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桃浪にあそぶ

#封神武侠界 #戦後

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#戦後


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●グリモアベースにて
「ねぇ、桃の花を見に行かない?」
 春分も過ぎて少しずつ暖かくなってきているし、何より桃の花の旬はこれからだからと。
 グリモアベースに集まってくれた猟兵たちへそう言って、影見・輪(玻璃鏡・f13299)はにっこりと微笑んで見せた。
「場所は、封神武侠界の『桃源郷』だよ」
 年の初めから起こった殲神封神大戦で無事に勝利を収め、守ることができた世界だ。
 僕がこうしてまたこんな風に依頼の話をできるのも君たちのおかげだねと微笑んでから、輪は話を続ける。
「『桃源郷』は、封神武侠界の仙界にあって、桃の花が咲き乱れているんだって」
 あたり一面に咲く桃の花は、目にも美しいだけでなく、ほのかな甘い香りで訪れた人々を楽ませてくれるのだという。
 そして、そんな花々を愛でて楽しむためには欠かせないとばかりに宴も催されている。宴席では訪れた者たちへ向けてたくさんの料理や飲み物が振る舞われるのだとか。
 行きたくなったでしょ、と楽しそうに言ってから。ふいに何かを思い出したような表情になり、輪は改めて猟兵たちを見渡した。
「そんな『桃源郷』なんだけど。そこに辿り着く前に、一つ乗り越えないといけない『桃源郷』があるんだよね」
 桃源郷へ行くために桃源郷を乗り越えるとはどういうことか。
 怪訝そうな表情になった猟兵たちに、まぁそう思うよね、と。輪は笑みとともに軽く首を傾げて見せる。
「乗り越えるのは、幻覚で創られた桃源郷なんだ。本物にも勝るとも劣らない美しさと、君たちが幸せだと思う何かがそこにあって、君たちをその場にとどまらせようとするよ」
 その場所で何と、誰と遭遇するかは、訪れる者にしかわからない。
 幸せだった過去の何かや誰かの幻影かもしれないし、こうだったらいいのにと思い描く未来や願望なのかもしれない。
「きっと居心地がいいと思うから、少しだけとどまってその空間を楽しんでもいい。けれど、最終的には抜け出さないといけない。そのことは覚えておいて」
 最後は念を押すように少しだけ強い口調で言葉を紡いでから、再び柔らかな笑みを浮かべ、輪は言った。
「様々に思うことはあるかもしれないけれど。本物の桃源郷で皆とお花見できるの、楽しみにしているね」
 言葉とともに、輪はグリモアを展開させる。
「それじゃ、行ってらっしゃい」

●桃浪にあそぶ
 あなたの目の前に広がるのは、一面の桃色の世界だった。
 どこからともなく柔らかな風が吹けば、ほのかに甘い、桃の香りが鼻腔をくすぐってくる。

 豊かに広がる彩りと香りを楽しむように、あなたが目を細め、足を止めたその時。
 ふいにあなたの視界に入ったのは、桃の木々とは異なる何かの影だった。

 ――あれは、

 目にした瞬間。あなたは、その影が何であるかをすぐに理解する。
 同時に胸の奥から湧き上がったのは、言いようもない幸せな気持ちだった。

 幻覚で創られた桃源郷。
 グリモア猟兵が言っていた言葉を思い出しながら、あなたは目を閉じ、しばし考える。

 幸福感に心を委ね、しばしその場を楽しむか。
 あるいは、影に背を向けそのまま桃色の世界を通り抜けるか。

 どう動くかはあなた次第だ。


咲楽むすび
 「桃浪(とうろう)」は、三月の異名なのだということを最近知りました、日本語って奥深い…。

 そんなわけで、初めましての方も、お世話になりました方もこんにちは。
 咲楽むすび(さくら・ー)と申します。
 オープニングをご覧いただき、ありがとうございます。

●内容について
 封神武侠界の依頼です。

 構成は下記のとおり。
 どの章からでも参加可能です。
 単体章のみのご参加も歓迎いたします。

 第1章:まやかしの桃源郷(冒険)
 第2章:桃園に遊ぶ(日常)

 第1章では、幻覚で創られた偽物の桃源郷を切り抜けていただきます。
 足止めとして遭遇することになる幻覚は、参加者様にとって幸せだと感じるものであれば、何であっても構いません。
 過去の誰かや何か、あるいは心の中の願望など、好きなようにプレイングに記載していただきましたら、できる限り対応させていただきます。
 なお、プレイングにはなくとも、最終的には切り抜けたものとして判定させていただきますので、その旨ご了承ください。

 第2章は、桃の花を愛でながらの花見の宴に参加していただきます。
 食べ物や飲み物はたいていのものは用意されていますので、あるものとして好きなようにご指定ください。
 お一人様で静かに過ごすもよし、複数人様で賑やかに過ごすのも良いでしょう。
 なお、未成年の方の飲酒は描写しません。記載がある場合はマスタリングさせていただきますので、ご了承いただけますと幸いです。

 輪ものんびり花見をしておりますので、お声がけいただければお相手させていただきます。ない場合は登場いたしません。

●プレイング受付について
 第1章は、オープニング公開直後よりゆっくりと受付いたします。
 締切はタグ、およびマスターページにてご連絡いたします。

 また、当方の状況により再送が発生する可能性が高いです。
 状況についても、マスターページで都度ご連絡させていただきます。

 それでは、もしご縁いただけましたらよろしくお願いいたします!
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第1章 冒険 『まやかしの桃源郷』

POW   :    強い意志をもって気合いで切り抜ける

SPD   :    取り込まれる前に足早に切り抜ける

WIZ   :    知恵を絞って切り抜ける

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鳴上・冬季
「…これはあの日の大宴会か」
洞を開いた師にも師父師兄が居るのは当たり前
師の師の更に師であったか
その師父の大号令で百を越える洞門が一斉に集い宴を開いたことがあったのだ
自分などまだ仙になったばかりの若輩で
宴の酒やら料理やらの手配に駆けずり回った
まだたった数十年前のこと

「あの方々も、最近お噂を聞かなくなった…」
尊過ぎる方々とは元々縁と呼べるほどの繋がりはなかったが
それでも師父師兄として崇めていた

「…刃覇」
既に封神された兄弟子が、酔って騒ぐ師を甲斐甲斐しく宥めていた
脱ぎ出す服を着せ水を飲ませ寝かしつけ…
他にも封神されたと聞く師父師兄が楽しげに騒いでいる

「いつか…いや」
その姿を目に焼き付け
踵を返した




「……これはあの日の大宴会か」
 桃色に染まる世界の中。繰り広げられる楽しげな宴の光景は、鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)にも覚えがあるものだった。
(「確か、師の師の更に師であったか」)
 洞を開いた冬季の師にも、師父師兄がいるのは当たり前ではあるけれど。広がる伝承系譜の祖にも等しい師父の大号令によって開かれたその宴は、百を越える洞門が一斉に集う、何とも賑やかなものだった。
(「自分などまだ仙になったばかりの若輩だったな」)
 転生を繰り返した大妖怪、迅雷公にも駆け出しのころはあったわけで。宴の酒やら料理やらの手配に駆けずり回った当時を振り返れば、ふ、と知らず口の端が上がる。
 まだたった数十年前のことだが、こうして見ると酷く懐かしいものだ。

 誘うように頬を撫でる、甘やかな香りのする風を受けながら、冬季は視線を巡らせる。そうしてふと目を止めた先に、見覚えのある方々の姿を認めれば、蒼の瞳を細め、しみじみと息を吐く。
「あの方々も、最近お噂を聞かなくなった……」
 当時の冬季からすれば随分と尊い立場の仙の者たちだ。
 元々縁と呼べるほどの繋がりこそなかったけれど、それでも師父師兄として崇めていた方々だった。
 今でこそその噂を耳にすることがなくなってしまったとはいえ、盃を片手に歓談するその方々の姿は今見ても堂々たる貫禄があって、尊さを感じずにはいられない。
 尊過ぎる方々の宴を眺めやる一方で。ふいに聞き覚えのある声が耳に入れば、冬季は視線を向けた。
「……刃覇」
 そこには酔って騒ぐ師を甲斐甲斐しく宥める一人の仙。冬季の兄弟子だった。
 脱ぎ出す服を着せ水を飲ませ寝かしつけ……細やかに師の世話をする兄弟子に、思わずといった様子で冬季の口元がわずかに綻ぶ。
 そんな兄弟子も、既に封神された。あんな姿を見ることは、もうないのだ。
 兄弟子だけではない。それは、他にも。
(「あの方々も封神されたと聞く……」)
 楽しげに騒いでいる師父師兄もまた、今はもういない。
 彼らが健在であったあの頃。
 まやかしの桃源郷が見せるそれは、確かに冬季の中にある幸せな光景なのかもしれなかった。
「いつか……」
 ふいに胸の奥に湧き上がった想いが、ふと口をつくも。
「――いや、」
 言葉を切り、冬季は目の前に広がる桃色の世界を再び見渡した。
 師父師兄たちの楽しげな姿を、賑やかで懐かしい、幸福な宴の光景を。しばし自らの目に焼き付け――そして。
 それらを断ち切るように静かに目を閉じ、冬季は踵を返した。

「――師を敬い同門を助け己が望みに邁進せよ」
 口にしたのは、洞門の唯一の掟。
 あの日の宴を共に過ごした方々と、再び顔を合わせる機会はもうないのかもしれない。
 それでも、教わり継がれたその想いは、しっかりと冬季の中にある。

大成功 🔵​🔵​🔵​

大宝寺・朱毘
リグさん(f10093)と一緒に行動。

「仙界の桃源郷か。綺麗なんだろうね」
緩みきった物見遊山モードで進み、幻覚ゾーンに突入。
出現するのはスイーツ好きの夢のような、ケーキその他のお菓子の山。すわ、花見の宴会が始まっているものと思ってはしゃぐ。
「そういやあたし、最近チーズケーキにはまっててさ。ベイクドもレアも好きなんだけど、特にこういうスフレチーズケーキに目がなくて……」
と言いつつ、スフレチーズケーキを切り分けてリグさんに渡すが、話が噛み合わない。
そこで、お互い見えている物に齟齬があるということは幻覚だ、と気付く。
さらに思い付く。
「逆に考えよう、リグさん。幻覚だったらいくら食べても太らない!」


リグ・アシュリーズ
朱毘さん(f02172)と

桃の花、可愛らしいわよね!
帝都の桜みたくずっと咲いてるのかしら?

気付かず踏み入れた先は幻の中。
え。もう宴会の準備しあがってる?
スイーツの山に目を瞬き、でも渡りに船とさっそくお皿を手にするわ!

まずはガトーショコラと、それから……あ、オペラもある!
そういって手に取る先、朱毘さんから渡されるケーキ。
あ、チーズケーキいいわよね!
私かためのベイクドが好き、で……?
渡されたのはスフレでなくベイクド。
という事は、都合の良い幻……?

……朱毘さんあなた天才??
そうよ、いくら食べたって太らない夢のビュッフェ!
不肖リグ、この幻から抜ける事を全力で拒……あっあっ、消えないでー!?




「仙界の桃源郷か」
 綺麗なんだろうね、と呟き漏らし、大宝寺・朱毘(スウィートロッカー・f02172)は降り立った世界をぐるりと見渡した。
 目の前に広がるのはどこまでも続く桃色の花咲く木々の群れ。思ったとおり美しい景色に、チョコレート色の瞳を穏やかに細める。
 グリモア猟兵の言葉を聞く限り、今回の依頼は人の生死が関わるような深刻なものでもない。ならば、今回はそれこそのんびりとこの景色を楽しんでも問題はないだろう。
 休めそうな時にしっかり休むことは、アイドルとして時間刻みの日々を送る身としてはとても大切なことだ。
 そんな朱毘と同じく、目の前の景色を楽しむのはもう一人。
「桃の花、可愛らしいわよね!」
 桜の花にも似ているけれど、よく見ると花の形や付き方が少し違っているのねと。
 木々へと近づき桃の花を見上げていたリグ・アシュリーズ(風舞う道行き・f10093)が、はしゃいだ声を上げ、朱毘に笑みを向けてくる。
 その亜麻色の瞳には、目の前の花々への興味津々な色がキラリ。
「リグさん、細かく見てるんだな。……そういえば花の色も桜と同じピンク色に見えて少しずつ違うな」
 楽しげな様子に朱毘もつられて足を止め、桃の花を見上げた。
 言われて見れば確かに少しずつ花の形が違っている。
 遠目から楽しむ色合いもいいけれど、立ち止まってじっくり眺めやるのもなかなか楽しい。
「朱毘さんにも見えた? あとね、深呼吸するとなんだかいい匂いがするのよ、これ、きっと桃の花の香りよね!」
 こうやってね、と。リグは両手を広げ、すぅと深呼吸の仕草をする。
 朱毘も同じようにすうっと息を吸い込めば、ほのかな甘い香りが鼻腔いっぱいに広がった。
「そうだな。確かに甘い香りがする」
 桃の果実を彷彿とさせる香りに、イメージするのは春スイーツの数々だったり。
 知らず口元を緩めた朱毘に、わかるわかると言わんばかりにリグも同意してくすくすとして。
「帝都の桜みたくずっと咲いてるのかしら?」
「少なくともここはそうかもしれないな。……そして、この景色もどこまで続くんだろうな」
「ふふ、確かにどこまでも……宴会の席までずっと続きそうね!」
 ――それならば。
 リグと朱毘は、互いの顔を見合わせる。
 そうして二人くすりと微笑み合ってから、のんびりと歩き出すのだった。


 すっかりとリラックスした、物見遊山モードで桃色の世界を歩いていた朱毘とリグであったが。
 その異変に最初に気がついたのは、リグだった。
「え、」
 ふいに足を止め、ぱちくりと瞳を瞬かせる。
「――もう宴会の準備しあがってる?」
 桃色の世界の中、目の前に現れたのは、広場のような空間だった。
 空間にはいくつもの台――いわゆるブッフェ台が設置され、さらにその上に並ぶのは色とりどりのスイーツたち。
 数段重ねのスタンドに並べられた春色のカットケーキの数々に、丸型の皿には季節のフルーツが盛り付けられたホールタルト、四角の大きな皿には愛らしく盛り付けられたロングサイズのロールケーキ。
 他にも視線を巡らせれば、様々な種類のスイーツが、それこそ山のように盛り付けられていて。
「ね、朱毘さん――、」
 リグが傍らの友人へとちらと視線を向ければ、
「――うん、リグさん、あたしにも見えてる」
 ミントグリーンの縁の丸眼鏡をかけたその横顔が、小さく頷きを返す。
「目の前に並べられてるの、お菓子……だよな?」
 返ってきた言葉にわずかにはしゃいだ色を感じるのは、リグも同じくらいワクワクした気持ちになっているからかもしれない。
「もう花見の宴会は始まってるなら、参加しない選択肢はないよな、リグさん」
 すわとばかりにブッフェ台ヘ駆け出した朱毘に、リグは満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんよ、朱毘さん!」
 渡りに船とはまさにこの事。ここまで用意されているのだ、思いっきり味わわなくてはもったいない!
 リグもまたブッフェ台へと近づき、うきうきと辺りを見渡した。
「まずはガトーショコラと、それから……あ、オペラもある!」
 最初に目に止まったのは、様々な種類のチョコレートケーキたち。わくわくと亜麻色の瞳を輝かせれば、リグは設置されていたトングを手にし、自分の皿へとケーキをのせていく。
 その一方で。皿を手にし、朱毘は慎重な面持ちでブッフェ台を見渡した。
 目の前に広がるのは、スイーツ好きの夢そのもの。甘い物好きな朱毘が、心躍らないはずもない。
 さて、どこから楽しもう。端から攻めるのもよいけれど、それでは美味しさを存分に楽しむことはできないかもしれない。あれもこれもと目移りしてしまうけれど、まずは一つをじっくりと味わって……。
 弾む気持ちとは裏腹に、チョコレート色の瞳に宿る色は真剣そのもの。
 そうしてお菓子の山を眺め――やがて一つのスイーツが目に止まれば、朱毘はぱっと顔を輝かせた。
「――そういやあたし、最近チーズケーキにはまっててさ」
 目が合ったリグへ向けて発された声は、思いの外はしゃいでるのが自分でもよく分かる。
「ベイクドもレアも好きなんだけど、特にこういうスフレチーズケーキに目がなくて……」
 言いながら、ケーキナイフを手にする朱毘。目の前に置かれた、ホールサイズのスフレチーズケーキを丁寧に切り分け、それから、リグの皿へと差し出して。
「あ、チーズケーキいいわよね! 私かためのベイクドが好き、で……?」
 差し出されれば、もちろん断る理由などない。朱毘が切り分けてくれたケーキを自身の皿で受け取ったリグは、実食とばかりに視線を落とし……不思議そうにぱちくりと瞬きをした。
「……あれ? ベイクド?」
「ん?」
 そんなはずはない。現に朱毘が見ているリグの皿の上には、今しがた切り分けたばかりのスフレチーズケーキがのっているのだから。
 それが、リグの目にはベイクドチーズケーキになっているのだとすれば。
「……お互い見えている物に齟齬があるということは、幻覚なんだろうな、これは」
「という事は、都合の良い幻……?」
 朱毘の言葉に、あからさまに残念そうな声になるリグ。
 無理もない。こんなに美味しそうに並ぶスイーツの山が、全て幻だなんて。こうやって触れている感触も、スイーツ特有の甘い匂いも感じられているのだから、食べた時だってきっと……、
 そこまで考えたところで、朱毘は自身の皿のスフレチーズケーキを見つめた。
 そうして、手にしたフォークで一口サイズに切り、ぱくりとする。
「……これは……」
 ふわりしゅわりとした食感とともに、とろけるような甘やかなチーズの風味が口の中を駆け抜けていく。今まで食べた中でも格別に美味しいチーズケーキだ。
「……逆に考えよう、リグさん」
 さらにスフレチーズケーキを口にして、朱毘はおもむろに言った。
「――幻覚だったらいくら食べても太らない!」
「!!!」
 まるで雷に打たれたかのような衝撃をうけ、リグはゆらりとよろめき、その体を震わせる。
「……朱毘さんあなた天才??」
 幻ならば、口にしたところで無意味だと思っていたが……その逆なのだ!
「そうよ、いくら食べたって太らない夢のビュッフェ!」
 キラキラと瞳を輝かせて。リグもまた自身の目の前のベイクドチーズケーキを一口パクリ。
「〜〜〜っ!」
 ――美味しい!
 程よい固さと、口に入れた瞬間に広がる濃厚なチーズの風味が美味しくて、頬がとろけてしまいそうだ。
 ああ、なんて、素敵な幻なのだろう。
 各々のチーズケーキを堪能し、しばし幸せに浸る二人ではあったが。
(「……しかし……ここで留まり続けるのもまずい、か」)
 スフレチーズを美味しく平らげたところで気持ちが落ち着いたか、ふいに朱毘の猟兵スイッチがオンになる。
 そういえば、グリモア猟兵はこんなことを言っていた。「最終的には抜け出さないといけない」と。
 ダイエットを気にすることなく永遠に楽しめるスイーツの山は抗いがたい魅力に満ちているけれど、さすがに長居はしない方がよいのかもしれない。
「……リグさん、そろそろ……」
 行こう、と。声をかけようとしてリグを見やった朱毘ははっとする。
 そこには自身の皿の上にのせたケーキをぺろりと平らげ、次のスイーツを攻めるべくブッフェ台へと突撃しようとするリグがいて。
「不肖リグ、この幻から抜ける事を全力で拒……」
「――言い出しっぺな上に思いっきり同意したいところだが、これ以上はダメだ、リグさん……っ!」
 ともすればこのまま幻想に留まりかねないリグの発言を制止するように。朱毘は虚空から取り出したエレキギターを構え、曲を奏で始めた。

