼女がご機嫌斜め? ったく、毎度毎度女を取っ替え引っ替えしてるから……」
 機体の挙動をしっかりと監視していたらしい天城原から通信が飛ぶ。
『ええっ!? キリジさんってやっぱそういう……?』
 この喜色を含んだ声音の主は栞奈だろう。今やもう都市内部の有象無象の人喰いキャバリアは殆ど片付けられ、東南両方面軍と白羽井小隊並びに灰狼中隊もSwollenの対処行動へと移行しつつある。
「やっぱりたァなんだよ」
 最早誤解を解くのも面倒に思えてきたキリジは重い両肩を落とすだけに留まった。すると白羽井小隊の面々が勝手に話しを拡大解釈し、あれやこれやとありもしない憶測が飛び交う。天城原は愉悦げに鼻を鳴らすばかりで擁護などしないし、那琴が窘めても栞奈は止まらない。
「ここは地獄か……」
 ますますキリジの両肩が重くなる。
「ま、でもさ、地獄みたいな戦場でもギバちゃんは格好良いし、地獄みたいな戦場でもキリジちゃんは強いし、地獄みたいな戦場で白羽井の子達や皆は生きてる」
 不意に斑星が淀みなく語ってみせると女子達は途端に鳴りを潜めた。
「私はいつだって格好良いのよ、天才だから」
 天城原は何の躊躇いも無く事実を言い放ってみせる。
「だからさ、こんな地獄とっとぶっ潰して、皆でケーキとかさ、食べに行こうね!」
 鬱憤に満ちた雨空に似つかわしくない爽やかな表情を見せた斑星だが、双眸には有言を実行するだけの思惟が込められている。
「気楽に言ってくれるぜ」
 キリジは嘆息しながらも、人知れずペトルーシュカ型義体とアーミヤの共振率設定を引き上げた。
『それもよろしいですわね……』
『ま、ぶっ潰した時にまだ生きていればの話しだけどね』
 那琴と伊尾奈も表現の仕方は違えど、思う所は斑星とさして変わらない様子だった。さっさと終わらせて帰る。この地獄に於いてこれほど分かり易い行動理念はそうそう出て来ないだろう。だからこそ、若すぎる防人達の魂にも直に伝わったのだ。
「じゃあそういう訳だから、さっさと終わらせるわよ。あと全部キリジの奢りだから」
『ごちそうになりまーす!』
「なんでだよ!」
 乗る気満々の栞奈と反射的に抗議を上げたキリジに構わず、天城原は赤雷号を加速させた。もう様子見の時間は終わりだ。
「私が先制する!」
「ねむいのちゃん! みんなに過去の交戦データ回して!」
『承りました!』
 Swollenの雑多な攻撃手順の数々の記録が特務一課と各方々のキャバリアに届けられた。情報を受け取った赤雷号は搭乗者に言われるでもなく、自らの記憶野に叩き込む。援護攻撃を開始した白羽井小隊にSwollenの注意が向いた途端、赤雷号が高層建築物の影から躍り出た。
「赤雷号! あの時の力を……!」
 主腕と副腕に支えられた二十二式複合狙撃砲が縮退保持された加粒子を放射した。口径よりも太軸な焦熱は巨大なSwollenの腕に命中する。しかし当たりはするもののそれまでだ。患部はすぐに回復を始め、単眼がこちらへと向けられる。
「ちっ! 足りないか! こんなんじゃ!」
 Swollenが振り向く素振りを見せた時点で天城原はトリガーキーから指を離し、操縦桿を引き戻してフットペダルを踏み込んでいた。高層ビル群の狭間に飛び込んで照射される光線から逃げ回る。横目でSwollenを睨め付ける虹彩には、まだこんなものじゃない筈だとの憤りが滲んでいた。
「もっとやれる筈なのよ! 私は! 赤雷号は!」
 尚もビルを溶断しながら後を追い回すレーザー照射。口元を強く歪めて叩き付けるように叫ぶ。まだ足りない。否、出し切れていない。ここで本気を出せないようでは変わらない、変える事などできない。この馬鹿げた最低の世界は。内に湧き上がる赤い揺らめきに赤雷号が唸り声を上げた。今なら、赤雷号は――天城原の表情から感情が消え失せる。そして決意が口元を硬く結ばせた。
「応えなさい、私に!」
 機体方向を反転させ横へとスライドし、Swollenと正対する。赤雷号が自ら顎の封印を力尽くで解く。
「私は変わる……世界も変えてみせる! そうでしょう!? 赤雷号!」
 紅の修羅人の咆哮が怒髪天を貫いた。大気をも震え怯えあがらせるほどの声音に、規格外の巨躯を誇るSwollenさえもたじろぐ。そして機体の頭上にまるで黙示録の機械神の如き光輪が顕現した。だがこれは神の奇跡などではない。
「これが赤雷号の力だ……! これが! 天城原陽の力だッ!」
 その力の源流は怒りだったのだろうか、いや、もっと単純な、誰にでも持ち合わせている概念だったのだろう。誰にも侵されざる確固たる信念、自らが何者であり、限界を定義付けるもの。天城原の自我を源流とする力を赤雷号が拡大し、光輪を形作って308平野に押し広がる。裂帛の気合いガッツとも言える脳量子波が戦場に在るもの達へ伝播し、或いはSwollenに対して質量を伴った重圧として伸し掛かる。
「マダラ! キリジ! このままあいつを圧し止める! 徹底的にブチのめしなさい!」
「了解だよギバちゃん! キリジちゃん、行こっか!」
「ったく、カリスマがすっかりブチギレちまいやがってよ……!」
 天城原の否応を言わさぬ檄に灰風号とアーミヤが同時に駆け出す。
「東雲那琴! 尼崎伊尾奈! 他全員! 死ぬんじゃないわよ! 青春も人生も満足に謳歌しないで終われる筈がないでしょう!」
『アスラ01……いえ、天城原様! 貴女の闘志、確かに!』
『ここで終わるつもりはさらさら無い……まだやらなきゃいけない事が残ってるんでね……!』
 那琴と伊尾奈に限らず、東南両方面軍のひとりひとりにまで天城原の苛烈なる思惟は伝播しているのだろう。それを示すようにして全方角から一斉に支援砲火が上がり始めた。Swollenは苦し紛れに眼球状の器官を露出させ、レーザーを旋回照射して迎撃するも、脳量子波の呪縛を受けているがために多少の挙動さえもままならない。結果多くの支援砲火は役割を全うし、赤黒い爆煙へと転じてSwollenを覆い隠した。
「おせぇぞマダラァ! 先に行くぜェ!」
 牙を剥き出しにして吼えるキリジ。両脚部のロケットブースターを点火すると、並走する灰風号を置き去りにして瞬発加速した。
「待ってろよ、新しい"穴"、開けてやるから……なァんだとッ!?」
 今日一番の鈍痛が頭――というよりも髪の毛の一本から神経の一本にまで走る。
「黙ってろアリシア! てめェはアーミヤなんだよ!」
 かつて相対した敵がGW-4700031の中で眠る姫を呼び醒ましたのだろうか。更に重い痛みが視界さえも苛み始めた。頭を右に左に振り払い、真正面を凄まじい形相で睥睨した。
「だあぁッ! うるっせェな! ならやるぞ! アーミヤアリシア!」
 鎮痛を代償に、身体半分を別々の脳で動かしているような酷く気分が悪い感覚を得た。だがもう天城原に怒鳴られた上に斑星に啖呵を切った以上、引き下がる訳にはいかない。神経操作でアーミヤアリシアを戒めていた全ての枷を解く。そして自らの義体にも。
「戻ってくるのが大変だが……まぁまだなんとかなるだろ」
 駄目ならその時考える。雑な思慮は義体と機体の完全合一化を果たした。キリジには操縦という概念は存在しない。我が身がアーミヤアリシアアーミヤアリシアが我が身なのだ。言うなればミルクと紅茶のように混ざり合った両者は、しかし再び分離する事は非常に難しい。
 幹線道路の直線上に立つSwollenがアーミヤアリシアを、或いはキリジを見下ろしている。赤雷号の拘束は効いているようだが、頭部の挙動はまだ健在だ。