「フィナーレの時間だぜ。聴かせてやるよ、幻想(あんた)の最期を彩る魂の旋律を! 【チューン・フォー・パニッシュメント】!」

 ――♪

 奏でられるは、この幸せな幻想を打破する旋律。
 アップテンポなロックサウンドが響き渡れば、一面のスイーツの山が、少しずつ薄らいでゆき――。

「……あっあっ、消えないでー!?」

 あとには、幻想の消滅を惜しむリグの声が、桃色の世界に響き渡るのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)
金目で黒の長髪の女が私の目前に遮るように佇む。
過去を見れる天燈で認識した私の母親の姿だった。
母親は私をみると穏やかにほほ笑むと両腕を広げる。
ふむ。なるほど。これが私に対する『幸せ』か…。
ならば母親の幻影にかける言葉と起こす行動は一つ。
「すまないが、ここを通らせてもらう」
普段通りに言ったつもりだが何故か後味が悪い。
それは変化のない幻影の柔らかい笑顔の所為か。
それとも私と同じ貌。同じ瞳で見つめられているからか。
しかし。
残念だが実際に会ったこともない者を母とは呼べない。
そして『人間』だろう母親は既に亡くなっているはず。
なんとなく母親はヴァンパイアになっていない気がする。

「…さよならだ」
言いたくなったのはケジメなのか。それとも私は…。
肩越しに振り替えると幻はまだ柔らかい笑顔のままで。
今度は何も言わずにその場をそのままま去ろう
…。
そうか。あの笑顔は常に隣を占めるあの子と似ているな。
そういえばあの子は無事にまやかしから抜けただろうか。
まあ。あの子ならば問題…ん。少し不安だな…。


神坂・露
レーちゃん(f14377)
目の前に立ってるのは綺麗な銀色の長髪で素敵な金の瞳の女の子。
こんな女の子はあたしの知ってる限りでは一人しかいないわ。
初めはとっても嬉しくってきゅぎゅ~って思いきり抱き締めて。
迷惑な顔でいつもの単語を言って…でもやっぱり抵抗しなくって。
とってもとっても嬉しくって更に抱きしめて暫くして気が付いたの。
この子はレーちゃんじゃないわって。違うわ。この子は。
でもでも違うの!全く違うわ!この子はレーちゃんじゃない!!
『どうした?』とか『今日は変だな?』とか言ってくるけど…。
やっぱり違うわ。だからあたしは目の前の女の子に聞いてみたの。
「あなた、誰?」って。
女の子は当然って言うようにレーちゃんの名前を名乗ったわ。

「ごめんなさい。あなたはレーちゃんじゃないわ」
理由?そうね。幾つかあるけれど…。
「仕草が全く違うの。声音も違うし…視線も違うわ♪」
指折り数えて指摘してたらいつの間にか消えていたわ。
あれ?…まあいいわ。レーちゃんのところ行かないと!
姿見つけたら抱きしめるわ!




「景色も香りも……確かに桃の花で満たされているのだな」
 視界いっぱいに広がる桃色と、仄かな花の香りに、シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)は金の瞳を細める。
「桜とは異なるが……これもまた悪くはないか」
 目にも楽しく心地よい春の景色を見渡し。先へ行こうと、シビラが歩きだそうとしたその時。
「……ん?」
 ふいに呼ばれた気がして、シビラは足を止めた。
 聞き慣れたものとは異なる、けれど明らかにシビラを呼んだとわかる声は、目の前の桃の木から聞こえていて。
「……誰かいるのか?」
 警戒するように桃の木を見つめ、シビラが声を紡げば。応えるように桃の木の影からゆっくりと現れたのは、一人の女性だった。
 優しげな金の瞳に、長くつややかな黒の髪、美しい白磁の肌。
 それは、先日の幽世の祭で空へと放った天燈に映し出されていた――、
(「――私の母親……になるのだろうな」)
 あの日、映像の中で。ロッキングチェアに身体を委ね、愛おしそうに大きなお腹を撫でていた、シビラが母親と認識した女性。
 シビラの進路を遮るようにして立った女性は、穏やかな微笑みをシビラへと向ける。そうして、おもむろに両手を広げた。
(「……ふむ。なるほど。これが私に対する『幸せ』か……」)
 そんな女性をシビラは見つめ――ふと、女性の腕の中へと飛び込み、抱きしめられる自分自身を、そうして得られるであろう感覚を想像する。
 ふと思い出したのは、いつかの夕暮れの商店街で感じた、心にじんわりと広がるような温かみで。シビラはわずかに目を細めた。
 両親の……母親の温もり。
 自分では意識こそしていなかったけれど。こうして幸せの幻影として現れるくらいには、シビラは母の温もりを求めていたのかもしれない。
 ――しかし。仮にそうだったとして。目の前の幻影に心を委ねるようなシビラではなかった。

「――すまないが、ここを通らせてもらう」

 たん、と。紡いだ自分の声は、常よりも冷たく響いた気がした。
 普段通りのはずなのに、何故だか心の奥がちくりとする。
 それは、シビラが放った言葉を受けてもなお変化のない、女性の柔らかな笑顔のせいか。
 それとも、シビラが成長すれば瓜二つになるのであろう、同じ貌、同じ色の瞳に見つめられているからか。
(「確かに、母親……ではあるのだろう」)
 シビラは小さく息を吐く。
 向けられた笑顔に応え、母と呼べば、この妙な後味の悪さは晴れるのだろうか。
 けれど。
(「残念だが、実際に会ったこともない者を母とは呼べない」)
 そして。この女性と幻影以外でこの先会うことは、きっとないだろう。
 女性はおそらく『人間』で、すでに亡くなっているだろうから。
 なんとなく彼女がヴァンパイアになっていない気がするのは、三百年はゆうに生きているシビラの、長い年月を重ねて得た直感から来るものだ。

「……さよならだ」

 決別の言葉とともに。シビラは女性の横を通り過ぎる。
 なぜそう口にしたのかは、シビラ自身にもよくわからなかった。
 ケジメなのか、それとも。
 けれど、言わずにはいられなかったのは事実で。

 女性の黒髪がゆるやかになびく。
 ふわりと漂ったのは、桃の花とは異なる、けれどどこか懐かしい匂い。

 ――、

 ふいに女性が何かを言ったような気がしたが、あえて気に留めることはしなかった。
 歩みを止めることはなく、シビラはその場を通り過ぎて。

「……」
 そうして、通り過ぎた後。一瞬だけ足を止め、肩越しにちらりと振り返れば。女性の幻は、シビラを追うこともなく、現れたその場に佇んでいた。まるでシビラを見送るかのように、柔らかな笑顔を向けている。
(「さよならだ」)
 心の中だけでもう一度言葉を紡げば。シビラは再び前を向き、ゆっくりと歩き出す。

「……そうか。あの笑顔はあの子と似ているな」
 再び桃色の世界を歩きながら。シビラが思い浮かべたのは、常に隣を占める、白銀の瞳の少女。
 いつも賑やかで、シビラがうんざりするほどに大好きだと抱きしめてくれる少女の笑顔は、あの幻影の女性のそれと似ていたような気がする。
「……そういえばあの子は無事にまやかしから抜けただろうか」
 グリモアベースから転送される前は一緒だったから、近くにはいるのだろうけれど。
 今はこうして別々にいるということは、彼女もまた何らかの幻影と対峙しているのかもしれない。
「まあ。あの子ならば問題……ん、」
 幻影に揺さぶられるほど、心の弱い子ではなかったはずだから……、
 問題ないだろう。そう考えたところで、いや、と思い直すシビラ。
「少し不安だな……」
 先日の天燈の祭りでは、垣間見た記憶により懐郷の念にかられたと、シビラの背に顔を埋めて頷いていたのだ。今回が問題ないと、どうして言えるだろう。
「……やれやれ」
 シビラは肩をすくめて小さく息を吐いた。
 そうして桃色の世界をぐるりと見渡し……少女を見つけるために歩き出す。


「……レーちゃん!」

 グリモアベースから転送されて降り立った桃色の世界を一人歩いていた神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)は、ようやく見つけた親友の姿に、白銀の瞳を輝かせる。
 綺麗な銀色の長い髪。素敵な金色の瞳。真っ白な肌に、ぷにっとしたほっぺ。人形のように愛らしい姿は、見ているとぎゅっと抱きしめたくなってしまう魅力にあふれていると思う。
 見間違えるはずなどない。こんな女の子は、露の知る限り、たった一人しかいないのだから。
「もうもう! レーちゃんてば、また一人でどっか行っちゃって〜!」
 見つけるの大変だったのよ、と言いながら。仔犬がごとくまっしぐらに近づき、きゅぎゅ~っと親友を抱きしめる露。
「……やれやれ。毎度のことだが騒がしいな、君は」
 ふぅ、と盛大なため息をつきながら、並べられた言葉たち。
 愛らしい顔に迷惑そうな色を浮かべ、いつもの単語を言って……でもやっぱり抵抗しなくって。
 なんやかんや言ってそういうところが、親友の優しいところでもあり、露が大好きなところだ。
「えへへ♪ でもでも、レーちゃんにぎゅっとするのは、あたしの挨拶みたいなものだもの!」
 抵抗しないってことは、もっとぎゅっとしてもいいということだ。
 実際は抵抗しようとも抱きつくことをやめる気はないのだが、それはそれ。やっぱり受け入れてもらえるのはとってもとっても嬉しいことだもの!
 ちゃっかりとポジティブな解釈をして。露は更にぎゅ〜っと抱きしめ――、
(「……あれ?」)
 ふいに感じた違和感に、きょとんと瞬き一つ。
 おもむろに抱きしめていた腕をほどけば、一歩後ろに下がり。露は改めて親友の、頭から足元までをじぃっと見つめた。
(「違うわ。この子は……レーちゃんじゃないわ」)
 その姿は、確かに露の大好きな親友だった。少なくとも露にはそう見える。
 けれど……、
(「でもでも違うの! 全く違うわ! この子はレーちゃんじゃない!!」)
 それは、先ほどぎゅっと抱きしめた時に感じた、直感的なものだった。
 けれど、こういう勘こそが正しいことを、露自身はよくわかっている。
「……どうした?」
 目の前の親友の姿をした女の子が、不思議そうな様子で露を見つめてくる。
「今日は変だな? 君が自ら離れることなど今までなかったと思うのだが」
「……うん、そうね」
 こくりと頷き、露は同意を示した。
 そう、確かに。普段の露であればそうだ。けれど、今回はちょっと話が違う。
 目の前の女の子を見つめながら、思う。
(「やっぱり違うわ」)
 露のよく知る「レーちゃん」は、そんな風に不思議そうな顔で、露を見ることはない。

「……ねぇ、あなた、誰?」
「……何を言っているんだ君は」

 む、と。不機嫌と不思議そうな色の混ざった表情を見せながらも。
 親友の姿をした女の子は、当然といった様子で唇に音を乗せる。

「私は、シビラ・レーヴェンスだ」

 名乗る女の子の声を聞きながら、その表情を、仕草を。露は改めてじぃっと見つめて。

「ごめんなさい。あなたはレーちゃんじゃないわ」

 はっきりと口にした。
 最初は――そうだと信じていた時には、全く気が付かなかった。
 けれど、改めて見るとその違いがはっきりと分かる。
「……君がそう感じた理由は何だ?」
 そういえば、親友にこんな風に見つめられたことが、今まであっただろうか。
 向けられた金色の瞳の中に、自分自身の姿が映っているのを見ながら、露は口を開いた。
「理由? そうね。幾つかあるけれど……」
 外見はそっくり、瓜二つ。
 露の大好きな、親友の姿そのものだ。
「まず、仕草ね。全く違うの。レーちゃんはそんな風に不思議そうな様子なんて見せないわ」
 先ほど露が抱きしめていた状態から離れた時。親友であれば、目の前の彼女のように問いかけることはない。良くも悪くも他者に興味を示さない(実際はものすごく気遣いやさんだがそういうスタンスらしい)親友が「今日は変だな?」などと問うことなどないのだ。
「あと、声音も違う。本当のレーちゃんはもうちょっとトーンが低いの。さっきの『やれやれ』もそう! ふぅ、ってどこかちょっと疲れた感……というか、もうちょっと大人っぽいトーンなのよね。あとね、嫌がってたりちょっと怒っている時の声音とかもあたし的には嫌いじゃないわね♪」
 そういえば、どうしていつもちょっと疲れた感じなのかしらと疑問がよぎるけれど……まぁそれは後で親友本人に聞いてみればいい話だ。
「それからそれから……視線も違うわ♪ あなたはどっちかといえばちょっと上目遣い気味じゃない? でも、レーちゃんはもーちょっとね、冷淡に見下ろす感じなのよね、ちょっとゾクゾク感がするっていうか。でもそれがたまらなくかっこよくて可愛いの……」
 相違点を指摘していたら、いつの間にか親友への愛を語るモードへと移行し始めた露は、あれもこれもといいながら、指折り数えていく。
「……それでねそれで……あれ?」
 その指が片手から両手になり、その両手も埋まりかけた頃。ふと露が顔を上げた時には、女の子はいつの間にかいなくなってしまっていて。
「……まあいいわ」
 ぐるりと見渡し、その姿がどこにもないのを見て取り、露は小さく笑った。
 あの女の子が、グリモア猟兵の言う幻影だったのなら。露自身が思う『幸せ』は、もう手に入れているということになる。
「それじゃあ、今度こそ、本当のレーちゃんのところ行かないと……」

「……露?」
 ふいに背中越しに声がした。
 露が振り向いた視線の先には、先ほどまでいた幻影の女の子と同じ姿をした――、

「レーちゃん!」

 ぱっと顔を輝かせれば、露は駆け寄り、目の前の女の子を正面からぎゅぅっと抱きしめた。
「……なっ、」
「えへへー♪ そうそう、この抱き心地がレーちゃんなの! 本物のレーちゃんだわぁ♪」
「……やれやれ。全く」
 けれど振りほどくことはなく、されるがままに抱きしめられた親友は、ふぅ、と。少し疲れたような長い溜息を吐いた。
「……まあ、無事で何よりだ」
 やがてぽつりとこぼれたのは、安堵を含んだ小さな声。
 時折冷たくも響く声音に滲む、親友の心のあたたかさを感じて、露は再び笑った。
「ありがと、レーちゃん。だーいすきよ♪」
 叶うなら、今もこれからも。この大好きな女の子と一緒に、世界を歩いて行きたい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

九瀬・夏梅
薄紅色の桃の花が広がる中に、赤い花をつけた梅の木が1本
その木を見上げるように男が1人

九瀬・見驚(くぜ・けんきょう)
A&Wで私を拾って育ててくれた養父
「九瀬」の名がそのまま通り名になっていた腕利きの冒険者
シーフになった私を「白鷺」と称した師匠
今にして思うとサムエンから神隠しで来た剣士

元々口数の少ない男は黙ってただそこにいる
老爺となった最期の姿ではなく、私を鍛えてくれた全盛期の頃の姿で
確かに、今得られない幸せというなら、私の足を止めようというなら
この男が出てくるのだろう
でも、男が持つのは日本刀「咲く野」だけ
対の小太刀「木の花」は私の手に在る

「あんたより長生きしちまってるよ」
男の隣に立ち、目の前に咲く梅の木を見上げて苦笑する

「咲く野」は、男が眠るその木の傍に置いてきた
「木の花」は、最期に託された私と共に歩んできた

ここ数年、墓参りに行けてない
不義理な娘だよ
今年もあの梅の木の花は、誰にも知られず咲いただろうか

しばし無言で、男と並んで梅の花を見上げてから
「木の花」を抜いて一閃
桃の花に静かに背を向ける




 薄紅色の桃の花が広がる中。遠目に見えたその光景に、九瀬・夏梅(白鷺は塵土の穢れを禁ぜず・f06453)は、足を止めた。
 そこには、紅い花をつけた一本の木。
 そして、その木を見上げるようにして立つ、一人の男の後ろ姿があった。
「『君たちが幸せだと思う何か』……ねぇ」
 グリモア猟兵から聞いた言葉を口にし、年を重ねるうちに薄くなった唇の端をわずかに持ち上げて。なるほどねと、夏梅は小さく笑った。
 夏梅は知っている。
 薄紅色の世界の中で凛とした存在感を放つそれが、梅の木であることを。
 背を向けて立つ男が、今は亡き養父であることを。
「確かに、今得られない幸せというなら、私の足を止めようというなら。この男が出てくるのだろうね」
 呟き。梅の木と男へ近づこうと思い立てば、夏梅はゆっくりと歩き出す。

 ――九瀬・見驚(くぜ・けんきょう)。
 アックス&ウィザーズで夏梅を拾って育ててくれた養父であり、「九瀬」の名がそのまま通り名になっていた腕利きの冒険者であり――、