「仕事は済ませねぇと……なァッ!」
 開き始めた白面に構わずアーミヤアリシアが一直線に推進加速する。Swollenを多数の支援砲火が炙るも、それらには意を介さずに迫る黒鉄のキャバリアだけを見詰めている。開いた単眼に光が集う。キリジはレーザーの照射の前兆を確かに視認していたが、それでも直進を止めない。果たして万物を分け隔てなく撃ち抜く光線がアーミヤアリシアへと伸びる。キリジは拡張された左肩に痛烈な熱傷の感覚を受けた。
「いてェなおい!」
 切り捨てた筈の痛覚をアーミヤアリシアがお節介にも呼び覚ましてくれた。レーザーが照射された際、キリジはほんの僅かに姿勢を右へと傾けることで、機体の左腕を丸ごと喪失させて突撃を強行するに至ったのだ。
「一発はな! 一発だぜェ!」
 アスファルトの路面を蹴り付け、ノズルが焼けるのも構わずロケットブースターを仕様上の限界出力で焚いた。アーミヤアリシアの機体が跳ね上がり、Swollenの頭部目掛けて猛進する。肘を引いて構えられた右腕部のランブルビーストが、紫電の残光を描き出す。だがSwollenの眼球が光り始めている。間違いなくレーザーの接射で撃ち貫くつもりだろう。されど元々の気性に加えて天城原の闘志さえも受けて突き動かされるキリジは止まらない。
「眼ン玉貰ったァッ!」
 アーミヤアリシアの到達が僅かに早かった。加速と機体重量を乗せた体当たりと共に紫電を放つ剛爪が眼球状の器官に食い込む。ように思われた。
「硬えェなおい!」
 甲高い音と共に剛爪は押し留められた。Swollenが眼球に防護層となる瞼を降ろしたのだ。アーミヤアリシアの吶喊は失敗に終わった。
「なんて事があるもんだと思ってよォ……新品だ! せいぜいありがたく受け取りなァ!」
 終わっていない。アーミヤアリシアは掌を押し当て、内蔵した電磁杭、ブルー・ピアッサーを射突した。立て続けに二度三度四度と叩き込み、最後の駄目押しとして右腕部を引き戻すと、加速を付けて掌底打ちを放つ。
「これでッ! ブチ抜くッ!」
 スロォビング・クラックを乗せたランブルビーストが瞼を打ち砕き、腕を肩口までめり込ませる。そして最後のブルー・ピアッサーが放たれた。衝撃にSwollenが頭部を反らせ、キリジは確かな手応えを感じた。だが問題が生じる。
「抜け……! 抜けねェッ!」
 打突は飛び切り深かった。お陰で腕が丸ごと食い込んでしまったらしい。背後に灰風号の気配を感じた途端にキリジの中で行動の選択肢は決まった。
「ぐッ……! おぉぉおおぉッ! 痛え!」
 両脚で踏ん張り、自らの右腕を力任せに引き抜き、肩口から千切る動作を演じて見せる。またしてもアーミヤアリシアが痛みを思い知れと言わんばかりに痛覚をフィードバックさせてくる。機体の右肩から下をSwollenの頭部に残し、両腕を喪失したアーミヤアリシアが後退噴射してSwollenの元を離脱する。
「chopperみてェになっちまったじゃねェか! おいマダラァ! 後は――」
「ありがとうキリジちゃん!」
 二枚一対のアリアンロッドを正面に向け、灰風号がアーミヤアリシアの辿ってきた道を滑走する。目指す先も同じくSwollenの頭部。既にレーザーを封殺され、格闘攻撃も天城原によって束縛された人喰いの巨人には、灰風号を迎撃する手立ては殆ど残されていない。
「ねむいのちゃん、リアンノン起動!」
『全リミッター開放! やっちゃいましょう!』
 灰風号のセンサーカメラが黄金の光を閃かせた。全身のバーニアノズルが噴射炎を爆発させ、鳳凰のような輪郭を形成する。機体の頭部が上方を向くと、推力も同様の方向へと偏向させられた。
「ギバちゃんとキリジちゃん、みんなが作ってくれたチャンスだからね!」
 灰風号とSwollenの頭部の高度が交差する。両腕のマニピュレーターはブリッツハンマー・ダグザの柄を握り締めている。
「潰せェ! マダラァ!」
「決めなさい! マダラ!」
『斑星様! 貴方が! 最後の!』
『やってみせなよ……!』
 キリジと天城原、那琴と伊尾奈、加えて後藤を始めとする東方面軍の兵士達、南方面軍の兵士達の声が通信装置を介して斑星の耳朶に流れ込んでくる。知らずの内に斑星は操縦桿を圧砕せんばかりに握り締めていた。
「行くよ! せーのっ!」
 振り翳した雷神の戦鎚に青白い稲妻が集う。
『ビリビリ!』
「どっかーん!」
「もっとマシな締め方はねェのかよ!」
 加速を伴って叩き込んだブリッツハンマー・ダグザが、頭部に残されていたアーミヤアリシアの右腕部を打ちのめした。眼を焼く稲妻の炸裂が巻き起こり、大雨吹き付ける廃墟の都市に、百の豪雷の轟きが響き渡る。Swollenの頭部は首元まで陥没し、力の抜けた四肢がだらしなくぶら下がった。
「どうかな!?」
 グラウ・ブリッツの反動で跳ね返された灰風号がやっとの体で降着する。限界超過して駆動させた両腕部の関節部からは火花が散っている。コクピット内のモニターには腕部使用不能の警告を示すメッセージが幾つも表示されていた。
 総員が固唾を飲んで傾注している最中、頭を潰されたSwollenは緩慢に両膝を折ると、うつ伏せになって幹線道路上に倒れ込んだ。生じた風圧が砂埃と残骸を吹き飛ばし、灰色の霧を作り出す。
「終わりか……?」
 両腕を失ったアーミヤアリシアが灰風号に並ぶ。無言が続く不気味な静寂を破ったのは、Swollenの身から噴き出した小規模な熱風だった。熱風はいずれかの一箇所で発生したかと思いきや、また別の箇所、そして別の箇所で吹き出す。
『これはいけません!』
 ねむいのちゃんが人工知能らしからぬ焦燥しきった合成音声で叫ぶ。
『Swollenの体内で熱反応増大中! 蓄熱器官、または動力炉に相当する内臓器官が暴走しているようです』
「オレに分かるように説明してくれ」
『どっかーん!』
 キリジが「そりゃ大変だな」と雑な返しをするが、天城原と斑星の中では凄まじく嫌な予感が広がり始めていた。
「ポンコツ! 爆発の範囲は!?」
『ポンコツ!? 熱量が尚も増大していますのではっきりとは言えませんけども』
「いいから早く!」
『かなり広範囲です! この都市がどっかーんしちゃうかも!』
 間の抜けた物言いに天城原の表情が露骨に引き攣った。
「爆発オチなんて冗談じゃないわ! キリジ! 走れる!?」
「両腕がねェのはしんどいな……」
「ねむいのちゃん! 近接戦術データリンクで爆発範囲を表示して、みんなに離脱するよう伝えて!」
 灰風号がブリッツハンマー・ダグザを投棄し、更にアリアンロッドをマウントアームから切り離す。天城原からの「マダラ! あんたはリアンノンが切れる前に離脱しな!」との声を受けた灰風号が頭部を上下させ、最大戦速で都市の外周へと滑走を開始する。そして赤雷号がアーミヤアリシアの元に降着すると、主腕と副腕で機体をしっかりと保持し、メインエンジンに火を灯して離陸した。
『予想被害範囲、なおも拡大中!』
 赤雷号が最後の気力を振り絞らんばかりに加速する。コクピットの中の天城原の表情は益々険しさを増す。
「全機の離脱、間に合わせなさい! ここまで来て死んだら意味がない!」
『被害範囲内に行動不能の機体多数! ダメです! このままだと!』
「ダメじゃない! やるのよ!」