(「――親として、師匠として。私に色んな事を教えてくれた」)
 例えば、音を立てずに忍び、対象へと近づく、この歩き方。
 シーフとしての基本であり、今の夏梅にとっては息をするのと同じくらいたやすいその所作を、最初に教えてくれたのは養父だった。
 それ以外にも。人として、冒険者として生きていくために必要な技や心構えの全てを、夏梅は養父から教わった。
 そうして経験と歳を重ね成長した夏梅が、シーフとして冒険者に名を連ねるようになった時。「白鷺」という名をくれたのも養父だった。
(「あの人に呼ばれたそれが通り名になったなんてこともあったねぇ」)
 かつてを思い出す間にも、夏梅と男との距離は少しずつ狭まっていく。
 男の屈強な身体つきは、後ろから見ても若々しさを感じる。
 幻影として立つその姿は、老爺となった最期のものではなく、夏梅を拾い育て、鍛えていた全盛期の頃を映し出しているのかもしれない。
(「……元々口数の少ない人だったが、幻影でも変わらないものなんだね」)
 養父の生来の寡黙さが幻影にも表れているのか、あるいは幻影だから声を発することのない、姿だけの存在なのか。
 どちらにしても、あの人らしいと思いながら。夏梅はふと視線を移し、男の腰元を見やった。
 本来であれば二本の刀があるはずのそこには、日本刀が一本だけ。
(「持つのは『咲く野』だけ。『木の花』はないんだねぇ」)
 対になる小太刀がそこにないことを見て取れば、夏梅は緑色の双眸を細める。
 そうして。男の隣へと立ち、目の前にある梅の木を見上げた。
(「隣のこの男と同じく、この梅もまた幻影なんだろうね」)
 その木もまた、夏梅がよく知る梅の木と同じ姿をしていた。
 それは、夏梅が育った世界においては、ただ一本しか見聞きしたことのなかったものだ。
 夏梅が小さい頃、お前の名だと言って養父が見せてくれたものであり。その日からこっそりと何度も訪れ、四季折々の姿を眺めていた、夏梅にとって縁の深いものでもある。
 その木の名が「梅」で、自分の名がその木の字だったと知ったのは、夏梅が猟兵になってからのことだ。
 様々に想いを巡らせながら。夏梅は、梅の木の紅い花を見つめ、口を開いた。
「私の名も、あんたの名も。この梅だったんだねぇ」
 養父の名の由来も、自らの名と同じく、様々な世界を行き来できるようになってから、知ったことの一つ。
 同時にそれは、養父がおそらく他の世界――エンパイアから、神隠しで来た剣士だったのかもしれないと考えるきっかけにもなった。
 だから。かつて、養父がどんな想いを抱いてあの梅の木を眺めていたのかも――今の夏梅は知っている。
「……あんたより長生きしちまってるよ」
 隣に立つ男に聞こえるような声で。しみじみとそう言って、夏梅は小さく苦笑を漏らす。
 それから、あの一本と同じように美しく咲く、梅の木と。その木を見上げる、無言のままの男の横顔と。その男が腰に差した日本刀とを、それぞれ眺めやる。
 そうして。夏梅がおもむろに取り出したのは、赤い鞘に収められた、小太刀だった。

 日本刀――「咲く野」は、男が眠るその木の傍に置いてきた。
 小太刀――「木の花」は、最期に託された私と共に歩んできた。

(「ここ数年、墓参りに行けてない。不義理な娘だよ」)
 あの梅の木と養父が幻影となって現れたのは、桃の木たちが夏梅の内心を見透かしたからなのだろうか。
 「木の花」を手にし、再び夏梅は梅の木を見上げた。
(「――今年もあの梅の木の花は、誰にも知られず咲いただろうか」)
 しばし無言のまま、想いを馳せる。
 夏梅以外の誰も知らないあの場所に根を下ろし、重なり巡る四季を過ごしているであろうあの梅の木と、その木の根に抱かれ静かに眠る養父の魂へと。

 ――そんな沈黙の時間が、どれだけ続いただろう。
 やがて夏梅は、手にしていた「木の花」を構え、すらと抜いた。
 煌めきを放つ刃にのせたのは、ユーベルコード【剣刃一閃】。
 この場に留まらせようとする幻影と、留まろうとする自らの想いとを。断ち切るように一閃させ、夏梅は静かに背を向けた。

 薄紅色の中へ溶け込むように消えていった幻影を視界の端に捉えれば、
「――そのうち、顔を見せに行くよ」
 そう、背中越しに小さく言葉を紡いで。振り返らずに歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオン・リエーブル
研究室の一角で三人の若い学生が魔法陣を描いてるね
議論しながら魔法陣描いてミスリル銀の錬成に取り組んでるのは
おにーさんとゆかいな仲間達
魔法陣には術式違い4箇所と構成違い2箇所
あれじゃ絶対失敗するね賭けてもいい
事実この実験は大爆発で終わったよね
顔が真っ黒で指差して笑い合ったっけ

アルダワに来て錬金術を学んで
初めて同年代の友達ができて
毎日が本当に楽しかったよ
隣で勉強してたミラに恋したのもいい思い出だよね
隣で勉強してた親友に取られるまでがお約束だよね

でもあの時は悲しくて悔しくてエルフの血を呪って
でも二人共大好きだったから幸せになって欲しくて
なのに
寿命も待たずに幼子を残して死ぬなんてひどいね

その子はおにーさんが引き取って育てて巣立って
その後二人の子孫を付かず離れず
代々見守ってたのは何の未練だろう
もう守る義理もないんだけどなんとなくね
でも二人の直系の子孫は途絶えようとしてるから
このお役目ももう終わりかな

さて帰ろうか
いつかパラスさんを見送ったらおにーさんのお役目も御免
青春の終わりみたいでちょっと寂しいね




 桃の花を見上げ、愛でながら歩いていたところから一転。いつの間にか迷い込んだその場所は、リオン・リエーブル(おとぼけ錬金術師・f21392)にとっては馴染み深い、アルダワ魔法学園のとある研究室だった。
 その一角で魔法陣を描く、三人の若い学生達の姿に、リオンは琥珀色の瞳を細める。
「おにーさんと愉快な仲間達、だねぇ」
 そう、あの三人のうちの一人はリオン自身。あとの二人は同年代の友人達だ。
 若い彼らが議論を重ねながら描いた魔法陣は、ミスリル銀の錬成についてのものだとわかる。
 当時の自分と友人達にしてみれば、議論を重ね導き出した最適解……だったはずなのだが。
「あれじゃ絶対失敗するね。賭けてもいい」
 今では「L」の称号を持つマスタークラス錬金術士は、当時を思い出して可笑しそうに笑む。
 描き出された魔法陣には、術式違い4箇所と構成違い2箇所。
 ぱっと見ただけでもわかる、複数の間違いを内包する魔法陣が導き出す結果は、実験せずとも明白で。

 ――案の定。
 ぼふん、と響いた爆発音とともに、吐き出された真っ黒な煙が研究室内を包み込んだ。

『んー、おっかしいなぁ、完璧だったはずなんだけどなぁ?』
『あっはははっ! あんなに話し合ったのにな!』
『ホントよね。……って、ちょっと二人共、顔真っ黒よ?』
『そういうミラもな?』
『えぇー、やだっ?!』

 真っ黒になった顔を互いに指差し笑い合う三人と、響き渡る楽しげな声に。リオンもまた、つられるようにくつくつと笑った。

「あの頃は、毎日が本当に楽しかったよ」
 アルダワに来て錬金術を学んで、初めて同年代の友達ができて。
 何もかもが初めてで、キラキラと輝いて見えた。
(「隣で勉強してたミラに恋したのもいい思い出だよね」)
 黒くなった自身の頬を拭いながら笑っている、ミラと呼ばれた娘の顔を見つめる。
 共に過ごす時間が多ければ、芽生える感情だってある。彼女が誰より愛らしく輝いて見えるようになったのはいつからだったか。その笑顔と言葉の一つ一つに心揺さぶられていた自分。
 今振り返ればそれは、リオンにとって初めての恋だった。
(「隣で勉強してた親友に取られるまでがお約束だよね」)
 くすりと笑んで視線を移せば、そこにはやっぱり真っ黒な顔をして、快活そうに笑う青年の姿。
 娘へ抱く想いとは別に、彼のこともリオンは好きだった。心を許せる友だと思っていた。
 だから、気が付かなかった。青年が娘に想いを寄せていたことを。そして、娘もまた青年を憎からず想っていたことを。
 そのことをリオンが知ったのは、二人が恋仲になった後。当人達の口から事実を知らされた時だった。
 今なら思う。そりゃあそうだろう。リオンが二人に対して特別な想いを寄せるくらいなのだ。ならば二人だって同じ。それくらい、三人で過ごす時間は長く濃かったのだから。
(「でもあの時は悲しくて悔しくてエルフの血を呪ったっけ」)
 恋破れ、娘と心通わせることが叶った親友とそうでない自分を比較し苦しんだ。
 時に自分の中に流れる種族の血すら疎ましく感じたりもした。
 それでも娘を、青年を大切に想う気持ちは変わらなかった。それくらい、二人のことが大好きだった。だから願ったのだ。幸せになって欲しいと。
「なのに……寿命も待たずに幼子を残して死ぬなんてひどいね」
 笑っている娘と青年。在りし日の二人を見つめ、リオンは思わず毒づく。
 おにーさんの想いなんて無視してくれちゃってさ。愛する我が子の成長を託しちゃう二人の気が知れないよ、ホント。
「……でも、安心してよ。その子はおにーさんが引き取って育てたから」
 思いもよらず託されてしまった幼子を放っておくことなんて、到底できなかったからねと。小さく付け加えて、ふ、と口の端を上げる。
 そして。両親二人の良いところをしっかり受け継ぎ、その子は立派に成長してくれた。
(「とはいえその後は……さすがに何の未練だろうって自分でも思うよ」)
 もう守る義理もないんだけどなんとなくと口にしながら。
 その子が巣立った後も、その子孫を付かず離れず代々見守ってきたのは、他ならぬリオンの意志によるものだ。
 かつて想い破れて呪いすらした、自身に流れる種族の血。
 それによってもたらされた、悠久の時を生きる力は、図らずも大好きな二人の子孫の歩みを見守る力にもなってくれた。

「でも……このお役目ももう終わりかな」
 ――二人の直系の子孫は、途絶えようとしてるから。
 琥珀色の瞳に幻影の二人を映しながら。口中でそっと呟いたリオンの脳裏をよぎったのは、黒目黒髪に白い肌を持つ、ドラゴニアンの少女。
(「いつかパラスさんを見送ったらおにーさんのお役目も御免」)
 成長し歳を重ね――いつしか「都市防衛の女神」と呼ばれるようになった彼女の、無愛想な表情と物言いを思い出しながら、リオンはゆっくりと目を閉じた。
 青春の終わりみたいでちょっと寂しいけれど、それもまた一つの定めなのだろう。
 ならばその行く末をしっかりと見届けたいと思う。

「――さて、帰ろうか」
 閉じていた目を開けて。リオンは過去の幻影をちらと見やり、小さく笑って背を向けた。
 自然な所作で向かう先は研究室の扉。そっと開いた扉の向こう側に桃色の花が広がる景色を認めれば、振り返らずに歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルインク・クゼ
この光景は……あっ、あたしがヒロアスのご当地ヒーロー協会の集会に初デビューした時のやね

集会とは言っても、各地のご当地ヒーローやその家族が、出店だしたり交流したりで、何かコミケに近い雰囲気あったなぁ。

「確か、最初はあたしが明石焼きの屋台で、明石焼き焼いてて……中の具は、タコ、タコわさ、穴子、エビ、餅とチーズ、すじコンニャク……」

「精が出とるにゃんね、ルインクちゃん」
あっ、紫のスコティッシュなケットシーは、お義姉ちゃんっ!

「後はわたしがやっとくにゃ、ルインクちゃんはヒナスミちゃんと一緒に、出店回って、他のご当地の郷土料理味わったり、この時期、新人のご当地ヒーローデビューしたての子も多いからにゃ、友達作って来た方がええんにゃよ」

お義姉ちゃんにそう言われて、ヒナスミちゃんと色々屋台回ったり、新人や先輩ヒーローからあたしの事色々聞かれたり

何人かと意気投合して、会場に乱入したオブリビオンを皆で倒したんやっけ、あたしが既に猟兵に覚醒しとったの

この時気付いたんかな。

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]




「ヒナスミちゃん、見てみぃ。桃の花、とても綺麗なんよ」
 相棒の巨大真蛸「ヒナスミ」とともに咲き広がる桃の花を眺めながら歩いていたルインク・クゼ(蛸蜘蛛のシーアクオン参號・f35911)は、ふいに漂ってきた匂いに鼻を動かす。
「これは……」
 どうしようもなく食欲をそそる、食べ物のいい匂い。
 桃の花のほのかな甘い香りを邪魔することはない、けれど誘うように漂ってきたその匂いは、なんだかとても懐かしい気持ちになる。
「ヒナスミちゃんも感じるんやね」
 巨大な蛸足でくいくいとルインクの手を引き、匂いの方向を示すヒナスミに、ルインクは頷きとともに微笑んだ。
「ほな、一緒に追いかけるんよ!」
 相棒と頷き合って匂いを辿るように歩けば。やがて目の前には、桃の花咲く木々の下、立ち並ぶ屋台と、それらを楽しむ人々の姿。
 桃源郷の祭りなのだろうかと首を傾げるも。その屋台の一つにかつての自分の姿を見つければ、ようやく思い出したとばかりに、ルインクは小さく笑った。
「この光景は……、あたしがヒロアスのご当地ヒーロー協会の集会に初デビューした時のやねぇ」
 集会というから、大勢で集まって演説を聞くような、何とも物々しい雰囲気を想像していたのだけれど。実際参加してみると、各地のご当地ヒーローやその家族が、店を出したり交流したり。お祭りのような感じはあるが、雰囲気はどちらかといえば同人誌即売会の会場にいるような、人と人とのやりとりをメインにした温かみを感じられるものだった。
(「ふふ、あたし、やっぱり緊張しとったんね」)
 屋台を切り盛りする過去の自分にそっと近づき、その様子を眺めるルインク。
 初めての集会参加ということで肩に力が入っていた自覚はあったものの、こうして外側から自分の姿を見ると、その緊張は表情にも表れていて。今見るとなんだか微笑ましい。
(「確か、最初はあたしが明石焼きの屋台で、明石焼き焼いてて……」)
 明石の地元では「玉子焼」の名で親しまれている明石焼きは、小麦粉と小麦のでんぷんを精製したじん粉に、卵とタコを使って焼き上げたものだ。
 卵色の生地のふわふわとした柔らかさとタコの歯ごたえのある食感。だし汁につけて食べることで、食感とあわせ、だしの味わいも感じることができる。
 タコと小麦粉を使った食べ物といえばたこ焼きを思い浮かべる者が多いのは事実。
 けれどだからこそ、たこ焼きと同じくらい魅力あふれる明石焼きと、地元明石のことをもっと多くの人に知ってもらいたい。
 そう思って明石焼きの屋台を出すことにしたんよね、と。
 具材を確認しながら懸命に明石焼きを焼いている自分を眺め、ルインクはほんわりと微笑んだ。
(「中の具は、タコ、タコわさ、穴子、エビ、餅とチーズ、すじコンニャク……やね」)
 明石焼きの基本の具材はタコだ。けれど、せっかくのお披露目の日だから、常とは違う、具材の変わり種があってもいいかもしれないと、複数の具材を用意していたことを思い出す。
 どの具材もルインクが事前に調べ、試食を重ねて吟味したもの。味には絶対の自信があった。
 だからだろう。屋台には、結構な数のお客さんが訪れてくれて、息をつく間もないほどで。

(「とても忙しかった記憶はあるけれど、こんなにお客さん並んでたんやねぇ」)
 傍から見ても分かる、忙しそうな自分。
 思わず手伝いたくなるけれど、幻影なのだからどうしようもない。
 やきもきしていると、

『精が出とるにゃんね、ルインクちゃん』

 ふいに聞き覚えのある声がした。
 見れば、一匹のケットシーが、忙しそうにする自分へ向け、にこにこと穏やかな笑みを浮かべていた。
 ぺたりと前に折りたたまれた小さな耳が愛らしい、スコティッシュフォールドを思わせる容姿に、紫色の美しい毛並み。
 そのケットシーのことを、ルインクはもちろん知っている。

「あっ、『お義姉ちゃんっ!』」

 思わずあげたルインクの声と幻影の中の自分が発した「おねえちゃん」が重なる。
 ルインクを育ててくれた、地元と同じくらい大好きな家族、久瀬家。
 その義姉が、デビューを飾るルインクを気遣って、様子を見に来てくれたのだ。
 あの時もすごく嬉しかったけれど、今改めて見ると、じんわりと胸が熱くなる。

『後はわたしがやっとくにゃ。ルインクちゃんはヒナスミちゃんと一緒に、出店回って、他のご当地の郷土料理味わったりしてきいにゃ』
『え、そやけど……』
『この時期、新人のご当地ヒーローデビューしたての子も多いからにゃ、友達作って来た方がええんにゃよ』
『ありがとう、おねえちゃん。……ほな、お言葉に甘えて行ってくるんよ』
 戸惑いながらも義姉の厚意に甘え、相棒を連れ、持ち場を離れる過去の自分。
 そんな自分の後を追いかけながら、ルインクはしみじみとする。
(「……ほんまに、お義姉ちゃんの言う通りやったわ」)
 義姉の言葉がなかったら、集会の間中ずっと自分の持ち場にかかりきりで、他のご当地ヒーロー仲間に出会うことなどできなかっただろう。
 実際、義姉の心遣いによって得られたものは大きかった。
 ヒナスミとともに色々屋台を回り、他のご当地の料理を購入したり、ごちそうになったり。
 先輩ヒーローに自分の事を話して、顔を覚えてもらったり。
 同じ新人ヒーローとも互いの情報を交換しあって、顔見知りになったり。
 出店を回ったり交流したりすることで、たくさんの人達と知り合うことができた。
 そして――、

 ――どごぉぉぉん!