 アニムスフィアバーストが及ぼす作用なのだろうか、この身この機体では離脱は叶うまいと諦めていた者達でさえも、残された力を絞りに絞って急ぎ撤退の道に就く。やがて都市部の外周に生き残った日乃和軍と全ての猟兵が揃った刹那、爆裂の衝撃波が地表を拭い去った。
 Swollenの骸の所在地点から半球状の火球が生まれ、みるみる内に肥大化し打ち捨てられた廃墟群を飲み込んだ。キャバリアをも吹き飛ばす爆風にそれぞれが必死に耐え、赤から白に転じた光が総員の視界を塗り潰す。
 数秒か数分か、それとも数時間か。大爆発が焼けた大気となって霧散した頃、308平野の都市部は戦闘開始時よりも更に悲惨な有様となっていた。爆心地点は隕石でも落下したのかとすら思わせる巨大な窪みが出来上がっている。あれほど降り続いていた雨は止んでしまった。
「……マダラ、キリジ、生きてる?」
「まあ、なんとかね」
「死ぬかよ」
 赤雷号、灰風号、アーミヤアリシアは爆風で吹き飛ばされて散々な状態ではあったが、搭乗者は皆大事無かったらしい。機体が守護ってくれたのであろう。
『フェザー01より白羽井小隊各機……無事ですわね?』
『ウルフ01より灰狼中隊全機、生きてる奴はアタシのとこに集合しな。動けないなら迎えに行く』
『こちら後藤だ。猟兵各位……は全員健在か。まったく、あの爆発の中で全員が生き残るとは、つくづく規格外なもんだな、お前さん達は』
 次第に全周波数帯域の通信で兵士達の声が飛び交い始める。
『ご覧くださいまし! 朝日が!』
 恐らく那琴が発したのであろう通信に釣られ、特務一課の面々が東の方角を見遣る。
「暁か……」
 天城原が双眸を細めて呟く。一ヶ月近くに渡って西州を覆い隠していた分厚い雲が左右に引き裂かれ、地平線の向こうで熱く燃える太陽が顔を覗かせ始めた。
「散々な夜明けだぜ」
 キリジは口を開けて深い呼吸を吐き出すと、疲れ切った表情で頭上を仰いだ。
「いやぁ、日の出って綺麗だねぇ」
 斑星の人好きのする微笑が陽光に照らされた。
 暁作戦の最終制圧目標地点である308平野。
 そこで繰り広げられた戦いは、登る朝日と共に幕引きを迎えた。
 代償は多く、そして重く、残された痛みは計り知れない。
 果たしてこれを勝利と呼べるのだろうか。
 だが少なくとも彼等は戦い続け、確実に任務を遂行した。
 例えその行いが誰かの意図の上であったとしても、それぞれの猟兵が得た結末は覆らない。
 やがて暁は終末へ至る道を照らし出す。

●暁の終わりに
 11月末日早朝、308平野に出現した超大型種のSwollenを含む人喰いキャバリアの殲滅を以って暁作戦の終了が宣言され、日乃和西州は人類の手に回帰した。
 日乃和海で日レ連合艦隊と交戦状態にあった人喰いキャバリアの大軍勢は、猟兵がSwollenを完全撃破した頃と合わせて突如北に転進し、東アーレス半島の内陸部まで撤退。人喰いキャバリアの不可解な動向とSwollenの消滅との因果関係は不明だが、壊滅も時間の問題と思われていた日レ連合艦隊は寸前で踏み留まり、以後は予期せず奪還に成功したイーストガード海軍基地を拠点に人喰いキャバリアへ睨みを効かせている。
 これで日乃和国内から完全に人喰いキャバリアが消滅した訳では無いにしろ、残された個体数は国土の存亡に関わるほどではない。最悪の状況を五分に戻す戦いは終わった。
 だが支払った代償は重い。
 日乃和各軍はいずれも致命的な損害を被り、官民にも多大な出血が及んだ。今やこの国は弱りきって萎びた病人のようだ。しかし状況は立ち止まる事を許さない。レイテナからの譲歩を引き出すために差し出した、東アーレス半島解放作戦の為の兵力派遣という代価を支払わなければならない。支払い期限はそう遠くない内に訪れるだろう。
 暁を越えた先では、またいつもと変わらない日常が繰り返す。誰かが戦って誰かが死ぬ。