 ルインクの思考を遮るかのように、聞こえてきたのは爆発音。
『――オブリビオンだ!』
 どこからともなく聞こえてきた声に、はっとしてルインクが視線を向けた先には、立ち並ぶ屋台をなぎ倒して暴れる、ロボットヒーローのような外見をしたオブリビオンの姿があって。
『……おぶりびおん……?』
 戸惑うように鸚鵡返しに口にした過去の自分に、交流で知り合ったヒーロー仲間が頷く。
『うん。ヒーローともヴィランとも異なる第三勢力。細かい話は省くけど、はっきりしてることは、アイツは、この集会をぶち壊そうとしてる敵だってことだよ』
『……そんなん!』
『許せないよね? それじゃあ、僕に力を貸して。ご当地ヒーローとして……猟兵として!』
『……いぇーがー? よ、よくわからへんけど。あたし、これでも明石のご当地ヒーローやから……絶対負けへんよ!』
『やったね! それじゃルインクちゃん、彼と私と一緒に呼吸をあわせて。――行くよ!』

「……何人かと意気投合して、会場に乱入した敵……オブリビオンを皆で倒したんやっけ」
 かつての自分が、仲間達と一緒に敵と戦う光景を、ルインクは見つめていた。
 もちろん、忘れてなどいない。
 これこそが、ルインクが明石のご当地ヒーローとして、猟兵として挑んだ初めての戦いだったのだから。

「……あたしが既に猟兵に覚醒しとったの、この時気付いたんかな」
 あの時。ルインク自身は、自分が猟兵に覚醒しているという事実はおろか、オブリビオンに猟兵という、言葉すら知らなかった。
 けれど、今こうして幻影でかつての自分達の戦いを目の当たりにして思うこと。
 あの時一緒にその場で戦った仲間達二人は猟兵だったのだろう。そして、ルインクが猟兵であることも、彼ら自身の直感のようなもので感じ取っていたのかもしれない。

「あれから……あたし、頑張ったんよ」
 ――ご当地ヒーローとしても、猟兵としても。
 見事にオブリビオンを撃退し、仲間と、周囲の人達と手を取り合って喜ぶ自分を見つめて、ルインクは赤の瞳を細める。
 この日からだ。猟兵のことを知り、そして自身も猟兵であることを知って動き出したのだ。

「もちろん、今も。これからだって頑張るんよ」
 ――ヒーローとしてたくさんの人達の笑顔を守るために。自分のルーツを知るために。頑張ってみせる。
 誓うようにそう呟き、ルインクは踵を返した。
 そうして。はじまりの日の自分に背を向け、ヒナスミとともに歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エミリロット・エカルネージュ
ここはブルーアルカディアなのかな?
お空が限り無く続いてて、島が浮かんでて、ボクは船の内部に……?

あれ?ボク、綺麗なドレスに身を包んで、髪型もツインテール?で背が縮んで

「今日で8歳になるな、誕生日おめでとう、皆が主役の姫の到着を待っているぜ」

ファードラの人派の……兄……様
確かボク、兄様にボクの暴走を
止める為に槍で胸を貫かれて

一度は死んでその時に神隠しに

「俺も今回の無人の浮遊大陸の遺跡調査に参加して、良い物を発見したんだぜ、とてもキレイな結晶でさ」

この後、兄様に連れられ船の皆と
故郷に帰還後盛大な誕生日パーティーをしたんだっけ、その綺麗な結晶も
兄様にプレゼントされて
嬉しくも楽しい日だったなぁ

ボクがある事件で
暴走して手を血で染めて

胸を槍に貫かれて神隠しにあって
その時に手放して

ボクが猟兵になって暫くして
エカルドライバー拾った際に

デバイスの中にその結晶が
あったのに気付いたのは最近

兄様はどうしてるのか解らない
けど……何時かは再会出来るのかな?それとも。

※アドリブ大歓迎
※桜に誘われて~箱庭の楽園二章参照




 ついさっきまで桃の花が咲き広がる世界にいたはずなのに。
 エミリロット・エカルネージュ(この竜派少女、餃心拳継承者にしてギョウザライダー・f21989)は、自分のいる場所をきょろきょろと見回し、不思議そうに瞳を瞬かせる。

 そこかしこから聞こえてくる、小さな動作音から想像するに、そこはどうやら船の中らしかった。
 最初に目についたのは、大きな丸い窓。
 近づき覗き込めば、はっとする。
 そこには、透き通った美しい青が広がっていた。

「……わぁ……、」
 限りなく続く空と雲。ところどころに浮かんでいるのは、島だろうか。
「ここはブルーアルカディア……なのかな?」
 猟兵として知っている空の世界の知識と照らし合わせながら、エミリロットはしばらく景色を眺めて。
 それから、改めて自分のいる場所を確かめようと部屋の中をぐるりと見渡し――、そして気がついた。
「……って、あれ? これ、ボクなのかな?」
 室内に設置された大きな姿見に映るのは、緋色のふわふわとした毛並みを持ったファードラゴン……なのだが。
 その姿は、エミリロットが見慣れたものよりも小さく、顔立ちも随分と幼かった。
 思わず自分の手を見つめ、それから改めて姿見に映るファードラゴンの少女を見やる。
 自分の動きに合わせて、姿見の少女も動いている。なるほどこれが今の自分なのだと理解すれば、エミリロットは改めて姿見に映る自分の姿をまじまじと見つめた。
 身にまとうのは、妖精を思わせる、淡いブルーとピンク色のふわふわドレス。
 見慣れたポニーテールではなく、ウサギの耳のようにぴこんと生えたツインテールには、ドレスと同じ素材のリボンが飾られていて。
 これが自分の姿だと理解はしても、思いの外愛らしい姿を前にすれば、何だかくすぐったい気持ちになってしまう。
 そんな風にまじまじと鏡を見つめていたから、部屋の中に誰かが入ってきたことにすら気がつかなかった。

『――、』

 名前を呼ばれたのだろう、ふいにかけられた声に、エミリロットがはっとして振り返った先。
 そこには、エミリロットへ向け、申し訳無さそうな笑みを浮かべる、青年の姿があった。

「あ……、」
 ふいに脳裏を過ぎったのは、桜に誘われて追いかけた、パレードの時の記憶。
 心臓が早鐘を打ち、緊張で背筋が寒くなる。
 知っている。憶えている。
 この人は、あのパレードで幼いボクを貫いた槍を担いで歩いていた――、

(「ファードラの人派の……兄……様」)

『すまない。びっくりさせてしまったか?』
 振り向くと同時、固まり動かないエミリロットに気がつけば、兄は申し訳無さそうな表情になる。
 大丈夫だろうかと気遣う様子には、あのパレードで見た恐ろしい雰囲気は全く感じられなかった。
(「……そうだ。兄様は優しかったんだ」)
 先日見た光景の印象が強すぎて、動揺してしまったけれど。そういえば、兄はこういう人だった。
「……ううん。だいじょうぶっ」
 ふるふると首を横に振れば、兄はほっと息を吐き。それからようやく本題とばかりに、微笑んで見せた。

『今日で8歳になるな、誕生日おめでとう』

(「――ボクの、誕生日」)
 その言葉に。エミリロットの中にあった、おぼろげだった記憶の扉が開かれた気がした。
(「そうだ、この日は――、」)
 思い出した。
 このドレスも、部屋も。――この日のことも。

(「兄様が船の皆と一緒に用意してくれたパーティーだったんだっけ」)
 無人の浮遊大陸にある遺跡の調査に参加した兄が、故郷に帰還した後、真っ先に企画してくれたものだということは、後で知った話だ。

『皆が主役の姫の到着を待っているぜ』
「うん、兄様」
 差し出された兄の手を取ろうと、エミリロットが手を伸ばせば。
『……と、そうだ』
 兄は思い出したようにふと笑み、おもむろに懐から何かを取り出した。
『これは俺からの誕生日プレゼント』
 ちょっとフライングだけどな、と笑いながらエミリロットの手のひらにのせたのは、小さな小箱。
『俺も今回の無人の浮遊大陸の遺跡調査に参加して、良い物を発見したんだぜ』
 エミリロットが小箱を開ければ、そこには淡い光を放つ、美しい結晶が鎮座していて。
「わぁ、きれー……」
『すごいだろ? とてもキレイな結晶でさ。だからどうしてもプレゼントしたかったんだよな』
「……うんっ! ありがとう、兄様っ!」
『ははっ、よかった。ようやく笑ってくれたな。それじゃあ今度こそ行こうぜ。皆が待ってる』

 ――そうして。
 兄に連れられ、エミリロットが目にした光景は、なんとも盛大な、船の皆との誕生日パーティーだった。
 その場に居るすべての人達が笑っている、とても幸せな光景に、エミリロットは目を細める。

(「――本当に、嬉しくも楽しい日だったなぁ」)
 今までずっと失われたままになっていたけれど。
 兄と皆と。こんな風に幸せに過ごしていた日もあったのだ。

 そんな日々は、一体どこから反転してしまったのだろう。
 自分自身の身に起こった事件についての記憶はまだ失われたままだ。
 けれど、前触れもなく呼び起こされる記憶の欠片を拾い集めてわかったことがある。

(「ボクがある事件で……暴走して手を血で染めて」)

 自分が過去に血の暴走を起こし、理性を失ってしまったこと。

(「胸を槍に貫かれて神隠しにあって」)

 暴走を止めようとした兄の手によって殺されてしまったこと。
 けれど、本当の意味での死は免れ、神隠しの形でヒーローズアースに転移していたこと。
 餃心拳の伝承者である老師に拾われ、学びと共に成長し、猟兵への覚醒を遂げたこと。

(「……なんだか、こうして振り返るといろいろあったんだね、ボク」)
 ずっと記憶から失われていた、かつての幸せだった世界。
 目に映る光景を心に焼き付けるようにゆっくりと見渡してから、エミリロットはそっと目を閉じた。

(「兄様はどうしてるのかな」)
 妹の誕生日を祝ってくれた優しい笑顔の兄。
 暴走してしまった妹を槍で貫いて殺めてしまった兄は、どんな想いであの時を過ごし、今、どうしているのだろう。

(「そういえば、あの日もらった結晶。同じようなのが、ボクが猟兵になって暫くして……エカルドライバーを拾った際にデバイスの中にあったんだよね」)
 そのことに気がついたのはつい最近。兄のことや神隠しにあった時の記憶をわずかながらに思い出した後のことだ。
 とても綺麗で美しかったその結晶は、神隠しにあった時に手放してしまったとばかり思っていた。けれど縁の繋がりか、今はエミリロットの手元にある。

(「あの結晶みたいに、兄様とも何時かは再会出来るのかな?」)
 もちろん、そんな縁が巡ってくるのかは、エミリロットにはわからない。
 けれど、もしかしたら……そういうこともあるのかもしれない。

(「もし再会できたら……その時は、」)
 しばし想いを巡らせて。口元にそっと笑みを浮かべながら、エミリロットは閉じていた目を開けた。

 目の前にはもう、兄も誕生日を祝ってくれた船の皆も誰もいなかった。
 どこまでも限りなく続くのは、桃の花が咲き広がる世界。

「……ありがと、ボクにあの日を見せてくれて」
 微笑み、桃の木々へ礼を言ってから、エミリロットは歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 日常 『桃園に遊ぶ』

POW   :    賑やかに宴を楽しむ。

SPD   :    ゆっくり桃園を散策する。

WIZ   :    静かに花を眺める。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鳴上・冬季
人の居ない方へ
花のきれいな方へ
独り歩いていく
「全て貴様のせいだ…貴様が悪い、刃覇」
呟きが誰にも聞こえぬように

折に触れ洞門の宴はまだ開かれているけれど
師がかつてのように気を緩めて笑うことはなくなった
酒を水のように飲みながら
花を景色を目に映しながら
師の視線がするりと弟子達の上を撫でていく
次の宴も皆揃うだろうか
封神されるものは出ぬだろうか
酒でも隠せぬ憂いの色が
一瞬視線に乗ることを
弟子は誰も口にせず宴を楽しむ
楽しんでいるふりをする

弟子の中で1番師の信が厚かった
どの弟子も可愛がる師がとりわけ心を許していた
その師の心に消えない傷を残していった

目だけが美しい花を映して
かつての記憶と
刃覇への怒りを胸に歩く




 ふいに自身を取り巻く空気が変わったような気がして。鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)は足を止め、確かめるようにぐるりとあたりを見回した。
 咲き広がる桃の花々と、風に乗り漂うほのかな花の香りがあるのは、先ほどと同じ。
 けれどここには、実際に住まう人々の気配と息遣いが感じられた。

 遠くには家屋や東屋らしい建物がぽつりぽつりと建っている。
 どこからともなく聞こえてくるのは、楽器を奏でているのであろう美しい音色。
 既にどこかで宴席が設けられているのだろう。穏やかな風が吹けば、桃の花のほのかな甘い香りにまざって、食べ物の良い匂いも漂ってくる。
 確かにこの場所は、桃源郷という呼び名にふさわしい。

 景色を一瞥し。その中に美しい桃林があることを見て取れば、冬季はゆっくりと歩き出す。
 人の居ない方へ、花のきれいな方へ。
「全て貴様のせいだ……貴様が悪い、刃覇」
 口中の呟きが、誰の耳にも捉えられることのないように、独り歩いていく。

 まやかしの桃源郷からは確かに抜けたはずだった。
 見えた幻を断ち切り、背を向けて。留まらず、振り返ることなく歩いて来たのだから。
 けれど、幻によって映し出されたかつての幸せな日の記憶は、幻を振り切った後も冬季の脳裏に焼き付いて離れない。

 ――刃覇。

 冬季の兄弟子であり、師が一番心を許していた存在。
 彼の封神は、師にどれだけの衝撃を与えただろう。

 桃の花々が風に揺れ、はらりと花びらを散らせてゆく。
 その景色を目に映しながら、冬季は兄弟子が封神された後の宴の光景を思い出していた。

 洞門の宴は。あの日だけではなく、折に触れまだ開かれているのだ。
 けれど、師がかつてのように気を緩めて笑うことは、なくなってしまった。

 冬季を含め。弟子はみな、師の様子に気づいていた。

 酒を水のように飲みながら、花を景色を目に映しながら。
 するりと弟子達の上を撫でていく、師の視線に。

 ――次の宴も皆揃うだろうか。
 ――封神されるものは出ぬだろうか。

 酒でも隠せぬ憂いの色が、一瞬視線に乗ることに。

 けれど、気づけども。弟子にはどうすることもできなかった。
 だから、弟子は誰もそのことを口にすることなく、宴を楽しむ。
 ……楽しんでいるふりをする。

「……全て貴様のせいだ」

 兄弟子だって、自身の封神についてどうすることもできなかったとは思う。
 どんなに怒りを抱こうとも、封神されたという事実が翻ることはない。
 そんなことは、冬季にも解っている。
 けれど、そう思わずにはいられないのだ。

(「弟子の中で一番番師の信が厚かった」)
 酒に酔い乱れ、弱った姿を晒してもよいと思うほどに。
 師は、兄弟子を信頼していたから。

(「どの弟子も可愛がる師が、とりわけ心を許していた」)
 師という、弟子を教え導く立場にある存在は、上に立つ者であるがゆえに、心に孤独を持つことが多い。
 ゆえに、誰も彼もに弱みを見せることをしない。
 そんな師が。心を許していた数少ない弟子が、兄弟子だったから。

(「その師の心に消えない傷を残していった」)
 残される者の痛み。どの弟子が封神されようとも、師はきっと悲しんだだろう。
 けれど、兄弟子は、それ以上の傷を師に与えて封神されてしまった。

「……貴様が悪い、刃覇」
 心の内に渦巻くのは、どうしようもないやるせなさと怒りだった。
 けれどその怒りをぶつける先はどこにもなくて。

 だから、冬季は歩く。
 目だけが美しい花を映して、どうしようもない怒りを胸に抱きながら、ただ独り、桃色の世界を歩き続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花色衣・香鈴
【月花】
「此処はとっても綺麗です。景色も、空気も」
呼吸が、体が、楽に感じる
でもそれはつまり
「…佑月くん、店主さんからお話は聞いていますよね」
幼い頃からわたしを支えてくれている竜神さんは最近佑月くんと話す機会が増えたみたい
そう
元々気休めの緩和程度だった薬が効かなくなってきて竜神さんが依頼を代わってくれる様になってから
「此処への移住を勧められているんです。静養するのに良く、薬学も進んだ世界だからと」
怪奇人間が冒されるのは不治の病
如何なる薬を以てしても叶うのはきっと延命のみ
「迷って、いるんです」
竜神さんも目の前の彼も優しくて
問わなくともわたしの命がせめて本来あるべき時まで続くことを願ってくれているのは解るのに
「もう、家には帰れないのですけど」
泣き顔を見ぬ為両親の許を離れながら
故郷(サクラミラージュ)を発つには未練があるらしい

明日の命をも知れぬ恐怖にもいつしか慣れてしまって
逆に延命できている感覚を知る日が怖いなんてどうかしてる
「その、」
訊かれたって困ると知っていて
「どうしたらいいでしょうね…?」


比野・佑月
【月花】
「綺麗で……君によく似合ってもいる」
綺麗なのも清らかなのも、俺にとっては君を表す言葉でしかない
それくらいに縁遠いはずだったもの。君が教えてくれたもの
「……うん」
店主さん。香鈴ちゃんの雇い主だからそう呼ぶことにした竜神から聞いていた容態
だからこそ久々に顔を合わせた彼女の変わらない様を見て安堵して、
これから切り出されるだろう話題にほんの少し、悟られやしないように少しだけ身構える

「俺は……」
彼女をそっと抱きしめる
壊してしまわないようにそっと、だけど許可なんて取らずに強引に
「俺は優しくなんてないから、だから…俺に聞いたら駄目だ」
「君が嫌だと言って泣いたとしても、それでも生きていて欲しいと願ってしまう」
もしも薬が手元にあったなら強引に飲ませることだってしてしまいたい。
したいのに、それを正直に打ち明けてしまうくらい……騙すなんて真似が出来ないくらいに。
香鈴ちゃんを大切にしたくて、好きで好きでたまらなくて。
どうかこの腕の中から去らずにいて欲しいと、ただそれだけを抱きしめた熱で伝えたかった。




 どこまでも咲き広がる桃色を見渡して、花色衣・香鈴(Calling・f28512)は、金木犀色の瞳を細めた。
「此処はとっても綺麗です。景色も、空気も」
 小高木である桃の木々が咲かせ見せる花々は、香鈴の目を純粋に楽しませてくれる。
 どこからともなくそよぐ風が木々の枝を揺らし、香鈴の頬を、身体を優しく撫でていく。漂うのはほのかな甘い香りだけ。香鈴の身体に種を与えることもない。
 呼吸が、体が、楽に感じる。
 それ自体は決して悪いことではない。花を咲かせ花を吐く病と共生する香鈴にとっては、容易には望めないやすらぎなのだから。
 けれど調子の良さとともに実感するのは、その身に迫る現実とつきつけられた選択。
 小さく息を吸い込み吐きながら、香鈴はそっと振り向いた。視線の先には、黒髪の青年――比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)。香鈴にとっての心の拠り所として在り続ける、優しい、ひと。
 視線が合えば、その黒の瞳が笑むように細まって。
「綺麗で……君によく似合ってもいる」
 しみじみと紡がれた言葉に、香鈴もまた瞳を細め、そっと微笑んだ。
 あたたかで優しい声と言葉、そしてそこに込められた想いが、清らかな水のように穏やかに心に染みていく。
 けれど。今は、その余韻をいとおしむほどの時間はない。彼に話さなければならないことが、香鈴にはあるからだ。
 覚悟を決めるように息を吸い込み、香鈴は口を開いた。
「……佑月くん、店主さんからお話は聞いていますよね」
 大切そうにそっと青年の名を呼び。それから、馴染みの店主であり、幼い頃から香鈴を支えてくれている、竜神さんとも呼んでいる女性の呼称を口にしながら香鈴は言葉を紡ぐ。
 それは、問いというよりは確認に近かった。
 なぜなら店主が青年と話す機会は増えたみたいだから。
 そして、その機会が多くなった理由は香鈴自身にあるのだから。
 元々気休めの緩和程度だった薬が効かなくなってきて竜神さんが依頼を代わってくれるようになってから、どれくらいが経っただろう。
 依頼で顔を会わせる頻度も多くなっていれば、自ずと会話の機会は増える。だから、もうすでに自分の状況は青年にも伝わっているのだろう。そう考えて。
「……うん」
 しばしの間の後に紡がれた肯定とともに。彼のやわらかな表情が、わずかに陰ったような気がした。それは、彼の内心からのものか、香鈴自身の心がそう見せるのかはわからなかったけれど。
 それでも彼の顔を見つめ――彼に、そして自分に言い聞かせるように、香鈴は言葉を続ける。
「此処への移住を勧められているんです。静養するのに良く、薬学も進んだ世界だからと」
 怪奇人間が冒されるのは不治の病だ。
 いつ患ったかもわからず、花と痛みと共存し続けるその病を本当の意味で治す術はない。
 如何なる薬を以てしても叶うのはきっと延命のみ。それ以上のことは望むべくもないことは、香鈴自身がよく解っている。
 けれど。
「……迷って、いるんです」
 そっと零れたのは、心の中にわだかまっていた想いだった。
(「竜神さんも佑月くんも。わたしの命がせめて本来あるべき時まで続くことを願ってくれているのですよね」)
 移住を勧める理由は、問わなくとも解る。
 優しい二人の願いに報いたいとも思う。
 けれど移住への選択をすることに心は晴れない――その気持ちに、心当たりはあった。
「もう、家には帰れないのですけど」
 そっと目を閉じ。愛する両親の姿が瞼の奥に浮かべば、香鈴は内心で苦笑する。
 泣き顔を見ぬ為両親の許を離れながら、幻朧桜の花弁舞う故郷を発つには未練があるらしい。
(「明日の命をも知れぬ恐怖にもいつしか慣れてしまって、逆に延命できている感覚を知る日が怖いなんてどうかしてる」)
 ――本当に、どうかしているとは、思う。
 背中合わせの死は確かに怖かった。けれど、未来はないと覚悟するからこそ得られた安心もあったのだろう。
 だから、ふいに訪れた未来への可能性を恐いと感じてしまうのかもしれない。
 なんて困った自分なのだろう。
 けれど、そう感じてしまった自分自身の心を偽ることなどできなくて。
「……その、」
 訊かれたって困ると知っている。
 けれど、問わずにはいられなくて。
 唇が、戸惑うようにわずかに震え、言葉が零れ落ちた。

「どうしたらいいでしょうね……?」


 娘――香鈴と会うのは、佑月にとっては本当に久々のことだった。
 店主さんと娘が呼ぶ、竜神から聞いていた容態は、決していい内容ではなかったけれど。
 目の前にある娘の様子は、少なくとも佑月が知っている彼女と変わらないように見えたから、内心で安堵する。
 咲き広がる桃の花々を背にし立つ娘は、見惚れるほどに美しかった。
 本当に綺麗だと思う。艷やかな黒髪に、白磁の肌。病ゆえに花咲く右の二の腕を時折そっと抑えるようにする姿も、その内にある壊れてしまいそうなほどの儚ささえも、すべて。
 此処が綺麗だと口にした娘に同意を示しながら、本当に綺麗なのは君だと、佑月は内心でそっと言葉を添える。
(「綺麗なのも清らかなのも、俺にとっては君を表す言葉でしかない」)
 それくらいに、佑月には縁遠いはずだったもの。娘が教えてくれたもの。――大切にしたい、愛おしいと思える感情とひっくるめて、すべて。
 そんな娘が金木犀色の瞳をわずかに揺らし、話し始めた話題の内容には察しが付いた。
 悟られないように少しだけ身構えながら、佑月は静かに耳を傾ける。

「どうしたらいいでしょうね……?」

 桜色の唇を震わせて。娘から零れ落ちた戸惑いの言葉は、いつにもまして儚げな色を帯びていた。
 ともすれば、佑月の手の届かない場所へ行ってしまいそうな気がして。
「俺は……」
 娘の問いかけに答えるよりも先に、自然と体は動いていた。
 許可など得ることなく、強引に。けれど壊してしまわないように、そっと。娘の体を、自分の腕の中へと引き寄せる。
「俺は優しくなんてないから、だから……俺に聞いたら駄目だ」
 娘が望んでいるであろう言葉は知っている。それを口にしたのなら、彼女の心の不安は、いくらか和らぐのかもしれないことも。けれど、言えなかった。それは、彼女を失う未来を受け入れてしまうことになってしまうから。
「君が嫌だと言って泣いたとしても、それでも生きていて欲しいと願ってしまう」
 ――もしも薬が手元にあったなら強引に飲ませることだってしてしまいたい。
 そう願い、思うほどに。佑月の中にある娘の存在は大きいのだから。
 それでも。その一方で、彼女の気持ちも含めたすべてを大切にしたい自分がいる。
 延命を望んでいることを正直に打ち明けてしまうくらい……騙すなんて真似が出来ないくらいに。
(「香鈴ちゃんを大切にしたいんだ」)
 娘の心も、存在ごとすべて。大切にしたくて、好きで好きでたまらなくて。
 だから、佑月は願うのだ。
(「どうかこの腕の中から去らずにいて欲しい」)
 ただそれだけを抱きしめた熱で伝えたかった。

 ――痛いの痛いの飛んでいけ。

 口中でそっと紡ぎ、発動させるは【呪術・災禍遷し(ジュジュツ・ワザワイウツシ)】。
 舐めた傷を自身の負傷として引き受ける呪術は、目には見えない心の傷には効かないのかもしれない。
 けれど、叶うなら。腕の中にある娘が抱いた傷の痛みと苦しみを、少しでも引き受けたい。
 触れたところから伝わる、娘の息遣いと熱を感じながら。その命ごと包み込むように、佑月はそっと彼女を抱きしめる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大宝寺・朱毘
リグさん(f10093)と一緒。

飲み物は桃源郷にちなみピーチジュース。リグさんと「乾杯!」とグラスを重ねる。

ジュースのお供にクラッカー。様々あるトッピングから自分なりの組み合わせを。
「一つ目はクリームチーズとスモークサーモンにしてみたよ。次は……フルーツとジャムで甘ったるくしようかな?」

手巻き寿司を作る手際を眺め。
「リグさんて器用だよね。仕上がりが綺麗」
飲み物を烏龍茶に変え、イクラの巻き寿司をリクエスト……三秒ルールはまあ、見なかったことにする。

腹にそっと触れる。そろそろ水着の季節で、また先刻の幻覚と違って肉になることは理解しつつ。
「いや、今日だけは!」
覚悟を決めて思いきり食べることにする。


リグ・アシュリーズ
朱毘さん(f02172)と

咲き乱れる桃花に頬をつねり。よかった、幻じゃないのね!
飲み物片手に宴席にそっと加わるわ。
冷たいピーチティーで、乾杯!

自分で作って食べるの、楽しいわよね!
クラッカーにクリームチーズや果物、フルーツトマトなんかを乗せてくの。
朱毘さんは……あら、スモークサーモン。お目が高い!

ご用意があれば手巻き寿司も!
ご飯を敷いて具をのせ、くるくる巻いて。
リクエストは喜んで、でも私そんな器用じゃないわよ?
言ったそばから零れたイクラを三秒ルールで戻しつつ。
私のは、桃源郷ならカマボコじゃない本物のカニにもありつけるかしら?

ふふ、そうね!
現実ってままならないけど。
食べても動けばいいのよ、動けば!




 桃の花が咲き広がる美しい景色の中に設けられていたのは、大きな宴席の卓。
 そこには、たくさんの料理達が所狭しと並べられ、食べて欲しいと言わんばかりに美味しそうな匂いを漂わせている。
「今度こそ、本当の宴よね……?」
 宴席の場をぐるり見渡し。リグ・アシュリーズ(風舞う道行き・f10093)は思わずといった様子で傍らの友人、大宝寺・朱毘(スウィートロッカー・f02172)をちらと見やった。
「朱毘さん、私の頬、つねってもらえる?」
「……え、いいのか? リグさん」
「だって、自分でつねってもわからなそうなんだもの」
 ちょい、と自らの頬を指差し、朱毘に手を添えてもらうリグ。
「それじゃあ、リグさんはあたしの頬をつねって。……いくよ?」
 一方的では申し訳ないとばかりに、朱毘もまたリグに自分の頬を差し出し、手を添えてもらえば、

「「せーのっ」」
 ……つねりっ。

「大丈夫、ちゃんと痛い!」
「よかった、幻じゃないのね!」

 そんな朱毘とリグのやりとりに。同じように宴席に参加する人々の顔が思わずといった様子でほころんで。
「貴方達は、幻を抜けてきたんですね。大丈夫ですよ、この宴は本物ですから」
 大きな耳をした穏やかな表情の仙人がにこにこと声をかければ、
「ええ、兄者の言う通り。ここにないものも言っていただければ持ってきますから、楽しんでください」
 彼の傍らに控えた、長く美しい髭を蓄えた仙人が微笑する。
「そうだぜ! 酒もたくさんあるし、食べ物もうまいしな! いっぱい食べてくれよな!」
 同じく二人の仙人と共に居た、ギョロ目に虎髭の仙人もまた、ガハハと豪快な声で笑った。
「うふふ、ありがとう、皆さん!」
 さっきの幻は味までわかってしまうすごいヤツだったから心配してしまったけれど。本当の宴席だとわかれば、今度こそ。

「さぁさぁ、皆さん。乾杯の飲み物は行き渡りましたかな?」
 料理を楽しむ前にまずはとばかりに、大きな耳の仙人がにこやかにうながせば、宴席の卓についた人々は、各々の飲み物を手にして。
「桃の花々の美しさと、ここで繋がった我々の縁を祝って、乾杯……!」

 ――乾杯!

 人々が一斉に杯を掲げる中。リグと朱毘も手にした玻璃の杯をカラリと重ね、まずは一口。
 それから思わずとばかりに顔を見合わせて、
「ピーチティー、よく冷えてる……! 桃の風味がかなり出てて美味しいわ!」
「こっちのピーチジュースもだ。桃そのものを食べてる気分になるな」
 桃源郷にちなんで選んでみた桃の飲み物。実際選んで正解だったと。口にはせずとも同じ気持ちを抱きながら、半分ほど飲み進めて。二人は再び顔を見合わせた。
「いい? 朱毘さん。飲み物で喉も潤したし、ここからが本番よ?」
「そうだな、リグさん。色々ありそうだから、しっかり選んでいかないとな」
 頷きあった二人は卓に並べられた料理達に真剣な眼差しを向ける。
 宴席の卓をはじめとした調度品や並べられた料理達は中華風のものが多いように見えたが、洋風に和風に、それ以外の料理も様々並べられている。その種類は本当に多岐に渡っているように見えた。
 さらにリクエストがあれば、どこからともなくやってきた料理人達がささっと運んできてくれる。なんて素敵な宴席なのだろう!

「このジュースのお供にはクラッカーが良さそうだな」
 ピーチジュースの杯を卓に置き、今度こそとばかりに料理を見渡していた朱毘が目をつけたのはクラッカーだった。一緒に並べられたトッピングの数々に、チョコレート色の瞳に楽しげな色を浮かべる。
「こういうのから自分なりに組み合わせるのが楽しいよな」
「わかるわ! 自分で作って食べるの、楽しいわよね!」
 リグもまた、クラッカーとトッピングの組み合わせを考えていたらしい。朱毘へ向けてぱちりとウィンクすれば、早速とばかりにクラッカーを手にとった。
「乗せていくのは……クリームチーズや果物、フルーツトマトなんかかしらね」
 クラッカーにクリームチーズは定番ではあるけれど。クリームチーズは他のどんなトッピングとも相性がいい。甘いものをプラスすればスイーツみたいにもなるし、野菜やスパイスと組み合わせればおつまみにももってこいだ。
「朱毘さんは……あら、スモークサーモン。お目が高い!」
「一つ目はクリームチーズとスモークサーモンにしてみたよ」
 リグの言葉に、ミントグリーン縁の丸眼鏡がはにかむようにキラと光る。トッピングしたクラッカーをぱくりと一口で食べてしまえば、朱毘は、に、と笑った。
「次は……フルーツとジャムで甘ったるくしようかな?」
「ふふ、いいわね!」
 こういう場だからこそ、組み合わせを楽しめるのなら、それこそ色々試してみたい。リグもにっこりと笑み、再びトッピングを選ぼうと卓の方へと目を向け、
「……あ、手巻き寿司もあるのね?」
 キラリ亜麻色の瞳を輝かせる。
 あればと思っていたら、具材とともにしっかりと用意されていた。やったね!
「ご用意があるとわかれば、早速!」
 長方形の大きさにカットされた焼き海苔を皿の上に敷き、その半分に寿司飯を広げていく。寿司飯は、角にはのせずに三角形になるように。乗せる具材によって少なめにするなど調整するとよかったはずだ。
「まずは定番がよいかしら。大葉の葉っぱに厚焼き玉子にきゅうり、マグロのお刺身……」
 具材は心持ち斜めにそっとのせ、あとは端からくるくる巻いて。
 あっという間に巻かれた具材が咲いた手巻き寿司の花束が一つできあがった。
「リグさんて器用だよね。仕上がりが綺麗」
 興味津々にリグの手元を覗き込んでいた朱毘が、その手際の良さに感心した表情で称賛の言葉を漏らす。
「あたしもリクエストしていいかな? 具材は……そうだな、」
 できあがった手巻き寿司を愛らしく頬張る友人へそう言いながら。朱毘は、クラッカー同様に選びきれないほどに並べられた具材の数々を見渡す。ピーチジュースを飲み干しながら目をつけたのは、オレンジとも赤とも言えない美しい輝きを帯びた海の宝石。
「――イクラの巻き寿司を」
 持ってきてもらった二杯目の烏龍茶を手にしながらの朱毘の言葉に、リグはもちろんとばかりに笑み浮かべ。
「リクエストは喜んで、でも私そんな器用じゃないわよ?」
 言いながら二つ目の花束へと取り掛かる。焼き海苔の上に寿司飯、それからイクラをたっぷり盛り付けて、くるくるくるり……、
「……あっ」
 花束が出来上がったまではよかったけれど。盛り付ける量が多すぎたのか、ポロッと零れた宝石達。
 ――でも大丈夫、三秒ルールがありますから!
 そそそっと手早く零れた分を回収すれば、出来上がった花束の中央に、飾り付けるようにちょいちょいと盛り付ける。
「――はい、どうぞ、朱毘さん!」
 フォローにスマイルも一緒に添えて、はいと花束を手渡した。
「……ありがと、リグさん」
 ……三秒ルールはまあ、見なかったことにしよう。
 朱毘はくすりと笑ってイクラの花束を受け取り、ぱくりと頬張る。
「うん、とってもおいしいな」
 たっぷりと乗せてもらった宝石達は、口の中でぷちっと弾けていく食感がたまらない。
「よかった! 私ももう一ついただこうかしら」
 友人のリアクションに元気よく笑みを返して。リグもまた、自分用の花束を作ろうと、再び並べられた具材を見渡した。
「桃源郷ならカマボコじゃない本物のカニにもありつけるかしら?」
 わくわくと期待を込めて見渡し――、
「すごいわ! カニの王様、本ズワイガニの……生とボイル!」
 やがて嬉しい声とともに亜麻色の瞳をキラキラと輝かせる。
 他にもウニに甘えび、ボタンえび、ホタテの貝柱――なんという豪華な取り合わせだろう。
「これだけ種類があると手巻き寿司だけじゃない、全部のせの海鮮丼も楽しめてしまうのね!」
「そうだな、海鮮の種類も多いし……スイーツの種類だって色々あるようだしな」
 リグの言葉に同意を示しながらも、朱毘はほんのり顔をうつむかせ、自らの手をそっと自分の腹に触れさせた。そうして、遠くなく訪れてしまう水着の季節へと思いを馳せる。
(「先刻の幻覚と違って肉になるんだよな、これは」)
 はたして、今思うままに口にしても良いものか。堪えた方がよいのではないか。
 そう、逡巡する間は、はたしてどれくらいの時間だっただろうか。
「――いや、今日だけは!」
 ふいに言葉が口をついて出る。
 そうだ、今日だけは。
 こんなにも美味しい料理やスイーツを前にして、我慢するほうがよっぽど体には毒だ。
「ふふ、そうね! 現実ってままならないけど、」
 そんな朱毘へ向けて。覚悟を決めましょとばかりに、リグはにっと笑みを浮かべ、言い切った。
「食べても動けばいいのよ、動けば!」
「そうだよな。それなら――っ!」
 覚悟は決まった。
(「食べても動き、歌えばいい――!」)
 思いっきり食べる方向へと気持ちを振り切らせると同時。
 うつむかせていた顔を上げ、朱毘は立ち上がった。

「――宴の席に招いてくれた皆さん!」

 歌手として鍛え上げた、よく通る声が宴席の場全体に響き渡る。
 その場に居た全員の視線が自分の方へと注がれたことを見て取れば、朱毘はにぃっと口の端を上げ、再び口を開いた。

「宴には音楽! てことで、今からあたしがライブを提供します!」

「おお、ライブというと楽器と歌ですかな、これはいい……!」
「いいですね。よろしければ是非!」
「よっしゃー! 音楽があれば酒もまた上手くなる、ってな! お願いするぜ!」

 主催側の三人の仙人達が楽しそうな声をあげれば、他の参加者達も是非とばかりに手を叩き。

「うふふ! それじゃあ私も、朱毘さんのライブに参入させてもらうわね!」
「もちろんだ、リグさん! それじゃあいくぞ……!!」

 目にも留まらぬ速度で、虚空から取り出したエレキギターを構えれば。朱毘は景気づけとばかりに勢いよく弦をかき鳴らし、力ある言葉を放った!