●終幕の始まりに
 暁作戦の全行程の終了後、猟兵達には特別手当てを含めた莫大な額の報酬が支払われた。そしてそれぞれに戻るべき場所や次なる戦場へと去って行った。
 それから数日後、308平野は臨時の拠点として整備が進められている。猟兵がSwollenと交戦した際の爪痕が色濃く残る都市部には、搬入された簡易キャバリアハンガーやコンテナが並び立つ。まだ瓦礫の撤去が進まない道路を大小の輸送車が行き交う。警戒監視に目を光らせるグレイルやオブシディアンmk4の傍らでは、作業用キャバリアが倒壊した高層建築物の破砕作業に勤しんでいた。
 陽が西の地平線へと沈み、空が硝子片を散りばめた藍色になれば、都市部のそちこちで眩い照明が灯る。代わりに作業音は鳴りを潜め、忙しく駆け回る工兵の数も次第に減り始めた。
 より一層藍色の深みが増した頃、仮設の指揮所にて人集りが形成されていた。顔触れを見れば東南両方面軍に所属している者が殆どで、後は若干数の灰狼中隊や白羽井小隊で構成されている。皆が皆聞き耳をそば立てているか、窓や出入り口から指揮所の内側の様子を伺っているようだ。
「後藤大佐、ご決断くださいまし」
 指揮所の室内にて、直立不動の那琴が真正面をしかと見つめる。彼女のみならず、皆が皆一様にある一点へと視線を集中させていた。壁に背を預けている伊尾奈ですら、前髪の奥から鋭利な眼差しを突き付けている。視線が集約された先にでは、硬く腕を組んだまま瞑目する後藤の姿があった。
「この機に起きた日乃和海の人喰いキャバリアの不可解な撤退。これは最早機械神の啓示としか思えませんわ」
「我々南方面軍だけならず、中央即応隊の中にも後藤大佐に呼応する者は多いと聞き及んでいます」
「大佐の奥さんや娘さん達だって望んでいる筈でしょう?」
「うち……この為に暁作戦だって頑張ってきたんだよ……」
「お願いします! 夫の仇を取らせて!」
「なんでお兄ちゃんが死んであいつらが生きてるの……」
「鈴木総理だけじゃない、官房長官も軍の幕僚だって! 奴らのせいで!」
 防諜などもう必要無い。無秩序に上がる恨み節が頭の中で何度も反射する。この場に集う者の多くが南州のプラント事故で何かを喪い、過失を及ぼし事故を隠蔽した現政権に対して怨恨を募らせている。後藤は心のどこかで微かに期待していた。ひょっとしたら時間の流れが悲しみを消してくれるのではないかと。結果は思い過ごしに終わった。或いはオブリビオンマシンの影響下に無ければ異なる結果に至ったかも知れない。だが猟兵ではない彼等にとっては預かり知らぬところだ。
「やはり消せんものだな、妻と子を喪くしたお父ちゃんの恨みってもんは……」
 誰もがその呟きを聞き逃さなかった。那琴が口元を綻ばせる。閉ざされていた後藤の双眸が開いた。
「決行は予定通りだ。海軍がズタズタになってる上に人喰いキャバリアがアーレス半島に引き篭もってくれてるなんて好条件は、後にも先にもこれが最後だろうからな」
 漏れる感嘆の吐息に構わず後藤は事務的な口調で語る。
「気が変わった奴は降りてくれ。恨みもせんし追いかけもせん」
「後藤大佐、わたくしがここにいるのは、自分の意志に従ったからですのよ」
 那琴に釣られるようにして同じような声が次々に上がる。後藤は溜息を飲み込んで周囲を一瞥した。
「そうか、だがやるなら俺のやり方に付き合って貰うぞ。連中の脳天に弾を撃ち込んで終わりなんざ時期はとっくに過ぎてるからな」
 精算とは必ずしも命の支払いだけとは限らない。妻と子が無碍に喰い殺されなければならなかった理由を吐かせ、責任の所在を明らかにし、隠匿していた事実を世に公表させる。証拠を突き付けて云々という話しではなく、全て本人達の口から引き出さねば意味がない。どうせ情報統制は奴等の十八番なのだから。その上で然るべき代価を払わせればいい。頭の中身をぶち撒けさせるのは一番最後だ。