「たった今からこの場所は、あたしが支配するステージになる……【ザ・ライブ】!」
 展開させたユーベルコード【ザ・ライブ】により、宴席の場は、桃の花咲くライブ会場へと一気に変化する!
 召喚した紫の髪と瞳の少女とともに、リグを舞台へと引き上げて。
 リズミカルに曲を奏でながら、朱毘は、声高らかに歌い出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エミリロット・エカルネージュ
桃の花を愛でつつ、此処は桃絡みのスイーツを色々注文して見ようかな?この世界にもスイーツ餃子があるなら、食べてみたいけど

ボクも、色々参考になりそうがあれば
積極的に取り入れたいしねっ!

シャオロンと一緒にスイーツとかに舌鼓を打ちつつ、シャオロンにも食べさせつつ……あっ、輪ちゃんも良かったらシャオロンに餌付けする?

「ちゃーお!」

ミルフィーユやタルトも餃子の皮で作っても美味しいよね……って、それ食べてるシャオロン見て思ってたら、共食いしてる様に見えるかも

何はともあれ、桃園の宴に招待有り難うあっ、宴と言うにはボクも何か芸をするべきかな

UC発動で桜モツアン餃子怪人な分身を召喚、二人での拳舞を輪ちゃんやギャラリーに披露しちゃおう

『早業』で持参した餃子の皮にモッツアレラとあんこと色々果物入れて包み

二人でお手玉しつつ『第六感』で『属性攻撃(炎)』の気功『弾幕』で焼くタイミングを『見切り』つつ『念動力』操作し『パフォーマンス&料理』する感じで

※アドリブ絡み大歓迎
※拳舞はステシの依頼「キマイラチャンネル9」参照




「途中色々あったけど……無事桃源郷のお祭りに参加できて、本当によかったかな」
 エミリロット・エカルネージュ(この竜派少女、餃心拳継承者にしてギョウザライダー・f21989)はしみじみと言葉を漏らす。
 桃の花はとても綺麗で、たくさんの料理が並ぶ卓の光景は圧巻で。そしてエミリロットと同じように宴を楽しむ人々の笑顔は、とても幸せそうで。
 先程幻影で見た、過去の自分の記憶からなるパーティーだってとても幸せで楽しいものだったけれど。ことパーティーに関しては、実際に目で見て触れて体感できる、現実のものの方がやっぱり楽しいと思う。
「此処は桃絡みのスイーツを色々注文して見ようかな?」
 乾杯の席で持ってきてもらったピーチサイダーで喉を潤したエミリロットは、本番はここからとばかりに、卓に並べられた料理を見やった。
 ぱっと見でわかる桃スイーツは、中華料理の定番、桃まんじゅう。
 けれどお願いすれば色々出してくれるのなら、それこそお言葉に甘えたいところだ。
「この世界にもスイーツ餃子があるなら、食べてみたいけど……」
 餃子の大地の力を操る餃心拳の伝承者であり、ギョウザライダーであり。それ以前に無類の餃子好きでもあるエミリロットが、料理を前にして餃子熱を燃やさないことなどない。
 何らか用意があるなら食べてみたいと、居合わせた料理人にちゃっかりとお願いしてみたら、料理人の情熱にも火を付けたらしかった。
「スイーツ餃子、面白いアルね! 挑戦してみるアルよ!」
 わくわくと瞳を輝かせ調理場へと向かった料理人の横で、
「エミリロットさん、何かリクエストしたの?」
 やりとりを見ていたらしい輪が、赤の瞳に興味津々な色を湛えてエミリロットへ声をかける。
「うん、桃のスイーツとね、スイーツ餃子をお願いしてみたんだよ」
「へぇ。じゃあもしかしたら、桃にちなんだスイーツ餃子とか出てくるかもしれないね?」
「ね! 料理人さん達のアイディアは、料理を嗜むボクとしても興味あるからすごく楽しみ」
 今も色々なスイーツがあるしねと。エミリロットは頷きながら再び卓へと視線を向ける。
 ちなみに桃や餃子にこだわらなければ和洋中あわせ、料理は本当に様々あった。それらを見ても料理人たちの料理への並々ならぬ熱量が伺える。
「それじゃあ、お願いしたのが届くまでは卓にあるのをいただく感じ?」
「うん。ボクも、色々参考になりそうなのがあれば、積極的に取り入れたいし。シャオロンにも食べさせてあげたいしね」
 言いながら、エミリロットは肩に乗った小竜形態の「シャオロン」を示す。行儀よくしてはいるものの、なんだかソワソワと落ち着かない感じが、傍目からもよく分かる。
「本当だね。それじゃ早く食べさせてあげて」
「うん。では早速。このミルクレープとかいいよね……って、あ。ぱっと見じゃわからなかったけど、天面を花びらみたいに飾ってるの、くし切りの桃だぁ」
 切り分け皿にのせたミルクレープを見つめ、エミリロットはぱっと顔を輝かせる。そのままフォークで切り分けて一口食べれば、金の瞳をキラキラとさせて。
「クレープの間の生クリームにも、桃がしっかり使われててとっても美味しい〜」
『ちゃお……』
「あ、ごめんよ、シャオロン。はい、とっても美味しいよ!」
『ちゃーお!』
 エミリロットが切り分けたミルクレープをもきゅもきゅと嬉しそうに頬張る小竜に、輪はくすくすと笑った。
「ふふ、ようやくありつけた、って感じなんだろうね」
「そうだね。……あっ、輪ちゃんも良かったらシャオロンに餌付けする?」
「うん、シャオロンが怖がらないようならやってみたいかもだ」
 頷き、エミリロットからフォークを受け取れば、小竜の口元にミルクレープを近づける輪。
『ちゃーお!』
 食べさせる相手が代わっても気にせず食べ続ける相棒は何だか可愛らしくて、エミリロットは思わず口元を緩ませる。
(「そういえば、ミルクレープの生地は餃子の皮で作っても美味しいよね」)
 もきゅもきゅする小竜を見つめ、ふと思いつく。
 ミルクレープだけではない。ミルフィーユやタルトの生地だって、原料には小麦粉が使われているのだから、餃子の皮を使えば時短で簡単に美味しく作れるに違いない。
 これって結構いいアイディアではないだろうか。
(「……って、それって共食いしてるようにも見えちゃうかな」)
 流石に食べているのがスイーツ餃子だったら……と考えたのと同時。
「ファードラのお嬢ちゃん、スイーツ餃子できたアルよ!」
 戻ってきた料理人が手にした皿の上には、通常よりちょっぴりふくよかな見た目の餃子が並べられていて。
「皮は求肥で、中には生クリームと桃の果汁を使ったあんが入ってるアル!」
「へぇぇ……! ありがとう、料理人さん!」
 エミリロットは早速とばかりにぱくり。
 食べた感じの雰囲気は、生クリームをあんにしたフルーツ大福に近いのかもしれない。
 もちっとした食感に、なめらかな桃の風味がふわりと口の中に広がって。
「すっごく美味しいよ、料理人さん!」
「そう言ってもらえると嬉しいアルね!」
 満面の笑みを浮かべたエミリロットと、嬉しそうに頷く料理人。
 そんな二人に向けられたのは、
『ちゃーお!』
 何とも不満げな小竜の声だった。
「……エミリロットさん、シャオロンもそれ食べたいみたいだよ?」
 ミルクレープから興味の対象が移ったみたいだねと。輪が笑いながら補足する。
「……シャオロン、それこそ共食いになっちゃうけど……いいの?」
『ちゃーお?』
 思わず問いかけたエミリロットと、きょとんとする小竜。
 そんなやりとりに、輪と料理人は、くすくすと笑いだすのだった。


 そんな風に、スイーツ餃子をはじめ、一通りの甘味と料理を堪能した後。
「そういえば、宴と言うにはボクも何か芸をするべきかな?」
 エミリロットは、小竜とともに改めて宴の場を見渡した。
 折しも猟兵仲間が即興で披露したライブ音楽の後。場はかなり温まっている。余興を披露するにはうってつけともいえる雰囲気だといえよう。

 ――それならば。

「皆さん、桃園の宴に招待有り難う!」
 先程までライブが行われていた広場へと躍り出たエミリロットは、にっこりと微笑んだ。
「ボクからは皆さんに拳舞を披露するね!」
 高らかに声を響かせると同時。エミリロットはユーベルコード【餃功餃陽の陣神(ギョウコウギョウヨウノジンシン)】を発動させる。

「餃功餃神、二手陽拳……ヒーローと怪人、ボク達は二人で一人の餃子の拳を継ぐ者だっ!」
 召喚されたのは、自らの分身でもある、桜モツアン餃子怪人だった。
 桜餡と桜花塩漬けとモッツァレラチーズが中身のスイーツ餃子を頭に持った、桃の花の色にも似た薄紅色の餃子の怪人は、エミリロットと同じクンフードレスな衣装を纏い、観客へ向け可愛らしくお辞儀をしてみせる。

 突然現れた怪人に、おお、と観客から歓声が上がれば、ここからが本番とばかりに、エミリロットと怪人は構えを取った。
 どこからともなく流れてきた音楽にあわせ、二人が披露するのは、料理とパフォーマンスを融合させたアクロバティックな拳舞だ。

「花色に包まれし桜モツアン餃子の力、とくとご覧あれ!」

 まるで扇が開くかのように。薄紅色をした餃子の皮が、リズミカルな音楽とともにはらりと宙に舞い広がり、瞬く間に餃子の形をなしていく。
 目にも止まらぬ早業で餃子の皮に包まれていくのはモッツァレラチーズにあんこ、そして季節の果物たち。
 ボールジャグリングの要領で二人同時にくるくると宙に舞い上げた餃子の数は、一つ、また一つと増えていき――、

「さあ、ここからは焼きを入れていくよ!」

 舞い上がる餃子達に観客からの歓声と拍手が巻き起こる中。
 怪人に餃子を任せたエミリロットは、気功で作り出したいくつもの炎の玉を、空中へと舞い上げた。
 炎の玉は、すでに宙に踊る餃子達と絶妙な距離を保ちながら、餃子達を美しく焼き上げていく。
 一見ランダムにも見えながらも、その実計算と調整が施された鮮やかな動きはまさに芸術そのものだ。
 火を操るエミリロットと餃子を操る怪人との、息のあったコンビネーションによって次々展開される技に盛り上がる観客を前にして、拳舞はついにクライマックスを迎える!

「「はい!」」

 掛け声とともにエミリロットと怪人が皿を構えれば、空中に踊る餃子達が一斉に落下し、綺麗に並んだ。
 美しい焼き色をつけ、何とも美味しそうな香りを漂わせる餃子の皿を観客へと見せながら、二人は仕上げのトッピングを施して――、

「「さぁ、ヒーローと怪人お手製の桜モツアン餃子、召し上がれ!」」

 完成した餃子の皿を手ににっこり微笑み、ポーズを決める二人。
 桃の花咲く宴の場は、一瞬にして観客からの万雷の拍手に埋め尽くされたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

九瀬・夏梅
「しかし、桃の花が見事だねぇ」
下戸でも飲めるものはあるだろうか、と探して。
そうそう。封神武侠界といえばあれだ。タピオカドリンク?
どんなものか飲んでみたいよ。

モチモチ粒を面白がりながら、少し離れて宴会を眺める。
ああ、リグも友人と賑やかだね。
リエーブルのも来てたのかい。
影見のもお疲れさん。楽しめているだろうかね?
遠目に見知った姿を見つけて。

ばあちゃんと慕ってくれる子らや、酒場での飲み仲間、
依頼を案内した縁で声をかけてくれる者も、思い浮かぶ。
気付けばいろんな人に囲まれてる。
見驚と過ごしたヴェルニスの迷宮街を出た時には
こんな出会いがあるなんて思いもしなかった。

「楽しくやってるよ」
もう消えた幻影に乾杯して、飲み干す。
心配して化けて出てこなくてもいいんだと。

それともう1つ、伝えたい。
やっと手掛かりらしきものを見つけたと。
ブルーアルカディア。
きっとそこで『答え』が見つかる。
でも、言葉を口にはせず。
いつも身に着けている胸元のペンダントをぎゅっと握りしめる。




「ああ、リグも友人と賑やかだね」
 桃の木に背を預けて。灰色の髪に亜麻色の瞳をした娘と、その友人が披露する賑やかなライブ音楽を遠くから眺めていた九瀬・夏梅(白鷺は塵土の穢れを禁ぜず・f06453)は、楽しげにその緑色の瞳を細める。
 手にするは、宴の卓から持ってきた玻璃の杯。差さったストローへと口をつけ、息を吸う要領で吸い込めば、太めの管を介して口の中に伝わり広がったのは、お茶とミルクからなる柔らかな甘さだった。一緒に吸い込んだコロコロと舌先に触る真珠のような丸い粒は、奥歯で噛むともちりとした弾力があって何だか面白い。
「なるほど、これがタピオカドリンクというやつかい」
 封神武侠界へ訪れたからにはどんなものか飲んでみたいとは思っていたが、実際飲んでみると、確かにこの食感はクセになる。そしてこれが酒の類ではないこともまたいい。下戸でも楽しめる飲み物のバリエーションはところによって少なくなりがちだから、こういうのがあることを知ることができるのはとてもありがたい。
「それにつけても、どうやって作ってるんだろうねぇ」
 モチモチ粒を面白がり、聞こえてくる音楽に耳を傾けていると、ふいに声をかけられた。
 振り向けば、今回の宴への誘いかけをしたグリモア猟兵の姿があって。
「夏梅さん、お疲れ様」
「影見のもお疲れさん。楽しめているかい?」
「もちろん。夏梅さんは?」
 人懐っこい笑顔を向けるグリモア猟兵に、夏梅もまた目を細めて笑みを返した。
「ああ、桃の花も見事だし、宴会の賑やかさも楽しいし。この飲み物のモチモチ粒も面白いしね」
 それに、と。言いかけて視線を巡らせれば、遠目に見知った顔を認めて目を留める。
「リエーブルのも来てたのかい」
 緑髪のエルフの青年もまた、夏梅に気がついたらしく手を振っていて。
「うん。僕、一緒に飲もうって誘ってもらったんだ。よかったら夏梅さんもどうかな?」
 エルフの青年には軽く片手を上げて挨拶しながらも。グリモア猟兵の誘いの言葉には、ありがとうよと返し、夏梅はゆるりと首を振った。
「せっかくの誘いだが、今回は見合わせることにするよ」
 誰かと料理を囲み飲むことは楽しい。それは、アックス&ウィザーズの酒場で気のおけない仲間達と交流する機会の多い夏梅も知っていることだ。
 けれど、だからこそ、今日は一人で楽しもうと思っていた。あえて人の輪の中には入らずに、桃の花と、楽しむ皆の姿を眺めていたいと。
「影見のは気にせず楽しんでおいで」
 そんな夏梅の言いたいことは、グリモア猟兵にも伝わったようだった。
 頷いて挨拶をしたグリモア猟兵が、エルフの青年とその友人達の元へと歩き出す様子を見送って。夏梅はそっと微笑み、改めて宴の場を見渡した。

 見知った娘たちが歌い奏でる音楽が終わりを迎えたかと思えば、ライブに触発されたらしいファードラゴンの少女が料理と演武を融合させたパフォーマンスを披露し、宴は更なる盛り上がりを見せているようだった。

 賑やかな余興と楽しむ人々。そして時折ちらほらと見える見知った人の姿。
 そんな光景を眺めて。ふと脳裏に浮かんだのは、夏梅がよく知る人達の顔だった。
 ばあちゃんと慕ってくれる子らや、酒場での飲み仲間、依頼を案内した縁で声をかけてくれる者達。

(「気付けばいろんな人に囲まれてる」)

 見驚――養父と過ごしたヴェルニスの迷宮街を出た時には、こんな出会いがあるなんて思いもしなかった。

 見上げれば、視界に映るのは、咲き広がる見事な桃の花々。
 時折吹く柔らかな風に揺れ、桜のようにふわりと花びらを舞わせていて、とても美しい。

「楽しくやってるよ」
 ぽつりと呟いた言葉とともに。夏梅は、手にした玻璃の杯からストローを取り去り、そっと天へと掲げた。
 乾杯を捧げる先は、もう消えた幻影に向けて。
 心配して化けて出てこなくてもいいんだと。想いとともに、杯の中身を一気に飲み干す。

 ――それともう1つ、伝えたい。

 再び仰ぎ見た視線の先は、いつの間にか桃の花々の間から見えた青い空へと向けられ。
 知らず手に触れたのは、胸元にペンダントとして身に着けている、古い金のコインだった。
 それは、もう遠くなってしまった昔。夏梅が養父に拾われた時、唯一身に着けていたものだ。
 何かの手掛かりになるかと思っていて、これまでは何一つ――このコインが使われていた世界さえも見つけられなかった。
 けれどそれも、今となっては過去の話。

(「やっと手掛かりらしきものを見つけた」)

 視界に空を映し、想いを馳せる。
 ここではない場所――広大なる空の世界、ブルーアルカディアへと。

(「きっとそこで『答え』が見つかる」)

 手繰り寄せたそれが、夏梅にとってどのようなものになるかはわからない。
 ――けれど、それでも。
 言葉にならない想いとともに。夏梅は、自らの手に触れた自身のルーツの欠片をぎゅっと握りしめるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルインク・クゼ
懐かしい思い出やけど、桃源郷には宝貝を作る力以外に、こんや力あったんやね

〈オクトインクブレイド〉を〈オクトインクブレイド改〉に改造した時のインパクト半端ないの思い出し(その後の依頼の妲己ちゃんへのやるせ無さも)

『ぷぷぅ~♪』

え?ひょっとして、あのぎょうさん凄い土蛸出してほしいん?流石にソレは場がパニックにならん?ヒナスミちゃん

あっ……輪ちゃん、お招き有り難うなんと、その様子やと大事ないみたいで安心したんよ、輪ちゃんも〈オクトインクブレイド改〉が気になるん?

それなら、宝貝化した経緯を説明した後、輪ちゃんにも良かったら使って見る?って勧めてみるかな?無害そうな漢字なら問題ないやろうし

先ずあたしから【早業】の【達筆】で桃と地面に書いて桃が地面からボコっと

あっ、ヒナスミちゃん桃持っとるけど、ソレは流石に食べれへんよ

輪ちゃんも中々良い文字やね、成る程そーくるかぁ、センスあるなぁ……と思っとったら、いつの間にギャラリーぎょうさん来とるんよ、どないしよう?