 彼等を纏め上げているのは後藤では無い。各々で持ち寄った復讐という目標が、ある種のカルト教団のような集団催眠を引き起こしているのだ。間接的に、または直接的に、オブリビオンマシンが育んだ暗い心は、人々の中に破滅的な思想を深く植え付けていた。

●鋼鉄の狂気
 日乃和の首都、香龍。
 深夜帯となっても色鮮やかな光に彩られた高層建築物の数々は、国土が死の淵に瀕していた事などまるで感じさせない優美さを醸し出す。
 香龍の東に沿って広がる港区には、海軍の港湾施設も存在する。その埠頭のひとつに、空母が係留されていた。
 空母の名前は大鳳。かつては白羽井小隊を艦載部隊として、猟兵達と共に戦線に立った最新鋭の大型艦艇だ。今は日乃和海で受けた傷を癒すべく、こうして入渠を待っている。埠頭でただ待っていなければならないほど、日乃和海軍の入渠事情は立て込んでいるらしい。船内には誰も残っていない。ただ一人、艦長である葵結城を除いて。
 大鳳の飛行甲板直下の格納庫はとにかく広い。キャバリアハンガーに収められている機体が無いので、普段よりも益々広く感じられるだろう。機械の神殿のような冷厳さすら漂うそこは、緑色の非常灯で薄暗く照らされていた。熱を感じさせない空間に、靴の踵が床を蹴る音が響き渡る。
 将校服に包まれた豊かな胸元を揺らしながら、結城が独り格納庫内を歩み進む。非常灯に照らされた顔は薄ら笑いが浮かんでおり、さながら亡霊のようだった。やがて突き当たりに辿り着くと足が止まる。結城が見上げる先には巨大な隔壁があった。進入禁止や解放厳禁などと仰々しい注意書きがなされている隔壁に手を伸ばす。冷えた鉄の感触が指先に伝わった。
「貴女は答えを選んだのですね、那琴……」
 小さな囁きが格納庫内に反響する。結城は隔壁に指を付けたまま、全身を這わせるようにして密着させた。まるで肉体を隔壁に溶かし合わせてしまおうとしているかの如く。
「私も答えを選択しましょう……私の、愛する那琴のために」
 恍惚に瞼を下ろし、両の口元を不気味に釣り上げる。隔壁の向こうで脈打つ鼓動を、結城は全身の生肌で感じ取っていた。
 そして遂に猟兵達が結んだ鎖は終着点に辿り着く。すぐそこで待ち潜むオブリビオンマシンの双眸が嘲笑に歪んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年11月28日


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#クロムキャバリア
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#地下帝国
#人喰いキャバリア
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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
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 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はビードット・ワイワイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


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