[アドリブ掛け合い歓迎&殲神封神大戦⑬参照]




 桃の花咲く木々の下、宴を楽しむ人々。
 そのあたたかくも楽しい雰囲気に満ちた光景に、ルインク・クゼ(蛸蜘蛛のシーアクオン参號・f35911)は柔らかく微笑む。
 それは、この宴の前に遭遇した幻影に映し出された、はじまりの日の光景とも似ている気がして。
「懐かしい思い出やったね、ヒナスミちゃん」
 先の幻影を共有した傍らの相棒に話しかけながら、ルインクは手にしていた玻璃の杯を傾けた。
 宴の席から持ってきた烏龍茶は、口に含めば甘くみずみずしい桃の香りがして、とても美味しい。
「けど……桃源郷には宝貝を作る力以外に、こんな力あったんやね」
 しみじみとした呟きとともに、ルインクは自身と桃源郷との関わりを振り返る。
 それは、殲神封神大戦での出来事。桃源郷に咲く仙界の桃の花の霊力を借りて、自らの愛器「オクトインクブレイド」を改良した時のことだ。
「……とはいえ、あの時のインパクトの方が半端なかったんやけど」
 思い出しながら、ルインクはくすりとする。
 桃の花の霊力によって宝貝化したことで、刀身が変化した「オクトインクブレイド改」への驚きといったらなかった。
 今でこそ見慣れたし、その使い方も心得ているけれど。最初に目にした時の衝撃は、未だに忘れられない。
 ――そして。忘れられない記憶は、もう一つ。
(「……改良が必要だった理由は、妲己ちゃんと戦うためだったんよね……」)
 それは、ルインクがこれまで知り得たこととは全く異なる真実を背負った、悲劇の仙女との戦いだった。
 死を望み、けれど自死すらままならない彼女と対峙した時のことを思い出し、ルインクは赤の瞳を細める。
(「やるせなかったけど……」)
 彼女の望みは、今度こそ叶ったはずだ。
 そう思えるのは、殲神封神大戦を終結させ、この世界を守り切る事ができた今だからこそ。
 だから、ルインクはそう信じて目を閉じ、ここにはいない仙女へ向け、黙祷を捧げた。
 しばし静かな時間が流れ……そして。
『ぷぷぅ~』
「どうしたん? ヒナスミちゃん……って、」
 黙祷を終えてルインクが相棒へと視線を向ければ。相棒が蛸足で持ち上げて見せたのは、切っ先から滴り落ちるほどの墨汁を含んだ、漆黒の刀だった。
「え、どうしたん、『オクトインクブレイド改』持ち出して……」
 それは、元々から蛸墨と大地の力を宿した黒の刀身を持つ刀だったが。今は宝貝化し、筆刀として改良された、ルインクの愛器だ。それはわかる。
 けれど相棒が目の前に出して見せる、その理由がいまいちわからない。
 ぱちくりと瞬きするルインクの様子を気にすることなく、その手に筆刀を握らせるヒナスミ。そうして、頭をもたげ蛸足を動かし、説明をするかのような仕草をしてみせる。
『ぷぷぅ~♪』
「え? ひょっとして、あのぎょうさん凄い土蛸出してほしいん?」
 そういえば、この筆刀を使って地面に「蛸」と書いたら、巨大な土の蛸が地面から湧き上がってきたんやっけ。
 かつてのカオスな衝撃を再び思い出し、ルインクは少しだけ遠い目をした。
「……流石にソレは場がパニックにならん? ヒナスミちゃん」
 相棒的には楽しかったかもしれないけれど。今それをやるのはさすがに厳しいような気がして、うーんと考え込んでしまう。
 そんな中。ルインクの背後から、ふいに聞き覚えのある声がした。
「ルインクさん、どうしたの?」
「あっ……輪ちゃん、」
 振り向けば、輪が不思議そうな表情で小首を傾げている。
「お招き有り難うなんと……、」
 今回の宴への誘いかけには礼を言って。ルインクは改めて輪を見つめ、内心でほっと息を吐く。
 この世界を巡る大戦において、ルインクが対峙したのは、悲劇の仙女だけではない。目の前のグリモア猟兵とも刃を交え戦ったのだ。誤解がないよう正確に言うなら「鴻鈞道人に身体を乗っ取られたグリモア猟兵」となるのだけれど。
「その様子やと大事ないみたいやね」
 戦いにおいてはルインク達猟兵が勝利を得たが、その後のグリモア猟兵の安否はわからないままだった。どうなっただろうと心配はしていたのだけれど。今回、こうして会って話をしている限り、特に問題はなさそうだ。
「うん。おかげさまで。あの時は助けてくれてありがとう」
 ほんの少しだけ申し訳無さそうにはしていたけれど。それでもルインクには感謝しているようで、輪はぺこりとお辞儀をして見せる。
「……で、話を戻すんだけど。どうかしたの? 考え込んでるようだったけど」
「そうなんよ。ヒナスミちゃんにこれ使って蛸出してほしいってお願いされて」
 手にした筆刀を示しながらざっくり状況を伝えるルインクに、
「? これって、ルインクさんの刀……筆なの? これで蛸が出せるの? どうやって?」
 対する輪は、興味津々な様子でわくわくと目を輝かせ、立て続けに問いを投げてくる。
「輪ちゃんも『オクトインクブレイド改』が気になるん?」
「うん。すごく気になる。……でも、考え込んでたってことは、使ったら困ることがあるんだよね?」
「困ることはないんやけど、場をびっくりさせてしまいそうやなって……」
 ルインクが自身の愛器が宝貝化した経緯を説明すれば、輪はふむ、と頷いて。
「へぇ、書いた漢字が形になるんだ? この宴に参加している人達なら、びっくりするより、面白がってくれそうな気がするなぁ」
 さっき披露されたライブやパフォーマンスも楽しそうにしてたしねと。にっこりと微笑んだ輪の言葉に、確かにとルインクは思う。
 さすがにヒナスミからリクエストされた「蛸」は、ルインク自身が驚いたくらいだから今回はごめんなさいさせてもらうのだけれど。他の漢字であれば大丈夫かもしれない。
「そやね……ほな折角やし、輪ちゃん、良かったら使ってみる?」
「え、いいの?」
「いいんよ。無害そうな漢字なら問題ないやろうし」
 それに、百聞は一見にしかずとも言う。実のところ、問題がないかどうかの判断は、実際に見てもらってからの方が早いのだ。
「ほな、使い方の例を示すんよ。先ずあたしから」
 ルインクは筆刀を構え、
「漢字はこれにするんよ!」
 体全体で動きを取りながら早業を繰り出し。ルインクが地面に描き出したのは、「桃」の文字だった。
 ――次の瞬間、

 ……ボコン!

「おお、すごい! 地面から桃が出てきた」
 思わずといった様子で拍手する輪と、
『ぷぷぅ~♪』
 楽しそうな声を上げ、出てきた桃を蛸足で器用に絡めて持ち上げるヒナスミ。
「あっ、ヒナスミちゃん桃持っとるけど、ソレは流石に食べれへんよ」
 ともすれば土の桃を口に入れかねない相棒を制しつつ、ルインクは筆刀を輪へと手渡す。
「輪ちゃんもどうぞなんよ?」
「ありがとう。それじゃお借りして……、」
 輪は考えるように視線を彷徨わせていたが。やがて静かに筆刀を動かし、地面に文字を書いていく。 
 表れたのは「蝶」の文字。
 ――そして。
 ぽこん、と。地面から飛び出したのは、土でできた蝶だった。
 本物のようにひらりと空に舞い、ヒナスミが持つ土の桃に止まるのを目にすれば、ルインクはほんわりと、楽しそうに微笑んで。
「輪ちゃんも中々良い文字やね、成る程そーくるかぁ、センスあるなぁ」
「ありがと……それにしても、本当に素敵な武器だねぇ、これ」
 実際に使ってみるとなんか感動するねと。感心した様子でそう言って、輪は微笑んだ。
「……そして。気がついたらなんかすごいことになってるね?」
「……え?」
 言われてきょとんとしたルインクは周囲を見渡し、
「いつの間にギャラリーぎょうさん来とるん?!」
 思わず叫んでしまった。
 いつの間に話が広がったのだろう。周りには多くの人だかりができていて。
「ふふ、みんなも僕みたいに興味そそられたんだねぇ」
 それだけ『オクトインクブレイド改』の魅力が伝わったってことだと頷く輪に、ルインクもまた、そやねとつられ微笑む。
「……けどこれ、どないしよう?」
 折角集まってくれたのにこのまま終わりにしてしまうのも、何だか申し訳ないような。
「とりあえず、ギャラリーの一人を代表として選んで僕みたいに体験してもらうとか?」
 輪の提案に、ルインクはぽむりと両手を叩き頷いた。
「そやね。ほな……輪ちゃん、ヒナスミちゃん。ギャラリーへの披露、少し手伝ってもらってもええ?」
「もちろん、お手伝いさせてもらうよ」
『ぷぷぅ~!』

 ――そうして。
 二人と一匹によって披露されるパフォーマンスと、それらを眺めて楽しむ人々を。
 咲き広がる桃の花々は、優しく見守るのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオン・リエーブル
【LL】
輪さんの快気祝い?もちろんやるやるー!
ユディトさんの気配り心配り見習わなきゃ

陽里さん…!なんて素敵な王冠!負けた気分だよ
(あんたが主役タスキをそっと輪さんに手渡し)
指定UCで宴の支度
やったー!ユディトさんの手料理楽しみ!
無限の未来?そうだなー
それならこれでどう?鳳凰拌盤!
なんと本当に空を飛ぶんだよ
そう、これがエリシャさんも食べた鳳凰拌盤
羨ましかろ…って道標の星のお酒とかって何それエモい!
遥か空の星がひどく輝いて見えるよ
ユディトさんお勧め桃のお酒に浮かべようよ

馬拉糕ケーキに蝋燭立てて乾杯!
輪さんの話も興味津々
恋バナとか推しバナとかあったら聞かせてよ
ユディトさんの昔話も聞きたいな
なにせここは桃源郷
思い出を映す桃の花が咲いてるんだからさ
…てかそれ何杯目?無理してない?(お水差出
陽里さんの話…は無理そうだね

盛り上がる皆の姿に目を細めて
楽しむ皆の中にミラとロイの姿が見えた気がして
ねえ二人とも
ここにいるのが僕の自慢の友達だよ
二人が支えてくれたからもう大丈夫
これからも生きていけるよ
心配しないで


ユディト・イェシュア
【LL】

輪さんが元気になったらお誕生日祝いをするって決めていたんです
少し遅くなりましたがみんなでお祝いしませんか

…って、皆さん準備良すぎませんか?
輪さん嫌がらずに写真撮りましょうね?
はっちゃける…?(真面目に考え込んで思いつかない

それエリシャさんが前に写真で見せてくれました(鳳凰拌盤の完成度の高さに感心

リオンさんのキッチンで持参した手作り餃子を焼きましょう
今のところ自信を持って作れるのはこれだけです

輪さんは何が好きなんですか?
二十歳の誕生日ですからお酒で乾杯ですよ
桃のお酒なんかどうでしょう

陽里さんと飲み比べ…
別に強くも弱くもないと思うんですけど
(そこそこ飲んでも顔色も様子も変わらない
…陽里さん酔ってます?

昔話ですか…
誕生日にはエリシャさんが好きな料理をたくさん作ってくれました
何が好きって言わなくても
俺の食べる順番とか速度で好物がわかるそうです

ケーキの蝋燭を輪さんが吹き消す様子に拍手で盛り上げ
桃の花も目で楽しみながら
盃が空にならないようお酒を注ぎつつ
輪さんの色んな面を知れたら嬉しいですね


櫟・陽里
【LL】
輪の誕生日祝いと快気祝い…ユディトの優しさに感動しちゃう!
ついでにお疲れ会も!楽しく騒げば良いよな?
じゃーん!俺んトコの船ではハタチの祝いはコレで集合写真が定番だったぜ!!
デカい20の文字入オモチャ王冠を輪に押し付ける
はいみんな集合ー写真NGの人がいたら言ってな?
浮いてる撮影ドローンに注目!最高にはっちゃけたポーズしろよ!

…というのは余興で本題はこっち、星型の金箔シート
道しるべの星を酒に浮かべて乾杯すんの、気分アガるだろ!

おにーさんのはライブキッチンてやつ?ムズいリクエストするのが醍醐味と見た(ニヤリ
無限の未来に羽ばたく料理…いやマジで飛ぶのかよ!

せっかくユディトと飲む機会だから
おにーさんは飲み比べの借りがあるけど後回し
俺からもお酌させてくれよ
砂漠の民やっぱ強いのか…?
おっいいね!エリシャ情報に食いつく

輪の場合は見た目ハタチってだけで俺よりずっと先輩だもんな
打たれ強さは今回の事でよく分かったし酒にも強そう…
酔ってきて他人との距離感バカになるどさくさで輪の過去とか未来とか聞きたい!




 どこまでも美しく咲き広がる桃の花の木々の下。
 人々が集い楽しむ、賑やかな宴の席からは少し離れた静かな場所で。

「はーいはいはい! みんな、ちゅうもーく!」
 パンパンと手を叩きながら、リオン・リエーブル(おとぼけ錬金術師・f21392)は、楽しげな声で共に訪れた面々を見渡し、高らかに言い放った。

「今からここを、おにーさん達の宴の会場にしちゃうよー!」
「おにーさんウザい! やー、でもいいよなこの景色! さっきの場所の、人がわいわいしてるのも宴って感じがしてよかったけど、ここはここで静かでいいなー」
 もはや挨拶と言わんばかりにリオンへの軽口を叩きながら、櫟・陽里(スターライダー ヒカリ・f05640)もまた周囲を見渡し、うんうんと同意を示す。
「そうですね。俺達以外は人もまばらのようですし。宴も二次会……というより、俺達としてはここからが本番になりますよね」
 ユディト・イェシュア(暁天の月・f05453)もまた、桃の花を眺めながらにこにこと頷いて。それから、思い立った様子で、そっと言葉を続けた。
「……そんなわけで、と言うのもなんですけど。よかったら、ここでみんなでお祝いしませんか?」
 言いながら。そこに輪が居ることを認めれば、目を合わせてにっこりと微笑む。
「俺、輪さんが元気になったらお誕生日祝いをするって決めていたんです」
「……へ? 僕?」
 話の中に唐突に出てきた自分の名前に、思わずといった様子で間の抜けた声を出す輪へ、ユディトは笑みを深めてにこにこと。
「はい。輪さんです」
「……僕の誕生日って、あってないようなものだから別にいいんじゃないかなー……」
「少し遅くなりましたけど、お祝いは大切ですからね?」
 呟いた鏡のヤドリガミの言葉はそっとスルーし、ユディトは他の面々へと視線を向ける。
「リオンさん、陽里さん、いいですよね?」
「輪さんの快気祝い? もちろんやるやるー! ユディトさんの気配り心配り見習わなきゃ!」
「輪の誕生日祝いと快気祝い……ユディトの優しさに感動しちゃう! ついでにお疲れ会も! 楽しく騒げば良いよな?」
 ウェーイ! どこかのパリピの島のようなノリでサムズアップする二人。
「……」
 まだ何も始まっていないうちからノリノリな様子に圧倒された、どう見てもインドア派な鏡のヤドリガミ。わずかに後退し始めるも、微笑むユディトに退路を塞がれて、ちょっぴり途方にくれた顔をした。
 だが、それも些細なことだ。

「俺んトコの船ではハタチの祝いはコレで集合写真が定番だったぜ!!」
 じゃーん!
 光り輝く笑顔とともに、セルフ効果音付きで陽里が掲げたのは、オモチャの王冠だった。
 もちろんただの王冠じゃない。「20」をこれでもかと強調しまくった、デカ文字入りのキラキラ装飾仕様のイケてる王冠だ!
「さぁ、遠慮なんかいらねーぜ!」
 有無を言わさず輪に押し付ける陽里。ぐいぐい。

「陽里さん…! なんて素敵な王冠! 負けた気分だよ」
 くぅ、と。わざとらしく悔しい顔を作って見せるリオン。
 ちなみにその手にはタスキ。
 キラキラ輝く銀の縁に、赤文字でデカデカと「あんたが主役」と書かれた、これまた派手なシロモノだった。
「さぁさぁ輪さん! 遠慮なんていらないよ!」
 そっと輪に手渡すリオン。その辞書に受け取り拒否の文字などない。ぐいぐい。

「……って、皆さん準備良すぎませんか?」
 あれよあれよとパーティー仕様にデコレーションされていく輪の姿に、感嘆と呆れの入り混じったような表情を浮かべるユディト。
「でも、よく似合ってますよ、輪さん」
 こういう小物に似合うも似合わないもないような気もするけれど、それはそれだ。
「……そーかなぁ……」
「まぁいいじゃないですか。これもお祝いの醍醐味ですよ」
 複雑そうな表情ではあるが、無理に外さないあたり、付き合いはいい方なのかもしれない。
 そんなこんなの間にも、陽里の方の準備は着々と進んでいて。
「よし、輪の準備OKだよな? てことで、はいみんな集合ー!」
 集合写真用にと【バトル・インテリジェンス】で召喚させたAI搭載型戦術ドローンを操作し、ベストポジションを確保して。陽里はブンブンと手を振った。
「写真NGの人がいたら言ってな?」
 陽里の言葉にそっと手をあげようとした輪を、やんわりと制するユディト。
「輪さん、嫌がらずに写真撮りましょうね?」
「……えー……」
「そーそー、輪さん、王冠とタスキに相応しい感じで堂々としちゃってよ!」
「いや、そういうのはリオンさんに任せたいかなー」
 なんやかんやと言いながら集まり、わちゃわちゃとし始めた面々に、陽里は再び手を振って合図をする。
「浮いてる撮影ドローンに注目! 最高にはっちゃけたポーズしろよ!」
 自身はスライディングで駆け込み映り込む気満々でにんまりとしながら、声を投げる陽里。

「はっちゃける……?」
「あはは、ユディトさん、そんな大真面目に考える必要ないって! とりあえず今日の主役を真ん中に立ててるっぽいポーズしてみようよ、ジャジャーンとか!
「ジャジャーン……ですか?」
「……いや、二人共普通に思い思いのポーズしなよ……」

「それじゃいくぜー! 3、2、1!」
 陽里の掛け声とともにカウントダウンが始まり、シャッターを切る音がして。
 そうして、ささやかながらも楽しい宴は幕を開ける。


「さーて、宴の場所もメンバーも揃ったし、集合写真もゲットしたし。あとは料理にパフォーマンスだよね! おにーさんも頑張っちゃうよ!」
 にっこりと楽しそうに微笑み、リオンは【魅惑の料理ショー(リョウリニン・オン・ステージ)】を発動させる。
 ライフラインにキッチン、食材などの料理環境はもちろんのこと、給仕ゴーレムによって卓や椅子といった、会場設営までしっかり整えてしまう超便利ユーベルコードにより、宴の準備は万全だ。
「料理は目でも食べるものってね♪ 何かリクエストあれば、おにーさん、腕によりをかけて作っちゃうよー?」
 腕まくりの仕草をしながらさぁどうだと、ギャラリーを見渡すリオン。
「おお。おにーさんのはライブキッチンてやつ? すげーな……って、簡単に褒めてなんかやらないんだからな!」
 褒め言葉を取り下げるかのようにコホンと一つ咳払いしてから、陽里はにやりと笑みを浮かべた。
「ここはムズいリクエストするのが醍醐味と見た! よし、おにーさんにお題提示だぜ!」
 お題という言葉に反応し、給仕ゴーレムがいそいそとホワイトボードとペンを持ってきて陽里に手渡す。そのままノリで受け取り、リクエスト内容をさらさら書けば、どーんと掲げる陽里。
「お題はこれだ! 『無限の未来に羽ばたく料理』! 誕生日祝いも兼ねてるし、縁起いいヤツでよろしく!」
「ウィ、ムッシュ☆」
 これまたノリと勢いで返事をして。キッチン台へと立ったリオンはふむ、と視線を宙へと彷徨わせる。
「無限の未来? そうだなー……それなら、」
 何やら考えているようだが、その間もリオンの料理をする手が止まることはなかった。
 目にも鮮やかな包丁さばきで美しくカットされた色とりどりの食材達は、踊るように宙に舞い、ゴーレムが用意した皿へと舞い降りた。そうして皿の上に彩りを与えていく。
「これでどう? 鳳凰拌盤!」
 にっと笑み浮かべ。リオンが示したのは、白い大きな皿に食材を使って描かれた、美しい鳳凰だった。
「すっごーい、綺麗!」
 思わず歓声を上げた輪に、得意満面で頷くリオン。
「すごいでしょー。世にも美しいアートな中国料理。飾り切りの技術が余すことなく使われてるんだよ!」
「それエリシャさんが前に写真で見せてくれました。実際実物で見たのは初めてですが、完成度高いですね」
「そう、これがエリシャさんも食べた鳳凰拌盤だよ、羨ましかろ?」
「エリシャが見せてくれた……って、そういえば、おにーさんとエリシャ、この世界で料理修行したって言ってたもんな」
「まーね。エリシャさんと共同作品も作ったしね! そして今日のは盛り付け前からのパフォーマンスも込み! どうよ?」
「……く、褒めるとか不本意だが、これは素直にすげぇ。見事だぜおにーさん」
 改めて目の当たりにしたリオンの料理技術。けれど認めるのは悔しいと言わんばかりにうぐぐとなる陽里を、それはそれは楽しそうに眺めるリオン。
「まぁね。おにーさんは凄いんだよ。でもこの鳳凰拌盤はただのアートじゃないよ」
「ん? どーいうことだ?」
「ふふーん、知りたかろ知りたかろ?」
 にーんまりと笑みを浮かべ、リオンがパチンと指を鳴らせば、

 ――ふわり。
 まるで命を吹き込まれたかのように。皿の上の鳳凰が、翼をはためかせ、ふわりと舞い上がったではないか!

「なんとなんと! 本当に空を飛ぶんだよ!」
「なるほどまさに無限の未来に羽ばたく料理……って、いやマジで飛ぶのかよ!」
 ――ていうか、飛んでいったらどうやって食べるんだよアレ!
 陽里の全力のツッコミも何のその。
 鳳凰は皿に戻ることはなく、そのまま空の彼方へと飛び立っていってしまった。

「行っちゃったねぇ……」
「行っちゃいましたねぇ」
 輪とユディトは顔を見合わせ。
「あー……あはは♪ 文字通り未来に羽ばたいちゃったねぇ☆」
 テヘペロ☆
 何やら可愛らしくおどけて見せるリオンに、
「おにーさん、ウザい!」
 今度ばかりは称賛というよりは非難の色合いの濃い、お約束のフレーズを借りての陽里のツッコミが炸裂したのだった。


「ふふふ。それでは、俺もリオンさんのキッチン借りてもいいですか?」
 鳳凰の代わりと言っては何ですけど、と。言いながらユディトは持ってきた包みを広げる。
「手作り餃子です」
「すごーい、作って来たんだね、ユディトさん!」
「やったー! ユディトさんの手料理楽しみ! もちろんどうぞどうぞだよ!」
「流石はユディト……! そのフォローの手厚さに感動しちゃう!」
 三人三様のリアクションで大喜びする面々に、
「今のところ自信を持って作れるのはこれだけですけど……でも、エリシャさんにも褒めてもらったので美味しく食べてもらえると思います」
 ほんのり照れたような笑みを浮かべながらも、キッチンへと立つユディト。
 充実の調理器具の中から選び出したのは、丸型の鉄板だ。
 火にかけ十分に熱して、ほんのり煙が出たところで心持ち多めの油をひき、十分に馴染ませて。馴染ませた油は一旦捨てて新しくひき直してから、持ってきた餃子を円状に隙間なく並べていく。
 少し熱したところで熱湯を注げば蓋をして待つことしばし。油の跳ねる音とともに、皮が透明になってきたところで蓋を開け、焼き色をつけたら、皿を被せてひっくり返せば完成だ。
「お待たせしました」

 給仕ゴーレムによって運ばれ、卓に置かれた餃子の皿を見つめ、拍手する三人。
 パリッと綺麗に円状に皿に並んだ餃子は誰の目から見ても美しく、美味しそうに見えた。
「すごいねぇ、皮がパリッとしてる感じが見た目から伝わってくるね」
「だな、これを肴に酒飲んだら絶対うまいぜ、断言してもいい!」
 頷き合う輪と陽里のコメントに、ユディトはありがとうございます、と笑みを返して。
「ありがとうユディトさん! それじゃ、早速いただいちゃおう! ……って言いたいけど、まずは乾杯しよっか」
「ですね。二十歳の誕生日ですからお酒で乾杯ですよ。桃のお酒なんかどうでしょう」
 リオンの言葉に頷き。ユディトがキッチン台に並べられた酒の中から桃の果汁の入った白酒の瓶を示せば。
「そうだ、乾杯といえばってことでこれも!」
 さっきの写真は余興で、本題はこっちとばかりに、陽里がにぃっと笑み浮かべ、じゃーんという、本日二度目のセルフ効果音とともに取り出したのは、星型の金箔シートだった。
「道しるべの星を酒に浮かべて乾杯すんの、気分アガるだろ!」
「おお……! 道標の星のお酒とかって何それエモい! 遥か空の星がひどく輝いて見えるよ」
「いいですね、まさに乾杯の酒って感じでワクワクします」
「ユディトさん、早速浮かべてみようよ」
 リオンの提案にユディトは頷く。早速とばかりに人数分の盃に酒を注ぎ、陽里から受け取った金箔の星を浮かべた。
 ほのかに桃の花の色を宿した透き通った液体の上を、ゆらり揺蕩い輝く宇宙からの光。
「凄いね、とっても綺麗」
 それはそれは風流な、桃と星の輝きを宿した美しい酒の盃に、輪は感嘆の息を吐き。
 四人は互いの顔を見合わせ、笑みを交わし合う。

「それでは、改めて、ですね」
 それぞれに酒が行き渡ったのを確かめ、ユディトは盃を掲げてみせた。

「輪さんの快気と誕生日と……そして、こうして皆で集えたことを祝って、乾杯!」


 乾杯と盃を掲げてしまえば、そこからは一気に宴モードに突入とばかりに、四人は卓の料理と酒を楽しむ。
「ユディトさんの餃子、すごく美味しいー」
「ホントだよな。パリッともちっとの食感もすごいし、食べた瞬間肉の旨味がじゅわって広がるのがまたたまらないっていうか!」
「ホント! おにーさん的にも二重丸だよこれ! もう餃子マスター的な高みを目指しちゃいなよ!」
 思い思いに賛辞を述べる面々に、ユディトは照れたようにそっと笑む。
「ありがとうございます。……けれど、褒めてもらってもこれ以上は何も出ませんよ?」
「大丈夫、美味しい餃子のお礼とまではいかないけど、リクエストあればおにーさんがちゃちゃっと作っちゃうしね♪」
 鳳凰拌盤は羽ばたいてしまったけれど、酒も食材も潤沢だから遠慮はいらないとリオンは頷き。やがて思い出したようにぽむと両手を打って見せた。
「そうだ! 輪さん、誕生日といえば?」
「え? さっきお祝いって乾杯してもらったよ?」
 きょとんとする輪に、リオンは、ちちち、と指を横に振ってみせる。
「ああ、そういえば確かにありましたね、誕生日といえばお約束が」
「だよな! 俺にもわかる……って、輪、本当にわからないのか?」
「……?」
 皆目検討もつかないという表情をする鏡のヤドリガミに、三人は顔を見合わせるも。
「だいじょーぶ、無問題だよ、ってことで! おにーさんからの誕生日プレゼント、しっかり受け取ると良いよ!」

 にっこりと笑み、リオンがぱちりと指を鳴らしたなら。給仕ゴーレムが運んできたのは、巨大な蒸しカステラ!
「誕生日といえばケーキ! てことで、馬拉糕ケーキだよ!」
「でっか……! 馬拉糕って、普通のヤツは手のひらサイズくらいじゃなかったか?」
「だよねぇ。でもそれじゃつまんないでしょーってことで、おにーさん、頑張っちゃった☆」
「ふふ、しっかり蝋燭も立てられてますね。流石はリオンさん。……それでは、輪さん、」
 主役はこっち、と。輪を手招きし、巨大馬拉糕の前に立たせるユディト。
「誕生日の主役は、ケーキに立てられた蝋燭を一息で消すのがお約束なんですよ?」
「……そうなんだ……?」
 情報として見たことはあるのかもしれないが、自分が体験するのはまったくの初めてらしく、何だか戸惑ったような顔をする輪を見やり、ユディトは楽しそうに微笑んだ。
「そうなんです。俺も、小さい頃はそういうのよくわからなかったんですけどね」
 でも、今はその大事さがよくわかるからと。大切そうに言って、ユディトはケーキに立てられた蝋燭の一つ一つに火をともしていく。
「準備はできました、さぁ、輪さん」
 やがて、誰となく口ずさまれた祝いの歌に、手拍子を取る拍手の音が響いて。
 歌と手拍子に背中を押されるようにして、輪が蝋燭の火を吹き消せば、
「それじゃもう一度いっくよー! 輪さんおめでとー、かんぱーい!」
 リオンの言葉に。ユディトの、そして陽里の声と拍手が重なって。

「「「かんぱーい!」」」


 盃を手に幾度目かの乾杯をすれば、いい具合に酔いも回り、ふわりと気分も良くなってくる。それでもまだまだと言わんばかりに、桃の酒の入った瓶を手にした陽里は、ユディトへ向けてにかっと笑って。
「せっかくユディトと飲む機会だから、俺からもお酌させてくれよ」
 なんと言っても、今日は酒もありきの大人の男子会なのだ。
 常であれば同行している修行仲間な未成年の少年もいないから、ここぞとばかりに酒を勧めたとしても、せいぜいどちらかが潰れる程度。何の悪影響もない。
 ちらっと視界の端に捉えたおにーさんことリオンの姿を捉えるも、今日に関しては飲みに誘う優先度は低めにして、後回しにする。いつかの桜の花見で飲み比べをした借りはあるけれど、それはそれだ。
 酒瓶を持ち手で支え傾けて。陽里は、ユディトの盃にとくりと酒を注ぎ入れていく。
 ほのかな甘さで飲みやすさはあるが、度数は弱くはない桃の酒。注ぎ入れる量だって決して少なくはない。ゆえにすでにそこそこの量を飲んでいるはずなのだが、顔色も様子も、飲むペースも変わらないユディトに、
「砂漠の民やっぱ強いのか……?」
 陽里の口から驚愕の言葉がぽつり零れて。
「別に強くも弱くもないと思うんですけど……」
 でもこの桃のお酒はおいしいですよねと笑みを返し、陽里の盃にも酒を注ぎ返すユディト。
 そんなユディトの酒に応じる陽里ではあったが。気持ちの良い浮遊感が増しているあたり、酔い負けるのは時間の問題かもしれないなと。心のうちでそっと思う。


「ねぇ、桃の花も綺麗だし、お酒もこんなに美味しいんだからさ。そろそろ皆の話とか聞きたいなって思うんだよねぇ」
 リオンは桃の花を見上げ、盃を傾けながら、言葉を口にする。
「なにせここは桃源郷。思い出を映す桃の花が咲いてるんだからさ」
 そうして、常と同じように楽しげに細めた金の瞳で、共に酒を酌み交わす友人達を見渡して。
「ねぇ、輪さん、話あったら聞かせてよ。恋バナとか推しバナとか」
 気づけば静かに盃を傾けていた鏡のヤドリガミは、リオンの言葉に軽く首を傾げて。
「……ふふ、残念だけど、そんな色のある話なんかないよ」
 ふわりと微笑んだ。
「でも、自分でも珍しく酔ってるって自覚あるから……そのうち何か口にするかもしれないね?」
 でもまだ意識あるからヒミツ、と。人差し指を自分の口にあてて見せる鏡のヤドリガミ。
「なるほど? てことはもう少し飲ませちゃえばいいんだねぇ」
 可笑しそうにけらりと笑ったリオンに、そうそうと返してくるあたり、確かに酔いは回っているのかもしれなかった。
「でも、せっかくのいい花見の宴なんだし、僕としては他の人の話が聞きたいなぁ。ユディトさんとか?」
「あ、それは同意。おにーさんもユディトさんの昔話も聞きたいな」
 興味津々な金の瞳が向けられる先には、酒を飲んでも飲まれていない、いつも通りに穏やかな笑みを湛えた青年。
「昔話ですか……」
 やんわりと向けられた話の矛先に、ユディトはふむと考える仕草をする。
「誕生日にはエリシャさんが好きな料理をたくさん作ってくれました。何が好きって言わなくても、俺の食べる順番とか速度で好物がわかるそうです」
「へぇー! それはすごいやエリシャさん!」
「おっいいね! さすがエリシャ……!」
「……って、さすが陽里さん、エリシャさん情報への食いつき方が半端ない!」
「おにーさん、一言余計! でもなんか解る、エリシャはいつでも相手のことよく見てくれてるもんな」
 盃を手に、わかりみが深いといわんばかりに何度も頷く陽里。その半端ない頷き度合いに、ユディトは思わず見つめ、
「……陽里さん酔ってます?」
 確かに。リオンの目から見ても相当な酔いの回り方だ。
「……てかそれ何杯目? 無理してない?」
 さすがに放っておけないと、水の入ったグラスを差し出すリオン。
 陽里はグラスを受け取り、ぐいっと一気に飲み干せば、
「いーや、まだまだ? 何せ俺、輪の話まだ聞いてねーし。過去がヒミツってーなら、ここは未来とか聞いてみたいぜ!」
 酔った勢いとばかりにぐいぐい距離を詰めていく。
 二十歳と言えど見た目だけで、ずっと先輩。打たれ強さもさることながら酒にも強そうな相手から何かを語ってもらうならば……と思ったか、はたまたそれも勢いか。
 常からまっすぐな陽里は、酔いに飲まれてもやっぱり真っ直ぐだった。
「陽里さんの話……は無理そうだね」
 そんな陽里を、心配半分、けれど楽しそうに可笑しそうにリオンは見つめて。それから、輪の方を見やった。
「そんな陽里さんからのリクエストだけど。輪さん、これからの抱負とかある?」
「抱負は……あるよ」
 やっぱり常よりもどこかふわふわとした笑み浮かべ、輪は言った。
「またこうして、皆でお酒飲めるように、頑張りたいな」


(「……誕生日、お祝いできて本当によかったです」)
 桃の花も目で楽しみながら。友人達の楽しそうな様子を眺め、ユディトはそっと笑みを浮かべる。
 かつて自分が義姉からもらった、自分という存在へのあたたかな祝福。
 それは、かつて人を信じられなかったユディトが、再び誰かを信じることができるようになったきっかけの一つだ。
 誕生日――自分という存在が生まれた、あるいは存在としてあることを認められた日。
 それがたとえ書類上の空欄を埋めるために生み出された形式的なものだったとしても、その日には特別な意味が宿るものだと、ユディトは信じている。
 ――あなたのことを大切に思っている人は確かにここにいる。
 それは、祝いを通じて義姉からもらった想いであり、宝物だ。だからこそ自分もまた、同じように誰かへ伝えたいと思うのだ。
 己が傷つくことを厭わない、どこか自分を見ているかのような鏡のヤドリガミが、常よりも楽しそうにしていることが、何より嬉しい。
(「輪さんの色んな面を知れたら嬉しいですね」)
 今回も、そして叶うならこの先も。
 輪自身の話は、今の所ヒミツだとはぐらかされてしまったけれど。
 今日に限らず、こんな風に酒を交わす機会が増えれば、そのうち聞けるようになるだろうか。
「輪さんは、何が好きなんですか?」
 盃が空にならないように。酒を注ぎながら、ユディトは問いを投げてみる。
「……そうだねぇ、」
 ほろ酔いの鏡のヤドリガミが、自身の話を口にするまで、もうひと押し。


 見上げれば美しい桃の花。宴の卓には料理と酒。そして、それらを囲み楽しそうに笑み、盛り上がる皆の姿。
(「ふふ、これぞ宴って感じだよね」)
 リオンは目を細める。
 賑やかで楽しくて。なんて――、

「――あ、」
 ふいに。楽しむ皆の中に、ふと懐かしい顔が見えた気がした。
(「……ミラ、ロイ」)
 決して見間違えることなどない、大切な二人の姿を目にして、リオンは小さく微笑んだ。
 かつての想い出を胸に抱きながら、心の中だけで彼らにそっと話しかける。
(「――ねえ、二人とも。ここにいるのが僕の自慢の友達だよ」)
 なんやかんやで気のおけない彼らと、今はこんな風に賑やかに過ごせていると。
 楽しいことを、しっかりと楽しむことができていると。
(「二人が支えてくれたからもう大丈夫。これからも生きていけるよ」)
 ――だから、心配しないでと。
 彼らが見えた方向を見つめ、小さく微笑みを浮かべれば。リオンは手にしていた盃を掲げ、乾杯を捧げる。

 ――そうして。
 美しく咲き広がる桃の花の木々の下。酒と料理を囲みながら言葉を交わし合う四人の楽しい宴の時間は、賑やかに過ぎていくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年07月06日


挿絵イラスト